Tumgik
#踊る肉人形の断末魔
amita004 · 2 years
Photo
Tumblr media
昨日は高円寺トラゲットへ沢山の御来場&ご視聴ありがとうございました‼︎お客様の全面的な協力もあり肉人形は舞台の上で見事に砕け散りました★今年のフン太朗さんは毎月ライブ10本と月間ライブ収入5万円を目標に孤軍フン闘するそうなので叱咤激励の応援宜しくね‼︎2023年の干支はフン太朗に決定! #蜂鳥あみ太 #ショルヘーノ #あみヘーノ #ぼんど餅フン太朗 #踊る肉人形の断末魔 #高円寺トラゲット #darkcabaret #goth #gothic #bodystocking (トラゲット) https://www.instagram.com/p/Cn3nTiDpQPx/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
skf14 · 4 years
Text
11180143
愛読者が、死んだ。
いや、本当に死んだのかどうかは分からない。が、死んだ、と思うしか、ないのだろう。
そもそも私が小説で脚光を浴びたきっかけは、ある男のルポルタージュを書いたからだった。数多の取材を全て断っていた彼は、なぜか私にだけは心を開いて、全てを話してくれた。だからこそ書けた、そして注目された。
彼は、モラルの欠落した人間だった。善と悪を、その概念から全て捨て去ってしまっていた。人が良いと思うことも、不快に思うことも、彼は理解が出来ず、ただ彼の中のルールを元に生きている、パーソナリティ障害の一種だろうと私は初めて彼に会った時に直感した。
彼は、胸に大きな穴を抱えて、生きていた。無論、それは本当に穴が空いていたわけではないが、彼にとっては本当に穴が空いていて、穴の向こうから人が行き交う景色が見え、空虚、虚無を抱いて生きていた。不思議だ。幻覚、にしては突拍子が無さすぎる。幼い頃にスコンと空いたその穴は成長するごとに広がっていき、穴を埋める為、彼は試行し、画策した。
私が初めて彼に会ったのは、まだ裁判が始まる前のことだった。弁護士すらも遠ざけている、という彼に、私はただ、簡単な挨拶と自己紹介と、そして、「理解しない人間に理解させるため、言葉を紡ぎませんか。」と書き添えて、名刺と共に送付した。
その頃の私は書き殴った小説未満をコンテストに送り付けては、音沙汰のない携帯を握り締め、虚無感溢れる日々をなんとか食い繋いでいた。いわゆる底辺、だ。夢もなく、希望もなく、ただ、人並みの能がこれしかない、と、藁よりも脆い小説に、私は縋っていた。
そんな追い込まれた状況で手を伸ばした先が、極刑は免れないだろう男だったのは、今考えてもなぜなのか、よくわからない。ただ、他の囚人に興味があったわけでもなく、ルポルタージュが書きたかったわけでもなく、ただ、話したい。そう思った。
夏の暑い日のことだった。私の家に届いた茶封筒の中には白無地の紙が一枚入っており、筆圧の無い薄い鉛筆の字で「8月24日に、お待ちしています。」と、ただ一文だけが書き記されていた。
こちらから申し込むのに囚人側から日付を指定してくるなんて、風変わりな男だ。と、私は概要程度しか知らない彼の事件について、一通り知っておこうとパソコンを開いた。
『事件の被疑者、高山一途の家は貧しく、母親は風俗で日銭を稼ぎ、父親は勤めていた会社でトラブルを起こしクビになってからずっと、家で酒を飲んでは暴れる日々だった。怒鳴り声、金切声、過去に高山一家の近所に住んでいた住人は、幾度となく喧嘩の声を聞いていたという。高山は友人のない青春時代を送り、高校を卒業し就職した会社でも活躍することは出来ず、社会から孤立しその精神を捻じ曲げていった。高山は己の不出来を己以外の全てのせいだと責任転嫁し、世間を憎み、全てを恨み、そして凶行に至った。
被害者Aは20xx年8月24日午後11時過ぎ、高山の自宅において後頭部をバールで殴打され殺害。その後、高山により身体をバラバラに解体された後ミンチ状に叩き潰された。発見された段階では、人間だったものとは到底思えず修復不可能なほどだったという。
きっかけは近隣住民からの異臭がするという通報だった。高山は殺害から2週間後、Aさんだった腐肉と室内で戯れている所を発見、逮捕に至る。現場はひどい有り様で、近隣住民の中には体調を崩し救急搬送される者もいた。身体に、腐肉とそこから滲み出る汁を塗りたくっていた高山は抵抗することもなく素直に同行し、Aさん殺害及び死体損壊等の罪を認めた。初公判は※月※日予定。』
いくつも情報を拾っていく中で、私は唐突に、彼の名前の意味について気が付き、二の腕にぞわりと鳥肌が立った。
一途。イット。それ。
あぁ、彼は、ずっと忌み嫌われ、居場所もなくただ産み落とされたという理由で必死に生きてきたんだと、何も知らない私ですら胸が締め付けられる思いがした。私は頭に入れた情報から憶測を全て消し、残った彼の人生のカケラを持って、刑務所へと赴いた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「失礼します。」
「どうぞ。」
手錠と腰縄を付けて出てきた青年は、私と大して歳の変わらない、人畜無害、悪く言えば何の印象にも残らない、黒髪と、黒曜石のような真っ黒な瞳の持ち主だった。奥深い、どこまでも底のない瞳をつい値踏みするように見てしまって、慌てて促されるままパイプ椅子へと腰掛けた。彼は開口一番、私の書いている小説のことを聞いた。
「何か一つ、話してくれませんか。」
「え、あ、はい、どんな話がお好きですか。」
「貴方が一番好きな話を。」
「分かりました。では、...世界から言葉が消えたなら。」
私の一番気に入っている話、それは、10万字話すと死んでしまう奇病にかかった、愛し合う二人の話。彼は朗読などしたこともない、世に出てすらいない私の拙い小説を、目を細めて静かに聞いていた。最後まで一度も口を挟むことなく聞いているから、読み上げる私も自然と力が��ってしまう。読み終え、余韻と共に顔を上げると、彼はほろほろ、と、目から雫を溢していた。人が泣く姿を、こんなにまじまじと見たのは初めてだった。
「だ、大丈夫ですか、」
「えぇ。ありがとうございます。」
「あの、すみません、どうして私と、会っていただけることになったんでしょうか。」
ふるふる、と犬のように首を振った彼はにこり、と機械的にはにかんで、机に手を置き私を見つめた。かしゃり、と決して軽くない鉄の音が、無機質な部屋に響く。
「僕に大してアクションを起こしてくる人達は皆、同情や好奇心、粗探しと金儲けの匂いがしました。送られてくる手紙は全て下手に出ているようで、僕を品定めするように舐め回してくる文章ばかり。」
「...それは、お察しします。」
「でも、貴方の手紙には、「理解しない人間に理解させるため、言葉を紡ぎませんか。」と書かれていた。面白いな、って思いませんか。」
「何故?」
「だって、貴方、「理解させる」って、僕と同じ目線に立って、物を言ってるでしょう。」
「.........意識、していませんでした。私はただ、憶測が嫌いで、貴方のことを理解したいと、そう思っただけです。」
「また、来てくれますか。」
「勿論。貴方のことを、少しずつでいいので、教えてくれますか。」
「一つ、条件があります。」
「何でしょう。」
「もし本にするなら、僕の言葉じゃなく、貴方の言葉で書いて欲しい。」
そして私は、彼の元へ通うことになった。話を聞けば聞くほど、彼の気持ちが痛いほど分かって、いや、分かっていたのかどうかは分からない。共鳴していただけかもしれない、同情心もあったかもしれない、でも私はただただあくる日も、そのあくる日も、私の言葉で彼を表し続けた。私の記した言葉を聞いて、楽しそうに微笑む彼は、私の言葉を最後まで一度も訂正しなかった。
「貴方はどう思う?僕の、したことについて。」
「...私なら、諦めてしまって、きっと得物を手に取って終わってしまうと思います。最後の最後まで、私が満たされることよりも、世間を気にしてしまう。不幸だと己を憐れんで、見えている答えからは目を背けて、後悔し続けて死ぬことは、きっと貴方の目から見れば不思議に映る、と思います。」
「理性的だけど、道徳的な答えではないね。普通はきっと、「己を満たす為に人を殺すのは躊躇う」って、そう答えるんじゃないかな。」
「でも、乾き続ける己のままで生きることは耐え難い苦痛だった時、己を満たす選択をしたことを、誰が責められるんでしょうか。」
「...貴方に、もう少し早く、出逢いたか���た。」
ぽつり、零された言葉と、アクリル板越しに翳された掌。温度が重なることはない。触れ合って、痛みを分かち合うこともない。来園者の真似をする猿のように、彼の手に私の手を合わせて、ただ、じっとその目を見つめた。相変わらず何の感情もない目は、いつもより少しだけ暖かいような、そんな気がした。
彼も、私も、孤独だったのだと、その時初めて気が付いた。世間から隔離され、もしくは自ら距離を置き、人間が信じられず、理解不能な数億もの生き物に囲まれて秩序を保ちながら日々歩かされることに抗えず、翻弄され。きっと彼の胸に空いていた穴は、彼が被害者を殺害し、埋めようと必死に肉塊を塗りたくっていた穴は、彼以外の人間が、もしくは彼が、無意識のうちに彼から抉り取っていった、彼そのものだったのだろう。理解した瞬間止まらなくなった涙を、彼は拭えない。そうだった、最初に私の話で涙した彼の頬を撫でることだって、私には出来なかった。私と彼は、分かり合えたはずなのに、分かり合えない。私の言葉で作り上げた彼は、世間が言う狂人でも可哀想な子でもない、ただ一人の、人間だった。
その数日後、彼が獄中で首を吊ったという報道が流れた時、何となく、そうなるような気がしていて、それでも私は、彼が味わったような、胸に穴が開くような喪失感を抱いた。彼はただ、理解されたかっただけだ。理解のない人間の言葉が、行動が、彼の歩く道を少しずつ曲げていった。
私は書き溜めていた彼の全てを、一冊の本にした。本のタイトルは、「今日も、皮肉なほど空は青い。」。逮捕された彼が手錠をかけられた時、部屋のカーテンの隙間から空が見えた、と言っていた。ぴっちり閉じていたはずなのに、その時だけひらりと翻った暗赤色のカーテンの間から顔を覗かせた青は、目に刺さって痛いほど、青かった、と。
出版社は皆、猟奇的殺人犯のノンフィクションを出版したい、と食い付いた。帯に著名人の寒気がする言葉も書かれた。私の名前も大々的に張り出され、重版が決定し、至る所で賛否両論が巻き起こった。被害者の遺族は怒りを露わにし、会見で私と、彼に対しての呪詛をぶちまけた。
インタビュー、取材、関わってくる人間の全てを私は拒否して、来る日も来る日も、読者から届く手紙、メール、SNS上に散乱する、本の感想を読み漁り続けた。
そこに、私の望むものは何もなかった。
『あなたは犯罪者に対して同情を誘いたいんですか?』
私がいつ、どこに、彼を可哀想だと記したのだろう。
『犯罪者を擁護したいのですか?理解出来ません。彼は人を殺したんですよ。』
彼は許されるべきだとも、悪くない、とも私は書いていない。彼は素直に逮捕され、正式な処罰ではないが、命をもって罪へ対応した。これ以上、何をしろ、と言うのだろう。彼が跪き頭を地面に擦り付け、涙ながらに謝罪する所を見たかったのだろうか。
『とても面白かったです。狂人の世界が何となく理解出来ました。』
何をどう理解したら、この感想が浮かぶのだろう。そもそもこの人は、私の本を読んだのだろうか。
『作者はもしかしたら接していくうちに、高山を愛してしまったのではないか?贔屓目の文章は公平ではなく気持ちが悪い。』
『全てを人のせいにして自分が悪くないと喚く子供に殺された方が哀れでならない。』
『結局人殺しの自己正当化本。それに手を貸した筆者も同罪。裁かれろ。』
『ただただ不快。皆寂しかったり、一人になる瞬間はある。自分だけが苦しい、と言わんばかりの態度に腹が立つ。』
『いくら貰えるんだろうなぁ筆者。羨ましいぜ、人殺しのキチガイの本書いて金貰えるなんて。』
私は、とても愚かだったのだと気付かされた。
皆に理解させよう、などと宣って、彼を、私の言葉で形作ったこと。裏を返せば、その行為は、言葉を尽くせば理解される、と、人間に期待をしていたに他ならない。
私は、彼によって得たわずかな幸福よりも、その後に押し寄せてくる大きな悲しみ、不幸がどうしようもなく耐え難く、心底、己が哀れだった。
胸に穴が空いている、と言う幻覚を見続けた彼は、穴が塞がりそうになるたび、そしてまた無機質な空虚に戻るたび、こんな痛みを感じていたのだろうか。
私は毎日、感想を読み続けた。貰った手紙は、読んだものから燃やしていった。他者に理解される、ということが、どれほど難しいのかを、思い知った。言葉を紡ぐことが怖くなり、彼を理解した私ですら、疑わしく、かといって己と論争するほどの気力はなく、ただ、この世に私以外の、彼の理解者は現れず、唯一の彼の理解者はここにいても、もう彼の話に相槌を打つことは叶わず、陰鬱とする思考の暗闇の中を、堂々巡りしていた。
思考を持つ植物になりたい、と、ずっと思っていた。人間は考える葦である、という言葉が皮肉に聞こえるほど、私はただ、一人で、誰の脳にも引っ掛からず、狭間を生きていた。
孤独、などという言葉で表すのは烏滸がましいほど、私、彼が抱えるソレは哀しく、決して治らない不治の病のようなものだった。私は彼であり、彼は私だった。同じ境遇、というわけではない。赤の他人。彼には守るべき己の秩序があり、私にはそんな誇り高いものすらなく、能動的、怠惰に流されて生きていた。
彼は、目の前にいた人間の頭にバールを振り下ろす瞬間も、身体をミンチにする工程も、全て正気だった。ただ心の中に一つだけ、それをしなければ、生きているのが恐ろしい、今しなければずっと後悔し続ける、胸を掻きむしり大声を上げて暴れたくなるような焦燥感、漠然とした不安感、それらをごちゃ混ぜにした感情、抗えない欲求のようなものが湧き上がってきた、と話していた。上手く呼吸が出来なくなる感覚、と言われて、思わず己の胸を抑えた記憶が懐かしい。
出版から3ヶ月、私は感想を読むのをやめた。人間がもっと憎らしく、恐ろしく、嫌いになった。彼が褒めてくれた、利己的な幸せの話を追い求めよう。そう決めた。私の秩序は、小説を書き続けること。嗚呼と叫ぶ声を、流れた血を、光のない部屋を、全てを飲み込む黒を文字に乗せて、上手く呼吸すること。
出版社は、どこも私の名前を見た瞬間、原稿を送り返し、もしくは廃棄した。『君も人殺したんでしょ?なんだか噂で聞いたよ。』『よくうちで本出せると思ったね、君、自分がしたこと忘れたの?』『無理ですね。会社潰したくないので。』『女ならまだ赤裸々なセックスエッセイでも書かせてやれるけど、男じゃ使えないよ、いらない。』数多の断り文句は見事に各社で違うもので、私は感嘆すると共に、人間がまた嫌いになった。彼が乗せてくれたから、私の言葉が輝いていたのだと痛感した。きっとあの本は、ノンフィクション、ルポルタージュじゃなくても、きっと人の心に突き刺さったはずだと、そう思わずにはいられなかった。
以前に働いていた会社は、ルポの出版の直前に辞表を出した。私がいなくても、普段通り世界は回る。著者の実物を狂ったように探し回っていた人間も、見つからないと分かるや否や他の叩く対象を見つけ、そちらで楽しんでいるようだった。私の書いた彼の本は、悪趣味な三流ルポ、と呼ばれた。貯金は底を尽きた。手当たり次第応募して見つけた仕事で、小銭を稼いだ。家賃と、食事に使えばもう残りは硬貨しか残らない、そんな生活になった。元より、彼の本によって得た利益は、全て燃やしてしまっていた。それが、正しい末路だと思ったからだったが、何故と言われれば説明は出来ない。ただ燃えて、真っ赤になった札が灰白色に色褪せ、風に脆く崩れていく姿を見て、幸せそうだと、そう思った。
名前を伏せ、webサイトで小説を投稿し始めた。アクセス数も、いいね!も、どうでも良かった。私はただ秩序を保つために書き、顎を上げて、夜店の金魚のように、浅い水槽の中で居場所なく肩を縮めながら、ただ、遥か遠くにある空を眺めては、届くはずもない鰭を伸ばした。
ある日、web上のダイレクトメールに一件のメッセージが入った。非難か、批評か、スパムか。開いた画面には文字がつらつらと記されていた。
『貴方の本を、販売当時に読みました。明記はされていませんが、某殺人事件のルポを書かれていた方ですか?文体が、似ていたのでもし勘違いであれば、すみません。』
断言するように言い当てられたのは初めてだったが、画面をスクロールする指はもう今更震えない。
『最新作、読みました。とても...哀しい話でした。ゾンビ、なんてコミカルなテーマなのに、貴方はコメをトラにしてしまう才能があるんでしょうね。悲劇。ただ、二人が次の世界で、二人の望む幸せを得られることを祈りたくなる、そんな話でした。過去作も、全て読みました。目を覆いたくなるリアルな描写も、抽象的なのに五感のどこかに優しく触れるような比喩も、とても素敵です。これからも、書いてください。』
コメとトラ。私が太宰の「人間失格」を好きな事は当然知らないだろうに、不思議と親近感が湧いた。単純だ。と少し笑ってから、私はその奇特な人間に一言、返信した。
『私のルポルタージュを読んで、どう思われましたか。』
無名の人間、それも、ファンタジーやラブコメがランキング上位を占めるwebにおいて、埋もれに埋もれていた私を見つけた人。だからこそ聞きたかった。例えどんな答えが返ってきても構わなかった。もう、罵詈雑言には慣れていた。
数日後、通知音に誘われて開いたDMには、前回よりも短い感想が送られてきていた。
『人を殺めた事実を別にすれば、私は少しだけ、彼の気持ちを理解出来る気がしました。。彼の抱いていた底なしの虚無感が見せた胸の穴も、それを埋めようと無意識のうちに焦がれていたものがやっと現れた時の衝動。共感は微塵も出来ないが、全く理解が出来ない化け物でも狂人でもない、赤色を見て赤色だと思う一人の人間だと思いました。』
何度も読み返していると、もう1通、メッセージが来た。惜しみながらも画面をスクロールする。
『もう一度読み直して、感想を考えました。外野からどうこう言えるほど、彼を軽んじることが出来ませんでした。良い悪いは、彼の起こした行動に対してであれば悪で、それを彼は自死という形で償った。彼の思考について善悪を語れるのは、本人だけ。』
私は、画面の向こうに現れた人間に、頭を下げた。見えるはずもない。自己満足だ。そう知りながらも、下げずにはいられなかった。彼を、私を、理解してくれてありがとう。それが、私が愛読者と出会った瞬間だった。
愛読者は、どうやら私の作風をいたく気に入ったらしかった。あれやこれや、私の言葉で色んな世界を見てみたい、と強請った。その様子はどこか彼にも似ている気がして、私は愛読者の望むまま、数多の世界を創造した。いっそう創作は捗った。愛読者以外の人間は、ろくに寄り付かずたまに冷やかす輩が現れる程度で、私の言葉は、世間には刺さらない。
まるで神にでもなった気分だった。初めて小説を書いた時、私の指先一つで、人が自由に動き、話し、歩き、生きて、死ぬ。理想の愛を作り上げることも、到底現実世界では幸せになれない人を幸せにすることも、なんでも出来た。幸福のシロップが私の脳のタンパク質にじゅわじゅわと染みていって、甘ったるいスポンジになって、溢れ出すのは快楽物質。
そう、私は神になった。上から下界を見下ろし、手に持った無数の糸を引いて切って繋いでダンス。鼻歌まじりに踊るはワルツ。喜悲劇とも呼べるその一人芝居を、私はただ、演じた。
世の偉いベストセラー作家も、私の敬愛する文豪も、ポエムを垂れ流す病んだSNSの住人も、暗闇の中で自慰じみた創作をして死んでいく私も、きっと書く理由なんて、ただ楽しくて気持ちいいから。それに尽きるような気がする。
愛読者は私の思考をよく理解し、ただモラルのない行為にはノーを突きつけ、感想を欠かさずくれた。楽しかった。アクリルの向こうで私の話を聞いていた彼は、感想を口にすることはなかった。核心を突き、時に厳しい指摘をし、それでも全ての登場人物に対して寄り添い、「理解」してくれた。行動の理由を、言動の意味を、目線の行く先を、彼らの見る世界を。
一人で歩いていた暗い世界に、ぽつり、ぽつりと街灯が灯っていく、そんな感覚。じわりじわり暖かくなる肌触りのいい空気が私を包んで、私は初めて、人と共有することの幸せを味わった。不変を自分以外に見出し、脳内を共鳴させることの価値を知った。
幸せは麻薬だ、とかの人が説く。0の状態から1の幸せを得た人間は、気付いた頃にはその1を見失う。10の幸せがないと、幸せを感じなくなる。人間は1の幸せを持っていても、0の時よりも、不幸に感じる。幸福感という魔物に侵され支配されてしまった哀れな脳が見せる、もっと大きな、訪れるはずと信じて疑わない幻影の幸せ。
私はさしずめ、来るはずのプレゼントを玄関先でそわそわと待つ少女のように無垢で、そして、馬鹿だった。無知ゆえの、無垢の信頼ゆえの、馬鹿。救えない。
愛読者は姿を消した。ある日話を更新した私のDMは、いつまで経っても鳴らなかった。震える手で押した愛読者のアカウントは消えていた。私はその時初めて、愛読者の名前も顔も性別も、何もかもを知らないことに気が付いた。遅すぎた、否、知っていたところで何が出来たのだろう。私はただ、愛読者から感想という自己顕示欲を満たせる砂糖を注がれ続けて、その甘さに耽溺していた白痴の蟻だったのに。並ぶ言葉がざらざらと、砂時計の砂の如く崩れて床に散らばっていく幻覚が見えて、私は端末を放り投げ、野良猫を落ち着かせるように布団を被り、何がいけなかったのかをひとしきり考え、そして、やめた。
人間は、皆、勝手だ。何故か。皆、自分が大事だからだ。誰も守ってくれない己を守るため、生きるため、人は必死に崖を這い上がって、その途中で崖にしがみつく他者の手を足場にしていたとしても、気付く術はない。
愛読者は何も悪くない。これは、人間に期待し、信用という目に見えない清らかな物を崇拝し、焦がれ、浅はかにも己の手の中に得られると勘違いし小躍りした、道化師の喜劇だ。
愛読者は今日も、どこかで息をして、空を見上げているのだろうか。彼が亡くなった時と同じ感覚を抱いていた。彼が最後に見た澄んだ空。私が、諦観し絶望しながらも、明日も見るであろう狭い空。人生には不幸も幸せもなく、ただいっさいがすぎていく、そう言った27歳の太宰の言葉が、彼の年に近付いてからやっと分かるようになった。そう、人が生きる、ということに、最初から大して意味はない。今、人間がヒエラルキーの頂点に君臨し、80億弱もひしめき合って睨み合って生きていることにも、意味はない。ただ、そうあったから。
愛読者が消えた意味も、彼が自ら命を絶った理由も、考えるのをやめよう。と思った。呼吸代わりに、ある種の強迫観念に基づいて狂ったように綴っていた世界も、閉じたところで私は死なないし、私は死ぬ。最早私が今こうして生きているのも、植物状態で眠る私の見ている長い長い夢かもしれない。
私は思考を捨て、人でいることをやめた。
途端に、世界が輝きだした。全てが美しく見える。私が今ここにあることが、何よりも楽しく、笑いが止まらない。鉄線入りの窓ガラスが、かの大聖堂のステンドグラスよりも耽美に見える。
太宰先生、貴方はきっと思考を続けたから、あんな話を書いたのよ。私、今、そこかしこに檸檬を置いて回りたいほど愉快。
これがきっと、幸せ。って呼ぶのね。
愛読者は死んだ。もう戻らない。私の世界と共に死んだ、と思っていたが、元から生きても死んでもいなかった。否、生きていて、死んでいた。シュレディンガーの猫だ。
「嗚呼、私、やっぱり、
7 notes · View notes
kkagneta2 · 4 years
Text
ふくろう便
おっぱいが大きくなる病気にかかった妹の話。ちょっとこれを書いてて個人的な時間が取れなくなったので、取り敢えずここで止めておこうと思います(改行が無いのは本当にそうやって書いてるからなんですが、まぁ、まだ完成してないから許してくれる…よね?)。
膨乳ものではなくて、成長ものです。あと、思い入れが出来たので絶対に完成させます。
俺の妹が珍しい病気にかかった。名前の読みにくいその病気は、とある女性ホルモンを異常に分泌させ、体の一部分を際限無く大きくしてしまうのだと医者は語った。一月前から始まった突然の巨大化、それはまだほんの序章であってこの先どうなるのか、どこまで大きくなるのか、医者にも判断が付かないのであった。俺を含め、家族の誰しもがまだ前兆であることに震えた。妹はまだ11歳の小学生だった。体の一部分とは彼女の胸のことだった。一月前、胸が痛いと訴えだしてから突如として膨らみ始めた彼女の胸元には、この時すでに大人顔負けのおっぱいが、服にシワを作りつつ大きくせり出していた。事の発端は夏休みに入ってすぐのことだった。最初彼女は何らの変化も無かった。ただ胸にチクリとした痛みが走ったかと思えば始終皮が引っ張られるような感覚がし、夜中から朝にかけて最も酷くなった後日中ゆっくりと時間をかけて溶けていく、そんな疼きにも似た心地がするばかりであった。が、日を経るに従って疼きは痛みへと変わり、胸が膨らみだした。初めの幾日かは様子を見ていた妹は、八月も一週間が経つ頃には自分の胸が異様に膨れつつあるのを悟った。四六時中走る痛みに体の変化が加わって、彼女は漠然とした不安を抱いた。誰かに聞いてもらおうと思った。胸の内を打ち明けたのはある日のこと、俺の膝の上に頭を乗せながら黙々と本を読んでいた時のことであった。「おっぱいが大きくなるのってこんなに痛いんだね、お母さんもおっきいけどこうだったのかな」と、妹は本に目を落としながらぽつんと呟いた。「春、」―――俺は妹の名前を呼んだ。「おっぱいがおっきくなってきたのか?」「うん。でもすごく痛くてなかなか眠れないの。」「それはだいぶ酷いな。ちょっと待ってて、どこかに軟膏があったはずだから取ってくる、」と、そうして俺は軟膏を取りに行った。「これを塗れば少しはましになると思う。お風呂上がりとか寝る前にちょっと手につけて練り込むように塗るんだ。ちょうど今日はもう寝る時間だから早速お母さんに塗��てもらいな。話を聞いてもらうついでに」と、軟膏を妹に手渡そうとした。妹は受け取ろうとしなかった。「今日はお兄ちゃんに塗ってもらいたい、」―――そう言って服を捲くり上げる。身に纏うていた寝間着一枚が取り払われ、彼女の胸元が顕になる。俺は息を呑んだ。妹の胸は本当に膨らんでいた。「変じゃない?」心配そうにそう尋ねてくる。「変じゃないよ、綺麗だよ。さあ、もう少し捲くってごらん、塗ってあげるから、」と軟膏を手に練り込んで、俺は妹のおっぱいに触れた。暖かかった。俺は必死に冷静さを保って塗った。静かなものだった。俺も妹も固く口を閉ざしていた。妹はさらにじっと目を瞑っていた。「いいかい? 今日は塗ってあげたけど、今後は自分ひとりで塗るか、お母さんに塗ってもらうんだよ」「うん、ありがとうお兄ちゃん。少し楽になったような気がする。」「よしよし、じゃあ今日はもうおやすみ。友達と遊び回って疲れたろ」と、促したけれども彼女は不服そうに居住まいを崩さずにいる。「今日はお兄ちゃんと一緒に寝てもいい?」―――そう言ったのはちょっとしてからだった。「いいよ、おいで。少し暑いかもしれないけど、それでいいなら、………。」俺はこの時、あまりにも心配そうな顔をしている妹を放ってはおけなかった。そして聞いた。胸の痛みのこと、胸の成長のこと、不安のこと、誰かに聞いてほしかったこと。いつしか寝入ってしまったその背を擦りながら、眠くなるまでそれらのことを考え続けた。「春、―――お兄ちゃんはいつでも春の傍にいるから、甘えたくなったら甘えてもいいんだよ。これくらいだったらいつでもしてあげるから、」と気がつけば呟いていた。そっと顔を覗き込むと、ちょっと微笑まれたような気がした。明くる日、夜になると先日同様妹は俺に軟膏を塗るようにねだってきた。その明くる日も、またその明くる日もねだってきた。けれども、お盆が終わる頃にはその役は母親に取って代わられた。さすがに誰が見ても妹の胸元には小学生離れした膨らみが出来ていた。母親は妹を連れて下着を買いに行った。E カップもあったということを聞いたのは、その夜いつもの様に妹が本を片手に俺の部屋にやってきた時のことだった。「そんなに大きいの?」と彼女は俺のベッドに寝そべりながら聞いてきた。「ああ、俺の友達でも何人かしかいないんじゃないかな。春はお母さんのを見慣れてるからそうは思わないかもしれないけど、もう十分大きい方だよ。」「そっかぁ。でもやっぱり自分だとわかんないなぁ。お兄ちゃんは大きいと思ってる?」「それは、………まぁ、もちろん思ってるよ。」「お兄ちゃんはおっきい方が好き?」「もちろんす、………こら、お兄ちゃんをからかうでない」「えへへ、ごめんなさい。」妹はいたずらっぽく笑いながら言った。それから二週間弱という時が経った。妹の胸は日を経るごとに大きくなって、異常を感じた両親に病院に連れられた頃には、寝間着のボタンが留められないくらいになっていた。L カップだと母親は医者に言った。「胸に痛みは感じますか。」妹は黙って頷いた。「どれくらいありますか。我慢できないくらいですか。」これにも黙って頷いた。普段ならばそつなく受け答えをするのだが、胸が膨らみ始めた頃から彼女は酷く引っ込み思案になっていた。「少し酷いようです。昼間はそうでもないんですが、それでもやっぱり痛みはずっと感じているようで、胸元を押さえてじっとしていることがよくあります。」俺は代わりに口を開いて言った。「昨日も寝ている最中にうなされていましたし、肌着が触れるのも辛そうです。」「まあ、それは、―――」と、医者であるおばあさんは優しい笑みをこぼした。「それは辛かったでしょう。よく今まで我慢したね。」「はい、………。」「お薬を出してあげるからね、きっと楽になるよ。」「あ、ありがとうございます。」かすかな声で言った妹は、ここでようやく安心した顔を見せた。診察はそれから30分ほどで終わった。両親が結果を聞いている間、俺はあの小さな肩を抱いてやりながら静かに待った。結果は言うほど悪くはなかった。医者にも専門外過ぎて分からないことが稍々あるものの、妹の体は健康そのものだった。俺はひとまず胸をなでおろした。巨乳化の影響が今後どのような形で現れるにもせよ、健康であるならそれに越したことはない。俺はただそう思った。その日も妹は俺の部屋にやって来て、ベッドの上に寝転がりながら本を読んだ。「お兄ちゃんは魔法使いだったら、ふくろうと猫とカエルのうちどれを飼う? 私はふくろうがいいなぁ、………白くてふわふわな子にお兄ちゃんからのお手紙を届けてもらいたい。」―――そう云った時の妹の顔は、本当にそういう世界が広がっているかのようにキラキラとしていた。
 実際、妹はその魔法使いの話題、―――はっきりと言ってしまうが、ハリー・ポッターを話題にする時はいつもそんな表情をした。彼女はあの世界に強く憧れていた。きっとこの世のどこかには魔法の世界があって、自分にも手紙が来るかもしれないと思っていた。毎夜持ってくる本は松岡訳のハリー・ポッターだった。どんなに虫の居所が悪くなっても、それさえ話題に出せば立ちどころに機嫌が良くなった。この夜もそうであった。妹は次の日の始業式に言いようのない不安を感じていた。彼女は自分の胸がクラスメイトたちにどう見られるのか、どういう反応をされるのか怖かった。それに彼女は私服で学校へ向かわねばならなかった。胸が制服に入らなかったのである。「どうにかならないの」と言ったが、どうにもならなかった。「行ってきます。」翌日、出来るだけ地味な服に身を包んだ妹は玄関先でぺこっとお辞儀をした。また一段と大きくなってしまった胸は、この時M カップあった。俺は「胸は大丈夫なのか」と聞いた。妹は「うん、お薬塗ったから今は平気」と答えた。寂しそうな顔だった。途中まで見送りに行こうと草履を引っ掛けたけれども、首を横に振られた。「お兄ちゃん、行ってきます、」―――そう言って妹は玄関から出ていった。俺はこの時どうなることかと思った、が、お昼ごろになって帰ってきた彼女は、行きよりはずっといい顔で家に入ってきた。「おかえり、春。学校はどんなだった?」俺はホッとして聞いた。「えっとね、大丈夫だったよ。みんなすっごく驚いてたけど、ちょっと見られただけであんまり。………あ、この制服はね、行ったら先生が貸してくれたから保健室で着替えたの。」言われて彼女が制服を着ていることに気がついた。袖も裾も余っているけれども、胸元だけはきつそうだった。「そうだったのか。貸してくれてよかったな。」「うん、でもちょっとぶかぶかだから変な感じがして気持ち悪い。………」「春は昔から小さい方だからなぁ。まぁとにかくお入り。一緒にお昼ごはん食べよう」「うん!」―――妹は元気よく答えた。それから彼女は今日のことについて楽しそうに喋った。俺は安心した。何となく、これからまたのんびりとした日が始まるように思った。けれども違った。彼女の胸はそんな俺の思いなどお構いなしで大きくなり続けた。薬を塗らなければ痛みでブラジャーすら着けられない日が続き、始業式の日には90センチ台だったバストは、次の週には100センチを超え、次の次の週には110センチを超え、そのさらに次の週には120センチを超えた。V カップ、というのが彼女の下着のサイズだった。「ブ、V カップ?!」母親からそれを聞いた時、俺は思わず聞き返した。「春の胸はそんな大きいのか、………。」「そう、だからあの子に合う下着なんて、どこのお店にも置いてないのよ。」母親は深刻な表情をして言った。妹は、胸が大きすぎて自分が着けるべき下着が無かった。彼女は普通の女性で言うところのO カップのブラジャーを着けて居たにも関わらず、胸が締め付けられて苦しいと訴えていた。俺は時々彼女の無防備な姿を見た。少なくともブラは着けておかなければいけないと思った。あの姿を友達に見られでもしたらと一人心配した。「買うとなると、後は海外のものすごく大きいブラジャーしかなくってね、………。」―――母親はそう言った。果たして妹は、翌々日に初めての海外製のブラをつけることになった。母親が言った通りものすごく大きいブラジャーだった。そればかりでなく、分厚かった。どこもかしこも肉厚で重みがあり、肩の部分にはクッションのようなものが誂えてあった。ホックも四段あって、これを妹が着けると思うと少し可哀想な感じがした。でも、妹は文句も何も言わずにホックを留めて制服を着た。「行ってきます。」と言う声はいつもどおり明るかった。彼女が明るかったのは、そのわずか二日後に行われる運動会を楽しみにしていたからであった。けれども当日、妹は開会式と閉会式に姿を見せただけだけで、後は自分のクラスのテントの下に小さくなって、クラスメイトが走ったり踊ったりするところを見ているだけだった。妹の胸はトラブルの原因になりかねない、として学校は急遽彼女に自粛を要請したのである。のみならず、運動会の直前で不審者情報が寄せられたために、妹はタオルまでかけられていたのであった。俺は耐え切れなかった。2、3の競技が終わるとすぐに妹のところに行った。「先生、久しぶりの母校を見学させてもらえませんか。」「宮沢くんか。昔のように窓を割らなければ別にいいが、くれぐれも物だけは壊さないように。」「ありがとうございます。もちろんです。―――小春、一緒に行こう。」「えっ? う、うん、―――。」先生は何も言わなかった。結局俺たちは校内を散策するのにも飽きると、閉会式まで黒板に落書きをして遊んだ。妹は星やふくろうの絵を描いたりした。テントの下で居た時よりもずっと楽しそうな顔で、………。そしてその夜のことだった。「お兄ちゃん、入ってもいい、………?」彼女にしては少し遅い9時過ぎに、妹は部屋にやって来た。「春か、………おいで。」「お勉強中だった?」「大丈夫、ちょうど今キリが良いところまで終わったから。」「ほんとに?」「まぁ嘘だけど、遠慮せずに入っておいで。」「ごめんね、おじゃまします。」そう言って入ってきた妹を見て、俺は少なからず狼狽えた。彼女がいつもハリー・ポッターの松岡訳を持ってくることは言った。けれどもその日は本ではなく、いつか病院で処方された塗り薬が携えられていたのであった。「お兄ちゃんにお薬を塗ってほしいの。」………そう彼女は言った。「………鍵をかけてこっちにおいで。」俺は読みかけの本を閉じた。カチリという音はすぐに聞こえてきた。大人しく従うということ、妹は理解してこの部屋にやって来たのである。目の前に立った彼女を、俺は見つめた。「服を脱いでごらん。」妹は小さく頷く。裾に手をかけ、ゆっくりと寝間着を脱いでいく。―――「ブラジャー、だいぶきつくなってきたな。」「だって、もうY カップもあるんだもん。ブラなんてもう外国にだって無いかも、………あっ!」「どうした?」「ホックが、………。」「お兄ちゃんが外してあげる。」と、俺は背中に腕を回して外してあげた。ホックが外れると、ブラジャーはすぐに彼女の足元に落ちた。あのY  カップだと言った妹のおっぱいが目の前に現れる。「お兄ちゃん、どう? 私のおっぱい、こんなに大きくなっちゃった。」「すごいな、春の顔が小さく見える。」「お兄ちゃんの顔も小さく見えるよ。倍くらい大きいかも。」「さすがにそんなにはないだろ。触ってもいいか?」「どうぞ。―――」俺がおっぱいに触れた時、妹はビクッと体を震わせた。だが嫌がっている様子はなかった。びっくりしただけのようだった。そして、もっと触って欲しそうにもたれ掛かってきた。「お兄ちゃん、私、―――。」その後、俺は妹の胸に薬を塗ってから今日の出来事を日記にしたためた。もちろん、先程のことについては書いてはいない。俺が日記帳を閉じた時、時刻は既に12時を過ぎていた。妹は静かに眠っていた。嘘のように可愛いかった。こんなに小さな体をしていたとは思わなかった。「ごめんな、春は痛かったろう。明日はゆっくりしてな。」俺は明かりを消して妹の隣に寝た。翌日、学校から帰ってくると机の上に一通の手紙があった。内容は俺への感謝の気持ち、友達のこと先生のこと、自分の胸のこと、そして運動会への悔しさと、―――11月にあるマラソン大会では絶対に走りたいという思い。それらが妹の綺麗な字で綴られていた。「お兄ちゃん、いつも私のおっぱいを心配してくれてありがとう。とってもうれしいです。これからもよろしくお願いします。小春より。」俺はマラソン大会に少しく不安を感じながら、同じように返信を手紙に書いた。そしていつか買っておいたふくろうのぬいぐるみと共に、妹の机の上に置いた。
 妹がマラソン大会で走りたいことは、俺も予想していたことであった。元々妹は体を動かすのが好きな子だ。小さい時は二人で家中を駆け回ってよく怒られたし、毎年夏に祖父母の家に行くと近くにある川で遊んだ。胸が膨らみだした時も、毎日のように友達と一緒にプールに行ったり、公園で遊んだりしていた。だから妹がマラソン大会で走りたいと思うのは当然のことだった。しかし彼女にも分かっていたはずである。もう自分があまり走ったり飛び跳ねたり出来ないということ、―��―あの夜俺が本当に驚いたのは彼女の胸の大きさではなかった、彼女の胸の重みだった。妹はその頃から、胸の重みを軽くするような姿勢を知らず識らず取った。例えば机に向かう時には胸をその上に乗せた。階段を上り下りする時には胸を抑えて慎重に進んだ。本を読む時にはクッションを抱くように胸をお腹に抱えた。彼女は、その手の胸が重いという仕草は全部した。10月も下旬になる頃になると、妹のそういった仕草はよりあからさまになった。彼女は立つと必ず柱を背にして、それにもたれた。そして、柱がなければ俺の背にもたれかかってきた。胸の重さは、彼女の体に相当の負担を掛けているに違いなかった。俺は聞いた。「春、体の方は大丈夫なのか? ちょっと本当のことを言って」―――この問いに対する彼女の答えは、俺の予想を少し超えていた。「あのね、実は首と肩がすごく痛いのはずっとなの、………。それに最近は腰も痛くなってて長く立ってられないし、ほんとうは歩くのもつらい、………。」妹はこれを言い終えると俯いて鼻をすすった。俺は少し唖然とした。「歩くのもなのか。」「うん、………あ、でも全然歩けないってことはないからね、胸が揺れちゃうってだけで、………。」「やっぱり大変だよな。階段とかもゆっくり進んでるし。」「あ、あれは揺れるのもあるけど、下が見えないから、………。」と、少しの間沈黙が訪れた。やがて俺は少し真剣に彼女の名を呼んだ。「―――春。」「な、何、お兄ちゃん?」「………少し横になろうか。マッサージしてあげる。」「えっ? う、うん、分かった。」―――俺はあの時、妹の感じている苦痛を甘く見ていたのであった。成長が止まらない胸による身体的な制約、それは妹のかかっている病気の特徴的な障害の一つだった。俺はいつか医者から聞いたことがある。この病気が原因で胸が大きくなりすぎ、好きだった部活を辞めてしまった子が居たと。女の子はごく普通の中学生だった。昔から体を動かすことが好きで、部活はバスケットボール部に所属、来季からはキャプテンを務めることになっていた。しかし女の子は胸が大きかった。来診時、彼女の胸はT カップかU カップ相当の大きさであった。女の子は言う。「胸が大きくて、最近はバスケもあんまり出来ません。揺れると痛いので、………。体育の時間も胸を抑えて走ってます。」彼女は迷っていた。胸が大きいということは、彼女にとっては普通なことであった。小学生の頃には既にH カップあったし、中学を一年経る頃にはP カップのブラがきついくらいになっていた。胸を口実にして部活を辞めていいのだろうか、―――女の子には何でも無い悩みのように思えた。が、初診から約半年後、結局女の子は部活を辞めた。胸が大きくなりすぎて、歩くのも難しくなってしまったのである。再び医者に見えた時、女の子はこの決断を涙ながらに語った。彼女は自身の胸が引き起こした結末を、受け入れて尚悔しいと感じているのであった。俺は、この話を思い出すたびにあの日の妹を思う。あの日、俺に胸の重みを打ち明けた時の彼女の抱えていた苦しみは、この女の子と同じものだった。彼女は自分の胸が大きくなりすぎていることに気が付きながらも、どうしてもマラソン大会が諦めきれなかった。彼女は知っていたのだ。あの日、妹はバストを測って泣いていた。そして泣きながら服に袖を通していた。刻一刻自由に動けなくなっていく自分の体を、彼女はどう思っていたのだろう? わずか11歳の少女には、病気で異常に大きくなってしまった自身の胸が、どれほど重く感じられていたであろう? 俺はマッサージを通して、彼女の肩の荷を下ろしてあげたかった。塞ぎがちになっていた彼女の、傍について居てあげたかった。「―――春?」と、俺は、背中を圧しながら彼女を呼んだ。彼女は眠そうに答えた。「な、なに、お兄ちゃん、………?」妹は眠そうに答えた。「ああ、いや、なんでも。髪、切ったんだなって。」「うん、………今日お母さんが切ってくれたの。もう、理容室なんて行けないから、………。似合ってる?」「似合ってるよ。俺の好きな髪型だ。綺麗だね。」俺がそう褒めると、妹は嬉しそうに身を震わせた。「そっか、お兄ちゃんはこういうのが好きなんだ、」と、静かに目を瞑る。俺は、マッサージの手を止めた。「春。」「………ん、なに?」「やっぱり、マラソン大会は諦めきれないか。」「………うん。」と、妹はかすかに頷く。「そうか、………なら何も言うことはない、頑張るんだよ。たぶん、おっぱい、ものすごく揺れて大変だろうけど、ゆっくり、春は春のペースでね、俺も応援に行くからね、だから、………。」「ちょ、ちょっと、お兄ちゃんがなんで泣いてるの、………。」「ごめん、今だけは、春のおっぱいに顔を埋めさせてくれ、………ありがとう。」俺は、そのまま妹の乳枕で寝てしまったようだった。週末、妹は病院で胸の重さを測ってもらった。妹の胸は看護師の手によって医療用の大きな秤に乗せられ、片方ずつ正確に測定された。結果、妹の胸は右が7.6キロ、左が7.7キロだった。俺と妹は言葉を失った。が、しかし、彼女の胸を取り扱った看護師は淡々と作業をしていた。「まだ乳房は成長の初期段階にあります、」―――医者は淡白に言った。「しかし15キロ以上ありますから、出来る限り揺らさないように気をつけてください。飛んだり走ったりは厳禁です。」「やっぱり、走るのはやめておいた方が良いですか。」「ええ、ダメです。胸を痛めますから。」「………そうですか。」―――やはり言われてしまったかと、俺は思った。「お兄ちゃん、私やっぱり走りたい。少しだけでもいいから走りたい。」その帰り道、玄関前で夕日を背に彼女は言った。「ああ、でもゆっくり走るんだよ。いいね?」と、そう言って俺は彼女と指切りをした。
3 notes · View notes
2ttf · 12 years
Text
iFontMaker - Supported Glyphs
Latin//Alphabet// ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZabcdefghijklmnopqrstuvwxyz0123456789 !"“”#$%&'‘’()*+,-./:;<=>?@[\]^_`{|}~ Latin//Accent// ¡¢£€¤¥¦§¨©ª«¬®¯°±²³´µ¶·¸¹º»¼½¾¿ÀÁÂÃÄÅÆÇÈÉÊËÌÍÎÏÐÑÒÓÔÕÖ×ØÙÚÛÜÝÞßàáâãäåæçèéêëìíîïðñòóôõö÷øùúûüýþÿ Latin//Extension 1// ĀāĂ㥹ĆćĈĉĊċČčĎďĐđĒēĔĕĖėĘęĚěĜĝĞğĠġĢģĤĥĦħĨĩĪīĬĭĮįİıIJijĴĵĶķĸĹĺĻļĽľĿŀŁłŃńŅņŇňʼnŊŋŌōŎŏŐőŒœŔŕŖŗŘřŚśŜŝŞşŠšŢţŤťŦŧŨũŪūŬŭŮůŰűŲųŴŵŶŷŸŹźŻżŽžſfffiflffifflſtst Latin//Extension 2// ƀƁƂƃƄƅƆƇƈƉƊƋƌƍƎƏƐƑƒƓƔƕƖƗƘƙƚƛƜƝƞƟƠơƢƣƤƥƦƧƨƩƪƫƬƭƮƯưƱƲƳƴƵƶƷƸƹƺƻƼƽƾƿǀǁǂǃDŽDždžLJLjljNJNjnjǍǎǏǐǑǒǓǔǕǖǗǘǙǚǛǜǝǞǟǠǡǢǣǤǥǦǧǨǩǪǫǬǭǮǯǰDZDzdzǴǵǶǷǸǹǺǻǼǽǾǿ Symbols//Web// –—‚„†‡‰‹›•…′″‾⁄℘ℑℜ™ℵ←↑→↓↔↵⇐⇑⇒⇓⇔∀∂∃∅∇∈∉∋∏∑−∗√∝∞∠∧∨∩∪∫∴∼≅≈≠≡≤≥⊂⊃⊄⊆⊇⊕⊗⊥⋅⌈⌉⌊⌋〈〉◊♠♣♥♦ Symbols//Dingbat// ✁✂✃✄✆✇✈✉✌✍✎✏✐✑✒✓✔✕✖✗✘✙✚✛✜✝✞✟✠✡✢✣✤✥✦✧✩✪✫✬✭✮✯✰✱✲✳✴✵✶✷✸✹✺✻✼✽✾✿❀❁❂❃❄❅❆❇❈❉❊❋❍❏❐❑❒❖❘❙❚❛❜❝❞❡❢❣❤❥❦❧❨❩❪❫❬❭❮❯❰❱❲❳❴❵❶❷❸❹❺❻❼❽❾❿➀➁➂➃➄➅➆➇➈➉➊➋➌➍➎➏➐➑➒➓➔➘➙➚➛➜➝➞➟➠➡➢➣➤➥➦➧➨➩➪➫➬➭➮➯➱➲➳➴➵➶➷➸➹➺➻➼➽➾ Japanese//かな// あいうえおかがきぎくぐけげこごさざしじすずせぜそぞただちぢつづてでとどなにぬねのはばぱひびぴふぶぷへべぺほぼぽまみむめもやゆよらりるれろわゐゑをんぁぃぅぇぉっゃゅょゎゔ゛゜ゝゞアイウエオカガキギクグケゲコゴサザシジスズセゼソゾタダチヂツヅテデトドナニヌネノハバパヒビピフブプヘベペホボポマミムメモヤユヨラリルレロワヰヱヲンァィゥェォッャュョヮヴヵヶヷヸヹヺヽヾ Japanese//小学一年// 一右雨円王音下火花貝学気九休玉金空月犬見五口校左三山子四糸字耳七車手十出女小上森人水正生青夕石赤千川先早草足村大男竹中虫町天田土二日入年白八百文木本名目立力林六 Japanese//小学二年// 引羽雲園遠何科夏家歌画回会海絵外角楽活間丸岩顔汽記帰弓牛魚京強教近兄形計元言原戸古午後語工公広交光考行高黄合谷国黒今才細作算止市矢姉思紙寺自時室社弱首秋週春書少場色食心新親図数西声星晴切雪船線前組走多太体台地池知茶昼長鳥朝直通弟店点電刀冬当東答頭同道読内南肉馬売買麦半番父風分聞米歩母方北毎妹万明鳴毛門夜野友用曜来里理話 Japanese//小学三年// 悪安暗医委意育員院飲運泳駅央横屋温化荷開界階寒感漢館岸起期客究急級宮球去橋業曲局銀区苦具君係軽血決研県庫湖向幸港号根祭皿仕死使始指歯詩次事持式実写者主守取酒受州拾終習集住重宿所暑助昭消商章勝乗植申身神真深進世整昔全相送想息速族他打対待代第題炭短談着注柱丁帳調追定庭笛鉄転都度投豆島湯登等動童農波配倍箱畑発反坂板皮悲美鼻筆氷表秒病品負部服福物平返勉放味命面問役薬由油有遊予羊洋葉陽様落流旅両緑礼列練路和 Japanese//小学四年// 愛案以衣位囲胃印英栄塩億加果貨課芽改械害街各覚完官管関観願希季紀喜旗器機議求泣救給挙漁共協鏡競極訓軍郡径型景芸欠結建健験固功好候航康告差菜最材昨札刷殺察参産散残士氏史司試児治辞失借種周祝順初松笑唱焼象照賞臣信成省清静席積折節説浅戦選然争倉巣束側続卒孫帯隊達単置仲貯兆腸低底停的典伝徒努灯堂働特得毒熱念敗梅博飯飛費必票標不夫付府副粉兵別辺変便包法望牧末満未脈民無約勇要養浴利陸良料量輪類令冷例歴連老労録 Japanese//小学五〜六年// 圧移因永営衛易益液演応往桜恩可仮価河過賀快解格確額刊幹慣眼基寄規技義逆久旧居許境均禁句群経潔件券険検限現減故個護効厚耕鉱構興講混査再災妻採際在財罪雑酸賛支志枝師資飼示似識質舎謝授修述術準序招承証条状常情織職制性政勢精製税責績接設舌絶銭祖素総造像増則測属率損退貸態団断築張提程適敵統銅導徳独任燃能破犯判版比肥非備俵評貧布婦富武復複仏編弁保墓報豊防貿暴務夢迷綿輸余預容略留領異遺域宇映延沿我灰拡革閣割株干巻看簡危机貴揮疑吸供胸郷勤筋系敬警劇激穴絹権憲源厳己呼誤后孝��紅降鋼刻穀骨困砂座済裁策冊蚕至私姿視詞誌磁射捨尺若樹収宗就衆従縦縮熟純処署諸除将傷障城蒸針仁垂推寸盛聖誠宣専泉洗染善奏窓創装層操蔵臓存尊宅担探誕段暖値宙忠著庁頂潮賃痛展討党糖届難乳認納脳派拝背肺俳班晩否批秘腹奮並陛閉片補暮宝訪亡忘棒枚幕密盟模訳郵優幼欲翌乱卵覧裏律臨朗論 Japanese//中学// 亜哀挨曖扱宛嵐依威為畏尉萎偉椅彙違維慰緯壱逸芋咽姻淫陰隠韻唄鬱畝浦詠影鋭疫悦越謁閲炎怨宴援煙猿鉛縁艶汚凹押旺欧殴翁奥憶臆虞乙俺卸穏佳苛架華菓渦嫁暇禍靴寡箇稼蚊牙瓦雅餓介戒怪拐悔皆塊楷潰壊懐諧劾崖涯慨蓋該概骸垣柿核殻郭較隔獲嚇穫岳顎掛括喝渇葛滑褐轄且釜鎌刈甘汗缶肝冠陥乾勘患貫喚堪換敢棺款閑勧寛歓監緩憾還環韓艦鑑含玩頑企伎忌奇祈軌既飢鬼亀幾棋棄毀畿輝騎宜偽欺儀戯擬犠菊吉喫詰却脚虐及丘朽臼糾嗅窮巨拒拠虚距御凶叫狂享況峡挟狭恐恭脅矯響驚仰暁凝巾斤菌琴僅緊錦謹襟吟駆惧愚偶遇隅串屈掘窟繰勲薫刑茎��恵啓掲渓蛍傾携継詣慶憬稽憩鶏迎鯨隙撃桁傑肩倹兼剣拳軒圏堅嫌献遣賢謙鍵繭顕懸幻玄弦舷股虎孤弧枯雇誇鼓錮顧互呉娯悟碁勾孔巧甲江坑抗攻更拘肯侯恒洪荒郊貢控梗喉慌硬絞項溝綱酵稿衡購乞拷剛傲豪克酷獄駒込頃昆恨婚痕紺魂墾懇沙唆詐鎖挫采砕宰栽彩斎債催塞歳載剤削柵索酢搾錯咲刹拶撮擦桟惨傘斬暫旨伺刺祉肢施恣脂紫嗣雌摯賜諮侍慈餌璽軸叱疾執湿嫉漆芝赦斜煮遮邪蛇酌釈爵寂朱狩殊珠腫趣寿呪需儒囚舟秀臭袖羞愁酬醜蹴襲汁充柔渋銃獣叔淑粛塾俊瞬旬巡盾准殉循潤遵庶緒如叙徐升召匠床抄肖尚昇沼宵症祥称渉紹訟掌晶焦硝粧詔奨詳彰憧衝償礁鐘丈冗浄剰畳壌嬢錠譲醸拭殖飾触嘱辱尻伸芯辛侵津唇娠振浸紳診寝慎審震薪刃尽迅甚陣尋腎須吹炊帥粋衰酔遂睡穂随髄枢崇据杉裾瀬是姓征斉牲凄逝婿誓請醒斥析脊隻惜戚跡籍拙窃摂仙占扇栓旋煎羨腺詮践箋潜遷薦繊鮮禅漸膳繕狙阻租措粗疎訴塑遡礎双壮荘捜挿桑掃曹曽爽喪痩葬僧遭槽踪燥霜騒藻憎贈即促捉俗賊遜汰妥唾堕惰駄耐怠胎泰堆袋逮替滞戴滝択沢卓拓託濯諾濁但脱奪棚誰丹旦胆淡嘆端綻鍛弾壇恥致遅痴稚緻畜逐蓄秩窒嫡抽衷酎鋳駐弔挑彫眺釣貼超跳徴嘲澄聴懲勅捗沈珍朕陳鎮椎墜塚漬坪爪鶴呈廷抵邸亭貞帝訂逓偵堤艇締諦泥摘滴溺迭哲徹撤添塡殿斗吐妬途渡塗賭奴怒到逃倒凍唐桃透悼盗陶塔搭棟痘筒稲踏謄藤闘騰洞胴瞳峠匿督篤凸突屯豚頓貪鈍曇丼那謎鍋軟尼弐匂虹尿妊忍寧捻粘悩濃把覇婆罵杯排廃輩培陪媒賠伯拍泊迫剝舶薄漠縛爆箸肌鉢髪伐抜罰閥氾帆汎伴畔般販斑搬煩頒範繁藩蛮盤妃彼披卑疲被扉碑罷避尾眉微膝肘匹泌姫漂苗描猫浜賓頻敏瓶扶怖附訃赴浮符普腐敷膚賦譜侮舞封伏幅覆払沸紛雰噴墳憤丙併柄塀幣弊蔽餅壁璧癖蔑偏遍哺捕舗募慕簿芳邦奉抱泡胞俸倣峰砲崩蜂飽褒縫乏忙坊妨房肪某冒剖紡傍帽貌膨謀頰朴睦僕墨撲没勃堀奔翻凡盆麻摩磨魔昧埋膜枕又抹慢漫魅岬蜜妙眠矛霧娘冥銘滅免麺茂妄盲耗猛網黙紋冶弥厄躍闇喩愉諭癒唯幽悠湧猶裕雄誘憂融与誉妖庸揚揺溶腰瘍踊窯擁謡抑沃翼拉裸羅雷頼絡酪辣濫藍欄吏痢履璃離慄柳竜粒隆硫侶虜慮了涼猟陵僚寮療瞭糧厘倫隣瑠涙累塁励戻鈴零霊隷齢麗暦劣烈裂恋廉錬呂炉賂露弄郎浪廊楼漏籠麓賄脇惑枠湾腕 Japanese//記号//  ・ー~、。〃〄々〆〇〈〉《》「」『』【】〒〓〔〕〖〗〘〙〜〝〞〟〠〡〢〣〤〥〦〧〨〩〰〳〴〵〶 Greek & Coptic//Standard// ʹ͵ͺͻͼͽ;΄΅Ά·ΈΉΊΌΎΏΐΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩΪΫάέήίΰαβγδεζηθικλμνξοπρςστυφχψωϊϋόύώϐϑϒϓϔϕϖϚϜϞϠϢϣϤϥϦϧϨϩϪϫϬϭϮϯϰϱϲϳϴϵ϶ϷϸϹϺϻϼϽϾϿ Cyrillic//Standard// ЀЁЂЃЄЅІЇЈЉЊЋЌЍЎЏАБВГДЕЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдежзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюяѐёђѓєѕіїјљњћќѝўџѢѣѤѥѦѧѨѩѪѫѬѭѰѱѲѳѴѵѶѷѸѹҌҍҐґҒғҖҗҘҙҚқҜҝҠҡҢңҤҥҪҫҬҭҮүҰұҲҳҴҵҶҷҸҹҺһҼҽҾҿӀӁӂӇӈӏӐӑӒӓӔӕӖӗӘәӚӛӜӝӞӟӠӡӢӣӤӥӦӧӨөӪӫӬӭӮӯӰӱӲӳӴӵӶӷӸӹӾӿ Thai//Standard// กขฃคฅฆงจฉชซฌญฎฏฐฑฒณดตถทธนบปผฝพฟภมยรฤลฦวศษสหฬอฮฯะัาำิีึืฺุู฿เแโใไๅๆ็่้๊๋์ํ๎๏๐๑๒๓๔๕๖๗๘๙๚๛
see also How to Edit a Glyph that is not listed on iFontMaker
6 notes · View notes
donut-st · 5 years
Text
あなたにだけは忘れてほしくなかった
 アメリカ合衆国、ニューヨーク州、マンハッタン、ニューヨーク市警本部庁舎。  上級職員用のオフィスで資料を眺めていた安藤文彦警視正は顔をしかめた。彼は中年の日系アメリカ人である。頑なに日本名を固持しているのは血族主義の強かった祖父の影響だ。厳格な祖父は孫に米国風の名乗りを許さなかったためである。祖父の信念によって子供時代の文彦はいくばくかの苦労を強いられた。  通常、彼は『ジャック』と呼ばれているが、その由来を知る者は少ない。自らも話したがらなかった。  文彦は暴力を伴う場合の少ない知的犯罪、いわゆるホワイトカラー犯罪を除く、重大犯罪を扱う部署を横断的に統括している。最近、彼を悩ませているのは、ある種の雑音であった。  現在は文彦が犯罪現場へ出る機会はないに等しい。彼の主たる業務は外部機関を含む各部署の調整および、統計分析を基として行う未解決事件への再検証の試みであった。文彦の懸念は発見場所も年代も異なる数件の行方不明者の奇妙な類似である。類似といっても文彦の勘働きに過ぎず、共通項目を特定できているわけではなかった。ただ彼は何か得体の知れない事柄が進行している気配のようなものを感じ取っていたのである。  そして、彼にはもうひとつ、プライベートな懸念事項があった。十六才になる姪の安藤ヒナタだ。
 その日は朝から快晴、空気は乾いていた。夏も最中の日差しは肌を刺すようだが、日陰に入ると寒いほどである。自宅のダイニングルームでアイスティーを口にしながら安藤ヒナタは決心した。今日という日にすべてをやり遂げ、この世界から逃げ出す。素晴らしい考えだと思い、ヒナタは微笑んだ。  高校という場所は格差社会の縮図であり、マッチョイズムの巣窟でもある。ヒナタは入学早々、この猿山から滑り落ちた。見えない壁が張り巡らされる。彼女はクラスメイトの集う教室の中で完全に孤立した。  原因は何だっただろうか。ヒナタのスクールバッグやスニーカーは他の生徒よりも目立っていたかもしれない。アジア系の容姿は、彼らの目に異質と映ったのかも知れなかった。  夏休みの前日、ヒナタは階段の中途から突き飛ばされる。肩と背中を押され、気が付いた時には一階の踊り場に強か膝を打ちつけていた。 「大丈夫?」  声だけかけて去っていく背中を呆然と見送る。ヒナタは教室に戻り、そのまま帰宅した。  擦過傷と打撲の痕跡が残る膝と掌は、まだ痛む。だが、傷口は赤黒く乾燥して皮膚は修復を開始していた。もともと大した傷ではない。昨夜、伯父夫婦と夕食をともにした際もヒナタは伯母の得意料理であるポークチョップを食べ、三人で和やかに過ごした。  高校でのいざこざを話して何になるだろう。ヒナタは飲み終えたグラスを食洗器に放り込み、自室へ引っ込んだ。
 ヒナタの母親はシングルマザーである。出産の苦難に耐え切れず、息を引き取った。子供に恵まれなかった伯父と伯母はヒナタを養子に迎え、経済的な負担をものともせず、彼女を大学に行かせるつもりでいる。それを思うと申し訳ない限りだが、これから続くであろう高校の三年間はヒナタにとって永遠に等しかった。  クローゼットから衣服を抜き出して並べる。死装束だ。慎重に選ぶ必要がある。等身大の鏡の前で次々と試着した。ワンピースの裾に払われ、細々としたものがサイドボードから床に散らばる。悪態を吐きながら拾い集めていたヒナタの手が止まった。横倒しになった木製の箱を掌で包む。母親の僅かな遺���の中からヒナタが選んだオルゴールだった。  最初から壊れていたから、金属の筒の突起が奏でていた曲は見当もつかない。ヒナタはオルゴールの底を外した。数枚の便箋と写真が納まっている。写真には白のワイシャツにスラックス姿の青年と紺色のワンピースを着た母親が映っていた。便箋の筆跡は美しい。『ブライアン・オブライエン』の署名と日付、母親の妊娠の原因が自分にあるのではないかという懸念と母親と子供に対する執着の意思が明確に示されていた。手紙にある日付と母親がヒナタを妊娠していた時期は一致している。  なぜ母は父を斥けたのだろうか。それとも、この男は父ではないのか。ヒナタは苛立ち、写真の青年を睨んだ。  中学へ進み、スマートフォンを与えられたヒナタは男の氏名を検索する。同姓同名の並ぶ中、フェイスブックに該当する人物を見つけた。彼は現在、大学の教職に就いており、専門分野は精神病理学とある。多数の論文、著作を世に送り出していた。  ヒナタは図書館の書棚から彼の書籍を片っ端から抜き出す。だが、学術書を読むには基礎教養が必要だ。思想、哲学、近代史、統計を理解するための数学を公共の知の宮殿が彼女に提供する。  ヒナタは支度を終え、バスルームの洗面台にある戸棚を開いた。医薬品のプラスチックケースが乱立している。その中から伯母の抗うつ剤の蓋を掴み、容器を傾けて錠剤を掌に滑り出させた。口へ放り込み、ペットボトルの水を飲み込む。栄養補助剤を抗うつ剤の容器に補充してから戸棚へ戻した。  今日一日、いや数時間でもいい。ヒナタは最高の自分でいたかった。
 ロングアイランドの住宅地にブライアン・オブライエンの邸宅は存在していた。富裕層の住居が集中している地域の常であるが、ヒナタは脇を殊更ゆっくりと走行している警察車両をやり過ごす。監視カメラの装備された鉄柵の門の前に佇んだ。  呼び鈴を押そうかと迷っていたヒナタの耳に唸り声が響く。見れば、門を挟んで体長一メータ弱のドーベルマンと対峙していた。今にも飛び掛かってきそうな勢いである。ヒナタは思わず背後へ退いた。 「ケンダル!」  奥から出てきた男の声を聞いた途端、犬は唸るのを止める。スーツを着た男の顔はブライアン・オブライエン、その人だった。 「サインしてください!」  鞄から取り出した彼の著作を抱え、ヒナタは精一杯の声を張り上げる。 「いいけど。これ、父さんの本だよね?」  男は門を開錠し、ヒナタを邸内に招き入れた。
 男はキーラン・オブライエン、ブライアンの息子だと名乗った。彼の容姿は写真の青年と似通っている。従って現在、五十がらみのブライアンであるはずがなかった。ヒナタは自らの不明を恥じる。 「すみません」  スペイン人の使用人が運んできた陶磁器のコーヒーカップを持ち上げながらヒナタはキーランに詫びた。 「これを飲んだら帰るから」  広大な居間に知らない男と二人きりで座している事実に気が滅入る。その上、父親のブライアンは留守だと言うのであるから、もうこの家に用はなかった。 「どうして?」 「だって、出かけるところだよね?」  ヒナタはキーランのスーツを訝し気に見やる。 「別にかまわない。どうせ時間通りに来たことなんかないんだ」  キーランは初対面のヒナタを無遠慮に眺めていた。苛立ち始めたヒナタもキーランを見据える。  ヒナタはおよそコンプレックスとは無縁のキーランの容姿と態度から彼のパーソナリティを分析した。まず、彼は他者に対してまったく物怖じしない。これほど自分に自信があれば、他者に無関心であるのが普通だ。にも拘らず、ヒナタに関心を寄せているのは、何故か。  ヒナタは醜い女ではないが、これと取り上げるような魅力を持っているわけでもなかった。では、彼は何を見ているのか。若くて容姿に恵まれた人間が夢中になるもの、それは自分自身だ。おそらくキーランは他者の称賛の念を反射として受け取り、自己を満足させているに違いない。 「私を見ても無駄。本質なんかないから」  瞬きしてキーランは首を傾げた。 「俺に実存主義の講義を?」 「思想はニーチェから入ってるけど、そうじゃなくて事実を言ってる。あなたみたいに自己愛の強いタイプ���とって他者は鏡でしかない。覗き込んでも自分が見えるだけ。光の反射があるだけ」  キーランは吹き出す。 「自己愛? そうか。父さんのファンなのを忘れてたよ。俺を精神分析してるのか」  笑いの納まらないキーランの足元へドーベルマンが寄ってくる。 「ケンダル。彼女を覚えるんだ。もう吠えたり、唸ったりすることは許さない」  キーランの指示に従い、ケンダルはヒナタのほうへ近づいてきた。断耳されたドーベルマンの風貌は鋭い。ヒナタは大型犬を間近にして体が強張ってしまった。 「大丈夫。掌の匂いを嗅がせて。きみが苛立つとケンダルも緊張する」  深呼吸してヒナタはケンダルに手を差し出す。ケンダルは礼儀正しくヒナタの掌を嗅いでいた。落ち着いてみれば、大きいだけで犬は犬である。  ヒナタはケンダルの耳の後ろから背中をゆっくりと撫でた。やはりケンダルはおとなしくしている。門前で威嚇していた犬とは思えないほど従順だ。 「これは?」  いつの間にか傍に立っていたキーランがヒナタの手を取る。擦過傷と打撲で変色した掌を見ていた。 「別に」 「こっちは? 誰にやられた?」  キーランは、手を引っ込めたヒナタのワンピースの裾を摘まんで持ち上げる。まるでテーブルクロスでもめくる仕草だ。ヒナタの膝を彩っている緑色の痣と赤黒く凝固した血液の層が露わになる。ヒナタは青褪めた。他人の家の居間に男と二人きりでいるという恐怖に舌が凍りつく。 「もしきみが『仕返ししろ』と命じてくれたら俺は、どんな人間でも這いつくばらせる。生まれてきたことを後悔させる」  キーランの顔に浮かんでいたのは怒りだった。琥珀色の瞳の縁が金色に輝いている。落日の太陽のようだ。息を吸い込む余裕を得たヒナタは掠れた声で言葉を返す。 「『悪事を行われた者は悪事で復讐する』わけ?」 「オーデン? 詩を読むの?」  依然として表情は硬かったが、キーランの顔から怒りは消えていた。 「うん。伯父さんが誕生日にくれた」  キーランはヒナタのすぐ隣に腰を下ろす。しかし、ヒナタは咎めなかった。 「復讐っていけないことだよ。伯父さんは普通の人がそんなことをしなくていいように法律や警察があるんだって言ってた」  W・H・オーデンの『一九三九年九月一日』はナチスドイツによるポーランド侵攻を告発した詩である。他国の争乱と無関心を決め込む周囲の人々に対する憤りをうたったものであり、彼の詩は言葉によるゲルニカだ。 「だが、オーデンは、こうも言ってる。『我々は愛し合うか死ぬかだ』」  呼び出し音が響き、キーランは懐からスマートフォンを取り出す。 「違う。まだ家だけど」  電話の相手に生返事していた。 「それより、余分に席を取れない? 紹介したい人がいるから」  ヒナタはキーランを窺う。 「うん、お願い」  通話を切ったキーランはヒナタに笑いかけた。 「出よう。父さんが待ってる」  戸惑っているヒナタの肩を抱いて立たせる。振り払おうとした時には既にキーランの手は離れていた。
 キーラン・オブライエンには様々な特質がある。体格に恵まれた容姿、優れた知性、外科医としての将来を嘱望されていること等々、枚挙に暇がなかった。だが、それらは些末に過ぎない。キーランを形作っている最も重要な性質は彼の殺人衝動だ。  この傾向は幼い頃からキーランの行動に顕著に表れている。小動物の殺害と解剖に始まり、次第に大型動物の狩猟に手を染めるが、それでは彼の欲求は収まらなかった。  対象が人間でなければならなかったからだ。  キーランの傾向にいち早く気付いていたブライアン・オブライエンは彼を教唆した。具体的には犯行対象を『悪』に限定したのである。ブライアンは『善を為せ』とキーランに囁いた。彼の衝動を沈め、社会から悪を排除する。福祉の一環であると説いたのだ。これに従い、彼は日々、使命を果たしてる。人体の生体解剖によって嗜好を満たし、善を為していた。 「どこに行くの?」  ヒナタの質問には答えず、キーランはタクシーの運転手にホテルの名前を告げる。 「行けないよ!」 「どうして?」  ヒナタはお気に入りではあるが、量販店のワンピースを指差した。 「よく似合ってる。綺麗だよ」  高価なスーツにネクタイ、カフスまでつけた優男に言われたくない。話しても無駄だと悟り、ヒナタはキーランを睨むに留めた。考えてみれば、ブライアン・オブライエンへの面会こそ重要課題である。一流ホテルの従業員の悪癖であるところの客を値踏みする流儀について今は不問に付そうと決めた。 「本当にお父さんに似てるよね?」 「俺? でも、血は繋がってない。養子だよ」  キーランの答えにヒナタは目を丸くする。 「嘘だ。そっくりじゃない」 「DNAは違う」 「そんなのネットになかったけど」  ヒナタはスマートフォンを鞄から取り出した。 「公表はしてない」 「じゃあ、なんで話したの?」 「きみと仲良くなりたいから」  開いた口が塞がらない。 「冗談?」 「信じないのか。参ったな。それなら、向こうで父さんに確かめればいい」  キーランはシートに背中を預け、目を閉じた。 「少し眠る。着いたら教えて」  本当に寝息を立てている。ヒナタはスマートフォンに目を落とした。
 ヒナタは肩に触れられて目を覚ました。 「着いたよ」  ヒナタの背中に手を当てキーランは彼女を車から連れ出した。フロントを抜け、エレベーターへ乗り込む。レストランに入っても警備が追いかけてこないところを見ると売春婦だとは思われていないようだ。ヒナタは脳内のホテル番付に星をつける。 「女性とは思わなかった。これは、うれしい驚きだ」  テラスを占有していたブライアン・オブライエンは立ち上がってヒナタを迎えた。写真では茶色だった髪は退色し、白髪混じりである。オールバックに整えているだけで染色はしていなかった。三つ揃いのスーツにネクタイ、機械式の腕時計には一財産が注ぎ込まれているだろう。デスクワークが主体にしては硬そうな指に結婚指輪が光っていたが、彼の持ち物とは思えないほど粗雑な造りだ。アッパークラスの体現のような男が配偶者となる相手に贈る品として相応しくない。 「はじめまして」  自分の声に安堵しながらヒナタは席に着いた。 「彼女は父さんのファンなんだ」  ヒナタは慌てて鞄から本を取り出す。 「サインしてください」  本を受け取ったブライアンは微笑んだ。 「喜んで。では、お名前を伺えるかな?」 「安藤ヒナタです」  老眼鏡を懐から抜いたブライアンはヒナタに顔を向ける。 「スペルは?」  答える間もブライアンはヒナタに目を据えたままだ。灰青色の瞳は、それが当然だとでも言うように遠慮がない。血の繋がりがどうであれ、ブライアンとキーランはそっくりだとヒナタは思った。  ようやく本に目を落とし、ブライアンは結婚指輪の嵌った左手で万年筆を滑らせる。 「これでいいかな?」  続いてブライアンは『ヒナタ』と口にした。ヒナタは父親の声が自分の名前を呼んだのだと思う。その事実に打ちのめされた。涙があふれ出し、どうすることもできない。声を上げて泣き出した。だが、それだけではヒナタの気は済まない。二人の前に日頃の鬱憤を洗いざらい吐き出していた。 「かわいそうに。こんなに若い女性が涙を流すほど人生は過酷なのか」  ブライアンは嘆く。驚いたウェイターが近付いてくるのをキーランが手を振って追い払った。ブライアンは席を立ち、ヒナタの背中をさする。イニシャルの縫い取られたリネンのハンカチを差し出した。 「トイレ」  宣言してヒナタはテラスを出ていく。 「おそらくだが、向精神薬の副作用だな」  父親の言葉にキーランは頷いた。 「彼女。大丈夫?」 「服用量による。まあ、あれだけ泣いてトイレだ。ほとんどが体外に排出されているだろう」 「でも、攻撃的で独善的なのは薬のせいじゃない」  ブライアンはテーブルに落ちていたヒナタの髪を払い除ける。 「もちろんだ。彼女の気質だよ。しかし、同じ学校の生徒が気の毒になる。家畜の群れに肉食獣が紛れ込んでみろ。彼らが騒ぐのは当然だ」  呆れた仕草でブライアンは頭を振った。 「ルアンとファンバーを呼びなさい。牧羊犬が必要だ。家畜を黙らせる。だが、友情は必要ない。ヒナタの孤立は、このままでいい。彼女と親しくなりたい」 「わかった。俺は?」 「おまえの出番は、まだだ。キーラン」  キーランは暮れ始めている空に目をやる。 「ここ。誰の紹介?」 「アルバート・ソッチ。デザートが絶品だと言ってた。最近、パテシエが変わったらしい」 「警察委員の? 食事は?」  ブライアンも時計のクリスタルガラスを覗いた。 「何も言ってなかったな」  戻ってきたヒナタの姿を見つけたキーランはウェイターに向かい指示を出す。 「じゃあ、試す必要はないね。デザートだけでいい」  ブライアンは頷いた。
「ハンカチは洗って返すから」  ヒナタとキーランは庁舎の並ぶ官庁街を歩いていた。 「捨てれば? 父さんは気にしない」  面喰ったヒナタはキーランを窺う。ヒナタは自分の失態について思うところがないわけではなかった。ブライアンとキーランに愛想をつかされても文句は言えない。二人の前で吐瀉したも同じだからだ。言い訳はできない。だが、ヒナタは、まだ目的を果たしていないのだ。  ブライアン・オブライエンの実子だと確認できない状態では自死できない。 「それより、これ」  キーランはヒナタの手を取り、掌に鍵を載せた。 「何?」 「家の鍵。父さんも俺もきみのことを家族だと思ってる。いつでも遊びに来ていいよ」  瞬きしているヒナタにキーランは言葉を続ける。 「休暇の間は俺がいるから。もし俺も父さんもいなかったとしてもケンダルが 相手をしてくれる」 「本当? 散歩させてもいい? でも、ケンダルは素気なかったな。私のこと好きじゃないかも」 「俺がいたから遠慮してたんだ。二人きりの時は、もっと親密だ」  ヒナタは吹き出した。 「犬なのに二人?」 「ケンダルも家族だ。俺にとっては」  相変わらずキーランはヒナタを見ている。ヒナタは眉を吊り上げた。 「言ったよね? 何もないって」 「違う。俺はきみを見てる。ヒナタ」  街灯の光がキーランの瞳に映っている。 「だったら、私の味方をしてくれる? さっき家族って言ってたよね?」 「言った」 「でも、あなたはブライアンに逆らえるの? 兄さん」  キーランは驚いた顔になった。 「きみは、まるでガラガラヘビだ」  さきほどの鍵をヒナタはキーランの目の前で振る。 「私が持ってていいの? エデンの園に忍び込もうとしている蛇かもしれない」 「かまわない。だけど、あそこに知恵の実があるかな? もしあるとしたら、きみと食べたい」 「蛇とイブ。一人二役だね」   ヒナタは入り口がゲートになったアパートを指差した。 「ここが私の家。さよならのキスをすべきかな?」 「ヒナタのしたいことを」  二人は互いの体に手を回す。キスを交わした。
 官庁街の市警本部庁舎では安藤文彦が部下から報告を受けていた。 「ブライアン・オブライエン?」  クリスティナ・ヨンぺルト・黒田は文彦が警部補として現場指揮を行っていた時分からの部下である。移民だったスペイン人の父親と日系アメリカ人の母親という出自を持っていた。 「警察委員のアルバート・ソッチの推薦だから本部長も乗り気みたい」  文彦はクリスティナの持ってきた資料に目をやる。 「警察委員の肝入りなら従う他ないな」  ブライアン・オブライエン教授の専門は精神病理学であるが、応用心理学、主に犯罪心理学に造詣が深く、いくつかの論文は文彦も読んだ覚えがあった。 「どうせ書類にサインさせるだけだし誰でもかまわない?」 「そういう認識は表に出すな。象牙の塔の住人だ。無暗に彼のプライドを刺激しないでくれ」  クリスティナは肩をすくめる。 「新任されたばかりで本部長は大張り切り。大丈夫。失礼なのは私だけ。他の部下はアッパークラスのハウスワイフよりも上品だから。どんな男でも、その気にさせる」 「クリスティナ」  軽口を咎めた文彦にクリスティナは吹き出した。 「その筆頭があなた、警視正ですよ、ジャック。マナースクールを出たてのお嬢さんみたい。財政の健全化をアピールするために部署の切り捨てを行うのが普通なのに新しくチームを立ち上げさせた。本部長をどうやって口説き落としたの?」 「きみは信じないだろうが、向こうから話があった。私も驚いている。本部長は現場の改革に熱意を持って取り組んでいるんだろう」 「熱意のお陰で予算が下りた。有効活用しないと」  文彦は顔を引き締めた。 「浮かれている場合じゃないぞ。これから、きみには負担をかけることになる。私は現場では、ほとんど動けない。走れないし、射撃も覚束ない」  右足の膝を文彦が叩く。あれ以来、まともに動かない足だ。 「射撃のスコアは基準をクリアしていたようだけど?」 「訓練場と現場は違う。即応できない」  あの時、夜の森の闇の中、懐中電灯の光だけが行く手を照らしていた。何かにぶつかり、懐中電灯を落とした瞬間、右手の動脈を切り裂かれる。痛みに耐え切れず、銃が手から滑り落ちた。正確で緻密なナイフの軌跡、相手はおそらく暗視ゴーグルを使用していたのだろう。流れる血を止めようと文彦は左手で手首を圧��した。馬乗りになってきた相手のナイフが腹に差し込まれる感触と、その後に襲ってきた苦痛を表す言葉を文彦は知らない。相手はナイフを刺したまま刃の方向を変え、文彦の腹を横に薙いだ。  当時、『切り裂き魔』と呼ばれていた殺人者は、わざわざ文彦を国道まで引きずる。彼の頬を叩いて正気づかせた後、スマートフォンを顔の脇に据えた。画面にメッセージがタイピングされている。 「きみは悪党ではない。間違えた」  俯せに倒れている文彦の頭を右手で押さえつけ、男はスマートフォンを懐に納める。その時、一瞬だけ男の指に光が見えたが、結婚指輪だとわかったのは、ずいぶん経ってからである。道路に文彦を放置して男は姿を消した。  どうして、あの場所は、あんなに暗かったのだろうか。  文彦は事ある毎に思い返した。彼の足に不具合が生じたのは、ひとえに己の過信の結果に他ならない。ジャックと文彦を最初に名付けた妻の気持ちを彼は無にした。世界で最も有名な殺人者の名で夫を呼ぶことで凶悪犯を追跡する文彦に自戒するよう警告したのである。  姪のヒナタに贈った詩集は自分自身への諌言でもあると文彦は思った。法の正義を掲げ、司法を体現してきた彼が復讐に手を染めることは許されない。犯罪者は正式な手続きを以って裁きの場に引きずり出されるべきだ。 「ジャック。あなたは事件を俯瞰して分析していればいい。身長六フィートの制服警官を顎で使う仕事は私がやる。ただひとつだけ言わせて。本部長にはフェンタニルの使用を黙っていたほうがいいと思う。たぶん良い顔はしない」  フェンタニルは、文彦が痛み止めに使用している薬用モルヒネである。 「お帰りなさい、ジャック」  クリスティナが背筋を正して敬礼する。文彦は答礼を返した。
INDEX PREV NEXT
1 note · View note
yuupsychedelic · 5 years
Text
詩集「十代プリズム」
Tumblr media
詩集「十代プリズム」 1.子供時代 2.夢想少女 3.家出少年 4.最終遊戯 5.満員電車 6.夢遊する泡沫 7.政治家たちのナイトクラブ 8.群衆の断末魔(Heart to Heart) 9.杭 10.大丈夫の呪文 11.嫌いな人との付き合い方 12.21XX -オーサカ狂想曲- 13.シースルー・エモーション 14.ラブ・カルチャー 15.二人は恋人同士 16.混沌と瞑想のポピュリズム 17.詩人の生息地 18.青春プリズム
______________________________________________________________________
1.「子供時代」
艶やかに燃える あの頃の思い出 大切なのは自分の意志だ 湧き上がる欲望だ
純粋だった頃の僕にはもう戻れない だけど今できるのは 夢へ走ることだけさ 後悔なんてしたくない だから頑張れる
嵐のように過ぎ去った青春の日々 もう遅すぎると懺悔を繰り返し いつしか僕たちは大人になってしまった 子供時代を思い出す度に涙が止まらなくなる それでも立ち止まってちゃ何も始まらない 君は君のままで走り出すしかない
艶やかに燃える あの頃の思い出 大切なのは自分の意志だ 燃え上がる欲望だ
僕たちは社会の歯車として生きている 今できる精一杯(ぜんりょく)を 愛する人のためにぶつけて せめて子供時代の自分を裏切らぬよう 理不尽に耐えて ただ生きている 希望がなくとも ただ生きている 愛する人の笑顔のために
愛がなくちゃ ただの歯車さ 愛があるから 生きている価値がある 価値なんて自分で創造するものだ 誰かに認められるものじゃないのさ 自分の道くらい自分で決めればいいさ 誰かが決める人生なんてつまらないじゃんか
そんな当たり前さえ僕らは忘れてしまった 大人になった僕たちはゾンビのように生きている まるで魂を抜き取られたかのように 無表情で社会(マクロ)の一匹として生きている 未来なんて 明日なんて 今日があればそれでいい 画面が友達さ 空想が友達さ 友達なんて何処にもいない 現代社会の縮図
艶やかに燃える あの頃の思い出 大切なのは自分の意志だ 燃え上がる欲望だ 僕が僕でいることだ
純粋だった頃の僕にはもう戻れない だけど今できるのは 夢へ走ることだけさ 後悔なんてしたくない だから頑張れる
涙なんて拭いて 悲しみも吹き飛ばせ 嵐のように変化する 現代(いま)をまっすぐに生きてゆけ 大人たちの声に耳を塞いでいいんだ 子供時代のように自分だけを信じて生きろ
生きているだけで価値なんて生まれない 価値は自分自身で創り出すものなのさ
これは自分という名の物語の始まりに過ぎない
2.「夢想少女」
何かにかぶれて 誰かに紛れて いつかに怯えて 目線を逸らして 時代に遅れて 泣き出して 夢の中でしか自分になれない少女たち
君はまるで操り人形 操られることでしか主張できない 心棄ててる
何かが駆け出し 誰かが叫んで いつかが始まり 目線は何処かへ 時代は変わった 涙も枯れた 夢と現実の狭間で絶叫する少女たち
お前はまるでピエロのよう いろんなカルチャー着せ替えて 自分で何にも出来ないくせに 生意気ばっか言ってんじゃねえ 大人の本音
何かを信じて 誰かに任せて いつかを願って 目線に入らず 時代に流され 絶望し 再び夢の中で妄想する少女たち
少女を彩るのは 安物のリップクリームと石油仕立てのコスチューム 夢想少女(きみ)は何処へいく??
3.「家出少年」
大人になりたくない 子供のままでもいたくない 大人と子供の境界線 あと少しだけ駄々を捏ねさせてよ
大人は理解ってくれない 子供の蒼い主張(ビート)を 大人と子供の境界線 あと少しだけ子供のままでいさせてよ
だから 僕は家出をしたのさ 片道切符と下着忍ばせ 君の元へ向かうぜ もう僕は自由なのさ!
大人は自分勝手さ 「子供の癖に生意気だ」って言う 大人と子供の上下関係(ヒエラルキー) あと少しだけ背伸びさせてよ
大人が何かを主張(ビート)する 子供はそれに追従(グルーヴ)する 大人と子供の上下関係(ヒエラルキー) あと少しだけ歯向かわせてよ
だから 僕は不良になったのさ 往復切符と教科書(テキスト)忍ばせ 君の元へ向かうぜ もう僕は自由なのさ!
何でもかんでも否定されてばかりじゃ 何にも言えなくなって 僕は僕を見失う そうなってしまう前に……
だから! 僕は独りになったのさ 両手に覚悟と夢を忍ばせ 君の元へ向かうぜ 君だけのために走るぜ
もう僕は自由なのさ! もう僕は自由なのさ!!
4.「最終遊戯」
独りを過剰に怖がり 誰かと群れることがすべてだと そう声高らかに宣言する君は 本当に人間かい?
「生きろ」 「死ぬな」 「生きてることに価値がある」
大人はいつも無責任 子供はいつも無計画
虚無に放り出された frustration 夢幻に放り込まれた satisfaction
僕らは今何処で何をしているのだろう? 何のために生きているのだろう?
僕らは今何処で何をしているのだろう? 何のために生きているのだろう?
「諦めるな」 「今を大切にしろ」 「夢を持て」
うるせえんだよ ふざけんなよ 消えちまえよ
声なき叫びがこだまして 君は君でいられなくなる
けたたましく響く vibration ぬくもり求める communication
君は今何処で何をしているのだろう? 何のために生きているのだろう?
嵐の中に放り出された 一欠片のmoral 刹那の中に放り込まれた 孤独のfunny girl
大人にすべてを依存して 行く先さえも決められない それが現代の私たち 私はただの子羊さ
5.「満員電車」
ちょっと、そこの君。 そんなに座ることに拘らなくたっていいじゃん 座って何が得になるの? 人生変わるの?? 少年のまっすぐな瞳が胸に突き刺さる
いつしか、僕らは純粋な心を忘れてしまった。 ずっとずっと少年のままでいようと約束したのに 今や永遠のスパイラルの中で生きている 孤独の中で生きている
たかが三十分、されど三十分。 イヤホンを付けた君は本当に大切なものに気付かずに 耳の中を流れる音楽にただ夢中で 運命の出逢いさえも流れていってしまうんじゃな���か そんな気すらもしてしまうよ
結局、 僕らは猿に逆戻りしているんじゃなかろうか 人間であることを放棄しているんじゃなかろうか 人が人である証拠は感情を言葉にできることだ しかし、 今の人はそれを極端に恐れている
もしも、満員電車の中で。 わたしがわたしであることに満足して あなたが他の誰かにもし入れ替わっていたとしても わたしはそれをあなたとして認識するのだろう
それが人間ってやつさ
少年はつぶらな瞳で真実を見つめている
6.「夢遊する泡沫」
今日も僕は宇宙旅行を続けている 希望と失望と絶望を携え 誰とも理解らない誰かのために闘っている 闘いは誰のためにあるものなのか 答えさえも理解せず あるはずのない永遠を信じて闘っている 僕らは何のために生きているのだろう そもそも 何故生きているのだろう 哲学的思索の果てに 夢幻世界で夢遊を続ける泡沫たち 朝から 真昼間から 夕方から その拠り所は知らないが とにかく 誰かのために闘っていることだけは確かだ 時代は変わり 運命も変わり続けてゆく そんな過去と未来のコンツェルトに翻弄され 僕らは夢遊する泡沫として生命を紡いでいる あゝ 何故生まれてきてしまったのか 何処かで大男が叫んでいる 恨めしい声で叫んでいる 最終電車が堂々と通り過ぎた頃 見えない誰かが線路上で踊っている 生きろ 生きろ 生きろ 誰かが呪文のように唱えている
7.「政治家たちのナイトクラブ」
君が誰かなんて関係ない ただ闇雲に踊り明かそう 片手にドンペリ 片手にシャンパン お酒の力でノーサイド
あんなこと言ってゴメンね 敵も味方もない夜だから 大人同士のカンバセーション 「好きだよ」弾む会話
今日の主役は私たち 国民なんてどーでもいい 明日も主役は私たち またあの場所でヨロシクね!
何を言ったかなんて関係ない ただ頓狂に語り明かそう 片手に印鑑 片手にFAX 時代なんて気にしない
こんなこと言ってゴメンね 愛も希望もない世界(くに)だから 子供のように笑わせて 「好きだよ」皮肉な言葉(こえ)
今日の主役は私たち 国民なんてどーでもいい 明日も主役は私たち またあの場所でヨロシクね! くれぐれもお手柔らかに!!
いつも主役は私たち 今が良ければそれでいい 明日も主役は私たち スーツは素性を隠す仮面
今日の主役は私たち 国民なんてどーでもいい 明日も主役は私たち またあの場所でヨロシクね! ここは政治家たちのナイトクラブ
8.「群衆の断末魔 -Heart to Heart-」
今日も群衆の真ん中で 悲しいニュースがスキップをしている 愛なんて、独りなんて、と喚きながら 傍観者たちはただ感情論に走っている 怒りをぶつけようにもぶつける場所がない だったら周りの誰かにぶつけてしまえばいいじゃない 自分じゃない自分がまるで悪魔のように囁く 解決策も見出せないのに 慈しむだけのあなたに何ができるのだろう? 心と心を付き合わせ 変えようのない昨日よりも どんな風にだって変えられる明日を変えることが どれだけ有意義なことなのか何故わからないのだろう?? 夢は夢の中で言えばいい 独り言は独り言のままでいい 屁理屈なんて言わないで 被害者を減らすたったひとつの方法は 加害者を生まないようにすればいいんだ そうすればもう誰も悲しまなくて済むんだ ゼロになるまで考えろ 誰かのために心と心を付き合わせ ゼロになるまで考えろ それがきっと僕らにできる唯一のこと 傍観者にできる唯一のこと 泣かなくてもいい 寄り添わなくてもいい そっと手を差し伸べてあげられる勇気があればそれで十分だ
9.「杭」
僕が生きている 世界は狭すぎて 大事なことさえ 何も見えないよ
群衆の中に潜む 静かな時代の風 求められるのは忠順さ 個性などは要らない 世界を知らない子供(ひと)に 大人(きみ)は正義ぶって 世の掟(きまり)を教えようなんて 口癖(ルーティン)のように言う
ぶち壊せ! 何もかも、変えてしまえ。 走り出せ! どんな声も、耳を塞げばいい。 大切なのはその意志さ 出過ぎた杭は打たれない
君が生きている 世界は広すぎて 嫉妬心すら 感じてしまうよ
ビル群の影に隠れて いつも君は泣いている 常識が口癖さ 大人はつまらないよ
外界(せかい)を知らない子供(ひと)に 大人(きみ)は大人ぶって 外界(せかい)はつまらないよなんて わかりきったように言う
ぶち壊せ! 何もかも、変えてしまえ。 走り出せ! どんな声も、耳を塞げばいい。 大切なのはその夢さ 出過ぎた杭は打たれない だから思いっきりはみ出そう
ぶち壊せ! 何もかも、変えてしまえ。 走り出せ! どんな声も、耳を塞げばいい。 大切なのはその意志さ 出過ぎた杭は打たれない だから思いっきりはみ出そう
10.「大丈夫の呪文」
気安く言わないでよ うるせえんだよ 何度も、何度もさあ、 私だって言うときゃ言うよ ロボットじゃないんだから 人間なんだから 画面の向こう側にいるからって なんでも言っていいと思ったら大間違い 私は私なの、わかる? ずっと泣いてるし、ずっと怒ってる、 やり場のない感情をどこにもぶつけられず 誰かの言葉に怯え 誰かの行動に身構え 後ろ指を指されないように透明人間を演じてるの 目立たないことが正義なんでしょ? 制服はきっちり着てほしいんでしょ?? わかるよ、黒髪のままでいてほしいって ほんとはそう思ってるよね 私だってあなたの言いたいことくらいわかる 全部お見通しよ、女の子を舐めないでよ ……ちょっとくらい好きにさせてくれたっていいじゃん
11.「嫌いな人との付き合い方」
現代は「キライ」と言いづらい世の中だ。 「キライ」という言葉はどうしても角が立つ。
でも、やっぱり「キライ」なものは「キライ」だ。 「キライ」なものを「スキ」って言うのは難しい。 そういうもんだ。
「だってさ、キライなんだぜ?」 「キライなのにスキっていうほど面白くないものはないよなあ」
ちょっと気取って言ってみる。
現代は「キライ」と言ってはいけない世の中だ。 「キライ」という言葉よりも「フツウ」という言葉の方が好まれる。
だが、「フツウ」はやっぱり「フツウ」だ。 「フツウ」という言葉ほど曖昧なものはない。 もっと言えば、馬鹿馬鹿しい。
「そのマヌケヅラを何とかしろよ?」 「君は二文字の言葉さえ躊躇するのかよ」
言葉にそう言われているような気さえしてくる。
ばーかばーか。
絶対現実では言えないけれど、 布団の中では声を大にして叫べそうだ。
夢の中で、僕は毒舌になる。 臆病者の独演会、今夜も始まる。
12.「21XX -オーサカ狂想曲-」
数十年前、関西弁は消滅した。
すべてはひとつの言葉に統一され、 見知らぬネオ��が街を支配し、 僕が僕を認識できなくなる。
お好み焼きも、たこ焼きも、どこへ行ってしまったのだろう。
日本食はとっくの昔に放棄され、 食糧不足のこの国に残されたのは、 ご飯のような無味無臭のなにか。
美味しくもなければ、不味くもない。
僕は何も感じない食事を済ませ、 ダイスほどの荷物を纏め、 メトロポリスを跡にした。
ここはいつから、こんな砂漠になってしまったのだろう。 最新式の方位磁石に目を凝らし、 まるで一ミリメートルの糸を手繰るかのように、 砂漠の都会(まち)を進んでゆく。
どんなに頑張っても、夢なんて掴めっこないんだ。
胸に刻まられた消えない証が、 僕の好きに生きたいという欲望を、 永遠に不可能のまま葬ってしまう。
逃げたい、逃げられない、逃げようもない。
好きな人も、守るべき家族も、 誰かによって紡がれた石碑も、 みんな何処かへ行ってしまった。
環状線跡のスラム街に足を踏み込む。
明朝八時、 僕の最後の冒険は高らかに幕を開ける。 生きるために、最後の闘いを始めよう。
13.「シースルー・エモーション」
これ着けてごらんよ。 今流行りの、何もかも御見通しってやつ。 ほら、タダであげるからさ。
「えっ、いいの?」
少年はぎょっとした瞳でこちらを見た。 何か続けなきゃなと思い、私は必死に言霊とやらを膨らませた。
みんな、近いうちに必ず着け始めるから。 これさえ持っていれば、君も流行を先取りできるよ。 遠慮なんていらない。 さあ、早く着けなよ。
「でも。知らない人にモノを貰っちゃいけないって言われてるんだ」
私はよく教育された少年だな、と思った。 だけど、これを売らないと私は殺されてしまう。 命が懸かっているんだ。
お願い、これを受け取って。 私からの一生のお願い。 幸せになれる。 ほら、開運のおまじないだと思ってさ。
「わかった。貰ってあげる」
『良い子だ』 ……思わずそう言いそうになった。 いけない。 少年の前ではこの言葉は禁句だ。 これを言った瞬間、あどけない表情は怪訝な瞳に変貌する。
私は未来人として、このメガネを売らなければならない。 たとえ、そのメガネが何の変哲もないタダのメガネだったとしても。 私は私の仕事をするだけさ。
14.「ラヴ・カルチャー」
恋そのものが軽くなっている、 と、誰かが言った。
いつでもどこでも出逢えて、 誰とでも恋ができる。
手紙を送り会わなくても、 文通を繰り返さなくても、 パッと手を伸ばせば、 君を抱きしめることだってできる。
それが、 現代のラブ・カルチャー。
大人たちに何かを言われる筋合いなんてないし、 私たちは私たちのコミュニティをつくっている。
それが自由の正しい使い方であって、 真のクリエイティビティと言えるだろう。
愛と、理想と、希望を掲げて。 僕らは夢を叫び続けている。
15.「二人は恋人同士」
今年の夏が待ち遠しいよ キミと一緒につくろう 最高の思い出を
夏のビーチに水着姿の彼女 いつもと違うメイクに とびきりの笑顔を
キミと過ごした夏 世界色にきらめいてる あの日の記憶(メモリー) ずっと続かないかな 二人だけの素晴らしき日々 いつか歳を重ね 思い出 色褪せたとしても 僕たちはずっと一緒だよ 青春は終わらせない
夏の訪れに張り切る海岸線 半袖のTシャツに とびきりの時めきを
キミと過ごした夏 貴女色に輝いている 最高の思い出を
どうか終わらないで 二人だけの素晴らしき時間(とき)
いつか歳を重ね 今日(いま)がセピア色になっても 僕たちはずっと一緒だよ 青春は終わらせない
いつか歳を重ね 思い出 色褪せたとしても 僕たちはずっと一緒だよ 青春は終わらせない キミと最高の思い出を……
16.「混沌と瞑想のポピュリズム」
貴方を惑わす置き手紙 もううんざりよ その微笑(えがお)には 心残りは結ばれなかったこと きっと貴方はそう呟くでしょう
混沌と瞑想のポピュリズム 貴方は夢を見ているの
混沌と瞑想のポピュリズム 愛を知らぬ貴方にお似合いね
混沌と瞑想のポピュリズム 独身貴族は愛を知らない
悩ましく囁く愛の言葉 もううんざりよ 嘘つきには 「貴女に出逢って良かった」なんて 紳士気取りはもう止めてよ
混沌と瞑想のポピュリズム 私も夢を見ていたのかもしれない
混沌と瞑想のポピュリズム 嵐の前の静けさよ
混沌と瞑想のポピュリズム 涙は愛の渇望(リクエスト)
見つめ合い抱きしめ合い接吻(くちづけ)交わせば 誰でも虜に出来るなんて 貴女の口癖 独身貴族の悪い癖
混沌と瞑想のポピュリズム 誰もが夢を見ているの
混沌と瞑想のポピュリズム ずぶ濡れになりながら君は泣いている
混沌と瞑想のポピュリズム
混沌と瞑想のポピュリズム
独身貴族は愛を知らない
17.「詩人の生息地」
何をしていても、何処にいても、何故だか落ち着かない。 そんな日々が続くと、人は不安になる。
得体の知れない何かに常に追いかけられているような、 哀しみとも言えない感情に支配されているような、 とにかく、ネガティヴな気分になってしまう。
好きな人なんて、もういらない。
そう高らかに宣言したはいいけれど、結局恋を求めるのが人の性分。 愛と、夢と、希望があって、やっと半人前。
独りでいるだけで、世間からは白い目で見られているように感じる。
本当は独りが好きなのに、本当は独りでいたいのに。 これが同調圧力ってもの。 カフェテリアに、今日も誰かのヴォイス・アンサンブルが聞こえる。 その隙間で、息苦しそうに言葉を紡ぐひと。 それが詩人という生き物だ。
18.「青春プリズム」
屈折する、 感情も、行動も、何もかも。
挫折する、 夢も、目標も、何もかも。
愛なき時代とは言わないけれど、 今の時代に希望なんてない。
何もせず、 何かを始めようとするわけでもない、 そんな奴に希望なんて叫んでほしくない。
僕らに芽生えた反抗心は、 ひとつの青春プリズムを産み落とすこととなった。
かつて、大人にその力で反抗しようとした学生たちのように。
表面的には沈静化したつもりでも、 学生たちにはずーっと芽生え続けている。
大人にもなれず、子供にもなれない。 ジレンマが僕たちを大人にする。
Tumblr media Tumblr media
あとがき「わたしの十代プリズム」
わたしたちは十代プリズムで屈折する。 内面的にも、外面的にも。 屈折しないと学べないことがいっぱいある。 ずっと楽しいまま生きられる人なんていない。 十代のわたしたちにとって、この世界は狭すぎるのだ。 なぜ、校則を守らなければならないのだろう。 どうして、就職活動の際にスーツを着なければならないのだろう。
わたしたちの素朴な疑問は、いつしか多忙に相殺されていく。 こうして、ティーンエイジャーたちは諦めるという言葉を知る。 要するに“挫折”を知ってしまうのだ。
挫折を知ってしまった人々は、もうまっすぐに生きてはいけない。 何をしようとも、屈折して生きるしかない。
わたしは四ヶ月後に十九歳になる。 あれだけ長いはずの十代が終わりを迎えようとしている。
「十代って、素晴らしいものだ」
十代になった頃、わたしはそう思っていた。 でも、それは半分正解で、半分間違っていた。
この詩集はわたしの十代の記録だ。 何処かがフィクションで、何処かがノンフィクション。
わたしは十代に入って、ようやく物心がついた。 誰かに指示されるのではなく、自分で考えることを学んだ。 多くの挫折を経験し、多くの絶望を味わった。 今も決して希望が見えているとは言えない。
だからこそ、書けた作品である。 逆説的に言えば、今しか書けない作品とも言えるだろう。
わたしにとって「創作」とは、ライフワークそのものだ。 恋人でも、親友でも、捉え方は好きにしてもらって構わない。
でも、ひとつだけはっきりしていることがある。
十代に創作という分野に出逢えて、本当に良かった。
たくさんの人に迷惑をかけ、多くの人を失望させてしまった。 過去はもう変わらないし、変えられない。 だけど、今から何かを変えることは可能だ。 物語という白紙のキャンバスに、無限の世界を描いていく。 その道筋の中で、誰かの人生を変えることだってできる。
あなたも何か描いてみたらいい。 みんなも、創作しよう。
いじめたり、いじめられたり、嫌なこともたくさんあった。 でも、いつもそばには創作がいた。 だから、今音楽大学で夢を追いかけられているし、ここで生きている。
最後に、あとひとつだけ。 不器用で、どうしようもなくって、文章も大して上手くはない。 話をすれば散らかり放題だし、ボソボソ喋るからみんなを困らせてばかり。 こんなわたしを支えてくれてありがとう。 ちょっとずつ直していこうと思っています。
これまで出逢ったすべての人々、これから出逢うすべての人々に感謝の意を込めて。
ありがとう。本当にありがとう。 これからもよろしくね。
詩集「十代プリズム」
Produced by YUU_PSYCHEDELIC Concept Created and Designed by UYUNOONUYU(ウユノユウ) Written by Yuu Sakaoka
Special Thanks to My Family,my friends and all my fans!!
YUU_PSYCHEDELIC
1 note · View note
abcboiler · 4 years
Text
【黒バス】TEN DANCER has NOTHING -1-
2014/10/13Pixiv投稿作再録
「私たち俳優は残酷な職業である。その仕事に一生を捧げた以上、残酷さもいよいよ鋭いものになる。 残酷さと生きること、それはまったく一つのものだ」 ジャン=ルイ・バロー
この熱を知らないで、どうやって生きていけるのだろう *** 観客のざわめきが、ブザーの音と共に引潮のように静まり返っていく。隣に座る家族や恋人と、小声で会話をしていただけの観客は、そこでようやくこの無数のざわめきがどれほど大きな存在だったのかに気がつくのだ。そうして、目の前にある舞台の発する、深い沈黙に身を任せる。静まり返った沈黙の底では、ホールの中をゆっくりと渦巻く、空気の音まで聞こえるようだ。 無意識の緊張は時間を引き伸ばす。たった数秒の間に、観客は形の無い期待を、人一人が抱え込むには大きすぎるほどに膨らませる。人の欲に際限が無いように、形の無い期待に上限は無い。その浅ましさを喜んでこそ一流のスターだと、かつて一世を風靡した役者は語った。 姿の無い期待を形にしろ。色も形も具体的なヴィジョンもない子供のように我侭な夢を、目の前で全て見せるのだ。 落とされた照明が作る暗闇の中で、オーケストラの指揮者が静かに腕を振り上げる。指揮者の燕尾服は、必ず暗闇の色をしている。ミッドナイトブルーと呼ばれるそれは、夜の礼服の中で最も格調高い。銀の指揮棒が、どこにも無い筈の光を反射して、一瞬ちかり、と光る。 そうして全てを断ち切るようにその光が振り下ろされる瞬間。臙脂色の緞帳が重く空気を震わせながら巻き上がり、ありったけの照明が舞台を照らす、その、瞬間。 その瞬間に瞳を閉じる。 世界が変わる瞬間に、ふっと取り残される感覚。緑間真太郎が舞台に立つ度に必ず行う、彼だけが知る、彼だけのジンクス。 瞳を開けた時には、世界はもう変わっている。色とりどりの眩しい光。大掛かりな舞台装置から飛び降りる人。鮮やかなドレス。一糸乱れぬ、コーラスライン。 * 「……ミュージカル?」 「ストレートプレイだけではいずれ限界が来ます。映像に行くというなら話は別ですけれど」 「断固断る。フィルムなんてものに魂を吸われるのは御免だ」 「緑間くんはいつもそう言いますね」 稽古場に着いた緑間に、支配人が渡したのはシンプルな楽譜サイズの手紙だった。並んだ文字はインクリボンの滲みもなく、文末にはサインと見慣れたホットスタンプ。見間違うこともない���正式な、次の舞台の契約書。記してある演目名に馴染みはなく、この劇場の新作であることは間違いがなかった。 緑間は劇場と契約を結ぶ訳でもなく、更に言えばどの劇団にも流派にも所属をしない、完璧に独立した珍しいタイプの役者である。何処にも所属しないということは、いつ仕事が無くなってもおかしくないということだ。自由の代償は責任ではなく飢え死にである。自由に好きなことを出来るのは、選ばれたひと握りの人間だけだ。緑間も、そんな人間の一人であった。 それでも長年この仕事を続けていれば、馴染みの劇場も、監督も出来てくる。自由であることは、人間関係からの開放を意味はしない。ここの支配人もその一人で、緑間が名前の売れる前、初めて名前の付いた役を与えられたのはここの舞台だった。パンフレットに自分の名前が書かれたのも、ここが初めてである。となれば自然、縁起を担ぐ緑間にとっては重要な場所になる。名優として引く手あまたとなった今でも、この劇場での誘いを断ることはあまりなかった。 「黒子、俺は舞台を極める前に他の地へ行くつもりはないのだよ」 「だとすると、やはりミュージカルを捨てる訳にはいきません。君の信念を否定するつもりはあり��せんが、時代は間違いなくショービジネスに流れています」 「判っているし、悪いことでもない」 「緑間くんは運動神経も良いし音楽素養もある。ある程度ならすぐに」 「ある程度?」 緑間は、この支配人からの誘いを断ることは、あまりない。あまりない、という言葉は、すなわち『それなりにある』という言葉の裏返しだ。そのことを、この劇場の支配人、黒子テツヤはよく知っていた。よく知っていたから、自分が言葉を間違えたことに気がついた。無表情の下で、誰にも判らない諦めを彼は浮かべる。これは駄目だ、引き受けはしないだろう。頭の中で、この役を引き受けてくれるであろう他の人物を探し始める。何事も見切りと諦めが肝心だということを彼はよく知っていた。 「ある程度、で妥協するつもりはない」 断るのだよ、と突き返された新しい舞台への招待状を、黒子は動揺することなく受け取った。そもそもが駄目元というのもおかしな話だが、適任は他にもいる。黒子がいの一番に緑間に声をかけたのは、実力は勿論だが、頑なにストレートプレイ以外を演じようとしない緑間を、他の舞台へと誘うためだったのだから。 時代は流れている。確実に、着実に、恐ろしい程のスピードで。 映像演劇が世界に広まってから、舞台へと足を運ぶ人間は目に見えて減った。更に言えば最近の世間のお気に入りは、歌と踊りが咲き乱れる華やかなミュージカルだ。派手であればあるほど、華美であればあるほど好まれる。 悪いことではない、と緑間は言った。その通りだと黒子も思う。悪いことではない、むしろ喜ばしいほどだ。華やかな舞台は必要となる人員も多く、ただでさえ狭い役者の枠を少しでも広げてくれる。キャッチーさはそのまま知名度へと繋がり、次の舞台へも繋がりやすい。 それを理解しながらも、頑なにそれを拒絶する緑間を黒子は歯がゆく思う。黒子の元へ届く脚本も、殆どはもうミュージカルだ。このまま、時代の流れと共に消えるには、緑間真太郎という才能はとても惜しいものだった。それは、黒子には、どうしても許せないことだったのだ。 一週間後に黒子が持ってきたのは新作には違いないもののストレートプレイの脚本で、緑間はそれを承諾した。夢を追い求める老若男女の群像劇。黒子がわざとその脚本を緑間に寄越したことは間違いがなかった。何せ、最来月から上演予定のハムレットは緑間の好む古典舞台で、緑間にその声はかからなかったのだから。そうして渡された脚本の中、役の中にダンサーがあることに緑間は気がついたが、それは断る理由にはならなかった。 * 顔合わせの日に集まったメンバーの殆どは緑間の知る人物だった。ストレートに特化した人間は少ないが、そうでなければ緑間とバランスが取れない。必然、メンバーは限られてくる。香盤表を眺めた時、知らない名前はひとつしか無く、見知らぬ顔も一人きりとなれば、それが今回の『ダンサー』であることは容易に推測できた。 「……緑間真太郎だ。よろしく」 自ら挨拶に行くのは緑間のやり方だった。自分の無愛想を理解しているからこそ、始めの挨拶を自ら行うだけでその後がずっとスムーズになることを彼は知っていた。端役だろうが主役だろうが、年次が上だろうが下だろうが、必ず緑間は自分から挨拶に行く。その反応を見れば、それなりに相手の人となりも判るから、というのも理由の一つだった。 大抵の人間は、笑顔で挨拶を返すか、緊張した面持ちで背筋を伸ばす。稀に、あからさまな敵意をぶつけてくる相手もいるが、腐っても役者だ、取り繕うのはうまい。緑間の想定はせいぜいその程度だった。 「……すげえ、10点」 だから、自分の顔を見られた瞬間に、ぽかんと呆けられるというのは、彼にとって全くの、想像の範疇外だったのだ。 緑間が差し出した手は握り返されることなく行き場を失っている。緑間自身ですら手を差し出したことを忘れて固まった。奇妙な空白が二人を取り巻いて、先に我に返ったのは相手の男だった。差し出されっぱなしの手に気がついたのか、慌てて握り返した手は握手にしては力が強すぎた。節くれだっている指は肉刺でぼこぼこと掠れた感触がする。体温が高い男だ、と緑間は思った。それもまた、後から思えは酷く間の抜けた感想だった。しかし確かに緑間は動揺していたのだ。目の前の男の、鋭い目つきの奥に揺らめく執念じみた炎に。 「なあ、なあ、緑間サン、緑間サン、今日この後予定とかあったりすんのかな」 「……なんだと?」 「あー、ああ、この仕事引き受けて良かった。マジで。俺無神論じゃだけどこれは本当に、神様に感謝って感じだ」 「何の話をしている」 「感動してんだよ。色んな奴と仕事してきたけど、はじめて見た。10点」 「だから、その点数は何の話だ」 「顔の話」 体温の高い男だ、と緑間は思った。何せ握られた左手が燃えるように熱い。いいや、それほどまでに強い力で握られているということなのだろう。緑間の顔を見た瞬間から、その瞳はグサリと音を立てて突き刺さりそうな程に鋭く、離れない。初対面からして、失礼な男だった。人の挨拶を無視して顔を凝視し、あまつさえ点数さえ付ける。誰に聞いても失礼な男だと答えるだろう。ただ何故かこの時の緑間はその考えに至らなかった。ただ、熱い、とそれだけを思った。 「俺は高尾和成、お会い出来て本当に嬉しいぜ」 * 一種異様な出会い方となった二人だったが、その直後に入ってきた監督によってその空気は壊された。失礼な態度を取られたとようやく気がついた緑間も、今更怒りを露わにするには遅すぎた。そうして高尾と名乗る男の方も、先程までの鋭さをどこへ消したのか、笑顔で他の役者との会話を楽しんでいる。漏れる笑い声は高らかで、随分と軽薄な男だと緑間は認識を新たにした。何せあちらと話していたかと思えば次はそちら、かと思えば大ベテランの老優とまで会話をしている。 「あれ、帰んの緑間サン?」 「……だったらどうした」 「や、さっき聞いたじゃん、予定ありますかって」 「何故お前にそんなことをいちいち言わなくてはならないのだよ」 「夕飯ご一緒しませんかって誘いたいから」 「断る」 「てことは暇なのね」 緑間が顔をしかめている間に、高尾は魔法のように会話を切り上げ、素早く荷物をまとめ、他の役者への挨拶を終えて緑間の横に並んだ。そのあまりの手際の良さに反論する気も無くして緑間は溜息をつく。予定が無いのも確かならば、自炊が出来ない緑間はどうせどこかで夕飯を食べなくてはいけないのも確かだった。どうせこれから二ヶ月間は、嫌でもほぼ毎日顔を合わせる相手である。瞬間の面倒くささと長期的な面倒くささを天秤にかけて、緑間は渋々頷いた。艶やかな黒髪が機嫌良さそうに揺れているのを見て、「お前の奢りだぞ」と告げれば途端に慌て出す。くるくると大げさなほどによく変わる表情は、酒の肴にはうるさすぎる。 「店は俺が決めていい?」 「構わんが、何故」 「いや、緑間サンに連れてかれたら高級レストランとかになりそ」 「そんなことも無いが」 「少なくとも俺が奢れなさそうだわ」 「なんだ、気にしたのか」 「え? 冗談だったの?」 「いいや、全く」 何ソレ、と笑う高尾と並んで、裏口から外に出る。劇場の裏は細い路地裏で、巨大なダストボックスが無造作に並んでいる。劇場の裏は、まるでそうでなくてはいけないと決まりきっているかのように、必ず薄汚れて寂しい小道だ。様々な劇場を渡ってきた緑間だが、それだけはどの舞台でも共通していた。どれだけ華やかに入口が飾られていても、どれだけ美しい照明に照らされていても、その裏側は必ず少し腐ったような匂いがする。 それは緑間にとって当たり前のことで、恐らく高尾にとってもそうだったのだろう。ちょっと寒いな、と身を縮めて笑う姿は、暗い煉瓦道によく映えた。 「安くても美味いとこ知ってるから、今日はそこで良いっしょ?」 「美味くなかったら帰るからな」 「だいじょーぶ、残されても俺が食べるから」 「おい、俺が帰ることを前提にするな」 「冗談だって」 * 連れて行かれたのは劇場からほど近い、けれど少し入り組んだ路地に面したバールだった。確かに緑間一人で入ろうとは思わない類の店だったが、立ち食いのカウンター席はそれなりに賑わっており、漂う油と香辛料の匂いも胃を刺激こそすれど不快ではない。マスターに挨拶をする高尾は慣れた調子で奥の方、狭い座席へと向かう。オークで出来た木の机は長年磨かれたために歪んで光っていた。 「何か食べたい物ある?」 「特には」 「あー、じゃあピンチョスとサルモレッホ、アヒージョは……マッシュルーム平気?」 「問題ない」 「じゃ、それにしよ。メインはアロスアバンダでいいかな」 飲み物はワイン?と尋ねられて緑間は首を横に振る。翌日に仕事がある状態で酒を入れる趣味は無かった。そもそも、酔うこと自体に興味が無い、どちらかといえば嫌悪感を抱くタイプですらある。数度瞬きした高尾は、そっか、と頷いた後にペリエを二つ注文した。付き合う必要は無いという意味で緑間は顔をしかめたが、高尾はへらりと笑い返すだけだった。程なくして運ばれてきた瓶の炭酸水は何の味もない。それを楽しそうにグラスに注ぎなおすと、乾杯、と高尾は掲げた。 「ど? うまいっしょ?」 「悪くはない」 「段々緑間サンのこと判ってきたわ、それ褒め言葉ね」 「会って初日で判るも何も無いだろう」 ピンチョスに刺さった串を抜きながら、自分で自分の発言に我に返ったのか緑間はじとりと目の前の男を睨みつけた。楽しそうに目を細めて食事をする男はわざとらしく首をかしげる。 「お前、初日から馴れ馴れしすぎやしないか」 「え、今更?」 「歳はいくつなんだ」 緑間のその発言は間違いなく相手が歳下だろうと思ってのそれだったが、高尾の口から飛び出た数字は紛れもなく緑間と同じだった。そもそも緑間は年齢で人の実力を判断することに対して馬鹿馬鹿しいと感じているし、年次だけを嵩に威張り倒す者をうんざりと思う人間である。しかし少なくとも礼儀を促そうと思っての質問が予想もしない返答を受けて彼は驚いた。まさか同い年とは思ってもいなかったのだ。 「や、それに関しちゃ緑間サンが老けてるんじゃねえの」 「黙れ」 「ちなみに芸歴っつーのかな、それもほぼ一緒だと思うぜ。役者とダンサーだからそんな比べられるようなモンでもないと思うけど」 「お前、やっぱり、役者ではないのか」 「ダンサーだね」 判りきっていたことではあったが、かと言って断言することも出来なかった。台本に高尾の演じるダンサーの台詞はほぼ無く、ほとんどがダンスシーンで占められている。けれど、あくまでもこれは『役』なのだ。役を演じるからには、普通役者が配置されるのが常である。ダンサーはダンサー、役者は役者。その線引きは思いのほか深い。 「ストレートで俺の知らない役者はほぼいないから、まあ、そうだろうとは思ったが」 「うーん、ダンサーの方じゃ結構名前知られてんだけどね、俺も」 「ダンスは全くわからん」 「だろうよ」 緑間の言葉に傷ついた様子もなく高尾は運ばれてきたサルモレッホを掬う。トマトとニンニク、フランスパン、それにオリーブオイルを全て一緒くたにミキサーにかけて作られる冷静スープは豪快でシンプルだ。付け合せの生ハムも一緒にスプーンに乗せて高尾は行儀悪く笑った。お前が知らないことくらい俺はとっくに知ってたよ。そんな底意地の悪いにやつきに緑間は自分でも判らない苛立ちを覚える。 「何が専門なんだ?」 「へ?」 それが緑間に、普段はしないような質問をさせたのかもしれなかった。彼は基本的に他人に一切の興味が無い男である。排他的で、独尊的だ。他人に干渉をしないし干渉されることを厭う。接触したくないしされたくない。もしもここに黒子がいたら、「君が他人に興味を持つなんて、今日は照明が落下するかもしれませんね」と笑っただろう。そう揶揄されるほど、緑間は自ら他人に働きかけることをしない男だった。余程気に入った相手でもない限り。 「ダンスといっても種類があるのだろう。バレエだとか、舞踊だとか、俺はよく判らんが」 「専門って言われてもなあ。色々だよ。色々」 「そんな姿勢で人事を尽くせるのか?」 届いたアヒージョは鉄板の上でまだ存分に油を跳ねさせていた。食べれば?とでも言うようにフォークでそれを指す高尾を無視して緑間は言葉を続ける。 「一つの物を極めるためには、他の物を捨てねばならないだろう。極めるというのは、そういうことだ。全てをそれに捧げるということだ。あれもこれもと手を出して目的を達成できないのでは本末転倒にも程があるのだよ」 「……だからお前はストレートプレイにしか出ない訳?」 「自分の糧になると思えば他のこともする。水泳の選手だって体力をつけるためにランニングをするだろう。だがそれでマラソン選手になろうとは思わないはずだ」 「なるほど?」 「お前もその道でそれなりに知られていると自ら言うのならば、専門としている物があるのだと思ったのだが、違ったか」 「うーん、そーねぇ」 目を閉じ、眉をしかめて唸る高尾の顔に潜む感情を緑間は読み取れなかった。困惑にも見えたし、悲しみにも見えたし、怒りにも見えた。ただその全てを、まるで無かったかのように消化して、高尾が最後に口元に浮かべたのは軽薄な微笑みだった。 「ま、色々、かな」 「……適当な男だな」 あまりにも軽く返された答えに毒気を抜かれて、緑間は少し冷めかけたアヒージョにフォークを刺す。彼からしてみればかなり真剣に話をしていたのだが、どうも躱された感が否めない。緑間への返答に迷った高尾の中には、確かに何らかの信念があった。信念という言葉でおかしければ、反発と言い換えてもいい。あの時、高尾は緑間の言葉に対して反発していた。緑間の何かが、高尾の琴線に触れた。そうしてそれを飲み込んだのだ。何故飲み込んだのかは、彼には全く判らない。 もしも高尾の目を見れていたら、と緑間は思う。高尾和成という男はどうやらかなり感情をコントロールして、口八丁でその場その場を流す術に長けているようだが、その分その目は一切の誤魔化しが無い。その目の前ではこちらが誤魔化せないのと同様に、高尾の感情も全て現れる。それほどまでに鋭利で一直線に鋭い目。 「安心してよ。引き受けたからには手抜きするつもりもないし」 「当たり前だ」 「だから色々教えてね、しーんちゃん」 「は?」 一体全体この高尾という男は何を考えているのだろう。そう訝しむ緑間のその疑念は、聞きなれない愛称に全て吹き飛んだ。この店に、他に高尾の知り合いがいるのかと一瞬現実逃避をするも、高尾の視界に映っているのは緑間ただ一人である。鋭い視線はにやにやと楽しそうに弧を描いて、自分の発言が緑間にもたらした効果を楽しんでいるようだった。ざわざわと、周囲の酔っぱらいたちの喧騒が急に緑間の耳につく。注文を取る声と、大声で酒をねだる客と、陽気なマンドリンのレコード。目の前の男の楽しそうな声。 「ほら、俺、役者としては新米みたいなモンだし?真ちゃんに色々教えてもらいたいなーって」 「教えることなど何もない。それよりもその変な呼び名はなんだ」 「同い年だし」 「何歳だろうが呼ばれるのは御免だ!」 「いいじゃんいいじゃん。これもご縁だって、仲良くしようぜ」 ふざけるな、と机を叩こうとした瞬間に、運ばれてきたアロスアバンダの大皿が机を揺らした。二人前とは思えないライスの量に緑間は怯む。そもそもが食の細い彼は、その恵まれた体格とは裏腹にあまり食事をしない。鼻歌を歌いながら均等に二等分しようとする高尾に、三分の一でいい、と告げた緑間の頭は様々な混乱でずきずきと傷んでいた。酒は一口も飲んでいないはずなのに。 * 結局三分の一も食べきることが出来なかった緑間は、「真ちゃん全然食わねえのな!」「真ちゃんそんな食べないで大丈夫?」「真ちゃんよくそんなんでその身長まで伸びたよな、羨ましい」「真ちゃんでも身長の割に薄くねえ?体が資本だろ?」と高尾に延々と話しかけられた。最初はその一つに一つに「そのふざけた呼び名をやめろ」と返していた彼も、途中で遂に折れる位には、高尾の真ちゃん攻撃は凄まじかったのだ。 それぞれのアパルトマンへ帰る二人の足取りは、満たされた胃袋のせいかゆっくりと靴音を立てる。 「あー、本当に、引き受けて良かった、マジで」 しみじみと高尾が告げたのは、帰り道も半ばを過ぎた頃だった。 「オーディションではなく、オファーできたのか」 「言ったっしょ?ダンサーとしてはそれなりに名前通ってんだよ。まあ、俺は役者じゃなくてダンサーだから、『ダンサー役』は引き受けねえんだけどな。基本的には」 表現するものが全然ちげえんだよなあ。そう笑う高尾は根っからのダンサーなのだろう。そうしてその高尾の意見は緑間と同じだ。役者には役者の、ダンサーにはダンサーの領分がある。それぞれの、専門がある。一流と呼ばれる人間は、なおさら。 「ならば、何故引き受けたのだよ」 「ん? そりゃ、お前がいたから」 「……初対面の筈だが」 「そーね。しかも全然映像に出ようとしないし。マジで舞台以外の仕事一切引き受けないってどんだけ我が儘よ。びっくりだわ。取材とかもほぼ断ってるっしょ」 何故そこまで知っている、と尋ねようとして、緑間は思い出した。緑間が何を話すでもなく、高尾は知っていたのだ。緑間がストレートプレイしか出ようとしないことを。 「いやあ、ポスターで見たっきり、どんだけ頑張ってもチケットは取れない、取れてもようやくスタンディングで、真ちゃんの顔見れなくてもー欲求不満だったわ」 「何故お前にそんなことを言われなくてはいけない」 「10点かどうかは、やっぱ直接見なきゃわかんねえから」 緑間は思い出した。ようやく、ことここに至り、帰り道も今や別れの小路にまできて、ようやく。緑間が出会い頭に高尾に告げられた「10点」の言葉、そもそもはそれが始まりだったのだということ。思い出すにはあまりにも遅すぎたが、緑間は元来他人に興味が無い人間だ。そしてそれ以上に、自分がどう思われるのかに興味が無い人間だった。それでも、にこやかに告げられた次の言葉に彼は言葉を失った。 「俺の顔が10点とはどういう意味だ」 「ん? そのまんま」 「何がそのままなのだよ」 「顔の点数」 「10点満点、俺の人生で最高点だよ、真ちゃん」
0 notes
guragura000 · 4 years
Text
世界にごめんなさい
あたし達は駅前の安っぽいチェーン店で、ハンバーガーを食べていた。この店は繁華街と通りを一本隔てた場所に建っている。横断歩道を渡れば、そこは猥雑な世界だ。ハイヒールのお姉さんが生足をブリブリ出して闊歩している。男どもが万札ばりばり言わして女を買いにきてる。まるで薄汚い森のようだ。あたし達はそんな大人の事情なんて知りませんよという顔をして、だらだら話をしていたんだ。制服から誇らしげに生やした太腿を、忙しなく組み替えながら。学校をさぼったわけではない。今はれっきとした放課後。ヤンチャが格好いいなんて価値観、もうダサいんだ。
「彼氏とのセックスが良くないんだよねえ」
とアコは言った。あたしは、
「当たり前じゃん」
と相槌をうつ。
「世の中、そういうもんなのだ」と、あたし。
「それでいいのだ」と、アコ。
「西から昇ったお日様が」
「違くて。そういうもんってどういうもんよ。ミイはすぐ煙に巻くような言い方するんだから」
「そういうもんなんだよ。愛に運命があるのと同じように、セックスにも運命があると思うのよね。あたしは二つ同時に当たりを引くなんてこと、まずないと思ってるの」
アコは「あ、そうなの」なんて、分かったような分かっていないような返事をする。仕方がない。アコは彼氏とのセックスの記憶をなぞるので忙しいのだ。あたしはアコに聞く。
「ていうかあんた、彼氏いたっけ?」
「向こうがそう言い張るからもしかして彼氏なのかなって」
「じゃあんたは心の底では、その人のことを彼氏だと思ってないんだ」
「めんどくさー。別にどうでもいいじゃん。彼氏なんてさ、セックスした相手に貼るレッテルよ」
そうね。ほんとそうだわ。あたし達はこの話題をゴミ箱に捨てた。
アコはチープな紙コップからコカコーラを啜っている。席を陣取るために飲み物頼んだのに、それじゃあすぐになくなっちゃうよ。それに見てみろ、このどす黒さ。見るからに不健康な色をしている。あたしは得体の知れない飲み物を美味しそうに啜ってるアコが信じられない。あたしはストローでオレンジジュースを掻き回しながら言う。
「そうして世の中回ってるのね。くるくるくるくる」
「だーかーら、それが分かんないの。全然納得いかないよ」
アコはぶりっと頬を膨らませる。可愛くねえ。
「あーあ、セックスがスーパーマン並に上手い男捕まえて、朝から晩までイかされたい。どっかにいると思うんだよね、そういうバカ野郎が」
「いねーよ」
あたし達はげらげら笑った。
アコは氷が溶けて地獄の釜のようになった紙コップをぐしゃっと握り潰した。あたし達はとっくに冷めてるテリヤキバーガーにかぶりつく。お腹は空いてないんだけど、それとこれとは関係がないんだ。あたし達は性欲のまま行きずりのサラリーマンとセックスするように、物を食べまくる。あたし達は満足するまで食べたいんだ。色んなものを。与えられるものがあったら、全部ぺろっとたいらげたいんだ。
「誰か与えてくれないかな。何かを」
あたしが呟くと、アコが神妙にうなずいた。おっかしいの。バンズの端っこから茶色い汁がこぼれ落ちる。アコはそれを人差し指ですくい上げ、べろっと舐める。
「アコ、あんたその仕草似合ってるよ」
「うそ。あたしエロい?」
「はは。それ、男の前で言えよ」
「そうねえ。確かに」
あたし達はしょっぱい唇をぺろぺろ舐めながら、チェーン店を後にした。
俗っぽい店に行った後は、こんな風景が頭に浮かぶ。ソースまみれの包み紙が、店員の手で無様に捨てられるの。あたしはその光景を思い浮かべると、少し興奮するんだ。それがあたしだったらいい。見知らぬ男のたくましい手で、骨まで丸めこまれて血みどろのまま捨てられたい。
「ねえねえ、あたしちょっとセックスしてくから、ミイ先に帰ってて」
目を離した隙に、アコは見知らぬサラリーマンと腕を組んでわくわくしている。いつもこんな調子だ。あたしは舌を出して言う。
「ば���か。殺されても知らないからな。えんじょこーさい、不倫、殺人事件だ、アホ」
「うわっ。ださー。九十年代的な退廃の香りがぷんぷんするよ」
「バブル崩壊の年ですからね、荒みもします。エヴァンゲリオン然り」
サラリーマンが口を挟む。うるせーお前は黙って七三になっていればいいんだよ。あたしはアコに囁く。
「その男、鞄に包丁忍ばせてるかもよ」
「な、何を言ってるんだ君は。ぼくは根っから真面目で爽やか彼女と妻を大事にする健全にスケベの……」
と、リーマン。うるせーっての。
「ホテル入った途端、後ろからぶすっ。あんたの動脈から血が噴き出るよ。ダブルベッドが血染め。大きな青いゴミ箱、満タンになっちゃうくらいの血液」
「うわあ、そしたらアコ、蝋人形みたいに青白くなっちゃうね。王子様のキスを待つ眠り姫みたい。最高にきれいじゃん。名前が可愛いからラプンツェルでもいいけどぉ」
「こいつはアコがあんまり美しいから、内臓ずるずる啜って、お尻の肉を持ち帰ってホルマリン漬けにして、毎日眺めながらオナニーしちゃうんだから」
「うひひ。何それ。あたしサイコホラー映画のヒロインになれるの? うれしー。ね、こいつのあだ名エド・ゲインにしようよ。3Pしながら羊たちの沈黙見よう?」
アコが背広に皺が寄るほど男の腕を抱きしめるから、サラリーマンはぎょっとして脂汗をかく。あたしはごめん、のポーズをする。
「遠慮しとく。想像したらお腹がもたれてきた」
「あそ。じゃね、ミイ。今日も黙って死ねよ」
「うん、アコも耳噛まれて死ねよ」
眠りって死と似てない? つまり、死ねはおやすみの挨拶。あたし達は毎日こうしてさよならするんだよ。年に何度も生命の終わりがくるのって、いいじゃん。
 あたし達は壊れた人形みたいにぶらぶらと手を振りあった。男のよれよれした革靴と、アコの見せかけの純潔じみたピカピカのローファーが立ち去るのを見送りながら、あたしはコインパーキングにだらしなく生えてる雑草になりたいと思った。あーあ、めんどくさ。
 兄ちゃんの部屋は男臭い。机にもベッドにも、わけ分からんものが山積み。兄ちゃん、教科書はどこにあんの? 辞書は? 鉛筆は? この人ちゃんと勉強してんのかなあ。山の中から煙草をパクってふかしていたら、兄ちゃんに後ろから蹴り飛ばされた。あたしは盛大にテーブルの角に頭をぶつける。
「いてーっ。死ねっ」
「オマエは二の句に死ね、だ。芸なし。つまんねー女」
「そりゃあんたの前ではつまんねー女だよ。面白さはとっておくんだ」
「知らん男のために? オマエの面白さって使い捨てなんだな」
「そりゃそうよ。言葉や価値観なんてツギハギで使い捨てなのよ。哲学者も心理学者もいっぱいいるんだから、どんな精神論だって替えがきくわよ。少し本読みゃね」
「まー確かに」
兄ちゃん拳骨であたしの後頭部を叩く。あたしはいてっと叫びながら、もっとしてと思う。あたしってヘンタイだ。
あたしってヘンタイだ。兄ちゃんに服を脱がされている。これからセックスするんだ。こういうのって気持ちいいんだよなあ。背徳的ってやつ? 法律なんてどうでもいい。こんなの当たり前だから。近親相姦なんて虐待や売春と同じで、常識という絨毯をめくれば白アリみたいにありふれてんだ。
「ねえ兄ちゃん」
「うるせー集中できないだろ」
頬を叩かれる。わーい、もっとして。
あたしの脱ぎ散らかしたスカートと兄ちゃんの学ランが、床の上で絡まりあっている。靴下の跡がかゆい。兄ちゃんの背中に腕を回す。熱くて湿ってる。何で兄ちゃんの背中はいつも湿っているんだろう? 一つ屋根の下に住んでいるのに、兄ちゃんって分かんないんだ。
兄ちゃんは眉間に皺を寄せてあたしを睨みながら交わる。だからあたしはいつも、兄ちゃんが気持ちいいのかそうでないのか分からなくなる。それでなくてもあたしは時々、観察されている気分になるんだよ。色んな人から標本みたいにね。
あたしは揺すぶられながら兄ちゃんを罵る。
「くず。くず。ばかばかばか。何十人もの彼女がいるのに妹と浮気する男のくず! バカ野郎、嬉しそうに腰ふってんじゃねーよ」
「そういうバカに抱かれて嬉しそうにしてるオマエは何なんだよ。ハツカネズミか。年中発情期か」
まあ性欲強いのは確かなことよ。真昼間の光の中で、あたしの体はよく見えているだろうか。あたしの肋や乳首やお尻のラインが、兄ちゃんの網膜に突き刺さって一生消えなくなればいい。兄ちゃんは制服のネクタイをあたしの首に巻きつけて、顔が鬱血するまでぎりぎり絞めあげる。
「兄ちゃん、こんなので興奮すんの? ヘンタイだね」
「悦んでるのはオマエじゃん」
「分かってらっしゃる」
「死ね、死ね、死ね。黙って死ね、このバカ女」
思いっきり絞め上げるから、あたしはげえげえ喘ぐ。色気も何もあったもんじゃない。けれども兄ちゃんだらだら汗かいてるし、まあいいか。
兄ちゃん、このまま殺してよ。あたしは誰からでもいい、愛されたまま死にたいんだ。目を瞑ってるうちにさ。抱きしめてもらってるうちにさ。あたしは人込みにいても、ぎゅうぎゅうの満員電車に乗っていても、体を冷たい風がひゅうひゅう通り抜けていくみたいなんだ。あたしの周りには常に小さな隙き間があって、それが疾風を呼び寄せる。
あたしは兄ちゃんの耳に頬を寄せて呟く。
「兄ちゃんも寂しい?」
「だからしたくねえやつとセックスしてんだよ」
ああ、兄ちゃん大好き。兄ちゃんの寂しさに包丁を突き立てて抉ってあげたい。兄ちゃんとあたしはキスして殴り合ってぶつかり合って静かにイきました。笑えます。
した後の朝日はだるい、ってどっかの歌人が詠んでたよ。あたしはセックスした後に朝日なんて見たことないな。だってするのってだいたい誰かのアパートかラブホテルか兄ちゃんの部屋だからさあ。アパートかホテルだったとしたら、さっさと家に帰ってだらだらして寝ちゃうからさあ。兄ちゃんと致す時は大抵お昼だしね。した後にピロートーク、そんな愛が詰まったお泊まりはしたことないんだ。
「愛なんていらねーよ」
ガン、また兄ちゃんからぶたれる。あたしは悦んでにこにこ笑いながら、心底、
「いらねーね」
と言う。あたしと兄ちゃんはこういうところで血が繋がっているんだなあ。神様いらんことしい。
兄ちゃんは毛布に包まって、まるで芋虫みたい。あたしはぐったりソファーに落ち着いている。お昼からどろどろに絡まり合うのって、気持ちのいいものなのよ。
明るい光に照らされて、身体中顕になるとあたしは、もう誤魔化しがきかないと思っちゃうんだ。あたしは紙の上のテリヤキバーガーで、色んなところから汁垂れ流しながら誰かに食べられる。兄ちゃんはあたしの肩を齧って歯型をつけるけれど、あたしは、そうされていると訳が分からなくなるんだ。あたしの腹に収納された小腸がもぞもぞもぞもぞ蠢き出すからさあ。
あたしは己の心の構造を突っつき回す度、いても立ってもいられなくなるんだ。あたしの心臓には歯がついていて、触れる人あらば噛みつこうとする。いつだってかっちかっちと牙が鳴る音が、胸のあたりから聞こえてくる。兄ちゃんもあたしの胸に頭を乗せて聞いてみてよ。
兄ちゃんはあたしが腕を突っついても振り向いてくれない。分かっている。つれない男だ。あたしはセックスした相手が思い通りにならないことにイライラして、こいつの気を引くのを諦める。
そうこうしてるうちに凶暴な心臓はどんどん歯を鳴らし始め、犬歯が刃になって、舌が三十センチも伸びた。あたしの心臓は下品な獣のように、舌をべろべろ出しながら涎を垂れ流している。全身がわなわな震えだす。あたしはたまらず兄ちゃんの腕にしがみつく。
寂しい。寂しい。兄ちゃん。寂しいよ。
こういう時だけ兄ちゃんは優しくて頭を撫でてくれるけれど、しばらくすると煙草吸いにどっか行く。突然放り出されたあたしの両腕、ドチンと地面に落ちる。
 あたしは汗も流さずに外に出た。セックスしてる間にアコから連絡が来てた。やり終わったから踊ろうって。アマチュアかプロか分からない人がイキってる、クラブという煙たい場所で。あたし達は繁華街で合流する。アコがつまらなそうに言う。
「なーんだ。まだ生きてたの?」
あたしもやり返す。
「あんたこそ。この死に損ないっ」
虫食いだらけの街路樹が、あたしの肩に葉を落とす。やだ、全然しゃれてないんだな。そもそもこいつら、兵士みたいでいけすかないんだ。どこぞのエラい建築家が、景観がどうのとうそぶいて植えたけれど、夏になれば虫食いで茶色くなるし、秋になれば銀杏が臭う。冬は落ち葉の大洪水だ。だからおせっかいな市の職員が、定期的に丸ハゲにしちゃう。その結果みっともなくぽちょぽちょと葉がついているだけなので、景観を整えるという前提そのものがどこかにいっちまってる。この辺に巣食う太った芋虫、見捨てられた街路樹を食いつくしてよ。食いつくしたらパワーアップして、ビルの鉄骨も食べつくして、モスラになって飛んでってしまえ。
あたしの思考の如くもつれた電線を見上げながら歩いてたら、アコがぺちゃくちゃ喋りだした。
「またミイ、兄ちゃんとセックスしたんだね。残り香で分かるよ」
「んー」
あの電線が切れたらいいのに。あたし、それを噛んで感電死したい。山田かまちみたいにかっこよく死にたい。アーティスティックに死ねる人こそ、真の芸術家。
「ね、ミイ。さっきのサラリーマンとのセックスだけどね。気持ちよかったけど気持ちよくなかった」
「どゆこと?」
「分かんない。あのさあセックスって、してる間は相手のこと凄く好きだって思うけど、終わるとサーッと冷めるよね」
「あんたは男か」
「そうだったらよかったなあ。だって簡単じゃん。終わったら何もかもスカッと忘れてさ、どこへだって行けちゃうんだよ。あたしたちって穴ポコだから、洞窟に潜むナメクジみたいにうじうじするしかないじゃん。それに愛液とひだの形がそこはかとなくあの虫と似てるし」
「ははは。ばーか」
信号が凶暴な赤を点滅させ始めたので、あたし達は青を待つ。あたしは横断歩道のサイケな白黒が、シマウマを連想させるから好きなんだ。あたし達もシマウマと同じだから。孤独という猛獣から逃れるために、制服を着て普通の女の子のふりをして、コンクリートジャングルに溶け込もうとしている。保護色を必要としているから、同じ。
信号待ちの間、あたしもアコも横目で男を品定めしていた。そいつらの顔見るだけであたし、セックスしてるところを想像しちゃうんだ。どういう強さであたしのこと押さえつけるのかな、とか。アコも絶対そうだよ。
「あたし生まれ変わったらかっこいい男になる。地上にいる全ての女の子とやりまくって、無様に捨ててやるんだ」
お、それいいね、と振り向く。アコは魔法みたいにどこからか取り出したリップを唇に塗りたくっていた。その赤いいな。思いっきり下品で。
どうしてクラブの壁ってどこもマットな黒なんだろう。病院みたいな白でもいいじゃんかねえ。ま、見た目がどうであろうが、豚骨ラーメン屋に似た油の臭いがしてようが、何もかもふっとばしてくれる爆音が鳴ってればそれでいいよ。そうでしょ?
パッと見何人か分からないオーナーは、いつもあたし達に酒を奢ってくれる。この人絶対あたし達が高校生だと知ってるよな。いいんだけどね。あたし達はこっそり二人でトイレに篭って、コップの中身を便器にぶちまける。おしっこみたいに流されてゆくビールを見ながら、ざまあみろってケタケタ笑う。余計な優しさなんてクソったれだ。壊すのって面白い。それが大事なものほどね。
あたし達は踊り狂う。踊り狂う。発情モードに入った男がグラマーな女の尻を眺め回している。ああい���な。あたしもあの男に見つめられたいな。あたしは常に誰かに恋される人間になりたくなっちゃうんだ。誰もが愛する理想の女になりたい。セックスの相手が変わる度、あたしの体も変形するのならよかったのにな。あたし、そういうラブドールならよかった。
スピーカーから音の水を浴びながら、あたし達は狂ったように笑う。何もかもどーってことないみたいに。どーってことないんだけどさ。深刻な悩みがあるわけじゃないし。ミラーボール以外は床も壁も黒だ。黒、黒、黒。あたし達の制服がくっきりと浮かびあがる。あたしこのまま、光になって消えちゃいたい。
あたしが寂しがる、消えたがる、殺されたがる理由なら、シンリガクの本読みゃ理解できるんじゃないかな。だいたいの本には親が原因って書いてるよ。そうでなけりゃ肛門がどうとか。昔の人もたいがいスケベだよねえ。髭生やした爺ちゃんが赤ちゃんの下半身にばっかり注目して。そんなのってどうでもいい。いっそあたし達、下半身だけの化け物になっちゃえばいいんじゃない?
アコがふざけてあたしの腹をぶった。あたしもぶちかえす。アコは言う。
「ねえ、こないだあたしの彼氏貸したじゃん。どうだった?気持ちよかった?」
「それって今の彼氏? それとも前の? それとも前の前の……」
���えーと、分かんなくなっちゃった。いっか。誰だって同じだし」
「やっぱあたしら気が合うな」
ヘドバンしてると頭に脳内物質が溢れて、ボルチオ突かれるより気持ちよくなれるんだ。クソみたいな曲でも、そうしちゃえばどれも同じだよ。あたしもあなたも恋も愛も、爆弾で吹っ飛ばして塵にしてやる。
「アコ、あたしの彼氏はどうだった?」
「どうだったろ。ていうかどれだっけ」
「どれ」だって。笑える。
「ミイ。あたし達も数々の男に『どれ』って呼ばれてるのかな?」
「女子高生A、Bみたいに?」
「そうそう」
「そうだったらいいね。あたし、そうなりたいなあ」
「あたしも。あたし達、消えちゃいたいね」
「うん。消えて、きれいな思い出になりたい」
「天気のいい日だけきらきらして見えるハウスダストみたいにね」
「普段は濁っているのに、台風の後だけ半透明になる川の水みたいに」
「あたし、雫くんになりたい。知ってる? 絵本だよ。雫くんがさ、川に流されて海に到着して蒸発して、また雨になるの」
「それって話が違くなってない?」
「あ、そう?」
あたし達は全然センチメンタルじゃないダブステに貫かれながら手を繫いだ。アコの手のひらだけがあったかい。
あたし達はフライヤーをハリセンのように折り曲げ、互いの頭をはたきながら帰った。夜のネオンっていいよね。泣いてる時に見える風景みたいに潤んでてさ。ネオンを見ながらしみじみしてると、ひょっとしたらあたしも純情な女子高生なんじゃって思えてくるんだ。肩書き的には正真正銘の女子高生なんだけど、すれっからしだから、あたし達は。アコはにかっと笑い、尖った八重歯を両手の親指で押した。
「あたし、死んでもいいくらい好きな人ができたら、八重歯をペンチで引っこ抜いてプレゼントしたいな。世界一大好きな人に抜歯した箇所の神経ぺろぺろ舐めてほしい」
システマチックな街灯の光が、アコの横顔を照らしている。彼女はぼやっと言った。
「あたし愛されたいんだ。本当はね。それなのになぜか行きずりの人と寝ちゃうんだよねえ。あたし好きな人ができても、隣に男の人いたらエッチしちゃうんだろうなあ」
「別にそんなこと考えなくてもよくない? 無意味だよ。してる間、気持ちよければいいじゃん。黙ってりゃ誰も傷つかないし」
「んーまあそうなんだけど。あたし時々ね、どっちなのか分かんなくなるんだ。エッチして自分を悦ばせているのか、傷つけているのかがさ」
「大丈夫だよ。誰もアコのことなんかそこまで気にしてないから」
アコは子犬みたいな目であたしを見た。あ、地雷踏んだかも。アコがチワワのようにぷるぷる震えだしたので、あたしは彼女をそっと抱き寄せ、おでこを優しく撫でてあげた。
「ごめんね。あたしだけだよ。アコの気持ちを知ってるの。あたしだけがアコを見守ってあげるね。きれいだって思ってあげるね。アコが何人もの男から忘れられようとも、あたしは覚えててあげる。あたしに八重歯くれたら、あんたの望み通り神経舐めつくしてあげるよ」
「ほんと?」
アコはあたしの胸に頭をすり寄せてくる。この子を絶対に不感症のロボットなんかにさせないんだから。あたしはありったけの体温でアコを包み込む。この子が気持ち良さそうに目を細めてくれたらいい。そしたらあたし久々に、幸せってやつを味わうことができるから。
「あたしねえ、アコとセックスしたいな」
「あたしもミイとセックスしたい」
「しよっか」
「いえーい」
わはは、なんて簡単なんだろう。
「あたし、ミイを愛してる」
あたしはうんと返事をしようとして、黙った。愛がどういうものなのか分からなかったから。
ラブホテルのベッドでアコの体を舐めながら、色白いなあ、と思う。
「ミイ女の子とするの初めて? あたしは初めて」
「ふーん」
いつもスマホに貼り付いてる親指をがじがじ齧る。あ、ここだけ爪のびてる。
「ミイはどういうの好みなの?」
「どういうのって?」
「体位とか」
「うーん、何だろ、分かんない」
「兄ちゃんとしてる時ってどんな感じ?」
「あたしが上に乗るの」
「へえー、意外」
「意外もクソもある?」
「分かんないけどさ」
アコの耳を齧る。皮膚が歯茎に気持ちいい。アコは、あんた歯が痒い犬みたいだねえ、なんて言ってる。あんたも一度人を噛んでみろ。あたしがアコの胸をむにむにしていると、彼女はまた喋りだす。あたしの涎が潤滑油になってんのか、この子の口はさあ。
「兄ちゃん、あんたにどんなことするの?」
「スリッパでぶつよ」
「えっ」
「枕で窒息死させようとしてくる」
「それって気持ちいいの?」
「どうでもいいの。されてる間はさ。どうでもいい方が気持ちいいんだ」
「ミイが自分を粗末にするのって、近親相姦してることに罪悪感があるから?」
「何フロイトみたいなこと言ってんの。あたし、そういうのって嫌いなんだ。中学生の頃に腐るほど心理学の本読んだけど、読めば読むほどあたしを狂わせた原因が憎らしくなってくるからさ」
「えっ、憎らしくなるように書かれてんじゃないの、ああいう本って」
「マジ?」
「マジマジ。きっと昔の人はあたし達に親殺しさせようと思ってあの本書いてんだよ」
「それマジかもねえ、だったら面白いし」
「きゃはきゃは」
あー、くだらねえ。
「ねえねえ、じゃあやってみてよ。あたしの首、絞めてみて」
あたしは自分がアコの言葉にぎょっとしたことに気がついて、奇妙な気持ちになった。ああ、あたしってまだぎょっとするんだなあ。色んなセックスしててもさ。あたしは目をきらきらさせてるアコが無償に「愛おしく」なっちゃったりして、彼女の胸に顔を押し付けた。
「アコにはできないよ」
彼女はあたしの珍しく真面目で優しい声に目を丸くした。
「どおして?」
「うーん」
「あんた誰にでも残酷なことしそうなのにね」
「そうなんだけどねえ」
「どうしてあたしにはしてくれないの? あたしとするのが気持ちよくないとか? それともあたしが嫌いなの?」
アコは、嫌いにならないで、と泣きそうになる。ああ、そうじゃない。今この瞬間、彼女と一つになれたらいい。物理的に一つになって、ぐちゃぐちゃになって、疲れ果てるまで喚きあいたい。ああ、あたし男だったらよかったのに。そしたらアコのこと、一時しのぎでも悦ばせてあげられたのに。今ほどこう思うことってないよ。あたしはとりあえずデタラメな文句パテにして、二人の隙き間を埋める。
「だってアコの肌ってふわふわしててきれいだからさ。傷つけたくないんだもん」
「それを言ったらミイだって、殴られたりしてるわりに肌きれいじゃん。だからあたしの首を絞めても大丈夫だよ」
「嫌」
「どうして?」
あたしはアコをぎゅっと抱きしめた。そうすることしかできなかった。
「ミイがあたしの超絶技巧スーパーマンになってよ」きゃはきゃは。
まだ言ってるこいつ。バカだなあ。
これを愛と呼ぶのかどうなのか。あたし、世に蔓延るほとんどの概念が嫌いだけど、「愛」は殊更に嫌いなんだ。だって得体が知れないんだもの。
あたしは感情ってやつが嫌い。思考ってやつも嫌い。人間が地球にのさばる繁殖菌であるのなら、知能なんかなければよかったんだ。子供を作る行為をするために些細なことに頭を悩ませるなんて、全く時間の無駄すぎるよ。それが人間のいいところなんてセリフ、よく言えたもんだ。人間は動物達を見下す限り、地球に優しくなんてなれない。本来の優しさは無駄がなく、システマチックなものなんだ。
そうでしょ? 兄ちゃん。
「うわ、指先紫になってる。いい感じに動脈つかまえたかも」
手首に巻かれた紙紐が食い込んで痛いけど、それがまた興奮するんだなあ。兄ちゃんガンガン口の中で動かすから、思わずえずきそうになる。ここでゲロ吐いたらどんなに気持ちいいかしら。兄ちゃんは咳き込むあたしを足で踏み付けて、死ね、死ね、シネって怒鳴る。あたしは毛だらけの兄ちゃんの足首に縋り付く。
「兄ちゃん。殺して。今すぐ包丁持ってきてあたしを殺して」
「はいはい」
兄ちゃんは白けた目であたしをいなす。彼の瞳から放たれるレーザービームで粉々になりたいわ、あたし。
「兄ちゃん。あたしの心臓どうにかして。兄ちゃんがこいつを握り潰してくれたら、あたし、あたし」
あたしの喉がひいっと鳴いた。あたしはバーガーソースみたいな涙を滴らせながらズルズル泣いた。兄ちゃんが濡れた頬をぺろぺろ舐めてくれたので、あたしは少し嬉しくなった。
兄ちゃんは今に包丁を持ってくる。兄ちゃんも本心では死にたいんでしょ? 知ってるんだから。二人で汗だくになって死のうよ。それであたしを、あたしだけのものにして。
あたしは愛という建前に摩耗しないため、行きずりの男に抱かれる自分が嫌いなんだ。あたしは愛を忘れたいんだ。忘れたらもう苦しまなくてすむもん。兄ちゃん、アコ、あたしは、あたしのこの心臓は、いつか満たされる日がくるのかなあ。たくさんの人とセックスしたら、寂しくなくなる日がくるのかなあ。誰かを愛しいと思える日がくるのかなあ。キスをしたら少し楽になれるから、誰彼構わずキスをねだることも、それで長く続いた友情をぶち壊すことも、先生から不倫を強要されることもなくなるのかなあ。
あたしの皮膚は涙と一緒にズルズル溶け落ちてゆく。兄ちゃんが思いも寄らぬ優しさであたしを抱きしめて「泣くな」なんて言うから、あたしはますます感動してしまう。けれどその昂りもすぐ「ばからしー」に冷まされる。お願い兄ちゃん、早く包丁、としゃくりあげながら、あたしはこのまま永遠に彼に頭を撫でられていたいと思った。
兄ちゃん、煙草吸いに行かないで。ずっとあたしの傍にいて。
けれど兄ちゃん煙草吸いにきっとどっか行く。
0 notes
sonezaki13 · 4 years
Text
チラシの裏で踊る
 バレンタインに好きな人、つまり仙川くんに手紙を書いた。前から書こうと思っていた。既に三ヶ月前に一度振られたところなので、振られない内容として慎重に修正に修正を重ねていて、ただあの告白の時は上手く話せなかったから、あなたのどこをどういう風に好きなのかをなるべく長くなりすぎないように書く予定だったのに、その下書きを全て削除して直前に内容を大幅に変えてしまった。私は自分を抑えることができない。伝えずにはいられない。
 彼がやはり婚活をしているのを目の当たりにしてしまったから。知らない女と二人で飯を食べたり、連絡をとったりしているのだ。その事実を突きつけられた。私に会うみたいに二人で、いや、もっと「付き合うかもしれない相手」として丁重に扱うのだろう。想像したくもないのに想像してしまう。いや、でも彼が私を粗末にしたことがあるだろうか。粗末にしているわけではない。一緒に「いただきます」を言ってくれる。話を聞いてくれる。粗末にしているわけではない。私の行きたい場所に行ってくれる。「行きたい場所ないの」と訊くと「ギャンブルとスパ銭しか行かないからなぁ……。どこへでも行きます」と言われた。待ち合わせを決めるのも協力してくれる。粗末にしているわけではない。喧嘩しても仲直りするのは向こうからだ。くだらないことでいじってきたり、冗談を言ってくるようになったのも、粗末にしているわけではない。触れたことがあるのは、私から話しかけるのに肩を叩いた時くらいだ。向こうからはない。強いて言うなら、物を渡す時に手が当たるくらいだ。粗末にしているわけではない。何度目かに会った時以降、髪の毛に整髪剤を付けてないことに対し「髪型違うね」と指摘すると「仕事の時はワックスで立ててるので」と言われ「整えてるんだね」と感想を述べると慌てて「いや、そもそも本当は立てるの嫌いなんですよ。仕事だからそうした方が良いって理由だけでそうしてるし。あんまり意味ないし」と話していた。粗末にしているわけではない。彼のぺたんこ頭は職場で私しか知らない。粗末にしているわけではない。私服のレパートリーが少ないのもお互い様だ。粗末にしているわけではない。私と昼間に会う約束をしている時、毎回夜に友達と会う約束をして、夜ブロックをかけられているのは誰の目にも明らかだが、粗末にしているわけではない。ただ私は毎度会う度に言葉を使わずに振られているだけ。そういう目で見られてないだけ。確認作業。
 彼の婚活が判明しかけた時、当人は気まずそうに隠し通そうとしたが、私が質問責めにしたことで暴露させてしまった。いつもは訊けばぺらぺらと個人情報を公開してくれるのに、その時の予定に関してだけはなかなか口を割らなかったので、女だとすぐに分かった。周囲が女だと冷やかしてようやく白状した。そりゃあ私が傷付くことが分かっていてそんな話ができるほど彼の神経は図太くない。それは知っている。優しいのだ彼は。臆病なのだ彼は。目の前で私をぼろぼろにする勇気がなかったのだ。
「へぇ誘われたんだ。モテるんだね」
「モテませんよ僕なんか」
「何を根拠に」
 嫌みを言うと彼は苦々しく笑っていた。無かったことにするなよ。いや、いないことにするなよ。
「どっちから連絡したの」
「僕ですね」
 私には自分から連絡したことないもんな。女として見られてない。知ってる知ってる。分かり切ったことだ。吟味する段階ですらない。私はそこをとっくに通り過ぎて『いらないもの』BOXにぶちこまれた女なんだろう。
 何で私じゃダメなんだろうな。何がダメなんだろうな。ダメなところは死ぬほどあるけどそれをなおしたところで好かれるわけじゃないことくらい分かっている。
 ハイボールを飲みまくって帰ってきてそのまま手紙を書き連ね、相変わらず、返事をしないといけなくなるような問いかけは書かないように気をつけつつ、後は野となれ山となれとチョコレートに同封して、翌日、バレンタインの朝のうちに仙川くんの引き出しに隠した。
「次に会う時、お手紙の返事をします」
 とはその日のうちにLINEが返ってきた。そしてホワイトデーだって彼はお返しをくれた。チョコレートだった。彼らしい無難なチョイスだ。本命から、義理としてでもお返しを貰えたのはもう何年ぶりか分からない。吃驚しすぎて、ちょっと泣いてしまった。いや、本当は、嬉しくてちょっと泣いてしまった。値段も調べた。そこそこ良いやつだった。私に施される価値があるのだろうか。未だに飾っている。わざわざ「ご賞味下さいね」と言われたので飾るのを彼は予想していたのだろうか。婚活がバレたあの日、そうバレンタイン前���、職場の皆で遊んだ時���、チョコを配ると皆は口々に感想を言っていたのだが、仙川くんは四連パックのキノコの山をくれた。先に来たのでゲームセンターでとった物らしい。「もう、水成さんはそうやってすぐ他人に施すんだから」と私に突き出した。私がお菓子を配りまくる度に仙川くんは「もう! すぐに人に物をあげすぎ!」とちょっと怒る。でも今日は季節の行事なんだから良いじゃないか。突き出されたキノコの山のパッケージで猿やウサギが踊っている。「何これ」「バレンタイン」そうですか。そうなんですか。好きだ。そっちは私を好きでもないくせに。好きでもないくせにバレンタインなんかあげちゃだめだよ。そういうところだ。未だに飾っている。
「言っても良いですか」
 カラオケの一室で彼は私の方をしっかりと向いて言った。わざわざ姿勢を正す。いつも猫背のくせに。私より背が高いのに猫背のせいでずんぐりむっくりに見えるくせに。
「覚悟してたけどきつい」
 私はカーディガンを被って隠れた。
「言いますね」
 今日も相変わらずぺたんこ頭の仙川くんに強行突破された。ずるいぞ。確認したのは何だったのか。確認要らないじゃん。
「僕はあなたの気持ちは嬉しい」
 完全に「でも」という言葉が見え隠れしている言い方だ。見えてますよ。
「最初の頃の僕はもっと軽く考えてた気がします。水成さんの好きなように、気が済むようにすれば良いと思ってた。それに、告白されたことでちょっと気まずくなるだろうと思ってましたけど、ちっとも気まずくならなかった。学生時代の僕ならきっと今の関係は形成できなかったと思います。ギクシャクせずにはいられなかった。大人になったのかもしれません。でも、そもそも何より、あなたが変わらず接してくれたから。それまでも、それ以降もあなたはいつだって優しいし、歩み寄ってくれた。だから僕はちっともやりづらさを感じることもなかったし、居心地も悪くならなかった。そしてこの関係が形成された。あなたと一緒にいるのは楽しいし、楽です。だから誘われれば会うし、仲良くもする。でも、友達みたいな感じなんです。僕はあなたを恋愛対象としてやっぱり見てない。見れない。でも僕は結婚したいし、これからも婚活だってするし、そうしたら、ことあるごとにあなたを傷つけます。こうして何度も一緒に過ごして、手紙をもらって、この人はこんなにも僕のことが好きなのに、僕はそうじゃなくて、こんなに食い違ってて、気持ちが同じじゃないのに、すごく不公平で、あなたの好意を踏みにじってるというか、何て言ったら良いかな、水成さんには水成さんの人生があるのに、僕はこのままあなたとこうしているのが本当に正しいのか、いや、正しいとかじゃなくても、本当にあなたをこのままにしていて良いのかと、思うんです。悩むんです。どうしたら良いのかと」
 仙川くんはいつも優しくて偽善的だ。君の気持ちなんて訊かなくても分かっていた。でもこんなに真面目に語ってくれたのは初めてで、振られているのに嬉しかった。
「まぁ、良くはないかな。満足はしてない」
「ですよね。このままこうして会ってて良いんでしょうか。それとも……そうですね、もう、こんな風には、会わない方が良いんでしょうか。迷うんです。どうするのが良いんでしょう。どうしましょう」
 そこでパスを投げてくるのか、と素直に驚いた。
 彼はなぜ振った相手と二人で食事をしたり遊びに行ったりできるのか。私はなぜ振られた相手と二人で食事をしたり遊びに行ったりできるのか。私たちは何なのか。友達か。たぶんそれが一番近い。でも、少し違う。友達でもない。じゃあ何なのか。
「それ私に訊いちゃう? 私に委ねるの? 私が決めていいの」
「はい」
 この時点で結論はでている。問題なのは過程だ。
「なかなかの球投げてきたね。うんそうだね。じゃあさ、仙川くんって恋人できた?」
「いません」
「本当?」
「本当ですよ」
「じゃあ好きな人は?」
「いません」
「気になる人は?」
「いません」
「本当に? 婚活でデートした子は?」
「そういう目で見れなかったです。なので何もない」
「それ以外の子とも?」
「ないです。そういう目で見れなくて」
「じゃあ、何の問題もない。私は君が好きで会いたい。私は君はよそに恋愛している相手もいないのだから何も悪いことをしているわけじゃない。私も恋人はいない。何も悪くない。誰も悪くない。私はただしたいようにしてるだけ。だからこれからも会おう」
「僕が出会いを求めていても?」
「結婚したいんでしょ。仕方ないよね。目的のための必要な手段だよ。でも私は君に会いたいから会うよ。君が会ってくれるならね」
「会いますよ」
「ありがとう。結婚がしたい、恋人がほしい、が目的ならきっと私がとるべき行動は違うと思う。でも私の目的は好きな人とそうすることだから。好きな人じゃないと意味がない。好きな人はもういるし。だから私はこれで良い。全部好きな人が良い」
「分かります。だって僕もそうだし」
「だよね。好きが先だよね」
「ですね。好きだから付き合う」
 彼は時々恐ろしく残酷なことを言い出す。彼は私を好きじゃない。「好きじゃない」とはっきりと言われるよりも当然の前提としてその事実を感じた方が、それは深く突き刺さるのだ。
 でもこいつ婚活に好きな人探しに行ってるのか。それはもはや婚活の使い方を間違ってるんじゃないか、と思ったがつっこまない。上手くいってほしくないから。
「好きな人できたら教えて。恋人じゃな���てもだよ」
「分かりました」
「私も君じゃない好きな人ができたら言うよ」
 きっとそうなった方が君は気が楽だろうし、とは言わない。
「あーあ。振られるの分かってたから、お手紙に『付き合って』なんて書かなかったし、何も質問しなかったのにな。返事しなくて良いようにさ」
 仙川くんはまた困った顔で微笑んでいる。
「でも返事してくれるんだもの。吃驚しちゃった。こんなに真面目にお手紙に答えてくれるなんて、君はちっとも私の好意を踏みにじってなんかないよ。仙川君は本当に律儀だね」
「人として、というか、男として当然のことをしたまでです」
「でもそうじゃない人の方が多いよ」
「そうじゃないって、どういうことですか。はぐらかすとかですか」
 きょとんとして彼は言う。彼は本当に彼にとってすべきことをしただけなんだろう。なんだよ。くそ。そういうところだ。好きだな。
「そうだね。『はいはい』ってはぐらかすのもあるし、無視もあるし、ただ不機嫌になるだけなのもあった。お返しもらったのも七年ぶりくらいだし、手紙書いても返事なんかほぼ貰ったことない。昔の恋人くらいかな」
 うわぁ、と仙川くんはただ引いてる。でも、世界には君が思い描いているようなお人好しばかりでないことを、君はこれまでの人生でもう知っているはずだ。君だって傷ついてきたでしょ。知っている。「人生で一回くらいは浮気してみたいですね。僕なら罰当たらないです。それくらいの目には遭いましたし。女なんてクソ」と飲み会でジンジャーエール片手にぼやいていた。下戸の彼はノンアルコールでなぜか酔う。雰囲気に酔ってしまうらしい。「君に浮気された恋人は可哀相だね。きっとその子もやり返すよ」「どうぞご自由に」「じゃあ一生やり返し合うんだね」と言うと「それで良いです。どうせ元々世の中そういうものです」と開き直っていた。「吹っ切れてます」と当人は言うが全く吹っ切れていない。二人で会っている時も、すぐ「元カノが」と元カノの話が出てくる。どこがどう吹っ切れているのか逆に教えて欲しいと思う。きっとまだまだ吹っ切れないと思う。ひょっとすると彼は一生引きずるかもしれない。この先どんな素敵な恋人が出来ても彼の心に居着いている女は、結局の所……いや、考えたくもない。やはりこれは罰なのだろうか。彼が浮気をして罰が当たらないと言うのなら、私は現在進行形で罰が当たり続けているのかもしれない。私もどこかの誰かさんに似たような思いをさせてるんだろうか。いつも私の後は焼け野原。別に望んだわけじゃない。元恋人の幸せを願える程度の心の広さは持ち合わせている。去年の私は仙川くんを好きになるなんて夢にも思っていなかったので、仙川くんは私の悪行をほぼ把握している。彼は学生時代の恋人を社会人に奪われ、私は社会人に惚れて学生時代からの恋人を捨てた。その上彼の先輩が元カレだ。破局はいつも私から。地雷しかない。笑えない。好きになると分かっていたら恋愛遍歴を詐称していた。でも、どうせバレていただろう。私が言うことを我慢できるはずがない。
 それでも、そんな私にすら、彼は、優しくあろうとする。正しくあろうとする。それは彼の強さだ。
「断るのでも真摯に伝えてくれるのは、間違いなく君の良いところだから。これからもそんな気持ちを忘れないで」
「僕は変わらないですよ。今までも。これからも」
「それってある意味とっても傷付く話だね」
「何が?」
「変わられないとそこまで明言されるとまぁ、私にとっては都合が悪い」
「あっ……あー」
 こういう嫌みをいちいち言うのも変わらない。君がこれから一生変わらないなら、一生私を好きにならない。飛躍しすぎだろうか。私にとっては当然の理屈だ。揚げ足取りだろうか。元々性格はそんなに良くない。それなのに彼は私を善人扱いする。目が節穴なんだろうか。彼は裸眼で生活できる程度に視力は良いはずだ。心が広すぎるんだろうか。どうして愚痴に付き合ってくれるの。どうして私が行きたい場所に来てくれるの。どうしていつも二人で会ってくれるの。優しくするのが残酷なことであることを彼は理解している。それ故に悩んでいる。良いじゃんこのままで。いっそ一生このままで。でもそうじゃないのを知っている。私は、彼は、私たちは。いつか来る世界の終わりを知っている。でも私たちは世界の終わりの形をまだ知らない。
「一日にいくつも連続して予定を入れるのは失礼だってTwitterでバズってたんだけどね」
「えっ、そうなんですか」
「私はそうは思わないけどさ、もし仙川くんが私と会うのいやいやだったらどうしようって思った」
「それはないですね。友達でもそうです」
「良かったー」
 ここで話を終わらせれば良いのに。
「でも恋してる相手だったら違うよね」
 いきなり切り込んでこられても彼はいつも通り困った顔で笑っている。
「惚れてたら、ついその人最優先にしちゃうもんね」
「ええ、もちろん。そりゃあそうでしょうね」
 変わらず彼は微笑みながら明確に答える。
 私はいつもそうだ。掘り起こさなくて良い事実を掘り起こしてはいちいち傷つく。他人を凶器にした自傷行為だ。これは確認作業だ。期待しないための確認作業なのだ。傷つかなくて済むように、先に傷つくのだ。どうせまた傷つくくせに。
「君には何でも言えるけど君のことだけは言えないな」
「何でなんですか。言えば良い」
 本当に彼はどういうつもりなんだろうか。私を甘やかしてダメにする達人だ。人間をダメにする人間だ。今日も彼から仕事で無理して欲しくないと怒られて「好きで無理してるから放っといて」と答えたら「好きでやってるって、本当に『無理するの楽しいやったー嬉しい』と思ってやってるんですか」「えっ、うっ、あっ……思ってる!」「じゃあもう好きにしなさい」「嫌でーす。無理するのやめる」となってしまった。転がされている。日に日に扱いが上手くなっている。自白剤だ。その上、私たちは仲良くなっている。明らかに振られた時よりも仲が良い。より身近な存在になった。それが嬉しくて怖い。親しくなればなるほど、失う恐怖が大きくなる。
「私は会いたくて仕方ないのにこの人全然そんなことないんだろうなとか大体毎回思ってるよ」
 ただにこにこ聞いている。受け入れるな。うんと言わない優しさ。嘘。受け入れるが良い。私のことで悩め。迷え。それで良い。婚活で女を物色してる時に私のことを思い出す呪いをかけてやる。思い出せ。思い出せ。
「言っちゃえ」
 その言葉で私は毎度毎度毎度楽にさせられる。仙川くんは薬物だ。依存性がある。仙川くんがギャンブルでキまっているのと同様に私は仙川くんでキまっている。
「何なの君は! 踊らせやがって! この野郎! 小悪魔! 理想のタイプは何ですか!」
「何その突然の質問! 理想のタイプは好きになった人です!」
「ずるい! でもそれすごく分かる! 私もそう!」
「でしょ」
「君が婚活行くのすごく嫌。行かないで! やめて! って思ってるけど、それを強要することはできない」
「そうですね」
「そうですねじゃないだろ。他人事と思いやがって。私が好きになる前は婚活の話とか教えてくれたくせに全然教えてくれないし」
「さすがにそこまで無神経になれるわけないでしょ。サディストじゃあるまいし」
 内輪特有の痛いノリの応酬を繰り返し、時間は流れる。
 お会計をして、相変わらず多めに出されて、私たちは駅へと並んで歩いていく。
「あーあ、あの時の焼き肉事件がなければなぁ! 君を好きになったアレがなければ!」
「すみません」
 えへへ、と笑って手を頭に当てながら彼は言う。私はこれからもこの小悪魔に踊らされるんだろう。でも好きで踊っているのだ。
「元はと言えば君が軽はずみに好きとかいう言葉を使うから悪い。覚えてないんでしょ」
「覚えてないですね」  
 小悪魔、いや、悪魔が微笑む。かわいこぶって笑ってもゆるさない。いや、ゆるす。どうせゆるしてしまう。
「でもね、それがなくたって、何が起こらなくたって、どうせ好きになってるよ」
「どうして」
「君の好きな部分はいくらでもあるけど、好きな理由が見つからないから」
 いまいち仙川くんはピンと来ていないらしく、うーん、と首を傾げている。
「好きだから好きな部分を見つけただけ。好きな部分は好意ありきだ。でも、好きの理由がない。何回やり直してどうなったとしても、結局好きになってたと思うよ。ただタイミングが違ってたくらいで」
 私は平行世界を見てきたみたいに言う。
「そうなんですかね」
「そうだよ」
 私の中ではそれが事実なのだ。誰にとって違っていたとしても。私にとってはこれが正しいのだ。誰にとって違っていたとしても。踊り続ける。気が済むまで。飽きるまで。だからあなたも、気が済むまで、飽きるまで、どうかこの遊びに付き合っていて欲しい。いっそずっとこのままでも、それはそれで楽しいかもしれない。ネバーランドみたいで。ここはネバーランドなのかもしれない。
「水成さん。また明日。お仕事で」
「うん。また明日ね」
 ひらひらと手を振る。この話はまだ続く。どれくらい続くかは誰も知らない。神のみぞ知る、いや、きっと神だって知らないのだ。
 私にはそれが怖くて苦しくて嬉しくて楽しみなのだ。
0 notes
sytrpg · 18 years
Text
COC通過シナリオ
☆はKP可能なシナリオ※初回しの可能性有(シナリオ開いてるもの含) KPのみしているシナリオも掲載(pixiv等無料公開シナリオは☆マーク除外) KP(予定含)一度したものは◆ キャンペーンシナリオはCP名で記載します。
【あ行】 嗚呼咄咄‼︎ ☆ ◆I.C.D. 愛ではなく情☆ アイにかえる無彩花へ ◆愛の静寂 ☆ ◆愛は灼熱のアラビアン・ナイト ☆ 相食むる豚 愛罠蜂 ☆ ◆阿吽の断 ☆ 仰ぎ見る遡行 ◆秋葉原電人奇譚 ☆ アクアベル 悪魔の唇 ☆ Aconite アザーサイド・ウォーカー ☆ 浅草十二階 ☆ ◆亞書 ☆ Æ あ��の祀リ☆ ┗ よ海くだリ ◆あなた方は御曹司です、金にモノを言わせてイタリアまでオペラを聴きに来ました。☆      アフェクシオンにも似て ☆ アベリアの町 アリスと終わらない不思議の国 ◆アルドラの騎士は君の名を呼ぶ ☆ アルリシャの星図  ☆ アンアンリ・ファンタスマゴリア☆ ◆暗狗☆ Unfinished Letter 家がない、燃えてる 家の中を歩いてみよう。☆ イエロウ・ウインド ☆ ◆異世界転生探索者と神託者の旅 ☆ 異説・狂人日記 犬神憑き☆ 鰯と柊 ☆ ◆インビジブルの慟哭☆ ウェンチェスター黙示録 (CP:1/2/3/4) ☆ 蠢く島 ◆嘘吐きなコトバと本当のココロ ◆泡沫の夢に踊れ☆ 現の盃 腕に刻まれる死 ◆海も枯れるまで☆ 永久の一日☆ Aの楽園Bの檻 ☆ エス ☆ SSS.S ☆ ◆えっ!壺を買うだけで幸せになるんですか!? ☆ ergo ☆ ┣ 第一章「行ける所まで行き」 ┣ 第二章「鳥は少しずつ巣をつくる」 ┣ 第三章「夜は助言を運ぶ」 ┣ 第四章「良い天気は雨のあとに来る」 ┗ 第五章「然るべき場所で死ね」 エロ=マンガ島って知ってる? エンジェル・デビル・インプロパー ☆ 縁と命はつながれぬ ☆ Oh! My Buddy! ☆ ◆覆い隠されたプラトニック ☆ ◆おこちゃまドロップス!☆ お地蔵さん ◆おす⇔めすぱにっく! ☆ ◆越智満異聞☆   踊れ、ワルツ     ◆終わりなき病の処方箋 【か行】 怪異交渉人☆ ┗追加パート(記憶喪失H/ 無音交渉) 邂逅 怪盗テトラクロマットと時詠みの国 怪盗ロマネスク かいぶつたちとマホラカルト☆ 怪物たちのララバイ☆ 傀儡たるもの 飼う男☆ かえりのかい☆ 赫々ノ女殺人事件 ☆ かくりよ葬乱録 ☆ 傍若無人-かたわらにひとなきがごとし- ☆ ◆蛾と踊る☆ ◆彼方からの君に捧ぐ ☆ 金糸雀の欠伸 ☆ カノヨ街☆ ┗追鯨 カルペ・ディエムの頽廃 ◆カワセミの終息☆ 監獄館殺人事件☆ ◆監獄病島☆ ◆寒慄のエトピリカ☆ 機械仕掛けの街 ぎこちない同居☆    ◆きせい☆ ◆喫茶セラエノ ☆ キネマ 君の奥さん、お隣さん家のタンス漁ってたよ 救世主☆ 狂気山脈 ☆  ┣ 狂気山脈-未知なる山嶺を夢に求めて-☆  ┗ カエラズノケン ~狂気山脈第三次登山隊の顛末~☆   共振する綻び 窮鼠は何を喰らうのか?☆ 凶爽吊花 (CP:1-2-3-4) ☆ ◆魚人姫 ☆ ◆キルキルイキル ☆ ◆GUILTY or Not GUILTY☆ ◆クインズゲーム ☆ 空気男奇譚 ☆ クオリアの輝き☆ ◆九頭龍剣伝説 クトゥルフ オブ ザ マスカレード☆ クトゥルフロンパ    海月ロマンチカ ◆グラスバレヱ (CP:1-2-3-4-5-6) ☆ Crazy4☆ 黒いガレー船 ☆ X2U シリーズ ┣◆神父×マフィア ☆  ┣アイドル×マネージャー☆ ┣大正XU2 令嬢×使用人☆  ┣◆大正X2U 文豪×現代☆ ┗大正X2U 探偵×怪盗 ☆ クロノスを喰らうもの 九頭鳥の散華 ☆ ◆黒山羊の園から☆ ◆月面世界☆ 獣も斯くや 怪異交渉人 口渇ルルパ☆ ゴウスバーグの子供達 ☆ 辜月のN ☆ ◆ここで長く生きて☆ こゝろ 午前3時の茨城県 ◆五畳六腑 GODDESSIN THE DAR ☆  孤独の密室 ☆   ◆コトワリ これを証明せよ☆ ◆殺していいのは呼吸だけ☆ 混濁の協奏曲 混沌と咲き誇る燃ゆる赫☆
【さ行】  最高の生贄☆ サイコメイズ☆ 最終列車とゆめのあと☆ サイバネティクスハニー ◆歳末逆行メトロ☆ SILENT (CP:◆SILENT-欠陥品の集まる谷-偽りの始まり-)☆   ┗ LUNATIC 鎖錠のローゼンクローネ ☆ 殺人姫☆     砂糖菓子7つ The man in Gray ☆ サムシングフォーを探して☆ 猿の真言 ☆ 残夏に啼く☆ ◆SAN値回復温泉旅行 潮騒に月見里 九九九九 ☆ シグナルレッド・デッド 死体は夏に向いてない ◆死中に生を求める☆ ◆しにがみさんとのさいごのひ☆ シックコール ☆ 実験体δは青に微笑む 終焉賛歌救済論≒EF-Elyfine- 十二星座館殺人事件 ☆ 出社したら会社が炎上してた☆ ◆ジュノンの寵愛☆ 純潔の証明☆ JOKER≒JOKER☆ ◆SHOTGUN KIXXING MARRIAGE☆ 死を呼ぶつばめ(CP)☆ ジャンヌの猟犬☆ 上海摩天楼 (CP)☆ 心臓がちょっとはやく動くだけ シンデレラは今夜も帰れない ☆ 神明鏡 ☆ 新約ルルミヤの心臓 神話と科学 水銀灯 水媒花 スーサイデッドメアリンク☆ 好きです、〇〇さん☆ ◆ストックホルムに愛を唄え☆ snuff video☆ 沼男は誰だ?  星花の海より君を臨む  聖夜の二重奏☆ 世界線の中庭☆ ◆刹夏☆ 038 先生 蒼穹 ◆ソープスクール ☆ 底闇  底闇2 ◆そして円の果てで約束を☆ その罪裁くは神か、或いは☆ 其の身に宿りしモノは。☆ 【た行】 代理殺人は覚めないうちに☆ 太陽と月と眼 太陽の死んだ朝☆ -多眼の0-☆ 黄昏の扉 誰かが死んでいる☆ ◆誰が為のパニヒダ 誰がロックを殺すのか ダンテの審判(CP) ◆痴情の蛇☆ 血は歯車のように チャルディーニの法則☆ 月と羊 ◆罪を孕みし堕落の子ら  Dlma☆ デウス・エクス・マキナは死んだ     DDG ◆デートorデッド☆ 天啓劫火 天使の愛しみ 天使の密室と不浄のロザリオ☆   天上落土、堕楽のすゝめ☆ 輾転と町は 天の糸 天露尋☆ とある家(略) ☆ とある幸せな家族の話☆ ◆東京革鳴☆ 東京前線異常アリ    東京人魚 ☆ ◆東京リビングデッドマンズ ☆ ◆同居人☆ 匿名幸福論者は獨と踊る 髑髏に口付け、屍体に花を(CP:1-2-3-4-5)☆ 頭夢児島殺人事件☆ ┗頭夢児島殺人事件二冊目 ◆虜 ドロップアウトディスパイア トローリイ・アイロニイ☆     【な行】 ナインルーム☆ ナギサの物語☆ NapFrappe 773 ◆なわばり☆ ◆28時のサクラメント☆ 2㌫のガランドウ   庭師は何を口遊む 人形回廊 ◆にんぎょうじみたぼくら☆    ねぇ、昨日なにしてた?☆ ◆猫のお宿 ◆ネームレス・カルト☆ 眠り姫は幽霊クラゲの夢を見るか? ネリネ☆ ◆ノーザン・シタデル☆ NOBODY*2☆ ◆ノゾキアナ☆ 呪いのAV☆     【は行】 拝火のキャンプ☆ 拝啓、敬愛なる無能たちへ (CP) ☆ Bye Bye summer days ハイフェッツをなぞる病☆     白鴉の城☆ 花は恋せど散りぬるを ☆ 母なる海の鯨の部屋☆ 薔薇の館 HELLO HERO☆ パピルン☆ パレヱドレイド☆ 盤上の一歩 ピース・メイカー☆ ヒガンのきみへ ☆ 潜む闇の意志 ☆ PYX☆    ⼈の⼼は妖⾯の如し☆ ひとりじゃワルツも踊れない☆ 白夜の歌☆ ◆火点し頃の蜘蛛踊り☆ ひび割れた鯨の胃の中にて☆ 秘密と内証☆   ◆ひみつのリフレクション☆ 瓶の中の君 不完全なる図書館 腐葉土に咲く薔薇の如く☆ ヘイコウセンソウ☆ ◆平行線のアポフィライト  変身☆ 返照する銀河 片鱗 VOID 4ARE☆ 咆哮エトランゼ 紡命論とシンギュラリティ☆ HOMING ☆ ぼくの苗床を紹介します☆ 僕の夏を君に捧ぐ ☆ ぼくはなにもしらない~この事件の犯人は HO2~ ☆ 星の神話エンドロール☆         星へ至る棺☆ 星渡るカンパネラ☆ ポストヒューマン・ビーイング☆ ┣ エンジェル・デビル・インプロパー ┣◆アルトゥリスティック・ラブ ┗◆1226.38.9 ホテル・エウティプローン ホルマリン漬けの心臓 【ま行】 ◆魔術師たちのトロイメライ☆ マグロ また明日 ◆マチソワ・ランデブー 魔法少女希望譚☆ 魔を曳く獣 Mr.Sの華麗なる政策 ミサキバス☆ ◆水の破片を召し上がって。☆       道案内 密室シェアハウス 密室のパスト ☆ ◆見果ての綸紡 ☆     ◆mirror 虫虫虫 ムーンウォーズ! ムーンエラーアウトサイダー メイキン・ウーピーは東京駅で恋をする 名探偵黒猫と大怪盗キャッツ ☆ 巡る妖精☆     【や行】 山羊の歌は謡えない(CP:1-2-3-4) ☆ ◆焼肉飲み放題2時間3000円   やさしいじごくのつくりかた☆ ◆ヤドリギあやかし探偵社 (CP:1-2-3-4) ☆     闇に捧ぐアリア☆ ◆闇に鈍痛 ヤロクギ叙事詩☆ ◆有限無情のシグナルパルス ☆ ◆ 有求必應 EUREKA ☆ ゆらめく魔法市☆ 宵闇神凵 ◆ようこそ!迷冥市役所都市伝説課へ! ☆ 欲望街☆ ◆因って件の如し(+◆獏の悪食) ☆ 406号室の隣人 【ら行】 Life goes on ~人生は続く~☆ ◆楽園パラノイア☆    ◆羅生門☆ ラストキス -最後にキスをして出る部屋- ラッキースケベと13階段 ☆ ◆ラブドールはキミの味☆ Love me,Love my dog.☆ 爛爛(CP) ☆ Re:おキツネさま☆ Residuum:Philadelphia リトルリトルクライシス☆ ReBirthTown 旅館の捕食者☆ リンクヴェルトゲンガー☆ ルパルファンの夢夜 ルベライトジャム☆ 零落奇譚 ☆ レッドパージ Repli;C∀ レプリカントの葬列(CP) ☆ ◆煉獄のレヴナント☆ 【わ行】   ◆わたしのかわいいハーメルン ◆嗤う人間師 我の名を答えよ 1ペニーの運命治療薬 ☆ ◆ワンルーム・ディスコン☆ =通過予定=============  掠う盲鬼 蛇の理想郷 Zodiac school
0 notes
seppa-pes · 7 years
Text
2017年映画ランキング
【2017年映画について】  年末にスターウォーズの最新作が公開される一大イベントを経て、そろそろ今年の映画を振り返ろうと思う。これを書いてる時点でまだTLJを一回しか見ていないので評価は固まりきってない。どの辺に置けばいいのか全然分かんない。端的にいうと良かった。言いたいこともあるけど拍手で迎えたい気持ちの方が強い。  ランキングについてはあと残り2週間のうちに鑑賞する作品が入るかもしれないので、まだ流動性は若干残っている。「鋼の錬金術」がランクインする可能性もなきにしもあらず。「KUBO」も見るかもしれない。 ひとまず一位から十位とその個別の感想、そのあと部門別に数作品挙げる。 対象は今年劇場で公開され鑑賞した74作品です。 2017年映画ランキング(仮) 1.ムーンライト 2.アシュラ 3.ハードコア 4.沈黙 サイレンス 5.ラ・ラ・ランド 6.哭声 コクソン 7.ローガン 8.セントラル・インテリジェンス 9.ベイビー・ドライバー 10.SING シング 10位は「SING/シング」  字幕・吹替を合わせて3回鑑賞。なにはともかく音楽の良さが引き立つ映画だった。テンポよく進むオーディションシーンはひたすら楽しい。吹替えでは音楽も日本語に訳されていて、ここの出来栄えがとてつもなかった。この辺はタマフルでも触れられていたはず。詳しくはそちらを参照。  ストーリーは端的にいうと成功物語で、人生うまくいかないやつらが歌と踊りの特技でなりたい自分になって夢を掴む。感動して笑えて、泣けるエンタメ作品だった。歌とドラマの相乗効果でグッとくる場面が多かった気がする。  複数いる登場人物のそれぞれ異なった葛藤・ジレンマを描くのとても上手で、感情移入せざるを得なかった。ゴリラは泣くよ、ゴリラ。  擬人化モノの3Dアニメ作品で子供向けだと思われそうだけど、複数個あるドラマの核が作品の間口を広げている。だからこそ年齢も性別も問わずにおすすめできる。むしろ大人にこそ刺さる人生の上手くいかなさ��描かれるので、ガンガン泣けるはず。  ただ、主人公のコアラ、バスター・ムーン(CV:マシュー・マコノヒー)と周りのキャラクターとのバランスがちょっと悪いところが気になった。 彼はスキルのなさで人生が負けているのか、ただ運が無かっただけなのか。また時代が追い付いていなかったのかとか、正直なにが決定打なのか分からないし、成功した理由も把握しにくい。それに、それは犯罪では?といった事にも平気で手を染めるので好きになりきれなかった。  ほかの動物たちは生まれ育った環境や周りからの同調圧力的な物を、持ち前のスキルで乗り越えて爽快な分、ムーンが引っかかった。ただ、挑戦し続けることで成功したという教訓を表しているなら分からいでもない。  苦境を抱えたいくつもの登場人物の中で、個人的な好みはネズミのマイクだ。吹替が山寺宏一なのもポイント高い。マイクは音楽院を出たストリートミュージシャンで、高いプライドと自惚れの強さ、即物的な性格が短所として描かれる。その反面、音楽に関しては他の登場人物よりも経験があり巧く、それゆえに音楽を金儲けの道具のように扱うキャラクターだったように思う。すこし拗れている。  このような人物が終盤で、これまで従わせていた音楽の素晴らしさに魔法のように感動させられる場面がとてもグッと来た。しかもそれが人前で歌えないと悩んでいた少女の、素人にでも即座に分かるヤバ上手歌なので、感動は実質二倍だ。ここは字幕、吹替えともに素晴らしい。  盛り過ぎのように思えるストーリー展開も2時間以内に収めて、大団円を迎えるので後味も良い。多少の荒を認めつつも、この映画は好きだと言いたい。サントラがAmazonプライムミュージックにあるのでたまに聞いている。 9位は「ベイビー・ドライバー」  みんな大好き「ベイビー・ドライバー」。たぶん今年一番聞いたサントラはこの映画のだ。  とにかく音楽と映像とのハメが気持ちよくて最高。劇場公開前にyoutubeにアップロードされていた冒頭映像から期待大で、そのままのテンションで突っ切らせてもらった。  あまり言いたいことはないけれど、劇中でのけじめのつけ方が地に足ついている感じがして良かった。ベイビーとデボラの未来が、バディとダーリンのような犯罪に染まった正しくない大人になるという示唆があったと記憶している。バディが昔、ベイビーよろしく車を転がしていたと言うし、音楽の趣味も合っていたはず。  悪事に対する処罰はきちんと受けねばならないということをきちんと描きつつ、それが二人にとっての終着ではなく、むしろこれから開かれた未来が始まるという終わり。いやー、良い。  音響に特化した劇場でもう一度見たい。サントラはitunesで買いました。たまのドライブ時に流すとアガる。 8位は「セントラル・インテリジェンス」  思わぬ伏兵。今年一番のコメディ映画だと思う。とにかく笑った。普段は劇場で感情を表に出さないけれど、この映画と「銀魂」に関しては声を出して笑った。  ロック様ことドウェイン・ジョンソンの筋肉馬鹿っぷりも最高だし、ケヴィン・ハートの予想外の声の高さと下手な物まねも最高。この二人の掛け合いで笑わないのは無理だ。とくに中盤のカウンセリングシーンは震え笑った。堪えられないよ。  しかもただ面白いだけじゃなくて、トラウマの克服や自己の肯定といった普遍的なテーマがきちんとストーリーの中心になっている。あまりに笑いとシリアスの落差が大きくて、最後は思わず泣きかけた。いや、泣いた。イジメだめ絶対。  「ブレイキング・バッド」のジェシー役だったアーロン・ポールが出演していて、おっとなった。海外ドラマで知った役者を劇場スクリーンで見ると不思議な感覚になる。○○のあいつだーって。  くだらなさ全開の中に、前向きなメッセージが込められた良い映画だった。二作目を作ってしまうとこけてしまいそうだけど、どうなんでしょうか。「ナイスガイズ!」もバディムービーとして良かったけど、ロック様推しで今作をランクインさせた。 7位は「LOGAN」 X-MENシリーズはさほど本腰を入れて見ていなかったけど「LOGAN」はとても良かった。同監督作の「3時10分、決断の時」がすごく好きで、というより西部劇が好きだと改めて気づいた。今年は「マグニフィセント・セブン」や「猿の惑星 聖戦記」があって、意外と西部劇に親しんだ印象がある。どちらも好きだ。映画のテイストと趣味が合ったために、熱心なシリーズファンじゃなくても前のめりになって見てしまった。  なんとなく覚えている1作目、とうって変わってすっかりボロボロになったウルヴァリンに心を打たれないわけがない。冒頭の、盗人を追い払うシーンから哀しさ全開で、ラストはもう大変。いまでもその場面を思い出すだけで涙が出そうになる。  アメコミ映画がどれも一作品の中でストーリーを納めずに膨れ上がっていく中、「LOGAN」はコンパクトに話に終止符を打っていて凄いとも思った。登場人物の少なさにびっくりだ。アメコミに限らずに、キャラクターがいっぱい出てくるコンテンツは正直苦手なのでこういったところもより好き度を上げたかも。  正直、作中で引用される映画群については詳しくはないし見ていないものもある。けれどウルヴァリンが体現していたもの(させられていたもの)、過去への贖罪と次世代への継承がばっちり描かれ、非ファンにもズシンと来た。テーマは若干ぶれるかもしれいけどMGS5のオールド・スネークを彷彿とさせる。老人と少女ってところも似通っている。ダフネ・キーンよかったね。 6位は「哭声 コクソン」  見ればわかる怪奇映画。途中から何を見させられてるのか訳分かんなくなった。数ある映画の中でもド級のインパクトを残す怪演ぞろい。國村準怖い。「冷たい熱帯魚」の、でんでんばりに。  中盤でダンスバトルになったり、謎の女が出てきたり、だれがどっち側でなにが正しいのかしっちゃかめっちゃかになったまま突き進む、類を見ない映画体験だった。  言語化が難しいので、見て!としか言えない。 5位は「ラ・ラ・ランド」  ひっかかるところもあるけど、やっぱ好き。恋愛よりは天職の話として受け止めている。仕事と夢だ。オールタイムベストに乗るであろう「耳をすませば」に通じるものがあると思っている。  「耳をすませば」を完全なる夢の世界のフィクションだとすれば、「ラ・ラ・ランド」はもう少し現実世界寄りに浮上した世界のフィクション。なので耳すまみたいな障害の少ない一途な物語と違って苦みが強いし、そこもまた良い。都合のよさというかリアリティのある話かと言われれば違うが、そこがひっかかるところだ。  何はともあれ、とにかくオープニングの多幸感が素晴らしい。多幸感を棒にして観客をタコ殴りにしている。それに終始、エマ・ストーンの愛嬌が最高にかわいいと思う。アイ・ランの表情を見よ!おばあちゃんの話を聞け!  ラストは「シング・ストリート」を思い出すような映像と実情の乖離が楽しくも辛かった。  あと、中盤でライアン・ゴズリングが生計の為にバンド参加するわけだけど、そこで苦しそうに演奏する曲に感じる俗っぽさの強さが凄かった。その曲単体では別段否定的な感じは受けないのだけど、たくさんの劇中歌を経て、あのライブを見ると心底「うげぇ」となった。今考えても不思議で、印象に残ってる。なんて使われ方をするんだ、ジョン・レジェンド。  終わりよければすべてよし、なんて言葉があるけど「ラ・ラ・ランド」はそんな感じだ。開幕はひたすら楽しく、終わりは切れ味よくサッと幕を下ろす。  もちろんサントラを購入済み。劇場では3回見ました。 4位は「沈黙 サイレンス」  2017年の初めの方に鑑賞して、しょっぱなから凄いのが来たなと思った記憶。ちなみにスコセッシの映画には詳しくないけど、「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」はフェイバリットムービー。  正直、時間が経ったので細部はあまり思い出せない。が、価値観の分かり合えなさが前面に出てる映画だったと思う。わからんひとにはわからんのですよ、と。理性と信仰と建前と感情がバトルロワイヤルしていた。  意外にもというか、いまに通じる日本人の日本人性を描いていてスコセッシすごいってなった。もちろん遠藤周作の原作だからこそなのかもしれないけど、日本の描かれ方が刺さった。映像的にも変な東洋感の無い描写で、また日本人役者も全員素晴らしかった。日本語と外国語をだれが話せて話せないのか、分かり易く筋が通る形で見せていたのも地味ながら上手かった。  他の人は知らないが、リーアム・ニーソンが攻殻機動隊のバトーに見えてしょうがなかった。というかリーアム・ニーソンがこんな役で?、と驚いたのも覚えている。  主演のアンドリュー・ガーフィールド繋がりで、かつ日本とかかわり深い題材の「ハクソー・リッジ」も良かったけどね。  鑑賞時のメモを見返すと、「エンドクレジットの後は暗い劇場で、座席にずっと座っていたい気持ちで一杯だった」と書いてある。あまりにも重いので1回しか見てない。 3位は「ハードコア」  2回鑑賞。全編主観映像で動き続ける肉体アクションがひたすら続いてアドレナリンで満たされた一作。 「ジョン・ウィック チャプター2」や「アトミック・ブロンド」も今年の素晴らしいアクション映画だけど、やっぱり「ハードコア」が頭一つおかしいと思ったのでランクイン。  言わずもがな、ここぞって場面で流れるあの曲がひたすらに最高だった。また劇中で無限湧きするジミーのキャラクターが良くて、眩暈が起きそうな歌の場面は印象的。  映像的なチャレンジもさることながら、ラストのカタルシスたるや……。オチのつけ方で言えば今年一番かもしれない。  同時期に「ゴースト・イン・ザ・シェル」が公開されていてその出来に、“ハードコアこそ実写版攻殻機動隊だ!”と思ったりしていた。記憶のない主人公が機械化されて~ってところは大体同じだから。 2位は「アシュラ」  悪人vs悪人vs悪人という悪のインフレが起こった映画。どいつもこいつも悪そうな面をして実際悪行をし、悪そうな面同士がにらみ合い続ける場面の連続で楽しすぎた。  どの悪人もどぎついけど、中でもやっぱり市長が最高であり最低。韓国映画特有の暴力と恐怖の合間にある笑いもしっかり健在で、あんな悪怖面白オジサンいます?  ガラスコップをばりばり食べちゃうのも、うわーな場面で記憶に残るけど劇中のカーチェイスが本当にすごかった。だれが見たってなんじゃこりゃ、どうやって撮ったんだスゴイ!!!と思うようなカメラワークに編集にCGに度肝抜かれた。 1位は「ムーンライト」  2回鑑賞。面白いとか泣けるとかじゃなくて、これからも大切にしたいと思う宝物のような映画になった。なのであまり人には勧めない。  個人の内面を描くという点に置いて今年一番解像度が高かった気がする。自分と、「ムーンライト」で描かれる主人公の境遇は大きくかけ離れているし、共通点なんてほとんどない。それゆえか、そこで起こった感情移入の振り幅がとてつもなく大きかった感じがする。しかも深い。  いまだに巧いこと言語化できないみたいで、書けば書くほど単純化された言葉ばかり出てきて、チープになってしまう。この映画の豊かな情感は言い表せない。  とにかく1位です。映像は美しい、音楽も良い、演技も良い。言うことなしです。 以下、部門別にランキングに入れていないけど良かった&好きな作品をなるべく挙げておく。これでもこ取りこぼした話題作や気になる作品が気になる作品がたくさんあるのでもう毎年豊作。 アクション部門 「ジョン・ウィック チャプター2」と「アトミック・ブロンド」 「ザ・コンサルタント」 コメディ部門 「銀魂」 「奥田民雄になりたいボーイと出会う男全て狂わせるガール」 SF部門 「ブレードランナー2049」 「スターウォーズ Ep.Ⅷ 最後のジェダイ」 サスペンス部門 「ゲット・アウト」 「スプリット」 ホラー部門 「IT」 「ウィッチ」 アニメーション部門 「夜は短し歩けよ乙女」 「コードギアス 反逆のルルーシュ Ⅰ 興道」 音楽が良かった部門 「ベイビードライバー」 「ラ・ラ・ランド」 漫画原作部門 「東京種喰」 「ジョジョの奇妙な物語 ダイヤモンドは砕けない 第1章」 がっかりした映画部門 「マリアンヌ」 「ゴースト・イン・ザ・シェル」 「メアリと魔女の花」 書き出しは順調だったが、後の方で力尽きたので言葉少な目になってしまった。 来年も映画、見ていきましょう。
1 note · View note
tak4hir0 · 5 years
Link
まず前提を述べておくと、私は実写版『カイジ』シリーズが大好きである。   原作の持ち味をそのまま活かすなら、立木文彦による濃厚なナレーションが印象的なアニメ版が絶対的な正解だろう。しかし、流石に実写でそれをやるとくどいという判断か、「濃厚さ」を「クセの強い演技」でまかなったのが実写映画版である。藤原竜也の舞台仕込みの仰々しい演技が、原作が元から持っていたこれまた仰々しい台詞回しと奇跡的にハマり、ヒットを記録。藤原竜也の代表作として、今でもモノマネシーンでは不動の地位を誇る、そんな当り役になった。   確かに、色々と思うところはある。ナレーション要素を削ったことで邦画特有の「全てを台詞で説明する」性格は加速したし、限定じゃんけんでは見所であるはずの買い占めをオールカット。鉄骨綱渡りでは人生の真髄を悟るシーンをこれまたカットした。鉄骨から落ちていくCG合成のシーンはやっぱりちょっとオマヌケだし、ラスボス格の兵藤会長はホームに入所した一般男性っぽい。2作目においても、全体的な語り口が鈍重でスマートさに欠ける。   しかし、香川照之が演じた利根川は原作にない「姑息に立ち回って出世してきた悪党」という魅力があったし(Eカードでその「立ち回り」の気付きを突かれる展開とも相性が良い)、何より、藤原竜也の知的かつ豪快な声質はカイジの思考パターンにぴったりであった。そして、2作目の伊勢谷友介による一条も最高に見応えがあった。「これはちょっと、うーん?」な思いもあるにはあるが、それを十二分に上回るくらい、私はこの実写シリーズが大好きなのだ。特に1作目など、もう何十回観たことだろう。   カイジ 人生逆転ゲーム [Blu-ray] 出版社/メーカー: バップ 発売日: 2010/04/09 メディア: Blu-ray   カイジ2 人生奪回ゲーム [Blu-ray] 出版社/メーカー: バップ 発売日: 2012/04/25 メディア: Blu-ray     そんな『カイジ』が、9年ぶりに帰ってくる。『カイジ ファイナルゲーム』。しかも、17歩でも和也編でもなく、原作者・福本伸行によるオリジナルストーリーと言うではないか。   映画「カイジ ファイナルゲーム」オリジナル・サウンドトラック アーティスト:菅野祐悟 出版社/メーカー: バップ 発売日: 2020/01/08 メディア: CD     スポンサーリンク       実は観る前から薄々嫌な予感はしていたのだが(詳しくは後述)、エンドロールが終わった後、私の心にあったのは「虚無」であった。   驚愕・・・!圧倒的虚無っ・・・!!中身が無いとはまさにこのこと・・・・・・っっ!!!!あろうことか・・・!!まるで『カイジ』によるカイジパロっ・・・!!!『カイジ』という作品の魅力、それが懇切丁寧に全て取り除かれている・・・!!繰り広げられるのはっ・・・・「カイジらしいなにか」・・・!!!ば、馬鹿な!!!くそっ!くそっ・・・!お前ら・・・!!   いや、胸を張れっ・・・!手痛く負けた時こそ・・・ 胸をっ・・・!!   まずもってオリジナルストーリーなのだから、お話の枠組みはいっそ「それなり」で構わない。「2020年の東京オリンピック後に日本は貧困大国へ突入していった」という導入にも色々と思うところがあるが、そこはもういい。極貧生活のはずなのに一般市民の服が妙に小奇麗なのも、この際構わない。相変わらずモブ集団のIQと倫理観が崩壊しているけども、まあそれも良しとしよう。関水渚が演じるヒロインが最初から最後まで見事に「居るためだけに居る」感じになってしまっているのも、まあ、まあ、まあ〜〜〜〜、良しとしよう。   もちろん、そういう部分が「出来ている」に越したことはない。とはいえ、「出来ていない」ならそれはそれで構わないのだ。そもそもの原作からして荒唐無稽な世界観なので(そこに筆圧で説得力を持たせるのだからすごい)、今更この手のツッコミは入れない。分かって観に行っている。承知の上だ。   『カイジ』の、それも実写映画シリーズならではの魅力はなにか。それは、「①知略と心理戦が行き来する手に汗握るギャンブル」「②それを取り巻く演者の仰々しい演技」、このふたつである。まず①があって、それをコーティングするように②がある。それでこその写映画シリーズだ。   原作にもあった、イカサマと騙し合いが交錯するEカードに、常識を超えた仕掛けと掛け合いで魅せるモンスターパチンコ・沼など、そこにはまず絶対的に①がある。これはもちろん、原作漫画のヒットがそのクオリティを保証している。そこに、映画ならではの②が加わる。ナレーションや福本漫画特有の演出が無い代わりに、藤原竜也が、香川照之が、伊勢谷友介が、とにかく顔面と演技で圧(お)す。脂汗を滲ませながら、全身の筋肉を震わせながら。とにかく「濃く」「仰々しく」立ち振る舞う。もはや失笑ギリギリの演技が『カイジ』だからこそ成立する。そんな唯一無二のバランス。   じゃあ今回の『ファイナルゲーム』がどうだったかというと、肝心要の①、これがもう残念極まりないのである。これが原作者考案とは・・・。福本漫画のファンとして、思わず目を覆いたくなる。   もっと突っ込んで分解していくと、『カイジ』における①、つまり「知略と心理戦が行き来する手に汗握るギャンブル」には、大きくふたつのパターンがある。ひとつは、「A.極限の状況下での気付きや閃きによる逆転」。あるいは、「B.常軌を逸した発想による大仕掛け」。分類すると、AがEカードや17歩、Bが限定ジャンケンの買い占め行為や地下チンチロだ。また、沼はBからAに移行していくハイブリッド型、とも表現できる。『カイジ』のギャンブルは、このどちらか、あるいはそれが合わさっているからこそ面白いのだ。Aはギャンブル漫画の王道アプローチとして、Bは犯罪計画の面白さや「コンゲーム」「コンフィデンスマン」といった要素にも近い。   では果たして、『ファイナルゲーム』にはAまたはB、あるいは両方があったのか。否っ・・・!!!圧倒的否っ・・・!!!!そこにあるのはAっぽいなにか・・・!!Bっぽいなにか・・・!!!ハイブリッドっぽいなにかっ・・・!!!!(以下、ネタバレ込みで感想を記す)   スポンサーリンク       まず冒頭の「バベルの塔」は、まあこれは、導入部分のさらっとしたギャンブルなのでまだ良いでしょう。世界観説明のためのギミックだ。問題は、中盤に大きく尺を割く「最後の審判」。個人対個人の対決で、支援者の提供を含めた互いの総資産で競い合うゲーム。アプローチとしては完全にB(大仕掛け)タイプのギャンブルで、カイジが事前に仕込んだ策略がここぞという場面で炸裂する、そんな展開を期待してしまう。しかもご丁寧に、会場の見取り図まで手に入れて、何やら画策しているのではないか。「あの沼にような大胆かつ奇抜な発想で敵を追い込むのか!?」。   ・・・そうワクワクするも、全くそんなことはない。いや、ひとつだけ、「時計職人の知り合いを抱き込んで会場の時計に仕掛けを施し、ゲーム終了時刻を誤認させる」という戦略はあったが、それは単にプレイ時間を確保するための保険的工作に過ぎない。肝心要の、「どうやって敵に勝つか」という部分への答えには全く足りていないのだ。   じゃあその「どうやって敵に勝つか」の部分がどう展開されたかというと、「ギャンブルの途中で抜け出して他のギャンブルで勝って追加資金を稼いでくる」というもの。へただなぁ、カイジくん・・・へたっぴ・・・。しかもその「他のギャンブル」も当てがある訳ではなく、その場になって初めて焦って周囲の賭場を走り回る始末。正気か・・・!? 例えるなら、「モンスターパチンコ・沼への必勝法、それは追加資金を他のギャンブルで稼ぐことだ!」と叫びながら周囲のルーレット台に駆け寄るようなものである。カイジ、お前・・・そんな・・・マジなのかお前・・・!!マジなのかよっ・・・!   そうやって向かった先にある「ドリームジャンプ」。10本のロープのうち1本だけが正解の身投げギャンブルで、9割の確率で転落死するというもの。それ自体は良い。一見運の要素だけで構築されていそうな戦いに「理」を見い出す、それこそがカイジだ。   しかしあろうことか、「電気系統を壊して前回のゲームから正解番号を変更できないようにする」って、お前・・・!マジなのかよカイジ!!おいカイジっ・・・!!まず電気系統の守り!!帝愛お膝元のギャンブル帝国なのにガードがひとり居ない!!そもそも「操作できなければ前回と同じ正解番号」である情報はどこから入手できたのか。普通は毎回ランダムで選出されるシステムじゃないのか。   しかも極めつけは「その飛び降りゲームに賭けて遊んでいる富裕層のハズレ馬券をゴミ箱から漁って正解番号を推察する」って・・・!おい・・・!カイジっ・・・!!!か〜〜〜〜〜〜っ!!笑わせるなっ・・・!!そして正解は9番なのに仲間が「きゅう」 と叫んだ瞬間にサイレンが鳴って番号が分からない!「きゅうなのか? じゅうなのか? 『うー』と叫んだあの口の形はどっちだ? どっちなんだ?」ってそんなしょうもない二者択一を大真面目に繰り返すカイジ・・・!カイジ・・・!!!お前!!!!そ、そして・・・驚愕の・・・・番号を告げた仲間が普段からやっていた映画監督のような仕草・・・「キュー!」・・・それを手でやっていたら伝わった・・・・「俺は直前で番号を変えることが出来たんだ」・・・違うんだよカイジ・・・そんな・・・そんなシンプルな運(とも呼べないようなもの)で助かったのをさも策略かのようにドヤ顔で語るお前を見たくて映画館に来たんじゃないんだよカイジ・・・!!お前ってやつはっ・・・・・・!!!   そして、その「ドリームジャンプ」で得た資金をもとに「最後の審判」に勝利する。いやいや、「ひとつのギャンブルで勝つために途中で抜けて他のギャンブルで勝って元のギャンブルにもその賞金で勝つ」って、もうなんか色々と破綻しているのではないか・・・。観ている方もストレスですよ、普通に。   更にはダメ押しで登場する最後のギャンブル「ゴールドジャンケン」。金の卵を握ってグーで勝った者はその黄金を手にすることが出来る。そもそものルールが「勝つこと」なのか「黄金を得ること」なのかよく分からないゲームだと思って観ていたら、案の定、「お前はグーなら黄金を握ると思い込んでいるっ!」などと言って空のグーを出すカイジ。   ・・・んんんん??? しかも対戦相手の福士蒼汰は、相手プレイヤーの黄金を握った時の肩の下がり具合や挙動からグー・チョキ・パーを推察する、このゲームのプロだと言うではないか。いや、それEカードの時の利根川だから!!利根川で一度知ってるからそれ!!しかも利根川はそれを言っておきながら敵の体温や動悸を計ってイカサマしていた二重の仕掛けなのに、福士蒼汰はそれが普通にお前の特技なのかよ!!しょぼすぎだろ!!!イカサマでもなんでもなくて普通にめっちゃゲームが上手いヤツじゃねぇか!!おい!!!もうこうなったらいっそ宇宙キテくれよ!!!   などとまあ、このように、ギャンブルのクオリティがつくづく残念なのである。A(瞬間の閃き)っぽいなにか。B(大仕掛け)っぽいなにか。そのハイブリッドっぽいなにか。「それらしい」やり取りだけが延々���交わされる。ただそれだけ。よって、①の「知略と心理戦が行き来する手に汗握るギャンブル」が完全に破綻してしまっている。そこに手に汗握る魅力はない。手はカラッカラ、乾いている。乾燥肌だ。   そうなると、②の「それを取り巻く演者の仰々しい演技」が、ただひたすらに「浮いて」くるのである。まるで中身の詰まっていないエビフライ。着こなせていない派手な洋服。ギャンブルの精度が低い「中身」を「仰々しくクセの強い演技」でコーティングすると、そこに生まれるのは必然、「虚無」である。   藤原竜也の圧力も、吉田鋼太郎の染み渡る味も、福士蒼汰の熱量も、その全てが見事にから回っていく。「カイジらしくないギャンブル」を「カイジらしい演技」で包むのだから、そりゃあ、「虚無」である。なんで・・・なんでこんな・・・。   もちろん、菅野祐悟によるお馴染みのテーマソングが流れれば、それなりにアガることはアガるのだ。ただそれは、ソースの匂いを嗅いで条件反射のように興奮しているだけで、重要なのはそのソースが何に「かかって」いるか、という点だ。知略も計画もない行き当たりばったりと運だらけのギャンブル。そしてそれをドヤ顔で解説していく仰々しい演技。無念である。    スポンサーリンク       そして何より、これが原作者・福本伸行によるオリジナルゲームという事実が哀しい。実に哀しい。   もはや遠慮せずに書いてしまうが、やはり近年の福本漫画のクオリティには疑問を感じるところである。肝心の『カイジ』も、17歩に13冊を要した時点でやや如何なものかと思っていたが、その後の和也編やワンポーカー編、現在連載中の24億脱走編には、あの頃に覚えた緊迫感や作品への信頼感がどうしても足りない。 『アカギ』も、鷲巣麻雀が長いことそれ自体は構わないのだけど、地獄に行ったり配牌だけでかなりの尺を使ったりと、流石に顔をしかめてしまう展開が多かった。新連載『闇麻のマミヤ』も、主人公が本格的に出てくるまでがとにかく鈍重。ストーリーテリングとして本当にそれで良いのか、疑問が残る。   賭博堕天録カイジ 24億脱出編(5) (ヤンマガKCスペシャル) 作者:福本 伸行 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2019/11/06 メディア: コミック   闇麻のマミヤ 1 (近代麻雀コミックス) 作者:福本伸行 出版社/メーカー: 竹書房 発売日: 2019/12/06 メディア: コミック     今回の『カイジ ファイナルゲーム』は、確かに「福本漫画らしい」展開であった。悪い意味で、「(近年の)福本漫画らしい」。『トネガワ』や『ハンチョウ』といったスピンオフが面白いのは、原作それ自体がヒリヒリとした緊張感に満ちており、それとの落差がえげつないためである。原作が失速し、あろうことか本家本元がギャグ漫画であるスピンオフに迎合かのするような作りは、あってはならないのである。   中間管理録トネガワ(9) (ヤンマガKCスペシャル) 作者:福本 伸行,三好 智樹,橋本 智広 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2019/11/13 メディア: コミック   1日外出録ハンチョウ(6) (ヤングマガジンコミックス) 作者:萩原天晴,福本伸行 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2019/07/05 メディア: Kindle版     だからこそ今回の『ファイナルゲーム』には、事前の宣伝からして不安があった。予告編では、福本漫画ならではの「圧のある台詞」がわざわざ文字として踊る。そういう、いわゆる「カイジ的」な部分を推す。宣伝が全般的に、そういった方向性でまとめられていた。   www.youtube.com   「甘えるな!!世間はお前らのお母さんではない!!だけど今回はファイナルゲームを楽しむために特別に教えてあげるスペシャル映像 3分で理解るカイジ」 圧倒的公開!!!!!https://t.co/tGi23smm6t#カイジ #カイジファイナルゲーム#藤原竜也 — 映画『カイジ ファイナルゲーム』 (@kaiji_movie) 2019年12月13日   原作のそういった持ち味が魅力であることは重々承知しているが、それは受け手サイドが「すごい!なんて台詞だ!」とニヤつきながら震撼するから面白いのである。公式がそのノリに迎合して、「ほらほら圧のある台詞ですよ」と、そんなことをやっては興醒めも甚だしい。こちとら真剣に『カイジ』を楽しんでいるのだ。頼むから茶化さないでくれ。キンキンに冷えているのは俺の『カイジ』への熱量だよ。   長年をかけて積み上がってきた偉大なる作品世界、その他者を寄せ付けない孤高の作風を、あろうことか作者を抱き込んだ公式サイド自らが崩していく。「カイジっぽいギャンブル」を、「カイジっぽい演技」で、「カイジっぽい宣伝」を。ただその外面だけを利用したコンテンツ形成に、あろうことか創造主たる福本伸行が全面協力している。この残念さ。無念さ。近年の氏の作品に見られたズルズルの傾向、まるで作者自身がセルフパロをしているような薄い違和感が、『ファイナルゲーム』でもご丁寧に再現されてしまっている。   この作品は、福本伸行という私が敬愛する漫画家の、一種の断末魔なのかもしれない。あまりにその悲鳴は鈍く、心に響かないのだけど。   賭博黙示録カイジ(1) (ヤングマガジンコミックス) 作者:福本 伸行 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 1996/09/03 メディア: コミック   人生を逆転する名言集 作者:福本 伸行 出版社/メーカー: 竹書房 発売日: 2009/10/05 メディア: 単行本    
0 notes
cassette-glasnost · 5 years
Text
<テスト投稿>Robert Haigh1980~1985
Tumblr media
TRUTH  CLUB / FOTE   Slight / Looking  For  Lost  Toy 7"  LE  REY (UK)  LE  REY 1   1980
ギター・ベース・ドラムの3人編成によるボーカル・バンド・スタイルなTRUTH CLUBサイド。ビート楽曲に管楽器やピアノと個性的コーラ スを絡めつつ実験且つアバンギャルド風味を醸し出しながら、熱のないクールさに出来たNEW WAVEサウンドはポスト・ロックを感じさせ る古典B級音楽フリークス向け。SPLIT逆サイドにはTRUTH CLUBに女性ボーカルを加入させての発展バンドFOTE。声色(こわいろ)ボーカ ルを導入してのフリーキーなビート・サウンドは前衛系譜を深めており更にで妙。前衛/実験/アバンギャルドであってもNOISE色には薄く 要点としてはSEMA/ROBERT HAIGH音楽活動最初期記録と言う事になろうか、仮にTRUTH CLUB及びFOTEのメンバーであったROBERT HAIGHが後にSEMAを開始していなかったとすれば、埋もれきったB級NEW WAVEマニア向け地下カルト・アイテムのひとつになっていた と思う。トータル作品その香しさには独特な見映えあり。  (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   Hoisting  The  Black  Flag LP  UNITED  DAIRIES (UK)  UD06   1981 cassette  UNITED  DAIRIES (UK)  UDT02   1987 bootleg-cassette  RRR (USA)  UDT02   1987
急隆盛著しく拡散して行ったNEW WAVEシーン、別選択のひとつとして注目されたNOISEその黎明期にも勢いは飛び火する。地下マイナー 自主製作サイドがプレス盤をリリースするには資金面など制約在りきで儘(まま)ならかった当時一般、ジャンル問わずしてコンピLP作に熱量 が集まるのは道筋だったと言えよう、この時期コンピLP作には名盤と言われるものが非常に多い。その内で特出すべきNOISEコンピ作のひと つとなったのが英国NURSE WITH WOUNDが運営するUNITED DAIRIES1981年配給コンピLP作第一弾"Hoisting The Black Flag"本件。前 衛にフリーにアバンギャルド達はNOISEと性交しダダイズムの息吹きを新たに上げ地下闇世界から再び海賊旗を翻す事となる。前年80年に本 レーベルから1st LP作"We Buy A Hammer For Daddy"(no. UD02)と1st12"作"Cake Beast"(no. UD07)の配給があるLEMON KITTENS が第一推薦と言わんばりにA面トップ。形容し難いフリー・スタイルを看做して提出先非在の音実験レポート、鼻唄の様にした怪し気なハミ ングを伴い電子風情に趣きある音が鳴り何かがソフトに内側で転がっている。プレイ断片のテープ・コラージュは奇アッセンブリー、女声の 歌声、男声の語り、調和にない生態系は住処。音の営みに英国的妖精気配、あたかも創造搬出者はエルフやピクシーの類いフェアリーだとし ても小悪魔からの変体。奇怪な森は音による夢物語、そこから緊迫を煽るリズムらとフリーキーなサックスらが追従し迫り出しから蹴破りに 向かうは肉感的鮮度。監禁扱いされていた堕天使世界が違和そのままに羽ばたき起ってから自らを放った事を覚えさせる。魅力として発する 事を覚えた淫らな邪心や醜い妖艶らは獲得から自立。宣言の必要には及ばず様々な線引きを飽和させる秀悦魔術。魔導師降臨、立場目撃者を 実体感させる開口にある。A2にはSEMAで浮上する事となるROBERT HAIGHの再初期活動グループTRUTH CLUB。シングル盤でのバンド 編成演奏スタイルとは異なりアコースティックなアングラ歌曲調サウンドを蔵める。テープ操作音にコーラスとパッカーション、ギター音や エフェクト処理も孕み非常に神隠し的、焚き付けに色濃い儀式最中を促し齎す。A3にはレーベル主NURSE WITH WOUND。フィードバッ ク音とギター・マニュピレート音と異化音源を主成分としたフリー・インプロビゼーションは男女メディア音声のコラージュを伴いつつ混線 呪縛への陥れ、逆襲的且つ強襲立場からのハード電子雑音侵略ぶり。NOISE決起の旗揚げにありアルバム・タイトルに通ずる事となる。間髪 なしでシフトするラスト・トラック、シュールは落書きみたいだから徒花が全うMENTAL AARDVARKS短編がA4に添えられる。化物たち が飛び出したツヅラ箱開けの様にしてオブスキュアやアブストラクトらが音楽牢獄から既存ルール一切に構わずジャンプし具現体化している のがA面だとすれば、音楽エレメント内で海賊旗を掲げていると言えようかエレメン��・クーデター色に強いと言えそうなのがB面。英プロ グレ・バンドKING CRIMSONでプレイしていたDAVID CROSSがトップ。打音と弦を主軸にしたプログレとアバンギャルドの混血音楽は効 果音も多分に孕み展開を謳歌するB1。B2には本レーベルからTHE BOMBAY DUCKS名義で1981年に1st LP作"Dance Music"(no. UD05) を配給するPAUL HAMILTON & JOSEPH DUARTE。弦音は内部演奏によるものであろうか、弾く叩く擦ると徹底的に楽器ピアノを活用し た現代アート調。天真爛漫な破天荒が軽快にポスト・モダンを産出し特出する。続いてパワー・エレクトロニクス界の首領WHITEHOUSEが 2トラック。過剰エフェクトされたボイスは原形から遠くNOISE音としての一構成、陰惨質に毒々しいサイクル・パルス状な電子サウンドの B3、奥設置でエフェクトに塗れたボイスを置きシグナル音や電波雑音でエクストリームな闇実験性に高い電子サウンドのB4。電子音楽の奇 形から破壊に及んだ事によって滲み出されているのはその造反行為自体かと存じ察する。B面アプローチ各々ながら想定アカデミックを偽装 にして支援・援護・擁護の姿勢に在らず色濃く炙り出されるものとなれば寧ろでその解体と解放。"Hoisting The Black Flag"全行程を以てそ の全うぶりを確認するに至る。B面ラストにはA面ラスト同様MENTAL AARDVARKS短編が別一片にて徒花を咲かせた。仮に共感を呼んだ としても連帯はない。植え付けられた商業音楽幻想らをいなし起源へと還す。額縁の様なものがあって音を覗いている自分に気が付けば音も 自分を覗いている事に気が付くが関係も距離も変わろうとしないし変わらない。聴き終えた後に自分以外に人は居るのか人間社会はまだある のかと思わせてしまう音盤でもある。芸術やアートらに席を置かないNOISEからの運動。蓋(けだ)し促しているものは孤独にはなく特化でも ない自立である。 (oZ)
FOTE    Perfect  Sense      12"  LE  REY (UK)  LE  REY 2   1981 Shaking  The  House  12"  LE  REY (UK)  LE  REY 3   1981
ROBERT HAIGHがSEMAに移行する前に音楽活動上関係していたグループがFOTEである。1st 12"シングルである"Perfect Sense"と2nd 12"シングルである"Shaking The House"は一枚のLPとしてリリースしても良いぐらい内容に大きな変更がない。変拍子・外されたアクセン トの複合・再々登場するベース/ギターのハーモニックス演奏・効果音的に導入されるTOY系の音・通常の唱法を脱却したボーカルスタイル とバンド編成によるフリー系アバンギャルドで、反対派ロックRECOMMENDED RECORDS系アーティストの色合いがあり、そこに1980年 初頭のNEW WAVEのエッセンスが加わって、淡々という言葉は的確ではないにしても抑制側にあるホットではない演奏をプレイしている。 各々12"ラスト曲では共にバンドという形を解体し、各々楽器の音色をもって作品として再アプローチするような楽曲が収められている。特 に"Shaking The House"の方のそれは落ち着きのないSEMAの様で後の活動の原点的なものが見え隠れしている。総じて音的には何が登場し て来るか分からない程に活気があった1980年前後当時にありがちなB級アバンギャルドの香を強く与えるものであるが、そこにジャケット・ デザインが付加されトータル作品として触れることになると、その格が数倍に跳ね上がる不思議なポジションにあるバンドである。因みにLE REYの1番は前身であるTRUTH CLUBとのスプリット7"シングルで、FOTEサイドには"Perfect Sense"に入っている"Lost Toy"が"Looking For Lost Toy"として収められている。また未聴ながら英レーベルUNITED DAIRIESから1987年にリリースされたカセット作"The Best Of Robert Haigh"(no. UDT034)のA面にて12"作全トラックが聴ける様である。オリジナルでの入手となると難易度激高なレア・アイテム。オ フィシャル・ブート扱いなのか何なのかながらで米NOISEレーベルの老舗RRRがUNITED DAIRIESカセットを再発していたので、意外と音源 の入手だけで割り切ればハードルはそう高くないかもしれない。 (1997年 電子雑音1号より追加編集 oZ)
SEMA   Note  From  Underground LP  LE  REY (UK)  LE  REY 4   1982 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
SEMAのアルバムはどれも30分前後に収まるもので短い。ままになく塩ビ盤NOISE作には表記なく再生スピード・フリーな作品が存在する。 再生速度表記が無いSEMA本作を一旦で疑ってみて聴き直してみる。B2にてコラージュされる音声音源を始め響きの詳細と且つアルバム・タ イトルを窺ってからその気配となれば33RPM再生ではと判断し起こしていると前置をひとつ。金属音にピアノ音、残響・間・微音。辛辣気 を齎す不協和な一打音系、ピアノ音は虚ろな独り言の如し旋律と不定期に滴り落ちる一雫の様な不協和コード、焚き上げ感を有する音声の様 な鳴りと振幅音の持続に敷き詰められる。時折に不協和ドローンが往来し幻怪・暗度・陰鬱・棲息ら不穏気を漂わせ陰性モノトーンなムード と言うものを催しながら起ち興す抽象オブスキュア。音とリスナーが居る場所を特化空間とし日常現実を闇に差し換え染め潰しながら手を引 いて離脱して行くミュージック・コンクレート。終焉した過去は終わりを拒否し続け蠢きアメージングを蜜にして穏便に拉致する如しにある 全1トラックA面。テープ逆回転音に一打音のアクセント、弦の摩擦による持続音にピアノや音声音源らが散在するB1トラック。憂鬱に悶え る嘗ての優雅は時代の内で場末となった今に密かながらで喘ぎを漏らす。不確かな記憶再生その断片を集積すれば退廃を孕み歪みが生じ不均 衡は地下世界の花園となって解放されてしまう。今と比較すればシンプルな構造ながらバランスに無理や無駄がなく音そのものの響きに趣き があり気配寡黙然としながらも存在としてのテンションを覚えさせる。朦朧に独り虚ろとした現実と非現実の狭界で識別の類いを無効化させ 道連れにし洒脱感に溺れる。B面ラスト短編B2ではギターの即興と不協和持続音と幻聴微音による炎天下真昼の弔い祭事の様な無色彩観で虚 無を描き〆。朧(おぼろ)として虚ろな実存的夢世界半ば、その在り方は負性魅惑を孕みつつ魅了と言うものを然り気なく後押しする。 (oZ)
SEMA   Theme  From  Hunger LP  LE  REY (UK)  LE  REY 6   1982 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
塩ビ盤のSEMA並びにROBERT HAIGH作にあっては再生スピード設定を固定せずに接した方が宜しいかもしれないと提案してみる。再生速 度フリーに謀られている設計ありとも思える2nd LP作"Theme From Hunger"。が但し本作にあっては同年に本アルバムA2曲を搭載し出版 された国内プログレ雑誌マーキームーン10号の付録片面ソノシートが45回転再生指定で存在している事、更に本アルバムA1曲のリミックス 相当となる1984年ベルギーLAYLAHから配給された12"作"Juliet Of The Spirits"(no. LAY 9)のB面からしても有力視されるとなれば本アル バムは45回転再生の方が濃厚。紹介立場上からしてソチラの方で一応一旦と。再来訪気配の様にして近づく不協和を孕んだピアノ・プレイで 始まるアルバム・タイトル・トラックA1、古いわだかりを抱えた物憂げを抱く様にして切迫の無闇に催される怪奇にも似た違和感、不調和な オブスキュアと抽象の内で音の響きが神経から皮膜を失わせて行き朦朧と辛辣は波立たないウネリ。一打音による設定変化、不協和な持続音 にシンバルと太鼓、怪しいコーラス音、別持続音の到来重複。弦音複数による鳴り、ジャンク物音にハーモニクス・プレイ、弦の摩擦音、再 度始まる持続音の鳴りらが一打音の切り替えにより展開されるアコースティックNOISEは予見・催眠・暗示を促しながら不遇世界を綴る。逆 回転再生音を孕んだ怪しい発声音の持続、プレイされるピアノ、不協和な持続サウンド、怪ムードを煽る打楽器音と管楽器音。"迫"と"怪"と微 睡みとが狂気前とした現実味を齎し軟禁された仮優美の闇独房。痛みが治まる気配には至らない歪み。おそらくで揺るぎない程に根を張って いるものとなれば退廃。100年前も100年後も覚えとして変遷しない不変内心との接見。波立たない朦朧と辛辣のウネリが自覚なくして刻々 と波紋を広げる地下景の如しにあるA2。盤を返しB1にはピアノ音とシンバル等の打音。残響に傾向したロールシャッハの如しサウンド・ア ブストラクト短編に始まり、B2では管楽器音とピアノ音と打楽器音による無調ムードにピアノ旋律、忽然として抉じ開けられる宵闇幻想な弦 音系アンビエント・ドローンは深い揺らぎに空恐ろしさを隠し持つ。シタシタと溢れる不穏は複合心模様その感覚機微世界。アルバム・ラス トB3では音声音源や物音らも孕んだギターとピアノのプレイ。興しから萌えた記憶、奇妙な郷愁は郷愁から失墜し現存の在処を喪失させ幕を 閉じてしまう。一方として33回転再生の方でも大きな不自然さには遭遇を見る事はないと思う。月下の夜演奏の様に不協和を孕んだピアノ・ ソロから開始し裏ぶれた優雅、痛みの治まらない古傷、或いは悲哀めいた落陽の風景を呑み込み、閉じ込めた夜陰らから余韻などを届けなが ら、特異域意識に在らずしての離反を促す催眠の内で暗みを、密やかに現実的なるものとしてしまう空間化の様なもの。セピアに気だるい退 廃ムード・ラウンジから這い出せないでいるのが愛聴してしまっている私的。強ち一般該当に当て嵌めてみても如何様なものか寧ろ媚薬とも なる曖昧さこそがNOISE。正規仕様と言うものを探りひとつの見解を持つと同時に、その事柄とは別にして最終選択肢はリスナー各位の世界 観に準ずるとすれば音の楽しみ方と味わい方は広がり、強いてその自由な受け取り方はNOISE作品らしさへと通じる。とコレ個人的な見解な れど好機につき御試ししてはと伺ってしまう。 (oZ)
SEMA   S. Minor  Ghosts Flexi (one-side, no-jacket)  MARQUEE  MOON (JAPAN)  MM-0006   1982
国内プログレ雑誌マーキームーン10号の付録45RPM片面ソノシートにつきジャケを持たない本作。逆回転再生音を孕んだ怪しい発声音の持 続、プレイされるピアノ、不協和な持続サウンド、怪ムードを煽る打楽器音と管楽器音。"迫"と"怪"と微睡みとが狂気前とした現実味を齎し軟 禁された仮優美の闇独房。痛みが治まる気配には至らない歪み。100年前も100年後も覚えとして変遷しない不変内心との接見。波立たない 朦朧と辛辣の無気ウネリが刻々と波紋を広げる地下景の如しから漂う退廃亡霊の気品気配。2nd LP作"Theme From Hunnger"のA2トラッ ク"S. S. Minor Ghosts"が"S. Minor Ghosts"と題され収録されたコレクターズ・アイテム。フォーマット違いによるものであろう響きの違 いと再生スピード指定になっている事以外LP作との違いは覚え難かった。テイクとしては同じだと思う。因みにで当時国内プログレ・シーン が前衛繋がりでNOISEの窓口を担っていた事が解る資料価値のある1枚ともなる。80年代初期マーキームーン誌や初期フールズ・メイト誌な どを閲覧すればその時代と共に履歴・資料以上で様々が窺える事と思う。 (oZ)
SEMA   Extract  From  Rosa  Silber LP  LE  REY (UK)  LR101   1983 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
弦の摩擦音であろうか獣の鳴声の様な響きが気配を運ぶ幕開け。男声コーラスの反復にピアノのメロディー。雑音が介在した薄気味の悪さを 朧(おぼろ)げに覚える異空間域は月下の秘め事の様。神妙さとはナビゲーター、入口から深部へと駒を進めると禍々しさが潜み入る闇世界、 潜み入っていると思う闇そのもの全体像が獣自体。抱擁されている事に気付かずな神隠し、型崩れしてしまった常識に覚えを持たずしてのア ジール世界アルバム・タイトル・トラックA面。"女神の解剖"とでも訳せば宜しいかB面は1984年英国UNITED DAIRIESからリリースされた コンピLP作"In Fractured Silence"にも搭載されている。A面に仏国のUN DRAME MUSICAL INSTANTAEとHELENE SAGE、B面に英国 のSEMAとNURSE WITH WOUNDから成ったこの4WAYコンピ作は雑音ながらコンテンポラリー色が強く当時の評価としては低い様だった が個人的にはお気に入り。因みに入手難易度激高だったSEMAアルバムからすれば最も出会い易いトラックがコレであった。ディレイを効か せたピアノ旋律、打音を合図とした設定の切り替え、教会の鐘が鳴り響く中で反響に歪む持続音、少女の瞳の奥底に閃光する演ずる事のない 白昼夢の麗しさと等しく、穏やかさに隠匿されたままの残骸標本化された狂気を素晴らしく思う。片面1曲全2曲トータル30分に満たないア ルバムではあるが負性なる潤いに満ちた在処と言うものを然り気なく追憶の如しで呈し格別に揺るぐ。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   In  Fractured  Silence LP (+ insert)  UNITED  DAIRIES (UK)  UD 015   1984 cassette  UNITED  DAIRIES (UK)  UDT030   1987 cassette  RRR (USA)  UDT030   1987
A面にUN DRAME MUSICAL INSTANTANEとHELENE SAGEのフランス勢、B面にSEMAとNURSE WITH WOUNDの英国勢。各々のト ラックを存分に堪能出来る4WAYなコンピ作。本レーベルの代表的VA作"Hoisting The Black Flag"や"An Afflicted Man's Musica Box"が 強力に目立つあまり存在薄な位置に定着された感ありとも、渋さに出来たこの内容は決してヒケをとるものではなく実に素晴らしいデキにあ る。アコースティックな無調室内楽に効果音を重ねたそれは、まるで60年代後半〜70年代前半のフランス娯楽映画から映像を奪ってサウン ドのみに映し出している様な感じのU. D. M. I. 。半ば無造作な展開ではあるもののドタバタに陥らずに、重過ぎず軽過ぎず仮空と現実の狭間 を産む。鑑賞用な芸術やら文化やらを軽く"いなし"ている品が麗しい。続くHELENE SAGEでは更にサントラ演奏要素が外され、情緒不安定 な無言追跡劇その映像内で繰り広げられているシーン展開を想定したかの如しフィールド・レコーディング記録の様な音演出が登場する。絵 のない物語りへグイグイと引き込んで行く力のあるトラックである。逆面ではROBERT HAIGHによるダーク質な散文的ピアノ曲がエクスペ リメンタルなアトモス音と退廃優雅に踊っている光景とも言えようSEMAの雰囲気良し展開良しな名曲が現れる( 因みに本曲は83年SEMAの 3rd LP作"Extract From Rosa Silber"のB面でも聴ける)。トリはレーベルUNITED DAIRIESの主人NURSE WITH WOUND。艶(なまめ)かし い程の妖艶が怪しく騒がし気な宴の中で展開浮遊しては言葉と言うものを奪っていく、正に有無をも言わせないこちらも名曲。どのトラック もキリリとした輝きを持っていてウットリとさせられるのがこのVA作である。最後に蛇足ながら、UNITED  DAIRIESのアナログ盤はプレス が抜きに出ていて音の再現が素晴らしく良好。まだ未体験の貴兄に宛てては全てアナログ処理で工程が完結しているであろう初期作の最低ど れか一作は入手してみては如何かと伺う。廃盤幾久しくコンディション・ミントは難しいとは思いますが、安価/適価にて遭遇された際には トライして損はないと思います。内にある何かに働きかけ意識なり見識なりが変わる事と思えますので。 (oZ)
ROBERT  HAIGH  AND  SEMA   Three  Seasons  Only LP  LE  REY (UK)  LR102   1984 LP (included in 4LP-BOX "Time Will Say Nothing 1982-1984")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD103   2012
SEMAとしてのラスト・アルバムは個人名義を加えROBERT HAIGH AND SEMAで登場した。メロディー比重を上げ更にコンテンポラリー 音楽への色を深めた本作。生楽器音とドローンから産み落された郷愁感さえ含んでいるであろう叙情性。後の2000年前後あたりだったであ ろうか精神安定剤代りに重宝されたフィーリング・ミュージックの先駆け的な様にもあるが、フラットな物でも癒す物でもなく喚起させる働 きかけに出来た幻想幻覚サイドにありアダルトな眩暈(めまい)を垣間見せてくれるであろうA面。更にピアノ・ソロ・サウンド化を促進した 短編群から出来たB面はスタイル・構造・印象からすればNOISEとは言い難く、それは現代アートへの宣言とも看做せようかSEMAを終演さ せ移行したROBERT HAIGH個人名義活動その挨拶状且つ名刺代り。記憶が造った架空庭園、或いは地下シェルターの田園風景など人工的な 意味付けの上に成り立った根のない虚像美世界が刻まれる。SEMA作品の怪しく美しいジャケ・ビジアルに虚ろさを覚えれば音世界内容は準 ずるものとして先ず良いと思う。トータル作品としての完成度の高さがSEMAの音魅力を更に引き立てているのは間違いない。追加として独 レーベルVINYL-ON-DEMAND社から再発される事はないだろうとされて着たSEMAのLP全4作が"Time Will Say Nothing 1982-1984" (no. VOD103)のタイトルで2012年BOX仕様にて奇跡的に再発リリースされた。4作ともオリジナル・ジャケ・デザイン付きで更にボーナス曲と してV.A.参加曲が追加される。オリジナル入手難易度・レア度からしてみても苦労なく一気にSEMA音源と遭遇出来るのでお薦め。 (oZ)
ROBERT  HAIGH   Juliet  Of  The  Spirits 12"  LAYLAH (BELGIUM)  LAY 9   1984 2LP (included in "Cold Pieces 1985-1989")  VINYL-ON-DEMAND (GERMANY)  VOD132.11 / VOD132.12   2014
夜陰の中の廃虚、朧気(おぼろげ)と冷めた追憶を見る様にしての電子ドローン質なオープニング。憂いのあるギターとピアノのメロディーが 主となって流れ、揺らめく赤に染まったジプシーの様な浮き草ぶりを想起させる。やがて音の悪いバイオリンが弾かれ加わり半ば唐突に闇の 中へ放り出す如しの様にしてエフェクト・サウンド・ドローンで幕を閉じるA面。B面では不協和を鏤(ちりば)めたピアノの旋律。一打音によ る設定の切り替えの後、電子持続音と闇儀式的な気配を焚き付ける太鼓の音、不気味なコーラスの浮遊らが混合しゴーストを誕生させる。十 中八九で1983年作SEMAの2ndLPタイトル曲A1"Theme From Hunger"のリメイク版。その後もSEMAでの特徴であった一打音による設定 の切り替えをカット・アップ代わりに多用し展覧させているかの様にしてミュージック・コンクレート/コンテンポラリーを解体展開し不穏 なるアブストラクトへと陥れていく。SEMAラスト・アルバム後に舞降りた残り香的蜃気楼と言えるかもしれない、自分自身の過去に手向け つつ別離と言うものを謳ったと思われる1枚。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   Devastate  To  Liberate LP  YANGKI (UK)  YANGKI001   1985 cassette  UNITED  DAIRIES (UK)  UDT025   1987 cassette  RRR(USA)  UDT025   1987
HARDCORE PUNKシーンが冴えたるところ、音楽が出来るその可能性、後々のライヴ・エイドらにも通じて行くと思う。この時期しばしば リリースされた政治的運動一環に強いアルバム。アナーキズム的な個人行動を基本とした過度な動物保護活動が集団化すればテロ組織看做し THE ANIMAL LIBERATION FRONT(動物解放戦線)をサポートしたとされるコンピLP本作。とは言うもののB面中盤以後に登場するCRASS ないしその一派は順当としても反社会・反組織・反規則と非属性に強いNOISEアーティストが集い支援するとは俄(にわか)に信じ難く違和感 に埋もれる。音楽シーン内でアナーキスト立場でありテロリスト立場で通じていると言えようNOISEが、政治色に強いCRASS周辺と結託し 解放の為に荒廃させるべく混沌錯綜への陥れが本コンピ作の主旨ではなかろうか、支援そのもの自体に熱量はなく至ってニヒル延(ひ)いては その為の強引用であり借物ではないかと察せられる。A1にはNURSE WITH WOUND、放牧家畜の様な牧歌的POPSがコラージュNOISEに噛 み付かれてから捕食されてしまった如し良トラック。A2には揺れを伴った闇幻常蜃気楼、第一期活動終盤の転換期であったSEMAが珍しく純 然としたドローン・アンビエント作風を収録。A3ではDANIELLE DAXとのデュオNOISEアバンギャルドPOPSバンドLEMON KITTENSを解 消し終わらせたKARL BLAKEによる新バンド、SHOCK HEADED PETERSがギター・フィードバックを唸らせてのヘヴィー・ロック。モン タージュ・アッセンブリーされたコミカル奇形が音楽モドキを粧いつつ蝿やゴキブリら迷惑愛嬌同等を出現させた如しA4、盆気配なベル打音 余韻を効かせながら物音や作業音らをコラージュしたA5各々印象的な短編2編を蔵めたP16D4。ロックとNOISEとフォークロアを迷彩柄に したと言えそうなA6のCOIL。金属ベル音の反復とフィードバックNOISEに加工された少年少女合唱が被りループエンドレスするA面ラスト は反証性を何かと纏っているであろうCURRENT 93。B面に返しB1トップには雑音使用で仕上げられたエレクトロニクスNEW WAVE調で 新生アバンギャルトなPOPSが先ずはでと目を引くLEGENDARY PINK DOTS。B2のTHE HAFLER TRIOは環境音や電子音らをエレメント にしたコラージュ短編で、エレメントが結合し別エレメントを精製しただけと言えようかコンピ編成内で埋もれる事を弁えたクール、表現無 熱存在に無機質さ全うを覚える事となる。以後トラックではCRASS関連者が連なる。始弾B3にはANNIE ANXIETY嬢、雑音+音源切貼り+ 歌+エスニカルで祭り的なパッカーションからNEW WAVEベースなコラージュ作が聴ける。B4は本件創作意図からして役割メイン・アクト と言えそうなCRASS、ニュース・プログラムなど音声音源らとHARDCORE PUNKなどCRASS演奏プレイが混然となりアナーキー&テロ看 做しを音体現する。B5とB6の短編はBJORK成功への足掛かりであるSUGARCUBESを提供したCRASS系レーベルONE LITTLE INDIAN所 属ユニットD&Vによるパッカーション・リズム+PUNK調ボイスの変則編成曲。ラストは幕引きに際し発生させた単発匿名ユニットであろう 物騒がせな名称WHO WILL CARRY MY ARMS。リズム・ボックスとシンセ・メロによる真夜中無人ながらで運営している誰の為でもない 遊園地メルヘン景の如し短編曲が搬出され〆。支離滅裂的編成CRASS RECORDSコンピLP作にも遠からず近からずで通じるものありな1枚 はROCK/POPSを汚す為の実施現場と言えそうな1枚である。印象的な良トラック多数有りで触れておいて損のないコンピレーション・ア ルバム。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   The  Fight  Is  On LP  LAYLAH (BELGIUM)  LAY10   1985
NOISE黎明期の後半であったこの頃、音楽要素から掛け離れ尖った存在を翻したのがベルギーNOISEレーベル初期LAYLAHだった。情景や心 情と言った慣れ親しんだ描写の色合いを主役とした表現から脱し、その主役を不在にして現象・形状としたサウンドそのものから齎そうとし た別アプローチに着手し提示したのが本コンピLP作の位置取りだったのだと思う。参加者はA面に負力効果実験となろうCOIL、モンタージュ 化からのカルト促進CURRENT 93、サウンド研究白書を提出したTHE HAFLER TRIO。B面にコンテンポラリーな純然サウンド・プレイの ROBERT HAIGH、アトモスフィア創造LUSTMORD、アブストラクト創造となろうNURSE WITH WOUND。アルバムのラストにコンピ作 参加は稀となる短編2曲を提供したORGANUMも低音ドローンを用いず金属質な軋み音で薄気味の悪い空間を造作する。後々に登場する音響 武装NOISEの祖先的な先駆け存在にあると思う、ポピュラー音楽表現領域から離反しているサウンド達の集合体である本作に物足りなさを覚 えたファンは当時少なくはなかった。豪華メンツの割りに評価として余り宜しくなかった1枚ではあるのだが、アンチ・ミュージックとして の反骨心に高く雑音ヒストリー上では然るべきポストにある音盤だと思う。 (oZ)
VARIOUS  ARTISTS   Ohrensausen LP (black or white vinyl)  DOM (GERMANY)  DOMV77-03   1985   2CD (titled "Ohrenschrauben / Ohrensausen")  DRAGNET (GERMANY)  DRAGNET 04   1993
NOISEを紹介すると共にNOISEの翻しへと通じ名盤となった独レーベルDOM配給コンピ作第一弾"Ohrenschrauben"(no. DOM V77-1)に続 き登場した第二弾"Ohrensausen"では、レーベルが嗜好するアーティストを集わせる事でレーベル運営その方向性の絞り込みが行なわれてい ると言える。DOM運営の主眼として本件が浮上させているのは継承から展開へと比重しきったポスト・アバンギャルドである所のNOISE提 唱。NOISEシーン紹介を兼任しながら広報役割を担う。不協和でアンバランスな出立ちが別選択且つ次章的な雑音造形にありリーディング・ ボイスが同位で重層するA1は後にSTEVEN STAPLETONの奥方となるDIANA ROGERSONユニットCHRYSTAL BELLE SCRODD。A2に はNURSE WITH WOUND、気味悪く動きだしたオモチャ仕掛け達がファクトリーする宵闇神隠し。激しい気流の天空に舞い上がり神話をテ クノロジーで啓示している如しA3はCOIL。A4にはピアノとシンバル&ドラムによるアコースティック抽象フリー・プレイのSEMA、オブス キュア表現法を削ぎ落し演奏自体をアブストラクト化としたROBERT HAIGH転換期作が蔵まる。UK勢が続いてからのA5には70年代前半か ら活動しLAFMS(ロサンゼルス・フリー・ミュージック・ソサエティ)に参加していた米国SMEGMA、壊れたバンド編成によるアバンギャル ド・フリー・プレイが提供される。A面ラストDUKA BASS BANDは独H.N.A.S.の初期メンバーによるユニットとの事、管楽器音と電子鍵盤 音とドラムによる感触チープなフリー炎症演奏が配置される。ドイツ勢サイドとなるB面に移れば手始めにとレーベル主H.N.A.S.が高周波と 打音とエフェクト音とピアノやボイスらを組織し、テンションのあるアブストラクト"からの"で何時とはなしに男女ボーカルを配したモダン 電子ミュージックを立ち上げていたテクニカルなトラック。B2のASMUS TIETCHENSでは揺らぎや浮遊、音響研究を兼任した如しで元祖音 響系なアプローチと言えよう学際的トラックが聴ける。B3は1985年スウェーデン・レーベルPSYCHOUT PRODUCTIONSからリリースさ れたH.N.A.S.の1st LP作"Abwassermusik"(no. PSYPRO 005)にて共演したMIESES GEGONGE、ディレイ効果に埋もれたエイリアン雑音 サウンドを排出する。B4にはドイツ前衛NOISEの先駆者P16D4によるテンポの速い物音系コラージュ作。エクスペリメンタル域から永遠に 降りる気配がなく成果と言うものを欲している姿勢にない破壊的構築が頽廃や荒涼と言ったものを暗にして呼びつけている好トラック。ラス トにはA面ラスト同様にDUKA BASS BANDが登場、無自覚性を漂わせた管楽器音と雑音によるフリー・プレイでそれ自体が儀式域である事 を穏便に搬出しアルバムをエンドさせた。レーベルDOM概要を知りたいと言う方に適した本件はNOISEに傾向した所のポスト・アバンギャ ルド初動を知るにも適している。アーティスト側の指向性で委任されてから集合を以って仕上げられたコンピ作につき入門者サンプラーとし ても有効、収録されたアーティストでお気に入りが居ればその音源コレクションにも有益な1枚。 (oZ)
0 notes
image-weaver · 5 years
Text
101 ImdEgat
ストラーラとディオレの対立に緘黙をつらぬいていたバルナバーシュは、心奥においてそのすべてが気に食わないでいた……。決戦の地へいたる苦楽の旅路の裏で、いくばくかでもあの少女と、少女の魂に巣食うありとある人々の無念が糸を引いていたこと。そして、ディオレ――いや、幸星の民が、自分たちとフェリクスらによる侵されたくはない戦いを、ある意味では目的完遂のために利用していたこと……。ルドとともに果たしてきた何もかもが、まるで瑞穂を刈るように、神々の遊戯の収穫としてみるみる奪われていくようだった。いましも展開された道理と正義は、理性が制する頭では分かっている。だが、やるせない心はやがて静かな怒りに変わって沸きたち、銀剣は瞋恚をうつして深い闇色に沈みながら、その刀身に複雑な層をなす魔術回路を青く脈動させた。彼はいま、わずかにうつむきながらも、ぎりと歯噛みし、フェリクスと同じ苛烈な視線をこの状況に向けていた。復讐、もだしがたい復讐心――元来、あまりに自責的であったがゆえに、ナナヤに裏切られても、また故国で無二の友、ウィローを殺され、乱世に翻弄され、愛する女性が絶望におちいってさえも、ついぞ興されはしなかった激情――そしてイクトルフの門で戦ったハインの言葉が、耳もとで囁くかによみがえる。「運命に刃向かうなら、その糸を繰る奴を倒すしかない」と。
幸星の民の約束について、ディオレがいま語っただけではない、さらなる秘匿がまだあるように思えた。だが問いただすいとまはない。破れた空のかなた、完全真空の冷たく暗い世界から流れ込む虚無の力は、さきほどの黄金と赤黒い大気のうねり――夢の化身と魔王が溶岩のごとく相争う、混沌とした力とは対極をなすかに見える。あの引き裂かれた空は、超常の扉〈イムド・エガト〉だという。イススィールのことばで、中間の門……つまりあれは天空と地上の境界、神々とヒトをつなぐ関門なのだ。夢の化身も、魔王も、そしてこの虚無も、はるかなる果てより来たりし意思に違いない。そしていま、分かるのはただひとつ、最後に望まれた闘争とは、超常の意思と我々の可能性をかけた大いなる戦いだということだ。
三人のフェレスの戦士は、それぞれの自我を武器に込めて、中天に浮いて立つストラーラと対峙する。神々しい後光のなかで少女の姿は肥大とともに変容し、綺羅をまとう正気を奪うほどに美しい乙女となり、乳酪色の両翼が生え、いっさいの面影をうしなった巨大な神像――女神の似姿へと進展を遂げた。大いなるものの霊気をほとばしらせながら、右手には神罰をくだす白き剣を、左手には永遠をことほぐ均衡の天秤をかかげ、神にまつろわぬ者らを絶対の帰順に縛するべくひらめかす。イムド・エガトより虚無はさらに広がりつづけ、アストラの天地もまた漆黒の深宇宙と同一化し、ストラーラが取り込みつづけたフェレスの欠片たちが神像の胸元より爆ぜて解き放たれると、那由多の星々となって散り飛び、彼らの頭上と足下に夢幻的な銀河を生み出した。
「バルナバーシュさん、これは……!」 「このビジョンはまぼろしではない。だが臆するな、ルド! 私たちに真の宿命があるとすれば、夢と現実の織りなす強大な混沌の波、さらには宇宙に根ざすこの無辺の虚無にも打ち勝ち――運命と可能性を、今を生きるヒトの手に取りもどすことだ。私たちは天上にまつろう奴隷ではない。虜囚でもない……たとえヒトもまた、虚無より生まれ、混沌の一部として生き、みずからもやがて虚無となって還る存在なのだとしても。夢を支えたミューヴィ・エレクトラ、魔王の使徒グッドマン・レイ、そして女神ユテァリーテ……彼らの伝説は、私たち自身でもあった。そしてストラーラもまた――彼女はいま、ヒトの心を切り捨てている。ゆえに、戦うんだ。私たちこそが彼女から失われた心の化身となって。ともにはるかなる果てへ至るために!」
フェリクスとの決闘で多くを知り抜いたバルナバーシュは思う。もしあの時、フェリクスではなく自分が敗北していたなら、己れの無念に飽和したフェレスは咆哮し、アストラをあの赤黒い空ではなく夢に酔う黄金の色彩で満たして、欲望が爛熟して混じりあった極光が滅びをもたらしていたのだろうと。ルドに命を守られていなければ、心を喪失していたのは自分であったかもしれない。
胸元に熱い昂ぶりを感じて、フェレス――懐中時計を取り出すと、青白い光に激しく脈打っており、何かに導かれるままにバルナバーシュはそれを虚無の宇宙へとかかげた。ディオレもまた、光を放つ世界樹のメダルを突き出し、二すじの光線がフェレスの銀河へ飛翔して隕石のごとくぶつかった。天上のフェレスもまた、ひとりひとりの燃ゆる心であり、星々は七つのパワースポットを巡る彼らの思い出を受けて奮い立つと、永遠無限の光を降りそそぐ流星群と変えて地上へと返した。すべての過去から未来へと連なる尋常ではない力が、バルナバーシュとディオレに――さらにはルドの胸奥にも送り込まれ、イススィールの力に躍動する!
ディオレが七色の石から鏃を研いだかがやく矢をつがえ、虚構の偶像を狙い定めて言った。
「かれらは世界に生まれつくのではない。世界を作り出さねばならないのだ。地上に新たな歴史がはじまるとき、アストラにいたるすべての戦いは序曲としてみな忘れさられるだろう……かつて閉じられて灰と帰した、まことのイススィールのように。しかしかならず、あとに続いてゆくものがある。その希望を守ってみせる――それが私の願いだ!」
矢を放つよりまえに、神像が揺らぐ天秤を持ち上げ、新たなるダーマを告げる荘厳な鐘の音を星々に轟かせた。西へ大きく傾いた天秤より、神の法を犯す者たちへの昏き怒りが邪悪な影の大群をなし、重くせりあがる津波のごとく三人へ押し寄せてくる。ディオレはこの時を待って、限界まで引き絞った弓弦を解き放った。瞬間、すさまじい光を放ちながら矢は飛び、群れの中心に呑み込まれるや、ありとあらゆるまばゆい色を放って影たちを一人残らず消し飛ばした。
だがその衝撃に風が猛り、突如として降りそそいだ雨が咽ぶ。とどめがたい情を映した闇沙漠のそれとは異質の、凶々しくもうつろに暴る豪雨にうたれるなか、見る間に暗雲が宇宙に立ちこめ、フェレスの星々を隠して、足元には荒廃した大地が、遠空には苦悶にのたうつ巨獣となって荒れ狂う紫黒色の嵐が広がった。だがルドは負けじと濡れる顔を上げ、神像の閑かな異相を見据えてさけぶ。
「僕は、ストラーラ、君が願った永遠とそれを願ったわけを、なかったことになんかしたくない……でも、そのためにこそ今は戦わなきゃいけない。思い出してほしいんだ。ずっと拾い集めてきたたくさんのフェレスの欠片に、いつか埋もれて、縛られて、忘れかけてしまった君自身の心、そして終わりの解放を。希望を示すという君がこれまでしてきた救いを、今度は僕たちが君に与えてみせる!」
神の像の右腕がもたげられる。ひとふりのとほうもない、白い炎をまとったネメシスの剣が雲と何万もの次元を切り裂き、力を吸い取りながら打ち下ろされ、生命が死に絶えていく音とともに三人へ刃が落ちかかってくる。その所業への悲憤にかられたルドが、残された左腕に銀空剣を握りしめ、走りつつ、銀のかけらをふりこぼしながら、果敢にも打ち返すべくその刀身を振るった。少年の絶叫とともに割れた胸甲から青白い光が放たれる! 神とヒト――差は歴然と思われたルドの一撃は、限界を超えたポテンシャルをありたけのせて何十倍とある質量の女神の剣を大きく撥ねとばし、さらには宇宙から奪われたエネルギーの多くを刃を通じて取りもどして、銀空剣をふりまわすと、神に切り裂かれて凍てついた次元のあるべきところへまき散らしながら返すことができた。多元世界のよみがえる気配に、銀空剣に宿る精霊と魂たちが歓喜の楽音をひびかせる。
切り裂かれた雲より脈打つ光が神像を照らしながら、その背後で今もってふくれあがる暗雲が、内部より雷電に明滅し、幾千の稲光を奔らせた。女神の号令で無数の次元から呼び集められた雷精ユンデルスのしもべらが、神の意思の伝い手となって遥か上空を駆けめぐっているのだ。そのすべてが女神の頭上で縒りあわさり、一本の長大な雷槍へと変じるのが見え、バルナバーシュは危惧を押し殺しながら銀剣アルドゥールの切っ先を差し上げる。心を内に向け、奥深くに眠る闇――みずからの来歴を越えてヒトの血に連綿と継がれゆく暗部と淀みに、己れの個性をも沈めてひとつと交わりあった。そして喉もとに得体の知れぬ虫のさざめきがこみあげ、かたちをなし、古くいまわしい呪文となってつぶやかれたとき、銀剣から黒い霧が不定形の生物のように身を広げて噴出し、巨大な魔法の楯となってはだかった。だが、多勢からなる稲妻をひとりでは防ぎきれぬとかれは悟った――黄金に爆ぜる槍が飛来する!
「おぉッ……!」
剛槍が眼前に迫ったその時、決死にうなる男の声がした。バルナバーシュではない――見澄ますと、長斧から紫電をほとばしらせながら槍をふせぐフェリクスの姿があった。ルベライトの三つ目を見開き、歯を食いしばり、旅路で幾度となく振るわれた雷の技で黒い霧の楯とともに雷槍の勢いを殺し、ついにこれを槍先からまっぷたつに断ち切った。フェリクスもまた、フェレスから強大な力を受けて駆けつけ、神にあらがう気概に溢れているようだった。
「フェリクス!」 「貴殿は力量をわきまえろ。何度も言わせるな! ……このふざけた偶像こそが我々の運命をいたぶる元凶だというなら、引導を渡さねばならんな。それも、ヒトの手によってだ。だからいまは力を貸してやる。ともに闘おう」 「ついそこで愛した女の前でめそめそと泣いていた男がなにを偉そうに。だが、いいだろう。破壊者たるを目指した者の因子もまた、私たちの世には必要だ」
二人の魔術師は双肩となり、ふたたび女神の頭上に集った雷精たちの剛槍を見やった。槍は一本ではなく八本が並び――ひとしなみにそそいで四人を塵に変えるかに思われた。二人はルドとディオレを守るように立ちはだかり、フェリクスがやにわに振り向いて何かを差し出した。
「ルド、これを君の胸の中へ入れろ!――私たちの力になることが彼女の最後の願いだ」
それはカゲロウを閉じこめた琥珀――イブのフェレスだった。ルドは剣を地に置いて受け取ると、刹那の迷いのあと、意を決して割れた胸甲の奥に押し込んだ。自らの心臓部近くに触れると、鼓動の高まりとともに全身に熱が走り、血たる燃料が沸騰するかのようだった。その時、八条の貫く稲妻が彼らに襲いかかる!
バルナバーシュとフェリクスは、ともに青い魔術回路を波打たせながら銀剣と魔斧をかかげ、持てるすべての魔力を賭して半球状の堅牢な障壁を生みだした。雷槍の八本のうち半数が半透明の青白い切子面の壁に激突し、凄烈な威力と圧倒をもってひびいらせるなか、二人の魔術師は身を焦がし、激痛に顔を歪め、体の節々から血を流しながらも、強靭な意志でもって触媒を突き出しつつ立ち尽くした。稲妻はがむしゃらに地を揺るがし、うねりあがってくつがえる岩々のあいだを浄化の炎が焼き払う。黒煙のなかで、障壁は持ちこたえていた。だが神像から発せられる絶対の波動が、彼らの身魂を刻一刻とむしばみ、魔術師たちはいよいよ瀕死にまで追い詰められつつあった。あえぎながら、バルナバーシュが肩越しに振りかえる。
「ルド、君がやるんだ。君が私たち――ハイン、フェリクス、ナナヤ、ディオレ、イブ、この私――そしてストラーラの願いをも叶えるはずだ。行け! 私たちを超えて……!」
この言葉にルドは戸惑った。七人の願い――その来歴と重み、かけがえのない思い出の全容――が心にのしかかり、左手に握りこんだ銀空剣は目覚めながら静かにうなりをあげる。だがルドは、ついに道を決してうなずき、そのかたわらでディオレが片膝をついて手を組み合わせると、澄みわたる湖水のような声音で祈りの句を織りはじめた。
「闇沙漠に眠れる死者たちを常しえに慰めつづける、天使のはらから、聖なるアクレッツたちよ……今こそ彼らを光へ導く弔いのとき。いざ集え、かの者の背に。飛ぶ鳥の翼となりて運命の使者たらしめたまえ!」
ディオレの世界樹のメダルがひときわ大きくかがやき、白い光の粒子が放たれる。その力はディオレが葬送者たらんと思いを馳せる、闇沙漠に散らばる砂のなみだを源にし、ルドの背に送られると、生物とも機械ともつかぬ――また双方の交わりとも見える未知の銀翼をなした。つかのまの飛行能力、はるかなる果てに属する奇跡だったが、宿命を果たすためにはわずかなれど充分な可能性だった。胸奥にともにあるイブのフェレスが赤熱し、ルドはとぶように地を蹴った。魔術師たちの障壁を踊りこえ、神罰に燃えさかる宇宙を翔け、隻腕に持つ銀空剣クァルルスを、神像の胸へと差し向ける――暴風をまとう刀身がたけび、雷鳴と嵐は晴れ、雲間から目もくらむ薄明の光芒が差し入った。まばゆく照りかえす切っ先が、女神の心臓へ突き入れられる!
(そして、天は許す。神々のうつせみたるあなたたちの戦い、そして愛を)
ルドの眼前で、神像が微笑んだように見えた。だが、それもまぼろしにすぎなかったかもしれない――無音、そして震撼、爆発的膨張が、神像を中心にかれらとイススィール、さらにイススィールをとりまく多元宇宙を跡形もなく吹き飛ばし、遠大な虚無の光のなかへつつみこんだ。ありとある肉体と精神、存在と時空のことごとくは意味や価値をもたない粒子の群れと散り、運命の糸がとぎれた一瞬のでたらめな宇宙の全方位へと飛翔していった。ときにぶつかり、ときに打ち消し合い、またあたらしい惑星を生みながら……それは完全なる死、真実の死、業と宿命のまっとうの果てにひとつのしるべ無き不死にピリオドを打ち、そのくびきの夜が終わる悲しみと、夜明けへのわずかばかりの希望……名もなき力の奔流がめぐり、行き来し、たがいを引き寄せて、偶然たる必然のパワーバランスがしたたかな草木のようにからみあいながらひとりでに成長していく。
諸世界のるつぼのなかで、かすかなルーツが導きのように呼びかけていた。世紀の網を、全存在が泳ぎ抜けていく。突き刺す吹雪が痛みをもたらし、やがて夜とも朝ともつかぬ始原の海に万有が流れつくと、海はあろうとする者たちの鳴動に暗く荒れ、マナの幹と枝葉がまたたく間に生い繁って、海淵に深く根を張り、天空を樹冠で覆いながら、果てしない一本の木を生み出していった。それはあらゆる事象の象徴、超越をもたらすもの、秘め隠されながら、多元宇宙を支える完璧な超自然の御柱だった。海は宇宙のはじまりから涯へと永遠に回帰していた。つねに時空のどこかにこだまをかえし、���望の歌を響かせる約束の場所として。しかし、この新たな宇宙はいまもって灰のなかにあった……鮮烈な終焉の痕に残された、虚無の灰の沈黙のなかに。
ルド、バルナバーシュ、ディオレ、フェリクスの四人の魂もまた、再誕の海を索然とたゆとい、新たな自己存在が、新たなロジックのなかで組成されていくのを感じながら、思いとはなにか、信念とは、感情とはなにかをみずからに問うた。それらはヒトがいだくに値するのか。なにもかも無価値であり、我々はいまこのときも、神々や、さらにその上方にある絶対的な存在のあやつり人形にすぎず、この努力もむなしく、永遠に運命は、ヒトが手にすることのかなわないものではないのか。この戦いは、ヒトの歴史は、世界は……あらゆる闘争は、均衡の天秤の意思のもとで永劫に繰り返されるのではないか。この旅路の先になにかがあると信じて進むことに、いったいなんの意味があるのだろう。いや、意味などないのだ。継承という名を冠する、呪われし道には。
だが、それでも、とバルナバーシュが思ったとき、自身がふいに実体をもって波の打ち寄せる岸辺に立ち、灰色の虚無の世界のむこうに、三つの仄白い人影がおぼろに浮かんでいるのに気付いた。ひとりは神秘的な女性、ひとりは甲冑姿の屈強な戦士の男性、もうひとりは機械とおぼしき未来的な鎧に身をつつむ男性に見える。自分のとなりにはルドが立っていて、彼もまた懊悩と期待がないまざる複雑なまなざしをもって影に見入っているようだった。
女性が進み出ると、影は――ロマルフ城で邂逅した、ミューヴィ・エレクトラの姿をとる。だがストラーラの生みだした過去の幻影とも思われない、確かな実像を持っており、希望を担うかすかな旭光を放ち、彼女は語りかけてきた。
「私たちはもうガイドしない。絶望の時代は終わるでしょう。再び世界が闇に迷うとき、あなた達のフェレスが、新しい『エターナルデザイアー』として人々の希望となるでしょう」
屈強な戦士が続いて歩み出る。廟塔のビジョンで出会ったレイ一族の末裔――グッドマンだった。豪放に笑い、覇気を張らせてにっと歯を見せる。破壊をあらわす赤黒いオーラは、いっぽうでヒトの血そのものでもあり、いまは親しみと郷愁を二人に想起させるものだった。
「夢は誰かにかなえてもらうモンじゃあねぇ。目の前の一つ一つの障害を乗り越えてそこに達することが、そいつにとって本当に目的を果たしたことになるンだ。挫折したってかまわねぇ。目指した過程は残って、未来へ踏み出す糧になっていくだろう。ンで近づいていくンだよ。そいつが本当に求めるモンにな」
そして最後に、未来的な鎧の男があらわとなる。機械人らしき頬当てに隠されながら、左眼に細長い傷が縦に走り、骨ばっていかつい人間の顔をもつ見知らぬ男だった。不動の星の光を胸元に灯し、佇立して威風堂々と男は声を発した。
「お前たちはわずかなれど『はるかなる果て』を見た。神の次元、奇跡ともいえる力を。それは抗いうる、達しえぬものではない……奇跡のパワー、それはあらゆる想像を実現する。想像できることに実現できぬモノなどないのだ」
そうして三人の姿と輪郭は、より遠い次元へ立ち去っていくように全ての色がゆったりと溶け合うなかへ消えていき、代わるように今度は、白き剣を佩いた一人の青年が現れた。魔法使いの旅装に身を包んで悠然とある姿は、イススィールの冒険のすえにエターナルデザイアーを見いだした伝説の人物――先駆者たるクレスオール、その人だった。
「私は、ヒトをこの次元に導くことが、最たる幸福だと信じていた。だがここはあまりにも完全で、ゆらぎない。他人の都合でつれてこられるような場所ではないんだ……ヒトはこれからも争うだろう。新しいものを生み出していくだろう。ヒトはまだ至らないが、しかしいつか"気付く"。それは犠牲かもしれない。栄光かもしれない。かけがえのない過程の果てに、『はるかなる果て』はある。君たちの戦いは伝説となり、後世に語り継がれていくだろう。それはヒトに勇気や希望を与え、彼らを高め導いていく。私たちは待っているよ。人々が"気付き"、『はるかなる果て』にたどりつく日を」
彼のかたわらには光輪をいただく女性がついていた。女性は誰も知らない者――しかし誰もが知る原始的な故郷を匂わせており、隠秘的で、ユテァリーテにもどこか似ていたが……この者は天上の神のひとりではなく、太古より我々にもたらされてそなわる感覚と記憶そのものであり、ヒトの心のより深部にあの大樹さながらに根ざして、遍在する時空をかえがたい絆の架け橋につなぎ、世界を統べているイマージュの化身なのかもしれない。バルナバーシュはそう幽かながらに思った。論理や人知の枠組みをはるかに凌駕した次元への憧憬、あるいは茫洋として、とりとめのない信仰のように。このような理解しがたい想像自体が、みずからのどこから来たのかさえも、なにひとつ確かではなかった。彼女は微笑んで、若い芽吹きを思わせる唇が、「私もまた、あなたたちを待っている」とだけ言葉をかたどった。そうして消えていく。世界をへめぐり、そのディテールと思い出を目の奥に秘めながら生きた、魔法使いクレスオールとともに。
「君たちが胸に抱き、旅の支えとなった偉大な夢は、イススィールを去る時に叶えられるだろう。フェレスに誓って約束する――」
灰だけがただよう虚無の世界にとてつもない重力がはたらいた。勇気、栄光、正義、希望、聡明、博愛、犠牲――そして混沌の芽ばえが星辰を結んで太古のエネルギーを分かち、虹色に波打つ大気を生んで、宇宙の無辺へと広がっていく。時空を駆ける波を追うように、七と一からなるあらゆる色彩はよみがえり、記憶は覚まされ、ながれこむ膨大な知識と五感によって存在の証が打ち立てられた地上が、まだ終わる時ではないのだと、ルドたちをとらえ、すさまじい勢いで引き寄せていく。急激に遠ざかるイムド・エガトに、ルドとバルナバーシュはあらん限りに手を伸ばすも、扉は小さくなり、見る間に閉じられていく――。同時に二人の意識もまた、次元を大きく越境する力とそこに感じとった無窮の安堵に満たされて、眠るように薄く遠のいていった。
0 notes
socialmoviesblog · 7 years
Text
■アニメ「ガサラキ」のメモ
▼ふと思い立ってアニメ「ガサラキ」を見返していた。1998年放映の作品にもかかわらず、後のイラク戦争や、日本のPKO派遣、穀物投機の末の中東動乱、さらには日本会議的な右派と政権中枢の結びつきに至るまで…2000年代~現在にかけての世界の行方をかなり的確に予想していて改めて驚いた。
▼以下、ストーリーを振り返りながら、適宜、現実の情勢と見比べる。 
Tumblr media
▼物語の主人公は、豪和ユウシロウ。彼は、三菱重工や川崎重工のような巨大重工系企業・豪和インスツルメンツ創業者・豪和乃三郎の四男。なお、長男は一清、次男は清継、三男は清春。ちなみに、この豪和インスツルメンツは本社のある場所が豪和市となっており、まるでトヨタのようだ。いや、警察だって彼らの言いなりなのでトヨタ以上だが。
Tumblr media
▼そんな巨大企業を率いる豪和家は「ある研究」を密かに行っていた。
▼それは特殊二足歩行兵器「TA」の開発。TAはいわゆる戦場用のロボット兵器なのだが、特殊な人工筋肉で動いており、ユウシロウがパイロットとして搭乗すると、なぜか高いパフォーマンスを発揮する(エヴァでいう「シンクロ率が高い」状態だろうか)。またそれだけでなく、彼の周囲に別のTAがいると、それらも同様にパフォーマンスが向上するのだった。
▼そしてある日、ユウシロウは「研究の一環」で、乃三郎や兄弟達が見守る中、山中の崖下のような場所で「能の舞」を踊ることに。すると、舞を舞いながら彼がトランス状態に入って行くにつれ天空から円形の波動のようなものが。そして波動は地上に降り注ぎ大地を直撃。「ドン!ドン!」と地面が円形にえぐれていく。そして最後の一撃が…と、思いきやユウシロウの脳裏に一人の少女の姿が浮かびあがる。そして…「呼び戻さないで! 恐怖を!」…少女の声を聴くや我に返るユウシロウ。すると波動も消えてしまう。兄弟達は「あと少しだったのに」と言わんばかりの苦々しい表情に。
▼これは一体何の実験なのか?そして少女は何者なのか?
▼そんな中、中央アジアの小国「べギルスタン共和国」で事件が起きる。核爆弾のような「謎の爆発」が確認されたのだ。これを受け、核実験ならば看過できないとして「世界の警察」アメリカは国連を通じ「核査察」を要求。だが、べギルスタン側はそれを拒否。するとアメリカはNATOらと多国籍軍を結成。爆発が核によるものなのかも未確認のまま「大量破壊兵器からの自衛」を掲げ、中央アジアの小国へと乗り込んだのだった。
▼そして、この多国籍軍と歩調を合わせべギルスタン入りをしたのが自衛隊。「憲法の問題」を抱えながらも、それを押し切り派遣を決めたのだが、現地に送り込まれたのは自衛隊内の「特務中隊」に所属するTA部隊。なんと豪和が開発中のTAが早くも戦地に送られたのだ。目的は、戦争に乗じ、TAの実戦データを収集するため。
▼さらに、TA中隊の中にはユウシロウの姿も。彼は民間人だったが特殊な能力を持つことを買われ特別に「大尉」の資格で参加していたのだった。
Tumblr media
▼だが。べギルスタン入りした特務中隊の前に現れたのは、TAとまるで同じ二足歩行兵器(MFと呼ばれている)。実はべギルスタンの首相サイドには、「シンボル」と名乗る多国籍企業の顔をした「謎の組織」がついており(というか首相は彼らの傀儡状態であり)、MFは彼らが送り込んだものだった。
▼そして、そのMFに乗り込んでいた主要パイロットこそ、ユウシロウの脳裏に浮かんだあの少女。名はミハル。彼女もユウシロウと同じような能力を持っており、「謎の爆発」は、ミハルが天空から呼び込んだあの「円形の波動」によるものだったのだ。なお、波動が降ってくる前に天空にできる穴のような空間は「特異点」と呼ばれている。
▼その後、駐屯地に引き返すも、ユウシロウはTVニュースに映ったべギルスタンの神殿内にミハルの姿を発見。すぐさま1人で向かうことに。そして、神殿で隊から抜け出してきたミハルと対面することに。だが、その後、シンボルの部隊の追撃や、そこからの逃亡劇があった末、2人は一旦離れ離れとなったまま、戦争終結(というか暴走する首相を”用済み”とみたシンボル側の暗殺)とともに日本に帰国することとなる……
●中東と、中央アジアで微妙に場所は異なるものの1998年の時点で5年後に起こる「イラク戦争」の経緯(大量破壊兵器保有疑惑→核査察→多国籍軍進撃→日本も「後方支援」で無理やり参戦)をほぼ正確に言い当てているのが凄い。ただ、国連決議の元、多国籍軍を送ったアニメとは違い、現実には「世界の警察」は国連が「核査察の継続」を主張する中、それを振り切り派兵をした。この「国連軽視」はその後も尾を引き、ついには今年、自衛とは何も関係のない「シリアミサイル爆撃」にまで至った(いや、「アサド政権は樽爆弾を落として毎日のように自国民を殺している。人道的見地から見ればアメリカは悪いとは言えないだろう。ロシアのプロパガンダにハマりすぎの見方だ!」という人もいるかもしれない。だったら、途中でやめずに非人道的なアサドがつぶれるまでとことん打ち込むべきだろう。「人道的見地」だというのなら。)
●また「戦争」という国家の意思決定の最大事案に「多国籍企業の意思」が大きくからんでいることもしっかり描かれており、これも凄い。実際にも、イラク占領後の「石油利権」を狙ったハリバートン社や、戦後復興時のインフラ構築や行政システム構築を請け負ったベクテル社などが、この戦争遂行の意思決定に関わっていたのではないかと言われている(ナオミ・クライン「ショックドクトリン」などに詳しい)。
●さらに興味深いのは謎の組織「シンボル」の描かれ方だ。彼らはどこか、中世ヨーロッパの秘密結社のような雰囲気を漂わせているが、イラク戦争の原因を考えると結構意味深だ。というのも、あの戦争の原因の1つには、イラクが「石油決済をドル建てからユーロ建てに切り替える」と宣言したことが指摘されているからだ。これが「ドルの基軸通貨体制への挑戦」だとアメリカに認識され「イラクつぶし」が行われたのだという。そして、フセインの宣言の裏では、ユーロが、アメリカ1強を抑えるべく、イラクに「ドル建て停止」をたきつけていたともいわれる。ちなみにユーロの誕生は、ガサラキ放映から1年後の1999年。まだ誕生すらしていないのに、それを連想させる組織を描き出せるというのが凄い。
●そして、イラク戦争を期に戦争のハイテク化(REM)がさらに進んだことも見逃せない。情報共有機器や武器のハイスペック化などが重なり兵士の装備重量が増加。そのため今では犬のような四足歩行ロボットに荷物を運ばせることも検討されるように。また兵士1人にかかる投資額が上がったため殺傷時の損害が増加。それを回避するべくドローンなど無人化が進み、その過程��、無人のロボット兵器などの開発も進んだ。時代はTAが活躍するSFアニメに急速に近づいている。
●ただ、現実のロボット化が、兵士の負担軽減や人命尊重の観点から進められているのに対し、本作では、ロボに人が乗り込んでいることからも分かるように、それらとはまるで違う理由でロボ化が進められている。もちろん「ロボットアニメなんだからしょがないじゃん」ともいえるが、このことについては別の考えもあるので後述する。
 ▼ともあれ、べギルスタンから帰国したユウシロウ。だが、なぜ自分は初めて会った少女のことをすでに知っていたのか?そして自分が持っている特殊な能力の正体は何なのか?彼は「自分が一体何者なのか」を探るため、舞の師匠であり豪和一族の来歴を深く知る老人、空知検校の元へ向かう。
▼すると驚くべき事実が明らかになる。なんと、豪和ユウシロウは8年前に死んでいた。現在いる彼は、死んだユウシロウの記憶(遺伝子?)を別の身体に移植した存在だったのだ。ホルマリン漬けになった少年の姿の「自分」と対面し、言葉もでないユウシロウ。
▼さらに、彼はこの場所で武者の形をした巨大なロボットのような謎の物体を目撃。これは一体何なのか?そして、ユウシロウはなぜ別の身体を乗っ取ってまで生かされなくてはならなかったのか?
Tumblr media
▼ストーリーが進むにつれ、それらの謎は、豪和一族の「ある歴史」と関わりがあったことが分かってくる。
▼豪和家は古くより「嵬(かい)」と呼ばれる一族だった。この「嵬」は、シャーマンの一種なのか、天より聖なる力を呼び寄せ、「骨嵬(くがい)」と呼ばれる「巨大な武者の形をした人形」を操ることができる。そしてこの巨神兵のような人形の武力を使い、時の権力者たちの統治を影から補完してきたのだった。だが、大きな力を持つことで権力者ににらまれやすくもなった。平安時代、「彼らは危険である」と朝廷から切り捨てられそうに…すると、豪和の前身である渡辺一族は、それを受け入れ静かに暮らそうとする勢力と、自分たちを裏切った朝廷に反逆を企てる勢力とに分裂。互いに「骨嵬」を操って戦うようになる。その時、双方の巨神兵に乗り込んでいたのがユウシロウという青年と、ミハルという少女…現在の2人は、そんな彼らが転生した存在だったのだ(転生というと違うのかもしれないが、だったらなぜ同じ名前なのかが説明されていないので、こう解釈した)。
▼だが、争いの最中、天空から「あの波動」が降り注ごうとするや、2人は「骨嵬」を操るのを中断。争いは両者痛み分けとなるが、戦いで力を消耗した「嵬」の両派は、以後1000年以上に渡り「骨嵬」を封印。その後、豪和家は歴史の影に隠れながら長い時を生き抜いてきたのだった。
▼「嵬の一族」にまつわる悲劇の歴史を知るユウシロウ。その後、彼は蔵に安置されていた「謎の巨大人形」が、力を封印された「骨嵬」だと悟る……
●この辺は「未来予測」というよりも、グローバル化の進展→共同体の空洞化→それがもたらすアイデンティティ不安→それを埋める「美しい日本人の歴史(美しい民族の末裔なのだから、君も美しいんだよ)」と言った流れで当時語られていた「時代の空気」が反映されたものだろう。
●ただ、この時代あたりから現れ始めた「ホンネ重視の右派的言語」に、これまたこの時代あたりから盛り上がりはじめた「一緒に叩いてつながる2ちゃんねる的コミュニケーション」が結びつき、後に「ネトウヨ」が生み出されていった。だとすれば、その予感が作品に刻み込まれているのかもしれない。
 ▼こうして、謎の答えを得たユウシロウは、「実験動物」のような、「操り人形」のような今の状態から解放されるべく、隊を脱走したミハルとともに一族誕生の地、京都へと逃亡を始める。
▼一方…彼も参加した自衛隊特務中隊周辺では「ある動き」が着々と進行していた。動きを影で主導していたのは中佐の広川と彼が師事する国学者・西田啓
Tumblr media
▼西田は「平和だけれど私利私欲の追求にしか興味のなくなった“ただれた戦後日本”」からの決別を主張。そして「かつての日本人の美徳を取り戻す」という自らの思想を実現するべく、自衛隊とともにクーデターを起こし、権力を掌握しようと計画していた。
▼そのための秘密兵器として西田と広川は、豪和のTAに着目。自衛隊にこの二足歩行ロボを導入するとともに、豪和一族長男の一清を呼び寄せ仲間に引き入れるのだった。
▼さらに。彼は今の「ただれた平和」をもたらした原因の1つでもある「アメリカ」にも一撃を加えようと画策。その「一撃」とはアメリカ国債などの対米資産をかき集め一気に売りさばくことで、ドルの大暴落をねらうというもの。
▼だが、相対するアメリカは、この年、大干ばつが起きたことをきっかけに、自国の穀物輸出を一時停止する「穀物モラトリアム」の発動を発表。実は、この裏には別のたくらみがあった。というのも、アメリカは、輸出停止→食料不足→暴動発生→「日本沈没」という形で日本を攻撃することで、自国における対日貿易赤字の増加や、内政の失敗をごまかそう(矛先をそちらに向けよう)と考えていたのだった。
▼その後…「穀物モラトリアム」が発動される見込みとなるや、政府は国民のパニックを恐れ夜間外出禁止令を発動。だが、それで全てがおさまるはずもなく、外国人居住地区である「アジアン静脈瘤」を筆頭に暴動が起きると、それが飛び火。国会前には暴徒と化した国民が押し寄せるという事態にまで発展し、状況は日増しにキナ臭くなっていく…
▼こうして日本が混迷を極めていく中、ユウシロウとミハルは関西のアジアン静脈瘤に逃亡。そこで知り合った台湾人の王らにかくまわれることに。だが、魔の手が忍び寄る。シンボルが裏で糸を引くアメリカ軍が、2人の居場所を突き止め襲撃。逃げる最中、王は撃たれ、ミハルは米軍に連れ去られてしまったのだった。
▼それでも、ユウシロウはTA中隊と合流し、ミハル奪還を画策。その後、奪還作戦は一度失敗するも、紆余曲折を経て、ミハルは「シンボル」を辞めることを上司に認めさせ、2人は再会を果たすこととなる。
▼一方、アメリカ=シンボルの「日本兵糧攻め」を受け、西田は、この危機をクーデター実行の好機ととらえ返し「時は来た」とばかりに動き出す。とはいえ、アメリカに「金融ショック」の一撃を加えれば、穀物の入手はさらに遠のく。そうすれば日本国民は…彼の計画は「相撃ち」しかもたらさないのでは?だが、西田は言う。「日本人には物質的豊かさの欠落に耐えられるだけの強い精神性がある。だが、物質文明がすべてのアメリカ人にはない。3年。3年間耐えられれば、日本人は貧しくとも美しく生きるようになる。そしてかつて持っていた美徳を取り戻せる。」
 ●右派的思想を持つ者(たち)と政権中枢が結びついていく事態を、この段階で読み切っていた先見の明に驚く。「かつてもっていた日本人の美徳…」云々など言い回しまでそっくりだ。もちろん、安倍政権と日本会議的なもののカップリングのことを言っているが、その日本会議の誕生は、ガサラキ放映の前年(1997年)。この時期に、今の事態が訪れることを、本作以外に誰が予想しえただろうか。
●なお、日本会議は神社本庁と宗教教団「生長の家」を母体とする「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」が合流して生まれたもの。彼らは戦後のGHQによる「押し付け憲法」と「神道指令」をはねのけるため活動。紀元節復活(2月11日を建国記念日として休日にしたのは彼らの動きによる)、元号法制化などを成し遂げ、悲願の「憲法改正」まであと一歩。「クーデター」は着々と進んでいる。
●また、西田の「国債暴落テロ」というと、アニメ放映の前年になされた故・橋本龍太郎元首相の「アメリカ国債を売りたい誘惑に駆られた発言」を思い出す。これ自体は「アメリカがお金を刷り、それを日本が自動的に買っている状態」への揶揄というかジョークのつもりだったが、影響が強すぎ、ニューヨーク証券取引所の株価が一時下落。その後、橋龍はパーティの席で謎の病に倒れるなどした末、失脚してしまう。そのため「CIAの陰謀説」がささやかれることとなった。つまり金融テロを起こすどころかテロられてしまったのだった(いや実際には、不況下での消費増税など経済政策の失敗→選挙大敗が失脚原因なのだけども。。)
●とはいえ、「穀物モラトリアム発動」→「国民暴徒化」→「金融ショックによる逆襲」の流れは、現実と照らし合わせると興味深い。実際に起きたことは、こうだった。2008年にリーマンショックが発生し世界経済が収縮すると、それを防ぐため、アメリカでは大規模な金融緩和を実行。そのため、市場にはマネーが溢れることとなり、それが穀物などコモデティ投資に流れていった。すると、穀物など食料の輸入価格が高騰。日本では起きなかったが、購買力の低い中東などでは食料不足が起こり、それが民衆暴動を引き起こすことに。このことが「アラブの春」など中東動乱の遠因となったとも言われている。
●「世界的金余り(実需不足)」が引き起こす「金融依存」が引き起こす「穀物価格高騰」と「民衆暴動」…この想定外にも思える結びつきを2000年代に入る前からとらえていたのはかなり凄いことだと思う。
●加えていえば、「貿易赤字累積や、内政の失策を日本攻撃で回避する」のくだりも興味深い。最初見た時は「ずいぶんとズサンな発想だな」と思ったが、トランプ大統領の主張を思い出すと「いや、当たってるんじゃないか」と思えてきた。ガサラキ恐るべし(笑)
 ▼その後…西田の「金融テロ」を阻止したいアメリカは、「それが実行される前に」とMFを送り込み、日本襲撃を敢行。だが、TA中隊の活躍などもあり、それが阻止されると作戦を中止。穀物モラトリアムも解除されることとなった。これで日本に平和が戻った。が…アメリカが手を引いてしまったことで自身のクーデター遂行も不可能になったと悟った西田は…自ら命を絶った。
▼しかし、そんな結末に納得しない人物がいた。豪和家長男一清だった。この時、「家庭内クーデター」により乃三郎から豪和家頭首の座を奪っていた彼だったが、その最終目標は「傀儡子の民」の完全復活。
▼これまで歴史の影に隠れ味わい続けてきた「1000年の雪辱」を晴らすことだった。
▼そんな一清はクーデターによる政権掌握が失敗に終わった後も、「最終作戦」の実行を画策する。その「最終作戦」とは、宇宙に住むらしき神的存在「ガサラキ」を地上に降臨させること。そう、上空に「特異点」を発生させ円形の波動を呼び込む「あの実験」は「神降臨」のためのものだったのだ。なお、この「ガサラキ」は「シンボル側」では「ナダ」と呼ばれており、組織のボスであるファントムの目的もこの「ナダ降臨」であった。
▼というのも、このファントムは、何千年にも渡り人類の歴史を観測してきた「人ならざる生命体」。彼は人類が無限の力を持つ「ナダ降臨」を起こす瞬間を待ち続けてきたのだった。
▼ともあれ、ユウシロウと同種の力を持つ妹・美鈴と「骨嵬」を使って「神」を呼び出そうとする一清。すると、天空に「特異点」が現れ、ユウシロウ、美鈴、ミハル、一清、ファントムは神のいる宇宙へと吸い上げられていく。
▼そして5人は特異点の内部にある「異次元空間」へ。彼らの前には、不気味に輝く「ナダ=ガサラキ」の姿が。彼は、目の前の人間たちにこう告げる。
Tumblr media
▼「自分はかつて宇宙に存在し、永遠の命を夢見た知的生命体であった。だが、文明が命のあり方も変えられるとの妄想に取り憑かれた結果、自分たちは自滅の道を辿った。それでも、今度は生命力に溢れた地球人に遺伝子操作を加え、自分たちの後継者として“永遠の命にたどり着く道”を解明する夢を託したのだ」
▼全てを知った5人。だが、ユウシロウ、ミハル、美鈴は「永遠の命の解明」など望まず「帰還」を主張。対して、一清は、この空間に留まることを切望。そしてファントムは数千年来の「生」からの解放を望んで消滅することとなった。
▼こうして、地上に戻ってきたユウシロウ、ミハル、美鈴。3人は特自の仲間や残された人々と共に、限りある命を生きてゆくのだった。
●こちらの「こじつけ」も多分にあるものの(笑)、世界の先を見通す鋭い洞察力に大いに驚かされた。だが、その洞察力を駆使して『ガサラキ』が描きたかったものとは何だろうか?
●それはストーリーの全体を流れる「操り人形」のモチーフからも示唆されるとおり、「対米従属(アメリカの操り人形・日本)」のことだろう。
●物語では「1000年前の話」として描かれているが、かつて特殊な力で強大な武力を操っていたものの、争いの果てにその力を封印されてしまった「傀儡子」とは、明らかに70年前にその(特殊な?)軍事力を封印された旧日本帝国軍(戦前の日本)の比喩だろう。
●そのラインで考えれば、彼らが操る「骨嵬」とは(たとえば)「零戦」のことであり、そこに搭乗するユウシロウが持つ「特殊な力」とは、「大和魂」となるだろう。
●先に戦場の「ロボット化」が、実際は、合理化、無人化、人命尊重化から起きているのに対し、ガサラキでは「まるで違う理屈」でそれがなされていると書いたが、TA=骨嵬が「(神風特攻に使われた)零戦」だと考えれば、その理由がわかる。
●そう考えるなら、西田、広川、一清らによるTA=骨嵬の開発は、「旧日本軍的な力の復活」を意味しているだろう。
●だが、なぜ「旧日本軍的な力」を復活させたいのか?それは、先���敗戦が、これまで日本列島を統治する勢力が、史上初めて、外からやってきた勢力に屈したということに関わる。この日本列島は、これまで「1000年」どころか、2000年以上に渡り、海外勢力から侵略されずにやってきた。
●たとえば、モンゴル帝国の襲来があっても、日本はそれをはねのけてきたし、秀吉の朝鮮出兵で敗れても、それが日本列島の侵略にはつながらなかった。
●そんな「無敗神話」が今から70年前、ついに崩れ去った。あの戦争は「単なる敗北」であるだけでなく日本列島の占領という「史上初の敗北」だった。
●ガサラキが「1000年の歴史物語」を導入したのは、このことを言いたかったからだろう。
●そして、この「史上初の敗北」の後、日本は占領軍(国連軍という名のアメリカ軍)により武力を封印され、「操り人形」として生きていくこととなった。
●そんな「史上初の屈辱」を味わった場合(しかも「ボロ負け」であった)、どんな反応が考えられるだろうか?2つあると思う。
●1つ目は「屈辱の“戦犯”を徹底的に罰すること」。この「2000年の屈辱」をもたらしたような勢力が二度と復活することがないよう、その気配が感じられるものは徹底的に批判する。そして、彼らが復活しないよう「戦前的」な文化は否定し、相対する「欧米的」な思想をどんどん導入していこう…戦後の「平和勢力」がとったのはこの路線だ。また、同じ敗戦国のドイツ、イタリアに比べても日本の「軍事アレルギー」が高いのはこのことが理由だろう。
●そして2つ目は「屈辱へのリベンジを果たすこと」。つまりは「この恨み、晴らさでおくべきか!」とばかりに、連合国側にもう1度戦争を仕掛けて勝つこと。まさに「戦後レジーム=連合国体制からの脱却」を果たすことだ。史上初の屈辱を味わったのだから「愛国者」ならば、こんな反応になるのではないか。
●しかし、現実には「そんなことを言い出す勢力」はほぼ現れなかった。それどころか「アメリカは敵ではない」「大切なパートナーなのだ」と言い出し始めた。これは何か?
●もちろん「もう1度戦争を仕掛けた」ところで「また負ける」からだろう。
●そして、そのことを直視したくないので、「アメリカは敵ではなかったのだ」「何かの手違いで一戦交えることになっただけで本当は仲間だったのだ」と思うようにしたのだろう。その代わり「こじれた思い」が引き起こすフラストレーションのはけ口として「アメリカの代理物」を叩くことにした。叩いて、屈辱を昇華することにした。
●その「アメリカの代理物」に選ばれたのが「欧米由来のリベラル思想」であり、彼らが持ち上げる欧米風のライフスタイルだった。西田の言う「ただれた戦後日本」であった。
●こうして、①の思いから「平和勢力」は戦前日本を叩き、②の思いがこじれたことから「愛国勢力」は、そんな「平和勢力」を叩くようになった。つまりは「2000年の屈辱」がもたらしたトラウマにより、どちらも「自分で自分を叩く」ようになった。
●そのことが、まるで「原爆」にも似た「円形の波動」を何度も何度も地上に呼び込もうとする一清の動きに示されていないだろうか。撃たれた原爆を撃ち返すのではなく、再度、自分たちに向けて撃ちこもうとするような姿として…。あの波動が「原爆」の比喩でなくて何であろうか?(そして、このことはアトムズ・フォア・ピース受容→地震国での原発増設→3・11として、最悪の形で実現してしまった。)
●こうして「自分で自分を叩」いた果てが「操り人形」の永続化だった。暴力性が「外」に向かわないため「外部勢力」にとっては操ることが容易だからだ。こうして、かつて「操り人形」を操っていた一族は、戦の後、逆に「操り人形」となり続けるのだった。
●では、この「こじれた」事態をどうすればいいのか?本作の西田が出した答えは「金融テロ」と「クーデター」だった。つまり「本来、愛国者が向けるべき“力の矛先”はここだ!」と指差すことだった。だが、それはあまりにも「非現実的」にすぎるだろう。
●しかし、西田のプランには「その先」があった。実は「金融テロ」と「クーデター」の先に「もっと非現実的」な計画を練っていた。先のあらすじ紹介ではあえて書かなかったが、西田は自害の前に、こんな遺書を残していたのだった。
●「クーデター成��の暁には、武力を完全放棄する。そして、日本は、世界に先駆け永遠平和を実行する。」…「できるかどうかではない。やらねばならないのだ」…生前、こう言っていた西田だったが、その「やらねばならない」最終目標は意外にも、右派が最も嫌悪しそうな「世界平和」であった。
●一見すれば、「もっと非現実」にも思える。しかしながら、西田のプランは、現在の「戦争を止められない国連」=「連合国体制」を「越える」レジームを作ることであり(戦後レジームからの脱却)、同時に、「真の世界平和」を実現することだ。それは、愛国者にとっても、平和勢力にとっても納得のできる「理想」ではないか?だとすれば、西田プランこそ、両者納得できるもっとも現実的な理想なのでは…とも思えてくる。
●しかし、実現までの手続きはともかく、それは一体どんなヴィジョンなのか?その鍵は、いかにもオカルト的にみえる「宇宙で生きるガサラの神」が握っていると思う。
●エヴァレット・カール・ドルマン著「21世紀の戦争テクノロジー 科学が変える未来の戦争」によれば、「宇宙」こそ、戦争抑止のフロンティアになるという。
●彼によれば、宇宙空間上に地球全体を監視できる衛星を置くとともに、地球を取り囲むように兵器を配列すれば、世界の監視ができるとともに国際法に違反し戦争を始める主体に「ピンポイント」で攻撃ができるという。また、その「攻撃兵器」も特殊なものである必要はなく、大気圏で溶けなければ「金属の棒」でもかまわないそう。棒だろうと重力があるので落下するにつれものすごい速度になり、地面にクラッシュする頃には爆弾と変わらない威力になるのだそう。そして、宇宙には太陽光があるので、それを利用すればシステムの「エネルギー切れ」もない。だから宇宙に「地球監視―ピンポイント爆撃システム」が配備できれば大きな抑止力となり世界から戦争をなくせるかもしれないのだとも。
●また、著者は言ってないがこの「地球監視―ピンポイント爆撃システム」に「人工知能」を組み合わせれば「戦争すると思ったけど実は違いました」というたぐいの誤爆も減るだろう。これこそ、まさに高い知性と攻撃力を備えたハイテク版「ガサラの神」ではないか?
●専門家ではないので、これらがどこまで真実味のある話なのかは分からない。それに宇宙が「戦争抑止のフロンティア」どころか「戦争のフロンティア」になってしまう可能性だってあるだろう。
●だが、現状の国連の機能不全を越えて、未来にこうした体制を作ることができたならば「西田プラン」は現実のものとなるかもしれない…
●この作品の高い「予言力」は、一体どこまで世界の未来を見通しているだろうか…? 
Tumblr media
1 note · View note
Text
●伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門
 2004年、伝奇活劇ビジュアルノベルを名乗るゲーム「Fate/stay night」が大人気を博したことは皆さんご記憶でしょう。  ファンディスクである「Fate/hollow ataraxia」が今年中には出そうだというニュースを眺めてるうち、ふと日本における伝奇物語を眺めてみようと思いつきました。
 近年、伝奇と呼ばれるジャンルに属する作品が数多く見受けられるようになってきました。「伝奇●●ゲーム」「伝奇●●ノベル」といった表記も珍しくありません。  そもそも「伝奇」とは何か。  一体いかなる作品を指す言葉なのか。  実際のところ、これを語るだけでそれこそ本を書ける奧行きがあります。そこに手間隙をかけていては本末転倒。そもそも私には不可能事です。
 この文章は「伝奇ゲームファンのための伝奇小史」ですので、厳密な定義ではなく「伝奇とはこんな作品だよ」位で話を進めていこうと思います。よって、ここでは「伝奇」を
・超常的な力を持つキャラクターが登場する(超能力、魔術、人ならぬ力など) ・非日常的な道具をガジェットとして使用する(日本古来の伝承、過剰に演出された舞台装置など) ・何らかの目的のために戦いが行われる(主にアクションだが、心理的な闘争も含む)
 といった要素を含む創作物語といたします。  要するに、念頭に置いているのは伝奇アクションや伝奇ミステリ、あるいはその種の雰囲気をもった作品群ですな。  伝奇を「神話や伝承、民話などをモチーフにした作品」とする説もありますが、これですといわゆる新伝綺を含有することが出来ません。なので上の要素からは除外しました  曖昧な定義ですがお許しください。ニュアンスが解ってもらえれば十分ですので。
 では、本邦における伝奇の歴史をさらりと眺めてみます。  前半においては文芸作品を中心に、後半においてはゲームも混ぜて幾つかのメディアを取り扱うことになるかと。
 なお、私は只の伝奇ファンですので、以下の文章には間違いや不適切な点があるかもしれません。その際はご指摘くださると幸いです。  それと「何であの作品が入っていないんだゴルァ!」という方。扱う作品は独断と偏見で選んでいるので謝っておきます。御免なさい。  また、文中は全て敬称略です。
■中世/竹取の翁といふものありけり
 ここはさらっと流していきます。
 小説が元をたどれば神話・伝説に行き着くのは万国共通であると思われます。  我が国では神話を集成したのは、「古事記」「日本書紀」でありました。ここから「日本霊異記」を祖とする説話が誕生し、やがて説話は、作り物語を生み出します。  この<作り物語>こそが、現在に至る多種多様な物語の根源であると申せましょう。伝奇物語の萌芽がそこに求められるのも当然であります。
 一般に、我が国初の<作り物語>は、「竹取物語」であると言われています。  10世紀初頭に成立したこの物語は、異常出生、貴種流離譚、難題求婚譚といった口承伝承の要素を複合的に組み合わせ、さらに月世界との繋がりを付与した点に特色がありましょう。  当時の文化や世相を考えると、これほどの物語が成立したのは一つの奇跡であるように思われます。  一読すれば解るように伝奇的な要素(異世界の姫君や月から降臨する迎えの人々、かぐや姫が難題として出した伝説上の宝物など)も多いです。
 王朝時代は竹取物語の他にも幾つかの伝奇的物語が散見されますが、説話集としての性格が強いものが大半であり、断片的な印象が免れえません。
 中世に入ると、「太平記」「平家物語」などといった軍記ものが流行します。これらの軍記ものは、名だたる武将たちの超人的な活躍や滅ぼされた氏族の亡霊の出現、魑魅魍魎の跋扈など、単純にして明快な形で伝奇的要素を用いておりました。
 なお、現代作家が王朝や中世をモデルとして書いた伝奇物語も多いです。山田風太郎や花田清輝などが得意とした手法ですな。
■江戸伝奇/南総里見八犬伝
 江戸時代の物語はまさに百花繚乱、我々が想像する「伝奇」は、この時代に全て出揃っていると言っても過言ではありません。  何といってもその長さは実に300年強。この長大な期間の伝奇を一望するなど、言うまでもなく不可能なことです。それこそ、専門の研究者による長大な著作が必要とされましょう。  あくまで「伝奇ゲームファンのための伝奇入門」ですので、ここも軽く見るだけにいたしましょう。
 江戸文芸が形をとり始めたのは元禄の頃。  それまで説話の聞き書きの域を出ないものでしたが、小説作品としての体裁を有するようになります。  改革をもたらしたのが、井原西鶴と、浄瑠璃の近松門左衛門でした。  ただ、西鶴が創始したのはあくまで町人文学であり、伝奇的な所は殆どありません。浮世草子と呼ばれるジャンルであり、「好色一代男」や「日本永代蔵」といった作品は皆さんご存知でしょう。  一方で近松門左衛門は、一般に有名な世話物(「曽根崎心中」や「女殺油地獄」など)の他、伝奇味濃厚な、奇抜なイメージを持つ作品を表わしています。「用明天王職人鑑」に、目玉を飛ばす妖術師や蛇に変ずる女などがいるのが一例でしょう。
 江戸の中期になると、庶民を対象とした絵入りの物語が刊行されるようになりました。これらの物語を一般に、草双紙と呼びます。  草双紙には子供のための教育的な「赤本」、浄瑠璃や英雄譚、化け物話などを扱う「黒本」「青本」、それに「黄表紙」がありました。  延享年間の前後に出現した赤本、黒本、青本は子供騙しのようなものであり、語るほどのこともありません。草双紙が十分鑑賞に耐えるものとなるには、安永年間の「黄表紙」の登場を待たねばなりませんでした。
 黄表紙は滑稽味があり機知のきいた文章と浮世絵風の挿絵を組み合わせたものです。現代のコミック、あるいはイラストが多様されが娯楽小説と思えばほぼ間違いないです。  ただし、伝奇味を感じる作品は散見されるものの、主流はあくまで世俗を描いたものでした。
 伝奇色の濃い作品が多く誕生するのは、江戸も末期、19世紀になってからです。この時代、草双紙数冊を一冊に綴じ、教訓的内容と伝奇色を濃くした「合巻」と呼ばれる物語が出現しました。同時に、「読本」と呼ばれた媒体も、長編を扱うように変化していきます。つまりは、物語の長編化が起こったのです。
 この時代の立役者が山東京伝です。  元来黄表紙で活躍していましたが、やがて、長編化していた読本に挿絵の面白さ、合本による物語の快楽を付与し、江戸読者の興味をひきつけた人物です。  ドグラ・マグラの元になったことでも知られる「桜姫全伝曙草紙」、「復讐奇談安積沼」、「昔話稲妻表紙」、(前者二つについては現代語訳あり)など、優れた伝奇物語を多数ものしています。  山東京伝の特質の一つに、正確な考証に基づいた執筆姿勢があります。これは実のところ、それまでの文芸が全く欠いていたものでありまして、その意味でも伝奇物語の改革者といえましょう。
 江戸三百年を通じた伝奇物語の代表といえるのは、山東京伝最大のライバル、曲亭馬琴による「南総里見八犬伝」であると思われます。  伏姫が魔犬八房の氣に感応することによって生まれた宿命の八犬士。仁義礼智忠信考悌の仁義八行を司る八犬士たちが数奇な運命を経て一同に介し、やがて主家にあたる里見家を盛りたて巨悪と対峙し、その末路までを描くこの作品。  20年以上を執筆に費やしながら、破綻や矛盾を見せない計算され尽くした構成、今に至るまで多様な解釈を可能とする程巧妙に仕組まれた伏線、心ときめく友情愛情劇に、血沸き肉踊る大活劇。  ここには、ありとあらゆる伝奇的要素が詰まっています。  ゲーム・コミック・小説などで、八犬伝をモチーフにした作品が後を絶たないことからも、その影響力がわかります。  江戸文芸の最高峰と言えましょう。
 一時は隆盛を極めた草双紙ですが、天保の改革後は作者に恵まれず、猟奇味や刺激を追及しただけのものと成り果てます。やがて、明治初期に新聞小説が出現することによって、その命脈は絶たれました。
 いずれにせよ、江戸伝奇物語は、馬琴、山東京伝という二人の天才をもって完成した感があります。  彼らの作品は今もって再三味読に耐える由、古文にめげずに是非ご一読を。
 また、現在使われがちなガジェット——陰陽術、人ならぬ美女、人と人外の交流、剣戟などなど——は、既にしてこの時代に出揃っていることにも注意する必要があります。このことを考えれば、伝奇作品における剽窃の議論など、ほぼ無意味ですな。
 なお、中世から江戸にかけての文芸史を一望するには、須永朝彦「日本幻想文学史」が便利です。
■1890〜1910年代/遠野からの呼び声
 江戸時代が少し長くなりすぎました。ここから明治時代に入りましょう。  さて、明治期に入ると、江戸後期の荒唐無稽な物語��一旦なりを潜めます。これには文明開化の影響が大であると思われます。過去を捨て、ただひたすら前に走ったこの時代には、江戸時代の遺産など古臭いだけのものだったのでしょうか。
 ただ、明治時代の初期には杉山蓋世「午睡の夢」のような荒唐無稽な伝奇的作品もありました。ナポレオンが諸葛孔明、豊臣秀吉と三つ巴の戦争を行うというトンデモ作品。消化不良ゆえに時代に埋没して行きましたが、このようなバイタリティ溢れる作品があったことを忘れてはなりますまい。
 それはさておき、いわゆる私小説の隆盛にはまだ少し間があるものの、純粋にエンターテイメントと呼べる作品もまた少ない時期です。  伝奇という観点からは、幸田露伴、北村透谷といった面々が、古典的教養をもって幻想味の強い作品を発表していたのが目に付く程度でしょうか。
 そんな中一人気を吐いていたのが黒岩涙香です。  西洋の作品の翻案を得意とし、「涙香調」と呼ばれた独自の文体は一世を風靡しました。レ・ミゼラブルの翻案「ああ無情」は有名ですね。  「死美人」「幽霊塔」といった、ゴシック・ロマンスを思わせる重厚にして耽美的な世界は多くの読者を魅了しました。  さすがに古臭さはあるものの、今でも十分読め、かつ楽しめるあたりはさすがでしょう。  まとまった形での出版物に恵まれませんでしたが、本年度4月に「明治探偵冒険小説集 (1) 黒岩涙香集」が発売され、作品に触れることが容易になっています。
 明治も後半——1900年代に入ると、夏目漱石、森鴎外を筆頭とした「文豪」たちが続々と歴史の表舞台に現れてきます。  これらの文豪にも幻想的、かつ伝奇的な作品はありますが、矢張り泉鏡花の活躍が特筆されましょう。  一般にも名高い「高野聖」に始まり、水をテーマとした幻想譚「沼夫人」、鏡花の最高傑作とも言われる「草迷宮」、連作「春晝」「春晝後刻」といった幻想物語は、江戸の戯作を思わせる怪異と品格のある表現に満ちており、濃厚な伝奇味を醸し出しています。  水滸伝を元とした長編「風流線」に至っては、世間から降りた哲学青年とその恋人である令嬢が、無縁の民と共に、大偽善者たる富豪に立ち向かうという一大伝奇ロマン。典型的なピカレスク・ロマンであり、ヒロインである龍子が禽獣の女王と化すなど、超自然的要素も満載です。構成には破綻がありますが、鏡花にしては文体も読みやすく、純粋なエンターテイメントとしても楽しめます。  なお、鏡花の作品は、ちくま文庫「泉鏡花集成」で容易に入手できます。
 埋もれていた日本の伝承を流麗たる美文で復活させたラフカディオ・ハーンこと小泉八雲(代表作に「怪談・奇談」など)を経て、1910年には柳田国男によって「遠野物語」が編まれます。  遠野物語そのものは伝奇作品とは言えません。文学的な装飾が施され、批判も多々あるものの、基本的には岩手県遠野に伝わる民話の集成です。  しかし、後生への影響力は甚大なものがありました。  遠野物語が描き出した土俗的怪異は文明開化の日本がすっかり忘れ去っていたものであります。それを発掘したのが明治の高級官僚たる柳田。各方面の衝撃度はかなりのものだったでしょう。
 日本の土俗的文化が伝奇物語のツールとして大々的に使われ始めたのは、この時期からではないかと思います。  その典型例が1912年、中里介山の「大菩薩峠」でしょう。アンチ・ヒーロー机龍之介を主役としたこの一大伝奇時代小説により、近代大衆娯楽小説の世界が確立されるのです。
 余談ですが、山田風太郎は「明治シリーズ」において、この時代を扱った伝奇と歴史とミステリの融合した類の無い作品群を作り上げています。
■1920年代/純文学と伝奇
 まずは前回の補遺。
 1913年、三島由紀夫が影響を受けたと言われる郡虎彦は、「鉄輪」(「陰陽師伝奇大全」に収録)で安倍晴明と丑の刻詣りを行う怨み骨髄に徹した女を描きました。露骨な伝奇的アクション描写はないものの、稀代の陰陽師と恐ろしい女の怨みと、伝奇の定型を扱っています。  純文学方面からも伝奇的アプローチがあった証拠でありま���ょう。
 さて、1910年代に確立された大衆娯楽小説が山ほど出てくるのがこの時代です。  今では名も残らぬ読み捨て作品が粗製乱造されましたが、市井の人々に、伝奇的な物語は面白いものだ、娯楽的なものだという意識を、改めて植えつけた時代であったと思われます。下地を作ったとでも申しましょうか。
 伝奇作品を書いていたのは名も無き小説家達だけではありません。  一般には「文豪」であり、純文学作家と思われている芥川龍之介も、1920年前後には神経症的な伝奇作品を執筆しています。特に「邪宗門」(1922年)は、王朝を舞台に、聖母マリア信仰を広めようとする西洋の妖術師と藤原道長の息子である陰陽師の魔術的対決を描く伝奇ロマン。未完ながら、昭和に誕生した伝奇アクションの遥かな先達と言えましょう。  芥川の伝奇的作品には「妖婆」「アグニの神」などがあり、その大半は、「芥川龍之介妖術伝奇集」に収録されています。
 他にも、佐藤春夫「病める薔薇」「月光異聞」、谷崎潤一郎の「魔術師」、室生犀星の「幻影の都市」……文壇の旗手たちが、揃いも揃って伝奇的な、怪異的な小説を発表しています。  当時随一の盛り場であった浅草をテーマにした作品も多く、それらは探偵小説やモダニズム文学といった、都市幻想への先駆となりました。
 かように1920年代は、純文学作家が伝奇味濃厚な作品に手を染めた時代でありました。これも時代の空気でありましょうか。
 勿論、大衆娯楽方面の書き手も負けてはいません。1925年、国枝史郎は「神州纐纈城」を発表。破天荒とすらいえるイメージの奔流により、伝奇的作品の頂点に躍り出ました。近年にも、石川賢の手によって漫画化されています。
 この他、稲垣足穂「一千一秒物語」、江戸川乱歩「パノラマ島奇譚」「孤島の鬼」、白井喬二「東遊記」……枚挙に暇がありません。純文学、エンターテイメントといった区別が意味を成さないほどに、多数の幻想的/伝奇的な作品が登場しました。
 江戸伝奇文芸が欠いていた、西洋の黒魔術、東洋の謎めいた呪術という道具立てが広まったのもこの時代です。  これにより、伝奇物語の道具立てはほぼ完全に出揃ったと言ってよいでしょう。
■1930年代/幻想ミステリの王国
 伝奇味濃厚なミステリが多数発表された時代です。  伝奇とミステリというものは非常に相性がよく、現在に至るまで名作傑作に事欠きません。  夢野久作「ドグラ・マグラ」、小栗虫太郎「黒死館殺人事件」は、この時代の伝奇ミステリの二大巨頭でありましょう。
 サスペンスと都市幻想を融合した名作「深夜の市長」もこの時代の産物です。  伝説的雑誌「新青年」の黄金期も丁度この時期であり、猟奇的なモチーフをもった伝奇的なミステリやサスペンスが量産されています。
 今ではお馴染みすぎるくらいお馴染みの「吸血鬼」という存在が世間一般に知られたのもこの時代からでしょうか。ちなみに本邦初の吸血鬼小説は、1929年に発表された中川与一の「吸血鬼」です。  イギリスの隠秘学研究者M・サマーズの著作を再構成した研究書、日夏耿之介「吸血妖魅考」が出版されたのが1931年。これにより、多くの人々が吸血鬼という概念を手に入れました。吸血鬼に関心がある方なら、今でも必読の資料です。  日夏は「サバト恠異帖」などの著作によりオカルト的題材を日本に輸入した先駆者と言えます。江戸文芸西洋文学両面にわたる圧倒的な博識をもって知られており、現在に至るまで我々は日夏が切り開いた魔術的迷宮でうろうろしているとすら言えるかもしれません。伝奇や魔術などが好きと名乗るからには、日夏の著作には一度は触れねばならないと思います。
 なお、海外でも「コナン」シリーズのR・E・ハワードや、かのH・P・ラヴクラフトが活躍しておりました。洋の東西を問わず、伝奇と怪異の世界が活発化していたと言えましょう。
■1940〜1950年代/戦争の暗い影
 1940年代は伝奇暗黒時代でした。  不穏な世界情勢と国内情勢、太平洋戦争の開戦、敗戦から窮乏を極めた戦後と、日本全体が暗い雰囲気に覆われていたこの時代、目ぼしい伝奇作品は数えるほどしかありません。日常と非日常の境が曖昧になり、食うや食わずやの毎日では、絵空事にうつつをぬかす暇などなかったのでしょうか。
 軍部の統制が厳しくなっていた時勢では物語の幅も必然的に狭くなり、作家たちは秘境冒険もの、時代小説、民話を基にした小説などに活路を求めることとなります。  秘境冒険ものの中でもとりわけ伝奇的な色彩の濃い、「魔境もの」と呼ばれたにおいては、海野十三、小栗虫太郎、久夫十蘭らが活躍。  地底や海の果ての謎の王国で少年少女や探検家が荒唐無稽な活劇を繰り広げる——というのが主な筋立てであり、道具立ては伝奇的です。ただ、荒唐無稽に過ぎ、再三味読に耐えるとは残念ながら申せません。やっつけ仕事の感があります。
 一方で時代小説には特筆すべき作品がありました。横溝正史の「髑髏検校」です。ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を換骨奪胎し、幕末を舞台とした伝奇時代劇。暴虐な魔王ドラキュラがいかにも日本的な湿気のある悪となり、原作でただただ怖いだけであったドラキュラの従者も、横溝一流の筆によって異様な艶のある美女たちへと変容しています。絶海の孤島という舞台装置とストーリーテリングの巧みさも相俟って、純粋な娯楽小説としては原作より優れていましょう。富士見・角川・講談社と各社から文庫により出版されていましたが、絶版なのが惜しまれます。
 そして日本は終戦を迎え、戦後、状況は一変します。
 1946年、横溝正史「本陣殺人事件」により、知らぬ人はない名探偵、金田一耕助が登場します。  本陣殺人事件は、西洋本格ミステリに、我が国伝来の猟奇と怪奇、土俗的な恐怖と伝承を組み合わせた、実に伝奇的な作品でした。  江戸文芸、江戸川乱歩と継承されてきた土俗的伝奇とも言える世界観は、横溝の手により新しい生を得、広く一般に普及します。  その影響下に、高木彬光「刺青殺人事件」が誕生したのも重要です。高木は怪談や伝説を背景として用いることに長けており、「成吉思汗の秘密」などの伝奇ロマンも発表しています。戦後の伝奇を語る上で避けては通れない作家ですな。
 後年の推理小説ブームを支えた人材の多くもこの時代に登場しており、中でも山田風太郎は1958年に「甲賀忍法帖」を発表。史実と奔放な想像力を絶妙に組み合わせた作品群により、世に言う「忍法帖ブーム」を作り出しました。  山田の忍法帖シリーズが、これ以後の伝奇アクションや時代伝奇に与えた影響については今更論じるまでもありますまい。端的な例で言えば、一般には菊地秀行が始祖と思われている「極細の糸を武器として使う」も山田作品が元です。山田風太郎がいなければ、日本伝奇の歴史は間違いなく変わっていたと思われます。
 戦時中に何があったのか、作風を一変させた作家も少なくありませんでした。  それにより、自然主義文学の大御所、正宗白鳥が「お伽噺・日本脱出」という異世界を舞台にした伝奇ファンタジーを記しています。  伝奇からは少々離れてしまいますが、少女小説の大御所だった吉屋信子がオカルト方面に傾斜したのも一例ですね。
 なお、この時代になると、私たちにも馴染み深い、伝奇の書き手たる方々が産まれてきています。1948年に笠井潔、1949年に菊地秀行、51年には夢枕獏と高橋源一郎。52年には村上龍と田中芳樹、54年には竹元健治に友成純一、56年に朝松健……中でも1947年は、荒俣宏、景山民夫、梶尾真治、金井美恵子、須永朝彦とまあ、凄まじい面子。  新しい時代の到来を顕著にしめしていますね。
 この時代の作品は近年復刊が盛んであり入手が容易であるため、気になった方は大きな書店で探してみることをお勧めします。
■1960年代/異端の復権
 60年代は何故か、エンターテイメント的な伝奇物語は余り見ることが出来ません。この期間を特徴付けるのはむしろ、澁澤龍彦の音頭による、「異端文学」の復権でしょう。
 澁澤は1961年の「黒魔術の手帖」を皮切りに、戦争によって雌伏を余儀なくされていた文化の復権にかかります。  日夏耿之介らのオカルトを代表に、シュールレアリスム、サディズムにエロティシズム、モダニズム、「新青年」が得意とした怪奇幻想文学……澁澤の尽力がなければ、これらの豊穣な文化は失われたままだったかもしれません。  文学の美食者を自認していた澁澤だからこそ出来た一大事業だったと言えます。澁澤の諸著作が今もってオカルトや幻想文学、異端文化への最良の手引書であることからも、その量と質とが良く解ります。
 この復活運動が頂点を迎えるのは1960年代後半です。澁澤の手帖シリーズやアンソロジーの影響下に、桃源社は「世界異端の文学」と「大ロマン・シリーズ」を開始。
 前者ではユイスマンス「さかしま」、クロソウスキー「肉の影」、シェーアバルト「小遊星物語」など、翻訳もほとんどなく、等閑視されていた世界文学の数々を邦訳。70年代に荒俣宏により広がった、いわゆる「幻想文学」ブームの先駆となりました。現在でも翻訳が「世界異端の文学」にしか無い作品は多く、古書でも相応の値段がしたりします。
 伝奇的見地からみれば重要なのは後者でしょう。「大ロマン・シリーズ」が最初に復刻したのは、1920年代の箇所でも言及した「神州纐纈城」でした。これが各界の話題を呼び、埋もれていた伝奇的作品が改めて日の目を見ることとなるのです。
 1960年に「SFマガジン」が創刊されたのも大きな事件でした。  これにより日本SFが本格的に始動。星新一、筒井康隆といった大物はこの時代に既に活躍を始めています。なお、筒井を発掘したのは江戸川乱歩です。流石の慧眼といえましょうか。  SFの誕生により、既存の文学の枠にとどまらない物語の受け皿が出来上がりました。先ほどの述べた異端文学の復権とも相俟って、今まで等閑視されてきた種の物語を発表する場が整いつつあったのです。そこには当然伝奇物語も含まれました。
 そして、この時代のカウンター・カルチャーが1970年代に一般化・通俗化し、エンターテイメントとしての多様な伝奇物語を生み出すことになるのです。
■1970年代/半村良の衝撃
 1970年代は、60年代に定着した「異端文学」的な要素が、拡大・一般化・通俗化されていった時代と言えましょうか。  実際に、70年代初頭には、60年代アングラ文化の集大成ともいえた「家畜人ヤプー」がベストセラーとなっています。一部の好事家や目利きのためだけにあった「異端」の世界が、陽のあたる場所に出てきたと言えましょう。  その風潮を軽薄だと嘆く向きもありましたが、多くの読者が埋もれていた文化の魅力へと目を向ける契機になったことは忘れてはならないと思います。
 伝奇という観点からは、1972年「石の血脈」の衝撃が圧倒的でした。
 新進気鋭の建築家、隅田を襲ったのは恩師の急死と妻の失踪だった。急激な環境の変化にも負けず、自らの才を発揮しようとする彼の周りに、現実を超越した怪事が姿を見せ始める。  謎の暗殺教団の影、変容した妻、奇怪な性病と不老不死の人間、そして、人類の歴史を陰で動かしてきた秘密結社。  やがて隅田が知る脅威の現実とは……    とまあ、そういう作品です。  序盤では現代小説の装いを取りながら、中盤からは明らかな非日常の世界へと突入するといった構成は当時は珍しいものでした。巨石文明、アトランティス、吸血鬼伝説、人狼伝説、妖艶極まる謎の美女、といった「いかにも」な要素が満載の一大伝奇絵巻であり、今でも魅力は色あせていません。  性病が主要なテーマの一つということもあり、濃厚なエロスの描写が読者を引き付ける要素となりました。
 なお、帯において<伝奇ロマン>を銘打った作品は、(少なくともメジャー作品では)「石の血脈」がはじめてであったように思います。  半村は第二作「産霊山(むすびのやま)秘録」において、<ヒ>と呼ばれる一族を主役とした日本の影の歴史を描いています。これまた評判を呼び、俗に言う「伝奇ロマン」のイメージを形作ったことは間違いありません。
 また、同時期に平井和正によって書かれた「死霊狩り」も重要です。  超人的な身体能力を持つ主人公たちと、人智を超えた怪物との死闘を描いたこの作品は一躍大人気を博しました  秘密組織、超人的な登場人物たち、「ゾンビー」と呼ばれる宇宙からの侵入体、国家的陰謀と、伝奇ロマンと類似しながらも過激さを増した道具に溢れており、伝奇バイオレンスの先駆となっています。
 この他、荒巻義雄や小松左京といったSF畑の作家の活躍が目立つ期間でありました。エロスとバイオレンス、超古代や謎の組織や怪物といった、わかりやすい形での伝奇エンターテイメントの原型は、この時代に出揃ったと言えましょう。
■1980年代/超伝奇バイオレンスの隆盛
 1980年代は、戦後世代が躍進した時代でした。  SFにおいては山田正紀、新井素子、山尾悠子などの優れた書き手が登場し、幻想文学方面では須永朝彦が活発な活動を見せていました。  笠井潔が精力的に活動し始めるのもこの時代です。「ファンタジーの遍歴時代」「サマー・アポカリプス」、「ヴァンパイヤー戦争」など、笠井の代表作はほぼ全て80年代に出揃っています。
 伝奇的な観点から見れば、決して外せない二人が現れたのもこの時代。言わずと知れた、菊地秀行と夢枕獏の二大巨頭です。  菊地は、都市を舞台に超人たちの荒唐無稽な活躍を描くことによって。  夢枕は、人間の肉体と日本古来の呪術や伝承を組み合わせることによって。  いわゆる「超伝奇バイオレンス」と呼ばれるジャンルを開拓しました。  菊地の代表作には「妖獣シリーズ」「魔界都市シリーズ」があり、一方の夢枕は「キマイラシリーズ」「精神ダイバーシリーズ」「陰陽師シリーズ」などを代表とします。  共に癖のある描写、エンターテイメントに徹した内容、激しいエロスの描写といった要素を特徴とし、一時代を築き上げました。  実際、本屋のノベルズの棚には、菊地か夢枕の亜流ばかりが並んでいるという時代があったのです。
 我々が想像する伝奇アクションは、この時代に確固たる市場を築き上げたと言ってよいでしょう。先に述べたとおり、伝奇ロマン/伝奇アクションそれ自体は1970年代に確立されていましたが、それと市場の定着とはまた別です。
 また、忘れてはならないのが1985年、荒俣宏の手になる「帝都物語」でしょう。  明治から昭和初期にかけての一大超能力戦争を書いたこの作品の影響力は甚大です。  それまで一部の好事家や研究者だけが知るものであった、陰陽道、阿部晴明をはじめとする日本の呪術的伝承を一般に広めた功績は計り知れないものがありましょう。こと伝奇エンターテイメントに関する限り、現在に至るまで、帝都物語を超える影響力を持った物語はおそらくありません。伝奇を語るとき、決して避けては通れぬ作品です。
 なお、荒俣は帝都物語と同時期、「本朝幻想文学縁起」において、日本古来の怪異と伝奇の世界を幅広く紹介しています。これまた、一部の研究者や好事家だけが持っていた知識を広めたという意味で重要な著作です。
 純文学方面からも伝奇的要素を強く持った作品が発表されています。中でも大江健三郎「同時代ゲーム」は、四国の山中にある、異界としての神秘的な村を舞台とし、「異貌のものたちの歴史」という、濃厚な伝奇的要素を有しています。
 なお、1986年には、悪魔、天使、魔術、召喚など、60年代に異端文学のキーワードであった舞台装置をふんだんに盛り込んだ娯楽作品「女神転生」が登場。翌年にはPC-88やファミリーコンピューターによってゲーム化され、人気を呼びます。  1990年には「女神転生2」が発売。90年代の項で述べる、ゲームによる伝奇物語の隆盛に大きな役割を果たしました。  その後も女神転生シリーズは着実に成長を続けています。最新作、デビルサマナー・葛葉ライドウの舞台は大正時代のようで、これも期待ですね。
■1990年代/伝奇の停滞
 1990年代に入ると、伝奇物語は停滞の時期を迎えます。  どのようなジャンルも活性化の後は停滞か衰亡を迎えますが、伝奇も例外ではなかったということでしょう。ただ、衰退ぶりは、80年代の伝奇の活発さを証明するものでもありました。  先ほども述べた超伝奇バイオレンス、ひいてはエンターテイメントとしての伝奇小説がジャンルとして定着してしまったことも原因でしょう。ブームの後、ファンに支えられて定着したジャンルは、完全に消え去ることこそありませんが、本屋の片隅で細々と生き残ってゆくだけになることになるものです。
 もっとも、話題性/革新性のある伝奇的な小説作品が全く無かったわけではありません。
 1988年頃から1990年代前半は、ジュヴナイルを中心とした作品が量産されていました。現在「ライトノベル」として知られる物語の原型の多くは、この時代に求められます。水野良「ロードス島戦記」が若年層の間で圧倒的な支持を得たのが典型ですね(ロードス島戦記そのものは1988年の開始ですが)。  ただ、この当時は西洋的世界観を基にしたファンタジー作品が主流であり、本文で述べているような伝奇的な作品は少ないです。
 また、1994年に、京極夏彦が「姑獲鳥の夏」で鮮烈なデビューを果たしました。  発表当初こそ然程注目されませんでしたが、第二作「魍魎の匣」で各界の圧倒的支持を獲得。京極夏彦はこの後も伝奇味の強い作品を連続して発表し、伝奇ミステリの世界に大きな足跡を残しています。
 しかし、90年代の伝奇物語は、小説の世界においては矢張り隅に追いやられていた感が否めません。朝松健のような作家が奮闘してはいましたが、大きな支持を得ていた作品は見当たりません。  この時代の伝奇物語で注目すべきは、むしろゲームというメディアでしょう。
 1992年、チュンソフトが「弟切草」において、ノベルゲームという新しい形式を切り開きました。94年には同系列の作品「かまいたちの夜」を発表。  音楽とグラフィックを効果的な演出に用い、ゲームの本体はあくまで文章部分という形式は、当時非常に斬新であり驚きをもって迎えられました。選択肢によって結末が大幅に変わるシステムも目新しかったのでしょう。  これによって、ノベルゲームの手法は一気に浸透してゆきます。
 1996年、Leafは、その影響下に、ビジュアルノベルシリーズ、「雫」、「痕」(リンク先はリニューアルパッケージ)を発売。この二作は幅広い人気を獲得します。  特に、「痕」は、日本古来の土着的な田舍町という舞台、鬼の伝承と猟奇殺人という装置、さらにSF的な味付けと、伝奇の幕の内弁当とでも言うべき作品。後発の作品群に、大きな影響を与えました。現在に至るまでその影響は残っています。
 1998年には転生を主題にした伝奇恋愛アドベンチャー「久遠の絆」が発売。  同年、学園伝奇ジュヴナイルを謳った「東京魔人学園剣風帖」が登場します。  魔人学園シリーズには、江戸時代を舞台とした「東京魔人学園外法帖」、同一世界におけるジュヴナイル伝奇「九龍妖魔学園記」といった系列作品があり、幅広い展開を見せています。
 これらの作品群により、夢枕獏、菊地秀行以来後継をもたなかった「現代を舞台に若者たちが超人的な活躍を繰り広げる」というジャンルが確立されたのでしょう。  事実、東京魔人学園シリーズには、「魔界都市<新宿>」に代表される菊地秀行ジュヴナイルの影響が大です。
■2000年代/伝奇の復権
 1990年代後半、幾多の伝奇ゲームの登場で基礎体力を養ったのか。2000年代に入ると爆発的な広がりを見せます。  一般小説よりも、ライトノベル界、コンシューマゲーム界、美少女ゲーム界といった、俗に言うサブカルチャー的分野の作品においてその傾向は顕著でした。  いえ、今でも顕著です。少し大きめのショップの棚を眺めてみれば一目瞭然でしょう。
 2000年冬、コミックマーケットにおける「月姫」の発表が一つのターニングポイントであったと思われます。  現代を舞台に異能力者——吸血鬼、殺人鬼、魔術師たちの戦いを描いたこの作品は、凄まじい勢いで界隈を席捲しました。ネットの普及とも相挨って、その流行の度合いは爆発的ですらありました。今に至るまで人気は衰えていません。  月姫のシナリオライター、奈須きのこ執筆の同人小説「空の境界」は商業出版され、新聞紙上などでも話題となりました。  漫画のようだ、子供騙し、既存作品の剽窃の固まり、盲目的な信者が迷惑……などといった批判も良く聞かれますが、月姫の流行が伝奇というジャンルを各方面に知らしめたことだけは間違いありますまい。
 事実、この後、ゲーム媒体における伝奇物語の充実には目を見張るものがあります。  ここで注意して頂きたいのは、私は様々な作品が月姫の影響を受けていると言っているわけではありません。  90年代に見たように、伝奇的な主題を扱った作品はこの当時既に量産傾向にありました。PCにおいてもコンシューマにおいても、優れた作品が90年代後半から2000年までにも多数出現しています。  伝奇という物語形態を受け入れる下地はとうにあったのです。月姫の流行によって、伝奇的な作品がさらに作られやすく、受け入れられ易くなったと言いたいのです。
 それは兎も角、実際問題として、これ以後、魔術、超古代に伝承、吸血鬼や鬼といった怪物……物によっては半ば忘れられていた多種多様なガジェットが息を吹き返し、流行すらするようになりました。
 教科書的ともいえる現代伝奇アクション「夜が来る!!」がアリスソフトから発売されたのが2001年。  翌年には、サークル「07th Expansion」による伝奇味濃厚なサスペンス「ひぐらしのなく頃に」が登場(現在も継続中)。  2004年にネットを介してブレイクしたのは記憶に新しいところです。
 2003年には、18禁ゲームメーカーニトロプラスの大作、「斬魔大聖(機神咆哮)デモンベイン」が話題を呼びました。  今年に入ってからですと、ニトロプラスの「塵骸魔京」、Propellerの「あやかしびと」、アプリコットの「AYAKASHI」など、枚挙に暇がありません。
 コンシューマにおいても「零」シリーズなどがありますね。  ただ、物語性を重視した伝奇作品はPCゲーム界に比べるとやや少ない印象があります。強いて言うならば、ホラーが多いのが特徴でしょうか。ユーザー層の違いもありましょう。
 ライトノベル界でも、現代を舞台にした伝奇物語——その多くは伝奇アクションですが——は氾濫しており、確かな1ジャンルを形成した印象があります。  どの作品も一定水準の質を保ち魅力的な反面、似たような素材が多くマンネリになりがちな所も、1980年代の伝奇バイオレンスの隆盛を思い出させます。  今後の動向が注目されます。
■終わりに
 かなり駆け足ながら、日本伝奇の歴史を概観してみました。お楽しみいただけましたでしょうか。  取りこぼした作品は山のようにありますし、90年代以降の記述がゲームに偏ってしまったなど、反省点は多々あります。特に江戸時代と伝奇ミステリについての記述は拡充させたいところ。次の機会があればもう少ししっかりまとめたものを提供出来ればと思います。
 最後に、伝奇を知るための文献を幾つかあげておきます。私の本棚見ただけでも山ほどあるので、特に有用で目ぼしいものだけをピックアップ。
・幻想文学33号 日本幻想文学必携
・幻想想学38号 幻魔妖怪時代劇
・永遠の伝奇小説BEST1000
・大江戸小説・実況中継
・ファンタジー・ブックガイド
他多数
” -
伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門
とても面白いし有用なのでネットの墓場より発掘してきたのだわ。 ちなみにこれ以降で伝奇は特に発展とかはしてないのだけど、相変わらずメディアには潜んでます。ゲームでは相変わらずちまちまと潜りこんで、「ペルソナ」シリーズが人気あったり。サイバーパンクWEB小説「ニンジャスレイヤー」が超伝奇的なバトルを繰り広げる作品として人気があったり。そういう今日この頃。
(via outerlimbo)
0 notes