ひとみに映る影 第六話「覚醒、ワヤン不動」
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段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!!
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(※全部内容は一緒です。)
pixiv版
◆◆◆
人はお経や真言を想像するとき、大抵『ウンタラカンタラ~』とか『ムニャムニャナムナム~』といった擬音を使う。
確かに具体的な言葉まで知らなければ、そういう風に聴こえるだろう。
ましてそういうのって、あまりハキハキと喋る物でもないし。
特に私達影法師使いが用いる特殊な真言を聞き取るのはすごく難解で、しかも屋内じゃないとまず喋ってる事自体気付かれない場合が多い。
なぜなら、口の中を影で満たしたまま言う方が法力がこもる、とかいうジンクスがあり、腹話術みたいに口を閉じたまま真言を唱えるからだ。
たとえ静かな山間の廃工場であっても、よほど敬虔な仏教徒ではない人には、『ムニャムニャ』どころか、こう聴こえるかもしれない。
「…むんむぐうむんむうむむむんむんうむむーむーむうむ…」
「ヒトミちゃん?ど、どしたの!?」
正解は、ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン・オム・チャーヤー・ソワカ。
今朝イナちゃんは気付いてすらいなかったけど、実はこの旅でこれを唱えたのは二回目だ。
廃工場二階部踊り場に催眠結界を張った人物に、私は心当たりがあった。
そのお方は磐梯熱海温泉、いや、ここ石筵霊山を含めた熱海町全域で一番尊ばれている守護神。
そのお方…不動明王の従者にして影法師を束ねる女神、萩姫様は、真っ暗なこの場所にある僅かな光源を全て自らの背後に引き寄せ、力強い後光を放ちながら再臨した。
「オモナ!」
「萩姫…!」
驚きの声を上げたのは、テレパシーやダウジングを持たないイナちゃんとジャックさんだ。
「ひーちゃん…ううん。紅一美、よくぞここまで辿り着きました。
何ゆえ私だと気付いたのですか」
萩姫様の背後で結界札が威圧的に輝く。
今朝は「別に真言で呼ばなくてもいい」なんて気さくに仰っていたけど、今はシリアスだ。
「あなたが私達をここまで導かれたからです、萩姫様。
最初、源泉神社に行った時、そこに倶利伽羅龍王はいませんでした。代わりにリナがいました。
後で観音寺の真実や龍王について知った時、話が上手くいきすぎてるなって感じました。
あなたは全部知っていて、私達がここに来るよう仕向けたんですよね?」
私も真剣な面持ちで答えた。相手は影法師使いの自分にとって重要な神様だ。緊張で手が汗ばむ。
「その通りです。あなた方を金剛の者から守るためには、リナと邂逅させる必要があった。
ですが表立って金剛の者に逆らえない私は、敢えてあなた方を源泉神社へ向かわせました。
金剛観世音菩薩の従者リナは、金剛倶利伽羅龍王に霊力の殆どを奪われた源泉神社を復興するため、定期的に神社に通ってくれていましたから」
そうだったんだ。暗闇の中で、リナが一礼するのを感じた。
萩姫様はスポットライトを当てるように、イナちゃんにご自身の光を分け与えられた。
「金剛に選ばれし隣国の巫女よ」
「え…私ですか?」
残り全ての光と影は未だ萩姫様のもとにあって、私達は漆黒に包まれている。
「今朝、あなたが私に人形を見せてくれた時、私はあなたの両手に刻まれた肋楔緋龍の呪いに気がつきました。
そして勝手ながら、あなたの因果を少し覗かせて頂きました」
萩姫様は影姿を変形させ、影絵になってイナちゃんの過去を表現する。
赤ちゃんが燃える龍や肉襦袢を着た煤煙に呪いをかけられる絵。
衰弱した未就学の女の子にたかる大量の悪霊を、チマチョゴリを着た立派な巫女が踊りながら懸命に祓う絵。
小学生ぐらいの少女が気功道場で過酷なトレーニングを受ける絵…。
「はっきり言います。もしあなた方がここに辿り着けなかったら、その呪いは永遠にとけなかったでしょう。
あなただけではありません。このままでは一美、熱海町、やがては福島県全域が金剛の手に落ちる事も起こりうる」
福島県全域…途方もない話だ。やっぱりハイセポスさんが言っていた事は本当だったのか?
「萩姫様。あなたが護る二階に、いるのですね。水家曽良が」
決断的に譲司さんが前に出た。イナちゃんを照らしていた淡い光が、闇に塗りつぶされていた彼の体に移動した。
「そうとも言えますが、違うとも言えます、NICの青年よ。
かの殺人鬼は辛うじて生命力を保っていますが、肉体は腐り崩れ、邪悪な腫瘍に五臓六腑を冒され、もはや人間の原形を留めていません。
あれは既に、悪鬼悪霊が蠢く世界そのものとなっています」
萩姫様がまた姿を変えられる。蛙がボコボコに膨れ上がったような歪な塊の上で、燃える龍が舌なめずりする影絵に。
そして再び萩姫様の御姿に復帰する。
「若者よ。ここで引き返すならば、私は引き止めません。
私ども影法師の長、神影(ワヤン)らが魂を燃やし、龍王や悪霊世界を葬り去るまでのこと。
ですが我らの消滅後、金剛の者共がこの地を蹂躙する可能性も否定できません。
或いは、若者よ。あなた方が大量の悪霊が��に放たれる危険を承知でこの扉を開き、金剛の陰謀にこれ以上足を踏み入れるというのならば…」
萩姫様がそう口にされた瞬間、突如超自然的な光が彼女から発せられた。
カッ!…閃光弾が爆ぜたように、一瞬強烈に発光したのち、踊り場全体が昼間のように明るくなる。
「…まずはこの私を倒してみなさい!」
視界がクリアになった皆が同時に見たのは、武器を持つ幾つもの影の腕を千手観音のように生やした、いかにも戦闘モードの萩姫様だった。
◆◆◆
二階へ続く扉を堅固に護る萩姫様と、私達は睨み合う。
戦うといっても、狭い踊り場でやり合えるのはせいぜい一人が限界。
張り詰めた空気の中、この決闘相手に名乗り出たのは…イナちゃんだ!
「私が行きます」
「馬鹿、無茶だ!」
制止するジャックさんを振り切って、イナちゃんは皆に踊り場から立ち退くよう促した。
「わかてる。私は一番足手まといだヨ。だから私が行くの。
ドアの向こうはきっと、とても恐い所になてるから、みんな温存して下さい」
自虐的な言葉とは裏腹に、彼女の表情は今朝とは打って変わって勇敢だ。
萩姫様も身構える。
「賢明な判断です、金剛の巫女よ」「ミコじゃない!」
イナちゃんが叫んだ。
「…私はあなたの境遇に同情はしますが、容赦はしません。
あなたの成長を、見せてみなさい!」
イナちゃんは目を閉じ、呪われた両手を握る。
「私は…」
ズズッ!その時萩姫様から一本の影腕が放たれ、屈強な人影に変形!
<危ない!>迫る人影!
「…イナだヨ!」
するうちイナちゃんの両指の周りに細い光が回りだし、綿飴めいて小さな雲に成長した!
イナちゃんはばっと両手を広げ、雲を放出すると…「スリスリマスリ!」
ぽぽんっ!…なんと、漆黒だった人影がパステルピンクに彩られ、一瞬でテディベア型の無害な魂に変化した!
「何!?」
萩姫様が狼狽える。
「今のは…理気置換術(りきちかんじゅつ)!」
「知っているのかジョージ!?」
ジャックさんにせっつかれ、譲司さんが説明を始める。
「儒教に伝わる秘伝気功。
本来の理(ことわり)から外れた霊魂の気を正し、あるべき姿に清める霊能力や」
そうか、これこそイナちゃんが持つ本来の霊能力。
彼女が安徳森さんに祈りを捧げた時、空気が澄んだような感じがしたのは、腐敗していた安徳森さんの理が清められたからだったんだ!
淡いパステルレインボーに光る雲を身に纏い、イナちゃんは太極拳のようにゆっくりと中腰のポーズを取った。
「ヒトミちゃんがこの旅で教えてくれた。
悲しい世界、嬉しい世界。決めるのは、それを見る私達。
ヒトミちゃんは悲しいミイラをオショ様に直した。
だから私も…悲しいをぜんぶカワイイに変えてやる!」
「面白い」
ズズッ!再び萩姫様から影腕が発射され、屈強な影絵兵に変わった。
その手には危険なスペツナズナイフが握られている!
「ならば自らの運命をも清めてみよ!」
影絵兵がナイフを射出!イナちゃんは物怖じせずその刃を全て指でキャッチする。
「オリベちゃんもこの旅で教えてくれた」
雲に巻かれたナイフ刃と影絵兵は蝶になって舞い上がる!
「友達が困ったら助ける。一人だけ欠けるもダメだ」
ズズッ!新たな影絵兵が射出される。
その両手に構えられているのは鋭利なシステマ用シャベルだ!
「ジャックさんもこの旅で教えてくれた」
イナちゃんは突撃して��るその影絵を流れる水のようにかわし、雲を纏った手で掌底打ちを叩きつける!
「自分と関係ない人本気で助けられる人は、何があても皆に見捨てられない!」
タァン!クリーンヒット!
気功に清められた影絵兵とシャベルはエンゼルフィッシュに変形!
間髪入れず次の影絵兵が登場!
トルネード投法でRGD-33手榴弾を放つ!
「ヘラガモ先生もこの旅で教えてくれた」
ぽぽんぽん!…ピヨ!ピヨ!
雲の中で小さく爆ぜた手榴弾からヒヨコが生まれた!
「嫌な物から目を逸らさない。優しい人それができる」
コッコッコッコッコ…影絵兵もニワトリに変化し、ヒヨコを率いて退場した。
「リナさんとポメラーコちゃんも教えてくれた!」
AK-47アサルトライフルを乱射する影絵兵団を掻い潜りながら、イナちゃんは萩姫様に突撃!
「オシャレとカワイイは正義なんだ!」
影絵兵は色とりどりのパーティークラッカーを持つ小鳥や小型犬に変わった。
「くっ…かくなる上は!」
萩姫様がRPG-7対戦車ロケットランチャーを構えた!
さっきから思ってたけど、これはもはやラスボス前試練の範疇を越えたバイオレンスだ!!
「皆が私に教えてくれた。今度は私あなたに教える!
スリスリマスリ・オルチャン・パンタジィーーッ!!!」
パッドグオォン!!!…ロケットランチャーの射出音と共に、二人は閃光の雲に包まれた!
「イナちゃあああーーーーん!!!!」
光が落ち着いていく。雲間から現れた影は…萩姫様だ!
<そんな…>
「いや、待て!」
譲司さんが勘づいた瞬間、イナちゃんもゆっくりと立ち上がった。
オリベちゃんは胸を撫で下ろす。
「これが…私…?」
一方、自らの身体を見て唖然とする萩姫様は…
漆黒の着物が、紫陽花色の萌え袖ダボニットとハイウエストスキニージーンズに。
「そんな…こんな事されたら、私…」
市女笠は紐飾りだけを残してキャップ帽に変わり、ロケットランチャーは形はそのままに、ふわふわの肩がけファーポシェットに。
「私…もうあなたを攻撃できないじゃない!」
萩姫様はオルチャンガールになった。完全勝利!
「アハッ!」
相手を一切傷つけることなく試練を突破したイナちゃんは、少女漫画の魔法少女らしく決めポーズを取った。
「ウ…ウオォォー!すっげえなお前!!」
ファンシーすぎる踊り場に、この場で一番いかついジャックさんが真っ先に飛びこむ。
彼は両手を広げて構えるイナちゃんを…素通り!
そのまま現代ナイズされた萩姫様の手を取る。
「オモナ!?」
「萩姫。いや、萩!俺は前から気付いていたんだ。
あんたは今風にしたら化けるってな!
どうだ。あのクソ殺人鬼とクソ龍王をどうにかしたら、今度ポップコーンでもウワババババババ!!!!」
ナンパ中にオリベちゃんのサイコキネシスが発動し、ジャックさんは卒倒した。
オリベちゃんの隣にはほっぺを膨らましたイナちゃんと、手を叩いて爆笑するリナ。
「あっはははは、みんなわかってるゥ!
ここまでセットで王道少女漫画よね!」
一方譲司さんはジビジビに泣きながらポメラー子ちゃんを頬ずりしていた。
「じ、譲司さん?」
「ず…ずばん…ぐすっ。教え子の成長が嬉しすぎで…わああぁ~~!!」
<何言ってるの。あんたまだ養護教諭にすらなってないじゃない>
「もうこいつ、バリに連れて行く必要ないんじゃないか?」
「嫌や連れでぐうぅ!向こうの子供らとポメとイナでいっぱい思い出作りたいもおおぉおんあぁぁあぁん」
「<お前が子供かっ!!>」
キッズルーム出身者二人の息ぴったりなツッコミ。
涙と鼻水だらけになったポメちゃんは「わうぅぅ…」と泣き言を漏らしていた。
程なくして、萩姫様は嬉し恥ずかしそうにクネクネしたまま結界札を剥がした。
「若者よ…あんっもう!私だって心は若いんだからねっ!
私はここで悪霊が出ないように見張ってるんだから…龍王なんかに負けたらただじゃ済まないんだからねっ!」
だからねっ!を連発する萩姫様に癒されながら、私達は最後の目的地、怪人屋敷二階へ踏みこんだ。
◆◆◆
ジャックさんが前もって話していた通り、二階は面積が少なく、一階作業場と吹き抜け構造になっている。
さっきまで私達がいたエントランスからは作業場が見えない構造だった。
影燈籠やスマホで照らすと、幾つかの食品加工用らしき機材が見える。
勘が鋭いオリベちゃんと譲司さんが不快そうに目を逸らす。
<この下、何かしら…?直接誰かがいる気配はないのに、すごくヤバい気がする。
まるで、一つ隔てた世界の同じ場所が人でごった返しているような…>
「その感覚は正しいで、オリベ。
応接室はエレベーターの脇の部屋や。そこに水家がおる。
そして…あいつの脳内地獄では、吹き抜けの下が戦場や」
<イナちゃん。清められる?>
「無理です。もし見えても一人じゃ無理です。
オルチャンガール無理しない」
<それでいい。賢明よ。みんなここからは絶対に無理しないで>
譲司さんの読みは当たっていた。階段と対角線上のエレベーターホール脇に、ドアプレートを外された扉があった。
『応接室』のプレートは、萩姫様の偽装工作によって三階に貼られていた。
この部屋も三階の部屋同様、鍵は閉まっていない。それどころか、扉は半開きだった。
まず譲司さんが室内に入り、スマホライトを当てる。
「水家…いますか?」
私は申し訳ないが及び腰だ。
「おります。けど、これは…どうだろう?」
オリベちゃんがドアを開放する。きつい公衆トイレみたいな臭いが廊下に広がった。
意を決して室内を見ると…そこには、岩?に似た塊と、水晶でできた置物のようなもの。
岩の間から洋服の残骸が見えるから、あれが水家だと辛うじてわかる。
「呼吸はしとるし、脳も動いとる。けど恐ろしい事に、心臓は動いとらん。
哲学的やけど、血液の代わりにカビとウイルスが命を繋いどる状態は…人として生きとるというのか?」
萩姫様が仰っていた通り、殺人鬼・水家曽良は、人間ではなくなってしまっていたんだ。
ボシューッ!!…誰かが譲司さんの問いに答えるより前に、死体が突如音を立てて何かを噴出した!
「うわあぁ!?」
私を含め何人かが驚き飛び退いた。こっちこそ心臓が止まるかと思った。
死体から噴出した何かは超自然的に形を作り始める。
こいつが諸悪の根源、金剛倶利伽羅…
「「<「龍王キッモ!!?」>」」
奇跡の(ポメちゃん以外)全員異口同音。
皆同時にそう口に出していた。
「わぎゃっわんわん!!わぅばおばお!!!」
ポメちゃんは狂ったように吠えたてていた。
「邂逅早々そう来るか…」
龍王が言う…「「<「声もキッモ!!?!?」>」」
デジャヴ!
龍王はキモかった。それ以上でもそれ以下でもない、ともかくキモかった。
具体的に描写するのも憚られるが、一言で言えば…細長い燃える歯茎。
金剛の炎を纏った緋色の龍、という前情報は確かに間違いじゃない。シルエットだけは普通の中国龍だ。
けど実物を見ると、両目は梅干しみたいに潰れていて、何故か上顎の細かい歯は口内じゃなくて鼻筋に沿ってビッシリ生えて蠢いてるし、舌はだらんと伸び、黄ばんだ舌苔に分厚く覆われている。
二本の角から尾にかけて生えたちぢれ毛は、灰色の脇毛としか形容できない。
赤黒い歯茎めいた胴体の所々から細かく刻まれた和尚様の肋骨が歯のように露出し、ロウソクの芯のように炎をたたえている。
その金剛の炎の色も想像していた感じと違う。
黄金というかウン…いや、これ以上はやめておこう。二十歳前のモデルがこれ以上はダメだ。
「何これ…アタシが初めて会った時、こいつこんなにキモくなかったと思うけど…」
リナが頭を抱えた。一方ジャックさんは引きつけを起こすほど爆笑している。
「あっはっはっは!!タピオカで腹下して腐っちまったんじゃねえのか!?
ヒィーッひっはっはっはっはっは!!」
<良かった!やっぱ皆もキモいと思うよね?>
背後からテレパシー。でもそれはオリベちゃんじゃなくて、踊り場で待機する萩姫様からだ。
<全ての金剛の者に言える事だけど、そいつらは楽園に対する信奉心の高さで見え方が変わるの!
皆が全員キモいって言って安心したよ!>
カァーン!…譲司さんのスマホから鐘着信音。フリック。
『頼む、僕からも言わせてくれ!実にキモいな!!』
…ツー、ツー、ツー。ハイセポスさんが一方的に言うだけ言って通話を切った。
「その通りだ」
龍王…だから声もキモい!もうやだ!!
「貴様らはあの卑劣な裏切り者に誑かされているから、俺様が醜く見えるんだ。
その証拠に、あいつが彫ったそこの水晶像を見てみろ!」
死体の傍に転がっている水晶像。
ああ、確かに普通によくある倶利伽羅龍王像だ。良かった。
和尚様、実は彫刻スキルが壊滅的に悪かったんじゃないかって疑ってすみません。
「特に貴様。金剛巫女!
成長した上わざわざ俺様のもとへ力を返納しに来た事は褒めてやろう。
だが貴様まで…ん?金剛巫女?」
イナちゃんは…あ、失神してる。脳が情報をシャットダウンしたんだ。
「…まあ良し!ともかく貴様ら、その金剛巫女をこちらに渡せ。
それの魂は俺様の最大の糧であり、金剛の楽園に多大なる利益をもたらす金剛の魂だ!
さもなくば貴様ら全員穢れを纏いし悪鬼悪霊共の糧にしてやるぞ!」
横暴な龍王に対し、譲司さんが的確な反論を投げつける。
「何が糧や、ハッタリやろ!
お前は強くなりすぎた悪霊を制御出来とらん。
せやから悪霊同士が潰し合って鎮静するまで作業場に閉じこめて、自分は死体の横でじっと待っとる!
萩姫様が外でお前らを封印出来とるんが何よりの証拠や!
だまされんぞ!!」
図星を突かれた龍王は逆上!
「黙れ!!だから何だ、悪霊放出するぞコノヤロウ!!
俺様がこいつからちょっとでも離れたら悪鬼悪霊が飛び出すぞ!?あ!?」
その時、私の中で堪忍袋の緒が切れた。
◆◆◆
自分は怒ると癇癪を起こす気質だと思っていた。
自覚しているし、小さい頃両親や和尚様に叱られた事も多々あって、普段は余程の事がない限り温厚でいようと心がけている。
多少からかわれたり、馬鹿にされる事があっても、ヘラヘラ笑ってやり過ごすよう努めていた。
そうして小学生時代につけられたアダ名が、『不動明王』。
『紅はいつも大人しいけど本気で怒らすと恐ろしい事になる』なんて、変な教訓がクラスメイト達に囁かれた事もあった。
でも私はこの二十年間の人生で、一度も本物の怒りを覚えた事はなかったんだと、たった今気付いた。
今、私は非常に穏やかだ。地獄に蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様のように、穏やかな気持ちだ。
但しその糸には、硫酸の二千京倍強いフルオロアンチモン酸がジットリと塗りたくられている。
「金剛倶利伽羅龍王」
音声ガイダンス電話の様な抑揚のない声。
それが自分から発せられた物だと認識するまで、五秒ラグが生じた。
「何だ」
「取引をしましょう」
「取引だと?」
龍王の問いに自動音声が返答する。
「私がお前の糧になります。その代わり、巫女パク・イナに課せられた肋楔緋龍相を消し、速やかに彼女を解放しなさい」
「ヒトミちゃん!?どうしてそん…」
剣呑な雰囲気に正気を取り戻したイナちゃんが私に駆け寄る。
私の首がサブリミナル程度に彼女の方へ曲がり、即座にまた龍王を見据えた。イナちゃんはその一瞬で押し黙った。
龍王が身構える。
「影法師使い。貴様は裏切り者の従者。信用できん」
返事代わりに無言で圧。
「…ヌゥ」
私はプルパを手に掲げる。
陰影で細かい形状を隠し、それがただの肋骨であるように見せかけて。
「そ…それは!俺様の肋骨!!」
龍王が死体から身を乗り出した。
「欲しいですか」
「欲しいだと?それは本来金剛が所有する金剛の法具だ。
貴様がそれを返却するのは義務であり…」
圧。
「…なんだその目は。言っておくが…」
圧。
「…ああもう!わかった!!
どのみち楔の法力が戻れば巫女など不要だ、取引成立でいい!」
「分かりました。それでは、私が水晶像に肋骨を填めた瞬間に、巫女を解放しなさい。
一厘秒でも遅れた場合、即座に肋骨を粉砕します」
龍王は朧な半物理的霊体で水晶像を持ち上げ、私に手渡した。
像の台座下部からゴム栓を剥がすと、中は細長い空洞になっていて、人骨が入っている。
和尚様の肋骨。私はそれを引き抜き、トートバッグにしまった。
バッグを床に置いてプルパを像にかざすと、龍王も両手を差し出したイナちゃんに頭を寄せ構える。
「三つ数えましょう。一、」
「二、」
「「三!」」
カチッ。プルパが水晶像に押しこまれた瞬間、イナちゃんの両手が発光!
「オモナァッ!」
バシュン!と乾いた破裂音をたて、呪相は消滅した。
イナちゃんが衝撃で膝から崩れ落ちるように倒れ、龍王は勝利を確信して身を捩った。
「ウァーーッハハハハァ!!!やった!やったぞぉ、金剛の肋楔!
これで悪霊どもを喰らいて、俺様はついに金剛楽園アガル「オムアムリトドバヴァフムパット」
ブァグォオン!!!!
「ドポグオオォオォォオオオーーーーッ!!?!?」
この時、一体何が起きたのか。説明するまでもないだろうか。
そう。奴がイナちゃんの呪いを解いた瞬間、私はプルパを解放したのだ。
赤子の肋骨だった物は一瞬にして、刃渡り四十センチ大のグルカナイフ型エロプティックエネル��ー塊に変形。
当然それは水晶像などいとも容易く粉砕する!
依代を失った龍王は地に落ち、ビタンビタンとのたうつ。
「か…かはっ…」
私はその胴体と尾びれの間を掴み、プルパを突きつけた。
「お…俺様を、騙したな…!?」
龍王は虫の息で私を睨んだ。
「騙してなどいない。私はお前の糧になると言った。
喜べ。望み通りこの肋骨プルパをお前の依代にして、一生日の当たらない体にしてやる」
「な…プルパ…!?貴様、まさか…!」
「察したか。そう、プルパは煩悩を貫く密教法具。
これにお前の炎を掛け合わせ、悪霊共を焼いて分解霧散させる」
「掛け合わせるだと…一体何を」
ズブチュ!!
「うおおおおおおおぉぉぉ!!?」
私はプルパで龍王の臀部を貫通した。
「何で!?何でそんな勿体ない事するの!?
俺様があぁ!!せっかく育てた悪霊おぉぉ!!!」
私は返事の代わりに奴の尾を引っ張り、切創部を広げた。
「ぎゃああああああ!!!」
尾から切創部にかけての肉と汚らしい炎が、影色に炭化した。
「さっき何か言いかけたな。金剛楽園…何だと?
言え。お前達の楽園の名を」
「ハァ…ハァ…そんな事、知ってどうする…?
知ったところで貴様らは何も」
グチャムリュ!!
「ぎゃああああぁぁアガルダ!アガルダアァ!!」
私は龍王の胴体を折り曲げ、プルパで更に貫通した。
奴の体の一/三が炭化した。
「なるほど、金剛楽園アガルダ…。それは何処にある」
「ゲホッオェッ!だ、だからそんなの、聞いてどうする!?」
「滅ぼす」
「狂ってる!!!」
ヌチュムチグジュゥ!!
「ほぎいぃぃぃごめんなさい!ごめんなさい!」
更に折り曲げて貫通。魚を捌く時に似た感触。
蛇なら腸や腎臓がある位置だろうか。
少しざらついたぬめりけのある粘液が溢れ、熱で固まって白く濁った。
「狂っていて何が悪いの?
お前やあの金剛愛輪珠如来を美しいと感じないよう、狂い通すんだよ」
「うァ…ヒ…ヒヒィ…卑怯者ぉ…」
「お前達金剛相手に卑怯もラッキョウもあるものか」
「……」
「……」
ゴギグリュゥ!!!
「うえぇぇえぇえええんいびいぃぃぃん!!!」
更に貫通。龍王は既に半身以上を影に飲まれている。
ようやくマシな見た目になってきた。
「苦しいか?苦しいか。もっと苦しめ。苦痛と血涙を燃料に悪霊を焼くがいい。
お前の苦しみで多くの命が救われるんだ」
「萩姫ェェェ、萩イィィーーーッ!!
俺様を助けろおぉぉーーーッ!」
すると背後からテレパシー。
<あっかんべーーーっだ!ザマーミロ、べろべろばー>
萩姫様が両中指で思いっきり瞼を引き下げて舌を出している映像付きだ。
「なあ紅さん、それ何かに似とらん?」
譲司さんとオリベちゃんが興味津々に私を取り囲んだ。
「ウアーッアッアッ!アァーーー!!」
黒々と炭化した龍王はプルパに巻きついたような形状で肉体を固定され、体から影の炎を噴き出して苦悶する。
<アスクレピオスの杖かしら。杖に蛇が巻きついてるやつ>
ジャックさんとリナも入ってくる。
「いや、中国龍だからな…。どっちかというと、あれだ。
サービスエリアによくある、ガキ向けのダサいキーホルダー」
「そんな立派な物じゃないわよ。
東南アジアの屋台で売ってる蛇バーベキューね」
「はい!」
目を覚ましたイナちゃんが、起き抜けに元気よく挙手!
「フドーミョーオーの剣!」
「「<それだ!>」」
満場一致。ていうか、そもそもこれ倶利伽羅龍王だもんね。
私は龍王の頸動脈にプルパを突きつけ、頭を鷲掴みにした。
「金剛倶利伽羅龍王」
「…ア…アァ…」
するうち影が私の体を包みこみ始める。
影と影法師使いが一つになる時、それは究極の状態、神影(ワヤン)となる。
生前萩姫様が達せられたのと同じ境地だ。
「私はお前の何だ」
「ウア…ァ…」
「私はお前の何だ!?」
ズププ!「ぐあぁぁ!!肋骨!肋骨です…」
「違う!お前は倶利伽羅龍王剣だろう!?だったら私は!?」
ズプブブ!!「わああぁぁ!!不動明王!!不動明王様ですうぅ!!!」
「そうだ」
その通り。私は金剛観世音菩薩に寵愛を賜りし神影の使者。
瞳に映る悲しき影を、邪道に歪められた霊魂やタルパ達を、業火で焼いて救済する者!
ズズッ…パァン!!!
「グウゥワアァァアアアアーーーーー!!!!」
完成、倶利伽羅龍王剣!
「私は神影不動明王。
憤怒の炎で全てを影に還す…ワヤン不動だ!」
◆◆◆
ズダダダァアン!憤怒の化身ワヤン不動、精神地獄世界一階作業場に君臨だ!
その衝撃で雷鳴にも匹敵する轟音が怪人屋敷を震撼!
私の脳内で鳴っていたシンギング・ボウルとティンシャの響きにも、荒ぶるガムランの音色が重なる。
「神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ」
悪霊共は、殺人鬼水家に命を絶たれ創り変えられたタルパだ。
皆一様に、悪魔じみた人喰いイタチの毛皮を霊魂に縫い付けられ、さながら古い怪奇特撮映画に登場する半人半獣の怪人といった様相になっている。
金剛愛輪珠如来が着ていた肉襦袢や、全身の皮膚が奪われていた和尚様のご遺体を想起させる。そうか。
「これが『なぶろく』とか言うふざけたエーテル法具だな」
なぶろく。亡布録。屍から霊力を奪い、服を着るように身に纏う、冒涜的ネクロスーツ!
「ウアァアァ…オカシ…オヤツクレ…」
「オカシオ…アマアァァイ、カシ…オクレ…」
悪霊共は理性を失って、ゾンビのように無限に互いが互いを貪りあっている。
「ウヮー、オカシダァア!」
一体の悪霊が私に迫る。私は風に舞う影葉のように倶利伽羅龍王剣を振り、悪霊を刺し貫いた。
ボウッ!「オヤツゥアァァァー!」
悪霊を覆う亡布録が火柱に変わり、解放された魂は分解霧散…成仏した。
着用者を失った亡布録の火柱は龍王剣に吸いこまれるように燃え移り、私達の五感が刹那的追体験に支配される。
『や…やめてくれぇー!殺すなら息子の前に俺を、ぐわぁあああああ!!!』
それは悪霊が殺された瞬間、最後の苦痛の記憶だ。
フロリダ州の小さな農村。目の前で大切な人がイタチに貪り食われる絶望感と、自らも少年殺人鬼に喉を引き千切られる激痛が、自分の記憶のように私達を苛む。
「グアァァァーーー!!!」
それによって龍王剣は更に強く燃え上がる!
「どんどんいくぞぉ!やぁーーっ!!」
「グワアァァァーーー!!」
泣き叫ぶ龍王剣を振り、ワヤン不動は憤怒のダンスを踊る。
『ママアァァァ!』『死にたくなああぁぁい!』『ジーザアァーーース!』
数多の断末魔が上がっては消え、上がっては消え、それを不動がちぎっては投げる。
「カカカカカカ!かぁーっはっはっはっはァ!!」…笑いながら。
「テベッ、テメェー!俺様が残留思念で苦しむのがそんなに楽しいかよ、
このオニババーーーッ!!!」
「カァハハハアァ!何を勘違いしているんだ。
私にもこの者共の痛みはしかと届いているぞぉ」
「じゃあどうして笑ってられるんだよォ!?」
「即ち念彼観音力よ!御仏に祈れば火もまた涼しだ!
もっともお前達は和尚様に仏罰を下される立場だがなァーーーカァーッハッハッハッハァー!!!!」
『「グガアアーーーーッ!!!」』
悪霊共と龍王剣の阿鼻叫喚が、聖なるガムランを加速する。
一方、私の肉体は龍王剣を死体に突き立てたまま静止していた。
聴覚やテレパシーを通じて皆の会話が聞こえる。
「オリベちゃん!ヒトミちゃん助けに行くヨ!」
「わんっ!わんわお!」
<そうね、イナちゃん。私が意識を転送するわ>
「加勢するぜ。俺は悪霊の海を泳いで水家本体を探す」
「ならアタシは上空からね」
「待ってくれ。オリベ。
その前に、例のアレ…弟の依頼で作ってくれたアレを貸してくれ」
<ジョージ!?あんた正気なの!?>
「俺は察知はできるけど霊能力は持っとらん、行っても居残っても役に立てん!
頼む、オリベ。俺にもそいつを処方してくれ!」
「あ?何だその便所の消臭スプレーみたいなの?
『ドッパミンお耳でポン』?」
「やだぁ、どっかの製薬会社みたいなネーミングセンスだわ」
<商品名は私じゃなくて、ジョージの弟君のアイデア。
こいつは溶解型マイクロニードルで内耳に穴を開けて脳に直接ドーピングするスマートドラッグよ>
「アイゴ!?先生そんなの使ったら死んじゃうヨ!?」
「死なん死なん!大丈夫、オリベは優秀な医療機器エンジニアや!」
「だぶかそれを作らせたお前の弟は何者だよ!?」
こちとらが幾つもの死屍累々を休み無く燃やしている傍ら、上は上で凄い事になっているみたいだ。
「俺の弟は、毎日脳を酷使する…」ポンップシュー!「…デイトレーダーやあああ!!!」
ドゴシャァーン!!二階吹き抜けの窓を突き破り、回転しながら一階に着地する赤い肉弾!
過剰脳ドーピングで覚醒した譲司さんが、生身のまま戦場に見参したんだ!
「ヴァロロロロロォ…ウルルロロァ…!
待たせたな、紅さん…ヒーロー参上やあああぁ!!!」
バグォン!ドゴォン!てんかん発作めいて舌を高速痙攣させながら、譲司さんは大気中の揺らぎを察知しピンポイントに殴る蹴る!
悪霊を構成する粒子構造が振動崩壊し、エクトプラズムが霧散!
なんて荒々しい物理的除霊術だろう!
彼の目は脳の究極活動状態、全知全脳時にのみ現れるという、玉虫色の光彩を放っていた。
「私達も行くヨ!」
テレパシーにより幽体離脱したオリベちゃんとイナちゃん、ポメラー子ちゃん、ジャックさん、リナも次々に入獄!
「みんなぁ!」
皆の熱い友情で龍王剣が更に燃え上がった。「…ギャアァァ!!」
◆◆◆
さあ、大掃除が始まるぞ。
先陣を切ったのはイナちゃん。穢れた瘴気に満ちた半幻半実空間を厚底スニーカーで翔け、浄化の雲を張り巡らさせる。
雲に巻かれた悪霊共は気を正されて、たちまち無害な虹色のハムスターに変化!
「大丈夫ヨ。あなた達はもう苦しまなくていい。
私ももう苦しまない!スリスリマスリ!」
すると前方にそそり立つ巨大霊魂あり!
それは犠牲者十人と廃工場の巨大調理器具が押し固まった集合体だ。
「オォォカァァシィィ!」
「スリスリ…アヤーッ!」
悪霊集合体に突き飛ばされた華奢なイナちゃんの幽体が、キューで弾かれたビリヤードボールのように一直線に吹き飛ぶ!
「アァ…オカシ…」「オカシダァ…」「タベル…」
うわ言を呟きながら、イナちゃんに目掛けて次々に悪霊共が飛翔していく。
しかし雲が晴れると、その方向にいたのはイナちゃんではなく…
<エレヴトーヴ、お化けちゃん達!>
ビャーーバババババ!!!強烈なサイコキネシスが悪霊共を襲う!
目が痛くなるような紫色の閃光が暗い作業場に走った!
「オカヴアァァァ…」鮮やかに分解霧散!
そこに上空から未確認飛行影体が飛来し、下部ハッチが開いた。
光がスポットライト状に広がり、先程霊魂から分解霧散したエクトプラズム粒子を吸いこんでいく。
「ウーララ!これだ���あれば福島中のパワースポットを復興できるわ!
神仏タルパ作り放題、ヤッホー!」
UFOを巧みに操る巨大宇宙人は、福島の平和を守るため、異星ではなく飯野町(いいのまち)から馳せ参じた、千貫森のフラットウッズモンスター!リナだ!
「アブダクショォン!」
おっと、その後方では悪霊共がすさまじい勢いで撒き上げられている!?
あれはダンプか、ブルドーザーか?荒れ狂ったバッファローか?…違う!
「ウルルルハァ!!!ドルルラァ!!」
猪突猛進する譲司さんだ!
人間重機と化して精神地獄世界を破壊していく彼の後方では、ジャックさんが空中を泳ぐように追従している。
「おいジョージ、もっと早く動けねえのか?日が暮れちまうだろ!」
「もう暮れとるやんか!これでも筋肉のリミッターはとっくに外しとるんや。
全知全脳だって所詮人間は人間やぞ!」
「バカ野郎、この脳筋!
お前に足りねえのは力じゃなくてテクニックだ、貸してみろ!」
言い終わるやいなや、ジャックさんは譲司さんに憑依。
瞬間、乱暴に暴れ��っていた人間重機はサメのようにしなやかで鋭敏な動きを得る。
「うおぉぉ!?」
急発進によるGで譲司さん自身の意識が一瞬幽体離脱しかけた。
「すっげぇぞ…肺で空気が見える、空気が触れる!ハッパよりも半端ねえ!
ジョージ、お前、いつもこんな世界で生きてたのかよ!?」
「俺も、こんな軽い力で動いたのは初めてや…フォームって大事なんやなぁ!」
「そうだぜ。ジョージ、俺が悪霊共をブチのめす。
水家を探せるか?」
「楽勝!」
加速!加速!加速ゥ!!合身した二人は悪霊共の海をモーゼの如く割って進む!!
その時、私は萩姫様からテレパシーを受信した。
<頑張るひーちゃんに、私からちょっと早いお誕生日プレゼント。
受け取りなさい!>
パシーッ!萩姫様から放たれたエロプティック法力が、イナちゃんから貰った胸のペンダントに直撃。
リングとチェーンがみるみる伸びていき、リングに書かれていた『링』のハングル文字は『견삭』に変化する。
この形は、もしかして…
「イナちゃーん!これなんて読むのー?」
私は龍王剣を振るう右手を休めないまま、左手でチェーン付きリングをフリスビーの如く投げた。すると…
「オヤツアァ!」「グワアァー!」
すわ、リングは未知の力で悪霊共を吸収、拘束していく!
そのまま進行方向の果てで待ち構えていたイナちゃんの雲へダイブ。
雲間から浄化済パステルテントウ虫が飛び去った!
「これはねぇ!キョンジャクて読むだヨー!」
イナちゃんがリングを投げ返す。リングは再び飛びながら悪霊共を吸収拘束!
無論その果てで待ち構える私は憤怒の炎。リングごと悪霊共をしかと受け止め、まとめて成仏させた。
「グガアァァーッ!さては羂索(けんじゃく)かチクショオォーーーッ!!」
龍王剣が苦痛に身を捩る。
「カハァーハハハ!紛い物の龍王でもそれくらいは知っているか。
その通り、これは不動明王が衆生をかき集める法具、羂索だな。
本物のお不動様から法力を授かった萩姫様の、ありがたい贈り物だ」
「何がありがたいだ!ありがた迷惑なん…グハアァァ!!」
悪霊収集効率が上がり、ワヤン不動は更に荒々しく炎をふるう。
「ありがとうございます、萩姫様大好き!そおおぉおい!!」
<や…やぁーだぁ、ひーちゃんったら!
嬉しいから、ポメちゃんにもあげちゃお!それ!>
パシーッ!「わきゃお!?」
エロプティック法力を受けて驚いたポメラー子ちゃんが飛び上がる。
空中で一瞬エネルギー影に包まれ、彼女の首にかかっていた鈴がベル型に、ハングル文字が『금강령』に変わった。
「それ、クムガンリョン!気を綺麗にする鈴ね!」
<その通り!密教ではガンターっていうんだよ!>
着地と共に影が晴れると、ポメちゃん自身の幽体も、密教法具バジュラに似た角が生えた神獣に変身している。
「きゃお!わっきょ、わっきょ!」
やったぁ!兄ちゃん見て見て!…とでも言っているのか。
ポメちゃんは譲司さん目掛けて突進。
チリンリンリン!とかき鳴らされたガンターが悪霊共から瘴気を祓っていく。
その瞬間を見逃す譲司さんではなかった。
「ファインプレーやん、ポメラー子…!」
彼は確かに察知した。浄化されていく悪霊共の中で、一体だけ邪なオーラを強固に纏い続ける一体のイタチを。
「見つけたか、俺を殺したクソ!」
「アッシュ兄ちゃんの仇!」
「「水家曽良…サミュエル・ミラアァァアアアア!!!!」」
二人分の魂を湛えた全知全脳者は怒髪天を衝く勢いで突進、左右の拳で殺人鬼にダブル・コークスクリュー・パンチを繰り出した!
一見他の悪霊共と変わらないそれは、吹き飛ばされて分解霧散すると思いきや…
パァン!!精神地獄世界全体に破裂音を轟かせ、亡布録の内側からみるみる巨大化していった。
あれが殺人鬼の成れの果て。多くの人々から魂を奪い、心に地獄を作り出した悪霊の王。
その業を忘れ去ってもなお、亡布録の裏側で歪に成長させられ続けた哀れな獣。
クルーアル・モンスター・アンダー・ザ・スキン…邪道怪獣アンダスキン!
「シャアァァザアアァァーーーーッ!!!」
怪獣が咆える!もはや人間の言葉すら失った畜生の咆哮だ!
私は振り回していた羂索を引き上げ、怪獣目掛けて駆け出した。
こいつを救済できるのは火力のみだあああああああ!!
「いけェーーーッ!!ワヤン不動ーーー!!」
「頑張れーーーッ!」<燃えろーーーッ!>
「「<ワヤン不動オォーーーーーッ!!!>」」
「そおおぉぉりゃああぁぁぁーーーーーー!!!!」
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