#瞳の黄金比率の日
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tsuyo-gee · 2 years ago
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師走の始発
今日から2023年最後の月、師走が始まります。今日の日中は、日差しが見え隠れで寒い日。昼職休みで今日も朝から見守り人。 今日は何の日? 今日 12月1日(金)の記念日・年中行事 • 世界エイズデー • 防災の日・防災用品点検の日 • デジタル放送の日 • 映画の日 • 鉄の記念日 • 冬の省エネ総点検の日 • 一万円札発行の日 • いのちの日 • カイロの日 • 手帳の日 • データセンターの日 • 着信メロディの日 • 下仁田葱の日 • カレー南蛮の日 • 市田柿の日 • 明治ヨーグルトR-1の日 • リフトアップケアの日 • ワッフルの日 • 東京水道の日 • そうじの達人美来の日 • パネットーネの日 • 瞳の黄金比率の日 • 資格チャレンジの日 • 釜飯の日 • あずきの日 • 省エネルギーの日 •…
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herbiemikeadamski · 2 years ago
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. (^o^)/おはよー(^▽^)ゴザイマース(^_-)-☆. . . 1月21日(土) #大安(己卯) 旧暦 12/30 月齢 28.7 年始から21日目に当たり、年末まであと344日(閏年では345日)です。 . . 朝は希望に起き⤴️昼は努力に生き💪 夜を感謝に眠ろう😪💤夜が来ない 朝はありませんし、朝が来ない夜 はない💦睡眠は明日を迎える為の ☀️未来へのスタートです🏃‍♂💦 でお馴染みのRascalでございます😅. . 本年の3/53週目の週末ですが😅💦 まだ、3週なんですが様々な事が あり過ぎて、もっと日時が経過し てる様な感じもしますが💦アメバで 今月買って一番良かった物をPick しようなんてメッセ来てたが🤣😆🤣 やっぱり私は「自家用車」ですか ね😅💦ただ、買った途端に離任の 告知され東京に帰京しなきゃなら ないなんてオチもあったけど⤵️⤵️⤵️ これは、私も内心はソロソロやばいん じゃねって実は思ってたのですが 免停中が昨年の12月25日にとれる って事で自分で通勤する手段を選 らばなきゃならんので「車」は やっぱ必須だったんで仕方ありま せんけどね✋と自分には失敗じゃ ないんですと思い込ませてる次第。 (o゚д゚)マジスカ?\(__ )マジデスw って事で今日明日は福岡香椎まで 小旅行に行ってまいります🚄カナw . 今日一日どなた様も💁‍お体ご自愛 なさって❤️お過ごし下さいませ🙋‍ モウ!頑張るしか✋はない! ガンバリマショウ\(^O^)/ ワーイ! ✨本日もご安全に参りましょう✌️ . . ■今日は何の日■. #アースマラソン完走. 2011(平成23)年1月21日(金)大安.午後7時45分ごろ大阪市中央区の大阪城音楽堂に2008(平成20)年12月17日(水)赤口.より  マラソンとヨットで地球一周プロジェクトに単独で走り続けた男の吉本興業に所属するお笑いタレントの間寛平がゴールを果たしました。  その後再び走り出し、午後8時40分ごろ家族やタレント仲間が待つ出発地のなんばグランド花月に“最終ゴール”プロジェクト終了。  二年と35日間、日数に換算で765日間の時間換算で18360時間25分の間に様々な体験をした「寛平」は途中に前立腺がんで  放射線治療を二ヶ月間行ったり、入国を阻止され軍人に拘束されるなど生命の危機を危ぶまれる事態に陥ったが何とか  完走した事は人類で初の挑戦であり成功した例であると日本で報道されましたが、海外の反響では「やらせ」ではと疑う  者も当然の事ながら���るのであるが、彼の粘り強く精神と彼を支える周りの人情を見れば素直に受け止めてあげたい。 . . #大安(ダイアン). 陰陽(おんよう)道で、旅行・結婚など万事によい日。 一切合切(イッサイガッサイ)が良いとされる日。  六曜の中で最も吉の日とされる。 何事においても吉、成功しないことはない日とされる。 . #大明日(ダイミョウニチ). 民間暦でいう吉日の一つ。  この日は、建築・旅行・婚��・移転などすべてのことに大吉であって、他の凶日と重なっても忌む必要がないともいう。 . #神吉日(カミヨシニチ). 「かみよしび」ともいい、神社への参拝や、祭礼、先祖を祀るなどの祭事にいいとされています。 この日は神社への参拝や、お墓まいりに行くといい日です。 . #天恩日(テンオンビ).  天の恩恵をすべての人が受ける日。 この日は天から恩沢が下り、任官・婚礼などの慶事を行なうのに大吉とされる。 . #一粒万倍日(イチリュウマンバイビ).  何事を始めるにも良い日とされ、特に仕事始め、開店、種まき、お金を出すことに吉であるとされる。  但し、借金をしたり人から物を借りたりすることは苦労の種が万倍になるので凶とされる。 . #不成就日(フジョウジュビ). . #小犯土(コツチ). . . #浅間丸事件(アサママルジケン). #初大師. #腹切り問答(#はらきりもんどう). #料理番組の日. #ユニベアシティの日(#UniBEARsity) #スイートピーの日. #ライバルが手を結ぶ日. #瞳の黄金比率の日. . . #オコパー・タコパーの日(毎月第三土曜日). #木挽BLUEの日(毎月21日). #マリルージュの日(毎月21日). #myDIYの日(#お部屋カスタマイズの日)(毎月21日). . . #聖アグネスの祝日. #アルタグラシアの聖母の日(ドミニカ共和国). . . ■本日の成句■. #知る者は言わず言う者は知らず(シルモノハイワズイウモノハシラズ). 【解説】 物事をよく理解している人は、何事もあまり口に出して言わないが、 物事をよく知らない人ほど、何でも軽々しくしゃべるものである。 物事を本当によく知っている者は、その知識をひけらかしたりはしない。 よく知らない者ほど、知ったかぶりをしてしゃべるものである。 . . 1978(昭和53)年1月21日(土)赤口. #西山繭子 (#にしやままゆこ) 【女優、作家】 〔東京都〕. . . (Saburou, Kumamoto-shi) https://www.instagram.com/p/Cnp2csfh3jcXnXxgPy5jbJ9u_rWw6RE77o-H4U0/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ozett · 4 years ago
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Legga the agent
Legga/codename:B
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男 成年
孤高のエージェント。仕事のクオリティは最高級だが金がかかりすぎる。裏社会では"謎のスパイB"として有名になっている(姿は知られていない)。
[仕事] 常に仕事を最優先する。盗みも殺しも変装もハッキングも得意。任務のためなら何でもやる。金が大好き。より多く金を積まれると寝返る。組織「YHE」に所属しながら独立して仕事を請けている。基本的に誰も信用せず、常に"単独行動"をとる。
[名前] 名乗る時は大抵コードネーム「B」を使う。「レガ」と呼ばせることはほとんど無い。使うことが多い偽名は「Blue」「Cobalt」「Bruce」「Lenard」など。YHEでは本名を「Legga Blue」と登録しているが、旧い本名を「Legga Blubalt」という。Twitter
[体質] 青いゴースト-タシット。生きたまま突然ゴーストになったため完全ではない。夜更かしが得意なので何日も徹夜する。空を飛んだり壁を抜けたりはできない。乗っ取りが可能? (レガ自身の才能として、本人曰く出来ない事は無い。) 目、口内、体液は白く発光する。頭のアレはしなやかに曲がり、たまに垂れ下がっているので、毎回上向きに整えている。頭のアレを「アホ毛」と呼ばれることが気に食わない。
[性格] 冷徹で完璧主義。必要な人脈は保つ。他人からすぐに姿をくらます。常にしかめっ面をして周囲に怖がられる。演技でどんなパーソナリティも再現できる。スイーツが好き("効率が良い"から)。両利き。
Yellow Hyge
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イェロー・ハイジ。YHEと略す。エージェント派遣組織。ボスはダン。金持ちの間ではそこそこ有名。
codename:M
Keley Mathemac 男 成年
背が高い。顔に華がないので変装や侵入を得意とする。あまり笑わない。Joeと一番仲が良い。「僕こういうこと苦手なんだよ…」 「よろしくね」
codename:Joe
Joel Erica 男 成年
背が低い。盲視。YHEが開��した特別なゴーグルで視界は良好。司令を得意とする。ヘラヘラしているが怖がり。Mと一番仲が良い。「ようバディ!…無視?」 「一応俺にもJoeって名前があるぜ」
codename:C
Shigo Nichi 男 成年
誰も手が空いていない時に毎回都合よく暇そうにしているありがたい存在。日本の漫画(特に薄い本)が好き。比較的バカ。
Brou
─ ─
死亡。
Dan
Dancheko Lackevich Yellow 男 成年
黒い肌に黒い目に黄色い瞳が特徴。「ボス」や「ダン」と呼ばれる。普段は温厚だが、本性は気が荒く、すぐ発砲する。豪華で派手なものが好き。レガをYHEに引き取った。レガの事務所のことが気に入らない。「私の愛しい子」 「ボスの言うことも聞けないのかね?」 「我が組織の方針は"掌握"」
──
─ ─
BITER(Blue In Tied Roses)をレガと組んでいる。「ダーリン」「ハニー」と呼び合う。「レガ」の名を知っている。YHEとは無関係だが、レガに関する詳しさにおいて勝っているかもしれない。Twitter
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gaiti39 · 7 years ago
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#瞳の黄金比率の日 2018/11/24 #大阪撮影会 #ワクワクが止まらない #雨宮留菜 (ノ`∀´)ノ ))))))●~* #瞳の中の撮影者 #写真好きな人と繋がりたい #脱ぎかわいい #大聖母 #kawaii #1日1upるなしゅん #オッパイを見るとストレスが減るらしい #るなしゅんを見るとストレスが減るらしい https://www.instagram.com/p/Bq0-RHflQM-/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=1lnv6l8c988d2
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2ttf · 13 years ago
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Latin//Alphabet// ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZabcdefghijklmnopqrstuvwxyz0123456789 !"“”#$%&'‘’()*+,-./:;<=>?@[\]^_`{|}~ Latin//Accent// ¡¢£€¤¥¦§¨©ª«¬®¯°±²³´µ¶·¸¹º»¼½¾¿ÀÁÂÃÄÅÆÇÈÉÊËÌÍÎÏÐÑÒÓÔÕÖרÙÚÛÜÝÞßàáâãäåæçèéêëìíîïðñòóôõö÷øùúûüýþÿ Latin//Extension 1// ĀāĂ㥹ĆćĈĉĊċČčĎďĐđĒēĔĕĖėĘęĚěĜĝĞğĠġĢģĤĥĦħĨĩĪīĬĭĮįİıIJijĴĵĶķĸĹĺĻļĽľĿŀŁłŃńŅņŇňʼnŊŋŌōŎŏŐőŒœŔŕŖŗŘřŚśŜŝŞşŠšŢţŤťŦŧŨ��ŪūŬŭŮůŰűŲųŴŵŶŷŸŹźŻżŽžſfffiflffifflſtst Latin//Extension 2// ƀƁƂƃƄƅƆƇƈƉƊƋƌƍƎƏƐƑƒƓƔƕƖƗƘƙƚƛƜƝƞƟƠơƢƣƤƥƦƧƨƩƪƫƬƭƮƯưƱƲƳƴƵƶƷƸƹƺƻƼƽƾƿǀǁǂǃDŽDždžLJLjljNJNjnjǍǎǏǐǑǒǓǔǕǖǗǘǙǚǛǜǝǞǟǠǡǢǣǤǥǦǧǨǩǪǫǬǭǮǯǰDZDzdzǴǵǶǷǸǹǺǻǼǽǾǿ Symbols//Web// –—‚„†‡‰‹›•…′″‾⁄℘ℑℜ™ℵ←↑→↓↔↵⇐⇑⇒⇓⇔∀∂∃∅∇∈∉∋∏∑−∗√∝∞∠∧∨∩∪∫∴∼≅≈≠≡≤≥⊂⊃⊄⊆⊇⊕⊗⊥⋅⌈⌉⌊⌋〈〉◊♠♣♥♦ Symbols//Dingbat// ✁✂✃✄✆✇✈✉✌✍✎✏✐✑✒✓✔✕✖✗✘✙✚✛✜✝✞✟✠✡✢✣✤✥✦✧✩✪✫✬✭✮✯✰✱✲✳✴✵✶✷✸✹✺✻✼✽✾✿❀❁❂❃❄❅❆❇❈❉❊❋❍❏❐❑❒❖❘❙❚❛❜❝❞❡❢❣❤❥❦❧❨❩❪❫❬❭❮❯❰❱❲❳❴❵❶❷❸❹❺❻❼❽❾❿➀➁➂➃➄➅➆➇➈➉➊➋➌➍➎➏➐➑➒➓➔➘➙➚➛➜➝➞➟➠➡➢➣➤➥➦➧➨➩➪➫➬➭➮➯➱➲➳➴➵➶➷➸➹➺➻➼➽➾ Japanese//かな// あいうえおかがきぎくぐけげこごさざしじすずせぜそぞただちぢつづてでとどなにぬねのはばぱひびぴふぶぷへべぺほぼぽまみむめもやゆよらりるれろわゐゑをんぁぃぅぇぉっゃゅょゎゔ゛゜ゝゞアイウエオカガキギクグケゲコゴサザシジスズセゼソゾタダチヂツヅテデトドナニヌネノハバパヒビピフブプヘベペホボポマミムメモヤユヨラリルレロワヰヱヲンァィゥェォッャュョヮヴヵヶヷヸヹヺヽヾ Japanese//小学一年// 一右雨円王音下火花貝学気九休玉金空月犬見五口校左三山子四糸字耳七車手十出女小上森人水正生青夕石赤千川先早草足村大男竹中虫町天田土二日入年白八百文木本名目立力林六 Japanese//小学二年// 引羽雲園遠何科夏家歌画回会海絵外角楽活間丸岩顔汽記帰弓牛魚京強教近兄形計元言原戸古午後語工公広交光考行高黄合谷国黒今才細作算止市矢姉思紙寺自時室社弱首秋週春書少場色食心新親図数西声星晴切雪船線前組走多太体台地池知茶昼長鳥朝直通弟店点電刀冬当東答頭同道読内南肉馬売買麦半番父風分聞米歩母方北毎妹万明鳴毛門夜野友用曜来里理話 Japanese//小学三年// 悪安暗医委意育員院飲運泳駅央横屋温化荷開界階寒感漢館岸起期客究急級宮球去橋業曲局銀区苦具君係軽血決研県庫湖向幸港号根祭皿仕死使始指歯詩次事持式実写者主守取酒受州拾終習集住重宿所暑助昭消商章勝乗植申身神真深進世整昔全相送想息速族他打対待代第題炭短談着注柱丁帳調追定庭笛鉄転都度投豆島湯登等動童農波配倍箱畑発反坂板皮悲美鼻筆氷表秒病品負部服福物平返勉放味命面問役薬由油有遊予羊洋葉陽様落流旅両緑礼列練路和 Japanese//小学四年// 愛案以衣位囲胃印英栄塩億加果貨課芽改械害街各覚完官管関観願希季紀喜旗器機議求泣救給挙漁共協鏡競極訓軍郡径型景芸欠結建健験固功好候航康告差菜最材昨札刷殺察参産散残士氏史司試児治辞失借種周祝順初松笑唱焼象照賞臣信成省清静席積折節説浅戦選然争倉巣束側続卒孫帯隊達単置仲貯兆腸低底停的典伝徒努灯堂働特得毒熱念敗梅博飯飛費必票標不夫付府副粉兵別辺変便包法望牧末満未脈民無約勇要養浴利陸良料量輪類令冷例歴連老労録 Japanese//小学五〜六年// 圧移因永営衛易益液演応往桜恩可仮価河過賀快解格確額刊幹���眼基寄規技義逆久旧居許境均禁句群経潔件券険検限現減故個護効厚耕鉱構興講混査再災妻採際在財罪雑酸賛支志枝師資飼示似識質舎謝授修述術準序招承証条状常情織職制性政勢精製税責績接設舌絶銭祖素総造像増則測属率損退貸態団断築張提程適敵統銅導徳独任燃能破犯判版比肥非備俵評貧布婦富武復複仏編弁保墓報豊防貿暴務夢迷綿輸余預容略留領異遺域宇映延沿我灰拡革閣割株干巻看簡危机貴揮疑吸供胸郷勤筋系敬警劇激穴絹権憲源厳己呼誤后孝皇紅降鋼刻穀骨困砂座済裁策冊蚕至私姿視詞誌磁射捨尺若樹収宗就衆従縦縮熟純処署諸除将傷障城蒸針仁垂推寸盛聖誠宣専泉洗染善奏窓創装層操蔵臓存尊宅担探誕段暖値宙忠著庁頂潮賃痛展討党糖届難乳認納脳派拝背肺俳班晩否批秘腹奮並陛閉片補暮宝訪亡忘棒枚幕密盟模訳郵優幼欲翌乱卵覧裏律臨朗論 Japanese//中学// 亜哀挨曖扱宛嵐依威為畏尉萎偉椅彙違維慰緯壱逸芋咽姻淫陰隠韻唄鬱畝浦詠影鋭疫悦越謁閲炎怨宴援煙猿鉛縁艶汚凹押旺欧殴翁奥憶臆虞乙俺卸穏佳苛架華菓渦嫁暇禍靴寡箇稼蚊牙瓦雅餓介戒怪拐悔皆塊楷潰壊懐諧劾崖涯慨蓋該概骸垣柿核殻郭較隔獲嚇穫岳顎掛括喝渇葛滑褐轄且釜鎌刈甘汗缶肝冠陥乾勘患貫喚堪換敢棺款閑勧寛歓監緩憾還環韓艦鑑含玩頑企伎忌奇祈軌既飢鬼亀幾棋棄毀畿輝騎宜偽欺儀戯擬犠菊吉喫詰却脚虐及丘朽臼糾嗅窮巨拒拠虚距御凶叫狂享況峡挟狭恐恭脅矯響驚仰暁凝巾斤菌琴僅緊錦謹襟吟駆惧愚偶遇隅串屈掘窟繰勲薫刑茎契恵啓掲渓蛍傾携継詣慶憬稽憩鶏迎鯨隙撃桁傑肩倹兼剣拳軒圏堅嫌献遣賢謙鍵繭顕懸幻��弦舷股虎孤弧枯雇誇鼓錮顧互呉娯悟碁勾孔巧甲江坑抗攻更拘肯侯恒洪荒郊貢控梗喉慌硬絞項溝綱酵稿衡購乞拷剛傲豪克酷獄駒込頃昆恨婚痕紺魂墾懇沙唆詐鎖挫采砕宰栽彩斎債催塞歳載剤削柵索酢搾錯咲刹拶撮擦桟惨傘斬暫旨伺刺祉肢施恣脂紫嗣雌摯賜諮侍慈餌璽軸叱疾執湿嫉漆芝赦斜煮遮邪蛇酌釈爵寂朱狩殊珠腫趣寿呪需儒囚舟秀臭袖羞愁酬醜蹴襲汁充柔渋銃獣叔淑粛塾俊瞬旬巡盾准殉循潤遵庶緒如叙徐升召匠床抄肖尚昇沼宵症祥称渉紹訟掌晶焦硝粧詔奨詳彰憧衝償礁鐘丈冗浄剰畳壌嬢錠譲醸拭殖飾触嘱辱尻伸芯辛侵津唇娠振浸紳診寝慎審震薪刃尽迅甚陣尋腎須吹炊帥粋衰酔遂睡穂随髄枢崇据杉裾瀬是姓征斉牲凄逝婿誓請醒斥析脊隻惜戚跡籍拙窃摂仙占扇栓旋煎羨腺詮践箋潜遷薦繊鮮禅漸膳繕狙阻租措粗疎訴塑遡礎双壮荘捜挿桑掃曹曽爽喪痩葬僧遭槽踪燥霜騒藻憎贈即促捉俗賊遜汰妥唾堕惰駄耐怠胎泰堆袋逮替滞戴滝択沢卓拓託濯諾濁但脱奪棚誰丹旦胆淡嘆端綻鍛弾壇恥致遅痴稚緻畜逐蓄秩窒嫡抽衷酎鋳駐弔挑彫眺釣貼超跳徴嘲澄聴懲勅捗沈珍朕陳鎮椎墜塚漬坪爪鶴呈廷抵邸亭貞帝訂逓偵堤艇締諦泥摘滴溺迭哲徹撤添塡殿斗吐妬途渡塗賭奴怒到逃倒凍唐桃透悼盗陶塔搭棟痘筒稲踏謄藤闘騰洞胴瞳峠匿督篤凸突屯豚頓貪鈍曇丼那謎鍋軟尼弐匂虹尿妊忍寧捻粘悩濃把覇婆罵杯排廃輩培陪媒賠伯拍泊迫剝舶薄漠縛爆箸肌鉢髪伐抜罰閥氾帆汎伴畔般販斑搬煩頒範繁藩蛮盤妃彼披卑疲被扉碑罷避尾眉微膝肘匹泌姫漂苗描猫浜賓頻敏瓶扶怖附訃赴浮符普腐敷膚賦譜侮舞封伏幅覆払沸紛雰噴墳憤丙併��塀幣弊蔽餅壁璧癖蔑偏遍哺捕舗募慕簿芳邦奉抱泡胞俸倣峰砲崩蜂飽褒縫乏忙坊妨房肪某冒剖紡傍帽貌膨謀頰朴睦僕墨撲没勃堀奔翻凡盆麻摩磨魔昧埋膜枕又抹慢漫魅岬蜜妙眠矛霧娘冥銘滅免麺茂妄盲耗猛網黙紋冶弥厄躍闇喩愉諭癒唯幽悠湧猶裕雄誘憂融与誉妖庸揚揺溶腰瘍踊窯擁謡抑沃翼拉裸羅雷頼絡酪辣濫藍欄吏痢履璃離慄柳竜粒隆硫侶虜慮了涼猟陵僚寮療瞭糧厘倫隣瑠涙累塁励戻鈴零霊隷齢麗暦劣烈裂恋廉錬呂炉賂露弄郎浪廊楼漏籠麓賄脇惑枠湾腕 Japanese//記号//  ・ー~、。〃〄々〆〇〈〉《》「」『』【】〒〓〔〕���〗〘〙〜〝〞〟〠〡〢〣〤〥〦〧〨〩〰〳〴〵〶 Greek & Coptic//Standard// ʹ͵ͺͻͼͽ;΄΅Ά·ΈΉΊΌΎΏΐΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩΪΫάέήίΰαβγδεζηθικλμνξοπρςστυφχψωϊϋόύώϐϑϒϓϔϕϖϚϜϞϠϢϣϤϥϦϧϨϩϪϫϬϭϮϯϰϱϲϳϴϵ϶ϷϸϹϺϻϼϽϾϿ Cyrillic//Standard// ЀЁЂЃЄЅІЇЈЉЊЋЌЍЎЏАБВГДЕЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдежзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюяѐёђѓєѕіїјљњћќѝўџѢѣѤѥѦѧѨѩѪѫѬѭѰѱѲѳѴѵѶѷѸѹҌҍҐґҒғҖҗҘҙҚқҜҝҠҡҢңҤҥҪҫҬҭҮүҰұҲҳҴҵҶҷҸҹҺһҼҽҾҿӀӁӂӇӈӏӐӑӒӓӔӕӖӗӘәӚӛӜӝӞӟӠӡӢӣӤӥӦӧӨөӪӫӬӭӮӯӰӱӲӳӴӵӶӷӸӹӾӿ Thai//Standard// กขฃคฅฆงจฉชซฌญฎฏฐฑฒณดตถทธนบปผฝพฟภมยรฤลฦวศษสหฬอฮฯะัาำิีึืฺุู฿เแโใไๅๆ็่้๊๋์ํ๎๏๐๑๒๓๔๕๖๗๘๙๚๛
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yuatari · 5 years ago
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水の底から私を引き上げて
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こんな意識がずっとあった。
『私はどこかで生まれ変わらないといけない』
 今のままではいけない。
このままでいいはずがない。
どこかで私は変化を手にしなくてはならない―そんな曖昧で輪郭のない欲求。どこかとは何処だろうか。いつのことだろうか。私のもとへやって来るものなのか、それとも私からそこへと向かうのか。
わからないまま、わかろうともしないまま。
 弱く価値のない自分の殻を脱ぎ捨て、もっと素晴らしい自分を想像しながら今日も眠りにつく。次に目を開けたとき、まるで違う自分へと羽化することを願って。
 そんな希望のような自死。
 でも翌朝になってもそこにいるのは紛れもない私。
 朝日に苛まれない日はなかった。
 だから私は決意した。
私の半身から自立することを。
私の人生の半分を占めるものから離れてしまえば、 きっと生まれ変わる他ない。
そうすることが一番良いのだ。
私にとっても、私の半身にとっても。
 だけど。
  今日も誰も来ない塔の中で二人きり。
 じっとりとした感触。
 手に汗をかいていたのはいつからだろう。
 今日ここの扉に手をかけた瞬間だろうか。
 いつものように向かい合わせで座った瞬間だろうか。
 それとも、あの日の決断からずっとかもしれない。
「ヒカリ」
 声をかけ、勉強していた彼女の手を奪う。
 その手の中から零れ落ちていったもの。塗装が剥げ、白色が見え隠れした紺のシャーペンがノートの上を転がるのを見て、浮かされた熱が少しだけ冷めていった。
中学一年生の誕生日に私があげたもの。今でも使っているのかという呆れと、そんなことを覚えている自分に嫌気が差す。
 ヒカリが私を見る。
 どうしたのと、声は出さず私の瞳を覗いて��る。
 昔からの癖。
困ったことがあると何も言わずに私を見つめる。
 魚みたい。
顔がとかではなくて。
 呼吸をしていないんじゃないかと思うくらい喋らない。
 昔はそれが心地良かった。
 言葉を使わなくていいことに安心した。
 言葉を用いなくても通じ合えることが嬉しかった。
 傷つかないで済むから。
 でも今はただ息苦しい。
 そこはまるで水の底のよう。
 息が詰まって、なにかにつかまりたくなる。
「……少しだけ、手握っていてもいい?」
 幼い頃から胸に巣食う重いかたまり。
それが彼女の手に触れるとさらさらと少し軽くなる。
 ……ああ、私は弱い。
 昔と寸分変わらぬ弱さでここにいる。
 そして目の前の彼女もまた、昔と変わらず決してノーとは言わない。
  2
  ◆
   人混みのない都心の駅を歩きたい。
 広い横断歩道を一人で渡りたい。
 車のない高速道路を一人で散歩したい。
 真夏の学校のプールを一人で泳ぎたい。
 これは仮に私が将来とてつもない金持ちになり、広い家を持ったり、ヒカリ駅を建てたり、ヒカリ専用の高速道路を作ったり、自宅に広いプールを設置したとしても得られるものではない。
 見慣れた風景の中に私しかいないこと。
私という存在が埋もれないこと。
 その快感に酔いしれたいのだ。
 冷たい石の床が夏の陽射しで沸騰した身体によく効く。
まだ時間があるからと寝ころんで何分経つだろう。既に遅れてしまっている可能性は高い。でも少し遅れるぶんにはいい。そこまできっちりした約束ではないから。
 それよりもこの場を見られる方が問題だ。
 スイはこういったことを嫌うから。
『汚いよ』
 無数の生徒の上履きで踏みつぶされた廊下で寝ころぶなんて行為は。
 でも今は夏休み。生徒はほとんどいない。
清掃業者が定期的に入っているのだからスイの想像よりは綺麗だろう。たぶん、私の想像よりは汚いだろうけれど。
 爽快だった。
 こういう時に使う言葉だったっけとも思うけれど直感的に浮かんだ言葉はこれで。なにかを達成するでもなく、何もないことで爽快になるとは。
 本当になにもない。
誰もいない。
床に耳を当てると建物の鼓動が聞こえる。
本当は私の心臓の反響だとしても。
音が床に沈んでいく。
広い廊下で寝ても文句を言う人間がいない。
一度は想像したことがある非日常の憧憬。
人の溢れる商店街、交差点、駅、電車、学校から自分以外の人が消えること。
あまりにクリアな自己完結した世界。
 誰に左右されるでもなく、始まりも���わりも私が決めていい。
音を作り出すのは私で、それを消すのも私だけ。
静かで、本当に静かで。
  ―物静かだね
 私は口で呼吸をしない。
 私は特別に言葉を持たない。
 うまく表現ができないから。
 それに喋らないことが息苦しくない。
 三人で集まって、私以外の二人が楽しく喋っているのを見ているだけで十分楽しい。
 他人が嫌いなんじゃない。
 むしろ好き。
 だから誰かに誘われれば賑やかな場所にも行く。
 だけど喋らないから「つまんない子」だって最後にはグループから外されてしまう。
 悲しいとは思わない。
 ほんとうにね。
 そういうものだし、群れに馴染めなくて一人になるのは自然の摂理のようで納得感がある。
 やっぱりそうだよねで大体済んできた。
 でも悲しくないのは、唯一の例外を知っていたからかもしれない。
 小さい頃はずっと不思議だった。なんで他の子とはうまくいかないんだろうって。反対に、
『なんでスイちゃんとは仲良くできてるんだろう』
 ……ああ、そうだったね。
スイのところへ行かなくてはいけないんだった。
立ち上がるも足元がフラついた。立ちくらみだ。
身体を冷やし過ぎたか、急に立ち上がったせいか、どちらでもいいけど視界に白い靄がかかり―小さな手がこちらに伸びてくる幻想を見た。
幼い誰かの手。小さい頃はその手に引かれ、助けられてきた。
昨日のことを思い出して、手のひらを見つめる。
『……少しだけ、手握っていてもいい?』
 そこはいつも通りの自分の手があった。
 痕なんて付いていないのに。
 しんとしたスイの指の感触が骨の芯まで残っている。
  ◆
   ヒカリという名前はどうなのだろう。
漢字にすると『え、そこ?』みたいな当て字だし、その意味するところもマイペースでぼんやりした私からはかけ離れている。
 対照的にスイという名前があまりに似合ってしまっている子もいる。
夏でも陽に焼けず、白い腕から覗く薄青い静脈はぞくりとさせるくらい綺麗に透き通っている。
抑えたような低い声は耳に馴染む。容姿だって綺麗で温度が低い。少し近づき難いほどに。
三階の化学準備室の扉を開けると、おおよそ涼しいとは言い切れず、しかし無いよりはマシといった程度の風が流れ込んでくる。
スイが先に着いているようだ。もっとも私がスイより先に着いていた試しはない。
 時間に律儀。
準備だって万端で。
化学室の黄ばんだ長机にチェック柄のテーブルクロスがかけられ、その上にはノートに参考書、筆記用具と小さい花柄のポットが置かれている。ポットの中身はいつもの、スイが持参したアールグレイだろう。
準備室という粗雑な場所のはずがスイの趣味と美意識により随分と優雅だ。
ここまで快適な空間にしてくれたのであれば、もう少し空調を効かせてくれてもいいのだけど。
かつては二十八度。スイがいない間に温度を下げるという無言の抗議を何度か繰り返した結果、今は二十七度に落ち着いている。
スイの言い分は。
『だって冷えるじゃない』
嫌いな食べ物はアイス。
徹底ぶりは昔から変わってない。
 本当に小さい頃から。同じ日に同じ病院で生まれたらしい。母親同士が入院中に仲良くなり、家も近かったから退院後も家族ぐるみで親しくなった。
 しっかり者のスイにいつも世話を焼かれてきた。
私は昔からずっとマイペースで大きな決断など一度もしたことがない。いつだって、ぼんやりと気ままだ。
「おはよう、ヒカリ」
 準備室の入り口でボーっと立っている私にスイが声をかけてくる。
 うんと頷く。
既に席についているスイに倣って私も席につくと鞄から勉強道具を取り出す。外は良い天気で、室内にいる私たちをさんさんとした太陽が嘲笑うようだ。
 机を挟んで向き合うものの私たちの空間に言葉はない。
 ノートの上を走るペンの音だけが響く。
 かりかりと。
 さらさらと。
 それもフル回転させた脳の前では無に等しい。
 それよりも時折、意識を乱すのは視界に入ってくる彼女の姿。
 いつだって氷のように憂鬱そうで。
 それなのに触れてしまえば簡単に砕けてしまいそうな線の細さ。
 ペンを弄ぶ細長く白い指先の温度を私は知っている。
 八月の夏休み。
 プールにも旅行にも花火大会にも目もくれず、学校へと通う。
登校の義務はもちろんない。
にも関わらず電車を乗り継ぎ、ローカル線の駅を降り、バスで畑をいくつか通り過ぎたところにある学校にまで来ている。
普通であればそれなりの理由を必要とする。
『夏休みは学校で受験勉強をするわ』
 それだけ。
 スイのその一言だけで夏休みも毎日登校している。
 朝早くに起きて炎天下を歩いていく。
 進学校の中でも特に部活に力を入れていない高校だ。定期を更新してまで学校に来ているのは私たちくらいだろう。
 スイの家も遠くない。ただ勉強をするのであれば互いの家に行く方が効率は良い。
 それでも。
 そういう非効率な選択肢を私たちは選んだ。
 二人の方が集中できるとか、勉強が捗るとか、お互いに見張り合ってサボらなくなるとか、そういう理由付けは一切なかった。
ただ選んだんだ。
 他に生徒はいない。
 周囲も山と畑ばかりで音はない。
 音を作り出すのは私とスイだけ。
 水のように澄んでいる、私とスイの世界。
 延々と時間が消費され、時間が積もり重なっていく。
 幼い頃からのスイとの時間は途方もなく、当たり前になっている。これ以上��積み重ねがなにを生むのかは私にもわからない。
 だけど。
 帰りのバスを待っていると心地の良い感触につい目を向けてしまう。
スイが私の右手を握っていた。
 日が暮れても夕陽が私たちを熱くし、それだけに右手の冷たい肌触りが目立って仕方なく、彼女が昔から今の今まで確かに隣にいることを実感する。
 音なんかなくても。
 声なんかなくても。
 呼吸なんかなくても。
 言葉なんかなくても。
  私はここにいる。
           3
  ◆
   朝日が昇る頃。
 またダメでしたと呟いた。
  朝八時を迎える前。
 足元が幽霊のようにおぼつかない。
 自分がどこに立っているのかわからなくなる。
 不安と迷いから生まれる私の揺らぎ。
それは価値観や思考の揺らぎに等しく、個人の存在が不安定なことに等しい。
 だから階段を登っている瞬間だけは足取りが確かで私という存在がどこにも埋もれない。
 三本の円形の塔があった。
それが三角形の点となり建ち並ぶ姿は三年間通い続けても慣れはしなかった。
白色の石造りの塔。
煩わしい装飾がない私たちの高校。
まわりが畑と山だらけなので非常に浮いている。どこかファンタジーで学び舎としての趣味が良いとは言えず、石造りの床もデザインだけ見れば素敵でも冬には馬鹿らしいほどに冷え込むから好きになれない。
 唯一好きになれたのは螺旋階段。全ての塔は中央が吹き抜けで巨大な螺旋状の階段になっている。
 一階から五階の特殊教室に向かう際は生徒たちも不満をこぼす。景色が変わらず、延々と登っているような錯覚に陥るからだ。
 でもそれは余計な情報が少ないということで考え事にはうってつけ。
見上げれば透き通る青空が私を見ている。高さというのは平面に比べて一歩一歩の実感が大きいもの。
だから一段登るごとに私の中の揺らぎが薄れていく。
 この螺旋階段が空まで続いていればどんなに良かっただろうか―そんな永遠を願うほどに。
 朝八時ちょうど。
 三階の化学準備室に到着すると荷物を置き、窓を開けて掃除に取りかかる。
 最初こそ埃と雑然さしかなかったこの場所も不要な段ボールの処分や備品の整理をして随分とマシになった。
 夏休み半ばにしてほぼ理想形となった。
 それも夏休みが終わってしまえば水泡となる。この準備室の使用だって許可もなにもあったものではない。
 登校にしたってそうだ。義務がないということは  「やる必要がない」ことで余計なことになる。
 良いか悪いかで言うと灰色。
 私物のお茶まで持ち込んで、勝手に火器も使用して、灰色どころか黒と言っても差し支えない。
 そんなリスクと期限のある空間でも私は理想を求めた。
 昔からの癖。
 私の理想の場所を作り上げる。
 凝り性だとかそういう可愛いものではない。
 私の思い描く理想を作り上げられる実行力は、しかし私の思い描く理想が他人の理想ではないという点で明確な悪癖となる。
 それでも私は我を通してきた。
 そうやって理想を作り続けてきた。
 昔から、ずっと。
 
 朝十時前。
一向に現れないヒカリを探しに行ったわけではないけれど、気晴らしに螺旋階段を登っていたら落し物を発見した。
 五階まで上がった時だった。
廊下で倒れる人の姿があったので近づいてみるとヒカリが仰向けで目を閉じていた。
 屈みこんでヒカリを観察する。
 外傷なし。
 衣服の乱れなし。
 呼吸よし。
 結果、事件性なし。
『ヒカリちゃん、なにしてるの?』
 駐車場のアスファルトの上。
 幼い頃、少し目を離したらヒカリが地面に横になっていることが何度かあった。
 私の問いに答えることはなく、ヒカリは注意されても止めなかった。ただ、こちらを見て微笑むだけで。
 その時に見せる笑みはいつも可愛かった。
 五階でやっていた理由はなんだろう。
今日はたまたま五階だったのか、あるいは私に見つからないためか。
 馬鹿ね。好きにすればいいのに。
  ―そうさせているのは誰?
  久しぶりに、戯れたくなった。
 乱れた前髪に触れると懐かしい匂いがした。
 温かくて甘い、ソープの香り。
 触発され、頬に指が触れる。
 一本から二本へと触れる指が増える。
 添える手はやがて片手から両手へ。
 長いまつ毛を見つめる。五秒、十秒と時を止めて、深呼吸をすると額に口づけをした。柔らかい肌の感触が唇をビリビリと伝わり、身体と脳が震える。
 今この一時だけは全てを忘れられる。
 それでもヒカリは起きない。
 いつからここにいるのだろう。
 私は時間に対して余裕を持つ。
 ヒカリは余裕を持って時間を使う。
とてもヒカリらしい。
 私はいち早く準備室に行ってしまうから。
 少しでも多くの時間を理想の場所でヒカリと一緒に過ごしたいから。
 そんな気持ちに応えないヒカリのマイペースさに沈んだりはしない。
 ……わかっている。
ヒカリにはヒカリの時間がもっと必要なことを。
 それでも側にいたくて。
 意味のない問いかけだと知りながら。
「……ヒカリ、いいよね?」
 貴女は決してノーとは言わない。
 寝ていても、覚めていても。
 今も、昔も、これからも。
 ヒカリの隣に寝そべった。
 逆さまの視界。
重力が反転し、私とヒカリが天井を歩くところを想像する。二人して地上を目指して螺旋階段を登っていくところを。
なかなかに愉快な光景で、想像していくうちに意識は遠い彼方へと運ばれていった。
 それは床の冷たさと相まって水面に浮かぶようで。
 夢に落ちる間際、溺れてしまわぬよう私はその手をつかんだ。
  ◆
   夢を見た。
 急に世界の重力が反転して私とスイは逆さまになる。二人で天井に座りこんで窓の外を見ると空へと吸い込まれていく無数の人の姿を見る。それは残酷なようで、でも流星のような瞬きで美しかった。
 それから二人で螺旋階段を登る。しかし地上に出るも逆さまなので家に帰るのが困難だった。
 私は家に帰りたかった。それは怖いからとか、家が心配だからとかではなく、見たいテレビがあったのだ。夢だし、まぁそんなものだと思う。
 やがてスイが言う。
「この塔で暮らしましょう」
 いつもの化学準備室も逆さまで中はぐちゃぐちゃで、それもすぐにスイが綺麗にしてくれる。気がつけば景色だけ逆さまにいつもの机が、筆記用具と参考書が、スイが淹れてくれた紅茶が。
「時間はいくらでもあるし勉強しましょう」
 ���んだか悪くないなと思った。
 本当にここで暮らしていくことも。
 スイと一緒にいることは。
 夢のようで―しかし本当に夢で。
  目を開けると橙の光が眩しかった。
 時刻は体感、十六時くらいだろう。
 まだ夢の中だとも思った。
 隣でスイが寝ていたから。
 でも夢ではなかった。
 確かに繋がれた手の感触は現実のものだった。
 それがまた夢のようでもあった。
 身体を起こして、廊下で寝てしまったことも思い出す。ただその時はスイがいなかったはずだ。今日はまだ会話もしていない。つまりスイがこの状況にしたわけで―
 ぼりぼりと、わざとらしく頭をかく。
あたりを見回す、誰も来ないのを知っているのに。
 ……さて、どうしよう。
 めずらしく私に主導権がある。
 普段、主導権を握っているスイが寝ているのだから当然なのだけど、それだけスイが無防備になることがない証拠でもある。
 本当に無防備。
 つい寝顔を覗き込んでしまう。
 スイ、起きて。
 そう声が出かかったけれど―人差し指の第二関節でスイの頬に触れる。
  目にクマできてるね。
 意識して見ないから気づかなかったよ。
 スイと一緒に居るのが当たり前で。
 こんな間近で顔見ることもないからさ。
 顔も青白いし、手も冷たいよ。
 息してる?
 スイ、疲れてる?
 最近のスイ、少し変だよね。
 よく手繋いできたりさ。
 小さい頃みたいで嬉しくなるけど、不安にもなる。
 こんな廊下で寝っころがるのもそう。
 前なら……ううん。
 小さい頃からずっと、こんなことしなかったよ。
 スイはいつだって凛々しくて、綺麗で、私とは正反対。
 …………ええと。
 お腹すかない?
 私はすいちゃったよ。
 お昼食べてないからね。
 起きて欲しいけど、このまま寝てても欲しい。
 うん、寝てて欲しい。
ゆっくり、そのままで。
 ……なんか、ずっと一緒にいるね。
 でも、ずっと一緒にいるからこそ。
 気づかないこともあるんだね。
 スイは昔のままじゃない。
 私は昔のままの気しかしないよ。
 だから。
 ……だからなのかな。
 スイはさ―
 
 それらを何一つ、声に乗せて言葉にはしなかった。
 急に自分がとてつもなく酷い奴のように感じた。
 こんなにも言葉を抱えておきながら口にしない、相手に伝えようともしない。
 実際、私は「つまんない子」とかそういうレベルではなく、普通に酷い奴なんだろう。
 対話を致命的に放棄し、決定権は相手に委ねる。
 ��から、スイにも言われたんじゃないか。
 小さい頃からスイのお世話になって十六年が経つ。
 並みの恋人どころか夫婦よりもずっと付き合いが長い。
 ずっと親にも言われてきた。
『スイちゃんに頼ってばかりで、将来どうするの?』
 小さい頃はそれにいつも同じ返答をしたものだけど。
 もう長くは一緒にいられない。
 私は大きな決断など一度もしたことがない。
 ……全てスイに決めてもらっていたから。
 遊びに行く場所、趣味に、高校の進路。
 そして大学も。
 夏の始めにスイに言われたこと。
『大学は別々のところに行こう』
 それに対して私は、声を出して「うん、わかった」と頷くだけだった。
  ……でも。
 だけどね。
          4
  ◆
  『ヒカリのこと、よろしく頼むわね』
 みんなが褒めてくれる。
 ヒカリの面倒を見るだけで「頼りになる」「しっかりしている」と褒めたたえた。それを見てお母さんが誇らしげに笑みをこぼしたのを覚えている。
 ヒカリのことだって好きだった。
 ちょっとボンヤリしてて手はかかる。
 それでも私の後ろを健気について来る姿は愛おしく―ある日、気づいてしまった。
 私の意見を聞くこと。
 私と対立する人が現れたら私に付くこと。
いつだって貴女は私の言いなりだった。
彼女の性格や本質なんて二の次で私がヒカリを好きな理由は私に従順なところだった。
 小さい頃から面倒を見るという名目で彼女をコントロールしてきたことに自覚がないとは言えない。
 私の承認欲求のために、理想のために、ずっと騙されていること。
 そして貴女がいないともうダメになってしまう自分を見つけてしまったこと。
 私は一人で生きていくのが不安だ。
 私を必要としてくれる人がヒカリ以外にいるのか。
 いつまでも必要として欲しい。
 でも、それではいけない。いいわけがない。
 だから。
  この一ヵ月は、なんのための一ヵ月だったのだろう。
  夏休みも残り一週間を切った。
 相変わらずの受験勉強の日々の中でも変化があった。
 ヒカリの視線を感じることが増えた。
 気のせいではない頻度で目が合う。
 どうしたのと聞いても、ううんなんでもと言うように首を振るだけ。
 朝も九時前にヒカリがここに着くようになった。
 朝の支度まで一緒に手伝ってくれる。
 ヒカリが掃除をし、その間に私がお茶の準備をする。
嬉しかった。
幸せだった。
 二人で過ごす最後の夏だから。
 高校卒業を期に離れ離れになる。
 私は遠い大学へ、一人暮らしを決めていた。
 ……ヒカリ。
 人生の半分を占めていると言っても過言ではない私の愛おしい半身。
 貴女の人生をことごとく私に合わせてもらってきた。
 遊びに行く場所、趣味に、高校の進路だって。
 貴女に決断させないでここまで来てしまった。
 それももう終わり。
 離れ離れになるのは寂しい。
 でも、これは必要なことだから。
「スイちゃん」
久しぶりに聞いた声。
 ヒカリの甘くか細い声が耳を触る。
 愛らしくて、他の子には聞かせたくなかった。
 夕陽を背に帰りのバスを待っているとヒカリが私の手を握っていた。恥ずかしそうに、不安そうに、私を見る姿に予感が走る。私の手にも力が入って。
 そしてヒカリが言う。
 
「やっぱりスイちゃんと同じ大学に、行きたいな」
  ずっと冷えていた胸の中が熱くなる。
 それはずっと求めていた言葉だった。
 私だって本当は離れ離れになる決断なんてしたくない。
 ヒカリのことが好きだから、ずっと一緒にいたいと 思っている。
 だからヒカリさえ心の底から望んでくれればよかった。
 あの決断できないヒカリが、ここ一番の決断で私の側にいることを選ぶというのは。
 この夏の集大成に相応しく、感動的で。
   ―吐き気がするほどに私の思い通りだった。
 こんな意識がずっとあった。
『私はどこかで生まれ変わらないといけない』
 今のままではいけない。
このままでいいはずがない。
どこかで私は変化を手にしなくてはならない―そんな曖昧で輪郭のない欲求。どこかとは何処だろうか。いつのことだろうか。私のもとへやって来るものなのか、それとも私からそこへと向かうのか。
わからないまま、わかろうともしないまま。
 ……ついにここまで来てしまった。
 期待していなかったと、予感していなかったとは言わせない。
 離れ離れになることを告げながらも、邪魔の入らない場所で夏休み毎日一緒に会うようにし、手を繋いで私の存在を否応なしに意識させる。
そうやって情を植え付けて、私から離れがたくする。
離れたくないと私からは言わず、ヒカリに言わせる。
そうすることでヒカリはより私へ傾倒する。
私はヒカリと一緒に居ることを正当化できる。
『ヒカリが望むのだから仕方ない』
 これをコントロールしていないと誰に言えるのか。
 卑劣で、あまりに弱い。
 私はこんなことを望んでいなかったと思う心と裏腹に、『本当に起こってしまった』と恐怖した。
 これが私の本当は望んでいた光景。
 都合の良い、理想の光景。
 それを証明する一ヵ月だった。
             5
  ◆
   大した問題ではないのだ。
 人ひとりが心の中で抱えたものなんて。
  エアコンの二十八度とか二十七度とかって意味あったんだなって。無いよりマシなんてものじゃない、失ってから気づく涼しさ。真夏の室内のこもった空気がこんなにも最悪だったとは。
 うだるような暑さに萎える前に窓を開けて換気をし、準備室の掃除もほどほどに、我慢していた空調に手を伸ばす。遠慮なく二十五度に。
 涼しくなるまでは休憩だ。
 ギィと椅子を引いて座る。
 天井を見ると蛍光灯がぱちぱちと点滅していた。
 こういうのも取り替えていたんだろうか。取り替えていたんだろう、スイなら。
 雑然とした化学準備室。
 テーブルクロスがかけられた机はなくて、紅茶の香りもなくて、なにより彼女の姿がない。
全てが嘘だったように。
 なにもない。
 静かで、本当に静かで。
 本当に寂しい場所だった。
 それでも私はここにいた。
 別段、思い出らしい思い出もない。
 スイと過ごしたという場所でしかない。
 ただ宿題が終わっていなかっただけ。
 もう夏休み最終日だというのに。
 文章を書くだけなんだし、数日どころか数時間もあれば終わるだろうと思っていたそれは、いざ手をつけると想像以上に手強い代物だった。
 自分の気持ちを正確に文にする。
  頭の中にあるうちはあんなにも明白な形をしているのに現実に落とし込むと途端にズレが生じ、稚拙さが浮き彫りになる。
 それに嫌気が差してなにもしない時間も多くあった。
もう紙ヒコーキにして窓から飛ばしてしまおうかと思ったのも一度ではない。
 苦しくて、楽しくなくて、しんどくて、自分が嫌に  なって、それでも書く理由は―それでもなお、私にしかない伝えたいことがあるから。
  ……散々時間をかけた挙句、これかという気持ちはある。それでもこれが最善だと思うから、あとは自分を信じるだけ。
 終わった。
 これで本当に終わり。
 本当はもっと早く終わらせるはずだったけど、今と なってはどうでもいい。
 同時に夏の終わりだった。
 休みが明け、明日からは他の生徒もやって来ると思えば寂しくもなってくる。
 やれるだけのことはやろうと最後に廊下に寝っころがってみると相変わらず冷えた石の床は心地よく、両腕を広げて力を抜けば水面に浮かぶようだ。
でもかつてほどの爽快さはなかった。
見慣れた風景の中に私しかいないこと。
私という存在が埋もれないこと。
ただ、それだけ。
それもそうだ。誰かが見つけてくれる可能性がないそれは虚しいものでしかない。本当の孤独だ。
 だから幼い頃はどこだって良かった。
 どんな場所でも、どんな時間でも、貴女は。
『ヒカリちゃん、汚いよ、そんなところで』
 ……私はそれが嬉しかったんだ。
 そうやって私を見つけてくれて、手を差し伸べてくれる。私がどうしても起きない時は額に口づけをして優しく微笑んでくれる。
それだけで私は幸せだった。寂しくなくて、嬉しくて、他の子とうまく混ざり合えなくても平気だった。
 ほんとうに。
 ほんとうにね。
 貴女さえ、居てくれれば私はそれで―
  ◆
   帰り道。
 スイの家のポストに手紙を入れた。
 やってやった。
                                  6
  ◆
   ヒカリのことがどうしても嫌な時期がなかったわけではない。そんな時は他の子と遊ぶこともあった。
 それでもヒカリが校門で私を待っている姿を見ると。
『ごめん、先約があるから』
 ヒカリは私を見つけると子犬のように小さく駆け寄ってくる。
高校生にもなって校門で待つなんてやめてよ。
そう思わないでもない。 
足の遅いヒカリ。
走って置いていったらどうなるんだろう。
 その場で立ち尽くすのか、必死で追いかけるのか。
 ……でも私はそれを言いもしないし、やりもしない。
 きっと結果が見えてしまうから。
 内心では鬱陶しいと思いながらも本当に校門で待つことをやめたら、走って追いかけてくれなかったところを想像するだけで怖い。
 見たいけど見たくないもの。
 知りたいけど知りたくないもの。
 ヒカリはどこまで本気だろうって。
どこまで私に付いてきてくれるのだろうって。
どれほど私のことが好きなんだろうって。
貴女の本気を試してきた。
 『大学は別々のところに行こう』
 うんと頷かれたとき。
私は安堵しただろうか、それとも傷ついただろうか。
 『やっぱりスイちゃんと同じ大学に、行きたいな』
 そう言われたとき。
私は安堵しただろうか、それとも傷ついただろうか。
 
―その答えは全てヒカリの手紙に書いてあった。
 
正直、手紙を発見したときは嬉しさよりも恐ろしさが勝っていた。
 ヒカリは何を書いたのだろう。
 罵倒の言葉だろうか。
 決別の言葉だろうか。
 蔑みの言葉だろうか。
 おそるおそる開いた先に書いてあったものは。
 たったの一言だった。
 『私に本気になってください』
  明日、ヒカリに言う言葉が決まった。
                           7
  ◆
   溜まった水が溢れ出る。
 それぞれが思い思いの場所へと流れていく。
 水かさは減っていき、私が最後の一人になった。
 水の底が渇いた大地へと変わり、私自身の姿が世界から浮彫りなる。
 ……ちっぽけだ、広い世界から見た私なんて。
 だからこそ私は私のままでいいんだと思う。
 校門で人を待つ気分はこういうものなのか。手持ちぶさたで、かといって携帯を弄ったり、本を読んでいたりするのも「なんでわざわざそんなところで?」と自分で思ってしまう。
 人目が気になるのでヒカリはよくやっていたなと思う。
 いつも通る場所なのに放課後の校門からぞろぞろと溢れ出て行く生徒の姿は新鮮で、学校が一つの閉鎖空間だということを改めて認識する。
 ヒカリは職員室にいるらしい。
 進路のことで先生に相談だとか。
 夏休みが明けての進路変更。
 先生からすれば怪訝なことだろう。
 でもヒカリは気にしない。本気だからそんな小さいことには気にならないのだろう。
 私の言うことを聞くとか、聞かないとか。
 人をコントロールするだの、しないだの。
 そういう小さい話には。
「ヒカリ」
 つい見逃すところだった。校門を通り過ぎようとしたヒカリが私の声に気づいて戻ってくる。
 いつものぼんやりとした態度にも見える。
 全てを悟った超然とした姿にも見える。
 そういう子だった、昔から。
 言いたいことは私からも一言だけ。
 私としてはさらりと告げたつもりだったけど。
「……この先もずっと私の側にいて」
 ヒカリはふっと笑って言った。
「年貢の納め時だね」
「……生意気いうな」
 そうして彼女の背中をはたくと笑い声が漏れた。
 いっぱい話したいことがある。
 他愛のない話から大事な話まで。
 ヒカリの名前が好きなこと。
 貴女に合っていること。
 そのことを今日は話そう。
 
 ◆
   全ての人が幸せになる解答は難しい。
 表を選べば裏を選べなくなるように、誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。そういったシステムの上に成り立っている。
 そうした時に譲り合うのか、我を通すのか。
私は『気にしない』でいいんじゃないかと思う。
 どちらを選ぶにせよ、本気で選んだ以上は人の気持ちを介入させないでいい。本気が揺らいでしまうから。
私は十六年前から本気だった。
だから貴女が離れて欲しいと思えば離れるし、離れて欲しくないのを感じ取れば私は貴女から離れない。
それでも時折、振り回されるのは感じる。
だからこそ私がスイちゃんに望むことは一つ。
 結局はスイちゃんと同じ大学を目指してよくなったし、こうして仲直りもできた。
 でも一番大事なのは、あの一言。
『……この先もずっと私の側にいて』
 恥ずかしいからスイちゃんに完全な確認を取ったわけではないけれど、たぶん、いいんだよね。
 ……責任を、取ってくれるってことで。
 私の人生とスイちゃんの人生が今後も交わっていく。
 私が一番欲しかったもの。
幼い頃、そして昨日もお母さんに聞かれたこと。
『スイちゃんに頼ってばかりで、将来どうするの?』
 私はいつものようにこう答えた。
『そしたらスイちゃんと結婚する』
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mashiroyami · 6 years ago
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Page 112 : 変移
 育て屋に小さな稲妻の如く起こったポッポの死からおよそ一週間が経ち、粟立った動揺も薄らいできた頃。  アランは今の生活に慣れつつあった。表情は相変わらず堅かったが、乏しかった体力は少しずつ戻り、静かに息をするように過ごしている。漠然とした焦燥は鳴りをひそめ、ザナトアやポケモン達との時間を穏やかに生きていた。  エーフィはザナトアの助手と称しても過言ではなく、彼女に付きっきりでのびのびと暮らし、ふとした隙間を縫ってはブラッキーに駆け寄り何やら話しかけている。対するブラッキーは眠っている時間こそ長いが、時折アランやエーフィに連れられるように外の空気を吸い込んでは、微笑みを浮かべていた。誰にでも懐くフカマルはどこへでも走り回るが、ブラッキーには幾度も威嚇されている。しかしここ最近はブラッキーの方も慣れてきたのか諦めたのか、フカマルに連れ回される様子を見かける。以前リコリスで幼い子供に付きまとわれた頃と姿が重なる。気難しい性格ではあるが、どうにも彼にはそういった、不思議と慕われる性質があるようだった。  一大行事の秋期祭が催される前日。朝は生憎の天気であり、雨が山々を怠く濡らしていた。ラジオから流れてくる天気予報では、昼過ぎには止みやがて晴れ間が見えてくるとのことだが、晴天の吉日と指定された祭日直前としては重い雲行きであった。  薄手のレースカーテンを開けて露わになった窓硝子を、薄い雨水が這っている。透明に描かれる雨の紋様を部屋の中から、フカマルの指がなぞっている。その背後で荷物の準備を一通り終えたアランは、リビングの奥の廊下へと向かう。  木を水で濡らしたような深い色を湛えた廊下の壁には部屋からはみ出た棚が並び、現役時代の資料や本が整然と詰め込まれている。そのおかげで廊下は丁度人ひとり分��幅しかなく、アランとザナトアがすれ違う時にはアランが壁に背中を張り付けてできるだけ道を作り、ザナトアが通り過ぎるのを待つのが通例であった。  ザナトアの私室は廊下を左角に曲がった突き当たりにある。  扉を開けたままにした部屋を覗きこむと、赤紫の上品なスカーフを首に巻いて、灰色のゆったりとしたロングスカートにオフホワイトのシャツを合わせ――襟元を飾る小さなフリルが邪魔のない小洒落た雰囲気を醸し出している――シルク地のような軟らかな黒い生地の上着を羽織っていた。何度も洗って生地が薄くなり、いくつも糸がほつれても放っている普段着とは随分雰囲気が異なって、よそいきを意識している。その服で、小さなスーツケースに細かい荷物を詰めていた。 「服、良いですね」 「ん?」  声をかけられたザナトアは振り返り、顔を顰める。 「そんな世辞はいらないよ」 「お世辞じゃないですよ。スカーフ、似合ってます」  ザナトアは鼻を鳴らす。 「一応、ちゃんとした祭だからね」 「本番は、明日ですよ」 「解ってるさ。むしろ明日はこんなひらひらした服なんて着てられないよ」 「挨拶回りがあるんですっけ」 「そう。面倒臭いもんさね」  大きな溜息と共に、刺々しく呟く。ここ数日、ザナトアはその愚痴を繰り返しアランに零していた。野生ポケモンの保護に必要な経費を市税から貰っているため、定期的に現状や成果を報告する義務があり、役所へ向かい各資料を提出するだの議員に顔を見せるだの云々、そういったこまごまとした仕事が待っているのだという。仕方の無いことではあると理解しているが、気の重さも隠そうともせず、アランはいつも引き攣り気味に苦笑していた。  まあまあ、とアランは軽く宥めながら、ザナトアの傍に歩み寄る。 「荷造り、手伝いましょうか」 「いいよ。もう終わったところだ。後は閉めるだけ」 「閉めますよ」  言いながら、辛うじて抱え込めるような大きさのスーツケースに手をかけ、ファスナーを閉じる。 「あと持つ物はありますか」 「いや、それだけ。あとはリビングにあるリュックに、ポケモン達の飯やらが入ってる」 「分かりました」  持ち手を右手に、アランは鞄を持ち上げる。悪いねえ、と言いつつ、ザナトアが先行してリビングルームに戻っていくと、アランのポケモン達はソファの傍に並んで休んでおり、窓硝子で遊んでいたフカマルはエーフィと話し込んでいた。 「野生のポケモン達は、どうやって連れていくんですか?」  ここにいるポケモン達はモンスターボールに戻せば簡単に町に連れて行ける。しかし、レースに出場する予定のポケモン達は全員が野生であり、ボールという家が無い。 「あの子達は飛んでいくよ、当たり前だろ。こら、上等な服なんだからね、触るな」  おめかしをしたザナトアの洋服に興��津々といったように寄ってきたフカマルがすぐに手を引っ込める。なんにでも手を出したがる彼だが、その細かな鮫肌は彼の意図無しに容易に傷つけることもある。しゅんと項垂れる頭をザナトアは軽く撫でる。  アランとザナトアは後に丘の麓へやってくる往来のバスを使ってキリの中心地へと向かい、選手達は別行動で空路を使う。雨模様であるが、豪雨ならまだしも、しとしとと秋雨らしい勢いであればなんの問題も無いそうで、ヒノヤコマをはじめとする兄貴分が群れを引っ張る。彼等とザナトアの間にはモンスターボールとは違う信頼の糸で繋がっている。湖の傍で落ち合い、簡単にコースの確認をして慣らしてから本番の日を迎える。  出かけるまでにやんだらいいと二人で話していた雨だったが、雨脚が強くなることこそ無いが、やむ気配も無かった。バスの時間も近付いてくる頃には諦めの空気が漂い、おもむろにそれぞれ立ち上がった。 「そうだ」いよいよ出発するという直前に、ザナトアは声をあげた。「あんたに渡したいものがある」  目を瞬かせるアランの前で、ザナトアはリビングの端に鎮座している棚の引き出しから、薄い封筒を取り出した。  差し出されたアランは、緊張した面持ちで封筒を受け取った。白字ではあるが、中身はぼやけていて見えない。真顔で見つめられながら中を覗き込むと、紙幣の端が覗いた。確認してすぐにアランは顔を上げる。 「労働に対価がつくのは当然さね」 「こんなに貰えません」  僅かに狼狽えると、ザナトアは笑う。 「あんたとエーフィの労働に対しては妥当だと思うがね」 「そんなつもりじゃ……」 「貰えるもんは貰っときな。あたしはいつ心変わりするかわかんないよ」  アランは目線を足下に流す。二叉の尾を揺らす獣はゆったりとくつろいでいる。 「嫌なら返しなよ。老人は貧乏なのさ」  ザナトアは右手を差し出す。返すべきかアランは迷いを見せると、すぐに手は下ろされる。 「冗談だよ。それともなんだ、嬉しくないのか?」  少しだけアランは黙って、首を振った。 「嬉しいです」 「正直でいい」  くくっと含み笑いを漏らす。 「あんたは解りづらいね。町に下るんだから、ポケモン達に褒美でもなんでも買ってやったらいいさ。祭は出店もよく並んで、なに、楽しいものだよ」 「……はい」  アランは元の通り封をして、指先で強く封筒を握りしめた。  やまない雨の中、各傘を差し、アランは自分のボストンバッグとポケモン達の世話に必要な道具や餌を詰めたリュックを背負う。ザナトアのスーツケースはエーフィがサイコキネシスで運ぶが、出来る限り濡れないように器用にアランの傘の下で位置を保つ。殆ど手持ち無沙汰のザナトアは、ゆっくりとではあるが、使い込んだ脚で長い丘の階段を下っていく。  水たまりがあちこちに広がり、足下は滑りやすくなっていた。降りていく景色はいつもより灰色がかっており、晴れた日は太陽を照り返して高らかに黄金を放つ小麦畑も、今ばかりはくすんだ色を広げていた。  傘を少しずらして雨雲を仰げば、小さな群れが羽ばたき、横切ろうとしていた。  古い車内はいつも他に客がいないほど閑散たるものだが、この日ばかりは他に数人先客がいた。顔見知りなのだろう、ザナトアがぎこちなく挨拶している隣で、アランは隠れるように目を逸らし、そそくさと座席についた。  見慣れつつあった車窓からの景色に、アランの清閑な横顔が映る。仄暗い瞳はしんと外を眺め、黙り込んでいるうちに見えてきた湖面は、僅かに波が立ち、どこか淀んでいた。 「本当に晴れるんでしょうか」 「晴れるよ」  アランが呟くと、隣からザナトアは即答した。疑いようがないという確信に満ち足りていたが、どこか諦観を含んだ口調だった。 「あたしはずうっとこの町にいるけど、気持ち悪いほどに毎年、晴れるんだよ」  祭の本番は明日だが、数週間前から準備を整えていたキリでは、既に湖畔の自然公園にカラフルなマーケットが並び、食べ物や雑貨が売られていた。伝書ポッポらしき、脚に筒を巻き付けたポッポが雨の中忙しなく空を往来し、地上では傘を指した人々が浮き足だった様子で訪れている。とはいえ、店じまいしているものが殆どであり、閑散とした雰囲気も同時に漂っていた。明日になれば揃って店を出し、楽しむ客で辺りは一層賑わうことだろう。  レースのスタート地点である湖畔からそう遠くない区画にあらかじめ宿をとっていた。毎年使っているとザナトアが話すその宿は、他に馴染んで白壁をしているが、色味や看板の雰囲気は古びており、歴史を外装から物語っていた。受付で簡単な挨拶をする様子も熟れている。いつもより上品な格好をして、お出かけをしている時の声音で話す。ザナトアもザナトアで、この祭を楽しみにしているのかもしれなかった。  チェックインを済ませ、通された部屋に入る。  いつもと違う、丁寧にシーツの張られたベッド。二つ並んだベッドでザナトアは入り口から見て奥を、アランは手前を使うこととなった。 「あんたは、休んでおくかい?」  挨拶回りを控えているのだろうザナトアは、休憩もほどほどにさっさと出かけようとしていた。連れ出してきた若者の方が顔に疲労が滲んでいる。彼女はあのポッポの事件以来、毎晩を卵屋で過ごしていた。元々眠りが浅い日々が続いていたが、満足な休息をとれていなかったところに、山道を下るバスの激しい振動が堪えたようである。  言葉に甘えるように、力無くアランは頷いた。スペアキーを部屋に残し、ザナトアは雨中へと戻っていった。  アランは背中からベッドに沈み込む。日に焼けたようにくすんだ雰囲気はあるものの、清潔案のある壁紙が貼られた天井をしんと眺めているところに、違う音が傍で沈む。エーフィがベッド上に乗って、アランの視界を遮った。蒼白のままかすかに笑み、細い指でライラックの体毛をなぞる。一仕事を済ませた獣は、雨水を吸い込んですっかり濡れていた。 「ちょっと待って」  重い身体を起こし、使い古した薄いタオルを鞄から取り出してしなやかな身体を拭いてくなり、アランの手の動きに委ねる。一通り全身を満遍なく拭き終えたら、自然な順序のように二つのモンスターボールを出した。  アランの引き連れる三匹が勢揃いし、色の悪かったアランの頬に僅かに血色が戻る。  すっかり定位置となった膝元にアメモースがちょこんと座る。 「やっぱり、私達も、外、出ようか」  口元に浮かべるだけの笑みで提案すると、エーフィはいの一番に嬉々として頷いた。 「フカマルに似たね」  からかうように言うと、とうのエーフィは首を傾げた。アメモースはふわりふわりと触角を揺らし、ブラッキーは静かに目を閉じて身震いした。  後ろで小さく結った髪を結び直し、アランはポケモン達を引き連れて外へと出る。祭の前日とはいえ、雨模様。人通りは少ない。左腕でアメモースを抱え、右手で傘を持つ。折角つい先程丁寧に拭いたのに、エーフィはむしろ喜んで秋雨の中に躍り出た。強力な念力を操る才能に恵まれているが故に頼られるばかりだが、責務から解放され、謳歌するようにエーフィは笑った。対するブラッキーは夜に浮かぶ月のように平静な面持ちで、黙ってアランの傍に立つ。角張ったようなぎこちない動きで歩き始め、アランはじっと観察する視線をさりげなく寄越していたが、すぐになんでもなかったように滑らかに隆々と歩く。  宿は少し路地に入ったところを入り口としており、ゆるやかな坂を下り、白い壁の並ぶ石畳の道をまっすぐ進んで広い道に出れば、車の往来も目立つ。左に進めば駅を中心として賑やかな町並みとなり、右に進めば湖に面する。  少しだけ立ち止まったが、導かれるように揃って湖の方へと足先を向けた。  道すがら、祭に向けた最後の準備で玄関先に立つ人々とすれ違った。  建物の入り口にそれぞれかけられたランプから、きらきらと光を反射し雨風にゆれる長い金色の飾りが垂れている。金に限らず、白や赤、青に黄、透いた色まで、様々な顔ぶれである。よく見ればランプもそれぞれで意匠が異なり、角張ったカンテラ型のものもあるが、花をモチーフにした丸く柔らかなデザインも多い。花の種類もそれぞれであり、道を彩る花壇と合わせ、湿った雨中でも華やかであったが、ランプに各自ぶら下がる羽の装飾は雨に濡れて乱れたり縮こまったりしていた。豊作と  とはいえ、生憎の天候では外に出ている人もそう多くはない。白壁が並ぶ町を飾る様はさながらキャンバスに鮮やかな絵を描いているかのようだが、華やかな様���も、雨に包まれれば幾分褪せる。  不揃いな足並みで道を辿る先でのことだった。  雨音に満ちた町には少々不釣り合いに浮く、明るい子供の声がして、俯いていたアランの顔が上向き、立ち止まる。  浮き上がるような真っ赤なレインコートを着た、幼い男児が勢い良く深い水溜まりを踏みつけて、彼の背丈ほどまで飛沫があがった。驚くどころか一際大きな歓声があがって、楽しそうに何度も踏みつけている。拙いダンスをしているかのようだ。  アランが注目しているのは、はしゃぐ少年ではない。その後ろから彼を追いかけてきた、男性の方だ。少年に見覚えは無いが、男には既視感を抱いているだろう。数日前、町に下りてエクトルと密かに会った際に訪れた、喫茶店の店番をしていたアシザワだった。  たっぷりとした水溜まりで遊ぶ少年に、危ないだろ、と笑いながら近付いた。激しく跳びはねる飛沫など気にも留めない様子だ。少年はアシザワがやってくるとようやく興奮がやんだように動きを止めて破顔した。丁寧にコーヒーを淹れていた大きな手が少年に差し伸べられ、それより一回りも二回りも小さな幼い手と繋がった。アシザワの背後から、またアランにとっては初対面の女性がやってくる。優しく微笑む、ほっそりとした女性だった。赤毛のショートカットは、こざっぱりな印象を与える。雨が滴りてらてらと光るエナメル地の赤いフードの下で笑う少年も、同色のふんわりとした巻き毛をしている。  アランのいる場所からは少し距離が離れていて、彼等はアランに気付く気配が無かった。まるで気配を消すようにアランは静かに息をして、小さな家族が横切って角に消えるまでまじまじと見つめる。彼女から声をかけようとはしなかった。  束の間訪れた偶然が本当に消えていっただろう頃合いを見計らって、アランは再び歩き出した。疑問符を顔に浮かべて主を見上げていた獣達もすぐさま追いかける。  吸い込まれていった横道にアランはさりげなく視線を遣ったが、またどこかの道を曲がっていったのか、でこぼことした三人の背中も、あの甲高い声も、小さな幸福を慈しむ春のような空気も、まるごと消えていた。  薄い睫毛が下を向く。少年が踊っていた深い水溜まりに静かに踏み込んだ。目も眩むような小さな波紋が無限に瞬く水面で、いつのまにか既に薄汚れた靴に沿って水玉が跳んだ。躊躇無く踏み抜いていく。一切の雨水も沁みてはいかなかった。  道なりを進み、道路沿いに固められた堤防で止まり、濡れて汚れた白色のコンクリートに構わず、アランは手を乗せた。  波紋が幾重にも湖一面で弾け、風は弱いけれど僅かに波を作っていた。水は黒ずみ、雨で起こされた汚濁が水面までやってきている。  霧雨のような連続的な音。すぐ傍で傘の布地を叩く水音。 全てが水の中に埋もれていくような気配がする。 「……昔��」  ぽつり、とアランは言う。たもとに並ぶ従者、そして抱きかかえる仲間に向けてか、或いは独り言のように、話し始める。 「ウォルタにいた時、それも、まだずっと小さかった頃、強い土砂降りが降ったの。ウォルタは、海に面していて川がいくつも通った町だから、少し強い雨がしばらく降っただけでも増水して、洪水も起こって、道があっという間に浸水してしまうような町だった。水害と隣り合わせの町だったんだ。その日も、強い雨がずっと降っていた。あの夏はよく夕立が降ったし、ちょうど雨が続いていた頃だった。外がうるさくて、ちょっと怖かったけど、同時になんだかわくわくしてた。いつもと違う雨音に」  故郷を語るのは彼女にしては珍しい。  此度、キリに来てからは勿論、旅を振り返ってもそう多くは語ってこなかった。特に、彼女自身の思い出については。彼女は故郷を愛してはいるが、血生臭い衝撃が過去をまるごと上塗りするだけの暴力性を伴っており、ひとたびその悪夢に呑み込まれると、我慢ならずに身体は拒否反応を起こしていた。  エーフィは堤防に上がり、間近から主人の顔を見やる。表情は至って冷静で、濁る湖面から目を離そうとしない。 「たくさんの川がウォルタには流れているけど、その一つ一つに名前がつけられていて、その中にレト川って川があったんだ。小さくもないけど、大きいわけでもない。幅は、どのくらいだったかな。十メートルくらいになるのかな。深さもそんなになくて、夏になると、橋から跳び込んで遊ぶ子供もいたな。私とセルドもよくそうして遊んだ。勿論、山の川に比べれば町の川は澄んではいないんだけど、泳いで遊べる程度にはきれいだったんだ。跳び込むの、最初は怖いんだけどね、慣れるとそんなこともなくなって。子供って、楽しいこと何度も繰り返すでしょ。ずっと水遊びしてたな。懐かしい」  懐古に浸りながらも、笑むことも、寂しげに憂うこともなく、淡々とアランは話す。 「それで、さっきのね、夏の土砂降りの日、レト川が氾濫したの。私の住んでた、おばさん達の家は遠かったし高台になっていたから大丈夫だったけど、低い場所の周囲の建物はけっこう浸かっちゃって。そんな大変な日に、セルドが、こっそり外に出て行ったの。気になったんだって。いつのまにかいなくなってることに気付いて、なんだか直感したんだよね。きっと、外に行ってるって。川がどうなっているかを見に行ったんだって。そう思ったらいてもたってもいられなくて、急いで探しにいったんだ」  あれはちょっと怖かったな、と続ける。 「川の近くがどうなってるかなんて想像がつかなかったけど、すごい雨だったから、子供心でもある程度察しは付いてたんだと思う。近付きすぎたら大変なことになるかもしれないって。けっこう、必死で探したなあ。長靴の中まで水が入ってきて身体は重たかったけど、見つけるまでは帰れないって。結局、すごい勢いになったレト川の近くで、突っ立ってるセルドを見つけて、ようやく見つけて私も、怒るより安心して、急いで駆け寄ったら、あっちも気付いて、こうやって、二人とも近付いていって」アランは傘を肩と顎で挟み込むように引っかけ、アメモースを抱いたまま両手の人差し指を近付ける。「で、そこにあった大きな水溜まりに、二人して足をとられて、転んじゃったの」すてん、と指先が曲がる。  そこでふと、アランの口許が僅かに緩んだ。 「もともと随分濡れちゃったけど、いよいよ頭からどぶにでも突っ込んだみたいに、びしょびしょで、二人とも涙目になりながら、手を繋いで帰ったっていう、そういう話。おばさんたち、怒ったり笑ったり、忙しい日だった。……よく覚えてる。間近で見た、いつもと違う川。とても澄んでいたのに、土色に濁って、水嵩は何倍にもなって。土砂降りの音と、水流の音が混ざって、あれは怖かったけど、それでもどこかどきどきしてた。……この湖を見てると、色々思い出す。濁っているからかな。雨の勢いは違うのに。それとも、さっきの、あの子を見たせいかな」  偶然見かけた姿。水溜まりにはしゃいで、てらてらと光る小さな赤いレインコート。無邪気な男児を挟んで繋がれた手。曇りの無い家族という形。和やかな空気。灰色に包まれた町が彩られる中、とりわけ彩色豊かにアランの目の前に現れた。  彼女の足は暫く止まり、一つの家族をじっと見つめていた。 「……あの日も」  目を細め、呟く。 「酷い雨だった」  町を閉じ込める霧雨は絶えない。  傘を握り直し、返事を求めぬ話は途切れる。  雨に打たれる湖を見るのは、アランにとって初めてだった。よく晴れていれば遠い向こう岸の町並みや山の稜線まではっきり見えるのだが、今は白い靄に隠されてぼやけてしまっている。  青く、白く、そして黒々とした光景に、アランは身を乗り出し、波発つ水面を目に焼き付けた。 「あ」  アランは声をあげる。  見覚えのある姿が、湖上を飛翔している。一匹ではない。十数匹の群衆である。あの朱い体毛と金色の翼は、ほんの小さくとも鮮烈なまでに湖上に軌跡を描く。引き連れる翼はまたそれぞれの動きをしているが、雨に負けることなく、整然とした隊列を組んでいた。  ザナトアがもう現地での訓練を開始したのだろうか。この雨の中で。  エーフィも、ブラッキーも、アメモー���も、アランも、場所を変えても尚美しく逞しく飛び続ける群衆から目を離せなかった。  エーフィが甲高い声をあげた。彼女は群衆を呼んでいた。あるいは応援するように。アランはちらと牽制するような目線を送ったが、しかしすぐに戻した。  気付いたのか。  それまで直線に走っていたヒノヤコマが途中できったゆるやかなカーブを、誰もが慌てることなくなぞるように追いかける。雨水を吸い込んでいるであろう翼はその重みを感じさせず軽やかに羽ばたき、灰色の景色を横切る。そして、少しずつだが、その姿が大きくなってくる。アラン達のいる湖畔へ向かっているのだ。  誰もが固唾を呑んで彼等を見つめる。  正しく述べれば、彼等はアラン達のいる地点より離れた地点の岸までやってきて、留まることなく堤防沿いを飛翔した。やや高度を下げ、翼��動きは最小限に。それぞれで体格も羽ばたきも異なるし、縦に伸びる様は速度の違いを表した。先頭は当然のようにリーダー格であるヒノヤコマ、やや後方にピジョンが並び、スバメやマメパト、ポッポ等小さなポケモンが並び、間にハトーボーが挟まり中継、しんがりを務めるのはもう一匹の雄のピジョンである。全く異なる種族の成す群れの統率は簡単ではないだろうが、彼等は整然としたバランスで隊列を乱さず、まるで一匹の生き物のように飛ぶ。  彼等は明らかにアラン達に気付いているようだ。炎タイプを併せ持ち、天候条件としては弱ってもおかしくはないであろうヒノヤコマが、気合いの一声を上げ、つられて他のポケモン達も一斉に鳴いた。それはアラン達の頭上を飛んでいこうとする瞬きの出来事であった。それぞれの羽ばたきがアラン達の上空で強かにはためいた。アランは首を動かす。声が出てこなかった。彼等はただ見守る他無く、傘を下ろし、飛翔する生命の力強さに惹かれるように身体ごと姿を追った。声は近づき、そして、頭上の空を掠めていって、息を呑む間もなく、瞬く間に通り過ぎていった。共にぐるりと首を動かして、遠のいていく羽音がいつまでも鼓膜を震わせているように、じっと後ろ姿を目で追い続けた。  呆然としていたアランが、いつの間にか傘を離して開いていた掌を、空に向けてかざした。 「やんでる」  ぽつん、ぽつりと、余韻のような雨粒が時折肌を、町を、湖上をほんのかすかに叩いたけれど、そればかりで、空気が弛緩していき、湿った濃厚な雨の匂いのみが充満する。  僅かに騒いだ湖は、変わらず深く藍と墨色を広げているばかりだ。  栗色の瞳は、アメモースを一瞥する。彼の瞳は湖よりもずっと深く純粋な黒を持つが、輝きは秘めることを忘れ、じっと、鳥ポケモンたちの群衆を、その目にも解らなくなる最後まで凝視していた。  アランは、語りかけることなく、抱く腕に頭に埋めるように、彼を背中から包むように抱きしめた。アメモースは、覚束ない声をあげ、影になったアランを振り返ろうとする。長くなった前髪に顔は隠れているけれど、ただ、彼女はそうすることしかできないように、窺い知れない秘めたる心ごとまとめて、アメモースを抱く腕に力を込めた。
 夕陽の沈む頃には完全に雨は止み、厚い雨雲は通り過ぎてちぎれていき、燃え上がるような壮大な黄昏が湖上を彩り、町民や観光客の境無く、多くの人間を感嘆させた。  綿雲の黒い影と、太陽の朱が強烈なコントラストを作り、その背後は鮮烈な黄金から夜の闇へ色を重ねる。夜が近付き生き生きと羽ばたくヤミカラス達が湖を横断する。  光が町を焼き尽くす、まさに夕焼けと称するに相応しい情景である。  雨がやんで、祭の前夜に賑わいを見せ始めた自然公園でアランは湖畔のベンチに腰掛けている。ちょうど座りながら夕陽の沈む一部始終を眺めていられる特等席だが、夕方になる���りずっと前から陣取っていたおかげで独占している。贅沢を噛みしめているようには見えない無感動な表情ではあったが、栗色の双眸もまた強烈な光をじっと反射させ、輝かせ、燃え上がっていた。奥にあるのは光が届かぬほどの深みだったとしても、それを隠すだけの輝かしい瞳であった。  数刻前、ザナトアと合流したが、老婆は今は離れた場所でヒノヤコマ達に囲まれ、なにやら話し込んでいるようだった。一匹一匹撫でながら、身体の具合を直接触って確認している。スカーフはとうにしまっていて、皮を剥いだ分だけ普段の姿に戻っていた。  アランの背後で東の空は薄い群青に染まりかけて、小さな一等星が瞬いている。それを見つけたフカマルはベンチの背もたれから後方へ身を乗り出し、ぎゃ、と指さし、隣に立つエーフィが声を上げ、アランの足下でずぶ濡れの芝生に横になるブラッキーは、無関心のように顔を埋めたまま動かなかった。  膝に乗せたアメモースの背中に、アランは話しかけた。 「祭が終わったら、ザナトアさんに飛行練習の相談をしてみようか」  なんでもないことのように呟くアランの肩は少し硬かったけれど、いつか訪れる瞬間であることは解っていただろう。  言葉を交わすことができずとも、生き物は時に雄弁なまでに意志を語る。目線で、声音で、身体で。 「……あのね」柔らかな声で語りかける。「私、好きだったんだ。アメモースの飛んでいく姿」  多くの言葉は不要だというように、静かに息をつく。 「きっと、また飛べるようになる」 アメモースは逡巡してから、そっと頷いた。  アランは、納得するように同じ動きをして、また前を向いた。  ザナトアはオボンと呼ばれる木の実をみじん切りにしたものを選手達に与えている。林の一角に生っている木の実で、特別手をかけているわけではないが、秋が深くなってくるとたわわに実る。濃密なみずみずしさ故に過剰に食べると下痢を起こすこともありザナトアはたまにしか与えないが、疲労や体力の回復を促すのには最適なのだという。天然に実る薬の味は好評で、忙しなく啄む様子が微笑ましい。  アランは静寂に耳を澄ませるように瞼を閉じる。  何かが上手くいっている。  消失した存在が大きくて、噛み合わなかった歯車がゆっくりとだが修正されて、新しい歯車とも合わさって、世界は安らかに過ぎている。  そんな日々を彼女は夢見ていたはずだ。どこかのびのびと生きていける、傷を癒やせる場所を求めていたはずだった。アメモースは飛べないまま、失われたものはどうしても戻ってこないままで、ポッポの死は謎に埋もれているままだけれど、時間と新たな出会いと、深めていく関係性が喪失を着実に埋めていく。  次に瞳が顔を出した時には、夕陽は湖面に沈んでいた。  アランはザナトアに一声かけて、アメモースを抱いたまま、散歩に出かけることにした。  エーフィとブラッキーの、少なくともいずれかがアランの傍につくことが通例となっていて、今回はエーフィのみ立ち上がった。  静かな夜になろうとしていた。  広い自然公園の一部は明日の祭のため準備が進められている出店や人々の声で賑わっているが、離れていくと、ザナトアと同様明日のレースに向けて調整をしているトレーナーや、家族連れ、若いカップルなど、点々とその姿は見えるものの、雨上がりとあってさほど賑わいも無く、やがて誰も居ない場所まで歩を進めていた。遠い喧噪とはまるで無縁の世界だ。草原の騒ぐ音や、ざわめく湖面の水音、濡れた芝生を踏みしめる音だけが鳴る沈黙を全身で浴びる。  夏を過ぎてしまうと、黄昏時から夜へ転じるのは随分と早くなってしまう。ゆっくりと歩いている間に、足下すら満足に見られないほど辺りは暗闇に満ちていた。  おもむろに立ち止まり、アランは湖を前に、目を見開く。 「すごい」  湖に星が映って、ささやかなきらめきで埋め尽くされる。  あまりにも広々とした湖なので、視界を遮るものが殆ど無い。晴天だった。秋の星が、ちりばめられているというよりも敷き詰められている。夜空に煌めく一つ一つが、目を凝らせば息づいているように僅かに瞬いている。視界を全て埋め尽くす。流星の一つが過ったとしても何一つおかしくはない。宇宙に放り込まれたように浸り、ほんの少し言葉零すことすら躊躇われる時間が暫く続いた。  夜空に決して手は届かない。思い出と同じだ。過去には戻れない。決して届かない。誰の手も一切届かない絶対的な空間だからこそ、時に美しい。  ――エーフィの、声が、した。  まるで尋ねるような、小さな囁きに呼ばれたようにアランはエーフィに視線を移した、その瞬間、ひとつの水滴が、シルクのように短く滑らかな体毛を湿らせた。  ほろほろと、アランの瞳から涙が溢れてくる。  夜の闇に遮られているけれど、感情の機微を読み取るエーフィには、その涙はお見通しだろう。  闇に隠れたまま、アランは涙を流し続けた。凍りついた表情で。  それはまるで、氷が瞳から溶けていくように。 「……」  その涙に漸く気が付いたとでも言うように、アランは頬を伝う熱を指先でなぞった。白い指の腹で、雫が滲む。  彼女の口から温かな息が吐かれて、指が光る。 「私、今、考えてた、」  澄み渡った世界に浸る凍り付いたような静寂を、一つの悲鳴が叩き割った。それが彼女らの耳に届いてしまったのは、やはり静寂によるものだろう。  冷えた背筋で振り返る。 星光に僅かに照らされた草原をずっとまっすぐ歩いていた。聞き違いと流してもおかしくないだろうが、アランの耳はその僅かな違和を掴んでしまった。ただごとではないと直感する短い絶叫を。  涙を忘れ、彼女は走っていた。  緊迫した心臓は時間が経つほどに烈しく脈を刻む。内なる衝動をとても抑えきれない。  夜の散歩は彼女の想像よりも長い距離を稼いでいたようだが、その黒い視界にはあまりにも目立つ蹲る黄色い輪の輝きを捉えて、それが何かを察するまでには、時間を要しなかっただろう。  足を止め、凄まじい勢いで吹き出す汗が、急な走行によるものか緊張による冷や汗によるものか判別がつかない。恐らくはどちらもだった。絶句し、音を立てぬように近付いた。相手は元来慎重な性格であった。物音には誰よりも敏感だった。近付いてくる足音に気付かぬほど鈍い生き物ではない。だが、ここ最近様子が異なっていることは、彼女も知るところであった。  闇に同化する足がヤミカラスを地面に抑え付けている。野生なのか、周囲にトレーナーの姿は無い。僅かな光に照らされた先で、羽が必死に藻掻こうとしているが、完全に上を取られており、既に喉は裂かれており声は出ない。  鋭い歯はその身体に噛み付き、情など一切見せない様子で的確に抉っている。  光る輪が揺れる。  静かだが、激しい動きを的確に夜に印す。  途方に暮れる栗色の瞳はしかし揺るがない。焼き付けようとしているように光の動きを見つめた。夜に照るあの光。暗闇を暗闇としない、月の分身は、炎の代わりになって彼女の暗闇に寄り添い続けた。その光が、獣の動きで弱者を貪る。  硬直している主とは裏腹に、懐から電光石火で彼に跳び込む存在があった。彼と双璧を成す獣は鈍い音を立て相手を突き飛ばした。  息絶え絶えのヤミカラスは地に伏し、その傍にエーフィが駆け寄る。遅れて、向こう側から慌てた様子のフカマルが短い足で必死に走ってきた。  しかし、突き放されたブラッキーに電光石火一つでは多少のダメージを与えることは叶っても、気絶させるほどの威力には到底及ばない。ゆっくりと身体をもたげ、低い唸り声を鳴らし、エーフィを睨み付ける。対するエーフィもヤミカラスから離れ、ブラッキーに相対する。厳しい睨み合いは、彼等に訪れたことのない緊迫を生んだ。二匹とも瞬時に距離を詰める技を会得している。間合いなどあってないようなものである。  二対の獣の間に走る緊張した罅が、明らかとなる。 「やめて!」  懇願する叫びには、悲痛が込められていた。  ブラッキーの耳がぴくりと動く。真っ赤な視線が主に向いた時、怨念ともとれるような禍々しい眼光にアランは息を詰める。それは始まりの記憶とも、二度目の記憶とも重なるだろう。我を忘れ血走った獣の赤い眼。決して忘れるはずのない、彼女を縫い付ける殺戮の眼差し。  歯を食いしばり、ブラッキーは足先をアランに向ける。思わず彼女の足が後方へ下がったところを、すかさずエーフィが飛びかかった。  二度目の電光石火。が、同じ技を持ち素早さを高め、何より夜の化身であるブラッキーは、その動きを見切れぬほど鈍い生き物ではなかった。  闇夜にもそれとわかる漆黒の波動が彼を中心に波状に放射される。悪の波動。エーフィには効果的であり、いとも簡単に彼女を宙へ跳ね返し、高い悲鳴があがる。ブラッキーの放つ禍々しい様子に立ち尽くしたフカマルも、為す術無く攻撃を受け、地面を勢いよく転がっていった。間もなくその余波はアラン達にも襲いかかる。生身の人間であるアランがその技を見切り避けられるはずもなく、躊躇無くアメモースごと吹き飛ばした。その瞬間に弾けた、深くどす黒い衝撃。悲鳴をあげる間も無く、低い呻き声が零れた。  腕からアメモースは転がり落ち、地面に倒れ込む。アランは暫く起き上がることすら満足にできず、歪んだ顔で草原からブラッキーを見た。黒い草叢の隙間から窺��る、一匹、無数に散らばる星空を背に孤高に立つ獣が、アランを見ている。  直後、彼は空に向かって吠えた。  ひりひ��と風は絶叫に震撼する。  困惑に歪んだ彼等を置き去りにして、ブラッキーは走り出した。踵を返したと思えば、脱兎の如く湖から離れていく。 「ブラッキー! 待って!!」  アランが呼ぼうとも全く立ち止まる素振りを見せず、光の輪はやがて黒に塗りつぶされてしまった。  呆然と彼等は残された。  沈黙が永遠に続くかのように、誰もが絶句し状況を飲み込めずにいた。  騒ぎを感じ取ったのか、遅れてやってきたザナトアは、ばらばらに散らばって各々倒れ込んでいる光景に言葉を失う。 「何があったんだい!」  怒りとも混乱ともとれる勢いでザナトアは強い足取りで、まずは一番近くにいたフカマルのもとへ向かう。独特の鱗で覆われたフカマルだが、戦闘訓練を行っておらず非常に打たれ弱い。たった一度の悪の波動を受け、その場で気を失っていた。その短い手の先にある、光に照らされ既に息絶えた存在を認めた瞬間、息を詰めた。 「アラン!」  今度はアランの傍へやってくる。近くでアメモースは蠢き、アランは強力な一撃による痛みを堪えるように、ゆっくりと起き上がる。 「ブラッキーが」  攻撃が直接当たった腹部を抑えながら、辛うじて声が出る。勢いよく咳き込み、呼吸を落ち着かせると、もう一度口を開く。 「ブラッキー、が、ヤミカラスを……!」 「あんたのブラッキーが?」  アランは頷く。 「何故、そんなことが」 「私にも、それは」  アランは震える声を零しながら、首を振る。  勿論、野生ならば弱肉強食は自然の掟だ。ブラッキーという種族とて例外ではない。しかし、彼は野生とは対極に、人に育てられ続けてきたポケモンである。無闇に周囲を攻撃するほど好戦的な性格でもない。あの時、彼は明らかに自我を失っているように見えた。  動揺しきったアランを前に、ザナトアはこれ以上の詮索は無意味だと悟った。それより重要なことがある。ブラッキーを連れ戻さなければならない。 「それで、ブラッキーはどこに行ったんだ」 「分かりません……さっき、向こう側へ走って行ってそのままどこかへ」  ザナトアは一度その場を離れ老眼をこらすが、ブラッキーの気配は全く無い。深い暗闇であるほどあの光の輪は引き立つ。しかしその片鱗すら見当たらない。  背後で、柵にぶつかる音がしてザナトアが振り向く。よろめくアランが息を切らし、柵に寄りかかる。 「追いかけなきゃ……!」 「落ち着きな。夜はブラッキーの独壇場だよ。これほど澄んだ夜で血が騒いだのかもしれない。そうなれば、簡単にはいかない」 「でも、止めないと! もっと被害が出るかもしれない!」 「アラン」 「ザナトアさん」  いつになく動揺したアランは、俯いてザナトアを見られないようだった。 「ポッポを殺したのも、多分」  続けようとしたが、その先を断言するのには躊躇いを見せた。  抉られた首には、誰もが既視感を抱くだろう。あの日の夜、部屋にはいつもより風が吹き込んでいた。万が一にもと黒の団である可能性も彼女は考慮していたが、より近しい、信頼している存在まで疑念が至らなかった。誰も状況を理解できていないだろう。時に激情が垣間見えるが、基は冷静なブラッキーのことである。今までこのような暴走は一度として無かった。しかし、ブラッキーは、明らかに様子が異なっていた。アランはずっと気付いていた。気付いていたが、解らなかった。  闇夜に塗り潰されて判別がつかないが、彼女の顔は蒼白になっていることだろう。一刻も早く、と急く言葉とは裏腹に、足は僅かに震え、竦んでいるようだった。 「今はそんなことを言ってる場合じゃない。しゃんとしな!」  アランははっと顔を上げ、険しい老婆の視線に射止められる。 「動揺するなという方が無理だろうが、トレーナーの揺らぎはポケモンに伝わる」  いいかい、ザナトアは顔を近付ける。 「いくら素早いといえど、そう遠くは行けないだろう。悔しいがあたしはそう身軽には動けない。この付近でフカマルとアメモースと待っていよう。もしかしたら戻ってくるかもしれない。それに人がいるところなら、噂が流れてくるかもしれないからね。ここらを聞いて回ろう。あんたは市内をエーフィと探しな。……場所が悪いね。あっちだったら、ヨルノズク達がいるんだが……仕方が無いさね」  大丈夫、とザナトアはアランの両腕を握る。 「必ず見つけられる。見つけて、ボールに戻すことだけを考えるんだ。何故こうなったかは、一度置け」  老いを感じさせない強力な眼力を、アランは真正面から受け止めた。 「行けるね?」  問われ、アランはまだ隠せない困惑を振り払うように唇を引き締め、黙って頷いた。  ザナトアは力強くアランの身体を叩き、激励する。  捜索は夜通し続いた。  しかしブラッキーは一向に姿を見せず、光の影を誰も見つけることはできなかった。喉が嗄れても尚ブラッキーを呼び続けたアランだったが、努力は虚しく空を切る。エーフィも懸命に鋭敏な感覚を研ぎ澄ませ縦横無尽に町を駆け回り、ザナトアも出来る限り情報収集に励んだが、足取りを掴むには困難を極めた。  殆ど眠れぬ夜を過ごし、朝日が一帯を照らす。穏やかな水面が小さなきらめきを放つ。晴天の吉日と水神が指定したこの日は、まるで誰かに仕組まれていたように雲一つ無い朝から始まる。  キリが沸き立つ、秋を彩る祭の一日が幕を開けた。 < index >
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itose01 · 8 years ago
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こぎつねこんこん、お嫁入り
 二宮は頭の良い狐であった。また誇り高い狐でもあった。  然るに自分の縄張りが荒らされて黙って見ていられるほどの阿呆にはなれなかった。  自分の持つ能力があの化け物に有効であることは実証できていたので、人間どもがあれらに対抗すべく組織を作ったというのならば、どれお手並み拝見、見所のありそうな組織であれば協力してやるのもやぶさかではない、と山を下りた。  そうして偵察をするうちに、自分の生まれた神社をたまに訪れる、数少ない尊敬する人間がその組織に所属していたということを知り、彼はボーダーに力を貸してやろうと決めたのだという。  彼は才能のある者が好きだ。だからその年下の子ぎつねのことは随分可愛がってやった。世間知らずなために多少頭の足りないところもあるが、本質的には賢く、何よりその才能は二宮をして目を瞠らせるものがあった。  だから、決して自身の正体がばれてはいけない場所であったとしても、突然「二宮さん!」と自分に対する愛情と再会の喜びをいっぱいに込めた声音で呼ばれ飛びつかれれば、抱きとめてやる以外の選択肢などなかった。そうして思わず「出水」と応え��しまったのも、決して動揺していたためではない。何しろ誇り高く優秀な狐なので、そんな初歩的なミスを犯すわけがないのだ。  ただ、その背後に本部長である忍田と、いちいち癇に障る発言を繰り返す同級生(という設定)の太刀川がいたことは予想外であった。しかも出水が洗いざらい自分たちの能力や二宮自身のことも話していた、という事実も彼の想像し得る範囲にはないことだった。  これが、二宮匡貴の正体が狐であるとばれるに至った顛末である。総じて全て避けられぬ、二宮にはどうしようもない出来事であった。そう彼は主張するだろう。
「何か問題でも?」  開き直った二宮は忍田本部長にさえ口を差し挟ませぬ威圧感があった。彼がボーダーに入るに当たって誰の手引きもなかったはずがない。その手引きをしたであろう人物を二宮は頑として明かさなかったが、そこにいる誰もがある一人の人物を思い浮かべていた。その人が何もかもを承知して二宮を自分の隊に入れているのであれば、それ以上の保証はない、それが概ねその場にいた人間の共通の見解であった。  正直に言ってしまえば、その二宮の膝の上で尻尾をふりふり鼻先を彼の手のひらに押しつけている――そして二宮も慣れたようにその相手をしてやっている――子ぎつねがその場にいる者の緊張感を多大に奪っているのも確かであった。太刀川にしてみれば二宮の出自など心底どうでも良かったし、それよりも自分にあれほど懐いていた子ぎつねが進んで他人の膝の上に乗っている現状の方が気になった。  今後入隊希望者の身辺調査は厳密にすべきだという反省を残して、二宮の件は不問に付された。見ない振りをされた、と言っても良いかもしれない。子ぎつねはともかくとして、自分のことはこれ以上口出し不要、秘密厳守を、と形ばかりの頭を下げて、二宮は去っていた。  去り際にさらりと頭を撫でられた子ぎつねが「すっげぇ、二宮さんかっこいい」と目をきらきら輝かせ、太刀川にまたも尻尾を握られきゃんと鳴いたのは些末なできごとである。  こうして、有力な後見人を得た上で出水のボーダーでの生活が始まったのだった。
*  *  *
 出水のボーダー生活は概ね順調だった。  戦闘に関して言えば、ボーダー規格のトリガーの使用に慣れない様子も最初はあった。武器を使うのは不得手であることはわかりきっていたのでポジションは射手に自然と決まったのだが、そうしてトリガーを通して発現したトリオンキューブを見た子ぎつねは「しかくい・・・・・・」と見慣れた狐火との違いに不満を顕わにしていた。  しかしそれもすぐに慣れ、自然界には無い形が新鮮に思えたのか形を変えられることを知ってからも好んで四角いキューブを使用していた。その巨大な塊を細分化して広範囲にばらまき楽しそうに笑っている姿を見ると、無邪気な獣に恐ろしい力を与えてしまったと思わないでもない。しかし太刀川自身もそんな出水と戯れるのがたいそう楽しかったので今のところはなんの問題もなかった。  隊員同士の人付き合いにしても、最初はおかしな奴だと遠巻きにされていたのが、上級にあがるにつれてそれも性格として受け入れられるようになった。上級隊員ほど、強い奴は多少おかしいところもあるという共通認識があるためかもしれない(その一例にあげられる太刀川としては大分不満ではあるのだが)。  子ぎつね本人も人間社会というものがだいぶ分かってきたようで、最近は同年代の連中と連んでいても何の違和感もないくらい人間界に馴染んでいた。  さて、だからといって彼の正体が狐であることを隠し通せていたかというと、実はそんなことはない。  迂闊のすぎる子ぎつねはたびたび尻尾や耳をはみ出させて歩いており、また自由気ままに獣型で本部内を闊歩するものだから、出水の正体は化け狐であるという噂が広まるのも時間の問題であった。正体がばれていると気づいていないのも本人ばかり。ほとんどの隊員は彼が慌てて尻尾や耳をしまう様子を微笑ましく見守っていた。太刀川の例もある通り、三門市民にとっては非日常が日常なのだ。  太刀川も早い段階で出水の正体を隠す努力を放棄し、最近では食堂の日向で昼寝をしたまま夜を迎えた子ぎつねを抱いて太刀川隊の隊室を訪ねる者を受け入れるのにも慣れてしまった。
 人なつっこいと目され��出水に案外人の好き嫌いがあると判明したのも、彼の交友関係の広まったが故だろう。 「太刀川さん、おれあの人やだ」  最初にそう訴えられたのが嵐山であったのは予想外だった。 「なんでだ? 悪い奴じゃないぞ?」  自分の背中に隠れる出水に太刀川が問えば、顔を思いっきりしかめて一言「犬くさい」とのこと。太刀川が思わず吹き出すと、きゅっと足を踏みつけられた。嵐山の名誉のために言えば、もちろんそれは常人では感じ取れないレベルのにおいなのだが、出水にとっては気になるどころではなかったようだ。しかし子ぎつねは根が単純なので少し親切にされればすぐに掌を返した。獣型で本部内の散歩から帰ってきたと思ったら上機嫌で「嵐山さんって良い人ですね」と宣ったのだ。曰く「あの人の撫で方は神懸かってる」らしい。その感触を思い出してはとろとろに瞳をとろけさせるので、太刀川としては嫉妬するばかりだ。一度撫で方を教わりに行こうかと思案するほどに。  一方で同じ理由で嫌われた米屋の好感度が回復するにはなかなか時間がかかった。「あいつの構い方は体力バカの犬どもにするやり方と一緒なんです」と出水は尻尾を床に打ち付けて怒りを顕わにする。人間の姿で話す分には付き合いやすいのだが、獣型で出会うと高確率で力いっぱい構われるので出水はしばらく米屋を避けて歩いていたという。  そんな具合に出水はボーダーの中で至極平穏に暮らしていた。
*  *  *
 ところで、いくら出水が単純な子ぎつねであろうと、本来の目的を忘れるほどに阿呆ではない。一族連中からの圧力はなくなったとはいえ、元来義理堅い狐一族の一員である。時たま思い出したように聞かれる恩返しの要望に、太刀川はぼんやりと一つの答えを思い浮かべながらも、どうにも答えあぐねていた。  最近出水がひどく可愛らしく見える。いや、出会った当初から可愛らしいとは思っていたが、ボーダーに入隊し他の人間に懐いている様を見ると、妙にもやもやするようになった。その反動で、逆に自分にまとわりついている様子がやけに愛しく思えてくる。交流関係を広げ人間の社会を知るのは良いことだと表面では真っ当なことを言いながら、本心では自分がいくらでも甘やかしてやるから自分以外の所になど行かなくていいと思っている。  この感情がなんなのか、考え始めると深みにはまって抜けられなくなりそうなので、太刀川は懸命に目を背けているのだが、子ぎつねはそんなことも知らずにあちらへ懐きこちらへ懐きしているものだから、太刀川としては気が気ではない。それでも完全に自立してしまえば、寂しいながらも手放しようもあるのに、彼は必ず自分のところに戻ってきて太刀川に誉められることを期待して今日の出来事などを尻尾を振って話すので、太刀川はぼんやりと、もう認めてしまってもいいかもしれない、と傾き始めているのだった。   「ミドリカワとクロエが入ってきたんです」  その日の出水は珍しく人型をしていた。尻尾と耳だけはみ出ているのは防衛任務も終えて気が抜けているからだろう。ソファで仰向けになった太刀川の上に腹這いになり、太刀川の肩口に顔を埋めてうとうととしながらおぼつかない口調で今日見聞きしたことを報告していた。  気が抜けると出水は人間らしい振る舞いを忘れて獣型の時と同じような行動をとりがちになる。この体勢も普段は小さい獣型で太刀川の胸のあたりに頭を預けているのが、人型なのを忘れてソファによじ上ってきた結果である。  最初はちょっとこの体勢はまずいんじゃないかと思った太刀川も、まずいと思う方がまずいかもしれないと結論づけて放置することにした。ここに他の人間がいれば、第三者から見ても十分絵面がおかしいことを指摘してくれただろうが、残念ながらそんな人間はいなかった。 「ミドリカワって4秒の?」  諏訪さんがそういえばすごい新人が来たって言ってたっけ。思いだしながら聞き返せば首もとで出水がかすかに首を動かした。頷いたのだろう。とんがった耳が頬にあたってくすぐったい。 「知り合いなのか?」  腰に回していた手で宥めるように尻尾の付け根あたりを撫でてやれば、ゆっくりとひとふり尻尾が揺れた。気持ちが良い証拠だ。 「あいつらとは、山で黒スグリを、争った仲なんです。あとアケビとか。柿とか」  言葉の途切れる度にひとふりひとふり、左右に尻尾が弧を描く。たまに尻尾の根本にまで手がかすめると、びくりと身体が反応するのが可愛らしい。そういう時は決まって耳もぴくぴくと動き太刀川の頬をくすぐる。そうやってその黄金色が視界の中で小さく震えるたびに太刀川の欲求が高まった。 (食っちいまいたいな)  その日は珍しく太刀川も疲れていたのだ。その上、半端な人型をとる出水を腹の上にまたがらせて、眠気にとろけるような声音を聞きながら、柔らかな黄金色の耳と尻尾に徒に刺激され続け。この状況で、彼が自分の中で曖昧に形をもったその欲求に誘われるまま、口を開いたのも、そう責められることではない��と後の彼自身は主張した。  その主張が正当かどうかは別として。口を開いた太刀川は誘われるまま首を傾け、そうして自分の頬を魅惑的にくすぐるその可愛らしいさんかくの耳に、がぶり、とかみついた。  瞬間、驚きのあまり獣型に戻った子ぎつねが、きゃんっと飛び上がったのは言うまでもない。
*   *   *
「お前のとこの阿呆が昨日うちの隊室を泣きながら訪ねてきたんだが」 「・・・・・・なんて言ってた」  食堂でうなだれる太刀川のもとに現れたのは、昨晩から帰らない出水のさしあたっての保護者である二宮だ。ひどく不機嫌そうな顔で太刀川の向かいに腰掛ける。
 昨晩、作戦会議中の二宮隊隊室でのことだ。扉を叩くような音がしたので辻に扉を開けさせたとたん獣型の出水が飛びこんできた。自分の正体を他の隊員に隠すことも忘れて(実際は周知のことであったが)、二宮の胸元に飛びついて叫んだ。 「にのみやさん、きつねのうまい食べ方ってありますか!?」  意味がわからんとあっちへ行ったりこっちへ行ったりまとまらない子ぎつねの話を総合すると、どうやら太刀川が自分を食べたがっているようだけれど、狐のうまい調理の仕方がわからないから教えてほしいとのこと。 「きせいちゅう? とかは大丈夫だと思うんですけど。きつねうどんってほんとのきつねじゃないんですよね。でも太刀川さんうどん好きだから・・・・・・おれでもうまくできるかな」  そう悲痛な声を出すのに二宮は絶句するほかない。察した犬飼は背後で爆笑し、意味の分からない辻は真っ青になっていた。  いくら太刀川でもお前を食うほど飢えてはいない、ばかを言うなと一蹴して、とりあえず二宮隊隊室で寝かしつけた。今は辻と犬飼があやしているという。
「なんだそれ、なんであいつそんなばかなんだよ・・・・・・」  なんと言って子ぎつねを探しに行こうと悩んでいたのに、子ぎつねのその思考は予想外だった。 「そんなこと、とうに分かっていたはずだろう。言いたいことあるならちゃんとはっきり言え」  食堂のテーブルに背中を預けて心底煩わしいという顔を隠しもせずに二宮は吐き捨てた。確かに、あの子ぎつねには婉曲な言い方や比喩表現は通用しそうにない。子ぎつねに対して抱える自分の気持ちなんて、察してくれるわけもないだろう。 「・・・・・・言ってもいいのか」  頭を抱え込んだ腕の隙間から上目遣いで窺うように見れば、当の保護者はひどく醒めた目でこちらを見下ろしていた。 「俺には関係ない。とにかく俺に面倒をかけるな」 「・・・・・・最初の時も思ったけど、狐って薄情すぎじゃね。お前あいつが最初なんて言って来たか知ってるか? まさかお前も送り出した側じゃないよな」  二宮に限ってそんなことは無さそうだが、そもそもその事実を知っているのかは気になった。知っているなら、今になってこんな感情を持て余す自分をどう思うのだろう。 「俺はその時もう山にいなかったが、あとから出水に聞いた。時代錯誤な連中の言うことを鵜呑みにするあいつも悪い」 「・・・・・・そん時さっさと食っちまえば良かった」  あの時、既に彼の健気な姿を可愛らしいと、再会を待ち遠しいと思っていたのだ。思えばあの時からこの気持ちの萌芽は始まっていただろうに。それならば、今になってこんな気持ちを抱えてもやもやする前に、さっさと遠慮なくいただいてしまえば良かった。 「お前が4年前そうしていたら俺は、地獄の果てでも捜し当てて食いちぎってやってたところだ」  何をだよ、と聞き返したかったが、聞くにも恐ろしい答えが返ってくるのはわかりきっていたのでやめにした。二宮の出水に対する愛情はひどくわかりにくい。 「さっき言ってたことと逆だろ。なんで今ならいいんだよ。あいつ、俺が言ったら何でも言うこと聞くぞ」  それなりに長い年月を保留し続けたせいで「恩返し」という言葉が太刀川と出水の間にひどく重くのしかかっていた。もう、適当な内容ではすまされず、太刀川が何か一つでも要求したら、それは必ず受け入れられなければならない、そういう空気ができあがってしまっていた。だから、太刀川はもう容易には口を開けないのだ。今の居心地の良さを手放すわけにも、「恩返し」の名のもとに彼の身を投げ出させるわけにもいかなかった。  太刀川の問いに、二宮はしばらく沈黙した後、既に刻まれていた眉間のしわをさらに深くして、それはもう嫌そうに口を開いた。 「お前の好物になって食われたいと、あいつがそう言う意味もわからないほど馬鹿なのか、お前は」
*  *  *
 とぼとぼと太刀川隊隊室に戻ってきた出水は、太刀川の「ちょっと話あるんだけど」といういつになく畏まった態度に人型の背筋をぴんと伸ばした。促されてソファに腰掛けるがそわそわと視線がさまよっている。 「恩返しの内容、決めたから聞いてくれ」  そう正面に立つ太刀川が切り出せば、顔を薄く上気させ、ついに来たかという面もちだ。 「あの、犬飼先輩はまずいから食べられないらしいって言うんですけど、おれ、がんばるんで」  律儀に調べてやったらしい犬飼にも、何をがんばるのかよく分からず言う子ぎつねにも呆れてしまう。犬飼なんかは確実に面白がっているのだろうが。 「違う違う、俺はお前を食べようなんて思ったことないからな。お前食いがい無さそうだし」 「え、すみません・・・・・・」  冗談のつもりで笑って言ったのに、出水が思ったよりもショックを受けたような顔をするので太刀川の方が慌てる。そうじゃなくてだな、とこほんと咳払いをして、本題に入ることにした。改めて、恩返しの内容だけどな、と仕切り直す。 「なぁ、お前をお嫁にくんない?」 「え、は、はぁ? な、なんで今さら」  子ぎつねの動揺を表すように、ぽんっと聞き慣れた破裂音がしてふさふさの尻尾と黄金色の耳が現れた。人間社会でしっかりと「お嫁にもらう」の意味を学んだらしい出水が、隠すように耳を押さえて、とたんにしどろもどろになるのが可愛らしくておかしい。平然と「はい、いいですよ」なんて何も考えずに即答されなくて良かったと、普通とは逆の安心をする。 「だって、太刀川さんが言ったんじゃん。好きな相手とするものだって」  最初の提案を素気なく退けられたことを多少は根に持っていたらしい出水は拗ねたように言った。 「そう、だからお前に言うんだ」  意味わかる? と手を伸ばして昨日噛みついた耳をするりと撫でれば、出水が抗えない気持ちの良さにとろりと目を細める。ついでにその耳を押さえつけていた手の小指に自分の小指に絡ませる。 「なぁ、言っただろ。恩返ししてくれるって」  4年も大事にとっておいた約束だ。この随分重くなってしまった「恩返し」につけ込んで、それでもお前が喜んで身を投げ出してくれるなら、かつて不快に思ったずるい大人になってでもお前をお嫁にもらいたいんだけど。  この子ぎつねは、そんな太刀川の気持ちを知っているのかいないのか。けれどゆらりと揺れたふかふかの尻尾が太刀川の身体に緩く巻き付いてきたので、太刀川はもうそれを返事だと思うことにした。
-------------------------------------------------------------------- ふざけた話にお付き合いありがとうございました! pixivにもまとめました。
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tsuyo-gee · 3 years ago
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12月スタート
今日から12月スタートです。2022年のラストスパート、今月後半は師走がやってきます。それまでに動画配信や職場の大掃除やらでブログ内容もおろそかになると思いますが、よろしくお願いします。ということで、連休明けの木曜日 今日は何の日? 今日の空 今日 12月1日(木)の記念日・年中行事 • 世界エイズデー • 防災の日・防災用品点検の日 • デジタル放送の日 • 映画の日 • 鉄の記念日 • 冬の省エネ総点検の日 • 一万円札発行の日 • いのちの日 • カイロの日 • 手帳の日 • データセンターの日 • 着信メロディの日 • 下仁田葱の日 • カレー南蛮の日 • 市田柿の日 • 明治ヨーグルトR-1の日 • リフトアップケアの日 • ワッフルの日 • 東京水道の日 • そうじの達人美来の日 • 瞳の黄金比率の日 • 資格チャレンジの日 • 釜飯の日 • あずきの日 •…
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tomitsukasa-blog · 7 years ago
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法の女王~Queen of the law~
 響歴1432年。七大国家により世界の陸地は八割近く統治されていた。その列強の中に一カ国だけ、七大国家にありながら首都を大陸に持たない島国があった。その名はランタニア王国。双翼の獅子を模った紋章を掲げ、鋼鉄の騎士団と高威力の火砲に支えられた強靭な軍隊を率いる国家元首は……可憐なる乙女であった。
  ランタニア王国首都アウレアに位置する王城の中央棟最上部。城の主であるソフィこと女王ソフィーリス・マリーベル=ランタニアは午前の執務に取りかからんとすべく身支度をメイドたちにさせていた。イエローダイヤのごとく澄んだ金色の髪をまっすぐに伸ばし、陶磁器のごとく美しい肌、纏うは真紅に染められた正絹のドレス。金糸の刺繍とともに艶めかしく朝日に煌めく真紅のそれだが、随所に散りばめられた純白のフリルが主同様の可愛らしさを引き出す。コルセットを締め上げ、その豊かな胸元を飾るのは金とルビーのペンダント。
「今日も姫様は美しいですわぁ。あぁ、私だけの女王さま……。踏まれたい」
「今日も始まったわ。メイド長の病気が」
 ソフィ専属のメイドだけで城内に20名を超す。彼女らを率いるメイド長がソニア・ファイン。ソフィが生まれてからずっと側にいて、溺愛し続けている女性だ。変態的振る舞いが目立つ一方で、彼女の嗜好、趣向を最も理解しておりソフィも彼女を信頼し寵愛している。
「ほらソニア、手が止まってるわよ。時間が惜しいから早くしなさい。ほら、靴を持て」
「かしこまりました」
 ランタニアは女王が統治する国家であり、数代前の女王は服飾に非常に注力した。豪奢なドレスは王侯貴族の憧れであり、国の頂点に立つ女王は常に美しさを求められる。そして美は足下から表れる。ソニアは鹿革をなめした靴をソフィの白くなだらかな足へ履かせる。やや薄い素材ではあるが、至る所に羊毛の絨毯が敷かれた城内では差し支えない。
「さぁ、行くわよ」
 昨今の流行である長い長いドレスの裾をメイド達に持たせ、堂々とした足取りで私室を後にするソフィ。その頭上に頂く白金のティアラにも美しい紅玉が嵌められていた。赤という色はランタニアを象徴する色であると以前に、歴代女王の瞳でもあった。金髪紅瞳の女性が小さな村で鉱脈を発見し、繁栄をもたらす。この国に伝わる口承文学であり、古代ランタニア語で黄金を意味するアウレアの地を治める女王を崇めるものでもある。
「「「おはようございます。女王陛下」」」
 執務室には数多くの政務官がおり、ソフィが自らの席へ座るまで頭を上げることはない。
「面を上げよ。しかと、職務に励め」
「「「ははぁ!!」」」
役人たちにそう告げるソフィ。しかし、彼女にも当然ながら職務がある。ランタニアという国は君主制であり、臣民たちは女王によって権能を授かる身でしかない。そのため、女王は三権および軍隊の長であり、日々膨大な量の書類に追われる。当然、官吏たちも目を通しているが、最終的な決裁は女王のみが持つ双翼の獅子が掘られた印によってのみ行われる。
ソフィーリス・マリーベル=ランタニアは未だ齢15であり、人間の寿命が50年前後であるこの世界であっても、非常に年若い国家元首である。しかしながらソフィは非常に才気溢れる少女だった。
ソフィは二年前、先王であるマリーベルの崩御にあたり王座に就いた。当時のランタニアは海峡を挟んだ隣国、スペラティーニャ帝国との戦争中であった。長引く戦争と女王の崩御、国内はかなり疲弊していた。しかしソフィが王座に就いて以来、上級将官の刷新や海戦での勝利、果てはスペラティーニャでの内紛も重なり、戦争は辛くも勝利に終わった。生まれながらにして次代の女王として嘱望されていたソフィは、その才華を瞬く間に開花させると同時に、それを国内外に知らしめるかたちとなった。
終戦の翌年、響歴1431年にランタニアとスペラティーニャ双方に縁ある国にて講和条約は結ばれ、戦勝の証としてランタニアは帝国の植民地である南部大陸のアータルシャ地方、ランタニア風に読めばハルタルシア地方を割譲された。彼の地は王国、帝国双方から見ても遠く、辛勝である以上致し方ないが僻地をなすりつけられた形になる。
だからといって、放棄するわけにも行かず本国としては植民地へ軍を駐留させねばならない。そのための方策も既に動き出している。そんな矢先のことだった。主務大臣の補佐官が慌てた様子で執務室に駆け込んできた。
「何事か、女王陛下の御前であるぞ」
 老執事然とした痩躯の男性、ランタニアの行政府副長たる筆頭大臣ガリウスだ。彼の諫言に年若い大臣補佐官は居住まいを正し、片膝をついて報告を読み上げた。
「現在、王城の正門前広場に軍の人間が集まって喚き散らしております。所属はおそらく第二師団第四旅団の歩兵大隊……ハルタルシアに派遣する部隊と思われます」
「え、なんで!?」
「……陛下」
 気を抜くと年若い少女の一面が垣間見えてしまうソフィを窘めるガリウス。ソフィもまた、居住まいを正して何故かと問う。
「畏れ多くも申し上げまするに、彼らはハルタルシアへの派遣を拒んでいる様子。戦争に勝ったのにこれではまるで流刑ではないか、本国における居住の自由を侵害する命令だとのたまっております」
「面倒なことを……」
「……ふぅむ」
 報告を受けガリウスは渋面を浮かべ、ソフィはその柳眉を下げる。
「第四旅団の歩兵隊は此度の戦争で徴兵した農民や漁師が多いのではないか? 特に南部の。一度は上陸を許し戦地となったベイリルグ地方の復興はおそらく国家事業の域じゃ。よもや民草だけで復興など……為そうとしているのか?」
「無知蒙昧な小官が愚考するに、おそらくそうかと。確かにベイリルグは今や焼け野原です。しかし、彼らは故郷を離れられないのでしょう。この国を愛しているが故に」
「わらわもこの国と、民を愛しておる。なればこそ、命令を撤回するのも吝かではない……と、言ってやりたいものじゃが、そうもいかぬ。まずは第四旅団長の……いや、おそらく門���にいるであろう大隊長に通達した方がよいか。かの地方をかつて統治した一族の系譜であるベイリルグ中佐へ、まずはこちらの指示命令に不服があるならば、司法省を通して申し立てよと」
 政務官の一人が文言を羊皮紙に記しソフィが押印して、ガリウスから大臣補佐官に手渡される。
「ウィリアム・ベイリルグ中佐へお渡しして参ります」
 彼が一礼して玉座の間を去ると、続けてソフィは政務官の一人へ陸軍大臣にはせ参じるよう記した文書を書かせ、陸軍省へ向かわせた。
「陛下、陸軍大臣には何をおっしゃるつもりで?」
「いや、今回のハルタルシアに派遣する部隊を選定した具体的な訳を聞かねばならぬと思ってな」
 ランタニアの軍は陸軍と海軍があり、今回騒ぎを起こした部隊は陸軍の所管である。現在の陸軍大臣は戦後、首をすげ替えたばかりの穏健派の男であり、よもやベイリルグ地方の利権に絡むための人事とは、ソフィには思えなかった。
「ベイリルグ地方選出の議員は確か、ウィリアムの兄であるジャスティン・ウィリアム子爵であったな。自分の領地から弟を追い出したい……いや、既に軍属の弟を今更どうこう出来まい」
 ランタニア王国はかつてこそ封建制であったが、100年以上前から議院制に移行している。が、旧領主がそのまま議員として選出されることが多く、実態は未だに領主が存在していると言っても過言ではない。国庫へ納める税の代理徴税権を持っている他、憲法に触れない範囲内である程度の規律を制定することも出来る。
「バルゼミラン陸軍大臣、到着されました」
 中央省庁はアウレアにまとめて置かれている。これは女王の招集にいち早く応じるためでもある。齢47にして総白髪のバルゼミランは陸軍の出身ではあるが、兵士ではなく国内治安を担当する公安畑の出身である。戦争が終わり国内の治安を戦前の水準以上へ持ち直すための司令塔である。
「ヨハネス・バルゼミラン。陛下の命に馳せ参じた次第であります。して、いかなる用にございましょうか。小生に遂行可能であらば粉骨砕身の覚悟で――」
「堅苦しいやり取りは抜きじゃ。バルゼミランよ、卿は正門前広場の現状を知っておるか?」
「はっ。主務省の者から聞いております。ベイリルグの隊が植民地への派遣を拒んでいると」
「その件じゃ。第二師団第四旅団の歩兵大隊にハルタルシア行きを命じたのは何故じゃ?」
 バルゼミランは傅いた姿勢のまま問に答える。
「歩兵隊には此度の戦争で徴発した農民、漁業民が多くおります。しかし、南部以外の多くの地は戦火を免れ、再び農作が可能であります。しかし、南部はベイリルグを始めかなり疲弊しております。農地再生にかかる時間は長大であり、さすれば新天地へ移り農業、漁業へ従事してもらうことこそが、彼の地を守れなかった我々に出来る最大の償いと判断した次第であります」
「純然たる善意と申すか? ジャスティン・ウィリアム子爵やその他南部の貴族との談合は一切ないのだな?」
「滅相もございません。陛下に誓って、そのようなことはございません」
「うむ。分かった。最後にもう一点、それを通達したのはいつじゃ?」
「第二師団へ通達したのは7の月だったかと」
 今は9の月。師団から大隊へ通達が下るまでどれほどの時間がかかるかソフィには分からぬが、行政府として陸軍省が通達を怠ったとは言えまい。
「あい分かった。下がって良いぞ」
「はっ、失礼します」
 陸軍大臣が部屋を後にすると、ソフィも立ち上がる。
「陛下、どこへ?」
「私室じゃ。いくつか判例を見ねばならぬからな」
 ソフィとしては軍令が正当なものである以上、ハルタルシア派遣を推し進めたい気持ちもある一方で、当該部隊の隊員の故郷を想う気持ちも無碍には出来ないとも思っていた。また、先ほどベイリルグ中佐には司法省へ訴えるよう通達を出している。こうなれば裁判沙汰になるのは必然だ。ランタニアは君主制であるが、臣民に保障する権利や統治機構についてまとめた憲法典が存在する。その中には仕事を選ぶ権利や、結婚をする権利、そして今回一部の兵士が問題視した、自由に住む場所を選ぶ権利も保障されている。そして、臣民は己の信念に基づき司法に申し立てをする権利というのも存在する。しかしそれ以上のことは規定されていないのだ。裁判の存在は明文化されているが、それをどのように行い、どのように結審するかは全て女王の権能となっている。
「あら陛下、お早いお戻りで」
「あぁ戻った。してソニア、私のベッドでなにしてんの!」
「いえ、綺麗に皺の伸びたシーツを見たらつい……うふふ」
「また伸ばしておきなさいよ」
 主人のベッドでうつ伏せになるソニアを特に咎めることなく、自室の本棚から役人が申し立てた行政不服審査に関する判例の載った紙面を取り出す。まだ製本技術の無い頃の判例だ。本国内ではあるが主務省のある出先機関から別の出先機関へ異動となった官吏が実質的な左遷だと不服申し立てをした案件だ。
「この件では……そうね、役所側の通達怠慢によって処分は取り消されたのよね」
「お疲れでしたら胸をお揉みしましょうか?」
「せめて肩を揉まないか変態メイド」
「ハァ……ハァ……」
「息を荒げるな」
「申し訳ありません。お茶をお持ちしましょうか?」
「いや、後で頼むわ。そうね、次に執務室へ戻る時に同行しなさい」
「かしこまりました」
 ソニアと軽口を交えながらも、続いてソフィは別の書面を取り出す。居住の自由に関する判例が記されているものだ。
「国内の人間に対する居住の自由に関するなかなか判例はないのか……」
 その後、何枚かの書面を見ても全て渡航してきた外国人に対しての判決であった。
「あら、これは……」
 かなり古い資料であったが、ようやく居住の自由に関する裁判例が見付かった。かつて砦を建設するために民間人から土地の徴発を行った際に起きた裁判であった。訴えられる側と判決を下す側が同じである以上、致し方ないのだが訴えは棄却された。この時の文言が、今回にも通用するものであるとソフィは判断した。
「ソニア、行くわよ」
「はい。どこまでもお供します」
「ふっ、すぐそこよ」
 ソニアに裾を持たせ、再び執務室へ赴くソフィ。着いて早々、役人の一人に司法大臣を呼ぶよう命じた。また席に着くと、ソニアに茶を用意させた。茶はランタニアが古くから統治する北部大陸の中央に位置するリンディアの名産品だ。未成年のうちに女王となったソフィにとって、茶は最近飲み始めたワインとは比べるまでもない好物であった。芸術の国と呼ばれる北部大陸北西に位置するスイラント王国で生産された白磁の茶器で飲むのがソフィのお気に入りである。ソーサーにカップを置くと、扉の外から役人の声が響く。
「ミランダ大臣、到着なさいました」
「通しなさい」
 ソフィが応じると扉が開き、現われたのは妙齢の美女――司法大臣のミランダだ。傅く彼女に、すぐ側まで寄るよう命じ、執務机を挟んでミランダが座る。ソニアに茶を注がせ、促しながらソフィはことの顛末を語る。
「なるほど、子細かしこまりました。して、陛下のお考えは」
「響歴1402年の役人の不服申し立て案件、また749年の砦建造に際して民間人を移動させた案件の判例を綜合して鑑みるに、此度の件は『本件命令に行政側の怠慢といった落ち度はなく、また将来の国益を鑑み相当のものであり、裁量権の逸脱には当たらず合憲』といったところだろう。軍部の考えも彼らを思ってのことだ。理解してもらうより他あるまい。ウィリアム卿に伝えてくれるな?」
「かしこまりました」
「苦労をかける」
「滅相もございません」
 ミランダはソフィにとって師のような人物だ。司法省というのは裁判制度の確立していない、罪と罰を女王の専断によって定めるこの国にそぐわないように思われるが、司法省には歴代の女王が下した莫大な数の判例が残されている。かつ、憲法を最も深く理解する者が集う役所だ。国の指針を決める頭脳派が揃っている。幼い頃からソフィはミランダを家庭教師として重宝していた。現在の利益と将来もたらされる利益、それらをすぐさま比較衡量し決断する。それはソフィの天性の才であった。それを見抜き、磨いたのがミランダだ。
「彼らのためにもベイリルグ地方を始め国内の復興は急務ね。一部貴族から私財を徴発する勅命を出すこともやむなしじゃ。国庫もそう潤沢じゃない故な。権力の勢力図はどうじゃ? ここにいるだけでは見えて来ぬものが多くてな」
「はっ、それに関しましては――――」
   時は流れて響歴1702年。ランタニア領ハルタルシアは独立の日を迎えた。南部大陸初の民主主義国家として新たな国家、ハルティス共和国の門出だ。その日、首相となった男はこう語った。
「我らが祖国ハルティスは母たるランタニアから親離れする。今から300年近く昔、列強から見れば僻地とも言えるこの地を、ランタニアから派遣された者たちは耕し、原住民に農業を漁業を教え、また文字の教育も施した。大戦も経験したが、彼らは決してこの地を見放さなかった。我らに独立の礎を授けてくれたかの国に敬意を表し、国際協調の世を共に築こうぞ!」
 初代総督となったウィリアム・ベイリルグはその手腕を存分に振るい、ハルタルシア繁栄の祖となった。彼は帝国による中途半端な支配を廃し、合議制を以て意志決定を下すことを是とした。晩年彼は原住民の女性との間にもうけた子供に家督を譲り、一度だけ復興した生家へ戻った。その際、伯爵位を叙すという通達があったが、彼は「彼の地を伯爵領とするつもりはない」と辞退した。彼の人間性が分かるエピソードとして、語り継がれることとなる。
   後の歴史学者によって『法の女王』の異名を授かることとなるソフィ―リス・マリーベル=ランタニア。今はまだ、彼女の長い30年の及ぶ治世の始まりにすぎない。
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herbiemikeadamski · 3 years ago
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. (^o^)/おはよー(^▽^)ゴザイマース(^_-)-☆. . . 12月1日(木) #赤口(戊子) 旧暦 11/8 月齢 7.2 年始から335日目(閏年では336日目)にあたり、年末まであと30日です。 . . 朝は希望に起き⤴️昼は努力に生き💪 夜を感謝に眠ろう😪💤夜が来ない 朝はありませんし、朝が来ない夜 はない💦睡眠は明日を迎える為の ☀️未来へのスタートです🏃‍♂💦 でお馴染みのRascalでございます😅. . 昨日は熊本に来て一番寒い日を過ご しましたが、急に寒くなるんです🍧 まるで、雪⛄でも降るんじゃないか ぐらいでしたよ🤣😆🤣南国なんで 暖かなんだろうと防寒の事を考えた 身支度も揃ってないから困ったチャンw . 今朝の気温を見たら東京は11℃で 熊本6℃って💦(o゚д゚)マジスカ?って \(__ )マジデスw😅💦こんな気温差っ て何なんですかね😅💦地元の方の 談では、この界隈は夏は猛暑で冬 は極寒らしいと✋東京ヨリ🥶☃️❄️🍧⤵️ . 寒くなるのかなって気がして来たw もう12月ですもんね✋イヨイヨ今年の 2022年も第四コーナーラストスパート月です。 残りが丁度、30日✋4週と3日です。 これからは、日々カウントダウンですよ。 まぁ~今月も、お手柔らかに🙏🙏 . 今日一日どなた様も💁‍♂お体ご自愛 なさって❤️お過ごし下さいませ🙋‍ モウ!頑張るしか✋はない! ガンバリマショウ\(^O^)/ ワーイ! ✨本日もご安全に参りましょう✌️ . . ■今日は何の日■. #初のお年玉年賀はがきを発売.  1949(昭和24)年12月1日(木)先負.に「お年玉付き郵便はがき等の発売に関する法律」に基づいて 新しい試みとして昭和25年の年賀用として「お年玉付き年賀はがき」が発行されました。  内訳は2円の通常はがき3000万枚と、中央共同募金委員会・日本赤十字募金委員会に対する寄付金  1円を 付けたもの1億5000万枚である。 . #赤口(シャッコウ・シャック). 「火の元や刃物に注意すべき日」と言われており、凶や死のイメージが付きまとうため、お祝いごと では次で紹介する「仏滅」より避けられることが多いです。  この日は午の刻(午前11時ごろから午後1時頃まで)のみ吉で、それ以外は1日大凶となります。 . #東京水道の日.  東京都水道局が制定。 . #ワッフルの日.  兵庫県神戸市に本社を置き、ワッフルケーキ専門店「ワッフル・ケーキの店 R.L(エール・エル)」を運営する株式会社新保哲也アトリエが制定。 . #手帳の日.  ビジネス手帳の元祖「能率手帳」を製造販売している株式会社日本能率協会マネジメントセンターが制定。 . #映画の日.  映画産業団体連合会が1956(昭和31)年に制定した記念日です。 . #鉄の記念日.  日本鉄鋼連盟が1958(昭和33)年に制定。 . #世界エイズデー.  世界保健機関(WHO)が1988(昭和63)年に制定。 . #明治ヨーグルトR-1の日. 乳製品やお菓子などのさまざまな食品事業を展開する株式会社明治が制定。 . #そうじの達人美来の日. 兵庫県尼崎市に本社を置き、「そうじの達人美来(みらい)」を商品化、販売を手がける株式会社石原メディカルリトリートが制定。 . #市田柿の日. #デジタル放送の日. #カレー南蛮の日. #下仁田葱の日. #着信メロディの日. #データセンターの日. #冬の省エネ総点検の日. #カイロの日. #いのちの日. #瞳の黄金比率の日. #リフトアップケアの日. . . ●Myハミガキの日(毎月一日). ●資格チャレンジの日(毎月1日). ●釜飯の日(毎月1日). ●家庭塗料の日(毎月1日). ●あずきの日(毎月1日と15日). ●防災用品点検の日(年4回). ●歳末助け合い運動(厚生省 ~31). . . ●ポルトガル独立回復記念日. ●ルーマニア統一記念日. ●コスタリカ軍備全廃の日. ●アンゴラ開拓者の日. . . ■本日の成句■. #風邪は万病のもと(カゼハマンビョウノモト). 解説】 風邪はあらゆる病気を引き起こす原因になるから、用心が必要であると云う事。 たかが風邪と甘く考えないように戒める言葉。 「風邪は百病の長」 . . 1945(昭和20)年12月1日(土)赤口. #波乃久里子 (#なみのくりこ) 【女優】 〔神奈川県鎌倉市〕. . . (Saburou, Kumamoto-shi) https://www.instagram.com/p/ClmXMYRBFe13kkoenswjrlZq1H-tKVK9D4IV0Y0/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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sinaizumi · 8 years ago
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スタァのJと記憶の話・1
SF世界改変をしています。
これは元々パロディのつもりでしたが、あの世界で作られた大作映画の宣伝要員として起用されたシャッフルが自分たちの役を使って作られたスピンオフドラマというていで見ても楽しめるかもしれません。
目を開けるとそこには沢山の部品が転がっていた。何故こんな場所にいるのか、計算が終了するまでに時間がかかる。最後の記録に残っていたのは遠くに倒れた持ち主と勢いよく振り下ろされる金属バットだ。『脚部・胴体が著しく破損、損傷率60%』頭脳は修理にかなりの時間と金額がかかるという事実をはじき出してくる。バッテリーが残っていたのも偶然だったのだろう、解体屋に売られた今パーツになるのも時間の問題だった。 (俺の顔面パーツは当時歴代で一番美しいと評価を受けていた。それだけでも欲しいと言ってくれる物好きがいるかもしれない、AIは…これだけ持ち主に弄られてる部品だからなあ) 急にモニターが映らなくなる。よくあるバッテリー残量が原因ではない、元々壊れかけていた目が完全に死んだのだ。何もうつらないまま時間が流れていくが頭脳に組み込まれている時計はそのままだったせいか時間だけは把握できる。電源を入れているだけ無駄だと判断したそれは休止状態になった。 それから6カ月と4日が過ぎた。 ~~残り電力10%~~ 「これなんてどうです?当時は無駄にガワに凝るのが流行っていたもんで」 「いやーでも中古品なんて嫌がるんじゃないかなあ…」 「このパーツに中古品なんて野暮なこと言わないで下さいよー!もうロボットの装飾に拘る人も少なくなって生産ラインも止まってるんですよ?勿体ない、アンティークですよ!アンティーク!」 頭が手に取られる感触にセンサーが反応し、彼の電源が入った。声が聞こえる。「アンティーク」という周りではあまり聞かない言葉に思わず意味を調べた。 (アンティーク…[名・形動]《「アンチック」とも》 * 1 古美術。骨董?(こっとう)?品。「アンティークショップ」「アンティークドール」 * 2 年代を経て品格があること。また、そのさま。「アンティークな家具」) ~~残り電力5%~~ (違うな) (俺をなんとか売り付けようとしている、頭の回転も早いし口が上手い) 「うーん、まあ復刻版とか説明したらなんとか」 「胴体を最新型にすれば新品みたいなもんですよ!今なら勉強させて頂きますから」 「確かに綺麗な顔だし、それもそうだな。その分他のパーツに投資した方が……」 そこでバッテリーが無くなった。 ★★★ 次に視界が開けた時、モニターには見た事のない設備がうつっていた。100%AIは捨てられると判断していたそれは処理が追い付かず少し動きを止める。 「おや?驚いたのかな」 聞い���ことのない声が聞こえて、視界に薄汚れた白衣を着た男が入ってくる。 「お前の頭脳は前の持ち主が余程特殊だったのかかなり面白い状態だったから残す事にしたよ。あの方も気難しい人だけどお前のそのAIなら上手くやれるだろう」 『そんな勝手をして大丈夫なのか?』 「配属先にはいろんなタイプのスタァがいるからね」 『確かに俺のAIは当時の最新技術で作られているけど、今の最新型には及ばないでしょ』 「そんな事はないよ。改良を重ねられてるし聞かれたら最新型だと説明しておけ、実際ボディは最新型だ」 『スタァは嘘が付けないように作られているはずじゃないのか』 「新品はな、お前は色んな経験を積んでるからファジーなんだ。それに聞かれたらそう説明するようにもう組んでおいた。バレやしない、それに嘘をつけるスタァがいるのも面白いじゃないか」 ボディを支えていた部品が外されるとそれはゆっくりと動き始める。 確かに記録に残っていた自分の身体はあちこち修理の痕跡が残っていたはずだ。だが今の体は溶接の跡ひとつなく、何よりもその頃とは比べ物にならないくらい滑らかに動いた。 「それと壊れていた眼球と髪のパーツも変えておいた。よく似合ってる」 目の前に鏡が差し出された。顔を縁取るミントブルーの髪と鮮やかな黄色の瞳、記録にある自分のヘッドパーツとは全く雰囲気が変わっている。 『残ったのは顔と頭脳だけか、次は壊されないようにしたいなあ』 「やれるさ」 『ご希望に添えるよう頑張りますよ』 ★★★ 「個性的なスタァを今すぐ見つけてこいなんて出来るわけが無いんだよ。作っている工場は決まっているし、せいぜいそのステーションや惑星に1体ってのがスタァ自身のステータスになるくらいだ」 『俺はもう生産中止なんだろ?』 「ああ、お前みたいに外観に凝ったせいで生産コストがかかるヤツはもう流行ってない。あんな高価だったのによく個人所有なんてできたもんだ」 『俺は惑星間を飛び回るアイツの話し相手だったんだ。修理リスクを減らすとかで、宇宙船(ふね)から降りた事なんてない』 「へー…話し相手ね、一人寂しい時間を平気に過ごす為に金額は惜しまないってか?そりゃ色々カスタマイズもされてるわけだ。今でも覚えてるのか」 『なんだよその言い方、記憶だけあってもボディが対応してなきゃ意味がないだろ。そんなに気になるなら試してみる?上の口なら対応…』 「勘弁してくれよ。上に合わせる前に使ったなんてバレたら殺されちまう」 『頭は使い古しなのになあ』 「まあ、そう見えないのもお前の強みだろ。その顔はこの宇宙でひとつだけなんだ。せいぜい大事にしろよ。また会えたらその時にサービスしてくれ」 『ありがとうございまーす。また会えたらね』 ★★★ スタァとは男女の型を問わず開拓途中の星やステーションでサービス業を営む為に整備されているアンドロイドの名称だ。スタァ達には量産型から希少価値の高い限定品など様々な種類があり限定品は高い人気を誇る。だが宇宙で働く内に雇い主の趣味や文化、生活様式に合わせて見た目が変変化し独自の人気が生まれるスタァもいた。惑星間開拓が盛んで景気が良かった時代、スタァの見た目に凝るという流行が生まれ外観は次第に派手になっていった。それは元々一部金持ちへの需要を当て込んで当時の最先端技術を使い開発されたため、販売台数はとても少ない。最先端なだけあって基本メンテナンスにも費用がかかり、持ち主が修理代を賄えなかった多くの彼らは只の部品になった。 ★★★ 「降りろよ」 船の扉が開くと風が入り込んできた。冷たい風と埃っぽい空気にそれのAIは外の環境が適応しているか判断を始める。過去、宇宙環境でしか稼働していなかったせいか通常より余計に時間がかかっているようだった。 「なんだよビビってんのか」 ~~機器計測中!通常モードでの会話はできません~~ 感情の籠らない音声が聞こえた。今までノリの良い会話をしていたせいでつい忘れてしまうが、見た目は完全に人間そっくりでもやはり作られたものなのだ。新しいスタァを連れてくる度に毎回認識させられる。 「まぁお前ならすぐ馴染むさ、船以外の場所は新しい事だらけだからな」 『皆んなそう言うんだ。楽しみ』 「うわ!急に戻るなよ…驚くだろ。ほら早く降りろ」 それの頭脳の中では新しい環境に対するアラートとそれらを書き換える為のプログラムが鳴り響いていた。通常ではありえない程の重さに対応が追いつかず動作が遅くなる。まるで緊張から歩く事を躊躇っているように見えた。 「おい!まだ終わらないのかよ!!」 『し…かたない、だろ。新しい環境に、適応…する、にはそれなりの、時間が…最新型、だから…繊細な』 「何が繊細だ。時間が押してるってのに」 『うるさ、い』 データのインストールが追いついていない中で無理に話した事により更に負荷がかかったそれは完全に動きを止めた。 「嘘だろ…!」 彼はウンザリした顔でその場に座り込むとポケットから端末をだし、通信を始める。 「ああそうだよ、遅れる。あの野郎に伝えておいてくれ。仕方ねえだろ」 予定外の時間のロスに声を荒げようとした瞬間に声が降ってきた。 「それが今日到着予定のスタァですか?」 「え!」 彼が顔を上げるとそこには薄く笑みを浮かべた男が立っていた。端末を投げ出し彼は慌てて姿勢を正す。 「申し訳ありません。環境に頭脳が耐えられないようでデータの更新に時間が…」 「構いませんよ。スタァは繊細なものですから大切に扱わなければ」
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indrpdd-blog · 8 years ago
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創作小説キャラクターに100の質問   1. 名前とその由来は? あだ名(通り名)があるなら、そちらも教えてください。 「インドラだ。よろしく」
  2. 性別と年齢を教えてください。 「性別は男、年齢はよくわからないな」
  3. 生年月日はいつですか?(判っている範囲で) 「4月の27日だそうだ」
  4. あなたの国籍、民族(または種族)は? 「私は人ではないからね。その括りでは説明が出来ないよ」
  5. 今、どこに住んでいますか?その町(市、村etc.)に対してあなたはどんな印象を持っていますか? 「アントラに住んでいる。とても平和なところだ、心優しい者がたくさん集っている」
  6. 出身地はどこですか?いつまでそこにいましたか?その町(市、村etc.)に対してあなたはどんな印象を持っていますか? 「どこ、と言われたらよくはわからない。  貧しい村だった……金銭的なものだけではない、人の心もまたそうであった。」
  7. あなたの髪の毛、瞳、肌は、それぞれ何色ですか? 「髪は薄い水の色、瞳は青色に黄色が混じっている、肌も人の色とは違うな、薄い黄色だろうか」
  8. あなたの外見上の特徴を体格、顔つき等の面から五つ前後挙げてください。(具体例:身長は並、顎がしゃくれてる、等。) 「身長は低くはない、腕が6本、人差し指の爪だけが特に長い作りになっている。それから宝冠を頭に付けていることと、背には円光がある」
  9. あなたの外見上以外の特徴を身体能力、持病等の面から五つ前後挙げてください。(具体例:右利き、近眼、頭痛持ち、等。) 「難しいな。利き手は特にない、両の手の2本を主に使っている。痛みは特に感じない。水浴びをすると傷が回復する…あとは水の術のようなものが使えるよ」
 10. あなたが普段喋っているのは、どんな言語ですか?標準語ですか、地方方言ですか?仲間内だけで通じる学生言葉や業界用語のような言葉はよく使いますか?公私等で使い分けているならば、それぞれどう使い分けていますか? 「これは何というのだろうな、これまでの話し方から検討して欲しい」  
11. 字は書けますか?達筆ですか?癖字ですか?字を書くのによく使う、筆記用具は何ですか? 「字は書けるよ、不思議とこの世界の文字も自然と書けるようになっていた。縦に長い癖の強い字だと言われたか…  使うものはその辺りに売っているものなどを。必要に応じて」
 12. 職業は何ですか?副業は持っていますか?(学生なら、どこの学校に行って、何を勉強していますか?アルバイトはしていますか?) 「アントラの船員…で良いのか?たまにカーラの店でヘトクエクの手伝いをすることもあるよ」
  13. 職場の(学校の)人間関係には恵まれていますか?恵まれていませんか?職場(学校)の誰が原因でそう感じるのだと思いますか? 「ありがたいことに皆私に良くしてくれる。時に厳しく、時に優しく、私に何をすべきか教えてくれている」
 14. 今の仕事(学校)は自分に合っていると思いますか?どんな時にそれを感じますか? 「そうだな、合っているのだと思う。皆の帰る方法を探している時、私の目指すものにとても近い位置で動いてくれていると感じている」
 15. 今、誰と暮らしていますか?家族構成を教えてください。 「私とヴィマル。広い範囲で言うと和州の者達と」
 16. 今住んでいる家(部屋、宿)の様子を差し支えない程度に教えてください。 「和州に部屋を借りている。それから小さい家を水辺に構えている。必要ないかと思ったが、人が尋ねて来た際に話す場所が必要だからな」
 17. 家の自室、仕事場(教室の自分の机、ロッカーetc.)等、あなたが日常的に個人的に使う場所は、整頓されていますか?掃除や整理整頓は得意ですか?不得意ですか? 「そもそもあまり不要なものを置かないよ。部屋���毎日綺麗にしている。私も物であったから、自分の持ち物くらいは綺麗にしておいてやりたい」   18. 特技(特殊能力)はありますか?何ですか?あなたにとって、その特技(特殊能力)が一番役立つのはどんな時ですか? 「前にも述べたとおり、水の術を使うこと。壁などにも登れるよ。ダンジョン内で非常に約に立っている」  19. 賞(賞状・勲章)をもらったことはありますか?もらって嬉しかった賞、自慢できる賞は何ですか? 「そのようなものを貰う機会がないな……」  20. 免許、資格(特権、特別許可etc.)持っていますか?それは今役に立っていますか? 「特に持ってはいない」  21. 体は丈夫な方ですか?今までにかかった一番大きな病気は何ですか?また、一番大きな怪我は何ですか? 「丈夫という程のものではない。しかし傷を負っても水を浴びればすぐに元に戻るよ。  大きな怪我はアントラに所属する以前に、外で会った者達に傷を付けられたことくらいか…」  22. 信仰している宗教はありますか?あなたは敬謙な信者ですか?そうでもありませんか? 「ふふ、私そのものが宗教のようなものだからね。皆私を神化しているようだがそこまでの力はないよ」  23. 好きな年中行事は何ですか?それが好きなのは何故ですか? 「元の世界の習慣で��ディワリと呼ばれる行事が好きだ…。  ろうそくやランプに火を灯し、静かに祈りを捧げて1日を過ごすのだが、それだけで心が安らかになる…」  24. あなたは今どんな髪型で、どんな化粧をしていますか?何故そうすることを選んだのですか? 「髪は特に気を使っていない、跳ねたり伸びていたり……作られた時のままだ。  どんなに切っても水を浴びるとこの髪型に戻ってしまう。化粧はしていないよ、男だからね」  25. 普段どんな服を着ていますか?お気に入りの一着はありますか? 「簡単に布を巻いただけの服だ。それからミシェルに繕ってもらったTシャツを着ている。  お気に入りは舞浜がくれた着物だな」  26. 日常的に使う道具は丁寧に扱っていますか?乱暴に扱いますか?長く愛用している物があったら、教えてください。 「これといって思い当たる物はない。物は丁寧に扱うようにしているよ」  27. お金はいつもいくらぐらい持ち歩いていますか?お金を支払う時、現金以外の手段を使いますか?それは何ですか? 「あまり頓着していないからな……出かける場所に応じて変えるようにはしているが、困っている者をみるとすぐくれてやってしまうから  持っていないことの方が多いかもしれないね。たくさんお金が入った時はジョンに預けたりしているよ」  28. ちょっとした臨時収入があったら、まず何に使いますか? 「自分に使うことはまずない。人に何かをくれてやることが多いか…」  29. 自分の持ち物の中で、他人に比べて数を多く持っている、あるいは品質がいい物をそろえていると思うものは何ですか?自慢の一品があったら、教えてください。 「特にないな…あまり物を買うことがないからね」  30. 縁起、験を担いでやっていることや、気をつけているジンクスは何かありますか?どんなことですか? 「これも特にないだろうな」  31. 家と職場(学校)以外で、あなたがよく足を運ぶ場所はどこですか?そこに何をしに行くのですか? 「ヘトクエクの部屋に上がらせてもらったり、ジョンの家に集まることが多いだろうか」  32. よく使う交通機関は何ですか?愛車(またはそれに類するもの)を持っていますか?車種は何ですか? 「特にはない。人に連れられて出ることが多いから、大体相手に任せてしまうよ」  33. 行き慣れない場所に行く時、目印、目安にするものは何ですか?地図を見て、はじめての場所に迷わず行けますか? 「地図はよくわからない…いつも行き当たりばったりだからね。迷って人の世話になることが多いか……」  34. 身近な情報から時事問題等まで、あなたが情報を得る時の、主な手段は何ですか?どこからの情報を、一番信用していますか? 「皆に聞く事。この世界のことは分からないことが多いから、見知った者の解釈を交えて説明をしてもらうことが一番確実なんだ」  35. 幼い頃、あなたはどんな子供でしたか?友達は多かったですか?夢中になっていた遊びや、熱心だった習い事はありますか? 「私には幼かった時はないよ。昔の事というのであれば、村で一人で居た時のことになるだろうか。  どうであったろうな、人と触れ合うことのなかった私は……」  36. 勉強は好きでしたか?(好きですか?)得意分野、不得意分野を教えてください。 「知識を得る事は嫌いではない。新しい事を知る事は、新しい解釈を得るということになるからだ」  37. あなたは不得意分野は避けて通りますか、それとも克服しようとしますか? 「その時になってみないと分からないね。ただ、全てを受け入れるということはそのような状況も受け入れるということになるのではないだろうかと考えている」  38. 身に付けようとした技術、能力等で、結局身に付かずに諦めたことはありますか?身に付けることができなかった敗因は何故だと思いますか? 「そのようなことはないな。私なりに出来る事を少しずつ行っている」  39. 自分の性格を表現するのにちょうどいいことわざ、四字熟語等を挙げるとしたら、何ですか? 「私の事を…か、……………よくわからないな」  40. 自分は記憶力がいいと思いますか?他はともかく、このことに関しては記憶力が良くなる、というようなことが何かありますか?反対に、このことだけは何度覚えようとしても抜けていく、というようなことは何かありますか? 「人から聞いた事や書物から得た知識はほとんど忘れたことはないよ。」 41. 作業や仕事をする時に、時間、場所等、どんな環境だと一番はかどりますか? 「一人、若しくは喋らずとも平気な者と一緒の空間であったら」  42. 春夏秋冬の中で、好きな季節、嫌い(苦手)な季節を、それぞれ理由もつけて教えてください。 「皆それぞれに違いがあって好きだが、特に好きなのは春と夏だ。私の好きな花が咲く時期でね」  43. 好きな食べ物、嫌いな食べ物、を教えてください。 「カレーと、ミアや舞浜がよく食べている団子が好きだ。あまり進んで食べたいと思わないものは肉類だな」  44. 食事は一日何回、どこで誰と取ってますか?それぞれのありがちなメニューって何ですか?食事は自分で作ってますか? 「私だけの時はとらないよ。皆が食べるのを見て、同じように食べるようにしている。  自分で作れる物はあまりない。カーラの作る料理を好んで食べているよ」  45. お酒は飲みますか?強いですか?弱いですか?酔うとどうなりますか? 「勧められたら飲む程度だ。飲めないということはないが、だからと言って強いということはない。  ……あまり酒を飲んだ後の記憶がなくてね、……酔うとすぐに眠くなってしまい世話をかけてしまうことがある…」  46. 睡眠時間は一日何時間ぐらいですか?寝つき、寝起きは良い方ですか?悪い方ですか? 「私はどうやら眠らなくても良い体質らしい、人と同じように眠る事はないよ」  47. 一日の中で、ほぼ習慣になっていること、何かありますか? 「朝、起床後すぐに外に出て日を浴びる事だ」  48. 趣味は何ですか?自分はその趣味の何に魅力を感じているのだと思いますか? 「趣味と呼べる程のものはないように思う……、皆の話を聞くというのはその範疇に入るだろうか」  49. 歌うことや踊ることは好きですか?演奏できる楽器は何かありますか? 「歌や踊りは好きだ。  私がまだこの形をしていなかった時、村人達はいつも歌を歌い舞を踊り、賑やかにしていた。  遠くから見ているだけであったが皆喜びに溢れていると思えたよ」  50. 観劇、映画、コンサート、スポーツ観戦、展覧会等に、お金を払って見に行きますか?好きなジャンル、アーチスト(チーム、選手etc.)は何(誰)ですか? 「そういえばあまりそのような場所に赴く機会がなかったか……  詳しい者があまり周りにいないせいだろうか、是非一度行ってみたいものだ」  51. 体を動かすのは好きですか?得意なスポーツがあれば、教えてください。 「そうだね、得意なものは分からないが誰かと共に何かをするのであれば何でも楽しいよ。一人では…どうだろうな、体を動かすよりも本などを読む方が多いか。  やはり誰かと共に行うことが好きらしい」  52. 持久力、瞬発力には自信がありますか?あなたの持久力や瞬発力に関する、分かりやすいエピソードがあれば、教えてください。 「ずっと動いているよりは瞬間的に動く方が得意ではないかと思っている」  53. 苦手なもの、怖いものってありますか?それは何ですか? 「体質だろうか、火や雷などが苦手だな。あとは………いや、止めておこう」  54. やらなくてはいけないけれど、やりたくないこと、あなたは我慢してやりますか?やりませんか? 「やらなければいけないことがあるというのはとてもありがたいことだ、率先して行うようにしているよ」  55. 日常生活の中で幸せを感じる瞬間ってありますか?どんな時ですか? 「皆が幸せそうにしている姿を見たら、それで……」  56. 一度始めたら、なかなかやめられないこと、何かありますか?どれくらい続けてしまいますか? 「夢中になると歯止めが利かなくなる事は良くあることだ……ついつい時間を忘れて耽ってしまうよ」  57. ちょっと一息つきたい時、一休みしたい時、何をしますか? 「何かをするということはない。目を瞑り、呼吸を深くする。それだけで体すぐに体は休まるものだよ」  58. 休みの日、誰かとどこかに羽を伸ばしにいくなら、誰とどこに行きますか?そこでどうやって過ごしますか? 「外に出るなら見知った者達と行くことが多いだろうか。どこへ行くかはあまり私から言うことはないように思う」  59. あなたにとって、有効なストレス発散の手段は何ですか?どれくらいの頻度でそれをしますか? 「ストレスが溜まるとは、どのような状態のことであろうか」  60. いらいらする瞬間は、どんな時ですか?自分は気が短いと思いますか?気が長いと思いますか? 「怒る、という感情がそもそも理解出来ていないように思う。」  61. 自分の立場(身分、年齢)ではできないけれど、やってみたいことってありますか?どんなことですか? 「特にはないな。今までそのように考えた事はなかった…」  62. 喜怒哀楽、最近の出来事で一つずつあげるとしたら、どんなことですか? 「喜ばしかったことは皆でダンジョンを攻略したこと、何かに憤りを覚えたということは特にない。  哀しいと感じたことは先日ダンジョンで一人きりで動けずにいた娘を見たこと、楽しいと思う事はは毎晩ヘトクエクと一緒に茶を飲むことだろうか」  63. 忘れられない景色はありますか?いつどこで見た、どんな景色ですか? 「故郷の村と、そこで見ていた空だ。貧しくとも苦しくとも生きようと祈りを捧げる人々が私の前に集っていた。……私は、………」  64. 自分はどちらかと言えば積極的だと思いますか?消極的だと思いますか?普段は積極的(消極的)だけれども、このことについては消極的(積極的)になる、という事はありますか?どんなことですか? 「どうであろうな、私自身の事についてはよくわからない。ただ、誰かが必要としてくれた時、相応に働こうとは努力しているつもりではあるよ」  65. 他人に指摘されて初めて気がついた自分の性格、または自分ではそう思わないのに他の人からよく指摘されるあなたの性格って何かありますか? 「父親のようであると言われたり、母親のようであると言われることがある…ということだろうか」  66. 他人に尊敬されたり、評価されたことで嬉しかったこと(うれしいこと)は何ですか?反対に、評価されても嬉しくないこと、ありますか? 「私に感謝をしてくれる者はたくさんいるよ。しかし私は尊敬されたり評価されたい訳ではない。皆が笑って過ごせるようなら、それで」  67. 法律や規則は厳守していますか?こっそりやった(している)規則違反、やった(している)けど露呈していない違法行為、何かありますか? 「守るようにはしている。アントラは特にそのような規律が多いが、皆が共に生活していく上で必要となることなのだろう」  68. 法律や規則、あるいは風習として決まってしまっていることで、納得できないこと、変えて欲しいことはありますか?どんなことですか? 「特にはないな」  69. あなたは時間に几帳面ですか?待ち合わせをして、待たせる、待たされる、それぞれどれくらいなら自分の許容範囲ですか? 「時間は守る……待ち合わせをすること自体があまりないが、私が待つことの方が多いのではないだろうか。  相手からの連絡がないようであればいつまででも待っていられるよ」  70. 話をするのは好きですか?大勢の前で演説する、親しい人と喋る、誰かを説得する、何かを説明するetc.どんな場面で話をするのが得意で、どんな場面で話をするのが苦手ですか? 「話をするのは好きだ、相手が何を望んでいるのか、何を考えているのかを私は知りたい。  誰の前で話すとしても、特に気負う事はない。」  71. 共同作業をするのは得意ですか?不得意ですか?あなたは自分が中心になって動く方ですか? 「まだ不慣れなことが多く、迷惑をかけることもある……私は人に指示を受けて動くことが多いよ」  72. 今一番の悩みは何ですか?その悩み、解決するあてはありますか? 「時々私自身が何を考えているのかわからなくなることだろうか。解決策があるのなら私も聞きたいところだね」  73. 今一番、欲しい物は何ですか?それが欲しいのは何故ですか? 「欲しいものはあまりないが、カレーのレシピの本が欲しいと思っている。色々作れたら皆にも食べてもらうつもりだよ」  74. もらって嬉しかった贈り物は何ですか?反対に、もらって困った贈り物は何ですか? 「物については勿論何でも嬉しいが、私を想ってくれたその気持ちが一番嬉しいと思う」  75. あの時こうしておけば良かった、と思っていることがありますか?どんなことですか? 「……………………………」(昔のことを思い出している)  76. 今までした一番激しい大喧嘩は、誰と何が原因でしましたか?その相手とはどうなりましたか? 「喧嘩をしたことはない…、と私は思っている。一方的に怒らせてしまったことはあるな、大抵は私が別の世界の者だということが原因のようだ」  77. 『その時、その瞬間』だからできた、今もう一度やれと言われてもできないこと(またはやりたくないこと)ってありますか?どんなことですか? 「あまりそのように考えて行動していないからな、……良く���わからないよ。  私は私に出来る事、やらねばならないことだけを常に行っていると思っている。」  78. 今まで受けた一番激しいカルチャーショックは何ですか?今では慣れましたか? 「こちらの世界は私のいた世界よりも発達していて驚く事が多い。  私が特に驚いたのは、遠くの人々とも瞬時に話が出来ることや、移動手段の多さだろうか。」 79. 墓の中まで持っていくつもりの嘘、秘密はありますか?それを共有している相手はいますか? 「嘘や秘密などはない、皆聞かれれば答えるよ。」  80. ちょっとした嘘、相手の勘違い等、で訂正しないまま今にいたっていること、何かありますか? 「そのようなことは特にないな」  81. 自分と違う世代の相手と付き合うのは得意ですか、不得意ですか。苦手な世代はありますか?それは何故ですか? 「付き合うにあたり人を選ぶことはない。誰とでも縁があれば、それを大切にしようと思っているよ」  82. あなたにとって付き合い易い相手とは、どんなタイプですか?今あなたと仲が良い人は、そのタイプに当てはまりますか? 「……そうだね……私と一緒にいる者は人ではない者達が多いのではないだろうか  付き合いやすい、というよりは、自然と傍にいたように思う。」  83. あなたにとって付き合い難い相手とは、どんなタイプですか?今身近にそのタイプの人はいますか? 「私に関心のない者や、旅人に対して良く思わない者だろう。  アントラでは皆が優しくしてくれる。しかし残念だが、外に行けばそのような者もたくさんいる。」  84. 恋人(良人)はいますか?付き合うことになった(結婚した)きっかけは何ですか? 「そのような類いの者はいないね。私が一人に執着することなどあるのだろうか?」  85. 尊敬している人はいますか?誰ですか?何故尊敬しているのですか? 「たくさんいるよ。この生き辛い世界で懸命に生きる者皆、それに値すると思っている」  86. 恩人、と呼べる相手はいますか?その人は、どんな場面であなたを助けてくれたのですか? 「ジルベルトには以前世話になったことがある。  私がNIVの者達に襲われて動けなくなっていた時、水場まで案内してくれたんだ。回復した今でも良くしてくれているよ。」  87. 今のあなたにとって最も大切な人、必要な人は誰ですか? 「誰か一人を選べというのは難しいな」  88. 疎遠になってしまった人で、できればまた付き合いたい相手はいますか?それは誰ですか? 「私が会いたいと思っている者達は皆死んでしまったよ、………」  89. 苦手だけれど、一目置いている相手はいますか?それは誰ですか?どう苦手で、何に一目置いていますか? 「苦手、と思う者は特にはいないと思っている。」  90. 自分ではまねできない、うらやましい性格の知人、友人はいますか?それは誰ですか?うらやましいと思うのは、どんなところですか? 「そのようなことを考えたことはなかった。人を羨むとはどのような感情なのであろうか…」  91. ライバルはいますか?何に関してのライバルですか?今の時点でその相手よりあなたが勝っていること、反対に負けていることはそれぞれ何ですか? 「どうだろうか、そのような者は居ないと思っているが…」  92. あなたは誰かにとっての『一番』でいること、ありますか?誰にとって一番何ですか? 「私に聞かれても困る質問だ……」  93. あなた自身のことで、誇っていること、自負していること、自慢に思うことを教えてください。 「これもよくわからないな………腕が6本あることが多少人よりは便利なくらいだろうか」  94. 将来の夢は何ですか?その夢の実現のために、今していることが何かありますか? 「夢とは別の話かもしれないが、元の世界に戻りたいと願う者が帰れる日が来ることを願っている。  そのための手がかりがあるかもしれないということで、私もダンジョンの攻略に参加しているよ」  95. 今の自分とは違う生き物になるなら、何になりたいですか?何故ですか? 「私でないものになっても思想は私のままであったら、何になっても結局変わらないような気がするのだが……?」  96. 今いる世界から抜け出して、別の物語の登場人物になるならば、どんなジャンルの物語のどんな役が自分にはぴったりだと思いますか? 「そのようなこと、考えたことはなかった……」  97. 次の文の○○に言葉を入れてください。『世界は○○に満ちている。』それは実感ですか?他のものですか? 「世界は多くの苦しみと、多くの優しさに満ちている」  98. 今一番の願い(望み、希望していること)は何ですか? 「先に言ってしまたな、帰りたいと望む者が帰れるようになることだ」  99. 座右の銘、モットーを教えてください。 「あらゆる欲望の奴隷になってはいけない」 100. これが100問目になりますが、以上99問に答えながら、初めて知った自分自身の設定はありますか? 「私はまだまだ知らないことが多いようだと改めて気付かされた。精進します」
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sabooone · 8 years ago
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黎明、即ち再開の空の下で/10/2011
どこをどうして迷い込んだのか、今となっては思い出せない。
百合子は広すぎる洋館のしんと静まった暗い廊下を一人で歩いていた。 女中も召使いも誰もおらず、先ほどまで一緒だった兄さえもいなくなっていた。
普段からお転婆がすぎると母から怒られてはいたが、今日ばかりは深く反省した。 廊下は広く長く、一歩一歩進むごとに暗闇が深くなっているような気がする。 じんと鼻先が痛み、涙が溢れそうになるのを百合子は堪えた。
しばらく行くと暗い廊下にぽつりぽつりと灯りがつきはじめた。 百合子はほっとしたが、それらの灯りはより深く暗いところへ行くための目印だったのだ。 そうと走らない百合子はその灯りを頼りに、階段を降りる。
下階の方からは、ごうんごうんと音が聞こえてくるので誰かいるのかもしれないと思った。 階段を踏み出せば不思議な匂いがした。それは苦いような青臭さだった。 しばらく行くと古い扉があらわれ、音も匂いもその中からしているようだった。 その取っ手に手を伸ばし、引いてみるがぎしりと金属音がするだけで開かない。
百合子は何度か押したり引いたりしてみたりしたが、どうやら鍵がかかっているらしくびくともしなかった。
「誰かいないの?」
声をかけてみても同じで、がっくりと諦めて更に続く階段を降り始める。 階段は行き止まりにまた扉があって、百合子はそれを押して開けてみた。
瞬間、あふれる光りに百合子は思わず目を瞑った。 さわさわと何かが風に揺れる音がして、甘い香りが鼻孔をくすぐる。 ゆっくりと目を開き、何度かぱちぱちと瞬きをしてようやくそこが花いっぱいの温室だと分かる。
「まあ……」
先ほどまでの寂しさを忘れ百合子はその花々に見蕩れた。 白や朱に黄色、薄紫に紅といった様々な色の花が百合子の背丈ほど伸びているのだ。 花壇はきっちりと区切られ、脇には水路がちょろちょろと流れている。 そして更に上を見上げると、ガラス張りの天井に魚が泳いでおり、その透明な天井から差し込む陽の光はとても明るかった。 まるで夢のなかのようだと思う。
「きれいね」
百合子はそう言って花に触ろう手を伸ばした。
「ダメですよ」
急に声をかけられて振り返った。 そこには下働きらしい少年がおり、厳しい顔つきをして百合子を見ていた。
「あの……あ、わ、私、迷ってしまって……」
とっさに口をついて出たのはそんな言い訳だった。 花を盗もうとしたのだと思われたのではないかと不安になる。
「それに……花をとろうとしたのではないわ。みたかっただけなの」 「花が――お好きなんですか?」 「ええ、好きよ」
少年の顔つきが幾分か柔らかくなった気がして、ほっとしながら百合子はそう答えた。
「ここの花はダメですけど、庭園にはもっといろいろな花があります。 それなら、良いですよ」 「本当?」 「はい」
少年はそういうとすたすたと部屋を出る。 百合子もそれに遅れまいと追いかける、二人が部屋を出るとがちゃんと音を立てて扉がしまり暗い廊下に戻る。 暗い階段を少年の後をついて歩きながらそれでもどこからかあの花の匂いがした。 そして、それが少年から香っていることに百合子は気がついた。
がたん、と自動車が揺れる。 うとうととうたた寝をしていた百合子は窓硝子に額を打ち付けた。
「っ……」
不意の痛みに思わずぶつけた額を押さえて苦悶の声をあげる。 じんじんと痛む額をおさえつつ、何か夢を見ていたような気がしたのだが、どんな内容だったか思い出せなくなってしまっていた。 掬い上げては指の隙間からこぼれ落ちる砂のように、夢の記憶が遠ざかる。
「あともう少しで到着しますよ」
運転手が百合子に声をかけて返事をするときには、すっかりと夢の内容は思い出せなくなっていた。 深い緑が続く車道。 百合子は、神奈川県の山奥に建つある洋館に招待されていた。 事の起こりは数週間前、百合子のもとに不思議な手紙が送られてきたことから始まった。
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名探偵、野宮百合子嬢に告ぐ。 貴方が真の名探偵であるというのならこの家に伝わる財宝を探し当てよ。
「随分と挑発的な手紙だな」
斯波の服装はすでに病院の用意したものではなく、自前のいつもの洋装だった。 まだ退院は早いのか、それでも会社への指示だけは出すようになっていた。 前日にあのようなことがあったばかりだというのに、百合子はその手紙をもって斯波の病室を尋ねている。 考え始めたらだめなのだ、深く考えてしまうと今でも顔から火が出るほど恥ずかしいし手も震える。 心臓の鼓動は鳴りっぱなしになるし、まともに斯波の顔を見られなくなる。
「そうなの、それでねこの差出人がまた奇妙なの」 「蔵元澤三郎っていうと、数年前に死んでるじゃないか。 たしか心の臓が弱っての病死だったか――それにしても面白い偶然だな」 「偶然?」
きょとんとした百合子に斯波は知らなかったのかとばかりに驚きながら言った。
「真島芳樹は蔵元邸の庭師だったんだぞ」 「蔵元邸の?――藤田は蔵田家の庭師だったと言っていたわ」
百合子はそれを聞いてわずかに戸惑う。 確かに藤田に確認した時はそう言っていたはずだ。 藤田は真島よりも長く野宮家に仕えていたから、情報は確かなはずだった。 その情報を知ってから一度だけ蔵田家を訪れたがすでに邸は売買され、違う住人が住んでいた。 手伝いのものや女中などもすっかり人が変わっていたためそれ以上足跡をたどることはできなかったのだ。 その事を斯波に伝えると、なるほどなと頷きながら説明し始めた。
「蔵元は、元々蔵田家の番頭をやっていたんだ。 江戸時代末期、蔵田は水田開発だの塩田開発だ���で土地持ちになって、更に質商や金融業も営んでの豪商となった。 そして、当時多くの豪商が私札を発行することになる――ところがだ、私札を発行した家は大名に賃金を支払不能にされたりして没落の道をたどった。 ただ、蔵元は私札発行には目もくれず東京近隣の土地を買い上げた。 だから、あの頃の蔵田家といっても実質は借金まみれの没落家だったはずだろう。 蔵元は恩返しのつもりかいくつか蔵田の借金を負っていたはずだから……東京にある蔵田の邸はほとんど蔵元の所有と思っていいだろう」
そこまで喋って斯波は百合子の視線に気がついた。 じとりと湿り気の帯びた瞳が、不審そうに斯波を見つめている。
「何だお姫さん」 「どうしてそんなに詳しいの?」
百合子が不審がってそう問うと、斯波はにやりと口の端を釣り上げて答える。
「敵情視察は基本ですからね、真島とやらのことを聞いてからは人をやって調べさせた」 「探偵の助手が別の探偵を雇って?」 「別の探偵じゃない俺の部下だ。――それでこの挑戦受けるのか?」 「……まだ、受けないわ。だってまだ斯波さんも本調子じゃないし、 仮に今受けると言ったらあなた無理やりにでもついてくるでしょ?」
白いシャツの下にはぎゅうぎゅうときつくさらしが巻いている。 毎日包帯を取り替えて抜糸もされていない傷口を日に何度も消毒する。 夏も終わりようやく涼しくなってきたものの、斬りつけられた傷口が化膿しなかったのは運が良かったのだろう。
「傷はもう塞がってるが……」 「いいえ、そんな状態でついてこられたら逆に足手まといですからね。 あなたの性格はよおく知っているもの、斯波さんの傷が癒えるまでは保留にするわ。 それに、いまだに記者が家の周りをうろついていて……何を書かれるか分からないものね」 「ああ、それは英断だな」
斯波は手紙を折りたたんで百合子に手渡す。 秋の涼しい風が開いた窓から入り、白いカーテンをはためかせる。 百合子が見舞いにと持ってきた花がそよそよと揺れた。
(そういえば斯波さんのために花を選ぶ日がくるとは思わなかったわ)
百合子は自分の髪が長かった頃のことを思い出していた。 自分も斯波もあの頃から随分と変わってしまったような気がする。 そう思ってちらりと斯波を盗み見ると、斯波も百合子を見ていたようで一瞬目があう。 百合子はどきりと心臓が跳ね、ゆっくりと顔が紅潮していくのがわかった。 そんな百合子に対して斯波はどこか気の抜けたような顔をして笑った。
「ところで、今日は林檎を食わしてくれないのか?」
重湯が物足りないと文句を言っていた時に、差し入れにと市場で買った林檎をもってきたのだが、 刃物の扱いが苦手な百合子は随分と苦労して皮を剥いたのだ。 ごつごつと見た目も悪く、買った店が悪かったのかすかすかと海綿のような林檎だった。
「私がやるよりも、斯波さんがやった方がお上手だったじゃない」
見かねた斯波が一つ試してみたらするすると器用に林檎の皮を剥いていくのだ。 まるで職人技のようだと百合子は感動したが、何をやらせても器用にこなす斯波を少しだけ憎らしく思った。
「なんだなんだ、連れない人だな。俺はお姫さんが切ってくれた林檎を食いたいんだ」 「もう、そんなに言うのならやりますけど」
そう言って机に置かれた籠を取る。そこには水果千疋屋と書かれていた。
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(結局、斯波さんを騙して一人で来てしまったけれど……まさか後から追っては来ないわよね)
斯波にはしばらく親戚の家で大人しくしているつもりだから、当分見舞いに行けないかもしれないと伝えておいたのだ。
東京から神奈川まで自動車でだと半日もあればつくが、そこから山奥の別荘へと向かう道は悪路が続いていた。 こんな山奥に邸を建てるなどと酔狂なことだと百合子は考えながらぼんやりと車窓を見つめる。 そして、木々の間から見え始めた塔を見て絶句する。 とても山奥に建っているとは思えないほどの、別荘と呼ぶには些か大きすぎる建物が見えてきた。
「あの、あれが……」 「蔵元邸です――まあ地元の人間は蔵元城と呼んでいますけどね」 「そう、城……」
聳え立つ塔をもち、外堀をめぐらせ跳ね橋をかけている様は城と形容するのが一番ふさわしいだろう。
「何でも英吉利の有名な建築家を呼んで作らせたっていうほど先代が英吉利贔屓らしくてね。先の災害にも耐えたそうですよ」 「先代っていうと、数年前に亡くなった?」 「そうそう、港の辺りの土地を持っていたらしいし、土地開発と貿易なんかで儲けたらしいけどね。 この辺りじゃどこぞの議員さんやら華族さまよりも有名だよ。ところでお嬢さんはどういった用事なんだい?」 「雑誌の取材です、こう見えて編集者なので」
運転手は何も知らされていないのか、呑気に問いかける。 百合子もとっさに答えたが、どうにも”探偵”です、とは言えなかった。
「へえ、東京からわざわざねえ。へえ、雑誌の記者さんか」
ミラー越しに検分されるように見られているのを感じる。 百合子は気にもしないと言う風に軽く髪の毛を触った。 薄紫のモダンな洋装に手首までの白い手袋、流行りの帽子を被ってタイを結んでいる。 どこからどうみても東京のモダン・ガールであり、職業婦人である。 そしてミラーの視線に今気がついたという風に、にっこりと笑って見せてから問いかけた。
「蔵元家は地元の皆さんにも慕われていたみたいですね」 「そうだねえ、俺の曾祖父さんがよく言っていたけどほら天保の飢饉には金何両だかを献じたって。 先代で一時期ちょっと雲行きが怪しくなった時があったらしいが、やはり商才だろうね。 すぐに立ち直って――まあ、その矢先に先代さんはお亡くなりになったんだけどね」 「そうなんですか、えっとじゃあ今は――」 「跡取り息子の宗太さまって方が継いだらしいけど、どうだろうね。 北海道あたりの――何と言ったかな室蘭だったかな……とにかくそのあたりに製銅所が出来るという話があってそれの投資に躍起になっていたと聞くよ」 「そうなんですか」
興味深そうに相槌を打ったのが気になったのか、運転手の顔が曇る。
「あ、今の雑誌に書くつもりかい?まずいなあ……」 「いいえ、大丈夫ですよ」
運転手は困ったように頬を掻くと、それきり黙ってしまった。 もう少し話を聞きたかったが、仕方が無いと諦める。 百合子も自分で下調べをしてはみたものの、さすがに限界があった。 今はもう新聞社に立ち入ることもできないし、斯波を頼りにすることもできない。 けれど、今まで詳細のつかめなかった真島の過去に何か触れられるのなら、と思うと居ても立ってもいられなくなったのだ。 斯波はきっと怒るだろうな、と百合子は思った。 何も告げずに一人で行動することに、眉根をよせて作るしかめっ面を思い出す。 くす、とわずかに笑みが溢れるのを居住まいを正す事でどうにか誤魔化した。
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病室の扉が開く。 現れたのは山崎だった。 しゃくしゃくと瑞々しい林檎を頬張りながら、斯波は山崎を一瞥して確信したように頷いた。
「山崎、行ったか」 「ええ、社長の仰るとおりでした」 「やはりな――。よし、ではこの中から一番目を引く見出しを選べ」
斯波は寝台にあぐらをかき、敷物の上にに筆文字で書いた半紙を並べた。
一、怪奇!死人からの挑戦状、野宮百合子最後の事件! ニ、T氏の埋蔵金を探せ!美人探偵百合子の事件帖! 三、華族探偵野宮百合子と呪われた洋館の謎! 四、名探偵野宮百合子、危機一髪!~呪われし財宝と最後の事件~
それに全て目を通して、しばし考えこむ。 そして、どこか誇らしげにしている斯波に率直に聞いた。
「社長、これは一体……」 「もちろん、各新聞社に送るタレコミだ」 「なぜ、新聞社にこれを送る必要が?」 「山崎、良い質問だな。真島芳樹にお姫さんを見つけさせるためだ」
自慢気に言う斯波の顔を今度は心配そうに山崎は見つめた。 その視線に気がついたのか、ばつの悪そうな顔をする。 眉根をよせてしかめっ面を作ると、少し気分を害した様な声を出した。
「何だその目は、ん?」 「いえ、三日三晩の高熱の後遺症かと……」 「馬鹿者。いいか、真島とやらはお姫さんに見つからないように逃げてるんだぞ。 それを見つけようと探すのははっきり言って無理だ」 「左様で……」
山崎はほっと胸を撫で下ろす、どうやら頭が茹だってしまったわけではないらしい。 それを見て斯波も調子がついたのか、自らの作戦の構想を語りだした。
「だからだな、今の華族探偵ムーブメントにのるであろうこの記事を真島が目にするとだな。 真島がこれは一大事とお姫さんの様子を窺いに現れるかもしれん。 何しろこの蔵元家はかなりきな臭い。政治家に心酔しおかしな投資に大金を突っ込み傾きかけたはずが、貿易で急に盛り返したりとまあ何とも動きが怪しい」 「それはまあ社長の仰りたいことは分かりましたが……いいのですか? お二人が出会ってしまったら、恋心が再燃して愛の逃避行に走る可能性も……」
その言葉に斯波はぴくりと眉尻をあげた。 そして少しだけ考えこむように沈黙するが――。
「まあ、もちろんその可能性も考えなかったわけではない。 しかしお姫さんは俺に”嫁になってもいい”と言ったんだ。 どうだ、これはかなり俺を好いている、いや俺のことを着実に愛し始めていると言っても過言ではないぞ? (あまりの可愛さに理性がぶち切れてつい手を出しそうになってしまったがな、はは) こうなると――禍根は、この真島だけなんだからな。 まあ、俺もこんな記事を打ちつつも真島がお姫さんの前に現れる確率など五分……いや、いいところ二分くらいなものだろうと考えている。 探しても見つからない、炙り出しても現れない、そうなってようやくあの頑固者――いやいや意思の固いお姫さんも諦めるというものだ。なあ」 「仰るとおりで」 「さあ、ぐずぐずしていられないぞ。 記事の方にもそれとなく蔵元家の存在を匂わしつつ真島に伝言を入れ込まねば。 いいか、場所や個人名が特定されてしまって記者が嗅ぎつけたら元も子もないからな、塩梅だぞ塩梅。 よおし、まずは熱い茶だ。茶を入れろ!」 「はい」
山崎はそう命ぜられて一旦病室を出る。 中ではああでもないこうでもないと原稿を推敲する斯波の声が聞こえる。 側仕えの女中に熱い茶を入れるように言うと、深くため息をついた。
(百合子さんが関わられると急に人がお変わりになる……)
斯波の作戦が成功しようが失敗しようが、山崎の心労が晴れることは無さそうだった。
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衰退する蔵田家の一方で、蔵元家が急成長した理由にとある共同経営組織の存在があった。 これは元は清と英吉利の貿易を代行している会社で、貿易の中継地点として日本での拠点になる会社の経営を蔵元に願い出たのだった。 日本での活動をより円滑にするために財界や政界にも顔が広い蔵元に支援を受けていた会社が、いずれ蔵元を内側から食い荒らすほどの巨大な組織であった事は蔵元の当主であった先代しか知らない。 毎年毎年生み出される莫大な利益が何から生まれているのか、それを知ったときにはもはや後戻りはできないほどの闇の深みへと沈んでいたのだ。 人の欲を食って膨らみ続ける金――権力や富をもう欲しいとは思えなかった。 だから、共同経営者の使いから火急の要件を聞いた時、何十年ぶりかに心の休まる思いがした。
それは、組織が蔵元から手を引くというものだった。 蔵元名義の会社や工場、港は全て閉鎖か転売するという内容だった。 手元に残るのはほんの少しの資産とわずかな土地くらいなものだろう。 いつ、政府や役人にあの恐ろしい罪が暴かれるかと不安に思う日々に比べれば多少の不便など目を瞑ることが出来た。
こうなると、悩みの種は一人息子のことだった。 そんな内情を知らない息子は、会社の権利書や土地の証明書などを引っ張り出しては調べ上げている。 何をどう勘違いしたのか資産を隠し持っていると考えているようだ。 ふ、と例の共同経営者について全て洗いざらいを話して、説得してみようかと考えてみるもすんでで思いとどまる。 それが共同経営者の男との盟約だったのと、何よりこの邸の秘密を知った息子は恐れるよりも喜び勇んで利用するだろう。 だから、やはりこの邸は男の言う通り、朽ちるに任せるのが一番いいのだ。
ずぎり、と心臓が痛む。 もうずっと、体調��思わしくない。 ふるえる手で水差しを探すが、ぶるぶると震えて焦点が定まらない。 手の甲が硝子に触れ、勢い余って机から水差しが落ちる。 絨毯に水差しが転がる重い音がして、水を散らしながら転がる。 ぜいぜい、と額に脂汗を浮かせて床に倒れ込んだ。
その音を聞きつけた秘書が扉を開けて駆け込む。 ぼんやりとした意識の向こう側で必死に名前を呼ぶの分かる。
「この邸だけは……」
震える舌は最後の言葉をどうにか紡ぎ出し、糸が切れたようにそのまま力が抜ける。
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城には二つの種類がある。 一つは敵の侵攻を防ぐ要塞としての城、ぐるりと囲む城壁や堀にかかる跳ね橋は城塞としてのそれである。 そしてもう一つはマナーハウスと呼ばれ、貴族たちの別荘としての建物で広く美しい庭をもつものだった。 蔵元の城はその二つを兼ね揃えていた。
威圧感のある城壁に、跳ね橋をみてよくも政府などに目を付けられなかったものだなと思ったが、一歩跳ね橋より中に入ってみるとそこは美しい庭が広がりその中央に噴水が輝いていた。 開けた道が一本噴水まで続く、そしてその奥に欧州の絵本の挿絵をそのままそっくり建築したようなマナーハウスが建つ。 道なりに両脇には動物を象った木の葉が刈りこまれており、造形は躍動する馬だとか跳ねる兎だとかで、午後の日差しも相俟って庭は不思議な雰囲気が漂う。 マナーハウスは薄いクリーム色をした建物で、外壁を緑の蔦がからみつくように覆っている。 背後には森が続いているようで城壁が見えないほど広い。 自動車が止まり、運転手にドアを開けられて外に出ると城壁によって外界と遮断され、まるで本当に別の国に迷い込んだようだった。
「お待ちしておりました、名探偵殿」
百合子にそう声をかけたのは30代半ばほどの男だった。 焦げ茶色の洋装に撫で付けた髪に口髭、微笑んでいるが目の奥は百合子を検分するように光る。
「素敵な招待状をありがとうございます、ご依頼はどのような?」
男は苦笑して答える。
「招待状の通りです、私の父は数年前に病気で亡くなったのですがその際遺産を屋敷に隠したと遺言を残したんです、遊び心の多い人でしたので。 最近、貴方のご活躍を耳にしましてね、是非我が邸の謎も解いてもらおうと思ったんですよ」 「それにしても、亡くなったお父上のお名前を使うなんて……」 「これは賭けだったんですよ、なあ?」
男は後ろに控えている秘書に笑って同意を求める。 50代前半ほどの老紳士風の秘書は無表情のままかしこまって礼をした。
「ここではそれほどでないが、東京では今や貴方の名前を知らない者はいない。 そんな有名な探偵殿に普通に依頼を出しても選り好みをして受けてはもらえないだろう?」
得意そうに弁舌を振るう当主。 百合子が依頼を受けたのは全く別の理由だし、嫌味な言い方にかちんとくるも微笑んで同意してみせた。
「旦那様、野宮様もお疲れのことでしょう」 「ああ、そうだな。兎に角、貴方の手腕が発揮されるのを楽しみにしているよ。 依頼の説明や身の回りの世話は秘書の日野に任せてある」 「まずは宿泊のお部屋にご案内を」 「ええ、では失礼いたします」
自動車に積んだ荷物を持ち秘書の男が邸を案内する。 残された当主は内懐から煙草を取り出し火をつけ、興味深そうに百合子の後ろ姿を目で追った。 ふうと煙を吐き出して、吸殻を捨てる。ぎゅっぎゅと革靴の底で踏みつぶしながら今度こそはどうだろうと思案に暮れる。
(本当に遺産なんてあるのか?)
父親が病死して土地という土地、遺品という遺品を総ざらいしてみたもののそれらしい遺産は何もなかった。 傍から見ればあれほど土地持ちだ資産家だと思っていた邸は空蝉のごとく何も残っていない。 財界を唸らせるほどの金と権力が父親の死によって、全て見せかけだったと気付かされる。
(いや、そんなはずはない――)
では、あれほどの金はどこから出ていたのか。 やはり何か隠してあるに違いない、否、そうでなければならない。 当主を継いだ宗太は焦りを感じていた。 北海道の投資に失敗して以来、それの損失を補填しようと様々な事に手を出した。 どこそこの土地に線路が走るだの、土地開発案があるだのと仲間内からの情報を信じて買ってみれば全て嘘の情報であったり値を吊り上げられていたりし、急かされて金を渡せば仲買人が金を持ったまま失踪したりした。 先日もまた戦争があるからと儲け話を持ちかけられ、唯一残っていた不動産やら証券を整理して逐次注ぎ込むも利益は全く上がらなかった。 どれもこれも最初だけは上手く運用出来て潤沢な配当があった、それが日が経つに連れ雲行きが怪しくなりそして損失を補うために次に次にと財産を注ぎ込むことになるのだった。
そして勝手に土地を抵当に入れているのが、当時当主だった父親の知るところになったのが運の尽きだったように思う。 当主とはいってもどうしてかすでに半分隠居したような暮らしをしていた父親に、金の無心をせまるも無下に断られる。 これから戦争で世界が動く、日本だって動かざるをえない状況になる、そうすれば人も金も物も動き絶好の機となると何度説得しても応じなかった。 宗太は慌てた。他の仲間達は我先にと儲け話に乗っているのに、自分だけはただ借財が増えるばかりだ。 蔵元の財産と呼べるものはこの邸以外にはもうほとんど残っていなかった。 土地も山も、田畑も、不動産も、貿易会社工場も――全て名義だけが蔵元で実質は色々なところに切り売りされていた。
もはや宗太が頼れることは死に際の父親が繰り返した、この邸だけは人に売るな――。というその言葉だけだった。これが遺言らしい遺言ともとれる。 英吉利の建築家が設計したという城を、これまで何人も探偵を雇って調べさせてはみたが何もでない。 本当に父親の遺産は全て幻だったのだろうか。 もう二年半も人をやっては調べさせている、しかし何もでない。 潮時を感じていた、この邸を売るなという遺言はあれどこのあたり一帯、背後の山も森も湖まで含めての残された唯一の土地。 売ればいったいいくらになるだろうと考えていた。
「申し訳ございません」 「いいんです慣れてますから」
秘書が百合子に頭を下げる。 先ほどの当主の無礼な言動を思ってのことだろうが、こういった事は初めてではない。 形式通りに邸を一巡案内される。 広すぎる廊下、広間、書斎、渡り廊下を経て玄関からテラスに出た。
「あの噴水は裏手の湖から直接水を引いています。 日中はあのように陽の光を受けて虹色になるように設計されています」
説明を受けて噴水を覗き込むとたしかに清らかな水が流れ、鮮やかな色をした魚が放されていた。 中央から吹き出す飛沫が美しい虹を作る。
「使用人の方にお話を伺っても?」 「それは構いませんが先代の頃にだいぶ人を減らしまして今残っているのは本当に少数です」 「その、先代様が資産を整理されて寄付をされた――というのは何か理由があったんですか? それに、人員の整理をするなんてまるで全てから手を引くような印象を受けたんですが」 「それは――私にも分かりかねます」 「そうですか……」 「ではお食事をこちらの部屋まで運ばせて、その後に使用人をお呼びしましょうか」 「ええ。――いえ、皆さんお仕事で忙しいでしょうから調査も兼ねて私が伺います。 なのでお話だけ通しておいてください」
斯波の情報が正しければ、真島はここで庭師をしていたのだ。 使用人たちに聞けば何か分かるかもしれない、ふと秘書の日野に真島のことを聞こうと顔を上げるが僅かなためらいの後に言葉を飲み込んだ。 そんな百合子の様子に気がつかず、秘書が部屋から去ってからほっと一息つく。 何だか一挙手一投足を監視されているようで居心地が悪い。
(あの秘書は食えないやつだ、お姫さん気をつけたほうがいいぞ)
今ここに居ないはずの助手がそう言うのが目に浮かぶ。 そう、当主などよりもよっぽど切れ者であるあの秘書こそ一番気をつけたほうがいい人間だろうということを百合子も薄々感づいていた。 先代の秘書と言うのなら財政には一番詳しかったはずである。 帳面などの管理や資産運用も先代に代わって取り仕切っているはずの秘書が、なぜ先代が資産の全てを寄付したのかという問いに「教えられない」「答えられない」ではなく、「分からない」と答えるはずがない。 食事を終えて紅茶を飲むと、調査も兼ねて邸の散策に出かけた。
(皆、言うことは先代様は素晴らしい方だったということ���かりなのよね)
判を押したような答えに不思議に思いながらも、庭師の老人を訪ねて番小屋へ向かった。 ざくっざくっ、と土を掘り返す音が聞こえそちらへ向かう。 邸の使用人は洋装で統一されているのか、庭師の老人も汚れたシャツを来ていた。 年齢は勿論、格好も違うのに、百合子はなぜか少しだけどきりとした。 土を耕すその姿がどことなく真島と重なって見えたからだ。
「あの――」
振り返った老人は白髪で日に焼けた顔にはたくさんの皺がきざまれていた。 真島とは似ても似つかない姿形だった。 呼びかけた声に額の汗を手ぬぐいで拭きながら腰を上げ、老人は百合子を見て微笑んだ。
「ああ、噂の探偵さんか――ご苦労様で」 「お仕事中に申し訳ないですが、いくつかお聞きして良いですか?」 「ええ、勿論。まあ、私が知っていることと言ったらこの庭のことぐらいなものですけどね」 「以前勤めていた真島芳樹という男を知っている?」
蔵元の遺産関連の質問にこの邸の使用人はまるで回答を用意しているかのように、百合子の質問に答えた。 遺産があるとすればそれは全て寄付された、先代様は偉い方だ。――と。 思い切って別の質問に切り替えようと思ったのはそのためだった。 そこから会話を切り崩そうと考えて、あえて真島のことを話題にした。
「は?ええ、――たしかに、真島という男がいました。 けれど、なぜそれを?」 「私の邸の庭師だったの」
するりと百合子は答えた。
「とすると、貴方……もしかして野宮子爵の……?」 「そう、もう爵位は返上してしまったけど……」 「そうかい、それは懐かしいねえ。あの小さな姫様が」
老人の返答に驚くのは百合子だった。
「お前、私を知っているの?」 「ええ、一度だけお会いしましたよ。姫様はたぶん覚えていないでしょうが……」 「私、この邸に来たことがあるの?」
それは老人に向けた言葉だったが、同時に自分にも問いかけていた。 老人はいつだったかなと想い出すように空を見上げた。
「そう思い出しました、昔は先代様がハウスパーティーをよく開いていたんです。 その時に――確か皆様でいらっしゃいました。若様が十になるかどうかで姫様はまだ五つかそこらだったと」 「そうなの?全然――思い出せない」
どうにか思い出してみようとするも何も思い出せなかった。 もどかしさばかりが胸につのる。
「あの子は私もびっくりするほど植物を咲かせるのが上手でね、今も元気にしてるのかい?」 「……爵位を返上して邸を手放した時に真島とも別れました。 そう、ではやはり彼はここで庭師をしていたのね」 「ああ元々は先代様の共同経営者の下働きをしていたらしいんだが、彼がそうだな十二、三のころかな一時期ここの庭師の手伝いとして雇われるようになってね。 すごく腕が良かったから私もこれでようやく弟子が出来たと喜んでいたんだが――すぐにまた別の仕事につかされたらしくてね。 まあ、頭の良い子だったから庭師にはもったいないと思ったんだろうね」 「では、ずっとここで働いていたわけではないの?」 「そうさね、それから十年も経ったかなあという頃にまた戻ってきてね。 その頃にはしっかりとした青年になっちまってて見違えたよ、それで庭師の仕事も相変わらず見事でどこで修行を積んできたんだと笑ったよ」 「じゃあ、その頃に私の父にその庭師の腕を気に入られて?」 「そうそう、蔵田の邸に移ってすぐね」
真島はその空白の十年の内に復讐に必要な全てを用意したのだ。 そしてそれはこの実体の見えない蔵元家の内情に深く関わることのようにも思えた。
その日の夕方、当主は最後まで姿を現さなかった。 百合子としてもこれ以上嫌味な言葉を言われる心配がなくなり少しだけ安堵した。 夕食も部屋で取る。 食前酒のアルコールがきいたのだろうか、百合子は強い眠気に襲われた。
(何か思い出せればいいんだけど――)
百合子���うとうととしながら、記憶の底を覗き見る。 そもそも五つか六つの頃の記憶などあってもちらほらとしたものばかりだった。
(真島が下働きをしていたという会社は何をしていたのかしら――)
先代の書斎にある名簿などを調べればまた違う糸口が見つかるかもしれない。 そう思いながら百合子は眠りについた。
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夢の中で百合子は五つだった。 猫がぐるぐると百合子を取り囲み、その三日月のような瞳が不気味に笑う。 すると、次は黒い影が伸びて馬の影絵が現れる。 ウサギがぴょんぴょんと飛び跳ねて百合子の背を叩く。
Gone to get a rabbit skin, To wrap his baby bunting in♪
外国の言葉など何一つ知らないのに百合子にはそれが恐ろしい呪いの歌のように聞こえて耳を塞いだ。 じっとうずくまり、海底に沈んだ石ころのようにぎゅうとからだを縮こませて。 ふわりと、花の匂いが漂ってそれにつられて目を開けると、動物たちは消えていた。
どこをどうして迷い込んだのか、今となっては思い出せない。 百合子は広すぎる洋館のしんと静まった暗い廊下を一人で歩いていた。
Purple, yellow, red, and green♪
百合子は色とりどりの花を摘みながら歌う。 誰かに教えてもらった詩を口ずさみながら。
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悪夢にうなされるようにして百合子は目覚めた。 ぐっしょりと寝汗をかき、身体が硬直して動かせない。 まだ身体は夢を見ている状態なのだ――。指を動かそうともぴくりとも動かず、息も浅く緩く繰り返す。 ただ、頭だけは冴え渡っていてとっさに身体が動かない事がもどかしい。 視界もまだぼんやりとしており、真っ暗な天井に差すわずかな月の光がちらちらと見えるだけだ。
働き過ぎて疲れた夜に同じようなことを体験した。 百合子は半ばあきらめて、先ほどの夢を思い出していた。 あれが夢の出来事なのか、それとも何かしら昔の記憶が混ざっているのか判断がつかなかった。 ただ夢の中で流れていたあの奇妙な歌には覚えがあった。
特有の残酷な詩が百合子は苦手だった。 あの詩を教えてくれたのは兄だっただろうか――。 それも思い出そうとするが、教えてくれた相手は顔に靄がかかっている。 それに、あの兄が外国の動揺を歌って聞かせてくれただろうか、と。
氷が溶けるようにゆっくりと百合子の身体もほぐれ、 凝り固まっていた体の節々がぐぐぐと引きつるように伸びた。
ぎしりと寝台の音をたてて起き上がり、カーテンの隙間から夜の庭園を望む。 月光を受けた噴水の水がきらきらと光っていた。
翌朝、先代の書斎に入り従業員名簿などを調べてみたが、そこに真島の名前はなかった。 共同経営者だったという男やその会社について調べてみても同じだった。
「この共同経営者という男に、遺産を全て騙し取られたと考えるのが妥当だと思いますが――」 「ではなぜ父は、この邸だけは手放すなという遺言を残したんだ?」 「それは――例えばこの邸が凄く気に入っていたとか……」
百合子の答えに現当主は嘲笑した。
「遺産は必ずある――。依頼を受けたからにはきちんと調査ぐらいはしてもらいたい」 「この邸に、動く壁だとか回る本棚だとかそういった仕掛けがあるとは思えないんですが」 「ふん、ならば遺産ではなく、父がこの邸に執着した理由を探ってもらいたいな」 「執着――」 「そう、父のこの邸に対する思いはそれこそ異常だった」 「それは例えば――どんな風にですか?」 「とにかく、人の手に渡らせるなだの朽ちるに任せろだの。 死に際はそんなことばかり言っていたな」 「それで、あなたは先代様が何か遺産を隠していると?」 「他に何がある?」
どうやら、現当主はその逆のことは考えもつかないようだった。 百合子には先代の執着はまるでこの邸を恐れているかのように感じた。 現当主の後ろに控えている秘書に目を向けて問う。
「どちらにしろ、この共同経営者とやらが何者かが気になりますわ」 「それは――私共も気になって何度も調査をしていたのですが、 先代様はその会社のことについては蔵元家の者は一切関わらせず社員の多くは共同経営者側の人間だったようです」 「その代表の方のお名前と会社名を教えていただいても?」
百合子はその名前を書き取り、使用人に案内され電話を借りた。 交換手に取次ぎ、斯波の入院している病院にかける。
「ああ、お姫さん。どうだ、親戚の家はゆっくりできてるか?」 「え、ええ。まあね、も、もちろんよ。 それよりも、ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど――」
百合子は斯波に現状を悟られないように、詳細を説明した。
「その会社と代表なら知ってるぞ。――なるほどな、そういう事か」 「どういうこと?」 「その会社も代表もそっくり蔵元と同じような状況なんだよ」 「どこかの会社に買収されていた――ってこと?」 「そうだ。いくつもの会社を経由して元締めの組織を隠しているんだ。 よほど表に出たら危険な組織なんだろうな……」 「それでも、たどっていけばいずれは分かるのでしょう?」 「それは分かるが――ここまで用心深いんだちょっとやそっとじゃ尻尾を掴ませないだろうな。 まあ、調べてはみるが……」 「ええ、ありがとう」 「いいのか、真島はその中枢にいるんだ。 調べたら知りたくない事実を知らなくてはいけないかもしれない」 「……いいわ。毒を食らわば皿までねぶれ、よ!」 「お姫さん……」
勇ましすぎる百合子の言葉にうなだれるような斯波の声が聞こえた。
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その日は午後からまた庭師の老人を訪ねて、階下に降りた。 虹を作る噴水の横を通り、動物の形に刈り込んだ植樹の通りをまっすぐに歩く。 その時に百合子は違和感を覚える。 しかし、それが何なのか分からないまま庭師の番小屋へ向かった。 小屋の周りには食用の小さな菜園があり、脇には大きな井戸がある。 菜園を見てそこに茄子や南瓜と言った野菜が植えられていて百合子は真島を思い出さずにはいられなかった。 番小屋の扉を叩いてみても反応がなく、どうやら庭師はどこかへ出かけているようだった。
少しだけ散歩をしようと花々の咲き誇る庭園を歩く。 その時、ふとある香りが漂った。 それは昔の記憶を呼び起こ���鮮烈な香り――。
「真島?」
振り返り、背後を見る。 ひらひらと蝶蝶が舞い、午後の日差しに咲く花があるだけだった。 太陽の香り、花の香り――何とも形容しがたいあのあたたかく甘い香りに脳が揺さぶられる思いがした。
ふ、と記憶の一部分が蘇る。
目の前を歩く少年の姿。 百合子は暗い階段を少年の後をついて歩きながらそれでもどこからかあの花の匂いがした。 そして、それが少年から香っていることに気がついた。
「これは、記憶なのかしら――それとも私が勝手に作り上げた幻想?」
それでも確かに、あの少年は真島なのではないかと思えた。 庭を一周する。次第に日が傾き、木々の黒い影がぬるりと伸びる。 それ以上の収穫らしい収穫はなく、また遊歩道を通って邸へ向かう。
足元に、動物の影が落ちて一瞬ぎくりとする。 それは猫の形をしており、尻尾がくるりと巻き、あくびをするように身体を伸ばしている。
百合子はどうしてかゆっくりと、動物の影を作る植樹に近づく。 葉は刈りこまれて、綺麗に整えられている、誰かが毎日世話をしている証拠だった。 横には馬が、そしてその向かいにはウサギの植樹が並ぶ。
確かに子供の頃、この植樹を追ってどこかに迷い込んだはず……。
百合子は遊歩道を引き返して番小屋に向かっていた。
/-/-/-/-/-/-/
「もしもし。 そちらにお邪魔している野宮百合子嬢の助手の斯波というものだ。 彼女に話があるんだが」 「申し訳ございませんが、そのような方はおりません」 「何を馬鹿なことを言って――」 「お掛け間違いでしょう、それでは失礼致します」
日野は電話を切ると現当主の居る書斎へ向かった。 扉を叩く暇もなく、部屋へ入る。
「どうやら、あの女探偵が遺産の隠し部屋を見つけたようです」 「本当か?」 「はい、どうやら庭園の一角に入り口があったようで――」 「庭?……庭とは盲点だったな。ようし、行くぞ」 「はい」
喜び勇んで部屋を出る現当主の後に日野も続いた。
/-/-/-/-/-/-/-/-/-/
リンゴみたいにまあるくて、コップのように深くって、 王様の馬が集まっても持ち上げられないものってなあんだ?
庭園の一角にある東屋で人々が集い午後の茶会を開いている。 ハウスパーティと銘打たれた茶会に百合子はうんざりとしていた。 茶会に参加している他の子供達はやれ流行り着物だの新しいドレスだのと自慢ばかりしているし、 同じ年頃の男の子はどうしてか百合子に意地の悪い言動ばかりかませてくるしと、 百合子は兄と一緒に茶会を抜けだして庭園を散策する方が楽しかった。
着せられた新しい洋服が腹に苦しくて一刻も早く脱ぎ捨てたいと思う。 少し年上の女の子には「あまり似合ってないわね」とからかうように笑われたのも屈辱だった。 思い出しただけでも恥ずかしさに顔が赤らむ。 そして今もまた妙に作り上げた猫なで声で兄の名を呼んでいるのがそうだ。 馴れ馴れしく瑞人さんなどと呼び、大胆にもにっこりと微笑んで向こうに何々の花がありますのよとしなを作ってみせていた。 兄も悠然と微笑みそうですかなどと答えて、百合子にお前も一緒に行こうという。 おじゃま虫の百合子を例の少女はじとりと嫌な目で見た。
百合子はとっさに、私はもう少しこの花を見てます、ともごもごと答えてその場から逃げる。 兄の呼ぶ声が聞こえたが今更戻るのも癪だった。 当て所なく庭園を彷徨っていると、美しい蝶が一匹ひらりと目の前を舞う。 色は黒く、わずかに深い瑠璃色が模様で入っている美しい蝶だ。 それが風に乗ってふわりと飛ぶと、甘い花の香りがした。 花の蜜の香りに誘われるように、百合子もその蝶を追う。 どうぶつのかたちの植木を撫でて、遊歩道を外れる。
背の高い草木が生い茂る道を横切ると、一瞬、蝶を見失う。 どこへ行ったのかときょろきょろと視線を泳がせていると、がさりと草を踏む音がした。 百合子は人がいるとは思わず、ぎょっとしてそのまま固まる。どうしてか、息を殺してそっと見を屈めた。
百合子のいる場所の少し先に一人の少年が居た。 向こうは百合子に気が付かず、がさがさと背の高い草をかき分けてまたどこかへ消えてしまった。
蝶が消えた瞬間に、入れ替わるように少年が現れたので百合子は彼が蝶の化身のようにも思えた。 なにより、ちらと見えた少年の顔に表情はなかったがその横顔ははっと息を呑むほど美しかった。 そしてやはり、花の蜜のような甘い香りがあたりを漂う。
(一体何の花かしら……)
こんなにも芳しい香りを放つ花を百合子は知らなかった。 気がつけば先ほど少年が歩いていた道をたどるように百合子も歩いている。 そして開けた場所に出たと思えば、そこには大きな井戸があった。
(リンゴみたいにまあるくて、コップのように深くって、 王様の馬が集まっても持ち上げられないものってなあんだ?)
周りに先ほどの少年の気配はない。 井戸に近づくと先ほどの甘い香りとは打って変わって、苦いような青臭い匂いが一瞬ぷんと立ち上る。 百合子は後退って、再びきょろきょろと周囲を見渡した。 ふわふわと蝶が井戸の周りを舞う。
「この中?」
聞いてみても答えはないと分かっていても百合子は蝶に問いかけてみた。 すると蝶は、そうだ、と言う風に百合子の肩に止まる。 井戸の蓋をとってみる、想像以上に重くて百合子は新しい洋服の袖が汚れてしまったがすでに足元は泥や草花の種で汚れているので気にしないことにした。 ささくれだった木の蓋の枠に気をつけながら、ずりずりとずらして半分井戸の入り口が開く。
「誰かいないの?」
暗闇を覗き込んで呼ぶ。 足元の石ころを拾って井戸に投げ入れるとすぐにからんころんと音がして、中に水がないこととそれほど深くないことがわかった。 そして奥のほうから苦い胸のただれるような匂いに混じって、ふわと甘い香りがした。 その香りで百合子は先程の少年がこの中に入っていったと確信する。 井戸の縁を見れば底に続く梯子がかかっていた。お転婆の百合子ですらも、一瞬は躊躇せざるを得ない闇と深み。
「深いと言ってもコップくらいだわ」
自分に言い聞かせるように言うと、汚れた袖をまくりあげて井戸の縁に足をかけた。
/-/-/-/-/-/-/-/-/
とっぷりと日が暮れて、ぱつぱつと遊歩道脇の街灯が明かりを灯す。 邸を振り返ってみれば、あの僅かばかりの住人が住む部屋の窓からも明かりが漏れている。 迷路のようになった庭園を早足で駆け抜けて、番小屋を目指す。 庭園の奥深くへと入ってしまうと、そこにはもう街灯の明かりは届かなかった。 雲の切れ間に挿し込む月の光だけを頼りに、百合子は進んだ。 あの日のような甘い香りも、青臭い苦い香りもしなかった。 ただ、夜露に濡れる草花の匂いだけ。
開けた場所には井戸が、そして今は番小屋が建っている。 百合子の背丈ほどもあると思った背の高い草は今はもう胸元ほどであの日のようには青々とはしていない。
井戸の蓋を軽々と持ち上げて中を覗く。 そこにひっそりと沈む闇と深みはあの時と同じだった――いや、むしろ以前よりももっと濃く底のない無限の穴に見えた。 ごくりと唾を飲み込み、あの日のように袖をまくって井戸の縁に手をかけた。
底まで降りて見上げると小さな丸い入口が見えた。 目を凝らしてみても真っ暗で、百合子は手探りで壁に触れてその凹凸からどうにか入り口を見つけた。 ようやく暗闇にもなれると薄っすらと周囲が見え始めた。 井戸の底から扉を開けて一旦中に入ってしまえば、そこは狭いしんとした廊下だった。 横にいくつか部屋の扉があるが、施錠されていて開かなかった。 ざらざらとした壁を手で伝いながら、かつこつと石畳の廊下を歩く。
一歩、一歩と歩みすすめるたびに霞となっていた記憶が実体を持ち始める。
長い廊下を一人で歩き、いつしか行き止まりまで来ていた。 そこから下は階段になっている――古くなった燭台は埃が被っている。 真っ暗なまま、階段を一段、また一段と降りる。
しばらくいくと古い扉が現れる。 取っ手に手を伸ばし、ぐいと押す。ぎしぎしと音がして緩く扉が動く。 もう一押し、百合子は力を込めてその扉を押すと、がりがりと擦れる音をさせながら扉は開いた。
中は広い工場のような作りになっており、銅色に鈍く光る天井まで届くほど巨大な太い筒が三本伸びている。 そしてそれに配管のようなものが無数に繋がり、壁や天井を這いまわる。 今はしんと静まったそこが、過去にはごうんごうんと音を立て青臭い匂いを発しながら阿片を製造していた部屋だということは百合子にも分かった。 暗闇に浮かぶ物言わぬ機材たちを見てぞくりと震える。 日本の政府は日本への阿片の密輸、密売を徹底的に取り締まる動きを見せている。 それなのに、東京にも近いこの土地にこのような製造工場があり、それこそ十数年前は確実に稼働していたのだ。
ぼんやりとした記憶の中で、あの夢の中の光景を思い出す。 あの時の少年は真島だったのだともう確信を持っていた。 庭師の老人の言葉が頭の中で反芻する。 百合子はその先に待ち構える漠然とした不安を振り払うように強く目を瞑って頭を振った。 その時、背後の扉が音を立てて開いた。 現れたのは蔵元の当主とその秘書、どうやら百合子の後を追ってきたらしい。
「なんだここは?」 「……おそらく、阿片の製造工場だと思います」 「あ、阿片?!」
思いがけぬ百合子の言葉に当主は素っ頓狂な声をあげた。 色々な情報が錯綜しているのか、そのまま呆然と立ち尽くす。 本当に一切知らされていなかったのだ。
日野と当主はひと通り部屋の中を歩き、今は動かぬその機械を見上げる。
「先代の遺言通りこれはこのまま――朽ちるに任せた方が」
百合子の言葉にはっと顔をあげて、青ざめた顔で頷く。
「そう、そうだな――」
当主言い終わるのよりも早く、日野が当主の後頭部を殴りつけた。 その手には黒光りする拳銃が握られており、無表情のままそれを百合子につきつける。 当主は呻き声を二、三あげてがくりと膝をつき、そのまま床に倒れこんだ。 痛みに悶える当主に日野がちらと目をやった隙に、百合子は床を蹴って配管の裏に回った。 威嚇するように一発、地面に向けて撃つ。 薄暗の闇にチカリと銃弾が床に撃ち込まれて爆ぜる花火が浮かぶ。
(ほ、本物――)
ひやりと冷や汗が首筋を伝う。 買ったばかりの皮のブーツ、ここに来るまでに泥や埃で汚れてしまったが踵が石畳のくぼみに足を取られ苦労した。 百合子はそれを脱ぎ、配管ごしに日野に投げつけた。 当たりはしないし、当たっても傷にもならないだろうが、日野は音のする方へ拳銃を向けてまた一発銃弾を放つ。 鈍い音にそれが配管に当たってしまったのだと日野も気がついたのだろう、舌打ちをする。 百合子は裸足のまま扉にむかい走る、足の裏がごつごつとしざらざらとした石の感覚に痛むが、弾を込める隙にどうにかその部屋から脱出出来た。 扉を乱暴に閉め、その背後から日野の怒鳴るような声があがる。 百合子は咄嗟に階段をかけ降りた。
螺旋状の階段に息の上がった百合子の吐息が反響する。 がつがつと追いかけてくる日野の足音が次第に迫っているのが聞こえた。 心臓は追い立てられる恐怖にどくどくと痛むほど打つ、壁を伝う手のひらも足も擦り傷だらけになりじくじくと痛んだ。
日野は恐らく、同じ事をしようと思っているのだろう。 当主を傀儡にして、もう一度阿片を製造し密売しようと。 そのためには表に出すための当主はまだ必要だ、ただ真実を知る百合子を始末すれば――と。
百合子はついに最後の扉にたどり着いた。 取っ手を回す余裕もなく身体をぶつけるようにして、扉を開ける。 転がり込むように部屋に入ると、そこは月の光が差し込む庭園だった。 今までの暗い部屋とは違いくっきりと薄闇に光が差し込んでいる、地下なのになぜと上をあおぎみると上はガラス張りになっていた。
「噴水?」
天井を色とりどりの魚が泳ぐ。 ぼうぼうと伸び放題の草花はもうここに何年も人の出入りがないことを教える。 整然としていた花の区画は曖昧になり、それでもちょろちょろと清水がどこから湧き出し床を濡らす。 管理する庭師を失った庭園でも花々は生命力たくましく生き続けていたのだ。 その花の蜜は人々の心を壊す毒だというのに、ただ生きるために繁殖し、床に壁に伝う様は神々しくもあった。
「さて……」
背後で日野の声がした。 百合子がゆっくりと振り向くと、ぐいと腕を掴まれた。 日野はただ拳銃を背中に突きつけて百合子の反応を見る。 陳腐な悪者にありがちな交換条件などは一切口にせず、このままここで百合子を殺してしまうつもりなのだと思った。
「私がここに居ることは助手が知っているわ、それに私の死体なんかがあがってみなさい。 どの新聞社だってほうっては置かないわよ」 「確かに、今この時期に死体があがれば――そうでしょう。 人の存在を確実に消すのは行方不明にしてしまうこと」
淡々と告げる言葉に百合子は震え上がる、殺されてたまるものかと百合子はぎりと奥歯を噛み締めるも固く掴まれた腕はびくともしない。 頭の中が恐怖でいっぱいになり、止めどなく溢れる思考を整理するまもなく、がちゃりと音がして撃鉄があがる。
その時ゆらりと目の前が揺れて、百合子は幻を見た。
「誰だ――」
二人の前に現れた人物を見て、日野がまっさきに声をあげた。 ぐいと背中を押す力が増すも、わずかに震え動揺しているのが分かる。
「お前が助手か? 一歩でも動いて見ろ、この女を撃つぞ」
そう言うと百合子の額に拳銃を突きつけた。
「取引のつもりか知りませんが、俺は助手なんかじゃありませんよ。 まあその女ともどもここで始末するつもりだから、手間が省けてちょうどいい」 「な、では、お前は――」
思わぬ第三者に日野の声が上ずった。 蔵元の者でもなく、探偵の助手ではない――そうなると必然的に残るのはこの阿片組織の人間だった。 日野ははあはあと息が上がり、現状を脱却する術を探す。
「わ、ま、まて! 私は蔵元の秘書で……」 「待つと思うのか?」
嘲笑するように言う。 日野は怒りにぶるぶると震え百合子を盾にしたまま、男に拳銃を向け直した。
その時、どんと大きな揺れが起こった。 足元から救われるような大きな揺れにふらつき、百合子は屈み込んだ。 瞬間に、だんと音がして日野の身体が弾け飛ぶ。 まるで揺れが起こることを知っていたのかのように男は冷静だった。 わずか数秒ほどで揺れは収まったが、建物の揺れは続いていた。
「な、地割れ……?」 「いいえ、仕掛けた爆薬が爆発したんです」
百合子の腕をそっと掴み起こす。
「私も殺すの?真島……」
百合子は真島の顔を見て問いかけた。
「いいえ、ああ言わないと貴方が危ないと思ったんです。 ――ここも危ないですよ」
この衝撃に天井の硝子も鉄骨も耐えられない事は一目瞭然で、しかも上にある噴水は裏手の湖から水を引いているのならばこの地下は全て水没してしまうだろう。 百合子は真島に言われるがまま手を引かれ、上へ上へと階段を登る。 階下で轟音が響く。 あの美しい庭園が水の底にたゆたい、魚たちが自由に泳ぎ回るさまを百合子は見たような気がした。
お前は、なぜここにいるの。 お前は、阿片組織の人間だったの。 お前は、今、どうしているの――。
百合子は聞きたい気持ちが溢れ、胸が詰まってしまった。 ただもくもくと階段を駆け上がる、時折ずずんと建物自体が沈みぱらぱらと砂が降ってきた。 ぜいぜいと息を繰り返し、苦しさで胸が痛む。 もう考える暇もなく、ひたすらに真島に手を引かれて階段を登っている。 聞きたいことをひとつひとつ足場に落としながら。
「そろそろ出ます」 「え?」
そう言うと、びゅうと風がふいた。はたはたと裾がはためき、夜風が肌に染みる。 苦しさに痛む胸を抑えつつあたりを見回すと、そこは城の一角にある塔だった。いつの間にか城を見下ろすほど高いところまで登っていたのだ。 ごうと瓦斯の燃える匂いがして、そちらをみると巨大な風船があった。 それは気球だろうということは知識としてだけ知っていた。 真島は網かごに乗り込み機材の調整をし、初めて見る気球に驚いている百合子に声をかける。
「乗ってください」 「こ、これに?」
じりじりと炎の調節をする真島。炎に照らされた横顔は何の表情もない、いや、むしろ――。
「真島、怒ってるの?」 「……久しぶりに再会して聞くのがそれですか。 ええ、まあ。怒ってます。いいですか、置いて行きますよ」 「ま、待って」
慌てて網かごに足をかけてのぼる。 すでに裸足だったし、裾はどろどろに汚れていたし、と思っても顔から火が出るほど恥ずかしい。 真島は百合子が乗ったのを確認すると、塔と気球をつなぎとめる太い縄をためらうことなく拳銃で撃ちぬいた。
真っ暗な闇空を、ゆっくりと気球が舞い上がる。 眼下には蔵元の邸が広がる。 爆発により地下が埋まり、そこに噴水の水が流れ込んだらしく大騒ぎになっていた。 暗闇にゆらゆらと松明の火のようなものが見えた。
「あ、当主が……」 「気絶していたので運び出しました。 あの辺りは前の災害で地盤が緩み始めていたので時間の問題だったんですが。 聡い割に傍迷惑な探偵が余計な事をしてくれたおかげでこの様です」 「な、私はただ単に依頼を――。 だって、私は……! わ、私……どうしても……お前に会いたかった」
別れを一方的に告げられて、ぽっかりと心に穴が空いてしまった。
「会って、それでどうするんですか?」 「私は、――莫迦みたいだけどお前を幸せにしたいと思ってた。 何も知らない子供だったから――そんな残酷なことを考えられたのね」
幸せであるということは絶対だと思っていた。 けれど、様々な事件にめぐり合う度に幸せとは何かと考えざるを得なかった。 実の妹を殺した姉、復讐に取り付かれた鬼、出生を呪う男――。 妬みや恨みと言った物を何一つ知らず、ぬくぬくと暮らしてきた百合子にとってそういった感情を理解するのは難しかった。
幸せの形は違うのだ。 ましてや真島は百合子を――野宮一家を心底憎んでおり、その人間から幸せにしたいなどと言われるなど屈辱以外のなにものでもあるまい。
「それでも私はお前が幸せでありますようにと願わずにはいられない」
真島が大好きだったから。 その言葉は決して口にできないし、言うつもりもない。 だから、百合子にはそう願うしか出来なかった。 人間とは不思議な力があって、何でも出来るような気がした。 強く願えば、そしてそれに怠らぬ努力をすれば、きっと何か奇跡のような事が起こせると信じていた。
「姫さま……」 「な、泣いてないわよ。これは――」
百合子は我慢しきれずに瞳に涙を浮かべていた。 対等な人間として話をしたかった。だから、決して泣くまいと思っていたのに。 自分の弱さに歯がゆさを感じてわざと乱暴に目元を拭う。
「――俺はね、絶対に幸せにはなれないんだと思っていました」
真島がぽつりと漏らす。 その顔には微笑みが浮かんでいて百合子は驚いた。 山の端が白み始め、夜明けが近づく。 新しい陽の光が山々に差し込み、闇空を照らす。
「俺は愚か者です。幸せとは去った後に光を放つのだと――ずっと後になって気がつきました。 姫さまと過ごした日々を失って初めてあの日々こそが幸せだったのだと知った。 俺も――あの日からずっと祈っています、姫さまが幸せであるようにと」 「――っ、わ、私は、――わたしは、幸せよ。……幸せ、だわ」
こらえ切れなくなり嗚咽をあげて泣く。 おそらく、これでもう本当に二度とは会えないだろうと言う気がしていた。 あの日、一方的に別れを告げた真島に百合子は答えられなかった。 真島のさようなら、と言う言葉に同じように返してしまったら別れを認めなくてはならないから。 これはきっとさようならと真島に言うための道のりだったのだ。 拒否し続けてきた別れを、今こそ受け止めるための長い道のり。 今の百合子ならこの別れに耐えられる、だからせめて少しでも笑って――。
「真島、さようなら」
/-/-/-/-/-/-/-/-/
「お姫さああん!」
自動車の窓から身を乗り出して斯波は叫んだ。 上空を漂う気球に百合子がいると信じて疑わない。
「や、や、山崎!もっと速度をあげろ!」 「しゃ、しゃちょう無理です!道も悪いですし何しろ向こうは空を飛んでいるわけで……」 「ええい、何を情けのない声を出してる!代われ莫迦者!! お姫さん今行くぞ!!!」
山崎を押しのけて運転席に座るも、ぐんとアクセルを踏み込んだ途端にハンドルが言うことを聞かなくなりきゅるきゅるとタイヤが空回りする。
「社長!気球が下降しています!」 「何?!ようし、あの方向は牧場だな、掴まれ!」
がたがたがたと揺れながら自動車は道を外れて牧場を爆走する。 途中に放牧された牛と正面衝突しそうになるが、ぐぐっとハンドルを切りぎりぎりの所でかわした。 しかし、何か石のようなものに乗りあげてバスンと嫌な音がして速度が急激に落ちる。
「社長!パンクしました!」 「くっ、仕方ない。山崎、そこの拳銃をよこせ!」 「どうするおつもりか聞いても?」 「最悪、あの気球を――撃ち落とす!」 「……」 「……冗談だ。相手はあの阿片王だぞ? 備えあって憂いはない」
そんなやり取りをしているうちに、気球が再び上昇する。
「ほら見ろ!いいから、拳銃を貸せと言っているんだ!」 「社長、向こうから人が歩いてきてますが……」 「何?!」
斯波が目を細めて牧場の丘陵を見据えると確かに人がこちらに向かって歩いてきてる。 遠目でもそれが百合子だと分かるやいなや、自動車に急ブレーキをかけた。
「お姫さん!無事か?!」 「斯波さん!どうしてここが?!」
斯波は百合子に駆け寄り躊躇なく抱きしめた。 顔を確かめるように少しだけ上体を離して、両手で頬を包み込み額の泥を拭う。 そして、今は小さい粒になった気球を見上げた。
「あの気球は真島か?」 「ええ」 「貴方は裸足じゃないか……!」 「これは、靴を日野という秘書に投げつけて……」 「ふ、服に血が……」 「これも――たぶん、日野という秘書の……」 「遺産探しだと思っていたのに、どんな危険な目にあったんだ!」 「話すと長くなるのだけど……」 「いや、良い!今はまだ聞きたくない、俺の心臓がもたんからな。 しかし、どうして真島と一緒に行かなかったんだ?」 「それも話すと長くなるのだけど……」 「いやいやいや。分かってるぞお姫さん」
斯波の表情がすっと引き締まり、真剣味を帯びる。 思わず百合子はどきりとしてその瞳を見つめた。
「社長~~~お忘れ物ですよ」 「山崎……なっ、それは持ってくるなと言っただろうが!!」
山崎が後から追いかけて持ってきたものは紙の束だった。 百合子はそれに見覚えがあった――原稿用紙だ。
「あの、これは?」
ミミズがのたうつような文字がいっぱいに書いてある。 紙であれども束になるほど多いので、腕にずっしりと重い。
「はあ、あの社長の所に編集長という方が来まして……」 「勝手に辞表を出すとは何事か、と怒っていたぞ。俺に辞表を押し返された。 ――それで、タイプライターで文字を打つならどこぞの自宅でもできようと……これを」 「そうだわ、私には借財返済という大きな目標があったわ……」
これからどうしようなどと途方に暮れる暇もない。 夜が明けて、日の出の眩しさに目を細める。 疲れきって身体は思いし、あちこちの擦り傷も痛む。 それでも心は晴れやかだった、束になった原稿を抱えて朝日に向かってぐっと拳を握る。
「私の夜明けはこれからよ!」 「お、お姫さん……」
斯波はその場にがくりと膝をついた。
数年も経てば、あの騒ぎもすっかりと忘れ去られていた。 ようやくタイピストから編集へと復帰して、探偵の依頼もまた少しづつではあるが受け始めていた。 大きな事件は少なく、失せ物探しや人探し素行調査と言った事件ばかりではあったが、それなりにこなしていた。
そして今日もまた鏡子婦人に呼び出されてホテルの一室に向かっている所だ。 他にも用事がある、それはようやく鏡子婦人の借財を返済するめどがついたことだった。 婦人はきっちりと貸し、そして百合子はそれをきっちりと返しきった。 その関係が、信頼で結ばれている証だった。 いつもはホテルのラウンジなのに、今日に限ってホテルに一室をとるということは恐らく借財の話などもあるのだろうと、百合子は感じながら案内された部屋を叩く。 すると、中から聞こえた声は鏡子婦人のものではなかった。
「あら、斯波さん早いのね」
扉を開けてみるとやはりソファに腰掛けていたのは斯波だった。 相変わらず派手な洋装を見事に着こなしている。 それにしても助手の斯波も呼び寄せているということは、なかなか難しい依頼なのだろうかと考えていると斯波がごほんと咳き込んだ。
「ああ、今日の依頼人は俺なんだ」 「……斯波さんが?」
ふと、最初の事件を思い出す。斯波が依頼を出すことなどあの事件以来初めてのことだ。
「どんな事件なの?」 「いや、事件じゃない。ちょっと人を探していましてね」
促されるまま百合子はソファに腰掛けた。 斯波の微笑んでいる目元に、僅かに不安を感じる。 入れたばかりの珈琲に口も付けず、少しだけ斯波は目を瞑った。 よほど難しい事件なのだと百合子は思い、居住まいを正して背を伸ばした。
「その人に、この手巾を返したいんだ」
胸元のポケットから取り出したのは一枚の真っ白な手巾だった。 とても大切な物を扱うように、そっと机に置く。
「手巾?」
それを手に取った瞬間に、百合子の時は止まった。 真っ白な手巾、それに見覚えがあった。 頭の芯の方から記憶が洪水のように溢れ、光のように周囲を照らす。 息が上がり、言葉が詰まる。
「これ、――私の、だわ」
そう、その手巾は百合子のものだった。 仏蘭西の特注品であまりにも白くて美しくて、一度も使ったことがなかった。 それと同時に、もう一つの記憶が呼び覚まされる。
「あ――」
その曖昧な記憶が逃げてしまわないように、目の前の斯波を見つめる。 確かに、昔、この手巾を一人の少年にあげたのだ。 その少年は泥にまみれて汚れていたことはかすかに記憶にあるが、顔には靄がかかり思い出せない。 浅く呼吸を繰り返す。
「あなた、なの?」
斯波がゆっくりと頷くと、百合子は初めてあった夜の斯波を思い出す。 妙に自分に執着する男――ただ単にそういう印象しかなかった。 斯波に気を許せるようになってきたのも、探偵業を初める前後ぐらいからでそれまではむしろ不審に思っていた。 百合子はどうして、と聞けなかった。きっと斯波はそういう男なのだから。
「ずっと貴方を愛していた」
その言葉は重く、百合子は不安になる。 自分はそれ程までに強く想われて良い人間なのだろうかと。 その気持ちを察知したのか、斯波は更に言う。
「貴方を知れば知る程にその思いは強くなった。 俺はもう貴方なしの人生など考えられない」 「私――もう歳だし、沢山子供生めないかもしれないわよ」 「ああ、俺は貴方がいればそれで十分だ」 「それに――たぶん、仕事も辞められないわ」 「分かってる」 「あの時からずっと私のことを想っていてくれたのね」 「そうだ」 「どうしてもっと早くに言わないの!!! 私だけが何も知らなくて、これじゃあただの莫迦みたいじゃない!!!」
混乱する百合子を斯波が優しく抱きしめて耳元で謝る。
「すまない――すまない」 「謝ってほしいんじゃないわ!いいえ、謝ったって許してやらないから!」 「そうか……」
きっと百合子は斯波を見上げて睨む。
「もっともっと強く抱いて、沢山愛してると言ってくれなきゃ許さないわ。 それも、ずっとずっとよ。貴方か私かのどちらかが老いて死ぬまでずっとよ」 「ああ、百合子さん愛してる」
百合子の言われる通りに強く抱きしめて搾り出すようにそう言うと、わなわなと震えている百合子の唇に唇を押しあてて吸い上げた。
「ああ、貴方の唇はなんて甘いんだ――」 「も、もう嘘ばっかり」 「嘘なものか、もう一度確かめさせてくれ」
恥ずかしさに俯いた百合子の顎を持ち上げて更に深く口付ける。 息をつく暇もないほどの激しい口付けに百合子は腰が抜けてソファに崩れ落ちる。
「あ、あの斯波さ――私もう……」 「部屋をとって正解だったな」 「だ、だ、だめよ。あああ、貴方まさかそのつもりで?」 「なぜ駄目なんだ」 「私たちまだ結婚していないのに。 それなのに――こんなこんな昼間から……ふ、ふ、不埒だわ」 「結婚していて夜ならいいんだな?」 「そ、それは、ふ、夫婦の営みとして――」 「分かった、では今日は貴方の口を吸うだけで我慢しよう」
ソファに横たわる百合子に覆いかぶさって、再び口を吸う。 オーデコロンの香りがふわりと降り注ぎ、葉巻の苦い香りが鼻を突く。 心地の良い重みに、服を隔てた皮膚がじんわりと熱を帯びた。 どんどんと息が上がり、口付けだけで快感に震える身体に怖気付いた。
「は、は恥ずかしくて……心臓が壊れてしまうわ」 「あまり可愛いことを言ってくれるなよ――」
どくどくと脈打つ百合子の心臓の音を確かめるように胸に触れる。 首筋まで真っ赤になった百合子が可愛くてそこを吸うと、ふわりと甘い香りが立ち上る。 それを吸ってしまってはもう斯波には我慢など出来なくなっていた。
洋装のタイを緩めてシャツの襟元を開ける。 がしがしと頭をかき、おもむろに立ち上がって部屋のカーテンを閉めた。
「百合子さん」 「は、はいっ」
百合子が上ずった声で返事をする。
「――俺の妻になってくれるか」 「はい……」 「よし」 「だ、だめ――私、下着が……」 「下着?」 「あ、ああ、洗いふるしたやつで――」 「大丈夫だ、暗いからしっかりと��見えん。 ――他には?」 「え?」 「もう、心配事はないか」
色々と言いたいことはあるはずなのに、その場の雰囲気に押されてか、多少の興味もあってか、この血が沸くほどの緊張の心地よさのためか――。 百合子は何も無いとばかりに首を振った。 二人ともおかしな熱病に浮かされているのだ、正気であってはこんな事は決して出来ない。 百合子は自分にそう言い聞かせた。
/-/-/-/-/-/
「あらあら、うふふ……」
鏡子は扉の前で意���ありげに微笑を浮かべた。 どんな塩梅かと心配して見にきたものの、大きなお世話だったようだ。
「差し詰め、野宮百合子の事件帖、終幕といったところね」
ちょいちょいと癖のように項の髪を持ち上げると、足取り軽やかに廊下を後にした。
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エレウテリア 第五話
Conte エレウテリア Ghost and Insurance 第五話 「DON’T TRUST ANYONE OVER 30」 遊園地廃墟の夜が深い青に落ちていく。月明かりは木々を透過して注ぐ。海底の冷たさを等しく全員へ示す光に命ある総ての者は押し黙る。その身を闇に引きずり込まれないように。反対に騒ぎ出す者等。インサニティ。ルナティーク。月に憑かれて踊る魂の際限ないダンスの果てには神聖な狂気の世界が待つ。湖面に映るぐにゃぐにゃの時間。一時も落ち着かない生活がやってくる。生まれ持った音のボリュームには個体差がある。シューゲイズに惹かれるEDM。フォークソングとぶつかるポジティブ・パンク。ソウル・ミュージックとジャズが手をつないでニューウェーブを握りつぶす。 トイレの割れた窓ガラスをオバケが踏むと小気味良い感触が靴の裏から全身を伝わった。 「男子トイレってこんな感じなんだね」 「そうだよ」 驚くべきことに水道はまだ通っていてホケンが蛇口を捻ると腐ったような臭いの水が勢いよく飛び出し止まらなくなった。呆然として半笑いでオバケを見、疑問に感じた部分を混ぜ返す。 「“そうだよ”?」 「男とよく夜の公衆トイレで」 「そんなことだろうと思った!」 『暗黒日記二〇一六』執筆中の少年は個室で言いがたい感覚に襲われていた。清沢洌にちなんでキヨサワと呼ばれることになった彼がトイレに駆け込もうとすると当然のように少女二人もついてきた。「気にすんな」と言われても無理というものだったが彼史上最強クラスの便意と長時間に亘る格闘をするうちに無理ではなくなっていった。ボロボロの木の板一枚挟んだ向こうにいる彼女達をいつの間にか戦友のように感じている。下卑た冗戯も戦争映画の音声に聞こえ、敵国へ勝利を納め扉を開けた時彼の心には密かに二人への親愛の情が生まれていた。暗いのは好都合誰か人がいたとして姿を見られる危険は日中より少ないと三人は園内を彷徨う。突入する建物には必ず生活感があることに驚いた。廃墟を棲家にしている人々がいるのだろうか。いるとしてそれはどんな種類の人間だろう。山奥で隠遁生活をしなければならない集団。カルト宗教、指名手配犯、ホームレス……。何にせよ安全で善良な人物が暮らしているとは思えなかった。予感は的中した。明け方湖の側で発見した第一村人は遠目にも危険人物らしい相貌である。全裸で逆立ちをしながら詩の朗読をしていた。好きな作者の物が結構あったのでコイツは危ないとオバケは感じたのだった。 「あ、所長」 「所長?」 「あの人がここの総責任者なんだ」 「つまりアレをやれば我らの勝利……?」 「待って待って待って」 叢を分けて飛び出すと逆立ち全裸は華麗にバク宙を決めて二足歩行体勢に戻った。恥という感覚がとことん抜け落ちているようだ。衣服を纏おうとは欠片も考えぬ素振りのまま仁王立ちでオバケを迎えた。 「君は……新しい世話係だったかな。早いね。もう辞めたいっていうのか。よし。分かっているな。今日一日生き延びることが出来ればここから出て山を下りる権利が与えられる。死んでしまえばそれまで。それがローズバッドハイツ従業員のルールだ。では始めようか」 「イエーイゲームスタートふっふー!」 オバケが茂みに戻るとホケンとキヨサワは同時に彼女の頭を力いっぱい叩いた。 「だって……何あのRPGの敵対モブみたいな発言!?字幕見えたわもう!」 「いきなり出ていってどうするつもりだったの」 「本当に殺す気でいた?」 「そういう訳じゃ…..。上手くすれば状況打開する道につながるかなーと」 「で、上手く出来ましたか勇者オバケよ?」 「あーうーん、山下りる権利?くれるって」 「すごいじゃん!」 「うん、うん、でもな、あのな、今日一日、生き延びられたらって、言ってた」 「どういうこと?」 「うーんとうーんとああいうことかな」 無線機で連絡を取り逆立ち男は大量の人間を集めていた。真っ赤なツナギを身につけた集団のその数はどこに隠れていたのか不思議な程。最悪な状況が自分で思っていた以上に行く所まで行っていたことにオバケが気付いたのはこの時だった。逃げ延びられるはずもなく彼女達は山を下りるどころか頂上へと連行されていく。道々見えたのはこの廃遊園の全景。過酷な労働の果てに息絶えた亡者へ死してなおその手足を働かせることを強制する死臭噎せ返る工場。圧倒される物々しさは美の領域にまで達していた。ぜんたいここは何なのか。この先に何が自分達を待つのか。ぞくぞくと心臓を震わせるのは恐れだけでなく期待も大きいのであった。 薔薇。薔薇。薔薇。薔薇。薔薇。山頂を支配する無数の薔薇の花の群生。人の営みも動物達の食物連鎖も虚しい遊戯にしか思えなくなるほどただそこは薔薇園だった。薔薇が薔薇のみしか必要とせず薔薇のために薔薇は存在し薔薇のため薔薇が死ぬ。自家中毒の桃源郷。こんなところに連れて来られてはいよいよ死ぬしかない気がした。だが不思議と怖くなかった。切り刻まれ腐り果てて堆肥になったら養分としてこの美しい薔薇の一部になれる。それは本望かもしれない。私が生まれたのはきっとそんなふうに綺麗なものになるためだったんだ。 「やあ」 薔薇はとうとう中世ヨーロッパの貴族階級のような声で口を利いた。遮るものの何もない場所で声はどこまでも響く。 「呆気なかったな、非行少女たち」 そして薔薇は人のかたちを模した。荊のベッドから身を起こす人影がある。美輪明宏がまだ美輪明宏になる以前の美輪明宏のような美青年が薔薇の海から生まれた。見覚えがあるように思ったのは恐らく究極の美というものは原始的な記憶領域に訴えかける作用を有するからだろう。蛇に睨まれたように身体が動かせずにいると青年は彼女らに自ら歩み寄った。コミュニケーションを取ることが却って困難になる距離まで近付いて黙ったまま観察する。彼のあまりの顔の近さにオバケにはそれが昆虫のような異星人のような巨大な目玉を持つ怪物に見えた。彼女らを連行した赤ツナギの一団が丘の上に立つ建物から出て来た別働隊から何事か報告を受けている。そして薔薇から生まれた青年へ報告は受け渡された。 「君たち….スタッフじゃなかったの?」 アゴ、というより両のエラに手を入れられ顔を持ち上げられたオバケは改めて目撃した青年の美しさに戦く。同時に気付いたこともあった。彼の目には何も映じられていない。目の前にいる私を、耳元の部下を、恐らく人間として見ていない。心を開いていない目。あの芸能プロダクションの人間と同じ、溶けたプラスチックの目。途端に強烈な嫌悪感に苛まれた。それは青年に対してだけでなく今まで全てから逃げ続けてきた自分自身に対しても同様だった。彼の澱んだ目の中でオバケの消したい過去たちが溺れてはまた浮上する。 「わっ!わー!何ですか、やめっ、あの、何ですか!?離してください!」 赤ツナギ達がホケンを拘束して運ぼうとしている。キヨサワはどうなったのかと探すと彼は赤ツナギの一人からいけないことをした子供に諭すように叱られていたが彼自身はどこか全く別の方向を見ている。それに対し赤ツナギは注意せず聞き手のいない説明会を続けていた。憶えている外の景色はこれが最後だ。神経症的に空間を埋める薔薇。濁ったプラスチックの視線。拐われる少女。遠くを見つめる少年。今となってはどれ一つとして現実感がない。私は始めからここにいて全部ただの妄想だったのかもしれない。 罅割れの激しいサイレンが鳴った。曜日の無い一日がまた始まる。人ひとり埋もれる高さの雑草が生い茂る中庭を伐り開いた空き地にはブルーシートが敷かれ、黒ずみ欠けたアイスクリーム屋の白い椅子とテーブルが並ぶ。キャスター付きホワイトボードは黒板を手前にある手術台は教卓の役割を果たしていた。現実社会という戦地から疎開した青空教室。しかし飽くまでも日本的な詰め込み型教育で教えられる科目はただの一つだった。危険薬物はその人の四肢を腐らせ五感を狂わす薬である。自ら進んで人間でなくなりたい者は使えばいい。日々突き刺される言葉の烈しさは薬物の刺激に慣れた「生徒」への配慮なのか家畜を見る目をした赤ツナギの憂さ晴らしなのか。小学校卒業以来、中学は週に一度作文を提出することで足りない出席日数を補完、高校は開き直って呆気なく中退、とまともに学校という物へ通った経験がなかったのでアタシはこの歪んだ青空教室を楽しんでいるきらいがあった。大学ってもしかしたらこんな感じかなと見当違いな想像もした。 それは長い梅雨の明けた7月のよく晴れた日だった。青空薬物リハビリプログラムは日一日と脱落者が増えていき生き残ったのはアタシと80年代のロックスター風にウェーブのかかった茶髪を長く伸ばした男だけにいつの間にかなっていた。荒くれ者然とした彼とは一度だけ話したことがある。ノートを見せて下さい、という意外にも丁寧な口調に面食らってしまい返答出来ずにいると俺のも見せますから、といらない交換条件を提示してきた。びっしり書き込まれた文字はタイプされたような美しさで、しかも見易く配置された内容はところどころ図に表してあるほどのこだわりよう。呆然と見惚れてしまったのを覚えている。よっぽど本気なんだろうなと思った。彼にとっても今日は待ち焦がれた日だと思う。予定ではいよいよプログラム最終日なのだ。 「おめでとう!」 薔薇の花。何週間、もしかしたら何ヶ月ぶりに見た青年は変わらず美しく息をしていた。いつもの常に苛ついている太った赤ツナギは萎縮して陰に隠れていたがその飛び出した腹部まではへこんでいなかった。残念。青年は笑顔を全く崩さないままにバッグからあるものを取り出す。 「最終試験だ!僕のモットーは“平等”だからね!このローズバッドハイツから出て行こうとする人には従業員にも患者にも同じ条件を出す!」 患者。アタシは患者だったのか。ずっと自分が何なのか探していた。子供にも、大人にも、学生にも、アイドルにも、狂人にも、誰かの大切な人にも、私は結局なれなかった。薬物リハビリ施設で治療を受ける哀れな患者。私という動物のつまらない正体を簡単に暴かれたせいでなんだか笑い出してしまいそうになった。 「今日一日生き延びろ」 壊れた機械のねじ穴を永遠に塞いでしまうような絶望的な清々しさで彼はそう言って次の言葉を続ける。 「けどクリーンなスタッフ達をわざわざクスリ漬けにするわけにはいかないし、ろくに運動もしてない君たちを走り回らせても仕方ない。彼等と君たちには別の生き残り方を目指して貰わなければ。そうだろ?そうしないと平等にならないもんね?」 素人目にも凄まじい高級品だと分かる黒い革の手持ちバッグから出て来たのは、一組の注射器と、粉末の包みだった。綿の飛び出した緑の手術台ーーそれは先述の通り教卓���のであるーーにその二つを見せつけるようにゆっくりと置く。 「これが何か分かる人ー?………..今日一日、君たちはここに居てもらう。それだけ。それが最後のテストだ。勿論、ここまで来た君たちは、目の前にかつてお世話になったおクスリがあるからって貪り打ったりはしないもんね。じゃあね!ああ寂しくなるなあ!一気に二人もローズバッドハイツを卒業しちゃうなんて!……….日付が変わったら、お迎えが来るよ」 金縛りなんて比じゃなかった。これからどんなに最強最悪の大悪霊に取り憑かれてどれだけおぞましい金縛りにあったってすぐに自力で解ける気がした。幽霊のたぶん充血して瞳孔の開ききった目を力いっぱい睨み返しながら、そいつがた��らず成仏してしまうまでやり返せる自信があった。もし、ここで、この場所で、身動きが出来たとしたら。体感で一時間が過ぎてやっと、骨の軋む音を頭蓋骨に爆音で反響させながら首を回して、隣にいる彼の様子を見ることが出来た。彼も同じく硬直してしまっていたが一部だけ激しく運動している点がオバケとは異なる。何かが宿った人形が髪をのばすように。聖像が血涙を流すように。微動だにしない肉体から絶えず滝の涙が流れていた。涙腺が心臓として脈打ちいち早く緊張を氷解させる。不安や恐れや怒りの入り混じった彼の姿を目で追っていると体の動かし方を思い出していくようにしてオバケも徐々に徐々に震える手足を命令に従わせていくことが出来るようになった。天敵に遭遇した動物と食糧を発見した動物。彼等の中で目まぐるしく入れ替わり立ち替わりする欲求の種類はまさに野生のそれであった。手術台に載せられているのは人生を破壊する道具である反面、どうしようもなく必要としてしまう存在でもある。二人とも一言として言葉を発せないうちに日は傾こうとしていた。時間が泥のようにまとわりつく。呼吸をするほど息は苦しくなる。酸素が猛毒だった地球最初の嫌気生物の気分。 「限界だ!」 ロックスターもどきの彼はチューブで腕を縛り血管を浮き立たせる。粉末を炙って透明な液体にし注射器で吸い取ったら一度ゆっくり押し出して針の先を2回はじく。そういえば、この動作への憧れがアタシを壊していったんだっけ。辛い時間を埋めてくれた映像。トレインスポッティング、ウルフオブウォールストリート、時計じかけのオレンジーー。映画はどんなダメ人間も許してしまう魔法だ。どれだけ人を嫌い嫌われるやつでもスクリーンは分け隔てなく愛してくれる。必死で、投げ遣りで、幸せで、不幸で、孤独で、愛し合っていられた。その中のどれ一つとして本当には味わったことのないアタシと画面の中のキラキラした彼等彼女らは全てを共有してくれた。おかげでアタシはハイティーンにして既に老境に入ったベテランジャンキーだった。灰彦店長の贈り物はだからきっかけでしかなく、あれがあっても無くてもどの道アタシは同じような人生になっていたと思う。だから、この、今まさに長い断薬生活に別れを告げようとしている同志のロン毛チリチリなんちゃってロックヒーローには、無意味な永遠の中に逆戻りして欲しくない。オバケは男に背後からしがみついた。注射針はもう彼の皮膚を突き破っていたが腕を振るだけで引き抜けたことから血管には���していない確率が高い。海岸線に沈み始めた夕陽が黒ずんだ濃いオレンジを二人目掛けて投げ込んだ。弾けた光はそのまま部屋中に広がり波打つ。 「だっ……ああ!も、さ!?うああっ!」 言葉が何一つ形にならなかったことで自分が泣いていることを知った。言いたいことが沢山あった。本当にいいの?じゃあ何で今まであんなに頑張ってたの?ここを絶対に出たい理由があるんでしょ?勝手な想像だけどさ、何が何でももう一度会って謝りたい人がいるんじゃないの?じゃなきゃ、きっと人間はそこまで自分の為だけに命がけにはなれないでしょ?全部ただの呻きにしかならなくて悔しくてひたすら彼の背を叩き続けた。這いずりながら彼はまだ注射を打とうと手を伸ばす。いっそう強く呻いて背中を叩いた。何度も何度も何度も。それでも彼は諦めず震える手を夕陽に透かしていたが、やがて抵抗をやめた。それから二人で馬鹿みたいに泣いた。悲しさを、悔しさを、全て流し切ろうとするかのようにいつまでも泣いていた。顔中ドロドロになって乾いてまたドロドロになって乾いてを3回繰り返した頃にはやっと少し落ち着いてきた。外はもう暗くなって、警備担当の赤ツナギの持つ懐中電灯の光だけが何の明かりもない敷地外を不気味に漂っている。 「あれやらない?ミーティング」 返答する以前に彼の顔の地殻変動っぷりが笑い事じゃなったのでポケットティッシュを差し出した。ありがとうと恥ずかしそうに呟いたあと顔を隠すように拭きながら彼は言う。 「もう二度とやることも無いだろうから記念にさ!」 白と黄色のまだらになったティッシュの塊をゴミ箱に捨てて戻って来がてら小さく引き攣った笑顔をオバケに向ける。彼女も自らの顔の汚れを拭き取ることでどうしても表れてしまう笑顔を隠していた。かつてない和やかな空気の中最後のミーティングは始まった。薬物依存の人間同士が集まって自分の薬物体験を発表し合う。そうすることにより薬物の恐ろしさを俯瞰的に感じ取るのがこの「ミーティング」の目的である。だがオバケはここで行われるプログラムの中でこれを最も苦手としていた。薬物についての話を集中して聞いていると頭の中が混沌としてくる。想像力が制御を失いどこまでも広がっていってしまう。アマゾン奥地では船で山を越えるんだ!先住民と戦争を!ジークハイル!フィツカラルド!いやザ・ダムド!ヘルムート・バーガー!ルキノ・ヴィスコンティ!地獄!老人という怪物!プレタポルテそしてYSL!YSL!称えよ我らがイヴ!我らがイヴを称えよ!ハイル!ハイル!ハイル!バスキアみたいなスライ・ストーン!さらばさらば藍色の青春時代!ヴィーナスは毛皮を着て陽射しがサングラスのマイノリティ!結論はシルクのバナナ!ーー喉が渇いた。砂漠にいや火星に置き去られてもうソル200くらい経ったような猛烈な喉の渇きでいつも幻覚は止むのだった。 「ごめん。付き合わせちゃって」 窓とは逆の壁を埋め尽くす段ボールの中から500mlの水を一本、彼が差し出していた。この施設には満足な物資こそないが絶えず喉の渇きを訴える入居者達の為に水だけは大量にあるのだ。ダム一つ分くらいありそうだといつか誰かが冗戯を飛ばしていたがあながち目測は外れていないのではないかと思う。ローズバッドハイツ。遊園地廃墟の姿を取った薬物リハビリ施設は「水」と「薔薇」の天国なのだ。 「大丈夫、じゃないけど大丈夫。何もしないよりはこの方が楽だったと思うから、気にしないで」 「そっか。今何時だろうね?」 「10時くらい?たぶん」 「そうだよね。ああ……さっきは本当にありがとう。あのままじゃ本当に何のために頑張ってきたのか、全部台無しにするところだった」 オバケが会話を続けられなかったのはミネラルウォーターをがぶ飲みしていたせいだけではなかった。もう一本さらに一本と二桁を超える数のペットボトルを要求してもまだ渇きを訴える彼女は彼にはとても見ていられない状態にあった。獰猛な肉食動物のように目をギラつかせて補給したさきから摂取量を遙かに凌ぐおびただしい水分を汗として放出している。温度感覚が狂い冷え切った室内にも関わらず暑さに喘ぐオバケ。支給品の病的に白いブラウスが湿って上手く脱げず彼女は男に助けを求めた。ボタンを全て外されると腕を抜くのも待てず彼女はホコリや髪と混じって床に転がる注射器へ飛びついた。痙攣しながら目的を果たそうとする。何が正しいのだろう。どこで間違ったのだろう。何故今俺はここで破滅しようとしている女の子をただ黙って眺めているのか。男は思う。良いじゃないか。俺には関係ない。後一時間足らずで決着はつく。俺は勝って、彼女は負けた。それだけだろ?何もするな、何もするなよ。お願いだ。 人を狂わす月の光がまたこの場所を深い深い海底に沈めていく。水槽の中に淡く揺れている海月のダンス。水面に浮かぶ薔薇の首。一組の男女が大麻の甘ったるい匂いを全身から放ちながら一糸まとわぬ姿で乱れている。人間離れした美しさの青年は普段の余裕溢れる態度をいくらか崩し目を細めて二人を眺めていた。翌朝、彼等は無論ハイツを退去することなど許可される訳もなく特殊患者向けのエリアへ移されることが決まった。ただ、0時に出会うべきだったところを翌昼12時に初対面した「お迎え」は意外な人物が務めていた。灰彦、と所長は彼女を呼んだ。 次回 第六話 「駅は今、朝の中」
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mashiroyami · 7 years ago
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Page 91 : 友達
 ノエルは天才だなあ。  懐かしい声がする。底の深い、地に足がついたような、低音の、ほっとする声。満面の笑顔で、ぐしゃぐしゃと髪をかき回すように撫でてもらった。小さな彼とは比べ物にならないほど大きくて硬い手が、ちょっと乱暴なようで、愛しげに、幼い頭を撫でる。さらりとした繊細な髪は、その動きに合わせてもこもこと動いて、既に分厚い眼鏡をかけていたノエルは、にへら、とてもとても嬉しそうに笑った。白い歯の隣にできた、深い笑窪が喜びをものがたる。  彼の手にあるのは、ミニカーだったり、モノレールだったり、プラモデルだったり、リモコンだったり。大きくなってくると、ラジオだったり、ステレオだったり、ゲーム機だったり、ポケギアだったり、コンピュータだったりした。目についた気になるものを、彼は分解した。初めは力任せに引っ張ったり曲げようとしたり、壊そうとしているかのようだったが、父親がドライバーを持ち螺子を回して電池を交換している場面を目撃して、見よう見まねでドライバーを握りしめて、いつの間にか彼のおもちゃとなっていた。固く閉められた蓋があればまず螺子を探した。せっかくのおもちゃもばらばらにした。解体してばかりで放っておけばそれは壊していることと同義で、散らかしていると綺麗好きな母親から怒られたから、彼は元に戻すことを覚え、やがて動かなくなったものを修理するようになった。初めは、電車やロボットに憧れている男の子らしい趣味に過ぎないと微笑んでいた彼の親も、器用で緻密な指の動きには時折目を見張った。機械に弱い家庭だったから、幼くともノエルは頼りにされることがあった。それが嬉しくて、誇らしくて、益々ノエルは分解と修復にのめり込んだ。物を用いて遊ぶことよりも、物自体がなんたるかにばかり興味を持った。その姿はしかし奇異なものとして他の子供達の目に映ったのか、ノエルは人の輪に馴染めなかった。その事を幼い頃の彼は特に気にしていなかった。手の中にある宝で十分満たされていて、夢中になっていて、他人の視線や声など気にしてはいなかったから。体裁を気にしていたのは親の方だっただろう。  ノエルは天才だなあ。パパの誇りだ。  父親はマイペースなノエルを常に肯定し褒めちぎった。後々振り返るとただの親バカだったと鼻で笑うのだが、その父親の存在はノエルの中で大きく、一人でいる時間が増えるほどに比重は増していった。折角買ってもらったおもちゃを受け取ってすぐさま分解にかかるノエルを母親は少々不安に思っていたようだが、父親は笑って吹き飛ばし、また頭を撫でた。それでいいよ。ゆっくりでいい。まず確かめたいんだよな。こいつの正体が一体なんなのか、確かめたいんだよな。満足するまでやったらいい。指先に集中する息子の隣、胡座をかいて時折アドバイスとちょっかいを出しながら見守る父親。ばらばらにして、納得して、直したら、父親と一緒にそれを使って遊んだ。笑いあった。あの頃は、壊れても全部直せるものだと信じていた。全部もとどおりになると、本気で信じていたのだ。
 ノエルの瞼が開く。  夢を見ていた。目頭がじんと沁みる。  ぼんやりと現実を眺めて、だんだんと自分が眠っていたことを自覚する。ポリゴンが作業を進めている。遠い眼差しをしながら、椅子に座り直した。  嫌な夢だった。胸があたたかくなってしまうような、嫌な夢だ。忘れてしまいたいのに残像が濃厚に記憶に佇んでいる。  いくらなんでも自分を酷使しすぎだ、とノエルは確信する。自分がもう一人二人は必要だ。漸くカンナギの一件が落ち着いたと思えば真弥のしでかしたビル倒壊や東区駅前でポニータが待っていた件を誤魔化すために、ありとあらゆる嘘の情報を流し錯綜させ、セントラル内一部の電波や電話回線を混乱させ、世間から真弥達の姿を眩ませた。警察や消防の足も多少は遠のかせたことだろう。真弥からは軽い態度であれやっておいてこれ調べておいてと要求されるから時折ついていけない。果たしてポリゴンがいなければどうなっていたことか。どうにか急ぎの用は片付いて、再び黒の団の情報を集めている最中だった。しばらくまともに寝れていないから、身体が悲鳴をあげ、夢まで見てしまうほどに深く眠ってしまったのだろう。が、所詮は椅子に座ったままの睡眠だ。とてもではないが休んだ心地がしない。  大きな溜息を吐き出しながらノエルは背中に体重を乗せて、流れるように腕を背もたれに回してモニターから目を背ける。毎日何時間も向かい合っている相棒の姿を暫く見たくない。と、言っているわけにもいかない。  起きあがって机の上にあるマグカップを手に取ると、コーヒーは底を尽きていた。淹れなおすには、この部屋を出て台所に向かわなければならない。しかし、懸念する点が一つあった。 「今、リビングには誰がいる?」 <真弥、ラーナー・クレアライトがいます。> 「だよな……」  ラーナーとは先日会話したことで僅かには馴染んだ顔だが、わざわざ顔を出しにいけるほどの勇気は出てこなかった。扉を開いた瞬間、注目の視線が突き刺さるかもしれない。話しかけられてしまうかも知れない。無視されて微妙な気まずい空気の中を怯えるように過ごさなければならないかもしれない。可能性がいくつも浮かんできて、考えるだけで目眩がする。ひとはそう簡単に信じられない。黙って冷静にいられる自信がない。心の平穏とコーヒーを天秤にかけて、彼は迷うことなく平穏を選択した。  空っぽのカップを机の端に置いて、彼はモニターに向かい合った。しかし指先まで疲れている感覚がして、手が動かない。椅子にずっしりともたれかかって、夢に感化されて過去に思考が揺れていく。一度引き戻されると溺れてしまう。だから忘れてしまいたいのに。傷んだ瞳を庇うように瞼を閉じた。
 ――消毒用エタノールの匂い。つんとした香り。触れた場所にかけていて、最初はちょっとだけ違和感を感じるくらいだった。無表情な母親の、無味な素振りで、当たり前のようにそのまま身体にかけられた時、ああ、そうか、自分は汚いんだとはっきりと理解した。あの父親の子供だから。気味の悪い趣味だから。いつも俯いてるから。殆ど喋らないから。通っていた学校でも煙たがられて、いつもはじっこの方で、椅子を少し引いて、膝の上、机の下の影の中で、昔父親に買ってもらった携帯ゲーム機の解体と組立を繰り返していた。狭いコミュニティでは子供も親も関係なく噂話がすぐに広がった。クビ、フリン、シャッキン、リコン、シュウキョウ、サケ、ギャクタイ、あることないこと吹き荒れたが、ノエルはひたすらに口を噤んだ。音を立てないようにした。周りは純粋に面白がっているだけだから、口答えをしたところで無駄だとまだ幼い彼は諦めていた。菌が、と。触れたら感染ると揶揄されて、触れれば誰にも触るなと言われたから誰にも触らなくなって物にも触れなくなって、ただ黙り込んで、自分の机だけ守って生活して、そのうち、自席にも居られなくなって、休憩時間になるたびにトイレや校舎の裏のはじっこに隠れるようになって、ただ、静かに、誰にも気付かれないように、誰にも見られない場所で、消えた存在になれるように、祈るように呼吸をしていた。家に帰って、母親はまた集会に行っていて、綺麗すぎるぴかぴかのテーブルの上には小銭が置かれており、それを握りしめて、わざと遠くの店まで夕ご飯を買いに歩いていた。近所の誰にも姿を見られないように、細くて鬱蒼とした裏道を通った。  息を殺して生きていた。  夜、知らない男の人が母親と一緒に家に入ってくるのを、よくわからない感情で扉の隙間から覗いていた。隣の寝室や、リビングで何をしているのか、なんとなく知っていたけれど、見ていないふりをして布団を頭から被って息を潜めていた。男の人の顔はよく変わって、キョウカイのヒトでとてもキレイナヒトナノヨと微笑む。  いきものは誰しも生まれたときから欠けているのです。おなじです。ここにいるみなさんはみな欠けています。いたみやかなしみを背負っています。同じなのです。あなたのくるしみはあなたひとりのものだと考えていませんか。ちがいます。感情はわかちあうことができます。共有することができます。互いに穴を埋めることで、ほんとうの姿になれます。ここにいるみなさんで、欠けた部分を埋めあいましょう。  お清めだと言われて休日に何度か集会にも参加したことがある。偉いひとのおはなしを聴いたり、みんなで唄を歌ったり、手を合わせて祈ったり、知らないひとと手を繋いだり、抱き合ったり、頭の中は乾いていて、よく、わからなかった。学校では接触を拒否されるのに、積極的に触れあおうとするあの場所の空気は不気味で気持ち悪かった。たぶん偉いひとの前に座らされて、よくわからない念仏のような言葉を投げかけられて、エタノールの匂いのする冷たい水をそっと上からかけられて、同じ水で濡らした手が、髪をかきあげて、頬を包んで、耳を挟んで、首をなぞって、背中をさすって、皮膚を辿るその優しげな動きに、いつも、吐き気を催した。触れられたところから肌が張り詰めて全身が凍りつき冷や汗が噴き出し恐ろしくて仕方がなく衣服を強く握りしめ頬の内側を噛み息を殺すことで、耐えた。ねえ、おかあさん、あんなことをしたところで、おきよめになんてなるわけないよ。帰宅して、諦めたように懇願するように母親に言うと、頬を叩かれた。罵倒。ヒステリックで叫びのような声。恐かった。だからそれ以降は何も言わなくなった。周囲に勧められてキョウカイのひとたちがたくさん住んでいるアパートに引っ越しても、あなたを正しく直すためと正当化。正しく、直す。直す、何を。わかんない。わからない。ぼくはもうこわれてます。なおしようがありません。ぼくはぼくのままかわりません。ただしくないぼくはもうどこにいるいみもありません。こわい。みんなこわい。みんなみんなきもちわるい。さわるな。さわるな。だいっきらいだ。他人はすべて敵で震えが止まらなくなったから、外に買い物をしにいくこともできなくなり、だんだんと家から出なくなった。誰もいない家では呼吸ができた。そのうち母親もあまり家を出なくなってしまったから、深夜の、寝静まっている瞬間を慎重に見計らって食品を漁るようになった。昼と夜が逆転して、そのうち全て混ざって時間感覚を失って、カーテンを閉めた。殆どの時間をベッドの上で過ごした。空腹感に慣れて数日食べなくても何も感じなくなった。寧ろ、食べ物は喉を通らなくなった。時折ゼリーが置いてあったらこっそり食べようとしたけれど、だんだんそれも苦しくなった。固形物を食べると吐き気で余計に辛くなったから水を大切に飲むようになった。痩せて豹変した自分���鏡で見て確かに気味の悪い存在だと納得して、安心して部屋の中に閉じこもることができた。  なにが、いつから、おかしくなったのだろう。確かに幸せな時期はあったはずなのに。壊れた携帯ゲームは修理しようとしても直らず、ゴミと化したそれを呆然と見下ろして、おとうさん、と嘆くように呟くと、あまりの虚しさに目が眩んだ。捨てられてもまだ信じていた、きっと。  部屋でコンピュータにのめり込み始めたのは、いつからだったか。旧式の、懐かしい、父親がいた頃、父親が買って、壊れたと思ったものを、自力で直して、目を丸くされたことをよく覚えている。結局、仕事用に別で買ったから、お古として譲ってもらったものを大切に使っていた。インターネットに繋げてもらって、独学で学んだ方法で海を渡った。自室に籠もるようになってからはいよいよ加速した。ノエルが自ら広げた世界だった。声にならない不満をぶつけるように、様々なセキュリティを破り、機密情報を覗き見して、時にウイルスをまき散らし、なんだか少しだけ特別になったような気分で、こっそりと楽しんでいた。潜り抜けていく行為は機械を分解していく感覚に似ていて、守られている情報を前にした時はとても気持ちが良かった。同時にひどく空虚でたまらなく、暗闇の中に消えてしまいたいのに、いっそ死んでしまった方がこんなつまらない存在にはぴったりだと思うのに、勇気も無く、ひとりぼっちで、諦めていた。  ポリゴンに出会ったのは、十五歳に差し掛かろうとしている頃。  適当にネットをぶらついて掲示板で適当にそこにある話題についてけなしているときに、突然、ダウンロードを問う文言が現れた。特に何かをクリックしたわけでもない。当然、不審に思った。セキュリティには引っかかっていないが、それこそ新種のコンピュータウイルスでも引っ提げているデータかもしれない。明らかに怪しいのに、取り込んだのは、面白がったからかもしれないし、どうでもいいと思っていたからかもしれない。  そうしてポリゴンは彼のパソコンに住み着き始めた。  鬱陶しくなかったかと問われれば、当然その通りだと彼は応える。深夜になると口うるさく休め食べろと言ってくるし、ひどいと画面の一番手前に現れ邪魔をする。会話を持ちかけてくる、その中身の大半は他愛もない話題だった。しかし、ポリゴンは注意を促すことはあっても深追いはせず、絶対にノエルを否定しなかった。結局親の臑をかじって引きこもっているに過ぎないノエルを責めなかった。決して触れることのないその距離感もちょうどよかった。今まで破れなかったセキュリティも、ポリゴンの援助で効率化され突破できるようになり、要らないデータをポリゴンが取り込むことで容量の節約になり、古いパソコンの寿命を延ばした。余計な指示をせずとも最善を尽くす、優秀な存在。ポリゴン自身の解析は行えず情報も出てこず正体が不明な点については不気味だったが、気にしなくなっていった。初めてポリゴンに自分のことを話した時、思い出して苦しみのあまり泣いたら、ポリゴンも泣いていた。プログラムのくせにそんな意味のない機能が備わっているなんてなんだかおかしく、似たもの同士のような、奇妙な感覚がした。  結果としてポリゴンは、閉じこもったノエルの世界を、より閉塞的にした。それでいいと思っていた。このままずっと、カーテンも締め切った部屋の中で、ポリゴンとくだらない会話をしながら、思い出したように機械の解体と組立をして、ネットを泳いで、眠って、それだけで、良かった。  あの日、真弥が窓硝子を突き破ってくるまで、ノエルは完成させた不完全な世界で死んだように生きていた。  文字通り風穴を開けられた瞬間の、長年をかけて澱んだ沼底のような部屋が久しぶりに吸い込んだ外の風。  真弥は強い人間だった。強さとは、恐ろしさ。親という、ノエルにとっては強大なものも、恐ろしさと同義だった。何よりも恐怖の対象だったものをいとも簡単に超えていけるような、純粋で、圧倒的な強さを真弥は持っていた。それはノエルに縫いつけられた恐怖とは似て非なる、まったく異種の存在感を示していた。目につく、金色の髪。まだ両腕が存在していた頃だ。彼は笑っていた。ちょうどいいおもちゃを見つけたような顔をしていた。  端的に言えば、真弥はノエルを拉致しにきていた。ノエルがハッキングした相手が悪かった。始末も悪かった。その行為がノエルのものであるとばれて、制裁のために真弥が送り込まれた。その頃真弥は組織に属していて、その一員として動いていた。  お前、俺と組まないか。真弥はそう言い放った。元から彼は組織を離れるつもりでいたのだろう。自由の身になり稼いでいくのに、ノエルは好都合な存在だった。  初���ノエルは拒否した。まともに話せなかったから、怯えた顔で首を横に振った。言葉が出てこなかったのだ。ポリゴンとの会話ですら当時はパソコン上でしか行っていなかった。声を出すという行為を何年も殆ど行っていなかった。  ノエルの家庭事情を真弥はよく把握していた。だからか、彼は問うた。母親が怖いから出られないのか、と。母親が怖いか、と。何を言われても脳まで届かずよく理解できなかったけれど、ノエルは曖昧に、頷いた。そっか、と、真弥は笑った。でも大丈夫だよ、もう死んでるから。  言っている意味が全く解らなかった。  家は恐ろしく静かだった。  一度も入ったことのない母親の寝室では、裸の母親と見覚えのない男が喉元を切り裂かれていて、バケツをぶちまけたような夥しい血液で布を濡らしベッドに横たわっていた。見た瞬間に事切れていることが解った。死体画像は興味本位でネット上で見たことがあった。けれど当然本物は初めてだった。それも肉親だ。ノエルは腰が抜け床に座り込んだ。その時の感情をどのように表現したらいいのか、今でも彼は答えを出せていない。そもそも衝撃で脳がかち割られたように、そのあたりの記憶は殆ど残っていない。ただ、後々、真弥はふとノエルに呟いた。お前、自覚してなかっただろうけど、あの時笑っていたよ。  ノエルが狂っていたのか、真弥が狂っていたのか、母親が狂っていたのか、それとももっと別の何かが狂っていたのか。  呼吸をするように殺せる真弥の手は、そのままノエルの喉元に切っ先を突きつけていた。他に選択肢の無かったノエルは真弥の手をとった。その先が地獄であることは、聡明なノエルには理解できていた。しかし、それまでの人生を悪夢として突き放して、この、強くて、恐ろしい、新たな存在を、新たな運命を、受け入れた。  そうして、今へ至る。  悶着を回避することはできなかったようだが、真弥は組織を抜け、セントラルにある現在のアパートに居を構えた。敷地内で抗争は起こらないよう裏で取り決めがされている場所なのだという話を聞いた時にはノエルは俄に信じ難かったが、どうやら真実らしく、実際、現在まで家から一歩も出ていないノエルに、突如外部から脅威が襲いかかってきたことなど一度も無い。ノエルは主に情報収集、真弥は依頼実行。無意味に生きていた頃と違い、認められていると思えた。自分という存在が保たれていた。その内容は誉められたものではなく、犯罪行為をしている自覚もあった。だからなんだそんな今更。こうでしか生きていられない。淀みに依存して、怯えながら必死で縋りつく。生かされている。そんな生きかたしかできない。もう絶望は味わいたくない。捨てられたくない。  これでいい。このままでいい。  あの音。ポリゴンが呼ぶ音が、ノエルをそっと叩く。驚いたように瞼を上げると、ポリゴンがノエルを振り返っていた。 <大丈夫ですか。> 「……うん」  考えすぎてしまった。以前、特にあの家を出てからは、思い出していると自制が利かなくなり奇声とも言える叫び声をあげていたものだが、今日は心臓が速まるばかりで、その気配はない。ほ、と息を吐き、画面を見つめる。 「ポリゴンって」  指を腿に落とし、曲げていた背筋を更に丸くする。 「夢とか見るの」  我ながら阿呆らしい質問だと、尋ねてからノエルは嘲笑したくなる。言い出してから頬が熱くなってきて、いやさ、と誤魔化すように続ける。 「別に、なんていうかそう、深い意味はないんだけど、ちょっとさっき、懐かしい夢を、久々にみ、見て。何言ってるんだって感じだけどさ、別に深い意味とか、無くて。そう、全然。全然無い。ポリゴンもそういや、寝てるよなって思い出しただけ」  一生懸命取り繕うとしているノエルを遮るように、吹き出しの音がした。上向いた目を疑った。 <たまに見ます。> 「へえ?」  笑うような、驚いたような曖昧な声が出た。 「馬鹿言うなよ」 <ノエルが笑っている夢を見ます。>  咽が詰まった。  表情が一瞬解けて、すぐに強ばる。確かめるように文章を読み返して、苦しげに呼吸を再開する。 「やめろ、そんな都合のいいこと」  肺に毒が回って苦しくなる。 「気持ち悪い」  そんな幸せめいたものは突き放さなければ。設定された仮初めの優しさに甘えてはいけない。上っ面の優しさを信じてはいけない。深く入り込んではいけない。  ポリゴンは、表情を変えなかった。 <ごめんなさい。> 「謝らなくていいけど」 <ノエルの癇に障りました。> 「別に……」  ノエルは目を逸らす。もやもやとした後悔のようなものが尾を引く。 「僕の傍にいてくれればいい」  ぽつ、と。  脳を通らずに出てきた。しばらくして気付き、耳まで一気に熱が駆けた。 「違う、今のは違う! あ、違う全然違う、全然違うから!」 <はい。>  ポリゴンは相変わらず無表情だった。何を、慌てているんだ、真っ赤になったノエルは顔を覆い息を絞り出す。変な夢を見たせいで浮ついているのだ。慣れない会話などするものじゃない。ヘアバンドを少し上げて気分を広くした時、モニター上で起こっている明確な違和感に気付く。  打ち込んでいた文字が勝手に明滅し始め、変わっていく。消えたり増えたり変化したり、瞬く間に動きは加速する。不審に思ったノエルは試しにキーボード���叩いてみたが、反応が悪い。数秒遅れて文字が出現する。しかもその文字は自分の選択したものと違う。内部が崩壊したような滅茶苦茶なコードに戸惑いは隠せない。ウイルスにやられたのか。厳重に警戒しているつもりではあるが、壁の穴を潜り抜けられたのかもしれない。パソコンには重要なデータが数多く収納されている。使い物にならなくなれば、巨大な損失だ。焦ったノエルがマウスに触れた瞬間、静電気のような衝撃が指先から伝わってきた。 「いっ」  反射的に手を引っ込めた後には、青白く光る電撃のようなきらめきが機械に纏わりついていた。  何が起こっている。モニターを再度見やり、今度は先程とは異なった非日常を目撃する。彼は眼鏡を上げてその画面中にある光景を見つめた。  ポリゴンとは別の何かが画面奧に映っている。開かれたファイルは次々に閉じていったり開いていったり、混乱している様子を背景として、ポリゴンと、その何かが相対している。青く弾ける稲妻を纏いオレンジ色の身体をした、けたけたと笑う異色の存在。 <ロトム>  と、ポリゴンの吹き出しがいつものように示された。 「ロトム……?」  ノエルは狼狽えた声で繰り返す。  パソコンに内蔵されたスピーカーから笑い声が聞こえてきた。  オレンジ色をした異形ーーロトムの身体を中心に、電気が集まっていき、膨張していく。膨れあがり、弾け、パソコン内のデータを次々に破壊していく。ノエルのパソコンも火花が散っているような音を立てて、触れることも許されなかった。  じっとノエルに背を向けて静止していたポリゴンは、身を縮こませる。すると、ポリゴンの、青と赤のパネルを組み合わせたかのような身体が一部変色して、目映い黄色へと染まっていく。背中や足、尾といった身体のパーツが塗りつぶされていくようだった。当然ノエルが指示したわけではなく、ポリゴンは自己判断で動いており、自ら己を変えていく姿にはプログラムを超えた力のようなものをノエルは感じた。それは、ずっと前から、違和感を抱いていたけれどずっと目を背けていた疑いでもあった。固唾を呑んでポリゴンの変化を見守る。ポリゴンから吹き出しは何も出てこない。機械音のような、声のような、聞いたことのない不思議な音がスピーカーからこぼれてくる。  そしてポリゴンは、今も尚電気を集めて肥大していくロトムへ向かって一直線に滑空しだした。え、とノエルが呆気にとられたような声を漏らしたのは刹那のこと。ロトムの口が尖った三日月のように笑んで、まるで悪魔のようにノエルの目には映った。ぞっとして、しかしポリゴンは止まろうとせず、暴走したように一心不乱に、近付くにつれ威力を増していく電気にも怯まず、ただロトムへ目がけて走り抜けていく。変色は武装かなにかのつもりだったのだろうか。しかし、端から見れば裸で爆弾に突入していく自殺行為のようだった。 「ポリゴン! 止まれ!!」  嫌な予感がしてノエルは叫んだが、ポリゴンは命令を無視した。使われるものが、使うものの命令をきかないことなどあるか。  ぽーん、と、あの音がした。吹き出しの表示される音だ。画面の端に、小さく映し出されている。 <あえお;い・ア・rekuha。・aelhr・ゥハクサス、ア・ム・ソ。シ・>  心臓が粟立つ。  ぽーんぽーんぽーんと速いテンポで次々に重なっていく。 <あr・e・ugぇおりえあえ;あjんxre・ア・キウ・モクワ2ョ・aoerj・gaeorairホンA・レ&ゥンgja;dlkjg;oir> <ゆaoeirgoc8o゙シMCh・Iホンahpjml;あへrgぱ> <うえェg・イ。kdhgア> <さ・シウ・。nejroiagjergoajodjva:pシシ・・スゑス・ク・ケ・trhrsa/pjlytospコ・ア・イ・ore,avjre・ス・・agoerイ・aojァ,eprkaアergpaj・er@goaek@cokgえらごr;おあえあお;えいrjあリガとうえrgじゃ;どいVンN・Bレサニw_池fごいfda.prekca/e:raク・ア・イ・ウ・エ・e:@a・ke@・・rkgajorアhgaurhgadnらげおいあ;g[email protected];ljgairj・haoich;iojdiojga,eoirgjapoek.c@aprekaあえrぎはぺるあぽdじゃいれあすキサヨならえおpがおktydrうぃlj>  滅茶苦茶な文字の羅列の吹き出しがいくつも浮かんで弾けていく。暗号でもなんでもない。文字化けだ。おぞましい異常な光景にノエルの額に脂汗が滲む。こんなこと今まで一度も無かった。言葉、言葉が。言葉がまったくわからない。 <せskhぎえrhpがじぇr0・ア・イ・・-・1あえr・。じゃ・イチ・c・・lぺear4r。ア・リ・ごメンなサいあえk4jぱj04ae;rg・ア・jaioejr・g;oai。e896.あえい。・>  ロトムが蒼い電撃を放った。ポリゴンは一切逃げる素振りも見せることなく相対した。ポリゴンの身体が電撃の中へと吸い込まれていく。衝突の瞬間、凄まじい閃光がモニターから発せられ、ノエルは目を瞑った。激突。すぐに身を乗り出し、画面の様子を確認した。不安定なデータの煙の中からポリゴンが一点、突き抜けた、耐えた。けれど、透明感のあった身体は傷つき焼けていて、こぼれていくような煙があがっていた。「やめろ」震える声で呟いてもポリゴンの加速は止まらない。やめろ。なんで。ロトムはけたけた嘲笑い、再び電気エネルギーを貯める。素早く、巨大に、膨張する。蒼白い目映い強さはロトムすら覆い尽くし、まるで雷の怪物のよう。しかしポリゴンは怯まない。臆しない。迷いの欠片も見せずに、渾身の体当たりで、ロトムに突っ込む。ロトムが充電したエネルギーを放電したのは、ポリゴンと、肉薄した瞬間だった。  目を凝らしていたノエルの目の前で、パソコンが雷の落ちたような音を立てて、爆発した。 「うわあッ!」  咄嗟に腕で顔を守れたのは間一髪だったが、身体にマウスに手が触れたときのような痺れが纏う。ロトムが膨張させた莫大なエネルギーはネットの中に留まらず、外界へと飛び出してきた。  煙臭さに鼻が痒くなりながら、恐る恐る腕を下ろして瞼を開いた。  火はあがっていないが、パーツの至る所が電気を纏って今も細く黒煙が部屋に漂う。三つ並べられたモニターは何れも罅割れ、死んだように画面は消えており、ポリゴンやロトムがどうなったのかを確認することはできなかった。動悸が激しくなる。ポリゴンはどうなった。これだけの電気製品を全て壊して、修復できる予感はまるでしない。直るのは、動かなくなったものや異常な挙動をしているものだけだ。壊れたものは、壊れたまま、直らない。真弥になんと説明すればいいのか、ぞっと背筋が凍り付く。集めてきた情報は。抱えていた依頼は。個人情報は。バックアップはどこまでとってあったか。震える脳は残酷なほど明確に不安を挙げていって、どうするのが最善か考えられずに停止した。  部屋の扉を開けようとする音がする。鍵をかけているため、容易には入ってこれない。しかし、それを無理矢理にでもこじ開けてしまうのが、たとえば先日のラーナーのエーフィの力であり、真弥の力である。まるで躊躇の無い、扉をはり倒す音。部屋の中に風がなだれ込んだ。パソコンの爆発にも負けない音が家に響き、部屋の中に倒れ込んだ扉は最早意味をなさず沈黙した。  空気中に舞う塵の中、真弥が血相を変えて部屋に入ってくる。 「どうした!?」  珍しく彼は驚愕した声をあげた。常に余裕を持ち笑いを絶やさない彼のそういった姿をノエルはあまり見たことがない。  真弥は破壊されたパソコン群を前にして、目を瞬かせた。言葉を失っているが、それはノエルにとっても同じだった。何が起こったのか、どうした、などと、ノエルの方が問いたいぐらいである。  あまりにも一瞬で不可解な出来事だった。  ポリゴンはどうなったのだろう。とてもではないが真弥の顔を見られないノエルは、改めてモニターを見たが、やはり沈黙しているばかり。  と、ふと画面にノイズが走る。  続くように同じような灰色のひっかき傷のようなモーションが中央のモニターにのみ繰り返し現れる。静かに、決して死ぬまいと息を吹き返そうとしているのか。息を呑んでノエルは目を皿のようにして見守った。頼むから、少しだけでも希望が欲し���った。  割れたモニターに、途切れたような画面が映し出される。あまりにも鮮やかな青だ。罅割れたブルースクリーン。ロトムの姿は無い。ノエルは右手を画面に当てて、その向こうで、青に浮かび上がったように全身黒焦げになって倒れているポリゴンを目撃し、尖った空気を吸い込んだ。  ポリゴンの身体からは今も吸収しきれない電気が走っている。赤も青も、変色した黄色も無かった。煤けた煙が身体から力無く上がる。今、現実でパソコンから昇る煙と同じ色をしている。ノエルは画面の中に手を伸ばそうとしているように指先をそっと動かした。ポリゴンからの応答は全くない。僅かにも動かない。吹き出しも出ない。生きている気配がない。  生きている、気配がない。  ノエルは求めるようにもう片方の手もモニターに触れさせた。けれどその向こうに倒れているポリゴンには決して届かない。壁が邪魔をする。これを破壊すればいけるのか。違う。その向こう側は、絶対に踏み込めない領域だ。接触は彼にとって恐怖そのものだった。触れられない距離感がちょうど良かったのに、こんなに今はもどかしい。 「ポリゴン」  この感情の名前はなんだろう。  この感情の正体はなんだろう。  わからない。感情は分解できない。理解のできない形の無い朧げで不明瞭なもの。あ��たかくなったり、つめたくなったりする、不思議なもの。  手が強ばる。  火傷の塊が瞬いたように震えた。一瞬ポリゴンが息を吹き返したのかとノエルは目を見開いたが、その後ポリゴンはまるで透明で見えない力に持ち上げられているように浮き上がる。足と思しきパーツは力なくだらりと垂れ下がっており、ポリゴン自身が動いているようには見えなかった。背を向けていたポリゴンの身体が反転して、顔だったパーツがノエルに向き合った。つい数分前までは、当たり前のように喋っていた平坦な顔もやはり真っ黒に煤けていて、その変容を信じることができない。ポリゴンに修復はかからない。ノエルが剣とし盾としていたキーボードももう動かない。剥がれた武装は焦げ、沈黙し、使い物にならない。だからポリゴンにしてやれることがない。深夜にアラームをかけるという要らない設定をしておきながら、眠り涙するどうでもいい機能をつけておきながら、自己防衛機能を備えていない。欠けている。ポリゴンも、自分も。  モニターに爪を立て、歯を食いしばった。真っ黒のなにか。ポリゴン。ポリゴンはきっと、守ろうとした。日常を薙ぎ払う暴力に対抗した。結局少しも歯が立たず、パソコンは壊れてしまっても、それでもきっと、抗おうとしていた。一瞬の判断。決意。勇気。ようやくできた、大切な、友達。その結末が、こんな。  こんな。  急にこんな、さよなら、あってたまるか。 「ポリゴン!!」  名前の無い感情を剥き出しにして、叫んだ。 「生きているなら返事してよ――ポリゴン!!」  ぴしり、と罅がのび。  音。  声が。  耳を痺れさせる。  黒い顔に、白い瞳。ほんの僅かに覗いた。機械音。ポリゴンの鳴き声。  心許ない声と共にノエルの顔は歪み、ほどけていく。強さに立ち向かった勇気は、連鎖し、ノエルを貫いた。諦めてはいけないと。まだ終わっていない。まだ壊れていない。ポリゴンは生きている。 < index >
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