P3 Club Book Akihiko Sanada short story scan and transcription.
真田明彦の難攻不落伝説
某日深夜---ここ、月光館学園巌戸台分寮のと ある一室で、その恐ろしくもおぞましい謀略は、徐々に形を現わそうとしていた。
「許せねえ······絶対に許せねえぜ、真田サン。いや、真田明彦ぉ!」
「じゅ、順平くん。そこまで怒らなくても······」
「甘いわよ、風花!私も順平に同感。食い物の根みが恐ろしいってこと······真田先輩の骨の髄まで思い知らせてやらなきゃ!」
「別に僕は、甘いものがそれほど好きって訳じゃないですが······美味しそうでしたよね。お土産のー日限定100個の特製プリン」
「わん!」
「コロマルさんも、ひとりで10個は食べすぎだと申しているであります」
「トレーニングで疲れてたか何だか知らねえけどよ、フツー全部食うか?俺たち仲間だろ?みんなの分残しとくとか考えるだろ!?」
「あ、あうう。り、リーダー、皆さんを止めなくていいんですか?え?······別にどうでもいい? ううううう······」
あ��り恐ろしくもおぞましくもないようだが、ここからが恐ろしい。
「よっし!んじゃ、満場一致で “真田先輩をギッタンギッタンにしてギャフンといわせてグウの根も出なくさせる計画”、略してトリプルGプロジェ クトの発動を宣言します!」
「おーっ!」
この今どきどうよ、というネーミングセンスのなさが恐ろしい。
ともあれ、真田の天然ぶり---というより鈍感さに端を発する、特別課外活動部メンバーの怒りの鉄槌が、真田の頭上に振るわれようとしていた。だが彼らはやがて思い知る。真田明彦の天然もまた、ボクシングの腕前と同じように、超高校級であるということを······。
~フェイズ1 伊織順平&山岸風花~
「オレの武器は······これだ」
そう言って順平が取り出したのは、普通ならスポーツドリンクなどを容れるのに使う、ストローつきの白い円筒形のボトルだった。
「トレーニングで疲れたセンパイに飲ませるための、特製栄養ドリンクって訳だ」
「あんた······敵に塩送ってどうすんのよ?」
ゆかりの言葉に、順平はちっちっちと指を振って、恐るべき事実を公表した。
「これはな 風花の······手作りだ」
「そうなの。頑張って、作ったんだよ」
どよつ。
場の温度が下がり、驚愕のどよめきが走る。
「そ、そんな······順平さん。そこまで酷いことをしなくてもっ······!」
「こ、これは、ワシントン軍縮条約に抵触する可能性すら考えられるであります!」
「きゅ~ん······」
「順平······本気ね······?恐ろしい男······」
この液体がもたらす惨劇の予感に、その場にいた全員の顔が着白と化す。ちなみに、兵器開発もとい調理担当の風花は、皆の評価によって心に深い傷を負い、壁際でしくしく泣いていた。
「お!来たぜ!」
順平の言葉どおり、朝のトレーニング帰りの真田が寮の玄関から姿を現わした。すかさず順平がタオルとボトルを持って歩み寄る。
「センパイ!お疲れさんッス!どうスか?運動あとに特製ドリンクなんて?」
「おお、順平。ありがたいな、ちょうど喉が渇いていたところだ」
「しめしめ······じゃなくて、どーぞ!いい感じに冷えて、飲み頃ッスよ!」
何の疑いもなく、真田は順平からボトルを受け取ると、ストローに口をつけて中の液体を勢いよく吸い込んだ。
ずずずずずずずず!
何だか、嫌な感じに粘度を感じさせる音が響き······そうして、真田が口を開いて叫んだ。
「美味い!これはいけるな!」
「······へ?」
予想を裏切る真田のセリフに、唖然とする順平。そこに、真田の歓声を聞きつけ、何ごとかといった表情で桐条美鶴が現われた。
「どうした、明彦?」
「いやな、順平が作ってくれた特製ドリンクが、なかなか美味だったからな。美鶴も飲むか?」
ごく自然に、真田が美鶴にボトルを手渡し、そしてごく自然に、美鶴もストローを口にくわえる。付き合いが長い上、精神年齢的に成熟しているふたりは、間接キスなど気にはしない。······してくれれば、順平の制止は間に合ったろうし、その後の悲劇も防げたのだが
ずずずずず······。
やや飲みにくそうに、美鶴は頬に力を込めて体を吸い上げ、次の瞬間。
ぶびっ。
表情を変えないまま、美鶴の鼻の穴から腐った沼のような色の液体が噴出した。
「き、 桐条センパイっ!!」
美鶴の顔色が、黄土色から紫色、さらにはオレンジ色から緑色へと目まぐるしく変化する。そして最後は、ぐりんと白目を剥き、棒が倒れるような勢いでばたんと倒れ伏した。
「せ、せんぱぁあああいっ!!」
順平の悲痛な叫びがこだまする。それは、この後に来るはずの、美鶴の報復を予感し
ての、早すぎる断末魔のように聞こえた······。
~フェイズ2 岳羽ゆかり~
「えー、牛丼をプロテイン茶漬けで食べる、真田先輩の味覚を甘く見すぎてました。そこで、食欲以外のアプローチで行きたいと思います」
「順平さんはどうしたでありますか?」
「解凍に、あと半日はかかります。ついでに、風花も部屋にこもってしまい戦力外です」
計画の第1フェイズで、すでに彼らの戦力は激減している。あまつさえ、善意の第三者であるところの美鶴まで巻き込み、もはや失敗は許されない状況へと追いやられていた。
「で、あの······ゆかりさん、今度の作戦は?」
そう言う天田は、ゆかりから目線をチラチラと外しては戻すという、不審な動きを続けていた。し かし、それも無理からぬことだった。
「ズバリ!色気で落とすっ!」
きっぱりと宣言したゆかりの服装は、いわゆるボンデージ風のタイトな超ミニワンピース。服というより、数枚のラバー生地を紐で大雑増に繋ぎました、という感じの露出過多のデザインである。胸元や背中そして左右のサイドから、これかというくらいに眩しく、白い素肌を見せつけている。日ごろ弓道部で鍛えた均整の取れたプロポーションを誇るゆかりが着ると、これが意外と悪くなかった。第二次性徴期が来たかどうか微妙な年頃の天田ですら、頬を赤らめてぼうっとなるほでの色香を放っている。
「これで真田先輩をメロメロにして、さんざんしてあそんだ挙句に捨てるという、自分の非情が恐ろしくなるほどに完璧な作戦よっ!メイクバッチリ、ヘアスタイルもオッケー!」
「胸部の追加装甲も問題なしであります」
「アイギス、ひと言余計! 」
ちなみに、いま彼女らがいる場所は、白昼のポロニアンモールのど真ん中。真田は辰巳東交番の中で、黒沢巡査と話している。出てくるところを狙って、作戦開始という段取りである。
「あ、出てきた出てきた。んじゃ、みんな。行ってくるよーっ!」
何も知らずにやってくる真田を確認し、ゆかりがゆっ��りと接近していく。2メートルほど近づいたとき、ついに真田がこちらに気づき、ゆかりと目が合う。すかさず身体をくねらせ、ほどよい弾力を感じさせる太ももを見せつけるように、グラビアアイドル風のポーズを取った。
「······」
つゆつゆつゆ。
······見事に、真田はそれをスルーした。
「んなっ!?」
たとえ色気が多少足りなかったとしても、後輩このゆかりをシカトするとは······。プライドを傷つけられ、ゆかりの中の女の意地が覚醒した。
立ち去ろうとしつつある真田をダッシュで追い抜き、くるりと振り向いて真田の進路を塞ぐように対峙する。さすがに歩みを止める真田。そしてその真田の目の前で、ゆかりは前かがみになり左右の腕でバストをぎゅっと中央に圧迫した。寄せて底上げした胸が、さらに押し付けられて豊かな双丘を形作る。そして---。
「セ•ン•パ•イ (はぁと)」
微動だにしないまま沈黙する真田。手ごたえあり!と、ゆかりが心の中でガッツポーズをしかけたとき、真田がゆかりに話しかけた。
「あー······月光館の生徒か?すまんな、覚えがない。しかし平日は制服着用が定められているはずだぞ?生活指導に見つからないうちに着替えに戻ったほうがいい。それじゃ、な」
つかつかつかつか。
再び見事にスルーし立ち去る真田。取り残されるゆかり。ひゅるりら~と風が吹いた気がした。完敗、というか惨敗、というか勝負にすらなっていなかった。あろうことか、ちょっと髪型を変えて化粧をし、いつもと違う服を着ただけで、真田はゆかりを知人だと認識できなかったのだ。よく年配のオジサンたちが、若い女の子はみんな一緒に見える、などと言うが、それのさらに酷いやつである。予想の斜め上を突っ走る真田の朴念仁ぶりと言えよう。
「せ、せんぱい······会ってからもう半年たつっていうのに······もてあそばれたー!酷いぃぃ!!」
真田の無心ゆえの見事なカウンターアタックで、ゆかりは精神を破壊されかねないほどの敗北感を感じていた。その再起には、まだしばらく時間がかかりそうだった······。
~フェイズ3 アイギス&コロマル~
「ホントに、大丈夫ですか?」
残る戦力となる、天田、アイギス、コロマルの3者が、夕方のランニングをしている真田を遠くから追跡しつつ作戦会議を行なっていた。
「大丈夫であります。私とコロマルさんがいれば、十全と言えるでしょう」
今度の作戦はシンプル。真田にコロマルをけしかけ、ズボンの尻でも破いてトホホな目にあわせてやろうというものだ。
「では、アイギス行きます!」
コロマルの首に結びつけたリードをしっかりと握り、アイギスが走り始める。さすがに運動性能が高いアイギスは、天田が見守る中、どんどんと真田に接近していく。
あと20メートル。10メートル。5メートル。4、3、2、1······あっさり追い抜いた。
「あ······」
見ている天田の額から、汗が一筋垂れる。その間も、アイギスとコロマルは走る走る。どうやら、久々の広い場所が嬉しくてしかたないコロマルが、目的を見失って猛ダッシュしているようだ。念入りにリードを手に絡めていたアイギスは、前に倒れそうになりながら振り解くことも止めることもできずに引っ張られ。
コケた。
そしてそのまま。
ずるずるずるずるずるずるずる。
1機と1匹が巻き上げる砂煙が、遠く地平線の向こうに夕陽とともに消えていくのを、ただ天田は見つめるだけしかできなかった。
~最終フェイズ 総攻撃~
「正攻法で行きましょう」
各々の理由で叩きのめされ疲れ果てた面々に、天田は溜め息交じりに提案した。だが。
「ダメだ······勝てる気がしねえ······」
「見た目はともかく声ぐらい覚えててよ······」
「ぜっはっぜっはっ (散歩して満足)」
「もはや、ベコベコであります······」
部隊の士気は、嫌が応にも低かった。
ちなみに、前髪が長い現場リーダーは、フェイズ2の頭あたりで、ばったり会ったクラスメイトの友近と、はがくれのラーメンを食べに行ってまだ帰ってきてはいない。ぐだぐだである。
全員が集まった寮のラウンジに、どよんと重く苦しい空気が沈殿する。と、そこに。
「おう、みんな。何だか元気がないようだが、どうした?風邪か?食中毒か?」
攻撃目標 • 真田明彦が現われた。トラウマがかった「ひぃ」という悲鳴を、誰かが上げる。
いったい、どうやって戦えば······どうすれば、勝てるんだ······。この、痛みを感じない (それ以外のものもあまり感じない) バケモノのような人に、どうやって太刀打ちすれば······?いっそ復讐代行サイトにでも依頼を······。
そこにいる全員が、絶望に覆われ心を闇に侵食されかけた、そのときである。
「おう、こら、アキ!」
「ん?どうしたシンジ?」
今日は朝からどこかに出かけていた荒垣真次郎だった。いつの間にか寮に帰ってきていたらしく、二階からドスドスと音を立てて降りてくる。そして、鋭い声がラウンジに響いた。
「てめぇ······昨日美鶴が買ってきた限定プリン、全部食いやがったんだってぇ!?」
「ああ、悪かったな。まぁでも普通のプリンと味は変わらなかったぞ。牛乳と卵と砂糖の味だ。今度コンビニで代わりを買ってきて---」
順平たちが問い詰めたときと同じ。謝っているようで、まったく謝罪の意味をなさない、それどころか被害者の神経を逆なでする、無神経な言葉の羅列。昨日は、この真田の態度にさんざん文句をつけたのだが、“たかがプリン” に目くじらを立てるということが、どうしても真田には理解できず、最後までこちらの怒りが伝わらなかったのだ。荒垣も真田の無反省な態度には怒り心頭に······発してはいなかった。むしろ、またかよ、と呆れたような 顔。そして。
「おい、アキ。ちゃんと謝らねえと······」
何を怒られているのか、わからない風の真田に、荒垣が投げかけた言葉は。
「絶交だぞ」
「ごめんなさい!」
真田のリアクションは、これがまた早かった。
「もう、人の分まで食うんじゃねえぞ」
「あ、ああ、わかった」
「食った分、おめえが買ってこいよ?」
「もちろんだ!」
その様子を見て、呆然となるラウンジの面々。
「あんなんで······良かったんですか?」
「今度から······荒垣先輩に頼もうね」
「その作戦を推奨するで、あります······」
そして、力尽きた後輩たちは、バッタリとソファに倒れこみ、そこからしくしくとやるせない泣き声が漏れ始める。その泣き声は、翌日の朝から行列に並んだ真田が、限定プリンを人数分買ってくるまで続いたのだった。
2 notes
·
View notes
幅広い心を くだらないアイデアを 軽く笑えるユーモアを うまくやり抜く賢さを
2022よかったもの
基本的に2022のことを書くがそれ以前のものも登場する
<香水>
ビュリー 庭園での語らい
薔薇、ミント、茶 とにかく上品で今年一番好きな匂い 限定、このまま廃盤らしいが定番化してほしかった
Aiam chapter65
清潔な温泉の匂い そんな貧相な語彙での表現以外思いつかないがお店の前を通るとこの香りに引き寄せられてつい入る
chapterというコンセプトやアートワークもかわいい
<コスメ>
キャンメイク ラスティングマルチアイベースWP
アイシャドウの発色とモチがよくなる
キャンメイク マシュマロフィニッシュファンデーション
ファンデ迷子から脱出 デパコスからミネラル、韓国コスメまで試したがキャンメイクが正解だと気づく グリセリンが合わない人、パウダー派、荒れやすい人におすすめ
レブロン キスシュガースクラブ
前評判の期待を裏切らなかったリップスクラブ ラッシュの瓶入りのに似ているが洗い流し不要で塗りっぱなしにできるのがよい
あと今年は口紅はケイトのリップモンスターしか塗ってない 名品
<基礎化粧品>
シェルクルール ベーシッククリーム
過去使ってきた中で三つの指に入るくらい好きなクレンジングかも 負担が少ない+流した後肌がやわらかくなる
bsコスメ ローションGE(超敏感肌用化粧水)
何を使っても肌痛かったときこれは痛くなかった
イニスフリー アップルシードポイントメイクリムーバー
アイメイクがよく落ちる!
<髪類>
なにしても頭かゆい、頭皮の皮脂で髪乾かない人はシャンプーh&sで洗ってスカルプブラシを使うのがよい これは前年からの発見
ヘアケア(トリートメント)は個人的な記録だがukaのウィンディレディとミルボンのエルジューダエマルジョン+が結局よい
お財布と相談の時はアハロバターのアウトバストリートメントもよい
就寝時毎日シルクのキャップを被る習慣に加え今年から髪ゴムもシルクのシュシュにした ほどくときクセがつきにくくよい
プロダクトのドライシャンプーは風呂に入れないときのレスキューアイテム 匂いもよい
<健康>
呉茱萸湯(ゴシュユトウ)
冷えがある人の頭痛に使う漢方を処方された
頭痛にもまあ……効く気がしたがそんなことよりいきなり数年続いた異常な寒さや食欲不振が回復傾向にあることに感動している はっきりいって大変驚いている 漢方は体質があるので一概にはいえないが合えば合うケースもあるということで
頭痛薬としては単体というより鎮痛剤を併用した時切れ味が良くなる感触だった
ピルクルミラクルケア
私の場合は不眠っぽさが十分軽減される ただやや夢の質感が変わる それでも寝た感覚は得られる 普段の睡眠が5-10点ならピルクルミラクルケア飲用時は75-80点くらい ヤクルト1000も数日飲んだだけでかなり効果を感じたのだが品薄で入手できずピルクルに手を染めた経緯がある
ハウスオブローゼ ボディエイドリフレッシャー
薄荷の香りのジェル これをこめかみとか耳の裏に塗ると頭痛が楽になる 気分転換にも
アリナミンメディカルゴールド
眼精疲労がヤバすぎる時のめちゃ高ビタミン剤
森永 プロテイン効果(ソイプロテイン)
ソイカカオ味がさすが森永という感じで飲みやすかった 食欲がない時や朝食置き換えで飲んでいた
<場所>
金沢: 室生犀星記念館、カメリアイン雪椿、雨の詩(ショコラトリー)
滋賀: 田村辻町公園(写真)
埼玉: 川越近辺
東京:早稲田奉仕園 スコットホール、甘露(中華スイーツショップ)
愛知 :蒲郡 りんくうビーチ、覚王山 揚輝荘
大阪:国立国際美術館
北陸のことがかなり好きかもしれない 滋賀の田村辻町公園はみずうみを見るだけのために行って本当にみずうみだけ見て帰った 人生で一番好きな公園かも
川越は建物が低くておもしろかった 高層の建物がないと空が広くてよい
<音楽>
新たにルナシーとdeadmanと黒夢を聴いた 自分の中のVのポテンシャルを感じた
黒夢「少年」や「BEAMS」のMVに夢中になる
https://www.youtube.com/watch?v=d-aECx9FyIc
https://www.youtube.com/watch?v=cSfwQVdZelk
ファンブックとTシャツを買う
いちばん好きになったのはdeadmanで音源を買った
<本>
過剰可視化社会: 「見えすぎる」時代をどう生きるか/與那覇潤
心を病んだらいけないの?―うつ病社会の処方箋―/斎藤環,與那覇潤
単純な脳、複雑な「私」: または、自分を使い回しながら進化した脳をめぐる4つの講義/池谷裕二
彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ
教養悪口本/堀元見
<続けていること>
セルフお灸、アレクサンダーテクニーク、鼻歌の録音、冬場の加湿器
---
余力があれば2022の振り返りを書く
1 note
·
View note
見えるものを見ない、触れるものに触らない
日曜日に27歳になる。
まだまだ無責任で何もできない子供の気分で暮らしているが、27歳ともなるとさすがにどうぞどうぞ幼いままで、とはいかない。現実がそれを許さない。
奨学金の返済には慣れてきたが、住民税の納付はどうしても高すぎて泣けてきてしまう。
思いのほか簡単だった確定申告の還付金はすぐに酒代に消えた。
日経新聞を広げてみるけれど、読まない面のほうが多い。結局読み流してごくごくわずかなスペースの文化面に進む。
でも恋愛の話よりも投資の話の方がわくわくする。恋愛の帰結なんかひとつで、印象だっていつも同じで、抑揚も仕草も顔つきもまたそれか。君がそれでどうなろうがわたしにできることはない。喜んでほしいのだろうが喜んであげない。慰めてほしいのだろうが慰めてあげない。勝手に舞い上がって勝手に泣いてくれ。そんなことより株価の可愛い翻弄を力尽くでねじ伏せて暴力的に支配しよう。為替の波を鋭く見つめて軽薄に船を乗り換えて数字の泡で遊ぼう。ビットコインを空飛ぶ絨毯にして世界中の人間を出し抜こうぜ。
結婚式に出席するための作法も板についた。ご祝儀包み放題。筆ペンで名前書き放題。
しゃちほこばったレストランにも堂々と入り、ゆったりとした歩調でギャルソンのエスコートを受け、ソムリエと談笑、めくるめくフルコースを卒なく食べつつ会話に華を咲かせる。流れるようにシェフと握手。
立ち呑み屋にもひとりで入って一杯やれる。ヤゲンナンコツとホッピーナカ追加、氷少なめで。
近所の酒屋で一升瓶を平然と買う。パックの焼酎をスーパーで買う。かわいいかわいい金宮焼酎水色花柄免罪符。
薄いグラス、銀のナイフ、白檀の箸、白い皿。カトラリーも過不足なく整う。食洗機非対応のため眠りつづける食洗機。
システムキッチン。
フリッツハンセン社のテーブルと椅子を雑に扱う。日本人の体にはちょっと大きすぎる。嫁入り道具になる予定も今のところ皆無。
丸洗いしやすいユニットバスの部屋をそれなりに気に入っているが、大学で同期だった友人たちと比べてみると駄目なのかもしれない。バストイレ別で独立洗面台があってオートロック宅配ボックスつき駅歩3分家賃13万の部屋に住んでいなければ情けないような気がしてくる。でも駄目だって誰が決めるの?
冬に贈られたドライフラワーを花瓶に活けているので長いこと生花を買っていない。
本棚の本が少しずつ減る。
擦り切れれば同じ靴に買い替える。
口紅をAmazonで買う。
コントレックスとナッツバーも箱買い。プロテイン含有量をチェック。9g。
自炊メニューは適応進化を遂げる。肉じゃが形質やオムライス形質などの野暮ったい彼ごはん形質群はとっくに淘汰され、冷蔵庫では野菜の王国が美しき繁栄をみせている。クミンもタイムもエストラゴンビネガーもピンクペッパーも常備。塩は5種類転がっている。野菜が卵を産む。野菜がワインを飲む。
人の話に相槌を打ちながら、何も聞こえていない時がある。
スタンプを送るのすら面倒くさい。
傷つかない。
一人娘は実家のことを気にかける。
週末には電話もする。
祖母は相変わらず庭の白百合の咲き誇りかたでわたしの時運を占う。
父親の脳はもうだめになってしまって、まだ新築の匂いの残っていた実家には医療ベッドが入った。車椅子がフローリングに見えない傷を刻む。
母親は介護疲れでへとへとだけれど「愚痴を言うと泣いてしまう、泣くと頭痛がして辛���から泣きたくない、だから愚痴は言わない」とわたしのようなことを言う。気丈な人だ。気丈だがわたしよりずっと脆い人で、疲れ果ててしまわないか心配だ。疲弊というものが人をすっかり諦めさせて終わりに向かわせてしまうことを知っている。かといって出来ることしか出来ない。実家に戻って彼女を手伝わない親不孝を謝ると「あなたが生きたいように生きられることがわたしの望み」と返ってくるので頭が上がらない。このひとの犠牲の上にわたしが自由を謳歌している。そんなことは高校時代からよーく知っていましたが。母親の人生を犠牲にしてわたしが好き放題に生きている。誰かを犠牲にしてまで生きるべき人生なのか、これは。
そうです。
知りたいことを知れる。
行きたいところに行ける。
無理なく羽目を外せる。
コントロールできる。
理想に自由に近づける。
辛いことを上手く昇華できる。
痩せたいだけ痩せられる。
生理は半年止まっている。
肌からは赤みが消えない。
カフェインで目を覚ます。
外国製のサプリメントを飲んで疲れと苛立ちと毛穴を消し去る。
眠気で吐きそうになりながら痒み止めの薬を服用する。
整形外科では臼蓋形成不全の診断。疾患箇所の骨のずれは写真を見ながら説明を受けてもいまひとつぴんとこなかったが、事実、歩くともれなくきりきりと神経が削れ、左脚の付け根が痛む。デート中でも顔を顰めるが無論あなたのことが嫌いなわけじゃない。天気もいいし食事も美味しいし会話も楽しいけれどあなたがこちらを見ていないときは痛みで顔をしかめてしまう。もう初夏の深夜の井の頭通りで落ち合って抱き合ってビールを飲みながら朝焼けまで歩くようなこともないのだろう。波の揺らめく夕刻の浜辺を裸足でなぞり続けることもないのだろう。信号の点滅する横断歩道を走り抜けることも、木々をかき分けて山に入り息をあげながら空に近づくこともしないのだろう。レントゲン写真の中で反らせた腰がとても色っぽかったので持って帰って飾りたかった。
打ち合わせでもしたかのように友人たちも病身となる。
タイムリミットが来たみたいにして一斉に病身となる。彼女も。彼も。平成ももう30年になるね。
わたしたちは狂ったように生き急いで生きてきたので、今さら病気で足止めなんかされて上手く生き急げなくなると、途方に暮れる間も無く本当に気が狂ってしまう。神様のいじわる。鮪の回遊を止めて殺すのがあなたの仕事なの?
わたしたちの気が狂おうがお構いなしに、壁は建てたい放題建てられる。壁。やすやすとは乗り越えられない長大な壁が建つ。自分自身が病気になったり、恋人が死んだり、親御さんが亡くなったりする。
将来を誓い合った相手と別れたり発表済みの婚約を破棄したり共通の友人たちに盛大に祝われた婚姻関係を解消したり、逃げ込んだ転職先がさらなる地獄だったり大学にポストが見つからなかったり研究に行き詰まったり生活していくお金が足りなくなったりする。どれも真っ暗だとは思う。なのに他人の不幸をうまく気遣えない。思いやれない。何を言ったって何をしたってどうせ無意味なのだともう知っている。何も与えてあげられない。支えてあげる体力もない。心を尽くしても実を結ばない。ごめんね。泣き止んでほしくて言ったことで泣かれる。永遠を誓えない。不安を肩代わりしてやれない。苦しみに胸を痛めてあげられない。手が届かない。ごめん。でも仕方ない。遠い。優しくなれない。
無力感よりも、費やす余力の見当たらなさに困り果てる。
でもわたしは大丈夫、これらすべてが大丈夫。
何をされても大丈夫。何があっても大丈夫。
泣かない、揺れない、動じない、ニッコリ笑ってどうでもいい。
やれることをやらない。してあげられることをしてあげない。欲しいものを欲しがらない。
27歳なのである。許されないなら許さないだけだ。
(2017/06/01 16:49)
3 notes
·
View notes