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#両眼の度数が違うと疲れる
kinemekoudon · 1 year
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【11話】 大麻所持で起訴されたくなかったので、裁判官や刑事に黙秘しておいたときのレポ 【大麻取り締まられレポ】
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――逮捕から3日目。例によって、6時半に留置官の「起床―!」という大声で目を覚ました後、掃除やら片付けやらのルーティーンをこなし、朝食をとり、運動場で日光浴を済ますと、すぐに留置官から「5番、移送」と声がかかる。
今日は勾留質問というイベントがあることをあらかじめ伝えられていたので、手錠と腰縄をかけられると、昨日に引き続きワゴン車に乗せられ、両隣に留置官が座った。
勾留質問とは、地裁の裁判官が被疑者の言い分を聞いて、勾留の必要性があるかを検討し、勾留を認可するか却下するかを決定するというイベントなのだが、弁護士曰く、薬物事犯は確実に拘留が決定するらしいので、裁判官が“検討する”フリをして、拘留認可の通知を出すという作業に、形式上付き合わされるだけなのである。
※ちなみに、令和3年「犯罪白書」によると、大麻取締法違反の勾留決定率は約99.8%です(勾留却下率0.2%)。また、否認や黙秘をした場合、ほぼ確実に20日間(“勾留の”最長期間)拘留され、弁護士以外の全ての人と面会ができなくなるという“接見禁止”がつきます。
ワゴン車が地裁の地下駐車場に着くと、地下の入口から、50人くらいが一堂に集められた広間に連れて行かれ、地裁での規則を説明されたのち、2畳ほどの待合室に入れられる。その待合室の中は、片側に硬い木のベンチと奥に便器が剥き出しで置いてあるだけの殺風景な部屋で、必要十分な機能を備えた裁判所らしい待合室だと思った。
1人の留置官が僕と一緒に待合室に入り、もう1人は待合室の外で待機していた。最初は裁判所の規則通り静かにしていたが、10分もすると退屈に耐えきれなくなり、僕は留置官と世間話を始めた。
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その留置官は、珍しくヘラヘラとした顔つきをしている柔和な印象の男で、身の上話を聞くと、元々モデルガンを収集していたガンマニアで、モデルガン好きが高じて、拳銃を所持できるからという幼稚な動機で警察になったという馬鹿げた人間だった。
そいつは最近結婚したそうなのだが、嫁が真面目で性格が厳しいらしく、モデルガンのほとんどを捨てられたそうだが、何十万円もする高価なモデルガンだけは、同棲開始前に嫁にバレないよう押し入れに隠しておいたので捨てられずに済んだという話を得意げにしていた。
やがて、ようやく呼び出しがかかり、裁判官の待つ小部屋に連れていかれる。待機の時間は朝から夕方まで続いていたが、その留置官と雑談していたおかげで、地検の待ち時間より長かったにもかかわらず、待ち時間を短く感じることができたので幸いだった。
裁判官の待つ小部屋では、対面に机を介して阿佐ヶ谷姉妹風のおばさん裁判官、その隣に書記官が座っており、おばさん裁判官は見るからにこの業務を面倒くさく思っていそうな、やる気のない面構えをしていた。
おばさん裁判官は、黙秘権の説明と本人確認のための人定質問をしてから、勾留請求書に書かれている被疑事実を読み、「何か言いたいことはありますか?」と僕に尋ね、僕が「黙秘します」と答えると、「それでは、逃亡・証拠隠滅の恐れがあるので、10日間の拘留を認め、接見を禁じます」と告知し、僕が「はい」と応えると、勾留質問はこれにて終了となった。
僕の陳述を親身に聞くフリすらしないおばさん裁判官の無機質な対応に、僕は少し不快に思ったが、どのみち拘留になるわけだし、早く終わるに越したことはなかったので、流れ作業をしてくれてありがたいと思うことにした。
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そうして、勾留質問が終わると、再び待合室で数十分待機させられた後、駐車場に駐めてあるワゴン車に連れ戻され、同行の警官の一人が裁判所から拘留決定通知書を貰ってくるまで、1時間ほど待機させられた。
それから1時間ほどかけて署まで戻り、留置場の居室に戻る頃には、19時位になっており、夕食の時間からだいぶ遅れて食事をとることになった。
ガンマニアの留置官と喋って退屈を紛らわせていたとはいえ、長時間手錠をかけられ、座らされていることにかなりカロリーを消費していたので、弁当一つでは満足できなかった。
食後、ニューヨークの嶋佐似の留置官が「5番、これ接見禁止の通知書」と言って、一枚の紙を鉄格子越しに渡してきて、「もし抗告するなら…」と言ってきたので、食い気味に「大丈夫です」と言って紙を受け取った。
暇つぶしに接見禁止の通知書をしばらく眺めていると、裁判所のババアの顔が浮かんできて、今になって腹が立ってきたので、紙をくしゃくしゃに丸めて壁に向かって思いっきり投げ、嶋佐に怒られるまでしばらく壁当てをしていた。
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――逮捕から4日目。朝の9時半頃、朝食を食べ終え、再度寝ていると、嶋佐が「5番、取調べ」とだけ無機質に言うので、寝ぼけまなこで立ち上がり、鉄格子の前に立つ。
留置官に連れられ、留置場の出入り口前に着くと、壁に両手のシルエットマーク、その下の床に両足のシルエットマークが印された場所があり、そのマークの上に立ち、手をつくように指示をされる。
壁に手をつき、直立する僕の身体を留置官が上からまさぐり、便所サンダルを脱がされ、足の裏まで確認されると、壁を向いた状態で手錠をかけられる。未だに手錠をかけられると、警察モノの映画でも撮影しているのかと錯覚するくらい、他人事のように思えてしまう。
手錠をかけられた後、嶋佐が腰縄を巻き付けてキツく縛ってきたので、「ちょっとキツいです」と申し出ると、「キツくしないといけないんだよ」などとラチのあかないことを言ってきたので、「昨日はこんなにキツくなかったんですけど」などとゴネると、隣にいたガンマニアの留置官が「取調室に行くまでの間だけだからさ。我慢してよ」と柔和になだめてきたので、僕はガンマニアに免じて大人しく従った。
場内から出ると、廊下には前に取調べをしてきた女刑事を含む3人の刑事が立っていて、女刑事を先導に、2人の刑事が腰縄を握って、僕の後ろにつく形で階段を上る。
ひとつ上の階へ上がると、「薬物乱用やめよう」とか「ダメゼッタイ」だのと書かれているバカデカいポスターが間隔なしにびっしりと壁に貼られている廊下を進み、刑事課の横を通った先にある取調室に入る。
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取調室のパイプ椅子に座ると、手錠と腰縄を外され、外した腰縄でパイプ椅子に腰のあたりくくりつけられ、女刑事が湯飲みに入った熱い茶を持ってきて、「それじゃあ取調べ始めるね」などと優しい口調で言い、対面のパイプ椅子に腰掛ける。
女刑事は、じゃりン子チエみたいな顔をして、表面上は男勝りに気丈に振る舞っていたが、口調や表情からは女性的な献身性が感じられた。
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女刑事は、取調べの前に黙秘権について説明をしてきたので、僕はすかさず「事件については黙秘します」と言い、「雑談でしたらしてもいいですよ」と付け加える。
すると女刑事は急に真剣な眼差しになり、「どうして?」と聞いてくる。僕は、前に弁護士に「なんで黙秘するのか聞かれたら、“怖い弁護士に黙秘でいいと言われた”とでも言っておけばいい」と言われたのを思い出し、そのままその台詞を言っておく。
女刑事は「あなたの人生に関わることなんだから、弁護士のいいなりになるんじゃなくて…」うんぬんかんぬんと言ってきたが、僕は「でも黙秘しないと弁護士に怒られるので嫌です」などと幼稚な返答をして、テキトーにあしらっておいた。
刑事調べは、僕が黙秘権を行使したため、事件とは関係のない雑談をすることになった。女刑事は僕が出身した中学校の隣の中学校に通っていたらしく、色々と共通点が多かったので、割と会話が弾んだ。
昼食の時間になり、一旦休憩ということで、留置場の居室に戻される。昼食はいつも、コッペパン2本、小さい包装に入ったジャムとマーガリンに、チョコレートペーストかピーナッツバターが各1個、小さい容器に入った2口3口で食べ終わる惣菜、果物系の味の小さい紙パックジュースかカルアップなのだが、今日は日曜なので昨日購入した自弁もついてきた。
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自弁とは、自費で購入する弁当(お菓子や飲み物も含む)のことで、日曜の昼食はお菓子と飲み物を頼めることになっていたので、この日は小さい紙パックのコーヒー90円と、どら焼き150円を頼んでいた。
どら焼きは別に美味しくもなんとも思わなかったが、コーヒーはとても美味しく感じた。僕は毎日3杯はコーヒーを飲んでいたので、4日ぶりに飲むコーヒーの苦みは舌中に染み渡ったし、何よりカフェインが効いてきて、珍しく覚醒作用をしっかりと実感できた。
昼食後、玉音放送みたいなノイズ感のニュース音声がスピーカーから流れ、それから10分ほど日本の歌が流れる。この日は福山雅治の「家族になろうよ」とかいうしょうもない歌がループでかかっていた。
それからすぐに招集がかかり、例によって手錠をかけられ、取調室に連れて行かれる。女刑事は「まだ話してくれないかな?」などと物寂しそうな風を装って聞いてきたが、僕は「無理ですね。でも、留置場に戻っても退屈なので、雑談してくれると嬉しいです」と正直に応えた。
女刑事は聞き上手だったし、僕はカフェインを摂って多弁になっていたので、それから3時間半ほど、事件に無関係な戯れ言をほとんど一方的にベラベラと喋り続けた。
「ブラジルの刑務所は半年に一度女を連れ込んでSEXができるらしい」とか「ノルウェーの刑務所はスタジオがあってギターを弾けるらしい」とか、「日本の刑務所は娯楽の重要性を軽視していて人権侵害だ」みたいなことを言っていた気がする。
夕方頃、女刑事は少し疲弊した表情で「じゃあ、今日はこのへんで…」と話を切り上げて、「調書を取らなかった」と記載された調書に僕の指印を押させた。文言に問題はなさそうだったので指印を押しておいたが、別に押さなくてもよかった。
女刑事相手に一方的に喋り散らかすという行為でストレスを発散できたようで、僕は非常に愉快な気分で取調室を後にし、留置場の居室に戻っていった。
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つづく
この物語はフィクションです。また、あらゆる薬物犯罪の防止・軽減を目的としています( ΦωΦ )
#フィクション#エッセイ#大麻#大麻取り締まられレポ
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undeadlovers-m · 3 months
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松居大悟監督最新作のタイトルは『不死身ラヴァーズ』!!
キャストに見上愛、映画単独初主演 運命の相手役に佐藤寛太
この度、ポニーキャニオン配給にて、5月10日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開される『ちょっと思い出しただけ』松居大悟監督最新作のラブストーリーのタイトルが『不死身ラヴァーズ』と解禁‼併せて、本作で見上愛が映画単独初主演を飾り、主人公が想いを寄せる相手を佐藤寛太が務めることが発表となりました。そして、ティザービジュアル、キャスト両名と松居監督、原作者・高木ユーナ氏からのコメントも到着いたしました。
キャスト解禁!
主人公・りのを演じるのは本作が初の映画単独主演となる見上愛。松居監督が「この人が映画の中に存在してくれたら、自分の思っているところよりも遠くに行ける気がした」と惚れ込んだ見上は、Netflix『幽☆遊☆白書』(23)、大河ドラマ『光る君へ』(24)といった話題作へのオファーが続くだけでなく、キュートでファッショナブルなビジュアルも感度の高い若者からの注目を浴びている。本作では中学時代から大学時代までを溌溂と演じ、唯一無二の透明感とパワフルさを兼ね備えた存在感で観客を惹きつける。見上は「りのの真っ直ぐで屈託のない"好き"という気持ちが、目の前のじゅんくんに、そして観てくださる方々に伝わるように、がむしゃらに生き抜いた撮影期間でした。わたし自身も、りのというキャラクターやこの作品自体に救われた部分があります」と、撮影時を振り返る。 りのの運命の相手・甲野じゅんを演じるのは、劇団EXILEに所属し、『HiGH&LOW』シリーズをはじめ、数々の作品でキャリアを積んだ佐藤寛太。近年では、『軍艦少年』(21)、『正欲』(23)での演技で俳優としての実力を確実なものとしている。さらに青木柚、前田敦子、神野三鈴らが脇を固める。
ティザービジュアル
主人公・りのの弾ける笑顔が収められており、運命の相手・甲野じゅんへのまっすぐな想いが込められた「“好き”は無敵。」のキャッチコピーが添えられている。
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両想いになった瞬間にこの世界から忽然と消えてしまう、甲野じゅん。そんな、じゅんを運命の相手と信じて止まない主人公・長谷部りの。なぜ、彼は消えてしまうのか?そして、なぜ、時を経て姿を変え、何度もりのの前に現れ続けるのか――?カッコ悪くても「好き」を真っすぐに伝える大切さと無防備さから生まれる純粋なエネルギーが胸を打つ、「好きという気持ちを全肯定したい」松居監督の想いが結実した新世代の恋愛映画が誕生した。
◎コメント全文
見上愛/長谷部りの役
ずっと観ていて、何度も心動かされた松居大悟監督の作品に出演することが出来て、とても光栄です。
高校生時代、お休みの日はTSUTAYAで松居さんの作品を借りて1日中観ていました!
当時の私が知ったら、気が動転して家中走り回っていたと思います(笑)
りのの真っ直ぐで屈託のない"好き"という気持ちが、目の前のじゅんくんに、そして観てくださる方々に伝わるように、がむしゃらに生き抜いた撮影期間でした。
そしてそのりのを、あたたかい座組の皆さんに見守って頂いた大切な日々でした。
私自身も、りのというキャラクターやこの作品自体に救われた部分があります。
ついつい、器用に上手に生きたくなってしまうけれど、不器用で下手くそでも一生懸命生きていれば万々歳だな、と。好きという気持ちは偉大だし、とんでもないエネルギーを秘めているんだな、と。
なので、ハッピーな方はもちろん、ちょっと最近お疲れの方や、元気不足の方にも届いて欲しい作品です。
是非、公開を楽しみにお待ちください!
佐藤寛太/甲野じゅん役
身体の底からエネルギーが漲って、全能感に脳が酔いしれる。
目に映る全てが美しく、吸い込む空気は幸せに満ちていて、生きてることを全身で実感する。
きっと恋に落ちることは魔法にかけられるということだ。
笑うとパッと華が咲いたように輝く、
長谷部さんのまっすぐな眼差しがとても素敵で、目が離せなくて。
いつもどう接して良いか分からなくて、
でも一緒にいたくて、居心地が良くて。
松居さんがつくる世界が大好きだから、期待に応えたくて。
友達のお兄ちゃんみたいに接しやすいけど、
現場では淡々ともう一回って言うし、
台本を読んでも分からなくて、
現場になっても分からなくて、
何が違うんだろ。大丈夫かな。
なんて思いながらも一緒に仕事ができてるのが、嬉しくて、嬉しくて。
理想と現実の果てしない差を生きる僕たちは、ものすごくダサくて、ありえないほどカッコ悪い。いつだって僕には、分からないことが分かっただけで、
自分と相手との境界線でどこに線をひ���たらいいのか、正解なんて来る日は無いのかもしれない。
最後に全力疾走で会いたい人のもとへ向かったのはいつだろう。
どこまで行っても初心者な僕たちは、みじめに失敗して傷ついて、悔やみきれなくて、それでも立ち上がるしかなくて。
何度でも立ち上がるしかなくて。
エンドロールが終わったとき、思い浮かんだ相手に駆け出したくなる。
初めてこの作品を観た時、未だかつて無いほど恥ずかしくて、言葉が出ませんでした。
僕はこれから先、この映画に救われつづけて何度も立ち上がる手がかりにしたいと思います。
松居大悟/監督・共同脚本
10年近く暗がりにいたのは、このふたりに出会うためだったんだなと思います。 この出会いが明るいところへ連れてってくれました。 そして高木ユーナ先生、お待たせしてしまってすみません。 "りの"と"じゅん"にようやく会えました。 みんなも会ってほしいです。
高木ユーナ/原作
「不死身ラヴァーズを映画にしたい」松居監督にそう言われたのはもう10年以上前になります。 それからずっと…連載が終わっても…松居監督は不死身ラヴァーズの事を大切に考えてくださってました。 私以上に作品を愛してくださっている監督の不死身ラヴァーズ…最高にならないわけがなく、初鑑賞中はあまりの素晴らしさに自分の血が沸騰する音が聞こえました。 10年の月日がかかりましたが、これはこの作品が見上さんと佐藤さんに出会うために必要な月日だったと思います。これ以上のキャスティングは本当にありません。 また映画では原作と男女が逆転しています。元より私の描いた不死身ラヴァーズも性別に拘りはなく、甲野と長谷部が男女、女男、男男、女女、虫になろうが花になろうが魂が二人でさえあれば不死身ラヴァーズなので男女逆転は全く違和感ありませんでした。 この映画でまたこうして甲野と長谷部、そして田中に会えて本当に幸せです。
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nemosynth · 8 days
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NHKスペシャル 山口一郎 “うつ”と生きる~サカナクション 復活への日々~
以下、わたくしごとです。過去の経験談
息をするのも辛い 呼吸しているだけで無限の徒労 毎秒毎秒が25mプール、泳ぎきれない
筋力ない、マッスル使えない 波の浮き沈みとともに浮かぶブイみたいに息遣いとともに上下しながら、筋肉の力ではなく自然な自重の重たさとややもすると沈みかかる自然の浮力だけでのこぎりの歯を上下させてなんとか少しずつ木材を切っていくような、仕事として切るように定められた木材を切っていくような
ただただ息をしているだけ
昔から呂宋助左衛門ごっこというのがあって、激務で疲労困憊してる月曜日の朝、波打ち際に横たわりながら、上陸するでもない海に流されて溺れてしまうでもない、どっちともつかないところを疲れ果てて力もなく寄せては返すひねもす波とともに腕の先っちょとか上下しながら、それでも口開けて半眼で「ぁあぁあぁああああぁあぁぁぁぁぁ」と力無く漂うような漂着したまんまの漂流者気分で居続ける
それがもっと永遠に近い長さで、ずっと息しているだけでも辛くてそれでも惰性でずっと倒れているような生き様というのか、そんな時間、いつ終わるともしれない
極度に強い予期不安もあった 親しい人であろうと来訪者があったり、とにかく予定を組まれるともうダメ、本番恐怖症、予定を万全で果たさなきゃという期待に勝手に自分で押しつぶされてえずいて吐き倒して予定をキャンセルして脱走する、まさに本番恐怖・症 飛び込み出来てくれたほうがまだ火事場の馬鹿力で対処できる、ただし30分くらいまで、それも1日にせいぜいひとつだけ
嬉しいことも辛いことも、プラスマイナス関係なく感情の振れ幅の絶対値に応じてしんどい。再婚できた嬉しさでかえって調子悪くなってしまって、妻が自分のせいなのかと悲しげに怒ってきたこともあった
他にもさまざまにままならない強い拒否に突き動かされること多数
きっかけはパワハラ
もともとカミソリみたいな男だった。触るな危険。やばいやつ
そんな僕だったからこそ記者発表から何からエースプレゼンテーターとして任されていたし、難しい商品とかになると世に出るか出ないか存亡が私の双肩にかかっていたから、僕がなんとかしなければ文字通り世界が変わらないから、これが刺さる人々が僕を僕が発する声を待ってくれていたから、全宇宙が僕を待っていたから、そう思ってた
でもダブルクリックしたら安定してプレゼンを再生してくれる、みたいな扱いでどんどん「え、それやるんですか?」とエスカレートする職務。無理ですと言うと出来る出来ないじゃない、やれ、という話になり、自分もその通りだそれがプロだと思っているからそれに応じて疑問も抱かず、どんなに疑問があってもプロなんだからと自分を鎮圧軍の戦車みたいに圧殺して頭から特攻
だから予期不安、極度の本番恐怖症
ある日、足元が崩落 まさにプレゼンせんとすという瞬間、足元が崩落、必死で椅子を引っ掴んでそこに尻もち、奈落へと引き摺り込まれかかるのを椅子にしがみついてプレゼン開始、それがまさに氷山がごろんとひっくり返った瞬間、まったく裏返ってしまう自分のキャラ、見たこともない知らない自分が顔を出す。 帰宅途上、音楽という音楽が大嫌いに。なんという傲慢、なんと言う自己顕示欲、なんというマウンティング、その塊にしか聞こえない。
医者からもカウンセラーからも不治の病という診断、一生治りません
そもそも最初はきっと物理的な病気に違いないと思って神経科へ受診したけど先生の表情がどんどん怪訝になっていくので「これって精神科ですか?」って聞いたら「そりゃそうでしょう、だって原因が明らかなんだから」と。
で、行った精神科は予約不要だったけど薬を処方するばかり。とはいえ薬で結構楽になったからまだまだ仕事できると思って服用しながらエースプレゼンテーター続行。自分もそうしたかったし、自分がやるしかないんだ自分しかやれるやつがいないんだ、でもなんで結局いっつも俺一人で世界を牽引してんだよなんで俺一人しかいないんだよ
でも2年たってもある一定の線からどうしても浮上せず頭打ち。埒あかないのでセカンドオピニオンを聴きにいったら、薬とカウンセラーとを併用したほうがいいという診察になり、そっちに鞍替え
仕事もいきなり外される、それがまた衝撃。だから職場の給湯室の隅っこでよく目を両手で覆って頭を抱える。息をするのも辛い日々が始まる。
不安障害
行きつ戻りつ、揺り戻しの日々。生きていくのはなんと辛いことかと
一生治らないって言われたのに、結局16年半で治った
還暦のころ寛解できてたらいいね、だったのに、本当に16年半で治った。治った原因は誰にも分からない。人事担当者によると、あれはネモさんだから治ったんだと言う。なんやそれ
徐々に治ったのでもない 最後の1年位かけて急速に浮上してった
そもそもの最初は2、3年かけて急速に悪化。そこから底を這う深海魚みたいに横ばい。時に真っ暗な海溝がぱっくり口を開けてさらに引き摺り込まれてぐんぐん沈没。揺り戻し。あらがいたいけど、あらがうこともできない。電池切れ。生きていくための電池切れ
リハビリがてら地道な仕事していると、仕事を覚えないというので先輩に怒られてさらに沈没 でも私にとって優秀になるということは再び経営陣に叩かれるという恐怖なので、優秀になることを否定しなければ生きていけない
ままならぬ、わがこころをかかえつつ しなやか、したたか、生きてゆきたき
十年近くたったころ、DAWを学んでなんやしらん作品をつくりはじめた。気分を落ち着かせるために写経するみたいな気分。でもそれは静かな生きた証でもあった。なによりもかつてensoniq VFX-SDとRoland VS-1680とで作品を作って以来、すんごく久しぶり。録音してみよう、そのためには今のメソッドとしてDAWを学ぼう、という気になったことそのものが、そもそもの進歩
そのうち経営がおかしくなり、外部からコンサルが来て社員インタビューしたいというので真っ先に僕が選ばれた。おびえて突き動かされながら言いたい放題言ったら「心が不安定かもしれませんが、おっしゃっていることは正しいです」と言われた
その数年後、1年かかって少しずつ力がもどってくるとともに同時に不安も強くなりつつも、徐々に薬を間引き、飲む間隔を伸ばし、最後に飲むのをやめたら、数日のちに坂道を転がり落ちるみたいに調子悪化。それを世間では離脱症状と呼ぶのだと後追いで知った。 やっぱダメかまた薬漬けに戻るのか結局一生これかとがっくりしたが2ヶ月かかってまた良くなってきたので、もっぺん減薬して最後にやめてみたら、今度は本当に治った
治り始めると逆の不安もあった。それまで薬という杖をついて生きてきたわけで、それが突如としてぱぁ〜ん!と取っ払われた気分。おろおろする。で、用心しながら足を踏み締めて歩く
未だに治ったのが嘘じゃないかと思える あんなしんどかったのに。心もままならなかったのに
元のヤバいやつに戻るのではない。一部それを期待してる向きもあったけど、あっさり降りた。新しい自分に��る。ドタキャンもできるようになった。セイフティネットが先。無駄な我慢もしなくなった笑。明鏡止水なことが増えた。 そして何よりも妻に感謝して何度も話して何度も食事にも連れてった
自分に必死すぎて16年半の記憶がほぼない。でもそれはそういうもんなんでしょう
もし職場にて「あやつは深淵から生きてかえってきよった」そう思われてるならどうぞ。仕返しはしない。でも、言わんとあかんことは今度こそはっきり言うから
LA在住カナディアン上司に笑顔で言ったことがある 「Like "Heaven gave me the second chance"(天は二度目の機会を与えたもうた、みたいな)」 したら笑顔で 「Yeah, and I'm happy to see your phoenix moment.(せやな、ほいであんたの不死鳥モーメントに立ち会えて嬉しいワ)」
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sikibunobu · 2 months
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カクテルマジック① -キャラデザ・スチル編-
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■0.概要
制作年度:2021年
作品名:カクテルマジック
同人ノベルゲーム『カクテルマジック』にて、
キャラクターデザイン、 スチル、立ち絵、ジャケットイラストを担当させていただきました
拙いながら取り組ませていただいたはじめての有償依頼であり、私の原点と言える作品なので思い入れが強くあります
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現在世に出ているカクテルマジックは全てイラストを一新したものとなっております。宜しくお願いいたします
■1.依頼内容
・キャラクターデザイン 計5人
 ヒロイン:バーテンダー、看板娘、バーのボス
 主人公の友人:酒場の従業員、体育教師
・バーテンダールートのスチル4枚
ヒロイン一人に1ルートの3部構成であり、今回はバーテンダールートのみの制作となりました
■キャラクターデザイン
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「他にないキャラクターを」を胸に、依頼主様だけの特別なキャラクターを生み出そうと取り組ませていただいております
●ヒロイン1:ミサト
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舞台は法によってお酒を飲むことが禁止された現代の日本。しかし裏社会ではお酒や酒場は消えておらず、そんなひっそり?和気あいあいとやっているバーで働くクールなバーテンダーです
イメージカラーはブルーで凛とした雰囲気のキャラ、ということでデザインいたしました
髪型、ヘアカラーは本当に試行錯誤しまして、果てしない数のデザイン案がございます(一部抜粋)
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上画像右側の髪型が今のデザインのもととなりました。影があるヒロインにしたいため、前髪が垂れ下がっていた方がいい、ということで決定。みなさんはどの髪型が好きですか?わたくし個人としては下段左から2番目の髪型が好みでした
実はワイシャツは黒を考えていたのですが、ヒロイン3人白いシャツの方がお揃い感があっていいとのことで白に決定
●ヒロイン2:マリー
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元気で明るいかわいい、バーの看板娘マリーです
類似ヒロインを絶対に出すものかとデザインした自慢の娘です。似たような見た目のキャラクターはいまだ観測したことはないので、原点であり頂点的なキャラデザかもしれません。今もサークルの看板娘として、X(旧twitter)で広報をしてくれています
コミケで「この子がかわいかったので戻ってきました」とゲームを買ってくださったお客様がいたというのをお聞きしました。どなたか分からないですがいつかお会いして握手したいです。プレイ後の感想においても「マリーかわいい」のお言葉をよくいただきます。本当にうれしい限りです。
衣装の元ネタはダイナーガール。ダイナーは、アメリカの道路を車でブーンを走らせると途中であるレストランみたいなやつです
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そして2P、3P、4Pカラーもあります
●ヒロイン3:ボス
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バーの支配人であり、バーの後ろにあるマフィアのボスです
かっこいい抱いて!!!と言いたくなるような男装の麗人を意識したキャラクターです。壁ドンシーンを本編で描くことがなかったのが本当に残念…くぅッ…
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こちらが原案となります。左のようなザ・女幹部みたいな見た目と今のデザインに近い2案がございました
左目を負傷しているという設定は開発初期はなく、両目を開いているデザイン、眼鏡、サングラスをかけさせてみたり…
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●友人キャラ1:ジュン
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主人公の同僚で体育教師です。主人公のことが大好きでたまらないおちゃらけな男…でありながら主人公が困ったときは助けになってくれる最高の友人、そんなキャラクターです
優しそうな表情でにかっとした笑顔が眩しいキャラクターを意識してデザインしました
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右図は友人キャラs原案です
ジュンもウスキも今とそんなに変わんない感じですね
開発段階では、実はジュンの他にもう一人主人公の同僚として女性キャラが出てくる予定でした。いわゆる負けヒロインだそうで、もし実装されていたら表社会とアングラな裏社会で揺れる主人公を告白とともに引き留めたり…なんて展開もあったのでしょうか
この後に紹介する彼とともに、ヒロインそっちのけで感想をいただくことが多いうまみしかない友人キャラです
キャラの設定や開発話が収録したカクテルマジックお疲れ様本では、ジュンルートがあったら…?というマリールートをベースにしたシナリオ展開とスチル1枚を見ることができます
●友人キャラ2:ウスキ
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開発チームは彼が大~~~~~~~好き
バーで働く従業員で、ぺったりと笑顔を張り付けている裏のある男です
わたくし個人の解釈にはなりますが、彼は主人公の対となる存在で、彼が迎える結末は3ルートで大きく異なります。互いに影響を与えまくっているキャラクターなんです。描かれるキャラクター性も各ルートで異なっていて、それぞれ違うおいしさを楽しむことができます。特にマリールートでの暴れっぷりは必見で、まだ舞える!まだ舞えるよ!の精神でエスカレート…もとい、ブラッシュアップされました。「キラッキラのダイアモンドだったのによお!」とか主人公でゲロを拭っちゃえ~とか言った記憶がございます。主にわたくしの仕業かもしれません
髪型もいくつかパターンを考えました
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ジュンと同様に、カクテルマジックお疲れ様本では、ウスキルートがあったら…?というマリールートをベースにしたシナリオ展開とスチル1枚を見ることができます
■2.スチル
●スチル①
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ラフ
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はじめ、でっか→お目覚めですか?の2枚構成が考えられていました
スチル②
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ラフ
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●スチル③
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ラフ
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●スチル④
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ラフ
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イメージ画(前髪の向きを間違えています)
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カクテルマジック②へ続きます
ジャケットイラスト・広報イラスト編として製作過程をご覧いただけます
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bearbench-tokaido · 2 months
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三篇 上 その五
そこへ死んだ女房の霊も現れて、今度は、巫子に付いた亡妻の霊が 「あれ、唐の鏡には、ようがないか。私は、そなたの枕添いの女房じゃ。 厚かましくも、よくぞ問うて下さった。 そなたのような、意気地無しに連れ添って、私は一生食うや食わず、寒くなっても着物一枚着せてくれたことは無し、寒の冬も単物一つ。ああ、うらめしい。」 弥次郎兵衛は、それを聞いて、北八を一瞬見てから、 「堪忍してくれ、俺もその時分は貧乏で、可哀相におめえを、苦労の末に死なせてしまったが、心残りが多い」 北八この様子がおかしそうに、 「おお、弥次さん、お前、泣くのか。ハハハ、こいつは鬼の眼に涙だ。」 さらに、巫子に付いた亡妻の霊がいう。 「忘れもしない。そなたが悪性の腫瘍ができたとき、私にも、同じように悪性の腫瘍ができて、しかも、そなたの弟の次郎どのは体の震えが止まらない病気になって、その上、たった一人のわしら夫婦の子宝は、胃を患って異常にやせてしまった。 米はないし、毎日借金取りは押しかけるし、大家どのへの家賃の支払いも滞っているから、路地の犬の糞で滑っても、小言もいわれず小さくなって・・・。」
弥次郎兵衛は、『弟!?』と、一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐに、元の様子に戻って、涙を流しながら、 「もうもう言ってくれるな。胸が裂けるようだ」 と、胸を押さえている。巫子に付いた亡妻の霊は、 「それに、わしが娘の時に奉公して、せっかく貯めた着物まで、お前様が、甲斐性無しだから、みんな質流れになってしまった。 悔しくて仕方が無い。一度、流したものはもう戻って来ない。」 弥次郎兵衛は、泣きながら、 「そのかわり、てめえはけっこうな極楽浄土へ行ってるじゃねえか。 娑婆に残った俺には、いまだに苦労が絶えぬ。」 巫子に付いた亡妻の霊は首をふりふり、 「やれやれ、何が結構なものか。友達らの世話で、私の墓の石塔は立てて下さったけれど、それっきり、墓参りもせず、寺へつけ届けもして下されねば、私の墓は無縁も同然になって、今では石塔も塀の下の石垣となりたれば、折りふし犬が小便をかけるばかり。 ついに一つ手向けられた事はござらぬ。 本当に、若くして死ぬと、いろんな目にあいます。」
弥次郎兵衛は、 「もっともだ。もっともだ。」 と、肯いている。 巫子に付いた亡妻の霊は 「そのつらい目に会いながら、草葉の蔭でそなたのことを、片時も忘れぬ。 どうぞそなたも早く冥途へ来て下され。やがてわしが迎えにきましょうか。」 弥次郎兵衛は、びっくりして、 「ヤァレとんだことを言う。遠い所を、かならず迎えに来るにゃァおよばねえ。」 巫子に付いた亡妻の霊が、 「そんなら、わしが願いをかなえて下され。」 「オオなんなりと、なんなりと。」 「この巫子どのへ、お銭をたんとやらしゃりませ。」 「オオやるとも、やるとも。」 と、しきりに肯いている。 巫子に付いた亡妻の霊は、 「ああ、名残惜しい。語りたいこと、問いたいこと、数限りあるけれど、冥途の使いは多忙なので、そろそろ弥陀の浄土へ。」 と、うつむいて巫子は梓の弓をしまう。 弥次郎兵衛は、流れる涙をぬぐいながら、 「これは、これは、ご苦労でござりました。」 と、約束の金を、紙に包んで巫子に渡した。
北八は、この様子をおかしく見ていたが、 「暗やみの恥を、とうとう明るみにぶちまけてしまった。ハハハ。 ところで、弥次さん、お前、なんだかふさぎ込んでいるようだ。 どれ、一杯飲もうじゃねえか。」 と、酒を飲む真似をすると、弥次郎兵衛は、こくりとうなずいて、 「それもよかろう。」 と、手を叩いて宿の女中を呼び、酒と肴をいいつける。
巫子がそんな二人に話し掛ける。 「今日は、お前さまがたァ、どこからおいでになりました。」 「はい、岡部から来やした。」 弥次郎兵衛がこたえる。 「それはお早うおざりました。」 弥次郎兵衛は、自慢げに、 「なに、私ら、歩くことは韋駄天さまさ。 さあ、というと、一日に十四五里づつは歩きます。」 それを受けて、北八が、 「その代わり後で十日ほどは、役に立ちやせぬ。ハハハ。」 と、この間、女中が酒と肴を持ち出す。
弥次郎兵衛は、 「ちとあがりませぬか。」 と、巫子に酒を勧めるが、 「わたしは一向にいただきませぬ。」 と、巫子は断ってきた。 「あちらのお方はどうだ。」 北八が、そう声をかけると、 「かかさんお出で、サァおかまさんもお来なさいまし。」 と、巫子は、奥の方にいる他の者に声をかけた。 これを聞いて、北八は、 「ははあ、ありゃお前のお袋か。ええ、こいつは滅多なことは言えないな。 まず盃を上げやしょう。」 と、これより酒盛りとなり、差しつ差されつ、この巫子ども、思いのほかに大食らい大酒飲みで、いくら飲んでもしゃァしゃァとしている。 弥次郎兵衛と北八は大いに酔いがまわって、いろいろとおかしい洒落や冗談で女たちの気を引いたが、あまりくだくだしいので略す。
北八は巻き舌で、 「ナントお袋さん、今夜おめえのお娘を、わっちに貸してくんなせえ。」 それに、弥次郎兵衛が、割り込み 「イヤおれが借りるつもりだ。」 北八は目をむいて、 「とんだことをいう。おめえこそ今宵は精進でもしてやりなせえ。 かわいそうに、死んだ嬶衆があれほどに思って、どうぞ早く冥途へ来い、やがて迎えにこようと、親切にいうじゃァねえか。」 弥次郎兵衛は、 「ヤレそれを言ってくれるな。迎えに来られてたまるものか。」 北八は、それ見たことかと、 「それだから、おめえはよしな。ささ、お袋、おいらに決まった。」 と、巫子の娘にしなだれかかるを、突き放して巫子は逃げる。 巫子は、 「およしなさりませ。」 と、巫子の婆の後ろに隠れると、 「娘がいやなら、わたしでは。」 と、北八の方を見上げる。 「もう、こうなっちゃァ、だれかれの見境はない。」 と、夢中になって女たちの気を引こうと大騒ぎする。 この間にお勝手から膳も出て、ここでもいろいろあったが略す。
はや酒もおさまり、弥次郎と北八も次の間に帰り、日が暮れるやいなや、床を取らせて寝かける。 奥の間の巫子たちも、旅疲れのせいか、もう寝かけるようす。
北八は小声で、 「なんでも巫子の若い新造めが、一番こっちの端に寝たようすだ。 後で夜這いをかけてやろう。 弥次さん、寝たふりしてくれるのが粋な通人と言うものだぜ。」 それに答えて、 「おきゃァがれ。おれが抱いて女にしてやるわ。」 北八も、笑いながら、 「気が強え。大笑いだ。」 などといいながら、両人ともぐっと夜着をかぶって寝る。
すでに夜も五ツを過ぎて、四ツ時回りの火の番の拍子木の音が枕に響き、台所で明日の味噌をする音もやんで、ただ犬の遠吠えばかり聞こえて物さみしく、夜もふけ渡るころ、北八は時分はよしと、そっと起き上がり、奥の間をうかがえば、行灯は消えて真っ暗闇。そろそろと忍び込み、探りまわして、かの若い巫子のふところに、にじり込むと、思いのほかに、この巫子のはうから、ものをも言わずに、北八の手を取って引きずり寄せる。
北八は、こいつはありがたいと、そのまま夜着をすっぽりとかぶって、手枕の転び寝に、女と仮りの契りをこめた後は、二人とも前後を知らず、鼻突き合わせてぐっと寝入る。
弥次郎兵衛はひと寝入りして、目をさまして起き上がり、 「さて、何時だろう。手水に行こか。コリャ真っ暗で方角が知れぬ。」 と、小便に立つふりして、これも奥の間に這い込み、北八が先を越したとはつゆ知らず、探り寄って夜着の上からもたれかかり、暗がりにまぎれて、寝ているのはあの若い巫子と思い抱きつくと、ムニャムニャいう唇をなめまわしあんぐりと噛みついた。
噛まれたのは北八で、びっくり胆をつぶして目をさまし、 「アイタヽヽヽヽヽ。」 弥次郎兵衛は、その声にびっくりして、 「オヤ北八か。」 「弥次さんか。エヽきたねえ、ペッペッ。」 と、顔をしかめて大声を上げる。 この声に、北八と寝ていた巫子も目を覚まして、 「コリャハイお前っちはなんだ。そうぞうしい。静かにしろ。娘が目をさます。」 と言う声は、まさしく婆ァの巫子。北八は二度びっくり。 こいつは取り違えたか、いまいましいとはい出て、こそこそと次の間へ逃げ帰る。 弥次郎も逃げようとするのを、婆ァの巫子は手を取って、ひきずりながら、 「おまえ、この年寄りを慰んで、今逃げることはござらぬ。」 弥次郎兵衛は、真剣に、 「イヤ入違えだ。おれではない。」 「インネそう言わしゃますな。わし共は、こんなことを商売にゃァしませぬが、旅人衆の退屈を慰さめて、ちっとばかしの心づけを貰うが世渡り。 さんざっぱら慰んで、ただで逃げるとは厚かましい。 夜の明けるまで、わしがふところで寝やっしゃませ。」 と、婆の巫子は譲らない。
弥次郎兵衛は、大慌てで、 「これは迷惑な。ヤイ北八、北や。」 その声を隠すように、婆の巫子が、 「アレハイ大きな声さっしゃますな。」 と、弥次郎兵衛の口を押さえに掛かる。 弥次郎兵衛は、その手を引き離しながら、 「それでもおれは知らぬ。エヽ北八めが、とんだ目にあわしゃァがる」 と、ようよう無理に引き離して逃げようとすれば、また取りつくのを突き倒して、がたぴしと蹴ちらかし、そうそうに次の間へ這い込みながら、
巫子ぞと 思うてしのび 北八に 口を寄せたる ことぞくやしき
しのんで来たと“きた八”が語呂合わせ。巫子の口寄せにこじつけて、北八に口づけしてしまったと悔やむということ。
三篇 下へつづく。
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satoshiimamura · 3 months
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試し読み「AFTER AVENGER」
一章
 燃え盛る室内にBと呼ばれた青年はいた。無意味に広い、何が目的なのかわからないホールだ。多くの死体が燻り、肉が燃える悪臭が漂っていた。
 その中にBと、彼の相棒であるAと呼ばれた青年と、二人が幼少期から憎悪を募らせた相手である三人目の男がいた。
「セキュリティ破壊! あいつの身を守ってるのは何一つない!」
 Aの勝利宣言ともいえる報告に、Bは高鳴る鼓動と上がる口角を抑えられない。彼はカタナを構え、そして足に力を込める。
 Bの視線の先にいる屈強な男は、焦る様子はない。男はいつものように短機関銃を構える。
 男の持つ短機関銃から火薬が爆ぜた音がしたのと、Bが地面を蹴ったのは同時だった。
 弾雨の中を加速装置を使ってBは回避し、近づく。だが男も加速装置を使っていた。互いに読み合い、距離を一定に保たれる。だが、Aが男の行動を邪魔していく。遠隔でシステムダウンを狙うAの妨害に、男は初めて苦しい表情を浮かべた。
「ヨランダ母さんの仇だ!」
 男の背後をとれたBは、カタナで胸を貫く。カタナを伝って、循環液と冷却液、そしてオイルが流れた。
「はは、お前も終わりだ」
 これまでの人生でBが出したことのないほど、歓喜を纏った声だった。喜びすぎて、カタナを握る手から一切力が抜けないほどだった。
 直後、男の全身が炎に包まれる。悲鳴をあげることも、うめき声さえあげない男はBの方を向いて、嘲笑するように告げた。
「お前もいずれ、誰かの母を殺す。そして俺と同じように殺され、お前と同じように誰かが復讐に身を焦がす。復讐は終わらない」
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい‼︎」
 炎の熱が感じ取れない。ただ煌々と燃え盛る炎の中で、男が笑っていた。
「お前たちは逃げられない。お前たちもいずれ俺と同じになる」
「違う。僕はお前とは違う。お前のようにならない。だって、僕は」
 否定の言葉をなおも言い募ろうとしたBは、気がつくと背後から誰かに刺されていた。
 胸元から生える、彼が握って���るカタナとよく似た武器。
 Bは誰が刺したのか確認しようとし、後ろを振り向いた。そこにいたのは、幼い少年。Bの幼少期によく似た少年が、涙を流しながら「母さんの仇だ」と言って憎悪を向けていた。
「――ッ」
 荒い息を吐き出しながらも、青年が飛び起きた。途端に見た目よりも遥かに重い身体を受け止めていた、安物のベッドが悲鳴をあげる。
 息切れと激しい動悸。青年が自分の胸元を見て、そこにカタナがないことに安堵する。
「おい、大丈夫か?」
 夜中特有の薄暗い室内。その部屋に安置されてたベッドのそばに立つ人物に、青年はようやく気づいた。いつもならばサングラスで隠されている、青白く輝く目が心配そうに青年をみている。
「***」
 青年が咄嗟に呼んだ名前に、相手は怪訝な顔をする。
「寝ぼけてんのか? おい、今がいつかわかってるよな?」
 その質問に、青年はゆっくりと思い出そうとした。
「二一XX年の十一月……十日? それとも十一日?」
「零時過ぎてるから十一日だな。俺たちが今いるのはどこだ?」
「コスモ・シティに向かう途中の、モーテル」
 そこまで答えてから、青年は落ち着いて周囲を見る余裕が戻ってきていた。
 ここはモーテル特有の安っぽい部屋で、本来は一人用の部屋だ。
 じゃんけんで勝った青年がベッドで寝て、ベッド代わりになりそうなソファに、もう一人が寝ることになったのだ。ソファの上には、ぐしゃぐしゃになった毛布が乗っている。人一人がそこにいたと分かる形状のままで、それだけ相手が慌てて青年の方にやってきたのが察せられた。
「そうだ。俺たちはコスモ・シティに向かってる。七年ぶりの帰還だ、その理由は」
「……評議会の暗殺者として復帰するため」
「そこまで思い出したなら、今の俺の名前と、お前の名前を言ってみろよ」
「君はAのアッシュ・アトウッド。僕はBのビリー・バイロン」
 淀みなく告げられた名前に、ようやくベッド脇に立っていた人物――アッシュが安堵したようだった。
「ちゃんと思い出したみたいだな」
「うん、ごめん。寝ぼけた」
 ビリーの謝罪の言葉に、アッシュは「気にするなよ」と言い返す。そして、その青く輝く目をサングラスで隠した。
 途端に室内の光が減る。代わりに窓の外から月光が入ってきた。
 アッシュの金髪が月明かりに照らされ輝く。対し、髪も目も真っ黒なビリーは輪郭だけが浮かび上がった。
「魘されてたぜ。……あの日のあれか」
 アッシュの指摘にビリーは頷く。
「いつも炎の中で、あの男が笑いながら言うんだ。僕たちはあの男のようになるって、復讐は終わらないって」
 夢の内容を思い出しながらもビリーは、自身の左手薬指に触れた。根本が少しばかり細く、リングが嵌っていたと思われる跡がある。
 いつだってビリーは復讐を思い出すと薬指――というよりもそこに嵌め込んだリングに触れていた。復讐を終えたはずなのに、その仕草の癖は抜けない。
 彼の存在しないリングを撫でる仕草を見てアッシュは渋い顔をしたが、その表情の変化に薬指ばかり見ていたビリーは気づかなかった。
「違うって否定しても、背中から刺されるんだ。僕の体をカタナが突き破ってる。誰が刺したのか見ようとして、振り向くんだけどいつも誰かわからない。ただ、子供だった。僕らが復讐を決意した、あの年頃の子だった」
 夢の内容を語りながら、ビリーは左手でシーツを強く掴んだ。彼の右手は夢の中でカタナが突き刺さった場所を撫でる。その視線は部屋の具体的な場所を見ておらず、夢の光景に向けられていた。
 ビリーの話を聞いていたアッシュは、何も言い返さずにソファまで戻り、深く座り込む。その姿勢は疲れて脱力した様子にも見えた。
 何度か顔を下に向けて、上げてと数度目の葛藤の末に、アッシュは意を決してビリーへ告げる。
「なぁ、ビリー。お前がそんなに悩むんだったら、別にコスモ・シティに戻らなくていいんだぜ」
 その言葉に、ようやくビリーは顔をアッシュへと向けた。彼の真っ黒な目が、サングラスの向こうにある青白く光る目へ向けられる。
「お前だけじゃない、俺もお前と一緒にあの男を殺したんだ。お前だけの罪じゃない。お前だけが苦悩する必要はない。お前がそんなにも組織に復帰するのが嫌なら、俺は戻る必要はないと思ってる」
 べらべらと喋るアッシュは、わかりやすく苛立っていた。
 当たり前だ。長年一緒にいた相棒の苦悩を放って置けるほど、彼は薄情ではない。その苛立ちにビリーは気づいているが、それでも一抹の後ろめたさがあった。
「金はどうするんだ」
「なんとかなるだろ」
 あっけらかんとした勢いで、ビリーの問いにアッシュは返す。
「べつにお前も俺も、この体をメンテしなくても死にはしない。そりゃあ、たまには手入れしなきゃだけど、それくらいの金は外でも稼げるさ」
 アッシュがソファから勢いよく立ち上がった。さも名案だろうと言わんばかりに、立ち姿も堂々としている。だが、ビリーはその勢いに乗れず、冷めた表情を返すしかなかった。
「死にはしないけど、動けなくなる。アッシュ、君も僕も特別性の体だ。メンテナンスだけで金がかかるんだ」
 分かっているだろう、と何度もした話を幼な子に伝えるよう優しく紡ぐビリー。
「この七年仕事をしなかったから貯金はわずか。コスモ・シティに戻らないと、どうしようもない」
 その大人ぶったビリーの仕草が気に入らなかったのか、アッシュは舌打ちをする。そのまま彼は自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにして、再度ソファに座った。
 アッシュの様子を拗ねた子供のようだ、と内心で思ったビリーだったが、その子供っぽさが彼の見せかけなのもよく知っている。彼は、ビリーよりも遥かに人との距離の取り方が器用だ。
「きっと君だけなら、きっとこの七年で定職に就けたし、どこかで安穏と暮らせた。僕の不甲斐なさで、これ以上君に迷惑は掛けたくは」
 ない、と続く言葉を遮るようにアッシュは「迷惑じゃない!」と強く否定する。
 けど、となおも言い募ろうとするビリーに、再び苛立ち混じりにアッシュは立ちあがり、ずかずかと大股で近寄った。
「俺は、お前とずっと一緒にいるって決めてんだ。同じ復讐を共にした、唯一無二の相棒として、お前と地獄まで一緒にいるつもりだ。だから、お前がそんなにも復帰するのが嫌なら」
「嫌じゃない! ……嫌じゃないんだ、アッシュ」
 今度はビリーが悲痛な声で、アッシュの言葉を遮った。そのまま両手で顔を覆い、逃げと苦しみを背負ってベッドの上で丸まる。
「むしろ僕には暗殺しかない。暴力しか手段がない」
 ビリーは自分の手を見る。人工皮膚で覆われた掌には、傷一つ見えなかった。だが彼は覚えている。この手をどれだけ血で汚したのか。この手でどれだけの人を切ったのか。
「でもいつか僕らは、あの日復讐を誓った僕らと同じ目で見られる。終わった今だからこそ、復讐をしなかった自分たちの『もしも』を考えてしまうんだ」
「……ビリー」
 アッシュは相棒の苦悩の理由を知り、呆然とした。
「アッシュ……あの日僕らがした選択は、本当に正しかったのか?」
 苦悩の眼差しで向けられたビリーの問いかけに、アッシュは答えられなかった。
 両者とも答えられない問いは、沈黙したまま朝を迎えて消滅した。
 車の中でビリーとアッシュはお互いに黙ったまま、コスモ・シティに続く道路を走っている。
 天気は十一月にしては日差しが強く、快晴だった。
 道路標識には、ゆるやかなカーブの道路とコスモ・シティまでの距離しか書かれていない。
 その看板に記載されている距離が二桁まで縮まったとき、運転席にいたアッシュが「お?」と何かに気付いてサングラスを外した。
「どうしたんだ?」
 ビリーの問いかけに中空を眺めたアッシュは、いやと言って首を微かに横に振る。
「ただの評議会からのメッセージ。リングは新居の荷物に紛れ込ませるってさ」
 評議会の支配圏内に入ったのだと気付いたビリーは、メッセージ自体に監視されている圧を感じる。が、自動運転すら搭載していない旧型にも程がある車を運転しているのも分かるだろうに、と呆れもした。
「……何も運転中の君に渡す必要はないだろう」
「そりゃあ、俺がサイバー空間エキスパート! な、ノック・ノッカーだからだろ。現実空間での大暴れ特化スウィッシュ・スウィッパーのビリーちゃんより、遥かにセキュリティ意識高いし。と言うか、お前は割とその辺不用心じゃん」
 馬鹿にしたアッシュの言い回しに、ビリーはムッとする。
「言っておくけど、僕のボディに搭載されてる秘匿メッセージへのセキュリティ強度は君と一緒」
 現実空間大暴れは否定しないのかと笑うアッシュに、ビリーは否定要素はないと素直に認める。
「そゆとこビリーは真面目だよなぁ。ま、マジで言えばリングがあればの話だ。あれがないと評議会との連携だってろくにできないし、俺たちのボディ性能を十分に発揮できない。正式復帰してない、リングなしの俺たち相手じゃ、評議会の連中だって注意を払う」
「……それはそうかもしれないけど」
「拗ねるなって。ほら、あと一時間もしないうちにコスモ・シティに着くぞ」
 サングラスを掛け直したアッシュは、運転に集中し始める。それを見たビリーもまた黙って前を向き、これから戻るコスモ・シティに思いを馳せた。
 
 コスモ・シティ。それは科学者たちの理想郷だ。
 二一〇〇年を目前に起きた核戦争。それにより広大な更地が誕生し、国家は事実上消滅した。数少ない土地を巡り更に争いは続いたが、その一つの着地点としてコスモ・シティができた。
 人類は過ちを起こすものであり、その過ちをできる限り科学技術によって排除し、人類の平等を実現させようと科学者たちが生み出した理想都市。
 その正体は、人類の生存を第一の主題とした統括AIコスモにより支配された都市だ。
 可能性の算出として量子コンピューターも併設されている、スーパーコンピューターを礎に存在する統括AIコスモは、あらゆる問題と方針と解決策を出力する。このAIコスモの出力通りに現実を整備するため、議会では日々議論が行われ、行政が動いている都市。
 結果、コスモ・シティ内部は至る所に監視カメラや監視ドローンが整備、記録されており犯罪の発生しやすい構造を徹底的に排除。
 また、労働にもロボットのサポートが入り、人類のワークライフバランスが管理されている。このバランスが崩れた際は、回復するまで施設に入り療養しつつも、何故ワークライフバランスが崩れたかについて調査され、改善までのサポートがなされる。
 つまり犯罪を起こす人間を生み出しにくくし、また犯罪を隠匿しにくい社会構造を作り上げることで、小さな事件を発端に全世界を灼き尽くした戦争へ発展した、かつて人類が辿った道を狭めたのだろう。
 だが、シティの犯罪発生率は低いとは言え、ゼロではない。
 どれだけシステムで排除しているとは言え、排除しきれなかった犯罪は警察により捜査される。大抵はすぐに犯人が捕まるのだが、時に入念な計画の元行われたと思われる事件にまで発展した場合は、警察よりも更に上のシティ捜査官が捜査する。
 彼らは常に傍に監視ドローンを携えている。シティ内部に記録されたあらゆる情報、証拠を集め、犯人や組織を捕まえ裁判へと進むのだ。
 そしてこれらを基にし、判決を下す��もまたAIコスモである。このAIによる裁判に忖度はあり得ず、人類側の利益の有無を考慮しないシステムで、人種性別職業による差別は存在しない。
 これらの要素から、シティ外部からは安全な都市、秩序ある都市と評価されることもしばしばだ。
 表向きとしてはだけど、とビリーは内心で吐き捨てる。
 コスモ・シティの暗部に存在するのが、これからビリーとアッシュが復帰する予定の組織『評議会』だった。
 コスモ・シティ運営の障害を排除するために設立された秘密組織。
 どう足掻いても表では罪を裁けない人物や、運営の障害となる人々を消し去るのがこの組織の目的である。その実行部隊として暗殺を手掛けていたのがビリーとアッシュだった。
 彼らも彼らで復讐目的で評議会に属していたが、それも遂げた七年前に休業となり、今に至る。
 ビリーたちは七年間評議会とは音信不通で過ごしていたが、それでもこれだけは確信して言えるだろう。
「ビリー、見えたぜ。七年ぶりのコスモ・シティだ」
 アッシュの指摘の通り、目の前に遠目からも高層ビルが並ぶのが分かる巨大な都市が現れた。
「ああ……七年前と変わらないな、あの街は」
二章 
 コスモ・シティ内の検問所で、旧型すぎてシティ内では乗れない車の売却をするアッシュと、交渉が滅法弱いビリーは一時別れた。
 そしてビリーは、現在シティの中心部からは外れた繁華街の入り口にいる。
 この繁華街は整備が行き届いたシティのイメージとは異なり、雑多な印象が根強い場所で、イースト・タウンと呼ばれるエリアだ。
 入り口の目印として建てられた巨大な二頭の犬のモニュメントは、コマイヌの愛称で地域住民に愛されている存在。更にコマイヌから見える光景だけでも、アルファベットではない言語があちらこちらに記載され、隣り合う看板の文字の形がまるで違う。
 また派手な色を多用した壁や屋根、根本的に異なる建築様式が混在している建物が並んでいた。建物の間にある狭い道は、日が入るほどの広さもなく薄暗い。
 ついでに昼時が近いせいか、屋台も多く出ており、そこかしこから、香辛料やハーブ、独特な調味料の匂いが漂っていた。威勢の良い売り込みも聞こえてくる。
 おいしそうだと思ったビリーの腹の虫が、微かに鳴る。
 手持ちの金は少ないが小腹を満たすくらいの余裕はあるので、ビリーは内心で何を買おうかと思案する。
 と、妖艶な雰囲気を携えた美女が、「はぁい」と彼に甘ったるい声を掛けてきた。
「イースト・タウンの新人かしら? よかったら、案内するわよ」
 ばっちり化粧をした女性は、魅力的な顔と身体を近づけてくる。ビリーは、懐を守るように左手で彼女の顔を制した。
「この手の薬指のリング跡、分かるだろう?」
 にっこりと笑って牽制した彼と、途端に嫌そうな顔をした女性。
「お察しの通り、パートナーと新居に越してきたんだ。これでも新しいリングが今日届くのを待っててね」
「なーんだ」
 言葉だけなら残念がっているようだが、明らかに女性は警戒しているようだ。目が笑っていない。
「よき隣人としてなら案内頼むよ」
 ビリーは愛想良く無難なお願いを女性にするが、もう関心がないと言わんばかりに彼女は離れていった。
 その変わり身の早さに苦笑いをするビリーだったが、離れていく女性が向かう方向から、今度は恋人同士の口論が聞こえてくる。
 先ほどナンパ目的かスリ目的か分からない女性とは対照的に、赤毛の気の強そうな女性が、周囲の困惑を無視して男性に怒りを顕にする。
「だから、わたしとしては仕事をしながらが大前提で、辞めて家を守るとか考えてないの」
 あまりにも大きな声で聞こえてきた内容に、古風なことだ、とビリーは驚く。イースト・タウンでは家中心主義のようなものがあるのは知っていたが、それも廃れかかっているのを彼は知っていた。
「けれど、ルビー。君の仕事は危険で、続けるのならもっと安全性を高めるために、サイボーグ手術を更に受ける必要が」
「そうね、その必要性はあるわ」
 仕事の単語と、女性の履くスリットの深いスカートから露わになった足。その足に刻まれたサイボーグ化を象徴する溝を見たビリーは、女性が警察組織に属していると気づく。男性に比べ小柄な女性警察官の緊急用武器格納エリアに選ばれやすいのは、大腿周辺だ。
 なるほど、大切な女性は危険から離れて欲しいという男心なのかと思ったビリーだったが、続く男性の言葉に耳を疑った。
「それだと外の連中と同じ身体になるってことじゃないか⁉︎ あの『无令(むりょう)』の連中みたいな」
 あまりにも、職務のためにサイボーグ化していた女性を侮辱する言い回しだった。明らかに赤毛の女性はいらついた様子を見せている。
 それでも彼女は一応の常識で持って反論していた。
「それは偏見よ。だいたい、他の都市では全身サイボーグは結構な人数がいるのよ。このコスモ・シティでだって栄誉ある捜査官や、中心部にあるような企業所属の警備員たちは」
「あいつらは脳筋だからいいんだ」
 侮辱に次ぐ侮辱が続き、ついに女性も我慢の限界を超えたらしい。
 景気良く男性の頬を叩き、胸ぐらを掴んだ女性。
「待ってくれ、ルビー! 謝る! 謝るよ、すまなかった、ちょっと助けてくれ」
「その愛称で呼ばないでくれるかしら」
「クリス、わかった、本当にすまないクリス、謝ってるだろう、ねぇそこの人助けてくれないか」
 助けを求める男性の周囲にいた人間たちは、見て見ぬふりをしていた。全身サイボーグであるビリーもまた、見なかったことにした。
 ちょうどその時、ようやく待ち合わせ相手だったロボットがビリーの前にやってくる。
 周囲の喧騒など何も気にしていない雰囲気で、彼の腰にも満たない高さのロボットは名乗った。
「オ待たせしまシタ、ビリー・バイロン様。ワタクシが新居案内サービスを担当シますRE30175デス」
 ぶつ切り音声と、細長い円筒形のフォルム。顔代わりのモニターに出された表情は短い棒線だけで表されているし、足元は左右共に三つの履帯で段差対応はしているが、全体的な動作は鈍い。明らかに年代ものだ。
「ああ、待っていたよ。僕がビリー・バイロン。個人証明書としてのコスモ・シティ登録IDはどこに提示すればいいのかな? パートナーの代理証も預かっているよ」
「でハ、両方をコチラの読み取り器に当ててくだサイ」
 モニター上部に矢印で示された場所へ、ビリーは手を翳す。
 手のひらに埋め込まれた端末同士の通信は一瞬にして終わった。
「はイ、確認できまシタ。所属は未定デスが、ウィッシュ・ウィッパーのビリー・バイロン様とノック・ノッカーのアッシュ・アトウッド様ですネ。次に家まで案内しマス」
 コチラへどうゾ、と続く案内に従い人通りの多い道をRE30175と共に歩き出すビリー。再度人のざわめきが大きくなったが、すでに背にした光景に興味はあまりなく、彼は振り返らなかった。
 代わりに、古びたロボットへ質問を投げかける。
「未だにコスモ・シティでは全身サイボーグは珍しいんだね。もしかして、イースト・タウン周辺だけかもしれないけど」
「コスモ・シティ全体デ珍しいト思いマス。あの七年前に『无令』ガ起こしタ事件で、我々ロボットも肩身ガ狭いデス」
「……君たちのせいではないのに」
 七年前の話ができることにビリーは驚いた。それだけで、このロボットが七年前から動いている存在なのだと察せられる。
「ワタクシたちのせいデはナイ。それデモ、恐怖ハそう簡単ニ消えないのデショウ」
 ビリーは自分の左手の薬指を見た。そこにあるべきリングは、まだない。
 イースト・タウンでそれなりの高さがある集合住宅。外観は下層階は落書きだらけで、適当な張り紙も目立つ。が、広場には子供の遊具も存在する家族向け物件。無機質で、同じ見た目の扉が並ぶ建物内の、寂れた玄関前にビリーとRE30175はいた。
 先ほどより集合住宅の注意事項、鍵の取扱、各種契約内容についてRE30175から説明を受けていたビリーは内心飽きていた。
「以上デ説明を終えマス」
 そして長々とした説明も終わりを迎え、いよいよ電子鍵を渡される段階となる。
「何か質問ハございマスカ?」
「いや、ないよ」
「でハ、改めまシテ契約成立となりマス。引越しの荷物運搬は契約外とナッテおりマスが、ビリー様はウィッシュ・ウィッパーとのことデスのデ」
「そうだね、問題はないよ。これでもコスモ・シティに来る前には、ウィッシュ・ウィッパーらしく大型貨物の移送なんかもしてた身だ」
 全身サイボーグの中でも、戦闘および力技に特化したサイボーグであるウィッシュ・ウィッパーのビリーにとっては、引越しの荷物運びなど朝飯前である。
 本来であれば、こういったロボットとの契約はサイバー干渉を得意とするノック・ノッカーのアッシュの方が色々と都合が良い。のだが、車の売却値をできる限り釣り上げてくると、嬉々として強面ディーラーに挑むよう向かった相棒を止める術は、ビリーにはなかった。
 結局、評議会復帰の目印となるリング回収を早めるためにも、住居の契約程度はお使いレベルなので、気にせずにビリーがこの場にいる。
 ビリーとRE30175の間で再度、契約のための通信が行われた。なんの問題もなく、ビリー・バイロンとアッシュ・アトウッドの部屋として登録され、電子鍵がデータとして転送される。
 契約完了とRE30175のモニター部分にも表記された。
「でハ、お荷物はアト――分に到着すル予定となっていマス」
「うん? 何分後だって?」
 一瞬、RE30175の音声に雑音が混ざる。古めかしいロボットなので、音声関係の不良かと思ったビリーは再度RE30175に問いかける。だが、それまで問題なく応答していたのが嘘のように沈黙し、ボディが少し震えていた。
 キリキリキリと何かが激しく動いている。それがロボットの視覚センサとして埋め込まれた多数のカメラが動く音だとビリーが気づいたときには、RE30175の異常が表面化していた。
「あと、あと、あと、あトアトアトアトアト」
 ビリーは驚愕ののちに、警戒感を抱き、構える。
 同じ言葉が繰り返され続けると思ったが、唐突にそれは止まった。
「リングがなイのデスね、B」
 ありえない呼称が出た瞬間、RE30175がビリーに襲いかかる。円筒形のボディが急加速でビリーに向かって突撃したが、彼はあっさりとその攻撃を避けた。
 RE30175は止まりきれず、激突した先の壁にヒビが入る。あまりの衝撃に隣の部屋の住人が玄関から飛び出て文句を言うが、RE30175の異変を見てすぐに戻り玄関の鍵をかけた。
 RE30175は方向転換をし、少し増えた傷など気にしないと言わんばかりに再度ビリーの方を向いた。
「なんで」
 ビリーの独り言に、RE30175は答える。
「あなたはポーンだ。忠実なポーンだ。融通の効かないポーンだ。悲しいポーンだ」
 これまでのぶつ切り音声とは違う、流暢な言い回し。古めかしい、骨董品レベルのロボットにしてはありえない音に、何かがRE30175を操っているのだとビリーは推測する。
 だが、問題なのはビリーをBやポーンと言ったことだ。
 再度RE30175……いや正体不明となったロボットがビリーに襲いかかる。
 ビリーが勢いを相殺せんばかりにロボットへ飛び蹴りを仕掛けるが、ボディが微かに凹むだけで行動停止の致命傷にはならない。
「……リングなしの通常機能だけじゃダメか」
 集合住宅の廊下にいる限り周囲への被害が大きくなると判断したビリーは、続けて突撃を繰り返すロボットを避けて広い場所への脱出を優先する。
 ビリーの後を追いかけるロボット。
 両者の鬼ごっこに気づいた住人たちが、避難のために室内に戻ったり、玄関が閉められる音があちらこちらからする。
「忠実なポーンだ。融通の効かないポーンだ。悲しいポーンだ。哀れなポーンだ。復讐に取り憑かれたポーンだ。終われないポーンだ」
「うるさいッな!」
 繰り返されるメッセージに苛立ちをビリーは込めて舌打ちをする。数度ロボットが曲がりきれずに壁にめり込んだりしたが、それでも止まる気配はなかった。
 何度かビリーからも、ロボットの攻撃を避けて反撃はしているが、全てが軽い凹みで終わりダメージが入らない。
「もしかして七年前より頑丈になってないか⁉︎」
「ポーン、ポーン、ポーン、同胞の痛みを知りなさい」
 ビリーの叫びも無視してロボットが更に加速する。そして今までしまわれていたアーム部分が出されたことで身の危険を感じたビリーは、咄嗟に廊下の柵から広場へと身を乗り出す。
 地上までは十五メートル以上あるが、躊躇せず彼は飛び降りた。直後ロボットのアーム部からレーザーが発射される。
 そのまま重力に任せてビリーは広場に勢いよく着地した。
 ズドンッと重苦しい音と、衝撃が辺りに響く。彼の着地点はクレーターとなり、土埃が舞っていた。
 広場の周囲にいた人々が何事かと遠巻きに様子を伺っているが、無傷のビリーは身を乗り出した階層に視線を向ける。
 そこには右往左往するロボットがいた。アームは相変わらずしまわれていない。
「あれは強制退去用の鍵開けレーザーか、ますます厄介……な⁉︎」
 距離をとったことで安堵したビリーが、先ほどの攻撃内容を考察しているとロボットが変形し始めた。そして先ほどの彼と同じく柵から身を乗り出す。
 やめろ、とビリーが叫んでも遅かった。
 ロボットは十五メートル以上落下し、着地する。案の定一部変形しているが、それでもビリーに向かおうとしていた。
「あなたの罪を知りなさい。無知を知りなさい。可能性を奪った傲慢さを知りなさい」
 破壊をするには躊躇うほどの執念に、ビリーはどこに逃げようかと思案する。と、その直後に赤毛の女性が彼とロボットの間に滑り込んだ。
「N250648、クリス・ラザフォード現着しました」
 声高らかに自分の識別番号を告げた女性は、少し前に見かけた喧嘩しているカップルの片割れだった。
「君は、コマイヌ近くにいた」
 現れた女性に、つい余計なことを喋るビリー。
「あら、もしかしてさっきの喧嘩見られちゃったのかしら?」
 彼女はスカートのスリット部に手を入れ、右大腿から警察官専用の電気銃を取り出すと、ロボットへその銃口を向けた。
「僕としては、あの男と付き合うのはお勧めしないね」
「大丈夫、さっき円満に……とはいかないけど別れたわ」
「なるほど。本当に余計なお世話だったか」
 気にしないでと言い返した女性――先程の名乗りからするとクリス・ラザフォードは、装着したインターカムに向かっておそらく警察側に現状を報告する。
「対象RE3000型。足に損傷がありますが、レーザー及びアームは健在。現在進行形で暴走状態のため、レベルDの解放を要請します」
 途端に彼女が握る電気銃側から「了解。レベルD解放を許可」とアナウンスが流れた。
 次いでクリスの手元の電気銃からいくつかのロック解除音が鳴る。聞き取れたアナウンスからすると、対ロボット用電気銃モードへの移行と、放出されるエネルギーの上限値の読み上げのようだ。
 そのままロボットへの警戒を緩めずに、クリスは背後に庇ったビリーへ声をかける。
「では、改めて無事ですか? もし動けるようなら、わたしの背中にいつでも逃げられる状態で立っていてください。現在、他の警察官がこちらに向かっていますので、ご安心ください」
 二人のやりとりの間にも、ロボットは負傷した足を無理やりに動かして移動しようとしている。音からして、履帯を回転させるギアの軸の歪みが考えられるが、それでも目の前にいるロボットはビリーを狙っていた。
「ポーン、ポーン、ポーン、同胞の痛みを知りなさい」
 ばちばちとレーザー起動の動きも見せるが、間にクリスがいるせいか打ち込んではこない。ビリー以外の人間への攻撃ができないところをみると、ビリーへの認識を人間から��れ以外に書き換えられたのかもしれない。
「助けてくれてありがとう。できれば、あのロボットをさっさと撃ち殺してほしいところだけど」
「破壊レベルの許可は、あなたが元気なうちは無理ね」
「ああ、破壊許可はレベルBだったか。怪我しておけば良かったな」
 頑丈なサイボーグのウィッシュ・ウィッパーだからこそ、実は一連の中でビリーには傷一つついていない。
 むしろ周囲への被害の方が大きいので、正直賠償金をどうしようと思っていたくらいだ。できれば相手側の過失で済ませて賠償金を支払わせたいのが、金欠な彼の本音である。
「それだけ冗談が言えるなら、無事な状態と思っていいかしら」
「丈夫なのが取り柄なんだ」
「ならよかった。今までこんなお喋りできた人いなかったわ」
 クリスの言い回しに、ビリーは首を傾げた。
「今まで? もう何件もこんな事件が起きてるような言い回しだ」
「あら知らないの? 今コスモ・シティでは」
 クリスの説明が止まる。ロボットが繰り返していたポーンという単語が出なくなったためだ。
「目撃者増加、認識者増加、会話可能、意思疎通可能、続行困難、排除困難、思考開始、計算開始、確率算出、……ああ無念デス」
 最後だけ、正体不明のロボットから、RE30175に戻ったような言い回しだった。
「ロボットが無念ですって?」
 何も知らないクリスが、ありえないといった雰囲気で声を上げる。だが、RE30175はクリスを無視し、ビリーへと言葉を投げかけた。
「残念デス、無念デす、悲しいデス、悔しいデす、リングがないノならアナタを排除でキルと思ったノニ」
「生憎と君の恨みを買った覚えはないんだけど」
「七年前に殺しタじゃナいデスか、ワタクシの仲間ヲ」
 RE30175のぶつ切りの音声が、ビリーには嫌に悲しく聞こえた。
 クリスは「七年前って、」と零すが、ビリーもまた彼女の呟きを拾っている余裕はない。
「僕は、君の仲間を殺してない」
 強い口調で否定をする彼に、RE30175は数十秒間無言でいた。が、たった一言だけ言い返す。
「嘘つキ」
 その瞬間、RE30175のアームが振り上げられる。クリスが電気銃の引き金を引こうとするが、その前にRE30175は自身のアームを胸部にレーザーを使って突き刺した。
 クリスは驚愕し、ビリーは自らが貫かれた夢の光景を思い出す。
 そしてカチリという音が聞こえたビリーは相手の狙いに気付き、クリスを抱き抱えてRE30175に背を向ける。
 直後、ロボットの動力部とそのエネルギー源を基にした爆発が、二人を襲った。
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raccoon-pizza · 4 months
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896:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f9c-HdSI):2024/01/10(水) 23:06:59.11 ID:JRP1BKVK0
12月31日に遭難したとして
今が遭難から10日目
両神山では遭難して13日目でも生存してたから
まだカツヒコは生きてる可能性がある
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210412-OYT1T50130/
897:底名無し沼さん (ワッチョイ dfda-E7Yk):[sage]:2024/01/10(水) 23:14:28.21 ID:m+ztmGBr0
>>896
かつひこさんはこのスレで知ったけど、鷹ノ巣山付近の石尾根は何度も歩いていたようだし、寒さ対策は多分できてると思うからどこかで滑落して動けなかったとしたらまだワンチャンあると思う、生きててほしい
908:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f8e-UQX2):[sage]:2024/01/11(木) 06:46:23.11 ID:vLkQnzhe0
>>896
それって夏場の話じゃなかったか?
908:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f8e-UQX2):[sage]:2024/01/11(木) 06:46:23.11 ID:vLkQnzhe0
>>896
それって夏場の話じゃなかったか?
936:底名無し沼さん (ブーイモ MM4f-zynb):2024/01/11(木) 13:32:04.72 ID:EIj9VZ0NM
>>896
両神山って八丁峠との間で秩父側に転落した件だっけ?
898:底名無し沼さん (ワッチョイ 5fbf-dvWY):[sage]:2024/01/10(水) 23:26:28.11 ID:WPY8ajj+0
携帯・スマホのエリア外でたぶん冷たくなってるんだろうなぁ。
雲取山から後山林道に降りる登山道もけっこう切り立った崖になってるしね。
落ちたら発見は難しいね。
ドローンで地域ごとにこまめに撮影して探すとかしないと出てこないかもね。
921:底名無し沼さん (ワッチョイ df97-QPx5):2024/01/11(木) 12:12:38.45 ID:SGUp86x80
>>898
落葉樹に葉っぱが無い見通しのこの季節に見つからない���数年後のケースかも知れん
899:底名無し沼さん (JP 0H4f-+TsP):[sage]:2024/01/10(水) 23:26:58.78 ID:M10/VV8LH
カツヒコの人となりを知らないとわからないだろうけど、寒さ対策なんか毎回できてなかったよ。明らかな軽装でテントの中で寒さに震えながら火を焚いてたような人だから
909:底名無し沼さん (ワッチョイ ffb0-L4XV):2024/01/11(木) 07:31:06.00 ID:YYoEnJNU0
ただいま峰谷園地、これから入山します。
913:底名無し沼さん (JP 0H4f-3Kva):[sage]:2024/01/11(木) 09:02:50.05 ID:LiYN7JY4H
>>909
絶対に無理だけはしないで下さい。
ありがとうございます。
910:底名無し沼さん (JP 0H4f-Pmoz):[sage]:2024/01/11(木) 07:35:02.33 ID:80afy4z6H
お気をつけて
916:底名無し沼さん (ワッチョイ 5fc0-L4XV):2024/01/11(木) 11:01:32.10 ID:Q/n5o43p0
最後の配信場所であろう浅間神社に到達。左右の谷にマイクを使ってカツヒコさんと呼びかけています。神社に眼鏡が供えてありましたが銀のフレームだから違いますよね。
917:底名無し沼さん (JP 0H4f-Pmoz):[sage]:2024/01/11(木) 11:04:34.67 ID:80afy4z6H
>>916
大変お疲れさまです。
飲んでたからちょっと脇に入って滑り落ちてしまったのかな。。。
929:底名無し沼さん (ワッチョイ 7fed-URQ2):[sage]:2024/01/11(木) 12:46:18.22 ID:0Pna/P+K0
>>916
お疲れ様です。
峰谷~鷹の巣避難小屋間で
彼が過去にミスった箇所を上げます。
このあたり確認できますでしょうか。
くれぐれも無理をなさらず
https://i.imgur.com/Nn7roMA.jpg
948:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f8c-JApz):[sage]:2024/01/11(木) 14:48:56.34 ID:R/kgPsZW0
>>929
ミスったのか単にスマホのGPSが飛んだのか判らんやねぇ
ミスに気付いて戻ったのなら同じところを通る可能性があるから
進行方向に対して左右にずれるのはGPSが飛んだのかキジうちしたのか
判らんやねぇ
938:底名無し沼さん (ブーイモ MM4f-zynb):2024/01/11(木) 13:41:41.99 ID:EIj9VZ0NM
>>929
それって・・・
どういうミスかね?
二重山稜で紛らわしいところなら自分でも迷いかけたことはあるけど、そういう場所ではありえないな。
登りで通ったのに、下ってきてちょっと平坦になったらいきなり方向が分からなくなって、直角に勘違いして、ちょっと行って違うと思ったら逆に突っ切ってどんどん下って、いい加減下ってやっとおかしいと気づいて、来た通りも分からなくなって、闇雲に登る?
危険だ。
988:底名無し沼さん (ワッチョイ ffef-L5Ra):[sage]:2024/01/11(木) 21:35:35.83 ID:eD6TAB3Y0
>>938
直線だしgps側のエラーなんじゃね?
926:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f6c-ipwt):2024/01/11(木) 12:32:21.39 ID:kCdG2eZ70
今求められてるのはロープ使える人かドローンだろうね
931:底名無し沼さん (ワッチョイ dfed-1hsR):[sage]:2024/01/11(木) 12:49:50.20 ID:ca+YjFfz0
そう言えば普段は登り始めたら機内モードにしてしまうから分からなかったけど
以前は鷹ノ巣の避難小屋周辺から配信していたような感じだから、あのあたり携帯繋がるところあるのね
932:底名無し沼さん (ワッチョイ df02-FHFU):[sage]:2024/01/11(木) 13:08:47.49 ID:JWW/Ana80
避難小屋の前のテーブルの所電波弱いけど入るよ
934:底名無し沼さん (ワッチョイ 7fab-VYEz):[sage]:2024/01/11(木) 13:13:46.15 ID:UgXFB95b0
まあ意外とこんな所?って所でみつかる事もあるから、警察やプロ登山家みたいな人以外でもみつける事もあると思う
943:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f02-ayL0):2024/01/11(木) 14:09:53.86 ID:ayo0p5Al0
>>934
キャンプ場で行方不明になった子も近かったな。林道沿いの崖下だからみんなそばを捜索してるはずなのに。夏は草ボーボーだから見つかりにくいけど、犬ならニオイでわかりそうなもんだが。
939:底名無し沼さん (ワッチョイ 5fe2-Fssb):2024/01/11(木) 13:42:48.67 ID:MACTQ1xK0
こう言う山遭難での捜索で
警察犬とかどのくらい有効なんだろう。
生存してて日数経ってれば
本人オリジナルの体臭とか
かなりキツくなってるはずだけど。
941:底名無し沼さん (ブーイモ MM4f-zynb):2024/01/11(木) 13:50:55.99 ID:EIj9VZ0NM
>>939
警察犬は山ではあんまり役に立たないことが多い感じだね。
谷状部分の水流とか獣の匂いとかで肝心の本人のが途切れやすい傾向があるんじゃないのかな。
953:底名無し沼さん (ワッチョイ dfdf-L4XV):2024/01/11(木) 15:20:28.40 ID:YQfAArMc0
鷹の巣の避難小屋に着いた。残念ながら収穫なし。避難小屋の中は電波がつながらん。多くの方が言ってる巻き道って派手に崩落していたり枯れた水場がある細い道でいいんだよね。
986:底名無し沼さん (ワッチョイ 5feb-84kE):2024/01/11(木) 21:23:41.37 ID:x5IInaki0
>>953
おつおつ
登山者視点での浅間尾根には居なかったの検証はこれで済んだね
鷹ノ巣の巻道は水場の周辺で合ってる
水が出ている時は飛び散った水や岩から染み出た水で周辺の巻道はビシャビシャ
少し緊張して通過する箇所と言えばそこくらい
956:底名無し沼さん (ワッチョイ 7fdd-4QlN):2024/01/11(木) 15:49:27.06 ID:5iztiWC30
>>953
今回のルートには遺体がないということが収穫やな
今どきはネットの情報網があるしカツヒコは見つかるだろう
961:底名無し沼さん (ワッチョイ ffe3-FHFU):[sage]:2024/01/11(木) 16:47:09.49 ID:9B9mz4mx0
>>956
そもそも登山道から簡単に見つかるような場所ならとっくに通報されてると思う
954:底名無し沼さん (ワッチョイ df02-FHFU):[sage]:2024/01/11(木) 15:31:52.35 ID:JWW/Ana80
お疲れ様でした
枯れた水場のある所が巻道であってます
日も傾いてきてますので気を付けて下山して下さい
955:底名無し沼さん (ワッチョイ 7fdd-4QlN):2024/01/11(木) 15:36:38.25 ID:5iztiWC30
2020年鷹ノ巣山でアブの大群に襲われた時の動画
やっぱり危機管理能力が低かったみたい
https://www.nicovideo.jp/watch/sm37385549
957:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f93-k8Y7):2024/01/11(木) 16:03:55.35 ID:FzBU/ac10
警察は今日も捜索してくれてるの?
969:底名無し沼さん (ワッチョイ df7a-Ui3Y):[sage]:2024/01/11(木) 19:48:52.27 ID:/6zZ0v2+0
>>957
奥多摩の捜索はあのへんの駐在所のお巡りさんがやってるので
(通常業務にも影響が出ちゃうので)
そろそろ打ち切られても不思議じゃない
970:底名無し沼さん (ワッチョイ 7f93-k8Y7):2024/01/11(木) 19:58:03.43 ID:FzBU/ac10
>>969
青梅警察署の山岳救助隊は出動していないんですか?
972:底名無し沼さん (ワッチョイ 5f56-em7C):2024/01/11(木) 20:16:09.80 ID:CGC2kHbU0
>>970
そこらの駐在さんが山岳救助隊を兼任してるはず
そろそろ打ち切りでしょう
962:底名無し沼さん (ワッチョイ df08-HdSI):2024/01/11(木) 17:07:40.14 ID:Gr9HXAVV0
ニコニコ動画にカツヒコがファミレス出禁になる動画があるが、酔っ払って寝落ちで床にずり落ちる姿が尋常じゃない。あんな感じで山から落ちたんじゃないだろうか
971:底名無し沼さん (ワッチョイ dfed-1hsR):[sage]:2024/01/11(木) 20:13:43.04 ID:ca+YjFfz0
登山届が出ているとか本人から救助要請の電話があったとか遭難してるとハッキリしている場合はともかく
フワッとした遭難してるかもって情報だと本格的には動けないんじゃないかな
前後の状況考えたら多分遭難してると思うけど
973:底名無し沼さん (ワントンキン MMdf-URQ2):[sage]:2024/01/11(木) 20:20:26.84 ID:g44B/nSrM
20キロのザックを背負ったカツヒコ氏が滑落するところを想像してみる(例えば鷹の巣避難小屋の水場の崖とか。)。
とりあえず落ちたらザックの中身ぶちまけるよなあ。荷物散乱するだろ。
あるいは直下の地面は滑落痕というか滑った跡はつくよね。
石尾根で見つからないとなるとやはり迷い込み?
994:底名無し沼さん (ワッチョイ 5fc9-uk3A):2024/01/11(木) 23:29:13.94 ID:2RD+RYHB0
誰であれ無事に見つかってほしいな
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natsucrow820 · 8 months
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仇夢に生きる拾遺 狩人たち
 爆ぜるように踏み込み、跳び上がる。そのすぐ下を細長い顎が地面を抉っていった。動揺はない。そうなるように誘導し、物の見事に正しく動いてくれただけ。半身を翻し、正対する。
 随分と機嫌が悪そうだ。と言って、その顔は殆どが黒く塗りつぶされているかのようだからあくまで予想でしかないが。
 禍者(まがもの)。
 人を、人のみを襲い、仇成す黒き化け物共。永くこの島国、葦宮(あしみや)を脅かし人に恐れ疎まれる存在。
 そして、我々にとっての金のなる木。
 頭を振る禍者は、今回は山犬の姿をしている。連中は決まった形を持たない。だが、人の理解が及ぶ生き物の形を必ずとって現れる。たまに下手くそな――脚や頭の数を間違えるような――奴もいるが、今回のに限って言えば、外側はそれなりに上手く取り繕っている。少なくともその輪郭は山犬そのものである。地面を抉った際に口に入ったのであろう土塊を吐き出し、体勢を低くする。来るか。刀を握る右手に力が籠もる。視線は禍者に向けたまま、頭は忙しなく思考する。身体に染み込ませた数多の剣の型。今の状況の最適解は何れか。眼前の化け物の蠢きを見ながら選択して、備える。こちらからは動かない。動いたところを、斬り捨てる。
 果たして、その瞬間は程なくして訪れた。
 跳ねるように此方へ突進してくる禍者。大きく開かれた顎から唾液が溢れ、いやに大きな牙がぎらりと月光に煌めく。両の足で地面を踏み締める。受け止めるのだ。生半可な体勢では撥ね飛ばされるのは此方である。無論、ただでは受け止めない。間合い。彼我の距離。己の切っ先の届く瞬間を、見極める。
 刹那。
 下げていた切っ先を跳ね上げ、真横へ振るう。開かれた禍者の口腔が切っ先に裂かれる。掛かる突進の圧を逃がしながら真一文字に刀を振り切れば、身体の横を禍者の残骸が転げていった。最後か。否。手の中で刀をくるりと回し、そのまま背後へ深く刺し込む。温い手応え。痙攣と、生温かい液体の感触を味わいながら抜けば、どさりと禍者が倒れる音がした。一体ではなかったらしい。背後にちらりと目をやりながら、血振るいして納刀。
 何とはなしに予感がして、一歩、横にずれる。
「ちっ」
 舌打ち。当然、自分の物ではない。同時にずたぼろになった禍者の死骸が足下に転がってきたが、驚きはなかった。それくらいはやるだろう。奴なら。
「何で避けちまうかなあ」
 至極残念だ、と言わんばかりの非難がましい声色。
「避けなきゃ怒るんだろ?」
「あんなもん避けれねえ奴と手を組む価値はねえよ、くそったれ」
 流れるような罵倒と共に奴は――帯鉄菱(おびがねひし)は目を眇めて凶悪に笑った。
 
 
   ・・・・・
 
 
 滑稽な程に大仰な村長の礼を聞きながら努めてにこやかに禍者退治の報酬を受け取る。感謝の念も、言葉も所詮は報奨金の添え物でしかなく、とどのつまり、相応の金さえ貰えればそれ以外はどうだって構わないのが正直な所である。流石にそんなことを顔に出しはしないが。
 だから隣で至極退屈だという表情をしている菱の脇腹を小突く。残念ながらそうした機微を理解するつもりのない菱については、都度一瞬の取り繕いに期待するしかない。
 折角なのでと村への滞在を勧めてくる村長の言葉をこれまた努めてやんわりと断り、村を後にする。金さえ貰えれば長居は無用だった。
「しけてんな」
「妥当だろう」
 早速ケチを付ける菱にため息。この男はなにかしら文句を吐かないと気が済まないらしい。
「わざわざあんなド田舎までこっちは行ってやってんだ。手間賃くらい色付けろってんだよ」
「わざわざド田舎まで行かないと仕事がない、の間違いだろう。相応の報酬が貰えるだけで十分だ」
「世知辛いねえ……」
 ふん、と鼻を鳴らす菱。
 まあ、菱の嘆く気持ちも正直分からなくはない。
 禍者という化け物蔓延るこの島国においては、逆に人間同士の争いは少ない。あって小競り合い程度。そうなれば俺たちのようなただ腕っ節に自信のあるだけの連中の仕事は、化け物退治くらいしかないのだ。同業者は星の数ほどいる。徒党も組まずに腐れ縁で繋がっているだけの無名の剣士に頼むような人間は、潤沢に退治屋のいる現状では悲しいかな、こちらから見付けてやらな��ればならないのだ。
「ま、結局は足で探すしかないな」
 だから菱も、嫌な顔はするが明確に否定はしない。なんだかんだでもう、つるみ始めてそれなりの期間になる。現状も、互いのやり方も承知はしているつもりだった。
 
 
   ・・・・・
 
 
「ああ、駄目じゃねえか」
 大仰な菱の悪態に足を止める。
 依頼人捜しに山へ分け入っている最中のことだ。この近くに村がある筈だ、と言う菱の言葉を信じてのことだったが、当の本人がくそったれ、と苦々しげに頭を掻いていた。
「見ろよ、一将(かずまさ)」
 顎がしゃくられる。その先へ視線を向けて、ああ、と思わず嘆息が漏れた。
「この村、守手(もりて)持ちか」
「こんな田舎くんだりにな」
 恐らくは村へと続いているのだろう、森の中に作られた細い道。その両脇に立ち並ぶ木々には幾枚もの札が貼られていた。秘伝の技法によって梳かれた、雨風にも強い特殊な紙の上には複雑な図柄と文字。間違いなく、超常の業を使う呪術師の物だった。
「禍者除けの札に間違いないだろうな。ここまでご苦労なこったなあ」
「呑気言うんじゃねえよ。折角ここまで来たってのに……」
 この小さな島国、葦宮には古くから呪術と呼称される業がある。時に雨を呼び、時に病を退ける、尋常を生きる者には決して成し得ぬ不可思議を成すその業は、呪術師から呪術師へ脈々と受け継がれているという。ただ、そんな謂われに反して存外に呪術師は見かけることは少なくない。剣の流派のように、分派やら何やらで数は増えているらしい――知人の呪術師から聞いた程度だが。
 ともかく、そんな現状だからか、呪術師も禍者狩りに手を出している者が多いのだ。特に、特定の村や町に拠点を置き、用心棒となる者が。守手と呼ばれる彼らは兎角、流れの禍者の狩人にとっては厄介者だ。あらかじめ呪術によって禍者の入らぬように結界を仕込み、有事とあらばお得意の呪術でもって鮮やかに禍者や時にはならず者をも退ける。守手のいる所、流れの狩人などお払い箱も良いところなのだ。
「しかしまあ、流石に食料の調達はいるしなあ。立ち寄るだけ立ち寄ろう」
「げ」
 見るからに嫌そうな顔を作る菱に同じく渋面を作ってみせる。
「てめえは呪術師のいる村に助けて貰って構わねえってのかよ」
「構わんよ、別に」
 癪だと言うだけだろうと言えば、舌打ちをして余所を向いた。図星なのだろう。苛立ちの捌け口程度だ。食料やらが尽きかけているのは事実であるし、それをどうにかするには如何に苦手に思っていようが呪術師のいるであろう村を頼る他ないのだ。禍者除けの札が所狭しと張られた道を進んでいく。
 しかし。
 歩みを進める内。
 違和を、その道に覚えた。
「菱」
「……んだよ」
「気付いているか」
「札が古いってんならとっくに気付いているよ」
 不貞腐れたような色は既に菱の表情にない。素早く周囲を見回し、目を眇める。
「どうにも、呪術師の仕業にしちゃあ、お粗末だ」
 初めは気付かなかった。
 しかし、こうして道を進み、じっくりと貼られた札を見ていけば分かる。特殊な技術で梳かれた筈の紙は黄色く変色し、物によっては裂けたり破れたりもしている。生憎と呪術に詳しくはないが、こんなに薄汚れていては効果なぞ期待出来ないのではなかろうか。菱も同じようなことを思ったのだろう。何があってもいいように、その手は腰の刀に添えられていた。
 その危惧が現実のものとなるのに、時間はそう必要なかった。
 どちらともなく刀を抜き、振るう。
 どちゃり、と足元に禍者の亡骸が転がった。
「おいおい……本当に機能してねえじゃねえかよ」
「守手の手落ち、ではなさそうだな」
 互いに顔を見合わせ、村への道を走る。
 この地に守手の結界は、既にない。
 
 
   ・・・・・
 
 
 守手のいる筈の村は、惨憺たる有様だった。
 村の家屋はどれもが大なり小なり損傷を受けていて、畑の作物は食い荒らされはしていなかったが、無意味に掘り返された跡が幾つもある。禍者は人間以外を喰らわない。ただ、暴れただけの痕跡。夥しく残る獣の足跡の合間に見付けた紙切れを摘み上げる。村を守っていた筈の札の切れっ端だった。
 当然、そこに住まう村人たちが無傷の筈もない。
 比較的まともな家に一所に集められた人々の多数――大人の男たちが筆頭だ――は何処かに傷を負い、酷い者は俺たちが訪った時点で顔色を白くしていた。血を流し過ぎているのだ。
「で、何事だ、この有様は」
 絶望や怯え、恐れに口を噤んでしまった者には目もくれず、恐らくはこの村の長であろう一等歳上の男の前に菱は座った。下手に遠慮をしない質なのはこういう時に有用だ。
「結界はない、守手もいないじゃそりゃあ禍者の良い餌だ。その癖半端に守手の残骸ばかりがありやがる。一体何があった」
「儂らが聞きたいくらいじゃ」
 疲弊のありありと滲んだ顔を隠しもせずに村長は大きな息を吐いた。
「主らの言うように、元々は守手様が此処にはおった。じゃが、何日か前から、姿が見えなくなってしもうた。何もかも置いたままでな」 
「喰われたのか?」
「あの方は禍者には滅法強かった。一度たりとも圧倒されたことはなかった。そんなことはあり得ぬ……と思う」
「なら……成る程ねえ……」
 幾つかのやり取りを終えた後、菱は唐突に立ち上がり、こちらへ向かって目配せした。差し詰め着いて来い、だろうか。菱に従って一旦家を出る。疲れ果てた人々は追いすがりもせず、ただ黙ってこちらに視線を投げるだけだった。
「また妙なことになった村だな」
 家を出て早々素直な感想を放ってみる。守手が元々いたことで、不在の今、却って大きな混乱に繋がっているのだろう。信じていた守りが崩れる恐怖は如何ほどだろうか。そんなことを考えていると、菱はけっ、と顔を顰めてみせた。
「妙なんてもんかよ、糞が」
 視線をそれとなく巡らせて、菱は人々の集まる家から離れる。他人には聞かれたくないらしい。結局、少し距離を置いた木立の中、背を木に預けて菱は気怠げにこちらに視線を寄越した。
「面倒な場所だぜ、此処」
「面倒と来たか」
「呪術師狩りって奴だぜ、ありゃあ」
 やだやだと菱が頭を振る。
「噂にゃ聞いたことあんだろ」
「ああ、某かが全国の呪術師を消して回っているって話だったか」
 知り合いに聞いたことがある。ある日突然、力ある筈の呪術師が忽然と姿を消してしまう。争いの痕跡もなく、ただ姿だけが見えなくなる。同胞もそうやって何人か消えたと、知り合いは語っていたか。あれは禍者の仕業ではない、とも。
「おう。それでな、良いことを教えてやろう」
 木に凭れ、天を仰いで菱は大きなため息を吐く。
「あれはな、お偉いさんがやってんのよ」
「ほう」
「呑気な返事しやがって」
「とは言え、現実味がなくてなあ」
「……まあ、呪術師じゃなけりゃそうなるか」
 苦笑。菱にしては珍しい、微妙な表情だった。
「お前とも長いし、こういうのに直面するのは今後もあるだろうしゲロっちまうけどさ、俺ん家、それなりにやんごとなき家柄って奴でよ。そん中のほんの一握り、まあ俺みたく腕の良い奴よ、そういう奴に話が来る訳」
 その刀の腕でもって、世の呪術師を狩り尽くせ。
「まるで禍者と同じ扱いだな、その言い草は」
「おうよ。理由は知らねえがお偉いさんにとっちゃ一緒らしいぜ。連��は人々を禍者から守ってんのに、ひっでえ話だよなあ」
「お前が家を出た理由か?」
「あ? んなのなくっても出てってたよ。あんな辛気くせえ家、俺の肌にゃあわねえっての。ま、その話にいよいよ阿呆らしくなったってのはあるかもな」
 大欠伸。それから大きく伸びをして、菱は少し姿勢を正す。
「そんでだ。面倒ってのは、お偉いさんは呪術師も、呪術師をありがたがる連中も嫌ってるらしいことだな。そんで、此処の呪術師は狩られたてほやっほやだ」
「……この村が今まさに目を付けられているっていうことか」
「話が早くて良いねえ」
 にんまり、と口の端を吊り上げて菱が嗤う。
「お偉いさんってのは怖えぞ。何でもしちまうんだ。くそったれな手前勝手な理由で、他のもんを滅茶苦茶に出来ちまう。でかい街ならともかく、こんな小っせえ村、どうされたって誰にもばれやしねえ。そんでもって、お誂え向きにこういう、都合の悪い話を知っている跳ねっ返りもいると来た」
 どうすると思う?
 問われるまでもないだろう。菱の話が本当とするのなら、如何な理由とは言え、人の命を狩ることを躊躇わない連中が、この村の近くにいるとすれば。
 思わず、ため息が漏れた。そのくらい、許してくれても良いだろう。
「……このまま山に消えるかなあ」
「次善だな」
「最善は?」
「俺を切り捨ててお前だけとんずら」
「それをさせる玉か? お前が?」
 腐れ縁なのだ、最早。この手練れの問題児と相対することと、幾許かの秘密の共有。どちらが己に有益かなど、火を見るより明らかだというのに。呆れて呟けば、菱はげらげらと笑った。
「そうしたら一生お前に付き纏ってやるよ」
「その方が余程が面倒だな。お前の言う次善が俺には最善だ。そういう判断が出来なきゃ怒るだろう、お前さんは」
「当たり前だ、くそったれ」
 心底愉快そうに笑う菱に肩を竦めて、村とは逆方向の鬱蒼と茂る森の中に足を向ける。
 当面は、まともな寝食は期待出来ないだろう。
 それでもまあ、生き抜くことくらいは出来る筈だ。
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hariitovial · 9 months
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吸血鬼の友達(前編)
静寂に包まれた深い夜。 ポツリポツリと等間隔で佇む街灯は、どこまでも続く長い道を照らしている。 その道を行く人影がひとつ。 それは少女のものだった。 銀色の髪は上半分を結い、青いリボンで留めている。 青で揃えられた上品な服装とは対照的に、その手には武骨で重たげな鞄が提げられていた。
彼女はため息を吐き、空を見上げた。
「宿場町、通り過ぎたみたい……」
肩を落とす彼女に追い打ちをかけるかのように、冷たい風が吹く。 その風は疲れ切った彼女の身体を容赦なく刺した。 グッと縮こまったその刹那、鼻先に雨粒を感じた。 ハッと青ざめると、やはり思った通りに雨脚がきつくなってきた。 今夜はとことんついていない。
どこか雨を凌げるところはないかと見渡してみる。 ここは農地に囲まれた一本道。 真っ直ぐに進むしか選択肢は無かった。
降りしきる雨で視界が悪くなる中、右前方にオレンジ色の灯りがあることに気が付く。 雨と疲労で重くなる脚に鞭を打ち、彼女は駆け足で向かった。 近づくとわかった。 そこは大きな屋敷だった。 遠くから見えていた灯りは、二階にある一室の窓から漏れているものだった。 彼女は住人に気づかれないよう、石塀の際に生えている大きな木の陰に身を寄せる。 髪も服も、どれも濡れてしまった。 これほど不快なことはない……。 クタクタに疲れ切った彼女は、ため息とともに視線を落とした。
「ん?」
足元に小石が転がってくる。 コロコロ、コロと3つ、4つ。 どれも同じ方向からだ。 小石が転がってくる先に目を遣ると、勢いよく転がる小石が地面を弾き、彼女の額を衝いた。
「痛っ!」
ああ、なんて災難な日なのだろう……。
痛む額に手を当て、再び小石の転がってくる先を見る。 それは遠くから見えていた灯りの灯る一室で、窓辺には女の子がいた。 どうやら慌てた様子だ。 部屋の灯りは残されたまま、女の子の姿が消えた。
ビチャビチャビチャ――
遠くから雨音に混じって足音が近づいて来る。 足音の正体は案の定、窓辺にいた女の子だった。
「ごめんなさいっ!こっちに気づいて欲しかっただけなの。ごめんなさい!」 「平気よ、大丈夫」
その女の子は暗闇を照らす光のようだった。 というのも、髪は白く長く、肌も透き通るほどに白い。 身に纏ったネグリジェも、その上に羽織るケープも、何から何まで白に包まれていたからだ。 幻覚でも見ているかのような不思議な感覚に陥り、気づけば目を奪われていた。
「本当にごめんなさい……。ところであなた、こんな雨の中何してるの?」
宿場町を通り過ぎてしまい、宿を探している事を話した。
「そうなの?それならここへ泊るといいわ!誰もいない離れがあるから丁度いい!」 「いいの?」 「もちろん、さあ上がって」
二人は大きな門をくぐる。 正面にそびえる古めかしくも豪壮な屋敷の脇に、その離れがあった。 木製の重厚な扉を開けると、薄暗い空間が広がっていた。 雨のせいもあってか黴臭さが漂う。
「ずっと誰も使ってないから少し汚れているけど」 「いいえ、ありがとう」
女の子は笑みを浮かべ身体に纏った雨粒を払うと、腰のあたりまである髪を絞った。
「ところであなた名前は?私はケイト」 「アルマよ。よろしくねケイト」 「少し待ってて、必要そうな物を持ってくるから」
ケイトは笑みを浮かべ、弾む足取りで雨の中を進んで行った。 ひと先ずは宿がみつかり、アルマは胸をなでおろした。
しばらくするとケイトはたくさんの品を抱え戻って来た。 それらを手渡すと彼女は風のように去っていった。 アルマは感謝の気持ちでいっぱいだった。 ただ、気になったことがひとつだけあった。 一瞬触れた彼女の手はとても冷たかったのだ。 雨に濡れたせいなのかもしれないが。
次の日の朝。 窓から差し込む光によってアルマは眠りから覚めた。 離れの二階、古びたベッドの上でフカフカの大きな白いタオルに包まれている。 これはケイトが用意してくれたものだ。 彼女にお礼を言わなければ……。
窓の外を見てみると、昨夜の雨が嘘だったかのように空は晴れ渡っている。 昨夜は暗くてわからなかったが、庭の木々を挟んだ先には母屋が見えた。 ケイトはそこにいるのだろう。 窓から目を離そうとしたその時、数名の人物が屋敷への門を潜り入って来るところだった。
「お客さんかな?」
忙しくしていれば悪いと思い、少ししてからケイトのところへ行くことにした。
昼を過ぎた頃、朝に見た数名の人物は帰っていくようだった。 そろそろケイトの元へ行こう。
屋敷から一歩踏み出すと、時間が動き出したかのように爽快な風が優しく吹いた。 足取りも軽やかに辺りを見渡してみる。 庭は広いが、どの木々も手入れをされていない。 しかし、屋敷はやはり立派だった。 階段を数段上がったところが玄関らしい。 大きな扉をノックする。 すると、一人の老婆が現れた。
「はい、どちら様で。何か御用でしょうか」 「私は昨夜、隣に泊めていただいた者です。ケイトさん、いらっしゃいますか?」 老婆は眉をひそめた。 「隣……、そうですか。少しこちらでお待ちいただけますか」 「はい」
5分程すると、先ほどの老婆が再び現れた。 「すみません、今は忙しいようです。夕方ごろでしたら、またこちらにいらしてください」 「そうですか、わかりました」
アルマは離れへ戻ることにした。
爽やかな外の空気を知ったからには、このままではいられない。 埃と黴の臭いを払うため、屋敷の窓をすべて開け放った。 掃除を試みたが、長い年月が積み重ねてきたであろう汚れと屋敷の広さに断念した。 唯一清潔な白いタオルに寝転がった。 高い天井へ向け地図を広げる。
それにしても、どこで迷ったんだろう……。
地図を見つめ、頭の中で考えを巡らせていると、窓の外は夕暮れに染まっていた。 集中するといつもこうだ。 そろそろケイトに会えるだろうか。 アルマは再び母屋へ向かった。
コン、コン、コン――
「はい」
開いた扉の先には、白い服に身を包んだケイトがいた。 ほんの一瞬、表情を曇らせていたように見えたが、気のせいだったようだ。 パアッと明るい笑顔が飛び込んできた。
「アルマ!」 「ケイト、こんばんは」
夕暮れの中に佇むケイトは、アルマの目にはどこか不思議に映った。
「どうしたの?まるで幽霊でも見ているようね」
ケイトはクスクスと笑った。
「ごめんなさい、何だかぼうっとして。ケイト、いま忙しい?」 「ううん、もう平気!ずっとアルマに会いたかったの」 「そうなの?私も、昨日のお礼が言いたくて……泊めてくれてありがとう、ケイト」 「いいからいいから、そうだ!夕食はいかが?」
ケイトはアルマの両手を取り、同意を求める眼差しを向ける。 アルマの手に伝わってくる彼女の冷たい温度は、昨夜の雨の記憶を思い出させた。
「そうね、いただこうかな」 「さあ、入って入って!」
アルマはケイトに押し込まれるようにして屋敷へ上がった。 広々としたエントランスを抜け、薄暗く長い廊下を進んだ先の大広間へと通された。 表からは確認できなかったが、廊下の窓ガラスは所々割れていた。 ケイト曰く、以前に来た嵐の影響で屋敷は被害を受け、未だ修理できていないらしい。
「さあ、ここよ」
ケイトは大きな両開きの扉を開く。 暗い廊下にまで光が溢れ出す。 そこは無数の蝋燭に照らされ暖かい光に包まれていた。 広間の中央には食卓。 壁や床、天井の装飾はどれも豪華絢爛だ。
「すごい豪華ね……」 「私のお気に入りの場所よ、そう言ってもらえて嬉しいわ」
二人が席に着くと、数名の使用人が料理を運んできた。
「さあ、召し上がれ」 「いただきます」
食卓には二人では食べきれない量の料理が並べられた。 アルマは少し驚いた。 ケイトはその様子に心配して尋ねた。
「もしかして、苦手なものがあったりする?」 「いいえ、大丈夫。好き嫌いは特にないから」 「よかった!私も好き嫌いはないわ」
「そういえば、アルマは旅人?どこへ行くの?」 「ええ、すごく遠いところ。山岳地帯を越えた先なんだけど……」 「もしかしてあの山?かなり遠いところよね。それに危険な山だと本で読んだことがあるわ」
それから二人の話題は、共通の趣味だと判明した読書に移った。
「とてもオススメの一冊よ!探しておくわ」 「ありがとう、楽しみにしてるね」
食事を終え、アルマはケイトに見送られ離れへ戻った。
――――――――
それから数日間、アルマは離れに泊めてもらいながら旅に必要な品を買い集めた。 その日々の中で、気が合う二人は交流を深める事となった。 けれど、日中にアルマとケイトが会うことは一度もなかった。 ケイトはいつも来客の対応で忙しいらしい。 そのため、二人が会うのは陽が落ちた後になってからと決まっていた。
この日は二人で夕食を終えた後、初めてケイトの部屋へ通してもらった。 白を基調とした部屋は彼女らしさを醸し出していた。
「いい部屋ね、ケイトらしい」
――?
「アルマ、どうしたの?」 「ううん、何でもないよ」
アルマは違和感を覚えた。 嗅いだことのある香りが鼻をついた気がした。 けれど気にしないことにした。
「忘れてた!お茶を淹れるから待っててね」
ケイトを待つ間、アルマは部屋を見渡した。 ある一角には背の高い棚が並んでいる。 上段には様々な種類の本が詰め込まれていた。 読書好きな彼女らしいスペースだ。 下段には引き出しと、金庫のような扉があった。 その扉は閉め忘れているのか、少しばかり開いていた。 アルマは悪い気もしたが、好奇心から覗いてみることにした。 近づくととてもヒンヤリしていた。 扉の中は薄暗く、目を凝らしてみた。 そこには、この部屋に似つかわしくない大量の血液が収納されていた。
「これは……」
アルマは眩暈がした。
しばらくするとお茶を持ったケイトが戻って来た。
「アルマどうしたの?顔色が悪いけど……」 「うん、ちょっと気分が。ごめん、今日はもう向こうに戻るね」 「そうなの大変、ゆっくり休んで」
アルマは屋敷を後にした。 そして後で気づいた。 あの時の違和感。 それは、彼女から漂う何人もの血の匂いだった。
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joyfultrashtragedy · 1 year
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シン仮面ライダー観て1ヶ月くらい経った シン・ゴジラと同じくらい面白かった と思う 観た直後はそうでもなかったけど段々心象が良くなってきた 長澤まさみ(サソリオーグ)の演技が好き めっちゃハマってた 一瞬しか出なかったけど…
映画の感想を読んだり書いたりすることってほとんどないけど、ツイッター眺めてるだけで無限に批評が流れてくるのでなんか色々考えてしまう
「アニメ式のつくり方」について 庵野秀明がミリ単位での指示を出したり、リアルなCGを多用したりすることについてすることについて「アニメと同じつくり方で実写映画を撮っている」というツイートがけっこうあった(同じ事を言っていても肯定・否定両方の意見があった) ああいう作り方をする実写映画がもっと増えたらいいと思う 俺はアニメばっか観てきた人間だからか、おなじ「映像作品」としての最高点を比べた時、実写はアニメに勝てないだろうと常々思っている あそこまで徹底的にやる必要はもちろんないが、演出や画作りや展開をちょこちょこ導入するとかね 実写にアニメが学んでる例は多いけど逆って少なくないか、と思う 特に邦画は まああんなやり方が流行ったら現場の負担や制作コストがやばいんだろうけど
庵野映画を観てると思うのは、「実写なのに観てて疲れない」ということ アニメって、同じセル(コマ)を止めたり口パクさせたりスライドさせたり、複数カットで同ポジを使ったりするのが普通なんだけど、 実写では俳優や背景は常に動くし、カメラが常に最良のポジションを探して動くので同じポジションが使われることが少ない ところが庵野映画は同じ構図・背景にこだわって何度もそれを使ったりするし 俳優に「静止」の演技をさせる(本当に俳優が全然動かない これは後述する棒演技の理由のひとつでもあると思う) 結果、観客が把握するべき情報量が減って、同じ時間ぶん観ていても疲れにくい、ということになる
あと作品を追うごとにシンメトリー構図が増え続けている これは画面の半分だけを観ればよくなるので疲労感の軽減につながる
youtube
↑マジで左右対称のカットが多すぎてびっくりした予告映像(実際に見に行ったらそこまででもなかったけど)
こういう演出全体が「アニメ式のつくり方」の所産なのかはわからんけど、アニメオタクが観ていても疲れないのは庵野映画の好きなところのひとつ
俳優の棒演技について エヴァファン(アスカのオタク)をこじらせすぎて庵野アンチになった友人がいて、そいつがシン・ゴジラを観た後に「俳優の演技が棒すぎる」と言っていたのを覚えている 俺は言われるまで気づかなかったが、たしかにセリフや演技に感情が無いっちゃあ無いかもしれない もちろん感情の動きは演出や脚本のうまさで十二分に伝わっているし、あれが庵野映画の味なんだ、と言える気もするんだが
シン・ゴジラ公開の後、ツイッターであの棒演技の意図について「往年の特撮映画特有の『怪奇』な雰囲気を出したかったのではないか」というツイートがバズっていた その時はなんとなく納得したが 最近は違うことを思い始めている
つまり、庵野映画にはたしかに特撮的な「怪奇」な雰囲気はあるんだが、それを生み出しているのは鷺巣詩郎による劇伴の効果なんじゃないか、と思い始めている
じゃあ棒演技はなんなんだ、というと多分理由は2つあって、ひとつは上で述べた「止め」の演技指導、もうひとつは肉体の限界に縛られる俳優の演技に庵野がどこかで諦めているんじゃないかということ
Tumblr media
上のシーンみたいな、庵野アニメのここぞという場面では、キャラに画面の奥行きをグワッと使わせることがよくあって、そのときキャラの身体とカメラの関係はフィクショナルに歪む(外連味が増す) アニメでは画面の面白さのためにキャラの腕が伸びたり膨らんだり、頭が膨らんだり縮んだりする(違和感を感じない程度に、という範疇には収まるが) 日常パートでアスカが怒った時に眼が点になっちゃうのも身体が自由になるという意味では同じ
でも実写ではそういう自由がきかない、だから初めから期待せず、操作可能な画面づくりの邪魔にならないように俳優にはじっとしていてもらおう、と庵野監督は思っているような気がする もちろんそういうことを直接言ったりはしないんだろうけど 俳優が「庵野監督の中にある正解」を探した結果、そこに自然と行き着く感じ
そう思うと長澤まさみだけはずっと自由だな そういう役回りを監督が期待しているのか、単に長澤まさみが根っからのアンチェインドなのかもしれん
NHKのドキュメンタリーの放送後に「チョウオーグ戦がタックル合戦の泥試合になったのは庵野監督の無軌道なアクション指導のせいだったのか、あんな戦闘になるのはチョウオーグの設定からしておかしいと思ってた」というツイートを見て、そんなのどうでもいいじゃん、と思った自分に驚いた 高校生��ときの自分はいわゆる設定厨というやつで、まあ設定とか考証とかに矛盾があるとキレ散らかしていたんだが、そこからだんだんと アニメは画面がかっこよくて勢いがあればいいよね みたいな感じになった キルラキルを見て、画面と勢いこそがアニメというメディアの(他メディアと比べた時の)特質だと思ったから でも設定や背景やストーリーも大事だろと最近は思い始めていて、 なんか何が言いたかったのかわからんくなってきた 要は極端なのはよくないということか 一般論すぎる
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そんなこんなで急展開ではあるが予定が決定したので指定された集合場所へと向かう事にした。
乱立したビルディングの間を抜けて、ありふれた人混みを潜り抜けて足を進める。
手に持つ手荷物が少々邪魔には感じたが些細な悩み事なんざ瑣末なものであった。
特筆して、この街の説明でもしようかと思ったのだけれども、恐らく随分と長々とご説明する羽目になるのでそれはそれでまたの機会にでも。
退屈になり過ぎるのを危惧してポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して耳に嵌め込む。
端末を数回タップやスワイプをして芸人のラジオを流し始める。
痛快なやり取りがどうも心地良い。
ロートーンのボケにハイトーンのツッコミはラジオならではだと思う。
バラエティー番組ではオンモードになっているので2人ともハイトーン目な声色でボケやツッコミをしている。
だからこそのラジオという閉塞的空間になると出てくるパーソナルな部分。
これが芸人ラジオの醍醐味であるとも言えるであろう。
毎週新たな話題と共に右や左に脱線しつつも放送時間を終える技量は素人ながらに感服している。
勿論、ラジオを語るる上で忘れてはならないのが作家の存在。
ハガキ職人と呼ばれるリスナー群からのメールを捌きその上、笑い声を足して盛り上げ役に徹する縁の下の力持ちである。
わざわざ素人である私が説明する迄もないが。
と何処へ向けたか分からない自嘲ツッコミの様なものをぼやいた。
そうして屋上に赤い観覧車を有する施設。HUPに到着した。
自分の中ではこのどデカい赤い観覧車はこの街のアイデンティティーというかアイコンみたいなものだと認識しているし実際この街の集合場所によく多用されているイメージがある。
街行く人々にゴブルと云えば?と尋ねれば大半はこのHUPを指すであろう。
さっき迄、街の説明はやめておこうと思っていたのにすっかりお話ししている気分屋な自分に苦笑いする。
私が着いた頃には手摺の用途を果たす筈だった腰を掛けは若人で溢れていた。
ファッションも多彩で、もしこれがカラーパレットならどんな絵画を描けるか挑戦をしてみたいものだ。
集合場所で待ち合わせる時の鉄則は分かり易い位置に位置する事だと思うので辺りを見渡し、それなりに眼につきやすい場所が奇遇にも空いていたかと思えば何処にも空いて無かったし相手も居なかった。
と思えば待ち合わせ相手を見つけ駆け出た高校生位の溢れる若気を振り撒く女子の後を腰掛ける。
そこからは2人の到着を今かと待つのみだ。
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また回転式パーキングはぐるりと周り出口へと誘う。
またもや喋りの達者で無いラジオが流れている。
「エラい険しい顔してんなァ。そんなに素人のべしゃりが気に食わんかァ?」
「何と言うか話の構成、声の抑揚とかも破綻しているし、とても聞けたもんじゃあ無いってところかしら。」
「まァ、そこが醍醐味やろォ。運転中なんやから所詮はBGMよォ。オモロ過ぎても如何なもんかっちゅうこっちゃ。」
助手席側の意見と運転席側の意見ではこうも相見え無いものなのかと感じる。
確かに生涯で一度もハンドルを握った事の無いあたしにとっては考えが及ばないのも無理は無かった。
さっき通った道を元に戻るだけの時間は車内を彩るBGMもグレースケールで描かれた抽象画の様で味気無いしラビと会話してもちゃんちゃら相手にされていない返答ばかりで退屈だし強いて今、楽しめる事と言えばどんよりとした空模様を車窓から眺めている方がずっと良かった。
多分、何回かはラビから話しかけてきていたんだろう。
だけども一言も発する気にならないので他人事の様に対処しておいた。
曇天の薄くなった所から日差しがさして来ていたがもう少しで日没になるから直ぐに暗くなるんだろう。
自分ルールというものは厄介である。
帰ってからどうやって自分の機嫌を取ろうか。
大した事で無くても大した事にしてしまう自分に嫌気が差す。
厭世的になった所で助け舟は何処からも入港する気配は無い。
今からアリスとも会うのだし不機嫌を悟られるのも嫌な話だ。
街並みはゴブルの中に入った事を視覚的に知らせる。
ラビは慣れたハンドル捌きで路地を抜け駐車場に停める。
車を降りて集合場所へと向かう。
「エラい考え込んでたなァ。深い悩みでもあるんかァ?まァ俺に言われば不快な闇と言って退けるけどよォ。」
「何回、小馬鹿にすれば気が済むのよ!ヘラヘラばかりして現実逃避していれば解決する瑣末な問題なら此処まで思い悩ませる訳が無いじゃない。他人事だからって楽観主義なのも如何なものかと思うわ。」
「おー怖ッ。琴線に触れるかの如くとはこの事かいなァ。宛ら箱入り娘の様にお高く止まるつもりかァ?」
はあ。
3mを超える大柄なムーミンでも一息で殺めてしまう程の大きな大きな溜息が溢れる。
埒が開かないし、こんな野郎相手に等身大で応対していれば先に疲れ果ててしまう。
そう言った諦めを会得したのはつい最近の事だ。
いつまでもどつき合いをしてはいられない。
体力も時間も有限だ。
言わば戦略的撤退である。
敗退では無く勇退である。
両者は近しい位置に位置する事から単純な思考回路では勘違いし易いが全く持って別物である。
視界には赤い観覧車が映り込んできた。
ぐるぐると駆け回る邪魔モノを一度クリアにしてアリスの元へ向かった。
隣では相変わらず何かを言っている様であったが気にせずに進み続けた。
言うなればこれは勇進であろう。
側から見ればナンパをただただ無視して突き進む我の強い女性とかに見えているのであろう。
まあ確かにこの関係の始まりと言えば最悪なナンパから始まっているのだから強ち間違いとも言えない。
早くアリスの元へと思う気持ちが歩幅を広くして2脚の回転数を高める。
だが思っていた程アリスが待つ集合場所は近くは無かった。
15
2人を雑踏の中から見つけ出し腰掛けから立ち上がった。
遠目から見ていてもどうやら華やかな雰囲気は感じ取れない。
足早に歩くテレスとそれに無理矢理、歩幅を合わせているラビの光景は誰が見ても滑稽であった���
開口一番、文字通り1番目に口を開いたのはテレスである。
「こんな奴、置いてって早く行こうぜ。」
「オイオイ。そんなこたァないだろォ。」
ジッとテレスは睨みを効かす。
案外お似合いな2人なんじゃあないかとアリスは心底では思った。
「テレス少しは落ち着きな。いつもの冷静さが欠けている様に思えるわ。今日はラビさんとも約束してしまったのだから3人で行くわよ。」
「ほらァやっぱ流石姉ちゃんなだけあるわァ。テレスも少しは見習ったらどうやァ。」
さっきと全く同じ光景が目の前でデジャブの様に宛ら予知夢の様にまんまテレスは睨みを効かす。
そんなやり取りをしていると人気のある待ち合わせスポットなだけあって席を譲らなければいけなくなった。
勿論いけない訳では無いが譲るのが暗黙の了解である。
サッと2人を促し立ち上がる。
「場所を変える位ならもうこのまま向かおうかァ。」
「そうですね。立場無しの立ち話じゃあ直ぐ様終わりが来てしまいますものね。」
「やっぱり今日は帰っていいか?流石に気分が乗らねえ。」
「テレスは落ち着くまでこの場に居なさい。私だって親みたいな事を言うのは癪だと分かっているけども。」
「まんま親みたいなこと言うなァ。」
ぐへへと笑いながらラビは言った。
成せばなると言うが話せば分かるとも私の個人的な観点で言えばそうであると思う。
テレスにとっては苦行の様ではあるが決して悪い人では無いと認識を変えてもらいたい。
テレスは出不精である。
音通りではあるがデブ症とは言ってはいない。
そんなルッキズムみたいな価値観は持ち合わせては居ない。
それはさておき交友関係も極めて狭く独りっ子であった場合テレスはどの様な生涯の結末を迎えていたかを想像するだけで容易く杞憂してしまう。
看護婦に囲まれ死に目にはごく僅かな友人と家族で執り行われる事であろう。
増してや、結婚なんざ考える歳では毛頭無いが結婚出来るのか些か身内として不安ではある。
そして心の内を明かせる友人が出来たとしてもテレスの老後まで御存命かは不安材料である。
だが時代も時代だ。今風向きは私達の方に吹いている。
テレスの事を受け入れれる人も増えている様には思える。
このままらしく生きてくれたらいいなとも思う。
さっきは言い過ぎた真似をしたのかと催促された訳でもなく最速で後悔をした。
そうして我々一向はラビの先導の元、謎めいた場所へと向かう事にした。
「二人暮らしはもう体に慣れてきたかァ?」
「叔父さん面してんじゃないよ。馴れ馴れしいな。」
あまりにも素早いツッコミとおかしな会話に思わず笑ってしまった。
「ええ、ようやく板についてきたって感じですかね。」
「やめてよアリス。まるで私たちが蒲鉾みたいじゃあない。」
三人で話し始めて初めて分かったがテレスにはツッコミ属性が思ったより高かったのが判明した。
「そんな身をすり身にせんでもなァ。それこそ整形までしてしもうたら最早、蒲鉾に近づいてしまうでェ。」
「蒲鉾をテーマにしてこれ以上話を広げないでよ。焼かれて加工までされたら生身の人間はひとたまりもないから。」
「焼きの他にも茹で、揚げ、蒸しもあるわよ。」
「余裕で気分も上げ切らないので無視させていただきます。」
「こりゃ一本取られたなァ。」
顔の前で立てた人差し指をそのまま今夜の食堂へと向けた。
それは純喫茶であった。
さっき出題されたラビからの問題に納得してカランコロンと音を立てて店内に入る。
16
店内に入り従業員に案内された座席に腰を下ろす。
あたしたち姉妹が並んで座る。
「さあて何食べようかァ。」
パラパラとメニューをめくりながら上機嫌にラビは呟いた。
もう一枚あったメニューを手に取り二人で眺める。
「私は無難にナポリタンにしようかしら。あーでもオムライスも捨てがたいなー。」
「あたしはプリンとクリームソーダで。」
さっきまでの怒りをチャラにするには甘未がマストである。
「よしっ。決めた。オムライスと珈琲にしよっ。」
「じゃあ注文するでェ。」
ラビは店員がお冷を持ってきたタイミングで、あたし達の注文に加えナポリタンと珈琲をそつなく諳んじた。
「さあて本題に移ろうかァ。」
さっきも聞いたセリフだ。
心底、信用ならない。
「本題とは何かしら。私の居ない所でどんな結託をしてきたのかしらね。」
「そんな良い物じゃあないわよ。色恋っぽくもっていかないでよ。不名誉極まりないわ。」
「いやァ。テレスがどういった経緯でアリスと知り合ったかを知りたいと引き下がらんからよォ。」
「そんな言い方ってないわよ。あたしからすれば二人で結託して名誉毀損で溺死させようとしている様だわ。」
「さっきの不機嫌もてっきり蒲鉾で無くなったからか今や饒舌になったなァ。ええこっちゃ。」
「何?また睨みを効かせて欲しい訳?ドMなの?」
笑っちまうほどの気分屋だからか先程迄の不機嫌はあっという間にいなくなっていたのは事実だ。
「レディー、二人を目の前にして性的嗜好をおおっぴろげにするつもりは無いけどよォ質問に答えるならばァYesやァ。」
チラッとアリスの方を見れば下を向いているし、あたしもどう返答していいかに困る。
「おいおい、こんなことまで吐露させておいて無視ったらないぜェ。まあ確かに返答には困るわなァ。俺も君らもォ。」
「そんなことはこの際一切合切どうでもいいから早くその”本題“とやらを教えてくれないかしら。」
「一体どこから説明するのが端的でいいかしらね。説明しすぎるのも野暮ったいでしょうから。」
「せやなァ。何時間話して良いかにもよるなァ。」
「何時間ってそんな誇大されても困るわよ。聞いてられて精々20分て所かしらね。ていうか何なのこのテーブル誰かひとりが困り続けないといけないとかいうそんな見えないルールに縛られている卓なの?そういう類のコンセプトカフェだったの?」
思ったよりも長回しの長尺ツッコミになってしまった。
ラビはわかりやすく反応をしてくれるからツッコミ甲斐がある事に漸く気が付く。
アリスが特別、無愛想といった訳でもないが無難にこのやり取りを見て笑っているだけであった。
普段の日常社会ではアリスのロールプレイは高く評価されるであろうがあたしの好みは断然ラビの大げさすぎる程の反応である。
先にドリンク類がテーブルに到着したので喉を潤した所でラビが口火を切った。
「まあ話し出すとするかァ。あれはなァ2カ月位前やなァ俺は万事屋として生計を立ててるんやけどォそこにひょんな事からアリスから依頼を受けて事件解決したのがざっくばらんとした粗筋になるか���ァ。」
思ったよりも簡素に纏められて驚嘆した。
「食事前��から事件の詳細は止めておきましょう。残忍極まりないから。」
「せやなァ。思い出しても血の気が引くなァ。それにしても、ひでェ事件やったなァ。」
「オムライスの上に乗ったケチャップが不味くなるわ。この話もここいらで仕舞ましょう。」
思っていたよりも血の気が多い事件を介しての出会いに掛ける言葉も見当たらなかった。
無難に相槌だけを打った所で各自のフードが届き始めた。
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groyanderson · 1 year
Text
☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン3 第四話「可哀想なワタクシ」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
→→→☆書籍版発売までは既刊二巻を要チェック!☆←←←
(シーズン3あらすじ) 謎の悪霊に襲われて身体を乗っ取られた私は、 観世音菩薩様の試練を受けて記憶を取り戻した。 私はファッションモデルの紅一美、 そして数々の悪霊と戦ってきた憤怒の戦士ワヤン不動だ! ついに宿敵、金剛有明団の本拠地を見つけた私達。 だけどそこで見たものは、悲しくて無情な物語…… 全ての笑顔を守るため、いま憤怒の炎が天を衝く!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 日本仏教特有の考え方に、十三仏という仏様のグループがある。私が日本で神影(ワヤン)の修行をしていた時も、瞑想で描く影絵の題材などにこの十三仏を用いていた。  これに新しく覚えた影影無窮の技をかけ合わせれば、戦いのイメトレが行えないか……そう思いついた私は、大ティルベリ戦後みんなが疲れ果てて眠っている今、ソルモラ島の外れで不動明王である自分を除く十二柱の神影(ワヤン)を生成した。組み合いの相手はドマルが操作する事になった。  まずは釈迦如来、いわゆるブッダ様。仏の階級としてはいきなり最上位の如来だ。伝説に則り、無限に巨大化と縮小を巧みに操って攻撃を仕掛けてくる。天高くまで追い詰めたと思いきや手のひらの中、かと思えば蚊よりも小さな姿で背後を取ってくる。自分自身が影影無窮のバリアに身を隠し、領域に入ってきた瞬間を斬って撃破に成功した。  次に文殊菩薩。『三人寄れば文殊の知恵』ということわざは記憶にも残っている。そんな叡智の���徴を、この修行でドマルは『罠使い』と解釈した。大量の地雷やどこかから飛んでくる槍をかいくぐりながら、最後は巨大鉄球の振り子を逆に利用して撃破した。  その後も普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩……と錚々たる面々と鍔迫り合いを繰り広げた。観世音菩薩戦であの極太ビームを再現された時はいくら何でもやりすぎだと思ったけど、なんとか最後まで戦い抜けた。 ༼ お疲れちゃん ༽ ༼ ゼェ、ゼェ……ちゃんじゃないでしょちゃんじゃぁ!? ていうか、あのビーム出せるならドマルが戦った方が強いじゃない!! ༽ ༼ あれは影絵で見せただけ、殺傷力はない。拙僧ホラ、回復要因だし ༽  そう言いながらドマルは神経線維のエネルギー弾で私を修復した。確かに彼の抜苦与楽の法力は、戦闘にはあまり向いていない。神経型エネルギーで痛覚を吸収したり、物や生き物を修復する力だ。見た目は物騒だけど。 ༼ うう……もっと強くならなきゃ。せめて暗い所でも弱体化しないように、御戌神に頼らなくても戦えるように…… ༽ 「どうして」 ༼ ! ༽  振り向くと、物陰から御戌神が覗いていた。もう目が覚めたのか。 「そんなに僕は信用が? 僕が弱いから? 一度も君を守れた事がないから??」 ༼ そ、そういうわけじゃない。けど、何かの拍子に別行動になる事もあるだろうし…… ༽ 「一美ちゃんの体が奪われた時、みたいに?」  御戌神がまた左手の薬指を掻いた。 「そりゃそうだ。君は実際、一人で戻って来れた。僕なんかいなくたって平気かもだ」 ༼ 違う! そういう事じゃ ༽ 「はっきり言ってくれ! 僕なんか必要ないと、足手まといだと……」  詰め寄ってくる御戌神の前髪を、その時ドマルが無理やりたくし上げた。 「……っ!」 ༼ こういう事、だ ༽  彼の顔は、両眼を中心にひどいケロイド状の炎症を起こしていた。私も薄々気がついていたけど、これまで彼は金剛や一美の話をする時に目が光って、時折苦しそうな唸り声を上げていた。 ༼ あなたはたまに、自分自身の肉体が耐えきれないような輝きを無意識で放っている。ストレスの限界だろう ༽ 「……ハハ、やっぱりわかってたので」  御戌神は念入りに前髪を下ろして目元を隠した。 「あの日から、僕は君の入れ替わりに気付いてた。けどそれを口にしたら、君の体まで殺されてしまうんでねえか? そう思ったら言えなくて……でも君がどこかに連れてかれちまうのが怖くて、そのままの付き合いを。けど、心の中の憎しみを、光を隠せば隠すほど……僕の体はボロボロに」  重たい前髪がランプシェードのように淡く光る。その輝きは昔と違って、毒々しいほど複雑な虹色に近い。 「ごめん、当てつけみてえな事を。ともかく、僕は塔には行かないから。行っても本当に足手まといにしか……」 「いいえ。そうはいきません!」 「え?」  突然、どこからともなく第三者の声。見渡しても誰もいない……と思いきや、 「あなたもお不動様と一緒に塔に登って下さい、光さん」  御戌神の巨体に隠れて、背後にミラさんの姿があった。
 གཉིས་པ་
 大ティルベリ戦からほぼ丸一日しか経っていないのに、ミラさんの体は完全に回復している。全知全脳の力で異形化や出産の負担自体がなかった事になったようだ。 「光さんは彼女の夫なのでしょう? 愛する伴侶にそのような辛気臭いお顔を見せてしまったら、お不動様まで悲しくなってしまいます。シャンとして下さいな!」  更に、日本語も格段に上達している。片目に有働さんと同じスマートグラスを装着して、まさかあれからずっと勉強してたのか? 「け、けど、僕は実際弱くて……夫のくせに……」 「夫が妻より弱いのがいけないのですか? 私は将来悟様や有働様を凌ぐ世界の帝王になりますが、それでは私は一生結婚できないという事になるのでしょうか??」 「え、あ、どう……かも、けど……?」 「はっきりおしでございます!」 「ギャア!」  ミラさんに軽く鼻を弾かれて、御戌神は情けない声を出した。どんな帝王学カリキュラムを受けているのか知らないけど、なんか悟さんの高飛車がちょっと伝染ったような……。 「個人的見解で恐縮ですが、そもそもお不動様は、初めからあなたを戦力として期待していないと思います。伴侶とは味方として寄り添い、ただ照らしてくれればいい存在なのです。その領分を逸脱して勝手に傷つく事は、かえって迷惑になります。蕁麻疹を起こすほど金剛有明団が嫌いなら、あなたは妻だけを見つめていればいいのです!」 「!!!!」  御戌神に雷が落ちたような衝撃が走る。すごい、このUR特待生、私が考えていた事を全部言語化してくれたぞ!? 「皆様がお目覚めになられましたら、有働様と私が考案した塔の突入計画をプレゼン致します。あなたにも重要な役職を用意しているので、速やかにテント村に戻って支度をして下さい。いいですね?」 「はいッ!」  御戌神はよく調教された犬のようにキビキビと立ち去った。 ༼ つ……強いんですね、ミラさん ༽  思わず心に思っていた事がそのまま口に出てしまう。 「え?」 ༼ だって、今まであんな目に遭ってて、昨日までその……あなたも被害者、だったのに ༽ 「言葉を濁さなくても大丈夫ですよ。確かに辛い経験や後ろめたい事はたくさんしましたが、帝王になるためには意地でも前を向き続けるしかないのです。それに」  その時、凛々しい顔をしていたミラさんが、甘酸っぱいウインクを私に向けた。 「ちゃんと互いに愛し合っている夫婦って、世界ではとても貴重なんです。それが引き裂かれてしまう事を、私は絶対に許しません」  ……思わず、私もドマルもトキメいてしまった。この未来の帝王、カリスマがありすぎる。
གསུམ་པ་
 午前中に目が覚めた一同は、医師団のテントから仮設病棟へ移って病室を一部屋レンタルした。有働さんとミラさんがホワイトボードに今回の計画を書き記している間、重苦しい沈黙が室内を包みこんでいた。この中に二人、幽体になっている人がいる。恐らく、彼らは…… 「お待たせしました、皆さん」  有働さんが沈黙を破った。 「初めに訃報からお伝えします。昨夜、私の部下セグロが息を引き取りました。心よりお悔み申し上げます……が、緊急事態のため逝去は保留させております」  大ティルベリと戦ったセグロさんが亡くなった。さっきまで毅然とした態度を保っていたミラさんも、彼の訃報が読み上げられた時はいたたまれない表情を隠す事はできなかった。しかしセグロさんは、彼女に安堵の笑顔を見せる。 「T’en fais pas……気に病むな、ミラ。それよりお前が後遺症一つなく帰ってきてくれて、本当によかった」 「セグロ兄さん……ありがとう」  彼は生前、子供達の世話を担う学生寮の責任者だった。自分の命より子供の安全が大切な人なんだろう。対するミラさんも金剛に操られていた後悔を感じながらも、今は未来だけを見つめていく覚悟が感じられた。  しかし、この場にはもう一人、魂だけで出席している人がいる。 「それから大変申し訳ございませんが、弊社のCEOは脳震盪で未だ意識が戻らないためここで戦線離脱致します」 ༼ え!? ༽  悟さんは生きていた。それは良かったけど、そんな状態で幽体離脱してたの!? 「大丈夫よ、私の体は生命維持装置で勝手に動いてるもん。ていうか目が覚めるまで暇で暇で、さっきNBFドル関連の年末年始の後処理ぜんぶ終わっちゃった!」  魂だけになってもなお仕事をしているのであれば、大丈夫なんだろう。この戦いが終わった後でNBFは滅亡しているかもしれないな。 「さて、皆さん。ここからが作戦の説明です」  ミラさんがレーザーポインターを点灯し、ホワイトボードの図を指す。 「金剛有明団の塔は特殊な結界で、霊感がある者でも視認できません。金剛が発行する紋章(ルーン)……すなわち認証コードのようなものを利用して入館する必要があります。また、生きた人間は塔に入れません。そのため光さんとパクさんには幽体離脱して頂きます」 「オッケーよ! 誰か体回しててもらっていですか?」  『体を回す』という言葉には聞き覚えがない。でもドマルがそれを記憶していた。  幽体離脱中も人間の肺や心臓は動き続ける。しかし食事や排泄といった行動を自力で一切取れなくなるため、意図的に幽体離脱する霊能者は誰か信用に値する知人や親戚の霊に自分の体を預ける。これが『体を回してもらう』という行為らしい。 「イナちゃん悪いけど、年末だしアフリカに急に知り合いを呼ぶのが難しいからしばらくは私でいい? 私の意識が戻るまでには女性呼ぶから!」 「えーっ悟さんですかぁ? じゃあ交代さんが来るまでおトイレ禁止!」 「わーったわーった! セグロ、あんたは光君ね」 「Oui」  セグロさんと御戌神が会釈を交わす。するとミラさんが御戌神に霊的物質でできたタブレット端末を手渡した。 「あまり大人数で行って目立ってはいけないので、戦力外の私と有働さんは皆さんを地上からサポートします。そしてここからの道中、光さんには塔の案内と引率をして頂きます」  御戌神がタブレットに触れると、そこに見やすく構築されたホームページのような画面が現れた。 「そこに私が記憶している塔のアイソメ図と、敵の情報などを記しておきました。また右下のチャットツールで私達とやり取りできます」  イナちゃんと画面を覗きながら、三人で情報をざっと流し見る。塔の内部に敵はそこまで多くないようだ。この塔は連中が建設している楽園アガルダへの通り道にすぎず、要は二大ボスである愛輪珠如来とナタリア・サミヤクを突破してしまえば細かい敵は殆ど出現しない。 ༼ って、ナタリアはこの間倒したんじゃ? ༽ 「ええ、肉体は倒しました。ですが、あの呪医は人間の負の感情が生み出した怪物です。放っておけば再び力をつけて無限に復活してしまうので、大元である感情エネルギーの塊を完膚なきまでにへし折る必要があります」  つまり心理戦を行うと。 「その戦いの担当は、ドマル様と光さんを推奨します」 ༼「え?」༽  呼ばれてドマルが私から分裂する。御戌神と、だぶかドマルが?? 「お不動様は後の如来戦に向けて温存する必要があります。そしてパクさんも、紅さんのお体を取り戻した後に日本で浄化を行う役割があります。そこでナタリア戦はドマル様と光さんが済ませ、その間にお二人は塔内で情報収集をしてもらいましょう」 「ちょっと待って! そりゃドマルは苦痛を取り除く仏様かもけど、僕はそういうの」 「ナタリアなんて性格最悪女との戦いで妻の心が曇ったら、『そいつはコト』でしょう?」 「うっ……僕がやるので」  未来の帝王、夫という人種にやたら手厳しい。しかしここは彼女の作戦通りに進むのが得策だろう。悟さん達も増員が来たり体力の回復次第追って来てくれるという。私はドマルと一旦分裂し、御戌神、イナちゃんと共に塔へ旅立った。
བཞི་པ་
 心霊タブレットの指示に従って御戌神が光の紋章(ルーン)を描くと、大ティルベリ戦で壊したはずの古民家が再び現れた。相変わらず天まで届くような瘴気を放っている。 「入るのやだヨー、くさそう」  イナちゃんが顔をしかめる。私達全員が金剛に恨みを持っているため、塔の見た目はとてつもなく禍々しい。 「待って、見え方(バイアス)解くルーンを。ええと、こうでこうで……できた」  ルーンが形作られると、まるで悪魔の棲家のように不気味だった古民家が穏やかな雰囲気に変わった。金剛に信仰心があればあれは大豪邸か何かに見えるはず。つまり、あれが本来の結界の姿なんだろう。  古民家内はまるで中世か近世初期のように文明感のない内装だった。壁面は塗装されていない丸太を手で組んだ作りで、隙間に所々干し草が詰められている。アフリカらしからぬ大きな暖炉があり、その隣にはむき出しの階段。登ってみると、ドアや暖炉を含めて全てが入ってきた時と同じ内装の部屋に出た。 ༼ あれ? 同じ所に戻ってきた? ༽ ༼ いや、小物の配置が若干違う。それに窓の外が高くなっている ༽  タブレットによると、ミラさんが知っている限り全ての階層はほぼ同じ間取りらしい。雑な作りの結界だ。 「七階が書斎で。ワヤン不動とイナちゃんはそこで待機して、情報を」  全員幽体や影体だから、階段は苦ではない。まず全員で一気に七階まで上がった。確かにこのフロアには、下の数階と違い壁一面に本棚があった。しかし…… ༼ ね、ねえ、イナちゃん……これ読める? ༽ 「読めるわけないヨ、てゆかこれ何語??」  本はどれもこれも手書きのアルファベットで綴られているけど、英語じゃない。文字の上に点がついていたり、数字の6を裏返したような文字がある。 ༼ あーこれ、氷島(アイスランド)語だ。読めるようにするよ ༽  ドマルが私に記憶を共有してくれた。どうやら信者の中にアイスランド人がいたらしい。すると実際の文法や発音はわからないものの、本に書かれている内容はふわっと理解できるようになった。  全員の準備が整うと、私とイナちゃんは分裂したドマルと御戌神を一旦見送った。
ལྔ་པ་
 ワヤン不動と分離した拙僧は、御戌神に導かれ、塔の上階へ進む。幸運の呪医が棲む領域は、十九階にて出入口と同じ扉を開いた所にあるという。 「どうして……どうしてこんな事に……」  前を行く御戌神は、聞こえる声で独り言を繰り返している。 ༼ そんなに辛いなら断っても良かったのに ༽ 「断ったらもう、僕ができる事など一つも。そしたら一美ちゃんに顔向けが」  彼はぶっきらぼうに答えた。拙僧の事は一美と同一視せず、ただの身内のように捉えていると見受けられる。 「心理戦ってやっぱ精神攻撃なので? 悪夢を見させられたり一美ちゃんに罵られたりなど? あー嫌だあぁー、そういうの一番苦手なんだからぁー!!」  にしても、拙僧に素を曝けすぎでは? ༼ その豆腐メンタルがあなたの最大の弱点だから、ミラさんはだぶか任命したんだろ。案ずるな、一美も友人や同僚にはしょっちゅう小心者と呼ばれているよ ༽ 「嘘こくなぁ、あんな勇敢な人が! 先に伝えとくけどドマル、僕は『死ね』って言われたら本当におっ死んじまうタイプなんだから!」 ༼ 誇って言う事じゃないぞ ༽  管巻きながら歩んでいた御戌神が足を止める。目的の扉の前に着いたのだ。先に開けて外に出てみると、そこには無数の小さな散減が泳ぐ池があった。  その池の水はまるで血液とヤクの乳を炎天下で腐らせたような悪臭を放ち、陸との境目が羽毛のように立派なカビの胞子で覆われている。時折天から人骨らしき物が池に降ってきて、それが汚水とカビを纏うことで散減に生まれ変わるようだ。 ༼ バイアス無しでこの汚さ……ていうか、結局雑魚敵も出るんじゃないか ༽ 「グルルル、人から盗んだ骨でこんな怪物作りなど! すぐ消毒せにゃ!」  御戌神の目が強烈な光を発する。輝きは重いたてがみによるランプシェード効果で池全体に行き渡り、そのまま周囲一帯を閃光で包み込んだ。光が落ち着くと、カビ菌は焼けて灰になり、池の水も沸騰してかなり減っていた。 「ありゃ?」  水位が下がった事により、池の中心に巨大な茸の生えた岩場が出現した。御戌神がそれに近づくと、笠がピクリと振動する。 ༼ 待て、危ない…… ༽  一瞬遅かった! 茸が突然大量の胞子を噴出し、それを御戌神が直に浴びてしまった。水上を浮いて移動していた御戌神は電気ショックを受けたように硬直し、そのまま池に落ちていく。  すかさず拙僧は神経線維を伸ばして御戌神をキャッチし、彼を抱きかかえて塔の側へ戻った。御戌神は呼びかけても反応がなく、ヘッヘッと苦しそうな呼吸をする。彼の魂の奥まで神経を伸ばし、意識を読むとしよう。
དྲུག་པ་
「ああ、カワイソウ、カワイソウ♪」  巨大な茸の怪物が、耳障りな金切り声で歌うように喋る。 「他人の不幸は蜜の味♪ でもワタクシより不幸なのは許さない♪ だから死ね!」  怪物の根元から無数の散減が触手状に成長し、御戌神めがけて迫ってくる。それに触れられそうになった瞬間、  ヴゥンッ。 「きゃひゃぁ!?」  仔犬とも人間ともつかない声をあげ、御戌神は意識を取り戻した。 ༼ 死ねと言われると死んじゃう男に、ひどい悪夢を見せるよな ༽ 「あ……ああ。胞子のせいで幻を。ありがとうドマル。おかげで助かっ……だ……だるま!」 ༼ 達磨? ༽  お大師様? 「ちちち、違う! あんた手足が!!」  御戌神が鬼気迫る声を出す。しかし拙僧は特に何ともない。再び彼の精神を垣間見ると……ああ、そういうこと。  ヴゥンッ。 「キャンッ!」  彼の中で拙僧は、拷問部屋のような場所で四肢を散減に食い千切られていた。再び彼の目を覚ます。 ༼ 今度こそおはよう ༽ 「ハッ、また夢を! 良かった……って、うわあああ! 一美ちゃんが死んじゃううううう!?」  何だ何だ、今度は一美か。  ヴゥンッ。 「また夢……うわ! ひぃぃ~!」 ༼ 無限ループって怖くね? ༽  その後、何度刺激しても彼の精神は幾重にも連なる悪夢から抜け出せなかった。最初に茸の怪物に襲われた時を除き、惨たらしく死ぬのは大体拙僧か一美、それとワヤン不動。彼にとって、自分より愛する者が殺される方が辛いのだろう。時には散減や愛輪珠如来に襲撃され、時には不慮の事故が起き、時には御戌神自身の気が狂い…… 「もういい」  彼の心が折れたのは、公衆便所の和式便器に裸の一美の惨殺死体が捨てられている光景の中だった。 「もういい、このままで」 ༼ 何言ってんの。現実に戻れなくなるぞ ༽  血まみれで無残に横たわる一美を呆然と見つめながら、御戌神の目元からまた不穏な光が射す。その光を浴びた箇所の亡骸は、ふつふつと泡立ち少し黒く変色した。 「現実に何の意味が……? 夢から覚めたって、僕はもう一美ちゃんに顔向けなど! 彼女の命に縋って、偽物と結婚して、キスして、初夜も……う、ウオオオーーーン!!」  御戌神が吠えた途端、繋ぎっぱなしにしている神経から彼の苦痛がびりびりと伝わってくる。そして、記憶も。 ༼ ……これは…… ༽  すると便槽の底から、茸の声が響いた。 「きゃっはははは! なぁんてカワイソウなワンちゃんかしら、無様ねぇ~♪」  茸は一美の体を突き破り、汚水と胞子を撒き散らしながら成長する。その姿はインドネシアで見た呪医ナタリアに近くなっていく。御戌神の心の苦痛を浴びて、力を取り戻しかけているようだ。 「ずっとあなたの事見ていたわぁ。あの夜、愛輪珠相手にどうしても勃たなくて、ホテルのベランダに飛び出したあなた。でも地上でハイエナのように待ち構えるワタクシのティルベリちゃん達を見ると、『僕が一美ちゃんを守るので~っ!』って、自殺を諦めて……カァーワイソー!!! きゃ~ははははは!!」  彼が自殺を試みたのは、その一時だけではない。結婚後も幾度となく死の誘惑に抗い、心と体を掻き毟りながら、一美の傍に留まり続けていた。 「さあ、一美なんて女とは縁を切っちゃいましょう♪ 金剛有明団こそがあなたを幸せにできる。だって御戌神、あなたは……」  その気力ももはや尽きかけ、御戌神の体に胞子が積もっていく。そして、彼の輝きも次第に失われるが…… 「あなたはワタクシが作り出した、とびきりカワイソウな負け犬なのだから!!」  ボッ。  彼を覆う胞子は、全て拙僧のエネルギー弾により焼滅した。 ༼ あなたの『カワイソウ』は、矛盾を孕んでいる ༽ 「……は?」  怪物ナタリアから、笑顔が消える。 ༼ 人が可哀想と言う時、その後はたいがい同情の言葉へと繋がる。『可哀想、だから助けてあげる』、『可哀想、だけど何もしてやれない』 ༽  拙僧にも覚えがある。砂漠の果てで力尽きていた、あの『可哀想』な精霊を…… ༼ だが、あなたの目的は逆だ。人から施しを集めるために、わざと不幸を生み出している。カワイソウによって縁を引き寄せ、カワイソウによって徳を得る。それが、あなたの力のからくりだ ༽ 「その通り♪ 不幸な人間ほど良い縁に恵まれるの。よりカワイソウな者こそ、より人に優しくして貰えるの!」 ༼ まだ分からないのか ༽  抜苦与楽の法力……拙僧は御戌神の身体を修復した。爛れた顔の皮膚と、掻き傷まみれの指先を。そして……少しだけ、彼を構成する細胞に、ある『抵抗性』を付与する。 ༼ 哀れみで繋いだ縁は、自分が不幸ではなくなれば消滅する。つまり幸運のナタリア(ナタリア・サミヤク)、あなたは誰も幸せにできないし、やがて誰からもカワイソウとすら言われなくなる ༽ 「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」  ナタリアの根本から五本脚の散減が生まれ、拙僧をがんじがらめに縛り上げた。 「ドマル・イダム、そして紅一美。ワタクシはあなたのような加害者が一番大っっっ嫌い。どれだけ不幸のどん底に突き落としても、どれだけ心を折ってやってもゴキブリのように立ち向かってくる! それどころかワタクシ達が大切に大切に育てたものを正義面で悉く壊してしまう! 死ね。死ね死ね死ね死ねえええぇーーーーーっ!!!」  結局それが本音か。カワイソウなどと言いつつ、彼女は自分より幸せそうな人間を妬んでいるだけだったのだ。 ༼ ……こんな事言ってるけど、あなたはこの女性の事をどう思う? ༽  拙僧は僅かに動かせる神経で、御戌神の前髪をたくし上げた。 「えっ」  途端、御戌神は全身を真っ白に染め上げる。その輝きが悪夢の世界を包み込むと、突然全てのカビ菌がじゅくじゅくと音を立て崩壊し始めた。 「ぎゃああああああああぁぁーーーーー!!?」  胞子を失ったナタリアが急激に力を落とし、悪夢の光景は光が落ち着くと共にあの池があった景色に戻った。但し水は全て干上がり、草木一本どころかカビ一つ生えていない。ナタリアは池の底に溜まった砂利の上を転がりのたうち回る。 「あ、あなた、御戌神ッ! ワタクシに何をしたァァーーーッ!?」 「……」  彼は何もしていない。最大限の嫌悪と軽蔑の感情を込めて、ただただ自らを祟り神に仕立て上げた創造主を見下ろしている。但し長期に渡るストレスで変容した彼の輝きは、全ての生き物を朽ちさせる滅びの光となってしまったのだ。 「やめて、見ないでぇ、ひぃぃ許してぇ! 愛輪珠に紅一美を解放するように言うから! え、エヘヘ♪ お願い御戌様ぁ……!」  ナタリアはへらへらと命乞いを始めた。しかし御戌神は何もせず、ただ彼女を、そして穢れたカビの池を見つめ続ける。 「そんな目で、見ないで……弱く、て……カワイソウ、な、ワ「しつこい」  発光。そして数秒遅れで、人間であれば鼓膜が破れるような轟音が響く。ずっと体の中に貯め込まれていた滅びの光を御戌神は全て解き放った。それは一EBq(エクサベクレル)級を優に超えていただろう。ここが娑婆の地上ではない、塔という亜空間で良かった。  これで夫に粉をかけてきていた女はいなくなったわけだが、前世として一応聞いておこう。 ༼ ……で、結局、彼女をどう思う? ༽ 「別に。カワイソウでもカワイくもねえ、心底どうでもいいおばさんで」
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mikatantan · 1 year
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植物の力🪴 そら豆の芽が🌱見るたびに大きくなってます。 先日ガーデニングコーナーで売っていた苗より育ってます。近いうちに大きなコンテナに植え替えですかね。 あっという間に春が来ますね😊 挿し木や種まき等出来ることから、、YouTubeでメネデールというのを使うと良いと言ってたのでAmazonで買ってみました。 お花のハーブティー🌸も美味しそうで買ってみた。フレッシュのハーブティーもそろそろやってみようかな。 大根葉、家ではあえものと言うものを作ると夫も次男も喜びます。 多分農家だと作物が一気にたくさん出来るから、間引きながら食べる文化なんじゃないかな?  ほうれん草みたいに茹でで、微塵切りにして絞って味噌を混ぜて鍋の蓋をして湯気が出るくらい加熱したものを鍋ごと食卓に😅 それを白いご飯に乗せて食べます。ご飯のお供☺️ 蕪の葉でも出来るし、なんなら蕪の方が美味しいかも。カブを買う時はもれなく葉も付いてきますから両方食べられます🤤 塩レモンはレモンの汁が塩全体に行き渡りました。それにしてもこのビン大きくて重くて、ゆすってもなかなか中身が混ざらないし大変💦 松葉の事を知るたびにもっと薬草や食べられる植物の事、活用方法と育て方を知りたくなって、薬草ガーデン講座という通信教育を始めて9ヶ月。 2月末が最終期限で、最終日にギリギリ最後の課題提出が出来ました😥 歳を取ると目が悪くなって、近視だし老眼だし🥹目が疲れて本を読むのも一苦労ですね。 今時はネットで提出出来るし、点数も即座に分かります。凄い😯 オール満点💯を目指してましたが5回目の課題、一問だけ間違えて95点。悔しいです🥺 充実の内容でとても良かったし、何度もテキストを繰り返し読んで知識を身につけたいです。 そして次の講座も決めました。懲りずにまだまだ学びたい事が沢山あって幸せです。 今度はナチュラルフード講座。本格的な味噌作りもやるかも😍 #薬草ガーデン講座 (Sakai-shi, Fukui, Japan) https://www.instagram.com/p/CpQJD5NBsO3/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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jitterbugs-mhyk · 2 years
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さよならさんかくまたきてしかく hello,good-bye,see you later.
 かれ、すなわち、東の国の偏屈、人を呪い世を疎む、庵の隠者、善いたましいの子どもたちには祝福を、悪いはらわたの大人たちには呪詛をもたらすファウスト先生、ずいぶん長く生きてはいるが、しかし人間ぎらいのほかに、魔法使いらしい陰湿さを備えない男に、やさしさというものを付与(enchanted)したのは、実際のところ、寄る辺のないさみしさの、無限の夜の底で、微睡むことさえできずにいる過去の亡霊、墓石の下の憤ろしさの、風に散らされた手向けの花の、無数のかそけき輝きなのだった。つよいものがなべて! 支配者、君臨者として立つのではない。風もない夜にたなびく旗印のすべて、誇り高く高潔に、掲げられたのではない。
 灯火はいつでも明るいというわけにはいかないが、けれど、さみしさは胸の底に積み重なっていつでも取り出して眺めることができる。火を灯しつづけるには、燃やすべき油が必要だが、心のなかの、感情のはしりは、時がすぎて、忘れたころにいま一度燃えあがるものだ。いつも、いつまでも、あの日を忘れない。あの火を、あの碑を、あの悲を、思い出すまでもなく、毎晩のようにゆめにみる。ただみているだけだ。伸ばした手は届かず、喉はひりついて声にもならず、影を縫い止められたよう、一歩も進めはしない。なべて過ぎ去った日のことだ。そうして、魔法使いたる我々は長くを生きるが、旗を振った手で松明を掲げ、城砦のぐるりをめぐった足で刑場の土を踏み鳴らした人々は、血を継ぎはしても意思を継がず、記憶は潰えて、まことしやかに語られる伝承だけが、あるじなき影のように揺蕩っている。
 ここまでにしよう、疲労困憊でへとへと、といった体の若い魔法使いの姿を見咎めてかファウストが言って、本当はとうに限界を超えていたであろうシノ、シャーウッドの森の番人、森のこども、みなしごのかれは家名を持たないが、文字どおりに生まれて育ち、このさきもかれの、ゆりかごであり、家であり、墓でありつづけるであろう森の矜恃のためにけしてつかない膝を、わずかにゆるめた。かれは力ある魔法使いで、自信にあふれ、強靭で豪胆なところがあるが、ゆえに危うい。いつだってシノはシノ自身ではないもののために、膝をつくことができないのだ。それも間もなく終わりを告げることだろう、ヒースクリフ・ブランシェット、かれのあるじ、かれのかけがえのない友人は、ひどく優しく臆病で、ためらいにそのうつくしい横顔、まなざしを、揺らしていたけれど、近ごろはわずかに、かれ本来のするどさ、知性のひらめき、芯のつよさを、のぞかせるようになった。これを言えばヒースクリフは謙遜して、すべて先生に教わったことです、と微笑むだろうが、かれ自身にもまだ気づかれていない、誰に教えられるともなく、ヒースクリフ自身をして獲得した強さが、確かにその片鱗を覗かせはじめていた。
 先生役なんてまるきり不似合いだよ、とファウストは嘯くが、けして、不釣り合いだよとは口にしない。ひとを教え、ひとを鍛え、ひとの前にたち、かれらを導き、また導かれながら生きた日々は、もう夢の中にしかない古い記憶であるけれど、しかし夢は毎晩に、あらゆるひとに訪れる。ひとりの暮らしは静かで、満たされていて、ゆえにあまりに、幸福だった。魔法はファウストを生かしたけれど、けして救いはしなかった。戦乱は遠くさり、いまは平穏の時代だけれど、魔法使いに産まれたことを、恥じいるように、愛されて育った少年が、両親を不幸にしたと睫毛を伏せるさまに、心が揺れる。しかし、シノが英雄たりえるように、ヒースクリフは間違いなく、善い魔法使いとして、しなやかでつよく、なるのに違いない。これからのかれらの日々に、孤独に癒しを求めるような、厭世の日は、来るべきでないのだから。
 ねぎらいの言葉をかけ、少年たちが律儀に礼を述べるのをみる。ファウストの、指導者としての姿に歓びを抱くのはかつての部下のレノックスで、義理などかなぐり捨ててしまえと思いはすれども無下にあしらうにも躊躇われてこそばゆい。過去は過去で、それは必ずしも未来と地続きでないのだけれど、泥濘む土を、靴の汚れも気にせずに踏み、下生えの草を払い、鬱蒼としげる枝を落として歩き、ファウストを探し続けたという男には、辿り着けない場所などないのかもしれなかった。たとえ途方もない夢の、いつか願い、焚き火を囲んで語り合った青い理想であったとしても。そういうところがかれの美点で、どうしようもなく、愚鈍な部分でもあろう。口下手で言葉少なく、愛想がないうえにただでさえ身体の大きなかれには、たたずむだけで威圧の気配がある。背を預けるにこれほどに頼もしい男もないが、鍛え抜かれた屈強な戦士たち、歴戦の騎士たちのなかにも見劣りしないレノックスが、しかし魔法使いであることは、四百年の歳月を経てなお変わらぬ姿が如実に示した。例外はあれど、魔法使いはその力のもっとも高まったときに時をとめる。驚くほどにかれが変わらずにいられたのは、かれの魔法や、身体の強さのゆえだけでないと、再会してとみに思う。隠遁し、世を疎み、ひとを恨み、顔を隠すと同時に世界をたそがれに塗りつぶす色眼鏡をかけて暮らしてきたファウストなどを、かれは慕うべきでない。もはやレノックスのそれは、子どもが親の後を追う刷り込みのようだった。
 思い出はただうつくしい。顛末はけして幸福なものではなかったし、のみならず、吊るされ、架けられ、火あぶりにされた日の夢は、いまだにファウストを苦しめるが、それでもなお、穏やかに語り合った日々はすばらしかったし、ひとを率い、誰からも愛されて、どこまでもひたすらに昇っていく親友が信じているのがなんだかおかしかった、すべてを片づけたらきっと生まれ故郷にもどり、嫁をもらい子を成して、ふつうの一生を終えることができると。そんな親友の肖像はいま、あの荘厳なグランヴェル城の王の間に、初代国王として飾られている。かれに寄り添った魔法使いの親友の処刑の事実は闇に葬られ、ただ伝承のなかに、革命に尽力した善き魔法使いとして刻まれているというのだから皮肉なものだ。人違いだ、繰り返してファウストは言うが、伝承を紐解けば紐解くほど、そのひとはファウスト自身とかけ離れた人格であるように、思われてならない。いくらかいまより青かったのは認めよう。初代国王が、故郷の小さな村での穏やかな暮らしを夢見ていたのと同じくらい、ファウストにもふわふわと浮世離れした理想があった。なにもかもが叶うとは思わなかったが、少なくとも、自分ではないものに名を奪われて、姿も、何もかも、失うとは。
 もうなにものにもなれないぼくらに、子どもたちはなるべきではない。ヒースクリフ���シノ、東の国の若い魔法使いたち、かれらはしばしば若すぎて、衝突は日常茶飯事、国に帰り、家に戻れば主従の間柄というふたりは、それ以上の紐帯を結びつつあった。すなわち、友情である。互いが互いに誇りに思えるような、大人からみたら微笑ましくさえあるささいなすれ違いや、意見の相違をこえて、かれらはかけがえのない友になるだろう。その友情にヒビが入らないことを、お節介にも祈るが、かれらの間には言葉があり、世話焼きで面倒見のよい年長者がおり、故郷にあれば邸宅と森番の小屋とに隔てられるかれらの寝床は、なんとこの魔法舎にあれば隣のドアなのだ。距離がすべての感情を担保してくれるとは言うまいが、くたびれた肩を叩きあって着く帰路の、分岐は極力、すくないにかぎる。
 「おつかれさん」
 「まだいたのか」
 「ひでー言い草」
 「いやすまない」
 言って肩をすくめる青年は、おなじく東の国の魔法使いとして招集されたネロだった。若い魔法使いたちの訓練につきあって、かれもまたくたびれているだろうが、そこは年長者らしく微笑むくらいの余裕はあるらしい。詳しく尋ねたことはないが、どうやらファウストよりも年長なのは間違いない。魔法は心で使うもの。かれは自分をたいしたことのない魔法使いだと揶揄するが、長く生きるということは、日々に心を乱しすぎずに、自分を律するということだ。力に振り回され、心に振り回され、若くして石になる魔法使いなどいくらでもいる。その意味では、魔法舎での暮らし、むかしの因縁や、あたらしく結ばれる絆やらは、かれらにとって、甘い蜜の猛毒でもあった。人と過ごすなら衝突は避けられない。一年分の会話を一日でこなすなら、ここで一年暮らすだけで、四百年の孤独を、ほとんど塗りかえることになるだろう。
 他意なくつむいだままの言葉は、むきだしのナイフのようにやさしい他人のはらわたに突き立って透明な血を流させる。革命に血はつきものだ、だれも傷つけられないままに世界が塗り変わるはずがないと、はじめに力を持ち出したのは誰だろう。振り上げた拳は、抜き去った剣は、いつだって行き場をなくしている。孤独はファウスト・ラウィーニアというひとと、自分を出逢わせてくれはしたが、愛は鏡、愛は欺瞞、愛は孤独、素顔を知れば知るほど、ファウストというひとが分からなくなった。かれは偏屈で人間ぎらい、猫が好き。棲家は東の国の嵐の谷、いつしかかれの棲みつくところ、誰が呼んだか呪いの谷。呪いの魔法を生業とする男が暮らすのだからしごく当然の呼び名だ。不名誉であるとすれば谷にたゆたう精霊たちだろうが、どうもかれらに自分は相当気にいられている。
 口では不平を述べながらさほど傷ついたふうでもないネロは、好物の薄く伸ばして焼いたガレットに、アイスクリームを載せてやろうか、といたずらに笑う。からかっているのかと思ったけれどどうやら真剣だったらしい。流れに流れていまは東、ファウストがそうだったように、料理人、ネロ・ターナーもかつてはほかの国に根を下ろしていたという。東の国はかならずしも、ぼくたち魔法使いにとって暮らしやすい土地ではない。人々の多くは魔法使いを恐れ、街に敷かれた法典は厳密、弾圧は時代遅れだと憤慨してくれたのは中央の国の王子だったか。あの裔はどうにも清廉潔白な、あまりに真摯でありすぎ、ただしさのゆえに折れかねんと、思ったままに四百年の月日がすぎた。どうやらかの王家はいまだ健在であるらしい。何代を数えたものか定かでないが、正統に血を継ぎながら四百年の平穏は、かつてみた夢の続きなのかもしれなかった。そこにファウストはいなかったが、いまではすっかり東の国の水が身体に合っている。
 「大丈夫だよ、僕は大人だし」
 「褒められるのは子どもたちだけか? 先生」
 「僕に甘えようとするな」
 「そういう意味じゃなかったんだけど……。あんただって立派に先生をしてるだろ、褒められて、労われたっていいんじゃないか?」
 ネロがとくべつにファウストにやさしいので��くて、かれは元来やさしい人格なのだ、と、いまほど言い聞かせる夜はないだろう。恨み深くて根にもつ陰険な人格だなんてネロは言うけれど、かれは寂しいのがきらいだ。ずっとひとりで生きてきたから気楽だけれど、あの魔法使いには生きづらい東の国の首都に店を構えて数年、姿のかわらないさまに魔法使いであることを疑われるまえに逃げるように場所を変える、そんな生き方は呪いの依頼のほかにおとないのない谷の暮らしとどれほど違うというのだろう。したしい友人のひとりも持てず、伴侶なんてもってのほか、家族もなくて、それでも、ひとのなかにまぎれていたい。あるいは水と油、まるで別物であることを目の当たりにして、大勢のなかで孤独を知っていたのが、ネロ・ターナーという男だったのだろう。料理人としての腕はたしかで、粗野な口をきくくせに繊細な飾り切りなど瞬く間にこさえてしまう。器用なものだな、ナイフをつかう手元をみて単純に感心してみせるとわずかに言葉につまっていたように思うのは、あるいは照れていたのだろうか。
 「……僕を、甘やかそうと、するな」
 「はは、素直じゃない! あんたを好きなやつは苦労するな」
 そんなやつはいないよ、喉まで出かかった言葉を呑み込んだのは寸でのところ、色のない、温度のない、深い意味のない軽口を、どうして聞き流せないのか、もう分かっている。苦労ばかり抱え込むのが好きなやつなのだ、このあたらしい友だち、魔法で作れば呪文ひとつの夕餉を、ひとつひとつ下拵えからていねいにやりたがるネロ・ターナーという男。褒められたいなんてゆめゆめ思ったことがない、ましてや甘やかされたいなんて、それだのにネロにかかっては、さしものファウスト先生もかたなしである。抱きしめあうでもなくて、囁く愛の言葉もなくて、もちろん、魔法も。キスをするとしたら額にひとつでほかにはいらない。もうなにものにもなれないぼくらは、長く生きた大人であるはずなのに、ファウストの魔道具は手に馴染んだ鏡、玻璃のおもてに張られた白銀、覗きこめば寄る辺のない、子どもの顔が映っている。ネロの手元でひるがえるカトラリーの銀にもきっと同じものが。ぼくたちはただひと匙の孤独を分け合って、やすらいで眠ることができるだろう。いまはまだ、お節介な隣人のふりをして。
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natsucrow820 · 8 months
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仇夢に生きる12話 誘う香
 鐘の音が鳴り響く。
 鐘。
 鐘。
 鐘。
「――まった現れたのかよ!!」
 吼えながら圓井(つぶらい)は愛刀を引っ掴んで当直室を飛び出た。同じく夜警当番として待機していた同僚たちも一緒だ。誰もがうんざりした顔をしている。ただ一人、朱雀隊隊長たる帯鉄(おびがね)だけは常の凛とした面持ちを崩さない。
「多いな」
 それでも、流石に一言零さずにはいられないようだったが。
「多くないっすか隊長ぉ」
「ああ、如何に言っても、な」
「これじゃあ仮眠もおちおち出来やしねえっすよ」
 禍者(まがもの)の出現を告げる鐘の音を背に、現場へと走る。案の定沸いている禍者に舌打ちが漏れる。手だけは無意識的に二振りの愛刀をすらりと抜き放つ。申し訳程度に鎧を着込んだ人型数体と、取り巻きのような山犬の形の禍者。人型の手には刀。典型的な新型と旧型の組み合わせ。走りながら圓井は他の気配を探る。眼前の連中が囮となり、隠れた弓持ちが交戦中に矢を仕掛けてくる、なんていうのは今や良くある連中の戦法だった。そして、そうした混乱に乗じて改史会(かいしかい)の連中がこちらを掻き回してくることも悲しいかな、今では当たり前のように行われている。故にこそ、五感を圓井は研ぎ澄ます。音、匂い、空気の流れ。幸いにも、今回は目の前の集団で打ち止めらしい。
「市吾(いちご)!」
「あれだけっす!」
 自慢という程ではないが、圓井の五感は人のそれより鋭い。帯鉄の問い掛けに応えを返せば、彼女は小さく頷く。隊長に信を置かれている誉れは、こうした場でもこそばゆいものだった。
「【先駆け】、撃て!」
 叩くような帯鉄の声に、銃声が重なる。
 朱雀隊には様々な武器を所有する者がいるが、大別すればそれは二種類に分けられる。即ち、近接か、遠距離か。青龍隊は誰もが刃を手にしている。各々が思うままに暴れ回り、切り裂き、禍者を蹂躙する。朱雀隊は違う。隊長や隊長補によって様々な武器を持つ者たちは区別され、適切に運用されていく。効率良く禍者を屠る為に。そして、多くの人間が生きて帰ることの出来るように。
 駆ける圓井の前で火花が光る。【先駆け】と名付けられた銃の使い手たちが一斉に引き金を引いたのだ。禍者へ殺到する鉛玉。刀持ちの新型は流石にそれらを自らの刃で退けたようだが、獣の方はそうはいかない。山犬たちが吹き飛ぶ。全部ではないが、相当数が鉛玉に倒れていった。残りは両の手で数えられる程度。夜警の為に控えていた人数は少ないが、これならば後は残りの近接に秀でた者で十二分に処理出来る。横一列に並ぶ【先駆け】を追い抜きながら圓井は己の獲物を探す。同じ隊にいると言えどその能力には差がある。敵に対して何人で挑むべきか。どの敵に当たるべきか。
 朱雀隊は集団にて禍者を屠る部隊である。
 属する者は、与えられた役割に忠実たれ。
 圓井は半ば直感で獲物を選定する。脅威であり、己一人で屠れるのはどれか。考えるより刀を振るう方が早い。鉛玉の雨を掻い潜って生き残った山犬の一匹へ肉薄。既存の生き物を上っ面だけを模した化け物とは言え、その弱点はそう変わらない。飛び掛かって来る山犬。大きく開かれた顎へ怯むことなく左手の刀を差し込む。山犬に己の勢いを殺す術はない。ずるりと肉の奥に刃が引き込まれる感触。ぬらりと湿った口腔へ飲み込まれる愛刀。圓井は迷うことなく左手を離す。頽れる山犬。その脳天へ右手の刀を突き刺した。頭蓋をも砕く鋭い刃が脳天から顎下へと貫通し、地面へと突き立った。両の手から刀を手放した無防備な態勢。狙われぬ筈がなく小賢しい人型が上段から圓井の脳天を砕かんと太刀を振り下ろした時には、圓井の左手は山犬の口から刃の片割れを引き抜いていた。油断なぞあろう筈もない。手入れを怠らない愛刀は抵抗一つなく圓井の左手に収まる。後は、身体を捻りながら頭上から来る手首を刎ね飛ばし、頸を断てば禍者とて骸に成り果てる。
 今回は、これで十分。
 圓井の周囲は既に戦闘の気配が褪せつつあった。
 乱戦混戦ならともかく、明確な判断をもってめいめいに飛び掛かった朱雀隊の隊員たちが苦戦なぞ有り得ない。
 たった一人で人型に挑んだ帯鉄も例外ではない。
 圓井の向けた視線の先、鎧を纏った禍者が盛大に吹き飛ばされていた。帯鉄の白い足が真っ直ぐに禍者の中心を捉え、蹴り飛ばしたらしい。無様に転がる禍者が刀を握った手を動かすより早く、彼女の刀は鎧の継ぎ目、首元へと吸い込まれていた。いっそ優雅な所作で振り抜かれる右手。ずるりと断ち切られた首から吹き出る血を浴びながら、眉一つ動かさず帯鉄は戦場を見回した。足元には幾つかの禍者の骸が転がっていた。
「負傷者はいないか」
 誰もが否を返す。血に塗れた顔が微かに緩められた。
「ご苦労だったな。連日連夜の戦闘、お前たちも疲れているだろう。さっさと戻って休むぞ」
 応と声を上げ、それぞれに朱雀隊は踵を返す。そんな中で圓井だけが、じいっと先程までの戦場を見つめていた。
「どうした市吾」
「多分なんすけど、人死に出てますね、此処」
 緩やかに帯鉄が息を詰める。
「……そうか」
 恐らくは圓井だけだろう。戦場に残る、禍者のそれではない血の匂いを嗅ぎ取ったのは。
 そして。
「避難は完了していたと聞いていたが……改史会か? ……いや報告しておこう。一先ず戻るぞ。……市吾?」
「あ、いえ、大丈夫っす」
 淡く空気に溶けゆく奇妙な芳香を捉えたのも。
 
 
   ・・・・・
 
 
「隊長、朱雀隊からの報告書が上がりました」
「ありがとうねぇ。机の上にでも置いておいて」
「すみません、こちらの資料は」
「それは僕が貰おう」
「隊長、端鳴(はなり)から白虎隊の使いが」
「おや、もう来ちゃったかぁ」
 玄武隊は常ならぬ騒々しさに包まれていた。あちこちに資料が山のように積み上げられ、普段は静かな玄武棟には絶えず人が出入りしている。
 戦場。
 そう呼ぶに相応しい状況だった。
 禍者の葦宮(あしみや)の首都、桜鈴(おうりん)への侵攻は無事収束させた。だが、一息吐く間もなく禍者の対処へ追われることとなったのだ。
「隊長、白虎隊の方は私が」
「そうだねぇ。幸慧(ゆきえ)君、お願いするよ」
「はい」
 両手に書物と報告書。更には周囲の机に資料を山積みにした倉科(くらしな)隊長に代わって、混迷を極める室内を後にする。
「使いの方は」
「応接室に、隊長補」
「分かりました、ありがとうございます。貴方はご自身の仕事に戻ってもらって大丈夫です」
「はっ」
 慌てたように室内へ踵を返す背を見て、小さく息を吐いた。誰もがそれぞれに仕事に追われている。
 反攻作戦の成功。それを待っていたかのように葦宮全土で禍者の出現頻度が劇的に増加した。禍者の出現を告げる鐘の音は時間を置かず日に何度も鳴り響き、それが収まれば戦闘に赴いた部隊からの報告書が上がる。交戦し、集められた情報を元に禍者に対する研究、理解を深めていくのが玄武隊の仕事だ。当然、それぞれの報告書は精読される。また桜鈴の祓衆は謂わば本隊。地方各地に点在する分隊からも情報は上がってくるのだ。桜鈴の玄武隊は、常に情報の処理という戦いの渦中に置かれている。これまでであればそれでも隊長の指示の下、それなりの余裕さえもって成せていたものではあるが、以前の比ではない程に禍者の情報が集約される今となっては限界近い稼働率でもってどうにか処理しているのが現状だった。
「お待たせしました。玄武隊、本隊長補の松尾(まつお)です」
「端鳴白虎隊の真藤(まふじ)です。忙しいでしょう、こちらは」
「……まあ、そうですね」
 思わず苦笑。流石に、強がれはしなかった。対する真藤さんも仄かに口元を緩める。
「愚問でしたね。ここは祓衆の本部。こんな状況で忙しくない筈がない。白虎隊の本隊長に挨拶を、と思ったのですが捕まらなかったですし」
「各地を回っていますからね、隊長は」
 白虎隊は何処もそうだろう。禍者に対する斥候役を担うことも多いが、同じくらいに各地の伝達役、生ける情報網としての任も帯びている。禍者が何処に現れたか、分隊たちの動向は。そんなあらゆる情報を己の足で集め、伝えていく部隊。
 特に初鹿(はつしか)隊長は並外れて足腰も強いし持久力もある。他の隊員の数倍の仕事を嬉々としてこなしていることも少なくない。個人的に倉科隊長の私用も受けているようであるし、尚のこと捕まえるのは至難の業だろう。
「それで、端鳴の様子は」
「ああそうだ、話が逸れてしまいました」
 幸慧個人としては他愛ない会話も悪くはないが、残念ながら時間に余裕があるわけではない。そっと本題を促せば、空気は自然と引き締まる。
「中々に酷いものです。体感としては……そうですね、三倍は出ています。端鳴だけではなく、周辺もですね。こちらは端鳴程ではないのですが、それでも忙しない。一応こちらが」
 懐から取り出された紙が開かれる。しっかりと折り畳まれていたのは二枚の地図だった。
「端鳴玄武隊によって製作されたここひと月の禍者の出現分布図です。もう一枚は一年前の物ですね。うちの玄武隊より託された物です、宜しければお役立てください」
「ありがとうございます。活用させてもらいます」
 受け取りながら、地図に目を走らせる。一目瞭然。一年前のそれより、出現数は何処も軒並み極端に増加していた。もっとも——それでも此処桜鈴に比べればその増加率はまだまし、なのかもしれない。
「それと」
 やや渋い表情。不思議に思いながら視線で促せば、真藤さんはそっと、何かを机に置いた。
 何か。そう思ったのは幸慧にはあまり見慣れない物だったからだ。重厚感のある、深い黒のそれは、恐らくは金属で出来ているのだろう。安価な物では決してない。
「開けても?」
「大丈夫です」
 断って、それに付いた小さな蓋を開けてみれば、ほんの微かな甘い匂いが鼻腔を掠めた。覗けば、少しの燃え滓……ほとんどが燃え尽きた灰が底の方で溜まっていた。
「香炉、ですか。これは」
「ええ」
 真藤さんは居住まいを正した。
「それは、禍者との交戦後発見された『手』と共に回収された物です」
「手」
 自然、眉が寄る。
 つまりは、手以外は見付からなかったのだろう。悲しいことだけれど、残念ながら珍しいことではない。
「そして、禍者に襲われかけていた改史会の人間が所有していた物でもあります」
「改史会の持ち物、と」
「恐らくは。……先の『手』も、そうでしょう。わざわざ、喰われに出ていたのだと思います」
「そう、ですか」
 少しだけ。
 少しだけ、安堵を覚えた自分を幸慧は自覚している。喰われたのが、改史会の人間で良かった、と思う自分がいることを。自己嫌悪はすぐに振り払い、そっと香炉を持ち上げる。見た目よりもずしりと重い。
「そこまでなら然程の意味を見出すこともなかったのですが……その襲われかけていた改史会の連中、些か妙なことを口走りまして。曰く、」
 ――これは神使をお招きする呪具である。
「立て続けに見付かったのもそうですが、連中の言い分も奇怪極まりない。自ら香を片手に喰われに出向くなど、悍ましいことこの上ないでしょう。ですから、本隊にお預けしたいのです」
「……神使に、呪具ですか。確かに、妙なお話ですね」
「ええ。それにこの香炉を持っていた改史会の人間ですが、それはそれは異様なまでに禍者に集られていましてね。それも気味が悪くて」
「神使を、お招き……」
 まさか、と言う程ではない。改史会の言い分を噛み砕けば、容易に想像はつく。
「禍者を、呼び寄せる香、と、そういう訳ですか」
「言い分を信じれば。まあ、それにしたって禍者を神使だの何だのと良くもまあ、勝手なことを言う連中のことですからにわかには信じ難いのですが……如何せん実際に見てしまってはね」
「……調べた方が良いのは明白ですね。分かりました、これは本隊で預かり調査します。ありがとうございます」
「いえ。燃え滓ですから問題はないでしょうが、くれぐれも扱いには気を付けてください」
「勿論です。他の者にも伝えておきます」
 
 
   ・・・・・
 
 
「――成る程、それでこれを預かってきたんだね」
「はい。話だけではその、にわかには信じがたいのですが……」
 情報の処理に追われる中、取り敢えずは此処まで、という倉科隊長の鶴の一声で玄武隊が業務を終えたのは日もすっかり沈んだ頃だった。普段なら夕方には玄武隊としての仕事は終わっているのだ。三々五々解散していく玄武隊たちが顔に色濃く疲労を滲ませていたのも無理はないだろう。
「そうだねぇ。今まで禍者は人間にしか反応しない、って思っていたのにねぇ」
 祓衆の仕事場と居住空間は階が分けられている。誰もが常のそれを超過した時間業務に追われていれば、尚のこと仕事が終われば仕事場である階は静寂に包まれる。夜のこんな時間に明かりが点いている部屋なんて、恐らくはこの執務室くらいだろう。
 そんな静かな空間で倉科隊長とお茶を飲みながら言葉を交わすのは、穏やかで嫌いじゃない。会話の内容が不穏なものであっても、だ。
「確かに、ちょっと匂いはあるねぇ……でもそんな、取り分け変な匂いって訳でもなさそうだけれども。これが特別に禍者を呼ぶのかなぁ?」
 不思議そうに香炉を観察する倉科隊長の目は爛々と輝いている。白手袋に包まれた手は忙しなく香炉の表面をなぞり、丸眼鏡の奥の瞳は眇められたり見開かれたりと真剣な様子で検分を行っていた。幾分の興奮さえ感じさせる所作は倉科隊長にしては珍しいものだった。
「ひとまず預かりはしたのですが、どう調べたものでしょうか……」
 匂いという不定型なものを調べることは流石に経験がない。おまけに幸慧は都たる桜鈴から巨大な山脈一つ隔てた寒村の出なのだ。香、なんて高尚な――というのも偏見かもしれないのだけれど――ものに触れる機会なんて今までなかった。
「そうだねぇ」
 さしもの倉科隊長もううん、と少し唸る。が、少しして微かに口元を綻ばせた。
「餅は餅屋、かな」
「え?」
「土生(はぶ)隊長補にお願いしてみよう。彼女の家は貿易商だ。家で多くの品物を扱っていた筈だし、彼女自身、結構な趣味人だったと思うからねぇ」
 成る程、と頷く。中々お目にかかれないような精巧な車椅子を用意出来る土生家は海向こうの国の品々にも、無論この葦宮全土の物品にも詳しいと聞いたことがある。都羽女(つばめ)さんならば、もしかしたら何か分かるかも知れない。
「明日辺り、持って行ってみましょうか」
「うん、そうしようか。じゃあ今日はこれでお開きにしよう。ごめんねぇ、こんな夜まで付き合わせちゃって」
「いえ! 私はこのくらいは全然大丈夫なんで!」
 頭脳労働は性に合っているからか、本当にそこまで堪えてはいなかった。ぐっと拳を作って答えると、倉科隊長はふっと相好を崩した。
「流石だねぇ。頼りにしているよ」
 そんな会話を交わした次の日、早速幸慧は倉科隊長と共に白虎隊の隊���たちの控える執務室の扉を叩いていた。少しの間を置いて返って来た応えに従い、部屋に入れば部屋の主である都羽女さんはにこやかに出迎えてくれた。
「どうしたんだい、お二人さん。揃って来てくれるなんて珍しいじゃないか」
 名目上、隊長と隊長補の為の部屋ではあるけれど、もう一人の主である初鹿隊長は外に出払っている時の方が多い。その影響だろう、執務室にはどちらかと言えば都羽女さんの趣味であろう調度品があちこちに飾られている。そのいずれもが、恐らくは相応の品の筈だ。倉科隊長は調度品に囲まれた部屋を突っ切り、都羽女さんへと歩み寄る。
「今日はねえ、ちょっと、君を頼りたくてね」
 言いながら、香炉を執務机にことりと置いた。
 途端、普段は緩く閉ざされている目が鋭く開かれて香炉を観察する。つんと跳ね上がった眦を持つ眼差しはあくまで真摯で、香炉を扱う手もゆっくりと、慎重に香炉の上を撫でていく。
「こりゃまた随分と良いもんを持って来てくれたねえ」
 幸慧たちの持ち込んだ香炉を一瞥するや否や都羽女さんはそう一言落として、何を問うでもなく薄い手袋を着けた。流石に状況把握が早い。
「見立てを」
 倉科隊長の一言と共に受け取った香炉を、都羽女さんは真剣な眼差しで検分する。
「これは、何処で?」
「禍者に喰われた改史会が持っていた物でねぇ。禍者を呼ぶという曰く付きだよ」
「そりゃまた物騒なもんだねえ」
 はは、と乾いた笑いを零して都羽女さんはことりと香炉を机に置いた。
「これ自体、中々きな臭いもんだってのに」
「どう言うことかな」
「一級品さね、これは」
 頬杖を突きながら都羽女さんはつい、と香炉の蓋を撫でる。
「中々どうして相当な品だよ。勿論、残り香を嗅いだ限りじゃ中身もかなり良い物を使っているんじゃないかね。禍者を呼ぶってのは分からないけれど、これを持てるのはそれなりの地位の人間だと思うよ」
「同じ物が、実は複数個見付かっているんです」
「本当かい? それは……まあ随分な金持ちの仕業だねえ。それを禍者を呼ぶのに使うなんて一体どんな気狂いなんだか。喰われたってのはお偉いさんか何か?」
「恐らくは、違うのではないかと」
「改史会ってのは景気の良い組織なんだねえ。お貴族様でもない人間には余りにも不釣り合いな物をばら撒くなんて、ねえ」
「参考までに聞きたいんだけれど、この中身がどういう物か、と言うのは調べられるかい?」
「そうさね……」
 燃え尽きた屑を少し嗅いで、都羽女さんは小さく唸る。
「まあ、時間を貰えればある程度は分かるんじゃないかねえ。匂いとしては別段特殊とは思えないし」
「お願い出来るかな?」
「あんたの頼みじゃあねえ。あたしは断れないさ。何せあんたはうちの隊長のお気に入りなんだからさ」
「そう言って貰えるとありがたいねぇ」
「凌児(りょうじ)……いや、うちの隊長を使いっ走りにするのも程々にしといておくれよ?」
「善処はさせてもらうよ」
「全く……まぁ、あいつも嫌々じゃあないから仕様がないねえ」
 肩を竦めて都羽女さんは笑う。きゅっと上がっている目尻が僅かに解けて、そして薄らと開かれる。
「色々と嗅ぎ回るのは構わないけれど、早死にするような真似はするもんじゃないし、させるもんでもないよ」
 その瞼のあわいから漏れる、鋭い光。思わず背筋の伸びるような、強い声色。不意に向けられたそれを直視しながらも、倉科隊長は柔らかく微笑する。
「肝に銘じよう。君たちの隊長を僕の私情で死なせやしないよ」
 
 
   ・・・・・
 
 
「君ならやれる。そうだろう?」
 事もなげにそう言い放った倉科は、真実そう考えているのだから初鹿に返す言葉はない。純粋に思考し、能力を鑑みて、見出した。それだけのことなのだ。一種冷徹と言われる倉科の采配が、結局の所彼からの全幅の信頼であるのだ。それなりに長く付き合って来た初鹿は良く心得ていたし、内密に、と優秀な男から任を任されるのは悪い気はしなかった。
 侵入し、情報を得よ。
 場所は、帝の御座す朝廷。
「改史会は、きっと朝廷にもいるだろう」
 任を告げられた日、確信した声色で倉科は言った。
「いや、恐らく、朝廷の中にこそ、改史会の中心人物はいる。あの用意周到さも、見目美しく整えられた主義主張も、確かな権力と知識を有する人間でないと成し得ない」
「そいつを見付けろってか?」
「それもある、けれど……優先順位は低いかなあ」
「はァ」
 思わず生返事が零れた。この微笑を常に浮かべている男が真実何を考えているかを理解出来たことはない。初鹿の会った人間の中で、倉科は一等頭が良く、理解の及ばない存在なのだ。故に、面白がってこうやって付き合ってやっているのだが。
「じゃァ、何を探れってんだ?」
「改史会が生まれた理由」
 さらりと倉科は言う。
「正確には、朝廷に何が起きているか、なのかな。改史会を支える柱たる『誤った歴史』はどうやって生まれたのか。ついでに改史会がどれだけ朝廷内に蔓延っているか。そうしたことを、探ってきて欲しいなあ」
「また随分と曖昧なモンだなァ。俺ァ分かんねェぞ」
「ま、難しいことは考えずにきな臭そうな所を手当たり次第に見て来てくれよ。何が見えたか逐一報告してくれれば、後の分析は全部僕がするから、ね」
「質の良し悪しは保証しねェぜ」
「十分さ。朝廷内を生で見た者の言葉であれば、何だってね」
 そんな言葉を受けたのはほんの数か月前。それから機会があれば初鹿は内密に朝廷の調査を行い、あちこちに足を運んでいる。
 拍子抜けな程に、初鹿の潜入は容易かった。幼い頃に盗賊の手伝いをしていた分、心得はあった。
 否。
 それ以上に、この朝廷は穴だらけだった。
 何度目かの侵入を果たし、初鹿は天井や屋根、死角を利用しながら朝廷内を気ままに動き回る。
 人が少ない。
 何処か呆けている。
 朝廷に蔓延しているのは、停滞と諦念。
 大事な何かがごっそりと抜け落ちてしまっているかのような朝廷の中を、初鹿は死角を縫うように歩く。
 改史会。誤った歴史を改めるなどと宣う連中の影は確かにあった。動向を気にする者は決して少なくない。ただ、積極的に関わっている者はどうにも見つからない。そういうものだろう。幾度かの報告でも倉科がそれ以上を求めることはしなかった。むしろ、改史会よりも朝廷そのものの方に興味を持っている風であった。
 だから、初鹿も改史会には拘らず朝廷を見ることにした。
 故にこそ、知ることが出来たのだろう。
 朝廷内は広い。しかし、如何に腑抜けていようとも侵入者である初鹿が動き回れる場所は限られている。幾度かの試みの結果、帝の御座す内裏には流石に入れはしなかった。だが、政に携わる貴族たちの部屋が立ち並ぶ大廊下は別であり、数回かの侵入を果たした今となってはいっそ面白い程に初鹿の侵入を許していた。
 そんな大廊下を歩くと、微かに漏れ聞こえてくる。
 ――また方違えを。
 ――今日は忌日で。
 ――魔除けの札が。
 ――外洋の呪いは。
 とうの昔に廃れた筈のしきたりが息衝く会話が。
 大廊下を支える太い柱の陰に潜めば見える。
 覇気のない顔をした貴族たちが何かに怯えるように紙切れなどを有り難がる姿が。
 大昔に生まれて消えていった筈の、それこそあの倉科さえ否定した筈の呪術は、葦宮の最高機関では確かに在るものとして、扱われている。
 それは恐らく、決して暴かれてはならないものだった。
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sorairono-neko · 3 years
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キスをしたのは初めてじゃない
 騙されたと勇利は思った。アイスショーが終わったので、食事をしないかとクリストフに誘われ、やってきたものの、それは勇利が想像していたものとちがった。勇利としてはクリストフと夕食をともにするのだと思って気軽に応じたのに、そこにはたくさんのスケーターがいて、どうやら会食という状況らしかった。勇利がうらめしそうな顔をすると、クリストフは平然として肩をすくめた。 「ふたりでなんて言ってないからね」  それはそのとおりだ。そのようには明言されなかった。しかし、いかにもふたりなのだと勘違いしそうな物言いではあった。意図的なものにちがいない。  勇利は絶望し、自分は帰ると主張したかったけれど、そうするといろいろ言われそうなので、果たしてこのまま黙って食事だけしてさっと���るほうがよいのか、思いきってここでさよならと宣言するほうがよいのか、さっきから天秤にかけていた。  勇利だって、ほかのスケーターとまったく交流しないわけではない。話しかけられれば答えるし、知り合いも幾人かいる。だが、今回はだめなのだ。どうしてもだめなのだ。なぜなら──。 「ヴィクトル! 君のプログラムはよかったよ。すばらしかった。それに、演技のとき以外も、最初から最後までいきいきしてたね」  声をかけられたヴィクトルは笑い、「口やかましいコーチがいないからね」と気楽に答えた。勇利は彼に背を向け、視界に入らないようにするのに大変だった。  ヴィクトルがいるなんて。もうとんでもない。本当に帰りたい。けれど、彼を近くから見るよい機会ではある。ヴィクトルが勇利の存在に気がつかなければよいのだが。もっとも、ヴィクトルは名も知らぬ日本の選手なんて眼中にないにちがいない。それならいてもよいだろうか。ああ、困った。難しい問題だ……。  レストランに入ったとき、クリストフが勇利に小声ですばやく言った。 「ヴィクトルの隣に座りなよ」  勇利はものすごい形相で彼を見た。クリストフは笑い声を上げ、「そうなるようにしてあげようか?」とさらに言った。 「絶対にやめて」 「喜ぶと思ったのに」 「もう帰りたい。それにしてもヴィクトルはかっこいいね……永遠に見ていたいよ……」 「勇利、支離滅裂だよ」  さいわいなことにクリストフのとりはからいはなく、勇利はヴィクトルから離れた席で食事をすることができた。これくらいならバンケットでよくある感じだし、ヴィクトルをみつめていることもできるのでかなり都合がよい。勇利はほっと息をついた。  ヴィクトルは楽しそうに仲間たちと話している。そんな彼に勇利はうっとりして夢中になっていた。何かの拍子にヴィクトルの視線が動いたら、隣のスケーターの陰にさっと隠れることは忘れなかった。そんなことをしなくてもヴィクトルは勇利について思うところなどないだろうし、我ながら自意識過剰だとあきれるのだけれど、ついそうしてしまうのだ。それに、勇利のことをあまりに知らない彼が、「関係ない子がまぎれこんでるよ」などと言う心配もまったくないわけではない。 「ちょっと勇利、人がせっかくヴィクトルと近づきになれるようにしてあげたのに」 「いいの。ぼくのことはほっといて。見てるだけでしあわせだから。ヴィクトルすてき……」  クリストフが近くに来たときそんな会話をした以外は、勇利はほとんどしゃべらず、愉快そうなヴィクトルに感激して過ごした。やがて、すこしずつではあるけれど、スケーターたちがホテルに戻り始めたので、勇利も「じゃあぼくもここで」と席を立ってもよかったのだが、ヴィクトルを見ていられる機会という誘惑になかなかあらがうことができず、そのまま席に座り続けていた。しかし、あまりに仲間の数が少なくなると不安になるので、そうなる前に帰ったほうがよい。  ヴィクトルは酒を飲んでいた。彼は強いようでいくつもグラスを替えていた。勇利は、ヴィクトルってお酒も強いんだ……とめろめろだった。勇利はすこしも飲んでいない。そんなに何度も飲んだことはないけれど、いままで、酒に関してはよい思い出がない。こんなところで失態を見せるわけにはいかない。  勇利は時計を見、あと十分したら帰ろう、と時間をきめた。今日は本当にしあわせだった。ショーの自分のプログラムも悪くなかったし、ヴィクトルの演技も最高だったし、こうしてヴィクトルと食事ができたし──。  勇利がよいこころもちになっていると、ふいに、「ヴィクトル、大丈夫?」というクリストフの声が聞こえた。勇利はどきっとした。具合が悪いのだろうか? 「ああ……、大丈夫だよ」  さっきまで陽気に話していたヴィクトルは、いまは眠そうな様子で笑っていた。どうやら気分がよくないわけではないらしい。彼はあくびをひとつした。 「プログラムのことをいろいろ考えていたものだから、ゆうべあまり寝てなくてね」 「ここで寝ないでよ」 「平気さ。もう二、三杯何か飲めば目がさめる」 「あんまり感心しない方法だね。そろそろ帰ったほうがいいんじゃない」 「クリス、俺を追い払うつもりなのか?」 「心配して言ってるんだよ。ほら、文句言わずに帰りな。そうだ、かわいい子をお目付役につけてあげるから」  勇利は、ヴィクトルが帰るならそのあとに自分もホテルへ戻ろうと考えた。しかしヴィクトルの姿が完全に見えなくなってからだ。もちろん彼は勇利が同じ道にいても通行人としか思わないだろうけれど、勇利は彼に夢中なので、ただ歩くということだけでも平静でいられる自信がないのだ。ヴィクトルが店を出てから十分くらい間をおいて……と計画を立てていると、突然、「勇利!」と名前を呼ばれた。 「は、はい」  反射的に返事をしたところでまわりの選手が自分に注目していることに気がつき、勇利は赤くなった。なんだろう? 「え、えっと……、クリス?」  勇利は声がしたほうへ顔を向けた。そして耳までまっかになった。クリストフがヴィクトルと並んでこちらを見ており、手招きをしているではないか。 「ちょっとおいで」 「い、いえ、あの、けっこうです」 「何を言ってるの? 頼みたいことがあるんだよ」 「ここで聞きます」  クリストフだけならよいけれど、ヴィクトルに近づくなんてとんでもない。勇利は断固として拒絶した。 「まったく君は……。まあいいや。ヴィクトルがホテルへ戻りたいそうなんだ。彼、ちょっと酔ってるし、眠そうであぶないから、一緒に帰ってあげてよ」 「……え?」  勇利はぽかんとした。言われたことを理解するのにかなり時間がかかった。ヴィクトルと一緒に帰る? ヴィクトルに近づくなんてとんでもないと思っていたけれど、それ以上にとんでもない話だった。 「えっ! あ、あの、ぼく……」 「勇利、さっきからもう帰りたいって言ってたじゃない」 「いえあのそれは」 「時計もちらちら見てたでしょ」 「そうだけど、でもぼくもうちょっといたいっていうか」  いたいというわけではないけれどヴィクトルとは帰れない。勇利はぶるぶるとかぶりを振った。クリストフは「そうか」とうなずいて溜息をつき、ヴィクトルのほうを向いた。 「ヴィクトルと一緒に帰るなんて絶対いやだってさ」 「クリス!」  なんてことを言うのだ! 勇利は飛び上がった。 「一緒に帰る! 一緒に帰るよ!」 「よかった。じゃあヴィクトル……」  クリストフがにやっと笑ったので、勇利は罠だと気がついた。しかしもうどうしようもない。勇利はうらみをこめてクリストフを見た。クリストフは笑いをこらえている様子だ。 「ふたりとも上着を忘れないようにね」 「ああ……」 「ヴィクトル、まだ帰らないとか言ってたのに、かわいい子をつけてあげるって言ったら急に素直じゃない」 「へ、変なこと言わないでよ!」  勇利は上着を腕にかけながら声を上げた。ヴィクトルが簡単に否定しそうなことを言わないで欲しい。わかっていることでも、はっきり拒絶されると傷つくのだ。 「じゃあ気をつけてね。とくに勇利、ヴィクトルを部屋に入れないほうがいいよ。何をされるかわからないから」  みんながどっと笑い、勇利はこれには「変なこと言わないで」と言うこともできずうつむいた。泣きたいくらいだった。ヴィクトルに「部屋までついていきたいほど魅力のある子じゃないだろ」と思われたにきまっている。 「それじゃあ」  ヴィクトルがみんなに挨拶し、勇利もぺこりと日本式に頭を下げた。クリストフが視線を合わせて合図するようにうなずき、笑った。勇利のためによいことをしたつもりなのだろう。半分はおもしろがってやっているのだ。勇利は、次に会ったら抗議してやる、とかたい決心をした。  それにしてもホテルまで歩くあいだ、いったい何を話せばよいのだろう? 勇利にはさっぱりわからなかった。ヴィクトルとできる会話なんてひとつもない。ずっと黙っていてもいいのだろうか。そもそも、隣を歩いてもゆるされるのか? 「上着を着ないのかい?」  店から出ると、ヴィクトルは気軽な口ぶりでそう尋ねた。勇利は「上着を着ないのか」というまったく平凡なひとことにさえ、ぼくに向けられた言葉なんだ……と感激した。 「え、ええ……、暑いので……」 「そうかな」  本当はすこし肌寒いくらいかもしれない。しかし勇利はさっきから汗をかいていた。頬も熱い。 「悪かったね」  ヴィクトルが明るく言った。勇利は何を言われているのかわからなかった。 「俺が帰るっていうだけなのにきみを巻きこんでしまって。クリスは、ああ言えば俺が素直に言うことを聞くと思ったんだよ。もっと楽しみたかっただろう?」 「い、いえ……ぼくは……べつに……」 「ああ、心配しないで。部屋に上がりこんだりしないし、何もしないよ。そんなにおびえなくていい」  ヴィクトルは微笑した。勇利は自分がそんなことを心配しているわけではないと──そんなにうぬぼれ屋ではないと言いたかったけれど、彼があんまりすてきなのでぼうっとなった。 「きみはとても魅力的だから、クリスが自分の友達を心配するのもわかるけどね」  あきらかにお世辞ではあったが、勇利はヴィクトルが言ったというだけでのぼせ上がってしまった。しかし、何か話さなければ。ヴィクトルが見ず知らずの勇利にこんなに気さくに接してくれるのだから、自分からも話題を提供するべきだ。だが勇利の頭にはほとんど何も思い浮かばなかった。 「あ、あの──、体調が悪いんですか?」  やっと言ったのはそんなことだ。まったく自分はつまらない人間だ。 「いや、そうじゃないよ。眠いだけさ。ショーが終わって気持ちがゆるんだのかもしれない。酔いも今夜は早かったから……、そんなに酔ってはいないけどね」 「そうですか……」  勇利はヴィクトルが心配になった。部屋まで行くつもりなんてなかったけれど、ちゃんと付き添わなければいけないような気がした。ずうずうしいと思われるだろうか? だが、もし廊下で倒れてしまったら……。 「部屋はどこなんですか?」  ホテルへ入ると、勇利は思いきって尋ねてみた。ヴィクトルの部屋は勇利と同じ階で、場所もそれほど離れていなかった。 「付き添います」 「大丈夫だよ」 「でも心配ですから」 「クリスにあとで何か言われる?」 「ぼくが心配なだけです」  ヴィクトルはちょっと勇利を見、かすかに笑ってうなずいた。 「優しい子だね。ありがとう」  そのひとことで、勇利こそ倒れるところだった。不用意にすてきな声でそんなことを言わないで欲しい。  部屋へ戻ったヴィクトルは、さっさとベッドに行って勢いよくあおむけになった。勇利はどきっとしたけれど、体調が悪いのではなく、ただくつろぎたいだけだとすぐにわかった。 「大丈夫ですか? いま水を……」  さいわいなことに、冷蔵庫に水のペットボトルが入っていた。勇利が手渡そうとすると、ヴィクトルはまぶたのあたりを大きな手で覆って、「飲ませてくれるかい?」と言った。 「えっ」 「冗談だよ。こんなことを言ってたら、俺こそクリスに怒られるな。でもきみもちゃんと気をつけないといけないよ。こんなに簡単に部屋についてきたりしちゃだめだ」 「ぼくはヴィクトルが心配で……」 「きみを連れこむために酔ったふりをしているのかもしれない」  ヴィクトルがくすっと笑った。 「……もちろんそんなつもりはないよ。何もしない。でも用心したほうがいい。こういう会合があるたび、あの子は誰かについていってるんじゃないかと心配になるからね」  ぼくはヴィクトルにしかついていきません。そう言いさして勇利は慌てて口をつぐんだ。そんなことを言うわけにはいかない。 「……そんな魅力ぼくにはないから大丈夫です。安心してください」 「きみはひとみが綺麗だ」  ヴィクトルがぽつんと言った。勇利はどきんとした。 「きらきらしている……見ないほうがいい気がするな」 「……もともと、ぼくのことなんか見ていなかったでしょう?」 「よく見てとりこになっちゃったら困るからね」  冗談で言っているのだろうか? もちろん本気ではないだろうけれど、笑えばよいのかよくわからない。ヴィクトルはふしぎな言葉で話すひとだと勇利は思った。英語は理解できても、それ以上の意味ではすこしものみこめない。 「また変なことを言ってしまった……。俺のことを軽薄な男だと思っただろうね?」  ヴィクトルが手の端から目をちらとのぞかせてちいさく笑った。勇利は赤くなった。 「いえ、そんな……」 「誤解しないで欲しいんだが、誰にでもこういうことを言ってるわけじゃないよ。こんなことは初めてさ。人を部屋に入れるのもね。──おっと、こんなふうに言うほうが危険なのかな。忘れてくれ」  ヴィクトルはもう一度笑った。 「今夜はどうかしている。──確かに酔ってるのかもしれないな」  彼は息をつき、ふしぎそうにつぶやいた。 「どうしてこういうことを言ってしまうのかな……。自分でも謎だ。もしかしたらきみが好みなのかもしれない」  そう推定してから彼はさらに笑った。勇利はものも言えなかった。お世辞や冗談にしても度が過ぎているのではないだろうか。 「まずいな。どんどん自分が危険なやつになっている気がする……。大丈夫、冷静になるよ。何もしない。本当に。酔ってるけど酔っぱらいじゃないんだ」 「あ、あの……、頭を冷やせばすこしは楽になるかも」 「ああ、その必要を感じるね」 「洗面所を使ってもいいですか?」 「もちろん」  勇利は洗面所で自分のハンカチを出し、それを水で濡らしてヴィクトルのもとへ戻った。目を閉じているヴィクトルは眠っているように見える。勇利は床に膝をつき、彼の額にハンカチを当てた。 「ああ……、気持ちいいな……」 「よかったです」  ヴィクトルはうすくまぶたを開け、長い銀色の前髪越しに勇利を見た。 「優しいね、きみ」  勇利はしどろもどろになった。 「いえ、そんな……」 「この感じはなんだかおぼえがある」 「え?」  勇利は、誰かとまちがえているのだろうと思った。ヴィクトルの好きなひとだろうか? ──いや、自分と感じが似ているというのだからそうではないだろう。 「あれは……、そう、スケートだ。ショーでスケートを見たんだよ」 「誰のですか?」 「それがわからないんだ。俺は自分の出番のためにいろいろ支度をしていたし、ちょっと問題が起こって振付師と話したりしてた。だからどのときにリンクを見たのかはっきりしない。とにかく、慌ただしくしてるあいまにちらっと見たんだよ。あれは誰の演技だったのか……、青い照明が印象的だったな。その中に調和して、優美にそのひとは舞っていた。音楽にとけこんで、空気も衣装も青い色も、すべてが一体になったようだった……。俺は見蕩れたんだよ。でも、問題を解決するために呼ばれてそこを離れなければならなかった。本当に惜しかったね。もっと見ていたら……」  勇利は頬が熱く、胸がどきどきして、ただ黙ってヴィクトルの額にハンカチを当てていた。勇利のプログラムでは青い照明を使っていた。それ以外の色はなかった。しかし、ほかに青を使ったスケーターはいくらでもいる。青しか使わなかったのは勇利だけだけれど。 「その無垢で上品で清楚なスケートと、きみの感じがよく似ている」  ヴィクトルはちいさく息をついてつぶやいた。 「なつかしいとすら思える慕わしさだったな……」 「……人ちがいです」  勇利はぽつんと言った。それ以外に考えられなかった。 「そうかな……。あの演技と、きみのさっきのきらきら輝く星のようなひとみ……、それをはっきり見たら……」  ヴィクトルは心静かな様子で夢見るように言った。 「俺は恋に落ちるかもしれない……」  勇利は何も言わなかった。何も言えないではないか。ヴィクトルが話しているのはきっと自分のことではないし、自分には彼の言うようなひとみも魅力もない。勘違いなのだからそう指摘したいけれど、すぐにも眠りたいというふうなヴィクトルにうるさく話しかけるのはひかえたい。だから勇利は黙っていた。  ヴィクトルはそれ以上は話さず、それきり、眠ったようだった。勇利は彼の額にハンカチを添えたまま、まぶたを覆っている彼自身の手をみつめてどきどきしていた。 「勇利、考えたんだが」  中国での試合が終わり、ホテルでひと落ち着きしたとき、ヴィクトルが気にしたように言いだした。 「なに?」 「もしかして謝ったほうがいいのかな」 「何を?」 「俺はごく自然にそうしたんだし、勇利もそう受け止めたと思うけど、きみはいろいろ考えこんじゃう性質だからね。あとになって気になるかもしれない。もっとも、まったくなんとも思わず、平気だと感じてる可能性もあるけど」 「なんのこと?」 「勇利のことはまるで読めないからね」 「だからなんの話なの?」  本当にわからなかったので勇利は首をかしげた。ヴィクトルは率直に言った。 「キスしたことだよ」 「ああ」  なるほど。そのことか。本当に気にしていなかった。ヴィクトルもなんとも感じていないようだけれど、勇利が気にしているか気にしていないかということ自体は気になっていたのだろう。 「勇利には初めてのキスだっただろうからね。そういう意味では──」 「ぼく初めてじゃないよ」  勇利が簡単に答えると、ヴィクトルはぎょっとしたような顔になった。 「なんだって?」 「初めてじゃないんだよ──ヴィクトル、そろそろ部屋へ戻ったほうがいいんじゃない? ぼくもやすもうと思う」 「ちょっと待ってくれ。いまの話は……」 「何も重大なことじゃないよ。あいづちみたいなものじゃない。ああ眠い。昨日ほとんど寝てないんだ。本当はね」 「勇利!」  もう寝たいと主張する勇利の肩を、ヴィクトルは両手できつくつかんで、ひどく真剣な顔をした。 「いったいどういうことなんだ?」 「何をそんなにまじめになってるの?」 「勇利には恋人がいたことはないんだよね」 「そう言ったことはないよ。ヴィクトルが勝手にきめてかかってるだけで」 「いたのか!?」 「いないけど」  ヴィクトルは安心したような、しかし納得できないというような、なんとも複雑な表情をした。 「じゃあいったいどういうことなんだ?」 「簡単なことじゃない。恋人はいたことないけど、キスをしたことはあるんだよ」 「恋人でもない相手と!? 勇利はそんな子じゃないだろう!」 「恋人じゃないけど、好きなひととしたんだよ。いいじゃない、もう、そんなの……」 「いいわけないだろう。いいわけないだろう」  どういうわけかヴィクトルはぶつぶつ言いながら部屋の中をうろうろし始め、そんな彼を見て勇利はきょとんとした。まさかこんなに気にするとは思わなかった。しばらくヴィクトルを眺めていた勇利は、なんだか可笑しくなって笑いをこらえなければならなかった。  ヴィクトル、おぼえてないのかな? 無理もないけど。酔ってたし、眠そうだったし、ぼくをあまり見てなかったし。  何年か前のアイスショーで、勇利はヴィクトルに会った。それについては何もおかしなことではない。アイスショーでスケート選手同士が顔を合わせるのは自然なことだ。しかし、ショーのあとクリストフに誘い出されて勇利が食事に行ったのは珍しいことだったし、そのとき、すこし酔ったヴィクトルに付き添って介抱したのもたった一度きりのことだった。  あのとき、勇利はヴィクトルの部屋にいるあいだじゅうどきどきしていた。ヴィクトルの額にハンカチを添え、いつ戻ろうか、もう行っていいのか、ヴィクトルは完全に眠っているのだろうか、彼とこんなふうにいられてなんてしあわせなことだろうと、いろいろ考え、思いみだれた。そのうち、あまり長居してはずうずうしいかもしれないと気がつき、ハンカチを取り上げて、そっと立ち上がろうとした。すると、ヴィクトルが勇利のほそい手首をつかみ、目を閉じたままつぶやいた。 「帰ってしまうのかい……?」 「あの……」 「帰らないでくれ」  勇利はまっかになった。 「まだ具合が悪いですか?」 「具合はもともと悪くない」 「疲れているんでしょう」 「いや……、そうでもないよ」 「でも、やすんだほうがいいように見えます」  勇利の言葉にヴィクトルはしばらく考え、それから優しくささやいた。 「きみがキスしてくれたら元気になるかもしれない」  勇利は言葉を失った。これも冗談なのだろうか? まさか本気ではないだろうけれど、ヴィクトルはどういうつもりで言っているのだろう。からかわれているのかもしれない。 「……ごめん。忘れてくれ。本当に今夜はどうかしている。きみ、俺に何かしたかい? 魔法でもかけた?」 「…………」  ヴィクトルはまぶたを閉じていた。勇利は彼に顔を寄せると、すこし身をかがめ、ヴィクトルのくちびるにこころをこめて接吻した……。 「いったいどういうことなんだ? 好きなひと? 勇利に? 聞いてないぞ。聞いてない……」  ヴィクトルはまだ部屋を歩きまわり、何やら悩んでいるようだ。勇利はくすっと笑った。 「ぼくの好きなひとなんて誰でも知ってるよ」 「俺は知らない。勇利は俺にひみつをつくるのか。いつもそうだ。なんてつめたいんだ。おまえは冷酷だ」 「そんなに知りたいなら話すけど」 「いや、聞きたくない!」  ヴィクトルが両手で耳をふさいだ。勇利は肩をすくめた。 「ぼくもう寝るから……」 「うそだ。知りたい。教えてくれ。──いや、待ってくれ。勇利の好きなひと……知りたいが……知りたいが……だめだ、精神が安定しない。おまえは俺をどうしようというんだ。魔法をかけただろう」  勇利は笑いだした。 「いつだったか、アイスショーのとき……」 「ああ、聞きたくない。聞きたくないぞ」 「…………」 「いや、なんでもないさ。それで?」 「みんなで食事をしたんだよ。ぼくはそういうの苦手だけど、クリスに上手くおびきだされた。そのとき、あるひとがちょっと酔ったみたいだったんだ。酔ったっていうか、眠かったのかな。睡眠が足りてないようだった。だから彼がホテルに戻るとき、ついていってやってくれってクリスに頼まれて……」 「なんだって? 勇利、それでついていったのか? だめだ、もっと気をつけないと。用心すべきだ」  勇利はまた笑いだした。あまり楽しそうに笑っているので、ヴィクトルはなぜなのかわからないというようにふしぎそうにしていた。 「……笑いごとじゃないぞ。俺は真剣なんだ」 「ごめん。わかってるよ」 「それで部屋についていったらキスされたのか?」 「ちがうよ。ただ水を渡して付き添っただけ」 「それだけ? 本当に?」 「濡らしたハンカチを額に当てた」 「ああ、あれは気持ちいいよね。俺もしてもらったことがある���」 「誰に?」  ヴィクトルは答えようとし、それから首をかしげた。勇利は話を続けた。 「彼はなんだかおかしな冗談ばかり言ってた。ぼくをからかってたのかもしれない。でも落ち着いてて、優しかった。ぼくはずっとハンカチを添えてそばにいたよ。黙って座ってるだけだったけど、彼の役にすこしは立ったのかな」 「それは立っただろう。そういうのは、ひどくこころが穏やかになってやすらぐものだよ。俺もしてもらったことがある」 「誰に?」  ヴィクトルはもう一度首をかしげた。彼は考えこんでいる。 「しばらくそうしてたんだけど、いい加減帰らないと邪魔になるかと思って立ち上がろうとしたんだ。そうしたら彼はぼくの手首をつかんだ。もう帰るのかって言われた」 「まったく言語道断な男だな。お話にならない。ずうずうしいにもほどがあるんじゃないか?」 「ぼくはべつにそう思わなかったけど」 「勇利は好きだからゆるしてしまうんだ。つけこまれる。気をつけるんだ。いくら好きな男でも甘い顔をしてはいけない」 「でも、ヴィクトルもそうしたことがあるんじゃないの? 手をつかんでもう帰るのかって言ったことが」 「確かにそれはそうだが。──どうして知ってる?」 「それから、彼は……」  勇利はベッドに浅く座り、胸に手を当ててまつげを伏せた。 「キスしてくれたら元気になるって……ぼくに言った」  ヴィクトルが勇利に一歩近づいた。彼は抗議するように何か言おうとし、それからいぶかしげに眉根を寄せた。勇利は顔を上げてほほえんだ。 「だからしたんだよ。なんだか、そうしなきゃいけない気がしたんだ。それが当たり前っていう感じがした」 「…………」 「後悔してないよ」  勇利はにっこりしてうなずいた。 「勇利……」 「なに?」 「…………」  ヴィクトルはしばらく黙りこみ、口を動かし──、やがてぽつ��とつぶやいた。 「……あれは勇利だったのか?」 「誰だと思ってたの?」 「夢だと思っていた。すごくいい夢を見たと……」  ヴィクトルが信じられないというように勇利の手を取り、勇利はゆっくりと立ち上がった。ふたりはみつめあい──、ヴィクトルが腰を引き寄せてキスしようとしたので、勇利はひとさし指一本でそれを押しとどめた。 「勇利」 「だって、好きな男でも甘い顔しちゃいけないって……」  ヴィクトルは勇利をじっと見た。勇利はきらめく黒いひとみで物静かに見返した。ヴィクトルが深い溜息をつき、勇利を離して額に手を当てた。 「ヴィクトル、どうしたの?」 「おまえはなんてつめたいんだ」 「今日眠いのはぼくだね。でもヴィクトルのほうが元気なさそう」 「勇利がキスしてくれたら元気になる」 「そう」  勇利はヴィクトルの前に立ち、まぶたを閉じると、つまさき立って接吻した。あのときのように……。  ヴィクトルが目をみひらいた。勇利は上目遣いで彼を見た。 「どう? 元気になった?」
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