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#成瀬巳喜男
shihlun · 5 months
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Mariko Okada in Floating Clouds (1955), Flowing (1956), Late Autumn (1960), and An Autumn Afternoon (1962).
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kennak · 2 years
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片山杜秀は近代日本政治学者であり現代音楽評論家だから、新東宝の右翼性も伊福部昭も片山抜きには成り立たない。  成瀬巳喜男は松竹に在籍していたが、城戸四郎に「小津安二郎は二人要らない」と軽んじられ、P.C.L.(後の東宝映画)に移籍した。  新東宝を語るために片山杜秀は大江健三郎の「セヴンティーン」から始める。「セヴンティーン」も右翼少年の物語だった。  少年少女ヒーローとヒロインで、『赤胴鈴之助』~『月光仮面』~『隠密剣士』の流れが語られる私も。小中学生の頃夢中で見ていたのだった。ほかに『怪傑ハリマオ』というのがあった。月光仮面は今から見るとちゃちなオートバイに乗っていた。  手塚治虫について、夏目房之介は「手塚の発言には問題が多く(中略)、手塚の発言を検証なしに使うのはきわめて危険である」と厳しい。「とはいえ手塚の戦後物語漫画への影響力は圧倒的ではある」とも言っている。
筒井清忠編『昭和史講義【戦後文化篇】(下)』を読む - mmpoloの日記
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helloharuo-diary-2023 · 2 months
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成瀬巳喜男「流れる」1956
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Friday 21 February 2014
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この映画は前にも観たがここ最近この映画のタイトル「流れる」が記憶に蘇って仕方なかった。『流れる!流れる!』と何度も独り言を言っていた。高峰秀子が出演している映画で他の女優さんたちも豪華キャストで特に栗島すみ子という女優、小津安二郎の映画「淑女は何を忘れたか」にも登場するが癖の強い女優さんで嫌なんだけど好きな女優。それで「淑女は・・・」からなんと!19年ぶりにこの映画出演したそうでWikipediaに寄ると「セリフを一切覚えずに現場入りをした事は語り草にもなっている。」とのこと。明治35年生まれ。詳しいエピソードは知らないがプロとして凛としていたんじゃないかと想像。多分だが高峰秀子はこの女優を個人的には好きではなかったのではないかな。
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mninmt · 4 months
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2023年に観てよかった旧作映画の感想など
○洋画&邦画(順不同)
ペトラ・フォン・カントの苦い涙(1972)ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー @新宿武蔵野館
ずっと苦手意識を持っていたファスビンダー。これを観る前にオゾンのリメイクを観たので、物語を追う必要がそこまでなく画に集中できたことによって、ファスビンダー作品の"凄み"みたいなのが感じ取れたのかもしれない。これまで男性同士の恋愛映画はいくらか観てきたが、女性同士の物語はというと、性愛を含まないシスターフッドが銘打たれていたり、女性たちをエンパワーメントするような作品は好んで観るものの、私自身に差別意識はないつもりでも、なんとなしに遠ざけてしまっていたのだろう。先にも書いたようにオゾンがリメイク版で主人公とその相手役も男性のキャラクターにしていたから、個人的に取っかかりやすくなったことは否定出来ないが、作品としては全くの別物であったし(オゾン版は大大大コメディ映画)ファスビンダーの作る画は、その映画の物語とは別のところでも魅力が発揮されていると思う。そして完膚なきまで室内劇であることに大興奮だった。
偽れる装い(1945)ジャック・ベッケル @シネマヴェーラ渋谷
自分で制作した洋服にこれまで関係をもってきた女たちの名前をつけていくような、変質的(だがカリスマ性のある)主人公が、アトリエの中をぐるぐると回るカメラワークとともに狂っていく様子が素晴らしい。(性愛による)狂いの先に死がある物語も大変好み。というのは建前で、別ジャンルの推しがパリに洋裁で留学しているという設定なので、パリで洋裁をするということに対してのディテールが深まり大変良かった、同担はみんなこの映画観て~!(オタク)
ショコラ(1988)クレール・ドニ @新文芸坐
とにかくクレール・ドニの映画にでてくる黒人男性はかっこよすぎる(昨年に挙げた『パリ、18区、夜』(1994)も同じく)という言葉に尽きるのだが、主人公の幼い頃の記憶として描かれていながら、危なげで、そして艶やかなところもある彼らを写す数々の場面に魅了された。暗い部屋に佇む人の存在の緊張感とその熱を感じられるのはドニの映画特有のものなんじゃないかと思う。
ラストエンペラー(1987)ベルナルド・ベルトルッチ @シネマ・ジャック&ベティ
満を持して観た…!ちゃんと大きめのスクリーンで…!名作すぎて多くを語りたくないのだけれど、マジで映画を観て眩暈がすることってあるんだなって。世界観に浸り、酔うことができて、いい映画体験だった。
赤線地帯(1956)溝口健二 @配信 / 流れる(1956)成瀬巳喜男 @配信
吉原の女たち。芸者の女たち。同時代に2人の監督が、一つ屋根の下で支え合って生きる女たちを異なる形で作品にしていることに純粋に驚いた。『赤線地帯』を観れば、京マチ子の演じる明るさや若尾文子の強かに生きる賢いキャラクターに力付けられる。『流れる』を観れば、田中絹代の表現するなんとも形容し難い表情や、山田五十鈴の薄幸な演技、その作品のまとう物哀しさに涙する。ここにあげていない他の女優たちの演技も素晴らしくて、それを演出する監督の作品ももっと観たい。けど、成瀬作品を見ると毎回夜も眠れないほど悲しい気持ちになるので、どうしたものか!
ラヴ・ストリームス(1983)ジョン・カサヴェテス @横浜シネマリン
いままでどうしてもカサヴェテスの映画をフィクションとして捉えられなかった。打ち出される邪悪な男性性を、あまりにもリアルに感じてしまい、まるでドキュメンタリーを観ているように、コメディだと思えないからだ。本作品は、いつも通りジーナ・ローランズの演技の素晴らしさはさることながら、これまでのわたしの観てきたカサヴェテス映画にはなかった、いい意味でふざけた演出(劇中オペラ)が、”この映画はフィクションである”と言ってくれたような気がしたのだ。カラックスの『アネット』(2021)を想起したのだけれど、この作品は関係しているのだろうか?激動する映画。
ママと娼婦(1973)ジャン・ユスターシュ @ヒュートラ渋谷
もうレオーといったらドワネル…というのは否めない、というかレオーもトリュフォーの映画じゃなくても、放浪青年役=ドワネルとして出演してるんじゃないの?とも感じてしまうくらいなのだけれど、それが嫌だとか、一辺倒でつまらないということはなく、バチバチにかっこいい映画。あらすじを簡単に言ってしまえば三角関係のお話(というかわたしの好きな映画はほとんどが痴情の縺れのお話)だが、主人公が居候している、タイトルでいうところのママの部屋が、レコードプレーヤーなどの色々なものが部屋の低いところに置いてあって(それも布団から寝ながら手を伸ばせるような位置に)、雑然としていて、とても綺麗だとは言えないが、その堕落した生活感のある部屋で起こっていることを登場人物の皆が皆、おおごとにみせていて、吸い込まれるように見入ってしまったし、別に、登場人物の誰にも感情移入はしなかったけれど、それぞれにとにかくこの三角関係をなんとかするんだという気概が台詞の端々に感じられて見応えのある映画だった。
ヘカテ デジタルリマスター版(1982)ダニエル・シュミット @配信
この映画を観たという人と話したときにどうでしたかと聞いたら、微妙な反応と共に「あんまり好きじゃないと思いますよ。」と言われ、"自分は好きだけどあなたには合わない"なのか、"自分は好きではなかった、ただそれだけ"だったのかはわからないけど、いつも"好きじゃないと思うよ"と言われると、勝手に決めんじゃねー!と思ってしまう質なので、帰って即座に観る。大抵それは外れていて(まあ関係の浅い人から言われることなんかそりゃそうなんだけれど)外交官が駐在先の灼熱の土地で出会った謎の女に狂わされるやつなんか好きにきまってんの!真っ白なスーツに、しっかり固めた髪の毛の、いかにも精悍な男が、服も髪の毛もどんどん乱れ薄汚くなっていく、汗でべたつく額と、必死に女を探すその表情が何とも馬鹿馬鹿しくて良い。姿を消してしまった人がいるであろう思いつく限りの場所を探して回る、やっとのことで見つけても、その相手にはぞんざいに扱われ、また苦しめられる…最初からやめとけって忠告されてたのにね。
利休(1989)勅使河原宏 @配信
利休と豊臣秀吉、三國連太郎と山崎努の、静と動の相対する演技。山口小夜子の出ている映画を観て(伴睦人『杳子』@国立映画アーカイブ)、他の出演作品はも観たいなと思った、きっかけはただそれだったためそこまで期待はしていなかったが非常に面白く観た(まあ勅使河原作品は元々好きなんだけどね)。学生時代、日本史なんか全然勉強してなかったから(他の科目も特段勉強したわけではないが)時代劇(や大河ドラマ)を観てて、たくさん人達や合戦にポカーンとしてしまうことが多いのだけれど、この作品は二人の張りつめた関係性、空気感が丁寧に、冗長することなく描かれていて集中して観れた。時代劇のやんごとなき人の出てくるシーンや描写が好きだ。今年は母に連れられて大友啓史『レジェンド&バタフライ』(織田信長)、北野武『首』(豊臣秀吉)も観て、図らずも安土桃山時代に…(?)
レースを編む女(1977)クロード・ゴレッタ @アテネ・フランセ文化センター
ヴァカンス先での出会いはもういっそのこと割り切って、ひと夏の恋として終わらせるに限る!(エリック・ロメール信奉者)ふたりがまた会えるかもしれないという淡くロマンティックな気持ちを抱きながら、ぐるぐるとお互いを探すシークエンスがとても長く感じ、このあと幸せな展開にはならないだろうなと、なんとなくうっすらと気付いてしまったわたしは、ふたりが再会できたとき、とても悲し��なってしまった。フランソワは自身のコミュニティの範囲で様々なところへポムを連れていくけれど、その行く先々でのポムの馴染めなさ。ポム自身はその場をありのままに楽しんでいるのにも関わらず、フランソワはその馴染めていない様子に居心地の悪さを感じ、またその居心地の悪そうなフランソワをみてポムの居心地も悪くなっていく。しまいには、君は大学に行くことには興味はないか?と聞き出すしまつ。おめ~が惹かれたポムという人間をなんもわかっちゃいね~!君は勉学に励めるような環境で育ったかもしれないけど、ポムはそうじゃない。そうじゃないから、手に職をつけるために(または、あなたと一緒にいるために)今自分にできることを精一杯頑張っているんですけど…!?運命の人かもしれないと勝手に期待したのはそっちなのにね、なんか違かったとか言っていろんな理由つけて離れていくんだ。ポムにうんざりしてもう別れたいと言うフランソワをみる友人たちの目も痛い。心の壊れてしまったポムを見舞いにきた(見舞いくるなよ)フランソワのセリフの端々から滲み出る、まだ自分のことを思ってくれているかという確認の浅はかさ。ダセーからやめな~!
不安は魂を食いつくす/不安と魂(1974)ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー @横浜シネマリン
『苦い涙』以降すっかりファスビンダーへの苦手意識が払拭され、半ば楽しみにしていた気持ちを裏切られることなく、なんて美しく純粋な物語なんだろうと思った。ふたりが一緒にいることの意味、お互いを愛する気持ちと、取り囲む人々からの見る目との齟齬が大きくなり、どれだけふたりが幸せだと感じていても不安が募り精神/身体を蝕んでいく様子が濃密に明示される。このあとに本作品の下敷きとなったダグラス・サークの『天はすべてを許し給う/天が許し給うすべて』(@早稲田松竹)を観たとき、ファスビンダーのこの完成されたメロドラマをあそこまで自分のものにし、昇華させたのかと思わず比較して再度感動してしまった。
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criteriondiary · 1 year
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「腰辨頑張れ」(こしべんがんばれ)Flunky, Work Hard Directed by Mikio Naruse • 1931 • Japan
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成瀬巳喜男、現存する最古の作品。
穴の空いた靴、契約が取れず貧乏な保険外交員、他人の子に保険をかけさせようとしていたら、自分の子供が電車にひかれるという皮肉。
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wroll · 1 year
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女の座
女の座観ました。一番不幸で苦労した者に安らぎのある終わりで良かった。成瀬巳喜男の映画って同じような設定の話幾つもあるけど、洒脱な脚本と俳優の魅力で観れてしまうのに凄味を感じる。高峰秀子と杉村春子のふたりのシーンが多くて嬉しかった。
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ryotarox · 2 years
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田中絹代 - Wikipedia
田中 絹代(たなか きぬよ、1909年11月29日 - 1977年3月21日[1])は、日本の女優、映画監督。
映画監督としても6本の作品を残している。
1953年に監督業を始めるにあたり相談相手の成瀬巳喜男監督に弟子入りし、成瀬の『あにいもうと』に監督見習いとして加わった。成瀬監督自身から手ほどきを受けたが、その際「今までのスター意識を捨てろ。マイカーで来るな。撮影の30分前に準備しろ。撮影中は座るな」などと厳命され、撮影期間の約50日間耐えた[2]。そして同年12月に初監督作品の『恋文』を公開、日本で二人目の女性監督の誕生となった[注釈 19]。 1954年7月に監督2作目の『月は上りぬ』の製作を小津安二郎から推薦される。しかし、五社協定に加盟していない日活での製作のため、日本映画監督協会理事長である溝口に反対される。田中は小津の協力で映画を完成させたが、これが原因で溝口との関係を疎遠なものにしてしまう[34]。女優としては一流であった一方で、映画監督としては同様にはいかず、演出が上手く出来ず、撮影が大幅に遅れることもあったと言う
監督映画作品 恋文(1953年、新東宝) 月は上りぬ(1955年、日活) 乳房よ永遠なれ(1955年、日活) 流転の王妃(1960年、大映) 女ばかりの夜(1961年、東京映画) お吟さま(1962年、文芸プロ)
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shihlun · 1 year
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Mikio Naruse
- Lightning
1952
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rosaliaolenyeva · 2 years
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📛 150) 小豆島の夏至観音。
片田舎を走るバスの車窓から始まります、高峰秀子さん似なバスの車掌さんのはたらく日々を描いた南旺映画 「秀子の車掌さん」 を久しぶりに観ています。成瀬巳喜男監督作品。ラジオから得たアイデアで 甲州街道や青梅街道に花を添える 物語はさておき、浴衣姿で花火を吹かすヒデコさんがキュートです。こどもたちが原つぱで飛行機を空に舞わせて遊んでいるところから始まります、戦時中、とある田舎町の映画館で掛かっておりますニュース映画に 出征した長男が映っているかもしれないとの風の噂を聞いて 一目見たいと 家族揃つて映画館に赴くまでの日々を描いた 東宝映画 「なつかしの顔」 を名画座で観た以来久しぶりに観ています。成瀬巳喜男監督作品。「君の名は」 以上にもどかしさを感じてしまいますこの映画、長男が映っていないはうの映画は "日本ニユース 第14號" でした、といった中で 本日の "2時のロードショー" は、とある交差点で (イヤホンを耳にあてた) いかれたロス市警の警察官が交通誘導をしているところから始まります、このあとは どうしてか続きませんでした シリーズ第3弾な ニューラインシネマ映画 「ラッシュアワー3」 が上映されています。ブレット・ラトナー監督作品。真田広之さん似の暗殺者ケンジは 鮮麗にしごとを済ませて タタっとその場を離れやうとするのですけれど、ポーポー似な香港警察のリー警部に追いかけ回された後、姿を見られたことで、とんでもない目に遭います。
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liliyaolenyeva666 · 3 years
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🎼 01224 「Wild Eyes」。
"この作品は家田荘子の原作をもとに映画用にフィクションとして構成したものであり 登場する人物及団体等の名称は架空で 実在するものとは何等関係ありません" という前書きと お姐さんの仕切りな貸し切りで乾杯している ほろ酔い気分な女性たちの姿から始まります、とある姉妹の確執を描いた 東映映画 「極道の妻たち」 を久しぶりに観ています。五社英雄監督作品。工場で働く借金でいっぱいで首も何もが回らない お父さんのふたりの娘、岩下志麻さん似の姉と かたせ梨乃さん似の妹は それぞれに違う世界でいきていたのですけれど、水商売なアルバイトを始めた妹は ある日の仕事場で とある世良のロックに出会ってしまったことで、いつの間にか嫌っていたはずの そちらの世界の姉と同じ道でいきることと相成ります。そんなこんなで 小松の親分さんが親分さん役ではない役で出演していますこの映画、物語にボットーしていて佐藤慶さんが なかなか登場しないことに気が付かなかったりします。
つづいて
叩き付けるやうな雨の中 「門生羅」 で雨宿りをする3人の男の中のひとり、千秋實さん似のお坊さんが、今日のやうなおそろしい話は初めてだ、今日という今日は ひとのこころが信じられなくなりさうだ。盗賊よりも、怨みよりも、飢饉や火事や戰よりもおそろしい、なんて言っている中で 志村喬さん似の男が事件を語りはじめます、とある殺人事件をそれぞれがそれぞれに語り追う 大映映画 「羅生門」 を久しぶりに観ています。黒澤明監督作品。とある武士が山中で遺体で発見され、殺人事件の容疑者、被害者の妻、被害者の代理で巫女が その時代のポリシアに呼ばれ、再現フィルムを交えながら 次々に証言するのですけれど、それぞれがそれぞれに���が食い違っていて 何が何だか分っからないのよ。って感じに陥ります、といった物語はさておき、何時観ても 京マチ子さんが めっちゃこわくって ぶるるっと震えます。
つづけて
東京のどこかにあります とある雑貨屋 (荒物 雑貨 "石川屋") の店先で わたしのラブリー 高峰秀子さん似の女性が 商品を はたきでパタパタと叩いているところから始まります、女が多い血統の家で暮らす人々と その兄妹の日々を描いた 「女の座」 を観ています。成瀬巳喜男監督作品。庭の大きな石とひっくり返ってしまったお父さんが 大変なことになってしまったというので 家族がワンサカと集まって 「こないだ通知があって オリンピック道路 (高速道路) が出来るんで この家の半分以上が取られるとのことで 先祖代々の土地もまうおしまいだわ」 なんて話をしたりしている中で、小林桂樹さん似の ぽちゃぽちゃっとしたセクシーな石川家の次男坊ジローは 中華料理屋 蘭々亭を営んでいたり、そこに 会社が潰れちゃったらしいナツコお姉ちゃんがお手伝いとして働きはじめたり、末っ子のキュートなユキちゃんは 定員738名の映画館の切符売り場で働いていたり、映画に まるでキョーミがない猫舌青年アオヤマは毎日ラーメン(スペシャル)を注文して ずずずっと啜っていたり、わたしのラブリー 加東大介さん似の男性は 「やぁ、しばらく」 と、女に愛想を尽かされたのか捨てられたのか 妻と娘のいる 自分の家に久しぶりに帰って来たり、そんな頃、長男の三回忌が訪れ、夫のお墓の前に ヨシコ姉さんをはじめとした身内がズラっと揃ったり、そんなことがあるのかなってことが次から次へと巻き起こって、石川家が ザワザワと ざわつきはじめます。物語が進むに従って どろどろが増していくこの映画、ジローさんのお店は 渋谷の近くにあったりするのですけれど、まだのんびりしていた頃の時代ですから "あんな風" にはまだ変わり果てておりません。
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hidekokogure · 4 years
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helloharuo-diary-2023 · 3 months
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成瀬巳喜男 「女人哀愁」1937
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Friday 7 February 2014
主演は、入江 たか子。 先日観た「君と行く路」に出演していた美男子俳優佐伯秀男と清川玉枝がこの映画にも。 成瀬巳喜男監督に気に入られていたのに違いない。 この映画もたまたま観たが素晴らしい作品。 昭和12年の女性がどう生きようとしていたか垣間見れる。
「おいとまする時が参りましたわ」 「みなさんの冷たいお心が今日耐えられなくなったのです」 「私は可愛がっていただきました。でもそれは愛じゃありません。座敷の飾り物を大事にするのと何のかわりがあったでしょう。感謝して下さったのにもただ私がいたら便利だからです。それが愛でしょうか?」 「おわかりにならないのです。ご自分たちのご都合のいい様にお考えになるだけで誰の心も本当に分ろうとなさらないのです」 「家名より世間よりもっと大事なものが人の心にはあるはずです」
「私もっともっと苦しまなきゃいけないの。そして自分を作り上げ作り直して行くの。夢でもいいの。何が世の中で一番美しいかそれが分りさえすればいいの。ずるずるになっちゃいけないわ。仕方が無いじゃいけないわ。人間の中にはもっと尊いものがあるはずよ。私それをどこまでも追い求めて行くの」
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shun-tanabe · 5 years
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女人哀愁 (1937)
映画本百景 #050
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jailhouse41 · 6 years
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Press photo for Repast (Meshi, めし), 1951, directed by Mikio Naruse (成瀬巳喜男) and starring Setsuko Hara (原節子) and Ken Uehara (上原謙).
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catsinflowers · 3 years
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先月から、ひとり、原節子月間してました。
数年前にスケッチしていた成瀬巳喜男監督、原節子主演の「めし」。 新しい見方として、猫好きの人が見ても🐈 主人公の心の友が仔猫のユリ。様々なシーンで、印象を残します。
同じく成瀬監督、原節子主演の「驟雨」だったと思うんですが、こちらでは現代の地域猫問題のような、野犬との付き合い方に考えさせられるシーンも。 野犬を可愛がり、食事を与える主人公が、近所の方に悪口囁かれていたりしまふ。
都内でも、70年代までは飼い犬はひとりで散歩に出て、ちゃんと家に帰って来ていたと、伯母に聞きました。
戦前、戦後の映画は今や失われた風景や建物を見るだけでも面白いのですが、こういった観点から見ると、現代の人でも見やすいんじゃないかな〜。
#原節子 #setsukohara #成瀬巳喜男 #mikionaruse #林芙美子 #fumikohayashi #にゃお党 #miaowtoo https://www.instagram.com/p/CIxKJoShVk-/?igshid=16f3sa4p9pzkn
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