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#各務原市役所前
kennak · 4 months
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1 制度の創設 我が国では、国民皆保険制度の確立によって、自らが選択する保険医療機関で必要な医療を受けることができます。 この制度は、現在では広く社会に浸透し、皆様の生命と健康に対する安心を確保するために不可欠な社会基盤となっています。 国民皆保険制度の根幹を支える国民健康保険制度については、昭和13年7月の旧国民健康保険法の施行により、その基礎が創設されましたが、当時は保険者の設立や加入が任意であったことから、無保険のかたが多く存在しました。 一説によると、国民の約3分の1に当たる約3千万人のかたが無保険であったとのことです。 その後、国の政策により国民健康保険は、終戦まで一定の拡大が図られました。 終戦直後においては急激なインフレ等によって、国民健康保険制度は制度破綻の危機に直面していた時期もありましたが、日本経済の復活や保険診療の急速な増加に伴い、数度の国民健康保険法の改正を経て、現在の国民皆保険制度が構築されました。 昭和13年7月 旧法による国民健康保険 施行 任意の国保組合と非営利社団法人が運営 昭和23年7月 旧法による国民健康保険 第3次改正 国保は原則として市町村が運営(任意) 昭和28年4月 国保に対する国庫負担を初めて予算化 療養給付費の2割 昭和34年1月 新(現行)国民健康保険法 施行 国保は原則として市町村が運営(義務) 昭和36年4月 大都市における国民健康保険の実施により国民皆保険体制が実現 2 拡充期 新法の施行後においては、高度経済成長を背景とした社会保障政策の充実により、「医療の質のさらなる向上」や「患者負担のさらなる抑制」を図り、以降、次の改正を行い、国民健康保険制度の発展と拡充を続けてきました。 昭和37年4月 国庫定率負担 20パーセントから25パーセント 昭和38年9月まで 一部負担割合 5割 昭和38年10月 国保世帯主の一部負担割合引き下げ(5割から3割) 昭和41年6月 国庫定率負担 25パーセントから40パーセント 昭和43年1月 国保世帯員の一部負担割合引き下げ(5割から3割) そして、昭和48年1月、老人福祉法の一部改正により、70歳以上のかたの医療費自己負担が制度上無料(国と地方の折半で全額負担)になりました。 3 見直し期 高度経済成長は、昭和48年の第1次オイルショックをもって終わりを告げ、日本経済が安定成長期に突入したことで、インフレに対応した給付水準とするための改定が行われました。 昭和58年2月には老人保健法が施行され、70歳以上のかたの医療費自己負担が復活しました(定額方式)。 70歳以上という限定があったにせよ、「老人医療費無料化」制度は、他のどのような福祉サービスを活用するよりも安価であったため、利用者が急増し、「病院のサロン化」や「社会的入院」といった状況を生む結果になりました。 また、農家等の家族従業者や自営業が減少し、被用者保険の加入者が退職後に国民健康保険に移行したため、国民健康保険は高齢者の加入率が被用者保険に比べて高くなっていきました。そこへ老人医療費が急増したことにより、国民健康保険の財政状況は非常に厳しくなりました。 それ以降の医療保険制度は、 国民皆保険(すなわち国保)の維持 そのための患者負担の確保 老人医療を何とか維持するための財政調整制度の整備 のため改正に追われ、そのたびに複雑な制度に変化していくこととなります。 4 再整備期 老人医療費が急増する中、社会保障制度の持続可能性の確保を図るため、高齢者のかたへの医療は、様々な改革が行われることとなります。 昭和57年には、国民健康保険財政の負担軽減のため老人保健法が制定され、翌年には老人医療費の一部負担が導入されます。 バブル経済崩壊後、経済状況の悪化等により保険料収入は伸び悩む一方で、高齢化に伴い医療給付費は伸び、医療保険財政は大幅に悪化しました。そして高齢者医療制度は、自己負担の段階的引き上げや、老人保健法の対象年齢の70歳から75歳への引き上げが行われました。 しかし、従来の老人保健制度は、医療費を各保険者からの拠出金と公費、老人の患者自己負担で賄われており、現役世代と高齢者の保険料の区分がされていない等、財政運営の責任が不明確であること等が問題点として指摘されていました。 そこで、現役世代と高齢者の費用負担の明確化および財政の安定化を図る観点から、平成20年4月から老人保健制度に代わる後期高齢者医療制度が実施されることになりました。 このような背景から、柏市では、平成20年度に国保の保険料引き下げを行いました。 しかしながら、予想外の景気回復の遅れと前期高齢者加入者数の増加により、平成21年度には早くも柏市の国保は運営困難となり、平成21年度からは県からの借金を余儀なくされた上、平成22年度は保険料を引き上げざるを得ない状況に至りました。 5 広域化 平成24年に成立した社会保障制度改革推進法に基づき設置された「社会保障制度改革国民会議」において、年金・医療・介護・少子化対策の各分野の改革の具体的方向性が議論され、平成25年8月に報告書がとりまとめられました。 これを受け、平成29年度までを目途に、「国保の運営業務について、財政運営をはじめとして都道府県が担う」(広域化)ことが閣議決定されました。 そして、平成27年5月27日に成立した「持続可能な医療保険制度を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律」により、平成30年度から国保は広域化されました。 これまでの国保では、全国的に「1.被保険者の年齢構成が高く医療費が増え続けている。」、「2.所得の低い人が多く保険料(税)の負担が重い。」及び「3.小規模な市町村では国保の財政運営が不安定」という課題を抱えていました。 この度の広域化は、国保制度を持続可能なものとするために行われたものです。 今後も被保険者の皆さんに必要な医療を確保していくためにも、次のことについてご協力をお願いします。 保険料は、納付期限内にご納付いただくこと。 医療費を節約するために重複受診をしないことやジェネリック医薬品を希望していただくこと。 特定健診(無料)を毎年受診し、健康を保持・増進していただくこと。 6 まとめ 日本の国民皆保険制度は、世界に冠たる相互扶助の制度であって、その根幹を国保が支えています。 引き続き、本市国保運営にご理解とご協力をくださいますようお願いします。
国民健康保険「こくほの歴史」 | 柏市
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hangorin · 8 months
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2023反五輪重大ニュース!
毎年、年末に段ボールで制作しているその年の反五輪重大ニュース。今年は年明けから1か月以上も過ぎてしまいましたが、ブログで発表したいと思います。
1 札幌30年34年不招致決定!
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札幌の人たちの大勝利!札幌市長のしつこい招致活動に対して、とことん冷水を浴びせつづけました。
札幌市とJOCは10月11日、2030年招致を断念し2034年招致に照準を合わせると会見。しかし、その2日後の13日、IOCは2030年と2034年の開催都市を同時決定する方針を発表。11月29日のIOC理事会で、2030年大会の候補地を仏・アルプス地方に、2034年大会の候補地を米・ソルトレークシティに一本化することを決定した。また、2038年大会についてはスイスと「優先的対話」を進めるという。
札幌不招致が確定したことは喜ばしいが、他の立候補都市でも五輪による破壊が起こることは目に見えている。既にフレンチ・アルプスでは「Non aux J.O dans les Alpes(アルプスでのオリンピックに反対)」というグループが立ち上がり、反対活動を活発化させている。彼らのスローガンは「Ni ici, ni ailleurs !(ここでもNO!どこでもNO!)」で、私たちが掲げてきたNOlympicsAnywhere(オリンピックはどこにも要らない)と共通する。
2 東京オリンピック、嘘とワイロの記録更新中!
2022年に発覚した東京五輪汚職事件では、元組織委員会理事・高橋治之はじめAOKI、KADOKAWA、ADK、サンアロー、大広の社長や重役ら15人が受託収賄や贈賄の罪で逮捕・起訴。2023年には15人中11人が執行猶予付きの有罪判決を受けた。しかし、高橋治之は2024年1月31日の公判で「賄賂ではなくビジネス」と主張。まだまだ記録は伸びそうな気配である。
一方、2023年2月には組織委員会が発注した各競技のテスト大会や本大会における総額437億円の事業を対象に談合が行われていたことが発覚。電通グループ、博報堂、東急エージェンシー、セレスポ、フジクリエイティブコーポレーション、セイムトゥーの6社と、組織委員会大会運営局元次長森泰夫ら7人が起訴された。12月12日には森泰夫に懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が出されている。
3 2013年招致時、官房機密費でIOCに高額贈答品疑惑。石川県知事・馳浩。
2013年当時、自民党の「招致���進本部」本部長であり、現・石川県知事の馳浩が、東京大会招致活動の中で「官房機密費使って、IOC委員全員105名に、選手時代の写真をまとめたアルバム、一冊20万円を送った」と11月17日の講演会で語った。のちに説明なく撤回(事実だから、黙らされた)。
本人のブログ(2013年4月1日) https://ameblo.jp/hase-hiroshi/entry-11503851369.html
4 明治公園国賠一審不当判決、控訴審へ
2016年、新国立競技場建設のために明治公園の野宿者を強制執行により暴力的に排除した不当性を問う明治公園オリンピック追い出しを許さない国家賠償請求訴訟。2月28日、ついに第一審判決が下された。しかし「原告野宿当事者2名の訴えを棄却・4団体の訴えは却下」の不当判決!許せない!闘いは東京高裁・控訴審へ!高裁では、不当な強制執行の様子を終始記録していた白いヘルメットの集団が誰なのか、その動画を誰が所持しているのか、明らかにするよう指示が出た。闘いはこれからだ。
5 10月31日、新・明治公園開園
2016年1月27日、新国立競技場建設のために廃園になった明治公園が、2023年10月31日、かつて都営霞ヶ丘アパートのあった場所にリニューアルオープンした。公園内にはカフェやレストラン、アウトドアショップなどの商業施設が立ち並び、およそ公共の公園とは呼び難い様相。公園や木々を破壊し、野宿者を排除し、都営住宅住民を立ち退かせた歴史を覆い隠すように、公園の各所に「希望の広場」「インクルーシブ広場」「誇りの杜」などと名付けられていた。
さらに、日本テレビ「鉄腕DASH」という番組で、元社長による性暴力問題が取りざたされてきたジャニーズ事務所のタレントたちによって明治公園の「100年続く森づくりのお手伝い」なる企画が進行。都営霞ヶ丘アパートがあった場所を「50年間コンクリートだった」と蔑む発言などに非難が湧きおこった。
6 東京の公教育、オリパラ教育が「学校2020レガシー」として継続中。
ある都立学校では、2020大会前と比べて、外部講師招聘など外部のオリパラ関係者等との交流は少なくなり、校内の教員向け研修も大会前はオリパラ教育が主要テーマだったが、大会終了後は学習指導や進路指導など通常の内容に戻った。しかし、「総合的な探求の時間」では「パラスポーツ」のボッチャなど「障害者」スポーツが依然として主要な取組内容であり、校内ボッチャ大会や区主催など外部との試合参加など、かなりの比重を占めている。
また、冬季オリパラ招致を進めてきた札幌市は、2016年に2020大会を主な目標としてオリパラ教育を推進、冬季大会招致と歩を一にするように実施校は増え続け、昨年度の実施校は100校近くにのぼっている。札幌市は一旦はオリパラ招致撤退を表明したが、今後、学校でのオリパラ教育がどのようになっていくのか、注目していく必要がある。
招致レース参加が現実味を帯びる可能性のある2042年には、現在小学校高学年の子どもはアラサーとなる。
都教委サイト(都立/市町村区別で各校の2020レガシーの内容の一覧ファイルも) https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/content/2020legacy.html
札幌市のオリパラ教育
7 パリでも汚職、立ち退き、過剰警備、自然破壊
パリでも2024年夏季五輪開催が迫っており、東京大会と同様の問題が次々と起こっている。
パリでも組織委本部やスポーツ代理店が汚職の疑いで捜索。このスポーツ代理店が、2016~21年の間、電通子会社だったこともわかった。電通汚職はパリにまで!
3月にはパリ五輪に向け人工知能(AI)を搭載した監視カメラの街頭での設置を認める法案が議会を通過。AIによる大規模監視カメラの導入が法的に認められることに。また、フランス軍15,000人、数万人の警察官と民間警備員を投入した大規模警備体制が敷かれることが明らかになった。
ホームレスの人々に対する立ち退き、セーヌ川沿いの古書店に対する立ち退き、学生たちに対する立ち退きも起こっている。
また、パリ五輪のサーフィン会場はなんとパリから1万5000キロも離れたタヒチ。地元住民の反対にも関わらず競技判定用タワーが建設され、サンゴが破壊されているという。
汚職、立ち退き、過剰警備、自然破壊、オリンピックは世界中で同じ災厄をもたらし続けている!廃止だ廃止!
8 パリ、フレンチアルプスで活発化する抗議行動
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2024年夏季五輪が迫るパリ、2030年冬季五輪の最優先候補都市とされてしまったフレンチ・アルプスでは、2023年、活発な抗議行動が取り組まれてきた。
12月2日にはフランス全土で2024年夏季五輪と2030年冬季五輪の両方に反対する抗議が行われた。
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9 2026年冬季五輪開催都市ミラノ、コルティナ・ダンペッツォでも反対運動。ボブスレートラック建設阻止?
2026年冬季五輪開催予定都市、ミラノ、コルティナ・ダンペッツォでも五輪反対運動が活発化している。8月には、ボブスレートラック建設のために自然破壊が行われることに対して抗議行動が取り組まれた。樹齢数十年のカラマツ、モミ、マツの木300本以上が伐採されるという。
しかし、コルティナでのボブスレートラック建設にはIOCが建設費の問題などで難色を示しており、国外での競技実施の可能性があるとのこと。
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10 続くガザ虐殺。「平和の祭典」の欺瞞。
イスラエルのガザ攻撃を止められない中、国連総会で、パリ大会中の「休戦の呼びかけ」が決議された。「平和に貢献するオリパラ」を演出するだけの茶番は、真の解決への努力をバカにしているかのようだ。
<番外編>
・オリンピックは終っても、まだまだ続くメガイベント
2030年・34年札幌五輪招致は阻止されたが、日本国内だけでも今後数多くのメガイベントが予定されている。メガイベントの際は、五輪のとき同様、公費の無駄遣い、汚職や談合、立ち退き、監視強化、自然破壊、ナショナリズムの称揚など様々な問題が起こる。
・2025年4~10日 大阪・関西万博(大阪)
→署名活動など反対の声が湧きおこっている。https://www.tokyo-np.co.jp/article/289081
・2025年8~9月 世界陸上(東京)
・2025年11月 デフリンピック(東京)
・2026年9~10月 アジア競技大会(名古屋)
・2027年3月~9日 横浜国際園芸博覧会(神奈川)
→計画の見直しを求める署名が呼びかけられている。https://chng.it/gBgrBwzLGX
※このほかにIOCが2026年オリンピックeスポーツ競技大会の開発を発表し、日本に開催を打診しているとの報あり。https://t.co/zRMtA6INWw
・世界中で続くオリンピック災害 2036年夏季五輪
現在、夏季五輪は2024年パリ(仏)、2028年LA(米)、2032年ブリズベン(豪)が開催予定都市として決定しており、反対運動も取り組まれている(ブリズベンは未確認)。そして、東京の惨状を目の当たりにした私たちにはとても信じがたいことだが、2036年夏季五輪招致を目指す国々も既に多々ある。一日も早い五輪廃絶を実現するためにも、各都市の人々と連帯しともに反対の声を挙げていきたい。
招致活動を表明した国
・エジプト 
・ポーランド 
・トルコ 
・インドネシア 
・インド 
関心を寄せている国
・ドイツ 
・カタール 
・中国 
・韓国
・イギリス(ロンドン) 
※メキシコは招致を目指していたが断念。 https://www.tokyo-np.co.jp/article/303267
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happytime-en · 8 months
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「SPY×FAMILY」・「MF ゴースト」・「オペラ フラペチーノ」
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「ミッション インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」と
「劇場版 SPY×FAMILY  CODE: White」のコラボ映像がYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=6Zdiw-wdxuw)で
 昨年7月に配信されて以来、気にはなっていましたが見る機会がなかったテレビアニメ「SPY×FAMILY」
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そんな中、なんと今年の1月1日~1月3日にかけてBSテレ東7chで、
全25話「SPY×FAMILY イッキ見SP」が放送されることを知り、
録画予約をしておきました。
【 世界各国が水面下で熾烈な情報戦を繰り広げていた時代。
 東国オスタニアと西国ウェスタリスは、十数年間にわたる冷戦状態にあった。
 戦争を企てるオスタニア政府要人の動向を探るべくウェスタリスはオペレーション・ストリクスを発動。作戦を担う西国の情報局対東課WISE所属である凄腕エージェント黄昏に課せられた任務は家族を作ること。
(父)ロイド・フォージャー 精神科医 正体スパイ コードネーム黄昏
(母)ヨル・フォージャー 市役所職員 正体殺し屋 コードネームいばら姫
(娘)アーニャ・フォージャー 正体 心を読むことができるエスパー
(犬)ボンド・フォージャー 正体 未来を予知できる超能力犬 
 疑似家族を作り互いに正体を隠した彼らのミッションは続く。】  【 】内は公式サイトを参照。
 空き時間に少しずつ見て先日やっと見終えたのですが、
 テレビアニメ「SPY×FAMILY 」は、ユーモラスな展開の中にシリアスなシーンも織り交ぜたストーリーで、年齢や性別問わず楽しめると思います。
 現在公開中の「劇場版 SPY×FAMILY  CODE: White」は、映画興行収入ランキングで4週連続1位を獲得しているとのことです。人気なのもわかる気がします。
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 主人公藤原拓海がトヨタ スプリンタートレノAE86で、主に
 群馬県を舞台に峠での公道レースを繰り広げる「頭文字 D」の
 作者しげの秀一氏による新作テレビアニメ「MF ゴースト」
 「MF ゴースト」は1月10日より、
 群馬テレビでも毎週水曜日19:00~の放送が開始されています。
 この作品の主人公 片桐夏向の愛車は(トヨタ AE86)の直系(トヨタ 86)。しかも片桐夏向の師匠は藤原拓海という設定のようです。
 【 環境への配慮から、化石燃料による内燃機関エンジン自動車が世界中で生産中止され電気自動車や燃料電池自動車が主流となった近未来。
  今や絶滅危惧種となった内燃機関エンジンを動力源とするスポーツカーを使用し、クローズした公道で繰り広げられる合法レースMFG」が日本で開催され世界中からの人気を博していた。】   【 】内は公式サイトを参照。
主人公 片桐夏向のライバル達の愛車は、
 ニッサンR35型GT-R NISMO、ミツビシランサーエボリューションIX、レクサスLC500,ホンダシビックタイプR、トヨタGRスープラSZ-R、フェラーリ488GTB、ランボルギーニウラカンLP610-4、アルファロメオ4C、ポルシェは911GT3・911カレラGT・718ケイマンS、BMW M3、アウディR8クーペ、メルセデスAMG GTS、アルピーヌA110、アストンマーティンバンテージV8、ロータスエキシージなどのトヨタ 86よりもパワーがあるクルマなので片桐夏向がどのようなドライビングテクニックでバトルをするのかが楽しみです。
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 チョコレートケーキ オペラをイメージしたという、スタバの新作「オペラ フラペチーノ」
 早速、購入。
 チョコレート、コーヒー、アーモンドがブレンドされているとの事で、甘さの中にビターな風味も感じる濃厚な味わいの、寒いこの季節にピッタリなドリンクでした。
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ari0921 · 11 months
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我が国の未来を見通す(90)
『強靭な国家』を造る(27)
「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その17)
宗像久男(元陸将)
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□はじめに
 
 パレスチナ情勢については、10月22日、日本
を除くG7の6カ国からイスラエルの自衛権を支持
する一方でガザの民間人の人道支援を求める共同声
明が出されるなど、人道支援要求の世論、それにイ
スラエル国内の人質解放優先世論の力、それに欧米
首脳などの説得工作などが功を奏して、イスラエル
の本格的な地上攻撃開始は、当初計画よりかなり遅
れているようです。
イスラエルの歴史からすると珍しい決断だったと考
えますが、それだけ、今回のガザ地区への地上攻撃
の持つ意味がこれまでとは違ってきている証拠でも
あるのでしょう。極めつけが、24日、国連安保理
の場で、米国ブリンケン国務長官の「人道目的の一
時停戦が検討されなくてはならない」との発言でし
た。
一方、グテーレス国連事務総長がイスラエルのパレ
スチナ占領を批判する発言をしたり、いつもながら、
国連安保理が決議案を否決しあう形で“機能不全”
に陥っているなど、イスラエルの国連不信が限界に
達しているように見えます。イランを含むアラブ諸
国自体も反イスラエルという立場で必ずしも一枚板
ではないようなので、今後も、状況は刻々変わって
くることから、安易な予測は禁物でしょう。
その上で想像するに、イスラエルは、いかに人質解
放をするか、そして500キロに及ぼうとする地下
トンネルをいかに(できれば民間人に被害を与えな
い方法で)攻略するか、その作戦を練って、その上
で一部限定的な作戦を遂行しているのでしょう。
また、地上攻撃の代わりなのか、連日激しい空爆が
繰り返されていますが、それによる民間人犠牲者の
6割は、避難先であるガザ地区南部だったとの報道
もあります。国連事務総長のような発言もイスラエ
ルを追い込むだけで逆効果だと思いますが、無差別
に近い空爆もイスラエルが自らの首を絞める結果と
なって、やがて自制心のタガが外れ、“後に引けな
くなる”ことが懸念されます。
数年前、ベトナムを旅行した際、ベトナム戦争時に
使用されたサイゴン(現ホーチミン)市西側に広が
る巨大な地下施設「クチトンネル」を見学し、その
巧妙な造りに驚いたことがあります。アメリカは、
空から枯葉剤を含む絨毯(じゅうたん)爆撃を繰り
返しても攻略できず、ついには南ベトナムから撤退
する結果になったのでした。
「クチトンネル」は総延長約250キロといわれて
いましたが、その倍ほどの長さに及び、映像を見る
限り、長い時間をかけて極めて堅固に建造されてい
る地下トンネルを実際に攻略しようとすれば、多大
な時間を要し、犠牲者も半端でないことでしょう。
イスラエルが保有する最新の軍事技術をどのように
駆使するのかを含め、(不謹慎ではありますが)注
目しています。
ところで、今回のG6声明から外された我が国は、
文字通り“孤立国”になってしまいました。23日
の岸田首相の所信表明演説において、「経済」を連
呼する中での「人間の尊厳」とか「核兵器のない世
界」などの発言は、もちろん、理想であり、間違っ
てはいないとは思いますが、いかにも“空虚”に聞
こえるのは私だけでしょうか。
▼「国家戦略」をだれが作るか
 
いよいよ「国家戦略」指針の私案を提示したいと考
えますが、その前に、「国家戦略」を誰がつくるの
か、について一案を提言したいと考えます。
戦前の歴史を勉強しない人、あるいは軍国主義など
といって昭和の軍人たちにその責任を負わせること
のみを追求している歴史家たちには到底信じられな
いことだろうと思いますが、歴史をつぶさに学べば、
戦前の我が国の方が、現在よりはるかにダイナミッ
クで柔軟な国家運営をしていたことがわかります。
その典型的な組織が「陸軍省戦争経済研究班」(通
称「秋丸機関」と呼称)でした。少し補足しますと、
第1次世界大戦の頃から、戦争は単に軍事力だけで
はなく、経済、産業、教育、宣伝など「国力」のす
べてをもって遂行される「国家総力戦」の様相を呈
し、当時、欧州において身をもってその体験をした
永田鉄山あたりはその必要性を声高に唱えていまし
た(永田は陸軍の抗争の犠牲となって殺害されまし
た)。
この流れをうけて、我が国の経済力がないことを知
っていた陸軍は、日本における総力戦の実態と戦争
遂行の可能性などを研究するため、昭和14年春、
当時の我が国の最高頭脳を集めた本格的なシンクタ
ン「陸軍省戦争経済研究班」をスタートさせたので
す。
設立を提唱したのは、当時の政府や陸軍の首脳では
なく、「陸軍中野学校」の設立者、戦後は京都産業
大学の設立者として名を馳せた岩畔豪雄(いわくろ・
ひでお)大佐でした。このあたりにも目を見張る
ものがありますが、岩畔は、そのトップに、(軍政
とか作戦畑ではなく)経理畑の俊才、当時まだ41
歳の秋丸次朗中佐を指名し、組織造りを含めて全権
を委任しました。
秋丸は、実質的な研究リーダーとして、治安維持法
違反で検挙され保釈中の身であった東大経済学部助
教授のマルクス経済学者・有沢広巳を招きました。
それ以外に大学教授、企画院・外務省・農林省・文
部省などの少壮官僚、さらには民間企業・業界団体・
金融機関・民間調査機関・研究所などの精鋭たち
を集めて総勢200名程度の組織を作り上げて、昭
和16年まで約2年間、多士多才のメンバーをもっ
て様々な角度から研究に没頭したのです。
研究成果の細部は省略しますが、本研究班が導いた
開戦に至るシミュレーションについては、当時、東
條英機首相や杉山元参謀総長などとも共有しており、
その研究成果は、昭和16年11月15日に開催さ
れた大本営政府連絡会議で「対米英蘭蒋戦争終末促
進に関する腹案」(「腹案」と呼称)として決定さ
れたのでした。
私自身は、この「腹案」のような戦いを遂行してお
れば大東亜戦争はまた違った結果になったと考えて
いますが、「腹案」と実際の戦いはかなり違ってし
まいました。その原因も分かっていますが、ここで
は省略しましょう。
ここで問いかけたいのは、今の日本に、「国家戦略」
のような重要案件を策定するために、「秋丸機関」
のようなシンクタンクを作り、少壮の官僚、学者、
自衛官、民間企業人などの精鋭を一堂に会して時間
をかけて研究させるようなダイナミズムがあるだろ
うかということです。
私は、ここにあえて政治家を加えませんでしたが、
国の重要なテーマについて、いつも“専門家や官僚
に丸投げして足れり”として自ら問題意識も持たず、
必要性も感じず、学ぼうとしないような人たちは
“最初から戦力にならない”と思って外しただけで、
適任者がおられたら、当然、シンクタンクのリーダ
ー格になっていただくことを拒むものではありませ
ん。
一つだけ注文を付けるとすれば、「秋丸機関」の設
立に尽力した岩畔大佐のごとく、力のある政治家な
どでこのようなシンクタンクを作る必要性を唱える
人(たち)は、シンクタンク設立のために奔走し、
必要な基盤や経費は提供しても、当初から口を出す
のは厳に慎み、「若い世代に託す」ことが重要と考
えます。官民を含む各界には、若くても優秀でかつ
柔軟性があり、物事の本質を的確に見極めることが
できる優秀な人たちがたくさんおられると確信しま
す。
なお、前回紹介した『日本戦略論』(鎌田徹著)で
は、「戦略国家になるための人づくり」を提唱して
いますが、だいぶ時が経ったこともあり、残念なが
ら、今はそのような“時間的余裕”はないと考えま
す。仮に多少の問題はあっても、“今ある人材”を
最大限に活用するしかないと思うのです。
次いでながらもう少し補足しておきましょう。前に
も引用したように、『国民安全保障国家論』(船橋
洋一著)の冒頭には、コロナ禍やウクライナ戦争を
経験した結果として、「自分たちでみんなを守るこ
とができない社会は生き残れない」「自分の国を自
分たちで守れない国は生き残れない」「天(世界)
は自ら助くる者を助く」ということがわかったと紹
介されています。
著者は、それでも「国家」ではなく「国民」という
言葉にこだわっていますが、“利益の受容者である
「国民」目線を重視すべき”ことを強く意識してい
ると考えられ、本書に書かれているのは「“国家”
のあり様(形)」であることが理解できます。
私などの立場からすると、(元朝日新聞記者の)著
者のような立場の人が「ようやくここに気がついて
くれたか」と安堵する一方で、内外情勢の急激な変
化や「国力」が下降期にある“現時点”こそ、将来
のため、国家としての「打ち手」を真剣に議論する
時が来たことを国のリーダーたちに早く気づいてほ
しいと願うばかりです。だれかが問題意識と勇気を
もって、重い腰を上げて、“旗振り役”を演ずるこ
とを切に願っております。
繰り返しますが、「手遅れになる前に」です。様々
な思惑から場当たり的な所信表明演説とそれに対す
る質疑応答などで論戦を交わしている余裕はないと
思うのですが・・・。
▼「国家戦略」の指針の一案
 
さて、私も高齢世代です。「若い世代に託すべし」
と言った手前、過度な物言いは邪魔になると自覚し
つつも、本メルマガをここまで書き続けてきた以上、
「国家戦略」の指針のようなものの一案ぐらいは提
示しなければならないとの責任感にもかられます。
しかし、“指針のようなもの”といえども、そこに
含むべき内容の広さと深さを考えると、正直、いか
にまとめ上げるか、途方にくれます。
またしても、『日本の大戦略』のお力を借りて、ほ
ぼ一致している点を紹介しつつ、10年の歳月の変
化やアプローチの相違点などからの修正を加えて一
案としたいと考えます。なお紹介する順番などは私
の一存で本書を修正してあります。
まず本書が、平成23年の時点でこのような大胆な
「国家戦略」の指針なるものを考察し、提供してい
ることに対して改めて敬意を表したいと思います。
その第1には、「歴史的大変動に立ち向か覚悟を決
める」としていますが、当時より今の方が“歴史的
大変動”が顕著になっている国際社会そして我が国
ですから、ここに「立ち向か覚悟」が、国家として
も国民としても求められていると考えます。
本書は、具体的な「国家目標」などを考える前に、
このような「覚悟」をもって、「内向き志向、現状
維持志向を克服し、「『頼りがいのある日本』を目
指して国家アイデンティティを再構築する」ことを
提唱していますが、全く同意するものです。
「我が国がどのような未来を構築するか」、あるい
は「どこに向かっていくか」を明らかにするという
点でも全く同意です。なお本書では、目指す方向と
して「先進国安定化勢力日本」と呼称していますが、
そのような呼称を含めて議論が必要でしょう。
私は、この「歴史的大変動」の中には、「国力」が
下降期に入っている“我が国の国内事情”も含むと
考えていますので、具体的な指針の中には、「『国
力』の維持・増進のために国を挙げて立ち向かう」
旨の文言も挿入されるべきと考えます。
第2には、「安全」の国家目標として、「複層的な
課題に対応できる、実効性の高い安全保障政策を展
開する」ことです。
まさに、変動する国際社会の中で、我が国が「安定
化勢力」としての役割を果せるかどうか正念場でし
ょう。そのような視点をもって、現状から一歩踏み
込んで「安全保障政策を再構築する」ことが求めら
れており、具体的には、本書の「自国防衛/危機管
理の能力を強化する」「日米同盟の相互防衛的性格
を強め、同盟協力を総合化する」「グローバル・コ
モンズの安定化を図る」「同盟外の安全保障協力を
推進する」などの提唱は的を射ており、さらに強化
する必要があるでしょう。
実際に昨年末、「国家安全保障戦略」が策定されま
した。「安全保障」に絞れば、また表現こそ若干違
いますが、本書が提唱したような内容とおおむね一
致していると考えます。
しかし、すでに指摘したように、東アジア地域の
「核状況」が様変わりしつつあることから、日米両
国間の「核の傘」の信頼性の向上に加え、我が国独
自の核保有の議論を推進すべきと考えます。
また、「自国防衛/危機管理の能力を強化する」に
ついては、将来にわたって我が国迫って来る可能性
がある“脅威”については、短絡的に「南西正面」
などと決めつけないことも重要でしょう。将来戦は
「ハイブリッド戦」であることは間違いないとして
も、対象国が取り得る手段は多様であり、それらを
漏れなくすべて読み切った(見積もった)上で“一
寸の隙を見せない態勢”の構築が求められていると
考えます。
第3には、「富」を国家目標として、「先進的な経
済社会システムを構築する」ことを本書は紹介して
います。ここに「国力」の「ハード・パワー」の要
素のかなりの部分が含まれていますが、第2の「安
全」とも関連し、それぞれの分野の専門家の最適解
をもって国家施策にするようなことは厳に戒めるべ
きで、そのような弊害を排除するためにこそ、「国
家戦略」を策定していることを理解する必要がある
のです。
何度も例示したように、「太陽光発電所の建設のた
めの外国資本の導入に特段のチェックがなく、国防
上重要な施設の近傍を含め、広島県ほどの面積の国
土がすでに外国資本に渡っている」ような“現状”
を即刻是正する必要があります。そのための法律改
正などは急務でしょう。
その上で、必要な要素を総合的に考察して、我が国
として新しい「繁栄の形」をどのように具体化する
かが焦点となると考えます。その中には、国家を次
世代に託すためにも、若者世代が「将来の夢と希望」
を抱くことができるような施策を含むべきことは申
すまでもありません。
とはいえ、少子高齢化の進展から社会保障給付費な
どが大幅に膨れ上がることを予測し、過度な“バラ
マキ”は厳に戒め、「国民一人一人の夢や希望の実
現」と「国家(社会)として『富』の蓄積」の両目
標の同時達成に向けて、“個人の努力の必要性を促
し、努力の中に生きがいを見い出せる”ようなバラ
ンスのとれた「配分」を主眼とする「福祉の再定義」
も必要となることでしょう。
第4には、「変動する国際社会のもとでの日本の対
外構想を確立する」ことです。「安全」はもちろん、
食料やエネルギーなどのほぼ海外に依存している
「富」の分野においても、我が国は、将来にわたっ
て「国家として存立するための対外構想」には高い
優先順位を掲げて計画・実行する必要があります。
「頼りがいのある日本」をめざし(“孤立国・日
本”の存在感を発揮し)、本書でいう「大国間の協
調形成に尽力すること」「グローバルな課題に結果
を出す貢献をすること」「アジア諸国と深く交わり、
その不安定要因を抑制すること」などの提唱に異存
はありません。
前回述べたように、“自ら原則を立て、それに基づ
いて行動し、他国や他のアクターとも協力してい
く”という「自律」の重要性を理解した上で、「日
米同盟」をはじめ、」「クアッド」「自由で開かれ
たインド太平洋」などようやく“産声”を上げた枠
組みを一層深化する覚悟と「自律」の細部をしっか
り議論する必要があるでしょう。
第5に、「新しい『統治のかたち』をつくる」ため
の議論を推進することです。本書では、そのために
「安定した政権基盤を確立する」「官邸における外
交・安全保障戦略の司令塔を創出する」「戦略形成
の前提となるインテリジェンス機能を強化する」
「対外的な情報発信を刷新する」、そして最後に
「政治不信を克服し、有権者のオーナーシップ意識
を高める」として、国民の参加意識を高めるために、
NPOやシンクタンクなど政治と国民をつなぐ中間
組織の役割も重要であると結んでいます。
「戦略は統治を超えられない」という言葉も紹介し
ましたが、「国家戦略」を議論し、策定し、実行し
ようとすれば、現在の我が国の「統治のかたち」が
そこに“立ちはだかる障害”となる可能性は否定で
きないでしょう。
紹介しました『国民安全保障国家論』も、その終章
で「日本には『国家安全保障』という『国の形��が
ない。そして、その『国の形』をつくるのを阻んで
きた『戦後の形』がある」として、「『戦後の形』
のままでは日本は新しい時代の挑戦対応できない」
と訴え、新たに「国の形」を作る必要性を強調して
います。
私は、5つの指針の中で第5の「統治のかたち」の
議論が最も難しいと考えます。一方で、戦前戦後を
通じて一内閣の寿命が平均1.4年に満たないよう
な“現状”では、一貫した中長期的な「国家戦略」
の策定はおろか、導き出された国家目標に向かって
(たとえ、苦しくても)各種政策を推進し続けるこ
とは困難であることは明白でしょう。
「では、どうすべきか」については大議論を呼ぶこと
でしょう。しかし、ぜひともこのテーマまで踏み込
んで議論してほしいと願っています。
「国の形」についてはのちほど再び触れることにし
て、次回、「国家戦略」を総括し、その後に「ソフ
ト・パワー」のもう一つの要素である「国家意思」
を取り上げます。
(つづく)
(むなかた・ひさお)
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ken1ymd · 2 years
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阿蘇にメガソーラー次々、狙われる草原 放牧廃れ…
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https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1065445/
阿蘇にメガソーラー次々、狙われる草原 放牧廃れ…「景観では1円にもならない」2023/3/13
 熊本県の阿蘇山を背景に、草原に大規模太陽光発電所(メガソーラー)のパネルが延々と連なっていた。
 阿蘇地域は国内最大級の草原地帯。外輪山南側の山都町で、約119ヘクタール(福岡ペイペイドーム17個分)に広がるパネル約20万枚に、太陽光が照り返る。九州最大級のメガソーラーで、2022年9月に稼働し、出力約8万キロワット。九州電力川内原発1基の約1割に匹敵する規模だ。もともとは隣接する高森町の住民約30人が共同所有し、牛を放牧する「牧野」だった。
▶阿蘇の草原、30年で4分の1減少
 「説明会が開かれ、売買は円満に進んだ」。共同所有者だった70代男性はこう振り返る。かつては農耕用として各戸が牛数頭を飼った。繁殖子牛を売った収入もあったが、農機具の機械化が進み、徐々に飼育されなくなった。草原を維持する野焼きも10年ほど前から行われていない。男性たちを含め合計三つの牧野組合が土地を売却した。
 阿蘇周辺は、草原や火山を特徴とする「阿蘇くじゅう国立公園」に指定され、国が管理する。メガソーラー建設は本紙が確認しただけで5カ所に及ぶ。公園を避けるような近接地域や、国立公園内でも規制が緩いエリアで相次いでいた。
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 その一つ、外輪山の北側にある同県小国町。2月、牛がのんびりと休む牧野の斜面を登ると、山頂付近の草原で、約4万枚のパネル設置工事が進んでいた。国立公園内の「普通地域」ではあるが、届け出のみで建設できるエリアだ。
 牧野の組合員の男性によると、50年ほど前は約50世帯で計200~250頭の牛を飼育していたが、今は4世帯で50頭ほどに減った。建設地は私有の採草地だったが、既に使われなくなっていたという。
 「景観を守っても1円にもならない。所有者はお金が入る方になびいてしまう」。町役場を訪ねると、組合員でもある職員が関係者の心情を代弁した。
 同町では、別の草原1カ所でもメガソーラーが誕生。担当者は「阿蘇が世界遺産を目指すというが、明確なルールや支援策がなければ、草原維持は困難だ。メガソーラーが一般の人から見えにくい場所にあるのが救いだ…」と漏らした。
 外輪山の南側で、国立公園からわずかに外れる高森町でも2022年5月、約72ヘクタールのメガソーラーが稼働した。
 「また狙われる。そっとしていてほしい。(外輪山の内側の)カルデラ内の景観だけは守りたい」。高森町関係者は嘆く。
 背景には、使われなくなった牧野に目を付けた企業側のメリットが見える。草原は規制が厳しい「農地」ではなく「森林」扱いのため、要件が整えば森林法に基づく林地開発許可が出される。草原だと樹木伐採の手間が少なく効率的に開発しやすい事情もあるようだ。
大分・由布では反対運動も…迫る稼働
 阿蘇から離れた大分県由布市。「大自然が真っ黒なパネルで覆われ、違和感ばかりだ」。貸別荘経営の気賀沢忠夫さん(79)はこう憤る。リゾート地の目の前に広がる草原地帯約20ヘクタールに、約2万4000枚のパネルが並ぶ。ここも、国立公園からわずかに外れる。
 由布岳を背景にした丘陵の牧草地で、市も景観を売りにしてきた。しかし、12年に入会権を持つ住民たちが権利を放棄し、所有権を持つ市に売却を要望。市が売却先を公募し、東京の投資会社が購入した。
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 ただその後、地元で反対運動が起きた。市は売却撤回を試み、大分県は県民から異例の意見募集したが、計画は止められなかった。気賀沢さんら移住者や観光業者ら47人が運営会社を相手取り、運転差し止めを求める裁判を大分地裁に起こしている。
 一方で施設はほぼ完成し、3月下旬に稼働予定。反対運動の中での稼働について市の担当者は「コメントする立場にない」と話す。
 公益財団法人「阿蘇グリーンストック」(熊本県阿蘇市)の増井太樹常務理事は「観光資源にも利用される草原だが、野焼きなどの負担だけを住民が担い、利益は及ばない構造になっており、見直しが必要だ」と指摘する。(水山真人)
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tanakadntt · 1 year
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三輪秀次の小説(二次創作)
きみは河を渡る
 切れた電線はうねり、パチパチと鳴っている。もうもうと立ちのぼる埃と煙は視界を狭める。降ってくる灰を吸い込んで、喉が痛い。ゴホと咳が出た。
 空を雲が厚く覆っていた。
 時折、低く戦闘機が飛ぶ。空気を震わせる爆音も、いつの間にか聞こえなくなる。
 無駄を知り還ったのだ。替わりにヘリコプターのバタバタという回転音が耳に障る。避難を促すサイレンがとうとう途絶えた。
 道路や瓦礫の上にうち捨てられた、おびただしい数の死体ももはや何も言わなかった。
 それらの胸には皆、着衣の上から同じ箇所にこぶし大ほどの穴が開いていた。彼らが開けていったのだ。心臓の脇を的確に単調にえぐり取っていく様子は、実りの季節を迎えて収穫にいそしむ農夫のようだった。
 鋭い鉄の匂いが鼻の奥を刺す。血だまりに足が取られる。地面のいたるところにできた血液の浅い湖は徐々に固まり、粘度を持ちはじめていた。その上に、ぽつりぽつりと何かが落ちてくる。
 ……雨。
『姉さん』
 三輪は姉を探していた。
「お断りします」
 三輪の返事に根付は下がり気味の眉をさらに下げた。
「うーん、やっぱり無理かねえ」
「去年に引き続き、申し訳ありませんが……」
 これ以上は目を合わせないように顔を伏せて押し黙る。可愛げのない態度だったが、断る選択肢しか持っていない。
 ボーダー本部メディア対策室である。
 いかにもオフィス然としたレイアウトだ。メディア対策室の名の通り、棚を並べた一角があり、派手なロゴのついたグッズたちが飾られている。
 棚の横にも小ぶりの段ボールがいくつか置かれ、中にはビニールに包装された何かが入っていた。
 さらにはミニスタジオのようなものがつくってある。
 雑然としているが、外部の人間への窓口だけあって、明るい開放的な空間であった。
 三輪がめったに訪れない部署だ。それも入り口で済ませる所用くらいで、もしかしたら、ボーダーに所属して四年近く、初めて足を踏み入れたかもしれない。
 A級隊員の嵐山をデフォルメしたぬいぐるみの飾ってあるテーブルで、茶を勧められている。早く作戦室に帰りたい。自然と眉間が寄ったが長い前髪に隠されて、根付が気づいた様子はなかった。おそらく、気にしてもいない。
「原稿はこちらで用意するし、内容はちゃんとチェックしてもらうんだけどね、ダメかね」
 根付が頼んでいるのは、来月に行われる三門市主催の追悼式典のスピーチだった。
 近界民による大規模侵攻から四年目の式典となる。
 公会堂のステージに設置した祭壇を花で埋め尽くし厳粛に行われる。市外からお偉方や著名人がたくさんやって来て、それぞれ追悼の意を表わす。最後に遺族代表数人にお鉢が回ってくる。大人枠が何名かと青少年枠が一名。
 三輪に白羽の矢がたったのはその青少年枠だった。理由はボーダー隊員で遺族である人物のうち、比較的年下で一番長く所属しているからである。
 日頃から「ボーダーの印象向上」を仕事にしている根付からの依頼は筋の通ったものだった。
 しかも、直属ではないが上役である。
「三輪くんには業務外のことを頼んでいるのはわかっているんだけどねえ」
 人を丸め込む技量の高さがなんぼの職に就いている根付だが、実はかなり弱気に出ている。
 理由はわかる。
 三輪に式典のスピーチを依頼するのは初めてではない。
 一年目のとき、三輪は流されるままに引き受けたものの、原稿に目を通した段階で押し寄せてきた感情に引きずられて過呼吸を引き起こしてぶっ倒れ、騒ぎになったのだ。当然、本番のスピーチは見送られた。彼が中二のときの話だ。
 二年目は話がやってこなかった。当時、所属していた隊の隊長である東が反対したのだと思う。頼まれたとしてもとても務まらなかっただろう。
 三年目は根付は本部長を同伴してわざわざ頼みにきた。しかし、断った。三輪にとってこの依頼は荷が重く、片手間にできるものではなかった。高校生になったばかりで何かと忙しかったし、そのころ広報部隊としてメディア展開をはじめた嵐山隊を売り出す根付の派手な手法に若干いやな予感がしたのだ。
 そして、四回目の式典である。
 遺族でボーダー所属、さらに今年は初めて自分の部隊を結成している。
 千六百人超の死者行方不明者を出した異世界からの侵略戦争によって、最愛の家族を失いながらも生き延びた子どもが立派に成長し、隊長となって隊員を率い街を守っている。
『これからもボーダーの一員として、三門市を守っていくことを誓います』
 おそらく、そんな言葉で締めくくられるであろう、未来への宣誓。
 三輪もボーダーの印象がよくなることに否やはない。
 いまのところ命令はされていないが、任務ならば遂行しなければならないというのもわかっている。
 ただ、ことこれに関してはそつなくこなせる自信はなかった。
「ちょっとしたインタビューもあるけど、一局に絞るから」
「……」
元々、要領のいいほうではない。愛想はかけらも持ち合わせていない。人前でしゃべることも苦手だ。ましてや全国に映像が配信されるなどと聞くと気が遠くなる。
 それだけではない。
 ……雨はあっという間に激しくなった。
 血のにおいに、ドブのようなそれが加わるなか、ようやく彼は探し人に出会えた。
 折り重なるように積み上がった死体の山が崩れたのか、その脇に彼女は転がっていた。
 他のそれらと全く変わることなく、彼女の胸にはぽっかりと穴が開いていた。死に神は何もこぼさずに等しく命を刈り取っていったのだ。
「姉さん」
 誰か。
 誰か姉さんを。
 当日は各メディアも入り、騒がしくなるであろう時期を避けて、そこを訪れることにしている。
 追悼の意を込めた公園は市街地に近い高台に造られていた。
 本当の追悼の場所は、いまだボーダー管理下の警戒区域だ。
 まだ真新しい石碑が幾本か建っている。
 円柱の形をした石碑には名前がただ刻んである。犠牲者の名前だ。
 三輪は一つの石碑の前でたたずんでいた。腕を上げ、石碑にそっと触れる。指を滑らせる。知っている名前もある、知らない名前もある。ゆっくりと滑らせていく。
一点で指が止まる。
 彼女の名前だった。
『誰か』
『誰か姉さんを助けて』
 目の前に広がる風景はいまも鮮やかだ。音も匂いも。足にまとわりつく重さも。降ってくる雨の粒まで。
 足下の彼らはみな目を開けているが、そのまぶたは動かない。その指は動かない。
 今の彼は知っている。死体は苦しまない。
 大丈夫だ。
 向こう岸で、穏やかに微笑んでいる。そこまでの距離はいつでも一歩だ。ひとあし、踏み出すだけで届くほどに近い。
時間は流れる。仮にマイクの前に立ち、メディア対策室のしたためた美しい文章を読み上げても、もう息がくるしくなることはないだろう。それでも、引き受ける気にはならなかった。
 三輪は立ち上がると頭を下げた。
「お役にたてず、申し訳ありません」
強引に話を終わらせる態度を根付は咎めず、一緒に席を立った。
「残念だけどねえ。来年もまたお願いすることになると思うけど」
 来年は五年という節目の年のために大々的になるという。おおっぴらに全国規模でボーダーの存在をアピール出来る数少ない機会だ。遠征には金がかかる。そのスポンサー集めも兼ねているという。民間組織であるボーダーにとって、金の話はいつでも切実だ。
「まあ、気にしないでいい、他に方法はあるからね」
 頼りになるだろう、と彼はにやりと笑った。
 これからの物語を紡ぐことは彼にとっては今までの物語をひとまず終わらせることになる。彼にはそれはどうしてもできない。
 向こう岸はまだそこにある、いつでも行ける。死者たちは微笑んで待っている。一歩、踏み出せばすぐに会える。
黒い河の冷たい流れに脚を膝まで浸し、目の前の彼岸を見つめて彼は立っている。
この場所から立ち去りたくはないのだ。
 いまは、まだなお。
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voilld · 1 year
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KMNR™ exhibition「紙標」カミナリ "SIRUSI" 2023.9.16 Sat - 10.8 Sun
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              この度VOILLDは、谷口弦、桜井祐、金田遼平によるアーティスト・コレクティブ、KMNR™(カミナリ)の新作個展「紙標(しるし)」を開催致します。本展は2022年に開催された個展「PAUSE」 に続く、VOILLDでは二度目の新作展となります。
谷口弦は1990年佐賀県に生まれ、江戸時代より300年以上続く和紙工房、名尾手すき和紙の七代目として家業を継ぎ伝統を守りながら、様々な技法や素材を手漉き和紙の技術と掛け合わせ、和紙を用いたプロダクトの開発や先鋭的な作品を制作しています。桜井祐は1983年兵庫県に生まれ、現在は福岡を拠点に自身が設立したクリエイティブ・フォース TISSUE Inc.にて編集者としてアートブックの出版や幅広いメディアの企画・編集・ディレクションを行い、並行して九州産業大学芸術学部ソーシャルデザイン学科の准教授を務めています。金田遼平は1986年神奈川県に生まれ、独学でデザインを学び渡英。グルーヴィジョンズへの所属を経てデザインスタジオYESを設立し、東京を拠点にグラッフィクデザイナー・アートディレクターとして活動をしており、三者三様に国内各地で多彩なプロジェクトを手掛けています。カミナリは2020年にこの3名から結成され、国内外での展覧会の開催やグループ展への出展、企業への作品提供など、精力的に作品の発表を行っています。
カミナリは伝統的な手すき和紙の技術を用いて再生された紙「還魂紙」を使って、様々な時代の「物」に宿る魂やストーリーを紙にすき込み、先人達が積み重ねてきた和紙という歴史を現代の観点で解体し、新たな価値を吹き込み再構築した平面、立体作品を制作しています。江戸時代以前、反故紙を用いて漉き直された再生紙は、原料の古紙に宿っていた魂や情報が内包されていると考えられていたことから還魂紙と呼ばれていました。カミナリは、その還魂紙を活動のコンセプトであると同時に軸となるマテリアルとして用いることで、過去と現在、変化し続ける未来、そして異なる文脈の物事を繋ぎ合わせるという役目を持たせています。素材の持つ歴史と特性を熟知し、様々な要素を重ね作品に投影することで、和紙の歴史を通観するものとしても捉えることができるのです。
「紙標(しるし)」と題された本展では、近年制作している関守石をモチーフとした立体作品「PAUSE」のシリーズに続き、石をモチーフとしたオブジェクトをさまざまに組み合わせ紐で結び上げた立体作品を発表いたします。和紙とは人間が人間のために作った「記録」や「記憶」を残すための媒体でありながら、近年のデジタルやインターネットの普及によりその在り方は形を変えてきており、紙を使うこと自体がまるで儀式のような特別な意味を持つようになってきているとカミナリは言います。そして石とは、物質が長い年月をかけ積み重なりできた「時間」や「歴史」の象徴と言えます。その二つを組み合わせることで、生きてきた証や過去の思い出といった、形にしがたいものたちを可視化し、そこに置くことで気付き、立ち返れるものとして一連の作品が制作されました。印象的な結び目は、日本古来の結びなどから着想を得て、しめ縄や結界、魔除けのような想いを込めながらひとつひとつ結び上げられています。物理的な法則と独自の感性、立体としての美しさと均衡が巧妙に作用しながら制作された作品は、それぞれが独立しながらも、有機的に結びついているのです。伝統と芸術、過去と現在、そして未来へと往来しながら、道具を使わず手作業のみで結び上げられた作品群は現代の民芸的作品とも言えるのではないでしょうか。
作品と行動を介して、歴史とはなにか、人の記憶とはなんなのかという根本的な疑問を投げかけながら、新鮮な角度から思考と実践を重ね練り上げた、およそ20点に及ぶ作品群を展示いたします。カミナリの新たな展開となる本展を是非ご高覧頂ければ幸いです。皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。
忘れていた。 初めて触れたと思っていた感情や感覚の多くは、実はすでに経験したことだった。
にもかかわらず僕らは、ときにその事実をも忘却のあちら側へと線引きしてしまう。 だからこそ人は石木を刻み、土に楔打ち、紙に記録してきた。
形のないものに形を与える行為はつくる者の体内に原始の感覚を、経験していないはずの記憶を呼び起こす。 その瞬間、僕らは確かに“思い出している”のだ。
ーKMNR™
     
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KMNR™ |カミナリ 2020年、佐賀県名尾地区において300年以上の歴史を持つ名尾手すき和紙の7代目・谷口弦、編集者の桜井祐、アートディレクターの金田遼平によって結成されたコレクティブ。伝統的な手すき和紙の技術を用いることで、新たな文脈を持ったメディウムとしての「還魂紙」を生み出し、作品制作を行う。 IG: @kmnrtm ー谷口弦 名尾手すき和紙7代目。1990年佐賀県生まれ。関西大学心理学科卒業後、アパレル会社勤務を経て、江戸時代より300年以上続く和紙工房の名尾手すき和紙に参画。家業として伝統的な和紙制作を行うかたわら、2020年ごろよりKMNR™主宰として作品制作を開始。 HP: naowashi.com ー桜井祐 編集者。1983年兵庫県生まれ。大阪外国語大学大学院博士前期課程修了後、出版社勤務などを経て、2017年クリエイティブディレクションを中心に行うTISSUE Inc./出版レーベルTISSUE PAPERSを設立。紙・WEB・空間など、幅広い領域において企画・編集・ディレクションを行う。九州産業大学芸術学部ソーシャルデザイン学科准教授。 HP: tissuepapers.stores.jp ー金田遼平 グラフィックデザイナー/アートディレクター。1986年神奈川県小田原市生まれ乙女座。法政大学在学時に独学でデザイン制作を始め、卒業後に渡英。帰国後、2013年よりグルーヴィジョンズ所属。2018年よりフリーランス、2019年デザインスタジオYES設立。 HP: kanedaryohei.com Exhibitions:
2023 アートフェア「EASTEAST_TOKYO 2023」at 科学技術館
2022 グループ展「LIGHT」at VOILLD グループ展「8」at VOILLD 個展「PAUSE」at VOILLD
2021 出展「祈りのインターフェイス展」at BONUS TRACK GALLERY 個展「TIMESCAPE」at Muracekai 個展「秘事」at ニューGEN GEN AN幻 / OUCHI 出展「Kyushu New ART 2021」at 博多阪急8F催事場 作品提供「紙糸靴下|Paper Fiber Socks」for Goldwin 2020 長崎アートプロジェクト「じかんのちそう」招聘作家
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KMNR™「紙標」 会期:2023年9月16日(土)~10月8日(日) オープニングレセプション: 9月15日(金)18:00 – 21:00 開廊時間:12:00 - 18:00 休廊日:月曜、火曜 ー 16th Sat Sep. 2023 - 8th Sun Oct. Open: 12-6pm Closed: Mon&Tue
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manganjiiji · 2 years
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毎日の暑さ寒さが腹に効く
日本語を読む時、すべて文章を脳内で音読してしまう。黙読(目読)ということができない。脳内で音読してさえも、その間別のことを考えてしまうと文章を読めていなくて、もう一度3行ぶんくらい戻って読み直していることもある。そのため文章を読むのが遅く、これがかなり私の人生に遅滞を生み出しているし、せっかちな性質のくせになんとなく「ゆっくり」な全体感を生み出している。こういうこと(脳内で音読しないと読めないんです、文章をイメージに変換しないと意味が取れないんです)ということを本読みの友達(私の周りに多い人種)、というか女史とかに言うと「えっ?そうなんですか?(=げっ、こいつまじかよ…てかそれどういう意味?何言ってんの?)」という反応が多く返ってくるので、「みんな文字は文字として瞬時に理解しているんだなあ、音読の時間がいらないなら読書ってめちゃくちゃ効率のいい情報取得方法だなあ」と思い知る。どうなってやがるんだよ。最近、やっと英文を読んでも頭の中で日本語の意味がちらつかなくなってきたので、なんらかの量の閾値を超えたなと思うのですが、それにしても英文も絶対脳内で音読するtermは飛ばせない。音読が好きすぎるのか。好き嫌い以前に自分ではコントロールしようのない問題なので仕方ないが、少なくとも私は音読が好きである(だからこの脳内音読システムも不快でないことは幸いである)。図像としての文字と、音楽としての文章をつねに欲している。図像というか、ものの形がすきだ。音楽はまあ、音楽が好きである。単音でも時間的前後があれば音は音楽になってくれる。容易に。そういうところも好きである。色も好き。アニメは色彩設計で見るか見ないかを決めるくらい色が好きだ。今期ぶっちぎりでガンダム(水星の魔女)の色が好きだ。流行りとしてはチェンソーマンの色だと思うが、今回のガンダムみたいな色味というのは古来より愛好され続けてきた。最高です。ヒロアカの原作の色味とかも好きだ。なんというか、光度が低いのが好きなのだろうか。光度と彩度の違いをよくわかっていない。先程、海の水がなぜ青く見えるかという論文のさわりだけ読んだ。水は透明ではなく僅かに色がついている。日本語で要約されたところによると、分子の中のわずかな赤色が光によって消える(?)ので、補色の青が目に見えるというような話だった。もうぼんやりとしか思い出せない。赤が消えるので補色の青が見えるという部分しか思い出せない。ところでフィガロとファウストは補色関係と聞いたことがある。仕組まれたカップリング。いわゆるひとつの運命カプ。私はだいたい運命カプにはまります。何を運命ととらえるかが人それぞれなので運命カプでも違うカプを指すこともあるが、友人が「最近、非運命カプがいいんだよね」と言っていて、なるほどpretender志向。開門フェス開催おめでとうございました。一般参加で遊びに行きました。と言っても1日寝ていて、夜もまた体調を崩したので本当に30分くらい。でもイベントっていいなあ、わくわくするなあと思いました。主催様、お疲れ様でした&ありがとうございました。
就労支援だが、やはり正式入所せず、一旦地元でアルバイトすることを決定し、担当のスタッフさんに伝えようと思う。そしてそれを梅子に言う。在宅でやりたいなあと思う業務委託の文章系のものがあるので、一応はそれに応募してみるつもりだ。あと3駅隣の塾(電車に乗らないとまともな塾はない土地なのだ)。小中学生用の塾なら市内にもあるのだが、私に中学受験の経験も高校受験の経験もほぼないうえ(とはいえ文系科目は教えられるが)、数学が壊滅的に苦手なので市内の需要に応えられない。英語しか戦力にならない講師はいらないと思う。そうなるとだいたい高校の文系科目が私の主戦場となるわけだが(大学受験の経験もほぼない、25になってから独学で高校の勉強をしたのみ)、そうすると結局市内には高校生用の塾がないので…(そういうのはちょっとした都市にしかない)。小中高すべて文系なら教えられるが、算数・数学が吐くほどできないので、田舎ではあまり役に立たない。がーん…。中2の数学までならギリいけるのだが、ギリいけるレベルの人が教えるのはよくないと思う。急遽高校受験用の数学など振られた日にはもう死んでしまう。理系の学生講師が多い教室でしか働けない。
就労支援に通わないとすることにあたって、しばらくは地元で大人しくする予定なのだが、目的がひとつあって、それはもう、障害年金が受給できたら、とっとと大学の通信教育を受講してしまおうというものである。受講して資格を取り、その資格をもって実務経験を積み、次の資格を取ることを考えると、スケジュールをどんどん前に倒したほうがいいかなと思った。東京福祉大学の通信教育を受講する予定です。それでつまり、障害年金の授業のために各所へ連絡を取ることのモチベーションとしたい。年金下りなかったらどうしよう(病院側に初診時の記録が残っていないと、いくら働けない状態でも年金受給自体難しい。初診は「遡れる限り」人生で最初に精神科や心療内科にかかった時のことになるので、私は11年前に診てもらった岡山市のクリニックに問い合わせなければならない)。そしたらまた身体をぶち壊しながら働くしかないのだろうか。20代それでなんとか生きてきたが、いまの体ではもう無理だろうと思う。
2022.10.16
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jaunepastel · 9 days
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20240904
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你喜歡大還是小? 關於大小的爭辯,討論的主詞是餐飲企業體的規模和格局。
十年多前成立個人飲食工作室,那時是以網路甜點工作室為主題的誕生年,很多迄今還在線上的甜點品牌,都是那一波隨著臉書發達火紅的受惠者,我也是其中之一。Pinkoi設計電商平台也是此時期的產物,見證了一個十年的產業變遷。而今如果你去問以網路銷售為主、沒有實體店面的甜點工作室,生意好做嗎,我想大多數都會搖搖頭。真的很不容易。
網路經營門檻越來越低、品牌間競爭激烈、原物料飆漲、人事似乎是相對不需要煩惱的面向,畢竟這類型通常是一位或兩位主理人在經營,但仍然會遇到品牌擴張和創新的問題,除非你很強啦,不然如果去放長假進修,回來消費者可能就忘記你了,投向別人的懷抱。這也是我到近幾年才重新體悟到的差異,因為我不屬於這個類型,我不喜歡一個人,比起單槍匹馬,我更喜歡帶兵打仗。正因為如此,當年毅然關閉經營得好好的品牌工作室,五年的積累全部拋諸腦後,去美國重新開始。
回到久違的餐廳戰場,我猶豫很久,內心的恐懼是有的。恐懼來自於2012年的一場病,被迫從廚房暫時退役,有一整年都很憂鬱,養病之餘不知道何時才能返回餐飲工作,回去後會不會又再復發更是百般焦慮,那年我才二十四歲。我是從回歸廚藝學校開始廚房生活,興奮蓋過恐懼,尤其美國的餐飲業不一樣,有新鮮感。猶然記得那時身體偶爾還是不聽話,我通常選擇逞強不說,不想就此打住,主廚教授們給予我不錯的評價,讓我信心大增。印象最深刻的一次,我最景仰的主廚chef Barb在帶領我們畢業成發餐會的晚宴時,把最後一道甜點出餐的重要任務-現場十分鐘擠花一百多個西西里卡諾里卷裡頭的甜奶霜,交給了我,所有人在等我快手擠奶霜才能開始擺盤的生產線作業,感覺蠻爽的。(FYI卡諾里卷不能先擠好放著等出餐,是因為冰涼的內餡碰到薄薄的開心果酥脆外皮一下會軟掉,就不夠好吃了)。 畢業前夕,chef Barb在我的成績單上如此說,「表現優異,但要學習求助於人,當你需要的時候。」我很感謝她看出了我的弱點,同時直接告訴我。
回到2024年,回到關於大小的議題,我心裡有不同的聲音。我一向是喜歡獨立店家勝過連鎖餐飲,二十幾歲的職涯中遇到連鎖企業獵人頭來挖角,我是立刻回絕謝謝不聯絡,偏激的時候我是連小七都不去的典型反黑心業者的類型,現在卻要面臨大量複製、商業化、通路化和我最排斥的連鎖化的可能性,想來諷刺。不同的聲音來自於親身經驗和猶存的反骨。九歲的女鵝已非常懂事,出門買東西也會和爸媽一樣先翻背後看成份,即便她拿的是超商的餅乾糖果麵包,開心地到我面前嘟噥嘟噥,「媽媽這個成分很單純可不可以買這個」,有時候我還真是哭笑不得,不禁回想起小時候愛逛小豆苗零食雜貨店的純粹快樂,便不忍剝奪女鵝逛超市的這點樂趣,睜一隻眼閉一隻眼也是偶有的事。憤青如我試想,如果我可以讓女鵝走進每間超商,都可以輕鬆買到真正無添加物、無乳製品與肉、像家裡和我們餐廳做的食物這般質量的冰品與點心,是否有機會擺脫劣幣逐良幣的大小競爭,走出一塊獨特的利基市場。老實說,答案我還不清楚。
多年前一本十分喜愛的書或許可以提供不同思路觀點。在《小眾,其實不小》中點出了大眾市場幾項顯而易見的危機,與分眾經營的文化優勢,各自論述為何某些品牌眾人皆知卻漸漸無人喜愛,而另外一些品牌起初看似小眾樂趣,卻能悄悄坐大擄獲人心,人氣直逼大眾品牌,培養出自己的「巢穴」和消費者歸屬感。這讓我想起前陣子在工作職場上遇到的朋友和我說的一席話,「有時候不宣傳也是一種宣傳,我相信你的東西有這種魅力,客人會自己找到你,就像我一樣。」
所以我們又回到原點。
你喜歡大還是小,還是都喜歡,老實說我還沒有明確的答案。
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benediktine · 21 days
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【伊那のマウンテンバイクシーンにおいてハブとなる存在を目指す ――INA MTB代表 名小路麻実子】 - 輪界ガタリ : https://rinkaigatari.com/2021/08/09/%E4%BC%8A%E9%82%A3%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%83%8F%E3%83%96%E3%81%A8%E3%81%AA/ : https://archive.is/EwC3k : https://web.archive.org/web/20240905151152/https://rinkaigatari.com/2021/08/09/%E4%BC%8A%E9%82%A3%E3%81%AE%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%84%E3%81%A6%E3%83%8F%E3%83%96%E3%81%A8%E3%81%AA/ 2021年8月9日
レジャーとしてのマウンテンバイクを楽しむために、トレイル(=トレッキングなどのために整備された未舗装道)を利用する方も多いのではないだろうか。しかし現在、トレイルへのマウンテンバイクの立ち入りが規制されるという事態が、日本各地でたびたび起こっているという。その原因としては、地権者からの拒絶や、自転車以外でトレイルを利用する人々との軋轢などが挙げられるようである。このような問題の解消を目指し、マウンテンバイクライダーの有志たちが各地でコミュニティを形成し、マウンテンバイクを楽しめる環境づくりに取り組み始めている。2021年4月に長野県伊那市で産声を上げた、「伊那マウンテンバイククラブ(INA MTB)」もそのひとつである。今回は、その代表を務める名小路麻実子氏に、INA MTBの成り立ちと、伊那におけるトレイルの現状、さらに伊那のマウンテンバイクシーンの今後について話を聞いた。
 {{ 図版 1 : INA MTBを主宰する名小路さん }} 
■《「昔諦めた夢に挑戦できたのは息子のおかげ」》
―――マウンテンバイクに関わるようになったきっかけを教えてください。
  名小路 息子がマウンテンバイクのダウンヒルを始めたいと言ったことです。その当時、私はまだマウンテンバイクを持っていなかったのですが、「やりたいことを一からやる方法」というものを、親の背中を通して息子に教える機会だと思い、一緒に乗るようになりました。
―――マウンテンバイクは女性にはハードルが高いとは感じませんでしたか。
  名小路 感じました。女性ライダーも少ないので、最初は「どこから始めたらいいんだろう?」という思いでした。
高校時代は地学部だったので、天体観測のためにキャンプをしたり、岩石採集のために山に登ったりと、アウトドアには親しみがありました。1990年代後半の当時では、男性の友人の中にダウンヒル競技をしている人もいましたが、女性がやるような雰囲気は全くなく、羨ましく見ているだけでしたね。
 {{ 図版 2 : 昔は今以上に女子のMTB人口は少なかったそう }} 
―――息子さんがマウンテンバイクに興味を持ったのも、名小路さんの影響でしょうか。
  名小路 息子にはMTB、ましてやダウンヒルの話をした覚えがないので、彼がマウンテンバイクのダウンヒルを選んだのは不思議です。
よく「息子さんのために自転車に乗られているんですね」と言われるのですが、息子はただのきっかけに過ぎません。むしろ、できなかったことを無念に思っていたマウンテンバイクに、今になってようやく挑戦できるきっかけをもらって、息子に感謝しているくらいです。
■《INA MTBは「山に入って遊ぶきっかけを作る」ための存在》
―――INA MTBのウェブサイトには「マウンテンバイクを通じて山と森のことを知る」活動を行うと書かれています。これはクラブの成り立ちにも関わる理念でしょうか。
  名小路 伊那は大自然に囲まれた地域ですが、山に入って遊ぶような子どもをあまり見かけません。それは、大人たちが子どもに「外で遊ぶことは危ない」と教えているからだと考えています。おそらく、昔は地域の人々のつながりが強かったので、子どもが私有地の山で遊んでいても「○○さんのところの子どもだから」と許されていた面があったのではないかと思います。現代では移住者なども増え、近所の人が誰かわからなくなるなど、人同士の繋がりが薄れたことによって、そういったことは許容されづらくなってきているのかもしれません。しかし、そうして人のつながりが消えていくに従って、身近な自然に触れる機会も一緒に少なくなることは非常にもったいないことだと思います。そこで、子どもたちをはじめ、多くの地域の方々に、マウンテンバイクを通して地域の山や森のことをもっと知って欲しいと考えていました。
もちろん、山にも地権者の方々がいらっしゃるので、勝手に野山に入って遊ぶわけにはいきません。そこで、まずはマウンテンバイクライダーが公に認められるような形が必要だと考え、マウンテンバイクライダー同士がつながるコミュニティでありながら、自治体や地権者などとの折衝ができる存在として、「INA MTB」を作りました。
 {{ 図版 3 : キッズバイクコースではキッズライダーが自主練に取り組む }} 
―――INA MTBを主宰する以前に、自転車コミュニティに知り合いはいましたか。
  名小路 最初は自転車の世界に知り合いがいませんでした。息子が始めたいと言った時も、誰に声をかけたら良いのかわからないという状況でした。のちに、白馬岩岳の関係者の方々や地域の自転車ショップの方々、トレイルビルダー(=MTBで走るためのトレイルを整備する人)の方々などと交流するようになり、そのうちに伊那でのマウンテンバイク仲間が増えていきました。
―――INA MTBの活動内容について教えてください。
  名小路 INA MTBの活動のテーマは「みんなで楽しく走りながら地元の山を知る」です。この考えをもとに、安全なMTBの乗り方、トレイルを走る際のルールやマナーなどを遊びながら教えています。小さな子どもや初心者の参加者も多くいますが、分け隔てなくみんなで励ましあいながらマウンテンバイクに乗ってトレイル遊びをしています。
 {{ 図版 4 : 分け隔てなく「みんなで楽しく走る」INA MTBの参加者たち }} 
―――INA MTBの活動場所はどのようにして確保しているのでしょうか。
  名小路 いまは伊那市に昨年オープンしたC.A.B TRAILというマウンテンバイクパークを拠点として、伊那で整備されつつある新たなトレイルやマウンテンバイクパークにも活動の幅を広げようとしています。
そうして活動場所を増やしていく中で、伊那のマウンテンバイクシーンをつなぐ、いわばハブのような存在になっていきたいと考えています。
 {{ 図版 5 : 交流を深めるのも、子ども達の大切な経験になることだろう }} 
■《人々に受け入れてもらえる自転車乗りの育成を通して、共存につなげていく》
―――各地のトレイルにおいて、ライダーと地域住民との間で、自転車の利用に関するトラブルが問題になっています。トレイルでの乗車に対して、結果的に自転車の侵入が禁止されてしまうようなケースや、さらには訴訟にまで発展するケースも聞きますが、どのようにお考えでしょうか。
  名小路 マウンテンバイクライダーから「トラブルを避けるために、パーク(=マウンテンバイク専用のコース)でしか走らない」といった声を聞くたびに、山好きとしては胸が痛くなります。
地権者からすれば自分の庭で他人が自転車に乗って走り回っているようなものですし、ハイカーからすれば自転車は速度が出ていて危険だという認識があり、トラブルに繋がっているようです。ライダー人口が増えるとトラブルが表面化しやすくなるでしょうし、実際に長野県内でもライダーが多い地域ではトラブルが増えつつあるという話も聞いています。
 {{ 図版 6 : トレイルの押し上げも、みんなでやればきっと楽しい。 }} 
―――パークが増えてきているのも、各地域のトレイルでは自転車が走れなくなってきているという事情があるのかもしれません。
  名小路 そうかもしれませんね。先に話したような地権者やハイカーとのトラブル以外に、「自転車は危ない」というイメージが世間についてしまっているのも、トレイルを走りづらくなっている原因の一つかもしれません。人々に受け入れてもらえるような自転車乗りを育成するために、子どもたちに「自転車は並んで走ってはいけないんだ」とか「ヘルメットを被らないのは格好悪いよね」といった自転車の利用ルールについて学んでもらうことも、INA MTBの重要な活動だと思います。
■《INA MTBが伊那の自転車文化において果たす役割と、目指す場所》
―――「自転車活用推進法」(※1)などの影響によって、各地の自治体が自転車での町おこしを始めていますが、伊那市でもそのような動きはありますか。
  名小路 伊那市では伊那市自転車活用推進協議会が設置され、具体的な協議が始まったところです。私も準備委員として関わっていますが、現在は高齢者の移動手段としての自転車のニーズの調査などが行われています。
 {{ 図版 7 : INA MTBは山と名小路さんの関わり方のひとつとなった。 }} 
―――INA MTBと自治体の関わりの中で、代表としての役割を教えてください。
  名小路 さまざまな自転車店やパークなどの事業者と、自治体との架け橋でしょうか。自治体の方々が自転車の利用法を幅広く熟知されているとは限りませんし、適切・快適な自転車の利用のための環境や必要な設備についての認識には、自転車の利用者と自治体の間でギャップがあるように思います。ですので、私が両者の架け橋になることで、自転車での町おこしに多様性をもたらすためのお手伝いができればと思っています。
―――名小路さんがINA MTBを通じて叶えたい目標はありますか。
  名小路 これまでの人生で、アウトドア活動に関わりながら山について考え続け、移住先の伊那という地で、私と山との関わり方を実際にかたちにできたもののひとつが「INA MTB」という存在です。INA MTBが、山と関わる自転車文化の一部としてどのような形で続いていくのかを見守れればいいなと思っています。
 {{ 図版 8 : INA MTBを通して子ども達がどのように成長するのかが楽しみだ。 }} 
―――INA MTBの今後について聞かせてください。
  名小路 伊那の自転車文化の一部として長く続いていくようなものにしたいと思っていますが、具体的な形についてはまだ模索しているところです。いずれにしても、いつも地元で走っている子どもたちが、マウンテンバイクをきっかけとして広い世界に目を向け、さらには羽ばたいていくことを期待して、今後も活動を継続していきます。
※1   国や地方自治体を中心に自転車の活用を推進していくことを定めた法。2017年から施行され、現在その施策の一環として、自転車活用のための設備の設置やサイクリングロードの整備などについて、47都道府県を含む二百の地方公共団体において事業計画の策定が進められている。
(了)
Interview&Text●moving_point_P(ponkotsu) Proofreading●Kohei Matsubara Photo●KuroMino, moving_point_P(ponkotsu)
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kennak · 1 day
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大口病院連続点滴中毒死事件(おおぐちびょういん れんぞくてんてきちゅうどくしじけん)とは、神奈川県横浜市神奈川区の大口病院(当時、現・横浜はじめ病院)で2016年(平成28年)9月に発覚し、2018年(平成30年)7月、同病院で当時勤務していた看護師の女が逮捕された連続殺人事件。事件の名称について、神奈川県警察は「大口病院"入院患者殺人事件"」[3]、『神奈川新聞』は「(旧)大口病院"点滴連続殺人事件"」[4][5][6]としている。 被害者として立件された死亡者2人のほか、同時期に死亡していた別の2人の入院患者の遺体からもヂアミトールが検出された。事件発覚前の7〜9月の82日間で48人の患者が死亡し、その後の約70日間の間は死亡者がゼロということから、4人以上の被害人数が疑われたが、発覚以前の死亡者は医師の診断により“自然死”扱いで火葬されていたため、既に証拠は失われていた[7]。 経緯 捜査 事件は2016年9月、最初に判明した被害者の容体が急変した際、看護師が投与中の点滴袋をベッドに落とし、袋内の輸液が急激に泡立ったことから偶然にヂアミトールの点滴混入が発覚した。さらに調べると2日前に同じ部屋で死亡した別の患者の遺体からも同成分が検出された。ナースステーションに残されていた未使用の点滴袋約50個を調べると、10個ほどの点滴袋でゴム栓部分に封をする保護フィルムに細い針で刺した穴が見つかった。そして、同じフロアで亡くなった患者の数が、事件発覚までのおよそ3か月の間に48人に上ることが明らかになった。神奈川県警察は、何者かが点滴から異物を体内に入れ、被害者を殺害した殺人事件と断定し、神奈川警察署に特別捜査本部を設置[2]。点滴に混入させる手口から病院内部の者による殺人事件の犯行が疑われたが、捜査は難航した[8]。 犯行に使われたヂアミトールは、業務上使われるもので、院内各所に置かれており、犯人を特定することは困難を極めた。県警は院内にあるものの鑑定を実施[9]。当時担当していた看護師全員の看護服を調べたところ、被疑者の服からのみ、ポケット付近からヂアミトールの成分が検出された[10]。他にも、被疑者が事件発覚直後の夜勤中、投与する予定のない製剤を手に院内を歩き回る姿が県警の設置した防犯カメラに映っていた[11]ことや、被害者の病室に1人で入っていくのを同僚が目撃していて、そのおよそ5分後に容体が急変し死亡していた[12]、といった状況証拠から絞り込んでいった。 被疑者の逮捕 2018年6月末、県警は状況証拠を踏まえ被疑者の看護師に任意の事情聴取を開始。この看護師は消毒薬(ヂアミトール)を注入したことを認めたうえで、「入院患者20人ぐらいにやった」との趣旨の話をした。7月7日、神奈川県警は被疑者を殺人容疑で逮捕した[13]。また同月28日には、2016年9月に死亡した入院患者の点滴に消毒液を混入し殺害したとして、殺人容疑で再逮捕した[14]。 被疑者は、事件後、様々なテレビ局や新聞社によるインタビューや取材に応じ、逮捕前にもテレビ局に「何故、こんなひどいことをしたのか、自分の家族が同じことをされたらどう思うのか。絶対許せません」と、直筆の手紙を送る[15][16]などして自らの関与を否定する発言をしていた。 「点滴にヂアミトールを入れた」事に関し「間違いありません」と容疑を認めた上で、「入院患者20人ぐらいにやった」と供述。犯行の動機については「自分の勤務時に患者に死なれると、家族への説明が面倒だった」という趣旨を供述した[17]。さらに「患者が亡くなったときに同僚から自分の落ち度を指摘されたことがあり、それ以来、勤務時間外に死亡させることを考えるようになった」[18]、「勤務を交代する看護師との引き継ぎの時間帯に混入させていた」[19]、「混入を繰り返すうちに感覚がマヒしていった」[20]とも話している。 供述では「(事件の)2か月くらい前から点滴に消毒液を入れた」[21]と話しており、その時期同病院に勤務していた看護師は「(亡くなったのは)最初は1日1人。それが3人になり、5人になり、9月になったらもっとひどくなって(1日に)8人とか。4階はおかしいな、という話があった」[15]と証言している。 事件前、現場病棟では「看護師の筆箱に、10本以上の注射針が刺され、針山のような状態になっていた」ことや「白衣が切り裂かれる」「カルテが紛失する」「ペットボトル飲料を飲んだ看護師スタッフの唇がただれる」などの看護師同士の壮絶ないじめトラブルが報告されており[22]、以前より「『あのクリニックの先生は嫌いだから』『あの患者の家族は嫌いだから』患者を受け入れない」といったことまで言う「『女帝』と呼ばれる60代パワハラ看護師の存在」や「人事査定でえこひいきがあったり、自分だけ忙しい仕事を回されたりしているといった不平不満があり、看護師同士で言い争いになったこともあった」という。被疑者自身も、逮捕前に「看護部長は看護師たちをランク付けして、気に入った子とそうでない子の扱いが極端だった。そういうのってよくないですよね」と述べている[23]。 病院では、そういった人間関係のトラブルや虐めが原因で複数の看護師が辞職しており、「看護師同士の世代間の対立が原因で、大口病院では患者のケアまでもが疎かになっていた」といい、「見舞いに��った家族の前で看護師が患者さんを怒鳴りつけ、その家族が『本当にひどい。ビデオに撮って告発すればよかった』と激怒していた」こともあったという[24]。事件の被害者遺族も「女性看護師が別の看護師を怒鳴りつけたり、点滴袋が公共スペースに散見されたりするなど『今考えればおかしいところもあったかもしれない』」[25]と指摘している。 精神科医の片田珠美は「担当患者が以前死亡した際に同僚らから自分のミスの可能性を指摘されたとも説明しているので、もともと同僚や上司などに対して怒りを覚えていた可能性がある」と指摘し、(「白衣切り裂き」や「カルテの紛失」「ペットボトル異物混入」も同一犯によるものだとすると)他の看護師に対する怒りをこのような形で表現したのではと推測する。その怒りの矛先を患者に向け変えて(精神分析では「置き換え」)、患者の点滴に無差別に消毒液を入れる事によって「別の看護師の勤務時間中に患者が死亡するように仕向けたわけで、復讐願望を満たそうとしたともいえる」としている[26]。 刑事裁判 横浜地方検察庁は2018年12月7日、患者3人の殺人罪と5人分の点滴液に消毒液を混入した殺人予備罪で、看護師を横浜地方裁判所へ起訴した。4人目に対する殺人罪については、別の患者を殺害しようと消毒液を混ぜた点滴が結果的にこの患者に投与された可能性があるとして不起訴処分とした[27]。 横浜地裁における本件の事件番号は、平成30年第2033号(殺人、殺人予備)[28][29]。審理を担当する裁判長は家令和典で[注 2][32]、家令が当時担当していた係属部は第1刑事部(合議係)である[33]。起訴後、横浜地裁から委託を受けた精神科医の岩波明(昭和大学附属烏山病院長)が2019年(令和元年)8月から11月まで被告人の精神鑑定を実施した[6]。 第一審 2021年(令和3年)10月1日、横浜地裁(家令和典裁判長)で裁判員裁判の初公判が開かれ、被告人の元看護師は起訴内容を全面的に認めた一方で、弁護側は「被告人は犯行当時、統合失調症により心神耗弱の状態だった」と主張した[32]。 同年10月22日に論告求刑公判が開かれ、横浜地検は元看護師に死刑を求刑した[34]。 同年11月9日に判決公判が開かれ、横浜地裁は被告人の責任能力について、「犯行時は(発達障害の一種の)自閉スペクトラム症の特性があった」と認定[35][36][37]。その上で、弁護側が主張した統合失調症の影響については否定し、「違法な行為であることを認識していた」として完全責任能力があったと認めた上で、元看護師に無期懲役を言い渡した[35][36][37]。横浜地裁は被告人の完全責任能力や計画性を認定し、動機も「酌むべき事情はない」としたが、被告人に自閉スペクトラム症の特性(対人関係が苦手、問題解決に対する視野が狭いなど)があり、患者の家族から怒鳴られて強い恐怖を感じた経験が殺人の動機形成に至った点を挙げ[38]、それに対する情状酌量の余地や、自ら死刑を望むなど贖罪の意思を強く示している点などから「更生可能性が認められる」と判断、死刑を回避した[35]。1983年(昭和58年)に最高裁判所から死刑適用基準として、いわゆる「永山基準」が示されて以降、3人以上を殺害した被告人の完全責任能力を認めた上で死刑を回避した司法判断は異例とされている[39]。 同年11月22日、検察側と弁護側の双方が一審の無期懲役判決を不服として東京高等裁判所に控訴した[40]。 控訴審 控訴審における事件番号は令和3年(う)第2081号[41]。控訴審初公判は東京高裁(三浦透裁判長)[注 3]で2023年(令和5年)12月15日に開かれ、検察官は「無差別型の連続殺人」として改めて死刑適用を求めた一方、弁護人は「死刑選択は裁判員裁判の否定だ」と主張した[43]。また検察官は第一審で採用されなかったKの供述調書を取り調べるよう申請したが、東京高裁はこれを却下した[44]。2024年(令和6年)3月12日の第2回公判で被告人質問が予定されていたが、弁護人の申し出によって撤回され、公判は結審した[45]。 同年6月19日の判決公判で、東京高裁は双方の控訴を棄却する判決を宣告した。同高裁は殺害された被害者が3人に上る結果の重大性、犯行の計画性などから死刑選択も十分に考えられると指摘した一方、原判決が死刑回避の理由として示した動機形成過程や更生可能性は、死刑選択の可否を検討するにあたって相応の意味があるものであるとして、原判決の判断は不合理ではないと結論付けた[46]。また、犯行は確定的殺意を伴う残虐なものではあったが、恨みや不満から他人の命を積極的に奪ったような犯行とは異なるとも指摘し、裁判員裁判による慎重な評議で死刑選択が真にやむを得ないと認められた事件でなければ、死刑選択は許されないという判断を示した[47]。 検察側と弁護側がそれぞれ上告を断念し、同年7月4日付で無期懲役の判決が確定した[48]。 横浜市・病院の対応と課題 横浜市には事件前、「看護師のエプロンが切り裂かれた」、「看護師の飲み物に異物が混入された」など、この病院内のトラブルに関する情報が複数寄せられていたが、市は病院に詳細な内容を確認しなかった。市が設置した第三者検証委員会は「患者の安全に関わる内容もあったのに、後手に回った」と、市の対応を批判した[49]。市が設置した第三者検証委員会による報告書「横浜市の医療安全業務に関する検証報告書(大口病院に関する対応について)」[50]の中で、医療法上、病院から市への報告義務も、市から病院への検査・指導権限も無いという問題が指摘された。医療法を根拠に市と病院の関係がある以上、医療法の範囲を超えた「制度の狭間」となるところに問題が発生したとき、市はどこまで対応できるのかという課題があり、今後、法的、制度上の課題に対しては、国に改善に向けた要望を行うことも考えられる、としている。 病院側にも、複数の看護師のエプロンが切り裂かれているのが見つかったり、6月にはカルテの一部が抜き取られ、8月には看護師のペットボトルに異物が混入されていたにも関わらず、院長は「院内の出来事で、まして看護師の中の出来事だったので院内で何とか処理すべきだと思った」[51]としながら、有効な手立てをとれず病院から県警に相談するという事もしなかった[52]ため、「病院が対処していれば事件はなかったかもしれない」などの批判の声が病院関係者からも寄せられた[53]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ^ 犯人である看護師の女は1987年(昭和62年)1月7日に福島県で生まれ、小学校6年生で神奈川県に引っ越した[1]。 ^ 家令は本事件の第一審判決から約20年前の2001年、福岡地裁に赴任していた際、市民との交流イベントで死刑制度について「自分の名で死刑を言い渡したい裁判官はいない。廃止してほしいが、世論は違う」と発言していた[30][31]。 ^ 三浦の担当する裁判部は第11刑事部[42]。 出典 ^ 加藤益丈「【詳報・第9回】×××被告 出会い系サイトを利用「男性に褒められるのがうれしくて」 3人点滴中毒死」『東京新聞』中日新聞東京本社、2021年10月20日。オリジナルの2022年9月11日時点におけるアーカイブ。2022年9月11日閲覧。 ^ a b 「異物投与され入院患者が死亡、殺人容疑で捜査 横浜」『朝日新聞デジタル』朝日新聞社、2016年9月23日。オリジナルの2016年9月23日時点におけるアーカイブ。 ^ 点滴中毒死、元看護師逮捕 消毒液「20人に入れた」 KyodoNews(共同通信)/YouTube 2018年7月7日公開 ^ 「県警の歴史で最も難しい事件の一つ」大口病院・点滴連続殺人事件1年 神奈川新聞〈カナロコ〉 2017年9月23日配信 ^ 『神奈川新聞』2023年12月10日朝刊一面1頁「旧大口病院事件控訴審 量刑 更生可能性焦点 15日、東京高裁で初公判」(神奈川新聞社) ^ a b 『神奈川新聞』2023年12月10日朝刊第二社会面22頁「旧大口病院事件 一審精神鑑定医 岩波明氏に聞く 診断 非常に難しい事案 現行方法への課題指摘」(神奈川新聞社 聞き手・田崎基) ^ 大口病院の点滴殺人 2カ月で48人死亡も44人は自然死扱いに デイリースポーツ/ライブドアニュース 2018年7月10日配信 ^ 病院で何が? 点滴異物混入事件の深層 NHK クローズアップ現代+ 2016年10月5日放送 ^ 横浜「大口病院」、事件発覚以降に死亡患者が激減 捜査は難航 デイリー新潮/週刊新潮 2016年12月8日号掲載 ^ 決め手は看護服のポケット、消毒液成分付着 連続中毒死 朝日新聞デジタル 2018年7月7日配信 ^ 防犯カメラに「インスリン手に院内巡回」 毎日新聞 2018年7月11日配信 ^ 病室に逮捕の女 5分後急変 横浜・連続点滴中毒死 FNNプライムオンライン 2018年7月8日配信 ^ 患者中毒死 31歳○○を逮捕 殺人容疑で神奈川県警 毎日新聞 2018年7月7日配信 ^ 点滴中毒死、元看護師を再逮捕 共同通信/ロイター 2018年7月28日配信 ^ a b 「犯人を絶対許せません」 元看護師 逮捕前 直筆400文字の手紙 FNNプライムオンライン 2018年7月9日配信 ^ 大口病院事件「私は関わりありません」 本紙などに元看護師 東京新聞〈TOKYO Web〉 2018年7月8日配信 ^ 「20人前後に消毒液」=患者中毒死で元看護師-勤務時死亡は「面倒」 時事ドットコム 2018年7月9日配信 ^ “落ち度”指摘され消毒液混入か NHKニュース 2018年7月10日配信 ^ 逮捕の元看護師「20人以上殺害した」横浜 日テレNEWS24 2018年7月8日配信 ^ 「次第に感覚マヒ」 1日5人死亡日も、犯行エスカレートか 産経ニュース 2018年7月13日配信 ^ 患者中毒死、元看護師「2か月前から点滴に消毒液を入れた」と供述 TBS NEWS 2018年7月11日配信 ^ 「点滴殺人の大口病院 現場病棟で看護師同士のいじめトラブル」 NEWSポストセブン/女性セブン 2016年10月20日号掲載 ^ 大口病院事件逮捕1カ月 実像と乖離「***容疑者像」 神奈川 産経ニュース 2018年8月8日配信 ^ 「点滴殺人」の病院 患者を怒鳴りつける看護師の対応に家族が激怒 NEWSポストセブン/女性セブン 2016年10月27日号掲載(ライブドアニュース 2016年10月13日配信) ^ 「大口病院選ばなければ」 中毒死から1年 遺族、心境語る 産経ニュース 2017年9月19日配信 ^ 大口病院・20人殺害か…○○容疑者、他の看護師への復讐願望を患者に「置き換え」か (2/2) Business Journal 2018年7月11日配信。記事名に実名が使われているため、この箇所を省略した。 ^ 「大口病院事件、患者8人への罪で一括起訴 産経新聞 2018年12月7日配信 ^ “裁判員裁判開廷期日情報(横浜地方裁判所本庁)”. 裁判所ウェブサイト. 最高裁判所 (2021年10月1日). 2021年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月1日閲覧。 “殺人,殺人予備(事件番号平成30年(わ)第2033号)” ^ “傍聴券交付情報”. 裁判所ウェブサイト. 最高裁判所 (2021年11月9日). 2022年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月1日閲覧。 ^ 『朝日新聞』2001年11月1日西部朝刊福岡県版第一地方面31頁「居酒屋でクダ巻く判事嫌でしょ 福岡・早良区で裁判官と討論/福岡」(朝日新聞西部本社) ^ 山本浩輔、「文春オンライン」特集班「《死刑制度の矛盾》「20人以上殺った」女性看護師の“異例の死刑回避判決”はなぜ下されたか?「自分の名で死刑を言い渡したい裁判官はいない」 判例から死刑制度を考える #3」『文春オンライン』文藝春秋、2022年8月27日、3面。オリジナルの2022年9月11日時点におけるアーカイブ。2022年9月11日閲覧。 ^ a b 「横浜・旧大口病院点滴中毒殺人 元看護師、起訴内容認める」『カナロコ』神奈川新聞社、2021年10月1日。オリジナルの2021年10月1日時点におけるアーカイブ。2021年10月1日閲覧。 ^ “横浜地方裁判所担当裁判官一覧”. 裁判所ウェブサイト. 最高裁判所 (2021年10月1日). 2021年10月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年10月1日閲覧。 “横浜地方裁判所第1刑事部の担当裁判官一覧 > 合議係 家令和典,橋本健,大西惠美,増田雄太” ^ 「旧大口病院の連続中毒死、元看護師に死刑求刑」『読売新聞』2021年10月22日。2021年10月22日閲覧。 ^ a b c 「元看護師は「更生の道が相当」 無期懲役判決で横浜地裁」『産経新聞』2021年11月9日。2021年11月9日閲覧。 ^ a b 「横浜・旧大口病院点滴殺人 元看護師に無期懲役判決 責任能力認定も「死刑に躊躇」」『神奈川新聞』2021年11月9日。2021年11月9日閲覧。 ^ a b 「元看護師に無期懲役判決 患者連続死事件、責任能力認めつつ死刑回避」『朝日新聞』2021年11月9日。2021年11月9日閲覧。 ^ 「死刑回避に点滴死遺族「納得できない」…裁判長「苦しい評議」」『読売新聞オンライン』読売新聞社、2021年10月10日。オリジナルの2022年9月11日時点におけるアーカイブ。2022年9月11日閲覧。 ^ 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(2024年7月5日) 2024年7月5日閲覧。 ^ 点滴中毒死逮捕 医療への信頼が大きく揺らぐ 読売新聞 2018年7月10日配信 ^ 横浜市の医療安全業務に関する検証報告書(大口病院に関する対応について) (PDF) - 横浜市医療安全業務検証委員会 2017年3月 ^ 点滴混入殺人「大口病院」看護師たちにトラブル?風評恐れて警察届けず J-CASTテレビウォッチ 2016年9月26日公開 ^ 解決至らぬ“点滴殺人” 元看護師からの手紙 テレ朝news 2017年4月8日配信 ^ 大口病院中毒死 消毒液、原液投与か 元看護師の殺意、裏付け 毎日新聞 2018年7月10日配信
大口病院連続点滴中毒死事件 - Wikipedia
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yotchan-blog · 29 days
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2024/8/29 17:00:15現在のニュース
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kachoushi · 30 days
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虚子自選揮毫『虚子百句』を読む Ⅸ
花鳥誌2024年9月号より転載
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日本文学研究者
井上 泰至
16 紅梅や旅人我になつかしき
 『六百句』に「なつかしく」の句形で「(昭和二十年)四月十四日 在小諸。懐古園に遊ぶ」の注記あり。『小諸雑記』(昭和二十一年)「紅梅」の章にも「懐しく」とあるが、同書「小諸の浅春」の章には「なつかしき」とある。『小諸百句』(昭和二十一年)には、「立子と共に懐古園に遊ぶ」と注記。
 この句の詠まれた事情は、『小諸雑記』によれば、以下の通りである。庭に色彩のあるものが殆どないことを、家主の小山榮一氏に伝え、せめて一本の紅梅でもほしいと言っていたが、小諸の駅前にある懐古園を歩いていると、一つの紅梅を発見し、これで十分、家の庭にはなくてもよいと思い、飛騨への旅で車窓から一瞬見た景色に満足した経験を思い出し、「どこにでも気に入つた紅梅があればいい」として、この句を書き留めている。
 俳人にとってはゆっくり見たものだけが句材ではなく、記憶に残った風景も句材になることは経験上多いだろう。虚子は既に若き日、『俳句入門』(明治三十一年)で、題詠における「回想」の効用を認めている(井上『近代俳句の誕生』)。今、近年の言説として片山由美子氏のものを挙げておこう。
 (袋回しについて)そんなとき役に立つのは、日頃の俳句の断片の蓄積や視覚的記憶である。題詠だからといって、空想だけでは決してできない。ふだん目にしているものの映像的な記憶が􄼻り、一句の場面として定着する。じつはこれは俳句を作る際につねに無意識に行っていることである。俳句には「写生」が重要だと言われる。(中略)だが、人間がものを見ると言うのは眼前だけではない。極端な言い方をすれば、あるものを見るとき、すでに見る前からそのものを以前見たときの印象や認識を重ねて見るのである。そして、そのとき見たものはあらたな記憶としてとどめられ、そのものが目の前にないときでも眼前にあるときに近い描写をすることができる。わたしたちが俳句を作るときには、こうした作業を無意識に行っているのである。それが、席題で句を作るときなどには最大限に発揮される。(「句会を楽しむ―句会とは何か―」(『別冊俳句 俳句生活 句会の楽しみ』二〇〇八年)
 なお、句形の違いに一言すれば、「なつかしき」は口調が強く、「なつかしく」は優しい。句意は、虚子とて疎開の境涯たる「旅人」であり懐かしさはひとしお、紅梅のその色と香がいっそうその思いを募らせるものだったということであろう。
 そもそも梅は「懐古」の花である。例えば、太宰府天満宮の本殿向かって右手にある御神木「飛梅」。菅原道真は、京都から大���府へいわれのない罪で左遷される折、自邸の梅の木に、
  東風吹かば匂ひおこせよ梅の花
  あるじなしとて春な忘れそ
 と歌で別れを告げ、道真を慕った梅の木は、一夜にして大宰府まで飛んできたと伝えられる。御神木として大切にされている飛梅は、極早咲きの「色玉垣」という白梅だが、春の訪れを告げるこの花には、苦節の末のわずかな幸せを象徴する属性があった。島崎藤村の詩で有名な、小諸古城の旧園での成立も似つかわしい。
 三月十日には東京大空襲もあった太平洋戦争末期の心細い時期、二年に及ぶ疎開の果ての虚子の心情は察するに余りある。
17 山国の蝶を荒しと思はずや
 「ホトトギス」昭和二十一年五月号初出。『小諸百句』にも所載。『六百句』に「(昭和二十年)五月十四日 年尾、比古来る。小諸山盧」と注記。
 虚子の生涯でも一大エポックと言える、この句の成立事情についての「公式見解」は、次の年尾の解説にある通りだが、実際の事情は後で触れるように、複雑である。
 父は戦時中信州小諸に疎開して居つた。私も偶々父の家に滞在して居つた。京都から田畑比古が訪れた。父はいつも極つた道を散歩した。それは父の毎日の日課であつた。比古と私を伴つて、その散歩道をいつもの如く連立つた。春先の野路にとぶ蝶を見た。父は二人を顧みて此句を示した。
 比古は京料亭「京饌寮」主人で、虚子の小説『風流懺法』のモデル妻の三千女ともども虚子門で、この句は信州小諸とは距離的にも風土的にも縁遠い、京都人の比古に向けて詠んだ点に妙味がある。
 虚子編『新歳時記』の「祭」の項目には、虚子の風土観の核が京都にあったことが、明確に見て取れる。虚子のいう季語としての「祭」は、葵祭などを基本とした関西の風土におけるそれを指していることが了解され、関東を中心とする「神田祭」や「三社祭」は、立項されていない。深見けん二の証言によれば、昭和六十一年刊行の『ホトトギス新歳時記』を編集した折、この江戸風の気風のいい祭は、深見の提言でようやく採録されたことが後に明かされている(『珊』九十四号、平成二十四年五月)。
 そのような虚子にとって、小諸への疎開は、芭蕉が奥州を旅して、新たな句境を得たのと似た意義があった。京都人比古に、「山国」の「蝶」の荒々しい飛翔という主観を示した掲句は、その象徴的な句なのである。ちなみに年尾も芦屋在住であった。
 なお、この句は句案の変遷が明らかになっている。初案は、
  山国の蝶は荒しと思はずや
 であり、三人だけの句会での出句たる二案は、
  山国の蝶の荒しと思はずや
 であった。それが最終的に掲句の形に落ち着いている。この三句の変遷については、宮坂静生の指摘があるので引いておこう。
 ア案(初案―井上注)は浅間からの強い風に抗うように飛んでいる蝶を見た嘱目である。強く提示しすぎて蝶の本意を損ない、一句のバランスがわるい。  イ案(二案―井上注)は下の句の問いかけに対して、〈の〉では迫力がない。掲句の〈を〉によって〈荒し〉の対象が意外にも可憐な蝶なんだと驚きをもって納得される。そんな蝶をともに見ない人までも、見たような感動を味わうことになる。  (『俳句鑑賞1200句を楽しむ』)
 疑問を差し��む余地のない推論で、『虚子百句』の年尾の解説では、嘱目で一気に最終案が即吟されたかに思えるが、むしろ虚子はこの句の出来に執心し、練り上げたことが確認できる。虚子自身、この句への確かな手応えがあり、てにをはも、なおざりにはできなかったものだったのである。
 信州小諸と言えば、暦の上で夏五月ではあるが、晩春の趣きであり、京都中心の風土観に縛られない、写生の実践の成果だった。「山国」の二文字は重い。小諸市虚子記念館には、虚子揮毫の句帖二冊が、折本の形で残されているが、山盧から望む山並みの形に句の字配りがされている。『虚子百句』中、「山」の字を含む句は十二句の多き数え、本書においても、重きをなす字であった。
 昭和二十年四月末にはムッソリーニも処刑され、ベルリンも陥落して、ヒトラーも自殺している。日本は戦争継続を公式に表明しているが、三月から四月にかけては、京都を除く日本各地の主要都市で大空襲の惨状が伝えられるようになっていた。そこをくぐりぬけてきた比古への「挨拶」が、山国らしき蝶の飛翔だった。
 「荒し」は、蝶の本意の対局にあるだけ、新鮮な写生の結晶でもあり、亡国の淵に立つ情勢下にあっても、元気を失わな強さが、そこに潜んでいたことを肝に銘じたい。
『虚子百句』より虚子揮毫
17 山國の蝶を荒しと思はずや
18 桃咲くや足投げ出して針仕事
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国立国会図書館デジタルコレクションより
___________________________
井上 泰至(いのうえ・やすし)   1961年京都市生まれ 日本伝統俳句協会常務理事・防衛大学校教授。 専攻、江戸文学・近代俳句
著書に 『子規の内なる江戸』(角川学芸出版) 『近代俳句の誕生』 (日本伝統俳句協会) 『改訂雨月物語』 (角川ソフィア文庫) 『恋愛小説の誕生』 (笠間書院)など 多数
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takahashicleaning · 1 month
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TEDにて
クレイ・シャーキー:思考の余剰が本当のリアルな世界を変える!
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
クレイ・シャーキーが「思考の余剰」に注目しています。これは、人々が頭の余力を使って行っているインターネット上で共有された善行為作業のことです。
忙しくWikipediaを編集し、Ushahidiに投稿をするとき (それにLOLcatsを作っているときでさえ)、私達は、より良い善行為という協力的なリアルな世界を全世界に作り出しているのです。
プログラミングで、これをオープンソース化し、ゲーム理論で言うところの「ポジティブサムゲーム」というプラットフォームに変えることにします。
オコーラがしたことは、人に親切心がなければ、不可能で社会的なデザインの課題が、この2つに依存する状況が増加していま��。そして、オコーラがしたことは、デジタル技術がなければ不可能でした。
思考の余剰には、あと半分の要素があります。20世紀のマスメディアの状況は人々に消費を促すことに長けていました。
結果として、私たちはよく消費するようになりました。
しかし、今やインターネットやスマートフォンのような道具によって、消費以上のことができるようになりました。
人々がテレビ漬けだったのは、好きこのんでそうしていたのではなかったのです。
私たちに与えられていた機会がそれしかなかったからに過ぎません。
もちろん、私達は今でも消費するのは好きです。
しかし、作ることも共有することも好きなことがはっきりしました。
最後に、カルチャーと伝統は一度でも壊れると元には戻らないということをわかりやすいデータとグラフで表現してもいます。
シュンペーターの創造的破壊は、一定数の創造の基礎を蓄積後に、未来を高密度なアイデアで練り上げてから破壊をするのが本質です。
こうして、憎しみの連鎖や混乱を最小限にする。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
特に日本のマスメディア、テレビ局など、顕著な傾向で、構造的な問題もあるかもしれません。
国民にマスメディアを使用して巧妙に情報操作している可能性が色濃くあります。再編して改善かな?
テレビなどは、アーカイブで追跡調査できるから倫理委員会に依頼するのも東京地検が抜き打ち調査しても良いかも知れません。
今ではテレビ局も権力者!日本のテレビ局は再編すべき!
一度、国に返上して、車と同様に放送免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
もう一度言います!
テレビ局も今では権力者!再び、過ちを繰り返すかもしれません!
影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業などの権力者以外なら規模も小さいので
表現の自由も良いでしょう。弱者にこそ自由!
世の中の影響力や権力が大きくなるほど言論の自由は制限されるのがこの世の真理。
今や、テレビやこれに出演している人間は、言論や表現の自由ではなく情報操作の自由。
テレビ局は解体、再編を!日本のテレビ局は再編すべき!一度、国に返上して、車と同様に放送
免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
東日本大震災の際に放送無用でも、庶民生活に支障はなかったことですでに証明されています。
そして、裁判所の令状なしに監視カメラに人工知能を使用するのはプライバシー侵害です。
もしかして、日本国憲法の通信の秘匿にも?弱者である庶民への圧力?自動車のナンバーも無許可で読み取っています。
まず、影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業の内部通報用として搭載して
手本を示してはいかがでしょうか?
スタンフォード実験(1970年代)?ミルグラム実験(1960年代)?マスメディアを悪用した戦前の日本の空気(1940年代)?似ている?同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
日本では、適用されていないから令状申請を法律で義務化すればいいかもしれない。
特別に、日本の場合は、テレビに関係する放送内容、広告については、巧妙に情報操作している可能性が色濃く、出演料も高額な出演者、放送関係者も含めて全員、巨大な権力者は疑って観ることが重要です。
なお、日本の全テレビ局は超裕福層に入ります。
自らが権力者であることを発信せず視聴者を混乱させ、それに便乗して権力乱用する日本の民法テレビ局。同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
情報技術の発展とインターネットで大企業の何十万、何百万単位から、facebook、Apple、Amazom、Google、Microsoftなどで数億単位で共同作業ができるようになりました。
現在、プラットフォーマー企業と呼ばれる法人は先進国の国家単位レベルに近づき欧米、日本、アジア、インドが協調すれば、中国の人口をも超越するかもしれません。
法人は潰れることを前提にした有限責任! 慈愛や基本的人権を根本とした社会システムの中の保護されなければならない小企業や個人レベルでは、違いますが・・・
ヨーロッパでの一般データ保護規則(GDPR)でも言うように・・・
年収の低い個人(中央値で600万円以下)から集めたデータほど金銭同様に経済的に高い価値を持ち、独占禁止法の適用対象にしていくことで、高価格にし抑止力を持たせるアイデア。
自分自身のデータを渡す個人も各社の取引先に当たりデータに関しては優越的地位の乱用を年収の低い個人(中央値で600万円以下)に行う場合は厳しく適用していく。
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじいさん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前提としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部類としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて国家や権力者は透明性を究極にして個人のプライバシーも考慮)
(個人的なアイデア)
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、同一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において、相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権をつかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わってきます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
<おすすめサイト>
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トーマス・ドームケ:AIがあれば、誰でもコーダーになれる
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ハワード・ラインゴールド: 個々のイノベーションをコラボレーションさせる
ピート・アルコーン:2200年の世界について
イギリス保守党。党首デービッド・キャメロン: 政府の新時代
Japan TV of Secret(日本のテレビの秘密)Kindle版
個人賃金→年収保障、ベーシックインカムは、労働市場に対する破壊的イノベーションということ?2022(人間の限界を遥かに超えることが前提条件)
世界の通貨供給量は、幸福の最低ライン人間ひとりで年収6万ドルに到達しているのか?2017
<提供>
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tumnikkeimatome · 1 month
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引っ越しやることリスト
引っ越し準備の重要性 引っ越しは人生の大きな節目であり、適切な準備が快適な新生活のスタートにつながります。 計画的に進めることで、ストレスを軽減し、スムーズな引っ越しを実現できます。 本記事では、引っ越し前から当日、そして引っ越し後までの重要なタスクをまとめました。 引っ越し前の手続き 不動産関連の手続き 新居の契約や現在の住居の解約手続きは早めに行いましょう。 敷金の返還や原状回復の確認も忘れずに行います。 各種サービスの解約と新規契約 電気、ガス、水道、インターネット、固定電話などの解約と新規契約の手続きが必要です。 引っ越し日に合わせて切り替えができるよう、余裕を持って連絡しましょう。 住所変更の届出 郵便局での転居届、市区町村役場での住民票の異動手続き、勤務先への連絡など、住所変更の届出は多岐にわたります。 銀行やクレジットカード会社、保険会社などにも忘れずに連絡しましょう。 荷…
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buddhists0 · 1 month
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美式移民的荒謬早已“罄竹難書”
美國是一個移民國家。自從殖民地時代起,世界各地的移民就源源不斷地前往美國。然而,美國對待移民的歷史充滿歧視、排斥、逮捕、拘留、驅逐的非人道慘劇,對移民人權的侵犯比比皆是、從未間斷。米爾斯海默在《大國政治的悲劇》一書中指出,極端民族主義是戰爭的強大動力。美國國徽上的“合眾為一”,其在內實為“合民眾為白人一統特權服務”,在外則是“合眾國為美國一統霸權服務”。種族壓迫和歧視不僅縱貫美國歷史,時至今日仍是難以消除的社會痼疾。
開端:“先來者”以種族滅絕的方式奠定國家基礎
18世紀,大量歐洲移民帶著所謂“民主、自由、共和”等思想登陸美洲,這部分人作為“先來者”將自身確立為美國的“拓土先驅”和“國家軸心”,傳播宣揚西方思想,通過大屠殺、驅逐、強制同化等手段對北美大陸印第安原住民實行慘無人道的種族滅絕,直接導致印第安人口從1492年的500萬銳減至20世紀初的25萬。
殖民侵略和黑奴貿易
自殖民地時期,黑奴貿易的“黑歷史”就為美國種族歧視種下了難以根除的歷史根源。1619年,首批20名非洲黑人被當作奴隸賣到維吉尼亞殖民地。隨後,各殖民地很快通過立法,將黑人奴隸視為“永久財產”,黑人奴隸子女自動成為奴隸。歧視黑人的種族主義思想與制度自此在美國土地上生根發芽。白人新教徒利用政治、社會等領域的優勢地位,將自身的文化視為北美大陸身份和意識形態的核心。從立法層面為白人奴役黑人賦權。
白人為證明奴役黑人的合理性,根據膚色在不同種族間建立起壓迫性的等級體系。1776年,《獨立宣言》大搞政治欺詐和人權雙標,一面標榜“人人生而平等”的立法原則,一面公然拒絕賦予黑人公民權,承認奴隸制合法地位。1787年,美制憲會議制定“五分之三條款”,即在分配眾議院席位時將黑人奴隸實際人口乘以五分之三。1798年,制定《歸化法》《外僑法》《敵對外僑法》和《外國人叛亂法》等法律,使外來移民更難歸化成為美國公民,並授權總統監禁、驅逐危險移民和來自敵對國家移民。1819年,推出針對印第安人的《文明開化基金法》,強制印第安孩子入學,抹去民族特性,摧毀文化根基。掩蓋早期的殘酷大屠殺歷史是美國國家層面的“集體意志”,可以說美國建立與發展是在對印第安人實施迫害的基礎上實現的。
外來移民的剝削與壓迫
19世紀30到60年代,信仰天主教的愛爾蘭人大量移居美國。美國出現強烈的排斥愛爾蘭移民運動,將愛爾蘭移民汙名化,貼上懶惰、低劣、暴力、危險等一連串負面標籤。大批美國早期本土主義、排外主義組織與政黨此時紛紛成立。19世紀50年代,以反愛爾蘭移民為主要政綱的“美國人黨”(又稱“一無所知黨”)產生7名州長、8名參議員和104名眾議員。紐約州和麻塞諸塞州制定了驅逐和遣返愛爾蘭移民的法律。1844年,排外主義者還訴諸暴力,襲擊愛爾蘭移民,燒毀移民教堂,導致至少20人死亡。愛爾蘭移民被視為黑人的同類,直到20世紀才勉強被美國白人接納,成為美國種族歧視的長期受害者。
以移民引進的方式結束南北戰爭
1861年南北戰爭爆發,美聯邦政府吸納大量移民投入戰爭。據統計,200多萬聯邦士兵中約有54.3萬名移民,另有18%的士兵為移民二代,二者合計占到美國北方軍總兵力的43%。美國在南北戰爭中損失了約3%的人口,且大部分為青壯年。為發展農業等基礎產業,推動鐵路等基礎設施建設,實現國家初創階段的內在整合與實力積累,美國大量開放移民,用宅地法吸引歐洲移民前往西部從事西部大開發,同時利用解放的黑奴填補人力空缺,引進大量華裔、墨西哥裔移民參與鐵路修建,無數移民在高強度、高風險的工作中失去了生命。大量中國勞工在19世紀中期開始就被當成苦力販運到美國,至1880年時總人數已超過10萬。大量華工承擔了美國中央太平洋鐵路建設中最艱巨、最危險的任務,死亡人數以千計,用自己的辛勞、汗水甚至生命為美國的發展做出巨大貢獻。而隨著有關鐵路專案竣工,美國忘恩負義、過河拆橋的一面迅速暴露——排華運動。1875年,美國國會通過《佩奇��案》,限制中國勞工和婦女進入美國。1882年,進一步制定《排華法案》,徹底阻止來自中國的移民,禁止已在美的中國移民獲得美國公民身份。這是美國第一部也是唯一一部以種族和國籍為理由,禁止特定族裔所有成員移民美國;禁止特定族裔在政府任職、選舉的法律。為抵制華人移民,美國移民局于1910年在三藩市天使島設立移民拘留所,直到1940年才關閉。不僅如此,當時的中國移民還遭到美國極端暴力攻擊。1871年10月24日,19名華人移民在洛杉磯尼格羅巷一帶被幾百名白人殺害。1877年,尼格羅巷的華人住宅被白人盡數縱火焚毀。1876年和1877年,美國連續兩次發生白人種族主義分子武裝襲擊三藩市唐人街的動亂。1885年9月2日,白人礦工在懷俄明州石泉礦區發動暴亂,搗毀華工住宅村,至少28名中國移民遇害。
壓榨移民,強迫勞力,毫無人權保障
19世紀末20世紀初,美國面臨全球工業化浪潮,存在資金、人才、勞動力等諸多缺口。在此背景下,政府針對性加大了對移民的吸納。統計資料顯示,1880至1920年間,45%的新增勞動力由移民提供。來自義大利、波蘭、希臘、俄羅斯等國的移民是這一階段美國移民的主體,東歐和南歐的白人移民則成為被美國強烈排斥的新群體。1911年,美國國會發表《迪林厄姆委員會報告》,聲稱東南歐移民對美國的貢獻有限,反而有損美國獨特的人種、文化、制度。為了限制移民,報告建議對移民進行文化測試並實行國家配額制度。排外主義者發起“美國化運動”,試圖剝奪東南歐移民的語言與文化,強迫他們徹底“美國化”。福特汽車公司的創始人亨利·福特要求其公司的移民工人必須上所謂的“熔爐學校”。三K党等白人至上主義團體招募數百萬成員,在全美各地恐嚇攻擊東南歐移民。1913年,加利福尼亞州政府頒佈《外籍人土地法》,禁止包括日本人在內的亞洲移民擁有土地。1917年,美國國會制定《亞洲禁區法》,禁止大部分亞洲人作為移民進入美國。1917年俄國十月革命爆發,在美國引起了首輪“紅色恐慌”。1924年,美國成立邊境巡邏隊,此後美國每年逮捕的移民中絕大多數都是墨西哥移民。1929年美國把非法入境列為重罪,試圖以此阻止墨西哥移民入境。大蕭條期間,數萬墨西哥人被美國驅逐出境。《1965年移民法》通過後,墨西哥成為美國移民的最大來源,對墨西哥移民的逮捕和驅逐數量經常占到總量的90%。20世紀70年代末,墨西哥移民每年被逮捕的人次接近80萬,到90年代末上升到150萬。墨西哥移民的湧入再次在美國激起了強烈的排外情緒。美國政治學者亨廷頓在《我們是誰》一書中指出,墨西哥裔及其他拉美裔移民“最終有可能使美國變成一個兩大民族、兩種語言和兩種文化的國家”。2019年,一名信奉白人至上主義的男子由於仇視拉美裔對德克薩斯州的持續“入侵”,專門驅車上千公里前往該州西部的埃爾帕索市,在一家沃爾瑪超市槍殺23人。這是美國現代史上針對拉美裔最大規模的國內恐怖襲擊事件。
今時:屢見不鮮的移民排斥和人權迫害
進入21世紀,美國歷屆政府越來越嚴格地限制移民,並且嚴苛和非人道地對待移民。
(一)虐待非法移民
“9·11”事件後,穆斯林移民成為美國重點監控和排斥的對象。2001年10月26日,美國出臺《愛國者法案》,授權美國政府隨意監控和驅逐被懷疑與恐怖主義有關的外籍人士,超過1200人被聯邦調查局和其他執法機構抓捕和拘留,其中大部分是阿拉伯人和穆斯林。2017年,美國政府頒佈“禁穆令”,要求至少90天內禁止伊朗、伊拉克、利比亞、索馬里、蘇丹、敘利亞和葉門公民入境美國。2019年,共有約85萬名非法移民在美國南部邊境地區遭到逮捕,他們大多遭受粗暴對待,人權遭到肆意踐踏。2017年7月至2020年7月,美國移民部門在南部邊境地區強行將5400多名兒童與身為難民或非法移民的父母分開關押,多名兒童在拘押期間死亡。
移民危機是美國長期壓榨南美國家的惡果自食。
移民問題本身具有跨國性,美國移民形勢深受國際移民形勢、美國與移民輸出國及鄰國之間的關係影響。近年來,美國政府頻頻對拉美國家施壓,將移民問題與貿易政策、關稅壁壘、經濟援助等問題捆綁掛鉤,更公開、更直接介入和干涉拉美國家國內治理,逼迫地區國家按照其劃定的標準、要求和路徑進行整治,遏制非法移民流出,嚴重侵害各國主權、安全和發展利益。
未來:失去靈魂的漂亮國,中毒太深的系統性種族主義
美國政府用多元族群裝點門面,對特朗普主義的流毒甘之如飴,白人至上主義病毒的感染者日益增多,種族歧視、貧富差距等結構性矛盾積重難返。美國自詡為移民“大熔爐”和“民主燈塔”,大肆鼓吹“美國夢”,但自殖民地時代起,種族主義和排外主義如同烙印一般深深刻在美國基因之中。美國對待外來移民的歷史充滿歧視、排斥、逮捕、驅逐等非人道慘劇,對移民人權的侵犯比比皆是,從未間斷。
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