2024.1.6sat_tokyo
鳥の声で目が覚めた。ちゅんちゅんちゅん。こんな朝の起き方理想的すぎないかと思うのだが、朝、雀がめっちゃ庭に来る。ちゅんちゅんちゅん。
と言っても今は10時、正月の名残ということで昨日はわざと目覚ましをかけずに寝た。わざとじゃなく1月3日は目覚ましをかけ忘れて、新年最初のイベントには遅刻した。
昨日も朝から稼働した担当イベントの後に23時までコワーキングのラウンジでご飯も食べずに仕事した。えらい。帰ってから夜中に能登のニュースをずっと見てしまったので眠い。昨日は好きな人たちとたくさん話したし、地味に疲れて本当に体が動かないので、2度寝する。
11時にむくっと起きる。昨日水につけておいた小豆を炊く。大きい小豆のお汁粉大好き。いつも一応ちゃんと飾るお飾りも鏡餅も、なんだか気持ちが乗らなくてできなかったので、鏡餅用に買った餅を飾らないまま焼く。切り込みも入れたのに、ちくびみたいなお餅が焼けてしまった。おもろいな〜。
来週は甲府にも行くし(楽しみにしてた天然ラジウム増富温泉・不楼閣にいく!)、夜もずっと予定があるので、今日明日はいろんな仕事を終わらせておきたいので頑張る。
15時、また動けなくなって地面に横になる。布団は危険だからだめ。こんな日は結構珍しいのだが、頭が考えることでパンクしてるのも影響してる気がする。無理すぎる。目を瞑る。考えることがたくさんある。GAZAのこと、戦争のこと、能登半島のこと、自分のこと、家族のこと、仕事のこと、近い未来のこと。
こういう時は音楽も、映画も、色々を見るのがキャパオーバーで難しくなる。なので家で作業する時はずっと無音。だけど、写真だけはみたい気がしていて、写美で始まったホンマタカシさんと、 松蔭美術館の牛腸茂雄さんや瀧口修造さんの展示は見逃さずに行きたいとぼんやり思う。
身体は地面に垂直のまま、石川県輪島市の知人である漆工の桐本滉平くんのインスタのストーリーをチェックする。今回の地震で、代々守られてきた、明治時代に工房として建てられた自宅が全壊全焼したと投稿していた。リアルな景色に目を覆いたくなるけれど、ニュースでは得られない、桐本くんのまさに今を切り取っている投稿を見ながら、今できることを考える。といっても寄付くらいしかできないのかもしれない。でも、こうやって遠くでも想うことができること、情報が共有できる時代というのは、本当に希望も多くある。
桐本くんは元旦から今もずっと、輪島の未来や、会ったことのない誰かを救うために、全力で動いていて、避難所のこと、道のこと、今この瞬間のみんなが必要な情報をSNSで発信し続けている。きっと本当に多くの人がこの投稿に助けられている。
私の1/1の16時6分は、埼玉のおばあちゃんちで10数人の親戚一同で集まっている時だった。お寿司を食べて、ビンゴ大会の手前でこの地震が起きた。まずはじめに私の携帯が聞きたくない大きな音で鳴った。その30秒後くらいにみんなの携帯が鳴って、すぐ地震が起きた。自分の携帯にはYahooの災害アプリが入っていて、画面には36秒後に地震が起きますと書いてあった。たった30秒だけれど、みんなの携帯とは30秒の差があったのだった。親の携帯にもアプリを入れなければ。そのままテレビをつけて、地震の情報を流しながらみんなで過ごした。私はXを見ながら地震や津波の情報を集めまくる。石川県には大事な友達たちもいる。途中お母さんが、血圧が高めで眩暈がすると横になりに寝室に行ったが、私は変わらず画面に張り付けになっていて、横にいたいとこの旦那のわたるくんが「ニュースも気になるけど僕は寝室の方が心配だよ」と言ってくれて、まさに…と思って、寝室に様子を見に行った。気持ちを落ち着かせながらその場にはいたけれど、帰る前に寝てた身体を起こして、お母さんから渡された”幸せが訪れますように”と書かれた封筒には3万円とビール券が入っていて、北の国からの泥だらけの1万円札くらい使えねえよ…………………………。とか考えながら、帰宅する電車の中でいろんな気持ちになり小さくバレないように泣いてしまった。
地震のSNSのこと。尊敬する、信頼する人たちからの情報はなるべく信じたい。そうなのだけど、発信をすることについて、映画監督の枝さんが信憑性の話をしていて、シェアができない、というようなことをSNSに綴っていた。良心を騙すような、いろんな詐欺も起きていて、ちゃんと調べてから行動したいと思いつつ、今は瞬発力なのではと思ったり、寒い季節がやってくるよなあと、頭がごちゃごちゃする。寄付について考えているとき、わざわざの平田はる香さんが「被災地に感情移入しすぎて普段の生活を失わないように。寄付はできる範囲で継続的に。1万円を一回より千円を10回百円10回でも。長期間にわた��て支援しよう」と書いていて、まさにそう、1回で満足しないで、何度でも、と頷いたり。でも、自分の暮らしもちゃんとしなくちゃとか、ぐるぐるする。
ガバッと起きて、下北沢ボーナストラックに向かう。自転車で10分ちょっと。ギャラリースペースではカレンダーマーケットが開催中で、友達や自分がお誘いした出店者さんがいるので、挨拶をしに。到着してすぐにミヤジが良いカレンダーを案内してくれておもろい。ビール飲んで、ゲラゲラしながら、出店中のヤマグチナナコちゃんと、SAITOEさんに阿部龍一ブースの良さを発表して満足する。阿部の作品や思考は本当に素晴らしい。
同施設内にあるキッチンスペースでは、今日は養生家の鈴ことさなえさんと、mizudoriのまみさんが出店していて、場所を管理しているりさPが、紹介したいと言って連れて行ってくれた。以前山梨の0-siteで開催されたイベントで、ちまきとホットワインを購入したことがあって、さらに昨年末にeatrip soilで開催のイベントでも見かけて気づいてくれていたらしく、その話もしつつ嬉しい再開。美味しい白味噌の雑煮と、出汁割り、おこぼれで微発泡の日本酒、出汁もご馳走になる。残り福。身体にあったお出汁や日本酒のことをお話しして、一息つく。ほっとする。今年一緒に何かやりたいな〜とお話する。嬉しい。
続けてラウンジで残って仕事をしようと思ったけど、真っ直ぐ帰宅する。帰り道、怒鳴りながら自転車を漕いでる人がいて、「こわ〜」と思いながら、私が動線を塞いだようになった瞬間に(絶対に悪くない)罵倒されてしまったが、心を無にして道を変えたら、矛先がなくなったからか、さらに大きな声で背中越しにまた罵倒された。さらに無になって大きく深呼吸して、「あの人にもあの人なりの理由があるのだ」とほんの少しだけ思考して、記憶装置から抹消した。毎日いろんな���がいろんなことを抱えて生きてる。
さっきお雑煮食べたので、夕飯は野菜だけのサラダにする。菜の花が美味しいよ〜。そのまま残った仕事をしながら、明日も担当のイベントがあるので早く寝なくちゃとお風呂に入ろうと思ったところ、建築集団 々の野崎将太さんが、インスタライブをしていたので開く。実際に野崎さんは地震が起きてすぐに被災地に向かっていて、現地で簡易トイレを作ったり、生のその日の様子をレポートしつつ、今何をするべきなのかを投稿に残していた。野崎さんとは1回しか会ったことがないけど、仲の良い友人たちが信頼している人で、場作りも含めて作る建築は本当にかっこいいなあと思う。人としても。今回はあやおさんという実際に被災をした方と話す機会を設けていて、報道やSNSで流れていることと、実際に体感したことの違いや、これから起こりえること、今実際に起きていることなどを話していた。現状、今は被災した家に侵入する盗難が多発しているらしく、家を守るために車中泊して見張っている人も多くいるという。被災地が渋滞になるから、ボランティアに来ないでくださいという投稿もよく見るけれど、実際緊急物資などは、一般の人が通れない大きな道を使っているので、現状実際には関係ないこと、スカスカの道もあること、言ってるようにすごく渋滞している道もあること、だけどそれは明日にはわからないこと、被災地には本当に若者がいないことなどを丁寧に話してくれた。これから雪深くなり、外に出れていた人が避難所の中だけで過ごすようになることでのストレスのことなど、本当に今起きていることを話してくれていた。
あと、桐本くんが、地震直後、楽天モバイルだけが使えたことや楽天のキャリアが一番先に避難所に到着して救われたことを書いていて、忘れないようにしようとか。災害メモ作らなきゃとか。色々また巡ってしまい整理する。野崎さんは、阪神淡路大震災の時の経験が、今回の行動にもつながっているというようなことを話していた。身近な友達のアグネスも阪神淡路を経験していて、出かけるときはコンセントを全て抜くと話していた。私は3.11の時も京都に住んでいたので、大きな地震は経験したことがない。
お風呂に入った後に、GAZAのことを発信してくれている波田野州平くんのストーリーもチェックする。自分じゃ拾えない情報を集めてくれて、ずっと発信してくれている。戦争も本当にやだよ。自分にできることも考えるけど、もうちょっと勉強をすることもしなくては。自分は無知すぎる。
(そういえば1/13-19まで下高井戸シネマで2019年作の「ガザ 素顔の日常」という映画が上映される!見なければ)
お正月に起きたいろんなこと、秋から続く悲しい出来事、全部ぜんぶ終わりますように。願うし、動きたいし、できること考えたい。でも、まずは自分が悲しくなって倒れないように、心のケアもしつつ。メディアからも距離をとることをちゃんとして、一人で考えないで、隣の誰かと話すこと。会話して安心すること、みんなが考えてることを知ること。何もできなくてもちゃんと想ってるだけでもいいと思う。あとテンション上がりすぎないように、ちょっと落ち着くこと。余裕が無くならないように、自分のことも考えること。深刻になりすぎないように日常を過ごすこと。この日記も、そういう安心の場になるといいなといつも思う。日常をみんなに綴ってもらえるというかけがえのないこと、を、続けたいです。
元旦から文章にしたくて、自分の番じゃないけど日記を書いてしまいました。こんなことを考えながら、1m以上ある立派な泥ごぼうを夜中に炊き、ホクホクのごぼうができたよ。うまいです。幸せ。明日は楽しみにしてる新年会もあるのです。みんなに会えるの嬉しい。おやすみなさい。
-プロフィール-
鷹取愛
東京
山ト波
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Trip to Shenzhen, November 2023 - Day 1: Craft Beer Pub crawl
Finally, the main part of my trip! Craft Beer pub crawl.
いよいよ旅行のメイン!クラフトビールパブを巡ります。
COCO Parkに到着した時点ではスマホの充電がほぼ0。
深圳の街中では、レンタルバッテリーサービススタンドみたいなのはあるのですが、残念ながら私のAlipayでは登録できず。
ラッキーなことにスタバの中に電源コンセントがある席を発見したので一旦充電休憩し、この建物のの中に入っているクラフトビールのお店へ訪問します。
電源がないと、文明の利器もただの文鎮。(この旅2回目)
◾️No.18 Brew Pub(18號酒館 福田星河COCO Park店)
📍广东省深圳市福田区福田街道福安社区福华三路269号星河COCO ParkF1
中国の各地にもいくつか店舗のあるブリューパブ。中国系では珍しくInstagramのアカウントがある(な、と思ったら、2022年4月で更新が止まっていた...結局中国の人はweiboか小紅書しか使わないのよね)し、UNTAPPDのブルワリー情報もありました。
メニューの1ページ目。いい言葉ね。
Instagramのプロフィールによると、
Founded in Wuhan, 2013. We are one of the first Chinese craft breweries, aimed at bringing the beauty of craft beer to the wider audience of China. (2013年武漢に設立。中国初のクラフトビール醸造所のひとつであり、クラフトビールの素晴らしさを中国のより多くの人々に伝えることを目的としている。)
とのことなので、かなり老舗みたい。
メニューはこちら。いろいろあります。味わいがチャートになってるので、初めての人でもわかりやすいね。
だがしかし、私はとにかく酸っぱいビール信者なので、酸っぱいビールをチョイスします。
🍺 NO KPI / Session Hazy IPA
ふつうに美味しい〜!いい感じのグレフル感で飲みやすくておいひー!まだちょっと明るので、こういう軽めのやつ最高。
香港でも韓国でも、普通のレストランはあんまり英語が通じない中、クラフトビール屋の店員さんは���ぼ英語が喋れるので、旅行中も重宝していたのだけど、深圳はクラフトビール屋さんでも全然英語通じないのね...さすが内需だけで十分生きていける国...観光客も来ないから、英語が使える必要がない... というか、授業でも英語の授業って無いのかな。
お次は酸っぱいやつが飲みたかったので、メニューにある「Say Hi Lake / Cider」か「Cola Sour Ale」が飲みたかったのだが、売り切れとのこと。
お店のお兄さんに「何かおすすめある?」と聞いてみたら、テイスティングでこれをくれた。飲んでみたら良さげだったので注文。
🍺 Shan's Opinion / たぶんGose
Brewpubということで、バーの2Fに醸造設備があるみたい。こっちのビールはここで作ったやつ(っぽいことを言っていた)
オンタップのもの全部が全部ここで作られているものじゃないみたいだけど。
ちょっと梅ジュースっぽい味。メニューに名前が書いてなかったので別のお姉さんに聞いてみたところ、「Shan’s Opinion」っていう名前らしい。UNTAPPD見てみたけど出てこず。
ちなみにこのお店、席数はテラス席を足して100席あるか無いかくらいなのに、めちゃくちゃ店員さん多いしワシワシ動いてる。そんなに人数いるか…???苦笑
最初にテーブルについてくれたメガネのお兄さんは、言語が通じないながらもわずかな英語のワードを駆使して説明してくれたり、モバイルバッテリーをバックヤードの電源コンセントで充電してくれたり、めちゃくちゃいい人だったんだけど、その後にカウンターに入った女子がクソすぎた。
お腹空いてたのでタコスも頼んだんだけど、出てくる気配もなく、ビールも飲み終わってしまったので2杯で退散。
お店を出て、COCO Parkからを出て、
隣のブロックのショッピングモールに移動。
移動、またAlipayでシェアサイクル借りてみたんだけど、普通に決済できたので安心して次のお店へ。
◾️RICHKAT BREWERY 猫员外精酿啤酒馆(领展中心城旗舰店)
📍广东省深圳市福田区福华一路3号领展中心城L1层RL1018号
隣のブロックにあるショッピングセンターにあるクラフトビールやさんにきました。いちおうUNTAPPDにも醸造所情報はありましたが、公式Webサイトも落ちているので詳しいことは分からず。
バーはこんな感じ。ネオンたくさんで可愛い。
結構広いです。全部入れたら200席くらいあるんちゃうかな?
平日なので、まだまだお客さんは少ないです。
メニューはこちら。猫かわいい。
隣の席のカップルは、このめちゃくちゃでかいビアカクテルのサーバーっぽいやつを頼んでました。
ここのバーもさっきと同様で、店員さんは英語全く分からない様子。メニューを指さしながら、身振り手振りで注文するしかない状況。
(追記)東洋経済の以下の記事を読む限り、日本よりも中国の方が早い段階で義務教育での英語はスタートしていたらしい。何でしゃべれんのや...?
何回もやりとりをするのがめんどくさいので、2杯いっきに注文。
🍺 果茘番番 Guava&Lychee Gose(左)
🍺 沖浪 Second Wave / West Coast Pilsner(右)
両方とも330mlを注文。会員かそうじゃ無いかで値段が違うようで、私はもちろん会員じゃ無いので、左が38元(=約760円)、右が28元(=約560円)でした。
お腹空いてきたのでルーローハンも注文。
フラッシュ焚いてみるとめちゃくちゃレトルト感あるな。もうちょっといいつまみ出してくれよ、というのは期待してはいけない。
街のイルミネーションショーが始まったっぽいのでテラスへ。
なぜか店員さんも外に出てきて写真撮ってた。毎日やってるんじゃないのかな?謎。
ここでまたトラブル発生。
Alipayでの自転車レンタルは問題なかったのに、なぜか飲食店での決済ができない問題が発生。しかも「さっきのお店では払えたのに、今回のお店では払えない」パターン。財布の中の現金をかき集めて、何とか支払い。
街中でのパブクロールは終わったので、一回ホテルに帰ります。
こういうのみると、今の中国はほんとに活気と勢いがあることを実感。日本は元気なくなってきちゃったよね。。。。そして、海外の人が渋谷のスクランブル交差点とか歌舞伎町とか行きたがる気持ちがわかるわ。キラキラした街みるの楽しいよね。
ホテルに戻り、充電をし、もともと行こうと思っていた南山区のビアバーに向かいます。X(旧Twitter)でフォロワーさんにおすすめのお店を教えていただいたので、そこの住所をホテルマンに伝え、タクシーで向かうことに。
タクシーからさっきのでかいビルが見えます。摩天楼。
思えば遠くまでやってきました。
南山エリアのハズレのハズレ、住宅街みたいなところにきました。
◾️白頭山麦酒商店(白头山麦酒商店)
📍广东省深圳市南山区望海路1099号双玺花园一期128号
ボトルショップ兼ビアバーみたいな感じ。
置いてあるビールの8割が知らない中国のやつ...!!海外ものもいくつか置いてあるので、深圳のクラフトビールマニアに人気なのかもしれない。
ここで再度トラブル発生。
さっきホテルから出してもらったタクシーでも、Alipayが全然使えなくて、何とか財布の中の現金をかき集めて支払って(88元くらい)、ここのお店でもギリギリ現金残ってるくらいの値段のビールを選んだのだが、またAlipayも使えず、現金での支払いも受付できない、ということで......
お店のお姉さんが「ニホンダイスキ!ニホンジンアリガトウ!」と言いながら、ビール持って行っていいよと言ってくれたので、お言葉に甘えていただいてしまった...
(追記)帰国後、この時にいただいたビールを飲んだのだが、ものすごい色でものすごいジュース的な味わいのキウイのビールでした。
BUBBLE LAB BREWERYという浙江省の醸造所のもの。
「GOSE」って書いてあるけど、ゴーぜ感はゼロの謎ビール。笑
🍺 KIWI MIRACLE TRIBE GOSE / BUBBLE LAB BREWERY
Alipayが使えなければ、充電があっても電波があっても、文明の利器はただの文鎮......(今回3回目)
ここでどっぷりと疲れてしまい、本当はもっと南山のクラフトビールバーを巡るつもりが、もうホテルに帰ることに。現金もない、Alipayも使えない、クレジットカードも受け付けてくれない、そんな私はお店に行っても何もできないのです...
悲しみの帰宅。
◾️おまけ
本当はもっと巡りたかったビアパブたち。南山区に集まっているようなので、次、万が一、深圳に行く機会があれば行ってみます。。。ビザが必要な間は多分行かない。。。
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2023.4.17~19 八甲田山
『残雪の八甲田山行珍道中』
日時 2023年4月17日(日)~19日(水)
メンバー ヒロさん、ミジカイさん、ウメちゃん、岳人(記)
コース 酸ヶ湯温泉(8:00)➡仙人岱避難小屋(9:30)➡大岳(11:30)➡大岳鞍部避難小屋(12;00)➡毛無岱➡酸ヶ湯温泉(14;00)
4月集会後の🍺飲み会の席で、隣の ミジカイ さんから「再来週、八甲田山に行くんだけど一緒に行かない?」と声が掛かり、物の弾み?で「良いよ、行くよ!」と簡単に応えてしまった。
23年前に月稜会が初めて一泊二日の紅葉山行で観光バスを借りて、会員、ОB、知人を35人を掻き集めて実施し、素晴らしい紅葉を眺めて以来、是非「雪の八甲田山」に登りたいと思って居たからだ。
又、下山時に入浴した趣のある「酸ヶ湯温泉」に泊まれるのも楽しみでした。
16日(日)、13時「東北道浦和インター」に近い我が家迄、ヒロさんが二人のお姐さんを乗せて迎えに来て繰れました。
さあ~、いよいよ片道約750キロの旅です。全員元気?で出発です。
ヒロさん、ウメちゃん、私の順番で運転を交代して22時頃に「酸ヶ湯温泉」に到着しました。
天候は予想を裏切り雪とミゾレです。何処かテントを張れる場所がないかと駐車場をウロウロ廻り「ロープウエー駅」に行ってみましたが何も有りません。
隣の「ガイド事務所」で「素泊まりできる所は無いか?」と尋ねても「無いね~、車で寝たら?」と冷たい返答です。
結局ヒロさんの記憶に在る駐車場が見つからず「酸ヶ湯温泉」の駐車場で寒い~寒いファーストビバークとなりました。
各自狭い座席で合羽とダウンを着込んで寒さや睡魔と戦い?翌日の朝5時頃「宿の温かいサロン」に入れて貰いホットしました。
17日(月)、朝の仙人風呂に入り天候の回復を待ちましたが雪は止まず、相談の結果「弘前城跡」の桜見物観光となりました。
弘前市までは40分位です。途中で全国旅行支援で得た「電子クーポン」でお土産を調達しました。
満開時なので桜祭りが開催され、コロナも落ち着いた事も有り、大勢いの観光客が出てました。
「弘前市で一番美味しいお店は何処ですか?」とミジカイさんが何人かの人に尋ね
あっちこっち歩き廻ってやっと昼飯に在り付きました。
3時頃「酸ヶ湯温泉」に戻りましたが山の麓は相変わらず小雪がパラパラ振って明日の天候が気になります。
宿にチェツクインして男部屋で4人で軽く飲み、夕食の会場で先ずは生ビールで明日の晴天を祈って乾杯しました。
18日(火)、朝、目を覚まし「ソー」と障子を開けると明るい空に所々に蒼空も見えます。《遣った!》願いが叶って今日は「八甲田山」に登れそうだ!
予定通り6時40分には山姿に着替えた4人は、朝食会場でタップリお腹にご飯を詰め込む。
嬉しさを押し殺して装備を身に着け、記念写真を撮って旅館の裏手の神社に向かった。そこが登山口で、既に山スキーツアーのシュプールが続いていた。
8時、山スキーのヒロさんと別れて〔ウメちゃん、 ミジカイ さん、 岳人 〕の順番で歩き始める。夏ならば今日のコースは4時間30分位だが、久し振りに雪山入り私の足では多分6時間位を要するだろう?と思った。
二人に迷惑を掛けないのは「バテない」事である。それには、最初から最後迄自分のペースで歩き抜く事だ!
ウメちゃんが50㍍位先をルートを捜しながら行く、20㍍程離れてミジカイさんが、ルート再確認し私の状態を観ながら進むと云う状況です。
それにしても良く晴れたものだ。昨夜は寝付く迄は晴れは期待せず、雪の中を必死で登る姿を想像してたので嬉しくたまらない。
仙人岱避難小屋から少しルートを間違え20分程ロスをするが、順調に大岳の登りに取付く。森林限界を越えた所でアイゼンを着用する。
強風が吹き始めて視界が一気に悪くなる。一歩一歩アイゼンを効かせて喘ぎ喘ぎ登り続ける。顔を上げればミジカイさんが10㍍程先で、私を観ながら「頑張れ!頑張れ!」と応援してる様だ。ここは未だ冬山だ。
眼下を見下ろすと雪の急斜面が、見えない視界に「ズー」と続いてる。
滑ってはいけない、緊張しながら更に一歩、一歩と登り続ける事30分、遂に大岳の頂に着いた。「遣った!」視界は全く効かない強風の中で3人は喜びと嬉しさを爆発させた。遠い遥かの東北の「雪の八甲田山」に登ったぞ!
スノーシュー登山のカップルと記念写真を撮り合って急いで下山する。
大岳鞍部避難小屋の近くで、山スキーのヒロさんと出くわす。
頂上とは打って変わって蒼空の好天だ。写真を撮り合って別れ、少し下ると
山スキーツアーのパーテイーが休憩した。我々もここで一服する。
そこから「広大な毛無岱の雪原」をウメちゃんとミジカイさんのスマホのルート図を頼りに延々と歩き続け無事に「酸ヶ湯温泉」に戻った。時間は14時ピッタリで私の予想通リ6時間の行動時間だった。直ぐにヒロさんも戻り旅館前で歓喜?のグータッチをした。
この日は早々に♨温泉に入り、男部屋でお祝いの宴会となる。
中日の今日がこんなに良い天気に恵まれて、それぞれの目的が達せられた事に感謝と喜びを感じて大いに盛り上がりました。
誰かが持参した15000円のワインもアッと云う間に飲み干されました。
その嬉しは夕食時にも持ち越され、終了時間ギリギリ迄席を立たなかったのでスタッフの方に嫌な顔をされたみたいです?
19日(水)目を覚ますとミゾレが降ってました。
何時もの通リ6時40分に朝食会場で顔を合わせ今日の予定を話し合う。
ミゾレは止んだようだが、今日の長い帰路を考えると、今から行動しても急がし過ぎるから山は止めて「奥入瀬渓流から十和田湖」の観光コースで帰る事にする。私も含めて全員、昨日の山行で今回は充分満足した様だ。
取り敢えず〔全国旅行支援〕で得た〔電子クーポン〕を使ってしまおうと云う事で30分程戻り、農協の経営する店舗で美味しいと云われる「アップルパイ」の入荷を待って購入したが、端末が無く〔電子クーポン〕は使えなかった😭。
しかし、奥入瀬渓流の売店で〔電子クーホン〕を使い切ってホッとする。
寒そうな「十和田湖」を後にして、一路東京へと車を走らせた。
帰りはノンビリムードで、「昼飯&夕食」とSAに寄ったのでお腹が一杯だった。
我が家に着いたのが21時。
「酸ヶ湯温泉」にから約13時間の長旅だったが、皆さん22時には帰宅出来たらしく「ホッ」としました。やっぱり「八甲田山」は遠い。
でも、今回のような気心の知れた素晴らしい山仲間と一緒に登り、大いに飲み、タップリ語り、過ごした3日間は貴重な時間でした。
皆さん有難うございました。
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堀部安嗣さん講演 (2023.02.22 於・前橋工科大学 演題『私のパッシブデザイン』
…
積極的に受け身であること
理系・文系 ふしぎな分け方
他の言い方は無いのかな、
→時間の流れかた、概念が、理系と文系では違う
横で一定・理系 時間とともに成長していく、という概念
ぐるぐるぐるぐる循環・文系
理系の人が作り上げるもの・コンピュータ、エアコン、車etc.
文系 1000年前以上の、弘法大師の書
200年以上まえのモーツァルトの音楽
ドストエフスキーの文学
いつの時代でも良いものは良い
1日の循環
建築の世界 理系的・文系的のバランスのとれた世界 いろんなタイプの人がいる方がよい
警鐘を鳴らす、ブレーキをかける建築家
堀部さんは、文系的だと自覚
建築は、果たして進歩しているか、進化しているか。
防水技術、免震技術 進歩
それらが人の幸せに役に立っているか
…
映画 ファースト・マン
静謐な映画
ニール・アームストロング船長の自伝的な映画
人類の栄光の光の裏にある闇、影
地球上では、自然ゆたかな所での家族との暮らし 東西冷戦 生存確率の低いロケットに乗り、たどり着いたのは空気もない死の星
地球は緑豊かで美しい土地だったのに、なぜ危険をおかしてまで
瀬戸内海の美しい自然
いまでも200年前の風景の残る
東京のほうが進んでるよね、との劣等意識を持つことが多い。もったいないこと。
讃岐市のプロジェクト
やりたいこと、ただひとつ。
この土地を、国立公園にふさわしい土地に戻してゆく 建築もいらない、けど、建築の役割はあるし、できること、人々に安心を与えることは建築に出来る
東京の風景 東京の方が豊かだと、地方の人は錯覚してしまっている ふしぎなこと
富山 宝物があるのに
兵庫 20年前は森だったところ
中央へ、宇宙へ
侵略 キリがない
宮沢賢治の詩 僕は家族にほめられた、僕は世界に誉められた、その先にどこへ行けば?
コロナ禍 ステイホームの自粛のとき、自分の足元を見つめざるを得ない→自分の地域の良い点に気づいた 足元への評価
roots
根源
根のあるもの
足元にすでに持っているもの
どんなものを土台にして、私たちは思考しているのか
…
原風景
横浜の鶴見
色んな人が行きかうカオス
鶴見線 鉄ちゃんのあいだでは有名
中学のとき、ヨーロッパ 写真を撮った
国道駅のアーチとのかさなり
自作でも 意識したわけではない、原風景が滲み出る →設計という行為
曹洞宗大本山 近所に
お寺のもつ悠久の時間の流れ、不気味さ、幼少期触れて生きてきたことは幸運だった
大きなお寺は風景が変わらない
50年前の樹 祖父と一緒にみた
再訪するもき、私はここで生まれてきたのだ、と実感 そこでの、子どもと老人のことを祖父と私にかさねる
記憶 確かな記憶のない限り、未来を見出せない お墓 ショッピングセンターが立ったり、バイパスが通ったりすることはない
静岡県浜松市 趣のある素晴らしい日本家屋・庭に住んでいた。今、その場所は道路の下に眠っている 往時の記憶が甦らない、すべて破壊されている 道路による記憶の破壊
…
見たこともない、感じたこともないものは
つくれるのだろうか?
設計 それ以外はできない
見て感じたもの、記憶を頼りに、今へ状況へ再現する
いきなり_
幸せについて
同伴者と吹雪のなか、つらい登山のイメージ
つらい、眠い、衣服はびちょびちょに
そのなかで、暖かな山小屋を発見する
幸せに とても小さな建築で、いろいろなことが出来る。食べる、眠るetc.
人種のちがいも関係ない、歳の差も関係ない
信じている宗教も関係ない inclusiveな
外部環境が室内に入り込んで来たような建築でも、庇の出が陽を遮ったり、風通しがよかったり、床の肌触りがよい、など。自然環境を、変換している。 ホモ・サピエンスの
日本の庭のおもしろさ 私たちにはあたりまえ、だが、フランスの建築学生と京都のこうとういんに行ったとき、おもしろい、おもしろい、と。音がおもしろい。アプローチの石のヴァリエーション 靴を脱ぐ所スノコ、畳、めまぐるしく床の材料が変化してゆく。こんな小さなところで、これほどの変化していくのは面白い。
新緑の美しく見える秘訣 背後の常緑樹
新緑の淡さを引き立てる、背景としての濃い緑
全部が新緑、全部が常緑、というのがふつう
アメリカとか
コンビネーションのあるのは珍しい
…
人間の感情はどうして生まれたのか
生存のために必要となる、咄嗟の行動や判断のために進化の過程で作られた
森でクマに出会う。恐怖の感情を抱く、その後の行動の選択肢を広げていく 恐怖という感情を引き金にして
仲良しの友達、幸せ、喜びの感情
こいつと付き合っていると、自分は生存できるぞ、との。
生存のための引き金、スイッチ
雪の夜の暖かな山小屋
生存の喜び
反対に、もう生きていたくない、とか、生存のことを考えていない人は、感情の起伏がなくなってくる 感情の、生存における大切さ
ヒュッゲ デンマークの概念
これを日常生活でしているからこそ、世界でいちばん幸せな国とされる
日本 先進国のなかでは幸せ指数が低い
ヒュッゲの反対をやってきた
150年前・200年くらい前は、日本もそうしていた。
今の日本の住の風景
居住性の進歩 けれども、それらがある程度達成できたとき、この姿が、幸せな住まいの環境なのか、と。
使い捨てられるもので風景が構成されている。幸せ感の乏しいのは、使い捨ての時代だからでは?
竹富島 色んな不便、不都合、多々
住まいや環境はトータル 幸せ感としてはこちら
…
あるものを活かす
パッシブデザイン
あるものとは?
気候風土、自然エネルギー
歴史、文化
記憶
風景
ハードウェアではなく、ソフトウェア、手に触れられないもの
ブリコラージュ ありあわせのもので作る
→『和』では?
和風とは、有り合わせで作られる、非常にレベルの高い行為から生まれる
家庭料理 素晴らしいブリコラージュ
冷蔵庫の残り物、スーパーで買ってきたものと合わせて
和 足し算 引き算
ほうれん草の胡麻和え
和えている
明太子スパゲッティ
日本の人たちの得意としていた
極東 漂流物を、イノセントにあり合わせて組み合わせて作りあげた
cnt.) ないものをねだる
自分がすごく良いものをもっているのに、何か他を憧れる
→侵略や戦争へ
70数年前、わたしたちも痛い目にあった。資源、植民地
…
モーターボート アクティブ
ヨット パッシブ
これからは燃料も高いし、すべてヨットのような建築に、という訳ではない。
ふたつの要素を足し合わせる、共存させる
どっちか一方では足りない、幸せ感を感じる住まいにはならない
目的
幸せ感 心身が楽になる 健やかに暮らす
手段
アクティブ+パッシブ
ご利益
省エネルギー
光熱費削減
…
温熱デザインへの取り組み
まずはパッシブ 太陽の恵み、土地の持つポテンシャル
アクティブ 性能の良いエアコン それを活かす
建物の性能 断熱性能、気密性能
ねこ は、居心地の良い場所を見つける天才
猫が天才であるわけではない。
ホモ・サピエンスが何故、そう思うか。
ホモ・サピエンスと猫の心地よいと感じる場所が近い 犬の心地よいところとはちょっと違う
猫 生まれたところは、暑いところ。暑さにはつよい
犬 暑いところではハアハア
ホモ・サピエンス 暑さに強い
30℃越えでも走れる
寒さに弱い パフォーマンスができない
吾輩は猫である、で、人を評して、やかんみたい、と。
ホモ・サピエンス アフリカ起源
それからどんどん北上
ほとんどの歴史を暑いところで暮らしてきた
→住まいをあったかくしましょう、というのが、私の建築観
…
私たちは生存できるのか
孫の世代まで、良い環境はあるのか
狩猟採取時代もよりは生存の危機を感じないことが多くなった現代人
コロナ禍でそれを意識
ほんとうに、このさき建築をつくれるのだろうか
生存の危機を感じたこと
→しっかり認識して、どういう建築が出来るのかetc.を自問すべき
あるものを活かす、というのがおおきなヒント
熱容量の大きな家 非常に効果がある
住まわれている人たちの幸せ感がおおきいと感じることが増えた
あるものを活かす 壁からの放射温度が快適
…
安定した家に居ると、外に出たくなる
屋根のかかった屋外に出たくなる
両親の葉山の家
半屋外
→ヒント、韓国の民家
冬の部屋と夏の部屋が分かれている。
冬の部屋 紙、オンドル
夏の部屋 ふきっさらし
潔い構成だなー。
…
鎌倉 扇ケ谷の家
スタディ いろいろ
最後の決め手はパッシブデザイン
南面の窓を大きく
あれもこれもダメ、となると何の一歩も踏み出せない 太陽光発電は、戸建ての屋根に乗せるのは素敵なことと自分は考える
けど、美しい瓦の屋根にそれが乗るのは、というのもあった
情緒的なものと機能的なものを合わせる
デザインによってできうる
シンプルに、自宅の庭で野菜を作る、みたいに太陽光発電を考えている
電気、移動に莫大なコスト 自分の家で発電できることは爽やかなのではないかな
デザインの力です達成できる、との信念
…
南面 ソーラー
北側 庭的な グレアの少ない
アメリカ サンタモニカ
街区 太い道路 細い道路
太い 伝統 雑多なものが出ないように
細い サービス機能
(細い道路の方 日本の街の感じと似ている)
…
土地は親から譲り受けたものではなく、孫から借りているもの。ネイティブ・アメリカンの言葉
貰ったものなら汚してもよい
借りたものなら汚してはいけない
自身の所有の土地としても、その意識で
「土地を所有している」といっても、多くは所有していない、太陽、大地の奥、雨、風
原発
覚醒剤をやって人生を破滅した人が覚醒剤の怖さを語ると説得力がある
原子力の怖さ、ヤバさを、説得力を持って語れる 原発から10年、原爆から100年経っていない いま、原発が再稼働しようと。
…
↓私の質問への答え。堀部さんが書いていた、トタン小屋の形の美しさと、著書『建築を気持ちで考える』でのアスプルンドの章について
.
益子さん
住まいは掘立小屋くらいでいい
そこを整えいく
しかし、人の家を設計するとなると、、
自宅と人の家で設計が変わる
アスプルンドの章、気持ちが入��ている
大好きな建築家
自分の設計は、形式性 構造の綺麗さ、コスト、施工性などから考えている。
正面性とか歴史性とかからではない
アスプルンドの建築、死者の声がする。彼の死生観が感じられる建築
…
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Greek yogurt Nun あんず
珍しく白背景じゃないヨーグルト写真⛄️⛩
年始に京都のヨーグルト屋さんGreek yogurt Nunさんに遠征した時のレポ!
東京に持ち帰ってゆっくり撮影できればよかったんやけど、どれも“2日ぐらいは持つけど、おいしいのは買ってすぐ”とのことで、取り急ぎ3点を近くのベンチで試食してきました😋
屋外での撮影の準備が整っておらず、Instagramで動画をご覧いただいてる方はもどかしいシーン多発でスミマセン😂
Greek yogurt Nun
YouTuberのゆちさんが、韓国のグリークヨーグルトの流行を取り入れて昨年9月16日にオープンされたヨーグルト屋さん。
古川町商店街で11~18時営業。
時間内でも売り切れることが多いのと、お休みの日もあるのでInstagram @nunyogurt で情報確認しつつの訪問が🙆🏻♀️
スペック
韓国で流行の「グリークヨーグルト」は、ゴチゴチに水切りをしたヨーグルト。
これはそのグリークヨーグルトにドライフルーツを漬け込んだシリーズで、日によって果物は変わるらしい。
この日に出てたのはあんず🧡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧
開封
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧
真っ白のヨーグルトに鮮やかなオレンジ色の杏果肉がざく切りでたくさん入ってる😍
ゴッチゴチに水切りされたヨーグルトとのコントラストよ。
ビジュアル最高🧡🧡🧡
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧
頂きます🙏
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モッサモッサ😍
グリークヨーグルトってほんますごいな。
水切りの次元が日本のギリシャヨーグルトと全然違う!
ヨーグルト部分には思ったほどフルーツの味は染みてなくて、プレーンに近い味わい。
クリームチーズみたいでうまうま🤤🤍
そして果肉!
すご!!!!
シャキシャキしてる🧡🧡🧡
めっちゃ意外!
素晴らしい咀嚼音が響きわたってクセになる✨
しっかり咀嚼してるとじわじわ杏の味が染み出してきて、ストイックなグリークヨーグルトと徐々に馴染んでくる変化に全神経を集中したくなる神々しい体験…
うまぁぁぁぁぁぁ😭💕
素材の味が大切にされてて、ゆちさんのヨーグルト愛がめためた溢れてる。
噛めば噛むほどおいしくて止まらーん!
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無脂乳固形分
乳脂肪分
栄養成分
原材料名
記載なし
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購入価格
430円(税込)
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お店のトレードマーク、かわいい!
ゆちさんの本名が「ゆき」やから雪だるまなんかな⛄️💕
硬い!
この果肉がびっくりするほどシャキシャキ!
ゴチゴチに水切りされてるのがグリークヨーグルト。
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【小説】The day I say good-bye (1/4) 【再録】
今日は朝から雨だった。
確か去年も雨だったよな、と僕は窓ガラスに反射している自分の顔を見つめて思った。僕を乗せたバスは、小雨の降る日曜の午後を北へ向かって走る。乗客は少ない。
予定より五分遅れて、予定通りバス停「船頭町三丁目」で降りた。灰色に濁った水が流れる大きな樫岸川を横切る橋を渡り、広げた傘に雨音が当たる雑音を聞きながら、柳の並木道を歩く。
小さな古本屋の角を右へ、古い木造家屋の住宅ばかりが建ち並ぶ細い路地を抜けたら左へ。途中、不機嫌そうな面構えの三毛猫が行く手を横切った。長い長い緩やかな坂を上り、苔生した石段を踏み締めて、赤い郵便ポストがあるところを左へ。突然広くなった道を行き、椿だか山茶花だかの生け垣のある家の角をまた左へ。
そうすると、大きなお寺の屋根が見えてくる。囲われた塀の中、門の向こうには、静かな墓地が広がっている。
そこの一角に、あーちゃんは眠っている。
砂利道を歩きながら、結構な数の墓の中から、あーちゃんの墓へ辿り着く。もう既に誰かが来たのだろう。墓には真っ白な百合と、あーちゃんの好物であった焼きそばパンが供えてあった。あーちゃんのご両親だろうか。
手ぶらで来てしまった僕は、ただ墓石を見上げる。周りの墓石に比べてまだ新しいその石は、手入れが行き届いていることもあって、朝から雨の今日であっても穏やかに光を反射している。
そっと墓石に触れてみた。無機質な冷たさと硬さだけが僕の指先に応えてくれる。
あーちゃんは墓石になった。僕にはそんな感覚がある。
あーちゃんは死んだ。死んで、燃やされて、灰になり、この石の下に閉じ込められている。埋められているのは、ただの灰だ。あーちゃんの灰。
ああ。あーちゃんは、どこに行ってしまったんだろう。
目を閉じた。指先は墓石に触れたまま。このままじっとしていたら、僕まで石になれそうだ。深く息をした。深く、深く。息を吐く時、わずかに震えた。まだ石じゃない。まだ僕は、石になれない。
ここに来ると、僕はいつも泣きたくなる。
ここに来ると、僕はいつも死にたくなる。
一体どれくらい、そうしていたのだろう。やがて後ろから、砂利を踏んで歩いてくる音が聞こえてきたので、僕は目を開き、手を引っ込めて振り向いた。
「よぉ、少年」
その人は僕の顔を見て、にっこり笑っていた。
総白髪かと疑うような灰色の頭髪。自己主張の激しい目元。頭の上の帽子から足元の厚底ブーツまで塗り潰したように真っ黒な恰好の人。
「やっほー」
蝙蝠傘を差す左手と、僕に向けてひらひらと振るその右手の手袋さえも黒く、ちらりと見えた中指の指輪の石の色さえも黒い。
「……どうも」
僕はそんな彼女に対し、顔の筋肉が引きつっているのを無理矢理に動かして、なんとか笑顔で応えて見せたりする。
彼女はすぐ側までやってきて、馴れ馴れしくも僕の頭を二、三度柔らかく叩く。
「こんなところで奇遇だねぇ。少年も墓参りに来たのかい」
「先生も、墓参りですか」
「せんせーって呼ぶなしぃ。あたしゃ、あんたにせんせー呼ばわりされるようなもんじゃございませんって」
彼女――日褄小雨先生はそう言って、だけど笑った。それから日褄先生は僕が先程までそうしていたのと同じように、あーちゃんの墓石を見上げた。彼女も手ぶらだった。
「直正が死んで、一年か」
先生は上着のポケットから煙草の箱とライターを取り出す。黒いその箱から取り出された煙草も、同じように黒い。
「あたしゃ、ここに来ると後悔ばかりするね」
ライターのかちっという音、吐き出される白い煙、どこか甘ったるい、ココナッツに似たにおいが漂う。
「あいつは、厄介なガキだったよ。つらいなら、『つらい』って言えばいい、それだけのことなんだ。あいつだって、つらいなら『つらい』って言ったんだろうさ。だけどあいつは、可哀想なことに、最後の最後まで自分がつらいってことに気付かなかったんだな」
煙草の煙を揺らしながら、そう言う先生の表情には、苦痛と後悔が入り混じった色が見える。口に煙草を咥えたまま、墓前で手を合わせ、彼女はただ目を閉じていた。瞼にしつこいほど塗られた濃い黒い化粧に、雨の滴が垂れる。
先生はしばらくして瞼を開き、煙草を一度口元から離すと、ヤニ臭いような甘ったるいような煙を吐き出して、それから僕を見て、優しく笑いかけた。それから先生は背を向け、歩き出してしまう。僕は黙ってそれを追った。
何も言わなくてもわかっていた。ここに立っていたって、悲しみとも虚しさとも呼ぶことのできない、吐き気がするような、叫び出したくなるような、暴れ出したくなるような、そんな感情が繰り返し繰り返し、波のようにやってきては僕の心の中を掻き回していくだけだ。先生は僕に、帰ろう、と言ったのだ。唇の端で、瞳の奥で。
先生の、まるで影法師が歩いているかのような黒い後ろ姿を見つめて、僕はかつてたった一度だけ見た、あーちゃんの黒いランドセルを思い出す。
彼がこっちに引っ越してきてからの三年間、一度も使われることのなかった傷だらけのランドセル。物置きの中で埃を被っていたそれには、あーちゃんの苦しみがどれだけ詰まっていたのだろう。
道の途中で振り返る。先程までと同じように、墓石はただそこにあった。墓前でかけるべき言葉も、抱くべき感情も、するべき行為も、何ひとつ僕は持ち合わせていない。
あーちゃんはもう死んだ。
わかりきっていたことだ。死んでから何かしてあげても無駄だ。生きているうちにしてあげないと、意味がない。だから、僕がこうしてここに立っている意味も、僕は見出すことができない。僕がここで、こうして呼吸をしていて、もうとっくに死んでしまったあーちゃんのお墓の前で、墓石を見つめている、その意味すら。
もう一度、あーちゃんの墓に背中を向けて、僕は今度こそ歩き始めた。
「最近調子はどう?」
墓地を出て、長い長い坂を下りながら、先生は僕にそう尋ねた。
「一ヶ月間、全くカウンセリング来なかったけど、何か変化があったりした?」
黙っていると先生はさらにそう訊いてきたので、僕は仕方なく口を開く。
「別に、何も」
「ちゃんと飯食ってる? また少し痩せたんじゃない?」
「食べてますよ」
「飯食わないから、いつまでも身長伸びないんだよ」
先生は僕の頭を、目覚まし時計を止める時のような動作で乱雑に叩く。
「ちょ……やめて下さいよ」
「あーっはっはっはっはー」
嫌がって身をよじろうとするが、先生はそれでもなお、僕に攻撃してくる。
「ちゃんと食わないと。摂食障害になるとつらいよ」
「食べますよ、ちゃんと……」
「あと、ちゃんと寝た方がいい。夜九時に寝ろ。身長伸びねぇぞ」
「九時に寝られる訳ないでしょう、小学生じゃあるまいし……」
「勉強なんかしてるから、身長伸びねぇんだよ」
「そんな訳ないでしょう」
あはは、と朗らかに彼女は笑う。そして最後に優しく、僕の頭を撫でた。
「負けるな、少年」
負けるなと言われても、一体何に――そう問いかけようとして、僕は口をつぐむ。僕が何と戦っているのか、先生はわかっているのだ。
「最近、市野谷はどうしてる?」
先生は何気ない声で、表情で、タイミングで、あっさりとその名前を口にした。
「さぁ……。最近会ってないし、電話もないし、わからないですね」
「ふうん。あ、そう」
先生はそれ以上、追及してくることはなかった。ただ独り言のように、「やっぱり、まだ駄目か」と言っただけだった。
郵便ポストのところまで歩いてきた時、先生は、「あたしはあっちだから」と僕の帰り道とは違う方向を指差した。
「駐車場で、葵が待ってるからさ」
「ああ、葵さん。一緒だったんですか」
「そ。少年は、バスで来たんだろ? 家まで車で送ろうか?」
運転するのは葵だけど、と彼女は付け足して言ったが、僕は首を横に振った。
「ひとりで帰りたいんです」
「あっそ。気を付けて帰れよ」
先生はそう言って、出会った時と同じように、ひらひらと手を振って別れた。
路地を右に曲がった時、僕は片手をパーカーのポケットに入れて初めて、とっくに音楽が止まったままになっているイヤホンを、両耳に突っ込んだままだということに気が付いた。
僕が小学校を卒業した、一年前の今日。
あーちゃんは人生を中退した。
自殺したのだ。十四歳だった。
遺書の最後にはこう書かれていた。
「僕は透明人間なんです」
あーちゃんは僕と同じ団地に住んでいて、僕より二つお兄さんだった。
僕が小学一年生の夏に、あーちゃんは家族四人で引っ越してきた。冬は雪に閉ざされる、北の方からやって来たのだという話を聞いたことがあった。
僕はあーちゃんの、団地で唯一の友達だった。学年の違う彼と、どんなきっかけで親しくなったのか正確には覚えていない。
あーちゃんは物静かな人だった。小学生の時から、年齢と不釣り合いなほど彼は大人びていた。
彼は人付き合いがあまり得意ではなく、友達がいなかった。口数は少なく、話す時もぼそぼそとした、抑揚のない平坦な喋り方で、どこか他人と距離を取りたがっていた。
部屋にこもりがちだった彼の肌は雪みたいに白くて、青い静脈が皮膚にうっすら透けて見えた。髪が少し長くて、色も薄かった。彼の父方の祖母が外国人だったと知ったのは、ずっと後のことだ。銀縁の眼鏡をかけていて、何か困ったことがあるとそれをかけ直す癖があった。
あーちゃんは器用だった。今まで何度も彼の部屋へ遊びに行ったことがあるけれど、そこには彼が組み立てたプラモデルがいくつも置かれていた。
僕が加減を知らないままにそれを乱暴に扱い、壊してしまったこともあった。とんでもないことをしてしまったと、僕はひどく後悔してうつむいていた。ごめんなさい、と謝った。年上の友人の大切な物を壊してしまって、どうしたらよいのかわからなかった。鼻の奥がつんとした。泣きたいのは壊されたあーちゃんの方だっただろうに、僕は泣き出しそうだった。
あーちゃんは、何も言わなかった。彼は立ち尽くす僕の前でしゃがみ込んだかと思うと、足下に散らばったいびつに欠けたパーツを拾い、引き出しの中からピンセットやら接着剤やらを取り出して、僕が壊した部分をあっという間に直してしまった。
それらの作業がすっかり終わってから彼は僕を呼んで、「ほら見てごらん」と言った。
恐る恐る近付くと、彼は直ったばかりの戦車のキャタピラ部分を指差して、
「ほら、もう大丈夫だよ。ちゃんと元通りになった。心配しなくてもいい。でもあと1時間は触っては駄目だ。まだ接着剤が乾かないからね」
と静かに言った。あーちゃんは僕を叱ったりしなかった。
僕は最後まで、あーちゃんが大声を出すところを一度も見なかった。彼が泣いている姿も、声を出して笑っているのも。
一度だけ、あーちゃんの満面の笑みを見たことがある。
夏のある日、僕とあーちゃんは団地の屋上に忍び込んだ。
僕らは子供向けの雑誌に載っていた、よく飛ぶ紙飛行機の作り方を見て、それぞれ違うモデルの紙飛行機を作り、どちらがより遠くへ飛ぶのかを競走していた。
屋上から飛ばしてみよう、と提案したのは僕だった。普段から悪戯などしない大人しいあーちゃんが、その提案に首を縦に振ったのは今思い返せば珍しいことだった。そんなことはそれ以前も以降も二度となかった。
よく晴れた日だった。屋上から僕が飛ばした紙飛行機は、青い空を横切って、団地の駐車場の上を飛び、道路を挟んだ向かいの棟の四階、空き部屋のベランダへ不時着した。それは今まで飛ばしたどんな紙飛行機にも負けない、驚くべき距離だった。僕はすっかり嬉しくなって、得意げに叫んだ。
「僕が一番だ!」
興奮した僕を見て、あーちゃんは肩をすくめるような動作をした。そして言った。
「まだわからないよ」
あーちゃんの細い指が、紙飛行機を宙に放つ。丁寧に折られた白い紙飛行機は、ちょうどその時吹いてきた風に背中を押されるように屋上のフェンスを飛び越え、僕の紙飛行機と同じように駐車場の上を通り、向かいの棟の屋根を越え、それでもまだまだ飛び続け、青い空の中、最後は粒のようになって、ついには見えなくなってしまった。
僕は自分の紙飛行機が負けた悔しさと、魔法のような素晴らしい出来事を目にした嬉しさとが半分ずつ混じった目であーちゃんを見た。その時、僕は見たのだ。
あーちゃんは声を立てることはなかったが、満足そうな笑顔だった。
「僕は透明人間なんです」
それがあーちゃんの残した最後の言葉だ。
あーちゃんは、僕のことを怒ればよかったのだ。地団太を踏んで泣いてもよかったのだ。大声で笑ってもよかったのだ。彼との思い出を振り返ると、いつもそんなことばかり思う。彼はもう永遠に泣いたり笑ったりすることはない。彼は死んだのだから。
ねぇ、あーちゃん。今のきみに、僕はどんな風に見えているんだろう。
僕の横で静かに笑っていたきみは、決して透明なんかじゃなかったのに。
またいつものように春が来て、僕は中学二年生になった。
張り出されていたクラス替えの表を見て、そこに馴染みのある名前を二つ見つけた。今年は、二人とも僕と同じクラスのようだ。
教室へ向かってみたけれど、始業の時間になっても、その二つの名前が用意された席には、誰も座ることはなかった。
「やっぱり、まだ駄目か」
誰かと同じ言葉を口にしてみる。
本当は少しだけ、期待していた。何かが良くなったんじゃないかと。
だけど教室の中は新しいクラスメイトたちの喧騒でいっぱいで、新年度一発目、始業式の今日、二つの席が空白になっていることに誰も触れやしない。何も変わってなんかない。
何も変わらないまま、僕は中学二年生になった。
あーちゃんが死んだ時の学年と同じ、中学二年生になった。
あの日、あーちゃんの背中を押したのであろう風を、僕はずっと探してる。
青い空の果てに、小さく消えて行ってしまったあーちゃんを、僕と「ひーちゃん」に返してほしくて。
鉛筆を紙の上に走らせる音が、止むことなく続いていた。
「何を描いてるの?」
「絵」
「なんの絵?」
「なんでもいいでしょ」
「今年は、同じクラスみたいだね」
「そう」
「その、よろしく」
表情を覆い隠すほど長い前髪の下、三白眼が一瞬僕を見た。
「よろしくって、何を?」
「クラスメイトとして、いろいろ……」
「意味ない。クラスなんて、関係ない」
抑揚のない声でそう言って、双眸は再び紙の上へと向けられてしまった。
「あ、そう……」
昼休みの保健室。
そこにいるのは二人の人間。
ひとりはカーテンの開かれたベッドに腰掛け、胸にはスケッチブック、右手には鉛筆を握り締めている。
もうひとりはベッドの脇のパイプ椅子に座り、特にすることもなく片膝を抱えている。こっちが僕だ。
この部屋の主であるはずの鬼怒田先生は、何か用があると言って席を外している。一体なんの仕事があるのかは知らないが、この学校の養護教諭はいつも忙しそうだ。
僕はすることもないので、ベッドに座っているそいつを少しばかり観察する。忙しそうに鉛筆を動かしている様子を見ると、今はこちらに注意を払ってはいなそうだから、好都合だ。
伸びてきて邪魔になったから切った、と言わんばかりのショートカットの髪。正反対に長く伸ばされた前髪は、栄養状態の悪そうな青白い顔を半分近く隠している。中学二年生としては小柄で華奢な体躯。制服のスカートから伸びる足の細さが痛々しく見える。
彼女の名前は、��野ミナモ。僕と同じクラス、出席番号は七番。
一言で表現するならば、彼女は保健室登校児だ。
鉛筆の音が、止んだ。
「なに?」
ミナモの瞬きに合わせて、彼女の前髪が微かに動く。少しばかり長く見つめ続けてしまったみたいだ。「いや、なんでもない」と言って、僕は天井を仰ぐ。
ミナモは少しの間、何も言わずに僕の方を見ていたようだが、また鉛筆を動かす作業を再開した。
鉛筆を走らせる音だけが聞こえる保健室。廊下の向こうからは、楽しそうに駆ける生徒たちの声が聞こえてくるが、それもどこか遠くの世界の出来事のようだ。この空間は、世界から切り離されている。
「何をしに来たの」
「何をって?」
「用が済んだなら、帰れば」
新年度が始まったばかりだからだろうか、ミナモは機嫌が悪いみたいだ。否、機嫌が悪いのではなく、具合が悪いのかもしれない。今日の彼女はいつもより顔色が悪いように見える。
「いない方がいいなら、出て行くよ」
「ここにいてほしい人なんて、いない」
平坦な声。他人を拒絶する声。憎しみも悲しみも全て隠された無機質な声。
「出て行きたいなら、出て行けば?」
そう言うミナモの目が、何かを試すように僕を一瞥した。僕はまだ、椅子から立ち上がらない。彼女は「あっそ」とつぶやくように言った。
「市野谷さんは、来たの?」
ミナモの三白眼がまだ僕を見ている。
「市野谷さんも同じクラスなんでしょ」
「なんだ、河野も知ってたのか」
「質問に答えて」
「……来てないよ」
「そう」
ミナモの前髪が揺れる。瞬きが一回。
「不登校児二人を同じクラスにするなんて、学校側の考えてることってわからない」
彼女の言葉通り、僕のクラスには二人の不登校児がいる。
ひとりはこの河野ミナモ。
そしてもうひとりは、市野谷比比子。僕は彼女のことを昔から、「ひーちゃん」と呼んでいた。
二人とも、中学に入学してきてから一度も教室へ登校してきていない。二人の机と椅子は、一度も本人に使われることなく、今日も僕の教室にある。
といっても、保健室登校児であるミナモはまだましな方で、彼女は一年生の頃から保健室には登校してきている。その点ひーちゃんは、中学校の門をくぐったこともなければ、制服に袖を通したことさえない。
そんな二人が今年から僕と同じクラスに所属になったことには、正直驚いた。二人とも僕と接点があるから、なおさらだ。
「――くんも、」
ミナモが僕の名を呼んだような気がしたが、上手く聞き取れなかった。
「大変ね、不登校児二人の面倒を見させられて」
「そんな自嘲的にならなくても……」
「だって、本当のことでしょ」
スケッチブックを抱えるミナモの左腕、ぶかぶかのセーラー服の袖口から、包帯の巻かれた手首が見える。僕は自分の左手首を見やる。腕時計をしているその下に、隠した傷のことを思う。
「市野谷さんはともかく、教室へ行く気なんかない私の面倒まで、見なくてもいいのに」
「面倒なんて、見てるつもりないけど」
「私を訪ねに保健室に来るの、――くんくらいだよ」
僕の名前が耳障りに響く。ミナモが僕の顔を見た。僕は妙な表情をしていないだろうか。平然を装っているつもりなのだけれど。
「まだ、気にしているの?」
「気にしてるって、何を?」
「あの日のこと」
あの日。
あの春の日。雨の降る屋上で、僕とミナモは初めて出会った。
「死にたがり屋と死に損ない」
日褄先生は僕たちのことをそう呼んだ。どっちがどっちのことを指すのかは、未だに訊けていないままだ。
「……気にしてないよ」
「そう」
あっさりとした声だった。ミナモは壁の時計をちらりと見上げ、「昼休み終わるよ、帰れば」と言った。
今度は、僕も立ち上がった。「それじゃあ」と口にしたけれど、ミナモは既に僕への興味を失ったのか、スケッチブックに目線を落とし、返事のひとつもしなかった。
休みなく動き続ける鉛筆。
立ち上がった時にちらりと見えたスケッチブックは、ただただ黒く塗り潰されているだけで、何も描かれてなどいなかった。
ふと気付くと、僕は自分自身が誰なのかわからなくなっている。
自分が何者なのか、わからない。
目の前で展開されていく風景が虚構なのか、それとも現実なのか、そんなことさえわからなくなる。
だがそれはほんの一瞬のことで、本当はわかっている。
けれど感じるのだ。自分の身体が透けていくような感覚を。「自分」という存在だけが、ぽっかりと穴を空けて突っ立っているような。常に自分だけが透明な膜で覆われて、周囲から隔離されているかのような疎外感と、なんの手応えも得られない虚無感と。
あーちゃんがいなくなってから、僕は頻繁にこの感覚に襲われるようになった。
最初は、授業が終わった後の短い休み時間。次は登校中と下校中。その次は授業中にも、というように、僕が僕をわからなくなる感覚は、学校にいる間じゅうずっと続くようになった。しまいには、家にいても、外にいても、どこにいてもずっとそうだ。
周りに人がいればいるほど、その感覚は強かった。たくさんの人の中、埋もれて、紛れて、見失う。自分がさっきまで立っていた場所は、今はもう他の人が踏み荒らしていて。僕の居場所はそれぐらい危ういところにあって。人混みの中ぼうっとしていると、僕なんて消えてしまいそうで。
頭の奥がいつも痛かった。手足は冷え切ったみたいに血の気がなくて。酸素が薄い訳でもないのにちゃんと息ができなくて。周りの人の声がやたら大きく聞こえてきて。耳の中で何度もこだまする、誰かの声。ああ、どうして。こんなにも人が溢れているのに、ここにあーちゃんはいないんだろう。
僕��どうして、ここにいるんだろう。
「よぉ、少年」
旧校舎、屋上へ続く扉を開けると、そこには先客がいた。
ペンキがところどころ剥げた緑色のフェンスにもたれるようにして、床に足を投げ出しているのは日褄先生だった。今日も真っ黒な恰好で、ココナッツのにおいがする不思議な煙草を咥えている。
「田島先生が、先生のことを昼休みに探してましたよ」
「へへっ。そりゃ参ったね」
煙をゆらゆらと立ち昇らせて、先生は笑う。それからいつものように、「せんせーって呼ぶなよ」と付け加えた。彼女はさらに続けて言う。
「それで? 少年は何をし、こんなところに来たのかな?」
「ちょっと外の空気を吸いに」
「おお、奇遇だねぇ。あたしも外の空気を吸いに……」
「吸いにきたのはニコチンでしょう」
僕がそう言うと、先生は、「あっはっはっはー」と高らかに笑った。よく笑う人だ。
「残念だが少年、もう午後の授業は始まっている時間だし、ここは立ち入り禁止だよ」
「お言葉ですが先生、学校の敷地内は禁煙ですよ」
「しょうがない、今からカウンセリングするってことにしておいてあげるから、あたしの喫煙を見逃しておくれ。その代わり、あたしもきみの授業放棄を許してあげよう」
先生は右手でぽんぽんと、自分の隣、雨上がりでまだ湿気っているであろう床を叩いた。座れと言っているようだ。僕はそれに従わなかった。
先客がいたことは予想外だったが、僕は本当に、ただ、外の空気を吸いたくなってここに来ただけだ。授業を途中で抜けてきたこともあって、長居をするつもりはない。
ふと、視界の隅に「それ」が目に入った。
フェンスの一角に穴が空いている。ビニールテープでぐるぐる巻きになっているそこは、テープさえなければ屋上の崖っぷちに立つことを許している。そう。一年前、あそこから、あーちゃんは――。
(ねぇ、どうしてあーちゃんは、そらをとんだの?)
僕の脳裏を、いつかのひーちゃんの言葉がよぎる。
(あーちゃん、かえってくるよね? また、あえるよね?)
ひーちゃんの言葉がいくつもいくつも、風に飛ばされていく桜の花びらと同じように、僕の目の前を通り過ぎていく。
「こんなところで、何をしていたんですか」
そう質問したのは僕の方だった。「んー?」と先生は煙草の煙を吐きながら言う。
「言っただろ、外の空気を吸いに来たんだよ」
「あーちゃんが死んだ、この場所の空気を、ですか」
先生の目が、僕を見た。その鋭さに、一瞬ひるみそうになる。彼女は強い。彼女の意思は、強い。
「同じ景色を見たいと思っただけだよ」
先生はそう言って、また煙草をふかす。
「先生、」
「せんせーって呼ぶな」
「質問があるんですけど」
「なにかね」
「嘘って、何回つけばホントになるんですか」
「……んー?」
淡い桜色の小さな断片が、いくつもいくつも風に流されていく。僕は黙って、それを見ている。手を伸ばすこともしないで。
「嘘は何回ついたって、嘘だろ」
「ですよね」
「嘘つきは怪人二十面相の始まりだ」
「言っている意味がわかりません」
「少年、」
「はい」
「市野谷に嘘つくの、しんどいのか?」
先生の煙草の煙も、みるみるうちに風に流されていく。手を伸ばしたところで、掴むことなどできないまま。
「市野谷に、直正は死んでないって、嘘をつき続けるの、しんどいか?」
ひーちゃんは知らない。あーちゃんが去年ここから死んだことを知らない。いや、知らない訳じゃない。認めていないのだ。あーちゃんの死を認めていない。彼がこの世界に僕らを置き去りにしたことを、許していない。
ひーちゃんはずっと信じている。あーちゃんは生きていると。いつか帰ってくると。今は遠くにいるけれど、きっとまた会える日が来ると。
だからひーちゃんは知らない。彼の墓石の冷たさも、彼が飛び降りたこの屋上の景色が、僕の目にどう映っているのかも。
屋上。フェンス。穴。空。桜。あーちゃん。自殺。墓石。遺書。透明人間。無。なんにもない。ない。空っぽ。いない。いないいないいないいない。ここにもいない。どこにもいない。探したっていない。消えた。消えちゃった。消滅。消失。消去。消しゴム。弾んで。飛んで。落ちて。転がって。その先に拾ってくれるきみがいて。笑顔。笑って。笑ってくれて。だけどそれも消えて。全部消えて。消えて消えて消えて。ただ昨日を越えて今日が過ぎ明日が来る。それを繰り返して。きみがいない世界で。ただ繰り返して。ひーちゃん。ひーちゃんが笑わなくなって。泣いてばかりで。だけどもうきみがいない。だから僕が。僕がひーちゃんを慰めて。嘘を。嘘をついて。ついてはいけない嘘を。ついてはいけない嘘ばかりを。それでもひーちゃんはまた笑うようになって。笑顔がたくさん戻って。だけどどうしてあんなにも、ひーちゃんの笑顔は空っぽなんだろう。
「しんどくなんか、ないですよ」
僕はそう答えた。
先生は何も言わなかった。
僕は明日にでも、怪人二十面相になっているかもしれなかった。
いつの間にか梅雨が終わり、実力テストも期末テストもクリアして、夏休みまであと一週間を切っていた。
ひと夏の解放までカウントダウンをしている今、僕のクラスの連中は完璧な気だるさに支配されていた。自主性や積極性などという言葉とは無縁の、慣性で流されているような脱力感。
先週に教室の天井四ヶ所に取り付けられている扇風機が全て故障したこともあいまって、クラスメイトたちの授業に対する意欲はほぼゼロだ。授業がひとつ終わる度に、皆溶け出すように机に上半身を投げ出しており、次の授業が始まったところで、その姿勢から僅かに起き上がる程度の差しかない。
そういう僕も、怠惰な中学二年生のひとりに過ぎない。さっきの英語の授業でノートに書き記したことと言えば、英語教師の松田が何回額の汗を脱ぐったのかを表す「正」の字だけだ。
休み時間に突入し、がやがやと騒がしい教室で、ひとりだけ仲間外れのように沈黙を守っていると、肘辺りから空気中に溶け出して、透明になっていくようなそんな気分になる。保健室には来るものの、自分の教室へは絶対に足を運ばないミナモの気持ちがわかるような気がする。
一学期がもうすぐ終わるこの時期になっても、相変わらず僕のクラスには常に二つの空席があった。ミナモも、ひーちゃんも、一度だって教室に登校してきていない。
「――くん、」
なんだか控えめに名前を呼ばれた気はしたが、クラスの喧騒に紛れて聞き取れなかった。
ふと机から顔を上げると、ひとりの女子が僕の机の脇に立っていた。見たことがあるような顔。もしかして、クラスメイトのひとりだろうか。彼女は廊下を指差して、「先生、呼んでる」とだけ言って立ち去った。
あまりにも唐突な出来事でその女子にお礼を言うのも忘れたが、廊下には担任の姿が見える。僕のクラス担任の担当科目は数学だが、次の授業は国語だ。なんの用かはわからないが、呼んでいるのなら行かなくてはならない。
「おー、悪いな、呼び出して」
去年大学を卒業したばかりの、どう見ても体育会系な容姿をしている担任は、僕を見てそう言った。
「ほい、これ」
突然差し出されたのはプリントの束だった。三十枚くらいありそうなプリントが穴を空けられ紐を通して結んである。
「悪いがこれを、市野谷さんに届けてくれないか」
担任がひーちゃんの名を口にしたのを聞いたのは、久しぶりのような気がした。もう朝の出欠確認の時でさえ、彼女の名前は呼ばれない。ミナモの名前だってそうだ。このクラスでは、ひーちゃんも、ミナモも、いないことが自然なのだ。
「……先生が、届けなくていいんですか」
「そうしたいのは山々なんだが、なかなか時間が取れなくてな。夏休みに入ったら家庭訪問に行こうとは思ってるんだ。このプリントは、それまでにやっておいてほしい宿題。中学に入ってから二年の一学期までに習う数学の問題を簡単にまとめたものなんだ」
「わかりました、届けます」
受け取ったプリントの束は、思っていたよりもずっとずっしりと重かった。
「すまんな。市野谷さんと小学生の頃一番仲が良かったのは、きみだと聞いたものだから」
「いえ……」
一年生の時から、ひーちゃんにプリントを届けてほしいと教師に頼まれることはよくあった。去年は彼女と僕は違うクラスだったけれど、同じ小学校出身の誰かに僕らが幼馴染みであると聞いたのだろう。
僕は学校に来なくなったひーちゃんのことを毛嫌いしている訳ではない。だから、何か届け物を頼まれてもそんなに嫌な気持ちにはならない。でも、と僕は思った。
でも僕は、ひーちゃんと一番仲が良かった訳じゃないんだ。
「じゃあ、よろしく頼むな」
次の授業の始業のチャイムが鳴り響く。
教室に戻り、出したままだった英語の教科書と「正」の字だけ記したノートと一緒に、ひーちゃんへのプリントの束を鞄に仕舞いながら、なんだか僕は泣きたくなった。
三角形が壊れるのは簡単だった。
三角形というのは、三辺と三つの角でできていて、当然のことだけれど一辺とひとつの角が消失したら、それはもう三角形ではない。
まだ小学校に上がったばかりの頃、僕はどうして「さんかっけい」や「しかっけい」があるのに「にかっけい」がないのか、と考えていたけれど、どうやら僕の脳味噌は、その頃から数学的思考というものが不得手だったようだ。
「にかっけい」なんてあるはずがない。
僕と、あーちゃんと、ひーちゃん。
僕ら三人は、三角形だった。バランスの取りやすい形。
始まりは悲劇だった。
あの悪夢のような交通事故。ひーちゃんの弟の死。
真っ白なワンピースが汚れることにも気付かないまま、真っ赤になった弟の身体を抱いて泣き叫ぶひーちゃんに手を伸ばしたのは、僕と一緒に下校する途中のあーちゃんだった。
お互いの家が近かったこともあって、それから僕らは一緒にいるようになった。
溺愛していた最愛の弟を、目の前で信号無視したダンプカーに撥ねられて亡くしたひーちゃんは、三人で一緒にいてもときどき何かを思い出したかのように暴れては泣いていたけれど、あーちゃんはいつもそれをなだめ、泣き止むまでずっと待っていた。
口下手な彼は、ひーちゃんに上手く言葉をかけることがいつもできずにいたけれど、僕が彼の言葉を補って彼女に伝えてあげていた。
優しくて思いやりのあるひーちゃんは、感情を表すことが苦手なあーちゃんのことをよく気遣ってくれていた。
僕らは嘘みたいにバランスの取れた三角形だった。
あーちゃんが、この世界からいなくなるまでは。
「夏は嫌い」
昔、あーちゃんはそんなことを口にしていたような気がする。
「どうして?」
僕はそう訊いた。
夏休み、花火、虫捕り、お祭り、向日葵、朝顔、風鈴、西瓜、プール、海。
水の中の金魚の世界と、バニラアイスの木べらの湿り気。
その頃の僕は今よりもずっと幼くて、四季の中で夏が一番好きだった。
あーちゃんは部屋の窓を網戸にしていて、小さな扇風機を回していた。
彼は夏休みも相変わらず外に出ないで、部屋の中で静かに過ごしていた。彼の傍らにはいつも、星座の本と分厚い昆虫図鑑が置いてあった。
「夏、暑いから嫌いなの?」
僕が尋ねるとあーちゃんは抱えていた分厚い本からちょっとだけ顔を上げて、小さく首を横に振った。それから困ったように笑って、
「夏は、皆死んでいるから」
とだけ、つぶやくように言った。あーちゃんは、時々魔法の呪文のような、不思議なことを言って僕を困惑させることがあった。この時もそうだった。
「どういう意味?」
僕は理解できずに、ただ訊き返した。
あーちゃんはさっきよりも大きく首を横に振ると、何を思ったのか、唐突に、
「ああ、でも、海に行ってみたいな」
なんて言った。
「海?」
「そう、海」
「どうして、海?」
「海は、色褪せてないかもしれない。死んでないかもしれない」
その言葉の意味がわからず、僕が首を傾げていると、あーちゃんはぱたんと本を閉じて机に置いた。
「台所へ行こうか。確か、母さんが西瓜を切ってくれていたから。一緒に食べよう」
「うん!」
僕は西瓜に釣られて、わからなかった言葉のことも、すっかり忘れてしまった。
でも今の僕にはわかる。
夏の日射しは、世界を色褪せさせて僕の目に映す。
あーちゃんはそのことを、「死んでいる」と言ったのだ。今はもう確かめられないけれど。
結局、僕とあーちゃんが海へ行くことはなかった。彼から海へ出掛けた話を聞いたこともないから、恐らく、海へ行くことなく死んだのだろう。
あーちゃんが見ることのなかった海。
海は日射しを浴びても青々としたまま、「生きて」いるんだろうか。
彼が死んでから、僕も海へ足を運んでいない。たぶん、死んでしまいたくなるだろうから。
あーちゃん。
彼のことを「あーちゃん」と名付けたのは僕だった。
そういえば、どうして僕は「あーちゃん」と呼び始めたんだっけか。
彼の名前は、鈴木直正。
どこにも「あーちゃん」になる要素はないのに。
うなじを焼くようなじりじりとした太陽光を浴びながら、ペダルを漕いだ。
鼻の頭からぷつぷつと汗が噴き出すのを感じ、手の甲で汗を拭おうとしたら手は既に汗で湿っていた。雑音のように蝉の声が響いている。道路の脇には背の高い向日葵は、大きな花を咲かせているのに風がないので微動だにしない。
赤信号に止められて、僕は自転車のブレーキをかける。
夏がくる度、思い出す。
僕とあーちゃんが初めてひーちゃんに出会い、そして彼女の最愛の弟「ろーくん」が死んだ、あの事故のことを。
あの日も、世界が真っ白に焼き切れそうな、暑い日だった。
ひーちゃんは白い木綿のワンピースを着ていて、それがとても涼しげに見えた。ろーくんの血で汚れてしまったあのワンピースを、彼女はもうとっくに捨ててしまったのだろうけれど。
そういえば、ひーちゃんはあの事故の後、しばらくの間、弟の形見の黒いランドセルを使っていたっけ。黒い服ばかり着るようになって。周りの子はそんな彼女を気味悪がったんだ。
でもあーちゃんは、そんなひーちゃんを気味悪がったりしなかった。
信号が赤から青に変わる。再び漕ぎ出そうとペダルに足を乗せた時、僕の両目は横断歩道の向こうから歩いて来るその人を捉えて凍りついてしまった。
胸の奥の方が疼く。急に、聞こえてくる蝉の声が大きくなったような気がした。喉が渇いた。頬を撫でるように滴る汗が気持ち悪い。
信号は青になったというのに、僕は動き出すことができない。向こうから歩いて来る彼は、横断歩道を半分まで渡ったところで僕に気付いたようだった。片眉を持ち上げ、ほんの少し唇の端を歪める。それが笑みだとわかったのは、それとよく似た笑顔をずいぶん昔から知っているからだ。
「うー兄じゃないですか」
うー兄。彼は僕をそう呼んだ。
声変わりの途中みたいな声なのに、妙に大人びた口調。ぼそぼそとした喋り方。
色素の薄い頭髪。切れ長の一重瞼。ひょろりと伸びた背。かけているのは銀縁眼鏡。
何もかもが似ているけれど、日に焼けた真っ黒な肌と筋肉のついた足や腕だけは、記憶の中のあーちゃんとは違う。
道路を渡り終えてすぐ側まで来た彼は、親しげに僕に言う。
「久しぶりですね」
「……久しぶり」
僕がやっとの思いでそう声を絞り出すと、彼は「ははっ」と笑った。きっとあーちゃんも、声を上げて笑うならそういう風に笑ったんだろうなぁ、と思う。
「どうしたんですか。驚きすぎですよ」
困ったような笑顔で、眼鏡をかけ直す。その手つきすらも、そっくり同じ。
「嫌だなぁ。うー兄は僕のことを見る度、まるで幽霊でも見たような顔するんだから」
「ごめんごめん」
「ははは、まぁいいですよ」
僕が謝ると、「あっくん」はまた笑った。
彼、「あっくん」こと鈴木篤人くんは、僕の一個下、中学一年生。私立の学校に通っているので僕とは学校が違う。野球部のエースで、勉強の成績もクラストップ。僕の団地でその中学に進学できた子供は彼だけだから、団地の中で知らない人はいない優等生だ。
年下とは思えないほど大人びた少年で、あーちゃんにそっくりな、あーちゃんの弟。
「中学は、どう? もう慣れた?」
「慣れましたね。今は部活が忙しくて」
「運動部は大変そうだもんね」
「うー兄は、帰宅部でしたっけ」
「そう。なんにもしてないよ」
「今から、どこへ行くんですか?」
「ああ、えっと、ひーちゃんに届け物」
「ひー姉のところですか」
あっくんはほんの一瞬、愛想笑いみたいな顔をした。
「ひー姉、まだ学校に行けてないんですか?」
「うん」
「行けるようになるといいですね」
「そうだね」
「うー兄は、元気にしてましたか?」
「僕? 元気だけど……」
「そうですか。いえ、なんだかうー兄、兄貴に似てきたなぁって思ったものですから」
「僕が?」
僕があーちゃんに似てきている?
「顔のつくりとかは、もちろん違いますけど、なんていうか、表情とか雰囲気が、兄貴に似てるなぁって」
「そうかな……」
僕にそんな自覚はないのだけれど。
「うー兄も死んじゃいそうで、心配です」
あっくんは柔らかい笑みを浮かべたままそう言った。
「……そう」
僕はそう返すので精いっぱいだった。
「それじゃ、ひー姉によろしくお伝え下さい」
「じゃあ、また……」
あーちゃんと同じ声で話し、あーちゃんと同じように笑う彼は、夏の日射しの中を歩いて行く。
(兄貴は、弱いから駄目なんだ)
いつか彼が、あーちゃんに向けて言った言葉。
あーちゃんは自分の弟にそう言われた時でさえ、怒ったりしなかった。ただ「そうだね」とだけ返して、少しだけ困ったような顔をしてみせた。
あっくんは、強い。
姿や雰囲気は似ているけれど、性格というか、芯の強さは全く違う。
あーちゃんの死を自分なりに受け止めて、乗り越えて。部活も勉強も努力して。あっくんを見ているといつも思う。兄弟でもこんなに違うものなのだろうか、と。ひとりっ子の僕にはわからないのだけれど。
僕は、どうだろうか。
あーちゃんの死を受け入れて、乗り越えていけているだろうか。
「……死相でも出てるのかな」
僕があーちゃんに似てきている、なんて。
笑えない冗談だった。
ふと見れば、信号はとっくに赤になっていた。青になるまで待つ間、僕の心から言い表せない不安が拭えなかった。
遺書を思い出した。
あーちゃんの書いた遺書。
「僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです」
日褄先生はそれを、「ばっかじゃねーの」って笑った。
「透明人間は見えねぇから、透明人間なんだっつーの」
そんな風に言って、たぶん、泣いてた。
「僕の分まで生きて」
僕は自分の鼓動を聞く度に、その言葉を繰り返し、頭の奥で聞いていたような気がする。
その度に自分に問う。
どうして生きているのだろうか、と。
部屋に一歩踏み入れると、足下でガラスの破片が砕ける音がした。この部屋でスリッパを脱ぐことは自傷行為に等しい。
「あー、うーくんだー」
閉められたカーテン。閉ざされたままの雨戸。
散乱した物。叩き壊された物。落下したままの物。破り捨てられた物。物の残骸。
その中心に、彼女はいる。
「久しぶりだね、ひーちゃん」
「そうだねぇ、久しぶりだねぇ」
壁から落下して割れた時計は止まったまま。かろうじて壁にかかっているカレンダーはあの日のまま。
「あれれー、うーくん、背伸びた?」
「かもね」
「昔はこーんな小さかったのにねー���
「ひーちゃんに初めて会った時だって、そんなに小さくなかったと思うよ」
「あははははー」
空っぽの笑い声。聞いているこっちが空しくなる。
「はい、これ」
「なに? これ」
「滝澤先生に頼まれたプリント」
「たきざわって?」
「今度のクラスの担任だよ」
「ふーん」
「あ、そうだ、今度は僕の同じクラスに……」
彼女の手から投げ捨てられたプリントの束が、ろくに掃除されていない床に落ちて埃を巻き上げた。
「そういえば、あいつは?」
「あいつって?」
「黒尽くめの」
「黒尽くめって……日褄先生のこと?」
「まだいる?」
「日褄先生なら、今年度も学校にいるよ」
「なら、学校には行かなーい」
「どうして?」
「だってあいつ、怖いことばっかり言うんだもん」
「怖いこと?」
「あーちゃんはもう、死んだんだって」
「…………」
「ねぇ、うーくん」
「……なに?」
「うーくんはどうして、学校に行けるの? まだあーちゃんが帰って来ないのに」
どうして僕は、生きているんだろう。
「『僕』はね、怖いんだよ、うーくん。あーちゃんがいない毎日が。『僕』の毎日の中に、あーちゃんがいないんだよ。『僕』は怖い。毎日が怖い。あーちゃんのこと、忘れそうで怖い。あーちゃんが『僕』のこと、忘れそうで怖い……」
どうしてひーちゃんは、生きているんだろう。
「あーちゃんは今、誰の毎日の中にいるの?」
ひーちゃんの言葉はいつだって真っ直ぐだ。僕の心を突き刺すぐらい鋭利だ。僕の心を掻き回すぐらい乱暴だ。僕の心をこてんぱんに叩きのめすぐらい凶暴だ。
「ねぇ、うーくん」
いつだって思い知らされる。僕が駄目だってこと。
「うーくんは、どこにも行かないよね?」
いつだって思い知らせてくれる。僕じゃ駄目だってこと。
「どこにも、行かないよ」
僕はどこにも行けない。きみもどこにも行けない。この部屋のように時が止まったまま。あーちゃんが死んでから、何もかもが停止したまま。
「ふーん」
どこか興味なさそうな、ひーちゃんの声。
「よかった」
その後、他愛のない話を少しだけして、僕はひーちゃんの家を後にした。
死にたくなるほどの夏の熱気に包まれて、一気に現実に引き戻された気分になる。
こんな現実は嫌なんだ。あーちゃんが欠けて、ひーちゃんが壊れて、僕は嘘つきになって、こんな世界は、大嫌いだ。
僕は自分に問う。
どうして僕は、生きているんだろう。
もうあーちゃんは死んだのに。
「ひーちゃん」こと市野谷比比子は、小学生の頃からいつも奇異の目で見られていた。
「市野谷さんは、まるで死体みたいね」
そんなことを彼女に言ったのは、僕とひーちゃんが小学四年生の時の担任だった。
校舎の裏庭にはクラスごとの畑があって、そこで育てている作物の世話を、毎日クラスの誰かが当番制でしなくてはいけなかった。それは夏休み期間中も同じだった。
僕とひーちゃんが当番だった夏休みのある日、黙々と草を抜いていると、担任が様子を見にやって来た。
「頑張ってるわね」とかなんとか、最初はそんな風に声をかけてきた気がする。僕はそれに、「はい」とかなんとか、適当に返事をしていた。ひーちゃんは何も言わず、手元の草を引っこ抜くことに没頭していた。
担任は何度かひーちゃんにも声をかけたが、彼女は一度もそれに答えなかった。
ひーちゃんはいつもそうだった。彼女が学校で口を利くのは、同じクラスの僕と、二つ上の学年のあーちゃんにだけ。他は、クラスメイトだろうと教師だろうと、一言も言葉を発さなかった。
この当番を決める時も、そのことで揉めた。
くじ引きでひーちゃんと同じ当番に割り当てられた意地の悪い女子が、「せんせー、市野谷さんは喋らないから、当番の仕事が一緒にやりにくいでーす」と皆の前で言ったのだ。
それと同時に、僕と一緒の当番に割り当てられた出っ歯の野郎が、「市野谷さんと仲の良い――くんが市野谷さんと一緒にやればいいと思いまーす」と、僕の名前を指名した。
担任は困ったような笑顔で、
「でも、その二人だけを仲の良い者同士にしたら、不公平じゃないかな? 皆だって、仲の良い人同士で一緒の当番になりたいでしょう? 先生は普段あまり仲が良くない人とも仲良くなってもらうために、当番の割り振りをくじ引きにしたのよ。市野谷さんが皆ともっと仲良くなったら、皆も嬉しいでしょう?」
と言った。意地悪ガールは間髪入れずに、
「喋らない人とどうやって仲良くなればいいんですかー?」
と返した。
ためらいのない発言だった。それはただただ純粋で、悪意を含んだ発言だった。
「市野谷さんは私たちが仲良くしようとしてもいっつも無視してきまーす。それって、市野谷さんが私たちと仲良くしたくないからだと思いまーす。それなのに、無理やり仲良くさせるのは良くないと思いまーす」
「うーん、そんなことはないわよね、市野谷さん」
ひーちゃんは何も言わなかった。まるで教室内での出来事が何も耳に入っていないかのような表情で、窓の外を眺めていた。
「市野谷さん? 聞いているの?」
「なんか言えよ市野谷」
男子がひーちゃんの机を蹴る。その振動でひーちゃんの筆箱が机から滑り落ち、がちゃんと音を立てて中身をぶちまけたが、それでもひーちゃんには変化は訪れない。
クラスじゅうにざわざわとした小さな悪意が満ちる。
「あの子ちょっとおかしいんじゃない?」
そんな囁きが満ちる。担任の困惑した顔。意地悪いクラスメイトたちの汚らわしい視線。
僕は知っている。まるでここにいないかのような顔をして、窓の外を見ているひーちゃんの、その視線の先を。窓から見える新校舎には、彼女の弟、ろーくんがいた一年生の教室と、六年生のあーちゃんがいる教室がある。
ひーちゃんはいつも、ぼんやりとそっちばかりを見ている。教室の中を見渡すことはほとんどない。彼女がここにいないのではない。彼女にとって、こっちの世界が意味を成していないのだ。
「市野谷さんは、死体みたいね」
夏休み、校舎裏の畑。
その担任の一言に、僕は思わずぎょっとした。担任はしゃがみ込み、ひーちゃんに目線を合わせようとしながら、言う。
「市野谷さんは、どうしてなんにも言わないの? なんにも思わないの? あんな風に言われて、反論したいなって思わないの?」
ひーちゃんは黙って草を抜き続けている。
「市野谷さんは、皆と仲良くなりたいって思わない? 皆は、市野谷さんと仲良くなりたいって思ってるわよ」
ひーちゃんは黙っている。
「市野谷さんは、ずっとこのままでいるつもりなの? このままでいいの? お友達がいないままでいいの?」
ひーちゃんは。
「市野谷さん?」
「うるさい」
どこかで蝉が鳴き止んだ。
彼女が僕とあーちゃん以外の人間に言葉を発したところを、僕は初めて見た。彼女は担任を睨み付けるように見つめていた。真っ黒な瞳が、鋭い眼光を放っている。
「黙れ。うるさい。耳障り」
ひーちゃんが、僕の知らない表情をした。それはクラスメイトたちがひーちゃんに向けたような、玩具のような悪意ではなかった。それは本当の、なんの混じり気もない、殺意に満ちた顔だった。
「あんたなんか、死んじゃえ」
振り上げたひーちゃんの右手には、草抜きのために職員室から貸し出された鎌があって――。
「ひーちゃん!」
間一髪だった。担任は真っ青な顔で、息も絶え絶えで、しかし、その鎌の一撃をかろうじてかわした。担任は震えながら、何かを叫びながら校舎の方へと逃げるように走り去って行く。
「ひーちゃん、大丈夫?」
僕は地面に突き刺した鎌を固く握りしめたまま、動かなくなっている彼女に声をかけた。
「友達なら、いるもん」
うつむいたままの彼女が、そうぽつりと言う。
「あーちゃんと、うーくんがいるもん」
僕はただ、「そうだね」と言って、そっと彼女の頭を撫でた。
小学生の頃からどこか危うかったひーちゃんは、あーちゃんの自殺によって完全に壊れてしまった。
彼女にとってあーちゃんがどれだけ大切な存在だったかは、説明するのが難しい。あーちゃんは彼女にとって絶対唯一の存在だった。失ってはならない存在だった。彼女にとっては、あーちゃん以外のものは全てどうでもいいと思えるくらい、それくらい、あーちゃんは特別だった。
ひーちゃんが溺愛していた最愛の弟、ろーくんを失ったあの日。
あの日から、ひーちゃんの心にぽっかりと空いた穴を、あーちゃんの存在が埋めてきたからだ。
あーちゃんはひーちゃんの支えだった。
あーちゃんはひーちゃんの全部だった。
あーちゃんはひーちゃんの世界だった。
そして、彼女はあーちゃんを失った。
彼女は入学することになっていた中学校にいつまで経っても来なかった。来るはずがなかった。来れるはずがなかった。そこはあーちゃんが通っていたのと同じ学校であり、あーちゃんが死んだ場所でもある。
ひーちゃんは、まるで死んだみたいだった。
一日中部屋に閉じこもって、食事を摂ることも眠ることも彼女は拒否した。
誰とも口を利かなかった。実の親でさえも彼女は無視した。教室で誰とも言葉を交わさなかった時のように。まるで彼女の前からありとあらゆるものが消滅してしまったかのように。泣くことも笑うこともしなかった。ただ虚空を見つめているだけだった。
そんな生活が一週間もしないうちに彼女は強制的に入院させられた。
僕が中学に入学して、桜が全部散ってしまった頃、僕は彼女の病室を初めて訪れた。
「ひーちゃん」
彼女は身体に管を付けられ、生かされていた。
屍のように寝台に横たわる、変わり果てた彼女の姿。
(市野谷さんは死体みたいね)
そんなことを言った、担任の言葉が脳裏をよぎった。
「ひーちゃんっ」
僕はひーちゃんの手を取って、そう呼びかけた。彼女は何も言わなかった。
「そっち」へ行ってほしくなかった。置いていかれたくなかった。僕だって、あーちゃんの突然の死を受け止めきれていなかった。その上、ひーちゃんまで失うことになったら。そう考えるだけで嫌だった。
僕はここにいたかった。
「ひーちゃん、返事してよ。いなくならないでよ。いなくなるのは、あーちゃんだけで十分なんだよっ!」
僕が大声でそう言うと、初めてひーちゃんの瞳が、生き返った。
「……え?」
僕を見つめる彼女の瞳は、さっきまでのがらんどうではなかった。あの時のひーちゃんの瞳を、僕は一生忘れることができないだろう。
「あーちゃん、いなくなったの?」
ひーちゃんの声は僕の耳にこびりついた。
何言ってるんだよ、あーちゃんは死んだだろ。そう言おうとした。言おうとしたけれど、何かが僕を引き留めた。何かが僕の口を塞いだ。頭がおかしくなりそうだった。狂っている。僕はそう思った。壊れている。破綻している。もう何もかもが終わってしまっている。
それを言ってしまったら、ひーちゃんは死んでしまう。僕がひーちゃんを殺してしまう。ひーちゃんもあーちゃんみたいに、空を飛んでしまうのだ。
僕はそう直感していた。だから声が出なかった。
「それで、あーちゃん、いつかえってくるの?」
そして、僕は嘘をついた。ついてはいけない嘘だった。
あーちゃんは生きている。今は遠くにいるけれど、そのうち必ず帰ってくる、と。
その一週間後、ひーちゃんは無事に病院を退院した。人が変わったように元気になっていた。
僕の嘘を信じて、ひーちゃんは生きる道を選んだ。
それが、ひーちゃんの身体をいじくり回して管を繋いで病室で寝かせておくことよりもずっと残酷なことだということを僕は後で知った。彼女のこの上ない不幸と苦しみの中に永遠に留めておくことになってしまった。彼女にとってはもうとっくに終わってしまったこの世界で、彼女は二度と始まることのない始まりをずっと待っている。
もう二度と帰ってこない人を、ひーちゃんは待ち続けなければいけなくなった。
全ては僕のついた幼稚な嘘のせいで。
「学校は行かないよ」
「どうして?」
「だって、あーちゃん、いないんでしょ?」
学校にはいつから来るの? と問いかけた僕にひーちゃんは笑顔でそう答えた。まるで、さも当たり前かのように言った。
「『僕』は、あーちゃんが帰って来るのを待つよ」
「あれ、ひーちゃん、自分のこと『僕』って呼んでたっけ?」
「ふふふ」
ひーちゃんは笑った。幸せそうに笑った。恥ずかしそうに笑った。まるで恋をしているみたいだった。本当に何も知らないみたいに。本当に、僕の嘘を信じているみたいに。
「あーちゃんの真似、してるの。こうしてると自分のことを言う度、あーちゃんのことを思い出せるから」
僕は笑わなかった。
僕は、笑えなかった。
笑おうとしたら、顔が歪んだ。
醜い嘘に、歪んだ。
それからひーちゃんは、部屋に閉じこもって、あーちゃんの帰りをずっと待っているのだ。
今日も明日も明後日も、もう二度と帰ってこない人を。
※(2/4) へ続く→ https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/647000556094849024/
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青と金色
■サイレンス
この部屋のインターフォンも灰色のボタンも、だいぶ見慣れてきた。指で押し込めて戻すと、ピーンポーンと内側に引っ込んだような軽い電子音が鳴る。まだこの地に来た頃はこうやって部屋主を呼び出して待つのが不思議な気分だった。鍵は開かれていたし、裏口だって知っていたから。
「…さむっ」
ひゅうう、と冷たい風が横から吹き込んで、思わずそう呟いて肩を縮めた。今週十二月に入ったばかりなのに、日が落ちると驚くほど冷え込む。今日に限って天気予報を観ていなかったけれど、今夜はいつもと比べても一段と寒いらしい。
近いし、どうせすぐだからと、ろくに防寒のことを考えずに部屋を出てきたのは失敗だった。目についた適当なトレーナーとパンツに着替え、いつものモッズコートを羽織った。おかげで厚みは足りないし、むき出しの両手は指先が赤くなるほど冷えてしまっている。こんなに寒いのならもっとしっかりと重ね着してこれば良かった。口元が埋まるくらいマフラーをぐるぐるに巻いてきたのは正解だったけれど。
いつもどおりインターフォンが繋がる気配はないけれど、その代わりに扉の奥からかすかに足音が近付く。カシャリ、と内側から錠の回る音がして目の前の扉が開かれた。
「おつかれ、ハル」
部屋の主は片手で押すように扉を開いたまま、咎めることも大仰に出迎えることもなく、あたたかい灯りを背に���て、ただ静かにそこに佇んでいた。
「やっと来たか」
「はは、レポートなかなか終わらなくって…。遅くなっちゃってごめんね」
マフラー越しに笑いかけると、遙は小さく息をついたみたいだった。一歩進んで内側に入り、重たく閉じかける扉を押さえてゆっくりと閉める。
「あ、ここで渡しちゃうからいいよ」
そのまま部屋の奥に進もうとする遙を呼び止めて、玄関のたたきでリュックサックを開けようと背から下ろした。
遙に借りていたのはスポーツ心理学に関する本とテキストだった。レポート課題を進めるのに内容がちょうど良かったものの自分の大学の図書館では既に貸し出し中で、書店で買うにも版元から取り寄せるのに時間がかかるとのことだった。週明けの午後の講義で遙が使うからそれまでには返す、お互いの都合がつく日曜日の夕方頃に部屋に渡しに行く、と約束していたのだ。行きつけのラーメン屋で並んで麺を啜っていた、週の頭のことだった。
「いいから上がれよ」遙は小さく振り返りながら促した。奥からほわんとあたたかい空気が流れてくる。そこには食べ物やひとの生活の匂いが確かに混じっていて、色に例えるなら、まろやかなクリーム色とか、ちょうど先日食べたラーメンのスープみたいなあたたかい黄金色をしている。それにひとたび触れてしまうと、またすぐに冷えた屋外を出て歩くために膨らませていた気力が、しるしるとしぼんでしまうのだ。
雪のたくさん降る場所に生まれ育ったくせに、寒いのは昔から得意じゃない。遙だってそのことはよく知っている。もちろん、帰ってやるべきことはまだ残っている。けれどここは少しだけ優しさに甘えようと決めた。
「…うん、そうだね。ありがと、ハル」
お邪魔しまーす。そう小さく呟いて、脱いだ靴を揃える。脇には見慣れたスニーカーと、濃い色の革のショートブーツが並んでいた。首に巻いたマフラーを緩めながら短い廊下を歩き進むうちに、程よくあたためられた空気に撫ぜられ、冷えきった指先や頬がぴりぴりと痺れて少しだけ痒くなる。
キッチンの前を通るときに、流しに置かれた洗いかけの食器や小鍋が目に入った。どうやら夕食はもう食べ終えたらしい。家を出てくる前までは課題に夢中だったけれど、意識すると、空っぽの胃袋が悲しげにきゅうと鳴った。昼は簡単な麺類で済ませてしまったから、帰りにがっつり肉の入ったお弁当でも買って帰ろう。しぼんだ胃袋をなぐさめるようにそう心に決めた。
「外、風出てきたから結構寒くってさ。ちょっと歩いてきただけなのに冷えちゃった」
「下旬並だってテレビで言ってた。わざわざ来させて悪かったな」
「ううん、これ貸してもらって助かったよ。レポートもあと少しで終わるから、今日はちゃんと寝られそう……」
遙に続いてリビングに足を踏み入れ、そこまで口にしたところで言葉が詰まってしまった。ぱちり、ぱちりと大きく瞬きをして眼下の光景を捉え直す。
部屋の真ん中に陣取って置かれているのは、彼の実家のものより一回り以上小さいサイズの炬燵だ。遙らしい大人しい色合いの炬燵布団と毛布が二重にして掛けられていて、丸みがかった正方形の天板が上に乗っている。その上にはカバーに入ったティッシュ箱だけがちょんとひとつ置かれていた。前回部屋に訪れたときにはなかったものだ。去年は持っていなくて、今年は買いたいと言っていたことを思い出す。けれど、それはさして驚くようなことでもない。
目を奪われたのは、その場所に半分身を埋めて横になり、座布団を枕にして寝息を立てている人物のことだった。
「…えっ、ええっ? 凛!?」
目の前で眠っているのは、紛れもなく、あの松岡凛だった。普段はオーストラリアにいるはずの、同郷の大切な仲間。凛とはこの夏、日本国内の大会に出ていた時期に会って以来、メールやメディア越しにしか会えていなかった。
「でかい声出すな、凛が起きる」
しいっと遙が小声で咎めてくる。あっ、と慌てたけれど、当の凛は起きるどころか身じろぐこともなく、ぐっすりと深く眠ってしまっているようだった。ほっと胸を撫で下ろす。
「ああ、ご、ごめんね…」
口をついて出たものの、誰に、何に対してのごめんなのか自分でもよく分からない。凛がここにいるとは予想だにしていなかったから、ひどく驚いてしまった。
凛は今までも、自分を含め東京に住んでいる友達の部屋に泊まっていくことがあった。凛は東京に住まいを持たない。合宿や招待されたものならば宿が用意されるらしいけれど、そうでない用事で東京に訪れることもしばしばあるのだそうだ。その際には、自費で安いビジネスホテルを使うことになる。一泊や二泊ならともかく、それ以上連泊になると財布への負担も大きいことは想像に難くない。
東京には少なくとも同級生だけで遙と貴澄と自分が住んでいる。貴澄は一人暮らしでないからきっと勝手も違うのだろうが、遙と自分はその点都合が良い。特に遙は同じ道を歩む選手同士だ。凛自身はよく遠慮もするけれど、彼の夢のために、できるだけの協力はしてやりたい。それはきっと、隣に並ぶ遙も同じ気持ちなのだと思う。
とはいえ、凛が来ているのだと知っていれば、もう少し訪問の日時も考えたのに。休日の夜の、一番くつろげる時間帯。遙ひとりだと思っていたから、あまり気も遣わず来てしまったのに。
「ハル、一言くらい言ってくれればいいのに」
強く非難する気はなかったけれど、つい口をついて本音が出てしまった。あえて黙っていた遙にじとりと視線を向ける。遙はぱちり、ぱちりと目を瞬かせると、きゅっと小さく眉根を寄せ、唇を引き結んだ。
「別に…それが断わる理由にはならないだろ」
そう答えて視線を外す遙の表情には少し苦い色が含まれていて、それでまた一歩、確信に近付いたような気がした。近くで、このごろはちょっと離れて、ずっと見てきたふたりのこと。けれど今はそっと閉じて黙っておく。決してふたりを責めたてたいわけではないのだ。
「…ん、そうだね」
漂う空気を曖昧にぼかして脇にやり、「でも、びっくりしたなぁ」と声のトーンを上げた。遙は少しばつが悪そうにしていたけれど、ちらりと視線を戻してくる。困らせたかな、ごめんね、と心の中で語りかけた。
「凛がこの時期に帰ってくるなんて珍しいよね。前に連絡取り合ったときには言ってなかったのに」
「ああ…俺も、数日前に聞いた。こっちで雑誌だかテレビだかの取材を受けるとかで呼ばれたらしい」
なんでも、その取材自体は週明けに予定されていて、主催側で宿も用意してくれているらしい。凛はその予定の数日前、週の終わり際に東京にやって来て、この週末は遙の部屋に泊まっているのだそうだ。今は確かオフシーズンだけれど、かといってあちこち遊びに行けるほど暇な立場ではないのだろうし、凛自身の性格からしても、基本的に空いた時間は練習に費やそうとするはずだ。メインは公的な用事とはいえ、今回の東京訪問は彼にとってちょっとした息抜きも兼ねているのだろう。
「次に帰ってくるとしたら年末だもんね。早めの休みでハルにも会えて、ちょうど良かったんじゃない」
「それは、そうだろうけど…」
遙は炬燵の傍にしゃがみこんで、凛に視線を向けた。
「ろくに連絡せずに急に押しかけてきて…本当に勝手なやつ」
すうすうと寝息を立てる凛を見やって、遙は小さく溜め息をついた。それでも、見つめるその眼差しはやわらかい。そっと細められた瞳が何もかもを物語っている気がする。凛は、見ている限り相変わらずみたいだけれど。ふたりのそんな姿を見ていると自然と笑みがこぼれた。
ハル、あのね。心の中でこっそり語りかけながら、胸の内側にほこほことあたたかい感情が沸き上がり広がっていくのが分かった。
凛って、どんなに急でもかならず前もって連絡を取って、ちゃんと予定を確認してくるんだよ。押しかけてくるなんて、きっとそんなのハルにだけじゃないかなぁ。
なんて考えながら、それを遙に伝えるのはやめておく。凛の名誉のためだった。
視線に気付いた遙が顔を上げて、お返しとばかりにじとりとした視線を向けた。
「真琴、なんかニヤニヤしてないか」
「そんなことないよ」
つい嬉しくなって口元がほころんでいたらしい。
凛と、遙。そっと順番に視線を移して、少しだけ目を伏せる。
「ふたりとも相変わらずで本当、良かったなぁと思って」
「…なんだそれ」
遙は怪訝そうに言って、また浅く息をついた。
しばらくしておもむろに立ち上がった遙はキッチンに移動して、何か飲むか、と視線を寄こした。
「ついでに夕飯も食っていくか? さっきの余りなら出せる」
夕飯、と聞いて胃が声を上げそうになる。けれど、ここは早めにお暇しなければ。軽く手を振って遠慮のポーズをとった。
「あ、いいよいいよ。まだレポート途中だし、すぐに帰るからさ。飲み物だけもらっていい?」
遙は少し不満そうに唇をへの字に曲げてみせたけれど、「分かった、ちょっと待ってろ」と冷蔵庫を開け始めた。
逆に気を遣わせただろうか。なんだか申し訳ない気持ちを抱きながら、炬燵のほうを見やる。凛はいまだによく眠ったままだった。半分に折り畳んだ座布団を枕にして横向きに背を縮めていて、呼吸に合わせて規則正しく肩が上下している。力の抜けた唇は薄く開いていて、その無防備な寝顔はいつもよりずっと幼く、あどけないとさえ感じられた。いつもあんなにしゃんとしていて、周りを惹きつけて格好いいのに。目の前にいるのはまるで小さな子供みたいで、眺めていると思わず顔がほころんでしまう。
「凛、よく寝てるね」
「一日連れ回したから疲れたんだろ。あんまりじっと見てやるな」
あ、また。遙は何げなく言ったつもりなのだろう。けれど、やっぱり見つけてしまった。「そうだね」と笑って、また触れずに黙っておくけれど。
仕切り直すように、努めて明るく、遙に投げかけた。
「でも、取材を受けに来日するなんて、なんか凛、すっかり芸能人みたいだね」
凄いなぁ。大仰にそう言って視線を送ると、遙は、うん、と喉だけで小さく返事をした。視線は手元に落とされていながら、その瞳はどこか遠くを見つめていた。コンロのツマミを捻り、カチチ、ボッと青い火のつく音がする。静かなその横顔は、きっと凛のことを考えている。岩鳶の家で居間からよく見つめた、少し懐かしい顔だった。
こんなとき、いまここに、目の前にいるのに、とそんな野暮なことはとても言えない。近くにいるのにずっと遠くに沈んでいた頃の遙は、まだ完全には色褪せない。簡単に遠い過去に押しやって忘れることはできなかった。
しばらく黙って待っていると遙はリビングに戻って来て、手に持ったマグカップをひとつ差し出した。淹れたてのコーヒーに牛乳を混ぜたもので、あたたかく優しい色合いをしていた。
「ありがとう」
「あとこれも、良かったら食え」
貰いものだ、と小さく個包装されたバウムクーヘンを二切れ分、炬燵の上に置いた。背の部分にホワイトチョコがコーティングしてあって、コーヒーによく合いそうだった。
「ハルは優しいね」
そう言って微笑むと、遙は「余らせてただけだ」と視線を逸らした。
冷えきった両の手のひらをあたためながらマグカップを傾ける。冷たい牛乳を入れたおかげで飲みやすい温度になっていて、すぐに口をつけることができた。遙は座布団を移動させて、眠っている凛の横に座った。そうして湯気を立てるブラックのコーヒーを少しずつ傾けていた。
「この休みはふたりでどこか行ってきたの?」
遙はこくんと頷いて、手元の黒い水面を見つめながらぽつぽつと語り始めた。
「公園に連れて行って…買い物と、あと、昨日は凛が何か観たいって言うから、映画に」
タイトルを訊いたけれど、遙の記憶が曖昧で何だかよく分からなかったから半券を見せてもらった。CM予告だけ見かけたことのある洋画で、話を聞くに、実在した人物の波乱万丈な人生を追ったサクセスストーリーのようだった。
「終盤ずっと隣で泣かれたから、どうしようかと思った」
遙はそう言って溜め息をついていたけれど、きっとそのときは気が気ではなかったはずだ。声を押し殺して感動の涙を流す凛と、その隣で映画の内容どころではなくハラハラと様子を見守る遙。その光景がありありと眼前に浮かんで思わず吹き出してしまった。
「散々泣いてたくせに、終わった後は強がっているし」
「あはは、凛らしいね」
俺が泣かせたみたいで困った、と呆れた顔をしてコーヒーを口に運ぶ遙に、あらためて笑みを向けた。
「よかったね、ハル」
「…何がだ」
ふいっと背けられた顔は、やっぱり少し赤らんでいた。
そうやってしばらく話しているうちにコーヒーは底をつき、バウムクーヘンもあっという間に胃袋に消えてしまった。空になったマグカップを遙に預け、さて、と膝を立てる。
「おれ、そろそろ帰るね。コーヒーごちそうさま」
「ああ」
遙は玄関まで見送ってくれた。振り返って最後にもう一度奥を見やる。やはり、凛はまだ起きていないようだった。
「凛、ほんとにぐっすりだね。なんか珍しい」
「ああ。でも風呂がまだだから、そろそろ起こさないと」
遙はそう言って小さく息をついたけれど、あんまり困っているふうには見えなかった。
「あ、凛には来てたこと内緒にしておいてね」
念のため、そう言い添えておいた。隠すようなことではないけれど、き��と多分、凛は困るだろうから。遙は小さく首を傾げたけれど、「分かった」と一言だけ答えた。
「真琴、ちょっと待て」
錠を開けようとすると、思い出したみたいに遙はそう言って踵を返し、そうしてすぐに赤いパッケージを手にリビングから戻ってきた。
「貼るカイロ」
大きく書かれた商品名をそのまま口にする。その場で袋を開けて中身を取り出したので、貼っていけ、ということらしい。貼らずにポケットに入れるものよりも少し大きめのサイズだった。
「寒がりなんだから、もっと厚着しろよ」
確かに、今日のことに関しては反論のしようがない。完全に油断だったのだから。
「でも、ハルも結構薄着だし、人のこと言えないだろ」
着ぶくれするのが煩わしいのか、遙は昔からあまり着こまない。大して寒がる様子も見せないけれど、かつては年に一度くらい、盛大に風邪を引いていたのも知っている。
「年末に向けて風邪引かないように気を付けなよ」
「俺は大丈夫だ、こっちでもちゃんと鯖を食べてるから」
「どういう理屈だよ…って、わあっ」
「いいから。何枚着てるんだ」
言い合っているうちに遙が手荒く背中をめくってくる。「ここに貼っとくぞ」とインナーの上から腰の上あたりに、平手でぐっと押すように貼り付けられた。気が置けないといえばそうだし、扱いに変な遠慮がないというか何というか。すぐ傍で、それこそ兄弟みたいに一緒に育ってきたのだから。きっと凛には、こんな風にはしないんだろうなぁ。ふとそんな考えが頭をもたげた。
遙はなんだか満足げな顔をしていた。まぁ、きっとお互い様なんだな。そう考えながら、また少し笑ってしまった。
「じゃあまたね、おやすみ」
「ああ。気を付けて」
急にひとりになると、より強く冷たく風が吹きつける気がする。けれど、次々沸き上がるように笑みが浮かんで、足取りは来る前よりずっと軽かった。
空を仰ぐと、小さく星が見えた。深く吐いた息は霧のように白く広がった。
ほくほく、ほろほろ、それがじわじわと身体中に広がっていくみたいに。先ほど貼ってもらったカイロのせいだろうか。それもあるけれど、胸の内側、全体があたたかい。やわらかくて、ちょっと苦さもあるけれど、うんとあたたかい。ハルが、ハルちゃんが嬉しそうで、良かった。こちらまで笑みがこぼれてしまうくらいに。東京の冬の夜を、そうやってひとり歩き渡っていた。
■ハレーション
キンとどこかで音がするくらいに空気は冷えきっていた。昨日より一段と寒い、冬の早い朝のこと。
日陰になった裏道を通ると、浅く吐く息さえも白いことに気が付く。凛は相変わらず少し先を歩いて、ときどき振り返っては「はやく来いよ」と軽く急かすように先を促した。別に急ぐような用事ではないのに。ためらいのない足取りでぐんぐんと歩き進んで、凛はいつもそう言う。こちらに来いと。心のどこかでは、勝手なやつだと溜め息をついているのに、それでも身体はするすると引き寄せられていく。自然と足が前へと歩を進めていく。
たとえばブラックホールや磁石みたいな、抗いようのないものなのだと思うのは容易いことだった。手繰り寄せられるのを振りほどかない、そもそもほどけないものなのだと。そんな風に考えていたこともあった気がする。けれど、あの頃から見える世界がぐんと広がって、凛とこうやって過ごすうちに、それだけではないのかもしれないと感じ始めた。
あの場所で、凛は行こうと言った。数年も前の夏のことだ。
深い色をした長いコートの裾を揺らして、小さく靴音を鳴らして、凛は眩い光の中を歩いていく。
格好が良いな、と思う。手放しに褒めるのはなんだか恥ずかしいし、悔しいから言わないけれど。それにあまり面と向かって言葉にするのも得意ではない。
それでもどうしても、たとえばこういうとき、波のように胸に押し寄せる。海辺みたいだ。ざっと寄せて引くと濡れた跡が残って、繰り返し繰り返し、どうしようもなくそこにあるものに気付かされる。そうやって確かに、この生きものに惚れているのだと気付かされる。
目的地の公園は、住んでいるアパートから歩いて十分ほどのところにある。出入りのできる開けた場所には等間隔で二本、石造りの太い車止めが植わるように並んでいて、それを凛はするりと避けて入っていった。しなやかな動きはまるで猫のようで、見えない尻尾や耳がそこにあるみたいだった。「なんか面白いもんでもあったか?」「いや、別に」口元がゆるみかけたのをごまかすためにとっさに顔ごと、視線を脇に逸らす。「なんだよ」凛は怪訝そうな、何か言いたげな表情をしたけれど、それ以上追及することはなくふたたび前を向いた。
道を歩き進むと広場に出た。ここは小さな公園やグラウンドのような一面砂色をした地面ではなく、芝生の広場になっている。遊具がない代わりにこの辺りでは一番広い敷地なので、思う存分ボール投げをしたり走り回ったりすることができる。子供たちやペットを連れた人たちが多く訪れる場所だった。
芝生といっても人工芝のように一面青々としたものではなく、薄い色をした芝生と土がまだらになっているつくりだった。見渡すと、地面がところどころ波打ったようにでこぼこしている。区によって管理され定期的に整備されているけれど、ここはずいぶん古くからある場所なのだそうだ。どこもかしこもよく使い込まれていて、人工物でさえも経年のせいでくすんで景観に馴染んでいる。
まだらで色褪せた地面も、長い時間をかけて踏み固められていると考えれば、落ち着いてもの静かな印象を受ける。手つかずの新品のものよりかは、自分にとって居心地が良くて好ましいと思えた。
広場を囲んで手前から奥に向かい、大きく輪になるようにイチョウの木々が連なって並んでいる。凛は傍近くの木の前に足を止め、見上げるなり、すげぇなと感嘆の声を漏らした。
「一面、金色だ」
立ち止まった凛の隣に並び、倣って顔を上げる。そこには確かに、すっかり金に色付いたイチョウの葉が広がっていた。冬の薄い青空の真下に、まだ真南に昇りきらない眩い光をたっぷりと受けてきらきらと、存在を主張している。
きんいろ、と凛の言葉を小さく繰り返した。心の中でもう一度唱えてみる。なんだか自分よりも凛が口にするほうが似つかわしいように思えた。
周囲に視線を巡らせると、少し離れた木々の元で、幼い子供ふたりが高い声を上げて追いかけっこをしていた。まだ幼稚園児くらいの年の頃だろうか、頭一個分くらい身の丈の異なる男の子ふたりだった。少し離れて、その父親と母親と思しき大人が並んでその様子を見守っている。だとすると、あのふたりは兄弟だろうか。大人たちの向ける眼差しはあたたかく優しげで、眩しいものを見るみたいに細められていた。
「な、あっち歩こうぜ」
凛が視線で合図して、広場を囲む遊歩道へと促した。舗装されて整備されているそこは木々に囲まれて日陰になっているところが多い。ここはいつも湿った匂いがして、鳥の鳴き声もすぐ近くから降りそそぐように聞こえてくる。よく晴れた今日はところどころ木漏れ日が差し込み、コンクリートの地面を点々と照らしていた。
休日の朝ということもあって、犬の散歩やジャージ姿でランニングに励む人も少なくなかった。向かいから来てすれ違ったり後ろから追い越されたり。そしてその度に凛に一瞥をくれる人が少なくないことにも気付かされる。
決して目立つ服を着ているわけでもなく、髪型や風貌が特に奇抜なわけでもないのに、凛はよく人目を惹く。それは地元にいたときにも薄っすらと浮かんでいた考えだけれど、一緒に人通りの多い街を歩いたときに確信した。凛はいつだって際立っていて、埋没しない。それは自分以外の誰にとってもきっとそうなのだろう。
いい場所だなぁ。凛は何でもないみたいにそう口にして、ゆったりとした足取りで隣を歩いている。木々の向こう側、走り回る子供たちを遠く見つめていたかと思えば、すぐ脇に設けられている木のベンチに視線を巡らせ、散歩中の犬を見て顔をほころばせては楽しそうに視線で追っている。公園までの道中は「はやく」と振り返って急かしたくせに、今の凛はのんびりとしていて、景色を眺めているうちに気が付けば足を止めている。こっそり振り返りながらも小さく先を歩いていると、ぽつぽつとついてきて、すうと寄せるようにしてまた隣に並ぶ。
その横顔をちらりと伺い見る。まるで何かを確かめるかのように視線をあちらこちらに向けてはいるものの、特にこれといって変わったところもなく、そこにいるのはいつも通りの凛そのものだった。
見られるという行為は、意識してしまえば、少なくとも自分にとってはあまり居心地が良いものではない。時にそれは煩わしさが伴う。凛にとってはどうなのだろう。改まって尋ねたことはないけれど、良くも悪くも凛はそれに慣れているような気がする。誰にとっても、誰に対しても。凛はいつだって中心にいるから。そう考えると苦い水を飲み下したような気持ちになって、なんだか少し面白くなかった。
遊歩道の脇につくられた水飲み場は、衛生のためだろう、周りのものよりずっと真新しかった。そこだけ浮き上がったみたいに、綺麗に背を伸ばしてそこに佇んでいた。
凛はそれを一瞥するなり近付いて、側面の蛇口を捻った。ゆるくふき出した水を見て、「お、出た」と呟いたけれど、すぐに絞って口にはしなかった。
「もっと寒くなったら、凍っちまうのかな」
「どうだろうな」
東京も、うんと冷えた朝には水溜まりが凍るし、年によっては積もるほど雪が降ることだってある。水道管だって凍る日もあるかもしれない。さすがに冬ごとに凍って壊れるようなつくりにはしていないと思うけれど。そう答えると凛は、「なるほどなぁ」と頷いて小さく笑った。
それからしばらくの間、言葉を交わすことなく歩いた。凛がまた少し先を歩いて、付かず離れずその後ろを追った。ときどき距離がひらいたことに気付くと、凛はコートの裾を揺らして振り返り、静かにそこに佇んで待っていた。
秋の頃までは天を覆うほど生い茂っていた木々の葉は、しなびた色をしてはらはらと散り始めていた。きっとあの金色のイチョウの葉も、程なくして散り落ちて枝木ばかりになってしまうのだろう。
「だいぶ日が高くなってきたな」
木々の間から大きく陽が差し込んで、少し離れたその横顔を明るく照らしている。
「あっちのほうまできらきらしてる」
中央の広場の方を指し示しながら、凛が楽しげに声を上げた。示す先に、冷えた空気が陽を受け、乱反射して光っている。
「すげぇ、綺麗」
そう言って目を細めた。
綺麗だった。息を呑んで見惚れてしまうほどに。いっぱいに注がれて満ちる光の中で、すらりと伸びる立ち姿が綺麗だった。
時折見せる熱っぽい顔とは縁遠い、冴えた空気の中で照らされた頬が白く光っていた。横顔を見ていると、なめらかで美しい線なのだとあらためて気付かされる。額から眉頭への曲線、薄く開いた唇のかたち。その鼻筋をなぞってみたい。光に溶け込むと輪郭が白くぼやけて曖昧になる。眩しそうに細めた目を瞬かせて、長い睫毛がしぱしぱ、と上下した。粒が散って、これも金色なのだと思った。
そうしているうちに、やがて凛のほうからおもむろに振り返って、近付いた。
「なぁ、ハル」少し咎めるような口調だった。「さっきからなんだよ」
ぴん、と少しだけ背筋が伸びる。身構えながらも努めて平静を装い、「なにって、何だ」と問い返した。心当たりは半分あるけれど、半分ない。
そんな態度に呆れたのか凛は小さく息をついて、言った。じっと瞳の奥を見つめながら、唇で軽く転がすみたいな声色で。
「おれのこと、ずっと見てんじゃん」
どきっと心臓が跳ねた。思わず息を呑んでしまう。目を盗んでこっそり伺い見ていたのに、気付かれていないと思っていたのに、気付かれていた。ずっと、という一言にすべてを暴かれてしまったみたいで、ひどく心を乱される。崩れかけた表情を必死で繕いながら、顔ごと大きく視線を逸らした。
「み、見てない」
「見てる」
「見てない」
「おい逃げんな。見てんだろ」
「見てないって、言ってる」
押し問答に焦れたらしく凛は、「ホントかぁ?」と疑り深く呟いて眉根を寄せてみせる。探るような眼差しが心地悪い。ずい、と覗き込むようにいっそう顔を近付けられて、身体の温度が上がったのを感じた。あからさまに視線を泳がせてしまったのが自分でも分かって、舌打ちしたくなる。
「別に何でもない。普段ここへは一人で来るから、今日は凛がいるって、思って」
だから気になって、それだけだ。言い訳にもならなかったけれど、無理矢理にそう結んでこれ以上の追及を免れようとした。
ふうん、と唇を尖らせて、凛はじとりとした視線を向け続ける。
しかしやがて諦めたのか、「ま、いいけどさ」と浅くため息をついて身を翻した。
顔が熱い。心臓がはやい。上がってしまった熱を冷まそうと、マフラーを緩めて首筋に冷気を送り込んだ。
それからしばらく歩いていくうちに遊歩道を一周して、最初の出入り口に戻ってきた。凛は足を止めると振り返り、ゆっくりと、ふたたび口を開いた。
「なぁ、ハル」今度は歩きながら歌を紡ぐみたいな、そんな調子で。
「さっきは良いっつっ��けどさ、おれ」
そう前置きするなり、凛はくすぐったそうに笑った。小さく喉を鳴らして、凛にしては珍しく、照れてはにかんだみたいに。
「ハルにじっと見つめられると、やっぱちょっと恥ずかしいんだよな」
なんかさ、ドキドキしちまう。
なんだよ、それ。心の中で悪態をつきながらも、瞬間、胸の内側が鷲摑みされたみたいにきゅうとしぼられた。そして少しだけ、ちくちくした。それは時にくるしいとさえ感じられるのに、その笑顔はずっと見ていたかった。目が離せずに、そのひとときだけ、時が止まったみたいだった。この生きものに、どうしようもなく惚れてしまっているのだった。
「あー…えっと、腹減ったなぁ。一旦家帰ろうぜ」
凛はわざとらしく声のトーンを上げ、くるりと背を向けた。
「…ああ」
少し早められた足取り、その後ろ姿に続いて歩いていく。
コンクリートの上でコートの裾が揺れている。陽がかかった部分の髪の色が明るい。視界の端にはイチョウの木々が並んできらめいていた。
「朝飯、やっぱ鯖?」
隣に並ぶなり凛がそっと訊ねてきた。
「ロースハム、ベーコン、粗挽きソーセージ」
冷蔵庫の中身を次々と列挙すると、凛はこぼれるように声を立てて笑ってみせた。整った顔をくしゃりとくずして、とても楽しそうに。つられて口元がほころんだ。
笑うと金色が弾けて眩しい。くすみのない、透明で、綺麗な色。まばたきの度に眼前に散って、瞼の裏にまで届いた。
やっぱり凛によく似ている。きっとそれは、凛そのものに似つかわしいのだった。
(2017/12/30)
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あこがれのスイーツを食べるはずがお茶漬けになった件
『まゆとおおきなケーキ』
文:富安陽子
絵:降矢なな
この世に生まれて以降、一人暮らしで家を出るまでわたしに食事をつくり食べさせつづけてくれた祖母ですが、ひじきご飯、青菜のからし和え、筑前煮、かぶと油揚げの煮もの、切り干し大根、ブリの照り焼き、かぼちゃの煮つけ、あさり汁、きんぴらゴボウ、ほうれん草とこんにゃくの白和え、若竹煮など和食ひとすじで、バターを使う西洋料理に関しては完全に鎖国状態でした。
小学校の遠足や運動会で、友だちのお弁当に入っているつやつやのミートボールやふわふわのクリームコロッケや真っ赤なタコさんソーセージ入りのピラフを見るたびに、わたしのお弁当もそろそろ開国してほしいぜよ西洋料理が食べたいぜよつくるの難しければ冷凍食品というものがあるぜよとうったえてきましたが、「着色料やら防腐剤やらなにが入っとるかわからんのやで(20世紀後半当時、祖母調べ)」と却下され、おもに黒・茶系の色合いで構成された鎖国弁当をもたされるのでした。
そんなわけで、ハンバーグやスパゲティを初めて食べたのは給食だし、グラタンやホットケーキは、町へ買い物にでかけたときに出島(レストラン)でしか食べることのできないご禁制の珍味でした。
あるとき、小学校の家庭科の授業で習った「シャケのムニエル」と「ほうれん草とにんじんのソテー」を家の人にふるまい感想を書いてもらい提出せよという宿題が出ました。ムニエルなぞという洒落たひびきの西洋料理など出されることのない我が家の地味な食卓に、はるか水平線のむこうから、かぐわしいバターの香りを漂わせて黒船が来航したのです。
祖母はよく、水と卵と小麦粉と砂糖を混ぜて焼いた生地に蜂蜜をかけたおやつをつくってくれたのですが、ここにバターをプラスすれば、憬れのホットケーキに一歩近づくはずです。文明開化まであとすこし。ハンバーグやグラタンを家でつくってもらうためにも、バターを使った西洋料理のおいしさを祖母にわからせ、開国にもちこむしかありません。
食卓の近代化のためにいよいよ立ち上がるときがきたのです。
●●●
さて、ホットケーキなどのふかふかケーキが登場する絵本といえば『ぐりとぐら』が有名です。フライパンでつくる黄色くてふかふかのカステラは子どもたちのあこがれですが、『やまんばのむすめ まゆ』シリーズにも極上のケーキが登場するお話があります。
お客さんをまねいてパーティーを開くことになったやまんばかあさんとまゆ。お菓子作りをまかされたまゆは、世界一大きなケーキをつくろうと大はりきり。怪力やまんばの娘らしく、きょだいな鉢にきょだいなしゃもじをつっこんで、豪快にかきまぜます。
完成した種をおひさまの光でこんがりやこうとしますが、大きな雲が光をさえぎってしまいました。
まゆは きばちを あたまの う��に もちあげると、
��タマジャクシの くもの かげから にげだしました。
たにぞこまでの きゅうな がけを、
ばひゅんと いっきに かけくだります。
オタマジャクシ型の雲は、恐竜や大蛇にかたちを変えながらまゆを追いかけてきます。
はらっぱのはずれの ひだまりに きばちを おろして
ほっと ひといき。
「ここまで くれば、だいじょうぶ」
まゆが そらを みあげると……
「うへー! でかでか ニョロリンぐもだあ!」
急な坂道をかけのぼり、となり山の頂上にたどりついたまゆ。さいわい、大蛇の雲は3つにちぎれて流れていきました。
おひさまは ぽかぽか。ケーキのたねは もこもこ。
うれしくなって、まゆは うたいます。
「はやく ふくらめ でっかくなあれ もっとふくらめ おいしくなあれ」
ふわふわもこもこの美味しそうなケーキが完成。絵を眺めているとバターと砂糖の甘いにおいがただよってきそうです。
「さあ、みんな、とくせい でかでかケーキを めしあがれ!」
まゆも やまんばかあさんも おきゃくさまたちも、
むしゃむしゃ ぱくぱく もぐもぐ、むちゅうになって
おいしい ケーキを たべました。
●●●
開国にむけた交渉は大詰めをむかえました。
この日のためにスーパーで買っておいた雪印バターを熱したフライパンにすべらせます。そこに、塩と胡椒を両面にまぶして小麦粉をはたいたシャケの切り身を横たえます。じゅうじゅうぱちぱち素敵な音と香ばしい匂いがしてきたら、ふたをして弱火で3分。こんがり焼色のついたムニエルの完成です。
ふたたびフライパンに雪印バターを入れ、刻んでおいたほうれん草とにんじんを投入、さっと炒めて塩胡椒をふれば野菜ソテーの完成。授業でならったとおりの、完ぺきな出来です。
祖母と祖父を食卓にまねき、ムニエルとソテーを盛りつけた皿をならべました。「上手にできとるやないか」とほめる祖父にわたしは鼻高々です。「バターをつかうと料理がおいしくなるよ塩あり塩なしバターがあって今日は塩ありバターをつかってるよバターはビ��ミンAがほうふなんだよ」と習ったばかりの知識をひけらかしつつ、バターの素晴らしさをプレゼン。いよいよ実食です。
シャケを一口食べたところで、祖母と祖父の箸が停止しました。「あんた、ちょっと、これ食べてみ」。あまりのおいしさに祖母はそれ以上言葉がでないようでした。わたしは祖母の皿からシャケを一切れつまみ、口に入れました。
「これ...... 塩ジャケとちゃうか」
交渉決裂の瞬間でした。生シャケではなく誤って塩ジャケを購入し、かつ塩をまぶし、かつ有塩バターでムニエってしまったのです。黒船が錨をあげて、わが家の浦賀沖から出港していきます。
祖父はおもむろにシャケの身をほぐしてご飯にのせるとお湯をかけて食べはじめました。「うん、こうすればちょうどええ塩加減や」。ムニエルがお茶漬けに生まれ変わった歴史的瞬間でした。
料理を食べた感想を祖母と祖父になんと書いてもらったのか、まったく記憶にありません。あまったバターは食パンにぬってたべました。
※文中の太字は本文より引用
『まゆとおおきなケーキ』
文:富安陽子
絵:降矢なな
福音館書店
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福島事務局の大塚真理さん、大いに語る。
東北ユースオーケストラ結成のきっかけは、スイスの世界的に高名な音楽祭、ルツェルン・フェスティバルから東日本大震災のための復興イベントを行いたいとの相談を受けたことからはじまります。
大震災直後から被災三県の学校の楽器を点検、修理し、音楽活動を支援してきた「こどもの音楽再生基金」では、発起人である坂本龍一さんから「子供たちによるオーケストラができないか」というアイデアが出ていました。
2013年のルツェルン主催の宮城県松島での音楽イベントに「東北ユースオーケストラ」という混成オーケストラを編成して指揮者グスターボ・ドゥダメルさんや坂本龍一さんと共演する機会があれば、日本のみならず世界に復興途上の現地の子供たちの姿が発信されるのではないか。
この大きな構想を受け止めてくださったのが、当時福島市のテレビ局、福島テレビが運営されているFTVジュニアオーケストラで事務局を担当されていた大塚真理さんでした。大塚さん無しには、「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ 松島2013」で「東北ユースオーケストラ」が生まれることはあり得なかったでしょう。そういう意味でも、大塚真理さんはTYOの母であります。
以来、2015年の団員募集ではチラシを抱えて地元を駆け回ることから、合宿での急病人の対応から、福島市での毎月の合同練習会で団員が出したゴミの後始末から、何から何まで気の効くサポートを受け続けて来ています。時に原発事故の話題になると、国や東電の対応や深刻な影響について声を荒げて話されることがあり、折に触れお話を伺ってきました。しかし、これまで一度もいわゆる「インタビュー」をしたことがなかったと気づきました。そこで、今年も311が近づく2月の1泊2日の合同練習会で二日に渡ってお話を聞いてみたのです。
ー 今日はあらためてお話を伺いたいと思います。まずは福島テレビ(FTV)に入社された頃の話からでいいですか?
FTVには1977年、昭和52年に入社しました。最初は営業管理部で、スポットデスクに配属されました。
(注:「スポットデスク」とは番組と番組の間に入るスポットCMの管理を行うセクションです)
その後は、制作部でサブディレクターになりました。県庁担当で「市政たより」やお母さんのための幼児教育番組「小さな世界」などの制作をしていました。弁当やお花の手配ばかりしていたので、自分のことを「弁当ディレクター」と言っていました。
鼓笛隊パレードとか、当時はジュニアオケの番組もありました。毎年土曜日午後の1時間半番組でスポンサーもついていたんです。昔は自社制作番組が結構ありました。
ー 今では地方局は東京のキー局の番組ばかりになってますからね。福島テレビは当時からフジテレビのネットワーク局だったんですか?
その頃はフジテレビとTBSの2局のネット局だったんです。最強だったですよ。ドリフターズの「8時だよ、全員集合」も「花王名人劇場」も「ザ・ベストテン」も「夜のヒットスタジオ」も金八先生のドラマも「なるほど!ザ・ワールド」も同じ局で放送していたんですよ。
ー それはすごい!わたしが子供の頃に見ていた番組ばかりです。きっと仕事も面白くてしょうがなかったでしょうね。
はい、楽しかったですから結局結婚まで10年勤めました。当時の福島だと30過ぎると結婚が遅いほうなので周りに心配されました(笑)
ー ということは今や珍しい寿退社ですね。一旦お辞めになってからまた復職されたのですね。
わたしの主人が亡くなった時に戻ってこないかと声をかけてもらいました。15年ほど前、いまとにかく困っているから事務を手伝ってくれと言われたんです。
ー 困った時には大塚さんですね(笑)
平成15年、2003年に福島テレビの事業部一年間、契約社員で働きました。そうしたら翌年の2004年からFTVジュニアオーケストラの事務局をやってくれとなりました。その頃には福島テレビの女性社員はほとんどいなくなってたんです。
ー オーケストラとは昔からつながりがあったんですか?
制作部時代、ジュニアオケの番組収録の時にタイムキーパーとして何度か手手伝ったくらいでした。だから頼むれた時も「え、オーケストラ? 音楽は知りませんよ、でも事務はできますよ、予算管理ならできますよ」と言いました。
社内の人たちはよく知ってるし、社内交渉はできる。それに営業と制作で鍛えられたので、段取りはよくわかっている。人生何事も経験で無駄なことは無いとつくづく思います。若い頃の経験が役立ちました。
ー それは大塚さん、適任ですね。でもオーケストラの運営には専門知識も必要ですよね。どうされたんですか?
そもそもトランペットとトロンボーンの違いもわからないくらいだったんです。だから必死で本を読みました。「音楽の友」など音楽雑誌を毎月読んで、フルトヴェングラー、カラヤン、ウイーンフィルなどについての本を気の向くままに読みました。特にNHK交響楽団のオーボエ奏者茂木大輔さんの本は役立ったと思います。
指導していただく先生方の話もチンプンカンプンだったので、楽譜を読めるようにドイツ語とイタリア語の対照表も自分でつくりました。「やさしいクラシック」のような入門向けのCDも片っ端から聴きましたね。
— オーケストラの運営となると、この世界ならではの業務もありますよね。
まずは一所懸命に楽譜の整理をしました。もうそれはそれは楽譜がバラバラだったんです。東京から指導に来ていただいていたパーカッションの先生、大塚敬子先生に教えていただいて、パートごとの並べ方や番号の方を教わったり、それはとても助かりました。
3年やってようやく慣れたかな。予算のこと、楽器のこと、テクニカルタームもわかるようになってきました。だんだん実務が楽しくなってきて、自分から企画が出せるようになってきたんです。
— 大塚さんにとってジュニアオケでの転機となるようなことはありましたか?
6、7年目かな。福島県文化センターでクリスマスコンサートとして竹内ひとみバレエ団とチャイコフスキーの「くるみ割り人形」の全幕をやりました。この企画を出した時は、子供たちがオーケストラピットに入って演奏するから脇役になると、先生方は反対でした。でも子供たちはやりたいと言うんです。だから押し切った(笑)。前半と後半に分けて負担を減らすようにしてね。
— 一番思い出深いコンサートとなると、どうですか?
ベートーヴェンの第九ですね。わたしがFTVジュニアオーケストラの事務局を辞める年、2013年12月30日でした。会場が福島県文化センターという県の公共施設ですから、年末は通常28日で仕事納めなんです。それを「開けてください」とお願いして、ホールの歴史で初めてのことでした。
この時も大人は反対でした。「忙しいから駄目だへ、無理だべ」とさんざん言われました。でも、子供たちに聞くと「やってみたい」と言うんです。実際やれるんです。子供は「やるよ」と言ったら、やるんです。大人が決めてはいけないんです。
このことは、子どもたちに教えられたことです。子供たちってすごいんですよ。わたしは若い人たちにパワーをもらって生きてきた、助けられて生きてきたんです。大震災から2年経って、福島の復興への想いもありました。
わたしはジュニアオケの仕事も10年で辞めるからと言っていました。わたしの子供も大学を卒業するし、60歳から先は自由に生きるのだと決めていた。だから「歓喜の歌」である、第九をやって締めくくりたいと思ったんです。第九の合唱団も公募で大変だろうと言われたけど、好きなことだから頑張れるんです。そしてサポートしてくれる、先生や周りの人に恵まれていました。
おかげさまで演奏会は大成功となりました。
— いつも団員インタビューで聞いている質問です。311の時、どこで何をしていましたか?
福島テレビの旧館5階の事務局に一人でいました。いつも2時40分が仕事のひと区切りがつく時間だったんです。だからその日もコーヒーを淹れようと立ち上がったら、携帯の地震警報が鳴りました。もう激しく揺れだしてびっくりしました。逃げようと廊下を走ったけど思うように前に進めないんです。すると壁が部分的に崩れてきた。譜面台は一斉にバタバタと音を立てて倒れ、階段を降りることもできず、エレベーターの角の柱につかまっていました。すると、わたしの背後でコピー機が左へ右へと走ったんです。もうびっくりして、あの時はこのまま一人で死ぬんだと思いましたね。
2回目のほうが揺れが大きくて、長く感じました。そうこうしていると、4階の秘書室の部長が上がってきた。バタンバタン大きな音を立てて動いていた防火扉を止めるためにです。
それで揺れもおさまって3階の事業部に戻ったところ、危ないので外に出ろと言われた。外に出たら、こんどは雷と吹雪になりました。
報道と制作が入っていた新館は、それほどの被害は無かったのですが、旧館が酷かった。あらゆるガラス、窓ガラスがほとんど割れたから、そのあとずーっとベニヤ板で覆うような状態が続きました。よく怪我人が一人も出なかった、奇跡に近いと言われましたね。もう壁もひび割れて「メロンハウスだね」と言って笑うしかなかった。
— 外にしばらくいたのですか?
いったん家に帰れと言われました。家族の安否を確認するために連絡を取りました。そしていったん5階の事務局に戻ったら、テレビもファックスも吹っ飛んでいましたね。ようやく鞄と靴を探して、コートを持って車に乗りました。車内のラジオで津波が発生と聞きました。被害が出てると言うけども、よくわからなかったです。車を運転しても、信号が止まっているので、渋滞はしてなかったけど、道路を渡ることすら思うままにできなくて、交差する車同士で「ごめんなさい」と道を譲ってもらったり譲ったりで、踏切の無い道を選んで車を走らせました。
水道管が破裂したところは、もう道路がわからない状態で、運転しながら足が震えました。もう自分の家が無いのではと思いながら、運転するのに必死でした。道路が陥没して軽自動車が落ちてる脇を通って抜けた時の恐怖。あの時のことを思うといまだに怖いです。
おかげさまで家はあったし、屋根も損傷受けずでしたが、電気ガス水道が止まりました。
— ご家族はみなさんご無事だったのですか?
当時23才だった上の娘が勤めていた銀行がたまたま仕事休みで、いつもはぼーっとしてる娘がセブンイレブンに買いに走ったけど、ほとんど何も無かったと報告してくれました。
78才の父は犬が飛び出さないよう抱えて、いったん家を出たそうです。
80才の母は玄関で動けないでいた。あまりにびっくりして、記憶が無いと言っていますね。もう、ぼーっとしてるしか無かったと。
家族と家は大丈夫だと実際に安否確認でき、会社に報告したらしばらく出社しなくていいと言われました。ちょうど金曜日だったので、それからしばらく家にいましたね。
— 津波のことは後から知ったのですか?
ラジオだけの情報でした。だから津波の悲惨な状況を聞いても想像できなかったですね。電気が戻ってから、テレビの映像で津波を見てショックを受けました。まるで映画のワンシーン。こんなことが起きるんだと思いましたね。家族でみんな生きているに感謝しました。
— 避難所には行かれました?
結局、避難所には一度も行かずでした。2000年問題の時に電気が止まると言われていたので、ストーブがあって、灯油もあったので寒さはしのげました。あと近所の飲めない井戸から水をもらって、ストーブでお湯を沸かして湯たんぽをつくり、その水を利用してトイレも使えました。
近所の井戸水で飲める水があるとの情報を聞きつけ、ガソリンあるうちは車を走らせてもらっていました。
やはり困ったのは水、電気でした。夜は庭の太陽光で発電する照明を家に持ち込んだり、ロウソクの生活が続きました。テレビも見れなかった。
ガスが最初に復帰して、1週間もかからなかったですね。水道は1週間かかりました。そしてうちは電気が一番最後に復旧しました。道路の反対側まで電気が来てるのに、あともう少しなのにとせつない思いになりましたね。街の中は電気ガス水道ともに全然大丈夫だったんですが。
— 原発の事故はいつ知られましたか?
大震災の週明け火曜日に会社に行って、はじめて原発がたいへんなことになっていると知りました。それまで、そんな重大なことと思わなかったです。家に帰って「どこに逃げようか、どっち方向だろう、貴重品を持ち出せるように、いつでも避難できるようにしよう」としましたね。
水をもらうために外で2時間とか平気で並んでました。原発が深刻だと思わなかった。学校行ってないから子供が外で並んでたんですよ。もうちょっと教えてくれたらと今になって思いますね。もっと広報の仕方とか方法が無かったのかと。確かにそれどころでは無かったかもとは思います。誰も経験したことの無いことだったから。福島は災害が無かったから、災害の無い県と思い込んでましたね。それに「原発は安全だ」と思い込んでいました。地震はともかく、津波の恐ろしさ。あの津波さえなければと思いますね。
— 福島市から逃げようとはされなかった?
逃げて行っても、生活の場が無いですしね。できるだけ外には出ない、窓は締める。ガソリンがあるうちは車で移動。必要以外は外に出ないとしました。
それでもしばらく余震が続きました。地震警報におびえる生活が続きました。家の中でも寝る時もジャージで、一階の和室で生活をしすぐに外に出られるようにしていました。
いつから普通の生活に戻ったんだろう。記憶はあいまいになっていくものですね。
— これもいつも団員インタビューで聞いている質問なのですが、311で変わったことは何ですか?
日々何事も無く過ごしている有り難さを感じるようになりましたね。電気ガス水道の有り難さ。そして、なにごとにも感謝です。
平凡が一番、普通が一番。
なにごとにも「ありがとう」感謝の気持ちを持てるようになり、気持ちが穏やかになったと思います。
それから、普段からの災害への備えをするようになりました。それでも、またあったらうろたえるのだろうなとも思いますけど。
— FTVジュニアオーケストラの団員の子供たちに変化はありましたか?
ジュニアの子どもたちのうち、自主避難でいなくなった子が3人いました。逆に浪江町から避難してきた子が一人入団しました。福島テレビの社員でも小さなお子さんのいる方は3人は辞めました。
福島県でも飯館村とか、伊達市とか、思わぬところで放射線の線量が高いです。出て行った若い人は戻らないでしょうね。もう年寄りばかりです。避難した地域は生活ができないですから。店や病院もありません。
— 今の福島についてどのように思われていますか?
福島県に中高一貫校を新設するとか言っていますが、世間の目を欺くためではないかと思ってしまいますね。政府などへの不信感もあります。東京にオリピックを呼ぶために安倍総理がいくら「原発事故はコントロールできている」とプレゼンしても、「嘘つけ!」と思ってしまいました。
除染したと言っても限界があると思います。イノシシ、豚とか、山の中を動き回って、汚染された餌を食べている訳ですから。
— つい最近、除染が来たとおっしゃっていましたね。
ようやく去年の暮れに家の近所の側溝の除染に来ました。いまだに除染土が家の庭にありますよ。大きい袋ですからね、目に入ると気が重いです。なかなか持って行ってくれないんですよ。
(大塚さんご自宅の庭に置かれたままの除染土の写真です)
線量が高いところからはじめて、一年くらい後にうちの家に来て、「今ごろやっても無意味なんじゃない」と、みんなそう言ってますよ。気休めのような気がする。
— 実際のところはどうなんでしょうね。
噂では癌患者が増えてると聞きますが、あまり表には出て来ないですね。最近の国の「不正統計問題」を見ても、情報に対する信頼度が落ちてると思います。都合がいいことだけ発表して、情報統制しているのではと思ってしまいますね。
沖縄の人に「福島の人はおとなしいね」と言われました。沖縄なら毎日デモだよって(笑)
— 政府や国の行政にこれだけはお願いしたいということはありますか?
本当のことをしっかり発表して欲しい。今、現在どうなってるかを知りたい。福島の街にいくら線量計があっても気休めなんだと思うんですね。
それにこれだけの事故を起こしながら、原発を、海外に売ろうとしたでしょ。いったい福島のことをどう思ってるのかと。
国ってなにを考えているのかなと悲しくなります。
ヒロシマ、ナガサキ、唯一の被爆国ですよ。
今の日本が悲しいですね。
— そんな状況の中で東北ユースオーケストラの活動はあります。どのようにお考えですか?
主役は子どもたちのことだから、大人は政治的なことを押し付けはいけないと思いますね。
でも代表・監督の坂本龍一さんは、はっきりものをおっしゃいます。偉い。勇気があると思います。影響力のある人が発信することが大事なんです。
坂本さん、凄いなって、いつも尊敬してます。
— 震災のあともFTVジュニアオーケストラの活動が続いてきたからこそ東北ユースオーケストラが生まれましたね。
震災の後、ジュニアオケは活動をやめたらどうかという話になりました。でも子どもたちはやりたい。しかし、毎週練習に使っていた福島テレビの旧館の社屋は、使えない。2011年の5月の連休明けからしばらくして練習を再開しました。もうあちこち転々と1週間ごとに楽器を運んで練習を続けました。時には関連会社の会議室で練習しました。そして、7月に定期演奏会ができたんです。よくできましたね。子どもたちが絶対やりたいて言うからね。親御さんのサポートもありました。おかげさまで福島市音楽堂が再開してすぐのコンサートを開くことができました。
— 2013年のルツェルン音楽祭の復興イベントから東北ユースオーケストラは始まりました。その立役者が大塚さんだったわけですが。
2013年のルツェルンのイベントは、無我夢中でした。自分でもよくできたと思う。子供たちのために今やらなきゃというエネルギーですね。何かをやっていたほうが、自分も楽な時期でした。止まっちゃうと駄目なんです。
わたしとしては、機会があれば子どもたちをどこかに福島の外に連れて行きたかった。そして、世界に眼を向けさせる。いろんな人を知る。ルツェルンの復興イベントは、そんな絶好の機会だと思ったんです。
しかし、FTVジュニアの先生方からも反対されました。子供たちの負担になると言うんです。大人はいつも安全パイを選んでしまう。こんな、世界とつながれる機会はないですよ。行ける子どもだけでもと、FTVジュニア以外にも近隣の高校の吹奏楽部などにも声をかけました。
ドゥダメルや坂本龍一という世界に通じる人と、松島の特別な場所で、いい経験が積めたと思いますね。
子供たちが坂本さんにサインをもらってうれしそうに笑っているのを見て、うれしかったです。
— そのルツェルン音楽祭で好評だったため、東北ユースオーケストラは一般社団法人化しました。
組織がしっかりすることはいいことです。続いていくことは、有難いことだと思ったし、何より親御さんからの信用、社会的信用が生まれます。
最初はゼロから募集をかけて人数を集めるとなった時に、集まるか不安でした。140通を超える応募の数には正直びっくりしました。
— かれこれ組織としては、東北ユースオーケストラは5年が経ちましたね。感慨深いです。
何しろ最初の夏合宿が沖縄県の宮古島だったでしょ。行動力がすごい。いろんなことを1つづつ叶えていく、その実行力には頭が下がります。最初は運営も危なっかしくってね、どうなることかと思いました。ただ夢中で子どもが演奏だけに集中できる環境をつくろうとしていました。もう大丈夫ですよ(笑)
— 最後に、これもいつも団員インタビューで聞いている質問です。今後、東北ユースオーケストラでどんな活動をしたいですか?
卒団した子どもが練習や演奏会にやってくるじゃないですか。そういう場があることが素晴らしいと思いますね。だから長く続けて欲しい。
海外公演も実現して欲しいです。よちよち歩きから始まった東北ユースオーケストラが、ルツェルン音楽祭で凱旋公演できるといいですね。あの2013年の松島のルツェルンのイベントの時のオーケストラがこんなに立派になって、と言われたら最高じゃないですか。
いち早く多額の支援をしてくれた、親日家の多い台湾公演もできたらいいですね。
東京オリンピック・パラリンピックでは何かしないんですか?
このインタビューを行なったのが先月の1泊2日の合同練習会だったもので、土曜日の練習を終え、JA共済さんにご手配いただいた宿泊組の宿へと向かうバスを見送る団員、大塚さん、そして同じく福島事務局で団員の演奏指導もお願いしている竹田学さんです。
あらためて大塚真理さんのお話を伺って考えさせられたのは、強い使命感と子供たちへの無償の愛です。通奏低音として「大人は子供のことを、子供の可能性をわからないのだ」という姿勢があって、だから大塚さんの子供へのまなざしには上から目線が微塵もありません。とてもふらっとです。だから子供たちも大塚さんのスタンスを動物的に嗅ぎ取って自然と寄って来るんだと思うのです。
「大人の都合で子供のことを考えるなよ」は、肝に命じたいフォームです。とと同時に「子供も大人の事情を考えろよな」と言いたくなってしまうのは、大人気ないことなのでしょう。反省反省。
実際にお聞きした内容にはとても刺激的なことも含まれていて、本当はノーカット無編集で「大塚さん大いに語る」を掲載したかったのですが、それはそれで品位に悖るような気がしまして、細かな配慮ができたかどうかは別として編集をいたしました。
311から8年です。大震災は続いています。そのことを知って欲しいと思います。それが東北ユースオーケストラの存在意義の一つであるからです。
引き続き東北ユースオーケストラへのご支援をお願いいたします。
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2019.3 谷川岳
強風のため登山道にすらたどり着けず、スキーして終わった北アルプス唐松岳(八方尾根)からちょうど1ヶ月。高い金出して揃えた雪山装備を使わないともったいないし、今年のうちに雪山中級まではレベルアップしておきたい。次に目指す山は関東からアクセスしやすく以前にも登ったことがある谷川岳に決定。日帰りだともったいないので、1日目は谷川岳、越後湯沢で宿泊して2日目は平標山・仙ノ倉山のお泊り雪山登山。
【コースタイム】北赤羽(0623)→上毛高原(0753) →谷川岳RW山麓駅(0849) →天神平 →登山開始(0935) →避難小屋(1025) →肩の小屋(1150) →トマの耳山頂(1200) →避難小屋(1300) →休憩 →天神平(1345) →水上駅(1530)
茂原からだと始発に乗っても到着時刻が遅くなるので、実家の東京に前泊。大宮0702発たにがわ401号に乗車し上毛高原駅へ。平日金曜日の少し早い時間とあって、自由席は余裕で座れる。上毛高原の天気はくもり、谷川岳RW行きのバスには自分を含めて4人乗車 (バスは片道1250円)。 駅の周辺には全く雪なし、少し不安になったが、約1時間乗車して終点のRW駅に到着したら車窓から見える山々はみんな雪化粧していた、安心。せっかく雪山に来たのに、雪がないなんて寂しい。RW乗り場では登山客とスキー客がちらほら。やはり平日なので空いてるのかな。ゴンドラ往復チケットを購入し、いざ乗車。
天神平駅は曇り~晴れ、微風、氷点下までは下がっておらず5℃くらいか?この日は全国的に少し暖かくなるとのこと。一緒のゴンドラに乗って上がってきた登山者4名並んでゲレンデで準備する。登山者は見渡せる範囲では自分たちしかいない。谷川岳は夏はもちろん、冬でも人気の山で混むと思っていたからありがたい。積雪はあるけど雪が締まっているのでアイゼン装着して出発!雪山経験に乏しい自分が一番うしろについてゆっくり行こうと思う。
登山者用の道はゲレンデの横にちゃんと作られているが、リフトは使わないでということかな?この道は上級コースに沿う形で作られているので、いきなり結構な急坂を登らされる。この急登を登りきったら尾根へ出る。高さとしてはリフトで登るのと同じとこまで、ただしここまで登りきらなくても途中で迂回できたみたいね、登りきったら下ることになった。
尾根を超すとそこからはずっと稜線歩き。山頂は完全に雲に覆われており見えない。道中はときおりかなり強い風が吹き、姿勢を低くするか立ち止まって耐風姿勢をとる。初めて本格的な雪山を体験しており楽しいですな!これぞ雪山、冬の山の環境!ワクワクしてきた。それはいいとして、この天気じゃあ山頂までは登れないだろうなと、諦め半分。途中3人とすれ違った。避難小屋の時点で風が強く、これ以上登れないと判断してUターンしてきたとのこと 。やっぱりそんな感じなんだと、残念に思いつつ、とりあえず避難小屋までは向かうことに。
登山開始してから約1時間で避難小屋に到着。小屋全体が雪で完全に埋まっており、屋根から突き出た突起で判断できた。マジか...冬の谷川岳すげぇな、どれだけ降雪したんだよ。 避難小屋から山頂を眺めると、風がかなり強いらしく雪煙がずっと舞い上がっていた 。先に進むのは厳しそうだが、とりあえずここで休憩して天候の回復を待ってみる。縦穴が掘られており、ここを潜っていくと小屋の玄関前に繋がっている。みんな入らないで外で休憩しているけど、ちょっとおもしろそうなので穴に潜って小屋の中で休憩することに(中の様子は下記)。リュックがでかいから穴に引っかかって少しだけ苦労した。中は誰もおらず、完全防風で静か、快適。果たして天候は回復するだろうか・・・。
10分くらい休憩していると、自分らの後に到着した人たちが外で話しているのが聞こえた。小屋の外へ上がってみると先程より風が弱くなっており、山頂は相変わらずガスっているけれども、道中雪が舞い上がっている様子はない。しかも少しだけ晴れ間がみえる。この様子なら、山頂まではともかく先へは勧めそうだ。行ける所まで行き、無理そうなら途中で引き返すことを条件として先へ進むことに。
進んでみると、思っていた以上に風は強くない(強いけど)。歩けば歩くほど進む方向がどんどん晴れていく。雪山初心者の当てにならない直感が、このまま山頂まで行けると言っている。
避難小屋からはソロ4人が一列になって4人PTになっていた。このメンバーは、下山までずっと一緒だった。この天候で山頂まで登れるかみんな不明であったが、とりあえずそのうちの1人のベテランさんが進めると判断し、皆でその人のあとを付いていった感じ。自分は一番初心者っぽいので、この天候では一番無理をしてはいけないが、みなで進むなら自分もと付いていった。山頂以外では全く話さなかったけど、心強かった。このPTが組めなかったら自分も避難小屋で引き返していたかな。
谷川連邦は日本海側と太平洋側の境界なので季節風が強く、避難小屋から先はモロに風を受ける。ただしこのときは進めないというほどではなかった。そして山頂は相変わらずガスっている。夏に来たときに通過した「天狗のトマリ場」は岩のてっぺんだけしか出ておらず、ほとんど雪に埋もれてる。その先の「天狗のザンゲ岩」も同様。無心でザンゲ岩��で登っていたので、進捗確認で山頂までもう少しと分かったときに、初めてずいぶんハイペースで来たのだと知った。
ザンゲ岩から先は周囲が完全にガスっており、風も強い。PTは小休止して進むか悩む。別にみんなで相談していたわけではなく、あくまで各々が進むか戻るか考えているだけなんだけどね。経験が浅い自分は、完全なソロだったら引き返していた。しかしこれだけの天候の中登山をするというのも、雪山を経験する上では非常に貴重な経験だと思った。ヤバければ当然引き返すけど、この程度で引き換えしていたら、ちょっと天気が悪かったらいつも引き返さなければならないと思う。
完全に雲の中 且つ強風に舞う雪で、20~30m間隔で雪に挿してあるオレンジの道標がどこにあるのかわからなくなるときも。次のあれが見えないと進むべき方向がわからなくなり、遭難のリスクがハネ上がる。今回のPTはベテランさんが一人いたので、道標+その人のトレースをたどっていく。肩の小屋が見えたら、もう山頂までは目と鼻の先。肩の小屋は先程の避難小屋のように雪に埋もれていなかった。風が強すぎて雪を吹き飛ばしてしまうのだろうか。
登山開始から2時間半でトマの耳に登頂!思った以上に早く着いた。視界絶不良、銀世界はおろか、ひどければホワイトアウトとなりかねない景色の中でも大満足!!この雪山ならではの厳しい天候の中、何に注意して登るべきかということを学べ非常に良い経験となった。これほどの天候の場合、まずトレースがなければ引き返すべし。また今回は気温も味方したかもしれない。ガスって風が強くても、終始下着+ハードシェルだけで行動できた。というか、もし中間着着るなら避難小屋で着ておかないと、風をしのげる場所がない稜線ではとても着替えられない(まぁ、これは雪山の常識だけどね、身をもって経験した)。
山頂では写真を撮ったらすぐ撤収。当然ながら、冬の山頂は長居する場所ではない。肩の小屋まで降り、風をしのげる場所で腰を下ろして休憩、 ピッケルでザックを固定するのも初めて(ワクワク)。 完全に風を防げるわけではないしこの気温なので10分も休憩していたら寒くなってくる。雪山は満足に休憩できるとも限らないから、やはり長時間重い荷物背負って行動できる体力はとても重要。
肩の小屋で行動食を頬張ったらすぐに下山。4人PTのうちのベテラン1人はオキの耳まで向かったので離脱。他の2人は別のところ(山頂?)で休憩していたっぽい。下山時は完全にソロになった・・・と思ったらいつの間にか後ろに付いてきており、ベテランさんを除く3人PTになっていた。
登るときも気がついたんだけど、途中で雪崩の前兆のような亀裂を発見しゾットする。ちょうどこの週辺りから気温が高くなり始めたので、もう1週遅かったらどうなっていたか。
やはりガスっているのは山頂付近だけで、下れば視界がはっきりするだけでなく、風も幾分収まっている。
山頂から下って約1時間で避難小屋に到着。ここでようやくまともな休憩ができる。縦穴に潜り小屋の中でくつろぐ(自分一人だけ)。サーモスに早朝入れたお茶がまだ温かくホッと一息。15分くらいは休憩していただろうか。
避難小屋出たら雪が少し降っており、上空の雲も厚く天気が悪くなる予感しかない。ずいぶんと標高を下げたとはいえ、さっさと下山するに越したことはない。
避難小屋から45分で麓に到着。ここで先行していたPTに自分が合流。なんだかんだで4人PTに戻り登山終了。往復で4時間と、夏のタイムとあまり変わらないのでは?
天神平のレストランで遅い昼食。一応ゲレ食なのでそんなに期待していなかった舞茸天ぷらそば、意外とうまい!冬とはいえ、夏と同様に大量の水分が失われるので、汁もほぼ飲み干した。塩分とかちょうどいい濃度。
1510発上毛高原行きバスに乗車し、水上駅で途中下車。下山後の楽しみといえば温泉。温泉といえばこの近辺だとやはり水上温泉。ホテルじゅらくは1200円(+バスタオル300円)で露天ありの大きな温泉を利用できる。ちょっと値段高めだけど、水上駅周辺で利用できる日帰り温泉では最もいろいろ充実している。ちゃんとしたホテルだからフロントで荷物預かってくれるし、かなりキレイだし、ゆっくりくつろぐスペースもある。しかも最近リニューアルされたらしく、薪ストーブがかなりおしゃれ。
18時に温泉のすぐお隣の居酒屋「魚信」へ。ここは前回夏に谷川岳へ登ったときに寄ったお店で、水上に来たら必ずここで飲んでこうと思ってる。名物「馬のレバー刺し」は当然注文。あと温泉湯豆腐。谷川岳(日本酒)などで¥4980。 チャージで900円くらい取られてるかもしれんが?お通しで豪華なサラダ出てきたし。その分女将さん相変わらずサービスいろいろ、懐かしいこの感じ。値段相応だと思います。
レバー刺しには削った岩塩を振って食べるのが珍しい。ちなみに岩塩はヒマラヤ産らしいのだが、山つながりなのかな?
1943水上発の上越線長岡行きに乗り、越後湯沢駅へ。水上より北はSuica未対応のため、きっぷを購入していなかった場合は車内で車掌さんに精算してもらう。
今回使用した宿は「Sansan Yuzawa」。駅から徒歩5分くらい、また比較的近くにコンビニもある。5000円で6畳和式の個室に泊まれる(素泊まり)。翌日は朝早いバスに乗っていくので、こういった形で拠点を設けられるのはかなり負担が減る。
翌日の平標山・仙ノ倉山は、ある意味では谷川岳よりも強風ならぬ恐怖体験をすることに。
2日目につづく
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お年賀がわりの全曲解説
あけましておめでとうございます。
昨年中はあまり活動しなかった来来来チームですが、2019年はそれなりに色々やると思います。やりたい気持ちがあります。
と言うわけで、昨年末サブスクリプション解禁しました諸作から「東洋一」と「muchujin」をボーカル山下泰平自ら全曲解説です。
「人当たりはいいが何を考えてるか真意は掴めない」男、山下泰平がついに語る来来来チームの核心。と言うほどのものではありませんが、お正月休みのうちにご覧いただき、音源も聴き直してもらえると幸いです。
では、まず1/31、新宿LOFTでお会いしましょう。
「東洋一」
https://linkco.re/usH0v95D
1.東洋一
楽器持った人間が���数集まって「いかに音を鳴らさないか」と懸命に考えている図のわかりやすい矛盾は、側から見ると滑稽ですが、それが綺麗に成就したのがこの曲だと思います。何もない状況からセッションでイントロの部分がさっと出来上がり、そのまま持ち帰ってさっとサビを作った。あと、歌詞は「意味がわからない」と言われたことがあってムカついたので書きますが、本当に「意味がわかる」と言える歌詞なんてこの世にありますか。そう、この曲の歌詞は、本当に意味がわかりません。ただ、あの素晴らしいMVの作画をしてくれた幸洋子さんが「ロマンチック」という感想をくださったのは嬉しかったし、そういうつもりで書きました。「東洋一」というタイトルは、僕が小学生の頃に出た林田健司のアルバムから取りました。
2.よかトピア
数年前、ヒロネちゃん(mekakushe)と曲作りについて話していたら「小学生くらいの頃の記憶がインスピレーションに繋がることが多い」と言っていて面白かった。福岡のアジア太平洋博覧会(よかトピア)に行った時、自分は3歳か4歳だった。YouTubeで当時の、特に夕暮れ時の映像なんか観ると、自分は確かにそこにいたんだよなと、バカでかい懐かしさの虚像が浮かび上がってくる。人から「よくそんなこと覚えてるね」と言われることがあるが、自分でも「よくそんなこと覚えてるな」と思うような記憶の断片は、何かしら形に残しておくべきだと思う。そういう曲です。ちなみに、手塚治虫が作ったよかトピアのマスコットの名前は自分と同じ「タイヘイ」で、そういう縁もあります。
3.来来来世紀
かなり初期の曲。この曲と「桃色化粧惑星」という曲でバンドの方向性が決まった。それは2009年の年末のことで、なぜしっかり覚えているかというと、当時のバイト先があまりにも過酷な環境というか簡単に言うと虐められていて辛すぎてある日突然脱走してしまい、その足でなぜかそのまま一人横浜に向かい、死ぬほど寒い夜の山下公園で出来上がったばかりのその二曲のスタジオ音源を震えながらiPodで何度も聴いて自尊心を守りきったからです。それが来来来チームの本当の始まり。「来来来チームのテーマ」というタイトルでインスト曲を作ろうと思ったのがきっかけ。その後「小籠包」というタイトルでMySpaceにも上げていた気がする。「前前前世」より7年も早いです。
4.ニーハイ
これも古くて2010年ぐらい。たった今、KYATATS JOEと聞いてピンと来る人がどれだけいるのかわからないですが、この曲は完全にKYATATS JOEです。当時MySpaceで色んなバンドを貪欲に聴き漁っていた中で、「終盤で唐突にエモーショナルな展開に雪崩れ込む謎の曲」として、ドラムの張江君とよく話題にしていた曲がありました。それがKYATATS JOEの曲でした。言うまでもなく、この「ニーハイ」のクライマックスはKYATATS JOEなくして生まれなかった展開です。KYATATS JOEに捧げます。
5.超能力
これもかなり古い。無職の頃に聴いていた色んな音楽が詰まってる(ネオ・サイケとかいうぼんやりと最先端っぽいジャンルが流行っていた)。無職の頃に聴いて影響を受けた音楽ベスト10とか今度作ってみたい。それほど初期の来来来チームというか自分にとって、無職は大きなキーワードです。「小鳩蹴散らす現場の兄ちゃん」というフレーズ、実はもとの歌詞はちょっと違ったんだけど、ドラムの張江がそう聞き間違えて、その方が面白いなと思ったから採用したという、リンゴ・スターっぽいエピソードもあります。
6.キッズウォー
勢いで作った曲。
7.ハートの南京錠
初出は『あおいろ反抗ナイト』というコンピレーションアルバムですが、アレンジをもうちょっと緩やかにして録り直したバージョン。自分がギターを弾かずにハンドマイクで歌う唯一の曲ですが、今考えたら正気とは思えない。初期のSUEDEぐらいインモラルな歌詞についても、女性の友人から「ここまでデリカシーのない歌詞を初めて見た」とライブ後に言われた。思い出深い正月ソング。
「muchujin」
https://linkco.re/nfFAn1A0
1.夢中人
イントロのリフレインが出来上がった段階で、「MCperoにラップしてもらえたら最高だろうな」と思っていたまさにその時、張江に「MCperoにラップしてもらったら最高じゃないですか」と言われたので、結果MCperoにラップしてもらって最高に良かった。ぺろちゃんの実家と僕の自宅はかなり近いらしいですが全然めぐり逢ったことないです。
韓国のKisumというフィメール・ラッパーが好きで、ああいう軽くてすっきりした、明日も頑張ろうみたいな健やかなR&Bがやってみたかった。あと、個人的にはスモールクローンを入手した喜びを抑えきれず放出しまくってる。年末の妙な寂しさや空元気があまり好きではないけど、そのムードを何となく曲として形に出来た気がして嬉しかったです。「来年からちゃんとするから」というのは、かつて「This will be our year」と歌ったままそんなに売れずに一度解散してしまった、大好きなThe Zombiesを意識しました。
2.幽霊部員
もともとは「死んでしまった友人や家族に会いたい」という曲だったのが、逆に幽霊サイドに立って書いた方がポップになると思って変えて、タイトルも「幽霊部員」にしたことでニュアンスがだいぶ変わって、結果的によかった。曲調も、作った当初はもっとオーソドックスな8ビートだったのが気づいたら16ビートに変動して、バンドとしても新鮮だった(パーカッションが入っているのも珍しい)。出来た当初「The Stone Rosesとらんま1/2の邂逅」と説明していたが誰もピンと来てなかった。いつでも何かの中心ではなくてその外側にいる人のテーマを作りたくて、この曲はそのかなりわかりやすい例。
3.ぴんなっぷす
ボウイ・オマージュのタイトル。「オーロラを濁したみたいな残り酒は/ちょっとした玉手箱」って自分の中では明確にイメージできる場面があるんですが、全然説明できないのがもどかしいです。音楽的には過渡期で、柴田のベースラインは他のある曲から大胆に使い回していて度胸が凄いと思った。その背景には星のカービィとマックデマルコとおしりかじり虫がいるんだなと思うと、彼の音楽的ルーツが見えて来なさすぎて恐ろしくなった。
4.江ノ島
もう音源を持ってる人がどれだけいるか心配な「近視眼くん」に続く盟友H Mountainsのカバー曲です。実は選曲含めかなり難航して当時スタジオの雰囲気は最悪になり、江ノ島=サーフ・ロックというアレンジがその後の開き直りみたいなのを感じさせて好きです。勝手に歌詞を変えてすみませんでした。
5.桃色化粧惑星
初期の代表曲だと思っています。当時意識していたのがカーネーションやその前身バンドである耳鼻咽喉科だったので、この音源に対して直枝さんからコメントを頂いたのは嬉しさを通り越していまだに信じられないです。大森さんにも歌ってもらったことや、カラオケにも入っているという事実がただただ噓みたいに思えます。ひたすらナンセンスなことを言ってやろうと意気込んで肩に力が入りまくっているのも今や懐かしい一曲です。よっさんのギターが冴え渡っていて、うっすら入っているアコギもかっこいい。
6.タイニーバブルス
実はかなり古い曲で、シティポップっぽいもの、美メロっぽいもの、その結果オリジナリティを模索することをサボっているとしか思えない音楽が数えきれないほど存在しているという当たり前のことにある日突然腹が立ってしまい、郊外から喧嘩を売るつもりで作ったのがきっかけです。アレンジも感情を殺した無機質なニューウェイヴ。
コーラスで参加してもらったヒロネちゃん(mekakushe)には、レコーディング現場でホワイトボードに「ウウウウウウウ」とコーラス部分を忠実に書き起こした後、そこに正確な音階をメモしてもらうみたいな無茶なことをさせてしまったんだけど楽勝で完璧で、そんな才能にも救われました。
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ヤビツ峠からの塔ノ岳
以前から気になっていたこのルート。GWになると丹沢はヤマビルが増えると聞いていたので、先週の大会の疲れが残る体に鞭打って駆け込みで歩いて来ました。
秦野駅へ1番早く着く電車で出掛けたのですが、
ロータリーにはバス待ちのハイカーの大行列…。
何とか2台目のバスには乗れたものの、50分以上の立ち乗り。
見送って3台目を待った方が得策だったかも知れません。
バス停では、念のためヤマビル対策に自作のハッカ油スプレーを
足首とトレッキングシューズに吹きかけておきました。
ヤビツ峠バス停から登山口までは舗装路歩き。
ついつい先週の勢いでガンガン飛ばして歩いてしまい、
登山口に着いた頃にはちょっと疲れてしまいました。
ヤマザクラがちょうど見頃で綺麗だったな〜。
林道の入口でトイレを済ませ、ここから登山道がスタート。
さっき飛ばし過ぎたせいで、どんどん後から来た人に抜かれていきました。
途中から、今日は無理はするまいとトレッキングポールを使用。
���っぱり偉大!最初��ら使えば良かった〜。
振り返ると、過去2回登った大山が見えました。
木段を上っていると、前方から下りて来た男性が
「あ、こんな所にコザクラソウ!
コレこんな標高の低い所に咲く花じゃないよ。珍しいよ〜」と
嬉しそうに教えてくれました。
フゥフゥ言いながら、二ノ塔に到着!富士山が見える〜
だいぶ雪が減りましたねぇ。
三ノ塔へ向かう途中にも桜が綺麗に咲いていました。
三ノ塔に到着!遠くに塔ノ岳が見えます。
避難小屋もトイレもある、広々とした山頂。ここで南高梅のオニギリを1つ。
三ノ塔から塔ノ岳へと続く稜線。まだまだ先は長い!
烏尾山に到着!
ここから暫く下り基調になりそうなので、靴紐を締め直しました。
富士山もよく見える!
桜も満開!
アセビ(馬酔木)の群生地もありました。
スミレ(菫)も麓から山頂まで花盛り。
振り返れば烏尾山と三ノ塔。
最初の鎖場渋滞。
ここは鎖なしでも左側に巻いた根っこの階段から降りられました。
渋滞中に、行く手を撮影。政次郎ノ頭と新大日が見えました。
短いけれど、垂直に近い鎖場。なかなか楽しかったです。
反対側から登ってくる方々もいるので渋滞しているんですね。
渋滞中、前にいた女性お二人と少しお喋り。
こういうのもソロの楽しみの一つ。
まだまだ木段&木道が続きます。
何だか雲行きが怪しくなって来たなぁ。
気付けばもうすぐ12:00。
塔ノ岳に着くまでは持ちそうにないので、政次郎ノ頭と新大日の間の
名もなき休憩所のベンチでカップヌードル(チーズカレー)を。
食べている間に、先ほどのお二人がやって来たのでご挨拶。
お二人は新大日で休憩されるようで通過されていきました。
目の前には、今まで歩いて来た稜線と三ノ塔、左手には大山が。
新大日に到着!先ほどのお二人が休憩中(写真の人達ではありません)。
木段&木道をテンポ良く歩いて行くと、また渋滞。
目の前のピークが塔ノ岳?
違った。ピークを越えてもまだまだ木道が続いていました。
あ、あの小屋は山頂の山荘かしら?
正解!ここが塔ノ岳の山頂でした。
ここまで散々焦らされたなぁ。
本当なら左手に富士山が見えるらしいのですが、雲に隠れて見え〜ず。
さっき見えたのは、尊仏山荘の屋根でした。
1時間前にカップヌードルを食べたばかりですが、
長いバカ尾根(大倉尾根)の下りに備えて
カフェラテとリンゴのデニッシュでパワーチャージ!!食欲全開!
下り始めて最初の分岐、金冷し。ここから鍋割山に行けるんですね。
景色も良し。もっと晴れてたら海まで見えるのかな〜。
木段を駆け下りて、花立山荘。
「氷」の登りが魅力的でしたが、満腹なので通過しました。
更に下って堀山の家。ここのベンチでしばし休憩。
プラティパスの水をナルゲンボトルへ補充しました。
モミジの尾根。新緑も良いけど、秋はさぞ綺麗なんでしょうね〜。
見晴茶屋。大倉尾根は茶屋が沢山ありますね。
この先にも3軒の茶屋がありました。
新しく出来たテントサイトへの分岐、雑事場の平。ベンチがありました。
登山口近くに咲いていたシャガ(著莪)。
丹沢大山国定公園、楽しませていただきました!
今度は丹沢山と蛭ヶ岳にも登るぞ〜
大倉バス停では靴を洗い、梅ジュースでクエン酸をチャージ。
バスで渋沢駅へ(臨時バスが何本も出ているので座れました)。
帰りは鶴巻温泉駅で下車し「弘法の里湯」でサッパリ♬
丹沢に来る時は小田急の「丹沢大山フリーパス」の使用がオススメです。
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倉敷
金曜日に京都で研修があったので自宅に戻らずそのまま倉敷に入る事にしました。
その日の夜は積雪予報が出て大荒れ。東京方面の復路を心配してくださる方もいたのですが
「岡山方面に向かうから大丈夫」
余裕綽々でした。
瀬戸内気候、めったに雪は降らない。
新幹線を岡山駅で降り、在来線のホームで電車を待つこと約10分程。
思った以上に寒い。
これは暖かな新幹線の中からきたからそう思うだけ。
なんといっても温暖な瀬戸内気候だもの。
そう言い聞かせてみたものの、周りの人も重装備で寒そうにしています。
やっぱり寒い……のか?
強風の為、四国方面の列車はストップ、のアナウンスを横目に念のため持ってきていたインナータイプのダウンを着込みます。
そして目的の倉敷駅。
駅に繋がる陸橋を歩いていると上空から白いものがチラチラ。
嘘だろ……
温暖な瀬戸内気候とは???
積もるような雪ではないけど12月でそこまで気温が下がるのも珍しいのではないでしょか?明日の天候が心配です。
翌朝心配は杞憂に終わり綺麗な晴。比較的暖かな一日となりました。良かった。まさに散策日和。
倉敷といえば美観地区。
ここに来る為に前乗りできたわけです。
倉敷には過去2度程きた事があります。
まだ大阪に住んでいた頃。
一度目は平日で、大原美術館をはじめ各店舗も軒並みお休みの日でした。
白壁の街並みを外から少し見ただけでした。
二度目は何かのついでに足を延ばしてきてみたものの大原美術館は既に閉場間近で入るのを断念。当時はのんびり散策する概念も乏しかったので早々に帰ったような気がします。
いずれも車で少し立ち寄った程度で、近いしいつでも来れるから~という気持ちがあったのかもしれません。
「いつでも来れる」などと思っていた過去の自分を殴りたいです。
「いつでも」なんて事は永遠には続くわけないのです。
今回は3度目の正直。
本来の目的は明日の研究会なので体力は温存しつつ(これ大事)街の雰囲気を楽しむべくいざ出発。
ホテルから美観地区へは比較的近く、観光客らしい人も増えてきた辺りでまず眼に入ってきたのが「阿智神社」の参道。
今日の無事と他所から訪れた事のご挨拶もかねてちょっとお参りしてから行こうと思いました。
参道の 階下から上に建物らしきものが見えたのですぐそこだと思ったんですね。
…
……
…………そんなことなかった
いけどもいけども長く参道は続き高いところへ上っていきます。
入口は街中ど真ん中にあったのですが、境内はうってかわって街の喧騒もなく、木々も美しくとても気持ちのよい場所。
ではあるんですが、ゴールも見えず、今私はどこを歩いているんだろう?と位置もわからず少々不安に。
▼やっと見えた本殿らしき入口。
ここからは倉敷の街が一望できます。
境内にあった実かわいい植物。
これはなんなんでしょう??
▼手水所が花で埋められてました。綺麗!
なんとか無事お参りもすませ、阿智神社の本殿よりそのまま下る階段を抜けると様々な商店が並ぶ美観地区内と思われるところに出ます。
多分、ここから入るのが普通の観光ルートかもしれない。
そこからアイビースクエアが近そうだったので向かいました。
▼季節が良ければ一面アイビーなんだろうなと思いつつ茶色の壁を見る
アイビースクエアも私が出口と思っていたところがにぎわう通りだったので、多分裏口から入っています。どおりで人気が少なかったです。
倉紡の資料館も興味深く拝見しました。
美観地区を歩き、旧大原邸なども見てやっと大原美術館へ。
当初の予定では一番最初に訪れるはずだったのですが……
なんか無駄に遠回り。
そもそもが方向音痴。
そして頼みの綱のグーグルマップ。私のスマホのジャイロが購入時から変で今向かってる方向を正確に指さないという致命さ。
加えて、時間や行先のプランを決めて歩いてないので間違いに気づいても引き返さないというコンボ。
観光コースを外れて気ままに歩くのも旅の醍醐味!
というのはただの強がりで、もう少しちゃんと歩いたほうがいいですね。私。
到着時刻は午後二時。
それでも余裕でしょ、と思ったらこの日は閉館なんと午後三時!!!
ややっ!でも1時間あれば見れるよ。そんなに大きくないでしょ?
……そんなことはなかったorz
とにかく所蔵が素晴らしく点数も多いです。
正面こそこじんまりした小さな美術館ですが、奥はいくつもの館があり到底1時間なんかで見られるものではありません。
三度目にしてまたもやミッション失敗。
通常ならば夕方まで開いているそうですがこのご時世では仕方ないのかもしれません。
また是非ともリベンジしたいものです。
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第1話 不思議の国ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカへいざ出陣
今日のアルバム
1.Whitney ‘The Light Upon the Lake’ (2016)
そして再び私たちは出発の時を待ちわびていた。日付は2011年1月26日。ツアー初日、25日のNYのマーキュリーラウンジのライブには間に合わなかった。次のライブは今夜、ブルックリンのグラスランドで演奏する予定だが、3人のパスポートがないのだ。マネージャーと、メンバーの3人が、空港内のカフェでアシスタントの電話を待っていた。またフライトが一本NYへ向けて旅立った。
2010年、ヤックは毎年10月ニューヨークで行われるCMJミュージックマラソンに出演するべく、就労ビザを申請していた。CMJは各国から音楽業界が集まるショーケース的なミュージックフェスティバルでもあるから、新人バンドには素晴らしい露出の機会だ。ヤックはロンドン在住のバンドだが、イギリス人ふたり、私、アメリカ人ひとりと4人編成のインターナショナルなバンドだ。日本人も、イギリス人も、アメリカでの活動には就労ビザは必須だが、残念ながらその時ビザは下りなかった。バンドとしてアメリカでの活動の前例がなかったためだかなんだか、翌年2月アメリカ先行のデビューアルバム発売が決定していたのにも関わらず、敢えなくCMJ出演はキャンセルとなった。
マネージャーがブラックベリーを切ると、今からアシスタントが空港に向かって来ると言った。歓喜が上がりハイファイブ!これから搭乗できるフライトはステージタイムにギリギリ間に合うらしい。いいニュースだ。新しいツアーマネージャー兼サウンドマンのルイスとドラマーのジョニーがJFK空港まで迎えに来ることになっている。今回のヤック初アメリカツアーは全米を5人で回る。
Yuck - 2011 North American Tour Dates
01/25 - New York, NY - Mercury Lounge
01/26 - Brooklyn, NY - Glasslands
01/28 - Nashville, TN - The End %
01/29 - Knoxville, TN - Pilot Light %
01/30 - Chapel Hill, NC - Local 506 %
01/31 - Athens, GA - 40 Watt Club %
02/01 - Atlanta, GA - Drunken Unicorn %
02/02 - Orlando, FL - Backbooth %
02/04 - Tallahassee, FL - Club Downunder %
02/06 - Houston, TX - Fitzgeralds %
02/07 - Austin, TX - Emo's %
02/08 - Dallas, TX - The Loft %
02/10 - Phoenix, AZ - Rhythm Room %
02/11 - Los Angeles, CA - Echo %
02/12 - Costa Mesa, CA - Detroit Bar %
02/13 - San Francisco, CA - Bottom of the Hill %
% = w/ Smith Westerns
1時間ほどするとアシスタントがターミナルに現れた。愛々しく若い頬を紅潮させてパスポートを掲げ、踊るように軽やかな足並みだ。 「Oh my god, you guys can finally leave!!」 彼女はパラパラと誇らしげにビザのページをめくって見せた。するとマネージャーの顔がなんだかおかしくなっている。アシスタントの顔も続いて蒼くそしてついには血色を失った。 たった今届けられた1年間有効なはずのユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカが発行した就労ビザは信じられないけれども、発効日より前に期限が切れていた。明らかな凡ミス。アホすぎで笑える。それでもマネージャーの怒りは収まらない。 「何で受け取った時に確認しなかったんだ!」 と怒鳴られるアシスタントはすっかり小さくなって目に涙を溜めていた。
搭乗手続きの時にブリティッシュ・エアウェーズの計らいで、入国管理局に連絡してあちらで入国がスムーズに行くように手を打ったりなんかしていたら、すっかり搭乗時間になっていた。やばい!もうこれだけは逃せない!私たちは一目散に搭乗ゲートまでの長い道のりを走った、あーもう大ストレスよ。やっと乗れた、しんどーやったーニューヨーク行ける〜。 そして飛行機は墜落した。 というのは悪い冗談で、私たち3人は無事にユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカへタッチダウン。その時、現地の天候は50年に一度の寒波か何かで大吹雪。もはや映画である。 入国審査もだいぶ待ったが、問題なく通過した。あとは商売道具の楽器と機材を持ってゲッタ・ファック・アウト・オブ・ヒヤ。そして悪い予感は的中。私たちはぐるぐる回るコンベアベルトを睨み付ける最後の客になっていた。しっぽり。待っても待ってもマックスのお気にのギーターエフェクトが10個余り詰まったペダルケースが出てこない。これからのツアーどうするよ。
Exitのサインをくぐり、ジョニーとの再会を喜ぶのも束の間、ルイスは低くよそ行きの声ではじめまして挨拶をささっとかわすと、長いあごひげを指で梳かしながらマックスに紛失中のギターペダルの種類を聞いた。これから箱に着くまでの間に、必要なペダルを他のバンドから借りて揃えようとしている。ルイスはアメリカと韓国のミックス。フリーランスのサウンドエンジニアで、私たちの奏でる音を調整して爆音にする。そしてこのローバジェットツアーではツアーマネージャーというお父さん役も兼ねる。毎日の運転も彼が担う。ギャラや支出の管理、ホテルを探して予約したり、レストランを探したり、レコード会社やマネージメント、プロモーターからの連絡も彼が全て引き受ける。私たちはただただバンに座って、降りて、酒を飲んで、演奏して、また酒を飲んで、就寝を毎日繰り返せばいいだけなのだ。
バンに乗り込んだ時点で、すでに私たちの出演時間はとっくに過ぎていた。別のバンドを先に先にとやらせていると、とうとう最後の出番になってしまった。箱に着く頃にはイベントもほぼほぼ終わりの時間になるだろうからと半分諦めてはいたが、まだ客が待っているらしいからとルイスは吹雪く夜道を突っ走った。しょっぱなから過酷な全米ツアーの洗礼を受けた私たちだったが、ルイスの経験豊富で、冷静沈着、確固たる自信を持って対処する姿を見て、メンバー皆すこぶる関心し、これからの未知の旅も彼となら大丈夫だと確信した。その頃19、20歳だったヤックボーイズはキラキラとした瞳で40前のルイスを兄のように慕った。彼は気さくで情に厚い。どこの箱にも都市にも彼の友達がいた。酒癖はすこぶる悪く、素行は15歳のヤンキーくらい悪い。彼にビービーガンを持たせては行けない。韓国語は話せない。韓国人の母から韓国人だというアイデンティティーを隠せと、教えてもらえなかったらしい。アトランタ出身の彼は分厚い胸板を蓄え、白人至上主義の消えないアメリカで、ピリピリしながら生きてきた。彼との想像絶する珍道中はそれから2016年まで続いた。
Whitney ‘The Light Upon the Lake’ (2016) ホイットニーはスミス・ウェスターンズ(S.W)のギター、マックス(G)と、アンノウン・モータル・オーケストラ(UMO)のドラマー、ジュリアン(Dr.Vo)が始めたバンドだ。 S.W、UMO、Yuckとメンフィス在住のレッドネック野郎の「ファット・ポサム・レコード」からリリースしている所以があり、ヤックは2011年どちらのバンドともアメリカツアーに出ている。 ジュリアンが脱退するかしないかという瀬戸際にヤックとの対バンがロンドンで決まっていた。当日サウンドチェックの時になってUMOのキャンセルの噂が流れた。その時無事ライブはできたが、アフターパーティーでジュリアンに朝まで絡んだ覚えがある。才能がある彼に世界で一番好きなバンドから去って欲しくなかったから、必死に居残るように説得していたのだ。今考えるとだいぶうざい。 そんな甲斐なくジュリアンはいつの間にか脱退していた。S.Wでドラムを叩いている事はのちに噂で聞いた。その後空中分解したS.Wのマックスとホイットニー結成のニュース。そりゃ才能あるから新しいプロジェクトは放っておいても始めるだろうよ!ホイットニーは新たに私のお気に入りのバンドとなった。そしてセンセーショナルな新人としてエルトン・ジョンのお墨付きももらっている。
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【小説】The day I say good-bye (2/4) 【再録】
(1/4) はこちらから→(https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/646094198472409089/)
昼休みの時間は、嫌いだ。
窓の外を見てみると、名前も知らない生徒たちが炎天下の日射しの中、グラウンドでサッカーなどに興じている。その賑やかな声が教室まで聞こえてきていた。
いつの間にか、僕は人の輪から逸脱してしまった。
あーちゃんが死んでからか、それ以前からそうだったのかはもうよく覚えていない。もう少し幼かった頃、小学生だった頃は、クラスメイトたちとドッヂボールをしたり、放課後に誰かの家に集まって漫画を読んだりゲームをしたりしていた。そうしなくなったのは、いつからだったのだろう。
教室にいると周囲のクラスメイトたちがうるさい。グラウンドに出てもすることがない。図書室へ行くと根暗ガリ勉ばかりがいるから気が引ける。今日は日褄先生が学校に来ている日だから相談室へ顔を出してみるのもいいけれど、どうせどこかのクラスの女子たちが雑談しに来ているのだろうから、却下。
どうしてあっちにもこっちにも人がいるんだろう。学校の中だから、当たり前なんだけど。
「――先輩、」
居場所がないので廊下をふらふらと歩いて校舎内を徘徊していたら、声をかけられた。名前を呼ばれたような気がしたけれど、よく聞き取れない。僕のことかな、と思って振り向くと、顔も名前も知らない女子がそこに立っていた。僕を「先輩」と呼んだということは、一年生だろうか。
「あの、私、一年三組の佐渡梓っていいます」
サワタリがハワタリに聞こえて、「刃渡り何センチなの?」なんて一瞬訊きそうになる。ぼーっとしていた証拠だ。
三つ編みの髪に、ピンク色のヘアピンがひとつ留まっている。女子の髪留めは黒か茶色じゃなきゃ駄目だと校則で決められていなかったか。自分に関係のない女子の服装や髪型に関する規則なんて、おぼろげにしか覚えていないけれど。
「あの、これ、読んで頂けませんか」
差し出されたのは、ピンク色の小さな封筒だった。
「今?」
「いえ、その、今じゃなくて、お時間がある時に……」
「そう」
後から考えれば、それは受け取るべきじゃなかった。断るべきだった。なのに受け取ってしまったのは、やっぱり僕がそれだけぼんやりしていたってことなのだろう。
僕が受け取ると、彼女は顔を真っ赤にしてぺこぺこ頭を下げて、廊下を小走りに走り去って行った。一体、なんだったのだろう。受け取った封筒を改めてよく見てみると、
「あ、」
丸みを帯びた文字で書かれた僕の名前の漢字が間違っている。少し変わった名前なので、珍しいことではない。
差出人の欄に書かれた「佐渡梓」の文字を見ながら、一年三組の者だと彼女が言っていたことを思い出す。部活にも委員会にも所属していない僕に、後輩の知り合いはいない。小学校が同じだった後輩に何人か顔と名前をぼんやり記憶している人はいるけれど、それさえも曖昧だ。一体彼女はどういう経緯で僕のことを知り、この手紙を渡してきたんだろう。
こういう手紙を女子からもらうことは、初めてではなかった。手紙を渡された理由は悪戯だったり本気だったり諸々あったけれど、もらった手紙の内容はどれも似たり寄ったりで、目を通したところでこれといって面白いことは書いてない。
何かの機会に僕のことを知り、「一目惚れ」というやつを体験し、そうして会話をしたこともない僕となんとか近付きたくてこの手紙を書く。
よくわからない。こんなものは、よくわからない。誰かを好きだという、そんなものは、僕にはよくわからない。
受け取るのを断れば良かったな。僕はそう思った。この手紙が読まれないと知ったら、彼女は悲しいだろうか。
僕はひとりで廊下を歩き続け、階段を降り、誰もいない西日の射し込む昇降口のゴミ箱に封も切らずに手紙を捨てた。宛名や差出人を誰かに見られては困るので、ゴミ箱の奥の方へと押し込んだ。
昼休みももうすぐ終わる。掃除の時間になれば、誰かがこのゴミ箱の中身を袋にまとめてゴミ捨て場まで運んでくれるんだろう。誰の目に触れることもなく、誰にも秘めた想いを届けることができないまま、ただのゴミになる。
それでいい。こんなものは、ゴミだ。
読まなくてもわかる。僕は誰かが期待するような人間じゃない。きみが思うような僕じゃない。
保健室に行こうかな。僕はそんなことを考える。
保健室登校児の河野ミナモは、今日もひとりでベッドの上、スケッチブックに絵を描いているだろう。僕が顔を出したら、「また邪魔者が来た」という表情をするに違いない。でもそれでもいい。保健室へ行こう。他にもう行く場所もないし、あと少しの時間潰しだ。
それに、僕なんて、どうせこの世界には邪魔なんだから。
夏休みは特に何事もなく時間だけが過ぎ、気だるい二学期が始まった。
始業式の後、下校しようと下駄箱へ向かうと僕の靴の中に小さな紙切れが入れられており、それには佐渡梓からの呼び出しを示す内容が記されていた。
誰もいない体育館裏、日陰のひんやりとしたコンクリートの上に腰を降ろして待っていると、ホームルームが長引いたのだという彼女が慌てたようにやって来た。
「すみません、遅れてしまって……」
「いや」
「あの、夏休み前にお渡しした手紙、読んで下さいましたか?」
「いや」
「……え?」
恥ずかしそうな彼女の笑顔が凍りつく。
「読んで、ない?」
「読んでないよ」
「……あの、先輩、今、お付き合いされている方がいらっしゃるんですか?」
「いない」
「なら、好きな人がいらっしゃる?」
「いないよ」
「じゃ、じゃあ、どうして……」
どうして読んで下さらなかったのですか、とでも言いたかったのだろうか。半開きの彼女の口からはそれ以上何も聞こえてこなかった。
ということはやはり、あの手紙は「そういう」内容だったんだろう。実は手紙を捨てた後、全く見当違いの内容の手紙だったらどうしようと、捨てたことを少しだけ後悔していたのだ。
「悪いけど、好きだとかそういうの、下らないからやめてくれる?」
僕がそう言うと、彼女はきょとんとした顔をした。
きょとんとした顔。表情から恥ずかしそうな笑顔が完全に消える。全部消える。消失する。消滅する。警告。点滅する。僕の頭の中の危険信号が瞬いている。駄目だ。僕は彼女を傷つける。でも止められない。湧き起こる破壊衝動にも似たこの感情は。真っ黒なこの感情は。僕にも止めることができない。
「興味ないんだ、恋愛に」
僕はこういう人間なんだ。
「あときみにも興味がない。この先一生、きみを好きになることなんてないし、友達になる気もない」
僕はきみが好きになるような人間じゃないんだ。
「僕に一体どんな幻想を抱いているのか知らないけど、」
僕は他人が好いてくれるような人間じゃないんだ。
「僕のこと好きだとか、そういうの、耳障りなんだよ。何を勝手なことを言ってるのって感じがして」
僕は。
僕は僕は僕は僕は僕は。
僕は透明人間なんです。
「僕のことだって、何も、」
知らないくせに。
「やめて……」
消え入りそうな小さい声に、僕は我に返った。
「もう、やめて下さい……」
彼女は泣いていた。そりゃそうだ。泣くだろう。一瞬でも、たとえ嘘でも、好きになった相手に、面と向かってこんな風に言われたのだから。
「すみませんでした……」
涙を零したまま深く頭を下げて、彼女は体育館裏から走り去っていった。僕はただその背中を見送る。それから不意に、全身の力が抜けた。
コンクリートの上に背中から倒れ込む。軽く後頭部を打ち付けたが気にしない。
どうしてだろう。どうして僕は……。こんなにも、どうして。どうして。どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。
「は、はは……」
自分でも驚くくらい乾いた笑い声が口から漏れた。
どうして、僕は嘘をつかないと、こんなにもひどいことを言ってしまうんだろう。
嫌になる。まるで嘘をつかないと僕が嘘みたいだ。本当の気持ちの方が嘘みたいだ。作り物みたいだ。偽物みたいだ。僕なんかいない方がいい、嘘をつかない僕なんて、死んだ方がいいんだ。
自己嫌悪の沼に落ちかけた時、よく知っている、ココナッツの甘いにおいが漂ってきて、僕は思わず目を見張った。
「よぉ、少年」
こちらを見下ろすように、いつもの黒い煙草を咥えた日褄先生が立っていた。
「……見てたんですか、さっきの」
「隠れて煙草吸おうと思ってたら誰かが来るもんだから、慌てて隠れたのよ。そしたらなんだか見覚えのある少年で」
「学校の敷地内は禁煙ですよ」
「ここの空気は涼しくて美味しいよ」
「先生が咥えてるそれから出ているのはニコチンです」
「せんせーって呼ぶなって何度言わせる気だよ」
先生は僕の隣に腰を降ろした。今日も彼女は黒尽くめだ。
「ちょうど良かった、少年に渡そうと思ってさ」
差し出されたのは、見覚えのあるピンク色の封筒。僕は反射的に起き上がった。
「なんで、それを――」
咄嗟に伸ばした僕の手をひらりとかわして、先生は封筒をひらひらと振る。
「宛名と差出人が一目瞭然なもの、ゴミ箱に捨てるなよなー」
「ゴミ箱に捨てたものを拾ってこないで下さい。ゴミを漁るなんて、いい大人のすることじゃないでしょう」
「もらったラブレターを読まずに捨てるなんて、いい男がすることじゃないよ」
頭を抱えた。信じられない。一ヶ月以上前に捨てたものが、どうして平然と僕の目の前にあるんだ。
「拾ってほしくなかったら、学校内で捨てることは諦めるんだな」
再度差し出されたそれを、今度は受け取る。僕の名前が間違って書かれた宛名。間違いない、あの時彼女が僕に手渡し、読まずに捨てたあの手紙だ。僕が深い溜め息をつくと、先生は煙を吐き出してから言う。
「他人からの好意を、そんな斜に構えることはないだろう。礼のひとつくらい言っておけば、相手も報われるもんだよ」
「……僕にそんなこと期待されても困るんですよ」
「今からでも、読んでやれば?」
先生はそんなことを言って、その後煙草を二本も吸った。
夏が終わると、なんだか安心してしまう。
夏は儚い。そして、醜い。道路に転がる蝉の抜け殻を見る度にそう思う。
その死骸も、ほんの数日経たないうちに、もっと小さい生き物たちの餌食となる。死骸を食べるなんて、と思いかけて、僕が今朝食べたものも皆死骸なんだと気付く。死を食べて僕は生きている。
もしかしたらあーちゃんも、もう何かに食べられてしまったのかもしれない。
あーちゃんの死が、誰かを生かしているのかもしれない。
「……これはなんの絵?」
「エレファントノーズ」
「えれふぁんと? 象のこと?」
僕がそう訊き返すと、河野ミナモは面倒臭そうに言った。
「魚の名前」
「へぇ……。知らなかった」
不細工な顔をした魚だな、と思い、「国語の定男先生に似ているね」と言おうとして、ミナモが一度も教室で彼を見たことがないということを思い出した。言葉を飲み込む。
「この、鼻っぽいのは鼻なの?」
「魚に鼻なんてある訳ないじゃん」
「じゃあ、これ何?」
「知らない」
ミナモはいつも通りぶっきらぼうで無愛想だ。
ベッドの脇の机に広げた真っ白なままの画用紙に目を向けることもなく、自分のスケッチブックに不気味な姿をした生き物の姿を描き続けている。
「河野、説明したと思うけど、」
机を挟んだ向かいに座って僕は言う。
「悪いんだけど、夏休みの課題を手伝ってくれないかな」
「いいけど、絵画の課題だけね」
「下書きからやってもらってもいいかな」
「その方が私も楽。誰かさんの描いた汚い絵に色塗るなんて、苦痛」
そう言いながらも彼女は定男先生によく似た魚の絵を描くその手を休めない。と、彼女の三白眼が僕の方を見た。
「で? なんの絵?」
「テーマは、夏休みの思い出」
「どんな思い出?」
「特にない」
前髪の下に隠されたミナモの双眸が鋭く尖ったような気がした。
「なんの絵を描けっていう訳?」
「なんでもいいよ、適当に、僕の過去を捏造して下さい」
「…………」
ミナモはしばらく黙って僕を睨んでいたけれど、僕が前言を撤回しないでいるとやがてスケッチブックを傍らに置き、小さな溜め息をひとつついて白い画用紙と向き合い始めた。
僕はミナモと違って、絵を描くのが苦手だ。夏休み中にやってくるように、と出された絵画の課題は、後回しにしているうちに二学期が始まってしまった。それでもまだやる気が目を覚ますことはなく、にも関わらず教師には早く提出するようにと迫られてたまったものではないので、仕方なくミナモに助けを請うことにした。彼女が快く引き受けてくれたのが嘘みたいだ。
ミナモが画用紙に何やら線を引き始めたので、僕はすることがなくなった。いつもはなんてことのない雑談をするけれど、話しかけることもできない。自分から課題を手伝ってくれと頼んだので、邪魔をする訳にもいかないからだ。
夏休みを明けてもミナモは相変わらずで、日に焼けていなければ髪も伸びていない。��せた身体と土気色の顔は、食事をろくに摂っていないことが窺える。まだ暑い時期だというのに、夏服の制服の上には灰色のカーディガンを羽織っていた。彼女が人前で素肌を晒すことはほとんどない。長く伸ばされた前髪も、最初は目元を隠すためかと思っていたが、どうやら真相は違うようだ。
「ラブレター」
僕が黙っていると、唐突にミナモはそう言った。
「ラブレター、もらったんでしょ」
「え?」
「後輩の女の子に、ラブレターもらったんでしょ」
「……なんで、知ってるの?」
「日褄先生が言ってた」
あのモク中め、守秘義務という言葉も知らないのか。
「――くんはさ、」
画用紙に目線を落としたまま、こちらを見向きもしないミナモが呼んだ僕の名前は、どういう訳か聞き取れない。
「他人を好きにならないの?」
「好きにならない、訳じゃないけど……」
「そう」
今までは慎重に線を引いていたミナモの鉛筆が、勢いよく紙の上で滑り始める。本格的に下書きに入ってくれたようで僕は安堵する。
「河野はどうなの」
ラブレターのことを知られていた仕返しに、僕は彼女にそう尋ねてみた。
「私? 私は人を好きにはならないよ」
ミナモは迷うことなくそう答えた。
「人間は皆、大嫌い。皆、死んじゃえばいいんだよ」
ぺきん、と軽い音がした。
鉛筆の芯が折れたようだ。ミナモはベッドの枕元を振り返り、筆箱の中から次の鉛筆を取り出した。
「皆、死んじゃえばいい」、か……。彼女は以前も、同じようなことを言っていたような気がする。僕とミナモが初めて出会った、あの生温い雨の日にも。
それにしても、日褄先生も困ったものだ。僕が読まずに捨てたラブレターを拾ってくるだけではなく、ミナモに余計なことまで教えやがって。今度、学校の敷地内で喫煙していることを教師たちにばらしてしまおうか。
「あ、」
新しい鉛筆を手に、ミナモが机に向き直った時、その反動でベッドの上にあったスケッチブックが床へと落ちた。中に挟まっていたらしい紙切れや破られたスケッチがばらばらと床に散らばる。
「いいよ、僕が拾うから」
屈んで拾おうかと腰を浮かしかけたミナモにそう言って、僕は椅子から立ち上がってそれらを拾い始めた。
紙には絵がいくつも描かれていた。春の桜、夏の向日葵、秋の紅葉、冬の雪景色。鳥、魚、空、海。丁寧に描き込まれた風景の数々は、恐らく、全てミナモが描いたものだろう。保健室で一日じゅう白い紙と向き合って、彼女はこんな風景を描いていたのか。彼女がいるベッドからは決して見ることができない世界。不思議なことに、どの絵の中にも人間の姿は描かれていない。
ふと、僕は一枚の絵に目を止めた。紙いっぱいに広がる、灰色の世界。この風景は、見たことがある。他の絵とは異なり、これは想像して描いたものではないことがわかる。
ぱっと横から手が出てきて、僕の手からその絵を奪い去った。見れば、ミナモが慌てた様子でその絵を僕に見せまいと胸に抱いていた。
「これは、ただの落書き」
他の絵とたいして変わらない筆致で描かれたその絵も、やはり丁寧に描き込まれているように見えたけれど。僕はそれには何も言わず、全て拾い集めてからミナモに絵の束を渡した。彼女はそれを半ばひったくるように受け取ると、礼を言うこともなくスケッチブックに挟めて仕舞う。
僕はあの絵を知っている。あの風景を知っている。日褄先生も、あーちゃんも、あの景色を見たことがあるはずだ。
あーちゃんが飛び降りた、うちの中学の屋上から見た風景。
僕とミナモが出会った屋上から見える景色。
灰色に塗り潰されたその絵は、あの日の空と同じ色だった。
河野ミナモは、小学校を卒業する頃、親の虐待から逃れるためにこの街へ引っ越してきた。
今は親戚の元で暮らしながら学校に通っている。彼女にとっては、たとえ教室まで行くことができなくとも、毎日保健室に来ていること自体が大変なことのはずだ。
「――くんは、」
放課後の保健室。
ミナモが描き始めた僕の絵画の課題は、まだ下絵も終わりそうにない。
彼女は僕に言う。
「やっぱり、市野谷さんのことが好きなの?」
「……え?」
本気でミナモに訊き返してしまった。彼女は何も言わず、画用紙に向かっている。
市野谷さん?
市野谷さんって、ひーちゃん?
僕が、ひーちゃんのことを好き?
「……なんで、そう思うの」
「――くんは、市野谷さんのために生きてるんだと思ってたから」
僕の分まで生きて。僕は透明人間なんです。
あーちゃんの遺書の言葉が、脳裏をよぎる。
なんのために生きているのか。自問の繰り返し。答えは見つからないから、自問、自問、自問。この世界で、あーちゃんが死んでひーちゃんが壊れたこの世界で、どうして僕は生きているんだろう。
嘘ばかりついて。嘘に染まって。嘘に汚れて。そのうち自分の存在までもが、嘘のような気がしてしまう。僕なんか嘘だ。
ひーちゃんを助けるつもりの嘘で、余計に苦しめて。
それでも僕が、ひーちゃんのために生きている?
ひーちゃんのため? 「ため」って、なんだよ。
僕がひーちゃんに何をしてあげられたって言うんだ。
僕がひーちゃんに何をしてあげられるって言うんだ。
嘘をつくしかできなかった僕が、どうしたらひーちゃんを救えるって言うんだ。
僕じゃない。僕じゃ駄目だ。必要なのは僕じゃない。それはいつだって、あーちゃんだった。ひーちゃんの全部はあーちゃんが持っている。僕じゃないんだ。
あーちゃんは、透明人間なんかじゃない。本当に透明人間なのは、ひーちゃんにとって必要じゃないのは、僕の方だ。
僕は。
僕は僕は僕は僕は僕は。
僕は必要になんかされていない。
「河野、」
「なに」
「あの時、僕は、」
「うん」
「河野にいてほしくなかったよ」
「そう」
「河野に、屋上に来てほしくなかった」
「でしょうね」
ああ、また僕は、上手に嘘がつけない。
そんな僕をまるで見透かしているかのように、ミナモは言う。
「だってあなたは、死のうとしていたんだものね」
死にたがり屋と死に損ない。
去年の春、あの雨の日。
ミナモが描いていたのとそっくり同じ、灰色の景色。
いつもの自傷癖で左手首に深い傷を作ったミナモが保健室を抜け出し辿り着いた屋上で出会ったのは、誰かと同じようにそこから飛び降りようとしていたひとりの男子生徒。
それが、僕。
雨が髪を濡らし、頬を伝い、襟から染み込んでいった。僕らをかばってくれるものなんてなかった。
僕らはただ黙ってお互いと向かい合っていた。お互い何をしようとしているのか、目を見ただけでわかった。
「死ぬの?」
先に口を開いたのは、ミナモだった。長い前髪も雨に濡れて顔に貼り付いていて、その隙間から三白眼が僕を睨んでいた。
「落ちたら、死ぬよ」
言葉ではそう言いながらも、どこか投げやりなその口調を今も覚えている。僕の生死なんて微塵も気にかけていない声音だった。
「きみこそ、それ、痛くないの」
彼女の手首を一瞥してからそう返した僕の声は震えていた。ミナモが呆れたように言った。
「あなただって、その手首の傷、痛くないの?」
そう、僕もその時、ちょうどミナモと同じところから血を流していたのだ。
「それよりも、そこから落ちた方が痛いと思うけど」
彼女にそう言われて、そうか、と僕は思う。きっとあーちゃんも痛かっただろうと思いを巡らせる。
「それは、止めてるの?」
「止める? どうして? あなたが死んで私に何かあるの?」
ミナモはその日も無愛想だった。
「死んだ方がいい人間だって、いるもの」
交わした言葉はそれだけだった。それきり、ミナモは僕に何も言わなかった。ただそこに立っていただけだ。彼女にしてみれば、僕がそこから飛び降りようが降りまいが、どうでも良かったに違いない。実際彼女は、僕には心底興味もなさそうに屋上から見える景色に目を凝らしていた。
飛ぼうと思えばいつだって飛べたはずなのに、その日、僕は自殺することを諦めた。
そしてそれ以来、屋上のフェンスの外側へは一度も立っていない。
ミナモのスケッチブックに挟まっていたあの絵は、あの日彼女が見た風景だった。そうして、今、ミナモが画用紙に描いているのも、やっぱり――。
「なに泣いてるの。馬鹿みたい」
涙でぐちゃぐちゃに歪んだ視界の中、白い画用紙に描かれていたのは、やはりあの屋上の風景だった。空を横切る線は、飛行機雲だろうか。
僕はあーちゃんと飛ばした紙飛行機のことを思い出して、込み上げてきた涙を堪え切れずに零してしまう。
ミナモは心底呆れたように、「泣き虫」と僕を罵った。
「えーっと……」
僕が提出した画用紙を前に、担任は不思議そうな顔をしていた。
「これは、なんの絵なんだ?」
ミナモが描いてくれた僕の夏休みの課題の絵は、提出期限を二週間も過ぎてから完成した。ミナモが下書きしてくれた時点では素晴らしい絵画だったのだけれど、僕が絵具で着色したら、これが新しい芸術なのだと言わんばかりの常識はずれな絵になってしまった。もはや、ミナモの下書きの影もない。
「まぁいいか。二学期は美術の授業を頑張った方が良さそうだな」
担任はそう言い残して職員室へと去って行く。
これで、僕の夏休みの課題は全て提出されたことになる。少なからずほっとした。
夏休みが明けても、教室の中は相変わらずだ。ミナモも、ひーちゃんも、教室に来ていない。二人の席は今日も空席で、いつものように違う誰かが周辺の席の生徒とお喋りする時の雑談場所にされている。そんなクラスメイトたちを見やり、やっぱり僕は、あいつらと友達になれそうにない、と思う。
僕は教室を出て、体育館の裏へと向かった。
今朝、僕の下駄箱に紙が入れてあった。
「今日の昼休み、体育館裏に来てくれませんか」という文字が記してある。差出人の名前はない。書き忘れたのだろうか、それとも伏せたのだろうか。しかし、名前がなくても字でわかる。見たことのある字だ。
そう、僕は読んだのだ。一度は捨てたあの手紙を。どうってことのない内容だった。手紙を書いて、それでも僕にまだ、話したいことがあるんだろうか。
ざくざくと���利を踏みながら向かうと、既に彼女は僕を待っていた。やっぱり佐渡梓だった。こんなところに僕を呼び出す人なんて、学校じゅうで彼女しかいない。
「……どうも」
なんて声をかけるか悩んで、僕は結局そう言った。「こんにちは」とどこか強張った表情で彼女が返事をする。
「何か僕に用事?」
「あの……」
彼女は今日もピンク色のピンを髪に挿している。
「先輩は、保健室の河野先輩とお付き合いされているのですか?」
「……は?」
「あ、いえ、その……一緒にいらっしゃるところをよく見かけると、友人が言っていたので、気になってしまって……」
僕の表情を見て、彼女は慌てたように両手を顔の前で振った。
僕がミナモと付き合っている、だって?
僕が? ミナモと?
――やっぱり、市野谷さんのことが好きなの?
当のミナモには最近、そう尋ねられたばかりだというのに。全く、笑ってしまいそうになる。それにしても、「保健室の河野先輩」なんて、ひどい呼び方だ。
「付き合って、ないけど」
意地悪するつもりはなかった。不必要に人を傷つける趣味がある訳じゃない。でもその時、僕が尖った言い方をしようと決めたのは、そう言った時に彼女がどこか嬉しそうな顔をしたからだった。
「付き合ってなかったら、なんなの」
そう口にした途端、彼女の表情が暗くなる。それでも僕はやめなかった。
「先に言っておく。きみとは付き合わないから。それと、こういうことでいちいち呼び出されるのは迷惑。やめてくれないかな」
傷ついた顔。責めたいなら、責めればいいだろ。罵ればいいだろ。嫌いになればいいだろ。けれど彼女は、何も言わなかった。泣きはしなかったものの、「すみませんでした」と頭を下げ、うつむいたまま足早に去っていった。
本当に、これだけのことのために、僕を呼び出したのだろうか。
彼女は一体、なんなのだろう。僕のことが好きなのだろうか。好きだなんて、笑わせる。僕の何がわかるっていうんだ。僕の何を見て好きだっていうんだ。何も知らないくせに。僕がどんな人間なのかも知らないくせに。僕が今、一体どんな気持ちできみと向き合っているのか、そんなことさえ、わからないくせに。
「あーあ、かわいそー」
ぎょっとした。
頭上、ずいぶん高いところから声が降ってきた。
思わず見上げると、体育館の二階の窓からひとり、こちらへ顔を出している男子がいる。見覚えのない顔だった。僕はクラスメイトの顔さえ覚えていないけれど、そいつの顔は本当に見た記憶がない。視線を絡ませたまま、どうしようかと思っていると、そいつがにやりと笑った。
「ひでぇ振り方」
ピンで留められた茶色っぽい前髪、だらしなく第二ボタンまで開けられたワイシャツ。そいつは見た目同様に、軽そうな笑い声をけらけらと上げている。
「あんな言い方はねぇんじゃねーの、あれじゃ立ち直れないじゃん」
彼女を気遣うような言葉だったが、その声音に同情の色は全く滲んでいなかった。口にしてはいるものの、興味も関心もなさそうだ。
「……盗み見なんて、趣味が悪いんじゃない?」
僕が二階からこちらを見ているそいつの耳にも聞こえるように、少し声を張り上げてそう言うと、そいつはぱっちりとした目をさらにまん丸くして僕を見た。
「あー、わりぃ。ここで涼んでたら、お前らが来たもんだから」
悪気があるようには見えない言い訳をされた。なんだこいつ。
僕が立ち去ろうと歩き出すと、そいつはまた声をかけてきた。
「なーなー、あんた、――くんだろ?」
僕の名前を呼んだような気がしたが、遠いからか聞き取れない。
「ちょっとそこで待っててよ、今そっち行くからさ。うちの、ミナモの話もしたいし」
「…………え?」
今、一体何を。
再び顔を上げると、そいつはもう体育館の中へと頭を引っ込めていて、もう見えなかった。
うちの、ミナモ?
ミナモって、あの、河野ミナモ?
あいつ、もしかして……。
「河野の、身内なのか……?」
体育館裏の砂利の上、僕は立ち尽くしていた。
ついさっき、二階の窓から顔を覗かせていた男子は「うちの、ミナモ」と確かに言った。あいつは河野ミナモと何か関係があるんだろう。
やつは僕の名前を知っていた。だが僕はやつの名前を知らない。知らないはずだ。記憶を探る。あんなやつ、うちのクラスにはいなかった。廊下や校庭ですれ違っていたとしても、口を利いたのは初めてのはずだ。
「おー、わりーな、呼び止めて」
やつは体育館の正面玄関から出てきたのか、体育館用のシューズのまま砂利の上を小走りで駆けてきた。
何か運動でもしていたのだろうか、制服の白いシャツはボタンが留められておらず、裾はズボンから飛び出している。白と黒の派手なTシャツが覗いていた。昼休みに運動部が練習をする場合は体操着に着替えることが決められているから、恐らく運動部ではないか、もしくは部活中という訳ではなかったようだ。腰までずり下げられたズボンは、鋲の付いた派手な赤色のベルトでかろうじて身体に巻きつけられている。生徒指導部に見つかったら厳重注意にされそうな恰好だ。僕はこういう人間が、正直あまり好きではない。
「あんた、二組の――くんだろ?」
「そうだけど……」
「俺は二年四組の河野帆高。よろしくな、――くん」
二年四組。やはり、こいつは僕のクラスメイトではなかった。同じ学年だが、その名前も知らない。いや、知らないけれど、どこかで聞いたことがあるような気もする。一体いつ耳にした名前なのかはすぐには思い出せそうにない。
それよりも、河野。ミナモと同じ姓だ。
「河野ミナモと、親戚?」
「そ。ミナモは俺のはとこ。今は一緒に俺の家で暮らしてる」
やつはあっさりとそう明かす。
ミナモのはとこ。
彼女が今、親戚の家で暮らしていることは知っていた。だがミナモの口から、身を寄せた親戚宅で一緒に暮らしているはとこが同じ学年にいることは聞いたことがなかった。
「……本当なんだよな?」
僕がそう疑うと、やつは笑みを浮かべた。それは苦い笑みだった。
「やっぱり、話してないんだな。俺たち家族のことは」
「……河野はあまり、自分のことは話さないよ」
保健室のベッドで一日じゅう、絵を描いて過ごしているミナモ。こちらがいくら声をかけても、返す言葉はいつも少ない。僕は何度も保健室を訪れ、言葉を交わしているからまだ会話をしてもらえるというだけだ。彼女に口を利いてもらえる人は、学校の中でも少数だろう。
そうだ、日褄先生。彼女も先生とは、多少言葉を交わしていたような気がする。
「――くんにすら話してないってことは、他の誰にも話してないんだろうな。そりゃ、俺との関係が知られてなくて当然か」
「……僕以外の人には話しているかもしれないけどね」
僕はミナモの人間関係まで把握はしていない。僕が知らないところで誰か親しくしている人がいたっておかしくはないはずだ。だけどやつは首を横に振った。
「そんなことはないと思うな。あんたが一番、ミナモと仲良さそうだもん」
――先輩は、保健室の河野先輩とお付き合いされているのですか?
佐渡梓の言葉が耳の中で蘇る。そう疑われるほど、僕とミナモは親しげに見えるのだろうか。
僕が黙っていると、やつは続けて言う。
「あいつ全然喋らないんだよ。俺が話しかけても無視されるばっかりでさ。もう一年も一緒に暮らしてるのに、一言も口利いたことないよ、俺」
ミナモは家でも口を利かないのだろうか。
彼女の口数が少なく無愛想なのは、決して彼女が性悪だからではない。ミナモは人と関わるのが怖いのだ。対人恐怖症、とまではいかないが、なかなか他人と打ち解けることができない。なんだかんだ一年の付き合いになる僕とでさえ、彼女は目を合わせて会話することを嫌っている。
「なぁ、俺と友達になってよ」
「……は?」
唐突な言葉に、思わずそう訊き返してしまった。さっきまで苦笑いしていたはずのやつは、いつの間にかにやにやとした顔で僕を見ていた。
「ミナモと話せるあんたに興味があってさ」
「……僕はあんたに、興味ないけど」
「ははは、さっきもあんたが女の子振るとこ見てたけど、やっぱり手厳しいねー」
軽薄な笑い声。こいつの笑い方はあんまり好きになれそうにない。
「まぁそう言わずにさー、俺と仲良くしてくんねーかなー? どうやったらミナモと打ち解けられるのかとか、知りたいし」
なんだか厄介なやつに捕まってしまったかもしれない。いつもならこんな軽そうなやつは適当にあしらっているのだけれど、今回ばかりはそうもいかない。ミナモが関係しているとなると、僕もそう簡単に無下に扱うことはできないのだ。
「……まぁ、いいけど」
僕が渋々そう頷くと、やつはその顔ににっこりとした笑みを浮かべる。裏があるのではないか、と疑ってしまうような、あまりにも軽々と浮かべられた笑顔だった。
「あ、今、もしかしてミナモが関わってるから、仕方なくオッケーしてくれた感じ?」
にっこりした笑顔のまま、やつは鋭いことを言った。鈍いやつではないらしい。見た目は軽薄そうなやつだけれど、頭が悪い訳ではないようだ。
「言っておくけど俺、ミナモのこと抜きにしても、――くんに興味あるよ」
やつはさっきから何度も僕の名前を呼んでいるようだけれど、何故だか僕の耳にはそれが上手く聞き取れない。
「僕に、興味がある?」
「そ。あんたさ、知ってるんだろ? 一年前にこの学校で自殺したやつのこと」
どくん、と。
僕の胸の奥で嫌な予感がした。
一年前にこの学校で自殺したやつとは、あーちゃんのことだ。
今まで、あーちゃんの死のことをここまであからさまに誰かに言われたことはなかった。
僕らがこの中学に入学する一ヶ月前に亡くなったあーちゃんについて、学校側も僕らに対しては詳しい説明をしていない。
いや、たとえどこかであーちゃんの死についてきちんとした説明がされていたとしても、どうしてこいつは僕のことを知っている? どうして僕とあーちゃんのことを知っているんだ?
やつは変わらず笑みを浮かべている。
体育館裏に吹く風は涼しい。まだ暑さの残るこの時期に、日陰で受ける風の心地よさはなおさらだ。だけれど僕はその風を浴び、思わず歯を食い縛った。
厄介なやつに関わってしまったと、確信しなくてはいけなかった。
図書館へ行って、去年の新聞が綴じられているファイルを手に取った。
空いていた席に腰掛け、テーブルの上に分厚いそのファイルを広げる。
あーちゃんの命日の新聞を探し、そこから注意深く記事に目をやりながら紙をめくっていく。
新聞なんて普段読まないから、どこをどう見ればいいのかわからない。見出しだけを拾うようにして読んでばさばさとめくる。どうせ、載っているとしたら地域のニュースの欄だ。そう当たりをつけて探す。
そして見つけた。
『またも自殺 十二歳女子 先日の自殺の影響か』
そんな見出しで始まるその記事は、あーちゃんの命日から八日経った新聞に載っていた。
その記事は、僕の通った小学校の隣の学区で、一週間前にその小学校を卒業した十二歳の女子児童が飛び降り自殺をした、という内容だった。生きていれば、僕と同じ中学に進学していたはずの児童だ。もしかしたら、同じクラスだったかもしれない。
女子児童は卒業後、教室に忘れ物をしているのを担任に発見され、春休み中に取りに来るように言われていた。その日はそれを取りに来たという名目で小学校を訪れ、屋上に忍び込み、学校裏の駐車場めがけて身を投げた。屋上の鍵は以前から壊れており、児童は立ち入り禁止とされていた。
彼女は飛び降りる前、自分が六年生の時の教室にも足を運んでいた。教卓の上には担任宛て、後ろのロッカーの上には両親宛て、そして机ひとつひとつにその席に座っていたクラスメイトひとりひとりに宛てた、遺書を残していた��
そうして、黒板には、
『私も透明人間です』
という文字が残されていた。
女子児童の担任がクラス内からいじめの報告を受けたことはなく、彼女は真面目で大人しい児童だった、と記事には書かれているが、そんなものはあてにならないので僕は信じない。僕だって、死んだら「真面目で大人しい生徒」と書かれるに決まっている。
記事はその後、女子児童が自殺する一週間前、近隣の中学校で男子生徒がひとり自殺していることを挙げ、つまりは、あーちゃんの自殺が影響しているのではないかとしていた。自分が春から在籍することになる中学校で起きた自殺の話だ、この女子児童だってあーちゃんの死を耳にしていたはずだ。
僕は透明人間なんです。
あーちゃんの言葉を思い出す。「私も透明人間です」と書き残した、女子児童のことを思う。「私も」ということは、やっぱりあーちゃんの言葉に呼応した行動なんだろう。
あーちゃんの自殺のニュースを聞いて、同じような言葉を残し、自殺した女の子。
もしかしたら、と僕は思う。
もしかしたら、ひーちゃんの記事が、ここに載っていたかもしれない。
いや、ひーちゃんだけじゃない。この新聞には、僕の記事が載るかもしれなかった。
僕が、死んだという記事が。
たまたま、この子だった。この女子児童の記事だった。死んだのはひーちゃんでも僕でもなく、この子だった。
そんなものだ。僕たちの存在なんて。たまたま、僕がここにいるだけなんだ。代わりなんて、いくらでもいる。
新聞のファイルを元通り棚に戻し、僕は図書館を出た。
出たところで、ぎょっとした。
図書館の前には、黒尽くめの大人が立っていた。黒尽くめの恰好をよくしているのは日褄先生だ。けれど、日褄先生ではない。その人は男性だった。
オールバックの長髪に、吊り上がった細い眉。鷲鼻、薄い唇、銀縁眼鏡。袖がまくられて剥き出しになった左腕には、葵の御紋の刺青。そうしてその左手には、薬指がない。途中からぽっきり折れてしまったかのように、欠けている。
そんな彼と目が合った。切れ長の双眸に見つめられても、咄嗟に名前が出て来ない。この男性を僕は知っている。日褄先生とよく一緒にいる、名前は確か……。
「葵、さん?」
日褄先生が彼を呼んでいた名前を思い出してそう呼ぶと、彼は目を丸くした。どうやら、僕は彼のことを認識しているが、彼は僕のことがわからないらしい。「どうしてこの子供は俺の名前を知っているんだろうか」と言いたげな表情を、ほんの一瞬した。
「えっと、僕は、日褄先生にお世話になっている……」
「あれ? 少年じゃん」
僕が自分の身分を説明しようとした時、後ろからそう声をかけられて振り向いたら、そこには日褄先生が数冊の本を抱えて立っていた。やはり今日も、黒尽くめだ。
「図書館で会うの初めてじゃん。何してるの? 勉強?」
「いえ、ちょっと調べたいことがあって……」
僕の脳裏を過る、新聞記事の見出し。
日褄先生は、知っているんだろうか。
あーちゃんの死を受けて、同じように自殺した女の子がいたことを。
尋ねてみようと思ったが、やめた。どうしてやめたのかは、自分でもわからない。
「へー、調べものか。お前アナログだなー、イマドキの中学生は皆ネットで調べるだろうにさ」
「先生は、本を借りたんですか」
「せんせーって呼ぶなってば。市野谷んち行ってきた帰りでさ、近くまで来たからこの図書館にも来てみたんだけど、結構蔵書が充実してんのね」
「ひーちゃんの家に、行ってきたんですか」
「そ。まぁ、いつも通り、本人には会わせてもらえなかったけどね」
日褄先生は葵さんと僕とを見比べた。
「葵と何しゃべってたの?」
「いや、しゃべってたっていうか……」
たった今会ったばかりで、と言うと、日褄先生は抱えていた本を葵さんに押し付けながら、
「葵はあんま喋らないし、顔が怖いから、あたしの受け持ってる生徒にはよく怖がられるんだよねー。根はいいやつなんだけどさ」
嫌そうな顔で本を受け取っている葵さんは、さっきから一言も発していない。僕は彼の声を聞いたことがなかった。
薬指が一本欠けた、強面の彼が一体何者なのか、僕は知らない。けれど、ない薬指の隣、中指にある黒い指輪は、日褄先生が左手の中指にいつもしている指輪と同じデザインだ。
この二人は、強い絆で結ばれている関係なのだろう。
お互いを必要としている関係。
僕はほんの少し、先生が羨ましい。
「少年は、もう帰るの? 今日は葵の運転で来てるから、家まで送ってあげようか?」
僕はそれを丁重にお断りさせて頂いて、日褄先生と葵さんと別れた。
頭の中では声が幾重にもこだましていた。聞いたはずはないのに、それはあーちゃんの声だった。
「僕は透明人間なんです」
「私も透明人間です」
「あー、そうだよ、そいつそいつ」
河野帆高は軽い口調でそう肯定した。
「屋上から飛び降りて、教室にクラス全員分の遺書残したやつ。ありゃ、正直やり過ぎだと思ったねー」
初めて会ったのと同じ、昼休みの体育館裏。
やつは昼休みに友人とバスケットボールをするのが日課らしい。僕がやつの姿を探して体育館を訪れると、やつの方が僕に気付いて抜け出してきた。
――あんたさ、知ってるんだろ? 一年前にこの学校で自殺したやつのこと。
僕と初めて会った時、やつは僕にそう言った。
そして続けて言ったのだ。
「俺の友達も死んだんだよね。自殺でさ。あんたの友達の死に方を真似したんだよ」
だから僕は図書館で調べた。
あーちゃんの自殺の後に死んだ、女子児童のことを。
両親と担任、そしてクラスメイト全員に宛ててそれぞれ遺書を残し、卒業したばかりの小学校の屋上から飛び降りた彼女のことを。
「その子と、本当に仲良かったの?」
僕が思わずやつにそう尋ねたのは、彼女の死を語るその口調があまりにも軽薄に聞こえたからだ。やつは少しばかり、難しそうな顔をした。
「仲良かったっていうか、一方的に俺が話しかけてただけなんだけど」
「一方的に、話しかけてた?」
「そいつ、その自殺したやつ、梅本っていうんだけどさ、なーんか暗いやつで。クラスでひとりだけ浮いてたんだよね」
クラスで浮いている女の子にしつこく話しかけるこいつの姿が、あっさりと思い浮かんだ。人を勝手に哀れんで、「友達になってやろう」と善人顔で手を差し伸べる。僕が嫌いなタイプの人間だ。
「まぁ俺も、クラスで浮いてた方なんだけどね」
やつは、ははは、と軽い笑い声を立ててそう言った。そうだろうな、と思ったので僕は返事をしなかった。
「梅本も最初は俺のことフルシカトだったけど、だんだん少しは喋ってくれるようになったり、俺といると笑うようになったりしてさ。表情も少しずつ明るくなってったんだよ。だから、良かったなぁって思ってたんだけど」
だが彼女は死んだ。
「私も透明人間です」と書き残して。
「梅本は俺のこと、ずっと嫌いだったみたいでさ。あいつが俺に宛てた遺書、たった一言だけ『あんたなんて大嫌い、死んじゃえ』って書いてあってさ」
あんたなんて大嫌い、死んじゃえ。
「それ見た時は、まじでどうしようかと思ったよ」
やつは笑う。軽々しく笑う。
「なんつーの? 心の中にぽっかり空洞ができちゃった感じ? しばらく飯も食えなかったし夜も眠れねーし、俺も死のうかなーとか思ったりした訳よ」
まるで他人事のように、やつは笑う。
「ちょうどミナモがうちに来た頃で、親はミナモの対応にあたふたしてたし、俺のことまで心配されたくないしさ。近所のデパートの屋上に行ってはぼーっと一日じゅう、空ばっかり眺めてた。梅本はどんな気持ちだったのかなーって。俺を恨んだまま死んだのかなーって。俺にはなんにもわかんねーなーって」
僕は透明人間なんです。
そう書き残して死んだあーちゃんは、一体どんな気持ちだったのだろう。
「中学入学してさ、俺もまぁそこそこ元気にはなったけど、なーんか変な感じなんだよなー。人がひとり死んだのにさ、なーんにも変わんねーのな。梅本なんてやつ、最初からいなかったんじゃねぇのくらいの感じでさ。特にあいつは友達が少なかったみたいだから、俺と同じ小学校からうちの中学きたやつらもたいして気にしてねーって感じだったし。『あいつって自殺とかしそうな感じだったよな』とか言ってさー」
私も透明人間です。
そう書き残して死んだ彼女は、あーちゃんの気持ちが少しは理解できたのだろうか。
「おれもそのうち、『梅本? あー、そんなやついたなー』ぐらいに思うようになんのかなーって思ってさ。逆に、『もし俺が死んでも、そんな風になるんじゃねー?』とかさー」
世界は止まらない。
常に動き続けている。
誰がいようと、誰がいまいと。あーちゃんが欠けようと、ひーちゃんが歪んでいようと。ひとりの女子児童が自殺しようと。それを誰かが忘れようと。それを誰かが覚えていようと。
「でもそう考えたらさ、あの『大嫌い、死んじゃえ』って言葉にも、もしかしたらなんか意味があるんじゃねーかとか思ってさ。自分のこと忘れてほしくなくて、わざとあんな���でーこと書いたのかなとか。まぁ、俺の勘違いっつーか、そう思いたいだけなんだけど。そもそも遺書なんて、一通あれば十分じゃね? それをわざわざクラスメイト全員に書くってさ、どう考えてもやり過ぎだろ。しかもほとんど喋ったこともない相手ばっかりなのにさ。それってやっぱ、『私のことを忘れないでほしい』っていうメッセージなのかなーって思ってみたりしてさ」
僕は透明人間なんです。
私も透明人間です。
私のこと、忘れないでね。
「そう考えたらさ、いや、俺の思い込みかもしんないけど、そう考えたら、ちゃんと覚えててやりてぇなーって思ってさ。あいつがそこまでして、残したかった物ってなんだろうなーって」
「……どうしてそんな話を、僕にするんだ?」
「あんたなら、この気持ちわかってくれんじゃねーかなっていう期待、かなー」
「知らないよ、お前の気持ちなんて」
僕がそう言うと、やつは少し驚いた顔をして、僕を見た。
他人の気持ちなんて、僕にはわからない。自分の気持ちすらわからないのに、そんな余裕はない。
だいたい、こいつは人の気持ちを自分で決めつけているだけじゃないか。梅本って女子児童が、こいつに気にかけてもらって嬉しかったのかもわからないし、どんな気持ちで遺書に「あんたなんて大嫌い、死んじゃえ」と書いたのかもわからない。
こんな話をされて、僕が同情的な言葉をかけるとでも思っているのだろうか。そんなことを期待されても困る。
でも。
でも、こいつは。
「あーちゃんの自殺のこと、どこまで知ってる?」
僕がそう尋ねると、やつは小さく首を横に振った。
「一年前、この学校の二年生が屋上から飛び降り自殺をした、遺書には『僕は透明人間です』って書いてあった。それくらいかな」
「遺書には、その前にこう書いてあったんだ。『僕の分まで生きて』」
やつは、しばらくの間、黙っていた。何も言わずに座っていたコンクリートから立ち上がり、肩の力を抜いたような様子で、空を見上げていた。
「���な言葉だなー。自分は死んでおいてなんて言い草だ」
そう言って、やつは笑った。こいつは笑うのだ。軽々と笑う。
人の命を笑う。自分の命も笑う。この世界を笑っている。
だから僕はこいつを許そうと思った。こいつはたぶんわかっているのだ。人間は皆、透明人間なんだって。
あーちゃんも、ひーちゃんも、お母さんもお父さんも兄弟も姉妹も友達もクラスメイトも教師もお隣さんもお向かいさんも、僕も、皆みんな、透明人間なんだ。あーちゃんだけじゃない。だからあーちゃんは、死ななくても良かったのに。
「あんたの気持ち、わかるよ」
僕がそう言った時、河野帆高はそれが本来のものであるとでも言うような、自然な笑みを初めて見せた。
※(3/4) へ続く→(https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/648720756262502400/)
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