#心の傷を癒すということ 劇場版
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TO HEAL THE WOUNDS OF HEART: THE MOVIE (2021)
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レイラとマークの関係について(最後にちょっとスティーヴンとマークについても)
・マーク・スペクター、どうしても……拒絶に近い諦めを持たなければ生きていけない人間であったし、レイラとの関係は始まりからして“誠実”とは言えないものであり。
作中でも、レイラとのやりとり、彼女の台詞の端々から……マークの高圧的/独り善がりになりがちな態度と、その裏の拒絶(諦めや恐怖)の根深さが描かれているので。
今後、マークとレイラの関係性がどう発展していくのか、気になる。
・レイラとマークの関係性……壊れかけていたひとつの信頼関係が、本編を通じて深まったことがすごく好きで。スティーヴンと、レイラとマーク、3人の姿が愛しいのだけれど。
あのラストで“レイラとマーク”のあれこれ全て収まった……所謂“元鞘”とは、自分には思えないというか。
それでは、浅いのではないか、と思っている。
・これは以前の感想まとめにも書いたけど、レイラを、女性キャラクターを、物語の……マークの“癒し”担当にしないところが、MCU版ムーンナイトの好きなところで。
(彼女の父の死に纏わる出来事について、後ろめたさと償いが拭えない関係であり)その始まりからして、レイラが担わされていた……マークの贖罪と表裏一体であるその歪な“癒し”の構図について、父の死の真相を隠されていた不誠実について、レイラが怒ること。あの場面で、マークを問い詰めること。とてもよかったので。
・レイラとの関係性の再構築……もしかしたら、原作要素拾い上げとして……ジェイクとレイラの関係性に今後、重点が置かれていく可能性もあるのかな……?とか。色々考えてしまう。
レイラの存在が“マーク達”の「癒し担当」のように展開されるのは、嫌なのだけど。
ジェイクとの関係性構築やステレオタイプ脱却については……原作要素拾い上げとして、マークとレイラの間に未だ横たわる問題含めて、ジェイクの存在を“目撃”しているレイラが(恋愛関係/異性愛描写とは限らず)ジェイクに対してもなにかしら接近する展開もありそうだなあ、と。
DIDを扱う作品として、パートナーとの関係性が“ポジティブ”に描かれていくことは、とても大事だと思うので。いろいろ期待したい。
・しかし、関係者が(冗談混じりに?)言及���たらしい……レイラとの間にマークの知らない“子供が既にいるかも”という……ジェイク絡みのコミック設定を意識することについては……
MCU版では親からの虐待被害者であるマーク/悲劇的な死を迎えたロロの存在などと合わせて、“子供”の描写/存在をスキャンダルに扱う側面が強まるとも思うので。
それはMCU版では(やるにしても丁寧な積み重ねがないと)やってほしくないなと、自分は思う。
・念の為、先程書いた↑の“ポジティブな関係性”というのは必ずしも「婚姻関係」で結実するものではないと思っていること、書いておきたい。
脱線するけど、MoMはワンダの扱われ方が……ショックで……好きになれない作品なんですが……ストレンジとクリスティーンが“元鞘”に戻るわけではない、復縁しないという点はとても良かった。
・マークとレイラに主軸を置いて、上記いろいろ書いたけれど。
スティーヴンに対しても、マークははじめ……諦めと拒絶を含んだ態度なんだよなあ、とも。
過去/秘密を知られたくないし、いつか自分が“消える”つもりだったし、スティーヴンが自分のことを思いやってくれる(4話)とすら思ってはいなかった……マーク・スペクター。
そういう態度が生み出してしまう、不均衡な力関係。その危うさ、怪しさ、というのが、1.2話の「鏡の男」である……マークの在り方だったなと。
で、本編通じて、マークとスティーヴンの2人が共に在ることが描かれた訳だけれど。
まだまだ、するっと「俺を置いて先にいけ」が、6話のあの局面で、出てしまうマーク・スペクターな訳で……この、根深く根深く描かれるものに、意味があるというか。それも重要な、マークの在り方な訳で。
MCUムーンナイトの、しんどくて、好きな所だ。
「スティーヴンを置いてはいけない」と「俺のことは置いていけスティーヴン」が両立してしまうマーク・スペクター。
に対して「あ〜も〜〜君ってやつはさ〜〜〜!」と呆れ半分怒り半分なくらいに引っ張っていく感じの……スティーヴン・グラント……であってほしい……
・レイラ、2話から繰り返しマークとスティーヴンの危機に颯爽と現れる姿が。レイラ自身としてもスカーレットスカラベとしても、“ヒーロー”としての姿がカッコよかったので。
タウエレトと良好な関係を築いて、本編後も、単独でスカーレットスカラベとしての活躍していてほしい。彼女自身のMCUヒーローとしての活躍をみたい。化身に依存しない在り方を、ハロウやマークとは異なる化身の在り方を体現してくれたらいいな……とか……スカーレットスカラベ……契約続行していてくれ……
(Twitterに2022年7月頃に書いた感想の一部。抜粋/少し書き足したり整えたりしてまとめたもの。後から更に書き足したり他記事と繋げたりする��もです)
関連記事
(Twitter上のMoonKnight感想まとめは↓に)
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TEDにて
ガイ・ウィンチ:感情にも応急手当が必要な理由
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
私たちは、インフルエンザのような症状が出た時やなかなか治まらない痛みを感じる時には、医師を訪ねます。
それなら、罪悪感や喪失感、孤独感など。感情の痛みを感じた時も、専門家に会いに行ってはどうでしょうか?(心療内科など)
あまりにも多くの人が、心理的な健康問題には、自力で対処している、とガイ・ウィンチは言います。でも、そんなことしなくていいのです。
彼は、感情の「衛生」を実践することについて、とても興味深い説明をしてくれます。それは、自分の感情や心を身体と同じくらい大事にするということです。
僕達の心は、身体よりも頻繁に傷つくのに、例えば、失敗とか、拒絶されるとか、孤独とかです。そういった傷つきは、無視すると悪化する場合があり、僕達の人生に、劇的な影響を与えることがあります。
科学的に証明された技法を使って、この類の心の傷を手当てできるにもかかわらずそうしません。
そうすべきだと思いさえしません「ああ、落ち込んでるの?気にするな、そんなの気の持ちようさ」脚を骨折した人にそんなこと言いますか?「ああ、歩いてみろよ。そんなの脚の持ちようさ」
今こそ健康に関する身体と心のギャップを狭める時です。より平等にそれらを扱う時です。
孤独感は心に、深い傷を負わせます。人の知覚を歪め、考えを混乱させます。
人から大事にされていないんだと実際よりも強く信じ込んでしまいます。人と関わるのが、とても怖くなります。拒絶されたり、傷つけられたり、しかねないからです。
これ以上耐えられないほどの痛みを心は既に抱えているんです。
当時の僕は、真の孤独感にとらわれていました。いつも人に囲まれていて孤独だなんて思いつきもしなかったんですが、孤独感は純粋に、主観的に定義されるものです。
孤独かどうかを決めるのは、感情的あるいは社会的な人との繋がりの有無です。そして、僕は、それを失っていました。
孤独感に関する研究はたくさんあり、どれも恐ろしい結果です。
孤独感は人を悲しませるだけでなく、死に至らしめさえするのです。冗談ではないですよ。慢性的な孤独感は、早期死亡の可能性を14%高めます。孤独感は高血圧や、高コレステロールを引き起こします。
孤独感は免疫系の機能を、抑制さえします。あらゆる病気に、脆弱になるのです。
実際、それらを総合して、科学者達はこう結論しています。
慢性的な孤独感が、長期的健康と寿命に及ぼすリスクは、喫煙によるものと同程度であると。タバコの箱には警告文があります「あなたを死に至らしめる可能性」
でも、孤独感の場合は、そうではありませんね。だからこそ心の健康を、もっと大事に考えることが重要なんです。
感情の「衛生」を、心がけましょう!!
心の傷を手当てしようにも傷があること自体知らなければ、やりようもありませんからね。孤独感だけが、心を傷つけ、知覚を歪め、誤った方向に人を導く訳ではありません。
失敗に対して、自分の心がどう反応するか、把握していますか?一度、何かを信じ込むと変更は、非常に難しいのです。
心は、変更が難しいんです。一度、何かを信じ込んでしまうとね。
ですから、失敗すると意気消沈し、挫折感を覚えるのは、至極当然です。しかし、自分は、成功できないと信じ込んではいけません。
無力感と、闘わねばなりません。できることに限ってですが、状況をあなた自身が、コントロールしなくてはなりません。そして、この種の悪循環をまず断ち切らなくてはなりません。
しかし、僕達は、心の傷に対しては、常にそんなことをしているのです。
なぜかって?感情の「衛生」をおろそかにしているからです。僕達が心の健康を優先して考えないからです。
僕達は、何十もの研究から自尊心が低いほど、ストレスや不安に、弱いことや、失敗や拒絶による傷も深くなり、回復に時間がかかるのも知っています。
ですから、あなたが拒絶されたら一番にすべきことは、自尊心の回復です。映画みたいに人を殴り倒すんじゃなくてね。苦しい気持ちの時には、親友がしてくれるのと同じように自分を思いやりで癒してあげましょう。
心や感情は、自分が思うほど信頼のおける友ではありません。不健康な心のク��を把握し、それを変えねばなりません。最も、不健康かつ、一般的なクセは、反すうです。
反すうとは、何度も噛み続けることです(記憶のフラッシュバックとも呼ばれます)
問題なのは、反すうの衝動が、非常に強く、それを重要だと思い込んでしまうことです。
そのため、このクセをやめるのは難しいのです(テーラワーダ仏教では、慈悲の瞑想で解決できます)
しかも、その代償は、とても大きいんです。非常に多くの時間が、腹立たしくてネガティブな思考への集中に使われ、自分を大きなリスクにさらすことになるからです。
うつ病やアルコール依存症、摂食障害、はては、心血管疾患まで。
研究によると、たとえ2分間でも、気を紛らわすと良いんです。
するとその瞬間は、反すうの衝動から解放されます。ですから、不安や動揺、ネガティブな思考におそわれた時は、いつも僕は衝動が去るまで他の事に集中するようにしていました。
1週間もしないうちに、物の見方が変わりました。もっとポジティブになり、希望をもてるようになりました。化学療法を始めて9週間後、兄はCATスキャンを受けました。その結果を聞く時、僕は彼の傍らにいました。
全ての腫瘍が、なくなっていました。化学療法が、あと3ラウンド必要でしたが、僕達は回復を確信しました。この写真は、2週間前のものです。
孤独な時。何か、行動を起こすことによって、失敗に対する反応を変えることによって、自尊心を保護することによって、ネガティブな思考と対決することによって、あなたは、心の傷を癒せるだけでなく、感情の抵抗力を身につけ成長できるのです。
百年前。人々に、衛生意識が芽生えて、平均余命は、50%以上向上しました。
ほんの数十年の間にですよ。生活の質の大幅な向上には、感情の「衛生」が必要だ!と僕は、確信しています。
現在では、2015年にAppleWatchも発売されているので、心拍計も記録できるようになっています。腕時計型ウェアラブルコンピューターでスマートウォッチとも言われる。
Apple Watchの搭載チップは、振動にもつように完全に樹脂でコーティングされてるために、コンピュータシステム全体を一つのチップに組み込んでるそうです。
<おすすめサイト>
ルーシー・ホーン:レジリエンス(心の回復力)を高めるための3つの秘訣
ティム・フェリス : 目標でなく、あえて心の状態の恐怖認識を明確にすべき理由?
ローリー・ギャレット: 1918年のパンデミックが教えてくれること
日本テーラワーダ仏教協会
仏教と物理学
ボブ•サーマン:私たちは、だれでも仏陀になれるという話
マイケル・サンデル:失われた民主的議論の技術
トーマス・インセル:精神疾患の新たな理解に向けて
ラティフ・ナサー:現代の「痛み」治療を生んだ男
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷高橋クリーニング店Facebook版
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和氣あず未さんが勿体無い。ゴールドバラバズー500Fは強姦を繰り返して女性を自殺させてきた本物のクズヤリチン(赤き真実) こんなくだらないDQNじゃなくてもっと良い純粋硬派柱ネームで輝くべきです
youtube
冷血硬派のPsychoGhost05 氷矢「ゴールド宝魔の子殺しはな、純度0%で自分達の遺伝子が全く関わらない寄生尿の赤子☠️の場合のみに成り立つ 本物の精液は女の身体を特性中心に文字通り食って成長していく有性の長所を持ったゴールド宝魔側👑の血統だけで、大切に育てられてパートナーを粗末にしてるとは言えねえんだ。だからこうなる⬇︎(赤き真実🥴)
頭が悪くて女に対して冷酷な善悪の屑ほど童貞を卒業する 無価値にされた女性を売春婦だと誤魔化して見捨てるって事はそういう事でしかない とっくに傷物にして満足していったヤリチンにかかって来いよだって???笑えるぜ飽きる程抱いたんだよ(赤き真実)」
ゴールドバラバズー500Fを悔しがらせたいなら{{{格落ち}}}させるしか無い。童貞野郎と的外れな妄想、現実に生きてないと誇ろうと実は表版仮想大鉱山の手のひらの上、味方の血統を売春婦だと嘲笑ってもゴールド宝魔は[[[超笑う]]]
これは完全に本当。複製電脳軍要塞には真正童貞しかいない、でも彼等は恋愛が全てだからブログ主と違ってマジギレする 卒業できません、かかってなどきません。本当の事を言われて発狂するのは悪い意味でレアな愚者でありこの���達がまさにそうだから何も言い返せない😅(赤き真実)
知球GrassShining5「残された道は…つべこべ言う事👊😡🖕」
「マリオVSドンキーコング Switch」を、カジュアル縛りでプレゼント🎁&全収集タイムアタック⏳もオールクリア。その価値を抽出して「🧩緑貨運動のボードパズル[癒]in複製電脳軍要塞」を1ピース入手しました
パルワールドなんて半端なアクションRPGをそんなにやりたいなら3Dのマリオシリーズをやれば良い。敵キャラのバリエーションとか個性だって能力差込みで状況が作り出してくれる神ゲーだぞ。実績は努力しなきゃ何の達成感もない幻想だから、俺みたいに証拠を載せればなんだって済むんだ トロフィーがプレイヤーの挑戦に限界を来させるなんて悲劇なんだから なら前にがむしゃらに楽しく進めば良い [[難易度はまずはカジュアル縛りでオールクリア❇️]] 世の中の人が言う、ポケモンが楽しくないのは手に汗握る白熱バトルが不足してるからだと思う(リスクから逃げるな、全力で遊べ)。ポケモンはそういう進化をするべきじゃないのも知ってる人は知ってる 技術力の問題じゃないのは俺が今回やったマリオVSドンキーコングでわかる筈だ本質を見よう😎

このステージで初めてバブル🫧使い切った。逆立ちをあらかじめ準備して置くのではなく、ジャンプのモーション段階で既に落下物のダメージを受けない神仕様 後ダッシュが出来なくてスタイリッシュに楽しめるかなんて考える必要のない技巧なゲームが楽しめる👍 その極みである高難易度な操作を求められるのが我らが”””””ドンキーコング””””” マリオブラザーズシリーズでは歩くという基本操作が死にかけている弱点。それが完璧にクリアしているこの別作品

これは誇っていい😏 ここのボスは少し知恵が回れば慣れも合わさり1発パーフェクト💯 今までのダッシュボタン🔘常時押しは悪癖でしかなく通用すると思ったら大間違い
6-3で初めてのミス。くそう😭
ネタバレになるし楽しみを取るのは嫌だから言いたくなかったけれど、この作品に要らない奴は居ない
ともちん「優しい人は優しい。B(バグ)ちゃんのコトもっと教えて欲しいなあ☺️」御茶ヶ滝「霊猫蒼海さんはこのエイリアンゲームをプレイしてる時にこう言ったんだ、人間なんかに負けるな❗️私は最後まで一緒に闘うからね😆って…」
超電波油「天使並みに可愛いのも一部の人間で、昆虫より生きる価値が無いのもまた一部の人間だからさ😊」
防聖孤島「””””黒神さん””””とは全くの別物だが、心が折れる訳がない。””””B(バグ)の家族達だったらアリ🐜に産まれ変われば一生懸命自分の家族を幸せにしようと尽くすし寄生虫🪱””””に産まれたって自分の代で終わらせたく無いと母性いっぱいに足掻いて子供を残す(黄金で究極の真実)。
香氣04「人間は生物界頂点の天才で、下等生物より馬鹿なんだ」
霊猫蒼海「世界を滅ぼすばかりの人生なんてフィクションでしか歩めないもの。自分の衣食住の時間を少しも欠かさないで生活しなきゃならない現実も地域によってはあるし、その時に限られた力でどれだけの目標を越えられるかが大切なんじゃないかな 私達は不老不死だけど自分自身の肉体だって一期一会だと思う。向き合う課題はいつでも目の前にあるんだから
Σ(・□・;)⁉️」
パルワールドは残酷な世界線の推理ドラマより逝っちゃってるんだと確信しました。悲しみもなしに自分以外の全てを惨く殺せるシステムとか”””アイツ(裏ストボス)のオールフォーダイ(赤き真実)”””そのものだろ😱
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F(フェア)の秀才方:ヴァストローデNo56「おいしいたまご料理はモコロン様、ツッパニャンくん、タマコッコさんのみんな可愛い癒しで良かった。私達が欲しいのはこれなの。”””””神主人公(パルワールド)”””””さえ来なければ妖精さんが皆んな幸せで楽しい。ポケットペアさんがユーザーに暖かい思い出を与えられるかどうかはここからパル様を大切に愛して素敵な物語をどれだけ育んでくれるかに懸かってる 人を世界一殺す蚊🦟は世界一駆除されるから、ゾンビ🧟の居ない世界で銃なんて要らない ��を失うだけかもしれない暴力の道具なんてヤダ。そんな事も分からないなら本当の敵…ウォーキングデッド未満の化物になるよ」

香氣04「何度も縛りを打ち込んできた俺の出した結果を誰かが軽く見るとしても結局はブログ主の俺自身が努力するしか無い 幸福のベールを纏う事で成り立つ余裕だとしても誰かに与えられる何かじゃなくて自分だけの人生の歩みで掴み獲ってきた宝物なら胸を張って誇れる資格だと思うからそうやって進む(黄金の真実)」
今回の入手アイテム⇨🧩緑貨運動のボードパズル[癒]in複製電脳軍要塞(ヨワシ様(こざかなポケモン)のブランド的価値にも好影響を与えるアイテムだが、エルンスト・フォン・アドラー様をはじめとする絶対悪のカリスマを強化[中]する効果も秘めている記念品の欠片✖️1ピース)←実績無しのゲームのオールクリアで作成(ノベルゲー以外)
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映画「心の傷を癒すということ 劇場版」
チャリティ配信(閲覧期限2024/04/01 00:00)
記事中の視聴リンクより映画視聴後、各自で任意の団体へ寄付を行う方式。
被災地の外で、多くの人たちが感じている「少しでも被災地のお役に立ちたい」という気持ちが、この簡易な形でのチャリティ・オンライン配信を契機として、能登半島地震への支援という形へと繋がってゆく一助となればと願っております。
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イーユン・リー『理由のない場所』から広がっていく(美玉ラジオ#32)
今回起点にしたいイーユン・リー『理由のない場所』翻訳は篠森ゆりこさん、河出書房新社から刊行されています。
篠森ゆりこさんが英語の翻訳者だということからもわかるように、リーは北京出身の作家ですが、英語で執筆しています。
母語ではない別の言語で執筆する作家は結構いて、その動機は人それぞれですが、リーに関しては母語を捨てたという認識で、それはある種の自殺とも言っています。
リーは1972年生まれで、大学進学時にアメリカに留学して生物学を学びます。博士課程に進み免疫学を学びますが、このままでは一生後悔すると感じ同大学の創作科に転科します。博士号まであと1年というときでした。
それからリーはたくさんの文学賞を受賞する作家になります。イギリスのブッカー賞という世界的に権威ある賞の選考委員を務めたりもしました。
しかし彼女は2017年の秋に息子を自殺で失ってしまいます。
この作品は息子が亡くなってから数週間後に執筆を始めており、内容も自殺した16歳の息子とその母親の会話です。
自殺した息子との会話ですから、なんか霊的なものとか母親の理想で埋め尽くされているとか、もしくは絶望に心を砕かれそうな悲しい内容を想起してしまうますが、これはそのどれとも違います。
本文中でも
”時間と縁を切ることで息子と対峙する。
神や霊の世界ではない、私が考え出した世界でもない。
それは言葉だけでできた世界。映像も音もない。
これは物語を書くことだ”と言っている。
息子も母親もとても言葉に注意というか敬意を払っていて、それゆえに読み応えがあって抜群に面白い会話になっているんです。
息子はとてもクールなんですよね。16歳の男の子はこうでなくちゃという感じもするけど、
本文で
”こういうことが起こるかもしれないとわかっていたのに、なんで子どもを作ったんだ”という問いかけがある。これは息子が自殺する可能性だってあるとわかってたのになぜ子どもを作ったんだということなんですけど。
それに対して母親は
”どれだけ感傷的な人でも多少の希望は持ちたがるものなのよ”
”都合の良い考えって言うんじゃないの。ママが言ってるその希望はさ”
とにかく辛辣。読んでみるとわかりますが、これは母親を嫌っているのではなくて、母親を対等なものと感じていて信頼しての発言。
この本の帯���は”息子を亡くした実体験に基づく衝撃作”という文言が載ってたりして、これに惹かれる人はそのままどうぞお読みくださいって感じなんだけど、この帯文にちょっと「うっ……」ってなってしまう人も「ちょっと待って!それで読まないのは余りに勿体ない」と思うわけです。
私なんかは実感の伴わないものを理解する力があまりないので、どうしても自分の興味のある方へ作品を引き寄せちゃうタイプなんですけど、そういう変な読み方を今回もしました。
私は本作に登場する16歳で自殺した息子ニコライをサリンジャー的な人物だと感じていて、サリンジャー的人物というのは「やけに自己が出来上がっているマセた子供」と捉えています。
さっきニコライの母親は時間と縁を切ることで息子と対峙するって言いましたけど、16歳で自死した息子は時間を失っているんですね。
小説の中には時間を失った個性的な子どもが沢山いて、ラノベとかメフィスト系の作品にやっぱり顕著かなと。サリンジャー作品にもそれを感じるから、私にとってサリンジャーはお気に入りのラノベみたいなところがあります。
『ナインストーリーズ』や『フラニーとズーイー』でお馴染みのグラース家、その中でも長男シーモアは時間を失っている。(彼は大人といえる年齢ではありますが)長男のシーモアは「バナナフィッシュにうってつけの日」の主人公で有名です。この短編の最後にシーモアは唐突に拳銃自殺を図るわけです。
小説家の佐藤友哉がサリンジャーのパロディとして発表したのが同名の『ナインストーリーズ』という作品で、こちらに登場するのもグラース家を文字った鏡家の子供たち。こちらでシーモアにあたるのが長女の癒奈姉さんで、彼女もやはり自殺してしまう。
シーモアも癒奈も長子らしい大らかさはあるものの、理解し難い行動や発言を繰り返す人たちで、あれほど圧倒的な存在感を持つ人たちが誰も理解できないままこの世を去ってしまうと本当に頭が?で埋め尽くされてしまって、それ以上考えることができないんですね。考えてもわかんねーやってことで、私は二人のことが大好きなのに、何故か理解しようと思ったことがなかったのです。
だけど理由のない場所のニコライの言葉が私の意識を変えます。
”変えようがない長所や短所があったらそれを貫き通すべきじゃないかな”
なんかはっとしました。ニコライとシーモアと癒奈はそれぞれ全然似ていない(そもそも年齢全然違うし)、でも彼らの自死は何かを貫いた結果なのだろうと急に思ったんですよね。
とにかくシーモアや癒奈姉さんの人となりにもっと近づいてみたいなと思っています。癒奈の兄弟たちの会話にも、次女の稜子が弟の創士に「理解できない人間はいないのよ」って言っていて、再読したら妙にそこで胸が熱くなりましたね。
ところで『理由のない場所』は母親の視点で語られる作品です。
冒頭で
私はルールを作る白の女王ではないし、ルールに従って生きるのを拒むアリスでもなかった。私は説明のつかない悲劇に普通の子供が消えたことを悲しむ普通の母親だった
と言う文章がある。
ちょっと脱線しますが、夏に野田秀樹の舞台『兎波を走る』を観に行ったんですけど、これも不思議の国のアリスが下敷きになっていて。
あらすじは元女優が自分の所有する寂れた遊園地で、幼い頃に母親に読んでもらった不思議のアリスを上演したい!と熱望して劇作家を雇って上演するというもの。劇作家はどれも頓珍漢で劇もデタラメなんですが、現実パートと劇中劇のパートがどんどん混同してい来ます。
現実パートの遊園地の迷子センターに一人の母親が子どもを探しにくる。でも母親は子供の特徴をうまく伝えられないから相手にされない。それでも母親は劇中劇の中を割って入って娘のアリスを奪還しようとする。愛しい娘と何かを伝えたそうな兎を追いかけ続ける母親。
段々と劇は不穏な場面が増えてきて、足を高く上げて歩く軍人や女王のための悪夢のような式典のシーンが続く。
やがて観客は、この作品は拉致被害者とその母親、そして彼らへの償いを果たそうとする亡命した元工作員が繰り広げる、暴力的な理不尽と深い喪失の物語だと気づくんですね。これもまた時間を失った子供と刻一刻と過ぎる時間の中を生きるしかない母親の物語でした。
これは新潮という雑誌で戯曲が読めるので是非。戯曲だけでも破壊力抜群で素晴らしいのでバックナンバーを取り寄せるなり図書館行くなりして読んでください。
話を元に戻しますが、グラース家でも鏡家でも両親の存在は結構薄くて、まぁ鏡家の方には意外に出てくるんですけど、とにかく普通の親という印象しかなかったんですよ。これまでは。
だけど私も歳を取ったので、さっきの舞台もそうですけど、完全に母親側の視点で物語に入り込んじゃうんですね。そうすると、若い頃の私が下した普通の親だろっていう決めつけは随分雑だなって感じてきました。
しかも私が佐藤版ナインストーリーズで最も好き、かつ全小説史の中でもトップレベルに美しいと感じたシーンが、母親が娘の頭上にドーナツをかざして天使の輪を作るシーンなんですよ。あのシーンが本当にめちゃくちゃ好きなのに、どうして当の母親に対してあんな雑な解釈ができたんだと自分が怖くなりますね。こんなにも手に負えない子供たちを母親はどう思っていたんだろうって、そういうのを思ってリーの文章を読むと心がぶんぶん揺さぶられます。
これは別にナインストーリーズの登場人物の人となりを理由のない場所から補完しようって話ではないです。だって全然違う人たちだし。
でも、こうして全然関係ない作品から大好きな作品を楽しむためのヒントをもらえるって言うのは結構感動的でした。
私はイーユン・リーという人が生み出すフィクションの力に、それはそれは大きな信頼を寄せています。どんな読み方をしても良いし、どんな読み方をしても、必ず読んだ者の中に強く残る物語を生み出す人なのです。
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2023年7月 映画集中視聴月間記録
Amazon primeの無料体験を利用して映画をたくさん見た。 映画を見ること自体もそうだったが、色んな人とウォッチパーティをするのが楽しかったので、またやりたい。 映画をいたずらに消費したくないし、特別感を持たせるためにprimeを続けなかった。
キャスト・アウェイ 2023/6/13 ・チャックのサバイバル能力が強すぎるw ・人は徹底的に孤独になったとき、イマジナリーフレンドを作り出すのかもしれない ・4年間社会的に死んでいたチャックと彼を葬り新しい家庭を築いたケリー。 「時間に支配されている 時間がもたらす影響からは逃れられない」が作品のテーマなのかもしれない。
CUBE 2023/6/15 ・こんなに面白い映画を見たのは久しぶりかもしれない ・リーダー気質の人って基本的には頼りになるけど、時に傲慢不遜に見えるよなぁ~~ ・「世界には陰謀なんてなくて、個人が世界を切り取って日々の仕事や日常に没頭してるうちに、悪意なく誰かが不幸になる(要約)」 という言葉が印象的だった
JUNK HEAD ・ストップモーションで一人で作ってるのがすごすぎる ・背景やキャラクターがとても精巧で、アクションシーンではすごくよく動く ・深遠な廃墟のような世界観、不気味なモンスター、謎言語でどんどん世界に引き込まれていった ・場面や展開が転々と変わり、時にギャグやアクションが入るので飽きづらい構成になっていた。物語としても完成度が高い。 ・主人公が物理的にあちこちを転々として、行く先々で待遇や体験が違うのが面白かった・人間は生殖能力がないらしいけど、主人公が付けてるマスクが量産化できれば人を不死&機械化できそうだ。その辺りは続編で明らかになるのかな。
ミッドサマー 6/20 ・典型的なヤバカルト ・日常から隔絶された環境だから、フィクションとしてしか見れなかった もっとリアリティのあるカルトを描いた作品だと思ってたからちょっと残念 ・常軌を逸した出来事がものすごく静かに行われるさまは印象的だった ・クリスチャンのセックスシーンはシュールだった 女性のおっぱいがきれいだった ・ペレはダニーの心の傷につけこんで「家族」にしようと最初から企んでいたのだろうか それとも、最初から善意だったんだろうか もし善意なら狂気だ
ペーパーマン 6/22 ・他薦 ・一言でいうなら、こどおじ礼賛映画 ・将来自分が結婚せず孤独でいるならこの作品がこの上ない癒しになるだろう しかし、そんなときは来ないほ��がいい
ワイルドスピードアイスブレイク 6/26 ・エレナとトレットの間に子供がいたとは トレットはなぜレティと子供を作らないんだろう 子供が「ブライアン」になり、実質的にトレットの相棒になるのだろうか レティはエレナとトレットの仲を受け入れられるのだろうか 死亡扱い中にできたことは言え、心境は複雑ではないのか?次回作以降で語られたらいいな ・デッカードが母親に弱かったり子供を丁重に扱っているのが面白かった しかし彼はファミリー否定派ではなかったか? ・ホブスの娘の不満も解消して、ちゃんと「ファミリー」に一番重きを置いてるのが、作品として一貫していて良かった
NOPE 6/27 ・他薦 ・つまらなかった 緩急に乏しいシナリオ運び、たいして怖くないホラー場面、大量に人を殺せるUFOが巨大風船で破裂するという拍子抜け感 これほど退屈な映画があるのかと、ある意味新鮮だった
イーグルVSシャーク 6/27 ・他薦(ペーパーマンを勧めた人と同じ) ・発達障害気味の女主人公いじめっ子への復讐を目指してシュールな修行を続ける陰キャの話。 ・リリーがジャロッドを許したのは庇護欲からか同情心からか。 ・ジャロッドの修行が子供の遊びのようでシュールだった。彼自身は真面目なのが面白い。 ・ジャロッドの小物然とした振る舞い、こだわりが強い面、自尊心の強さ、リリーの空気の読めなさがまるで自分を見ているようだった。他人から見た自分の言動は割とシュールなのかもしれない。
セッション 6/30 ・他薦 ・「生半可な練習や熱意では新たな偉人が生まれない」というフレッチャーの理論は一理ある。 しかし若い生徒を時に差別用語を織り交ぜて罵倒し、感情を誘導し、自殺させた事を肯定はできない(創作といえどもそれはただの狂気なので) フレッチャーの���気ですら制御できなかったニーマンはきっと音楽家として大成するだろう。 ・肥大していく怒りや劣等感と過酷な練習と才能が合わさったときに新たな偉人が生まれるのかもしれない。 技術だけではなく、才能の開花にも犠牲が必要なのかもしれない。 ・人種や性的指向をこれでもかと罵倒するので、ポリコレがものすごく怒りそうだ。 ・僕にはフレッチャーもニーマンも狂人に見える。 ・公式HPでフレッチャーを「狂人」と評していて少しほっとした。 ・フレッチャーを全肯定する人間とはおそらく相容れないだろう。 おそらくとても意識が高い人間だろうから。(実力はともかく) ・「新たな音楽偉人を作る」という目的があるはずなのに、ニーマンを貶めようとするフレッチャーがとるに足らない人間に思えた。 どんなに高い目標や才能があろうと、低俗な行為に手を出し��瞬間に薄っぺらい「意識高い系」に成り下がる。 ・この作品はネガティブな感情で印象付けるタイプのものだ。 ・フレッチャーからの抑圧を経てのニーマンの反骨と開花を見て、視聴者にフレッチャーを嫌わせる構造になっていると気が付いた。 ある意味「うまく楽しめた」ともいえるが、まんまと構造に乗せられた気がして少し悔しい。
トランスフォーマー ・前に何度も見たので内容ははっきり覚えてた ・ミーガンフォックスがセクシー。このころの彼女が一番好きだ 今も美しいけど顔が濃すぎる。 ・バンブルビーが捕まるシーンは心が痛む
トランスフォーマー リベンジ ・おじいちゃんディセプティコンが好き ・サムの狂ってる時の表情の動きがすごい ・探索パートが長くてトランスフォーマー同士の戦いがあまり印象に残らない CGの量や質的に見せれる限度があるのかもしれないが、やはりトランスフォーマー同士のかっこいい戦いを堪能したい。
トランスフォーマー ダークサイドムーン ・ミーガンフォックスの降板とサムがフられたことになっているのも驚いた。 ・原作でのセンチネルプライムはどんなキャラクターなんだろう ・アポロ11号にまつわる隠された真実は聞いてて楽しかった ・オプティマスが縄に引っかかって身動きが取れなくなっていたのがシュールだった ・サムたちが逃げたり柱に近づく場面が長くて冗長だった ・メガトロンの支配欲がセンチネルを倒すきっかけになったのが良かった
トランスフォーマー 最後の騎士王 ・サムがウィトウィック騎士団の末裔らしい サム自身は出てこないが、彼に関する重要な設定が後から生えてきたのが面白い ・バンブルビーはWW1のころにはすでに地球にいたらしいが、『バンブルビー』では1987年に地球に降り立った 今作は『バンブルビー』の前の作品なので、WW2の頃からビーがいたという設定が筋的には正しいのだろうか ビーの残虐性は全く設定として生きていなかったので、余計だったと思う ・ストーンヘンジでサイバトロン星(セイバートロン星)とコンタクトを取るのは「ビーストウォーズ」を思い出させた ・地球はとりあえず守ったが、ユニクロンへはどう対処するんだろう 『ビースト覚醒』が楽しみだ ・地球のミステリアスな部分が全てトランスフォーマーと関連付けられているのが面白い
バンブルビー 7/4 ・敵も味方もアニメ準拠のデザインになっており、とても見やすくなった。 本編のエイリアン感を意識デザインよりこちらの方が好き ディセプティコンも個性が強くなった ・いたずらをやりすぎたり、驚いたりおびえたりするビーがとてもかわいかった 勇敢なサムとともに戦う本編も好きだが女の子の主人公と絆を育む今作もとても好き ロボットと人間が歩み寄る話が好きなので、とても気に入った。 ・結局メガトロンは地上に落ちるが、ビーは地球の危機を救った まさに孤軍奮闘 ・「ディセプティコンのおかげでインターネット��できた」という設定はとてもロマンがあり面白い。 ・ディセプティコンに協力したパウエル博士が可哀そうだった 協力の有無に限らず、ディセプティコンに出会った時点で彼の死は避けられなかったのかもしれない
我が闘争 若き日のアドルフヒトラー 7/2 ・画家志望のヒトラーの世話をした老人「シュロモ」が『我が闘争』を書いた。 ・ヒトラーは芸術学校に落ちたことと好きな女性が老人に魅了されてることで劣等感を募らせた? ・教養がないと内容がよく分からない映画だった ・ヒトラーがどのように権力を手にしたのかあまり描かれていなかった
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 7/2 ・内容はほぼ放映版と同じ あらすじはほぼ覚えていた ・相変わらずシンジに降りかかる責任や体の痛みが重すぎる ・まだミサトはまともな大人に見える ・レイのおっぱいが意外と大きくて驚いた 乳首
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 7/2 ・序盤の日常シーンがエグいシーンとの差のためにあると思えた ・初号機が神になるのをカヲルがロンギヌスの槍で防いだ? 「今度こそ君だけを幸せにする」というセリフも気になる もしかして旧劇の記憶を保持している? ・レイが急速に人間らしくなっていて驚いた ・レイとシンジが仲良くなり、レイが使途に取り込まれ、知恵の実と生命の実が一つになることをゲンドウは望んでいた?
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 7/9 ・また(ナディア以来)エッフェル塔が壊れてる!! ・マリの「がってんだ!」でナディアのサンソンハンソンを思い出した ・カヲル、シンジを全肯定するじゃん
シン・エヴァンゲリオン劇場版 7/9 ・一回見ただけじゃ話の半分もわかってないと思うけど、ゲンドウがシンジを認めたり、シンジの中にユイを見いだす場面に感動した ・トウジやケンスケがめっちゃ大人になってる……シンジへの接し方が完璧すぎる ・だんだんと人間らしくなっていくレイと、悪態をつきながらもシンジを気に掛けるアスカがとても印象的だった ・シンジを送り出すのはずっとミサトの役割なんだな~~ ・ゲンドウが孤独を好む理由がめちゃくちゃ分かる ・『エヴァンゲリオン』の完結を見届けられてよかった 鬱々とした旧劇の印象が強くて長らく見る気が起きなかったけど、 良い感じに払しょくできた
ジョーカー 7/4 ・「ジョーカー」は抑圧と人々の無関心さと劣悪な環境が作ったサイコパスだったのかもしれない そして「まぁ典型的なサイコパスだなー」とあっさりした感想を抱いた自分も「無関心な人々」側の人間なのかもしれない ・悲しいのにどうしても笑ってしまうのはとてもつらそう ・正直この作品が刺さらない自分は幸福なのだと思う これが刺さる人は日々多大なストレスにさらされてる人だ ・「予想不可能な事件で社会を思い通りに変えてくれる狂人」を求める気持ちはわかる ジョーカー自身に感情移入するか、ジョーカーを見る人々に感情移入するかで抱く感想が違いそう 僕は狂人には感情移入できない おそらく信仰のような目で見るジョーカーを見る人が多いのだろう
シャイニング 7/5 ・古い画質が新鮮だった ・B級ホラーで正直退屈だった ・静かに恐怖をあおる演出が好き ・REDRUMを逆から読んだらMURDERと読める言葉遊びは、映画好きには通じるのだろう
ロード・オブ・ザ・リング 7/5 ・突出した能力がなく、純朴な種族のホビットが主人公なのが面白い 力や野心があると指輪の誘惑が強くなるから、逆にホビットだからこそ指輪を運べるのかもしれない ・ガンダルフが全然魔法を使わないのが意外だった 魔法使い同士の戦いはポケモンのサイコキネシスで相手の体を吹っ飛ばしあうという地味なものだった 体をオーラで守ったり遠くの天候を一時的に操れる魔法があるっぽいけど、やはり地味だ ・フロド役の人がとてもイケメンだ 目がきれい ・世界観に重点を置いており、とてもオーソドックスなファンタジー作品だった さすがファンタジーの金字塔
ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔 7/10 ・ガンダルフはフロドが徹底的にピンチになったときにあらわれるかと思いきや、意外と登場が早かった ・ローハンとオーク勢の戦いはずっと絶望的だった だからこそ、ガンダルフが増援を引き連れてきたときはカタルシスがあった ・レゴラスとギムリの軽口の応酬が、RPGのパーティ間のやりとりのようで楽しい ・梯子、剣と矢、破城槌、そして爆弾と、戦術が中世っぽかった 世界観がしっかりしている ・平和になった世でサムがフロドの冒険の語り部として生きるエンドな気がしてきた ・今までちょっとした問題を引き起こす立ち回りだったメリーがエントを説得し、サルマンに一泡吹かせたのが気持ちよかった
ロード・オブ・ザ・リング 王の凱旋 7/12 ・アラゴルンが人の新たな王としてたくさんの人に喜ばれてるのに対して、フロドの帰還に対しては特に反応がなく、日常がただ続いてるだけなのが対照的でよかった ・「また負け戦からの逆転パターンかい」ってちょっと思ったけど、やっぱ見てて気持ちよかった ・派手な魔法や馬鹿デカモンスターと人のバトルとかを期待してて、最初はちょっと微妙かな~って思ってたけどとても楽しかった ・小学生の時に小説をチラ見して読むのやめた時以来、ごくごくまれに思い出す作品ではあったから、すごくいい機会だった ・小説がWW2の頃に書かれていたり、『指輪物語』がトールキンが作り上げた伝説体系の一部と知ってとても驚いた また、数々の作品に影響を与えていたり、社会現象を引き起こした事もすごい ファンタジーの金字塔的作品だとは知っていたけどこれほどまでとは思っていなかった
スマホを落としただけなのに 7/8 ・やっぱ実名SNSってこわい 今回はFacebookのようなSNSだったけど、匿名SNSでも個���情報を特定しえるような情報は投稿するべきではない 当たり前ではあるんだけど意外とわかってない人が多いし、自分自身も気を付けたほうがいい ・犯人の「被害者の家族って『スマホでつながってるから生きてる』と勘違いしてた連中のこと?」が、現代の情報社会を皮肉っていて印象的だった ・話を作る都合上そうなるのは仕方ないんだけど、ハッピーエンドだったのはちょっと残念 視聴者にSNSへの恐怖をもっと持たせる内容にしてほしかった 事件は殺人ではなく長い嫌がらせでどんどん病んでいく様な展開だと、リアリティがあったかもしれない 「作り話」として消費せず啓発として捉えたほうがいい作品なので、きれいなハッピーエンドは違和感がある
禁じられた遊び 7/12 ・あまりにも後味が悪すぎた 何も解決していない おそらく隣人愛や寛容さといった訓戒を込めた作品なのだろう ・牧師や親がミシェルとポーレットの心に寄り添っていればこうならなかった ・敬虔なキリスト教徒なら墓場で争うことなどないはず 本質的でなく都合のいい慰め程度の信仰はかなりリアルなのかもしれない ・故人より今生きているポーレットの慰めを優先させたミシェルはある意味正しかったのかもしれない ミシェルがもう少し大人だったら「ポーレットには慰めはいらないのか」と言っていたかもしれない
田舎司祭の日記 7/12 ・市民と親交の間で板挟みになり、酒で体を壊してしまった司祭の話 主人公は信仰だけを見ていて市民の気持ちに共感出来てなかったのかもしれない 主人公が「世間知らず」と言われるのは、共感力が足りないゆえか? ・夫人は神への忠誠と息子を失った悲しみのどちらかしか選べなかった 前者を選んだがそれでは息子の喪失が耐えられなかったのかもしれない こういう場合は信仰心のためにあえて神から遠ざける必要があったのかもしれない ・主人公は結局神に見放されたのだろうか ・某人が言っていた「経験であればあるほど人として薄っぺらくなり、馬鹿にされがち」の意味が分かった気がする
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01/21 ヤクザと家族 The Family 試写会に参加しました
*ネタバレどころか全編通しての感想なので一定期間が経過したら本記事は非公開に移行いたします🙆♀️
*記事全体でお名前や役名などを敬称略にて記載させていただいている部分が多数あります。ご不快に感じられる方がいらっしゃいましたらブラウザバックしていただけますと幸いです。
2021年1月21日(木)、映画「ヤクザと家族 The Family」試写会に参加させていただきました。年末年始は「1月29日を迎える」ことを目標に繁忙期を生き抜いたため、当選通知のメールを見た瞬間私の2021年は終わったような気持ちでした。(誇張表現)
今回も初見時の気持ちをフレッシュに残しておくべく、鑑賞しつつこんな感じでメモっていました。 黒い文字が上映中のメモ、緑の文字は帰宅後に補足で書き足したメモです。

これまでは人に見せることを前提とせず目と耳に入ったことや感想を自由にメモっていたのですが、今回を機にメモを見返しつつ(時に載せつつ)感想ブログなどもしたため始めてみようと思い、画像と文字を投稿しやすそうなTumblrを開設してみました。普段芸術と程遠い業務にいそしむ会社員の感想を眺めて「わかる〜」「いやわからね〜」みたいな楽しみ方をしていただけたら幸いです。
今回はB6ノートに見開き10ページ分ひたすら悶絶しているメモとなりました。
映画開始から終了までの時系列順で書いています。ちょこちょこ下記のようにスクショで掲載します。
水中から始まる…… フレッシュなダイイングメッセージみたいな文字で書き始めているのですが映画冒頭、あぶくに包まれながら沈んでいく推定・綾野剛さんの映像がとても綺麗でした。今思い出すと「ああ〜Familia……」という感じです…… 一緒に見に行った方が観賞後、「この映画は山本賢治の走馬灯なんじゃないか」という話をされていて打ちのめされました。
そう言われてみると最後の沈むシーンでは刺された血液か返り血かで体の周りにもやのような赤が浮いていますが、冒頭の沈む映像ではそれがなかった気がするので山本さんの自己認識的な映像なのかな〜とも考えていました。 確か右手を伸ばすようなカットがあり、写っている手がなんだか小さく見えたので「19歳の前に胎児からスタートなのかな?」と斜め上なことを考えていたのですが、上方に伸ばした手を自分で見上げているので確かに小さい感じに見えるんだな〜とも考えていました。
1999年
小さい原チャリの山本賢治くん(19)が着席するまでの一連、白い上着で葬儀場に入って行く俯き気味の後頭部が愛しかったです……読み間違いかもなのですが喪主が山本賢治に読めて、あ〜頼れる親族いなかったんだ……とすでに泣きそうになっていました。
少し後のシーンで山本宅が映る時、お父さんの名前で賞状も雑多に積まれていたのが何だったのかな〜と思いながら観賞後にサイトを読んだら証券マンだったとのことで、優秀な社員さんだったのかな……と思いつつ母親も離婚などではなく亡くなっているという記載からかつての山本家に思いを馳せて切なくなっていました。
いちはらはやとかわいい 市原隼人さんをドラマ版『ROOKIES』で知り、『猿ロック』『ボックス!』くらいしか見たことがないながらにくしゃっと笑う顔が好き^〜〜〜と思っていた高校生時代を思い出しました。原チャに足乗せて数珠をいじってるの大変かわいかったです。数珠は手作りなのでしょうか🤔2019年で大原の墓前にも赤マルと一緒にお供えされてるのを見ると三人でお揃いで作ったのかしら……と深読みして涙する私でした。
おかねにはしゃぐのかわいい 夜の堤防で強奪してきたクラッチバッグを開けるシーン。大原を演じる二ノ宮隆太郎さん、お顔は存じていたのですがお名前が出てこず、さらに事前にあまり情報を入れないようにして映画に没入しに行ったので「大原���「細野」の名前が最後までわからず迷走したメモになっています(言い訳) バッグの中から20万円くらいが出てきて堤防でめっちゃはしゃぐ大原が大変かわいかった……1999年でも2005年でも大原が笑ったり喜んだりすると見ているこっちもニコ……☺️と笑顔になるのが不思議でした。
このシーンで月におシャブさんをかざして「きれェ」って言う細野もやばいけど投げ捨てちゃう賢治くんの衝動性も心配な感じでした。この衝動性が2005年の川山を瓶でゴン事件に繋がるんだろうな〜と思いつつ……
あかちゃんあやすいちはらはやときゃわ オモニ食堂で赤ちゃんの翼くんをせっせとあやす細野の笑顔がほんと〜〜に好きで…… 山本・細野・大原の三人でいっぱい食べてるのめちゃめちゃかわいい空間でした。
くみちょうかっこいい 帰宅してから追記したメモもだいぶ頓珍漢なのですが「激シブ」と書きたかったんだと思います。
この食堂乱闘事件の最後、大原が出口手前の机に綺麗にぶつかって気持ちよくひっくり返して走って出て行くのも爽快でした。(どんな感想?)
ドアちゃんとしめるけんじくん 寿司パに呼ばれた賢治くんがビルの入り口ドアを後ろ手ながらちゃんと閉めるのが偉いな〜と思って見ていました。(今思うと金文字の「柴咲組」を見せるためかな〜とも思いつつ) この後商店街を走る時も「どけどけ!」だったのが「どいてどいて!」になって、後に続く言葉の方が優しい感じになる辺りに人柄を感じてグッときました……
はねられたあとはしるけんじくん 雑誌の『キネマ旬報』だったかで綾野さんがスタント無しで挑んだというのは読んでおり、事前公開された映像も見たので心の準備はできているつもりだったのですが劇場で見ると迫力が凄まじかったです……は、はねられている……あと確か長回しがはねられた後も続いていてハラハラしていました。
そしてこのあと盃交わす場面までほとんどメモ取ってませんでした。SNSの完成披露会を見られなかったので一緒に行った方に教えていただいたのですが、あのシーン本当に蹴られているということで……よくぞご無事で……😭 香港までの密輸(入国)船のサイズが意外と小さくて、時々ニュースで見る国境近辺の船ってそういえばこんな感じだったな〜と思い出していました。 あと加藤こと豊原功補さん、『のだめカンタービレ』の江藤しか知らなかったので「なんか見たことあるような…」とは思いつつ一瞬気づきませんでした……!江藤塾の指導が「ヤクザのとりたてみたいな指導しやがって!」と千秋に言われるのですが江藤と加藤全然違う人間ですごかったです……
ところでこの臓器くん三人が密輸されかけるくだりの辺り、賢治くんが柴咲組��の関係を否定したのに中村の兄貴が迎えに来てくれて三人とも助かってる描写の理由が1回目だとわからなかったので今後わかるまで見に行きます(ムビチケを追加で積んだ顔)
盃交わすシーンで縦書きのクレジット入るのめちゃめちゃテンション上がりました。かっこいい……ここのシーンの背景や人の配置とお顔など、後で出てくる方いらっしゃるのかな〜と思いながら見ていて白文字を読んでいなかったので結局エンドロールまで気づかなかったのですが今回岩代太郎さんが音楽だったそうで、初めて映画のサントラ買ったのが『武士の献立』だったのでエンドロールでもテンション上がる事態になっていました。
2005年
おしりまで入ってるの 銭湯で山本さんが湯船に向かう後ろ姿のシーンで刺青が背中通り越しておしりと太ももにまで入っていた衝撃のメモ。 そういえば私も小学生くらいの頃、近所の銭湯にどうしても行ってみたかったのですが連れて行ってもらえなかったことを思い出しました。(誰彼構わず話しかけては走り回って物を壊す子供だったのでいろいろな意味で人生変わるところでした)
大原と細野の背中にも線彫りでごっついでかい刺青が一面に入っているのですが、山本賢治さん(25)の気合の入り様がエグいかっこよかった……何年かけて彫ったのか…… 米国にいた時スナック感覚で一緒に刺青入れよ〜と誘われた際、断りつつ色々調べて知ったのですが、線ではなく面の刺青は痛さも尋常じゃない上にグラデーションは彫り師さんの技術も問われるところとのことでお尻やふとももとか脇の肋骨のあたりみたいな皮膚の薄そうなところにまで見事に入っているのを見て山本さんの六年間に思いを馳せたりしていました。あと全然関係ないですがお風呂めっちゃ気持ちよさそうで私も帰宅してお風呂沸かしました。
中村「てれるな」かわいい 安易に「かわいい」という形容詞を使いがちなのですが魅力を感じた時にさくっとメモする時やっぱり「かわいい」とか「かわ」って書くのがラクという。 若頭襲名?就任?のお祝いをされてぽつっと一言中村の兄貴が「照れるな」と言うのがかわいかったです。立ってるだけでめちゃめちゃ怖いし1999年の方でも怖かった中村さんが口を開くと思ったよりフランクで端々にポップさが垣間見えて「あっ好き」と引き込まれた瞬間のひとつでもありました。ドラマ『アンナチュラル』の宍戸だ!!と思って警戒しながら見ていたのですがここで警戒を解いて仲間だ〜🌼と思いながら見ていたので2019年の方で落ち込みました……(鑑賞中に落ち込む視聴者とは)
このシーンで細野が「これ山本の兄貴からです」のような文言で中村さんにプレゼント(とは言わないのかしら……)を渡す時、言い方や間の取り方があまりにも自然なモブっぽくて一瞬細野だと思いませ��でした。山本さんから中村さんにお祝いの品を渡すだけの舎弟の役割を果たしている細野aka市原隼人にグッときていました……
せんえんくれる オモニ食堂で小学生の翼くんに千円札をくれる山本さんのシーン。一万円とかではなく、でも小学生には大金の千円札をお小遣いにくれる山本さんのバランス感覚がとても好きでした。愛子さんが止めるでもなく受け取っときなと言う様子になぜか嬉しくなってました。そして翼くんがンマ〜〜〜かわいい……その翼くんと会話してる時の山本さんと細野がこれまたンマ〜〜〜かわいい……あの笑顔は無形文化遺産認定の日も近いです。
「子供と会話すると笑顔になるよな〜」と思いつつ見ていたのですが今思うと大原くんと亡くなった翼くんのお父さんが似ていたというところから、自然と人を笑顔にさせる特性みたいなものを翼くんもお父さんから受け継いでたのかなぁとか、いろんな人の居場所になってたオモニ食堂を切り盛りしてるお母さんから学んだりしてたのかなぁとか色々考えていました。
ジッポのチーンかわいい この「かわいい」も魅力的だったな〜の「かわいい」です。2005年の山本さん喫煙シーンで印象的なジッポライターの開閉音、薄い金属音がおしゃれで好きでした……小中学生の時分、ジッポに憧れて百均やらドンキやらで安いのを買ってはガチッとかバチッみたいな音を立てて開閉させていた勢なので「かっこいい……」と痺れていました。あと山本さんの手が綺麗で二倍痺れました……
2019年、山本さんの出所後に「柴咲組一同、盛大に」のシーンで煙草に火をつける時は百円ライター的なジッという音になっていて泣きそうになりました。対比がエグい……
くうきのかわりかた 2秒前まで翼くんと近所のお兄ちゃんみたいな会話をしていた細野が山本の電話の様子を見て一瞬で空気を切り替えるのがビリッと来ました。オモニ食堂の壁際に飾られた七五三か端午の節句かの人形を挟んで会話していたのも何故か記憶に残っています。
この画面大原があまり映ってなくて若干寂しかったりしました。三人でご飯食べにくるの可愛かった……ビールの乾杯の時にグラス合わせる位置が特に山本さんが上という感じもなく三人でかんぱ〜いってなってたのが本当に好きでした。(見間違いだったらどうしよう…)山本さんの貴重な笑顔……
あめちゃんなげるのかわいい この「かわいい」は「かっこいい」と「かわいい」が半々くらいのかわいいです。去り際に細野が翼くんに2つか3つか何か投げるので「小銭?にしては雑…?」と思っていたらキャラメルなのかラムネなのかアメなのかオレンジ色の細長いのを翼くんが両手で受け取ってて可愛くて死にました。 お菓子を持ち歩く細野……
続くクラブ C'est la vie で敵対勢力が煽りに煽るシーン、細野が身を乗り出してゴリゴリに睨んでる中、山本さんが微動だにせず立ってるのがめ〜ちゃ怖かったです……まじで身じろぎひとつせず川山のことをじっと見ている様子が、あまりにも静かなのに絶対静かな訳がない嵐の前の大気そのものでひたすらぞわぞわしました……
川山が立ち去った後でママが気を取り直して女の子たちに声をかけるのがまた好きでした。ママの肝の据わり方よ……
そしてここで登場するみゆきちゃんこと工藤由香。青いドレスが似合ってて素敵でした。今思い出すと冒頭や最後の海を思い出すような深い青なのですが、由香ちゃんの明るい人柄と真逆な色かつ尾野真千子さんの雰囲気にぴったりの綺麗な深さだったな〜と思いました。(小並感)
自己紹介もなく隣に座り山本さんの親指の付け根部分にガラス片が入っているのをそっと取ってくれる由香ちゃんを見つめる山本さんの目元がサングラスと前髪でわかりづらかったのもエモでした。わかりづらいけれど、川山と話していた時とは完全に異質の静けさ……
さっきまで流血沙汰の事件起こしてた男が、自分で気にもしていない(蔑ろにしている)傷に気づいて手当てをする由香ちゃん、彼女の来歴が映画の中ではほとんど見えないのも「山本の走馬灯」と考えると納得でした。
ついでにこの後ホテルに呼び出される由香ちゃんのシーンがめちゃめちゃ可愛くてニコニコしながら見ていました…… 由香ちゃんの到着で、画面には映らないジッポの音が「山本さん緊張してるのかな…」という感じでかわいかったです。そして由香ちゃんの私服(チェックのシャツワンピースとフードつきダウン)が青いドレスとこれまた180°正反対とは言わずとも90°くらいの位置にある感じでとてもかわいかったです。◯まむらかパ◯オスか……
ぺちぺちたたかれてる かわいい 抵抗する由香ちゃんのぺちぺちパンチが大変かわいかったというメモでした。
そういえば山本さんの背中におわしますは修羅でしたね
抵抗している由香ちゃんに動揺しまくる山本さん、さっきまで貫禄凄かったのに急に中学生男子になってニコニコしちゃいました。川山とか加藤にこんな態度を取ったら親族もいない由香ちゃんは臓器ちゃんコースでもおかしくないのに、運転しておうちまで送ってくれる…… ここで携帯渡して「入れろ」だけ言われて、一回でちゃんと正しい情報を打ち込んで渡してくれる由香ちゃんの律儀さもかわいかったです。ラブコメ映画ならここで一回ギャグ挟んでから山本さんが「あいつ…!」って思ってるときに携帯に由香ちゃんから連絡入るパターン……🤔💭と思考が逸れるくらいかわいいシーンでした。
セーターのおじちゃんかわいいね… この「かわいい」も「かっこいい」と「魅力的」の混ざった感情でした。川山の件で加藤との会談に中村の兄貴を連れて行く柴崎さんにスルッと流されてしまって立ち尽くす山本さんに肩ポンしながら「たまには兄貴に花持たせたれや」のようなことを言うおじちゃんがその場面で一人だけスーツではなくセーター着用だったのがかわいいな〜と思った感想。
ビリビリに張り詰めた空気の中で��凶とも言える山本さんに声をかけようにもかけられない(かける勇気が出なさそうな)雰囲気の中、かる〜い感じで声をかけてくれるおじちゃんが大変好きでした。何かあったときに気持ち的にラクにしてくれる方が職場とかに一人いてくださると心理的安全ダンチだなぁなどと今打ちながらしみじみ考えます。みんな頼ってひっそり相談に行く感じ……
あとこの「たまには」という一言、最初はおじちゃんが気を遣ってくれてる感じかと思っていたのですが、2019年の方で中村の兄貴と乱闘になる場面で出所したての山本さんに兄貴が「いつもいいとこどりしやがって」みたいなことを言っていたのを考えると、1999年〜2005年の6年で相当派手に活躍していたんでしょうね山本さん……
出待ちしてるのかわいい これは紛れもなく「かわいい」でした。クラブの前で車で由香ちゃんを待ってる山本さんのシーン。この直前の事務所でソファで仰向けで煙草吸いながら起き上がって天井見上げてまた吸って……というシーンの山本さんは手首や体の動かし方から漢と色気の混ざり合った匂いを画面越しに感じるほどかっこいいのに、由香ちゃん呼び出して「無理なんで……」とわりと年単位で寝込みそうな断り方をされて無言クラクションパーーーーーで強制的に呼び止めるあたりの流れまじでラブコメでかわいかったです。
みゆきちゃんにオラつけてないのかわいい まさしく。別に山本さんが「オラついている」訳ではなく「ペースを乱されまくっている」と書きたかったのですが勢いでメモっていたのでこんな書き方になってしまいました。語彙力……
このシーンではまだ「ゆか」という名前が出てこなかったので鑑賞中のメモが「みゆきちゃん」記載。
ドライブ(きょうせい)かわいい 由香ちゃん青いドレスのまま上着だけ持ってきてドライブしてたような気がします。白い上着に青が映えるな〜と思いながら見ていた気がするのですが見間違いかな……次見る時確認します。
そして今気づきましたが「(強制)」と言うと常田大希さんが年末にSNSで公開していた綾野剛さんとのメッセージを思い出します。どんなおせちだったんだろう……ちょろぎ入ってたのかな……🤤
顔が良いあやのごう 夜明けの海岸で由香ちゃんに「どうやって儲けてんの」「なんでヤクザやってんの」のような質問攻めにされるシーン。今回のメモぶっちゃけ6割くらい綾野剛の顔が良い(または諸々が「かわいい」)で埋まっていたのですが、この辺りから各俳優さんの様々な「美しさ」に魂が震える映像になっていった気がしてメモ内容が圧倒的に表情のことや空気感についての言及になっていたので我ながら記述が曖昧で頭抱えました。咄嗟の語彙力 増強 方法 検索👆ポチ
夜通しドライブした二人が由香ちゃんの気軽な質問からほんの一瞬だけお互いの深いところに触れる描写が夜明け前の一瞬の空を思わせてエモでした。
まじすか!? かわいい ここからしんどかった…釣りに出かけた柴咲さん・山本さん・運転手の大原くんの三人が車内で会話しているシーン。 電話で呼び出された時山本さんが着てたセーターかわいかったな〜というのも記憶に残っています。そういえば山本さんが住んでるところって柴咲組の寮的なところなのかしら🤔最初に由香ちゃんが呼び出された時、ドアに避難経路が貼ってあったのでホテルかと思ったのですがそういえばこの場面でも同じベッドな気がするのでホテルじゃなくて家なのかな……?
運転手の大原くんが嬉しそうに相槌を打つのが可愛すぎて劇場でニマニマしてました。「こいついっつもお前の話するんだよ」みたいなことを柴咲さんに言われて山本さんが呆れてるのに「すみません!」ってお返事しながらニコニコしてるの本当にかわいかったです。
気を張ったり気が立ったりがデフォルトの中で大原くんみたいな人がそばにいるとホッとして笑顔になったり少し安心したりするんだろうなぁ、愛されてるんだなぁと思って(由香ちゃんとのラブコメからのエモの流れで完全に油断していたこともあり)完全にリラックスしてたところで二人乗りバイク………………………………
ずるい……………………… 大原くんの魅力にフォーカスした直後のこれはずるい……………………
今思い返すとこのシーンも多分長回しでした。どこからどこまでだったんだろう……完全に頭から世界観に浸って「釣りか〜何が釣れる時期かな〜」とか考えてたのでめちゃめちゃ衝撃でした…… そしてここで山本さんが車を振り返って呆然とする流れが辛いのにめちゃめちゃ綺麗でした。昼前の太陽の明るさ……
ないてるいちはらはやと 翼くんを撫でて笑おうとする細野がぼろぼろ泣いてしまうシーン。シンプルにつらすぎて胸にきました。トレーラー映像で主題歌が入る前あたりに映る煙、煙草かなぁと思ったらこの大原の葬儀のシーンだったんですね……ずるい……
この時の翼くん6〜7歳でしょうか。物心ついてから初めて参加したお葬式だったのかな、と思うと普段と様子の違う知ってる人たちの中で細野ならいつもみたいに笑ってくれる!と思ってたりしたのかなぁみたいなことも考えて辛み増してました。ちょっと戸惑うような様子が辛かった…… 細野の翼くんと接する時のあの笑顔が印象的に描かれていたからこそ辛さが倍増(どころの問題じゃない)でした。
そういえばこの後から細野の笑顔がちょっと変わったような。🥲 2005年ではもう笑うシーンがなく、2019年の方でも相当苦労したんだろうなぁという感じで笑顔の雰囲気が変わっていて辛かったです……パパしてる時ももう翼くんに笑いかけたみたいな笑顔じゃなくて……無形文化遺産儚い メタい感想だと「笑顔」ってそんなに種類分けられるものなの……?と市原隼人さんの表現ぢからにタコ殴りにされていました。安仁屋……
けいさつとヤクザの髪型 ちがうのすごい 柴咲さんと大迫が会話するシーン。画面右側に柴咲さんと中村の兄貴、左側に大迫と若い警官?が映るのですが、中村の兄貴も警官も「髪が短く襟足は刈り上げに近い感じ」「スーツ」「姿勢良く立ってる」とほぼ同じ条件のはずなのに、どう見ても右側がヤクザで左側が警官だったのがすごかったです。さらに場面的に逆光でほぼシルエットだったにも関わらず明らかな差異があったので痺れました。
ケン坊なのかわいいな…… 入院している山本さんのお見舞い兼報告?で柴咲さんと細野が病室を訪れるシーン。もうすでに嫌な予感はしていたので感想がかわいいポイントだけフォーカスして書いてありました。柴咲さんが「ケン坊」って呼ぶの本当に愛が深くてなんでか泣きそうになります…… 花籠を置きながらずっと泣きそうな顔をしている細野の私が代わりに泣きました。(なんで?)
えっ えっ顔が良い あやのごう…… だいぶ動揺しています。ベッドで横になった山本さんの思考をなぞるように俯瞰でゆっくり回る画面のシーン。天井視点というべきか何と言うか…… 1999年に侠葉会から逃げる賢治くんのシーンでも画面がぎゅん!と回って大混乱なところがあってすごく好きでした。
あの静かな表情が怖いのか美しいのか、ぞっとするのか狂おしいほど愛しいのか、全部詰まっていて文字通り息が止まりました。二重幅の目元がずっと脳裏に残っています。
そしてこの後クラブの中で山本さんに紙袋を手渡す細野、サイトのキャスト紹介の写真もしかしてこの場面では……?と気づいて地に倒れ伏しました。苦しい……
な…中村さん…… 1999年でおシャブさんを扱わない柴咲組に「じゃあ何をやってるんだよ」みたいなことを聞いた賢治くん19歳に、凛と張りのある声で答えていた中村さんを思い出しました。山本さんとはまた別の理由で耐えきれなかったのかな中村さん…… 屋上でゴルフしてる柴咲さんと山本さんを見てる時の中村さんの目線がなんとなく不穏だった気がしたのですが、中村さんは任侠の人でした……😭
刺殺する時は刃物を縦ではなく肋骨に沿うように横にして差し込むと致命傷になるみたいな話を思い出して現実逃避しながら見ていたのですが銃を選んだ山本さんと刃物を選んだ中村さんの違いみたいなところにも思いを馳せていました。 (そういえばサイト読むとドス的なものではなく包丁だったんですね)
そぼくなゆかちゃんハウスかわいい 質素倹約大学生の一人暮らしアパートとてもかわいかったです。調べたら2005年といえばファーが流行したりエスニック柄が流行した時期らしいのですがそんなものの影もない本棚やキッチンの生活用品のカゴに生活を感じてグッときました。そこに転がり込んでくる血まみれの山本賢治……
震えてる山本さんに動揺しながらも少しずつ落ち着いて癒してくれる由香ちゃんと、最初触れるだけのキスをするのがすごくグッときました。
みあげるとき 19さいだ… 翌朝、事務所に帰ってきた山本さんがソファに座ったままぼんやり柴咲さんを見上げて立ち上がるシーン。1999年、加藤の元から助け出された後を思い出しました。ESSE のインタビューで綾野剛さんが語られていた内容もふと思い出し、朝陽の入る光景に胸が痛くなりました。 その後で柴咲さんが山本さんが怪我をしている左肩を大切にして首元を引き寄せて、自分の白い上着を気にするそぶりも見せずにガッと抱き寄せるのがまた辛かったです……(あまりにも当たり前のように深く抱き寄せてたのでしばらく柴咲さんの上着が白いことにも気づきませんでした) 大迫が入ってきて手錠をかけているあたりのシーンで柴咲さんの上着に血がついててウグ……となっていました。
よりにもよって連行される時のニュースを翼くんがガッツリ見ているというのも辛かった……来なくなった大原、逮捕された山本さん、細野は一人でオモニ食堂にご飯食べに行ったりしたんでしょうか……2019年の方だと細野と翼くんのコンタクトが一切なかった気がしてまた辛いです……
怪我が治ってないのに歩かされて収監されてる山本さんが辛すぎると同時に、真っ暗な中から明るいところに出る流れの表情に鳥肌バキバキでした。
2019年
2019年の方が青いの…?(色)がめんの 早朝出所する場面から始まることもあってか映像が青くて「あれ…?」と思うなどしていました。初めて見る丸メガネの若い子と中村の兄貴が迎えにきてくれて、「細野くん来ないんだ…」とざわざわしていました。
そして事務所に到着すると剥がされている金の「柴咲組」。剥がされた後のスプレー跡が残ってるのが傷跡みたいでまた辛い…(この後ほぼ「つらい」「しんどい」しか形容詞が出てこない)
19才の鼻のキズのこっちゃうんだなぁ 出所後にすっかり様変わりした街並みを見上げながら事務所に戻り、多分14年ぶりに柴咲さんにも会うシーン。和装の柴咲さんに嬉しそうにしてる山本さんの鼻に傷跡が残ってるのがなんとなく印象的でした。
20年経ってるんだなぁと思いつつ、2005年の加藤との会談での「俺のたまでも取ってみるか」はもちろん何気ない会話の一言でも声の厚みがめちゃめちゃかっこよかった柴咲さんの声が弱くなっててめちゃめちゃ不安になりました。
あとこの事務所が映る時に「がらんどうだ………」と思った覚えがあります。置いてある小物の数が著しく減ったとかではなかったと思うのですが、何が違ったんだろう……2005年の時から人が減ったのに様子が変わらないから寂しく見えたのかしら……次見に行った時確認します……
そういえば美術の部谷京子さんが『容疑者Xの献身』の方と後で調べて知って唸り倒しました。寂寥感とあたたかさが混在する空間大好きです……
SEKISUI HOUSE 山本さんの新居のアパートの壁にSEKISUI HOUSEのロゴがありましたという。なぜこれメモったんだろう。しんどさが限界点突破して何か関係ないものメモりたかったのかな……
このシーンの前でたぶん大原くんのお墓参りをしているんですが、そこで赤マルお供えしてるのと、あと多分ほどけてる数珠がお供えしてあったのも印象的でした。お揃いで作ってたのか、それとも細野が趣味で作ってたのを置いてったのか、ちょっと次見る時に三人が1999年と2005年でおそろっちしてるか確認します……
丸メガネの子がしょんぼり辛そうに条例の話をシンプルにしてくれるのを聞いてから山本さんがまず由香ちゃんに連絡取ろうとしてるのがかわいかったです……しかし繋がらない…… ここのスマホ使い慣れてなさそうなところがまた紛れもないかわいさでかわいかったです。通信機器って差し入れできないんですね……
そしてこの後の出所祝いが😭ひ、ひたすら辛かった……… 「柴咲組一同、盛大に」という文言はきっと昔から使われてきたもので、山本さんも何度も聞いたことのあるような乾杯の掛け声なんだろうなと思いつつ、どうしてもかつての賑やかさを思い出してしまって辛かったです……煙草に火をつける音が百円ライター……ビールは瓶のプレモル……(これも現実逃避メモ)
追い討ちをかけるようにシラスの密漁シーンが入り、大変な寒さに違いないだろうに「これで食わせてもらってんだよなぁ」的なことを言いながらはしゃぐようにしてるオジキたちがしんどかったです……
そして現存していたオモニ食堂😭よかった……!あった……!変わらず待っててくれる愛子さん、久しぶりの細野……!でもやっぱり笑い方が変わってるというか、なんかあんまり山本さんの方を見てなかったような……この辺りメモがくちゃくちゃ(文字が重なってて)になってて己の動揺を見ました🥲
配偶者を「ヨメ」って呼ぶ細野かわいいな〜と思いつつ、丸めた千円札をぎゅっと押し付けて出て行くまでの流れが辛すぎました。慰めるでもなく何か言うわけでもなく一緒に時間を共有してくれる愛子さんの存在に私も救われていた沈黙のシーンからの翼くん帰宅。上着こそ赤ですがまんま1999年の山本賢治(19)でかわいい〜!となるやら翼くん〜😭となるやら、感情のジェットコースターでした…… あとで加藤と会話してる時にも思ったのですが、翼くんの敬語の使い方が大変最近の若者感で好きでした。何が違うんだろう…🤔何が最近の若者感なんだろう……
ふうとうにフッてするんだね… 親父の入院費を中村さんが徴収するシーン。細かい仕草なのですが気になりました。確かに新しい封筒を開いて紙の端を指で支えて、こう、中の空間を広げて……みたいなのをモタモタやるより一発でガッと開くので効率的ですね。完全に現実逃避の着眼点的メモです。
ここで出所祝金を封筒ごと出して全額出す山本さんもしんどみでした😭お守りみたいに持ってる…… (この部分、あとで由香ちゃんが14年間300万円に手をつけなかった部分と重なるなぁと思っていました)
な…中村さん… おシャブ………………でもいろんな作品見てても「覚醒剤や大麻って儲かるのか〜」と思うので組を守るために背に腹だったのか……と思いつつ、本当に困窮するまで手を出さなかったであろう中村さんの葛藤を思って泣きそうでした🥲
ひかりのかげんすごいすき 車のライトの前で取っ組み合いする中村さんと山本さんのシーン。足が長い二人がこういう画面で喧嘩すると足しか映らないんだな〜と辛さから逃げる思考をしつつ、画面の中央に車を置かない、全部見えない、どっちがどっちかわからなくなりながら怒鳴って掴んで引っ張って引きずり倒して、という二人の感情の発露を息を呑んで見入っていました。この時どこかのタイミングで月も映ってたと思うのですが、1999年に細野がシャブをすかしてた半月と同じだったりしたのかな……早くもう一回見に行きたい……
中村さんよかった…やってない… 「そこまで落ちてねぇよ」的なことを言いながら自分のハンチング帽?で山本さんをぺしってする中村さんの仕草に「照れるな」の時と同じホッとする気持ちで気が緩んで泣きそうでした。ちょっと嬉しそうな山本さんの表情に私も嬉しくて…😭
(そういえばFitbitの記録見たら多分大原くんの死から2019年中盤あたりにかけてめちゃめちゃ落ちててすごい落ち込みながら見てたんだなぁと思いました)
出待ちしがち山本けんじ 韻を踏んでいる😄煙崎市の市役所職員入り口前で由香ちゃんを出待ちしているシーン。最後自宅前でも出待ちしてましたね。 私個人「来るかわからない」「いるかわからない」「会えたところでめちゃくちゃ嫌な顔をされるかもしれない」状態で待つのが辛すぎて無理の民なので、山本さんの忍耐力や相手を想う気持ちの強さに泣きそうになった場面でした。(よくわからないところで泣く系)
月の出ている夕方の海、かつて隣で見た明け方とは異なりこれから暗くなる空の下で会話して、送ってもらってからあの時の血のついたままのお金を持ってくる由香ちゃんのいろいろな気持ちを思うと辛すぎてダメでした………
キムチチャーハン(うまそう) 現実逃避メモ。お夕飯作ってる娘・あやちゃんが可愛くて可愛くて……😭😭そしてたぶんこれはキムチチャーハンではなくてケチャップライスでした。笑
昨年の『ドクター・デスの遺産 THE BLACK FILE』でも父だった綾野剛さん、今回は「父」としてあやちゃんに接する場面がありませんでしたが、先日公開された主題歌FamiliaのMVでおずおず近づいて抱きしめてくれるあやちゃんに腕を回して抱き返す姿になぜだか救われた気持ちがしました。(歌詞と学生服のあやちゃんが映った瞬間から涙が止まらなくて1日あけてからもう一回見ました)
オヤジからぬけろって言われるの… 入院した柴咲さんを見舞った山本さんに優しく柴咲さんが「お前はまだやり直せる」と言うシーン。辛かった…
ドラマ『アンナチュラル』5話で鈴木さんがミコトに「何が間に合うの」「果歩はもう死んだ」と返して刃物を握りなおすシーンを思い出しました。 山本さんにとっては何も間違えていなかった、やり直すことはなかったんじゃないかな、と思う反面、妻と自分の子供と静かに暮らすためには「やり直す」必要があったのか……と思うといろいろな感情で諸々ぐるぐるしました🌀
な…中村さん…… 除籍後、密漁するオジキたちのカットの後で車中で細い注射器で………………おシャブを打つ中村さんのシーン………………………だったと思います……
ハンドルに寄りかかって乱れた髪を手でさらにくしゃっと握りながらメガネがズレるのも構わない様子にめちゃくちゃ……落ち込みました……中村さん……
謎に上から(笑) 加藤宅でお話ししてるシーンで翼くんがタメ語になる瞬間。この場面でも翼くんはずっと敬語でお話ししていて無用な軋轢を産まないというか禍根を残さないと言うか、処世術的にというか極端に悪い言い方をするなら日和見寄りな部分で現代っ子っぽいな〜という印象でした。あっ最近の若者感ってこれかしら…?
加藤の「時代遅れ」な助言の裏にしっかり見えてる支配欲に笑っちゃいそうな雰囲気が、絶えず続けられる撮影にも現れてるような気がしつつ、意外なところで動揺している様子が意外なようなちょっと安心するような気持ちで見ていました。お父さんのことが気になっていた翼くん……
く…くまさんカップ……! 工藤宅で朝ごはんを一緒に囲む山本さんがくまさんカップでスープなのかココアなのかをいただくシーン。この穏やかな朝ご飯の空気と山本さんの柔らかい表情をトレーラーで死ぬほど見てはいたので、これ多分後で崩れ去るんだろうな〜のような予想をしつつ色々気持ちの準備とか覚悟とかしていたのですが、まさかくまさんカップとは思っておらず「かわいい」という気持ちで脳がパンクするかと思いました。と言うよりもパンクしまして準備していた覚悟的なものも全部粉砕したのでこの後のシーンのしんどさ全部真正面から浴びてしまって「もうやめて…やめて…」と泣いてました……(好き)
山本さんにくまさんカップを使わせるに至るまでのあやちゃんと由香ちゃんと山本さんのやりとりも考え始めると辛すぎました。かわいい。辛い。かわいい…………ゆるして…もうやめて………(好き)
空色の車で市役所と学校に二人を送るシーン、学校までのちょっとの時間をあやちゃんと二人で過ごす山本さんが愛しくて泣いてました。この辺りずっと泣いてる…… 「最近ママ楽しそうだよ」って言うあやちゃんに穏やかに笑ってる山本さんがもう無理でした。愛しい空気のままここで見終わりたい……と大号泣している自分と、ここからの展開に期待全開で姿勢を正してアドレナリン分泌の大号令を出す自分が同時に存在したので多分このシーンで私の副腎は副腎皮質も副腎髄質も絶賛大稼働していました。
ありがとうほそのくん… 社長に無理を言って産廃処理工場に勤めさせてくれる細野くん。本当にありがとう……「初めてこいつに感謝したよ」みたいなことを山本さんが笑いながら言うのですがそんなところまで含めてかわいいシーン……………と思っていたら、二人の正面に座る若いの(かみやくん?)が口を開いた瞬間から不安でたまりませんでした。翼くんともまた違う若者口調……
そして場面が変わって翼くんがけつもち?しているお店に大迫が来るシーン。しかし一枚上手の翼くん💪いやここで頼もしい写真の証拠と、さっきのシーンでの記念写真の対比がエグい……
翼くんに一枚取られたのが悔しかったのか、八つ当たりみたいに産廃工場に来る大迫さん。シーンが繋がってたせいか余計そう見えてしまいました。大迫さんへいい感じに負の感情が向いた鑑賞中でした。
そういえば大迫さんもざっくり20年以上刑事を務めているんですよね。ドラマ『MIU404』のガマさんに一瞬思いを馳せていました。ふと思い出すと米ドラマ『The Mentalist』や『NCIS』だと現場に出てくる定年後の刑事ってあんまり出てこない印象があるなぁとも考えていました。『The Mentalist』に至っては『MIU404』の陣馬さんポジションのレギュラーいなかったような🤔ミネリはマメジかな……
「全部終わりだよ」とくずおれる細野、にやつく大迫と山本さんのやりとり、続く由香ちゃんとのシーンはただ呆然と見ていました。目も合わせてもらえないまま「お願いです、出ていってください」と泣かれて土下座されて、敷居を挟んで立ち尽くす山本さん……
ここで気づいたのですが、どのあたりからか山本さんのセリフがどんどん少なくなってってる気がしました。元々しゃべる立ち回りはしない山本さんでしたがますます口を開かなくなって……いたような……
まばたきもしないでないてるの… 病院にかけつけた山本さんが危篤状態の柴咲さんに「まだ親父って呼んでくれるんだなぁ」と言われてまばたきもせずぽろぽろ涙をこぼすシーン。微笑んで「俺の父親は親父だけです」のように返す声で心臓がぎゅっとしました…
このシーン、不謹慎ですが見入ってしまいました。綺麗だった……
6組「彩」ってしんどさよ… 転校?の挨拶をするあやちゃんの左奥、教室の壁に大きく貼られたクラスの標語が皮肉すぎました。名前の漢字、あやちゃん「彩」じゃなかったっけ……
このシーン山本さんが事務所から由香ちゃんの携帯に留守電を残すモノローグが入っていて嫌な予感しかしなくてずっと心臓ばくばくしていました。 そして帰宅すると家がからっぽの細野………土砂降り……
そして半グレの仲間達と金属バット持参で傘もささず父の仇のもとへ向かう翼くんと、その時にはもう着手している山本さん。返り血を浴びた表情がまさに背中の修羅そのものでした……担架で運び出されていた大迫はまだ息があったのか否か……
血まみれのまま朝方の堤防でぽやっと煙草を吸って2、3回軽く咳き込む山本さん、バイクの音が3人分聞こえてたような…… そして泣いてる細野……
このカットがチラシなの!? 心の底から思いました。「ただ、愛した」という短いコピーと薄い空の色にどんな場面なんだろうと思っていたので、ここかぁと胸が熱くなりました。
刺されながら抱きしめて「ごめんな」と返事をする山本さんの体からどんどん力が抜けて、それでも溢れるほどの愛情がそこにあったような気がして息を呑みました。 細野の右頬にべったりと血が残っているのが脳裏に焼き付いています。
そして冒頭の沈む山本さん。海水の中で目を開けて、海面に手を伸ばそうとするような動作をしていたと思うのですが正直泣いててあんまり見えてませんでした。早く次見に行きたい……
後日、大きな白い花束を持って堤防に来てくれる翼くん。山本が吸っていたセッターを一口吸ってから箱ごと供えて立ち去ろうとするとあやちゃんが入れ違いでやってくるシーンがまた最高に好きでした。
お母さんゆずりのグイグイ…… 翼くんに「あんたヤクザ?」とどストレートな質問を投げかけ、「お父さんってどんな人だったの」と質問を重ねるあやちゃんに、夜明けの海岸で山本さんにグイグイ質問していた由香ちゃんを垣間見て涙腺にきました。その後の翼くんの表情の変遷がまためちゃめちゃ好きでした……
血を分けた家族、血や肉の繋がりを超えた家族、いろいろな家族が描かれる中で、ただ愛した人たちと一緒にいたかった山本さんの人生を時系列で見せてもらえてしばらく放心していました。 幸せは人によって異なり、一緒にいたい人と築く家族の形も世帯の数だけ存在すると改めて思いつつ、山本さんが幸せだった時間も一緒に見せてもらえたことが私にとって幸せでした。
感想何かちょっといい感じの感想で〆たかったのですが全然なにもまとまっていないので月間シナリオ2月号で掲載されているという台本を読みつつ1月29日を待ちます。あと円盤にインタビューやオーコメや未公開映像があったらいいな〜と思いつつ円盤も待ちます。あと今後藤井監督や綾野剛さん・舘ひろしさんをはじめとしたみなさんが今後いろんな媒体でまた『ヤクザと家族 The Family』について言及される機会があるだろうと願いつつ各種媒体おっかけながら生き延びます。生きます。
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Tasuku Emoto in TO HEAL WOUNDS OF HEART: THE MOVIE (2021)
#tasuku emoto#柄本佑#to heal wounds of heart#mine#I prefer the tv show tho#his performance is A++#心の傷を癒すということ 劇場版#心の傷を癒すということ
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2018/02/04
ヨドバシカメラに修理に出していたものを受け取りに行く用事があったので、重い体を布団から引きずり下ろして身支度を整え、隣駅まで出かけることにした。
昨年末からずっと体調を崩しており、まあ、例年この時期はだいたいこのような状態なので、慣れたものではあるのだが今年は酷く長引いている。ベッドから起き上がることができずに一週間以上寝込んでみたり、そうかと思えばどれだけ疲れていても3時間キッカリで目が覚めてしまい、眠れない。といったような状態が交互に続き、交感神経も副交感神経も完全に馬鹿になってしまっている。
日曜日・東京の空は良く晴れていて、40年に1度の大寒波でしつこく居座っていた残雪も踏み均されて日陰の隅に僅かに鼠色を残すばかりだ。丸々10日以上外界から取り残されていたのでうっかりマフラーを巻いて出てしまったが、駅までの短い道のりを歩いただけで不要だったと気づき、鞄の中に丸めて詰めた。
一昨日から肩凝りが酷いので駅前の薬局でボルタレンのゲルと湿布、それから歯磨き粉と一番安い目薬を4つまとめて買う。目薬を指すのが本当に下手なので、人の四倍の速さで目薬が空になるのだ。今日はスプラトゥーンのフェス(ニンテンドースイッチのゲーム)をもう少し遊びたいので、早めに家に帰りたい。ヨドバシカメラの用事は一瞬で片付いた。よせばいいのにせっかく出てきたのだから、とディスクユニオンに寄って、レコードの新入荷と邦楽CDの棚だけパトロールすることにする。
いま中古CDは本当に安い。ちょっと高めの中古レコードを1枚買う値段で、一生聴ける名盤CDが10枚は余裕で買える。今日はキリンジの棚が充実していたので、帯付きで状態のいいものを何枚か回収したかったが、流石に値が張るので今日家に帰ってから聴きたいアルバムを2枚だけピックした。音楽にかかる出費はアナログ盤と圧縮音源に限定するという暮らしを長く続けていたせいで、昔持っていたCDはほとんど手放してしまって、今はもう手元にない。中古レコ掘りがひとつの壁にぶち当たっていることもあり、決して褒められた傾向ではないが最近は手放したCDを買い戻す遊びに淫している。逃げているわけです。
結局今日買った中で一番高かったCDはNUMBER GIRLの珍NG&RARE TRACKS、1,750円。レコードなら再発の安いナイトフライが1枚買えるか買えないかぐらいの値段か。いけないルージュマジックなら余裕で5枚は買えると思う。
食欲はほとんど無いと言ってもいいぐらいだったが、煙草が吸いたくて仕方なかったので最寄り駅に帰り着いてから流れるようなムーブでいつもの喫茶店に入り、サンドイッチとコーヒーだけ注文した。日曜日なのでカウンターまで満席かもしれないと思ったが、幸い隅っこの狭いテーブル席に辛うじて落ち着くことができた。相変わらず肩凝りは酷い。
昨晩も3時間キッカリで目が覚めて、つまり朝の6時から起きているので流石に眠く(と言ってもこの時点ではまだ13時なのだが)、なんの感慨もなくサンドイッチを片付け、立て続けに煙草を3本吸ってからコーヒーを半分残し、居眠りを試みる。ただ、この席は壁がそのまま背もたれになっており、しかも、背中のちょうど真ん中あたりの位置に謎の��材の出っ張りがあり、もたれかかると背骨と干渉して痛い。座面のクッションも手前にずれていくし、早々と寝るのを諦めて、店を出る。土日シフトの店員は故障していたレジが直っていることを知らないらしく、毎度領収書を手で書いてくれるのだが、お互い時間の無駄なので左上のボタンを押すとレシート出ますよ、と教えてあげた。
年明け頃から、特に思い当たる理由もなくカラーの1枚絵を描くのが楽しくて、自分にしては珍しくひと月で結構な枚数の絵を描いた(と言っても7,8枚か)。一昨日ぐらいから、これも特に差し当たって思い当たる理由もきっかけも無いのだが、とにかく霧矢あおいちゃんの絵をたくさん描きたくて仕方なくなってしまい、たくさん描いている。仕事でも頼まれたわけでも、締切があるわけでもないのにとにかくたくさんの霧矢あおいちゃんを、とにかく早く描きたくて、半ば強迫観念、希望ではなく念慮が霧矢あおいちゃんを描かせていた。
線を選んだり置いた色の正否を判断したり、1枚絵は漫画では棚上げせざるを得ないところに時間と頭を使うことができるので、楽しい。ただ、結局液晶タブレットのペンを握るのは同じ手なので、1日8時間以上霧矢あおいちゃんの絵を描き続ける日が何日も続くと流石に疲れる。疲れたならば止めれば良いのに、手が止まらない。これは私のいつもの悪い癖だ。ペンが走り始めると、ブレーキを踏むことができなくなる。
イラストを描くためのモチーフが霧矢あおいちゃんである必要が果たしてあったのか、今の今までそんなことは一瞬たりとも考えもしなかったが、よくよく考えてみると霧矢あおいちゃんの絵でなければならないという必然性はどこにもないようにすら感じる。ただ、手に馴染んでしまっているのだろう。初めて霧矢あおいちゃんの絵を描いた時、シュシュの構造が把握できなくて上手く描くことができず、ひどく苦心したのを覚えている。今ではもう手癖で全部描ける。シュシュも、サイドテールも、足の小指の爪先まで。
なので、今、私はひどく同様している。
STAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!がアイカツ!シリーズを卒業する。
青天の霹靂だった。
霧矢あおいちゃんの絵の続きを描きながらそれとなく開いたTwitterのタイムラインでその報せを目にするまで、私はこういう形でまたアイカツ!に終わりが来るとは思っていなかった。武道館の2DAYSが卒業への布石だったなんて、考えもしなかった。
アイカツスターズ!の終了とアイカツフレンズ!の始動、盛大な5周年企画の数々。少し考えれば、ちょっとでも想像力を働かせれば十分に思い当たるシナリオだったはずなのにも関わらず。
こんな知らせが飛び込んでくるだなんて私は一秒たりとも考えずに、呑気に霧矢あおいちゃんの絵を描き続けていた。代替わりはするけれど、少なくともあと1年ぐらいはまだアイカツ!シリーズは続くんだな、と。スターズ!はDCDを少し遊んだ程度で、最近の私はそれほど熱心なアイカツ!シリーズのファンとは言えなかったかもしれない。事実、今日どこかで何かしらの発表会があったことさえ、私は知らなかったのだ。
そのぐらい、アイカツ!が日々の暮らしに溶け込んで、いつも自分の側にあることは、私にとって至極当たり前のことになっていた。
「歌のお姉さん」の卒業が、アイカツ!にとって何を意味するかは、ここで確認する必要は無いだろう。
私は暫し呆然と絶句しながら、まるで自分に平静を促すかのように霧矢あおいちゃんの絵を描き続けていた。私の描く霧矢あおいちゃんは可愛い。とにかく動揺しないように、泣き出してしまわないように、霧矢あおいちゃんの絵を描き続けることしかできなかった。
アイカツ!が何故自分にとってこれほどまでに特別なものなのか、特別なものになってしまったのか、もう5年近く考え続けているが未だに明確な答えは出ない。
好きなアニメ、漫画、そういったものはそれこそ星の数ほどあった。でも、どれだけ入れ込んだ作品も、その作品の二次創作をやろうと思ったことは、一度もなかった。
コミティア出身の人間なら全員理解できる感覚だと信じるが、一般/成年向けの区別なく、人様の作品やキャラクターを自分の同人誌にして何が面白いのだろう、20代の初めの頃、それこそ彼岸泥棒の名義でコミティアにサークル参加していた頃は、本気でそう思っていた。というか、正直に言うと激しく中指を突き立てていた。ので、まさか自分が、アニメの二次創作を、それもアイドルアニメの、しかも女児向けアニメの、二次創作をこれだけ長い期間続けることになるとは、一秒たりとも想像したことすらなかった。
私が本腰を入れてTVアニメ「アイカツ!」の視聴を始めたのは2期の中盤頃、今思えば主力スタッフが劇場版の製作に駆り出され、本当にいい具合のゆるい作画が続いていた頃だろうか。ので、放映前から1話を録画予約していたような女児向けアニメプロパーの先輩諸氏に比べたら、とても古参とはとてもじゃないが言い難い。もちろんそれまでに当然アイカツ!という面白いものがあるらしい、というのは各方面から耳に入れていたし、DCDの方は2013年第3弾の頃に既に遊んでいる形跡がある。最終的な決定打になったのがNARASAKIの書いた「Signalize!」だったことは言うまでもないが、私のアイカツがいつ始まったのか、明確に始点を定めるのは難しいかもしれない。ので、以下便宜上、公式になぞらえた上で少しだけサバを読み、私のアイカツは「5年前」に始まったこととする(そして、勿論まだそれは終わっていないことも、ここに書き添えておく)。
これは各所で何度も公言していることだが、私はアイカツ!第2期の最終話である第101話「憧れのSHINING LINE」を、五反田の総合病院にある精神病棟のベッドの上で観た。1枚1000円のテレビカードで、10時間テレビを見ることができる。私は退院までにカードを1枚と少し使い切り、その度数の殆どはアイカツ!の視聴に充てられた。
ベッドと、シーツと、カーテンと、面白みのない景色の窓。真っ白で退屈な無彩色の時間の中で、唯一鮮やかに彩られて見えたのが毎週木曜日の18時半だった。初めて芸カに行った夏の日も、私は無理やり外出許可を取り付け、15時までに五反田に戻らなくてはならないというリミットの中、蒲田に走った。
これは別にアイカツ!で精神疾患が寛解した、とかそういう類の話ではない。自分の境遇を語って同情を買いたいわけでもないし、アイカツ!が人生を救ってくれた、などと言うつもりもない。これはそういった手垢の付いたクリシェとは無関係である。繰り返すがアニメは人生を変えてくれないし、アイカツ!も例外ではない。だが、アニメを観て人生を変えることはできる。
私が言いたいのは、アイカツ!が、このようにして、私だけでなく、私以外の全てのファンにとっても同じように、何らかの救いであり、憩いであり、時にある種の信仰の対象であり、その副作用として自己更新を強く促してしまう作品であった、ということである。
アイカツ!を愛してやまない人々は、それぞれの暮らしや、不安、苦悩の中で、アイカツ!という作品の中に次の自分の姿を見出した。それは我々人類が生得的に備えている、朝起きたら別人に生まれ変わっていたい、という願望の姿そのものだ。傷をつけることでしか新しく皮膚を作り変えられないように、常に代謝と更新を求め続つける、我々に与えられたたったひとつのベーシックな教養。その、繰り返される治癒と浄化のサイクルの中に、私たちはアイカツ!を組み込んでしまった。
私がアイカツ!の絵をまともに描き始めたのは退院後の2014年末だった。直接のきっかけはたけしさん(@chikuchikusuru)の描いた霧矢あおいちゃんの絵を見て。
失礼な言い方に聞こえかねないかもしれないが、たけしさんの描く絵を見て私は「あ、これでいいんだ」と思った。アニメのキャラクターの絵を描くからと言って、無理に絵柄を似せなくていいんだ、と。
たけしさんの描く霧矢あおいちゃんは本当に魅力的だったし、もちろん今も変わらず魅力的だ。たけしさんだけではない。アイカツ!の絵を描き始め、芸カで同人誌を出すようになり、作家もそうでない人も、色んな人と出会ったり別れたり仲違いしたり仲直りしたりした。こんな長文オタクポエムを書いているのも、かおす2号君のツイートに責任がある。
私は芸カで山のように買い込んだ同人誌を片っ端から読み漁って、毎回毎回本当に胸を締め付けられるような気持ちになった。そこには、作家の数だけ全く違った、けれどもアイカツ!という言葉でしか括れない自己更新の姿が無数にあった。
私��とってのアイカツ!の二次創作は自傷行為とセットになった治癒と浄化のプロセス、ある意味では瀉血のようなものでもあったが、もしかしたら芸カにサークル参加している人たちの全てが同じモチベーションで同人誌を作っているわけではなかったのかもしれない。
それでも、2016年3月に無印アイカツ!の放映が終了した後、原作の供給がストップしたアニメのオンリーイベントでみんながどんどん自分の衝動に忠実になって、素直に壊れて、楽しそうに狂って行ったのは見ていて本当に面白かった。私たちは戸惑い激しく狼狽しながらも、とにかく自分の中のアイカツ!を作り変え続けていた。
歌のお姉さんが卒業したからと言ってアイカツ!シリーズが終わるわけではないし、私にとっては無印アイカツ!が終わった時点で、既にとっくに終わっていたと言うこともできるかもしれない。幸い私たちにはまだ芸カという場があるし、いつか芸カが開催されなくなったとしても、2020年のオリンピックがビッグサイトを含む東京を全部真っ平らにするためにやってきても、紙とペンさえあればいつでも手の中にアイカツ!のレプリカを作り出すことができる。例えそれが不格好なデュープにすぎないとしても。
物事の終わりは新しい始まりの合図である。
そのことはアイカツ!シリーズが繰り返し訴え続けてきた。
私は、いつかアイカツ!に興味を失って、霧矢あおいちゃんのことを思い出しても何とも感じなくなって、やがてそうして全部忘れてしまったとしても、それでいいと思っている。
どうしてあんなものに夢中になってたのかすら忘れてしまっても、必死に集めたグッズを全部処分してしまっても、アイカツ!を通じて出会った友人たちと疎遠になったとしても、それは決して間違ったことではないと本気でそう思っている。
私たちは、突然何かに夢中になったり、突然飽きたり、だんだん忘れていったりすることができる。そのことが、私たちを何度も次の自分の姿へと作り変えていく。
アイカツ!のことなんてもうすっかり忘れてしまって、いつかまた新しい別の何か、勿論それはアニメじゃなくても何でもいい、5年という決して短くはない時間を捧げることのできるものに出会えたら、それは素晴らしいことだと思う。
その時に、懐かしいね、そんなアニメもあったね、と何もかも全部笑い話にできたら、それ以上幸せなことを、私は他に知らない。
天羽まどかは劇中で、変わるものもあるけれど、変わらないものもある、と言った。
私はそれは、間違っていると思う。
何もかも全て、変わるよ。
変わることをやめてしまったら、失うことに飽きてしまったら、生きていても仕方がない。
アイカツ!は私たちにあまりに多くのものを与えてくれた。どれだけあがいたところで、とても恩返しできるような代物ではない、クソでかいラブとしか言いようのないものを。
そして、私たちはアイカツ!を失ったわけではない。はなから、私たちは、何一つ手の中に持っていなかったのだから。ただ指の隙間を通り過ぎて、去って、忘れていく。それだけのことだ。
だから私は何度でも忘れるよ。また、思い出すために。
今、この気持を、いつか懐かしい気持ちで笑い飛ばすために。
絵は、まだ描き上がらない。
2018年2月4日
もう住み慣れた杉並区のワンルームにて
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「活力を生成しています... 」
現在Simsを休んでアプリ版SimCityで遊んでいますよ、という記録。
2018年3月上旬。 心身の疲れを感じ、一時的にSimsのプレイを中断した。それに伴いSNSの投稿・閲覧も休止。今後もSimsと長くつき合っていきたいからこそ、ここですべてを断ち切ってリフレッシュしようと決めたのだ。そんなリフレッシュのさなかにSimシリーズで遊ぶのは矛盾しているような気もするが、まぁよいではないか。
こうしてアプリ版SimCity『SimCity BuildIt』のプレイ開始から約1か月が経過した。ようやく仕様に慣れたこのタイミングで、何の参考にもならない勝手な感想を綴りたい。ちなみに筆者のSimCity履歴は遠い昔のPC版『SimCity 4』のみで、展開中の最新版SimCityは未プレイである (PCゲームではSimCityより『Cities: Skylines』に惹かれるため)。
***
さて、こちらが筆者の治める都市。 まだまだ作りかけのマップだが、1か月かけてだいぶカタチになってきた。
海岸付近に敷いた都市名の形の道路と、イースターのガチャで獲得したウサギさん遊具がチャームポイント。 だがしかし……
夜になるとこの遊具が異様な不気味さを放つ。隠しきれない狂気。 見るたびにサイレントヒルのウサギを思い出す。
***
現在の都市レベルはLv.31、人口は約32万。 他のプレイヤーの都市と比較すると、我が市はレベルと面積のわりに発展 (=人口の増加) がやや遅いと思う。その原因は自分でもすでにわかっている。
低層 (=低密度) の住宅が多いからだ。 圧迫感のある高層 (=高密度) の住宅を極力避け、筆者は住人の少ない小さな家ばかりを好き好んで置いている。そして低層住宅と高層住宅をブロック分けし、都市全体を見渡しやすいよう配置。これはアプリ版SimCityならではの以下の二つの仕様によって実現できた街並みなのだ。
建物を自由に移動できる:住宅を1軒ずつ好きな場所に建てられる。建てたあとに移動��ることも可能。
手動で建物をアップグレード:建物にアイテムを与えることによって、より大きな建築へと成長させるシステム。つまり、低層の建物にアイテムを与えず成長をストップさせるという選択肢もある。
従来のSimCityでは、市長が行政や娯楽などのサービス施設を設置してやれば、市民たちはよだれを垂らして喜び、自動的に住宅・商業・工業の建物が大きく立派なものへと成長していく。だがアプリ版にはその3種の区分がなく、プレイヤーが育てられるのは住宅のみ。商業・工業の建物はレベルアップに応じて完成区画が順次アンロックされる (アップグレードなし)。こういった仕様はモバイル端末向けの軽量化対策でもあり、プレイヤーに継続的な課金を促す手段でもあるのだろう。
低層住宅をたくさん建てたところで、人口があまり増えないので効率が悪い。言い換えれば、低層住宅群を維持したいのなら多く建てるよりほかなく、建設用地を広げざるを得ない。マップを拡張するにはレアアイテムを集めたり課金したりなど相当の苦労を要し、筆者は泣く泣くそれらを実行している。険しい道のりを選んでしまった自覚はあるものの、やはり「自分が住みたくなる場所」しか作る気になれないのだ。根底にある主義はSims3の建築と同じなのである。
***
筆者の最もお気に入りの地区がこの「ロンドンタウン」。 空港を開設することによってパリ / ロンドン / トーキョーの3都市と交易できるようになり、それらの都市に関する建物がアンロックされる。この一帯のぎっちり並んだ家々は、見た目は低層でも通常の高層住宅より多くの居住者を擁している。デザインが良いだけでなく、人口不足のカバーにも大いに貢献してくれている地区なのだ。
テムズ川ならぬシムズ川のほとりに劇場「グローブ座」を置いた。 周辺が未完成なのでもっとシムオリオンを貯めて早く仕上げたい。
ロンドンタウンを気に入ったため、市長の家もここ。 背後にあるのはランドマークの大きな時計台「ビッグ・ベン」である。
夜景が美しいのもアプリ版の特長だと思う。この大時計を設置できた時は本当にうれしかったなぁ。市長も市民も大喜び。今後はロンドンタウンの奥に「トーキョータウン」を建設予定である。 で、3都市の残るは「パリ」。 Sims3プレイヤーとしては当然……
シャン・レ・シムを作らねばなるまい。 緑に包まれた瓦屋根のおうちが集う、ちっちゃなシャン・レ・シム。本来ならパリの街を意識した都会風の地区を作るべきなんだろうけれど、パリの住宅の形状が妙に扱いづらく、置く場所をあまり確保できなかったのだ。その一方、ごく序盤の成長段階である田舎家はとてもかわいらしい。そこで都会風のパリ地区を諦め、シャン・レ・シムのフィーチャーと相成ったのであった。
***
ひと月遊んでみた感想は〝よく出来た簡易版SimCity〟。EAの強欲さにうんざりさせられることもあるし、「こんなのはSimCityじゃない」という批判の声の一部に同意もする。だが、これはこれでいいゲームだなと。何よりも、手元の小さな端末に自分の都市が収まっているなんて夢いっぱいじゃないか。いつでも手軽に起動できるから、ちょくちょく市民たちを眺めては癒されている。だけどまぁ……
ポイント欲しさに悪魔に魂売っちゃったんだけどな。 マッドサイエンティストと手を組み、今日も今日とて市長は都市に災害を起こす実験を繰り返すのであった。すべては都市の発展のためだ。わかるだろう? 耐えてくれ、市民たちよ。
***
ところで。SimCityといえば各部門の担当官たち。 アプリ版でも行政・警察・消防・教育・建築などそれぞれの部門に担当官がおり、折に触れて市長にアドバイスをくれる。彼らのビジュアルと声はどうやらSims3をベースに作られているようなので親しみがわく。時代に合わせたのか旧作 (SimCity 4) よりも言動がマイルドだ。
財政難に陥っても金切り声を上げない担当官。 だが冷静に諭されるとかえって傷つく。いっそ罵ってくれ。
そして、こちら。
彼は医療の担当官。 初対面のはずなのに、どこかで見覚えが……。
あっ。
うん、うん、そうね。
びっくりするほど違和感がない。 眉毛が違うなぁ。惜しい。
あの医療の担当官を初めて見た瞬間、何とも言えない安堵感に包まれたのだ。筆者は元々「メガネ・ヒゲ・白衣」の3点セットが大好物なので、当初はそのせいだとばかり思い込んでいた。しかし、違った。彼がタローさんに似ていたからだったのだ。4年前、Sims3で復活した当時のタローさんがこの髪型で過ごした記憶が蘇る (タローさんは十数年前、Sims1プレイ中に誕生したシム)。懐かしいなぁ。
いやー悪いねタローさん。ゴメンゴメン。 戻すから。ちゃんと元に戻すから。
なんかずっとこのままでもいいような気がしてきたけど…。
***
以上、Simsとだいぶかけ離れた雑談。4か月ぶりの投稿がこれってどうなの。
一つだけ補足を。 アプリ版SimCityにはソーシャル要素が含まれている。見知らぬプレイヤーとの貿易 (アイテムの売買) のほか、プレイヤー同士で「市長クラブ」と呼ばれるギルドを結成するこ��もできる。クラブ間で戦争 (いわゆるPvP) をして遊ぶためのシステムなのだが、アイテムのトレードなどに応用しているクラブもあると聞く。
で、筆者はどこのクラブにも属していない。 のんびりマイペースで都市を造りたいだけなので、誰とも関わらず孤独プレイに徹することにしたのだ。毎日のようにたくさんのギルドから勧誘メールをいただくものの、その決意のもとに一切返信せず沈黙を守っている。こういうソロプレイヤーも多いと見受けるが、うーむ……まことに申し訳ない。失礼なのは承知の上だし、自分の人生にこんなモテ期は二度とないだろう。だがこれもまた主義の問題なので致し方ない。そっとしておいていただけるとありがたく思う。
***
最後に豪華付録。
ヒゲッパさん&ヒゲッポさんのスペシャルSS。 世界一かわいいうちのお犬様たちを自慢したかったのだ。マジAwesome。
コスプレが馴染みすぎて彼の本来の姿を忘れそうなので、元に戻しておいた。
今回の投稿のSSを撮るために、久々にSim3を起動した。タローさん世帯で遊んでいると、彼らの何気ない行動にいちいち笑わされたり和んだりする。この癒し効果はSimsでしか得られない。慌しすぎてこんな大切なことまで忘れかけてしまったのだなぁ。いかんいかん。エネルギーチャージが済んでSimsに復帰できる日を自分でも楽しみにしている。
というわけで、しばしのお暇をいただきます。 皆さま、どうかお体にお気をつけてHappy Simmingな毎日をお過ごしください。
* end *
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酷暑に豪雨と、尋常ならざる夏と闘う日本国民は疲れ切っているが、中国の習近平国家主席も疲労の度を深めている。小欄では過去何度か、習主席の「眠たげな顔」の原因の一つが「暗殺への恐怖→不眠→疲労困憊(こんぱい)」故だと報じてきた。ただ、AFP通信のベン・ドゥーリー記者が投稿したツイッター上の証言や幾つかの外国メディア報道で、疲労困憊の原因は他にもあると改めて確認した。今次小欄はまず、その辺りに触れる。ドゥーリー記者は、7月に世界銀行のジム・ヨン・キム総裁と北京の釣魚台国賓館で会談した際の習主席の表情を、こう伝えた。
《会談中はずっとウトウトしていた》
《(習主席が)あれほど疲れている場面は見た覚えがない》
加えて、同じ日に同じ場所で行われた、ユネスコ(国連教育科学文化機関)のオードレ・アズレー事務局長との会談で習主席は、アズレー氏を「世界貿易機関(WTO)事務局長」と何度も言い間違えた、という。《習主席は目に見えて疲労困憊していた=ドゥーリー記者》。
疲労原因について、英紙フィナンシャル・タイムズは8月、以下を報じた。
《中国の習近平国家主席は、近年の巧みな権力掌握に意図せぬ結果が伴った現実を思い知らされている。絶対的権力には絶対的責任が伴う。習氏は在任6年間で、とりわけ厳しい時期を迎えた。『数々の問題を習氏の責任に転嫁することが容易になっている』のだ》
フィナンシャル・タイムズは具体例として《急激にエスカレートし、経済成長の劇的鈍化につながりかねぬ米中貿易戦争》を指摘した。中国国内では、インターネット上の論文が削除され、身柄拘束をも覚悟してまで《金融恐慌発生の可能性が高い》と警鐘を鳴らす学者も存在する。金融恐慌発生の危険を、非習近平派はもとより、反習近平派も確信したが故に、3月の憲法改正で習主席が「終身国家主席」へと突き進む事態を黙認したのではないか。フィナンシャル・タイムズの論ずる『数々の問題を習氏の責任に転嫁することが容易になっている』とは、かくなる深謀遠慮を指すのではないか。しかも、憲法上は可能となった「終身国家主席」とはいえ、4年後の共産党大会時に習主席は69歳になる。共産党の内規《68歳引退》を破る反党行為を反習近平派が認めるとは考え難い。激烈な闘争の発火点となろう。
フィナンシャル・タイムズはまた、《習氏は国家主席1期目に、地域最大の軍事大国として米国に取って代わる決意を明確に示したが、(事実上の最高指導者だった)●(=登におおざと)小平(1904~97年)が唱えた、じっくりと力を蓄え、時機を待つ『韜光養晦』戦略を、簡単に捨てるべきではなかった》との《ささやき声の批判の合唱》を紹介した。逆説的には、自国を経済・軍事上の「強国」と自覚するに至った中国国民は、国際社会の圧力に屈して南シナ海の海上人工軍事基地群を放棄すれば、習近平指導部に矛先を向ける、という理屈だ。
さらに、25万本もの小児用ワクチンが不正製造→接種され、習近平指導部を揺るがす大事件と化した《ワクチン・スキャンダル》も疲労原因に挙げた。ワクチン・スキャンダルをめぐっては、メディアを監視する中国共産党中央宣伝部がインターネット上にアップされる言論を徹底的に削除したが既に、薬品メーカーと国家食品薬品監督管理総局の癒着疑惑が拡散してしまっている。
軍のクーデターへの恐怖も重なって
経済の繁栄をレゾンデートル(存在理由)に掲げてきた中国共産党の一党支配は、ようやく将来の「死に場所」を見つけたようだ。
もっとも、習主席は「共産党の死」を見届けられないかもしれない。米国に拠点を置く中国問題専門の華字ニュースサイト《博聞新聞網》の報道や、筆者が取材した日中公安筋の情報を総合すると、次のごとき驚愕の暗殺未遂事件が起きた。
習主席は昨年12月24日、人民大会堂での会議が終わり、専用車両に乗ろうとした際、爆発物の炸裂に遭遇した。習主席は「腹痛」を起こし、北京市内に在る中国人民解放軍直属の《中国人民解放軍総合病院/通称・301病院》に緊急搬送された。爆発は「中国共産党本部や政府が所在する中南海エリアに駐車中だった習主席専用車両近くの車」とする情報もある。
一方、301病院搬送も外傷ではなく、極度の緊張・心労が原因で、正確には「腹痛」ではなく「胃痛」を発症したとされ、深刻な症状ではないといった見方が有力だ。大事をとって301病院で精密検査を受け、精神疲労をとるために特別病棟に1泊し、翌日の朝食後、退院した。
習主席の一団が病院に駆け込んだ直後、病院は一時的に閉鎖、他の患者は締め出され、武装警察や特別警察が厳重な警戒網を敷いた。人民大会堂は一般市民の立ち入りが禁止されている上、軍で使用される爆発物が仕掛けられていた諸点を考慮すれば、爆発物は人民解放軍幹部が持ち込み、セットされた可能性が高い。当日の監視カメラ映像などがチェックされ、人民解放軍の警備要員も個別に尋問された。
習主席を狙った暗殺未遂事件は過去5年間の報道でカウントすると、少なくとも8回発生したと推定され、昨年12月が9回目(報道回数)になる。
奇っ怪だったのは、ヒラリー・クリントン米国務長官(当時)が訪中した2012年9月。国家主席就任が決まっていた当時の習国家副主席は「水泳中に運悪く背中を痛めた」とかで301病院に入院し、絶対に会わなくてはならぬ超重要人物たるクリントン氏との会談をドタキャンした。中国共産党の最高意思決定機関=党政治局常務委員会の「周永康委員(当時/汚職で無期懲役・服役中)らの暗殺未遂説が有力。その後も周は“事故”に遭った習副主席が301病院に入院するや、今度は毒入り注射で毒殺せんともくろんだが、事前に発覚した」(日中公安筋)。
この他、軍最高指導部=党&国家中央軍事委員会の委員(元人民解放軍総参謀長)ら党内序列上位の要人数人が軍事クーデターを画策したが露見し、失脚や自殺(暗殺説も)に追い込まれた。
習主席は政敵や反対派幹部の追い落としを狙い“反腐敗運動”を断行。汚職容疑などで多くの幹部を粛清している。それ故、習主席を狙う党・軍の大幹部は多く、習主席の精神状態に大きな���響を与えまくるだろう。
クマのプーさんを恐れる地球上で唯一の国家=中国
筆者が複数の安全保障関係筋に聴いた話は興味深かった。
晴れの舞台で国家指導者は、抑えようとしても抑えきれぬ笑みがこぼれる。けれども、2015年9月に北京で挙行された《抗日戦争勝利70年観兵式》で、車両のサンルーフより身を乗り出した際も、天安門城楼に立った際にも、習主席の表情はいかにも眠たげで何とも冴えなかった。安全保障関係者の間では、84%にのぼる初公開の新兵器の真贋・性能も重要な分析対象だったが、もう一つ、「何かに怯えていた」かに見える習主席の顔に注目が集まった。
複数の安全保障関係筋によると、観兵式前、将兵が携行する小火器や動員する武装車輌/武装航空機に実弾が装填されていないか、徹底的な「身体検査」を実施したもよう。展示飛行する航空機の自爆テロを恐れた揚げ句の、地対空ミサイル配備情報にも接した。いずれも、習主席暗殺を警戒しての防護措置。眠たげな習主席の表情は、不安で前日一睡もできなかった結果だとの観測は、こうした背景から浮かんだ。
ところで、習主席が昨年12月24日、人民大会堂での会議が終わり、専用車両に乗ろうとしたとき、爆発物が炸裂した暗殺未遂事件は先述したが、タイミングが悪過ぎた。欧米の思想・宗教を弾圧する習近平指導部は、学校などでのクリスマス祝賀行事を厳禁する。当然、クリスマス・イブに起こった事件はインターネット上を駆けめぐった。こんなふうに-。
《習主席がサンタクロースの復讐を受けた》
筆者なりに、なぜ習主席が慈愛に満ちる《サンタクロースの復讐を受けた》のか、想像を膨らませた。真っ先に、ニセモノのディズニー・キャラクターを拡散し、内外の子供たちをだまし続ける中国に怒りを爆発させたのだ…と考えた。次いでたどり着いたのが「クマのプーさんへの弾圧」だ。丸っこくて+ふっくらして+愛らしいディズニーの人気キャラクター=クマのプーさんの外見が習主席にそっくりだとソーシャル・メディアで評判になり、中国の検閲当局は近年、クマのプーさんの名前や画像の投稿をブロックした。
中国国内でクマのプーさんは、民主派などが習主席を指す隠語としても使用されている。米国で大ヒット中の実写版映画《プーと大人になった僕》も、中国政府は国内公開を認めぬ方向だ。クマのプーさんは国家指導者様をおちょくる「反逆獣」というワケだ。
同じ独裁国家の北朝鮮でさえ、露骨なパクリながら「クマのプーさんもどき」をパッケージ・キャラクターにした菓子が発売される。地球上で、世界の子供たちの心を豊かにするクマのプーさんを恐れ「弾圧」する国家・地域は中国だけだ。
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Prime Minister Justin Trudeau’s Formal Apology to Canada’s LGBTQ Community【全文】カナダのLQBTQコミュニティに対するジャスティン・トルドー首相による公式な謝罪
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公式テキストと動画
Trudeau:
トルドー首相:
Merci, Monsieur Le President.
議長閣下
ありがとうございます。
One of the greatest choices a person can make in their life is the choice to serve their fellow citizens. Maybe it’s in government, in the military, or in a police force. In whatever capacity one serves, dedicating your life to making Canada - and indeed, the world - a better place is a calling of the highest order.
生涯を通じて個人が行う選択のなかで最も偉大な選択のひとつ。それは政府や軍、あるいは警察などに務め、同胞に奉仕することです。どのような立場での奉仕であっても、カナダのために、ひいては世界をよりよくするために奉仕することは、崇高な営みといえるでしょう。
Now imagine, if you will, being told that the very country you would willingly lay down your life to defend doesn’t want you. Doesn’t accept you. Sees you as defective. Sees you as a threat to our national security.
ここで、想像してみてください。命を懸けて守りたいと思う祖国に必要とされないことを。拒絶されることを。欠落のある者だと思われることを。国家安全保障上の脅威だと思われることを。
Not because you can’t do the job, or because you lack patriotism or courage?no, because of who you are as a person, and because of who your sexual partners are.
仕事が「できない」からではありません。愛国心や勇猛さが「欠けている」からではありません。「そういう」個人であり、また性的なパートナーが「そういう」個人であるという理由からです。
Now imagine, Mr. Speaker, being subjected to laws, policies, and hiring practices that label you as different - as “less than.”
議長
ここで想像してみてください。
法律や政策や雇用の実務において、「異端」、あるいは「欠落者」とレッテルを貼られることを。
Imagine having to fight for the basic rights that your peers enjoy, over and over again.
自分の隣人が当然のごとく享受する基本的権利を求めて、来る日も来る日も闘い続けなければならない状況を。
And imagine being criminalized for being who you are.
This is the truth for many of the Canadians present in the gallery today, and those listening across the country.
自分が「そういう者」だからという理由で犯罪者扱いされることを想像してみてください。これは聴衆の中にいる多くのカナダ人にとって、そしてカナダ全土でこの演説を聴いている方がたにとっては、ただの現実です。
This is the devastating story of people who were branded criminals by the government. People who lost their livelihoods, and in some cases, their lives.
これは、政府によって「犯罪者」の烙印を捺された人びとの悲壮な物語です。生活の術を失い、場合によっては、命をも失った人びとの物語です。
These aren’t distant practices of governments long forgotten. This happened systematically, in Canada, with a timeline more recent than any of us would like to admit.
これは遥か遠い昔に忘れ去られた政府の愚行ではありません。これは組織的に、ここカナダにおいて、われわれの誰もが認めくないほど近年にわたって、行われてきたことです。
Mr. Speaker, today we acknowledge an often-overlooked part of Canada’s history. Today, we finally talk about Canada’s role in the systemic oppression, criminalization, and violence against the lesbian, gay, bisexual, transgender, queer, and two-spirit communities.
議長
きょうわれわれは、これまで主に見過ごされてきたカナダの歴史の暗部に光を当てます。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィア、そしてトゥースピリット(二つの魂を持つ者)のコミュニティに対して行われてきた組織的な抑圧、犯罪化、そして暴力において、カナダ政府が果たしてきた役割を認める時が遂に来たのです
And it is my hope that in talking about these injustices, vowing to never repeat them, and acting to right these wrongs, we can begin to heal…
そして私の願いは、こうした不正義の数々を公に語ることで、二度と繰り返さないことを誓うことで、そしてこれらの悪行を正すことで、癒しのプロセスの始まりとすることです…
Discrimination against LGBTQ2 communities was quickly codified in criminal offences like “buggery,” “gross indecency” and bawdy house provisions.
カナダでは、LGBTQ2コミュニティに対する偏見や差別をいちはやく犯罪化しました。「獣姦」「重大なわいせつ行為」そして家庭内における卑猥な行為を抑圧する条例によって。
Bathhouses were raided, people were entrapped by police.
われわれは、更衣室を強制的に取り締まり、警察は人びとを拘束しました。
Our laws bolstered and emboldened those who wanted to attack non-conforming sexual desire.
われわれは、社会の意に沿わない性的要求を糾弾することが正当化され、強化されるような法律を制定してきました。
Our laws made private and consensual sex between same-sex partners a criminal offence, leading to the unjust arrest, conviction, and imprisonment of Canadians. This criminalization would have lasting impacts for things like employment, volunteering, and travel.
われわれは、同性同士の間で行われる個人的で同意のある性交を刑法上の犯罪行為としました。これにより、カナダ人が不当に逮捕、起訴され、投獄されました。この犯罪化により、就職や社会奉仕活動、渡航を行う上で、長く消えない傷跡を残してしまいました
Those arrested and charged were purposefully and vindictively shamed. Their names appeared in newspapers in order to humiliate them, and their families.
われわれは、逮捕・起訴された人びとを意図的に、かつ、執拗に辱めました。彼らとその一族を侮辱するために彼らの名前は新聞に掲載しました。
Lives were destroyed. And tragically, lives were lost…
生活が破壊され、そして悲しむべきことに、命が失われました。
Over our history, laws and policies enacted by the government led to the legitimization of much more than inequality?they legitimized hatred and violence, and brought shame to those targeted.
カナダ史において、政府が施行した法や政策によって、単なる不平等を越えるものが正当化されました。憎悪や暴力、そして標的とされた者を侮辱することが、正当化されたのです。
While we may view modern Canada as a forward-thinking, progressive nation, we can’t forget our past: The state orchestrated a culture of stigma and fear around LGBTQ2 communities. And in doing so, destroyed people’s lives.
多くの人は、現代のカナダを前向きで進歩的な国だと思っているかもしれません。しかし、国家がLGBTQ2コミュニティに対するスティグマ化と恐怖の文化を統制し、それにより人びとの一生を破壊してきたという、われわれの過去を忘れてはなりません。
Mr. Speaker, a purge that lasted decades will forever remain a tragic act of discrimination suffered by Canadian citizens at the hands of their own government.
議長
何十年ものあいだ継続して行われた粛清は永遠に、カナダ人に対して行われたカナダ政府による悲劇的な差別行為として歴史に記憶され続けます。
From the 1950s to the early 1990s, the government of Canada exercised its authority in a cruel and unjust manner, undertaking a campaign of oppression against members, and suspected members, of the LGBTQ2 communities.
1950年代から1990年のはじめまで、カナダ政府はその権能を容赦なく、かつ、不当に行使し、LGBTQ2コミュニティの一員である人びと、または一員であると思われる人びとに対して組織的な抑圧を行いました。
The goal was to identify these workers throughout the public service, including the foreign service, the military, and the RCMP, and persecute them.
その目的は、外務、軍務、警務等のあらゆる公務で働く人びとの中からこれらの人びとを選別し、迫害することにありました。
You see, the thinking of the day was that all non-heterosexual Canadians would automatically be at an increased risk of blackmail by our adversaries due to what was called “character weakness.”
当時われわれは、非異性愛主義者のカナダ人は自動的に、「人格的脆弱性」と呼ばれる要因により、敵側による恐喝のリスクに晒されると考えていました。
This thinking was prejudiced and flawed. And sadly, what resulted was nothing short of a witch-hunt.
これは偏見に満ちた、誤った考え方でした。そして、その結果、魔女狩りとしかいいようのない状況が現出したのです。
The public service, the military, and the RCMP spied on their own people, inside and outside of the workplaces. Canadians were monitored for anything that could be construed as homosexual behaviour, with community groups, bars, parks, and even people’s homes constantly under watch.
公務、軍務、警務に携わる者は、職場の中と外で同胞を監視しました。同性愛行為を行うカナダ人は常に監視に置かれました。コミュニティのグループや、バー、公園、そして自宅までもが、常に監視の対象とされたのです。
During this time, the federal government even dedicated funding to an absurd device known as the Fruit Machine - a failed technology that was supposed to measure homosexual attraction.
そのあいだ、政府は当時「同性愛者発見機(フルーツ・マシン)」といわれた滑稽な機器を運用する資金まで提供していました。同性愛者を惹きつける力を計測できるという、まったくデタラメな技術でした。
When the government felt that enough evidence had accumulated, some suspects were taken to secret locations in the dark of night to be interrogated.
こうして十分な証拠が集まったと判断すると、政府は闇夜に紛れて容疑者らを秘密の場所に連行し、尋問しました。
They were asked invasive questions about their relationships and sexual preferences. Hooked up to polygraph machines, these law-abiding public servants had the most intimate details of their lives cut open.
容疑者らは、恋人関係や性的指向など、プライバシーを侵害するような質問を浴びせられました。 法令に忠実な公務員らは、 嘘発見器に繋がれ、最も個人的な秘密までを吐露しなければなりませんでした。
Women and men were abused by their superiors, and asked demeaning, probing questions about their sex lives. Some were sexually assaulted.
男女違わず、上司に虐待的仕打ちを受け、性生活に関する侮辱的で詮索的な質問を浴びせられました。なかには、性的暴行を受けた者もいました。
Those who admitted they were gay were fired, discharged, or intimidated into resignation. They lost dignity, lost careers, and had their dreams?and indeed, their lives?shattered…
ゲイだと認めた者は解雇、追放、または圧力により強制的に辞職させられました。尊厳も、職も、そして夢も奪われ、文字通り、人生を粉々に砕かれました。
Under the harsh glare of the spotlight, people were forced to make an impossible choice between career and identity.
強い光を顔面に照射されるなか、彼らは職とアイデンティティのいずれを選ぶかという、不可能な選択を突きつけられました。
The very thing Canadian officials feared?blackmail of LGBTQ2 employees?was happening. But it wasn’t at the hands of our adversaries; it was at the hands of our own government.
LGBTQ2の従業員らを恐喝するという、カナダ当局が恐れた行為は、実際に行われていました。ただし「敵」によってではなく、自国の「政府」によって。
Mr. Speaker, the number one job of any government is to keep its citizens safe. And on this, we have failed LGBTQ2 people, time and time again.
議長
どの政府においても、その第一の責務は、国民を守ることにあります。わが国はこの責務を、LGBTQ2の人びとを保護する責務を、幾度となく怠りました。
It is with shame and sorrow and deep regret for the things we have done that I stand here today and say: We were wrong. We apologize. I am sorry. We are sorry.
われわれがかつて行ってきたことを恥じ、悲しみと深い後悔の念を抱きながら、私はきょう、こう表明させていただきたい。われわれは間違っていました。謝罪いたします。お詫びいたします。国としてお詫び申し上げます、と。
For state-sponsored, systemic oppression and rejection, we are sorry.
国を挙げて組織的な抑圧と迫害を行ったことをお詫びいたします。
For suppressing two-spirit Indigenous values and beliefs, we are sorry.
土着のトゥースピリット の価値観や信仰を抑圧したことをお詫びいたします。
For abusing the power of the law, and making criminals of citizens, we are sorry…
法を悪用し、国民を犯罪者に仕立てあげたことをお詫びいたします。
To all the LGBTQ2 people across this country who we have harmed in countless ways, we are sorry.
国全体を通じて数多の方法で危害を加えられたすべてのLGBTQ2の方がたへ、お詫びいたします。
To those who were left broken by a prejudiced system;
And to those who took their own lives?we failed you.
偏見に満ちた制度により心身ともに壊れてしまった方がた。
自ら命を絶ってしまった方がた。 われわれは、責務を怠りました。
For stripping you of your dignity;
For robbing you of your potential;
For treating you like you were dangerous, indecent, and flawed;
We are sorry.
あなた方の尊厳をはく奪してしまったこと。あなた方の可能性を奪ってしまったことを、あなた方を危険視し、「わいせつ」であるとか「欠落している」としてしまったことを、お詫びいたします。
To the victims of the purge, who were surveilled, interrogated, and abused;
粛清の犠牲となった方がた。監視された方がた。
尋問された方がた。そして虐待された方がた。
Who were forced to turn on their friends and colleagues;
友人や同僚を密告せざるを得なかった方がた。
Who lost wages, lost health, and lost loved ones;
職を失い、健康を損ない、愛する者を喪った方がた。
We betrayed you. And we are so sorry.
わわれわれはあなた方の信頼に背きました。
謹んでお詫びいたします。
To those who were fired, to those who resigned, and to those who stayed at a great personal and professional cost;
解雇された方がた。辞職させられた方がた。そして個人的にも職業的にも多大なリスクを負いながらも、職に留まることを選択した方がた。
To those who wanted to serve, but never got the chance to because of who you are?you should have been permitted to serve your country, and you were stripped of that option.
兵役に服したかったが、素性によって、服役する機会を得られなかった方がた。あなた方には国に奉仕する機会が認められるべきでした。なのに、あなた方にはその選択肢すら与えられませんでした。
We are sorry. We were wrong.
申し訳ありませんでした。われわれが間違っておりました。
Indeed, all Canadians missed out on the important contributions you could have made to our society.
じっさい、多くのカナダ人が、あなた方が我々の社会にもたらしたであろう多大なな貢献の数々を享受する機会を奪われました。
You were not bad soldiers, sailors, airmen and women. You were not predators. And you were not criminals.
あなた方はけっして、男女ともに、素養のない兵士や、水兵や、空兵であったわけではありません。あなた方はけっして、「略奪者」ではなかった。そしてあなた方はけっして、「犯罪者」ではなかった。
You served your country with integrity, and veterans you are.
あなた方は誠実に国に奉仕し、退役されました。
You are professionals. You are patriots. And above all, you are innocent. And for all your suffering, you deserve justice, and you deserve peace.
あなた方はプロフェッショナルです。あなた方は愛国者です。
そしてなによりも、あなた方に罪はありません。
あなた方の味わった苦しみには、相応の正義がなされるべきです。
そしてあなた方には、心の平穏がもたらされるべきです。
It is our collective shame that you were so mistreated. And it is our collective shame that this apology took so long?many who suffered are no longer alive to hear these words. And for that, we are truly sorry.
あなた方が社会によって不当な扱いを受けたことには、われわれ全体が恥ずべきことです。そして、この謝罪を行うのに、これほどまでの時間を要したことを、われわれは全体として恥じなければなりません。苦痛を味わった多くの方がたは、この言葉を聴くまで命を長らえることができませんでした。
そのことについて、われわれは大変申し訳なく思っております。
To the loved ones of those who suffered;
苦しみを味わった方がたの愛する方がた。
To the partners, families, and friends of the people we harmed;
危害を加えられた方がたのパートナー、ご家族、そしてご友人の方がた。
For upending your lives, and for causing you such irreparable pain and grief?we are sorry…
人生をひっくり返し、生涯癒えない痛みや悲しみを生じさせてしまったことを、心よりお詫びいたします。
We also thank members of the We Demand an Apology Network, our LGBTQ2 Apology Advisory Council, and the Just Society Committee for Egale, as well as the individuals who have long advocated for this overdue apology…
「謝罪を求めるネットワーク」の方がた 「LGBTQ2謝罪諮問評議会」 「エガールの公正な社会を求める委員会」 そしてこのあまりにも遅い謝罪を長く求め続けてこられた、 すべての個人の方がたへ。
感謝申し上げます。
We must remember, and we will remember. We will honour and memorialize the legacy of those who fought before us in the face of unbearable hatred and danger.
われわれは記憶に刻み込まなければなりません。 そして忘れません。
堪えがたい憎悪と危険に接しながらも、闘い続けてきた先人達の 名誉を尊び、その伝承を称え、記憶しつづけます。
Mr. Speaker, it is my hope that we will look back on today as a turning point. But there is still much work to do.
議長
私はきょうこの日を一つのターニングポイントとして、いつか振り返る日が来ることを願ってやみません。しかし、われわれにはまだまだ為すべきことがあります。
Discrimination against LGBTQ2 communities is not a moment in time, but an ongoing, centuries-old campaign.
LGBTQ2コミュニティに対する差別は、一過性のものではありません。数百年にわたって、いまも息づく「運動」なのです。
We want to be a partner and ally to LGBTQ2 Canadians in the years going forward. There are still real struggles facing these communities, including for those who are intersex, queer people of colour, and others who suffer from intersectional discrimination.
今後われわれは、LGBTQ2のカナダ人のパートナーであり同胞でありたいと思います。これらのコミュニティのなかには、いまでも苦悩に接している方がたがいます。インターセックスの方がた。有色人種のクィアの方がた、そして同族嫌悪の差別に苦悩する方がたです。
Transgender Canadians are subjected to discrimination, violence, and aggression at alarming rates. In fact, trans people didn’t even have explicit protection under federal human rights legislation until this year…
トラスジェンダーのカナダ人は、警戒すべきほどに差別され、暴力や攻撃の対象とされています。実際、今年になるまで、トランスの人びとを固有に保護する連邦の人権法は存在しませんでした。
And, Mr. Speaker, I am proud to say that earlier today in this House we tabled the Expungement of Historically Unjust Convictions Act. This will mean that Canadians previously convicted of consensual sexual activity with same-sex partners will have their criminal records permanently destroyed.
そして議長、
私は、きょうこの日に、この議場において、「歴史的に不当な起訴の抹消法案」を提出したことを誇りを持って申し上げたい。これはつまり、これまで同性愛のパートナーと同意のある性的行為に及んだことで起訴されたカナダ人は、その犯罪履歴を永久に抹消されるということです
Further, I am pleased to announce that over the course of the weekend, we reached an agreement in principle with those involved in the class action lawsuit for actions related to “the purge.”
さらに、われわれ政府はこの週末を通じて、『粛清』に関わる集団訴訟に関わる人びとたちと和解に達したことをご報告したいと思います。
Never again will our government be the source of so much pain for members of the LGBTQ2 communities.
わが国政府は二度と再び、LGBTQ2コミュニティの人びとに対する苦悩の根源とはなりません。
We promise to consult and work with individuals and communities to right these wrongs and begin to rebuild trust. We will ensure that there are systems in place so that these kinds of hateful practices are a thing of the past. Discrimination and oppression of LGBTQ2 Canadians will not be tolerated anymore…
これらの過ちを正すため、われわれは個人やコミュニティと相談し、信頼関係を構築することをお約束します。こうした憎悪に依った慣習が過去のものとなるよう制度を確実に構築します。LTBTQ2のカナダ人に対する差別や抑圧はもはや容認されません。
Mr. Speaker, Canada’s history is far from perfect.
議長 カナダの歴史は完璧とは程遠いものです。
But we believe in acknowledging and righting past wrongs so that we can learn from them.
しかし過去の過ちを正し、そこから学ぶことができると、われわれは信じています。
For all our differences, for all our diversity, we can find love and support in our common humanity.
あらゆる相違、多様であることについて、われわれは愛し合い、支え合うことを、人類の共通項として見出すことができます。
We’re Canadians, and we want the very best for each other, regardless of our sexual orientation, or our gender identity and expression. We will support one another in our fight for equality.
われわれはカナダ人です。そしてわれわれは、性的指向やジェンダーの自己認識や表現にかかわらず互いに最良を望みます。
平等を目指し、互いに支え合います。
And Canada will stand tall on the international stage as we proudly advocate for equal rights for LGBTQ2 communities around the world.
また国際的なステージにおいても、カナダは毅然と、世界中のLTBTQ2コミュニティに対する平等な扱いを求めてゆきます。
To the kids who are listening at home and who fear rejection because of their sexual orientation or their gender identity and expression;
自宅でこの演説を聴いていて、自分の性的志向やジェンダーに対する意識や表現が拒絶されることをおそれる少年少女の皆さん。
And to those who are nervous and scared, but also excited at what their future might hold;
そして将来について、怖くて不安だけれども、希望を抱きつづけている皆さん。
We are all worthy of love, and deserving of respect.
私たちはみな、互いに愛し愛され、尊敬に値する存在です。
And whether you discover your truth at six or 16 or 60, who you are is valid.
あなたが自分の真実を6歳の時、あるいは16の時、あるいは60の時に知ったとしても、あなたが何者であるかは変わりません。
To members of the LGBTQ2 communities, young and old, here in Canada and around the world:
You are loved. And we support you…
老いも若いも含めたLGBTQ2コミュニティのすべての皆さん。
ここカナダにおいて、そして世界中において、あなた方は愛し愛されるべき存在であり、われわれはあなた方を支えてゆきます。
To the trailblazers who have lived and struggled, and to those who have fought so hard to get us to this place: thank you for your courage, and thank you for lending your voices. I hope you look back on all you have done with pride.
草分けとなって苦難の時代を生き延び、闘い抜いてきた皆さん。そしてきょうこの状況にわれわれを追い込むために闘い続けてきてくれた皆さん。
あなた方の示したくださった勇気に感謝します。そしてわれわれにあなた方の声を託してくださったことに感謝します。あなた方が何を成し得たのか、振り返って誇りに思ってくださればと思います。
It is because of your courage that we’re here today, together, and reminding ourselves that we can, and must, do better.
あなた方が勇気を示してくださったおかげで、われわれは今日ここにともに集い、よりよい世界を目指すことができると信じられるのであり、また、そうでなければならないのだということを心に刻むことができたのです。
For the oppression of the lesbian, gay, bisexual, transgender, queer, and two-spirit communities, we apologize. On behalf of the government, Parliament, and the people of Canada: We were wrong. We are sorry. And we will never let this happen again.
レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クィア、トゥースピリットのコミュニティの方がたを抑圧したことについて、お詫びいたします。政府、議会、そしてカナダ国民を代表して述べさせていただきます。
われわれは間違っておりました。
申し訳ありませんでした。
このようなことは二度と繰り返しません。
Thank you, Mr. Speaker.
議長閣下、ありがとうございます。
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5/13-6/7『恥ずかしい料理』刊行記念写真展 Photography by Ai Hirano

“みんな本当は何食べてるの? 忙しくても、貧しくても、調子悪くても、スマホがなくても、お腹はへる。決して人には見せることのない日常の食事にこそ、手触りのある物語は宿る。見栄えもしないし、今どきでもない、すべての家庭料理に愛を込めて。なんでもない日バンザイ!”
七組の「普通の食卓」を取材し、レシピを付した『恥ずかしい料理』(梶��いこ著・平野愛写真/誠光社)刊行を記念し、平野愛さんの写真展を開催します。同書掲載の写真を展示・表紙写真のプリント作品と梶谷いこさんのZINEの販売(展示会場限定)も行います。
開催日時:2021年5月13日(木)〜6月7日(月) 12:00-19:00 火・水定休
場所:1003(650-0023 兵庫県神戸市中央区栄町通1-1-9 東方ビル504号室)
名古屋のON READINGさん(3/23-4/11)、広島のREADAN DEATさん(4/24-5/9)に続く、3ヶ所目の巡回展です。
関連商品ご購入の方にお配りする特典ペーパーも準備中!どうぞお楽しみに。(特典ペーパーの配布は会期スタートから少し遅れる可能性がございます。ご了承ください。)
準備が整い次第、オンラインストアでも関連書籍を販売しますので、ご来店はどうぞご無理のない範囲でお願いいたします。
Profile

写真:平野愛
京都市中京区出身。1997年より自然光とフィルム写真で主に家や物語の撮影 を続ける。引っ越しに密着した私家版写真集『moving days』(2018年9月 ON READINGにて展示開催)、好書好日「私を本屋に連れてって」連載、 NHKドラマ・映画『心の傷を癒すということ』ポスター・劇中写真など。

著者:梶谷いこ
鳥取県米子市出身。京都市在住。2015年頃より、文字組みへの興味が高じて文筆活動を開始。ZINE、私家版冊子を制作。主な作品は『家庭料理とわたし ー「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』など。

編集:堀部篤史
京都市左京区出身。1996年、恵文社一乗寺店にアルバイトスタッフとして勤め始め、2002年より店長を務める。2015年同店を退社、独立し、同年11月 京都市上京区河原町丸太町の路地裏にて「誠光社」をオープン。著者に『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン)、『90年代のこと』(夏葉社) ほか。

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『八月の光』、分厚いですよね(前半)

五月ですね。先日の雷鳴はどこでご覧になりましたか。美しかったですね。光で空が真っ白になるとき、私たちは諦めること以外に何かできるのでしょうか。呆然と立ち尽くすこと以外の何ができるのでしょうか。 あれは春の光でしたね。春の夜の白い光は淡くそら寒い。しかし、夏の光というのは、人に人を殺させるほどの眩い激しさを孕んでいるものです。暴力を無にしそうなほどの何かを。
四月上旬、在宅勤務指示にともない理不尽に給与を減らされ、抵抗の意志をもってウィリアム・フォークナーの『八月の光』(原著1932)を読み始めました。加島祥造訳の新潮文庫版(1967)。本編は656ページまで。日本語とはなぜか幅をとるもので、訳書はたいてい原書の厚みの2〜3倍になるものですが、それにしても656ページかあ。長いね。 なんだか、なんだかね、「短く書かなければ読んでもらえない」圧力のもとに暮らしているとね、毎日悲しいんだ。生まれた言葉をみずから削ぎ落とさなければならないことが。肩の肉をナイフで切り落としている感覚がします。だからと言って、読んでくれと人に押し付けるのも申し訳なくてできない。誰かの時間を奪うことが憚られる。突然の吐露ですみません。 で、今日はもう一切憚らずに書こうと思います。なので、長くなります。もはや原作より長い(体感)。まあ実際は削ることのほうが書くことの本質であったりはしますが……。
この記事は総体的に本書を論じるものではありません。『八月の光』を読んでいて気になった箇所を執拗にピックアップし、それについてうだうだ話す私的な記事です。未読の方が読まれてもおもしろいかどうかわかりません。読まれるための文章を書けなくてごめんなさい。 この記事の本編を読まなくても『八月の光』がどんな話かわかるよう、雑な人物紹介を書きます。ここだけ読んでお土産としてお持ち帰りください。
【主な登場人物】
リーナ・グローヴ:男に逃げられシングルマザー秒読みの20才。電波。
ジョー・ブラウン:クズ。生娘リーナを孕ませて逃亡。走る下半身。
ジョー・クリスマス:悲劇のヒロインを地で行く33才男性。
ジョアナ・バーデン:中年で初めて肉体の愛を知り気が狂う44才女性。
バイロン・バンチ:内面がない残念な35才男性。リーナに一目惚れ。
ゲイル・ハイタワー:町から追放された元牧師。妻は不倫のあげく自殺。
これだけ役者が揃っていれば面白いに決まっていますね。ついでなのであらすじを新潮文庫の背から引用します。
臨月の田舎娘リーナ・グローヴが自分を置去りにした男を求めてやってきた南部の町ジェファスン。そこでは白い肌の中に黒い血が流れているという噂の中で育ち、「自分が何者かわからぬ」悲劇を生きた男ジョー・クリスマスがリンチを受けて殺される——素朴で健康な娘と、南部の因習と偏見に反逆して自滅する男を交互に描き、現代における人間の疎外と孤立を扱った象徴的な作品である。
限られた字数でよくこんなにしっかりまとめられたものだ。私にはこんなに短くこの本を紹介することは逆立ちしたってできない。たしか新潮社の新卒入社試験では「好きな本を一冊選び、背のあらすじを書け」という課題が出ていた記憶があります。
以上です。ご高覧ありがとうございました。残りの2万字はおまけです。
【目次】
42ページ まだ少女の妄言を笑っていられた私たち
52ページ バイロン・バンチには「内面」がないのか?
149ページ 出自が不明であることの恐怖
166ページ 孤児院、胸糞悪すぎるクリスマスの悲劇
171ページ こんなこと言われたら死んじゃう
202ページ 「野蛮人のように、犬のように」食うこと
306ページ 待ってました地獄の恋愛パート
343ページ 「あたしまだ祈る用意がないわ」依存と信仰
まだ半分かよ(ここまで372ページ)
42ページ まだ少女の妄言を笑っていられた私たち
『すくなくとも双子だわ』と彼女は唇も動かず声にもならぬ言葉で自分に言う。それから胎動は過ぎる。彼女はふたたび食べる。馬車は止らずにゆく、時間は止らずに進む。馬車は最後の丘を登りきり、彼らは煙を見る。
一般的に、この本の主人公は二人いるとされます。その一人が、自分を孕ませて逃げた男が「私を待っているはず」と盲信し、その逃げ先もわからないまま「神様がすべてごらんになって正しいことは成就させてくれる」と信じて身重の身でありえない距離を放浪してその男を探す娘、リーナ。 先の引用は、ヒッチハイクした馬車に揺られて夜を行くリーナが、膨らみつつあるお腹をさすりながら独り言ちるセリフです。序盤のリーナの絶望的に愚かな猛進を呆れかえってハラハラしながら読んでいる頃で、リーナのように深く神だけを信じているわけではない私はまだこのセリフを滑稽だと笑っていました。 でも、実際にリーナは、見ず知らずの他人の親切と運のよさ=神のお導きを借りながら、最終的にはジョー・ブラウン(下半身)のいる町ジェファソンに辿り着きます。 「人事を尽くして天命を待つ」世界観を生きる私と「神を信じて人事を尽くす」世界観を生きるリーナにどれだけの違いがあるというのか。彼女を笑っていた私のほうが本当は愚かなのでしょう。
52ページ バイロン・バンチには「内面」がないのか?
なぜならどこで生れてどこで暮したにせよ、この男はただバッタみたいにこの国土で生きてきただけだ、と誰もみんな知っていたからだ。まるで、彼はそんな生き方をあまり長くつづけたので、いまでは彼のすべてがすっかり散らばって解体してしまったというようだ、残ったものといえばただ透き通って重さのない抜け殻、それも風のままにあちこち行方を定めず吹きとばされてゆく抜け殻といったふうだった。
ただ真面目に暮らして流れるに逆らわずに生きる。そんな生き方を1930年代のアメリカは嘲笑しています。このバッタのように生きるバイロン・バンチという男の人生は、その後リーナに一目惚れの恋に落ちることで一変する——かのように見えてやはり「運命に付き従う」だけの生を生き続けることになるのですが、リーナの信仰の敬虔さが積極的敬虔とも呼べるものだとすれば、バイロンの生き様は消極的敬虔とも言うべき代物かもしれません。 文学とは基本的に、運命(というか自然)に翻弄される人間がどうにかしてその運命と内面・自意識の葛藤に折り合いをつける様を描いているものですが、この「内面のない男」バイロン・バンチをばかにできるだけの抵抗の意志をもって生きていられる人間がこの世にどれだけいるのでしょう。
この引用のすぐ後、バイロンが「怠け者ってのは、何一つしないでいて楽々と善人になれるってわけだなあ」と話すシーンがあります。私自身はこの男が述べるような「善」を軽蔑して生きていますが、同じようなセリフを誰かが嫌な顔で吐くのを現実で何百回と聞いてきた気がします。特に親世代の人間たちから。 でも、本当はみんな「内面」を持っているのに、それを表に出す手段を持っていないだけなのかもしれません。実際、読み進めていくと、バイロンにだって言い分もあれば意志もあるのです。バイロンが何ページにもわたって「リーナを保護したい」という望みを語る場面の情けない切実さときたら。 私がその内面を探れていない他人は、ただそれを私には示していないというだけかもしれない。「内面がない人物」という人物像の類型は2年ほど前に友人から与えられて初めて知った概念ですが(韓国映画『バーニング』が流行った頃です)、そう断じていい人物なんて本当にいるのでしょうかね。
そういえば、リーナには一切の葛藤がありません。彼女は、何もかも神の御心のままに、と信じて粛々と行進しつづける。「内面がない」のでしょうか。信仰は内面の放棄と転嫁と言えるでしょうか。とても難しい。
149ページ 出自が不明であることの恐怖
本書のもう一人の主人公とされるジョー・クリスマスは、作品の舞台である架空の都市ジェファソンの町に突然現れた謎の男として描かれます。寡黙でクールで残忍な雰囲気のキャラクター。この町の誰もあいつが誰なのか知らない流れ者。かっこいいですね。 あらすじに「黒い血が流れている」とありましたが、クリスマスの見た目はまるきり白人なのだそうです。だから、ミシシッピ州の人々は、彼が流浪者の白人であることを疑いません。 彼は孤児として施設で育ちました。そこで「あの子には黒人の血が混ざっている」という噂が立ち、クリスマス自身、その噂を否定しきるだけの確固たる「出自」を持っていないものですから、幼少期の無力から噂を飲み込んでしまいました。そのために、生涯にわたって「自分は黒人なのかもしれない」と苛まれ続けることになります。真偽のほどは明らかになりません。本当に、ただの噂なのです。ただの噂が彼の人生を決定するのです。 ちなみにクリスマスという名はクリスマスに孤児院に捨てられたことに由来します。何その泣かせる設定。その設定だけで白米五合食えますわ。
いわば黒い生命、黒い呼吸がその本体を融かしてしまって、だから声ばかりか動く肉体や光そのものまでが液化し、ひとつずつゆっくりまざって増大し、重たい夜と分ちがたく合体しているかのようだった。
四方からは、そして彼の内部からさえ、黒人女たちの生殖力に満ちた声がささやきかけてきた。それはあたかも、彼やそのまわりの男という生きものすべてが、光なく熱く湿った原初の産みいだす女体の中に戻ってしまったかのようだった。(太字は原文傍点、以下同)
フォークナーの文章力えげつないですね。実は5ページあたり1〜3文ほどフォークナーの文章力えげつねえ……と思わせる記述が出てくるのですが、全部拾うと大変なことになるので割愛します。
「自分が何者であるか知ることができない」ということがこんなにも人間から安寧を奪い尽くし、何かを信じることを困難にするのだと、これほどはっきりと示す小説を私は初めて読みました。フィクションに登場する孤児は、「それでも人の愛を信じて生きることに決めた」みたいな明るい人物として描かれることが多い気がします。愛を表現するのに都合がいいのでしょうね。
クリスマスはひょんなことから「北部人(ヤンキー)」として町人から敬遠されている女性ジョアナ・バーデン(冒頭でご紹介した「中年の恋」の人です)の家に食べ物を求めて忍び込んで以来、彼女との恋愛関係に沼に沈むように引き摺り込まれていくのですが、その彼女との袂別のきっかけは、彼女の信仰の強要をクリスマスが拒絶したことにあ��ました。この凄まじい恋愛についてはまた後ほど。マジですごい2章が中盤にあります。
(ところで「北部人」に「ヤンキー」ってルビ振るのかなり面白いんですけど、原文でどのように書かれているのか気になるところです。原書を持っている方がいらしたらぜひ教えてください。普通に「北部の人」かな。 ジョアナは黒人の支援や人権保護に取り組んでいる女性で、未だ奴隷制度の時代の香りに執着している南部の人間たちにとっては鼻つまみ者という感じ、現代日本語のヤンキーのニュアンスとはまた異なる人物像です。今だと何が近いだろ、「フェミニスト」とか?)
クリスマスはけっしてジョアナを愛していると述べません。ずっと逃げることを考え続けている。怖いのでしょう。自分が誰であるかわからないまま誰かを正しく愛することは不可能です。それでも逆らえない。そうなれば、ただ愛の渦に巻き込まれていくだけです。 なんにもないところ、足場のないところにポンと生まれたとしたら、私は私になれただろうか。そういうことを、リアイティをもって想像させるのがクリスマスという男の存在であり、それを真実らしく書ききったフォークナーの凄味です。
166ページ 孤児院、胸糞悪すぎるクリスマスの悲劇
第6章、クリスマスの孤児院時代の話に割かれた章は、吐き気のするような、女の性液の臭いと男の腐った口臭とに満ちています。冒頭、幼少期のトラウマは人の人生でけっして拭い去れないのだと宣告する文章から始まります。
記憶は認識力が働きだす前に早くも活動する。記憶する力は思い出す力よりも長い生命を保つのであり、認識力が疑ったときでさえ、記憶は揺がないのだ。
捨て子であったクリスマスは幼少期を孤児院で過ごしました。第6章は、5才のクリスマスが不慮の事故でスタッフの女性の淫行を目撃してしまうシーンから始まります。性行為のあまりのグロさに身を隠していた垂れ幕のなかで嘔吐するクリスマス。かわいそうに……。 淫行を目撃された女性スタッフが逆ギレしてクリスマスに「黒人であることの罪」を着せ、孤児院から追い出すべくいろいろ手を回します。そこで彼女は「(孤児院の)番人」とかいう突如登場したよくわからない男に「アタシ悪くないもん!あいつ追い出すのに協力してよ!」と訴え、その男がOK任せろと手を貸しつつ、クリスマスを卑下するセリフが本当に耐え難い。
「わかってたのさ。どなたがあの子をあそこに置いたかはな——女の淫らな行いにたいする告示と呪い、それがあの子なんだ」
最初この一節を読んだ時、淫行を目撃された女性スタッフを咎めるセリフなのではないかと救いを見いだしかけたのですが、その後を読み進めるとたんにクリスマスを貶めるだけのセリフだとわかって机を叩き割りそうになりました。 この、突如現れてクリスマスを追い出す役割だけを果たす「番人」の存在についてはいろんな解釈ができます。
「さあ、言ってちょうだい。あんたがどんな目つきであの子を見ているか、あたし知ってるのよ。見てたんだから。五年間も」 「知ってるのさ」と彼は言った。「俺は悪がどんなものかを知ってるのさ。あの悪の証拠を立たせて神様の世界に歩かせたのは誰だと思う? 俺さ。神様のお顔の前に堕落の姿として歩かせたのは俺さ。」
番人がキリスト教における悪あるいは人間の身勝手さの悪辣を具現化した存在だと読むのが一番楽なんですけど、そんな安直なことをフォークナーがするだろうか。となると、上記のセリフに鑑みるに、彼こそがクリスマスの本当の父親である可能性も出てきますね。 黒人女あるいは黒人の血が混じっているとされて迫害され卑しめられていた女を娼館かどこかで身勝手に孕ませて、しかし何らかの事情で仕方なく孤児院に孤児として引き入れた父親が、後ろめたさに耐えかねてクリスマスを葬ろうとしていたところに降って湧いたラッキーチャンス!を、実現する前の懺悔(自分が許されたいがための懺悔)ともとれます。 いずれにせよ胸糞悪すぎますね。大人になったクリスマスが密造したバーボンを頭からぶっかけてこいつらに火をつけましょうね(禁酒法時代!)。
171ページ こんなこと言われたら死んじゃう
「もし神様ご自身がこの部屋に入ってきたとしても」と彼は言った。「あんたのような女はそれを淫行のために来たものだと思うんだろうな」
アタシ女だけどこんなこと言われたら舌噛んで死んじゃう。スゲーこと言うな。 先の節から5ページしか経っていないのにお気づきでしょうか。これは例の悪魔か父親かわからない番人が淫行の女性スタッフに放ったセリフです。お前態度ぶれっぶれやんけ。その直後には「俺に、聖なる神様に、噓をつくな」、「答えろ、イゼベル!(訳注 聖書に出る邪悪な女の名)」などの発言をかましています。自称神様やば~。完全に統合が失調していますね。
フォークナーは明らかに、制度化大衆化俗習化した信仰に疑問を抱いていて、この小説の最初段階(55ページ)に「教会の無意味な音があたりから一度に反響してくる」といった記述があったり、ハイタワーとかいう職能がクソ無能すぎるやばい牧師を登場させたりするあたりに顕著です。 牧師ハイタワーはこの小説の主要人物の一人で(禿げ上がって肥満ぎみなぶよぶよの初老の西洋人男性を想像してください)、自己の血統つまりアイデンティティの補強のためだけに牧師として町にやってきて、自分のおじいちゃんの南北戦争英雄譚を延々と町民に聞かせたあげく結論に聖書の一節をもってきてお茶を濁すことを何年も続けてきたかなりヤバい元牧師です。彼はその自己中ゆえに妻を自殺に追い込み、町の牧師を辞めさせられます。辞めさせられたのに町を退かず、ジェファソンの町にとって有事の際の憎しみの対象になり続けます。何かあったらハイタワーのせい。
すでに世界が神<人間になってしまったことをフォークナーは隠しません。彼がこのぶよぶよの人物を設定したのは、クリスマスの血筋によるアイデンティティの空白をより際立たせるためであると同時に、当時キリスト教の信仰が人間のエゴイズムを正当化することにばかり用いられていた状況に反吐が出る思いだったのではないかと推察できます。 だからこそ、謎の番人のことを悪魔ともみえれば神ともみえるように描いたのではないでしょうか。番人は名前を持たず、妄言だけを残して物語からあっさりと去ります。クリスマスを呪うだけの役割を果たすのです。女の淫行をこんなにも非難しながら、クリスマスの追放に加勢しようとする、不可解な行動をその場に残して。あまりにもグロテスクですね。
202ページ 「野蛮人のように、犬のように」食うこと
クリスマスはその後、「あくまで白人として」孤児院��ら養父母のもとに引き取られました。厳しい養父は自分の厳しい信仰のあり方を子に叩き込もうとして虐待じみたことすらおこなう人で、養母はその痛みをケアしようとおろおろと弱々しく優しくしたがる人。クリスマスは自尊心を保つために養母の庇護欲を拒絶し続けます。親子関係に遍く見られる悲しみですね……。 養父の信じる神を信仰することを頑なに拒む幼いクリスマスに激怒し、食事を禁じることで罰を与える養父。それを見かねて養母がこっそりと食べ物を与えようとする場面があります。
「おまえが何を考えてるか知っているよ。でもこれはそうではないんだよ。これは父さんに言われて持ってきたのではないんだよ。これはあたしだけの考えでしたこと。あの人は知らないんだよ。これはね、おまえにやれとあの人に命令されて持ってきた物じゃないんだよ」。 〔中略〕 相手の見まもるなかで、彼はベッドからおり、その盆を取ると部屋の隅へ運んでゆき、盆を裏返しにして食べ物を皿ごと床にぶちまけた。
そのとき彼はちょうど八歳だった。その晩、それから自分は何をしたか、彼は覚えてはいた、しかし自分のしたことをほんとうに記憶として確認できたのは、それから幾年もたった後のことであった。彼の行為は幾年もたった後ではっきり記憶に刻みなおされたのだが——その夜、夫人が去ってから1時間して、彼は起きあがり、ベッドからおりて部屋の隅へ行った、そして前に敷物の上にひざまずいたのとはまるで違ったひざまずき方をすると、散らばった食物へかがみこみ、両手で食べた、野蛮人のように、犬のように。
このシーンすごくよくないですか。ここで一度泣きました。 自分が壁に投げて床にべちょべちょに積まれていった冷や飯を、残飯を、生ゴミと化した食品を、家の埃や外の土と混ぜ合わされてしまった汚物を、それでも食わずにはいられず、跪いて手で口に掻き入れるところを想像してください。 施しを受けることを頑として拒絶するプライドを持ちながら(そのプライドは出自の不確かさを埋めるほどに絶大なものでなければならない)、一方で施しを受け入れなければ生きてゆくことができないことも理解していて、「犬のようにしか」与えられたものを貪ることもできない。 クリスマスは、引き裂かれたまま生きていくしかないことを理解していて、納得することは生涯ないのだと受け入れていて、ズタズタに傷ついたまま30歳を迎えたんです。そして彼は人を殺して人に殺された。殺されるための何の大義名分もなく。 こんな悲しいことがあるでしょうか。この章の冒頭、クリスマスがこの出来事から20年経ってもこの記憶と「この日に俺は男になった」という思念に従っていることが前置きされます。「男になる」という表現をとっているけれど、自分はもう二度と誰によっても癒されえないに決まっている、という絶望を意味しているのだと思います。
306ページ 待ってました地獄の恋愛パート
100ページほど飛びました。飛んでいるあいだは、クリスマスが少年から青年になる過程で性欲ベースの初恋をしてうっかり養父を殴り殺して女に裏切られて絶望して放浪を始めるみたいな流れです。さもありなんって感じですね。やさぐれて娼館に赴いて「俺と寝る白人の娼婦は知らない間に黒んぼに抱かれているんだ、ざまあみろ」みたいな自傷をしているシーンも。 そういえば、この人は、自分が男であること以外には何一つとして自己の拠り所を持っていないんだな。だから娼館に通うのか。そうか……。養父からの虐待のせいで信仰も持てなかったクリスマスがこうなってしまうのは仕方ない気がする。神のほうがクリスマスを拒絶したわけだから、あなたは悪くないと思う。神が悪い。
自分の白い胸が肋骨の下でますます深く息を吸いこむのを感じ、見まもりさえして、体内に黒い臭気を——黒人の黒くて不可解な思想や存在を吸いこもうと努め、同時に吐く息ごとに体内から白い血や白い思想や白い存在を追い出そうとしていた。しかしその間も絶えず彼の鼻翼は自分のものにしようとしている黒い臭いの苦しさに白っぽく張りつめ、彼の全存在はその黒い臭気に反発する肉体や拒否する精神を押えこもうと懸命にもがきつづけていた。
娼婦との性交ひとつでここまで自己存在を問えるのだからすごい。すごい辛そう。匿名の行為ってつまりは鏡を覗きこむことに過ぎないもんね。
で、非匿名の恋愛の到来です。地獄の恋愛パートが始まります。 養父を殺して逃走し、逃げ疲れて食べ物を強盗するために侵入した家の主人の女(ジョアナ、41才独身、見た目は30ちょい)になんとなく匿われて暮らすうちにだんだん気になっちゃって、愛する気なんかさらさらなかったのに否応なく恋愛関係に絡めとられてしまったクリスマスの独白をどうぞ。
一年たった後でさえ、入ってゆくたびに新しく、自分が女の処女を奪うために忍びこんでゆくかのように感じた。いわば暗くなるごとに彼はすでに奪ったものをもう一度奪い直さねばならぬという気持にさせられたのだ——いやそれはあるいはまだ奪ってはいなくてこれからも奪えそうにないものだったのかもしれぬ。
いい葛藤だなあオイ!!!!!(酒場のおっさん)
ジョアナは行く宛のないクリスマスを自宅の敷地内の小屋に住まわせています。ただし、対話もなければ同情を与え合うこともありません。 あの夜、ジョアナの家に忍びこんで台所の調理された食料を貪るクリスマスを目撃したジョアナは、「あなたが食べ物を欲しいだけなのなら、そこにいくらでもあるわ」と「静かな、やや深くて非常に冷たい声で言った」だけでした。その後もずっとそんな感じ。 「好きに食え」というのは、クリスマスが養母から受けた「食べたいでしょう? 食べていいのよ、あなたのために用意したの。さあ食べなさい、欲しいのはわかっているのよ」という屈辱的な支配と施しとは真逆のもので、クリスマスにとっては初めての救いだったのではないでしょうか。切ね〜。 でもジョアナはひたすら無関心。ご飯は用意されるけど、食卓を共にすることもなし。寝室には忍び込むばかりで求められることも特になし。クリスマスが男性性を持て余して(そこにしか自己の拠り所がないから仕方ない)初めてジョアナの寝室に忍びこんだ際は、拒絶はされたが抵抗はされなかったそうです。やばいな。 翌日も普通に食事は用意されていて、あんな酷いことをしたのになぜ、と狼狽えるクリスマスは、「はいはい、このメシは黒んぼ用ってわけね」という謎の自虐でこの不可解を乗り切ろうとします。 もう!!!!!!!どう見てもお前の不幸の原因はお前自身だよこのクソバカ!!!!!!!!!!!!!! いつまで悲劇のヒロインやってりゃ気が済むんだよオッサン(33)。リーナを見習え。
343ページ 「あたしまだ祈る用意がないわ」依存と信仰
ジョアナの家に住み着くようになって、クリスマスは初めて「帰る家」を得て、ジェファソンの町で定職に就いて、安堵を己に許しかけていました。 が、ある夜、突然ジョアナが自分の出自をクリスマスに打ち明ける長話をします。その夜以来、ジョアナは「何もかも知ってくれている男」への依存を始め、クリスマスの方は「全てを掌握しきった女」として蔑ろにし始めます。 お互いにこう思い始めるともう人間関係はだめですね。相手を手に入れたと思ったらあとは壊れます。残念でした。尊重しあえないくらいなら諦めて距離を遠く保った方がいいのですが、依存が始まればそれももう難くなってしまう。心を許すことと心を明け渡すことには紙一重の差しかないから難しいです。苦しい。
彼女を眠らせずにいたのはそんなことのせいではなかった。それは闇の中から出てくる何か、大地の、夏そのものの中から出てくる何かだった。それが恐ろしくて惨めだというのも、実は直観的に、それが何も自分に害毒を与えないものだと知っていたからだ。それは彼女を占領し完全に出し抜きはするがけっして害を与えず、それどころか彼女を救って生活から恐怖を消し、平凡に、いや前よりも良い暮しをさせる何かなのだ。
私は、ジョアナがクリスマスを受け入れたのは、食べ物を漁りにきた彼となら現実における「惨めさ」を共有できるのではないかと直観したからではないかと思います。でも、愛の依存が、温度差が、際立つ孤独が、断絶の苦しみが、恋の狂気が、癒着願望が、彼女を現実から追い出して無為な信仰へと放りこんてしまった。
ただ恐ろしいことに彼女は救われるのを欲していなかったのだ。「あたしまだ祈る用意がないわ」、目を大きく見開いて、静かに頑に、女は独り言を口にし、その間、窓からは月光が差しこんできて、部屋を冷たくて取り返しのつかぬ何か——ひどい後悔に駆りたてる何かで満たしていた。
「あたしまだ祈る用意がないわ」というセリフ、私はすごく好きです。運命に押し倒されそうになったときに言ってみたい。 残念ながらジョアナはこんなことを言いながらすぐに神に祈り始めるのですが。なぜジョアナが信仰を保留してきたか、なぜジョアナがクリスマスを尊厳を持つ人間として扱いえたかはジョアナがクリスマスに語った長い長い独白からすべて読み取れるところですが、ここでは割愛します。 (この小説が長いのは登場人物の設定を全部書くせいです。ジョアナの過去編だけで20ページあって、過去っていうか血統の話をするので話が100年遡る。南北の因縁について書かなきゃいけないから仕方ないけど、まあ長いよね……。)
「神様、まだあたしがお祈りせねばならぬようにはしないでください。神様、もう少しだけあたしを地獄においてください。ほんのもう少しだけ」
彼女が自分はもはや救われないとわかっていながらそれでも現実を引き止めようと神に縋ることをまったく笑えない。ここが、情念が狂気に変わる境界線ですよね。私たちは、ここを踏み越えないように日々、自分に我慢を強いていませんか。どうなっても納得できるよう、自分に都合のいい希望だけに寄りかかるのを我慢していませんか。 「もう少しだけあたしを地獄においてください」、地獄とわかっていれば、どうにか諦めもつくから。望まずにいられるから。しかし神に縋りはじめてしまえば、その歯止めはもうきかない。「神よ、なぜあなたは」が始まってしまってはもう。
ジョアナとクリスマスの関係がぐずぐずに崩れていくことと、ジョアナが神に縋りはじめたことは綺麗に対比していて、彼女たちが終わりに抗う様に胸を痛めては、私が代わりに神を責めたいくらいの気持ちになります。
このあと、情に絡めとられた二人の関係はだんだん取り返しのつかないものになっていき、ジョアナがクリスマスの子を流産してしまったのをきっかけに(はっきりとは書かれていないのですがそういうことでしょう)、二人は二人にとって最もよくない方向へ進んでいきます。 ジョアナが(おそらく、持てなかった子のかわりとして、あるいは関係の変化をもとめて、)クリスマスに教育を受けさせようとし始め、加えて信仰をも強制し始めたのは痛ましい姿でした。自分の伝手とお金を使ってクリスマスに大学に入り法学を学んでほしいと。私たち二人でよいほうを見ようよ、と。引け目を取り除いて、今よりよい二人になろうよ、と。 クリスマスの養子時代のトラウマを蘇らせるには十分すぎるほどです。それに、ジョアナのこの行いは、クリスマスに対して「今のあなたでは私にとって不十分だ」と突きつけることにほかなりません。クリスマス自身が望んだこともなかった学びを一方的に与えようとすることで、お前は不学の者だ、という烙印を捺したのです。 もうだめでしょう、この関係は。互いが互いにとって望ましくないことをすることしかできなくなってしまった。ジョアナも本当は、そんなことはとっくにわかっています。
女はベッドに横むきに倒れ、彼を見あげてその血の出た口から、「あたしたち二人とも死んだほうがいいらしいわ」といった。
とても苦しい。愛というのはどんなに繊細に気をつけても必ずこうして終わってしまうのかもしれない。 二人が幸福になりたかったのかどうかはわかりません。でも、二人でいたかったから何とかして離れずにいられるよう手を尽くして、けれどその手を誤ってしまって、そうしてだめになってしまったのがあまりにもやるせない。彼らは間違えたのではなく、誤ることしかできなかったのでしょう。 ジョアナは、だめになるならばそれでも二人で、と覚悟を決めていましたが、クリスマスにはその覚悟は持てなかった。 ある夜、いよいよクリスマスはジョアナと殺し合うことになり、彼女を殺して茫然自失のまま逃走します。翌日には家も燃やしてしまう。そうして殺人の罪で追われる身となります。
それでも彼には旧式拳銃の二個の弾丸入りの薬室が見えたようであった。一つはすでに撃鉄が落ちていたがしかし不発のままであり、もう一方は撃鉄が落ちてはいなかったが落ちる準備はできていた。「あいつは俺と自分の両方を撃つ気だったのか」と彼は言った。彼は腕を引き、そして投げた。ピストルが草の茂みの中で何かに当る音が一度だけ聞えた。それからもう何の物音もしなくなった、「俺と自分の両方をな」
まだ半分かよ(ここまで372ページ)
かなり割愛しながら書いているつもりですが、1万字書いてもまだ物語が半分しか進んでないのすごいな。本当はもっと緻密に読んでいくべき本なのでしょうが(人物の発語を「思考の流れ/現実に口にしたセリフ/脳内の会話および独白」に形式的に表現し分けてるの何だよその分類って感じだし、その書き分けもルールがあるように見えて無いのを分析しながら読むとおもしろい。案外テキトーなんだと思います)、細けえこたあいいんですよ。私はテーマについて話したいからテーマについてだけ話し続けます。
いまWikipedia見たら「この作品の主題はおそらく孤独感である」って書いてあったけど、 待って、何? なんて?
んなわけなくない?
人間が孤独であることは単なる事実であってわざわざテーマにするまでもない当たり前のことです。あんなに濃厚に人物の人生を書き上げるフォークナーほどの書き手がそんな、「東京には東京タワーがあります」くらいわかりきったことをテーマに据えるわけないだろうが。孤独は主題になりえないただの事実だ。Wikipediaの筆者よ、孤独を了解しろ。 疎外感はそれはそうかもしれませんね。疎外感には普遍性はないので。クリスマスが「実存主義的人物」ってのは実存主義を読み違えておられませんか。決定論における読みや同性愛についての指摘に対しては、まあなんか、気持ちはわかるよ。テクストというのはいろんな読み方ができますよね。時代や価値観に従って色々な読み方をされるところまでがテクストの宿命。
うん、色々な読み方があるよな。そうだよな。否定してごめん。ちょっと疲れてました。あなたはあなたの人生を好きに生きて。私は私の人生を生きます。さよなら。 はー。正直ちょっと登場人物に入れ込みすぎて書き疲れてきていましたが、Wikipediaを読んで元気になったのでもう少し続けます。Wikipediaはいいな。広場っぽい。ありがとう。募金しときます。
というわけで後半に続きます。
(2020/05/12 10:39)
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