「最近家から近い行きつけのバーがあって」
「じゃあ俺の家からも近いね」
「ちなみに今週はこの日私、おやすみなのですが」
「その日仕事帰りで良ければ空いてる」
「一緒に行っちゃいます?」
「ん、連れてって」
──太陽が身を隠す頃。窓は無く、入口は一つのランプで上から照らされている。扉に並べられたアルファベットの羅列が、店名。
「ねえ、マスター。明日男の人と一緒に来るかもしれないです」
「へえ、良いじゃない。連れておいで」
お通しはゴーヤの和物。ツナと生姜がアクセントになっていて、程良い苦味がアルコールを薄めたトニックに添う。
人を連れてくると話した返事が「いつも一人なのに」という苦い言葉で始まっていたら、足繁く通ってはいないだろう。フランクで、距離感の掴み方が上手いのに、私の名前は呼び捨て。心地が良い。
言葉節も、料理も、私を甘やかしてくれるようでないと二回目はない。
珍しくジントニック二杯で帰路に着いた夜。
着る服に迷う時間を長めに取らないと、明日の私が困ってしまうから。
「明日の時間、遅くなりそうなら俺から連絡する」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、おやすみ」
「今日さ、申し訳ないんだけど本屋寄っていい?」
「いつものところなら私向かいますよ」
「助かる、ありがとう」
ちょっとした業務連絡のようなメッセージ。
何だか義務的で、新鮮だった。
抑もの話、普段四十代の男性に囲まれてお酒を飲む人種なのだ。二人きりで話したことなどほぼなかった。なかったけれど、同じ感覚を共有していた。
とは言えども家が近ければ行動範囲もほぼ同じ。ポイントカードやクレジットカードの話で盛り上がった時、同じ本屋のポイントカードを持っていることで共通意識が生まれた話は記憶に新しい。
「ごめん、レジ並んでて。待った?」
「今来たところです」
「何この定型文みたいな、」
言葉尻に混ざる微笑。バケットハットの陰に弧を描く瞳の線がやけに眩しく見える。漸く陽が沈みかけた頃だと言うのにサングラスが必要だと言う話は聞いていない。
そのまま足を運んだ先は蛇腹の重そうな金属が未だ入口を閉ざしている。一軒先に挟むのはどうかという私の提案に間髪入れず承諾する様は、私の言葉を一度も否定したことがない人間らしいスピードだった。
席を別のお店で確保できた、はいいものの。元々同じ居酒屋の常連として繋がった男女二人。勿論通っていたのは私と彼だけではない、訳で、つまり。
「…あれ?君達だけ?後からおじさん達来るんでしょ?」
「いや、今日は僕と彼女二人です」
「あたし達から見たら意外な組み合わせというか」
「なるほど…なるほどねえ」
案の定、捕まった。顔見知りの夫婦。
歳上に囲われる二十代男女。年齢だけなら寧ろここ二人で酌み交わしていなかったことの方が驚くべきではとも思ったが、お互い大勢の飲みの場では自己を八割も主張しないできた若者なのだ。「おじさん」の接待に慣れすぎている。
返事もなあなあに、距離のある席に腰掛けて。ドリンクメニューを眺めては彼の耳元に柑橘がいいなと音を押し込む。騒めく店内は、口と耳の距離を近付けないと疎通ができない。
「じゃあレモンサワーと緑茶ハイ、メガで」
ああ、ああ。サイズについては何も言ってさえいないのに。普通のじゃ足りないし一杯だけだからね、と言わんばかりの悪戯な視線。口数は少なくとも、彼の黒目は如何にも物を語りたがるようだった。
そこから、何となく、なんとなく。地元の話だったり、普段の生活の話だったり、仕事の話だったり、ご飯の話だったり、家族の話だったり。知っているようで知らなかったことを、投げては掴み、掴んでは投げる。初対面ではないのに、小さなお見合いのようで。
「そういえば私、何とお呼びしたら」
「皆から呼ばれている渾名でいいよ?」
それなら。下の名前に「さ」と「ん」の2文字を付け足して、声に出してみる。同じでは意味がないのだ。
「…それ、はじめて言われたかも」
苗字が珍しいから。下の名前で呼ぶのは家族ぐらいだと話す彼は擽ったそうに瞬きを繰り返す。視線は氷と炭酸が混ざる手元のジョッキ。飲酒という名目の元、顔の下半分を覆う白を取り払う口実。コミュニケーションにおいて、呼吸数や視線、口元の動きまでを加味する私にとっては飲食の場が一番円滑。
頃合いを見計らい、さて一つの問題。義務教育内では教わらない、社会人ならではの。そう、勘定問題というカテゴリー。ここで挙げられる条件は以下の通り。
・女性二十代半ば、社会人
・男性二十代後半、社会人
・初対面ではないが二人きりでの食事は経験なし
・勿論交際している訳でもなし
ここで全額奢られるのも、かと言って男性の顔を立てないのも。一杯ずつではあったし、小銭分三桁を財布から取り出して。
「マスター、来ちゃった!」
「待ってたよ。お連れさんは初めましてだよね」
「はい、お手柔らかに」
関係性を深く追求されないカウンター越しの会話が心地良い。ビールを嗜む彼のお勧めを飲んだり、食べたいものを同時に言って重なる心地良さに笑ったり。下の名前で呼ぶと、柔和な笑みを携えて声を返してくれる。
「なあに?」
「茄子、食べられます?」
「俺ね、茄子は」
凄い好き。
勿体ぶるような、思わせぶるような。私への言及ではないはずなのに、照れてしまう。
注文を六回程繰り返した辺りで、彼が携帯電話に目を向ける。私もよく知る名前。近場でよく飲む知り合いの常連。所謂「おじさん達」のカテゴライズ。着信音と共にスライドバーがふる、ふるりと揺れている。
「…出ていい?」
「どうぞ」
親指のスライド。
「僕、今飲んでるんですけど」
一声目は不服が入り混じっている。私よりも定期的に飲んでいる相手な筈なのに、と少しだけ腹部の筋が動くように笑ってしまった。
言葉少なに返したかと思うと、彼は携帯電話を私に預ける。困惑したまま受け取り、もしもし、と一言。
「誰?」
「私です」
「どういうこと…?二人で飲んでんの?」
「まあ」
「今ガルバ居るんだけど行っていいなら行くわ」
「おじさんムーブしてますねえ、じゃあ後で」
カウンターからテーブルへ席を移動。
合流したのはおじさんだけ、かと思いきや、立ち寄っただけの先の夫婦の奥さんまで。またいつもの飲み会になってしまった。
だらだらと取り留めのない会話が繰り広げられる中、空いたグラスに気を配る二十代。飲みに慣れすぎてしまった。隣に座る彼のグラスが空く頃。
「何飲みます?」
「そろそろ焼酎飲みたいかな」
「私もお酒頼みたいんですけど、じゃあ」
──さんの、飲みたいお酒。二杯頼んじゃってください。
──ちゃんが好きそうなのね…了解。
「…ねえ、君らはどういう関係なの?いつの間にそんな名前で呼び合うように、」
目敏いというか耳敏いというか。
のらりくらりと交わす術を覚えた二人に死角はない。グラスを握る手がマイクを握る手に変わっても、歳上に飲ませて曲を入れて回して質問は交わす。肝臓だって若いのだ。
「じゃあ、お疲れ」
解散は午前三時を過ぎた頃。至って正気の沙汰ではないが、まあ致し方なし。帰り道は同じ。空気と同じくらいに生温い会話を続けては、近付く家までの距離。どうしても消化が不良な気がして。
「ね、…もし、まだ飲めそうならもう少しだけ飲みたいです」
「良いね、俺も。コンビニ寄っちゃおうか」
「大好きなベンチがあるので良かったらそこで」
足取り緩やかに緑とオレンジと赤のカラーリングで数字を模した店舗へ。冷えた缶を二人片手に、私はアイスも片手に。
「ここねえ、よく飲んで帰る最中に座って、友人とお喋りしたりするんです」
「緑多くて好き。こんなところあったんだ」
小気味良く響く缶の開封音。こぷこぷと喉を潤して、バニラアイスを包む最中の谷に沿って割る。
「あれ、こんなつもりじゃあ」
「サイズ感があまり宜しくなさげだね?」
思ったより少ない列で割れたアイスクリームを指先で摘む。口元へ差し出せば、素直に開かれはくりと齧られ。溢れる糖分を指で拭う横顔は彫刻のようで、瞳を奪われる。言葉少なに幾度か、私と彼に運ぶ作業。アルコールに浸かった身体に甘味はよく染み込む。
「おいし」
張った糸は緩めば緩む程、真っ直ぐな回路が声帯を揺らす。頬さえ緩んだ自覚がそこにはあった。
するりと、冷えた指先が鎖骨と首筋を這う感覚。融けた思考が現実に引き戻される間もなく、下顎に彼の人差し指。親指を添えられたかと思うと、速度を有することなく顔を上げられ、隣を向くように動かされ、曲がらない視線をレンズ越しに注がれる。
知らない。…知らない、そんな扇情的な目なんて。
泳ぎそうになる瞳は、近付く顔に反応を示した目蓋で閉ざされる。
口の端に残るアイスを舌で拭われ、柔らかく寄せられる唇。口内で交錯する粘膜は私の体温を蝕むようで、小さな水音が耳に響く。喉元を通した唾液に少しだけ残るチョコレートの香りは、眩むくらいに甘かった。
「…ねえ。恋人の俺、試してみてよ。後悔させないから」
街灯に潤む彼の薄い唇は濡れている。
嘘を吐く目とは正反対の、揺らがない視線。
否を告げる理由は、見つからなかった。
熱ばんだ身体がその先に記憶しているのは、覆い被さった儘に彼が脱ぎ捨てたバスローブから顕になる上半身の美しさと、外した眼鏡の奥の瞳の色。歳下だ、同性だと詐称されても気付けぬような顔立ちとは相反し、滲む支配欲は、正しく雄だった。押し込まれる劣情に身体を委ねれば、柔く胸元を食まれる。
「二度目のデートは、これが消える前にね」
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#宇都宮市 に建築中のK様邸。 先日、奥様に仕上がり具合をチェックして頂きまして、 #100点満点 頂きましたー♪ ちょー嬉しいです! ホント住宅屋冥利に尽きます。 3/15まで見学出来ますので、 興味のある方はメッセージまだまだ受付中です♪ ・ - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 個人のアカウント → @mizonobe - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 会社のアカウント → @nexthausdesign1947 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ・ ・ 心地良い#木の家 をお客さまと共につくる#木造 の#注文住宅 を中心とした#宇都宮市 の#工務店 で働く#溝延 です。ニックネームはマイク。 ・ #家づくり を通して、そこで#暮らす 家族の幸せと、世界平和の実現の為に、命をかけています。 ・ #新築 の#注文住宅 から、#土地探し まで、#家づくり に関することも、そうでないことも、どうぞお気軽にお問い合わせください♪ ・ ・ #インテリア #マイホーム #NEXTHAUSDESIGN #ネクストハウスデザイン #栃木県 #宇都宮 #FREEQHOMES #BOOOTS #吹き抜け #ガルバ黒 (Utsunomiya, Tochigi) https://www.instagram.com/p/B9EI-40n7jC/?igshid=1rv0offo3w3ie
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栄町の家 外壁工事
郡山市栄町は、郡山市の中でも中心街に位置し、商業施設と住宅が密集するエリアです。
そのため、厳しい防火対策を求められることもあり、屋根だけでなく外壁にも不燃材であるガルバリウムの外壁材を採用しています。
金属製の外壁は、直線的でシャープな印象になり、結果、モダンで都会的な印象の外観になります。
しかし、その施工は細かな手作業の集積で、金属外壁だからと言って手間が減るわけではありません。
板金職人さんの技術が光る、外壁仕上げとなりました。
ご報告いたします。
屋根から軒につながる木製の部分を、黒いガルバリウムでカバー。
現場で正確に採寸し、裁断し、折り曲げながら隙間なく施工しています。
ガルバリウムは金属の薄い板。折り曲げることはできますが、やり直しはききません。建築を覆い包むほどのサイズの金属板は、風にあおられただけでも曲がりやすく、その扱いは非常に難しい材料です。
玄関ポーチの屋根と外壁が取り合う、複雑な納まりも、細かな造作を施しています。
外壁材の一番の目的は、激しい風雨から家を守ること。
雨の侵入をしっかりと防ぐためには、妥協のない仕事が必要です。
2階ベランダと外壁の取り合い。
木部の少しの隙間に入るように、板金仕事を行います。
大工さんの木工事と板金職人の、合同作業です。
玄関ポーチの外壁は、レッドシダー(米杉)の外壁。
玄関周辺は、大きな荷物の搬入の際に外壁に傷を作りやすい箇所。そのため、ぶつけても傷が目立ちにくい木製外壁を採用しました。
木製外壁と金属外壁の取り合いの部分が自然に収まるように、精巧な板金技術を駆使しています。
基礎と家の間の土台には、水切り用の板金を。
外壁をつたって落ちてくる水滴によって、土台が痛まないように、外部に水が逃げるように施工されています。
棟の周囲も、しっかりと板金でカバー。
外壁材を施工してからの施工です。
室内と通じる換気口は、外壁内部に空気や水が漏れないように、しっかりとテープでカバーしています。
外壁のガルバリウムにも、綺麗に円形に穴を開けます。
波打っている材料を、正確な位置に正確な寸法で穴を開けるだけでも、熟練の技術が必要です。
虫や小動物が入らないようにフィルターを付けています。
ベランダも防火地域のため、金属製のものを採用しています。
金属製のベランダの上に、木製のデッキをはり、室内の床の高さと揃える予定です。
ベランダに侵入した水を逃がすための排水溝とカバーも設置。
軒天井には、壁体内で発生した水蒸気を逃がす通気孔を設置しています。
軒天井は白く塗装し、すっきりとした印象に。
ベランダの手すりはステンレスの無垢材で作りました。
安全を守るための手すりですので、しっかりと固定しています。
ぐらつきも全くなく、しっかりと設置できました。
波状になっているガルバリウムのため、三角形の隙間が生じてしまいます。
水が侵入して欲しくない箇所には、事前にパテ埋めし、侵入経路を塞ぎます。
ガルバ外壁が貼り終わった瞬間。
ステンレス手すりが設置した後。
テレビアンテナもつきました。
外壁材と窓周りの隙間など、水が入りそうな箇所は徹底的に塞ぎます。
専門業者によって、隙間は徹底的にコーキングしています。
雨樋も、ガルバリウム製です。
塩ビなどの雨樋よりもはるかに耐久性が高く、腐食しにくいため安心です。
下から見上げたガルバの波状。
家の門からも水が侵入しないように、立ち上がりのあるコーナー材を施工しています。
住宅を雨や火事から守る、大事な外壁材です。
どんなに良い材料を使っても、施工方法が悪ければ台無しです。
しっかりとした材料と、しっかりとした施工。
この二つを大事に、工事を行なっています。
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おはようございます☂️ 玉野の家 右側の凹みにある木製ドアが玄関。玄関と道路との距離が短いために小さなお子さんが道路に飛び出さないように玄関の前は植栽帯としてアプローチは直角にクランクさせています。 軒裏は屋根、ポーチ共に杉板を張っています。 #玉野の家 #黒ガルバの家 #寄せ棟屋根 #木製玄関ドア #植栽 #愛知県春日井市 #青木昌則建築研究所 https://www.instagram.com/p/B1M62iRAUYU/?igshid=16gpahf676ove
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おはようございます☀ 今日は愛知も台風の影響があるようですね。今日は早めに帰宅しようかと思います。 ・ 玉野の家 外観 南側から見た外観です。2階に設けられた窓は軒裏の杉板までいっぱいに開けられており、軒裏の杉板が室内の天井の杉板へとつながります。この窓は写真で見るより実際はかなり大きな窓です。 手前は駐車スペースとなっており、縦列で普通車とコンパクトカーが納まるようになっています。 クライアントは敷地の広さに余裕が無いので駐車スペースは1台分でも構わないと計画当初は仰っていましたが、なんとか2台分を確保する事が出来ました。おまけにゆったりとしたリビングやご主人の趣味のスペースまで確保できている事にクライアントは驚かれていました。 #玉野の家 #黒ガルバの家 #杉板の軒裏 #愛知県春日井市 #青木昌則建築研究所 https://www.instagram.com/p/B1KW-7PghgZ/?igshid=lgelivrean9e
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