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#昔ながらの銭湯
kyokocanary777 · 5 months
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久しぶりの恵びす温泉
先日、横浜中華街近くの銭湯「恵びす温泉」に行きました。かなり久しぶりに。
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昔ながらの銭湯ですが、少し高級感ある設備です。
ここみると、雰囲気がよくわかります。
動画もあります。
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受付では、ジャズや昭和歌謡が流れてます。
先日は山口百恵の「イミテイション・ゴールド」が流れてました!
隣にはコインランドリーがあって(使ったことないけど)、この雰囲気も好き。
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住んでいた頃によく通っていた道です。
「恵びす温泉」には、何回か行ってました。
お客さん同士で仲がいいし、横浜マラソンの練習で走っている団体が利用していたりで、コロナ前はもっと賑やかでした。
懐かしいです。
カナリヤ響子
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kennak · 4 months
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利用者の質の低下、ほかの業種にも言えることで、最近、特に感じます。昔がよかったわけではないですが、常識のある行動をしない大人が多数います。昔もそういう大人がいないわけではなかったでしょうが、昨今、目立ちますね… 身近なところでいえばゴミ。駅やコンビニのゴミ箱になぜこのようなゴミが….というのがあります。中身を見なくてもスーパーの袋に入った少し大きめのゴミ、持ってきて捨てているとしか、考えられない、寂しい世の中だと思います。
神奈川の老舗銭湯、客の迷惑行為で閉店発表「もう限界」「営業続ける意欲が無くなった」(日刊スポーツ)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
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ragingsteel666-blog · 2 months
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"Against All Adversity - A Hymn of Demonic Victory"GLORIFICATION
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パラグアイ出身。パラグアイってどこだ?(こっそりWebで調べる)なるほどブラジルとアルゼンチンに挟まれたところに位置してるのですか。じゃー普通にメタル盛んでしょうね。というわけで、パラグアイのデス/ブラックメタルバンドの2017年デビューアルバムです。こけおどしレベルにたっぷりかけられたヴォーカルのリバーブが特徴。地獄の底を表現したいのだろうがどっちかというと大きめの銭湯って感じですぬ。特段テクニカルでもタイトでもない、原初に忠実な、90年代初めまでは沢山聴いた昔懐かしい音。今それを再現してくれるのはむしろ有難い。「そういう音」としての完成度はそれなりに高いと思うし、ウェットかつキャッチーだからとっつきもいい。言うなれば20、30年前の音を再現しているわけだから、これはもはやビンテージだよ。デスメタルもそういう領域に入ってきたかぁ~。
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patsatshit · 11 months
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世の中は空前のサウナブームらしい。各種情報メディアを駆使して街の銭湯にたどり着いた全国の猛者たちが昼夜問わず約50 - 120 ℃の高温室内で肌を触れ合わせる姿を想像してゾッとしない訳がない。合言葉は「整いました」とのことで、僕はこれを珍奇サウナ偏愛者による「型に嵌ったフロー」と誤読して勝手に溜飲を下げている。チンコだけに、風呂だけに。これはなにもサウナ好きを揶揄しているのではない。むしろ彼らは街の銭湯の隆盛に大いに貢献している。そんなサウナブームを皮切りにして、いまでは銭湯での音楽ライブやDJイベント、更にレコードや書籍を販売する催事までもが行われて、みな一様にそれなりの賑わいをみせているようだ。この数年で銭湯を舞台にしたMVや楽曲がどれだけ製作されたことだろう。これについても、関わった人たちは広義の意味でのリノベーションに一役買っている。公共性の再編とでも形容しておこうか。因みにカセットテープレーベル”Ital.”を主催するケイタくんはサウナ好きではなく、古参にして無類の(ただの)風呂好きである。とある書籍の記述により誤解を招いている可能性があったので、一応。かくいう僕も幼少期に住んでいた家の並びに銭湯があったので週の半分くらいは利用していた。お尻に石鹸を塗りたくって誰が一番速く床を滑ることができるかを競い合う「尻軽レース」に挑戦したり、友人とタッグを組んで肩車をする、もしくは自力で壁をよじ登って女湯を覗くなどの愚行三昧で、いずれも店主にこっぴどく叱られた。16-18歳の頃にはいまも豊津駅の近くにある福助温泉で深夜の清掃アルバイトもさせてもらっていた。誰もいない時間帯の業務目的とは言え、禁断の女湯に足を踏み入れるのは、性欲みなぎる多感な時期の男子として、当たり前にドギマギした記憶がある。ロッカーの片隅に置き去りにされた下着を見つけたときは興奮を抑えきれなかった。いま思い返せば老婆が使用している類の肌色のそれであったが、当時の自分としては貧相な妄想に薪をくべるものであれば、なんでも良かったのだ。バイト終わりにはトイレにこもって自身の陰茎を握り締めた。そんな日の翌朝は決まって寝坊してしまい、定刻の登校に間に合わなかった。そういう小さな欲望の積み重ねが、人を大人にするのだ。僕はいまでも家族で福助温泉に通っている。番台では当時と変わらぬ寡黙な女将さんが節目がちに帳面を捲っている。いまも昔もこの人に向かって性器をさらしているかと思うと、未熟な僕は今更ながらに不思議な感慨に浸ってしまう。女将さん、俺はちゃんとやれただろうか?やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?女将さんは大人になった僕を認識している筈だが、なにも言わない。もともと極端に口数の少ない方だったので、僕の方からも敢えて話題を持ち出すこともない。30年前、父親と一緒に股間を露わにしていた僕がいつしか父親になり、今度は自分の息子たちと共に股間を露わにしている。女将さんはすべてを見て、知っている。心底かなわないと思う。数十年間ずっと変わらぬ姿勢でペンを握る女将さんの手許にある帳面、あそこに世界の秘密、いや、もっと言えば「世紀の発見」がしたためられているのではないかと勘繰らせるほどの圧倒的な寡黙。安易に適温を求めてはならない。静寂の裏側で、湯は激しく沸いている。
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もう一件、自分が子どもの頃から足繁く通い、お世話になっていた近所の銭湯、新泉温泉があったのだが、昨年惜しくも閉館してしまった。電気風呂の横に鯉が泳ぐ大きな水槽があって、息子たちも一番のお気に入りだったので、残念で仕方がない。隆盛と没落。この世の均衡が保たれたことなど、かつて一度もなかった筈だ。そもそもフロー(風呂)強者が言うほど簡単に物事が整う訳がない。新泉温泉の最終営業日、もちろん親子で最後の湯に浸かりに行った。しかしそんな日に限って長男がロッカーの鍵を紛失してしまい、浴室や脱衣場を血眼になって探し回るも見つからない。僕ら家族の異変に気がついた店主やその場にいたお客さんも誰が言い出すともなく、一緒になって鍵を探してくれた。床を這いずって探しているうちに銭湯の老朽を伴う歴史が手のひらを通じて伝わってくる。今日限りでもうこの場所には通うことができないことがわかっているので、自ずと込み上げてくるものがあった。鍵は古びた体重計の裏側から発見された。その瞬間、店主以外の全員が全裸のまま快哉を叫びハイタッチした。長男もほっと胸を撫で下ろしていた。これこそが裸の付き合いというものだ。帰り際、息子たちは自分たちで描いた新泉温泉の絵と手紙を店主に手渡した。僕は「実は子どもの頃から通っていたんです」と伝えると店主は「わかってたよ、自転車屋さんのとこの」と言ってくれた。適温を求めてはならない。いつだって現実は血反吐が出るほど残酷だ。それでも僕たちは新泉温泉の湯を忘れない。店主はその日の入浴料を受け取らなかった。
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このように僕個人にとっても銭湯には様々な思い入れがあり、いまでも大好きな場所に変わりはないが、それは昨今のサウナブームとはまったく関係がないし、死んでも「整いました」とか言いたくない。そもそもが自分の性器を他者にさらすことも、他者によって��らされた性器を目の当たりにすることも得意ではない。むしろはっきりと苦手だ。世の男性の数だけ多種多様な性器が存在する。サイズ、形状、カラーバリエーション、味、ニオイ等々、どれをとってもふたつとして同じものがない。股の間にぶら下がっているという設置条件がこれまた滑稽で、あのルックスのあの人にあんな性器が、とか、あのガタイのあの人にあんな性器が……みたいな、得たくもない新規情報が視覚を通して脳内に流し込まれるので、煩わしいことこの上ない。挨拶を交わす程度だった近隣の人々とばったり銭湯で遭遇してしまったら、その日を境にして、顔を合わせるた��に性器が脳裏にチラついてしまう。実際に息子の同級生の父親数名と銭湯でチンコの鉢合わせしてしまったのだが、以降、なかなかパパたちのチンコの造形を払拭できなくなる。これはまさに不慮の追突事故、ごっチンコというやつだ。会社員時代、憧れの上司と出張先で入浴を共にする機会があったのだが、どちらかと言えば華奢に分類されるであろう上司の股間には目を覆いたくなるくらいに巨大なふたつのフグリがblah blah blah、いや垂れ下がっていたのだ。洗髪の際にバスチェアに腰掛けておられたが、信じられないことに巨大すぎるフグリはべちゃりと床に接地していた。以来、上司がどれほどの正論を振りかざそうが、客先でのプレゼン時に切れ味鋭くポインターを振り回そうが、どうしたってスラックスの内側で窒息しかけているであろう巨大なフグリを想起してしまう。程なく僕は退職した。とにかく性器というのにはそこにあるが故に素通りすることが難しく、極めて厄介なシロモノである。それが「ない」ことで逆に「有して」しまう諸問題と真摯に向き合ったOBATA LEOの最新作『目下茫洋』は、数多あるフェミニズム関連のテキストとは一線を画する。あまりにグロテスクでおぞましい、だからこそ美しいなどという常套句を粉砕する「弱さ」に貫かれた思考の遍歴。貫く我々♂ではなく、貫かれる♀の身体から滴る分泌液で書かれた紋様のようで、誌面に一定の形状で留められている訳ではない。読む者の素養に左右されるようにして、その形状は刻一刻と微細に変化するだろう。こちらは無数に排泄するが、あちらはたったひとつで対峙している。なにも戦地は彼の地だけではない。戦場は僕やあなたのすぐそばで、いまもネバっこく股を開けている。
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臍の下に埋め込まれた爆弾を抉りとるための努力を続けながら、同時にあるのかわからない最終地点に向けて爆弾を運ぶ。本当は抉り取ることはできないとわかっていても、背骨を曲げて運び続けることが、すなわち生きることになっている。『目下茫洋』
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akyskaa · 9 months
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その一縷の違和感は、きっとどうしようもなく正しくて
映画『PERFECT DAYS』の一部ネタバレを含むので、鑑賞前で鑑賞予定がある方は読むのをお控えくださいませ。
映画『PERFECT DAYS』を観た。東京の公衆トイレ掃除を仕事にする、とある男の何気ない日常を描く物語だ。
男の名はヒラヤマと言い、彼は毎日決まった時間に起き、髭を剃り、歯を磨き、紅葉の枝に水をやって、仕事に出かけ、フィルムで美しい木漏れ日の写真を撮り、決まった銭湯に出かけ、決まった酒屋で酒を飲み、帰宅して本を読んで就寝する。そんなヒラヤマの何気ない毎日の中に、さまざまな人との出会いと別れが交差していく様が描かれる。
映画が示唆するのは言わずもがな「あたりまえの日々の中に潜むささやかな幸せたち」で、どれだけ似たような日々を送っていたとしても二度として同じ日など存在しないこと、私たちは多くを持たない何気ない日常でも幸せに生きていけるのだということ、さらには私たちがどれだけ唯一無二な存在であるかを教えてくれる。
この映画を観て、すばらしいなと思った。キャッチコピーの通り、こんなふうに生きていけたらな、とも思った。でも、同時に感じたのは、「一縷の違和感」だった。それは、あまりにも完璧すぎるヒラヤマのルーティーンと、時折ちらっと見え隠れするヒラヤマの煩悩(アオイヤマダ演じるアヤちゃんに頬にキスをされた後の立ち振る舞いだとか、選ぶ店のチョイスがあまりにも粋すぎることとか)から。この男は、なぜ、こんな人生を歩んでいるのだろう。何か理由があるはずだ。あまりに完璧なルーティーンとその僅かに見せる煩悩がどうしても結びつかなくて、そう思わざるを得なかった。
その違和感が確信に変わったのが、生き別れた実の妹との再会するあのシーンだ。煌びやかな洋服に身を包まれた彼女は、「お父さんも今は変わったのよ」などと、どうやらヒラヤマが家族とうまくいかなかったであろうことを示唆する。きっと、ヒラヤマの家庭はとても裕福で、でも何か衝突があったのだろう、そしてそのことが彼の運命を変えてしまったのだろう、と思った。
実際に、観賞後にヴィム・ヴェンダース監督のインタビュー動画を見ると、ヒラヤマは「昔はサラリーマンとして裕福に生きていた」設定であることを明かしていた。やはりそうなのか。これは、一度煩悩にまみれた経験のあるヒラヤマという男の、出家の物語なのか。
そう考えると、本作のキャッチコピーである「こんなふうに生きていけたなら」という言葉に対する見方もどんどんと変わってくる。これは、ありきたりに考えると「映画を観た人がヒラヤマに対して抱く感想」としての言葉のように思えるけれど、実はこれは、ヒラヤマが、ヒラヤマ自身に語りかけている言葉に他ならないのではないかと思うのだ。
捨てたいけれど捨てきれない煩悩。ヒラヤマは、自分を律するために、あえて完璧なルーティーンを自分に課している。その中に確かな幸せも感じる、仕事や木々の光にも救われている、けれどもその中に寂しさも、割り切れなさもまだ抱えている。だからこそ、「こんなふうに生きていけたなら」と、自分自身に願わざるを得ない──。そんな思いが、ラストシーンの泣いているような笑っているようなヒラヤマの顔に込められているように感じた。
この物語は、ヒラヤマの希望と絶望の物語じゃないかと思う。そしてそのことこそが、私にとっての希望になる、とも思うのだった。
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gggmomoe · 2 years
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先日、スキマ時間が出来たので 春先の衣替えで👕👚またもやデカくなった息子の洋服代を捻出するべく どうせなら自分もほっこりしたい(◍︎´꒳`◍︎)と都内にあるのんびりデイサービスに出稼ぎに行ってまいりました(* 'ᵕ' )☆ 素敵でした✨😍 〜 御年寄がどんどん活き活きしてきて❣️
大きな昔の銭湯♨️を利用したデイサービス。脱衣場が レクをしたり、ご飯を食べたりする場所、そうして大きな大きな湯船で ゆっくり浸かって ♡♡
、色々な人が利用されていて、身体も、性格も個性があって。 皆さん、全部のレクが好きで参加している訳じゃなくて。静かにマイペースで過ごしたい人、身体が不自由だから体操は出来ない人、最初はぎこちなくそれぞれのペースで過ごしているけど、最後には皆さん笑顔になって♡♡そんな御年寄の心を動かす 素敵な構成でした✨
そう、最後に 皆さんの心を動かした一番のレクが、唄の先生の弾き語り🎸•*¨*•.¸¸♬︎•*¨*•.¸♡♡
模造紙に 筆字で 歌詞が書いてあって それをみながらみんなで歌うんですが、 唄の先生の明るくて感情豊かな歌い方と、歌詞にまつわるエピソード、言葉の解説が入り 歌う前には既に その世界へ皆入っている♡♡ みんな 早く、 歌いたくなってしまうっ(笑)❤ そんな 素敵な唄の先生がトリをつとめるスッテキなデイサービスでした✨😍
この三曲、良く良くレクで歌われるのですが、先生の先導で 皆、 心昂り ゴスペル❤のように手拍子、首をふって目を閉じて歌う人、少し哀しげな表情の人、
私は、歌詞を 棒で 差して、皆さんに分かりやすくする役目を頂きました❣️ ですが しまいに口が動いてしまい、せつなくなって 涙でそうになりました(笑)( ᐪ꒳ᐪ )‬ ハア〜 、音、 メロディ、歌詞、 なんてなんて 素敵なんだろうか〜✨
あらためて 音楽は 素晴らしい ( ᐪ꒳ᐪ )‬ ✨
と、 下町の街並みを観ながら 、喫茶店☕️入りたかったけど 遅くなるから、ナポリタン🍝食べたい〜 ( ᐪ꒳ᐪ )‬我慢😆(笑)
電車🚃で2時間の帰り路を イヤホンで charaを聴きながら 夕焼けを眺めて ガタンゴトンと♡♡
あ〜 シアワセだぁ (*˘︶˘*).。.:*♡
作曲作詞をする人は 神様に愛されてるなあ♡♡
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ichinichi-okure · 1 year
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2023.9.14thu_tokyo
ーーーーーーーーーーー この日記を読むあなたへ スマートフォンを横向き にして閲覧してください ーーーーーーーーーーー
昨晩は疲労困憊なのに百万遍を歩き回ったのち村屋※で飲んだ 帰りに天下一品に寄ったせいか 今朝は二度寝していた
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二度寝して現場に到着
午前中はトイレ前にあったデカい鏡を移設する準備をしていた ラジオは「今夜アレになる」「18年ぶりのAREだ」と繰り返す
鏡を取り外すと朽ちた内壁がバリバリと剥がれたので修復 車があるうちに2枚多めに合板(畳サイズ)を買っておいてよかった
京都「西ノ京」に開店する珈琲ヤマグチ※の工事を請け負っている 最高気温が35度を超えたことを意味する猛暑日は37日を数えた
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クライアントと友達
午後は昨日に引き続きクライアントが友達2人と助っ人に来てくれた ニュージーランド在住?サービス業従事者&僕の母校の教員
クライアントは真名美という 5年位まえ僕の飲み屋の客だった 真名美が現場に来るとアイデアを伝えてどう形にするか相談する
京都入りしてから2か月と1週間が経つ 7月7日に銭湯で買った石鹸はすっかりちびてしまった
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7月8日天井落とし
今日はこういうかたちで「回想」することをみとめられたので 日頃反芻していた言葉の断片を1行31文字以内で書き留める
高井戸ICからイッチー※のハイエースに工具を満載し片道460km 物件は元米屋でその前はパン屋 餅屋いずれも貸主の商売だった
東京から京都へたった1人で移住した借主の行動力に感服する 工事の相方で師のイッチーと真名美で3人であちこち飲み歩いた
METROでのGiftやKyoto TSUBAKI fm 3rd anniversaryは楽園だった 京都にいる内にできるだけ多くのリスニングバーやクラブを回りたい
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DJで一級建築士のタムラさん(DoitJAZZ)
築90年の町家建築を相手に序盤のほとんどは解体で難儀した 天井を落とし壁をめくり床をこじあけた裏側に幾千の生き物の痕跡
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イッチーと彼が連れてきたアルバイト
仕事終わりには若松湯で埃りと汗を流している 町場に用事があればその周辺の銭湯巡る 10数軒は回ったか
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文化財で銭湯にプチ遠征
ひと月かけて執り行われる祇園祭にも少し詳しくなった 通りの名前も徐々にしみついてきている
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祇園祭はカッコよかった
コーヒーを淹れる台は材木屋で50年眠り続けたラワンの一枚板 材木屋は現場の近くにあり親切※美大関係者へのサーヴィスが手厚い
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材栄さん
京都入りと同時に2級建築士製図試験対策の日曜講座に通い始めた しかしオンもオフもやることが満載で宿題の半分もままならなかった
めくった壁から90年前の大工さんがつくった壁がでてきた 新しく造る壁と並列させて見えるように設えている
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A剥がして現れた壁
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B古い壁と新しい壁
8月22日 イッチーはトリツカレ男の店番と都立家政での新しい 案件に着手すべく一足さきにハイエースに工具の半分を載せて帰った
いったん東京に戻り9月10日に製図試験挑んだが十中七八アウトだ 12月7日に結果が出る そのころには珈琲ヤマグチも板についている
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二級建築士製図試験問題
言葉を尽くし手を動かし工夫を重ねた内装工事も終盤 準備した200枚の名刺は徐々に京都人たちの名刺に換わっている
いろんな店で顔なじみになり「工事終わったら帰りはるんですか」 惜しんでくれるのは嬉しいが工事はあと1週間半くらいで終わらせたい
サウナで声をかけてくれた51才の紳士は音楽通だった いまやかけがえのない京都のともだちになっている
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レコード棚も造っています
場所柄外国人とも酒を酌み交わした フィンランド人、チリ人 トルコ、中国人、モンゴル、アイルランド…7か国位?
芸大(先端芸術表現科)の同級生や先輩とも久しぶりに会えた なぜか同級生の2人が医師免許をとっているが明日その彼らに会う
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先端の先輩が自転車に載せられる美術館をつくっていた
16時半 真名美は同級生と自然派ワインの店coimo wine & cafeへ 僕は若松湯のラジオで阪神タイガースの優勝の瞬間を見届けた
最寄りの定食屋兼飲み屋「たいたん はちべゑ」へ行くと 「あとアウト1つやで」と狂喜乱舞するファンに迎えられた※
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あれに乾杯
京都でピザ屋を開きたいという同い年の夫妻に出会った※ 早く眠るつもりがCOMOGOMO JURAKUで2人の夢を語りあった
もしかしたら彼らの店を造ることになるかもしれない 25時 今日も倒れるまで眠らなかった
灼ける盆地の風にも秋の成分がだいぶん添加されてきた もう猛暑日の38日目をカウントすることはないだろう
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イッチー、フィンランド人のイラリくん、やぎ
ーーーーーーーーーーー 注釈
※村屋 出町柳のカオスな飲み屋。自然派日本酒が豊富。
※珈琲ヤマグチ 現在自家焙煎コーヒーのオンライン販売とイベント出店。 2023年9月現在。中京区西ノ京左馬寮町にて喫茶店を開業予定。 御前丸太町下ル 若松湯東入ル。 https://www.instagram.com/_3_yamaguchi/
※イッチー 高円寺のタパスバー「トリツカレ男」店主。 2017年末この店をイッチーが造っているのを手伝わせてもらったことが 僕が内装を始めたきっかけのひとつになっている。 https://www.instagram.com/toritukareotoko/
※親切な材木屋 材栄 https://zaiei.shopinfo.jp/
※阪神タイガースのリーグ優勝 日記の中にアレの瞬間が2回あるのは ラジオ放送に遅れてテレビ放送がついてくる。 タイムラグは2分近くあったと思う。 その間検閲できちゃうのでは?という時間差。 ラジオは昔も今も最速のメディア。現場でもラジオが相棒。
※ピザ屋 ヨロシクピッツァ。 ポップアップ出店と窯ごと出前ピザしている。 https://www.instagram.com/yoroshiku_pizza/
※COMOGOMO JURAKU 現場から近いし深夜遅くまで開いているので 製図試験対策で力尽きたらここで晩酌していた https://www.instagram.com/comogomo_juraku/
-プロフィール- やぎ 38歳 東京 とんち造作計画・内装業
ペーパードライバーの個人事業主の内装業。 店舗設計、解体、壁の造作、什器製作、左官、給排水配管 などおおよそ全て自前で施工している。 佐橋※介。※の部分を景に替えてお読みください。 http://instagram.com/tonch_keikaku/ http://tonch.tokyo/
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20230831
山行記(天狗岳登拝)
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西天狗
二ヶ月ぶりの休みに北八ヶ岳の天狗岳へ。
天狗岳は西天狗と東天狗の二つのピークからなる双耳峰である。
二月前に北岳に登って以来仕事以外ではほぼ運動らしいことはしていなかったが足腰、心肺機能ともに衰えは特に感じなかった。登りも大して息は上がらず。最近はどちらかというと長い下りで飽きがくる方が心理面できつく感じる。自分に残された時間をどこかで意識するからかもしれない。
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アカヌマベニタケ的な何かをすれ違うおばちゃんたちと交互に撮る。
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私の骨は一部でいいから森に撒いてほしい。土から生まれたもんを食ってきた分、土に食われたい。あと海にも。
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天狗岳の天狗茸
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八ヶ岳の北端、蓼科山。諸星大二郎の国民的恋愛青春漫画『暗黒神話』にて主人公の武の父親が菊池彦によって殺害され、かつ蛇神タケミナカタの神が「アートマン(選ばれし者)」として武に蛇の聖痕を授けた場所でおなじみ。諏訪富士とも呼ぶらしい。
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硫黄岳。火山の趣を残す。北側の崖部は爆裂火口とも山体崩壊の後だとも言われる。
彫刻家の舟越桂は学生時代通学途中のバスの窓から山を眺めていて「あの山はあの大きさのまま私の中に入る。」という思いが突然啓示として降りてきたという。それは人間の想像力の大きさは山を超え山をも取り込むということでその実感は舟越の制作を支えた。
かの弘法大師が土佐は室戸岬の岩窟にて虚空蔵菩薩の真言を唱え続ける修行をした際、明けの明星が口の中に飛び込んできて宇宙と一体となり悟りを開いたとされるが、これはその逸話に近い感覚なのではないかと思う。
弘法大師はこの時の体験を「谷響きを惜しまず、明星来影す。」と記している。そしてその時目にしていたものが空と海だったため「空海」と名乗った。
山はでかい。
しかしそのでかさを理解し想像できる我々人間の存在もまた山の如しである。
時に宇宙の果てすらこの身の内に宿す。
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向こう左から赤岳、中岳、阿弥陀岳、編笠山。この日の午前中赤岳で84歳の爺さんが滑落して亡くなったらしい。
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硫黄の匂いが漂う唐沢鉱泉の源泉溜まり。青い。
この青さを見て温泉入って帰ることに。成分は知らんがこういうものが帯びるエネルギーは浴びときたいお年頃、つまりおっさんになったということである。
唐沢鉱泉、昔ながらの旅館の建物に入って懐かしい気持ち。よくわからんタペストリーに不規則に奥に続く階段と踊り場の剥製たち。ボロというわけではないが昭和の匂いが残っていてつげ義春の漫画の主人公の気分になりきる。
調べたら宿泊代結構いいお値段すんですな。
温泉なんていつ以来か忘れたが少なくともコロナ禍の三年は入っていない訳で知らん爺さんやおっちゃんらの裸を見てゲシュタルト崩壊というか不思議な気持ちに。
湯船から見ると真ん前に洗い場がある舞台のような位置のせいで自然とおっちゃんたちが一心に体を洗う背中が目に入ってくる。人それぞれ色んなルーティンがあるんだなと妙に関心してしまった。
股座の向こう側で人様の金玉の影が揺れている様を見るのもなんかおもろかった。銭湯初めて入った小学生の感想。
今年はこれで4回目の山行。調べたらこれまででのべ70回近く登山してきたことになる。あとは武甲山、蓼科山。静岡方面の海が見える山に一座登れたらといった感じだろうか。
尖石縄文考古館編に続く。
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oka-akina · 2 years
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1222,23,24
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 22日は渋谷◯◯書店の店番だった。クローゼットを片付けていたら出てきたワンピースを久しぶりに着てみた。これに白いタートルを合わせるとなんかすごいガーリーだな…と、なんかこう、半ばコスプレのような気持ちで出かけた。  黒いネル地のワンピースで、腰のところからふわっと広がっている。あんまりわたしっぽくない格好なんだけど、店番で顔を合わせるのは通りすがりのようなお客さんばかりだし、なんかこういうワンピはお店屋さんぽさがあっていいかなーと思った。お店屋さんぽさって、べつにばかにしているわけではなくて、なんていうのかな…自分の中にあるイメージみたいなもの。を、上手になぞれるとなんかうれしい。仮装、擬態、ごっこ遊び…か?  ちょっと肌の調子もよくなくて、あんまり化粧しない方がよさそうな日だった。気に入る顔にならないなら自分ぽくない服装をしてみるのも面白いんじゃないかなーと思った。で、せっかくなのであたまにカチューシャもつけてみたんだけど、電車に乗っているうちにあたまが締めつけられるような感じがあり外した。  ほぼ通りすがりのようなお客さんばかりと思っていたら、運営のりれたさんがいらしていてなんだか気恥ずかしい。べつに何もつっこまれないしものすごく突飛な格好をしているというわけでもないんだけど勝手に(そもそもわたしっぽくないというのも、自分でそう思うというだけで、他人から見たらたぶんふだんと変わりない)。そしてたまたまなんだけど、「初めまして、オカワダアキナといいます」みたいなあいさつする機会も多い日だった。  ○○書店の向かいのギャラリーで企画が始まるそうで、ちょっとあいさつに行った。作品の展示と販売があって、デザインフェスタみたいな感じ。この日は内覧会で、翌日からオープンとのこと。わたしはたまたま今日店番に入ってたってだけなんだけど、りれたさんにお声がけいただいたのでオープニングパーティー的なところにのこのこ出かけて行き、図々しくもビールをもらった。瓶のビール。カールスバーグだったかハートランドだったか思い出せない。ハイネケンではなかった気がする。緑の瓶だったのは確か。こういうのってぜんぜん酔っぱらわないんだけどなんでだろう(酒に強いわけではない)。  小説を書いていますとかzineを作っていますとか自己紹介し、いやほんとだからなんなんだって感じでまじで展示となんも関係ないんだけど、堂々と挨拶しちゃうと一応は名乗りとして成立してしまうので面白かった。小説の装画をお願いできる方を探していて…というような話をしてみたり。いやこれはべつに建前ってわけではなくて、ほんとにそういった気持ちはあるので、まあ来年の予定なんてぜんぜんまだなんだけども、そういう話をするのは楽しい。そういう話をしている自分がなんか面白いなーみたいなのもあった。これも擬態かもしれない。わからない。  まだ書き始めたばかりでなんにも目処はたっていないけど、体の大きな女性の話を書いていて、そうしたらたまたまお話した方がふくよかな体型の人物を描いているという方で、なんかすごい偶然でうれしくなった。前田豆コさん。もうちょっと具体的な話をできたらよかったんだけどほんとにまだ書き始めでなにもしゃべれることがなかった。そしてこういう日に限って自分ぽくない服装をしているし、化粧もちゃんとしていないしで(世間的にというよりは自分の満足度として)、しくじったなーと思った。カチューシャはずしといたのはよかったと思った。  そしてビールを飲み終わって退散し、エレベーターを降りて地下鉄の入り口にさしかかったとき、あっ店に傘を忘れてきたな…と気づいたけどどうもめんどくさい気がしてそのまま帰った。まだ改札は通ってなかったし、エレベーターですぐだから取りに戻ってもたぶん2、3分の話なんだけど、どうにもおっくうだった。傘を置き忘れたときってすぐ気づく。置き忘れた場所から離れたとたんにあっと思い出し、それなら引き返せばいいのにもういいやと思ってしまう。  これもう半年くらい前になっちゃうけど、つまずく本屋ホォルさん(深澤さん)と草加をうろうろしたときもそうで、途中立ち寄った店に傘を忘れてきたなあと、出てすぐ「あっ」と思ったけどめんどくさくて取りに行かなかった。言い出しにくかったというわけではなくて、まあいっかとなってしまった。わたしの中にある慣性の法則というか、いったん歩き出すと戻れない。なんであれ動き出したらまっすぐびゅーっといきたい。たぶんこういうところにわたしの人生のしくじりや弱点が詰まっている…とおおげさな言い方をしたくなり、たぶん帰りの千代田線が空いていて物思いにふけりやすかった。座れはしなかったけど。チョン・ミョングァンの「鯨」をちょっと読み進めたが、本が分厚いため片手で開いていたら指が痛くなり、途中であきらめた。  で、ツイッターを眺めたら、谷賢一の性的暴行の件について柳美里氏がツイートしていて、思わずリツイートした。ちょっと涙が出た。こうやってちゃんと言及してくれる人、とくに著名人がはっきり言ってくれるということ。この件についてはわたしはなんも関係ないんだけどほっとする気持ちがあった。  演劇周辺が性暴力まみれという話は、昔からみんな知っていたはずだろう。いろんな人の名前が出るたび「知ってた〜〜」って感じでしょ。何かあっても「あー○○さん女の子好きだもんね」「遊ばれちゃったね」って流されちゃいがちでしょ。関わりのある人はみんな知ってただろ。知らなかったはずないだろ。それで演劇の場を離れざるを得なかった女性がおおぜいいた(いる)こと、あんたらみんな知ってるだろ。発言力のある人、声を遠くに届ける力や手段を持った人たち、どうにかもうちょっとなんか言ってほしい。良心とか誇りを信じたい。というようなことをツイートしたら気分が悪くなり、夜遅くなってから吐いた。
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 23日。赤澤玉奈さんの展示を見に行った。北千住BUoY。北千住の駅から線路沿いに飲み屋街の脇を歩いて、途中ちょっと狭い住宅地に入りなんとなーく歩いていくと(目印とかなにもないんだけど素直に歩くと)墨堤通りに出て、すぐ見つかる店。地下ではちょうど演劇をやっていた。フォローしている黒澤多生さんが出演されていて、観に行きたかったんだけど、ちょっと疲労が溜まっていたのでやめておいた(風邪をひきそうな予感があった)。展示は2階のカフェ。  赤澤さんはBALMアンソロジーにご参加いただいた方で、詩と絵の展示。『波が吹いて森が引いていく』というタイトル。詩の朗読がよかった。BUoYは廃墟をリノベーションしたスペースで、2階は元ボウリング場、地下は元銭湯。がらんとした空間の壁に絵が並んでいて、ヘッドホンで朗読を聴いた。テキストを目で読むのと、人の声で聴くのと、受ける印象がちがう。目で読むときわたしはかなり読み落としているような気もした。ヘッドホンの向こうにカフェのBGMや人の話し声が聞こえてくるのもよかった。コーヒーを飲みながらえもに手紙を書いた。書くものを忘れたのでお店でペンを借りた。  『体の中から手に持てる石』という、その場で赤澤さんが石に絵を描くという企画があり、お願いした。こちらが好きな石を一つ選んで不安や悩みを語り、聞いた話をもとに赤澤さんがドローイングする…というもの。「不安や悩みを手に持って取り扱うことができるようになるような体験を目指します」とのことで、「抜いた虫歯を見るときのようにそれぞれの痛みを客観視し、」というキャプションに惹かれた。赤澤さんの「〜のように」という比喩は、詩や散文のときでもそうだなあと思うんだけど、さりげなく指差すような絶妙さがあって素敵だと思う。突拍子もないような喩えではないけど、そのように言われて初めてすとんと落ちるような、頭の上の枝にあるちょうどいい重さの果物をもいで差し出してくれたような…と、やってみようとするとなかなか上手くいかない。だから赤澤さんの「〜のように」はほんとにいいなあと思う。  悩みを話すというのがパッと出てこなくて、ものすごく卑近な話をしてしまった。口に出して話すうちに、その件それ自体とはちょっとちがうところに問題があるのかもと思い至り…というところまで丸ごと話してしまったので、ほんとにわけのわからない話になってしまった。詳しいなかみはひみつ。わたしのしゃべったことはなんだかよくわからん話になってしまったけど、それを最後まで聞いてくださり、すごくほっとした。ちょうどきのう、りれたさんからブックセラピーという人から悩みを聞いて選書するという企画に誘われ、わたしのような性格が歪んでいる意地悪な人にはとてもできないんじゃないかと、きのうもそうは言ったけども、改めて思った。  握りやすい、ちょっと砂の感触もある石で、すごく絶妙な絵、形を描いてもらえた。ああそうだったと思うような、さっきの比喩の話と同様、すとんと落ちる感じ。むかし読んだ吉本ばななの「血と水」だったかな、主人公の恋人が、木とか石とかでお守りを作る男の人…という話があって、それを思い出した。なんともいえない形だけど、相手の心になじむ形を彼はどこからかすっと取り出してきてなんでもないことのように差し出す…みたいな感じの話だった。たしか。
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 石はポッケに入れて帰った。ポッケの中で何度も握り、左手で握ると石のへこみのところにちょうど中指がひっかかり、石はわたしの体温で温かくなった。ポッケの中にはワイヤレスイヤホンのケースも入れていて、そういえばこのケースは歯医者で抜いた歯を持ち帰り保管しておくケースに似ているな…と思った。わたし自身は歯を抜いたことはないんだけど。ルミネの靴下屋と無印に寄り、タイツの中に履く用の五本指つま先靴下・安いノート・レトルトのコムタンを買った。  最寄駅に着いたら、ケーキの箱を抱えて歩く人や、でかい紙袋をいくつも提げた人、サンタの格好でケーキやチキンを売る人など、めちゃめちゃ「いつかのメリークリスマス」な風景だ…と思った。毎年ちゃんとクリスマスの雰囲気、年末の雰囲気になるのが不思議。夜空の感じとか。夏はもっと羊羹っぽいのが、冬はさらっとしている。これ伝わるかわかんないけど。  家に帰って夕飯の支度をしていたら、リビングの電灯が切れてしまった。脚立にのぼらないと替えられないし家にストックもない。すぐ近くのドンキで売ってるとは思うんだけど型番も大きさもなんもわからん…調べるのもめんどくさい…。暗い部屋でもそもそ食べた。好きなアイドルの配信やMリーグの中継を見ながらで、スマホの明かりの眩しさが今度は「JAM」みたいだな…と思った。イエモンのJAM。  JAMの歌詞の好きなところは、最初のサビの「素敵なものがほしいけどあんまり売ってないから好きな歌を歌う」のすぐあとに二番のAメロ「キラキラと輝く大地で君と抱き合いたい」ってくるとこ! あんまり売ってない→キラキラ、の流れ、そしてそのあとに「この世界に真っ赤なジャムを塗って」とタイトル回収…がほんともうキマりすぎてるだろ〜とむかし友だちと語った。古い歌を思い出すと友だちのことも思い出される。
 24日。きのうおとといの日記を書いた。展示の流れで書きそびれたけど、「イサド住み」の感想をいただいてすごくうれしかった。毎度うまくお返事できなくてお恥ずかしいんだけど、ほんとにとても励まされています。そしておととい、○○書店で小説の成り立ちのようなことについて尋ねられ、うまく受け答えできなかった。もっかい脳内反省会をやった。  夜はクリスマスだからビーフシチューを作って、スーパーで買ってきたチキンと。チキンといっても竜田揚げなんだけど。骨なしチキンとシールが貼られていてなんか罵倒っぽいな…と思ってちょっと笑った。骨なしチキン野郎。  大根とホタテ缶のサラダ。千切り大根を塩で揉んで水気を搾り、ホタテの��煮缶と和える。マヨネーズと粗挽き胡椒。これを作るとクリスマスとか年末っぽいなあと思う。実家の母がたまに作った。たぶんお歳暮でもらう缶詰を活用したメニューで、だから年末っぽいのだろうと思うんだけど、我が家はだれからもお歳暮はもらわないのでわざわざホタテ缶を買っている。  ビーフシチューにセロリを入れ、余った葉っぱを何かに使いたいなあとレシピを検索し、セロリコスパゲッティと名付けられた、要するにバジリコスパゲッティを細かく刻んだセロリの葉で代用したもの…を作ってみた。付け合わせっぽくしたかったのでペンネ。なかなかうまくいった。セロリが好きな人は好きだと思う。わたしはかなり好きだと思った。  切れた電気はまだ替えてなくて(めんどくさくて…)、卓上ランプを天井に向けて間接照明みたいにしている。けっこういい感じだと思うことにする。ホテルの明かりっぽくもある。『シンプル・メン』という映画(監督:ハル・ハートリー)を配信で観て、途中まで観たところでちょっと疲れたので、本を読んだり小説を書いたりした。
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kennak · 4 months
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昔清掃の仕事をしたことがあります。駐車場のゴミ拾いをしてる時、目の前でゴミをすてられたことがあります。このご主人も言われてますが、本当にやる気がなくなります。だからサービス業を続けてる方には頭が下がります。今後人口が減りサービス業をされる方が減ることで、私達の生活に影響します。サービス業の方に感謝の気持ちを持ってください。話しがそれたかもしれませんが、この記事をみて非常に残念な思いです。長年お疲れ様でした。ありがとう
神奈川の老舗銭湯、客の迷惑行為で閉店発表「もう限界」「営業続ける意欲が無くなった」(日刊スポーツ)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
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on-30 · 1 year
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そこに「あってくれること」の尊さ。
7歳まで住んでいた街へ家族と訪れる。なくなったお店や銭湯、風景に寂しさを。新しくできたコーヒーショップが新鮮さを感じる。きっと「新しくできている!」と思うけれど、ここに訪れるのは数年ぶりだから、この街では日常として受け止められてるのかもしれない。
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最寄り駅の近くにあったたこ焼き屋があった。6個で600円。蒸し暑い日にたべるたこ焼きは熱い。昔座って食べた駅横の市民体育館外の椅子に座って食べてみる。
踏切近くに行くと。親子の姿が。「かんかん」を待っている。「かんかん」はしばらくするとやってきて喜ぶ子の姿が。昔の自分も踏切の前で待ち続けていたことを思い出す。
家に帰るまでの遊歩道を歩くと、見慣れた家々と見慣れない家々が。歩みを進め、昔住んでいた家の前に。住んでいた2階の部屋を見ていたら、親子が入っていった。誰かの新しい生活があるんだね。
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昔のご近所さんのインターホンを鳴らしご挨拶したり、姉とおつかいに行った八百屋まだあって、店主も相変わらず。近くにあったお寺までの参道には松の木々が。ふと見たただのマンホールも懐かしい。記憶はふとしたときに戻ってくる。
時間とともに自分は変わっても、まだ変わらずにあってくれる何かがあるのならば、自分の歩みを進められる気がしたり。記憶が戻ってくる場所があるのなら。
それは街の風景だったり、人との関係性だったり、好きな映画とか小説とか音楽とか。
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23歳になりました。ぴーす
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littlesallywalker · 1 year
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日記
17歳のようによく眠った10:20
西行きのバスが平日の真昼間のそれで速度をさげた。
押し花にしてあるつつじを見ようとレコードを持ち上げる。
そしてやっぱりやめる、あとすこし愉しみにしておこうって。
ずっとこうしていたかった物事の集大成はよく眠ること。
ぼくたちはいつだって早起きのしすぎでぼくたちでなかった。
でかい風呂へ行きたい、行こうとおもう。ほど近い。
壁に熱帯魚の泳ぐ銭湯もいいけど岩を踏みたい。
君は向こうの山を向いていて注視する重さが肩におり首を痛めた。
頭がぼうっとしたままの朝でやっぱりこれだと眠りすぎているネ。
西早稲田に通販専門のレコード屋さんが昔あってよく話した。
ぼくにとってもう世代的にそんなレコード屋さん珍しかった。
レコード屋さんというよりか、おじさんの小売業だ。
インターネットからではなく長電話で注文するのだ。
買うとおまけにレア盤をダビングしたテープをくれる。
テープはカセットとビデオのテープ、まったく物珍しかった。
だけどぼくは機器をそれしかちょうどもっていなかった。
ぼろぼろのパソコンとビデオテープを組んで渡って、
何もかもはカセットに最終的には落とし込んだ。
フォーク専門といっていいほどのお店だけど、
ソウルやジャズ、日本のロックを扱っていて、
ギターへのこだわりがあり強頑で優しくルーズだった。
今ふと思ってもカタログの中には掘り出し物もあったけど、
ギターを通したジャズとスタンダードの主はそこで知った。
バッハとアート・ブレイキーは実はギターでつながれてもいる。
たまに夢にでてくるのはそこのおじさんとの長電話の情景。
おしっこ我慢してまでの昔話は「なかなか...」という口癖と、
今もまだ聞こえてくるような、実家の電話の点と線。
Gary ParksのToneweaveも500円という叩き売り。
自主盤へのまなざしは厳しくまるで適切でもあったけど、
ぼくはいつの間にすこしだけ自立の骨をかじりはじめて、
もうお辞めになられたかったのだろうねきっと。
しつこく食い下がった最後の客って感じでいた。
そして中近東の音楽までも。電話線で渡り歩けた。
流行りものがきらいな逆サバの喫煙少年の夢をみた。
君はまだ向こうの山を向いて注視する重さが肩におり首を痛め眠った。
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hidekigogo · 2 years
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大木戸さんで食事後に昼散歩。 . こちらは西蒲田一丁目付近、呑川に掛かっている若宮橋から上流方向を臨む。陽が短くなったねぇ。気温は比較的低くなってきたし。 . ついでに懐かしながら日蓮橋付近まで、2枚目この左側に昔、同級が営業していた女塚温泉という高品質な黒湯の銭湯があった。浴場内は広く黒湯は中々高温だったのを覚えている。白湯もあった。 その先の中華北京さん、もうすでに営業はされていないと思うけどテント、店舗は当時のまま。 . 今日は、梅屋敷商店街→一国→京蒲→JR蒲田→西口→西蒲田7→西蒲田1→自宅といった流れ。夜も少し歩いてくるかな。 . #若宮橋 #呑川 #西蒲田一丁目 #昼散歩 #ウォーキング #散歩 (若宮橋) https://www.instagram.com/p/CjNAjiwv_oV/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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blondelongtours · 11 days
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おそらく1年ぶりの投稿です。お知らせばかり書いていて、自分のための言葉を書きたいと思いました。現場と現場の合間の日々こそ書き留めてみたいのです。
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9/7 午前中からさんぴんのミーティング。一週間の予定表を提出し、今回のワークショップで挑戦したいこと、現時点での発表会のイメージなどを三重県文化会館のMさんとTさんに話した。概ね好評でほっとした。事前に亘と打ち合わせしておいてよかった。そこからダッシュで中学校の演劇ワークショップへ。本日は以下のメニュー「右手が体・左手が心/最近はじめたこと/数を数える(レベル1〜5)/月を描く/物語を描く」 これだけやったら2時間なんてあっという間。たった一言でぐっと濃密な空気になる。勘の鋭い人ばかりだ。来月で年内最後、どこまでいけるか。終わってから同じ学校の高校生の稽古も見学。彼らは体育館の壇上でカーテンを閉めて稽古をしていた。下でバスケ部が練習しているからだ。分厚いカーテンで仕切られているもののダムダム音は容赦なく響く。けれど彼らの集中は途切れることはなかった(ように見えた)。学校に行くたびに思うけど、彼らはカオスに慣れている。練習を終えた頃にはバスケ部はもういなかった。片付けを終えた演劇部員達、顧問の事務連絡が終わるや否や、バスケ部が閉まったばかりのボールを取り出して一斉に駆け出した。「こういう時間の方が記憶に残ったりするんだよな」と先生は呟く。文化系ど真ん中の演劇部、全然ボールが入らなくてもはしゃぎまくってた。そういうことじゃないんだな。
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9/8 この日は昼過ぎまでぐったりしていたと思う。昨夜、思いの外飲んだのだった。昔のアルバイト先の仲間との飲��会。サラダとポトフ、日本酒とワインとウイスキー。出会った時、既にしっかり大人だったけど、それでも皆ぐっと大人になっている気がした。俺はどうだろう。少しは変われているかな。
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9/9 手帳には書いてないけど映画「OTHER MUSIC」を見たのはこの日のはず。自転車飛ばして20時45分のイメージフォーラムへ。見て良かった。超よかった。ハッとさせられる言葉の数々。やられた。人と人を繋ぐ場所としてあるレコード屋、こんな場所を都内に作りたい。自分が作りたいのはスタジオだけど。でもきっとレコードも置くだろう。ひとり静かに感動して俊平さんにライン。なんとなく気分が乗らず、家でグズグズしていた20時15分の俺よ。OTHER MUSICはもうないけど、ますますニューヨークに行くのが楽しみになった。
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9/10 昼、さんぴんや来年の作業。夜はコンタクト・インプロのクラスへ。骨盤から肋骨、肩甲骨、背骨、そして頭まで繋げてまた骨盤へ。一人でもできるワークも二人でやると発見がある。押す/押される、支える/支えられる、掴む/掴まれる、互いに作用しあいながら徐々に自由に。2時間を思いっきり過ごした。躊躇いがすっと消える時、とびきり集中した時間の中にいられる。汗をかきかきスタジオ近くの銭湯へ。行くたびに思うけど、何の変哲もないこの銭湯、四角い浴槽の穴からお湯に紛れて力の湧く得体の知れない何かが出ている気がしてならない。なんなんだ、水風呂すらないのに。着替えてからソファに沈み込むとしばらく動けなくなる。ポカリは瞬間で飲み干した。番台のおじさんのためにある小さなテレビの音だけ聞いてぼやっとしていた。NHKのテレビドラマは台詞が優しい。
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9/11 昼は来年以降に向けての相談。なかなかうまくいかないけど、動いてよかった。来年以降、もっと面白いことになっていきますように。去年の自分をビックリさせよう。夕方からは習い事で始めた歌の練習。この夏、全く通えなかった。もう冷や汗をかきたくない!あれ、恵比寿のバーに行ったのいつだったっけ。とてもいい選曲にピリリとしたのだった。
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9/12 夜、友人Yとバスケ。演劇部の彼らに完全に触発され、翌日には「バスケしない?」と誘っていた。近所の商店街でゴム製のボールを買い、公園へ。陸上トラック、テニスコート、プールなどがある大きな公園の片隅にある小さなバスケットコートではスケーターのキッズ達がオーリーをかましまくっていた。10人ぐらいのスケーターキッズが縦横無尽に技を決めまくっている中、「半分コート使わせてください」「かまわんよ」などのやりとりもないまま、ひょろひょろへらへらしたおじさん二人がそわそわしながらコートに入っていき、買ったばかりのボールを取り出してはリングに向かって放り始める。球は全然はいらない。文化系ど真ん中のおじさん二人。「あ、こいつら下手くそ」と舐められてるかも、なんていう自意識はやってるうちに消えていった。途中、今年一番美味いコーラを飲んだ。大量の汗を拭いて初めてのラーメン屋へ。ラーメンは二人ともタフガイ系。
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9/13 夜、習い事。習い事がある日は必ず冒険すると決めている。まっすぐ帰らずジャズバーへ。歴史ある所だしドキドキして入ったけど誰もジャズなんか聞いちゃいなかった。音も話し声を邪魔しないような鳴り方。残念だけど、もう一人でここに来ることはないかな。だれかと話したいならいいかもしれないけど。
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9/14 明日のDJの選曲をしてこれを書いている。DJは舞台に立つことにとても似ていて、パーティーはワークショップに少し似ている。現在9月14日5時48分。今日はこれから人に会う。その前に少しだけ体を動かしてお腹を空かそう。
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mojohandblues · 1 month
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北海道では百人一首の取札は,昔の銭湯にあった「下駄箱の鍵」みたいな「木札」なんだよね.60年近く昔のお年玉で買った記憶があったけど何十年も行方不明だったのが北13条の実家から出てきた.よ〜し,正月には孫たち集めてかるた取りしよう.
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helloharuo-diary-2023 · 2 months
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お見舞い
Tuesday 4 August 2014
真観は禅寺へ行った。今朝はちゃんと坐禅会があった。坐禅部屋は改めて思うが素晴らしい環境だと思う。とても気持ち良い。茶畑庵に戻ってからは東京行の準備を進めた。真観は、9時台のバスに乗る為にバス停まで行ったが忘れ物に気付きまた茶畑庵に戻った。それでも時間の余裕があった。気持ちの余裕もあった。10時台に乗ったバスが新宿駅に着いたのは12時少し前。ヨドバシカメラに行き現像されたフィルムのピックアップをする。ローライフレックスの120フィルムだ。その後、Canonサービスに行く。G12の三脚ネジ穴の修理を出す。修理完了は20日の予定。宅急便で静岡まで送ってもらうことにした。その後、学校へ。図書室のSさんとおしゃべり。図書室も少しずつ落ち着きを見せているがSさんの仕事量は多い。夏休みに顔を出すことが出来て良かった。職員室はやめておいた。個人用のロッカーに保管しておいた作品2点(巳由希、十人)をピックアップ。桐箱が壊れているので修復したいし茶畑��のライブラリーに戻したかったからだ。オフィスに向かう。タクシーにしようかと思ったが止めて電車で。オフィスに着くと誰もいなかった。iPhotoのデータを送る。あのお上人の作品。3時過ぎ、真観は御茶ノ水駅を降りた。ニコライ堂を横目に見ながらUさんの病院へと向かった。病院に着き7階のUさんの病室へと向かう。カーテン越しに『Uさん』と声をかけるとUさんが返事をした。2人で病院の外に外出した。近くのイタリアンカフェでお茶。手術は成功し病人ではあったが元気だった。Uさんの入院してる耳鼻咽喉科の病院は歴史がある病院らしく興味を引いた。開業は明治44年(1911年)だそうだ。東京で4代に渡り病院を維持するのは大変なことだ。代々の人柄が良いんだと真観は思った。Uさんは後数日で退院する。次に真観は渋谷経由で自由が丘駅まで向かった。神谷可奈子の個展を見る為だった。正し個展は明日からで今日は搬入の日。でも明日来ても可奈子とは会えない。だから今日になった。絵画の展示、そして可奈子の絵がデザインされたテキスタイル商品の陳列もあった。陶芸家とのコラボの作品もある。絵は、新作らしく動物の絵だった。貘、烏、象、栗鼠、梟、シーラカンス、牛などなど。クワガタや天道虫、蝉の絵もあったな。可奈子らしい作品だった。この個展の搬入を手伝っていたのがAちゃん。Aちゃんとは随分昔に会ったことがあった。久しぶりだった。でも気兼ねなくおしゃべりが出来た。搬入が終わり、自由が丘駅近くのカフェでお茶を飲をする。真観は、自由が丘駅前の古本屋で見付けた「バイオリン」という絵本の話をした。その絵本は、絵本の挿絵の代わりに写真を使っていた。それはありそうでない試みで珍しく実際撮影は大変だと真観は感じた。でも自分でもやってみたいなと思った。その後2人と別れて真観は1人大井町線の乗って大井町駅、そして水道橋駅まで移動した。オフィスに着く。さあ、この後銭湯に行くかどうか迷ったが行かないことにした。理由は面倒くさいからだ。オフィスの冷房が効いて来ると汗をかいたことも忘れるくらいさっぱりして来た。真観は、濡れタオルで全身を拭いた。1日動き回って疲れもあったが中々寝れず時間は1時を過ぎたのに眠くなかった。
電車の中吊り広告で、どこかで見た女性の写真を見た。TEDに出ていた奇麗なお姉さんだった。やっぱり綺麗だからこうやって露出されるんだなと思った。しかし真観は綺麗だから素敵な人だとは思っていない。
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