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#シングルマザーと繋がりたい
yuuseasidesunset · 1 month
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映画ラストマイル感想
ラストマイルを観たので他の人の感想を見る前に&薄れないうちに感想と印象を書いておきます、ネタバレしかないです
最後のテロップのこの物語はフィクションですっていう決まり文句の後に、心が辛くなったら相談をって一文が付け加えてあってそれが心に残るのと、そんな状況にある人がたくさんいるのは何故かという大きな枠組の問題を真っ向からやった映画だった。
人気のあるドラマ二つを大々的に宣伝でも使ってたくさんの人が興味を持って観に行けるような仕掛けにして、実際観に行ったら(それこそ桃太郎だと思って開けたら金太郎が出てきたみたいに)amazon的巨大ビジネスモデルとそれが象徴する資本主義、消費と利益のためなら立場の弱い者に皺寄せがいくことを厭わない世界、心が壊れていくことを見えにくい必要悪とした仕組みを真っ向から批判した映画だった。これを大勢に届く大規模な映画という形でやったのはすごいと思うし、脚本家やディレクターとその作品にすでに人気があるこのタイミングでしかできなかったことをやったんだなと思った。
扱いたいテーマ(搾取、資本主義の歪み、心の疲弊とか)とそれに関するメッセージを伝えるために感情とか感動を手段として使っていてそれが上手くいっていると思う。涙を誘うことそのものを目的としていなくて、感情移入のために登場人物の背景を明かすこともあまりなく、誰も中心の語り手にはしないで誰もが少し遠くて観ている側からすると誰のことも信用できないままで物語が進む。
そういう決して単純ではない作りな上で、メインの登場人物ではないけどメインの筋である3つの話(配送業者の親子、山﨑努、シングルマザーとその娘たち)が同時進行していてそれが混乱せずに一つの映画にまとまっているのが上手い。
わたしはアンナチュラルのミコトがすごく好きなんだけど、犯人に対するそんな根性ならないほうがいいっていう台詞がこのキャラクターの軸なのと同時に、映画そのもののメッセージだなとも思った。そんな根性を育てさせるような社会全体への批判と、その中で押しつぶされたり蔑ろにされたりする一人一人に対してまだここにいてよって言うことの二つを一つの映画の中で両立させている。
前者は大きな枠組みへの批判だ。誰もが乗っている(社会をコントロールしていて自分の特権を保とうとする少数の人たち、この映画でいえば出てもこないアメリカ本社の社長とかによって、私たちが乗せられていると同時に、消費活動や(非)政治的態度や価値観の再生産によって保つことに全員が加担している)レールがベルトコンベアに象徴されている。過去の山﨑努の飛び降りでも止まらなかったものが映画の現在軸のストライキによって止まり、配送者親子の父が言うように焼け石に水ではあるけれど無視はされない形でまた動き出す。
後者の、既に何らかの形で"間に合わなかった"一人一人の話はアンナチュラルで描かれたことの延長で、主題歌の歌詞やテロップでの心理カウンセリングへの言及に繋がる。この二種類のメッセージがどちらもあることがこの映画の意味と力を大きくしていると思う。
Amazonでの労働の過酷さや歪みやスローガンの空虚さ、貧困とそういう労働の関係については前に少し読んだ本で印象に残ったのがあったのでこれは本当に現実の話だなと思うとともにいろんなフィクションを読んだり観たりすることと知識と理解は全部繋がっているって実感があった。(本はHeike GießlerのSaisonarbeit , 英語タイトル Seasonal Associate)
思ってもみなかった方向から心を動かされた映画だった。資本主義社会への批判というテレビではスポンサーにも視聴者にも敬遠されそうなものをはっきりやっていて、そういう映画として観るべき作品だけど、間口が広いからこそ届いてほしい相手に届くものになっているんじゃないだろうか。今の日本で日本を舞台に日本語で大規模な映画としてこれが作られたことの意味は大きい。映画館で2時間座って観ることに意味があるというか、映画だからこれができたんだとも思う。あとはミコトと桔梗さんをまた見られただけでも嬉しかった。
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cine-cuisine · 2 months
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映画「エリン・ブロコビッチ」をモチーフにした料理レシピ『パワフルバディ・バーグ』|あらすじ・キャスト・原作の情報も
映画「エリン・ブロコビッチ」のあらすじ ジュリア・ロバーツが演じるエリン・ブロコビッチは、シングルマザーとして3人の子供を育てながら、法律の知識も経験もないながら、法律事務所で働くことになります。 事故で怪我をした彼女が、敗訴してしまい、その弁護士から雇われることになったのです。ある日、エリンは地域の公害問題に関する資料を偶然目にします。 彼女は夢中でその事件を追い、住民たちの健康が重大に害されていることを発見します。真摯に住民の声に耳を傾け、彼女は巨大企業に対して立ち向かう決意を固めます。br/> だが、強敵との闘争は容易ではありません。法律知識がなく、社会的地位もないエリンが持つのは、勇気という名の正義感のみ。彼女の不屈の努力はやがて周囲を動かし、史上最大の和解金を勝ち取ることに繋がります。この映画は実話に基づいており、一人の女性の強さと正義感が大きな変化を生むことを描いています。 …
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siteymnk · 11 months
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映画「私は確信する」を観る。監督アントワーヌ・ランボー、出演マリーナ・フォイス、オリヴィエ・グルメ他。
38歳の女性スザンヌが姿を消した。夫ジャックに殺人容疑がかけられるが動機も証拠も無く一審で無罪となるも検察に控訴、第二審で殺人罪を問う裁判が行われる。シングルマザーのノラは無罪を確信し、敏腕弁護士に懇願。自ら助手となり250時間の電話記録を調べると新たな疑惑に気がつくが・・・
フランスで実際に起こった未解決の“ヴィギエ事件”を映画化。殺人があったかどうかも定かで無いにも関わらずセンセーショナルな報道で注目を集め、推定無罪の原則が揺らぐような事態となった。
主役のシングルマザーがなぜほぼ他人(容疑者の娘が自分の息子家庭教師だった、という薄い繋がり)の弁護に奔走するのか?という前提の疑問はあるが、以降の裁判へののめり込み方、行き過ぎ��弁護士とも仲違いするなど、人生が崩壊しかける過程にハラハラさせられる。
主人公の息子が、堕ちていく母親との葛藤がありつつ、それでも理解しようとする姿を好演していて地味に良かった。
長尺の最終弁論は見応えあった。実在のこの弁護士は後にフランス法務大臣になったのだとか。
この作品はフランス映画だけど、ここ最近はアメリカ映画でも40年代の作品とか、有体のハリウッド映画にどうも興味がいかなくて、それを避けた作品選び傾向になっている。
いや、きっと観たら面白いんだろうけど、テンポとか絵作りとかスクリプト出来の良さとか、なんか均一っぽさが予想できる感じ?がちょっとねぇ。
★★★☆☆
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mitsukokitaakita · 2 years
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少子化対策について
毎日多くの人たちと会話して思うのは、皆さんが思う少子化対策が、本当に様々で、それだけ難しい問題なんだと気付かされます。
私は、今国が示している異次元の少子化対策が、保護者の支援に偏っているように感じています。
もちろん、保護者支援である子育て支援は必要です。なかなか子育てしにくい時代の中で子育て世帯の支援をすることは、保護者の心のケアにも繋がります。
ただ、本気で少子化対策するなら、もっともっと子どもの育ちの支援に目を向けて、多方面から子ども達の育ちに関わっていかなければ、結果は出てこないと私は思っています。
だからこそ、
これからも私の最重要政策は、
子どもの育ちの支援
です。
今日、
シングルマザーの方に会いました。
私に会えて嬉しいと涙を流すその想いや人柄に私も涙が出てしまいました。
苦しいよね!頑張ろうね!と声を掛け合い、何かあったら絶対に力になってあげるんだと強く心に誓いました。
シングルマザーに対し、自分の責任だろ!と心無い言葉をかける人たちもいますが、そんな国に子どもが増えるとは思えません。
生き方も、育て方も、一人一人違うからこそ、選択できる支援があって然るべきであり、それを周りが寛容に受け入れる世の中になることを願っています。
#地域で支える子育て支援を
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daiyuuki24 · 2 years
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「ちひろさん」 ちひろ(有村架純)は、風俗嬢の仕事を辞めて、今は海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働いている。元・風俗嬢であることを隠そうとせず、ひょうひょうと生きるちひろ。 彼女は、自分のことを色目で見る若い男たちも、ホームレスのおじいさんも、子どもも動物も、誰に対しても分け隔てなく接する。 そんなちひろの元に吸い寄せられるかのように、孤独を抱えている人々が集まる。 厳格な家族に息苦しさを覚え、学校の友達とも隔たりを感じる女子高生・オカジ(豊嶋花)。 シングルマザーのヒトミ(佐久間由依)の元で、母親の愛情に飢える小学生・マコト(嶋田鉄太)。 父親との確執を抱え続け、過去の父子関係に苦悩する青年・谷口(若葉竜也)。 ちひろは、そんな彼らとご飯を食べ、言葉をかけ、それぞれがそれぞれの孤独と向き合い前に進んで行けるよう、時に優しく、時に強く、背中を押していく。 そしてちひろ自身も、幼い頃の家族との関係から、孤独を抱えたまま生きている。 母親の死、勤務していた風俗店の元店長・内海(リリー・フランキー)や風俗嬢時代からの親友のバジル(van)との再会、入院している弁当屋の店長の妻・多恵(風吹ジュン)との交流……。 揺れ動く日々の中、この街での出会いを通して、自らの孤独と向き合い、ちひろもまた少しずつ変わっていく。 週刊漫画誌『Eleganceイブ』(秋田書店刊)で連載された同名の漫画を原作に、主演・有村架純&監督・今泉力哉で映画化。 元風俗嬢の過去を隠さず、興味本位な男たちの色眼鏡にも、パートのおばさんの陰口にも、気にせず気まぐれな子猫のように誰にも期待せずに、自らの寂しさに惹かれる人々と触れ合いを重ねていく中で、自分が触媒になり侘しさを抱える人々を繋げていくちひろと、自分たち親の理想にガチガチに縛られている厳格な家族とアニメを通じた友達付き合いに息苦しさを感じている女子高生オカジや母親の愛に飢えている小学生マコトや廃校を居場所にしてる不登校生べっちん(長澤樹)や父との葛藤を抱えた谷口やホームレス(鈴木慶一)との交流の中で、それぞれが自分の縛られている学校の友人関係や「いい子でいなければ」という思い込みやひとり親家庭で育つ中での強がりなどからちひろさんの言葉に背中を押されて解き放たれていく人々のゆるやかな交流と葛藤。 学校や家庭に閉じ込められていた人々が、ちひろさんをきっかけに出会いゆるやかな絆を結んでいく擬似家族または擬似兄弟姉妹のようなユルい関係。 その中で浮かび上がる、父のような内海や母のような多恵や風俗嬢時代からの親友のバジルとの絆でも癒やしがたいちひろさんの孤独と孤独でいる時間を大事にする生き方。 社会が、押し付けてくる性別の役割や記号に縛られない忖度しないちひろさんに、解放されていくような今泉力哉監督作品ならではの人間愛と美味しい食べ物にほっこりして、有村架純や豊嶋花や風吹ジュンなどの女優陣のアンサンブルがステキなヒューマンドラマ映画。 「去る者は追わず、来る者は拒まず」 #ちひろさん #netflix #netflixoriginal #netflixmovies https://www.instagram.com/p/CpubfzrvXeQ/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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a-premium · 2 years
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tanayoung0212 · 2 years
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(2022/11/5土) 朝イチにみなとみらいで映画観てから、ランチ。 毎度のクイーンズダイナーで「サブウェイ」を。 (ココ、サブウェイとマックとケンタッキーが並んでて、かなり使えると思うんです!) “アボカドベジー”サンド、パンはウィートで、ツナをトッピングして、チポトレソースで。ドリンクセットにして、アイスミルクとともに。 腹は膨れるのに重くない…最高ッス! さて、映画は、「パラレル・マザーズ」を鑑賞。アカデミー賞ノミネートが納得のペネロペ・クルスの存在感だったな。昔のヒトは血の繋がりを大事にしてきたけど、今では絆も変わってきたよねっていうことを、シングルマザーの子供取り違え事件をネタに訴えてたかったんだろうな、と自分は捉えました。話は逸れるけど、スズキのジムニー(蛍光のイエロー)に、もう1台スズキの自動車が出てきて、スズキってスペインでメジャーなの⁉︎高級外車扱いなの⁉︎と、ココがイチバン驚きでした! (クイーンズスクエア横浜) https://www.instagram.com/p/CkmsGacy5jC/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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osakamother · 5 years
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お友達に誘われて #マザープラス さんの#インフルエンサーマーケット というイベントに行ってきました!(^^)! 出店してみない?との事だったのですが、  インフルエンサーマーケット??なにそれなにそれ!?っと好奇心を抑えきれず、今回は来場者として参加してみました(笑)\(^▽^)/!   Instagramを開設しているママであれば誰でも参加できるイベントで、来場者プレゼントももらえるお得なイベント♪♪中身はストーリーにあげてます♡  色んな出店ブースが出ていて、たくさんの人で賑わっていました\(◡̈)/  ▪動画広告ポイントサービス #シェアポ  ▪#漢方生薬研究所 #アユミンS#漢甘茶  ▪読売新聞大阪 #こども新聞  ▪日本法規情報 養育費安心サポート ▪アシックス商事 #フラットシューズ  ▪エボルワン #ポーセラーツ体験 #ベビーエプロン  ▪がん検査キット      #ピカチュウ#平均以上の学力#活字音読#ポケモン#シングルマザーと繋がりたい#シンママ #賢い子に育てる秘訣#養育費#旅するハナヘヤ#ポイ活#がん予防#aubreykobe#パラオホワイト#オタフクソース#スマホクリーナー#あたり前田のクラッカー https://www.instagram.com/p/ByXcaeRJ4oy/?igshid=p6jreh9sv5f3
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alegriablanco · 5 years
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いい天気、車検の前にひとっ走り #sr400 #sr400カフェレーサー #バイク好きな人と繋がりたい #バイク女子と繋がりたい #シングルマザーと繋がりたい https://www.instagram.com/p/BxKmcnAlIBj/?igshid=1vuud0my3iluj
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tonyme-jp-blog · 6 years
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おはようございます。昨日は容器別の親子丼でupすることが出来ませんでした😩 きょうは、しっかりアップしますよ!笑 #ランチ #ランチボックス #お弁当 #お弁当箱 #子供は中学生 #lunch #lunchbox #japan #japanesebento #Canon #canon #kissx7 #レタッチなし #tokyo #ファインダー越しの私の世界 #カメラ好きな人と繋がりたい #カメラ女子 #子供は中学生 #36歳 #シングルマザー #中学生曲げわっぱ弁当物語 (Tokyo, Japan)
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young royals 覚書
young royalsのことが頭から離れられない。
特に、ラスト6話目で、ヴィルがビデオに映る人物が自分ではないと言う選択を取ったこと、そしてそれを受けたシーモンがどう受け止めたのか、ずっと考えてしまう。
ヴィルがビデオを否定したことは、自分の恋人を否定することだけではなく、自分自身も否定することだ。あのビデオはスウェーデン王子ヴィルヘルムではない。王子ヴィルヘルムではないとすると、では本当のヴィルはどこにいるのか。
考えれば、ヴィルは今まで『ただのヴィル』であったことなどほとんどなかっただろう。ヴィルは今まで兄のエリックの庇護のもとで出来る限り王子的でない存在であろうとしてきた。彼が普通高校にいた経歴からもわかる通り、彼はロイヤル的な場に対する強い拒否感があるのだ。おそらく1話目で語られた『昨年の夏に課された責任』というものがそこに関係しているのかもしれない。(作中1話目で16歳である彼の15歳の夏というのは、進路にもかかわってきてしまうもののことだろうか? 元の言語だと文脈がわかるのだろうか?)
ヴィルはその人生を常に過剰な抑圧と空虚な賞賛と共に過ごしてきた。ヴィルは崇拝されたり傅かれたりすることを避けている。1話冒頭、ヒーレシュカに着いた時にアレックスやアウグストが荷物を持とうとした時それを阻止しようとしたところからもわかる。彼は理解していた。ヴィルを『王子様』として崇拝して扱うことにより、『王子』から欲しいものを与えられようとする取り巻きたちの存在に。そしてヴィルはエリックと異なり、そうした抑圧と賞賛をコントロールする術を持っていない。彼にとって他者とはアンコントローラブルなものなのだ。
1話より以前の普通高校でのヴィルはどんな存在だったのだろう? だれもが近寄りがたい存在だったのだろうか。クラブに遊びに行ったりするくらいだから、そうして彼をただのヴィルとして扱うような友人もいたのだ。そんな友人と別れることを惜しんでいたところからもわかる。ヴィルは、ヴィルとして認める友達がいた。しかし、ヴィルはヒーレシュカに来たことで、ただのヴィルだったペルソナを失う。ヒーレシュカ寄宿学校は彼が王子的であることを求める場であり、彼が最も憎む場所だ。彼は抑圧と共に生きることになる。
そこでヴィルはシーモンと出会う。
二人の出会いはまるで一目惚れのようだ。合唱隊でソロパートを歌うシーモンにほほ笑むヴィル。けれどもヴィルがシーモンに近づいた理由は歌が上手いというそれだけではない。
授業中のヴィルに意見を求める人は誰もいない。なぜなら彼は『学生』である以前に『王子』だからだ。上流階級の学生たちの中で、階級のトップに君臨する王族を批判した唯一の存在が労働階級のシーモンだ。結局のところ、発言としてはほかの学生もシーモンもヴィルを『王子』として見ていることに変わりがない。ほかの学生が彼を羨む存在として見る中で蔑んでいるのがシーモンというだけだ。���クトルの向きが異なるだけで、ヴィルへ向ける視線のフィルターには「ロイヤル」という文字が刻まれている。
けれど、ヴィルは自分からシーモンと仲良くなろうと近づいていく。王子であることに嫌気がさしていたヴィルにとって、敬われ、傅かれ、特別な存在のように扱われるよりは、そうやって批判的に扱われたほうがまだよかったのだろうか? あるいは、反発を恐れずに発言をしたシーモン、目立つことを恐れずにフラットなままでいるシーモンにどこか憧れに近い感情を抱いたのだろうか? シーモンもヒーレシュカの中では孤独だ。学外からの転校生であり、数少ない通いの学生であり、労働階級に位置した彼は異分子だ。朝食の席、端に一人座るシーモンと上級生の中に一人混じるヴィル。真逆の場所で孤独な二人が、その孤独を埋め合うように友情を深めていくのは必然だろう。ヴィルがシーモンの歌をほめた言葉は、誰に強制された言葉でもなくヴィルがヴィル自信で発した言葉だ。ヴィルにとってのシーモンは、「王子だから」獲得したものではなく、ヴィルがヴィルとして獲得した存在だ。だからこそ、ヴィルにとっての『本当のこと』になりえたのだ。
息苦しいヒーレシュカ寄宿学校で、孤独を分け合える存在のシーモンにヴィルは夢中になる。シーモンはヴィルを抑圧せず、賞賛せず、与えられようとしない。シーモンはヴィルに何も求めない。Ep.6で「秘密の存在になりたくない」という言葉以外は。
シーモンがヴィルと仲良くなっていったのはなぜだろう? ヴィルにとってのシーモンが孤独を分かち合う存在だったという理由のほかに、シーモンにとってもまたヴィルは孤独な学校生活の中での唯一対等としていられる友人だったのだろう。
シーモンも家族の中でケアラーとしての役目を持っている。アスペルガーの妹、シングルマザーの母、薬と酒に溺れた父に囲まれ、彼は無意識・意識問わずその調整役だった。妹が無事に学校に通えるように、母が学校生活を心配しすぎないように、酔った父が吐瀉物で窒息しないように、彼は常にそうした問題を解決しようとしてきた。そんな自らの役目にシーモンは不満をこぼすことなく、妹のためのパーティで楽しそうに笑っている。けれども同時に学校で「良い点」を取り田舎の街から出ていくことを夢見ていた。理解ある家族と仲の良い友人を置いてでも『都会に出て行きたい』という夢は、シーモンの向上心の高さもあるだろうし、向上心があるが故に上流階級の人々に対するコンプレックスもあるのだろう。ヒーレシュカに通うことは、彼のチャンスを増やすことでもあるが、同時にコンプレックスを刺激され続けることに他ならないのだ。
そんな中、上流階級の振る舞いを振りかざさないヴィルはシーモンにとって貴重な存在だ。ヴィルがシーモンに話しかけてくれたことは、どれほど貴重だったのだろう。(おそらく、労働階級に位置するシーモンと友人になろうとする存在はほどんどいなかったのではないか?)
絡み合う、互いの孤独と抑圧。
二人は孤独を分け合うように親しくなる。威圧的なアウグストのことでからかい合う二人の姿はまるで悪友のようだ。互いの前では「王子」と「平民」ではなくただのヴィルとシーモンになれる二人。
彼らは異質な立場の中で、互いに同質なものを感じ取り、友情を深めあっていく。
そして、度々交わされる視線の色の変化に、あるいは触れた指先の熱の高まりに、おそらくヴィルは無自覚で、そしてシーモンは気が付いていた。
親しくなるにつれて、ヴィルがよりシーモンに惹かれていったのは、自分の力に自信を持ち、誰よりも自由で、何にも縛られず軽やかに笑うところだろう。上流階級の子どもたちの中で反抗的な発言をし、上級生であるアウグストだけでなくスウェーデン王子のヴィルにも食ってかかり、一人で朝食を食べていたとしても気にした様子もなく、合唱隊の中で誰よりも上手く歌を歌う。そのどれもが、ヴィルが持ちえない資質だ。誰にどんなふうに見られていても気にしない、そんなシーモンの振る舞いは、ヴィルにとって憧れではなかっただろうか。
ヴィルは常に不安と恐怖と隣り合わせで生きてきた。誰もが彼を見る。見られている。その視線の非対称性の中で、彼は消費される自己に強い恐怖心と不安感を抱いている。求めていないインタビューをされるとき、ヒーレシュカで一人取り残されるとき、兄のもとから離れなければならないとき、幾度となく彼は不安げに唇に触れる。不安の根源にあるのは、彼に自信がないからだ。『王子ヴィルヘルム』として求められるように振る舞う自信がない。そこから王子としての責任・義務を果たせないのではないか、という不安が生まれる。
そんな不安が度を過ぎると、ヴィルは呼吸が荒くなり、それを鎮めるために胸の上で何度も手を擦り不安を解消させようとする。不安と恐怖のジェスチャーはエピソードの中で幾度となく繰り返されるものだ。まさに、己の立場と自我の狭間に立つ緊張を象徴している。
けれどシーモンといるときだけは、ヴィルはそうしたジェスチャーをしない。シーモンはヴィルが反王子的な振る舞いをすれば喜び、親しげにほほ笑む。ヴィルはシーモンの前にいるときは、不安と緊張から解放されるからだ。
反王子的、反上流階級的な振る舞いで、自分を『労働階級』ではなく『シーモン』として、親しげに関わろうとしてくれるヴィルにシーモンが恋に落ちたのは、彼のセクシャリティのことが大きいのかもしれない。友人と恋人、その境界線を引く線はあまりにも細いものだ。
膨れる好意を確かめるように、シーモンはヴィルと指を絡ませ、瞳を見る。からませた指の意図、送る視線の意味を知らないヴィルではないだろう。返すように指を握り、微笑んだヴィルの本心は、明確な形ではなかったとしても、より深くシーモンとつながりたいという欲求だったに違いない。
けれども、そんな二人を見やるフェリスの視線に彼は気が付き、再び思い出す。自分は常に「スウェーデン王子」として見られている存在なのであり、そしてシーモンとこれ以上深く繋がることは「スウェーデン王子」の振る舞いとして正しくない、ということに。そして彼は初めて自分の欲求を自覚したのだ。シーモンとより深く繋がりたい、という欲求を。
映画を見ている部屋から抜け出したヴィルは、初めて抱いた欲の自覚と、そして欲求と両立できない社会的立場との摩擦との中、彼の不安は肥大化し、パニック発作じみた行為――荒れる呼吸を抑えるために胸の上で手を擦り合わせる――をみせる。
そんなヴィルのことを知らないシーモンは、ただ、ヴィルとの好意を確かめるためキスをする。
(そう、シーモンは知らないのだ。ヴィルが不安と恐怖に侵された場所にいることにまったく気が付いてない。なぜなら、ヴィルはシーモンの前では一度もそんな振る舞いを見せたことがなかったからだ。これはヴィルにとっては救いであると同時に、自覚のなかったシーモンにとってこれからの彼の立場を危うくすることにつながってくる)
立場と自我に揺れるヴィルに対し、2度、シーモンは確かめるようにキスをするが、ヴィルはそれを拒否する。それを理解したシーモンが立ち去ろうとするが、ヴィルは引き留め、今度はヴィルからキスをする。
立ち去ろうとしたシーモンをヴィルが引き留めたのはなぜだろう。シーモンへ向ける恋心という欲求の表象だろうか。もしくは、キスを拒否してしまったら学内での唯一無二の友人を無くしてしまうという不安からの打算的な行為なのだろうか。ヒーレシュカから帰ろうとする兄にすがった時と同じような、ただ寂しさからの行為なのだろうか。
ヴィルの内面は定かではないが、結局のところ、どんな理由であれ、ヴィルがシーモンを引き留めてキスをし、シーモンの行為=好意を受け入れることに決めた時点で、彼は友人同士の立場から異なる立場に立つことになる。
そしてこのキスは、不明瞭だった欲求が形を持ち始めるきっかけになった。理由はどうあれ、ヴィルがシーモンと再びキスをしたいという欲を持った時点で、彼の最初のキスは逆説的にヴィルの本心からの欲求の表れだったと言えるのではないだろうか。
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asusyoku · 3 years
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魂を揺さぶる本予告映像&本ビジュアルが解禁!!
この度、菅野美穂、高畑充希、尾野真千子ら豪華女優陣が魅せる、魂を揺さぶる本予告映像と本ビジュアルが遂に解禁に!
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本予告映像では、神奈川在住の仕事復帰を目指す43歳のフリー���イターの石橋留美子(菅野美穂)、大阪在住の30歳のシングルマザーで息子を愛情深く育てながら懸命に生きる石橋加奈(高畑充希)、静岡で優しい夫と自慢の優等生の息子に囲まれ幸せそうに暮らす36歳の専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子)、同じ「ユウ」という名前の10歳の息子を育てる3人の母親たち三者三様の「石橋家」の平和な日常が描かれていく。
しかし、突如として「ある日、ひとりのユウ君が母親に殺されたー」という言葉と共に衝撃の展開へと繋がっていき、子育てや家事に非協力的な夫に対し「協力し合おうって思えないの?」と問い詰める留美子の姿や、加奈に対し「僕のことはもう嫌いなんや!」と叫ぶ息子の勇(阿久津慶人)、そして「僕はいい子じゃない!お母さんもいいお母さんじゃない!」と狂気じみた表情で話す、あすみの息子の優(柴崎楓雅)を捉えたカットなど、それぞれのリアルかつ魂を揺さぶられるシーンが映し出されていき、三つの石橋家がたどり着く運命は私たち観る者の運命そのものかもしれないとメッセージを投げかける。
また主題歌を歌うのは、瀬々監督の『菊とギロチン』(18)で大杉栄を演じた、ミュージシャンでもある小木戸利光が実弟の小木戸寛と組むバンド・tokyo blue weepsの「Motherland」。2012年リリースのEPに収録されている「dear grandma」を瀬々監督が気に入り、本作のためにアレンジを加え、本編が終わった後に続く「明日」への望みをつなぐ。
さらにあわせて解禁となった本ビジュアルでは、菅野、高畑、尾野が演じる3人の母親たちがこちらを覗き込むような構図となっており、一見、光に包まれた幸せな雰囲気に見えるものの、真ん中には「息子を殺したのは、私ですかー?」という衝撃のコピーが添えられ、懸命に生きる3人の母親たちの三者三様の運命を予感させるビジュアルとなっている。  ワンオペ育児や困窮するシングルマザー、世の母親たちを取り巻く環境はかようにも過酷だが、それは決して母親だけの問題ではない。にもかかわらず、その多くを彼女たちが背負わざるを得ない現実がある。それぞれが子育てに奮闘しながらも、息子を心から愛する幸せな家庭を築いていたはずだったのに、どこで歯車が狂ってしまったのか…。
すでにマスコミ試写を鑑賞した女性たちから、高い共感度を得ている本作。社会、育児、仕事の狭間で揺れ動く女性たちの“決して他人事ではない”リアリティあるサスペンスエンタテインメントに、ぜひご期待ください!
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fisk0401 · 5 years
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※人を選ぶオメガバ妄想※
シングルマザーのオメガ焦凍くんは、ほんっっとに禄でもない目にしか遭ってないといいなと思ってます。
プロヒになってすぐヴィラン(複数)にレイプされて孕まされて、子供産んだとか。19の時の子供でお願いします。
相手はヴィランだし、レイプされたとか誰にも言えなくて一人で産んで一人で育ててるんだきっと…時間通り保育園にお迎えに行けない日もあって、子供には寂しい思いいっぱいさせてそう。でも子供は良い子なので、へろへろになって迎えに来てくれる焦凍くんに文句言いません。
でも、世の中悪い人間がいっぱいなので、週刊誌にすっぱ抜かると良いなと思います。「ショート!子供がいた!」みたいな感じで。オメガだってこと隠してたのにバレちゃって事務所に嫌がらせの電話が来たり使用済みコンドームの届け物があったりね…
ただでさえ子供はお金がかかるのに、つがいがいないからバカ高い抑制剤も飲まなきゃいけない焦凍くん。オメガだとバレてから人気が急落して収入が落ち込み、更にお金のやりくりが上手くなさそうなので自分の防寒着が買えずに冬でも寒々しい格好してたら良いなと思います(貧乏設定大好き!
俺は個性でなんとかなるから…って言い訳して、子供にもこもこの上着を着せてやってくれ〜!
そんな焦凍くんのことを偶然見かけてしまった爆豪勝己(25)とかどうでしょう。雪でも降りそうな灰色の空の下、もこもこの上着を着た子供と寒々しい格好の焦凍くんが手を繋いで歩いてるのを見かけて、胸の奥底がぐわっと熱くなって自分のコートを焦凍くんに投げて寄越すかっちゃん…😭
あ、いつものごとく、かっちゃんはアルファです。焦凍くんがオメガだと知って、本能的に情が湧いてきちゃうんです。コートの一件からやたら気にするようになるんですけど、焦凍くんが拒否するんですよ…なにせ望まず孕まされた身なので、アルファが怖いんです。そんなこと誰にも言わないけど。
そんな時、焦凍くんが大怪我して入院。病院に駆けつけたかっちゃんは、焦凍くんの子供がベッド横のイスに座ってるのを見つけて隣に座ります。お前の母ちゃんは強いから大丈夫だぞって言おうとして、母ちゃん?父ちゃん?って一瞬悩んだ時、子供が「おにいさん、しょうとくんのともだち?」って聞いてくるんです。「しょうとくん?」って、かっちゃんはハテナ飛ばしまくります。
子供がね、片親でしかもオメガの男から産まれたってことで陰口叩かれるもんだから、「焦凍くん」って呼ばせてるんです。親戚なんですよ〜訳あって引き取ったんですよ〜みたいな風を装うために。血の繋がった親子なのに、親子らしく振る舞うこともできないんです。オメガの片親だから。肩身が狭いんです。
そういう諸々を知って、次第に轟親子と距離が近くなるかっちゃんだけど、まあ〜〜焦凍くんが強情。絶対かっちゃんのことを受け入れないし、とにかくつっぱねる。
そんな折、かっちゃんの前で急にヒートになった焦凍くんが絶望顔で必死に言うんです。「ごめんなさい、ごめんなさい。ゆるして。なんにもしないで」って。レイプされたのが相当トラウマになってる。
かっちゃんは目の前の良い匂いした綺麗な男を組み敷いてめちゃくちゃにして孕ませてやりたい欲求を、それはもう死ぬほど必死に耐えて、抑制剤飲ませて焦凍くんのおうちに連れ帰ります。
目が覚めた時、子供が無邪気に「だいじょうぶ?」って覗き込んできたのを見て、その向こうにいるかっちゃんが視界に入って、安心感でボロボロ泣いてしまう焦凍くんが見たい。自分の嫌なことをしないでくれて、こんな風に優しくされたの初めてなんだよ〜そこからようやく動き出す爆轟…ちなみに、子供は男の子がいいです。可愛らしいお顔してるけど、やんちゃだといいな。
長々と失礼しました。
いつか書きたい…!
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donut-st · 5 years
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あなたにだけは忘れてほしくなかった
 アメリカ合衆国、ニューヨーク州、マンハッタン、ニューヨーク市警��部庁舎。  上級職員用のオフィスで資料を眺めていた安藤文彦警視正は顔をしかめた。彼は中年の日系アメリカ人である。頑なに日本名を固持しているのは血族主義の強かった祖父の影響だ。厳格な祖父は孫に米国風の名乗りを許さなかったためである。祖父の信念によって子供時代の文彦はいくばくかの苦労を強いられた。  通常、彼は『ジャック』と呼ばれているが、その由来を知る者は少ない。自らも話したがらなかった。  文彦は暴力を伴う場合の少ない知的犯罪、いわゆるホワイトカラー犯罪を除く、重大犯罪を扱う部署を横断的に統括している。最近、彼を悩ませているのは、ある種の雑音であった。  現在は文彦が犯罪現場へ出る機会はないに等しい。彼の主たる業務は外部機関を含む各部署の調整および、統計分析を基として行う未解決事件への再検証の試みであった。文彦の懸念は発見場所も年代も異なる数件の行方不明者の奇妙な類似である。類似といっても文彦の勘働きに過ぎず、共通項目を特定できているわけではなかった。ただ彼は何か得体の知れない事柄が進行している気配のようなものを感じ取っていたのである。  そして、彼にはもうひとつ、プライベートな懸念事項があった。十六才になる姪の安藤ヒナタだ。
 その日は朝から快晴、空気は乾いていた。夏も最中の日差しは肌を刺すようだが、日陰に入ると寒いほどである。自宅のダイニングルームでアイスティーを口にしながら安藤ヒナタは決心した。今日という日にすべてをやり遂げ、この世界から逃げ出す。素晴らしい考えだと思い、ヒナタは微笑んだ。  高校という場所は格差社会の縮図であり、マッチョイズムの巣窟でもある。ヒナタは入学早々、この猿山から滑り落ちた。見えない壁が張り巡らされる。彼女はクラスメイトの集う教室の中で完全に孤立した。  原因は何だっただろうか。ヒナタのスクールバッグやスニーカーは他の生徒よりも目立っていたかもしれない。アジア系の容姿は、彼らの目に異質と映ったのかも知れなかった。  夏休みの前日、ヒナタは階段の中途から突き飛ばされる。肩と背中を押され、気が付いた時には一階の踊り場に強か膝を打ちつけていた。 「大丈夫?」  声だけかけて去っていく背中を呆然と見送る。ヒナタは教室に戻り、そのまま帰宅した。  擦過傷と打撲の痕跡が残る膝と掌は、まだ痛む。だが、傷口は赤黒く乾燥して皮膚は修復を開始していた。もともと大した傷ではない。昨夜、伯父夫婦と夕食をともにした際もヒナタは伯母の得意料理であるポークチョップを食べ、三人で和やかに過ごした。  高校でのいざこざを話して何になるだろう。ヒナタは飲み終えたグラスを食洗器に放り込み、自室へ引っ込んだ。
 ヒナタの母親はシングルマザーである。出産の苦難に耐え切れず、息を引き取った。子供に恵まれなかった伯父と伯母はヒナタを養子に迎え、経済的な負担をものともせず、彼女を大学に行かせるつもりでいる。それを思うと申し訳ない限りだが、これから続くであろう高校の三年間はヒナタにとって永遠に等しかった。  クローゼットから衣服を抜き出して並べる。死装束だ。慎重に選ぶ必要がある。等身大の鏡の前で次々と試着した。ワンピースの裾に払われ、細々としたものがサイドボードから床に散らばる。悪態を吐きながら拾い集めていたヒナタの手が止まった。横倒しになった木製の箱を掌で包む。母親の僅かな遺品の中からヒナタが選んだオルゴールだった。  最初から壊れていたから、金属の筒の突起が奏でていた曲は見当もつかない。ヒナタはオルゴールの底を外した。数枚の便箋と写真が納まっている。写真には白のワイシャツにスラックス姿の青年と紺色のワンピースを着た母親が映っていた。便箋の筆跡は美しい。『ブライアン・オブライエン』の署名と日付、母親の妊娠の原因が自分にあるのではないかという懸念と母親と子供に対する執着の意思が明確に示されていた。手紙にある日付と母親がヒナタを妊娠していた時期は一致している。  なぜ母は父を斥けたのだろうか。それとも、この男は父ではないのか。ヒナタは苛立ち、写真の青年を睨んだ。  中学へ進み、スマートフォンを与えられたヒナタは男の氏名を検索する。同姓同名の並ぶ中、フェイスブックに該当する人物を見つけた。彼は現在、大学の教職に就いており、専門分野は精神病理学とある。多数の論文、著作を世に送り出していた。  ヒナタは図書館の書棚から彼の書籍を片っ端から抜き出す。だが、学術書を読むには基礎教養が必要だ。思想、哲学、近代史、統計を理解するための数学を公共の知の宮殿が彼女に提供する。  ヒナタは支度を終え、バスルームの洗面台にある戸棚を開いた。医薬品のプラスチックケースが乱立している。その中から伯母の抗うつ剤の蓋を掴み、容器を傾けて錠剤を掌に滑り出させた。口へ放り込み、ペットボトルの水を飲み込む。栄養補助剤を抗うつ剤の容器に補充してから戸棚へ戻した。  今日一日、いや数時間でもいい。ヒナタは最高の自分でいたかった。
 ロングアイランドの住宅地にブライアン・オブライエンの邸宅は存在していた。富裕層の住居が集中している地域の常であるが、ヒナタは脇を殊更ゆっくりと走行している警察車両をやり過ごす。監視カメラの装備された鉄柵の門の前に佇んだ。  呼び鈴を押そうかと迷っていたヒナタの耳に唸り声が響く。見れば、門を挟んで体長一メータ弱のドーベルマンと対峙していた。今にも飛び掛かってきそうな勢いである。ヒナタは思わず背後へ退いた。 「ケンダル!」  奥から出てきた男の声を聞いた途端、犬は唸るのを止める。スーツを着た男の顔はブライアン・オブライエン、その人だった。 「サインしてください!」  鞄から取り出した彼の著作を抱え、ヒナタは精一杯の声を張り上げる。 「いいけど。これ、父さんの本だよね?」  男は門を開錠し、ヒナタを邸内に招き入れた。
 男はキーラン・オブライエン、ブライアンの息子だと名乗った。彼の容姿は写真の青年と似通っている。従って現在、五十がらみのブライアンであるはずがなかった。ヒナタは自らの不明を恥じる。 「すみません」  スペイン人の使用人が運んできた陶磁器のコーヒーカップを持ち上げながらヒナタはキーランに詫びた。 「これを飲んだら帰るから」  広大な居間に知らない男と二人きりで座している事実に気が滅入る。その上、父親のブライアンは留守だと言うのであるから、もうこの家に用はなかった。 「どうして?」 「だって、出かけるところだよね?」  ヒナタはキーランのスーツを訝し気に見やる。 「別にかまわない。どうせ時間通りに来たことなんかないんだ」  キーランは初対面のヒナタを無遠慮に眺めていた。苛立ち始めたヒナタもキーランを見据える。  ヒナタはおよそコンプレックスとは無縁のキーランの容姿と態度から彼のパーソナリティを分析した。まず、彼は他者に対してまったく物怖じしない。これほど自分に自信があれば、他者に無関心であるのが普通だ。にも拘らず、ヒナタに関心を寄せているのは、何故か。  ヒナタは醜い女ではないが、これと取り上げるような魅力を持っているわけでもなかった。では、彼は何を見ているのか。若くて容姿に恵まれた人間が夢中になるもの、それは自分自身だ。おそらくキーランは他者の称賛の念を反射として受け取り、自己を満足させているに違いない。 「私を見ても無駄。本質なんかないから」  瞬きしてキーランは首を傾げた。 「俺に実存主義の講義を?」 「思想はニーチェから入ってるけど、そうじゃなくて事実を言ってる。あなたみたいに自己愛の強いタイプにとって他者は鏡でしかない。覗き込んでも自分が見えるだけ。光の反射があるだけ」  キーランは吹き出す。 「自己愛? そうか。父さんのファンなのを忘れてたよ。俺を精神分析してるのか」  笑いの納まらないキーランの足元へドーベルマンが寄ってくる。 「ケンダル。彼女を覚えるんだ。もう吠えたり、唸ったりすることは許さない」  キーランの指示に従い、ケンダルはヒナタのほうへ近づいてきた。断耳されたドーベルマンの風貌は鋭い。ヒナタは大型犬を間近にして体が強張ってしまった。 「大丈夫。掌の匂いを嗅がせて。きみが苛立つとケンダルも緊張する」  深呼吸してヒナタはケンダルに手を差し出す。ケンダルは礼儀正しくヒナタの掌を嗅いでいた。落ち着いてみれば、大きいだけで犬は犬である。  ヒナタはケンダルの耳の後ろから背中をゆっくりと撫でた。やはりケンダルはおとなしくしている。門前で威嚇していた犬とは思えないほど従順だ。 「これは?」  いつの間にか傍に立っていたキーランがヒナタの手を取る。擦過傷と打撲で変色した掌を見ていた。 「別に」 「こっちは? 誰にやられた?」  キーランは、手を引っ込めたヒナタのワンピースの裾を摘まんで持ち上げる。まるでテーブルクロスでもめくる仕草だ。ヒナタの膝を彩っている緑色の痣と赤黒く凝固した血液の層が露わになる。ヒナタは青褪めた。他人の家の居間に男と二人きりでいるという恐怖に舌が凍りつく。 「もしきみが『仕返ししろ』と命じてくれたら俺は、どんな人間でも這いつくばらせる。生まれてきたことを後悔させる」  キーランの顔に浮かんでいたのは怒りだった。琥珀色の瞳の縁が金色に輝いている。落日の太陽のようだ。息を吸い込む余裕を得たヒナタは掠れた声で言葉を返す。 「『悪事を行われた者は悪事で復讐する』わけ?」 「オーデン? 詩を読むの?」  依然として表情は硬かったが、キーランの顔から怒りは消えていた。 「うん。伯父さんが誕生日にくれた」  キーランはヒナタのすぐ隣に腰を下ろす。しかし、ヒナタは咎めなかった。 「復讐っていけないことだよ。伯父さんは普通の人がそんなことをしなくていいように法律や警察があるんだって言ってた」  W・H・オーデンの『一九三九年九月一日』はナチスドイツによるポーランド侵攻を告発した詩である。他国の争乱と無関心を決め込む周囲の人々に対する憤りをうたったものであり、彼の詩は言葉によるゲルニカだ。 「だが、オーデンは、こうも言ってる。『我々は愛し合うか死ぬかだ』」  呼び出し音が響き、キーランは懐からスマートフォンを取り出す。 「違う。まだ家だけど」  電話の相手に生返事していた。 「それより、余分に席を取れない? 紹介したい人がいるから」  ヒナタはキーランを窺う。 「うん、お願い」  通話を切ったキーランはヒナタに笑いかけた。 「出よう。父さんが待ってる」  戸惑っているヒナタの肩を抱いて立たせる。振り払おうとした時には既にキーランの手は離れていた。
 キーラン・オブライエンには様々な特質がある。体格に恵まれた容姿、優れた知性、外科医としての将来を嘱望されていること等々、枚挙に暇がなかった。だが、それらは些末に過ぎない。キーランを形作っている最も重要な性質は彼の殺人衝動だ。  この傾向は幼い頃からキーランの行動に顕著に表れている。小動物の殺害と解剖に始まり、次第に大型動物の狩猟に手を染めるが、それでは彼の欲求は収まらなかった。  対象が人間でなければならなかったからだ。  キーランの傾向にいち早く気付いていたブライアン・オブライエンは彼を教唆した。具体的には犯行対象を『悪』に限定したのである。ブライアンは『善を為せ』とキーランに囁いた。彼の衝動を沈め、社会から悪を排除する。福祉の一環であると説いたのだ。これに従い、彼は日々、使命を果たしてる。人体の生体解剖によって嗜好を満たし、善を為していた。 「どこに行くの?」  ヒナタの質問には答えず、キーランはタクシーの運転手にホテルの名前を告げる。 「行けないよ!」 「どうして?」  ヒナタはお気に入りではあるが、量販店のワンピースを指差した。 「よく似合ってる。綺麗だよ」  高価なスーツにネクタイ、カフスまでつけた優男に言われたくない。話しても無駄だと悟り、ヒナタはキーランを睨むに留めた。考えてみれば、ブライアン・オブライエンへの面会こそ重要課題である。一流ホテルの従業員の悪癖であるところの客を値踏みする流儀について今は不問に付そうと決めた。 「本当にお父さんに似てるよね?」 「俺? でも、血は繋がってない。養子だよ」  キーランの答えにヒナタは目を丸くする。 「嘘だ。そっくりじゃない」 「DNAは違う」 「そんなのネットになかったけど」  ヒナタはスマートフォンを鞄から取り出した。 「公表はしてない」 「じゃあ、なんで話したの?」 「きみと仲良くなりたいから」  開いた口が塞がらない。 「冗談?」 「信じないのか。参ったな。それなら、向こうで父さんに確かめればいい」  キーランはシートに背中を預け、目を閉じた。 「少し眠る。着いたら教えて」  本当に寝息を立てている。ヒナタはスマートフォンに目を落とした。
 ヒナタは肩に触れられて目を覚ました。 「着いたよ」  ヒナタの背中に手を当てキーランは彼女を車から連れ出した。フロントを抜け、エレベーターへ乗り込む。レストランに入っても警備が追いかけてこないところを見ると売春婦だとは思われていないようだ。ヒナタは脳内のホテル番付に星をつける。 「女性とは思わなかった。これは、うれしい驚きだ」  テラスを占有していたブライアン・オブライエンは立ち上がってヒナタを迎えた。写真では茶色だった髪は退色し、白髪混じりである。オールバックに整えているだけで染色はしていなかった。三つ揃いのスーツにネクタイ、機械式の腕時計には一財産が注ぎ込まれているだろう。デスクワークが主体にしては硬そうな指に結婚指輪が光っていたが、彼の持ち物とは思えないほど粗雑な造りだ。アッパークラスの体現のような男が配偶者となる相手に贈る品として相応しくない。 「はじめまして」  自分の声に安堵しながらヒナタは席に着いた。 「彼女は父さんのファンなんだ」  ヒナタは慌てて鞄から本を取り出す。 「サインしてください」  本を受け取ったブライアンは微笑んだ。 「喜んで。では、お名前を伺えるかな?」 「安藤ヒナタです」  老眼鏡を懐から抜いたブライアンはヒナタに顔を向ける。 「スペルは?」  答える間もブライアンはヒナタに目を据えたままだ。灰青色の瞳は、それが当然だとでも言うように遠慮がない。血の繋がりがどうであれ、ブライアンとキーランはそっくりだとヒナタは思った。  ようやく本に目を落とし、ブライアンは結婚指輪の嵌った左手で万年筆を滑らせる。 「これでいいかな?」  続いてブライア���は『ヒナタ』と口にした。ヒナタは父親の声が自分の名前を呼んだのだと思う。その事実に打ちのめされた。涙があふれ出し、どうすることもできない。声を上げて泣き出した。だが、それだけではヒナタの気は済まない。二人の前に日頃の鬱憤を洗いざらい吐き出していた。 「かわいそうに。こんなに若い女性が涙を流すほど人生は過酷なのか」  ブライアンは嘆く。驚いたウェイターが近付いてくるのをキーランが手を振って追い払った。ブライアンは席を立ち、ヒナタの背中をさする。イニシャルの縫い取られたリネンのハンカチを差し出した。 「トイレ」  宣言してヒナタはテラスを出ていく。 「おそらくだが、向精神薬の副作用だな」  父親の言葉にキーランは頷いた。 「彼女。大丈夫?」 「服用量による。まあ、あれだけ泣いてトイレだ。ほとんどが体外に排出されているだろう」 「でも、攻撃的で独善的なのは薬のせいじゃない」  ブライアンはテーブルに落ちていたヒナタの髪を払い除ける。 「もちろんだ。彼女の気質だよ。しかし、同じ学校の生徒が気の毒になる。家畜の群れに肉食獣が紛れ込んでみろ。彼らが騒ぐのは当然だ」  呆れた仕草でブライアンは頭を振った。 「ルアンとファンバーを呼びなさい。牧羊犬が必要だ。家畜を黙らせる。だが、友情は必要ない。ヒナタの孤立は、こ��ままでいい。彼女と親しくなりたい」 「わかった。俺は?」 「おまえの出番は、まだだ。キーラン」  キーランは暮れ始めている空に目をやる。 「ここ。誰の紹介?」 「アルバート・ソッチ。デザートが絶品だと言ってた。最近、パテシエが変わったらしい」 「警察委員の? 食事は?」  ブライアンも時計のクリスタルガラスを覗いた。 「何も言ってなかったな」  戻ってきたヒナタの姿を見つけたキーランはウェイターに向かい指示を出す。 「じゃあ、試す必要はないね。デザートだけでいい」  ブライアンは頷いた。
「ハンカチは洗って返すから」  ヒナタとキーランは庁舎の並ぶ官庁街を歩いていた。 「捨てれば? 父さんは気にしない」  面喰ったヒナタはキーランを窺う。ヒナタは自分の失態について思うところがないわけではなかった。ブライアンとキーランに愛想をつかされても文句は言えない。二人の前で吐瀉したも同じだからだ。言い訳はできない。だが、ヒナタは、まだ目的を果たしていないのだ。  ブライアン・オブライエンの実子だと確認できない状態では自死できない。 「それより、これ」  キーランはヒナタの手を取り、掌に鍵を載せた。 「何?」 「家の鍵。父さんも俺もきみのことを家族だと思ってる。いつでも遊びに来ていいよ」  瞬きしているヒナタにキーランは言葉を続ける。 「休暇の間は俺がいるから。もし俺も父さんもいなかったとしてもケンダルが 相手をしてくれる」 「本当? 散歩させてもいい? でも、ケンダルは素気なかったな。私のこと好きじゃないかも」 「俺がいたから遠慮してたんだ。二人きりの時は、もっと親密だ」  ヒナタは吹き出した。 「犬なのに二人?」 「ケンダルも家族だ。俺にとっては」  相変わらずキーランはヒナタを見ている。ヒナタは眉を吊り上げた。 「言ったよね? 何もないって」 「違う。俺はきみを見てる。ヒナタ」  街灯の光がキーランの瞳に映っている。 「だったら、私の味方をしてくれる? さっき家族って言ってたよね?」 「言った」 「でも、あなたはブライアンに逆らえるの? 兄さん」  キーランは驚いた顔になった。 「きみは、まるでガラガラヘビだ」  さきほどの鍵をヒナタはキーランの目の前で振る。 「私が持ってていいの? エデンの園に忍び込もうとしている蛇かもしれない」 「かまわない。だけど、あそこに知恵の実があるかな? もしあるとしたら、きみと食べたい」 「蛇とイブ。一人二役だね」   ヒナタは入り口がゲートになったアパートを指差した。 「ここが私の家。さよならのキスをすべきかな?」 「ヒナタのしたいことを」  二人は互いの体に手を回す。キスを交わした。
 官庁街の市警本部庁舎では安藤文彦が部下から報告を受けていた。 「ブライアン・オブライエン?」  クリスティナ・ヨンぺルト・黒田は文彦が警部補として現場指揮を行っていた時分からの部下である。移民だったスペイン人の父親と日系アメリカ人の母親という出自を持っていた。 「警察委員のアルバート・ソッチの推薦だから本部長も乗り気みたい」  文彦はクリスティナの持ってきた資料に目をやる。 「警察委員の肝入りなら従う他ないな」  ブライアン・オブライエン教授の専門は精神病理学であるが、応用心理学、主に犯罪心理学に造詣が深く、いくつかの論文は文彦も読んだ覚えがあった。 「どうせ書類にサインさせるだけだし誰でもかまわない?」 「そういう認識は表に出すな。象牙の塔の住人だ。無暗に彼のプライドを刺激しないでくれ」  クリスティナは肩をすくめる。 「新任されたばかりで本部長は大張り切り。大丈夫。失礼なのは私だけ。他の部下はアッパークラスのハウスワイフよりも上品だから。どんな男でも、その気にさせる」 「クリスティナ」  軽口を咎めた文彦にクリスティナは吹き出した。 「その筆頭があなた、警視正ですよ、ジャック。マナースクールを出たてのお嬢さんみたい。財政の健全化をアピールするために部署の切り捨てを行うのが普通なのに新しくチームを立ち上げさせた。本部長をどうやって口説き落としたの?」 「きみは信じないだろうが、向こうから話があった。私も驚いている。本部長は現場の改革に熱意を持って取り組んでいるんだろう」 「熱意のお陰で予算が下りた。有効活用しないと」  文彦は顔を引き締めた。 「浮かれている場合じゃないぞ。これから、きみには負担をかけることになる。私は現場では、ほとんど動けない。走れないし、射撃も覚束ない」  右足の膝を文彦が叩く。あれ以来、まともに動かない足だ。 「射撃のスコアは基準をクリアしていたようだけど?」 「訓練場と現場は違う。即応できない」  あの時、夜の森の闇の中、懐中電灯の光だけが行く手を照らしていた。何かにぶつかり、懐中電灯を落とした瞬間、右手の動脈を切り裂かれる。痛みに耐え切れず、銃が手から滑り落ちた。正確で緻密なナイフの軌跡、相手はおそらく暗視ゴーグルを使用していたのだろう。流れる血を止めようと文彦は左手で手首を圧迫した。馬乗りになってきた相手のナイフが腹に差し込まれる感触と、その後に襲ってきた苦痛を表す言葉を文彦は知らない。相手はナイフを刺したまま刃の方向を変え、文彦の腹を横に薙いだ。  当時、『切り裂き魔』と呼ばれていた殺人者は、わざわざ文彦を国道まで引きずる。彼の頬を叩いて正気づかせた後、スマートフォンを顔の脇に据えた。画面にメッセージがタイピングされている。 「きみは悪党ではない。間違えた」  俯せに倒れている文彦の頭を右手で押さえつけ、男はスマートフォンを懐に納める。その時、一瞬だけ男の指に光が見えたが、結婚指輪だとわかったのは、ずいぶん経ってからである。道路に文彦を放置して男は姿を消した。  どうして、あの場所は、あんなに暗かったのだろうか。  文彦は事ある毎に思い返した。彼の足に不具合が生じたのは、ひとえに己の過信の結果に他ならない。ジャックと文彦を最初に名付けた妻の気持ちを彼は無にした。世界で最も有名な殺人者の名で夫を呼ぶことで凶悪犯を追跡する文彦に自戒するよう警告したのである。  姪のヒナタに贈った詩集は自分自身への諌言でもあると文彦は思った。法の正義を掲げ、司法を体現してきた彼が復讐に手を染めることは許されない。犯罪者は正式な手続きを以って裁きの場に引きずり出されるべきだ。 「ジャック。あなたは事件を俯瞰して分析していればいい。身長六フィートの制服警官を顎で使う仕事は私がやる。ただひとつだけ言わせて。本部長にはフェンタニルの使用を黙っていたほうがいいと思う。たぶん良い顔はしない」  フェンタニルは、文彦が痛み止めに使用している薬用モルヒネである。 「お帰りなさい、ジャック」  クリスティナが背筋を正して敬礼する。文彦は答礼を返した。
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bontebok0 · 2 years
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#Repost @yamamoto_taro_reiwa • • • • • • [ただ居てるだけでいい]⁡ ⁡⁡ ⁡誰にとっても居場所、⁡ ⁡何かしなきゃ許されないという場所ではなく、⁡ ⁡ただ居ているだけで、喋りたくなかったら喋らなくていいし。⁡ 何かしらね、繋がりがまず持てるっていうようなところを多く増やしていくっていうのが今の社会ね、壊れた社会の中で必要なんじゃないかなと思います。⁡ ⁡⁡ ⁡#れいわ新選組 #山本太郎 #参議院選挙 #参議院選挙2022 #参院選 #参院選2022 #東京選挙区は山本太郎 #こうなったらコイツらしかいない #比例はれいわ #東京 #インボイス #グリーンニューディール #ガソリン税 #高齢者 #障がい者 #ロスジェネ #生活保護 #福祉 #新型コロナウイルス #貧困 #シングルマザー #消費税 #奨学金 #災害 #猫 #犬 #派遣 #介護 https://www.instagram.com/p/CfjTvLmLHaF/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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masucaffe · 2 years
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2022.6.4 アフリカンプリントって日本には無い色使いや柄が素敵。なんだか元気をいただけます。気に入った色使いのポーチを見つけたらちょうどコラボ企画の商品でした。 〝世界の女性の活躍を願う ドネーションギフトセット〟本日、届きました。化粧品とポーチのセットで寄付付き。ウガンダの10代のシングルマザーへの支援に使われます。良い品に巡り会うことができました。これからが楽しみです。好みのモノが支援に繋がる...できることから少しずつ〝皆が心地よく生きていけるように〟という事を意識して。 今夜の珈琲時間のお供は届いたお品や冊子。 現在、お隣り石川県金沢の香林坊大和で〝RICCI EVERYDAY〟のポップアップストアが開かれているので期間中に行きたいと思っています。お洋服が気��なって仕方ないのですが、かなり���ッチャリ&おチビなので通販では選びにくいと感じていたところでした。良い出会いがあるかも。 いつの日か富山で開催されるアフリカンフェスタの企画から〝RICCI EVERYDAY〟 @riccieveryday に出会いました。創業者の考え方にも触れられるインスタライブも見ています。今夜も家事をしながら見てから寝ます。 #アフリカンプリント#riccieveryday #lactoferrinlab#お肌のお手入れ#いつもよりハリがあるかも#whiteribbon#coffeelovers#アフリカンプリントコースター#珈琲時間 https://www.instagram.com/p/CeWRQWHpg5V/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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