朝焼けの中君は眠り僕は帰る
理事長命令発動だ
今すぐウチに来てくれ!
早く早くと急かすウサギのスタンプが更に3つ連続で送られてくる。なんなんだよこの横暴なメッセージと思いながらも布団から這い上がる。時計を見ればもうすぐ1時。昼じゃない、深夜の1時だ。シャツにパンツで寝ていたので、仕方なく下だけスエットを履いて部屋を出た。
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此所のマンションは世帯数が100と中規模なものである。1階が3LDK2階が2LDK、そして3階が1LDKと2LDKの独り暮らしや子供のいない家族が住んでいる。
先日あっち向いてホイで対戦した結果、当然のごとく俺が副理事長となり、30歳独身OLの朽木さんが理事長と決定した。ズルいとかこんなの酷いと喚いていたが勝負は勝負ですからと管理人さんも俺も聞く耳を持たなかった。当たり前だが。
「わかった‥‥では黒崎‥‥さん、ちゃんと副理事長の仕事はしてもらうからな!」
フンッと紅い顔に涙目になりながら、あの日彼女は談話室から走って逃げてしまった。理事長なんか誰もやりたくないし、責任が重いだろうことはわかっている。変わってやりたいとは思わなくても、少し可哀想かななどと勝つと確信した勝負をしておきながらも偽善的な事を感じてしまう。
「黒崎さん、朽木さんを支えてあげてくださいね」
「あ、はい」
彼女がバタバタと談話室から出ていってしまうと、管理人さんが声をかけてきた。
「彼女ねぇ、あんなですけど、あれで案外真面目で小心者なんですよ~。このマンションにお知り合いもいませんし、総会なんかで人前で喋らなくちゃならない時なんか、多分ガチガチに固まってしまうでしょうから。助けてあげてくださいね」
「はい‥自分がどこまで役に立てるかわかりませんが」
それ以前に、なんだか嫌われた気もするが。さっきも悪態ついて逃げるように出て行っちまったし。それにしても、この管理人さんと彼女はどんな関係なんだ?
「朽木さんとアタシですか? あぁ、朽木さんのお兄様と私が元々同級生でしてね。��親が早くに他界されてるせいもあって、ま~ぁ兄のほうが妹溺愛してましてねぇ」
「そうなんですか」
「独り暮らしなんかさせたくなかったんですが、彼女がどうしてもときかなかったらしく、アタシに監視係をさせる為に此所、購入したんですよ」
「監視‥」
なんだか怖い兄貴だなとひきつり笑いをしてしまう。そうなんです、怖いですよぉ?と管理人さんも笑う。
「怖いですから、アタシもちゃ~んと彼女監視してますけどね」
え?それ管理人さんも怖くね?と思ったが曖昧に笑っておいた。
「あ、それと、お二人とも何かと連絡とられる事が増えると思いますから‥‥えーと、朽木さんのお部屋は330号室です。黒崎さんが301でしたよね?あぁ3階の端と端ですね」
「わかりました」
「あ、あとアドレス教えときますね」
「え?それはさすがにまずくないですか?」
個人情報だし、と断ろうとしたが、管理人さんに無理矢理彼女のメールアドレスとLINEのアドレスを教えられて押し付けられてしまった。
「貴方から連絡してあげてくださいな。アタシから無理矢理教えられたとでも言って」
「はぁ‥」
でも確かに一年間は一緒に役員をやらなければいけないし、と彼女にラインを送った。
既読になって直ぐに、可愛げのないウサギが「よろしく頼む」と上から言ってるようなスタンプが返ってきた。
これ、なんだろ。
嫌われてるならもっとシンプルな返事がくる気がするし。まだ仲良くなれてないわりにはでもなんだか憎たらしいスタンプだな、などと思ったのだが、それが俺と彼女のおかしな関係の始まりだったのだ。
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深夜1時とはいえ、呼んだのは彼女なのだから悪びれずにインターホンを連続して鳴らしてやれば、直ぐに彼女が出てきた。
「遅い!」
「遅くねぇよ!すぐ部屋出たよ、なんだよこんな夜中に!」
寝起きなせいかいつもより不機嫌な声がでてしまったらしく、彼女が珍しくビクッと肩を竦めた。が、直ぐにスエットに入れてた俺の両手をズボッと無遠慮に抜き出すと
「エアコンの横に‥‥奴がいるのだ、貴様退治してくれ頼む!」
とスプレー缶をずいっと差し出してきた。
「‥‥ゴキ?」
「言うなぁ!名前を言ってはいけないあの野郎だ!すごく大きいのだ、頼む副理事長!」
こんな時ばっか、副理事長とか言って甘えやがってと思いながら仕方なく部屋に入る。もうこの部屋には何度も出入りしている為、夜中に女の部屋に上がる罪悪感というものは、ない。
リビングの扉をそっと開ければ、白い壁の為「名前を言ってはいけない」ソイツはすぐに発見できた。すごく大きいという程でもないが、確かにデカイ。家で育ったというよりはどこかから侵入してきたのかもしれない。
それでもスプレーをかければあっという間に昇天した。「ティッシュかコンビニの袋とかある?」と振り返れば彼女は部屋にいない。は?とリビングの扉を開ければ、未だに玄関の、靴箱の所で所在無さげに突っ立っていた。
「おいこら」
「終わったのか?」
「終わったよ。捨てるから袋くれよ」
「あ、あぁ」
強張らせていた顔が、少し和らいで彼女はのそのそと近寄ってくる。
「早くくれよ、袋」
「うむ、貴様が先に部屋にはいれ」
「もう死んでるっつーの!」
「奴は死んだふりをするんだぞ!」
あー、もう!と思いながらも仕方なく先導して部屋に入る。こそこそとどこからかビニール袋とティッシュの箱を持って来ると俺に突き出して、また部屋の隅に逃げる。
よっぽど苦手なんだな、と思いながらも死骸を袋に入れる。
「ありがとぅ」
蚊の泣くような声だが確かに聞こえた。思えば礼を言われたのは初めてな気がして思わず「え?」と振り返ってしまった。
「めずらしい。てか、初めてアンタにお礼言われたわ」
「そんなことないだろう?洗濯機が壊れた時も風呂場の電球取り替えてもらった時もいつも感謝してたぞ」
「え~?そうだっけ?よくやった!とか人を家臣か何かみたく扱われた記憶しかねえぞ?」
そうだったか?と笑いながら、彼女は冷蔵庫を開けて、アルコールとカフェインどちらがいい?と聞いてきた。素直にやったぁと喜べば彼女はあ、でも、とポケッとした表情を見せた。
「もう夜中だったな。こんな時間にカフェインはよくないか」
「別に。俺明日はバイトだけだし夕方からだし」
「そっか。では今日は甘いホットチョコレートにしようか」
そういうといつもの小さなミルク鍋を出してきて、たっぷりと牛乳をそそいで弱火にかけた。
「この間のバターコーヒーも旨かったな」
「あの時貴様は最高潮に疲れてたからな、身体に染み渡ったんだろう」
最初に彼女から呼ばれたのはなんだったか
確か、トイレのドアが開かない!誰かいたらどうしよう?と泣きそうな声で電話をしてきた時な気がする。一瞬は本当に泥棒か痴漢かと慌てて行ったのだが、なんのことはなく、鍵をかけた状態で閉めてしまっただけだった。おまけにそんなのは小銭で捻れば簡単に鍵は解除された。
「ほぅ‥‥黒崎さんは生きる知恵があるのだな」
「いやこんなの子供でも知ってるって」
「嘘だ!私は知らなかったぞ?」
あの日から俺は彼女にとっての「便利屋」にされたんだっけ。いいように使いやがってと悪態をついたら「これも副理事長の仕事だ」とふははははと豪快に彼女は笑った。
それでも悪いと思っているのか、何かしら呼び出された時は菓子やら飲み物を出してくれた。それが意外なことに美味しいのだ。
きちんと檸檬と蜂蜜を使ったレモネードも、豆から挽くコーヒーも、暇だから焼いてみたというアップルパイもどれも旨かった。それは人が来るからと作ったというよりはもっと自然にいつも出てきた。どうやらがさつで人使いの粗い女ではあるが、料理は得意なようだ、と思ったけどただの食いしん坊な気もする。
とにかく必ず出してくれる「ご褒美」は俺にとって楽しみでもあった。
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「すまんな、夜中に悪かった。でもあれだけはな‥‥どうにもならなくて」
「虫苦手なんだっけ」
「うむ、特に奴は素早いし大きいし黒光りしているだろ?おまけに飛ぶ‥‥と思ったらもう怖くてな。奴が住み着かぬよう家をキレイにしてるのになぁ‥」
「や、アイツらは外から入ってきちまう時あるから仕方ないだろ」
「うーん、今日は窓開けてないのに‥」
言いながらホイップをのせたホットチョコレートを差し出してきた。サンキュと受け取って改めて部屋が段ボールだらけなことに気がついた。
「そういやなんだこの段ボール、引っ越しでもするのか?」
「そしたら貴様が理事長だな」
「ふっざけんな」
クスクス、と笑ったが直ぐにはぁぁ、と彼女はため息をついた。
「仕事でな‥‥後輩が盛大に発注ミスしてしまってな、そういうときに限って工場でも出荷ミスをしてしまって」
「わかんねーけど大変そうだな」
「そうなのだ。後輩はショックから休みだすし、工場のほうは私が見つけてきた所だから‥‥今回は会社に迷惑かける前になんとかしようと思ってな」
「は?それで?家でアンタがやるの?」
「会社にばれたら後輩も工場もまずいからな。集荷場から取り寄せたのだ。伝票は手書きになってしまうがやむを得ない」
いやそれ、アンタ一人で責任被らなきゃならねぇのか?会社ってそんなとこなのか?と学生の俺にはわからない。わからないが、よく見ればテーブルには注文書らしきものや配送先の伝票がぱらぱらと散らばっている。
「手伝おっか」
「いや、さすがにこれは仕事だから。ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」
ふわり、と笑った彼女に何故か苦しいような切ないようなそれでいて悔しいようなおかしな気分になる。
会社も仕事もわかんねーけど、でもコイツ、会社では頼れる奴とかいねぇのかよ、俺にはいつだって図々しいクセに。誰にも頼れず抱え込んで笑うコイツとくだらない雑用を俺に頼むコイツ、一体どっちが本当のコイツなんだよ
「あれだろ、こっちの注文書にあわせて荷物詰めりゃいーんだろ?ほら、やるぞ」
「え?いいぞ、これは副理事長のしごとじゃないー」
「うるせぇな、やってやるってんだから素直に甘えとけ。んで、指示ちょーだい」
「‥すまない、助かるよ」
その声が少しだけ震えてたから彼女のほう���顔を向けなかった。
「今度、貴様の食べたいものを作ってやるから遠慮なくリクエストしていいぞ」
そりゃまた嬉しいな、と口許が緩んだ。
何がいいかなと考えながら、明け方4時頃にすべての荷物な用意はできた。彼女は段ボールに俯せて倒れるように眠っていた。
彼女の部屋は俺と同じ造りの2LDKだから、多分こっちが寝室だろうなと、悪いと思ったがドアを開ければ、やはりベッドが見えた。
おい起きろと声をかけたが全く起きないので、仕方なく抱えて、そして驚いた。
軽い
なんだコイツ、体重とか絶対40キロないだろこれ。犬か猫抱いてるみたいだと笑いそうになる。いつものだぼっとしたフード付のワンピースは部屋着かパジャマかわからないが寝苦しくはないだろう。モコモコの靴下だけすぽんと脱がして掛け布団の上に放り投げた。ベッドに寝かしてから、眼鏡をとってサイドテーブルに置いた。
やっぱり、可愛い顔してんのな
寝てるのをいいことに、無遠慮に彼女の寝顔を近くでまじまじとみつめた。
思えばこの女には毎回驚かされている気がする。
雨の日の、カチッとした服装にビニール傘のイメージから、顔を見たときの美人だなと感じたそばから口が悪いとわかったあの日
はじめて家に行った日の、どすっぴんに眼鏡にひっつめ髪にグレーのスエット姿も衝撃だった。どこの地味な女だおまえ誰だよと思わず言って怒らせた。飲み物を美味しくいれるのが得意で会社では内弁慶発揮して何も言えないんだろうかー
「‥‥おやすみ」
目覚ましは同じ時間で間違いないだろう、とセットだけして部屋を出た。靴箱に乱暴におかれた鍵をかけてポストにいれた。
すぅすぅと小さな寝息はちょっと可愛かった
まぁ言ってやらねぇけどな
空が薄桃色になる時間まで起きてるなんて久々だな、とまた口許が緩む。
なぜか眠くないし、気分はよかった。
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とぅでいから始めよう、ヤスエです。
最近思うことは色々や。呟くことなんてないし、働くことを忘れた心臓のようなタンブラでもやろかなおもたり、かというて昨晩みたいに朝5時まで呑んで翌日を地獄の一日として過ごしてみりゃ、140文字がちょうどええリズム感かもなとも不意に思たり。
今夜は久々にUFO CLUB行ったら皆元気そうやったし生きとったし。けど、しんどそうでもあったな。店長北田さんとものんびり不自然に1メートル間隔で置かれたパイプ椅子座ってゆっくり話せたけど、やっぱ本音はネット海の文字面で見るよりも切実な温度を感じたよ。
都内の年末はまた想像もせん世界が描かれとるんやろうな、とそんな言葉がフロアに冷たく漂った時に、少しだけ恐怖というものの仮面の下の素顔が見えた気がして、正直ゾクっとしたよ。
目の前の風景や景色というものは、何も変わらんが、そこで生きるニンゲンたちの生活は大きく変わった。文化は死に体ながらも、今再び呼吸をしようと水中からようやく顔を出してきたところだが、呼吸をするには苦し過ぎるマスクを付けられて、全力疾走させられとる。
高原で鍛え上げるアスリートかっつーの、バッキバキに仕上がるぞ。
先週末見えた虹の幻は、こんな時代の中にも変わらん希望の光に見えたし、まったくボクらの非日常的な日常を嘲笑うような無邪気さがあったな。
ただ、其処にあるだけの虹のように、変わらん世界もしっかりと見つめんとあかんな。我々はこれまでも闘ってきただろうし、唯其れを意識するほどではなかっただけで、其れはこれからも何も変わらんし、そんな日常に対して不感症にはなるまい、と思ったよ。
今宵もありがとうござんした、と伝えよう。して、明日も文字で伝えてみよう。今夜は程よい酒しか触っとらんから、今朝みたいな地獄では無く、フレンチトーストでバターコーヒーとサンライズ眺めるような極楽浄土な朝を迎えられることを願ってます。
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バターコーヒーは普通のバターで作っても大丈夫?効果はある?美味しさは?
自宅でバターコーヒーを作ってみたいなぁ、と思っても、必要な材料に「グラスフェッドバター」とあるのに気づいて、ちょっとためらってしまう方も多いはず。
[ふきだし set=”なつめお手上げ”]
グラスフェッドバターなんて身近じゃないし、どこに売ってるかよくわからないし、調べてみたら値段が高いし・・・
[/ふきだし]
バターコーヒーをもっと手に入りやすい、一般的な材料で始めたい、という方向けに、バターコーヒーを普通のバターで作ってもいいのかについて解説します。
[ふきだし set=”なつめポイント”]
ちなみに私は、バターコーヒーはグラスフェッドバターじゃないバターで作っています!
[/ふきだし] そもそも普通のバターって?
バターが「普通か、普通じゃないか」と分類されるのか?というのはともかくとして、とりあえずグラスフェッドバターではなくて、一般的なスーパーで手に入りや…
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