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#天使のはらわた 赤い淫画
japanfilmclub · 2 years
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Angel Guts: Red Porno (1981) 『 天使のはらわた 赤い淫画 』 Written by Takashi Ishii 石井隆 Directed by Toshiharu Ikeda 池田敏春
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speedou · 1 year
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Angel Guts: Red Porno (Toshiharu Ikeda, 1981)
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cinemaobscura · 4 months
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Angel Guts: Red Porno | 天使のはらわた 赤い淫画 (1981) dir. Toshiharu Ikeda
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ophelia333k-k-k · 1 year
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2022年12月13日
暗闇 見つめている二重らせん 週刊誌の最後のページ 孵化する 孵化させる 目が覚める からっぽのまま 赤ん坊の手を握る 哲学ニュース 強度 占星術師 と打ったら変換される 性占術師 学生時代 最も力を入れたこと 死は幻想である 愛、あ、あ、あ、名前を教えて なりたいもの わたしが 明るい世界 明るい未来 クビになったドラッグストア 礼拝 お好み焼き チューニングの狂った 歌 聴こえなくなるまで 聴こえなくなるまで featuring あなたのこと 声 死について って誰も知らない経験していない から 駆け込み乗車 禁止 お兄ちゃん お兄ちゃん 扉を開けて 機内モードで延命する アジテーション はやくしたい 遅く 結婚 まん防 イデア的には ずっと一緒がいい よね 今だけ無料 アジテーション テナント募集 の 看板 らすとくりすます とぽろじー 言葉で考えるのをやめる あ、あ、あ、 図式化 ズキズキする 監視されていた 白い部屋 女衒 パッチワーク フランケンシュタイン みたいに 愛と幻想と 愛と幻想と 糸 ほどけていく ことを想像する ジャスミンを銃口に 営業系総合職 死んだ瞬間の聴覚について 死んだ瞬間の聴覚について のように のように さようなら 魔法少女 ハートフィールド 歌う メヌエット ピーチ姫の テトラポット アストラル界 あなたの 吸い込まれる ダム 死体画像 すぐ会いたい女子が急増中 アカツクシガモ 京都市植物園 振り回す キャリアチェンジ された アルバイト する このサイトにアクセスできません と 声が して振り向く 昨日 のことを覚えていない 迷宮 のようだと うわさの��ーコン クルトン コーラ・パール ゾラ ほら、と 初音ミクの額から垂れる汗 花園神社で 迷い込む 見世物小屋よ 一生バイト ポケットモンスター 正解を引き当てるまで やる気が出ないな 英単語帳 ランボーを読んでしまったなら ロックンロールはそう ホテル暮らし 空調の音 Jアラート 星座を結ぶ ロックマンエグゼ lain rain ruin  ビスク・ドール 野良犬 奈良へ向かう列車 アーレント 現実感 人生攻略サイト 灰と は 意図 思考 回��の中を むさぼり食う 吸う 空気 止まった ままの 子宮的な エリア 嘘をついたまま死ぬ のね ルビンの壺 12ポイント stray sheep と 動詞動詞動詞動詞 同時的に 田中角栄 魔人ブウ 犯す 壊す 作る 波打つ わたしは 殺す 生かす 咲く 咲かす ライフハック 死 冷蔵庫 咲かす 飛び立つ やわらかく もやもやと ばたばたと 解毒する 夏休み 向日葵 消滅した 蝉が鳴く なく 無く 咲く さ さ さ 教育する アナイス・ニン 逃げ出す 逃走する 闘争? 領域を広げていく 閉じる 閉じこめる 閉じ込められた 布団の中 宇宙のように 宇宙そのもの 高橋まつり 滅びた 100年後のことを考えて 文章を書く 脳みそから溢れ出した 白い水着 黒いタイツ 道化のように 大天使のように 借りる 回帰する アカツクシガモ 成長すること 天秤のことを考える by  this river ラブ&ポップ 脳破壊 快楽 シャドウ・ワーク 子宮口から この世界の果てまで 共同体 忙しい 忙しさ exclusive みんなのレビュー 連帯 証明するために ランキング もっと欲しい あなたらしい 瞬間に 祈る手 summer 上映する ロングヘアー 偏差値 ピアス 18個  生き延びる ラリる 刺さった 反射した 発射した 家畜人 ホワイトノイズ 空間 依存症 白い 微分不可能な やわらかい その曲線 エゴサーチ バーモント・カレー 姦淫する 階段 聖書 夢の中に出てくる 中島らも 他人の日記 読む 話す 歌う ような気がする そんな感覚が 一時間天気予報 ペヨーテ ぐるぐる回る 永久に 永久的に 結びつけた 途端に壊れる ぱりん、と ふらっと 消えちゃいそうな気がする 意識が高い 高低差 風圧 やさしい言葉 インターネットのグロサイト 巡る 再度 巡る 繰り返していた クリスマス サンタさん 産道 乱視のまま 今日も生きている 息をする あらゆる 虹色の 永久に理解されることのない強度 氷点 貯金やダイエット レポ漫画 面白くなる 国語辞典 解剖する やまい、だれ 芽殖孤虫 ひらひらと 眠る ゴミ出し 擬音一覧 シーシュポス 間違った注文 集める 女性が一生で排卵する卵子の数は400個~500個と推定され 細胞膜 ずきずきと 痛む手 うつらうつらと その指で 欺瞞 マッサージ されたまま死ぬ アイライナー いつかは終わる 旅 続いていく 気持ち悪い、 と少女 折りたたみ傘 出会う 解剖学の教科書 ホーリー・マウンテン もやし 食物繊維 的な ひらく 伸びる 匂いがする 恥丘 裏切る 一本の木 待ち続けている 市民会館 明かしえぬ共同体 ムーミンたち ムーミン谷へ 向かっている ヤツメウナギ もし仮にそれが ハッとする 気がつく 失う 海のそばで グランドメニュー 幽霊 ピアスの穴 カッターナイフで切る 舌を 下へと 血が出る 地が出る前に ここからいなくなる 踊る 大雨の中 浴びる 天高く 土砂降り もっと 濡れてしまいたい 溶ける あらゆる種類の動詞 固着した エディプス・コンプレックス 身体を売る 眠りにつく べたべたした くすぐる 太もものうぶ毛 のように 行こうね ずっと一緒に 逆にする 黒板に描かれた 天使と怪物 流れとよどみと 恋と革命 そのままの 君でいてね イデオロギー それとも 触れる 手に 手のひらに その温度を そっと撫でる ように見える 青ざめた 顔 目で 浮き上がる 物流倉庫会社 キスをする どこにも行けない どこにも行けない 憂鬱な夫婦 中絶用の 願いを書く 七夕 永遠に落ち続ける夢 人生ゲーム 青いピン そのように 性行為のやり方 鍵付き完全個室 運動会 発熱 保健室 はつなつ 人生経験 終わりゆく 肉の厚さ 海馬 言語野の 衰退 ダウンロード数 数えていた 新しい生活様式 リズム 物語ること 豊かな 再生回数 氷 覆われる 世界すべて 素数のように 感じる 解体 怒らない? 起こらない、何も 可能性が失われていく 研ぎ澄まされていく 失われていくことで 何者かになった その平らな牧場 忘れてきた お持ち帰り する 立派な 飛び降りて 刻まれた 胎児のように さえぎられる 海岸には小屋があって 喧嘩をする 白鳥 食べられる 汚い 穢れてしまった 純粋なもの 銃を撃つ 一発 チェーホフ、どこへ行ったの? と母親が階段を上がってくる 切符をなくしてしまったままで 生き続けている気がする 少女には 晴れ 絵日記は かすれてしまった とうに 音楽にはならない 寒天培地の上で 有性生殖する していた した方がいい 人生経験 ペットボトル HPVウイルス 頭のない 風邪総合 目をさます 神経系 ポーチの中で 白い粉になった 睡眠薬 遠くの方へ、遠くの方へ 並べられている 全校集会 鳴らされて 走る 望遠鏡を 覗き込む もうすっかり 子宮頸がん 夢中になって 標本にする どうやって? 悟りに���いて 五億年ボタン 走馬灯 一週間くらい考えてもいい? 愛妻弁当 ぷっちょ の容器でオナニーする カンブリア紀の 海中生物やわらかく モニターの奥 夏の光 ぴったりと 豊かに 遅延しながら 本間ひまわり いま、を指差す指の先 爪の長さ 変わって 一括見積もり ふざけているのではなく 頭痛 左側 ありがとう こんにちは おはようございます それは愛ではなく の ような 夜行バス 棺 出生外傷 の あなたは ロビンソン トリップした 虹色の女 devenir ひだ 開く 一枚一枚 めくっていく 匂いがする 工場の赤ん坊が コンクリート 嘘だった あてのない 意味のない 海 潜り続ける 潜水艦の中で 夢を見ている 象徴的に もっと速く 飛び立つ 自壊したい 鯛 平らな 館内における密を避けるため 破れた 四つん這いになって するだろう 想像 するだろう 未完のままの もはや戦後ではない 未亡人 ぷろ、ぱかんだ 重量と恩寵 根を 肉体が壊れていくのは かもめ 肉塊 台風が来る前の夜 アオカビ もっとたくさんの地獄 天国は通り 過ぎては消えていく スーツの人が通り過ぎていったあとの 匂い 大人の匂い 食器返却口 この席の使用はお控えください アルコール消毒 セーブポイント 豚 のような女 と 猿の ような 男が出会う 死体ごっこ バラバラに 組み合わせる 英単語帳の例文みたいに 死に近い コンクリート 裂け目 洗浄液 メリークリスマスの Yahoo知恵袋 真理があると言われている そこにある 死んだあと魂はどうなるの? と子どもが尋ねる 何グラムの 前世の記憶 当たり前の事 トンネル 潜り抜ける音 夢の中の休憩所 自動販売機 光 光 夜の闇に飲み込まれないように コンビニエンスストアは灯台として 鳴りやまない 崩れていく 昨日 来ない 来ている すでに いま 冬の ま、ふゆ ま 電気ストーブ あたたかく すりつぶす 通勤・通学 するための列車 眠る 折りたたまれたヒダ 予言する 1999年 産まれ た 朝 ねむる ねむる もっとよくなる 地方都市
夢の中では 現実的な 現実的なもの 親ガチャ 100年後の 2000万年後の 想像していてね 空っぽの脳 おばさんが入ってくる大量に 魚 飛び跳ねる 誰も見ていないところで 老人の声はデカい 無が無限に膨らんで 恒星たちは爆発し きっと届かないまま ゲーム実況見ていた 二年間 だった気がする だった気がする この区域で路上喫煙をすると 一千円の過料が科されます と どこかに書いてあった 教科書に落書きをしている間に 終わっていた もっと濡れたい 雨に 幼形成熟 恋と革命のために 太郎 花子 由香 香織 紗耶 話題のツイート 温泉むすめ 逃れてゆけ 逃れてゆけ 自撮りしているふたりを 見つめる 目 目玉 浜辺で 白く 白く 白く 白く 境界線はほどけた もう一度 あまい 糖衣錠 統一的な 像 増殖する お支払い方法 まとめサイト この世界の秘密 ねじれたソーセージ 青い 白い 脆い イオン・モール 迷子になる 歌を歌う 歌っていた 冗談でした あらゆる 情報商材のために すべて ひとつの 自己啓発 は はいいろの ノイズで 
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tkiumi · 6 months
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レッドホットジャム Vol.218 : 美咲純, 青葉心 - 無料動画付き(サンプル動画)
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20kitan · 1 year
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廻游エチカ/JJ
追記に詳細設定(テンプレ元)
「私はJJ。ここの劇団員で占い師。白い魔女と呼んでいただいても結構よ」 「脈絡もなく魔女ですと言ったら、私のことをルシファーやベルゼブブの愛人だと毛嫌いする人もいるでしょう。不潔で淫らで呪いにまみれた女だとね。現代の魔女のイメージは深刻だわ。白い魔女は清潔な癒し手で幸福のために力を使うし、他人を呪ったりしない。税金も払ってたのよ」 「あなた、もう少し丁寧な言葉で話してくださらない?貴婦人にするようにしろと言ってるわけじゃないのよ。ただ礼儀正しくしてほしいの」 「いつの世も魔女は不幸な女の味方になるものよ」 「あの人の話はしないでちょうだい!」 「恋や愛にはずいぶん前に懲りたの。もう地獄の炎で焼かれるのはごめんよ」 「さ、マフィンを焼きましょう。行き詰まったときには小さな創作をするのがいちばん。どんな天才だっていつも評価Aの作品を作れっこないわ」 「芸術のためにはゆとりと豊かさが必要よ」 「お金をとって占いはしない。紙切れやコインのために心をすり減らすのはやめたの。ここは私にとって楽園だわ……」 「生きることは演じること」 「あなた、幸せにおなりなさいね」 ◆JJ身上調査書
姓名:ジョアナ・ジョイス(Joanna Joyce) 愛称:JJ 年齢:32歳 性別:女 血液型:A型 誕生日:11月3日 星座:さそり座 身長:161cm 体重:58kg 髪色:ライラック色 瞳の色:明るいブルー、薄い黄色混じり 視力:左右0.8 きき腕:右 声の質:柔らかく静かな声(icv.井上喜久子) 手術経験や虫歯、病気:歯科矯正の経験あり、軽度のディスレクシアで文字の読み書きに難あり 身体の傷、アザ、刺青:太ももに小さなチューリップのタトゥー その他の身体的特徴(鼻や目の形、姿勢、乳房、足、ホクロなど):そばかす、口元にほくろ、グラマー セックス体験、恋愛、結婚観:交際経験は2人 身持ちが堅い 結婚に希望が持てずにいる 尊敬する人:ココ・シャネル 恨んでる人:いないと信じる 将来の夢:大きな庭のある家でハーブを育てる 恐怖:赤い爪 癖:目を伏せる 酒癖:酒は飲まないが、飲むと眠くなる
*交流向け 一人称:私 二人称:あなた 呼び方:ミズ、マダム、ミスター、ファーストネーム呼び
*概要
 劇団員であり「カサブランカ」という名の店で待ち受ける占い師。名刺には白い魔女と書かれているが、実態は主にカードを使う占い師でありヒーラー、助産師でもある。占いではお金を取らず、望む相手にヒーリンググッズやお守り、お茶と軽食を提供する。  演劇では年齢層の近い女性の役が得意で、声の操る演技が得意。ナレーションを担当することも。役は求められればえり好みはしないが、激しくダイナミックな動きのある演技、長すぎるセリフは苦手。  花と料理と芸術、ハーブを育てることとお菓子作りが好き。女性と子供に特に優しい。
*性格
 現実的で繊細、親しみやすく社交的。心優しいが少々おせっかい。人をもてなしたり楽しませたりするのが好き。本能的な判断力は優れているのだが、疑り深く優柔不断なところもある。包容力があり、忠実で愛情深い。やや頑固。自分の仕事にプライドを持っており、何をするにも自分らしさを大事にしている。人当たりが良く女性や子供には特に甘い顔をしてしまうが、嫌だと思えばそれをきちんと伝えるようにしている。こだわりが強く完璧主義的なところが仇になるときもしばしば。  注意深く他人を思いやり、人の気持ちがよくわかるゆえに疲れてしまうことがある。淑女然とした振る舞いをするが、内心では感情が激しく不安定になることも多く、そのようなときは少し気分家になる。不満がつのると人から離れ、自分ひとりの世界に浸ることで落ち着きを取り戻す。基本的には人が大好き。
*人間関係  人と一緒にいるのが好きで社交的。人間関係の安定のために進んで努力するタイプ。安心感のある相手を好むが、自分に刺激を与えてくれる人と話すのも好き。他人の不調にすぐ気づき、女性や子供相手にはおせっかいなほど気を向けてしまう。相手のフィールドに赴くよりは、自分の領域で他人をもてなすことが大好き。愛する人には過剰なほど献身的になる。
*家族関係、幼少期体験  イギリスのカンタベリー出身。イギリス人の父とルーマニア系ロマ(後述)の母を持ち、イギリス国籍を持つ。まったく文字の読み書きができないディスレクシアの母から同じ体質が遺伝したものの、困難だが少しは読めるという差異から「まともなイギリス人としての生きる」ことを期待され、踊りや占いなどロマの文化から遠ざけられて育った。本の読解に人の何倍も時間がかかるなか血の滲むような努力で看護師になったが、文字の読み書きが困難であることがどこかから患者に広まり、技術的には問題ないレベルであるにもかかわらず不安から患者に施術を拒否されるようなことが増え、それに耐えかねて看護師を断念する。  次の仕事を探す中たまたま頼った女性からロマの占い師を紹介され、初めて触れた占いというものに感銘を受ける。そして自身もまたロマのルーツを持つことを思い出し、占いやヒーリングに興味を持つ。母に大反対されながらも家を飛び出し、別の方法で人を癒す術を身につけたいと願い、占いを生業にしていった。ロンドンで占い師としてそれなりにやっていけるようになった頃、スタンダップ・コメディアンのオリバー・スミスと出会う。 *ルーマニア系ロマ、JJの母について  ロマとは一般にはヨーロッパ(欧州)で生活している移動型民族を指すジプシーの中で最大勢力の民族。ルーマニア語圏の場合ロミとすることもある。ロマの人種的分類については現在でも定説が存在せず厳密にどの人種に分類できるかはいまだに判明していない。正確な呼び方について文化的、言語的に言い切ることができないため、ここでは外名である「ジプシー」ではなく彼らの自称する「ロマ」を用いており、JJの母である「ルーマニア系ロマ」とは架空の民族。  JJの母がいたコミュニティは血縁とそうでないものも人種もさまざまに混じり合い独自のロマ語で会話をする者たちで、貧困層の神秘主義者がほとんど。文字を持たないため遺伝性のディスレクシアの者も非常に多い。占いや薬師、踊り子、楽団などを主な生業としており、国家を持たないため国籍もない。独自の文化を持ち、神を一柱選んで生涯の守り神とする。同じく魔女であったJJの母はルーマニア語と英語が少し話せたことから旅行客のイギリス人と恋に落ち、結婚する運びとなった。  大抵の者がものすごい貧困と差別を経験しながら育つ。血縁者ではないがJJとルーツを同じくする初演のソールはこのコミュニティで15歳まで育った。
*能力  劇団員としては人並み。動きで見せるよりは声を操る演技が得意で、有名なところではレ・ミゼラブルのファンティーヌ、真夏の夜の夢ティターニア、シカゴのハニャック、ハムレットのオフィーリアなど、脇役ながらやや悲劇的な女性役が多い。ナレーションや情感のこもった歌も上手。逆にコミカルで楽しい演技や激しいダンス、アクロバティック、長台詞は苦手。  占いを生業にしているとおり、スピリチュアルな分野が専門。とはいえ本人にサイキック能力のようなものがあるわけではなく、混ぜたカードから偶然出た一枚から解釈するカードリーダーとしての経験で相手を占う。他にも魔女としてのまじない、儀式、呪文なども習得してはいるが、あまりやすやすとは人に見せない。  医学的な看護技術を持ち、傷の手当などが手早く正確。
*好きなもの 食べ物:スコーン、マフィン、かぼちゃ、トマト、イチゴ、ブルーベリー、ラズベリー、マスカット、きのこ類 飲み物:紅茶、ハーブティー、シナモン入りのホットワイン、コーラ 季節:冬 色:白 花:ピンクのチューリップ、カサブランカ、白バラ、トルコキキョウ、カーネーション 香り:草花の香り 香水はラグーナの庭/エルメス(甘くて優雅な香り、マドンナリリー、シーノート、ウッディ) 異性:優しくて困っている人を助けられる人 書籍:ほとんど読まない 画集を眺める程度 動物:動物はだいたい全般が好き 花につくもの以外は虫も好き ファッション:フェミニンで上品なワンピース、いつも白が基調 場所:海、森林、自宅、大きな庭、カフェ、バスルーム 愛用:ゴールデンタロットカード 趣味:花とハーブの世話、料理、お菓子作り、ジャム作り、部屋の飾り付け、キッチンのラベリング
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trinityt2j · 3 years
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ダ-ティ・松本 不健全マンガ家歴30年[-α]史 ●はじめに  この文章は同人誌「FUCK OFF!7」において書かれたものをベースにして逐次増補改定を加えていき、いずれ歴史の証言として、[というほど大袈裟なものでは無いが…]一冊の本にまとめたいという意図のもと、近年どんどん脳が劣化していくダ-松の覚え書きとしても使用の予定。事実関係は間違いに気付き次第 訂正。同人誌発表時のものも今回自粛配慮して、実名、エピソード等を削除した箇所有り。有り難い事に某出版社よりすでに出版打診があったがまだまだその時期ではない、マンガを描く事が苦痛になったら活字の方も気分転換にいいかも…。 /*マークは今後書き加える予定のメモと心得たし。 ●前史/修行時代・1970 さいとうプロの短くて濃い日々……  1968年に上京。数カ月後東京は戦場に。熱い季節の始まりだった。 2年後親元を飛び出し友人のアパートに転がり込む。場所は渋谷から井の頭線で駒場東大駅下車、徒歩5分。地図で見ると現在の駒場公園あたり。昼間でも裸電球を付けなければ真っ暗という馬小屋のような部屋。数メートル先には当時の建設大臣の豪邸が…。前を通りかかるだびに警備のおまわりがじろり。  いつまでも友人に迷惑もかけられないのでとりあえずアシスタントでも…と手元にあったマンガ誌をひっくり返し募集を探す。幸いさいとうプロと横山まさみち氏のところでアシ募集があり両方応募。どっちか一つ通れば…と思っていたら何と両方受かってしまい、双方に条件を聞く。当時高円寺 のアパート、風呂無し4畳半の部屋で相場12000円の時代。前者一ケ月の給料10000円、後者20000円との事。給料の方がボロアパートの家賃より安いとは…!どう考えても前者は食う方法がないと判断し、後者さいとうプロへ入社。  ここに居たのはたったの半年に過ぎないけれど今思えばこれだけで本が一冊描ける位の濃い半年だった。しかしこのあと2X年分も書かねばならないことを思えば今回はいくつかのエピソードを書くだけに留めよう。  ダー松が入った時は小池一夫氏[クビ?]、神田たけ志氏や神江里見氏、きしもとのり氏[現・松文館社長]等と入れ替わりの時で、きし氏の女遊びの凄さと神江氏の絵のうまさは伝説になっていた。現在「亀有」「ゴルゴ」が歴代単行本の巻数の多いベスト1、2位だが[ともに100巻を越えた]、3位は神江氏の「弐十手物語」[70巻以上]だという事は知ってる人は少ないだろう。  当時の制作部は、さいとうたかを[以下ゴリ]をトップに石川班[ゴルゴ13、影狩り]、甲良班[バロム1]、竹本班[シュガー、どぶ等]の3つに分かれ、それぞれのキャップにサブ・チーフが一人づついて、ヒラが2~6人いるというシステムで総16名。独立し現在も活躍中の叶精作、小山ゆう、やまさき拓味の3名がそれぞれの班のサブ・チーフ。ダー松は石川班で左右1メートル以内に叶氏とゴリにはさまれ、のんびり出来ない状態で、はなはだ窮屈。叶氏はほとんどマンガ家になりたいとも思った事のなかった人で、設計事務所みたいなところで図面を引いていた人がなぜマンガプロダクションに来たのか不思議だった。格別マンガ好きというわけでもなかったせいか現在まで全ての作品が原作もので、オリジナルは一本もないのはそのせい?祭りなどの人がうじゃうじゃ出てくる群集場面が得意。 やまさき氏は大の競馬好き、現在競馬マンガを多く描くのは当時からの趣味が生きたというべきか。もう一つの趣味である風俗についてはここでは書くのは差し控えよう。小山氏は後日ここの事務の女性と結婚するが、当時はつき合っているとは誰も知らず、スタッフの一人がやめる時その女性に交際を申し込んだら、茶店に呼び出されて小山氏からと凄まれたと聞いたが嘘か本当かは不明。  ここでの生活は新入り[ダー松を含めて3名]は朝の9時前に会社に行き、タイムカードを押し、前日のごみをひとまとめして外に出し、トイレ掃除をして、16人分のお茶を2Fで入れて制作部のある3Fへの狭い階段をふらふら昇り、机ごとに置いて歩き、終れば、一息ついて買っておいたパンと牛乳を3分で食べて、やっとそれから仕事。しかし新入りの3名の内1人折茂は常に遅刻なのでいつも佐藤と2人でやっていた。佐藤も遅れる時はダー松1人で。辞めてから10年位、16人分のお茶を持って階段をふらふら歩きお盆をひっくり返す夢をよく見たものだが、実際ひっくり返したのは折茂と佐藤の2人で、よく茶碗を割っていた。 たまには夕方6時には帰れるが、普通は夜10時までで、アパートに帰って銭湯に行けばもう明日にそなえて寝る時刻、このくり返しの日々。週1日は徹夜で明け方に帰り、その時は当日の昼12時出勤。休日は日曜日のみで忙しい時はそれも取り消し。つまり休みは月3日。[これで給料2万円!]そんな日々の繰り返し。  夕方までは皆和気あいあいと仕事していたが、ゴリが夕方6時頃に「おはようさん」と現れると、全員無駄口がたたけなくなり、仕事場はシーンと静まり返り、以下その日が終わるまでは疲れる時間がただひたすら流れるのみ。 当時石川班は「ゴルゴ13」と「影狩り」を描いていたがゴリは主人公の顔と擬音のみ。マジックで最後に入れる擬音はさすがに入れる位置がうまいと感心。ゴルゴの顔はアルバムに大小取り混ぜてコピーがとってあり、忙しい時は叶氏がピンセットで身体に合わせて「これが合うかな~」といった感じで貼り付けていた。  その頃すでに「ゴルゴ」は近々終わると噂されていたが、現在もまだ続いているとは感嘆ものだ。 ゴリと石川氏が「ゴルゴ」の最終回の終わり方を話しているのを聞いたら、何ともつまらない終わり方。しかしあれから20年以上も経つ事だし、きっともっといい終わり方を考えてあるだろうなと思っていたら、先日TVで本人が最初から考えてある終わり方だと言うのを聞き、がっくり。企業秘密だろうから書かないが、作品の最初の方に伏線が数度出ているのでわかる人にはすぐわかる筈。  辞めた小池一夫氏とさいとうプロに何があったかは知らないが、漏れ聞く話では結構もめ事があったみたいだ。 「子連れ狼」で「ゴルゴ13」と同じ設定の回があった時、「小池のガキャー訴えたるー!」とゴリが吠えていたものだが、結局たち消え。さいとうプロ作品で脚本を書いた本人が辞めた後、他の作品で同趣向の作品を書いても著作権は脚本を書いた原作者のものだと思うがどんなものだろう。その回のタイトルは忘れたが、ある場所に居合わせた人々が武器を持った集団の人質となり、その中に素人だと思われていた主人公、実は殺しのプロフェッショナルがいて、次々とその集団を殺していく、といったプロットで、ミッキー・スピレーンの短編に同じような作品があり、本当に訴えていたら恥をかいたと思うが・・・。  そういえば事務の方には山本又一郎という男がいたが、後年映画プロデューサーとして 「ベル薔薇」や「太陽を盗んだ男」等を創る事になるが、この野郎が生意気な男で当時皆に対して10歳は年上、といった感じの振る舞いだったが後日俺と一つしか年が離れてなかった事を知り、そんな若造だったとは、と皆怒ったものだ。以来奴の事を「マタさん」から「クソマタ」と呼ぶようになる。  さて半年後に先輩たちが積もり積もった不満を爆発させる反乱事件が勃発し、2年は居るつもりでいたここでの生活も、辞めるか残るかの選択を迫られる。残ればさいとうプロの現体制を認める事となるので、ダー松も退社。 しかし反乱グループとは別行動をとって一人だけの肉体労働のアルバイター生活へ突入。超ヘビーな労働の製氷工場、人使いの荒い印刷所、命綱もない高所の足場で働く建設現場等々。トラックの助手をしていた時は運ちゃんが「本宮ひろしって知ってるか?うちの息子の友達でさぁ、昔、おっちゃんメシ食わしてくれーなんて言ってきたもんだが、今は偉くなっちゃってさー、自分のビル建てたらしいよ。赤木圭一郎みたいにいい男なんだ。」とうれしそうに話してくれたが、運ちゃんには悪いがそいつは今も昔も一番嫌いなマンガ家なんだ。あの権力志向はどうにかならんか。天下を取る話ばかりだもんなぁ。  ところで後日、単行本の解説で高取英が「さいとうたかをのヤローぶっ殺してやる!」とダー松が言ったなどと書いているが、小生はそんな危ない事言った覚えはないのでここできっちり訂正しておきます。 「会社に火ィつけてやる!」位は言ったかも・・・[嘘] 。 悪口は言っても別に怨みなど無い。ところでアシスタントとしてのダー松は無遅刻、無欠勤以外は無能なアシだったと反省しきり。理想的なアシスタントとはどんなものか、それはまた別の機会に。 *入社試験はどんな事を? *さいとうプロには当時ほとんどろくな資料は無かった? *ハイジャックの回の飛行機内部の絵は、映画「大空港」を社内カメラマンが映画館で写してきたものをもとに描く。 *当時のトーンは印刷が裏面にしてあり上からカッターでけずったり出来ない。 *トーンの種類は網トーンが数種、それ以外はほんの3、4種類位しかなかった。 *仕事中のB.G.M.はアシの一人が加山雄三ばかりかけるので大ひんしゅく。好評だったのは広沢虎造の浪曲「次郎長三国志」、初代桂春団次の落語。眠気もふっとぶ位笑えた。 ダ-松が岡林信康の「見る前に跳べ」をかけてるとゴリは「何じゃー!この歌は!」と怒る。名曲「私たちの望むものは」はこの男には理解不能。 ●1 9 7 1 ~ 1 9 7 4  持 ち 込 み & 実 話 雑 誌 時 代    当時は青年劇画誌全盛時代で、もともと望月三起也氏や園田光慶氏のファンで活劇志向が強く、 主にアクションもののマンガを描いて持ち込みに行っていた。今のようにマンガ雑誌が溢れかえって、山のようにマンガ出版社がある時代ではなく、数社廻るともう行くところがない、という状態で大手では「ビッグコミック」があっただけで 「モーニング」も「スピリッツ」も「ヤン・ジャン」も当然まだない。テーマを盛り込んだ作品を持って行くと編集から「君ィ、うちは商売でやっているんだからねぇ」と言われ、アクションに徹した作品を持って行くと「君ぃ、ただおもしろいだけじゃあねぇ」と言われ 「おい、おっさん!どっちなんだ?」とむかつく事多し。この辺の事は山のように書く事があるが、有りすぎるのでパス。 *そのうち書く事にする。  ただ金属バットで頭をカチ割って脳みそをぶちまけてやりたいような奴が何人もいたのは事実。今年[’97]「モーニング」に持ち込みに行って、断られた奴が何万回もいやがらせの電話をかけて逮捕された事件があったが、そのうちトカレフを持って殴り込みに行く奴が出てくるとおもしろい。出版社も武装して大銃撃戦だぁ!などと馬鹿な事書いてどうする!とにかく持ち込みにはいい思い出が何もない。そんな中、数本だけ載った作品は渡哲也の映画「無頼」シリーズの人斬り五郎みたいな主人公がドスで斬り合う現代やくざもの[この頃の渡哲也は最高!]、ドン・シーゲルの「殺人者たち」みたいな二人組の殺し屋を主人公にした『汚れたジャングル』、陽���の「傘がない」が好きだという編集さんの出したテーマで車泥棒とブラックパンサーの闘士とのロード・ムービー風『グッバイ・ブラザー』、拳銃セールスマンを主人公にした『ザ・セールスマン』、等々10本ちょい位。  さてその頃並行してまだエロマンガ専門誌といえるようなものがなかったような時代で、実話雑誌という写真と記事ページからなる雑誌に4~10ページ位を雑誌の味付けとして描かせてもらう。当時、お手本になるようなエロマンガなど皆無で、エロ写真雑誌を古本屋で買ってきてからみのポーズを模写。マンガで裸を描く事はほとんど初めてで、これがなかなか難しいのだがエロシーンを描くのは結構楽しい。当時出版社に原稿持って行き帰りにグラフ誌をどっともらって帰るのが楽しみだった。SM雑誌の写真ページも参考になる。なお当時のペンネームは編集部が適当につけた池田達彦、上高地源太[この名前はいけてます。また使いたい]等。その数年後、逆にマンガが主で記事が味付けというエロマンガ誌が続々と創刊される。 *さいとうプロをやめたあと編集や知人に頼まれて数人のマンガ家の所へ手伝いに行く。秋田書店「漫画ホット」で『ジェノサイド』を連載中の峰岸とおる氏の所へ行き、仕事が終わったあとまだ売れてない頃の榊まさる氏も交え酒を飲む/川崎のぼる大先生のところへ数日だけ/3000円たこ部屋/小山ゆうオリオンププロ *当時のアルバイトは記憶によると時給150~200円位/大日本印刷市ヶ谷駐屯地/坂/ *一食100円/どんなに貧しい漫画家もみかん箱の上で書くやつはいない/TV萩原サムデイ *ろくでなし編集者 ●1 9 7 5 ~ エ ロ マ ン  ガ 誌 時 代 に 突 入   実話誌は意外とエロは抑え目で描くように口すっぱく言われていたのだが、以前活劇っぽい作品を描かせてもらってたが潰れてしまった出版社にいた児島さんが編集する「漫画ダイナマイト」で打合せも何にもなしに好きに描かせてもらい、ここでエロマンガ家としての才能[?]が開花する。描いてて実に楽しく眠る時間がもったいない位で、人に睡眠時間が必要な事を恨んだ程。出来る事なら一日中休まず描いていたい気分で完全にはまってしまう。  初の連載作品「屠殺人シリーズ」はこの頃から/『漫画ポポ』。中島史雄氏は大学時代にこの作品を見ていたとの事で、トレンチコートにドクター・ペッパー模様のサイレンサーつきマグナム銃で遊戯人・竜崎一也が犯しまくり殺しまくり、サディスト、マゾヒスト、殺人狂、まともな奴が一人も出てこない性と暴力の祭典。ちなみにタイトルページは描かないでいい、との事でどうするのかと思っていたら編集部が中のワンカットを拡大してタイトルページを創り、1ページぶんの原稿料をけちるというせこいやり方だった。けちるといえば、原稿の1/3にCMを入れる際、原稿料を1/3削った会社もあり。 ●1 9 7 6 ~   後に発禁仲間となる高取英と出逢い、『長編コミック劇場』で「ウルフガイ」みたいのをやろうと、怒りに震えると黒豹に変身してしまう異常体質の主人公を設定し、獣姦のイメージで「性猟鬼」なるエロマンガをスタート!しかしその号で雑誌が潰れる。この路線は今でもいけそうな気がするがどんなものだろう。  この頃の珍品に「快楽痴態公園」がある。タイガースに11-0とワンサイドで打ちまくられ、怒ったジャイアンツファンのおっさんが公園でデート中の女をずこずこに犯りまくり、その間にジャイアンツは9回裏に12-11とゲームをひっくり返してしまうのである!その時のジャイアンツの監督はもちろんミスター長嶋、先発堀内、打者は柴田、土井、高田、王、張本等々がいる。タイガース監督は吉田、ピッチャー江本、キャッチャーフライを落球する田淵、そしてあの川藤もいる。解説は牧野…… ●1 9 7 7 ~   上記2作品を含む初の単行本「肉の奴隷人形」が久保書店より発行。後にリングスの会場で逢った佐竹雅昭氏はこの本が一番好きとの事だった。  「闇の淫虐師」もこの年スタート。一話完結でバレリーナ、バトンガール等々、毎回いろんな女たちをダッチワイフのごとくいたぶりまくるフェチマンガとして1979年まで続け、単行本は「堕天使女王」「裂かれた花嫁」「エロスの狂宴」「陶酔への誘い」「終りなき闇の宴」の全5巻。ちなみに今年「闇の淫虐師’97」を『コミック・ピクシィ』にて発表。いつか『闇の淫虐師・ベスト選集』でも出したいところ。 [’98に実現、’99には続刊が出る] ●1 9 7 8 ~   久保書店より第2弾の単行本「狂った微惑人形」。収録作品の「犯された白鳥」は持ち込み時代に描いた初のバレリーナもの。結構気に入っていた作品なのに、後年再録の際、印刷所の掃除のおばさんが捨ててしまい、この世にもはや存在しない不幸な子となる。[’99に宝島スピード・ブックに本より直接スキャンして収録]  エロ、グロ、ナンセンスの会心作「恍惚下着専科」を発表。サン出版より同名の単行本発行。また同出版より「コミック・ペット/堕天使画集」として今までの作品を続々単行本化。全10巻位。これは今でも古本屋で流通しているとの事で、まだまだ世間様のお役にたっているらしい。  この年、「堕天使たちの狂宴」を描いていた『漫画エロジェニカ』が発禁処分、来年でもう20年目となる事だし、当時の人たちと集まってその大放談を収録し「発禁20周年特集号」でも創ってみようかと計画中。さて当時の秘話としてもう時効だろうから書いてみるけど、前述の『堕天使画集』に「堕天使たちの狂宴」は収録される事となり、当然修正をガンガン入れて出版されるものと覚悟していたら、米国から帰国後出来上がった本を見ると発禁になった状態のまま再録されている!以下桜木編集長との会話 ダ/いや~、いい度胸してますね。 編/だって修正してあるじゃない。 ダ/その修正状態で発禁になったんですよ 編/・・・・・ ダ/・・・・ 以下どんな会話が続いたのか失念…… それにしてもサドの「悪徳の栄え」の翻訳本は発禁後20年以上して復刻されたけれど、「堕天使たちの狂宴」は半年もしない内に単行本になっていたとはエロ本業界とは何といいかげんな世界!しかし作品そのものは、今見るとリメイクする気にもならないどうという事もない可愛い作品で、結局あれもあの時代の姑息な政治のひとかけらに過ぎなかったのだろう。いい点があるとしたら一つだけ、それまでのエロマンガになかった瞳パッチリの少女マンガ的ヒロインを登場させた事位か。今の美少女エロマンガは本家の少女マンガもかくや!という位眼が大きいが当時としては画期的だったかも。 ●1 9 7 9 ~   この年の「淫花蝶の舞踏」は「堕天使たちの狂宴」よりずっといい/『漫画ソフト』。今年出た「別冊宝島/日本一のマンガを探せ!」でベスト2000のマンガがセレクトされているが、ダー松の作品の中ではこの作品が選ばれている。教師と生徒、二人の女たちが様々な男たちの手によってに次々ともてあそばれ、闇の世界を転々として再び巡り会う時、女たちは蝶と化し水平線の彼方に飛び去り、男たちは殺し合い血の海の中で屍と化す。ダー松作品にはこのように男根が女陰の海に飲み込まれてに負けるパターンが多い。[性狩人、遊戯の森の妖精、美少女たちの宴、人魚のたわむれ・・等々]  この年からスタートの「性狩人たち」シリーズ[劇画悦楽号]はバレエ、バイオレンス、SEXの三要素がうまくからみあい、それぞれが頂点まで達する幸福な神話的作品だ。ここから派生した路線も多く、美少年路線は’83の「聖少女黙示録」へ。身体障害者路線は’80の「遊戯の森の妖精」、’84からの「美姉妹肉煉獄」へと繋がる。’81の最終話「ハルマゲドンの戦い」ではせりふなしで24ページ全てが大殺戮シーンという回もあり、中でも一度やりたかった見開きで銃撃戦の擬音のみという事も実現。こんな事がエロマンガ誌で許される時代だった。ちなみにこの回は[OKコラルの決闘・100周年記念]だが、何の意味もない。単行本は最初サン出版より、その後久保書店より「白鳥の飛翔」「少女飼育篇」「ヘラクレスを撃て!」「眼球愛」「海の女神」の全5刊。現在入手出来るのは後の3刊のみ。[「海の女神」も最近在庫切れ]  この年出た「人魚のたわむれ」の表題作は性器に{たこ}を挿入するカットを見た編集長が「・・・[沈黙]・・・頭おかしいんじゃ・・ブツブツ・・気違い・・・ブツブツ・・・」と呆れてつぶやいていたのを記憶している。たこソーニューは今年出た「夜顔武闘伝」で久しぶりに再現。なおこの作品は’83にマンガと実写を噛み合せたビデオの珍品となる。水中スローモーションファックがなかなかよい。 ●1 9 8 0 ~   なぜか「JUNE」の増刊として作品集「美少女たちの宴」がサン出版より出版され、その短編集をもとに脚本化し日活で映画が創られる事となる。[「花の応援団」を当てたこの映画の企画者・成田氏は日活退社後「桜の園」等を創る。]その際、初めて映画撮影所を見学し、せこいセットがスクリーン上ではきちんとした絵になってるのを見て映画のマジックに感心。タイトルはなぜか「性狩人」で、’96にビデオ化された。監督・池田敏春のデビュー第2作となり現在までコンスタントに作品を発表しているが、出来のいい作品も多いのになぜか代表作がない。初期の「人魚伝説」が一番いいか。  この映画に合わせて「美少女たちの宴」を2~3回のつもりで「漫画ラブラブ」で描き出すがどんどん話がふくらみ、おまけに描いてる出版社が潰れたり、雑誌が潰れたりで雑誌を転々とし条例による警告の嵐がきた「漫画大飯店」を経て、「漫画ハンター」誌上で完結したのは’83になる。この作品でクリトリスを手術してペニスのように巨大化させるという人体改造ものを初めて描く。  この年の「遊戯の森の妖精」は身体障害者いじめ鬼畜路線の第2弾!森の中の別荘に乱入したろくでなしの二人組が精薄の少女の両親達を虐殺し、暴行の限りをつくすむちゃくちゃな作品で、雷鳴の中、少女の性器に男達のペニスが2本同時に挿入されるシーンは圧巻!しかしこのとんでもない男達も少女の性のエネルギーに飲み込まれ、朽ち果てていく・・・。 ●1 9 8 1 ~   美少女マンガ誌のはしり「レモン・ピープル」誌創刊。そこで描いたのが「白鳥の湖」。虚構の世界のヒロインを犯すというコンセプトは、アニメやゲームのヒロインをずこずこにするという今の同人誌のコンセプトと同じかも。バレエ「白鳥の湖」において悪魔に捕われたオデット姫が白鳥の姿に変えられる前に何にもされてない筈がないというモチーフにより生まれたこの作品は、悪魔に男根を植えつけられたヒロインが命じられるままに次々と妖精を犯して歩き悪魔の娘となるまでを描くが、あまり成功したとは言えない。ただ人形サイズの妖精をしゃぶりまくり淫核で犯すアイデアは他に「少女破壊幻想」で一回やっただけなのでそろそろもう一度やってみたいところ。「ダーティ松本の白雪姫」はその逆をいき、犯す方を小さくした作品で7人の小人が白雪姫の性器の中にはいり、しゃぶったり、処女膜を食べたり、と乱暴狼藉![ちなみに両者をでかくしたのが同人誌「FUCK YOU!3」の「ゴジラVSジュピター」]この童話シリーズは意外と好評で続いて「ダーティ松本の赤い靴」を上記の単行本に描き下ろして収録。童話は結構残酷なものが多く、この作品も切られた足だけが荒野を踊りながら去って行くラストは原作通り。 *近年童話ブームだがこの頃もっと描いておけば「こんなに危ない童話」として刊行出来たのにとくやまれる。 「2001年快楽の旅」もこの本に収録。快楽マシーンを逆にレイプしてしまう、珍しく映画「2001年宇宙の旅」風のSF作品。  掲載誌を決めずに出来る限り多くのマンガ誌で描こうというコンセプトで始めたのがこの年スタートした「怪人サドラン博士」シリーズ。「不死蝶」シリーズや「美少女たちの宴」シリーズの中にも乱入し、「漫画ハンター」最終号では地球をぶっ壊して[その際地球は絶頂の喘ぎ声をあげ昇天する!]他の惑星へ行ってしまう。今のところ10誌位に登場。いつかこのサドラン・シリーズだけ集めて単行本化したいところ。ちなみに「サド」と「乱歩」を足して「サドラン博士」と命名。作者の分身と言っていい。 [後年、「魔界の怪人」として全作品を収録して刊行、04年現在品切れ中]  この年描いて’82の単行本『妖精たちの宴』に収録の「とけていく・・」はレズの女たちが愛戯の果てに、肉体が溶けて一匹の軟体動物と化す、タイトルも内容も奇妙な作品。作者の頭もとけていた? ●1 9 8 2 ~ 1 9 8 3   ’83年に「美少女たちの宴」が完結。全てが無に帰すラストのページは真っ白のままで、このページの原稿料はいりません、と言ったにもかかわらず払ってくれた久保書店、偉い![明文社やCM頁の稿料を削った出版社=某少年画報社なら払わなかっただろうな……と思われる……]この作品以外は短編が多く、加速度をつけてのっていく描き方が得意のダー松としてはのりの悪い時期に突入。また10年近く走ってきてだれてきた頃でもあり第一次落ち込み期と言っていい。マンガがスタンプを押すように描けないものか、などとふとどきな考えまで湧いてくる。思えば一本の作品には、いったい何本の線を引いて出来上がっているものなのか。数えた馬鹿はいないだろうが数千本は引いている筈。一ヵ月に何万本とペンで線を引く日々・・うんざりする筈です。  この頃のめぼしい短編をいくつか書くと、少女マンガ家の家に税務調査にきた税務署員が過小申告をネタにねちねちいたぶるが、アシスタントに発見された署員は撲殺される。そして板橋税務署は焼き討ちにあう、といった作品「[タイトル失念]xx税務調査」。[後日読者よりこのタイトルを「色欲ダニ野郎」と教えていただく。ひどいタイトル *編集者のつけるタイトルはその人のセンスが実によくわかる。しかしサイテ-の題だなこりゃ…。 果てるまで「おまんこして!」と言わせながら処女をやりまくる「美処女/犯す!」はラスト、狂った少女が歩行者天国の通行人を撃ちまくり血の海にする。「嬲る!」はパンチドランカーとなった矢吹ジョーが白木葉子をサンドバッグに縛りつけ、殴って、殴って、殴りまくる。段平おっちゃんの最後のセリフ「・・ブスブスくすぶっちゃいるが・・・」「打てッ!打つんだ!ジョー!」「お前はまだ燃えつきちゃいねえ!」とはエロ・ドランカーの自分自身に向けて発した言葉だったのかも。トビー・フーパーばりの「淫魔のはらわた」は電気ドリルでアナルを広げてのファック!とどめにチェーンソーで尻を切断!いまだに単行本に収録出来ず。[’98の「絶頂伝説」にやっと収録]「からみあい」は夫の愛人の性器を噛みちぎる。「危険な関係」はアルコール浣腸をして火をつけ尻から火を吹かせる。この手は『FUCK YOU!2』の「セーラー・ハルマゲドン」で復元。そういえばこの作品の序章と終章だけ描いて、間の100章位をとばすやりかたはこの頃の「禁断の性獣」より。女性器にとりつき、男性器に変身するエイリアンの侵略により地球は女性器を失い滅亡する、といったストーリーで当時聞いた話では谷山浩子のD.J.でこの作品がリスナーの投書でとりあげられ、ダー松の名はダーティ・杉本と読まれたそうな。ヒロインの少女がひろ子という名前なのでこのハガキが選ばれたのかもしれないが、作者は薬師丸ひろ子からとったつもりだったのだが・・。[別にファンではない。] 「女教師狩り」は映画館で観客に犯される女教師とスクリーン上の同名のエロ映画の二本が同時進行し、一本で二本分楽しめるお得な作品。 ’83は’80に「漫画エロス」にて描いた「エロスの乱反射」の最終回の原稿が紛失したため単行本が出せないでいたのを、またまた「仏の久保さん」に頼んでラスト近くをふくらませて「漫画ハンター」に3回程描かせてもらい、やっと’85に出版。見られる事に快感を覚えるファッション・モデルが調教される内に、次第に露出狂となっていき、街中で突然裸になって交通事故を起こさせたり、最後はビルの屋上でストリップショー。そしてカメラのフラッシュの中に飛び降りていき、ラスト1ページはその性器のアップでエンド!  本格美少年・ゲイ・マンガ「聖少女黙示録」も’83。レズの姉たちの手によって女装に目覚めた少年がホモのダンサーたちに縛られなぶられ初のポコチンこすり合いの射精シーン。そして性転換して女となった主いるが、その中の’84の「白い肌の湖」はタイトルで解る通りのバレリーナものだがポコチンを焼かれた男が、一緒に暮ら人公が手術で男になった少女と暮らすハッピーエンド。この作品は単行本「美少女ハンター」に収録されてす二人の女と一人の男に復讐するエンディングがすごい!まず男の性器を切り取り、片方の女の性器にねじ込んだあと、その女の性器ごとえぐり取る。そしてその二つの性器をつかんだまま、もう一人の女の性器にフィストファック!のあげく、その二つの性器を入れたままの女性器をナイフでまた切って、ほとんどビックマック状態でまだヒクヒクうごめく血まみれの三つの性器を握りしめるとんでもない終り方!全くダー松はこんな事ばかりやっていたのかとあきれかえる。もう鬼畜としか言い様がない!しかし「ウィンナー」を二枚の「ハム」で包むなんて・・GOODなアイデアだ、又やってみよう。 ●1 9 8 4 ~   「漫画ハンター」で「闇の宴」前後篇を描き、後日これをビデオ化。雪に包まれた六本木のスタジオで痔に苦しみながらの撮影。特別出演として中島史雄氏が絶妙の指使い、東デの学生時代の萩原一至が二役、取材に来たJITAN氏もスタジオに入ってきた瞬間、即出演で生玉子1000個の海で大乱交。カメラマンが凝り性で���明が気に入るまでカメラを廻さず、たった二日の撮影はやりたい事の半分も出来ず。撮影が終ると痔はすぐに完治。どうもプレッシャーからくる神経性だったみたいでこれに懲りてビデオは一本のみ。 この年の「肉の漂流」は親子丼もので、近所の書店のオヤジからこの本はよく売れたと聞いたが、一時よく描いたこのパターンは最近では「FUCK YOU!3」の「母娘シャワー」のみ。熟女と少女の両方が描けるところが利点。「血の舞踏」は久しぶりの吸血鬼もの。股間を針で刺し、噛んで血を吸うシーン等々いい場面はあるが、うまくストーリーが転がらず3回で止める。短編「果てるまで・・」は核戦争後のシェルターの中で、父が娘とタイトル通り果てるまでやりまくる話。被爆していた父が死んだ後、娘はSEXの相手を捜して黒い雨の中をさまよう。  またリサ・ライオンの写真集を見て筋肉美に目覚め、マッチョ女ものをこの頃から描き出す。しかしなかなか筋肉をエロティックに描くのは難しい。 ●1 9 8 5 ~   くたびれ果ててすっかりダレてきたこの頃、8年間働いてくれたアシスタント女史に代わってパワーのかたまり萩原一至、鶴田洋久等が東京デザイナー学院卒業後加わってダーティ・マーケットも第2期に突入!新旧取り混ぜておもしろいマンガをいろいろ教えて貰って読みまくる。「バリバリ伝説」「ビーバップハイスクール」「ペリカンロード」「めぞん一刻」「わたしは真悟」「Be Free!」「緑山高校」「日出処の天子」「吉祥天女」「純情クレイジー・フルーツ」「アクター」「北斗の拳」「炎の転校生」「アイドルをさがせ」「綿の国星」「いつもポケットにショパン」「バツ&テリー」「六三四の剣」永井豪の絶頂期の作品「バイオレンス・ジャック」「凄之王」「デビルマン」等々100冊以上とても書ききれない位で、う~ん・・マンガってこんなにおもしろかったのか、と感動! そこで眠狂四郎を学園にほうり込んで、今まであまり描かなかった学園マンガをエロマンガに、というコンセプトで始めたのが「斬姦狂死郎」。「六三四の剣」ばりに単行本20巻を目指すものの、少年マンガのノリは今では当たり前だが、当時はまだエロマンガとして評価されず、ほんの少し時代が早すぎたかも。’86に中断、今年’97に「ホリディ・コミック」にて復活!果たしていつまで続けられるか? →後に「斬姦狂死郎・制服狩り」、「斬姦狂死郎・美教師狩り」として刊行完結  前年末から始めた「美姉妹肉煉獄」は身障者いじめの鬼畜路線。盲目の姉とその妹を調教して性風俗店等で働かせ、娼婦に堕していく不健全・不道徳な作品で、肉の快楽にひたっていく盲目の姉に対し妹も「春琴抄」の如く己の眼を突き、自らも暗黒の快楽の世界にはいり、快楽の光に目覚めるラスト。 また、これからは女王様物だ!となぜか突然ひらめき「筋肉女」シリーズの延長としてフィットネス・スタジオを舞台に「メタル・クイーン」シリーズも開始。これは単行本2冊分描いたが、連載途中でヒロインの髪型を歌手ステファニーのヘア・スタイルにチェンジしたり、レオタードもたっぷり描けてわりと気に入っている。  10年近く描いた「美蝶」先生シリーズもこの年スタート!こうしてみるとマンガを描く喜びに満ちた大充実の年だったかも。 ●1 9 8 6 ~   この年は前年からの連載ものがほとんどだが、「エレクト・ボーイ」は空中でファックするシーンが描いてみたくて始めた初の超能力エロマンガ。コメディ的要素がうまくいかず2回で止める。この路線は翌年の「堕天使輪舞」で開花。  「夜の彷徨人」は自分の育てた新体操選手が怪我で選手生命を失ったため、その女を馬肉のごとく娼婦として夜の世界に売り渡した主人公という設定。しかし腕を折られ、女にも逆に捨てられ、そして事故によってその女を失ったあげく不能となってしまう。失った快楽を取り戻すため無くした片腕にバイブレーターを取りつけ、夜の街をさすらい次々と女たちをレイプしていくというストーリー。がっちり設定したキャラだったのにまったく話がはずまず、男のポコチンは勃起しないままに作品も不発のまま終る。  「斬姦狂死郎」が不本意のまま終わったため学園エロス・シリーズは「放課後の媚娼女」へと引き継がれる。当時見ていた南野陽子のTV「スケバン刑事・」とS・レオーネの「ウエスタン」風に料理。ラストの「男といっしょじゃ歩けないんだ」のセリフは一番好きな映画、鈴木清順の「東京流れ者」からのもじり。単行本は最初司書房から出て、数年後ミリオン出版から再販、そして’97久保書店より再々販ながら結構売れて今年また再版。この作品は親を助けてくれる有難い孝行息子といったところ。 ●1 9 8 7 ~   さいとうプロOBで那珂川尚という名のマンガ家だった友人の津田が「漫画ダイナマイト」の編集者になっていて、実に久しぶりに同誌で「堕天使輪舞」を描く。超能力エロマンガの第2弾。今回はエロと超能力合戦とがうまくミックスされ一応成功といっていい。この路線は「エレクト・ボーイ」とこの作品、そして’96の「夜顔武闘伝」も含めてもいいかも。一時、この手の作品は数多くあったが最近はめったに見かけない。しかし、まだまだこの路線には鉱脈が眠っているとにらんでいるがどんなものだろう。 ●1 9 8 8 ~   「放課後の媚娼女」に続いて抜かずの凶一無頼控え「放課後の熱い祭り」を2年がかりで描く。’89に完結し司書房より単行本化。そして今年’97に改定してめでたく完全版として復刊!この頃が一番劇画っぽい絵で、たった2~3人のスタッフでよくこれだけ描き込めたなと改めて感心!エロシーンがちょっと少なめながら中島史雄氏がダー松作品でこの作品が一番好き、とお褒めの言葉を頂戴する。  TVで三流アマゾネス映画を見ている内、むくむくとイメージがふくらみ、昔から描きたかった西部劇と時代劇がこれで描けると、この年スタートさせたのが「不死蝶伝説」なるアマゾネス路線。昔々青年誌の創世期にあのケン月影氏がマカロニ・ウエスタンを描いていたことを知る人は少ないだろう。俺もあの頃デビューしていたらウエスタンが描けたのに、と思う事もあったが、このシリーズでほんの少しだけその願望がかなう。  この頃、アシスタントやってくれてた格闘技マニアの鶴田洋久に誘われ、近所の空手道場通いの日々。若い頃修行のため新宿でやくざに喧嘩を売って歩いたという寺内師範は、もう鬼のような人で、行けば地獄が待っていると判っててなぜ行く?と不思議な位休まず通う。体育会系はマゾの世界と知る。組手は寸止めではなく顔面以外は当てて可だったので身体中打撲のあざだらけ、ビデオで研究したという鶴田の体重をかけたムエタイ式の蹴りをくらい、右手が饅頭のように腫れ上がる。先輩たちの組手の試合も蹴りがもろにはいってあばら骨が折れたりで、なぜこんなヘビーな事をする?と思うが、闘う事によって身体の奥から何か沸き上がってくるものがある。スリランカの元コマンドと組手をやった時、格闘家の気持ちが少しだけ判るようになった。 ●1 9 8 9 ~   ’94まで続く「美蝶」シリーズでこの年は『ノスフェラトウ篇』を描き、シリーズ中これが一番のお気に入り。同人誌の「王夢」はこれが原点。  短編では「悪夢の中へ」はスプラッタ・エロマンガで久しぶりにチェーンソゥでお尻のぶった切り!はらわた引きずり出し、人肉食いちぎり!顔面叩き割り等々でラストに「ホラービデオの規制をするバカは俺が許さん!」などと書いているので、この年が宮崎事件の年か?世間は彼が日野日出志・作のホラービデオ「ギニーピッグ」を見てあの犯罪をおかした、としてさんざんホラービデオの規制をやっといて、結局見てもいなかったとわかったあとは誰一人日野日出志氏にもホラービデオさんにも謝らす゛知らんぷり。残ったのは規制だけで、馬鹿のやる事には全く困ったもんである。先日の「酒鬼薔薇・14才」の時も犯罪おたくの心理学者が、「これはマンガやビデオの影響です。」などと相も変わらずたわけた寝言をぬかしていたが、馬鹿はいつまでたっても馬鹿のまま。少しは進歩しろよ!お前だよ、お前!短絡的で幼稚な坊や、小田晋!よぅく首を洗っとけ!コラ!  「獣人たちの儀式」は退学者や少年院送りになつた生徒、暴走族、ヤクザ達が集まって酒盛りしながら女教師たちをずこずこにしてOB会をひらく不健全作品。編集長が「また危ない作品を・・・」とこぼしたものだが、岡野さん、��舎で元気にお過しでしょうか。この頃の「漫画エロス」には「ケンペーくん」だとか「アリスのお茶会」だとかおもしろい作品が載っていたものです。「爆走遊戯」は伝説のストーカー・ろくでなしマンガ家の早見純が一番好きな作品と言ってくれたが、なぜだかわからない。人の好みはいろいろです。以上3本は単行本「熱き唇の女神」に収録。 「ふしだらな女獣たち」はフェミニストの女二人が美少年をいじめる話。これは「氷の部屋の女」に収録。 ●1 9 9 0 ~   この年の「美蝶」シリーズは『ダンシング・クイーン篇』。マネキン工場跡でJ・ブラウンの「セックス・マシーン」にのせて5人プレイをするシーンや文化祭でのダンスシーン等々結構好きな場面多し。暗くて硬い作品が多いので、この「美蝶」シリーズは肩肘張らずに、かなり軽いノリでキャラクターの動きに任せて、ストーリーも、そして次のコマさえも先の事は何にも考えず、ほとんどアドリブで描いた時もある。  「不死蝶伝説」に続いてシリーズ第2弾「不死蝶」は2誌にまたがって2年位続ける。これも結構お気に入りの一遍。 ●1 9 9 1 ~ 1 9 9 3   「性狩人たち」の近未来版、といった感じの「夜戦士」は学園物が多くなったので、マグナム銃で脳天をぶっとばすようなものが又描きたくなって始めたミニシリーズ。全5話位。松文館より単行本「黒い夜と夢魔の闇」に収録。  この年から知り合いの編集者がレディス・コミックを始める人が多く、依頼されてどうしたものかと思ったが、エロなら何でもやってみよう精神と何か新しい世界が開けるかも、という事から’94位までやってみたものの結果的に不毛の時代に終わる。与えられた素材が体験告白物という事で、非現実的なものは描けないという事は得意技を封印して戦うようなもので苦戦を強いられ、これって内山亜紀氏がやまさき十三原作の人情話を描いたようなミス・マッチングで不発だったかな。今後、もしやることがあれば美少年SMのレディス・コミックのみ。そんな雑誌が出来れば、の話だが。  いくつかやったレディコミの編集の一人「アイリス」の鈴木さんは同じさいとうプロOBで、マンガ・アシスタント、マンガ家、マンガ誌の編集、そして今はマンガ学校の講師、とこれだけ多くのマンガに関わる仕事をしてきた人はあまりいないだろう。これでマンガ評論でもやれば全て制覇だが・・・。  この頃はいつもと同じ位の30~40本の作品を毎年描いていたが、レディコミは一本30~40枚とページが多く結構身体にガタがきた頃で、右手のひじが腱傷炎になり1年以上苦痛が続く。医者通いではさっぱり痛みがひかず、電気針で針灸治療を半年位続けてやっと完治。その後、住んでいたマンションの理事長を押しつけられ、マンション戦争の渦中に巻き込まれひどい目にあう。攻撃するのは楽だが、話をまとめるなどというのは社会生活不適格のダー松には大の苦手で「お前等!わがままばかり言うのはいいかげんにしろー!」と頭をカチ割りたくなるような事ばかりで、ひたすら我慢の日々で血圧がガンガン上がり、病院通いの日々。確実に寿命が5年は縮まる。あの時はマジで人に殺意を抱いたものだが、今でも金属バット持って押しかけて奴等の脳みそをクラッシュしたい気分になる時もある。いつかこの時の事をマンガにしようと思っていて、まだ誰も描いてない「マンション・マンガ」というジャンル、タイトルは「我が闘争」。え?誰も読みたくない?  この間に出た単行本は「血を吸う夜」、「赤い月の化身」「熱き唇の女神」[以上・久保書店] /「牝猫の花園」「真夜中の人魚たち」[以上久保書店]、「美蝶/放課後篇」「美蝶/ダンシング・クイーン篇」「不死蝶/鋼鉄の女王篇・上巻」[以上ミリオン出版]。 ●1 9 9 4 ~ 1 9 9 5   ろくでもない事が続くのは厄払いをしなかったせいか、このままここにいたら頭がおかしくなる、と15年以上いたマンションから引っ越し。板橋から巣鴨へ移動し気分一新!以前からうちもやりましょうよ、と言われていた同人誌創りをそのうち、そのうちと伸ばしてきたものの遂に申し込んでしまい、創らざるをえなくなる。しかもそれが引っ越しの時期と重なってしまい大いに後悔する。しかしいろんな人にお願いして何とか一冊でっちあげ、ムシ風呂のような夏コミに初参加。これが運命の分岐点。レディコミもこの年で切り上げ、以下同人街道をまっしぐら。現在まで「FUCK OFF!」が9まで、「FUCK YOU!」が4まで計10+&冊創る。  ’95からダーティ松本の名前にも飽きてきたしJr,Sam名でも描き始める。 レディコミ時代は松本美蝶。あと2つ位違うペンネームも考案中。  この間の単行本「氷の部屋の女」「双子座の戯れ」[久保書店]、「黒い夜と夢魔の闇」[松文館]、「危険な女教師/美蝶」[ミリオン] ●1 9 9 6 ~   美少女路線の絵柄もこの年の「夜顔武闘伝」あたりでほぼ完成、今後また少し変化させる予定。しかしこの作品は超能力、アマゾネス、忍法エロマンガとでも呼ぶべきか。「グラップラー刃牙」みたいに闘技場での勝ち抜き性武道合戦までいきたかったけれど、残念ながらたどり着けず。  「冬の堕天使」は久しぶりの吸血鬼もの。都営住宅で生活保護をうけている吸血鬼母子のイメージが浮かび、そこから漫画家協会・加藤芳郎を撃つ有害図書騒動のマンガへ。吸血鬼少年が光の世界との戦いに旅立つまでを描き、「闇に潜みし者」は時空を越えて近未来での戦い。その間を描く作品を今後創らなければ。  「FUCK CITY 2006」はクソ溜めと化した近未来のTOKYOを舞台に久しぶりにダーティ・バイオレンスが炸裂!ハード・エロ劇画と同人誌風・美少女路線の合体は果たしてうまくいったかどうか?30ページほど描き足して、’97、9月にフランス書院のコミック文庫にて発売。[「少女水中花」]  「放課後の媚娼女」と「人形愛」刊行。[いずれも久保書店刊]前者は以前、上下巻だったのを一冊にまとめて。後者は近作を集めた同人時代を経ての初単行本で、同人誌を知らなかった読者はショックを受ける。メタルフアンから以下のようなお手紙を受け取る。「これはジューダス・プリーストの『ターボ』だ。ラストの『眠れる森の少女』は『レックレス』にあたる。しかしジューダスもその後『ラム・イット・ダウン』や『ペイン・キラー』という傑作を世に出した事だし、今後を期待したい」という意のダー松のようなメタルファン以外は意味不明の激励をうける。 ●1 9 9 7   同人誌「エロス大百科シリーズ」スタート!いろんな項目別に年2刊づつ計100ページ位を別刊シリーズとして出し続ければ10年で1000ページになり、以前「谷岡ヤスジ1000ページ」という枕に最適の本があったが、これも一冊にまとめて枕にして寝れば、目覚める頃は3回夢精しているなんて事に・・・などとまだたった40ページの段階で言っても何の説得力もないか。飽きたら2~3号でSTOPするだろうし・・。[推測通り「毛剃り」「美少年SM」「女装」3号でストップ中]冬にはやおい系にも進出の予定。  今年出した単行本は厚くて濃いエロマンガを集めた久保書店MAXシリーズ第2弾!「放課後の熱い祭り/完全版」と「夜顔武闘伝」オークラ出版。ともに大幅描き足して25周年記念出版として刊行。ティーツー出版よりJr,Sam名で「昼下がりの少女」、9月にはフランス書院より「少女水中花」の文庫本が出る予定で現在、この同人誌と並行して描き足し中。「斬姦狂死郎」第2部も「ホリディ・COMIC」誌にて6月よりスタート!年内創刊予定の『腐肉クラブ』なる死体姦専門のマンガ誌にも執筆予定。  さてさて25年間、旅行の時を除いて、現在まで2日続けてマンガを描かなかった事はほとんどない。これはその昔、伊東元気氏というマンガ家とお会いしたとき「今月何ページ描いた?」との問いに、「今月仕事ないんでぜんぜん描いてません」と答えたら、「そんな事じゃ駄目だ。仕事があろうがなかろうが、毎月100頁は描かなきゃ。」と言われ、以後その教えを守り[描けるページ数は減ったが]、マンガは仕事ではなくなり、朝起きたら顔を洗うのと同じで生活そのものとなり現在に至る。  今は何でも描けそうなハイな状態で、以前はたまには外出しないと煮詰まってしまうので週いち位ガス抜きをしていたものだが、最近はせいぜい月いち休めば十分の「純エロマンガ体」。[純粋にエロマンガを描くためだけの肉体、の意。ダー松の造語]  こうしてふり返ると、この路線はまだえぐり足りない、これはあと数回描くべし、なぜこれを一度しか描かない!等々、残り時間にやるべき事、やりたい事の何と多い事! 爆裂昇天のその日まで・・・      燃 え よ ペ ン !  なお続きは 1997年後期 1998年 INDEX
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manganjiiji · 3 years
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目。目が痛い〜、画面を見ていると涙が出てきてしまう疲れ目。弱り目に祟り目。?関係ない慣用句。言ってみました。泣きっ面に蜂とかね。あれ、今マイフェイバリットシングズの蜂に刺され、のあとの、悲しみの中にいて、の前の、二番目のやつが唐突に思い出せない。when the bee stingsが2回出てきてしまう。(追記:蜂に刺されるのが2番目で、1番目はwhen the dog bitesでした、痛そう)あの、今日ね、やってしまいました。本を……本を買ってしまいまして……ヘミングウェイで読む英文法のやつ………お、おも……おもし、おもしろい……。ヘミングウェイ、何も全然読んだことがない(かろうじて移動祝祭日のさわりだけ)。でも私はきっとヘミングウェイが好きなんだろうなとずっと思っている。今も思っている。だってなんかもう人が好きだものね。文法書の最初の短篇もよかった。雨の中の猫。
赤森さんが2020年読んだ本で良かったものを先日挙げていらっしゃって、私ははたして2020年読み切った本があっただろうかと、はてしなく疑問に思い、多分なかったな、と落着した。多分なかった。わたしは2020年、1冊も本を読み終えることがなかった。そういう年だったと思う。いつもなら1年に3冊くらいは読み終わるのだけど。まあ少ないけれど。人と比べるものでもないしいいかと思っている。2020年、出会えて嬉しかった(または再会した)漫画は、『あした死ぬには、』『推しの子』『愛しの国玉』『違国日記』『ゆびさきと恋々』『���ラオケ行こ!』『裸一貫!つづ井さん』と、オタクなら誰しも読んでいるであろう納得のラインナップ。新鮮さには欠けるかも。まだ積んでいるものも。『マイ・ブロークン・マリコ』とか、お借りしている遊戯王とか。東京卍リベンジャーズも。これから鬼滅の刃も読む予定がある。映画はパラサイトしか劇場で見なかった気がする。映像では時計じかけのオレンジと、シング・ストリート、天使にラブソングをが心に残っている。天使にラブソングを、きちんとストーリーを追ってみたのは初めてだったかも。あの夜、金曜ロードショーかしら?大盛り上がりでしたね。あ!BLは、晴川シンタさんの『淫魔くんはお仕事できない』が良かったです。読み切った本1冊だけありました、『星の子』。そんなにはおもしろくなかったし、結局映画(芦田愛菜さん主演のために読んだ)を見れなかった。罪の声も観たかったなあ。テレビドラマもMIUとかすごく人気でしたね。ああいう盛り上がりにはもっと参加しないと、とは思いました。毎週更新を楽しみにしていた『同人女の感情』、コミックスにもなって大団円という感じで、流れも含めて楽しかったです。久しぶりにTwitter民一丸となれた感じが。それにしても本を読まなかった。とくに小説。新書も読み切れずに放置して年をこした。主にマルクス・ガブリエル。まあもうMGにはすこし飽きてきてしまったんだけれど、全然関係なくエマニュエル・トッドを全然読み切っていないことを思い出した。今日本屋で國分功一郎先生のスピノザ入門みたいなちくま新書(たぶん)を見て、880円+税だったので欲しいなあと思ってしまった。なにか1冊読み終わってからにしなさい、と思いました。いしいしんじの『悪声』、まだ寝かせている。
読み切ってはいないけれど2020年お世話になった本としてはやはりいしいしんじ『海と山のピアノ』、川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』、東直子『春原さんのリコーダー』、ハッブル『銀河の世界』、岡潔・小林秀雄『人間の建設』あたりです。それぞれの書に出会わせてくれた書店に感謝。ずっと読みたくて読めていない本に、梨木香歩の『海うそ』がある。持っているんだけど。ずっと楽しみにしている。
読みかけで挫折しているのは『極北』。これは思い直して頑張って読もうと先程棚から取り出しました。朝井まかて『眩』も。今読んでいるのは『ムーミン谷の冬』、『茨木のり子詩集』、『夜景座生まれ』、『そのサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる』です。ゆっくり読んでいます。楽しい。読むのがだいぶん遅いです。
昨日決めた「思いやり」、「逃げない」、今のところまだ忘れず実践しています。よくないことも頑張るべきこともまだまだあるけれど、久しぶりに達成感のあった一日でした。
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naoeferdinand · 4 years
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羞恥を感じないよう 感動が激しいあまりに見つめることはならず 理性に見捨てられた夜の岸辺に 身体の塩分や蜜を全て吸い付くそうとする 欲望と狂気がここに宿っている気がして 痴呆の少女のように ささくれた自分の指を激しく噛むように 滲んだ血を虚な瞳で舐めるように 男の身体にしゃぶりつく 愛によっての死ではない 憎しみとも違う 哀しみとも 生まれた機会についての、生まれたことを殺せない、最悪の死を語りながら、新しい男に惑乱の生を預けて、大胆に踏み込んでみせる それは女が思うよりも激しい意味を結果にもたらす
彼女は男の、夜が明ければすっかり忘れ去られてしまうような、瞬間的な愛欲の急流が自分に流れ込んできた時、匿名の身体ではなくこの男の器となった時に、恐ろしいくらいの威厳に満ちてある。 非在の 夢の婦人となることはない女は 執行猶予の現実を それも男の凝固した製造物とされることを未だ乞うて 今日も獣のふりをする  中断されることの愛 再生産されることもなく 焚くような眼差し 博愛と祈りをたたきつけた脆い壁 しつけのなっていない絶望が 翻訳不可能の好調が 微笑んで、甘美な手錠をはめてゆく 作家の行間に、句読点に、滴らせる汗と愛液、ぬるぬると胞子をつけた指が囁いて。哀願し 崇拝し 恍惚とし きみに膝まづくなかに利己的な愛を発見する 彼がある種の憐みと共に手を伸ばしたら 私はますます自由になる 愛撫にうつつを抜かす鎖と共に けだものの詩人は威厳を手に入れる 思い詰めているひとりの女 蔑みあけっぴろげなきみの眼を 堕ちるように登り詰めて思っている あらゆる惑わし あらゆる駆け引き あらゆる不誠実 磔になった言葉はまた 不道徳なきみの瞳で自由に動き出す 悟られぬよう 仮に恋だとして 恋より私が生まれたものといえば蝙蝠だ 安全な眠りなど 私たちが眠る理由は閉じた目蓋からの逃避であり 息尽きて懐妊するからだ そうしてこの瞬間は 私が非現実に誠実である証拠をきみが体現している 哀しい娼婦 情夫の横顔を見つめているのに 娼婦になりきれない底抜けに自由な 悶えるような 愛情深い死刑執行人の眼差しをした美しい怪物を 未知の美しい彫像に抱えられていることに気がついて身震いする そんな夜 僕らにとっては重層より差し込む不健全な光が太陽で 気づけば肉も血も ここの磁場とぴったり合わさっている どっしりと軽やかな狂気が私の 私が紡ぐ致死の言葉に 泣きたくなってくるほどの甘さを与える 絶頂の一瞬に 女は人生と あるいは愛の意味を知る地平線に宙吊りになる そんな逢瀬 そんな彼なりの優しさ そんな彼なりの愛し方 全ては難破船で起こっている出来事なのだ、私たちがたとえ幕を変え、舞台を変え、流れる景色の一景色に身を投じようとも、語られる物事は全て琥珀色の沈黙、あるいは官能に構成された難破船のしたでの出来事だ。確かに 確かにここでは何の権威も存在はしない こんな風に燃えながら閉ざされた瞳のことを熾烈に愛して 愛しながら無に首部から揺蕩する道を選んだことはない 夢と無が恐ろしいくらい似通っている雄叫びに気付いたことはない どのようにしたら、生首、くれないの月が物言わず、非常な憂いへ連れてゆく どうせ語れども 私がいくら語れども あなたは泡沫であり 日々も泡沫 僕たちが抱擁して突っ立っているのは こんなに愛おしいのは泡沫のせいではなく 分からない 悪魔的な 分からない そんな権威や義務が課せられない あくなき夜を超えた暗闇への 既存の夜を超えた 黒くもない船での世界だから どのくらいの夜 あの無造作な虚無にて 私たちは愛し合うことか 指揮棒を振り上げることか 匿名の死化粧 あなたの本性、あなたの宿敵はどこに?この瞬間も我々は獣のように。ああそうか、僕らは剥製のプラキシノスコープ それだけで哀しみは充分だ 確かに僕らは意地悪い 愛欲に言葉を与えようとしている 廃墟で躍り狂うような熱情を堪えて堪えて虚無に帰結させようと 馬鹿な抑圧をしていて 威厳の黒 私たちの、と詩人は言う。私たちが凍結しないことは、どちらか片方にとって、この世で最も得難く享受することが美しい、のけぞっては平伏したくなるほどの異様絢爛な悦びだ。月並みな契機と衝動があり、不滅に難しい問いがあり、三分の歌でさっぱり忘れてしまいそうな軽快がある。蒸気も高潮もいまだ心中に満ち満ちて 肉を吸っては絶望と翻訳するくらいに純な気持 あなたのことなんか分からない 生命もしくは人生に自信を嬉々として持てるような道であれば今すぐに 句読点���きみは言う あなたのもとで舌舐めずりする日を送るでしょうね。無意味な空っぽ、濁点、濁音、砂利の末裔にむせて埋もれそうな肉体が。承諾と拒絶、陰部によく似た匂いの、湿って猥褻な戦術をとる羊皮紙のキャンパス。夢精が溶暗し再び融合を開始する。偉大で淫靡、高貴なる陰謀に巻きこまれて
多数の視線のもとにさらけ出そうとしている 混沌を隠蔽すべく 汗をかき 太腿を濡らし 指をしたたらせて 互いの夜に恍惚の画を そうやって秩序を装いながら 解読可能を装って他者へ宣言する 恋慕をも新たな束縛へ 新たな統制された世界へ 彼らは同時に欲望と感情を与え合い 己とは隔絶した世界に彼と彼女はありながら たくさんの側面の中で 複数のものとなり存在し 統一のないものでありながら 虚構と現実の間で突っ立つ矛盾 獣であり 完全な曖昧として存在している その狂気の乱反射 陰湿でハッピーな魔物 夢には現れない暗がりの天使 地獄の予兆が雨となり部屋に降る 忠実に 執拗にその雨粒を掘り下げるなら衰弱してしまうだろうから あくまで神格化、を借りて乱反射 狡猾なフィクション 私に覆いかぶさる男の姿は光を要しない影だ 不滅の黄昏 夜において未知の存在を発揮する影だ 冷静に記録せよ 感傷をもたない他者の眼に自らを露呈することによって 明言する ここでの執筆は動物的本能に等しい
コクトーの筆致で浮かび上がる巣窟に、彼はまるで名も知れず果てた美神の末裔のように、瞳は歪んで実用性のない精巧な短剣のように、虚しい諦めを高揚させた麗優のように、網膜的な言葉を乱入した詩人に与えるべく、存在に必要のない衣服を着せてやる 不眠の大海を踊り抜けて 潮と湯気をたっぷり吸い込んだ肌に沈もう 不眠の雨が崩れて語る死のように 犇く夜遅延 秘められた首 穢れた次の舞台、不眠の揺らめきは鳴り止まない 蒼い夜 桃色の接吻を逃れて非審美的に燻る 抱擁でささくれた肌も鳴り止まない 不眠の散文詩 信頼に���しないぶつ切りの色により立ったまま眠る夜の姦淫 感情よりも芳醇な瞳も、心より大きな眼窩も、嘘を委託されない眼も、彼らは借物 高貴なる容れ物 論じられない空白に巣食う軽やかで唐突な感性の使者、キャンパスの切れ目に嘘のない贋物が繁殖して 今日も不眠の血が通る 飛翔する。巣のない蝶があなたのランプの中へ閃光となって 烈々と貪り合う まろく重なり合う、摂氏零度の匣。永久凍土さえも歓喜の悲鳴に堕さんとしてしまうくらいのあなたの恐ろしさに私はつんざいて愛する。絶対に共有することのない愛で。こうした彼の悪意と無自覚の不幸に満ち満ちた歓びを感じずにはいられない。指先から流れ出る生よりあたかももっともだ、と謳う生における彼らはしばらくの間、殺戮の時代で散り散りの陶然を叫ぶだろう。街は慢性的で豊かな黄土色の中へすっかり沈みかけては朦朧としていた。低劣で毒にも薬にもならぬ甘ったるい粒子が隅々を犯して節操が無かった。湿疹は膿んで広がり 傷は濡れて赤くなっては 銀色の甲虫がうようよと沸いて 井草の匂いも腐臭に負けた。活気ある怠慢と空虚な快楽、それが蝟集するこの街を蹌踉として這い蹲った。黴に砂糖がまぶされて、知った地獄より更なる悲惨に舞い降りてゆくこの黄昏。であるから己は、この寥落た��眼前の現代景色に美を宿さんと蜃気楼を試みる。そうだ、それが哀しみと別離のもとだ。あなたは言う。混沌を凝視した末の答えが混沌ならば別れを告げるしかないと。私は言う。したらば別のやり方で見つめてやればいいと。私達は言う、愛を語るには至らなすぎる。愛を語るには洒脱すぎる。愛を語るには虚無を味方につけ過ぎている。だけれども、愛が存在しない仮定において我々はひどく、哀しいほどに自由であり、互いを手榴弾として眺めるような機微はいつのまにか嚥下している。こういった風にひとりについて語り続けたことはない、と彼女は言う。彼との間に起こったことやふたりの空間より芽生える物事や感情についてではなく、その男という曖昧なひとつについて語るのを試みたことはないと微笑む。まだ、私たちは戦争によって破壊はされやしないのだ。あなたが軽快な苦しみを背負って穏やかに微笑みながら私へやってきた時、女はひとつ、愛を経験させられた記憶から離脱して、私はもう一度あんな風に死んでみたい、と思ったのよ。私は無意識に愛したことなんか一度もない。あなたのような男を。あなたのような男が世界へやってきた。そうしたら、愛する以外に道は無いの。好んで書くのではなく、書くことに身を任せるように、愛するという躍動に委ねるの。その後のことは分からない。だから私とあなたを支配するのはこのどちらでも無い。それをよく覚えておかなければ。知ることによって我々の輪郭は既知に堕することはせず、ありふれた逢瀬とやりくりでありながら輝きを失うことはない。
その激突が生むのは耐えきれないような余白かもしれない。
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sorairono-neko · 4 years
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抱かれたいです。
 こんなのは最初だけだから我慢しよう。勇利は思った。物珍しいだけなのだ。気まぐれな皇帝が連れ帰った生徒がどんなものか、どの程度の実力なのか、性質はよいのか、器量はどうか、それを見定めたいだけなのである。そういう品定めが終われば、誰も勇利に注目しなくなるにちがいない。いまだけだ。すこしお行儀をよくして、問題のない態度を示していれば大丈夫。ヴィクトルの評判を落とすわけにはいかない。  勇利は、午前中から来ていた取材陣に精いっぱいの情報提供をし、せいぜい愛想よくふるまい、スケートもまずくないのだということを一生懸命に披露した。彼らは三時間ほどの訪問で満足をし、快活に挨拶して帰り支度をした。ちょうど昼食時だったので、勇利は外で食事をとろうと考え、玄関口へ向かったのだが、そのとき、偶然彼らと行き合わせた。テレビカメラを担いでいる者はまだカメラをまわしているようだ。ここは有名な選手ばかりが通うリンクである。誰かに会うかもしれないと心構えをしているのかもしれない。  勇利は、取材の指揮を執っていた男性に話しかけられた。世界大会にもよく顔を出していた記者で、英語も上手だし、なかなか気さくな人物だった。勇利がロシアの皇帝をひとりじめしているあいだも、好意的に接してくれた。今日来たのが彼で、勇利はすこしほっとしていたのだ。 「これから昼食?」  彼は笑顔で尋ねた。 「ええ……。外で食べるほうが好きなので」  ふたりは通路を歩きながら話した。カメラマンが勇利にカメラを向ける。 「ひとりで?」 「ひとりが好きなんです」 「今日はヴィクトルは外で仕事だっけ?」 「はい。午前中だけ」 「彼もせわしなくて大変だね。ロシアの英雄は忙しい」 「そうですね」 「デートとか、いつしてるんだろうなあ」 「さあ……」  勇利は首をかしげた。そもそも、ヴィクトルにそういう相手がいるのかどうかも知らなかった。まあ、いないはずはないよな、というくらいの気持ちだ。 「君は紹介されたりした? きまった相手に」 「いいえ、ぜんぜん」 「本当に? いまの恋人が誰か知らないの?」  冗談めかした物言いに、勇利は苦笑を浮かべた。 「ぼくから情報を取ろうとしても無駄ですよ。ヴィクトルはぼくにそういうのを悟らせませんから」 「ひみつなのかな」 「そうでもないと思いますけど……」  ヴィクトルは最初、勇利に恋愛事情について語ろうとしていた。だから、そういう話題を避けたいというわけではないだろう。それとも、あれは過去の話だからよいと判断したのだろうか。 「ぼくより、あなたがたのほうがよくご存じじゃないんですか?」 「ヴィクトルは口をひらけば君の話だからね。浮いた話題は提供してくれないんだ。彼を恋い慕っている女性は大勢いるけどね。ファンだと公言したり、お近づきになりたいとねがったりしてる人たちは数え切れないよ」  そうだろうなあ、と勇利はうなずいた。なにしろ、世界一もてる男なのだ。 「あ、そうそう」  記者は思い出したようにひとつうなずき、勇利に親切げに説明した。 「こないだはヴィクトル、抱かれたい男の第一位になってたね」 「え?」  抱かれたい男、という直接的な言葉に、勇利は一瞬ひるんだ。でもすぐに、そうか、そうだよな、エロスのかたまりだもんな、と納得した。しかし、納得はしても、ふいにそんな話になったことで動揺した。 「何かの雑誌の企画だったね。前の年も、その前の年も彼がいちばんだったな。ほかの雑誌でも、テレビのアンケートでも、抱かれたい男、となるといつもヴィクトルが一位だよ」  記者は、まるで自分の手柄であるかのように得意げに話した。勇利は目をそらし、そうですか、とだけつぶやいた。なんとあいづちを打てばよいのだ。 「どう思う?」 「えっ」  この話早く終わってくれないかな、と思ったところで、意見を求められた。勇利はどぎまぎした。 「な、何がですか?」 「だから、ヴィクトルがそういう立場にいることについて」 「えっと……」  感想を言わなければならないらしい。勇利はうろたえた。なんて言おう? 「すごいですね」? いかにも他人事ではないか。いや、実際、勇利がもてているわけではないのだから他人事ではあるのだけれど、親しい師のことについてそっけなく「すごいですね」ではよくないかもしれない。では──「うらやましい」? ちっともうらやましくはない。それに、そういう発言はいささかみっともない気がする。品がない。ほかには……「どうでもいい」とは言えないし、だからといって目を輝かせて話すのもどうかと思うし。  正直なところ、ヴィクトルがそんな評価を受けていることについては、当然だという気がしている。むしろ、二位や三位がいるのが信じられない。あれほどすばらしい男なのだから、彼しか名前が挙がらないはずだ。ほかの候補などいるはずがない。ぼくはヴィクトルしか見えないよ、と思った。だってヴィクトルほどかっこいいひとはいないもの。──あ、かっこいいって話じゃないんだっけ? そうそう、抱かれたい相手だ。抱かれたい。ぼくはヴィクトルしか見えない。ぼくだってヴィクトルを選ぶ。だってかっこいいから。抱かれたい──。 「ぼ、ぼくもヴィクトルに抱かれたいです!」  勇利は、早く答えなければ、と思うあまり、頭の中にあることをまとめて口走ってしまった。その瞬間、「えっ」と思い、自分は何を言ったのだろうかと混乱した。  一瞬、しん、とあたりが静まり返った。質問をした記者も、後ろを向いて歩きながら勇利を撮影していたカメラマンも、助手の女性も、何かを手帳に書き留めていた男性も、そして行き交っていたリンクメイトたちも、いっせいに勇利を見た。  し、しまった……。  勇利はどっと汗をかいた。ぼくはなんてことを。なんて、なんて──。 「いやあ、言ってくれるね!」  記者が笑いながら勇利の肩を叩いた。 「そこまで愛情が深いというわけだね。さすが、ヴィクトルの大ファンだけあるね」  ほかの面々も笑った。勇利はぼうぜんとしていた。 「我々は勝生勇利をみくびっていたようだ。失敬失敬」 「い、いえ……」  これはどういう反応なのだろう。勇利は悩んだ。とりあえず冗談として受け取ってもらえたのだろうか。それとも、こいつ何を言い出すんだと思われて、とりつくろいをされているのだろうか。 「すてきな答えをどうもありがとう。それから、今日はお疲れ様」 「は、はい……」 「午後からの練習もがんばってね」 「あ、ありがとうございます……」 「じゃあ」  彼らは別れを告げると、さっさと駐車場のほうへ歩いていった。勇利はまだぼんやりしていた。  と、とんでもないことを言ってしまった……。  ゆっくりと頬に手を当てた。なんて思われただろう? この日本人、本気でヴィクトルに抱かれたがってるのか、とあわれに思われただろうか? 恥ずかしい……。  ちがうのだ。とっさに口から出てしまっただけなのだ。慣れていないから。なんと答えるのが正解だったのかわからない。  そういえば、あれは撮られているはずだ。どうしよう。テレビで使われてしまったら。いまから追いかけていって、そこは切ってくれと頼むべきだろうか? しかし、そんなことを一生懸命にしたら、それこそ本気かと思われる。冗談として受け止めていた彼らに、余計な詮索をされてしまうかもしれない。いや、でも、万が一あんな映像が流れたら、ヴィクトルの生徒はとんでもない不届き者だといううわさが──。 「……た、たぶん大丈夫」  勇利は自分に言い聞かせた。みんな笑っていた。誰も本気だなんて思っていない。そもそも本気じゃないし。大丈夫。大丈夫。悪い方向へ考えてしまうのはよくない癖だ。  勇利は息をつき、食事をして気分を変えようと思った。リンクメイトに聞かれてしまったが、おそらく彼らもおもしろ可笑しい話題としか思っていないだろう。しばらくからかわれるかもしれないけれど、それは我慢しよう。とにかく、ヴィクトルに聞かれなくてよかった。彼にいまの場面を見られていたら大変だった。何を言われるかわからない。あぶなかった……。  勇利は熱くなった頬を撫でながら、ふと視線をめぐらせた。前方を見たとき、彼ははっと息をのんだ。踏み出した足は止まってしまった。 「……うそ……」  ヴィクトルがいた。  彼はちょうどリンクに来たところらしく、荷物を肩にかけ、勇利をまっすぐに見ていた。  い、いまの、き、聞かれ──。 「午後からは勇利の練習だよ」  ヴィクトルはにっこり笑って言った。勇利は我に返り、「は、はい」と挨拶した。 「これから食事だね? 遅れないように」  ヴィクトルは勇利のそばを通り抜けざま耳元にささやくと、悠々と建物の中に入っていった。  ヴィクトルはあの言葉を聞いただろうか? 勇利はその日一日をそわそわした気持ちで過ごした。ヴィクトルは、勇利が話しているのをずっと聞いていたのだろうか。それとも、取材の者たちが去ってから現れたのだろうか。彼は練習中は何も言わず、帰り道でも陽気にしており、夕食の席でも平然としたそぶりだった。いつも通りの態度である。勇利はほっとしたが、すぐに心配になってきた。  ヴィクトルは気を遣って黙っているのではないだろうか? それはいたたまれないものがある。あるいは、知らぬふりをすることで難を逃れているのか。どうしようもないことを指摘して波風を立てるのをためらっているのだ。勇利の発言を改めて示したら、「聞いて��なら話は早い。抱いてください」と言われるかもしれない。それを警戒している……。  勇利はベッドに横たわり、頭を抱えた。  ちがうんだよヴィクトル……。本気じゃない。そんなんじゃないんだ。なんて言えばいいのかわからなかっただけで。ヴィクトルにそんなことを頼みたいわけじゃ……。  こんなことなら、表立って笑われるほうがまだしもましだ。「勇利ったらそうなの?」と機嫌よくからかわれたなら、勇利だって言い訳ができるのに。こんな、腫れ物にさわるような取り扱いでは……いや……ヴィクトルは普段通りなのだから、そうでもないのだろうか。勇利が被害者意識を持っているだけで、彼は話題にするまでもないと思っているのかもしれない。それとも、本当に何も聞いていなかったのか。 「あぁ……どうしよう……」  勝手に悩んで考えこんで、ばかみたいだ。ヴィクトルが何も知らなかったならこんなことは全部無駄である。でも──そうではなかったら?  あれは本心ではない、気にしないで欲しい、と言い出るべきだろうか。しかし、いちいち発言するほうが怪しいと思われそうだ。でも、だからといってほうってはおけないし。気持ち悪い、そんなふうに思っていたのか、とヴィクトルに嫌悪をおぼえられていたらどうする? なんとしても誤解を解かなければ。けれど、言ったあとで「なんのこと?」と言われたら? 貴方に抱いて欲しいと取材の人たちに話しましたと説明するのか。恥ずかしくて死んでしまう。  勇利は数えきれぬほど溜息をついた。なんでこんなことで悩まなくちゃいけないんだ、と泣きたくなった。あんな質問をしてくるなんてひどい。そもそも、ヴィクトルがああもかっこうよいのがいけないのだ。誰よりも抱かれたい男だなんて。そんな称号を持っているから勇利がこんなことになる。そりゃあヴィクトルはかっこいいさ。スケートがすてきだし、綺麗だし、気品高いし、崇高で、誰よりもうつくしい。でも、でも。でもこんな……。  勇利は暗闇の中でふっと目をさました。あれっと思った。ぼく、寝てた? 今夜は眠れないと思っていたのに。考え疲れたのかな、とぼんやり判断したところで、なぜ目がさめたのだろうと不思議になった。 「ん……」  身体が重い。どうして? 「勇利、起きた?」 「え?」  勇利は幾度か瞬いた。すぐ前にヴィクトルがいて、彼は勇利にのしかかっているのだった。 「ヴィクトル……?」 「そうだよ。俺以外に誰か来る予定でもあった?」  なぜヴィクトルが勇利の私室にいるのだろう? 勇利は混乱した。夢だろうか? いや、この重みはいかにも現実的だ。 「ヴィクトルも来る予定なんかなかったんだけど……」  勇利は眠気をこらえてむにゃむにゃと言った。ヴィクトルが笑った。 「なんで?」 「なんでって……」 「だって勇利は俺に抱かれたいんだろ?」  一気に眠気が吹っ飛んだ。勇利は息をのみ、思わず両手で口元を押さえた。 「待ちわびてるかと思ったのに平和に寝息なんかたてちゃって、俺、傷つくなあ」  ヴィクトルは陽気に言うと、勇利のスウェットをまさぐり始めた。勇利は仰天して彼の手をぐっと押さえた。 「なに?」 「なに、じゃないよ」  声がふるえた。 「ヴィクトルこそ、な、何やってんの……」 「だから勇利があんなこと言うから」  ヴィクトルはにっこり笑った。 「ご期待に応えて抱こうと思って」 「あれは��がうから!」  勇利はすばやく言った。やっぱり聞かれていたのだ。恥ずかしい。耳まで赤くなった。 「ちがうって何が?」 「あれは──あれは──」  上手く説明したいと思うのに、しどろもどろになってしまう。舌がもつれる。勇利は完全にのぼせ上がっていた。 「と、とっさに言葉が出てこなくて、あの、だから……」 「そうなのかい?」 「そう、そう」  勇利はこくこくとうなずいた。 「だってあんな話、いきなりするんだもの。困るよ。それに、どんな感想言えばいいのかわからないし。変なこと言うとねたんでるみたいだし、興味ないって言うのもヴィクトルに失礼な気がするし、だから、だから……」 「そうだとしても、まったくこころにもないことなら、普通、口からは出ないものさ」  ヴィクトルは指を一本立て、勇利のくちびるにそっと当てた。 「そういう希望を持っていなきゃ……」 「そ、そんなこと……」  そうなのだろうか? そういうものだろうか? だって、ヴィクトルとそんなことをするなんて、夢にも思ったことはないのに。 「そうだよ」  ヴィクトルは簡単に断定した。 「俺にそうされたいと思ってたから、機会を得て、そう言ってしまったんだよ」 「でも……でも……」  ヴィクトルがまくらべのちいさなあかりを灯した。そうしておいて、さっと勇利のスウェットを脱がせたので、勇利はびっくりして思わず身体を両腕で隠してしまった。何やってんだ! 隠したことで、彼はかえって気恥ずかしくなった。ヴィクトルに身体を見られることなんて慣れている。でも、こんな状況で、こんな姿勢でされるとどきどきして、つい妙な反応をしてしまった。 「ほら、俺を性的に意識してる」  ヴィクトルが言った。勇利はまっかになった。 「ち、ちが……」 「大丈夫。勇利のことだから、おかしいと思われたかもとか、気持ち悪いんじゃないかとか、そういう心配をしてるんだろ。問題ないよ。そんなふうに考えてはいない。勇利はかわいいよ」 「あ、あの……ぼく……」  ヴィクトルが上掛けをはぐってスウェットパンツにも手をかける。勇利は狼狽した。 「や、やめて!」 「だって勇利が抱いて欲しいって言ったのに」 「だからそれは……」 「そんなつもりはなかったって言うのならそれでもいいけど……」  ヴィクトルが目をほそめた。髪をかき上げ、みずからのくちびるを舐めるそのしぐさに、勇利はどきっとしてしまった。心臓が痛いほど高鳴っている。ヴィクトルが身をかがめ、勇利の耳元に低くささやいた。 「興味ない? 世界一抱かれたいと思わせる男がどんなセックスをするのか」  勇利は思わず両手でおもてを覆った。死ぬ。死んでしまう。なんて色っぽいのだろう。 「俺は興味あるなあ……」  ヴィクトルは、くちびるが耳たぶにふれるかふれないかというところでつぶやきながら、勇利の素肌を指先でなぞった。 「かわいい勇利が、セックスのときどんな反応をするのか……」  うそだ。  反射的にそう思った。そんなはずはない。どんな相手でも思うままのヴィクトルが、こんなにごく目立たない、一般的な勇利に対し、そんなふうに感じるはずがないのだ。 「ほんとう」  ヴィクトルは優しくささめいた。 「勇利は本気で言ったんじゃなかったのかもしれないけど……」  じりじりとスウェットパンツが下ろされる。勇利は止める勇気もなかった。 「俺は、いま、本気で言ってるよ……」 「ま、待って……」 「俺は誰よりも抱かれたいと望まれるいちばんの男かもしれないけど、俺が誰よりも抱きたい相手のいちばんは、勇利だよ……」  うそだ。こんなはずはない。こんなはずは……。 「ま……、いるのはいちばんだけで、二番め以降なんて、ないけどね……」  こんな、はずは……。 「勇利……」  こんなはずはない。だってヴィクトルのことをそんなふうには思っていなかったのだ。こんなはずはない。こんな──。  こうして口説かれてうれしいだなんて、こんなはずはない。 「いいだろ、勇利……」  ヴィクトルが勇利の手首をつかみ、顔を隠していたのをやめさせた。彼はこのうえもなく魅惑的に笑うと、着ていたシャツを脱ぎ捨て、指先で勇利のくちびるをそっとたどった。何度か彼にくちびるの手入れをしてもらったけれど、そのときとはまったくちがう、なんとも淫靡な、性の感じられるしぐさだった。 「俺に抱かれたいだろ?」  勇利はわけがわからなくなった。彼はただ、熱いと思いながら、こくんと従順にうなずいた。 「……抱かれたいです」  翌朝、勇利はベッドの上にぺたんと座り、じっとしていた。さっきまでヴィクトルがここにいて、勇利をあたたかく抱きしめていたのだ。勇利のおなかが鳴ったらくすくす笑って、優しくくちづけし、「朝食の支度をしてくるよ」と言って出ていった。勇利は身体の中がとろけるようで、肢体がぐずぐずになってしまいそうで、動けなかった。 「まだぼんやりしてたの?」  笑いながらヴィクトルが入ってきた。彼は腰を折り、勇利の耳元に顔を寄せた。 「世界一抱かれたいと言われる男に抱かれた感想は?」  勇利は倒れこみそうになり、敷布の上に手をついた。ヴィクトルは陽気な笑い声をたてた。 「シャワーを浴びておいで」  どうしてこんなことになったのかよくわからない。ヴィクトルは平気そうで、いつも通りで──いや、いつもより楽しそうに見えた。何がそんなにうれしいのだろうと勇利は疑問だった。  ヴィクトルはなぜあんなことをしたのだろう? 応じておいてどうかと思うけれど、勇利は首をかしげた。もっとも、うなずいてしまった自分に関しては、ヴィクトルに思うようには「なぜ」なんて感じなかった。ヴィクトルにあんなふうに言われて断れる者がいるだろうか? そう……、きっと見た感じや魅力、じょうずそうだからというだけではなく、そんなふうに魔法をかけてくれそうだから、それゆえにヴィクトルは「抱かれたい」と人に思わせるのだろう。  勇利は、ヴィクトルのことを遠くから眺めては、あのひととセックスしたんだ、とぼんやりした。信じられない。本当だろうか? 自分にそんなことが起こったということにさえ実感がわかないのに──相手がヴィクトルだなんて。  しかし、もうこんなことはないだろう、と息をついた。ヴィクトルは「興味がある」と言ったのだ。勇利の反応にだ。それを知ってしまったいま、もう関心はうすれているはずだ。いい思い出にはなった。そうか、こういう気持ちも世の女性たちに「ヴィクトルに抱かれたい」と感じさせるのかもしれない。一度きりでもいいから思い出が欲しい。ヴィクトルが言われそうなことだ。やっぱりヴィクトルはすごい、と勇利は感心した。  それから何日か経った夜、自室へ引き取ろうとしたら、ヴィクトルに「俺のところへおいで」と誘われた。勇利は何か話があるのかと思ってうなずいた。今日の練習、よくなかったかな、そんなに調子は悪くなかったんだけど、と考えた。ジャンプの稽古ばかりしてるから叱られるのかな?  しかしヴィクトルは、勇利の予想したことをひとつも言わなかった。彼は勇利をベッドに押し倒すと、「今夜は俺のところでね」とささやいて抱きしめた。 「えっ? えっ?」  戸惑って思わず抵抗しさした勇利に、ヴィクトルは甘ったるい声で優しく言った。 「勇利……、このあいだの夜はすてきだったよ。勇利はかわいかったな。それに、とっても気持ちよかった」  それで勇利はもうとろんとなり、ヴィクトルの言う通りにしてしまった。翌朝、なんというたやすさ、と自分にあきれた。言われるままに脚をひらいて。恥ずかしくないのだろうか。でも仕方がない。ヴィクトルに誘われると、どうしても「はい」と言ってしまうのだ。これが抱かれたい男一位の力か、と勇利はまた感心した。  ふたりはしばしば夜をともにする間柄になった。ヴィクトルは誰でも望むままに手に入るだろうに、どうしてぼくなんだろう、といつも疑問だった。たぶん、経験のない者がどんなふうなのか、おもしろそうだと思ったのだろう。もうわかったはずなのになんで何回も抱くのかなあ、と不思議だ。それとも、毎回自分は慣れないことをしているのだろうか。それが可笑しくてヴィクトルはやめる気配がないのだろうか。確かに上達しているという感じはしない。ヴィクトルにまかせきりだし、「えっ、そんなこと?」「うそでしょ」「待って」「そういうのは恥ずかしいから!」「できない、できないってば」と未熟なことばかり言っているので、経験者から見ればおもしろいかもしれない。ぼく、珍獣じゃないんですけど、と思いつつ、しかしやっぱり勇利は断れないのだった。  それにしても、「どんな反応をするか」という興味だけで何度も抱けるなんて、ヴィクトルも相当に変わっている。天才の考えることはわからない。  勇利はふと、最初、ヴィクトルに「世界一抱かれたいと思わせる男がどんなセックスをするのか興味がないか」と訊かれたことを思い出した。もしかして、自分も興味本位で抱かれていると思われているのだろうか。冗談ではない。ぼくはヴィクトルみたいにおかしな思考回路は持ってないぞ。  気になったので、その次に同衾したとき、裸身にのしかかられた瞬間、勇利はヴィクトルの頬にふれてささやいた。 「言っておくことがあるんだけど」 「ん? なんだい?」 「ぼく……、」  勇利はまぶたをほそめ、舌足らずな物言いで告白した。 「興味があるからヴィクトルに抱かれてるわけじゃないからね」  ヴィクトルは目をみひらいた。 「ヴィクトルはぼくの身体がおもしろいからそうしてるんだろうけど、……ぼくはちがうから」 「……なんのことかな?」 「ヴィクトル言ったじゃない。ぼくの反応に興味があるって」  ヴィクトルはぱちりと瞬いた。次の瞬間、彼は笑い出し、勇利を抱きしめて敷布の上に転がった。 「何が可笑しいの?」 「さあ……」  ヴィクトルは勇利のまなじりに接吻すると、青い瞳を輝かせ、うきうきした声で尋ねた。 「なら、どうして俺に抱かれてるんだい?」 「え? それは……」  勇利は困惑した。 「……どうしてかな?」 「じゃあ勇利、どうして俺が勇利に興味を持ってるんだと思う?」 「慣れてないのが楽しいからでしょ?」 「ふ……」 「ちがうの?」 「勇利」  ヴィクトルは額をこつんと合わせて、勇利の黒い大きな瞳をのぞきこんだ。 「興味で勇利を抱くのはいけないことかな?」 「いけなくはないけど……でも……」 「健全じゃない?」 「えっと……そうかも……」 「なぜ俺が勇利に興味を持ってるんだと思う?」  ヴィクトルはもう一度尋ねた。勇利にはわからなかった。 「勇利的に言うと……、とっても健全な理由なんだよ……」 「そうなの?」 「わかっていないようだね。まあいい。身体に教えてあげるから……」 「ちょっと」 「ん?」 「待って……」 「なんだい」 「わかったの? ぼくはヴィクトルと興味本位で……」 「いいね。それもすごく健全な言い分だ。そういうの、大好きだよ」  それからもヴィクトルが勇利を離そうとしないので、勇利は気になって、「抱かれたい男第一位は、ぼく以外を抱きたくならないの?」と真剣に尋ねた。ヴィクトルは笑い出し、それからいたずらっぽいとがめるような目をし、そのあと、おおげさに息をついて、「勇利がひどい。傷ついた。もう立ち直れない」と言った。何なのだ、と勇利は口をとがらせた。  ある日、ヴィクトルとある番組に招かれた。堅苦しくない、気楽に話せるやつだから大丈夫だよとヴィクトルが説明し、勇利はしぶしぶうなずいた。収録の日、ヴィクトルはほかに用事があったので、ふたりは外で待ち合わせた。勇利はぶらぶらと街を歩き、何かの宣伝のために撮影されたヴィクトルの大きなパネルをみつけてうっとりと見蕩れた。なんてすてきで魅力的なのだろうと頬を染めていたら、そばを通りかかったふたり連れの女性が立ち止まり、勇利と同じようにパネルを眺め始めた。最初は、ヴィクトルが帰ってきてうれしい、こういうパネルも街中に増えた、というようなたわいない話だったけれど、だんだんと彼女たちの話しぶりが白熱してきた。 「見て、この目。すごく熱っぽいと思わない?」 「なんてセクシーなの。もともとすてきだったけど、近頃どんどん色気が増してるのね」 「笑い方なんて、これ、どう? こんな顔で誘うのかしら、ヴィクトルって。一度でいいからこんなふうに笑いかけられてみたいわ」 「でもこれほど艶っぽい様子をされたら骨抜きね。記憶なんて残らないんじゃない?」 「彼、どんなセックスするのかしら……」 「きっと最高の抱き方をするにちがいないわ。甘い甘い愛をくれるのよ」  勇利はふらつきながらその場を離れた。頬が熱い。彼女たちの話に同意できるところがあった。確かに記憶なんて、とろかされたということでいっぱいで詳細はおぼえていないし、ヴィクトルの色っぽさに際限がないのは本当だ。勇利はいつも──いつも──。  すっと、顔のすぐ横に腕が通った。見覚えのある上着に包まれている。その手は、勇利がぼんやりみつめていた茶色い建物の壁にくっついた。背中にぬくもりがふれる。ヴィクトルの匂いがした。 「お待たせ」  ヴィクトルが勇利の耳元にくちびるを寄せた。彼は身体を支えていないほうの手をポケットに入れ、勇利の髪に頬を寄せた。 「どうして言ってやらなかったんだい?」 「な……何を……?」 「ヴィクトルが抱くときはもっと情熱的な目をしてるって」  ヴィクトルがくすっと笑った。その吐息にぞくぞくして、勇利は身をちぢめた。 「もっとセクシーで、もっと誘惑的で、もっと──余裕がないって」 「余裕がない?」  勇利は何を言われたのかよくわからなかった。 「もっとのぼせ上がって、高揚して、もっととろけた笑い方をするんだってね。あんなのはつくった顔だ。さあ行こう」  番組収録では、ヴィクトルが隣にいたこともあり、さほど緊張することはなかった。普段の練習の仕方や心構え、それに、言える範囲での私的な話が中心だった。ふたりが一緒に住んでいるという話もした。仲がいいんだね、と司会者に言われ、ヴィクトルはにっこり笑った。 「それはもう。とても愛しあってるよ」 「何よりだね。ではここで、その証拠となる映像を見ていただこうかな」  なんだろう、と勇利は思った。ヴィクトルがくっついてきたときのやつかな。ヴィクトルって、取材の人がいても、平気でべたべたしてくるんだよなあ……。  モニタに、廊下を歩く勇利が映し出された。あ、チムピオーンスポーツクラブだ、と勇利は思った。いつだろう? ヴィクトルはともかく、勇利だけが取材をされることなんてあまりない。  記者が何かしゃべっている。ヴィクトルが相当に女性にもてるという話だ。勇利はふと眉をひそめた。これって……えっと……。  記者が言った。 『こないだは、抱かれたい男の第一位になってたね』 『え?』  勇利はさっと青ざめた。えっ、えっ、と戸惑った。観覧者がいる形式での収録なので、見ていた女性たちがうれしそうに顔を見合わせている。どうやらヴィクトルがそういう立場に選ばれることは、彼女らの誇りらしい。 『何かの雑誌の企画だったね。前の年も、その前の年も彼がいちばんだったな。ほかの雑誌でも、テレビのアンケートでも、抱かれたい男となるといつもヴィクトルが一位だよ』  勇利は顔から血の気が引くのを感じた。まさか──。 『どう思う?』 『えっ、な、何がですか?』  止めて! 止めて! 勇利は叫びたかった。だめだ。これは。これだけは。ちょっと。なんでこんなの持ってくるの。うそでしょ。こんな、こんな──。 『だから、ヴィクトルがそういう立場にいることについて』 『えっと……』  画面の中で勇利が戸惑っている。勇利は彼をにらみつけた。やめろ! おまえはしゃべるな! 『ぼ、ぼくもヴィクトルに抱かれたいです!』  勇利は頬をまっかにして言った。どう見ても、本気で望んでいる、という感じだった。観覧者たちが甲高い歓声を上げた。勇利はいますぐ立ち上がって帰りたかった。泣きたくなった。 「いかがかな?」  司会者が言った。 「ユーリはこのときのこと、おぼえてる?」 「お……おぼ……」  勇利はものが言えなかった。こんな反応をしてはいけない。こうやってうろたえるから、なおさら真実であるかのような印象を与えてしまうのである。にっこりして、「おぼえてます、ヴィクトルのこと大好きだから愛情表現です」とでも言えば、笑って済ませてもらえるのに。  言え。言うんだ。笑え。笑って──。  笑えるわけないよ! めちゃくちゃ恥ずかしい!! 「まあ、まったく思ってもいないことでも、口から出ちゃうことってあるよね」  ヴィクトルがにこにこしながら言った。 「勇利なんかうぶだから、もうこんな質問だけでのぼせ上がっちゃって。何を答えてるか自分でわからないんだよ。かわいいだろ?」  彼は自慢げに説明する。 「でも勇利が俺を愛してるのは本当さ。うん、これはいい映像だね。くり返し楽しみたいからデータをくれないか?」  観覧者たちがどっと笑った。勇利は顔を上げられなかった。 「ヴィクトルはこういうのに選ばれること、どう感じてるの?」 「光栄だね」  ヴィクトルは指を突き合わせて膝の上で組み、にっこり笑った。 「男として最高の賛辞じゃないか?」 「じゃあユーリの反応も称賛のうちなんだね」 「もちろんだよ」  勇利はおずおずと目を上げ、ヴィクトルを見た。彼の上着の裾をぎゅっとつかむ。もう何も言わないで。これ以上その話をしないで。みんなが冗談だと思ってくれてるうちにやめて。勇利はそんなねがいをこめて一生懸命にヴィクトルをみつめた。 「みんな、見て」  ヴィクトルが勇利を見返し、目をそらさないままほほえんで言った。 「こんなふうに俺をみつめてくるんだよ、勇利は。かわいいね」 「ヴィクトル……」 「確かに、こうすがられちゃ、さすがのヴィクトルも動転するというものだよね。愛を感じる。じゃあ、世界一抱かれたいと思わせる男として、ユーリの発言に対する返事を、ヴィクトル、ここでしてあげたら?」 「そうだね……」  ヴィクトルはいたずらっぽく笑って口元に手を当てた。 「実際抱いてみた感想だけど、勇利の身体は、抱かれたい男ナンバーワンの俺にふさわしい、最高に抱きたい身体だよ。俺ね、もう……、めろめろなんだ……」
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5 notes · View notes
forbethcooper · 4 years
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2020.11.07
 この記事は約3分で読めます。
 ある程度(という「お塩少々」並に判然としない曖昧模糊で主観的な判断基準ではあるけれど、蓋し国際規格の一般論——莫迦捨て山こと治外法権市区町村のひとつである、ファベーラ・オカザキでは浸透し得ない、論旨になり得ない論理から大きく逸れはしないであろう度合い)の品性すら持ち合わせない人間(666の刻印持ちの正しく獣が如き)に対し、途方もない倦み疲れを覚えると、憫殺を決め込むことが最良の選択だったのだと気づく機会になります。節操のない、説法の甲斐もない母国語すら危うい輩は、一体全体どうして「ファック」という言葉を呆気なくあけらかんと、片仮名の発音で吐くのでしょうか。  僕自身がこのゲットーに住まう、ぽんこつ且つちゃんがらな存在であることが何よりの証明となることでしょう。  嗚呼、岡崎市。市長が謳った市民への給付金、一律五万円。財源も碌に足らんままに豪語したマニフェスト。低脳地区代表の僕にはそれの是非については杳としてわかりませんが、誰用か知れない駅前の繁華化開発と、該当地までの公共交通機関は不整備のままに、滅多矢鱈な護岸工事や歩道に重点を置いたインフラ整備ばかりが目立ちます。岡崎市という街のどこがOKなのか分からないので、NGAZAKI市と呼びたくなる愛すべき郷里です。状況的にはザキというよりもザラキですか? クリフト的にはオールOKですか?  演繹的に考えれば、この街が魅力の詰まった汲み取り式の厠であると誰もが気づくことでしょう。  一度はお越しになって、サイボーグ城を眺めてから、銘菓『手風琴』を手土産にそそくさとお帰りいただければ僥倖です。
 どうも、皆さんこんばんみ。御器齧宜しくに中々しぶとく無駄生きし、厭世家風を吹かすキッチュの顕現体こと僕です。世捨て人って何だかデカダンで格好よさげだけど、結局二の足踏み抜いて俗世人のまま死んでいくんだろうなぁ。僕です。  先日、夢を見ました。ディテールやイメージに関しての記憶はごっそりと抜け落ちておりますが、なんだかやけに馬の合う女性とそれはもういい雰囲気でした。ただそれだけです。
 やって参りました、自己陶酔の頃合いです。  どうせ世の中、四面楚歌てなもんでして。僕にとっての仇敵がわんさかと、えっさほいさと、娑婆中で跳梁跋扈だか横行闊歩だかしているのだから、僕くらいは僕という豆もやしを褒めそやし、肥え腐らせていかないでどうするのでしょう? そうでしょう、そうでしょう。どうでしょう。  自己陶酔というより、自己憐憫? はたまた自己愛恤? そんなこたぁどうだっていいですね。恥部の露呈に忙しなかったジャン=ジャックと何ら差異がないんですから。  変態の所業ですよ、こりゃあ。  兎角、どんな些細なものでありましても、感想をいただければ快哉を叫びながら、ご近所に平身低頭謝罪行脚を回覧板とともにお配りします用意はできております。奮ってご参加ください。
 古錆びた要らぬ敷衍ばかりの冗長なアバンを持ち味にして、殊更に冗長で支離滅裂な本編へ参ります。  前回の更新で、『色覚異常』、『現代日本縮図』の楽曲について諸々の所感をさらりと書かせていただきました。今回は僕自身への感想なので、一瀉千里に書き殴り、超絶怒涛の仔細があります。まずは『SUCKER PUNCH 2 : FATALITY』を聴いてみてください。以下は読まなくても大丈夫です。  フォロー・ミー!
01. Vice Is Beautiful
SUCKER PUNCH 2:FATALITY by ベス・クーパーに
 “Vice Is Beautiful”などと、大仰も大仰に「悪徳こそ素晴らしい!」と闇属性に憧憬をする中学生並みの痛々しい題名を読み上げると、今になって顔から火が出る思いで、同時に一斗缶満ち満ち請け合いの汗顔が迅速な消火活動に当たる思いでもあります。当たり前ですが、ピカレスクはピカレスクであるから素晴らしく、すべからく遏悪揚善すべきであろう、そう考えております。悪人正機でいうところの「悪人」の範疇がどうとかはこの際度外視で、僕という歩く超偏見型色眼鏡刑法書野郎の視点に於ける「悪人」は普く極刑であり、地獄に落ちることさえ生温いと思う訳です。願わくばファラリスの雄牛の中でモウモウと喚き続けていただければ有り難いとか云々カンヌン……。ただ僕は不可知論が信条ですので、地獄というのは表現の一環です。しかしながら途方もない腹痛に苦しめられている時だけは、神仏に縋ろうとするオポチュニストである自身の軽薄さに忸怩ってしまうところですが、正直なところどうでもいいなぁとも考えてしまいます。こういった僕のような人間を英語でなんて呼ぶかご存知でしょうか? “Japanese”です。横道に逸れ過ぎました。  閑話休題。  この曲、通称「VIB」。今からそう呼びます。ジャン=クロード・ヴァン・ダムを「JCVD」と呼んだり、マイケル・ジェイ・ホワイトを「MJW」と呼んだりのアノ感じが粋だと思うからです。  ジャンルはJ-POPです。僕は常にポップでありたいのです。アンディ・ウォーホルとか好きですし。付け焼き刃な例示なので、何が好きとかはないです。MJが“King of Pop”なら、YGは“Pawn of Pop”です。ほら、POPじゃないですか? じゃ、ないですか。  キーは知りません。BPMは196。曲展開は「イントロ1→イントロ2→A1→A2→B→C→間奏1→D→E→間奏2(ギター・ソロ)→C2→C3→F」となっております。  イントロ1でEなんたらのコード・バッキングからぬるり始まります。音作りに難航、してはおりませんが迷走しており、僕の三文鼓膜ではヨシアシが今でもわかっておりません。困るとドラムをズンドコと氷川きよしさせておけば何とかなると思っている節が聴き取れます。  A1、2共にコード・チェンジが忙しないです。Gなんとかとかいうコードとか、F#うんちゃらとかいうコードとか、後は6,5弦を弾いていないのでルート音とかもわからないのとか。「3x443x xx222x xx233x 2x233x 5x56xx 6x56xx」とかの流れで弾きましたが、どうかコード名教えてください。リフ・プレイも忙しないです。作曲に重要なのは引き算だと、偉い人が仰っておりました。全くもってその通りだと思います。その後のBがなんか転調してませんか? あんまりそういうのわからないんですけれど、元々のコード進行に引き戻せなくて懊悩した記憶があります。  C1は僕の悪い癖が出に出まくっています。4小節毎に変化するんですけれど、如何に多種多様なリフを生み出せるか(パイオニアだか傾奇者だか気取りたいという気持ちを汲み取っていただきたいです)に妄執しています。三回し目のリフが弦飛びしてて難しかったです。二度と弾きたくない。  奇天烈風を装いたくて3/4のDをぶち込み、曲中最ポップなEです。こちらのベース・ラインが気に入っております。もっと目立てる演奏力や音作り、ミックス技量があればと自身の矮小さに辟易としながら、開き直っております。  ギター・ソロでは似非速弾きが聴きどころです。  再び再帰するC2。前述の通り悪い癖が出ております。ネタ切れか、はたまた単に引き出しが少ないだけか、同一のフレーズを弾いております。C3ではてんやわんやの大盛り上がりです。頭打ちのドラムになり、ベース・ラインは「デデ↑デデ↓デデ↑デデ↓」と動きます。強迫観念なのかそういうフレーズを弾かざるを得ない体に、ゾル大佐によって生物改造人間にされています。  最終Fでは5/4があったりと僕なりの冒険心で取り組んだ努力が見て取れました。8分の〜とかになると対応できません。ギター・リフが格好よくないですか? 僕的には満足なんですけれど……。  全体的に楽器は何を弾いていたかわかりません。大抵が朦朧とした意識の中で録音していたので、記憶からずるり抜け落ちています。俯瞰から幽体離脱した状態で、白眼ひん剥いて必死に爪弾いていた僕を見ていたような気がします。  ここから僕のモニャモニャとした歌詞です。  全編通して日影者としての卑屈さがドバドバと分泌されておりましょう。本領発揮です。僕のようなペシミスト崩れがこうやって憂さを晴らすことでしか、自身の瓦解を防げないのです。本当に嫌な奴ですね。友達いなさそう。  可能な限り似た語感や韻、掛詞を意識しております。とどの詰まり、これは和歌です。と言いたいところですが、秀句と比べるにはあまりにも稚拙でございます。何せあの頃の修辞技術といったらオーパーツですし、即興性すら兼ね備えていると来ました。そして、何より読み人は貴族貴族貴族、もうひとつ貴族。僕なんて教養のない賎民でございますから、足りない頭を捏ねくり回して、やっとこと拵えた艱難辛苦の産物です。しかしながら、乾坤一擲の気概で綴った言詞たちではございますから、どうか冷ややかに、僕の一世一代ギャグを解説する様をお楽しみください。  冒頭のAのブロックでは押韻の意識を強くしております。各ブロックで頭韻を揃えながら、「掃射か/お釈迦」「淫靡で性〜/インヴィテイション」と中核を作ったつもりです。開口一番から延々と悪態塗れの陰気なアンチクショーです。鷸蚌を狙う気概、そんなものがあればよかったのに、という感傷的なシーンでございます。  Bでは掛詞が光ります。「擒奸」とはアルカホルの別称だそうで、「酩酊した奸物が容易く擒えられた」的なお話が漢文だかなんだかであるそうでございます。詳しくは知りませんが。「さ丹、体を蝕めば〜」では、アセトアルデヒドの影響で皮膚が変色する様と同時に、「“sanity”を蝕めば〜」と読めば身体、精神ともに変��していくことを示唆していることに気づきます。  所謂サビの様相のCですが、可能な限り同じことを綴らないようにしております。繰り返し縷述する程に伝えたい内容がないのですが、言いたいことは四方山積みにあります。お喋りに飢えております。そんなC1は愛する岡崎市の縮図と現状、原風景とも呼べる花鳥風月が流れ去るドブ川のような薄汚い景観美の言及に心血を注いでおります。諸兄諸姉がご存知かはわかりませんが、徳川家康という征夷大将軍が400年ちょっと前におられたそうでして。その家康公(a.k.a 竹千代)が生まれた岡崎の一等デカいバラックから西に下ったところ、以前は『やんちゃ貴族』なる逆さ海月の助平御用達ホテルがありました。そして城下の北には『アミューズメント茶屋 徳川』なる股座用の射的場があるそうです。「城下、公卿の遊技場」というフレーズに秘められた情感ぷりたつの景観が想起されるのではないでしょうか。因む訳ではありませんが、『アミューズメント茶屋 徳川』の隣には『亀屋』という喫茶店があります。粋で鯔背ですよね。  Dでは、何処となくサンチマンタリスムが滲んでおります。何もなせないままに過ぎ去る今日という日の重圧と、それから逃げようとする怯懦心の肥大があります。  Eに入ると気が触れたのか、資本主義の礼賛です。情緒不安定です。そして麻雀用語でお茶を濁しております。  再びのC2です。自身の滑稽さが爆笑の旋風を吹き荒らします。非常にシンプルな隠喩表現があります。続くC3では、家康公の馬印からの引用をしております。C1では自身の有用性のなさ、無力さを嗟嘆。C2では開き直るも、C3で再び打ち拉がれるという情緒がひっちゃかめっちゃかです。  最終、Fでは曲の終わりと共に事切れる姿が描かれております。衒学者でも意味がわかるようにとても平易な内容だと、締め括られます。  始め、僕の全身全霊の圧縮保存の「Vice Is Beautiful.zip」を紐解く予定でしたが、既にご存知の通り冗長どころか蛇足々々々くらいのヒュドラ状態です。僕の意識下で綴られた拙筆なる修辞技法のアレソレコレドレは毎行に置き捨てたので、よろしければお探しください。全て見つけられる御仁がおられましたら、最早僕ではなく、そちらが八木です。
 続けて次へと進みたいのですが、長過ぎませんか? 擱筆した方がいいですか? 次回にしましょうか。いや、このまま行きましょう。友達がいないので語り足りません。  最早、末筆なのではと自分自身に問いかけたいくらいにダバダバとした作文をしております。僕は頑張ったんだよって、僕が僕を認めるために。これくらいの自己愛やらナルシシズムがなきゃ曲なんか拵えないですよ。「誰かに届け!」とかそんな思いは毛頭ないです。申し訳ないです。  はてさて、世に蔓延るウェブログの弥終で管を巻き続けること数千文字ですが、続きます。
06. Catch You If I Can
SUCKER PUNCH 2:FATALITY by ベス・クーパーに
 Manoさんが「90秒の覚醒剤」と評していただきました。嬉しかったです。  こちらの捩りは何ンク・某グネイル氏の半生を描いたアレです。美しき相貌のドデカ・プリオの演技が光ります。“Catch You If I Can”と題名の通りですが、実のところ僕はヴィジランテです。私刑を執行すべく、尻を蹴り上げるか、ガイ・フォークスの面を着けるか、視界を遮り棍棒を装備したりと、日中日夜イマジナリー・エネミーとの戦いに明け暮れております。クロエ・グレース・モレッツやナタリー・ポートマンやエロディ・ユンが側にいないところ以外は一緒です。僕自身が阿羅漢ぶった言い分ではございますが、僕もタブラ・ラサでイノセントな存在であると、大口で宣える程の聖人君子ではないです。「罪のない者だけが石を投げよ」なんて言葉もありますので、僕は持ち前の当て勘で截拳道由来の全力ストレート・リードを打ち込みます。己やれ!  こちら『SUCKER PUNCH 2 : FATALITY』のラスト・ナンバーを飾らせていただきました。締め切りを延ばしていただき、さらにその締め切りの後に提出しました。その件につきましては謝罪のしようもございません。  駆け抜ける清涼感、爽やかでポップでラブ&ピースな楽曲に仕上がったと思いますが、いかがでしょう?  ジャンルは勿論、J-POPです。理由は前述の通りでございます。キーは勿論、知りません。ドレミファソラシドってどれがどれなんですかね。『おジャ魔女どれみ』世代なんで、ファ以降を知らないです。BPMは232です。曲展開は「イントロ→A1→A2→B→C1→C2→D→アウトロ」となっております。僕は映画でいうCパートが好物でして、そう言った部分を作ろうとしています。嘘です、たまたまです。勢い任せの一方通行な展開ですね。まるで乙川のようです。  イントロからハイ・テンションですね。押っ取り刀にサッカー・パンチ。今回カポタストを装着し、1音半上げでやっていきました。バッキング・パートは「x3x400 x3x200 x2x000 x2x200 | (1~3)x01000 x1x200(4)x222xx」と16分刻みで弾いてみてください。容易く弾けます。リフは知らないです。  A1はカッティングが効いてます。効いてます? 右手のフレーズが活き活きしています。悪態に拍車を掛けておりますし、ベースがブリブリと弾けたのも満足です。A2で困った時のお助けアイテム、三連符でコータローばりに罷り通っていこうとします。  Bがお気に入りでして。メロディと共にふんわりモコモコなドリーム・ポップ風です。サンバ・チックなリズムがよいアクセントではないでしょうか。ドラム・ソロを挟み加速度は自重で二乗といった気分です。BPMは変わりませんけれど。  C1は「C→B→E」ルートですが、ちょこちょこと変な音足してるので詳しくはわかりません。TAB譜作ったら貰ってくれる人いるのかしら? 要らないかしら? 自分用に作ろうかしら? ふた回し目にあるパワー・コードの「E→G→A#→B」みたいものを使いがちです。ギター・リフは半ばこんがりウンチ<©︎ダ・サイダー(CV.矢尾一樹)>——自棄くそ——気味で愉快ですね。0:47辺りに左前方で鳴る「ピョロロロー!」というお間抜けハッピー・サウンドですが、ワーミー踏みました。C2ではハーフ・テンポで落ちサビを作り、J-POPの体裁を取り繕うことに挑戦しております。リフはプリング・アンド・プリングです。プリプリですね。『Diamonds』のB面が『M』って知ってました? 度肝抜かれました。世界でいちばん寒い部屋で、心拍止まりそうです。頭抜けのブレイクが大好きです。演奏する時に思わずギターを振り上げてしまいたくなりますよね。  最終Dでは、バッキングのコードがなんか違った気がします。ここで浮遊感というか、シンガロングな雰囲気が作りたかったんですけれど、どうでしょう。ここを沢山の人々と合唱したいです。  続いて歌詞について掘り下げるようなそうでもないようなことをしていきます。筆がノリノリでして、一日で書けました。普段は、数日くらいあーでもないこーでもないと懊悩煩悶七転八倒五体投地に考えるんですけれど、勢いってありますよね。  青っ白い顔をした雀子宜しくの矮小存在が、邪魔者扱いされ、どうにも魔が差して刺傷でも企てそうな、風雲急を告げるといった面持ちのAです。三連符の誹謗で締めます。  掛詞の中傷で抽象な街を少しでも掘り下げるBですが、綴りたい文句が有り過ぎて並列表記してしまいました。お好きな方でご理解ください。「治水」は深読みしてください。  C1ではギリギリガールズに愛を込めたアレゴリーに着目していただければ嬉しいです。それ以外は珍しくストレートな歌詞ですね。読み返して恥ずかしくなっちゃいました。赤顔の余り、赤シートで消えそうです。「イエス・グッド」とはNGの対義語です。「やる気ゼロゼロコブラ」と共に流行らせたい言葉です。C2、「陰嚢の〜」の下りは語呂がお気に入っております。僕にとってのマリリン・モンローは現れるのでしょうか。  締め括りにDで僕のヴィジランテ精神を書き綴っております。「足りない」のはきっと音域です。  他にも修辞表現がございますので、お探しください。ウォーリーよりは簡単に見つかると思います。  全体的にムッツリ助平をひた隠すために労力を注ぎましたが、通しで読み返すとそれなりに一本の流れがあるように感じます。芥川龍之介すらもまともに読んだことありませんが、努力をせずに文豪になりたい、そう思っております。一人ぼっち善がりなエチュード・ソング、そう解釈してください。
 カモン緞帳!
 くぅ疲。
 もしも、僕のウェブログを眺め、「こいつは何を言っているんだ、気持ち悪い」と論旨について一考する間もなく、脳味噌無回転に匙の投擲大会に興じたとすれば、それは人としての思考力の欠如に他ならず、僕としてはしたり顔をするより他がない訳です。  僕も読み返してみたところ、何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。思考力など何の役にも立たないのです。重要なのは大事な時に熱り勃てるかどうかなのです。  フィグ・サインを掲げていきましょう。  ファック!
 追啓 この度、空飛ぶスパゲッティ・モンスター教に入信することと相成りました。
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judachigeiju · 6 years
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二〇〇八年の断片集
これは二〇〇八年の断片を集めたもの。二十三歳から二十四歳の記録。二〇〇九年の断片集もある。
七月
何も読まない人は幸いだ。
眼鏡をかけないとほとんどの女性は美人に見える。
金持ちも貧乏人も、感じられる幸せの容量は同じだ。
長く話す人は思慮が無く、短く話す人は愚鈍である。
法律が増えれば増えるほど犯罪は増える。
男は学問をしないと莫迦になる。女は学問をすると莫迦になる。
真面目に生きようとすればするほど不真面目に生きざるをえなくなる。不真面目に生きようとすれば人は自然と真面目になる。
八月
同期の女の子たちが下宿に来たとき、大きな蜘蛛を見つけ、「早くやっつけなきゃ」と言った。でも私は殺さなかった。全ての命は尊い。だからこそ、それを奪うには快楽を求める心が必要だ。恨みや嫌悪感や投げやりな心で命を奪ってはならない。それが命への礼である。
駅前に昼飯を食べに行って戻る途中で中学生くらいの見知らぬ少女に「こんにちは」と挨拶をされて、私は「おっーす」と返事をした。よく日焼けしてぽっちゃりとした女の子だった。記憶にない。
女性の先輩職員。良く言えば女性的、悪く言えば女性的。
大いなる誤算。知的障害児に興味はあったし、今でも興味はある。しかしそれは文学的な興味であって療育への興味ではない。
もし私が心から愛する女性がいるとすれば千人の男に抱かれた十四歳。
人生は無為だ。日本全土を巡る放浪の旅をするか、インドネシアに移住するか。
日々の生活に倦怠を感じたら何かを創作して形に残す。物語でも、絵画でも、音楽でも。それが子供である必要はない。
もっと野菜を食べよう
電車内での痴漢がなぜ罰せられるのかというと、痴漢は数百円から数千円で買うべき「服の上からの臀部の愛撫」や「下半身への性器の擦りつけ」などといった行為を無銭で楽しもうとしたからだ。すなわち痴漢は窃盗と同じ種の犯罪である。同じ理由で強姦も強盗と同じ種の犯罪であろう。
もし誰かが他の人に「あなたの好きなタイプは何?」と質問した場合、質問者は、回答者が異性のあるタイプ(イデア)を追求するために異性とつき合うもののだと予め規定してしまっている。実際には様々な異性の違いを楽しむために異性とつき合う人がいるというのに。そういう人間にとって「好きなタイプ」を定めてしまうことは無意味で味気のない行為だ。例えば私が「好きなタイプは?」と聞かれて「双子」と答えるのも双子の微妙な違いが好きだからに他ならない。
聞いた話によれば博多は結婚適齢期の独身女性が同年代の男性より多く、若い女性にとっての激戦区だという。或いは独身志向が強いのか。
男は、彼自身に興味のある女を賢いと思い、彼自身ではなく他の男に興味のある女を愚かだと見なす。だから全ての女を愚かだと断定する男は、どの女にも好かれていない、と思い込んでいるのだ。
私は他人の肉体を物質としか見なせない。例えば美女の肉体は何か貴重な物質であり、臭い男の肉体は何か臭い物質である。舌、唇、鼻、耳朶、乳首、陰唇、いずれの他人の肉片も博物館に保管されてしまう。
もし婚約者が元娼婦であっても結婚を完遂できる原動力が真実の愛だとしたら、私は純潔の処女ですら愛さない。
私は思う。仕事が嫌であればあるほど休暇の浮遊感は大きくなる。これは余暇を楽しむ為だけに労働している私にとって、都合の良いことではないか。まとまった休みが定期的にとれて、しかもその余暇が楽しいとしたらこれほど私に合っている仕事は無いんじゃなかろうか、と。
久しぶりに共感できる主人公トマーシュを見出すことができた。彼のように軽く生きたい、その軽さに耐えられないくらいまでに。
どんな社会体制であろうと、それが大勢の人間が集う社会という形式をとる限り、それに馴染めない人間が必ず存在する。そんな人間がとりうる手段は二つ。浮遊するか、絶望するか。あらゆる革命と変革は彼らとは無関係に為されている。
多くの若手経営者は織田信長を崇拝するが、そのうちほとんどの経営者は信長的人物を社員として採用しない。
職場の上司であるA係長は「結婚相手は妥協で選ぶな」と言うが、彼は自分が妥協で選ばれたかもしれない可能性を全く考慮していない凄い奴だ。
文学は少年期の私をどうしようもなく破滅せしめ、青年期においてどん底より救いたもうた。
女性と一緒の職場で、かなり動く仕事なので、よく乳房を触る。私は謝らない、気付かないふりをする。女性が「すいません」と謝ると惚けた顔をして軽く会釈を返す。
娼婦を尊敬できない男はあらゆる女を尊敬できない。
理想の老後。自営業か自由業で京都近郊に住む。東京近郊に、離婚した最初の妻との間に作った娘が夫と住んでいる。一年に一回だけ、娘を訪れる。私は彼女の子供たちから「京都のおじちゃん」と呼ばれ不思議がられている。というのも彼らにとっては三人目の祖父だから。週に一度、五條楽園に赴く。月に一度、長旅に出る。読書は欠かさない。
子供が欲しい、と私が思うときに浮かぶ光景は、一ヶ月に一度、裁判所が許可した時間だけ、まだ幼い娘か息子とレストランで会食し、帰り際にすぐ飽きられることが分かっている玩具を贈る場面。娘であればベッドに並んで忘れ去られる熊のぬいぐるみ。「何であのおじちゃんは熊さんのぬいぐるみばっかりくれるの?」小学生に上がったら絵本にしようかな。
もし私に、成人して未だに童貞の息子がいれば、かつてボルヘスの父がしたように、売春宿へ息子を送ろう。そんな理想の家庭を思い浮かべる。
恥骨が痛い。
美女や美少女をよく見かける街は美人が多いのではない。女性が街を歩いても安全な街なのだ。
人間が知覚できる事象はこの世界の極僅かなことに過ぎない。感覚が鋭敏であればあるほど、その人の知覚世界はより色彩に溢れ音楽に満ちて起伏に富み揺らぎ歪み傾いでいる。現代人が霊的存在について余り語らないのは、現代生活が感覚を鈍くさせているからだ。しかし火はいつまでも物質の揺らぎ、すなわちこの知覚世界の裏側に干渉し続けている。人よ、火を燃やせ、世界を超越せよ。
既に自分が正気と呼ばれるものを喪い、狂気の領域にあることを、数年前から薄々と気付いている。
職場での私は人生の裏を生き、休暇中での私は人生の表を生きる。
私は女性と議論をしない。いくら言葉を交換しても、お互いの思想と志向の違いを再認識するだけだからだ。そしてその段階に至った場合、私はその違いを知ることに興味が持てない。だから私は言う「女性と交換すべきは言葉ではなく、体液のみ」
今一番やりたいこと、中学生のときからの夢。どこからか女児を捕獲してきて、押し入れの中で飼育、調教し、優れた女性に育て上げること。
人間存在の悲劇を噛み締めた。
九月
福祉業は風俗業と同じで、水のような商売である。仕事の結果は形にならずに流れていき、客の記憶の中にだけ残るのだ。
新入社員の陥り易い思想的誤りは、自分に上司を殺害する権利があると思い込むこと。
法律で私の体を罰することができても、私の魂までは罰することができない。
今の仕事を続けるくらいなら、一九四五年四月初頭に大ベルリン防衛地域司令官に任命された方がましだ。
給料とは、働いたがために心を蝕むようになった苦しみと失った幾らかの正気の代償として労働者が得る金銭のこと、サラリー。
子宮のない女性は男性にとって「性の試験管」である。
中絶禁止も同性愛禁止も獣姦禁止も自慰禁止も旧約聖書創世記第三十八章第九節でのオナンの行為に対する第十節での主の怒りに由来する。しかし、人類はもう子種の浪費を許されるほどに殖えたのではないだろうか?
放浪の旅に出たい。
白地で絵は描かない。すべて黒地の上に描く。
若いときの苦労と快楽は買ってでもせよ。
もし私と結婚して離婚を言い出さない女がいたら、私は彼女の理性を疑う。
「今朝は強姦したかい?」が朝の挨拶代わりになるような都市。その都市でそう挨拶されたのなら私は快活に答えよう「ああ、今朝は女児を二人だけだ」
男根のない男性は女性にとって「お払い箱」だ。
中学生のころはサド侯爵の書く小説の倒錯的な場面を読んでよく興奮したものだが、今読み返してみて、その哲学的記述には感心するが、倒錯性は何も感じなくなってしまった。すなわち、勃たないのだ。
三日に���度は射精しないと健康に悪いそうだ。
女性に懸案事項の説明を請われて私が説明すると、大抵の女性は「私さんは私のせいにした」と非難する。単に私は事実を述べただけなのに女性に内在する被害妄想癖が私を卑怯者に仕立て上げるのだ。ゆえに私は説く「女性と交換すべきは言葉ではなく、体液のみ」
生理痛による発言ならしょうがない。
早稲田大学に通っていたころの記憶が、今は全くない。
私の働くK学園では誕生会と称してその月の誕生者を祝い、誕生カードを送る。先輩職員方はカードに百文字くらいの感動的な文章を綴る。けれど私は、文字は「おたんじょうびおめでとう」と名前くらいで、あとは動物の絵を大きく描く。先輩職員はそれを見て「文字が少なすぎる」と注意する。おかしい。園生は文字が読めないか読めても読み辛い人が殆どなのに、文字を多く書くのは保護者向けに書いているからだ。なんだかんだ偉そうなことを言ったって職員連中は知的障害者のことを考えていないのだ。
産まれるまで気づかなかった。生きることがこんなに大変だったなんて。
少しまともな知能を持っていれば理解できると思うが、この福祉社会は健常者と障害者にとっては生きやすいけれど、その中間に生きる半端者にとってはまことに生きにくい。
放浪に備えて知能指数七十前後の話し方を習得しなければならない。そうすれば同情や施しを得やすくなるだろう。
人の性格はその人の祖先の生業から遺伝を受けると考える。私の祖先は今昔物語にも載せられた鈴鹿峠の山賊であった。すなはち略奪・狩猟・採集・漂泊を生業とする山の民だ。福祉職なんて性分ではない、放浪者こそ最もふさわしい。
職場で大事なことは飲み会や余暇活動などで自分の味方を増やすことであり、それは私が最も苦手とすることだ。むしろ得意とするのは敵を増やすこと。
職場の人間がみな緑色の眼で私を見ている。奴等はまともな人間じゃない。
もしこの学園の職員のまま死んだら、悔やんでも悔やみきれない。
A係長に「やめちまえ!」と罵られたのだから今すぐ辞めても構わないだろう。むしろ辞めた方が有難く思われるはずだ。邪魔な奴がいなくなったと。
「すごい着想力ですね」と言うところを「すごい着床力ですね」と言ってしまった。
失踪を決意した次の日の職場の奴等はなんだか心優しい。
看護婦さんの注射が上手くて、少しも痛くなかった。
心を鬼とせよ。奴等は飢えた猛獣だ。おまえの臀肉を狙っている。
失踪して、日本中の山々を彷徨する。歩兵第三十一聯隊の福島泰蔵大尉が私の師匠だ。
人類は幼形成熟であり全て人類は成形(天使形態)に変態する寸前で死ぬ、という幻想。天使の蝶
地球を覆う現代文明という代物は、依存症ないしは文学的な意味での依存から成立している。
全ての人類が物質的依存から解放され流浪の旅に出た瞬間、現代文明は衰退し、文化とほとんど差の無い放浪文明が萌芽する。
私にとって「衰退」は悪い意味を持たない。なぜなら「進化」と「退化」は「変化」の類義語という認識しか持ちえないからだ。
だって進歩と退歩のどっちがいいかなんて誰にも分からないだろ?
K学園では、遅番勤務上がりの二十二時からミーティングが開かれる。クラスミーティングは三人の担任で開かれ、係長ミーティングは三担任に係長を加えて開かれる。留守録によれば、昨夜ミーティングがあったらしい。でも私はそのことを知らされておらず、その時には疲れ果てて自宅で寝ていた。これが昨今の事態の本質である。同じクラスの先輩職員は新人の私に満足な情報を与えず、それでいて私が「ちゃんとやっていない」と罵るのだ。先輩職員は「分からないことは聞かないとこちらも教えることができません」という態度だが、超能力者でもない私にはいつミーティングが開かれるかなんて知るよしもない。
どいつもこいつも腐りきっている。
九月十五日、新宿駅で下野国住人エーリク氏(「沈黙のソネット」)と出会い、神保町で昼飯を食べて東京駅で別れた。思考する脳と発話する舌の相違の甚だしさが一つの人格を形造る。
たったそのことを理解するだけでこんなにも親しみが湧くというのに。
必ず連絡しよう。
判断を中止してください。理解しようとして下さい。
ひとつの職場やサークルや組織に長くいるということは、陰口を叩かれる人から陰口を叩く人になるということだ。
管理職とは判断しなければならない職務だ。部下の人格さえも、誤解とともに。
仕事をすると人生が色褪せて見える。
曉の空は美しい。夜が怒りと悲しみに溢れていたからこそ
おまえは妊娠したての子宮に夫以外の陰茎を突き立てられて、なんとも思わないのか?
青年は旅の人。道連れは記憶だけ。
映画「Into The Wild」を観た。すなわち「Into The Mind」だった。
新宿を歩く人々は本来の美しさを失っている。
十月
現代文明世界はアリストテレス的人間観の上に立脚している。故に、私のようにポリス的動物であることを捨てて放浪し無宿、社会常識に則った思考は不可能であるために言語的思考のみを行うことで価値の変造をもくろむ「獣」はやがて排除される。
ただし、ディオゲネス的世界市民主義が台頭するのであれば話は変わってくる。
資本主義の豚どもよ、犬となれ!
犬どもよ、広場で自慰をせよ。
本当にエコを実現したいのであれば、冷蔵庫も車もクーラーもあらゆる文明機器を捨ててディオゲネスのように生きればよい。それ以外のエコは全て偽者のエコだ。
真実のエコは全人類の穏やかなる自殺である。
たぶん、文明機器を捨てた現代人は、亡命先で奴隷マネスに逃げられたディオゲネスのようになるだろう。
「おかしな話だよ、マネスのほうはディオゲネスなしにも生きていけるが、ディオゲネスのほうはマネスなしでは生きていけないだろうとすれば」
文明社会とは人間をひたすらに脆弱な動物にさせる機構だ。もう二度と野生には戻れないほどに。ここでは人間はひたすらにちっぽけになるだけだ。
青年よ、常に己の中の獣を調教しておけ。そしていざという時には牙を剥き、爪を立てて、おまえを侮辱した奴らに目にモノを見せてやれ。
かつて大学時代に海驢という女に言い寄られた季節のことだ。ふと私の中に「あの女に会いたい」という感情が起こった。その感情を確かめるために、私は自慰をした。すると面倒くさくなって余りその女に会いたくなくなった。私は重ねてもう一度自慰をした。すると全く会いたくなくなった。二、三日して袋に種が満ちると再び私の中に「会いたい」という感情が芽生えた。ゆえに私は結論付けた。恋愛とは性欲の文学的表現に過ぎないと。
私と彼女とは違う地平に立つ人間であった。前者は「人間の地平」に立ち、恋愛は蔑ろにしても人間は尊んだ。一方、後者は「恋愛の地平」に立ち、人間は蔑ろにしても恋愛は尊んだ。そのため後者は私にメールで別離を告げた上に自意識過剰な主張を何度も送りつけて来た。彼女流の恋愛観ではそれが至極正しく、真っ当なことのように思えたのだろう。それに対し前者はあくまでも人間としての防衛線を保つことしかできなかった。
彼女は自分の精神的あるいは肉体的欲求を充たすためだけに私を利用したにすぎなかった。そのために「恋愛」という文法を用いた。それに対し、私は人間であるという前提の上に立っていた。ゆえに二つの歯車が歯をあわせることはなかった。
『百年の孤独』のブエンディーア一族は愛なくして繁殖した。一族の最後の者は叔母と甥の近親相姦によって産まれたためにその呪いとして豚のしっぽを持って産まれ、蟻のむさぼるところとなった。しかし百年に及ぶ一族の歴史の中で「豚のしっぽ」は初めて愛によって産まれた子供であった。
『百年の孤独』は単行本を三冊買い、合わせて六回読んだ。私が長編小説をここまで繰り返して読んだのは他に例のないことだ。
琉球美人は琥珀色の肌、引き締まった細い肢体と小顔を特徴とするけれど、秋田美人は朱を散らした色白の肌、ふくよかな肉体と顎先を集約点として突き出た面長を特徴とする。
選びがたく、悩ましい。
一夫一妻婚という制度の発明は多くの人間を罪人とした。つまり、一夫一妻婚という制度を継続する限り、社会は姦淫罪を量産せざるをえないのである。
法律の数だけ、罪がある。
あらゆる家庭の災厄は、一夫一妻婚が生んだ。
一夫一妻婚が形作る「家庭」は、ある種の子供たちにとっての牢獄である。
私にとっても、「家庭」は牢獄だった。
ディオゲネスは人間をよく理解していた。ゆえに彼は結婚を否定した。そして、彼は女性の共有と当然の結論としての子どもの共有を主張した。
女が産んだ赤ん坊の父親が誰か、なんてことはどうでもいいじゃないか。
私は沖縄から奄美に至る航路で、仰向けに寝ながら「死の恐怖」を超越した。超越したとき、肩から背中にかけて熱いモノが走った。目からは涙が溢れ、こめかみを濡らした。
そのとき、私は一度、死んだのである。
「死の恐怖」は小学二年生の私を捕え、十五年に及び、私の心を鷲掴みにして離さなかった。それは常に無感覚への恐怖、偉大なる世界が消滅することへの恐怖であった。
死によって他人が私を忘却するとか、そういったことは恐れなかった。「死への恐怖」はきわめて個人的な問題であった。
死後に感覚があるのならば、人間はその新しい感覚で永遠を生きるだろう。もし、死後に感覚がないのならば、死は何ら思い悩むことではない。マルクス・アウレリウス・アントニヌスの思想の私なりの解釈である。
「死への恐怖」は克服した。しかし、私はまだ完全に「死」んだわけではない。
今までは常に捕われてきた人生だった。これからはこちらが捕える人生である。
蟹田駅で特急に乗り、青函トンネルを通って木古内駅で降りた。すると、もう電車がなかった。しょうがないので駅近くの公民館の前で野宿をした。二十三時に寝て五時に起きた。小雨が降っていて、寒かった。吐く息が白い。
北海道では寝袋の下にアルミシートを敷いて大地に体温を奪われるのを防がないと危険だ。今の寝袋は零下十度まで快眠、零下二十度まで生存できるそうだが、零下二十度でも快眠できるようにしたい。
『闇の左手』の、アイとエストラーベンの氷原越えを復習しよう。
北海道の面積はオーストリーより広く、北海道の人口五六〇万人はデンマークより多く、道内総生産額GDP約二十兆円はマレーシアやチェコよりも大きい。また、道内の陸上兵力は三万七千人でベルギー・ポルトガル・南アフリカ。キューバの陸軍と同規模である。そして道内だけの食料自給率は二百パーセントに届こうとしている。
北海道は数値上では充分に一国として独立できる。独立後の国名はもちろん「アイヌモシリ」、人間の大地。
私は、その大地を歩く。
さすがに放浪する資金に先が見えたので札幌市南区澄川にアパートを借りた。
まだ鍵をもらえない夜に、不動産会社の女性社員が自宅に泊めてくれた。北海道の人はやたらと親切だ。
ちなみに私は女性社員宅で、晩飯を食べてから朝までいびき一つかかずに熟睡していたようだ。
どうやら寝言の癖は治ったらしい。
PHSを買った。
もし宇宙の果てまで行けるという宇宙船があるのならば、地球上で想定しうるあらゆる幸福を諦めてでも、私は宇宙飛行士になる。
そして、私の死体は永遠に宇宙をさまようだろう。
ある人が言っていた「全ての女性は男でふさがっており、あぶれた男は彼女たちの体が空くのを待っている」という感覚を今日、はじめて味わった。
那覇の人と札幌の人は語尾に「さー」をつける。なぜ?
ちなみに私は一日の大半を欲情して過ごし、半日は半勃し、四分の一は勃起している。というのも私の神経はズタズタになっていて、脳が異常なまでに興奮物質を分泌するからだ。
物理的に、私は「狂人」である。ゆえに小学4年生の私を「気が違っている」と評したあの女性教諭は正しかったのだ。
まず買わなくてはいけないのは掃除機、それと便座カバー。
尊大な解釈だが、中学生の私は自分のことを「桁外れの出力で凍結してしまった電算機」に喩えていた。今ならさしずめ「お祓い箱」と喩える。
大した運動もしないのに疲れやすい人と��うのは、たいてい脳内で体���はおろか生命力さえも過剰消費しているものだ。
ハローワークで調べたところ、私の適職は技能職か芸術家だという。
北海道のスーパーでは玉ねぎとじゃがいもがそれぞれ一個十円で買える。食うのには困らなそうだ。
中古パソコンを買った。ネットを繋げば、さぁさ始まる楽しくも愉快なNEET生活。
野菜を凍らせないために冷蔵庫を買った。
近所の澄川若草公園のベンチに男子高生が腰掛け、女子高生が前から枝垂れかかり、野合していた。北海道はおおらかだ。
夕方になると近所でやたらと陸自将校を見る。昨日は将校さんがスピードくじを買っていた。
今、私の中で福満しげゆきが熱い。
『コレラの時代の愛』を手に取った途端に涙が溢れてきた。さすがガルシア・マルケスである。本を持つ者にも訴えかける。ましてや読む者へは。
宇宙の最果てを超え、宇宙化以前空間の有り様を地球に報告する使命を帯びた超光速航宙船「エスペラント」
推進機関は決まっている。原子力だ。
はてさて、膨張しているという宇宙の辺涯はどのようになっているのだろう?
乗組員は地球に未練のなくなった七人の若者、日本国から二十八歳、タンザニア人男性二十五歳、イスラエル人男性二十三歳、フランス人女性二十七歳、インドネシア人女性二十五歳、ペルー人女性二十二歳、国籍不明少女十九歳。それと修理用ロボット三台。
航宙船の大きさ、全長二四〇メートル、幅三〇メートル。乗組員は訓練により、航宙船を自力で組み立てることが可能である。
船内には恒星熱で駆動する五つの栽培室、三つの畜産室、三つの水槽室があり、その他にも食料加工機が装備されている。船内で半永久的な食料生産が可能である。
凍眠室では肉体を凍結することで老化を遅らせることが出来る。しかし完全に止めることはできない。
この銀河は今、宇宙のどのあたりを漂っているのだろう?
船内の娯楽は様々で、読書・運動・遊戯・音楽・絵画など地球上でできることはほぼ船内でできる。
これは娯楽というより使命に近いが、性交が七日おきに違う相手と行われる。ただし自分の遺伝子を継承した異性とは性交しない。
宇宙化以前空間についての報告書をまとめるのは私の何世代か後の子孫になるだろう。
図書室には地球人類の叡智の集約である五十万冊が書籍と電子文書とで保管されている。
本の記述言語も船内共通語も人工言語である。
乗組員は医療知識を身に付けており、簡単な外科手術なら執刀可能である。また薬剤、輸血用血液も完備されている。
酸素は栽培室や庭園内の植物で生成される。水は使用後に循環、濾過、消毒される。糞尿は堆肥となり栽培室に回される。
トイレ、洗濯、洗浄では水を一切使わない。
航宙船は地球に帰還することはない。可能であれば宇宙化以前世界で居住惑星を見つける。
もし、宇宙膨張説が誤りで、宇宙に果てなどなかったとしたら、彼らの人生の意味とは?
いずれにせよ彼らも他の死者と同じように忘れさられるだけだ。
甜菜の糖度は水に浮かべて量る。
もし私が四十年後、人生について語るとすれば、「人生は語りえないこと」と「人生を語るのは恥さらし以外の何物でもないこと」を語るだろう。
大朋めがね、最高。
よく映画などで「この街に知り合いは誰もいない」なんて主人公が出てくるけれど、今の私がそれだ。
「マシニスト」はけっこう凄い映画。
昼下がりの真駒内公園は心地好いが、日が翳ると寒い。
カレーはインド人にとっての味噌汁である。
私の安アパートの一階には若い女が二人の幼女と住んでいる。1Rに女三人、そして幼女のうちの一人は養護学校に通っている。見たところ知的障害ではない、身体的な障害だと思う。
私は酒を飲まないし、酒が嫌いだけれど、時々飲みたくなる酒がある。一つは黄酒、もう一つはサングリア。そして大抵すぐ飽きる。
ローマ帝国時代は葡萄酒を水割りしないで飲むことは下品なことだった。
葡萄酒一に対し蜜柑果汁を三か四の比率で混ぜ、小さく切ったバナナを入れて冷蔵庫で冷やして飲む。これが我流サングリア。底に残ったバナナが一番おいしい。
日本の宗教、寺院や神社が信仰を失った理由は落ち着いて座れる場を市民に提供しなかったからだ。私もそうだが、現代の若者で休日に仏前や神前の座敷へ行き、無料で何時間も座っていられる者は何人いるだろうか?
ポテトチップスを食べながら歩いていたら四羽の烏が数キロメートルも私の跡をつけてきて、途中で烏同士の縄張り争いが始まった。ブランコに乗った女児が、烏の襲撃から走って逃げる私を見て笑っていた。
まだ仕事が決まらない。やはり職業適性診断システムの通り、「工」のつく職業を目指した方がいいのだろうか?
そうだ。私は稼業に生き甲斐は求めないのだから、工場の歯車になることに悔いはない 。
そういえば、小学生のころの放課後は主に炬燵で横になってテレビを見ていた。学校生活で甚だしく疲労していたのだ。
人と向き合う仕事ではどうしても甚だしく疲労せざるをえない。
近所から藻岩山が見えるけれど、どうやらそこで初雪が観測されたらしい。もう札幌は冬だ。
こんな自堕落な生活がいつまで続くのだろう?
「命の続く限りだ」
日能研札幌が私に試練を与えた。小学五年生のテキストを使って模擬授業をして、出来が良ければ私を雇うというのだ。
真冬日の存在にびびり、紅衛兵が被るような帽子と電気ストーブを買った。
夜間の水抜きは十二月から始めよう。
札幌市中央図書館へ行く。蔵書は充分ではないものの悪くはない。
岩明均は古代ギリシャ世界に主題を置いている。塩野七生は中世イタリアが主題だった。赤羊は十九世紀のヨーロッパに主眼を置いているという。私も時代と地域を特定した主題があるといいなぁと思っているけれど特に思い浮かばない。
まぁ私には「帝国」という物語世界があるし。
敢えて言うなら、二十世紀エスペラント運動に携わった奇特人を取り上げると面白そうだ。
母の私への愛情が、一般の母子愛のようなものではなく、所謂「共依存」の一方通行であるならば、これまでの二十四年弱を説明しやすくなる。
十一月
戦争がなくて女性を共有できて食べる物に困らず各成人に満足な住居が割り当てられ、言論と思想と信教の自由がそこそこあり、働けば働いた分だけ暮らすのに困らない給料を貰えて老後は年金が保証され、学費と医療費が無料の国。それが私の政治的目的だ。
つまり空想的社会主義。
それと人類人主義だか世界市民主義だかよく分けられない個人のあり方が私の基幹思想だ。
よって、ここに「空想的社会主義人類人党」を掲げる!
政権交代は選挙によるもの、そして政体の転換は民主的な投票によるものが好ましい。
思想を根拠とした暴力と殺害は厳しく禁止する。
キリスト教的異性独占行為である結婚制を廃止し、十八歳以上の労働者あるいは学生である男女が抽選で定められた相手と三日毎に共同交配所で生殖行為をする交配制を敷く。妊娠から出産までは人類人政府が完全に支援し、交配に因って誕生した父親不明の子どもたちは人類人政府が「人類の子どもたち」(filoj de homaro)として十八歳まで養育する。ただし母親は六歳まで自分の子どもを育てる権利を有する。もちろん義務ではないので育児放棄も可能だ。
同性愛者は「特殊交配所」を利用できる。
「人類の子どもたち」への教育は「人類人主義」(homaranismo)と「性欲の賛美」に基づいて行われる。
資本主義的異性寡占行為である恋愛の宣伝行為や過剰な恋愛賛美は個人的な趣味と芸術的表現以外ではこれを制限する。
いかなる場所であっても人類人は抽選で定められた相手以外の人類人との性交を禁止される。十三歳以上十八歳未満同士の性交、及び十三歳以上十八歳未満の「人類の子どもたち」と人類人との性交は性欲の解消と自己存在の確立のための行為としてこれを許可する。
すべての人類人は共同食堂を有する共同住宅が付与され、その見返りとして都市部では共同職場、近郊部では共同工場、農村部では共同農場にて労働する義務がある。
労働には対価として報酬と七十歳以降(もしくは退労勧告後)の年金が共通通貨ステーロ(stelo)で、そして交配する権利が与えられる。労働者及び退労者は医療費が無料である。
十八歳で全ての「人類の子どもたち」は人類人となる。人類人になった次の一月から、人類人は希望とそれまでの学校成績、そして試験を考慮した上で各種大学校に入学できる。そこで四年間、学問或いは職業訓練などに励む。学費は無償。もちろん、大学校に通わずそのまま労働者となる選択もある。
共同住宅での居住が困難な各種障害者は共同食堂を有する共同施設に入所でき、施設付属の工場や農場での労働を行うことによって労働者と同じく報酬と年金を得ることができる。もちろん交配する権利も与えられ、その対象は障害の程度により共同施設内の異性と施設外の異性とに分けられる。
刑務所では付属の工場や農場で労働している者に限り報酬と年金、そして刑務所内の異性と交配する権利が与えられる。
共同交配所は感染症の恐れがない限り、病院の患者も利用できる。
全ての「人類の子どもたち」はエスペラントを国際補助語として学ぶ。また全ての「人類の子どもたち」は各人の母語によって教育される権利を有し、母語による教師のいない学科は国際補助語エスペラントで教育される。第一外国語、第二外国語以下の外国語は個人の選択によって決定される。
共同住宅は一棟につき三十~五十戸(三十人から五十人)を収容し、共同住宅が十棟前後集まって一つの島を形成する。そして島が幾つか集まって区が形成され、区が幾つか集まって行政単位として、都市部の市、近郊部の町、農村部の村が形成される。区が設けられない場合もある。共同交配所は島単位で運営される。
人類人政府が統治する領域内で、島から島への移動は自由である。すなわち「空想的社会主義人類人共和国、日本群島」東京市世田谷区第三粕谷島第五棟第二十三号から「空想的社会主義人類人共和国、パリ盆地」パリ市第三区第十八島第一棟第十二号への移住は共同住宅の空きさえあれば誰でも可能である。必要なのは法律的処理と引越し作業だけだ。
移住先での行政サービスは母語で行われる。不可能な場合はエスペラントが用いられる。そのため人類人政府が統治する領域であれば善き人類人はどの共和国のどの島へ行っても行政サービスの内容を理解することができる。またどの人類人政府でも共通通貨ステーロ(stelo)が用いられているので、身元証明書と共通通貨を携帯していれば人類人はどの人類人政府へも簡単に旅行することができる。
死ぬと遺体は共同墓地に葬られる。遺産は全て人類人政府が没収し、家財道具は再利用される。
地球があますことなく全て空想的社会主義人類人共和国によって統治されたとき、(自己主張が激しく自意識過剰な反体制者どもは未だに音楽やテロで抵抗しているのだろうが)現生人類は己の種族の性欲の激しさに驚くことだろう。
複十字健診センターで肺のレントゲン写真を撮った。
私は中一から中三までツベルクリン反応は全て陰性で、そのためにひどく膿の出る注射を六回射った。
体育祭の度に注射されたところが膿んでぐちゅぐちゅになるので、体育祭の練習は嫌いだった。
それほど嫌な思いをしたのに、結核にかかっていたら笑える。
子規も啄木も同じ鳥のことを表す漢字だ。その鳥の口の中は赤い。
まるで結核患者の吐血のように。
札幌の地下鉄には網棚がない。
私は幼稚園に年中組から入った。そして最初の登園日に幼稚園のおもちゃを家に持って帰った。もちろん私に悪気はない。誰も「持って帰っちゃダメ」とは言わなくて、家でもそのおもちゃで遊びたかったから持って帰ったのだ。
私はそういう子どもだったし、今も多分にそういう人間だ。これを我が儘と呼ぶのは勝手だが、私は自身を「暗黙の了解のわからない人種」だと解釈している。
悪いのは「暗くて黙っているのになぜか了解している人種」だ。黙っていないで話せばいいのに。
シャルル・フーリエの『四運動の理論』を読み始めた。愉快だ。
十二月
買ってあったのに神聖なるアスパラガスを食べ忘れていたため、尿が臭い。
北海道の靴底は内地と違うらしい。
鶏の心臓と肝臓が半額だったので臓物カレーを作った。まずかったし、臓物である必要性がなかった。
半月弱だけ働いた九月分の給料が六万円だけ振り込まれていた。時給制の契約社員だから当然だが、奇特なことよ。
それでドミノピザを頼んだら、配達員が茶髪で小柄で猫を連想させる女の子、アキモトさんだった。お釣りを数える指先のたどたどしさがバイト経験の薄さを物語っている。思わず「ゆっくりでいいよ」「ご苦労様」などと優しい声をかけてしまった。
これが逆の立場であれば、私はアキモトさんの食べるであろうピッツァの上に己の白濁精子をバタァの如く振りかけたであろうに。
水商売とは「やったことが形に残らず水のように流れていく商売・仕事」の意である。
「福祉業は水商売なんです」と某知的障害児施設の幹部が言っていた。
かつて医師であった渡辺淳一が小説家になると決めたとき、母に「そんな水商売はやめなさい」と言われたという。
しかしよく考えれば、小説家の仕事は文章という形で残される。もし医師が医学研究を行わなければ、接客業である医師の方こそ水商売である。
水商売と非水商売のと境界は生産物の永続性や仕事の複数性について思考せざるをえず、曖昧である。ゆえに水商売の定義は難しく、渡辺淳一の例のように単なる負の意味を持つ言葉としてしか使われていない。
第三次産業はそもそも水商売である。
映画「レッドクリフ」を観た。「赤壁」に非ず。
九月までハリウッドのアクション映画だろうと私が思っていたのは事実だ。
蜀三将が強すぎて、かつ格好良すぎる。
官渡の戦いと赤壁の戦いは三国志の二大盛り場だけれど、まだ三国鼎立はなっていないんだよね。小学生のころは赤壁の戦い時の情勢がよくわかっていなかった。
中村師童(甘寧)が頑張っていた。
八卦陣には身震いがした。
規制が入って乳房は映せない。
前半は戦闘と外交の連続で、主線の通っていない名場面の羅列映画、すなわち駄作かな?と思ったけれど、お茶の場面で一本の線がすうっと引かれた。
赤壁の戦いは三国志版トロイ戦争だったのだ。
趙薇(尚香)の演技が浮いている。喜劇向きだな。
一番良かった場面は、次回の予告。次の主題は火と風だ。
この映画を観たあとの私なら一騎当千である。
滑舌が余りよくないので「公序良俗」と言おうとすると「公女凌辱」となってしまう。
ネットに繋がっていないパソコンはただのゲーム機だ。
電話窓口「私��まは、テレビの地上デジタル移行への対策はどのようになさっておいででしょうか?」 、私「テレビを買わないようにしています」
夜の狸小路は面白い。
まだ二十代も前半なのに、新しいことを始めるのにさえ「腰が重い」とは。
負けたいと願う心は知りたいと願う心である。
小麦は米より必須アミノ酸の量が格段に少ないので、パンだけで必要な栄養を摂るのは難しく、どうしても肉が必要になるのだ。
逆に言えば米は必須アミノ酸を多く含むので、一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べただけで栄養は充分なのだ。
日本人女性が段々と痩せ形になったのは食事の洋風化のお蔭なのだ。
中古冷蔵庫のホース接続部から水が漏れるので調べたら、ゴムが弱くなっていた。仕方ないのでヨドバシカメラで四七二円の替えを買って付け直した。
じゃがいもを四つに切ってサランラップでくるみ、七五〇Wで三分チン。それにマヨネーズと青海苔をかけたものを小腹がすいたら食べている。二キログラムを一九八円とかで売るのが悪い。
札幌の良いところ。東急ハンズとハローワークとブックオフとヨドバシカメラとアニメイトととらのあなとメロンブックスと紀伊國屋書店とドンキホーテとダイソーがお互い歩いて行ける距離にあること。(毎日一巡している)なのに人通りが渋谷や秋葉原よりも少ないこと。
そういえば、私が高校二年生のときはアニメイトとメロンブックスは狸小路の雑居ビルの二階にあったような気がする。
時計台はいつ見てもしょぼい。でも旧北海道庁は素晴らしい。
奄美大島もそうだったけれど母娘や母子をよく見掛ける。
朝起きて、今朝は特にしばれるさーと思ったら、粉雪が降ってたさー。
藻岩山の山頂付近に雪が積もっていた。風が吹くと皮膚に刃を当てたように冷たい。
昼になると雪の粒が大きくなって降りしきる。この分だと積もりそう。藻岩山が見えなくなった。
昼過ぎにはまた粉雪に戻った。
ローマ教会は一二八二年に全シチリア島民を破門したことがある。
ガブリエル・ガルシア・マルケスの登場人物は名を替えてあちこちにいる。
ガブリエル・ガルシア・マルケスはノーベル賞受賞講演中に、スペイン語文法の単純化と文法規則の人間化、そして正字法の撤廃を訴えた。
今日、たい焼きを食い逃げした女の子に体当たりされたような感覚を味わった。
国際補助語エスペラントを図書館で借りた入門テキストで復習している。新たな発見もあり奥深い。 ベネズエラの正式名称は「ベネズエラ・ボリバル共和国」である。
将来日本で福祉戦争が起こる。福祉をする側(貧困層)と福祉をされる側(富裕層)の間の闘争だ。
大学二年生のころ、札幌市北区出身の友人が「そのゼミの先輩の彼女は風俗嬢なんだよ」と馬鹿にしたように言っていた。確か業種はヘルスだったと思う。
私はしかし生粋の文学青年であったので、その先輩は「本物の愛とは何かを知る男」だと感心したものだった。
世に云う恋愛には三種ある。一に肉体的征服感、二に精神的連携、三に依存。いずれも正しい。
女性や青年はこれら三種に序列をつけたがるが、本能より出る感情ではない。
もし恋人が風俗嬢の場合、肉体的征服感を主とする者は悶え苦しみ、精神的連携を主とする者は仕事を応援し、依存する者は依存し続けるだろう。
江戸時代、豪商や文人は吉原の高級娼婦を正妻に身請けしたし、仏蘭西にも『椿姫』という高級娼婦との恋愛を描いた小説がある。
何も人生は女性のために生きるのではなく、自分自身のために生きるのだから先進的な近代人たちはあまり妻の過去や職業にこだわらなかったのだ。
ましてや現代人をば。
札幌で諸兄が遊ぶとしたら薄野ではなく、南六条東三丁目の交差点を豊平橋の方へ行って右手にある二つの会館はどうだろう。
少なくともその豊平川沿いの会館群は十九時くらいから薄野の風俗店が閉まる〇時以降も午前三時まで営業している。脱法営業だからだ。今日までなら行くことはないけれど、明日の幕開けとともに始まった空白の三時間でなら行く価値はある。
カネマツ会館と五条東会館とあり、黄色地の看板で飾ってあるのですぐ分かる。共に二階建平屋風となっていて中には小さな飲み屋が軒を連ねている。
坂口安吾は高校生のときに読んで挫折したが、さもありなん。小僧っ子にはわからんさ。
手に職じゃないけれど前の住居からアクリルガッシュを持ってきたのでアクリル画を再開した。
私は全て絵画は部屋の装飾のために描かれると信じ、絵画による自己表現というものを信用していない。
掛軸はそもそも飾るものであるし、ルネッサンス期のアトリエでは壁画を製作していた。
絵画は装飾品であるからこそ芸術であり、美術なのだ。
私の部屋には本棚がなく、また買わない予定であるから、寂しい白壁が広く空いているのだ。
街のあちこちに水色の函がおかれ、滑り止めの砂が満載だ。冬支度である。
これは「常に凡ゆる断片」
私の現在の研修生という立場は気楽だ。職場へ行く義務はない、しかし職場へ行って研修するとただ呆っと座っていただけでも給料が出る。七時間いれば日給は一万を超すが残念なことに交通費は出ない。
結局、履歴書を出して面接したところ、全てに受かっていた。
大学五年間で一度も病院にかからなかったし、四、五年生のときは特に無病息災だった。それは生活が閉塞的であったからだ。しかし小学生どもと触れ合う職場ではいつ伝染されるか怖くて堪らない。
結核ではないことを証明しなければならない。
ミニシアター系の映画は気取った芸術学生や頭の悪い女子大生が「こんな映画を観る自分っておしゃれ!」と観るものと相場が決まっているが、私も観る。今日はシアターキノで「敵こそ、我が友」を観た。
私はフランス人気質でフランス映画がよく合うので、フランス映画を多く上映するシアターキノは選ぶ苦労がない。
政治はえげつない。民主制であろうが、独裁制であろうが国家が人間の集合体である限り、醜い。
クラウス・バルビーは残忍な性格だったろう。しかし悪だったのだろうか? 悪とはきっと温和な性格をしていると思う。
風呂に入らないまでも足だけでもお湯に浸らせるだけで眠り心地が全然違う。
北海道では小学生でも棒を「ぼっこ」、唐揚げを「ざんぎ」と言う。
電車を「汽車」と言うのは分かる。というのは汽車と呼んでいた時代と今とで利便はほぼ同じだし、電車は山手線や京王線こそが呼ばれるに相応しい。
職場を二十一時に出発し歩いて自宅まで帰ると一時間半でつく。もちろん手袋、帽子(フード)、マフラーは必要だが。
「かたわ少女」という障害者の女の子を攻略するゲームが海外で製作中らしい。
しかし知的障害児が登場しないのが残念だ。白痴少女は萌えるのに。
男は女が弱い立場にあるときだけ、女を守ろうとするし、大切にして真剣に愛そうとする。
それは彼女たちが「この人がいないとこの先自分を愛してくれる男が現れないかもしれない」と不安に思っていることを男が知っているからだ。
男は女が自分より弱い位置に立っていないと安心できない。
というのは男は、一度男を知った女は男なしではいられないこと、そして女は常に男を乗り換える機会を伺っていることを知っているからだ。
女にとって男は靴と同じである。足裏は一度靴になれると直接地面を踏む痛さには耐えられないし、履き古した靴は履き替えたいと思うだろう。あるいはまだ新しくても見栄のために違う靴を物色したりする。それにサイズが大き過ぎてもダメだし、小さ過ぎてもダメだ。
だから、賢明な男は、いわゆるまともで競争相手のいそうな女は遊び感覚でしかつきあわないのだ。
つまり、障害を持つ少女或いは女性というのは現代社会では稀に見る「愛され女」なのだ。
死は恐れるに足らず。人間は死なない。なぜなら死ねば人間ではなくなるから。
怒るな、褒めよ。大事なことはチンパンジーが教えてくれる。
日本の大衆文化が幼稚なのは、大衆文化を形成するための大衆、つまり充分に余暇のある人々が生徒と学生に限られていて、成熟した大人は仕事に追われて忙しく文化どころじゃないからだ。
すると数の論理で中学生、高校生、専門学校生や女子大生に受けの良い番組、音楽、小説、漫画があたかも日本中の注目を浴びているかのように見える。或いは情報媒体がそう見させている。
いわゆる恋愛主義が社会を支配する主流思想に思えるのはそういった中学生や高校生の未熟さや幼稚さが大衆文化の前線を陣どっているからだ。
少しでも文化に興味のある人であれば仕事に就いて余暇を奪われることを恐れるだろう。そして無職への風当たりの強さに怯むのと同時に大衆文化の幼稚化を憎まなければならない。
まともな大衆文化を形成するには充分な数の大人が充分な量の余暇を持つ必要がある。そうやって数の論理で生徒・学生文化を日本大衆文化の一分野へと押し戻していかなければならない。
恋愛主義を一派閥へと駆逐し、男女の関係を“人間の地平”に立脚するものにしなければならない。
とりあえず私はキノカフェでフランス映画を観て、市立図書館で坂口安吾と旧共産圏とラテンアメリカの文学を読もう。
皇帝、国王、大統領は偉大で、豪華な外見をしていなければならない。たとえ黒革金銀細工の財布の中身が空であっても。
職場を出ると粉雪。
十一月二十日の札幌市内における最高気温、零度以下。
つまり真冬日。
そして、朝起きると人生でかつて経験したことのないような積雪。
水抜きしないと水道管が凍る。
起床時の室温、三度。
湯たんぽを購入。
氷雪上を歩くため、靴にスパイクをつけた。
そんな晩に狸小路で演奏している音楽愛好家がいる。
零下三度の札幌で、私は豊平川沿いを自宅まで歩き、やっと帰宅する。
帰宅時の室温、一度。
私を雇った職場が入っているビルに北海道で一番有名な政治家が所属する個人政党の本部がある。
だから今日は政治の話をしよう。
狸小路で日本共産党のDVDをもらった。
それはまさに志位書記長のファン・ディスクだったが、つらつらと全編を鑑賞してしまった。
あやうく共産党のファンになりそうだった。しんぶん赤旗日曜版を定期購読して、日本共産党に入党しそうになった。
旧共産圏を生きた人の小説を読むと、共産主義もそれほど悪くはないと思えてくる。
悪いのは共産主義じゃなくて独裁的な指導者と我が儘で自己主張の激しい反体制者だけだ。
けれど、そもそも私は人間集団が嫌いなんだ。
だからどこかの政党に入ることはまずしない。
それに大学時代に身近に見てきた「共産党」は醜悪だったし、第一に私はデモとか行進とかの集団行動が嫌いなんだ。団結しようとするのは現実から逃げているからだ。
もっとやり方がスマートなら、話を聞いてくれるかもしれないのに。やり方が顕示的で、目的へと努力する前から諦念が感じられる。まるで知的障害児や駄々っ子のようだ。
つまり私は共産主義には興味があるが、共産党はあまり好ましく思っていない。
しかし一国を動かすためには何かしらの政治学を学ばねばならない。大学の政治学部に入学するか既存政党に入るか、独学で習得するか?
よし、独学しよう。そして政党は私が自ら創ればいい!
大学四年生の夏、就職活動を諦めたときから生きている感覚に乏しくなってきたんだ。だんだんと。
早口でまくしたてる人は苦手だ。いや、人ではなくて早口が苦手で、早口で喋られると泣きたくなる。特に女性に多い。
早口な人と吃っている人のどちらを選べと言われたら間違いなく吃っている人を選ぶ。
早口な女性は別に頭の回転が速いのではない。なぜなら思考によって、ではなく記憶と憶測だけで話すからだ。
つまり早口の女性は言葉を持たない。彼女たちは壊れかけたテープレコーダーに過ぎないのだ。
職を探す度に共産主義を羨望する。
自動的に職は与えられて然るべきだと思う。
働く時間というのは私にとって死の時間である。
なぜ己の死を自分で探さねばならない?
私は常に余暇か副業が生きている時間なのだ。
これは逃げ、なのか? 或いはそういう生き方なのか?
「辞めさせた、或いは辞めた職場は労働者の次の仕事を見つける義務がある」という法律を作って欲しい。
逃げられた職場も。
「よく働こう」とするのではなく「よく生きよう」とする者にとって資本主義は残酷だ。
ニートさんとかフリーターさんを問題視する人は、まず面接で若者を見捨てる人を問題視した方がいいよ。とブックオフとパン屋チェーンのアルバイト面接に落ちた私が言う。やっぱり大学時代のバイトと同じ業種しか雇ってくれないのか? なんだ、この職業カースト制は?
私だって美味しいパンを作って主婦層や職業婦人からモてはやされたいのに。
生きているのかなぁ、本当に? 自分。
佐賀県からこの一週間、このブログへのアクセスがなかった。
その程度の教養レベルか!佐賀県の教育委員長は職務怠慢により死刑!
或いは佐賀県にパソコンは無いのか?
中学生のころ、スナッフビデオは都市伝説だと聞いて、「ならば自分たちで作ればいいんじゃないか」と思った。
抑圧された子供は、一人暮らしをすればできるかもしれないことを妄想するものだが、私の場合、その全てが犯罪がらみだった。
さて、私はこの見知らぬ百五十万都市で市民記者に登録した。
仕事における電話の秘訣は、相手に電話したことを後悔させないことだ。
空想的社会主義者の食卓。【切り餅(磯辺か餡)三個と納豆】【玄米フレーク五十グラムに牛乳かけ】【蒸し馬鈴薯と野菜スープ】【インスタント麺と蒸し馬鈴薯】【御飯と魚介缶詰と味噌汁】【ピザトースト二枚と野菜スープ】【カレーライス】【食パン二枚と目玉焼き】
空想的社会主義者の食事への心得。粗食、同一性保持、昼食は朝食と夕食のつなぎ。
空想的社会主義者の主要飲料は【牛乳】で、【野菜ジュース】や【珈琲】や【茶】は嗜好品として飲む。牛乳を多く飲む日は必ず納豆などの大豆食品を食べるべきである。
空想的社会主義者の栄養補給剤は【エビオス錠】である。
これは決まりではないが、豚肉と鰭や鱗のない魚は食べない。肉製品と乳製品を一緒に食べない。血を食べるのはダメ。
イスラエル国歌「ハティクヴァ」は物哀しい。
ラーメン! フライングスパゲッティモンスター。
実家にいたころは飽食気味で、私はやや肥満だった。
母は愛情を食事でしか表現できない人だったからだ。
学園時代はよく食べた。しかしよく戦ったので痩せた。
今は粗食で痩せた。
今日、昨日、一昨日は図書館(徒歩五分)とスーパーマーケット(徒歩三分)に行く他はずっとパソコンの前で過ごした。
おかげでウンコが硬い。
二ちゃんねる系のサイトに今更ながらはまっている。
もう仕事とかどうでもいいや。面接とかで人間性試されるの嫌いだし。
ほら、お外は怖いし。寒いし。
いつの間にか雪降ってるし。
火星に土地でも買って移り住もうかな?
やれやれ
人間は今でこそ呼吸し、食べ、排泄し、寝て、思考している。
しかし数年後か数十年後には思考は消え去り、記憶もなくなるだろう。
私はもしかしたら今までの人生の四倍の時間を生きるかもしれない。しかし決して五倍は生きないだろう。
思考と記憶の消滅、それを人は「死」と呼ぶ。
症例はいくつもあるにも関わらず「死」の問題は医学によっては解決されていない。ただ宗教だけがこれを信仰により解決させようとしている。
人はこう思うだろう。なぜ必ず「死」ぬ人間に思考が与えられたのか?と。思考さえなければ「死」を思い悩むことはなかったのに、と。
私はこう考える。誰かがこう仕組んだのだ「人間よ、その『死』とやらについて思考せよ」と。
で、私は考えた。人間は「死」ぬ、ゆえに有限だ。しかし人間の集合体である人類は半永久的に存在する。この違いに意味が存在する。
人間が「死」ぬのはなぜか?それは人類全体に更新を与えるためだ。つまり個人の人生というのは人類という種族全体の繁栄のためにある。
恐竜は失敗した。しかしあの時代にはあの形態が最適だった。今の時代は人類の形態が最適である。しかしいつ人類の絶滅が訪れるかわからない。
個人やある人間集団の私欲のために人類が犠牲になるとしたら、死んでいった人類はもとよりその個人やその人間集団の人生も無駄になる。なぜなら彼らは人生を無駄なことに使ったからだ。或いはそれも人類の試行錯誤なのか?
ゆえに私は結論付けた。人間の人生を活かすには常に自身のためではなく人類のために生きよ、と。私の宗教的信条でもある。
私が二〇〇七年二月に生み出した「人類意志こそ神」という真理は今もゆるぎない。
その結論ゆえに私は人類人主義と世界市民主義を支持する。
世界連邦を唱えるバハイ教はある意味では正しい。世界中心都市論と世界政府論を除いては。
ゆえに私は「宗教団体に所属しているか?」に関しては無宗教だが、「信仰を持つか?」については有信仰だ。
人類全体へのゆるぎない信仰。
警察犯処罰令第一条第三号「一定の住居または生業なくして諸方に徘徊する者は、三十日未満の拘留に処せられる」。私、危なかったなぁ。
ちなみに昨日は十五時すぎでマイナス三度だった。気温がプラスになることはなかった。
フードか帽子を被らないと顔が凍る。
キブツの子供は母親と離れて暮らす生活を強いられるので就学前は夜尿や指しゃぶりなどの情緒的未発達が見られる。
しかし子供の家での十八年間に及ぶ集団生活を経て、青年期になると非神経症ともいうべき環境適応能力と高い社会奉仕意欲を示すという。
人口の十%にも満たないキブツの人がイスラエルを率い、パレスチナ人どもから国を守ってきたと言っても過言ではない。
キブツはどこかスパルタと似ている。
母親の愛にくるまれてすくすく育ち、教育を終えて社会に出る際に新しい環境に適応できず引きこもりになったり神経症を患ったりする日本とは正反対である。
また家族という、気の違った両親の作る牢獄に囚われることなく、子供は成長することが出来る。そのことの、なんという幸福。
キブツ制度が全く善くて素晴らしいと賞賛するわけではないが、日本人はキブツなどの社会主義制度を少しは見習うべきだよ。
なぜ働けるし、働く意志のある人間が働けないのだ?労働力の余剰をどうして解決しようとしないのか?
ギリシャ的な暴動を起こしたいさね。ヘルメット、鉄パイプ、ナイフ、クロスボウ、火炎瓶を装備してさ。戦うんだ。
見えない何かと。
そのために私は筋トレを欠かさない。
正しい太り方をしよう。正しく太った人は美しい。
正しく太った人は、間違って痩せた人より美しい。
皆さんも親になれば分かると思うが、愚かな親は「子供は家庭にさえいれば良く育つ」と信じ、施設に預けられた子供を見ると「可哀想に!」なぞと言う。
これは親の傲慢であり、怠慢だ。
ある種の家庭に産まれた子供にとって、家庭とは牢獄に過ぎない。
悪しき家庭は普通の施設にさえ劣る。
もちろん、部下に怒鳴りつける上司がいるような施設は失格である。やたら怒鳴りつける父親がいるような家庭が失敗であるように。
家庭は人生の不条理の始まりである。結婚がそうであるように。
不倫の存在は結婚制度の不完全さと失敗を裏付けている。
なぜ男性は一人のやがては醜く老いる女性と共に生きねばならず、女性は一人の頑固で我が儘な男性に肉体を支配されなければならないのだ?
ならば結婚制度をなくし、複数の男性と複数の女性が乱交する交配を制度化すればいい。
そして交配を道徳とする。
これで家庭は消滅し、家庭起源の不幸も消え去る。
女性と子供を家庭という牢獄から解放しなければならない。
これはおいしいぞ
不満があるなら耐えてはならない。叫ばなければ、心弱き者はいつまでも弱いままだ。
INTER LUPOJ KRIU LUPE!
祖父の最初の記憶は航空機である。私は祖父の住む福岡まで航空機で遊びに行った。
両親の結婚式のときに某Hグループのエレベーター専門子会社の社長に就任したと聞くから、その時は既に退職していたのだろう。
それから祖父は奈良の西大寺に引っ越した。奈良での記憶はあまりにも大きい。
遊園地へ車で行く途中で私が寝てしまい、目覚めたら祖父宅の前だった。
祖父は三重県の山奥の出身で、憲兵として猿田彦神社を守っていたら終戦になったという。
カメラ好きで本好きだった。本好きは私まで遺伝したが、カメラ好きは父までの遺伝で止まってしまった。
最近、腰を痛めて歩行困難になったので東京区内に引っ越した。
父から連絡があり、今から急遽、私はAIRDO二十便で羽田空港へ向かう。
明日を迎えるかどうかは、分からないという。
こんな��揺れた飛行はチュニス・カルタゴ空港からシャルル・ド・ゴール空港への飛行以来だ。
連絡から二時間半で私はすでに機上の人だったため、荷物が近所徒歩五分の図書館へ行く際と同じ量である。
東京は雨が降っていることもあるけれど蒸し暑い。
この三ヶ月で私は巨大大陸辺縁にある弧状群島の知床から那覇までを一往復分移動したことになる。
私は行動する直前にはその行動について考えない。そのために行動に躊躇はない。
そのせいで今まで様々な困難があったけれど、今回は良かったのかもしれない。
考えてみれば祖父は昨日で八十四歳である。私があと四日で二十四歳であるように。
まだまだ十分とは言えないが神々に文句はつけられない年齢だ。
容態は少し落ち着いたようだが、まだ危ないらしい。
十二月六日に、大阪の釜ヶ崎で暴動事件が起こっていたという。引き金をひいたのは暴力的で犯罪的な西成警察署による労働者への暴行事件だった。
「連れて行かれた西成署の三階の個室で、四人の刑事に代わる代わる顔を殴られ、紐で首を締められ、足蹴りされ、挙句の果てに両足持たれて逆さ釣りにされた。気が遠くなると、スプレーをかけられたと言う。生活保護を打ち切ると脅かされて、その店に近づかないという始末書まで書かされている。」(西成署警察官の暴行に抗議する!)
年末における雇用問題の原因は、報道をみるかぎりでは労働者の選択肢の狭さに原因がある。
いや、労働者はそもそも選択なんてしたくはないのだ。だって仕事のために生きているわけではなく、生きるために仕事をしているのだから。
経営者はもちろん「仕事にために生きる人」を求めるだろう。已むをえないことだ。しかし従業員もそれに右に倣え、では自分で自分の首を絞めているようなものだ。面従腹背が必要である。
そういう意味で、日本の労働者は正社員も派遣社員も労働意識が低い。
企業が、「お客様のためにある」時代は終わりを告げた。これからは「従業員のためにある」企業が求められている。
労働力の均衡という面から見れば、学業を終えた健康な成人には自動的に職が与えられてしかるべきなのに。
情況の囚人という心理実験によれば、派遣社員も正社員になれば正社員ばりの働きをするし、正社員も派遣社員になればそれだけの働きをする。あらゆる面接や選別は無意味であって、人事が行うべきはしかるべき職を与え、仕事の結果を見て評価を与えるのではなく、「こういう結果であってほしい」という仮定の評価を実際に与えてしまうことだ。
十二月二十二日には札幌に帰る。
トロヤ点への新たなる月の飛来、止まない月震、超未来人類と新興恐竜との共存などについて有機的に考えようとしているが、果たせない。
六百円で大根サラダ・鴨肉三切・味噌汁・鳥肉たっぷりの丼物・アイスが食べられる地下一階のカフェ・ダイニングバーを見つけた。
十二月二十日に開店したジュンク堂へ行った。池袋級書艦だった。エスペラント関連書籍は十冊以上、なんと『百年の孤独』のスペイン語版も置いてあった。
札幌はジュンク堂、とらのあな、アニメイト、ブックオフの並びが熱い。
JRタワーのヴィレヴァンが狭いなぁ、嫌やなぁと思っていたらロフトの中にもあった。でも、ヴィレヴァン下北沢店の足元にも及ばない。
アリストテレスは貨幣を万物の尺度とする資本主義的世界を想定した。その一方でディオゲネスは貨幣を変造した罪でシノペを追放され、世界市民となった。彼は貨幣(常識、慣習)を変造したのだ。
純連のみそラーメンは美味しかった。
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tsthxh · 4 years
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魔女の霊薬 種村季弘
十六世紀ドイツの画家ハンス・バルドゥングス・グリーンに、「魔女たち」と題して、数人の魔女が恍惚状態で飛翔したり、そのための準備をしているらしい場景を描いた一幅の銅板画がある。後方に水平に浮遊している老婆が片方の手に尖の二股状になった杖を持ち、もう一方の手で、なかば浮き上った若い娘の腰を抱えて何処(いずこ)かへ拉し去ろうとしている。前景右手には、片手にもうもうと煙を上げる魔香の器を掲げて今にも地を離れんばかりのエクスタシーに浸っている女がいる。
注目すべきはしかし、それよりさらに前景左手の女である。彼女は左の手に何やら呪文のようなものを記入した紙片を持ち、もう一方の手を股間に押入して(後方にぐつぐつ煮えている釜から取り出したものであろう)塗膏(ぬりあぶら)らしきものを陰部に塗布しているのである。呪文と見えたのは、あるいは塗膏の製法または用法を書きとめた処方箋でもあろうか。仔細に見ると、この銅版画は映画的な連続場面で構成されていて、最前景の塗膏を塗布している魔女が遠景に退くのにつれて、徐々にエクスタシーに陥りながら催眠状態で飛翔する(もしくは飛行感覚に襲われる)過程を刻明に記述していることがわかる。
バルドゥングス・グリーンばかりではない。ゴヤも(「サバトへの道」)、アントワーヌ・ヴィルツもレオノール・フィニーも、古来魔女を描いたほとんどの画家が、箒にまたがって空中を飛行する魔女を描いた。魔女は飛ぶのである。しかも股間にあやしげな塗膏をなすり込むことによって。これこそが悪名高い「魔女の塗膏」であった。
ところで、一体、魔女の塗膏の成分はどんなものだったのだろうか。血やグロテスクな小動物のような、さまざまの呪術的成分を混じてはいるけれども、主成分はおおむね幻覚剤的な薬用植物であったようだ。ゲッチンゲン大学の精神病理学学者H・ロイナー教授は魔女の塗膏の成分を分析して、混合されたアルカロイドの種類をおよそ五種に大別した。
一、      イヌホオズキ属のアトロパ・べラドンナから抽出されるアトロビン。
二、      ヒヨスから抽出したヒヨスキアミン。
三、      トリカブトのアコニチン。
四、      ダトゥラ・ストニモニウムから取ったスコポラミン。
五、      オランダぱせりからのアフォディシアクム。
これらの各成分から醸し出される効果はまず深い昏睡状態であり、ついで、しばしば性的に儀式化された夢幻的幻視、飛行体験などである。おそらく媚薬(アフロディシアクム)として常用されたオランダぱせりは性的狂宴効果を高めたであろう。魔女審問の記録(十六、七世紀)には、実際におこなわれたものか、それともたんなる幻覚であったの定めではないか、ソドミー、ぺデラスティー、近親相姦のような倒錯性愛の告白がいたるところに見られる。告白された淫行のなかには悪魔の肛門接吻(アナル・キス)のように入社儀式化されているものもあった。アコニチンによる動悸不全はおそらく飛翔からの失墜感覚を惹起した。またベラドンナによる幻覚は、はげしく舞踊と結びつくと運動性の不安――すなわち飛行感覚を喚起する。睡眠への堕落、性的興奮、飛行感覚は、こうして各成分の作用の時差によって交互に複雑に出没する消長を遂げるものにちがいない。
使用法は、右のアルカロイド抽出物の混合液を煮つめたものに、新生児の血や脂、煤などを加えて軟膏状にこしらえたものを、太腿の内側、肩の窪み、女陰のまわりなどにすり込むのである。さて、細工は流々、はたして所期の効果が得られるであろうか。
現代の学者で���女の塗膏を実際に当時の処方通りに造って人体実験をしてみた人がいる。自然魔術と汎知論、あるいはパラケルスス研究やシュレジア地方の伝説採集の研究で高名な民俗学者ウィルーエーリッヒ・ポイケルト教授である。一九六〇年、ポイケルトと知人のある法律家は、十七世紀の魔女の塗膏を処方通りに復元して、こころみに自分の額と肩の窪みにすり込んでみた。成分はベラドンナ、ヒヨス、朝鮮朝顔、その他の毒性植物を混合したものであった。まもなく二人はけだるい疲労に襲われ、ついで一種の陶酔状態で朦朧となり、それから深い昏睡状態に陥った。目がさめたのようやく二十四時間後で、かなりの頭痛を覚え、口腔からからに渇き切っていた。二人はそれから、時を移さずにぞれぞれ別個に「体験」を記述した。結果はほとんど口裏を合わせたように一致し、しかも、三百年前、異端審問官の拷問によって無理矢理吐き出させられた魔女たちの告白とおどろくべき一致を示したのである。
「私たちの長時間睡眠のなかで体験されたものは、無限の空間へのファンタスティックな飛翔、顔というよりはいやらしい醜面をぶら下げている、さまざまな生き物囲まれたグロテスクな祭り、原始的な地獄めぐり、深い失墜、悪魔の冒険などであった。」(ポイケルト『部屋のなかの悪魔の亡霊』)
してみると十六、七世紀の魔女たちの証言はかならずしも根も葉もない虚構ではなかったのである。一五二五年に『異端審問書』を書いたバルトロメウス・デ・スピナは、当時の有名な医者ぺルガモのアウグストゥス・デ・トゥレが、その家の女中が部屋のなかで素裸になり意識を失って死んだように床に倒れているのを発見した委細を記録している。翌朝、正気に戻ったところを尋ねてみると、彼女は「旅に出ていた」と答えたという。どうやら塗膏を使用したのである。ルネッサンス・イタリアの自然科学学者ヒエロニムス・カルダーヌス(カルダーノ)も旅の幻覚を伴う塗膏の話を書いている。
「それは、おどろくべき事物の数々を見させる効力と作用を有しているとされ……大部分は快楽の家、縁なす行楽地、素晴らしい大宴会、種々様々のきらびやかな衣装を着飾った美しい若者たち、王侯、貴顕の士、要するに人の心を呪縛し魅するありとあらゆるものを目に見させ、ために人びとはてっきりこれらの気晴らしや快楽を享楽し娯しんでいると錯覚さえする。彼らはしかし、一方では、悪魔、鳥、牢獄、荒野だの、絞首吏や拷問刑吏の醜怪な姿だの、とかをも眼にするのであって……そのため非常に遠い奇妙な国を旅行したような気���するほどである。」
おそらく現代の幻覚剤による「旅(トリップ)」と同じような、未知の空間への旅行が体験されたのであろう。ヒエロニムス・ボッシュの「千年王国」の天国と地獄を一またぎするような、至福と恐怖がこもごも登場するその旅の旅行の体験の内実は、「ビート族のベヨーテ生活」の至福共同体が「ある敷居を境に苦痛の闇へと転落し、そこからヒップスター生活が犯罪の世界へ繋っていく」(ワイリー・サイファー)ところまで、現代の幻覚剤体験そっくりだったようだ。
 幻覚剤文明が現代の特産物ではないように、魔女の塗膏もキリスト教的中世独特の薬物ではなかった。それは古代ローマにも、それ以前の蒼古たる地中海文明的なかにも、明らかに存在していた。ただ、またしてもその意味が違っていたのだ。キリスト教的中世の魔女の塗膏が忌むべき禁止の対象であったのにひきかえ、そこでは同じものが驚異の対象だったからである。
もっとも著名な例は、アプレイウスの『黄金の驢馬』の主人公ルキウスが魔女めいた小婢フォティスの導き屋根裏の小部屋の扉の隙間ごしに覗き見るパンフォレエの変身であろう。ミロオの妻パンフォレエは人眼に隠されて塗膏を身体中に塗り、鳥に変身して夜な夜な恋する男のもとへの飛んでゆく。
「見るとパンフォレエは最初にすっかり着ていた着物を脱いでしまうと、とある筐(はこ)を開いて中からいくつもの小箱を取り出し、その一つの蓋を取り去って、その中に入った塗膏をつまみ取ると、長いこと掌でこねつけておりましたが、そのうち爪先から頭髪のさままでからだじゅうにそれを塗りたくりました。そいでいろいろ何かこそこそ燭台に向ってつぶやいてから、手足を小刻みにぶるぶると震わせるのでした。すると、体のゆるやかに揺れうごくにつれて柔かい軟毛(にこげ)がだんだんと生え出し、しっかりした二つの翼までが延び出て、鼻は曲って硬くなり、爪はみな鉤状に変わって、パンフォレエは木菟(みみずく)になり変わったのです。
そうして低い啼き声を立てると、まず様子を吟味するように少しずつ地面から飛び上がるうち、次第に高く上がってゆくと見るまに、いっぱい羽根をひろげて、外へ飛んでってしまいました。」(呉茂一訳)
この場合にもパンフォレエの羽化登仙的な至福感は事の一面を物語っているにすぎない。同じ塗膏をフォティスから手に入れたルキウスは、同じようにそれを身体中に塗りたくりながら鳥とは似もつかぬ鈍重な驢馬に変身してしまう。それは天上的なものの失墜した果ての、道化た、暗い、醜悪な実相である。以後、彼はヒエロニムス・カルダーヌスのいわゆる「非常に遠い奇妙な国」の間をさまざまの魔物や物の怪に囲まれながらさまよいつづけなくてはならない。天上の飛翔は、一転、暗い冥府の旅に変るのである。
さて、このように両極的な作用を及ぼす『黄金の驢馬』の魔女の塗膏の成分は、一体どのようなものだったのであろうか。フォティスはこれらの驚異が「小さな、つまらない野草のおかげで」成就すると説明している。「茴香(ういきょう)をちょっぴり桂の葉をそえ、泉の水に浸したものを身に浴びるとか、飲むとかするだけ」でよく、また変身の解毒剤には「薔薇の花」を食べればよい。これ以上の説明がないので詳細は不明であるが、塗膏が茴香や桂の葉を含むいくつかの野草から合成されたことだけはたしかである。
ローマ文学史上、アプレイウス(一二三頃~一九〇年?)が登場するのは白銀時代も終焉してからのことであった。すでにこの頃、オリエントの異教はローマに流入して熱病のような猛威をふるっていた。しかし魔女の薬草はこれより早く、すでに黄金時代から重要な文学的トポスとしてしばしば詩文学の上に登場している。さいわい、ゲオルク・ルックという学者が黄金時代の四人の詩人に焦点をしぼって、『ローマ文学における魔女と魔法』について論じているので、これを参照しながらローマにおける魔女の塗膏の繁昌とその源泉をしばらく訪ねてみよう。
アプレイウスのパンフォレエが「恋いこがれた男」のもとに飛んでいくために鳥に変身したように、塗膏の効果の主たる目的の一つは明らかに愛の魔法であった。正確にはむしろ愛の錬金術というべきかもしれない。なぜから塗膏は、別れた男女をふたたび合一させたり、げんに夫婦である男女を分離させてその一方をよこしまにも他の男や女に結びつけようとする、分離と結合のための触媒の役を果たしたからだ。それゆえに塗膏の使い手反しばしばローマの悪場所である売淫の街区スブーラに巣食う百戦錬磨の取り持ち女たちであった。
盛期黄金時代の詩人ウェルギリウス(前七十~十九年)の『牧歌』第八に、ダフニスに恋をして捨てられた女が魔法で男を呼び返そうと逸話が見える。ふつうから職業的な魔女の家を訪うべきところであるが、この女(そもそも『牧歌』第八のこの箇所は、牧人ダモンとアルフェシボエウスが歌くらべをして、アルフェシボエウスが魔法を実演してみせるためにその女にじかになり変わり、彼女の声、言葉、状態を直接に演じているので、女は無名である)は女奴隷のアマリリスを助手に使い、かつて大妖術使いのモエリスから伝授された霊薬の製法を駆使して、みずから愛の魔法を演じてみせる。はじめに彼女はアマリリスを呼び寄せてつぎのように命じる。
「水を持ってきて、そこの祭壇をやわらかい紐でお結び。それから強い野草と匂いのきつい乳香を燃やすのだよ、そうすれば情夫(あのひと)の狂った気持を魔法の供物(くもつ)で惑わしてやれるのだから。足りたいのはあと魔法の呪文だけ。――街から家へ、私の呪文よ、ダフニスを連れ戻しておくれ。」
祭壇に結び紐、野草、呪文といった魔法が早くもあらわれている。「やわらかい紐」はおそらく羊毛の紐で、羊毛の紐には霊的呪縛力があると信じられていた。紐の結び方は、まず不実な相手の肖像画の首のすわりにそれぞれ三色(黒、白、赤)に彩った三本の紐をかけ、この画を祭壇のまわりに三度めぐらせる。「三つの異なる色を三つの結び目でひとつに結ぶかいい、アマリリス、結びつけさえすればいいのだよ、アマリリス、そしてお言い、〈私の愛の絆(きずな)を結ぶ〉と。」
三の数がしきりに重用されるのは、「神は奇数をおよろこびになる」からである。したがって「愛の絆」云々の畳句(ルフラン)も三x三の九回唱えられる。紐の三色のうち黒は冥府の色で、赤と白は悪を予防する保護色であり、黒を中心にしていわば施術者を庇護してくれる。こうして呪縛――結合(katadesis)が完了し、ダフニスは空間を立ち越えて施術者につながれてしまう。しかし魔法はこれで終わりではない。無気味な呪いの人形の焚刑がこれにつづく。
「粘土が火で固くなるように、蠟が同じ火にあった溶けるように、ダフニスは愛のために私のところにやってくる。供物の碾(ひ)き粉を徹き、もろい月桂樹を瀝青で燃やすがいい。悪いダフニスが私を燃やし、私はこの月桂樹の枝と私のダフニスを燃やす。」
呪いの人形はホスティウスの『諷刺詩篇』第一巻八「魔女とかかし」にも登場するが、ここでは魔女は「毛制と蠟制の二つの像をもっていた」(鈴木一郎訳)とあって、はっきり人体を模している。しかしウェルギリウスでは粘土や蠟をダフニスの姿に似せて捏ねておく必要はなかった。男の名前や不実を意味する符号が粘土や蠟に刻み込まれていたかもしれないが、顔形を模造するまでもなく、施術者の女がこれこれの呪物によってダフニスを意味し、それが相手だと考えればよかったのである。粘土は火のなかで固くなり、蠟は軟らかくなる。ゲオルク・ルックの注解によると、粘土は女の(相手にたいして硬化する)憎悪の固さをあらわし、蠟は彼女にたいしてふたたび軟化するであろう男の気持をあらわしている。異解では、粘土が固くなるのは、彼女から離れて他の情婦に移ったダフニスの気持を憎むべきコイ恋仇にたいして固くさせるの意である。同時に投げ込まれる月桂樹は願いの筋の吉凶を知らせてくれる。月桂樹がバチバチ爆(は)ぜて燃えれば願いはかない、燃えつきが悪ければさらに瀝青を注いで火を熾(おこ)らせるのである。
だが、つぎつぎにおこなわれる魔法にもかかわらず吉兆は一向にあらわれない。そこで女は、ダフニスが「担保」としてのこしていった衣服を閾(しきい)の下に埋めて地下の神々の裁きを乞う。「ダフニスは私にこの担保の借りがあるのだ」と。事態はこれでも好転しないので、女はアマリリスに先程燃えていた火の冷めた灰を河に持っていって投げ捨てるように命じる。その場合、灰を運んだらそれを「頭越しに」河に捨て、そちらの方を見ないで帰ってこなくてはならない。そうしないと悪霊がかえって施術者の側に憑(つ)いてしまうおそれがあるからである。かくて灰は流れに運ばれて「ダフニスを襲うであろう」。
この箇所では、女はダフニスへ呪縛をひとたび放棄して、呪いの灰で彼を襲うためにふたたび相手から分離している。「結合(カタデシス)の後にかりそめの「分離(アポリシス)」がつづくのである。この分離は恒久的なものではない。最後の結合手段として効果甚大な薬草(野草)が控えているのを女は知っている。しかしその力はあまりにも強大で、まかりまちがえば周囲に致命的な影響を及ぼす。そのために、一瞬、女は最後の切札を出すべきかどうかを逡巡する。するとこの瞬間、一度冷たくなった灰がふたたびめらめらと燃え上って祭壇を焦がしはじめる。
「これは吉兆だ!明らかにこれは何事かを意味している。――これを信じるべきなのか。それとも恋する女が魔法の夢にまどわされているのか。止まれ、わが呪文よ、止まれ。ダフニスはすでに都(みやこ)から帰りつつある。」
強烈な薬草を用いるまでもなく愛の魔法は成就する。しかし抜かずに終わった伝家の宝刀を彼女は依然として持ってはいるのである。それほどのようなものか。
「黒海沿岸で採集されたこの薬草と毒草は、モエリスがみずから私にくれたもので――それは黒海地方に多生している、しばしば私は、モエリスがこれを使って狼に変身して森のなかに姿を隠したり、深い墓穴から霊魂を喚び戻したり、穀物をよその土地に移したりするのを見た。」
薬草は単純な野草ではなく、特に「黒海地方に多生する」と明示されている。ホラティウスも初期の『エポーディ』のなかで、「毒薬の国イオルコスとヒべリアからきた毒薬」について語っている。ヒべリアは現代のグルジア共和国で、黒海地方に属する。黒海という地方は当然コルキス生まれの大魔女メデアを連想させるにちがいない。実際、詩人たちが邪悪な薬物の出所として念頭に浮かべているのはメデアその人なのである。メデアの壮大な魔法を活写した『転身物語』のオウィディウスはいうまでもなくティブルスも、「キルケ―か持ち、メデアが持っているあらゆる毒薬、デッサリアの地に生れたあらゆる薬草、欲情にたける雌馬の女陰からしたたる粘液」(『『哀歌』』と列挙する。オウィディウスのメデアは龍に打ちまたがってデッサリアに飛び、そこから薬草を採ってくる。すなわち薬草の特産地として、黒海沿岸とデッサリアといういずれ劣らぬ不気味な地方がいちじるしく強調されるのだが、これが何を意味するかについてはのちに述べたいと思う。
さて、ウェルギスウスの述べているモエリスの薬草の三つの応用例のうち、一は人狼変身、二は死者を喚起する降霊術(ネクロマンシ―)、三は穀物の生殖力の転移にそれぞれ関わる。人狼変身の話は後代(紀元一世紀)の『サテュリコン』の「トリマルキオーの饗宴」にも出てくるが、人狼信仰はおそらく神話時代に遡る起源を有している。ところがで、ロイナー教授は神話学者ランケ・グレイヴスらの説を援用して、オリュムボス神の飲食物たるアルブロジア(神々の食物)やネクタール(神々の美酒)が右のごとき幻覚性の薬物そのものではなかったとしても、そのエッセンス多量に混じていたにちがいないと推定する。ディオニュソス祭儀のメーナードたちの狂乱もこれと無関係ではない。
アルブロジアややネクタールを飲食する権限を独占している神々は、おそらく有史以前の聖なる王や女王たち(その前身はシャーマンであろう)であった。彼らの王朝が没落した後、それは、閉鎖的結社的なエレウシス密議やオルフェウス密議の秘密の要素となり、ディオニュソス祭儀とも結びついだ。密議の参加者たちは密議の席で共食した飲物や食物を絶対に口外してはならなかった。そうすることによって忘れ難い一連のヴィジョンが体験され、その類推的延長の上に超越的世界における不死と永生が約束されたからである。
ディオニュソス祭儀のメーナードたちの狂乱は、内的には飛翔感覚や性的興奮を伴い、外面的にはさながら狼のような凶暴を示したものにちがいない。彼女たちは髪をふり乱しながら国中を進行し、家畜や子供をずたずたに引き裂き、酒や薬物入りのピ��ルに酔って「インドに旅行してきた」ことをひけらかした。してみると、見知らぬ士兵や妖術使いの人狼変身は、密議的な幻覚共同体が崩壊した後、秘密から疎外された個人や小集団が犯罪の形で表出せざるを得なかった聖なる薬物体験であったとおぼしいのである。
メーナードの末裔のように残酷な魔女たちは、先にふれたホラティウスの『エポーディ』にも登場してくる。数人の魔女が良家の子供を誘拐してきて、地面に首だけが出るように生き埋めにし、御馳走が山盛りの血を眼の前において(口元まで皿がきていても手が使えないので食べられないのだ)凄まじい飢えの修羅場をながながとたのしみ、はては生きたままの身体から骨髄と生き肝をちぎりとり、これを煮つめて媚薬をつくる。
「髪に、さてはまた蓬髪乱れる頭に、小さな蝮どもを絡ませながら、カニディアはコルキスの焔のなかにつぎのものを投ぜよと命じた。墓場から引き抜いてきた野生のいちじくの樹、死者の樹なる糸杉の木材、いやらしい蟇の血に塗られた卵、夜鳥ストリックスの羽根、毒草の国イオルコスとヒべリアからきた野草、飢えた牝犬の口からもぎとってきた骨を。」
これに子供の生き巻肝を加えれば魔女の霊薬は完成する。怖ろしい魔女カニディアのつくる媚薬は、ウェルギリウス作品の場合と同様、ある不実な男を呪縛するためである。しかし不思議なことに、カニディアの媚薬は予期したような効果を発揮しない。男の名はヴァールス���「老いぼれの漁色家」である。いましも彼は「私の手がこれ以上完璧には調和することのない塗膏(ポマード)を塗られ」て、魔窟スプーラの犬に吠えつかれ、人びとの物笑いの種になっているはずであるのに、これはどうしたことであろう。彼はこともなげに街をうろついて夜の冒険に出かけている。やがてカニディアは「(自分より)さらに秘密に通じた魔女」が彼の背後にいて、その呪文が自分の塗膏の効果を台なしにしていることをさとる。「もっと強力な薬を、そのもっと強力なやつをお前から取り上げてやる」。こうして毒物と解毒剤が互いにきそいながら老ヴァールスを板はさみにしてしまうわけた。
それはちょうど、十八世紀毒殺魔ド・ブランヴィリエ侯爵夫人が夫の侯爵を亡き者にしようと毒を盛ると、度重なる毒殺の発覚をおそれた相棒のサント・クロアが解毒剤をあたえ、毒と解毒のシーソーゲームのなかで中途半端な廃人と��った侯爵が、宙ぶらりんな生かさず殺さずの、世にも恐ろしい余生を送ったのとそっくりであった。
ヴァールスというのが誰をモデルにした人物ではっきりしない。しかしホラティウスの知人であることはたしかで、詩人ははっきりとヴァールスの肩を持ち、かつカニディアを憎んでいる。一方カニディアは、詩人の庇護者マェーケーナスがローマの無縁墓地エスクィリーナエの丘を自分の庭園に造りなおした際、この旧墓地に出没した魔女である。ホラティウスは「汝、マドロスや旅商人どもにあまた愛された女」と侮蔑しているので、前身は港町の娼婦かいかがわしい取り持ち女の類であろう。一説には、本名をグラティディアと称してナポリで美顔用塗膏を商っていた実在の女であるともいう。
ホラティウスは何故かこの女を心底から憎悪していた。開明的なエピキュリアンであったホラティウスはむろん魔法を真に受けていたわけではないが、不倶戴天の敵カニティアの脅威は身をもって知っていたらしい。カニディアは詩人に執拗に呪いをかけた。『エポーディ』前半ではカニディアを揶揄していた詩人も、第十七歌あたりではさすかに音(ね)を上げて魔女に降参してしまう(「やめろ、やめてくれ!私は効き目のある術に降服する!」)カニディアとホラティウスの間には直接の色情的怨恨はないのに、何故こうも執拗に呪詛し憎悪し合うのであろう。目下の論題から離れるので無用の詮索ではあるが、講和主義として敗北してから「黄金の中庸」を看板に韜晦してきたホラティウスの、政敵にたいする潜在的な不安が魔女カニディアの姿に結実したのだとすれば含意は深長である。
ところで、先に私は、老ヴァールスがより秘密に通じた別の魔女から対抗秘薬を調達し、カニディアの塗膏から身を護った経緯を述べたが、正確にはこれは逆である。漁色家ヴァールスは老いかけた精力を挽回するために(別の)魔女に催淫剤を依頼し、そのお蔭で老齢にもかかわらず夜な夜なスプーラに出没することができたのであった。一方、カニディアの塗膏は通常の媚薬とに逆に、この好色な遊び人を性的不能に陥らせる麻痺的な減退剤であったにちがいない。なぜなら「老漁色家がスプーラに犬に吠えつかれ、人びとの物笑いの種になる」効果を狙った薬物は、相手を色街における無用の徒である不能者に仕立てるための、底意地の悪い精力減退の薬にほかならないだろうからである。この不能不毛化させる魔法は、ウェルギリウスのいう「第三の魔法」である穀物の生殖力の転移盗奪の法にも通じている。
ローマ最古の法文書である十二銅表律は、隣人の耕地の収穫物を荒廃させる災いの魔法を重罰をもって禁じている。罰は犯罪を前提としているので、すでに当時から他人の畑の生産力を涸渇させ、(あまつさえ)これを我田引水しておのが腹を肥やす魔法が実践されていたのであった。本来神と自然の摂理のみが按配すべき穀物の作不作が人為の魔法によって操作されるのなら、同じことは人間的自然である肉体の活力の、特に性的エネルギーの増減についても通用するはずである。
ホラティウスがカニディアに蒙ったの呪い魔法は、老ヴァールスのような精力衰弱のそれぞれではなかったが、肉体のすみやかな老化という脅威であった。彼の髪は急速に白くなり、仕事は日々困難になりまさり、一瞬として息を吐くひまもなくなるであろうというのが、カニディアの呪いに籠めた脅迫であった。事実、ホラティウスは年齢より早く白髪が目立ち始めていたが、それがカニディアの魔法のたまものという証拠はなく、むしろ詩人は生来の病身にもかかわらず健康を維持し、日々の仕事も快適に楽しんでいた。彼はカニディアの悪意を感得してはいたが、魔法そのものはそれほど本気で信じていたわけではなかった。
ウェルギリウスやホラティウスの同時代の詩人プロベルティウス(前四十八?~十九年)も魔女の呪いを蒙ったことがある。プロベルティウスの受けた呪いは、まさに彼の男性としての能力の荒廃の脅威であった。敵なる魔女はその名もアカンティスといい、魔法をあやつると同時にやはり男女の仲を斡旋する取り持ち女でもあった。そもそもおらゆる種類の自然と蔑視してその正常な運行を人為的に左右しようとするプロメテウス的瀆神行為である魔法を、とりわけ肉体のの領域において一手に引き受けていたのは、先にも述べたように、当時スブーラに巣食っていた卑賤な薬草売りの魔女やあやしげな取り持ち女だった。ホラティウスの『エポーディ』のいちじるしい影響下にある『哀歌』のなかで、プロペルティウスはほとんどホラティウスをそのまま踏襲しながら唱っている。
「彼女(アカンティス)はつれないヒッポリュトスをアプロディーテーにたいして和ませるすべをすら心得ているのだ、水入らずの愛の絆にたいする最悪の災いの鳥であるこの女性。彼女はベネローベをさえ、その夫の知らせなどおかまいなしに、淫蕩なアンティノースとめあわせることだろう。彼女がその気になれば、磁石はもはや鉄を牽引せず、鳥はその小鳥たちの巣のなかで継母(ままはは)となる。すなわち彼女がポルタ・コリナの野草を掘り出したならば、固く結ばれていたものはすべて流れる水に溶け去るのだ。彼女は大胆にも月に呪文をかけ、月をおのが掟に従わせ、夜な夜なその肉体を狼の姿に隠す。醒めている夫の眼を環形でくらませるために、彼女は処女の雌鳥どもの眼を爪でくり抜く。彼女は魔女たちと結託して私の男性の能力を去勢させようとし、私に害をあたえようものと子持ちの雌馬の欲情の愛液を集めた。」
アカンティスはエロチックな引力(共感)と斥力(反感)の結合(カタデシス)と分離(アポリシス)の両極原理を基盤とする錬金術的性愛術を自在に操るのである。思うがままに貞淑ペネローペを淫蕩なアンティノース靡かせ、冷たいヒッポリュトスにアプロディーテーにたいする熱烈な情欲をかきたてる。彼女は自然の法則を嘲笑し、リビトーの流れをあちらからこちらへと変えたり、涸らしたり、増量させたりすることさえできる。共夫の女をよこしまな道楽者に取り持つように頼まれれば、不運な男の眼を鳥の眼をくり抜くようにくらませ、あまつさえ他人の畑の作物を枯らすようにしてそのリビドーを荒廃させ、不能の夫から強壮薬で男性的魅力をいやが上に引き立たせられた道楽者の方へと女の浮いた心を誘導していく。共感の法則をたくみに使い分けて、愛し合う男女を別れさせたり、嫌われた相手を手元にたぐり寄せたりするのである。
もっとも、このときにこそ魔女アカンティスを憎々しげた呪詛しているプロベルティウスであるが、彼自身、若年の頃は靡かぬ片恋の人「キンティア情(なさけ)を買うために「キタイアの女の魔法の呪文によって星辰や河の軌道を転ずることができ」、「わが主なる女(ひと)の心を変えて、彼女の貌(かんばせ)を私のそれよりも蒼ざめさせる」魔女の性愛術に帰依したことがあったのである。
アカンティスの魔法の中心にあるのも「ボルタ・コリナの野草」である。黒海やコーカサス地方の野草ではなく、市郊外の入手しやすい野草に頼ったのは輸入品が高価だったからであろう。いずれにせよ、この野草を投ずることによって、星の運行、河川の流れ、男女の情愛、磁力や母子愛まで、自然の正常な摂理は突然ばらばらに分解し、崩壊した積木の神殿を魔女の家に組み立てなおすように、別種の構成原理の手に委ねられる。
端的にいえば、この瞬間に世界は昼の側から夜の側に逆転し、世界原理の主宰者が神と宗教から悪魔(もしくは魔霊(デーモン)と魔法に交替する。あるいは天地創造の原活力たる火が神の手からプロメテウスに簒奪される、といってもいい。このように、あらゆる魔法使いは自然の法則を嘲笑するプロメテウスにほかならないのである。
「宗教的人間の態度は、祈る人、懺悔する人の態度であり、魔法使いの態度は主人と支配者の態度である。信仰篤い人間は祈りのなかで彼の神々に自分の優位を感じさせ、呪文によって神々を屈服させる。ある意味で魔法使いは神々の上に立っている。なぜなら彼は、神々がそれに従わなければならないと呼びかけと誓言とを知っており、かつ服従させられた神々の怒りから身を護る予防策に精通しているからである。」(ゲオルタ・ルック)
ローマの詩人たちは宗教詩人というよりはむしろ世故に通じたエピキュリアンであった。彼らは神々の側に立って魔法使いや魔女をきびしく紏弾したわけではない。そうかといって、あまたの魔女の姿を描いたにもせよ、彼らは悪魔崇拝に首までどっぷりと浸って秘教的な暗黒詩を書いたのでもない。
詩人たちが魔法にたいしてあいまいな態度をとりつづけたのは、彼ら自身と魔法使いたちとの間に存在した隠微な抗争のためであった。彼らは宗教の側に立って魔法を攻撃することこそあえてしなかったが、彼らなりに魔法を嘲弄もしくは嫉妬していた。なぜなら魔法が万事を解決してしまえば、彼らの持駒である言葉の救済力という白い魔術の出番がなくなってしまうからである。「歌(カルメーン)の原義は「魔法の歌」、「魔術的呪文」であった。「詩作(ポイエーテス)」もまた言葉の自然状態の組み変えというプロメテウス的行為である。それゆえに詩人もまた「傲慢(ヒュブリス)」の罪によってみずからはコーカサスの山巓にさらされながら地上の人びとに慰藉を授ける。プロベルティウスの言葉の医術についての確信は反語的である。
 私は離ればなれにさせられた恋人たちをふたたび合一させることができ、
主(ぬし)なる女(ひと)の抗う扉を開くことができる。
私は他人(ひと)の生々しい悲哀を癒すことができるが、
私の言葉のなかにはいささかの薬剤もない。
 さてウェルギスウスのモエリスが演じた薬草による三つの魔法のうち、まだ死者降霊術のみが言及されていない。死者召喚の秘法に関しては、すでにホメーロスの『オヂュッセイア』第十一巻に「招魂」の章がある。そこでオヂュッセウスに地下に一キュービット四方の穴を掘り、乳、蜜、酒、水、大麦の粉などを播いてから黒い牧羊の喉を切ってその血を穴に注ぎ、死者たちの魂を喚び戻す。古代人にとって死者は存在から消滅するのではなく、冥府や月世界に移行するのであるから、冥府の主であるハーデスやペルセポネイアに祈願して時間を逆流させることができれば、死者は当然地下世界から地上に還帰するはずなのである。地下的なものの秘密の結実である薬草がこの喚び戻しに重要な役割を駆使するのである。オウィディウスはいう。「彼女は���び朽ちた墓の底から汝の父祖や祖先を引き出し、大いなる祈りによって大地と岩石とを割る。」
死者召喚が発端と終末、死と生と逆転であるとすれば、死から生への大逆流の一環として若返りの魔法が考えられる。老年から幼年への(自然的に不可逆的な)若返りはいわば死者再臨の模型である。オウィディウスは『転身物語』のなかで大魔女メデアがアエソンに施したおどろくべき若返りの秘法を絢爛たる筆にのせて活写している。
しかもここでメデアの魔法の要となっているのも「魔法の霊薬」である。まずメデアは翼のある龍にの首に牽かれた車を呼び出し、これにのり込んでテッサリアの野に飛び、あまたの薬草を採集する。それから奇怪な薬の調合にかかる。
「かの女は、髪の毛をバックスの巫女のようにふりみだして、炎のもえている祭壇のまわりをぐるぐるまわり、こまかに割った炬火(たいまつ)を溝のなかの黒々として血にひたし、ふたつの祭壇の炎でその炬火に火をつけ、こうして火で三度、さらに硫黄で三度老人(アエソン)のからだを清めた。そのあいだに、火にかけた青銅のなかでは、魔法の霊薬が煮えたぎり、白い泡をたててふきこぼれていた。かの女は、ハエモニア(テッサリアの古名)で刈りとってきた草の根や種子や花や激烈な草汁をそのなかに煮こみ、さらに、極東の国からとりよせた 取り寄せた小石や、オケアヌスの引潮に洗われた砂をまぜ、これに満月の夜にあつめた露、鷲木菟(わしみみずく)の肉といまわしいその翼、おのれを狼のすがたに変えることができるといわれる人狼の臓腑をくわえ、その上にキニュプスの流れに住む水蛇のうすい鱗皮と、九代を生きながらえた鴉の嘴と頭を入れてことをわすれなかった。」(田中秀夫・前田敬作訳)
前代の詩人たちの精読者であったオウィディウスは、ここにウェルギリウスやホラティウスやプロペルティウスの伝えた魔女の秘薬のあらゆる要素を投げ入れ、ほとんど完璧なごった煮を調製しているのである。さて、メデアの最後に橄欖樹の枯枝でこの液体をかきまわすと、老いた枯枝はみるみるうちに縁に返って豊かな薬をつけ、ふきこぼれた液がふれた地面はたちまち若やいだ春の地肌に変り、花が咲き、やわらかい草が萌え出た。メデアはすぐさま剣を抜いて老人の喉に孔をあける。流れる出る古い血の後に薬液を注ぎ込むと、瀕死のアエソンの白い鬚や髪はたちまち真黒になり、老醜の皺は消えて四十年前の姿になり変わった。
メデアが龍にのって薬草を探しにいくデッサリア地方は、都の郊外のように手近ではないが、さりとて彼女の故郷の黒海沿岸(コルキス)やコーカサスのような遠方でもない。しかしこころみに地図を広げてみると、エーゲ海から黒海に入るダーダネルス海峡を通じて、薬草の特産地たる黒海東端のコルキス、ヒべリア、コーカサスは水路から意外にも指呼の間にある。事実、アルタゴナウタエたちはテッサリアのパガサエの港からアルゴ号を仕立ててコルキスの金羊毛皮を探しに出立した。テッサリアと黒海沿岸地方に古くから深い関係が成立していたであろうことは、この一事からも容易推測される。ちなみにロイナー教授の野生幻覚剤分布表によると、魔女の塗膏の歴史的原生地は「中央ヨーロッパ全土」とされている。
おそらく中央ヨーロッパ奥地から地中海沿岸地帯にかけて、かつて強大な母神信仰が栄えていたのであった。この地下的(クトーニッシュ)母神崇拝の宗教はやがてアポロン的宗教に打倒され、輝かしいギリシア世界の表面からは駆逐された。とはいえ跡形もなく消滅したわけではなく、勝利を占めた若いアポロン信仰は古い地中海宗教の多くの要素を受け入れた。たとえばデルポイの神託を授けるアポロン神殿の巫女ピュッティアは、大地の裂け目の上にすわって地中からくる母の指示を受信する。ピュティアという名称そのものがすでに前ギリシア的宗教における地下的なものの化身たるピュトンの蛇との関連を暗示している。
若い宗教に征服された前代の宗教は、一転、魔法となるのがつねであった。のが常であった。同様に魔女たちは、かつてこの冥府的な大母神信仰の由緒正しい女司祭若巫女だったのであろう。しばしば魔女が引合いに出すテッサリアやコルキスのような土地は、メデアのような大女司祭が君臨していた聖地だったのであろう。したがってローマの詩人たちがその作品のなかに描いたアカンティスやカニディアのような魔女は、没落した大母神崇拝教団の巫女の、いまは往古の栄えある祭儀に参加するすべもなく孤立して巷をさまよい、賤業に口糊する、頽落したなれの果ての身にちがいない。彼女たちが時折り口にした霊薬の甘味は、プルーストにおけるマドレーヌの喚起的美味とひとしく、それが神餞として共食された往時の、栄光ある、だがいまは沈んで久しい世界の天上的な至福の思い出を、一瞬ざまざと想起させてくれたかもしれない。
魔女の塗膏や霊薬は、それ自体としても、むろん後の悪魔礼拝と切っても切れない密接なつながりがある。しかしそれよりも重要なのは、魔女を女司祭に戴いていた前ギリシア的地中海宗教が若い宗教に敗北したとき、そこにアポロン信仰が定位されたことである。いいかえれば、このとき以来、崇拝の対象は女性神(大母神)から男性神アポロンに変ったのだ。
アポロン的宗教の男性神崇拝は、当然のことながらキリストを受け入れる基礎を用意した。ここからキリストの倒錯像サタンの成立まではわずか一歩である。アポロンとキリストが男性でなかったならば、悪魔もまたついに男性ではなかったであろう。若い男性神に打倒された母神へのなつかしい郷愁は、アポロンやキリストへの憎悪の化身である第二の男性神を必然的に招来せしめた。この怨恨と憎悪に黒々と塗り込められた黒い男は、ときにはサタンとして、ときにはロマンティックな悪魔主義者として、ときには超人や天才として、時代とともに変転する自己表現をとげた。 いみじくも聖侯爵の「悪魔主義」について語りながら、「天才は母の国にではなく、魔女の国に棲む」と語ったのはG・R・ホッケである。私が右に述べてきたのもサタンの棲もう風土たる「魔女の国」のくさぐさの追憶であった。
出自《悪魔礼拝》
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cosmicc-blues · 2 years
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2021/11/28
朝、目覚ましで目が覚める。今日も今日とでいい天気。ついに冬用のアウターを羽織ることにする。
幕開け時間ギリギリで劇場に到着、一本目から三本目のチケットを買う。
一本目、神代辰巳の『悶絶! どんでん返し』。歓喜乱舞の大爆笑。一度めの濡れ場ではおしっこ漏れそう、おしっこ漏れそう、とわちゃわちゃ余計に震えながら事にあたり、二度めの濡れ場ではなんか部屋が寒いらしく、寒いよう、寒いよう、とわちゃわちゃ余計に震えながら事にあたる。お尻の穴から吹き出すピロピロ笛、ピロピロ笛の熱血指導から何故か恋に落ちる男女など、余計に次ぐ余計のオンパレード。世界の総和は0ではなく、割り切れないものの余りもの、そのこころは最前線、そんな信念と覚悟に裏打ちされた歓喜乱舞の必笑映画。朝っぱら元気になりすぎちゃって仕方ない、ただでさえ元気なのに今日という日は余計に元気!
二本目、池田敏春の『天使のはらわた 赤い淫画』。脚本は村木と名美シリーズの石井隆。このシリーズを観るのも3本目になるから展開は読めてくる。とにかく男と女がすれ違う、これだけは間違いない。最後のさいご、村木は待ち合わせ場所に現れないと思った。あんなに刺されては現れようにも現れられない。待ち合わせの時間から一時間が過ぎてもやはり現れない村木、名美はかばんに忍ばせていた村木への些細なプレゼント、他人からの貰い物でじぶんにとってはありがたくもない、でも、村木にとっては一等の価値のあるプレゼントをゴミ箱に捨てる。その直後に階段から這い上がってくる村木。その瞬間にも幕が閉じ、二人はやはりすれ違いの運命にあることを悟らされるのだけど、とにかくあの場に村木が不可能を無理やりに可能にして現れたことの映画的パワーよ。そして名美は、じぶんの傷はゴミ箱に捨てて折り合いをつけてしまい、その瞬間にも村木の存在に救われるという喜劇的な展開をどう説明したらいいだろう。
3本目、田中登の『㊙色情めす市場』。凄まじすぎてひたすら絶句。言葉として何も言い残すことができない、ただ見ることしかできない。
当初の予定ではSとリハおよび、二人でも撮れるところは撮っておこうという算段だったのが、どうやらギリギリで間に合いそうだから走って移動、電車に乗って移動、チェン・ユーシュンの『ラブゴーゴー』を観に行くことにする。『ラブゴーゴー』こんな潔いタイトルからしてすでに気になるところではあって、じっさいにとってもいい映画であった。そのラブはどこに向けられるものなのか。万田の『愛のまなざしを』ともダイレクトに通じ合ってくる。と、いうか、映画というものの行き先が愛というものの行き先と通じ合うようにできているのかもしれない。
映画終わり、朝から何も食べていなくてひどく空腹だからBBに行いこうよとSを誘う。ほどほどに酔ってきた頃に衝撃的すぎる事実を告白され、もう大爆笑がとまらない。帰りがけに「あなたはほんとうに映画みたいなひとだね」って言われたことがとても嬉しく、それに対して「映画大好きだからね!」って自信満々に応えられたことがまた嬉しい。
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flhq · 4 years
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NOVA SCOTIA FISHERMAN EXTREME SKIN CARE
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みなさん、こんにちは。
FLHQ で販売するスキンケア用品、
カナダ生まれの NOVA SCOTIA FISHERMAN EXTREME SKIN CARE
をご紹介しましょう。
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NOVA SCOTIA古地図のレプリカ。
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カナダ極東の海沿いの島、ノバスコティア州。
この島には、容赦ない太平洋のあれた天候や過酷な環境下で働く
漁師(フィッシャーマン)たちが居ます。
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そんな厳しい環境に晒される、彼らの肌、皮膚をケアするために生まれた
スキンケア用品、NOVA SCOTIA FISHERMAN EXTREME SKIN CARE。
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カナダのノバスコティア州アナポリスバレーにて、
Les Falconer と、叔父の Perley Beairsto により設立されました。
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NOVA SCOTIA FISHERMANで働くスタッフたち。
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FLHQでは、NOVA SCOTIA FISHERMAN を
フルラインナップでご用意しました。
このカヌーがデザインされたディスプレイは、
地元のリハビリテーションセンターに制作を依頼して作られています。
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Kings Regional Rehabilitation Centre
ここでは、実生活で生産的な仕事に就くことが困難な人びとにも
安全な作業環境を提供しています。
働く人たちが誇りと達成感を得られるよう協力し作業が進められています。
ノバスコティア・フィッシャーマンの地元の製材産業によって作られています。
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ディスプレイの材料は、地元の製材所から揃えています。
NOVA SCOTIA FISHERMAN SKIN CAREの特徴
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ノバスコティア・フィッシャーマン製品は、
すべて天然由来の美容成分のみを配合しています。
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SEA KELP
自然環境が保全された現地の海から収穫された
アトランティック・シーケルプ(昆布)には、
強力な抗酸化作用があり、乾燥や傷をケアし、
健康的な肌に導いてくれます。
全製品に、このシーケルプがふんだんに使われており、
すべての人の荒れた肌をケアしてくれます。
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シーケルプの採取は、海藻全体の80%を収穫します。
根と茎の一部を残すことで、
シーケルプの森を破壊せずにサスティナブルで
自然環境を破壊することなく製品作りをしています。
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すべてのアウトドア愛好家のために
自然環境が維持されてこそ、
アウトドアズマンはその恵みを享受できています。
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サーファーたちには、とっても身近な海。
その環境保護に役立つことを製品つくりの理念にしています。
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地元で採取できる清潔な自然由来の成分を使用し、
地元住民の雇用を創出することで、
現金収入に乏しい漁村に雇用を創出します。
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*防腐剤、石油化学成分、合成物質、増量剤 すべて不使用。
乳幼児、アトピーなど敏感な肌の人にも安心して使えます。
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*高品質な植物由来の美容成分のみを配合しています。
動物由来の成分は使っていません。
動物由来成分の摂取を一切摂らないビーガンの方や、
イスラム教やヒンドゥー教などの宗教的な戒律による
特定の動物由来を禁忌に定められている方にも安心しておすすめできます。
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*製品テストのための動物実験はしていません。
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*カナダ環境省(Natural Conservancy CANADA)  を支援しています。
NCCは、カナダの土地を取得して保護区にしたり、
従来の生態系を脅かすものを排除したりしながら、
この美しい風景を維持してきました。
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では、早速。
NOVA SCOTIA FISHERMAN の製品の中から数点、
ピックアップしてご紹介しましょう。
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EXTREME SKIN CARE SOAP ¥1,045
加熱しない「コールドプロセス製法」で
6週間じっくりと水分を蒸発させ美容成分を濃縮し、
より固くて長持ちする石鹸ができました。
すべて手作業で丁寧に作られています。
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すべて自然素材から作られていますので、
キャンプやトレッキング、旅行など
その他いかなるアウトドアフィールドでも自然を汚さずに安心して使えます。
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EXTREME SKIN CARE SOAP Seabuckthorn & Shea ¥1,045
地元に自生するシーバックソーンを配合した、
爽やかなシトラスの香りです。
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主成分:Palm Oil.Seabuchthron,Kelp,Sea Butter
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Seabuchthron
日本名はサジー。
シーバックソーンは乾燥と塩分に強く、地元の海岸に自生する落葉低木樹。
果肉及び種子に油脂には不飽和脂肪酸が多く含まれ、
抗酸化作用が高いことで、化粧品の原材料として注目されています。
ビタミンCが非常に高く肌を調整するのに最適な地元のベリーです。
炎症を軽減し, 明るい柑橘の香りが良いです。
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EXTREME SKIN CARE SOAP Sea Fennel & Bayberry ¥1,045
肌の赤みを解消し、肌がヒリヒリする方におすすめです。
甘いフローラルの香り。
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主成分:Sea Butter,Vitamin E,Kelp,Sea Fennel & Bayberry
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Sea Fennnel
地中海原産のSea Fennnelは、日本ではウイキョウと呼ばれ、
若葉や種が、食用、薬用、化粧品用として古代から用いられています。
種は甘い香りと苦味があり、香辛料(スパイス)として、
西洋料理では魚料理やピクルスの風味付けに、
インド料理ではカレーに、中華料理では五香粉に、
それぞれ用いられています。
薬用としては、安中散、太田胃散、仁丹に使われています。
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Bayberry (学名:Myrica pensylvanica)
北アメリカ東部に自生しています。
日本名は西洋ヤマモモと呼ばれます。
日本でヤマモモといえば一般的には甘酸っぱい赤い実が成り、
樹皮は消炎効果があります。
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EXTREME SKIN CARE SOAP Fundy & Clay Mint ¥1,045
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主成分:Coconut Oil,Kelp,Sea Butter, Peppermint
ペパーミント、ラベンダー葉エキスを配合。
フレッシュなミントの香りで、オイリー肌をさっぱりとさせます。
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ペパーミント(シソ科ハッカ属)の多年草。
メントールを含み、メントールは局所血管拡張作用があり、
筋肉痛、捻挫の鎮痛剤や、
リップクリームや咳止めなど、軽い咽頭炎や口・喉の弱い炎症を
短期間軽減する。
アロマテラピーでは気分をリフレッシュさせてくれます。
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EXTREME SKIN CARE SOAP Cider & Cinnamon ¥1,045
天然のりんごエキスとシナモンを配合したアップルサイダーの香り。
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主成分:Cinnamon,Cardamon,Nutmeg,Castor Oil,Kelp,Real Apple Cider
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EXTREME SKIN CARE SOAP Cider & Cinnamon
の原材料であるアップルサイダーは、
ノバスコティア州ウルフビルのスターリングフルーツファーム製です。
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Stirling Fruit Farms
スターリングフルートファームは、100年以上前、
NOVA SCOTIA州のWolfville (ウルフビル)にて、
創業者のAlexander Robert Stirling (アレクサンダー・ロバート・スターリング)
により、1917年に創業しました。
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今では、親子4世代にわたり、フルーツ農園の経営と
果実製品作りを行っています。
ノイバスコティア州ウルフビルは、フェアトレード市として認定されています。
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セイロンニッケイ
クスノキ科の小型常緑樹で、原産国のスリランカの旧名のセイロンに由来。
香辛料のシナモンの原材料です。
アップル果汁にシナモン、エキスカルダモン、ナツメグを配合することで、
アップルサイダーのような爽やかで甘味のある香りです。
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EXTREME SKIN CARE SOAP Sea Salt ¥1,045
海の塩を配合して、さっぱりとした爽快な洗い上がり感です。
NOVA SCOTIA州では、海のミネラルをたっぷりと含んだ
海塩が生産されています。
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主成分:Olive Oil,Sea Salt,Kelp,Vitamin E
海塩の他、オリーブオイルとビタミンEを配合しています。
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EXTREME SKIN CARE SOAP Lavender & Sea ¥1,045
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ラベンダー畑。
ラベンダーエキスを配合した優しい香り。
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RESCUE BALM SOAP ¥1,375
主成分:Olive Oil,Shea Butter,Kelp,Lavender,ヒバマタエキス(Kelp),
カモミール花油,ベツラレンタ樹皮油,アンソッコウエキス,ティーツリーエキス,トコフェロール(ビタミン E)、ローズマリー精油、
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カモミールの花(別名カミツレ)抗炎症作用があります。
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ベツラレンタ(バーチ:和名カバノキ)
ベツラレンタな高さ30mに達する中型落葉樹で、
樹皮で生成されるサリチル酸メチルは、
ルートビールのような甘いウインターグリーンのフルーティな香りを発し、
関節や筋肉の鎮痛効果があります。
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アンソッコウ(安息香)エキスは、
ツツジ目エゴノキ科エゴノキ属のアンソッコウノキ(Styrax benzoin)。
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幹に傷を付けて、そこからにじみ出る樹脂。
主成分は抗菌、制菌作用のある安息香酸で、
体内に取り込まれると肝臓にて代謝され馬尿酸となり尿として排泄されます。
水溶性ナトリウム安息香酸 (sodium benzoate)は、
清涼飲料水の保存料として利用されています。
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ローズマリー(属名Rosmarinus)シソ科に属する常緑低木で、
属名のロスマリヌスは「海のしずく」を意味します。
古代から薬用に用いられ、消臭効果や抗菌作用、抗酸化作用があります。
乾燥ローズマリーを95%のエタノールで抽出した精油を含まない成分では、
高い抗ウイルス性と抗酸化作用が認められます。
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EXTREME SKIN CARE SOAP で洗髪しています。
きめ細かな泡立ち。しっとりとした質感です。
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さっぱりとした洗い上がりです。
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さらさらな洗い上がりで気持ち良いです。
石油由来成分の合成シャンプーを使わないことで、
下水に流す水による環境負荷を軽減します。
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Rescue Balm 28,4g ¥1,760
ひどい手荒れやカサつく、ひじやかかとの集中ケアに。
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上記、Rescue Balm Soap と同様の成分を有し、
ゼラニウム、ティーツリー、カモミールなどの
鎮痛効果のある植物由来成分が、
虫刺されや小さな切り傷や引っかき傷、湿疹などのかゆみを鎮めます。
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アロマ香油の原材料として用いられるゼラニウムの花。
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ティーツリー(フトモモ科、コバノブラシノキ属)
ティーツリーの葉から抽出されるティーツリーオイルは消毒に用いられます。
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EXTREME LIP CARE BALM Double Pack 5,2g x 2P ¥1,100
*EXTREME LIP CARE BALMには蜜蝋が含まれるため、
   他のNOVA SCOTIA FISHERMAN製品のように
   ビーガンの方へはオススメできません。
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主成分:ミツロウ、ホホバ種子油、Shea Butter,ヤシ油、ヒマシ油、ヒバマタエキス(海藻)、Olive Oil,ぶどう種子油、ヒマワリ種子、ハッカ葉油、
アオノリュウゼツラン葉エキス、トコフォエロール(ビタミン E)、
レシチン、ミドリハッカ葉エキス、ユーカリ葉油、Lavender、
メントール、ローズマリー葉エキス
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アオノリュウゼツラン(別名;アガベ)
画像はアガベの花が咲いたときの姿。
中心部から「マスト」と呼ばれる花茎が伸び、そのさ先に筒状の花が咲く。
アガベは開花期になると、それまで蓄えてきたデンプンの糖化が起こり、
大量の糖分を含んだ液体が花茎に集まります。
この糖液を発酵させて蒸留したのが、メスカルという蒸留酒。
メスカルの中でも、
メキシコのハリスコ州テキーラにて作られる酒が、テキーラ。
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EXTREME LIP CARE  9,9g ¥935
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EXTREME LIP CARE Candy Cane
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キャンディフレーバー。
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EXTREME LIP CARE  CANADIAN MAPLE
アガベ配合のリップバーム。
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メイプルシロップのスウィートな香りが漂います。
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美味しそうなメープルシロップ。
食べちゃいたい。♥(^^)
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EXTREME SKIN CARE LOTION 360ml ¥3,850
Seabuckthorn & Sea/Aea Fennel & Bayberry,Original Sea Kelp
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ワンプッシュでクリームを掌に。
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EXTREME SKIN CARE LOTION 100ml ¥2,200
旅行や勤務先で使い勝手の良いチューブタイプ。
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50代年齢の肌でも、こんなに肌が若返っちゃいます♪
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Beard Balm  ¥2,090
 髭用のスティックバーム。
セーブルアイランド、シトラスハーバー、スコティアミントの3フレーバー。
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艷やかな髭でオ・ト・コ・マ・エ ♥
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Forest Charcoal Soap ¥1,375
主成分:Olive Oil,Shea Butter,Lavender,パチョリ葉油、オレンジ果皮油、
トコフェロール(ビタミン E)
毒素や有害物質、汚染物質などを吸着する炭から作ったデトックス・ソープ。
ノバスコティア州ケープルトン島の林業で廃棄されていた炭を
有効活用しています。
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パチョリ(別名:霍香(カッコウ)
シソ科ミズトラノオ属の常緑多年草です。
パチョリ葉油は葉部分の水蒸気蒸留法で得られます。
独特な墨汁ぽさにも通ずる、ウッディで東洋的な香りが特徴です。
パチョリアロマの鎮静効果はリラックスするとともに、
催淫効果があるとされ、ベッドの片隅に
NOVA SCOTIA FISHERMAN Forest Charcoal Soap を
置いておくのも良いかもしれません。(^^)♥
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*画像はフリーサイトから掲載しました。
1960年代には、既存の社会体制や価値観を否定し自然回帰を提唱した人々
「ヒッピー(フラワーチルドレン)」を象徴する
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サイケデリックやフラワームーブメントを象徴する香りとして
パチョリは流行しました。
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フラワーチルドレン
1960年代は、ベトナム戦争反対のムーブメントが若者たちに沸き起こり、
反戦デモ隊を銃で制圧しようとする緊張の中、
警備隊の銃口に若者が花を挿すという行動が、緊張感を和らげ、
ヒッピーたちが次々と銃口に花を差し入れました。
このとき摂られた写真が、フラワー・パワー」という題で、
ピューリッツア賞にノミネートされています。
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虫除け効果があるとされ、中国から絹織物を中東へ運んだ
シルクロードの商人たちは、衣蛾が絹に卵を産み付けることを防ぐために、
絹織物の中に乾燥させたパチョリを入れていました。
ヨーロッパでは、パチョリの香りがする絹織物が高級品の証でもありました。
2018年に「Molecules」に掲載された
60種の精油の抗真菌活性調査の結果でも、
パチュリオイルに抗菌活性が見られたことが報告されています。
そのほかに抗炎症作用が期待できる
α-ブルネセンやカリオフィレンを含むこと、
パチュリーオイルには免疫強壮作用を持つという見解もあるなど、
精油風邪やインフルエンザなどの感染症予防・発熱などの
ケアに取り入れられることもあります。
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MINI BAG ¥1,760
リップケア、ソープ、レスキューバーム、ハンドクリームの
ミニサイズが4種類入ったスターターキットです。
プレゼントにも好評です。
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