Vol.156 あるの?ないの?妊娠目的での乳がんホルモン療法中断の再発リスクへの影響
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【記事1】術後療法の価値を何で判断すべきか?肺がん領域の現在最もホットな議論とは
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12月初めに肺癌学会の学術集会に参加してきました。
その中で、一番熱い議論が交わされていたセッションが、”緊急企画”「術後補助療法EGFR-TKI」です。
この企画の背景あるのが、オシメルチニブ(製品名タグリッソ)という抗がん剤の、EGFR変異陽性非小細胞肺がんの術後療法としての適応の取得です。
■「アストラゼネカのタグリッソ、早期EGFR変異陽性肺がんの術後補助療法として適応拡大」(アストラゼネカ株式会社)
EGFR遺伝子変異陽性は、非小細胞肺がんの40%程度を占めると言われており、このタイプの肺がんに特異的に効果のある抗がん剤が、EGFR-TKI(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)と呼ばれるものです。
EGFR-TKIの第一世代としてゲフィチニブ(製品名:イレッサ)という薬がありまして、がん細胞の遺伝子変異に応じた治療(=個別化医療)の先駆けとなった薬剤です。
(発売当初は薬害騒ぎで大きなニュースになってしまったので、そちらで記憶されている方も多いかもしれませんが…)
イレッサ等のEGFR-TKIの第一世代や後続の第二世代は、再発・進行症例に対する効果は抜群なのですが、早期EGFR陽性肺がんの術後療法として決定的な再発予防効果を示せたものはありません。
オシメルチニブ(タグリッソ)はEGFR-TKI第三世代で、再発・進行症例では第一世代より優れた効果を示して標準治療となって��ますが、術後療法でどうかを検証したのが、ADAURA試験です。
この試験の第2回解析がESMO2022(欧州臨床腫瘍学会)で発表され、主要評価項目であるStage II/IIIAのDFS(無病生存期間)中央値で、オシメルチニブ群65.8ヵ月vsプラセボ群21.9ヵ月(ハザード比0.23)と、圧倒的な差で有効性の優位性を示しています��
ADAURA試験に基づき、欧米のガイドラインでは既に明確に推奨されているのですが、この度、日本では承認はされたものの最新のガイドライン上で「推奨不能」という扱いとなりました。
これが、どのような議論の末そのような判断になったのか、レビュー&討論の機会が学術集会の中で緊急に設けられた、というのが冒頭の緊急企画です。
色々な論点が示されていましたが、きっちり推奨されなかった一番の要因は、OS(全生存期間)上でのベネフィットがまだ明確ではない、という点です。
OS(全生存期間)は、ADAURA試験でも副次評価項目になっているので、今後フォローアップの結果は出てきますが、当然ながら数年単位の時間はかかります。
では、本当にDFS(無病生存期間)ではなく、OS(全生存期間)を術後療法の効果指標のゴールデンスタンダードと考えるべきなのか?、というのが私が議論を通じて感じていた疑問です。
ここに対して良い示唆となる論考がちょうど出てきたので、要旨を長文ですが紹介したいと思います。
■"You're Cured Till You're Not: Should Disease-Free Survival Be Used as a Regulatory or Clinical End Point for Adjuvant Therapy of Cancer?”「完治していないとされるまでは完治:癌の術後療法の承認上/臨床上のエンドポイントとして、無病生存率が使用されるべきか?」(Journal of Clinical Oncology)
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術後療法が治癒をもたらす可能性があるということが、この議論の本質です。治癒目的で手術を行った後、その後のフォローアップ期間中、その患者は治癒とみなされ続けるか、再発を経験するかになります。従って、患者の観点からは、再発するまでは治癒している可能性がある。進行がんの場合、患者の関心はいつまで生きられるかにありますが、術後療法の場合、患者の関心はむしろ治癒の可能性、すなわち再発/再燃のない生活を続けられるかどうかにあります。このような観点から、患者の立場からは、術後療法におけるエンドポイントは、治癒が最も重要で、次にDFS、そしてOSが続くと考えるべきです。臨床医としては、患者さんにとってDFSとは、無病息災(つまり、治癒した状態)で、長期的に治癒への期待を意味することを理解する必要があります。ある意味、DFSは治癒のサブカテゴリーで、身体的、心理的、社会的な生存やQOLの基本的な側面と密接に関係しています。このような理由から、術後療法や術前療法の研究において、DFSはOSよりも重要ながんアウトカムであると我々は考えています。
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私もこの論旨に全面的に賛成で、なるべく早期に日本の肺がんガイドラインも見直しが入ることを希望します。
最後に3点ほど。
まず、学術集会の中でこうしたセッションを設けられたこと自体、大変素晴らしいことと感じました。議論が密室のみで行なわれるのではなく、堂々と戦わされるのは学会としての健全性を示しています。
2点目は、ガイドラインの改訂タイミングが2年に1回とか3年に1回という「今までのやり方」は、現代のがん治療の進展速度を考えると、変えていく必要があるというものです。
確かに、ガイドライン作成には多大な労力がかかるでしょうが、書籍の発行ペースを基準にしているから上記のようなやり方になっているのであって、Web上でもっとタイムリーな対応をしていかないと、「ガイドライン」の存在意義自体が問われかねません。
最後に、本セッションに患者さんの立場の方が不在だったのは勿体無かった、ということは声を大にしたいです。そもそも、ガイドライン作成の場に患者さんも入っているべきではないのかなと。
DFSやOSが患者さんの人生にとってどのような価値や意味があるのか、という観点は、患者さんが一番の当事者な訳ですから。
肺癌学会は、患者さんとの協働という意味で先進的な取り組みをしている学会と認識していますので、こうしたセッションに患者さんが参加できるよう、今後の善処を期待したいです。
※本項執筆時点(2022年12月26日)で、筆者はオシメルチニブに関して、特筆すべき利益相反はありません。
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【記事2】あるの?ないの?妊娠目的での乳がんホルモン療法中断の影響
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乳がんは比較的若年で罹患する可能性が高いがんであり、その約7割は「ルミナール」と呼ばれるホルモン陽性(HER2陰性)と呼ばれる、女性ホルモンによって増殖するタイプです。
このタイプの乳がんは、術後5年や10年といった長期間に渡って、女性ホルモンを抑制する「ホルモン療法」を行なうのが標準治療となっているのですが、治療中は薬による催奇形性(胎児への悪影響)があるため、避妊が必要とされています。
従って、妊娠出産を希望される方は、治療を中断する必要があるのですが、その場合再発リスクが増えるかもしれないという恐れと向き合わなければならず、難しい判断を迫られる状況が続いていました。
そこで、一定期間治療を中断し、妊娠出産をトライした場合の治療効果への影響を検証する国際共同臨床試験「POSITIVE試験」が企画され、その初の結果発表が、先日SABCS(サンアントニオ乳癌シンポジウム)でありました。
■「妊娠を希望するHR陽性乳癌女性に内分泌療法を中断しても3年再発リスクは高くならない可能性【SABCS 2022】」(がんナビ)
「対象は、術後内分泌療法を18-30カ月受けたI-III期HR陽性乳癌で、再発したことのない、妊娠を希望する閉経前の42歳以下の女性。登録前1カ月以内に術後内分泌療法を中断しており、3カ月間のウォッシュアウトを含め、内分泌療法を最長2年まで中断した。妊娠、出産、授乳後は、5-10年間の術後内分泌療法を完了するため、内分泌療法を再開することが強く推奨され、その後、長期経過観察が行われた」
わけですが、結果、3年時点のBCFIイベント発生率(再発と同義と考えてください)は8.9%で、これは他試験で同様の患者背景でホルモン療法を中断しなかった場合の発生率と同等、となりました。
3年時点のBCFIイベント発生率ということで、比較的短期間ではありますが、妊娠を試みるための内分泌療法の中断は再発リスク上昇には繋がらないことが示されたわけです。
妊娠を希望する患者さんにとって「再発リスクが増えるかもしれないという恐れ」が軽減されるという意味で、目に見えない価値が非常に高い、素晴らしい試験結果だと思います。
本試験は前述したように「国際共同」臨床試験で、世界各国から517人が参加していますが、日本からも62人参加しており、日本での臨床上でも十分応用可能な試験結果と言えそうです。
本試験参加者の詳細内容を知りたい方は、↓をご参照ください。
■"Who are the women who enrolled in the POSITIVE trial: A global study to support young hormone receptor positive breast cancer survivors desiring pregnancy”「POSITIVE試験に登録された女性とは:妊娠を希望するホルモン受容体陽性の若年乳がんサバイバーを支援するための国際共同研究」(ScienceDirect)
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