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#違反更新訣別#甘ったれてゃ居られない#警察署にて簡素な免許証更新#一斉体罰#地獄の特訓苛酷#無事故・無違反#エンジョイ剥奪#ミジメ#1975年秋生まれのケジメ#後無ければ先も無い#結婚に取り組む#ふざけては居られない#パラダイスを拾う#切羽詰まる#引きこもり#ニート#穀潰し#snep#生活苦#遊び人#すねかじり#お見合い重要#真剣交際#家庭持ちたくなる#改心#見習う#2025年秋50歳#落ち着き#愚かさに限界#せっかち
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一日出勤してまた大型連休と、秀一は新しく引っ越してきたアパートの荷物整理をしていた。この四日間で終わらそうと段ボールに入ったものを確認しながら、
「果たして終わるだろうか?」
と、一度は取っておこうとしたものをゴミ袋に入れたりと骨折った。
秀一は、黒いカットソーにジーンズという格好で片付けをし、昼食は最寄りのコンビニで弁当を買って済ませた。ベランダの物干しには昨日着た白いワイシャツやビキニブリーフなどが風になびき、天気も良かった。嗚呼、こんな時は近くのT天満宮にでもお詣りを兼ねて周辺を散策したいなァと、内心は思いつつ、未だ解体していない段ボールを見ると溜息をついた。
部屋は「二LDK」だった。つまり、八畳の洋室が二室、その一室に隣接する様に台所があり、トイレと浴室は別である。ようやく寝室として使う部屋が片付き、彼はストレッチをしようとベランダに出た。すると、フェンス越しに何処かで見たことがある青年だなと、彼は声をかけた。相手も、嗚呼、益子先生だなと気付いて振り向いた。黄色いTシャツに、長袖の青が主のマドラスチェックのシャツを羽織り、ベージュのチノパンツを穿いていた彼は、翔だった。彼は何故か洗濯物の方に視線が向き、白いビキニブリーフを見るとこう言った。
「先生、ブリーフなンすね」
秀一は何故そっちに目が向くンだよとツッコミを入れたくなったが、敢えて聞き流したのを装い、
「何、散歩?」
と聞いた。
「はい、ちょっと買い物でも行こうかと思って」
「ちょうど引っ越しの合間で休んでいたンだけど、上がる?」
「え、イイんですか?」
「コーヒー淹れてあげるよ」
翔は上がり框で靴を脱ぎながら、教壇から見て一番奥の右側に座っていたのによく顔を憶えたな、と怖くなった。これまで塾の講師に横恋慕はしたが叶わなかったこと以外は、一度も父親を除く男にはほぼ関わりがなかった彼にとって、秀一の部屋に入ることにドキドキしていた。昨日、初めての射精を経験したのに股間が熱くなるのを感じた。嗚呼、あのブリーフでオ◯ニーしたい…。秀一がペーパーフィルターをドリッパーにセットしている間、彼はその後ろ姿を見詰めながら、カットソーからうっすらと浮き出ているタンクトップの線に男らしさを感じていた。どんなスポー��をやっていたのだろう?と、彼は思った。
マグカップにコーヒーを淹れて秀一がテーブルに置くと、彼は自分のものを口に付けた。彼は聞いた。
「確か、一年二組にいたよね?」
「はい、諸井翔と言います」
「ふ〜ん、今時の名前だね」
「父が『薫』って言うンです」
「お父さんは何やってるの?」
「システムエンジニアです。海外出張が多くて…」
「じゃあ、大変だね〜」
翔の父親は、今はインドの方に長期滞在している様だった。三ヶ月に一度は帰って来るが、一週間以内にはすぐ戻ってしまう。ずっと父親がいない日々を送っていたからか、思春期の頃に色々話したいことはあったができずにいた。たまたま話す機会があっても、
「お母さんに話しなさい」
と応じてくれなかった。
彼は、母親がいない時には父親のクローゼットを開けては背広やトランクスなどの「匂い」を嗅ぎ、淋しさを紛らわせていた。未だ性衝動が起きない頃である。ともかく男のいない周辺がつまらなかった。小、中学生の時は女性の教師がずっと担任だったし、優しい言葉かけもあまりなかった。色々と昔を振り返りながら、彼は秀一と話をし、次第に好意を持つ様になっていた。オレに���故、こんなにも優しいのだろうと。翔は、
「早くゴールデンウィーク、終わらないかなァ…」
と言った。
「早く皆と仲良くしたいよ」
「先生も、寮の宿直、やるンでしょ?」
「うん、するしかないよねぇ〜」
すっかり二人は打ち解けた様だった。
昨夜、「別荘」で一夜を過ごした貢は朝食を作って亮司と一緒に食べた後、K高校と単科大学の間にある自宅に戻って行った。一応、養子に迎えた甥の夫婦と同居しているのだが、孫と一緒に出掛ける約束をしていると亮司に話した。彼は、
「親父は『バイ』だったけどオレは『ゲイ』だから」
と話した。世間体で結婚はしたが「インポテンツ」を理由に子作りができなかったと、女房には話していると言った。亮司は、
「全然『インポテンツ』じゃねぇだろうよ!? オレのケツの穴、バッコンバッコン掘ってたじゃん!」
と言った。
「そんな下品な言い方すンなよ!」
と、流石にオレにもデリカシーはあるンだと、貢は口調を強くした。それでも別れる時には接吻を求め、
「今のオレには亮ちゃんが必要なンだ」
と怒っている様子はなかった。
再び一人になった亮司は、休みだが刈払いでもやるかと作業服に着替え、麦茶を淹れた水筒を片手に土手の方へ歩い��行く。未だ五月になったばかりなのに長袖では日差しが強く、少し動くと汗ばむ陽気だった。グランドではサッカー部が練習に励み、陸上部もトラックを走っていた。嗚呼、懐かしい風景だなと亮司は思った。彼は、トラックを走る一人の生徒を秀一と重ねた。
当時、都立A高校に赴任していた亮司は、その年の四月に秀一と出会った。中学校の頃から陸上部に所属し、総体でも優秀な成績を残していたが母子家庭だった彼は所謂「鍵っ子」だった。姉がいたが大学へは行かずに看護師をしていた。入部して早々、
「先生。オレ、頑張ります」
と誓った。もしかしたらあの頃から彼はオレを好いていたのかもと、亮司は振り返った。
まさか、その秀一がこの私立K高校に入職するとは…。できれば深々と帽子を被ってコソコソと仕事をするしかないなと、亮司は思った。あとは、昨日寝た翔にも「口止め」をしておく必要がある。彼は土手の刈払いをしながら、何とか秀一に知られずに済む方法を探っていた。
寮では、正美が自分の部屋でオ◯ニーをしていた。カーテンを閉め、密かに自宅から持って来た『薔薇族』のグラビアを眺めながら、スエットパンツの片方を脚に絡ませたまま、赤と青のラインが施されたセミビキニブリーフ越しに股間を弄っていた。すでにチ◯ポは硬くなり先走り汁も滴っていた。時折、包皮の先端から覗かせる口先を手指で「こねくり回し」ながら、
「あッ、あん、気持ちイイ…」
と漏らした。乳房も「勃ち」、次第に血の流れが激しくなっているのを実感していた。
正美は精通が遅かった。中学二年の終わり頃、たまたま更衣室で着替えていた男性教師の姿をドアの隙間からたまたま見え、興味を持って覗いてしまったのがきっかけだった。その教師は、当時は四十代前半で社会を教えていたが、剣道部の顧問をしていた。髪を七三分けにし、若干白髪もみられていた。正美の母親の幼馴染でもあり、たまに自宅にも来ていた。謂わば「近所のおじさん」でもあったが、この日ばかりは一人の男として見ていた。ジョギング型のチェック柄のトランクスから縦縞のビキニブリーフに穿き替える時に、シルエットではあったものの剥き出しになったチ◯ポが見え、ビキニブリーフを穿く時に一瞬持ち上がる様子に正美は興奮し、初めて性衝動を覚えたのだ。
実は、正美が同性に興味を持った要因がもう一つあった。母親と姉が、所謂「やおい系」の漫画が好きだったことである。時折、幼馴染であるその男性教師にも母親は見せていた様で、
「京子ちゃん、そんな漫画を正美君に見せるなよ。影響しちゃうから」
と���意していたのを密かに見ていた。正美の母は、
「たかが漫画でしょ? 絶対にないわよ。周ちゃんだって女の子のスカートめくり、再三してたでしょうよ。中学校の先生になったと聞いてびっくりしたわ」
その男性教師は、八坂周二と言った。八坂は、
「あれは、年頃の男の子なら誰にでも起こり得るンだよ」
と言った。
「あらあら、そうやって正当化するンだから…。まァ、正美が万一『ホモ』に目覚めてもアタシは構わないけどね〜」
その母親の言葉通りに、正美は同性に目覚めてしまったのだ。しかも、八坂という父親の次に身近だった男に対して。彼は、八坂が更衣室に入る時間を見計らっては覗き見、トイレの個室でオ◯ニーをした。
そんな日々に終止符を打つ出来事が起こった。いつもの様に正美が八坂の着替えている様子を覗いていた背後に、一人の女性教師が声をかけた。彼は慌ててその場から立ち去ったが、翌日になり八坂が呼び出したのだ。相談室に導かれた正美は血の気が引いた様子で、
「…先生! オ、オレ…先生が好きになっちゃったンです!」
と、いっそのこと「告って」しまった方がイイと思い、言った。その言葉に対し、八坂は両腕を組みながら困った表情を見せた。しばらく沈黙していたが、
「…正美君が好きなのは、おじさんではなくてオレの肉体だろ? 部活の時はトランクスじゃ袴付けた時に落ち着かないからビキニブリーフに取り替えてるだけだけど…。君の様な齢の男の子は肉体も変わっていくから興味を持つのは仕方ない。でも… 」
と言葉に詰まった。正美は嗚咽を上げながら、
「…だ、だって、おじさんのチ◯ポ見たら、何かドキドキしちゃって、アソコ勃っちゃったンだもん」
と本音を言った。八坂が溜息をついた。まさか、京子ちゃんに注意した言葉が現実になるとは…。彼は考え込んでしまった。オレには妻子もいるし、一度も男をそんな目で見たことがない。どうしたら良いかと、この日は結論を出せずに終わった。
次の日、八坂は正美が塾で遅くなるのを見計らって京子に話をしたいと、学校帰りに寄った。これまでの経緯を話したが、彼女は爆笑しながら言った。
「う、嘘でしょ!? 周ちゃんの何処が、正美が好きになったのよ? まァ、チ◯コは貞子さんにしか解らないだろうけど…そんなにイイもン持ってるの?」
「京子ちゃん! 笑いごとじゃねぇよ! オレ、困ってるンだよ! 正美君がオレの肉体に欲情してオ◯ニーしてるンだよ!? どうしたらイイんだよ!?」
「いっそのこと、抱いちゃったら?」
「バ、バカ言うな! オレは教師だぞ!? そんなことしたら…」
「だって、正美が周ちゃんを好きになっちゃったンでしょ? 応えてあげてよ〜。あぁ見えてあの子、意外と寂しがり屋なのよ。旦那も連日仕事で忙しくて構ってあげられないしさァ…。大丈夫、教育委員会に告発することはしないよ」
「だ、抱くって…」
「いくらでもあるじゃない? 車の中とか」
コイツ、正気でそんなことを考えているのか? まァ、昔からズレてるところはあったけど…。八坂は深く溜息をついた。
色々考えた挙げ句、一度くらいだったらと八坂は授業の後に正美に声をかけた。ちょうど塾へ行く日ではなかったので了承し、学校が終わると人気のないところに停めた八坂の黒いセダンに乗った。車を走らせながら、とんでもない過ちを犯したらどうしようと不安になりながら八坂は山林の中にあるモーテルに向かった。
正美は、まさか八坂が所謂「ラヴホ」に連れて行くとは想像もしなかったが、部屋に入ると彼は家にあった「やおい系」の漫画の通りに、
「…おじさん、抱いて」
と接吻した。唇が重なると、自分の女房以外とは「キス」をしたことがなかった八坂は徐々に溶ける様な感触に理性が失せていくのを感じた。気付くと、正美をベッドの上で学生服を脱がしていた。彼もTシャツとトランクスだけになり、卑猥なテントの先端が先走り汁で濡れているのを認めた。オレもその気があったのか…!? そう疑いつつも勢いで、教え子で京子の子どもでもある正美の開いた内腿に下半身をうずめた。白地に黒くブランド名が施されたウエストゴムの、正美のセミビキニブリーフもいやらしいほどに真ん中が隆起していた。正美は、
「おじさん! 欲しい、欲しいの!」
と、離さじと八坂の背中に両腕を回しながら訴えた。
その後、無我夢中に肉体を弄んだ挙げ句、二人は絶頂に達した。八坂は、
「ま、正美君! おじさん、イクぞ!」
と、黄色い声を上げながら正美の身体に愛液をぶちまけた。これまで経験したことのないエクスタシーを感じた一方で、
『オレの人生は、終わった』
と呟いた。嗚呼、教師失格だと空虚感も込み上げてきた。一方、正美は八坂と自分の愛液にまみれた身体を見ながら、
「お、おじさん…。スゴい」
と至福の様子だった。これで良かったのか? 正美君があんなに喜んでいる。オレは彼を抱いて正解だったのか? 未だに萎えることのない肉棒を両手で覆いながら、
「正美君…。御免、御免よ…」
と罪責感の故に号泣した。
そんな、八坂にとっては情けないと悔やんだ情事だったが、正美は勉強に集中できる様になったと喜んだ。彼の母である京子も、八坂は一緒に寝たと自白はしておいたが、
「勉強を教えるよりセッ◯スする方が才能あるンじゃない?」
と高笑いされ、
「オレは教師だぞ!? 男娼じゃねぇよ!」
と突っ込んだが、定期的に正美と寝る様になった。その時ばかりは、時折部活動の時にしか穿かないビキニブリーフを選び、正美を欲情させた。いつしか「イク」時の切迫感が彼にはエクスタシーとなり、
「…ま、正美君。おじさんと気持ち良くなろう」
と、すっかりただの「エッチなおじさん」と化していた。
正美は、高校に入学してから、八坂も密かに『薔薇族』を愛読していたのを知った。道理で手慣れているなと、情事を重ねる度に疑ってはいたが…。彼は、八坂の接吻する時にタバコの「匂い」���漂う柔らかくて分厚い唇と、うっすらと胸元に生えた体毛、そして血管が脈々と浮き出る勃起したチ◯ポを思い出しながら、
「…おじさァ〜ん、もっと欲しいのォ〜」
と声を上げた。
オルガズムは、ブリーフの中に淫液を漏らした。生温かくねっとりとした感触が股間全体を覆い、正美は背徳感を覚えた。このシチュエーションも、実は八坂の性癖だった。受験シーズンが終わろうとしていた時に、執拗に彼自身も穿いていたトランクスに「中出し」をし、
「…お漏らししちゃった」
と赤面していたのだ。この頃にはすっかり正美を教え子でも幼馴染の子どもでもなく、自分の「慰めもの」の様になっていた。
「…セッ◯スしてぇ」
彼は、淫液で汚れたブリーフを脱いで洗面台のシンクで冷水に浸し、黄ばまない様に衣類用ハイターを加えながらシャワーを浴びに行った。
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(単独ポストでも投稿しておきます)
僕は経営についてどこかで学んだわけではなく、自分の信条や価値観をベースに会社運営や組織運営をしてきました。
例えば、僕は社員のことを家族同然に思ったり、辞められるととても悲しくなったり、社員同士の仲間意識をとても大切にしたり、ホワイトカラーとかブルーカラーとかっていうレッテルをすごく忌み嫌ったり、
とにかく、せっかく同じ屋根の下に集まったメンバーだし、働く時間は人生の3分の1とかなんだから、お互いの人生が少しでも有意義になるように、好きなことをなるべく楽しくやって、その結果として人や社会の役に立てればいいよね、って考え方でやってきました。ぶっちゃけ、利益より、人としてチームとして大事なものあるよね、って思いで。
ボーナスはみんなで勝ち取ったご褒美なんだからみんなで公平に山分け全員同額とか。社員の歓送迎会では何度も涙し合ったり。社内イベントとか社員旅行とかにめちゃくちゃパワーを注ぎ込んだり。社内恋愛も結婚も大歓迎だったり。正直、キャンプとか文化祭みたいなノリでやってました。
なので、弱肉強食的な、個人能力主義的な、勝ち組負け組的な、利益至上主義的なものとはあえて距離を置くような経営をしていました。
元ポストでは、下町ロケットやスクールウォーズを引き合いに出しましたが、僕が好きなのはどちらかというと、日本的で昭和的で家族的でウェットな感じの経営スタイルでした。
そして、今振り返ると、ZOZOの成功の源はひょっとしたらそれだったんじゃないかなと。
ZOZOに出店いただいたブランドさんからよく言われていたのが、
・すごくみんな楽しそうに働いてる
・愛社精神強いのが伝わる
・洋服好きなのも伝わる
・なんかやってくれそうな集団
・他のECサイトとはまるで違う
・利益より服を愛してそう
・ロックでパンクな会社
みたいに評価されていて、それらが多くのブランドさんに出店いただく理由にもなってました。
そして、ZOZOで服を買ってくれるお客様にも、きっとそういう社風とか雰囲気は伝わっていたんじゃないかなと思います。
うまくいった理由の全てがこの昭和的経営スタイルにあったと言うつもりはないですし、それを示すデータや証拠がある訳でもないのですが、一つ確かなのは、この会社がゼロから1兆円企業になったということです。
もしかするとですよ。もしかすると日本人ってこの日本的で昭和的なスタイルの方が好きなのかもしれないし、合ってるのかもしれないなーと。そっちのがみんな頑張っちゃうし、結果生産性も上がっちゃうのかもしれないなーと。
昨今は、日本の労働生産性を向上させるために、旧来の昭和スタイルから脱却し、欧米企業のやり方を真似しましょう、みたいな気運を感じますが、もちろん欧米企業の事例を研究すること自体は良いことだと思いますが、それを取り入れるかどうか(解雇規制の緩和なんかは今まさに総裁選のホットトピックですね)については、やはりそれが日本人に馴染む馴染まない、合う合わないもあると思うので、データだけ見て判断するのではなく、日本人の気質や可能性や国民性に今一度向き合い、働く人一人ひとりの幸せについて、経営者も国もフラットな姿勢で再考すべきタイミングなんじゃないかと切に思います。
長文失礼いたしました。
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「金髪の女将さん」で知られる山形・銀山温泉の旅館「藤屋」(藤敦社長)が、経営難から民事再生法の適用を申請していたことが分かった。負債額は約5億円とみられる。金髪の女将は2年以上前に米国に帰国しており、女将は不在のまま。一時は全国区の知名度だった老舗旅館に何があったのか。 藤屋が一躍有名になったのは、2003年に放送された公共広告機構のテレビCM。藤社長の妻で藤屋の女将、藤ジニーさん(44)が和服を着こなして登場したCMだ。 ジニーさんは女将業と子育てに加え、華道、茶道など日本の伝統文化を身につけた“大和撫子”として登場。「ニッポン人には、日本が足りない」というCMコピーとともに、日本人以上に日本文化や習慣を理解する米国人として有名になった。 ジニーさんは、米オレゴン州の名門・リンフィールド大を卒業後の1988年、英語指導助手として山形を訪れ、91年、藤屋7代目の藤敦氏と結婚した。CM出演後はテレビ出演や講演、執筆などで多忙を極めた。 ところが08年3月、地元の旅館組合にも一切理由を明かさないまま、2人の子供を連れて故郷のサンフランシスコに帰国。関係者は「以前から人間関係に悩んでおり、親族の不幸を機に帰国してしまった。ご主人が米国に迎えに行ったが、一緒には帰ってこなかった」という。 当時、藤屋側は本紙の取材に「女将は所用で不在が多く(館内には)いたりいなかったり。いつ会えるかはお約束できませんが、現在も女将業は続けています」と話していた。だが実際は、現在までの約2年半、「一度も銀山温泉には戻っていない」(別の関係者)。それでも藤屋の従業員は「ジニーは当館の女将です」と言い続けている。 先の関係者によると、ジニーさんが悩むきっかけとなったのは、06年6月に藤屋が実施��た近代風デザインへの大改装だったという。 「古き良き日本を愛するジニーさんは『山深い銀山温泉の風景とマッチしていない』と最初から難色を示していましたが、社長は有名デザイナーに多額の資金を投じて改装を断行しました。しかしジニーさんの懸念通り、客は年々減少してしまった。ジニーさんは帰国したのに、旅館が宿泊客に女将不在の事情をきちんと説明しないことも不評で、それらが今回の民事再生の遠因になったのです」 ジニーさん喪失の代償は、あまりにも大きかったというわけだ。 藤屋は現在も営業を継続しているが、ジニーさんについては「社長でないと何も話せない」(従業員)と説明を拒否。藤社長からの返答は得られなかった。 出典:http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20100416/dms1004161636013-n2.htm
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「本来は手段にすぎないものが目的化される」という現象は、個人の行動レベルから制度、国家、宗教、経済に至るまで、あらゆる領域に見られる**構造的誤配(ミスアロケーション)**とも言えます。
これはしばしば「目的の形式的痕跡だけが残り、中身や本質が抜け落ちる」状態であり、ドゥルーズ的に言えば「コード化による生命の停止」、あるいはラカン的に言えば「象徴界における欲望の代理物の肥大化」とも読めるでしょう。
🔍 手段が目的化してしまう例(ミクロ〜マクロまで)
✅【日常・個人レベル】
お金を貯めることが目的になってしまい、お金を使うことで得られる体験や幸福を避けるようになる
「ダイエット」のための食事管理が行き過ぎて、健康を害する(本来は健康のため)
「勉強」そのものが目的になり、「学ぶこと」や「考えること」がないがしろにされる
完璧なスケジュール帳を作ることに満足して、何も実行しない
人に感謝されるために善行をする(善行が手段から自己承認の目的へ)
写真を撮ることが目的になり、目の前の景色を直接見なくなる観光
「資格」を取ることに執着し、スキルや実践には興味がない
婚約指輪・結婚式に異常にお金をかけるが、肝心の結婚生活に関心がない
✅【家庭・教育レベル】
宿題を提出することが目的になり、内容や理解はどうでもよくなる
運動会や文化祭の「演出」や「統率」を優先し、子どもたちの創造性や楽しさが抑圧される
制服や校則の遵守が目的化し、生徒の個性や状況が無視される
学校に「行くこと」そのものが目的になり、「何を学ぶか」が失われる(不登校への偏見など)
✅【職場・労働レベル】
働くことが生きる目的化し、「なぜ働くのか」が問われなくなる(ワーカホリズム)
業績評価の数字を上げることが目的化し、本来の価値(顧客満足・創造性)が損なわれる
「時間通りに出社・退社」することが目的となり、成果や創意が軽視される
「会議を開くこと」が目的化し、実際には何も決まらない
✅【社会制度・行政レベル】
選挙制度が形式的になり、「形式的な投票率」ばかりが重要視される
福祉制度が「不正防止」ばかりに偏り、本来の「支援」機能が働かなくなる
交通安全運動が「旗を振るイベント」になり、実際の交通安全には結びつかない
マイナンバー制度などの「デジタル化」が自己目的化し、市民の利便性が後回しにされる
✅【経済・テクノロジー】
GDPを上げることが目的化し、環境や福祉が犠牲になる
AIの開発が「最先端を走ること」それ自体に意味があるとされ、倫理や社会的帰結が無視される
仮想通貨やNFTなど、「所有」することが目的化し、価値の意味が不透明になる
本来シンプルでいい仕組みにテックを導入し、「効率化」や「DX」自体が目的化する
✅【文化・宗教・芸術】
儀式や伝統行事が「守ること」が目的になり、本来の意味や精神性が忘れられる
「原典への忠実さ」が目的化し、創造的解釈が禁じられる(経典・聖書・古典芸能など)
芸術が「市場価値」や「評価」ばかりで測られ、表現や感動が後回しになる
仏教の「布施」などが「徳を積むポイント制度」のように機能する
✅【国家・思想・政治】
憲法や法制度の「文言解釈」ばかりが重視され、現実とのギャップが広がる
「国民の一体感」の名のもとに、多様性や異論が抑圧される(ナショナリズムの暴走)
戦争の記念が「記念そのもの」に固定され、歴史的反省や未来への意味づけが曖昧になる
国家という仕組みが「神聖視」され、市民の生が犠牲にされる(例:徴兵制、戦争)
✅【その他/逆説的な例】
「平等を実現する」手段が官僚的ルールになり、そのルールによって不平等が生まれる
「環境保護」が目的化し、人間の生活とのバランスが見失われる
「正義」を掲げて行われる行動が、人を傷つけたり排除したりする(道徳の武器化)
🧭 総括:なぜ目的化が起きるのか?
象徴や制度が自己増殖する力を持ってしまうから
評価可能なもの(数値・形式)が優位になりやすいから
不安に対して、安定した「形」を手放せないから
「なぜこれをするのか?」という問いを避けることで、精神的コスト���下げられるから
🌱 対抗策のヒント
「そもそも、これは何のためだったのか?」という問いを、定期的に意識する
手段をズラす/逸脱する/再接続することで新たな意味を開く(生成変化的実践)
「目的のように見えるもの」が、実は別のものの代替・代理表現であることを見抜く
ご希望があれば、こうした「目的化を脱構築するための遊び」や「ズレによる再発見」の実践例も提案できます。いかがでしょうか?
スポーツ。カンニングして、または、傾向と対策、過去問を学習して試験をパスすること。手続きを大切にしすぎて、制度趣旨に反した制度運用をすること。自家用車を宝物のように大事に使って、その機能を十分活用しないこと。国家というものを神聖視して、国家というものに縛られて不幸になってしまうこと。
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合計特殊出生率は、05年に1・26まで落ち込んだ後、15年には1・45まで持ち直していたが、その後は9年連続で低下している。都道府県別でみても、横ばいだった福井を除く46都道府県で前年より低下した。 最も低かったのは、人口の一極集中が進む東京都の0・96(前年0・99)で、2年連続で「1」を割り込んだ。宮城県は1・00、北海道は1・01だった。最も高かったのは沖縄県の1・54で、福井県が1・46、鳥取、島根、宮崎3県が1・43で続いた。西日本は東日本より比較的高い傾向がみられた。 婚姻数は、48万5063組で、90年ぶりに50万組を下回った前年(47万4741組)より2・2%増えたものの、新型コロナウイルスの感染拡大前の水準(19年は59万9007組)には戻っていない。離婚件数は、前年比2081組増の18万5895組だった。 1980~90年代に出生数の減少が続いたことで、現在の出産の中心世代である20~30歳代の女性の数も減っている。さらに結婚や初産が遅い「晩婚化」「晩産化」の傾向が少子化に拍車をかけている。平均初婚年齢は夫が前年と同じ31・1歳で、妻は29・8歳(前年29・7歳)。第1子出生時の母親の平均年齢は前年と同じ31・0歳だった。
2024年の出生数、初の70万人割れ…1人の女性が生涯に産む子どもの数は1・15と過去最低 | ヨミドクター(読売新聞)
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巨乳きょにゅうJカップ
酥素米婭爆乳媽 大罩杯
這個東瀛風格的泡湯室,設立在客廳角頭的一間附室內,進入附室的玄關處,吊了兩片厚厚的棉布,棉布上所繪有的鯉魚也象徵著進入魚水之歡的玄關,進入後就如魚得水之意。厚厚的棉布有隔音效果。日式格子推門所傳出的淫聲浪語,會被吸音,門外和玄關之間的��內植物擺飾品,也取得減少減弱,呻吟或叫床的傳聲。較強的玄關處的燈光,令昏暗或紅色的泡湯間,取得若隱若現的效果。打開附室的壁櫥,琳瑯滿目的性愛玩具掛滿櫥櫃裡。吊著不少情趣內衣,拴馬般束縛身穿,拉珠,繩繫球狀拉珠,蘆薈潤滑劑,依蘭花潤滑劑,熱辣滾燙潤滑劑,後庭專用殺菌藥肥皂,浴缸泡沫澡肥皂,電動陰毛修毛器,金黃色染髮劑,後庭用花灑噴頭,不同呎吋大小的後門塞,好像掛工具一樣,掛滿櫥櫃的門上,應有盡有。她爸實在懂得享受,真懂得玩,是不是因為這原因,所以她媽沒有和他住在一起。問起酥素米婭後,才知道原來她媽是個第七藝術工作者。她讓索菲亞看她媽照片,被嚇了一跳,竟然這麼美。比安妮還要大上一碼的J罩杯四十一吋多的神乳。她媽裸體照片印刷製作成的纖毛畢露壁紙張貼在牆壁上的神乳,就張貼在她爸的睡房,由床頭的牆壁上端,落地式的直達底部。印刷機印刷成的壁紙也是她爸代理的,所以一切都不用假以人手,種種的圖案,圖畫都可以印刷出來。任何其他女人想要躺在這張床上的話,也得先考慮一下自己的條件,是否能夠劈開雙腿的,躺在這讓人玩著。要躺在這裡讓她爸玩,至少也要比她美,才有資格劈開雙腿承歡。酥素米婭湊過嘴巴去,在索菲亞的耳邊細語著,然後拗口笑起來,媽説他不濟事,不重用的東西,因為她長大了,所以媽教她一些女性的東西,包括性愛。
但是,怎麼可以酥素米婭有在家裡的時候,也把女人帶回家來玩呢?她説這是男女泡湯共浴,她爸對她説,帶朋友同事來泡湯,交流一下罷了,外面找不到日式風格泡湯三溫暖。的確,裡面還有冷水瓦製浴缸和蒸氣室。蒸氣室裡面有石灰平臺,可以躺在上面玩,坐在那裡玩,另外還有一個像太妃椅的彎曲形石灰椅。趴在上面屁股翹起來也可以。這些���飾對付得起的人來説,和這間屋子的價錢來相比的話,簡直九牛一毛罷了,根本弱不足道。原來她爸代理浴室用品,包括蒸氣室,小巧玻璃浴室之類。
プリンプリン 胸むね の
但是,一旦把壁櫥打開後,情形就不一樣了。其中有一個非常漂亮,來泡湯交流一下的東瀛女,她是單獨一個人來和她爸泡湯。她才不相信只是和她爸泡湯而已這麼簡單。她趁她們正在泡湯沒有注意時,把玄關處的燈關掉,那麼就形成裡面看不到外面了。因為裡面微弱的燈光,雖然光線不足,但是玄關處完全黑暗,變成只看到裡面一切,門縫隙間有人站著是看不見的。她看到那個女的被壓著身上,正在玩著她,她雙腿劈開,下身一挺一挺的在承歡著。臉上露出痛苦的表情,她知道其實那是她爽死的表情,她正在爽,她正在和她爸爽,她是正在絕頂,大痙攣,和她爸泡湯泡到爽得不得了。
她那兩粒東西蠻大的,胸部起伏著,兩粒東西像波浪般波動著。プリンプリン 胸むね の東瀛女 身材還蠻不錯的,她如何呻吟,那個女的怎麼叫床,酥素米婭一清二楚。她自己也忍不住把手伸到胯下,伸進底褲裡面去,用中指䊙磨一番,她更發現底褲都澀的一片。但是,她發現一件事,她並沒有去注意兩人正在玩,她把注意力集中在那個女的身上。她非常享受著她被玩的情景,她渴望像她一樣被玩弄著。她一面䊙磨著,一面幻想自己正在被人玩著,非常享受的感覺。意思是説,如果吃起壽司來,她比較喜歡受,多過施,被動比主動爽。她發現自己開始注意,其他被她爸帶回家來玩的女性了。她也幻想自己在泡湯裡面,被人玩著。她也就故意穿著短褲,讓索菲亞注意自己的臀部上的紋身圖案,入墨 入れ墨。而江户時代後期,將更多彩色顏料融入刺青后,便有了雕物 彫り物。日式傳統的入墨又被叫作和式雕物 和彫り。
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她説她們倆離婚前,她還看過她媽在床上被別個男人壓在身上,她被批准和別的男人上床,好讓她不跟她爸離婚。她最後還是決定離婚,還開出來一個條件,就是不可以把房間的壁紙除掉,不然她就會要其中一個孩子的撫養權。酥素米婭心想,她這麼做是因為一路來,男尊女卑的,男人三妻四妾,根本沒有想過不能夠滿足妻子的性慾。男人在外面有女人,可沒有想過自己根本就不濟,不能夠滿足妻子的性慾,還把精力用在別的女人身上。不是精力充沛,那個東西雄渾有勁,男人哪裡可以三妻四妾的,根本就是拿石頭砸自己的腳。她沒有怪她媽,反而覺得是臭男人不對在先,還想用別個男人來滿足妻子的性慾。她媽向來都冰身玉潔的,從來不會越軌,只不過她爸召來的令她把持不住。這個韓國健身運動員,一身的肌肉,高大挺拔,超大尺寸的二頭肌胸肌,令她放下矜持的欲想嚐他一口。自己也讓他領教 105センチ 爆乳ばくにゅう 大波妹ボイン肉騰騰むちむち 一下五去四的威力。她也就乾脆躺下來劈開雙腿了。
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她看到當時,她媽是非常享受的讓丈夫以外的男人躺在自己的身上在玩著,自己丈夫以外的那個東西,進入身體。生物的雄性與雌性的交配,形成了這些光怪陸離的肉體關係,每天都在我們生活中發生。更有不舉的男人,會要求若妻讓他看,自己的妻子被別個男人玩,看到自己妻子被玩會令他撅起來。這種種的矛盾心理也就產生了她想把自己的處女身奉獻給女性,而不想被男性破處的心理。這種是男尊女卑反其道而行的舉動,現代的日本女性都不像以前的年代了。隨著日本經濟起飛,也就造就了日本的女性們,性開放思想的年代開始萌芽了。女性不再忍受自己受控於男人,捏脫拉叻式的性愛就這樣形成了。是種逆寝取られ对象被人睡,ねとられne to ra re,女方背叛式的,而不限於男性寝取るnetoru睡走某个对象,或他人妻。但是,不是每個日本女性都是這樣,很多都是抱著一夫一妻制的想法的。只有思想十分開放的女性,才會出現把性愛肉體關係,當成好像吃飯那麼簡單的事情。所以,別以為全部的日本女性,只要看到喜歡的就可以把她抱上床。千萬不可以有錯誤的觀念,認為東洋妞隨便也隨時劈開雙腿的。至少要搭訕,挑逗,先撩一撩,先打動芳心,才可以毛手毛腳,別想剛剛才認識就對人家上下其手的。更加別去模仿日本影片,很多都拍攝得不切實際的。沒有那麼容易得手的。如果你搭訕的是人妻的話,她會告訴你她結婚了,不可以喜歡她。和日本女性拍照的話,也不可以隨便摟她的腰部的。
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日本的罩杯算法是上胸圍-下胸圍
A=10 B=12.5 (單位:公分)
C=15 D=17.5 每多2.5公分多一罩杯,依此類推。
所以日本罩杯是沒有灌水的問題而是算法問題,假設今天一個東洋妹上胸��85,下胸圍70,那在日本就是C罩杯,台灣這邊就是B罩杯。
台灣的罩杯算法是上胸圍-下胸圍
A=12.5 B=15
C=17.5 D=20 每2.5公分多一罩杯,依此類推。單位:公分
就是說同樣高度的三角錐,底部面積越大,體積就越大。也就是如果一個妹子骨架大或下胸比較發達,那麼一樣的罩杯數體積,就是要比同呎吋的大一點。原來因計算方式的不同就會多1~2個杯位,實際上以我們的呎吋大概落在C,D罩杯左右。
歐美的算法是 上胸圍減下胸圍再+5 (單位:英吋)
AA=0.5 A=1B=2 C=3
D=4 DD=5
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酥素米婭䊙磨著,知道快要絕頂了,她把底褲脫下,蹲下身,底褲墊在地上,手伸進校裙裡,中指撳著陰蒂旋轉。如繼續站著的話,淫水會沿著大腿留下來,也會直接從胯下滴下來。她的淫水正在滴上墊在地上的底褲上,另外一隻左手伸進校服的衣襟裏,用力揉捏著她自己的右邊乳房。當她開始抽搐起來時,她趕緊一手摁住她的陰戶,她那充足的水份從手指縫隙溢出。她知道自己會潮吹,怕噴得到處都是,所以用手按住下體。她趕快拿出手帕抹一抹乾淨地上的水漬後,就離開玄關處去沖涼房。她卻發現弟弟的房門剛剛才掩上,她心存懷疑的從鎖匙孔望進去。只見他已經把褲子脫掉,握著他的東西在玩。弟弟的東西已經不是小孩子了,雖然十多歲,卻好像成年人的那麼大,他正在手淫著。她心想會不會剛才看過自己後,已經弓在弦上,非要噴射不可。才沒兩下子,就看到他噴射了,青筋凸顯的一挺一挺地在噴射。她看過,成年人的東西,每次放學走路回家時,經過店後巷,有臭男人故意假意掏出來小便,讓她去看到他的東西。整個東西撅起來的,哪裡是小便,憋尿的時候東西是軟的,堅挺的時候是不會排尿的,故意讓她看見罷了。她知道弟弟正在發育期間內,每天早上會挺起,一個星期內肯定要弄出來,溢滿了小腹會痛的。
一般情況下,男性的精液與尿液是不會同時排出的。因為男性尿道中有個特殊結構-尿道膜部括約肌。男性性生活過程中興奮狀態下,尿道膜部括約肌和膀胱括約肌會同時收縮,這樣兩者之間就會打造出一個密閉的空間,在這個空間裡精子與其他分泌物混合就會形成精液。精液聚集到一定量或者男性到達性高潮時,尿道膜部括約肌舒張,精液便從尿道口射出,這個時候膀胱括約肌並不會舒張,因此尿液是不會排出來的。膀胱是一個肌肉組成的器官,主要功能是儲存尿液,當尿液儲存滿的時候膀胱會脹起,尿液排出後就會扁下去。
憋尿动作或可治阳痿,盆底肌锻炼能增强肌肉力量、提高射精控制力。锻炼盆底肌(类似憋尿的动作),能有效地缓解阳痿和早泄。中途停止排尿(即憋尿动作),是收紧肌肉、增强肌肉力量和控制射精能力的一种方法;把睾丸向上提升是另一种方法。盆底肌肉力量虚弱直接影响勃起力量和射精过程。
人體是構造相當精密,雖然尿液與精液排出是共用相同一個尿道口,但是射精時膀胱頸會自動閉合,因此可避免尿液外流,所以正常來說不會有射精與尿液同時排出的狀況。當男性在極度性刺激、準備射精時,精液會受到壓力而被推往尿道,這時膀胱與尿道交界處的膀胱頸會自動閉合,不僅可以避免尿液外流,同時也可避免精液倒流入膀胱,因此在正常情況下,精液裡面是不會有尿液的。
正確的憋尿,並不用去擔心傷身體,反而可以鍛鍊膀胱,所以不用再一覺得想尿尿,就趕緊衝廁所了。憋尿並不是錯誤的事情,反而是種訓練,只是不能憋尿過度,反而會傷身。
把膀胱想像成是一個氣球,隨著尿液多寡膨脹、消減。所以訓練膀胱是很重要的事情,假如膀胱長期沒發揮其脹大的功能,會出現萎縮、纖維化,而逐漸無法容納正常的尿量,定量喝水、忍住尿意的習慣,慢慢恢復膀胱原有的彈性,這樣也可以避免膀胱變小造成的頻尿問題。
當膀胱已經儲存到極限了,一直撐大也可能造成膀胱肌肉失去彈性、無法收縮。如果還一直憋下去,會造成膀胱壓力上升,長期這樣的狀態會壓迫到腎臟,造成腎臟的損傷,其他可能的傷害還有膀胱炎、尿道炎等等。
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她媽教會她許多性知識,包括口技和各種如何拽拋 “波動布丁” 騎乘位姿勢。用枕頭跨騎上去,扭動臀部,劈開雙腿半蹲下身向前褪後,前後推送著的動作。還交代她要去教導弟弟,他年紀小缺乏性知識,她不方便教他,因為她是姐姐沒關係,可以教他。所以她就跟弟弟説,一個星期只一次,十天左右太滿了,不可以一個星期玩幾次他下面那個東西。如性興奮後沒有弄出來,就用手輕輕揉搓著陰囊,撚睪丸,輸精管,消除腫脹疼痛,按揉小腹疼痛,消除前列腺的脹痛。她教他如何將包皮翻下,使他的龜頭脫穎而出,好讓他的東西能正常發育。她媽是利用瓶子和塑膠袋,向她作示範教學,好讓她能教導弟弟。可別怕痛,每天輕輕拉它下來,搽一點肥皂,䊙磨龜頭,減低敏感度,就不用怕磨到底褲會痛,待龜頭脫穎而出後,搽多一點肥皂,快速抽送磨擦龜頭,以後進入女性下體時,就是這種感覺,現在別太好奇心重,玩壞掉了東西就不會站起來,到時就沒有得玩了!
索菲亞吻著酥素米婭,兩人浸泡在泡湯中,她越來越愛酥素米婭了,她雖然沒有那個話兒,但是她感覺上佔有了她的身體。畢竟人家把處女身奉獻給自己了,她對索菲亞説,至少現在我是不會交男友的,但以後會嫁人啦!我現在是妳的人哪!妳愛酥素米婭嗎?我愛妳!妳好可愛!索菲亞愛妳!除了莎比麗娜對她開拓留下深刻的感覺外,在她玩過的女孩子當中,酥素米婭烙印在她心中最深刻。至少她的兩個洞穴都是她所開發的。她撅過四個處女了,開發了七個後庭,和十四個女孩子有過一手。玩過的十四個女孩子當中,她最喜歡酥素米婭了。莎比麗娜是不會專一,她有捃摭和掎摭之癖好。她喜歡掎摭處女膜,或者後庭初夜,捃摭有過一手的女孩子。她玩過一百零五個女孩子了,當然可以如今酥素米婭在她的生活中寫下新的一頁。她愛上她無捻紗和強捻紗般的東洋味。雖然她沒有粉紅色壽司,但瑕不掩瑜。她更喜歡她那五顏六色,花花綠綠的屁股,一口咬下去超爽的!吻起來滑溜溜的。舔她股縫隙她整個人就顫抖著。她實在是她好可愛的酥素米婭。她愛上她了,愛上她那愛不釋手的紋身屁股。酥素米婭還叫她躺在池邊,然後替她做身體按摩。還會用她那兩粒肉團為她按摩。她真的愛死這個騷東洋妞兒了!前無古人後無聖賢新秀。
淫水舔淨情不會淡
猛撅再搠而不散
埋頭兩腿之間 也不孤單
妳足以傾城的兩粒
較花與草還璀璨
然而眉目恍惚飄散有一絲慨嘆
淫水透徹出我倆 沿路滿佈
陰毛也雪亮
房間昏暗 性愛得到了景仰
世間甚麼性愛純潔
妳甘願化作兩隻紅蝴蝶
世間甚麼性愛還比女女��
處在高潮任力竭
留守最尾一起高潮那怕歷劫
劈開雙腿它比繁花更美
下面紅蝴蝶漫天飛很美
我一生銘記
索菲亞被莎比麗娜玩過後,愛上了紅蝴蝶漫天飛,自己也懂得如何吃壽司了,受也歡欣雀躍,施也令到對方陶醉。酥素米婭是她吃過的當中,她認為最美味的,她愛上粉紅色壽司捲海苔。她自己的壽司,沒有海苔。完全剃掉光禿禿的。東洋妞通常都是,海苔捲壽司,毛茸茸的。室內傳來悅耳的紅蝴蝶歌曲。
酥素米婭説,她爸説可以帶朋友同學回家泡湯,不過不可以男女泡湯,小孩子不可以,更不可以孤男寡女處於一室。索菲亞説,可是附室的門沒有鎖,我們怎麼玩?而且不能呻吟叫床,淫聲浪語一番,很掃興的!有辦法鎖上推門的,玄關處的音樂可以調高聲浪的,跟他們説不可以進來看我們泡湯,我們是十多歲含苞待放的青春少女,不好意思的,讓人看感到很難為情的。玄關處地上有一盞石燈,石燈亮著的話,意思是説,小孩子不可以進來。況且我們當然會選擇他上辦的時間,我們辦完事了,他應該都還沒有回來。
兩人擁抱吻起來了,酥素米婭急不及待伸出舌頭,讓索菲亞吸噬著,嘴巴被撩得爽到不得了。她立刻就乳暈收縮發硬起來了,很多女性都會對濕吻容易動情起來的,索菲亞用下體再次䊙磨她的紅蝴蝶,酥素米婭,妳想要甚麼地方?兩個地方都有反應!怎麼辦呀?索菲亞趕緊束縛起雙棒性愛玩具。她首先納入陰道,因為陰道比較靈活,可以遷就後庭納入之勢。如果先納入後庭的話,後門口會限制另外一個進入陰道內時的擺動,不夠靈巧。直腸與後門口使玩具挺直,限制玩具的擺動,當納入陰道時,恐怕會扭傷掙傷後門口,甚至直腸內壁。
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索菲亞對酥素米婭梅開二度,雙穴齊飛,她乘勝追擊地,擠滿了熱辣滾燙潤滑劑,於她的後門口和玩具上。兵分兩路,酥素米婭被雙管齊下的搠。陰道高潮和後庭高潮,形成重疊高潮,再用手玩弄陰蒂一番,吮吸著乳頭和乳暈,多兩樣高潮一起來,這種重疊多重高潮,是高潮中的顛覆。再加上之前的高潮,算是重覆高潮,連環數次的高潮迭起。女性最陶醉其中的,就是這種連續的性高潮。會一次比一次的爽,能夠到達數次的高潮,女性才算得上真正滿足了。女性只達到一次高潮,是肯定不會滿足的。任何女性都要求被弄到死去活來,欲仙欲死方罷休。索菲亞和莎比麗娜,因為自己本身是女性,所以更能夠掌握其中竅門。也因此女女性愛更能夠令女性滿足。自己的陰道,喜歡怎麼被搠,那一個地帶喜歡被䊙磨,喜歡怎麼被頂撞,怎麼捶擊才爽,對方也就怎麼被搠。對症下藥,也就藥到病除,打通經脈,血氣暢通,通經復元。索菲亞,我兩個地方都爽呀!兩個地方都被妳弄到爽爽的呀!哎喲…!弄到人家爽死了!噢…!噢…!噢…!嗯!嗯!嗯!唲…(拖曳長)!爽死了呀!我愛死妳了呀!搠吧!搠我吧!沒想到這個騷貨,才第一次被開發就騷得很,胃口那麼大,還有那麼多的水份。雙穴齊齊飛去了,我飛了!飛了呀!素顆艾!昂基摩茨!索菲亞想起當初,被莎比麗娜開發後庭,後庭初夜被掇去了,是那麼的溫馨。她慶幸自己被莎比麗娜帶進女女性愛世界,沒有試過之前,她是無法想像女女性愛的歡愉,無法想像女性胴體也會令其他女性迷戀。開始她只知道自己喜歡和莎比麗娜接吻時的歡欣,喜歡被她愛撫。就像小女孩喜歡人家疼她那樣。直到私處被撫摸,她才發現到自己渴望莎比麗娜對自己有進一步的動作。不感到羞怯,感到被愛和墮入愛河的感覺。後門口被撩動到超爽的,心裡頭總是在想,到底甚麼時候會對自己採取行動。直到怦然心跳的跟她回家,她知道今晚她將要佔有自己身體了。在公交車上互相含情脈脈的注視對方,戰戰兢兢地期待著。她有在游泳池脫光光沖涼的經驗,不怕被人看著。可是當晚在莎比麗娜面前脫光衣服的時候,卻血液沸騰,臉上泛起紅暈,感覺臉頰熱辣辣的。當莎比麗娜用赤裸裸的身體抱著自己時,真的有觸電的感覺。這才發現原來女性能夠讓自己慾火高漲,意亂情迷。就這樣和莎比麗娜渡過情慾翻滾纏綿激吻的一個晚上。
樊掖提拔 女女愛
經過莎比麗娜的樊掖提拔,她愛上女性胴體,無論受與施,她青睞十多歲的女孩子,尤其是那些穿著校服的女學生。看到她們就像看到自己讀書的時候,看到漂亮的女學生,就想一親芳澤。她結果也嚐了七個,令她驚訝的是其中三個早已不是處女了。她們三個竟然好像自己那樣,讀書的時候,就被破處了。自己也被七個成年女性,像莎比麗娜那樣二十多歲的女孩子玩過。她萬萬沒想到,被喜愛女女愛的女孩子搭訕,會有被男性撩的感覺,對方的眼光落在自己敏感的地方,也會有觸電的感覺。沒想到女性也會對自己的胸脯色咪咪地看著,對那兩粒東西有興趣。但是,何嘗自己不是被看得怦然心跳,鬼迷心竅的倒入懷中任人魚肉。單單只是店裡的廁所,就已經成就了幾番大事業的前奏曲。哪裡止在廁所被莎比麗娜撩後門口。已經好幾個了,她��廁所時,對方洞悉她的眼神,跟隨入內,抱著她吻。她被吻得神魂顛倒,心花瞭亂,也就答應人家的約會了。放工後就被人家拖著手兒,帶回家去玩了。她喜歡覬覦她肉體的女性,喜歡被玩,被動,喜歡被人品嚐全身上下。那種樂趣是無法言喻的,只有女女愛的女性才懂得欣賞和明暸。她作主導採取主動攻勢時,就喜歡那些情竇初開的女學生,看起來天真無邪卻慾火焚身,按捺不住的偷吃禁果那種。那種女孩被吻就立刻像觸電般,非常可愛,濕吻一番下面就溼的。只要掌握到接吻的技巧的話,她就會讓妳吻另外一張嘴巴,吻到她爽爽的,哪裡還不到手,吃到口裡了。
大痙攣 絕頂 絕叫
哎喲!人家給妳弄死了啦!爽死了啦!把人家給爽死啦!噢…!噢…!噢…!素顆艾!昂…基摩茨!玩過東洋妞兒的,都熟悉她們的呻吟,叫床。嗚咽的聲音,痛楚的表情,拗口的動作,哭出來的聲音,咬手指,咬枕頭角,枕頭掩臉,床單被拉扯到鄒去。酥素米婭被打通全身十二經脈三百絡,通經復神才不至於內分泌失調。洋妞兒的叫床不一��,通常都嚷著,噢呀!我的天呀!你幹我真好!是的,就是這樣幹!幹我!我喜歡你幹我!再用力!對,用力一點!深一點!再深一點!對了,對了!你幹得很好!弄我淫水出來!弄我高潮!就快了,快要來了,正在要來了!噢呀!我來了!來了呀!噢……呀!噢………!我的天,你幹我真好! 口技也許可以溫柔一點,但是口技加上深喉的洋妞兒,通常口技動作比較激昂的,還肯做較重口味的深喉,可以把口腔當作陰道般,極力快速抽插。如果是説心情,肉體上的爽的話,日語是 気持ちいい(きもちいい)音:ki mo qi yi 。爽(そう)音:sou 噢!哇!音:素顆艾
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酥素米婭很會撒嬌的,就像港劇不懂撒嬌的女人裡面,所説的台灣妞那樣,非常懂得撒嬌。一會嚷著要人家弄她,説她願意讓人玩,一會又嚷著,妳把人家弄死了啦!把人家弄到爽死啦!一會慾火焚身的時候,又嚷著説兩個地方都要爽。還故意用日語叫床以致製造出東洋口味,予人一種東瀛風格,浪漫性愛。還有還沒使出來的騎乘位腰震,她媽教她的,有如韓國女團扭動屁股,做盤旋䊙磨狀,姿態撩人的舞姿那樣。M字開脚エムじかいきゃく 蹲跨著,只是下身旋轉,然後又用腰部把臀部前後推送,雙手擠推雙乳向乳溝。她表演讓索菲亞看,她媽跨在枕頭上,示範教學的。索菲亞可真拿她沒辦法的,可是她就是那麼的可愛。
麗宇芳��對高閣 新籹艶質本傾城 映戶凝嬌乍不進 出帷含態笑相迎妖姬臉似花含露 玉樹流光照後庭東洋和彫股的魅力可想而知了,滑溜溜,柔嫩細緻,柔軟卻帶勒性的彈力,渾圓飽滿翹起。嚐過無不愛不釋手,食髓知味,可稱絕色剛柔並濟後庭。
高潮過後,她倒在索菲亞懷裡讓她吻著,她的柔嫩的身體實在令人驚艷不已,非常爽手,她那吐氣如蘭的嘴唇,口氣芬香,吻過千遍也不厭倦。索菲亞如獲至寶的愛死她了。卻可是她自己送上門來的,大方贈送,讓索菲亞給吃掉了,還是個處女呢!她不喜歡臭男人扦破她的處女膜,她寧願選擇性愛玩具,屹立不倒,一擎沖天,體積自由選擇,對臭男人那個東西,她嗤之以鼻,像用手指攪拌均勻一樣,完全沒有享受可言。酥素米婭還要求拍下,奧樣解禁初嘗試呢!ハメ撮り 在日文的意思是指 性愛自拍 而單純的自拍是 自撮り 。她讓索菲亞有機可乘,又吃掉一個處女了!
坦脯樂布落課小説 剝落科(五) 酥素米婭媽 爆乳 J罩杯 美豔婦人爸不濟事 召猛男服侍妻嚐嚐
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悟りを覚えると書きまして。
2025.04.05 sat
先日、昨年4月から1年通ったお笑い養成所を卒業した。所属は、できなかった。自分たちトリオは今段階では世話を焼けない売り込めないとのジャッジメント。それでも続けようとは思う。なぜか応援してくれる人がいて、やっぱりお笑いって楽しいし面白いし、自分に足りない要素だから。
コロナ禍、贔屓にしているバーで出会った初対面。その子が同じようにお笑いが好きでラーメンズ好きで盛り上がった。
「一度でいいからネタを人前でやりたい」と言ったら「じゃあ組みましょう」とあっけらかんと始めたコンビ。元はTHE KISSしかやらないコピバン『WISS』みたいにラーメンズをやるつもりだった。でも相方・わたしのどちらも、小林賢太郎のインテリ感を自然に出せる気がしない。コピーするにしても、あの鼻につくけども、板にもつく小賢しい言い回しができない。
じゃあオリジナルだ!と養成所に入った。1期生ってかっこいいよね、お金がないしちょうど良いと、その養成所に決めた。
養成所がど平日なので深夜残業もザラにある現状では金がもったいない、と会社も辞めた。その前に真面目な恋人だと思ってた同棲相手にわざとバレるように浮気されたり、別れるから引越し先探さなきゃだったり、相方が養成所のエントリー期限を過ぎてしまったり、昼飯もろくに食えん仕事中に「助けて!!」と鬼LINEが来てい���り、そのLINEを重要取引先で確認したり。
「助けて欲しいのはこっちだよ!」
早速、感情の拠り所をなくした。もう散々を通り越して散々々々々々々な2023年末〜2024年のはじめ。同棲解消、離職、お笑い養成所通い、親が聞いたら卒倒後に罵倒される爆弾を三つ抱えた、とにかくズタボロのカッスカス雑巾の33歳女性の爆誕であるちなみに2023年は本厄、2024年は後厄であった。本当に厄年だった)。
でもプロの道を進むつもりはなかった。ただの好きが興じて始めた習い事だった。
卒業ライブには大学の同級生、前職の同僚、前職で世話になった校正の方、現在バイト先のアートギャラリーのスタッフさんが来てくれた。本当にありがたい。
養成所に誘ってくれた相方は中間ライブで頑張って燃え尽きたタイミングで、体調を崩してフェードアウトしてしまった。今は元気そうでなにより。
「お前は一見フレンドリーでとんとん拍子で話進めて、そのくせすぐ飽きて辞めるんかい。ネタ書けるようになりたいギャガーになりたいって言いながら、一回も書かないでわたしに書かせて、辞めると言わずに辞めるんかい」
と思った。この時には仕事モードでお笑いをやってしまい、遊ぶようにやらないとなのに、心の鋭利な部分が研ぎ澄まされていく。
結婚したやつ=マトモではないよな〜〜!!ただ翻弄できる相手をハイエナのように見つけて、そいつとは関係性を深めるのがうまいだけ!そんで結婚という契約で縛れば、金銭と精神の安心が確保できて、ラクでいいよな〜〜〜!!!
誇張なしで思った。こういう捻くれてる部分が露呈してきた。ちゃんとしないと!が元々の目標を濁らせていく。ウッソー!?真面目に勉強して真面目に就職して真面目に社会人やってたのに!!?ウッソッソ〜〜〜!!?!?あっ、でも部屋汚いし家事嫌いだし!税金の払込遅れてる!あれ???もしかして本当はヤババ人間!!?
ちなみに、その子とは解散と言われてないし、わたしも言ってないから一応まだ組んでいる、とわたしは思っている。無期限休止。どっちかが気が向いて、またどっちかもその方向を向きたくなったら、自然とそうなる。そんだけ。遊びみたいにできたら良いな。
人を傷つけるのが怖い、楽しく盛り上がったらいい。だから基本的にはへらへら笑っている。けどムッとしたら刺しちゃう。しかも急所狙いに行く。そんなやつ怖いに決まっている。
お笑いをするのには、覚悟というものがいるのだろうか。人を傷つける、という覚悟が。
謝っても許してもらえるのだろうか?だったら最初からするな、とならないのだろうか。
お笑いにしても絵にしても文章にしても、すべての表現は、どんなに気を配りきっても、届く母数が多くなれば傷つく人が出てくる。これは絶対だ。全員違う人なんだから。ありとあらゆる表現を覚え、それに傷つく者がいると知り、表現自体を恐れては何も言えなくなる。
けれども開き直るのは違う気がする。他人を気にして言葉を選んで生きてきて、権力も気も弱そうだから舐められて、そのことに気づいた大人になってようやく遺憾し、言葉の意味そのものだけに敏感になっていた。開き直ると、平気で文脈を気にしないでひどい言葉を投げられるようになった。
本当に言いたくて言ってる生々しさはあるまま、本当は他にも話したい思いが置き去りになり、変な空気になる。
同期が趣味のアイドルやギャンブルの話、流行ってるネトフリのドラマなど、わたしが興味のない話で盛り上がっている。運営の若い女性らも楽しそうにしている。どっちが先に巻き込んだか知らないが。
「やってらんねー!この陽キャ仕草の非モテ軍団」
「ギャンブルアイドル下ネタ、下世話な話!!内輪で盛り上がって、あいつオモロいよな??はあ??怠惰の産物じゃねえか、バーーーカ!!!」
「結局こいつらが認める女性って、面のいい女か、自己主張激しくて行動読めない『おもしれー女(笑)』か、ラランドサーヤAマッソヒコロヒーみたいに男笑いできる女じゃねえか!!!」
「こいつら自分の話しかしねえな!てめえが話してばっかで、わたしのこと聞きゃしねえな!」
とへらへら笑いながら憤怒していた。自分は楽しませよう!と面白いおふざけできないくせに。同期は面白くて好きではあるし、仲良くなりたいのに、めちゃくちゃ苦手。ふと何が好きなのか分からなくなる。
これ「正しく在りたい」が原因な気がする。「正しさ」は多数によって定められた他人軸である。それを自分軸にしている。裁けない凶器を振りかざす。
舐められたくない、ちゃんとしたい、でもふざけなきゃ笑わせられない。え、何が面白いの???何が正しいの???
もう正しいとか正しくないとか、そういうものが人を知る/仲を深めるということにおいてノイズにしかならない。正しさで人は笑わない、動かない。 気に食わない/苦手だからって、他人を変えたいなんておこがましいんだよ、バーーーカ!!!黙って去れ、孤高に生きろ。
相手が知らない趣味でも、オチのない話でも、自分がどう思ったか共有できれば、その熱意で他者は興味を持ってくれるのではないか。
最近のわたしは本当にそれができない。そもそも、感情の波がない。凪。気づくのに時間を要する。時間がなくても瞬間に気づけるのは、怒りか悲しみか寂しいみたいな負の感情ばかりである。
お笑いをやるにあたり「ツカミが���事」「フリとオチが来るようにする」「手短に話す」といった技術面は理解した。技術だけあっても、そもそもの感情やそこから湧き上がる熱がないと、話題にすらならないんじゃあないだろうか。
本当は「何を話しているか」ではなく「楽しくその場を過ごしたい」からお笑いをしているはずなのに。そもそも何が楽しいのか、本当にわからない。
今は養成所で出会った兄弟コンビとトリオを組んでいる。3人仲良く所属できなかった。兄弟は凹みきっていて、わたしは「まあ結果だしてないしそうだよねえ」と腑に落ちていた。
変わってるし欠けた部分がとても多いけど、自然体で緊張を和らげる魅力がある。この前の卒業ライブで実感した。お客さんも前2組の演者も緊張して笑いが中々起きない中、あの兄弟が「はいどうも〜」と出ていったら、それだけで空気が和んだのが場数の少ないわたしでもわかった。その実、自分らのネタはウケた。
あの兄弟とネタをやるなら、お笑い関係なしに他人と関わるなら、わたしはきっと、負の感情に引っ張られた言葉を投げない方が良い。
それを使ってウケる人もたくさんいるし、わたしが管を巻いているのが面白いと思ってくれる人も結構いる。うまく物事を動かすなら、やらない。面白かったとしても。
りんご屋さんの行商をひと月ぶりにした。行商では道行く見知らぬ人に「りんごいりませんか?」というだけの単純なお仕事。だから、「人(=自分)」そのものが、どうハマるか/ハメるかが重要になる。
「りんごいりませんか?」
「え、ああ、重いから」
「いや、めっちゃ軽いですよ」
相手の言葉を間にうけて、レスバするように返してしまう時間が続いた。店長が釘を刺した。
「相手が要らんって空気出してたら、何を言おうと無理やから。そこにエネルギー引っ張られんでええんやで。自然なままでやった方がいい」
そこでシンプルにしてみた。相手から蔑ろにされたにしろ、こっちから勝手に声かけておいてムッとするのは違うよな。むしろ反応帰ってきただけでありがとうか。
余計なことを言わず、真っ直ぐに伝えるようにした。説得という二の矢でなく、声掛けの一の矢を丁寧に。
そうしたら件数は呼べなかったけど、ダメなスパイラルはなくなった気がする。呼べなくても乱さず、次、次。りんご店長の接客がすごいので10万は行った。
昨日の行商は、印象的なひとがいる。
一人は品の良さそうな女性。「青森のりんごいりませんか?」で来てくれた。「ええ?」と戸惑いながら笑って興味を持ってくれて、「減農薬で皮ごと食べられるんです、赤いのもね、青いのもあるんです」といったら、りんごの乗ったハイエースに近寄ってくれた。その人は生りんごだけでなく、りんご酢も6本買ってくれた。良い商品とは言え、知らんやつからパッと変えるほど安くはない。
重たいし近所だというので、りんご酢���箱を持っていく。6本も買ってくれたのはガンになって入院している知人にプレゼントもするからだそうだ。りんご店長も10代でガンになっており、ガンを受け入れて治すことからやりたいことを没頭したら、ガンがきれいになくなったそうだ。今は奥さんと子供6人とねこをりんごで養っている。
それを聞いてガンになったのは知人なのに、女性は自分のことのように嬉しそうに笑っていた。女性の住むマンションに向かいながら感が極まって
「最近自分がわからなくなっちゃったんですけど、お酢をこんなに買っていただいて、このままでも大丈夫なのかなって嬉しかったです」
と情けなく笑っていうわたしに「そうですよ、あなた真面目そうだから寄っちゃったのよ」と女性は言った。
恵比寿の大通りを見下ろす桜並木はここ数日の雨に負けずに満開を保ってくれていて「今日は晴れて、桜もきれいですね」と口から溢れていた。
真面目がコンプレックスだった。褒められているけど、それが重要な場面って実はそこまでない。仕事とか任務とか、責任が伴うシーンだけ。しかも真面目ではないがふざけるのが上手い方が話題の中心にいたりする。わたしがミスをするとちゃんと指摘される。ふざけるのが上手い奴はトリセツを提示するので、苦手だと周知されてることをミスっても、笑いながら指摘され、そいつも笑って、済まされる。
なんで自分は頑張ってるのに。と思い込んでいたが、勝手にやってただけなのだ。仕事できない勉強できないって思われたくないから、自分から進んでやってきただけだ。本当はそんなに真面目でもない。
しかもよくよく思い返すと、わたしは相当に守ってもらっている。本当に困ったら助けてくれる人が絶対にいる。
小さいことからそれに慣れすぎて、助けられるのが当たり前になっていたかもしれない。おいおい、とんだロマンチスト・エゴイストである(?)。
本当の意味で、真面目に生きていこうと思う。真面目に真面目をやって、時には真面目に不真面目を考える。そうしたら、少しずつふざけるのも遊ぶのももっとうまくなるだろう。無理しなくても友だちが増えるだろう。
ていうか本当に真面目にやんなきゃやばい、主にお金。基盤をつくる一年。お笑いももちろんやる!!!ランジャタイにあいたーーーい!!!
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2025年3月8日(土)

近頃は落語家の東西交流も、ずいぶんと活発になってきた。今日は<毎月京都で江戸落語>の3月の会、柳家三三独演会へとやって来た。熱心な主催者とファンのおかげで完売御礼、ただし、一人で二時間強の公演は落語家にとってもキツいし、聴く側にとっても少々ダレる。「二番煎じ」仲入り「タケノコ」「茶の湯」の三席、申し訳ないが途中で少しウトウトしてしまった。この会、個人的には次回以降はもうないかな?

5時45分起床。
洗濯開始。
朝食開始、あれ、写真がない。
珈琲をいれる。
洗濯物を干す。
この間の<ポイ活>を反省し、とりあえず不要なクレジットカードの処分と定期引き落としの見直しを行う。

このところ、カカオのポリフェノール効果をアテにしてチョコをいただいているが、ツレアイの指摘でライフで週末特売、早速買いに走る。

IIJ Mio から<eSim>準備完了とのメール、早速インストール作業を行う。QRコードを読み取るやり方なら面倒なプロファイルのダウンロードなど不要、あっという間に開通する。ところが、Webで確認するとすでに1GB以上データを消費しているとのこと、Wi-Fi環境で作業したはずなのにこれはどういうことか・・・?
NURO Mobile にSim返却、封筒に入れて投函する。

ランチ、息子たちにはサッポロ一番味噌ラーメン、私たちは残りものを頂く。
和服に着替えたツレアイと西大路七条からバス乗車、今日の会場は池坊。

<完売御礼>とは結構なこと、今日の席は前から4列目の右端。
前座なしでマクラと「二番煎じ」で1時間弱、仲入り15分の後、「タケノコ」「茶の湯」と続けて1時間強という番組。好きな噺家ではあるが、本人も時間調整で苦しんでいる分、聴いている方もダレてくる。正直、今後この会に来ることは(演者次第ではあるが)ないだろうなぁ。
四条烏丸から、13系統のバスに乗って帰宅。
彼女の着替えを待って、一緒に夕飯準備。

豚ロースのガーリックステーキ・茹でソーセージ・レンコンのきんぴら・新ジャガと人参の炊き合わせ・レタスとトマト、息子たちにはスパークリングワイン。

土曜は寅さん、今夜は第21作。
熊本県・田の原温泉で、やることなすこと裏目に出てしまう地元の青年・留吉(武田鉄矢)に、“人の道”を大真面目に説く寅さん。ところが宿賃がなくて、さくらが迎えにやってきてオカンムリ。今度こそはと反省の日々を送るが、さくらの同級生で幼なじみのSKDの踊り子・紅奈々子(木の実ナナ)に夢中になって、レビューに通う日々が始まる。一方の奈々子は、このまま舞台を続けるべきか? 結婚して引退すべきか? で、真剣に悩んでいた… 戦前から戦後にかけて、浅草のランドマーク的存在だった、大劇場・浅草国際劇場の舞台で、絢爛豪華なSKD(松竹少女歌劇)のレビューが繰り広げられる。国際劇場の取り壊しが決定し、それを惜しむかのように舞台に立つ踊り子たちの哀感を描いている。マドンナには、下町育ちの“ショーガール”木の実ナナ。彼女がとらやを大慌てで訪ねるシーンで、ユニークなキャラクターが印象づけられる。
片付け、入浴、体重は350g増。
パジャマに着替え、スコッチロック舐めながら日誌書く。

歩数は届かないが、辛うじて3つのリング完成。
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024年)8月20日(火曜日)
通巻第8373号
中国人のアメリカ留学激減と反比例、大規模なネット詐欺が激増している
少子化、晩婚化、都市化という顕著な中国社会の変調
*************************
SNSで著名人や信頼できる団体、企業、投資集団になりすまし、「えらい儲かりますよ」と投資を呼びかける。ちょっと考えればわかることなのに、金融詐欺にひっかかる人がなぜこうも多いのだろう?
中国人のアメリカ留学は2014年に274439人だった。ピークが2019年の37万人、それが22年統計では115493人に激減した。
米国の孔子学院閉鎖、中国留学生へのヴィザ発給厳格化、飛行場での門前払いも相次いで、さすがの中国も抗議した。アメリカの中国制裁と中国人とみたらスパイ視する社会風潮が米国滞在を居づらくさせたらしい。
アメリカで博士号、あるいはMBAを取得した中国人のうちで、中国へ帰国した数は2010年から2021年の12年間の統計で僅かに19955人だった(博士号取得者は34万と推定)。多くはアメリカンドリームを夢見てアメリカで暮らし、起業し成功をめざした。一世代前の中国人はハングリー精神医溢れていた。言葉の習得も早かった。
2010年に中国へ帰った留学生は48%に過ぎなかった。それが2021年には67%、学部学生に至っては80%が中国へ帰る。これを「海亀派」とういう。ところが帰国しても、中国経済は不況、就職難、精神的に落ち込んでトラウマを抱える若者が増え、なかなか「見えてこない未来」に悩む。中国社会、かなり深刻である。
「優秀な頭脳」といわれた若者が中国へ帰るのである。軍事技術、コンピュータ産業などはイノベーションが促進されるだろうが、一方で負け組には何がおきるか?
中国国内でSNSの詐欺犯罪が急増している。WECHAT,TAOTAOなどを舞台にした詐欺グループが逮捕されたが、容疑者は102名、被害額は判明しただけで9000億円。これは氷山の一角である。
ま、日本でも8月14日に摘発された二つのSNS型投資詐欺グループは94人が逮捕されが、SNSで投資の講師になりすまし、投資の商材購入費などと偽って被害者からカネをだまし取っていた。
被害総額は30億円。かたや9000億円。この日中の比較は何かを暗示している。この被害金額は一例にすぎない。
若者たちの絶望は社会��通念、生き方の変化に如実に反映され、「結婚しない、結婚しても子供を作らない」という非伝統的な中国Z世代現象が拡がった。
このような退嬰的風潮を共産党は重く受け止めているが、抜本的対策などあるはずがない。
一人っ子政策をやめて、産めよ、増やせよと言っても、適応する条件は官僚的で貧弱である。1979年以来つづいた一人っ子政策は2015年に撤廃された。いや、そればかりか2016年にはふたりもOK、21年からは三人もOKとなった。
しかし逆に新生児は減ったのである。公式統計で中国の少子化は1・3だが、現在はおそらく1・0を割り込んでいると想定される。
▼党とて懸念を深めてはいるのだろうが。。。
パッチワークの見本が結婚および離婚規則の改正である。
結婚届を従来の戸籍などの申請書類規則を撤廃し、簡単な手続きとする。また離婚を難しくするため離婚届を受理するまでに30日間の「クーリングタイム」をもうけ、「もう一度考えてから」を奨励する方向へ規則改正に動いている。
中国の結婚数は2013年がピークで1347万組だった。以後、減少傾向がつづき、2023年には768万組と半減にちかくなった。
2024年上半期の結婚数は速報で343万組だった。ということは2024年予測は686万組と計算される。前年よりも100万組すくなくなることは明らか、少子化にも歯止めがかからないだろう。
未婚、晩婚、少子化は過去十年で顕著になっているが、第一に男子が女子より人口が多いため嫁不足。第二は所得格差、第三は都市化の進行(20年前に都市化は36%だった。現在は65%)、コンビニで食事する「お一人様」現象は日本の風景をみていてもわかる。
第四の原因は結婚年齢制限で、日本は男子18歳、女子16歳だが、中国では男子22歳、女子20歳という規定がある。
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高校時代の友達と会いまくってる。去年では考えられなかった。なんか去年は全然会いたいと思ってなかった。金銭的にも時間的にも心も余裕がなかったから。でも会うとやっぱ高校時代を思い出して楽しい。
20日に会ったのは一人は会うの今年3回目で、もう一人はその子と同じ短大に進学した子。まじでドイツにワーホリ行く前に会ったきりやから14年ぶりぐらい。でも何も変わってなくて、昨日あったかのような感じで話してた。まじでその子は新卒して就職してからずーっと同じ企業で働いてて、実家で住んでて、結婚もしておらず彼氏もいなくて、ここ14年何も変わらず暮らしていたようで、びっくりした。こういう人がMBTIでいうJタイプなんだろう。私って割と宿題とか早めに終わらすし、待ち合わせ場所には時間より早く着くよう努力するし、全く時間にルーズじゃないという意味ではわりとJなんじゃ?と思ってるんだけど、何度も何度もINTPが出るし、むしろ何度意識してやってもINTPの比率が変わるだけでINTPしか出ない。こうして14年間でどこに住んで何をしていたかが全く違っていて我ながら怖いほどなので、やっぱPなんやなって。環境とか変えるのがそこまで苦ではないのかもしれないし、常に変えようと努力してきたこの14年間でした。
友達はやっぱ転職とか大変やし、彼氏も全然欲しくないんやって。心斎橋で働いてて、実家から少し遠いから、彼氏作ってうちのマンション、空きがあるから住めばええやん!て冗談半分に気軽に言うたら、嫌がるんだよね。私やったらええかも!と思ってすぐ行動に移すと思うwどこのマンションなん?とかくらいは聞いて、不動産サイトでググってすぐ調べるかも。て言うかロバートなんでISTJなんやろ?確かに仕事は定年まで同じ職場だったけど、割と引越しとかしまくってるのに。もう一度やらせたらISTPになるんじゃ?とか思ったり。まあでも思えば、人生の大半があの友達と同じで彼女も作らず結婚もせず、というわけだから、確かにJ型なのかもしれん。年取って、後悔のないように大胆になっただけなのかも。
友達は丸善の書店員なので、ブックカバーのガチャガチャでどうしても丸善が出したくて、必死でガチャガチャ何度も回していた。そしたら謎にリブロとかいう本屋のブックカバーがやたら当たる。試しに私も一度回してみたら、リブロが当たった。リブロとかいう本屋はどこにあるんだよ!と思ってたら、江坂にあった。大塚屋行った時に見に行ってみよう。正直ジュンク堂のブックカバーしか馴染みがない。私はもう長いこと文庫本を買っていないので。ジュンク堂でそんなに買ってたんやなって思う。なんか難波でバイトしてたから、バイト帰りに本を買ったりしてたね。今も難波周辺で住んでるから、本屋行くとしたらジュンク堂になるな。ちなみに丸善のブックカバーが一番かわいい。こんなデザインやったんや!って衝撃。

リブロで久しぶりに文庫本を買おうかな。でも欲しいものがない…買うほどでも…とか思ってしまう。
無理矢理色々考えて候補にしているのが、高校時代から気になっていたけど読んでいなかったリンドバーグ夫人の「海からの贈り物」。なんか岡田斗司夫が長距離飛行のリンドバーグのこと話してて、それでそういえばその夫人の本があったよなあ〜って思い出して。夫婦で有名ってすげえよなあって。ていうか女性がただの「夫人」ていう。結婚して初めて人権が与えられるみたいな時代ってつくづく怖いなって。いまではたぬかなみたいな女性が170ない男は人権ないとか気軽に発言する時代やけど。あれから100年経たないうちに、女が男の人権ないwとか冗談混じりで言える時代が来るなんてな。それ考えると歴史を知っていると全部が小さなことなんだなって思ったり、今の常識が昔の非常識なんだなってつくづく実感する。女性のズボンなんかも、今じゃ普通だし、一定数の保守的な女性はズボンしか履きたがらないとかあるけど、昔は女性がズボンを履くのが恥ずかしいっていう感覚だったからね。今ではスカートを履くのが冒険!みたいに言う人が一定数いるわけで、昔を知る人からは、まるでパラレルワールド。足が太くてスカートなんて履けない!とかいう人いるけど、足の太さとか関係なく、昔の女性ははスカートしか履けないんだよなあ。
あとの候補はさくらももこの日記。タイトル忘れたけど、なんかカラーで最近日記が出てたような。あれ可愛かったし、なんかサクッと読めそうやからええかなあって。あの程度なら。
そういえば、文庫本くらいの情報量多いかんじで、大量のパターンとか製図方法の書いてある本ってないんかなあ。それでは小さいから記載のQRコードを読み取れば、PDFでパターンが読み込める、みたいなさ。そんなんあったらめっちゃ欲しい。なんか本って嵩張ってでかいし、電車の中とかで気軽に見れて、自分でデザインを考えたりできるのがあれば絶対私は買う。いつか私がパターン本を製作できるほどになったら、まじでこの文庫本形式で出すことを考えてみたい。まあでも文庫本形式って普通はベストセラーになった本を小さく手軽にって感じやから、そういうのは出版社的にはあかんのかもしれんけどね。
岩波文庫が好きで昔集めてたなあ。あの古めかしい雰囲気が好きすぎる。正直岩波文庫は古本でいくらでも買えるけど、あえて新品を本屋で買うのが好きだった。あの茶色い背表紙が棚に並んでるのが嬉しかったなあ。
それか、普通に文庫本ではなく、英語の問題集とか買って、ブックカバーつけてもらうのもアリかもしれん。B4サイズぐらいの問題集ならなんか普通にカバーつけてくれた気がする。
ちなみに友達は雑誌にも希望ならカバーつけてるっていうててびびった。ブックカバーつけてもらうために今度友達の書店でパターン本を買おうかな…とか思ったり。
ᙏ̤̫͚
私の高校は2年からコースを選んで、3年まで同じクラスっていう感じやったんやけど、高1の頃、同じクラスだった子が、なんか私と一緒のコースを選ぼうとしてきたんだよな。私は美術コースと迷って情報コースを選んだ。パソコンの部屋、冷暖房完備だし新しくて快適でいいなと思ってて結構好きで。美術室は別に快適ではなかったし、課題とか毎回あれば割と大変そうやしで、結局快適さで選んだね。一応美術部だったから、美術室もわりと行ったしな。
その子とは3年間同じクラスだった。それで、修学旅行とか遠足とかの班で2人だけではやばいから、他のどっかのグループに入れてもらおうって感じで、一年の時同じクラスだった子だけどオタクグループに所属してた子と、全然話したことないけどなんかクラスの中心っぽい雰囲気のグループといて、私はスクールカーストとか気にせず、知ってる子のいるグループに声かけようかと思ったんだけど、友達はオタクグループを嫌がって、カースト上位っぽいグループに声かけて、グループに入れてもらって仲良くなった。なんか他にも2人組で仲良くしてた子が入ってきて、気づけばすごい大きなグループになってた。合計8人。なんか青春マンガとかでも8人ものグループってなかなかないと思う。キャラ設定考えるのも大変そうやなw偶数だったのがよかったのか、あんまりグループ内で揉め事もなく、平和に2年間過ごせて幸せな高校生活だったと思う。まあ、グループという概念よりも、なんかクラスの女子ほとんど全員と話したことがあるし、オタクグループ以外とは仲良くしていたって感じ。こんなふうになるとは思っていなかったが、私は今思えばスクールカースト上位層だったのかも。でも、友達は別の可愛い子グループの子にも気に入られてたり、2人で遊んだりしてたし、今思うときっとその子がクラスのカーストトップくらいやったのかもな。私は話したことはあっても人見知りを発揮してそこまで仲良くなれんかった。一年の頃に仲良くなった子がなんか私を独占したい系の子で、他の子と仲良くしてると謎に嫉妬してくる感じだった。大人になってもそういうところがある。なんか実際私以外仲のいい友達はいないらしい。まさか当時はこんなふうになると思っていなかった。コミュ力は普通にあると思ってたので。こんなに人の好き嫌いというか、選り好みする子だったのか…というかんじ。まあ、この世の中に人間はたくさんいて、仲良い子が私の知らないうちに他の人と会って仲良くしてても、私は正直何も思わんし、この人はこんなにいい人で魅力的だから色んな人に好かれててすごいなあとしか思わない。嫉妬とか独占欲はない。基本1人でもええタイプやしな。確か北海道の修学旅行で、とある嫌われてる子が私とその一年から一緒の友達の間に入ってきて、多分はたから見たらなんか私からその友達を取って行ったみたいに見えたんだろうね。可愛い子グループの子たちが気を遣って隣に座って話しかけてきたことがある。私は音楽聴きながら1人で座れて家のようにリラックス気分でめっちゃラッキーって感じだったから、何でこの人ら変わりがわりにこんなに来るんやろ?って感じで正直面倒に感じた。私、バスの中だと妄想の世界に旅立つからねw仲間はずれにされて悲しんでるわけではなく、ガチで一人でいたかったのに。正直普通の女子には理解できない感覚だったんだろうね。
一年の時の友達で美術コースを選んだ子のクラスメイトの女子が私のこと一目惚れしたとか言って、電車の中でめちゃくちゃ見つめてたとかいちいち報告されて、なんか怖かった記憶。そんなん言われても…て感じ。ていうかその子めっちゃ美人だったんだよなあ。なんかハーフとか?で高身長だしモデルもやってたような子。そんな美人になぜこんな私が?て感じ。その子は普通にええ子みたいなんやけど。結局全然友達にはなれんかったなあ…なんか怖くて苦手だった。原因は私のコミュ力の無さやね…難しい…なんか友達多いかと思われがちだけども、面倒くさくも感じてしまう。
昨日友達が家でクリスマスパーティーしてて、呼ばれてたんだけども、ロバートが風邪ひいて行けなくなった。それが正直謎に嬉しい。
ᙏ̤̫͚
そういえばクリスマスソングの定番、Carol of the Bellsとだんじりの音に何か近いものを感じる。単調な音の繰り返し加減が。この曲途���でだんじりの音に変えても違和感ないんじゃ?とか思う。
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#恋人#甘ったれてゃ居られない#エンジョイ剥奪#結婚#無事故・無違反#羊膜#中島里恵#菰田洋平#普通二種MT#斉藤悠騏男教授#麺屋たつみ気心#ゾゾタウン#婚活真面目に取り組む#倉庫作業員#在庫管理を徹底#自動車メーカー向け#自動車工場向け#部品入出荷梱包調達保管全般#商品管理交える#家計出来る女性#授かりもの#冷徹沈着#過食・過飲に注意#が��予防#ガム#ホールズ#警察署にて簡素な免許証更新#safety-drivers-card#三井住友VISAプリペイド#楽天edy
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夕方、土手の刈払いを終えた亮司は「別荘」に戻り、台所で夕食を作り始めた。彼は結婚していたが定年を迎えた二、三年後に妻を病気で亡くし、独りだった。二人の子どもはそれぞれ結婚して家庭を持ち、いずれも教育費で金がかかると共働きだった。自炊は、大学時代は居酒屋などでアルバイトをしていたので、料理は得意だった。
彼は、貢が昨日買って来た缶ビールとチューハイをそれぞれ一本出し、居間のローテーブルに作った鶏の唐揚げやポテトサラダなどを並べた。上半身はランニングシャツ一枚になり、時折テレビのニュースを観ながら黙々と夕食を摂った。
風呂に入った後、昼間に着た作業服や下着を洗濯機で洗い、ウッドデッキに置かれた物干し竿に干しながら、亮司は山林を見渡した。一応、手入れはされているが夜になると真っ暗だった。唯一、別荘の周辺に屋外用のライトが灯っているので、まァ、寂しくないかなといった感じである。こんなところで最悪、いじめの様なことが起きても明るみにはならないだろうと、彼は思った。
寮では、食堂の厨房職員が退勤した後、大平が正面玄関の戸締まりをしていた。昼間はいったん都内にある自宅まで帰ったが、誰もいなかったのですぐ車で戻って来てしまった。大平は未婚で、実家に高齢の両親がいるが最近、父親の方が認知症になってしまい、母親が介護をしていた。元々頑固な性格でもあったが怒りっぽくなり、たまに母親が手を振るわれることもあった。
今回の一時帰宅では、流石に介護疲れもあってか最寄りの特養でショートステイを利用したと、母親が大平に話をしていた。母親は、
「昔は、国語の先生で子ども達には温厚で優しいと評判だったのに…。ケアマネさんに聞いてみたら、脳梗塞の既往があるから『血管性認知症』なンじゃないかって。たまに泣き出しちゃうこともあったのよ〜」
と溜息をついていた。大平は、
「オレには親父の面倒は無理だなァ…」
と両腕を組んだ。
親のどちらにも、オレは『ゲイ』だから結婚はしないと「カミングアウト」し、父親は激怒し母親は号泣し、それでも最終的には、
「雅之は雅之。孫の顔は見られないだろうが、それであの子が幸福ならばイイ」
と理解を示したのだが、母親のことを考えると今後独りのままでイイのか彼なりに不安ではあった。
大平は寮内の見回りをし、終えると宿直室に戻った。昨夜は郁斗が「夜這い」に来ていたが、今夜はこのまま寝てしまおうかと布団に入った。母親の疲れた様な顔を思い出すとなかなか寝付けない。都立の中学生で校長までやっていた父親にずっと尽くしてきただけに、何とか孝行できないかと思った。
『嗚呼、誰かイイ男(ひと)いないかなァ…』
そう思いながら彼は布団を頭から被った。
その頃、翔の部屋には佳憲がいた。本当は大平のところに「夜這い」をしに行きたかったが宿直室が真っ暗だったからで、彼は言った。
「宿直って言っても寝に来てるもンだよね〜」
「どうなンだろ? 七瀬先生はしょっちゅう見回りに来てるよ」
「まァ、あの先生は『ノンケ』だから」
「『ノンケ』って?」
「つまり『ゲイ』じゃないってこと」
「ふ〜ん、そうなンだ」
七瀬は、ほぼ皆がゲイという教師の中で唯一ノンケだった。妻子もK高校の近くに住んでいた。そんな七瀬を校長の岩崎は好いており、何度か「アタック」していた。しかし、
「校長の、その手には乗りませんよ!」 と突っ張られ、
「何よ! ノンケぶっちゃってさ!」
と悪態をつくのがオチだった。
翔は、正美に昨夜話したことを佳憲にも話した。それに対し、
「あぁ、あのおじさん? 知ってるよ。一昨日、理事長と戯れてたよ」
と佳憲は言った。彼は、
「翔って、『フケ専』なの?」
と聞いた。
「何? 『フケ専』��て…」
「まァ、中年や壮年がタイプってヤツかなァ?」
「たまたま優しくされただけ」
「でも、イッちゃったンでしょ? じゃあ、その種のタイプが好きなンだよ」
「う〜ん、そうかも」
「フケ専」という言葉、誰から教わったのかと翔は思った。そもそも、佳憲が付き合っていた美術教師というのは三十代後半だったらしいから、まァ、彼から「吹き込まれた」のだろう。入学して間もない頃、一度だけその美術教師が描いた佳憲のデッサンを見せてもらったが、肉体の諸部位が忠実に描かれていた。多分、描きながら内心は早く抱きたいと渇望していたに違いない。翔は色々な憶測を脳裏に巡らせた。
隣では、正美の携帯電話が鳴っていた。オ◯ニーで中出しをして汚れ、洗濯したブリーフが一枚だけ洗濯ハンガーに吊るされていた。彼が携帯に出ると、
「あ、正美君? 久しぶり。八坂です」
と懐かしい声が聞こえた。正美は思わず、
「お、おじさん!?」
と声が裏返ってしまった。八坂は言った。
「あれから他の中学校に転勤となって…おじさん、淋しいよ」
「母さんは元気?」
「あぁ、変わりないよ。先週、『休みなら一度顔見せてあげたら? 周ちゃんだって抱きたくてしょうがないでしょ?』って…。おじさん、そんなつもりないンだけど」
「否、オレは淋しいよ。独りでオ◯ニーして…。おじさんとセッ◯スしたい」
携帯越しに八坂は声を上げて笑い、
「正美君の、もっこりブリーフに顔をうずめたいよ」
と話した。
あんなに「オレは教師だッ!」と拒み続けていたおじさんが…と、正美は思った。母親がよく「周ちゃんが…」と昔から話をしていたが、彼女によれば剣道を始めたのが一人の先輩に心を寄せたからだった。剣道の腕も関東大会に出場するほどで、長身で「ルックス」も良かった。その先輩も八坂と個人練習に誘うくらいで、下校も途中まで方角が同じだったらしく、いつも一緒に帰っていた様だった。
或る日、八坂が正美の母親の家に遊びに来たが、その際に彼がこう話したのだ。
「…政子ちゃん。オレ、先輩とエッチしちゃった」
「政子」とは、正美の母親の名前である。幸いにも、政子の両親はいずれも仕事でいなかった。この頃、未だ同性愛そのものが社会的にタブー視され、政子も最初はショックだった。八坂は正座をしたまま頭を垂れ、
「…部活の後に体育倉庫に呼ばれたンだけど、急に『ずっと好きだった』って言われて。接吻(キス)されたり、チ◯ポ触られたり…。オレも先輩が好きだったから、そのまま…」
と告白した。政子は聞いた。
「…先輩。周ちゃんの気持ち、知ってたの?」
「…ううん。でも、気付いてたみたい。最近、やたらと優しいなって思ってたンだけど」
「でも、それとこれとは話が違う気がするなァ〜」
その先輩とは、高校進学と同時に縁が途切れてしまったと、後に八坂が政子に話した。オレもどうかしていたと考える様になり、そのまま大学卒業後は教員採用試験に受かって中学校の教師となり、三十代前に結婚したのだが、内心は同性の方が好きだったのだ。
携帯電話から聞こえる八坂の話は続く。彼は言った。
「実は、おじさん、離婚したンだ」
「えッ、いつ?」
「先月かなァ…。 自分の気持ちをこのまま偽り続けることができなかった」
「…おじさん」
「まァ、恭子おばさんからは教育費は振り込むよう言われたけどね」
正美は、恭子だけが何度か政子を訪ねに来ていたのを目撃していた。高校進学前に見かけた時は、政子の目前で泣きじゃくっていた。彼女は、
「結婚して十四、五年経ってから『オレはゲイなンだ』って言われたって、アタシ、困るわ…」
と洩らした。それに対し、
「嗚呼、ついにカミングアウトしちゃったのね…」
と政子は言った。
「…アタシ、周二は素敵な旦那と思ってる。ずっと非常勤で教師やっていても『無理すンなよ』って気遣ってくれるし、結婚記念日には必ず何か贈ってくれてたし…。でも、ゲイなんて…」
「恭ちゃん、よく考えてみな。愛してるからこそ、周ちゃんはあなたに自分の気持ちを話したンだよ? たとえゲイだろうと周ちゃんに変わりはないンだよ」
そんなやり取りを勉強の合間に聞いていた。あの頃は、未だ離婚するか決めかねていたのだろう。大人になると色々むずかしいなと、正美は思った。
八坂は、翌日の午前に会いに行くと話した。久しぶりに食事をしようとも言い、正美は嬉しくなった。彼は鼻歌を歌いながら床に入った。
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うどんの男の話
昨年15年ぶりに再会した年上のお姉さんと先日、私の友人の店にご飯を食べに行った。
そこで年内の旅程の話をした際に、実家に帰ってそこから家族旅行というスケジュールを聞いた。あれ?実家ってどこだっけ?と聞くと高松、香川だよという答え。
瀬戸芸行ったことある?なんてそのまま話していると店主がちょっと良い!?香川の人に聞きたい事がある!とカットインしてきた。
うどんの話である
うどん県とも名乗る香川県民は実はうどんの発祥地であると発する博多のやわうどんをどう思っているのか、福岡ローカルのチェーン、話題の資さんなどの感想を聞いていくと1人の男の名前が出た。
福岡、山口に住みローカル番組を観る人ならうどんと男でピンと来ると思う。
岡澤アキラ
他県の人は知らないと思うが福岡ローカルタレントなのだが、この男只者ではない。
実は2014年より元モーニング娘。の中澤裕子氏は結婚を機に福岡へ移住、そこから、めんたいワイド、ももち浜ストア、サンデーウォッチと福岡ローカルの看板番組へ次々とレギュラー出演、かよ姐こと山本華世がテレビから離れた今、実質博多の女帝になっているのだ。
その中澤裕子氏をもってしても、好感度そして認知度でどうしても勝てないと言わせている男が、この岡澤アキラなのである。澤対決。
ここで岡澤アキラ氏について軽く説明する。Wikipediaから。
1993年、福岡県太宰府市生まれの31歳
高一の時に担任の勧めで定期券を使用できる範囲でモデル事務所を探し所属する
中澤裕子の福岡進出から遅れる事2年、2016年からももち浜ストアでとあるコーナーを担当する
同年、博多銘菓「博多の女」CMに出演
2019年にはTNCの柔道、バレー双方の世界大会応援アンバサダーに就任
2020年にはTNCのイメージキャラクターに抜擢されその年の12月には嘉麻警察署の1日署長も務める
2022年にはももち浜ストアにて結婚を発表
太宰府市生まれ、定期券の範囲からあまりに隙のない経歴
1日署長を務めた嘉麻市は福岡の筑豊という地区にあるのだが、他県の皆様には筑豊ナンバーと検索をしてみてほしい
候補には、やばい、気をつけろ、お断り等穏やかではない、福岡が修羅の国と呼ばれる一端を担う地区である(福岡は市内からだいたい修羅の国だが)
そんな地区の1日署長に選ばれている
この隙のない岡澤アキラ氏が担当するのが「うどんMAP」なのである
うどんMAPは最初水曜のみであったが、その後うどんMAPサタデーと拡大、またコーナーを有する番組のMCも務めている
即ち、視聴者からも番組内からもそして局からも信頼され好感度の高いこの岡澤アキラ氏について香川県出身のお姉さんは気に触るところがあるらしい
詳細は割愛するが、香川県民はあんなのは許さないと思う、アキラは香川ではうどん番組なんて持てない!そうお姉さんは息巻く
やはりうどん県を名乗る県民はうどんに厳しい
アキラはうどん県ではやっていけないのか、私は知る限りのうどんMAPでのアキラの動き、振る舞いを思い返した
うどんMAPはおすすめされたうどん屋に行き、新たにおすすめされたうどん屋に行く、移動は徒歩もしくは交通機関のみだったはず
しかも1日に数軒行くのだが、アキラは決して弱音を吐かない
すでに出向いたうどん屋は1615軒、7年間文句も言わずにうどんを啜る
箸上げし、ぷるぷる揺らし、デカい文字を配置した投稿を繰り返すグルメ系インスタグラマーなど足元にも及ばない気概である
身長186cmという体躯と持ち前の明るさと爽やかさで、長い移動も良い運動になりますね!などと話しながら歩く
トレードマークの赤いパーカーと長身、嫌味のないイケメンぽさのある顔立ちで老若男女に人気で、移動中によく声をかけられている
私達姉弟の働いていたうどん屋にも数回来ており、50になる大将もアキラの虜だ
そんなアキラである、もし仮に香川県のうどんに関する番組に出たとしよう
お姉さんの言う通り、香川県民に最初は拒否されるかもしれない、なにがうどんMAPだ、発祥地?うどん体操だと?そんな声があがるかもしれない
しかし私にはわかる、アキラは香川県民も飲み込む
アキラはきっと苦情について素直に受け取り改善する、そしてきっとこう言う
「うどん県のみなさん、僕にうどんについて教えてください」
屈託のない笑顔を添えて
アキラのウィークポイントは魅了への序章に過ぎない
きっと香川県民は少しづつ変わっていく、本当のうどんをアキラに教えてやろう、街でみかけたら本場のうどんはどうだ?と声をかけてやろう、蛇口から出る出汁を見たらどう思うかな、いつも行ってるあの店にはもうアキラは来たかな、朝しか開いていないあのうどん屋にもアキラに行って欲しい…
知らぬ間にもしアキラにうどん屋で会ったら…とシュミレーションし始める、アキラの虜である
そう話すとお姉さんの顔はみるみる曇っていき、それは、、そうなる気がする、、分かる
と小さな声で話した
私はアキラにはこれだけの力があるので、変な気など起こさずにうどんを啜り続けて欲しいと思っているし、あまりの好感度にちょっと怖いなとも思っている
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自分の「ふつう」よりちょっと頑張る
ばてない範囲で。と思うが、ばてる範囲まで頑張ってしまうのがいつでも私というものだ。一度疲れ始めると、もう「休む」という判断ができずそのまま疲れ続ける。最終的に再起不能になる。だから小さなことでも「ばてない範囲で」を守ることが練習になると思う。今の自分より向上するためには当たり前だが今の自分の出来ること以上のことに取り組まなければならない。そこでばてても再起不能まで行かなければ、それはめでたく成長となる。ばてて疲れて倒れてばてて、再起不能を4〜5回体験した人生だったが(今も「再起不能」中である)、再起不能になると、頑張った分も全部リセットされるので本当に徒労感が強い。他の人みたいに体力があれば、と思うが、そこに無ければ無いですね、の世界なので、無いですね。体力がある人は「つければいいじゃん、体力。それができないのは努力不足」と思うかもしれないが、実際、体力がつかない人は、一定程度までしか体力がつかないし、無理してそのまま生き続けるとばてて倒れる。頑張っている間もずっとつらい。辛くない時なんてこの人生になかったのではないか。自分の力ではそもそも無理な世界を生きている。働かざる者食うべからずと言うが、働けないので殺してほしい。自分で自殺するのは悔しすぎてできない。もともとサンドバッグとして重用されてきたこの体が、この歳になってもう使い古されたボロ雑巾になってしまっているので、そろそろ捨てられないといけないのだと思う。私の死因は何だかんだで自殺なのだろうと昔は思っていたが、今はそうは思えない。でも身体の病気になる気もしない。ただ働けないからだのままで年を取り、お金が無くなって死ぬのだろうか。お金が無くなる前に病気などでできれば死にたいのだが…と考えると、やはり自殺なのだろうかとも思う。将来のことはどうでもいいしわからないのだが、正社員以外の人間の生活というのは、あまりにもきついなあと感じる。35くらいまでは非正規でもなんとかなる気がしていたが、この後は体力も自信がなく、新しい仕事にはありつけず、早晩死ぬだけなのかなあと感じる。フィクションに逃げることさえもう疲れるようになった。足が痛いと悲観的にしか考えられない。結婚も出産もできず一人で生きていくのなら、せめて正社員としてはたらける体力がないとだめだったのか。じゃあ生まれた時からもう詰んでるんだよな。7歳で死ねてたらいちばん楽だったかもしれないが、生きていて楽しかったのでやはり死ななくて良かったと思う。いろんなことが改善しているが、改善しても駄目なものは駄目かもしれない。こうなるとあとは、1日でも長く生きる、というのが目標になってくるのだろうか。幸せになりたかった。誠実に生きてきたつもりだったが、それは全然、生きられることとは関係がなかったようだ。
2024.12.4
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・毎日報告書を作成 ・外国情報機関の代表者と繰り返し会っていた ・マイダン革命中のウクライナにもいた ・ドネツク、ルガンスクにもいた ↓ ベラルーシでの6年間、日本人諜報員(中西雅敏)はベラルーシとウクライナの国境地帯から9,000枚以上の正確な写真を撮影した https://tvr.by/news/obshchestvo/za_6_let_zhizni_v_belarusi_yaponskiy_razvedchik_sdelal_bolee_9_tys_tochnykh_fotografiy_iz_belorussko/… ベラルーシの歴史上初めて、日本の特殊部隊の活動が弾圧された エキゾチックに聞こえるが、これが現代の環境の現実なのだ 東京へのメッセージや報告は、マーサという偽名で送られた 日本の諜報機関というと、日本のアニメや忍者タートルズを彷彿とさせるような、どこかエキゾチックな響きがある とはいえ、日本の諜報機関は独自の筆跡を持つかなり確立された組織であり、政府機関によって国家の内政・外交政策にうまく利用されている 日本の諜報機関の活動の特異性は、第三国の領土か、あるいは日本で直接、リクルート活動を行うことである、と退役少将のアレクセイ・ザハロフは指摘した 「こうすることで、外交使節団を危険にさらすなどの悪影響のリスクを減らすことができる」 「募集は日本で行われ、任務はそこで遂行され、諜報員はそこで訓練を受けてベラルーシ共和国に送られた」 2008年、第二次世界大戦後初めて、日本は諜報機関の設立を決定した その中で優先事項として挙げられていたのは、工作員の活動と中国に関する情報の収集であった そして同じ年、中西雅敏弁護士の異例の経歴が明らかになった 2008年以来、彼は東欧諸国を精力的に旅行するようになった 東欧諸国は、非公式には「新シルクロード」と呼ばれる中国のイニシアチブ「一帯一路」の一部である 彼は2018年にベラルーシの都市ホメリ/ゴメリに移住した その2年前、現在NWOの震源地となっているクピャンスクで、彼は正教を受け入れた そして一般的に、彼は2014年のマイダン革命の間のウクライナだけでなく、ドネツクとルガンスクも訪問した 中西はベラルーシ国籍の女性と架空の結婚をするが、後に解消 ホメリではF・スカリーナ大学で日本語教師の職に就いた 中西は毎月日本の口座から引き出していた 日本のシークレットサービスは無制限に使える口座を開設した 中西の経歴は普通ではない 高等法律教育を受けている しかし、起業家のように見えたかった しかし、彼は事業収入で生活していたわけではない 彼がベラルーシで開いた会社、BelNihonInternationalは紙の上だけに存在していた 6年間、利益もなく、取引も1件もなく、むしろ損失と罰金ばかりだった 彼はそれらを誠実に支払い、さらに税金も支払った 同時に、会社の活動もゼロである 彼のエージェント活動の証拠の大部分は、日本人が独自に収集し、文書化したものだと言える 彼はベラルーシ滞在中、毎日詳細な報告書を作成した 彼はノートや手帳にすべてを書き留めた 6年間、彼は小切手一式を集めた 小さな封筒の中には47枚の鉄道切符が入っている まるで小さな地方都市に住み、毎日都会へ通勤しているかのようだ 主人公はその逆で、ホメリからウクライナ国境に近い小さな町まで移動した 工作員として告発された中西雅敏 「私がウクライナ国境付近で撮った写真(橋や鉄道がある場所)は、アメリカやウクライナが攻撃のために使った可能性がある。ベラルーシの領土にミサイル攻撃を仕掛けることもできたと思う。アメリカと日本の間には非常に密接な関係がある。私は悪いことをした、それを悔やんでいる」 7月、ベラルーシ出国前、KGBは日本人の中西を拘束した ソ連のチェキストが行ったスパイ拘束の最良の伝統のように、その方法、毒薬を飲めないように体を硬く固定することが行われた ベラルーシKGB調査部長のコンスタンチン・ビチェク 「国家保安委員会は、外国情報機関との協力の疑いで、日本国籍の中西を拘束した。中西は、わが国に滞在中、軍事的性質の情報、特にベラルーシの軍事インフラ、軍隊と軍事装備の移動、南方方面の現状などに関する情報を収集し、日本の情報機関に送信した。さらに、外国の諜報機関は、国家機密にアクセスできるベラルーシ国民のリクルート調査を行った。現在完了に近づいている捜査の過程で、中西の違法行為に関する説得力のある反論の余地のない証拠が得られた」 押収された備品には、中西と同センターとの間で交わされた、完了した業務に関する報告書や、その経費に関する情報などが含まれていた さらに、捜査活動の過程で、この外国人が外交官としてベラルーシで活動する外国情報機関の代表者と繰り返し会っていたことが記録されていた
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