Tumgik
#象嵌タイル
galleryuchiumi · 2 years
Photo
Tumblr media
いよいよ今週末青花の会骨董祭開催されます。搬入、展示準備のため6月9日10日は、店舗は休業とさせていただきます。 写真は16世紀と17世紀の床タイルです。 #青花の会骨董祭 日時 2022年 6月10日(金)17-20時*内覧会(青花会員及びご招待者)*販売有 6月11日(土)11-19時 6月12日(日)11-17時 会場 √K Contemporary 東京都新宿区南町6 入場料 1000円 *2日間(6月11-12日)共通-小冊子付-再入場可 *青花会員は無料です *入場券は11日午前11時より会場受付で販売します *マスク着用及び入場時の検温、手指のアルコール消毒に御協力ください 皆様のご来場をお待ちしております。 #floortile #床タイル #象嵌タイル #ギャラリーウチウミ#galleryuchiumi https://www.instagram.com/p/CeaKEi5rKbK/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
toubi-zekkai · 4 years
Text
厚着紳士
 夜明けと共に吹き始めた強い風が乱暴に街の中を掻き回していた。猛烈な嵐到来の予感に包まれた私の心は落ち着く場所を失い、未だ薄暗い部屋の中を一人右往左往していた。  昼どきになると空の面は不気味な黒雲に覆われ、強面の風が不気味な金切り声を上げながら羊雲の群れを四方八方に追い散らしていた。今にも荒れた空が真っ二つに裂けて豪雨が降り注ぎ蒼白い雷の閃光とともに耳をつんざく雷鳴が辺りに轟きそうな気配だったが、一向に空は割れずに雨も雷も落ちて来はしなかった。半ば待ち草臥れて半ば裏切られたような心持ちとなって家を飛び出した私はあり合わせの目的地を決めると道端を歩き始めた。
 家の中に居た時分、壁の隙間から止め処なく吹き込んで来る冷たい風にやや肌寒さを身に感じていた私は念には念を押して冬の格好をして居た。私は不意に遭遇する寒さと雷鳴と人間というものが大嫌いな人間だった。しかし家の玄関を出てしばらく歩いてみると暑さを感じた。季節は四月の半ばだから当然である。だが暑さよりもなおのこと強く肌身に染みているのは季節外れの格好をして外を歩いている事への羞恥心だった。家に戻って着替えて来ようかとも考えたが、引き返すには惜しいくらいに遠くまで歩いて来てしまったし、つまらない羞恥心に左右される事も馬鹿馬鹿しく思えた。しかしやはり恥ずかしさはしつこく消えなかった。ダウンジャケットの前ボタンを外して身体の表面を涼風に晒す事も考えたが、そんな事をするのは自らの過ちを強調する様なものでなおのこと恥ずかしさが増すばかりだと考え直した。  みるみると赤い悪魔の虜にされていった私の視線は自然と自分の同族を探し始めていた。この羞恥心を少しでも和らげようと躍起になっていたのだった。併せて薄着の蛮族達に心中で盛大な罵詈雑言を浴びせ掛けることも忘れなかった。風に短いスカートの裾を靡かせている女を見れば「けしからん破廉恥だ」と心中で眉をしかめ、ポロシャツの胸襟を開いてがに股で歩いている男を見れば「軟派な山羊男め」と心中で毒づき、ランニングシャツと短パンで道をひた向きに走る男を見れば「全く君は野蛮人なのか」と心中で断罪した。蛮族達は吐いて捨てる程居るようであり、片時も絶える事無く非情の裁きを司る私の目の前に現れた。しかし一方肝心の同志眷属とは中々出逢う事が叶わなかった。私は軽薄な薄着蛮族達と擦れ違うばかりの状況に段々と言い知れぬ寂寥の感を覚え始めた。今日の空が浮かべている雲の表情と同じように目まぐるしく移り変わって行く街色の片隅にぽつ念と取り残されている季節外れの男の顔に吹き付けられる風は全く容赦がなかった。  すると暫くして遠く前方に黒っぽい影が現れた。最初はそれが何であるか判然としなかったが、姿が近付いて来るにつれて紺のロングコートを着た中年の紳士だという事が判明した。厚着紳士の顔にはその服装とは対照的に冷ややかで侮蔑的な瞳と余情を許さない厳粛な皺が幾重も刻まれていて、風に靡く薄く毛の細い頭髪がなおのこと厳しく薄ら寒い印象に氷の華を添えていた。瞬く間に私の身内を冷ややかな緊張が走り抜けていった。強張った背筋は一直線に伸びていた。私の立場は裁く側から裁かれる側へと速やかに移行していた。しかし同時にそんな私の顔にも彼と同じ冷たい眼差しと威厳ある皺がおそらくは刻まれて居たのに違いない。私の面持ちと服装に疾風の如く視線を走らせた厚着紳士の瞳に刹那ではあるが同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情が浮かんでいた。  かくして二人の孤独な紳士はようやく相まみえたのだった。しかし紳士たる者その感情を面に出すことをしてはいけない。笑顔を見せたり握手をする等は全くの論外だった。寂しく風音が響くだけの沈黙の内に二人は互いのぶれない矜持を盛大に讃え合い、今後ともその厚着ダンディズムが街中に蔓延る悪しき蛮習に負けずに成就する事を祈りつつ、何事も無かったかの様に颯然と擦れ違うと、そのまま振り返りもせずに各々の目指すべき場所へと歩いて行った。  名乗りもせずに風と共に去って行った厚着紳士を私は密かな心中でプルースト君と呼ぶ事にした。プルースト君と出逢い、列風に掻き消されそうだった私の矜持は不思議なくらい息を吹き返した。羞恥心の赤い炎は青く清浄な冷や水によって打ち消されたのだった。先程まで脱ぎたくて仕方のなかった恥ずかしいダウンジャケットは紳士の礼服の風格を帯び、私は風荒れる街の道を威風堂々と闊歩し始めた。  しかし道を一歩一歩進む毎に紳士の誇りやプルースト君の面影は嘘のように薄らいでいった。再び羞恥心が生い茂る雑草の如く私の清らかな魂の庭園を脅かし始めるのに大して時間は必要無かった。気が付かないうちに恥ずかしい事だが私はこの不自然な恰好が何とか自然に見える方法を思案し始めていた。  例えば私が熱帯や南国から日本に遣って来て間もない異国人だという設定はどうだろうか?温かい国から訪れた彼らにとっては日本の春の気候ですら寒く感じるはずだろう。当然彼らは冬の格好をして外を出歩き、彼らを見る人々も「ああ彼らは暑い国の人々だからまだ寒く感じるのだな」と自然に思うに違いない。しかし私の風貌はどう見ても平たい顔の日本人であり、彼らの顔に深々と刻まれて居る野蛮な太陽の燃える面影は何処にも見出す事が出来無かった。それよりも風邪を引いて高熱を出して震えている病人を装った方が良いだろう。悪寒に襲われながらも近くはない病院へと歩いて行かねばならぬ、重苦を肩に背負った病の人を演じれば、見る人は冬の格好を嘲笑うどころか同情と憐憫の眼差しで私を見つめる事に違いない。こんな事ならばマスクを持ってくれば良かったが、マスク一つを取りに帰るには果てしなく遠い場所まで歩いて来てしまった。マスクに意識が囚われると、マスクをしている街の人間の多さに気付かされた。しかし彼らは半袖のシャツにマスクをしていたりスカートを履きながらマスクをしている。一体彼らは何の為にマスクをしているのか理解に苦しんだ。  暫くすると、私は重篤な病の暗い影が差した紳士見習いの面持ちをして難渋そうに道を歩いていた��それは紳士である事と羞恥心を軽減する事の折衷策、悪く言うならば私は自分を誤魔化し始めたのだった。しかしその効果は大きいらしく、擦れ違う人々は皆同情と憐憫の眼差しで私の顔を伺っているのが何となく察せられた。しかしかの人々は安易な慰めを拒絶する紳士の矜持をも察したらしく私に声を掛けて来る野暮な人間は誰一人として居なかった。ただ、紐に繋がれて散歩をしている小さな犬がやたらと私に向かって吠えて来たが、所詮は犬や猫、獣の類にこの病の暗い影が差した厚着紳士の美学が理解出来るはずも無かった。私は子犬に吠えられ背中や腋に大量の汗を掻きながらも未だ誇りを失わずに道を歩いていた。  しかし度々通行人達の服装を目にするにつれて、段々と私は自分自身が自分で予想していたよりは少数部族では無いという事に気が付き始めていた。歴然とした厚着紳士は皆無だったが、私のようにダウンを着た厚着紳士見習い程度であったら見つける事もそう難しくはなかった。恥ずかしさが少しずつ消えて無くなると抑え込んでいた暑さが急激に肌を熱し始めた。視線が四方に落ち着かなくなった私は頻りと人の視線を遮る物陰を探し始めた。  泳ぐ視線がようやく道の傍らに置かれた自動販売機を捉えると、駆けるように近付いて行ってその狭い陰に身を隠した。恐る恐る背後を振り返り誰か人が歩いて来ないかを確���すると運悪く背後から腰の曲がった老婆が強風の中難渋そうに手押し車を押して歩いて来るのが見えた。私は老婆の間の悪さに苛立ちを隠せなかったが、幸いな事に老婆の背後には人影が見られなかった。あの老婆さえ遣り過ごしてしまえばここは人々の視線から完全な死角となる事が予測出来たのだった。しかしこのまま微動だにせず自動販売機の陰に長い間身を隠しているのは怪し過ぎるという思いに駆られて、渋々と歩み出て自動販売機の目の前に仁王立ちになると私は腕を組んで眉間に深い皺を作った。買うべきジュースを真剣に吟味選抜している紳士の厳粛な態度を装ったのだった。  しかし風はなお強く老婆の手押し車は遅々として進まなかった。自動販売機と私の間の空間はそこだけ時間が止まっているかのようだった。私は緊張に強いられる沈黙の重さに耐えきれず、渋々ポケットから財布を取り出し、小銭を掴んで自動販売機の硬貨投入口に滑り込ませた。買いたくもない飲み物を選ばさられている不条理や屈辱感に最初は腹立たしかった私もケース内に陳列された色取り取りのジュース缶を目の前にしているうちに段々と本当にジュースを飲みたくなって来てその行き場の無い怒りは早くボタンを押してジュースを手に入れたいというもどかしさへと移り変わっていった。しかし強風に負けじとか細い腕二つで精一杯手押し車を押して何とか歩いている老婆を責める事は器量甚大懐深き紳士が為す所業では無い。そもそも恨むべきはこの強烈な風を吹かせている天だと考えた私は空を見上げると恨めしい視線を天に投げ掛けた。  ようやく老婆の足音とともに手押し車が地面を擦る音が背中に迫った時、私は満を持して自動販売機のボタンを押した。ジュースの落下する音と共に私はペットボトルに入ったメロンソーダを手に入れた。ダウンの中で汗を掻き火照った身体にメロンソーダの冷たさが手の平を通して心地よく伝わった。暫くの間余韻に浸っていると老婆の手押し車が私の横に現れ、みるみると通り過ぎて行った。遂に機は熟したのだった。私は再び自動販売機の物陰に身を隠すと念のため背後を振り返り人の姿が見えない事を確認した。誰も居ないことが解ると急ぐ指先でダウンジャケットのボタンを一つまた一つと外していった。最後に上から下へとファスナーが降ろされると、うっとりとする様な涼しい風が開けた中のシャツを通して素肌へと心地良く伝わって来た。涼しさと開放感に浸りながら手にしたメロンソーダを飲んで喉の渇きを潤した私は何事も無かったかのように再び道を歩き始めた。  坂口安吾はかの著名な堕落論の中で昨日の英雄も今日では闇屋になり貞淑な未亡人も娼婦になるというような意味の事を言っていたが、先程まで厚着紳士見習いだった私は破廉恥な軟派山羊男に成り下がってしまった。こんな格好をプルースト君が見たらさぞかし軽蔑の眼差しで私を見詰める事に違いない。たどり着いた駅のホームの長椅子に腰をかけて、何だか自身がどうしようもなく汚れてしまったような心持ちになった私は暗く深く沈み込んでいた。膝の上に置かれた飲みかけのメロンソーダも言い知れぬ哀愁を帯びているようだった。胸を内を駆け巡り始めた耐えられぬ想いの脱出口を求めるように視線を駅の窓硝子越しに垣間見える空に送ると遠方に高く聳え立つ白い煙突塔が見えた。煙突の先端から濛々と吐き出される排煙が恐ろしい程の速さで荒れた空の彼岸へと流されている。  耐えられぬ思いが胸の内を駆け駅の窓硝子越しに見える空に視線を遣ると遠方に聳える白い煙突塔から濛々と吐き出されている排煙が恐ろしい速度で空の彼岸へと流されている様子が見えた。目には見えない風に流されて行く灰色に汚れた煙に対して、黒い雲に覆われた空の中に浮かぶ白い煙突塔は普段青い空の中で見ている雄姿よりもなおのこと白く純潔に光り輝いて見えた。何とも言えぬ気持の昂ぶりを覚えた私は思わずメロンソーダを傍らに除けた。ダウンジャケットの前ボタンに右手を掛けた。しかしすぐにまた思い直すと右手の位置を元の場所に戻した。そうして幾度となく決意と逡巡の間を行き来している間に段々と駅のホーム内には人間が溢れ始めた。強風の影響なのか電車は暫く駅に来ないようだった。  すると駅の階段を昇って来る黒い影があった。その物々しく重厚な風貌は軽薄に薄着を纏った人間の群れの中でひと際異彩を放っている。プルースト君だった。依然として彼は分厚いロングコートに厳しく身を包み込み、冷ややかな面持ちで堂々と駅のホームを歩いていたが、薄い頭髪と額には薄っすらと汗が浮かび、幅広い額を包むその辛苦の結晶は天井の蛍光灯に照らされて燦燦と四方八方に輝きを放っていた。私にはそれが不撓不屈の王者だけが戴く栄光の冠に見えた。未だ変わらずプルースト君は厚着紳士で在り続けていた。  私は彼の胸中に宿る鋼鉄の信念に感激を覚えると共に、それとは対照的に驚く程簡単に退転してしまった自分自身の脆弱な信念を恥じた。俯いて視線をホームの床に敷き詰められた正方形タイルの繋ぎ目の暗い溝へと落とした。この惨めな敗残の姿が彼の冷たい視線に晒される事を恐れ心臓から足の指の先までが慄き震えていた。しかしそんな事は露とも知らぬプルースト君はゆっくりとこちらへ歩いて来る。迫り来る脅威に戦慄した私は慌ててダウンのファスナーを下から上へと引き上げた。紳士の体裁を整えようと手先を闇雲に動かした。途中ダウンの布地が間に挟まって中々ファスナーが上がらない問題が浮上したものの、結局は何とかファスナーを上まで閉め切った。続けてボタンを嵌め終えると辛うじて私は張りぼてだがあの厚着紳士見習いの姿へと復活する事に成功した。  膝の上に置いてあった哀愁のメロンソーダも何となく恥ずかしく邪魔に思えて、隠してしまおうとダウンのポケットの中へとペットボトルを仕舞い込んでいた時、華麗颯爽とロングコートの紺色の裾端が視界の真横に映り込んだ。思わず私は顔を見上げた。顔を上方に上げ過ぎた私は天井の蛍光灯の光を直接見てしまった。眩んだ目を閉じて直ぐにまた開くとプルースト君が真横に厳然と仁王立ちしていた。汗ばんだ蒼白い顔は白い光に包まれてなおのこと白く、紺のコートに包まれた首から上は先程窓から垣間見えた純潔の白い塔そのものだった。神々しくさえあるその立ち姿に畏敬の念を覚え始めた私の横で微塵も表情を崩さないプルースト君は優雅な動作で座席に腰を降ろすとロダンの考える人の様に拳を作った左手に顎を乗せて対岸のホームに、いやおそらくはその先の彼方にある白い塔にじっと厳しい視線を注ぎ始めた。私は期待を裏切らない彼の態度及び所作に感服感激していたが、一方でいつ自分の棄教退転が彼に見破られるかと気が気ではなくダウンジャケットの中は冷や汗で夥しく濡れ湿っていた。  プルースト君が真実の威厳に輝けば輝く程に、その冷たい眼差しの一撃が私を跡形もなく打ち砕くであろう事は否応無しに予想出来る事だった。一刻も早く電車が来て欲しかったが、依然として電車は暫くこの駅にはやって来そうになかった。緊張と沈黙を強いられる時間が二人の座る長椅子周辺を包み込み、その異様な空気を察してか今ではホーム中に人が溢れ返っているのにも関わらず私とプルースト君の周りには誰一人近寄っては来なかった。群衆の騒めきでホーム内は煩いはずなのに不思議と彼らの出す雑音は聞こえなかった。蟻のように蠢く彼らの姿も全く目に入らず、沈黙の静寂の中で私はただプルースト君の一挙手に全神経を注いでいた。  すると不意にプルースト君が私の座る右斜め前に視線を落とした。突然の動きに驚いて気が動転しつつも私も追ってその視線の先に目を遣った。プルースト君は私のダウンジャケットのポケットからはみ出しているメロンソーダの頭部を見ていた。私は愕然たる思いに駆られた。しかし今やどうする事も出来ない。怜悧な思考力と電光石火の直観力を併せ持つ彼ならばすぐにそれが棄教退転の証拠だという事に気が付くだろう。私は半ば観念して恐る恐るプルースト君の横顔を伺った。悪い予感は良く当たると云う。案の定プルースト君の蒼白い顔の口元には哀れみにも似た冷笑が至極鮮明に浮かんでいた。  私はというとそれからもう身を固く縮めて頑なに瞼を閉じる事しか出来なかった。遂に私が厚着紳士道から転がり落ちて軟派な薄着蛮族の一員と成り下がった事を見破られてしまった。卑怯千万な棄教退転者という消す事の出来ない烙印を隣に座る厳然たる厚着紳士に押されてしまった。  白い煙突塔から吐き出された排煙は永久に恥辱の空を漂い続けるのだ。あの笑みはかつて一心同体であった純白の塔から汚れてしまった灰色の煙へと送られた悲しみを押し隠した訣別の笑みだったのだろう。私は彼の隣でこのまま電車が来るのを待ち続ける事が耐えられなくなって来た。私にはプルースト君と同じ電車に乗る資格はもう既に失われているのだった。今すぐにでも立ち上がってそのまま逃げるように駅を出て、家に帰ってポップコーンでも焼け食いしよう、そうして全てを忘却の風に流してしまおう。そう思っていた矢先、隣のプルースト君が何やら慌ただしく動いている気配が伝わってきた。私は薄目を開いた。プルースト君はロングコートのポケットの中から何かを取り出そうとしていた。メロンソーダだった。驚きを隠せない私を尻目にプルースト君は渇き飢えた飼い豚のようにその薄緑色の炭酸ジュースを勢い良く飲み始めた。みるみるとペットボトルの中のメロンソーダが半分以上が無くなった。するとプルースト君は下品極まりないげっぷを数回したかと思うと「暑い、いや暑いなあ」と一人小さく呟いてコートのボタンをそそくさと外し始めた。瞬く間にコートの前門は解放された。中から汚い染みの沢山付着した白いシャツとその白布に包まれただらしのない太鼓腹が堂々と姿を現した。  私は暫くの間呆気に取られていた。しかしすぐに憤然と立ち上がった。長椅子に座ってメロンソーダを飲むかつてプルースト君と言われた汚物を背にしてホームの反対方向へ歩き始めた。出来る限りあの醜悪な棄教退転者から遠く離れたかった。暫く歩いていると、擦れ違う人々の怪訝そうな視線を感じた。自分の顔に哀れな裏切り者に対する軽侮の冷笑が浮かんでいる事に私は気が付いた。  ホームの端に辿り着くと私は視線をホームの対岸にその先の彼方にある白い塔へと注いた。黒雲に覆われた白い塔の陰には在りし日のプルースト君の面影がぼんやりとちらついた。しかしすぐにまた消えて無くなった。暫くすると白い塔さえも風に流れて来た黒雲に掻き消されてしまった。四角い窓枠からは何も見え無くなり、軽薄な人間達の姿と騒めきが壁に包まれたホーム中に充満していった。  言い知れぬ虚無と寂寥が肌身に沁みて私は静かに両の瞳を閉じた。周囲の雑音と共に色々な想念が目まぐるしく心中を通り過ぎて行った。プルースト君の事、厚着紳士で在り続けるという事、メロンソーダ、白い塔…、プルースト君の事。凡そ全てが雲や煙となって無辺の彼方へと押し流されて行った。真夜中と見紛う暗黒に私の全視界は覆われた。  間もなくすると闇の天頂に薄っすらと白い点が浮かんだ。最初は小さく朧げに白く映るだけだった点は徐々に膨張し始めた。同時に目も眩む程に光り輝き始めた。終いには白銀の光を溢れんばかりに湛えた満月並みの大円となった。実際に光は丸い稜線から溢れ始めて、激しい滝のように闇の下へと流れ落ち始めた。天頂から底辺へと一直線に落下する直瀑の白銀滝は段々と野太くなった。反対に大円は徐々に縮小していって再び小さな点へと戻っていった。更にはその点すらも闇に消えて、視界から見え無くなった直後、不意に全ての動きが止まった。  流れ落ちていた白銀滝の軌跡はそのままの光と形に凝固して、寂滅の真空に荘厳な光の巨塔が顕現した。その美々しく神々しい立ち姿に私は息をする事さえも忘れて見入った。最初は塔全体が一つの光源体の様に見えたが、よく目を凝らすと恐ろしく小さい光の結晶が高速で点滅していて、そうした極小微細の光片が寄り集まって一本の巨塔を形成しているのだという事が解った。その光の源が何なのかは判別出来なかったが、それよりも光に隙間無く埋められている塔の外壁の内で唯一不自然に切り取られている黒い正方形の個所がある事が気になった。塔の頂付近にその不可解な切り取り口はあった。怪しみながら私はその内側にじっと視線を集中させた。  徐々に瞳が慣れて来ると暗闇の中に茫漠とした人影の様なものが見え始めた。どうやら黒い正方形は窓枠である事が解った。しかしそれ以上は如何程目を凝らしても人影の相貌は明確にならなかった。ただ私の方を見ているらしい彼が恐ろしい程までに厚着している事だけは解った。あれは幻の厚着紳士なのか。思わず私は手を振ろうとした。しかし紳士という言葉の響きが振りかけた手を虚しく元の位置へと返した。  すると間も無く塔の根本周辺が波を打って揺らぎ始めた。下方からから少しずつ光の塔は崩れて霧散しだした。朦朧と四方へ流れ出した光群は丸く可愛い尻を光らせて夜の河を渡っていく銀蛍のように闇の彼方此方へと思い思いに飛んで行った。瞬く間に百千幾万の光片が暗闇一面を覆い尽くした。  冬の夜空に散りばめられた銀星のように暗闇の満天に煌く光の屑は各々少しずつその輝きと大きさを拡大させていった。間もなく見つめて居られ無い程に白く眩しくなった。耐えられ無くなった私は思わず目を見開いた。するとまた今度は天井の白い蛍光灯の眩しさが瞳を焼いた。いつの間にか自分の顔が斜め上を向いていた事に気が付いた。顔を元の位置に戻すと、焼き付いた白光が徐々に色褪せていった。依然として変わらぬホームの光景と。周囲の雑多なざわめきが目と耳に戻ると、依然として黒雲に覆い隠されている窓枠が目に付いた。すぐにまた私は目を閉じた。暗闇の中をを凝視してつい先程まで輝いていた光の面影を探してみたが、瞼の裏にはただ沈黙が広がるばかりだった。  しかし光り輝く巨塔の幻影は孤高の紳士たる決意を新たに芽生えさせた。私の心中は言い知れない高揚に包まれ始めた。是が非でも守らなければならない厚着矜持信念の実像をこの両の瞳で見た気がした。すると周囲の雑音も不思議と耳に心地よく聞こえ始めた。  『この者達があの神聖な光を見る事は決して無い事だろう。あの光は選ばれた孤高の厚着紳士だけが垣間見る事の出来る祝福の光なのだ。光の巨塔の窓に微かに垣間見えたあの人影はおそらく未来の自分だったのだろう。完全に厚着紳士と化した私が現在の中途半端な私に道を反れることの無いように暗示訓戒していたに違いない。しかしもはや誰に言われなくても私が道を踏み外す事は無い。私の上着のボタンが開かれる事はもう決して無い。あの白い光は私の脳裏に深く焼き付いた』  高揚感は体中の血を上気させて段々と私は喉の渇きを感じ始めた。するとポケットから頭を出したメロンソーダが目に付いた。再び私の心は激しく揺れ動き始めた。  一度は目を逸らし二度目も逸らした。三度目になると私はメロンソーダを凝視していた。しかし迷いを振り払うかの様に視線を逸らすとまたすぐに前を向いた。四度目、私はメロンソーダを手に持っていた。三分の二以上減っていて非常に軽い。しかしまだ三分の一弱は残っている。ペットボトルの底の方で妖しく光る液体の薄緑色は喉の渇き切った私の瞳に避け難く魅惑的に映った。  まあ、喉を潤すぐらいは良いだろう、ダウンの前を開かない限りは。私はそう自分に言い聞かせるとペットボトルの口を開けた。間を置かないで一息にメロンソーダを飲み干した。  飲みかけのメロンソーダは炭酸が抜けきってしつこい程に甘く、更には生ぬるかった。それは紛れも無く堕落の味だった。腐った果実の味だった。私は何とも言えない苦い気持ちと後悔、更には自己嫌悪の念を覚えて早くこの嫌な味を忘れようと盛んに努めた。しかし舌の粘膜に絡み付いた甘さはなかなか消える事が無かった。私はどうしようも無く苛立った。すると突然隣に黒く長い影が映った。プルースト君だった。不意の再再会に思考が停止した私は手に持った空のメロンソーダを隠す事も出来ず、ただ茫然と突っ立っていたが、すぐに自分が手に握るそれがとても恥ずかしい物のように思えて来てメロンソーダを慌ててポケットの中に隠した。しかしプルースト君は私の隠蔽工作を見逃しては居ないようだった。すぐに自分のポケットから飲みかけのメロンソーダを取り出すとプルースト君は旨そうに大きな音を立ててソーダを飲み干した。乾いたゲップの音の響きが消える間もなく、透明になったペットボトルの蓋を華麗優雅な手捌きで閉めるとプルースト君はゆっくりとこちらに視線を向けた。その瞳に浮かんでいたのは紛れもなく同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情だった。  間もなくしてようやく電車が駅にやって来た。プルースト君と私は仲良く同じ車両に乗った。駅に溢れていた乗客達が逃げ場無く鮨詰めにされて居る狭い車内は冷房もまだ付いておらず���し暑かった。夥しい汗で額や脇を濡らしたプルースト君の隣で私はゆっくりとダウンのボタンに手を掛けた。視界の端に白い塔の残映が素早く流れ去っていった。
4 notes · View notes
roccashop · 5 years
Photo
Tumblr media
イギリス Nathan(ネイサン) ヴィンテージ タイルトップテーブル レア度の高いNathanのタイルトップテーブル。味わいのあるハンドメイドのタイルが嵌め込まれた印象的なお品です。G-PLANやMcINTOSHと比べて流通が少ないこともコレクター心をくすぐります。 プロフィールに記載のURLからチェックしてみてください。商品番号38252で検索できます。⁠⠀ ・⁣⠀ ・⁣⠀ ・⁣⠀ #蒲田 #都島本通り #インテリア #rocca #六家道具商店 #izuya #interior #furniture #vintagefuniture #midcenturyfurniture #家具 #ヴィンテージ家具 #北欧家具 #北欧スタイル #北欧デザイン #北欧ミッドセンチュリー #イギリスヴィンテージ家具 #イギリスミッドセンチュリー #ミッドセンチュリー #インテリア家具 #チーク材 #チーク家具 #nathan #nathanfurniture #ネイサン #タイルトップテーブル #センターテーブル #コーヒーテーブル #リビングテーブル #ローテーブル — view on Instagram http://bit.ly/2TpG7oZ
0 notes
sasakiatsushi · 7 years
Text
小説家蓮實重彦、一、二、三、四、
人間に機械を操縦する権利があるように、機械にもみずから作動する権利がある。 ーー『オペラ・オペラシオネル』ーー
一、
 二朗は三度、射精する。そしてそれはあらかじめ決められていたことだ。  一度目の精の放出は、ハリウッドの恋愛喜劇映画を観た帰りの二朗が、小説の始まりをそのまま引くなら「傾きかけた西日を受けてばふりばふりとまわっている重そうな回転扉を小走りにすり抜け、劇場街の雑踏に背を向けて公園に通じる日陰の歩道を足早に遠ざかって行��のは和服姿の女は、どう見たって伯爵夫人にちがいない」と気づいたそばから当の伯爵夫人にまるで待ち構えていたかのように振り返られ、折角こんな場所で会ったのだしホテルにでも寄って一緒に珈琲を呑もうなどと誘いかけられて、向かう道すがら突然「ねえよく聞いて。向こうからふたり組の男が歩いてきます。二朗さんがこんな女といるところをあの連中に見られたくないから、黙っていう通りにして下さい」と、なかば命令口調で指示されて演じる羽目になる、謎の二人組に顔を視認されまいがための贋の抱擁の最中に起こる。
 小鼻のふくらみや耳たぶにさしてくる赤みから女の息遣いの乱れを確かめると、兄貴のお下がりの三つ揃いを着たまま何やらみなぎる気配をみせ始めた自分の下半身が誇らしくてならず、それに呼応するかのように背筋から下腹にかけて疼くものが走りぬけてゆく。ああ、来るぞと思ういとまもなく、腰すら動かさずに心地よく射精してしまう自分にはさすがに驚かされたが、その余韻を確かめながら、二朗は誰にいうとなくこれでよしとつぶやく。
 なにが「これでよし」なのか。ここは明らかに笑うべきところだが、それはまあいいとして、二度目の射精は、首尾よく二人組を躱したものの、ホテルに入るとすぐに新聞売り場の脇の電話ボックスに二朗を連れ込んだ伯爵夫人から先ほどの抱擁の際の「にわかには受け入れがたい演技」を叱責され、突然口調もまるで「年増の二流芸者」のようなあけすけさに一変したばかりか「青くせえ魔羅」だの「熟れたまんこ」だの卑猥過ぎる単語を矢継ぎ早に発する彼女に、事もあろうに「金玉」を潰されかけて呆気なく失神し、気がつくと同じ電話ボックスで伯爵夫人は先ほどの変貌が夢幻だったかのように普段の様子に戻っているのだが、しかしそのまま彼女のひどくポルノグラフィックな身の上話が始まって、けっして短くはないその語りが一段落ついてから、そろそろ「お茶室」に移動しようかと告げられた後、以前からあちこちで囁かれていた噂通りの、いや噂をはるかに凌駕する正真正銘の「高等娼婦」であったらしい伯爵夫人の淫蕩な過去に妙に大人ぶった理解を示してみせた二朗が、今度は演技と異なった慎ましくも本物の抱擁を交わしつつ、「ああ、こうして伯爵夫人と和解することができたのだ」と安堵した矢先に勃発する。「あらまあといいながら気配を察して相手は指先を股間にあてがうと、それを機に、亀頭の先端から大量の液体が下着にほとばしる」。  そして三度目は、伯爵夫人と入れ替わりに舞台に登場した「男装の麗人」、二朗への颯爽たる詰問ぶりゆえ警察官ではないにもかかわらず「ボブカットの女刑事」とも呼ばれ、更に「和製ルイーズ・ブルックス」とも呼ばれることになる女に案内されたホテルの奥に位置する「バーをしつらえたサロンのような小さな空間」ーー書棚がしつらえられ、絵が飾られ、蓄音機が置かれて、シャンデリアも下がっているのだが、しかしその向こうの「ガラス越しには、殺風景な三つのシャワーのついた浴場が白いタイル張りで拡がっており、いっさい窓はない」ことから戦時下の「捕虜の拷問部屋」を思わせもするーーで、この「更衣室」は「変装を好まれたり変装を余儀なくされたりする方々のお役に立つことを主眼として」いるのだと女は言って幾つかの興味深い、俄には信じ難い内容も含む変装にかかわる逸話を披露し、その流れで「金玉潰しのお龍」という「諜報機関の一員」で「かつて満州で、敵味方の見境もなく金玉を潰しまくった懲らしめの達人」の存在が口にされて、ひょっとしてこの「お龍」とは伯爵夫人そのひとなのではないかと訝しみつつ、突如思い立った二朗は目の前の和製ルイーズ・ブルックスをものにして俺は童貞を捨てると宣言するのだが事はそうは進まず、どういうつもりか女は彼に伯爵夫人のあられもない写真を見せたり、伯爵夫人の声だというが二朗の耳には自分の母親のものとしか思われない「ぷへーという低いうめき」が録音されたレコードを聞かせたりして、そして唐突に(といってもこの小説では何もかもが唐突なのだが)「こう見えても、このわたくし、魔羅切りのお仙と呼ばれ、多少は名の知られた女でござんす」と口調を一変させてーーここはもはや明らかに爆笑すべきところだが、それもまあいいとしてーー血塗れの剃刀使いの腕を自慢するのだが、その直後におよそ現実離れした、ほとんど夢幻か映画の中としか思えないアクション場面を契機に両者の力関係が逆転し、言葉責めを思わせる丁寧口調で命じられるがまま和製ルイーズ・ブルックスは身に纏った衣服を一枚一枚脱いでいって最後に残ったズロースに二朗が女から取り上げた剃刀を滑り込ませたところでなぜだか彼は気を失い、目覚めると女は全裸でまだそこに居り、これもまたなぜだか、としか言いようがないが、そもそも脱衣を強いた寸前の記憶が二朗にはなく、なのに女は「あなたさまの若くて美しいおちんちんは、私をいつになく昂らせてくださいました。たしかに、私の中でおはてにはなりませんでしたが、久方ぶりに思いきりのぼりつめさせていただきました」などと言い出して、いまだ勃起し切っている二朗の「魔羅」について「しっかりと責任は取らせていただきます」と告げて背中に乳房が押しつけられるやいなや「間髪を入れず二朗は射精する」。  帝大法科への受験を控えた二朗少年のヰタ・セクスアリスとして読めなくもない『伯爵夫人』は、ポルノグラフィと呼ばれてなんら差し支えないあからさまに助平な挿話とはしたない語彙に満ち満ちているのだが、にもかかわらず、結局のところ最後まで二朗は童貞を捨て去ることはないし、物語上の現在時制においては、いま見たように三度、何かの事故のようにザーメンを虚空にぶっ放すのみである。しかも、これら三度ーーそれもごくわずかな時間のあいだの三度ーーに及ぶ射精は、どうも「金玉潰しのお龍」が駆使するという「南佛でシャネル9番の開発にかかわっていたさる露西亜人の兄弟が、ちょっとした手違いから製造してしまった特殊な媚薬めいた溶液で、ココ・シャネルの厳しい禁止命令にもかかわらず、しかるべき筋にはいまなお流通しているもの」の効果であるらしいのだから、しかるに二朗は、一度として自分の意志や欲望の力によって己の「魔羅」に仕事をさせるわけではないし、彼の勃起や射精は、若く健康な男性の肉体に怪しげな薬物が齎した化学的/生理的な反応に過ぎないことになるわけだ。実際、物語上の時間としては過去に属する他の幾つかの場面では、百戦錬磨の女中頭の小春に技術を尽くして弄られようと、従妹の蓬子に「メロンの汁で手を湿らせてから」初々しくも甲斐甲斐しく握られようと、二朗は精を漏らすことはないし、ほとんど催すことさえないかのようなのだ。  つまりここにあるのは、��の見てくれに反して、二朗の性的冒険の物語ではない。彼の三度に及ぶ射精は、詰まるところケミカルな作用でしかない。それでも三度も思い切り大量に放出したあと、二朗を待っているのは、今度は正反対のケミカルな効用、すなわち「インカの土人たちが秘伝として伝える特殊なエキスを配合したサボン」で陰茎を入念に洗うことによって、七十二時間にもわたって勃起を抑止されるという仕打ちである。三度目に出してすぐさま彼は「裸のルイーズ・ブルックス」にその特殊なサボンを塗りたくられ、すると三度も逝ったというのにまだいきりたったままだった「若くて元気なおちんちん」は呆気なく元気を喪い、更には「念には念を入れてとスポイト状のものを尿道にすばやく挿入してから、ちょっと浸みますがと断わって紫色の液体を注入」までされてしまう。サボンの効果は絶大で、二朗の「魔羅」はこの後、小説の終わりまで、一度として射精もしなければ勃起することさえない。物語上の現在は二朗がケミカルな不能に陥って間もなく終了することになるが、それ以後も彼のおちんちんはまだまだずっと使いものにならないだろう。七十二時間、つまり三日後まで。そしてこのことも、ほとんどあらかじめ決められていたことなのだ。  『伯爵夫人』は小説家蓮實重彦の三作目の作品に当たる。一作目の『陥没地帯』は一九七九年に、二作目の『オペラ・オペラシオネル』は一九九四年に、それぞれ発表されている。第一作から最新作までのあいだにはじつに三十七年もの時間が経過しているわけだが、作者は自分にとって「小説」とは「あるとき、向こうからやってくるもの」だと言明しており、その発言を信じる限りにおいて三編の発表のタイミングや間隔は計画的なものではないし如何なる意味でも時期を心得たものではない。最初に『陥没地帯』が書かれた時点では『オペラ・オペラシオネル』の十五年後の到来は想像さえされておらず、更にそれから二十二年も経って『伯爵夫人』がやってくることだって一切予想されてはいなかったことになるだろう。偶然とも僥倖とも、なんなら奇跡とも呼んでしかるべき小説の到来は、因果律も目的意識も欠いた突発的な出来事としてそれぞれ独立しており、少なくとも「作者」の権能や意識の範疇にはない。第一、あの『「ボヴァリー夫人」論』が遂に上梓され、かねてよりもうひとつのライフワークとして予告されてきた映画作家ジョン・フォードにかんする大部の書物の一刻も早い完成が待たれている状態で、どうして『伯爵夫人』などという破廉恥極まる小説がわざわざ書かれなくてはならなかったのか、これは端的に言って不可解な仕業であり、何かの間違いかはたまた意地悪か、いっそ不条理とさえ言いたくもなってくる。仮に作者の内に何ごとか隠された動機があったにせよ、それは最後まで隠されたままになる可能性が高い。  だがそれでも、どうしてだか書かれてしまった「三」番目の小説である『伯爵夫人』が、「二」番目の『オペラ・オペラシオネル』から「二」十「二」年ぶりだなどと言われると、それを読む者は読み始める前から或る種の身構えを取らされることになる。なぜならば、ここにごく無造作に記された「二」や「三」、或いはそこからごく自然に導き出される「一」或いは「四」といった何の変哲もない数にかかわる、暗合とも数秘学とも、なんなら単に数遊びとでも呼んでしかるべき事どもこそ、小説家蓮實重彦の作品を貫く原理、少なくともそのひとつであったということがにわかに想起され、だとすればこの『伯爵夫人』もまた、その「原理」をほとんどあからさまな仕方で潜在させているのだろうと予感されるからだ。その予感は、すでに『陥没地帯』と『オペラ・オペラシオネル』を読んでしまっている者ならば、実のところ避け難いものとしてあるのだが、こうして『伯爵夫人』を読み終えてしまった者は、いま、読み始める前から或る独特な姿勢に身構えていた自分が、やはり決して間違ってはいなかったことを知っている。二朗が射精するとしたら、三度でなければならない。二朗が不能に陥るとしたら、三日間でなければならないのだ。では、それは一体、どういうことなのか?  どういうことなのかを多少とも詳らかにするためには、まずは小説家蓮實重彦の先行する二作品をあらためて読み直してみる必要がある。数遊びは最初の一手からやってみせなければわかられないし、だいいち面白くない。遊びが遊びである以上、そこに意味などないことは百も承知であれば尚更、ともかくも一から順番に数え上げていかなくてはならない。そう、先回りして断わっておくが、ここで云われる「原理」とは、まるっきり無意味なものであるばかりか、おそらく正しくさえない。だが、意味もなければ正しくもない「原理」を敢然と擁護し、意味とも正しさとも無縁のその価値と存在理由を繰り返し強力に証明してきた者こそ、他ならぬ蓮實重彦そのひとではなかったか?
二、
 小説家蓮實重彦の第一作『陥没地帯』は、あくまでもそのつもりで読んでみるならば、ということでしかないが、戦後フランスの新しい作家たち、誰よりもまずはクロード・シモンと、だいぶ薄まりはするがアラン・ロブ=グリエ、部分的にはモーリス・ブランショやルイ=ルネ・デ・フォレ、そしてジャン=ポール・サルトルの微かな影さえ感じられなくもない、つまりはいかにも仏文学者であり文芸批評家でもある人物が書きそうな小説だと言っていいかもしれない。日本語の小説であれば、これはもう疑いもなく、その五年ほど前に出版されていた金井美恵子の『岸辺のない海』へ/からの反響を聴き取るべきだろう。西風の吹きすさぶ砂丘地帯から程近い、こじんまりとした、さほど人気のない観光地でもあるのだろう土地を舞台に、ロマンの破片、ドラマの残骸、事件の痕跡のようなものたちが、ゆっくりと旋回しながらどことも知れぬ場所へと落ちてゆくのを眺めているような、そんな小説。ともあれ、冒頭の一文はこうだ。
 遠目には雑草さながらの群生植物の茂みが、いくつも折りかさなるようにしていっせいに茎を傾け、この痩せこけた砂地の斜面にしがみついて、吹きつのる西風を避けている。
 誰とも知れぬ語り手は、まずはじめにふと視界に現れた「群生植物」について、「その種類を識別することは何ともむつかしい」のみならず、「この土地の人びとがそれをどんな名前で呼んでいるのかは皆目見当もつかないだろう」と宣言する。結局、この「群生植物」は最後まで名前を明かされないのだが、そればかりか、物語の舞台となる土地も具体的な名称で呼ばれることはなく、登場人物たちも皆が皆、およそ名前というものを欠いている。この徹底した命名の拒否は、そのことによって否応無しに物語の抽象性を際立たせることになるだろう。  もっとも語り手は、すぐさま次のように述べる。
 何か人に知られたくない企みでもあって、それを隠そうとするかのように肝心な名前を記憶から遠ざけ、その意図的な空白のまわりに物語を築こうとでもいうのだろうか。しかし、物語はとうの昔に始まっているのだし、事件もまた事件で特定の一日を選んで不意撃ちをくらわせにやってきたのではないのだから、いかにも退屈そうに日々くり返されているこの砂丘でのできごとを語るのに、比喩だの象徴だのはあまりに饒舌な贅沢品というべきだろう。いま必要とされているのは、誰もが知っているごくありふれた草木の名前でもさりげなく口にしておくことに尽きている。
 だから実のところ命名は誰にでも許されているのだし、そこで口にされる名はありきたりのもので構わない。実際、わざわざ記すまでもないほどにありふれた名前を、ひとびとは日々、何のこだわりもなくごく普通に発話しているに違いない。そしてそれは特に「群生植物」に限らない話であるのだが、しかし実際には「誰もが知っているごくありふれた」名前さえ一度として記されることはない。凡庸な名前の、凡庸であるがゆえの禁止。ところが、ここで起きている事態はそれだけではない。かなり後の頁には、そこでは弟と呼ばれている誰かの「ここからでは雑草とちっともかわらない群生植物にも、ちゃんと名前があったんだ。土地の人たちがみんなそう呼んでいたごくありきたりな名前があった。でもそれがどうしても思い出せない」という台詞が記されており、もっと後、最後の場面に至ると、弟の前で幾度となくその名前を口にしていた筈の姉と呼ばれる誰かもまた、その「群生植物」の名を自分は忘れてしまったと告白するのだ。つまりここでは、名づけることのたやすさとその恣意性、それゆえのナンセンスとともに、たとえナンセンスだったとしても、かつて何ものかによって命名され、自分自身も確かに知っていた/覚えていた名前が理由もなく記憶から抜け落ちてゆくことのおそろしさとかなしみが同時に語られている。ありとあらゆる「名」の風化と、その忘却。覚えているまでもない名前を永久に思い出せなくなること。そんな二重の無名状態に宙吊りにされたまま、この物語は一切の固有名詞を欠落させたまま展開、いや旋回してゆく。そしてこのことにはまた別種の機能もあると思われるのだが、いま少し迂回しよう。  右の引用中の「物語はとうの昔に始まっているのだし、事件もまた事件で特定の一日を選んで不意撃ちをくらわせにやってきたのではないのだから」という如何にも印象的なフレーズは、語句や語順を微妙に違えながら、この小説のなかで何度となく繰り返されてゆく。これに限らず、幾つかの文章や描写や叙述が反復的に登場することによって、この小説は音楽的ともいうべき緩やかなリズムを獲得しているのだが、それはもう一方で、反復/繰り返しという運動が不可避的に孕み持つ単調さへと繋がり、無為、退屈、倦怠といった感覚を読む者に喚び起こしもするだろう。ともあれ、たとえば今日という一日に、ここで起こることのすべては、どうやら「昨日のそれの反復だし、明日もまた同じように繰り返されるものだろう。だから、始まりといっても、それはあくまでとりあえずのものにすぎない」という達観とも諦念とも呼べるだろう空気が、そもそもの始まりから『陥没地帯』の世界を覆っている。  とはいえ、それは単純な繰り返しとはやはり異なっている。精確な反復とは違い、微細な差異が導入されているからではなく、今日が昨日の反復であり、明日が今日の反復であるという前後関係が、ここでは明らかに混乱を来しているからだ。この小説においては、物語られるほとんどの事件、多くの出来事が、時間的な順序も因果律も曖昧なまましどけなく錯綜し、あたかも何匹ものウロボロスの蛇が互いの尻尾を丸呑みしようとしているかのような、どうにも不気味な、だが優雅にも見える有様を呈してゆく。どちらが先にあってどちらがその反復なのかも確定し難い、起点も終点も穿つことの出来ない、方向性を欠いた反復。あたかもこの小説のありとある反復は「とうの昔に始まって」おり、そして/しかし、いつの間にか「とうの昔」に回帰してでもいくかのようなのだ。反復と循環、しかも両者は歪に、だがどこか整然と絡み合っている。しかも、それでいてこの小説のなかで幾度か、まさに不意撃ちのように書きつけられる「いま」の二語が示しているように、昨日、今日、明日ではなく、今日、今日、今日、いま、いま、いま、とでも言いたげな、現在形の強調が反復=循環と共存してもいる。それはまるで、毎日毎日朝から晩まで同じ演目を倦むことなく繰り返してきたテーマパークが、そのプログラムをいつのまにか失調させていき、遂にはタイマーも自壊させて、いま起きていることがいつ起こるべきことだったのかわからなくなり、かつて起こったことと、これから起こるだろうことの区別もつかなくなって、いまとなってはただ、いまがまだかろうじていまであること、いまだけはいつまでもいまであり続けるだろうことだけを頼りに、ただやみくもに、まだなんとか覚えていると自分では思っている、名も無きものたちによるひと続きの出し物を、不完全かつ不安定に延々と繰り返し上演し続けているかのようなのだ。  二重の、徹底された無名状態と、壊れた/壊れてゆく反復=循環性。『陥没地帯』の舞台となる世界ーーいや、むしろ端的に陥没地帯と呼ぶべきだろうーーは、このふたつの特性に支えられている。陥没地帯の物語を何らかの仕方で丸ごと形式的に整理しようとする者は、あらかじめこの二種の特性によって先回りされ行く手を塞がれるしかない。「名」の廃棄が形式化の作業を露骨な姿態で誘引しており、その先では程よくこんがらがった毛糸玉が、ほら解いてみなさいちゃんと解けるように編んであるからとでも言いたげに薄笑いを浮かべて待ち受けているだけのことだ。そんな見え見えの罠に敢えて嵌まってみせるのも一興かもしれないが、とりあえず物語=世界の構造そのものを相手取ろうとする無邪気にマクロな視点はいったん脇に置き、もっと単純素朴なる細部へと目を向けてみると、そこではこれまた見え見えの様子ではあるものの、相似という要素に目が留まることになるだろう。  たとえば「向かい合った二つの食堂兼ホテルは、外観も、内部の装飾も、料理のメニューも驚くほど似かよって」いる。しかし「ためらうことなくその一つを選んで扉を押しさえすれば、そこで約束の相手と間違いなく落ち合うことができる。目には見えない識別票のようなものが、散歩者たちをあらかじめ二つのグループに分断しており、その二つは決して融合することがない」。つまり「驚くほど似かよって」いるのにもかかわらず、二軒はひとびとの間に必ずしも混同を惹き起こしてはいないということだ。しかし似かよっているのは二つの食堂兼ホテルだけではない。他にも「まったく同じ様式に従って設計されている」せいで「どちらが市役所なのか駅なのはすぐにはわからない」だの、やはり「同じ時期に同じ建築様式に従って設計された」ので「旅行者の誰もが郵便局と取り違えて切手を買いに行ったりする学校」だのといった相似の表象が、これみよがしに登場する。建物だけではない。たとえば物語において謎めいた(この物語に謎めいていない者などただのひとりも存在していないが)役割を演じることになる「大伯父」と「その義理の弟」と呼ばれる「二人の老人」も、しつこいほどに「そっくり」「生き写し」「見分けがつかない」などと書かれる。  ところが、この二人にかんしては、やがて次のようにも語られる。
 あの二人が同一人物と見まがうほどに似かよっているのは、永年同じ職場で同じ仕事をしてきたことからくる擬態によってではなく、ただ、話の筋がいきなり思わぬ方向に展開されてしまったとき、いつでも身がわりを演じうるようにと、日頃からその下準備をしておくためなのです。だから、それはまったく装われた類似にすぎず、そのことさえ心得ておけば、いささかも驚くべきことがらではありません。
 先の建築物にしたって、後になると「二軒並んだ食堂兼ホテルは、いま、人を惑わすほどには似かよってはおらず、さりとてまったくきわだった違いを示しているわけでもない」だとか「学校とも郵便局とも判別しがたく、ことによったらそのどちらでもないかもしれぬたてもの」などといった書かれぶりなのだから、ここでの相似とは要するに、なんともあやふやなものでしかない。にしても、二つのものが似かよっている、という描写が、この物語のあちこちにちりばめられていることは事実であり、ならばそこにはどんな機能が託されているのかと問うてみたくなるのも無理からぬことだと思われる。  が、ここで読む者ははたと思い至る。相似する二つのものという要素は、どうしたって「似ていること」をめぐる思考へとこちらを誘っていこうとするのだが、それ自体がまたもや罠なのではないか。そうではなくて、ここで重要なのは、むしろただ単に「二」という数字なのではあるまいか。だってこれらの相似は難なく区別されているのだし、相似の度合いも可変的であったり、そうでなくても結局のところ「装われた類似にすぎず、そのことさえ心得ておけば、いささかも驚くべきことがらでは」ないというのだから。騙されてはならない。問題とすべきなのは相似の表象に伴って書きつけられる「二」という数の方なのだ。そう思って頁に目を向け直してみると、そこには確かに「二」という文字が意味ありげに幾つも転がっている。「二」つ並んだ食堂兼ホテルには「二」階があるしーーしかもこの「二階」は物語の重要な「事件の現場」となるーー、市役所前から砂丘地帯までを走る路面電車は「二」輛連結であり、一時間に「二」本しかない。とりわけ路面電車にかかわる二つの「二」は、ほぼ省略されることなく常にしつこく記されており、そこには奇妙な執着のようなものさえ感じられる。陥没地帯は、どうしてかはともかく、ひたすら「二」を召喚したいがゆえに、ただそれだけのために、相似という意匠を身に纏ってみせているのではないか。  「二」であることには複数の様態がある(「複数」というのは二つ以上ということだ)。まず、順序の「二」。二番目の二、一の次で三の前であるところの「二」がある。次に、反復の「二」。二度目の二、ある出来事が(あるいはほとんど同じ出来事が)もう一度繰り返される、という「二」がある。そして、ペアの「二」。二対の二、対立的(敵味方/ライバル)か相補的(バディ)か、その両方かはともかく、二つで一組を成す、という「二」がある。それからダブルの「二」、二重の二があるが、これ自体が二つに分かれる。一つの存在が内包/表出する二、二面性とか二重人格とかドッペルゲンガーの「二」と、二つの存在が一つであるかに誤認/錯覚される二、双児や他人の空似や成り澄ましなどといった、つまり相似の「二」。オーダー、リピート、ペア、ダブル、これらの「二」どもが、この小説にはあまねくふんだんに取り込まれている。オーダーとリピートが分かち難く絡み合って一緒くたになってしまっているさまこそ、前に見た「反復=循環性」ということだった。それは「一」と「二」の区別がつかなくなること、すなわち「一」が「二」でもあり「二」が「一」でもあり得るという事態だ。しかしそれだって、まず「二」度目とされる何ごとかが召喚されたからこそ起こり得る現象だと言える。  また、この物語には「大伯父とその義理の弟」以外にも幾組ものペアやダブルが、これまたこれみよがしに配されている。あの「二人の老人」は二人一役のために互いを似せていたというのだが、他にも「船長」や「女将」や「姉」や「弟」、或いは「男」や「女」といった普通名詞で呼ばれる登場人物たちが、その時々の「いま」において複雑極まる一人二役/二人一役を演じさせられている。この人物とあの人物が、実は時を隔てた同一人物なのではないか、いやそうではなく両者はやはりまったくの別の存在なのか、つまり真に存在しているのは「一」なのか「二」なのか、という設問が、決して真実を確定され得ないまま、切りもなく無数に生じてくるように書かれてあり、しかしそれもやはりまず「二」つのものが召喚されたからこそ起こり得た現象であり、もちろんこのこと自体が「反復=循環性」によって強化されてもいるわけだ。  こう考えてみると、もうひとつの特性である「無名状態」にも、抽象化とはまた別の実践的な理由があるのではないかと思えてくる。ひどく似ているとされる二者は、しかしそれぞれ別個の名前が���えられていれば、当然のことながら区別がついてしまい、相似の「二」が成立しなくなってしまうからだ。だから「二軒並んだ食堂兼ホテル」が名前で呼ばれることはあってはならないし、「女将」や「船長」の名が明かされてはならない。無名もまた「二」のために要請されているのだ。  陥没地帯は夥しい「二」という数によって統べられていると言っても過言ではない。それは文章=文字の表面に穿たれた数字=記号としての「二」から、物語内に盛んに導入された二番二度二対二重などのさまざまな「二」性にまで及んでいる。二、二、二、この小説に顕在/潜在する「二」を数え上げていったらほとんど果てしがないほどだ。とすれば、すぐに浮かぶ疑問は当然、それはどういうことなのか、ということになるだろう。なぜ「二」なのか。どうしてこの小説は、こうもひたぶるに「二」であろうとしているのか。  ここでひとつの仮説を提出しよう。なぜ陥没地帯は「二」を欲望するのか。その答えは『陥没地帯』が小説家蓮實重彦の一作目であるからだ。自らが「一」であることを嫌悪、いや憎悪し、どうにかして「一」に抗い「一」であることから逃れようとするためにこそ、この小説は無数の「二」を身に纏おうと、「二」を擬態しようと、つまり「二」になろうとしているのだ。  すぐさまこう問われるに違いない。それでは答えになっていない。どうして「一」から逃れなくてはならないのか。「一」が「一」を憎悪する理由は何だというのか。その理由の説明が求められているのだ。そんなことはわたしにはわからない。ただ、それは『陥没地帯』が「一」番目の小説だから、としか言いようがない。生まれつき、ただ理由もなく運命的に「一」であるしかない自らの存在のありようがあまりにも堪え難いがゆえに、陥没地帯は「二」を志向しているのだ。そうとしか言えない。  しかしそれは逆にいえば、どれだけ策を尽くして「二」を擬態したとしても、所詮は「一」は「一」でしかあり得ない、ということでもある。「二」になろう「二」であろうと手を替え品を替えて必死で演技する、そしてそんな演技にさえ敢えなく失敗する「一」の物語、それが『陥没地帯』なのだ。そしてこのことも、この小説自体に書いてある。
 つまり、錯綜したパズルを思わせる線路をひもに譬えれば、その両端を指ではさんでぴーんと引っぱってみる。すると、贋の結ぼれがするするとほぐれ、一本の線に還元されてしまう。鋭角も鈍角も、それから曲線も弧も螺旋形も、そっくり素直な直線になってしまうのです。だから、橋なんていっちゃあいけない。それは人目をあざむく手品の種にすぎません。
 そう、複雑に縒り合わされた結ぼれは、だが結局のところ贋ものでしかなく、ほんとうはただの「一本の線」に過ぎない。ここで「二」に見えているすべての正体は「一」でしかない。あの「向かい合った二つの食堂兼ホテル」が「驚くほど似かよって」いるのに「ためらうことなくその一つを選んで扉を押しさえすれば」決して間違えることがなかったのは、実はどちらを選んでも同じことだったからに他ならない。このこともまた繰り返しこの物語では描かれる。河を挟んだ片方の側からもう片側に行くためには、どうしても小さな架橋を使わなくてはならない筈なのに、橋を渡った覚えなどないのに、いつのまにか河の向こう側に抜けていることがある。そもそもこの河自体、いつも褐色に淀んでいて、水面を見るだけではどちらからどちらに向かって流れているのか、どちらが上流でどちらが下流なのかさえ判然としないのだが、そんなまたもやあからさまな方向感覚の惑乱ぶりに対して、ではどうすればいいのかといえば、ただ迷うことなど一切考えずに歩いていけばいいだけのことだ。「彼が執拗に強調しているのは、橋の必然性を信頼してはならぬということである」。二つの領域を繋ぐ橋など要らない、そんなものはないと思い込みさえすればもう橋はない。二つのものがあると思うからどちらかを選ばなくてはならなくなる。一番目と二番目、一度目と二度目、一つともう一つをちゃんと別にしなくてはならなくなる。そんな面倒は金輪際やめて、ここにはたった一つのものしかないと思えばいいのだ。実際そうなのだから。  それがいつであり、そこがどこであり、そして誰と誰の話なのかも最早述べることは出来ないが、物語の後半に、こんな場面がある。
 よろしゅうございますね、むこう側の部屋でございますよ。(略)女は、そうささやくように念をおす。こちら側ではなく、むこう側の部屋。だが、向かい合った二つの扉のいったいどちらの把手に手をかければよいのか。事態はしかし、すべてを心得たといった按配で、躊躇も逡巡もなく円滑に展開されねばならない。それには、風に追われる砂の流れの要領でさからわずに大気に身をゆだねること。むこう側の扉の奥で待ちうけている女と向かいあうにあたって必要とされるのも、そんなこだわりのない姿勢だろう。
 躊躇も逡巡もすることはない。なぜなら「こちら側」と「むこう側」という「二つの扉」自体が下手な偽装工作でしかなく、そこにはもともと「一」つの空間しかありはしないのだから。そしてそれは、はじめから誰もが知っていたことだ。だってこれは正真正銘の「一」番目なのだから。こうして「一」であり「一」であるしかない『陥没地帯』の、「一」からの逃亡としての「二」への変身、「二」への離脱の試みは失敗に終わる。いや、むしろ失敗することがわかっていたからこそ、どうにかして「一」は「二」のふりをしようとしたのだ。不可能と知りつつ「一」に全力で抗おうとした自らの闘いを、せめても読む者の記憶へと刻みつけるために。
三、
 小説家蓮實重彦の第二作『オペラ・オペラシオネル』は、直截的にはジャン=リュック・ゴダールの『新ドイツ零年』及び、その前日譚である『アルファヴィル』との関連性を指摘できるだろう。小説が発表されたのは一九九四年の春だが、『新ドイツ零年』は一九九一年秋のヴェネツィア国際映画祭に出品後、一九九三年末に日本公開されている。同じくゴダール監督による一九六五年発表の『アルファヴィル』は、六〇年代にフランスでシリーズ化されて人気を博した「レミー・コーションもの」で主役を演じた俳優エディ・コンスタンティーヌを役柄ごと「引用」した一種のパスティーシュだが、独裁国家の恐怖と愛と自由の価値を謳った軽快でロマンチックなSF映画でもある。『新ドイツ零年』は、レミー・コーション=エディ・コンスタンチーヌを四半世紀ぶりに主演として迎えた続編であり、ベルリンの壁崩壊の翌年にあたる一九九〇年に、老いたる往年の大物スパイがドイツを孤独に彷徨する。  『オペラ・オペラシオネル』の名もなき主人公もまた、レミー・コーションと同じく、若かりし頃は派手な活躍ぶりでその筋では国際的に名を成したものの、ずいぶんと年を取った最近では知力にも体力にも精神力にもかつてのような自信がなくなり、そろそろほんとうに、思えばやや遅過ぎたのかもしれない引退の時期がやってきたのだと自ら考えつつある秘密諜報員であり、そんな彼は現在、長年勤めた組織へのおそらくは最後の奉公として引き受けた任務に赴こうとしている。「とはいえ、この年まで、非合法的な権力の奪取による対外政策の変化といった計算外の事件に出会っても意気沮喪することなく組織につくし、新政権の転覆を目論む不穏な動きをいたるところで阻止しながらそのつど難局を切り抜け、これといった致命的な失敗も犯さずにやってこられたのだし、分相応の役割を担って組織にもそれなりに貢献してきたのだという自負の念も捨てきれずにいるのだから、いまは、最後のものとなるかもしれないこの任務をぬかりなくやりとげることに専念すべきなのだろう」。つまりこれはスパイ小説であり、アクション小説でさえある。  前章で提示しておいた無根拠な仮説を思い出そう。『陥没地帯』は「一」作目であるがゆえに「一」から逃れようとして「二」を志向していた。これを踏まえるならば、「二」作目に当たる『オペラ・オペラシオネル』は、まずは「二」から逃走するべく「三」を擬態することになる筈だが、実際、この小説は「三」章立てであり、作中に登場するオペラ「オペラ・オペラシオネル」も「三」幕構成であり、しかも「三」時間の上演時間を要するのだという。これらだけではない。第一章で主人公は、豪雨が齎した交通機関の麻痺によって他の旅客ともども旅行会社が用意した巨大なホールで足止めを食っているのだが、どういうわけかこの空間に定期的にやってきている謎の横揺れを訝しみつつ、ふと気づくと、「いま、くたびれはてた鼓膜の奥にまぎれこんでくるのは、さっきから何やら低くつぶやいている聞きとりにくい女の声ばかりである」。
 いまここにはいない誰かをしきりになじっているようにも聞こえるそのつぶやきには、どうやら操縦と聞きとれそうな単語がしばしばくりかえされており、それとほぼ同じぐらいの頻度で、やれ回避だのやれ抹殺だのといった音のつらなりとして聞きわけられる単語もまぎれこんでいる。だが、誰が何を操縦し、どんな事態を回避し、いかなる人物を抹殺するのかということまでははっきりしないので、かろうじて識別できたと思えるたった三つの単語から、聞きとりにくい声がおさまるはずの構文はいうまでもなく、そのおよその文意を推測することなどとてもできはしない。
 むろんここで重要なのは、間違っても「誰が何を操縦し、どんな事態を回避し、いかなる人物を抹殺するのか」ということではない。この意味ありげな描写にごくさりげなく埋め込まれた「たった三つの単語」の「三」という数である。まだある。主人公が実際に任務を果たすのは「ここから鉄道でたっぷり三時間はかかる地方都市」だし、このあと先ほどの女の突然の接触ーー「かたわらの椅子に身を埋めていた女の腕が生きもののようなしなやかさで左の肘にからみつき、しっかりとかかえこむように組みあわされてしまう」ーーが呼び水となって主人公は「最後の戦争が起こったばかりだったから、こんな仕事に誘いこまれるより遥か以前」に「この国の転覆を目論む敵側の間諜がわがもの顔で闊歩しているという繁華街の地下鉄のホームでこれに似た体験をしていたこと」をふと思い出すのだが、そのときちょうどいまのようにいきなり腕をからませてきた女と同じ地下鉄のホームで再会したのは「それから三日後」のことなのだ。  「三」への擬態以前に、この小説の「二」に対する嫌悪、憎悪は、第三章で登場する女スパイが、いままさにオペラ「オペラ・オペラシオネル」を上演中の市立劇場の客席で、隣に座った主人公に「あなたを抹殺する目的で開幕直前に桟敷に滑りこもうとしていた女をぬかりなく始末しておいた」と告げたあとに続く台詞にも、さりげなく示されている。
 もちろん、と女は言葉をつぎ、刺客をひとり始末したからといって、いま、この劇場の客席には、三人目、四人目、ことによったら五人目となるかもしれない刺客たちが、この地方都市の正装した聴衆にまぎれて、首都に帰らせてはならないあなたの動向をじっとうかがっている。
 なぜ、女は「二人目」を省いたのか。どうしてか彼女は「二」と言いたくない、いや、「二」と言えないのだ。何らかの不思議な力が彼女から「二」という数の発話を無意味に奪っている。実際『陥没地帯』にはあれほど頻出していた「二」が、一見したところ『オペラ・オペラシオネル』では目に見えて減っている。代わりに振り撒かれているのは「三」だ。三、三、三。  だが、これも前作と同様に、ここでの「二」への抵抗と「三」への擬態は、そもそもの逃れ難い本性であるところの「二」によってすぐさま逆襲されることになる。たとえばそれは、やはり『陥没地帯』に引き続いて披露される、相似をめぐる認識において示される。どうやら記憶のあちこちがショートしかかっているらしい主人公は、第一章の巨大ホールで突然左肘に腕を絡ませてきた女が「それが誰なのかにわかには思い出せない旧知の女性に似ているような気もする」と思ってしまうのだがーー同様の叙述はこの先何度も繰り返されるーー、しかしそのとき彼は「経験豊かな仲間たち」からよく聞かされていた言葉をふと思い出す。
 もちろん、それがどれほどとらえがたいものであれ類似の印象を与えるというかぎりにおいて、二人が同一人物であろうはずもない。似ていることは異なる存在であることの証左にほかならぬという原則を見失わずにおき、みだりな混同に陥ることだけは避けねばならない。
 この「似ていることは異なる存在であることの証左にほかならぬという原則」は、もちろん『陥没地帯』の数々の相似にかんして暗に言われていたことであり、それは「一」に思えるが実は「二」、つまり「一ではなく二」ということだった。しかし、いまここで離反すべき対象は「二」なのだから、前作では「一」からの逃走の方策として導入されていた相似という装置は、こちらの世界では「二」から発される悪しき強力な磁場へと反転してしまうのだ。なるほどこの小説には、前作『陥没地帯』よりも更にあっけらかんとした、そう、まるでやたらと謎めかした、であるがゆえに適当な筋立てのご都合主義的なスパイ映画のような仕方で、相似の表象が次々と登場してくる。女という女は「旧知の女性に似ているような」気がするし、巨大ホールの女の亡くなったパイロットの夫は、第二章で主人公が泊まるホテルの部屋にノックの音とともに忍び込んでくる女、やはり亡くなっている夫は、売れない音楽家だったという自称娼婦の忌まわしくもエロチックな回想の中に奇妙に曖昧なすがたで再登場するし、その音楽家が妻に書き送ってくる手紙には、第一章の主人公の境遇に酷似する体験が綴られている。数え出したら枚挙にいとまのないこうした相似の仄めかしと手がかりは、本来はまったく異なる存在である筈の誰かと誰かを無理繰り繋いであたかもペア=ダブルであるかのように見せかけるためのブリッジ、橋の機能を有している。どれだけ「三」という数字をあたり一面に撒布しようとも、思いつくまま幾らでも橋を架けられる「二」の繁茂には到底対抗出来そうにない。  では、どうすればいいのか。「二」から逃れるために「三」が有効ではないのなら、いっそ「一」へと戻ってしまえばいい。ともかく「二」でありさえしなければいいのだし、ベクトルが一方向でなくともよいことはすでに確認済みなのだから。  というわけで、第三章の女スパイは、こんなことを言う。
 ただ、誤解のないようにいいそえておくが、これから舞台で演じられようとしている物語を、ことによったらあなたや私の身に起こっていたのかもしれないできごとをそっくり再現したものだなどと勘違いしてはならない。この市立劇場であなたが立ち会おうとしているのは、上演を目的として書かれた粗筋を旧知の顔触れがいかにもそれらしくなぞってみせたりするものではないし、それぞれの登場人物にしても、見るものの解釈しだいでどんな輪郭にもおさまりかねぬといった融通無碍なものでもなく、いま、この瞬間に鮮やかな現実となろうとしている生のできごとにほかならない。もはや、くりかえしもおきかえもきかない一回かぎりのものなのだから、これはよくあることだと高を括ったりしていると、彼らにとってよくある些細なできごとのひとつとして、あなたの世代の同僚の多くが人知れず消されていったように、あなた自身もあっさり抹殺されてしまうだろう。
 そもそも三章立ての小説『オペラ・オペラシオネル』が、作中にたびたびその題名が記され、第三章で遂に上演されることになる三幕もののオペラ「オペラ・オペラシオネル」と一種のダブルの関係に置かれているらしいことは、誰の目にも歴然としている。しかしここでいみじくも女スパイが言っているのは、如何なる意味でもここに「二」を読み取ってはならない、これは「一」なのだ、ということだ。たとえ巧妙に「二」のふりをしているように見えたとしても、これは確かに「くりかえしもおきかえもきかない一回かぎりのもの」なのだと彼女は無根拠に断言する。それはつまり「二ではなく一」ということだ。そんなにも「二」を増殖させようとするのなら、その化けの皮を剥がして、それらの実体がことごとく「一」でしかないという事実を露わにしてやろうではないか(言うまでもなく、これは『陥没地帯』で起こっていたことだ)。いや、たとえほんとうはやはりそうではなかったのだとしても、ともかくも「二ではなく一」と信じることが何よりも重要なのだ。  「二」を「一」に変容せしめようとする力動は、また別のかたちでも確認することが出来る。この物語において主人公は何度か、それぞれ別の、だが互いに似かよってもいるのだろう女たちと「ベッドがひとつしかない部屋」で対峙する、もしくはそこへと誘われる。最後の場面で女スパイも言う。私たちが「ベッドがひとつしかない部屋で向かい合ったりすればどんなことになるか、あなたには十分すぎるほどわかっているはずだ」。「二」人の男女と「一」つのベッド。だが主人公は、一つきりのベッドをそのような用途に使うことは一度としてない。そしてそれは何度か話題にされる如何にも女性の扱いに長けたヴェテランの間諜らしい(らしからぬ?)禁欲というよりも、まるで「一」に対する斥力でも働いているかのようだ。  こうして『オペラ・オペラシオネル』は後半、あたかも「一」と「二」の闘争の様相を帯びることになる。第三章の先ほどの続きの場面で、女スパイは主人公に「私たちふたりは驚くほど似ているといってよい」と言ってから、こう続ける。「しかし、類似とは、よく似たもの同士が決定的に異なる存在だという事実の否定しがたい証言としてしか意味をもたないものなのだ」。これだけならば「一ではなく二」でしかない。だがまだその先がある。「しかも、決定的に異なるものたちが、たがいの類似に脅えながらもこうして身近に相手の存在を確かめあっているという状況そのものが、これまでに起こったどんなできごととも違っているのである」。こうして「二」は再び「一」へと逆流する。まるで自らに念を押すように彼女は言う。いま起こっていることは「かつて一度としてありはしなかった」のだと。このあとの一文は、この小説の複雑な闘いの構図を、複雑なまま見事に表している。
 だから、あたりに刻まれている時間は、そのふたりがともに死ぬことを選ぶか、ともに生きることを選ぶしかない一瞬へと向けてまっしぐらに流れ始めているのだと女が言うとき、そらんじるほど熟読していたはずの楽譜の中に、たしかにそんな台詞が書き込まれていたはずだと思いあたりはするのだが、疲労のあまりものごとへの執着が薄れ始めている頭脳は、それが何幕のことだったのかと思い出そうとする気力をすっかり失っている。
 かくのごとく「二」は手強い。当たり前だ。これはもともと「二」なのだから。しかしそれでも、彼女は繰り返す。「どこかしら似たところのある私たちふたりの出会いは、この別れが成就して以後、二度とくりかえされてはならない。そうすることがあなたと私とに許された誇らしい権利なのであり、それが無視されてこの筋書きにわずかな狂いでもまぎれこめば、とても脱出に成功することなどありはしまい」。『オペラ・オペラシオネル』のクライマックス場面における、この「一」対「二」の激しい争いは、読む者を興奮させる。「実際、あなたと私とがともに亡命の権利を認められ、頻繁に発着するジェット機の騒音などには耳もかさずに、空港の別のゲートをめざしてふりかえりもせずに遠ざかってゆくとき、ふたり一組で行動するという権利が初めて確立することになり、それにはおきかえもくりかえしもききはしないだろう」。「二」人組による、置換も反復も欠いた、ただ「一」度きりの逃避行。ここには明らかに、あの『アルファヴィル』のラストシーンが重ね合わされている。レミー・コーションはアンナ・カリーナが演じるナターシャ・フォン・ブラウンを連れて、遂に発狂した都市アルファヴィルを脱出する。彼らは「二人」になり、そのことによってこれから幸福になるのだ。『ドイツ零年』の終わり近くで、老いたるレミー・コーションの声が言う。「国家の夢は1つであること。個人の夢は2人でいること」。それはつまり「ふたり一組で行動するという権利」のことだ。  かくのごとく「二」は手強い。当たり前だ。これはもともと「二」なのだから。しかも、もはや夢幻なのか現実なのかも判然としない最後の最後で、主人公と女スパイが乗り込むのは「これまでハンドルさえ握ったためしのないサイドカー」だというのだから(これが「ベッドがひとつしかない部屋」と対になっていることは疑いない)、結局のところ「二」は、やはり勝利してしまったのではあるまいか。「二」が「二」であり「二」であるしかないという残酷な運命に対して、結局のところ「三」も「一」も歯が立たなかったのではないのか。小説家蓮實重彦の一作目『陥没地帯』が「一の物語」であったように、小説家蓮實重彦の第二作は「二の物語」としての自らをまっとうする。そして考えてみれば、いや考えてみるまでもなく、このことは最初からわかりきっていたことだ。だってこの小説の題名は『オペラ・オペラシオネル』、そこには「オペラ」という単語が続けざまに「二」度、あからさまに書き込まれているのだから。
四、
 さて、遂にようやく「一、」の末尾に戻ってきた。では、小説家蓮實重彦の第三作『伯爵夫人』はどうなのか。この小説は「三」なのだから、仮説に従えば「四」もしくは「二」を志向せねばならない。もちろん、ここで誰もが第一に思い当たるのは、主人公の名前である「二朗」だろう。たびたび話題に上るように、二朗には亡くなった兄がいる。すなわち彼は二男である。おそらくだから「二」朗と名づけられているのだが、しかし死んだ兄が「一朗」という名前だったという記述はどこにもない、というか一朗はまた別に居る。だがそれはもっと後の話だ。ともあれ生まれついての「二」である二朗は、この小説の「三」としての運命から、あらかじめ逃れ出ようとしているかに見える。そう思ってみると、彼の親しい友人である濱尾も「二」男のようだし、従妹の蓬子も「二」女なのだ。まるで二朗は自らの周りに「二」の結界を張って「三」の侵入を防ごうとしているようにも思えてくる。  だが、当然の成り行きとして「三」は容赦なく襲いかかる。何より第一に、この作品の題名そのものであり、二朗にははっきりとした関係や事情もよくわからぬまま同じ屋敷に寝起きしている、小説の最初から最後まで名前で呼ばれることのない伯爵夫人の、その呼称の所以である、とうに亡くなっているという、しかしそもそも実在したかどうかも定かではない「伯爵」が、爵位の第三位ーー侯爵の下で子爵の上ーーであるという事実が、彼女がどうやら「三」の化身であるらしいことを予感させる。『オペラ・オペラシオネル』の「二」と同じく、『伯爵夫人』も題名に「三」をあらかじめ埋め込まれているわけだ。確かに「三」はこの小説のあちこちにさりげなく記されている。たとえば濱尾は、伯爵夫人の怪しげな素性にかかわる噂話として「れっきとした伯爵とその奥方を少なくとも三組は見かけた例のお茶会」でのエピソードを語る。また、やはり濱尾が二朗と蓬子に自慢げにしてみせる「昨日まで友軍だと気を許していた勇猛果敢な騎馬の連中がふと姿を消したかと思うと、三日後には凶暴な馬賊の群れとなって奇声を上げてわが装甲車舞台に襲いかかり、機関銃を乱射しながら何頭もの馬につないだ太い綱でこれを三つか四つひっくり返したかと思うと、あとには味方の特殊工作員の死骸が三つも転がっていた」という「どこかで聞いた話」もーー「四」も入っているとはいえーーごく短い記述の間に「三」が何食わぬ顔で幾つも紛れ込んでいる。  しかし、何と言っても決定的に重要なのは、すでに触れておいた、二朗と伯爵夫人が最初の、贋の抱擁に至る場面だ。謎の「ふたり組の男」に「二朗さんがこんな女といるところをあの連中に見られたくないから、黙っていう通りにして下さい」と言って伯爵夫人が舞台に選ぶのは「あの三つ目の街路樹の瓦斯燈の灯りも届かぬ影になった幹」なのだが、演出の指示の最後に、彼女はこう付け加える。
 連中が遠ざかっても、油断してからだを離してはならない。誰かが必ずあの二人の跡をつけてきますから、その三人目が通りすぎ、草履の先であなたの足首をとんとんとたたくまで抱擁をやめてはなりません、よござんすね。
 そう、贋の抱擁の観客は「二」人ではなかった。「三」人だったのだ。しかし二朗は本番では演技に夢中でーー射精という事故はあったもののーー場面が無事に済んでも「あの連中とは、いったいどの連中だというのか」などと訝るばかり、ことに「三人目」については、その実在さえ確認出来ないまま終わる。つまり追っ手(?)が全部で「三」人居たというのは、あくまでも伯爵夫人の言葉を信じる限りにおいてのことなのだ。  まだある。��度目の射精の後、これも先に述べておいたが伯爵夫人は二朗に自らの性的遍歴を語り出す。自分はあなたの「お祖父さま」ーー二朗の母方の祖父ーーの「めかけばら」だなどと噂されているらしいが、それは根も葉もない言いがかりであって、何を隠そう、お祖父さまこそ「信州の山奥に住む甲斐性もない百姓の娘で、さる理由から母と東京に移り住むことになったわたくし」の処女を奪ったばかりか、のちに「高等娼婦」として活躍出来るだけの性技の訓練を施した張本人なのだと、彼女は告白する。まだ処女喪失から二週間ほどしか経っていないというのに、お祖父さまに「そろそろ使い勝手もよくなったろう」と呼ばれて参上すると、そこには「三」人の男ーーいずれも真っ裸で、見あげるように背の高い黒ん坊、ターバンを捲いた浅黒い肌の中年男、それにずんぐりと腹のでた小柄な初老の東洋人ーーがやってきて、したい放題をされてしまう。とりわけ「三」人目の男による見かけによらない濃厚な変態プレイは、破廉恥な描写には事欠かないこの小説の中でも屈指のポルノ場面と言ってよい。  まだまだある。二朗の「三」度目の射精の前、和製ルイーズ・ブルックスに案内された「更衣室」には、「野獣派風の筆遣いで描かれたあまり感心できない裸婦像が三つ」と「殺風景な三つのシャワーのついた浴場」がある。伯爵夫人が物語る、先の戦時中の、ハルピンにおける「高麗上等兵」のエピソードも「三」に満ちている。軍の都合によって無念の自決を強いられた高麗の上官「森戸少尉」の仇である性豪の「大佐」に、山田風太郎の忍法帖さながらの淫技で立ち向かい、森戸少尉の復讐として大佐の「金玉」を潰すという計画を、のちの伯爵夫人と高麗は練るのだが、それはいつも大佐が「高等娼婦」の彼女を思うさまいたぶるホテルの「三階の部屋」の「三つ先の部屋」でぼやを起こし、大佐の隙を突いて「金玉」を粉砕せしめたらすぐさま火事のどさくさに紛れて現場から立ち去るというものであり、いざ決行直後、彼女は「雑踏を避け、高麗に抱えられて裏道に入り、騎馬の群れに囲まれて停車していた三台のサイドカー」に乗せられて無事に逃亡する。  このように「三」は幾らも数え上げられるのだが、かといって「二」や「四」も皆無というわけではないーー特に「二」は後で述べるように伯爵夫人の一時期と切っても切り離せない関係にあるーーのだから、伯爵夫人が「三」の化身であるという予感を完全に証明し得るものとは言えないかもしれない。では、次の挿話はどうか?  三度目の射精の直後に例の「サボン」を投与されてしまった二朗は、今度は「黒い丸眼鏡をかけた冴えない小男」の先導で、さながら迷宮のようなホテル内を経巡って、伯爵夫人の待つ「お茶室」ーー彼女はあとで、その空間を「どこでもない場所」と呼ぶーーに辿り着く。そこで伯爵夫人はふと「二朗さん、さっきホテルに入ったとき、気がつかれましたか」と問いかける。「何ですか」「百二十度のことですよ」。今しがた和製ルイーズ・ブルックスと自らの「魔羅」の隆隆たる百二十度のそそり立ちについて語り合ったばかりなので、二朗は思わずたじろぐが、伯爵夫人は平然と「わたくしは回転扉の角度のお話をしているの。あそこにいったいいくつ扉があったのか、お気づきになりましたか」と訊ねる。もちろんそれは、小説の始まりに記されていた「傾きかけた西日を受けてばふりばふりとまわっている重そうな回転扉」のことだ。
 四つあるのが普通じゃなかろうかという言葉に、二朗さん、まだまだお若いのね。あそこの回転扉に扉の板は三つしかありません。その違いに気づかないと、とてもホテルをお楽しみになることなどできませんことよと、伯爵夫人は艶然と微笑む。四つの扉があると、客の男女が滑りこむ空間は必然的に九十度と手狭なものとなり、扉もせわしげにぐるぐるとまわるばかり。ところが、北普魯西の依怙地な家具職人が前世紀末に発明したという三つ扉の回転扉の場合は、スーツケースを持った少女が大きな丸い帽子箱をかかえて入っても扉に触れぬだけの余裕があり、一度に一・三倍ほどの空気をとりこむかたちになるので、ぐるぐるではなく、ばふりばふりとのどかなまわり方をしてくれる。
 「もっとも、最近になって、世の殿方の間では、百二十度の回転扉を通った方が、九十度のものをすり抜けるより男性としての機能が高まるといった迷信めいたものがささやかれていますが、愚かとしかいいようがありません。だって、百二十度でそそりたっていようが、九十度で佇立していようが、あんなもの、いったん女がからだの芯で受け入れてしまえば、どれもこれも同じですもの」と,いつの間にか伯爵夫人の語りは、またもや「魔羅」の話題に変わってしまっていて、これも笑うべきところなのかもしれないが、それはいいとして、ここで「四ではなく三」が主張されていることは明白だろう。とすると「ぐるぐるではなく、ばふりばふり」が好ましいとされているのも、「ぐるぐる」も「ばふりばふり」も言葉を「二」つ重ねている点では同じだが、「ぐる」は「二」文字で「ばふり」は「三」文字であるということがおそらくは重要なのだ。  そして更に決定的なのは、伯爵夫人がその後に二朗にする告白だ。あの贋の抱擁における二朗の演技に彼女は憤ってみせたのだが、実はそれは本意ではなかった。「あなたの手は、ことのほか念入りにわたくしのからだに触れておられました。どこで、あんなに繊細にして大胆な技術を習得されたのか、これはこの道の達人だわと思わず感嘆せずにはいられませんでした」と彼女は言う。だが二朗は正真正銘の童貞であって、あの時はただ先ほど観たばかりの「聖林製の活動写真」を真似て演じてみたに過ぎない。だが伯爵夫人はこう続けるのだ。「あのとき、わたくしは、まるで自分が真っ裸にされてしまったような気持ちになり、これではいけないとむなしく攻勢にでてしまった」。そして「そんな気分にさせたのは、これまで二人しかおりません」。すなわち二朗こそ「どうやら三人目らしい」と、伯爵夫人は宣告する。二朗は気づいていないが、この時、彼は「二」から「三」への変容を強いられているのだ。  ところで伯爵夫人には、かつて「蝶々夫人」と呼ばれていた一時代があった。それは他でもない、彼女がやがて「高等娼婦」と称されるに至る売春行為を初めて行ったロンドンでのことだ。「二朗さんだけに「蝶々夫人」の冒険譚を話してさしあげます」と言って彼女が語り出すのは、先の戦争が始まってまもない頃の、キャサリンと呼ばれていた赤毛の女との思い出だ。キャサリンに誘われて、まだ伯爵夫人とも蝶々夫人とも呼ばれてはいなかった若い女は「聖ジェームズ公園近くの小さな隠れ家のようなホテル」に赴く。「お待ちしておりましたというボーイに狭くて薄暗い廊下をぐるぐると回りながら案内されてたどりついた二階のお部屋はびっくりするほど広くて明るく、高いアルコーヴつきのベッドが二つ並んでおかれている」。こうなれば当然のごとく、そこに「目に見えて動作が鈍いふたりの将校をつれたキャサリンが入ってきて、わたくしのことを「蝶々夫人」と紹介する」。阿吽の呼吸で自分に求められていることを了解して彼女が裸になると、キャサリンも服を脱ぎ、そして「二」人の女と「二」人の男のプレイが開始される。彼女はこうして「高等娼婦」への道を歩み始めるのだが、全体の趨勢からすると例外的と言ってよい、この挿話における「二」の集中は、おそらくはなにゆえかキャサリンが彼女を「蝶々夫人」と呼んでみせたことに発している。「蝶」を「二」度。だからむしろこのまま進んでいたら彼女は「二」の化身になっていたかもしれない。だが、そうはならなかった。のちの「伯爵」との出会いによって「蝶々夫人」は「伯爵夫人」に変身してしまったからだ。ともあれ伯爵夫人が事によると「二」でもあり得たという事実は頭に留めておく必要があるだろう。そういえば彼女は幾度か「年増の二流芸者」とも呼ばれるし、得意技である「金玉潰し」もーーなにしろ睾丸は通常「二」つあるのだからーー失われた「二」の時代の片鱗を残しているというべきかもしれない。  「二」から「三」への転位。このことに較べれば、回想のはじめに伯爵夫人が言及する、この小説に何度もさも意味ありげに登場するオランダ製のココアの缶詰、その表面に描かれた絵柄ーー「誰もが知っているように、その尼僧が手にしている盆の上のココア缶にも同じ角張った白いコルネット姿の尼僧が描かれているので、その図柄はひとまわりずつ小さくなりながらどこまでも切れ目なく続くかと思われがちです」ーーのことなど、その「尼僧」のモデルが他でもない赤毛のキャサリンなのだという理由こそあれ、読む者をいたずらに幻惑する無意味なブラフ程度のものでしかない。ただし「それは無に向けての無限連鎖ではない。なぜなら、あの尼僧が見すえているものは、無限に連鎖するどころか、画面の外に向ける視線によって、その動きをきっぱりと断ち切っているからです」という伯爵夫人の確信に満ちた台詞は、あの『陥没地帯』が世界そのもののあり方として体現していた「反復=循環性」へのアンビヴァレントな認識と通底していると思われる。  「このあたくしの正体を本気で探ろうとなさったりすると、かろうじて保たれているあぶなっかしいこの世界の均衡がどこかでぐらりと崩れかねませんから、いまはひとまずひかえておかれるのがよろしかろう」。これは伯爵夫人の台詞ではない。このような物言いのヴァリエーションは、この小説に何度もさも意味ありげに登場するのだが、伯爵夫人という存在がその場に漂わせる「婉曲な禁止の気配」だとして、こんな途方もない言葉を勝手に脳内再生しているのは二朗であって、しかも彼はこの先で本人を前に朗々と同じ内容を語ってみせる。一度目の射精の後、まもなく二度目の射精の現場となる電話ボックスにおける長い会話の中で二朗は言う。「あなたがさっき「あたいの熟れたまんこ」と呼ばれたものは、それをまさぐることを触覚的にも視覚的にも自分に禁じており、想像の領域においてさえ想い描くことを自粛しているわたくしにとって、とうてい世界の一部におさまったりするものではない。あからさまに露呈されてはいなくとも、あるいは露呈されていないからこそ、かろうじて保たれているこのあぶなっかしい世界の均衡を崩すまいと息づいている貴重な中心なのです」。これに続けて「あたくしの正体を本気で探ろうとなさったりすると、かろうじて維持されているこの世界の均衡がどこかでぐらりと崩れかねないから、わたくしが誰なのかを詮索するのはひかえておかれるのがよろしかろうという婉曲な禁止の気配を、あなたの存在そのものが、あたりに行きわたらせていはしなかったでしょうか」と、小説家蓮實重彦の前二作と同様に、先ほどの台詞が微細な差異混じりにリピートされる。こんな二朗のほとんど意味不明なまでに大仰な言いがかりに対して、しかし伯爵夫人はこう応じてみせるのだ。
 でもね、二朗さん、この世界の均衡なんて、ほんのちょっとしたことで崩れてしまうものなのです。あるいは、崩れていながらも均衡が保たれているような錯覚をあたりに行きわたらせてしまうのが、この世界なのかもしれません。そんな世界に戦争が起きたって、何の不思議もありませんよね。
 いったいこの二人は何の話をしているのか。ここであたかも了解事項のごとく語られている「世界の均衡」というひどく観念的な言葉と、あくまでも具体的現実的な出来事としてある筈の「戦争」に、どのような関係が隠されているというのか。そもそも「戦争」は、前二作においても物語の背景に隠然と見え隠れしていた。『陥没地帯』においては、如何にもこの作品らしく「なぜもっと戦争がながびいてくれなかったのか」とか「明日にも終るといわれていた戦争が日々混沌として終りそびれていた」とか「戦争が始まったことさえまだ知らずにいたあの少年」とか「戦争の真の終りは、どこまでも引きのばされていくほかはないだろう」などと、要するに戦争がいつ始まっていつ終わったのか、そもそもほんとうに終わったのかどうかさえあやふやに思えてくるような証言がちりばめられていたし、『オペラ・オペラシオネル』の老スパイは「最後の戦争が起こったばかりだったから、こんな仕事に誘いこまれるより遥か以前」の思い出に耽りつつも、知らず知らずの内にいままさに勃発の危機にあった新たな戦争の回避と隠蔽に加担させられていた。そして『伯爵夫人』は、すでに見てきたようにひとつ前の大戦時の挿話が複数語られるのみならず、二朗の冒険(?)は「十二月七日」の夕方から夜にかけて起こっており、一夜明けた次の日の夕刊の一面には「帝國・米英に宣戦を布告す」という見出しが躍っている。つまりこれは大戦前夜の物語であるわけだが、ということは「世界の均衡」が崩れてしまったから、或いはすでに「崩れていながらも均衡が保たれているような錯覚」に陥っていただけだという事実に気づいてしまったから、その必然的な帰結として「戦争」が始まったとでも言うのだろうか?  伯爵夫人は、二朗を迎え入れた「お茶室」を「どこでもない場所」と呼ぶ。「何が起ころうと、あたかも何ごとも起こりはしなかったかのように事態が推移してしまうのがこの場所なのです。(中略)だから、わたくしは、いま、あなたとここで会ってなどいないし、あなたもまた、わたくしとここで会ってなどいない。だって、わたくしたちがいまここにいることを証明するものなんて、何ひとつ存在しておりませんからね。明日のあなたにとって、今日ここでわたくしがお話ししたことなど何の意味も持ちえないというかのように、すべてががらがらと潰えさってしまうという、いわば存在することのない場所がここなのです」。だからあなたがわたくしを本気で犯したとしても「そんなことなど起こりはしなかったかのようにすべてが雲散霧消してしまうような場所がここだといってもかまいません。さあ、どうされますか」と伯爵夫人は二朗を試すように問うのだが、このとき彼はすでに「サボン」の効用で七十二時間=三日間の不能状態にある。  そしてこの後、彼女はこの物語において何度となく繰り返されてきた秘密の告白の中でも、最も驚くべき告白を始める。そもそも先に触れておいた、二朗こそ自分にとっての「三人目らし���」という宣告の後、伯爵夫人は「お祖父さま」にかんする或る重要な情報を話していた。自分も含め「数えきれないほどの女性を冷静に組みしいて」きた「お祖父さま」は、にもかかわらず「あなたのお母さまとよもぎさんのお母さまという二人のお嬢さましかお残しにならなかった」。事実、隠し子などどこにもいはしない。なぜなら「それは、あの方が、ふたりのお嬢様をもうけられて以後、女のからだの中ではーーたとえ奥様であろうとーー絶対におはてにならなかったから。間違っても射精などなさらず、女を狂喜させることだけに生涯をかけてこられた。妊娠をさけるための器具も存在し始めておりましたが、そんなものはおれは装着せぬとおっしゃり、洩らすことの快感と生殖そのものをご自分に禁じておられた」。ならばなぜ、そのような奇妙な禁欲を自ら決意し守り抜こうとしたのか。二朗の死んだ兄は「「近代」への絶望がそうさせたのだろう」と言っていたというのだが、それ以上の説明がなされることはない。  だが実は、そうはならなかった、というのが伯爵夫人の最後の告白の中身なのだ。「ところが、その晩、そのどこでもない場所で、たったひとつだけ本当のできごとが起こった。ここで、わたくしが、お祖父さまの子供を妊ってしまったのです」。どういうわけか「お祖父さま」は伯爵夫人の膣に大量に放出してしまう。それが不測の事態であったことは間違いないだろう。だがやがて妊娠は確定する。当然ながら彼女は堕胎を考えるのだが、「ところが、お祖父さまのところからお使いのものが来て,かりに男の子が生まれたら一郎と名付け、ひそかに育て上げ、成年に達したら正式に籍に入れようという話を聞かされました」。こうして伯爵夫人は「一郎」を産んだのだった。しかもそれは二朗が誕生する三日前のことだったと彼女は言う。やはり隠し子はいたのだ。一郎はその後、伯爵夫人の母親の子として育てられ、いまは二朗と同じく来年の帝大入学を目指している。「しかし、その子とは何年に一度しか会ってはならず、わたくしのことを母親とも思っていない。ですから、ほぼ同じ時期に生まれたあなたのことを、わたくしはまるで自分の子供のようにいたわしく思い、その成長を陰ながら見守っておりました」。この「女」から「母」への突然の変身に、むろん二朗は衝撃と困惑を隠すことが出来ない。それに伯爵夫人のこのような告白を信じるにたる理由などどこにもありはしない。むしろ全面的に疑ってかかる方がまともというものだろう。二朗は自分こそが「一郎」なのではないかと思いつく。そういえば何度も自分は祖父にそっくりだと言われてきた。容貌のみならず「おちんちん」まで。それについ今しがた、伯爵夫人はここが「どこでもない場所」であり、それゆえ「明日のあなたにとって、今日ここでわたくしがお話ししたことなど何の意味も持ちえないというかのように、すべてががらがらと潰えさってしまう」と言ってのけたばかりではないか。その舌の根も乾かぬうちにこんな話をされて、いったい何を信じろというのか。  ことの真偽はともかくとして、ここで考えておくべきことが幾つかある。まず「一郎」が伯爵夫人と「お祖父さま」の間の秘密の息子の名前だというのなら、二朗の死んだ兄の名前は何だったのか、ということだ。そもそもこの兄については、曰くありげに何度も話題にされるものの、小説の最初から最後まで一度として名前で呼ばれることはなく、そればかりか死んだ理由さえ明らかにされることはない。幾つかの記述から、亡くなったのはさほど遠い昔ではなかったらしいことは知れるのだが、それだけなのだ。まさかこちらの名前も「一郎」だったわけはない。一郎が生まれた時には二朗の兄は生きていたのだから……書かれていないのだから何もかもが憶測でしかあり得ないが、結局のところ、兄は二朗を「二」朗にするために、ただそれだけのために物語に召喚されたのだとしか考えられない。そして別に「一郎」が存在している以上は、兄には何か別の名前があったのだろう。いや、いっそ彼は「無名」なのだと考えるべきかもしれない。実在するのかどうかも定かではない「お祖父さま」と伯爵夫人の息子には名前があり、確かにかつては実在していた筈の二朗の兄には名前が無い。「どこでもない場所」での伯爵夫人の最後の告白を聞くまで、読む者は二朗の兄こそ「一郎」という名前だったのだろうと漫然と決め込んでいる。だからそこに少なからぬ驚きが生じるのだが、つまりそれは「二」の前に置かれている「一」がずらされるということだ。その結果、二朗の「二」はにわかに曖昧な数へと変貌してしまう。それどころか彼には自分が「二」ではなく「一」なのかもしれぬという疑いさえ生じているのだから、このとき「一」と「二」の関係性は急激に解け出し、文字通り「どこでもない場所」に溶け去ってしまうかのようだ。  もうひとつ、このことにかかわって、なぜ「お祖父さま」は「一郎」の誕生を許したのかという問題がある。彼にはすでに「二」人の娘がいる。その後に奇妙な禁欲を自らに強いたのは、すなわち「三」人目を拒んだということだろう。「二」に踏み留まって「三」には行かないことが、二朗の兄言うところの「「近代」への絶望」のなせる業なのだ。つまり「三」の禁止こそ「世界の均衡」を保つ行為なのであって、このことは「お祖父さま」の爵位が子爵=爵位の第四位だったことにも暗に示されている。ということは、彼はひとつの賭けに出たのだと考えられないか。確かに次は自分にとって「三」人目の子供になってしまう。それだけは避けられない。しかし、もしも伯爵夫人との間に生まれてくるのが男だったなら、それは「一」人目の息子ということになる。だから彼はおそらく祈るような気持ちで「一郎」という名前をあらかじめ命名したのだ。逆に、もしも生まれてきたのが女だったなら、その娘が果たしてどうなっていたか、考えるのもおそろしい気がしてくる。  「三」の禁止。仮説によるならば、それは『伯爵夫人』の原理的なプログラムの筈だった。「一郎」をめぐる思弁は、そのことを多少とも裏づけてくれる。だがそれでも、紛れもない「三」の化身である伯爵夫人の振る舞���は、この世界を「三」に変容せしめようとすること���止めはしない。彼女は二朗を「三」人目」だと言い、たとえ「一郎」という命名によって何とか抗おうとしていたとしても、彼女が「お祖父さま」の「三」人目の子を孕み、この世に産み落としたことには変わりはない。「一」郎の誕生を「二」朗が生まれる「三」日前にしたのも彼女の仕業だろう。やはり「三」の優位は揺るぎそうにない。だから二朗が射精するのは「三」度でなければならないし、二朗が不能に陥るのは「三」日間でなければならない。考えてみれば、いや考えてみるまでもなく、このことは最初からわかりきっていたことだ。なぜならこれは小説家蓮實重彦の第三作、すなわち「三の物語」なのだから。  そして、かろうじて保たれていた「世界の均衡」が崩れ去った、或いはすでにとっくに崩れてしまっていた事実が晒け出されたのが、「ばふりばふりとまわっている重そうな回転扉」から「どこでもない場所」へと至るめくるめく経験と、その過程で次から次へと物語られる性的な逸話を二朗に齎した自らの奸計の結果であったとでも言うように、伯爵夫人は物語の末尾近くに不意に姿を消してしまう。どうやら開戦の情報を知って急遽大陸に発ったらしい彼女からの言づてには、「さる事情からしばらく本土には住みづらくなりそうだから」としか急な出奔の理由は記されていない。かくして「三」は勝利してしまったのか。本当にそうか。実をいえばここには、もうひとつだけ別の可能性が覗いている。すなわち「四」。ここまでの話に、ほぼ全く「四」は出てきていない。しかし「三」であることから逃れるために、いまや「二」の方向が有効でないのなら、あとは「四」に向かうしかない。では「四」はいったいどこにあるのか。  伯爵夫人が「伯爵」と出会ったのは、バーデンバーデンでのことだ。「あと数週間で戦争も終わろうとしていた時期に、味方の不始末から下半身に深い傷を追った」せいで性的機能を喪失してしまったという、絶体絶命の危機にあっても決して平静を失わないことから部下たちから「素顔の伯爵」と呼ばれていたドイツ軍将校と、のちの伯爵夫人は恋に落ち、彼が若くして亡くなるまでヨーロッパ各地で生活を共にしたのだった。バーデンバーデンは、他の土地の名称と同じく、この小説の中では漢字で表記される。巴丁巴丁。巴は「三」、丁は「四」のことだ。すなわち「三四三四」。ここに「四」へのベクトルが隠されている。だが、もっと明白な、もっと重大な「四」が、意外にも二朗の身近に存在する。  二朗が真に執着しているのが、伯爵夫人でも和製ルイーズ・ブルックスでもなく、従妹の蓬子であるということは、ほぼ間違いない。このことは、ポルノグラフィックな描写やセンセーショナルな叙述に囚われず、この小説を虚心で読んでみれば、誰の目にも明らかだ。この場合の執着とは、まず第一に性的なものであり、と同時に、愛と呼んでも差し支えのないものだ。確かに二朗は蓬子に触れられてもしごかれてもぴくりともしないし、小春などから何度も従妹に手をつけただろうと問われても事実そのものとしてそんなことはないと否定して内心においてもそう思っているのだが、にもかかわらず、彼が求めているのは本当は蓬子なのだ。それは読めばわかる。そして小説が始まってまもなく、蓬子が伯爵夫人についてこともなげに言う「あの方はお祖父ちゃまの妾腹に決まっているじゃないの」という台詞が呼び水となって、二朗は「一色海岸の別荘」の納戸で蓬子に陰部を見せてもらったことを思い出すのだが、二人の幼い性的遊戯の終わりを告げたのは「離れた茶の間の柱時計がのんびりと四時」を打つ音だった。この「四」時は、二朗のヰタ・セクスアリスの抑圧された最初の記憶として、彼の性的ファンタズムを底支えしている。それに蓬子は「ルイーズ・ブルックスまがいの短い髪型」をしているのだ。二朗は気づいていないが、あの「和製ルイーズ・ブルックス」は、結局のところ蓬子の身代わりに過ぎない。そして何よりも決定的なのは、蓬子という名前だ。なぜなら蓬=よもぎは「四方木」とも書くのだから。そう、彼女こそ「四」の化身だったのだ。  小説の終わりがけ、ようやく帰宅した二朗は、蓬子からの封書を受け取る。彼女は伯爵夫人の紹介によって、物語の最初から「帝大を出て横浜正金銀行に勤め始めた七歳も年上の生真面目な男の許嫁」の立場にあるのだが、未だ貞節は守っており、それどころか性的には甚だ未熟な天真爛漫なおぼこ娘ぶりを随所で発揮していた。だが手紙には、緊急に招集された婚約者と小田原のホテルで落ち合って、一夜を共にしたとある。婚約者は誠実にも、自分が戦死する可能性がある以上、よもぎさんを未婚の母にするわけにはいかないから、情交には及べないーーだがアナル・セックスはしようとする、ここは明らかに笑うところだーーと言うのだが、蓬子は「わたくしが今晩あなたとまぐわって妊娠し、あなたにもしものことがあれば、生まれてくる子の父親は二朗兄さまということにいたしましょう」と驚くべきことを提案し、それでようやっと二人は結ばれたのだという。それに続く文面には、赤裸々に処女喪失の場面が綴られており、その中には「細めに開いた唐紙の隙間から二つの男の顔が、暗がりからじっとこちらの狂態を窺っている」だの「あのひとは三度も精を洩らした」だのといった気になる記述もありはするのだが、ともあれ二朗はどうしてか蓬子のとんでもない頼みを受け入れることにする。彼は小春を相手に現実には起こっていない蓬子とのふしだらな性事を語ってみせさえするだろう。それは「二」として生まれた自分が「三」からの誘惑を振り切って「四」へと離脱するための、遂に歴然とその生々しい姿を現した「世界の均衡」の崩壊そのものである「戦争」に対抗し得るための、おそらく唯一の方法であり、と同時に、あるとき突然向こうからやってきた、偶然とも僥倖とも、なんなら奇跡とも呼んでしかるべき、因果律も目的意識も欠いた突発的な出来事としての「小説」の、意味もなければ正しくもない「原理」、そのとりあえずの作動の終幕でもある。
(初出:新潮2016年8月号)
2 notes · View notes
masahirominami · 6 years
Photo
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
卒業制作2018 浦野紗季 
陶芸技法を活かした陶製表札
陶芸技法を使った表札のデザインです。既存の陶製表札はタイルに文字を彫ったものが大半です。陶芸表現の多様さと手作業が生む個性を活かした表情豊かな表札を作りたいと考えました。
彫刻、マスキング、練り込み、化粧土、イッチン、粘土文字、象嵌、切り文字、型の9種類の技法を用いて表札を制作しました。
陶芸の全くの素人が、毎日試行錯誤を繰り返して、ここまで出来たというのは本当に賞賛に値する制作であると思います。
0 notes
navetin · 7 years
Photo
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
5月7日。清泉女子大学にて旧島津公爵邸のライトアップ見学。 竣工100年を迎えた記念行事に運良く当選し入構する事が出来た。 設計は日本近代建築の父、ジョサイア・コンドル。 重厚感のあるイタリア・ルネサンス様式の建築で  白タイル貼りの外観が美しく、清潔感が漂っていた。 中庭に面したコロネード・ベランダは優雅な曲線が印象的で、 ライトアップと相俟ってパーティーでも始まりそうな雰囲気。 ベランダ内の張り出しアーチ窓にはなんと曲面ガラスが使われていた。 100年前なら輸入品であったろうし、大変高価な代物だったのではないか。 樹齢250年と言われる「フウ」の巨木がある中庭を堪能し、 車寄せのある玄関の方に回ると カラフルで美しいステンドグラスが目に入った。 玄関ドアの装飾は島津家家紋をあしらったものらしい。 右側の大きなアーチ窓は階段室で明るい陽光が入りそうだ。
当時の室内装飾や調度品は洋画家・黒田清輝が手掛けたそうで、 日本画家・河鍋暁斎の弟子であるコンドルが黒田とタッグを組んでいるのは 日本美術史の観点から見ても大変興味深い。 煌々と照らされた白亜の本館とは対照的に 静かに佇む黒褐色の3号館が気になったので近付いて見ると レンガの長辺の列と単辺の列を交互に積み重ねたイギリス積みだった。 職員の方に話を伺うとこちらも同時期に建てられたもので コンドルの設計らしい。今も昔も事務棟として使われているとの事。 女子大と聞くと変に緊張してしまう自分だが スタッフの皆さん親切で有り難かった。 機会があれば今度は邸内を見学したい。
3 notes · View notes
thedevilsteardrop · 7 years
Text
familie komplex 前
 毎朝繰り返し君が死んで、目がさめる。
  夢見としては最悪の部類だと思う。
 何度も夢で君が死ぬところを見て。
 目がさめれば、君のいなくなった現実が残されてる。
 寝ても覚めても逃れられない喪失に、それこそ最初の数回は目覚める度絶望した。その時期の自分の行動は思い出せない。でもどうにか今まで生きてるんだから、一応日常生活を送ってたはずだ。
 その夢が幾度も繰り返されるものだと気付いてからは見るのが辛くて眠りたくなくて、けれど何日も眠らずにいることができるわけもなくて、ほんの浅い眠り数分の間に君の死ぬところを繰り返し見る。
 また今日も彼女は死んでしまった。
「……」
 呆然と瞬き、天井を見上げていた視線をぐるりと回して起き上がる。がらんとした部屋に一人。淡いベージュのカーテンは閉めっ放し。朝だというのに照明を点けて、寝そべっていたソファからベッドに移動した。先日、病院から自宅に帰って来たのだ。
 以前は彼女と二人で暮らしていた部屋。一人では少し広い……そうは言っても俺達はしょっちゅう身を寄せあっていたから、この部屋は元から広々としてたはずなのに……今あるそれは開放感とかじゃなく、どこに居ればいいんだろう、という戸惑いと身の置き場の無さ。
 彼女は生活の一部だった。俺にとっての家族。精神論でもきっとそうだし、社会的にもそうだ。俺達は一応、姉弟ということになっていて、同じ大学に通い、同じマンションで下宿していたから。
 家族だった。
 学友で、親友でもあった。
 平和な国で、傍に居るのが日常で。肌を触れ合わせるのが基準のゼロ距離から都合によって間を取るような、近しい距離感の間柄。その相手が、今、ここに居ない。
 シーツに横たわって息を吐く。重い息。心臓が引き絞られる感覚。痛い。ぎゅう、と。
 はあ、息を吐く。
 苦しい。着替えなきゃ。苦しい。身体が重い。指先すら動かすのが億劫だ、重い、沈んでるな。いや、投げ出してる、身体を。ベッドに。
 そろそろ大学にも顔を出さなきゃ、講義の出席が足りなくなりそうなのに。
 彼女が居なくなってから、この部屋で生前二人過ごした時間を思い返してばかりいた。何度も、何度も繰り返し、夢に対抗するように。遺品整理はしていない。部屋中どこを見ても彼女を思い出す。まるでこの部屋だけ時間が止まっているみたい。
  俺と彼女が出逢ったのは高校生になってからだった。だから、遡る記憶の量は、生まれて以来ずっと同じ家に住んでるようなきょうだいよりも、うんと少ないんだろう。俺にとって彼女は自分より先に生まれて家族を形成していた部品ではなくて、最初から一人の人間だった。
 綾瀬郁深という、個人として、俺はすぐに彼女を好きになった。
  くっついていても苦にならなかった。
 一緒に眠ったベッド。ダブルサイズ。二人とも小柄な方じゃないから常に身体が触れる。寒い時は俺が郁深の抱きまくらにされることもあった。絡められた脚の片方が俺の身体の下敷きになるのを、自分が勝手にやってるくせに朝になったら「しびれた」と文句を言ってくる。
 もこもこと気持ちのいい毛布に二人してくるまって、しょっちゅう二度寝しては昼を迎えて「そろそろ学校行く……?」なんて不真面目な問いかけをし合う。午前講義の日は、帰ってきてすぐ横になろうとすると「シャワーを浴びろ」と怒られた。郁深はシーツを一週間に一度だけ洗う。他の日はなるべく汚さないように。だからホコリっぽいままベッドに上がるのは禁止。互いの身体に触れ合うときも、必ずシャワーは浴びてからベッドに入った。
 ここで眠るせいで郁深の夢を見るのかも、と思ってソファに移動して眠ってもだめだった、同じことだった。眠れば同じ夢をみる。夢を見る度に違う時期違うシチュエーションで、郁深は死んで……俺は泣きながら目を覚ます。
 ソファにも、床にもデスクにもキッチンにも風呂にも 郁深の記憶がある。
 どこに居たって彼女のことを想ってた。だからきっとどこで眠っても俺は夢を見る。
 ふらつく足で立ち上がってベッドからまたソファへ。座り込んで、服を脱いだ。
 着替えよう。
 外に出られる格好ではあるけど、一応、数日間も着たままでいた服装で大学には行き辛い。
   大学の友人達は、郁深が死んでから俺を避けるようになった。……避けるというと語弊があるかな、腫れ物を扱うかのようになった。落ち込んでる俺に対しどう接すればいいかわからないのかな。
 焦って話しかけてきた友人の一人が、失言したせいもあるんだと思う。
「まあ気を落すなって!そのうち立ち直れるからさ」「俺も肉親が死んだ時は大変だったけど、時間に身を任せるしかないと思うぞ」……
 その時俺はどんな表情をしていたのか、俺の顔色をうかがった友人達は全員おどおどと視線をそらし、口を噤んだ。
 自分でも青ざめて返す言葉を無くしたのがわかったし、足元が崩される感覚にふらついて彼等から後ずさってしまった。
 以来、まともに話し掛けられていない。こっちから話す気力も無かった。
 姿を見かけても気まずく挨拶を交わすだけだ。
 「落ち込んでる時ほど支えあうのが友達ってモンだろうによ」
「……そんなに深い仲になることばかりじゃないよ。日々楽しく過ごすためだけの相手だって居ていいと思う、 ……?!」
 自然と答えて
 ばっ、と顔を上げる。
 大講義室の隅、机の上に突っ伏していた姿勢から声のした頭上へ視線を。
 郁深が笑ってる。
 いたずらっ子みたいに目をきゅうと細めて、口を開けて快活にわらう。節の目立つ手指がだらしない姿勢をした俺の頭を撫でた。スキンシップの好きな彼女らしい仕草。俺はよく、他の友人にも躊躇無く触れる彼女の両手に嫉妬するのに、その同じ手で宥められ機嫌が治ってしまうんだ。
「楽しいだけの相手だっていいさ。けど、そっから踏み込めるようになったなら心強いもんだよ」
「……そういうことなら俺には郁深が居るからいいよ」
 そういう相手は、おいそれと出逢えるようなモノでも無いし。でしょ?
 郁深はかけがえがないんだよ。
 頭を撫でていた手を片手で掴んで、口元に引き寄せる。振りほどかれることは無い。腕を伝って身体の揺れが伝わってきた。くすくす。
「それで?何をそんなに落ち込んでたって?」
 郁深の笑いは朗らかで楽しげで、けど、茶化す響きも軽んじられてる様子も無くて、心地良い。つられて穏やかな気持ちになる。
 人が笑顔になるのは好きだ。それが郁深なら尚更。
 ……なのにさっきまで俺は、楽しそうにしてる誰もかれも煩わしく、ぶち壊してしまいたいと思ってた気がする、俺さえ加わらなきゃ楽しい会話もできるだろうに、自分から話しかけたら彼等の日常まで壊すんじゃないか、とも、思ってたような。
 なぜ?
「………んん…ん、…?」
 なんでだったかな。
 まぁいいや。郁深の笑顔見たらモヤモヤも消し飛んじゃったみたいだ。
  「夏休みになったら、川遊びしに行こうぜ?お前の運転で!」
 帰り道、下宿までの道を二人で歩く。天気がよくて日の光は眩しいくらい。午後の講義が終わったばかりの暖かい外気。これからどんどん気温が上がっていくだろう。
「いいね。海か山行きたいって思ってた……けどいきなり山道運転させる気?」
 俺はようやく春休みに免許を取ったばかりで、まだ整備された一般道にすら慣れてない。高校卒業してからの一年は引っ越しとか忙しいことが多く、免許取ってる暇がなかったんだ。大学の近くで下宿してるせいで普段は運転する必要も無いし。
「ちょっと不安じゃない?」
「私が助手席に居るんだからへーきだよ。疲れたり無理そうなとこあったら代ってやるし。それに山道は歩行者が居ないから」
 その分安心だろ、と郁深は言う。
 最悪事故っても自分たちが死ぬだけだ、なんて、冗談めかして。
 ああでも、それだったら
 一緒の車で一緒に事故で死ぬなら、まぁ、いいかもしれない。
 一人だけ遺されたりしないなら。
 ……なぜかそんな風に思う。
「なら、それ用に服でも買いに行こうか」
「そうだな、今からでも……」
 直後のことだった、郁深の言葉が切れて俺は突然抱きかかえられた。
 声を上げる間もなく全身に衝撃が走る。歩道を普通に歩いてたはずが、弾き飛ばされて車道へ投げ出された。クラクションの音。急ブレーキ、耳を劈くそのあとで、ゴ リッと嫌な感触をアスファルトに伝えて俺の寸前で車は止まった。止まった、止まったんだ。一瞬写真にうつしたように静寂があって、この状況を理解しようとして、頭より先に目だけがぐるぐると回る。身体は重い、痛い……動かせない、
 郁深に抱えられているから……
 なに?
 何が起きた?
 一瞬のできごとだった
 まさに今まで歩道の上を歩いてたはずなのに
 彼女が歩いていた、歩道の建物側を見る。車から運転手が降りてきている。建物の裏手にある駐車場から出てきたところのようだった。ここは塀が死角を作って、 運転手からは歩行者が見え辛い。そうでなくても歩道を横切る前には一時停止だけど。だけど。だけど郁深は、ぶつかったんだろう、ぶつけられた、車に、それで身体を飛ばされて、俺がそっちに居たから、車道へ突き飛ばさずに、あえて抱きしめて、俺の頭を守った。
 腕と胸の感触がする。俺を抱えている郁深の身体は顔に押しあてられているのに、彼女の香りはしない。代りにひりひり、じくじくと粘膜を焼くような鉄臭さが鼻をつく。
 血の匂い。
 俺の腰をはさむように彼女の脚がある。胴体に巻き付けるように、ガッチリとガードされていた。片足は俺の下敷きだ。首を支え頭に回された腕の中で、それでも俺の身体は痛い。身体動かせない。痛い。俺でさえ痛い。郁深の、デニムに覆われてたはずの、細くてしなやかな、野性味のある脚。きっと ぼろぼろ だろう  な。
 起き上がれないまま、俺は呆然と、動かし辛い頭をずらして
 彼女の顔を見上げようとした。
 あるのは血だまりだけだった。
   自分の絶叫で目を覚まし、俺の脳みそは覚醒についていけなかったのか地面に投げ出された直後の悪夢を描き続けた。跳ね上がった全身は見たくないものから逃げようとするかのごとくにもがいて、両手で髪を掻きむしる。
 郁深、郁深の頭、が 
 ―――なに、俺は、何を
 俺は
 違う、見えてない、頭の中にノイズが、あって
 どうして   どうして 歩いてただけだ、それなのに…… うそ、だ、ろ
 ひ、ひ、と呼吸が上滑りして、動かせなかったはずの身体は「事故にあった直後なのに無理やり跳ね起こされた」せいで酷く震え、平衡感覚を失い倒れ込む。とても立ち上がれない、とても一人では……
 手をついて、はっと気がついた。
 ……―――自宅の、ソファの上だ。
「……」
 呆然と瞬き、目前まで迫っていた座面を押し返して座り直す。ひゅうひゅうとおかしく鳴る咽を押さえて、呼吸を落ち着けようとする。さっき見たはずの光景が過るけれど、違う、あれは、夢だ。落ち着け。視線をぐるりと回して確認する。ほら、やっぱりここは自宅で、リビングのソファの上だ。午前八時。あれは夢。うそだ、と思った、その通り。だって、
 郁深はあんな死に方、していない。
 ……うそだ、った。あれは、夢だ。
 夢……
「っ……どうして……」
 ぐう、呻き声が漏れる。涙が溢れ出す。痙攣していた身体の震えは嗚咽に変わって止まらなかった。どうして。
 どうしても、君が居ない。
 また今日も彼女は死んでしまった。
「……」
 目が痛い。頭がぼーっとする。
 どのくらいそうしていただろう。ソファーの上。時計が滲む。
 たぶん、そろそろ、学校に行かなきゃ。
 麻痺した頭がそんな風に、理性のケースへ形を嵌め込んで蓋をする。日常から死を追い出そうとする。
 シャワーでも浴びてこよう。
 夢だ、
 また夢だったんだ。
   脱衣所で服を脱ぎながら、シャワーを浴びながら、こんなところにまでしっかり刻まれている郁深の存在に、のどの底が熱く痛む。心臓が引き絞られる感覚がして、頭上から落ちる水に打たれながらタイルに踞った。
 この体勢も懐かしい。
 高校生あたりの俺は精神的に他人をシャットアウトしていたから、郁深のことも最初から信頼できたわけじゃ無い。同居を始めても数ヶ月は、挨拶以上は会話も難しい有様だった。シャワーの水が温まるのを待たずに踞りながら浴び、郁深に会わないようにそそくさと自室に隠っていたっけ。
 だけどある日偶然ばったり、風呂場の脱衣洗面所で鉢合わせして、俺の血色の悪い、寝不足で目元に隈が沁みついた顔と、とても健全とは言えない裸を見た郁深はどういうわけか恥じらうこともなく俺を押し倒し、「なんだよこれ!」と叫んだのだった。
 思わず口を開閉しながら呆然としてしまった。
「あ、あの……郁深さん、」我に帰り慌てて身体を隠そうとしても、跨がられていて微動だにできない。のんびりと入ってきた態度からおそろしいほどの瞬発力で郁深の動きが変わって、気付いたら押さえつけられていた。
 なにこのひと、すばやいしちからつよい。
「お、おれ全裸、あの、これはちょっと」
「痕!なんだよこれ!」
「はい?」
 その時俺は本気で意味がわかってなかった。あと?なに?と思っていると、彼女はじっと検分する目つきのまま俺と視線を合わせ、
「私が悪かった」
 いきなりそう言い放った。
「……え」
「母さんとお前のこと誤解してた。はやく縁を切ろう……いっそ海外にでも行こうか、姉弟二人なんだから身軽だぜ?どこへだって行ける。お前他言語話せないだろ?この際実地で覚えに行くか?なあ?」
 ……ちなみに郁深は英語がペラペラってやつだ。技術関係の専門的な用語まで知っている。やたら難しい資格を史上最年少で取得したとかで、文科省かどっかから表彰されてた。けど、通ってる学校自体は俺のよりも幾分「レベルが低い」なんて言われるとこで、郁深のことを頭いいとか賢いなんて話を聞いたこともなかった俺は、全裸をみられたくらいでそこまで悟られるとは思っておらず、突然こっちの事情を察されて酷く狼狽えた。全く取り繕えなくなり、身体も全裸ならば心も剥き出しで。
「私はお前にそんなことした奴を許せない。許せないからな」
 ギリ、唇を噛み締めて、いつも朗らかに細まっている双眸に晒される。ギラギラと見開かれる内側、激しい怒りがこっちまで伝わって、熱に満たされていくようだった。
 この時に思ったんだ。
 ああ、この視界に選ばれた物だけが、俺にあればいいや、って。
  結局俺は高校を中退し、住居も郁深が通っていた大学の近くに下宿を借りてそこへ二人で引っ越した。通学が楽になった~と喜ぶ郁深を見て嬉しくなって、ここが新しい故郷になるかなとそわそわ探索に繰り出した。バイトと家事をしながら通信で高卒資格を取り、郁深と同じ大学を受験して……。
 一緒に大学に通えるようになって。
 本当に幸せだった。人生の中でいちばん、嬉しいことや楽しいことに満たされた時間だった。
  シャワーからあがって洗面台に映った自分と向き合う。朝の光が蒼白いのも相俟って、いつぞやのごとく血色の悪い、寝不足で目元に隈が沁みついた顔してる。
 あの時は裸で押し倒されて跨がられて、まったくとんだ衝撃もあったものだけど、今となってはそんなこと慣れきってお互い半裸程度は何度も目撃してるなんてな……そういえば、郁深は私服がダサくて、脱いだ時の方が断然いいよなんて、よく茶化してたっけ。自分の格好に無頓着な郁深はそんな皮肉も笑い飛ばしていた。気にならないんだろう。クローゼットには、着替えやすい丸首のシャツと作業用のツナギしか入ってない。まぁ俺も人のこと言えないけど。
 箪笥から引っぱり出した下着を身につけた途端、ガラッと戸が開く。
「あ、出てたのか。歯磨きしようと思って」
 あの日みたいに動じないですたすた入ってくる郁深に後ろから抱きついて、俺は考えてたことを提案してみることにした。
「今度何か対外用のお洒落な服でも買いに行こうか」
   二人ともが思い立ったら即行動、計画を練るよりもとっとと身体を動かし始める質なおかげで、俺が思いつきで口にしたショッピングの予定もすぐさま実行に移された。丁度今日は午前だけに講義が集中してる、午後から大学の最寄り駅周辺にあるショッピングモールにでも行こう、そう郁深が提案して、俺もノった。
 講義を終えたその足で郁深の居るゼミ室に寄って、二人連れ立って大学を抜け出す。その日受けた授業ででたハインリッヒの定理が頭に残ってた。ので雑談のネタにした。
 1:29:300の法則。1の重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する。
 小さなミスが重なって重なって大きな事故になる。
 例えば一時停止違反の車とスピード違反の車と、たまたま二人で会話しながら歩いていて一人の時よりも警戒の薄かった歩行者。きっと違反者はこれまでに300くらいの回数違反してたのかもしれない。歩行者はそれまでに楽しい会話を何度も交わして帰路についていた、その日も、いつも通り楽しく家まで帰れると信じて。
 ……なんのデジャビュだろう、縁起でもない。
「講義の本筋じゃなくて余談って感じだったんだけどさ。題材より印象に残っちゃって」
「確かに何の題材に出てきたかわかんねーけど頭に残るな。定理って言うだけあるけどそっちがオマケなのか。ほんとに学部選択によって全然内容違うんだなー」
 講義の内容から、他どの講義取ってるんだ、ゼミはどうするのか、という類の話、そして徐々に目的の買い物についてへ話題がうつる。
「お前は何か服買うの?」
「俺はいいかなあ、郁深のが選びたいよ。自分じゃ選ぶ気無いんでしょ?」
「まー自分で選んだらシャツとかジーパンとかシャツとかジーパンとかになるだろうなって思うわけだけど」
「まぁ俺も自分で自分の選んだらただのシャツになるかな」
「あとジーパンとかな」
 話しながら、ふと前を向く。
 自分達が歩いている歩道沿いの建物。裏手の駐車場に通じる、塀に覆われた乗用車の出入り口。塀が死角を作って、出てくる時に運転手から歩行者が見え辛い。歩行者からも、車は見え辛い。
「……郁深、」
「……?どうした」
 呼んで、腕を掴み、歩調をゆるめる。そこから車が出てくるか確認してから通ろう、そう思って、
「……!」
 出入り口直前まで進んでいた足が止まる。少しだけ息を噛む。突如目の前に飛び出してきた車は、歩道を横切って車道の直前で止まった。黒いワゴン車だ。車線を流れてくる白いトラックの方ばかりを見ていた運転手は俺達に気付かないままに、トラックが通り過ぎた後平然と進行方向へ顔を向きなおして車道へ出て行く。
「……危なかったな」
「……」
 さっき見た、デジャビュ。もしも、あのまま歩いていたら……
「……デジャビュのシーンを回避できたのって、俺初めてかも」
「え?……今の?」
「うん。マジで危なかったんじゃねーかな」
「すごいな、サンキュ。私もデジャヴはそのシーンになってから気付くな……」
 ほっとしたように笑う郁深と、妙に落ち着かない気持ちになる俺と。顔を見合わせて笑う。
   サイズとデザインが気に入ったのだけ選んで試着する。似たようなのと着比べる。互いに茶化しあって褒めあって貶しあう。やっぱり郁深は全裸がいいとかソレを言うならお前こそ全裸がいいとか、俺の裸が良いなんていうのは郁深くらいだとか、……傍から聞けばあらぬ誤解をされそうだ。いやあらぬこともないけど。実際見てるし。
 郁深は俺にニットとオーバーカーディガンとインナーを買った。俺は郁深にニットとスキニーパンツとガウチョを買った。
「俺のはいいって言ったのに結局買うんだもんな」
「これなら文句無い。似合ってたぜ」
「郁深も。スタイルがいいから」
「お前ほんとに私の身体好きだな……」
「変な言い回しやめろよ……!」
「照れるポイントがわからん」
  ショッピングモールを出て駅を背にしばし歩いたところで、郁深がふと足を止めた。
「……?」
「どした?」
「……いや……ちょっとね」
 気になって、と彼女は首を傾げる。吹下ろしの風に煽られた前髪がぶわりと浮き上がり、その両目がしっかり見開かれているのが露になった。暴き、検分する目つき。
 固定された視線を追ってみても、その先に何を見詰めてるのかわからない。俺と郁深の視力は殆ど同じはずなのに。俺にはピンとこなくて、郁深だから気付けた何かが、その視線の先にあるんだ。
「なに?気になるのって……」
「悪い、先帰っててくれるか?」
「え、ちょっと、郁深!」
 一緒に行こうか、瞬時、迷って手を伸ばす。風に煽られながら伸びた前髪越しの視界の中で、郁深は迷いなく駆け出していた。しなやかな脚。俊敏に地面を蹴って、一目散、視線を向けていた先へ……
 そして、声を張り上げる。
 気付いた何か、がある方向。
「危ないっ!」
 ぶわり、
 風が吹いた。
  「……っ」
 呆然と眺める、仮設テントの、スチールパイプ?あれが、郁深の方に突然吹き飛んできて、追い越すように俺の方へ飛んできたテント部分が視界を覆って、
 けど、その直前に確かに、郁深は……
 …
 …… 静かだ。
 目前に描かれていた情景は俺の頭が時間差で認識した虚構だったようで、現実の俺は壁にもたれて床に座り込んでいた。室内に風は無く、人の行き交う音もしない。まっすぐに水滴が髪から滴っていく。今目にしているのは鏡の中の自分だった。いつぞやのごとく血色の悪い、寝不足で目元に隈が沁みついた顔。
 ……ただし鏡に映った俺の顔は、郁深によく似た素朴な顔立ちだ。
 郁深が、居なくなった、後の 顔。
 夢だ。
 また、夢、だったんだ。
 そう思ってようやく、は、っと息を吸う。いや、吐いた?にわかに思い出された呼吸は混乱して、自分が吸ってるのか吐いてるのかわからない、
「は、はぁー……、は、あ」
 息を止めてからゆっくり吐け、まずは吐けこういうときは。耳の奥で響いた彼女の声に従う。吐かなきゃ吸えねーんだから吐け、そんで、ゆっっくり吸うんだぞ。
 呼吸を落ち着けながら、時計を確認する。時刻は夜の九時過ぎだ。今日は学校にも買い物にも行って、帰ってすぐにシャワーを浴びた。郁深とは一緒じゃなかった、だって彼女はもう、居ないのだから。
 帰った時はまだ午後七時半頃だったはずだから、いつもより長く眠って……いつもの夢をいつもより長く、見てたのか。
 てことはやっぱり夢の終わりで、郁深は、また……死んでしまったのか。
 強いビル風、仮設テント、スチールパイプ。覆われる視界。
 脱力し、凭れていた壁からずるずると背を横に倒す。なんだか頭が重い、身体も重い。鈍い痛みが動きを妨げてるみたい。……熱が出たのかも。寝てたというより、気絶かもしれない。郁深が居なくなってから、また冷水シャワーで済ませてるせいかな。
「……なんで……居ないんだよ」
 水滴が落ちる。静かだ。心臓の音が、耳障りなくらい。
   熱が出たからと言って、翌日の授業を休むわけにもいかなかった。しばらく引き蘢っていたせいで、これ以上休むと単位が取れない可能性が出てくる。
 一睡もできず熱は下がら���かったし身体もだるいけれど、なんとか身なりを整えて大学に向かった。パーカーとジーパン。不潔でさえなけりゃいいだろ何でも。
 講義室は前方に真面目な学生の集団、後方に不真面目な学生の集団がかたまって、俺はそのどっちにも紛れていく気力がわかず、ぽっかり空いた真ん中あたりの席に座る。寒いような熱いような体感に意識がぶれて仕方無い。せめて解熱剤飲んでくればよかった……なんで思い至らなかったかな、アホか俺は。
 溜息をついた俺の隣の席に、誰かがそっと座った気配がした。控えめな気配の割に、随分近くに座るのはなぜだと思って顔を上げたら、相手は「久しぶり」と俺の肩を叩いたところだった。……友人だった。
「……久しぶり」
「ここ、空いてるよね?」
「……。他にも空いてる席あるけど」
「そう言うなって」
 心配してたんだよ、あんた返信もしないし、下宿も知らないから……と言葉を重ねる友人から、そっと視線を外す。
 まだ一人で居たかったな。
 空いてる席は、最近までずっと俺の右側だけで
 今友人が座ったのは、左側の席だった。
 相手はきっと意識していない。左側は郁深が一緒の時の��位置で、右利きの俺と左利きの彼女の腕が、ノートをとる時ぶつからないために決まって座ってた位置なんだ。
 友人が心配して関わってきてくれたのは、有難いんだろうと思う。それでもつい、その裏の……このままじゃ自分達が気まずいからお前が様子見て来いよ、とか言われたんだろうな、って思惑を、感じてしまって、勝手に落胆して、煩わしくなってしまう。ただの下手な勘ぐりかもしれないけど、でも、そういう感じってあからさまにせずとも伝わるものだ。あまり意識を割きたくない。
 講義は新しい題材に入ってて、ハインリッヒの定理が出てきた。知ってる気がする、なんだっけ……
「なぁ、聞いてる?」
「……講義聞いてた。ごめん、後で話そう」
「……ああ」
 正直なとこ講義終わったらさっさと帰ってしまいたい。
 もう一度溜息を吐く。とうとう悪化してきた頭痛に耐えるためにこめかみを押さえる。
   ボールペンのうしろでぐり、ぐり、と頭痛の波にあわせて額を揉んでいたら、
「もう講義終わったぞ、大丈夫かよ」
 と聞き慣れた声がした。
 大講義室の隅、机の上に突っ伏していた姿勢から声のした頭上へ視線を上げる。郁深が笑っていた。
「あれ、あいつは?」
「あいつって?」
「……さっきそこに座ってた、」
「……どした?そこに座ってたの私だよ?」
「そうだっけ」
「そうだろ。大丈夫かよ?熱でもあんのか?」
「……」
 熱?熱なんかないよ。郁深と一緒に買い物に行く予定なのに……熱なんか出してられるか。
「ならいいけど。行こうぜ」
 ほっとした様子で俺の額に伸ばしかけた手を下し、郁深はきゅ、目を細めてわらう。子供の絵本に出てくる狐みたいな笑顔。
 なんだよ、本気で心配したのか?
 そういうとこ好きだよ。
  「せっかくだし買った服どっか着て行きたいよな~」
 大学の最寄り駅周辺にあるショッピングモールに向かう道すがら。
 雑談は講義の内容から、今どの講義取ってるんだ、ゼミはどうするのか、という類の話、そして徐々に目的の買い物についてへ話題がうつっていった。
「今度の連休、川遊びしに行こうぜ?お前の運転で!」
 そしてとうとう休日の予定にまで話が広がる。
「いいね。初夏の山行きたいって思ってた……けどいきなり山道運転させる気?」
 俺はようやく春休みに免許を取ったばかりで、まだ整備された一般道にすら慣れてない。高校卒業してからの一年は引っ越しとか忙しいことが多く、免許取ってる暇がなかったんだ。大学の近くで下宿してるせいで普段は運転する必要も無いし。
「ちょっと不安じゃない?」
「私が助手席に居るんだからへーきだよ。疲れたり無理そうなとこあったら代ってやるし。それに山道は歩行者が居ないから」
 その分安心だろ、と郁深は言う。
 最悪事故っても自分たちが死ぬだけだ、なんて、冗談めかして。
 はっとする。
 辺りを見回す
 自分達が歩いている歩道沿いの建物。裏手の駐車場に通じる、塀に覆われた乗用車の出入り口。塀が死角を作って、出てくる時に運転手から歩行者が見え辛い。歩行者からも、車は見え辛い。
「……郁深、」
「……?どうした」
 すぐさま郁深の腕をつかんで、一歩、後ずさりながら自分の方へ引き寄せた。
 出入り口直前まで進んでいた郁深が俺のところまで戻って、彼女の居た位置に車のフロント部が突き出してくる。黒いワゴン車だ。歩道を横切って車道の直前で止まった。車線を流れてくる白いトラックの方ばかりを見ていた運転手は俺達に気付かないままに、トラックが通り過ぎた後平然と進行方向へ顔を向きなおして車道へ出て行く。
 黒いワゴン車。白いトラック。
「……危なかったな」
「……」
 ああ、
 これは夢だ。
 きっとまた目が醒める時、郁深が死んでしまうあの夢。
   買い物の間、これが夢だと自分に言い聞かせていたせいで、俺は上の空だった。軽口も少なく、試着も最小限で似合う服を引き当てた俺に、郁深は「シャーマンかよ……」と少し可笑しそうにしていた。
   ショッピングモールを出て駅を背にしばし歩いたところで、郁深がふと足を止める。
 やっぱり、きた。
「……何見てる?」
「……いや……ちょっとね」
 彼女は首を傾げる。吹下ろしの風に煽られた前髪がぶわりと浮き上がり、その両目がしっかり見開かれているのが露になった。
 彼女の見詰める視線の先。今ならばわかる、そこには仮設テントがあった。郁深はアレを見てるんだ。
「気になるのって、あのテント?」
 ついテントを睨みつけながら小声で訊くと、郁深は驚きました、と書いてある表情で俺の方を振り返る。
「よく気付いたな、お前はビルの立地とか風速とかそういうの興味無いと思ってたよ」
 立地……?
「立地危ないの?」
「うーんあれ危ないよな。ビル風あるから、あの位置だと風速オーバーだと思うんだけど」
 俺に負けず劣らず険しい目で睨む郁深に背筋がひやりとして、咄嗟にその肩をつかんだ。走り出されてしまったら俺には追い付けない。捕まえておかなきゃ。
「……なら、設営担当者に伝えた方がいいな。あそこに出てるの、丁度このモールの店がやってるキャンペーンだし、デパート側に報告したらいいんじゃない?」
「それもそうだな。あそこに居る人に伝えてもその場で畳むのは難しいだろう」
 納得した様子で踵を返しデパートの方に足を向けた、そこまでしっかり見届けて息をつく。
 ぶわり、
 風が吹いた。
 「あ、やべ。買わなきゃいけない本あるんだった」
「買わなきゃいけない?」
「講義で使うんだってよ。悪いけど先帰っててくれる?夕飯作っといて」
「了解。荷物持ってこうか?」
 デパートに逆戻りしたついでに買い忘れに気付いた郁深は書店に向かった。
 買った服を受け取って、サイフとケータイだけ入った手提げ所持の身軽な状態で送り出す。
 折角だから俺もどっか寄って行こうかな。
  一足先に家に着いて持ち帰った荷物を片付け、俺は夕飯に何を作ろうか考えていた。なんでだか少し気分がいい。郁深の好物でも作ろうかな。
 郁深と「家族」になってから、俺の家事への姿勢は著しく改善された。料理のレパートリーも増えた。
 意識が、嫌だ嫌だと思う意識が。無くなったから、だ。
 面倒だし、サボることもあるけれど、その手抜き加減でも許されてるところとか、それでも洗濯しとけば「ありがとう」料理すれば「おいしいな~」って返されることとか、多少散らかっても互いの存在を強く感じることだとかが、嫌だと思う気持ちを溶かして消していった。郁深の方がけっこうズボラで、そんなところも気楽になる。同居当初は俺の方こそ、「洗濯物脱ぎ散らかさないで」とか怒ってみせてたんだ。懐かしいな。
 彼女のズボラは全く改善されてなくて、俺がほぼ全部家事をやってるわけだけど。だって気付いたら自分が先にやっといた方が早いからね。
 くすくす笑いを零しながら、たまに洗い物してくれるだけで嬉しくなっちゃう俺はすげーチョロいかもしれない、と思った。
  ご飯を炊いて、みそ汁を作る。サラダを冷蔵庫に入れといてアジの開きをフライにして、まだ帰ってこないのかな、とケータイを確認した。
 その時着信に気付いた。
 不在着信。7件も。
 何?と訝しむと同時、見詰めていた画面が着信に切り替わる。咄嗟のことで驚いてケータイを落としそうになりながら、どうにか通話にして耳に当てた。
「い、郁深?どうし…」
『ご家族の方ですか?』
 電話の相手は郁深じゃ無かった。男性の声で、その人は警察関係者であることを指す肩書きと名前を名乗った。
『綾瀬郁深さんが事件に巻き込まれました。…中央総合病院にまで、来ていただけますか。詳しいことは、直接会ってお話します』
   とてもちゃちな事件だった。ありがちで、ニュースにもならないようなこと。確かに人の悪意が招いた事態なのに、ともすれば交通事故よりも些細な扱いで済まされてしまうような、本当にチープで、巻き込まれるのが馬鹿らしくなるような事件。
 郁深はひったくりにあった、らしい。
 バイクで通りすがりに引っ掴まれ、鞄が絡んで身体ごと引き摺られ、ついでのように殴られて吹き飛んで頭を打って即死。
 巻き込まれるのが馬鹿らしくなるような。運が悪いと言ってしまいそうなほどちゃちな。
 新聞にも載らない程度の、死んだところを想像すらされないであろう小さな事件。俺だってこれが見知らぬ他人なら、気に留めることさえなかっただろう。
 郁深でさえ、なければ。
 病院に着くと、顔の確認できない死体を「確認して下さい」と見せられて、何の反応もできなかった。
 体型も服装も見えてるけれど、どうしても郁深と重ねられない。ずれてずれて、輪郭がぐらついていくつも床が波を立てる。
 手が震えてがくがくと身体の内側が狂うのに、目の前に横たわっているモノに触れるのをやめられない。
 冷たい。冷たい
 冷たくて、俺の手でさすって、不意にめくれた服の下。
「……っ」
 皮肉にも俺に合わせていれてくれた刺青が、これが確かに郁深だと証明してしまう。
 肋に沿って彫られた、骨の刺青。
「……」
 これが、郁深?
 死んだ?
 こんな、突然
 俺の知らないとこで
 ……
 俺は
 彼女が死んだ時、暢気に夕飯なんか作ってた。
 何も知らないで。
「……っ、は、」
 今だって、家に帰れば作っておいた夕飯がある。一緒に食べようって、いつもみたいに、特別手の込んだ料理じゃないけど、郁深はいつもおいしいって食べて
 一緒に
 買った服もちゃんとクローゼットに入れておいたよ、
 休みに出掛けるんだろ
 思い立ったらすぐにでも行動しちゃって、先の予定なんかろくに考えないのに
 こんな、前々から言い出すなんてさ
 よほど楽しみだったんだね。
 刺青をなぞる
 何度も、何度も
 何度も何度も何度も
「郁深……家、一緒に、帰ろう」
 ねえ。
 一緒にいればよかった。
  脚が萎えたように力が入れられなくてそのまま床に座り込んだ。
 呆然と
 思考も動作も全部、自分の意識から外れて
 自分の意識が、外れて
 からっぽの状態で、足元から冷えていく。
 ぼうっとする。
 酸欠かな
 息、
  「……は、っ」
 息を呑んで 周りを見渡す。
 白い壁にグリーンのカーテン。木目の長椅子とチェスト……
 病室?
 背後にはベッドもあって、自分がそこから落ちて尻餅をついたのだとわかった。
 記憶を辿る。講義室、ダルくて授業に集中できず、机に突っ伏した記憶がある。ここんとこずっと寝不足気味で、睡眠時間は足りてなかったし。ダルかったのは、冷水シャワーで体調を崩したのか、熱っぽかったから。なんで冷水シャワーなんて浴びたんだっけ……寝不足になったのは、なぜだっけ。
 とにかく、講義室。郁深が声を掛けてくれた。案の定熱を出して気絶した俺を、彼女がここに連れてきてくれたんだろうか。
 学校の医務室なのか、近くの病院なのかはわからないけど、………
 いや、待て
 違うだろ。
 声を掛けてくれた郁深。一緒に歩いた帰り道。黒いワゴン車、白いトラック……デパート、仮設テント。
 俺が講義室で眠ったのであれば過ごしていないはずの郁深との時間が記憶にあって、けれどそれは……
「夢、だ」
 そして、さっき、彼女は死んだ。
 また、夢の中で。
 デパートで分れた一人の帰り道、夕飯ができた頃に気付いた電話、病院で待っていた動かない、冷たい身体。
「……病院、か。まるであの後ショックで倒れて、今目が覚めたみたいだな」
 ひったくりに遭ったと聞いた気がする。
 俺はその時暢気に夕飯作ってたんだ、って
 俺が一緒にいなかったせいで郁深は……って
 思ったんだ。
 窓の外を見る。どこだろう、医務室なら学校っぽい景色が見えそうなものだけど、窓からの景色ではここがどこなのかわからない。
 午前中の講義で倒れたはずなのに、外はもう陽が傾いて暗かった。
 眠る時間が少しずつ長くなっている。
 郁深が居ない現実も、目覚める度慣れていくようで、
 ……立ち直って来ているんだろうか、彼女をなくしたショックから。
 胃が痛くなるような仮説だ。脳裏に過っただけでキリキリと内蔵が不随意な痛みを発して、思考を遮断させようとしてるみたいだった。
 立ち直りたくなんかないよ。
 郁深が居ないのに何でもない平気な自分なんて、受け入れられない。
   夢の中では郁深に会える。
   郁深が夢で生きている時間は、死を回避するごとに長くなっていった。
 一緒に歩いた帰り道。黒いワゴン車、白いトラック……デパート、仮設テント
 買い忘れの参考書、バイクのひったくり犯、一緒に歩いた帰り道、
 家で作る夕飯
 一緒の食事
  その後も、何度も彼女が死んだ
 階段から落ちたり、飲酒運転の交通事故だったり、盗難の鉢合わせで殺されたり、電車の混雑で線路に突き落とされたり、
 その度に俺は目を覚まして絶望して、汗だくの身体で震えながらもう一度目を閉じた。
  最近は穏やかな日常が続いて、これが夢だということを忘れそうになる。
 けど、夢だって忘れて警戒を怠って、また彼女が死んでしまったらと思うと恐ろしくて忘れられなかった。
  「おはよう」
 おはよ、学校で友人に声を掛けられるのは久しぶりで、咄嗟に口から出た挨拶は対象に向かわずにぼとりと落っこちたみたいな声だった。
 掠れた視界の向こうがなんだか遠い。ぎこちない笑顔の友人は「最近休みがちだけど、」と気遣う素振りで俺の背を撫でた。
「単位、大丈夫なのか?どうしてもしんどいなら代返しとくから、言えよな」
「……ああ、うん」
 最近休みがちだったのは、ずっと眠っていたせいだ。郁深の死を回避し続ける限り、夢を見ていられる。
 今朝になって目が覚めたのは……つまりそういうこと。
「なぁちょっと、おい」
「……ん?」
「ちょっといいか」
 なに、と訊くまでもなく友人は俺の身体をぺたぺたと触って、苦笑していた表情を苦味に偏らせた。
「痩せ過ぎだ」
「……は?」
「だから、お前痩せ過ぎだよ。メシ食ってるの?」
 険しい顔して俺の腰を掴んでくる友人をぼうっと見詰めながら、俺は全然別のことを考えていた。
 真剣な、その表情
 面倒そうな落ち込み具合の俺に対してわざわざ話しかけてくれる態度……
 あれ?
 こんな風に、俺を気遣って���れる友人なんて、居たっけ。
 まじまじと相手を観察し、頭の霧を追い払う。
 掠れた視界をクリアに。遠い感覚から、触れているその手に意識を。
「聞いてるか?ぼーっとしてるな。頭にも栄養行ってないん」「郁深!」
「お、おう」
 しかめた眉がすとんと力を抜いて、突然叫んだ俺に驚いた様子で目を丸くする。
 目の前に立っているのは 郁深だった。
「……っ!」
 衝動が勝手に身体を動かす。息をつめて生まれてくる熱を閉じこめる。ぎゅうぎゅうときつく背に両手を回し、腕の中に抱き込んでその首筋に顔を埋め擦り付けた。
「郁深、郁深……!」
「……どうした?家に一人がそんなに嫌だったのか?」
「うん、うん……俺が我慢すれば喧嘩なんかならなかったのに、ごめん」
「喧嘩って……まぁいいや。っておい泣くなよ。泣くほどのことか」
「ひっ、ぅ」
 泣くよ。
 頭おかしくなりそうなんだ。呼吸するだけで気管支が焼けるみたいにすごく痛いんだ。苦しかった。起きてるのつらいよ、お前が心配してくれて嬉しい、俺をおいてかないで。
 いつから夢を見てるんだろう。喧嘩別れしてしまったこと、昨日の出来事なのかな。
 なんでもいいか、郁深がここに居るなら。
   講義を終えたその足で、郁深の居るゼミ室に寄って、二人連れ立って大学を抜け出す。
 ショッピングモールまで一緒に歩く。黒いワゴン車、白いトラック……仮設テントが壊れて、一緒に戻って買い忘れの参考書を買う。
 バイクのひったくり犯を躱して、家まで連れ立って歩き着いたらファッションショーごっこ。服をクローゼットに仕舞いながら連休の行き先を相談。
 夕飯を一緒に作って
 一緒に食事をする。
 ルーチンワークの日常は穏やかで、いつもの繰り返しで、……何よりも幸せだった。
 気が急くようなことや、人ごみで揉まれるような場所は避けて、余裕を持って過ごすように心がける。それだけで小さな怪我さえ減っていって、喧嘩は今回、するきっかけさえ無いまま回避された。
   そうして、「川遊びしよう」と約束していた、連休を迎えた。
 二人似たようなニットのゆったりした服装でレンタカーに乗り込む。
 何度も繰り返した会話がようやく現実になることが嬉しくて、俺は浮かれた気分を引き締めるのに必死だった。ほわほわした散漫な注意力で、事故ったりしたら元も子もない。曲がりくねった山道を慎重に走らせ、広い平地を作ってある砂敷きの駐車場に車を停めた。
 すぐ脇に川が流れて、そこそこ上流まできたおかげで岩や草花が大きく育っている。初夏の緑が鮮やかに日の光と混じりあって眩しい。
「すごい、晴れて良かったな!」
 嬉しそうな声とせせらぎの音。水色の空を背景に笑う郁深の笑顔も眩しい。いいな、嬉しい。楽しいな。
「早速行くか」
「カメラ持ってって良い?」
「いいね。清涼飲料水のポスターごっこしようぜ」
「なんそれ」
 俺も声を上げて笑う。こんな風に笑うのいつ振りだろう、そう思った途端胸に何か、ツキンと小さい痛みが刺さって、細めた目を開ける。
 郁深はじんわりと暖かな視線で俺を見ていた。
 ああ
 好きだ。
 「コテージに泊まるんだっけ。どこ?」
「駐車場の向こうだよ」
 車に荷物を置いたまま、早速俺達は河原で裸足になって岩から岩を伝い、浅いところで遊びはじめた。
「結構長く運転してきたなぁ。もうすぐゴールデンタイムだ……カメラに収めなきゃ」
「なぁ~やっぱカメラそれ邪魔じゃね?こっち来いよ」
「郁深だって持ってきていいって言ったじゃん!」
 抗議する俺を遮って郁深がざぶざぶ水に入っていく音を立てる。引き締まった綺麗な脚で幾重にも重なった岩の上を流れる澄んだ水を掻いて、軽やかに対岸の方へ。
 川の上流から降注ぐ夕日の帯が彼女を照らす。金色の光。ふわりと風にひらめく薄手のサマーニットの表面を転がる水滴、空中を滑る宝石のような飛沫、
 カシャ
「ん!撮った?」
「撮った」
 煌めく夕日の中でぱしゃぱしゃ水と戯れる姿を、何枚も残していく。山に来た興奮と空気を満喫するバタバタとした動きから、次第に彼女の足運びがダンスのような軽やかさに変わって、足場の悪い岩の上でくるりとターンする。怪我を心配しながらも写真に撮るのをやめられなかった。
 ぐん、と手脚が伸びやかに動き、実際の振りよりもうんと大きな波紋を生み出す。目に飛び込んでくる、美しい山の景色と、異界と通ずるような黄昏時の輝き。わざわざカメラを構えてる俺を意識して、絵になる動作をしてくれてるんだ。
 彼女の目がふっ、とこっちを見て
 口元が柔らかな曲線を描いた。
 カシャ
「写真ほどほどにしてこっち来なって~」
「わかったわかった」
 夕日は大分落ちてしまって、辺りは薄暗くなっている。
 最後に撮った一枚を確認し息を吐いた。熱の隠った吐息に自分で赤面する。……や、でもこれは、仕方無いでしょ。
 画面の中で微笑む郁深はあまりに優しい表情をして、カメラに目線を向けていた。写真として一度客体におとせば、明らかにわかる。彼女がどれほど温かな気持ちで、俺を呼んでくれてるのか。
「今行くよ」
 俺は鞄にカメラを仕舞うと岸辺のベンチに放置して、随分離れてしまった郁深の元に駆け寄った。
   すっかり日が落ちると岸辺でたき火をして、持ってきた花火を点けて打ち上げた。
 手で持つタイプの奴は持ってきてない。
「この打ち上げるコンビニ花火をさー、手で持って撃ち合って遊んだの懐かしいな」
「あれ熱いんだよ……危ないからもうやっちゃダメだよ郁深」
「はいはい」
 郁深と親しくなってからは、ふざけて危ない遊びをしてたことはままある。おかげで交友関係は悪友ばっかりだ。こんな風に穏やかに二人で過ごせるのは、ごく最近になってからだった。岩に並んで腰掛けて、ふふっと触れ合わせた肩を揺らす。
「大人になったんだなぁ、私達も」
「まるくなったってこと?確かに無茶できること減ったね。そういえば成人してから徹夜がキツくなったな」
「まだこれから先長いのに落ち着くには早いだろ!悪さはもうしないけど」
 大人、大人。
 リバーブしながら川辺で足だけ水に浸し、水面越しに彼女を眺めた。
 大人になったら、郁深に言いたかったことがある。
 好きだ、って
 弟としてじゃなくても、一緒に居たいって
 大人だからできることを、一緒にしよう、って
 言いたかった。さっきの写真を見ていたら、拒絶されることは無いだろうとも思えた。
 でもどんなに思っても、全部過去形にしかならない。後悔、未練、寂しさ……どうしてだろう。
「……?」
 どうして?
 何か大切なことを忘れてる気がする。
 どうして言えないなんて思うんだ。言えばいい、今だって……むしろ今のこのシチュエーションはすごくいいんじゃないか?
 綺麗な山の景色の中で、少し日常から抜け出した特別感があって。
 なのに、忘れてるはずの何かが気になって、俺は口を開けなかった。
 何も言わないまま、最後の花火が上がり、色とりどりの光が反射して、ぱん、と軽い破裂音。花火大会で披露される本格的なものじゃない、大したことはないけど、それでも周りが明るくなったように感じた。一瞬の花。咲いて、消える。
 そこから一気に静寂と夜の闇が戻ってくる。川辺は少し肌寒い。岩の間を流れる水は暗く深く、どこまでも沈んでいく底なしにさえ見えた。
「戻ろっか。向こう岸に」
 ひんやり冴えた空気を纏って郁深が立ち上がる。
 俺も黙って頷いて、後に続いて川に入った。
 その時、
 複数の足音がこっちに向かって来て
 背後から聞こえるそれに俺の方を振り返った郁深の表情が一変した。
「危ない!」
 目前に迫った郁深の手と一拍ずれて、頭部が揺さぶられる
 ガツン、と
  首が折れそうな衝撃を受けて水面に叩き付けられ、続けざまに身体を押さえつけられ
 右半身から荷物の触覚がなくなり、代りに服の上をまさぐられた。鳥肌が立つ。渦を巻いた頭にようやく届いたその正体は、人間の手だった。
 男が二人、俺の身体を押さえつけ、身につけている物を探っている。
 ざあっと血の気が引く音と、凍り付いたような心臓の痛みがして、感覚が一気に返ってきた。焦燥として視線を走らせる。郁深、郁深は……?!
 女だ、と 誰かが呟いたのが聞こえた。
 惑っていた視線がそちらに引きつけられる。吐きそうになりながらどうにか身を起こそうとして、二人掛かりで顔面から岩にぶち当てられた。ろくに平衡感覚が無い、ただ倒れていることさえできないくらい頭が痛い。
 だけど
「女だ」、と言った
 その言葉に含まれた裏は俺にだってわかる。もう、大人なんだ、これでも……俺にだって、郁深を
 そういう意味で意識したことは、あるんだ。
 俺を押さえつけてる以外に郁深に手を出す奴が居る、郁深に何かあったら。もしもここで何もできなかったら、俺は……
 もがきながらなんとかして視線を上げる
 滴る血液に邪魔された視界で、郁深に人影が多い被さるのが見えた。
 —————やめろ、
「なんで郁深なんだよ!」
 絶叫した俺に、嘲笑が浴びせられて
 掴まれた頭を水に突っ込まれる
 そのまま殴られ嘔吐感と、首の後ろを背からせりあがるような重苦しい圧迫感が襲ってくる。
「が、っは、……ぅぐ」
 自分の身体中から苦みが絞り出されて
 それが川の水と行き違う感覚
 苦しい
 苦しい
 だけど、郁深の傍に行かなきゃ。
   わかってる
 違反車のドライバーも設置違反したスタッフもひったくりも泥棒も愉快犯も
 駅のホームで肘をぶつけられたから押し返しただけだ、なんて逆ギレしていた会社員も
 郁深を郁深として認識してたわけじゃない
 全部偶然で
 ただの過失とか、ふざけ半分で
 たかがそんなことで、彼女は……
   何度も。
   大切なことを忘れている気がしてた。
 ここは、夢の中なんだ
   ボキッ、と 重いものが折れるような、いびつな音を立てて、俺の腕は押さえつけていた二人の下から抜け出す。同時にバシャリ、水面が大きく波立ったらしい音が聞こえ、生まれた光が乱反射し、近くから男の気配が無くなった。
 ろくに前が見えない。目が潰れたのかもしれない
 呼吸もできない、水を呑んだかな。でも集中してる時って呼吸は止まるものだ。構わない。
 郁深、
 手を伸ばす。
 なんだか水面に夕日が見える。その光に、水で濡れて着衣の乱れた姿が浮かび上がって、すごく綺麗だ。
 二人して佇むのは、丁度川幅の真ん中あたり。
 伸ばした手は届かずに、握っていたライターは川へ投げ出される。
 郁深を照らしていた火は俺に向かって掴みかかって、
 俺の腕は植物が絡むようにその人影を巻き込み 暗い水の底に堕ちた。
   「…………ひぅっ、は、っは、ひっ、ひゅっ……」
 どさ、と背中から落ちた衝撃があって、びくっと首をのけぞらせ上体が跳ねる。
 突然過剰な酸素を吸い込んでしまい痙攣する身体。投げ出された腕がベッドから垂れて、感覚が無い。
 夢だったはずなのに、俺の顔はものすごい痛みが渦巻いていて、ろくに焦点も定まらない。
 恐慌するままに身体を撥ね起こすと心臓が躍り上がるような衝撃があって、酷い目眩と耳鳴りがした。立ち上がろうとした途端一気に重力が膨れ上がって身体がぐらつき、もつれる脚で無理矢理傍らにあった洗面の鏡を覗き込む。
 傷がある、
 顔の上半分……ぐちゃぐちゃの傷が。
 夢だったはずなのに。とうとう郁深が死なないままに目を覚ました、はずなのに
「……まさか」
 郁深
 郁深?居るの?
 俺の、この傷はお前を守れた証じゃ無いの?
 郁深!
 ばっ と勢い任せに辺りをうかがう。そうでもしないとろくに身体が動かない。頭がガンガンする、目から入る光さえ刺激になって、けれど目を剥くのをやめられず、瞬きすらできないで周囲を見回した。病室のような空間、縋り付いているこれはベッドの脇に設置された洗面台だ。さらにその横に収納棚と来客用らしき長椅子。治療器具の類は置いてない、カーテンが閉められて、仕切られたその外側まではうかがえない、気配がわかる範囲には誰も居ない、郁深も、誰も。
 ―――――まだ、夢を見てる?
 ……いや
 何取り乱してんだよ
 動機息切れで、脳みそが正常な思考できない状態になっているのか。
「はっ……はっ……ふっ……」
 胸を押さえる。息を噛む。
 死なせずに目を覚ましたら、郁深がここに居るかもなんて
 ……そんなことあるわけ無いんだ、夢は夢だ。
 夢と繋がっているかのような体調不良での病室だけど、目を覚ました俺が病室に居るのだって不思議じゃ無い、経緯はわからないけれど、意識を失ってたんだろうから当然だ、心当たりなんていくらでもある、ろくに食事も摂らずに眠り続けてたら栄養失調になったっておかしくないんだ、貧血かもしれない、睡眠障害で倒れたのかもしれない
 今は繋がれてないけど、腕に点滴用のチューブが差し込まれてるし
 この傷は……大方階段から転げ落ちたりでもしたんだろう
 郁深は居ない
 死んでしまったんだ
 交通事故で……
 黒いワゴン車。
 白いトラック。
 出会い頭の衝突に、スピード違反の車の轢過……
「え……あ、れ?」
 頭の痛みが ぐわり、膨れ上がった。
 違う
 郁深の最期は、事故死じゃ無かった
   一緒に歩いた帰り道。黒いワゴン車、白いトラック……デパート、仮設テント
 買い忘れの参考書、バイクのひったくり犯、一緒に歩いた帰り道、
 家で作る夕飯
 一緒の食事
   階段から落ちて、飲酒運転の暴走車に撥ねられて、窃盗犯に殺され、線路に突き落とされ、
 その度に俺は目を覚まして絶望して、
 汗だくの身体で震えながらもう一度目を閉じた。
 ……あれは、夢だ
 彼女が繰り返し死ぬ、悪夢 
   じゃあ
 現実で、郁深は
 郁深が死んだのは
 彼女は
 郁深は……どうやって
 どうして死んでしまったんだ?
「……っ」
 何で
 思い出せない、……?そんな……
 思い出せない、郁深の最期、
「そ、んな」
  何度も
 何度も何度も繰り返してしまって
 何度も
 何度、も。
「……全部、夢だ」
 愕然とした。呟かれた声が口端からどろりと落ちて床に汚いシミを作る気がした。寝不足も不登校も睡眠障害も栄養失調も、全部夢が原因だ。
 夢、だったのに。
 ぼと、と
 身体が崩れ落ちる。座っているのさえ苦しい。支えていられない
 床に倒れ込んだ。白い天井がスクリーンのようで そこへ閉じられない目蓋の代りに、思考を映し出す。
 郁深 は
 郁深はもう居ない。
 この現実の、どこにも居ない。
 何度も繰り返し見る悪夢……にさえ慣れて。次こそ死なせないように、なんて
 次?
 次って何なんだ。
 いくら夢を繰り返したって、もう居ない。
 そんなことも
 そんなことさえ、今まで忘れて
 彼女の、最期さえ忘れて
 どうして、眠っていられたんだ
 どうして夢なんか見て、夢とはいえ、彼女の、死ぬところを見ていられたんだ……
 いくら会いたいと願ったとしても、夢だった。そしてその夢の最後にはいつも、彼女は死んでしまう。郁深が、死んでしまうんだ。ああ、なのに、どのくらいそれに縋って、どのくらいの間眠り続けたんだろう。いざ彼女が死ぬところを見ずに目を覚まして、今度はまた麻痺していた喪失に苛まれている。
   ああ、なのに
 いざ彼女が死ぬところを見ずに目を覚まして、
 郁深が居ない現実に耐えられない。
 郁深が居ないのに何でもない平気な自分なんて、受け入れられない。
   夢、だとしても
   郁深が居ない現実より
 郁深が生きている夢の方が、俺にとっては大切になってしまった。
   目蓋を閉じる。起き上がれない。床は冷たくて身体は憔悴していて、熱はどんどん失われていく。ここには居ない、温めてくれる眼差しを思い出す。夕日に照らされた郁深の笑顔が過る。真っ暗なはずのまぶたのうらに。これは夢だっけ?けれどすごくはっきりと思い描けるんだ。
 ぐちゃぐちゃにくずれて狭まった視界で彼女の顔がわからなくなって
 ただ激情を溢れさせるがごとく動いた唇が言葉を紡いだ、それだけが鼓膜を震わせて 刻み付けられる。
    「                   」
「  
        」
    「おはよう」
 意識が浮上すると同時に、頬を伝っていく熱を覚えて、滲む視界でそれが涙だとわかった。
 呆然と瞬き、天井を見上げていた視線をぐるりと回して起き上がる。すぐ横に人肌の体温。全開にされたカーテンから、朝日の差し込むベッドルーム。時計を見ると午前八時。なんて健康的なんだ。ぼやけた両目を軽く擦って「おはよう」と返すと、目の前にあった柔らかな笑顔がそっと近付いて、俺を抱きしめた。
 ああ、幸せだな。
 ずっとこの幸せが続けばいい……
 ほとほとと、シーツに沁みができていく。
 涙を零し続ける俺を見て、郁深は困ったように眉を下げた。
「どうしたんだよ……まだ具合悪いのか?」
 気遣う手つきで背を撫でられて、余計にぶわっと熱が込み上げ
 しゃくりあげながら答える声は上擦って掠れてしまう。
「ううん……平気。怖い夢をみたんだ」
 ……どんな?
 首を小さく傾けて、縋る俺を茶化すことも無く穏やかに訊ねられる。
 郁深が涙を指先で拭ってくれるのをそっと掴んで、手のひらに頬ですり寄る。鼻先が触れるまで近付いて、ほ、と息を吐いた。
「郁深が、……死んじゃう夢だった」
 つい昨日も病院で同じ夢を見て、動揺して床に倒れたんだよ。
 ぼそぼそと告白すると背に回された腕の力が増して、そのまま起こしていた上半身を重ねるようにベッドへ押し倒された。
 どくん、どくん、と
 重なった胸に、鼓動が伝わる。
「大丈夫だ」
 大丈夫。繰り返し囁いて、頬に当てた手で俺の顔をぐいと上げて視線を合わせられる。
 温かい、思わず動揺する、揺さぶられる……そんな熱をもった眼差しが俺を包む。
「私はここに居るよ。お前の傍に居る、香澄」
 大好きだよ。
 そう言って、吐息が混じるまで近付いた唇と、唇が触れ合った。
 目を閉じる。抱きしめあう腕に力を込める。
 きっともう、あの夢をみることは無い。
       掌編集『愛言掛』収録 <familie komplex>
電子書籍で後編を読む
1 note · View note