Tumgik
#増子直純
yamamasacom · 2 years
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絵になる表紙たち。 最近、呑み屋さんのカウンターで話題に出た方の昔の『風とロック』を引っ張り出してみました。 「怒髪天」さん 2013/5 「長澤まさみ」さん 2009/11 「立川談春」さん 2015/8 また、他の方も話題に出たら、引っ張ってきます。忌野清志郎さんとかね^_^ #風とロック #怒髪天 #増子直純 #長澤まさみ #立川談春 https://www.instagram.com/p/Ck-o8imvq1K/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kennak · 1 month
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自民系の三世議員(市町村議員)です。 河井夫妻の事件について、元国会議員の豊田真由子さんや、金子恵美さんが地元でのカネ配り(先輩議員に地方議員にカネ配れとアドバイスされた)について発言しているので、地方議員側からの話をします。 もともと、業界には与野党問わず「目配り、気配り、カネ配り」という言葉があって、この3つができる政治家が優秀な政治家だとされていました。 でもそんな話は中選挙区時代(~1993年)であって、今はこの言葉すら死後になっています。 中選挙区時代のはなし 今の話をする前に、すこし中選挙区時代の話をします。カネ配りはこの時代に盛んに行われたので。 中選挙区制は選挙区の人口によって定数が決まっていて、選挙の上位2人~6人くらいが当選します。なので、ひとつの選挙区から同じ政党の候補者が何人も出馬します。たとえば群馬3区では当選議席数が4で、自民党からは3人(福田、中曽根、小渕)が出馬します。 有権者や、地方議員からすると、同じ自民党の候補者なので、3人に基本的に政策に違いがありません。3人の候補者は政策的な差別化が図れないので、「あの道路は俺が作った」みたいな、どれだけ予算を地元に持ってきたか(利益誘導政治)がアピールポイントになります。さらにその先が、直接的なカネ配りだったり、選挙事務所での食事だったりするわけです。とにかく政策では差がないので、政策以外の差が得票になるのです。 旧群馬3区では選挙メシも有名でした。福田料亭、中曽根レストランとwikipediaの「上州戦争」でも書いてありますね。私の選挙区でもオヤジの話を聞くと、昔は選挙事務所で鰻重が出た、なんて聞きます。うなぎ食べたい。 参議院の選挙は都道府県によっていまでも中選挙区制なので、制度的にはこうなりやすいです。現に河井さんの広島も改選2議席で、自民から2人でたからね。しかもアンリさんは新人で実績(利益誘導)をPRできないから。 政治改革 戦後、そんな選挙がずーっと続いていたのですが、1988年のリクルート事件が発覚して、カネと政治をめぐる事件が立て続けにおこりました。それで、なんでこんな金権政治になるんだろうと考えたところ、中選挙区制が原因じゃろう、となったのです。 派閥の親分が無理してカネを集める→系列の国会議員に配る→地元でカネが飛び交う のが中選挙区制の行きつく先だったのです。 それでついに1993年の選挙で自民党は大敗し、細川護熙内閣が誕生します。細川内閣は、政策も理念も異なる8会派が集まってできた内閣で「8頭立ての馬車」、7政党に大臣ポストを振り分けたので「レインボー内閣」なんて言われました。この内閣の唯一の政策の共通点は「政治改革」で、結果としてこの内閣のもとで中選挙区制をやめて、小選挙区制にします。 このときに行われた政治改革のポイントは2つです。1つは小選挙区制(1つの選挙区に各政党は1人しか公認しない)にすることで、カネではなく、政策で勝負する選挙構造にすること。もう一つは政治献金に大きな規制を設けることで金権政治の元凶であるカネ集めをできなくする、その代わりに税金から政党交付金(約300億円)をつくってこれを各政党に分配するということでした。 いまの状況 この政治改革から約30年、選挙は確実に変わりました。カネ配りも、選挙事務所での豪華メシもなくなりました。石破茂さんも雑誌とかメディアのインタビューで「小選挙区になって、お金は確実にかからなくなった。誰でも議員に挑戦できるようになった」、「中選挙区制だったら私は議員を続けていられなかっただろう」って何度も言っています。そりゃそうだよね、自民党から1人しかでないなら、カネ配んなくても地方議員はその人応援しないといけないもん。 だから、我々自民党の地方議員も、河井夫妻の事件をみてビックリしています。なんて昭和なんだろうって。うちのじいさんのときの話みたい。 んで、本題に入りますが、もちろん、地元の代議士からお金をもらうことはあります。年間10万円くらい。 正確には、党勢拡大のための組織活動費として、自民党選挙区支部(代議士が支部長)→自民党地方総支部(代議士か県会議員が支部長)→自民党市町村第XX支部(増田が支部長)という形でお金がきます。このお金は政治資金規正法に則り、年にいくらもらって、年にいくらつかったかを報告義務があり、その収支報告書はウェブでも公開されています。もちろんお金を受け取ったら領収書を発行します。 地方議員は国会議員と違って、給料以外の集金の手段(政治資金パーティーや政党交付金)を持たないので、基本的に活動はすべて自腹です((野々村竜太郎県議が城崎温泉に行って有名になった、政務活動費という税金が原資の経費があるが、一連のスキャンダルで使途についてチェックがえらく厳しく、文房具か交通費か広報紙くらいにしか使えない。せめて議員として招かれる団体の会合の参加費には使わせてほしい。))。一方で国会議員は給料以外に、文書通信費で1200万、立法事務費で800万、派閥から数百万、党本部から2000万(政党交付金)、パーティーで2000万と、だいたい年間6000万くらい集金できるので、それを原資に活動しています。どこの選挙区でも、与野党問わず、国会議員の支部から地方支部(=地方議員)に組織活動費を出します。代議士は国会が開かれる1~7月、10~12月は永田町に行っていて、週末しか地元にいませんので、その間、地元で党を守り、地域の声を直接聞くのは地方議員ですから。会社組織でいうなれば、本社から支店に補助をだしてるみたいなイメージ。 冒頭の豊田真由子さん、金子恵美さんの発言(先輩議員から地方議員にカネ配れとアドバイスされた)はこの収支に報告義務のある組織活動費の話と、領収書なしの裏金であるアンリさんのお金を混同していて、センスのなさを感じます。きっと、彼女たちはパーティーで集めたお金や、政党交付金を自分1人でガメていて、こうした党勢拡大の組織活動費を地方支部に出さなかったんでしょう。そりゃ落選するわ。 とまあ、河井夫妻の事件は自民党の地方議員もびっくりしているので、当たり前とは思わないでほしいです。 とはいうものの でも、仮にうちの代議士が、去年の統一選挙直後に「当選祝いです。領収書はいりません」といって、30万持ってきてたら受け取っちゃうよなーとはちょっと思う。 選挙ってそれほどつらくて厳しいもの(ほんとに毎回憂鬱になる。新人候補が思ってたよりつらくて途中でやめるのはよくあること)で、カネもかかるから金銭感覚もマヒしているし(普段なら絶対30万なんて怪しいとおもうけど、選挙で多額の金を���っ込んでるから感覚がマジでマヒしている)、当選の直後なんて超絶な解放感で有頂天だし(4年に1回の選挙、オリンピックでメダルをとった感覚をイメージしてほしい)、単純に「あっ、どうも、気遣いありがとうございます」って感じでご祝儀として受け取っちゃう。受け取ったときに「奥さんの集票のため」なんて思わない。広島の地方議員や首長が軒並み「集票のためとは思わなかった」って見苦しい言い訳してるけど(私ですらそう思うから、一般の人からするとマジで見苦しい言い訳にしか見えないだろう)、当事者だったらマジでそう思ってると思う。
自民系の地方議員です。カネ配りについて書きます。
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mesotokyo · 2 months
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EQP-1Aインスパイアドなイコライザペダルを作った
EQP-1Aのイコライザ回路を解析した結果にインスパイアされたエフェクトペダルを作った話です。
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インスパイア元のEQP-1Aについては以前の記事で詳しく書いているのですが、低域および高域のカット(アッテネート、ATTEN)とブーストができるイコライザです。低域のカットおよびブーストと高域のカットはシェルピングタイプ、高域のブーストがピーキングタイプのEQになっており、カット、ブーストする周波数帯はそれぞれロータリースイッチで指定できる仕組みです。高域のカットとブーストはそれぞれ別の周波数帯を指定できるのに対し(カットは5/10/20kHz、ブーストは3/4/5/8/10/12/16kHz)、低域のカットとブーストについてはツマミは分かれているものの、周波数帯は連動して決まる(20/30/60/100Hz)、というのが特徴です。
今回作ったペダルも基本的にはそれを踏襲し、ツマミは低域のATTENとBOOST、高域のATTENとBOOST、高域BOOSTのカーブを決めるWIDTH、そして出力音量を決めるボリュームという6つのポットと、低域カット/ブーストおよび高域ブーストの周波数を決める2つのロータリースイッチ、そして高域カットの周波数を決めるトグルスイッチ、という構成になっています。オリジナルのEQP-1Aは高域カットの周波数もロータリースイッチで設定するのですが、こちらはペダルということでスペースに制限があるためトグルスイッチに変更しています。
低域の周波数はEQP-1Aと同じ20/30/60/100Hz、高域カットの周波数も同じく5k/10k/20kHzですが、高域ブーストに関しては3/4/5/8/10/12/16kHzに加えて1k/2kHzも選択できるようにしました。これは利用したロータリースイッチが9接点であるのと(=9段階で設定できる)、個人的に1kHzあたりをブーストさせるのが好きだから、という理由です。
ケースのサイズはHAMMOND 1590N1サイズで、穴あけ加工の簡略化のためパネル部分に電源および入出力ジャックが組み込まれた形状です。とはいえ中身はかなりギリギリで、消費電力的には009P電池でも十分動くのですが、スペースの関係でACアダプタでのみの動作になります。
回路
メイン部分の回路はこんな形です。
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以前紹介したEQP-1Aのイコライザ回路の前後にOPアンプを使ったバッファを入れた構成です。入力段のバッファはシンプルなボルテージフォロア回路で、このバッファ前にボリュームを入れています。イコライザ回路の後ろの出力段はゲイン21倍の非反転増幅回路です。イコライザ回路はパッシブ構成のためゲインが落ちますが、ここで落ちた分のレベルを増幅しているイメージですね。
電源はDC9Vの単電源なので、電源電圧を分圧してバイアス電圧を作り、イコライザ部分もそのバイアス電圧を仮想的なGNDとしています。電源部分にはトランジスタを使ったノイズ削減用ローパスフィルタを入れています。
カット・ブーストする周波数を決めるロータリースイッチは秋月電子で入手できる2回路4接点のものと1回路9接点のものを使っています。薄型かつコンパクトで、これがあったからこそこのペダルが作れたと言っても過言ではありません。
また、ロータリースイッチに繋がっている部分の回路は次のようになっています。
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ひたすらコンデンサとインダクタ(コイル)が並んでいます。コンデンサはフィルムタイプのもの、インダクタはこちらも秋月電子で購入できるマイクロインダクタをメインで使いました。このマイクロインダクターは最大で47mHと比較的大きめの容量なのに、サイズは一般的な抵抗器を一回り大きくしたサイズでとてもコンパクトです。インダクタは抵抗と同様に直列接続すると単純に容量が加算されていくので、これを並べることで必要な容量のインダクタを構成しています。なお、100mHのインダクタについてはマイクロインダクタが入手できなかったため、太陽誘電の電源用インダクタを使用しました。マイクロインダクタよりは大きいですが、およそ直径10mmで十分にコンパクトです。
ちなみに、インダクタは磁力を発生させるため、並べた場合の相互作用が気になるところですが、実験した結果では縦に並べても目に見える影響はなさそうでした。扱う電圧がせいぜい数100mV程度だからかもしれません。
基板実装
こちらの回路をペダルエフェクターサイズのプリント基板に起こしたものがこちらになります。
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今回新たな試みとして、抵抗器とOPアンプ、コンデンサについてはスルーホール実装と表面実装の両方に対応できるようにしてみました。手作業の実装でも手間としては表面実装のほうが楽な一方、表面実装部品は秋葉原における入手性が悪いため、どちらでも対応できるようにしようという魂胆です。
あと、ロータリースイッチの各端子をショートさせるように入っている抵抗については、基板スペースの関係上泣く泣く小さい表面実装の集合抵抗を使いました。正直これは無くても動作はするはずなのですが、EQP-1Aには入っているようなのでそれに従って入れています。ピッチが小さいのではんだ付けはかなり大変です。
ちなみに高域のカットの部分のトグルスイッチのところではこの抵抗を入れ忘れていますが、特に問題ない感じで動作しています。
基板上に一通り部品を実装するとこんな感じになります。ひたすらコンデンサですね。全部直方体型タイプのコンデンサを使えれば良かったのですが、一部の容量のものが手に入らなかったため、複数のタイプのコンデンサが混在しています。
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また、ボリュームポットはリード線ではんだ付けしているのですが、ロータリースイッチについてはピンソケットを噛ませて実装しています。これで見事にぴったりな高さになります。
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最初は基板を2枚に分割して、ボリュームポットやロータリースイッチは別基板に実装しようと思っていたのですが、これがうまくいったおかげで1枚基板で済んでいます。
入出力のフォンジャックと電源ジャックはコネクタ経由で接続できるのですが、なんとなくフォンジャックは直接基板にはんだ付けしています。
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パネルの作成
パネルは黒色アクリル板の表面をラッカースプレーで塗装し、それをレーザー加工して作りました。
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裏側にはアルミ箔を貼ってシールド効果を持たせています。これらを組み立てて、ツマミを取り付けると最初の画像のようなものが完成します。
試奏インプレッション
相変わらず試奏動画や音源はないのですが、インスパイア元のEQP-1Aが完成度の高いイコライザということで、こちらもそれを踏襲した良い感じのものになっています。EQP-1AってEQのカーブが全体的に緩いので効きが悪い的な評価をされてい���のを見かけるのですが、実際はちゃんと体感できるレベルで効きます。もちろん低域の周波数を20Hzとか、高域の周波数を20kHzとかに設定すると効果は分かりにくいのですが、それぞれ100Hz/5kHzにすればすぐに違いが分かります。個人的にはやはり1kHzをブーストできるのが便利ですね。
ノイズに関しても、基本的に大きく全体をブーストするようなものではないため、まったく気になりません。後段にハイゲインのブースターやディストーションなどを繋ぐと差異が出る可能性はありますが、その場合は低ノイズのOPアンプへの交換で対応できる気がします。
ただ、出音が分かりやすく変わるエフェクターではなく、またどの周波数帯を変えるとどう出音が変わるか、というのを把握していないと使いにくいエフェクターだな、という感じではあります。なのでパラメトリックイコライザーってあまり流行らないんだなあ……と思いました。
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elle-p · 3 months
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All voice actor comments from the P3 Movies blu-ray
石田 彰 (結城理 役)
「ペルソナ3」が劇場版になって主人公に結城理という名前がついたことで、自分の中で主人公というキャラクターがより具体性を増してきました。
劇場公開当時、各地で舞台挨拶をさせていただいたときにも「今回、ようやく結城理という名前がつきました」という発言はしたのですが、会場に詰め掛けて下さったゲーム版からのファンの皆さんには、今一つピンと来ていないようでした。ここら辺はプレイヤーキャラクターであることの限界かと思っています。
他のキャラクターについては、皆さんおなじみのあのキャラクターが、スクリーン上を縦横無尽に駆け回り、見覚えのあるあのシーン、このシーンが繰り広げられることで「待ってました!」「これが見たかったんだよ~」というある種の達成感というか満足感があるのでしょう。
だから、主人公というキャラクターに対して、やっと結城理という肉付けができたという満足感が得られるのは、主人公を演じ続けてきた僕の特権といえるでしょう。今回、パッケージに結城理とクレジットされていることに日本で一番喜んでいるのが僕です。
豊口めぐみ (岳羽ゆかり 役)
完成した劇場版アニメを見て、まるで誰かがプレイしているゲームを見ているかのような気分になりました。それくらい原作ゲームを大事にされているなぁと思ったのです。
ゆかりの声を初めて収録した日、ゲーム冒頭のチュートリアルシーンもあったかと思いますが、なんだかとにかく凄い量のセリフを、プレイヤーさんにご理解いただけるようにするのに格闘した記憶があります。
あれから数年の時を経ての劇場化。
今回は時間との闘いでした。
年齢との (笑) ということもありますけど、単純に数年前に戻るだけではなく、関係性も0へ戻す。今は知ってしまっていることを、いかに知らないように演じるか。
しかし、ペルソナ3のメンバーは凄いです。
みんなの声を聞いて、あっという間に昔に戻った気がしました。またこの方たちと物語を紡げること、本当に嬉しく思います。
初めて見る方も、ゲームをプレイしてくださった方にも楽しんでいただける作品になっております! いろんなとこにニヤリなものが散りばめられているようです。
劇場で見つけられなかったもの、見つけてみてくださいね。
鳥海浩輔 (伊織順平 役)
祝・劇場版・アニメ化! このお話を最初に聞いた時は本当にうれしかったですね。ゲームの収録からは、もう片手じゃ足りない年月がたっていましたし、ドラマCDやゲームの続編なんかは収録してましたけど、アニメ化はもうP4がやっちゃってたし (笑)。流石にないだろと思っていた、いや、そんな事も思わなくなっていた時に、ですから。この作品は個人的に非常に思い入れのある作品です。もちろん伊織順平というキャラクターも。そんな作品がアニメ化、しかも劇場版ということですからね。「やっちゃうよー俺!」ってなカンジで収録前からワクワクしてました、珍しく。実際の収録も皆さんが一言セリフを言う度に、「ああ、そうそう」みたいな。
なんかとても楽しかったなあ。うれしい事に、劇場版も一本で終わりではないので、観てくださる方達にもたっぷり楽しんで頂けるのではと思います。我々も力一杯演じていきます! まずは、この第1章を堪能して下さいませ。
能登麻美子 (山岸風花 役)
元々ペルソナの世界観にとても魅力を感じていました。ストーリー、映像、作品全体に漂う雰囲気、作品を包む空気感。ありそうでない。ペルソナという作品だけが持つ独特の “何か”⋯。うまく言葉では表現出来ませんが、人を惹きつける力を強く持っている作品だと思いました。
そして、それらの全ては劇場版でも素晴らしい形で表現されていて、初めて映像を見た時、心がとても震えたのを今でも強く覚えています。キャラクターを再び演じることが出来たのも大きな喜びでした。ゲームと同じように、この劇場版も皆様に永く愛されることを願っています。
田中理恵 (桐条美鶴 役)
第3章の公開を目前に控え、第2章のパッケージが発売ですね。勿論、第1章も劇場で見て Blu-ray/DVDでも何度も見ましたが今回の第2章はなんと言っても美鶴のペルソナ召喚ですね。
劇場でも見て、ゲームでプレイして美鶴のペルソナ召喚の時以来の感動でした。第3章の劇場公開を見に行く前にぜひ! また第1章 第2章を何度も見て貰えたらなと思っています。
学園生活をまた主人公と共にもう一度 「ペルソナ3」の世界でやり直す気持ちで演じています。アルカナ・女帝に負けじと今後も第3章でも頑張って参ります。
劇場で見られずに今回から初めて見られるかたも、劇場で見てくださってもう1度、何度も見てくださるかたに感謝の気持ちと今後とも「ペルソナ3」をよろしく! という気持ちと、愛を込めて⋯!
緑川 光 (真田明彦 役)
Blu-ray/DVDお買い上げありがとうございます。
やはり、ゲームから引き続き応援して下さってる方が多いのでしょうか? 長い事この作品を愛して下さって本当にありがとうございます。
正直、「ペルソナ3」 のアニメ化は諦めていたのですが、まさかの劇場映画化と言うことで、めちゃめちゃ驚きましたよ (笑)。
テレビアニメ化だとクオリティが微妙な場合もありますが、劇場アニメなら高水準のクオリティは約束されたも同然ですからね (笑)。
しかも、毎回監督さんが変わるシステムという事で、その都度、見せ方が異なっているのは、とても面白く感じます♪
この辺は劇場で1回見ただけじゃわからないでしょうから、シリーズ通して、Blu-ray/DVDで繰り返し何度も見て頂けると幸いです (^-^)
緒方恵美 (天田乾 役)
「ペルソナ3」 劇場アニメ化を喜びつつ、第1章は映画館でお客さんとして観ていたので、やっと来たか! と嬉しかったです (笑)。
映画の天田はゲームより素直に描かれていて⋯だからこそテストでは逆にスルッと演れてしまったんですが、そんな自分自身にココロのどこかに潜んでいた「天田のカケラ」が違和感を唱え (笑)。
監督や音響監督と相談し、少しだけゲームの雰囲気に近づけることになりました。結果、素直だけどちょっぴり大人びた、思慮深さのある少年になれた気がします。魅力的な原作の中から、時間の関係でエピソードを絞られてしまったのは残念ですが (スタッフの皆様も苦渋の決断かと⋯!)、その中でも必要な静寂や、逆にたたみかけるような部分、更にコミカル・シリアスも絶妙なバランスで配置されていて、変な言い方ですが本当に「映画的」な、素晴らしい作品に。
田口監督以下、皆様のお力で⋯参加させて頂けたことを本当に嬉しく思います。
連作の途中ではありますが、渾身の1本。愉しんで頂けたら幸いです。
中井和哉 (荒垣真次郎 役)
荒垣君とはゲームの収録で出会いました。よもやこんな長い付き合いになるとは思わずに。もちろんそこでも彼は物語の半ばで散っていく訳ですが、別に寂しさはありませんでした。
なにぶんその日に出会って、別れたものですが1回限りのキャラクターとの関係って大体そんなものです。
ところがその後、私は数々のドラマCDで再び彼と出会い、彼の色々な面を知ることになります。今にして思うとそれはまさに劇場版「ペルソナ3」第2章、夏休みのワチャワチャとした雰囲気に似て、多少羽目を外しても許される空間。こういう企画に多くはゲーム本編のムードから外れたお遊びで、楽しくはあっても意味などないのが常なんですが、私と彼にとっては重要な時期になったようです。
やがて絶対に訪れる別れをどこかで意識しつつも、楽しい日々を過ごしていました。
そして時は流れ、ブランクがあって。彼を心の奥にしまっていたところへの劇場版。そのシビアな舞台で決定的な別れを経験した今、私は今度こそ、心底寂しいと思っています。
神奈延年 (タカヤ 役)
「タカヤ」というキャラクターに出会って、もう何年たったのか? 基本は悪役なのでしょうが、彼の生き方は大まかなところでなぜか共感できるところもあるのです。この物語で「終わり」に対しての向き合い方、全てを受け入れ、今を生きる。しかし⋯その生き方に、光ある明日を見出していないところが、この物語での彼の役割たる所以でしょうね。僕はやっぱりこの状況なら、理たちのように抗うとおもいます! タカヤを演じる上に於いて、気をつけたところは、彼の風貌を損なわないように、柔らかく話すようにし、その中に刹那的な思考、そこから生ずる恐ろしさも混ぜてみました。
沢城みゆき (エリザベス / チドリ 役)
この「ペルソナ3」という作品では、私はエリザベスとチドリという二役を演じさせていただいてきました。前者は「発言されているわけではありませんが)いわゆる “永遠の命”、後者は “刹那の時を生きた命”、という対照的な印象があります。この第3章は正にチドリの命の花がパッと咲いた大切な映画となりました。⋯彼女がむかえたエンディングを思うと、散った、と言うべきかもしれませんが側にいた私には不思議と、美しくきらきらとした温かい花を抱いたままの体感が残っています。皆様にも優しく見届けていただけたら幸いです。⋯さて、第4章ではエリザベスさんの⋯いつもとは少し違った? 面が見られるかも?? お楽しみに!
小野坂昌也 (ジン 役)
ジンはおわかり頂けるように大阪弁のキャラクターなのですが、他作品などで演じさせて頂く大阪弁のキャラクターは、だいたいツッコミ役だったりおちゃらけているパターンが多いので、そういった意味で言うと、ジンはなんとなく大人しいキャラクターで珍しいな、と思いました。ただ、大人しいとは言えキャラクター性を出さなければいけないので、性格を作りつつ、他のキャラクターとのバランスをとるのが難しかったです。特にジンは無口というか、あまり話さないキャラクターなので性格が掴みづらかったというのもありました。ゲーム収録時は基本的にキャラクター作りは任されていて自分主導でキャラを作っていけるのですが、アニメとなると全員のポジションとのつり合いをとらなければいけないので、音響監督と微修正を重ねていったのを覚えています。
石田 彰 (結城 理 役)
劇場版「ペルソナ3」にまつわる妄想
結城理にとって劇場版「ペルソナ3」の全4章はデスをその身に封印され、心が虚ろになってしまった彼が、特別課外活動部の仲間達とのふれあいを経て、その中身を満たし直していくまで の過程をたどる物語でした。
理の記憶の甦りという物語構成の妙として、時間軸とそれが公開されるタイミングがズラされていたりしたので、ゲーム版に触れたことがない観客の皆さんは初登場時の理の立ち位置に一種の不気味さを感じたのではないかと思います。そのうえ各章で起こる事件は、例えばゆかりの父親に対する誤解や順平とチドリの一件、荒垣先輩と天田くんの関係など暗くて重いものが多い印象です。しかしそういった明るくてハッピーなものばかりではない、人が内側に抱え込んでいる傷の部分をきちんと描いたからこそ、彼らに出会ってそれを見つめることになる理も、章が進むにつれて、本来、人として持っているべき大切なものを、欠けることなく獲得していけたのだと思います。
劇場版 「ペルソナ3」の全4章が観客の皆さんに受け入れて頂けたのも、ゲームで体験したストーリーを映像で見てみたいという興味の他に、そんな理の見る景色に影響され同調することで、その先の展開が気になったからという部分もあったのではないでしょうか。このように人の心を構成する様々な経験の起伏を描いた劇場版「ペルソナ3」ですが、そもそもペルソナという単語は僕の理解では心理学周辺で出てくるものですよね。
一番初めのゲーム収録でこのタイトルと内容を知ったときに、バトルをするための自分の化身をペルソナと呼ぶなんて、何でシャ レてるんだと思ったものでした。人が対外的に自分を表すためにかぶる仮面。それが敵、自分に向かってくるモノと戦うための武器になる。これは日常のコミュニケーションそのものに見えます。だから、そういうペルソナを本来の意味を考えると、理だけが一つのペルソナの進化という形ではなく、初めから複数のベルソナを使い分けられるというところにも自分なりに納得のいく理屈をつけることができそうです。心の中が空っぽの理には端から対外的にどう見られたいという願望がありません。そんなことは彼にとってはそれこそ「どうでもいい」ことであって、どう見られても構わないからこそ、かぶる仮面を一つに限定する理由がないのです。どうでしょう。自分としてはこの理由付けの仕方、なかなか気に入っています。理が空の器であったと捉えることで、映画の登場人物として物語を展開させていく大きな必然性を持たせることにもなるのです。結城 理の物語はゲームの枠にとどまらず、映画化という展開にも充分耐えうるポテンシャルを持っていた、だから映画化されるのは必然だったというのはちょっと暴走し過ぎでしょうか。暴走ついでに、第4章『Winter of Rebirth』のクライマックスシーン。これまでの経験を経て、一度無くした人間性を取り戻し、中身を満たすことができた理は、かつて母親が自分にしてくれたように、仲間を生かすために自分の命を投げ出すという境地にまで達します。そこには第1章『Spring of Birth』の頃の己の死の恐怖に対するどうでもよさから来る蛮勇はありません。自分たちが存在した証を守り残すという全員の目標を果たすために、理は自分を満たしてくれた、自分を再構成するためのエレメンツをくれた仲間と彼らが生きていく世界を、今度は自分が数おうとしました。そしてそれが自己犠牲的発想に基づく行動だったのは皆さんも感じられた通りです。そのために数多くのペルソナという仮面をかぶることができる理が、ことごとくそのペルソナを打ち砕かれ、最後はその仮面をかぶらずに先へ進む。これはなかなか象徴的なシーンだとは思いませんか。
「生きろ」と自分に伝えてくれた母親と同じ言葉を仲間に託していく。母親が我が子を思う母性愛が、究極、無上のものであるならば、仲間たちとの間にその無償の愛情を注げるまでの絆を楽いた理の内面は、完全に人間としての形を取り戻したと言えるでしょう。それに加えて、ペルソナという仮面をかぶらない形でしか最後のステージに上がれないという仕掛けが用意されているわけです。これはニュクスという究極の敵、環境、世間に立ち向かえる力を宿す場所はその人の本質的な部分にしかない、虚飾の仮面を被った姿では無理なんだというメッセージにも見えるわけです。また、敵を倒すときにはペルソナという仮面をまとい、大切な人を守るときには自分の素の姿をさらけ出すことが必要だったという構図も暗示釣です。自分なんかはとてもじゃないけれど素の自分をさらけ出したところで強さに結びつくとは到意思えないと言いたいところですが、一度リセットされ、新たに経験を積み直した理は、人より先に一つ上のステージ、命の答えに到達しているのです。もはや凡人ではありません。フィクションとはいえ、影時間でシャドウと戦う使命を与えられたのが理達で良かったとつくづく思います。もしも僕だったとしたら、命の答えにたどり着くのはまだまだ先のことでしょうから、世界は予定通り1月31日に終わっていたでしょうし、そうなったらこの妄想が世に出ることもなかったでしょう。そう考えるとそれもアリだったかもしれませんけどね。
坂本真綾 (アイギス 役)
アイギスというキャラクターに出会ったのは、もう10年も前のこと。まさかこんなに長い年月を一緒に過ごすことになるとは、当初は思っていませんでした。多くのペルソナファンの皆さんに愛されて、このたび映画という形でもう一度みなさんに再会することができました。大きなスクリーンでアイギスや、大好きなキャラクターたちが活き活きと動きまわる姿を見ることができ、とても嬉しかったです。彼らが絆を築き上げていく過程、真正面からお互いにぶつかっていこうとする姿勢に何度も胸打たれました。
アフレコの度に感じたことですが、この作品に関わっているスタッフさんや、キャストの皆さん、本当に作品への愛情が深くて、とても喜びに満ちた表情で収録に臨んでいらっしゃいました。その雰囲気は、完成したフィルムにもきっと滲み出ているのではないかと思います。
ついに完結となり、寂しさもありますが、達成感のほうが大きいです。アイギスと出会えたことに改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
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oyasumimumemo · 7 months
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週報-3
2024年02月12日(月) 朝、鏡を見たら顔にほうれい線があって半日落ち込んでいた。スキンケアとか表情筋トレとかちゃんとやろう、あと普通に増量するべきだ。体力もつくかもしれない。仕事が終わって少し買い物をしてから電車に乗った。電車に揺られて本を読む。彼氏が迎えに来てくれたドラッグストアでクリーム玄米ブランが安かったのでたくさん買ってもらう。社会の緊張感がしんどいことを彼氏に会った瞬間に思い出す。
2024年02月13日(火)
雑談がつらすぎて会議のほうが楽しいまである。
2024年02月14日(水) バレンタインデーだった。朝、彼氏に本命チョコを渡した。車で会社まで送ってもらう。朝礼が終わると女性社員がお菓子を配りはじめた。内心何を思っていても皆様大人なので、私めにもお菓子をくださった。こういう無自覚の圧力良くないな嫌だなと思いつつも、いつも貰ってばかりだし・・・と日和って私もお菓子を配った。大げさにお礼を言う皆の顔を見ないようにして自席に戻り何食わぬ顔で仕事をした。生き様がダサい。なんかごちゃごちゃ思ったけど、手元にお菓子がたくさんあるのは良い。幸せのストックだから。彼氏に渡したお菓子は半分くらい私にリターンする。その上ホワイトデーもしっかり貰う。
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2024年02月15日(木) ニヒリスト気取って暗いボカロ曲聴きながら帰った。自ら中二病を公言することで他人から刺される(自分で刺すより痛い)ことを避ける。ぬるくて湿った春風がエモくて泣きそう。仕事終わりに受診した精神科で彼氏にも関係する話題があったので帰宅後に内容を共有した。
2024年02月17日(土) 昨日は社内の講演会・祝賀会があって精神疲労でボロボロになった。私は純粋ゆえにフィルターが弱く、自分にとって有害なものを直にくらったりする。今日もそのストレスを引きずって彼氏に迷惑をかけた。でもストレス発散にホラー映画を観てたらすごい嫌がられてムカついた。一人でみてるだけの何があかんねん。私ら善人からみて到底理解できないような悪行も当人すれば「こんなはずでは」の末だったりするのだ。ちがうこともあるけど。
2024年02月18日(日) ここ最近ずっと眠くて毎日昼寝をしている。季節の変わり目センチメンタルについて、夏→秋より冬→春のが嫌な感じでタチが悪いなあと思う。苛々する。ていうかセンチメンタル自体結構しんどい。しんどいけど、心地良い、けどやっぱりしんどい。
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patsatshit · 10 months
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Mがタラウマラを退職して今月末で早くも1年になる。Mとの出会いはサイクルショップすずめ時代で、彼がダルクからの帰り道に3,500円のママチャリを買いに来たのがはじまりだった。その後も何度か話をしているうちにとても面白い人だと思うようになり、おまけにサイクルショップすずめが立ち退きを迫られていたタイミングだったこともあり、純粋な気持ちで「自分はこれから新しい店を始めようと思うが、一緒にやらないか?」と声をかけた。その後はとんとん拍子に話が進んで……という訳にもいかず、突然連絡が途絶え、聞いていた住所を訪ねるも接触ができなかったりした(笑)。やっぱりあかんかぁ、と自分は自分で今後の準備に取り掛かっていたところで、突然サイクルショップすずめの店頭にふたたびMが現れて「ぜひともやらせてください」と言って来た。最初に声をかけてから数ヶ月が経過していたと思う。そこからは本格的にタラウマラの準備に取り掛かった。Mには諸々の事情があったので、契約面、資金面については僕がすべて請け負い、あくまでも雇用する者とされる者の関係性のうえで二人三脚で開業の準備を進めた。僕は開業資金の100万円を借り入れ、途中で不足が生じたので社会福祉協議会から新たに40万円を調達した。その間に数人の友人たちに「Mと一緒に新しい店をやろうと思う」と伝えたら、全員から猛反対された。これは誇張や脚色ではなく、本当に色んな人から「何を考えてるんですか?」「いままでやってきたことを棒に振るんですね」「あなたがやろうとしていることは商売ではなく福祉だ」との助言をもらって、これまでのMがやってきたことを勝手に想像しないではなかったが、それ以上にそんなダメダメなMをきちんと支えたいという想いが遥かに上回っていた。なかには「あなたがMと一緒にいるなら、もう関わりたくない」と言ってきた人もいたが、その方とは未だに再会できていない。とにかく当時の僕はMに夢中だったし、むちゃくちゃに酒癖は悪いがどこか憎めないところがあって、すべては許容範囲だと感じていた。実際タラウマラが始まっても酒でのトラブルは絶えなかったし、M自身も慣れない仕事で精神的にきつかったのだろう、いつだって抗不安薬を手放せないでいた。それでも僕はMの才能に魅せられていたし、ひとりの友人としてもこんなに腹の底から笑い合えるのは初めてだとも感じていたから、最初の2年間は本当に楽しかった。タラウマラで雇用する際にひとつだけ約束事として交わしていた「違法な薬物に手を出さない」ということもきちんと守ってくれていたように思う。Mの音楽作品もコンスタントにリリースを重ね、また彼自身の尊敬する先輩や友人からオファーを頂く機会も増えていった。とにかく酒や違法薬物をできるだけ遠ざけ、それ以上に夢中になれることをふたりで模索していた。僕はあのときの自分の感覚とMを信じて良かったと心の底から快哉を叫んだ。唯一の不安は金銭面だった。そこだけは本当に苦しかった。社会福祉協議会に追加の借り入れを申し込んだが、それでもまったく足りなかった。互いに友人や親戚の仕事を手伝ったり、単発の日雇いバイトに従事することで何とか糊口をしのいでいた。そんな金銭的な不安を打開するために僕は出版物のリリースを目論んだ。もともとMは編集者になりたかったと言っていたこともあり、それならば、と季刊刊行物を制作しようと思い立った。それが「FaceTime」である。タラウマラのような小さな店舗ではどれだけ頑張っても自転車だけでは到底2人分の給与は稼げない。Mの持っている技術で新たに売上をつくることができれば、今後、彼自身の自信にも繋がるだろうし、タラウマラの第2ステージとしても最高だと思った。実際、滑り出しは順調で尊敬する友人たちが素晴らしいテキストを寄稿してくれたこともありvol.1の500冊はすぐに完売した。Mの編集技術も回を重ねるごとに更新されていった。ちょうどその頃、Mに恋人ができた。Kという彼女は僕の「DJ PATSATの日記」を読んでMに興味を持ち、好きになったと言っていた。しばらくするとKはジョージアへ1年間の語学留学に発つことになるのだが、ロシアとウクライナの戦争が激化し、ジョージア国内でもキナ臭い動きが表面化したことで、彼女は緊急帰国した。そして淡路にあるM宅での同棲が始まった。突然の帰国に際してタラウマラからは自転車やTシャツを贈呈した。するとMが「Kが土井さんに直接お礼を言いたいとのことですので、土井さんの勤務日にお邪魔しますのでよろしくお願いします」と言って来たので、そんな気を使わんでええよ、と思いつつも心のどこかで楽しみに待っていた。しかし予定の日にKがタラウマラに現れることはなかった。その後、3度、同様のことが繰り返されたので僕ははっきりと気分を害していることをMに伝えた。Mは狼狽しつつも「Kの仕事が急に忙しくなって、家から一歩も出ていないんです」と必死にKを庇っていた。ちょうどその頃、常連のOさんがタラウマラにやって来た際に「そう言えば先日、Mさんの彼女を紹介してもらいました」と言うので「どこかでばったり会ったんですか?」と聞くと「いやいや、タラウマラでに決まってるじゃないですか!ビールまで頂いてしまって」と笑う。Oさんが店を出た後、僕はMに電話をしてはっきりと怒りを露わにした。もうKには挨拶に来てもらわなくて結構!と伝えるとMは終始すみません、ごめんなさいと誤っていた。翌日、Kは菓子折りを持ってタラウマラにやってきた。本人と直接話をしても僕の中で靄が晴れることはなかった。その後、周知の通りMの商業出版が決まり、Mは多忙な日々を送ることになるのだが、明らかに酒量は増えていった。そして遂には◯◯にまで手を出してしまうことになる。タラウマラを一緒にやるうえでの絶対的な約束を彼は破ってしまった。僕の妻は心底呆れて「もうあかんで、やめてもらって」と言っていたが、本人が深く反省していたこともあって、僕はなぜか不問に付することにした。いま思えばもうどうでも良くなっていたのかも知れない。その代わり、Mには土日だけの勤務にしてもらい、給料もそれまで売上の完全折半でやって来たところを日給制に切り替えた。Mは義兄のバイト、土日のタラウマラ、商業出版の執筆、最後の「FaceTime」の編集作業と引き続き忙しそうにしていた。その頃からますますKがタラウマラの業務について口出しをしてくるようになった。給与面、業務時間、業務負担についてなど、それらすべてをMの言葉を介して僕に伝えられた。何度かそばで聞いていた友人が「それ以上はKのことを土井さんに言わない方が良い、ネガティヴキャンペーンにしかなってない」と注意をしてくれた。Kは「なぜMばかりそこまでやらないといけないのか」と繰り返しているようだったが、物事には役割分担というものがあり、僕には僕のやるべきことがあり、MにはMのやるべきことがあるというだけの話だ。どこからか金が降って湧いてくる訳でもなく、自分たちで稼がないといけないのだから。そして遂にはタラウマラで行われるイベントの際にMは「いまのあなたには執筆の方が大事でしょ」とKから言われたとのことだったので、僕はイベントの最中にMに対して「もう帰りや」と言ったのだが、Mは慌てて「そういう意味じゃないんです」と訂正した。いまでもそれがそういう意味じゃなくてどういう意味だったのかわからない(笑)。「淡路が嫌いやから」という理由でMとKが引っ越しをしたり、その後も色々あったが、綱渡りのような精神状態で互いに業務を遂行していた。そしてその先に待ち構えていたMの解雇を決意するに至る決定打は、実につまらない些細なことだった。ライブやバイトのスケジュールでMは度々シフト変更を求めてきたが、僕も家族のことなどで逆にMにお願いすることが何度もあったので、そのこと自体については持ちつ持たれつで何ら気に留めるようなことでもなかったのだが、ある日Mが同日の予定変更を何度か重ねて依頼してきたことがあった。最初の変更時に僕自身もプライベートの予定を入れてしまっていたこともあり、2度目の依頼の際には代わりに出勤することもできず、その日は店を閉めることにした。一応Mに休みたい理由を聞いてみると「Kがどうしてもその日に新開地の立ち飲み屋に行きたいと言っている」とのことで、この瞬間にはっきりと僕の中で何かが崩れた。あのときのことはいまも忘れられない。本当にこれまでMと積み上げてきたことがはっきりと物音を立てて崩れ去った瞬間だった。僕は「わかった、でももうMとはタラウマラをやっていくつもりはない。年内で辞めてくれ」と伝えた。その後も例によって色々ありながらも、彼がタラウマラを辞めると決まってからは僕も色んなことがふっ切れて、随分と気持ちが楽になった。Mの商業出版に関しても素直に応援することができた。ただ一点だけ、彼の出版を手がける編集長がタラウマラにやってきた際に「著者と打ち合わせしたいので、しばし外して頂けますか?」と直々に言ってきたことについてはいまでも呪いのように自分の内側に燻り続けている。タラウマラはコワーキングスペースでもなんでもなく、僕が借金して作り上げた自転車屋やで(笑)。
※ ここから先は「他人の事情」につき閲覧注意!
それはさておき、2022年の年末でMはタラウマラを退職した。最後の1ヶ月は本当にたくさんの方々がタラウマラを訪れ、みな口々にMを労ってくれた。ほんまに色んな人から愛されとんなぁ、と驚いたのをいまでも鮮明に覚えている。タラウマラを始める際には周囲からあれだけ反対されたのに、どないやねん(笑)。しかしある意味でこの両極の振れ幅こそがM「らしさ」なんやと思う。最後にシャッターをふたりで閉めた際に僕は素直にMに「楽しかった。ありがとう」と伝えることができた。Kからも「色々お世話になりました。これまではタラウマラにあまり顔を出せずにいましたが、来年はもっと遊びに行きます」とメッセージが届いていた。年明け早々にはMと友人と一緒にmole musicに行った。出会った頃のように話をして、笑うことができて嬉しかった。別れ際に「出版もうすぐやな、楽しみにしてるで。僕も同じタイミングで何か作ろうと思ってるから、タラウマラでダブル出版イベントとかできたらええな」と冗談めかして言った。そして「Kと一緒にいつでも遊びにおいでな」と言ってその日はMと別れた。その後、Mの書籍のリリース日が決定したが、タラウマラ限定特典についての打ち合わせもしっかりできないままに、いよいよ出版社へのオーダーの期日が迫っていた。Mは「義兄のバイトで忙しくて」と言っていたから、退職して間もないし確かにそうだろうなと思っていた。もちろんKも年が明けてから一度も顔を出さない。SNSで別の友人の書店には頻繁に行っている様子だけは伝わってくる。そんなある日、Kがインスタグラムに投稿した内容を見て愕然とした。Mからは「週7で義兄のバイト」と聞かされていた日に彼らは旅行に行っていたのだ。思わず「またや」と無意識に言葉が口から漏れた。1年前、Kの帰国後の挨拶問題とまったく同じことが繰り返されたと感じた。僕は瞬間的に自分を見失うほどの怒りが込み上げた。そしてみんなが呆れてものも言えなくなるような醜悪な内容をSNSに投稿した。純粋に死んでほしいと思ったし、自分も死にたくなった。結果、たくさんの人が僕のもとを去った。それは仕方のないことだといまでも思っている。誰だってあんなことを書くような奴と付き合いたくない。それでも継続して僕との付き合いを続けてくれている方々、大丈夫ですか?あなた方のほうが狂っていますよ、だけど心からありがとうと思っています。自転車関連でも、Mの退職後は何人ものお客様から「あの子がおらんねやったらもうええわ」と言われたし、それまで良好な関係だった方々にいつもと同じように挨拶をしても露骨に無視されるようになったり、Mを慕っていた若者からレジ金を盗まれたりもしたけど、この1年で自分なりのやり方を確実につかんだ。何事もゼロをイチに���るまでの地道な活動こそが最も大変で、イチがサンになってようやく人々に少しだけ気にかけられるようになり、サンがゴになって多くの方々に認識される。言うまでもなくKや某編集長はゴ以降にMと出会った人たちだ。そんな彼らに僕らがふたりで積み上げた期間を蔑ろにされたような気がして、自分でも愚かだとは思いつつも怒りを抑えることができなかった。でもそれはもう大丈夫。僕はいまもやるべきことを継続してやれている。何度も言うけど、いまでもサポートしてくれるみんなのおかげ。Mはどうだろう。編集長が言ったように僕が彼の足を引っ張ることになったので、どうにも本来の力を発揮していないように思う。ガヤの勝手な意見やけど、これだけは言っておきたい。Mの胸には「チェンソーマン」のデンジみたいにスターターが付いていて、それを引っ張ってやればとんでもない能力を発揮する。だからお楽しみはこれからってことですよ。
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crispy-moratta · 2 months
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伊勢神宮へ 酔いと音の古殿地
先日、友人のピアニストであるふじいさんと伊勢神宮に行った。初めて観光地で昼間からお酒をのむということをし、今までの観光のなかでいちばん心地よく頭のまわらなさ、とてもよい小旅行だった。またわたしは偶然、京都の伏見と混号になっている伊勢特集のブラタモリを所持しており、これが今回とても役に立った。前の週に予習として読んだときは(ふ〜ん、)というくらいだったが、伊勢までの電車の中で読むと既に実感を伴い、(知識にも入れどきってもんがあるのよ〜)となった。わたしの人生初のお伊勢参りは午前中だったからか観光地としては非常にちょうど良いくらいの人の多さ(多くなく)で、曇り雨予報もお伊勢参り中は全く降られることなくとても良かった。神宮のつくりと見かけ、また観光地としての佇まいはとても美しく、気高く、tidyな賢さのある観光地であった。おおきく見ていてうれしかったポイントとしてはふたつある。
ひとつめは古殿地のシステム。古殿地というのは、伊勢神宮は20年毎に1回式年遷宮という正殿を筆頭にいくつかの社殿を真横にそっくりそのまま建て替えるということをする。古殿地とはそのための土地、要するにholyな空き地である。この20年を節目にして建て替えられるというのは飛鳥時代の620年あたりからで、ここまでのべ62回の造り替えが行われてきたそうだ。社殿に使われる装具品なども全て作りなおされるので、伊勢神宮はトラディショナルだが常に新しいということである。して、それの何がよかったのかというと、完成された社殿に開発できるスペースが常にあると言う状態がこの神宮の格式の高さだと思えたからだ。これをふじいさんに伝えようと思ったときに何に例えると良いだろうかと参道を歩きながら考えた。大抵いつもこういう感動を伝えやすいのはエンジニアの友人であるカイくんで、彼だったらプログラミング、書ききったコードにあらかじめバッファを残すやり方とかそういうものがありそうだな、、とか思ったが、その辺のプログラミングの素養がわたしにはないし、プログラミングに例えてもわたしもふじいさんも納得感が薄い感じ〜となりそうと思うと、ピアノのスケールに例えられる気がした。スケールというのは順当に並んだ音階のこと、単純言うとドレミファソラシドという音列(これはCメジャースケール)のことで、これをたとえば片手で1オクターブ分のスケールを引くときには、(右手で弾く場合)15音に対して指は5本しかないので運指を少し工夫する必要がある。ドレミまで123(親指から番号を振り)の指で引きファの音で指を潜らせて1の指で引いてやると次のドまでの音階を残った2345の指で弾いてやることができる。これを左手で行うと(小指から逆順に番号を振り)5432/1321の運指でありここまではとても美しいシステム、指の運びだなとわたしは思うのだが、わたしが気にしているのは2オクターブ以上引くときの運指である。音の始めはいずれにしても1の指からなのだが1オクターブ上のドに辿り着く指はいずれも345の流れである。つまり2オクターブ以上引くときには間で指を潜らせたり跨がせる所作をさらに加えて行う必要がある。具体的には右手の場合は123/1234/123/12345。左手だと54321/321/321/4321となる。このときの右手の運指に問題がある。1オクターブ引き切る前に2オクターブ目のスケールに向かうための運指の変化があるのだ。つまり1オクターブのスケールを弾くときと2オクターブ引くときの指を流れが違う。1オクターブ弾き切ってから(ア!もう1オクターブいきたいかも)にシステムとしては対応できていない。というようなことをつい先日スケールの練習をしているときにそういうことを考えていたことを思い出した。たとえばクラシックではそんな場面はあまりないかもしれないが、たとえばジャズでインプロビゼーションなどするのであれば土壇場でもう一音階上がりたいという場面があってもおかしくないのではと想像したのだ。前置きが長くなったが、どこまでも上がり下がりする音階をつくるためには一般的な運指ではなくあらかじめ次の音階に上がれる「音(指)の古殿地」が必要かもしれないということ。それを彼女に話すと、よくそんなこと思いつくと言ったあと、でもそういった場合たとえばペダルを併用したりもう一方の手でカバーを入れたりして澱みなく繋ぎ直す方法もあると教えてくれて、わたしはとても愉快になった。ふじいさんはとてもピアノが上手いし、いつも話を聞いているとピアノに対しての甘えのない人だ。そしてこの彼女がシステムを超えるためのアドホックな技巧があること、またそう言ったときの(おそらく演奏というものは必ずしもそういうことではない)というような毅然とした態度に、わたしは増してわくわくした。
ふたつめは終点の標識。伊勢神宮には愛知から名古屋を経由し国道23号線をずっと走ってくると伊勢神宮までたどり着くことができ、そこには国道23号の終わりがある。標識の23の文字の下には白地に黒文字で終点と書かれており、ことは内務省より「東京より伊勢宗廟に達する路線」 として国道9号が指定されたのが1885年、1920年には旧道路法に基づく変更にのり国道1号となり名実ともに日本を代表する幹線道路だったわけだが、終戦後に再び何度かの道路改正があり、一級二級といった区別がなくなり今の一般国道23号線になったのは1965年のことだそうだ。この終点の標識ひとつとっても、当時からの伊勢神宮の位の高さが伺える。神宮としてあり続けるために観光面においても、御司という平安から明治の初めにかけて多くいた伊勢神宮への参拝のための旅行コンシェルジュのような存在や、江戸の街並みを再現したおはらい町など、伊勢神宮の気高さは街全体がつくってきたのだ。そして終点もそのひとつ。観光地が維持されながらも同時にアップデートされていく一端を見れてとてもうれしい心持ちであった。なんといっても「終点」 というのが良い、目的地のなかでも終点と言われてしまえば(真に目指す必要のある場所だ!)と思うのも頷ける。
とりあえず外宮と内宮を見て周り、初お伊勢参りとしては十分及第点だろうといったところで、そのまま横に流れ、おはらい町へ。てこね寿司を食べようと思ったが、ふじいさんがそんなに乗り気ではないように思われたので、とりあえずコロッケのおいしいという店でコロッケとメンチカツを頼んだタイミングで、焼酎をのもうと言われ2号をふたりで飲んだら、すごくきれいに酩酊。わたしは観光地ではいつも専ら学習モチベーションが高く、神宮でも、最高な巨木!美しい五十鈴川。気高き社殿群と、直感的には伊勢の空気に触れつつもしばしばブラタモリを開いてはふむふむしていたお昼まで、初めて旅行先の外でしっかり酔っ払いとても愉快であった。神宮に行く前に伊勢うどんを食べたこともあり、めちゃくちゃ腹減りという感じでもなく、すっかり機嫌の良いわたしたちは観光地とはおおよそ関係の希薄そうなアイスクリームを食べ、こちらは子供サイズというひと巻きかふた巻きほど少ないのが大きさのものがあり、一個は多いが、というニーズにぴったりであった。その後は本店の赤福を食べ、ふじいさんの友人の谷さんいわくお土産の赤福とは一線を画すとの前情報であったが、たしかに、食感においていつもの赤福より餅が柔く、餡も心なしかみずみずしいように感じられた。このあたりでは少し酔いが覚めてきて、非常にちょうど良さではあったが、良さのもう一段上、更なる心地よさへの高みに想像がはたらき(酔いの古殿地)、別のお店であともう一杯だけ日本酒をのむと、それはなんとも贅沢な昼の心地であった。そうこうしているとおおよそ帰路に着く時間に近づいてきていたので、わたしのリクエストでバスで宇治山田駅へと向かう。かく宇治山田駅もお伊勢参りの後援として一役買っている重要な場所である。1931年に建てられたこのモダン調の駅舎は近鉄電車、大阪のなんばから宇治山田駅間を2時間ほどで繋いでおり、関西から参拝にくるひとの多くが利用するルートのひとつである。ちなみにブラタモリには駅舎のテラコッタ色のタイルが印象的であると書かれていたのだが、わたしが見る限りではどこにテラコッタ色のタイルはなく(見つけられず)、それは少し悔やまれたが、しかしそんなことはどうでも良いと思わせるほどのサプライズがあった。なんと宇治山田駅にはストリートピアノなるものが設置されていたのだ。開けた構内には普段であればちょっとピアノ弾くか迷うくらいのひとの多さがあったが、ここで追い日本酒がほどよく効いていたのもあり、純粋に突如現れたグランドピアノにテンションがあがった。思いもしないタイミングでふじいさんの演奏を直に聴くことができるのがうれしい。確実に演奏家として彼女の方がはるかに上手に弾くだろうと思ったので、先に私から演奏する。すこし音をならすと、非常に良い調律というか鍵盤の硬さで(あとでピアノの写真を見返すとYAMAHAであった)、初見でこんなに手に馴染むピアノがめずらしく、また酔いも助けてわたしはとても良いモチベーションで演奏できた。楽しく弾くことができたし聴き手からしても楽しさ〜という演奏になっていたように思う。あとからあれはBLUE GIANTの2巻でダイが、「音楽はいいな〜音楽はスゲェな〜を吹きます」 のシーンの心持ちだった。それからふじいさんの演奏。連弾用に椅子が二脚あり横に座って聴いたのだが、彼女の演奏はとても流暢で、酔いのなか、彼女としてはどんな出来だったのかは分からないが、とても軽やかで流れのある水を撫でているような心地よさ、砕けたいうにはいささか繊細な粒子の細かいフランクな音でとてもよかった。彼女の手の動きは見ていてもおもしろかったし、途中からは音楽に身を委ねて目を瞑って聴いたのであった。彼女は2曲(だったと思う)弾いてくれ、一曲はラヴェルだと言っていた(もう一曲はなんだったんだろう)そのあとは少しだけふたりでポロポロと弾いたり弾かなかったりした。あらためてとても良い旅であった。
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14-sakiii · 3 months
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転がる石みたいな感じ
7月4日(木)
朝、求人情報を見ていたら1箇所気になる場所が早速見つかって応募してみた。耳の調子は相変わらず。今日は1stアルバムに収録する曲の歌詞とコードを纏めて、データ化して保存する作業をした。疲れ果てて寝た。体力が無さすぎる。体重増加が止まらない。もうお菓子はやめようと心に誓う。月のせいかもしれないけれど。これから朝30分くらい歩こう。いや、夕方にしよう。どうしてこんなに体重増加していくのかわからなくて怖い。病気か?って思ったけど、たぶん単純に年齢によるものだな。アラサー。あらら…とはいえ、平均体重なので気落ちせずに過ごしたいものだ。ワンピースを観よう。
7月5日(金)
髪を切る為に名古屋へ。その前に午前中、応募した会社から電話が来て、LINE面接が来週の月曜日に決まった。火曜日は前の職場の人に会って、制服返却。なんだかんだ色々決まる中、予定が被らないのが凄い。有給消化中という名の無職だが、なかなかに慌ただしい日々だ。早く名古屋に着いてしまったから、パルコと地下鉄の間にある座れるスペースでくどうれいんさんの本を読んだ。駅からの熱気とパルコからの冷気がちょうど良い塩梅で快適読書となった。ハギノの話は胸が苦しくなってしまって困る。ここまで赤裸々に書いてよいのか?自分の駄目な部分って自分だけってことは無いんだと知る。さて、美容院。はじめましてのお店。窓が大きくて、ドライフラワーとかある感じ。担当さんは見た目がギャルだけど顔タイプが柔らかい雰囲気で話しやすかった。こちらの要望を細かく聞いてくれた。minimoでお店を選ぶ基準も聞かれたので、細かく教えた。こういうタイプの人に当たったのは初めて。熱心。このお店の名物である泡々なトリートメントが気持ち良かった。さっぱり。その後、スープストックへ。わたしが親知らずの抜歯でヘロヘロだった時、ノンちゃんがくれたギフト券を使おうって思ったのだ。300円以下でカレーとスープを食べることができてしまった。見た目も中身もスッキリした一日だった。
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7月6日(土)
引越しをしてからバスに乗る機会が増えた。今日も今日とてバスに乗っていたら、親子3人組が乗り込んできた。どうやら外国人。お姉ちゃんらしき女の子が背負っていたリュックに”Team Mongolia”と書かれていて、ああモンゴルなんだねとほっこり。いま、ミツメもモンゴルに居る。このシンクロ、不思議だった。移動中に「水歌通信」を読み終わった。くどうれいんさんの言葉だけかと思って読み進めてしまったけれど、違和感なかった。直子さんは凄い。小田さんに誘ってもらったスーパー登山部のライブ。スーパー登山部のライブははじめて。小田さんが「自分のバンドを作りたいんだよね、良いギタリスト知らない?」って言っていて、本当にバンドができて、それがスーパー登山部だった。感慨深いものがある。山と音楽、彼の好きな物パワー全開。ライブの前に早めに集合してカフェドクリエと七番でノンちゃんとお茶した。七番、こばちゃん居た。貴重なミツメギャル。珈琲ぜんざいとホットココアで一息。話すって大事。ライブを観て、解散した直後、ノンちゃんからLINEが来て、モンゴルのフェスに出ていたミツメのライブ映像が配信されることを知り、大興奮。電車に揺られながらミツメを観ることができた。ミツメ最高!夜中、昔の映像を観たりしてしまって夜更かし。空白の重要性を伝えるナカヤーンの動画、あれ最高だよ。今年はミツメの活動が去年より多くて、本当に嬉しい。
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7月7日(日)
ブラジルコーヒーに行く前に少し金山をぶらり。人が多く、お店も色々変わっていた。祖母がディズニーでゲットしたお気に入りのマグネットが冷蔵庫にくっつかないと悲しんでいたので、冷蔵庫に貼れるマグネットプレートを2枚購入。最近の冷蔵庫ってマグネットがくっつかないって知らなかった。ドトールで動画編集。コツコツ進めた。以前より、居心地が悪くなっていて、うーんこれは治安のせいかしら?シャインマスカットヨーグルトは予想通りの味。さて、本日のお目当て、イラストのトークライブ。スタミナ焼きうどん定食を食べたら、すんごいにんにくとニラが入っていて、はなび��混ぜそばじゃんとなった。健太さんがふらっと席の横を通って「にんにく、すごいでしょ」と声をかけてきた。それで、ああ!確信犯!と気づく。美味しかったけど、人と話す時、申し訳なかった。イベントはみなさん素晴らしかったけれど、やっぱり一緒にモノづくりをしたことのあるてんしんくんとカニコちゃん、良かった。2人が好きだと言うもの、自分も好きそうで面白かった。
7月8日(月)
面接当日、ソワソワ。悪夢で目覚めた。わたしは面接が本当に本当に苦手で、大学在学中、就活1社で心が折れた人間だ。それぶりなので、本当に初心者。面接時間まで時間があったので準備が出来た。何回も練習したから不安は無かった。結果、笑顔で乗り切った。けれど、応募が殺到していることを知らされた。2人しか受からないということで、うわーってなった。この話をされた時点で自分の力は出し切ったけど、こりゃご縁がないタイプだと悟る。まず、散歩しようと思い、夕食後散歩へ。気分が良くなった。池があるっていい…。再び水のある街へ引越すことができたんだ。梨木香歩の小説やミツメのエスパーのような雰囲気を感じる街並み。30分歩いて帰宅。久しぶりの湯船。数年振りの正社員チャレンジ、頑張ってみた自分にグッジョブをあげたい。悩んでもしゃーなし。クイズ番組を観ていたらアンミカもしゃーなしって言っていた。結果はやっぱりダメだった。
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7月9日(火)
前の職場の人との待ち合わせ、ミスった。昨日の面接でLINEの通知をオフにしたまま、解除し忘れていて、到着の連絡に気づけなかった。その間にサマーアイの日記を読んでいて、夢中だったから、余計気づけなかった。申し訳なくて、少し落ち込んだ。落ち込んでも仕方ないけれど。制服返却しつつ、少し話した。「田宮さんなら大丈夫ですよ〜」と言われた。最近、よく人から言われる言葉だなって思った。はやく大丈夫になりたいものだな。いや、大丈夫にするんだな、わたしがわたしを。その足でついでに郵便局へ。思っていたよりもお安く発送できてしまった。帰りはバスを使わず、歩いた。再び1社応募。ここがダメならまずは一旦、正社員に拘らず働こう。BASEの送料を見直し。ゆうパックの地域別の料金をしっかり調べた。通販ページを更新。そろそろ季刊誌作りたい。
7月10日(水)
粗大ゴミシールをぺたぺた2枚ずつ貼るところからスタートした朝。無事に持って行ってもらえてよかった。今晩は、わたしが夕食担当だったので祖母とスーパーへ。ミスドで飲茶。瀬戸内レモンのパスタとフレンチクルーラー、ハニーチュロを食べた。祖母が、ミスドの飲茶は量が多くないから好きだと言っていた。確かに。ミスドが愛される所以。無印でポリプロピレン表紙のリフィルノートを買った。スケジュール帳に日記を書いていたら、もうそろそろページが無くなりそうになってしまった。日記を3月から1日も欠かさず毎日書いている。わたしの日記人生に於いて、そんなことなかなかないことだ。今年に対する熱量が半端ない。そりゃ、親知らずは抜くし、引越しはするし、転職もするわけだ。決断の量が段違いとなった。その分沢山の悩みも抱えた。だから、文字をよく書いた。こんなどうしようもないこと、なんでもかんでも受け入れてくれるのは紙しか居らん。紙には感情がないので、好き放題色々言える。いつも、ありがとう。そして、今これを読んでくれてる人達、更にありがとう。26歳がこれにて~完~
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koiai15 · 3 months
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時差のせいで返事が停滞気味ですみません!増子、ロンドンで元気に生きてますので皆様ご心配なく!帰ってきたらたっくさんロンドン土産を聞かせますので!楽しみに待ってて下さい!あ。そうそうロンドンで行きつけのエッグタルト屋さん見つけたよ。僕甘いもの好きじゃないんだけど、これだけは美味しくて食べれちゃう。ちなみに今日は舞台が始まってから初めての休演日!ロンドン、まだ知らないものとか場所とかが多いので散策してみます!
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それから前回のTumblrに舞台が終わるまで更新が止まります!出来る時はツイートします!と書いてたんだけど、え、書いたよね?書いた気がする!多分。その投稿を消してしまったので改めてお知らせしておきます!でも皆優しいよね。今の所誰とも切れてなくてさ!しかも律儀に皆「配信するよー!」ってお知らせもしてくれて!僕はそれが嬉しいです!もちろん都合が合わない時はいけないんだけど、でも、僕のライフスタイルを尊重してくれる、かつ、連絡くれるって、あー何か良いなあって思ってて。皆の優しさに触れて僕は幸せいっぱいです!と伝えたいです!今、声を大にしてね!
んでね、突然なんだけど、ここからは僕の正直な思いを、言葉を選びながら書いたので、よし、こい!と言う方だけスクロールして下さい!それ以��の方はここで僕のロンドンの写真を見て「え、あっちゃん、楽しんでるー!良いねー!」って思いながら閉じて下さい!
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はい、何だかセンシティブな話になってしまうけれど、いつの日か書いた僕は僕だけがいいっていう話、今ならもーっと強く言えるなと思ったので改めて綴らせて下さい。
この間、たくちゃんと話したときに「今ここで増子敦貴と言う人がいなくなっても俺はすぐに探せない。暫くは永久欠番になる。」って言葉が本当に嬉しくてさ。
俺もね、一緒なの、それは、皆に対して思うことなんだよね。あ、でも相当思い入れがないとそうはならないのでそれだけは了承してほしいんだけれど。せっかく出会えたんだもん、急に消えてしまっても、もしかしたらまたどこかで会えるかもしれないとか思いながら過ごしてれば、すぐに他の君を見つけようなんて思えなくて。それが僕が思うだけでも十分かもしれないけれど、もし、同じ気持ちでいてくれるなら、もっと嬉しいし、もっと僕はこの世界を大事にできるのかなとか、考えていました。
いつかは終わりが来るとは思うけどさ!!まだ僕はここにいたいし、皆とたくさんの言葉を交わしたい。この気持ちに嘘偽りはありません。
だからこの間も僕がカカオを誤って消したことに対してしっかり怒られたけど、そうだよね、不安にさせたよね、って僕も僕の非を認められたし、自分をこんなに大切にしてくれてる人をもっと大事にしよう、それから自分のことも大切にできるようになれたらいいなと思いました。毎日幸せとはいかなくても、小さなことでも幸せを感じられるくらい純粋に過ごせる日が多くあればいいよね。もちろん、大好きな皆にも!
どんな些細な出来事でもその一つ一つが僕にとって大事なものなので、何ひとつとして取り零すことのないように、その全部を両手で抱きしめながら、今できる最善を尽くして一生懸命生きてみようと思うのでこれからもよろしくおねがいします。
今日も僕のそばにいてくれてありがとサンキューー。滅多に言わないんだけど、海外にきて、こう、感化されてるような気がするので今日だけ言っちゃお。
とてもアイラブユー!
うん。日本語も英語もロンドンに置いてきてるみたいですが、伝われっーーー!
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crydayz · 4 months
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240614 金
引き寄せの法則ってのを結構素で信じてるって以前書いた
「なんで自分は毎日絵が描けてしまうんだろう?」って今思ってる
これがいいんだよ
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「なんでやれてしまうんだろう?」
「なんでこんなに幸せでラッキーなんだろう?」
ってベクトルで自分を不思議がる
これだけでどんどんやれるし、どんどんラッキーになる
マージ、マジマジ
--- 僕、28歳ん時もうすぐ死ぬ思いました
なんでかってこのまま生きてても「嫌なことの総量が増えていく」ばかりでそれを打ち消すいい事なんて雀の涙程度しか手に入らないに決まってるって思ったから
それが予想できるくらいには主観的踏んだり蹴ったり感を味わっていたし、過去の自分の成功体験に照らしても、もう10代の頃以上のラッキーなんて訪れるわけがないな、思ってた
つまり生きてても主観的にも客観的にもムダ。ふつうの知性と自尊心あるなら惨めで恥ずかしすぎて生きてらんない。格好悪すぎる思ってた
結構「武士的なスタンス」だと思うのね、これ
あとは自分をむっっっっっちゃ主人公として捉えてたよね
でも生きる為、それをやめた。精神を「負け犬ヌケサク敗残兵モード」にチェンジし、虐げられて然るべきモブ・・だけどどっこい最後まで生き残ちまう「ひょうきんピエロ」的ポジション目指した
しばらくその目くらましでどうにかなってたシーズンもあったけど、やがて冷静になって全部馬鹿らしくなって「幼少期に戻って人生最初からやり直したい」という気持ちになった
20代の頃のような「死にたい」という気持ち(格好良さを貫きたいという気持ち)は最早ない。ただただリセットしたい、今度はうまくやる、あそこで絶対妥協しない、選択ミスしない、へこたれない...って誓った
だからもう一度チャンスが来たら今度こそ間違わないし乗り遅れないって思った
僕の失敗のきっかけは初音ミクに対ししょーもないヘイトを抱いてしまったことだ
DTMを生半可に愛していたがゆえに、それ系の知識と愛が全然ないであろうミーハー絵描き達が初音ミクをハブにして唐突にDTM文化を蹂躙してきた(あるいはDTMカルチャー一切無視して製品のガワだけ浅はかに消費してきた)と感じてしまい、自分の好きなものを穢されたと感じてしまった
これはもう、そう感じちまったんだからどうしようもない...
それに加えpixiv台頭によるホームページの価値消失、友人に初音ミクブーストで狂気レベルの差をつけられたってのもヒステリー加速に拍車をかけた。でも何よりも大きいのは自分がディレクションしていたゲーム企画を取り上げられた事だったな
とにかく「ほう? ここまで俺をコケにしたいんか、世界」って思ったわ。知らんよなそんなの。みんな楽しくミクちゃん描いてんだ...
なぜそのウェーブに乗らないんだ? って知り合いの絵描きから暗に明に言われたさ。同人イベントで色紙にミク描いてって言われた時は内心全ギレしながら描いたっけなあ
ほんと、運気を下げる思考をしていた
何が要因かっつーと結局「愛を侮辱された」っていう主観的感情がきっかけなんすよ
だからそれ以降僕はなにかを愛することをやめました
だって、愛があるからそれを「穢された」とか「バカ���された」って思うんでしょ?
その結果チャンス逃して人から嫌われるようなルサンチマンばっか吐いてたら、結果的に自分が損するじゃん
損する事がわかってる「愛」を維持するの、ある意味純愛かもしれんけどその愛向けてる対象が自分の方振り向いてくれんの? 言ったら無理なわけじゃん、初音ミクの場合はクリプトンとかヤマハなわけ、あとRolandも好きだった
でもそういうオフィシャルは僕じゃなく初音ミクというキャラをサクサク消費しお祭り騒ぎしてる実力派絵描きの方を大事にする
いやもう、何言ってんだ純粋にお前キャラ ド・ヘタじゃんって指摘にはイエス、諸手を上げてイエス
ほんっと、身の程知らずとはこの事よ!!
今でも怒りと悲しみと後悔が蘇ってくるわ。どういうこじれ方してんだアホ!! 普通に魅力的なキャラなりなんなり描いて人心掴めよヘタクソ!!! って言いたい
腐ったアヤナミみてーのばっか描いてんじゃねーよ、と
閑話休題。昔話を繰り返したところでしょーがない
つまり、だ。今ムカついてるその項目、そのムカつきの要因となっているあんたの身勝手な「愛」
それ本当に維持すべき愛っすか? って話なんすよ
僕の場合は「自分が作った箱(Discord)への愛と執着」がまだ強固に残ってる...
こいつが今後間違いなく僕を不幸に導くことだろう
不幸になってでも、多少嫌われてでも自分の好きは決して曲げない
そういう気持ち(他人や社会のことをガン無視したヒステリックなプライド)があるとな、些末な事に侮辱と敵意感じてはヘイト撒き散らし、周囲に呆れられ病人扱いされキャリアも積めぬまま歳だけ食って、どうして自分のこの真摯でキレイで真っ直ぐな気持ちを誰一人理解してくれなかったんだろう? みたいなドンズレ思考抱えた××老害になる(うーん... 極端だ。極端な思考は自分と周りを傷つける。それは結果的に自分を不幸にする。だからよくない)
プライドは、捨てなくてもいいから箱にしまうか、意識的に横に置く
そして皆が食べたがっている料理を丁寧につくる
体力増やしアタマ使って時間捻出し「自尊感情維持する為の城(テリトリー)」を構築する
最初は自閉モードでいい。次第に他者を呼び込む為のサンドボックスなり応接間なり作っていけばよい
そして考えることは「しあわせ」についてだけでいい
「どうしてできないんだろう?」と考えると「できない自分」を引き寄せる
「どうして不幸なんだろう?」と考えると「不幸な自分」を引き寄せる
それは文脈関係なしに最初に見出しに設定したワードの正当性を「肉付け」する思考が脳内で自動的に発生してしまうから
だから「どうして幸せなんだろう?」と考え続ける事で「XXでXXであるがゆえにしあわせなのである」という講式が脳内に刻まれてゆく
どうして不幸だと思うのかを思考するメリットはない
どうして幸せなのか? を自身に問い続けるだけで100%、何をどうやっても幸福になってしまう
幸せな主観があれば精神的バッファがあるわけだから無茶できる
無茶すりゃ歳食ってたってそれなりの出力と他者貢献できる
それさえできりゃいずれ優しい世界が手を差し伸べてくれる
ああ、我々が思うほど世界は悲しくプログラムされちゃあいない
誰も自分という人間に手を差し伸べぬなら、自らが率先して誰かに手を差し伸べてしまえばよい
はい、キモいお節介&パターナル&ハラスメントフラグ、って指摘には同意
同意はするが、潜在的正解は常にそれだろ
自分が救うことや手を差し伸べることを「許してくれる命」を見つけて、まずはそれを応援する事から始めたらいい
人を応援する人をディスる人ってのはもう、それは120%ロクな人間じゃあないから無視していい
無論、犯罪者や極度に反社会的な性格の人を応援するようなムーブしちゃダメだし、それをやりそうになってる自分を止めてくれる人の事は無視しちゃダメだが
善&道徳だわ、基本。子供がいる手前、そうとしか言えん
だって子供はオートで犯罪犯したがるからな。それは子供の本質。そこに親も乗っかりブーストかけちゃったらクソ毒親だろ...
ゆたぼんの父親とかそうだろ。最終的に反面教師として役立ったから結果オーライかもしれんが
とにかく、絵とフィクションの中で悪と不道徳を描くのは構わないが現実のパーソナリティや生活ん中にそれ適用すんのはナンセンスだし何一つメリットがない
マジメすぎると現実と絵の世界を同期させちまうんだよな
自分もその境目がなかった、かつて―
絵は絵、現実は現実。どっちもウケがよく自分を幸せに導くベクトルに「デザイン」してこ
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kennak · 1 month
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婚活ツールとして普及するマッチングアプリ。今や、結婚した人の4人に1人が出会いのきっかけはアプリだという調査結果もある。登録者に真剣な出会いを提供する一方、結婚しているにも関わらず独身を装う「独身偽装」が紛れ込む問題も発生。信じていた人からの裏切りにより、心に消えない傷を負わされる被害者も少なくない。長崎県内に住む30代後半の沙月=仮名=は、半年以上たって相手が既婚者と発覚し、ショックで心身の不調、人間不信に陥った。自身が苦しめられているのに、「なぜ相手は今も普通の生活を送っているのか」と怒りの感情が押し寄せる。「彼は詐欺師。だから人の心を踏み付けてもなんとも思わない」。自身が経験した独身偽装の悪質な実態を語った。 「真剣交際しか考えていない」と話した拓。将来についても沙月と語り合っていた(写真はイメージ)  沙月は年齢的なこともあり、結婚を視野に入れた真剣な出会いを求めていた。昨年3月、友人が勧めてくれた有料のマッチングアプリに登録。翌月、マッチングが成立した10歳下の拓=仮名=と会った。見た目も言動も「好青年」。5月の大型連休の時期に交際が始まった。  「遊び半分なら断る」。付き合う前にそう伝えると「真剣交際しか考えていない」と返ってきた。沙月にとって4年ぶりの恋人。純粋に「うれしかった」。電話やLINE(ライン)で頻繁にやりとりした。連絡が途切れるタイミングもあったが、互いに仕事は忙しく、そこまで気に留めることはなかった。    拓は多いときで週に3回、少ないときも月に5、6回は沙月の家に宿泊。性交渉もあった。「一緒に住むなら、どっち(の居住地)がいいかな」。そんな将来を語り、笑い合った。  拓は実家に住んでいると言っていた。「近所の人に見られたらめんどくさいから」と、沙月が車で送迎する時は、彼が言う「家の近く」まで。「(彼が周囲に知られたくない)気持ちも分かったから」。沙月は何の疑いも持たなかった。拓は友人にも恋人として会っていたし、「そのうち両親に会ってほしい」という頼みも拒みはしなかった。   付き合い始めて半年がたった11月初旬。家具量販店に一緒に行き、新しい枕やベッドカバーなど寝具類を新調した。この先も続くと信じていた2人の生活。明るい未来を思い浮かべ、幸せに満ちていた。  寝具を購入した2日後、沙月は親族の結婚式に出席。2次会に拓を誘ったが、彼は同じ日に「友人の結婚式」が入っていた。式の4日後。拓はいつものように沙月の部屋にいた。「結婚式はどうだった?」とたわいのない会話を楽しみ、夜になって彼は帰っていった。  沙月はベッドに入り、スマホを触りながら、彼が口にしていた式場名をキーワードに、インスタグラムで何げなく検索した。  「えっ」。目に飛び込んできた写真を見て、絶句した。  スマホの画面の中で幸せそうに笑っている新郎。それは、さっきまで隣にいた彼だった。 新郎の「彼」 拓が結婚式を挙げたことを知った沙月。動揺しながらも真相を確かめる決意をした(写真はイメージ)  インスタの写真は彼の親族がアップしたものだった。「友人の結婚式」。拓がそう説明していた日、実は友人ではなく彼自身の結婚式を挙げていた。  でも…。  沙月は思った。結婚式の2日前に一緒に寝具を買いそろえ、式の4日後には自分の部屋に来ている。もし家庭があるならば、普通の感覚があるならば、そんな行動はできるはずない、と。  彼とお酒を飲んだり、一緒に部屋で過ごしたりするだけで楽しかった。「(写真を)見なかったことにすれば続くのかな」。そんな考えも頭をよぎったが、すぐにかき消し、真相を確かめる決意をした。 「結婚してる?」  インスタの写真を見つけて1週間後。外で食事を終え、彼を送る車でハンドルを握ったまま、沙月が核心を突く。  (沙)「結婚してる?」  (拓)「えっ、何で?」    (沙)「インスタで出てきたから本人かと思って…」  (拓)「えっ、分かんない」  勇気を振り絞って問いかけた沙月だが、拓はしらを切り、自��が既婚者だとは認めなかった。  沙月は感情を押し殺し、その場をやり過ごした。  翌月、再び問い詰めると拓は開き直った。  「俺が違うって言っているのに。そんなに疑うなら傷つけるだけだから別れよう」  その日のうちに彼がLINEをブロックした。 「普通の生活」奪われ  好きだった人に、半年以上もうそをつかれていたという現実。沙月はショックで食事が喉を通らなくなり、10キロ近く痩せてしまった。今も、ふとした時に涙が止まらなくなる。精神科にも通い、体調不良が続く。「普通の生活」が奪われた。  後に分かったことだが、拓はマッチングアプリで沙月と出会う前年に入籍していた。今はマイホームを建築中で子どもも生まれる予定だという。  「彼は詐欺師。だから人の心を踏み付けても何とも思わない」 罪に問われない「心の傷」  「既婚者だと知っていたら絶対に付き合うことはない。性交渉をすることもなかった」  沙月はショックで心身不調に陥り、毎日「言葉にできない」怒りの感情に押しつぶされそうになっている。交際前に見抜けなかったのが悪いのか、だまされた方も悪いのか―。不倫と一緒くたにされ、置かれた状況を社会に理解してもらえない苦しみも抱える。  沙月は弁護士を立て、貞操権の侵害を訴え、損害賠償を求めた。拓はうそを認めたものの、「真摯(しんし)な対応には見えなかった」と沙月は話す。慰謝料は支払われたが、その金で心の傷が癒えることはなかった。  「体に傷を付ければ傷害罪。なのに、どうして心の傷は罪に問われないのでしょうか」  沙月は独身だと偽られて行った性交渉は「性犯罪」だと訴え、警察の相談窓口にも電話。「許せない」と一緒に怒り、全面的に寄り添ってくれたが、暴力や脅し、金銭的被害はなく、不同意性交罪などの構成要件には当てはまらなかった。    マッチングアプリには今も拓の名前がある。また誰かをだまし、自己の欲求を満たすつもりだろうか―。  沙月は「悲しむ人が1人でも減ってほしい。加害者が得する世の中にだけはなってはいけない」と独身偽装問題に対する社会的関心の高まりを求めている。 4人に1人がアプリで出会い  明治安田生命保険のインターネット調査によると、昨年1年間で結婚した人の4人に1人はマッチングアプリが出会いのきっかけだった。ただ、出会いの有効な手段として定着する一方、利用者数の増加に合わせて関連する被害も増えている。  年間約200人の相談を受ける恋愛カウンセラー、野田亜希子さんは、2015年ごろからアプリを通じた出会いが増え始め、新型コロナウイルスの流行で外出が制限されたこともあり、近年はさらに増えてきていると実感を語る。相談者の中にも男女問わず、既婚者にだまされたり、離婚して子どもがいることを隠されたりと、トラブルは少なくないと明かした。  アプリの登録情報だけで「その人が何者か、書いてある内容の全てが事実かどうか判断するのは難しく、実際に会って見極めるしかない」と野田さん。これまでの相談経験などを踏まえ、独身偽装者の特徴として、「優しい」「気が利く」「紳士」「好青年」などのキーワードに当てはまる人が多いと指摘。「自身の過去の悲しいエピソードを語り、『こんなに心が休まることはなかった』など付け入ってくる手法も目立つ」  デートは基本的に「相手の家」など家族からばれない場所。ただ、それさえも「自分のために来てくれる優しい人」だと思い込んでしまうという。性交渉の際、避妊を拒むケースもよくあるとし、「避妊しなければ妊娠だけでなく、性病の心配もある。避妊を拒否することは『自分は大事にされてない』と考えてほしい」と訴える。  既婚かどうか見極める効果的な方法として、時機を見て、それぞれの友人に会うことを勧める。「『お互い』が重要。相手がかたくなに拒むなどしたら何かを隠していると疑ったほうがいい。マッチングアプリの出会いは1対1で完結してしまう世界。少しでも不安な点があれば、他人の目を入れて判断を」と促す。 新たな社会現象  増加するマッチングアプリ被害に対し、法整備はどうしていくべきか。  長崎大多文化社会学部の河村有教准教授(刑事法)は「昨年の刑法改正で性犯罪の構成要件は拡張されたが、今回のようにアプリ(の運営会社)が間に入る3者間は想定されていない」と指摘。「行政介入が適切かどうかは議論の余地がある」とした上で、被害を抑えるためには、本人確認の厳格化など、まずはアプリ運営会社への行政規制の導入を検討すべきとする。  規制を強化しても被害が減らない場合、処罰の必要性を裏付ける事情などに基づいて「加害者の責任を問う仕組みについて社会として議論していく必要がある」と主張。マッチングアプリは「新たな社会現象」だとし、そこに潜むリスクについてのリテラシー教育を充実させる必要性も訴える。 【相談窓口】 ▽性犯罪被害相談電話の全国共通番号 #8103(ハートさん) ▽性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの全国共通番号 #8891(はやくワンストップ) ▽法テラス・サポートダイヤル 0570・078374(おなやみなし) ※この記事は長崎新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
「彼は詐欺師」アプリで出会った“独身偽装”にだまされた女性 ショックで心身不調(長崎新聞) - Yahoo!ニュース
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54h4r4 · 4 months
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202405
 ルームメイトがNISAを始めたいらしく、自分もかねてより興味を持っていたことからNISAに関する投資の勉強をし、ついでに今後の仕事のための練習として資料にまとめてプレゼンした。以下がスライドの1ページ目です。思想~~~。
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長期投資に取り組むためには必然的に遠い未来を考えることになるのだが、自分はどうしてもそれだけの時間を生きることに前向きになれない。
この先、仕事では裁量や責任が増え日々の業務がきつくなっていくことだろう。プライベートでも体は老いて不自由は増えていき、色々な所で肩身も狭くなっていくのだろうと思う。そして何より家族の介護など面倒を見なければいけないことが増え今よりも負担は増していく一方な気がしている。今月、兄からスマホの調子が悪いとの連絡があり、ちょうど自分のスマホを新調したこともあり元々使っていたものを譲るために久々に実家に帰った。最近どう、と母親に聞くと家賃の支払いが滞ってしまっており、月末までに払えない場合は家を引き払うことを誓約する書類にサインまでしている状況のようだった。話の振りの軽さに対し、返ってくる内容が重たすぎる。
目先のこの問題に関しては僕の手持ちですぐに工面できたが、この先はそんな単純な話ではなくなってしまうかもしれない。仕方のないことではあるものの、そんな未来で何を希望として生きていけばいいのか分からない。
・・・などと長ったらしく述べたが、こんなものは御託でしかない。そもそもこの話は以前DCの商品選びをするときにも考えたことで、結局は生きる前提で過ごしていくしかない。ならばやるべきことは御託を並べることではなく、それらに勝るほどの生きがいを見つけ出し没頭することのみなのだ。おそらく今後もこういったことを考えてしまうことになるとは思うが、今を生きている以上はこの姿勢を貫いていく他ない。
 正確には4月末のことだが、人生初の音楽フェスに参加した。きっかけはバンド友達とそろそろ何かしたいねという話になり半ば突発的にチケットを予約したことだった。
フェスといえば事前にどこを回るか仲間内でわいわい話し合うのが醍醐味だと思っていたが、あいも変わらず周りは話し合いを進めたがらなかったので共同編集できるファイルを作成し草案を盛り込むなどして出来るだけ話し合いが進みやすいように立ち回っていた。旅行をしない僕はプライベートで人と計画を立てた経験があまりないのだが、自分がそういうことをきちんとやりたがるタイプであるというのは新しい発見だった。
好きなアーティストが複数参加していたこともあり思い出に残る体験ができたと思う。そもそも、プロのライブにきちんと参加したのも初めてだったのでライブパフォーマンスなど直接その場にいるからこそ味わえる空気感のようなものを体感することができたのもよかった。
一方で、消費的な活動に時間を費やしていていいのだろうかという不安が反芻され心が穏やかでない瞬間もあった。ステージとの隔たりを超えて一緒になって盛り上がっていても、自分は何故こちら側なんだろうなどと烏滸がましくも考えてしまい自身の中途半端さに情けなくなっていた。皆と折角一緒に来ているのにそんなふうに自分のことばかり考えているのに���嫌気が差していた。
昔から、何をやってもどこにいてもここにいるべきではないと感じる瞬間がある。そう感じるのはこれまでに浮ついた行動を繰り返してきたことの現れでしかない。何に対しても真摯に向き合わない人間はどこにも存在することが出来ないのだろうと思う。いい加減自分はどうありたいのか、悠長に考えていられる時間はとっくに過ぎ去���ている。
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oka-akina · 4 months
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野郎フェスに参加します
(文フリはドタバタでこういう参加記事を書けなかった…。文フリを舐めプしているわけではないんだけど、まあなんか文フリでは行儀よくせんでもいいだろという気持ちはちょっとある)(なりふり構わない商いをしている人も増えたので、なんかこう抗っていきたくて…)
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野郎フェス初参加です!J庭にはちょいちょい出ていて野郎フェスにも興味がありつつ、まあでもちょっと場違いかな…と尻込みしていたのですが、主催アンソロもあることだしいろんなところに出てみようとチャレンジしてみる感じです。 今回アンソロにご参加いただいている作家さん、たとえば晋太郎さんのファンの方は野郎フェス行く方多いんじゃないかな、ぜひ作品を届けたいなと思ったし、あるいはたとえば兼町ワニ太さんや暴力と破滅の運び手さんや星野いのりさんの作品を野郎フェスで買い物したい方に読んでもらえたらいいな…みたいな気持ちです。 まったく知り合いのいない場に出るの本当にドキドキしているのですが、初めてのことやるのはやはり楽しい。
野郎フェスはゲイコミック・J庭はボーイズラブコミックが主役のイベントかなあというイメージがありますが、べつにセクシュアリティを限定したイベントというわけではないそうで、野郎フェス主催者さんもたびたび「サークル参加者の男女比率は6:4くらいです」と発信されています。「とにかく男子が好きならOK」とのこと。まあめんどくさいことを言うならおかわだの場合好きかっていうとそこらへんちょっといろいろな屈託があるけども、いずれにしても男性の話はよく書いている。五人の男アンソロは男性性を問い直すというのを打ち出しおり、ボーイズラブやJ庭もジャンルどまんなかではぜんぜんないけどなんとなく端っこに間借りさせてもらってる感じ。それなら野郎フェスの端っこにもちょっと行ってみようかな…!という感じです。たぶんわたしはどまんなかの居場所を見つけるより「かすってなくはない」みたいなところにいる方が気楽なタイプ。
野郎フェス、買いたい作家さんが多く出店されているので、買い物目線ですごく楽しみでドキドキしています。コミティアとかJ庭には出ない人が野郎フェスには出てる…とかあるので、これまで電書でしか買ったことのなかった作家さんの本が買えるのうれしいな。この作品が好きです、ファンです、とか伝えられたらいいな。会場ではお手紙コーナーもあるそうなので(ポストや便箋などが置いてあるらしい)、暑苦しい思いをしたためたい…。
セクシュアリティを限定したイベントではないとはいいつつ、ゲイ作家さんとそのファンの方の多いイベントだとは思います。オープンリーにしている方たちが作ってきた場所にあとからおじゃまさせてもらう気持ち、リスペクトの気持ちは大事にしたいなあと思っている。 これはわたし自身が、男の人たち(多くはシスヘテロ男性たち)が「おれたちの百合」感出してくるとなんかやっぱりちょっとイラッとしちゃうし、ちょっと居心地が悪い…。その感が苦手で女性同士の話を書くときも「百合」って文言使うのちょっと避けがちになってしまった。もちろん男性が百合やるのが嫌っていう単純な話ではなくて(男性が女性がって言い方がそもそも苦しい、そうじゃなきゃthey/themのピンバッジつけてない)、作家にもわたしにも複雑な思いや個別の思いが本当にいろいろあるんだけど、そういう細部をていねいに見たり話したりする気力を削がれているのはどうしたってあるよなあと思う。。ので、セクシュアリティを限定したイベントではないといいつつも、そこらへんのデリケートさは大事にできたらと思います。
また、ここ何年か自分のことをちょっとずつ開示していくなかで作品を「クィア文芸」と名乗る勇気も出てきました。擬態?していたのをちょっとずつやめて、息のしやすいところややり方を探している感じ。書いているものは変わりないと思うのでこれは名乗りの話かな。そういう中で、セクマイの人たちアライの人たち、社会運動に関心の深い方ともつながれて、いまとても元気に楽しくやっている…ので、なんかこうそういう試行錯誤の一つとしていろんなところに本を持って行きたいなあと思っています。 またセクシャルマイノリティやクィアの場は本人のパーソナリティとしっかり結びつくことが多く、そこの大事さは本当に実感していて、けれどもその一方であんま大声で言うのははばかられるような話もしたいんだよなという気持ちはあって…。ようするにセクシャルな話、セックスの話やエロの話なんだけど、書いているのが小説なので、ちょっとうしろめたい話や恥ずかしい話もやっていきたいなと思っています。フィクションの形だから言えること的な。
なんか持っていく作品の紹介をしようと思ったら長くなってしまった…。五人の男アンソロもドタバタで作ったのにまだ紹介記事書けてないし。。。ちょっともう労働行かなきゃなのでいったんこれで流してまたあとで書きます…。。。。
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めちゃめちゃかわいい新装版を作った話もめっちゃしたい。これ本当にかわいくて腰を抜かした。
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elle-p · 1 year
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P3 Club Book Aigis short story scan and transcription.
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人の心、アイギスの心
わたしは、人型戦術兵器アイギス。桐条グループ のラボで開発された、対シャドウ決戦兵器であります。現代の軍事技術の最先端であり、長年に渡るシャドウ研究の結晶。機械の身でありながら、人間と同様の精神性をも併せ持ち、世界で最も火力の充実したペルソナ使い。とくに頑強さにおいては定評があり、わたしの名前のもととなったギリシャ神 話---イージスの盾の逸話どおり、まさに不敗、鉄壁、無敵の存在。
そう。無敵のはずでした。
ですが、現在わたしが身を置いている月光館学園、その学生生活において、この優れた兵器としてのスペックはいっかな発揮する場を得られず、ゆかりさんを始めとする性別女性のクラスメイトの方々の口調を借りて言うなら、ちょっとブルー?なんかウツ入ってる?といった感じなのであります。
「······それじゃあ、今日は4日だから······ひの ふのみで、えっとアイギスさんか。このときの “私” の気持ちを要約して言ってちょうだい」
あ、そういえば、いまは授業中なのでありました。鳥海先生がわたしに回答の発言を要求しているであります。先ほどまで思考作業を行なっていたわたしですが、最先端の人型戦術兵器たるわたしの中枢は、並列処理が可能なので質問も聞き逃すことはありません。ありませんが······。
「どうしたの?やっぱ帰国子女には現代文は難しい?そんな深く考えなくていーのよ?」
現在のテキストは、夏目漱石という人物の創作による『こころ』という小説。わたしには、この “こころ” というものに対する理解が、まだまだ足りないようなのです。32秒あまりの沈黙ののち、鳥海先生はわたしに正解への手がかりを与えようというつもりでしょうか、やや演技過剰と認識される様子で話しかけてきます。
「自分が親友Kを差し置いてプロポーズした結果、その友達は何と自殺してしまう······さあ、そんなときアイギスさんなら、どう思う!?」
「わたしなら······友達が自殺してしまったなあと、思うであります」
「······まんまじゃないの。もちょっと捻りなさいよ!捻りなさい!」
「もしや······自殺に見せかけた殺人?」
「なんでよっ!これは漱石なのっ!純文の名作を江戸川乱歩ミステリにしないでっ!」
「動機の面では “お嬢さん” がもっとも疑わしくありますが······現場不在証明を確認する必要が······」
「聞いてよっ!私の話を聞いてっ!!」
いつものように鳥海先生がはじけてしまい、間を置かずに終業のチャイムが鳴りました。これがもし “私” が “お嬢さん” を親友Kから奪うための、要人略取作戦の立案であれば容易なのでありますが······。ペルソナさえ召喚できる精神を持つわたしでも、この “こころ” というものへの理解は、一筋縄ではいかないのであります。
「まあ、オレらは生身の人間だけどさ、それでもなかなか人の気持ちなんてわかんねえもんさ。そこまで悩まなくていいんでないの?」
順平さんの言葉に、わたしの大切なあの方もこくこくとうなずいてくださいました。いまは昼休み、屋上であります。現在、わたしが直面する問題を解決する参考意見を聴取するため、おふたりにご足労願ったのであります。
「しかし······現実問題として、わたしの学園生活には “人間らしさ” は必須のスキルであります。民間人の方々とのコミュニケーションが何らかの原因で阻害されれば、それはすなわち、わたしの任務も阻害されるということであります」
「でもよ、けっこうクラスの連中ともうまくやってるみたいじゃん」
「いえ、いわゆる “ジョシコウセイ” という集団において、わたしはひどく浮いているように思えます。携帯メールによる情報伝達すら、満足に理解できないありさまで······」 「へ?どーゆーこと?」
例えば、とわたしは前置きして携帯を取り出し、先日ゆかりさんから受け取ったメールをおふたりに見せました。そこには「桐条SP に遅くなるって伝えて (^_^)」と書いてあります。
「これが?」
「通常、SPといえば要人の身辺警護を行なう、いわゆるボディガードを指します。ですので、わたしは桐条グループの警備部に、その日のゆかりさんの帰宅が遅くなる旨を伝えました」
「い?そ、そりゃあ······」
「なぜか、変な顔をされたであります」
「だろうな」
「その夜、ゆかりさんからSPとは先輩の略だと聞き、 わたしは大きく落ち込みました。それだけではありません。別のメールで “H/K” という記述があり、それが “話は変わって” の略だと理解するまでに、3日を要しました。もしこれが “H&K” ならば、ドイツの銃器メーカー ヘッケラー&コッホの略だとわかるのですが」
「それこそ一般人にゃわかんねえよ······」
「だいたい、ギャル文字というのも何でありますか。“†ご” で “た” と読ませたり、“(十” で “さ” と読ませたり、1バイトで済む情報量をわざわざ2バイトに増加させるなど、理不尽であります。非効率的であります」
「まあまあまあ。それがジョシコーセーってもんだよ。つか、そんな形にとらわれなくたって、アイちゃん十分人間らし······あ、そーだ」
突然、順平さんが何かを思いついたように立ち上がりました。
「どうなさったのでありますか?」
「とりあえず、そういう相談ならさ、やっぱ本職に教えてもらうのが一番だと思うわけよ」
そう言って、順平さんは嬉しそうに笑顔を見せます。こういう人間らしい笑顔は、人間のジョシコウセイという擬装に必須で、それでいてわたしに足りないもの。こんな笑顔を、私も身につけることができるのでしょうか······?
「という訳で、特別講師の岳羽です」
「じょ、助手の山岸です」
「つかさ、順平。あんた結局さ、アイギスの相談ごとをダシに、自分が遊びたかっただけなんじゃないの?」
状況が理解不能であります。
その後、わたしたちはゆかりさん風花さんと合流し、なぜかポロニアンモールのカラオケマンドラゴラ店内にいるであります。
「ま、ま、ま、細かいことは気にしない!学校帰りに友達とカラオケなんて、女子高生の定番じゃん?やっぱ形から入るのも重要だと思うわけよオレは」
「そうなのでありますか?ジョシコウセイは下校途中にカラオケ······了解であります。あ、ですがそうなると、美鶴さんもお誘いすべきではないでしょうか?」
「き、桐条先輩は一般的女子高生の見本にするには······その、ちょっと違うかな、と」
「······?」
詳細は不明ですが、奥が深いであります。
「よっし、んじゃ早速アイちゃんからな。何歌う?何でもいいぜ」
「歌、でありますか?初めての経験でありますが······奮励努力するであります」
「よっしゃ、頑張れー!」
「想定外の事態でありました」
「ま、まだ頭がクラクラするわよ······」
「私は······鼓膜が破れるかと······」
「ま、まあしゃあねえや、な?」
不幸な事故でありました。わたしが敵おうとマイクのスイッチをオンにした瞬間、すさまじい不協和音が発生したのであります。わたしの駆動機関が発する電磁波とスピーカーとが共鳴を起こす。いわゆるハウリングという現象。それは、音響爆弾もかくやという威力でありました。ドリンクのグラスはすべて破壊され、隣室のカラオケ機器にも影響が出たということであります。
「中枢部の電磁波シールは完璧だったはずでありますが、各関節部の駆動モーターまでは考えが回りませんでした······」
これは、落胆という感情なのでしょうか?やはり兵器であるわたしには、普通のジョシコウセイとしての能力を身につけることは無理なのでしょうか?そんなわたしの思考を断ち切るように、順平さんが相変わらず明るく言います。
「んじゃ、気を取り直して女子校生の定番、その2!プリクラ行ってみようぜ!」
「ぶり······くら······でありますか?」
メモリにない言葉に、わたしは少し警戒心を呼び起こされます。ですが、せっかくの順平さんの立案です。わたしははっきりと肯定しました。
「行ってみる······あります!」
「よっし!んじゃゲームパニックにゴー!」
「で······ぷりくらとは、何でありますか?」
順平さんが盛大に転倒しました。
「これが、ぷりくら······プリント倶楽部でありますか。なるほどなー」
順平さんによると、数人で撮った写真をシール状に加工するための機器ということでありました。これで友人同士で写真を撮り、そのシールを分け合うというのが、ジョシコウセイの基本だとか。その意図はよく理解できませんが、この行動が作戦に必要ならば、わたしは逃げられません。敵前逃亡は銃殺刑でありますから。
「では、行きます」
「よし、ゆかりッチと風花も一緒にな。えっと、背景はコレ······フレームはコレでと······おし、スタートボタン押すぜ」
「ほらアイギス、ポーズとって」
「ポーズ、でありますか?」
「そうそう、笑顔笑顔」
「え、 笑顔······?」
状況を認識する間もなく、バシャというカメラのシャッター音に似た効果音が響き、さほど時間を置かずに下の受け取り口からシールが排出されました。それを見るや、順平さんが。
「う······ちょ、ちょっと笑顔が堅い、かな?」
「つかさ、笑ってないじゃん」
ゆかりさんの言うとおり、シールになったわたしの表情は、いわゆる無表情というものでした。兵器としてのわたしには、感情に応じて表情を変えるという仕様はありません。
「も、もう一度やってみようぜ?」
「その試みは無駄かと思われます。笑顔や泣き顔を表現できないということは、わたしの仕様ですからしょうがないのであります」
と、わたしのその言葉に、皆さんが一様に顔を見合わせたかと思うと、一斉に爆笑されました。
「何ごとでありますか?」
わたしの疑問に答えることもなく。否、答える余裕がないように、皆さんは笑い続けています。
「な、何ごとって······くっくっく······あ、アイちゃん、さすがあの幾月さんにメンテ受けているだけはあるな。ぶふっ」
「く、苦しい······何よ今のダジャレ。“しようだからしょうがない” って。あははっ」
「幾月さんが言うとアレだけど、アイギスが言うと愛嬌があっていいよね」
「あ······」
理解しました。意図したことではありませんが、わたしの発言がいわゆる洒落、似た音の言葉で一連の文章を作る、もじり言葉あるいは掛け言葉といわれるものになっていたようです。少々、困惑してしまいつつも、皆さんが喜んでくださったことは、わたしにとっても喜びであります。
「あれ?できるじゃん、笑顔」
「え?」
突然の順平さんの指摘に、わたしは驚きました。
「笑って、いましたか?」
「うん、私も見たよ」
風花さんも、順平さんに同意します。そうですか、わたしは笑っていましたか。
「そうそう。そこの無愛想な現場リーダーよりも、いい笑顔だったよ」
「······」
ゆかりさんの指摘に、あの方は別にどうでもいい、といった風にそっぽを向きました。そういえば、この方はあまり気持ちを表情には出さない方です。それでも、立派にリーダーとしての役割をこなしていますし、友人の方々ともうまくやっていらっしゃるようです。わたしは、ふと、ひとつのことに思い至り、発言しました。
「わたしは、お役に立てていますか?」
「へ?どうしたんだよ突然」
「わたしは、いわゆるジョシコウセイの方々のように振舞うことができません。カラオケもプリクラもうまくできません。人間の方の、“心” というものが理解できません。それでも、皆さんの仲間として、特別課外活動部所属の一員として、この場所にいてもいいのでしょうか?」
「あ------ったりまえじゃん!!」
順平さんが、大声で答えました。
「何、アイギスそんなこと悩んでたの?」
ゆかりさんも呆れたような口調で言います。それに続いて風花さんも言いました。
「アイギス、不安だったんだね?」
「不安······そう、そうかもしれません」
わたしのなすべきことは、皆さんとともにシャドウを倒すこと。そしてあの方を守ること。ジョシコウセイらしくできないわたしは、その任務に不適格なのではないか、皆さんの期待に応えられていないのではないか?そういう想いが、わたしの処理を不安定にしていたことに、いまようやく自分でも気づいたようでした。
ポロニアンモールからの帰り道、風花さんがわたしのそばに寄ってきて言いました。
「あのね、私思うんだけど、周りの人が自分をどう思ってるかわからなくて不安になる、それって立派に心があるってことじゃないかな?」
「そうなのでしょうか?」
もしそうなら、わたしは嬉しく思います。心を理解できないことで悩んでいたわたしが、理解しがたいことで悩むのが心なのだと、逆説的なことを知って安心しています。
「人の心とは、摩訶不思議でありますね」
「みんな一緒、そう思ってるよ」
みんな一緒······それは何だか嬉しいことであります。わたしはふと、ポケットから携帯を取り出して、そこに貼られた先ほどのプリクラを眺めます。
「おそろいであります」
わたしがそう言ったとき、前を歩いていた順平さんとあの方が、少し驚いた顔をしました。
今度はわたしも自覚していました。こういうときに、人間は笑うのであります。
わたしは人型戦術兵器アイギス。人間の心が理解できずにときどき悩んだりもするけれど、それでも大切にしてくださる人がいる、幸せな对シャドウ決戦兵器なのであります。
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shintani24 · 7 months
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2024年3月5日
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昭和50年代 広島市写真展(広島テレビ)
昭和50年代と現在の広島を比較し、変遷をたどる写真展が、きょうから広島市内で始まりました。
カープが初優勝した1975年。山陽新幹線の岡山・博多間が開業し、「カープの優勝は新幹線のおかげ」とも語られました。
旧日本銀行広島支店では、広島市が大きく発展した昭和50年代の街並みと現在を比較する写真、およそ170枚を展示しています。
会場には1981年に撮影された巨大な空中写真も展示。訪れた人たちは現在のマツダスタジアムの近くにあった貨物駅などを見ながらかつての景色を懐かしんでいました。
「ほとんど見たことがある写真団塊の世代ですからちょうど」
写真展は、今月10日まで開かれています。
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減少する街の書店、国が本格的支援へ…読書イベント・カフェギャラリーなど個性的な取り組み後押し(読売新聞)
全国で減少する街の書店について、経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を5日設置し、初の本格的支援に乗り出す。書店は本や雑誌を売ることを通し、地域文化を振興する重要拠点と位置づける。読書イベントやカフェギャラリーの運営など、個性ある取り組みを後押しする方策を検討する。
経産省によると、プロジェクトチームは映画や音楽、文芸などを扱うコンテンツ産業課に事務局を置く。キャッシュレス決済の推進や中小企業支援を担当する部署も参加し、部局横断型で事業内容の議論や調査を進める。
今後、経産省の担当者らと書店や出版関係者による車座ヒアリングの開催を予定。非効率な出版流通の改善や店舗運営におけるデジタル技術活用の必要性など課題を把握する。店主が一冊ずつ良書を選んで入荷し、店のサイトやSNS上で紹介する個人書店や、カフェや文具店を併設し魅力的な読書空間を作る書店チェーンなど優れた事例を共有し、支援策の参考にする。
街の書店は、インターネットの普及による紙の出版物の不振やネット書店の伸長により苦境が続く。日本出版インフラセンターによると、2013年に全国1万5602店あった書店の総店舗数は、22年に1万1495店に減った。
一般財団法人・出版文化産業振興財団(東京)の調査によると、全国の市区町村のうち、地域に書店が一つもない無書店自治体はおよそ4分の1にのぼる。本や雑誌を直接手に取って購入できない人が増える深刻な状況となっている。
本と出会う機会喪失に深刻な危機感
経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を設置する背景には、街の書店が減り、多くの人がリアルな空間で未知の本と出会う機会を失っていることへの深刻な危機感がある。全国の自治体のうち約4分の1はすでに書店がなく、実際に地域による文化格差は生まれている。
世界経済のグローバル化が進む中、経産省は、映画や音楽をはじめコンテンツ産業の振興を掲げる。「経済が成熟する中で、自国のサービスや商品が海外で勝ち抜くには、文化による新たな付加価値をつけることが必要」と語る。だが文化の基盤である活字や本に人々が広く触れる環境がなければ、新たな魅力的な発想は生まれないだろう。
韓国では、日本の文化庁やスポーツ庁などにあたる文化体育観光省管轄の「韓国出版文化産業振興院」が中核になって支援事業を担当。独立系書店と呼ばれる中小の書店が活気づく。
東京都文京区で街の書店「往来堂書店」を営む笈入(おいり)建志さん(53)は、「雑誌が売れた頃は、お客が定期的に街の書店を訪れる習慣があった。今は2000年頃に比べ、お客は7~8割になった感覚だ」と語る。人々が本を買いに店に立ち寄るきっかけを作るため、トークイベントや読書会などを開く工夫をしている。
各地の書店には、優れた選書眼や読書イベントの経験を持つ書店員たちがいる。まずは、現場から優れた事例を集め、何ができるのか国や民間の垣根を越えて知恵を絞りたい。(文化部 小杉千尋)
西川立一(ラディック代表/流通ジャーナリスト/マーケティングプランナー)
見解 街の書店の苦境は、稼ぎ頭だった週刊誌などの雑誌の衰退や漫画の電子本の台頭も要因で、それに店主の高齢化による廃業や後継者不足で店舗数の減少が加速化した。
一方で、若い人を中心に特色ある書店の出店も盛んになりつつあり、紀伊国屋書店をはじめとする大手は堅調で、大型のショッピングモールには書店が必ずと言ってある。
経産省の「書店振興プロジェクトチーム」の設置は、遅まきながらの感もあるが支援は必要だ。ただ、官主導での取り組みだけではなく、地域の人たちがどれだけ書店を必要としているか、そのため主体的に何ができ、何をするのかが求められている。
中井彰人(株式会社nakaja lab 代表取締役/流通アナリスト)
見解 生き残って頑張っている街の書店は、イベントやSNS発信によって文化の灯を消さぬよう努力をしている。しかし、書籍小売業が苦しいのは、本が売れなくなったことに加えて、本がある程度売れたとしても、粗利率が低く抑えられているため(2割強)、収益の確保が難しく、持続するのが困難なことにある。この解決策を見つけたのが、ヴィレッジヴァンガードである。今は店舗を広げすぎて業績が苦しい状態ではあるが、かつて、ヴィレヴァンは、総売上の6割以上を雑貨で構成することで、読んでもらいたい本の売場(売上の3割弱)を維持することに成功した(2002年時点のデータ)。この時の同社の雑貨粗利率36%、本は21%であり、これで事業としての持続可能性を構成していたのである。書店支援は単に予算を流し込むのではなく、書店が事業として収益確保するため、商材やサービス及び、自立的ビジネスモデル開拓の支援に、重点を置いてほしい。
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「書店」10年間で764社が倒産や廃業で消えた(東京商工リサーチ 3月10日)
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「書店」倒産、休廃業・解散、新設法人 社数推移(1-12月)
書店運営会社(以下、書店)の市場退出が止まらない。2014年以降、書店は倒産・休廃業が新設法人を上回る状態が続き、10年間で764社が市場から退出した。店舗数の減少も続いている。経済産業省は3月5日、「書店振興プロジェクトチーム」を立ち上げ、支援意向を示すが、ネット書店や電子書籍に押された書店の減少に歯止めがかかっていない。
書店の倒産 ピークは太洋社破産の2016年
書店の倒産(負債1,000万円以上)は、2014年から2023年の10年間で140社に及ぶ。
ピークの2016年は25社発生した。2016年は、出版取次の(株)太洋社(千代田区)が自主廃業の方針から一転して3月に破産を申請した。連鎖する形で同月30日までに18社の書店が、次々と倒産や廃業に追い込まれた。書店の経営環境が厳しさを増し、書籍を卸す取次店の業績悪化も深刻な時期だった。
その後、書店の倒産は一進一退が続き、コロナ禍では資金繰り支援や巣ごもり需要などを背景に、倒産は減少に転じた。2021年、2022年の倒産は各5社と小康状態にあったが、支援縮小や特需が一巡した2023年は一気に13社と2.6倍に急増した。
書店の休廃業・解散が高止まり
倒産以外で事業を停止した休廃業・解散も分析した。太洋社が破産した2016年の休廃業・解散は63社(前年比28.5%増)と急増。その後も増勢をたどり、2018年は78社、2019年は77社と高水準が続いた。
コロナ禍では倒産と同様、休廃業・解散も減少したが、60社前後で高止まり状態にある。
倒産と休廃業・解散の合計は、ピークの2019年に101社に達した。コロナ禍では減少したが、2023年は67社に微増し、過去10年間で764社が市場から退出している。
書店は8年連続で純減
一方、書店の新設法人は、2013年が81社だった。2013年の倒産と休廃業・解散の合計は75社で、書店は6社の純増だった。
ところが、新設数の減少から2014年は8社の純減に転じ、2019年は56社まで純減が拡大した。コロナ禍の2022年も21社の純減で、2014年から8年連続で純減が続いている。
電子書籍が浸透し、書店の存在が揺らいでいる。店舗で目当ての本を探す楽しみや、知らない本との出会いも、書店の減少で失われつつある。書店の復活には“待ちの営業”から客足を向かせる創意工夫への転換と同時に、国や出版社の継続的な支援が必要だ。
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sryem · 5 months
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2024年5月9日
・文章そのものを神聖視しているというよりは、文章をなるべくプロパーに読み取ろうとする受け取り手としての態度を神聖視しているのかもしれない。
・ここ数日はコーヒーをよく飲んでいる。起きて、コーヒー飲んで、着替えて作業をスタートする感じ。切り替えのスイッチとして非常に優秀で、大人がコーヒーばかり飲んでいる理由がわかる。カフェインで眠気が飛ぶというのもあるけど、私は単純に苦い汁を飲んで「苦げ〜」ってなって起きてるだけの気もする。
・最近とある女性向け恋愛シミュレーションゲームの実況動画を見ていて、ゲーム内で女性主人公に対してすごく素直に自分の感情や好意を吐露しているキャラクターを、その男性実況者が「漢気がある」と評していたのが心に残っている。私はそのキャラクターを純真でまっすぐで素直な子だと捉えていたのだけど、確かに好きな人に対して臆面もなく自己開示できる/素直になれるというのは、取り繕って好かれようとすることから降りることを自ら選んだ結果とも考えられるし、そういう点ではある種その決断を漢気があると評することもできるかもしれない。まだ色んな方向から考え続けている。
・ふと考えてみると、今現在私が10年ほど応援している人たち(アーティスト、作家、インターネット上でコンテンツを作成している人たちなど)を応援し始めた頃、彼らはちょうど今の私くらいの年齢だったことに気がついた。今の私の年齢は、才能を温め磨きながらなにかを継続していた人たちが世間に注目されだすタイミングというか、コンテンツを作る人として立場を確立しだす年齢なのかもしれない。昔から彼らのようになれるともなりたいとも思っていなかったけど、そのスピリットはずっと憧れていて、自分もなにかを楽しんで作り出し、楽しんで作り続け、その先でなんらかの場所を得たいという気持ちはある。ブログがその一部かと言われるとそんな意識はないけど、続けていけたらいいなと思う。
・最終選考の案内をいくつかもらっている。去年の就活もどきを含めて、二次選考を通過したことがなかったので嬉しい。でもまだ「どこにも採ってもらえないんじゃないか」という不安はあり、選考企業を無闇に増やしたくなっている。内定が出ても「本当にここでいいのか」という悩みは発生しそうだし、結局ずっと悩んではいそう。人生の先輩に「大丈夫!」と言って笑い飛ばしてもらいたい。でもまともな大人は誰も他者の人生に無責任に「大丈夫!」って言わない。
・Macの自動変換って性能良いのか悪いのかよくわからなくない?
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