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#セクシュアルマイノリティ
reportsofawartime · 1 month
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田中美津さんご逝去の報を受けての上野千鶴子さんの寄稿文(朝日記事)についての感想です。 上野さんは、ウーマンリブ運動「がつくりあげた波が、後になって『第二波フェミニズム』と呼ばれるようになった」と書いていますが、ウーマンリブと、リブ後のフェミニズム運動は切断されていると私は思っています。 また、「ウーマンリブは欧米から日本に『上陸した』と思っている人たちがいる」というのも、私とは認識が違います。 この記事で書かれている、日本に「上陸した」ものとして噂があったものがあるのだとすれば、80年代に、アメリカで学んで日本にマルクス主義フェミニズムを紹介してブレイクしたフェミニズム学者(上野さん)のことではないかと思っていました。近年アメリカでマルクス主義経済学を学んで日本で反資本主義の本を出した学者がブレイクしてみたいな重なる既視感が記憶に新しいですが、 前者はそこからリブ運動がなくなっていったし、後者も日本の労働運動と接続があるのかと疑問の残る現実ご覧の通りです。まさに「思想」は資本主義的に消費されてなんぼの世界というだけの話かと思います。 そんなことはもうどうでもいいのですが、私がこの寄稿文の記事を読んでどうしても書いておきたいと思ったのはもちろん田中美津さんとリブのことです。 美津さんがリブ時代から晩年に至るまであちこちで書き、繰り返し何度も主張されていたことは、「運動の大義と、個人の欲望が同じくらい大事であるということに、私たち(リブ運動)は立った」とおっしゃっていました。もう少し具体的に美津さんの言葉を紹介しますと、 (公に言っても恥ずかしくないような主張たとえば)「優生保護法阻止」とか「おしりに触るな」といった女全体にとって正しいと思うことを主張することだけではなくて、「私の好きな男が触りたいと思うおしりがほしい」ということも言える人間としての自己形成を求めたんです、と言っておられました。 つまり最もタブーとされている性的なことも言えることによって、自分が何者かを正直に感じられるように生きたいと思ったそうです。 実際美津さんは、セックスワーカー当事者の話を聞きに行くことを大事にしてくれていました。AV強要問題渦中も、業界で働く人の話を聞きに行った上で発言され、私たちが開催したセックスワーカーのためのアドボケーター養成講座(2018年)に強い関心を持って頂き、資料を取り寄せて下さったり、常に現場の当事者の話を聞こうとして下さいました。 こうした美津さんやリブの思想や態度は、リブ後の「フェミニズム運動」では、だいぶ剥ぎ取られていったように私には見えます。 私は運動を始めた最初の頃は、フェミニズム運動やフェミニストたち、女性どうしの連帯、シスターフッドという思いでやってたけど、フェミの中にある、男が喜ぶような女(仕事)かどうかという視点や言葉に耐えられず、必ずしも女性運動の中で助け合わないといけないわけではないし、理解しあうのは難しい、しんどいと思うに至りました。 その結果私は、HIV陽性者、セクシュアルマイノリティ、ひとり親、性暴力のサバイバー、困窮者、外国人、エスニックマイノリティ、障害者、非正規労働者、野宿者、依存症者、被差別部落民、元受刑者、マイノリティの当事者や、様々な支援や社会的排除の問題に取り組む人々そういった人たちの中で、わかりあえる人々と繋がり、一緒になって考えてもらったり相互扶助の関係を作ったりともに共生社会を目指すようになりました。 マイノリティの彼ら彼女らは、セックスワーカーと同じようにスティグマと長年闘ってきているから、そのお互いの闘いの経験から得た財産を困っているときに分かち合ったり、何より、どの問題も社会構造の上からきているという問題意識の共有が重要。だから、現在は、女というだけで、無理に女に助けてもらわなくてもいいと考えています。 かつてリブが、女という集団としての全体主義が大事なのではなく、人間としての個として生きる尊厳を大事にする個人主義を訴えたことを、私は自分の運動でこれからも受け継ぎ実践していきます。美津さんありがとう。 https://digital.asahi.com/articles/ASS891T02S89UCVL01NM.html?ptoken=01J4XNBE56H5F1RMAV6EKX3BJW
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moonrobe · 1 month
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短編集
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『Dessert blanc: 白い短編集』
白く柔らかな物語たちを集めました。 【収録作品】僕のことを話そう/君の口癖/雨に咲く/僕の遺書が届くまで/心をめくれば/彼はかわいい/First Kiss/かくれおに
『Dessert noir: 黒い短編集』
黒く堕ちていく物語を集めました。 【収録作品】たとえば私が死んだら/雑音の中で泡沫/モノクロの嘘/雨だれ/回遊魚たち/泡雪の夏/ゆきしろ/ルミナス/たとえば君が死んだら
『Dessert rouge: 赤い短編集』
赤く残酷な物語を集めました。 【収録作品】椿が落ちた日/初期化/冷たく光る虹/どくいちご/夏の破片/遊ぶ糸は雨に溶けて/夢の跡/春と海月
『Melt Dawn: 微睡む夜明けの短編集』
闇が溶けていくときを描がいた物語たち。 【収録作品】夜には猫と戯れて/わらび/大人になっても/空に手が届かないなら/隣にいるあいだに
『感傷現像: すりむける心を写す短編集』
ひりひりするような痛みを孕む物語たち。 【収録作品】腫れあがる嘘/僕を君の十字架に/カレイドスコープ/暗室/モザイク/Without You/焼かれた瞳/珈琲に蝶
『虹の影: 恋のグラデーションが射す短編集』
セクシュアルマイノリティの人々に触れる物語たち。 【収録作品】蒼い朝/自由課題/フミキリ/汐の約束/ホットコーヒー/夜の水平線
『OVERDOSE: 致死量の闇を飲む短編集』
読後感がどろどろと重く胃もたれする物語たち。 【収録作品】Kill me,again/心をちぎって/雨夜の月/息をするだけで/セルフィーポルノ/騎士の夜
『徒花ほろほろ: 実らない恋の短編集』
どうしようもなく報われない恋を綴った物語たち。 【収録作品】つくりあめ/ナイフになれない/綾織りの恋/雪月夜/Second Chocolate/咲かない花
『エンドロール: 終焉を迎える短編集』
それぞれのおしまいのときが迫る物語たち。 【収録作品】嘘つきな熱/Magical Cigarette/羽化/夜、ワンルーム、ふたり。/消える星/オーロラソース/フラット
『Frozen Sexual: 凍りついた性の短編集』
心を蹂躙され、死んだように凍てついた性を抱える人々の三本の物語。 【収録作品】あと数秒で/氷点の檻/君をつなぐ
『少年たちの恋: 彼の想いを綴る短編集』
好きになってごめん。でも言わないのも苦しくて──甘々から鬼畜までのBL作品集。 【収録作品】僕らは変われない/七色のガラス/君を失う前に/イロチガイ/LUNA PAIN/片想い
『ふれられない: 指先が彷徨う短編集』
君に届かない手が虚空に落ちる。この想いは伝えてはいけないのかな。 【収録作品】ON/OFF/茜雲/彼の副流煙/絵本のあいだ/凛夜に/恋が灯るまで/隣を歩く
『Black Labyrinth: 病んだ迷宮の短編集』
病んだ心が真っ暗な迷宮に迷い込んでいく、九編の短編集。 【収録作品】 ZOMBIE VOICE/片羽の鏡/カゲコイ/ボーダーガール/花冷えと月/病んだ波/Untitled/新緑の釘/落ちた虹
『影法師を連れて: 翳りがつきまとう短編集』
消えない痛みで心が翳る人々を描がく短編集。 【収録作品】いびつな残響/星降らぬ夜に/シルエットグラフィティ/削除未満/雪が降る海の中で/浸された翼/桜散る/雪に溶けないように
『花ひとひら: 千花模様に捧げた短編集』
『短編工房ミルフルール』に掲載した作品のうち、選りすぐり五編を収録した短編集。 【収録作品】雪の声/愚かな手/ラストシーンクロスオーバー/悪戯なショコラティエ/戻らない桜
『Limit Zone: 極限に至るまでの短編集』
頭の中も心の奥も、極限状態へ堕ちていく──ぎりぎりに追い詰められる精神状態を書いた中編三本。 【収録作品】雪の果て/抜殻の潮騒/陽当たりの良い場所
『あやとり: 縺れて揺らぐ恋の短編集』
感情が絡みあって、関係が縺れあって、恋心は揺らめいていく。「好き」がこじれた人々の中編三本。 【収録作品】夜から月をすくって/LOVESICK/君が溺れる深海
『真夜中の眩暈: 遠ざかる意識の短編集』
熱で正常な判断がつかない深夜のような短編集。 【収録作品】一夜の発熱/ひらりこぼれて/不等辺三角形/Hollow Lover/花曇りの行方/失せものの君/君は押し花/氷中花/延命契約/天使の着信
『夜に光る花: 妖しく危うい絆の短編集』
「好き」という想いがちらついて、揺らめいて、しっかりつかむことができない。そんな中編を三本収録した、とまどう恋の一冊。 【収録作品】Monotone Stars/夜に羽音/ゆらいでひらいて
『磔のカメリア: 消えない罪の短編集』
愛したあなたのために私は罪を犯す、その罰にあなたを失っても……罪に堕ちる短編集。 【収録作品】桜の残響/紅玉の声/いつかの彼女/穢れた紅葉/白桜の頃/Backstreet Teens/口封じ
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psyetz · 8 months
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マジョリティは自分の価値観や振る舞いを「ふつう」「標準」と感じています。その結果、マイノリティの特徴だけが人目に付く特殊なものとされてしまっている。これは明治以降の近代化とも大きく関わっています。  産業が転換し、工場での生産を上げていくために適した人材が健常者で、それが難しい人が障がい者と振り分けられる。そして女性は家庭で、働き疲れた男性を癒してまた工場へと送り出すこと、そして次の労働者となる子どもを産み続けることが役割とされていく。さらに男女の役割の関係性を崩すようなセクシュアルマイノリティは存在を否定される。子どもや高齢者も生産性がない存在として余計者にされる。  外国人やアイヌ・奄美・琉球のような先住民族は、日本が新しく土地や資源を獲得する際にやはり異物扱いされ、なおかつ劣ったものとして権利を制限されるようになった。根拠もなく、私たちははるか昔から当たり前に差別が存在していると思い込みがちですが、近代からと考えると案外歴史は浅い。  そういう風に、マジョリティ自身が自分がマジョリティになった歴史を知ることで、理解できることが増えていくと思います。夫婦同姓も明治期に始まったもので、全然日本の伝統的な家族観ではないこともそうです。そういうことに気づくことが歴史を学ぶ意味だと思います。
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shredderwastesnow · 1 year
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クィアたちのZINE交換【前編】
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発端
ある6月の休日、ZINE交換会に参加した。 主催は、数人のクィアによって結成されたプロジェクト集団「陰気なクィアパーティ」。今年春から、東京と名古屋で、派手なパフォーマンスが苦手なクィアのための穏やかな集まりを開いている。
そもそも「クィア」とは何か
「クィア」は、既存の性のカテゴリーに馴染めない人を指す言葉として、最近様々なメディアで使われるようになった。 元々「クィア(queer)」は「奇妙な」「異様な」という意味の英語で、セクシュアルマイノリティたちを揶揄する蔑称として欧米で使われていた。 しかし社会運動をしていたセクシュアルマイノリティたちが、たとえ端から見れば奇妙でも自分たちはありのままで生きるという決意と共に「クィア」を自称しはじめたことで、かつてのネガティブな意味合いが薄れてゆき、現在に至っている。
「クィア」の意味するところは「セクシュアルマイノリティ」と似ているが、カバーする範囲は「クィア」の方が広い。 紙媒体やネットでこれらの言葉に触れてきた印象では、「セクシュアルマイノリティ」は、性自認・性的指向が明らかにマジョリティとは違うという自覚がある人を指している。 それに対して、「クィア」には、まだはっきり認識できていないものの、世間が想定する性のカテゴリーに今ひとつ馴染めない…と感じているような、マジョリティとマイノリティのあわいにいる人も含まれる。 また、「セクシュアルマイノリティ」には、マジョリティに理解されず、社会から疎外された存在というニュアンスがある(その他の「マイノリティ」=在日韓国人、部落民、外国人などのような)。 この言葉が使われる際は、当事者が法制度などによって不当に権利を制限され、自分らしく生きることを阻まれているという実態がセットで提示されることが多いように思う。
例えば、性自認が男性(シス男性)で恋愛対象は女性(ヘテロセクシュアル)だが、女装をしている時の方が心地よいという人がいたとする。「クロスドレッサー(異性装)」「トランスヴェスタイト」「女装家」などと呼ばれる存在だ。 特殊なセクシュアリティを持っているが故に、街中で後ろ指を指されたり馬鹿にされたりして、尊厳を傷つけられることはあるだろう。 しかし、「ホモセクシュアル」ではないので、同性婚できない日本でパートナーと結婚できずに苦しむリスクはない。 「トランスジェンダー」的な傾向はあるものの、性自認と医学的・社会的に割り当てられた性のギャップに苛まれたり、高額な性別適合手術の必要性を感じているわけではない。 このような人は、「私はセクシュアルマイノリティです」と言っていいのか戸惑いがあるのではないだろうか。 自分の辛さは、法制度と闘わなければならない人のそれに比べたら軽微なのだから、この程度でセクシュアルマイノリティを自称して生きづらさを訴えるのは行き過ぎている…と自粛してしまうことが考えられる。 しかし、男は365日ズボンで暮らすものだという既存のジェンダー観から外れているという点で、彼は間違いなく「クィア」である。「私はクィアです」と言うのは、「私はセクシュアルマイノリティです」と言うよりはるかにハードルが低い。
「クィア」は、既存の性のカテゴリーに馴染めていないが「セクシュアルマイノリティ」の括りから除外される人々もふんわりと包み込む、懐の深い言葉だ。 セクシュアリティは千差万別で、まだ解明されていないことも多く、しかも生まれてから死ぬまでに変化する可能性もあるという揺らぎを前提として生まれた概念なので、より多くの人たちの拠り所になれる。しかし、このふんわりとした性質故に、定義するのは非常に難しい。
参考:
私のクィアネスについて
私は自分が「デミロマンティック」だと思っている。要は、世間一般の人と比べて、恋愛感情が希薄だという自覚がある。
多分「デミロマンティック」は多くの人にとって聞き慣れない言葉だが、「アセクシュアル」「アロマンティック」であれば知っている人はいるのではないだろうか。 「アセクシュアル」は性的欲求を持たない人、「アセクシュアル」は恋愛感情を持たない人を指す。 (日本では「アセクシュアル」は恋愛感情も性的欲求もない人の意味で使われ、恋愛感情はあるが性的欲求のない人は「ノンセクシュアル」と呼ばれるケースもあるようなので、「アセクシュアル」の意図するところは使う人や文脈によって変わりそうだ。なお、「ノンセクシュアル」は和製英語だそうです。)
「アセクシュアル(asexual)」「アロマンティック(aromantic)」の頭に付く「a」は、英語では否定(non-、un-)の意味を持つ。「asexual」=「sexual(性的欲求のある状態)でない」、「aromantic」=「romantic(恋愛感情のある状態)でない」ということになる。 一方、「demi」は、「半分」「少し」の意味を持つ(ヨーロッパ系のカフェでエスプレッソを注文すると出てくる小さなカップ=「デミタスカップ」を想像してもらえると腑に落ちるのではないでしょうか)。つまり「デミロマンティック(demiromantic)」は、「romantic(恋愛感情のある状態)が少なめである」という意味になる。
息抜き:
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当事者の書いた文章や当事者が主人公の小説を読む限り、アセクシュアルおよびアロマンティックの人は、それぞれセックスや恋愛に対して拒否感や嫌悪感がある印象だ。 私はどちらに対してもそこまで強い拒否感はなく、恋愛の延長線上にセックスがあることにもそれほど違和感を持っていないが、いかんせん恋愛感情が起こらない。
学生時代、周囲が少女漫画を貸し借りして「○○君と△△君だったらどっちがタイプ?」「私たちもこんな恋愛したいよね~」と真剣に語り合っている中、私はそのテンションに全く付いていけず、自分はみんなと違うな……と漠然と感じていた。
勉強や就職活動や創作���動などは、将来の自分の可能性や選択肢を増やして今より自由になるための活動であるのに対し、恋愛は、相手と良い関係を作るためのしがらみや我慢を発生させる点で、人生を不自由にする活動だと思っていた。 シスヘテロ男性との恋愛の先にあるかもしれない結婚・妊娠・出産などを想像すると、積極的に恋愛するシスへテロ女性たちは、自ら進んで家父長制に取り込まれにいっているように見えてしまった(ものすごく穿った見方だという自覚はある……彼女たちは自分の意志で恋愛しているのであり、余計なお世話だとは思うけど)。
私の中にこういった思考が育まれたのは、幸せな恋愛やパートナーシップのサンプルを身近に見つけられなかったという環境的な要因に加えて、やはり先天的な要因もあると思う。 近年の脳科学では、外部からの刺激によって脳内の快楽を司る「報酬系」という神経回路が活発化し、ドーパミンが分泌されると恋愛感情が起こるとされている。多分、私の脳ではこの回路があまり活発ではなく、少女漫画という刺激では作動しないのだろう。 (ただ、脳内物質にはドーパミン以外にもセロトニン・テストステロン・エストロゲンなどがあり、これらが出ていれば何らかの感情は発生していることになるので、恋愛感情がないからといって無感動というわけではないのですが。)
参考:
社会人になってから、微妙に恋愛感情が出てきた時期もあるにはあったが、それも数年に一度ぐらいの低い頻度だった。 仕事が忙しければどうでも良くなるし、一人で行きたい場所に旅行したり、カルチャーに触れたりライブやイベントに行ったりすればそこそこ満たされてしまうので、そのうち別にいいやという気持ちになる。
そんな自分のことを、私自身は「ドライな人間」「淡泊なタイプ」だと解釈していた。 ただ、性自認と医学・生物学的な性は一致しており(シス女性)、恋愛感情が起こる場合は異性に向くため(ヘテロセクシュアル)、自分がセクシュアルマイノリティだとは思っていなかった。 しかし、日本でもセクシュアルマイノリティに関する議論が活発になり、LGBT以外のセクシュアルマイノリティやクィアについての文献や記事が広く出回るようになって、やっと「デミロマンティック」というちょうど良い表現に出会えた。
クィアを自覚した後の問題
自分がクィアだと自覚することは、こういう人間は自分だけではないと安心できる点では救いだが、自分は差別される側の人間なのだという疎外感を突きつけられる点で呪いにもなる。 過去にセクシュアリティの違いが原因で周囲から浮いてしまった経験を、差別を受けた体験として捉え直す作業は、それなりの痛みを伴う。 しかし、これを丁寧に行わなければ、自分の生きづらさを解きほぐして緩和することもできないし、この先どう生きるのが自分にとっての幸せなのかも模索できない。 また、自分が生きている日本社会がどんな人間を異端として疎外・排除しているか、あらゆるセクシュアリティが肯定されるために社会や自分自身はどうあるべきかも見えてこない。
自分の中のクィアネスに向き合うことを意識し始めてから、同じように既存の性のカテゴリーからはみ出している人がどう生きているのか知りたいと思うようになった。 コロナが沈静化したタイミングで読書会やコミュニティを定期的に検索していたところ、「陰気なクィアパーティ ZINE交換会」の告知に出会った。 クィアとして生きる実感をZINE作りという形で語り直す作業を、この機会にやってみたいと思った。
限られた時間の中で何とか内容をまとめ、A5版12ページ、6,000字強のZINEが完成した。 会場で7部を交換し、2部は手持ちのZINEがなかった人に渡した。
「陰気なクィアパーティ」の大らかさ
私は「LGBT」ではないし、「アロマンティック」「アセクシュアル」のいずれでもないので、そういった人を対象とするコミュニティへの参加には抵抗がある。 でも「クィア」を冠したコミュニティであれば、私もここにいて良さそうだと思える。
会のグラウンドルールには、このような文言がある。
陰気なクィアパーティは、セーファースペースであり、あらゆる性のあり方を持つ私たちが共にいるための空間です。 差別の構造を解体する空間であるためには、参加者全員の協力が必要です。 自身の境界と他者の境界を尊重し、全ての人が居心地良く過ごすことができる対話空間作りにご協力ください。
この宣言はとても心強い。 このような場なら、「性的指向も性自認もマジョリティと変わらないくせにマイノリティぶるな」とか、「もっと辛い立場にあるセクシュアルマイノリティに比べれば、お前のしんどさなんて取るに足りないものだ」といったような攻撃を受けるリスクは低そうだと感じた。 そして、一定の安全が担保された空間で様々なクィアたちとコミュニケーションする中で、クィアとしてどう生きるかのヒントが掴める気がした。
会場に足を運び、様々なセクシュアリティの参加者からもらったZINEを読んで、自分の想像を超えた差別や疎外感を知り、世界の見え方が少し変わった。 あの空間に、一人のクィアとして立ったからこそ見えた景色だ。 私のZINEも、誰かにとって新たな気付きをもたらすものになっていればいいなと思う。
会社を辞めようとしているタイミングでこのような場に出会うことができ、本当に感謝している。 主催者の皆様、ありがとうございます。
そして今後は、小説の執筆ペースを上げることと並行して、一人のクィアとして考えたことをもっと言葉にしたくなった。 個が尊重されるセーファースペースで、様々なクィアと対話したり励まし合ったりする時間が定期的にあったら、何かと心細いクィア人生も豊かなものになる予感がする。
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yorithesims · 2 years
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個人的なお知らせ
突然ですが、Twitterは卒業しました。
30日以内の復帰をと思っていたのですが、出てみるともう、シムズ関連の自己発信の場として、居心地の良い場所として、Twitterを求めていない自分に気がついてしまいました。
閉じたアカウントで初めて相互フォローになってくれた皆様、シムズTwitterを始めて、5年以上?アカウントを変えてもずっとつ��がっていてくれた皆様。めちゃく��ゃ感謝しています!お話してくれて、楽しいシムズの世界をたくさん見せてもろて、ほんまにありがとうございました♡♡♡
現在は、サイト用のDM開放アカウントのみ所持してシムズ関連の情報収集のみ行っています。 @yorithesims_DM
今は、失恋を機にwセクシュアルマイノリティ関連の活動にハマっているので、そっちが飽きてきたらまたシムズに戻る元気が出てきたってことになるかもしれません。興味対象を少し変えて、違う世界を見て、古巣に戻る英気を養ってまいります。みんな変わらずにシムズを楽しめますように♡
あ、こちらでつながっていただいてるみなさまは引き続きお付き合いよろしくお願いいたします(∩´∀`)∩
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smtbs · 3 days
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htmillll · 1 year
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roesy · 1 year
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まず主観やイメージではなく数字から考えてみましょう。   LGBTの日本人口に対する割合は7.6%といわれています。100人中3~5人くらいがセクシュアルマイノリティとすれば、少女ファイトのHL率はそこまで極端なものではなく、普通の割合なんですよね。(そしてすでに3〜5人はLGBT描写がある選手も出ています。)少女ファイトはGLまんがではないのでHLが多く見えるのは仕方ないことだと思います。わたしはこの世界を現実に近い性的嗜好の塩梅で描いていますから。ただ、女子は若い頃お互いをより必要とし執着する傾向があり、少女ファイトでは百合に近い表現になっている場合も多くあります。GLを求めている読者様がその成分をこの物語に多く望んでいる場合、期待している部分のすれ違いが起きるのは当然のことですね。個人的には終着にむけて、性別すら凌駕する関係性を描きたいと思っているのです。G戦場ヘヴンズドアってそうだったとおもうんですよ。あれは町蔵と鉄男の関係をあえてカテゴライズ(あまり好きじゃないけど)すると「ブロマンス」に属すると思うので。
少女ファイトと作品内の「性」について | memo | 日本橋ヨヲコ オフィシャルブログ
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yoruto-uso · 1 year
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なんかセクシュアルマイノリティや多様な人種を出していれば「寛容だ」みたいに思っている人がいるみたいだけど、そうではない。そうではないのだが…。
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oimotoai · 1 year
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排除と矛盾のオリンピック
東京2020におけるピンクウォッシングに着目して
はじめに
 2021年に開催された東京オリンピック(以下東京2020)では、大会のコンセプトとして「全員が自己ベスト」「未来への継承」に並び、「多様性と調和」が掲げられた。新型肺炎の流行に伴い社会の分断が深まる中、多様な人々が個性を発揮し、違いを認め合う機会を提供することを目指して据えられたこのスローガンは、大会のあり方に一定の影響を与え、ポジティブな成果を残している。例えば運営においては、日本オリンピック委員会史上初めてトランスジェンダー当事者の委員が就任したほか、女性理事の割合が全体の4割を超えるなど、ジェンダーバランスの取れた組織づくりに一歩近づいた。また、LGBTQ+の支援団体(プライドハウス東京、グラード、アスリート・アライ)がメディア向けに「ジェンダー平等、公平性の確保のためのポートレイヤル(表象)ガイドライン」を配布するなどし、ステレオタイプ的な報道や選手を客体化するような表現への対策を行った。出場選手については、オリンピックで少なくとも185名、パラリンピックおいては少なくとも36名のLGBTQ+を公表する選手が出場し、どちらの人数も過去最多だったという。また、開催地である東京都では、2018年10月から性自認及び性的指向を理由とする不当な差別の禁止を盛り込んだ「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」が施行され、セクシュアルマイノリティに対する差別に反対する立場が示された(プライドハウス東京 2021)。これらの成果をふまえると、東京2020はスローガン通り、多様性を祝福するイベントとして成功を収めたかのようである。
 しかし東京2020は、スポーツの大祭典という特大イベントに人々の注目を惹きつけ、またセクシュアルマイノリティへの寛容性をアピールしながらも、開催地である日本での実際のセクシュアルマイノリティの扱いから人々の関心を遠ざけていた。本稿では、日本におけるセクシュアルマイノリティ周縁化に焦点を当て、それらが東京2020によってどのように覆い隠されていたのかについて論じる。まず、ピンクウォッシングという概念について説明したのち、その概念を用いて東京2020での寛容性アピールと日本社会の現状との落差を指摘し、最後にこのピンクウォッシングが、スポーツウォッシュを可能にするオリンピックというスポーツのメガイベントに組み込まれることでその効果を最大限に発揮していた可能性について論じる。
ピンクウォッシングとは何か
 ピンクウォッシング(pink-washing)とは、同性愛を表すピンク色(pink)と「もみ消す」という意味の動詞であるwhitewashとを掛け合わせた概念であり、国家や行政がセクシュアルマイノリティに対する寛容性をアピールすることで、その他の人権問題を隠蔽することを指す(保井 2018)。例えば、イスラエルによる同性愛者への寛容性の表明は、パレスチナ人に対する人権侵害から言い逃れるためのピンクウォッシングであることが指摘されている。パレスチナを含むイスラエルの周辺国においては同性愛が宗教的にタブーとされているため、イスラエルは同性愛者を受け入れる姿勢を積極的に宣伝することで、自国の人権感覚がどれほど「進んでいる」かを示し、パレスチナの占領などのネガティブな印象を払拭しようと試みているのだという(保井 2018; 須崎 2022)。
 セクシュアルマイノリティへの寛容性を表明することで他のマイノリティの排除を不可視化することを指すピンクウォッシングだが、日本の場合、その効果はやや変わった形で現れる。セクシュアルマイノリティの難民の受け入れに着目した保井(2018)の研究からは、日本では、多様な性への寛容を国際社会にアピールすることで、実社会におけるセクシュアルマイノリティへの不寛容を隠蔽するという独自のピンクウォッシングが起こっているという。このように、特定の属性への不寛容を、その属性に対する寛容を表明することで誤魔化すという矛盾したピンクウォッシングの構造は、東京2020においても見出すことができる。
東京2020におけるピンクウォッシング
 ボイコフ(2021)は、オリンピックのネガティブな傾向が(1)過剰支出、(2)白象(無用の長物)の会場、(3)公共圏の軍事化、(4)立ち退きとジェントリフィケーション、(5)グリーンウォッシングという5つの主だった傾向に分類されると指摘しているが、東京2020ではこれらに加え、ピンクウォッシングが行われていたことを指摘したい。
 東京2020大会内で、視覚的にわかりやすくセクシュアルマイノリティへのサポートが表明された例としては、開会式での、歌手MISIAによる君が代の歌唱が挙げられる。「レインボーのドレスを身に纏って君が代を歌う」というパフォーマンスは、セクシュアルマイノリティに対する寛容的なイメージと日本という国家とを強く結びつけるという点で意図的かつ効果的な演出だったといえよう。また閉会式では、日系イギリス人でパンセクシュアルを公表しているリナ・サワヤマとエルトン・ジョンによる楽曲「Chosen Family」が使用され話題を呼んだ。自分達は「選び取った家族(Chosen Family)[*1]」であり、遺伝子も名字も関係ないのだと力強く言い切る「Chosen Family」は、世界中のセクシュアルマイノリティ当事者と痛みを分かち合い、お互いを祝福する賛歌として大ヒットした楽曲である。このように東京2020では「多様性と調和」というテーマに忠実なパフォーマンスや演出が行われたことで、日本があたかも多様な性と生のあり方に開かれ、他国を啓発するレインボーな国家であるかのような印象を与えた。
 しかし、イメージと現実は大きく異なる。日本では、君が代が賛美する天皇制を支えた家制度の名残によって、異性婚をした夫婦が別姓を名乗ることすら認められない。家制度を契機に日本社会に広く浸透した家父長的価値観は、家制度の廃止後もなお、男性による女性の支配を当たり前と見做すような考え方や、異性愛を前提とした「家族とはこうあるべきだ」という固定観念として日本を生きる人々の生活に影響を与え続けている。
 また、同性婚が法制化されていない日本では、パートナーシップ制度の導入は着実に広がっているものの[*2]、Chosen Familyとの関係について、法的な保障を受けることが不可能である。G7において唯一同性婚を認めておらず、また性的指向に基づく差別を禁止する法整備をしていない国でもある日本は、OECDが発表したLGBTQ+の包摂に関する法整備のランキングにおいて、35カ国中34位、つまりワースト2位であることが発表されている[*3]。
 オリンピックの開催を念頭に「LGBT理解増進法」の制定が見込まれたが、2023年現在に至ってもその導入は実現しておらず、そもそも明確に差別を禁止しない法整備のあり方に批判が集まっている。加えて最近では、元総理秘書官による「(同性愛者を)見るのも嫌だ」「(同性愛者が)隣に住んでいたら嫌だ」などの発言[*4]、岸田総理大臣による「(同性婚を認めれば)家族観や価値観、社会が変わってしまう」との答弁[*5]によって与党のセクシュアルマイノリティに対する偏見や差別感情が露呈し、「理解増進」を促す側がそもそもLGBTQ+に対して不寛容であることに疑問の声も上がっている。
 このように、「多様性と調和」を掲げ、セクシュアルマイノリティの包摂を説くような大会運営の裏では、保守的な政権の下で同性婚もできず、差別を取り締まる法もなく、異性愛者でさえ生きづらさを抱えざるを得ないような社会が広がっていたのである。東京2020で行われていたイメージ戦略はまさに、セクシュアルマイノリティに対する寛容性をアピールすることで、国内の人権問題を隠蔽するピンクウォッシングに他ならない。
スポーツウォッシング×ピンクウォッシング
 そもそも開催国の社会問題を覆い隠す効果を持つオリンピックというスポーツの大祭典は、ピンクウォッシングにうってつけの舞台であった。
 ボイコフ(2022)は、政治指導者がスポーツを利用し、自国を国際的に先進的な存在であるかのように演出しつつナショナリズムを煽り、国内に蔓延る社会問題や人権問題から目をそらさせる現象を「スポーツウォッシング」と定義しており、ソルトレイクシティ冬季オリンピックをその一例として挙げている。9.11の同時多発テロ後、米国では「女性及び非異性愛者に不寛容なイスラーム社会」と「その社会の被害者を救済する自由で寛容な米国」という位置付けのもと、反イスラーム感情を伴う愛国主義―Puar(2007)によるところの「ホモナショナリズム」―が登場した。当時の米国では、イスラーム社会と対比した米国社会の安全性と先進性をアピールするために、例外的に女性や同性愛者の権利保障が強調されるという、一種のピンクウォッシングが起きていたのである。9.11後に初めて開催された2002年のソルトレイクシティ冬季オリンピックは、��さにこのホモナショナリズムによって強調される「(イスラーム圏からやってくる)テロとの戦い」というメッセージがメディアを通じて国際的に発信される、絶好の機会を提供したという。このように、オリンピックの開催を通じて、開催に尽力する政治家はスポーツを隠れ蓑にし、自国についての望ましいイメージを国際社会及び国内に向けてもに打ち出すことができるのである。
 開催国の権力者に都合の良い政治的効果をもたらすスポーツウォッシングには、広告、メディアとの結びつきが欠かせない。オリンピックは大会に対する政治的な異議申し立てを「スポーツに政治を持ち込むな」という態度でシャットアウトしながら、広告会社やメディア業界と結びつくことで、開催国の政治的思惑の実現を可能にさせる。東京2020では朝日新聞、北海道新聞、毎日新聞、日経新聞、産経新聞、読売新聞の6紙がオリンピックのスポンサーとなった。これに対し、主要なメディアがほとんどスポンサーシップを結んでいることで、これらのメディアに広告を出している企業も含め、メディアによる政治の監視という役割が十分に果たされていたかどうかが疑問視されている(ボイコフ 2020; McNeill 2020)。実際、当時の新聞の社説を比較した研究から、オリンピックのスポンサーでない新聞では国内の社会問題が大会開催と結び付けられて語られていたのに対し、スポンサーの新聞においてそれらの問題は大会と切り離され、あくまでオリンピックの外側での出来事として位置づけられていた傾向が明らかにされている(森津 2022)。
 このように、東京2020におけるピンクウォッシングは、スポーツの純粋さを盾にとるスポーツウォッシングと手を組み、メディアを懐柔するオリンピックというメガイベントの名の下に行われたことで、その問題性に対する追及から逃れている可能性がある。
さいごに
 本稿では、東京2020で掲げられた「多様性と調和」から出発し、日本におけるセクシュアルマイノリティの排除と周縁化が、オリンピックによってどのように隠蔽されたのかについて、ピンクウォッシングとスポーツウォッシングの概念を参照しつつ論じた。
 セクシュアルマイノリティであること自体が犯罪とされたり、迫害の根拠とされる国がいまだ88カ国にのぼる中[*6]、政権がセクシュアルマイノリティに対する寛容性をアピールすることにメリットを見出す程までに、国際社会及び日本社会が変化していること自体は、より包摂的な社会の実現にとって良い傾向である言える。しかし、先進国のお墨付きを得るために行われる寛容性の強調は、法整備による人権の保障といった内実が伴っていなければ、単に有害なだけである。日本、特に東京に対して、世界中に「多様性と調和」を呼びかけたからには責任意識を持ち、一刻も早くセクシュアルマイノリティの排除をなくすための法整備を整え、見せかけと実情が矛盾した状況を脱することを強く望む。
[*1] LGBTQ+コミュニティで長年使われてきた用語.血縁や法的な関係にはないが「家族」のような絆で結ばれ,互いに支え合うコミュニティを指す.
[*2] 2023年2月22日時点で,導入自治体の数は少なくとも260以上に上り,人口に対するカバー率は6割を超えている.(2023年2月25日取得,https://www.marriageforall.jp/marriage-equality/japan/).
[*3] OECD iLibrary, 2023, “3. Are laws in OECD countries LGBTI-inclusive?” より(2023年2月27日取得,https://www.oecd-ilibrary.org/sites/e22596d2-en/index.html?itemId=/content/component/e22596d2-en).
[*4] NHK,2023,「岸田首相 同性婚「見るのも嫌だ」などと発言の荒井秘書官 更迭」NHKホームページ,(2023年2月27日取得,https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230204/k10013970711000.html).
[*5] NHK,2023,「岸田首相 夫婦別姓や同性婚「改正で家族観 価値観 社会が変わってしまう」」NHKホームページ,(2023年2月27日取得,https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/95231.html).
[*6] 認定NPO法人虹色ダイバーシティ,2022,「性的指向に関する世界地図」より(2023年2月25日取得,https://nijibridge.jp/wp-content/uploads/2022/07/220713_marriagemap_F_ol.pdf).
参考文献
ボイコフ,ジュールズ,2021,「祝賀資本主義,スポーツメガイベント,東京2020オリンピック」井谷恵子訳,『2020 横浜スポーツ学術会議報告(セッション:R-26)』19: 67-79.
――, 2022, “Toward a Theory of Sportswashing: Mega-Events, Soft Power, and Political Conflict,” Sociology of Sport Journal, 39(4): 342-351.
McNeill, David., 2020 “Spinning the Rings: The Media and the 2020 Tokyo Olympics,” The Asia-Pacific Journal, 18(5).
森津千尋,2022,「2020年オリンピック東京大会におけるスポンサーシップと新聞報道」スポーツ社会学研究,30(2): 85-99.
Puar, Jasbir., 2007, Terrorist Assemblages: Homonationalism in Queer Times, Durham and London: Duke, University Press.
プライドハウス東京,2021,東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会における LGBTQ+及び,SOGIESCに関する成果と課題,今後に向けての声明文,プライドハウス東京ホームページ,(2023年2月20日取得,https://pridehouse.jp/news/1431/).
須崎成二,2022,「セクシュアルマイノリティの受入をめぐる日本の二重規範――地理的スケール概念」からみた難民認定・在留許可」駿台史學,176: 55-74.
保井啓志,「中東で最もゲイ・フレンドリーな街――イスラエルの性的少数者に関する広報宣伝の言説分析」日本中東学会年報,34(2): 35-70.
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on-30 · 2 years
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to miyagi
・喫茶店
喫茶店に入ったら思ったよりも昔ながらのところだった。昭和の時からやっているから古いのよと店員のおばさんは言っていた。このあたりはもともとオフィス街だったからいっぱい喫茶店はあった。けど災害があって、建物はビルやマンションに変わっていき、コロナがあって喫茶店の多くは消えていったみたい。やめようかと思った時にはもう多くがやめていたから、ここは残してほしいと喫茶店の路頭に迷った人々が求めたようで、モーニングからお昼までやっているとのこと。結構経営が大変だとか。ここはオフィスだったからガソリンスタンドもいっぱいあったけど、今は駐車場が増えているという。しばらくすると常連のおばさんがやってきて、どなたかが亡くなった話やパーキンソン病になっている話をしていた。
・せんだいメディアテーク
せんだいメディアテークで災害に関する展示があるということを知って仙台に行くことにした。駅を降りすぐに展示を見た。
セクシュアルマイノリティの人の災害下の経験や想いが綴ってあった。被災時、男の人の中に混ざって寝ることの怖さ、災害下の性役割意識の表れなど。得意なことを得意な人がそれぞれやって支え合えば良いのにと。
また、ダンプカーの運転手で毎日運転席からビデオを撮った方のエッセイも。メディアのようにショッキングなシーンを切り取り、絆絆ということに対する違和感もつづられていた。
3.11時の様子を参加者の方が綴ったものがたくさんあった。風や木などその時の感覚を覚えている人もいれば、まだ生まれていない人も、また大切な誰かを失った人もいれば、直接的には地震や津波の被害を受けなかったみやぎ以外の地域の人も。
災害のあと、食べたものについても。乾パンを食べたひとや、姉にあげる予定で冷蔵庫に入れておいたケーキを食べた人。結婚のときにもらったろうそくを取り出してきた人。冷たいコンビニのおにぎりが沁みた人や野菜の優しい味に癒されたひとも。
・荒浜の海近く
津波によって削れた大地や建物の残った一部が残されていた。一帯は畑などに様変わりしていて住居はなくなっていた。なんとも寂しかった。家の土台が少しだけ残り、そこには車のミニカーが置かれていた。大切にしていたのでしょう。そこに住んでいた方が。亡くなった方を祭る蔵もあり、そこにはたくさんの名前とお供えが。カラスが近くにいた。
高くなっているところを乗り越え海近くにいくと砂とものすごい勢いの風邪と雨がふぶいていた。海はあれていた。誰もいなかった。震災前はこのあたりに海水浴場や海の家があったようだ。
・名取市震災復興伝承館
たくさんのなくなった家々の復元模型があり、そこには苗字がふられていた。たくさんの個人の暮らしがそこにはあったのだと。ある砂浜はデートスポットだったみたい。ある場所は漁が盛んな場所だったんだ。ポストがあった。誰かに向けて想いを届けたり、もしくはその施設で感じたことを書いて投函できるようだ。集まった手紙を読んでいたらなんども泣いた。亡くなった方への想い。街の変わりように唖然とする声。繋いでいこうという想い。共感はできないしわかった気にもならないでいたい。(泣いてはいるけど)。災害が奪ったものの大きさは、規模の大きさからというよりか、人の声からこそ想像しやすいかもしれない。名取市長は災害前の街に戻せるというが戻っていないのも確かで。戻れない人も戻ったと思える人も必ずしも多くないのではないだろうか。復興は完了したのかもしれないがそれは何を持ってなのだろうか。復興とはなんなんだろうか。
山元町:
山元町の小学校にいった。被災で崩れた屋根や、その日は見れなかったけれどその時の地震による部屋の乱れがあった。正直、なんとも言えないが続いている。というのも自分が当事者ではないということ、簡単に共感はできない(というかしてはいけない)こともあるし、なんか自分が泣くとかも違う気もしている。ただ空は少し雨がおさまって赤みがかっていた。市役所に行ってみた。きれいな丸い形の建築だった。市役所の周りに沿岸部などから移動してきた人が住まう家々や幼稚園、小学校があった。その小学校は避難所に設定されており、このあたりはある程度安全が確保されているのかもしれない。あたりは静かだった。
帰りの車の道は段々雨がやんで空は住んでいた。建物が亡くなり看板だけのラブホテルや盛り土や原発の汚染土、だだっ広い畑、災害前と比較なんてできないけど少し寂しかった。
復興ってなんでしょうか。電車も開通、仙台空港も治って、高速もある。新しい街ができ、仮設住宅暮らしの人が退去。そういう点では、レジリエンスは高まり次の安定状態��築いているかもしれない。けど街を作るのは人。皆が次の安定状態に移行しているわけではない。あの日を抱えながら、抱えきれず時間を進めていたり、なかなか進めなかったりするのかもしれない。わからない。何を書いても僕にはわからないけど。でも災害以降、色々な変化を迫られ、そして抱いている情緒の移ろいもそれぞれ。ただそういった方それぞれの残している想いの記録や声をないものとして東京で時間をすごすのもなんか違う気がしている。からこそ時間が経ってもなお、誰かのアイデンティティとなる場所、想い出をかたどる地域、村、家がなくなっていく中で声という形で残そうとするものへまなざしを向けていくこと。耳を傾けることは僕にできることかもしれない。と思っている。
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tsukiyoluna · 6 years
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LGBTは子供できない。の嘘。
「LGBTは(全員)子供できない」って、その発言の人道的な問題は当たり前として、そもそもそれ、全然正確な事実じゃないよね??って素朴なつっこみをしたい。
L=体外受精で出来ることがある(国によっては卵子同士で出来る研究が進んでるとか)
G=精子提供など出来ることがある
B=上記2つに加え、異性との間に子供をもうける可能性も(人によっては)ある
T=身体のあり方、セクシュアリティも様々のため、上記3つの可能性どれかを持っていたり、重複する人もいる。
もちろん、バイオロジカルな子供以外に養子ということもあるし、またこれは少し複雑な話になるけど、
L自認やG自認でも、異性とのあいだで子供を持つ人も現実に居る。(理由は様々。)
LGBTと呼ばれる人たちの中に子供がいる未来を描き難い人が多いのは事実だと思う。
ただし、その要因は社会的なものが大部分を占める。(金銭面含む)
子供、子供と言うなら、LGBTQ含む多様な人、多様な家族が生きやすい社会にする方がずっと理に適ってるよ〜。と思う。
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shredderwastesnow · 1 year
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会社を辞めた理由
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2023年7月末、10年以上勤めた会社を退職した。 8月上旬から中旬は、去年の引っ越し後に手つかずになっていた段ボールの開梱と断捨離をしていた。必然的に段ボールの中の本も断捨離することになり、古書店に60冊ぐらい売った。
そして8月下旬から、短期留学でハワイに来ている。 語学学校に通いつつ、空き時間には観光もして、これまでの疲れを癒しつつ今後に向けてエネルギーをチャージしている。 (とは言っても最初の一週間は宿や学校などの不慣れな環境に馴染むことで手一杯だった……今週はもう少し穏やかに過ごさせてくれ……!)
会社には、退職の理由を、健康診断で視力が大幅に低下してしまい、翻訳チェックの仕事をずっとやるビジョンが描けないので……と説明した。視力は本当に下がっていたので、嘘ではない。 でも、実際にはもっと別の理由がある。上司に言って解消されるような内容ではないので、会社の人には言っていない。 ハワイ生活が軌道に乗り始め、ブログを書く余裕が出てきた今のタイミングで、会社を辞めた本当の理由をちゃんと振り返りたい。
本当の退職の理由は、以下の4つだ。
1) 「社員と非正規雇用」という歪な関係に疲れた
2) 自分に合った仕事を探す意欲が高まった
3) 経営陣が価値観をアップデートできていないことが辛くなってきた
4) 「父に認められなければ」というプレッシャーがなくなった
「社員と非正規雇用」という歪な関係に疲れた
3年前、部署異動することになった。配属先は女性だけの部署で、7人のうち社員は私を入れて2人、他5人はすべて非正規雇用(派遣か業務委託)だった。 私に割り振られた仕事は、その職場で2年以上働いているベテランの派遣さんが担当していた。私は社員として入社していたので立場としては派遣の人より上だが、その部署での経験という点では後輩という立ち位置だった。
ベテランの派遣さんは、ものすごく仕事のできる人だった。ミスをなくすという目標への執着が桁違いだった。これまでずっと英語関係の仕事をやってきたが、このレベルでミスを潰せる人に出会うのは7年に1度レベルだった。私たちが担当していた技術系の翻訳チェックをするには最適の人財だったと思う。
最初のうちは、自分だって英語を人一倍学んできたのだから、チェック作業のフローになれればそれなりのレベルでチェックできるようになるだろうと思って頑張った。実際に、チェックの精度は徐々に上がった。でも、ある程度の期間その仕事をする中で、努力ではカバーしきれない適正上の問題に直面せざるを得なくなった。
多分私は、仕事のどこかにクリエイティブな要素がないと楽しめない。正確さを追求するより、面白さとか独自の工夫を考える方が向いている(この部署に来て分かったことではあるけど)。チェックの仕事をしながら、「私よりこの作業に向いてる人がいるんだろうな」という気持ちになることが多々あった。 そして、ベテランの派遣の人は、ミスなく正確にタスクをこなすことを楽しいと思えるタイプなのではないかと思う。逆に面白さや独自性を求められると、この手の人はどうしていいか分からなくなる。
ベテランの派遣さん以外にも、こういう人が職場に数人いた。
でも、立場的には社員である私の方が権限を持っている。そのまま偉くなれば、私は非正規の人たちに指示を出すポジションに就く。私の方が経験も浅く、仕事ができなかったとしても。
そもそも、非正規雇用というシステムが非人道的すぎる。 非正規で働く人には有給が与えられず、給料を減らされたくない人は体調が悪くても無理して出社せざるを得なくなる。いつ契約が切られるか分からないので、ローンを組んで家や土地や車などの大きな買い物をすることも難しい。結婚して子供を持つことを諦める人もいる。正社員と同じくフルタイムで働いても、こういう状況にある人は多い。
仕事のできる派遣の人が隣の席にいる環境でずっと働いていると、この問題について嫌でも考えてしまい、仕事そのものとは別の疲労感に襲われる。 そして、どんな事情があったのか分からないが、そのベテランの派遣さんは月に半日程度しか休みを取らなかった。私は月に1.5~2日ぐらい休みたいと思っていたが、派遣さんより上の立場の人間が派遣さんより休むというのはかなり気が引けるため、気軽に休むこともできない。消化できない(そして今後も消化できる見込みのない)有給が、どんどん溜まってゆく。 このまま偉くなったらもっとしんどくなることが目に見えていたので、メンタルを病んだりする前に退職しようと決めた。
自分に合った仕事を探す意欲が高まった
2021年、私の書いた小説が、三田文學新人賞の佳作を受賞した。 小説は8年ぐらい書いていて、過去に色々な新人賞に3回出したものの結果が出ず、才能ないのかなー時間の無駄なのかなーと思いながらも気が向いた時に書くことを続けていた。 初めて賞を貰い、自分の作品が広く読まれたり、文学を生業にしている人からコメントをいただいたりしたことで、やっぱり私はクリエイティブな活動に向いている!と確信できた。
この経験を経て、文化・芸術方面の業界で英語を使う仕事を探そう、という気持ちが固まった。 私は文学や美術を専攻しておらず(専攻は経営・会計学)、その分野の職歴もないが、履歴書に「三田文學新人賞佳作」と書ければ、その手の求人にも応募しやすくなる。そして、親や周囲の人にも説明しやすい。
経営陣が価値観をアップデートできていないことが辛くなってきた
2017年に、反女性差別のキャンペーン「#MeToo」が世界中にインパクトを与え、フェミニズムやセクシュアリティ研究など旧来の家父長制を問い直す学問への関心が高まった。日本でも、昔は大型書店の奥の棚に数冊あるだけだったフェミニズムやセクシュアリティ関連の本が、#MeToo後には大型・小型書店の平台に並ぶようになり、少なくとも東京では空気が変わったのを感じる。
こうした変化に伴って私の意識も変わり、自分の職場にある理不尽な出来事や慣習が気になり始めた。
私の周りで、育児休暇や子育て目的の時短勤務をしている女性を沢山見た。 でも、勤め先にそういう男性は一人もいない。課長などの役職に就いている人が率先して育休や時短を活用すれば部下たちも同じことをしやすくなるのに、誰もやらない。
また、セクシュアルマイノリティへの想像力を欠いた制度にも違和感を覚えるようになった。 私がいた会社では、社員が結婚すると共済会から祝い金が出る。 でも、ゲイやレズビアンの社員が人生を共にするパートナーを見つけた場合については、何も書かれていない。社員数が1,000人を超えている会社なので、ゲイやレズビアンがいてもおかしくないのに。 最近は、同性カップルが結婚できないことで直面する困りごとについて、様々なメディアで報じられている。自治体によっては、婚姻関係に準ずるものとしてパートナーシップ制度を導入しているし、同性婚を合法化すべきという声も強まっている。 しかし、それでも、共済会のルールは変わっていない。同性パートナーシップの届けを自治体に出したと報告した社員には、結婚した社員と同額の祝い金を渡すなどのルールが加わる気配はなかった。
経営陣は、ドローンやAIなどのビジネスのトレンドについては、プロジェクトチームや勉強会を立ち上げて追いかけようとする。 一応、女性の働きやすさを促進する試みも行われてはいる(男性の育休取得増は達成できていないものの)。 それなのに、セクシュアルマイノリティをめぐる問題については、一切アクションを起こさない。何で?
私が定年まで辞めずに働くとしたら、あと20年この会社にいることになる。 経営陣を信頼できない状態で、20年も働き続けられる気がしなかった。
「父に認められなければ」というプレッシャーがなくなった
2020年下旬、父が亡くなった。 私は一人っ子なので、葬儀の準備や役所での手続き、遺品の整理などを、母と分担して進めた。父が亡くなった時点では私は一人暮らしをしていたが、母が実家の一軒家を売ってマンションに越すと言うので、私も同居することにした。
昨年の4月、一人暮らしのアパートから広いマンションに引っ越した。 荷造りを仕事と並行してやらなければならず、ずっと忙しかった。 転居から3ヶ月ほど経って、ようやく生活が落ち着いてきた。昔より広くなった部屋で、自分にとって父とは何だったのかをゆっくり振り返れるようになった。
父がいなくなって、これまでの私は、「父に否定されたくない」「父にいっぱしの人間として尊重してもらえるような生き方をしなければ」という気持ちで、人生の様々な決断を下してきたことに気付いた。
前の勤め先で、仕事が今一つ楽しめなくても10年以上働けたのは、父に対する意地があったからだ。 「私はそれなりの会社で真面目に働いて、高給とは言えなくてもそれなりの額を稼ぎ、一人暮らしできるぐらいの経済力がある。だから、私の人生に対して口出しはさせない」という意識が、私を支えていた。私の着るものや細かい行動に気が向いたタイミングで難癖をつけ、「���はお前より優位に立っているんだ」と定期的に示したがる父に対抗するためには、安定した仕事や経済的自立という拠り所がどうしても必要だった。
しかし、父の干渉を阻止して自由に生きるためにとった行動が、新たな不自由を生むことになった。 本当はもっと自分に合った仕事があるような気がしても、やりたいこと基準で転職して今より給料が下がれば、父は必ず文句をつけてくるだろう。そうなるくらいなら現状維持でいいや。そんな思考から、私は違和感を抱えながらも転職を決断できなくなった。 仕事だけではなく、父に何か言われるのが煩わしいという理由で、実家に帰る時に文句をつけられない服装を心掛けたりもした。何故そこまでしてやらなければならなかったのか? 思い返すと悔しい。
父がこの世からいなくなったことで、ずっと私を縛っていたものが失われた。 しがらみから解き放たれて人生を振り返り、私が無意識のうちに自分に課してきたものの大きさを思い知った。 人生の選択を自分の意思で下してきたと思っていたけれど、実際は仕事という人生の大きな要素を自分の純粋な欲求で決めていなかった。こうして言葉にしてみると情けない話だが、事実なので仕方ない。
だから、会社を辞めて短期留学をすることは、自分の人生を取り戻すための儀式でもある。 これからは自分に関する重要なことは自分で決め、それによって生じた失敗も自分で引き受ける。 何かあるたびに他人や環境のせいにして嘆くような、自分の人生を「生きさせられている」みたいな状態を、この辺りで終わらせたい。
今後について
今、この文章をホノルルの家具付きマンションで書いている。 会社や仕事に対する責任から解き放たれ、しがらみのない土地で過ごすという、前例のない体験をしている。 語学学校の授業は難しいところもあるが、落第が危ぶまれるほど深刻ではないので、まあ何とかなるでしょう。
短期留学を終えて帰国したら、1年ほど学生をやる予定だ。 1年間で学芸員過程や諸々の資格を取り、その後に転職活動をする。
ここまで文章を読んで、「こいつ30代後半なのにまだ『自分探し』やってんの?」みた��な感想を抱いた人もいるだろう。 確かに日本社会では、この年代の人間は結婚して家庭を持って子育てをしているのが望ましいとされている。 でも、私としては「たまたまこのタイミングだったので仕方ないんです」としか言えない。傍から見たら不可解かもしれないが、自分の人生を取り戻すためにどうしても必要なことだから、今やらざるを得ない。
そして、パートナーや子供がいないタイミングで人生を見直せてよかったとも思う。例えばローンを組んで家を買った後だったりしたら、その家に住んでいる人全員が私の自分探しに巻き込まれることになって、さらに大変になるだろう。 (もちろん、パートナーや子供ができた後に生き方を変える必要が出てくる人もいるとは思う。そういう人が別の可能性に挑戦するのが悪だとは思わないが、相手のキャリアが変わる前提で一緒になったわけではないパートナーや子供が納得しなかった場合、家庭という一つの拠り所が失われることも覚悟しなければならないわけで、今の私以上にリスクを負うことになる気がする。) あと、私の母が老後の資金を確保できていることにも感謝しかない。私が母を養う必要があったら、1年働かずに勉強することはできなかった。ありがとうございます。
書くべきことを書ききったので、これからの1年を有意義に過ごすという決意とともに、この記事を終わりにしたい。 まずは語学学校を修了すべく、目の前の課題をしっかりこなす。 そして、ホノルルで過ごす人生の夏休みを、全力で楽しむ!
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egawayan · 4 years
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Tumblr media Tumblr media Tumblr media
LGBTQ資料のコミュニティ・アーカイブ(拡散希望)
https://readyfor.jp/projects/lgbtq-archives
こちらのクラファンに
イラスト参加させていただきました
プロジェクトの詳細をひらく
を、タッチし
下〜の方にスクロールすると
イラスト参加された皆さんの
作品を閲覧できます
というか…
作風の被らなさΣ(゚Д゚)凄っ
自分の場合
漫画家歴はそれなりに長いけど
実はイラストって
どう描いていいかわからなくて
苦手意識強いんですよね
でも
お声がけいただいた時
貴重な資料が、ずうぅ〜っと
無くならないよう
収集・保存・管理しつづけられたら
自分もとても嬉しいし
このプロジェクトに
ワシを推したいと
思ってくれる方がおることも
すんごく有難いなぁと思い
「これを引き受けなくて
どうする(๑•̀ㅁ•́๑)✧」
…と、いうことでなんとか描き上げた
のでした
自分的には
(まだまだ問題はあるにしても)
ランドセルと制服の選択肢が
こんなふうに増えることは
子ども時代には考えられない
ことだったということもあり
「何をどう描こうか」…の
取っ掛かりとして
ワリとすぐ浮かんだので
苦手意識があるなりに
思ったほど難航せずに済みましたε-(´∀`*)ホッ
あ、クラファン締め切り日
ワシの誕生日ですやん(*>_<*)ノ
ということで
協力頂けたら嬉しいです
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gekkohotal · 8 years
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Tumblr media Tumblr media
2016年1月13日
新宿二丁目で下記周知活動が始まりました。
セクシュアルマイノリティ・LGBT労働相談やってます! 
これからも不定期に行われるようです。
些細だと思うことでも、電話やメールで話してみてください(連絡先は上記リンク記事内)。
それは実は社会全体の問題であったり、
他の誰かの痛みでもあったりするものです。
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emily-et-tommy · 4 years
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生まれてはじめて言葉にする、私の恋愛に対する感覚についての話ーアセクシュアリティのことー
「私って”アセクシュアル”だったんだ。」これまでずっと自分だけのものとして曖昧に受け止めてきた自分の恋愛や性愛に対する感覚や感情が、客観的に分類され、定義付けされうるものであることを、私は29才の今になってはじめて知った。
 そのきっかけとなったのは、昨年末から今年の初めにかけての、一連の映画体験と読書体験だった。私は年末、友人から勧められ、自分でも気になっていた『燃ゆる女の肖像』という映画を観に行った。この作品は、端的に言うと、出会ったばかりの二人の女性が、日々共に時間を過ごす中で対話や交流を通して互いに心を通わせ、徐々に惹かれ合ってゆく物語なのだが、私はこの作品を観て「私はやっぱり女性に恋愛感情や性的欲望を抱くわけではないんだな」と、突然はっきりと自覚することになった。
それまで私は、子供の頃から異性への恋愛感情を強く持ったことがなく、むしろ同性である女性の芸能人ばかりに熱烈に惹かれ応援しているようなところがある人間だったので、「もしかしたら私は女性が好きなのかもしれない」と、自分のセクシュアリティに曖昧さを抱きながらずっと生きてきた。けれども、この映画を通してはじめてちゃんと女性同士が恋愛的に惹かれ合い求め合ってゆく姿を目の当たりにしたことで、それが自分が必要としているものでも、自分に起こりうる感覚や感情でもないということを、明確に理解したのだった。
そして同時に、自分の中で「私は同性愛者であるかもしれない」という一つの可能性が消えたことで、それまでフェミニズムやジェンダー関連の本を読む中で時々見かけてきた「アセクシュアル」や「アロマンティック」という言葉が、ふいに頭に浮かんできた。すぐにオンライン書店で「アセクシュアル」という言葉を検索し、唯一出てきた『見えない性的指向 アセクシュアルのすべてーー誰にも性的魅力を感じない私たちについて』(明石書店)(以下、『アセクシュアルのすべて』)という本を取り寄せた。
読み始めてみると、そこに書かれていることの一つ一つがあまりにも「そう、それそれ!」と思うことばかりで、私は正真正銘「アセクシュアル」なのだとわかった。
 ほぼ時を同じくして読んだ、大前粟生さんの『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』という小説も、その確信をさらに強くさせた。表題作の「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」の主人公である七森という男の子は「ひとを友達として好きという気持ちはわかる。恋愛対象として好き、というのがわからない。」という思いを抱えながら大学生活を送っているのだが、彼の感覚や思考は、まさにほとんどそのまま、学生時代や今の私そのものだった。その物語の中でも、解説や帯でも、七森がアセクシュアルだなんてことは一言も書かれていない。でも彼の恋愛に対する感覚は、まさしくそれでしかあり得ない、と思った。
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 アセクシュアルとは「誰にも性的に惹かれない人の性的指向」であり、アロマンティックとは「誰にも恋愛感情を抱かない人を指す恋愛指向」のことを指す。アセクシュアル(誰にも性的に惹かれない)であることとアロマンティック(誰にも恋愛感情を抱かない)であることは別の問題で、アセクシュアルでも他人に恋愛感情を抱いたり、恋愛関係を築きたいと思う人(ロマンティック)もいれば、アセクシュアルで��ロマンティックの人も存在する。
ロマンティック指向にも様々な種類があって、異性や同性に恋愛感情を抱く人がいるのはもちろん、めったに恋愛感情を抱かないものの、感情的に親密になった人にだけ恋愛感情を抱くことのある(外見などでの一目惚れはしない)「デミロマンティック」や、アロマンティックとロマンティックの中間の曖昧なロマンティック指向を持つと自認する「グレイロマンティック」など、かなり多様な種類やグラデーションがあるらしい。(『アセクシュアルのすべて』にはとても詳しく丁寧にセクシュアリティやロマンティック指向について書かれているので、気になる方はぜひ読んでみてください。)
ちなみに私は今のところ、自分のことをアセクシュアル(誰にも性的魅力を感じない)・グレイロマンティック(かなり希薄だが、恋愛感情を感じることがある)だと認識している。
 大学生の頃に、ゼミでの活動や学びを通して自分の考えや思いを言葉にする術を獲得してから、私はSNSを通して割とあけすけに、自分の好きなものや、自分が見たり読んだり経験したことについてたくさんのことを言葉にしてきたけれど、「恋愛」に関してだけは、ほとんど口を閉ざしてきた。恋愛に関しての友人との会話の中で、自分と同じ感覚を持った人の話は聞いたことがなかったし、今まで読んだり見たりしてきたどんな漫画や小説、ドラマ、映画にも、自分と近しい恋愛や性愛についての感覚を持った人物は登場してこなかった。だから、「恋愛の好きがわからない」という自分の感覚は、誰かに話していいものなのかもわからなかったし、話しても、心配されたり、信じてもらえなかったり、変だと思われるかもしれないと思うと、自然と、自分から進んで恋愛に関することを口にすることはなくなっていった。
でも、「アセクシュアル」という言葉や概念の存在を知った今、私はようやく、「ああ、私がこれまで抱いてきた感覚や感情は、決して私一人だけのものではなく、この世にちゃんと存在している、誰かと共感し合えるものだったんだ。だから、もっと堂々と言葉にしてもいいんだな。」とはじめて思うことが出来た。
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 思い返せば10代の頃から、私は恋愛感情の「好き」があまりよくわからない、と思いながらずっと生きてきた。小学生の頃や中学生の頃は仲の良い男友達もいて、「好きな男の子」という存在もいちおういた。中学三年の時、一緒に話していてすごく楽しい、一番仲の良いクラスメイトの男友達のことを「好き」なのだと思って自分から告白して付き合ったことが一度だけあったけれど、付き合い出してしばらくして、自分がその子に対して抱いていた「好き」という感情は、世間一般でいう恋愛の「好き」とは違うものなのだと気づくようになった。自分の中で、彼に対しての気持ちが恋愛としての「好き」ではないのだという思いが日増しに大きくなっていく一方で、彼の中では恋愛としての「好き」の感情が大きくなっていくのを感じて、居心地の悪さと申し訳なさでいっぱいだった。
元々人として大好きな友人であり、自分から告白した手前、なかなか別れを切り出せずにずるずると半年ほど付き合っていたものの、もう恋人として付き合っているのは限界だと感じて何とか「別れたい」と告げた時には、彼を傷つけて泣かせてしまい、その時私は「もう誰かに軽々しく好きと言ったり付き合ったりするのはやめよう」と心に誓った。
 高校生の頃も、文化祭で知り合って親しくなった、地元が一緒の他校の男の子と、放課後に会って公園のベンチでお互いの共通の趣味や部活の話をしたり、好きな音楽のCDを貸し合ったり、休日にカフェで一緒に勉強したり、二人で遊びに行ったりと、はたから見たらほとんどデートのようなことをしていたこともある。私には、彼と一緒にいて楽しい気持ちや居心地の良さ、好ましさは感じても、それが恋愛の「好き」なのかどうかはやっぱりわからなかった。そして、手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか、その先に進みたいとか、そういう感覚や感情についてはもっとわからなかった。
 その男の子は私のことを恋愛感情として好きでいてくれて、高校の三年間の間に三回も告白してくれたのだけれど、恋愛の「好き」の気持ちがわからない私は、どうしても彼と「付き合う」ということに踏み切ることが出来ないまま年月が過ぎ、いつしか彼とは疎遠になった。付き合うことはしないのに会い続ける関係性を、女友達から「残酷だ」と言われたこともあった。
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 私の中には、恋愛感情の「好き」という気持ちや、誰かに性的に魅力を感じるという感覚が、ほとんど存在していない。友達に感じる、一緒にいて楽しいとか嬉しいとか、大切だな、好きだな、愛おしいなと思う気持ちと、家族に対しての愛情や素のままの自分をさらけ出すことの出来る居心地の良さや安心感、そして眩しく輝いている同性の芸能人の女の子たちの存在とその魅力に強く惹きつけられる気持ち。私が人に抱く「好き」の感情は大きく分けてその三種類しかなくて、それは30歳を目前にした今でも変わらない。
「恋愛の好きがわからない」、「これまで一度も盲目的に好きになるような恋をしたことがない」、「恋愛や異性にあまり興味がない」という話をすると、過去に何か嫌な経験やトラウマがあると思われたり、同性が好きなのかと思われたり、”まだ”本当に好きな人に出会っていないのではないかと思われることが多い。実際、私は物心ついてから大人になるまで、男性芸能人には一切興味がなく、女性芸能人しか好きになったことがないので、「私はもしかしたら女性が好きなのかもしれない」と思っていたこともあるし、”まだ”みんなのように心から好きだと思う人に出会っていないだけなのかもしれない、と思っていたこともあった。
 でも、以前She isで書かせてもらった、眩しい世界で活躍する同性の女の子たちに強く惹かれる気持ちを綴ったエッセイ(https://sheishere.jp/voice/201802-emily/)にも書いた通り、私は強い気持ちでアイドルやモデルや女優として輝く魅力的な女の子たちに尋常ならざる「好き」の気持ちを持ち続けてきたものの、それが恋愛感情や性的な感情であったことは一度もなかったし、どんなに大好きで大切に思う女友達のことも、恋愛や性的に惹かれると言うまなざしで見つめたことは一度たりともなかった。
 そして、10代後半から20代を経て、30代を目前に控えた今になっても、物語の中や世間一般の価値観として幾度となく触れてきた、恋愛感情を伴った「好き」という気持ちを、私は誰か特定の人に対して抱くことは出来ていない。20代前半の頃までは”まだ”そういう人に出会えていないだけなのかもしれないという気持ちがうっすらとあったけれど、もうここ数年は「私はきっとそういう感情を抱かない人間なのだ」と思うようになっていた。
それでも、やはり他に同じような感覚を持つ人に出会ったことがなかったので、私はなんだか煮え切らないような、曖昧で漠然とした不安や心許なさのようなものをずっと抱えていた。
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 ご存知の方もいると思うが、私は去年の夏に、約5年交際し、3年ほど一緒に住んでいた7歳年上の男性のパートナーと結婚した。彼とは以前勤めていた会社で出会い、二人でご飯を食べに行ったり飲みに行ったりしているうちに、付き合うようになった。彼に対して明確な言葉でそう伝えたことはないけれど、私は出会った頃から今まで、彼に対してもやはり、恋愛的な意味で強く「好き」と思ったことはない。彼の存在は、私にとって「恋人」というよりも「家族」がしっくりくるものだ。 
 はじめて仕事終わりに二人で飲みに行った時から、私は彼と一緒にいると、普段のままの素の自分でいられたし、緊張したり会話が弾まなくなったりして気まずくなることもなかった。彼と出かけるのは楽しかったし、一緒にいるのは安心出来て、とても居心地がよかった。お互い、特別趣味や興味関心が大きく一致しているというわけでもないけれど、お互いの好きなものを押し付けたり否定したりすることなく、干渉しすぎず、尊重し合え、素の自分でいられ、生活面でも無理なく協力し支え合える関係性が心地良いと思っている。
それでも、彼は私と同じアセクシュアルなわけでなく、最も一般的なシスジェンダー(性自認が生物学的な性別と一致している)・ヘテロロマンティック(異性に恋愛感情を抱く)でヘテロセクシュアル(異性に性的魅力を感じる)の男性なので、私のような恋愛・性的志向を持つ人と一緒にいることをどう思っているのか、彼のことを傷つけてしまっていないか、不安に思わないわけではなかった。
さらに、これまでの人生で触れてきた様々な物語やエピソードの影響によって、結婚とはどこか「この人しかいない!」という運命的な強い感覚や感情を伴うべきものであると思っているところのあった私は、彼と結婚することを何を根拠に決意していいのか、ずっと逡巡していた。学生時代の友人や、同世代の会社の同僚たちが次々に結婚し、自分も結婚に向けて進んでいく中で、世の中の人たちは、一体何を決め手に結婚に踏み切っているのか、切実に知りたいと思ったりもした。
でも、自分がアセクシュアルであると明確に理解することが出来た今は、結婚することの根拠を、必ずしも恋愛・性愛的な感情の強さに求めなくてもいいのだと思えて、今のパートナーと結婚することに決めたことを、これでよかったのだと素直に納得することが出来るようになった。
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 統計によると、アセクシュアルの性的指向を持つ人は、人口の中で1%にも満たないらしい。それを知って、道理でこれまで生きてきて、ほとんど誰にも理解されないし、物語の中にも出てこないし、同じような感覚を持つ人に出会えなかったわけだ、と納得した。
『アセクシュアルのすべて』の中でも詳しく書かれているけれど、アセクシュアルの人は誰かに対して性的に惹かれるという感覚を持たないため、「ない」ものを他人に証明したり可視化したりすることが難しく、また、本人ですら気づきづらく、明確にそうであると断定することが難しい。だからずっと存在しないものとされ、透明化されてきた。
私自身は正直、アセクシュアルであることを、これまでの人生でそれほど深刻に思い悩んできたわけではない。「自分は普通の人と違うのかな」「恋愛感情が欠落しているのかな」と思ってもやもやすることはあったし、自分と同じ感覚を持つ人たちがドラマや映画、漫画の中にほとんど登場しないことに、��し心許なさや物足りなさを感じたり、世の中のあれこれが恋愛や異性愛を中心に回っていることに違和感を抱くことはあった。でもそれ以上に、学校生活や仕事や友人と過ごす時間、様々な趣味の存在によって、私の日々や心はとても充実していたし、何不自由なく楽しく、満たされてもいた。
 それでもやっぱり、アセクシュアルという性的指向が、他者に恋愛的・性的に惹かれない人がいるということが、世の中で当たり前に認められていたら、「自分は普通じゃないのかな」と思い悩まなくてもよかったし、他人から「恋愛しないともったいない」とか、「もっと恋愛した方が魅力的になるのに」などという余計で的外れなアドバイスをもらわなくて済んだかもしれないと思うし、不当に傷つけられることなく、否定することなく、もっとありのままの自分で生きやすくなる人が多くなるはずだ、とも思う。
 何もアセクシュアルを、この世界の性的指向の中心やスタンダードとみなしてほしいとか、過度に注目して話題にしてほしいと思っているわけじゃないし、腫れもののように扱ってほしいわけでもない。ただ、いつまでも「ないもの」「見えないもの」として無視し続けないでほしいし、「普通じゃない」とか「おかしい」だなんて思ったり言ったりしてほしくない。とにかく、異性や同性に恋愛的・性的に惹かれる人がいるのと同じく、誰にも惹かれない人がいることが、当たり前に認められてほしいだけなのだ。
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 ここまで私の個人的な経験や感覚をもとにこの文章を書いてきたけれど、ここではっきり言っておきたいのは、私が語ってきたアセクシュアリティはあくまで”私の”アセクシュアリティでしかない、ということだ。一番のマジョリティであるヘテロセクシュアル(異性愛)だって、誰のどんなところに惹かれるのか、は当然人によって千差万別だ。それと同じで、同じ「アセクシュアル」を自認している人でも、そのディテールは人によってかなり大きく異なるし、様々なグラデーションがある。
例えば、アセクシュアルというと「誰にも性的に惹かれない=性欲がない」と思われがちだけれど、実際には、まったく性欲がない人もいれば、他人に対して性的魅力を感じたり性的欲望が向いたりすることがないだけで、性欲自体はある、という人も多い。
映画や漫画などの物語にしても、恋愛を描いた物語に全く共感出来ず、つまらないとか苦痛だと思うアセクシュアルの人もいれば、ラブストーリーを物語として見たり読んだりするのを積極的に好んで楽しむ人もいる。
アセクシュアルでも、結婚したり共に生きるパートナーが欲しいと思う人や、子供を産み育てたいと思う人だっているし、そうじゃない人もいる。
 私自身は、子供の頃から今まで、恋愛ものの漫画や小説を読んだりするのは好きな方だし、性的な描写が強い作品もむしろ楽しんで読んでいるくらいだ。主人公の抱く恋愛感情や関係の機微に共感して胸が苦しくなったり、きゅんとしてたまらない気持ちになったり、興奮したりすることも多々ある。友人の恋愛話を聞くのも、いつだって楽しい。
それでも、物語の中では擬似的に感じたり共感したりすることもあるその感情や感覚を、私が現実の世界で生身の他者に対して抱くことは(ほぼ)ないのだ。
 そして、私はアセクシュアルだけれど、異性のパートナーと結婚して家族になることを選んだし、将来的には子供を産んで育てられたらいいなと思っている。結婚や子供を産み育てることに対する願望は、自分の中では子供の頃から、あまり違和感なく存在するものだった。
 これらのことについて、「そんなの矛盾しているじゃないか」と思う人もいるかもしれない。それでも私は「そうだからそうなんだ」としか言えないし、それは性別もセクシュアリティも人種も関係なく、みんな一人一人が違う人間なのだから、当たり前にそれぞれ異なる指向や価値観や好みを持っているということに他ならない。
 これまで、私は自身のセクシュアリティに曖昧さを抱えながら生きていたので、LGBTQ+に関してもずっと漠然とした当事者意識を持っていた。そして今回アセクシュアルであると自覚したことによって、私は本当に当事者であり、セクシュアルマイノリティだったんだな、と改めて気づくことになった。
自分の曖昧だった感覚や感情が、客観的に言葉や概念で定義し、誰かと共感し合えるものであると知った安堵の気持ちと、「マイノリティ」として括られてしまうことへの怖さや心許なさを同時に感じて、カテゴライズする/されることのメリットとデメリットの両方を、初めて自分のものとして実感出来るようになった気がしている。
 アセクシュアルを自認してから、改めてアセクシュアルについて書かれた書物や作品や物語などを探そうと少しずつ試みているものの、それらは驚くほど少なくて、なかなか思うように見つけることは難しい。
これまで29年間、自分自身ですらはっきり認識出来ず、じっくり向き合って言葉にしてあげられていなかった思いや経験が溢れんばかりに自分の中にあったので、この文章は随分と気が遠くなりそうなほどに長くなってしまった。けれどもこれまでずっとほとんど可視化されず、語られてこなかったことだからこそ、これからは出来るだけたくさん、丁寧に言語化していきたいと思うし、それによって少しでも、誰かが一人じゃないと安心したり、気づきや光を感じたり出来たらいいなと思っている。
 女友達から「〇〇って本当に女を使わないよね」と言われたことも、年を重ねるにつれ、(恋愛対象や性的対象として見られる可能性が高いと感じていたから)異性とどこか距離を置いてしまいがちになっていたことも、生まれてから一度もモテを意識したことがなかったことも、学生時代、音楽を聴いたり歌ったりすることが好きだったけど恋愛のことばかり歌う歌詞が多くて全然共感出来なかったことも、「女」としてじゃなく「人間」として見てほしいと思っていたことも、どうしてみんな、そんなに簡単に他人に身体を見せたり開いたりすることが出来るのかわからないと感じていたことも、自分がこれまで抱いてきた様々な感情や取ってきた態度や行動が、すべてアセクシュアリティからくるものだったとわかって妙にしっくりきたし、深く納得することが出来た。
フェミニズムの思想を大切に感じるようになったのも、アセクシュアリティとの親和性の高さが理由の一つでもあったのかもしれないと、今となっては思う。
「私ってアセクシュアルってやつみたいなんだよね」と、『アセクシュアルのすべて』を見せながら内心恐る恐るパートナーに打ち明けた時、「自分のことがもっとよくわかるようになってよかったね」と彼が言ってくれたことが、私はとてもうれしかった。だって私自身も、まさしくそう思っていたから。
 私自身、アセクシュアルを含むセクシュアリティやジェンダーについてはまだまだ学び始めたばかりで、きっと理解や認識が不十分で不完全な部分も多い。これまで自分自身のことはもちろん、自分とは異なるセクシュアリティや恋愛指向を持った人への理解も、同じように全然足りていなかったと思う。
だからこれからは、自分のためにも他の誰かのためにも、もっとセクシュアリティやジェンダーについて学びを深めていきたいし、丁寧に考え、対話し、言葉にして、”もっとよくわかる”ようにしていきたい。
そのための一歩として、この文章を、私自身とこれを必要とするかもしれない”誰か”へ、捧げたいと思います。
2021.03.14
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