『Something blue』(モンタギュー×ロレンゾ)
エージェンシー本部の応接室の重厚な扉の前。
ロレンゾはいつも通り、コンコンと2度ノックをした。
「失礼しまぁす」
多少声高に挨拶をしながら扉を開ける。
・・・と、その瞬間。
「ロレンゾ、ハッピーバースデー!」
パンッ!と乾いた銃声に似たような音が鳴ったと思った瞬間、ロレンゾの目の前にスカイが飛び込んできた。
驚いたロレンゾは目を丸くしながら、彼に向って飛び込んできたスカイを上手くキャッチする。
彼女の手の中には使用済みのクラッカーがあった。
恐らく、それが派手な音を立てたのだろう。
「びっ・・・・・・・・・くりしたあ・・・!」
自分より幾分背の低いスカイを床に降ろしながら、ロレンゾはようやく言葉を発した。
よくよく部屋の中を見てみると、マイダスをはじめ、たまに遊ぶスカイやブルータス、ニャスルが揃ってクラッカーを鳴らしていた。
「やあロレンゾくん、今日誕生日なんだって?おめでとう」
マイダスがいつものように、笑顔でロレンゾに近寄ってくる。
そんなロレンゾの前にすっと長身の男が立ちふさがるように影を落とした。
「・・・・・・」
「・・・・・・顔が怖いよ、モンタギュー?」
ロレンゾとマイダスを遮るように立ちふさがった男、モンタギューを見てマイダスが苦笑した。
「もー、せっかくのロレンゾのお祝いなんだからちょっとくらい仲良くしなさいよ!」
スカイがモンタギューの腕をバチン!と叩くとモンタギューは渋い顔でため息を吐いた。
そしてようやく口を開く。
「・・・・・・お招き頂きありがとうございます」
全く感謝をしていない、彼の平坦な声。
エージェンシー、特にマイダスに対して、彼はいつもこうだ。
・・・ロレンゾは思わず苦笑した。
「マイダスさん、ありがとー!俺の誕生パーティー?してくれるの嬉しい」
エージェンシーのメンバーから見えないように、ロレンゾは軽くモンタギューの背中を撫でて促しながらそう言った。
そのロレンゾの仕草に、モンタギューの軽く諦めたようなため息が聞こえた。
「そうそう、スカイから話を聞いてね。これはぜひと思って」
「ロレンゾ、いっつもどっかウロウロしてて連絡取れないじゃん。でも今年は!居場所もわかってるし!せっかくだしお祝いしよ?って思ってさ~!」
「ありがと、スカイちゃん」
ロレンゾはいつものように笑って微かに横のモンタギューを見ると、ようやく彼も苦笑した。
「こっちにパーティー料理を用意してあるぜ。お前の隣りでむっつりしてる奴が、数日かけて仕込んでた特別料理だとさ」
ブルータスがニヤリと笑いながらロレンゾとモンタギューを見て、部屋の奥に用意されてある豪勢な料理を指さした。
「・・・余計な事を言うな」
「えっ・・・、モンティが料理・・・、作ってくれたの?」
ロレンゾの問いかけにモンタギューが片眉をクッと上げてロレンゾを見る。
「・・・まあな」
ここ数日、モンタギューはやたらとエージェンシーからの呼び出しだと言って朝から晩まで帰ってこないと思っていたら、どうやらエージェンシーのメンバーたちとロレンゾの誕生日パーティーの準備をしてくれていたようだ。
パーティー会場は見慣れた応接室ではあったが、あちこちにお手製と見える飾りが取り付けてあり、皆でサプライズを企画していたらしい。
今朝、エージェンシーに早くから出かけていったモンタギューに、『今日は夕方からエージェンシーの本部へ来い』と言われ、いつも通りにマイダスにからかわれにか、それとも麻雀のメンバー補充か何かだと思ってやってきただけで、まさか自分がこんな風にサプライズを受けるとは思ってもみなかった。
そもそもロレンゾは、自分の誕生日を忘れてすらいた。
「も~、こういうの初めてだから嬉しいかも。皆、ありがと!」
「ささ!料理が冷めないうちに食べよ食べよ~!」
「美味しそうだねぇ」
「ニャアン・・・!」
「・・・猫野郎・・・、お前も食うのか・・・」
美味い料理や酒に酔いしれ、いつも通りに雑談を適度に楽しみ、ボードゲームでひとしきり遊んで優勝をかっさらい、ロレンゾとモンタギューは日付けの変わる前に彼らの家へと帰ってきた。
「ああ、おなかいっぱい!楽しかったねモンティ」
「お前が楽しんだならそれでいい」
小さなアパートメントのリビングでたくさんのプレゼントや、ボードゲームの景品を並べながらロレンゾがいつものくつろいだ笑顔でモンタギューを見た。
「マイダスさんがプレゼントにジェット機くれるとか言い出すからびっくりしちゃった。スカイちゃんなんか『クルーザーあげればいいじゃない!』とか言ってさあ、あの人たち、規模が違いすぎてほんと面白いよね」
「ジェット機だのクルーザーだの、相変わらずあそこの連中は頭のネジが飛んでる」
「せっかくだしおねだりしても良かったんだけどね~?」
「やめとけ、高くつくだけだ」
「それもそうかも」
ふふ、とロレンゾが笑うとようやくモンタギューもロレンゾに笑みを返した。
他人には滅多に見せることはないモンタギューのくつろいだ表情が見られたことに、ロレンゾはようやく安堵した。
そしてソファにどかりと座る。
「コーヒーでも飲むか?」
モンタギューの声色が微かに優しい。
これもまた、普段他人がいる場所では聞くことのできない声色だった。
ロレンゾは目の前にやってきたモンタギューを見上げて更に笑みを深くする。
「もう寝る前だし、ココアが良いな。・・・あま~いやつ」
ロレンゾの言葉にモンタギューがロレンゾの手を取ると、その手の甲に軽く口づけを落とした。
「承った」
しばらくしてキッチンから甘い香りが漂ってくる。
モンタギューは美食家だからか、料理の腕はかなりのものだった。
不自由な逃亡生活を経てこの隠れ家でようやく安定した生活を手に入れた頃から、モンタギューはロレンゾに美味い料理や菓子を振舞ってくれるようになった。
・・・あの、大氷河に建っていた美しい見かけのホテルで偉そうにふんぞり返っていた彼からは想像できないつましい生活にもかかわらず、だ。
「できたぞ」
ロレンゾがキッチンに目をやると、モンタギューが揃いのマグを持ってやってきた。
「ん、いい匂い~!」
ロレンゾの注文通りの甘いココアの香り、そしてその中に微かに混じるコーヒーのほろ苦い香り。
「まだちょっと朝晩寒いから、あったかい飲み物が嬉しいね」
ココアのマグを渡されて、両手で抱えるようにする。
そして存分に香りを吸い込み、満足げに笑んだ。
「ん~、これこれ。マシュマロ入ってるしブランデーも入ってる!贅沢ぅ~!」
ロレンゾは至れり尽くせりの美味そうな、いや、実際美味いココアにふーっと息をかけて一口含む。
ロレンゾの隣りに腰を落ち着けたモンタギューが、そんなロレンゾを見て笑う。
「・・・美味いか?」
「・・・えへへ、モンティの作ってくれるココアが一番美味いよ、ありがとう」
モンタギューの笑みに釣られるように、ロレンゾも笑う。
そしてロレンゾはちゅっと音を立てて、モンタギューの頬にキスをした。
モンタギューも満更ではなさそうな顔で、コーヒーを含む。
「・・・ねぇモンティ」
「なんだ?」
マグを置き、どちらからともなくお互いの手を握る。
「・・・俺ね、今日が誕生日ってこと忘れてたんだ。そもそもさ、俺が生まれて喜んでくれる人なんかいないと思ってた」
ロレンゾは自分の出生や幼少時代のことを思い出しながら、苦笑する。
そして無意識にモンタギューに身体を寄せ、そのまま彼の肩に頭を預けて目を閉じた。
「でもさ、今日、あんたやエージェンシーの人たちにパーティーまで開いてもらってさ。皆におめでとうって言われて、何だかわかんないけど嬉しかった」
ロレンゾの心の内に宿る、ふんわりとした温かい感情。
そして、隣りに寄り添ってくれている自分の愛しい人。
この体温、この香り、この心地よさ。
(ああこれ多分、幸せってやつだ)
ロレンゾが心の隅でそう思い、何だか照れ臭くなってモンタギューの肩に顔をすり寄せた刹那。
「・・・・・・ロレンゾ」
低くて耳に心地よい声がロレンゾの名を優しく呼んだ。
そして、ロレンゾの頬に温かな手が添えられ、額に軽くキスされる。
・・・モンタギューは滅多にロレンゾの名前を呼ばない。
2人きりの時でもそれは変わらなかった。
だが、唯一ベッドの中でお互いを曝け出した時にだけ、たまらなく甘い声でロレンゾの名を呼ぶのだ。
その度にロレンゾは言い知れぬ衝動が胸の内から湧いてくるのを感じていた。
・・・ロレンゾがその感覚にゆっくりと目を開くと、間近でモンタギューが微笑んでロレンゾを見つめていた。
「・・・・・・誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、俺に出逢ってくれてありがとう。お前の隣りにこうしていられること、神以外のすべてに感謝している」
モンタギューの言葉に、優しい声色に、ロレンゾは最初何を言われているのか理解が及ばなかった。
ただ、普段は絶対にこんなことは・・・ベッドの中で以外言わないモンタギューが、ロレンゾの名を呼びそう言った事を少しずつ咀嚼していくと同時に、たまらなく羞恥を感じ、自分の体温が一気に熱を帯びた気がした。
「ちょ・・・、っと、待って、なに・・・・・・いきなりそういうの、ずるい、から・・・・・・」
羞恥の余りロレンゾはモンタギューから顔を背ける。
・・・恥ずかしさで自分の声が震えていたのが随分間抜けだなと思いながら。
「いきなりじゃないだろう、もうじき日付けが変わる。その前に、お前に言っておきたかった」
エージェンシーの奴らの前では言わなかったがな、とモンタギューが言いながら、胸元から小さな箱を取り出してロレンゾに握らせる。
「えっ・・・なに」
「・・・お前の誕生日だろ。プレゼントが必要じゃないか」
「えっ?でも、エージェンシーのパーティーでモンティの料理食べたし、すっごく美味かったし!」
「本当のプレゼントはこっちだ。良いから開けてみろ。気に入らなければ売ればいい」
「モンティからのプレゼントは何でも嬉しいよ、ありがとう」
いまだに跳ねる自分の心臓にロレンゾは曖昧に笑って照れ隠しをしながら、ラッピングされた小さなその箱を見つめた。
ロレンゾはモンタギューに肩を抱き寄せられながら自分の手のひらに収まるくらいの小さな箱を開けると、そこには青く光るダイヤのピアスがひとつ入っていた。
「ダ・・・ダイヤだ・・・!ダイヤだモンティ!ダイヤ!なに!これどうしたの?」
ダイヤに異常な執着があるモンタギューが、恋人とはいえ他人にダイヤを贈ることがあるのだろうか。
いや、実際にロレンゾにダイヤが贈られているのだが。
驚きの余り、わぁわぁと叫ぶようにしてロレンゾはモンタギューを問い詰めてしまう。
するとモンタギューは少し困ったような表情をした。
「懇意にしている宝石商に頼んで、俺が昔から持っていたブルーダイヤを加工してもらった。・・・お前が装飾品には余り興味が無いのは知っているが・・・」
モンタギューはぶっきらぼうにそう言うと、ふいと向こうを向いてしまう。
「・・・その、・・・サムシング何とかとか言うだろう。・・・そういうやつだ」
「モンティ・・・・・・」
そのモンタギューの様子を見て、ロレンゾはモンタギューが照れているのだとわかり、その皮肉屋で照れ屋な恋人をたまらなく愛しく思った。
サムシング・フォー。
マザーグースの詩は余りにも有名で、小さな子供でも知っているものだ。
幸せな門出の為の4つのアイテム。
そしてブルーダイヤ。
これからも共にいてくれようとするモンタギューの、ロレンゾへの幸せの祈り。
「・・・・・・も~・・・・・・、こういうことされると増々モンティのこと好きになっちゃうじゃん・・・・・・」
顔をくしゃくしゃにして笑いながら、ロレンゾは自分の紫色の��アスを外し、その小さなブルーダイヤのピアスをつける。
そんなロレンゾの様子をモンタギューはチラ、と横目で見てほっとしていた・・・ように見えた。
「・・・似合う?」
横を向いてしまったモンタギューにのしかかるようにして、ロレンゾはピアスを見せつけてやる。
モンタギューがようやくロレンゾの方を見て苦笑しながらロレンゾの腰を抱き寄せ、うなずいた。
「・・・ああ」
「・・・モンティ、最高のプレゼントありがとう。大好きだよ」
満足げに笑み、そう伝えるとロレンゾはモンタギューへキスをねだる。
「・・・・・・Je t'aime,・・・Je te veux,・・・ロレンゾ」
―――重なった2つの影の中に、微かに煌めく青い光。
―Fin.―
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2024/09/23
ゴースト
朝霞氏、ゴースト「マグ・メルへは水葬にて」リリース
Lily-livered Maiden
備考: ゴーストマスカレード5参加作品
帽子屋氏、ゴースト「この世で最も純粋で悪辣、清廉にして汚濁、そして醜く尊いもの」リリース
世界の終り
備考: 伺か異形頭ゴースト祭2024参加作品
ないはこ。氏、ゴースト「Nothing.29‐フワゲ」リリース
https://x.com/Lk_naihako/status/1837144540702249009
mkbt氏、ゴースト「むざむざザムザ」リリース
むざむざザムザ / Nar na Loader - ななろだ
シェル
黒乃 月猫氏、フリーシェル「青い翅」リリース
デスクトップの幽霊
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毒を食らわば皿まで
うちよそ。フェドート←ノルバ(パパ従兄弟)
※モブの死/暴力・性暴力行為の示唆
揺れる焚火を前にマグを両手で包み込む。時折枯れ木が弾ける音を拾いながら、岩場に座すノルバはじっと揺れる炎を見据えていた。泥水より幾分かましなコーヒーはすっかり湯気が消え去り、食事の準備をしていたはずの炊き出し班がいつの間にやら準備を終えて、星夜にけたたましく轟く空襲に負けぬ大声で飯だと叫んでいた。バニシュを応用した魔法結界と防音結界が張られているとはいえ、人の気配までは消すことが出来ないがゆえに常に奇襲が警戒されるこの前哨地において、食事は貴重な愉楽のひとつである。仲間たちが我先にと配膳の前に列を成していくその様子を、ノルバはついと視線だけを向けて捉えた。
サーシャ、ディアミド、キーラ、コノル、ディミトリ、マクシム、ラディスラフ、ヴィタリー。
炊き出しの列に並ぶ仲間の名を、かさついた口元だけを動かし声は出さずに祈るように唱える。土埃にまみれた彼らが疲弊しきった顔を綻ばせて皿を受け取っていく様に、ノルバは深く息を吐いた。
「おい、食わないと持たないぞ」
「っで」
コン、と後頭部を何かで軽く叩かれ、前のめりになった姿勢に応じてマグの水面が揺れる。後ろを仰ぎ見れば、見慣れた顔が深皿を両手に立っていた。
「フェドート……」
「ほら、お前の分だ」
「ああ……悪ィな」
ぬるくなったマグを腰かけている岩場に乗せ、フェドートから差し出された皿を受け取る。合金の皿に盛られたありあわせの材料を混ぜ込んだスープは、適温と言うものを知らないのか皿越しでも熱が伝わるほど酷く熱い。そういえば今日の炊事係にはシネイドがいたな、と彼女の顔を思い浮かべ苦笑いを零した。
皿を渡すと早々に隣を陣取ったフェドートは、厳つい顔に似合わず猫舌のために息を吹きかけて冷ましており、その姿に思わず小さく笑い声がもれる。すかさずノルバの腕を肘で突いてきたフェドートに「面白れェんだから仕方ねえだろ」と毎度の言い訳を口にすれば、彼は不服そうな顔を全面に出しながら「それで、」と話を切り上げた。
「さっきは何を考えていたんだ。お前がぼうっとしているなんて、珍しい」
「…………ま、ちょっとな」
ようやく冷まし終えた一口目を口に含んだフェドートに、ノルバは煮え切らない声で返した。彼の態度にフェドートはただ咀嚼しながら無言でノルバを射抜く。それに弱いの分かってやっているだろ、とは言えず、ノルバは手の中でほこほこと煮えているスープに視線を落として一口分を匙で掬った。
豆を中心に大ぶりに切られたポポトやカロットを香辛料と共に煮込んだスープは、補給路断たれる可能性が常にあり、戦況の泥沼化で食糧不足に陥りやすい前線において比較的良い食事であった。フェドートが別途で袋に詰めて持ってきたブレッドや干し肉のことも考えれば、豪華と言えるほどである。まるで、最期の晩餐のようなものだ。
───実際、そうなるのかもしれないが。
ため息を吐くように匙に息を吹きかけ、口内を火傷させる勢いのスープを口に放り込んだ。ブレッドと食べることを前提に作ったのだろう。濃い味付けのそれは鳴りを潜めていた空きっ腹を呼び覚ますのには十分だった。
フェドートとの間に置かれたブレッド入りの袋に手を伸ばす。だが彼はそれを予測していたらしく、袋をさっと取り上げた。話すまで渡さないという無言の圧を送られたノルバは観念して充分に噛んだ具材を飲み下す。表面上を冷ましただけではどうにもならなかった根菜の熱さが喉を通り抜けた。
「次の作戦を考えてた。今日までの作戦で死者が予想以上に出るわ、癒し手が不足してるわで頭が重いのはもちろんだが、副官が俺の部下九人を道連れにしたモンだからどうにもいい案が浮かばなくてな」
言って、ノルバはフェドートの手から袋を奪取すると中から堅焼きのブレッドを取り出し、やるせなさをぶつけるように噛み千切った。何があったのか尋ねてきた彼に、ノルバはくい、と顎で前哨地に設営された天幕を指す。中にはヒューラン族の男が一人とロスガル族の男が二人。ノルバと同じく、部隊指揮官の者達だった。折り畳み式の簡易テーブルの上に置かれた詳細地図を取り囲み話をしているが、平行線をたどっているのか時折首を振る様子や頭を掻く様子が見える。
お前は参加しなくていいのか、とノルバに問おうとして、ふと人数が足りないことに気付いた。ここにはノルバ率いる第四遊撃隊と己が所属し副官を務める第二先鋒隊、その他に第八術士隊と第十五歩兵隊に第七索敵隊がいたはずだ。そう、もう一人部隊長が────確かヒューラン族の女がいたと思ったが。
フェドートが違和感を覚えたことを察したのか、ノルバはスープに浸したブレッドを飲み下すとぬるいコーヒーを手に取り、その味ゆえか、はたまたこの状況ゆえか、眉間に皺を寄せつつ少量啜った。
「セッカ……索敵隊の隊長な、昨日遅くに死んだんだわ。今回の作戦は早朝の索敵と妨害がねェ限り成り立たなかったろ? 俺はその代打で一時的に遊撃隊を離れて第七索敵隊の指揮を預かってた。…………そうしたら、このザマだ」
「……副隊長はどうしたんだ、彼女が死んだのならそいつが立つべきじゃあないのか?」
「普通はな。ただ、まあ、お前と同じだよ。副官としては優秀だが、全体を指揮する人間とは畑が違う。本人の自覚に加えて次の任務は少しの失敗もできないとあって、俺にお鉢が回ってきたってェわけだ」
揺れる焚火の薪が音を立てて弾けた。フェドートはノルバの言葉に思い当たる節があるのか、「ああ……」と声を零すと干し肉を裂いてスープの中に落としていく。ノルバはその様子に僅かに口角を上げると、ブレッドをまたスープに浸して食みながら状況を語った。
曰く、昨日遅くに死んだセッカは直前まで普段と至って変わらない様子だったという。しかし、日付が変わる直前、天幕で早朝からの作戦に向けての確認作業中にセッカは突如嘔吐をして倒れ、そのままあっけなく死んだ。彼女のあまりにも急すぎる死に検死が行われた結果、前回の斥候で腕に負った傷から遅効性の毒が検出され、毒死という結論に至った。
本人に毒を受けた自覚がなかったこと、術士隊がその日は夜の任であり癒し手の人数が不足していたため軽症者は各自で応急処置をしていたこと、その後帰還した術士隊も多数の死傷者を抱えて帰ってきたこと等、様々な不幸が折り重なって生まれた取り返しのつかない出来事だった。
問題は死んだ時間である。早朝からの任務を控えていたセッカが夜分に死亡し、且つ翌朝の作戦は必要不可欠であったため代理の指揮官を早々に選出しなければならなかった。だが、セッカの副官である男は「己にその器たる資格なし」と固辞し、索敵隊の者も皆今回の作戦の重大さを理解しているからこそ望んで進み出るものはいなかった。
その最中、索敵隊のひとりが「ノルバ殿はどうか」と声を上げたのだと言う。基本的にノルバは作戦に応じて所属が変わる立場だ。レジスタンス発足後間もない頃、何もかもを少数でこなさなければならない時期からの者という事もあって手にしている技術は多岐にわたる。索敵隊が推した所以である諜報技術もその一つだった。結局、せめて今回作戦だけでもと頼まれたノルバは一日遊撃隊を離れ、索敵隊を率いたという。
「別に悪いとは言わねェよ。あの状況で、索敵隊の精神状況と動かせるヤツを考えれば俺がつくのが妥当だ。俺はセッカがドマから客将として入ってから忍術の手ほどきも受けていたから、死んだと聞いた時から予想はしてた」
「………………」
「ああ、遊撃隊は生還率が高く、指揮官が一時離脱しても一戦はどうにかなると言われたな。実際、俺もどうにかなる……どうにかさせると思ってたさ。そうなるよう事前に俺がいない間の指示も伝えてから行った。だけどよ、前線を甘く見る馬鹿が俺がいないからって浮足立って独断行動をしたら、どうにもなんねェんだわ、そんなの」
ブレッドの最後の一口を呑む。焚火の煙を追って、ノルバは天を仰いだ。帝国軍からの空襲は相変わらず止む気配がない。威嚇を兼ねたそれごときで壊れる青龍壁ではないが、星の瞬く夜空を汚すには十分だった。
「技術はあって損はないけどよ、その技術で転々とする道を進んだ結果、一度酒飲んで笑った仲間が、命を預かった部下が、てめェの知らねえとこで、クソ野郎の所為でくたばっていく度に、なんで俺は獲物一つの野郎でいられなかったんだと思う」
目を瞑る。第四遊撃隊は今朝まで十六人だった。その、馬鹿な副官を合わせて十人。全体の約三分の二を喪った。良かったことと言えば、生き残った者たちが皆比較的軽症だったことだ。戦場で果てた者たちが、彼らの退路を守ってくれたという。死んだ部下たちの遺体は回収できなかった。帝国が回収し四肢切断やら臓器の取り分けやらをされて実験道具としているか、はたまた荒野に打ち捨てられたままか、どちらかだろう。明日戦場に出た時に目につくだろうか。もう既に腐敗は始まっているだろう。その頃には虫や鳥が集っているかもしれない。
とん、とノルバの背に手が触れた。戦場において味方を鼓舞するそれを半分隠せるほど大きな手。その手は子供をあやす父親のようにゆっくりと数回ノルバの背を叩くと、くせの強い彼の髪に触れた。届かない空を見上げていたノルバの視線をぐっと地に向かせるように、荒っぽいが情愛のある���つきでがしがしとかき回す。「零れるからやめろ馬鹿!」と騒ぐノルバに手を止めると、最後に彼の頭を二度軽く叩いて手を離した。
無理をするな、とも、泣いていい、とも言わない。それらがノルバにはできないことであり、また見せてはならない顔であることを元々軍属であったフェドートは理解していた。ノルバは片手で椀を抱えたままもう片方で眉間を抑え、深く息を吸って、吐いた。
「……今回の大規模な作戦目標は、この東地区の中間地点までの制圧だ。目標達成まであと僅か、作戦期間は残り一日。全部隊の半数以上が戦死し、出来る作戦にも限りがある……が、ここでは引けない。分かっているよな」
「ああ。この前哨地の後ろは湿地帯���。今は雲一つない空だが、一昨日から今日の昼間までにかけての雨で沼がぬかるみを増している。下手に後退すれば沼を渡っている最中に敵に囲まれるのがオチだ。運よく抜け出せたとしても、晴れだしてきた天気の中ではすぐに追跡される。補給路どころか後衛基地の居場所を教えてしまうだろうな。襲撃されたら単なる任務失敗では済まない」
「そうだなァ、他にはあるか?」
「……第七索敵隊の隊長はドマからの客将だったな。彼女が死んだとあれば、仲間の命を優先して中途半端に任務を終えて帰るべきではない────いや、帰れないな。"彼女は勇敢に戦い、不幸にも命を落としました。また、甚大な被害が出たため作戦目標も達成することが出来ず帰還しました。"ではドマへの示しがつかない。せめて、目標は達成しなければどうにもならん」
「わかってるじゃねェの」
くつくつと喉を鳴らして笑うノルバを横目に、フェドートは適温になってきたなと思いながらスープを食む。豆と根菜に内包された熱さは随分とましになっていた。馴染み深い香草と塩っ気の濃い味で口内を満たしながら、フェドートはこちらに向けられている視線へと眼光を光らせた。
鋭い獣の瞳の先にあるのは、ノルバが指した天幕。射抜かれたロスガルの男は肩をわずかに揺らすと、すぐに視線を地図へと戻した。フェドートは男の態度にすっと目線を椀へと戻すと、匙いっぱいにスープを掬う。具に押しのけられて溢れたスープが、ぼとぼとと椀に戻っていった。
万が一にでもこのまま撤退という話になれば────もしくは目標を達成できず退却戦となれば、後方基地に帰った後、まず間違いなくノルバは責任を問われる者のひとりになるだろう。ともすれば、全体の責任を負いかねない。ノルバ自身は最良を尽くし、明らかに自身の行いではないことで部下を大量に失っている身だが、皮肉なことに彼はボズヤ人でないことや帝国軍に身内を殺された経験を特に持たないことから周囲の反感を買っている。責任の押し付け合いの的にするには格好の獲物だ。
貴重な戦力であり、十二年ひたすらに積み重ねてきた武勲もある。まず死ぬことはないだろうが相応の折檻はあるだろう。フェドートは息子同然の子の師であり、共にボズヤ解放を目指す戦友であるノルバにその扱いが待ち受けているのが分かっているからこそ、引けないとも思っていた。ノルバ本人にそのことを言っても「いつものことだ」と笑うから決して口にはしてやらないが。
汁がほとんど匙から零れ、具だけが残ったそれを口に運ぶ。いつの間にかノルバは顔から手を離していた。血糊の瞳と、濁った白銀の瞳はただ前を見つめている。ノルバは肩から力を抜くように大きく息を吐き出すと、フェドートに続くように匙いっぱいにスープを掬い大口を開けて食べ、袋から干し肉を取り出して頬張った。
「ま、何にしろ全体の損失を考えりゃここでは引けねェが、簡単に言えばあと一日持たせてもう目と鼻の先にある目的を達成さえすればどうとでもなるんだ。なら、大人しく仰々しいメシを食いながら全滅を待つこたァねえ。やっこさんを出し抜いて、一泡吹かせてやろうじゃねェの」
「本当に簡単に言うなぁ……」
「そんぐらいの気持ちでいかなきゃやってけねェんだよ、ここじゃあな。ダニラ達もあっちで相当頭捻ってるし、案外メシ食ってたら何か、し、ら…………」
饒舌に動いていた口が止まる。急に黙り込んだノルバにフェドートは怪訝そうな顔でどうしたと彼を見やる。眼に映った顔は、笑っていた。
ノルバの手の中で、空の匙が一度踊る。そのしぐさに目を奪われていると、匙はこちらを指してきた。
「なあ、フェドート。アンタ、俺の副官になる気はないか?」
悪戯を思いついたこどものような表情だった。しかし、彼の声色が、瞳が、冗談なのではないのだと語る。「は、」とフェドートは吐息のごとく短い声を上げた。ノルバは手を引いて袋の中からまたブレッドを手に取る。「ようはこういうことだ」ノルバは堅く焼いたそれを一口大に引きちぎり、ぼとり、と残り半分もないスープの中に落とした。
「遊撃隊と」
ぼとり。
「先鋒隊と」
ぼとり。
「索敵隊。この三部隊を統合して俺の指揮下に置き、一部隊にしたい」
三つのかけらを入れたスープをノルバは匙でくるりと回す。突飛な発想だった。確かに遊撃隊はノルバを含め僅か六人の生存者しかいない。どこかの部隊に吸収されるか、歩兵隊あたりから誰かを引き抜いてくる必要はあるだろうが、わざわざ先鋒隊と索敵隊をまとめる必要があるかと言われれば否である。
帝国との兵力差は依然としてある状況でいかにして勝ち進めることができているのかと問われれば、それは部隊を細かく分けて配置し、ゲリラ戦で挑んでいるからに他ならない。それをノルバはよく知っているだろうに、何故。
答えあぐねているフェドートにノルバは真面目だなと笑うと、策があるのだと語った。
「承諾が得られるまで細けェことは話せねェが、成功率は高いはずだ。交戦時間が短く済むだろうからな。それが生存率に繋がるかと言われれば弱いが、生き残ってる奴らの肉体と精神両方の疲労を考えれば、戦えば戦うほど不利になるだろうし、どうせ負けりゃほとんどが死体だ。だったら勝率を優先した方がいい。ダニラのヤツは反対するかもしれねェが……俺が作戦の立案者で歩兵隊と変わらない規模の再編隊を率いるとなれば、失敗したら責任を負いたくない野郎共は頷くだろ」
「おいノルバ、」
「で、これの問題点と言やァ、デケェリスクと責任を全部しょい込んで無茶苦茶を通そうとする馬鹿の補佐につける奴なんて限られてるし、そもそも誰もつきたかねェってとこなんだが」
ノルバ自身への扱いを聞きかねて小言を呈そうとした口を遮って続けられた言葉に、フェドートは息を詰まらせた。目の前の濁った白銀と血溜まりの瞳が炎を映して淡く輝く。
「その上で、だ。もう一度言うぞ、第二先鋒隊副隊長さんよ。生き残って勝つ以外は全部クソな俺の隣席だが、そこに全てを賭けて腰を据える気はないか?」
吐き出された地獄へ導く言葉は弾んでいた。そのアンバランスさは他人が見れば奇怪に映るだろうが、フェドートにとってはパズルピースの最後の一枚がはめられ、平らになった絵画を目にした時のような思いだった。ああ、お前はこんなに暴力的で、強引で、けれども理性的な男だったのか。
「おっと、ギャンブルは嫌いだったっけか」とノルバが煽るように言う。彼の手の中でまた匙がくるりと弧を描いた。茨の海のど真ん中で踊ろうと誘っておきながら、退路をちらつかせるのは彼なりの優しさかそれとも意地の悪さか──おそらくは両方だろう。けれども、フェドートはここでその手を取らぬほど、野暮な男になったつもりはなかった。
フェドートが口角を上げて応える。ノルバは悪戯の成功したこどもの顔で「決まりだな」と言うと、浸したブレッドを頬張る。熱くもなく、かと言ってぬるくもない。シネイドが作ったであろう火だるまのようなスープはただ美味いだけのスープになっていた。
この機を逃すまいと食べ進めることに集中した彼に合わせてフェドートも小気味よく食事を進ませ、ノルバが最後の一口を口に入れるのに合わせてスープを飲み干す。は、と僅かに声を立てて息づくと、ノルバは空の皿を脇に置き腰のポーチを漁ると小箱を取り出した。フェドートはそれに嫌そうな顔を湛え腰を浮かせたが、「まあ待てよ」とノルバがにやにやと笑って彼の腕を掴んだ。その細い腕からは想像できないほどの力で腕をがっちりと掴んできた所為で逃げ道を塞がれる。もう片方の手でノルバは器用に小箱を開けた。中に鎮座していたのは煙草だった。
「俺が苦手なのは知っているだろう!」
「わーってるわーってる。そう逃げんなよ。願掛けぐらい付き合えって」
スカテイ山脈の麓を生息地域とする特有の葉を使ったそれは、ボズヤでは広く市民に親しまれてきた銘柄だった。帝国の支配が根深くなり量産がしやすく比較的安価なシガレットが普及してからというもの、目にしなくなって久しかったが、レジスタンスのひとりが偶然クガネで発見し仲間内に再び流行らせたという。ノルバも同輩から教えられたらしく、好んで吸う側の一人だった。
ノルバは小箱から葉巻を取って口に咥えると、ポーチの中に小箱をしまい、代わりに無骨なライターを取り出して、フェドートに向かってひょいと投げた。フェドートが器用に受け取ったのを見るや否や彼は咥えた煙草を指差して、「ん」と喉の奥から言葉とも言えない声を上げた。フォエドートが嫌がる顔をものともせず、むしろそんなものは見ていないとばかりに長く白いまつげを伏せて火を待つノルバに、フェドートは観念してライターの蓋を開けると、押し付けるように彼の口元の上巻き葉を焦がした。
「今回だけだぞ。いいか、吐くときはこっちには、ぶっ、げほッ!」
「ダハハハハ!」
フェドートが注意を言い終わるよりも先に、ノルバは彼に向かって盛大に煙を吐き出した。全身の毛を逆立ててむせる彼に、ノルバは腹を抱えてげらげらと笑う。
「お前なあ!」
「逃げねえのが悪ィんだよ、逃げねえのが」
「お前が離さなかったんだろうが!!」
威嚇する猫のように叫ぶフェドートなどどこ吹く風で笑い続けるノルバに、「ったく……」と彼はがしがしと頭を掻く。ノルバの側に置かれた椀をしかめっ面のまま手に取り、もう片手で自身が使った皿と空になった麻袋を持ってフェドートは岩場から立ち上がった。
「こいつは片付けてくるから、吸い終わってから作戦会議に呼び出せよ、ノルバ」
しかめっ面の合間から僅かに呆れた笑みを見せたフェドートは、ノルバに背を向けると配膳の天幕から手を振るシネイドの方へと足を進めた。その彼の後ろ祖型を目で追いながらノルバは膝に肘を立て頬杖をつくと、いまだくつくつと喉からもれだす笑い声は殺さないまま焚火の煙を追うように薄く狼煙を上げる葉巻を弄ぶ。
「他のヤツならこれでイッパツなのになァ。わっかんねェな、アイツ。おもしれえの」
フェドートの背中にふうっと息を吐く。煙で歪んだ彼の背は掴みどころが見つからない。ノルバはもう一度吸ってその煙幕をさらに深くするように吐きだすと、すっかり冷めたコーヒーを飲み干して立ち上がった。
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(2023/04/11)散文まとめ
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霧深い視界に湿原の森が広がっている。裸足で水の張った草地を踏む。やわらかい葉が足裏をくすぐる感触にしばらくは慣れず。水は冷たく澄んでおり、小魚の群れがすばしっこく散っては消えるのを見た。どこかへ向かうべきだと感じていたが、どこへ行くべきかわからなかった。360度見渡しても同じ光景が続くばかりで、まるで果てがないように思われた。遠くに目を凝らすほど霧は濃くなり、あらゆる輪郭をぼやかせる。宛もなく逍遥するうちに森は開け、空は白く発光し、眼下に朽ちた古代都市が現れた。切り立った岩の下を覗く。岩の表面は苔が密生していて滑りやすく、慎重にならねばならない。指の間をヒメフナムシが這っていった。崩れた円柱と瓦礫の傍らに大きな水盤がある。水は今も何処からか湧き続けていて、いずれは都市まるごと没しつつある。水盤の中に等身大の球体関節人形が、寝そべるかたちでそっと浸かっている。目が合った。
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人家を囲むようにして聳える山々の一つに、願望成就で有名な神社がある。毎年七夕の時期になると、全国各地から集った色とりどりの短冊が境内を飾り、石畳の参道から社殿へ続く階段まで途切れることのない祈りの森と化す。陽の朱い夕暮れである。散歩ついでに資格試験の合格を祈願し、来た道とは対の参道を抜けた。山の斜面に沿って伸びる石段へ出ると、そこは爛漫にはためく短冊のトンネルになる。生温い夏の風が通る。ひぐらしが鳴きしきる。アーチ状に設けられた竹竿の天井を仰いだ。しだれ咲く短冊の群れの中に、一��目を引く桃色の一枚がある。と言うのもくしゃくしゃに撚れて土埃にまみれていたからであって、気になって手を伸ばし、文字を覗いた。『あの子が死んだら世界を終わらせて』子供とも大人とも判断のつかない字体の呪詛のような祈りだった。暫しの間、訳もなく立ち尽くした。うなじを汗が伝う。遙か頭上を飛行機が通過し、どこかで赤ん坊が泣いていた。それから惑星衝突による地球滅亡のニュースが全世界を駆け巡ったのは、ちょうど一年後のことである。
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バスタブが水槽になっていたことをすっかり忘れていた。その日は珍しく酔っていたから。無防備の冷え切った素肌を水生生物たちが小突き、擽られて飛び上がった。緑色のぬるぬるした藻や苔が手足に絡み付いた。翌日、バスタブを掃除することにした。桶、バケツ、鍋、コップ、深皿などを用意し、網で掬った生き物たちをそれぞれに移していった。金魚、アカヒレ、タニシ、ザリガニ、イソギンチャク、クマノミ、メダカ、ネオンテトラ、淡水エビ、シイラ、ヒトデ、クサガメ、ナンヨウハギ、予想外だったのは近所の野良猫。網で掬い上げたとたん、水滴を散らしながら暴れて浴室を飛び出していった。生き物の他にも色々出てきた。私は宝物をバスタブに沈める癖があったのだ。小学生のとき転校したNくんから届いた手紙、割れたお気に入りのマグ、綿が飛び出てぼろぼろのぬいぐるみ、片脚を失ったバレリーナのオルゴール、サイダーのビー玉、バービー人形、空の香水瓶、粘土工作、アイドルのキーホルダー、食玩ネックレス、食べ物とか動物の形を模したかわいい消しゴム、初デートで行った映画のチケットの切れ端、破かれた本のページ、母と折った思い出の折り紙、人生がいちばん完璧だったときの誕生日ケーキ、ゲームボーイアドバンス、君の死体。
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「春を伝う」 始まりました。
初日よりお越しくださいました皆さま、ありがとうございます。最近の新潟は、春らしい陽気が続いていますが、海沿いはまだ風が冷たく感じますので、一枚羽織ってお越しくださいませ。
「 春を伝う 」
会 期|2023. 4/1(土) 〜4/14(金)
会 場|ギャラリー 水巣[ことりと内展示スペース]新潟県柏崎市松波3-3-28
時 間|14:00 〜19:00 ※木曜日のみ18:00閉店
お休み|4/4(火)・4/11(火)
※ 4/14(金)の最終日は、18:00終了となります。
※狭い空間となります。お子様連れの方は、お怪我の危険性がございますので、くれぐれも目を離さずご注意くださいますようお願い申し上げます。
伊藤コズエ -Ito Kozue-
京都芸術短期大学 卒業。滋賀県甲賀市信楽窯業技術試験場デザイン科終了。信楽町から新潟市に移住。新潟市西蒲区越前浜にて作陶活動を開始。県内を中心にイベント出店、企画展、グループ展に参加。
※伊藤コズエさんの作品のみ植物付きとなります。
多肉やサボテンなどの鉢植えの作品をメインに、小ぶりなピッチャーやマグ、植木鉢のみもご用意してございます。伊藤コズエさんの手びねりならではの温かみある風合いをお愉しみください。
平野照子 -Hirano Shoko-
宮城県出身。坂爪勝幸氏に師事し1997年より新潟にて作陶を始める。オブジェや雑器を中心に制作。2010年より自宅に工房を移し『ceramic studio apetope』として個展、企画展、イベント参加などの活動を現在も継続している。2022年6月より、宮城県丸森町にて『ギャラリーショップ草舟』を新潟より移設し開業。県内外のアート、クラフト作家の作品を企画展などで紹介している。
動物をモチーフとしたユーモアに溢れた花器や、手のひらに収まる小さな植木鉢。平野照子さんのほのぼのと愛嬌のある楽しい作品たちが揃いました。
うすだなおみ -Usuda Naomi-
新潟市南区出身。京都精華大学美術学部造形学科陶芸専攻卒業。2003年 新潟市南区に築窯。2005年2009年 新潟西堀のギャラリーで個展。長女出産を期に、しばし制作から離れるが成長とともにイベント出店や子ども向けワークショップ等『やきもの納屋』の屋号で活動を再開。現在、県内外で個展、企画展、グループ展に参加。
うすだなおみさんの春らしく朗らかな蝶々の作品と、日常使いしやすい小ぶりな湯呑みが届いております。
ローカル食堂ランブロワーズ
新潟県三条市にございます、丁寧で美味しい食事を提供するかわいい食堂ランブロワーズさん。(私はこちらで苦手な青魚を克服しました。笑)魚もお肉もスイーツも珈琲も!何を食べても外れなし!リピート必至のローカル食堂です。
今回は、濃厚で甘さを抑えた大人味のチョコバナナタルトと、爽やかな風味が口の中に広がる酸味と甘さが絶妙なグレープフルーツと伊予柑の2種の柑橘系をご用意しました。ランブロワーズさんの絶品タルトをこの機会に是非ご賞味ください。
おやつの時間が楽しくなる、マグのフチに掛けられる「フチネコクッキー」は、私も好きなサクほろ食感。リピートしたくなる甘さを抑えた素朴なクッキーです。猫好きさんへの贈り物にも是非どうぞ。
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