#明日ありと思う心の仇桜
Explore tagged Tumblr posts
Text
instagram
.
ここ数年、綿密な下調べをして初日に劇場まで足を運んだ映画で期待はずれだったものはない
TAR/関心領域/FERRARI/憐れみの3章/など、いずれもがそれまでの映画体験を上まわるすぐれた作品ばかりだった
そこに吉田大八監督・脚本、筒井康隆原作の『敵』が一昨日、加わった
そしてこれが前述のどれよりもすばらしく、あっさりと感嘆履歴を更新するほどの傑作だった
とりわけ自分自身が主人公と年代が近く[敵]と対峙したこともあるから共鳴できるところは少なくはなく
ただ前半の意識高い系のような生活態度にはあまり響くものはなく後半のエキセントリックかつ緊迫感あふれる展開にはおもわず膝を叩きたくなるほどの感興をおぼえた
ハイコントラストのモノクロ映像と長塚京三によるせつなくも哀れな、そして滑稽でもある演技と立ち居ふるまいによって原作者からも「大傑作」との太鼓判を押されたこの新しい“老人映画”
観た人それぞれが人生の行きつく先に思いをはせ、さまざまな未知の敵との邂逅に覚悟を決めるのには最適の作品かもしれない
明日ありと 思う心の仇桜
夜半に嵐の 吹かぬものかは
.
.
#敵
#吉田大八
#長塚京三
#瀧内公美
#河合優実
#松尾貴史
#黒沢あすか
#筒井康隆
.
0 notes
Text
仇夢に生きる12話 誘う香
鐘の音が鳴り響く。
鐘。
鐘。
鐘。
「――まった現れたのかよ!!」
吼えながら圓井(つぶらい)は愛刀を引っ掴んで当直室を飛び出た。同じく夜警当番として待機していた同僚たちも一緒だ。誰もがうんざりした顔をしている。ただ一人、朱雀隊隊長たる帯鉄(おびがね)だけは常の凛とした面持ちを崩さない。
「多いな」
それでも、流石に一言零さずにはいられないようだったが。
「多くないっすか隊長ぉ」
「ああ、如何に言っても、な」
「これじゃあ仮眠もおちおち出来やしねえっすよ」
禍者(まがもの)の出現を告げる鐘の音を背に、現場へと走る。案の定沸いている禍者に舌打ちが漏れる。手だけは無意識的に二振りの愛刀をすらりと抜き放つ。申し訳程度に鎧を着込んだ人型数体と、取り巻きのような山犬の形の禍者。人型の手には刀。典型的な新型と旧型の組み合わせ。走りながら圓井は他の気配を探る。眼前の連中が囮となり、隠れた弓持ちが交戦中に矢を仕掛けてくる、なんていうのは今や良くある連中の戦法だった。そして、そうした混乱に乗じて改史会(かいしかい)の連中がこちらを掻き回してくることも悲しいかな、今では当たり前のように行われている。故にこそ、五感を圓井は研ぎ澄ます。音、匂い、空気の流れ。幸いにも、今回は���の前の集団で打ち止めらしい。
「市吾(いちご)!」
「あれだけっす!」
自慢という程ではないが、圓井の五感は人のそれより鋭い。帯鉄の問��掛けに応えを返せば、彼女は小さく頷く。隊長に信を置かれている誉れは、こうした場でもこそばゆいものだった。
「【先駆け】、撃て!」
叩くような帯鉄の声に、銃声が重なる。
朱雀隊には様々な武器を所有する者がいるが、大別すればそれは二種類に分けられる。即ち、近接か、遠距離か。青龍隊は誰もが刃を手にしている。各々が思うままに暴れ回り、切り裂き、禍者を蹂躙する。朱雀隊は違う。隊長や隊長補によって様々な武器を持つ者たちは区別され、適切に運用されていく。効率良く禍者を屠る為に。そして、多くの人間が生きて帰ることの出来るように。
駆ける圓井の前で火花が光る。【先駆け】と名付けられた銃の使い手たちが一斉に引き金を引いたのだ。禍者へ殺到する鉛玉。刀持ちの新型は流石にそれらを自らの刃で退けたようだが、獣の方はそうはいかない。山犬たちが吹き飛ぶ。全部ではないが、相当数が鉛玉に倒れていった。残りは両の手で数えられる程度。夜警の為に控えていた人数は少ないが、これならば後は残りの近接に秀でた者で十二分に処理出来る。横一列に並ぶ【先駆け】を追い抜きながら圓井は己の獲物を探す。同じ隊にいると言えどその能力には差がある。敵に対して何人で挑むべきか。どの敵に当たるべきか。
朱雀隊は集団にて禍者を屠る部隊である。
属する者は、与えられた役割に忠実たれ。
圓井は半ば直感で獲物を選定する。脅威であり、己一人で屠れるのはどれか。考えるより刀を振るう方が早い。鉛玉の雨を掻い潜って生き残った山犬の一匹へ肉薄。既存の生き物を上っ面だけを模した化け物とは言え、その弱点はそう変わらない。飛び掛かって来る山犬。大きく開かれた顎へ怯むことなく左手の刀を差し込む。山犬に己の勢いを殺す術はない。ずるりと肉の奥に刃が引き込まれる感触。ぬらりと湿った口腔へ飲み込まれる愛刀。圓井は迷うことなく左手を離す。頽れる山犬。その脳天へ右手の刀を突き刺した。頭蓋をも砕く鋭い刃が脳天から顎下へと貫通し、地面へと突き立った。両の手から刀を手放した無防備な態勢。狙われぬ筈がなく小賢しい人型が上段から圓井の脳天を砕かんと太刀を振り下ろした時には、圓井の左手は山犬の口から刃��片割れを引き抜いていた。油断なぞあろう筈もない。手入れを怠らない愛刀は抵抗一つなく圓井の左手に収まる。後は、身体を捻りながら頭上から来る手首を刎ね飛ばし、頸を断てば禍者とて骸に成り果てる。
今回は、これで十分。
圓井の周囲は既に戦闘の気配が褪せつつあった。
乱戦混戦ならともかく、明確な判断をもってめいめいに飛び掛かった朱雀隊の隊員たちが苦戦なぞ有り得ない。
たった一人で人型に挑んだ帯鉄も例外ではない。
圓井の向けた視線の先、鎧を纏った禍者が盛大に吹き飛ばされていた。帯鉄の白い足が真っ直ぐに禍者の中心を捉え、蹴り飛ばしたらしい。無様に転がる禍者が刀を握った手を動かすより早く、彼女の刀は鎧の継ぎ目、首元へと吸い込まれていた。いっそ優雅な所作で振り抜かれる右手。ずるりと断ち切られた首から吹き出る血を浴びながら、眉一つ動かさず帯鉄は戦場を見回した。足元には幾つかの禍者の骸が転がっていた。
「負傷者はいないか」
誰もが否を返す。血に塗れた顔が微かに緩められた。
「ご苦労だったな。連日連夜の戦闘、お前たちも疲れているだろう。さっさと戻って休むぞ」
応と声を上げ、それぞれに朱雀隊は踵を返す。そんな中で圓井だけが、じいっと先程までの戦場を見つめていた。
「どうした市吾」
「多分なんすけど、人死に出てますね、此処」
緩やかに帯鉄が息を詰める。
「……そうか」
恐らくは圓井だけだろう。戦場に残る、禍者のそれではない血の匂いを嗅ぎ取ったのは。
そして。
「避難は完了していたと聞いていたが……改史会か? ……いや報告しておこう。一先ず戻るぞ。……市吾?」
「あ、いえ、大丈夫っす」
淡く空気に溶けゆく奇妙な芳香を捉えたのも。
・・・・・
「隊長、朱雀隊からの報告書が上がりました」
「ありがとうねぇ。机の上にでも置いておいて」
「すみません、こちらの資料は」
「それは僕が貰おう」
「隊長、端鳴(はなり)から白虎隊の使いが」
「おや、もう来ちゃったかぁ」
玄武隊は常ならぬ騒々しさに包まれていた。あちこちに資料が山のように積み上げられ、普段は静かな玄武棟には絶えず人が出入りしている。
戦場。
そう呼ぶに相応しい状況だった。
禍者の葦宮(あしみや)の首都、桜鈴(おうりん)への侵攻は無事収束させた。だが、一息吐く間もなく禍者の対処へ追われることとなったのだ。
「隊長、白虎隊の方は私が」
「そうだねぇ。幸慧(ゆきえ)君、お願いするよ」
「はい」
両手に書物と報告書。更には周囲の机に資料を山積みにした倉科(くらしな)隊長に代わって、混迷を極める室内を後にする。
「使いの方は」
「応接室に、隊長補」
「分かりました、ありがとうございます。貴方はご自身の仕事に戻ってもらって大丈夫です」
「はっ」
慌てたように室内へ踵を返す背を見て、小さく息を吐いた。誰もがそれぞれに仕事に追われている。
反攻作戦の成功。それを待っていたかのように葦宮全土で禍者の出現頻度が劇的に増加した。禍者の出現を告げる鐘の音は時間を置かず日に何度も鳴り響き、それが収まれば戦闘に赴いた部隊からの報告書が上がる。交戦し、集められた情報を元に禍者に対する研究、理解を深めていくのが玄武隊の仕事だ。当然、それぞれの報告書は精読される。また桜鈴の祓衆は謂わば本隊。地方各地に点在する分隊からも情報は上がってくるのだ。桜鈴の玄武隊は、常に情報の処理という戦いの渦中に置かれている。これまでであればそれでも隊長の指示の下、それなりの余裕さえもって成せていたものではあるが、以前の比ではない程に禍者の情報が集約される今となっては限界近い稼働率でもってどうにか処理しているのが現状だった。
「お待たせしました。玄武隊、本隊長補の松尾(まつお)です」
「端鳴白虎隊の真藤(まふじ)です。忙しいでしょう、こちらは」
「……まあ、そうですね」
思わず苦笑。流石に、強がれはしなかった。対する真藤さんも仄かに口元を緩める。
「愚問でしたね。ここは祓衆の本部。こんな状況で忙しくない筈がない。白虎隊の本隊長に挨拶を、と思ったのですが捕まらなかったですし」
「各地を回っていますからね、隊長は」
白虎隊は何処もそうだろう。禍者に対する斥候役を担うことも多いが、同じくらいに各地の伝達役、生ける情報網としての任も帯びている。禍者が何処に現れたか、分隊たちの動向は。そんなあらゆる情報を己の足で集め、伝えていく部隊。
特に初鹿(はつしか)隊長は並外れて足腰も強いし持久力もある。他の隊員の数倍の仕事を嬉々としてこなしていることも少なくない。個人的に倉科隊長の私用も受けているようであるし、尚のこと捕まえるのは至難の業だろう。
「それで、端鳴の様子は」
「ああそうだ、話が逸れてしまいました」
幸慧個人としては他愛ない会話も悪くはないが、残念ながら時間に余裕があるわけではない。そっと本題を促せば、空気は自然と引き締まる。
「中々に酷いものです。体感としては……そうですね、三倍は出ています。端鳴だけではなく、周辺もですね。こちらは端鳴程ではないのですが、それ��も忙しない。一応こちらが」
懐から取り出された紙が開かれる。しっかりと折り畳まれていたのは二枚の地図だった。
「端鳴玄武隊によって製作されたここひと月の禍者の出現分布図です。もう一枚は一年前の物ですね。うちの玄武隊より託された物です、宜しければお役立てください」
「ありがとうございます。活用させてもらいます」
受け取りながら、地図に目を走らせる。一目瞭然。一年前のそれより、出現数は何処も軒並み極端に増加していた。もっとも——それでも此処桜鈴に比べればその増加率はまだまし、なのかもしれない。
「それと」
やや渋い表情。不思議に思いながら視線で促せば、真藤さんはそっと、何かを机に置いた。
何か。そう思ったのは幸慧にはあまり見慣れない物だったからだ。重厚感のある、深い黒のそれは、恐らくは金属で出来ているのだろう。安価な物では決してない。
「開けても?」
「大丈夫です」
断って、それに付いた小さな蓋を開けてみれば、ほんの微かな甘い匂いが鼻腔を掠めた。覗けば、少しの燃え滓……ほとんどが燃え尽きた灰が底の方で溜まっていた。
「香炉、ですか。これは」
「ええ」
真藤さんは居住まいを正した。
「それは、禍者との交戦後発見された『手』と共に回収された物です」
「手」
自然、眉が寄る。
つまりは、手以外は見付からなかったのだろう。悲しいことだけれど、残念ながら珍しいことではない。
「そして、禍者に襲われかけていた改史会の人間が所有していた物でもあります」
「改史会の持ち物、と」
「恐らくは。……先の『手』も、そうでしょう。わざわざ、喰われに出ていたのだと思います」
「そう、ですか」
少しだけ。
少しだけ、安堵を覚えた自分を幸慧は自覚している。喰われたのが、改史会の人間で良かった、と思う自分がいることを。自己嫌悪はすぐに振り払い、そっと香炉を持ち上げる。見た目よりもずしりと重い。
「そこまでなら然程の意味を見出すこともなかったのですが……その襲われかけていた改史会の連中、些か妙なことを口走りまして。曰く、」
――これは神使をお招きする呪具である。
「立て続けに見付かったのもそうですが、連中の言い分も奇怪極まりない。自ら香を片手に喰われに出向くなど、悍ましいことこの上ないでしょう。ですから、本隊にお預けしたいのです」
「……神使に、呪具ですか。確かに、妙なお話ですね」
「ええ。それにこの香炉を持っていた改史会の人間ですが、それはそれは異様なまでに禍者に集られていましてね。それも気味が悪くて」
「神使を、お招き……」
まさか、と言う程ではない。改史会の言い分を噛み砕けば、容易に想像はつく。
「禍者を、呼び寄せる香、と、そういう訳ですか」
「言い分を信じれば。まあ、それにしたって禍者を神使だの何だのと良くもまあ、勝手なことを言う連中のことですからにわかには信じ難いのですが……如何せ���実際に見てしまってはね」
「……調べた方が良いのは明白ですね。分かりました、これは本隊で預かり調査します。ありがとうございます」
「いえ。燃え滓ですから問題はないでしょうが、くれぐれも扱いには気を付けてください」
「勿論です。他の者にも伝えておきます」
・・・・・
「――成る程、それでこれを預かってきたんだね」
「はい。話だけではその、にわかには信じがたいのですが……」
情報の処理に追われる中、取り敢えずは此処まで、という倉科隊長の鶴の一声で玄武隊が業務を終えたのは日もすっかり沈んだ頃だった。普段なら夕方には玄武隊としての仕事は終わっているのだ。三々五々解散していく玄武隊たちが顔に色濃く疲労を滲ませていたのも無理はないだろう。
「そうだねぇ。今まで禍者は人間にしか反応しない、って思っていたのにねぇ」
祓衆の仕事場と居住空間は階が��けられている。誰もが常のそれを超過した時間業務に追われていれば、尚のこと仕事が終われば仕事場である階は静寂に包まれる。夜のこんな時間に明かりが点いている部屋なんて、恐らくはこの執務室くらいだろう。
そんな静かな空間で倉科隊長とお茶を飲みながら言葉を交わすのは、穏やかで嫌いじゃない。会話の内容が不穏なものであっても、だ。
「確かに、ちょっと匂いはあるねぇ……でもそんな、取り分け変な匂いって訳でもなさそうだけれども。これが特別に禍者を呼ぶのかなぁ?」
不思議そうに香炉を観察する倉科隊長の目は爛々と輝いている。白手袋に包まれた手は忙しなく香炉の表面をなぞり、丸眼鏡の奥の瞳は眇められたり見開かれたりと真剣な様子で検分を行っていた。幾分の興奮さえ感じさせる所作は倉科隊長にしては珍しいものだった。
「ひとまず預かりはしたのですが、どう調べたものでしょうか……」
匂いという不定型なものを調べることは流石に経験がない。おまけに幸慧は都たる桜鈴から巨大な山脈一つ隔てた寒村の出なのだ。香、なんて高尚な――というのも偏見かもしれないのだけれど――ものに触れる機会なんて今までなかった。
「そうだねぇ」
さしもの倉科隊長もううん、と少し唸る。が、少しして微かに口元を綻ばせた。
「餅は餅屋、かな」
「え?」
「土生(はぶ)隊長補にお願いしてみよう。彼女の家は貿易商だ。家で多くの品物を扱っていた筈だし、彼女自身、結構な趣味人だったと思うからねぇ」
成る程、と頷く。中々お目にかかれないような精巧な車椅子を用意出来る土生家は海向こうの国の品々にも、無論この葦宮全土の物品にも詳しいと聞いたことがある。都羽女(つばめ)さんならば、もしかしたら何か分かるかも知れない。
「明日辺り、持って行ってみましょうか」
「うん、そうしようか。じゃあ今日はこれでお開きにしよう。ごめんねぇ、こんな夜まで付き合わせちゃって」
「いえ! 私はこのくらいは全然大丈夫なんで!」
頭脳労働は性に合っているからか、本当にそこまで堪えてはいなかった。ぐっと拳を作って答えると、倉科隊長はふっと相好を崩した。
「流石だねぇ。頼りにしているよ」
そんな会話を交わした次の日、早速幸慧は倉科隊長と共に白虎隊の隊長たちの控える執務室の扉を叩いていた。少しの間を置いて返って来た応えに従い、部屋に入れば部屋の主である都羽女さんはにこやかに出迎えてくれた。
「どうしたんだい、お二人さん。揃って来てくれるなんて珍しいじゃないか」
名目上、隊長と隊長補の為の部屋ではあるけれど、もう一人の主である初鹿隊長は外に出払っている時の方が多い。その影響だろう、執務室にはどちらかと言えば都羽女さんの趣味であろう調度品があちこちに飾られている。そのいずれもが、恐らくは相応の品の筈だ。倉科隊長は調度品に囲まれた部屋を突っ切り、都羽女さんへと歩み寄る。
「今日はねえ、ちょっと、君を頼りたくてね」
言いながら、香炉を執務机にことりと置いた。
途端、普段は緩く閉ざされている目が鋭く開かれて香炉を観察する。つんと跳ね上がった眦を持つ眼差しはあくまで真摯で、香炉を扱う手もゆっくりと、慎重に香炉の上を撫でていく。
「こりゃまた随分と良いもんを持って来てくれたねえ」
幸慧たちの持ち込んだ香炉を一瞥するや否や都羽女さんはそう一言落として、何を問うでもなく薄い手袋を着けた。流石に状況把握が早い。
「見立てを」
倉科隊長の一言と共に受け取った香炉を、都羽女さんは真剣な眼差しで検分する。
「これは、何処で?」
「禍者に喰われた改史会が持っていた物でねぇ。禍者を呼ぶという曰く付きだよ」
「そりゃまた物騒なもんだねえ」
はは、と乾いた笑いを零して都羽女さんはことりと香炉を机に置いた。
「これ自体、中々きな臭いもんだってのに」
「どう言うことかな」
「一級品さね、これは」
頬杖を突きながら都羽女さんはつい、と香炉の蓋を撫でる。
「中々どうして相当な品だよ。勿論、残り香を嗅いだ限りじゃ中身もかなり良い物を使っているんじゃないかね。禍者を呼ぶってのは分からないけれど、これを持てるのはそれなりの地位の人間だと思うよ」
「同じ物が、実は複数個見付かっているんです」
「本当かい? それは……まあ随分な金持ちの仕業だねえ。それを禍者を呼ぶのに使うなんて一体どんな気狂いなんだか。喰われたってのはお偉いさんか何か?」
「恐らくは、違うのではないかと」
「改史会ってのは景気の良い組織なんだねえ。お貴族様でもない人間には余りにも不釣り合いな物をばら撒くなんて、ねえ」
「参考までに聞きたいんだけれど、この中身がどういう物か、と言うのは調べられるかい?」
「そうさね……」
燃え尽きた屑を少し嗅いで、都羽女さんは小さく唸る。
「まあ、時間を貰えればある程度は分かるんじゃないかねえ。匂いとしては別段特殊とは思えないし」
「お願い出来るかな?」
「あんたの頼みじゃあねえ。あたしは断れないさ。何せあんたはうちの隊長のお気に入りなんだからさ」
「そう言って貰えるとありがたいねぇ」
「凌児(りょうじ)……いや、うちの隊長を使いっ走りにするのも程々にしといておくれよ?」
「善処はさせてもらうよ」
「全く……まぁ、あいつも嫌々じゃあないから仕様がないねえ」
肩を竦めて都羽女さんは笑う。きゅっと上がっている目尻が僅かに解けて、そして薄らと開かれる。
「色々と嗅ぎ回るのは構わないけれど、早死にするような真似はするもんじゃないし、させるもんでもないよ」
その瞼のあわいから漏れる、鋭い光。思わず背筋の伸びるような、強い声色。不意に向けられたそれを直視しながらも、倉科隊長は柔らかく微笑する。
「肝に銘じよう。君たちの隊長を僕の私情で死なせやしないよ」
・・・・・
「君ならやれる。そうだろう?」
事もなげにそう言い放った倉科は、真実そう考えているのだから初鹿に返す言葉はない。純粋に思考し、能力を鑑みて、見出した。それだけのことなのだ。一種冷徹と言われる倉科の采配が、結局の所彼からの全幅の信頼であるのだ。それなりに長く付き合って来た初鹿は良く心得ていたし、内密に、と優秀な男から任を任されるのは悪い気はしなかった。
侵入し、情報を得よ。
場所は、帝の御座す朝廷。
「改史会は、きっと朝廷にもいるだろう」
任を告げられた日、確信した声色で倉科は言った。
「いや、恐らく、朝廷の中にこそ、改史会の中心人物はいる。あの用意周到さも、見目美しく整えられた主義主張も、確かな権力と知識を有する人間でないと成し得ない」
「そいつを見付けろってか?」
「それもある、けれど……優先順位は低いかなあ」
「はァ」
思わず生返事が零れた。この微笑を常に浮かべている男が真実何を考えているかを理解出来たことはない。初鹿の会った人間の中で、倉科は一等頭が良く、理解の及ばない存在なのだ。故に、面白がってこうやって付き合ってやっているのだが。
「じゃァ、何を探れってんだ?」
「改史会が生まれた理由」
さらりと倉科は言う。
「正確には、朝廷に何が起きているか、なのかな。改史会を支える柱たる『誤った歴史』はどうやって生まれたのか。ついでに改史会がどれだけ朝廷内に蔓延っているか。そうしたことを、探ってきて欲しいなあ」
「また随分と曖昧なモンだなァ。俺ァ分かんねェぞ」
「ま、難しいことは考えずにきな臭そうな所を手当たり次第に見て来てくれよ。何が見えたか逐一報告してくれれば、後の分析は全部僕がするから、ね」
「質の良し悪しは保証しねェぜ」
「十分さ。朝廷内を生で見た者の言葉であれば、何だってね」
そんな言葉を受けたのはほんの数か月前。それから機会があれば初鹿は内密に朝廷の調査を行い、あちこちに足を運んでいる。
拍子抜けな程に、初鹿の潜入は容易かった。幼い頃に盗賊の手伝いをしていた分、心得はあった。
否。
それ以上に、この朝廷は穴だらけだった。
何度目かの侵入を果たし、初鹿は天井や屋根、死角を利用しながら朝廷内を気ままに動き回る。
人が少ない。
何処か呆けている。
朝廷に蔓延しているのは、停滞と諦念。
大事な何かがごっそりと抜け落ちてしまっているかのような朝廷の中を、初鹿は死角を縫うように歩く。
改史会。誤った歴史を改めるなどと宣う連中の影は確かにあった。動向を気にする者は決して少なくない。ただ、積極的に関わっている者はどうにも見つからない。そういうものだろう。幾度かの報告でも倉科がそれ以上を求めることはしなかった。むしろ、改史会よりも朝廷そのものの方に興味を持っている風であった。
だから、初鹿も改史会には拘らず朝廷を見ることにした。
故にこそ、知ることが出来たのだろう。
朝廷内は広い。しかし、如何に腑抜けていようとも侵入者である初鹿が動き回れる場所は限られている。幾度かの試みの結果、帝の御座す内裏には流石に入れはしなかった。だが、政に携わる貴族たちの部屋が立ち並ぶ大廊下は別であり、数回かの侵入を果たした今となってはいっそ面白い程に初鹿の侵入を許していた。
そんな大廊下を歩くと、微かに漏れ聞こえてくる。
――また方違えを。
――今日は忌日で。
――魔除けの札が。
――外洋の呪いは。
とうの昔に廃れた筈のしきたりが息衝く会話が。
大廊下を支える太い柱の陰に潜めば見える。
覇気のない顔をした貴族たちが何かに怯えるように紙切れなどを有り難がる姿が。
大昔に生まれて消えていった筈の、それこそあの倉科さえ否定した筈の呪術は、葦宮の最高機関では確かに在るものとして、扱われている。
それは恐らく、決して暴かれてはならないものだった。
0 notes
Photo

. (^o^)/おはよー(^▽^)ゴザイマース(^_-)-☆. . . 12月18日(土) #先勝(庚子) 旧暦 11/15 月齢 13.8 年始から352日目(閏年では353日目)にあたり、年末までは、あと13日です。 . . 朝は希望に起き⤴️昼は努力に生き💪 夜を感謝に眠ろう😪💤夜が来ない 朝はありませんし、朝が来ない夜 はない💦睡眠は明日を迎える為の ☀️未来へのスタートです🏃♂💦 でお馴染みのRascalでございます😅. . 51週目の週末になります✋本年の 週末も本日を凌げば、あと1回デスw いやぁ~早いですねぇ本当にホントニ 「あっと言う間」デスワ😅💦 週末に休日は東京に居れるのでホッ とします✋電車に乗るという煩わし さから解放されるのでホントニです✋ . 今日一日どなた様も💁♂お体ご自愛 なさって❤️お過ごし下さいませ🙋 モウ!頑張るしか✋はない! ガンバリマショウ\(^O^)/ ワーイ! ✨本日もご安全に参りましょう✌️ . . ■今日は何の日■. #土田・日石・ピース缶爆弾事件. 1971(昭和46)年12月18日(土)、当時の警視庁警務部長の土田国保(ツチダクニヤス)宅に、お歳暮の贈答品に擬装された爆弾が雑司ヶ谷の自宅に郵送された。 その爆弾の爆発で妻は即死、13歳だった四男も重傷を負った。 この事件は、1969(昭和44)年から1971(昭和46)年にかけて、東京都内で発生した4件の爆破殺傷事件(未遂を含む)の総称である。 8名が逮捕、起訴されたが、全員が無罪になった事件でもあり、4件中3件が未解決事件であり公訴時効が成立している。 また、2件については真犯人を名乗り出る書物が時効後出版されている。 . 土田 國保(つちだ くにやす、1922(大正11)年4月1日 - 1999(平成11)年7月4日)は、日本の警察官僚、警視総監(第70代)、防衛大学校長(第4代)。 愛称は「ミスター警視庁」。 剣道7段(居合)。 . #先勝(サキガチ、センカチ、センショウ). 陰陽道(おんみょうどう)の六曜日の一つ。 この日は勝負ごと、訴訟や急用などに運が���いとされ、早い時刻ほど良くとされ、午後は凶になるなどの俗信がある。 寝坊は、もっての他とされますね😅💦 . #一粒万倍日(イチリュウマンバイビ). 選日の1つであり、単に万倍とも言われます。 一粒の籾(もみ)が万倍にも実る稲穂になるという意味である。 . 一粒万倍日は何事を始めるにも良い日とされ、特に仕事始め、開店、種まき、お金を出すことに吉であるとされる。 但し、借金をしたり人から物を借りたりすることは苦労の種が万倍になるので凶とされる。 また同じ意味合いで、借りを作る、失言をする、他人を攻撃する、浪費などもトラブルが倍増するので避けたほうがいいとされている。 . #東京駅の日(#東京駅完成記念日). 1914(大正3)年、東京駅の完成式が行われました。 . #大洗濯の日(12月第三土曜日). 家庭用の洗剤などの洗濯用品を手がけるライオン株式会社が制定。 . #ナボナの日. 「ナボナはお菓子のホームラン王です」のCMで知られるナボナなどの和菓子の製造販売を手がけ、東京・自由が丘に本社を置く株式会社亀屋万年堂が制定。 . #国連加盟記念日. 国際連合(United Nations)が正式に発足したのは、1945(昭和20)年10月24日です。 . #納めの観音. 1年で最後の観音の縁日。 . #防犯の日(毎月18日). 日本で初めての警備保障会社として1962年に創業したセコム株式会社が制定。 . #オコパー・タコパーの日(毎月第三土曜日). 「オコパー・タコパー」とは「お好み焼パーティ・たこ焼パーティ」のこと。 . #国際移民デー(International Migrants Day). . #カタール独立記念日. . #ニジェール共和国の日. . . ■今日のつぶやき■. #明日ありと思う心の仇桜(アシタアリトオモウココロノカタキザクラ) 【解説】 明日も咲いているだろうと思っていた桜も、夜のうちに嵐が吹いて散ってしまうかもしれないという意味から。 「仇桜」とは散りやすい桜の花のことで、儚いものの例え。 明日はどうなるかわからないという、世の中や人生の無常を説いた言葉。 . . 2002(平成14)年12月18日(水) #ウィッキー琴美 (#うぃっきーことみ) 【モデル】 〔神奈川県〕 . . (牧野記念庭園) https://www.instagram.com/p/CXmceWbByV-ykKQji2i2BhfqhDuAeZqu1dePZM0/?utm_medium=tumblr
#先勝#土田・日石・ピース缶爆弾事件#一粒万倍日#東京駅の日#東京駅完成記念日#大洗濯の日#ナボナの日#国連加盟記念日#納めの観音#防犯の日#オコパー・タコパーの日#国際移民デー#カタール独立記念日#ニジェール共和国の日#明日ありと思う心の仇桜#ウィッキー琴美#うぃっきーことみ
0 notes
Photo

谷川俊太郎「三つのイメージ」より抜粋 人間は宇宙の虚無のただなかに生まれ 限りないにとりまかれ 人間は岩に自らの姿を刻み 遠い地平に憧れ 人間は互いに傷つけあい殺しあい 泣きながら美しいものを求め 人間はどんな小さなことにも驚き すぐに退屈し 人間はつつましい絵を画き 雷のように歌い叫び 人間は一瞬であり 永遠であり 人間は生き 人間は心の奥底で愛しつづける あなたに そのような人間のイメージを贈る あなたに 火と水と人間の 矛盾にみちた未来のイメージを贈る あなたに答は贈らない あなたに ひとつの問いかけを贈る ー谷川俊太郎 著『魂のいちばんおいしいところ』(サンリオ)よりー #谷川俊太郎 #人間 #イメージ #桜とモミジ #矛盾にみちた未来 #明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは #散歩 #つれづれ #今日の言葉 #石神井公園 #撮影散歩 #今日の一枚 #カメラのたのしみ方 #順正寺 #写真 (石神井公園) https://www.instagram.com/p/CNBheHLDeOf/?igshid=1x3k5zkorfneg
#谷川俊太郎#人間#イメージ#桜とモミジ#矛盾にみちた未来#明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは#散歩#つれづれ#今日の言葉#石神井公園#撮影散歩#今日の一枚#カメラのたのしみ方#順正寺#写真
0 notes
Quote
「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」 今月のことばは、親鸞聖人が詠まれたと伝わる和歌です。親鸞聖人が9歳の時、仏門に入られる決心をされ天台座主である慈円を訪ねましたが、すでに夜だったので、「明日の朝になったら得度の式をしてあげましょう」と言われました。しかし、聖人は「明日まで待てません」とおっしゃられ、その時詠まれたのがこの歌と伝わっています。この歌の意味は、「今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない」ということですが、親鸞聖人は、自分の命を桜の花に喩え、「明日自分の命があるかどうか分からない、だからこそ今を精一杯大事に生きていきたい」との思いが込められています。 今年も3月11日がきました。あの大震災から早くも3年が経過し、あの時に感じた災害の悲惨さ、そして命のはかなさというものが薄れつつあるように思えます。私たちは当然のように自分には明日もあり、また明後日もあり、そして10年先、20年先もあると思っています。また、知らず知らずのうちにそういうことを前提とした生活習慣となり、今ここにしかないこの命を大切に生きられていないことも多くあるのではないでしょうか。3年前の3月11日には一瞬にして2万人近くの方々がお亡くなりになり、そして3年経過した今もなお、26万人以上の方々が避難生活を余儀なくされているという現実。この現実を経験しても、時間の経過とともにその記憶が薄れ、また当然のように自分には明日があり、今を精一杯生きられていない自分。親鸞聖人の詠まれた歌から、改めてそういった自分に気づかされます。
「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」 | 光華女子学園
40 notes
·
View notes
Quote
明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは
親鸞
12 notes
·
View notes
Text
ゴミ溜め船
この月か沈んだら
誰かが居なくなる。
僕は地球の自転を許せない
どこにも行きたくない。
どんな努力もしたくない。
窮屈な部屋に差し込む月光に
糾弾されてる気分だ。
今夜も消しカス散らばした夜空に
一方通行片道切符で
だんだんどんどん鬱なウツツに
僕は出航しました。
タバコの灰をこぼしてハイ
明日から逃亡する夢を見た
妄想ならなんにでも勝てる僕は
今日も東に向かって進んでく
明日に向けて出航の合図
こうしちゃいられんと目を瞑る
無理な往来結果オーライで
明日も僕は僕のままでいい
今日がずっと続いたら
僕は歳を取らなくて済むし、
大切な人の寿命も縮まらないんだ。
この月が沈んだらまた
どこかの誰かがいなくなる。
遠く響く救急車の音が
いつまでも苦手なんだ。
明日を生きたくない。
ささくれ程の希望も見えない。
明日ありと思う心の仇桜
ずっと咲いていて欲しいと思う。
今夜もごみ溜めみたいなベッドで
鶴の足の数を数えながら
散々杜撰な散財かまして
僕は今日もダメなゴミだ
馬鹿野郎と言い返してやろう
無事に着信して不時着
止まらない船がぼーっとしてても
僕を明日に進めてく
後悔先に立たせたい
嫌に便利なこの航海
いつだか逸脱してやりたい
僕は今日もダメなゴミだったな
明日に行きたくない
地球の自転を許せない
僕の世界の大統領が
僕の世界を救わない
明日を生きたくない
誰かに別れを告げ目を閉じる
いつ見上げても変わらない月だな
僕は明日もダメなゴミだ
1 note
·
View note
Text
仇夢に生きる8話 陰る正道
「ですから、私は申し上げているのです。改史会(かいしかい)は最早看過出来ぬ程に肥大、増長していると。そして連中は禍者(まがもの)に仇なす我らを敵視し、妨害する。であるならば、我々はそれに立ち向かわねばならないのです。これまで禍者に向けていた刃です。しかし、民草を護る為には人に向けねばならぬ時もあるのです。どうか、お許しを」
「否」
幼い頃から付き合いのある江草(えぐさ)ですら見たことのないくらいに、倉科(くらしな)の眉が跳ね上がった。
「理由の提示を」
「罪なき民草を禍者より守護すること」
――嗚呼、それは。
ぴたりと閉じた口の中、内の唇を噛み締めて江草は目を細めた。当然のことを、当然のように諳んじる眼前の老人が、今ばかりは忌まわしかった。
「それが我々の、祓衆(はらいしゅう)の理念だ。分かるか?」
「無論」
苦々しく、倉科は肯ずる���
葦宮(あしみや)桜鈴(おうりん)、朝廷内黄龍所。祓衆の、屯所より切り離されたもう一つの部隊。組織、と言った方が正しいだろうか。
祓衆の運営を担う、常は姿を見せぬ最高機関。いくら玄武隊の長であっても、彼らと比べれば立場が劣るのが現状なのだ。艶やかに磨かれた外洋風の机を挟んで、倉科と黄龍所は対峙する。倉科の隣に控えてこそいるが、江草など、この場ではただの添え物でしかない。ただ、見守るだけの。
「貴方は、連中が罪なき民草と、そう定義なさるのか」
「そうまでは言わん。しかし、こちらからの手出しは禁物だ。害を成して初めて、彼らは罪なきという冠を取り払われる」
「では隊員たちに囮になれと言うのですか」
怒気が、傍らの江草を打つ。
「それでは余りに遅過ぎる。最早、我らの理念に害を成しているのですよ、改史会は。それを、手出し禁物とは、それこそ我々の理念に泥を塗る」
「かつてよりの基盤を脅かそうというのか、倉科」
「何を」
じとりと、老人の目が倉科を覗き込む。老獪さを隠さぬ、影を揺らめかせながら。
「我らは禍者の為の民草の剣でなくてはならない。我らの義務は、禍者を屠ること。その為の組織だ。だからこそ、我らは武力を持っている。そうであることを許されているのだ。その刃を、いくら禍者を屠るに邪魔とて人に向ければ、一体どうなるのだろうな」
「……脅しですか」
「ただの危惧だ、今はな」
ともかくだ。深く腰掛けなおした老翁は酷く冷めた顔をしていた。対峙する倉科とは裏腹に。
「現状は変えられんぞ、倉科。向こうが手を出せば反撃を許すと言っているのだ。それで十分だろう」
「害あるのに野放し、人の為の組織である警察も碌に尻尾すら捕まえられぬ体たらくで、我々も現状維持ですか」
笑わせますね。
ここぞとばかりに、倉科の舌は回る。常ならざる威圧的で吐き捨てるような語調、露悪的な言葉遣い。言葉で叩きのめさんばかりの激情を、江草は感じ取り目を伏せる。
「随分と最近の警察は暢気なものだ。噂では内密に立てた計画すら筒抜け。踏み込んだ連中の隠れ家はもぬけの殻だったとか。一般人の集まりである筈の改史会は随分と優秀なのですね。もしかして、とっくの昔に教えてもらっていた、のかも?」
くすり。零れる笑声は最早ただそう装っているだけの音でしかない。
「改史会と思わしき人間が朝廷に出入りしているとかいう滑稽な噂も――」
「口は身を滅ぼすぞ、倉科」
低く這うような声に、漸う縷々とした言葉は途切れた。
「お前の頭脳は買っているが、組織の為に使うのだな。禍者を屠るのに有用なことさえ、考えていれば良い」
「祓衆の長が、酷いことを言うのですねぇ」
「お前の為でもあるのだぞ」
「それは、それは」
温度のない瞳がきゅっと、三日月型に細められた。それから、三拍。
「少し、ええ、少し熱くなってしまいました」
「祓衆の頭脳として、機能してもらわねば困る」
「分かっていますとも。私は祓衆の為に、祓衆のことを想って動いている。何時だって、ね」
此度は失礼しました。吊り上げた口はそのままに告げて、倉科は踵を返す。心得た江草もその後ろに続く。本当に、食えない連中。内心で背後の老翁に悪態を吐く。こうまで倉科が振舞っても、眉根一つ動かさないのは流石とでも言ってやれば良いのか。ゆらりと揺れる眼前の倉科の髪を眺めながら考えていると、不意に彼の半身がくるりと後ろへ向いた。肩より流れる羽織が優雅にはためく。
「そうだ、これは一つ聞きたいと思っていたのですが」
さも、今思い出したように、倉科は口を開く。
「禍者と句々実神(くくざねのかみ)の関係について、貴方はどうお考えで?」
――我々は、何を殺しているのですか?
初めて老獪な男の顔が、ぴくりと蠢いた。
ような、気がした。
ただ、それだけだった。
・・・・・
「嗚呼、駄目だったねぇ」
ふふ、と空虚な笑い声を漏らしながら倉科は板張りの朝廷の廊下を歩く。その歩幅の常より広いこと、刻む足音の早いことに感付けるのはきっとほとんどいないだろう。傍らを歩きながら江草は思う。
江草にとって倉科は昔からの、幼い頃からの師であった。剣を振るうことは嫌いではない。けれでもそれ以上に、本に耽溺する方が好きだった。そんな江草を、近所に住んでいた倉科は随分と可愛がってくれていた。西に住んでいた故の訛りを興味深そうに分析し、自身の所蔵する本を快く貸し出し、時に歴史や民俗について教授してくれることもあった。近所の道場で剣を習った帰りには毎日のように倉科の元を訪れ、様々な知識を強請った。そんな子供を、倉科は嫌な顔一つせず迎え入れてくれた。江草を構成する思想の基盤は倉科から与えられたものだと言っても過言ではない。
江草が彼を追って祓衆に入るのは当然のことだった。
幸いに武の腕があった江草が周囲の意見を撥ね退けて玄武隊に入ったのも、倉科がいたからこそだった。
そして今では倉科の護衛係として任命されることが多くなった。多分、色々と気を遣う必要がないからだろう。厄介な場所に赴く時も重用されている。江草にとっては、無論名誉なことだった。
「嫌な連中じゃのう、相っ変わら��」
「ねぇ」
間髪を入れない同意。やはり、随分と苛立っているらしい。
「じゃが、あんまり言うのもまずかろう。一応、向こうさんの方が立場は上なんじゃけえ」
「まあ、ねぇ。でも僕、結構貢献はしているからねぇ、まだ平気だと思うよ」
「頭がおらんくなったら、玄武隊は、否、祓衆は回らんくなるぞ」
「幸慧(ゆきえ)君がいるからどうにかはなるでしょ」
「まだ若かろう」
「まあねぇ」
ころころと笑って倉科は頬に掛かった髪を払う。
「でもいずれは彼女に託さねばならなくなる」
「それは随分と先じゃろう」
「分からないよ」
だって、僕たちはこんな仕事をしているんだもの。
伏した眼差しが、睫毛に隠される。
「禍者はねぇ、きっと僕たちの手に余るんだよ」
「どういう意味じゃ」
「ずっとねぇ、考えていたんだよ。五の月、遍寧祭(へんねいさい)でのあの事件をね」
二月前、まだ記憶に新しい出来事である。あろうことか神へ奉げる祭祀の日に起きた、禍者による突発的強襲。あの改史会の妨害もあり、苦い苦い思い出として祓衆の誰もに残されている。江草は屯所待機であったが、その混乱は良く聞き及んでいた。
「禍者も随分と罰当たりなことをしよったしのう」
「そうかなぁ」
「おん?」
「いやねぇ、ずっと僕は考えてたんだけれどね、禍者がどうしてあんなに溢れて、突然に消えたのか」
「句々実神の御力っちゅう奴じゃないんか」
自分でも馬鹿らしい、と思いながらも言う。ただ、禍者がいるのなら神だって本当に、何かの形で在ったっておかしくはないのではないか、と思う部分もあるのだ。葦宮の人間は大抵そうだろう。神話に語られると同時、句々実神は歴史書にも名を残しているのだから。
「少なくとも、何らかの影響があることはとうに実証済みじゃ。祭りの日に禍者は現れん。それだって、証左よ」
「――そう、句々実神は禍者に影響を与えているんだよ。でもさ、為路見(いろみ)君、その影響が実際どうだって明かされた訳じゃあないんだよ」
それは。江草は思わず黙り込んだ。
「それ以上は、此処で言うな」
「分かっているよ、そんなことはねぇ。でも、そう考えると、ちょっと、怖いでしょ。禍者自体も、その最近の動向も」
「じゃが、道理は通らん」
きっと、倉科は句々実神と禍者を結び付けようとしている。これまで考えられていた形とは全く違う形で。だが、理由はないだろう。句々実神は、国の守り神だ。豊穣を齎す善き神だ。人にこの葦宮を譲り渡し、身を隠したその存在が、禍者をけしかける理由が、あるのだろうか?
「この世は、僕たちが思っている以上に、欺瞞に満ちているのかもしれない」
「皆疑えと、そう言うんか」
「極論は。だって、僕たちは与えられたことをただ受け取っていただけだよ。それは、何を保証しもしない」
冷えた声で倉科は呟いた。
「だからこそ、僕は考えたい。そして、だからきっと、僕は長生き出来ないよ」
・・・・・
屯所の空気が俄かに重くなった。
幸慧はふう、と息を一つ吐いた。玄武隊執務室。主である倉科は何処かへ出掛け、幸慧は一人、資料を捲っていた。普段は落ち着いた、静かな空間なのに心なしかぴりぴりとした緊張を孕んでいる。
いや、これは自分のせい。頭を振って、綴られた紙に目を通す。
桜鈴より北方にて、禍者の集団を確認。
一週間前に白虎隊からもたらされた情報は、祓衆を緊張の只中に叩き落した。だって、何時も禍者は突然に現れた。気付けば現れて、人を襲う。喰うでもなく、荒らす。だから何時も、祓衆は不本意ながら後手に回った対応をしていたし、そうなるからこその体系を築いてきた。白虎隊という偵察に特化した部隊を作り、全国に支部を作り、監視の目を広げていった。迅速なる発見と、迅速なる退治こそが祓衆の十八番なのだ。
なのに、徒党を組んで、攻め入ってくるなんて。
おまけに集団を構成する八割が人型――新型であるのだから緊張感は嫌でも高まった。
幸い、連中の侵攻速度はかなり遅く、初鹿(はつしか)隊長率いる白虎隊の偵察及び監視で敵勢力の情報は相当に集まったし、こちらも反攻作戦の準備を整えるだけの時間は捻出出来たのだけれども、それでも余りにも異常事態だ。
おかげで誰もが何時も通りを装いながら、表情も硬く屯所内を歩いている。
もっとも、倉科隊長は、やっぱり何時も通りだったのだけど。
今日だって、反攻作戦の人員や戦術を各隊長や隊長補と話していたかと思ったら、休憩と称して何処かに行ってしまう始末。にこやかに、為路見先輩を従えて颯爽と執務室を去っていく倉科隊長は何処までも何時も通りで、だからこそ複雑な気持ちになってしまう。
倉科隊長は祓衆の頭脳だ。
だからこそ、何時も思考を巡らせ、祓衆の為に立ち回る。必要だからこそ、だ。
そして必要なら、話さないという決断も厭わない。
知っている。幸慧だって、良く、解っているつもりなのだ。
でも、時折怖くなる。
倉科隊長に留守を任されている、と言えば聞こえは良い。
でも、もし、ただ、置いて行かれてるだけだとしたら?
倉科隊長に、連れては行けないと断じられているとしたら?
幸慧の存在意義は、あるのだろうか。
都羽女(つばめ)さんや深弦(みつる)さん、周囲の人たちが優しく言ってくれるまでもなく、解ってはいるのだ。まだ、自分は成長途中で、倉科隊長は出来る所から託してくれているのだ、と。でも、それじゃあ遅すぎやしないだろうか。
こうやって、今も倉科隊長は祓衆の為に身を削っているのだろう。不測の事態が立て続けに起こる今、幸慧の成長を待つ時間は、実はもうないのではないのか。何時、どうなるか分からない。正に今がそうなのに。
「……ちょっと、これは駄目な考え方だよね」
気付けば折角の資料の上を目が滑ってしまっている。反攻作戦。何度も何度も、話し合ってきた。彼らが目指すのは桜鈴。弓を持ち、刀を携え人の真似事をする���らをこれ以上、侵攻させる訳にはいかない。幸慧だって、なすべき役割が割り当てられた。その為に、出来ることは全てしておかなくちゃならない。
のに、自分と来たら、曖昧な不安に振り回されている。
「刀だ」
こういう時は、刀を振るう方が良い。
幸慧は立ち上がる。資料を丁寧に収めて、倉科隊長に渡された新しい刀を手に取る。そう言えば、遍寧祭以降ちょっと身体が鈍っている気がする。刀だって不本意ながら新調したのだから、訓練は何時もより増やしたって多過ぎることはない。少しの違和が、命取りになるのだから。
執務室を出て、階段を上がる。玄武棟の玄関にある大きな窓から差し込む日差しが眩しい。地下にある執務室だと時間の感覚が麻痺してしまうからいけない。
「あれ、松尾(まつお)さん、稽古?」
「はい、ちょっと鈍ってる気がして」
珍しがられるのも無理はない。何時もはもっとこっそりしている。それか市吾(いちご)や永夜(ながや)と一緒か。一人だと、どうしても珍しく見えるらしかった。
「あれ、幸慧君」
でも、棟と同じく隊それぞれに設けられた道場に行く道すがら、不意に呼び止められる。
「倉科隊長、帰って来たんですね」
「うん、丁度良かったねぇ」
へらりと、何時もの笑いを浮かべて倉科隊長は言うけれど、何となく違和を感じて首を傾げる。
「何か、ありましたか?」
「うん?」
「少し、調子の優れないように見えます」
ちょっとだけ、嘘を吐いた。幸慧の目に���る倉科隊長は、調子が悪いというよりは、機嫌が悪そうだった。隠そうとはしているみたいだけれど、それでも、何時もと比べると歴然だった。道場へ向かおうとしていた足は元の執務室へと向けられる。倉科隊長はそこに行く筈だから。
「そう見えるかなぁ」
「差し出口ながら、見えます」
「ううん、そうか……そっかぁ」
ごめんねぇ、と倉科隊長は苦笑する。らしくない。らしくない、というのも変な感じだけど。
「あの」
ぽろり、と零れた言葉は無意識だった。
「私も、隊長のお手伝いをしたいんです」
「え?」
「いや、その、本当に生意気だとは思うんです。でも、隊長何時も忙しそうだし、色々抱えこんでいるというか、本当に水面下でなさっていて、危なっかしいというか、いや、倉科隊長なら大丈夫とは思うんですけど、でも、やっぱり、隊長補として、その、少しでもお力になれればって」
完全にやっちゃった。
別に、今言わなくても良かったことなのに、気付けば勢いで言ってしまっていた。倉科隊長もぽかんとしている。
「……出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」
「ちょっと、勘違いしてる気がするけどねぇ」
うーん、と珍しく難しい顔をして倉科隊長は視線を下に向ける。
「僕は、君に結構色々と任せているつもりだよ」
「それは」
「いや、折角だしね、僕も本調子を取り戻す為にここらで言語化しておこうかなぁ」
にっこりと、猫のように笑って倉科は口を開く。気付けば辿り着いていた執務室に通されて、椅子に座る。
「君が此処にいてくれるから、僕は動ける。これは結構重要でねぇ、玄武隊の長がどちらもいない���信頼問題でしょう。それに、何かあった時に君なら十二分に任せられるしさ。君はねぇ、玄武隊の長としてきちんと機能出来るだけの能力はあるって僕は考えているよ」
「ありがとう、ございます」
嬉しくない訳がない。でも。
倉科隊長は苦笑して続けた。お見通しだと言わんばかりに。
「後ねぇ、その、僕が色々しているのはさ、確信が持てないからなんだよねぇ」
「確信、ですか?」
「うん。色々とねぇ、考えてさ、気になることとかはあるんだけど、どうにも材料が足りなくってねぇ。そういう、曖昧なもので混乱させたくなくってさぁ。だから、確信が欲しくて僕は動いている。それだけ。だから、いや、でも、疑念ばかり起こすのは本意じゃあないしなぁ。うん、そうだね、この反攻作戦が終わったら、ちょっと話をしようか」
ごめんね、と肩を竦めて倉科隊長は笑った。
「うん、やっぱりゆっくり話すのは良いね、本調子になったかなぁ」
君も、と言葉を掛けられて恥ずかしくなる。調子を崩しているのは、自分だって同じだ。
「……怖いんです」
五年前の再来。
あの、祓衆の戦力を大きく削った事件。新型の蹂躙。
今回のことは、どうしてかそのことと繋がってしまう。幸慧は当時を知らないが、何故だか酷く落ち着かない気分になっている。他の隊員だって、きっと同じだろう。急速な変化は、かつて祓衆を縮小の危機に晒した。今回もまた――そうした雰囲気が微かに漂っているのだ。
「ここ最近、私たちには不測の事態ばかりが付きまとう。ここに来て、色んなことが起き過ぎている。今までは、どうにかなってきました。でも、いいえ、だからこそ、ちょっと、怖いんです」
祓衆は、何が起きてもおかしくない。
祓衆の傍に、死は何時だってある。今日言葉を交わした友が、次の日には帰らぬ人に――そんなことも、十二分に在り得るのだ。分かっている。そんなこと、幸慧だって良く理解している。
けれども、怖いものは怖いのだ。
「私は、訳の分からないまま私の周りの人がいなくなるのが、恐ろしいんです」
禍者も、改史会も、結局幸慧は何も分かっちゃいない。学校時代に学んだことが、これまで生きてきた中で培ってきたはずのことが、今になって少しずつ切り崩されている。それが幸慧には酷く脅威に思えた。それに、自分の周りの人たちが奪われてしまうなんて、許せなかった。
幸慧にだって、矜持はあるのだ。
「大丈夫」
でも、倉科隊長は笑う。何時ものように。
「今回は、大丈夫。大丈夫にするんだよ、僕たちがね」
だから、幸慧だって、何時もの調子を取り戻さなくてはならない。
幸慧にだって、重要な役割は任されているのだから、それまでに。
・・・・・
我らは、砂上の歴史の上に生きている。
我らは、無知を無知とも知らず、生きている。
我らは、罪を罪とも思わず生きている。
厚顔無恥なる我々は、烏合と成り果て浅ましくも生きている。
なんと愚かで、非道で、救いがたきことだろうか。
その中で諸君。
諸君は、聡明であった。
一抹の聡明さでもって、この世の真実に辿り着いたのだ。
諸君は、知ってしまった。
この世が如何に欺瞞で構成されているかを。
我らが雛鳥のように甘受したもの共の脆��さを。
悲しいことだ。
酷い話だ。
だがしかし、それこそが真理なのだ。
我々は、欺瞞の上にのうのうと生き延びている我々は、救わねばならない。
今こそ彼の方の慈悲に報いねばならない。
元より我らの犯した罪だ。
我らのが責任を持って濯ぐのが道理だろう。
我々は、生きていてはならなかったのだ。
我々は、この地を清めねばならないのだ。
禍を以って、人は死ぬ。
ならば、禍を育てねばならない。
さすればいずれ、この地は元に戻るだろう。
そうして、また、紡がれるのだ。
本当の、偽史などではない、本当の歴史が。
だから、諸君。
諸君、死ぬことを恐れるな。
禍に手を貸し、偽史を焼き払え。
それこそが、我らの使命。
恐れるな。
怯えるな。
ただ、進め。
どうせ、もう取り返しはつかない。
我らは、葦宮の民は、滅ばぬ限り救われぬ。
1 note
·
View note
Text
ひとみに映る影シーズン2 第四話「ザトウムシはどこへ行く」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 最低限の確認作業しかしていないため、 誤字脱字誤植誤用等々あしからずご了承下さい。 尚、正式書籍版はシーズン2終了時にリリース予定です。 (シーズン2あらすじ) 私はファッションモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!! pixiv版 (※内容は一緒です。) ☆キャラソン企画第四弾 牛久舎登「かっぱさん体操」はこちら!☆
དང་པོ་ 洗面所で顔を洗い、宴会場に戻る。時計は丁度六時をまわった所だ。ふと、窓の外から懐かしい歌が聞こえてきた。 『かっぱさん体操第一ィィィ!』『プッペケプッぺップー』 「うー。何だよぉこんな朝っぱらからぁー!」 「ふわあぁ~」 「ああ、かっぱさん体操の時間……」 朝っぱらから近所迷惑な体操音楽によって、佳奈さん、万狸ちゃん、玲蘭ちゃんが同時に布団から出てきた。玲蘭ちゃんと私はカーテンを開け、大音量で音楽を流しながら体操する河童の家教団を眺める。 「牛久の河童はかっぱっぱーのパァー」 「お皿を磨いてツーヤツヤーのツャー」 「「みんなで腹からワッハッハーのハァー、笑顔に勝るー力なし」」 「は? 二人なんで歌えるの?」 歌詞を暗記している私達を、佳奈さんが訝しんだ。 「佳奈さんの地元にはいませんでしたか? 河童信者」 「ぜぇんぜん」 「北関東から東北あるあるなんじゃない? 私も会津にいた時はほぼ毎朝だったのに、沖縄(うちなー)では一度も聞いた事なかった」 影電話で万狸ちゃんにも聞いてみる。 <木更津はどう?> 「一度だけ布教に来た事はあったね……あの体操で大狸様を怒らせちゃって、追い出されてた」 <あはははは> 河童の家、案外ローカルネタなのかな。 「じゃあ、どの学年にも一人はいる子河童も知らないですか? 佳奈さん地元は京都でしたっけ」 「ううん、両親両方京都だけど東京生まれ東京育ち……そもそも子河童って何?」 「そこからですか」 茨城県に本拠地を置く新興宗教、河童の家。元お笑い芸人の牛久舎登が発足し、『笑顔に勝る力なし』を教義とする。そのため宗教活動では一発芸や話術を磨く修行をし、信者は男も女も子供も、皆河童のように頭頂部を剃り上げる。この教団が近所にあると毎朝『かっぱさん体操』という体操曲が爆音でかかり、また近隣の学校には通称『子河童』と呼ばれるお調子者な学生が何人か生息する。そして彼らは将来、教団が運営する芸能事務所『かわながれ興業』に所属するんだ。でも人を笑わせる、そして人から笑われる事も最上の幸福であるという教えを拡大解釈した信者が、パワハラやいじめ、体罰を起こして時折問題になっている。 「私が知っている河童の家についての情報は、こんなところですかね」 「へぇ……やけに芸能界に影響力がある宗教だと思ってたけど、そんなだったんだね」 「ああ、東北も多いけど、大阪には芸人養成学校があるから日本一信者が多いんだって」 玲蘭ちゃんがスマホで調べてくれた。 その時、トントン、と襖がノックされる。 「おはよぉございます……。お嬢さん方。河童さんが体操終えて食堂混む前に、朝食行きませんか?」 タナカDだ。 「そうしよっか」 カメラが回るだろうから、私達は各々最低限顔を描く。眉毛面倒だから影で作っちゃった。後で朝風呂に入ってからちゃんと直そう。 གཉིས་པ་ 食堂に行くと、奥の席で既にタナカDが朝食を一品ずつ物撮(ぶつど)りしていた。テーブルには全員分のネームプレートと朝食が配膳されている。 「ぅあ~~~~~~~~……」 席につくなり、佳奈さんからアイドルが一番出しちゃいけないような声が漏れた。 「どうしたんですか佳奈さん、まるで深夜バスにでも乗ってたみたいな顔して」 「似たようなもんだよ……ずっとすごい雷鳴ってたじゃん。しかもなんか救急車の音とかしなかった? それで朝はかっぱさん体操。ほぼ一睡もできなかった」 「救急車、ですか」 「はぁ……一美ちゃんは本当にどこでも眠れるよね……昨晩大雨だった事も知らなかったでしょ」 「うーん……」 本当の事を言うと、眠るどころじゃなかったんだけど。それを説明する事もできないからもどかしい。 「雷雨ぐらい気付いてました。私も全然休んだ気がしないです」 「でも寝てただけいいじゃん」 「嫌な夢を見てたんですよ。私は地元のお寺の尼僧になってて、お御堂のバルコニーが浸水して和尚様が馬頭観音になってすっごい怒ってる夢」 この内容は嘘ではない。そういう夢を見たのは事実だ。 「ば、罵倒観音? なにそれカオス……それはうなされるわ」 「おう何だ何だ、お二人共だらしないですなぁ!」 タナカDが物撮りを終えて席につく。彼は朝から声が大きい。 「まあ冷めないうちに食べようじゃありませんか。『じゅんなぎ』もありますよ」 「へえ、じゅんなぎですか」 手元のネームプレートを裏返すと、朝食メニューが書かれていた。 『朝食 おこんだて イシガキダイのちらし寿司 小松菜とかぼちゃのお味噌汁 わかめの辛子味噌和え じゅんなぎ』 おお、朝からなかなか豪華だ。ちらし寿司は大きな鯛のお刺身がどっさり乗っていて海鮮丼のよう。お味噌汁のかぼちゃもほうとうを彷彿とさせる大きなスライスで食べ応えがある。わかめは勿論新鮮な生わかめ。そして、千里が島で一度は食べてみたかったじゅんなぎ! 「皆さん、これはですね。『蓴菜(じゅんさい)で鰻繋ぐ』、つまり『ヌルヌルした野菜でヌルヌルした鰻を捕まえるような行いは無謀である』という諺が由来の、千里が島の郷土料理なんです。蓴菜と冷製の鰻を湯葉で巻いてあるから、『不可能を可能にした縁起物』、すなわち霊力が上がるパワーフードなんですよ!」 「おぉいおいおい、紅さん。台本もないのに詳しいですなあ! ま、僕はじゅんなぎが無くても今日は無敵ですがねぇ……フフン」 「どうしてですか?」 「いやね? お二人が眠れない夜を過ごしていた間に恐縮ですけど。昨夜、狸おじさんのおかげですごぉく縁起の良さそうな夢を見ましてですねぇ!」 「へ?」 何の事ですか? と言いたげな表情で、隣のテーブルの斉一さんがこちらを見る。 「夢に人語を話す化け狸が出てきて、僕にお酌してくれるんですよぉ。なんかご利益ありそうでしょぉ。しかもただの化け狸じゃない、ドレッドヘアのちょいワル狸ですよ!」 「ぶっ!! げほ、げほ!」 斉一さんが辛子味噌和えをむせた。ていうか、その狸、完全に斉二さんの事じゃないか。 「い、いや、わざとじゃないんだよ!? なーんか俺もタナカさんと晩酌する夢を見た気がしてたんだけど、本当わざとじゃないのマジで!!」 当の本人は必死に否定している。要するに寝ぼけてタナカDに取り憑いたまま寝ていたという事らしい。どうりで今朝あんな事があったのに、斉一さんしか迎えに来なかったわけだ……! 「狸おじさん、風水的にはどうなんですか? ラスタな狸って縁起いいんですかね??」 「ん゙っ、ん゙んっ……き、聞いた事ないですね……あれかな! 昨晩私が張った結界が効いている証拠とか! はい、ぽ、ぽんぽこぽーん……ふっくくく……ぽっ、ぽこ……」 斉一さん、完全にツボに入ってしまったようだ。佳奈さんも釣られて肩を揺らしだした。 「ちょっふっふっふ……タナカDが能天気すぎるだけだよそれ! てか狸おじさん困ってるし……なにラスタな狸って!?」 「部屋にラスタな狸がいたら報告した方がいいですか?」 「あっはっはっはっは!!」 何故か玲蘭ちゃんまで佳奈さんに調子を合わせる。じゃあ私も。 「玲蘭ちゃん、ラスタな狸はタナカさんに譲るんで、可愛い女の子狸は私が貰っていい?」 「それなら昨夜ずっと一美の隣で寝てたよ」 「きゃー! アハハハ」 皆で和気あいあいと食事していたら、いつの間にかじゅんなぎを無意識に食べてしまっていた。けどなんか、別にもういいかな……という気分だった。 གསུམ་པ་ 食後。手短に朝風呂に入り、軽く荷物をまとめてホテルを発つ。今日はまず主要な観光スポットを幾つか巡って、図書館で資料を見ながら埋蔵金の場所を推理する段取りだ。ロビーを出ると、青木さんが待ってくれていた。 「おはようございます。昨晩は凄い雨けど、ご快眠を?」 「全然だよー。そこの三角眉毛は別だけど」 「おう誰がデブで三角眉毛だとぉ? この極悪ロリータ」 「佳奈さんデブとは言ってないじゃないですか。いいから行きますよ、お二人共。青木さん困ってるでしょ」 手元で地図を見ながら、一行はまず徳川徳松こと御戌神(おいぬのかみ)が祀られる、御戌神社へ。ホテルから海沿いのなだらかな丘を五分ほど登ると、右手に見えたのは『石見沼(いしみぬま)』だ。青木さんが解説をしてくれる。 「中央に大きな岩をご覧で? あれに水切りで石当てるのに成功すると、嫌いな相手が怪我を」 「初っ端から物騒な観光スポットですね!?」 驚く私の背後で、カメラを抱えたタナカDがガハガハと笑った。 「これぐらいで驚いてちゃあ後が持ちませんよぉ紅さん! なにせ千里が島は縁切りのテーマパークですからなぁ。この後はもっともっと物騒な所をお見舞いしていきますよぉ」 「タナカさん、あなた本当にこの島を応援したいんですか? それとも視聴者をドン引きさせたいんですか?」 「ナハハハ、だぶか放送後は調布飛行場に行列が出来ているかもしれませんよ? 『あの紅一美がチビった恐怖の心霊島』と……」 「青木さん、石! 丸い石��ださい、水切りしやすそうなやつ!!」 「あややや、喧嘩はやめて下さいだぁあ!」 と、こんな所で尺を取っても始末に負えないから、小競り合いを演じたらさっさと移動する事に。暫く進み、御戌神社の鳥居が見えてきた。 「ウゲ……」 それを見た途端、私は絶句。それは鳥居と呼ぶには余りにも不気味な色に見えた。まるで糖尿病で壊疽を起こした脚みたいな……いや、この異常には心当たりがある。 「佳奈さん、この鳥居なんか変じゃないですか?」 「え、普通じゃない?」 思った通り、佳奈さんは平然としている。これは倶利伽羅龍王を討伐した時、地元の神様から聞いた現象だ。倶利伽羅を生み出した邪教、金剛有明団にまつわる物は、信仰心に準じて見た目が変わって見えるらしい。例えば倶利伽羅も金剛信者には美術品のように美しい龍に見え、金剛に恨みがある私には汚物にしか見えない。今回もそれと同じ……つまりこの神社は散減同様、金剛にまつわる領域なんだろう。我慢して入るしかなさそうだ。བཞི་པ་ まずは普通の神社と同様、手を清める。案の定手洗い場も気持ち悪く見えて、正直とてもじゃないけどここの水に触れたくない。ていうか臭い。牛乳を拭いた雑巾みたいな臭いがする。とりあえず口はつけず指先をちょっとだけすすいだけど、後で境外で肌荒れするまで手を洗いたい! 詳しく境内を見る前に、賽銭箱に小銭を入れて手を合わせる。金剛とこれ以上因縁が続いては困るから、小銭がない振りをして五円玉をタナカDからタカった。神様に手を合わせている間は金剛への嫌悪感を読み取られないように、無我を貫いた。 参拝が終わったら、境内を進み御戌神が眠る『御戌塚(おいぬづか)』へ。境内はそこそこ広い割に、随分と殺風景だ。まず社務所がない。青木さんいわく、神社境内に職員が常駐すると現世との縁が切れてしまうからだそうだ。そして狛犬もいない。御戌様が御神体だからだという。 奥へ進んでいる途中、私はふと左手に一際強烈な禍々しさを感じた。見ると竹やぶに覆い隠されるように、傘立てみたいな簡素な祠が建っていた。厳重にしめ縄が巻かれ、星型の中央に一本線を引いたような記号の霊符が貼ってある。 「青木さん、あれは何ですか?」 「大散減(おおちるべり)というオバケを封じた祠ですだ。あまり直視したら良くないかも……ああっタナカさん、撮影など!」 「ダメかい? そんなに恐ろしいオバケなの、そのオオチルベリってやつは」 「モチのロンだから! 体が五十尺もある、八本足にそれぞれ顔がついてて、そのうち本物の顔を見つけて潰さないと死なない怪物で! しかも人間の肋骨食べて、一本足のミ���散減を生み出すとか。だからともかく、大散減は撮っちゃダメですだぁ!」 「一尺って何メートルでしたっけ、なんだか想像つかないですなぁ~」 タナカDは渋々とカメラを逸らした。人間の肋骨から新たな散減を生み出す……昨晩、おばさまの肋骨から散減が生まれた瞬間を私は見た。それに、倶利伽羅龍王も……。 そして私達は御戌塚に到着。平将門公の首塚みたいなお墓っぽい形状の石碑を予想していたら、実際は犬の石像だった。徳松さんご本人は不在のようだ。恐らく既に成仏されたか、どこか別の場所にいるんだろう。 「あれ? 一美ちゃん、これ犬じゃなくない? タテガミがあるよ」 「これはどちらかと言えば狛犬ですね。狛犬は獅子に似ているんです」 「あ。確かに、普通の神社の狛犬も、タテガミ生えてたかも! そういえば、徳川徳松は狛犬の魂を持ってたんだよね。じゃあお犬様の犬種って狛犬なのかな?」 「あはは、そうかもだ。それと、志多田さん。御戌様はわんこの『犬』でなくて、十二支の『戌』という字を」 「へー、どうして?」 青木さんによると、戌という漢字は滅ぶという字が元になっているそうだ。植物が枯れて新たな命に変わる様子を表しているんだ。早逝して祟り神になった徳松さんをよく表していると思う。 「御戌塚から伸びる道は、竹やぶで薄暗いのが『亡目坂(なきめざか)』、奥の見晴らしいい方が『足失坂(あしないざか)』で。いずれも嫌な奴を思い浮かべながら歩くと、それぞれ違ったご利益がとか。ちなみに足失坂を途中で右に下ると『口欠湿地(くちかけしっち)』が……」 「青木さん、今は特に切りたい縁はないんで大丈夫です!」 さすが御戌神社周辺は地名が物騒だ。昨晩斉三さんが言っていた、『気枯地』という言葉がしっくり来る。これ以上ここにいても千里が島のネガティブキャンペーンにしかならなさそうだから、私達は次の場所へ移動する事にした。ལྔ་པ་ 足失坂を下り、ザトウムシ記念碑がある『千里が島国立公園』へ。物騒な地名とは裏腹に本当に見晴らしが良い。閉塞的な御戌神社から出た瞬間、空がばっと広がったような感じだ。麓に見える口欠湿地も空の青を反射して美しく輝き、それをタナカDが嬉々としてカメラに収める。千里が島の縁切りや祟りといった暗い側面だけじゃなくて、こういった絶景も収録出来たのは本当に良かった。 国立公園は坂中腹からふもとまでの広い敷地を有する。地面は芝生とシロツメクサで覆われ、外周は桜並木に囲まれている。ただ、やはり気枯地だからか、桜はどれ一本として真っ直ぐ生えていなかった。 ザトウムシ記念碑は簡素な作りで、歌詞と小さなイラストだけ書かれた石碑だ。歌い継がれてきた民謡のため、作詞作曲者は不明らしい。また隣にはザトウムシの生態を説明するパネルもあった。 「ええと、『ぼくはクモに似てるけど、ダニの仲間なんだよ! 八本足に見えるけど、そのうち一本は杖なんだよ! 一人ぼっちよりも、みんなで集まるのが大好きだよ!』なるほど……ザトウムシがワサワサ密集してたらなんかちょっと嫌ですね」 「僕前に公園のベンチで、黒いタワシみたいな塊落ちてて……触ると大量のザトウムシがブワササーと」 「やだー! 青木君やめてよ~」 「わはははは!! それは最悪ですなぁ!」 公園を抜けて市街地へ降りていくと、月蔵(つきくら)小学校と併設する町民図書館が見えてきた。カメラに群がる小学生達に軽くファンサービスしながら、図書館へと急ぐ。私がお目当ての子はみんな「ドッキリ大成功! したたびでーす!!!」と絶叫しながら全力疾走で追いかけてくる。佳奈さんの影響だ。私も期待に応えて校庭をダッシュしたら、地面から急にスプリンクラーが出てきて水を撒き始めた! 「ぎゃー! また騙されたーっ!!」དྲུག་པ་ 何とか濡れずに済むも、息絶え絶えで図書館に入る。トイレを借り、やっと手を洗えた! と安堵して戻ると、皆は既に資料が並べられたテーブルを囲んでいた。太っているタナカDと大柄な青木さんは、小学生向けの低い椅子で収まりが悪そうにモゾモゾ蠢いている。私も着席するとカメラが回り、タナカDが進行を始める。 「実際に歩かれてみて、お二人何かお気付きになった事はありますか?」 気付いた事か。幾つかあったけど、金剛有明団や霊にまつわる情報は直接共有できない。少しぼやかして話そう。 「斉ぞ……ええと、狸おじさんから伺ったんですが、植物が曲がって生える土地は風水的に不吉らしいんです。それで今日気にして見ていたら、御戌神社がある坂の上に近づくほど木がねじれたりしてて、海沿いの石見地区や市街地である月蔵地区はそうでもないんです」 「御戌様が埋蔵金を守ってるからかな? じゃあ神社の近くが怪しいね!」 佳奈さんが消せる蛍光ペンでコピー地図を囲んだ。 「不吉な場所ですかぁ。だぶか神社から一番遠い南側、竹由……こりゃ『たけよし』で合ってるかい?」 「ですだ」 「竹由地区ね。この辺はまっすぐ生えてるんですかねぇ」 確かに地名に『よし』が入っていて、島の南側は縁起が良さそうではある。私達はまだ行っていない竹由地区の資料を見ると、小さなお寺が一つあるだけで後は住宅街のようだ。 「志多田さんはどうだい?」 「うーん、埋蔵金については何もなかったかなー。ところで青木君、この地図のここ、誤植じゃない?」 「え、誤植で?」 全員で地図を確認する。佳奈さんが指さしている箇所には、『新千里が島トンネル(旧食虫洞)』と書かれていた。昨日、私と青木さんが行ったコンビニの所だ。 「食虫……洞? 確かに変ですね。『虫食い洞』なら虫がトンネルを掘ったような感じで意味が通じるけど、食虫洞じゃ洞窟が虫を食べちゃうみたい」 「でしょでしょ? それともウツボカズラがいっぱい生えてるのかな」 「いえ、『食虫洞(くむしどう)』が正解で。ウツボカズラは生えてねぇけど、暗いから虫を食うコウモリが住んでるかもだ」 「うーん、そういう問題なのかな……? まあ関係ないからいっか……」 佳奈さんは煮え切らない顔のまま、地図を机に置いた。タナカDが仕切り直す。 「じゃじゃじゃあ、まずは今まで埋蔵金探しに失敗した方々の仮説を見てみましょうよ! 青木君」 「はい、こちらを」 タナカDは青木さんが差し出した資料を私達側に向ける。インターネット上で日本各地の徳川埋蔵金に関する情報をまとめたサイト、『トレジャーまとめ』さんの記事コピーだ。これまでザトウムシの歌詞をもとに埋蔵金のありかを探索した人々のレポートらしい。上からざっと目を通す。 ・その一 ザトウムシは座頭、盲目の暗喩だ。歌詞の『ザトウムシ』という言葉の総文字数を歩数として、記念碑から亡目坂を登る。そして到着地点の地面を掘ってみた。 結果 何も出てこなかった。これを試みた探索者の一人が島を出た後(以降は修正液で消されている) ・その二 『水墨画の世界』は白黒、あの世を表している。竹由地区には名前に『虫』がつく虫肖寺(ちゅうしょうじ)があり、そこには墓地が隣接している。その墓地で、黄昏時に太陽が見える西側の井戸内を調べた。 結果 何も出てこなかった。これを試みた探索者全員が数日後、(以降は修正液で消されている) ・その三 ザトウムシが埋蔵金を表しているなら、食虫洞は金を蓄える隠し場所に違いない。歌詞の通り、黄昏時から逢魔が時にかけての時間、トンネルを調査した。 結果 翌々日、(以降は数行にわたり修正液で消されている。塗りこぼしから微かに『トンネルが永遠に続いて外に出られ』という一文が垣間見える) ・その四 『口欠』『足失』『亡目』など体の欠損にまつわる地名は心霊現象や祟りが多いという。その三箇所いずれかに宝があるとみて、調査した。 結果 それらの地点には共通して護符の貼られた祠があり、護符を剥がした探索者は肋(次の行以降は紙ごとハサミで裁断されている) 「「いや怖いわ!!」」 全部読み終わる前に佳奈さんと異口同音! 「ちょっと青木君、これ元は何て書いてあったの!?」 「すいません、あんまりにも酷いデマなどが。根も葉もねぇので僕が修正を!」 「本当にデマなんでしょうね!?」 「嘘こいてねぇです、本当に事実無根なので! 大体、コトが事実なら普通新聞に載るなど……」 事実なら新聞に載るほどの事が書いてあったのか。これは下手に島を引っ掻き回すと、またとんでもない事になりそうだ。 「まあまあまあ、お嬢さん方。要はあなた方がね、埋蔵金を見つけちゃえばいいんですよ」 「なに他人事みたいに言ってるんですか、この三角眉毛は。祟られる時は全員祟られるんですよ? わかってんですか?」 「そーだそーだ、デブちん三角眉毛!」 「おう遂にちゃんとデブって言ったな!? 今日の僕にはラスタな狸がついているんだ。一人でもしぶとく生き残ってやるぞぉ」 「一美ちゃん、ちょっと今夜御戌神社で丑の刻参りしよっか」 「了解しました。加賀繍さんのぬか床に五寸釘入ってるから分けてもらって……」 ん? 「佳奈さん、今の言葉もう一回いいですか?」 「え? だから、『御戌神社���で『丑の刻参り』」 「……それだ!」 ラッキー! 今の超下らないやり取りで、歌詞の謎が一つ解けたかもしれない! 「おぉ何だい、そんな聞き返すほど僕を呪いたいのか小心者」 「違いますよ。見て下さい、歌詞の一番と二番の冒頭……」 ザトウムシの一番、二番の歌い出しは、それぞれ『たそがれの空を』『おうまが時の門を』だ。 「いいですか? 昔の日本は十二時辰(じゅうにじしん)、つまり十二支で時間を測る単位を使っていました。その単位では、『逢魔が時』と『黄昏時』……つまり夕方から夜に変わる時間帯は、『酉の刻』と『戌の刻』になるんです」 「じゃあ歌詞に当てはめると、一番は『戌の刻の空を』、二番は『酉の刻の門を』に変換できるって事?」 「はい。ここで思い出しませんか? 御戌塚から伸びる二つの道」 「薄暗い亡目坂と、見晴らしがいい足失坂……あっ、『戌』から『空』が見えるのは足失坂だ!」 「そうです。しかも続きの歌詞が『ふらついた足取りで』、足って言ってるんですよ! 一方二番……酉の門といえば?」 「神社の『鳥居』! 坂からまた神社に戻っちゃってる!?」 「そうなんです!」 つまり、私の説はこうだ。この歌は埋蔵金のありかを一箇所漠然と示しているんじゃなくて、そこに至る道順のヒントが歌詞になっているんだ。御戌塚から始まり、足失坂を通って何らかのルートを経由。やがて神社に戻って、そこからまたどこかへ行く……こうして遠回りをする事自体が、埋蔵金を発見するために必要なのかもしれない! 「なるほど、道順を! それは今まで誰もやらなかったかもだ……それにしても、お若いのによく十二支の時間をご存知で?」 「あはは、青木さんより若くはないですよ~。小さい頃ちょっとだけお寺に住んでた事があって、こういう歴史っぽい雑学にちょっと明るいだけです。ただ……」 残念ながら、歌詞に干支にまつわる描写はそれしかないんだ。そこから先の謎はまだわからない。私が自説をフリップに書き終えると、タナカDが佳奈さんに話を振る。 「志多田さんどうですか? 紅さんがワンアイデア出しましたよぉ」 「急かさないでよー。私まだ食虫洞の謎が頭から離れないんだから。そーいうタナカDこそ何かないの?」 「僕かい? そうですな……このサビの、『月と太陽が同時に出ている』って、日蝕か月蝕って事でしょ? 千里が島で日蝕月蝕が観測された事って歴史的にあるんですかねぇ?」 「え? この歌詞って単純に黄昏時の事じゃないんですか?」 「あ、そうか。そりゃ黄昏時には月と太陽が両方見えますな」 すると今度は佳奈さんが閃いた。 「ちょっと待って、日蝕……?」 佳奈さんは私の手元から地図を取り上げ、食い入るように見つめ始める。 「……しょく、ふき、ぞう、すずり……」 「佳奈さん?」 「あー、そういう事かあ! これ、千里が島の地名ってさ、繋げるとみんな漢字一文字になるんだ!」 「え、そうなんですか?」 「どういう事で?」 青木さんも知らなかったようだ。全員興味津々で佳奈さんの指さす地図に見入った。 「例えばこれ、食虫洞はさ、食と虫を繋げて書くと日蝕の『蝕』になるでしょ。亡目坂は盲目の『盲』、月蔵は臓器の『臓』」 「すごい、本当ですね! 石見は書道の『硯(すずり)』、竹由は『笛』ですか。あれ、でも足失坂は……」 「『跌(つまずく)』。常用漢字じゃないけど」 「つまずく?」 タナカDは自分のスマホで『つまずく』と入力し、跌と変換できるか試みた。 「ああ、跌(つまずく)だ! 確かに跌ですよ跌! いや、よく読めますなあ。ところで佳奈さん、最終学歴は?」 「いちご保育園だってば。何度も聞くなー!」 佳奈さんは国文学分野で大学を卒業しているけど、年齢不詳アイドルである彼女にとってそれは公然の秘密だ。タナカDはそれを承知の上で度々ネタにしているんだ。 「あれ、佳奈さん。それを当てはめたら歌詞解読できるかもしれませんよ!」 「え本当? よーし、やってみよう!」 こうして数十分試行錯誤しながら、私達したたびチームの歌詞解釈はほぼ完成した。それが、こうだ。 たそがれの空を ザトウムシ ザトウムシ歩いてく (御戌塚から始まり、空が見える方向へ進む) ふらついた足取りで ザトウムシ歩いてく (そのまま神社境外に出て、つまずきやすい道、つまり足失坂へ進む) 水墨画の世界の中で 一本絵筆を手繰りつつ (足失坂のふもとから水墨画の世界、硯と水を象徴する石見沼へ進む) 生ぬるい風に急かされて お前は歩いてゆくんだね (石見沼から風が吹く方向、口欠湿地方面へ進む) あの月と太陽が同時に出ている今この時 ザトウムシ歩いてく ザトウムシ ザトウムシ歩いてく (口欠湿地から月が太陽を蝕む場所、旧食虫洞へ進む) おうまが時の門を ザトウムシ ザトウムシ歩いてく (食虫洞を抜けた所から丘を登り、御戌神社の鳥居をくぐる) 長い杖をたよって ザトウムシ歩いてく (神社境内から視覚障害者が杖を頼りに歩くような暗い道、亡目坂へ進む) ここまで考察した段階で、地図に道順を引いていた佳��さんがペンを止めた。 「何これ……星……?」 蛍光ペンで地図に書かれた道筋は、島の中心に魔法陣のような模様を描いていた。五芒星の中心に一本線を引いたような、シンボルを。 「佳奈さん。まだ、解読できてない歌詞は残ってますけど……これはこの形で完成だと思います」 「一美ちゃんもそう思う? これ以降の歌詞って、対応する地名が見当たらないんだよね……」 「青木さん」 私はさっきの埋蔵金探し失敗談を手に取る。 「この消されている箇所、要するに全部『祟りがあった』って事ですよね?」 「はい……あ! いえ、そんな事は……」 「そうなんですね。つまり余所者が千里が島を検めるためには、正しい儀式か何かを踏まないと祟りに遭う。その儀式の方法こそが、この民謡ザトウムシに隠された暗号の正体だった」 「……」 「私、さっきこのシンボルを見たんです。御戌神社の、祠で……」 もう私の中で謎は核心に迫っていた。霊能者達は今それぞれ除霊活動に励んでいるけど、『ザトウムシ』……恐らくは、怪物の親玉であるそれを倒さなければ島の祟りは終わらないのだろう。 「結論が出ました、青木さん。ザトウムシは、徳川埋蔵金のありかを示している歌じゃありません。私はこれを……八本足の怪物、大散減を退治するための手順を示した歌だと思っています」 衝撃的な結論に全員が呆然としていると、窓の外で何かが破裂するような音がした。更に間髪入れず、河童信者が一人血相を変えて図書館に飛びこんでくる。 「たた、た、大変です! 大師が……大師が……紅さん、ともかく来てください!」 「え? どうして私が……うわあ!?」 河童信者は乱暴に私の腕を掴み、外へ連れ出した。他の皆も続く。牛久大師が私を指名したという事は、また散減が現れたのだろう。けど今はカメラが回っている。玲蘭ちゃんや万狸ちゃん達は別行動だし……私、どうすればいいの!?
0 notes
Text
【アンケート企画】 「2017年の3本」
WLでは読者のみなさんから2017年に見た舞台作品の中で印象に残った3本を、その理由などを書いたコメントとあわせて募るアンケートを実施しました。WLスタート以来毎年行っているこの企画、3回目の今回は20名の方にご参加いただきました。掲載は到着順です。
雨宮 縁(会社員) ・劇団四季『ノートルダムの鐘』(四季劇場〔秋〕) ・ホリプロ『パレード』(東京芸術劇場 プレイハウス) ・ホリプロ『ファインディング・ネバーランド』(東急シアターオーブ ) 『ノートルダムの鐘』は何が悪なのか? 怪物は誰なのか? 人間の業と差別について圧倒的なクワイアの歌声で問われる秀逸な作品。 ミュージカル『パレード』はストレートプレイを見ているようなミュージカル。アメリカ南部で起こった実話の冤罪事件をミュージカル化した異色作。ある少女殺人事件をきっかけに人種差別や成功者への妬みなどから警察やマスコミ、政治家様々な立場の人達により犯人に仕立て上げられていく恐ろしさ。これが物語ではなく実話であるというさらなる恐ろしさに声が出ない程の衝撃だった。実力者ぞろいの出演者達で見応え満点だった。 ブロードウェイミュージカル『ファインディング・ネバーランド』は来日公演。ミュージカルらしい作品。イマジネーションの世界は自由だと夢のあるミュージカル。窮屈な現実から解き放される感動作で前向きな気持ちにしてくれます。(年間観劇本数:24本)
小田島 創志(大学院生・非常勤講師) ・KAAT『オーランド―』(KAAT神奈川芸術劇場) ・やみ・あがりシアター『すずめのなみだだん!』(小劇場てあとるらぽう) ・地人会新社『豚小屋』(新国立劇場 小劇場) 1.KAAT『オーランド―』…ジェンダー、言葉の意味、文化慣習、時代精神などの脱自然化を、舞台上で緻密に表現。観客の想像力を喚起する役者さんの演技も白井さんの演出も圧巻。「男である」「女である」のではなく、「男になる」「女になる」というボーヴォワール的な価値観を、演劇的にスタイリッシュに表現していて素晴らしかった。 2.やみ・あがりシアター『すずめのなみだだん!』…個人と社会、個人と宗教の関係性を、コミカルかつ丁寧な言葉を紡いで描いた意欲作。テーマが複層的で、観客側の思考を誘う。 3.アソル・フガード『豚小屋』…個人よりも集団が過剰に優先され、個人の犠牲の上に集団が成り立つ状況下で、戦争に駆り立てられる庶民の「受難」を、北村有起哉さんと田畑智子さんの壮絶な演技で伝えていた。(年間観劇本数:53本)
豊川 涼太(学生) ・ロロ『父母姉僕弟君』(シアターサンモール) ・木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談 通し上演』(あうるすぽっと) ・ままごと『わたしの星』(三鷹市芸術文化センター 星のホール) 今年の3本を選んでみると、全てが再演(初演はどれも観ていない)だった。 特にロロ『父母姉僕弟君』はキティエンターテイメントプロデュースで、より大きなサイズで大きなスケールで上演できていた。 他の方々も語るように、再演賞を設ける等、演劇界全体で再演文化の定着に力を入れて欲しい。(年間観劇本数:50本程度)
なかむら なおき(観光客) ・月刊「根本宗子」『スーパーストライク』(ザ・スズナリ) ・劇団四季 『ノートルダムの鐘』(四季劇場〔秋〕) ・こまつ座『イヌの仇討』(紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA) 『スーパーストライク』は良し悪しの前にもっとも欲していることが届く作品だったので。『ノートルダムの鐘』はあえて出来事だけを表現して観客に判断を任せているのが面白かった。そして『イヌの仇討』は忠臣蔵を下敷きに目に見えない得体の知れない大きな力を描いていて続々としたなぁと。あ、これらは趣味です。 で、上演された作品を見ると、今の世の中に応答するような作品が多いように思うのです。そして小劇場界隈で育ってきた演出家が大劇場の演出を務めるようになってきているように思うのです。また少し変わったかなぁと思うのです。(年間観劇本数:100本ぐらいですかね)
北村 紗衣(研究者) ・ケネス・ブラナー演出、トム・ヒドルストン主演『ハムレット』(RADA) ・カクシンハン『マクベス』(東京芸術劇場 シアターウエスト) ・モチロンプロデュース『クラウドナイン』(東京芸術劇場 シアターイースト) 今年は『ハムレット』を6本見て、アンドルー・スコット主演版や川崎ラゾーナ版なども良かったのですが、ヒドルストンの『ハムレット』が一番好みでした。ハムレット以外の若者役を全員女性にするキャスティングが効いていました。カクシンハンの『マクベス』はまるでゴミみたいなセットでしたが、内容はゴミとはほど遠いエネルギッシュなものでした。『クラウドナイン』は大変面白かったのですが、あまりよく考えずに「レズ」とか「少年愛」などという言葉を使っているマーケティングは大変残念でした。 (年間観劇本数:121本)
町田 博治(会社役員) ・青☆組『グランパと赤い塔』(吉祥寺シアター) ・小松台東『山笑う』(三鷹市芸術文化センター 星のホール) ・ SPAC『アンティゴネ ~時を超える送り火~』(駿府城公演特設会場) 『グランパと赤い塔』 吉田小夏が人の綾なす思いを紡ぎ、丁寧に織り上げられる。 背筋が伸び厚みと洒脱さを合わせ持つ老紳士を佐藤滋が見事に演じ、福寿奈央の初老の妻も見事。二人が作品に一本の筋を通す。 裏の主役とでも言うべき女中役を大西玲子が、目線、ことば、仕草、身体で見事に演じていた。役者が皆素晴らしい。 『山笑う』 兄と妹、地方と都会、肉親ゆえの諍い。 静かに光る小さな宝石の様な作品。 松本哲也の演出がシリアスさと笑いをバランスさせ絶妙。厚みのある演技、役者達のバランスも絶妙。 『アンティゴネ』 冒頭女優石井萠水がミニ・アンティゴネを演じ客を引き込む。 舞台は一面水。灯篭が浮かび明かりが揺れる。あの世と現世の境としての水、水上で舞台が静かに進む。背後に投射された動きが影となり、台詞、歌唱が絡み、幻想的。 「弔い」にこだわるアンティゴネ、最後、円く連なってゆく静かな盆踊りが弔いを暗示胸を締め付ける。(年間観劇本数:299本)
文月 路実(派遣社員・フリーライター) ・ゴキブリコンビナート『法悦肉按摩』(都内某公園) ・NODA・MAP『足跡姫』(東京芸術劇場プレイハウス) ・ 範宙遊泳『その夜と友達』(STスポット) 「五感を総動員する」と謳っていたゴキコンの本公演は、まさにその通りの悪夢だった。入り口で目隠しされ、何が何やらまったくわからない状態で味わう地獄。四方八方から泥水や血糊や汚物や虫が飛んでくる。突然役者が飛び出してきて身体の上に載る。内容はいつも通りのひどい話だ。テント内はかなり暑く、なにやら異臭がすごい。終わったときには頭に虫がとまり、レインコートは泥や血糊でぐしょぐしょ、汗で眉毛が半分消えておったとさ。そんなに過酷だったのにもかかわらず爽快感を覚えたのは不思議。普段使わない感覚を刺激されたからか。これこそが演劇の力なのでは。『足跡姫』は勘三郎へのオマージュ。ここ数年の野田作品のなかで一番ストレートに「想い」が伝わってきて、純粋に美しいと思った。『その夜と友達』は、生きづらさを抱えた「夜」というキャラクターが個人的に刺さった。「しんどさ」を知ってしまった人間にも希望はあるのだと信じたい。(年間観劇本数:42本)
永田 晶子(会社員) ・努力クラブのやりたくなったのでやります公演『フォーエバーヤング』(人間座スタジオ) ・燐光群『湾岸線浜浦駅高架下4:00A.M.(土、日除ク)』(ザ・スズナリ) ・dracom Rough Play 『ぶらんこ』(OPA_Lab) 上演日順です。 ・説明が削られ、描くべきことだけ残った合田団地氏の劇作は、努力クラブの魅力のひとつです。同世代の俳優による静かな演技で、人生における中途半端な時間の儚さをより楽しめました。 ・燐光群の公演で、劇場という閉ざされた空間が持つ危うさを確かめました。戯曲に負けない強い演技と、暗闇にわずかな光を感じるラストシーンが印象的でした。失われた街に思いを馳せる機会にもなりました。 ・既存戯曲を本読み一回・稽古一回で上演するラフプレイを観て、演劇は一度きりの瞬間に在ると思いました。会場全体に広がる「わかりあえなさ」に、戸惑いつつも笑いました。戯曲を忠実に辿ろうとする���ッサンのような行為は、dracom の新作での慎重な表現にも繋がっていたと思います。(年間観劇本数:100本くらい)
青木 克敏(地方公務員) ・SPAC『アンティゴネ〜時を超える送り火〜』(駿府城公演特設会場) ・ロシア国立サンクトペテルブルク マールイ・ドラマ劇場『たくらみと恋』(世田谷パブリックシアター) ・NAPPOS PRODUCE『SKIP〜スキップ』(サンシャイン劇場) あまりぱっとしない演劇状況に思えました。その中で、SPACの宮城聰さんの取り組みは素晴らしいものに感じています。アンティゴネは構成がしっかりとしていて分かりやすいかったですが、私の価値観を揺るがしてくれるほどの感動を、与えてくれました。たくらみと恋では、俳優陣をはじめとして芸術レベルの高さを見せつけられました。そして、スキップ。なんだかんだ言っても、キャラメルボックスは、夢と希望をいつだって分かち合おうと走り続ける劇団です。(年間観劇本数:32本)
矢野 靖人(一般社団法人shelf代表理事・芸術監督) ・WORLD STAGE DESIGN『The Malady of Death』(台北国立芸術大学) ・HEADZ『を待ちながら』(こまばアゴラ劇場) ・SCOTサマーシーズン2017『サド侯爵夫人 第二幕』(新利賀山房) The Malady of Death”はバンコクの盟友、僕がいちばん信頼している僕自身のプロデューサー的存在でもあるリオンが演出する作品とあってわざわざそれを観るためだけに台湾まで行った作品。そういうことが出来る/したいと思える仲間がいることに感謝。今年いちばん記憶に残っている。デュラス晩年の最後の恋人は実はゲイで、しかし献身的にデュラスを愛し、デュラスに尽くしたという。美しく儚い作品だった。鈴木忠志「サド侯爵夫人 第二幕」はこの超絶技巧のこのアーティフィシャル(人工的)な日本語台詞をねじ伏せた俳優陣に快哉。久しぶりに劇場で観劇した飴屋法水さんの「を待ちながら」はこちらが思っていた以上に泣けるほどに清々しくベケットで。選外に1作品、APAFワン・チョン氏演出の「Kiss Kiss Bang Bang2.0」を。ノンバーバル且つインターナショナルな演劇の新たな可能性を垣間見せてくれた。(年間観劇本数:43本)
野呂 瑠美子(一観客) ・劇団昴ザ・サードステージ『幻の国』(サイスタジオ大山第1) ・劇団チョコレートケーキ『熱狂』(シアターウェスト) ・文学座創立80周年記念公演『中橋公館』(紀伊国屋ホール) どの時代をどういう切り口で、どのように選ぶかは作者の意識と力量による。劇団チョコレートケーキの古川健さんは、大きな歴史の流れを巧妙に切り取り、多大な資料を元に、新たに肉付けをして、その時代がどんなであったかを観客に見せてくれる。『幻の国』『熱狂』ともに、3時間ほどの舞台からは、困難な時代に置かれた人々の思いと息遣いが伝わってくるようであった。文学座の真船豊の『中橋公館』も、殆ど知られることがなかった、外地・北京で敗戦を迎えた日本人の様子をよく伝えていて、感心した。どの作品も、過ぎ去った時代を描きながら、実は現代をきちんと映し出している秀作揃いで、感動とともに、印象深い作品となった。最近あまり見なくなった歌舞伎だが、今年は仁左衛門の『千本桜』がかかり、おそらく彼の一世一代の知盛であろうと思われて、拝見した。人生は速い。(年間観劇本数:80本)
片山 幹生(WLスタッフ) ・SPAC『病は気から』 (静岡芸術劇場) ・ゴキブリコンビナート『法悦肉按摩』 ・平原演劇祭2017第4部 文芸案内朗読会演劇前夜&うどん会 「や喪めぐらし」(堀江敏幸「めぐらし屋」より) ノゾエ征爾翻案・演出のSPAC『病は気から』は17世紀フランス古典主義を代表するモリエールの喜劇の現代日本での上演可能性を切り拓く優れた舞台だった。ゴキコンはいつも期待を上回る斬新で過激な仕掛けで観客を楽しませてくれる。高野竜の平原演劇祭は昨年第6部まで行われ、いずれも既存の演劇の枠組みを逸脱する自由で独創的なスペクタクルだったが、その中でも文庫版200頁の小説を4人の女優がひたすら読むという第4部の企画の体験がとりわけ印象的だった。食事として供された変わったつけ汁でのうどんもおいしかった。(年間観劇本数:120本)
kiki(勤め人) ・日本のラジオ『カーテン』(三鷹市芸術文化センター 星のホール) ・あやめ十八番『三英花 煙夕空』(平櫛田中邸/シアトリカル應典院) ・風琴工房『アンネの日』(三鷹市芸術文化センター 星のホール) カーテン:この一年で拝見できた日本のラジオの作品はどれも面白かったが、結局一番好みにあったのがコレ。劇場の使い方や題材の面白さに加えて、奥行きのある人物描写で15人のキャストの魅力が充分に生きた。 三英花 煙夕空:あやめ十八番初の二都市公演で、東京と大阪の会場がどちらも物語によく似合いつつ印象はガラリと変わって面白かった。音の響きや照明も変わり、キャストも変わって、東京公演では濃密な仄暗さが、大阪公演ではエッジの効いた明暗がそれぞれ印象に残った。 アンネの日:風琴工房の題材への取り組み方にはいつも心惹かれるが、観る前には地味だろうと思っていたこの作品がこの一年で最もツボにハマった。描かれた人々の誠実さと強さ、それを演じるキャスト陣の説得力が魅力的だった。(年間観劇本数:155本)
りいちろ(会社員) ・第27班 キャビネット公演B『おやすみ また明日 愛してるよ』(シアターミラクル) ・コマイぬ『ラッツォクの灯』(石巻 GALVANIZE gallery) ・アマヤドリ『青いポスト』(花まる学習会 王子小劇場) 2017年も足を運ぶ先々に多彩な舞台の力がありましたが、中でも常ならぬ舞台の密度や呼吸を感じた3作品を。 この一年、くによし組や劇団ヤリナゲ、劇団普通、KAZAKAMI、遠吠え、キュイなど若い作り手たちの作品にも心惹かれつつ、てがみ座『風紋』、風琴工房『アンネの日』、青組『グランパと赤い塔』、うさぎストライプ『ゴールデンバット』、ワワフラミンゴ『脳みそあるいてる』など実績のある作り手の更なる進化を感じる作品も数多く観ることができました。FunIQの5人の作演での連続上演の試み,ロロの「いつ高シリーズ」やシンクロ少女の『オーラルメソッド4』のように過去作品と新作を合わせて上演することも作品の世界観を再認識させ作り手の進化を感じさせる良いやり方だったと思います。またあやめ十八番や水素74%などの歴史建造物での上演にも、スイッチ総研の諸公演やガレキの太鼓ののぞき見公演などの企みにも捉われました。(年間観劇本数:315本)
矢作 勝義(穂の国とよはし芸術劇場 芸術文化プロデューサー) ・ イキウメ『天の敵』(東京芸術劇場 シアターイースト) ・TBSテレビ『俺節』(TBS赤坂ACTシアター) ・風琴工房『アンネの日』(三鷹市芸術文化センター 星のホール) 『天の敵』は、戯曲・演出・美術・俳優など全てのピースが寸分の狂いもなく組み合わされた、これまで観たイキウメ作品の中で一番素晴らしい舞台でした。 『俺節』は、主演の安田章大の歌・芝居ともに素晴らしく、回りを固める小劇場系の俳優も一丸となり、見事に劇世界を支えていました。何と言っても、脚本・演出の福原充則の仕事ぶりが充実していました。 風琴工房の詩森ろばさんは、2017年の1年間で多数の作品を生み出し��いましたが、なかでも『アンネの日』は、教養エンターテイメントと名付けたいと思います。事実の羅列や解説にとどまらず、それをエンターテイメントに昇華しながらも、一つの物語として創り上げられたとても素敵なものでした。 番外として、自身の劇場制作の、青木豪作、稲葉賀恵演出の「高校生と創る演劇『ガンボ』」と桑原裕子作・演出の穂の国とよはし芸術劇場プロデュース『荒れ野』を上げておきたいと思います。(年間観劇本数:132本)
須川 渡(研究者) ・ dracom『空腹者の弁』(ウイングフィールド) ・山下残『無門館の水は二度流せ 詰まらぬ』(アトリエ劇研) ・アイホールがつくる「伊丹の物語」プロジェクト『さよなら家族』(AI・HALL) 今年も関西で多くの作品を観ました。劇場の閉館はたびたび議論になりますが、dracomと山下残はこの問いかけに作品という形で応答していました。dracomはウイングフィールドという場所で演劇を続けること、山下残はアトリエ劇研がなくなることの意味を、どちらも非常に挑戦的な方法で示していました。『さよなら家族』は、伊丹という場所と時間をかけて丁寧に向き合った秀作です。スタイルは様々ですが、観客である私も、同じ場所にとどまって演劇を観続けるとはどういうことかに思いを巡らせた1年でした。 (年間観劇本数:133本)
かいらくえんなつき(演劇ウォッチャー) ・ロロ いつ高シリーズvol.4『いちごオレ飲みながらアイツのうわさ話した』(こまばアゴラ劇場) ・悪魔のしるし『蟹と歩く』(倉敷市立美術館 講堂) ・範宙遊泳『その夜と友達』(STスポット) 2017年も前半は大阪にいたので、関東近辺の演劇はそこまで多くは観ていません。とはいえ、ここにどうしても挙げたいと思う関西の作品に出会えなかったのは、残念��� 選んだのは今後ずっと忘れないだろうなと思う観劇体験だったものです。 この他に挙げられなかったのは、FTで上演された『忉利天(とうりてん)』 (構成・演出・美術:チェン・ティエンジュオ)。 これだけをみていうのもと思いますが、それでもいいたくなるぐらい、中国の勢いを感じさせられ、それと裏返しの日本の閉塞感を感じました。 2017年は(も?)色々と区切りとなる出来事の多かった1年だったような気がしています。 毎年同じようなことを書いている気がしますが、2018年はもっともっと新しい刺激的な作品に出会いたい!!(年間観劇本数:おそらく150本くらい)
薙野 信喜(無職) ・ Schauspiel Leipzig『89/90』(Berliner Festspiele) ・Akram Khan Company「Until the Lion」(Main Hall, ARKO Arts Theater) ・日本総合悲劇協会『業音』(西鉄ホール) 2017年は、海外で観た20数本の作品の印象が強い。パリで観たオペラ・バスティーユ『ラ・ボエーム』、オデオン座『三人姉妹』、コメディ・フランセーズ『テンペスト』、ベルリンドイツ劇場『フェードル』『しあわせな日々』、ソウルで観た Yulhyul Arts Group『Defeat the ROBOT 3』、明洞芸術劇場『メディア』の印象が強烈だった。
九州に来演した作品では、ヨーロッパ企画『出てこようとしてるトロンプルイユ』、サードステージ『舞台版ドラえもん のび太とアニマル惑星』、イキウメ『散歩する侵略者』、トラッシュマスターズ『たわけ者の血潮』 などが楽しめた。 九州の劇団では、劇団きらら『プープーソング』、そめごころ『ちずとあゆむ』、転回社『夏の夜の夢』 がおもしろかった。(年間観劇本数:156本)
でんない いっこう(自由人) ・東京芸術劇場『リチャード三世』(東京芸術劇場 プレイハウス) ・新国立劇場『プライムたちの夜』(新国立劇場小劇場) ・文学座『鳩に水をやる』(文学座アトリエ) 1.リチャード三世の人格形成に身体の障害を前面に出さなかったし、最期の苦しみを、脳内の様子が突然飛び出し襲い掛かるような映像と音響で訴えたプルカレーテ演出の意外性が惹きつける。 2.人は何に向って本心を言えるのか、自身の老後は応答するロボットを考えていたが、人型のAI・スライムなら2062年でなくとも頷けてしまう身近な物語であった。人を失した悲しみ、本来わかりえない存在、一個の人間。 3.童話作家だった男、今は認知症の鳩に水をやる男。誰にわかると言うのだ、その内面の心理が。過去を生きている男に通じる回路を持たない今を生きてる者達。次点は若い俳優、演出家の成長が嬉しい『その夜と友達』『ダニーと紺碧の海』『ナイン』気になる劇作・演出家で楽しかった『ベター・ハーフ』大野一雄に惹かれ、その時代の映像が見たくて、疑念を持ちながら観たのに何故か後半引き込まれてしまった『川口隆夫「大野一雄について」』等がある。(年間観劇本数:27本)
小泉 うめ(観劇人・WLスタッフ) ・点の階『・・・』(京都芸術センター 講堂) ・風琴工房『アンネの日』(三鷹市芸術文化センター 星のホール) ・神里雄大/岡崎藝術座『バルパライソの長い坂をくだる話』(京都芸術センター 講堂) 前半は人生最高ペースの観劇本数だったが、後半は落ち着いて、おしなべてみれば例年並みの本数になった。そのため見逃したと思���ている作品も多い。演劇が演劇であるが故の悔やみである。 『・・・』 ファンタジーという言葉だけでは済まされない不思議な観劇体験となった。窓の外の雪や隙間から入ってくる冷たい空気までもが演劇だった。 『アンネの日』 詩森の戯曲はいつも緻密な取材力とそこからの跳躍力に支えられているが、この戯曲からは一人の女性として、ひいては一人の人間としての彼女の姿が明瞭にうかがえ、彼女の代表作となるだろう。 『バルパライソの長い坂をくだる話』 神里のターニングポイントと言える。再び上演される機会もあるだろうが、あの場所であの役者陣でのスペイン語上演は、当然のことながら二度とないものを観たという印象が強い。 西日本での観劇も例年よりは少なかったが、結局KACで上演された2本を選んでいるあたりも私らしいところか。(年間観劇本数:355本)
2 notes
·
View notes
Photo

「明日ありと、思う心の仇桜。夜半の嵐に吹かぬものかわ」 マグノリアから始まって、桜パトロール、今年も十分に楽しみました。「こんな時だから」なんて関係なく、何も変わらずに季節は巡ります。友だちが「人間は自然を必要とするけれど、自然は人間を必要としない」と書いていてハッとしました。 . ニューヨーク州は5月15日で経済活動の休止宣言が終わります。と言っても様々な条件を満たしてからでないと再起できないので、ニューヨーク市はすぐとは言い難い状況です。スタートしてもマスク着用など、市民の努力が引き続き必要。明るい未来が見えてこない。そう思った矢先に、日本にいる友だちが上げていた、ドラえもんの言葉。クオモ州知事も負けました。信じて前に進みたい。ドラえもん、ありがとう! . . . #ドラえもん #doraemon #桜パトロール #パークスロープライフ #上野朝子_ブルックリンの暮らし みんなが頑張れば #未来は大丈夫だよ (at Park Slope Historic District) https://www.instagram.com/p/B_zjBjFlir_/?igshid=nmyuin1x1j8d
0 notes
Text
140字小説 2017年4月分
4/1
これが自分の人生の最終章だ。赤いドレスを翻す。目の前にいる恋人の仇。やっと会えた。古びた城で二人で踊る。たったひとペアの孤独なワルツ。これが終われば私もあなたももう消える。顔を合わせて微笑んで、私たちは激しくタップを踏んだ。
(あと5秒で、あなた諸共この世から)
同日
ひとつ数えふたつ数え、みっつめに階段。昇った先にあるのは首吊り用の紐だけだ。下を見る。真っ暗で地面がない。背後を見る。階段が消えている。「追い詰めたのは自分でしょう? 道はそこしかないよ」あなたは誰ですか。聞くことも縄を掴むことも面倒で僕は奈落の底へと倒れ落ちた。
4/2
「この火玉が落ちたら、あなたと別れます」それじゃあ絶対に別れるしかないね、と言ったら頷かれて戸惑った。俺ら、別れるの? 「別れるの。だって永遠に続かないから。それなら綺麗なまま終わりたいの」火花が弾けて花火が消え、同時に彼女の涙が散った。ごめん、それでも俺は、
同日
自分のことを罵倒しながら私がやったことは、自分を愛することだった。自分を貶すのはとても楽で。いらない存在である「私」のため泣くことはとても楽で。しかし影は私を嘲笑った。 「君は宝石を持つことを一生許されはしないよ。 「そのことを君は、いつか泣いて嘆くんだろうね」
4/7
国の外れの大図書館。あそこには1人の司書がいるんだって。いつも右手にカンテラを、足元には黒猫を携え。黒いローブを被っているそうだよ。聞いたら何でも教えてくれるんだ。でもね、夜中に声をかけてはいけないんだって。その背後には、彼が従える魔物がひしめいているから。
同日
「時計の音を、ひとつ」僕は店でそう頼んだ。何も言わず、マスターは小さなスピーカーを渡してくれた。家に帰って、誰もいない家でスピーカーの電源をつけた。外でがなりたてていた風が止む。冷蔵庫から響く低音が消える。時計の音だけ響く部屋。時よ戻れなんて、叶なうはずないのに。
4/8
時折このリビングは静まり返る。いつもその時、水中みたいだ、と思うのだ。テレビの音もなく、食器の触れ合う音だけが痛く響く。隣に座る人からも、前に座る人からも、考えていることが直に伝わってきそうだ。ああ、早く1人になりたい。ご飯を一口食べながら思う。
同日
心中を、いけないものだと退けないでください。私は家族の1人として、いつもリビングを見てました。癇癪を起こす父とそれに震える母。訳が分からずただ泣く妹。リビングは、いつも突き刺すような空気に満ちていました。家族を殺した私は異常でしょう。でも心中を、いけないものとしないでください。
4/10
水の国に住みたいと何度も願った。力を入れることなく、宙に浮いていたかった。そう思い海に入った僕の手を、君は必死に握った。「水の国なんていい所じゃないよ。身体がふやけるだけ。鮫に食われるだけ」見た目が汚なくなるのは嫌だなぁ。ぼんやりと��手を掴まれたまま足を止めた。
4/11
氷を砕く。像であった氷を壊すために。場所のないこの大地では、祭りの後に氷の像を壊すのは当たり前だった。ぱきり、からから。硬い金属の音がする。自分の隣に立つ製作者の少女。俺の行動をなじりもせずただ見つめている。仕事後帰るも、少女の熱い瞳と氷のあの音が、いつまで経っても消えなかった。
4/12
父が死んだ。私に知識を与えた父が死んだ。この後火葬場で、骨になって埋められるんだ。父の今後を考えたらぞっとした。膨大な彼の知識は永遠に日の目を見ない。それは駄目だ。せめてその一部を残すには。私は最期を看取った医者に思わず縋った。「父の脳味噌を少しだけ食べたいんです」
4/13
食べ物も服も愛も許しも、たくさんの人に求めました。誰一人として返してはくれませんでした。だから求めるのは止めました。そうして泣かないでいたら多くの人が全てをくれました。今くれても何も嬉しくないのに。孤高でいる今の私にそれはいりません。昔泣いている時に、くれていれば。
同日
やりたいことはなんですか? 夢はなんですか? 答えられたあなたには、輝かしい「努力」への切符を差し上げましょう。これが人生を進む最低条件ですからね。あなたは? 夢がない? じゃあ「努力」は手に入れ��れませんね。残念。またの機会にやり直してください。
4/15
目に映るものはいつも醜く、耳に届く音はいつも罵声だ。いい加減嫌になって、僕は聴覚と視覚をなくすことにした。目に鋏を突き立てて、耳に限界まで粘土を押し込んで。やっと手に入れた静けさは、しかし安定していなかった。代わりに自分の妄想が目に見えるようになっただけだった。
4/19
心の腐る音がする。だってあなたの言葉を聞いたから。正論の中に自慢を隠したあなたの声。それが大嫌いな私は、耳を塞ぐ。塞いでも消えない。だってそうやって話すやり方は、あなたの血を受け継いでいる私もやっているから。嫌い、嫌い。呟くほどにその矛先は、自分に向かって。
4/20
賑やかしの声が響く居酒屋の町。セールスも全て断って男が一人歩いていた。右手に缶チューハイ。左手にレジ袋。男は赤く染めた頬でうっすら笑っていた。楽しいわけじゃない。男には金も家族もない。これから向かう場所は、ただロープを張る死に場所。しかし男は泣かず、酒を煽りながら笑っていた。
同日
鼻歌を歌えば、きっと付いて来る鳥たちがいるだろう。にっこりと笑っていれば、こちらに顔を向けてくれる花があるだろう。きょうもそうやって辺りを見渡すと、友人が遠くで手を振っていた。明るく風が透き通った休日の一日。こういう日があるから、人生止められない。
4/23
最後の奇跡を願い、行うこと。シャンパンを一杯、煽ること。月と共に桜の下で、花弁を集めること。誰もいない大通りで賛美歌を歌って歩くこと。はたから見れば酔っぱらいの仕草だけれど、僕は本気で奇跡を願っている。明日無事に太陽が昇ることを、祈っている。涙を堪え。
同日
夏に溺れたいと彼が言ったから、一緒に真夜中の海に行った。夜風はとても涼しくて、月の光を反射する海は水銀のようだった。水を掬って、彼が辺りに撒く。
「このまま、夏に溶けて海に溶けて。そしたら一生幸せかもね」
そう言って笑った彼の顔は、もうとっくに透明だった。
4/26
「生きている理由は何ですか?」知らない知らない。だって今すごい楽しいんだもの。答案には「その人らしい答えで書かれていたら◯」とあった。その人らしい答え? ないよ。だってただ楽しいもの。あれ、なんで楽しいんだろう。楽しいのに理由はなくて、でも生きてる理由は必要で、
4/30
貴方はもうすぐ死ぬのでしょう。だから私に一生懸命になれと言うのでしょう。でも一生懸命にやっても認める貴方は死んでいます。だから私は自由に生きます。遺言を無視するのは申し訳ありません。しかし死人に縛られることが私は嫌いなのです。私の夢は、自由に羽ばたく鳥なのですから。
(私はこの作品に、リプで「そう言って、向き合うことから逃げているのは誰ですか」と書いていた)
同日
知り合いが自殺した。泣いてもしょうがないのに涙が溢れた。そうしてしばらく意識が無くて、はっと気付くとパソコンに向かっていた。画面に浮かぶ文字列。自殺者を語る小説。ぎょっとして椅子から立つ。私はいつから、人の不幸すらも、食い荒らすように文字にするようになったんだろう。
2 notes
·
View notes
Text
3月の各地句会報
平成31年3月の特選句

坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
平成31年3月2日 零の会
坊城俊樹選 特選句
生涯の友は利根なり春田打つ 節子 づかづかと御魂踏みつけ野に遊ぶ 淸流 大利根の風に雪解の匂ひあり 節子 春天に昇る香煙奇北墓所 孝子 寄せ墓の天辺にある暖かさ 久 鯱の渾身の反り春疾風 水翁 水攻の春泥なるか囲ひある 千種 犬吠の春潮遠き大河かな 伊豫 春昼や時刻表なき利根渡船 節子 光背は坂東太郎春仏 順子 筑波嶺の遥か古草踏む川辺 要 住職のダンスの手指春を呼ぶ 三郎 鳥の恋色めく空の下の句碑 順子 香しき艹や句碑うらら 萌 人の来て触れれば春の土となり あおい 利根堤ゆくは奇北か草青む 孝子 円墳の春の野としてふくらめる 伊豫 大利根に名乗り出でたる葦の角 もと 春光を集めて句碑の立ち上がる 水翁
伸悦選
円墳を丸刈りにして東風怒濤 俊樹 陽炎や平野切り裂き大河ゆく 眞理子
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月6日 立待花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
鳶の輪の下啓蟄の大地あり 越堂 春愁の眉よせ給ひ半跏仏 越堂 背山出で滴たるばかり春の月 越堂 春泥に身の温もりの靴を脱ぐ 世詩明 毛糸編む女前髪より老いし 世詩明 早春の闇で眩しき人に逢ふ 輝一 春寒や散骨の舟動き出す 誠
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月7日 うづら三日の月句会
坊城俊樹選 特選句
雛に貸す座敷念入り塵拾ふ 由季子 紙雛に若き日思ひ独り言 由季子 晴天に老の耕し少しづつ 由季子 土雛に幾世の手垢あたゝかし 都 菜を刻む手元に春の香りあり 都 水温み羅漢うつとり足浸す 都
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月7日 花鳥さゞれ会
百官のつかまつるごと雛飾り 匠 藩侯の米研ぐ水の温みけり 匠 鳶鳴いて足羽三山笑ふなり 匠 漁りて耕し耕しもして五湖に住む 越堂 雛飾るどこへも行けぬ母の笑む 松陰 春やブキウギ猫踏んじやつて怒髪かな 数幸 風の意に触れ合ひ遊ぶ吊し雛 希子 下萌や慈母觀音の裳裾より 千代子 山笑ふ水琴窟の音にまで 千代子
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月9日 枡形句会
栗林圭魚選 特選句
啓蟄や揺るるこの世に息を吐く ゆう子 春服をデビューさせたき日和かな 教子 島々のまどろむやうな春の海 美枝子 鮊子や母の余生のひと日づつ 百合子 思ひ切り剪られし木々も���吹きたる 三無 春の泥小さき足と跳ね踊り 三無 いかなごや夕餉の皿に海の音 美枝子 鮊子煮エプロンの白母の味 多美女
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月11日 なかみち句会
栗林圭魚選 特選句
潮の香の日をたつぷりと白子干 秋尚 暮れのこるちりめんじやこの縮れかな 有有 摘草や話途中のまま離れ 秋尚 摘草や土の呟き聞きながら 三無 白子干銀色に目の光りたる 貴薫 鉄匂ふ工事現場の陽炎へる 美貴 白子干眼のぎつしりと売られけり 三無
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月11日 鳥取花鳥会
岡田順子選 特選句
藪椿石灯籠に紅映えて 俊子 春雷の間合に小さく息を吐く 都 春塵をなだめて雨の屋台引く 幸子 春近し野鳥図鑑を窓に置く 佐代子 松露掻く砂丘の風を手元まで 幹也 早春の息吹は杜の瀬音より 和子 風光る草食む山羊の乳房張り 栄子 雛飾りある窓口で買ふ切手 悦子 茎立や曲る方向それぞれに 史子 犬箱は吾の手づくりや雛祭る 益恵 大根を分厚く炊いて接待す 立子 水菜漬パリパリ音す一人膳 すみ子 ビー玉も回すよ春の洗濯機 美智子
(順不同 特選句のみ掲載)
…………………………………………��…………………
平成31年3月12日
萩花鳥句会
芽柳の雨粒光りつもつれつつ 祐子 海は凪ぎ山は笑うてゐたるなり 孝士 ロープウェイ満員御礼山笑ふ 美恵子 長崎に柳芽吹きてランタン祭 健雄 ときめきの種をまいてる老いの春 圭三 芽柳の影ゆらめきし藍場川 克弘
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月15日 芦原花鳥句会
坊城俊樹選 特選句
父母の期待は重し大試験 孝子 小白鳥引きて水田の残りけり よみ子 鵜の瀬へと松明流る水送り 孝子
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月17日 伊藤柏翠記念館
坊城俊樹選 特選句
口癖のかうして居れぬ春炬燵 雪 トランプの一人占ふ春炬燵 たゞし 春の雪傘に花吹く如くなり 富子 指広げ手より落ちたる雛あられ 富子 浦の子の海苔掻きと言ふ授業あり 英美子 雪女袂泣くため隠すため 世詩明
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月17日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
薄紅梅散るうすら日のせせらぎに 久子 少しだけ駈けてみたしや水温む 貴薫 武蔵野のてつぺんとりし花辛夷 千種 古ひひな管楽の音はとうに絶え ゆう子 防人の越えし横山鳥雲に 秋尚 山茱萸の花蒼天へ黃を弾き 芙佐子 豪農の名残り丈余の椿垣 圭魚 水温むあぎとふ鯉のかんばせに 淸流
栗林圭魚選 特選句
名草の芽白き片鱗見せ始む 千種 武蔵野のてつぺんとりし花辛夷 千種 春蘭や土の湿りを諾へる ゆう子 風癖のまま雪柳咲きこぼれ 三無 春蘭や武蔵野の空淡々と 芙佐子 初桜心のつかへ解けゆく 久子 かたかごの花影淡く俯ける 芙佐子 満天星の芽立ちすつくと紅さして 淸流
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月20日 福井花鳥句会
坊城俊樹選 特選句
縄跳びに飽いてふらここ揺らしては 和子 声継ぎ風をつなぎて鳥帰る 嘉子 鳥帰る眼下に街の花時計 嘉子 受験子の肩一つ押し送り出す よしのり 耕耘機田より上りて泥ちらす 美代 川一縷春光底にまで届く 美代 春愁の十一面の御ン面輪 雪
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月22日 鯖江花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
堂朧伏目に在す観世音 雪 不老てふ四百年の梅の香に 雪 腹巻きに涅槃団子を拾ひけり たゞし 涅槃図の大きな顔の寝釈迦かな たゞし 供へ物下げし寝釈迦の薄明り たゞし 春泥を千鳥に飛んで子ら遊ぶ みす枝 鳶の輪の下に啓蟄動くもの みす枝 敷石につまづき梅の香を乱す 信子 空重き越の峰々鳥帰る 信子 セーターと身の上話置き帰る 世詩明
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月24日 花鳥月例会
坊城俊樹選 特選句
花の下唐変木がうづくまる 千種 眩暈して垂れ桜の中にゐる 光子 虫柱立ちて陽炎近くする 千種 空あをく古木の桜満ちたれば 和子 寂しいか寂しくないか花下を行く 千種 御柱に踏青されよとも祷る ゆう子 城門の開きて花を迎へたる 佑天 なによりも木霊へ献じたる桜 順子
岡田順子選 特選句
戦友を呼び合ふ花の木霊かな 小鳥 異国人持つピザまんの陽炎へる 小鳥 花巡り夢見し室の零戦機 小鳥 初桜橋懸りへの灯のごとし ゆう子 夜もすがら桜咲きをり引退す 公世 城門の開きて花を迎へたる 佑天 むすび食む黒の袴の卒業子 小鳥
栗林圭魚選 特選句
初花の木訥にあり饒舌に 俊樹 眩暈して垂れ桜の中にゐる 光子 水に触れさう初蝶の橋くぐり 炳子 花冷の手水に背筋正しけり はるか 八方へ光を溶いて雪柳 秋尚 白木蓮何も無かつたやうに咲き 七湖 娘の婚のきのふを語り花影に 順子 初花や首のスカーフ掻き合はす ゆう子
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年3月28日 九州花鳥会
坊城俊樹選 特選句
古雛西に流るる潮に乗す 佐和 蛇穴を出づ西遊記読みをれば 睦子 亀を見て亀に見られて山笑ふ ちぐさ 涅槃図に見入る園児の足裏かな 志津子 雁風呂を焚くわが胸の人は去り 勝利 春はあけぼの解かるるための帯を締め 寿美香 西方は黄金夕焼里は花 勝利 春の海果てて西方浄土かな 桂 灯台の日の斑ゆらゆら水の春 佐和 妣の星光りて暮るる涅槃の日 阿佐美 西へ西へ星座傾け猫の恋 佐和 燎原の火は薄紅の桜かな 桂 老が老を待ちゐる港春の月 佐和 一島をたつぷり抱く春霞 寿美香 春泥のそのまま乾く耕耘機 初子 朧夜の片目で眠る深海魚 伸子 壱岐島は白虎の方位涅槃西風 ちぐさ
(順不同 特選句のみ掲載)
________________________________________________
さくら花鳥会
岡田順子選 特選句
啓蟄や育児日記を読み返す 実加 隅に置くリードオルガン木の芽吹く 登美子 単調に鍬に絡まる春の土 あけみ 畑打つや母の背中と押車 あけみ 水温む観音堂の手水舎も みえこ 卒業子手伝ふ母の掌 栄江 水温む胎児はぐると回るらし 登美子
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年1月7日 武生花鳥俳句会
坊城俊樹選 特選句
美容師を独り占めして初鏡 ミチ子 初句会句仇ばかり集ひけり 世詩明 神仏を身近にしたる三ケ日 越堂 映るものすべて過去とす初鏡 信子 真剣な手が宙を切るカルタ取り みす枝 しこしこと海鼠噛みゐる四日かな 昭女 雑煮喰ぶ大黒柱見上げつつ 時江 一と掬ひ掬ひに祈り紙漉女 みす枝 手毬唄今にも聞えさうな毬 雪 冬の日の納戸に喪服ととのへり 昭女 臘梅の香を確かめてゐる淑女 越堂 胼の手に受けし卵を落しけり ただし 助六にじつと見られし飾り凧 昭子
(順不同 特選句のみ掲載)
………………………………………………………………
平成31年2月11日 武生花鳥俳句会
城俊樹選 特選句
人となり自らなる懐手 雪 二十年前の話の初芝居 雪 坂昇る雪の白山見ゆるまで 昭女 春寒や問ひに応へぬ返書かな ミチ子 息白く猫にもありし謀 雪 手毬唄一ツ覚えの母の声 雪 節分と云ふ金剛の戸を開く 越堂 春霰たばしる九頭竜橋渡る 越堂 春一番さらはれさうなベレー帽 昭子 猫の目の青きバレンタインの日 ただし こぼるると云ふ色のあり竜の玉 雪 紅梅ややはらかき嬰よく笑ふ みす枝
(順不同 特選句のみ掲載)
________________________________________________
0 notes
Text
明日ありと 思う心の 仇桜
こんちには! ルーム南の櫻井です。 暖かい日が続いていますね。 桜はほとんど散ってしまいましまが、少し前、とても寒かったせいか、やっと 春! って感じがしています( ⸝⸝⸝¯ ¯⸝⸝⸝ ) なんて思っているうちにあっという間に暑くなってくんでしょうね…… 夏が苦手な僕はもう既に若干憂鬱です(;´д`)
春と言えば?やはり桜ですよね! 僕は名前が サクライ だからか、かってに桜に親近感を感じています 笑
名古屋城。 名古屋の代表的な観光スポット!

瑞穂区の山崎川。 なんとここは日本さくら名所100選にも選ばれたらしいです!


とても綺麗でした(´∀`*)
こんな綺麗な桜がなくなるという話、皆さんご存知ですか?
桜がなくなる といっても、全ての桜がなくなるわけではないんです! 日本にある8割の桜は ソメイヨシノ という桜であると言われています。 そのソメイヨシノが、なくなるかも?というお話です。
全国のソメイヨシノは、全て一本の原木から出来ているのは知っていましたか? ソメイヨシノは自生で成長せず、ソメイヨシノの枝を切って、その枝を接ぎ木し成長してから人間が植えています。 つまり、全国の全てのソメイヨシノのDNAは一緒なんです。
そんな桜の代表格、ソメイヨシノがなくなってしまうと言われてるのには、いくつか理由があります。
その① ソメイヨシノ寿命60年
成長が早いので、その分老朽化も早いという説です。
10年程度で根を張り、40年くらいで次第に樹木が弱り始め、50年すぎると幹の内部が腐りやすくなる とのこと。
仮にこの説が正しいとすれば、明治以降に広まり、第二次世界大戦後、爆発的な勢いで、植樹され全国各地に広まっていったとされるソメイヨシノ。 その平均寿命を迎える時期に、もうすでに差し掛かっているわけです。
全部が全部一気に、寿命を迎えるとは限りませんが、明治時代から戦後に植えられた、日本の桜の多さから見ても、そろそろ限界の時期に来ているようです。
また、その時間の経過に伴う環境の変化も、決してソメイヨシノにとって、良好なものではありません。 街路樹として多用されているソメイヨシノは、根の周辺まで舗装されていたり、排気ガスなどで散々痛めつけられてきました。また、公園など根を踏み荒らされやすい場所に、植樹されているということが多いことも桜にとってあまり好ましくない環境らしいです。 これらが、寿命を短くしている可能性も指摘されています。
その② 病気、害虫
近年、ソメイヨシノの天敵とされるのが、てんぐ巣病とクビアカツヤカミキリという害虫です。
これらによって、全国各地で被害報告が相次いでおり、ソメイヨシノの枯死や伐採が増えているそうです。
ソメイヨシノがなくなりつつある事は残念ですが、ソメイヨシノに変わって新しい桜に今注目が集まっています。 それが ジンダイアケボノ と呼ばれる新種の桜です。

ソメイヨシノに開花時期も近く、てんぐ巣病にも強いそうです。 そして、馴染みのあるソメイヨシノに花の形もよく似ています。 ソメイヨシノより、若干ピンクが強めなのが特徴です。
ルーム南の前にもたくさんのソメイヨシノが植えられています。 これが見れなくなってしまうなんてなんだか切ないですね。。 来年も満開の桜が見れますように……!
0 notes