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#あだしの念仏寺_緑葉
kachoushi · 24 days
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各地句会報
花鳥誌 令和6年9月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和6年6月1日 零の会 坊城俊樹選 特選句
切り通し省線吹きし若葉風 軽象 蜘蛛の囲に閉ざす社の狐たち きみよ ことごとく夏蝶となる水飛沫 緋路 白あぢさゐ女ばかりに愛でられて 和子 黴の間の亡者に点るシャンデリア 光子 夏の子はジャングルジムに天下とる きみよ 飛鳥山生まれ育ちの蟻の列 三郎
岡田順子選 特選句
乾きたる蛇口の先は夏の雲 緋路 黒南風やおづおづ開くみくじ歌 昌文 南天の花棲み古りし街の隅 美紀 黴の間の亡者に点るシャンデリア 光子 途切れなき列車音聴く四葩かな 風頭 ががんぼ来オルガンの鳴り止みてより 緋路 葉脈の青き稲荷の額の花 小鳥
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月1日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
たてがみに綺羅したゝらせ競べ馬 かおり 負馬の負けを恥ぢざる眼の涼し たかし ユーミンの曲初夏の競馬場 美穂 負馬の誰にともなく息一つ 成子 鬼瓦の鼻ふくらめる若葉風 愛 熱砂駆け鼻息荒し佐賀競馬 たかし 競べ馬シャガールの馬天を駆く 修二 薔薇園にダイヤモンドのやうに雨 愛 勝馬に寄り添ふ笑顔女騎手 久美子 楽屋口より美しき絽の裾捌き かおり バンクシー赤い風船追ふ少女 修二 萍の沈黙にある水一枚 朝子 鞍壺に託す一戦競べ馬 久美子 蟻は蛾を人は柩をかかげゆく 睦子 早苗田の水の世界を行く列車 愛 紫陽花やすこしはなれて宇宙船 睦子 ひつそりと咲くこと知らず濃紫陽花 たかし
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月3日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
短夜の沖に生活の灯のともり かづを 短夜や和尚偲びて尽きぬ宿 笑子 黒南風の精舎を昏め沈めをり 希子 十薬や花明りして父祖の墓地 匠 網を引く明易き浜声合はす 同 悠久の光を溜めて滴りぬ 泰俊
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月6日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
麦の秋鳥の旋回しばし見ん 喜代子 黄金を刈り取る如き麦の秋 由季子 短夜に一夜の旅の用意せる 都 麦秋の大地を分ける鉄路かな 同 逝きし人思ひ起せる虹の橋 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月7日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
体内のおほかたは水田水張る 都 湯上りの鏡を閉ぢて蛍見に 美智子 麦秋の金波を運ぶ風頰に 宇太郎 春雨にすつかり濡れて泣黒子 悦子 杜深しすだまの降らす花樗 美智子 校庭に名札を付けたミニトマト 佐代子 南天咲く早世力士悼みては すみ子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月8日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
空晴れて植田始まる農学部 亜栄子 一村に水ゆきわたり植田かな 百合子 としあつ師偲ぶ薄暑の石仏 教子 枡形の山気を吸ひて蝸牛 三無 下闇や気づけば猫の傍に 白陶 紫陽花の青き滴を受ける句碑 三無 月光をのせて十薬母の逝く 幸子 奥信濃瀬音まじりに河鹿鳴く 美枝子 故郷は懐深く初夏の旅 教子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月10日 なかみち句会
老鶯の声高らかに姿なく 廸子 老鶯や森の静けさ澄み亘る 聰 網戸開け小さき一匹逃しけり 貴薫 書を開く網戸の風の良き加減 三無 緑陰の􄼱間の光踏み遊ぶ のりこ 緑陰や刹那休らふ盲導犬 美貴 緑陰の森歩す空気異次元へ ます江 緑陰に入れば降るもの香るもの 怜
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令和6年6月10日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
風鈴を今年は出さうかと思ふ 昭子 石庭の砂紋に僧や水を打つ 時江 麦秋や己は小作小百姓 世詩明 万緑の真つ只中で友となる 三四郎 玻璃に付く守宮の目玉大きかり ただし ぬけぬけと嘘吐く男草虱 世詩明 堰音の六月の水裏返す ただし 田植済み静かな寝息一村に みす枝 一望の青田や下校チャイム鳴る 時江 野仏の一重まぶたや著莪の花 ただし サングラス外して白き歯を見せる 昭子 音もなく崩れる雲の峰一つ ただし 僧逝きて幾年寺の木下闇 英美子 緑蔭の不開の門や鐘響む 時江 菖蒲の湯頭脳ゆつくり休ませり みす枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月11日 萩花鳥会
久々の娘とのドライヴ花菖蒲 祐子 夢誘う伊豆の旅寝の夕河鹿 健雄 薫風に一味添へてウイスキー 俊文 能登思ふ絆の祭始まりて ゆかり 太陽の恵み包みし枇杷すゝる 吉之 夕立の雲が覆ひし我が旅程 明子 鮎解禁河原で塩焼き白むすび 美恵子
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令和6年6月11日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
黒い線行つたり来たり蟻の道 紀子 内緒話浜昼顔がそつと聞き 同 初夏や日々の葛藤過ぎゆきて 光子 畳紙に包まれし物黴にほふ あけみ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月16日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
紫陽花のしづくを朝日移ろへる 千種 木道の谷戸田の隅に余り苗 幸風 木下闇これより先は獣道 慶月 夏草や弥生時代の息遣ひ 三無 水無月の木霊に道を迷はされ 千種 里山の道標なる立葵 ます江 濃あぢさゐ彩を増す夜半の雨 幸風 半夏生白く人声遠くせり 千種 夏蝶の白の大きく森に消ゆ 慶月 木道に釣り糸垂らす夏帽子 経彦
栗林圭魚選 特選句
鳴き交はす鴉に梅雨の森深く 要 滑り台順番を待つ夏帽子 経彦 今年竹撓ひて風の行方追ひ 三無 雨上るもりの朝やねむの花 芙佐子 紫陽花や森の匂ひに深呼吸 ます江 万緑や森に命を繋ぐ雨 亜栄子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月17日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
露草に一輪挿の織部かな 雪 白鳳の野々宮廃寺跡 同 僧偲ぶ僧の手描きに絵団扇に 同 夏蝶の祈るが如し辻地蔵 同 終電の汽笛編戸を通し聞く 英美子 竹落葉散る音を聞く真昼時 同 毛虫焼く南無阿弥陀仏唱へつつ みす枝 咲いてをり咲きかけてをり七変化 かづを 白寿まで闘志抱きて更衣 清女 鷺一羽思考してをり青田中 やす香 売れ残る金魚に疲れ見えにけり 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月19日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
青葉木菟夜を鳴かねばならぬかに 雪 五右衛門の煙管煙を吐ける山車 同 籠枕夫の遺せし油の香 清女 短夜を添ひ寝の犬に鼾きく 同 蜘蛛の囲の細きにかかるものは何 啓子 懐しき人に逢ふ夢明易し 笑子 風鈴の音とはならぬほどの揺れ 希子 短夜や星を眺めて聴く話 隆司 浴衣着て祭囃子の音に酔ふ 同 風鈴もそれぞれの色兄妹 和子 雨欲しきあぢさゐに色無かりけり 同 今夜だけ風鈴しづか話さうよ 令子 短夜や時の静かに広ごりて 千加江
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年6月21日 さきたま花鳥句会
刺身盛り紫蘇一枚の境界線 月惑 路地裏の暮色に媚びる七変化 八草 夏見舞幼き文字に磯の風 裕章 草刈りの終へて現はる地平線 紀花 麦秋の風入れカフェの読書会 康子 梅漬けの重石に亡夫の酒の瓶 恵美子 たまゆらの時をあづけて啼く河鹿 みのり 麦の秋うねる大地の広々と 彩香 地に影を一瞬黒く夏つばめ 良江
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令和6年6月21日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
白鬼女の渡しと伝へ草茂る 雪 欠け初めし月に崩るる白牡丹 同 尻重な返事のいまだ梅雨に入る 同 山笑ふ声に呑まれてしまひさう 同 高層のビルに飛び込む夜這星 世詩明 夏旅に背中合せの駅の椅子 同 風遊ぶままに青田の百面相 同 極楽の風吹く寺に夕端居 ただし 朝倉の水の音する青蛙 同 音もなくむくりむくりと雲の峰 みす枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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nenbutsushuart · 1 month
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五百羅漢 石彫刻 念佛宗無量壽寺総本山「佛教之王堂」仏教美術 兵庫県加東市 The Five Hundred Arahats Park The Buddhist Art of Nenbutsushu  Life-sized stone statues of 500 arhats, disciples of Lord Buddha, scattered in the vast site named the Five Hundred Arhats Park, were carved by Mr. She Guo Ping, a living national treasure of China. 概略 中華人民共和国、工芸美術大師・の等身大オリジナルの五百人の石像羅漢(佛弟子)が配された広大な庭園。 五百羅漢とは、本来、二千五百年前、釈尊御入滅直後に開かれた、第一回結集(経典編纂会議)に参集した五百人の佛弟子をいう。 五百人の羅漢が問答し、瞑想にふけり、楽器を奏でる等々、各人各様の自然な姿の独創的芸術表現は、釈尊御在世の当時を彷彿とさせる。 なだらかな緑の起伏の中、五百羅漢像の間を遊歩道が縫うように走り、佛教が天竺(インド)から唐土(中国)を経て東方東漸、日本に渡った、シルクロードの終着駅「奈良」の若草山を想起させる。 南門をくぐり、湖畔をあるけば、ほどなく、緑の芝生に木漏れ日がきらめく、美しい公園が見えてくる。 石畳の散策道と点在する木立に、演出された、なだらかな丘陵の中に、絶妙のバランスで配された数々の石像は、中国人間国宝 佘國平佛師制作制作による五百羅漢像であり、二千五百年前、天竺にて釈尊の薫陶を受け、悟りを開いた五百人の弟子たちの様子が、鮮やかに描き出されている。 どれ一つとして同じ顔はなく、口角泡を飛ばし、議論に熱中する者、じっと目を閉じ、沈思黙考する者、あるいは楽器を奏で、余興を演じる者など、まさに、息づかいが聞こえてきそうな臨場感は、訪れる者に、その場の一員になったような錯覚をもたらす。 釈尊のご入滅後、十大弟子の筆頭であった摩訶迦葉尊者(まかかしょうそんじゃ)は、それまで各人の記憶の中にしかなかった釈尊の教えを、後世にまで伝え残す必要があると考えられた。 そこで、インド各地に散らばっていた釈尊の弟子たちを、王舎城(おうしゃじょう)郊外に招集し、佛典編集会議を行った。出席者は、選りすぐられた五百人。 そこでは、真の友たちが在りし日の釈尊を偲び、ある者は笑い、ある者は泣き、悲喜こもごもの思い出に耽りながら、昼夜を忘れて語り合ったはず。 この世に平和と安寧をもたらすために、珠玉の教えを伝えんとした往時の五百人の熱意は、二千五百年の時空を超えて、シルクロードの終着駅、ここ大和の地において結集し、世界の佛教徒の参詣を、今や遅しと待ち受けている。
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chiematugi · 10 months
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November,27,2023
工業系の器用な女の子が、
溶接って難しい、と仰るので、
製造業でも、溶接って色々あるんだ、と思う。
目は悪くならないでしょうか?と思うけれど、
溶接と言いますと、
祖父は、
最後、
寂しそうに、
独り、工場の隅で溶接していた姿が、
目に焼きついています。
私は、就業してみて、
検品は、難しいと思いました。
カラーコンタクトが出来ません。
私の実家は、
ALSに、なりやすい職種環境本家最後で、
自身は、20代から、
原因不明の歩行不全を発症している。
龍谷大学に入学すれば良かった。
今更言っても仕方ない。
私立は志向性がハッキリ明確だから。
大学の指定校推薦は、
高校の先生の御推奨だから、
先生は、正しかったのでしょうか。
私が産まれた頃、実家の鋳物街工場は、
稼働していた。
経営で良い時もあった。
ある時から経営が傾いた。
それは、母が、私の先天性herniaを、
M上記念病院で切除手続きをした後から。
しかし、確実に、私は、
旧家の鋳物造形法を知る、最後の一人。
資源のない日本では、働かなければ生きていけない。
製造業は大切な資源となる。
祖父母は、後年、
深い闇から追われるような一生を過ごすことになった。
逃れることから、必死だったのかもしれない。
台湾で多いクリーニング店も、
営むことが、出来なかった。
祖父母の鋳物工場では、当初、豊田織機部品を造っていた、という。最後は、焼そばに縁がある。
叔父も母も、
深い闇から追われることに、必死だったところ、
私自身も、二十代の頃は、
人生の選り好みが出来るような、
道のりではなかった。
その頃から養父は、存在を消して生きていた。
今思えば、姿を見えなくしていたのかもしれない。
母の言われたことのみ、着実に、こなす人であった。
そして、最後に、養父が発した言葉は、
「ノリコのものは、他に持ってないか?」
養父のお兄様が、木樵(キコリ)で国家公務員なのは分かる故に、
物(my pace)が決まり次第、
オナニー(病院送り)ばかりして、
Enter(nothing).
私は、先天性障害を沢山持っていたが、
それが裏メニューとして出るのは、
大人になるまで待つ必要があったのだろうか。
それは、心理戦とも言えるかも、しれない。
しかし、裏メニュー?
それまでの私の場合、周囲は常に、逆に動いていて、
私が裏目に出てなかっただろうか?
それまでの周囲は、
着実に、常に、物事が、反対に、進んでいた。
自身が小学生の頃、
当時、近辺の街は、祖父母の鋳物工場が造ったようなものだった。
その街が、最近、綺麗に、なりつつある。
街が、鋳物工場稼働時の活気に、再度、戻ったかのようだ。
全体的に、そのような傾向なのかもしれません。
私は、Wikipediaに、出身の仏教系大学から、
なぜか一時、俳優として、名が載った。
その件は、
日本で、寺が一番多い愛知県、
次いで東京、
そして、仏教系大学や県から頂いた特待奨学金の本拠地は、京都、浄土真宗、そして大谷財団
良きにしろ悪きにしろ、
常に、その瞬間は自身とは反対に物事が動き、結果all right.
反対に出ると思うと、
私は、中国と台湾の関係のように、
相対する関係の中、自身は生きている。
放置されていたわけだから、
育児放棄とまでは言わないけれど、
なるべくして、なった結果とも言える。
こうなる前に、両親が、
結婚相談所にでも、
私を連れて行けば良かったのだし、
ハローワークの存在も、
知らせてもらえなかった故
人とは、いつも見ている風景(標識、CM、建物)心理学から、
そこに、SOSを求める場合が多々。
しかし、世の中、常に、
対抗勢力=共存関係として、
成り立っていて、
故に、
対抗勢力を完全に滅してしまうと、
自らも回らなくする。
それから、
祖父母は、周囲から精神的に殺されていった。
街の中にも、
精神的に追い詰められた自殺者や殺人が多々起きた。
これは、街の話である。
対抗勢力が居なかったわけではない、
本家の私が説明できる日が来たかもしれません。
自身が院生から、国の研究生になった時、
自身は、京都に移り住んだ。
住居のある鴨川沿いの対岸には、
《黄色いクジラ》
というホテルがあった。
舞妓さんの小唄が聴こえてくるようだった。
私も、その頃、
松の緑から越後獅子くらいまでは嗜んだ。
時代は、そちらに行くような感じにみえた。
これからは、公の時代になっていくのに対し、
今までは、私事の時代であったのかもしれない。
私は、ある企業に勤めた。
駅から出る企業までのシャトルバス内 FM DJからは、
「…ということで、愛人チームからでした!」
という、妙なフレーズを聴いた。
愛人さん方々を、全否定は、しないし、
祖父にも愛人さんがいた。九州出身水商売の。
よくわからないが、水商売と言えば、
錦と関わりがあるかもしれないし、銀座も水商売の地域。
ただ、あまり、大きくならない様に、
裏側で据えているのが、
良い感じに思う。
しかしながら、
愛人さんは、
顔、または、器用さは、
持ち得ているかもしれない。
そして、近頃、
逆になった状態を、
再び逆にしようとしているのは、
祖父の愛人だった方の娘さん(母の実妹にあたる)側を、
その娘さんの旦那様が国家公務員と聞く故、
養父が母親とともに、そちらを良く魅せたい、という利害一致も一理あることと、
母親の弟の娘さんも、謎を追い過ぎて、
キリスト教島から地方公務員になったから、という見解も一理ある。
騒動で、メンタルフードが与えられるらしい。
しかし、
本家を知る私は、
その子を、誰かに置き換えようという、
発想がないのだけれど、
近頃、そういう人々が多い気がする。
その流れを、新時代と呼ぶのだったら、
私は、表で裏のままを行うかもしれない。
裏で動く方々と言うと、
夜中に起きる躁病の人々がいるけれど、
もしかして、本来、裏の人々と、
公に裏メニューを行う私と、
瞳孔が合ってしまうかもしれないけれど、
自身は問題ありません。
ただ、私は、
躁病になる時は、
極端になる為、
(光トポグラフィー検査では、鬱という結果で数値的に表示された)
波が激しい。
何かある時は、そうせねばならない理由があったから。
なぜ極端に、
躁時は、そうなのか、
もしくは、
そう大事にならないか、
ということを説明すると、
おそらく自身は、単に、運動神経が鈍いからである。
私は、
その時の気持ちを、
療養中、
文章に残して、後から新聞を書く位である。
「城崎にて」では無いけれど。
入院中、記事を書いて様々な新聞社に送っていた。
ある新聞社から、
自身の投稿記事に、QUOカードが届いた。
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koganecho-air-blog · 2 years
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Part IV
黄金町x光州AIR交流プログラム レポート4(照沼敦朗)
코가네쵸x광주AIR교환프로그램 레포트4 (테루누마 아츠로)
11月1日 キッテさん、ミンジュンさんと木浦の海を見に行きました。 近くには山もあり、崖の上に寺が幾つかあり、中腹辺りの寺なら、短時間で行けるかと目指して歩きましたが、 かなりの階段数で大量消耗、さぞかし、見応えある神社があるかと思ったら、寺は小さく仏像があるはずの寺内の扉は閉まっていました。 しかし、そこから木浦市が一望出来て良かったです。
11월 1일 기태씨와 민준씨 함께 목포에 바다를 보러 갔다. 근처에는 산도 있고 절벽 위에 절이 몇 개 있는데, 중턱 근처의 절이라면 짧은 시간에 갈 수 있을까 하는 목표로 걸었다. 상당한 계단 수를 올라가는 중, 볼 만한 절이 있는가 생각했는데 절은 작고 불상이 있어야 할 사찰 안은 문이 닫혀 있었다. 하지만 거기서 목포시가 한눈에 볼 수 있어서 좋았다.
11月2日 夜、まだ早いですが、お別れ会が行われました。
11월 2일 밤, 아직 이르지만 작별회가 열렸습니다.
11月5日 昼食は、ワークショップをしていた皆さんが作った手料理を頂きました。 神に食べ物のお供物をして、後で食べると言う文化も同じと知りました。 お昼過ぎ、キッテさんと無等山に行きました。中腹にある喫茶店に行き、 店の庭がちょっとしたハイキングコースになっていました。そこを1時間ほど 歩きました。キッテさんが作ったという鉄製桟橋があったり、切り立った岩の中を潜ったり、喫茶店オーナーが趣味で集めた ミリタリーコレクション小屋、プライベート美術館があったり、見応えあるハイキングコースでした。
11월 5일 점심은 워크숍을 하던 여러분이 직접 만든 요리를 먹었다. 신에게 음식 제물을 바치고 나중에 먹는다는 문화도 일본과 비슷하다는 것을 알았다. 점심이 지나서 기태씨와 무등산에 갔다. 산 중턱에 있는 찻집에 갔는데 정원이 약간의 하이킹 코스로 되어 있었다. 그곳을 1시간 정도 걸었다. 기태씨가 만들었다는 철조 작품이 있거나 깎아지른 바위 속을 잠수하거나 찻집 주인이 취미로 모은 밀리터리 컬렉션, 개인 미술관이 있어서 볼 만한 하이킹 코스였습니다.
11月6日 お昼過ぎからサイクリング。無覚寺に行きました。 盆栽展が開催されていました。 展示が終了しました。
11월 6일 점심 이후부터 사이클링. 무각사에 갔다. 분재전시가 개최되었다. 그러나 전시가 종료되었습니다.
11月7日 搬出作業をしました。
11월 7일 반출 작업을 했습니다.
11月8日 この日は、朝、キッテさんと、作品を日本に輸送するため郵便局に行きました。 その後、光州で最後の旅行。 ミンジュンさん、チョンイさん、ナウンさんと、まずは白羊寺に向かいました。 寺内では紅葉がとても綺麗でした。僧侶?が2箇所、外でカラオケを歌っていました。 寺の雰囲気と歌が謎のハーモーにーを醸し出していました。 夕方、山の中腹にある、安藤忠雄が設計したような喫茶店に行きました。とても優雅な気分になれました。 その後、竹緑苑に行きました。竹林を歩き、潭陽川という川沿いには、ここの名物というラメーン通りがあり、 500m近くにラーメン屋がひしめいてありました。そこで晩御飯を食べました。 帰り途中には夜になり光州の近くの山に登り、その途中の喫茶店の屋上で、皆既月食をちょうど見ることができました! 皆既月食を最終日に見れるなんて感動しました。
11월 8일 이 날은 아침에 기태씨와 작품을 일본으로 수송하기 위해 우체국에 방문했다. 그 후 광주에서 마지막 여행. 민준씨, 정이씨, 나은씨는 먼저 백양사로 향했다. 절 안에서는 단풍이 너무 예뻤다. 승려 두 명이 밖에서 노래방을 부르고 있었다. 절의 분위기와 노래가 수수께끼의 하모니를 만들어내고 있었다. 저녁에 산 중턱에 있는 안도 타다오(安藤忠雄)가 설계한 것 같은 찻집에 갔다. 아주 우아한 기분이 들었다. 그 후 '죽록원'에 갔다. 대나무 숲을 거닐며 담양천이라는 강변에는 이곳의 명물이라는 라멘 거리가 있고, 500m 근처에 라면집이 많은 거리를 발견했다. 북적북적했다. 거기서 저녁을 먹었다. 돌아오는 길에 밤이 되어 광주 근처 산에 올랐고, 그 때 찻집 옥상에서 개기월식을 마침 볼 수 있었다! 개기월식을 마지막 날 볼 수 있다니 감동이었다.
11月9日 この日は朝、バスターミナルに行き、最後までお世話になったキッテさん、ユンミさんとお別れをして バスに乗りました。4時間後、仁川空港着きました。 そこからタクシーに乗ってホテルに到着。しかし、大きい札しかなくてタクシーの運転手に待ってもらい、 パン屋で小銭を崩して戻ると、さっきの金額より高い提示額。待って貰ったから渋渋払ったが、ぼったくられた気分。 ホテル一階の受付に行くも予約が取れていないと、言われてユンミさんにヘルプの電話をすると、4階に別の受付があるらしい、 とても紛らわしい。旅行代理店のような事務所で受け完了。ホテル部屋から一歩も出ず、この日は爆睡していました。
11월 9일 이날은 아침에 버스터미널에 가서 마지막까지 신세를 진 기태씨, 윤미씨와 작별을 하고 고속버스를 탔습니다. 4시간 후 인천공항 도착했습니다. 거기서 택시 타고 호텔 도착. 하지만 큰 현찰 밖에 없어서 택시기사에게 기다려달라고 함 빵집에서 큰 현찰을 깨서 잔돈을 바꾸어 왔다. 아까 택시비보다 올라간 택시요금에 바가지 쓴 기분이 들었다. 호텔 1층 접수처에 가도 예약이 되어 있지 않다고 해서 윤미씨에게 헬프 전화를 했더니 4층에 다른 접수처가 있다고 한다. 너무 헷갈렸다. 여행사 같은 사무실에서 접수 완료. 호텔 방에서 한 발짝도 나가지 않고 이날은 푹 쉬었다.
11月10日 朝、タクシーをホテルの受付に頼んでいたのに来ず‥急いで地下鉄に乗るも、切符販売機で、お釣りと領収書の取り忘れに気付くも、 戻る暇もなく断念、空港に向かう。10寺35分発の成田空港行きに乗って、無事に帰ってきました。
2ヶ月間は、あっと言う間までした。光州では様々な手法で表現するアーティスト達に出会い、語らい(語学はダメダメでしたが) 作品や街を見て、刺激を貰いました。この光州で過ごした日々を糧に、これからも制作を頑張りたいと思います。ありがとうございました。
(終)
11월 10일 아침에 택시를 호텔 접수처에 부탁했는데 오지 않았다...서둘러 지하철을 타고, 매표기에서 거스름돈과 영수증을 잊어버리는 것을 눈치챘다. 다시 돌아올 틈도 없이 단념하고 공항으로 향한다. 10시 35분 출발 나리타로 향하는 비행기를 타고 무사히 일본에 돌아왔다.
한국에서의 레지던스 프로그램 참가 두 달 동안은 눈 깜짝할 사이에 지나갔다. 광주에서는 다양한 방법으로 예술 작품을 표현하는 아티스트들을 만나고, 작품이나 거리를 보고 자극을 받았습니다. 의사소통의 어려움은 있었지만.. 이번 광주에서 보낸 날들의 에너지로 앞으로 작품 제작을 열심히 하도록 하겠습니다. 고마웠습니다。
(끝)
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yamashitaproject · 2 years
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番外編〜金沢旅行〜2日目
9/15/2022(木)
金沢旅行記録2日目編
 個人的な話ですが、私は旅行の初日がインターンシップの日程と被っていたため、2日目からの参加でした。
 インターンで疲れた状態でそのまま夜行バスに飛び乗るのはキツい。 ということで優雅に新幹線を利用しました。(始発だったので4:30起き)
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始発に乗ったので、9時前には金沢駅に到着!都内からのアクセスを非常に便利だなと身をもって感じました。
<金沢旅行2日目>
 私はアナログ班、かつ1人チームでした。(前回記事参照) 着いてからしばらくメンバーに会えなかったのは、少し寂しかったですが、遅れて来た分楽しみながら有益な情報を得ることができたら良いな、と思いながら出発!
#1 兼六園〜朝食なのか昼食なのか、、、
駅に到着後、荷物を預けてから早速バスに乗車。アナログということで完全ノープランで行動してみることにしました。最初は無難に1番有名な兼六園を目指すことに、
最寄りのバス停で降車すると、(バスの路線図で簡単に降りる場所がわかる)果たしてどこに向かえば良いのか状態でしたが、ここで発見。
街のあらゆるポイントに地図が!
携帯のマップなどを使わなくても迷うことなく現地に到着。
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見渡す限り広がる緑に満ちた光景で自然と心はリラックス不可避。迷路級に広くてたくさんの通路があるのですが、探検気分で楽しむこともできますし、その先の光景一つ一つに感銘を受けました。また、海外の観光客や結婚式の前撮りなど訪問の目的も様々なようで。気づけば1時間以上夢中で散策していました。
時間は、10時半を回る頃。ここで日本男児。
「お腹がすいた、、、」
そう。朝四時半起きからの約4時間に及ぶ電車移動。そして到着後即散策。のストップで移動を重ねていたため、昼を待たずして、空腹が襲って来ました。人間の三大欲求の一つである食欲に逆らうことはできず、次の目的地へ。
そしてバス乗り込みたどり着いたのは、
「近江町市場」a.k.a金沢の台所
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平日のまだ朝だというのに市場内は大勢の観光客で大賑わい。様々な海の幸が並ぶお店が混在しているので、非常にお店のチョイスに困ってしまう、、、
しかし、私には訪問前からずっと目をつけていたお店が。
https://youtu.be/pP_v88RH7Qc
こちらの動画の後半出てくる「もりもり寿し」に2年近くずっと行きたいと思っていました!!念願、
値段は少し弾んだものの、人生で1番と言っても過言ではない美味しさに感動、
果たしてこれ以外を寿司と呼んで良いのか、、、、
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#2 厨二病大歓喜の忍者寺〜金沢建築館
※写真撮れなかったです
こちらも前から行ってみたいなと思っていた忍者寺。 正式名称は「妙立寺」ですが、まるで忍者が住んでいるのではないかと思わせるような様々な仕掛けがあることからこのような異名がついたのだとか。
予約なしで見学ツアーに参加することは難しいらしいのですが、私は幸運にも少しの待ちで参加できることに。
寺内に仕掛けられたあらゆるトラップや隠れ場所などに心の底から感動しました。これを見て興奮しない男がいるのだろうか、、、、、
次に訪れたのは、忍者寺の近くで発見した金沢建築館に行ってみることに。
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当日は、木造建築に関する展示が開催されており、細かい設計が施された木造建築の模型に感銘を受けました。(先ほどの忍者寺といい、童心を非常に揺さぶられている)
#3 鈴木大拙館〜石川県立美術館
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次に向かったのは、金沢出身の仏教哲学者である鈴木大拙氏の功績についての展示がされている鈴木大拙館へ。
一見哲学という言葉のような固い施設なのかと考えていたが、石垣や水景などの美しい景色も堪能することができました。無駄のない自然の殺風景を一望して、「これが哲学か、」となりました。(たぶん違う)
館内を出て経路を進んでみるとその先に庭園のようなものを発見。誰もいなかった上に、陽の光もあまり当たらないことから少し不気味なようにも感じられましたが、それも見どころの一部かもしれません。また、すぐ横がラジオ局であることから、現代と昔のアシンメトリーのような光景も楽しむことができます。
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さらに奥へと進んでみると、滝を発見。この滝の水は、辰巳用水と呼ばれ、防火のために犀川の水を引いて造られ、当時、徳川幕府との関係が険悪だったため、戦時の飲料水確保の意図もあったともいわれているようです。(金沢旅物語より)
https://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/spot/detail_10175.html
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滝を上から撮るというなかなかない画角。
#4 2日目の終わり〜石川県立美術館〜夕飯
滝と並行した階段を登って先に進むと、美術館を発見。この美術館は、国宝《色絵雉香炉》や古九谷の名品など加賀藩ゆかりの古美術と、石川の作家を中心とする近現代の油彩画・日本画・彫刻・工芸品を常設展示する地方色豊かな美術館です。(石川県立美術館より)
https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/
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ただの美術館ではなく、金沢や石川県の特徴の美術文化を存分に楽しむことができることから、美術にあまり関心がない私もついつい見入ってしまいました。
時刻は、もう夕方。早朝からノンストップで移動を続けていた体がそろそろ悲鳴を上げたのでホテルに向かうことに。
そして肝心の夕飯なのですが、金沢で有名な味噌ラーメンのお店が宿泊先のすぐ近くにあるということでラーメンマニアの私(初出し情報)は、行かざるを得ませんでした。
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麺屋「大河」さん
味噌ラーメンが看板メニューだというのに、まぜそばの誘惑に負けて後者をチョイス。あまりの美味しさに椅子から崩れ落ちるところでした。あまりに美味しかったので、お土産用のラーメンを帰りに購入して自宅で食べたのですが、そちらも非常に美味で、2玉すぐに完食してしまいました。
私の金沢旅行2日目は、こんな感じでした。デジタルデバイスに頼らず、弾丸で様々な場所を巡ってみるのも新たな出会いの宝庫だな、と身をもって感じた1日でした。
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spst-haru · 2 years
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[ 青竹の小径 ] . . . 青々とうつくしい竹林のなか、 境内の奥へと 小径を進む。 . . . ==================== 📸 2022.05 Adashino Nenbutsu-ji, Ukyo-ku, Kyoto . Canon EOS Kiss M2 🍃✨🍃✨🍃✨🍃✨🍃 ==================== . . . #japan #kyoto #adashinonenbutsuji #adashinonenbutsuji_bambooforest #adashinonenbutsuji_bamboo #adashinonenbutsuji_greenleaves #adashinonenbutsuji_ryokuyo #ryokuyo #京都 #東山 #あだしの念仏寺 #化野念仏寺 #あだしの念仏寺_竹林 #化野念仏寺_竹林 #竹林 #あだしの念仏寺_竹 #化野念仏寺_竹 #あだしの念仏寺_緑葉 #化野念仏寺_緑葉 #竹林の美しい場所 #beautiful_bamboo_forest #緑葉セカイ #scent_of_green_leaves #新緑かおる頃  #the_season_of_shinryoku_is_here #清浄なる美しき境内 #clean_and_beautiful_precincts #緑葉の薫るお寺 #temple_with_green_leaves #canoneoskissm2 (at 化野念仏寺) https://www.instagram.com/p/CeGN4NaP8wn/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kyoto4 · 3 years
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20210915  葉っぱ
  以前にも書いたかもしれないが、京都には緑が多い。三方を山に囲まれた盆地なので遠景はだいたいにおいてくすんだ緑色だし、寺社仏閣はほぼほぼつやつやした常緑につつまれている。川ぞいの植樹や街路樹も多く、町中でも家の前には小鉢に樹木草花が飾られている。今回、撮ってきた写真をながめていても、一枚たりとも、まったく緑の写りこんでいない写真がなかった。  そして、ここのところは目だつのが、街路の雑草だ。アスファルトやコンクリート舗装のすき間にうまい具合に自分の居場所を見つけて、繁殖してゆくものが年々ふえていっているように思う。市街施設の老朽化とともに、勢いをもりかえしてくる自然の力の見どころでもある。雑草とひとくちに言っても種類は多い。観賞用の園芸植物や、農作物以外、つまりは人間にとって有益だと判断されないものを、われわれは雑草と呼んで区別する。  区別とは、差別の言いかえである。区別と差別が違うようなことを口にする者もいるが、上下だろうが左右だろうが、価値を判断することによって別とするのだから、根は同じ行為でしかない。  植物はさらに動物と区別される。われわれはもちろん、自分に似ているものを好む傾向があるので、動物のほうが、植物よりも愛でられやすいのは当然である。だが、ここに「権利」という概念をもちこむのであれば、これはまたちょっと厄介な話になってくる。動物の権利の存在を主張するのであれば、植物の権利だって主張されてもいいような気がするが、あまりこれは支持されそうにもない。われわれは植物を収奪してもあまり気にはしない。そもそもが、動物は植物の存在を前提として生きていられるのだから、もっと感謝したほうが良いと思うのだが、こちらもあまり意識されることはない。  雑草がふえているけど、まあ、それはそれでいいんじゃないか、と思う。今の時期、めだつのはアレチノヌスビトハギである。北米からの外来種だ。すごい名前をつけたもんだなあ、と感心する。花はそこそこに可愛いが、ひっつき虫のつき方がえげつない。
※2つほど、予約投稿にしたつもりだったんだけど、なぜか、18日に投稿されてしまいました。なんでかなあ。
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2ttf · 12 years
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oniwastagram · 4 years
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📸法輪寺(だるま寺)庭園 [ 京都市上京区 ] ② Horinji (Darumadera) Temple Garden, Kyoto ーー通称“達磨寺”に京都の老舗“庭司” #植音 の四代目 #奥田龍司 が作庭した枯山水庭園“十牛の庭”“無尽庭”。 ...... 続き。向かって左手側にある石組が「十牛の図」🐮を表現した“十牛の庭”で、右手側の苔庭部分は“無尽庭”という別の庭になるのだけど、現在は苔が繋がっているので一つの庭のような見え方。 その苔庭の中にはまさに牛に見立てた巨石が配されていて、それに向かい合うかのように縁側には牛の像が佇んでいます🐃今回はちょうどグラデーションがかかった紅葉🍁と苔の緑、そして青石がカラフルですごく良かった…! . だるまさんの他にも、島津製作所の創業者 #島津源蔵 の念持仏を祀る学神堂や江戸時代の三条釜座の鋳匠 #藤原国次 作の妙音の弁天鐘も見所。 この三条釜座の藤原国次の名鐘、遠く東北・山形の『光禅寺庭園』で見て以来という! . また映画関係者ゆかりのお寺でもあり、衆聖堂の2階には日本の嘗ての映画関係者800人を祀る“キネマ殿”(貴寧磨殿)もあります。京都の穴場のお寺を探している映画ファンはぜひ。 ・・・・・・・・ 🔗おにわさん紹介記事: https://oniwa.garden/darumadera-temple-%e3%81%a0%e3%82%8b%e3%81%be%e5%af%ba/ ーーーーーーーー ‪#japanesegarden #japanesegardens #jardinjaponais #japanischergarten #jardinjapones #jardimjapones #японскийсад #japaneselandscape #gardendesign #kyototemple #kyotogarden #日本庭園 #庭園 #庭院 #庭园 #京都庭園 #京都紅葉 #京都寺院 #枯山水 #枯山水庭園 #karesansui #ueoto #キネマ #おにわさん #oniwasan (法輪寺(達磨寺)) https://www.instagram.com/p/CLaxBSEA6JU/?igshid=1vosatozn6jwg
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imustak · 4 years
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2020年の紅葉は終わるが、コロナ禍は終わらない。 浄真寺、閻魔堂が完成してから初めて来たが、参道を覆うようにあった紅葉の枝が減っていて残念だった。 #tokyo #東京 #japan #日本 #landscape #sky #cloud #緑 #黄 #赤 #temple #寺 #architecture #某個地方 #空 #紅葉 (九品仏浄真寺) https://www.instagram.com/p/CIups11HZtL/?igshid=urhb1txcelq2
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kachoushi · 8 months
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虚子自選揮毫『虚子百句』を読む Ⅱ
花鳥誌2024年2月号より転載
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日本文学研究者
井上 泰至
  山寺の宝物見るや花の雨
 季語は「花の雨」で『新歳時記』では「花」の傍題。山寺で宝物に見入る「寂び」の境地を云々されたこともあったが、『虚子百句』の立子の評は、それを覆している。
 父はあまりお寺やお宮などの宝物に興味を持っていないと思います。それが特に宝物を見るというのは何か余儀なくそうして時間をつぶしたという心持ちがあるのでしょう。
 つまり、「宝物見るや」と「や」で謎をかけておいて、「花の雨」で降り籠められただけだったんだよと明かし、軽い「笑い」を受け取れば、それでいいのだということである。虚子は『俳句はかく解しかく味ふ』の冒頭で、歴史を詠んだ古俳諧を取り上げ、こう言っている。
 俳句の詠史は漢詩や和歌などと違うてその事柄を優美にしたり、荘重にしたりすることはしないで、むしろその事柄と反対に卑近な物を持って来たり、滑稽な物を持って来たりして頓挫を与えるものが多い。(中略)
 同じく滑稽味と言ったところで、これらはげたげた笑うような滑稽ではなくて底には淋し味も含んだ品のいい滑稽である。ユーモアというような部類に属するものである。  
 巻頭で語っているから、これは俳句の本質論でもあって、下品なくすぐりは感心しないが、「頓挫」があって「ユーモア���がある、というのが、虚子の言う、漢詩・和歌に対する俳句の特質であったわけだ。
  力無きあくび連発日の盛り 虚子
 虚子はよく欠伸をしたという。選句中は虚空を見上げたとも(『俳句と自分』)。俳句は深呼吸のようなものだ、という言葉も残している。欠伸や深呼吸をすれば、必ずいい句が生まれるというものではないが、息を詰め、肩を怒らす、そのような心持ちで俳句は詠むものではないという思いも伝わってくる。
 いい意味の虚子の「余裕」を、この句にも見るべきだというのが、立子の言いたいところなのである。山寺の幽玄な雰囲気に浸っていた、などという解釈こそが、芭蕉を神に祭り上げた「月並」と同様の陥穽ではないのか、とも解せる。
 『虚子百句』のレイアウト上の構成を考えれば、前に掲げた〈美しき人や蚕飼の玉襷〉は、完全な人事句。それに比して「山寺」句は叙景に近い。句集の編集の妙は「変化」にある。さらに、「や」の使いように注目すれば、「や」の位置と、上に来る言葉の性質の違いはあるものの、両者「頓挫」がある。片や品のある美人のうなじをさりげなく暗示し、片や所在ない山寺の退屈を笑ってみせた。二物衝撃などという肩ひじ張った合理的機能を言い立てる前に、俳諧以来の技法の「底」を浚う方が、地に足がついている、とも言いうる。
 なお、この句は題詠であって、単純な嘱目ではない。『年代順虚子俳句全集』第二巻では「桜十句」の題で八句は記録され、その中に掲句が確認できる。
  花見船菜の花見ゆるあたり迄
  山駕や酒手乞はれて桜人
  藪原や櫛売る家の遅桜
  花の雨蒲団ぬらして誰が庵
  大江山花に戻るや小盗人
  山寺の宝物見るや花の雨
  夜桜や栂川楼を出る芸者
  夜桜や用ありげなる小提灯
 「藪原」は明治二七年の木曽の旅、「栂川楼」は柳巷花街の柳橋のことと本井英は考証している(「虚子『五百句』評釈(第七回)」『夏潮』二〇一六年六月)。ともかく、山寺句は、子規在世当時、蕪村に倣った修練法「一題十句」において成立した句だった。並んだ句はみな小説の一場面といった趣きである。
 虚子はこの頃、『俳句入門』(明治三一年)で、写生とともに題詠の重要性を説いて、特に「一題十句」は、遊戯的な仕掛けを通して、言葉の取捨選択や、季題への深い理解につながるものがある、と言う。今の伝統派にも残る修練法だが、見るだけでなく、記憶し、想起することも写生の中に含まれることも明記しておきたい。書は前の句に比べて薄いムラがある。
  芳草や黒き烏も濃紫
 『五百句』注記に、「明治三十九年三月十九日 俳諧散心。第一回。(九段上)小庵。会者、(高田)蝶衣、(松根)東洋城、(岡本)癖三酔、(岡本)松浜、(柴)浅茅。尚この俳諧散心の会は翌明治四十年一月二十八日に至り四十一回に及ぶ。」(括弧内、井上注記)とある。
 「俳諧散心」は、子規没後ラ���バルであった河東碧梧桐を意識した鍛錬句会のことである。橋本直「「俳諧散心」と近代個人句集の起こりについて」(『夏潮別冊虚子研究号』10)に詳しい。「ホトトギス」の事務と編集を担当していた松浜が謄写版で句会稿を翻字した「芳草集」が虚子記念文学館に所蔵される。
 「散心」は元来仏語で、仏事に専心しない散漫な状態を言うが、転じて、そのような凡夫の心にも一心に念仏すれば成仏する意味を含み、ここは俳句の鍛錬に集中する「行」の会を意味する。
 『虚子俳句全集年代順』第二巻(昭和十五年)には、「俳諧散心」の虚子句を集中して掲載しており、掲句は、「第一回、草芳し十句」と記されている通り、一題十句の中の一句であることが確認できる。掲句の他三句に絞って記しているので、挙げて置こう。
  垣間見る好色者に草芳しき
  人屋出てふむ時草の芳しき
  芳しき小草もゆるや塔の下
 このうち「好色者(すきもの)」の句は、『喜寿艶』に載るが、掲句は春の光を受けて烏の漆黒も濃い紫に見える、というわけである。子規の最晩年に
  黒キマデニ紫深キ葡萄カナ
 という句があり、意識したかも知れない。拙著『子規の内なる江戸』で指摘したことだが、二つの色を比較して際立たせる手法は、典型的な子規の写生の方法で、洋画からの発想である。有名な碧梧桐の、
  赤い椿白い椿と落ちにけり  
 という句もその成功例であり、印象明瞭な子規派の俳句の新味であった。虚子もこの路線で詠んだわけである。
 問題は、「芳草」という季題の表記であろう。字数の加減で、上五にこの言葉を持ってくるとき、「芳草」と漢語にして文字を惜しんだことは、容易に想像がつく。しかし、それだけのことなら、ごまんとある自句から掲句をわざわざ選んだりはしないだろう。「春の草」「草芳し」でもよかったことになる。
 漢語の「芳草」を持ってきて「や」で切る形は、調べから言って、漢詩のような格調をもたらす。また、掲句は取り合わせの句である。その取り合わせた中七・下五でポイントになるのは「も」である。この言葉は、「AもBも」という現代でも使う意味の他、『万葉集』以来「〜さえも」という含意を持つ(上野洋三『芭蕉論』「も考」)。
 烏の背景は、「芳草」の若々しい「緑」である。その背景の「春光」によって、烏の羽の漆黒さえも「濃紫」の艶を得たということなのである。ここに「緑」「碧」「青」の字を置いては、くどくなってしまう。匂いたつほどの緑を暗示する格調高き「芳草」としておくことで、下五の「濃紫」から反転して「緑」が感得できるようにしたのが、この句の眼目なのである。
 色の比較の句は、つい知的な操作に終始してしまい、季題を生かすことから逸れてしまいがちになる。しかし、掲句は子規や碧梧桐の色の配合句に負けない、季題という中心点を把握して見せた出来栄えのいいものだ。虚子と言えば、一物仕立てという公式は当てはまらない。これくらいのことは、虚子もやってのけた、というわけである。
 なお、一題十句は、蕪村の『新花摘』に学んで子規らが始めた修練法で、その始まりは明治二十九年にさかのぼる。虚子は『俳句入門』(明治三十一年)で以下のようにその効用を述べている。題をころころ変えて、一句しか詠まないより、この方法の方が、題をあれこれ考え、十句のうちから幾つかは佳句を得やすい、と。つまり、袋回しで題をいくつも詠むより、費用対効果がいいわけである(井上『近代俳句の誕生』)。虚子の、特に青年期の修養がこうして題詠を中心になされていたことは記憶にとどめておくべきである。
『虚子百句』より虚子揮毫
  美しき人や蚕飼の玉襷
  山寺の宝物見るや花の雨
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(国立国会図書館デジタルコレクションより)
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井上 泰至(いのうえ・やすし)   1961年京都市生まれ 日本伝統俳句協会常務理事・防衛大学校教授。 専攻、江戸文学・近代俳句
著書に 『子規の内なる江戸』(角川学芸出版) 『近代俳句の誕生』 (日本伝統俳句協会) 『改訂雨月物語』 (角川ソフィア文庫) 『恋愛小説の誕生』 (笠間書院)など 多数
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vegan-surfer-ds · 4 years
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Wellbeing Life Library 2020年2月17日〜2月23日
#zen #mindfulness #meditation #sungazing #yoga #surfin #football #karate #exercise #fasting #vegan #vegitarian #liquidarian #breatharian #onsen #hot-spring #wellbeing #brain-gut-axis --------------------------------------------------- 2/17月☀️祈年祭氏神14:00Max16度/体温37.4℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30/Radon吸浴瞑想20 14:20WeightTR【腕立100腹筋100Squat50】 → 14:50PowerVinyasaYoga60 + 温冷交代浴3回【露天 塩化物/重曹泉 Sauna】 体重未計測     経口摂取日中 有機珈琲160 入浴後 ミルク紅茶130 12/12ハワイコナ120 煮出珈琲160 チラシ寿司 つけ麺 カクテル OrganicShag15 電子水補充
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晴天に恵まれるが朝夕は若干冷え込む。薔薇の植替えの土は赤玉5/有機堆肥3/培養土1/薫炭1で配合。 Yogaの後、鳥居さんに薔薇植替え状況を報告して教えを乞う。防虫用のチップを分けてくれることになり、お宅にお邪魔してご夫妻と茶菓子で楽しい団欒のひとときを過ごした(^^) 左手の箸を始めて1週間になるが、麺類でもストレス無く使えるようになってきた(^^)
------------------------------------------------------2/18火⛅️8:00 5度/体温37.3℃ 朝課 仏前焼香/神前祝神事+Radon太陽視瞑想25 12:00Gardening日外浴90 18:30WeightTR【腕立60腹筋60Squat50】 → 19:00空手鍛錬120→21:30StretchYoga30+温冷交代浴3回【塩化物/重曹泉 Sauna】体重56.7kg    経口摂取日中 緑茶160 煮出珈琲160 1/12珈琲120 OatsMilkTea180 有機珈琲160 VeaganCup麺 OatsCocoa200 入浴後 赤Wine 夕食【玄米 味噌汁 塩辛 Germanpotato 鮭カマ】 珈琲 OrganicShag15本
西日本では昨日から雪が散らつき、今週は全国的に最後の冷え込みになるとの予報なので波乗りは来週までお預け。朝一に黒金屋で園芸用品調達後にコロラドに寄ると、入替りで帰った万智子さんが鮭カマと塩辛を買って届けてくれたので有難く戴いた(^^)
-----------------------------------------------------2/19 水☀️ 13:30Max12度/体温37.3℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30 Radon吸浴瞑想30 9:30HomeWeightTR【PU100腹筋100Squat50】→10:00VinyasaYoga45/19:00CircuitTR30 + SivanandaYoga60+温冷交代浴3回【露天 塩化物重曹泉 Sauna】 体重56.7kg 経口摂取日中 有機煮出珈琲160 梅昆布茶180 緑茶200 OatsChai200 有機煮出珈琲170×2 OatsRoyalMTea200 入浴後21:00夕食【握り寿司7個 玄米味噌汁 】煮出珈琲160 OrganicShag15本     
練習試合後、腰の具合が芳しくないので朝Yogaと夜 Yogaに参加。一昨日と今日の @nagishanti のバックペンド系のフローは有り難かった(^^)
------------------------------------------------------2/20 木 🌦→☀️14:00Max13度/体温37.2℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30+瞑想30    Gardening裸日外浴45 HomeWeightTR【腕立100腹筋100Squat50】 → 19:30空手鍛錬90→HotRingYoga40+温冷交代浴4回【塩化物重曹泉 Sauna】 体重57.3kg 経口摂取日中 煮出珈琲3杯 450 入浴前もり天丼 餡饅 入浴後 珈琲120/ OrganicShag20本
今年になってから、以前から興味があった真言宗の阿字観瞑想の学びを深めているが、本日は高野山東京別院から来月の阿字観瞑想体験申込受付の返事を受取り、加えてAmazonで注文した「ヨーガではじめる阿部字観瞑想のすすめ」という本が届き、約一時間で読破。この本はお寺の娘のyoginiが著者で、文章がわかりやすく、心の病の人やYogaを愛する人は勿論、心の病んだ現代人の多くに読んでもらいたい心温まる内容だった。胎蔵界曼陀羅・金剛界曼荼羅のポスターが揃ったので、仕事の合間に額装をして玄関に飾った(^^)
------------------------------------------------------2/21 金 ☀️Max14度 /体温37.1℃ 朝課 仏前焼香/神前祝之神事30+Radon瞑想30 Yoga指導【パワンムクターサナ全種】60 HomeWeightTR【腕立60腹筋60Squat50】 → 自宅Shower温冷交代浴3回/体重未計測 経口摂取日中 OatsChai200 煮出珈琲120 2/12珈琲120 OatsTea200 みかん1個 食事【海老ワンタン麺、肉抜き半炒飯、胡瓜】
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春のような温暖な晴天の本日はプリンの命日。パルコニーのカーネーションを添えて母娘の健康を祈念。母と叔母のYoga指導でYogaの準備運動全種をやらせてみたが約60分要した。スムーズにやれば半分に短縮出来るかもしれない。次回からは、呼吸法+準備体想2種類+太陽礼拝のパターンを継続して経過を観察してみよう。Yogaの指導で再び右膝を痛めた^^;
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----------------------------------------------------- 2/22土🌦春一番 Max17度/体温37.5℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30 19:00耕雲寺坐禅40 午前中 Gardening日外浴60 /午後 洗車&散髪      12:00年中CLUB練習試合4/30FW25×3本=75分 HomeWeightTR 【腕立60腹筋60Squat50】 16:20RajaYoga60+温冷交代浴3回【露天&塩化物/重曹泉&Sauna】/体重56.0kg 経口摂取日中 FM珈琲100 煮出珈琲150 FM珈琲150 みたらし団子1本 食事【山之内の牡蠣フライ定食】 HotCampari /OrganicShag15本
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右膝の違和感はサッカーのプレー中にはさほど支障は無く、ゲーム観と動き出しは確実に上がっている。試合終了間際に被反則で右足脹脛打撲負傷^^; 3月末迄に10試合消化するプランは着実にこなせているが、リーグ戦開幕は怪我なく万全で迎えたい(^^) 土曜坐禅は新規参禅者4名内アメリカ人1名で座談会の内容が濃く為になった。住職から「坐禅は体感するもの。出来れば目的は持たない方が良い。雑念は浮かんで当たり前。どのように消していくかは各人が工夫してください」とのお言葉。個々其々の坐禅があって良いということが大事なポイントだ。本日の座禅では阿字観の月輪瞑想を試してみたが、楽しく時間も短く感じた。2/22散髪      2014年インド政府がYogaの基本体系を発表。超能力や超越現象の体感はその人しかわかりづらいが、医学、心理学など科学的アプローテの説明は、老若男女全人類に当てはまる説明につとまる。ムーラバンダを意識した前屈令和二年二月二十二日二時二十二分に居た場所
ヨーガの近代化と一般社会への普及が1920年代にはじまり、1960年代以降、ヨーガは神秘的な装いを纏うインド発の健康法や精神性探求に関連したボディーワークとしてインド国外に伝搬して行きました。
本家インドでは、ヨーガの再定義と国策化による国民の福利厚生に向けたヨーガの積極的な振興、同時にヨーガを世界的な文化戦略へのツールとする政策が進行中です。
インド側が「ヨーガはインドの伝統文化である」という主張を前面に押し出して来た今、ヨーガと健全な関係を築いて行く上での日本人としての主体性についても考えていきましょう。
座禅会に4名の新規参禅者が来て.2才と5才の子供の育児で感情的になってしまう自分が嫌で、サラリーマンから独立起業して上手く行かずにイライラして感情的になり、一日中考え過ぎるし、人も離れていき、今の自分をどうにか変えたくて、無心の時間が必要と感じて参禅。歯科医師で東北大震災直後に気仙沼に行き、200体以上の死体を見て抑うつ状態で3年以上、一時は入院もしていた。偶にフラッシュバックがある。アメリカのコロラドから俳優が参加。脳障害で短期記憶が失われる状態か3年間続いたが、忘れてしまうのでクヨクヨせずに今を生きるという感覚を体験出来たとのこと。
----------------------------------------------------- 2/23日㊗️☀️14:00Max15度/体温37.3℃ 朝課 氏神→仏前焼香/祝之神事30/太陽視瞑想20 HomeWeightTR【腕立60腹筋60Squat50】 → 16:20Yoga60+温冷交代浴【露天&塩化物/重曹泉&Sauna】3回/体重未計測          経口摂取日中 煮出珈琲160 煎茶200 萩珈琲240 食事【玄米 味噌汁 海苔】 煮出珈琲300 OrganicShag 15本
薔薇の再剪定、玄関周りの植木に栄養剤を与えた。壇ちゃん代行の通常Yogaが新鮮かつ癒された。ゴムカーサナは一番多くの効能があるとの解説があり、どの道苦手なので毎朝太陽礼拝3セットと共に日課にすることにした。
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groyanderson · 5 years
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ひとみに映る影 第五話「金剛を斬れ!」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←← (※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
 ポーポーポポポーポポポー…
 「こちらは、熱海町広報です。五時になりました。 よい子の皆さん、気をつけてお家に帰りましょう…」
 冬は日が沈むのが早い。すっかり暗くなった石筵霊山では、 防災��線から地元の小学生の声と、童謡『ザトウムシ』の電子リコーダー音だけが空しく響いている。 一方、霊山中腹に建つ廃工場ガレージで、私は…
 「ピキィェェェーーーーッ!!!」  「紅さん、落ち着いて下さい!」  「うっちゃあしぃゃあぁあーーー!!こいつがあ!鼻クソッ!殺人鬼のクソ!私の口、口にッ! お前も間接クソ舐めろゲスメド野郎おぉぉ!!こねぁごんばやろがあぁぁあああああああ!! キエェェーーーーッ!!」
 その時私は言葉にならない奇声を上げながら、皮を剥かれた即身仏ミイラに向かって、半狂乱で錆びついたグルカナイフを振り回していた。 そこそこ大柄な譲司さんや、ガタイの良いアメリカ半魚人男性の霊を憑依したイナちゃんに取り押さえられていたにも関わらず、 どこから出ているかわからない力で、ミイラをジャーキーになるまで切り刻もうと試みていた。
 そのまま体感二分ほど暴れ、多少ヒスが冷却してきた頃か。 突然ガレージ外からオリベちゃんがツカツカと近寄ってきて、
 「!」
 私の顎を強引に掴み上げた。 ラメ入りグロスを厚く塗られた彼女の唇が、私の唇に男らしく押し当てられる。
 「んっむ…オ…オリベちゃん…!?」  <同じライスクッカーからゴハンを食べる、それが日本流の友情の証だそうね> 同じ釜の飯を食う?まさか、彼女も見てたのか。あの衝撃的なサイコメトリー回想を。 それでいてなお…私の汚い口に、キスを…?  <それが何?子育てしてたら鼻吸いぐらいよくやる事よ。 だぶか(『逆に』を意味するヘブライ語のスラング)、これであなたも私のベイビー達の鼻水と間接キスしちゃったわね!> 嘘つき。今時医療機器エンジニアが、だぶか鼻吸い器も使わずに育児するわけがない! 私の思っている事を読み取った彼女が、テレパシーで優しい嘘をつきながら私を抱きしめてくれたんだ。  「お…お母さぁん…!」 これが人妻の魅力か。さりげなくナイフは没収されていた。
 <ほらジャック、あんたもよ!>  「は!?」 次にオリベちゃんは、イナちゃんの肉体からジャックさんを引っ剥がして私に宛がった。 互いの唇が触れ合っている間、ジャックさんのコワモテ顔がみるみる紅潮していく。  「ぶはッ!」 唇が離れると、ジャックさんは実体を持たない霊魂にも関わらず、息を吸う音を立てた。 そして赤面したままそっぽを向いてしまった。  「や…やべえ、俺芸能人とキスしちまった…!」 たぶん彼は例のサイコメトリーを見ていないんだろう。ちょっと悪い事をした気分だ。
 しかしオリベちゃんは既に譲司さんまでも羽交い絞めにしていた。  <コラ怖気づくんじゃないわよ!> 譲司さんは必死に抵抗している。  「そうやなくて!さすがに俺がやるとスキャンダルとかがあかんし…」  <男でしょおおおおおおぉぉぉ!!?>  「ハイイィィィィ!!!」 次の瞬間、譲司さんはとても申し訳なさそうに私と接吻を交わした。 そのまま何故か勢いでリナやポメちゃんともチューしちゃった。
 全員が茫然としていると、いつの間にか意識を取り戻していたイナちゃんが私を背後から押し倒した。  「きゃっ!イナちゃん!?」  「みんなだけズルい!私もチューするヨ!」 そ、それはまずい!私はプロレスの手四つみたいな姿勢でイナちゃんを押し返そうとする。  「違うのイナちゃん!これにはわけが…うわーっ!!」 しかしなす術なく床ドンされ、グラデーションリップを精巧に塗られた彼女の唇が、私の唇に男らしく押し当てられる。
 互いの唇が離れるのを感じて私は薄目を開けると、 目の前ではイナちゃんが『E』『十』の手相を持つ両手の平を広げていた。  「これ。ロックサビヒリュのシンボル」 肋楔の緋龍。さっきサイコメトリー内で、肉襦袢の不気味な如来が言っていた言葉だ。 どうして彼女がそれを?  「…見てたの?」  「意識飛んで、暗いトンネルでヒトミちゃんとヘラガモ先生追いかけた。 そしたらアイワズが、赤ちゃんのヒトミちゃんに悪さしてた」 アイワズ?もしかして、あの肉襦袢の事?イナちゃんは何か知っているのか…。
 すると突然ポメラー子ちゃんが「わぅ!」と小さく鳴き、動物的霊感で床に散らばった半紙の一枚を選んで口に咥えた。 そのまま彼女はそれを私達の足元に置く。半紙には『愛輪珠』と書かれていた。  「これ、小さい頃私が書いたやつ…!」  「愛輪珠如来(あいわずにょらい)…」 譲司さんが呟いた。その語感は、忘れ去っていた私の記憶の断片とカチリと噛みあった気がした。
 イナちゃんも、別の半紙を一枚拾い上げる。あの『E』『十』が書かれた半紙を。  「私、悪いものヒキヨセするから、 子供の頃から、韓国で色んな人見てもらってた。 お寺、シャーマン、だめ。気功行った、教会で洗礼もした。だめだった。 でも幾つかの霊能者先生、みんな同じ事言うの…コンゴウの呪いは誰にも治せないて」 私と譲司さんが同時にはっとする。 金剛…愛輪珠如来に続いて、またイナちゃんの口からサイコメトリーと合致するキーワードが飛び出した。
 「まえ、気功の先生こっそり教えてくれた。地面の下はコンゴウの楽園あって、強い霊能者死ぬとそこ連れて行く。 アジアでは偉い仏様なアイワズが仕事してて、才能ある人間見つけると、 その人死ぬまでにいっぱい強くなるように、呪いかけていっぱい霊能力使わせる。 私のロックサビヒリュもそれで付けられた。 それ以上は私あまり知らない。たぶん誰もよく知らないこと思う」 地底に金剛の楽園?まるで都市伝説みたいだ。 でも、その説明を当てはめれば、愛輪珠如来と赤僧衣がしていた会話の意味が、なんとなく理解できる。
 「なんだそりゃ。じゃあお前の引き寄せ体質は、呪いとやらのせいだったのか?」 ジャックさんの眉間に微かな怒りのこもった皺が寄った。  「うん。私、本当は悪い気をよける力使いヨ。でも心が弱ると、ヒリュが悪さするんだ!」 イナちゃんは悪霊を引き寄せた時と同じように、両手をぎゅっと固く握り合った。 今の私達はもう、この動作の意味を理解できる。 これはキリスト教的なお祈りのポーズじゃなくて、両掌に刻まれた呪いを霊力で抑えこんでいたんだ。
 「…ねえアナタ」 突然リナがイナちゃんに問いかける。  「高校生ぐらいよね?年はいくつ?」  「オモ?十六歳だヨ」  「1994年生まれ?」  「そだヨ」
 リナは暫く神妙な顔つきで何か考え、やがて口を開いた。  「どうやら、アナタにも…いいえ。 もうこの際、この場に集まった全員に知る権利があるわね」 そして顔を上げ、私達全員に対して表明した。  「紅一美と即身仏、そして倶利伽羅龍王について。アタシが知ってる事洗いざらい話すから、よく聞きなさい」
◆◆◆
 1994年、時期は今と同じく十一月頃。アタシは紅一美という少女によって生み出された。 いや、正確には、アタシは石筵霊山に漂う動物霊の残骸をアップサイクルした人工妖精だ。 当時はまだ、リナという名前も人間じみた知性も持っていなかった。
 アタシは与えられた本能に従って、自分を本物の鳥だと信じて過ごしていた。 そんなある日、金色の炎を纏った大きな赤い蛇に襲われて、食べられそうになった。 アタシはソイツを天敵だと見なして、無我夢中で抵抗した。
 結論を言うと、ソイツはこっちが情けなくなるぐらい弱っちかった。 というより、戦う前から手負いだったみたい。 返り討ちされたソイツは、アタシを説得するために知能を与えて、こう語りだした。
 「俺様は金剛の魂を金剛の楽園へ導く緋龍、その名も金剛倶利伽羅龍王だ。 本来ならお前如き軽くヒネってやれるが、今の俺様は裏切り者に大事な法具を盗まれ、満身創痍なのだ。 お前を生み出した者の家から金剛の赤子の肋骨を持ってきてくれるなら、お前の望みを一つ叶えてやるぞ」 そこでアタシは、そのクリカラナントカと名乗ってきたソイツに、人間になりたいと祈った。 知能を授かって、自分が人工の魂だと知ったとき、自分も霊魂を創って生み出してみたいと思ったからだ。 でもクリカラは、「今の俺にそこまでする力はない」と言って、アタシの顔だけを人間に変えた。
 アタシは肋骨を取り返しに行く前に、まず人里に降りる事にした。 一刻も早く人間の世界を知りたかったから。それに、人間の顔をみんなに自慢したかったからだ。 ところが霊感のある人間達は、みんなアタシを見ると笑った。クリカラはアタシに適当な顔を着けたのだと、その時初めて知った。 だからアタシは腹いせに、クリカラの目論見を全て『裏切り者』にチクってやろうと考えた。
 改めて自分が生み出されたガレージに戻ると、アタシは初めて内部に仕組まれたトリックアートに気付いた。 そのガレージ内は、なまじ霊感の強い人間が見ると、まるでチベットの立派な寺院みたいに見える幻影結界が張られていたの。 緑のトタン壁や積み上がった段ボールは、極楽絵図で彩られた赤壁とマニ車に。 黄ばんだ新聞紙の上に砂だらけの毛布が敷かれただけの床は、虎と麒麟があしらわれた絨毯に。 中央に置かれた不気味なミイラは、木彫りの立派な観音菩薩像に。 人間の霊能者並の知性と霊感を得たアタシにも、それは見えるようになっていた。
 すると、漆塗りのローテーブル、もとい、ベニヤ板を乗せたビールケースの上で物書きをしていた小さい子が、元気よく立ち上がった。頭は丸坊主だけど女の子だ。 その子に…一美によって生み出されたアタシには、女の子だとわかった。  「書けた!和尚様、書けましたぁ!」 幼い一美は墨がついた手で半紙を掲げる。そこに書かれているのは少なくとも日本語じゃない、未知の模様だ。 すると観音像から白い気体が浮かび上がり、とたんに人間形の霊魂になった。
 「あぁ…!」 思わず感嘆の息が漏れた。その霊魂は、結界内の何よりも美しかったのだ。 赤い僧衣に包まれた、陶器のような滑らかで白い肌。 まるで生まれつき毛根すらなかったかのような、凹凸や皺一つない卵型の頭部。 どの角度から見ても左右対称の整った顔。 細くしなやかで、かつ力強さをも感じ取れる四肢…。 これこそ真の『美しい人』だと、アタシはその時思い知った。 和尚、と呼ばれたその美しい人は、天女が奏でる二胡のような優雅な声で一美と会話したのち、アタシに気付いて会釈をした。
 一美が昼寝を始めた後、その美しい人はアタシに色々な事を語った。 その人の名前は金剛観世音菩薩(こんごうかんぜおんぼさつ)、生前は違う名を持つチベット人の僧侶だったらしい。 金剛観世音…(ああ、面倒ったらしいわ!次から観音和尚でいいわね!)は生前、 瞑想中に金剛愛輪珠如来と名乗る高次霊体と邂逅した。 その時、如来に自分の没後全身の皮膚を献上するという契約を交わし、悟りを開いて菩薩になった。 皮膚を献上するのは、死体に残留した霊力を外道者に奪われなくするためだと聞かされて。 だけど、実際はその如来や、如来を送りこんできた金剛の楽園こそ、とんでもない外道だったの。
 イナちゃんが話していた通り、愛輪珠如来はアジア各地の霊能者に、苦行という名の呪いや霊能力、特殊脳力を植えつけていた。 しかも金剛の者達は、素質のある人間は善人か悪人かなんてお構い無しに楽園へ迎え入れる方針だった。 それこそ、あの殺人鬼サミュエル・ミラーだって対象者だった。 そして、サミュエル・ミラーが水家曽良となって日本に送られてくると、 金剛の楽園で水家の担当者は愛輪珠如来になった。
 だけど、愛輪珠如来と幽体離脱した観音和尚が水家の様子を検めた時、水家はNICの医師達によって、既に脳力や霊能力を物理的に剥奪されていた。 そこで如来は、水家と同じ病院で生まれた一美に、水家の霊能力を無理やり引き継がせたの。 それだけじゃ飽き足らず、一美の肋骨を一本奪って、それを媒介に、呪いの管理者である肋楔の緋龍を生み出すよう観音和尚に指示した。 観音和尚はここで遂に、偽りの仏や楽園に反逆する決意をしたのよ。
 彼は如来の指示に従い、石英を彫って、緋龍の器となる倶利伽羅龍王像を作った。 但し、一美の代わりに自分の肋骨を自ら抜き取って、それを媒介に埋め込んだ。 この工作が死後金剛の者達に気付かれないように、彼はわざわざ脇腹の低い所を切って、そこから自分の体内に腕を潜らせて肋骨を折ったの。 そして一美の肋骨は、入れ替わりに自分の体内に隠した。
 観音和尚は脇腹から血を流したまま七日七晩観音経を唱え続けた後、事切れて即身仏となった。 すると即座に生死者入り混じった金剛の者達が現れ、契約通り彼の遺体から生皮を剥いでいった。 霊力を失い、金剛の楽園にとって価値がなくなった遺体は、心霊スポットとして名高い怪人屋敷のガレージに遺棄されたわ。
 一方何も知らないクリカラは、一美のもとへ向かっていた。 そして一美に重篤な呪いをかけようとしたその瞬間…突然力を失った! クリカラが自分の肋骨は一美のものではないと気付いた時にはもう遅かったわ。 仕方なくクリカラは、一美を呪う事を一時断念して、金剛の楽園へ退散した。
 観音和尚はアタシに以上の事を打ち明けると、穏やかな顔で眠る一美の頬をそっと撫でて、続きを語った。
 没後、裏切り者として金剛の楽園から見放された観音和尚は、怪人屋敷に集う霊魂や人工精霊達に仏の教えを説いて過ごしていた。 そして四年の歳月が流れた1994年、彼のもとに、不動明王に導かれし影法師の女神、萩姫が現れた。
 「どういうわけか、金剛倶利伽羅龍王が復活しました。 龍王は県内各地のパワースポットを占拠して力を得ています。 一美は私達影法師にとって大切な継承者ですが、磐梯熱海温泉を守る立場の私は龍王に逆らえません。 どうか彼女を救うのを手伝って下さい」
 これはアタシの想像だけど…クリカラは同時期韓国で、新たな金剛のターゲット、イナちゃんから力を奪ったんじゃないかしら。 萩姫に導かれ、観音和尚が猪苗代の紅家に向かうと、一美の胸元には確かに緋龍のシンボルが浮かび上がっていた。
 観音和尚と一美の家族は協力してクリカラを退けたが、少ない霊力を酷使し続けた彼の魂はもう風前の灯火だった。 クリカラが完全に滅びていない以上、一美がいつまた危険に晒されるかわからない。 だからアナタの両親は、アナタを一人前の霊能者にするために、観音和尚に預けたのよ…。
◆◆◆
 「以上、これがアタシの知っている事全て」 リナは事の顛末を語り終えると、改めて全員と一人ずつ目を合わせた。 私をさっきまで苦しめていた色んな感情…不安や悲しみ、怒りは、潮が引くように治まってきていた。  「この話、本当なら、アナタが二十歳になった時にご両親が話す予定だったの。…ていうか、明後日じゃないの。アナタの誕生日。 はっきり言って、観音和尚はアナタの友達が猪苗代湖で騒ぎを起こした頃には既に限界だったわ。 だから彼は最後に、アタシを猪苗代へ遣わせたの。 それっきりよ。以来、二度と彼を見ていないわ…」
 数秒の沈黙があった後、私は口を開いた。  「リナにとって…観音寺や和尚様は、美しかったんだよね?」 物理脳を持つ人間と違い、霊魂は殆ど記憶を保てない。 だから彼らは自分にちなんだ場所や友人、お墓、依代といった物の残留思念を常に読み取り、 そこから自分の自我目線の思念だけを抽出して、記憶として認識する。 リナがこの観音寺を美しいと表現したのは、単に私の記憶を鏡のように反射しただけなのか、それとも…。  「少なくとも、この場から思い出せる景色を見て、今アタシは美しいと感じたわよ」  「…そうなんだね」
 お蕎麦屋さんの予約時間はもうとっくに過ぎているだろう。 けど、私は皆に一つお願いをした。  「すいません。十分…ううん、五分でいいんです。 ちゃんと心を落ち着かせたいので、少しだけ瞑想をしてもいいですか?」 皆は黙ったまま、視線で許してくれた。  「わぅ」 構へんよ。と、ポメラー子ちゃんが代表して答えた。
 影法師使いの瞑想は、一般的な仏教や密教のやり方とは少し異なる。 まず姿勢よく座禅を組み、頭にシンギングボウルという真鍮の器を乗せる。 次に両手の親指と人差し指の間に、ティンシャという、紐の両端に小さなシンバルのような楽器がついた法具をぶら下げる。 その両手を向かい合わせて親指と小指だけを重ね、観音様の印相、つまりハンドサインを作れば準備完了だ。
 瞑想を始める。目を瞑り、心に自分を取り囲む十三仏を思い描く。 仏様を一名ずつ数えるように精神世界でゆっくりと自転しながら、じっくり十三拍かけて息を吸う。  「スーーーーーー…………ッフーーーー…………」 吐く時も十三拍で、反対回りに仏様と対面していく。 ちなみに一拍は約一.五秒。久しぶりにやったけど、相当きつい。肺活量の衰えを感じる。 でも暫くすると…。
 …ウヮンゥンゥンゥン…ヮンゥンゥンゥン…
 <何?何の音!?>  「この1/f揺らぎは…ああっ!紅さんや!」 私の頭上のシンギングボウルが一人でに揺らぎ音を奏ではじめ、皆がどよめいた。 実はこれは、影法師を操るエロプティックエネルギーという特殊な念力によるものだ。
 …ワンゥンゥンゥン…ヮンゥンゥンゥン… テャァーーーーーン…!
 息苦しさと過度の集中力が私の体に痙攣を引き起こし、時折自然とティンシャが鳴る。 波のように揺らぎ、重なり合った響きが、辺り一帯を荘厳な雰囲気で包み込む。 その揺らぎを感じて、私も精神世界で変化自在な影になり、万華鏡のように休みなく各仏様の姿に変形し続けている。 私は影、私は影法師そのものだ。完全黒体になれ。 そして心まで無我の境地に達した時、この身に当たる全ての光を吸収し…放出する!
 テャァーーーーーン…!
 「オモナ…すごい!」 そっと目を開ける。眼前に広がる光景は、もはやガレージ内ではない。  「そうか。ここが…あんたが信じ続けた故郷なんだな」 今ならイナちゃんやジャックさんにも見えるようだ。 懐かしい赤と真鍮のお御堂。窓辺から吹き抜ける爽やかな風。 そのお御堂の中心で、とりわけ澄んだ空気を纏って立つのは、仙姿玉質な金剛観世音菩薩像…和尚様。 そして、頭と両手に法具を置き、和尚様とお揃いの赤い僧衣を纏った私。 ここは、石筵観音寺。私が小さい頃住んでいたお寺だ。
 『よく帰ってきましたね』 和尚様の意思が聞こえた。声でもテレパシーでもない、もっと純粋な波動で。 彼はまだ滅びていなかったんだ。  「あの…私達、申し訳ありません。和尚様の記憶、見ちゃって…それで…」  『一美』
 和尚様は私の両手を取り、彼の胸の中に沈めた。ティンシャが「チリリリ」とくぐもった音をたてた。 心なしか暖かい胸の中で、私の手に棒のようなものがそっと落ちてきた。 両手を引き出してみると、それは細長い小さな骨…赤ん坊の頃に失われた、私の肋骨だった。 顔を上げると、和尚様の優しくも決意に満ちた微笑みが私の網膜に焼きつき、瞑想による幻影はそこで分解霧散した。
 『行くのです』 彼は成仏したんだ。
 次の瞬間、私達を取り巻く光景は薄暗いガレージに戻っていた。 でも、今のはただの幻影じゃない。和尚様のお胸には穿ったような跡が残っている。 私が握っていた肋骨はいつの間にか、何らかの念力によって形を変えていた。  「これは…プルパ」  <プルパ?> オリベちゃんが興味津々に顔を寄せる。  「私知てるヨ。チベットの法具ね。 煩悩、悪い気、甘え、貫く剣だヨ」 イナちゃんが私の代わりに答えてくれた。
 そう、プルパは別名金剛杭とも呼ばれる、観世音菩薩様の怒りの力がこもった密教法具だ。 忍者のクナイに似た形で、柄に馬頭明王(ばとうみょうおう)という怒った容相の観音様が彫刻されている。
 「オム・アムリトドバヴァ・フム・パット…ぐっ!!」 馬頭明王の真言を唱えてみると、プルパは電気を帯びたように私の影を吸いこみ…
 ヴァンッ!…短いレーザービームみたいな音を立てて、刃渡り四十センチ程の漆黒のグルカナイフに変形した。  「フゥ!あんた、最強武器を手に入れたな」 影を引っ張られてプルパを持つ手さえ覚束無い私を、ジャックさんが茶化す。  「武器って、私にこれで何と戦えって言うんですか!?…うわあぁ!」 途端、プルパは一人でに動き、床に落ちていた『金剛愛輪珠』の半紙にドスッと突き立った。  「ウップス…」 ジャックさんも思わず神妙な顔になる。 どうやら、和尚様は…本気で怒っているらしい。 憤怒の観音力で、私に偽りの金剛を叩き斬れと言っているんだ!
◆◆◆
 私達はガレージのシャッターをそっと閉じ、改めて公安警察内のNIC直属部署に通報した。 自分達はひとまず怪人屋敷内で待機。 譲司さんがお蕎麦屋さんにキャンセルの連絡を入れようとした、その時だった。
 カァーン!…カァーン! スピーカーを通した鐘の音。電話だ。譲司さんはスマホをフリックする。 案の定、画面に再びハイセポスさんがあらわれた。  『やあ、ミス・クレナイ。さっきはすまなかったね。 石筵にあんな素晴らしい観音寺があるなんて、僕は知らなかったのさ』  「いえ、こちらこそ取り乱してすみませんでした。 …あの光景、ハイセポスさんも見られてたんですね」  『おっと、幻影への不正アクセスも謝罪しなければいけないかね』 彼はいたずらっぽく笑った。
 『また電話を繋いだのは他でもない。ミス・リナの一連の話を聞き、一つ合点がいった事があってだな… ああ、その前に、アンリウェッサ。蕎麦屋の予約は僕が勝手にキャンセルしちゃったけど、構わないね?』  「え?あ、どーもスイマセン!」 譲司さんはスマホを長財布に立てかけようと四苦八苦しながら、画面に向かってビジネスライクな会釈をした。
 『実は僕には兄がいて、中東支部で彼も殺されたんだ。 だが彼はある時突然、「俺はこいつの脳内で神になってやる」とかなんとか言って、水家の精神世界で失踪してしまった。 それから暫く経ち、僕達NIC職員のタルパが兄を捕獲すると、彼はこう言ったのさ…「俺は龍王の手下に選ばれた、神として生きていく資格があるんだ」とね』  「龍王!?」  「どうして水家の脳内に!?」 私達全員が驚きにどよめいた。
 『そう、お察しの通り。君達の宿敵、金剛倶利伽羅龍王の事だろうさ。 龍王はなんでも、水家の脳内に蠢く『穢れ』を喰らっていたらしい。 そして僕の兄は、穢れを成長させるには沢山の感情が必要だから、あまりタルパを奪い尽くさないでくれとのたまったんだ』  「穢れ?」  『ジョージとオリベは知っているだろう』  「穢れ」譲司さんの額から汗が流れ落ちた。「…自我浸食性悪性脳腫瘍(じがしんしょくせいあくせいのうしゅよう)」 彼の口から恐ろしい言葉が飛び出した。
 自我浸食性悪性脳腫瘍。私も知っている病名だ。 通称タピオカ病とも呼ばれるそれは、脳に黒い粒々の腫瘍ができて、精神がおかしくなってしまう病気だ。 発病者は狂暴になって、自分が一番大切な人を殺したり、物を壊したりするという。 ただでさえ殺人鬼の水家がそれに感染していたとなると…恐ろしいの一言に尽きる。  『その通り、穢れとはタピオカ腫瘍だ。 本来は生きた人間を狂わす脳腫瘍だが、霊魂にそれを感染させれば、そいつは強力な悪霊と化す。 だから龍王は、水家の脳内に閉じ込められたタルパ達を、穢れた腫瘍粒に当てがっていたんだ。 悪霊をたらふく喰って強くなるためにね。兄はその計画にまんまと利用されていたのさ』
 ジャックさんが画面を覗きこむ。  「水家は、安徳森に俺達が救出された時には失踪していたんだよな? まさか、奴は今もどこかで、龍王のエサ牧場としてこっそり生かされ続けてやがるのか!?」  『そこまではわからない。だがこうは考えられないだろうか? 観音和尚の計らいで一たび力を失った龍王は、ミス・パクから霊力を吸収し、更に福島中のパワースポットを乗っ取って復活した。 すると金剛の楽園にとって因縁深い男、水家曽良を見つけ、更に水家の精神世界でタピオカ病という副産物を発見する。 彼は、水家の精神を乗っ取ってタルパを生ませ続ければ、ほぼ無限に悪霊を生み出し喰らえる半永久機関に気づいた。 そして自分が楽園で高い地位を獲得できるほど強大化するその日まで、フリードリンクのタピオカミルクティーを浴びるように飲み続けているのさ!』  「は、半永久にタピオカミルクティーを…アイゴー!」 イナちゃんが身震いする。いや、さ、さすがにそれは飛躍しすぎでは…。 とはいえ、この仮説が正しければえらい事だ。
 「けど…」 譲司さんがおずおずと手を挙げる。  「もし水家の脳内でそんな強い悪霊が育っとったら、霊感を持つ誰かが既に発見しとるのでは? 水家はNICの強力な脳力者捜査官がおる公安部だけやなくて、マル暴にも指名手配されとります。 俺の友人にも、マル暴で殉職した霊がいますが…そんな話聞いたことありません」  <そうね。悪霊説は無理があるわ。 それでもあの殺人鬼は一刻も早く見つけ出さないとだけど> オリベちゃんが同調した。
 私はその時、ふと閃いた。オリベちゃんといえば…  「そういえばオリベちゃん、ここに来た時、怪人屋敷の二階に気配がするって言ってましたよね?」  <え?…ええ。でも、一瞬だけよ。 ファティマンドラのアンダーソンさんを見つけた時には消えていたから、てっきりアンダーソンさんの霊だったんだとばかり…>  『二階?…ああ、でかしたぞオリベ!これは灯台もと暗しだ!』 突然、ハイセポスさんがはっとした顔を画面いっぱいに近寄らせた。  『誰か、そこの階段を上ってごらん。そうすれば大変な事実に気がつくだろう! ああ、僕達は今までどうしてこれを見落としていたんだ!!』
 画面内で心底嬉しそうにくるくる踊るハイセポスさんとは裏腹に、私達の頭上にはハテナマークが浮かんでいる。 とりあえず、私とオリベちゃん、ジャックさんで階段へ向かった。
◆◆◆
 階段脇には館内図ボードがあった。影燈籠で照らしてみると、この工場は三階建てのようだ。 ジャックさんがボードを指さしながら、水家と共通の記憶を辿る。  「そういや、水家が潜伏していたのも二階だったな。 二階はほぼ一階の作業所と吹き抜け構造で、あまり大きな部屋はないんだ。 ええと、更衣室、事務所、細菌検査室…ああ、そうだそうだ!あいつが占拠していたのは応接室だ。」  「じゃあ、二階の応接室に向かいましょう! 影燈籠は光源がない場所では使えないから…」 私とオリベちゃんはそれぞれスマホを懐中電灯モードにした。
 一つ上のフロアに出て、真っ暗な廊下を進む。 幾つかのドアをドアプレートを読みながら素通りしていくと、確かに『応接室』と書かれた部屋があった。 鍵は開いていたから、私達は速やかに入室する。
 室内を見渡すと、端に畳まれたパイプ椅子と長机、それに昔小学校などによく置いてあった、オーバーヘッドプロジェクターが一台見える。  <応接室というより、まるで工場見学に来た子供達向けの教室みたいね>  「水家の私物はもう警察が回収したんでしょうか?それより…」 それより気になる事がある。オリベちゃん、ジャックさんも同じ事を考えていたように頷いた。  「…この部屋、あいつの残留思念や霊がいた気配を全く感じねえ。 あいつが潜伏していたのはここじゃねえみてえだな」  「本当にここが応接室なんでしょうか?ドアプレートは誰でも簡単に付け替えられますよね」  <ええ。それに、さっきの廊下、広かったわよね? 左右どちらにも沢山ドアがあって。どこが吹き抜けだっていうの?>
 私達は改めて階段へ戻った。ここは…三階だ。  「二階が、ない!?」 私はまた階段を下ってみる。一階。上る。三階。 だからといって、一つ分フロアを隔てるほど長い階段じゃない。明らかに次元が歪んでいる!
 イナちゃんや譲司さんも含めて、一階の階段前に全員集合する。 私は外灯が当たる場所に移動し、影の中のリナに呼びかけた。  「あんたはどうだった?私絶対二階がなくなってたと思うんだけど…」  「そうね。アタシ、途中で外に出て壁から入ろうとしたけど、それもダメだった」  <でも、次元が歪むなんて事、本当にあるの? NICは心霊やエスパーの研究でも最先端だけど、人間がテレポーテーションする現象は見た事ないわ> オリベちゃんは欧米的にわざとらしく肩をすくめた。  「現代解明されとる量子テレポーテーションは、SFみたいな瞬間移動とは別物やしな。 だったら、逆の発想や…イナ」  「オモ?」 譲司さんはイナちゃんに、スマホで音楽をかけながら一緒に階段を上るよう指示する。
 『背後からっ絞ーめー殺す、鋼鉄入りのーリーボン♪』 ビクッ!…音楽が鳴り始めるやいなや、私は思わず身構えて、キョロキョロと周囲を伺った。 イナちゃん、よりにもよって、どうしてその曲を選んだんだ。  「あははは!ヒトミあんた、ビビりすぎよ!」  「う…うるさい、リナ!」 休みの日には聴きたくなかった声。 この曲は、私を度々ドッキリで連れ回す極悪アイドル、志多田佳奈さんのヒットソング『童貞を殺す服を着た女を殺す服』だ。タイトル長すぎ!
 『返り血をっさーえーぎーる、黒髪ロングのカーテン♪』  「歌うで、イナ…仕込みカミッソーリー入りの♪」  「「フリフリフリルブラーウス♪」」 二人は階段を上がりながら、暗い廃工場の階段というホラー感満載の場に似つかわしくないアイドルポップを歌う。 しかし、  「「あーあー♪なんて恐るべき、チェ…」」  『…リー!キラー!アサシンだ!』 二人は突然、示し合わせたようなタイミングで歌うのを止めた。 イナちゃんのスマホから、佳奈さんの間抜けな声だけが階下に響く。  「なんだあいつら。歌詞を忘れたのか?」 肩でリズムを取りながら、ジャックさんが見上げた。  <…待って。あの二人、意識がないわ!> オリベちゃんが異変を感知。慌てて彼らを追いかけようとすると、その時!
 「「…リー!キラー!アサシ…ん?」」  『わ・た・し・童貞を殺す服を着た女を…』  「オモナ?もうサビなの?」 彼らはまるで時を止められていたかのように、また突然歌いだした。 スマホから流れる音楽との音ズレに、イナちゃんが困惑する。  「やっぱりそうか。オリベ! 今から…ええと、ひーふーみー…八秒後きっかりに、俺に強めのサイコキネシスをうってくれ!」 何かに気付いている譲司さんは、そう言うと階段を下りはじめた。
 五、六、七…八!  <アクシャーヴ!>ビヤーーーッバババババ!!!  「わぎゃぁばばばばばば!!!死ぬ!死ぬーっ!!」 オリベちゃんの頭が紫色に光るのが傍目から見えるほど強烈なサイコキネシスを受け、譲司さんは時間きっかりに叫び声を上げた。  「げほっ、げほ…あーっ!ほら!行けたで、二階!皆来てみ!!」 少し焼けた声で譲司さんが叫ぶ。  「わ、わきゃんわきゃん!?」 飼い主の危機を察してポメちゃんが階段を駆け上がる。 私達もそれに続くと、途中で全員譲司さんに器用に抱きとめられ、我に返った。  「わきゅ?」  「あれ?」  「俺達、今…」
 「どうやらこの階段には、二階周辺を無意識に飛ばしてまう、催眠結界が張られとるみたいやな。 それならテレポートより幾分か現実的や。 ただ、問題は…これ作ったん誰で、どうやったら開けられるかって事やな…」 譲司さんが目線で、二階入口の鉄扉を指し示した。 そこには、白墨で複雑極まりないシンボルが幾つも丁重にレイアウトされて書かれた、黒い護符が貼ってあった。
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bububonbo · 5 years
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2019/10/13 「茶の湯 禅と数寄」展
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2019/10/13 「茶の湯 禅と数寄」展
相国寺 承天閣美術館
ある日Twitterをダラダラと眺めていると、RTでたまたま発見したのが「茶の湯 禅と数寄」展の感想ツイートでした。なんと玳玻散花文天目茶碗が展示されているではないですか。これは行かねばと思い、三連休の間に行こうと決心しました。
さて、鞍馬口駅で下車し、相国寺へ到着。展示と共に相国寺の特別拝観も開催されているので、まずはそちらから。
相国寺は金閣寺や銀閣寺を含む末寺をまとめる臨済宗相国寺派大本山です。足利義満が完成させたと言われています。可能光信作鳴き龍が有名ですね。この日は横の幼稚園が運動会だったようで、運動会で流れる激しめの曲を聞きながら、お坊さんに導かれ龍の描かれた法堂へ。説明を受けてから法堂の回りを龍の目を見ながらぐるりと回ります。どこへ行っても龍の目はずっとこちらを睨んでいて、緊張が高まります。狩野派独特の力強い墨の濃淡が、龍の目に力を宿しているように思いました。睨まれながら中央の仏様にお参りし、入り口に戻ります。ここからが楽しみだった鳴き龍体験に挑みます。「鳴き龍」とは指定のポイントで音を鳴らすと自分の回りだけ音が響くというものです。順番待ちをし、手を叩いてみます。パンという音が何重にも反響し、自分の回りだけで響きます。不思議でした。
次は方丈と開山堂へ向かいます。こちらでは部屋の襖絵や庭を観ることができます。庭がとにかく美しい。手入れを丁寧にされているのだなぁと思います。今はまだ紅葉していませんが、葉が色付くともっと美しい景観になるのでしょうね。
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さて、お目当ての承天閣美術館へ。承天閣美術館は相国寺の敷地内。承天閣美術館へと続く道がとても美しいです。
館内では靴を脱ぎます。マットがふわふわしていて、疲れた足に優しいです。会場内は非常に静かな空間が漂っています。息を飲む音すら聞こえてきそうで、少し緊張。
今回の展示は「茶の湯―禅と数寄」。禅宗美術には茶の湯がつきものです。茶の湯と一言でまとめても、その中には唐物を主とする時代や、千利休が見出だした侘び茶の時代など様々です。相国寺に伝わり、禅とともに育った茶の湯の展示。私は茶碗が好きなので、そちらをメインに鑑賞しました。
第一章 禅と茶
《羅漢図》では羅漢の横で天目台に乗せた天目茶碗を持つ従者が描かれています。手前に展示されていた《禾目天目茶碗》と《倶利天目台》を踏まえて観ると、どのように茶の湯を嗜んでいたかが知れて面白いですね。
第二章 権力者と茶
なんと《座敷飾花の子細伝書(君台観左右帳記)》が!たまたまこの時期、「君台観左右帳記」を勉強していたので、写しとはいえ興奮してしまいました。
第一会場の中では《夕佳亭》のセットがあり、その中でも茶碗が展示されています。こちらはなんと月替わりです。今月の茶碗はメモしそびれてしまいました。無念です。
第三章 隔蓂記の茶
「隔蓂記」とは鳳林承章の自筆の日記です。第三章は鳳林に関係のある作品が展示されています。
こちらで一番目を引かれたのは《砧青磁茶碗 銘雨龍》です。少し緑がかった水色な釉薬の、口縁が広い茶碗です。一部ひび割れには金継ぎが施されており、それがまた素敵なのです。「雨龍」という名前もまた良いですね。名前負けしていない素敵な茶碗です。隔蓂記にはこちらの茶碗で茶の湯を嗜んだことが書かれているようです。
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伊藤若冲《鹿苑寺大書院旧壁画 月夜芭蕉図床貼付》も展示されていました。こちらは常設。墨でさらさらと描かれた芭蕉の葉が美しい。芭蕉独特の固さ重さ、風で擦れる音が響いてくるようです。
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第四章 数寄者の茶
いよいよ《玳玻散花文天目茶碗》のお出ましです。奥にピンで展示されているのをチラチラ伺いながらここまで来ました。
玳玻散花文天目茶碗……、初めて鑑賞してみて、これほどまでに印象の変わる茶碗は無いなと思いました。今まで見たことのある写真や画像は一列に茶色や亀の甲の色としかわからず、全体のイメージが掴みにくかったのですが、ライトの当たる内側は茶にも見えるし、山吹色や赤茶色にも見えます。反射色は仄かに紫のような、銀のような色です。外側はまるでべっこう飴のようで、ちょっと美味しそう。高台は低くて驚きました。
《玳玻散花文天目茶碗》の横には、対比されるかのように本阿弥光悦作《赤楽茶碗 加賀》が並べられていました。赤楽茶碗は楽焼のうちのひとつです。天目茶碗は形や模様が整った印象ですが、赤楽茶碗は自然に委ねた素朴なイメージがあります。色は綺麗な夕焼け色で、暗い会場内に映えていました。
外に出るともう夕方でした。この時期、夕方はもう肌寒いですね。先ほど鑑賞した《赤楽茶碗 加賀》の色を思い出す空でした。
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kl-na · 4 years
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2020/04/05
昨日よりだいぶ気温が下がった。風も時折強く吹く。寒いが、桜吹雪が見られるのは良い。
今日も案内所。出勤途中、ふと青紅葉に目がとまった。鮮やかな緑。桜にばかり気を取られて、これまで気付かなかった。
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今日から案内所に、中国語スタッフが新しく加わった。コロナ騒動の前から決まっていたこととはいえ、残念なタイミング��なってしまった。中国人観光客はおろか、外国日本を問わず観光客がいない。実践で経験を積みづらい。もっとも観光客が少ないから、落ち着いて知識を積み上げていける側面もある。
午前はもう一人の中国語スタッフと共に、ちょっとした研修に行ってもらった。午後は、それ以外のあれこれを教える時間が多くなった。昨日資料を作ったときも思ったが、観光知識や細々とした取り決めなど、学ぶべきことが本当に多い。慌てずゆっくり覚えていってほしい。
昼休み。桜が綺麗だから見に行ってこいというスタッフの勧めにしたがって、東大寺周辺の桜を見に行く。なるほど、綺麗だ。だが、自分が一番驚いたのは、ハイシーズンで桜が満開の日曜日に、大仏殿がガラガラだったこと。下掲のような観光客がほとんどいない写真を、早朝ならともかく、昼間に撮れるなんて普通ならあり得ない。
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観光案内所としては、こんな非日常的な光景を見に来てほしくなるのだが、コロナ対策としては遊びに来てもらうわけにもいかず、ジレンマである。
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shibaracu · 5 years
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●商人(しょうにん)(あきんど)●商い(あきない)
●商人(しょうにん)(あきんど)●商い(あきない) ・あきんどの意味や使い方 Weblio辞書 ・あきんど【商人】 〔「あきびと」の転〕 物の売買を職業とする人。しょうにん。あきゅうど。 [句項目] 商人の空誓文 ・ 商人は腹を売り、客は下より這う ・あきうど 【商人】 ⇒ あきゅうど(商人) ・あきびと 【商人】 商人。あきんど。 「商賈(しようこ)の-は百族満ちにぎはひ/海道記」 ・あきゅうど【商▽ 人▽】 〔「あきびと」の転〕 商人(しようにん)。 ・しょう にん【商人】 ① 商業を営む人。あきんど。 ② 〘法〙 商法上、自己の名をもって商行為を行うことを業とする者をいう。また、店舗などの設備により物品販売を業とする者、鉱業を営む者も商人とみなされる。 「商人」に似た言葉 » 類語の一覧を見る ディーラー  売人  あきんど  商売人  商賈    ・ディーラー [1] 【dealer】 ①販売業者。メーカーの特約小売業者。 ②自己の負担で証券為替の売買を行う業者。 ③カード(トランプ)の札を配る人。親。    ・ばい にん [0] 【売人】 ① 品物の売り手。特に、密売組織の末端で、麻薬などの密売品を売る者。 「やく(=麻薬)の-」 ② 商売人。あきんど。 「ここに酒造れる-に和泉清左衛門といふ有り/浮世草子・五人女 1」 ③ 「売女(ばいた)」に同じ。 「色は-の事以来袂にも手は触れまい/おぼろ夜 緑雨」    ・ しょう ばいにん【商売人】 ① 商売をしている人。また、商売の上手な人。あきんど。商人。 「いっぱしの-になった」 ② その道の専門家。くろうと。 ③ 水商売の女。商売女。   ・ しょう こ しやう- [] 【商賈・商估】 商人。あきんど。また、商店。    一時 この名で呼ぶことが流行った時期がある。 物々交換から始まった職業で独立して古文書などに記載されたのが平安中期以降に成る。 前の士農工商にも少し書いたけれども日本の経済を動かしてきた職業である。 あきんどやあきないなど呼ばれて時には上に時には下に見られてきた。 飽きずに仕事をするからあきないなどと言われていたこともある。 日本は本当にコトバ遊びの好きな国で語源がハッキリしないコトバが多い。 楽しい国である。 コトバ一つ調べていてこんなにもワクワクする。 自分の思い過ごしでトンでもない意味で理解していたり聞かされた事と全然違う意味だったり。 知ることで又楽しみが増える。 有り難い事だ。     ●商人(あきんど) 【意味】あきんどとは、売買を仕事とする人。しょうにん。 【あきんどの語源・由来】 あきんどは、平安中期の辞書『和名抄』に「商人」の意味として「あきひと」があり、『古今集』には「あきびと」の例が見られる。 「あきひと」「あきびと」が音変化して「あきゅうど」となり、「あきんど」となった語で、あきんどの「んど」は「人(ひと)」を意味する。 あきんどの「あき」は、動詞「商う(あきなう)」の「あき」。 「商う」の「あき」は、農民達が収穫物を売買したことから、収穫の季節となる「秋」を語源とする説が定説となっているが、物を買い求める意味の「購う・贖う(あがう・あがなう)」と同源とも考えられるため、正確な語源は未詳である。   ●商い(あきない) 【意味】 商いとは、売買すること。商売。売り上げ。 【商いの語源・由来】 商いの古形は「あきなひ」で、動詞は「あきなふ」。 商人を「あきひと」と言ったことから、「あきなふ」の語構成は「あき」と「なふ」であることがわかる。 「なふ」は「おこなふ(行う)」や「おぎなふ(補う)」などの「なふ」と同じく、動詞をつくる接尾語である。 商いの語源は、農民の間で収穫物や織物などを交換する商業が、秋に行われたことから「秋なふ(秋なう)」から動詞「あきなふ」が生まれ、「あきない」になったとする説が定説となっている。 しかし、物を買い求めたり、何か別のものを代償として手に入れる意味の「購う・贖う(あがう・あがなう)」と同源とも考えられ、商いの語源は「秋」が正しいとは言い切れず、正確な語源は未詳である。   ●商い、あきない - 日本語を味わう辞典(笑える超解釈で言葉の意味 http://bit.ly/39r52y1 https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%81%82/%E5%95%86%E3%81%84-%E3%81%82%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/ あきない(商い)とは、商売、商売をすることという意味。日本語の「あきない」は、漢語の「商売」「売買」「商業」などと比べると、「その日の分だけ稼げばいい」といったのどかな響きがあり、一攫千金でがっぽり儲ける事業には結びつきそうもなく、いまどきの会社で「あきない」をやっているところはほとんどない。 「あきない」の「あき」は、季節の「秋」や満ち足りるという意味の「飽き」と同根で、収穫期になって満ち足りた作物を交換するという意味があるのではないかとされる(他に諸説あり)。「ない」は、「占い(うらない)」「償い(つぐない)」のように、名詞や形容詞の後について、その行為をする意を表す接尾語であり、「あきない」は「あき」を「すること」となる。「商い」は「飽きない」でこつこつやるべきものだから「あきない」というのだという俗説があるが、語源から考えると、ほんとうの商いは飽きてもなおがんがんやるべきもののようである。(CAS)   面白い意味で物事をしていて飽きるかなあきないにならないから飽きないという こんなことも聞いたことが有る。 飽きたら何にも出来ないからね。 兎に角 色んな語源からこんな言葉が生まれてきている。 日本語とは こんなに楽しい意味が裏に隠れた言葉多い。 だから 語源がはっきりしない言葉が多いのだろうね。     ●商人(しょうにん)http://bit.ly/wI3W3n 商品を他の商品との物々交換、あるいは貨幣とをもって交換を行う作業を仲介する職業(商業)に従事する者を指す。 農業を尊んで商人を卑しい人間と見なす慣習(農本主義)がある。日本で独立した商人階層が形成されるのは、律令制と中小豪族が没落する平安時代中期以後であるとされる。 市 以外の場所で商売を行う者が出てくるようになる一方、有力な権門と結びつく者も現れるようになる。 貞観6年(864年)に市籍人が貴族や皇族に仕える事を禁じた命令が出されている。 やがて、有力権門や寺社の雑色・神人などの身分を得てその権威を背景に諸国と京都を往復して交易を行うようになる。 やがて、権門や寺社を本所として仰いで奉仕の義務と引き換えに諸国通行自由・関銭免除・治外法権などの特権を保障された集団「座」を結成するようになった。   ●著者名:五島邦治著『京都 町共同体成立史の研究』 評 者:小西 瑞恵 http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho635.htm 掲載誌:「日本歴史」696(2006.5)  都市京都の研究史を回顧すれば、膨大な著書・論文が挙げられるが、その基調を形作ってきたのは、林屋辰三郎『町衆』(中公新書、一九六四年)であり、京都市編『京都の歴史』全一〇巻(学芸書林、一九六八~七六年)や、秋山国三・仲村研『京都「町」の研究』(法政大学出版局、一九七五年)などであった。これらは戦後から一九七五年頃までの仕事であり、一九七〇年代から都市研究が隆盛期を迎えるなかで、京都についての優れた研究が積み重ねられていった。具体的には、戸田芳実・脇田晴子・網野善彦・黒田紘一郎・五味文彦・瀬田勝哉・川嶋將生の諸氏による研究で、理論的にも実証的にも、京都研究は豊かに成熟していった。しかし、研究が精緻になる一方、「町衆」論と研究との乖離も生じてきたと思う。  この著書で五島邦治氏が提起しているのは、従来の「町衆」研究の基調を継承しながら、現在生じているさまざまな難問を解決する試みである。著書は「第一部 都市民の誕生と祭礼組織」、「第二部 町共同体の成立」、「第三部 地域の都市民」に分かれる。 第一部の「第一章 平安京の成立と都市住民の形態」で、まず、京戸と平安京に住む都市民の実勢とのずれが指摘され、新興都市民を表すことばには、 (イ)市人・市籍人・市廛百姓・市郭之人、 (ロ)下級官人・有力貴族の下部、 (ハ)豪富之室・富豪之輩、 (ニ)漠然とした地域をさすことばを冠する者、があり、初期都市民をさす特定のことばは、成立しなかったとする。 (イ)(ロ)(ハ)は、実は同一の都市民の実態をさし、新興都市民の実態そのものが、都市と地方をともに生活基盤としてそれぞれ分有し、その間を往来するという都市民としては不徹底なものであった。この背景には、本質的に都市と地方との未分化があった。しかし、平安京のなかにも都市的な文化の発生がみられることが、「焼尾荒鎮(しょうびこうちん)」(任官・昇任等の際の祝宴、荒鎮は大酒すること)と「御霊会」の分析を通じて語られる。   ●京戸 - Wikipedia   https://ja.wikipedia.org/wiki/京戸 京戸(きょうこ/けいこ)は、日本の律令制において、京に本貫を持った住民のこと。 「京戸」の存在は、日本独自の制度とされている。 日本の律令制がモデルとした唐の都長安の場合、関内道(後京畿道)-雍州(後京兆府)の下に万年県(西側)・長安県(東側)が設置され、他の地域と同様の道-州-県という地方制度の下に置かれていた。 これに対し、日本の場合には大和国や山城国といった令制国とは別に京職と呼ばれる別の官司の管轄下に置かれていた(京職は「京」という都市空間において、国家機能を円滑に機能させるための維持・管理を行っており、京の地方行政のみを行っていた訳ではない)。 養老律令には、「京戸」という語はないが、令義解の戸令注釈(居狭条・穴記)より古令(大宝律令の令)に「京戸」の語が存在したことが知られている。 また、『続日本紀』以降の六国史にも「京戸」の語が見られる。   ●商品(しょうひん)http://bit.ly/yhfNpe 経済活動において生産・流通・交換される物財のことである。商品には具体例として食品や衣類などの物のほかに、法律相談や郵便配達などのサービスや、証券などの権利、情報などが含まれる。 販売する物財に主眼を置く場合には、商材(しょうざい)とも呼ばれる。   ●物々交換(ぶつぶつこうかん、英: barter:バーター) http://bit.ly/yWIUm8 貨幣などの媒介物を経ず、物品と物品を直接に交換すること。 「物」とあるが、無形のサービスについても使う。 近代では、貨幣への信頼が無くなったり、超インフレーションが起こったり、貨幣の発行が途絶えたりして、貨幣��済が麻痺した状況下で行われる。近年では、ソ連崩壊直後のロシアでの物々交換経済が顕著であった。 正常に貨幣経済が機能していても、片方に支払い能力が乏しいとき、バーターとして、商品で支払われることがある。給料の現物支給なども、物々交換の一種である。 物々交換は、決算に金額として現れないので、定量的に評価することが難しく、経営の障害になる。 マクロには、経済政策を立てる上での障害になり、課税も難しい。   ●貨幣(かへい)とは、http://bit.ly/zIB9tQ 商品交換の際の媒介物で、価値尺度、流通手段、価値貯蔵の3機能を持つもののこと。 商品の価値尺度、交換手段として社会に流通しているもので、またそれ自体が価値あるもの、富として蓄蔵を図られるもの。   ●商業(しょうぎょう) 財やサービスなどの商品を所有している人やまたは存在している場所と、必要としている人または必要としている場所を結びつけることにより利益を得る職業または経済活動である。 多くは貨幣の媒介を経て市場や個々の店舗において取引(商取引)という形式をとって行われる。 ただし、貨幣や市場などを媒介しないケースを含める場合には「交換」と呼ぶこともある。 また、「商業的」という場合、「営利を目的として」という意味になる(例:商業的生産)。 商業を生業としている人を「商人」という。   ●商行為(しょうこうい;独Handelsgeschäft;仏acte de commerce)とは大陸法系の商法において、その適用範囲を確定する際に用いられる基本概念の一つ。 また、企業活動の意味でも用いられる。http://bit.ly/yizQ3w   ●商法(しょうほう)http://bit.ly/zSZghb 商人の営業、商行、その他商事についての一般法である。   ●農本主義(のうほんしゅぎ)http://bit.ly/wmNKyg 明治時代以降の日本において、立国の基礎を農業におくことを主張した思想もしくは運動である。 英語ではpeasantism(農民主義)。   ●権門(けんもん)http://bit.ly/xhAun4 古代末期から中世の日本において、社会的な特権を有した権勢のある門閥・家柄・集団を指す言葉。 類似した意味を持つ勢家(せいか/せいけ)と組み合わせて、権門勢家ともいった。 「権門」と「勢家」はともに中国の古典に記された故事に由来する語で、平安時代初め頃から使われるようになる。 902年(延喜2年)3月13日付太政官符(すなわち『延喜の荘園整理令』)には、「権門」「多勢之家(勢家)」などの語がすでに見られ、諸院諸宮王臣家あるいは五位以上の貴族の意味で用いられていたことがわかる。 摂関政治の時代に入ると、地方の在地豪族が国司の介入を排除するため権門に土地を荘園として寄進して不輸権・不入権を獲得するようになった(荘園領主)。 特に藤原北家でも摂関の地位を占める可能性のある一族に寄進が集中して格差が拡大し、それ以外の貴族が「寒門」として没落するようになった。 当時の政治は権門によって運営されていたために、荘園整理などの権門抑制策には消極的だったが、一方で政治的権威の基盤である太政官 - 国衙の支配体制の崩壊も望まれるところではなく、官物率法の導入などによってその最低限の維持政策は取られ続けていた。 しかし院政の時代に入ると藤原北家への権力の集中に翳りが見え始め、それと平行して治天の君(皇室の家督)、村上源氏、興福寺や延暦寺などの大寺社勢力、そして平家に代表される武士団を背景とした新しい武家勢力の棟梁などが、新たな権門として浮上するようになる。 これらはしばらくの間互いを牽制するかたちで並列的に存在したが、やがて平安時代末期の源平合戦の動乱から鎌倉幕府の成立を経て、いわゆる「荘園公領制」の時代に入ると、「権門体制」と呼ばれる新秩序が確立されたと考えられている。   ●荘園整理令(延喜の荘園整理令から転送)http://bit.ly/waN2VF 荘園整理令(しょうえんせいりれい)は、平安時代に発布された一連の法令のこと。 特に有名なものは、1069年(治暦5年 = 延久元年)に後三条天皇が全国の荘園を一斉整理する目的で発令した延久の荘園整理令であるが、実はこれを遡ること150年前の醍醐天皇の時代から天皇の代替わりごとに度々発令されている。   ●荘園 (日本)http://bit.ly/zqQi0C 日本の荘園は、奈良時代に律令制下で農地増加を図るために墾田私有を認めたことに始まる(初期荘園)。 平安時代には、まず小規模な免税農地からなる免田寄人型荘園が発達し、その後、皇室や摂関家・大寺社など権力者へ寄進する寄進地系荘園が主流を占めた。   ●簒奪(さんだつ)http://bit.ly/ypvC3B 本来君主の地位の継承資格が無い者が、君主の地位を奪取すること。 あるいは継承資格の優先順位の低い者が、より高い者から君主の地位を奪取する事。 ないしそれを批判的に表現した語。本来その地位につくべきでない人物が武力や政治的圧力で君主の地位を譲ることを強要するという意味合いが含まれる。   ●君主(くんしゅ) 一般に、世襲その他血統を背景とする権威により、主権国家を継承し、統治する臣民の畏敬の対象となる地位にある者をいう。   ◆関白(かんぱく)  https://ja.wikipedia.org/wiki/関白 成人の天皇を補佐する官職である。令外官であり、また、実質上の公家の最高位であった。敬称は殿下。   ◆豊臣秀吉#関白任官と紀伊・四国・越中攻略 https://ja.wikipedia.org/wiki/豊臣秀吉#関白任官と紀伊・四国・越中攻略 天正12年(1584年)11月21日、従三位権大納言に叙任され[28]、これにより公卿となった。この際、将軍兼任を勧められたがこれを断る[29][注釈 22]。 天正13年(1585年)3月10日、秀吉は正二位内大臣に叙任された。そして3月21日には紀伊国に侵攻して雑賀党を各地で破っている(千石堀城の戦い)。最終的には藤堂高虎に命じて雑賀党の首領・鈴木重意を謀殺させることで紀伊国を平定した(紀州征伐)。 四国を統一した長宗我部元親に対しても、弟の羽柴秀長を総大将、黒田孝高を軍監として10万の大軍を四国に送り込んでその平定に臨んだ。毛利輝元や小早川隆景ら有力大名も動員したこの大規模な討伐軍には元親の抵抗も歯が立たず、7月25日に降伏。元親は土佐一国のみを安堵されて許された(四国攻め・四国平定)。 秀吉はこの四国討伐の最中、二条昭実と近衛信輔との間で朝廷を二分して紛糾していた関白職を巡る争い(関白相論)に介入し、近衛前久の猶子となり、7月11日には関白宣下を受けた。   ◆本姓について  https://ja.wikipedia.org/wiki/徳川氏#本姓について 日光東照宮に残る家康の口宣案等はすべて源家康となっており、徳川氏が源氏を継続的に称していたことになっているが、これは三代将軍徳川家光の代である1645年(正保2年)に、散逸した分を補填したとして改変されたものであると見られている 永禄9年(1566年)の叙爵は実際には、「系図発見」の経緯もあって藤原家康としておこなわれており、この時点では藤原氏を称していた。笠谷和比古は源氏の棟梁である足利将軍家に家康がつてを持たなかっただけでなく、将軍家が当時当主不在であるという異常事態を迎えており、取り次ぎを行った近衛前久が官位奏請を行うためには藤原氏一門であるほうが好都合であったという指摘を行っている。
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