#長島伸二の猫の絵
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「お化けの棲家」に登場したお化け。
1、骨女〔ほねおんな〕 鳥山石燕の「今昔画 図続百鬼』に骨だけ の女として描かれ、 【これは御伽ぼうこうに見えたる年ふる女の骸骨、牡丹の灯籠を携へ、人間の交をなせし形にして、もとは剪灯新話のうちに牡丹灯記とてあり】と記されている。石燕が描いた骨女 は、「伽婢子」「牡丹灯籠」に出てくる女つゆの亡霊、弥子(三遊亭円朝の「怪談牡丹灯 籠」ではお露にあたる)のことをいっている。これとは別物だと思うが、「東北怪談の旅」にも骨女という妖怪がある。 安永7年~8年(1778年~1779年)の青森に現れたもので、盆の晩、骸骨女がカタリカタリと音をたてて町中を歩いたという。この骨女は、生前は醜いといわれていたが、 死んでからの骸骨の容姿が優れているので、 人々に見せるために出歩くのだという。魚の骨をしゃぶることを好み、高僧に出会うと崩れ落ちてしまうという。 「鳥山石燕 画図百鬼夜行」高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 「東北怪談の旅」山田 野理夫
2、堀田様のお人形
以下の話が伝わっている。 「佐賀町に堀田様の下屋敷があって、うちの先祖はそこの出入りだったの。それで、先代のおばあさんが堀田様から“金太郎”の人形を拝領になって「赤ちゃん、赤ちゃん」といわれていたんだけど、この人形に魂が入っちゃって。関東大震災のとき、人形と一緒に逃げたら箱の中であちこちぶつけてこぶができたから、修復してもらうのに鼠屋っていう人形師に預けたんだけど少しすると修復されずに返ってきた。聞くと「夜になると人形が夜泣きしてまずいんです」と言われた。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収)
3、ハサミの付喪神(つくもがみ)
九十九神とも表記される。室町時代に描かれた「付喪神絵巻」には、「陰陽雑記云器物百年を経て化して精霊を得てよく人を訛かす、是を付喪神と号といへり」 という巻頭の文がある。 煤祓いで捨てられた器物が妖怪となり、物を粗末に扱う人間に対して仕返しをするという内容だ が、古来日本では、器物も歳月を経ると、怪しい能力を持つと考えられていた。 民俗資料にも擂り粉木(すりこぎ)や杓文字、枕や蒲団といった器物や道具が化けた話しがある。それらは付喪神とよばれていないが、基本的な考え方は「付喪神絵巻」にあるようなことと同じで あろう。 (吉川観方『絵画に見えたる妖怪』)
4、五徳猫(ごとくねこ) 五徳猫は鳥山石燕「画図百器徒然袋」に尾が2つに分かれた猫又の姿として描かれており、「七徳の舞をふたつわすれて、五徳の官者と言いしためしも あれば、この猫もいかなることをか忘れけんと、夢の中におもひぬ」とある。鳥山石燕「画図百器徒然袋」の解説によれば、その姿は室町期の伝・土佐光信画「百鬼夜行絵巻」に描かれた五徳猫を頭に 乗せた妖怪をモデルとし、内容は「徒然袋」にある「平家物語」の 作者といわれる信濃前司行長にまつわる話をもとにしているとある。行長は学識ある人物だったが、七徳の舞という、唐の太宗の武の七徳に基づく舞のうち、2つを忘れてしまったために、五徳の冠者のあだ名がつけられた。そのため、世に嫌気がさし、隠れて生活するようになったという。五徳猫はこのエピソードと、囲炉裏にある五徳(薬缶などを載せる台)を引っ掛けて創作された 妖怪なのであろう。ちなみに土佐光信画「百鬼夜行絵巻」に描かれている妖怪は、手には火吹き 竹を持っているが、猫の妖怪ではなさそうである。 ( 高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕画図百鬼夜行』)→鳥山石燕『百器徒然袋』より 「五徳猫」
5、のっぺらぼー 設置予定場所:梅の井 柳下 永代の辺りで人魂を見たという古老の話しです。その他にも、背中からおんぶされて、みたら三つ目 小僧だったり、渋沢倉庫の横の河岸の辺りでのっぺらぼーを見たという話しが残っています。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収) のっぺらぼーは、顔になにもない卵のような顔の妖怪。特に小泉八雲『怪談』にある、ムジナの話が良く知られている。ある男が東京赤坂の紀国坂で目鼻口のない女に出会い、驚き逃げて蕎麦 屋台の主人に話すと、その顔も同じだったという話。その顔も同じだったという話。
6、アマビエアマビエ 弘化3年(1846年) 4月中旬と記 された瓦版に書かれているもの。 肥後国(熊本県)の海中に毎夜光るものが あるので、ある役人が行ってみたところ、ア マビエと名乗る化け物が現れて、「当年より はやりやまいはや 6ヵ月は豊作となるが、もし流行病が流行ったら人々に私の写しを見せるように」といって、再び海中に没したという。この瓦版には、髪の毛が長く、くちばしを持った人魚のようなアマビエの姿が描かれ、肥後の役人が写したとある。 湯本豪一の「明治妖怪新聞」によれば、アマピエはアマピコのことではないかという。 アマピコは瓦版や絵入り新聞に見える妖怪で、 あま彦、天彦、天日子などと書かれる。件やクダ部、神社姫といった、病気や豊凶の予言をし、その絵姿を持っていれば難から逃れられるという妖怪とほぼ同じものといえる。 アマビコの記事を別の瓦版に写す際、間違 えてアマビエと記してしまったのだというのが湯本説である。 『明治妖怪新聞」湯本豪一「『妖怪展 現代に 蘇る百鬼夜行』川崎市市民ミュージアム編
7、かさばけ(傘お化け) 設置予定場所:多田屋の入口作品です。 一つ目あるいは、二つ目がついた傘から2本の腕が伸び、一本足でピョンピョン跳ねまわる傘の化け物とされる。よく知られた妖怪のわりには戯画などに見えるくらいで、実際に現れたなどの記録はないようである。(阿部主計『妖怪学入門』)歌川芳員「百種怪談妖物双六」に描 かれている傘の妖怪「一本足��
8、猫股(ねこまた) 猫股は化け猫で、尻尾が二股になるまで、齢を経た猫 で、さまざまな怪しいふるまいをすると恐れられた。人をあざむき、人を食らうともいわれる。飼い猫が年をとり、猫股になるため、猫を長く飼うもので はないとか、齢を経た飼い猫は家を離れて山に入り、猫股 になるなどと、各地に俗信がある。 このような猫の持つ妖力から、歌舞伎ではお騒動と化け猫をからめて「猫騒動もの」のジャンルがあり、
「岡崎の猫」「鍋島の猫」「有馬の猫」が三代化け猫とされる。
9、毛羽毛現(けうけげん) 設置予定場所:相模屋の庭 鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」に毛むくじゃらの妖怪として描かれた もので、 「毛羽毛現は惣身に毛生ひたる事毛女のごとくなればかくいふ か。或いは希有希現とかきて、ある事まれに、見る事まれなれば なりとぞ」とある。毛女とは中国の仙女のことで、華陰の山中(中国陝西省陰県の西 獄華山)に住み、自ら語るところによると、もともとは秦が亡んだため 山に逃げ込んだ。そのとき、谷春という道士に出会い、松葉を食すことを教わって、遂に寒さも飢えも感じなくなり、身は空を飛ぶほど軽くなった。すでに170余年経つなどと「列仙伝」にある。この毛羽毛現は家の周辺でじめじめした場所に現れる妖怪とされるが、実際は石燕の創作妖 怪のようである。 (高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕 画図百鬼夜行』→鳥山石燕「今昔百鬼 拾遺」より「毛羽毛現」
10、河童(かっぱ) 設置予定場所:猪牙船 ◇ 河童(『耳袋』) 江戸時代、仙台藩の蔵屋敷に近い仙台堀には河童が出たと言われています。これは、子どもたちが、 なんの前触れもなく掘割におちてしまう事が続き探索したところ、泥の中から河童が出てきたというも のです。その河童は、仙台藩の人により塩漬けにして屋敷に保管したそうです。 ◇ 河童、深川で捕獲される「河童・川太郎図」/国立歴史民俗博物館蔵 深川木場で捕獲された河童。河童は川や沼を住処とする妖怪で、人を水中に引き込む等の悪事を働く 反面、水の恵みをもたらす霊力の持ち主として畏怖されていた ◇ 河童の伝説(『江戸深川情緒の研究』) 安永年間(1772~1781) 深川入船町であった話しです。ある男が水浴びをしていると、河童がその男 を捕えようとしました。しかし、男はとても強力だったので逆に河童を捕えて陸に引き上げ三十三間堂の前で殴り殺そうとしたところ、通りかかった人々が河童を��けました。それ以来、深川では河童が人 間を捕らなくなったといいます。→妖怪画で知られる鳥山石燕による河童
11、白容商〔しろうねり〕
鳥山石燕「画図百器 徒然袋」に描かれ、【白うるりは徒然のならいなるよし。この白うねりはふるき布巾のばけたるものなれども、外にならいもやはべると、夢のうちにおもひぬ】 と解説されている。白うるりとは、吉田兼好の『徒然草」第六十段に登場する、 芋頭(いもがしら)が異常に好きな坊主のあだ名である。 この白うるりという名前に倣って、布雑巾 の化けたものを白容裔(しろうねり)と名づけたといっているので、つまりは石燕の創作妖怪であろう。古い雑巾などが化けて人を襲う、などの説 明がされることがあるが、これは山田野理夫 の『東北怪談の旅』にある古雑巾の妖怪を白 容裔の話として使ったにすぎない。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編
12、轆轤首〔ろくろくび〕
抜け首、飛頭蛮とも つな いう。身体から首が完全に分離して活動する ものと、細紐のような首で身体と頭が繋がっているものの二形態があるようである。 日本の文献には江戸時代から多くみえはじ め、『古今百物語評判』『太平百物語』『新説 百物語」などの怪談集や、『甲子夜話』『耳 囊」「北窓瑣談」「蕉斎筆記』『閑田耕筆』と いった随筆の他、石燕の『画図百鬼夜行」に 代表される妖怪画にも多く描かれた。 一般的な轆轤首の話としては、夜中に首が 抜け出たところを誰かに目撃されたとする内 容がほとんどで、下働きの女や遊女、女房、 娘などと女性である場合が多い。 男の轆轤首は「蕉斎筆記』にみえる。 ある夜、増上寺の和尚の胸の辺りに人の 首が来たので、そのまま取って投げつけると、 どこかへいってしまった。翌朝、気分が悪いと訴えて寝ていた下総出 身の下働きの男が、昼過ぎに起き出して、和 尚に暇を乞うた。わけ その理由を問えば、「昨夜お部屋に首が参りませんでしたか」と妙なことを訊く。確か に来たと答えると、「私には抜け首の病があります。昨日、手水鉢に水を入れるのが遅い とお叱りを受けましたが、そんなにお叱りに なることもないのにと思っていると、 夜中に首が抜けてしまったのです」 といって、これ以上は奉公に差支えがあるからと里に帰って しまった。 下総国にはこの病が多いそうだと、 「蕉斎筆記』は記している。 轆轤首を飛頭蛮と表記する文献があるが、 これはもともと中国由来のものである。「和漢三才���会』では、『三才図会」「南方異 物誌」「太平広記」「搜神記』といった中国の 書籍を引いて、飛頭蛮が大闍波国(ジャワ) や嶺南(広東、広西、ベトナム)、竜城(熱 洞省朝陽県の西南の地)の西南に出没したことを述べている。昼間は人間と変わらないが、夜になると首 が分離し、耳を翼にして飛び回る。虫、蟹、 ミミズなどを捕食して、朝になると元通りの 身体になる。この種族は首の周囲に赤い糸のような傷跡がある、などの特徴を記している。中国南部や東南アジアには、古くから首だけの妖怪が伝わっており、マレーシアのポン ティアナやペナンガルなどは、現在でもその 存在が信じられている。 日本の轆轤首は、こうした中国、東南アジ アの妖怪がその原型になっているようである。 また、離魂病とでもいうのだろうか、睡眠中に魂が抜け出てしまう怪異譚がある。例えば「曽呂利物語」に「女の妄念迷い歩 <事」という話がある。ある女の魂が睡眠中に身体から抜け出て、 野外で鶏になったり女の首になったりしているところを旅人に目撃される。旅人は刀を抜いてその首を追いかけていく と、首はある家に入っていく。すると、その家から女房らしき声が聞こえ、 「ああ恐ろしい夢を見た。刀を抜いた男が追 いかけてきて、家まで逃げてきたところで目 が醒めた」などといっていたという話である。これの類話は現代の民俗資料にも見え、抜け出た魂は火の玉や首となって目撃されている。先に紹介した「蕉斎筆記』の男の轆轤首 も、これと同じように遊離する魂ということ で説明ができるだろう。 轆轤首という妖怪は、中国や東南アジア由 来の首の妖怪や、離魂病の怪異譚、見世物に 出た作りものの轆轤首などが影響しあって、 日本独自の妖怪となっていったようである。 【和漢三才図会』寺島良安編・島田勇雄・竹 島淳夫・樋口元巳訳注 『江戸怪談集(中)』 高田衛編/校注『妖異博物館』柴田宵曲 『随筆辞典奇談異聞編」柴田宵曲編 『日本 怪談集 妖怪篇』今野円輔編著 『大語園』巌谷小波編
13、加牟波理入道〔がんばりにゅうどう〕
雁婆梨入道、眼張入道とも書く。便所の妖怪。 鳥山石燕の「画図百鬼夜行」には、便所の台があるよう 脇で口から鳥を吐く入道姿の妖怪として描かれており、【大晦日の夜、厠にゆきて「がんばり入道郭公」と唱ふれば、妖怪を見さるよし、世俗のしる所也。もろこしにては厠 神名を郭登といへり。これ遊天飛騎大殺将軍 とて、人に禍福をあたふと云。郭登郭公同日 は龕のの談なるべし��と解説されている。 松浦静山の『甲子夜話」では雁婆梨入道という字を当て、厠でこの名を唱えると下から入道の頭が現れ、 その頭を取って左の袖に入れてまたとりだすと 頭は小判に変化するなどの記述がある。 「がんばり入道ホトトギス」と唱えると怪異 にあわないというのは、江戸時代にいわれた 俗信だが、この呪文はよい効果を生む(前述 ことわざわざわい ●小判を得る話を含め)場合と、禍をよぶ 場合があるようで、「諺苑」には、大晦日に この話を思い出せば不祥なりと書かれている。 また、石燕は郭公と書いてホトトギスと読ませているが、これは江戸時代では郭公とホト トギスが混同されていたことによる。 ホトトギスと便所との関係は中国由来のようで、「荊楚歲時記』にその記述が見える。 ホトトギスの初鳴きを一番最初に聞いたもの は別離することになるとか、その声を真似すると吐血するなどといったことが記されており、厠に入ってこの声を聞くと、不祥事が起 こるとある。これを避けるには、犬の声を出 して答えればよいとあるが、なぜかこの部分 だけは日本では広まらなかったようである。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 『江戸文学俗信辞典』 石川一郎編『史実と伝説の間」李家正文
14、三つ目小僧
顔に三つの目を持つ童子姿の妖怪。 長野県東筑摩郡教育委員会による調査資料に名は見られるが、資料中には名前があるのみ で解説は無く、どのような妖怪かは詳細に語られていない。 東京の下谷にあった高厳寺という寺では、タヌキが三つ目小僧に化けて現れたという。このタヌ キは本来、百年以上前の修行熱心な和尚が境内に住まわせて寵愛していたために寺に住みついたものだが、それ以来、寺を汚したり荒らしたりする者に対しては妖怪となって現れるようになり、体の大きさを変えたり提灯を明滅させて人を脅したり、人を溝に放り込んだりしたので、人はこれ を高厳寺小僧と呼んで恐れたという。困った寺は、このタヌキを小僧稲荷として境内に祀った。この寺は現存せず、小僧稲荷は巣鴨町に移転している。 また、本所七不思議の一つ・置行堀の近くに住んでいたタヌキが三つ目小僧に化けて人を脅したという言い伝えもある。日野巌・日野綏彦 著「日本妖怪変化語彙」、村上健司校訂 編『動物妖怪譚』 下、中央公論新社〈中公文庫〉、2006年、301頁。 佐藤隆三『江戸伝説』坂本書店、1926年、79-81頁。 『江戸伝説』、147-148頁。
15、双頭の蛇 設置予定場所:水茶屋 「兎園小説」には、「両頭蛇」として以下の内容が著してある。 「文政7年(1824)11月24日、本所竪川通りの町方掛り浚場所で、卯之助という男性 が両頭の蛇を捕まえた。長さは3尺あったという。」
文政7年(1824)11月24日、一の橋より二十町程東よりの川(竪川、現墨田区)で、三尺程の 「両頭之蛇」がかかったと言う話です。詳細な図解が示されています。 (曲亭馬琴「兎園小説」所収『兎園小説』(屋代弘賢編『弘賢随筆』所収) 滝沢馬琴他編 文政8年(1825) 国立公文書館蔵
16、深川心行寺の泣き茶釜
文福茶釜は「狸」が茶釜に化けて、和尚に恩返しをする昔話でよく知られています。群馬県館林の茂 林寺の話が有名ですが、深川2丁目の心行寺にも文福茶釜が存在したといいます。『新撰東京名所図会』 の心行寺の記述には「什宝には、狩野春湖筆涅槃像一幅 ―及び文福茶釜(泣茶釜と称す)とあり」 とあります。また、小説家の泉鏡花『深川浅景』の中で、この茶釜を紹介しています。残念ながら、関 東大震災(1923年)で泣茶釜は、他の什物とともに焼失してしまい、文福茶釜(泣き茶釜)という狸が 化けたという同名が残るのみです。鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」には、館林の茂森寺(もりんじ)に伝わる茶釜の話があります。いくら湯を 汲んでも尽きず、福を分け与える釜といわれています。 【主な参考資料】村上健司 編著/水木しげる 画『日本妖怪大辞典』(角川出版)
17、家鳴(やなり) 設置予定場所:大吉、松次郎の家の下) 家鳴りは鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に描かれたものだが、(石燕は鳴屋と表記)、とくに解説はつけられて いない。石燕はかなりの数の妖怪を創作しているが、初期の 「画図百鬼夜行」では、過去の怪談本や民間でいう妖怪などを選んで描いており、家鳴りも巷(ちまた)に知られた妖怪だったようである。 昔は何でもないのに突然家が軋むことがあると、家鳴りのような妖怪のしわざだと考えたようである。小泉八雲は「化け物の歌」の中で、「ヤナリといふ語の・・・それは地震中、家屋の震動 する音を意味するとだけ我々に語って・・・その薄気 味悪い意義を近時の字書は無視して居る。しかし此語 はもと化け物が動かす家の震動の音を意味して居た もので、眼には見えぬ、その震動者も亦(また) ヤナ リと呼んで居たのである。判然たる原因無くして或る 家が夜中震ひ軋り唸ると、超自然な悪心が外から揺り動かすのだと想像してゐたものである」と延べ、「狂歌百物語」に記載された「床の間に活けし立ち木も倒れけりやなりに山の動く掛軸」という歌を紹介している。 (高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕画図百鬼夜行』、『小泉八雲全集』第7巻)
18、しょうけら 設置予定場所:おしづの家の屋根 鳥山石燕「画図百鬼夜行」に、天井の明かり取り窓を覗く妖怪として描かれているもの。石燕による解説はないが、 ショウケラは庚申(こうしん) 信仰に関係したものといわれる。 庚申信仰は道教の三尸(さんし)説がもとにあるといわ れ、60日ごとに巡ってくる庚申の夜に、寝ている人間の身 体から三尸虫(頭と胸、臍の下にいるとされる)が抜け出し、天に昇って天帝にその人の罪科を告げる。この報告により天帝は人の命を奪うと信じられ、対策とし て、庚申の日は眠らずに夜を明かし、三尸虫を体外に出さ ないようにした。また、これによる害を防ぐために「ショウケラはわたとてまたか我宿へねぬぞねたかぞねたかぞ ねぬば」との呪文も伝わっている。 石燕の描いたショウケラは、この庚申の日に現れる鬼、ということがいえるようである。
19、蔵の大足
御手洗主計という旗本の屋敷に現れた、長さ3尺程(約9m)の大足。(「やまと新聞」明治20年4月29日より)
20、お岩ちょうちん
四世鶴屋南北の代表作である「東海道四谷怪談」のお岩 を、葛飾北斎は「百物語シリーズ」の中で破れ提灯にお岩が 宿る斬新な構図で描いている。北斎は同シリーズで、当時の 怪談話のもう一人のヒロインである「番町皿屋敷のお菊」も描 く。「東海道四谷怪談」は、四世南北が暮らし、没した深川を舞台にした生世話物(きぜわもの)の最高傑作。文政8年(1825) 7月中村座初演。深川に住んだ七代目市川團十郎が民谷伊 右衛門を、三代目尾上菊五郎がお岩を演じた。そのストーリーは当時評判だった実話を南北が取材して描 いている。男女が戸板にくくられて神田川に流された話、また 砂村隠亡堀に流れついた心中物の話など。「砂村隠亡堀の場」、「深川三角屋敷の場」など、「四谷怪 談」の中で深川は重要な舞台として登場する。
21、管狐(くだぎつね) 長野県を中心にした中部地方に多く分布し、東海、関東南部、東北の一部でいう憑き物。関東 南部、つまり千葉県や神奈川県以外の土地��、オサキ狐の勢力になるようである。管狐は鼬(いたち)と鼠(ねずみ)の中間くらいの小動物で、名前の通り、竹筒に入ってしまうほどの大きさだという。あるいはマッチ箱に入るほどの大きさで、75匹に増える動物などとも伝わる個人に憑くこともあるが、それよりも家に憑くものとしての伝承が多い。管狐が憑いた家は管屋(くだや)とか管使いとかいわれ、多くの場合は「家に憑いた」ではなく「家で飼っている」という表現をしている。管狐を飼うと金持ちになるといった伝承はほとんどの土地でいわれることで、これは管 狐を使って他家から金や品物を集めているからだなどという。また、一旦は裕福になるが、管狐は 大食漢で、しかも75匹にも増えるのでやがては食いつぶされるといわれている。 同じ狐の憑き物でも、オサキなどは、家の主人が意図しなくても、狐が勝手に行動して金品を集 めたり、他人を病気にするといった特徴があるが、管狐の場合は使う者の意図によって行動すると考えられているようである。もともと管狐は山伏が使う動物とされ、修行を終えた山伏が、金峰山 (きんぷさん)や大峰(おおみね)といった、山伏に官位を出す山から授かるものだという。山伏は それを竹筒の中で飼育し、管狐の能力を使うことで不思議な術を行った。 管狐は食事を与えると、人の心の中や考えていることを悟って飼い主に知らせ、また、飼い主の 命令で人に取り憑き、病気にしたりするのである。このような山伏は狐使いと呼ばれ、自在に狐を 使役すると思われていた。しかし、管狐の扱いは難しく、いったん竹筒から抜け出た狐を再び元に 戻すのさえ容易ではないという。狐使いが死んで、飼い主不在となった管狐は、やがて関東の狐の親分のお膝元である王子村(東京都北区)に棲むといわれた。主をなくした管狐は、命令する者がいないので、人に憑くことはないという。 (石塚尊俊『日本の憑きもの』、桜井徳太郎編『民間信仰辞典』、金子準二編著『日本狐憑史資料 集成』)
22、かいなで 設置予定場所: 長屋の厠 京都府でいう妖怪。カイナゼともいう。節分の夜に便所へ行くとカイナデに撫でられるといい、これを避けるには、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文を唱えればよいという。 昭和17年(1942年)頃の大阪市立木川小学校では、女子便所に入ると、どこからともなく「赤い 紙やろか、白い紙やろか」と声が聞こえてくる。返事をしなければ何事もないが、返事をすると、尻を舐められたり撫でられたりするという怪談があったという。いわゆる学校の怪談というものだが、 類話は各地に見られる。カイナデのような家庭内でいわれた怪異が、学校という公共の場に持ち込まれたものと思われる。普通は夜の学校の便所を使うことはないだろうから、節分の夜という条件が消失してしまったのだろう。 しかし、この節分の夜ということは、実に重要なキーワードなのである。節分の夜とは、古くは年越しの意味があり、年越しに便所神を祭るという風習は各地に見ることができる。その起源は中国に求められるようで、中国には、紫姑神(しこじん)という便所神の由来を説く次のような伝説がある。 寿陽県の李景という県知事が、何媚(かび) (何麗卿(かれいきょう)とも)という女性を迎えたが、 本妻がそれを妬み、旧暦正月 15 日に便所で何媚を殺害した。やがて便所で怪異が起こるようになり、それをきっかけに本妻の犯行が明るみに出た。後に、何媚を哀れんだ人々は、正月に何媚を便所の神として祭祀するようになったという(この紫姑神は日本の便所神だけではなく、花子さんや紫婆(むらさきばばあ)などの学校の怪談に登場する妖怪にも影響を与えている。) 紫姑神だけを日本の便所神のルーツとするのは安易だが、影響を受けていることは確かであろう。このような便所神祭祀の意味が忘れられ、その記憶の断片化が進むと、カイナデのような妖怪が生まれてくるようである。 新潟県柏崎では、大晦日に便所神の祭りを行うが、便所に上げた灯明がともっている間は決して便所に入ってはいけないといわれる。このケースは便所神に対する信仰がまだ生きているが、便所神の存在が忘れられた例が山田野理夫『怪談の世界』に見える。同書では、便所の中で「神くれ神くれ」と女の声がしたときは、理由は分からなくとも「正月までまだ遠い」と答えればよいという。便所神は正月に祀るものという断片的記憶が、妖怪として伝えられたものといえる。また、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文も、便所神の祭りの際に行われた行為の名残を伝えて いる。便所神の祭りで紙製の人形を供える土地は多く、茨城県真壁郡では青と赤、あるいは白と赤の 男女の紙人形を便所に供えるという。つまり、カイナデの怪異に遭遇しないために「赤い紙やろう か、白い紙やろうか」と唱えるのは、この供え物を意味していると思われるのである。本来は神様に供えるという行為なのに、「赤とか白の紙をやるから、怪しいふるまいをするなよ」というように変化してしまったのではないだろうか。さらに、学校の怪談で語られる便所の怪異では、妖怪化した便所神のほうから、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」とか「青い紙やろうか、赤い紙やろうか」というようになり、より妖怪化が進ん でいったようである。こうしてみると、近年の小学生は古い信仰の断片を口コミで伝え残しているともいえる。 島根県出雲の佐太神社や出雲大社では、出雲に集まった神々を送り出す神事をカラサデという が、氏子がこの日の夜に便所に入ると、カラサデ婆あるいはカラサデ爺に尻を撫でられるという伝 承がある。このカラサデ婆というものがどのようなものか詳細は不明だが、カイナデと何か関係があるのかもしれない。 (民俗学研究所編『綜合日本民俗語彙』、大塚民俗学会編『日本民俗学事典』、『民間伝承』通巻 173号(川端豊彦「厠神とタカガミと」)ほか)
23、木まくら 展示予定場所:政助の布団の上 江東区富岡にあった三十三間堂の側の家に住んだ医師が病気になり、元凶を探した所 黒く汚れた木枕が出た。その枕を焼くと、死体を焼く匂いがして、人を焼くのと同じ時間がかかったという。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収)
24、油赤子〔あぶらあかご〕鳥山石燕の『今昔 画図続百鬼』に描かれた妖怪。【近江国大津 の八町に、玉のごとくの火飛行する事あり。土人云「むかし志賀の里に油うるものあり。 夜毎に大津辻の地蔵の油をぬすみけるが、その者死て魂魄炎となりて、今に迷いの火となれる」とぞ。しからば油をなむる赤子は此ものの再生せしにや】と記されている。 石燕が引いている【むかし志賀(滋賀) の】の部分は、「諸国里人談』や『本朝故事 因縁集」にある油盗みの火のことである。油盗みの火とは、昔、夜毎に大津辻の地蔵 の油を盗んで売っていた油売りがいたが、死 後は火の玉となり、近江大津(滋賀県大津 市)の八町を縦横に飛行してまわったという もの。石燕はこの怪火をヒントに、油を嘗める赤ん坊を創作したようである。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 『一冊で日本怪異文学 100冊を読む」檜谷昭彦監修『日本随筆大成編集部編
























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2023年に読んで「オォッ!」と思った本や作品……その1
『長靴をはいた猫』(シャルル・ペロー著/澁澤龍彦訳/河出文庫/Kindle版) 『台湾漫遊鉄道のふたり』(楊双子著/三浦裕子訳/装画:Naffy/装幀:田中久子/中央公論新社/Kindle版) 『聊斎志異(上下巻)』(蒲松齢作/立間祥介編訳/岩波文庫) 『灯台守の話』(ジャネット・ウィンターソン著/岸本佐知子訳/装幀:吉田浩美、吉田篤弘〔クラフト・エヴィング商會〕/白水社) 『新版 小さなトロールと大きな洪水』(ヤンソン著/冨原眞弓訳/さし絵・カバー装画:ヤンソン/講談社文庫/Kindle版) 『象の旅』(ジョゼ・サラマーゴ著/木下眞穂訳/書肆侃侃房/Kindle版) 『リリアンと燃える双子の終わらない夏』(ケヴィン・ウィルソン著/芹澤恵訳/イラストレーション:中島ミドリ/ブックデザイン:アルビレオ/集英社) 『透��人間』(ハーバート・ジョージ ウェルズ、著/海野十三訳/青空文庫/Kindle版) 『世界の終わりの天文台』(リリー・ブルックス=ダルトン著/佐田千織訳/創元SF文庫/Kindle版) 『去年を待ちながら 新訳版』(フィリップ・Kディック著/山形浩生訳/カバーデザイン:土井宏明/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『ザップガン』(フィリップ・K・ディック著/大森望訳/扉デザイン:土井宏明/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』(フィリップ・K・ディック著/浅倉久志訳/早川書房) 『火星のタイム・スリップ』(フィリップ・K・ディック著/小尾芙佐訳/扉デザイン:土井宏明/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『マーダーボット・ダイアリー 上下』(マーサ・ウェルズ著/中原尚哉訳/カバーイラスト:安倍吉俊/東京創元社/創元SF文庫/Kindle版) 『珈琲と煙草』(フェルディナント・フォン・シーラッハ著/酒寄進一訳/東京創元社/Kindle版) 『シャーロック・ホームズ シリーズ全10巻 合本版』(コナン・ドイル著/延原謙訳解説/新潮文庫/Kindle版) 『イラハイ』(佐藤哲也著/佐藤亜紀発行/Kindle版) 『シンドローム』(佐藤哲也著/森見登美彦解説/カバー装画:西村ツチカ/カバーデザイン:祖父江慎+コズフィッシュ/キノブックス文庫) 『俺の自叙伝��(大泉黒石著/四方田犬彦解説/岩波文庫) 『ブサとジェジェ』(嶽本野ばら著/『三田文學 153 春季号 2023』掲載作品) 『珈琲挽き』(小沼丹著/清水良典解説/年譜・著書目録:中村明/講談社文芸文庫) 『不機嫌な姫とブルックナー団』(高原英理著/講談社/Kindle版) 『祝福』(高原英理著/装幀:水戸部功/帯文:渡辺祐真/河出書房新社) 『若芽』(島田清次郎著/青空文庫Kindle版) 『交尾』(梶井基次郎著/青空文庫/Kindle版) 『のんきな患者』(梶井基次郎著/青空文庫/Kindle版) 『城のある町にて』(梶井基次郎著/青空文庫/Kindle版) 『風立ちぬ』(堀辰雄著/青空文庫/Kindle版) 『自分の羽根』(庄野潤三著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『幾度目かの最期 久坂葉子作品集』(久坂葉子著/久坂部羊解説/年譜・著書目録:久米勲/デザイン:菊地信義/講談社文芸文庫) 『現代語訳 南総里見八犬伝 上下巻』(曲亭馬琴著/白井喬二訳/カバーデザイン:渡辺和雄/河出書房新社/Kindle版) 『キッチン』(吉本ばなな著/カバーデザイン:増子由美/幻冬舎文庫/Kindle版) 『かもめ食堂』(群ようこ著/装画:牧野伊三夫/カバーデザイン:井上庸子/幻冬舎文庫/Kindle版) 『ハピネス』(嶽本野ばら著/カバーイラスト:カスヤナガト/カバーデザイン:松田行正/小学館文庫/小学館eBooks/Kindle版) 『猫の木のある庭』(大濱普美子著/金井美恵子解説/装幀:大久保伸子/装画:武田史子/カバーフォーマット:佐々木暁/河出文庫) 『ハンチバック』(市川沙央著/装幀:大久保明子/装画:Title: mohohan Year: 2020 Photo: Ina Jang / Art + Commerce/文藝春秋) 『文豪たちの妙な旅』(徳田秋聲、石川啄木、林芙美子、田山花袋、室生犀星、宇野浩二、堀辰雄、中島敦、萩原朔太郎著/山前譲編/カバーデザイン:坂野公一+吉田友美(welle design)/カバー装画:樋口モエ/カバーフォーマット:佐々木暁/河出文庫) 『作家の仕事部屋』(ジャン=ルイ・ド・ランビュール編/岩崎力訳/読書猿解説/カバーイラスト:Guillaume Reynard/カバーデザイン:細野綾子/中公文庫) 『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』(深掘骨著/左右社/Kindle版) 『硝子戸の中』(夏目漱石著/石原千秋解説/カバー装画:安野光雅/新潮文庫) 『思い出す事など』(夏目漱石著/青空文庫/Kindle版) 『文鳥』(夏目漱石著/青空文庫/Kindle版) 『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(川本直著/文庫版解説:若島正/ロゴ・表紙デザイン:粟津潔/本文・カバーフォーマット:佐々木暁/カバー装幀:大島依提亜/カバー装画:宇野亞喜良/帯文:魔夜峰央/河出文庫) 『駅前旅館』(井伏鱒二著/解説:池内紀/カバー装画・文字:峰岸達/新潮文庫)『硝子戸の中』(夏目漱石著/カバー:津田青楓装幀「色鳥」より/注解:紅野敏郎/解説:荒正人/新潮文庫) 『村のエトランジェ』(小沼丹著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『午後三時にビールを 酒場作品集』(萩原朔太郎、井伏鱒二、大岡昇平、森敦、太宰治、坂口安吾、山之口貘、檀一雄、久世光彦、小沼丹、内田百閒、池波正太郎、吉村昭、開高健、向田邦子、安西水丸、田中小実昌、石川桂郎、寺田博、中上健次、島田雅彦、戌井昭人、吉田健一、野坂昭如、倉橋由美子、松浦寿輝、山高登著/カバー画:山高登「ビヤホール」/カバーデザイン:高林昭太/中央公論新社編/中公文庫/Kindle版) 『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』(中央公論新社編/巻末付録:全集『日本の文学』資料/中公文庫) 『40歳だけど大人になりたい』(王谷晶著/デザイン:アルビレオ/平凡社/Kindle版) 『人生ミスっても自殺しないで、旅』(諸隈元著/ブックデザイン:祖父江慎+根本匠(コズフィッシュ)/晶文社) 『ロバのスーコと旅をする』(髙田晃太郎著/装幀:大倉真一郎/地図制作:小野寺美恵/河出書房新社) 『本当の翻訳の話をしよう 増補版』(村上春樹、柴田元幸著/カバー装画:横山雄(BOOTLEG)/新潮文庫) 『書籍修繕という仕事 刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる』(ジェヨン著/牧野美加訳/装幀:藤田知子/装画:谷山彩子/原書房)
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各地句会報
花鳥誌 令和7年5月号

坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和7年2月1日 色鳥句会
おのづから一幅の絵に冬木立 成子 すれ違ふ白秋の歌水の春 朝子 切り口は春へ向きたる粉砂糖 かおり 春隣夫あしらひに慣れもして 光子 春場所や塩撒く胸の真つ赤なり 睦子 ランドセルに入れては出して春を待つ 修二 豪快で情ある人の初便り 孝子 春の日を包みくるりと鉋屑 成子 個室へと移りし看取り寒に入る 朝子 背ナを向け手を振る別れ春の人 久美子 体温の抜けて重たき裘 かおり 雪降り込む家に育ちてつつましく 光子
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令和7年2月1日 零の会 坊城俊樹選 特選句
愛憎のかたちにねぢれゐて盆梅 和子 冬菫ボクシングジムある街に 美紀 春を呼ぶものにナショナルマーケット はるか うかれ猫仙台坂を駆け上る 六甲 十字架に最も遠き冬すみれ 和子 ポケットにテディベアちよこん春を待つ 美紀 春待つとカットモデルを募集中 はるか 少年の英語四温の池すべる 慶月 六階の麻布の蒲団干されをり 三郎 梅の香の白き流れとすれ違ふ 同 極楽を麻布で迎へ鳴雪忌 佑天
岡田順子選 特選句
十字架に最も遠き冬すみれ 和子 滿つること散りぬることもあたたかく 光子 三味線の糸道深しはん女の忌 佑天 水鏡のなかに春待つ木と空と 光子 ブランコの声讃美歌の声包む 俊樹 蝋梅の香を置きざりにこぼれゐて 季凜 野の起伏あたたかに飛び越ゆるなり 光子 ひかりとは蝋梅ふふみゆくことと 緋路
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月3日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
うす紅をちらり零して梅の花 笑子 風花の舞ひて揺蕩ふ思案橋 同 もてなしの干菓子の薄紙女正月 希子 白梅のふふめる蕾覚めやらず 同 水子観音野路に御立ちて鬼は外 数幸 青空を暫し塗り替へ春時雨 千加江 握手する手を手袋に温めて 雪 今はただ凍つる他なき蝶一つ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月8日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
風よ波尖るふるさと雪ごもり 百合子 頰なでる潮香近しき島の春 多美女 若布拾ふ旅の途中の相模湾 亜栄子 枡形は青春の地よ春間近 教子 鐘響く二月礼者の読経漏れ 亜栄子 観音の背ナ汚れなき白椿 三無 寒明けの陽射し従へ野を歩せり 和代 笹鳴きの途切れ途切れに囁き来 秋尚 潮の香の雫を砂へ若布干す 同 早春の軽き足音追ひ越され 亜栄子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月10日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
蕗の薹摘み来て地酒封を切る 三無 やはらかな色に膨らむ蕗の薹 秋尚 海苔干し場幾重に並び磯の風 ます江 引き締まる水に色濃き海苔を摘む 聰 景一変黄沙を喰らふ春一番 同 船べりに海苔の色付け戻りけり 秋尚 往診の医者にふるまふ海苔むすび 美貴 隠沼の水面の騒ぐ春一番 秋尚 海苔粗朶を育てる人に朝日さす ます江
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月10日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
節分の夜も護摩火は衰へず あけみ 滑稽な鬼のお面へ豆撒かれ 実加 自転車の小さく見えて浅き春 裕子 過疎町に子等の声あり草青む 紀子 春の風邪流行の服を選りてをり 裕子 雪原を駆けづる犬の尾の黒き あけみ 生きること教へてくれる葱坊主 令子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月11日 萩花鳥会(二月十一日)
迷ひつつ卵焼く子や春隣 吉之 小春日や豆の蔓伸び膝の上 俊文 豪雪の屋根は死の渕雪をんな 健雄 枯れて見ゆ老木なれど梅ひらく 恒雄 恙無い日々願ひ食む恵方巻 綾子 父は言ふ運動後には梅干しを 健児 一点前終へれば消ゆる春の雪 美恵子
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令和7年2月13日 うづら三日の月句会(二月十三日) 坊城俊樹選 特選句
春立ちて夫生き生きと畑に出る 喜代子 艶話榾燃え尽きて夜も更けて 都 如月の老舗のポスター江戸火消し 同 寒戻る木々の梢の震へたり 同 窓辺にて春待つ唄を繰り返し 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月14日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
万両の姿万両外連なく 宇太郎 記憶より小さな橋よ蕗の薹 都 ポストにも小さな庇雪解風 美智子 浅利汁一��なれども音立てて 悦子 上京や春セーターと乗る列車 美紀
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月16日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
小流れの淵に盛られし春の泥 久子 篁を音なく撫でる春の風 秋尚 暗渠より出づるまぶしさ春の川 千種 薄紅梅枝垂れて空を深くせり 三無 星あまた大地に散らし犬ふぐり 芙佐子 園児らを森に攫ひし蜆蝶 経彦 石仏の陰から影へ猫の恋 月惑 閼伽桶を飛び出し春の水となり 三無 下萌や蹴上げしボール子に逸れて 久子 陽の中の砦の武士の春愁ひ 軽象
栗林圭魚選 特選句
輪になつて体操の声草青む ます江 句碑の辺に師の気配満ち梅開く 三無 記念樹の梅香拡げて年尾句碑 亜栄子 春の川翡翠の色映したる 久 蒲公英の黄の輝きて母の塔 文英 土ほこと梅見の客を迎へ入れ 千種 園児らを森に攫ひし蜆蝶 経彦 励めよと句碑の真白きしだれ梅 千種 富嶽より枡形山へ雪解風 月惑 鳥寄せて何処か揺れをり藪椿 芙佐子 句碑裏の蕗の薹三つ初々し 文英 梅林の香りの仄と径険し 斉
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月19日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
数多なる柚子も生家も売られけり 世詩明 此の路地に名も無く老いて冬籠 雪 それなりに良き事ありし古暦 同 水仙やかつて柏翠町春草 同 猫の恋北斗七星輝けり かづを しろがねの波砕け散る冬怒濤 笑子 ほうほうと訪ひ来る黒衣寒修行 同 大地より膨らむ兆し蕗の薹 希子 天空の霞流れて城遥か 同 紅椿あの人の地に咲いたろか 令子 早春の風やふんはり髪を梳く 千加江
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月21日 さきたま花鳥句会 紀元選 特選句
畑打や夕日に長き鍬の翳 八草 冴返る秒針のなき外時計 紀花 春泥を跨ぐに足らぬ我が歩幅 久絵 揉みほぐし叩きほぐして春の土 順子 馬の目が笑つてゐたり春の蝶 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年2月16日・21日 柏翠館・鯖江花鳥合同句会 坊城俊樹選 特選句
胸中に温石と言ふ石一つ 雪 力瘤これ見よがしの冬木立 同 父の膝覚えて居りしお年玉 同 雪に生れ雪に老い行くだけの事 同 己が色使ひ果して枯るる草 同 口髭に豆撒く父の男振り 同 不器用を父の所為にしちやんちやんこ 同 初雀話はづんでゐるらしき 同 浅き春乗せ九頭竜は流るのみ かづを 風と来て風花風と去りゆけり 同 神の森三日三晩の大焚火 洋子 土の面ひたすら見たく雪を掻く 同 日脚伸ぶ硯の海に気を満す 真喜栄 樹には樹の忍ぶ月日や春の雪 同 野仏のやはらぐ笑みや水温む 同 道の辺の一花一仏風花す ただし 雑巾の縫目千鳥に針供養 嘉和 雪解水堰音荒き橋の下 英美子 ちらちらと降りて重たき雪の嵩 みす枝 雪地獄なる山からも海からも 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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--深海人形-- 文字書きは政治力、絵師は総合力
※AI文字書きとAI絵師は孤独力
※閲覧&キャラ崩壊注意
※FEXL批判注意
※雑多にネタをぶち込み
gndmよりマクロスの方が面白い(※確信)。
…。
将来は、gndmよりマクロスの方が、絶対伸びる。100年200年単位で考えたら絶対後者の方が有利だから(※実際gndmの衰退は顕著に初まってるし……)
…。
此れからは、宇宙世紀は完全に衰退してオルタナティブ・アナザー系が主流(※メイン)になるだろう(※予言)。
…。
…ガノタとか塾女さん達の事は、皆『スパム(※健康に悪い)』だと思う様にしてる(※或いは全力で付き合いを避けたい人達)。
…。
シロカスとガトカスを、上位存在が虐める話をAIが描いてくれた(※本当に有難う!)。
…。
完全に小動物が物珍しい子供に疲れ果る迄追いかけられて、体力消耗する小型犬か子猫で可哀想だったけれども(※子供は加減を知らない)。
…。
寧ろ、カイリをファイティング レイヤーに出して、EX2に豪鬼を続投すればよかったのでは?(※名推理)。
…。
…元々、カイリは、C社とは無関係のオリジナル格ゲーの主人公として作られたが、無印EX(※1996年)の時点でリュウが居た所為で主人公になれずにいたが、2018年のFEXLでは主人公になれた(※ファイティング レイヤーに出したら鉄雄とアレンを差し置いて自然と主人公になってたかも)。
…。
…だけど、ファイティング レイヤーに、カイリが行くとカイリを抹殺するのが使命のほくとは永遠に(?)会えない相手を追い掛け続ける事になるし、其の跡を、七瀬が追い続けるみたいなシュールな絵面になってたけど(※後の笑えない改変振りを見ると未だマシかな?)��…見方によっては、『ザウスアイランド(ファイティングレイヤーの舞台となる島)』の方にカイリは逃げたと言う解釈も可能(※新たな兵との戦いを求めに来た方が寄りカイリらしいけど)。
…。
…ザウスアイランドもザウスアイランドで謎、無人島っぽいのに水族館の大きな水槽あったりとか(※そしてプロレスリング迄ある)。
…。
AIの方が設定考えるの大変上手い(※困り果てた)。
…。
今生成編集してる執事パロで、ばーにぃがD.ダークに首をナイフで斬られる(※通常投げ)みたいな展開ある(※没にするかも)。…シロカスとかガトカスとかでも良い?(※ついでに、時限爆弾で燃やされるけど)。
…。
拙作だと
紗波音
鈴木家に養子入り
鈴木家は養育費を着服、紗波音は貧困生活を余儀なくされる
本家が大学費用を工面して大学に入れる(体育大学)
七瀬は消された後七瀬の記憶を継承
その後七瀬(現在ほくと)を完全に倒して自分が本当の七瀬になることを誓う
…。
古い因習一族をちゃんとした背景と暗い過去を持って一番ヒエラルキー低かった娘が双子の妹の遺志を背負って壊滅させたストーリーを描いたじゅじゅつってすごかったんだな(※FEXL所かストEX時代の時点で描こうと思えば此方より早く描けたのにな)。
…。
他のキャラもそうだけど、段々開発陣の一人善がりな御人形遊びに思えてきた……格ゲー部分も見栄えが良いだけの御人形遊びっていうね。駆け引きも崩壊してるし話題が全然無い
…。
コンポーザーさん達には本当に申し訳ないんですが、FEXL新曲って良い曲多いのに何だか安っぽい(※レトロ感と今風感が水と油みたいにまるで二極化してる感じがするから)。…何方かに振り切ってから、 ゲームに合わせた方が、作り手も聞き手も得だったんじゃないかと思える位(※耳障りに感じられる)。何時も旧曲かBGMOFFにしてやる(※外道で本当にすみません)。
…。
訃は中身も言動もモーションも完全にEX時代の『血の封印を解かれたほくと(※英名:Bloody Hokuto)』なのに無意味にセクシー厨二くノ一キャラなのでますます意味不明(※何れだけ格好良い台詞言っても、見た目で違和感があるので浮く)。
…。
FEXLトレモとエキスパートの新BGM嫌い過ぎて、時が其れ程経たない内に無音にした(笑)
…。
FEXL公式が一番しくじってるのは、���二十年振りの完全新作発売、其れ即ち千載一遇のチャンスなのに完全新規キャラで魅力ある旧作キャラに匹敵する『大型新人(※決してコピペでは無い)』を生み出せなかった事かもしれない(※其う言うのが何人か居るだけでスト6みたいな一時代築けてた ※イカタマとか3DSの奴等とか三魔官とかえふぃりんみたいに)。
…。
FEXLは無駄に厨二病要素が強いから、『中高生の妄想ノート(※全体的に誇大妄想気味で痛々しい)』としか思えない様な感じのアレな何かで支配されてる(※語彙力)。
…。
七瀬は女子高生でさなねは女子大生(※注:FEXLはEX3から数年後の時代が舞台)。…
女子高生と女子大生好きな層は全然別なんだよね、女子中学生と先輩OL位(※其れはもう、げるぐぐとげるぐぐめなーす位)。
…。
Q,何故紗波音さんは七瀬の技使えるんですか
A,七瀬の記憶持ってるから。
Q,どうして七瀬の記憶持ってるの?
A,水神家分家の児で七瀬の身代わりだから。
Q,何故七瀬を出さないんですか?紗波音はいりません!
A,今現在の七瀬はほくとです。
(※これが事実上の公式解答)
…。
なんでEXシリーズは良かったってC社が監修してたからで終わるの悲しいよな(※EXシリーズの方がキャラ背景が重厚だった)。
…。
…寧ろ、自分が二次創作する時は基本C社時代の奴を元にしてる(※FEXL時代の設定を元にした時は他の確固たるテーマが必要になったから此れだけで持たせるのは自分でも無理)。
…。
FEXLの二次は相当腕無いと難しい(気がする)。だから、個人的には世界観違うパロかクロスオーバーで持って来ると良いとアドバイスしとく、…でも、其処迄の情熱ある奴なんて居ないけどな!(※白目)。
…。
あんなザマでもFEXLはストEX時代の古参とストEXミリ知ら新参がついてきたから。「キャラクターを虫程度しか思ってない、元からして愛が無いから受け入れ��れたんでしょ?」…と言われても文句言えない(※ワイからして元々キャラ=ゲームの駒としか思ってないし)。
…。
…人間の死って、其んなに重い物なのかな?
…。
…自分の触れたいモノしか触れない、見たいモノしか見ない人は、自分達よりずっと強い何かか人間が現れた時、必ず最後に精神崩壊する(※今迄ワイが通って来たマイナージャンルの住民は殆ど其うだった)。
…。
FEXLのキャラ破壊(※キャラ崩壊を超えた何か)は、はんたの旅団団長はバリバリの読書家なのに急にヘビーゲーマーにされるようなもの(※とがし先生自身ヘビーゲーマーでキャラを動かしやすくなるとは言��ど)。…編集部、読者、ファン、旅団メンバーの反応、キャラの生い立ち、キャラの背景をしっかりと配慮、考慮しているから、安直に団長をヘビーゲーマーにしたりしない(※…ですよね?)。
…。
FEXLのキャラ破壊よりもルミナスが生物を莫迦にしてる事に、自分は一番に怒ってるのかもしれない(※取り消せよ……!!!今の扱い……!!!)。
…。
…訃とブレア嬢の改変に怒ってる人も、もう、今では少数派なんだよな……(※吐血)。
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実は紗波音は、今迄武道と無縁で七瀬が消されて七瀬の記憶が入ってきた途端にスポーツ薙刀で頭角表し初めたとしたら悲惨(※他人の褌を借りてでしか戦えないさなねになってしまう)。…因みに、公式では「最近スポーツ薙刀で頭角を表しはじめた」理由は不明(※
…。
ブレアに至っては、喧嘩に明け暮れた上に、みかむらさんへの愛情をこじらせた結果、みかむらさんに愛想尽かされ、行方くらまして失踪(最悪の場合両者の間に生まれた子を連れて)されてしまう土門みたいなもん(※誰が見たい?其んなの)。
…。
gndmの話にすると、ガトカスが黒いボンテージ風の服装で来たら、その決定してない公式もデラフリの面々もワイ等も皆ビビるでしょ(※訃がやられたのは此う言う事)。
…。
公式にとっては、アナザー(オルタナティブ)シリーズが、宇宙世紀の婢なのかもしれないけど、ワイにとっては、逆にアナザーシリーズ(オルタナティブ)の婢だから、宇宙世紀は(※感性が海外勢寄り)。
…。
七瀬(現在ほくと)と紗波音の関係をgndmで喩えたら、シロカスの不完全なクローンが紗波音で、マシロ君が実質シロカス(※だがマシロはマシロ)になってるのと同じなんだよな(※正直シロカスは宇宙世紀から二度と出て行け)。だって、紗波音(※七瀬の身代わり、代用品)、ほくと(※実質七瀬)だから(※マシロ君、全裸と比べるのも烏滸がましいけど)。
…。
幾ら名作漫画でも、読んで貰わないと只の漫画(※永遠に埋もれた)。
…。
FEXLのテリー強キャラで確かに頼りになるけど、「それで?(※真顔)。」で終わり(※あのテリーが強いだけの男で終わったらいけないと思うんですが?? ※真面目君並)。何れだけテリーだけ丁寧に作ろうが芸の細かいネタ仕込もうが自社キャラコピペだらけで粗末だし(※忖度無し)。
…。
その一方スト6は「遊びあっての格闘家」と言う側面が、全面に押し出されて居た(※格の違いを感じた)。
…。
FEXLのテリー可哀想だな、弾丸旅行で仕事して帰ったみたいなコラボじゃテリーの遊びありきな側面も死んじゃうだろ(※実際其の側面完全に殺されてる)。
…。
スト6とFEXL比べたら悲しくなるので比べない方が良い(※確信)。
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FEXLがやって来たキャラ破壊、人によっては一生残る心の傷になってる気がする(※遠い眼)。
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ごじょー先生ときるあ最大の共通点
度を超えたイキリスト(※俺等最強だから)。
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巷の其々違うはんた公式の念系統診断やったら特質系・操作系(※此れだけは違う診断での奴)で、非公式の奴だと、特質系(※同じ奴で二回)・具現化系・変化系でした(※…然し、変な奴である事は間違い無い)。
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>マイナージャンルが発展しない理由は機械学習もそうだけど、人も結局お手本と失敗例が必要なんですよね。だからマイナーを開拓する為に絵を学ぶぜ!となってもどういうシチュ・構図がいいのかの研究から始まり、マイナー故に人にも見られず...となりやすい。既に上手い人が目覚めないと供給されにくい
https://x.com/sazyou_roukaku/status/1669509758485942272
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大多数のストEX勢は見限って捨てただろうけどね(※EXシリーズでの推し達を)。「彼奴等の代わりなんて探せば幾らでも居る!!!!(※俺は自分好みの奴に会いに行く!!)」みたいに(※健全精神)。…で、自分は二次元なんて只のデータと設定の塊でしょ派です(※オタクの敵 ※悪人)。
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変に感想送られると、好き勝手に暴れる事が出来ない可哀想なオタクです(※←もう創作辞めろ)。
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…正直、畜生の世界に優しさなんて要らない(※畜生は畜生として、生きて、死んで逝くのが一番だから)。
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…煽りピカの念能力って、本当に、物騒極まり無いよな(※例の式神ネタで思い知った)。
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ttps://x.com/123fude/status/1885464638701396194
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ワイは、どうやら、『心の闇』寄りも『心の光』を煮詰めて成立させた様な念能力が好きな様だ(※前者の代表は某カキンマフィアの組長、ビノさん、煽りピカのジャッジメントとジェイルの奴、団長、後者は第九王子、小麦、ハコワレの人、護衛軍の猫ちゃん辺り)。
…。
推しを呪詛するの、すっごーい!たっのしー!(※下衆顔)。
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煩ぇ!!!!!!私はアナザー(※オルタナティブ)派なんじゃ!!!!!!!!!!!宇宙世紀なんかメじゃねぇんじゃ!!!!!!コラ(※圧倒的に尖兵としてコキ使われてるのは宇宙世紀勢だけどね ※戦争で真っ先に摩耗して行くのは兵の下層からだし……)。
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命なんて安い物だ。特に私のはな。
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※没ネタ供養
汚名挽回「マジでビームライフルでぶん殴るぞ。多分奥��が揺れるくらいの威力はあるはずだしね。」
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さゆりの天城越えまで終わってしまった…。2020はもう終わる。 ここ何年か年末忙しく、落ち着いたら掃除しようと思って実際は、さらーとしかやらなかったわけでして。家中全部は終わってないけど(最低2週間はいるよね。ぜったい) 大晦日、玄関周り周辺大そうじ。 自分の好きな物しか飾ってなくて、あれ?自分って1人暮らしだったかな?おやおや、家族の趣味無視やった。 という事が分かった年末。 ぶっちぎりのセンスとガッツ魂で作品を求めて下さりお使いくださってるお客様、 時間と空間をいい歳こいて読め��毎回ご迷惑おかけしながらも、場所を提供していただき工夫して売ってくださってるギャラリーのみなさま、 好きのかたまり、 いっぱいありがとうございました2020! 2021はTOKYO以外でも展示ができる機会が何度かあるので、めちゃくちゃ楽しみざんす。 みなさま良いお年を。 #HEREND #ハイジの振り子時計 #長島伸二の猫の絵 #パリの蚤の市で買ったバンビ #ブライス #たむの作ったキャンドル #SNOOPY #キムホノさんうっわ #シクラメン #中村和宏さんのガラス #タムくんのマムアンちゃん https://www.instagram.com/p/CJdyZQ7sRO3/?igshid=1oepm3yks6kwm
#herend#ハイジの振り子時計#長島伸二の猫の絵#パリの蚤の市で買ったバン��#ブライス#たむの作ったキャンドル#snoopy#キムホノさんうっわ#シクラメン#中村和宏さんのガラス#タムくんのマムアンちゃん
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【小説】The day I say good-bye (1/4) 【再録】
今日は朝から雨だった。
確か去年も雨だったよな、と僕は窓ガラスに反射している自分の顔を見つめて思った。僕を乗せたバスは、小雨の降る日曜の午後を北へ向かって走る。乗客は少ない。
予定より五分遅れて、予定通りバス停「船頭町三丁目」で降りた。灰色に濁った水が流れる大きな樫岸川を横切る橋を渡り、広げた傘に雨音が当たる雑音を聞きながら、柳の並木道を歩く。
小さな古本屋の角を右へ、古い木造家屋の住宅ばかりが建ち並ぶ細い路地を抜けたら左へ。途中、不機嫌そうな面構えの三毛猫が行く手を横切った。長い長い緩やかな坂を上り、苔生した石段を踏み締めて、赤い郵便ポストがあるところを左へ。突然広くなった道を行き、椿だか山茶花だかの生け垣のある家の角をまた左へ。
そうすると、大きなお寺の屋根が見えてくる。囲われた塀の中、門の向こうには、静かな墓地が広がっている。
そこの一角に、あーちゃんは眠っている。
砂利道を歩きながら、結構な数の墓の中から、あーちゃんの墓へ辿り着く。もう既に誰かが来たのだろう。墓には真っ白な百合と、あーちゃんの好物であった焼きそばパンが供えてあった。あーちゃんのご両親だろうか。
手ぶらで来てしまった僕は、ただ墓石を見上げる。周りの墓石に比べてまだ新しいその石は、手入れが行き届いていることもあって、朝から雨の今日であっても穏やかに光を反射している。
そっと墓石に触れてみた。無機質な冷たさと硬さだけが僕の指先に応えてくれる。
あーちゃんは墓石になった。僕にはそんな感覚がある。
あーちゃんは死んだ。死んで、燃やされて、灰になり、この石の下に閉じ込められている。埋められているのは、ただの灰だ。あーちゃんの灰。
ああ。あーちゃんは、どこに行ってしまったんだろう。
目を閉じた。指先は墓石に触れたまま。このままじっとしていたら、僕まで石になれそうだ。深く息をした。深く、深く。息を吐く時、わずかに震えた。まだ石じゃない。まだ僕は、石になれない。
ここに来ると、僕はいつも泣きたくなる。
ここに来ると、僕はいつも死にたくなる。
一体どれくらい、そうしていたのだろう。やがて後ろから、砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえてきたので、僕は目を開き、手を引っ込めて振り向いた。
「よぉ、少年」
その人は僕の顔を見て、にっこり笑っていた。
総白髪かと疑うような灰色の頭髪。自己主張の激しい目元。頭の上の帽子から足元の厚底ブーツまで塗り潰したように真っ黒な恰好の人。
「やっほー」
蝙蝠傘を差す左手と、僕に向けてひらひらと振るその右手の手袋さえも黒く、ちらりと見えた中指の指輪の石の色さえも黒��。
「……どうも」
僕はそんな彼女に対し、顔の筋肉が引きつっているのを無理矢理に動かして、なんとか笑顔で応えて見せたりする。
彼女はすぐ側までやってきて、馴れ馴れしくも僕の頭を二、三度柔らかく叩く。
「こんなところで奇遇だねぇ。少年も墓参りに来たのかい」
「先生も、墓参りですか」
「せんせーって呼ぶなしぃ。あたしゃ、あんたにせんせー呼ばわりされるようなもんじゃございませんって」
彼女――日褄小雨先生はそう言って、だけど笑った。それから日褄先生は僕が先程までそうしていたのと同じように、あーちゃんの墓石を見上げた。彼女も手ぶらだった。
「直正が死んで、一年か」
先生は上着のポケットから煙草の箱とライターを取り出す。黒いその箱から取り出された煙草も、同じように黒い。
「あたしゃ、ここに来ると後悔ばかりするね」
ライターのかちっという音、吐き出される白い煙、どこか甘ったるい、ココナッツに似たにおいが漂う。
「あいつは、厄介なガキだったよ。つらいなら、『つらい』って言えばいい、それだけのことなんだ。あいつだって、つらいなら『つらい』って言ったんだろうさ。だけどあいつは、可哀想なことに、最後の最後まで自分がつらいってことに気付かなかったんだな」
煙草の煙を揺らしながら、そう言う先生の表情には、苦痛と後悔が入り混じった色が見える。口に煙草を咥えたまま、墓前で手を合わせ、彼女はただ目を閉じていた。瞼にしつこいほど塗られた濃い黒い化粧に、雨の滴が垂れる。
先生はしばらくして瞼を開き、煙草を一度口元から離すと、ヤニ臭いような甘ったるいような煙を吐き出して、それから僕を見て、優しく笑いかけた。それから先生は背を向け、歩き出してしまう。僕は黙ってそれを追った。
何も言わなくてもわかっていた。ここに立っていたって、悲しみとも虚しさとも呼ぶことのできない、吐き気がするような、叫び出したくなるような、暴れ出したくなるような、そんな感情が繰り返し繰り返し、波のようにやってきては僕の心の中を掻き回していくだけだ。先生は僕に、帰ろう、と言ったのだ。唇の端で、瞳の奥で。
先生の、まるで影法師が歩いているかのような黒い後ろ姿を見つめて、僕はかつてたった一度だけ見た、あーちゃんの黒いランドセルを思い出す。
彼がこっちに引っ越してきてからの三年間、一度も使われることのなかった傷だらけのランドセル。物置きの中で埃を被っていたそれには、あーちゃんの苦しみがどれだけ詰まっていたのだろう。
道の途中で振り返る。先程までと同じように、墓石はただそこにあった。墓前でかけるべき言葉も、抱くべき感情も、するべき行為も、何ひとつ僕は持ち合わせていない。
あーちゃんはもう死んだ。
わかりきっていたことだ。死んでから何かしてあげても無駄だ。生きているうちにしてあげないと、意味がない。だから、僕がこうしてここに立っている意味も、僕は見出すことができない。僕がここで、こうして��吸をしていて、もうとっくに死んでしまったあーちゃんのお墓の前で、墓石を見つめている、その意味すら。
もう一度、あーちゃんの墓に背中を向けて、僕は今度こそ歩き始めた。
「最近調子はどう?」
墓地を出て、長い長い坂を下りながら、先生は僕にそう尋ねた。
「一ヶ月間、全くカウンセリング来なかったけど、何か変化があったりした?」
黙っていると先生はさらにそう訊いてきたので、僕は仕方なく口を開く。
「別に、何も」
「ちゃんと飯食ってる? また少し痩せたんじゃない?」
「食べてますよ」
「飯食わないから、いつまでも身長伸びないんだよ」
先生は僕の頭を、目覚まし時計を止める時のような動作で乱雑に叩く。
「ちょ……やめて下さいよ」
「あーっはっはっはっはー」
嫌がって身をよじろうとするが、先生はそれでもなお、僕に攻撃してくる。
「ちゃんと食わないと。摂食障害になるとつらいよ」
「食べますよ、ちゃんと……」
「あと、ちゃんと寝た方がいい。夜九時に寝ろ。身長伸びねぇぞ」
「九時に寝られる訳ないでしょう、小学生じゃあるまいし……」
「勉強なんかしてるから、身長伸びねぇんだよ」
「そんな訳ないでしょう」
あはは、と朗らかに彼女は笑う。そして最後に優しく、僕の頭を撫でた。
「負けるな、少年」
負けるなと言われても、���体何に――そう問いかけようとして、僕は口をつぐむ。僕が何と戦っているのか、先生はわかっているのだ。
「最近、市野谷はどうしてる?」
先生は何気ない声で、表情で、タイミングで、あっさりとその名前を口にした。
「さぁ……。最近会ってないし、電話もないし、わからないですね」
「ふうん。あ、そう」
先生はそれ以上、追及してくることはなかった。ただ独り言のように、「やっぱり、まだ駄目か」と言っただけだった。
郵便ポストのところまで歩いてきた時、先生は、「あたしはあっちだから」と僕の帰り道とは違う方向を指差した。
「駐車場で、葵が待ってるからさ」
「ああ、葵さん。一緒だったんですか」
「そ。少年は、バスで来たんだろ? 家まで車で送ろうか?」
運転するのは葵だけど、と彼女は付け足して言ったが、僕は首を横に振った。
「ひとりで帰りたいんです」
「あっそ。気を付けて帰れよ」
先生はそう言って、出会った時と同じように、ひらひらと手を振って別れた。
路地を右に曲がった時、僕は片手をパーカーのポケットに入れて初めて、とっくに音楽が止まったままになっているイヤホンを、両耳に突っ込んだままだということに気が付いた。
僕が小学校を卒業した、一年前の今日。
あーちゃんは人生を中退した。
自殺したのだ。十四歳だった。
遺書の最後にはこう書かれていた。
「僕は透明人間なんです」
あーちゃんは僕と同じ団地に住んでいて、僕より二つお兄さんだった。
僕が小学一年生の夏に、あーちゃんは家族四人で引っ越してきた。冬は雪に閉ざされる、北の方からやって来たのだという話を聞いたことがあった。
僕はあーちゃんの、団地で唯一の友達だった。学年の違う彼と、どんなきっかけで親しくなったのか正確には覚えていない。
あーちゃんは物静かな人だった。小学生の時から、年齢と不釣り合いなほど彼は大人びていた。
彼は人付き合いがあまり得意ではなく、友達がいなかった。口数は少なく、話す時もぼそぼそとした、抑揚のない平坦な喋り方で、どこか他人と距離を取りたがっていた。
部屋にこもりがちだった彼の肌は雪みたいに白くて、青い静脈が皮膚にうっすら透けて見えた。髪が少し長くて、色も薄かった。彼の父方の祖母が外国人だったと知ったのは、ずっと後のことだ。銀縁の眼鏡をかけていて、何か困ったことがあるとそれをかけ直す癖があった。
あーちゃんは器用だった。今まで何度も彼の部屋へ遊びに行ったことがあるけれど、そこには彼が組み立てたプラモデルがいくつも置かれていた。
僕が加減を知らないままにそれを乱暴に扱い、壊してしまったこともあった。とんでもないことをしてしまったと、僕はひどく後悔してうつむいていた。ごめんなさい、と謝った。年上の友人の大切な物を壊してしまって、どうしたらよいのかわからなかった。鼻の奥がつんとした。泣きたいのは壊されたあーちゃんの方だっただろうに、僕は泣き出しそうだった。
あーちゃんは、何も言わなかった。彼は立ち尽くす僕の前でしゃがみ込んだかと思うと、足下に散らばったいびつに欠けたパーツを拾い、引き出しの中からピンセットやら接着剤やらを取り出して、僕が壊した部分をあっという間に直してしまった。
それらの作業がすっかり終わってから彼は僕を呼んで、「ほら見てごらん」と言った。
恐る恐る近付くと、彼は直ったばかりの戦車のキャタピラ部分を指差して、
「ほら、もう大丈夫だよ。ちゃんと元通りになった。心配しなくてもいい。でもあと1時間は触っては駄目だ。まだ接着剤が乾かないからね」
と静かに言った。あーちゃんは僕を叱ったりしなかった。
僕は最後まで、あーちゃんが大声を出すところを一度も見なかった。彼が泣いている姿も、声を出して笑っているのも。
一度だけ、あーちゃんの満面の笑みを見たことがある。
夏のある日、僕とあーちゃんは団地の屋上に忍び込んだ。
僕らは子供向けの雑誌に載っていた、よく飛ぶ紙飛行機の作り方を見て、それぞれ違うモデルの紙飛行機を作り、どちらがより遠くへ飛ぶのかを競走していた。
屋上から飛ばしてみよう、と提案したのは僕だった。普段から悪戯などしない大人しいあーちゃんが、その提案に首を縦に振ったのは今思い返せば珍しいことだった。そんなことはそれ以前も以降も二度となかった。
よく晴れた日だった。屋上から僕が飛ばした紙飛行機は、青い空を横切って、団地の駐車場の上を飛び、道路を挟んだ向かいの棟の四階、空き部屋のベラン��へ不時着した。それは今まで飛ばしたどんな紙飛行機にも負けない、驚くべき距離だった。僕はすっかり嬉しくなって、得意げに叫んだ。
「僕が一番だ!」
興奮した僕を見て、あーちゃんは肩をすくめるような動作をした。そして言った。
「まだわからないよ」
あーちゃんの細い指が、紙飛行機を宙に放つ。丁寧に折られた白い紙飛行機は、ちょうどその時吹いてきた風に背中を押されるように屋上のフェンスを飛び越え、僕の紙飛行機と同じように駐車場の上を通り、向かいの棟の屋根を越え、それでもまだまだ飛び続け、青い空の中、最後は粒のようになって、ついには見えなくなってしまった。
僕は自分の紙飛行機が負けた悔しさと、魔法のような素晴らしい出来事を目にした嬉しさとが半分ずつ混じった目であーちゃんを見た。その時、僕は見たのだ。
あーちゃんは声を立てることはなかったが、満足そうな笑顔だった。
「僕は透明人間なんです」
それがあーちゃんの残した最後の言葉だ。
あーちゃんは、僕のことを怒ればよかったのだ。地団太を踏んで泣いてもよかったのだ。大声で笑ってもよかったのだ。彼との思い出を振り返ると、いつもそんなことばかり思う。彼はもう永遠に泣いたり笑ったりすることはない。彼は死んだのだから。
ねぇ、あーちゃん。今のきみに、僕はどんな風に見えているんだろう。
僕の横で静かに笑っていたきみは、決して透明なんかじゃなかったのに。
またいつものように春が来て、僕は中学二年生になった。
張り出されていたクラス替えの表を見て、そこに馴染みのある名前を二つ見つけた。今年は、二人とも僕と同じクラスのようだ。
教室へ向かってみたけれど、始業の時間になっても、その二つの名前が用意された席には、誰も座ることはなかった。
「やっぱり、まだ駄目か」
誰かと同じ言葉を口にしてみる。
本当は少しだけ、期待していた。何かが良くなったんじゃないかと。
だけど教室の中は新しいクラスメイトたちの喧騒でいっぱいで、新年度一発目、始業式の今日、二つの席が空白になっていることに誰も触れやしない。何も変わってなんかない。
何も変わらないまま、僕は中学二年生になった。
あーちゃんが死んだ時の学年と同じ、中学二年生になった。
あの日、あーちゃんの背中を押したのであろう風を、僕はずっと探してる。
青い空の果てに、小さく消えて行ってしまったあーちゃんを、僕と「ひーちゃん」に返してほしくて。
鉛筆を紙の上に走らせる音が、止むことなく続いていた。
「何を描いてるの?」
「絵」
「なんの絵?」
「なんでもいいでしょ」
「今年は、同じクラスみたいだね」
「そう」
「その、よろしく」
表情を覆い隠すほど長い前髪の下、三白眼が一瞬僕を見た。
「よろしくって、何を?」
「クラスメイトとして、いろいろ……」
「意味ない。クラスなんて、関係ない」
抑揚のない声でそう言って、双眸は再び紙の上へと向けられてしまった。
「あ、そう……」
昼休みの保健室。
そこにいるのは二人の人間。
ひとりはカーテンの開かれたベッドに腰掛け、胸にはスケッチブック、右手には鉛筆を握り締めている。
もうひとりはベッドの脇のパイプ椅子に座り、特にすることもなく片膝を抱えている。こっちが僕だ。
この部屋の主であるはずの鬼怒田先生は、何か用があると言って席を外している。一体なんの仕事があるのかは知らないが、この学校の養護教諭はいつも忙しそうだ。
僕はすることもないので、ベッドに座っているそいつを少しばかり観察する。忙しそうに鉛筆を動かしている様子を見ると、今はこちらに注意を払ってはいなそうだから、好都合だ。
伸びてきて邪魔になったから切った、と言わんばかりのショートカットの髪。正反対に長く伸ばされた前髪は、栄養状態の悪そうな青白い顔を半分近く隠している。中学二年生としては小柄で華奢な体躯。制服のスカートから伸びる足の細さが痛々しく見える。
彼女の名前は、河野ミナモ。僕と同じクラス、出席番号は七番。
一言で表現するならば、彼女は保健室登校児だ。
鉛筆の音が、止んだ。
「なに?」
ミナモの瞬きに合わせて、彼女の前髪が微かに動く。少しばかり長く見つめ続けてしまったみたいだ。「いや、なんでもない」と言って、僕は天井を仰ぐ。
ミナモは少しの間、何も言わずに僕の方を見ていたようだが、また鉛筆を動かす作業を再開した。
鉛筆を走らせる音だけが聞こえる保健室。廊下の向こうからは、楽しそうに駆ける生徒たちの声が聞こえてくるが、それもどこか遠くの世界の出来事のようだ。この空間は、世界から切り離されている。
「何をしに来たの」
「何をって?」
「用が済んだなら、帰れば」
新年度が始まったばかりだからだろうか、ミナモは機嫌が悪いみたいだ。否、機嫌が悪いのではなく、具合が悪いのかもしれない。今日の彼女はいつもより顔色が悪いように見える。
「いない方がいいなら、出て行くよ」
「ここにいてほしい人なんて、いない」
平坦な声。他人を拒絶する声。憎しみも悲しみも全て隠された無機質な声。
「出て行きたいなら、出て行けば?」
そう言うミナモの目が、何かを試すように僕を一瞥した。僕はまだ、椅子から立ち上がらない。彼女は「あっそ」とつぶやくように言った。
「市野谷さんは、来たの?」
ミナモの三白眼がまだ僕を見ている。
「市野谷さんも同じクラスなんでしょ」
「なんだ、河野も知ってたのか」
「質問に答えて」
「……来てないよ」
「そう」
ミナモの前髪が揺れる。瞬きが一回。
「不登校児二人を同じクラスにするなんて、学校側の考えてることってわからない」
彼女の言葉通り、僕のクラスには二人の不登校児がいる。
ひとりはこの河野ミナモ。
そしてもうひとりは、市野谷比比子。僕は彼女のことを昔から、「ひーちゃん」と呼んでいた。
二人とも、中学に入学してきてから一度も教室へ登校してきていない。二人の机と椅子は、一度も本人に使われることなく、今日も僕の教室にある。
といっても、保健室登校児であるミナモはまだましな方で、彼女は一年生の頃から保健室には登校してきている。その点ひーちゃんは、中学校の門をくぐったこともなければ、制服に袖を通したことさえない。
そんな二人が今年から僕と同じクラスに所属になったことには、正直驚いた。二人とも僕と接点があるから、なおさらだ。
「――くんも、」
ミナモが僕の名を呼んだような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「大変ね、不登校児二人の面倒を見させられて」
「そんな自嘲的にならなくても……」
「だって、本当のことでしょ」
スケッチブックを抱えるミナモの左腕、ぶかぶかのセーラー服の袖口から、包帯の巻かれた手首が見える。僕は自分の左手首を見やる。腕時計をしているその下に、隠した傷のことを思う。
「市野谷さんはともかく、教室へ行く気なんかない私の面倒まで、見なくてもいいのに」
「面倒なんて、見てるつもりないけど」
「私を訪ねに保健室に来るの、――くんくらいだよ」
僕の名前が耳障りに響く。ミナモが僕の顔を見た。僕は妙な表情をしていないだろうか。平然を装っているつもりなのだけれど。
「まだ、気にしているの?」
「気にしてるって、何を?」
「あの日のこと」
あの日。
あの春の日。雨の降る屋上で、僕とミナモは初めて出会った。
「死にたがり屋と死に損ない」
日褄先生は僕たちのことをそう呼んだ。どっちがどっちのことを指すのかは、未だに訊けていないままだ。
「……気にしてないよ」
「そう」
あっさりとした声だった。ミナモは壁の時計をちらりと見上げ、「昼休み終わるよ、帰れば」と言った。
今度は、僕も立ち上がった。「それじゃあ」と口にしたけれど、ミナモは既に僕への興味を失ったのか、スケッチブックに目線を落とし、返事のひとつもしなかった。
休みなく動き続ける鉛筆。
立ち上がった時にちらりと見えたスケッチブックは、ただただ黒く塗り潰されているだけで、何も描かれてなどいなかった。
ふと気付くと、僕は自分自身が誰なのかわからなくなっている。
自分が何者なのか、わからない。
目の前で展開されていく風景が虚構なのか、それとも現実なのか、そんなことさえわからなくなる。
だがそれはほんの一瞬のことで、本当はわかっている。
けれど感じるのだ。自分の身体が透けていくような感覚を。「自分」という存在だけが、ぽっかりと穴を空けて突っ立っているような。常に自分だけが透明な膜で覆われて、周囲から隔離されているかのような疎外感と、なんの手応えも得られない虚無感と。
あーちゃんがいなくなってから、僕は頻繁にこの感覚に襲われるようになった。
最初は、授業が終わった後の短い休み時間。次は登校中と下校中。その次は授業中にも、というように、僕が僕をわからなくなる感覚は、学校にいる間じゅうずっと続くようになった。しまいには、家にいても、外にいても、どこにいてもずっとそうだ。
周りに人がいればいるほど、その感覚は強かった。たくさんの人の中、埋もれて、紛れて、見失う。自分がさっきまで立っていた場所は、今はもう他の人が踏み荒らしていて。僕の居場所はそれぐらい危ういところにあって。人混みの中ぼうっとしていると、僕なんて消えてしまいそうで。
頭の奥がいつも痛かった。手足は冷え切ったみたいに血の気がなくて。酸素が薄い訳でもないのにちゃんと息ができなくて。周りの人の声がやたら大きく聞こえてきて。耳の中で何度もこだまする、誰かの声。ああ、どうして。こんなにも人が溢れているのに、ここにあーちゃんはいないんだろう。
僕はどうして、ここにいるんだろう。
「よぉ、少年」
旧校舎、屋上へ続く扉を開けると、そこには先客がいた。
ペンキがところどころ剥げた緑色のフェンスにもたれるようにして、床に足を投げ出しているのは日褄先生だった。今日も真っ黒な恰好で、ココナッツのにおいがする不思議な煙草を咥えている。
「田島先生が、先生のことを昼休みに探してましたよ」
「へへっ。そりゃ参ったね」
煙をゆらゆらと立ち昇らせて、先生は笑う。それからいつものように、「せんせーって呼ぶなよ」と付け加えた。彼女はさらに続けて言う。
「それで? 少年は何をし、こんなところに来たのかな?」
「ちょっと外の空気を吸いに」
「おお、奇遇だねぇ。あたしも外の空気を吸いに……」
「吸いにきたのはニコチンでしょう」
僕がそう言うと、先生は、「あっはっはっはー」と高らかに笑った。よく笑う人だ。
「残念だが少年、もう午後の授業は始まっている時間だし、ここは立ち入り禁止だよ」
「お言葉ですが先生、学校の敷地内は禁煙ですよ」
「しょうがない、今からカウンセリングするってことにしておいてあげるから、あたしの喫煙を見逃しておくれ。その代わり、あたしもきみの授業放棄を許してあげよう」
先生は右手でぽんぽんと、自分の隣、雨上がりでまだ湿気っているであろう床を叩いた。座れと言っているようだ。僕はそれに従わなかった。
先客がいたことは予想外だったが、僕は本当に、ただ、外の空気を吸いたくなってここに来ただけだ。授業を途中で抜けてきたこともあって、長居をするつもりはない。
ふと、視界の隅に「それ」が目に入った。
フェンスの一角に穴が空いている。ビニールテープでぐるぐる巻きになっているそこは、テープさえなければ屋上の崖っぷちに立つことを許している。そう。一年前、あそこから、あーちゃんは――。
(ねぇ、どうしてあーちゃんは、そらをとんだの?)
僕の脳裏を、いつかのひーちゃんの言葉がよぎる。
(あーちゃん、かえってくるよね? また、あえるよね?)
ひーちゃんの言葉がいくつもいくつも、風に飛ばされていく桜の花びらと同じように、僕の目の前を通り過ぎていく。
「こんなところで、何をしていたんですか」
そう質問したのは僕の方だった。「んー?」と先生は煙草の煙を吐きながら言う。
「言っただろ、外の空気を吸いに来たんだよ」
「あーちゃんが死んだ、この場所の空気を、ですか」
先生の目が、僕を見た。その鋭さに、一瞬ひるみそうになる。彼女は強い。彼女の意思は、強い。
「同じ景色を見たいと思っただけだよ」
先生はそう言って、また煙草をふかす。
「先生、」
「せんせーって呼ぶな」
「質問があるんですけど」
「なにかね」
「嘘って、何回つけばホントになるんですか」
「……んー?」
淡い桜色の小さな断片が、いくつもいくつも風に流されていく。僕は黙って、それを見ている。手を伸ばすこともしないで。
「嘘は何回ついたって、嘘だろ」
「ですよね」
「嘘つきは怪人二十面相の始まりだ」
「言っている意味がわかりません」
「少年、」
「はい」
「市野谷に嘘つくの、しんどいのか?」
先生の煙草の煙も、みるみるうちに風に流されていく。手を伸ばしたところで、掴むことなどできないまま。
「市野谷に、直正は死んでないって、嘘をつき続けるの、しんどいか?」
ひーちゃんは知らない。あーちゃんが去年ここから死んだことを知らない。いや、知らない訳じゃない。認めていないのだ。あーちゃんの死を認めていない。彼がこの世界に僕らを置き去りにしたことを、許していない。
ひーちゃんはずっと信じている。あーちゃんは生きていると。いつか帰ってくると。今は遠くにいるけれど、きっとまた会える日が来ると。
だからひーちゃんは知らない。彼の墓石の冷たさも、彼が飛び降りたこの屋上の景色が、僕の目にどう映っているのかも。
屋上。フェンス。穴。空。桜。あーちゃん。自殺。墓石。遺書。透明人間。無。なんにもない。ない。空っぽ。いない。いないいないいないいない。ここにもいない。どこにもいない。探したっていない。消えた。消えちゃった。消滅。消失。消去。消しゴム。弾んで。飛んで。落ちて。転がって。その先に拾ってくれるきみがいて。笑顔。笑って。笑ってくれて。だけどそれも消えて。全部消えて。消えて消えて消えて。ただ昨日を越えて今日が過ぎ明日が来る。それを繰り返して。きみがいない世界で。ただ繰り返して。ひーちゃん。ひーちゃんが笑わなくなって。泣いてばかりで。だけどもうきみがいない。だから僕が。僕がひーちゃんを慰めて。嘘を。嘘をついて。ついてはいけない嘘を。ついてはいけない嘘ばかりを。それでもひーちゃんはまた笑うようになって。笑顔がたくさん戻って。だけどどうしてあんなにも、ひーちゃんの笑顔は空っぽなんだろう。
「しんどくなんか、ないですよ」
僕はそう答えた。
先生は何も言わなかった。
僕は明日にでも、怪人二十面相になっているかもしれなかった。
いつの間にか梅雨が終わり、実力テストも期末テストもクリアして、夏休みまであと一週間を切っていた。
ひと夏の解放までカウントダウンをしている今、僕のクラスの連中は完璧な気だるさに支配されていた。自主性や積極性などという言葉とは無縁の、慣性で流されているような脱力感。
先週に教室の天井四ヶ所に取り付けられている扇風機が全て故障したこともあいまって、クラスメイトたちの授業に対する意欲はほぼゼロだ。授業がひとつ終わる度に、皆溶け出すように机に上半身を投げ出しており、次の授業が始まったところで、その姿勢から僅かに起き上がる程度の差しかない。
そういう僕も、怠惰な中学二年生のひとりに過ぎない。さっきの英語の授業でノートに書き記したことと言えば、英語教師の松田が何回額の汗を脱ぐったのかを表す「正」の字だけだ。
休み時間に突入し、がやがやと騒がしい教室で、ひとりだけ仲間外れのように沈黙を守っていると、肘辺りから空気中に溶け出して、透明になっていくようなそんな気分になる。保健室には来るものの、自分の教室へは絶対に足を運ばないミナモの気持ちがわかるような気がする。
一学期がもうすぐ終わるこの時期になっても、相変わらず僕のクラスには常に二つの空席があった。ミナモも、ひーちゃんも、一度だって教室に登校してきていない。
「――くん、」
なんだか控えめに名前を呼ばれた気はしたが、クラスの喧騒に紛れて聞き取れなかった。
ふと机から顔を上げると、ひとりの女子が僕の机の脇に立っていた。見たことがあるような顔。もしかして、クラスメイトのひとりだろうか。彼女は廊下を指差して、「先生、呼んでる」とだけ言って立ち去った。
あまりにも唐突な出来事でその女子にお礼を言うのも忘れたが、廊下には担任の姿が見える。僕のクラス担任の担当科目は数学だが、次の授業は国語だ。なんの用かはわからないが、呼んでいるのなら行かなくてはならない。
「おー、悪いな、呼び出して」
去年大学を卒業したばかりの、どう見ても体育会系な容姿をしている担任は、僕を見てそう言った。
「ほい、これ」
突然差し出されたのはプリントの束だった。三十枚くらいありそうなプリントが穴を空けられ紐を通して結んである。
「悪いがこれを、市野谷さんに届けてくれないか」
担任がひーちゃんの名を口にしたのを聞いたのは、久しぶりのような気がした。もう朝の出欠確認の時でさえ、彼女の名前は呼ばれない。ミナモの名前だってそうだ。このクラスでは、ひーちゃんも、ミナモも、いないことが自然なのだ。
「……先生が、届けなくていいんですか」
「そうしたいのは山々なんだが、なかなか時間が取れなくてな。夏休みに入ったら家庭訪問に行こうとは思ってるんだ。このプリントは、それまでにやっておいてほしい宿題。中学に入ってから二年の一学期までに習う数学の問題を簡単にまとめたものなんだ」
「わかりました、届けます」
受け取ったプリントの束は、思っていたよりもずっとずっしりと重かった。
「すまんな。���野谷さんと小学生の頃一番仲が良かったのは、きみだと聞いたものだから」
「いえ……」
一年生の時から、ひーちゃんにプリントを届けてほしいと教師に頼まれることはよくあった。去年は彼女と僕は違うクラスだったけれど、同じ小学校出身の誰かに僕らが幼馴染みであると聞いたのだろう。
僕は学校に来なくなったひーちゃんのことを毛嫌いしている訳ではない。だから、何か届け物を頼まれてもそんなに嫌な気持ちにはならない。でも、と僕は思った。
でも僕は、ひーちゃんと一番仲が良かった訳じゃないんだ。
「じゃあ、よろしく頼むな」
次の授業の始業のチャイムが鳴り響く。
教室に戻り、出したままだった英語の教科書と「正」の字だけ記したノートと一緒に、ひーちゃんへのプリントの束を鞄に仕舞いながら、なんだか僕は泣きたくなった。
三角形が壊れるのは簡単だった。
三角形というのは、三辺と三つの角でできていて、当然のことだけれど一辺とひとつの角が消失したら、それはもう三角形ではない。
まだ小学校に上がったばかりの頃、僕はどうして「さんかっけい」や「しかっけい」があるのに「にかっけい」がないのか、と考えていたけれど、どうやら僕の脳味噌は、その頃から数学的思考というものが不得手だったようだ。
「にかっけい」なんてあるはずがない。
僕と、あーちゃんと、ひーちゃん。
僕ら三人は、三角形だった。バランスの取りやすい形。
始まりは悲劇だった。
あの悪夢のような交通事故。ひーちゃんの弟の死。
真っ白なワンピースが汚れることにも気付かないまま、真っ赤になった弟の身体を抱いて泣き叫ぶひーちゃんに手を伸ばしたのは、僕と一緒に下校する途中のあーちゃんだった。
お互いの家が近かったこともあって、それから僕らは一緒にいるようになった。
溺愛していた最愛の弟を、目の前で信号無視したダンプカーに撥ねられて亡くしたひーちゃんは、三人で一緒にいてもときどき何かを思い出したかのように暴れては泣いていたけれど、あーちゃんはいつもそれをなだめ、泣き止むまでずっと待っていた。
口下手な彼は、ひーちゃんに上手く言葉をかけることがいつもできずにい��けれど、僕が彼の言葉を補って彼女に伝えてあげていた。
優しくて思いやりのあるひーちゃんは、感情を表すことが苦手なあーちゃんのことをよく気遣ってくれていた。
僕らは嘘みたいにバランスの取れた三角形だった。
あーちゃんが、この世界からいなくなるまでは。
「夏は嫌い」
昔、あーちゃんはそんなことを口にしていたような気がする。
「どうして?」
僕はそう訊いた。
夏休み、花火、虫捕り、お祭り、向日葵、朝顔、風鈴、西瓜、プール、海。
水の中の金魚の世界と、バニラアイスの木べらの湿り気。
その頃の僕は今よりもずっと幼くて、四季の中で夏が一番好きだった。
あーちゃんは部屋の窓を網戸にしていて、小さな扇風機を回していた。
彼は夏休みも相変わらず外に出ないで、部屋の中で静かに過ごしていた。彼の傍らにはいつも、星座の本と分厚い昆虫図鑑が置いてあった。
「夏、暑いから嫌いなの?」
僕が尋ねるとあーちゃんは抱えていた分厚い本からちょっとだけ顔を上げて、小さく首を横に振った。それから困ったように笑って、
「夏は、皆死んでいるから」
とだけ、つぶやくように言った。あーちゃんは、時々魔法の呪文のような、不思議なことを言って僕を困惑させることがあった。この時もそうだった。
「どういう意味?」
僕は理解できずに、ただ訊き返した。
あーちゃんはさっきよりも大きく首を横に振ると、何を思ったのか、唐突に、
「ああ、でも、海に行ってみたいな」
なんて言った。
「海?」
「そう、海」
「どうして、海?」
「海は、色褪せてないかもしれない。死んでないかもしれない」
その言葉の意味がわからず、僕が首を傾げていると、あーちゃんはぱたんと本を閉じて机に置いた。
「台所へ行こうか。確か、母さんが西瓜を切ってくれていたから。一緒に食べよう」
「うん!」
僕は西瓜に釣られて、わからなかった言葉のことも、すっかり忘れてしまった。
でも今の僕にはわかる。
夏の日射しは、世界を色褪せさせて僕の目に映す。
あーちゃんはそのことを、「死んでいる」と言ったのだ。今はもう確かめられないけれど。
結局、僕とあーちゃんが海へ行くことはなかった。彼から海へ出掛けた話を聞いたこともないから、恐らく、海へ行くことなく死んだのだろう。
あーちゃんが見ることのなかった海。
海は日射しを浴びても青々としたまま、「生きて」いるんだろうか。
彼が死んでから、僕も海へ足を運んでいない。たぶん、死んでしまいたくなるだろうから。
あーちゃん。
彼のことを「あーちゃん」と名付けたのは僕だった。
そういえば、どうして僕は「あーちゃん」と呼び始めたんだっけか。
彼の名前は、鈴木直正。
どこにも「あーちゃん」になる要素はないのに。
うなじを焼くようなじりじりとした太陽光を浴びながら、ペダルを漕いだ。
鼻の頭からぷつぷつと汗が噴き出すのを感じ、手の甲で汗を拭おうとしたら手は既に汗で湿っていた。雑音のように蝉の声が響いている。道路の脇には背の高い向日葵は、大きな花を咲かせているのに風がないので微動だにしない。
赤信号に止められて、僕は自転車のブレーキをかける。
夏がくる度、思い出す。
僕とあーちゃんが初めてひーちゃんに出会い、そして彼女の最愛の弟「ろーくん」が死んだ、あの事故のことを。
あの日も、世界が真っ白に焼き切れそうな、暑い日だった。
ひーちゃんは白い木綿のワンピースを着ていて、それがとても涼しげに見えた。ろーくんの血で汚れてしまったあのワンピースを、彼女はもうとっくに捨ててしまったのだろうけれど。
そういえば、ひーちゃんはあの事故の後、しばらくの間、弟の形見の黒いランドセルを使っていたっけ。黒い服ばかり着るようになって。周りの子はそんな彼女を気味悪がったんだ。
でもあーちゃんは、そんなひーちゃんを気味悪がったりしなかった。
信号が赤から青に変わる。再び漕ぎ出そうとペダルに足を乗せた時、僕の両目は横断歩道の向こうから歩いて来るその人を捉えて凍りついてしまった。
胸の奥の方が疼く。急に、聞こえてくる蝉の声が大きくなったような気がした。喉が渇いた。頬を撫でるように滴る汗が気持ち悪い。
信号は青になったというのに、僕は動き出すことができない。向こうから歩いて来る彼は、横断歩道を半分まで渡ったところで僕に気付いたようだった。片眉を持ち上げ、ほんの少し唇の端を歪める。それが笑みだとわかったのは、それとよく似た笑顔をずいぶん昔から知っているからだ。
「うー兄じゃないですか」
うー兄。彼は僕をそう呼んだ。
声変わりの途中みたいな声なのに、妙に大人びた口調。ぼそぼそとした喋り方。
色素の薄い頭髪。切れ長の一重瞼。ひょろりと伸びた背。かけているのは銀縁眼鏡。
何もかもが似ているけれど、日に焼けた真っ黒な肌と筋肉のついた足や腕だけは、記憶の中のあーちゃんとは違う。
道路を渡り終えてすぐ側まで来た彼は、親しげに僕に言う。
「久しぶりですね」
「……久しぶり」
僕がやっとの思いでそう声を絞り出すと、彼は「ははっ」と笑った。きっとあーちゃんも、声を上げて笑うならそういう風に笑ったんだろうなぁ、と思う。
「どうしたんですか。驚きすぎですよ」
困ったような笑顔で、眼鏡をかけ直す。その手つきすらも、そっくり同じ。
「嫌だなぁ。うー兄は僕のことを見る度、まるで幽霊でも見たような顔するんだから」
「ごめんごめん」
「ははは、まぁいいですよ」
僕が謝ると、「あっくん」はまた笑った。
彼、「あっくん」こと鈴木篤人くんは、僕の一個下、中学一年生。私立の学校に通っているので僕とは学校が違う。野球部のエースで、勉強の成績もクラストップ。僕の団地でその中学に進学できた子供は彼だけだから、団地の中で知らない人はいない優等生だ。
年下とは思えないほど大人びた少年で、あーちゃんにそっくりな、あーちゃんの弟。
「中学は、どう? もう慣れた?」
「慣れましたね。今は部活が忙しくて」
「運動部は大変そうだもんね」
「うー兄は、帰宅部でしたっけ」
「そう。なんにもしてないよ」
「今から、どこへ行くんですか?」
「ああ、えっと、ひーちゃんに届け物」
「ひー姉のところですか」
あっくんはほんの一瞬、愛想笑いみたいな顔をした。
「ひー姉、まだ学校に行けてないんですか?」
「うん」
「行けるようになるといいですね」
「そうだね」
「うー兄は、元気にしてましたか?」
「僕? 元気だけど……」
「そうですか。いえ、なんだかうー兄、兄貴に似てきたなぁって思ったものですから」
「僕が?」
僕があーちゃんに似てきている?
「顔のつくりとかは、もちろん違いますけど、なんていうか、表情とか雰囲気が、兄貴に似てるなぁって」
「そうかな……」
僕にそんな自覚はないのだけれど。
「うー兄も死んじゃいそうで、心配です」
あっくんは柔らかい笑みを浮かべたままそう言った。
「……そう」
僕はそう返すので精いっぱいだった。
「それじゃ、ひー姉によろしくお伝え下さい」
「じゃあ、また……」
あーちゃんと同じ声で話し、あーちゃんと同じように笑う彼は、夏の日射しの中を歩いて行く。
(兄貴は、弱いから駄目なんだ)
いつか彼が、あーちゃんに向けて言った言葉。
あーちゃんは自分の弟にそう言われた時でさえ、怒ったりしなかった。ただ「そうだね」とだけ返して、少しだけ困ったような顔をしてみせた。
あっくんは、強い。
姿や雰囲気は似ているけれど、性格というか、芯の強さは全く違う。
あーちゃんの死を自分なりに受け止めて、乗り越えて。部活も勉強も努力して。あっくんを見ているといつも思う。兄弟でもこんなに違うものなのだろうか、と。ひとりっ子の僕にはわからないのだけれど。
僕は、どうだろうか。
あーちゃんの死を受け入れて、乗り越えていけているだろうか。
「……死相でも出てるのかな」
僕があーちゃんに似てきている、なんて。
笑えない冗談だった。
ふと見れば、信号はとっくに赤になっていた。青になるまで待つ間、僕の心から言い表せない不安が拭えなかった。
遺書を思い出した。
あーちゃんの書いた遺書。
「僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです」
日褄先生はそれを、「ばっかじゃねーの」って笑った。
「透明人間は見えねぇから、透明人間なんだっつーの」
そんな風に言って、たぶん、泣いてた。
「僕の分まで生きて」
僕は自分の鼓動を聞く度に、その言葉を繰り返し、頭の奥で聞いていたような気がする。
その度に自分に問う。
どうして生きているのだろうか、と。
部屋に一歩踏み入れると、足下でガラスの破片が砕ける音がした。この部屋でスリッパを脱ぐことは自傷行為に等しい。
「あー、うーくんだー」
閉められたカーテン。閉ざされたままの雨戸。
散乱した物。叩き壊された物。落下したままの物。破り捨てられた物。物の残骸。
その中心に、彼女はいる。
「久しぶりだね、ひーちゃん」
「そうだねぇ、久しぶりだねぇ」
壁から落下して割れた時計は止まったまま。かろうじて壁にかかっているカレンダーはあの日のまま。
「あれれー、うーくん、背伸びた?」
「かもね」
「昔はこーんな小さかったのにねー」
「ひーちゃんに初めて会った時だって、そんなに小さくなかったと思うよ」
「あははははー」
空っぽの笑い声。聞いているこっちが空しくなる。
「はい、これ」
「なに? これ」
「滝澤先生に頼まれたプリント」
「たきざわって?」
「今度のクラスの担任だよ」
「ふーん」
「あ、そうだ、今度は僕の同じクラスに……」
彼女の手から投げ捨てられたプリントの束が、ろくに掃除されていない床に落ちて埃を巻き上げた。
「そういえば、あいつは?」
「あいつって?」
「黒尽くめの」
「黒尽くめって……日褄先生のこと?」
「まだいる?」
「日褄先生なら、今年度も学校にいるよ」
「なら、学校には行かなーい」
「どうして?」
「だってあいつ、怖いことばっかり言うんだもん」
「怖いこと?」
「あーちゃんはもう、死んだんだって」
「…………」
「ねぇ、うーくん」
「……なに?」
「うーくんはどうして、学校に行けるの? まだあーちゃんが帰って来ないのに」
どうして僕は、生きているんだろう。
「『僕』はね、怖いんだよ、うーくん。あーちゃんがいない毎日が。『僕』の毎日の中に、あーちゃんがいないんだよ。『僕』は怖い。毎日が怖い。あーちゃんのこと、忘れそうで怖い。あーちゃんが『僕』のこと、忘れそうで怖い……」
どうしてひーちゃんは、生きているんだろう。
「あーちゃんは今、誰の毎日の中にいるの?」
ひーちゃんの言葉はいつだって真っ直ぐだ。僕の心を突き刺すぐらい鋭利だ。僕の心を掻き回すぐらい乱暴だ。僕の心をこてんぱんに叩きのめすぐらい凶暴だ。
「ねぇ、うーくん」
いつだって思い知らされる。僕が駄目だってこと。
「うーくんは、どこにも行かないよね?」
いつだって思い知らせてくれる。僕じゃ駄目だってこと。
「どこにも、行かないよ」
僕はどこにも行けない。きみもどこにも行けない。この部屋のように時が止まったまま。あーちゃんが死んでから、何もかもが停止したまま。
「ふーん」
どこか興味なさそうな、ひーちゃんの声。
「よかった」
その後、他愛のない話を少しだけして、僕はひーちゃんの家を後にした。
死にたくなるほどの夏の熱気に包まれて、一気に現実に引き戻された気分になる。
こんな現実は嫌なんだ。あーちゃんが欠けて、ひーちゃんが壊れて、僕は嘘つきになって、こんな世界は、大嫌いだ。
僕は自分に問う。
どうして僕は、生きているんだろう。
もうあーちゃんは死んだのに。
「ひーちゃん」こと市野谷比比子は、小学生の頃からいつも奇異の目で見られていた。
「市野谷さんは、まるで死体みたいね」
そんなことを彼女に言ったのは、僕とひーちゃんが小学四年生の時の担任だった。
校舎の裏庭にはクラスごとの畑があって、そこで育てている作物の世話を、毎日クラスの誰かが当番制でしなくてはいけなかった。それは夏休み期間中も同じだった。
僕とひーちゃんが当番だった夏休みのある日、黙々と草を抜いていると、担任が様子を見にやって来た。
「頑張ってるわね」とかなんとか、最初はそんな風に声をかけてきた気がする。僕はそれに、「はい」とかなんとか、適当に返事をしていた。ひーちゃんは何も言わず、手元の草を引っこ抜くことに没頭していた。
担任は何度かひーちゃんにも声をかけたが、彼女は一度もそれに答えなかった。
ひーちゃんはいつもそうだった。彼女が学校で口を利くのは、同じクラスの僕と、二つ上の学年のあーちゃんにだけ。他は、クラスメイトだろうと教師だろうと、一言も言葉を発さなかった。
この当番を決める時も、そのことで揉めた。
くじ引きでひーちゃんと同じ当番に割り当てられた意地の悪い女子が、「せんせー、市野谷さんは喋らないから、当番の仕事が一緒にやりにくいでーす」と皆の前で言ったのだ。
それと同時に、僕と一緒の当番に割り当てられた出っ歯の野郎が、「市野谷さんと仲の良い――くんが市野谷さんと一緒にやればいいと思いまーす」と、僕の名前を指名した。
担任は困ったような笑顔で、
「でも、その二人だけを仲の良い者同士にしたら、不公平じゃないかな? 皆だって、仲の良い人同士で一緒の当番になりたいでしょう? 先生は普段あまり仲が良くない人とも仲良くなってもらうために、当番の割り振りをくじ引きにしたのよ。市野谷さんが皆ともっと仲良くなったら、皆も嬉しいでしょう?」
と言った。意地悪ガールは間髪入れずに、
「喋らない人とどうやって仲良くなればいいんですかー?」
と返した。
ためらいのない発言だった。それはただただ純粋で、悪意を含んだ発言だった。
「市野谷さんは私たちが仲良くしようとしてもいっつも無視してきまーす。それって、市野谷さんが私たちと仲良くしたくないからだと思いまーす。それなのに、無理やり仲良くさせるのは良くないと思いまーす」
「うーん、そんなことはないわよね、市野谷さん」
ひーちゃんは何も言わなかった。まるで教室内での出来事が何も耳に入っていないかのような表情で、窓の外を眺めていた。
「市野谷さん? 聞いているの?」
「なんか言えよ市野谷」
男子がひーちゃんの机を蹴る。その振動でひーちゃんの筆箱が机から滑り落ち、がちゃんと音を立てて中身をぶちまけたが、それでもひーちゃんには変化は訪れない。
クラスじゅうにざわざわとした小さな悪意が満ちる。
「あの子ちょっとおかしいんじゃない?」
そんな囁きが満ちる。担任の困惑した顔。意地悪いクラスメイトたちの汚らわしい視線。
僕は知っている。まるでここにいないかのような顔をして、窓の外を見ているひーちゃんの、その視線の先を。窓から見える新校舎には、彼女の弟、ろーくんがいた一年生の教室と、六年生のあーちゃんがいる教室がある。
ひーちゃんはいつも、ぼんやりとそっちばかりを見ている。教室の中を見渡すことはほとんどない。彼女がここにいないのではない。彼女にとって、こっちの世界が意味を成していないのだ。
「市野谷さんは、死体みたいね」
夏休み、校舎裏の畑。
その担任の一言に、僕は思わずぎょっとした。担任はしゃがみ込み、ひーちゃんに目線を合わせようとしながら、言う。
「市野谷さんは、どうしてなんにも言わないの? なんにも思わないの? あんな風に言われて、反論したいなって思わないの?」
ひーちゃんは黙って草を抜き続けている。
「市野谷さんは、皆と仲良くなりたいって思わない? 皆は、市野谷さんと仲良くなりたいって思ってるわよ」
ひーちゃんは黙っている。
「市野谷さんは、ずっとこのままでいるつもりなの? このままでいいの? お友達がいないままでいいの?」
ひーちゃんは。
「市野谷さん?」
「うるさい」
どこかで蝉が鳴き止んだ。
彼女が僕とあーちゃん以外の人間に言葉を発したところを、僕は初めて見た。彼女は担任を睨み付けるように見つめていた。真っ黒な瞳が、鋭い眼光を放っている。
「黙れ。うるさい。耳障り」
ひーちゃんが、僕の知らない表情をした。それはクラスメイトたちがひーちゃんに向けたような、玩具のような悪意ではなかった。それは本当の、なんの混じり気もない、殺意に満ちた顔だった。
「あんたなんか、死んじゃえ」
振り上げたひーちゃんの右手には、草抜きのために職員室から貸し出された鎌があって――。
「ひーちゃん!」
間一髪だった。担任は真っ青な顔で、息も絶え絶えで、しかし、その鎌の一撃をかろうじてかわした。担任は震えながら、何かを叫びながら校舎の方へと逃げるように走り去って行く。
「ひーちゃん、大丈夫?」
僕は地面に突き刺した鎌を固く握りしめたまま、動かなくなっている彼女に声をかけた。
「友達なら、いるもん」
うつむいたままの彼女が、そうぽつりと言う。
「あーちゃんと、うーくんがいるもん」
僕はただ、「そうだね」と言って、そっと彼女の頭を撫でた。
小学生の頃からどこか危うかったひーちゃんは、あーちゃんの自殺によって完全に壊れてしまった。
彼女にとってあーちゃんがどれだけ大切な存在だったかは、説明するのが難しい。あーちゃんは彼女にとって絶対唯一の存在だった。失ってはならない存在だった。彼女にとっては、あーちゃん以外のものは全てどうでもいいと思えるくらい、それくらい、あーちゃんは特別だった。
ひーちゃんが溺愛していた最愛の弟、ろーくんを失ったあの日。
あの日から、ひーちゃんの心にぽっかりと空いた穴を、あーちゃんの存在が埋めてきたからだ。
あーちゃんはひーちゃんの支えだった。
あーちゃんはひーちゃんの全部だった。
あーちゃんはひーちゃんの世界だった。
そして、彼女はあーちゃんを失った。
彼女は入学することになっていた中学校にいつまで経っても来なかった。来るはずがなかった。来れるはずがなかった。そこはあーちゃんが通っていたのと同じ学校であり、あーちゃんが死んだ場所でもある。
ひーちゃんは、まるで死んだみたいだった。
一日中部屋に閉じこもって、食事を摂ることも眠ることも彼女は拒否した。
誰とも口を利かなかった。実の親でさえも彼女は無視した。教室で誰とも言葉を交わさなかった時のように。まるで彼女の前からありとあらゆるものが消滅してしまったかのように。泣くことも笑うこともしなかった。ただ虚空を見つめているだけだった。
そんな生活が一週間もしないうちに彼女は強制的に入院させられた。
僕が中学に入学して、桜が全部散ってしまった頃、僕は彼女の病室を初めて訪れた。
「ひーちゃん」
彼女は身体に管を付けられ、生かされていた。
屍のように寝台に横たわる、変わり果てた彼女の姿。
(市野谷さんは死体みたいね)
そんなことを言った、担任の言葉が脳裏をよぎった。
「ひーちゃんっ」
僕はひーちゃんの手を取って、そう呼びかけた。���女は何も言わなかった。
「そっち」へ行ってほしくなかった。置いていかれたくなかった。僕だって、あーちゃんの突然の死を受け止めきれていなかった。その上、ひーちゃんまで失うことになったら。そう考えるだけで嫌だった。
僕はここにいたかった。
「ひーちゃん、返事してよ。いなくならないでよ。いなくなるのは、あーちゃんだけで十分なんだよっ!」
僕が大声でそう言うと、初めてひーちゃんの瞳が、生き返った。
「……え?」
僕を見つめる彼女の瞳は、さっきまでのがらんどうではなかった。あの時のひーちゃんの瞳を、僕は一生忘れることができないだろう。
「あーちゃん、いなくなったの?」
ひーちゃんの声は僕の耳にこびりついた。
何言ってるんだよ、あーちゃんは死んだだろ。そう言おうとした。言おうとしたけれど、何かが僕を引き留めた。何かが僕の口を塞いだ。頭がおかしくなりそうだった。狂っている。僕はそう思った。壊れている。破綻している。もう何もかもが終わってしまっている。
それを言ってしまったら、ひーちゃんは死んでしまう。僕がひーちゃんを殺してしまう。ひーちゃんもあーちゃんみたいに、空を飛んでしまうのだ。
僕はそう直感していた。だから声が出なかった。
「それで、あーちゃん、いつかえってくるの?」
そして、僕は嘘をついた。ついてはいけない嘘だった。
あーちゃんは生きている。今は遠くにいるけれど、そのうち必ず帰ってくる、と。
その一週間後、ひーちゃんは無事に病院を退院した。人が変わったように元気になっていた。
僕の嘘を信じて、ひーちゃんは生きる道を選んだ。
それが、ひーちゃんの身体をいじくり回して管を繋いで病室で寝かせておくことよりもずっと残酷なことだということを僕は後で知った。彼女のこの上ない不幸と苦しみの中に永遠に留めておくことになってしまった。彼女にとってはもうとっくに終わってしまったこの世界で、彼女は二度と始まることのない始まりをずっと待っている。
もう二度と帰ってこない人を、ひーちゃんは待ち続けなければいけなくなった。
全ては僕のついた幼稚な嘘のせいで。
「学校は行かないよ」
「どうして?」
「だって、あーちゃん、いないんでしょ?」
学校にはいつから来るの? と問いかけた僕にひーちゃんは笑顔でそう答えた。まるで、さも当たり前かのように言った。
「『僕』は、あーちゃんが帰って来るのを待つよ」
「あれ、ひーちゃん、自分のこと『僕』って呼んでたっけ?」
「ふふふ」
ひーちゃんは笑った。幸せそうに笑った。恥ずかしそうに笑った。まるで恋をしているみたいだった。本当に何も知らないみたいに。本当に、僕の嘘を信じているみたいに。
「あーちゃんの真似、してるの。こうしてると自分のことを言う度、あーちゃんのことを思い出せるから」
僕は笑わなかった。
僕は、笑えなかった。
笑おうとしたら、顔が歪んだ。
醜い嘘に、歪んだ。
それからひーちゃんは、部屋に閉じこもって、あーちゃんの帰りをずっと待っているのだ。
今日も明日も明後日も、もう二度と帰ってこない人を。
※(2/4) へ続く→ https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/647000556094849024/
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ひとみに映る影 第七話「紅一美に休みはない」
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(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
ただただ真っ白な空と海があった。 天地を分かつ地平線すら見えないほど白いその空間に、私、ワヤン不動という影だけが漂っていた。
未だ点々と炎がちらつくその身体は、浅い水面に大の字に浮き、穏やかなさざ波に流されていく。 ここはどこだっけ、私はどうしていたんだっけ。 そういった疑問は水にさらされた炎と共に鎮静していった。
遠くに誰かがいる気配がした。軋む身体を起こすと、沖縄チックな紅型模様の恐竜が佇んでいる。 濡れて重たい両足を引きずり、そこに近づくにつれて、段々と海は深くなり、かつ水が温かくなっていく。 立ったまま胸まで浸かる程深くなると、まるで露天風呂に入っているように、頭がぼーっとしてくる。
恐竜の隣には小さな足場とベンチがあり、可愛らしい白装束を着た金髪ボブカットの女性が座っていた。 丸く神々しい後光がさしていて、顔は逆光でよく見えない。天女だろうか。 ベンチから足だけを温水に投げ出し、足湯を楽しんでいるようだ。私は水中からそれを見上げている。 (ああ…誰だっけこの人。どこかで会ったことがある気がするけど…) 挨拶するかどうか迷う。気まずい。いずれにせよ、何か声はかけよう。 ここはどこですか、とか、あなたは誰ですか、とか… 「…アガルダって、何なんですか」 いや、どうしてそうなるの。私。完全に変な人じゃん。 だめだ、頭が回らない。案の定天女は苦笑した。 「いきなり凄い事聞くよね」
「知らないんですか?金剛楽園アガルダ」 「あんただって知らないんじゃん。 まあでも…金剛有明団(こんごうありあけだん)っていう、なんかこう、黒魔術師達の秘密カルトがあるらしいよ。 世界中から霊能者の魂を収集してて、何かにつけて金剛、金剛ってウザい喋り方するんだって。それじゃない?多分」 「ああ。それですね」 「てか、そんなの聞いてどうするの」 「滅ぼす」 「ウケる」 天女はコロコロと笑った。
「ここは何なんですか」 「私の夢の中…それかあんたの夢かも? ま、どうでもいいんじゃない?」 「あなたも金剛の使者?」 「まさか。私だって昔、観音和尚様にはお世話になったんだよ?」 「え…」
逆光の影をエロプティックエネルギーでどかして、私は改めて天女の顔を見た。 ああ、そっか…金髪にしたんだ。中学の時はさすがに黒髪だったよね。 髪、そうだ、髪だよ。私はその天女…いや、その祝女に問うた。
「あのさ。どうでもいいけど…ゴムか何か持ってたりしない? さっきから髪がメチャクチャお湯に入ってるんだ」
◆◆◆
何の脈絡もなく目覚めると朝になっていた。 私は怪人屋敷エントランスのソファで眠っていたらしい。 サイレンや話し声が騒々しい。外光が射しこむ窓越しに、救急車や数台のセダンが見える。 「一二、三!」 救急隊員さん達が、担架からストレッチャーに何かを乗せた。白い布にくるまれた、岩のような何かの塊を… そうか。ああやって外に出せているという事は、全て終わったんだ。 私達は殺人鬼を見つけて、悪霊を成仏させて…たくさんの命を救ったんだ。
「あ…紅さん」 譲司さんがこちらに駆け寄る。 「紅さん起きましたーっ!」 <ヒトミちゃん!>「オモナ!ヒトミちゃーん!」 オリベちゃんとイナちゃんも…みんなボロボロだ。全身煤埃や擦り傷だらけの譲司さんに比べればマシだけど。 オリベちゃんに肩を借りて立ち上がると…バシン!私は超自然的な力に頬を打たれ、衝撃で尻餅をつく。 「リナ…」
「アナタ、ワヤン不動になって、何回死んだの?」 「…」 「何人分殺されたの」 殺人被害者達の死の追体験。あの時はハイになっていて恐怖を感じなかったけど、今思い出そうとすると、身の毛もよだつ感覚が鮮明に蘇る。 「うう…数えればわかるけどさ…」 「じゃあ、二度と数えないことね。 アナタは…ちゃんと生きて帰ってきたんだから」 「え?」 宇宙人体のリナは長い腕で私を影ごと抱きしめ、子供をあやすようにぐしゃぐしゃに頭を撫でた。 「良かった…。アナタの精神がアレと相打ちにでもなったら、アタシ観音和尚に顔向け出来ないもの…」 初めて見た、いつも気丈なリナの泣き顔。彼女は涙を流しながら、人間の姿に縮んだ。 それはとて���綺麗だった。美人だった。
その後私達は警察やNICの職員さん達から聴取を受け、昼過ぎにようやく解放された。 水家曽良は表向き被疑者死亡で書類送検とされ、未だ脳細胞が活動し続けている遺体は研究対象としてドイツのNIC本部に収容されるらしい。 待ちに待ったお蕎麦屋さんに私達が到着した時、既にテレビではニュース速報が流れていた。 皆神妙な顔で画面に見入っていたが…
ぐぎゅるるるる…
私の腹の虫が重い沈黙を破った。慌ててトートバッグを抱きこんでも、もう遅い。 「くくく…やるなぁ、あんた…」 ジャックさんやリナの表情にじわじわと含み笑いが浮かんでくる。 普段なら恥ずかしいとか、タレントとしてはオイシイだとか思うけど、なんかもうダメだ。 ぐぎゅぅぅぅるるる…空腹と疲労と寝不足で、私はリアクションの一つも取れない。 「笑うなや。ワヤン不動様昨日飲まず食わずで、あんだけ働いてくれとったんやから。なあポメ?」 「わぅん」 譲司さんとポメちゃんの優しみ。有難い。 でも、すいません。もう限界です。糸が切れたように私はテーブルに突っ伏した。 <や、やだ、ヒトミちゃん!? ていうか何その手、ダイイングメッセージ!?> 霞む意識の中、私はお品書きを指さしていた。 最後の力を振り絞ってオリベちゃんにテレパシーを送る。 <お願い、こ、これを…注文して下さい…!> <いや、私日本語読めないんだけど。 イナちゃん、これ(鴨南蛮)なんて書いてあるの?> 「アヒルナンバン大盛り」 「かもなんばん!!」 なんかノリツッコミしたら自力で復活できた。 代わりにリナ、萩姫様、ジャックさん、譲司さんが抱腹絶倒した。
ようやく腹ごなしを済まし、私達は民宿に戻った。 荷物を下ろすやいなや、全員示し合わせたように脱衣所へ直行。 昨日も入った露天風呂だけど、めちゃくちゃ気持ちいい! 「あーーーー!染み入るーーーーっ!」 「本当よぉ!アナタ達バカだわ、せっかく磐梯熱海に来たのに、ちっともお風呂入らなかったんだもの!ねえ萩ちゃん」 「同感同感!イナちゃんは日本の温泉初めて?韓国の方々も温泉好きなんですってね?」 「そです、私達オンセン大好きヨ!気が清められるですねー!」 <うちの風呂もこれぐらい広かったらなぁー。そっちはどう、ジョージ?> すると衝立一枚隔てた男湯からレスポンス。 「pH結構高いなー!」 <いやダウジングしてどうすんのよ!> 「冗談冗談。あのねー!そもそも空気がめっちゃええの! 湯気で保湿されとるし肺まで癒されるわ!なあポメ?」 「あぉーん!」 ポメちゃんも上機嫌のようだ。
私も男湯に声をかけてみる。 「ジャックさーん!うちのおんつぁどうしてますー?」 おんつぁは会津弁でバカの意。実は、プルパ型に戻った龍王剣をさっき男性陣に預けたんだ。 霊泉と名高い磐梯熱海温泉を引っ掛ければ、あれも少しはマシな性格になりそうだけど、女湯に入れるのはさすがに嫌だったから。 「おう、同じ湯船に入れたくねーからよ、言われた通り洗面器で漬けておいたぜ。 真っ黒なのは治んねえな!ハッハ…うおぉ!?」 「わぁ!」「きゃわん!」 男湯で異変!女子一同がそれぞれタオルや霊能力を身構える。 「ど…どうしたんですか?ジャックさん!」 「い、いや、その…龍王剣の中から…」 「中から…?」 「アー…剣じゃなくて、持ち手からなんだがな…あんたの和尚が馬頭観音になって出てきた」 「はぁ!?」
そんな馬鹿な。和尚様は成仏されたはず。 まあ、既に観音菩薩になられた和尚様が『成仏』というのもおかしな話だけど…。 「ま、まさか観音和尚、お風呂入ってるの?裸!?」 リナが衝立を覗こうと飛び上がった。私は咄嗟に影手を伸ばし、阻止する。 「こらっリナ!和尚様の前でそっ、そんな破廉恥をっ!!」 「うるさいわね!いいのよアタシはインターセクシャルだから、どっちに入っても! これは美的好奇心であって猥褻な気持ちは一切ないわよ!」 「ヒゲと声以外ぜんぶ女のクセに何言ってるんだっ!やーめーなーさーいってのーっ!」 「アイタタタ、暴力反対!アナタだって本当は見たいんじゃないの?」 「んなわけあるか!!そりゃもう一度会いたいけど…っていうか小さい頃は一緒にお風呂入ってたもん!!」 「ずるい!このスキモノ!!」
すると衝立越しにヒョコッとポメちゃんが掲げられた。 もみ合っていた私達は不意をつかれて膠着する。 ポメちゃんの口には、何の異変も起きていない龍王剣プルパが咥えられていた。 「ハーイ、ドッキリ大成功!したたびでーす!」 譲司さんが裏声で腹話術する。 私とリナも、いつもテレビでやっているリアクションを返した。 「「…ぎゃーっ!また騙されたーーっ!!」」
そうこうしているうちに、また日が沈み始めた。 夕方五時。荷物やお土産をミニバンに詰めこみ、私達は民宿を後にする。 本当は猪苗代湖や会津方面の観光案内もしたかったけど、NIC職員のオリベちゃんや譲司さんが警察で事件の後処理をするため、私達はもう東京へ戻らなければならない。 そこでまず、萩姫様を大峯不動尊へ送りに行った。
「あんな事があったけど、また遊びに来てね」 萩姫様はまた正装である着物に戻っている。けど、帯飾りや例のロケットランチャー型ポシェットといった小物に、オルチャンファッションの影響が残った。 「もちろん、また来るですヨ。ハギちゃんがバリとか韓国来る時も私呼んで下さいね」 そう言うイナちゃんの耳にも、萩姫様を彷彿とさせる黒い紐飾りピアスが揺れる。 通りがかりに寄ったお土産屋さんで売っていたやつだ。 私達一同と固い握手を交わし、萩姫様はお社へ消えていった。
◆◆◆
車に戻ると、道路沿いに小さな原付屋台があった。 ポッ、ポポポポ…ガラスケース内で、ポップコーンが爆ぜている。バターの香りが漂う。 その傍らではエプロンを着たジャックさんが、フラスコ型喫煙具を吹かしていた。 彼は私達が戻ってきた事に気付くと、屋台についている顔とお揃いのマスクを被り、スイッチを入れる。 ブゥーン…屋台の顔に仕込まれたスピーカーから、電子的ノイズが漏れる。
「アー、アー。ポップコーン、ポップコーンダヨ…ヨォ、ガキンチョ共! ポップコーンダッツッテンダロオラ!ポップ・ガイノウェルシー・ポップコーンガオデマシダゼェ!」 ボイスチェンジャー声に合わせて、屋台の顔ポップ・ガイはガコガコと顎を上下する。 何でちょっと逆ギレ気味なのかはよくわからないけど、これが彼の定型口上文なのだろう。 「今日ハ閉店セールダ、トビッキリノポップコーンヲ食ワセテヤル。 マズハオ前ダ、紅一美!」 ガコンッポン!ポップ・ガイの顎が大きく開き、口から焼きたてのポップコーンが一粒飛び出した。 それは物理法則に反して浮遊し、私の手の中に落ちる…あっつ! 「ソラ食エ、騙サレ芸人!アッコラ、フーフースルナ!」 「だ、誰が騙され芸人ですか!…あつつ!」 ポップ・ガイにそそのかされて、私は熱々のポップコーンを口に運んだ。 …結構しょっぱい。そして胸焼けするほど油っこい。けど、麻薬的な美味しさ。 アメリカ人の肥満率が高い原因の片鱗に触れた気がする。
ポップコーンを嚥下すると、私の足元で、影が独りでに蛇の目模様を描いた。 「これは…」 見覚えがある。安徳森さん…ファティマンドラの種に見られる模様だ。 ジャックさんはマスクを被ったまま、スイッチを切った。 「そいつはファティマの目、トルコではナザール・ボンジュウと呼ばれるシンボルだ。 邪悪な呪いや視線を跳ね返し、目が合った悪しき魂を抜き取る力がある。 あのクソの脳内地獄で、安徳森が俺達タルパを保護するためにばら蒔いてたやつだ。 あんたが本気で金剛ナントカと戦うつもりなら、持っていけ」 蛇の目模様は影に沈んでいった。 つまりジャックさんのポップコーンは、彼の命を構成する欠片だったようだ。 「ありがとうございます」 私はファティマの目という霊能力を授かった。
ジャックさんが再びスイッチを入れる。 「次ハオ前ダゼ、ジョージ・アルマン!」 ガコンッポン!射出された新たなポップコーンは、譲司さん目がけて飛んでいった。 アルマンは、譲司さんがイスラエルに住んでいた時の旧姓だ。 「あっつ、はふっ…ん? …ポップコーン種総量に対してバターが七〇%、レッドチェダーパウダーが五%、更に米油が…って、嘘やろ!?こんなに油使うん!?」 「バッカ、この野郎!読み上げるん��ゃねえ!企業秘密だぞ! 養護教諭になるなら美味いポップコーンの一つも作れねえと、ガキ共にナメられるだろ」 「せ…せやな…?けどこれ、食べさせすぎたらあかんやつや! ほどほどに振る舞わせて貰うわ、ありがと」 譲司さんが授かった魂の欠片は、ポップコーンの秘伝レシピのようだ。 いずれバリ島に遊びに行って、ご馳走になりたいな。
お次はオリベちゃんだった。 <うわ、確かに凄くジャンクな味だわ。 これは…ああ、懐かしいなあ…!> オリベちゃんは目を煌々と輝かせて、ぼーっと中空を眺める。 「ちょっとアナタ、何が見えてるの?一人で浸ってないで教えてよ、ねーェ」 リナがオリベちゃんの眼前で手を振った。 <ごめんごめん。あまり懐かしいものだから… 私が貰ったのは、これ。テルアビブ・キッズルームの、たくさんの楽しかった思い出よ> オリベちゃんが淡い紫色に発光し、周囲がテレパシー幻影に包まれた。
オーナメントやおもちゃで彩られたカラフルな家で、様々な脳力を持つNICの子供達が遊んでいる。 人形ジャックさんは、幽霊の女の子とアドリブで物語を話し合い、それを器用そうな男の子が絵本に綴る。 幼いオリベちゃんは、人に感情を与えるエンパス脳力者の女の子と、脳波をぶつけ合いながら睨めっこをしている。 その勝敗を判定しているのは、弱冠八歳で医師免許を持つ天才少年だ。 部屋の奥では彼らの様子を、二人の優しそうな養護教諭さんが暖かい視線で見守る。 「まあ。アナタ、子供の頃から素敵なファッションセンスしてたのね」 <もちろん!なにせテレパシー使いはシックスセンスが命だもの!> 「うふふふ」 こうしてリナと会話するオリベちゃんを見ると、彼女のキラキラした笑顔は子供の頃から変わらないものだったんだとわかる。 『出てこいよ、ジョージ。みんないるぞ』 長い髪のサイコメトラーの少年が、クローゼットの扉をノックした。 すると、中から…分厚い眼鏡をかけた小柄な男の子が、前髪で顔を隠しながら、遠慮がちに現れた。 「オモナ!ヘラガモ先生、とてもちっちゃいなカワイイ男の子だったの!」 イナちゃんが両手を頬に当てた。確かに子供の譲司さんは、精悍な今の顔からは想像がつかないほど可愛い。 というより、先程のサイコメトラーの少年…例の殺された『アッシュ兄ちゃん』の方が、大人になった譲司さんによく似ている。 この二人の少年の魂が混ざりあって、今の彼があるという話を、まさに象徴しているようだ。
「ねぇジャック、アタシ達にはないの?」 「わう!わう!」 リナとポメちゃんがジャックさんの周りをくるくる回る。 「ア?ドーブツ共ニヤルポップコーンハネエヨ、帰ッタ帰ッタ」 「馬鹿野郎、ポップ・ガイ。宇宙人のお客様なんて上客じゃねえか。無下に扱うんじゃねえぞ」 「ショーガネー、コイツヲ食ライナ!」 器用にポップコーン機構を操作しながらマスクスイッチを切り替え、ジャックさんが腹話術を披露する。 ガコンッポポン!射出された二粒のポップコーンはそれぞれ異なる軌道を描き、リナとポメちゃん目がけて飛んだ。 「先に言っておくとな。リナ、あんたには、水家の中にいたタルパ共の情報だ。 あいつは記憶を失った後も、金剛の呪いの影響で、無意識にあらゆる霊魂を脳内地獄に吸収していた。 人間だけじゃなくて、土地神やら妖怪やら色んな奴を吸い取っていたから、見ていて退屈しなかったぜ。 タルパを作るのがあんたの本能なら、何かの役に立つかもな。だが物騒な怪物だけは作るんじゃねえぞ」 「わかってるわかってるゥ!ああっ凄いわ! ツチノコからゾンビまで…あーっ妖怪亀姫もいるじゃない!」 妖怪亀姫って…猪苗代湖を守る神様の一人じゃん。 まさか、ハゼコちゃんが暴れた時に逃げ出して、そのまま水家に魂を奪われたとか!? 私、昨晩とんでもない方を成仏させちゃったかも…リナが福島の神々を再建してくれる事を祈るばかりだ。 「ポメラー子のは夢の中で発現する。フロリダの農村の記憶だ。 何も無くてだだっ広いだけのクソ田舎だと思っていたが、犬にとっちゃ最高のドッグランになるだろうよ」 「ほんま最高やん!良かったなあ、ポメ。俺仕事さっさと済ますから、今夜は早く寝ような」 譲司さんがポメちゃんの頭を優しくなでた。ポメちゃんは黙々とポップコーンを食べている。 彼女と譲司さんが夢の中の大自然で駆け回る、微笑ましい光景が目に浮かんだ。
「じゃあ、最後はお前か」 ジャックさんがイナちゃんを見る。でも、イナちゃんは目を逸らした。 「私いらない」 「あ?」 マスクスイッチをオン。 「バカヤロー、オ前。俺ノポップコーンガ食エネエッテカ? 安心シロ、幽体デデキテルカラ、カロリーゼロダゾ」 「いらないもん」 「アァ!?」 スイッチオフ。 「何なんだよ?」 「だって…食べたらジャックさん消えちゃう」 「!」
ジャックさんとポップコーン屋台は、既に薄れかけていた。 自分の魂を削って私達に分け与える度に、彼は少しずつ摩耗していったんだ。 ジャックさんがマスクを脱いだ。 「あのな、俺は二十年以上前に殺されたんだ。もうとっくにいない筈の人間なんだよ。 だから、そんな事気にするな」 「ウソ。じゃあどうして、ジャックさんずっと成仏しなかった? 本当は、オリベちゃん達が見つけてくれるの待てたでしょ」 「…どうだかな」 「せかく会えたなのに、どうして消えなきゃいけない? これからオリベちゃんの子供育つを見ればいい、これからヘラガモ先生バリで頑張るを、傍で見守ればいい! どうしてあなた今消えなきゃいけない!?」 イナちゃんが握りしめた両手が、ジャックさんの胸を無情にすり抜ける。 ジャックさんは掠れた幽体でその手を優しく掴んだ。 「イナ」 「!」 そして、初めて彼女を名前で呼んだ。
「霊魂が分解霧散する事を、仏教徒共がどうして成仏だなんて呼ぶか知ってるか? 役目を終えて砕け散った魂は、エクトプラズム粒子になって、自然界に還る。そして、新たな生命に吸収される。 宇宙の営みってやつだ。宗教やってる連中にとっちゃ、それは宇宙や仏と一つになる、尊い事なんだそうだ。 俺は既にジャック・ラーセンじゃねえ。クソ野郎に霊魂を切り貼りされた、人工のクソ怪物だ。 それでも…お前みたいなガキの笑顔に弱い性格は、生前と変わらなかったんだよなあ…」
ジャックさんの目から涙が零れ始める。彼の霊魂が更に希薄になっていく。 「…オリベ。ジョージ。俺の事…諦めずに見つけてくれて、ありがとう。 おかげで、お前らと遊んだ記憶をまた思い出せた。 歪な関係だったけど…短い時間だったけど…クソ楽しかったよな。 …なあ、イナ。そんな顔するなよ。魂を清めるのが、お前の力なんだろ? だったら祈ってくれよ。俺が世界中に飛び散って、宇宙と一つになって、もっともっと沢山のガキ共を笑顔にできるように。 綺麗な花を咲かせる生命力になって。人間を動かすハッピーな感情になって。…最高に美味ぇポップコーンになって。 スリスリマスリ…って、祈ってくれよ。頼む…!」 ガコンッ!コロロロ…ぼろぼろに涙を零し、声をきらしながら、ジャックさんは最後のポップコーンを作った。 それはポップ・ガイの口から力無くこぼれ落ち、イナちゃんの足元を転がる。 「…頼むよ…」
イナちゃんはしゃがみこみ、そのポップコーンをそっと拾い上げた。 それはもはや喫煙具から立ち昇る煙のように、今にも消えてしまいそうな朧な塊だった。 「スリスリマスリ。スリスリマスリ」 ポップコーンはイナちゃんの両手に優しく包み込まれ、そのまま彼女の魂に溶けた。 「…それでいい。カナヅチは今日で卒業だ。もう溺れるんじゃねえぞ」 「ウン」
「イナ」 抱き合って、ぼろぼろに泣く二人。イナちゃんは顔を上げた。 薄れ行くジャックさんが、半魚人から人間の顔になる。 水家に似せられた髪型や背格好。ただ、彼はよりがっしりとした体格で、首が太く、彫りの深い黒い目を持つインド・ネパール系人種の男性だった。 「ジャックさん」 「…おっと、違う。これじゃねえ。これも作られた顔だったな」 魂がほぐれていくにつれ、より深層に眠っていた、彼の自意識があらわになる。 ジャックさんは、ジャック・ラーセンさんは、私達の前で初めて素顔を見せた。
「アイゴー…!」 「な、諦めがついたか?俺みた��なチンピラにこだわってねえで、もっと良い男を見つけろよ、イナ」
最後にそう言って、ジャック・ラーセンさんは分解霧散した。 本来の彼は…殺人鬼の言う通り、確かにちょっと魚っぽかったかも。 全身を鱗のような細かいタトゥーで覆い、オレンジ色に染めたモヒカンを側頭部に撫でつけ、ネジや釘が煩雑に飛び出した屋台やマスクと同じようにピアスまみれな… 言うなれば、ポップ・ガイのお父さんみたいな人だった。
こうして、私達は熱海町を後にした。 リナは千貫森に帰り、タルパ仲間と共に福島のパワースポットを復興する。 オリベちゃんは水家の遺体と共にドイツへ飛び、譲司さんはバリ行きを延期して警視庁公安部に向かう。 その間、イナちゃんは私の家に泊まって待機する事に。私の次のスケジュールは…連ドラ『非常勤刑事(デカ)』のロケで福井へ行くのが、明明後日。それまでは自由だ。 そして明日は私の誕生日!やっとイナちゃんと渋谷や原宿で遊べるぞ。 私はそう思っていた��渋谷スクランブル交差点にあのロリータ服の悪魔が現れるまでは。
◆◆◆
十一月六日、正午〇時。 ヴー、ヴー…トートバッグ内でスマホが震えた。画面には、『イナちゃん』。 「紅さん鳴ってるよ、ほら出てあげなさいよ」 ディレクター兼カメラマンのタナカDが、ファインダーを覗いたまま言う。 私は不貞腐れて電源を切った。 「二十歳になったのに、まだまだ大人げないなー。ま、ヘリコプターは機内モードってのも正解だけどね」 座席にふんぞり返ったアイドル、志多田佳奈さんが言う。 「私はヘリに乗せられるだなんて聞いてないです。 どうして誕生日にこんな所にいなきゃいけないんですか」
ここは東京上空千メートル、小型ヘリコプターの中。 だいたい私は非常勤刑事のロケで福井に行くんじゃ…多分、それすら事務所が用意した偽スケジュールなんだろうけど。 今度、ドラマ主演の伶(れい)先輩に言いつけてやるんだから! そもそも、どうしてこんな事になったのか。それは遡ること二時間前。
私はイナちゃんを連れて、竹下通り(たけしたどおり)でウインドウショッピングをしていた。 あそこはロリータファッションの聖地で、個人的にロリータにはあまり良い思い出がないから、普段足を踏み入れる事は無い。あくまで観光地だから連れて行くんだ。 そう思っていたけど、実際に行くと、普通に楽しかった。 猫の額ほど狭い路地に、各種ファストファッションの直営店から、煩雑なノーブランド品を売るセレクトショップまで所狭しと詰め込まれている。 更に中空には、死後ポップな姿を取るようになった霊魂や、人々の感情の結晶らしき可愛いモンスター、誰かが作ったマスコットタルパなどがひしめき合い、イナちゃんがそれを見て飛び跳ねながら歓喜する。 さながら多感で繁忙な思春期の女子高生の心を、そのまま結界にしたようなカオス空間だった。
服やアクセサリーなど、両手に戦利品入り紙袋を大量に持って、私達は電車で渋谷駅へ。 (この時、やたらめったら嵩張るロングブーツを二足も買って後悔したのは、言うまでもない。) そのまま観光を続行するのは難しいため、荷物は駅中にある宅配サービスカウンターに預ける事に。 ついでにイナちゃんが、コインロッカーからスーツケースを取り出し、それもバリへ配達して貰えるように手続きしたいと言う。
「テンピョウ書けました、お願いします」 「はい、少々お待ち下さい」 私はカウンター脇でイナちゃんが送り状を預けるのを眺めていた。 スーツケースの分と、原宿で買った荷物分。 「あと、これもお願いします」 「はい、かしこまりました」 ん、もう一枚?覗きこんでみると、そこにはこう書かれていた。
『お届け先 ゆめみ台 志多田佳奈様 品名 紅一美 ナマモノ/コワレモノ/天地無用 お届け希望日 今日 したたび通運』
『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデデデデン!』 天井スピーカーから阿呆丸出しなイントロが聞こえてくると同時に、私は条件反射でイナちゃんを置いて宅配カウンターから逃走していた。
『ヌーンヌーン、デデデデデン♪ヌーンヌーン、デデッデーン!』 階段を下り外に出る。こんなところで捕まってたまるものか。
『背後からっ絞ーめー殺す、鋼鉄入りのーリーボン♪』 出口付近にある待ち合わせスポット、モヤイ像が見えた。 …奇妙な歌を垂れ流すスピーカーと、苺の髪飾り付きツインテールが生えている。あのロリータ悪魔のシンボルが。私は血相を変えて更に走った。
『返り血をっさーえーぎーる、黒髪ロングのカーテン♪』 私を嘲笑うアイドルポップと、ただただスマホカメラを向ける無情な喧騒。 それらはまるで、昨日までの旅を締めくくるエンディングテーマのようだ。 但し、テレビ番組ではエンディング後に次回予告が入る。
『仕込みカミッソーリー入りの、フリフリフリルブラーウス♪』 そして次回が来たら、また過酷な旅に出なければならない。 嫌だあああぁぁ!行きたくないいぃぃ!! 私はイナちゃんと渋谷で遊んで、お誕生日ケーキを食べて、空港に見送りに行って、お家に帰ってゆっくり寝て、福井で女優をするんだああぁぁぁ!! ていうか考えてみたらイナちゃんもグルだったあああぁぁぁ!!!裏切り者おおおぉぉぉぉ!!!
『防刃防弾仕ー様の、コルセットーもー巻ーいてる♪』 スクランブル交差点に、爆音を撒き散らすアドトラックが現れた。…天井に、なんか生えてる。 『…ご通ぅぅぅ行ぉぉぉ中の皆様あああぁぁ!!』 渋谷駅に響き渡るロリータ声。諸行無常の響きあり。 ドゴッ!…体が乱暴にすくい上げられたような浮遊感。背後を振り向くと、宅配業者制服の男達が私を神輿みたいに担ぎあげている。 「オーエス!オーエス!」 『こんにちはァー、したたび通運でーーーす!!』 私はあれよあれよとスクランブル交差点へ運ばれ…トラックに集荷された!
『あーあー♪なんて恐るべきー、チェリー!キラー!アサシンだ!』 「何!?何!?何なんですか!!?」 男達が私に何かを背負わせ、トートバッグごとベルトで固定していく。 目の前では、いつの間にか宅配業者制服に着替えたイナちゃんが敬礼している。 「ヒトミちゃん、したたび通運空輸便だヨ!」 「え?は?は!?」
『破壊されしーオタサーからー…』 トラック天井に運ばれる。棒とロープが生えたバルーンクッション。 ああ。空輸便って。察した。『…遺族ーのー声はー確かに届ーいたー♪』
…わたし 童貞を殺す服を着た女を殺す服を作るよ もっともっと可愛くて 殺傷力も女子力も高い服を…
サビに差し掛かったアイドルポップが遠ざかっていく。 私は…飛んだ。逆バンジージャンプで射出されて、渋谷のど真ん中で空を舞った。 あーあ、結局また騙された。ばーかばーか。テレビ湘南に水家曽良の腐乱死体送りつけてやる。ばーかばーか。
そして無限にも思える長い一瞬の後、私は再び渋谷の地へ…落ちず。 なんとそのまま、上空を旋回していた小型ヘリに空中で捕縛され、拉致されてしまったのだ…。
「はーい、ドッキリ大成功!毎度おなじみ、志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、したたびでーす!」 放心状態の私をよそに、悪魔的極悪ロリータアイドル、志多田佳奈さんが『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げた。 異常が、事の顛末だ。(これは誤字じゃない。異常なんだ。) 「ちなみに今回のドッキリは視聴者公募で、ペンネーム『ビニールプール部』さんのアイデアをやらせて頂きました!ありがとうございました~!」 「何が視聴者公募ですか。あんた達全員ビニールプールに沈めてやろうか!? だいたい、どうしてイナちゃんまでグルなんですか!」 「あの子はねぇ」 タナカDが画角外から、私と佳奈さんの会話に割って入る。 「昨夜SNSに紅さんと福島観光してる写真をアップしてたから、アポを取ってみたら、あっさり快諾してくれてですね。 今日あなたが渋谷に行く事も洗いざらい教えてくれたよぉ。『カナさん一番好き日本のアイドル!』とか言ってね」 げ、そうだった!忘れてたあああぁ!! 宅配サービスカウンターに行くのも予定調和だったのかあぁぁ!! 「目的地に着いたら電話かけ直してあげなさいよ」 「目的地じゃなくて渋谷に帰して下さい」 「そう言うなよ、一美ちゃん。 今日から記念すべき新企画が始まるんだから」 「新企画?」
佳奈さんが座席の下からフリップを取り出す。 おどろおどろしいフォントで『調査せよ!綺麗な地名の闇』と書かれたフリップを。 「じゃじゃーん!新企画、『綺麗な地名の闇』!」 「何ですか、物騒な…」 「一美ちゃんはさ、ゆめみ台って行ったことある?」 「ゆめみ台?電車の乗り換えで通った事ぐらいはありますけど」 「ゆめみ台の旧地名は知ってる?」 「知らないです」 「ジャジャン!これです」 佳奈さんがフリップ上の『ゆめみ台』と書かれたポップなシールをめくる。 するとネガポジ暗転カラーで『蛇流台』と書かれた文言が現れた。 「じ…じゃりゅうだい…」 「蛇流台a.k.a.(アスノウンアス)ゆめみ台は、元々土砂崩れが起きやすい場所だったんだって。 だから今は人が住めるように整備されて、ゆめみ台って綺麗な地名になった。 それって涙ぐましい努力の歴史だと思わない?」 「はぁ」 「そこでね!この企画では、そーいう一癖あるスポットのいい所も暗部も、体を張って紹介していけたらなーって思うの! というわけで一美ちゃん、今日はゆめみ台国立公園でロッククライミングね」 「ああはいはい…はい!?」 「大丈夫!もう蛇流台じゃなくてゆめみ台だから崩落しない!」 「それ以前の問題です!ロッククライミングなんてやった事ないですよ!? どーして突然拉致されて、挙句崖まで登らなきゃいけないんですか!? 私まだ一昨日までの疲れが抜けてないんです!!」 「え?一昨日まで何してたの?」 除霊…とはさすがに言えない。 「…徹夜で…別番組の、廃墟探索ロケ」 「あ、その企画いいね」 しまった!鬼��金棒を与えちゃった! 「い、いえ、私はクライミングがいいな!その方が健康的だし!」 「ひょっとして一美ちゃん、お化けが怖かったのかい?」 「うるさい!」 カメラ外からタナカDにチャチャを入れられた。 怖いも何も、実際は私が分解霧散させちゃったけど。 そんな事より…
私はフリップ下部に書かれた幾つかのご当地ゆるキャラ達を見ていた。 ゆめみ台の物と思しき台形のパジャマ姿の子や、他にも鳩みたいなもの、犬みたいなものもいる。 その中に一つだけ異質な…毛虫らしきキャラクターを見て、私は戦慄を禁じ得なかった。 灰色の毛、歯茎じみた肌、潰れた目、黄ばんだ舌… 似ている。金剛倶利伽羅龍王に、あまりにも似ている。 「佳奈さん。この下に描かれたゆるキャラ達…まさか、今後これ全部まわるんですか?」 「ん?知ってるキャラがいた?」 どうやら…私に休息の時はないみたいだ。 これもイナちゃんが導いた、『気』の巡り合わせなのかもしれない。
金剛有明団、きっとすぐ近い将来相見える事だろう。 私はトートバッグの中で、静かにプルパ龍王剣を燃やした。
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2024年の「おっ!」と思った本を思いつくままに(相当なもれはあるけれど)
2024年の「おっ!」と思った本を思いつくままに(相当なもれはあるけれど)
『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(マリー・ルイーゼ・カシュニッツ著/酒寄進一訳/装画:村上早/装幀:岡本歌織/東京創元社/Kindle版) 『いずれすべては海の中に』(サラ・ピンスカー著/市田泉訳/竹書房文庫/Kindle版) 『11の物語』(パトリシア・ハイスミス著/小倉多加志訳/ハヤカワ・ミステリ文庫/Kindle版) 『失われたものたちの本〈失われたものたちの本〉シリーズ』(ジョン・コナリー著/田内志文訳/創元推理文庫/Kindle版) 『カモメに飛ぶことを教えた猫』(ルイス・セブルベダ著/河野万里子訳/白水uブックス/Kindle版) 『大いなる眠り 新訳版』(レイモンド・チャンドラー著/村上春樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫/Kindle版) 『P+D BOOKS 夜風の縺れ』(色川武大著/『夜風の縺れ』解題:木下弦/P+D BOOKS/小学館/Kindle版) 『恐婚』(色川武大著/文春ウェブ文庫/文藝春秋/Kindle版) 『友は野末に─九つの短編─』(色川武大著/対談:嵐山光三郎/インタビュー:色川孝子/あとがき:色川孝子/新潮社/Kindle版) 『遠景・雀・復活 色川武大短篇集』(色川武大著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『百』(色川武大著/川村二郎解説/新潮文庫/Kindle版) 『小さな部屋│明日泣く』(色川武大著/内藤誠解説/講談社文芸文庫) 『後藤明生・電子書籍コレクション 挟み撃ち』(後藤明生著/アーリーバード・ブックス/Kindle版) 『しあわせの理由』(グレッグ・イーガン著/山岸真編、訳/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『祈りの海』(グレッグ・イーガン著/山岸真編、訳/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『ひとりっ子』(グレッグ・イーガン著/山岸真編、訳/早川書房/Kindle版 『モナリザ・オーヴァドライヴ』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/ハヤカワSF文庫/早川書房/Kindle版) 『カウント・ゼロ』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/ハヤカワSF文庫/早川書房/Kindle版) 『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/ハヤカワSF文庫/早川書房/Kindle版) 『ソラリス』(スタニスワフ・レム著/沼野充義訳/扉デザイン:岩郷重力+N.S/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『来世の記憶』(藤野可織著/装画:濱愛子/装丁:名久井直子/角川書店/Kindle版) 『ピエタとトランジ<完全版>』(藤野可織著/挿絵:松本次郎/講談社/Kindle版) 『青木きららのちょっとした冒険』(藤野可織著/講談社/Kindle版) 『芸者小夏』(舟橋聖一著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(川本直著/装幀:坂野公一+吉田友美+島﨑肇則(welle design)/装画:TANAKA AZUSA/河出書房新社) 『好色五人女』(井原西鶴著/田中貴子訳、解説/装画:望月通陽/光文社古典新訳文庫/Kindle版) 『アルマジロの手─宇能鴻一郎傑作短編集─』(宇能鴻一郎著/鵜飼哲夫解説/カバー装画:九鬼匡規「吸血娘 陰 晒」/新潮文庫/Kindle版) 『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎著/篠田節子解説/新潮文庫/Kindle版) 『私説聊斎志異』(安岡章太郎著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『水車小屋のネネ』(津村記久子著/イラスト:北澤平祐/装幀:中嶋香織/毎日新聞出版/Kindle版) 『ベートーヴェン捏造』(かげはら史帆著/カバーイラスト・章扉イラスト:芳崎せいむ/柏書房/Kindle版) 『沢蟹まけると意志の力』(佐藤哲也著/Tamanoir/Kindle版) 『人喰い⭐︎頭の体操』(深掘骨著/表紙デザイン・ファイル作成:甲田イルミ/惑星と口笛ブックス/Kindle版) 『世紀末探偵神話 コズミック』(清涼院流水著/本文デザイン:熊谷博人/扉作成:小石沢昌宏/梗概構成:みずさわなぎさ/講談社/Kindle版) 『富士日記 上中下合本 新版』(武田百合子著/巻末エッセイ:武田泰淳、大岡昇平、しまおまほ、武田花/中公文庫/Kindle版)『西荻随筆』(坂口安吾著/青空文庫/Kindle版) 『鮎の宿』(阿川弘之著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『春の華客/旅恋い 山川方夫名作選』(山川方夫著/川本三郎解説/年譜・「人と作品」坂上弘/講談社文芸文庫/Kindle版) 『P+D BOOKS 緑色のバス』(小沼丹著/小学館/Kindle版) 『ミス・ダニエルズの追想』(小沼丹著/巻末エッセイ:大島一彦/装幀:緒方修一/幻戯書房/銀河叢書) 『タマや』(金井美恵子著/講談社文庫) 『陽だまりの果て』(大濱普美子著/装画:武田史子「温室の図書館」(エッチング、アクアチント、二〇一七年)/装丁:大久保伸子/国書刊行会/Kindle版) 『まだ、うまく眠れない』(石田月美著/カバー画:beco+81/デザイン:観野良太/文春e-book/文藝春秋/Kindle版) 『ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』(藤永茂著/ちくま学芸文庫/筑摩eブックス/Kindle版) 『何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎著/国書刊行会/Kindle版) 『バッタを倒すぜ アフリカで』(前野 ウルド 浩太郎著/装幀:アラン・チャン/光文社新書/Kindle版) 『美術の物語 ポケット版』(エルンスト・H・ゴンブリッチ著/田中正之著/天野衛、大西広、奥野皐、桐山宣雄、長谷川宏、長谷川摂子、林道郎、宮腰直人訳/河出書房新社) 『人間臨終図巻 上下巻』(山田風太郎著/徳間書店) 『世界神秘学事典』(荒俣宏編/��河出版社) 『地衣類、ミニマルな抵抗』(ヴァンサン・ゾンカ著/宮林寛訳/まえがき、カバー写真:大村嘉人/序文:エマヌエーレ・コッチャ/みすず書房) 図録『特別展 はにわ』(東京国立博物館、九州国立博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社編集) 図録『特別展「鳥 〜ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統〜」』(日本経済新聞社、日経サイエンス編集) 『バーナード嬢曰く 1-7巻』(施川ユウキ著/一迅社/電子書籍版) 『映像研には手を出すな!1-9』(大童澄瞳著/ビッグコミックス/小学館) 『志村貴子短編集 まじわる中央感情線』(志村貴子著/河出書房新社/電子書籍版) 『青い花 全8巻』(志村貴子著/太田出版) 『放浪息子 全15巻』(志村貴子著/エンターブレイン) 『サードガール 全8巻』(西村しのぶ著/小池書院) 『ファミリー! 全11巻』(渡辺多恵子著/フラワーコミックス/小学館/電子書籍版) 『一級建築士矩子の設計思考1-3』(鬼ノ仁著/日本文芸社/電子書籍版) 『えをかくふたり1 DRAWING BUDDY』(中村一般著/ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル/小学館/電子書籍版)
注)一部、再読を含みます
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各地句会報
花鳥誌 令和7年4月号

坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和7年1月4日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
浪の花清張も見し日本海 久美子 嫁御振り褒め寒鰤に熨斗を掛く 美穂 去年今年あるやなしやの区切りかな 修二 凩や波たちあがる潦 成子 寅さんと共に過ごして寝正月 修二 水鳥は群れ鉄橋は連なりて 光子 啄みて捨てて怒りの寒鴉 睦子 海鳴りや落書の壁の凍てはじむ かおり 神ノ島へ掲げてみたる破魔矢かな 睦子 狐火の小径へ朱き紅をひき かおり ラガーマン荒ぶる君に前歯なく 修二 御影石冬野に開き納骨す 愛 祈るとは誰かを想ひ冬銀河 かおり
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月6日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
九頭竜の四季諷詠の去年今年 かづを 花鳥詠む心貫く去年今年 同 待春の聲と聞きゐる鳥語かな 同 犬と居てあつち向いてほいと日向ぼこ 清女 手袋の中に賽銭初詣 同 豊齢線ますます深く初鏡 同 北陸の冬波高し妻見舞ふ 匠 霊峰へ翳す手の先初山河 笑子 柏手にある玉響の初明り 希子 恐龍像摩那姫像も冬籠 雪 誰か聞く蝶深深と凍つる音 同 而して九十四の初鏡 同 思ひ出を閉ぢ込めてゐる瓢の笛 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月9日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句
初御空穏やかに晴れ八十路入る 由季子 初旅や朱の橋渡り神の島 都 一輪の床の花にも淑気有り 同 東雲に光広がる初御空 同 装ひも新たお出まし雪女 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月10日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
経文の沁みたる罅の鏡餅 悦子 八十路来て皺も宝の初鏡 佐代子 蒼穹へ空の巣掲げゐる冬木 都 新色の紅の封開け初鏡 美紀 薄氷や予期せぬニュース聞いた日に 同 裸木に掛りしままの竹蜻蛉 宇太郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月11日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
手入れよき句碑の礎冬菫 亜栄子 雲脱ぎて聳ゆ初富士神々し 三無 浮かび来る発句掬ひゐる初湯かな 同 健やかを念じ願うて初湯かな 多美女 数の子の無数の命噛みしむる 三無 数の子の講釈長き老かな 多美女 鉛色光わづかに冬の川 幸子 山歩き終へて麓の初湯かな 白陶 蠟梅の香りに偲ぶとしあつ師 三無 餅花の一枝整ふ年尾句碑 亜栄子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月11日 零の会 坊城俊樹選 特選句
冬日影内股のまま少女像 小鳥 マスクとり生肌の笑みの美しき 軽象 狸穴にかつての上司ゐて御慶 久 坂に坂また坂ありて春を待つ 和子 お詣りのしんがりにゐて日脚伸ぶ 光子 静かなる鏡の瞳寒の紅 季凜 煎餅屋くわりんたう屋に日脚伸ぶ 美紀 おもちや屋の前で春着を褒め合うて 要 遠鐘に春著のひらと振りむける 順子 福耳に干支のピアスを春隣 同
岡田順子選 特選句
指先にうすうす流す寒の水 光子 餅花を飾り髪飾りを売れり 要 恐竜の果て裸木の大銀杏 同 柳の井汲む仏恩の水涸れず 昌文 石彫のみなし児に着せ冬帽子 美紀 狸坂暗闇坂へ松明けて 要 聖人の背後流るる叔気かな 三郎 寒晴を映す井水の余白なく 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月13日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
街頭の木々の葉散らし風冴ゆる 貴薫 朝の日の届き冬菊煌めける 秋尚 寒晴の空鋭角にビルの影 同 多摩川や寒の流れはおだやかに 和魚 梅の莟膨らみ初むる空青き 秋尚 影一瞬枝の寒禽躱しきる 聰
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月14日 萩花鳥会
つつがなく過ぐや晦日の陽が沈む 俊文 己が巳よた易く人は蛇となる 健雄 筆始め老僧一字「金」と書く 恒雄 信号を待つ間に溶けりしぐれ虹 明子 春よ来いつい口ずさむ凍る朝 綾子 初空もいつもと変はらずランニング 健児 冬風の波止に親子の釣り名人 美恵子
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令和7年1月14日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
年毎に賀状の重み寂しめり 実加 震へたる弓引く腕や射場始 紀子 めづらしく福井は晴れて初御空 裕子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月15日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
春の月これより空を独り占め 世詩明 振り返ること許されぬ雪女郎 同 初諷経身内の仏偲びつつ 希子 飾り焚く顔てらてらに氏子衆 同 初詣いつも��場所に犬連れて 数幸 餅花や風の動きに揺れたまふ 令子 初場所の化粧回しに郷土色 同 初場所や郷土力士に北乃庄 千加江 初鏡九十四とはこんなもの 雪 去りし人胸の枯野に火を放ち 同 美しき月日重ねし暦果つ 同 年行くと云ふ大いなる音聞かん 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月17日 さきたま花鳥句会
左義長の炎を見つむ児の真顔 月惑 とぐろ巻く白蛇の絵馬や初詣 八草 寒鴉人なき米軍基地に戯れ 裕章 白足袋に祝ぎの余韻やこはぜ解く 紀花 若水をしたためし筆「金」と書く ふゆ子 ふだんより勢ひ盛ん初句会 としゑ 平和へと進む節目や去年今年 久絵 堂の奥閻魔舌出し冬うらら 康子 初みくじ凶にくじけず息災日 恵美子 巳年なる昭和百年初詣 みのり 午前五時なほ煌々と冬の月 彩香 雪見酒手酌の猪口は江戸切子 良江
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令和7年1月19日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
天心へ直立のこゑ鳰 千種 朴冬芽尖りて天を刺す勢ひ 三無 鐘楼は高く臘梅香りきし 芙佐子 撞くことのなき梵鐘へ蝋梅黄 慶月 葦原の風ぐせ堅く枯れてをり 千種 寄生木の透け高々と春隣 久子 白鷲のふはりと跨ぎ霜の田へ 同 誰を迎ふ好文木の年尾句碑 幸風 雪富士の淡く城山見てをりぬ 慶月 冬蝶にかどはかされし園児どち 経彦
栗林圭魚選 特選句
膨らみて辛夷の莟混み合へる 秋尚 葦原の風ぐせ堅く枯れてをり 千種 笹鳴や桝形山の尾根の径 幸風 万両の実の熟したる常夜灯 文英 観音は胸に日を溜む冬うらら 三無 冬の日をふんはり溜めてねこじやらし 秋尚 代々の僧都の墓や冬木の芽 芙佐子 臘梅のこぼれし香り栞りけり 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和7年1月16日・21日 柏翠館・鯖江花鳥合同句会 坊城俊樹選 特選句
閉ぢ込めし思ひ出を吹く瓢の笛 雪 初明り庭の一木一草に 同 謹みて猫には猫語もて御慶 同 大寒や西日ふくらむ日本海 ただし 大寒の日野山仰ぐ式部像 同 二人だけの内緒の話初電話 清女 待春の息吹き一木一草に かづを 真向ひの日野の霊峰初茜 英美子 冬晴れの指先までもはづむなり 洋子 女正月話あれこれ湧く如し みす枝 庫裡の窓埃いつぱい日脚伸ぶ 和子 葬送のリムジンに舞ふ雪の花 嘉和 無人駅一人乗込む雪女郎 世詩明 白山の雪の白さを拝しけり 同 雪解水九頭竜川を疑がはず 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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Wanderer in ***
ちょっと長い
カーテンの隙間から朝日が差してくる。 アリーセはいつも通りその朝日よりも早く起きて、身支度をする。エヴァンス家に仕えているメイドの彼女はこれが習慣となっている。早起きも苦ではない。 扉をノックする。中から腑抜けた声がした。おとなしい女の子を連想させるような声。その声の持ち主はとてもおとなしい人見知りな女の子だ。 扉を開き、彼女の元へと近寄る。毛布にくるまったままの彼女は目を細めて、アリーセを見た。 どうやら起きたくないらしい。 「おはようございます、エミリアお嬢様。」 「おはよ、アリス。」 イギリス人が多いこの屋敷の者は皆、彼女をアリスと呼ぶ。 彼女はドイツの出身だ。彼女の名前はドイツ語ではアリーセと読み、英語だとアリスと読む。そのせいか皆からアリスと呼ばれていた。 「もう朝でございます。旦那様がお待ちですよ」 「やだー。起きたくないー。」 エミリアが愚図る。これもいつも通りのことだ。
明るい月が空に上がっている。星々も煌めいている。 特に何か特別なことがあったわけでもなく、今日は終わった。エミリアを寝かしつけて、アリーセは今日という日に終わりを告げる。一日はいつもあっという間に終わっていく、残酷なくらいあっという間に。 エプロンを外し、自室に向かう。その途中に男の陰があった。明かりを持っていないため、誰だかわからない。近づいて行くと、その男がエリスであることがわかった。壁に身体を預け、すっと私を見ている。 「おやすみなさいませ。」 アリーセはそう彼に告げ、彼の前を過ぎていく。 「待ってくれ、アリーセ。」 久々にアリーセと呼ばれた。思わず振り返る。 「なぜ、アリーセとお呼びに?」 「ドイツ出身なんだろ。父上から聞いたんだ。それで調べたんだよ。」 「それはご苦労を。」 「いいんだ。」 彼はアリーセに笑ってみせた。なぜか彼は彼女を家族のように扱う。メイドである彼女を同等に扱ってくれる。そのことも含め、彼女は彼を慕っていた。 「僕の部屋に来ないか。」 「そんな、恐れ多い。」 「気にしないでくれよ。お前くらいしか歳の近い子いないからさ。」 彼には弟と妹はいるがどちらともそこまで仲が良さそうではない。話し相手と言ったら、アリーセくらいしかいなかった。彼は友達を家に連れてくるわけでもなく、学校が終わるとすぐに家に帰ってきて、書斎で本を貪るように読んでいた。 言われるがままにアリーセはエリスについていく。彼の部屋に辿り着き、入る。ソファに案内され、躊躇しながらも座る。 「ごめんな。お菓子も紅茶も出せなくて。」 「いえ、いいんです。わたしに気を使わないでください。」 アリーセは慌てて答える。主人の息子に気を使わせるわけにはいかないのだ。 「昔思い出すなぁ。」 エリスは向かいのソファに寝っ転がるように倒れた。そのまま天井を見つめている。ありのままのエリスを見ることのできるのは滅多にない。きっとこの姿が彼の本当の姿なのだろう。ラフで爽やかで、そして気さく… エリスの差す昔とは十年前をのことを差す。彼の父、サイラス・エヴァンスがドイツからの帰りに彼女を連れ帰ってきたのだ。孤児にしては美しく、きれいだったので思わず拾ったのだと彼の父は言ったらしい。その時にアリーセはエリスと出会った。当時のアリーセは英語が全くわからなかったが、エヴァンス家は彼女を受け入れてくれた。エリスの母、アルマが優しく英語の読み書きを教えてくれ、十年経った今では、イギリス人かと言われるほど流暢な英語を喋るまでになった。 同時に十年間の間で屋敷のメイド長からメイドとしての教育を受けた。今では立派なメイドの1人である。 メイドと���ての教育、英語の読み書きの勉強、それらをこなしながら、アリーセはエリスと書斎で遊んでいた。兄妹のように常に一緒にいた。それが許されたのはアリーセがまだ子供だったからだ。今は一人のメイドとして働かねばならないのでエリスと話すことも少なくなっている。 「お久しぶりですね。こうして二人��いるのは。」 「昔はそんな言葉使ってなかったのに。」 「わたしはお屋敷に仕えているメイドでございます。昔のような口を利いてしまったらメイド長に怒られます。」 「いいんじゃないか。今はメイド長いないんだし。」 アリーセはムッとした顔をしてみせる。エリスが“ごめんごめん”と謝ってみせる。そのやりとりの後、二人は笑った。 「約束、覚えてるか?」 「エリス様とはたくさんお約束をしたので、どれのことだか。」 「そうだっけ?」 「えぇ。たくさんお約束しました。」 「んー、じゃあ、その中でも一番重要そうなのあったでしょ。」
“アリス、アリス。” “何、エリス。” “僕ね僕ね、えーっとね、あのね。” “どうしたの。顔真っ赤だよ。大丈夫?アルマ様呼んでくる?” “違う!大丈夫だよ!” “そうなの?本当?” “本当だよ。でね、アリス、僕ね――――”
「“アリスの騎士になるよ”でしたっけ。」 「おー。よく覚えてるなぁ。十年も前の話なのに。」 「メイドの前に女の子ですから。」 アリーセの言った言葉にエリスはニヤリと笑う。 彼は起き上がり、机に手をついて、身を乗り出した。思わず身体を引いてしまう。彼女のその反応を見て、彼は乗り出した身体を元に戻し、普通に座った。 「嫌?」 「…そういうわけではなくてですね。あの、わたし、メイドですので。」 彼女は立ち上がり、部屋の扉へと向かおうとする。 心臓がばくばくと脈を打っていた。今すぐにでも彼に聞こえてしまいそうでその場にいるわけにはいかなくなった。メイドが主人の息子とそういう関係になるわけにはいかない。 扉のノブに手をかける。 「アリーセ。」 エリスが声をかけた。そして足音が聞こえてくる。すぐ近くに彼がいるのだとすぐにわかった。 「悪かった。もう帰るだろ。」 「えぇ。わたしこそ、ごめんなさい。変なこと、口走ってしまって。」 アリーセの髪をエリスが撫でる。 昔ならばこれが普通だった。だが今はもう、違う。 「気にするな。部屋まで送るよ。」 「いいえ、大丈夫です。おやすみなさい。」 急いで扉を開き、閉める。今すぐにでも出ないと帰れなくなる気がした。もっともっと髪を撫でてほしかったからと心の中のアリーセがわがままを言う。自分で線を引かないといけないのだ。もしものことがあったら、エリスの姿すら見られなくなるかもしれないのだから。
自室に入ると、白い耳の長い生き物がぴょこぴょこと部屋を歩き回っていた。服を着ている。ふさふさしている。人の言葉のようなものをぶつぶつと唱えている。大きさは一般の大人の兎よりも少し大きいくらい。その生き物が二本足で部屋を歩き回っていた。 兎には見えるが。 「兎?」 生き物が振り返る。その生き物は赤いルビーのような深い目をしていた。その目を見開かせ、アリーセを指差す。 「ああああぁあああぁぁぁっ!!」 「えええええぇええええぇっ?!」 それは彼女の存在に驚いたかのように叫び声をあげた。彼女もそれが喋ったので同様に叫び声をあげていた。 ドンドンっ。 隣の部屋の人に壁を叩かれたようだ。だいぶ叫んでいたらしい。 アリーセは口の前に人差し指を立てて、シーっとやってみせた。 どうやら通じたらしく、その生き物もなんとか落ち着きを取り戻す。 「あなたは?」 「あ。ぼ…僕、僕は白ウサギと呼ばれているんだ。ウサギと呼んでおくれ。」 「え、えぇ。」 ウサギにとって兎が喋ることは当たり前らしい。 あまりつっこまないでおこう、怒らせてしまったら面倒だとアリーセの中で無理矢理納得させる。 「君こそ誰だい?うさぎを驚かせておいて。」 不法侵入しているくせに生意気な兎だ。 だが余計なことを言ってしまってはウサギはやはり怒りだすだろう。言わないほうがいいのかもしれない。アリーセは小さな怒りを抑え込んだ。 「わたしはアリーセ。ここではアリスって呼ばれてるけど。ここでメイドをしているの。」 そう言うと、ウサギはさっきよりも驚いた様子でアリーセを見た。小さな口をパクパクとさせている。毛も少し逆立っているように見える。 彼はアリーセに近づき、目を見開かせて彼女を見た。何かを確認するようにぎょろりとした目で彼女を見続ける。初対面なのにとても失礼なうさぎだ。それにうさぎのかわいさも伺えない。 「何か、あった?」 「君がアリーセなのかい。」 「えぇ。」 「本当に、君がアリーセ?」 うさぎは何度も同じ質問をした。それにアリーセは何度も同じ応答をした。 「もうわかってちょうだい。わたしがアリーセ・レオンハートよ。」 「そうか。君がアリーセなんだ。」 彼が納得した頃には二時間が過ぎていた。彼は窓際の壁に寄っかかり、考え込むように座り込んでいる。アリーセもそれに付き添うようにベッドに寄っかかり、床に座り込む。 「君は信じないだろうけど、僕の国の女王様が君に会いたがってるんだ。」 いきなり話されたその言葉が理解できなかった。 その言い様から彼がどこかの国から来たということはわかるが、なぜその国の女王がメイドなんかに会いたがっているのかは理解できない。 「それはどこの国かしら。ずっと東の国?それともどこかの島?」 「ううん。この世界にはないんだ。」 そこからウサギの説明が続いた。 彼は不思議の国からやってきた。この国にはない幻想の国みたいなものらしい。その国で女王からアリーセを探すようにと命を受け、それで次元を超えてやってきた。だが、行き先を間違えてしまったらしく、この屋敷に迷い込んでしまった。その矢先にアリーセが現れたらしい。 探している人がすぐに見つかったということになる。よほどウサギは運がいいようだ。 「でも、わたし、ここでのお仕事もあるし、お屋敷を離れられないわ。」 「大丈夫。向こうに行っている間、こっちの時間は止まっているから。」 「で、でも、どうやって行くの?」 ウサギは部屋の窓を指差した。いつもアリーセが朝開く窓だ。人一人は難なく抜けられる大きさになっている。 「わたし、帰ってこれる?」 「君が自分の意志をちゃんと持っていればね。」 ウサギは遠くを見ていた。確実にアリーセを見てはいない。アリーセの向こう側を見ているような目をしていた。 「アリーセは、そんなに帰ってきたいの?」 彼の質問に不意を突かれた。咄嗟に理由を探した。微妙な間の後、「エミリア様を放ってはおけないから。」と言い訳をする。 アリーセの中の感情を初対面のウサギなどには悟られたくなかった。エリスという青年から離れたくないなどと言えるはずもない。 言い訳をしたあと、ふとウサギの顔を見てみた。彼がどこか微笑んでいるように見えた。嫌らしいニヤリとした笑みではない。 「君は、不思議の国に行くんだね。」 ウサギは立ち上がり、再度、アリーセを見た。 「その女王様の命でしょう。わたしが行かないとあなたが大変じゃないかな。」 彼は「確かにそうだ。」とカカカっと笑った。その後にぴょこんと出窓になっている卓に飛び乗った。そして、アリーセに手を差し伸べる。まるで紳士のようだが、彼が小さすぎて少し絵にならなかった。でもファンシーな絵であることには変わりない。アリーセは彼の手をそっととる。 「じゃあ、行くよ。アリーセ。」 「うん。」 ウサギが窓を開ける。淡い光が部屋を包んでいく。 いつもはこの窓からはのどかな田舎の風景しか見えない。でも、今、光に包まれていて窓の向こう側が見えない。一体どうなっているのだろう。今は恐怖や不安より好奇心の方が上だった。 “…行ってきます。” 心の中で呟いた。きっと主人やエミリアへではない。エリスに対して呟いた。 ウサギの後を進み、窓の枠を越えた。普段だったらもう地面に真っ逆さまであろう位置に、アリーセは四つん這いのまま床みたいなものを踏みしめている。 「立てるよ。もうイギリスじゃないからね。」 ウサギの言葉を信じて立ち上がる。 立てた。 淡い光が薄くなっていき、だんだんと周りが見えてきた。 「ここが、不思議の世界でございます。アリーセ姫。」 アリーセはウサギの言葉遣いを不思議に思い、彼を見た。前にはもう既にいない。振り返ると、まるで紳士かと思わせるような雰囲気を持つうさぎがいた。さっきのウサギとはまるで別人だ。 「どうしたの、ウサギ。さっきまでは。」 遠くからラッパのファンファーレが聞こえる。誰かが最後の音を外し、かっこ悪いファンファーレになった。その音の後に悲鳴が聞こえた。まさかとアリーセは音の方向を見る。赤と黒の服を着た人達がこちらに向かってくる。 「ウサギ、あれは。」 「女王様の兵隊でございます。」 彼らはアリーセ達を囲んだ。兵隊の内の数人が間を空け、その間から女性が現れる。こちらも赤と黒をモチーフにしたドレスを着ている。王冠もその二色をモチーフにし、胸元のルビーも目立ちたがるように輝いていた。ウェーブがかった金髪がとても美しかった。 “逃げるんだ。” 声が聞こえた。聞いたことのある声だった。 「女王様のおなーりー。」 再びラッパが鳴る。今度は音を外さなかった。だが、謎の声はラッパの音にかき消されてしまった。 女王がアリーセに近づく。よろよろとした覚束ない足取りだ。 「アリーセか?」 「えぇ。わたしがアリーセよ。」 「我が娘、よくぞここに戻ってきてくれた。」 娘?そんな話聞いてない。 女性は話を淡々と続ける。アリーセは私の娘だということ。女王でいることに疲れたということ。ずっと探していたのだということ。たまに同じことを二度も三度も繰り返した。 「ウサギよ、よくぞやった。後に褒美をつかわすぞ。」 一瞬の沈黙があった。 「アリーセ!今すぐ逃げろ!」 誰の声かとアリーセは焦った。何秒か後にウサギの出した声なのだと理解した。彼はまっすぐとアリーセに向かって走り、その前を行き、案内しようとしていた。その彼の行動に辺りがどよめく。 「そのウサギを捕らえよ!」 女王が金切り声をあげた。兵隊達はウサギを押さえつけ、その場を動くことがなかった。ウサギはもごもごと動こうとしているが、兵隊達がそれをまた強く押さえつける。女王はそのウサギに近づいていく。 アリーセはその状況に直感した。このままではウサギは殺されてしまう。さきほどの悲鳴は音を外したラッパ吹きの悲鳴だったのだ。 「やめて!」 思わず押さえつけられていたウサギの前に立��た。 「お退き、我が娘よ。この者は妾に逆らったのだぞ」 「とにかくやめて!だめ!」 アリーセも女王と同じくらいの金切り声をあげていた。 ふと顔を上げたとき、初めて女王と目線をあった。初めて彼女の顔を見た。何よりも冷たい目をしていた。情熱のある者の熱を一気に凍らせてしまうような冷たさを感じる。それに負けじとアリーセは彼女の目を睨む。 「ウサギがいたからわたしはここに来られたのよ。その恩も忘れたわけ?」 見つかる限りの言葉を女王にぶつける。今はそれしかできなかった。 「あなたはわたしの母親なのに娘の言うことも聞けないの?」 「もうよい。」 女王がアリーセの言葉を遮った。 「ウサギを離してやれ。」 兵隊達がウサギから離れていく。ウサギに女王が近づくと、女王は腰にぶらさげてある剣をウサギの首元に当てた。 「この度は我が娘に免じて命は貰わぬ。次は、覚悟をしておけ。」 そう言い残すと女王は剣を鞘に納め、アリーセの元へと戻った。兵隊達も普段通りに戻り、元の列を成す。 「我が娘よ、まずは城へと帰ろう。話はそれからだ。」 「え。」 強制的に馬車へと連れて行かれる。兵隊達にもみくちゃにされながら馬車に乗ったからだ。あれでは逃げようがなかった。 ウサギがとても気がかりだった。だが、窓から見えたのは顔を下げたままの白い毛が砂で汚れたウサギだった。
城は赤と白がモチーフとなっていた。一般人がイメージする城の壁や床、家具が赤と白なのだ、と説明すればなんとかなるだろう。 アリーセはまず部屋に案内されて着替えをするようにと言われた。メイドからここまでの昇格だと何がなんなのかかわからない。ドレッサーを開ければたくさんのドレスがあり、化粧箱をあければ使い切れないほどの化粧品がある。ベッドはキングサイズで、バルコニーまであった。とりあえずドレッサーの中のまともそうなドレスを選び、着替えだした。白いウェディングドレスかと思うようなドレスだ。その白いドレスの所々には薄い水色の糸で薔薇の花の刺繍が施されている。これがアリーセの好みだった。 部屋から出ると、女王がいた。今までにない笑顔が貼付けられた笑顔に見えて怖かった。そのまま着いていき、ダイニングについた。ダイニングには使用人とメイド、そして誰か男性が一人いた。 「我が息子よ、我が娘にご挨拶をおし。」 我が息子と呼ばれた彼が振り返った。明るい茶髪に深い海のような瞳、現実にいたらとても女性に好かれそうな容姿をしていた。だが、何かが少し違う。 「やぁ、アリーセ。とても会いたかったよ。」 なぜか言葉の響きが冷たかった。ただ台詞を話しているように聞こえたのだ。 「初めて会うけれど、思った通りだ。きれいだね。」 「…そう、ありがとう。」 ここに来たときから気づいていた。ここの人々は皆、目が生きていない。濁っているような、輝いていないような、そんな目をしている。 「我が息子、名前を教えておあげ。」 彼はゆっくりと女王を見て、それからまたゆっくりとアリーセに振り返った。それがまた不気味に見える。彼はにこやかに笑っていたが、その目は笑っていない。口元だけが少し上がっているだけだ。 「僕の名前はユリウス。」 女王がアリーセに近寄り、頬に手を添える。 「我が娘よ、暫し我が息子と話していろ。きっといろいろ教えてくれる。」 「え?」 「ここの暮らし方も習わしも、これからも暮らしも。」 そう言い残し、女王は部屋を去っていった。その間、アリーセは言われたことの意味が理解できず立ち尽くしていた。 いつの間にか2人きりになっている。使用人達もいなくなっている。 暖炉の炎が燃え上がり、ロウソクの火が寂しく輝いていた。アリーセはただユリウスを睨み、立っていた。ユリウスの顔が暖炉の炎でゆらゆらと照らされる。彼はソファに座ったまま炎を見つめていた。変わらぬ口元の笑顔で、だ。 「アリーセ。」 彼が口を開く。それに思わずびくっとする。 「こっちに座らないかい。」 向かいのソファを指差している。アリーセは恐る恐る近づき、そのソファに腰を下ろす。 彼はそのまま炎を見つめたままだ。 「わたし、お部屋に戻ってもいいでしょうか。」 反応がない。聞いていないようにも見える。 「あの、ユリウスさん?」 「君は僕と結婚することになる。」 意味のわからないことを彼は口にし始めた。 アリーセはきょとんとした目で彼を見る。 「母上は女王であることに疲れたんだ。だから次の王様が欲しくなったんだ。それで、ウサギに君を捜しにいかせたんだよ。僕は母上の愛人との息子だ。でも君は母上とその夫の娘。母上は僕と君を婚約させようとしてる。」 「それって。」 「君の世界じゃあり得ないんだろ。でもここならあり得る。ここは母上の世界だ。母上が望めばその通りになる。」 「それって、わたしが帰れないってことじゃない。」 ここで結婚したとすれば、確実にイギリスには帰れない。エミリアの世話もできなければ、エリスを目にすることもできなくなる。 「わたし、部屋に戻りますね。」 すぐに立ち上がり、扉へと向かう。 「アリーセ。」すぐに声をかけられた。 アリーセのすぐ近くにユリウスがいる。首の近くに何かを感じる。 …首を絞められる。 そのまま視界に彼の手が入る。その流れで肩ごと抱きしめられた。特に強い力でもない。その気になればその腕を払うこともできる。 「ユリウスさん、あなたはわたしを引き留めるように女王様に言われたの?」 「…。」 「わたしはそれだけじゃ動かないわ。」 その腕を払う。すぐにその腕が解けた。 「ごめんなさい、ユリウスさん。」 アリーセは扉を開き、振り返らないまま閉めた。 廊下はもう暗かった。途中にあるロウソクが廊下を照らしているだけだった。
部屋のバルコニーで夜風に当たっていた。慣れないネグリジェ姿のまま、その風景を見つめる。 イギリスの田舎風景よりも田舎だ。なんの灯りすら見えない。聞こえるのは森のざわめきだけだ。それがなぜか今は心地よい。エリスと共にこの夜をすごせたらどれだけ幸せだろうか。ここにいれば、身分など気にしなくて済む。きっと昔のように彼と過ごすことができる。 考え事をしていると、バルコニーの近くにある木々がガサガサと揺れた。持っていたロウソクの火を音の方向に向けてみる。 「誰?」 葉の隙間から白い耳の長い生き物が出てきた。彼は初めて会った時のアリーセのように口元に人差し指を立てて笑ってみせる。 もう毛は砂で汚れていない。 「あなた、無事だったのね。」 「おかげさまで。」 ウサギが「チェシャ」と誰かを呼ぶように囁いた。彼が出てきた茂みからどこかで見たことのある縞模様のにやついた猫が現れた。 エヴァンスの屋敷にいたチェシャだ。 「おやヤー。あのメイドさんかネー。」 やはり、この世界の動物は喋る。 どうやらチェシャはアリーセのことを知っているらしい。屋敷にいる猫とは同一人物…ではなく、同一猫物のようだ。 「困っているようだネー。突然こんな所に連れてこられちゃあネー。」 「いえ、そんな。」 チェシャは笑う。それも豪快に口を開けて。 「屋敷にいたときの君はそんなんじゃなかったネー。もっと強気で自信があったように見えたヨー。」 「わたしのこと、見てたの?」 「ずっとずっとサ。小さい頃からネー。」 そのままウサギの方に「ネー。」と相づちを求めようとする。彼は少し恥ずかしそうに頷いてみせる。 温かな安心感に浸っていると、部屋の扉がノックされた。そのノックの音はユリウスのことを連想させた。きっと彼だとアリーセの直感が働いた。 ウサギとチェシャに隠れているように言い、ノックに対して適当な返事をした後、扉に近づいていく。そして恐る恐ると開いた。何かを覗き込むようにそーっと扉を開く。ロウソクの炎にノックをした人間の白い肌と青い瞳が照らされている。少し目線を上げると、そこには思った通りのユリウスがいた。 「どうしました?もうだいぶ遅い時間ですよ。」 なるべくユリウスが入って来れないように、狭い隙間から覗き込む。 「会いに来ただけだよ。入っていいかい。」 「えぇ、構いませんけど。」 仕方なく扉を開く。静かに、且つ上品にユリウスは部屋に入る。 イギリスにいたらきっと相手がたくさん見つかるだろうに。 そんなことを思いながら、彼を部屋のソファへと通す。彼は躊躇することなくスッとソファに座った。アリーセがデスクとセットになっている椅子を持っていこうとする様子をジッと見ている。 「隣に座ったらどうだい。」 断れない。目の前で言われるとさすがに断れない。他に好きな人がいるからとか、あなたが苦手だからなどと面と向かっては言えない。 他のいい断る理由もないため、素直にユリウスの隣に座る。別の意味で緊張していた。屋敷でエリスといたときに感じた心臓の鼓動の早さと今の鼓動の早さは似ている。だが、感じているもの、隣にいる人は全くの逆だ。今、アリーセは嫌な汗をかいている。 「あのー。」 一緒にソファに座ってから沈黙が続いている。気まずい。未だかつてない気まずさだ。 ユリウスは人形のような目をして遠くを見ている。 「あなたには、何かやりたいことってないんですか。」 「やりたいこと?」 「あなたは私と結婚するためだけに生きてきたわけじゃないですよね。」 彼は溜息をついた。そのままの目をする。 「僕は、母上にとってはそれでしかないんだ。」 表情は何も動いていない。目線すら動いていない。だが、その目元には涙のようなものが見える。 アリーセは手元のハンカチで彼の涙を拭った。その行動にユリウスは驚いた様子で彼女を見る。彼の青い瞳にアリーセが映る。 「君は優しい人なんだね。」 「そんなことないです。」 「森の住人達も僕達よりまともなはずなのに、一度も僕に優しくはしてくれなかった。」 ユリウスがハンカチを持ったアリーセの手に触れた。 彼が微かに微笑んでいるように見える。アリーセは彼が少し苦手であることを忘れて、じっとしていた。 「君に想い人がいるのはわかっていたよ。ごめんね。無理強いをして。」 外でガサガサと音がする。アリーセがその方向を見ると、そこにはウサギとチェシャ猫がいた。 「ユリウス様、アリーセ様を元の世界へ戻してあげたいのです。」 ユリウスはそっとアリーセの手を離し、立ち上がった。そして、彼女を立ち上がらせ、ウサギの元へと手を引いた。 「彼女を頼んだよ。」 「はい。かしこまりました。」 背中をトンと押され、バルコニーへ一歩踏み出した。そのままウサギとチェシャを追って、壁に絡まったツタを掴む。 ふと自分のいた部屋を振り返る。そこには暗い部屋にぽつんとユリウスがいるだけだった。とても寂しげに見える。自分がユリウスの傍にいなきゃいけないような気がしてしまう。 「ねぇ、ウサギ。」 「どうしたんだい?」 「ユリウスさんは私がいなくても大丈夫なのかしら。」 ウサギが暫しの沈黙を作る。チェシャも喋る気配はない。 アリーセと2匹は丈夫そうなツタを掴みながら、城から抜け出していく。その間も会話をすることはなかった。たまにアリーセが足を踏み外し、「大丈夫かい?」「大丈夫。」という会話がされるだけだった。 地面に足がつく頃には月がてっぺんに昇っていた。月がアリーセ達の影を作る。 「このまま森へ逃げるよ。ここで女王をやり過ごすには森しかないんだ。」 「わかったわ。」 急ぎ足でアリーセ達は森へと入っていく。 夜の森はもっと不気味だと思っていたのだが、想像していたよりも明るく、色とりどりの薔薇が咲いていた。たまに動物達が現れては去っていく。不気味というよりは神秘的な森だった。 しばらく歩いていると、楽しそうな声が聞こえてきた。笑い声やジョークなどが飛び交っているらしい。その声にだんだんと近づいていく。 「こっちに行って大丈夫なの?人の声がするけれど。」 「大丈夫だよ。彼らは僕達の味方だからね。」 開けた所に出ると、そこにはテーブルと椅子があった。机の上にはケーキやマドレーヌなどの茶菓子、そしてカップに入った紅茶、砂糖やミルクなどのお茶会に必要なものが置いてあった。 ただ唯一気になるのはそれらがとても散らかっているということ。ケーキのクリームがテーブルクロスにべったりとくっついていたり、お皿が割れていたりと酷い状態になっていた。 そのうちの一人がアリーセ達の存在に気づく。シルクハットを被った陽気そうなおじさんだ。 「やぁやぁ!ウサギじゃないか!」 「どうも、御機嫌よう。帽子屋。」 「そちらのお嬢さんはどなたかな?もしかして、ウサギの恋人かね?」 「違うよ。彼女はアリーセ様さ。今から帰るところだよ。」 「なるほどなるほど。」 帽子屋と呼ばれた男は目深にシルクハットを被っている。その男はアリーセに近づいてきた。 「今日があなた様にお会いできた記念日でございますな。お目にかかれて光栄ですぞ。私、帽子屋でございます。」 彼は深々と被ったシルクハットを取って、丁寧にお辞儀をした。そして、顔を上げる。その上げられた顔を見て、アリーセは驚愕した。 帽子屋の顔がイギリスで仕えていたサイラスだったのだ。似ているのではなく、その本人の顔だった。 アリーセが驚いているのを他所に帽子屋は陽気に喋り続ける。 「いやぁ、ウサギの惚気話を長く聞いてないもんで期待してしまいましたよ。惚れた女がいると風の噂で聞いていたもので。いやぁ失敬失敬!」 イギリスで見たサイラスはここまで口達者ではない。この帽子屋のように陽気でもない。どちらかと言えば、寡黙に近い。 「三月ウサギや!アリーセ様だとよ!」 彼が遠くにいる別のうさぎを呼んだ。うさぎはかなり大きめなネズミを抱きかかえて、帽子屋の隣にやってくる。 三月ウサギと呼ばれたうさぎはとてもおかしな格好をしていた。インドでよく被られるというターバンを頭に巻き、カラフルな燕尾服を着ている。とても眩しい色使いで見ているのが少し辛い。 ネズミはというと、ずっと眠っていた。たまにもぞもぞと三月ウサギの腕の中で寝返りをうつくらいだ。 「へぇ〜アリーセ様か!初めて見るよ、僕!」 この声も聞き覚えがある。屋敷で聞いた声の中の一つだ。 「もうちょっと耳が長かったら僕のお嫁さんにするんだけどなー。君の耳は長くなったりしないかい?」 「何を言ってるんだい三月ウサギ。アリーセ様は人間なんだから無理だろう。」 帽子屋と三月ウサギの間に笑いが起きる。その笑いを理解できずにアリーセはぽかんとしていた。マシンガントークと言わんばかりの会話についていけない。 すると、遠くからラッパの音が聞こえた。初めてこの世界に来たときに聞いたラッパのファンファーレだ。その音を聞いて、帽子屋と三月ウサギの表情もどこか固くなる。 「女王様、だね。」 ネズミがぼそりと呟く。むにゃむにゃと口を動かして。 「帽子屋、女王様の足止めを頼んでもいいかい?」 ウサギはそう口を開き、帽子屋を見上げた。相変わらずの笑顔でガッツポーズをする。三月ウサギも帽子屋の真似をするようにガッツポーズをする。 「ごめん。頼むよ。」 ウサギが走り出した。その後を追いかけるようにしてアリーセも走る。暗い森の中を颯爽と駆け抜ける。 なぜか身体が疲れることはなかった。息があがることもなく、走ることが気持ちいいくらいだった。長時間を全速力で走り続ける。足がもつれることも、転びそうになることもない。誰かに魔法をかけられたかのようだった。 しばらく走り続けていると、一軒家を見つけた。一見、魔女が住んでいるような風貌の家で訪ねることすら躊躇しそ���な家だ。 「これはこれは。公爵夫人の家だ。ちょっと匿ってもらおう。」 「えっ。この家、大丈夫なの?魔女とかが住んでいそうよ。」 「大丈夫さ。公爵夫人は魔女なんかじゃないよ。」 ウサギが扉をノックする。すると、すぐに女性が出てきた。スパンコールドレスにストールを巻いた女性だ。その服装はこの家の風貌とは全く合っていない。彼女の腕にはぐったりと首の垂れた鹿のぬいぐるみがある。それをあやすようにして彼女は出てきたのだ。傍から見れば精神破綻者とも受け取れる。 「お久しぶりです、公爵夫人。」 「あら、ウサギね。とても珍しいわ。どうかしたのかしら?」 「今、人に追われているのです。あなたの家に匿ってもらってもいいですか?」 「それはそれはおつかれさまですこと。お入りになって。」 公爵夫人は快く一人と一匹を迎え入れた。 家の中は外からの見た目とは裏腹にきれいに整っていた。埃一つありませんとでも言うくらい清潔感が溢れている。 焼き菓子の香ばしい香りがキッチンから漂ってくる。明るい生活や幸せな家庭を思い出させてくれる。 彼女はアリーセとウサギをソファへと案内した。その後に紅茶とクッキーを出してくれる。お茶会での乱れた風景とは打って変わって、とても落ち着いてお菓子を食べることができた。 「それで、あなた方は誰に追われているの?」 ウサギが公爵夫人に今までの流れを説明した。 隣にいる女性はアリーセという女王のご子息であるということ。自分は女王の命令によりにアリーセをこの世界へと連れ出したということ。そこで無理な結婚を強いられそうになっていたということ。女王のご子息であるユリウスにアリーセのことを任されたということ。帽子屋達のところで女王の追っ手に掴まるところだったということ。今に至るまでの全てを話した。 「あら、大変ねぇ。このアルマもお手伝いできること、あるかしら?」 アリーセはその名前を聞いてハッとした。改めて、公爵夫人の顔を見つめる。やはり、屋敷で見たことのある顔そのものだった。 アルマという名前は屋敷の旦那の妻の名だ。 「あなたは、アルマさんと仰るんですか?」 「えぇ、そうよ。よろしくね、アリーセ様。」 「あなたはアルマ・エヴァンスではないですか?」 「何を言っているの?あたくしはアルマ公爵夫人でしてよ」 彼女は楽しそうに笑う。 だが、顔も声もアルマそのものなのだ。さっきから知っている人しか現れていない。帽子屋の姿といい、三月ウサギの声といい。そういえば、ネズミの声もどこかで聞き覚えがある。 「公爵夫人、もうすぐにでも追っ手が来るのかもしれないのです。」 「あらあら、ウサギ。それはまるであたくしに足止めをしろって言ってるみたいね。」 「相変わらず、公爵夫人は勘が鋭いようで。」 ウサギはカリカリとクッキーを食べながら笑った。 公爵夫人が鹿のぬいぐるみを机に置いてから、窓のカーテンを少しだけ開き、外の様子を伺った。すぐにアリーセ達に静かにするようにとサインをした。 「もう兵士達が遠くに見えるわ。あなた方は裏口から出て、泉に向かいなさい」 「えっ。でも、アルマさん、あなたは。」 アリーセがその場で立ち上がる。 ここで公爵夫人が女王達の追っ手を足止めしたら、ウサギのような目に遭うかもしれない。そう思うと、この家を離れるわけにはいかなくなった。公爵夫人が女王に命を奪われたりしたら、それは自分が原因ということになってしまう。 ウサギが動物らしいつぶらな瞳でアリーセを見つめる。 公爵夫人がアリーセに近づき、抱きしめた。その抱擁はどこかで感じたものそのままだった。 そのまま彼女は柔らかい笑顔で「大丈夫。」と呟いた。 「この森で一番偉いのはあたくしよ。女王の弱味を握ってるのもあたくし。あたくしを信じてちょうだい。またすぐに会えるから。」 もう一度、抱きしめられる。 すぐに公爵夫人の家の扉がノックをされた。とても乱暴なノックだ。アリーセを早く捕まえないと彼らはすぐに処刑されてしまうのだろう。 「さぁ。キッチンの先が裏口よ。ウサギ、あなたは場所わかるでしょ!」 「当たり前です!」 ウサギがアリーセを案内するようにして、家の中を進んで行く。 また乱暴なノックが公爵夫人の家を襲った。それにだんだんとイライラしてきた公爵夫人はピンヒールを履いている足で自分の家の扉を蹴り飛ばす。ヒールが貫通した扉の向こう側から「ひぃぃ!」と兵士達の悲鳴が聞こえてくる。 アリーセがその様子を見ていると、公爵夫人はかわいげのあるウインクをした。“ほら大丈夫でしょ?”とでも言うようなウインクだ。 「ありがとうございます、アルマさん。」 アリーセはウサギの後を追って、裏口から外へと飛び出した。 公爵夫人の家がとても騒がしい。家の中での公爵夫人のイメージが一気に崩れてしまうような言い争いが聞こえてくる。おとなしい気品のある女性から頼りがいのある姉貴への変貌といったような具合だ。 走り続けていると、公爵夫人達の言い争いがだんだんと遠くなっていった。どうやらうまく足止めしているらしい。 森は深くなればなるほど、以前の神秘的な雰囲気から不気味な雰囲気へと変わっていった。何かモンスターが出てきそうな気がしてしまう。ウサギが言うにはモンスターは出てきたことないらしいが、仮にも“らしい”という見解だ。 ふと、アリーセは後ろを見てみた。 「ねぇウサギ。」 「どうしたんだい。」 「チェシャはどこにいったの?」 思えば、だいぶ前からあのニタニタとした笑顔を見ていない気がする。帽子屋達と会ったとき、チェシャ猫はいただろうか。 「もしかして、もう女王に捕まってしまったりなんてこと、ないよね?!」 アリーセの足取りが止まる。微かに上がった息で肩が上下する。 その止まった足取りに気づいたかのように、ウサギがアリーセに振り返る。 「絶対にあり得ない。チェシャはそんなヘマをする猫じゃないよ。僕が保証する。」 「本当?ねぇ本当なの?」 彼女の今にも泣き出しそうな表情がウサギ��心を痛める。彼はアリーセに近づき、もう一度、言う。 「僕が保証するよ。大丈夫。」 念を押すようにアリーセの瞳を見つめながら言った。 そう、ウサギが大丈夫というなら、きっと大丈夫。 アリーセは深呼吸をした。今まで走ってきた道へと振り返った。 兵士達のざわめきは聞こえない。風の音と木の葉のかすれる音しか聞こえない。生きている動物達がいるはずなのに、鳴き声や足音すら聞こえてこない。もう遠くまで走ってきたのだと思い知らされる。 母であるという女王の狂った愛、本当のことを言えないユリウスの想い、チェシャ猫の意味深だけど温かみのある言葉。いろんなものが蘇ってきた。 「大丈夫なのね、チェシャは。」 「うん。絶対にね。」 ウサギがチェシャ猫の無事を断言する。その自信にチェシャの安否を委ねることにした。 アリーセが歩き出す。その歩みの隣をウサギがぴょこぴょこと歩き始める。歩けば歩くほど、森は生物の気配をなくしていく。まるで、そこにはアリーセとウサギの一人と一匹しか存在していないかのようだった。 だんだんと森が拓けてきた。目の前には湖が広がっている。湖の水が月の光に照らされて様々な美しい色に輝いている。その湖の中心には見覚えのある窓が浮いていた。アリーセの部屋にある窓によく似ている。彼女がこの世界に来るときに通ったあの窓だった。 「あの窓。」 「そうだよ。君の部屋の窓さ。あれが君の世界へと戻る扉になるんだよ。」 湖の淵まで近づいてみる。透明な水の中には鳥のような生き物が泳いでいた。水の中を飛んでいるかのように泳いでいる。とても気持ち良さそうだ。すいすいと流れるように泳ぐその生き物を見つめた。水面には自分の顔が映っている。 いつの間にか隣にはウサギの顔が映っていた。白い美しい毛並みで赤いルビーのような瞳をした兎。月明かりに照らされながら、一人と一匹は沈黙を続けた。 「帰りたい?」 ウサギがぽつりと呟いた。沈黙が破られる。 「うん。帰りたい。でも、あなたに会えなくなっちゃうわね。」 いつも助けられた。ウサギの言葉がなければ、この世界に束縛され、帰れなくなっていた。この湖まで走って、歩いてくることができたのもウサギのおかげだ。感謝したくてもしきれない。 ここで帰れば、エリスとまた会うことができる。結ばれることはないとしても、ただ話をすることや目を合わせることはできる。 「会いたい人、いるんだね。」 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で彼は呟いた。 自分の本心を悟られてしまったように思えて、思わず狼狽える。 「そんなことないわ。あなたの気のせいよ。」 咄嗟についた嘘もバレバレだ。その顔を見られないようにと空を見上げる。ただ真っ暗な中にある満月を見つめる。 今、あの人も同じような月を見ているのだろうか。 ふと、そんなことを思ってしまった。自分の身分をわかっておきながら、そう思ってしまった自分を責める。わたしはメイドなのに、ただのメイドなのに、と心の中で自分を責めた。 その様子をウサギはじっと見つめている。 「アリーセ?」 頬を何かが流れた。冷たい何かが頬を伝って、地面に落ちる。思っていた感情が溢れるかのように涙が止まらない。服の袖で涙を拭いても、ぽろぽろと涙がこぼれる。泣き顔を見られたくなくて、顔を俯かせた。 「泣いてるの?」 自分を抑え込むように声を抑える。あまり泣いていることを悟られたくなかった。 「あなたはわかっているのね。」 もうこの兎は自分のことを悟っている。そんな気がした。わかって、あのような言い方をしている。 「わたし、ここにあの人がいたらって思った。ここだったら、身分、気にしなくて済むから。昔みたいに、何も気にせずに話せると思うから。」 「うん」 「どんなに好きでも仕方のないことってあるわよね。わかってるけど、わかってるからこそ、辛いのよ。」 アリーセの背中に何かが触れる。顔を上げる勇気はない。泣き顔など見られたくない。ただひたすら涙が止まるように祈っていた。 何かが背中をそっと撫でる。そのまま髪の毛を撫でる。 ウサギはそんなに背が高かっただろうか。アリーセの頭まで届くほどの手の長さや身長はあっただろうか。そんな疑問が頭をよぎる。 それはただ黙って、アリーセを落ち着かせようとするように髪の毛を撫で続ける。 「ウサギ、もう大丈夫よ。もう。」 肩に何か重みを感じる。涙に濡れた頬を袖で拭い、自分の隣にいるはずのウサギを見た。 そこには既にウサギの姿はなく、十分に見知った姿があった。肩に置かれているのは人間の手、彼女の背中や髪を撫でてくれたのはその手だった。 「アリーセ。」 その声も知ってる。毎日聞いてた。一番聞きたいと望んでいた声だ。 そこにいたのはこの世界にいるはずのない人間だった。なぜいるのかすら理解ができない。一番会いたいと思っていた、一番助けてほしいと思っていた、その人が今、目の前にいる。 「…エリス、様」 この世界にいるはずのない人物、エリスが隣にいた。ウサギの姿はどこにもない。 「この世界でも“様”付けなのか。今はいらないだろ。」 イギリスの彼と変わらない調子で笑いかけてくれる。 肩に置かれているエリスの手にそっと触れる。その感触は確かに人間のものだった。幻でも魔法でもなんでもない。目の前にいるのは、本物のエリスだ。 また涙が込み上げてくる。安心したのか、身体の力がふっと抜けた。ただただ涙が流れ落ちる。悲しみの涙ではない。嬉し涙だ。エリスの身体へと倒れ込む。今までの疲れがどっと出たかのようだ。その倒れ込んだアリーセの身体を受け止める。 「なんで。なんでここにいるんですか。なんで最初から来てくれなかったんですか。」 なんでなんでと責めることしかできなかった。そのアリーセの言葉にただ「ごめんな。」とエリスが答える。 「怖かったんですよ。とても助けてほしいと思ったのに。誰もいないから、ウサギしかいなかったから。すごく…怖かったんですよ。」 「うん。ごめんな。本当に。」 「なぁ」とエリスが声をかける。 「あれは、アリーセの本心?」 「えっ?」 「アリーセの言う“あの人”って、俺のこと?」 顔を上げて、エリスを見る。彼はにやっと笑って、疑いのない目でアリーセを見つめていた。 途端に恥ずかしくなって、エリスから離れようとする。その彼女を離さないように抱きしめる。弱い力で抵抗してみたが、エリスの笑顔を見ているともういいやと思えてくる。 「ウサギって、エリス様だったんですね。」 抵抗をやめて、エリスに身を任せる。 「卑怯ですよ。わたしはあなたに気づけなかったのに。あなただってわかってたら、怖い思いせずに済んだのに。」 「それは謝るよ。でも、俺だって必死だったんだ。」 それからエリスは喋り続けた。 女王から命令が下ったとき、とても迷っていたということ。そのとき、エリスはアリーセと離ればなれになりたくないと思い、ここまでの行動をしたということ。自分の首が飛ぶかもしれない。それでも構わないと必死になっていたということ。 「この世界とイギリスでは俺達の立場は真逆なんだよ。」 「どういうことですか?」 「この世界だと��は執事みたいなもん。アリーセは姫だろ。イギリスだと俺はおぼっちゃまで、アリーセはメイド。どっちの世界も片方が縛られてるんだ。」 よく考えてみるとその通りだ。どちらも身分が違う。一緒になることはきっとできない。運命が定められているかのようで不快感を感じた。 「でも、こっちの世界だとアリーセが別の男に取られてしまう。それだけはどうしても嫌だったからここまでしたんだよ。」 「エリス様」 「アリーセはどっちがいい?俺だって、もしかしたら他のお嬢さんと結婚させられちまうかもしれないんだよ。」 ザッザッと足音が聞こえてきた。少しボロボロになった兵士達とその後ろには化粧がボロボロになった女王がいた。女王は今にも泣き出しそうな顔をしている。美しい顔が台無しだ。 エリスはアリーセの前に立ち、女王を睨んだ。 「我が娘よ、なぜ消えようとする?妾の前から消えようとするのだ!」 ヒステリックに叫ばれた声で湖の水が振動する。 「アリーセ。お前には幸福を用意してあるのだぞ。それなのに、なぜ?」 だんだんと言っている意味がおかしいことになっていく。自分でも何を言っているのかよくわからないのだろう。同じことを何度も言ったり、矛盾していたりと女王が錯乱状態を起こしている。視線も泳いでいて、初めて女王を見たときの冷酷さが見えない。 アリーセがエリスの前に出る。その彼女の腕をエリスが掴んだ。 「アリーセ。」 「大丈夫。親子ですもの。わたしがあの人をお母さんって呼んであげないと。じゃないとあの人はお母さんにはなれないし、わたしもあの人の娘にはなれないでしょう。」 エリスの手の力が緩んだ。 「お母さん!」 辺りにアリーセの声が響いた。その声を聞いた女王の目がスッとアリーセに向いた。兵士達の間でざわめきが起きる。 「…お母、さん?」 呟かれた女王の声に冷酷さはなかった。ただの一人の女性だった。 アリーセが女王に近づいていく。その歩みは堂々としていた。女王の周りにいた兵士達も道を空けていく。 女王の目は冷たい凍り付くような眼差しではなくなっていた。一人の人間の目をしていた。温かみや感情がその目から受け取れる。 「あなたはわたしのお母さんでしょう?」 ガクッと女王が座り込む。それに合わせて、アリーセもしゃがみ込んだ。 「なぜ。なぜ、お前は向こうへと行く。」 「なんでって。私にも私の生活があるの。向こうに家族もいるし、友達もいる。」 「お前の?」 「私は大丈夫よ、お母さん。私を支えてくれる人、たくさんいるから。」 女王の震える手がアリーセへと伸びる。その手を自分の手で包み込むように握りしめた。 祈るように握りしめている手に力を込める。 「お母さんもこの世界の人を信じてあげて。あなたがもっといい女王になったら、きっとこの世界の人は幸せになれる。きっと、お母さんも。」 アリーセの手に水滴が落ちてきた。それは女王の涙だった。 この人でも泣くことができたんだ。アリーセはそうほっとする。 兵士達の目にも生気が戻っていく。ざわざわと辺りがざわめいていく。「アリーセ様だ」「姫様がいる」と彼らの私語が聞こえてくる。 女王の目からは止めどなく涙が流れていた。 「わたしがこの世界にいなくてもあなたはわたしのお母さんよ。」 アリーセは立ち上がり、辺りを見回した。兵士達が慌てて、その場に跪く。 「跪く必要はないわ。みんな、楽にして。」 それでも兵士達の顔は上がらない。どよめいた雰囲気が漂ったままだ。 その様子を見て、女王が立ち上がる。流れ続けた涙が止まることはなかった。それに恥じることなく、彼女は兵士達に向き直った。 女王の堂々とした姿で更にその場がどよめく。 「アリーセの言うことが聞けぬか。我が娘の言葉は命令ではない。お前達の求める、言葉のはずだ。」 彼女の声は落ち着いている。 その声で兵士達は立ち上がり、それぞれが楽なようにした。それでも女王やアリーセを見つめる。 「お母さん、ありがとう。」 女王��黙ったまま、少しだけ顔をそらす。 「みんな、お母さんを支えてあげて。お願いね。」 兵士達が敬礼する。 アリーセはエリスの元へと戻っていく。その様子を女王もただ見つめる。 「いいのかい。」 「うん。終わりました。」 「帰っていいのかい。もう二度と会えないかもしれないんだよ。」 「お母さんは大丈夫。ユリウス様がいらっしゃるから。」 足を湖へと進める。なぜだかそのまま進めるような気がした。 湖の上に浮く。沈むことはない。そのまま進んでいくと、湖の上に水の波紋ができていく。そのあとをエリスもついていく。 湖の真ん中までいくと、あの窓がある。あの窓の向こうがイギリスだ。その窓を開いてみる。その向こうには見慣れた景色がある。あれは、わたしの部屋だ。 もう一度、女王の方へとふりかえってみた。 「お母さん!行ってきます!」 女王はやはりただアリーセを見つめている。その表情はまだどこか寂しげだ。 エリスが先に窓の向こうへと先に行く。エリスの手を借りて、窓の向こう側へ行こうとする。 「アリーセ!」 女王の声が湖へ響く。思わずすぐに顔を上げて、女王を見る。 「幸福のなるのだぞ!命令だ!」 「はい!」 返事をして、窓の向こう側へと行く。 親の本当の言葉を聞けたような気がして、とても嬉しかった。嬉しすぎて涙が出てきてしまった。きっとあれが母の本心なのだと自分に言い聞かせた。 窓の向こう側は見知った部屋だった。アリーセがいつも寝ては支度をして本を読むあの部屋だった。彼女が初めてウサギと出会った部屋でもある。自分の部屋の床に両足が着くと、窓は勝手に閉まった。もう一度、その窓を開けてみると、向こう側はイギリスの田舎風景だった。時間もまだ夜中。時間は進んでいないようだった。 もう母には会えないんだな。 ふと自分の部屋を見回すと、エリスが座り込み、壁に寄っかかっていた。眠っているようだ。 「エリス様。エリス様。」 彼が薄目を開く。そっとアリーセに微笑みかける。 「…おかえり。アリーセ。」 「ただいま戻りました。」 エリスが立ち上がる。寝起きのせいか少しふらふらとしている。そのままアリーセの元へとふらついて、軽く抱きつく。 「エリス様!」 「よかった。こっちに戻ってきてくれた。」 アリーセの髪を撫でるようにして、抱き寄せる。エリスの小さな嗚咽が聞こえる。 今日だけ、自分のわがままを許して下さい。今日だけこの人に触れさせて下さい。明日からはメイドとして働くから。 彼女が顔を上げると、すぐ近くにエリスがいる。 「ありがとう。エリス様。」 「“様”はいらないよ。」 エリスが、ウサギがいなかったら、アリーセは元の世界に戻って来れなかった。きっと、女王の思い通りになっていただろう。そのままユリウスの妃となり、向こうの世界に閉じ込められていた。 でも、戻って来れたのは、彼や帽子屋達、公爵夫人、チェシャ、彼らのおかげだ。彼らに感謝しなければ。 アリーセの指に力が込められる。エリスの服にしがみついて、顔を彼の胸へとまた伏せた。 「ありがとう。」 ―――エリス。 そのとき、部屋の扉が開いた。そこからにゃーと一鳴き聞こえた。そこにはしましまのにやついたような口の猫がいる。 …帰って来れた。ありがとう、エリス。
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◆目を疑う事実たち
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◆目を疑う事実たち 2019/12/11 https://youtu.be/ND2WGQULa2w 技術によって、科学者、研究者、観測者たちは今まで見たこともなかったようなものを見ることができるように。空中写真や高解像度の写真、宇宙で長距離を撮影する技術などで、説明のつかない奇妙なことがたくさん発見されました。カメラに捉えられた不可解なもの10選をご紹介します。 ・中東の巨大な車輪 航空写真の技術と衛星画像の技術により、研究者たちは中東に不思議な丸い石材構造物を発見。ヨルダンのアズラック湿原保護区の溶岩原でその大部分が見つかったこの構造物は、地上からは単なる石の積み重ねにしか見えず、その全体像を捉えることができません。 考古学者からは「車輪」と呼ばれるこの石材構造物は上空からしか見ることができず、様々なデザインをしています。最も多いデザインは中心からスポークが伸びた円の形をしています。少なくとも2,000年以上前から存在していると考えられていて、直径約25メートルのものから、約80メートルのものまであります。 かつては、これらの構造物が墓地として利用されていたと考えられていましたが、あまりに数が多いため現在では考古学者たちはこの説に疑問を抱いています。研究者たちがこれらを上空から撮影し始めてからヨルダンからサウジアラビア、そしてシリアにかけて何百もの構造物が発見されてきました。しかし、それらがどのようにしてそこにできて、その目的が何なのかいまだに解明されていません。 ・土星の六角形 1981年にNASAのボイジャー計画により、土星の北極点では雲が特異な六角形の形状に渦巻いていることが分かりました。しかし最新の画像によりいまではすっかり有名となった土星の六角形の雲は、その見た目以上に特殊である可能性が示唆されています。 2004年に土星とそのリングと衛星について調査を行なった宇宙探査機カッシーニには、非常に詳細の画像を撮影できるよう、洗練された機材やカメラが搭載されました。カッシーニのカメラにより、土星の北極点の六角形の雲はとんでもない高さであることが判明。カッシーニ撮影の画像を注意深く観察すると、土星の北極点の六角形の上空に不思議な構造物が発見されました。同じような六角形をした渦です。画像の調査結果によると、高高度の渦は低い方の渦の延長であり、巨大な六角形のタワーを形成しているかもしれないとのこと。 カッシーニ探査機のミッションは完了していますが、この調査が行われなければ、これらの不思議な現象が発見され、知られることはなかったでしょう。 ・ゴビ砂漠の印 Googleマップ画像によって、中国のゴビ砂漠に彫られた不思議な構造物が発見されました。ジグザグの白い線のグリッドと様々な模様です。グリッドは幅0.8kmを超える程度、長さは1.6kmを超える程度。グリッドが反射素材で描かれているのか、絵の具やチョークのようなものでもので描かれているのかは分かっていません。ワシントンDCやニューヨークなど、中国がアメリカの都市の研究のために作成した地図ではないか、という憶測が広まりました。エイリアンからのメッセージだという説も。 しかし、実際には、これらの模様は、中国の衛星のキャリブレーションと位置確認のために使用されている、ということが分かりました。衛星のカメラがグリッドに標準を合わせ、宇宙空間での位置を確認するのです。このキャリブレーションの方法を採用している国は他にもたくさんありますが、いずれもメインの手段としてではありません。ある専門家は、ゴビ砂漠のキャリブレーションの的は予想以上に大きいことから、中国の衛星カメラは解像度が低いのかもしれない、と指摘しています。 ・カザフスタンの星形五角形 カザフスタンの人里離れた場所で、巨大な星形五角形が地面に掘られています。円で囲まれた星形が、Googleマップの画像で鮮明に確認できます。この地域には人間が居住する形跡がほとんどなく、一番近い町は東へ約19km行ったところ。この不思議な印は直径約365mで、人里離れた湖、トボル川上流の貯水池の横に位置します。 この地域の考古学者Emma Usmanovaさんは次のような論理的な説明をしています。この星形五角形は、様々な文化、宗教圏の人々に使用された古いシンボルであり、星型はソビエト時代、建物のファサードや旗、記念碑を装飾する人気なモチーフでした。この地上の五角形は公園の輪郭線だというのです。星型は車道に使用されていて、現在はそれに沿って木が生えているため、Googleマップの航空写真によりはっきりと映るとのこと。 ・ハッブルピラミッド ハッブル望遠鏡によって、月にあるピラミッドが撮影されたと話題に。その写真には不自然なほどはっきりとした角と直線を描いた完璧なピラミッドが映し出されています。ピラミッドの線は自然に作られたものにしては完璧すぎるほど真っ直ぐ。 ピラミッドは月の灰色の表面に長い影を落としています。影は表面に長く伸びていて、その物体の大きさを象徴しています。 ・中国のピラミッド 中国北西部には100個近いピラミッド型の丘が存在します。これらのピラミッドが発見されると、その謎が考古学者や歴史家を困惑させ、UFO好きの熱狂を呼び起こしました。 1945年に、アメリカ空軍のパイロットが、第二次世界大戦中に中国とインドの間を飛行中に頂点の白い巨大なピラミッドを発見。その後も、特に中国が観光客や海外からの渡航者の訪問を解放してからというもの、中国で長年に渡って多くのピラミッドの目撃情報が寄せられました。しかし、ピラミッドは上空からの方が良く見えることから、近代の技術によってこれらのピラミッドが一気に世間に知れ渡るようになりました。一番大きなピラミッドは高さ約45m、幅約243mです。しかし地上から見るとピラミッドは単なる丘にしか見えません。 地球外生物や超自然的なものは関係ないことが、専門家によって分かっています。実際にはこれらのピラミッドはギザの大ピラミッドと同じ理由で作られたのです。そう、中国の統治者のお墓。ピラミッドは中国の昔の皇帝やその親族の古い霊廟であり、埋葬塚だったようです。アメリカのパイロットによって初めて発見された白いピラミッドは、漢の5代目の皇帝、武帝の霊廟でした。 ・サハラの目 2014年11月22日に、国際宇宙ステーションにいた宇宙飛行士たちがアフリカの巨大なクレーターの美しい画像を捉えました。この壮大な地質学形成による構造物は幅約40kmで、巨大な雄牛の目に似ています。サハラの青い目として知られるこの構造物は、モーリタニアの北西部に位置します。この巨大で不思議な構造物は地上から全体像を捉えることができないため、宇宙から見たときに初めて発見されました。リシャット構造の名でも知られるサハラの目は、そのあまりの大きさから宇宙飛行士が視覚的に位置を確認するためのランドマークとして使用されるほど。 かつて科学者たちはサハラの目は隕石の衝突により形成されたと考えていましたが、この説を裏付ける証拠は見つかりませんでした。更なる研究の結果、地質学者たちはかつては地殻であったものが隆起したドームであると結論づけました。地球上の生物が誕生する以前の岩が含まれています。科学者たちは超大陸であるパンゲア大陸が分裂したときにこのサハラの目が形成されたと考えています。 ・トゥルガイの地上絵 2015年に、NASAはカザフスタンの地上の不思議な模様の写真を公開しました。その巨大な構造物はトゥルガイの地上絵と呼ばれ、それがどのように形成されたのか、科学者にも分かっていません。約260種類のデザインが地面に掘られていて、約8,000年前から存在すると考えられています。丘、堀、城壁が円、輪、四角などの幾何学的な形状で並べられています。地上絵の中には石が並べられて作られたものも。 この地上絵は2007年にカザフスタンを愛する経済学者によりGoogle Earth上で発見されました。その後、地上絵の形成の謎を解き明かす鍵になることを期待して、2014年にNASAが、その衛星画像を公開。かつてのアートだったのか、実用的な機能を持っていたのかは定かではありません。ストーンヘンジと同じように、昔の太陽観測、星や星座の観測などに使用されていたという説も。ルミネッセンス年代測定により、地上絵の一つは7,000年から9,000年前に形成されたものだということがわかりました。 ・火星の未知の物体 2017年3月に、オポチュニティと呼ばれる探査車が火星の表面で金属の塊のようなものを写真に捉えました。その鮮明な写真には輝きを放つギザギザの鋭い物体が、火星のザラザラとした表面に佇んでいる様子が。写真の解像度は高くはっきりとしていて、偽写真の可能性は否定されました。 隕石である可能性が疑われましたが、その鋭利でギザギザの先端から、自然の生み出した物体ではないとの見解も。UFOマニアはエイリアンがいることの証明である、という説にすぐに結びつけましたが、より論理的な説明は、探査機自体のがれきか、それを運んだ熱シールドのがれきであるというものです。 無数の衛星や着陸船がその薄い空間を飛び交っていることを考えると、地球のゴミが火星上にどんどん増えていることは間違いなさそうです。 ・ミレニアム・ファルコン あのミレニアム・ファルコンがGoogleマップで発見されました。スターウォーズのファンにとって、この宇宙船はシリーズを象徴する存在であり、キャラクターの一つも同然の存在。宇宙船の特徴的なデザインは登場人物と同じくらい見分けるのが容易でしょう。 ◆南極大陸に存在する摩訶不思議な謎 2018/11/22 https://youtu.be/uOYc-G0TNwY 南極大陸は地球上で5番目に大きい大陸で、面積は1400万平方キロメートルを超えます。 同時に、これは全7大陸の中で最も未知の部分が多く、謎に包まれた大陸でもあります。 研究者たちは長い間、この大陸には一体何が隠されているのかを解き明かそうとしてきました。 今日は南極大陸、そしてその謎に包まれた未知の領域で起きた出来事について見ていきましょう。 ヒトラーは南極で住んだ? 謎の魚 バード少将の探検 ◆南極大陸 ~巨大な重力異常と16世紀前の謎の地図~ 2019/08/16 https://youtu.be/xAa01AxRzrY 南極大陸には、いまだ多くの明らかになっていない謎があります。そのような「南極の謎」の中から、特に興味深いものを紹介していきます。「南極大陸」この大陸は「極寒の地」という認識だけで語るには相応しくはないのです。 おすすめ関連動画 ↓ いまだに解明できない世界の謎 シリーズ https://www.youtube.com/playlist?list=PLPVkXDuWdRkbUEAZaTcepTfyoG_LzTmNm 地球内天体アルザルの秘密 シリーズ https://www.youtube.com/playlist?list=PLPVkXDuWdRkZaeWCOJCdFHFJGPUFzxf_P コロナウイルスの真実?~武漢の本当の現状~ https://youtu.be/RdINlhhx_Lw 南海トラフ地震の被害想定 ~予言や不吉な前兆~ https://youtu.be/fkHqy9B9WC0 シリウスは地球に危機をもたらす? ~巨大な恒星の12の真実~ https://youtu.be/ZQBJZir9kW8 いまだに解明できない人体の謎 ~人体の不思議7選~ https://youtu.be/R66wIXRlZvE 秘密基地は実在する? ~世界の極秘軍事基地11選~ https://youtu.be/tWZQuENpDt4 宇宙人が見つからない理由9つ ~地球人が宇宙人を滅ぼしている!?~ https://youtu.be/8abBsNl_bWI 土星の輪に存在する巨大なUFO ~人類は異星文明に監視されている?~ https://youtu.be/Bt9sntxttPk ソレイマニ司令官という人物について ~暗殺事件がもたらす事~ https://youtu.be/RZUThGLWsXY 人はなぜ攻撃的になるのか? ~知られざる意外な原因5選~ https://youtu.be/6xWyou9zShQ 地球外生命体の姿 ~科学的に推測される9種の生命体~ https://youtu.be/00f7YndoAXc 金星上空に浮遊都市? ~NASAの衛星都市建設計画~ https://youtu.be/BY5FUkVNL3c 「冥王星は惑星ではない」は真実か? ~定説を覆す研究成果~ https://youtu.be/ulqzEr1LEFY 2062年の未来人の謎 ~ネットへの書き込みと予言~ https://youtu.be/RrSQvF95J9s はくちょう座「デネブ」の魅力 ~巨大な一等星の真の姿~ https://youtu.be/5YePhnUBqxY UFOの内部に招かれた ~エイリアンの文明とこの世界の真実~ https://youtu.be/0iIR17sjBiQ 宇宙人は存在する ~フェルミのパラドックスと4種類の特徴~ https://youtu.be/Z2QDIEb9teQ 時間とは何か? ~時間の謎に関する8つの理論と仮説~ https://youtu.be/6USpd61KyDA ブロック宇宙論 ~時間は流れてなく未来は既に決定している~ https://youtu.be/845yxvA8ITo なぜ異星人と遭遇できないのか ~宇宙の不思議とパラドックス~ https://youtu.be/_y5PJo9v1tU 世界で起きたUFO墜落事件 ~あまり知られていない事件簿~ https://youtu.be/uDOINUhMTlw 宝石でできた惑星を発見 ~魅惑の惑星スーパーアースとは?~ https://youtu.be/-zcjG5KckbU 地球上でUFO開発 ~ビーフェルドブラウン効果による反重力~ https://youtu.be/Sa_3B3taC8I 地球に存在する13の不思議 ~地球は謎に満ちている~ https://youtu.be/ASB4GprvFJc 超過酷!絶対に行きたくない9つの惑星 https://youtu.be/KsNqx5imlDU 共食いをする意外な生き物 ~種を存続させるための摂理~ https://youtu.be/ul8JyKEk19I エリア51に関する10の新事実 ~CIAが隠し通した最高機密~ https://youtu.be/qRznzu9z1YA 人は本当に魔法を使える!? ~世界に実在した魔法使い・魔術師7選~ https://youtu.be/khhvq4iu_og 地球外知的生命体の存在 ~元NASA長官の発言と火星問題~ https://youtu.be/Eb82fbxYfxQ ゾッとするドッペルゲンガー体験 ~もう一人の自分は何者なのか?~ https://youtu.be/uy0Kh5xB9r8 知的生命体が飛来したら? ~地球上で考えられる10のシナリオ~ https://youtu.be/ntt_6Y46rRs 極秘UFO調査計画 ~プロジェクトブルーブックの不可解な事案~ https://youtu.be/krnyPkhSmXE エリア51でUFOを操縦しタイムトラベルを経験 ~元海兵隊員の告発~ https://youtu.be/5TgwOESP7rA 解明される天の川銀河の謎 ~銀河の縁から中心部まで~ https://youtu.be/9AKKKD8LDMk 月に関する10の秘密 ~月と地球人との関係~ https://youtu.be/juOYMw4b_gk 宇宙犬ライカ ~スプートニク2号で人類に希望を与えた犬~ https://youtu.be/aJOflWpkZbA 奇妙な科学の物語 ~SFのような爆発的進歩~ https://youtu.be/H7SzyDrNps4 ピラミッドが「エネルギー装置」とされる10の理由 https://youtu.be/nldTnuOrZcc 100年後の人類 ~私たちの生活に起こる変化6選~ https://youtu.be/qR0GKX8Lfl8 ゾッとする、宇宙に関する驚愕の事実 https://youtu.be/vthZxPvIgF0 ●南極大陸で発見された10の奇妙なもの 2018/10/17 https://youtu.be/73KOa_P2gAY 南極は、地球で最もミステリアスな場所の一つです。温度は人類が到達した場所で最も低く、平均気温は -50℃で、時には-89.2℃まで下がります。その上、最も探索が進んでいない大陸でもあります。南極大陸の氷床の下には、地核の熱のおかげで凍らない400もの湖があります。そして南極大陸にはタイムゾーンがなく、ATMは2つしかありません。南極大陸の氷の中で見つかった不可解で奇妙な10種類のものをご紹介しましょう。
タイムスタンプ 細長い頭蓋骨 2:56 古代隕石 3:49 古代の化石 4:42 珍しい動物の体が化石化したもの 5:33 血の滝 6:22 ドライバレー 7:11 100年前のウイスキー 7:59 恐ろしい生き物 8:48 地下の湖 9:26 凍った船 10:28 概要: - 2014年、3つの細長い頭蓋骨が南極大陸で発見されたのです。これらの頭蓋骨は、南極大陸で初めて発見された人間の遺体の一部です。 - 過去50年で、南極では1万もの隕石が発見されています。70万年以上前のものもあるんですよ。 - 南極大陸には、恐竜が住んでいたことが分かりました!80年代以降、科学者たちは南極でほぼ1000にも上る化石を発見しています。そのほとんどは7100万年以上も前のものです。
- 2009年科学者は南極の氷の中に、珍しい生物の体の一部が化石化したものを発見。現代の猫ぐらいの大きさなのですが、人気のペットと違うのはその動物が卵を産むということです。 - 知らない人が見ると、テイラー氷河は血を流していると思ってしまうでしょう。血のように赤い恐ろしい液体が、本当に氷の上を流れて海に流れ込んでいるのです。ですが実際は、この水が赤い原因は全く恐ろしくはありません。この珍しい滝は、酸化鉄をたくさん含むため水が血のような色になっています。 - 南極大陸は雪で覆われているので、おそらく乾燥している地域があるとは思わないでしょう。ですが、地球上で最も乾燥した地域であるドライバレーは、南極にあるんですよ。 - 二箱の絶品のスコッチウイスキーが、南極の氷の中に100年物あいだ隠されていました。考古学者たちはこの思いがけない宝物を発見した後、すぐに氷の中から取り出すことはしませんでした。せっかくの発見を破損してしまうのを恐れたからです。 - 深さ335mの場所で、アメリカの考古学者が世にも恐ろしい発見をしました。それは人間の知っているどの生物にも似ていない、未知の生物に見えました。 - 南極大陸にはおよそ400の湖があることが科学者により明らかにされています。莫大な量の氷の下で水が凍らないのは奇跡のように思えますが、この現象には原因があります。巨大な圧力のせいで、水は氷点に達しても液体のままにとどまります。 - 1914年、イギリス帝国南極横断探検が始まりました。目的は、氷で覆われた大陸を端から端まで横断することで、この旅には2隻の船が参加しました。不幸にも、そのうちの1隻は流氷に閉じ込められ、押しつぶされてしまいました。 ●【衝撃】グーグルアースで発見された南極の衝撃映像!!説明出来ない数々の謎 怪音 UFOの痕跡も・・?【Google Earth】 2017/08/15 https://youtu.be/Y1cT4HHJu1I 【オススメ動画はコチラ】 【衝撃】グーグルアースで黒く塗りつぶされている場所がヤバすぎる https://youtu.be/ElnOUp5LSQY 【驚愕】グーグルアース、グーグルストリートビューに映ってしまった恐怖の画像 https://youtu.be/9_U9NYJE4wE 【衝撃】史上最高だとネットで噂の女子アナがこちら!NO,1〇〇 https://youtu.be/lM5lTo_l-x0
【海外の反応】トランプ政権 日本車 対策が裏目に 日本大歓迎! https://youtu.be/ucTgbVC-eZo 【海外の反応】驚愕?日本の凄さ再確認!衝撃映像!外国人「もはや天才集団?」エスカレーターが進化?日本の技術と気配りに称賛の嵐! https://youtu.be/lL25PqnzZYw 【世界が注目】2030年地球が氷河期へ突入し世界が凍り付く…確率は「97%」NASAが認めた南極の真実に世界が震えた【衝撃】 https://youtu.be/JafhN5Ygvs4 【既に登録済?】ガチで可愛い女性ユーチューバー(youtuber)8名 https://youtu.be/xBvsJOyrL_g 日本食に外国人が感動!「思わず声をあげたよww」日本旅行で食べたものを紹介したアルバムが話題!世界一の美しさ?!世界が驚愕した日本の食文化とは?【海外の反応】 https://youtu.be/VNFG_8zjR0Y ●話題騒然 Google Earth 2016 UFO Bristol Island 2016/01/21 https://youtu.be/ro59vbTeGeA グーグルアースで、自分の目で確かめてみてくださいね。場所は、サウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島です。 見つけられることを、願ってますよ。^^v http://bit.ly/2U191e2 https://dailymysteries.com/2018/02/16/ufo-in-antarctica-the-final-proof-that-aliens-have-landed-on-earth/?fbclid=IwAR1mOfBGI_4f_bQyVJRifejNjVtbhBIdT1nUWR6bB0c_aux8UhMjLApWRps 543+539 UFO in Bristol, Moving Island 動く島と謎のブリストル島UFO https://youtu.be/HKo9dtQBn6g 2013/11/12 南サンドイッチ諸島の、動く島、ブリストル島 埋められたUFOと、氷上のUFO群 ○動く島、動いた岩(ブリストル島の謎) 【浅井英市さんからはやし浩司へ】(Mail from Mr. Eiichi Asai) 度々申し訳ありませんが、「南極の人口洞窟と氷河に埋もれたUFO」に(南極の人口洞窟と氷河に埋もれたUFO)について、グーグルアースから消されたと有りますが、ポイントがずれていますが、South Sandwich Islands( 59° 2'0.54"S 26°33'47.07"W)に似たものがあり、本当の話だと思われます。 同じ小島ですが "59° 1'1.80"S 26°32'20.87"W"にUFO?なのか分かりませんが乗り物らしき物がハッキリと写っていますが、周囲には移動の痕跡などは見られません。画像は2009/9/21のものです。 先生の検証をお願いします。 Hiroshi Hayashi++++++++++++はやし浩司 私はブリストル島が2005~2009年にかけ、5km近くも動いていたことを知り、ショックを受けました。あの巨大UFOが埋まっていたブリストル島です。じっくりとご覧ください。 ●グーグルアースが捉えた、南極にUFOが墜落した形跡! トカナ 2015.07.17 https://tocana.jp/2015/07/post_6853_entry.html 南極大陸でUFOが墜落したと主張するのは、ロシアのUFO研究家バレンティン・デグテレヴ氏である。6月15日付「Daily Mail」紙が伝えるところによると、デグテレヴ氏が発見したのは縦70m、横幅20mもある巨大な穴であり、グーグルアースの画像から見つけたということだ。 ●最も謎に包まれた古代の建造物TOP5 2019/11/01 https://youtu.be/IyakHadAuFY 現代の建築家はどうやってそのような建造物が作られたのか頭を悩ませています。 有名なピラミッドを話しているわけではありません。 地球上にはさらに謎に包まれた建造物が存在しています。 その中には驚くような規模や大きさのものもありますし、そこまで大きくはありませんが正確な形に驚かされるものもあります。 1.ドムス・デ・ジャナス 2.ジャール平原 3.グレート・ジンバブエ遺跡 4.ギョベクリ・テぺ 5.バールベックのジュピター神殿 ●【衝撃】世界の謎に包まれた古代建造物5選! 2020/02/17 https://youtu.be/bDJ5gTRlcyM 科学がめまぐるしい進歩を遂げた現代、 数十年前には私たちが想像もできなかった技術や発見が生み出されてきました。 しかし一方で、その現代の科学をもってしても未だに明らかにできない、 謎に包まれたままの建造物や遺跡がたくさんあります。 今回はそんな謎のベールに包まれた古代建造物の中から、 特に興味深いもの5選を紹介します。 【おすすめ動画】↓ 未だ謎に包まれている古代遺跡・オーパーツ【都市伝説】 https://youtu.be/AcYwiVu1tKs いまだ解明に至っていない古代ミステリー https://youtu.be/EnP6RRsevQQ 1.ホワイト・シャーマンの壁画 2.タータリー・タブレット 3.ジャームのミナレット 4.ザグレブのリネンの本 5.サハマ・ライン 6.プマプンク遺跡 7.エメラルド・タブレット 古代から中世の遺物に刻まれた謎めいたルーン文字 https://youtu.be/xByJ1seKNpc 未だ解読できていない謎の古代文字 https://youtu.be/2PJF82xUs4k 砂漠から発見されたが 未だ解明できない不思議なもの 8選 https://youtu.be/sldXjMWIIFY 未だ解明されていない歴史的遺物 4選 https://youtu.be/aiSLK_3X9p8 人類史を覆すかもしれない!?未だ解明されないギョベクリテペの謎! https://youtu.be/sXa8e_AAhuI ●ボリビア サハマ・ライン | 僕たち知らないことだらけ 矢追純一オフィシャルブログ https://ameblo.jp/mystery-adventurer/entry-12279171571.html 2017/05/29 ペルー ナスカの地上絵は、みなさんご存知と思う。 ペルーの隣、ボリビアにある地上絵も興味深い。 幅1~3メートルほどの溝を掘って作られた人工的な 線は数キロにもわたり、数は数本どころじゃない。 描かれているエリア面積は、ナスカの地上絵の10倍 以上とも言われている。しかも、作られた年代は、 ナスカの地上絵よりも古いとされている。 ◆謎のサハマ・ライン=方向指示ライン説(第3のナスカライン説)byはやし浩司 2018/06/01 https://youtu.be/LTD6udsVC_s 謎のサハマ・ライン(西ボリビア) それは道路標識(滑走路)であったby はやし浩司 ウィキペディア百科事典はサヤマ・ラインについて、つぎのように書いています。 サヤマ・ラインは、西ボリビアにある、数千本、あるいは数万本とも呼ばれている、真直線の道をいう。そしてその道は、3000年にもわたって、連続的に、サヤマ火山の近くにすむ原住民たちによって刻み込まれたものである。そのネットワークはアルチプラノの地方を、クモの巣のように織りつないでいる。 が、本当に、サヤマ・ラインは人間が造った道なのでしょうか。だれが、何のために、どうやって人間が造ったというのでしょうか。判断なさるのは、あなた自身ということになります。 +991+947 Sajama Lines in Mystery and a doorway to a great Mystery (謎のサハマ・ライン,巨大な謎への入り口) ふらわーさんが、「サハマ・ライン」について教えてくださいました。今回はその謎解きの第一歩です。まさに長大、かつ不思議な直線。何のため、だれが、どうして……? 考えているだけでワクワクしてきますね。
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山田孝之主演『ステップ』主題歌が秦 基博の書き下ろし新曲に決定!
「とんび」「流星ワゴン」など、大切なものを失った家族が再生していく姿を描いてきた小説家・重松清。その温かな眼差しゆえに映像化のオファーも絶えない中、連載終了から約10年の時を経て、「ステップ」が待望の映画化!山田孝之を主演に迎え、2020年4月3日(金)より全国公開する。 時間をかけて、いろんな経験をして、みんな、強く、優しくなっていく。 妻が先立ってから1年。再出発を決意した主人公とその娘が、彼らを取り巻く人たちとの交流の中で成長していく姿を描いた感動作。亡き妻を想い続け、不器用ながらも一歩一歩、ゆっくりと歩んでいく「のこされた人」の10年間の足跡は、誰もが心の奥底にある<家族>や<命>に関する経験を刺激し、共感を呼び、胸を打つー。 主人公の健一役を務めるのは、名実ともに日本が世界に誇る個性派俳優・山田 孝之。エキセントリックな役柄のイメージが広く浸透しているなか、久々に実年齢とも重なる等身大の男性、しかも初のシングルファザー役で、娘・美紀を育てながら自身も成長していく様を体現している。そんな、主人公・健一や娘を温かい眼差しで応援する登場人物に、國村準、余貴美子、広末涼子、伊藤沙莉、川栄李奈。豪華俳優陣が集結し、物語を彩る。監督は、『虹色デイズ』『笑う招き猫』『大人ドロップ』などを手がけた飯塚健。
この度、本作の主題歌が秦 基博の書き下ろしの新曲「在る」に決定! 大切なものを失った者たちが新たな一歩を踏み出すために、背中を押してくれる珠玉のバラードが誕生!
本作の主題歌「在る」の作詞作曲を手掛けたのは、数々の名曲を世に送り出し続けるシンガーソングライターの秦 基博。制作陣は、極上のメロディと繊細かつ伸びやかな歌声、リスナーに優しく寄り添う歌詞で絶大な支持を集める秦こそ、主題歌にふさわしいと熱烈オファー。秦がこれを快諾し、本作を鑑賞した上で書き下ろした新曲「在る」を主題歌として制作する形で、念願のコラボが実現した。完成した楽曲は、“大切なものを失った者たちが新たな一歩を踏み出すために、背中を押してくれる”珠玉のバラード。本曲について秦は、「誰か“が”いたこと。誰か“と”いたこと。その人が、自分が、存在するということ。その意味を考えながら作った曲です。」とコメント。また飯塚 健監督からは「映画を観終えて、初めて聴く歌声。秦さん以外には考えられませんでした。」「二時間の旅を締めくくるに相応しい歌を書いて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。」とコメントを寄せている。本曲は本日12月4日より先行配信、12月11日発売のアルバム『コペルニクス』に収録されている。
「在る」デジタル配信はこちら https://MotohiroHata.lnk.to/Aru

主題歌の秦 基博さん、映画「ステップ」監督の飯塚 健さんからコメントが到着!
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【秦 基博 コメント】 誰か“が”いたこと。誰か“と”いたこと。その人が、自分が、存在するということ。その意味を考えながら作った曲です。映画と共に、この楽曲が皆さんに届けば幸いです。 (PROFILE) 宮崎県生まれ、横浜育ち。2006年11月シングル「シンクロ」でデビュー。“鋼と硝子で出来た声”と称される歌声 と叙情性豊かなソングライティングで注目を集める一方、多彩なライブ活動を展開。2014年、映画『STAND BY ME ドラえもん』主題歌「ひまわりの約束」が大ヒット、その後も数々の映画、CM、TV番組のテーマ曲を担当。デビュー10周年をは横浜スタジアムでワンマンライブを開催。初のオールタイム・ベストアルバム「All Time Best ハタモトヒロ」は自身初のアルバムウィークリーチャート1位を獲得、以降もロングセールスが続いている。2019年3月、♬ SoftBank music project テレビ CM「卒業」篇CMソング「仰げば青空」を配信限定リリース。5月公開の映画『さよならくちびる』でW主演の小松菜奈・門脇麦が劇中で演じるギターデュオ“ハルレオ”が歌う同タイトルの主題歌「さよならくちびる」の作詞・作曲・プロデュースを手掛け話題を呼んだ。10月20日(日)には生まれ故郷・宮崎県日南市での初の凱旋ライブとなる野外イベント「日南市合併10周年記念“HATAEXPO”in飫肥城下町」(ゲスト:森山直太朗・レキシ)を開催、12月には「MTV Unplugged」への出演も決定している。
【飯塚健監督 コメント】 映画を観終えて、初めて聴く歌声。秦さん以外には考えられませんでした。頂いたデモは、映画のカットを一つ一つ、隅々まですくい取って書かれたものでした。無理に進まなくてもいいんだ。ゆっくりでいいんだ。止まってしまった時間を肯定してくれる、背中にそっと寄り添ってくれる歌でした。二時間の旅を締めくくるに相応しい歌を書いて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。 (PROFILE) 映画監督。脚本家。1979年生まれ。2003年、石垣島を舞台にした群像劇『Summer Nude』でデビュー。若干22才で監督を務めたことが大きな反響を呼んだ。以後、『放郷物語』(06)、『彩恋 SAI-REN』(07)など青春の 切なさを生き生きと描く映像作家として頭角を現す。また、『FUNNY BUNNY』を始めとする演劇作品、ASIAN KUNG-FU GENERATION やOKAMOTO'S、降谷建志らのMV、小説、絵本の出版と、活動の幅を広げる。代表作に『荒川アンダーザブリッジ』シリーズ(11ドラマ、12映画)、『風俗行ったら人生変わったwww』(13)、『大人ドロップ』(14)、「REPLAY&DESTROY」(15ドラマ)、『笑う招き猫』シリーズ(17ドラマ、映画)、『榎田貿易堂』(18)、『虹色デイズ』(18)など多数。 12月6、7、8日にはブルーノート・ジャパンとの前代未聞のプロジェクト、会場一体型コント劇「コントと音楽vol.1」をモーション・ブルー・ヨコハマにて上演予定。また、2020年6月には映画『ヒノマルソウル』(主演・田中圭)の公開が控えている。
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【あらすじ】 結婚3年目、30歳という若さで突然妻・朋子に先立たれた健一。残されたのは大きな悲しみと、1歳半になったばかりの娘・美紀だった。突然始まった子育てと仕事の両立。健一はトップセールスマンのプライドも捨て、時短勤務が許される部署へ異動。何もかも予定外の、うまくいかないことだらけの毎日が始まった。そんな姿を見て、義理の父母が娘を引き取ろうかと提案してくれたが、男手一つで育てることを決める。妻と夢見た幸せな家庭を、きっと天国から見ていてくれる妻と一緒に作っていきたいと心に誓い、前に進み始めるのだ。美紀の保育園から小学校卒業までの10年間。様々な壁にぶつかりながらも、前を向いてゆっくりと<家族>への階段を上る。泣いて笑って、少しずつ前へ。
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【作品情報】 『ステップ』
■監督・脚本・編集:飯塚健 ■出演:山田孝之、田中里念、白鳥玉季、中野翠咲、伊藤沙莉、川栄李奈、広末涼子、余貴美子、國村隼 ほか ■主題歌:秦 基博「在る」(UNIVERSAL MUSIC JAPAN) ■原作:重松清「ステップ」(中公文庫) ■配給:エイベックス・ピクチャーズ
(C)2020 映画『ステップ』製作委員会
情報提供:フラッグ
2020年4月3日(金)より全国ロードショー!
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燭台切探偵事務所2
「ええっ、伽羅ちゃん文化祭なの?!」 「……言われてなかったのか?」 長谷部の住む6階建てのマンションの502号室……の隣には職業探偵の燭台切は住んでいる。ここから探偵事務所に出勤しているが、実際は帰ったり帰らなかったりとまちまちだ。燭台切の趣味は料理らしく、休みの日になる度に何か作っては、お裾分けと言って長谷部の家に上がり込んでくる。 そんな長谷部の自宅に大倶利伽羅は同居していた。というのも、大倶利伽羅の両親は海外赴任で現在日本にはいないのだ。そんな事情があり、紆余曲折を経て2人は同居生活を送っている。 そのため、燭台切と大倶利伽羅はよく知る間柄なのだが。 「聞いてないよ!言ってくれれば遊びに行ったのに……」 「そんなことだから言わなかったんじゃないか」 夏休みの事件から3ヶ月ほど経っていた。痛いほどの暑さはすっかり引いて、秋風が穏やかに流れている。テレビでは紅葉狩りの名所なんかが連日放送されているこの季節は、学生にとってはちょうど文化祭シーズンで、それは大倶利伽羅達の通う学校でも例外ではない。 もっとも、大倶利伽羅はこういったイベントごとは積極的ではないので、長谷部が聞いた文化祭の話も「日曜は学校で、月曜は振替休日だから」という事務報告だったのだが。 長谷部としても、その際に「行くべきか?」「来なくていい」という短い会話があり、行かないことにしていた。学生の行事なのだから、大人は要らないというのなら学生で完結させておくべきだろう、というのが長谷部の方針だった。 だが、燭台切はそうでもないらしい。 「そんなあ……あ、そういえば、伽羅ちゃんから国広くんのことって聞いてる?」 ギャグ漫画のようにわかりやすく項垂れた燭台切が、真剣な面持ちになる。ああ、仕事か。燭台切の切り替えの速さに長谷部は常々感心していた。 国広くんのこと。 長谷部にはその質問に思い当たる節がある。大倶利伽羅がここ最近、たまに特定の人物に対する近況報告をするようになった。それが"国広くん"だった。何故、と訊ねると、「文句は光忠に言え」と短く返されたのを思い出す。つまり、燭台切にその人物の様子を確認してほしいなどと頼まれたのだろう。 「特に問題があるようには見えないそうだが……。俺に聞くくらいなら自分で確認したらどうだ?俺は詮索するつもりはないし、守秘義務もあるだろう」 「そう、だけどさあ……彼、こちらが気にかけてると知るとそれはそれで気にしそうで」 「難儀なことだな」 この前の事件のときも、ずっと巻き込んでしまったって気にしてたし。そう呟いて、燭台切はかの夏の日を思い返す。きっかけは彼に届いた脅迫だった。そこで、ふと先日のことを思い出す。 「…ああ、そうだ!長義くんのことは伽羅ちゃんから聞いてる?彼も転校してきたんだよね、この前そこのコンビニで会ってさ」 何やら違う人物がでてきた。長谷部は燭台切の話の展開に眉根を寄せる。実はその人物についても、ちらりも大倶利伽羅の話にでてきてはいた。けれども、長谷部としてはもう、たまの休みの二度寝をしたい気分だったのだ。 「だから!気になるなら文化祭にでもなんでも行けと言っている!」 この男、いっそ学校に投げ飛ばしてしまいたい……。 とはいったものの、自分よりもガタイのいい燭台切を投げ飛ばすなんてことはできないので、ぐいぐいと玄関先まで押し出すことになる。燭台切はもともとはお裾分けを持ってきただけだったので、玄関まで行くと大人しく靴にはきかえた。 「ああ、長谷部くんが文化祭について教えてくれたってことは言わないから大丈夫だよ」 「俺以外どこから漏れる情報だというんだ……」 学園祭パンフレットを持たせると、ありがとうといいながら懐にしまい込んだ。パンフレットは学生用のものだ。大倶利伽羅が1部だけ置いていっていたもの。 「……全く。なんでもいいが、入れこみすぎるなよ」 「ははは、君がいえた義理じゃないなあ」 そう言い残して、燭台切は長谷部宅を出て行った。なんとなく腹立たしいが、なにか反応すると睡眠時間が減りそうなので、後ろ姿をじとりと睨む程度にとどめる。 「……さて、寝るか 」 長谷部はそう独り言を零すと、小さく欠伸をして部屋に戻っていった。
***
文化祭だ。 先日までは、休み時間や放課後、学級会、それから一部の授業も使って準備を進めてきた。昨日は準備日で、丸一日。今日も朝早くからきて準備に勤しんでいた連中もいる。その辺はもうどれくらい文化祭に入れ込むかといったところだろうか。 大倶利伽羅はというと、登校時間とされた8時半ぴったりにクラスのドアを開け、9時の開会式に出ると早々に静かな場所を探そうとあたりを付け始めた。文化祭とはいえ、外れに行けば意外な程ほどに喧騒の外だ。 大倶利伽羅が声をかけられたのは、ちょうどそんなことを考えていた時だった。相手はこの夏の一件でそれなりに話すようになった山姥切国広と、その一件の関係者の山姥切長義だった。2人はよく一緒にいるが、国広曰く「長義が思い出せと言うんだが……どうしてでも思い出せなくて……」とのことで、長義が国広に昔のこととやらを本気で思い出させようとあの手この手を使っているらしい。 とはいっても、何か無理のある関係ではなく(事件の蟠りもないようだ)、仲の良いクラスメイトのように見える。今日もそれは同じようで。 「大倶利伽羅のクラスはおばけ屋敷なんだよな。なら、やっぱり脅かし役とかするのか?」 「いや、準備に積極的に参加すればあとは自由と言われたんでね」 「へえ、じゃあ今日はほとんどフリーなんだ?」 「あ、そうか。それならうちのクラスに寄っていかないか?うちは模擬店なんだが……」 「ああ、それでその格好か」 2人の出で立ちは文化祭のドレスコードと言うべきか、少々コスプレっぽさのあるウェイターだった。高校生の文化祭らしいちゃちな作りではあるものの、それを感じさせないほどに似合っている。 「国広がね、早くパーカーに着替えたいと言って聞かないから、担当は午前だけなんだよ」 「だって、こんなの無理だ……」 「そういうわけだから、よろしく」 つまり、来るなら早めに来てくれ、ということらしい。聞けば、長義は国広のシフトにかなり合わせているらしく、残りの時間は2人で回る予定だという。なんとなく長義の内心を察してしまったものの、大倶利伽羅は何か言うつもりはなかった。 しかし、国広の方はあくまでクラスメイトと回る予定と捉えていたらしく、長義の思考はよそに、そうだ、と思いついたように声をあげる。 「大倶利伽羅も午後から一緒にどうだ?」 国広の提案に、はじめ大倶利伽羅は断ろうとした。馴れ合うつもりはないし、図書室辺りは静かだろうと考えていたところだったのだ。隣に立つ長義の顔にはわかりやすく「断れ」と書いてある。だが、「……迷惑、だろうか」と申し訳なさそうにする国広を見ていると、無碍にするのも気が引けた。断る理由も特にはないということもある。 「……少しなら」 「!……少しでもいいんだ、ありがとう」 結局、大倶利伽羅は国広の提案を断りきれなかった。ぱあっと、だが控えめに国広の表情が��やぐ。半分くらい付き合って、半分くらいは2人にさせてやろう、そう思いながら大倶利伽羅が長義をちらりとみると、長義は仕方ないかと息をつく。こちらとしても少し申し訳なく感じてしまった。
昼前に一度自分のクラスのバックヤードに戻ると、隣の模擬店の大盛況ぶりが伺えた。やたらと絵になるウェイターがいるとのことで、入店は女子生徒を中心に人が並ぶほどだった。ああは言われたものの、別に2人の接客を受けたいわけではないし、大倶利伽羅は一度も隣のクラスの模擬店には寄らなかったのだが、ここまで盛り上がっているとさすがに気になる。 教室のドアは抜かれており、画用紙に『出口』と書いている方から少し中を覗き込むと、件の2人が何やらきゃあきゃあ言われていた。長義の方は慣れたように対応しているが、国広の方はそういったことは苦手らしく、助けてくれとばかりに他のウェイター役に視線を送っている。 「……大変そうだな」 思わずそう零した時だった。 国広の視線が出口扉の方を向いて、大倶利伽羅の存在に気がつく。気が付いたかと思うと、今度はずんずんとこちらに向かってきた。 「大倶利伽羅!来てくれたんだな」 「……違う、俺は少し様子を見に来ただけで」 「そうなのか……でももう昼時だし、軽食ならあるから、折角だしよければ食べていかないか?」 パウンドケーキなんだ、とメニューを渡してくる国広は見るからにほっとしている。あの人集りを何とかできたからだろうか。大倶利伽羅は、国広の誘いに教室の外を改めて見てみた。やはり長蛇の列だ。 「並んでいるようだが。それに、席もないだろう」 「ん、それなら大丈夫だ」 あの人と相席ということで。そう言って国広が目で指した方向に顔を向けると、嬉しそうに手を振っている、昔からよく知る眼帯の男がいた。
***
午後1時30分。 長義と国広はいつもの制服(制服は自由なので、実際はなんちゃって制服というやつだが)に着替え、料理部の広島風お好み焼きを買って、大倶利伽羅が待つ中庭に向かう。そこにはすでに燭台切と大倶利伽羅が待っていた。 「すまない、待たせたかな」 「お疲れ様。二人とも大人気だったね」 大倶利伽羅が言うには、中庭は例年出し物がないため、文化祭の時は人が少ないらしい。しかし、木製の簡易テーブルと日陰棚があり、居心地は悪くない。実際、平時ならば昼休みには生徒もいる場所だ。 「だが、上手く出来た気がしない……」 「大丈夫、ちゃんとかっこよかったよ」 「パウンドケーキも悪くなかった」 「……!本当か!」 「あれ実は国広が兄弟からレシピを聞いたんだよ」 ね、と同意を求めると、国広ははにかみながら頷いた。評判が良いことがよほど嬉しいらしい。 「ほら、国広は兄弟大好きだから」 「兄弟の作るものは何でも美味しいんだ」 からかうように長義が言うも、国広の耳はそうとはとらなかったらしい。兄弟?と燭台切が訊ねると、養子先の兄弟なんだ、と国広はやはり楽しそうにしている。 「なるほど、好きな人のことを褒められると嬉しいものだよね」 「……ああ、嬉しい」 そんな会話をしながら、何となく空いている席に着く。がさり、とビニール袋をテーブルに置いたところで、長義と国広は互いに目を見合わせた。その様子を見ていた燭台切は、「僕らはもう食べちゃったから、遠慮せずに食べて」と人好きのする笑みで促す。長義がそれでは遠慮なく、とセットの割り箸を割ると、国広も遠慮がちに手を合わせ「いただきます」と声を揃えた。
「それにしても、国広くんも長義くんも元気そうで安心したよ」 暗に夏のことについて言っているのはわかった。国広が返答に困っている様子なので、長義は代わりに俺達は問題ないよ、と答える。 「だが、長義……」 「……はあ、わかってるよ」 長義の「問題ない」という言葉に、国広は抗議の目を向ける。長義は嫌そうにため息をついた。話したいことではないらしい。 「……一度母には会った」 「え、そうだったのかい?」 「あの、たしか鶴丸……だったね、彼にも会ったよ」 「鶴さん?どうだった?」 「元気そうだったよ」 「だろうな」 実際はそうでもないのかもしれないが、大倶利伽羅は元気ではない鶴丸を見たことはなかったため、そういうものだと思ってしまっているところがあった。まあ、本人もそう思われたくて、そのように振舞っているようだが。 事実だけを伝えて、長義は話を打ち切ろうとする。顛末は気になったものの、無理強いをするのも良くはないだろう。燭台切はそれ以上何かを尋ねることはせず、文化祭の話題へと話は流れていった。
「じゃあ僕はこれで、文化祭楽しんでね」 それから程なくして、会話の切れ目に燭台切は立ち上がり別れを切り出した。もともと文化祭そのものよりも、どちらかというとかつての依頼人達の様子を見に来ていたようで、もう用事は済んだのだろう。大倶利伽羅はそう推測しつつ横目で見る。 「ところで、俺は光忠に文化祭の日程は伝えてないはずだが」 「あ、ああ、その、たまたま通りかかって……?」 「そのパンフレット、学生用のものなんだがな」 大倶利伽羅の指摘に、燭台切が困ったように誤魔化しうとするも、あえなく追撃をくらう。別にどうでもいいが、と大倶利伽羅が返そうとした、ちょうど���の時だった。
『3F音楽準備室で火事です。繰り返します、3F音楽準備室で火事です。校内にいる皆さんは、至急校庭に避難してください』
突然、文化祭は終わりを告げた。
学校が燃えてなくなる、などということはなかった。 当然と言えばそうだし、幸いと言えばそれもそれで一理あるのだが。 とはいえ、ことが起きてしまったということもまた事実で、文化祭は中止、明日は休み、振替休日も予定通り休みで、火曜日に片付けのために登校するという運びになった。今日ももう帰れ、というのが学校側からの通達だ。それも当然と言えば当然ではあるが、興を削がれた生徒のブーイングが出てしまうのもまた、もっともだろう。 「……でも、少し不思議じゃないか?」 「何が?」 「音楽準備室って火災が起きるようなところだろうか……」 帰れと言われているのだから帰るしかない。今度こそ燭台切と別れ(送ろうかと言われたがそれは断った)、三人は教室に戻り、教科書などの入っていない軽い鞄を手に玄関まで向かう。上履きを履き替えた所で、ふと国広が疑問の声をあげた。 言われてみれば、と長義は顎に手を当てて考えてみる。思い返せば、音楽準備室にあるのは楽器ばかりだ。近くにある美術室の方が、よほど燃えそうなものがたくさんあるように思う。あるいは、音楽室そのものなら、机や椅子は木製なので燃えるだろう。 一方で、大倶利伽羅は怪訝そうに国広を見ていた。思うところがあるらしい。 「……いや、燃えるだろ、楽譜とか」 「楽譜は火を起こせないだろう」 大倶利伽羅の言葉に国広はすかさず返す。たしかに楽譜は燃えやすい素材ではあるが、そういうことではないらしい。長義は改めて国広の言葉を反芻する。火を起こすもの、火種……。 「……つまり、国広は調理実習室や給湯室のある職員室ならともかく、そういったものがないところで起きたのが不思議ってこと?」 長義の考え込むような声に、国広がこくり、と頷く。大倶利伽羅も、そっちか、と呟いた。 「確かにそうだな……音楽準備室には窓もないから、光を集めてしまうこともない。それこそ楽器と音楽教師の私物くらいしか……」 「あ、それじゃないかな。教師の私物のライターとか」 音楽教師の保科は喫煙者だったはず、と長義は続けた。転校してわずか三ヶ月程度にもかかわらず、すっかり学校内のことは把握しているらしい。以前、そのことに対して、すごいな、と伝えたところ、大きい家ではそういうのの把握が大事だったからね、と何でもないように返されたのを国広は思い出した。住んでいた世界が違うとはこのことを言うのだろうか。時々、国広はそうやって長義との距離感を測りかねていた。長義はあまりそういったことは感じていないように見えるが。 「仮にそれだと、保科先生はどうなるんだ?」 「相応の処分をくらうんじゃないか」 あの人、悪い噂で有名だったからまた荒れそうだな、と大倶利伽羅は来る火曜日、水曜日にうんざりとした。騒がしいのは好きではない。ましてや、そういったあれこれで煩くなるのはごめんだ。 予定よりずっと早く家に着き、事情を話した長谷部に驚かれた後も、大倶利伽羅はの心のうちは靄がかったままだった。
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ところが、予想に反して、保科は火曜日も水曜日も普通に学校にいた。 それどころか、生徒が一人自殺し、一人が捕まった。自殺したというのも、捕まったのも一年の生徒で、二人は保科に嫌がらせを受けていたらしい。らしい、というのは、自殺については朝礼で少し話があったが、捕まった云々の方は噂でしかなかったからである。嫌がらせについても、もちろん噂でしかない。 不確かな噂話を真に受けて騒ぎ立てるのは好きではない大倶利伽羅は、そういった話には積極的に参加する気にはなれず、なんとなく居心地が悪くなり休み時間は教室から離れるようになった。もともとつるまない性質なので特に違和感もない。大倶利伽羅が教室を出ると、ロッカーの荷物を整理している国広と目が合った。国広の方も、あまりそういった類の話は好きではないらしく、困ったように眉を下げた。 少し離れるか、という大倶利伽羅の提案に、国広も乗った。そのまま昼休みを過ごせるような場所を探し、廊下を弁当箱片手に適当に歩いていく。 「長義の方は?」 「……その、家の方で色々とあるんだそうだ、それで」 「休みなのか」 家の方、というのは恐らくは夏の事件に関することだろう。大倶利伽羅は目の前の国広と今はいない長義について考える。二人は確かに穏やかに、特に問題はなく過ごしている。しかし、絡んでいる問題というのはかなり強固なものだった。なるべく意識しないようにはしているものの、ふとした時にその時のことを思い出す。第三者である大倶利伽羅がそうなのだから、二人だって恐らくは似たようなものだろう。 事件の後、夏休みの間に会う機会があった際に、大倶利伽羅は国広に尋ねたことがあった。「両親について、とか、色々とあったが」と。大丈夫か、とは聞けなかった。国広は少し考えた後、「……本当の家族を知ったというのに、薄情かもしれないが」と前置きし、「今の家族が、俺の家族だと思っているんだ、それだけで十分なんだと、思う」と選んで乗せるにぽつりぽつりと言葉を置いていった。何も言わないと、いたたまれなくなったのか、国広は被っているパーカーをぎゅっと深く被りなおそうとするので、大倶利伽羅は「それでいいんじゃないか」と返した。 こちらは直接訊ねることはなかったのだが、きっと長義に関しても、きっと同じように思うところがあれど、自分なりに折り合いをつけてなんとかあの事件を飲み込んだのだろう。 「大倶利伽羅、どうした?」 「……いや、」 少々ぼうっとしていたらしい。国広が心配そうに声をかけてくる。現実に引き戻され、なんでもないと小さく返した。 ふと目に留まった階段を見る。黄色いテープが張られているその先は音楽準備室、それからその先には屋上へと続く扉がある。 「……音楽準備室、か」 「しばらくは芸術選択は一律自習に変更になるそうだ」 「だろうな」 ここはここで居心地があまりよくない。移動するか、とどちらともなく言ってその場を去ろうとした。……が、呼び止める声でそれは叶わなかった。
「お二人は、この前のボヤ騒ぎ、やっぱりおかしいと思いませんか」
その声の主は、唐突にそう話しかけたかと思えば、次には「鯰尾っていいます、一年生です」と頭を下げてきた。
大倶利伽羅と国広の反応をみた鯰尾は、これは話を聞いてくれそうだと判断したのか、長話になるから放課後どうですか?と提案してきた。先日より、どこか違和感を持っていた二人は特に悩むでもなく頷く。 「決まりですね!じゃあ放課後、そうだなあ……」 「……あ、待ってくれ。今日の放課後には長義が帰ってくるんだ、報告することがあるかもしれないからあけておいてくれ、と言われている」 「本当にとんぼ返りだな」 「……その人、信頼に足る人ですか?」 「えっと……友人、だが……」 それなら別に一緒でもいいですよ、味方は多い方がいいので。にっこりと肯定する鯰尾に、すまないな、と国広が謝る。この場に長義がいなくてよかった、と大倶利伽羅はぼんやりと思った。友人だとはっきり言われるのは、なかなかに厳しいものがあるだろう。いや、長義のことだから、そのあたりは織り込み済みかもしれないが。 「……味方は多い方がいい、と言ったな」 「え、あ、はい、言いましたけど……」 「その道の奴がいる。そいつもその話に加わらせていいか」 いいのか?と小声で訊ねてくる国広に、問題はない、と返す。国広の心配事といえば、忙しいんじゃないかとか、お金はどうすればとか、そういったことだろうが、そのあたりに関して、大倶利伽羅には当てがあった。そもそも、困っている人を見ると手を貸してしまう世話焼きな性質の燭台切なので、言えば何を頼まずともついてくるだろうということが一つ。それから、先日猫探しに付き合った大倶利伽羅には、借りを返せといえば協力してくれるだろうということがもう一つ。それに、最近は少し仕事が暇らしく、お裾分けの回数が多いことがさらに一つ。 鯰尾が、いいですよと肯定するなり、大倶利伽羅はスマホを取り出し、燭台切あてにメッセージを送った。
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長義は東京に戻ってくるなり、国広に言われ、学校近くの喫茶店まで足を運ぶことになった。本来ならば、何かと理由をつけて国広の放課後を手に入れようと、あわよくば、少しくらい意識させられないだろうかと画策している時間だったのだが、まあそれはいい、効果もあまり期待できないし。また、何かに巻き込まれるなり首を突っ込むなりしてしまったというところだろう。本人に自覚は恐らくないだろうが、国広はなかなか死に急ぐタイプだというのが、長義のここ最近の見解だった。 喫茶店は個人経営のもののようで、あまりがやがやとした雰囲気は感じさせない、悪く言えば少々暗い雰囲気の店だった。指定したのは大倶利伽羅というところだろうか。カラン、と音をたてたやや重い扉をくぐる。少し辺りを見回すと、すぐに目的のグループは見つかった。すでに役者は揃っているようだ。国広が振り返って小さく手招きをするので、やや小走りに長義は座席に向かった。
「噂になっている二人がいるでしょう?あれ、どっちも俺のクラスなんです」 「噂って?」 「そっか、燭台切さんは知らなくて当然ですよね。うちの学校から、一人自殺したっていう生徒がでて、それからもう一人、例の文化祭でのボヤの犯人が捕まったっていうやつです。自殺の方は、ぼかされてはいますが朝礼で全員通達がありました」 初対面が半分という状況ではあったが、鯰尾本人がなるべく急ぎたいというので、挨拶もほどほどに本題にはいる。 燭台切に学校の現状を一通り共有すると、それから鯰尾は、「それで、ここからが話したいことなんですけどね」と一度区切った。 鯰尾が言うには、つまりこういうことらしい。自殺したという生徒はクラスメイトで、確かに音楽教師からの嫌がらせを受けていたし、それを苦にしていた。自殺した生徒の部屋には遺書のようなメモ書きがあったため、自殺した生徒が放火犯であると推測。しかし、その生徒には別の生徒によってアリバイがあった。文化祭の日、犯行時刻にあたる時間にその生徒と行動を共にしていた人物は、共犯もしくは庇いだてしている可能性が高いとして、警察に事情聴取を受けている。 「……なんだ」 「いや、慣れているな、と……」 「そういえば、以前も慣れた様子だったね」 「別に、大したことはしていない」 話がはじまるとすぐに鞄から小さいノートと筆記用具を取り出した大倶利伽羅を見て、右隣に座る国広が大倶利伽羅の飲み物をそっとずらす。そのまま簡単にメモを取りはじめるのを、国広と長義が両隣からのぞき込んでいた。視線のうるささに大倶利伽羅が訝しむと、二人は心底感心したというように声をもらす。 「あのー……話、続けても?」 「あ、ああ……すまない、ちゃんと聞いている」 話がすっかり逸れてしまっていた。先ほどから流れる様に話をしていた鯰尾が、いったん話を止めて、遠慮がちに前に座る三人に声をかける。国広が慌てて謝罪し続きを促すと、鯰尾は問題はないとふるふる首を横に振った。 「いえいえ、そんな、気にしてませんから。えっと、それで、月曜日はお休みだったじゃないですか。あの日、家に警察が来て、それからはもう、まるで犯人扱いなんですよ」 「ちょっと待って、家に?」 「ああ、そっか。捕まった生徒の方なんですけど、俺の兄弟なんです」 燭台切の疑問に、言ってなかったか、と思い出したように鯰尾は返す。返した言葉に、骨喰っていうんだけど、似てない双子ですね、とさらに鯰尾は付け足した。 骨喰は文化祭の日、ちょうど自殺したという生徒、早川と行動を共にしていた。鯰尾を含め、三人のクラスの出し物は演劇だったらしい。同じクラスの二人は、舞台のセットが甘いことに気付き、補強するためにあれこれ材料を取りに行っていたという。鯰尾が骨喰に問い質すと、犯行が起きたと推測される時間の間、骨喰と早川はずっと一緒にいたと証言したという。 「そんな彼女が死んじゃって、そこにメモがあって、だから彼女が犯人で、一緒にいたって言ってる骨喰も芋づる式で何か悪いことを一緒にしていたんじゃないかって、警察はそこを疑ってるんだと思う……」 鯰尾はテーブルの上に置いた拳を握り、わなわなと震えていた。ペンを走らせていた大倶利伽羅が顔をあげ鯰尾を見る。大倶利伽羅だけではない。テーブルの全員が何も言わず、次の言葉を待っていた。鯰尾は自分を落ち着けるように一呼吸おく。 「でも、あいつは、骨喰は、共犯とか、そんなことしないと思うんだ!確かに友達思いだし、優しいし、そのことは兄弟贔屓目を抜いたとしても俺は証明できる!でも、あいつは誰かが悪いことしてたら、それはちゃんとダメだっていうやつなんだ!だから……っ」 お願いします、骨喰の疑いを晴らしてほしいんです、と鯰尾はテーブルに額が付きそうなほどに深々と頭を下げた。
隣に座る燭台切が慌てて鯰尾の顔を上げさせる。それを確認したのち、大倶利伽羅はメモをテーブルの真ん中付近に置いて、ペンで指しながら情報を整理していく。ひとつひとつの事実問題に確認をとると、鯰尾は「はい、あってます。そうです」と言いながら頷いた。メモを再び眺めてみる。 「なあ、長義はどう思う?」 「まだなんとも。でも、骨喰の疑いを晴らそうというのなら、必然的に早川の疑いを晴らすことになる。そうなると、怪しいのは遺書と思われるメモ、かな」 「偽造の可能性があるということか?」 「まあ、そうかもね。遺書は騙られるものだよ」 「え、それドラマとかの話ですか」 「……いや実体験」 国広の問いに、大倶利伽羅の字で書かれた『早川→自殺?遺書がある?』という部分を指さしながら長義は答える。国広も特に異論はないようで、そうだな、と首肯し、遺書の偽造の可能性を提示してきた。その会話に疑問を持ったのはむしろ鯰尾の方で、長義に問いかけてみるも、反応しづらい答えが返ってくる。その様子を見て、長義は「なんてね、冗談だよ」と悪戯っぽい笑みを作って見せた。 「僕が気になったのはこの犯行時刻だね」 「犯行時刻?」 「まず、火災の発生時刻についてだけど、今回の場合火の手が回りにくいところで発生しているよね。そのうえで、放火の場合の発生時刻はそこまで正確には求まらないはずなんだ。たとえば、九時ごろ発生とあれば、九時台のどこか、というようにね」 燭台切の言葉に、鯰尾は困ったような表情になる。何が言いたいのかわからない、とわかりやすく顔に出ている鯰尾に、じゃあ質問、と燭台切は投げかけた。 「骨喰くんと早川さんが準備をしていたというのは、何時間もかかるようなものかい?」 「いえ……多分、あって数十分のものですけど……」 「それ以前や以降は二人だけで一緒にいた?」 「……あ、そうか」 燭台切の言葉に鯰尾は納得したようにぱん、と手をたたいた。それから、ちょっと紙とペン借りますね、といいながら、大倶利伽羅のメモの次のページに横線を引いていく。そして、引かれた線に短く切れ目を入れ、『犯行時刻』と記した。 「早川さん��骨喰がいたのが、ここ」 「今回の音楽準備室の火災は、隣の美術準備室まで火が回っていて、時間の特定が数十分単位で出来ないんだ。ですよね、燭台切さん」 その通り、と燭台切は答える。やった正解だ、などと鯰尾も楽しそうに返している。結構楽観的なところがあるのかもしれない。その様子を見ながら、国広は氷がほとんど解けたメロンソーダを一口飲んだ。炭酸も随分と抜けていて、甘い味だけが広がる。長くなると知りながら炭酸を頼むなんて失敗したな、とその時になって少し後悔した。
「……それなら、一度音楽準備室を探してみないか」 結局のところ、怪しいと思われた部分といえば、遺書の中身と犯行時刻くらいだった。しかし、それらは基本的に警察の管轄で、関係者でもない限りは蚊帳の外になってしまう。情報の開示だってしてくれないだろう。燭台切は一通り伝手をあたってくれるだろうが、生徒である自分たちにできることはもうないようだ。そう長義が結論付けたところに、国広が割って入ってくる。 「黄色いテープが張ってありますけど」 「……だが、全校集会の時に何も言われはしていない」 「なんだよ、その一休さんみたいな理屈は」 普通、黄色いテープが張ってあればそれは進入禁止を意味する。何も言われなくてもそういうものだと受け取るもの、暗黙の了解というやつだ。長義は呆れてため息をついた。しかし、鯰尾の方は、その言葉に「言われてみれば」などと思案し始める。大倶利伽羅はいつも通りの表情で黙っていた。これは悪くないときの反応だ。長義としては分が悪い。 「進入しちゃうのはさすがにまずいよ」 「……だよな」 助け舟となったのは燭台切の言葉だった。そういえば、初めて会った時も、大倶利伽羅と国広に死体をなるべく見せないように、だとか、そういったことをしていたな、と長義は思い出す。国広も、言ってはみたものの実行に移すことにはそこまで強く考えていたわけではなかったらしく、あっさり納得した。 しかし、その言葉に大倶利伽羅が反応する。 「……許可があれば、いいんだな」
***
「というわけだ、長谷部。日本号に許可を出してもらえるように頼めないか」 「何を言っているんだ、お前は」 久しぶりに保護者を頼ってきたと思えば、頼ってきたのは正確には日本号だった。長谷部は大倶利伽羅の言い分を聞きながら、少し嘆きたい気分になる。ため息も思わずついてしまった。 日本号は大倶利伽羅たちの通う学校で教員をしており、今は三年の副担任を二つのクラス分担当している。日本号自身は、きっと頼めばいくらでも入室許可を出してくれるタイプであるように見えるが、日本号の教師としての立場が生徒からの頼みという一点でのみ許さない。逆に言えば、保護者、養育者、そういった立場からの要請ならば、応えてくれるだろうという確信がある。また、日本号と長谷部は古くからの腐れ縁というやつらしく、付き合いも長い。 「……危険は」 「火災発生現場ではあるが、基本的には学校だ」 妙なところで燭台切の影響を受けたな……。 長谷部は再びため息をつく。あの男は、入れ込みすぎるなと忠告したにもかかわらず、また何かに首を突っ込んでいるようだ。しかも、大倶利伽羅もしっかりと巻き込んで。正確には巻き込んだのは大倶利伽羅で、巻き込まれたのは燭台切なのだが、それは長谷部の知るところではなかった。 「夜か」 「そうだな、夜中というわけにはいかないが、下校時刻が過ぎた後になる」 何か問題があればすぐに連絡をする、という大倶利伽羅の言い分に押され気味になっていく。もう一度、頼む、と静かに言われる。長谷部はそういった頼みには弱いところがあった。三度目となるため息を深くつく。それから長谷部は私用のスマホを手に取り、連絡表の『に』の欄を忌々しげに見つめる。「今回だけだ」と大倶利伽羅にとって通算何度目かわからない「今回だけ」を告げた後、通話ボタンをタップした。
***
「別に、送っていかなくてもいいのに」 「一秒でも長く居たいという気持ちが、お前にはわからないかな」 「そんなに思い出させたいのか。だが、その……」 「……そっちじゃない」 喫茶店を出るころには、すっかり日が落ちていた。喫茶店前で鯰尾とは別れ、それから駅で燭台切と大倶利伽羅とも別れ、電車には二人が残された。下車駅は二つ違い、同じ路線という比較的近隣に住んでいることが九月頭には判明し、それからは時間が合えば途中まで一緒に帰ることが多いのだが、今日は途中まで、ではなく国広の家まで送る、と長義が言い出した。 とはいえ、同い年の同性、特に送る意味が国広には見出せない。 「手続きは、一通り全部終わったよ」 「そう、か」 「……最初にDNA鑑定を見たときにね、正直に言うと、少しお前を憎んだんだ」 大通りから二本入った道を歩きながら長義はぽつりと呟くように切り出した。ひょっとしたら、国広に話しかけたわけではなかったかもしれない。国広の相槌を気にする様子もなく、長義は続ける。 「お前という存在で、俺の家はすっかり駄目になったんだって、そう思った」 「……それは」 「いや、お前を責めているわけじゃないよ。ただ、少しそう思ったことがあるというだけだ」 歩くスピードはいつの間にかゆっくりとしたものになっていた。少しだけ、並んで歩いていた距離に差ができてしまう。だから、国広には、少し前を歩く長義の表情をうかがうことが出来ない。長義も国広の方へと向こうとしない。 「でも、祖母がお前のことを『鬼子』と言って、まるでなかったことのように扱うのを目の当たりにして、考えを改めたよ。お前が家をどうこうしたんじゃない、あの家がお前を認めてはくれなかったんだと、今度はそう思った」 ゆっくりとした歩きが、ついにとまる。夜の電灯と家々から漏れる灯りが、少々心もとなくあたりを照らす。車の通りも少ない道路には、今は二人しか見当たらない。国広は、かける言葉が思いつかず、ただどうしたらいいのかと俯いてしまう。国広に気付いたか気付いていないのか、長義の独り言のような語りはさらに続いた。 「あの日、お前が現れて、なんで来たんだと思った。今更帰ってきても、お前はこの家にはとうにいないものになっている、俺も家の者としてはお前を認識してはいけなかった。本当なら、はじめに玄関先にいるのが見えたあの時に、もっとかける言葉があっただろうに。層が違うように、二度と会うことも話すこともない存在でないといけない、と考えていた」 あの日、というのは国広が村に来た当日のことだろう。玄関先ですぐに追い返されてしまったあの日。その時にはもう、長義は国広がいることに気が付いていた。「その、」と国広は思いつかない続きも放り投げて、聞こえないような小さな声で長義に呼びかける。聞こえていたかは定かではないが、その声とほぼ同時に、長義は国広の方へと振り返る。 「だからね、こうして今いるのは奇跡のような偶然だと思うんだ」 それは普段の様子からは想像がつかないほど穏やかな表情で、国広は息をのんだ。 言いたいことは色々とあるのに、言葉にはならない。 「……それは、その」 言葉が喉につっかえて出てこない。長義の言葉がなにを意味しているのか、なんとなくはわかってはいるのに、それを自分から口にすることが出来ない。そうやってしどろもどろにしている様子を、すぐにいつものような様相に戻った長義は何が面白いのか可笑しそうに笑いだす。 「まだわからないかな、好きだって言ってるんだよ」 考えておいてね、と言って、また明日と手を振り、そのまま真っすぐ来た道を歩いていく長義を、国広は茫然と眺めていた。 それから、きっともう家まではそれほど距離はなかったとは思うが、どうやって帰ったのか、国広は覚えていない。
(また明日って、明日からどんな顔して会えばいいんだ……) 気付かないフリをして、なんとか保っていたはずの均衡だったのに、長義はそれを許してくれないらしい。国広のささやかな打算は呆気なく崩れ去った。 夜になると、どうしてでもその日あったことだとか、些細なことをきっかけにして色々と考えが浮かんでしまう。ネガティブなことも。しかし、今日に限っては、数時間前のことで頭がいっぱいだった。 「……考えておけって、どうすればいいんだ」 誰かに相談したい、そう思ってメッセージアプリを開くも、こんなこと誰にいえるんだ、とすぐに閉じて、スマホをベッドサイドの充電器に差し込み、国広は逃げるように布団に潜り込んだ。
気が付いたらもう外は白んでいた。 「……あさ、」 目元をこすりながら時間を確認する。もう起床時間だ。国広は潜り込んでいた頭からかぶっていた布団から這い出した。気持ちの方が落ち着いていなくても、体は機械のように習慣通りに動いてくれるようで、制服に着替えて居間へと向かう。すでに起きている家族と挨拶を交わしご飯を口に運ぶ。さすがに挙動不審だったのだろう、兄弟に何かあったのかと尋ねられて、また昨日の夜を思い出してしまって顔が熱くなる。熱があるなら休もう、無理はしちゃダメだよ、と立て続けに言われてしまい、申し訳なさと居た堪れなさと気恥しさでいっぱいになる。熱じゃないから、心配ないから、などと国広は自分でも不思議なほどに必死に否定して家を飛び出した。
慌てて飛び出したからか、いつもよりもずっと早く着いてしまった。日直の生徒もまだ来ていない一人きりの教室。本来ならば一応は日直の仕事ではあるが、何かしていないと落ち着かないし、早く来たのに何もしないというのも気が引けた。国広は窓を開け換気を行い、黒板の日付を書き換え、教室の後ろにあるロッカーからほうきとちりとりを取り出してさっと辺りを掃除し始めた。しばらくすると日直の生徒が教室に入ってきて、入ってくるなり国広の姿を認め、何かあったのかと訊ねてくる。なぜ、と言えば、こんなに早く学校に来てるから、ともっともな意見を返されて、国広はなんでもない、なんとなくだ、とあやふやに返事をしてしまった。 それから日直の仕事を少し手伝いつつ、時間が過ぎるのを待った。日直の生徒は、いいよ別に、と言うのだが、ほとんど人のいない教室で、じっと机についているというのが、今日の国広にはどうにも出来そうにない。少しでも時間ができると、すぐに昨日のことを思い出しそうだった。 さらに時間が経ち、生徒の数が増えてくる。賑やかないつもの教室になると、ようやく気分が落ち着いてきた。そう思って、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。 「おはよう、国広」 「……ああ、おは……よ、……っ?!」 誰かの挨拶に顔を上げて返そうとする。返そうとしたところで、驚いて声が出せなくなってしまった。 長義はいつも通りに教室に入り、いつも通りに鞄を置き、いつも通り隣に座る国広に声をかけたに過ぎない。それはわかっているのに、国広にはそのいつも通りが出来ない。『考えておいてね』という言葉が頭の中でリフレインしてしまう。 国広はガタン、と音を立てて立ち上がり、あと5分もなく1限目だというのに「……すまない、頭冷やしてくる!」と言い残して教室を走り去っていった。クラス中の注目が残された長義に向く。あいつに何したんだよ……と呆れるグループに、遂に何かあったんだな、と察して苦笑いするグループ。そんな面々をよそに、長義はにやける頬をなんとか抑えるのに必死になっていた。 もちろん、何の反応もないとは思っはいなかった。国広は色恋沙汰には鈍いように思うが、それでも直接の言葉を曲解するほどのものではない。けれども、あんなに意識されるとも長義は思っていなかった。 たとえば、普通に挨拶をすれば、向こうも昨日のことは夢か何かだと勝手に完結して終わるような、そういうものを予想していた。だから、あれは夢ではないのだと、今日の帰りにでも、もう一度念を押してみようかと昨夜は計画していたのに。 「……あんな反応、期待するだろう」 数分後、チャイムを聞いたのか慌てて教室に戻ってきた国広を、長義は見ることが出来なかった。
***
「音楽準備室についてなんだが……何かあったのか」 昼休み。教室の外が一気に騒がしくなる。二限と三限の間に来ていた、大倶利伽羅からグループメッセージの通り、長義と国広は文化祭の日に昼食を食べた中庭に向かった。授業が終わるや否や、国広が逃げるように教室から消えてしまったので、長義はひとりで中庭に向かうことになった。しかし、同じ教室から同じ場所に、しかも同じ人物を目的として向かうのだから、当然、早足で向かえば国広に追いつく。国広、と声をかけると、こちらを見ることなく、国広は早足になる。しまいには、中庭まで走ることになってしまい、四限は体育だったのかジャージ姿で先に来ていた大倶利伽羅は、妙に疲れた様子の二人を見て僅かに眉を寄せた。 「なん、でもないよ……ちょっと国広に逃げられただけで」 「に、逃げてはいない……!」 「声をかけたら走り出しただろう」 「う……急いでいたんだ、教室から中庭は少し遠いから……」 「俺が声をかけるまでは歩いていたのに?」 「どうでもいいが、長く続くようなら他所でやれ」 「……すまない」 堂々巡りになっている応酬に、大倶利伽羅が釘を刺す。売り言葉に買い言葉、あまり生産的ではないことに自覚はあった二人は、素直に黙って、先日とほぼ同じ日陰棚の下にある木製のテーブルに昼食を置いた。 程なくして、鯰尾が中庭まで駆けてくる。 「みなさんお揃いで!お待たせしてすみません」 ぺこり、と小さく頭を下げ、「じゃあ、えっと、お隣失礼しまーす」と空いている大倶利伽羅の隣に座り、弁当箱を置いた。 「……それで、音楽準備室がなんですか?」 「ああ、長谷部が……いや、これはいいか。結論を言うと、日本号から教師立ち会いの元ならば許可を出すと言われた」 「日本号先生?3年生の副担ですよね、どんなご縁が?」 「……知り合いの知り合い、のようなものだ」 「それもう全くの赤の他人ですよね」 鯰尾が大倶利伽羅の言葉にあけすけに返している間も、長義と国広は黙々と昼食に集中していた。話は聞いているらしく、頷いたり、声の方に視線を向けたり、といった反応は示している。一方で、たまにちらちらと隣を見ては、さっと目を逸らし、というのを続けているのが、大倶利伽羅にも鯰尾にもすぐにわかった。 「何かあったんですか?」 「……さあな。とにかく、今日の放課後に日本号立ち会いで音楽準備室を調べる……そこの2人、伝えたからな」 「えっ、あ……ああ……大丈夫だ、聞いてる、その、許可ありがとう……」 「……俺も、ちゃんと聞いてるから安心していいよ」 大倶利伽羅がやや強い口調で言えば、国広はびくりと肩を跳ねさせ、長義は少し忌々しげに放課後の音楽準備室調査を了承した。
***
放課後、下校時刻過ぎに音楽準備室へ続く階段前に全部で四人の人影があるのを確認した日本号は、「お前らが長谷部の言ってた燭台切の助手か」と尋ねた。戸惑いながら否定しようとする国広を遮って、大倶利伽羅は「そのようなものだ」と返す。 「高校生をスパイにして保科の浮気調査とは、燭台切のやつもなかなか……」 「え、そんなことになってるのか?」 「見ろ国広、あの顔は冗談言ってる顔だよ」 「……なんて、ちゃんと長谷部のやつから聞いてるよ。この前の放火で気になるところがあるんだろ?」 じゃあ行くか、そういうと、日本号は黄色いテープの端をハサミで切る。いいんですか?と国広が慌てると、日本号はあっけらかんとした態度で後で張りなおすさ、と答えた。
「しかしまあ、あの長谷部がこんなことを頼んでくるとはなぁ……」 あいつも丸くなったってことかね、と日本号は遠い目をした。日本号の知る昔の長谷部ならば、頼まれたから少し音楽準備室とやらを開放できないか、出来ることなら子守りも頼む、教師なのだから生徒の面倒を見ろ、などと言いだすはずがない。ルールはルール、そういってどんな意見でも一蹴していただろう。いや、どうだろうか。あの真面目馬鹿はそういった自分の真面目馬鹿さで散々なことになったことがある。その時の後悔が長谷部を変えたのかもしれない。いずれにせよ、悪いことではないように日本号は思っていた。 階段を上がる中、そのようにぼんやりと考えていた日本号に、鯰尾が声をかける。 「あの、すみません……でも俺、どうしてでも気になっちゃって」 「気にすんな。もしも俺がお前のような立場だったとしても、何かおかしいって言いだすだろうよ。でも、無理矢理物を開けようとしたり、壊したりはしないこと。いいな?」 「……当然だ」 「はーい、わかりました」 じきに着いた音楽準備室の鍵を日本号が回す。今日は保科はいない曜日なので、鍵は職員室にかけてあるものを使った。鍵は保科の持っているものと、職員室のものの二つがある。それは学校中で周知のものだった。音楽準備室は吹奏楽部もよく使うが、保科は快く鍵を貸さない性質であったため、必ず職員室から借りているのだ。 「じゃ、俺はここで待ってるから終わったら言ってくれや」 日本号がそう言って扉を開けると、籠った空気がふわりと漂ってきた。 「……さすがにもう、焦げ臭くはないですね」 「でも、結構見事に燃えてる」 「……保科の私物もかなりが燃えたんじゃないか。焦げが強いのが机のあたりだ」 「机のあたりなら、なおのこと本人のライターとか、その線が強くならないか?」 思い思いに感想を述べながら、音楽準備室に入っていく。その様子をドアの前で日本号は、これはこれで不思議な組み合わせだと考えながら見ていた。 教室というには準備室は狭い。楽器などはすべて移動されたため、もともとの音楽準備室に比べればずっと広いはずだが、それでも一つの教室を半分にした程度の広さしかない。もう半分は美術準備室になっているはずだ。いずれも、音楽室・美術室が広々としているためなのだろうか。荷物は多いはずなのだが、これに抗議が出たことはなさそうだった。 「でも、調べてみたところで、一応ここって警察も見てるはずだよね」 「……まあな。ダメでもともとだ」 一通り見た所で、手がかりが得られないような気がしてた。飽きてきたのか、残された棚を開けて、手で奥の方をまさぐりつつ、長義が誰に言うでもなく呟く。反応を帰した大倶利伽羅も、もう一度見てみるか、と案の定、鍵がかけられていいた保科の机に手をかけた。やはり変わらずしまっている。 「でも、火元が机側というのは大きいんじゃないか?この教室の最奥にあるから、入り口付近で火を放ったということはないことになる」 国広がやや前向きな意見を出したときだった。 「……あ!」 鯰尾が何かを見つけたのか、やや大きく声を上げた。 「……何かあったのか?」 近くにいた大倶利伽羅が声をかける。鯰尾は「手がかりかはわかりませんけど……見つけました」と言いながら、一枚の写真を渡した。 そこにいたのは、保科と、それから高校生くらいの生徒。 制服には校章があり、どこの学校かまでは潰れていて見えないものの、私服制服のこの学校とは違うものだとわかる。服装はセーラー、女子だった。 「心当たりは?」 「……あります。これ、早川さんの友達です。文化祭の日、うちのクラスに来てましたから」
「明日は骨喰についていたいので」 鯰尾とはそう言って昨日別れた。骨喰はあまり多くを語らないから、自分が見ていないとどうにも心配なんだと鯰尾は零していた。 「だって、ほら……SOSだって骨喰は言ってくれないから。信用されていないとは思わないんですけどね、それが骨喰にとっての当たり前だし。それなら、俺が骨喰のこともたくさん気付いて、拡声器になればいいんです」 それが俺達の在り方なんですよ、と鯰尾は笑っていた。
「大倶利伽羅もあまり喋らないよな」 「……何の話だ」 「昨日の」 国広が思い出したかのように話を始めたのは、放課後の空き教室で、昨日の写真のコピーを三人で囲んでいるときだった。大倶利伽羅も昨日のことを思い出したのか、国広の言葉に、ああ、と相槌を打つ。 「燭台切は、やっぱり大倶利伽羅が喋らない分を代弁していたりするのか?」 「光忠はそんなんじゃない」 「鯰尾たちの在り方と、大倶利伽羅たちの在り方は、やっぱり違うよ」 「……そう、か。そうだよな」 長義が大倶利伽羅の言葉に付け足すように言う。あ、と声を上げ、次にはすまない、と謝る国広に、大倶利伽羅は、謝るようなことか、と息をついた。はじめのうちは苛立っていた国広のこの態度も、夏の日から、まだそんなに長い付き合いではないのに、あっと言う間に大倶利伽羅には慣れたものとなっていた。 その間を割るように、長義は話を切り出す。 「鯰尾は、骨喰のために出来ることをやっている自分にその在り方を見出しているんだろうね」 世話焼き体質というところかな、と長義は続ける。その言葉を受けた国広は、在り方、と呟き、黙りこんでしまった。俯いてしまうと、長い前髪が目元を隠してしまい、二人には国広の表情が読めなくなってしまう。瞳は面白いほど感情を乗せるというのに、これでは何もわか��ない。長義は国広のこの仕草があまり好きではなかった。
***
今朝から妙に寒気があって、頭がぼうっとしていたからだろうか。普段なら気にしないようにできていたことが、妙に気にかかってしまう。昨日の帰りには気にならなかった鯰尾の言葉が気になったのもそのせいだろう。 国広は、二人の会話がどこか靄がかって遠くで聞こえる中で一人考え込んでいた。 今しがた発せられた長義の言葉を反芻する。 (……出来ること、在り方、か) 最初に国広が鯰尾の話を聞いて一番に思ったのは、自分の兄弟が同じように疑われていたら自分はどうするかということだった。 きっと、鯰尾のように誰かを味方につけようとは考えない、かもしれない。でも、兄弟が疑われるのはきっと見ていられない。途方に暮れるだろうか、一人でできることを探すかもしれない。思えば、あの夏の依頼も、友人に脅迫状を発見され、半ば無理矢理引っ張られたのだった。それがなければどうしていただろうか。少なくとも、長義とはこのような形で出会うことはなかったかもしれない。いや、ひょっとしたら今ここに自分はいないかもしれないほどだ。 国広には、大倶利伽羅のように探偵の知り合いもいなかったし、日本号に許可を取り付けたように別のあてもない。それだけではない。昨日の様子を見ていてもそうだったが、大倶利伽羅はずっと鯰尾のことを気にかけていた。クラスメイトが自殺し、兄弟が疑われている、気丈であろうとしてはいるが、焦燥はある。国広にもそれはわかっていた。しかし、自分が気にかけることで鯰尾に余計に気負わせてしまわないかと思うと、何もできなかった。大倶利伽羅は、相手を気負わせることなく、さり気なく気を遣うことが出来る。 長義はどうだろうか、と国広は大倶利伽羅と話している長義を見る。長義はあの夏、ひとりで秘密を抱えていた。『家の者としては』と長義は言っていた。自分が同じ立場なら、あんな風にはきっと振舞えない。 自分には、彼らのようにはなれない。彼らにできることが、自分にはとても出来そうにないから。まるで傾いた天秤のようだ、と国広は考えた。それが自分の在り方として、よいものだとは思えなかった。 (……そうだ、考えておけ、と言われたんだった。) 昨日の帰りまでは長義を見る度に思い出して、その度に心臓が跳ねるのを感じていたのに、今度は気分が沈んでいく。 今、告白を受けたところで、何となく長義に流されただけなのではないか、そう国広は考えてしまいそうになる。ずっと知っていた、何となく気付いていた視線に気付かぬ振りをしておきながら、いざ告白を受けたら馬鹿みたいに意識をして、それで付き合おうとなるのは、長義に対して不誠実な気がしてしまう。 「……ひ……ろ、国広!」 「……え?」 「え?じゃない。急に黙るな、心配するだろう?」 思考の海に沈んでいたところに、自分を呼ぶ声が響く。はっと我に返ると、国広の目の前には長義が、その少し後ろには大倶利伽羅が、どちらも心配そうにこちらを見ていた。 「……す、すまない……考え事をしていて……っうわ?!」 「顔色も悪��、と思ったら少し熱があるな……」 咄嗟に謝る国広に対して、有無を言わせず長義は国広の前髪を右手で避け、そのまま額を国広に押し付ける。驚く国広をよそに、額も手もさっと離れ、怪訝そうに眉を寄せた長義はぶつぶつと呟きつつ、国広の前髪を軽く整えた。国広が、熱?と聞き返す間もなく、今度は右腕を掴まれ、国広を椅子から立ち上がらせる。 「すまない、大倶利伽羅。今日はこいつを連れて帰る。明日以降にしよう」 「ああ、構わない」 「え、え……その、長義?」 「帰るよ」 そのまま長義は国広の座席にかけてある鞄と自分の鞄を持ち、国広を引っ張りながら教室から出て行った。残された教室で、大倶利伽羅はため息をついた。 「……喋らないのは、そっちだろ」
***
長義が黙ったままなのが、国広にはなぜか恐ろしく思えた。何か、自分の考えを見破られているような居心地の悪さを覚えてしまう。自分の考えを見破られて、そのことで軽蔑されているかのような感覚だった。 ぎゅうっと掴まれたままの腕が痛い。なのに、振りほどくのが怖い。 「……長義、あの」 校舎の玄関まで来たかというところで、小さく、痛い、と素直に告げると、あっさりと掴む腕はほどかれた。それどころか、長義はどこかバツの悪そうな顔をしている。そのためか、国広まで悪いことをした気になってくる。口癖のような謝罪が口をついて出てくるかといったところで、それを遮るように長義が話し始めた。 「……先に一応言っておくけど、国広が悪いわけではないから」 「え?」 「お前とは同じクラスだろう?朝の時点で、様子がおかしいのなら気が付けたはずなのに、気が付けなかった自分に苛立ってる。……すまない、お前にぶつけるつもりはなかった。自分でも、驚いてるくらいで……」 「そんな、俺は……」 自分でも長義に言われるまで体調に気が付かなかったくらいだし、今も大したことではないし、と国広は言葉を並べはじめる。それでも納得のいかない様子の長義は、そうじゃない、と国広を遮った。 「……鯰尾のこと」 「……ああ」 「いいな、と思ったんだよ……お前も、言わないから」 パタン、と靴箱になっている棚を閉めながら、そう言い出した長義の言葉に国広は首を傾げた。言わないとはなんのことだろう。そう思いながら自分も靴を履き替える。 言わない、言わない、と何度か繰り返して、告白のことか、と思いあたった。返事をせかされているのだろうか。毎日一緒にいて、何もアクションを起こさないのは、言われてみれば確かに、それはそれで不誠実な気がする。国広はそこまで考えて、それから一度息を吸った。 「……その、先日の夜のことだが」 嬉しくなかったわけじゃない、むしろ、自分でいいのかと思ったほどで。 でも、ダメだと思ってしまう。自分では、長義にとって最終的にはよくない。 「俺では、お前に応えられないと、思う」
***
白状しよう。 浮かれていた。今の今まで、勝利を確信していた。 だから、長義は国広の言葉が最初飲み込めなかった。何を言っているのかもよくわからなかったし、熱に浮かされてわけのわからない思考回路から結論を導いているんじゃないかと疑った。だが、国広は正気のように見える。少し顔色は悪く、先ほどから咳が混じるようになっているが、自分でも気が付かなかったというように意識の方はしっかりとしている様子だった。 昨日の朝のあれは、どう考えても、そういう反応だったのに。少ない経験からもあからさまにそうだと思えるほどにわかりやすかったのに。 だからこそ、長義は冷水を浴びせられたような感覚になってしまった。 「……それ、が……答え?」 「……すまない」 ずっと、どうやって告白を断ろうかと考えていたのだろうか。どうしてこのタイミングでそのようなことを言うのか。もしや、国広のことを気にかけてしまうことに対して、迷惑だとでも感じているというのか。 国広は申し訳なさそうに謝ってくる。国広の口癖のようなものだった。 「……はあ、どうして今言うかな」 「……、」 「ああもう、謝るな……こちらが惨めになる」 惨めにさせてくれるな、といえば、国広はまたも続けようとしていた謝罪の言葉を飲み込んで黙ってしまう。 「お前が迷惑に思っていたとしても、今日はお前を送り届けるから」 「迷惑、なんかじゃ……」 「……お前ね、病人が余計な気を遣うなよ」 「……」 国広は、とぼとぼと長義の少し後ろを歩く。大丈夫だから、と鞄は持たせてしまった。国広とて馬鹿ではない。体調があまり良くない今、無理にどこかへ行こうとはしない。長義が国広を送っていく意味もあまりない。 明日からどうしようか、大倶利伽羅は気が付く方だから、そっと察してくれるだろうか。長義はぼんやりと考えた。
家まで何も話すことなくたどりついてしまった。 国広が家に入っていくのを見届け、自分も踵を返す。そういえば、ここで話をしたんだった、と帰り道、一人になって考えた。 国広は最後まで謝っていた。そこまで悪いことをしたわけでもないのに、国広はすぐにその言葉が出てくる。あるいは、自分が悪いとでも本気で思っているのかもしれない。それは長義にはあずかり知らぬ国広の内面的な部分だ。 長義は、国広のそういった性質が嫌いで、それでいて存外気に入っていた。 『俺が骨喰のこともたくさん気付いて、拡声器になればいいんです』 鯰尾の言葉だ。長義は、これを悪くないと感じていた。 国広がああいう性質なのは、もう仕方のないことだ。変わらず自分だけが覚えている幼少期から、今ほどではないにせよ、引っ込み思案なきらいはあった。同い年なのに、少しばかり誕生日の早い自分は、まるで弟が出来たような気分にもなっていた。当時は、だが。 今こそ抱いている感情に変かはあれど、根本的に変わらないところもあった。簡単に人は変われないし、国広がどうしてそういう性質になってしまったのかも、長義にはどうでもいい。ただ、ああやって自分を押し込めてしまう国広の代わりに、自分が国広のことに気付いてやれれば、と思っていた。 結果的には、国広を困らせていたようだし、とんだ独善だったようだが。 はあ、ともう一度ため息をつく。いつまでもぐるぐると平行線をたどるようなことを考え続けるなど、自分らしくもない。 「ああクソ、やめだやめ……」 誰に聞かれるでもない日が落ちた住宅街。気持ちを切り替えようと独り言を声にしてみた。思ったよりも声は大きく響いたような気がしてしまって、思わずあたりを確認してしまった。聞こえているなんてありえないが、少なくとも、国広には聞かれたくはない。 「……あれは」 その時だった。長義は目の前に見覚えのある姿を見つけた。 その人はきょろきょろとあたりを見回している様子で、近くの公園へと入っていく。 例の写真の女性だった。
***
「……探し物ですか?」 「えっあ、は……いぃっ?!」 思わず声をかけてしまった。 公園へと入っていったその人は、どう考えても遊びに来ている様子ではなかった。公園の隅の方、花壇の陰、あらゆる死角を服が汚れるだろうことも気にすることなく、ごそごそと探し始めた。公園には彼女と、それから長義しかいない。その人は、長義の様子に気付くこともない。よほど集中しているようだった。 長義が声をかけると、その人は振り返り、それから自分の行動をみられていたことに気付いたのか、驚いて素っ頓狂な声を上げる。 「だ、誰ですか見てましたか見てましたよね?!」 「……ええ、と、まあ」 「わわ、忘れてください!」 「ああー……そういうわけにも、いかないかな」 それから、妙なハイテンションで長義に向ってまくしたてた。普段どちらかといえば静かな連中の方が周りには多いためか、どうにもそのテンションについていけず、ひるんでしまう。 しかし、忘れるわけにはいかない、といった長義の言葉に、その人はスッと一瞬で表情を、仕草を凍らせた。知られるわけにはいかない何かがある、ということだ。長義はその瞬間を見逃さなかった。 「……保科、という人間を知ってますね」 「貴方……一体、」 鞄の中にいれたままになってい���写真のコピーを取り出し、女性に見せる。女性の表情はますますこわばっていく。黙り続けていると、ついには、恐怖からか、ぽろぽろと涙を流し始めた。理由はわからないが、泣かせるつもりもなかった長義はさすがに戸惑った。何か言わなければ。そう思った長義が声をかけるより前に、女性が口を開く。 「……天使との、取引なんです」 「天使……?」 はい、天使です。聞き返した言葉に、はっきりとそう返されて、長義はどこか気が遠くなるのを感じた。
翌日。 どうにも気まずい。自分で蒔いた種だというのは理解している。だからこそ、どうしようもなかった。 大倶利伽羅とはまだ会っていない。鯰尾とも。長義は同クラスなので顔を合わせているが、会話は交わしていない。思わず目を逸らされてしまった。無理もない、結果的には長義から受けた告白を断るようなことをしてしまったのだから。きっと彼は自分に対していい感情を持たないだろうし、ひょっとしたら怒ってるかもしれない。 そう思っていた矢先のことだった。 「……山姥切」 「えっと、うち二人いるんですけど、どっちですか?」 「ああそうだったな、山姥切国広、ちょっと」 二限と三限の間の時間だった。ガラリと教室の扉が開いたと思ったら、呼び出しだった。ドアの近くにいた生徒が対応し、「国広くん、呼ばれてるよ」と自分を呼ぶ。何かあっただろうか、何かしただろうか、なんとなく不安に思いながら、「はい」と返事をする。顔を上げて、思わず固まってしまった。目の前にいたのは、音楽教師の保科だった。
「山姥切のやつ、いくらなんでも遅いな」 もう三限のチャイムなってだいぶ経つのに。そう呟く近くの生徒の声で、長義はようやく国広がいないことに気が付いた。違う。正確には、誰かに呼ばれて教室を出ていったということを事実としては知っていた。ただ、なるべく意識の外に彼をおくようにしていたから、鈍くなっていたのだ。 「国広、どうかしたの?」 「お前気付いてなかったのかよ」 生徒の一人に話しかけると、彼の方は、むしろなぜお前が気付いていないのかとでも言いたげに答える。次の時間は選択科目で、三限と四限は自習だった。先生はたまに見回りにくるくらいで、教室は授業中の時間帯にも関わず比較的騒がしい。 「……色々あってね。それで、国広は?」 「先生に呼ばれた」 適当に誤魔化しつつ、続きを促し、返ってきた答えに嫌な予感がした。 「先生って誰」 「え、何でお前が必死になってるんだ……?」 「いいから!」 「保科先生だけど……って長義?!」 次の瞬間には、長義は教室を飛び出していた。向かうは音楽準備室だ。あそこは、今は一応封鎖扱いだから、きっと人が寄り付かない。かつ自分のテリトリーでもある。自分が保科ならそこを選ぶ。急がないと、と思いながらも隣のクラスを横目で見る。大倶利伽羅はいつもの席にはいなかった。メッセージを開き、『音楽準備室』とだけ書いて送って、ポケットにスマホをしまう。 どこで漏れた?長義は音楽準備室へと続く階段へと向かいながら頭を働かせた。きっと国広が、保科について嗅ぎまわっていると思われている。間違ってはいない。だが、そこに長義は含まれていない。だから、国広だけを呼び出したのだろう。 「……だから、俺は知らないと言ってます!」 「知らないはずがない!あいつは、天使の話をしたと言っていたんだ!お前に!」 「……っ、本当に、知らない、昨日は早く帰って、それからずっと家に……」 「あいつに指定した場所はお前の家の近くだった、その上、山姥切と名乗ったと言っていた、お前以外に誰がいるというんだ!」 階段を駆け上がった先、すぐによく知った声が聞こえた。 すぐあとに、何かがぶつかる鈍い音もした。 慌てて扉を開ける。 保科と、それから痛みで小さく呻きながら蹲り、それでも目の前の男を睨む国広がいた。
***
「それで、天使って……?」 「そう、ね……貴方は、オペラ座の怪人って知ってる?」 「……ガストン・ルルーの?」 「そう、それ」 さすがに秋とはいえ、夜になると少し肌寒い。近くにあった自販機で、適当に温かい飲み物を探す。結局ホットココアを二本買って、ひとつを女性に手渡した。それから、公園のベンチに座り、女性に話の続きを促す。すると、女性の口から出てきたのは、かの有名な小説だった。 「私ね、舞台女優をやってるの……まあ、あんな大舞台ではないけれど」 大舞台に立つのは夢ね、スポットライトを浴びて死にたいと思うもの。女性が続ける言葉に、へえ、と長義は相槌を打つ。言われてみれば、確かに結構顔立ちは整っているし、言動はともかくとして、話し方もはっきりとしていた。舞台に立てば、それなりにスポットライトが映えるだろう。天使だなんだと突然言い出すことへは、不信感がどうにもぬぐえないが。 「でも、私、いまいち伸び悩んでいて」 「それは……オペラ座の怪人というほどなら、歌?」 オペラ座の怪人は、クリスティーヌに歌を教える『天使の声』と、オペ���座に住まう怪人の謎を巡った物語だ。長義も以前、一度だけ、今はもういない父に、東京まで突然連れられて観劇したことがあった。今にして思えば、ああいった父の態度は、自分への贖罪だったのか、あるいは……。 「……話が早いのね。そう。私はね、ファントムに歌を教わっているの。その代わりに、私はファントムの言うとおりにする……そうすれば、私は舞台に立てる」 だから取引か、と長義はようやく最初の言葉を理解した。 しかし、話はあわせつつも、長義からしてみれば頭の痛い話だった。きっとファントムというのは保科のことだ。彼は音楽教師だから、指導も当然できることだろう。言うとおりにするというのが何を意味しているのかは、はっきりとしないが、こんな時間に公園で一人、探し物をさせるくらいだから、どうせろくなことではない。 彼はファントムなのだろうが、エリックではない。彼女を愛しているとか、そういったことではきっとない。彼女も、わかっていて騙されているのだろう。ひどく、歪んだ関係に思えた。 「……そう。でも、今日はもう帰った方がいい。ほら、夜に女性が一人で出歩くのは危ないだろうし」 「あら、貴方結構紳士ね……ええと、名前……」 「……山姥切、だけど」 「珍しい苗字ね。ありがとう、山姥切くん。でも、私は大丈夫だから」 そう言って微笑む女性は確かに綺麗で、舞台女優としての貫禄のようなものが見えた気がした。その勢いに押され、結局は長義は早川さんについてのことを聞きそびれたまま、女性を見送ってしまった。ホットココアはもう、とっくに冷めていた。
***
「光忠……急いだほうがよさそうだ」 「え、ああ、ごめんね伽羅ちゃん。僕のことはいいから先に……」 「……音楽準備室、とメッセージが来ている。長義からだ。恐らく、国広もいるんだろう、どちらかか、あるいはどちらもか、とにかく危ない」 「え、ええっ?!なんで?!」 「俺が知るか」
昨夜のこと。 早川の母親から長谷部へ、それから燭台切へと手渡された懐中時計は、最終的には大倶利伽羅のもとへとたどり着いていた。 早川さんのお母さんには会えなくて、結局その時計だけが手がかりで……と言いながら、燭台切は大倶利伽羅に懐中時計を見せた。懐中時計を見るなりに、面倒がやってきたとばかりに険しい顔をする大倶利伽羅をよそに、燭台切はといえば、どうすればいいと思う?などと聞いてくる。 「ばらせばいいんじゃないか」 「僕、機械には弱いんだよ……知ってるでしょ?」 「はあ……貸せ」 道具ならあるよ、と言いながら、ミニ工具セットを取り出してきた燭台切に、またため息をついた。仕方ない、と受け取った懐中時計を電気にかざしたり、くるくると回してみたりする。妙な音がした。 「……これ、時計を合わせれば開くタイプの絡繰りなんじゃないか」 「ああ、そういうやつか……」 何度か針を回すと、特定の位置でカチ、カチと音が鳴る。針は短針と長針で、違うところでなっているようだった。 「……探偵、金庫を開けるのと同じ要領でいけそうだが」 「う……探偵がピッキングとか鍵開けにたけてるって、漫画の世界の話だよ」 まあやるけど。そう言いながら、燭台切は耳に懐中時計を押し当てながら、少しずつ針を回していく。しばらく経つと、カチャリと別の音がして、支えを失ったパーツの一つが、何か中に入っていた軽いものとともに床へと転がり落ちた。 「……紙、だな」 「ねえ、これって……例の遺書……?」 そこに書かれていたのは、告白文だった。 確かに、早川という生徒が、ボヤ騒ぎを引き起こした。そのことが書かれていた。
***
「骨喰、大丈夫?それとも結構きつい?」 「……『はい』か『いいえ』しか、言ってない気がする」 表情こそ大きく変わる様子はないものの、長年一緒に過ごしている鯰尾には、骨喰がひどく疲れていることくらいは、すぐに察しがついた。よほど疲れているのか、わかりやすい弱音も吐いていて、珍しいとか変わってやりたいとか、色々と感情がこみあげてくる。 「警察の人、なんか言ってたりした?」 「……思い当たることは、」 「だよねえ……」 骨喰は無関係だ。何を言われたところで、知りません、としか言えないし、何を聞いたところでわからない話だ。ひょっとしたら、色々と調べていた鯰尾の方が、事件について詳しいかもしれないくらいだった。 「……そうだ。早川、は」 「うん?」 「早川の遺言書は、切り取られたもの、らしい。残りは、見つかってないそうだ」 「うーん……どういうことだろう?」 「さあ……」 コンビニで買った肉まんを片手に、住宅街を歩く。ここは二人の通学路だった。自宅までほどなくしてたどり着く。 学校では散々だった。勿論、クラスの誰もが、いや、心の内では少しもということはないのかもしれないが、骨喰を疑ったり、骨喰に冷たく当たるようなことはしなかった。早川についても同じだ。死体蹴りをするのもどうかと思うし、何よりもつい数日前までは、みんなで文化祭の準備をしていたはずなのだ。手のひらを返すような態度をとる人がいないのは、当然と言えば当然なのかもしれない。 でも、警察で重要参考人として聴取を受け続けていた骨喰は、好奇の対象だった。つまり、質問責めに遭った。 「……山崎、香取、堀川、高橋、と」 早川の遺書について、少し考えてみた。しかし、考えてみても何も思い浮かばない。気晴らし程度に、公園沿いにある表札をなんとなく確認しながら歩く。とはいっても、特に変わり映え���しないのだが。鯰尾にとっては、ご近所さん、といえども、全く交流があるわけではない。小学校が同じ、とかそのくらい近しい関係の奴の家ならば、ある程度わかるが、その程度だった。 「……鯰尾」 「ん?どうしたの?」 「隠れる」 「えっ?!」 突然名前を呼ばれたと思ったら、腕をひかれ、二人で転がり込むように公園入口横の木々の間に潜る。骨喰の頭についた葉を落としながら、鯰尾がいきなりどうしたのかと訊ねると、骨喰は真っすぐ公園の奥、ベンチの陰辺りを指さした。 「保科だ」 「……本当だ、こんなところになんの用だろう」 そこにいたのは保科だった。小声で会話を交わす。といっても、さっきの音もだいぶ大きかったし、気付くならあの時点で気付いていそうだが。保科は、二人に気付くことなく、あたりを挙動不審気味にきょろきょろ見回しながら、木陰に何かを置いて、土を軽く被せた。 集中しているのか、逆にまったく集中できていないからか、相も変わらず誰かの気配などには気付くことなく、保科は公園をそそくさと離れていった。 「行ったみたいだ、行こう」 「ちょっと、骨喰!」 保科が公園から離れていくのを確認した途端、骨喰は立ち上がり、迷わずベンチの方向へと向かっていく。少し遅れて、鯰尾がそれを追いかけた。 少し土を掘り返すだけで、すぐにそれは現れた。なかなか体格のいい保科には、少し不似合いにも思える小さく可愛らしい小瓶だった。 「……これって、土に埋めるもの?」 「どちらかといえば、海だな」 「あ、中に紙が入ってる」 ますます海の方がいいんじゃないか、と言い合いながら、何度か小瓶を逆さにして振ると、あっさりと中のものは出てきた。小さく折りたたまれたメモ用紙だ。 「……これ、は」 「黒……」 「……だね」 互いに顔を見合わせる。それから、こくりと確かめるようにうなずき合った。
『明後日いつもの駅前ホテル八〇四号室』
中身は、誰かへの指示だった。 しかも、駅前のホテルについて、手元ですぐに調べたところ、明らかに高校生には不釣り合いで、不適切な場所だ。そんなところへ、誰かを行かせようという指示。 露骨なまでに黒だった。 さっと血の気が引くのを感じる。何か、大変な情報を手にしてしまったかのような。鯰尾は手早く小瓶をポケットにしまい込み、「行こう」ともう一度頷きあい、そのまま二人は急ぎ足で公園を後にした。
***
翌日。 鯰尾が三限の終わりにスマホを確認するとメッセージが入っていた。色々とあって、手を借りている先輩たちのグループだった。ちょうどよかった、お昼に小瓶を渡したい、そんな思いでメッセージを開く。すると、そこにあった文字は『音楽準備室』という長義からのメッセージ、それから、大倶利伽羅からの『お前たちは来るな』というメッセージだった。 「……え、音楽準備室……これって、やばいことになってるってことじゃ……」 言った方が絶対にいいはず。そう思い鯰尾は教室を出ようとする。しかし、それを止めたのは骨喰だった。 「……四限、はじまる」 「そう、だけど……ごめん!俺行かないと!」 鯰尾は骨喰の制止を振り切って教室を飛び出す。音楽準備室までは遠い。廊下は走るなよ、という教師の言葉も無視して、音楽準備室まで鯰尾は急いだ。 ピコン、と音がなる。 走りながら一応確認すると、再び大倶利伽羅からのものだった。中身はみずにポケットにしまい込む。あの人たちは、保科が公園で埋めたメモを知らない。 もしかしたら、彼らも危険かもしれない。 巻き込んだのは自分だ、自分だけが蚊帳の外にはなりたくなかった。
「先輩っ!無事です……か……?」 音楽準備室に飛び込むと、今にも暴れ出しそうな保科を取り押さえている燭台切と、近くのガムテープを長くとって切る大倶利伽羅と、頭を押さえている国広と、それからそんな国広に話しかけている長義の姿があった。 「……緊急事態、だったんだ。それは一応、解決したよ」 茫然とする鯰尾を見るなり、そういいながら、ははは、と力なく笑う燭台切は、すぐにまた保科を抑えるために力を込めなおした。大倶利伽羅は容赦なく抑えた腕から長く切ったガムテープを無言でぐるぐると巻いていく。 「頭、打ってただろう。いいから見せろ」 「長義は大袈裟なんだ、これくらい、何ともない」 「何ともなくはないんだよ、脳震盪を起こしているかもしれないし」 その横で何か言い争っている様子の長義と国広を見る。国広の方が先に鯰尾に気付いき、何か言おうと口を開いたと思ったら。すぐに閉じて視線を逸らした。 「じゃあ、皆さん無事なんですね」 「……ああ、まあ」 「それならよかったあ……ほっとしたら、力抜けちゃいました」 鯰尾がドアの前で座り込む。ちょうど、大倶利伽羅は保科の手足にガムテープを巻き付け終わったようだった。まだ何か喚いている様子の保科に、今度も容赦なくガムテープで口をふさぐ。ああ見えて、怒っているのかもしれない、鯰尾は安堵した思考でぼんやりと考えた。 燭台切が、場を切り替える様に、パンパン、と二度手を打つ。 「それじゃあ、真相解明といこうか」 その言葉で、全員の視線が燭台切に向いた。
***
「まずは、結論から言おう。先日、この教室に火をつけた人物。それは早川さんのお母さんだった。……トリックも何もないね、あの日は文化祭で、保護者の人も当然学校に来ている。いつもよりも人の出入りが多く、誰がどこにいるのかの把握が難しい。つまり、誰でも火をつけることは可能だった。でも、彼女はこの学校を燃やしたかったわけじゃない、燃やしたかったのは、写真だった」 「……写真?あ、もしかしてこの……」 「……残念だけど、そっちじゃない」 鯰尾がスマホに撮っておいた写真を見せようとする。燭台切はそれを静かに止めて、それから保科へと向き直り、話を続けた。 「保科さん、長谷部という人を知ってますか?」 大倶利伽羅がピクリと眉を動かす。どうして長谷部の名が出てくるのかとでも言いたげだ。しかし、反応を示したのは大倶利伽羅だけではなかった。保科も、目を見開いた。なぜその名前が出てくるのかと言わんばかりに。 「いえ、今は喋れませんよね。……ですが、今の反応は肯定と受け取ります。僕は長谷部くんの友人……っていったら怒るかな、まあ知人なんですよ。あなたが高校生の頃にやっていたことも、聞きました。早川さんのお母さんは、あなたと同級生。……貴方のやった売買の、被害者だった」 燭台切は、ほんの少し暈した物言いをした。周りにいるのはほとんどが未成年の高校生だったから、直接的な言葉を避けたかったのだろう。しかし、その場にいる全員が、保科の行動を理解していた。「最低だな」と侮蔑する声が国広のすぐそばから聞こえる。国広も、目線だけその声の主、長義の方へと向け、すぐに保科を睨んだ。似たような感情だった。 「保科さんは、売買の記録を丁寧に写真付きで残していましたね。……写真、残ってましたよ」 「今度こそ、この写真……?」 鯰尾は、早川の友人が写る写真を再び見た。独り言のつもりが、燭台切に拾われる。 「そう、その写真だ。あなたは今でもその売買を行っていた。長谷部くんがい言うには、結構曖昧に、当時は解決という形をとったらしいからね。貴方に何もお咎めなしだったことは十分に考えられる。そして、それからもこの学校を拠点に、活動を続けていた。……そんな折に、早川さんの友人に偶然手を出したことを、早川さんに知られてしまった」 「……早川への当たりは強かったと聞く。それが理由だな」 燭台切の流れるような話ぶりに、大倶利伽羅が補足を入れてくる。鯰尾は、ああ、と納得したように声を上げた。 「早川さんは、ことの大きさ故に、母親に相談したんだ。母親は、被害者だったから、その時のことには誰よりも詳しかったのかもしれない。最初は、あの先生には関わらない方がいいとでも言ったのだろうね。そうしたら、今度は、早川さんが独自で調査を始めてしまった。母親は、写真が残っていることを恐れたんだ。もう、一五年以上前になる、その写真があるかもしれないことを」 「……それで、火を?でも、それならおかしいだろう。写真さえ燃えればいい、そのような事情なら大事にもしたくはないはずだし、火事が起きるような事態にはならないんじゃないかな」 「そうだね。ここからが、運の悪いことだった。この教室にはね、早川さんが前日に細工をして帰ったんだよ。保科さんは、喫煙者だから、たとえば、煙草の火が着火の合図になるように、仕掛けることができるよね」 長義の疑問に、燭台切が答える。それに対して、返したのは国広の方だった。 「……そうか、油。隣は美術準備室で、ここは普段、結構臭いがきついから、多少のものなら気が付きにくい。煙草でも着火の危険があるほど撒いたのならば、当然、写真を燃やしていたら、火が移るようになる……」 「そう。意図せぬ大事故だった。そして、早川さんは、音楽準備室のある階段から降りてくる、母親の姿を見てしまったんだ。僕は早川さんじゃないから、全部の気持ちはわからないけど、きっと罪悪感とか、色々なものが押し寄せてきたのかもしれないね。自分が犯人だという遺言を残して、自殺した。これが、大まかな真相だよ……そして、ここからが保科さん、あなたの話だ。僕は、貴方に自首を勧めたい」
そういって、燭台切が保科の目の前に差し出したのは、一枚の紙だった。よく見えるわけではないが、国広にも、そして長義にも、鯰尾にも見覚えのないもの。大倶利伽羅は燭台切の話そうとしている内容まで把握しているのか、特に注視する様子はなかった。 「最初、僕は早川さんの自殺の話を聞いて、亡くなった場所は自宅の、もっと言えば自室辺りを想定していたんです。ですが、そうではなかった。亡くなった場所は、この学校ですね。普通、火災の騒動があって、犯行を自供した生徒が自殺とくれば、それなりにマスコミが取り上げます。ですが、彼らの話を聞いていてもそのことがひとつも出てこない……誰かが、圧力をかけているということになります。もちろん、学校の評判が落ちるので、教師とをしては避けたいところでしょう、でももっと避けたいことが、これがどこかから流出することだった」 それが、これです。そう言いながら、保科に見せつける様に燭台切は途中で破られた紙をその場にいる全員に見せる。確かに、そこには細かな字で、ことのあらましがすべて書かれているように見えた。 私が、音楽準備室ごと友人を騙すあの怪物を殺してしまおうと考えた。そうでないと、騙されやすい彼女は、ずっと騙される。彼女はアレをファントムだと信じている。けれど、彼はエリックなんかじゃないし、彼女もクリスティーヌではない。あいつはただの化物だ。彼女を愛してなんかいない、彼女の目を覚まさせるには、もうあの怪物をなんとか彼女の目の前から消してしまわないといけない。そう思って、あの音楽準備室細工をした。相談していた、お母さんも、あいつの被害者だとか、私がお母さんを追い詰めてしまっていたとか、そんなこと、かけらも思いつかなかった。 そこから先は、遺書の『ごめんなさい』に続くのだろう。 切羽詰まったような殴り書きが細かくされているそれは、確かに公になれば、すぐに保科の行動に疑いの目が向けられるようなものだった。 「調べてみれば、早川さんはこの近くには住んでいなかった。ですが、この学校の近くに住んでいる長谷部くんは、早川さんの母親に会っています。なんでもない平日に。母親が自殺した娘に関して学校に用があったことはわかりやすい。そして、その時に破られた遺書の残りを見つけた。……長谷部くんは学生時代に保科さんについて独自に調べていたそうですから、彼に希望を託したのでしょう。この残りの遺書が、懐中時計に入って、僕に渡されたんです。貴方の悪質な行為は一〇余年に及ぶ。……僕は、これを警察に届けます。ですが、出来ることなら自首してほしいんです」 燭台切が言い終えると、途端に教室内は静かになった。保科も、もう暴れる気力もないらしく、大人しくなっていた。燭台切が大倶利伽羅を呼ぶ。大倶利伽羅も、わかっているというように、口元のガムテープだけを剥がした。自由になった口で、保科は呻るような声で答える。 「……しょせんは想像、なんだろう?」 「……貴様、いい加減に」 その声に真っ先に反応を示したのは長義だった。先ほどまで話を聞きながら、話が進むたびにどんどん冷めた表情になっていったのを、誰より近くにいた国広は見ていた。今も、凍るような声色で言うものだから、国広の方が驚いてしまった。今まで見たことのないような怒り方をしていることが、それだけでもわかる。 「おい、長義……」 「あの、証拠ならありますよ」 長義が切れる前に止めなければ、と声をかけようとした矢先、出入り口に一番近いところにいた鯰尾が声を上げた。それから、二歩ほど前に歩いて、小瓶を床に置く。その横に、畳まれていたのであろう、折り目が多くついた紙を丁寧に広げて置いた。 「……昨日、帰るときに保科先生をみたんです。骨喰も一緒でした。保科先生は気付いてなかったみたいですけどね。それで、その時にこっそり写真をとって、それからこれを掘り起こしたんです。鯨のオブジェがある第一公園ってところなんですけど、知ってますよね」 「……うちの、近くだ」 「え、そうだったんですか?国広先輩ご近所さんだったんですね!……でも、山姥切なんてあの辺にあったかなあ……」 ぽつりと独り言のように呟いた国広の言葉に、鯰尾がいつもの軽い調子で返してしまう。 「鯰尾」 逸れかかった話題を戻したのは大倶利伽羅だった。無言で鯰尾を見ながら続きを促す。 「……んん、そ、それでですね、このホテル、調べたんですけど、その、そういうホテルみたいじゃないですか。……誰に、これは渡す予定だったんですか?」 保科は答えなかった。その様子を見ていた長義が、これ見よがしに納得したというような態度をとる。 「……ああ、なるほど。その渡す予定だった相手とは、俺がその日の夕方過ぎに会ってるよ。確かに、彼女はクリスティーヌだったかな」 舞台の道を志しているそうでね、と長義は続ける。あの女性は、何かを探していた。偶然、その日鯰尾たちが回収してしまったから、その情報伝達はうまくいかなかったということだ。そして、その女性から保科へも、情報伝達がうまくいかなかったのだろう、と長義は考えた。 「早川の友人か……昨日といえば、お前らが一緒に帰っていったな」 「……つまり、俺の家の近くで『山姥切』という生徒を見かけた、と言われたから、あんたは俺のことだと思った、ということか」 「まあ、居住している場所も、教師ならすぐにわかるだろうね。国広は、山姥切って表札の家には住んでないから、あの女性ではきっとわからないだろうし」 大倶利伽羅の言葉に、補足するように国広が続ける。さらに、長義が追い打ちをかけた。その言葉を聞き終えると、鯰尾が保科をじっと見つめる。それから、もう一度、ずいと小瓶と紙を動けない保科の前に差し出した。 「……と、いうことです。それで、誰に、この指令を渡すつもりだったのか、答えてくれませんか」
***
思ったよりも早く自白した。燭台切は自首を頼んでおきながら、実際のところは学校で手続きをしている間に警察を呼ぶように頼んでいたようで、警察はすぐにかけつけた。 証拠品をすべて警察の方に手渡すと、「こういうのは、すぐに警察に渡しなさい」と少しだけ注意を受け、その日はそのまま解放と相成った。 「……国広、やっぱり一度検査くらい」 「だから、頭を打つことくらい誰だってあるだろう……」 音楽準備室に入った長義は迷わず国広の前に出た。何か勘違いをしているらしい保科が、国広の何かを疑っていることは明らかだった。恐らく、本当の目的は自分の方であることも、何となくわかってしまった。もっと言えば、自分が急に前に出てくることで、隙ができると思ったのもあった。 実際、動きは止まった。その隙をついて、「逃げるぞ」というや否や、国広の手を引き教室の外へと走りだそうとした。頭を強かに打っているからか、昨日熱があったし、本調子ではないのか、国広の身体は少しだけ普段よりも重たく感じられた。「……長義」と力なく呼ぶ声に振り返ってしまう。それがせっかくのチャンスをふいにしてしまった。……かと思えば、ドアのすぐそこにいたのが燭台切と大倶利伽羅だった。燭台切は迷いのない動きであっという間に保科の動きを封じ、大倶利伽羅も一切の躊躇いなどなく、ガムテープを手にした。そこへ鯰尾も現れたのだった。
全員と別れ、再び二人の帰り道になっていた。鯰尾と国広は家が近いことがわかったというのに、鯰尾は長義と国広の間に何度か視線を動かすと、「今日は用事があったので」と言って走っていなくなってしまったのだ。気を遣われてしまった、と国広は少しだけ落ち込んだ。 「第一、何で呼び出されたときに俺も呼ばなかったんだよ」 「……気まずい、だろう。俺は、あんなこと言ってしまった翌日だったし……」 あんなこと、という国広の言葉で、長義もつい昨日の出来事を思い出してしまう。 「……今なら、熱に浮かされていたことにするけど」 我ながら未練がましいような言い方をしてしまった。長義は自分のあまりの言い草に情けなくなってしまい口を噤む。どうしようもない沈黙がふたりを包んだ。ついさっきまでは、少々緊急事態だったということもあり、昨日のことなどなかったかのように接することが出来ていたというのに、いつの間にかまた、どう振る舞えばいいのかわからなくなってくる。 内心でクソ、と悪態をつく長義に対して、国広がぽつぽつと言葉を置くように話しだした。 「……違う、んだ。その、告白、されたことは嬉しかった」 「……え?」 「でも、どうして俺なんか、って思ったし、すごく、俺も戸惑っていて……それで、すまない、うまく言えない……」 予想外すぎる発言に、ぽかんと開いた口が塞がらない長義をよそに、首をゆるゆると静かに横に振って、国広はそう続けた。 隣には渦中になってしまった公園がある。昨日は全く意識していなかったが、たしかに目立つ鯨のオブジェがあった。存外可愛らしい造形をしているが、塗装はだいぶ剥げていて、それなりの年月を感じるものだ。 まだ言葉の出ない長義に対して、国広は変わらず独り言でも言うかのような声音で話を続ける。 「昨日の夜、ずっと考えてた。うまく言えないままでお前に応えるのは、すごく不誠実でよくないように思った……でも、今朝のお前を見て、ひどく傷つけてしまったんだろうなって思ったんだ……なあ、俺はどうしたらいい」 真っすぐに国広は長義を見つめた。家はすぐそこだというのに、まるで迷子のような瞳だった。 「……馬鹿じゃないのか」 「っ俺は真剣に!」 「……ふ、はは……馬鹿は俺も同じか」 「は……?」 その瞳に見つめられて、思わず笑いがこみあげてくる。可笑しい。馬鹿馬鹿しいったらない。態度の変化に、国広は怪訝な表情を隠せない。それでもなお、長義は面白おかしいとでも言うように、声を上げて笑い出した。 「……本当に、なんなんだよ、お前は」 「それはこっちのセリフなんだが……」 自惚れだと笑うなら笑えばいい。だが、今度こそ勝利を確信していた。長義は出来るだけ逃げ道をふさぐような物言いを、ぱっと二‐三考える。そのうち、一番国広の退路を塞げそうなものを選んで口にした。 「好きあうという意味でも、お前の気持ちが言葉になるまでという意味でも、俺はお前と付き合いたいと思ってる……それなら、お前も答えられる?」 「……だが、」 「迷うということは、その気があるということだと受け取るけど」 「……っ!……わ、わかった、こたえる、こたえるから!」 長義の有無を言わせない言い方に、国広は押し負けた。勢いでそのまま返答をしてしまう。それから、「うう……」と羞恥からか、勢いで答えてしまった罪悪感からか、俯いたまま長義よりも一歩斜め後ろを何も言わずに歩いて、家の前で止まった。 「じゃあ、また明日」 「……ああ、また明日」 いつも通りに言い合って、長義は国広が家の中に入るのを見届けてから、来た道を戻りだした。 正式なお付き合い、というのとはまた少し違ってしまっているけれど、これはこれで自分たちらしい関係かもしれない。そう思うと、悪くないようにも思える。あの様子では、恋人らしいことも当分は先の話だろうな、とも考えた。別に、そういう目的でもないから構わないのだけれど。 「……そっか、俺達、付き合うのか」 ぽつりと零してみて、改めて実感する。ただただ、単純に嬉しい。 くるりと振り返り、国広の家を見た。今頃国広は何を考えているだろうか。
クリスマスまで、あと一か月と少し。
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鷹取愛さんの本棚 in京都

京都で6年半暮らした鷹取愛さん。古本と紙雑貨のお店homehomeの人であり、「京都ふるどうぐ市」や「太陽と星空のサーカス」などイベントや展覧会の企画を多数行って忙しくしてる人。2017年5月、京都を引き払って東京へ戻るという、その引っ越し直前に家を訪ねて、その本棚を拝見しました。

――(朕)引っ越し準備で本も結構、処分しちゃったとか。
鷹取(以下、鷹):もう1段くらい棚があったけど、「東京蚤の市」とかに出しちゃって。かわいい雑貨みたいな本はもう全部売っちゃった。
――卒業した本。
鷹:うん、卒業。
――反対に言えば、残された本はまだ卒業してないということ。
鷹:そうかも。『火星の人類学者』(著・オリヴァー・サックス)は、学生時代にこれで評論みたいなのを書いたことがあって。例えば、急に目が見えなくなった人とか、体の一部を失った人がそれ以外のところが発達していくって本で。なんで、体とかこうなんだろうって。昔から廃墟がすごく好きだったんですよ。そこにかつてあったものとか、結構好きで。

――痕跡みたいなものですね。
鷹:うんうん。妖怪とかね。だけど、京都って意外に妖怪が少なくて、水木(しげる)さんの本でも、京都の妖怪って少ないんですよ。
――妖怪以上に怖いものがいるんでしょうね。
鷹:ねえ。そうだと思う。妖怪もいられないような街(笑)。
――廃墟の痕跡って具体的なものですけど、『火星の人類学者』の話はもうちょっと精神的なものですよね。
鷹:そっちも好きなんです。この本の話をbgm(gallery and shop。五条モールにある)の大久保(加津美)さんとしてたら、大久保さんが「僕が跳びはねる」みたいな本を貸してくれて(『自閉症の僕が跳びはねる理由』著・東田直樹)。まだちょっと読んだだけですけど面白い。人のなんだろうな、人間だけど通じないことがあるとか、言葉でもわからないことがあるとか。そういうことにも興味があって。

――学生のときに論文をって言ってましたけど、心理学かなにかやってたんですか。
鷹:桑沢デザイン研究所に行って、その時にとってた授業でなんだったかな、御手洗(陽)先生がこういう話が好きで、いろいろと薦めてくれたんです。クラゲは影で世界を察知しているとか、ハチは花を形で判断するとか。
――デザインを考える手前に、世界を認知する仕方にまで思いをいたすのはよさげな授業ですね。
鷹:ねえ。難しいことは私、得意じゃないんですけど。絵描きの山口洋佑さんって友だちがいて、宇宙のこととか話しはじめると止まらずにしゃべる感じなんですけど、その人に中沢新一を教えてもらって、よく読みました。
――『アースダイバー』とかのことを思えば、深層に入っていくという点では通じるかも。
鷹:つながるかわからないけど、だから、つげ義春もすごく好きなんです。
――大きな作品集がありますね。ちょっと高そう。
鷹:ううん、たしか下鴨神社の古本市で1,200円くらい。

――つげ義春の本がいくつかあります。
鷹:こっちは、帽子屋のしゃっぽさんという人がいて、浅草の帽子屋の息子なんですけど、一時期、沖縄で古本屋をやっていたこともある人で、しゃっぽさんのセレクトする本がすごく好きなんです。

――帽子屋のしゃっぽさんがセレクトした古本。アラーキーの本も結構、目につきますね。
鷹:この『恋する老人たち』(著・荒木経惟)をすごく好きな友だちがいて、まりっぺって今、東京の八丁堀でスペイン料理屋をやってるんですけど、その日によってこの本の好きなページを開いてトイレに置いてます。まりっぺとは学生時代に『ぼんくら』ってフリーペーパーをやってました。
――フリーペーパー『ぼんくら』! それも読んでみたい。

鷹:荒木さんは、最近また新しくなって出た『さっちん』をまりっぺから借りて、その写真から銅版画をつくったことがあります。予備校の授業で銅版画があって。そこからすごくアラーキーに執着するようになって。 いちばん好きなのは『春の旅』。チロちゃんって猫が亡くなるやつで、4年くらい前かな、表参道でその展示をやってて、会場を5周くらいして、5周ともぜんぶ泣いて。たぶん、あんまりお金がなかったけど、がんばって買った本だったと思います。


――アラーキーの限定900部の写真集。『春の旅』というのも出てたんですね。
鷹:写真家さんがすごい好きで。いちばん好きなのは牛腸茂雄さん。桑沢(デザイン研究所)の写真の先生で、牛腸さんと同級生だった先生がいて、その三浦(和人)先生が牛腸茂雄のほぼ全作品を見せるような展覧会を三鷹かどこかでやってました。
――牛腸茂雄も桑沢デザイン研究所の学生だったんですね。『牛腸茂雄 1946−1983』、その回顧展にあわせて出された1冊ですね。
鷹:三浦先生のポートレイトもどこかに載ってます。目が大きくてすごく見透かされてるような気持ちになって、すごく好きな先生でした。

――牛腸茂雄のカラー写真というのもあるんですね。
鷹:これは、いまでも桑沢の授業課題であって、暗室に入っていろんな形を組み合わせるって授業で。私もやった。まったく一緒。
――牛腸茂雄って同時代じゃないけど、大好きなんですか。
鷹:ほんとだ、まさに私が生まれたくらい(に亡くなってる)。けど、その三鷹の展示はすごかったですよ。今、行方不明になっちゃった、仲良かった友だちと見に行ったんですよ。

――そのこととセットで思い出す。
鷹:思い出す。桑沢の同級生でキドコロって友だちで。卒業してしばらく経ってから行方不明になって、その4年後くらいに突然、私の誕生日に本が送られてきて、その本があるはず。
――そんなドラマのある本が。
鷹:これだ。なんか、すごい本で。

――奥山民江という画家の画集。独特なタッチの絵ですね。
鷹:昔、流行った曲とかが入ったCD-Rと共に。すごいよね。桑沢つながりでいうと、今は『POPEYE』とかでイラストを描いてる三上数馬って男の子が、学生時代にこういう雑誌をつくってました。
――ガチンコな漫画雑誌。すごい力作ですね。
鷹:これを毎年出して。三上くんはずっとこういう絵を描いてきたので、すごい。本をつくるの、お金もかかるし。いや~本を見せるの、楽しくなってきた。

――学生時代の記憶にまつわる大事な本が続々ですね。
鷹:ほんとに。でもちょっとビール飲もうっか。実家から金麦が送られてきたから。いりますか。
――いただきます。
鷹:あと思い出深い本だと、これ。『イヌイットの壁かけ』は超大事な本。表参道のIDEEの壁に絵を描くみたいなバイトを学生のときにしたことがあって、その時にこの本が売っていて、店員さんがいろいろ説明をしてくれて買ったんですけど、ほんとにいい本で。戦争とか恐ろしい出来事が繰り広げられてるけど、絵がすごくよくて。形をマネして描いたりしました。

――本のつくりもいいですね。
鷹:でしょう。めちゃくちゃいいいじゃん、最高。
――イヌイットにも興味があって…?
鷹:全然ないです。私はいろいろテキトーなので何も知らないし、その後も突き詰めるとかはなくて。その時によかったらって感じで。すいません。

――いや、でもこの本はいいですね。このいろんな壁かけを本にまとめようとした動機もよくわからないけど、こうして本になってみると、確かにすごくいい。
鷹:3年前くらいに三軒茶屋の生活工房かな、で展示をやってて、それもよかった。これは一生、大事な本ですね。あと、好きな本は…。

――笑福亭鶴光の本が気になりますよ。
鷹:この本(『続・かやくごはん』著・笑福亭鶴光)は、家が看板屋なんですけど、ずっとお父さんが鶴光のラジオを流してたんで。だから、小学校から帰ると鶴光の番組を聞いてて。しかも、お父さん、マムシとかをお酒に漬けてて、小学校から帰ると飲むものが赤マムシドリンクとかだった。1本しか飲んじゃいけないって言われて。
――鶴光の番組に赤マムシドリンクの小学生時代! ぐんと成長できそう。でも、この鶴光の本、表紙がやけにかっこいい。

鷹:中もいいんですよ。あんまり読んでないけど。…めちゃくちゃな本だな。
――昔の本って自由ですよね。
鷹:自由だった。ほら、「もしも女だったら」「if」って書いてある。こういう謎のデザイン、いいなあ。


――急に投稿欄がはさまったり。
鷹:私が最初、勤めてた文房具屋さんでも雑誌に「文房具、売ります」って投稿して、連絡があった人には手づくりのカタログを送って、そこから注文をもらうってやり方でした。
――いまどき、そんな物の売り方があるんですね。
鷹:ヨーロッパの文房具を扱ってたんですけど、今はもうないです。
――看板屋で鶴光だったことを思えば、最初に見せてもらったつげ義春とか、自然につながってきますね。鷹取さんの普段からはそんなに昭和を感じることはないですけど。テキトー
鷹:唐十郎の芝居とかめっちゃ行ってました。下北沢のスズナリ劇場とか。その隣りの映画館はいきなり閉まっちゃったんですけど、そこで杉作J太郎の舞台挨拶付きの短編上映も見に行って。その頃、すごい青春だな。
――『下北沢物語』という本もありますね。
鷹:うん。通ってた高校がシモキタから2駅のところで、その頃はカラオケ館にしか行ってないんだけど、高校の頃の打ち上げとかもシモキタで。いまは謎の駅になっちゃって、いろんなことが悲しいけど、この本に載ってるみんなの話、すごい面白いです。

――そうそうたるメンバーが書いてますね。
鷹:柄本明さんとか、三軒茶屋とかシモキタでよく見かけます。10年くらい前までやってた「うさや」って駅前の飲み屋で飲んでたら、その息子が来たり。
――柄本佑さん。そういうエピソード、東京っぽさを感じます。
鷹:そんなのでもないけどな。芸能人ってよりは普通に。たとえば、京都でも街を歩いてたら、知り合いの山下(賢二)さん(ホホホ座)に会うような感じで、その街にふつうに住んでる人って感じで。この本読むと、シモキタが好きになる。うめのくんが仕入れてた本だったと思う。
――homehome店主のうめのたかしさん。この度、鷹取さんと同じタイミングで京都を離れて、実家の北九州へ。
鷹:この本もいいかな。古本で買ったら、めっちゃ落書きがしてあって。

――1日ごとにその日にあった出来事などをまとめた本。書きいれてあるのは、きっとこの日、誕生日の知人の名前ですね。
鷹:ここに書くんだなぁって。けど、よく見ると、いろんな字がまじってるから、飲み会とかやった時にみんなで書いちゃったのかなって。
――巻末に索引もついて、ちゃんとしたつくりの本だけど、最後の12月31日の後に謎のイラストがあったり、突然、カレンダーが挟まったり。
鷹:最高ですね。なんで今こういうムダがないんだろう。
――なかなか企画書に含められないから、こういうページは。

鷹:ムダ系な本、いいな。もっと見せたいな。
――『宇宙人の死体写真集』もありますね。
鷹:うん。これも内容のない本で。

――だけど、やけに状態がいい。古本屋で見たら買うかも。
鷹:買っちゃうよね。ムダ系じゃないけど、これもなかなか。普段見ると、具合が悪くなる。たぶん、あまり開かないほうがいい本。ちゃんと元気な時に読もうって。
――『韓国の仮面』。仮面はこわいですね。よく、この近距離で撮影したな。
鷹:そういう系のも好きです。

――その横には島尾伸三夫妻の本も。
鷹:チープなのに憧れてるのかな。なんだろう、あーそうだ、今、ちっちゃいものをすごく集めてて。小さい人形とか。

――そのノリですね。洋書系の本もまだ開いてませんでした。
鷹:これは下鴨神社の古本市で買ったんですけど、超ヤバイ。ヘンリー・ダーガーも好きで、それとはちょっと違うけど、なんか刺さったり、死んだりしていて、うわっ痛いって感じの、それも好きなんです。すいません。

――えぐめな場面をヘタウマタッチで描いてて。
鷹:怖い��だけど、馬の形がすごくかわいかったりして。ヘンリー・ダーガーもそうですけど、さみしいところも好きです。1,000円くらいで買ったと思います。
――インディアンの歴史みたいですけど、何を描いてるんでしょうね。
鷹:字とかはダサくてちょっと読めないから、そこは見てない。ガチャガチャしたものが好きなのかな。フンデルトヴァッサーも好きなんで。でも、最近は全然開いてませんね。

――あ、このあたり(の棚)はZINE、ミニコミ的な感じで。『やだ』、タイトルもいいですね。


鷹:早稲田の学生だったキーチャンって面白い子がいて、いいんですよ。東京で知り合う面白い人は、早稲田の人が多い気がする。
――いかつい表紙のもあります。
鷹:鈴木哲生さんってデザイナーの人が、グループ展『大恐竜博』で売ってた漫画。話も超面白いですよ。

――岡本綺堂の原作で。ツカミがすごい。
鷹:このあたりのがよかったら、これも好きだと思う、『車掌』。
――あ、僕も結構持ってます。
鷹:いいですよねー。なんかマジメじゃないのがいいのかな。デザインもちょっとかっこいい。

――今こそって感じのミニコミですけど、最近長らく出てない気がします。 鷹:なんか真面目じゃないのがいいんだなあ。 ――遊ぼうと思っても意外に遊べない。 鷹:デタラメでいいのにねえ。意外と生きていけるんだよね、デタラメでもね…。

――背がなくて積んであるのはZINE関係ですね。大きさがバラバラやし、本棚ムズいですよね。 鷹:ね、わかんない。これは、新宿眼科画廊でやってた展覧会の図録。 ――1回行ってみたいんですよね、新宿眼科画廊。 鷹:これは、IIBA galleryって、神戸でデザイン事務所がやってるギャラリーができて、最初の展示が横浪(修)さんで。そこで作ってた本。 ――三宮ですよね。 鷹:すごいいい空間。 ――本もいい作りですね。 鷹:あと、こういうの。すごく昔の本で、Gomaとか杉浦さやかさんとか、イシイリョウコさん、すげさわかよさん、落合恵さんとか。山村光春さんが仲良いメンバーと作ってた。こういう本、今意外と無いなと思って。 ――「初恋BOOK」。言うても10年経ってないですよ、2009年発行だから。 鷹:あ、そっかー。

鷹:これ、テニスコートって学生時代から見てる友達のコント集団が、ライブの時に公演の後みんなに渡してるフリーのZINE(『私物』)。

――すごい! こんなん配ってんねや。 鷹:牧寿次郎さんデザイン。 ――フリーで配られたんですか? 鷹:そうなんです。テキストや漫画、テニスコートがやってるラジオなんかがあって、懺悔シリーズ。クレームがあってそれに対する返信の手紙みたいな連載があるんですけど、超イイ本なんです。

――関西に来てないですよね。 鷹:一度プリンツに呼んだことがあります。 ――その時は、ラジオのCDとか配ってましたね。 鷹:うんうん配ってた。ずっとデザインが立花文穂さんだったんですけど。 ――立花さんが作ってる雑誌で連載してるじゃないですか。それでも見てました。 鷹:そっか、『天体』…じゃなくて『球体』。ちょっと前の『BIRD』って超おしゃれ雑誌で…あ、ないわ。もう売っちゃったかな。 ――女の子の雑誌ですよね。 鷹:特集の最初の1ページ目で、リーダーの神谷さんが文章を書いてて。それがすごくズレてて面白かったんですけどね。 ――へえ。それにしても、この冊子はだいぶ凝った作りですね。こんなんくれるんやったら絶対行くなあ。

鷹:これは学生時代の同級生の二艘木洋行の、共同っていう東京の駅に昔あったギャラリーで展示をやってた時のZINEなんですけど。 ―この方の絵、以前にどこかで作品を見て、謎やなーって思ってて。つかみどころがないっていうか、まさに現代アート感。桑沢の同級生?

鷹:あ、そうです。イラスト研究会っていうのを一緒に作って、一緒に毎週絵を描いて講評してました。 私は彼の絵がすごく好きで、毎回講評の度に持って帰って、カラーコピーさせてもらってスクラップして。 ――ええ〜。そんなに! 鷹:もう好きすぎて。 ――この振り切った装丁も、作品と合ってますね。 鷹:うん。で、ニソくらい変な人でいうと、この今度この家で展示(鷹取さんが引越しに際して住んでいた家で「小田原亜梨沙×山フーズ×山ト波展示会」を行った展覧会。5/18~5/21)やってもらう小田原亜梨沙ちゃんも、すごく変なんです。彼女は何回も同じ絵を繰り返し描く。同じ情景を何枚もちょっとづつ違う形で仕上げる。顔を少しリアルにしたり、簡易にしたり、というのを繰り返したりする。石とか岩とかがよく出てくるんですけど。

――何のシチュエーションやねんっていう。

鷹:頭の中の記憶を辿って描いていて。参加者の過去の記憶をヒアリングして、刺繍入りのTシャツを作るワークショップもやってます。 ――ほほう。絵もいいけど、刺繍もかわいいですね。 鷹:そうなんですよ。 ――このカクカクっとしたね。 鷹:かわいいを超えてくるんですよね。 ――ちょっと(イヌイットの刺繍と)似てますよね。 鷹:似てるかもー! ――これやばい。

鷹:犬とパンを食べあってる。いいよねー。 ――いいですね。 鷹:亜利沙ちゃんの展示もしよかったら。 ――きますよ。 鷹:山フーズとのコラボ作品を作ろうと思ってます。絵の中に本物の食べ物があったり、絵をちょっとくりぬいて、本物を組み合わせたり、とか。 鷹:そうだ、もう1個見せたいものがあったんだけど…(ガサゴソ)。あ、これこれ! 私の「山と波」のロゴも作ってくれた加瀬透君が結構前に作った漫画本。あ、でも2011年か。


――へえ。 鷹:桑沢の後輩。 ――いいなあ、面白い人楽しいなあ。 鷹:はい、次、この本なんですが、私も結構デタラメなんで、タイトルとかを決めるときにいつも参考にしてるんです。 ――そういう本あるよね。

鷹:ヨーンじいちゃんの話し方が突拍子もなくて、目次も「ヨーンじいちゃん、舌をだす」「ヨーンじいちゃん染めものをする」「ヨーンじいちゃん、三角パンツ」とか。

――意味がわからん(笑)。どうやったら買えるんですか、こんな本。意味わからなさすぎて買いづら��ないですか? 鷹:ね、なんで買ったんだろう。 ――まあでも、これ(推薦図書)ついてるから、その世界では有名なのかな。確かに、自分じゃない言葉が欲しい時ありますよね。 鷹:もう一本金麦飲んでいいですか(笑)。

――そっち(棚)全然見れてない。漫画とかあんまり無いですか? 鷹:漫画は…少ないね。 ――つげ…ですかね。

――詩集あるじゃないですか。 鷹:これね、私の本じゃないんです。人が置いてった本で。返さないといけない。 ――確かにちょっとノリがちゃいますね。 鷹:安部慎一も好きですよ。

鷹:この間、安部慎一展が3か所でやってました。 ――そっか、今人気なんだ。 鷹:安部慎一のすごいいい漫画ですよ。 ――安っ! 500円。 鷹:すごいですよね、それ。シリーズで2巻もあるんだけど、見つからないですね。 ――これはなかなか。
鷹:で、これいい本。『猫のジョン』っていう。

――へえー、どっちやねん、っていうね。 鷹:これもいいんだよ、『フルフル』。表紙のクマがベロでてるやん、いいなあと思って買ったの。

――そこ1点で(笑) これだけなんかノリが違いません? 鷹:そっか、なんか変(笑)。 ――変で好き? 話も「ししゃもという魚を見たことありますか」って…。 鷹:あんまり読んでないから覚えてない。 ――まあ、そんなねえ、覚えてられないですよね。本ってほんま覚えられない。 鷹:覚えられないなあ。あと、尊敬している人の一人。沢野さん、すごく好きです。

――お〜! そんな本あるねんや。山登ってる人ですよね。ふーん。この本もいいですね。 鷹:いいですよね。 ――いいなあ。やっぱりずっと売れない、手放せない本たちですか? 鷹:うん、引っ越しに際して、すっごい手放したけど。 ――それでもなお。 鷹:そうですね。これ、『西荻夫婦』とかも多分一生一緒に読むだろうな、と思います。

――ふむふむ。読んだことないなあ。 鷹:結構苦しいです。 ――ここへ来る前、トランスポップギャラリー行ったんですけど、少し前にやまだないとの春画企画をやってたみたいですね。 鷹:知らなかったー!
鷹:あ、懐かしい、これも思い出深い。二十歳ぐらいにお世話になった、埼玉のyuzuriというお店で買ったのかな。

――いいですね、これねえ。 鷹:ホホホ座の山下さんも大好きな本だって話したことあります。 ――山下さん、意外に真面目な本好きですもんね。

鷹:蛭子さんの本もいいですよ。 ――脱力系とちゃんとしたものと、両方好きなんですねえ。 鷹:蛭子さん好きです。私ももっとテキトーに生きたいですねえ。 ――なかなかねえ(笑)。

鷹:東京でテキトーだと、ちょっと本当にマズいのかなと思って。 ――東京で何をするかは決まってないんですか? 鷹:実家の看板屋さんの手伝いもしようかなと思ってます。 ――ええ〜。看板屋、面白いじゃないですか! 鷹:そうなんですよ、今まで関わっていた人たちとも一緒に仕事ができるかもしれない、と思って。親ももうすぐやめてしまうかもしれないし、最後に一緒に働いてもいいかな、っていうのもあって帰ろうかなと。 ――看板屋、場所はどこなんですか? 鷹:地元は町田市です。 ――あ、それで町田の図書館の本が…。 鷹:そうなんです。 ――僕も最近、20年ぐらい借りてた本をこっそり返しましたけどね。 鷹:大丈夫でしたか? ――わからんように置いてきた(笑)。

鷹:この本は、表紙とこれ(写真右の雑貨)がすごい似てて、買っちゃった。似てない? ――まあ似てるけど…気持ち悪いと思いつつも買っちゃうやつですね。GIFアニメとかで似てるの見たことあります。 鷹:最後にこれ見て欲しい、tupera tuperaが昔に作った『MUSHI HOTEL』。

――へえ。 鷹:虫研究者が虫研究のための、虫をなくしちゃって。泊まったホテルで、こんな変な場所でいっぱいいたっていう。良い本。 ――うまくやってますね。

鷹:で、私が生涯一番好きな画家のnakabanさんのいいマンガです。 ――確かにいいマンガ。 鷹:こっち(写真右)は、nakabanさんに1ページめ描いてもらった木のノートです。 ――木なんだ、これ。 鷹:木に版を刷ってる。このノートには、私が毎日マンガ描いてたの。 ――えーっ。貴重なやつ出た。日記代わり? 妄想? 鷹:本当にあったことを描いてた。

――いいっすねえ。 鷹:本当? もう止まっちゃって、こんな最後余っちゃったけど…また描こうかな。そういえば、横山雄くんのデザインで、「ニコラ」っていう東京のお店が発行するZINEにマンガを描いたので、よかったらみてください。 ――なるほど、また見てみます。
鷹:何度もごめんね、あとひとついいですか。専門学校の時に撮ってた写真。

――濃いですねえ。

鷹:これいい構図でしょ? ――男くさいですね。 鷹:これは高校の写真。東京農業大学の付属に通ってて。それの野球応援で、応援してるとこ。大根踊りっていうのをやるんですけど。 ――点を取ったら? 鷹:1点取ったら1大根踊り、2点取ったら2大根踊り。 ――名前がダサい…。

鷹:なつかし〜。 ――S✳︎M✳︎Lっていうのは? 鷹:子供、大人、おじいちゃん、かな? わかんないけど。 ――年齢? 鷹:年齢かな、年齢だと思う。当時からテキトーだったんです(笑)。もうこれは治らない感じだね。そんな感じでした。 ――いえいえ、かなりたくさん教えていただきまして。ビールまでいただいてしまって、ありがとうございました。

(2017年5月に訪問)
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Rethink Books・編
『今日の宿題』
参加しています。Rethink Books(福岡・天神)、本屋B&B(東京・下北沢)にて限定発売だそうですので是非。
発売日:2017年5月25日(木) 定価:980円+税 判型・仕様:105×148mm、並製、670ページ 発行:NUMABOOKS ●本書について 320人からの、320+αの答えのない問い。 東京・下北沢に店舗を構える新刊書店「本屋B&B」が、2016年6月に福岡・天神明治通り沿いにオープンさせた、1年間限定の小さな書店「Rethink Books(リシンクブックス)」。その店内では「今日の宿題」と銘打たれた、日替わりの展示が行われていました。作家やミュージシャン、デザイナー、建築家、写真家など、さまざまなジャンルの方から「宿題」を寄せていただき、毎日1問ずつ掲示するというもの。 本書は、Rethink Books開店初日の2016年6月1日から、閉店1か月前の2017年4月30日まで、11か月の間に展示した「今日の宿題」を一冊にまとめたものです。出題者たちの日々の思索の断片が垣間見える、大小さまざまな問い。ひとつずつ、ぜひ立ち止まってじっくり考えてみてください。 ●出題者(総勢320名・掲載順・敬称略) 谷川俊太郎/鹿子裕文/菅野康晴/栩木伸明/西崎憲/畑中章宏/ますむらひろし/乾久美子/カニエ・ナハ/堀江敏幸/多和田葉子/三山桂依/小沢朋子/くぼたのぞみ/平田俊子/黒川創/武田砂鉄/石川直樹/岩崎航/鞍田崇/温又柔/大橋裕之/小竹由美子/石川美南/坂本大三郎/川村元気/若松英輔/豊﨑由美/かわしまようこ/沼野充義/鴻巣友季子/アサダワタル/小林エリカ/せきしろ/三角みづ紀/最果タヒ/伊藤亜紗/角田光代/柴崎友香/服部みれい/新井卓/藤谷治/中村和恵/植本一子/田丸雅智/幅允孝/開沼博/海猫沢めろん/大野舞/岡崎祥久/片山杜秀/金原瑞人/春日武彦/栗山遼/西山敦子/近代ナリコ/小沼純一/河野通和/畠山直哉/福永信/ぱくきょんみ/岡村淳/桂川潤/木村衣有子/山本洋子/広川泰士/長谷川町蔵/柴田元幸/北村薫/三上敏視/小島ケイタニーラブ/水越伸/穂村弘/暁方ミセイ/村上慧/ミヤケマイ/林家彦いち/波戸岡景太/高山宏/大崎清夏/坂田明/高橋啓/いか文庫 店主、バイトちゃん/岡檀/大石始/稲垣えみ子/落合恵/庄野雄治/セソコマサユキ/笹公人/里見喜久夫/橋口譲二/蜂飼耳/名久井直子/金沢百枝/及川眠子/常見陽平/小田朋美/金川晋吾/田中佑典/行司千絵/西村佳哲/大塩あゆ美/旦敬介/木村友祐/藤浩志/渡辺祐/加藤千恵/辛酸なめ子/利重剛/続木順平/文月悠光/石田瑞穂/四方田犬彦/柄本佑/前康輔/山崎佳代子/星野博美/清岡智比古/福田里香/桜井鈴茂/柳原孝敦/光嶋裕介/都甲幸治/オカヤイヅミ/小山登美夫/大竹昭子/松原始/山田航/笹久保伸/石川初/桝太一/荒井裕樹/三中信宏/大串祥子/須川善行/河内卓/清田麻衣子/古屋美登里/松村貴樹/星野智幸/管啓次郎/仲俣暁生/藤野可織/伊藤俊治/柳井政和/都築響一/藤井光/小松理虔/今福龍太/若林恵/坂上秋成/山田祐一郎/ラズウェル細木/鷲尾和彦/前田ひさえ/森川すいめい/長﨑健一/白石隆義/高橋万理子/城下康明/岩尾晋作/石井勇/藤本愛/田尻久子/白水高広/濱口竜介/盛田隆二/加藤典洋/松居大悟/山本貴光/岡野雄一/大山エンリコイサム/トミヤマユキコ/菅付雅信/水野仁輔/田島朗/中村隆之/たなかれいこ/尹雄大/門内ユキエ/廣田周作/西田善太/伊藤康/小林康夫/猪谷千香/アラタ・クールハンド/山崎阿弥/小田島等/山崎広太/若菜晃子/福田尚代/森元庸介/岡本仁/大原大次郎/姜信子/渡辺康啓/小林英治/平松洋子/奥田泰正/鈴村和成/溝口彰子/ジェフリー・アングルス/吉川浩満/仲野麻紀/笠間直穂子/西山雅子/岩渕貞哉/牟田都子/中村秀一/後藤繁雄/白井明大/當麻妙/松村洋/菊竹寛/川内有緒/高野秀行/島本理生/長崎訓子/山崎ナオコーラ/大來尚順/おおしまゆたか/村上淳志/トシバウロン/岡田利規/遠山正道/白石正明/徳谷柿次郎/ドリアン助川/高松徳雄/キタキュウマン/大西隆介/usao/後藤由紀子/小西利行/牧野伊三夫/末井昭/清政光博/星葡萄/寺本愛/星野概念/岡本啓/まりこふん/佐藤亜沙美/高橋宗正/角田陽一郎/指出一正/米光一成/川口瞬/小野裕之/山口洋佑 /坂口光一/EE男 山口たかし/EE男 やっしー/土居上野 上野聖和/土居上野 土居祥平/おりがみ 山下正行/おりがみ 入江真潮/金承福/衿沢世衣子/辻本力/枡野浩一/青木耕平/柳澤健/上野昌人/戸塚泰雄/藤原康二/山元伸子/石原顕三郎/長畑宏明/鈴木美波/服部真里子/榎本正樹/柳美里/朝岡英輔/いしいしんじ/柴那典/谷口愛/田中開/古川誠/龍國竣/三砂ちづる/天野健太郎/安田登/高木崇雄/熊谷新子/染野太朗/岸本佐知子/釈徹宗/こやま淳子/繁延あづさ/國分功一郎/佐藤由美子/山本ゆりこ/平田裕美子/宮原律華/越川芳明/ボギ��/モンドくん/大木雄高/河野理子/牧忠峰/山崎瑞穂/古川日出男/葉石かおり/大久保友里香/山内明美/新城カズマ/東直子/上杉野枝/中野由紀昌/木村草太/松井亜衣/小江秀明/森田真規/田中結/長谷川一/西山友美/津田直/吉増剛造 http://bookandbeer.com/news/shukudaib/
* * * * * * * * * 2017.5.28
しかし言葉ってむずかしい。 今、「今日の宿題」を書き直すとしたら、 『南極の朝焼けみたいに、誰にも知られる事なく始まっては終わっていく美しい出来事が、今この瞬間も地球のどこかで絶えず起こっているという事に、気づいていますか?』 とか 『「筆舌に尽くしがたい」感動に出会った時、どうやって表現しますか?また、それにどういう名前をつけますか?』 とか そういうものになるのかな。言葉って本当にむずかしい。 下北沢B&Bと福岡Rethink Booksの、一日一題、「今日の宿題」に参加させていただいたのですが、冊子になって販売が開始されました。恐れ多すぎる事に、谷川俊太郎さんに始まり吉増剛造さんに終わる中で、柳美里さんといしいしんじさんの間のページに私の「宿題」が…。 何でもない一日に私のページが見てもらえたら嬉しいです。
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