Tumgik
#鳥山先生ゆかりの地だったのではないか?とふとおもった。狐のお面も、なじみ深い���のにしてくれたのは鳥山先生だ…う、ううわああああああああああああああああああん;;
sesameandsalt · 6 months
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鳥山先生のことが頭から離れずにお参りした日に引いたおみくじ 突然こんな日がくるなんて、 こんなにでっかく空いた胸の穴を実感するなんてと、 よろよろ歩きながら、ひいた。 半吉とあるが励ましてくれるような良い(優しい)内容だなと感謝しながら結ぼうとしたときに、挿絵におどろいた こんなことってあるのけ・・・? まさかの鳥と、山の絵、 よく読むと文章に”明”の文字🐦⛰️ 神さまが慰めてくれたとしか思えない 神の愛を、めちゃくちゃ感じたし やっぱり鳥山明は神様なんだとおもった。🐦😇ノ"(っ <。)  思えば88番という数字も、 縁起が良いし無限と∞がふたつある。 鳥山明が永遠に続く気がした ∞∞
鳥山先生、 残りの人生 心臓はとっくに捧げてますが 最大の愛と尊敬と感謝をささげ続けます 最初から最後まで鳥山明だったそういう人生にします 本当に長い間、お疲れさまでした 有難うございました!
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kitaorio · 3 years
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忘れ狐
 昔、あるところに男に一目惚れした狐がいた。  どうにかして気を引こうと、夜道を歩く男の前に姿を見せてみたり、男の住む家の前に獲物を置いてみたりした。  夜道で姿を見せた時、男の目の前をそのフサフサとした尻尾となめらかな毛並みを満月の明かりの下で披露したが、男は少し驚いたような表情をするだけで、狐から距離を置くように道の端に寄り通り過ぎてしまった。また、貢物として男に獲物を贈ったときは、いぶかしげに貢物に目をやると、その進物がまるまると太ったネズミの骸と気付き、箒と家の中に転がっていた板切れを器用に使い、ゴミ捨て場に放り投げたりしていた。  姿を見せて、直接男を見ることができたときは、喜びの想いが胸の中を満たし、そのわずかな時間だけでも全身に感動の稲妻が走ったのを覚えている。だが、男は避けるようにして行ってしまい、一瞬にして枯れ木のような気持ちになったのであった。そして、ごちそうを贈ったのにも関わらず、男の顔に笑みがこぼれるところか、眉間に深いシワが寄ったのを見て、狐は物陰で一人涙をこぼしていた。  人と狐、どうやっても想い合うことができないのか、そう考えると胸の奥に暗く重い泥沼のような絶望が湧いてくるのだった。  狐の日課は、男の生活とともにあった。朝の時間はどこかへでかけていく男のそばを歩き、まるで影のように近くをひっそりと歩く。夜は男が帰ってくるのを待ち伏せし、闇の中から静かに見つめる。一途な乙女であるがゆえにその視界は男しか入っておらず、視野に男の影が入れば喜び、男が家の中に入り戸が閉まり姿が見えなくなるとうなだれるようにして寝床に帰る日々が続いた。  その生活は、蝉が騒ぐ頃を越して、落ち葉が地面を隠す季節になった。  食事にしている獲物は肥え、獲物の食料である果物や作物は実り、すべての命が膨らんでいくようであった。  まさしく、狐の季節である。  狐は人を化かすとあるが、この小動物だけの力では人の迷わすには弱い。ただ、野や山、人が踏み入らない動物のみが行き交うところには、人を惑わす植物が生えていることがある。狐はその力を上手に使い、人を惑わしているのだった。どの植物を使えば人をどのようにすることができるか、その因果関係を熟知しているからこそ、見せたい幻影を見せたい形で見せることができる。原因と結果の結びつける乱麻を操り、幻影を見せることができるのだった。  狐はシダの間に隠れるようにして生えている何本かの茸を吟味するように嗅いで周り、これぞというのを見つけると歯の先で傷をつけないようにゆっくりと挟むと、足早にそこから立ち去った。その足取りは慎重ながらに素早く、決して体に振動を起こさず、穏やかな川の流れを思い起こさせるようなしなやかな動きで駆けていた。  この茸を大切に扱っているのではなく、茸が持っている幻を見せる毒に触れぬようにする工夫なのであった。  狐には一つの勝算があった。  男はすぐそばに狐にいようと気付くことはない。男はいつでも手のひらに持った黒い板を凝視しながら歩いていた。雨で傘を持って歩いているときも、少しでも立ち止まれる瞬間があれば、それを見ている。  狐にはそれが何であるかわからなかったが、一つだけ明確だったのはそれに化けることができれば男の手の中にずっといることができ、そして常に視線を向けてもらえるということだった。  狐にとってわからないものであっても、男にとっては何であるかはわかる。  男の幻は男が生み出すものだから、狐はそれを醸し出す茸を探せばいいだけだった。  あとは、それを男に仕向けるだけだ。  狐が化かすとき、その草木や茸を口に含み、霧にするか、もしくは肌の弱いところに刷り込み、その効果が出るようにするのであった。  狐は一か八かであったが、確実に効果を出せるが、失敗したら男の警戒心を最大限にさせてしまう策に出た。男に口移しでその茸を与えようと考えたのだ。  男は朝が弱いのか、朝日の中を歩いているときは必ず数度あくびをする。その瞬間に口に含ませてしまえば、狐の意のままになると考えたのだった。狐は、男が毎日通る道は熟知している。柱の影の目立たない隙間から毎朝の動きをつぶさに見つめ続け、日差しが強いときには庇の下に入り信号待ちをしている、そしてまるで癖のように、大あくびをするのも把握していた。  男は信号待ちの間でもスマ��を手放さず、短文の応酬や動画の絶え間ない配信に目をやっているのだった。信号待ちの少しの間であっても画面が見やすいところに移動し、直射日光を避けるようにして手のひらの中の板切れを見つめているのだった。大抵の場合、前夜も布団の中で同じように過ごした名残で寝不足の体は大きなあくびをする。  朝の誰もいない時間帯なのをいいことに、思いっきり伸びをしながら精一杯のあくびをするのだった。  狐はその瞬間を見ていた。  自動販売機の物陰は狐にとって良い隠れ場所であった。  程よく隙間があり、そして、直線でできている人工物は毛皮で身を包んでいる動物がすり抜けるのには程よく滑りが良く、音も立てずに移動することが得意なものにとっては格好の隠れ場所なのであった。  狐が男を見つめているのも、この自動販売機、それも上に乗っかり男を眼下に見据える形で見ているのだった。いつもならば、下の方から見つからないようにそっと覗いている。だが、今日はその口元を狙うのが目的であり、一番観察しやすい場所を選び、そしてその瞬間を静かに待った。  茸はただ舐めただけでは効果が薄い、少しでもいいから裂け目を作り、その中の繊維に触れさせないと目立った効果は出ない。狐の策はその点も押えていた。男の口に含ませるその瞬間の一歩前、狐の尖った歯で茸を噛み、より糸のように細い菌糸が絡み合っている繊維が直接触れるようにして男の顔に飛び込んでいこうとしていたのだった。  一瞬の出来事だった。  男は、手に持っているスマホから少し目を上げたかと思うと、目を強くつぶり、大きく息を吸うような姿勢であくびをしようとしていた。  狐は、その細長い口にやんわりと噛んでいた茸に歯を立てると茸を少し裂き、鼻から飛び込むように男の口を目指して跳ねたのだった。  男にとっては災難であり、何が起きたのかわからなかった。  あくびをしたかと思うと、突然毛皮が顔めがけ飛び込んでき、眠気でむくれたようになっている体に朝の空気を流し込もうとしていたところに、なにやらホコリ臭いものが口に入り込んできた。  男は口の中の異物に反応し吐き出そうとしたが、あくびの途中でもあり得体のしれないものが舌に乗っているにも関わらず、反射的に口を閉じてしまった。すぐに、口の中のものを吐き出すと、ポケットティッシュを塊のまま取り出し、口の中を手荒く拭っていたのだった。さっきまで狐が乗っていた自動販売機にスマホを当てると、ミネラルウォーターを買い、それでなんどともなく口の中をゆすぐ。  しかし、もう狐の思うままであった。  茸が少しでも舌に触れてくれれば狐の思うがままになる。  500ccのミネラルウォーターのほとんどをつかいうがいをすると、スマホをスーツの胸ポケットに入れようとしていた。 だがすでに、スマホは狐で、狐はスマホなのであり、スマホの実態は男が生み出した幻影なのである。  男は散々口の中を洗い流し、最後の一口分だけ残った水を口に含むと、ゆっくりと飲み流しながら、今さっき起きた出来事をTweetしようとしていた。  フリックはいつもよりもスムーズに動き、まるで考えただけですべてが入力できる。Tweetボタンは小鳥になり、二言三言の雑言をさも楽しそうにクチバシに刻み羽ばたいていく。LINEの言葉はスタンプと区別がつかなく、すべての流れは虹色の濁流となり手元から目の先まで流れ込んでき、言葉の滝がからだの後ろを流れていく。  狐は男のスマホとなり、男の見ている幻覚をほんの少しだけ補佐するように、その指先や手の動きを見ながらスーツの胸元に潜り込んだり、首の周りにまとわりついたりしていた。  狐の体は小さくなり、男の手元に収まるようになる。そして、厳冬の朝、湖面を覆う氷の破片のように薄くなり、男の指の動きを受け止めるのだった。  男は、茸の酔いの中でも出社を無意識のうちに続けていた。スマホから飛びあふれるイメージの噴水に目を向けながらも、いつものように駅へと向かい、そして電車に乗ったのである。  狐の知らない男の一面はここに一つあった。  男はほぼ始発に近い電車なのをいいことに、席に座ると会社近くの駅まで小一時間の二度寝をするのであった。  いつもならばうつらうつらとするだけで、目的の駅の手前で薄っすらと目を覚ます。  だが、今は茸の幻影で少し酔っているような状態だ。  目的とする駅に到着し、その駅名が耳に届いて少しして飛び起き、そして駆け出して電車を降りたのだった。まだ茸の酔いの中にいる状態である。電車の外に出るだけで精一杯であった。  ほぼ何も持たないで出社する男の数少ない手荷物であるスマホは、まだ電車の中にあった。  狐はそのまま揺られ、遠くの駅でやっと外に出られたかと思うと、そのまま元の巣には戻れず、男に会うことができなくなってしまったのだった。
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hinagikutsushin · 5 years
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帰ってきた者
 ザクザクと草を踏む。
 少しずつ色付いた葉が風でお互いを擦り合わせて乾いた音を鳴らしている。随分と涼しくなったこの山も、秋模様になりつつある。
 スーッと大きく息を吸うと、新鮮な空気が肺を満たすのがわかった。とても気持ちがいい。
「ヤスヒコ」
 数歩先を進んだヒナギがこちらを振り向いた。杖を支えに、比較的いうことを聞くようになった足をゆっくりと動かし彼に近づく。私が後ろを付いてきているのを確認した彼は、再び獣道を前に進んだ。
「ヒナギ、どこに行くの」
「そうだな、この先に少し開けた景色のいい野原がある。そこで昼でも食おうか」
 私はヒナギの右手にある風呂敷の中身を想像してへらっと笑うと、それに気づいたヒナギもによっと口元を上げた。
  本日、晴天なり。最高の散策日和である。
   暫く歩くとヒナギの言った通り開けた場所に出た。どっしりと構える大きな木があり、彼は今は枯葉をつけているがそれは見事な桜の木なのだというのを教えてくれた。
 その木の根元に座ると、彼は風呂敷を開けながら私に手を出すように言われた。両手を差し出すとポンと白い握り飯が手渡された。私の手の大きさをゆうに超えるそれは少しだけ歪な形をしている。口に含むとほのかに塩っけがあり、噛めば噛むほど米特有の甘さが広がった。
「おいしい」
「そうか」
 私が食べ始めるのを確認したヒナギも手に持っていた握り飯を一口食べた。うんと1回深く頷く所を見ると、今日も満足のいく味のようだ。
 とても長閑だ。小鳥が合唱をして、雲はゆっくりと流れ、色付いた木葉が時々風に吹かれて踊る。気持ちよさに目を細めた。そのままぼうっと森の方を見ると、キラキラと何かが輝いているのが見えた。何かが反射しているのだろうかと思ったが、それにしては不規則だし、何しろ動いている。
 ヤスヒコ、と声をかけられ私は再び彼を見た。握り飯に手を付けずただ先をぼんやりと見つめる私を心配したらしい。ヒナギにお昼の後に向こうの方に行きたいと伝えれば、何か見えたのかと聞かれた。なんて表現すればいいのか分からずまごついていたが、どうせ一緒に行くんだからそんなに今わざわざ説明しなくてもいい、と彼は笑った。
 こくりと頷いて、握り飯を再び口に含み、そういえばまだ光ってるのだろうかと森に目を向けたが、いくら眺めても再び煌めくことはなかった。ううん、と首を傾げるも変わらない視界。狐に化かされたような気分だ。
 まぁ後であちらの方に歩くのだし、今は別にいいかと、最後の一欠片を口の中にほおり投げた。
   昼も食べ終わり、ヒナギの手を引いて森の中に入った。入ってみれば、先程彼が先導した所とは違い、何やら普通の森とは違う、何かがズレているような雰囲気に少しだけたじろいだ。
「ヤスヒコ、お前は一体何を見たんだ」
「なにか、キラキラしてるもの。いきものみたいに、うごいてた」
 目の前で光るものが通った。ほら、今みたいにと彼の手を離し指さしたが、ヒナギの反応がない。後ろを振り向くと、濃い霧が出ていて彼の姿が見えなかった。
 彼の名前を呼んで見たが返事がない。
 ……何かがおかしい。
 気付けば辺り一面に霧が漂っていて、先も見えないような状態だった。
 その中でポツポツと光るものや、ぼんやりとした鬼火のようなものが漂い、光の筋を作っている。
 確かに、私が見たものだ。
 攻撃してこないのを見ると悪いものではなく、ただ空中を漂っているだけのようだが、突然1人になったせいで心細い。逃げるように何歩か後ずさりすると、トンッと背中に何かがぶつかった。
 もしかしたらヒナギかも。希望を胸にくるっと振り返ろうとしたその瞬間、
 「ばぁ!」
  突然、2本の大きな角が生えた逆さまの幼女の顔が私の鼻先に現れた。
  喉がひきつり、悲鳴も出ない。驚いて腰を抜かすと、空中にふわりと浮かんだ彼女は悪戯っ子のようにケタケタと笑った。
「わぁ、とっても可愛い山の子がいる!」
「山の子……って私?」
「他に誰がいるの?」
「……ヒナギは?」
「あぁ、彼? ほんの少しだけ山を迷ってもらってるだけ! 心配しないで」
 それよりもお話しましょうと馴れ馴れしく私の腕を取る彼女。見知らぬ人、いや妖のあまりの図々しさに少し顔を顰める。
「あ、その顔は私に誰って顔だな?」
 違う。
「私はこの森の妖精! あー、名前はないからお隣さんって呼んで」
「……おとなりさん?」
「そう、お隣さん。私達は山の中に、水の中に、里の中に、そして人の隣に閴暮らす悪戯好きなお隣さん」
 サクかな。
「多分君の想像しているそれは違う子かなぁ……」
「なんでわかった」
「いや、君結構顔に出やすいよ。しっぽも揺れてるし」
 そう指摘され、私は気まずそうに横を向いた。すると、ふわふわと私の周りを漂うだけだった筈の光の粒が、いくらか増えているのに気づいた。いくつかは私にくっ付いたりしたかと思えば離れたりと、不思議な動きをしている。嫌な感じは、しない。
「ふふ、君はとても精霊に好かれてるんだね」
「精霊……?」
 私が不思議そうにしているのを感じ取ったのか、光の粒を指さした。
 彼女曰く、精霊とはこの世に溢れる力の元で、生命そのもの。本能で生き、理性はもちあわせておらず、ただそこに在るだけのもの。場所によって増減し、特にこの山は神殺しの一件で、激減したことがある。
「精霊が突然激減すると、精霊を糧とする私たち妖精は存在が出来なくなるの。漸く山が立ち直ってきたってツグモネから聞いたから帰ってきたんだよ」
 だいぶいい空気になったと、大きく息を吸った後、彼女は勢いよく私の腕をぐいっと引っ張った。前のめりになった体のまま、何をするんだと避難するように目前で浮いている彼女を睨めば、きししっと歯を見せ笑い、まるで森の奥へ奥へと誘っているかのように何度も腕をくいくいと引っ張る。
「この先に私たちの仲間がいるの。一緒に遊ぼう」
「だけど、ヒナギが」
「大丈夫大丈夫、彼が迷ってる間だけ! そんなに遠くないよ。それに今から行くところはこの山の中でも特別な場所なんだよ、気にならない?」
 そう言われると気になってしまう。彼女の仲間がもっと居る。そして山の中でも特別な場所。好奇心が疼くのを感じ、けれどヒナギに対しての申し訳なさも感じてきゅっと握り拳を作った。
――ちょっとだけ。そう、ちらっと見て帰ればいい。あわよくば話も聞きたいけど、ちょっとだけ。
 結局誘惑に負けた私は、ゆっくりと彼女の誘導を頼りに奥へと歩みを進めるのであった。
   霧はどんどん深くなっていく。
 あんなに美しく色づいていた筈の木の葉も、この霧の中では見えない。が、幸い、行先が先なのか精霊が先ほどよりも多く、ぼんやりとした視界の中光がゆらゆらと浮かんでは消え、震え、飛び回り、跳ねる光景は幻想的でもあった。
 前で私の手を引っ張る彼女は随分とおしゃべりで、その口が止まることは無い。私は口下手であまり話すのが得意でないからほとんど聞くだけだったが。
 そういえばどこに行くんだろうと、彼女に聞いてみたが、彼女はとっても楽しい場所としか答えない。
 かなり歩いただろうか。最早先の道は見えず、夜のように暗い。精霊のおかげで所々はゆらゆらと蠢く異次元の光に照らされているが、それでも見えづらいのは変わりなく、私の手を握る彼女を頼りに進むしかない。
 そんな中、ふと彼女の足が止まった。
「ねぇ、もしこの先あらゆる苦しみや悩みから解放されて、気ままに自由に楽しく生きられるとしたら、君はどう思う?」
「どういう、こと」
 彼女がゆっくりとこちらを向いた。紅葉のごとく紅い瞳が暗闇の中でゆらゆらと怪しく揺れた。
「記憶もなく、傷だらけ。足はまともに動かないし、それに人間にも妖にもなりきれない。可哀想な可哀想な、山の子、我らの子」
 掴まれている手から何かが這い上がってくる感触がして目線を手の方に向けると、彼女の手はいつの間にか木の根に変化し、私を飲み込まんとしている。木の根が太いからか、振りほどこうにも振りほどけない。地面から生えてくる植物は私の足に絡みつき、身動きを取らせないようにしている。
 彼女の細い指が私の頬を撫でる。嬌笑を浮かべて迫ってくる彼女は美しいが恐ろしい。
「さぁ、私の目を見て。そして連れて行ってと一言だけ言えば、君は全てから解放される。自由になれる。
 私たちと一緒に山へ帰りましょう、ねぇ?」 
 最早私の体は草木に絡め捕られ動かない。
 私は彼女の視線から逃げるようにしてぎゅっと目を瞑った。
 苦しみもなく、悩みもないだなんて。どれだけ素晴らしい世界だろう。
 それでも、私は……――。
 ゆっくりと目を開け、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。
 期待心からか、彼女瞳をさらに煌めかせて私を見つめ返した。
 その様子を見て、私は口元を少し上げて、彼女に告げる。
 「わたしは、行かない」
 「どうして? 君はとっても辛いんでしょう? そんな状況から抜け出せるというのに?」
 意味が分からない様子で、彼女は首を傾げた。絶えずその瞳は誘惑するかのようにゆらゆらと輝いている。
「たしかに、辛いことのほうがおおい。きおくはないし、ちゃんとあるけないし、にんげんなのか、あやかしなのかもよく分からない。先がみえなくて、こわいときもある。だけど、わたしはおもってるよりも、この生活をたのしんでる。わたしは何も知らないから、見えるものすべてが、あたらしくて、きれいで、うつくしくて、それに……」
 少しだけ、今度は軽く瞼を閉じる。脳裏で風に揺れる緋色が揺れた。
「わたしは、まだあの人のとなりにいたい」
「……怪我が��るまでなのに? その後はどうなるかわからないのに?」
「それでも。……それに、わたしはまだ、あの人になにもしてあげられてないから」
 苦笑いを零すと、目の前の彼女はやはり理解できないのか困ったように眉を顰め、今度は反対側に首を傾げた。
「やっぱり人間って変」
「そう……?」
「そうだよ、どうして辛い所にずっといようとするの」
「ツグモネも同じこと言ってた……なんでだろう、わたしにも分からない」
「変なの」
 普通なら苦しい事とか辛いことから逃げたいって思うでしょ~、とそうぼやいた彼女は私自身に絡みついていた草木をほどいた。私は自由になった両手と両足を軽く揺らした。うん、痛くない。大丈夫。
「ヤスヒコ!」
 私の後ろから聞きなれた力強い低い声が響いた。パッと後ろを振り向く。
 少し離れた場所から、精霊の光を帯びつつこちらへ向かってくる大柄な人間。
「……ヒナギッ!」
 言う事の効かない足を必死に前へ動かし、彼の元へ飛び込んだ。ぎゅっと私を抱きとめた彼の胸元に顔を擦り付ける。あぁ、安心する匂いがする。
「すまない、少し探すのに手間がかかった」
 ふるふると首を振る。そんな私の頭を軽く撫で、ぐっと抱き上げた。
「森の妖精の一人か。悪いがこいつをお前さんらに渡すつもりはない」
「そのようだね。ざーんねん、熊みたいに強い保護者が来ちゃったし、打つ手なしか。ま、今回は諦めることにするよ」
「今回は、か」
「山の子が辛い思いをするのは嫌だもの。逃げ場を作ってあげるのは大切でしょ?」
「一生出てこれん逃げ場か」
「一生辛い思いをしてここで生きるよりは、あちらに行って生きるほうがいいもの……断られちゃったけどね」
 残念そうに溜息を吐き、彼女はふわりと空中へ浮いた。
 向こうのほうで、なにやら騒がしい声が聞こえる。笑い声だろうか。それと何かを呼ぶ声だ。よく見ると、木々の間から光が漏れているのが見えた。恐らく精霊の光だが、沢山いるのか非常にまばゆい。
「あーあ、呼ばれちゃった。私もう行かなきゃ。連れて帰れなかったって言ったらなんか言われるだろうなー」
「え」
「ヤスヒコ、気にしなくていいぞ」
「そう、気にしなくていいの。
 ……ねぇ、君。もしこれから先逃げたくなったら私たちを呼んでね。いつでも君をあっちに連れて行ってあげるから。私たち山に住まう妖精はいつだって君の味方だよ」
 私の方へ飛んできて、両手で頬を優しく挟んで彼女は笑いかけてきた。そして軽く額に口付けを落とすと光のほうへ飛び立とうとする。
 そんな彼女の手を私はとっさに掴んだ。びっくりした様子で紅い目を見開く彼女。これだけは伝えておかねば。
「おとなりさん。わたし、かわいそうな子じゃないよ」
「!」
「だってわたし、今がとっても、たのしいから」
 零れ落ちそうなくらい見開かれた瞳が、ゆっくりと元の形に戻る。にんまりとした笑みを作った彼女は「君がそう言うなら」、と一言そう言って、勢いよく光の向こう側へと飛んで行った。すると光が消えると同時に精霊がパッとはじけ、あたりに散らばった。
  暗闇の中できらきらと光りながら浮かぶ精霊たちは、まるで夜空に光る星のようだった。
   精霊の光が見えなくなったころ、徐々に元の景色が見えてきて、最後には赤黄橙と葉にお化粧をした森の姿へと戻った。
 思ったよりもあの不思議な空間に長くいたのか、それとも時間の流れが違う所にいたのかは定かではないが、朝早くに家を出たはずなのに何時の間にか日は大きく傾いており、目に入ってくる西日が眩しい。酷使してしまった足はもう使い物にならず、大人しくヒナギに抱き上げてもらい、帰路を辿っている。
「おとなりさんは、わたしをどこにつれて行くつもりだったんだろう」
「彼らが住まう世界だ。……確かにあちらには苦しみも何もないというが、そもそも時間の流れが違うからな、人間がそこで生きるには姿かたちを変えねばならん……帰ってこれなくなるというのはそういう意味でもあるんだ」
「でも、どうして」
「単純にお前さんを助けたかったんだろうよ。彼女達なりの親切心だ。あいつらは山を大事にする者に対しては優しいからな。お前さんはその尻尾のせいかどうかは定かではないが、山の気を多く体に含んでいるようだし……まぁ、そういうことだろう」
 私は歩くたびに振動で揺れる自身の尾に目をやった。ツグモネによれば山の主とそっくりだというそれ。今回の事といい、何かとても重要なもののようだが、やはり思い出そうとするとその先は誰かに黒く塗りつぶされたかのように思い出せない。
 ここの山主がもし生きていたなら、私の問題なんか直ぐに解けていたろうに。
 そんな叶いもしないような事を思いながら、私はヒナギの肩に顔を傾けた。
「だが、あいつらも悪気はないんだ。許してやんな」
「ん、わかってる」
「しかし見つけるのに苦労した。いや、その前にちゃんとヤスヒコの手を離さず握っておけって話だな。俺が迂闊だった」
「だいじょうぶ、きにしないで。……そういえば、どうやってわたしをみつけたの」
「ん? んー……秘密だ」
 ニッと笑ったヒナギは、私をもう一度抱きなおし、あやすようにぽんぽんと背中をたたいた。
 疲労が溜まっていたせいか睡魔が襲ってきたのはその後直ぐで。
 少しはぐらかされたような気もしたが、私はそのまま彼に身を任せるようにして目を瞑った。
 瞼の裏で、あの暗闇の森の中でみた精霊の幻想的な光がきらきらと瞬いた。
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toubi-zekkai · 4 years
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 裸になりたいとき、冬子はいつもこの雑木林にやって来た。後ろを振り返れば覗かれる林の切れ間から拡がる白い街は冬子に何種何重もの衣装を強制した。他人の押し付けに抗う強さも器用さも冬子は持ち合わせておらず、彼女の部屋の中は山のような衣装に埋め尽くされていた。自分だけの部屋は冬子が衣装から解放される数少ない場所であったが、電話口の向こうから画面の向こうから玄関の向こうから衣装の催促が絶えることはなかった。家という構造物自体が衣装の一形態でもあった。眠るとき冬子は衣装から逃げるように毛布を被り、何も身に着けずに眠った。しかし目覚めると裸の冬子の前にはいつも復讐するかのように山積みの衣装が置かれていた。冬子の自我は膨大な衣装によってばらばらとなり、僅かに残った透明な心は酸欠の魚のように息を絶えようとしていた。他人を遠ざけようと努力はしたが、他人は遠ざけるほどに近付いてきた。衣装を着ないで済ませる場所はどこにもなく白い街は衣装に汚染されていた。
 篠笛を紅い唇にあてがって白い狐の少女が深い森の奥の更に奥へと入り込んでいくように白いコートに身を包んで仄暗い雑木林を歩く冬子の背後には鼻歌と香気の余韻が白霧の残糸のようにあとを引いていた。ふと耳の後ろに微かな羽ばたきの音を耳にして冬子は黒いブーツの歩みを止めた。ゆっくりと後ろを振り返った瞳の先に白く光る鱗粉を淡雪のように振り撒いて雑木林の暗い坑道に群がる蝶たちの幻影が映った。さざめく光の帯を後引きながら月の都へと里帰っていく典雅な一族の行列ように蝶の群れがつくる光の軌跡は冬子の顔のすぐ先から遠く雑木林の切れ間へと続いていた。虚ろな瞳に熱に浮かされたように光を浮かべて冬子は自分もまたああして儚げにゆらめく蝶のひとひらなのだという思いを強く胸に抱いた。しかし、街の方へ生の光源へと飛んでいく蝶の群れとは反対にその白い冬の蝶は透き通る羽根を大きく広げてひとり雑木林の暗い口穴の奥へと吸い込まれるように飛んでいくのだった。
 冬子が歩く雑木林の道は地中を深々と削り取った窪地に流れる古い人工水路の両脇に沿って東京の西の果てから東の先へと伸びていた。空を横断する鳥の瞳で眺めれば巨大な大蛇が灰色や白色が目立つ街や町を跨ぐ形で横たわっているように見えるだろう。悠然と地の上に眠り込んでまるで動くことを知らない大蛇は季節の移ろいに合わせて装いや表情をめまぐるしく変えた。  二月を半ば過ぎて、大蛇の鱗や肉はすっかりと削ぎ落されていた。黒い枝を伸ばす木々が寂しい骨のように立ち並び、青く澄んだ冬の空が透けて見える。しかしそれでもこの林道は洞窟の内部のように薄暗かった。久しく太陽の恩恵とは縁がない腐葉土の絨毯は乾く機会がなく雨の日の記憶を未だ濃厚に留めていた。時折見かける倒木の裂けた樹皮には白い茸が立て付けの脆い階段のように張り付き、窪地の水路近くに立った低木の樹皮には苔が青い髭のように張り付いていた。動きを見せる生き物の気配はなく雑木林は時が止められたかのような静寂に包まれていた。  あまりにも静かだと聞こえてくるあの耳鳴りのように微かな水路のせせらぎが冬子の小鹿のように立った耳に聞こえてくる。視線は自然と水路が流れる窪地へと吸い込まれた。黒いフェンスに阻まれて近付いて降りていくことは出来ない。それでも黒い網目の窓を通して水路の姿を確認することが出来た。乱暴に古い地層を剥き出していている崖の底で水路の水は老婆が押して歩く手押し車のようにゆっくりと流れていた。暗い洞窟の天井を形作る木々の枝の先も水路の真上には届かず、直に降り注ぐ太陽のくちづけを浴びてきらきらと一面に黄金色の粒子を浮かべていた。暗い雑木林から眺める光のさざめきはひと際眩しく瞳に映り、真夜中に窓辺からひとり覗くパレードのように冬子の前を通り過ぎていった。  初めてパンダを見る童子のように冬子は黒いフェンスの前にじっと立っていた。華やかな光の行列は視界の先に水路が見えなくなるまで続いていた。勢い余った光の粒の数々が冬子の顔に浮かんだ二つの黒い丸池にも飛び火している。パレードが避け難い伝染病のように瞳の内側の更に内側へと行進を開始していた。軽い眩暈を覚えて冬子が不意に瞼を閉じると光の粒は火花のように飛び散って暗闇のなかに焼き付いた。そのとき白く光る粉を淡雪のように振り撒いてまたあの蝶の群れが冬子の前に現れた。  冬子が再び現実の光に目を開いたのは暗闇に揺らめく蝶の群れが白霧のように消えてからしばらく後のことだった。羽ばたく音、猫が笑うような声とともに撫でるような微風が耳の先をかすめた。目を開くと猫の姿はなく一羽の雉鳩が黒いフェンスの上にとまっていた。季節は真冬であるにも関わらず雉鳩は年若い競走馬のように無駄のない引き締まった身体つきをしていた。やや膨れている胸から細い首にかけては長茄子のように優美でしなやかな曲線が描かれ、頂に小振りな頭を可愛らしく乗せている。慎ましく閉じられた双翼を綾なす橙色に縁どられた黒い鱗の紋様は亀裂に晩夏の落暉を滲ませた黒い鱗雲そのものであり、上品に織り込まれながらも内から溢れる野生の命の色が強く滲み出ていた。  案山子が振り返るように雉鳩は小首を背後へと捻って森の住人らしい優しく澄んだ瞳で冬子を見つめた。外円を赤橙に縁どられたつぶらな黒い瞳の表面には見慣れない来訪者に対する好奇と恐れの拮抗でさざ波が立ち、二つの存在の間に横たわる澄んだ空気を揺らして冬子の黒い瞳にもまたさざ波を立てた。優しい皺が冬子の目尻に作られ、波に揺れ溢れ始めた瞳を包むように黒く長い睫毛の上下が静かに閉じられた。白肌の頬がやや桃色に染まり、未だ少女のあどけなさが残る口元がほころぶと無垢な白い歯が清水に洗われた卵のように輝いた。                                   からころと御籤箱を振るように雉鳩は丸い頭を幾度と傾げては目の前で白く輝いた笑顔の華の真価を慎重にかつ真剣に吟味していた。冬子の華奢な首から下の身体は雉鳩を驚かせることのないように配慮して街灯の柱のように微動だにしないでいる。時間はゆるやかに水面に遊ぶ陽の煌めきやせせらぎの音とともに水路の下流へと運ばれていった。やがて納得の出来る答えを引き当てた雉鳩は再び前を向くと冬子にまるい背中を見せてそのまま動かなくなった。  やがてじわじわと強まる太陽の輝きがその水路の面全体を豊穣な稲穂の大海へと変えた。ふたつの背中はいにしえの昔から仲睦まじく横並んた白樺と花崗岩のように久遠の岸辺から満ち溢れてくる時を眺めていた。
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find-u-ku323 · 4 years
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『鞍馬天狗』
 店に誰もいないときは、誰にも出さないという前提で、自分だけのためのひと皿を作ることがある。  まず、近くで採れた山芋を短冊切りにして、湯がいたあと水に曝した山菜と一緒にゆず醤油で和える。前菜にしてもいいし、つまみにしても中々に優秀だ。  また、街に降りて手配したネギ、白菜、豆腐、玉ねぎを一口大に切り、極上の牛肉を軽く焼いて先の具材と一緒に決して大きくない鍋に入れ、昆布・甘辛い醤油・味噌・ほんの少しの砂糖と生姜・ナツメグ・その他諸々を何年もかけて煮立てた秘伝の割り下を注ぎ込む。美酒と湧き水、そして具材から自然に出てくる水気を以てぐつぐつ言わせれば、巷で言うところの「すき焼き」が出来上がる。  あとは、自ら用意した伏見の銘酒を持ってきて盃に注げば、立派な宵の酔い痺れといったところか。  洛中の美食家から「こんなものが料理として認められるか」と罵声を浴びせられるほど容易に作れる料理ばかりだが、私にはそれで十分だった。生活の中に食事が立脚しているのだから、過度に背伸びをすることはなかろう、お偉い方々にはそういう機微が分からんのではないかと思う。  ……「誰もいないときは」という仮定をしたが、本当のことを言えば、こんな山奥に客の一人も来るはずもない。私を訪ねてくる物好きな者は、山の中を彷徨い歩いて力尽きそうになった哀れな人間、もしくは、いつか払ういつか払うとツケをため続けている山姥かといったところか。どちらにしても私の安眠を妨げる迷惑なお客様であることに変わりはない。  もちろんこんな辺境に店を構えるということをしなくとも、若き日のごとく京を何ともなしにぶらつく人どもに対して口論を吹っ掛ける迷惑な経済学者として生きることも出来ただろうし、あるいは法外な値段で怪しげな壺を売りつける古物商となって一儲けするというのも考えた。  だが、私には既に何事かを為すための根気が尽きたのだ。もしくは、この世に愛想が尽きたと言い換えても同じことだ。これはちょうど三年も前に堀川沿いで店を構えた時に著名で高尚な料理人どもから厳しく指弾されて初めて気がついたことなのだが、洛中の魑魅魍魎有象無象を中心に回っている今生においては、どうやら「論破」するということが至上最も尊く素晴らしい人間的勝利だとされているようだ。私はこの原理に大いに苦しめられた。人間がなぜ誰かを言い負かさなければならないのか、私も弁の立たないほうの人間ではなかったから洛中に留まろうと思えば留まれたのだが、しかし気持ちのいいものではない。  政治はこうあるべきだ料理はこうあるべきだ、また通りを違えば文化はこうあるべきだ人生はこうあるべきだ、と日夜見知らぬ人々が出会い頭に議論し合い、相手を罵り合い、結論を出すこともままならない。このところ洛中ではこれといって人の価値観を大きく変えたり日常を揺るがすような事件が起きていなかったから、日常の歪を解決させる気持ちがこうして表出されているのかもしれない──とは思うのだが、やはりどこか息苦しさを感じる。世の中が退屈過ぎて狂気に堕ちたかどうかとすら思う。  そもそも人間的生活とは「べき」論に留まるものではない。それを進歩しない怠惰と糾弾して何が悪いというのか? 「……美味い」  しかし、私の抱いている壮大な哲学的命題も、山菜のほんの少し苦みが混じった自然の瑞々しさであるとか、溶いた卵が肉に絡みつき極上のマリアージュを果たしているところなんかを味わってしまえばほんの数秒で一旦は消失するものなのである。だから私は任意の時間に食べたくなったらこういったものを作って食べるようにしている。  が、流石に最近は腹回りが気になりだして仕方がない。 「ちょっとばかし、太ったかな」  自由放漫のために心なしかジーンズがキツい。そう、私はこの数年ろくな運動もせず、街に降りるのは専ら食材の買い出し・古本屋で良さげな小説を見繕う、その程度。かつての栄華を極めていたころの若々しい肉体はどこへやら、これが中年から初老、初老から高齢者へと滑り落ちていくということか──私は私の怠惰を悔いた。  山から山へと駆け抜ける強い一陣の風がこの古い屋敷の窓という窓から流れ込み、それによって至るところから、ぎし、ぎし、と痛みを感じさせる音が聞こえてくる。それで私は障子を閉めようとしたら、向かいの扉を開ける誰かに気がついた。 「あらあら、どうしたの。昔からずっと誇りに満ちてた顔がもう台無しよ」  ──その声は、まさか。  声に出そうとして言葉にもならなかった。まさかこんな山中にまでやってきて私の情けない姿を見られるとは思わなかったし、そもそもこの姿で私を私だと気がつくというのにも驚いてしまった。 「鼻が短くたって、トレードマークの怖そうな髭がなくたって、私には分かるわ」 「嘘だろう、私だとなぜ分かる」 「そうね……強いて言うなら、その思考回路ね」  思考回路? 私はそんなに分かりやすいような性格をしていただろうか。化かすのが得意だと言い張る狐の癖に、絶大な力を持ち合わせていた頃の私の行動原理が分からなかったんだから、今の私がここに隠れて住まう理由だって正しく言い当てられるはずがない、……私は少なくともそう思っていた。 「ほら、そうやって自分のやり方や能力を過信しようとして誰かを疑う目つき。全然変わってないわね」 「何を分かったように言ってるんだ。私は由緒ある鞍馬山の大権現だぞ、お前とは違う」 「いくら世の中を好きに動かしていた、動かせていたけれど、もう千年も二千年も生きていれば流石にご自慢の神通力だって弱ってきたんじゃあないの? それで、世に不平不満が渦巻いているのに苛立って、ご隠居生活ってなわけでしょう。ああ羨ましい羨ましい」 「お前、私を馬鹿にしているのか!」 「ああ嘲笑ってやりますよ。だって、いつ会っても『藤原の坊ちゃんがずっと栄華を極めておったのはワシらを崇めておったから』やら『ワシが牛若丸を育てたんだ』とか『応仁の変は私が日野富子を煽ったから起こったんだ』とか、そんなことしか聞かされていないんだもの。もう武勇伝は聞き飽きたわ」  だって事実なのだから仕様がない。世に蔓延る有象無象森羅万象を操ることのできる力と無為な批判者を吹き飛ばせるだけの扇を持っていて、なおかつ京から近からず遠からずの距離感で内政干渉出来るのだから、好き勝手して何が悪いのだ。人間から崇め奉られる存在となれば、こちらに生殺与奪の権があると解釈するのは、決して間違っていないはずだ。 「しがない化け狐の老婆心として言わせてもらうけれど、自分の力が弱まったからと言って好きに山に籠っていては、自ら死を選ぶのと同じことだわ。しっかり運動して筋肉を維持したり、力を研ぎ澄まして再び人間共にその権威を見せつけたり、そういうことをする気はないわけ」 「もう、うんざりなんだよ。世はもはや『論理的に正しい』『論破』ばかり。もっと道楽に狂乱すれば少しは私も街に降り立とうという気にもなるが」 「それは私の知ったことではないわ。貴方がそうなるように全てを仕組んだのに、『こんなのはおかしい』だなんて、ちょっと傲慢が過ぎるわね」  彼女はそういうと、勝手に引き出しから箸を出し、いただきまーすと軽い調子で山菜・山芋の和え物をつつく。その横顔は純粋無垢な平安の都のあった時から変わりのないように見えるが、その裏面で間違いなくこんなふうにしてかつての政敵を出し抜いているのだろうと思った。 「何が目的だ」 「もういいんじゃないの、こんなところに固執しなくても。都ですらなくなったのだし」  伏見の狐はやんわりと笑うが、その笑みには今日の満月と同じくらいとんでもなく冷たいものを感じる。言外に、私をうまく利用して責任を逃れようという利己的な考えが薄く見え透いている。 「鳥も獣も兎ちゃんも、みーんな眠ってる。丑三つ時に駆け込んで、誰かをご乱心にさせればいいだけのことよ。あとはそうなった人間が火をつけるなり何なりするわよ──それくらい、応仁の乱を起こした貴方には簡単なのよねぇ」  その言葉を聞いている最中は、もう食べていたすき焼きの味が分からないくらいに怒髪天を衝くような思いだった。私が扇を振らずとも、怒りに呼応するようにして、外を暴れる強風はますますその勢いを増していた。  道路標識をなぎ倒す音がやけに煩い。 「そんなことしたら、私の住処まで無くなるだろうが。よくそれを言って許されると思ったな」  しかし、この化け狐は黙らない。 「何ですって? そもそも、この二百年かそこいらの間、鞍馬の山にずっと引きこもってばかりなんですから、京のひとつやふたつ」 「ふたつもないに決まってるだろ」 「細かいなあ──京くらい平安をぶち壊したってバチは当たらないわ。というか、バッテン印を誰に与えるか決めるのはあくまで私たちなのよ」  どうして彼女がそこまで人間の住処を壊したがるのかは、私にも全く理解できなかった。似て非なる行動原理だ。私は、ただ人間が苦しみながらぐるぐると輪廻を回して破壊と再生を繰り返すのが娯楽だというだけで、京の都を壊すなどという発想には至らなかった。しかしここでこの腐れ稲荷が言うのは、恐らくこういうことなのだろう──都くらい、いや、もっと深く言うならば、人間くらいいいじゃない、別に。  せっかくの美酒が不味くなるからさっさと去れというのは簡単だが、そうやって追い出してしまった後に彼女が簡単に破壊活動に至るのではないかという懸念はあった。 「仏法、もしくは八百万の神、七種の良薬、六歌仙、五がなくて、四聖獣、三種の神器、錦の市場、そして一つの信仰。これら以外のものは不要なのであって、しかしそれらはすべて洛中にしかないのだ。これを亡くして『京を壊すくらい、いいじゃない』となるなど、私には到底思えないが」 「はいはい、またわけのわからないこと言ってるわね。そんなに面倒臭いことばかりいつも考えていて、疲れないのかしら」  この期に及んで挑発の台詞が口から出るとは、呆れた。お前はイヤイヤ期の稚児か何かなのか。 「本当に……お前は何が言いたい?」 「私の刹那主義をまさか知らないとは言わないわよね。あなたが鞍馬山の大天狗であるというのをいいことにその座に安住している間も、私はずーっと今が良ければいいやと思いながら、それでも化け狐として細かく細かく色んなところで悪戯をして自分のモチベーションを維持していたのよ。自らを神だと言うのなら、それ相応の力の誇示を面倒臭がっているような怠け者には不寛容にならざるを得ないのよ。いくら旧知の仲と言えども、ね?」  その台詞は一息で、かつ早口で言い終えられた。と、その瞬間、自らの屋敷が浮かび上がっているような錯覚──いや、これは現実に浮かび上がっているんだ、そういう感覚を覚えた。まるで上空に何らかの力を加えられて引っ張られるような感覚。 「お前は私をまだ恨んでいるというのか」 「ええ、恨んでいますよ。  月が綺麗だと言ってくれなかったでしょう?  何千年も追いかけて、何千年も化けて、何千年も蘇って、こうやって化けて出てくるくらいには──恨み深さであなたの住む現実を壊したくなるくらいには、とても恨めしい。この浮かび上がる屋敷の中で永久に私に監視されながら生きていればいいじゃあないですか、それも乙だもの」 「馬鹿なことを言うんじゃない、早くこれを定位させろ」 「それは無理ですよ。  というか、あなた天狗なんだから飛べるのでしょう……? さっさと飛んでみなさいよ、そして私を止めてみせなさいよ。え、私? 狐ですから、化ける前の姿に戻って、くる、くる、とん、で着地成功なの。  ああ、生憎老いぼれ天狗さんにはそれが無理なのかしらね」 「何を抜かしてやがる、いつまでも小娘のままでいられると思うなよ」  私はその挑発に乗って、すっかり灯の分布が分かるほどまでに上昇したその屋敷から何の原理か飛び出した。そう、私は今でも飛べるはずなのだ……。決して堕ちることはないから、高所恐怖症になった今でも安心して飛べるはずだ、何も問題はない、大丈夫だ、そうだ。  そう思ってためらいがちにそこを出ようとした私の背中を、化け狐が蹴った。  その顔は、にたりと粘っこい、幾年もの嫉妬や醜いものが詰まった笑みがあった。まさに醜女とはこのことをいうのだ──顔立ちではなく……私はそう思いながら一気に地面と接吻するように促された。  私の神通力はもはや何者をも黙らせることが出来なかったのだった。
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cofgsonic · 7 years
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17.04.01 ハッピーナイトメア・ドライブ
※ルージュの過去捏造が暗いです
 人里離れた静���な大屋敷。外観に飾られた不釣合いなネオン。安っぽいクリスマスセールみたい。  中に入れば、赤い顔をした奴らがワイングラス片手に、荒唐無稽なダンスでお祭り騒ぎ。楽しいパーティがアタシたちを歓迎する。ハッピーな気分でずうっと踊ってなさい、って心の中で毒づいた。 「都会からはるばる、よくぞお越しくださいました、ミス・ジェニー。おや、そちらの男性は」 「パートナーよ。今夜はアタシ、彼から離れないから」 「ええ勿論、ボーイフレンド様も歓迎いたします。さあお二方、中にお入りください。ご主人様があなたたちを待っております」 「けっ、暢気にダンスパーティしてる場合じゃないぜ。この女は、今からな……」  ヒールで思いっきり男の革靴を踏みつけた。赤いハリモグラは目ん玉充血させてもっと真っ赤になる。ふん、いい気味よ。背を向けた屋敷の執事には見えないように睨み合う。 「邪魔すんじゃないわよバカモグラ」 「お前こそ足引っ張ったら承知しないぜ、コウモリ女」 「合図したら、わかってるわね?」 「遅れんなよ」  史上最悪の悪巧みの打ち合わせは浮かれたパーティ会場の騒がしさに溶け込む。アタシは颯爽とヒールを鳴らし、悪い顔をリセットする。アタシはここではジェニー。本物のジェニーは、さあ、どこへ行っちゃったのかしら? 今頃街はずれの倉庫で、素敵な夢でも見ている頃じゃない?  ナックルズはまだアタシの顔をじろじろ。なーんか期待してた視線と違うから胸糞悪いわ。今夜のためにドレスも化粧も気合入れたっていうのにウブな男、いえ無神経な男はこれだからね。まだ許してないわよ、ここへ来る前に言われた「化粧の上に化粧ってできるもんなのか?」っていう台詞をね。悪気がないから余計に神経を疑う。  広間の奥には参加者たちにただ見せたいだけの赤いシャンパンタワーが、きらびやかなルビーの壁を作っている。その下でダンスに不釣合いな羽つき帽子をかぶったマダムと握手する、銀色のお髭のミスターがいて、アタシは彼を顎で示す。ナックルズが周囲に聞こえないくらいの溜息をつく。そして苦虫を噛み潰すような顔で、 「今のオレらじゃエッグマンの悪事も咎められねえな」と言った。 「今なら、逃げ出すのも間に合うわよ。コソドロになりたくないなら帰っちゃえば?」 「盗みが目的なのはお前だけだろ。オレには別の目的がある。ちゃんと奴のところに案内してくれるんだろうな?」 「もちろん。アタシの盗みを黙視するっていう条件でね」 「癪だぜ」 「お互い様でしょ」  恰幅のいいミスターが歩み寄ってくる。口端だけはナックルズに向けて吊り上げる。「あんたは乗ったのよ。個人的な恨みを晴らしたいっていう、アタシが宝石盗むのと同じくらい綺麗じゃない目的のためにね。やるんでしょ?」  あんたは瞳をぶどうみたいにしっとりさせて、何も言わないのね。
「許せねえよ」  えずくみたいだった。  恐ろしい計画を口にするとき、人もケモノもまるで血を吐くように吐露するものなんだと知った。何を言われているのか最初はわからなかった。つまりはこいつがそんな風に、喉をわななかせながら恨み辛みを込めた声を出すなんて思わなくて――寒気が走った。エンジェルアイランドに吹く風がいやにべたべたと、まとわりついた。ビル風はおろか、どこかのハリネズミの坊やの風も滅多に吹かないまっさらな島なのに。こんなに不快な風が吹くの。ここにずっと居付いている、一族の最後の生き残りは、自分が目尻に不必要なシワをいっぱい作っていることに気づいているのかしら。それは印象のよくない表情だと教えてやるのを、ついに忘れた。  辺境の地に住むからこそ、冒険心に唆されて危険な場所へ赴くトレジャーハンターだからこそ、街の新聞には絶対に載らない事件を彼はいくつか知っていた。その中の一つ、少女誘拐事件のことをアタシに話してくれた。そしてその犯人は人間ではなくロボットだということも。  有能なロボットが主人の手を離れて一人歩きし、意思を持つなんてことは、オメガの存在をはじめ、アタシたちの身には痛いほど染みている事実。けれどロボットが無力な女の子を襲うなんて、そんな嫌な時代が到来していたなんてね。子狐ちゃんには口が裂けても教えられない。だからナックルズは、アタシに話すしかなかったんだわ。  奴の主人も沈黙を決め込んでいる。巨大な電力会社の重役だっていうから、これまた厄介。ロボット産業にも手を出しているが、躾がなっていないのか、過去に会社の職員に怪我を負わせたという話もあるから手に負えない。可愛がっているロボットの一人が犯罪を犯したことに彼が関係があるのか、はっきりしたところは定かじゃない。  問答無用で破壊すべきだ。主人が処分しないならオレが壊す。ロボットは普段、自宅にいる。「主人の前では忠実なのに、どうして?」少女を襲った夜、一時的なシステム障害を起こしたんじゃないか。ナックルズは長いようで短く、分析した。 「随分と事件についてお詳しいのね」  ナックルズの横顔には険があった。顎の内側、歯を食いしばっているのか、ギリリと音がした。 「神様って何でこう、タイミングを巡り合わせるのが上手いのかしら。彼の自宅の金庫には、前から狙っていた宝石があったのよ。でも彼は大手会社の重役。今の時代、ロボットを従えているくらいのお屋敷で、セキュリティのぬるいところはないわね。事を荒立てると、遠方でも気づかれるわよ。自宅と連携したセキュリティアプリをロボットに搭載するくらいやってるはずだわ」 「侵入だけでも気づかれないようにできる方法はないのか」 「鍵を開けて堂々と入るしかないんじゃない? 警備ロボットのお出迎えからは逃げられないでしょうけど。どうする?」
 補足しておくとここは、イケてるミスターであり誘拐ロボットのマスターであるおじ様の別荘なのよね。遊ぶための場所だから自宅から然程離れていない。屋敷を出れば海に囲まれた山沿いの道路を臨める。つまり道路沿いにあるお屋敷で、無駄に広い駐車場には車がいっぱいだった。もちろん、コンビニの駐車場に停まっているような普通のじゃない。売ればウン千万の高級車ばかり。  ジェニーは今日のパーティに呼ばれた、取引先の会社の重役の、女性部下だった。最低ね、取引先の社員に手を出そうなんて。ジェニーの上司はワイングラス片手にダンスホールで踊っていたわ、千鳥足で。彼女は男運がないみたい。ほんと、ロクでもない男に囲まれて可哀相。  でも、ミスターはジェニーの顔を知らない。だから彼の前でも、アタシはジェニーに成り代わることができた。  挨拶もそこそこに、ミスターに連れられて二階に上がる。  この屋敷は一階に大広間があって、いつもはファンタジー小説に出てくる魔法学校の食堂のような、ながーいテーブルに椅子を並べた食卓風景が広がっているらしい。でもこういう賑やかな夜は、それらを撤去して巨大なダンスホールにしてしまうんですって。ダイヤモンドの欠片のようなものがじゃらじゃら下がったシャンデリアが揺れてしまいそうなほど、ダンスホールでは人々が踊り狂う。異様な光景と言っても差し支えない、やばい夜には、やばい奴の周りにやばい連中が集まる、その法則を反映したようだった。見下ろしながら舌打ちを堪えた。嫌なフェロモンを漂わせる男の背中を追った。  螺旋階段を上ると、ある部屋に通された。  そこにはムードのあるソファーや、本棚、思わずドキッとするアロマが焚かれていて何とも居心地がよかったけれど、アタシはもう壁の電気スイッチしか見えていない。目端に飛び込んで来たのは男の指先だった。胸元に手を伸ばしてくるミスターを、軽くウィンクして一度落ち着かせて――パチン! 素早く部屋の電気を消した。  さて、ドレスの胸元に隠した小型通信機にこの模様が聞こえているはず。驚いて声を失うミスターの股間をスペシャルなキックを打ち込んだのはその直後だ。踏みつけたカエルのような声を上げさせ、ズボンのポケットから鍵束を引き抜いた。  ドアを蹴破ると屋敷全体が闇に落ちている。一階は騒然とした様子で、暗闇で慌てふためく人々の頭上を急いで飛んだ。そっと玄関を開けて、外へ身体を滑り込ませる。僅かな脇汗が瞬時に冷えた。 「奪えたわよ。ラッキーね、愛車の鍵まで一緒みたい。大事な鍵を全部持ち歩いているって噂、本当だったのね」 「うっとりしてる場合か。早くしないと誰か追ってくるぜ」 「わかってるわよ」  屋敷の電気を消したのはもちろんナックルズだった。ミスターの周りの執事までみーんなアタシが惹きつけちゃったから、彼が行方を眩ますのは他愛もないことだったわ。 「あーあ、おじ様たちに気を遣うの本当疲れた」  屋敷の脇に停めてあった真っ赤なオープンカーに飛び乗った。アクセルを踏み、勢い込んで車道に出る。  海沿いの道は死の王国のように真っ暗で静かだった。助手席のナックルズが遠のいていく屋敷に振り返って、「あばよ」と呟く。 「本当はあのオヤジもぶん殴るつもりだったんだぜ」 「彼が警察に連行されるときまで我慢しなさいよ。ねえ、本当に壊しちゃうの? ロボットの身柄を拘束して警察に突き出せば、指紋とか調べてくれるんじゃないの」  言ったあとで、拘束などしなくても破壊されたボディの方が隅々まで調べるには効率的だと気づく。今までドクターのロボットは飽きるほど壊してきたのに、何で今回ばかりは、まるでこの男の殺人を手伝うような気分になるのかしら。多分、隣で風に吹かれるナックルズを突き動かすのが、確かな殺気だからだ。  アタシはハンドルに力を篭める。篭められずにいられない。  メイクはケーキをデコレーションするのに似ている。スポンジにクリームを塗って、飾りつけして。年の数だけ立てるロウソクは決して実年齢と一致させない。  まずクレンジングオイルで乳化した素顔にファンデーションを塗る。パウダーを含んだタイプのファンデーションの方が早いけれど、きめが粗いから、ファンデーションとパウダーは別でつけた方がいい。  リキッドライナーで瞳のフレームを自然に強調して、シャドーはお気に入りのマリンブルー。前に一度ピンクで攻めたことがあるけれど、アイシャドーは瞳と同系色が基本っていうし、アタシらしさがばっちり出るのはこれ。彩ったら、マスカラに持ち替えて、睫毛を掬い上げる。  口紅はいつも丸みのある描き方だけど、今夜は鋭角的に。唇の輪郭を描いたあとに中を塗っていくのは爪と同じ、これで形がくっきり出る。ルージュ、この名に恥じぬ色気は唇から作り上げたものなのよ。メイクの仕方さえ知らなかった頃、鏡の前で大人っぽいグロスをなめては拭いて、を繰り返していた。  鏡よ鏡、この世で一番美しいのは? いつか鏡が「それはあなたです」と答えながら、素敵な女になったアタシを映してくれる。そう夢見てた。  本当に応えてくれるものね。本気でメイクした自分と見つめ合いながらそう思った。  そこには大人になったアタシがいる。子どもの頃、着せ替えゲームが好きな時期があった。インターネットのフリーゲームなんかでよく見る本当に単純なやつ。当時は自分の好みさえよくわからなかったのに、限られた服やアクセサリー、メイクの選択肢から可愛いと思うものを一生懸命選んで、遊んでいた。当時の自分には何一つ手に入らないものだったわ。だから束の間でも、自分がオシャレしているみたいで楽しかったの。今じゃすっかりオシャレや、自分の美を磨くことが、生活の一部になった。  ネイルサロンでジェルネイルしてもらった指先は華やいでいた。白いラインストーンのついたネイルチップをつけてもらっちゃったせいで、香水を吹き付けるたびにきらきら光る。エステにだって行った。あったかいオイルにまみれて、頭から胸元までのマッサージを堪能したわ。  紫のドレスはボディラインが余すところなく出るミディアムタイトスカート、目的はパーティじゃないからパンプスのヒールは低め。胸元には宝石のついたネックレスでアクセント。  宝石は、幼い頃からお守りだった。吸い込まれそうな輝きに魅了されたあの日から、アタシは宝石を愛してやまない。磨けば磨くほど光を増す、自分もそうなれるんだって信じてた。やがて恋をした今でも、そう信じてる。  オシャレは魔法の鎧。メイクは魔法の仮面。 「彼氏でもできたか?」  待ち合わせのとき、ついに言わせたの。何で? と、すましたアタシから目を逸らして「べ、別に」ととぼけるあいつの立派なタキシードの裾にわざと、口紅たっぷりのキスマークを刻み付けたくてたまらなかったわ。素敵なガラになったわよ、きっと。  でもねそのままでも、「あんた」みたいな男がいいの。  趣味悪いわよね? 「もしかしてジェラシー?」つん、と裾をつついてあげた。そしたらぷんぷん怒り出しちゃって。 「んなわけねえだろ! いや、だからさ」目を泳がせて。「いつもと違うなって……」 「あら、意外と察しがいいじゃない」 「化粧の上に化粧ってできるもんなのか」 「何ですって? 呆れた」  たまには乙女心ってものを考えて気の効いた褒め言葉でも返しなさいよ! 「ふーん彼氏じゃないのか」 「い・ま・せん。次に言わせたらスクリューキック」 「じゃあ、何でそんな気合入れて��だ」  このハリモグラは鈍いってレベルじゃないから泣けてくる。  でも当然よ。だってこいつにはあの誘拐ロボットしか見えていないんだもの。  屋敷に侵入すると案の定警備ロボットたちが一斉にアタシたちをライトで囲んだ。パトカーよりも攻撃的な光線が身体を貫いてきた。当然、すぐさま武力で反撃した。ドレスじゃ動きづらくてスピードは衰えるけど、タキシードのナックルズは何故だか衰えなかった。  砕いていった。次々と。吹き飛ばすんじゃない、砕くのよ、文字通り。中のコードがはみ出て、派手に機体が倒れる。足を引っかけそうになる。  ロボットたちのライトは少しずつ消えていって、やがてナックルズの横顔は――。熱を、咲かせて。もう一度いつもの暑苦しさを見せて、と思わず叫びそうになる。あんたの冷たくなった顔を、どこかで見学しなきゃいけない場面が来るんじゃないかと不安だった、その不安は今、的中した。でも今のあんたは、あんたじゃない。 「どうしたの?」  肩をすくめて、とぼけた。 「興奮しやすいクセして今日は随分無口じゃない」  まるで噴火前の火山が、そこにいる。  コウモリの耳は不愉快な超音波をキャッチする。怒りが、空気を通して、天井を床を電撃のように駆け抜ける。  アタシたちは闇の中で視線を合わせた。アメジストの双眸が、煌いた。 「何か言いなさいよ!」  アタシの潤んだ唇とナックルズの腕からそれが響いた。  彼はずっと腕輪をつけている。細くて目立たないけど、その正体はパーティ会場で役立った通信機。アタシは胸元から自分の通信機を出して、「応答しなさいハリモグラ。レディに無視決め込むなんてサイテー」と命令する。ナックルズはさすがに狼狽したようだ。 「驚いたじゃねえか、いきなり何だよ!」 「こっちの台詞よ。あんた何考えてんの、さっきから顔がマジすぎるってば」通信機をドレスの胸元にしまうと彼は仰け反った。「あら、胸ポケットに大事なものを入れるのは女スパイの基本よ」 「胸ポケットじゃねえだろもはや」 「ふふん、ならブラポケットね」 「ふざけんなっ!」 「ほーら、ちょっと肩の力抜けた?」  固かった表情筋を僅かに和らげたのには成功したけど……ナックルズは機嫌悪そうに鼻を鳴らして、ずかずか進んでいく。 「あんたこそガールフレンドでもできたのかしら? もしかしてその誘拐事件、好きな子が巻き込まれたとか」 「そんなんじゃねえ!」  警備ロボットの残骸に溢れた床に吐きつけるようにして彼は否定してみせる。――あからさまだった。 「そんなんじゃねえよ」  誰のためなの? あんたの頭をいっぱいにするのは誰なのよ。嫌よ。  ナックルズは勝手に奥へ奥へ進んでいく。追っているうちにアタシは自分の顔をどこかで落としてきたような錯覚に陥りかけた。  ある部屋に入って、彼が止まる。さっきまで彼を茶化していたはずのアタシはもう冷静じゃなくなりかけている。  ここだ、ここだ、ここだ。  電気の一つも探さずにここまで来た。拳でぶち破られたドアの向こうに広がるのは寝室か。キングサイズのベッドがある。家主は独身のはず。ずっと、配置もサイズも変わっていない、十年前から。人間の男の臭いを微かに探り当て、咽びそうになりかけて、アタシは――涙目で、顔を上げた。  時という概念が消え失せたのはそのときからだ。  およそ何分この部屋に滞在しただろう。まったく覚えていない。  そこに白いゴツいロボットがいるのは不気味以外の何物でもなかった。オメガよりは小さく、カラーリングももっとシンプル。だからこそ得体が知れず、後ずさるアタシと入れ替わりでナックルズが動いた。 「ちょっと待ちなさいよ……」  輪郭ごと、闇と一つになって今にもロボットを頭から食らわんとする何かの化物になるような気配をナックルズは背負っている。彼が一歩ロボットに近づくたび、心音がドンッと鳴る。  このロボットが犯人だって、どうしてあんたは気づいたの? 普通の家庭用ロボットじゃない。お掃除とか、身の回りを世話してくれるそういうタイプの奴よ、これ。 「こいつじゃないわ」  口を出していた。ロボットは四角い足を揃えて、何も言わない。ただアタシたちを見ている。突然喚き出したアタシにナックルズは怪訝な素振りを一切見せない。  まるで最初から……本当のことが、わかっていたかのよう。  誘拐事件。数多くの被害者の女の子たち。そのうち一人の名前は。 「命令に従っただけよ、こいつは」 「黙ってろルージュ」 「だって知ってるんだから!」  そのうち一人の名前はルージュ・ザ・バット。当時八歳。 「ねえ見たでしょ? あのオヤジ! ド変態はあっちよ! そのロボットはね、誘拐された女の子を世話するためだけに十年間ここに閉じ込められてるの! 被害者の子たちよりずっとずっと長く! アタシは――」  何言ってんの。 「アタシは幽閉されている間そいつと遊んでた! 家の宝石、たくさん見せてもらった……! 本当は監視役だってわかってたけど、それでも、こんな風に真っ暗で不安な夜、こいつの液晶でゲームして、くっついて一緒に寝てたの。だから、壊すのはちょっと待って……」  ああ。変よね。子どものアタシが乗り移っていたのを確かに感じた。壊さないで、じゃなくて、ちょっと待って、とか慎重ぶるところなんか特に。  ませた子どもだったの。そのくせ世間知らずだったから、このハリモグラみたいにホイホイ騙されて、ついていった。まさか十年もこんなこと続けてるとは思わなかった、ナックルズの話を聞くまで。  ナックルズのぶどう色の瞳は、怒りと悲しみを行き来していた。わざわざ深く息を吸ってから、白い八重歯で、下顎をすり潰していた。大袈裟に俯いて。やり場のない感情で両腕を厳らせて。  クソが、と咆えて。  その隣でアタシは「知られていた」と声に出さず泣く。  今すぐ逃げ出したい。知られていた。知られていた。もしかして、と怖くはなっていた。どうしてかわかんないけど知られていた! アタシが十年積み上げたプライドがゆっくりと倒壊していく。 「……アタシのためだったなんて粋なサプライズね。ハリモグラのくせに」 「だめなのかよ」  ガスの抜けた声だった。 「お前の苦しさをぶっ壊したら、お前ごと壊れんのかよ」  瞬間、崩壊が止んだ。とびきり大きな力に腕を引き上げられたような気持ちが、迸る。暗く沈んでいた世界を一閃する。 「噂好きなトレジャーハンターが、お前のことを話してた。真相を確かめるためにわざと連れてきたんだ、悪かった。そして真実なら、お前の目の前でぶっ壊してやろうと思った。オレには……それしかできないからよ」 「ハリモグラのくせに……アタシにカマかけたの……!?」 「悪かったよ」 「いいわよ、もう! あんたに謝られると気持ち悪い!」 「きもっ……おいふざけんな!」 「そんなんじゃねえ、とか強情なままでいりゃよかったのよ! 何よ、アタシのためって!」  唇を噛んだ。 「優しくしないで……!」  口紅の味が広がっていく。そういえばアタシは、オシャレを覚える前は口紅の味が大嫌いだった。  突然、腕の関節が外れたようだった。強引に引っ張り上げられたみたいで、犯人は当然、ハリモグラだ。目尻をくしゃりとさせたハリモグラだった。 「聞けよ、ルージュ。お前は綺麗だぜ。顔はな」  泣きそうにも見えた。パウダーをたっぷり乗せた頬にグローブを添えられる。 「けど目がキツい。おまけに口が悪い」 「あんたに言われたくないわ」 「あと、素直じゃない」  そればっかりは、ぐうの音も出ない。食い入るように真剣に、ナックルズはアタシの瞳を眼差し一つで縫いつける。いやだ。逸らせない。身体が、シビれそう。 「強情なままでいたってな、可愛くねえぞ。ちったあ、か弱い乙女の部分とやらを見せやがれ」  悔しくて、息も飲めなかった。  子供の頃か、いつか夢見てた王子様に――こんなガサツな奴が、一瞬でも重なったのが悔しい。ドレスで隠した胸が張り裂けそうなほど。その桃色に破れてしまったおっぱいをこいつに見せたいほど。 「決着つけるなら、ここでつけろ」 「わかった、から、ちょっと待ってて」  やがてハリモグラの肩を、そっと押し退けた。白い塊の前に立つ。 「覚えてる? アタシを。十年前にここにいたの。可愛い真っ白な白雪姫よ。今夜は泥臭い赤ニンジンをつれてきたわ」 「赤ニンジンってオレか?」 「元気にしてた……?」  ロボットは人間みたく小首をかしげる。とうに記憶はデリートされちゃったかしらね。  こっちはよく覚えているわ。主人の私物からこっそり持ち出してくれた宝石や、アクセサリーまで全部。絶対に手に入らないけれど、眺めているだけで幸せだった。いつかこんな綺麗なものが似合うコウモリになりたいって思った。アタシがもっと見たいと言ったら、もっとたくさん持ってきてくれた。もちろんマスターには内緒で。 『あたし、これ欲しい。眺めているとドキドキするの。ねえ内緒にしててくれない?』 「皮肉よね。誘拐がきっかけで、自分も宝石専門の泥棒になっちゃったんだから」  ロボットの胸部には小さなモニターがあって、ドット文字が表示された。懐かしい。タッチ式でゲームができるの。飾り気のないパーツのロボットにしてはこれだけは優秀だった。画面はカラーだし、アクションゲームとかパズルとか、着せ替えゲームとか色々――。  オヤジは嫌いだったけど、あなたは結構好きだった。怖がるアタシと遊んでくれた。 「他の誰が噂したって、関係ない。何とでも呼ぶがいいわ。アタシは這い上がったの。死ぬ気で脱出して死ぬ気で生きてきた」  ロボットは何も言わない。瞳が時々、チカリと光る。この子は今でも喋れない。感情も示してくれない。ただ目の前の少女を喜ばそうと、  宝石を、両手で差し出してくる。 「ナックルズ」  彼のグローブがすでにロボットの首筋に当たっていた。 「――壊して」
 それから少しだけ。  彼の胸の中で、泣いた。素敵にか触れられた翼が、いやに彼のグローブの厚みと微かな体温を伝えた。  赤い宝石は素敵に輝く。  今夜は星降るいい夜だと思っていたのに、よく見上げると、汚らしい曇天がはびこって一雨来そう。アタシは何を見ていたんだろう。 「エンジェルアイランドまで飛ばせよ」 「……命令しないで」 「じゃあお願いだ」 「断るわ。あんたわかってる? 今回の件、バレたらシャレにならないんだからね! エンジェルアイランドなんて一発で嗅ぎつけられる場所に潜伏するは論外!」  高級車は海沿いを走る。この男はアタシを帰さないつもりだ。上等、そのつもりでこっちも派手に決めたのよ、今夜。でもタキシードの男にドレスの女の逃走劇って、どこの映画の世界ってカンジ。  世間じゃアタシたちが悪人になる。今頃パーティは滅茶苦茶でしょうね。とにかくジェニーが無事に発見されることを祈るわ。アタシたちは地の果てまで逃げるから。  スリル満点の人生は誰もが望んで手に入るものじゃない。アタシは幸せ者なのか、それとも悪夢からずっと目覚められないでいるのか、わかんないけど、この際考えたってしょうがない。考えたってわからない。人生はゲームみたいに、リセットボタンがないんだから。でも、いくらでもコンティニューはできる。  反して助手席のナックルズは暢気なもの。ふんぞり返って、曇天の隙間で僅かに光る星を数え始めてる。さっきまで怒り心頭に発してロボットを破壊した姿と同じとは思えない。  星に飽きると、最後にロボットがくれた赤い宝石を夜空に透かして眺めていた。不思議な宝石に見えるのはアタシの錯覚かしら。カオスエメラルドより一回り小さいけれど、角度によって吸い込まれそうな透明感が現れたり、まるで水分が閉じ込められたかのような深みが出現したり、何だか万華鏡みたいにくるくる印象の変わるの。光に当ててみたらまた違った輝きを放つのでしょう。  また一つコレクションが増えた。感謝するわ。  加速する夜の海がぼやける。拭って、風を切るくらいの大声で話しかけた。 「ところでマスターエメラルドどうするのよ」 「カオティクスに預けた」夜に塗られて、赤いドレッドヘアが褐色に沈んでいた。三日月形に連なるそれらは風を受けて、独立した旗のようにぱたぱたなびく。たくましく盛り上がった胸板。アタシがさっき全部を預けた場所。  アタシだけの場所。そう信じていいのよね? 「最初からこの予定だったわけ? 用意周到すぎてムカつく。涙出そう」 「いちいち馬鹿にしやがってお前は!」 「馬鹿にするわ! アタシみたいな女に惚れた時点でね!」  それに、本当は馬鹿にしたんじゃない。幸せすぎて涙が出たのよ! 「ああ寒い」怒鳴りながら会話する。「早く逃げたい!」 「どこへだ?」 「どこまでも、よ!」 「これじゃ、オレが攫われちまう」  悪びれた様子もなくナックルズはあくびをする。手の中で宝石が、星よりも明るく輝いている。二人の未来を示すように。
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isya00k · 7 years
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涼風に鳴る幽かの怪―壱
 リン――  鈴の音が聞こえる。何処からだろう……。鈴なんて、この部屋には無かった筈なのに。見慣れぬ嫁入り道具に、着古した袴が何処か懐かしさを感じさせた。 「――ま、ちゃん……」  ……何て? 「た――ちゃん……」  どこかで。 「たま、ちゃん……」 「――え?」  私を、呼んだのは、誰。  薄らと開いた視界の向こうには見慣れぬ明るい朝の景色が広がっている。滲み一つない天井に、ふかふかとした布団が自分の身体を護る母体の様に感じて違和が胸を過ぎる。  いや、違う。これは何時もと変わりない『朝』の筈なのだ。  使い古した枕に頭を埋め、畳みの目を眺め数える。嗅ぎ慣れた香りが心を落ち着かせる。妙に懐かしさを感じる夢が、頭の中を渦巻いていた。  ……何の夢だったのだろうか。あれは、何処かで体験した事のあるような――何処かで聞いた事がある声だったのだろうか。  たまちゃんと、そう呼んでいた名前には覚えがある。  覚えが――ある……?    小さな欠伸を漏らしながら小鳥の囀りを茫と聞き続ける。  水を掛けられたかのような感覚ですくりと起きあがった『たま子』は「懐かしいわ」とぽつりと呟いた。  長い髪を結わえながら、布団の上から立ち上がった彼女は纏わり付いた寝間着をさっと脱ぐ。何時までもこの格好では義母が頭ごなしに叱る事を彼女はよく理解していたからだ。 「もう朝ですね、起きてらっしゃる?」  はぁい、と間延びする声を返して彼女は朝餉の用意の為に板張りの廊下を走る。義母の事など、どうでも良いがたま子にとっては腹を空かせた愛おしい旦那様の方が一大事なのだから。  年若くして良縁に恵まれ嫁いだ彼女は頬をぺちんと叩く。やる気を漲らせる様に淑女にはあるまじき「よしっ」と発した声は若草香る女学校の頃に教師達に叱られた仕草だが、嫁いだ後も抜ける事が無い。 「たま子さん!」  叱るような声に慌てて走る『たま子』は小さな息を付いた。  毎日は代わり映えしない。  数年前にはお上の神人なる方が死去し、『明治』から『大正』に改められた年号が何処かくすぐったい。年号が変わると言うのは重大な動乱だ。その波に乗じてか世間では様々な革命や騒動が起こっている。それでも安寧なる生活が送れるのは女学校で習った内閣制度や政治制度を制定した英雄達のお陰であろうか。もしも、英雄たちがいなければたま子だって今の旦那様とは出会えていなかった――かもしれないのだから。  浪漫を語るのは女学生ならばお手のもの。それこそ殿方に見初められる経験をしたならば、それに拍車がかかるのも仕方がないというものだ。 「ふふん」  鼻を鳴らし誰へとでもなく勝ち誇ったたま子は朝餉の用意を中途半端に済ませた義母へ何と声を掛けようかと考えながらゆっくりと廊下を進む。   ちりん―― 『また』だ、と。感じたのは夢の中でも聞いた音だったから。  懐かしい夢だ。旦那様に見初められ、女学校を去る際に、親友に手渡した風鈴。そして、その会話。  嫁入り後に幾度か交わした手紙も何時しか途絶えてしまった。人の記憶が箪笥に例えられるならその奥深くに仕舞いこんでいた思い出とでも言えば随分とを感じられる。 「八重ちゃん……」  鈴の音は、その名前は、懐かしい音色を孕んでいる。  訝しげな表情を浮かべながら洗い場へと降りて行くたま子の背に彼女の『旦那様』は「いかがなすった」と可笑しそうに笑ってみせた。  珍しく朝寝坊をした嫁が訝しげな表情をしているのだから、気にも止めるというものだ。からからと笑う旦那君にたま子はむっと唇を尖らせて「あのねえ」と振り仰いだ。 「鈴の音が聞こえるのですわ」 「鈴? 風鈴などないけれどね」  首を傾げる彼へとたま子は小さく頷く。  また可笑しな事を言って気を引いたと笑う旦那君にたま子は拗ねた様な顔をして背を向ける。  たま子は勝気で明るい娘だ。成金の娘や財閥の令嬢と違い、脊髄反射で動き考える少女だったのだから、旦那君が可笑しなことを言うのは気を引く為だと笑うのだって致し方が無い。 「酷い御方ですこと」 「母さんが居るからと、そう肩肘を張らないでおくれよ、たま。そんな気難しい顔をして、鈴の音が聞こえただなんて……夢の続きを見ている様な顔をしているよ」  肩を竦め、御名答ですことと小さく返す彼女に旦那君はからからと更に笑った。年の数は幾分か離れている。だからこそ、幼さを感じさせるたま子の仕草を旦那君は気に入っていたし、旦那君は童話を語る嫁が己との対話の為に作り話をしていると考えたのだろう。 「夢で見たのです。嘘ではないですよ」 「嘘でないと」  はて、と首を傾げる彼へと記憶をなぞる様にたま子は語る。  嫁入り前に親友とした会話がありありと思い出される。  あの時、彼女に手渡したのは――鈴だったのではないだろうか。己の後ろに何時も隠れていた可愛い小さな『八重ちゃん』。病がちで女学校を休んでいた彼女の健康を祈って手渡した風鈴の音に似ている気がする。そう言えば、彼女は―― 「……悪い夢ですこと」  ふるりと首を振ったたま子に青年は「そうかね」と椅子へどかりと腰掛けて興味深そうに呟いた。  たま子の思い出は何処までも美しいものだった。 『たまちゃん』  結った髪が風に揺れている。秘密の場所と咳込む彼女の手を引いて、二人きりの場所へと走って行った。 『ねえ、たまちゃん』  記憶を辿って、たま子は静かに眸を伏せる。  風鈴。そんな季節になったのだろうか――夏の気配を存分に孕んだ空を見上げてたま子は小さな溜め息を付く。  風鈴……。軒先に風鈴を飾る家は少なくない。この家には飾って居ないはずなのに、どうしてこうも近く聞こえるのだろうか……――。  ちりん―― (風鈴ね、きっと――……)  ふる、と首を振る。違和感が首を擡げたまま存在している事に『脊髄反射』で動く彼女はどうしても抑えられぬ衝動を我慢する様にうずうずと身体を動かした。  あの時、彼女と話した内容はよくよく覚えている。  白い肌に、良く映える臙脂色の召し物は結婚式には伺えないからとわざわざ誂えたものを着てきたのだと言っていた。  秘密の場所で、向かい合って二人きり。臙脂色に包まれた彼女は何処までも高尚な存在に見えて――眩しかった。 『結婚するのよ』  ゆっくりと、その言葉を彼女へと告げた。  知っていますと頷く友人は切なげに笑って手にした花束を差し出してきた。両の掌に抱えきれない大輪は百合の花――令嬢が選んだ一番に愛おしい華なのだという。 『たまちゃん……』  呼び声に、小さな咳と瞬きが今も鼓膜や網膜に張り付いている。頬に張り付いた髪に、涙の意味が分からなくてたま子は小さく首を振った。一緒に居られないと手を伸ばし、抱きしめた華奢な身体は微かに震えていた事を覚えている。 『たまちゃん、幸せになってね』 『ええ。わたし、幸せになる為に結婚するのよ』  きっと、彼女は幸せになれない――  心のどこかで知っていたのかもしれない。老い先短い彼女と共に在る己に優越感を感じていたのかもしれないし、その短い生で誰かを思いやる彼女の高尚さにお得意の浪漫を感じていたのかもしれない。 『わたし――……たまちゃんみたいになりたかった』  八重ちゃん、と唇の端から漏れだした声に旦那様は首を傾げる。そうだ、八重子ちゃん。彼女は今、どうしているだろうか。  ゆっくりと炊事場から歩きだし、玄関先へと歩を向ける。  電報を実家に飛ばせば彼女の事は解るだろうか。  八重ちゃん。八重ちゃん――かわいい、私の親友。  ちりん―――― 「そうだわ、風鈴……わたし、お渡ししたの」 「たま子?」  背に走った寒気にたま子は大げさな程に身震いを一つ。気付いてはいけない事に気付いたと顔を覆った。血の気が引いて行く感覚に、ふらつく足が縺れて畳みへとへたり込む。 「大丈夫かい?」 「風鈴、風鈴だわ! きっと、そうよ。そう違いないわ」  玄関先へ向かう足は震えて立てやしない。彼女の言葉に首を傾げた旦那君は「幽霊でも出たのかい」と冗句のように投げかけた。丑三つ時ですらない、ましてや早朝のこんな時間に幽霊などと余りに可笑しな話ではないか。 「冗談はお止しになって」と小さく笑ったたま子の胸に感じた妙な違和は『八重ちゃん』のその後を嫌な程に連想させた。旦那様は冗句の心算で発したのかもしれない。  死を想起させた病に罹った親友が生きているという証左もない――『風鈴』『幽霊』 もしかして……。 「ふふ、幽霊かしら? 風鈴のお化けなんて風流ね。貴方が怖がらせるからつい足が縺れてしまったわ」 「ああ、きみはそんなに怖がりだったかな? 虫だって平気で殺せてしまうだろうに」  小さく笑った旦那様にほっと胸を撫で降ろしてたま子は午後の予定を考えた。確かめよう。彼女の事を。  ちりん、と聞こえたその音色の意味を。彼女は、今――  蝉の鳴き声が煩わしい。暦を数えて春を終えて、夏へと変化する頃に、怪談話はいくつも増えてくる。居間からは幽霊の話を交わす男女の楽し気な声が聞こえてきた。  買い出しに言ってくると告げた言葉に返事はなかったが、彼女は気にするそぶりもなく玄関へと足を向ける。  残暑だというのに求愛を口にする蝉たちのせいで耳から暑さが倍増されていく。開け放った玄関の向こう側は青々と茂った葉が妙に鬱蒼として見えた。 「お化けなんて家に居て堪るものですか」  拗ねた様に呟く彼女は玄関先の下駄に目もくれず洋物のブーツへと足を通す。履き潰すと決めていたのに、まだ使えるのだから英国からの流通品は中々に勝手が良い。慣れない紐を縛って、小さく頷く彼女は結わえた髪を確かめてから「よしっ」と気合を込めた。 「直らないものね」  先生から言われても、と付け加えたのは口癖の様になった『よし』の気合の入れ方。  幽霊が居るから陰陽師を呼びましょうと絵巻物で読んだ嘘に頼るのも、性質の悪い除霊師に頼むのも莫迦らしい。  そもそも、彼らに依頼するのは大金を叩いて自己満足を満たすだけではないだろうか。解っているのだ。記憶の中にあるその姿が、『幽霊』の正体だと――その正体を知っていて、知らない振りをしているのだから。  だから、彼女は『風鈴の幽霊』とそれを呼んだ。   ちりん――  聞こえるその音に「いやね」ともごもごと口の中で呟いた彼女の視線はぴたりと柱へと向けられる。空き家になった軒に張り付けられた古びた紙切れは幼い子供の悪戯にも見えた。 「西洋インクだわ……」  何処かの商家の坊ちゃんの落書きであろうか。  滲んだ文字が読み取り辛いが、愛らしさも感じる文字の一つ一つを読み取ることが出来る気がする。じつと目を凝らした彼女はその文字を口にしながらゆっくりと読み上げた。 『ゴイライ オウケシマス ネコサガシ カラ ユウレイタイジ マデ』  なんともまあ、胡散臭い広告だ。  訝しげな表情で広告から目を離さない彼女の背後で女学生たちがくすくすとささめきあって笑っている。 「探偵様の広告はまだ張ってありますのね」 「本当。御依頼あるのかしらん」  巷では話題になるのだろうか。暇潰しや話題に作りには丁度良いのかもしれない――こんな西洋の高価なモノを使用した悪戯などそうそうお目に書かれない。  しかし『探偵様』。高価な紙にこの様に書いて帝都に張り巡らせるだけの財力があるならば、相当に頼りがいがあるのではないだろうか。もしくは、成金の道楽か。  女学生の噂の的となる位に胡散臭いのならば昼下がりの暇潰し程度でも良い。『お暇な探偵様』ならば困り顔で少女が尋ねれば相談位には乗ってくれるだろう。もしも凄腕であれど、仕事に困っていれば格安で引き受けてくれる可能性だってある……。  何より、探偵が幽霊退治をすると明言しているのだ。  霊能力者でもないくせに、ともごもごと呟きながら彼女は広告を剥ぎ取り描かれた住所と地図を辿り往く。  和洋の入り交じった街の中は、見慣れぬ物も沢山あった。  日本も随分と侵食されたものだと父達は口々に言っていたなと薄く記憶に残っている。馬車が走り、汽車が往く。三越にぞろりと集まる人波に目もくれず――否、誰の目にも止まらず、彼女は人気のない西洋の住宅の並ぶ丁番を目指した。  急ぎ足なブーツの踵を行き交う人の群れに取られてごろん、と大きく転ぶ。鼻先を擦り、肘に出来た傷口に痛いと不平を述べる彼女へと差し伸ばされる手は無い。知らん顔で歩く紳士に「酷い方」と彼女は悪態をつきながら立ち上がる彼女に帝都の風は冷たい。  よく、帝都は様変わりしたと言う人が居る。西洋の人間は和の心を持たず、素知らぬ女が転んだ所で助けることもないのだろう。これが、『帝都が様変わりした』『冷たい』とでも言うことなのだろうか。  文句を漏らしながらもゆっくりと立ち上がり、身震いを一つしながら足を向けたのは煉瓦に覆われた西洋街。帝都の街並みなんかより、もっと豪奢なその群れは、異国の情景の様だと彼女は息を飲んだ。 「……違う国の様だわ」  余りに見慣れぬ『帝都』  田舎町とは違い、明治期に完成した日本鉄道の巨大な駅。皇居の正面に出来上がった東京駅はとても美しい建築美だ。西洋の煉瓦作りの住居と比べ、祖国はまだまだ土と木で出来た『おんぼろ』ばかり。戯洋風建築だとか女学校では言っていた気がする――が、そんなこと忘れてしまった。 「凄い、おうちだわ……」  詳しい事までは知らないし、学問など軒並み役に立たないが、これはまるで西洋の強国へと紛れこんでしまったみたいではなかろうか。一度、紳士が講師としてやって来た時に、「英国の建築は実に素晴らしい」と褒め称えていた気がする。  素晴らしいの言葉に尽きるが、純和風の国で育った彼女にとって、この場所は居心地が悪い。  煉瓦の『西洋街』をそろりそろりと抜ける彼女は広告の地図を幾度も見直した。帝都の外れの空き家の軒先へと広告を張り付ける『なんとも奇天烈愉快な胡散臭い探偵』のイメージと掛け離れた豪華絢爛な街並みは庶民にとっては政府のお役人たちでなければそうそう足を踏み入れない場所でしかない。 「こういうの、横濱や長崎にあると聞いた事があるわ……」  ぶつぶつと呟きながら、彼女はゆっくりと地図から手を離す。そうだ、きっとこの洋館の群れを抜けた先に郊外の寂れたお屋敷がある筈だ。そうして、そこで探偵がボロを纏って待って――待っては、いない。 「……嗚呼」  思わず一歩、後ずさった。  これでは『道楽探偵』だろう。格段の安さで受けて貰うなんて夢のまた夢。成金か財閥の坊ちゃまや嬢が道楽の為に、適当に張った広告だったのだろう。 『脊髄反射で動くのはやめなさい』とはよく言ったものだ。  まさしくその通り――ここで幽霊退治など……。 「……貴殿、何を突っ立っている」 「は、はひっ」  眩暈を起こし、ぐらぐらと揺れた彼女の肩を『がしり』と掴んだ大きな掌は、少女を混乱させるに容易かった。   まるでの様に首を動かして振りむいた彼女を見下ろした青年は「何をしていると聞いた」と無愛想な表情で苛立ちと露わにしている。  齢にして三十が近いだろうか。ぴしりと襟を締めた陸軍の軍服は見慣れぬもので。日ノ本で神人へと誓いを立てた軍人様の問い掛けに少女は首をふるふると幾度も振った。  怯え、答える事の出来ぬ様子の少女にどうしたものかと青年将校は頬を掻く。短くしっかりとっと尾の得られた黒髪から彼の誠実さを伺えるが――そう言ってはいられない。西洋街に出入りすると言う事は、ここは何処かの『要人』の家なのだろう。そして、彼はそれを護る守衛とでも言った所か。 「……あ、あの……」  ぽつり、と零した言葉に耳を傾ける様に青年は「ふん」と小さく呟く。 「わ、私……広告を、見て、えっと」 「広告? ああ……狐塚の奴、広告を張ったのか」 『狐塚』  聞き慣れない言葉に首を傾げた少女へと青年将校はどうしたものとかと首を捻る。先程まで感じさせていた威圧感は何処か遠くへ飛んで行ってしまったかのように――幼い子供が悪戯を失敗したかのような表情を見せている。 「あ、あの」  ぽそりと呟く様に声をかけた彼女へと青年将校は鋭い眼光で射ぬく様に視線を動かして「なんだ」と口の中で言った。  正しく言えば『もごもご』と呟いた――のだろう。  軍人にしては可笑しな素振りだと茫と考える。そもそも、彼女は女学生の様な幼い風貌をしているのだ。そんな彼女に遠慮の一つをして見せる等、軍人としてあるまじき態度ではなかろうか。 (軍人さんというのは、案外お優しいものね……)  彼の顔をまじまじと見つめれば、鋭い眼光は煩わしいと言わんばかりにぎょろぎょろと動いている。 「なんだ、と聞いた」 「ん、ええと、い、依頼が――あの、依頼がしたくって……」  依頼、と。  その響きを幾度も繰り返す青年将校に少女は怯えきった表情で「だ、だめですか」と小さく呟く。  胸中では広告を出しておいてと憤って居ても、相手は武具を持った軍人だ。余りに勝手なことは出来ない。 「名前は」 「え、た、たま」 「では、たま。どんな依頼に来たんだ」  青年将校の態度は一貫して冷たい物だ。『たま』は要人護衛の任に就いた彼が曲者であるかを判断すべく質問しているのだと勝手な認識をしていた。  そう認識してしまう程の豪邸なのだ。財閥や成金、華族の住居だと言われても納得してしまうし、それこそ政府の要人の別宅だと言われても頷ける。  ああ、来なければ良かったと彼女の胸の中を駆け巡る後悔の念など知らずに青年将校は依頼の内容を教えろと苛立った様子でたまを見下ろしているではないか。 「う、あの、幽霊が……幽霊退治をしてくださると聞いて、お、お願いに来たの、です」  風鈴の幽霊――到底信じては貰えない事だろう。  幽霊を退治すると広告に書いてあるから来たと付け加えて視線をあちらこちらへと揺れ動かしたたまは青年将校の困り顔に肩を竦める。 「幽霊退治……ね。ああ、喜びそうな話だが――止めておいた方がいい。ここの主は、」  関わらない方がいい、と。  青年将校が告げた声に子供の明るい声音が被さった。 「お客さんなのかい?」  先程まで閉じられていた屋敷の扉が僅かに開いている。声の主は部屋の奥へと引っ込んでしまったのだろうか。その姿や影は無い。  頭を抱えた青年将校は「たま」と立ち竦んだ少女を手招い��扉へと手を掛けた。彼の困り顔は本当に情けなさを感じさせるものだ。まるで子供に手を焼いている様な――そんな、青年将校らしからぬ表情をして。 「どうやら狐塚はお前に興味を持った様だ。……どうなっても知らんがな」  狐塚と言うのは先程の声の主のことなのだろうか。  声からして年の頃はまだ若い。それこそ学生だと言われても納得してしまいそうな、柔らかな童の声。大層な悪戯っ子なのか、それとも手もつけられない財閥の坊ちゃまなのか――どちらにせよ、たまにとって『不運』であることには違いないと青年将校は念を押す様に付け加える。 「あ、え、」 「入れ。元より、招かれなくとも入るつもりだったろう」 「あ――……はい。あの、お、お名前は」 「ああ、俺は八月朔日 正治。  それでこの屋敷の主人は狐塚――狐塚 緋桐。  これは経験則から物を言うのだが、最初に忠告しておく。  あいつに関わると碌な事が無いからな。……まあ、もう遅いんだろうが」
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toki-ko-ko · 8 years
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連作:小学生審神者と刀たち
第参話「蜂須賀、主にとある進言をせし事」4
 それより二週間後。ついに大改装の時がやってきた。住人たちはこの日に備え、暇を見つけては荷造りを進めたが、なかなかどうして大変な手間であった。  この本丸が稼働してから一月が経とうとしているのだ。ヒトとして生きていくには何かと物が必要だ。程度の差こそあれど私物はそれなりに増えている。  すべての荷の梱包を終えたのは当日の朝のこと。当然ながらさあこれで一段落、とはいかない。屋敷の外へ荷を運び出す作業が待っているのだ。  家事を担う式神たちの手も借りながら、風呂敷や段ボール箱に詰め込まれた品々をすっかり庭先に運び出したときには午近くになっていた。ここから先は、審神者の仕事である。  屋敷の庭に立つ少女の前には、新屋敷の小型模型が立体投影されていた。デフォルト設定の屋敷をいったん霊子にまで分解し、設計図に沿って再構築するのだ。  今日の彼女はいつもの白衣緋袴の上に無地の千早を重ねている。本来は奉納舞に用いる衣装であるが、この場では審神者の霊力を高め、霊子操作を補助するために小道具として機能する。くわえて左手には榊の枝に紙垂(しで)をとりつけた大幣(おおぬさ)を、右手には神楽鈴を携えていた。  練度の高い審神者は祝詞や祭具が無くとも霊子を操ることができるというが、少女の技量にはまだまだ不安がある。ゆえに、できる限り神職の正装に近い装身具が用意された。  特別な装束を身につけた少女は深く長く息を吐いた。大仕事を前に、緊張していないと言えば嘘になる。それでも、あの日、蜂須賀虎徹を顕現させた折の様な不安は無い。静かに精神を統一し屋敷を構成する霊子を少しずつ収束する。その中には、馴染み深い刀剣たちの気配が混じっていた。  少女の第六感は、彼らの痕跡を様々な色彩を放つ光の粒子として知覚する。この金色のは蜂須賀虎徹、白銀のは五虎退、桃色は宗三左文字・・・・・・。それらの粒子一つ一つに、ここで過ごした彼らのとの記憶が宿っている。  いつしか少女は微笑���を浮かべていた。大丈夫、みんなの気配が背中を押してくれている。  屋敷の輪郭が徐々に薄くなり、両手の祭具に宿る霊子が濃度を増していく。薄眼を開けて手首を返す。右手の神楽鈴が立てるシャリンという澄んだ音が辺り一面に響きわたった。その鈴音に導かれて、収束した霊子が分散し、新しい形に再構成されていくーー。
 どれほどの時間が経っただろうか。少女が肩から力を抜いたとき、一同の前には前庭をそなえた屋敷が姿を現していた。  その屋敷は、正面から眺めると乳白色の化粧煉瓦が美しい洋館に見える。玄関には優美なアーチを描く白いドア。その上部にはステンドグラスが嵌め込まれている。向かって右手にあるテラスが目を引く。大きな窓が温室を連想させるのだ。  洋館部分は主に審神者の執務や本丸の管理、訪問者の接待といった公的な目的に利用する。山伏国広と、それに続くであろう者たちの為に設けたフィットネルームもこちらだ。鳴狐が希望した娯楽室もある。半地下にせり出す広間に、書架のみならず机やソファを並べたそこは、もはや図書館に近い。   この洋館の裏手に回れば数寄屋風の家屋が見える。こちらは主屋であり、少女や刀剣たちの居住空間だ。坪庭を囲む板張りの廊下で繋がれた造りを採用した。中庭に面した硝子戸や、幾何学的に組まれた木枠が、どこかモダンな風情を感じさせる。宗三の様に料理を好む者のために設けた大厨房と食堂はこの主屋に設けた。  実はこの主屋、和室と洋間が混在している。そのうちの一室、マントルピースのあるホールは以前の大座敷に代わる会議室だ。大浴場とは独立したタイル張りのバスルームもある。少女の居室は主屋三階の洋間だが、刀剣たちの居室は和室と洋間を同数用意した。南に面した部屋を選べば、以前と変わらぬ知泉回遊式庭園を望むことができる。  浮島の「ゲート」や、楠の大樹、そして未だ使用されたことのない茶室も据え置きだ。鍛刀部屋と道場は、利便性を考慮して、屋敷から独立した別棟として設置した。ことばもなく立ち尽くす一同を前に、近侍として主の相談に乗っていた蜂須賀虎徹が口を開く。 「皆の要望を考えると、和式と洋式の意匠を兼ね備えた屋敷がいいのではという話になってね」  この屋敷を作り出した張本人である少女は、『気に入ってもらえましたか?』 と書かれたページを開き、そろそろとスケッチブックを頭上に掲げた。その目はぎゅっとつむられている。  刀剣たちの反応を見るのが少女には殊更おそろしい。みんなの顔に失望が浮かんでいたらどうしよう? 蜂須賀には「サプライズの楽しみは大切だ」と説得されたけれど、やっぱり断りを入れておくべきだったのではないか。そんな疑念と不安に、少女は身を縮こませる。  けれどもいつまで経っても誰の声も聞こえてこない。さすがにこれは・・・・・・反応が鈍すぎる。何かあったのかと不審に思った少女がついに顔を上げようとしたそのとき、不意に何か柔らかいものが胸元に跳びついてきた。驚いて目を見開けば、そこには鳴狐のお供の姿。 「すばらしいです!主さまぁ!」 「これは面白い。予想外だ。最高」  混乱する少女の前にキツネの主人がいつの間にか現れて、彼女髪をくしゃくしゃにかきまぜる。先手をとられた堀川国広は、「抜け駆けはずるいですよ!」と叫びながら駆け寄ってきた。 「粋なお屋敷ですね! 兼さんも山姥切の兄弟もきっと気に入ってくれます。ありがとうございます」  真正面からの賛辞を捧げられて少女は耳まで赤くなった。次にやってきたのは五虎退と虎たち。頬を紅潮させた五虎退が 「主様! すごいです!」と喝采を上げれば、虎たちが歓声をあげながら跳びついてくる。それに対抗心を燃やしたキツネも加わって、少女は彼らに揉みくちゃにされた。  助けを求めて蜂須賀を見やっても、彼は悪戯に成功した子どもの様な笑顔で微笑むばかり。あれは駄目だ、助ける気がまるでない。「覚えてなさい」と唇を動かせば、彼はやれやれと肩を竦めて見せた。  興奮冷めやらぬ獣たちから少女を助け出してくれたのは山伏国広だった。軽々と少女を抱き上げた彼は「主殿、お見事!」と言ってニッと微笑んだ。その野性的な外見を裏切る繊細な動きで芝の上に降ろされた少女の前に、宗三左文字が現れる。物憂げな目をわずかに緩めて、青年は口を開いた。 「誰にも文句などはつけさせませんよ。あなたはよく頑張りました」  柔らかな声音で告げられたことばに、少女の目が潤んでいく。コクコクと何度も首を縦に振る彼女は、無意識に彼の袖を摘まんでいた。宗三左文字はそれを咎めない。彼はよく知っているのだ。少女が表にはしなかった葛藤を。刀剣たちの為に苦心した時間を。  最後にやってきた蜂須賀虎徹は主の涙に気づかぬ振りで、「さあ、屋敷の中を見せようか!」と一同に呼びかけた。少女の周囲から賑やかな歓声が上がるなか、蜂須賀の温かな手が肩に添えられた。ーーわたしの神様たちは、こんなにも優しい。 ーーー  荷運びも終わり、皆が新しい居室にに落ち着いた頃。荷ほどきにいそしむ刀剣たちとは裏腹に、主たる少女は新たな自室で大きな溜息を吐いていた。  審神者に就任するまでずっとマンション住まいだったから、居室兼寝室であるこの部屋は洋間にした。木製のベッドに、作業机、鏡台、クローゼット。小ぶりのソファ。センスのよい壁紙やカーテンは蜂須賀の手によるものだ。  この居心地の良い部屋には何の不満も無い。少女の眉を曇らせるのは、ベッドの上に広げたワンピースだ。この、見るからに仕立ての良いお洒落着を、これらから身につけなければならない。それがどうにも憂鬱で仕方が無い。  着飾った主を真ん中にして、新しい屋敷の前で記念撮影をする。それが蜂須賀虎徹の願いなのだ。  審神者に支給される白衣とあくまで袴は新人向けの装束であって、常日頃から着用を義務づけられている訳ではない。神楽鈴や大幣と同じく、 文字通り審神者という役職に「形から入る」ための装置なのだ。練度が上がればこうしたお膳立ても必要がなくなる。  顕現の様な神経を使う儀式は別として、今の少女にはこの装束を纏う必要も義務もない。けれども、彼女はこれまで、ただの一度も私服を身につけた試しはなかった。  そんな主に、蜂須賀は「この機会に俺の見立てた衣装を着て欲しい」とねだったのだ。もちろん、日頃から蜂須賀を頼みにしている少女が断れないと知った上で、だ。  少女は蜂須賀の言うところの「お仕着せ」に身を包むことに抵抗はない。むしろ今まで袖を通したこともない類の可愛らしいワンピース、こちらの方がよほどハードルが高い。鏡の前で何度か体に当てたはしたものの、すぐにベッドに放り出した。事の発端となった蜂須賀の提案が恨めしい。他ならぬ彼の頼みでなければ絶対に却下していた。だって、まるで似合う気がしないのだ。  審神者に就任する前、俗世では母親が選んだ服を疑うこともなく身につけていた。服だけではない。ペンケース、ノート、食器、鞄、靴、ありとあらゆる日用雑貨すべては母の趣味によるものだった。髪型も同じだ。いつもショートカットに髪を整えていた。顎にまで毛先が伸びてくると美容院に連れて行かれた。彼女の頭には、娘に好みを尋ねるという選択肢は無いようだった。  お母さんが今のわたしを見たらきっと怒るだろうなと、少女はぼんやり考える。あの人はわたしが女の子らしい装いをすることを嫌がっていたから。少女は陰鬱な思考を放棄して、ぺたんと尻もちをつく。ベッドに広がるワンピースの柄をじっと見つめていた。 「・・・なんです、そんなところに座り込んで」  何の前触れもなく降ってきた艶のある声に、少女は大いに狼狽した。驚いてふり仰げば、そこには物憂げな雰囲気をまとう青年、宗三左文字が建っていた。  身振り手振りでなぜノックをしなかったのかと抗議をする少女は、何度もドアを叩いたが返事は無く、そのうえ最初からドアは開け放たれていたと言われてがっくりと肩を落とした。「床に座り込んで宙を眺めている主の姿を見たら、心配にもなります」と告げる彼のことばは、まったくの正論だ。反論の余地も無い。  ぐうの音も出ない立場に置かれた少女は、潔く降伏することにした。宗三にソファを勧めて、自らも備え付けの椅子に腰掛ける。妖艶な青年は遠慮なくソファに沈み、長い足を組んだ。海外誌のトップを飾るモデルのように様になっている。美しい。 『何のご用ですか?』 「皆、新しい部屋に落ち着きました。気の早い連中は荷ほどきを終えて玄関先に出ていますよ」  宗三の言に驚いて柱時計を見れば、新居に足を踏み入れてから優に二時間が経っている。想像以上に長い時を呆けたままに過ごしていたようだ。 「主は女性ですから、支度には時間がかかるだろうと噂していましたけれど、何となく気がかりで」 「……」  足を組み替えた宗三左文字は、ベッドに投げ出されたままのワンピースを 流し目で見遣る。ペパーミントグリーンの、愛らしいそれ。 「なるほど。あなたの気鬱の原因は、アレですか」  見事に頭痛の種を言い当てられた少女は目を丸くする。蜂須賀以外の刀たちには、身支度を調えてから記念写真を撮るとだけ説明している。この本丸に就任してより初となる洋装を披露することは知らせていない。塞ぎ込む少女とワンピースを結びつける手掛かりはなかった筈だ。そんな少女の反応を見た宗三の顔には「腑に落ちた」と書いてある。 「それで? 何がご不満なんです? わが主様は」  不機嫌さを隠そうともしない宗三の態度に少女は抵抗する気力を失った。蜂須賀にも告げていない想いを、のろのろと文字にする。 『この服は、わたしには、にあわないです。髪も、ずいぶん伸びちゃった』 「まだ袖を通してもいないのに、なぜわかるんです」
 にべもない青年の言に少女は黙り込む。ギュッと袴を握り込み、無言を貫く主の姿を前にして、宗三は盛大な溜息をついた。  駄目だ。刀剣たちの前では気を張って、主人らしくふるまおうと務めてきたのに。今日はどうも旗色が悪い。これではまるで駄々をこねている様だ。この胸の内には重苦しい感情が渦を巻いているのに、ちっとも伝えられやしない。
「そうですね。これを纏った姿が好ましいか否か。それはあなたが決めることです。第三者の意見はどうであれ」 「・・・・・・?」  主の態度に苛立ちを隠そうともしない宗三が言い放ったのは、幼い主の意向を尊重することばだった。しかし目を見ればわかる。理屈としては納得しても彼の感情��そうではない。事実、彼が続けたのは少女の懊悩を否定することばだった。 「これはあくまで僕個人の意見ですが、なかなか良いと思いますよ。そのワンピース」 『そうかな』 「ええ、そうですとも」 『でも、無理に着せようとはしないんですね』 「それは僕の主義に反しますから」
 主たる彼女にこうまで歯に衣着せぬ物言いをするのは、今のところ宗三左文字くらいだ。その嫋やかな出で立ちに反して、少女が顕現させたこの打刀は直情的で血の気が多い。  実を言えば、そんな率直な言動を見せる彼のことを少女は少しばかり羨ましく思っている。だからだろうか。気がつけば、言わずにおこうと決めていた疑問を口にしていた。 『宗三、あのとき、どうして本当の願いごとをいわなかったの』 「おや、どうしてわかったんです」 『宗三の嘘はわかりやすいです』 「あなたも言いますね」  ふぅ、と細く長い息を吐き出して、宗三左文字は天を仰いだ。もしも映画であったなら、ここは主演俳優が優雅に紫煙をくゆらせる場面だ。 「僕の本当の願いは、誰かに頼んで叶えられる類のものじゃありませんから」 『宗三は、カゴの鳥でいるのはいや?』 「ええ、あなたと同じ様に」   向かい合う二人の間に沈黙が落ちる。主従は互いの目をじっと見つめた。そこに甘やかな空気などは微塵も無い。殺気すら感じさせる無言の応酬の後で、先に動いたのは宗三左文字の方だった。 「あなたも、この本丸という籠から出ることはできないのでしょう?」 「・・・・・・」 「そんな風に睨まずとも、無理に事情を聞き出しやしませんよーーあなたが僕に踏み込んでこない限りは、ですが」  この辺りが話を切り上げる頃合いだと考えたのだろう。胸に渇望を秘めた青年は「そろそろ失礼します」と口にして腰を上げた。少女はそれを黙って見送る。ドアノブに手をかけた宗三はしかし、そこで主の方へ振り返る。 「髪が気になるなら、堀川国広にでも頼むことです。くれぐれも僕に切ってくれなんて言わないでくださいね。僕らは刀の付喪神であって、鋏じゃないんですから」  脈絡の無い宗三の発言に、少女は首を傾げる。彼の意図を理解するまでには数秒を要した。・・・・・・思い返せば、彼に何が気にくわないのかと尋ねられたとき、この服と髪に違和感があると答えた。あれは話の枕だとばかり思っていたが、違ったようだ。  確かに、自分で髪を切る自信はないから、誰かに頼もうとは考えていたけれど。 髪が話題にのぼった時からずいぶん間が空いている。なぜ今頃になってわざわざ蒸し返す必要があったのか。
 そん��疑問が顔に出ていたのだろう。少女の訝しげな態度を前にして、宗三左文字は憂鬱そうに呟いた。 「写真を撮るというから前髪を少しばかり整えてみたら。見て下さい、この様です」  そう言って彼が持ち上げた一房は、言われて見れば実にざんばらだった。真面目くさった声音のまま「どうやら僕は、思っていたよりも不器用だった様です」と悲し気に呟いた。  その情けない表情と先ほどまでの傲岸な彼の落差たるや。少女は思わず吹き出した。肩を震わせる主に、そんなに笑うことはないでしょうと拗ねて見せるものだから、ついに少女は腹を抱えた。  もしも声が出せていたなら大声で笑っていただろう。先ほどまで張りつめた空気はすっかり緩んで、霧散していった。泣き笑いをしながら少女は悟る。
 宗三左文字は彼なりに気をつかってくれたのだ。彼の言うとおり、ひどく不器用なやり方で。     少女は乱れた呼気を整えながら、子どものように膨れる彼をおいでおいでと手招きする。向かう先は鏡台だ。ここには蜂須賀が必要だと言い張って集めさせた小物が詰まっている。  抽斗から何かを取り出した少女は、宗三に手を出せとジェスチャーする。怪訝そうな色を浮かべる青年の手のひらに載せられたのは、金属製のヘアピンだった。  鳥の羽根を模した装飾が控えめに施されている。摘まみ上げたそれをしげしげと眺めた彼は、やがてニヤリと微笑んで見せたのだった。  この日、幼い少女を主と仰ぐ刀剣たちは新たな屋敷を得た。引っ越し作業を一段落させた彼らは玄関先に集う。ペパーミントグリーンのワンピースを纏った少女がそこに登場すると、彼らは多いに湧き上がった。
 晴れやかな衣装に身を包んだ主を囲んだ刀剣たちは、記念写真を撮影した。本丸の初期部隊の面々が顔を揃えたその一葉は額に納められ、少女の執務室に飾られている。  主の隣を陣取った宗三左文字が見慣れないヘアピンをしている理由は、少女と彼だけの細やかな秘密である。
了.
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