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#吉川粋美
coltm45a1usmc · 23 days
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hachikenyakaiwai · 4 months
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【かいわいの時】天正十六年(1588)二月十六日:出雲大社の巫女、大坂天満宮で神歌・小歌踊りを演じる(大阪市史編纂所「今日は何の日」)。
京博本の「阿国歌舞伎図屏風」は、昭和三十年代に、山本発次郎コレクションとして、しばしば観照する機会を得た。出光本と違って、芝居小屋の内部描写を主題に、役者と観客の交歓を描く。その人物描写(姿・形・配置) や小屋の外の松の姿形に長谷川派の筆を感じたが、拙著『桃山の風俗画』(平凡社、昭和四十二年十月刊)ではなお町絵師出身の逸名の風俗画名手の筆と逃げた。華やかな阿国歌舞伎の図としては、すべてに出光本より適切な表現を見せると言えよう。とくに登場人物が出光本より有機的な関連をもち、見物と舞台が一つに融け合うさまは秀れている。その後、やはり長谷川派の筆だと考え、近稿の「宗宅研究」ではいずれ筆者を特定したいと書いた。もとより、長谷川派でもっとも風俗画に熱意をもつ等学を意識していたのである。
これより、判定の過程を省略して、もっぱら私が等秀や等学と考える風俗画 (歴史画も含める)について述べたい。 まず宗宅の風俗画に触れると、さきの秀吉の醍醐花見図屏風以外では、同じく秀吉が宮中で貴族たちや南蛮人と 一緒に能楽を見る「観能図屏風」(八曲一隻、紙本著色、神戸市立博物館蔵)が同筆と思われる。宗宅は秀吉関係の風俗図だけを描いたのかもしれない。等秀となると、出光本の「阿国歌舞伎図」一点で、ほかには見出せない。地味な等秀は、派手な風俗画には不適と自認していたのであろう。
つぎもすぐ風俗画とは言い難い変った屏風絵だが、「誰が袖美人図屏風」(六曲一双、金地著色、根津美術館蔵)(挿図七八) を取り上げたい。左隻はいわゆる誰が袖屏風に美人図を組み合わせたもので、中央に派手な小袖を着た兵庫髷ふっくらした女性と三味線を左手に持つ禿姿の童女が静かに対峙し、その右方と背後に衣桁・屏風・衣桁を配す《略》ここでさきの等学唯一の署名をもつ帝鑑図を想起したい。それは正面向きの古風な宮殿を奥へ重ねたものだったが、これは最新流行の誰が袖図と扇面散図屏風による知的な構成である。人の女性の姿態や配置は京博本阿国歌舞伎図屏風にも現われているもの。さらに右隻の桜や杉の描法や構図は、前出の「太閤花見図屏風」や等学の妙蓮寺の松・桜・杉図絵などに類似する。以上からこの「誰が袖美人図屏風」が等学筆であるのは納得されると思う。その制作年代は慶長十年ごろの京博本の「阿国歌舞伎図屏風」より後で、サントリー本の「東山・吉野遊楽図屏風」より前であろう。一応、慶長十年代とみておく。コメント欄に写真。
以上、主として等学の風俗画について、彼の金障壁画より得た画風の特徴を基礎に、もっぱら直観による大胆な想定をなしてきた。ここに至ると、理論的にも妥当な等学を京博本「阿国歌舞伎図屏風」の筆者と判定することに、これ以上躊躇する必要もなかろう(山根有三)。「長谷川等秀・等学研究」『国華 第1228号』1998より、抜粋して編集。
(写真)「阿国歌舞伎図屏風」1605頃(京都国立博物館蔵)より 舞台上を見ると、刀を肩にかけたかぶき者、柱のそばに坐す茶屋のかか、頬かむりをした道化役の猿若がおり、これは阿国歌舞伎の代表的演目である「茶屋遊び」が演じられていることを示す。出雲の阿国が北野社の能舞台を代用して「歌舞伎踊り」を始めたのは慶長8年(1603)、本図はその舞台を描いたもので、制作もそれからさほど降らぬ頃と考えられる。囃座も三味線などなく、笛、小鼓、大鼓、太鼓ばかりで、いかにも初期的様相を示す。図中に印象的に配された松の表現が、たとえば妙蓮寺障壁画中のそれと通有する性格を有しており、長谷川派による風俗画の一例とする有力な説がある(e国宝=画像も)。
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monthly-ambigram · 8 months
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2023-10月号
アンビグラム作家の皆様に同じテーマでアンビグラムを作っていただく「月刊アンビグラム」、主宰のigatoxin(アンビグラム研究室 室長)です。
『アンビグラム』とは「複数の異なる見方を一つの図形にしたもの」であり、逆さにしたり裏返したりしても読めてしまう楽しいカラクリ文字です。詳しくはコチラをご参照ください⇒アンビグラムの作り方/Frog96
◆今月のお題は「ヒーロー」です◆
今月は参加者の皆様に「ヒーロー」のお題でアンビグラムを制作していただいております。  古今東西のヒーローにまつわる逆さ文字の数々をご覧ください。
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「勇者」 回転型:peanuts氏
勇者といえばヒーローの筆頭ですね。ゲームだけではなく神話においても英雄としての勇者は数多く語られています。 全体を斜めにすることで「勇」のパーツのずれの違和感を和らげています。正統派で王道を行く作品だと思います。ペンで書いたような作字もステキです。
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「正義」 回転重畳型:いんふぃにてぃ氏
正義こそヒーローの行動原理ですね。正義の反対はまた別の正義、という言葉もあり、真実と同じような意味合いを持つ言葉かもしれません。 「正」「義」それぞれを回転重畳型にしています。「回転重畳型×2」として並べることもできましたが、縮尺を変えることで一つのアンビグラムにまとめ上げているのが作者の工夫ですね。
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「英雄」 回転型:海氏
ヒーローは日本語で「英雄」ですね。 英雄という言葉にまつわる作品はいくつか寄せられましたが、まず正統派の回転型です。字画密度の差は「厷」を中心に据えて解決、字画の角度を一定のルールに揃えることで読みやすくまとまっています。
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「必殺技」 図地反転回転型:いとうさとし氏
ヒーローならば必殺技の一つや二つ使いたいものです。 見事な「殺」を中心に読みやすい図地反転アンビグラムに仕上がっています。ドット表現がゲームにマッチしそうで、必殺技を決めるヒーローの背景で光らせたくなるデザインです。
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「自己犠牲」 図地反転型:梅氏
自己犠牲の精神はよくヒーローと共に語られますね。 こちらのデザインは「犠牲」のほうに字画の区切り線があるため完全な図地反転の関係にはなっておりません。その意味で純粋なアンビグラムではないのですが、アンビグラム的表現の一つとして面白いデザインになっており作者の工夫が光っています。
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「大活躍」 回転型:lszk氏
ヒーローならば大活躍が確約されているものなのか、大活躍したからヒーローなのか。 氏には久しぶりに作品を寄せていただきましたが、相変わらずデフォルメした形状による作品が絶妙に読めるバランスで素晴らしいです。本作では翼のような形状が万能ですね。
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「ひろいんとひいろう」 旋回型:kawahar氏
ヒーローとともによく語られるヒロインですが男女の違いだけではなく非対称性がある点は興味深いところ。 氏は多面相旋回型を得意としていますが本作でも六面相に仕上げていて感心します。鏡像と回転により文字が変化する、バランスの調整具合をご覧ください。
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「スーパーヒーロー」 回転型:lszk氏
スーパーヒーローは主にフィクションで超自然的な力を持つヒーロー。人により思い浮かべるスーパーヒーローも違うでしょう。 デザインとしては中央に力が集中していくかのよう。後半「ーロ」の部分の重ね処理を自然に見せるため「パーヒ」の部分も重ね処理をしており、文字列の配置が絶妙です。
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「英雄/色を好む」 振動型:ヨウヘイ氏
「英雄色を好む」とは「英雄は活力にあふれ何事にも精力的に活動するため女性関係も積極的で派手」という意味。英雄ならそれでも許される、というニュアンスもあります。 「英/色」の下部分の処理、「隹/好む」の対応がうまく調整されています。太い文字なので切り欠きをうまく使うことができるのですね。言葉の選択が面白いです。
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「ダークヒーロー」  回転型:mishima氏
ダークヒーローは正義の味方として描かれない主人公でアンチヒーローとも。 ダークヒーローのシルエットをロゴに取り入れていてかっこいいですね。オーラのように燃え上がる形状が文字のゲシュタルトにうまく取り入れられておりステキです。
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「剛烈/疾風」 回転共存型:兼吉共心堂氏
仮面ライダージオウに登場する「仮面ライダーゲイツ」の強化フォーム「仮面ライダーゲイツリバイブ」の二つの変身フォームが「剛烈&疾風」だそうです。 この二つの言葉の相性が良すぎますが、氏の書道風の筆致によりより自然な仕上がりになっていると思います。気持ちよい作品です。
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「響鬼」 振動型:.38氏
「仮面ライダー響鬼」より。 決して近くはない「響/鬼」の二文字の中間点をうまく探し出して仕上げられています。実際のタイトルロゴに似せたデザインなのもよいですね。
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「科学忍者隊ガッチャマン」 図地反転回転型:いとうさとし氏
1974年から放���された変身ヒーローアニメ。タツノコプロの代表作の一つです。 「科学忍者隊」「ガッチャマン」がそれぞれ図地反転回転型の作品になっています。「ガッチャマン」はカタカナで字形を崩すと読めなくなりやすいのですが、しっかり読めるようになっている配置が魔術的です。
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「僕のヒーローアカデミア」 鏡像型:ぺんぺん草氏
ヒーローと名の付く漫画といえばこれでしょう。種々メディア展開された人気作です。 本家ロゴに似せたステキな作品ですね。「僕/デミア」のハマり具合が楽しいです。本家ロゴのテイストでアンビグラム化できるかは運命的なところもあり、奇跡的な作品ともいえます。
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「秘密戦隊ゴレンジャー」 図地反転型:いとうさとし氏
所謂「スーパー戦隊もの」の第一作。集団戦隊ヒーローのフォーマットが第一作にして確立されました。 「秘/密」「戦/隊」「ゴレン/ジャー」がそれぞれ図地反転の関係です。対応付けの仕方に統一性がありながらどの文字��可読性も確保されており、さすが達人の仕事です。
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「シン・仮面ライダー/第1バッタオーグ」 回転共存型:兼吉共心堂氏
シン・仮面ライダーと、それに登場するショッカー上級構成員の対応。「第2~」でもできそうです。字画密度の差がある言葉同士を対応付けようという発想がいつもすごいと思いますし、それを作品に仕上げる力量が素晴らしいです。
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「五右ヱ門」 鏡像型:うら紙氏
安土桃山時代の盗賊の首長であった石川五右衛門、彼を創作材料とした作品は多くその中にはこの表記としたものもあります。 環状配置の作品ですが、上下左右に文字が配置される点が珍しいです。略字の「门」にしているのがぴったりですね。左に45度回転させると隈取のようにも見えてきます。
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「天下人」 鏡像型:.38氏
天下人は全国の政権を掌握した人のことで、ヒーローともダークヒーローとも見ることができそうです。 「天/下人」でシンプルな対応ながらパースをかけたようなデザインにより「天」第2画の短さと「下」の点の突き出しが自然に見えるようにしています。周りにある隠し文字もよいですね。
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「桃太郎」 回転型:オルドビス紀氏
おとぎ話のヒーローといえば桃太郎を連想する人が多そうです。 余る字画がほとんどなく仕上がっているのにも驚きですが、余った分も横画が細い様式と左上優先の法則の活用で全く気にならないですね。美しく素晴らしい作品です。
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「野茂英雄」 回転型:douse氏
「英雄」といえばこちらに発想を飛ばすのも自然。名前もさることながら野球選手としての実績もヒーローといってよいでしょう。 「野茂/英雄」がハマりすぎで気持ちよいです。作字としても最高ですね。ストレートとフォークボールを連想させるモチーフがステキです。
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「さらば一昨日殺人ライナー」 回転型:Σ氏
HACHI(米津玄師)の楽曲「パンダヒーロー」の一節。 巧みな文字組と掠れ処理の組み合わせで文字の切れ目をコントロールしています。中央の「日」を「昨」のひへんの字形と揃えているのは作字面でのこだわりですね。カッコいいです。
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「Q.17 ヒーローを右のコンテナに入れろ」 回転型:いんふぃにてぃ氏
パズルゲーム『Q』より、17問目からの引用とのこと。 180度回転型というのは解き方を示唆している、のでしょうか……? 発想の飛ばし方がさすがです。長い文字列への挑戦もよいですね。
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「痛みを知るただ1人であれ」 回転型:螺旋氏
シン・ウルトラマンの主題歌『M八七』の中の一節。映画の内容にマッチした印象的な歌詞です。 とにかく細かいところの対応をじっくり見てしまいます。特に曲線がきれいに調整されていてので見ていて気持ちよく、カッコいい作品です。
 最後に私の作品を。
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「英雄/悪役」 回転共存型:igatoxin
ヒーローと対立するものとしてヴィランが描かれますが、対極にあるものではないのかもしれません。
ヒーローがお題のアンビグラム祭、いかがでしたでしょう。皆さんの発想に触れヒーローとは何たるものかに思いを馳せ、幾重にも楽しめるものになったのではないでしょうか。お忙しい中 御参加いただいた作家の皆様には深く感謝申し上げます。
さて次回のお題は『ゲーム』です。ゲームから連想する語句、ゲームタイトル、ゲームキャラクター、なんでもOKです。締切は10/31、発行は11/8の予定です。それでは皆様 来月またお会いしましょう。
——————————–index——————————————
2023年 1月{フリー}   2月{TV}        3月{クイズ}        4月{健康}   5月{回文}    6月{本}               7月{神話}   8月{ジャングル} 9月{日本史}  
※これ以前のindexはこちら→《index:2017年~》
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longgoodbye1992 · 2 years
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祭りのあと
この街を去る前にエリに会いたいと思っていた。
最後に話したのは七月の終わり。
その後互いに忙しかったのに加えて、その時の会話でエリの恋愛対象に離婚歴がある男は入らないということを知って、なんだか心が折れていた。
それでも会いたいと思ったのは、エリの声と姿を耳と目に焼き付けておきたかったからだ。
声かけたのは日曜日。
相変わらずメッセージの文面は簡潔でさっぱりしていて、すんなりと九月の初日に会うことになった。
休日も仕事で忙しいんだろうが、俺が街を去ることを知って気を遣ってくれてるんだろう。
八月半ばのエリの誕生日にメッセージとちょっとしたギフトを贈った。その頃エリは実家で病の床に伏していた。流行病をもらったらしく、地元の友人達と会う予定が全て潰れたと嘆いていた。
つくづく今の流行病というのは万事を狂わす天災だ。
当日の昼にエリから時間に遅れるとメッセージがくる。予定時間よりだいぶ前だから、やはり家での仕事が捗っていないのだろう。
時間を調節しながらエリを待つことした。
ふと思う、何を話せばいいのだろう。
闘病記や最近の仕事の他に話題は何かあるのだろうか。
会いたいと思う事は何かを話したいではなくて、同じ時間を過ごしたいからな訳で、酒を飲んで軽く食べながらどんなことを話したらいいのかわからなくなる。
沈黙なんてSkype時代に嫌というほど他者と経験して、きられることに慣れていたのに、今はこんなにも怖く思える。
行きつけのバーが明るいうちから開いていることに感謝だった。
だけど相談しても答えなんて出やしない。
それが普通で、まっとうなんだと思った。
待ち合わせは、新たに設定した時間より三十分早まった。嬉しいのかどうか自問自答しながらバーを出る。
待ち合わせは中央改札。その前にある総合案内の真横でエリを待った。
着いたというメッセージとともに緊張が走る。
何に対しての緊張なのか。
エリに会うことなのか、沈黙に対するものかわからないでいた。
耳元で桑田佳祐の祭りのあとが流れる。
粋で優しい馬鹿でいろ。
そんなフレーズがやけに耳に残る。
じっと見つめていた改札の反対側からエリは現れた。
呆気にとられて「えっ、こっち?」なんて間抜けたことを口走った。
エリは誰が見ても元気がない。そんな様子だった。
案の定、仕事に追われた休日だったらしい。
ただ、髪が短くなったような気がした。
前よりも可愛らしく、魅力的になったと今は言わないでおいた。
繁華街に歩きながら店の話をした。
前の店でいいよ。なんてつまらない事を言う。
でもそれは俺にとって気楽になる一言でもあった。
前と同じ煙草が吸える店に入る。
デジャヴのようにおんなじ席に通されて軽く笑えた。
そして前とおんなじように生ビールを二つ頼んだ。
食べ物は任されてしまった。そんなに食べないエリらしかった。
嫌いなものを聞いたらトマトとキュウリだった。
俺と全く同じでつい一緒だなと口が動いた。
乾杯する。エリと会うのは二回目で、二十六歳になって始めて会ったから誕生日祝だった。
その後の会話は結論から言えばなんてことなく、心配をよそに話は進んだ。
「髪切ったよね」
「そう昼に切った」
「今日だったんか短くなったな」
「結構ね、短いの似合うんだよね」
「すごい可愛いと思うよ」
「ありがと」
エリは照れた。わかりやすいくらいに。
Instagramを教えてもらって、過去のギャルだった頃やら、若さほとばしる時期の写真を見てこれまた可愛らしいなとにやける。
アイコンが前に俺が撮った写真だった。
「俺撮ったやつやん」
「一番盛れてるから!」
前に篠山紀信が宮崎美子を撮ったときに、オーディションに送った写真を超えられないと話したエピソードがある。
恋人が撮ったその写真の表情を自分は超えられないと言ったらしい。
俺が撮った無防備なエリを、今は誰も超えられないんだなと悦に浸った。
一瞬付き合った女性の話も思わずしてしまった。
エリは俺の気持ちに共感してくれた。そうするしかなかったのかもしれないけれど嬉しかった。
「財布出すのは礼儀だとおもってた」
「えらいよエリは」
「そんな女いるんだね」
「今日は俺が払うから財布見せんなよ」
「それフリ?」
「違うよ。誕生日祝だから」
「じゃあ甘えるわ」
これがエリが歳上に愛される理由なんだろう。
エリの最近のロマンスは前の職場で知り合った人が隣のマンションで、しばしば会っているということだった。
七つ上の営業マンで気が利くいい人らしい。
エリは六割くらい気があるみたいで、その話をするときの顔は乙女の顔でちょっと妬けた。
「七つ違うのってどうなん?」
「関係ないだろう。俺の三つ上だし」
「なんかそこがきになるんよねー」
「気にすんなよ。誤差だって」
「気になるよー」
ウーロンハイを口に運びながらそんな話をした。
それを気にするなら離婚歴も気にするよなと思った。
「一度人のものになったっていうのがお下がりみたいで嫌」
そう言われたのは正直ショックだった。
だけど今はネタで話せるくらいになった、
「もしエリちゃんがバツイチでも良くなったら俺がいるよ」
「ははは。それ気にしてんだね」
「そりゃ好きだからさ」
「気にならんくなるんかな」
「五年後はわからんよ」
「そうかもね」
煙草に火を点ける横顔がなんだか恨めしく思えたけれどエリらしかった。
「でもさ、今は幸せになるなら誰でもいいと思ってるよ」
なんて口にした。
「親目線かよ」
「兄目線的な?」
「大丈夫だよ」
「俺みたいなクズはさ同族嫌悪でクズのものになってほしくないわけよ」
「大丈夫だよ。あたしだって綺麗な生き方してきたわけじゃないし」
「そうなん?」
「バレなきゃいいって思ってた時期あったよ」
エリは学生時代、数年間遠距離の彼氏がいた。
「まあ、バレなきゃな」
「それなりに遊んでたよ」
かなり酒が効いてるらしく普段言わないことも話している。
聞きたくないような、でもリアルでエリらしかって。
「だからさ、自分みたいな男はわかるつもりだよ」
「ならちょっとは安心だけどな」
「誰目線だよ」
「わかんねぇけどなんか安心した」
「心配してくれてありがと」
「まあ、ロマンスがあってよかったよ」
「ちょっとはあるよそりゃあ」
「ロマンスは有り余るくらいがいいからな」
「それなんだっけ」
「ゲスだ」
二人でハモった。
その後は音楽の話になり、一生で一つのバンドしか聞けないとなったらどのバンドがいいか(俺はスピッツで、エリは横山健のバンド)とか、ELLEGARDENの曲で何が一番好きか(エリはlonesomeで、俺はmiddle of nowhere)なんて話で盛り上がり、カラオケに行くことになった。
初回とまったく同じコースだった。
カラオケボックスに入って歌いたい曲を入れ始める。
エリはELLEGARDENのジターバグ、俺はエリの母親が好きな矢沢永吉のsomebodytonight。
矢沢の真似をしてる間に入れたエリの曲は「若者のすべて」で思わず崩れ落ちた。
「ちょっと、それはヤバいって」
「夏の終わりだからさ」
「最高だよエリは」
「夏終わったわ。なんもしてねぇ」
「夏が終われば赤黄色の金木犀の時期だ」
「それな」
エリのセンスは本当に最高だ。
キーを三つ上げて歌う若者のすべてはなんだか別な曲みたいだったけどよかった。エリの声で聞けるのが嬉しかった。
大塚愛の歌声に似てるからと言って、今回は「クラゲ、流れ星」を選曲した。
「桃ノ花ビラ歌ってくれよ」
「これと焼肉の歌しか歌えないんよ」
「練習してくれ。俺落ちるから」
「ははっ、落ちるんだ」
もうすでに落ちてたなんてわかりきってるだろう。
二時間半はあっという間に過ぎた。
今回は俺も最後まで声が続いた。
「煙草吸って帰ろか」
「うん」
エリは喫煙所で燃え尽きたようにうなだれる。
「酔ったな」
「久々に酔って歌った。いきそうだよ」
「最高の夜、ありがとな」
エリを抱き締めて頭を撫でた。
力の入っていない身体を支えながら。
「行こっか」
エリは急に我に返ったように歩き出す。
会計でエリは数千円をポッケに突っ込もうとしてきたが突き返した。
「だからさ、今日は祝なんだから」
「じゃあ出さない!」
「それでいい!」
「あたしそう言われたらほんと出さないかんね」
「いいってば」
「ありがとう」
どうして俺はこの子の目に映らないんだろう。
カラオケ出て、ふらつくエリの手を握った。
ギタリストの手にしては小さくて柔らかかった。
エリは楽しそうに手を振りながらトトロの歌を歌った。
タクシー乗り場までの間はどんな事があってもこの手を離さないと思った。
「もう電車乗りたくない」
「だからタクシーなのね」
「ラーメン食べたい」
「食べて帰るか」
「ダメ、ジムに通ってるから抑えなきゃ」
変に意志が堅い。
タクシーに崩れ込むように乗り込んで別れた。
エリを乗せたタクシーは夜の車道へ紛れていった。
帰り道。学生時代にたまに行ってたつけ麺屋に入った。大盛りを食べても満足いかなくて、別なラーメン屋でもう一杯食べた。
これはエリの分だと訳のわからない理由をつけて。
エリにメッセージを送った。
ありがとう。また会おう。なんて。
相変わらず簡潔に、ありがとう!ご馳走様!と返ってきた。
ふらふらのエリの精一杯なのかもしれないと思いながらこれを書いて眠りにつこうとする。
この日を真空パックして忘れたくなかった。
花火は燃え尽きた。
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jinglebellringer · 25 days
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flowers
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masatakeabe · 5 months
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3月のスケジュール
 
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3/5(火)19:30- 国分寺M’s Kenny Wheeler = John Abercrombie Tribute Band 平井庸一(g) 石川広行(tp) 望月慎一郎(p) 阿部真武(b) 若杉大悟(dr)
¥2000+ミニマムオーダー¥1400(2Drink+TableCharge¥300)
  
  
3/7(木)20:00-
神保町試聴室
”Silence Duo”
沢田穣治 contrabass
瀬田創太 piano
+
Duo
阿部真武 electricbass
沼尾翔子 vocal
ご予約はこちら↓
   
   
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3/12(火)19:30-★
下北沢APOLLO
阿部真武 electric bass
北田学 clarinets
外山明 drums
BarCharge¥800+order+投げ銭
  
  
3/22(金)19:30-
阿佐ヶ谷マンハッタン    
”Ornette Coleman JamSession”
古和靖章 guitar
田嶋真佐雄 contrabass
阿部真武 electricbass
白石美徳 drums
MC¥3000 (2ドリンク付)
  
  
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3/23(土)20:00-
水道橋Ftarri
Isabel Anders(from Berlin) piano
岡川怜央 electronics
阿部真武 electricbass
¥2000 要予約:[email protected] (氏名、人数、電話番号をお知らせください(当日19:30まで)
  
 
3/25(月)
神保町試聴室
しばてつ  piano
山田光  altosax?
荒井康太 drums
+
阿部真武 electricbass
北田学 clarinets
   
   
3/27(水)19:30-
下北沢APOLLO
野田昌太郎 guiar
遠藤ふみ  piano
阿部真武  electricbass
BarCharge¥800+order+投げ銭
   
   
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3/30 15:00-
「ARTERA」vol.5
【出演/setグループ】 米澤一平 - Tapdance,Electronics Darie - Voice,Instruments 阿部真武 - Electric Bass
⑴ 15:10開場/ 15:30開演 山中芽衣 - Dance Ikuma Murakami - Dance suzunaokada - Dance
⑵ 17:10 開場/ 17:30開演 尾上実梨 - Dance 栗朱音 - Dance 泊舞々 - Dance
⑶ 19:10 開場/ 19:30開演 鈴木清貴 - Dance 水越朋 - Dance 岩渕貞太 - Dance
【料金】¥1,500円+投げ銭 ※ 各回入替制 【会場】「蟠龍寺」 東京都目黒区下目黒3丁目4-4 【予約】[email protected]
「ARTERA」について米澤さんHP↓
   
  
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3/31(日)20:00-
水道橋Ftarri
trio
柳沢耕吉 guitar
遠藤ふみ piano
阿部真武 electric bass
¥2000
要予約:[email protected] (氏名、人数、電話番号をお知らせください(当日19:30まで)
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catonoire · 6 months
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生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ
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国立近代美術館で「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」を見る。版画(板画)を中心としつつも、それだけにはとどまらない棟方作品を幅広く取り上げた大規模な回顧展である。
1928年の油絵「雑園習作」。
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「東京弁稽古の図」。自伝『板極道』の中の、上京が決まった頃の場面の挿絵。
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「歌舞伎版画勧進帳」(1931年)。歌舞伎座で上演された勧進帳の役者を描いたもの。後年の棟方らしさバリバリの作品とは異なるテイストの版画を見るのは初めてで物珍しく、こういう仕事もしていたのかと驚かされた。役者は左から順に、初代中村鴈治郎、初代中村吉右衛門、市川中車(キャプションには書かれていないが、おそらく七代目)。
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「観音経曼荼羅」(1938年)。裏彩色を初めて本格的に取り入れて成功した作品とのこと。
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「華厳譜」(1936年)の風神。個人的に好きな棟方作品のひとつ。
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青森ゆかりの能「善知鳥(うとう)」をテーマにした「善知鳥版画巻」(1938年)の中の「鉄嘴」「浪声」。
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西洋モチーフの作品もある。「基督の柵」(1956年)。
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「ホイットマン詩集抜粋の柵」(1959年)。
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「神祭板畫巻」(1943年)。国画会展に出品されたものの、「皇大神宮」の文字の途中で改行されているのが不敬にあたるのではないかと主催者側が恐れ、撤去されたという。内容は思いっきり天皇賛美に見えるのに、改行すらもはばかるとは……言論統制および自主規制ほんとこわい。
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棟方が請われて揮毫した書「無事」。説得力のある「無事」である。
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「二菩薩釈迦十大弟子」(1939年)。「須菩提」は版木と見比べることができる。
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襖は大きいので全体の写真を撮るのが難しい。
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「いろは板画柵」の右隻。
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「谷崎歌々板画柵」の左隻。谷崎潤一郎の歌に絵をつけたもの。
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谷崎潤一郎の小説『鍵』の挿絵。
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切手になった棟方。
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パッケージデザインも引き受けた棟方。
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「華狩頌」(1954年)。モチーフはアイヌの儀礼に発想を得、構図は坂本万七が撮影した高句麗古墳・舞踊塚の壁画からヒントを得たという。
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青森凧絵。
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棟方デザインの浴衣。
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「東海道棟方板画」(1963-64年)。このシリーズは、棟方作品の主なイメージ(民藝とか宗教モチーフとか)から離れて、工業化する日本の姿が描かれているのが気に入った。
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「大印度の花の柵」(1972年)。ゴッホのひまわり図に入り込んだ棟方。作者の顔が浮かび上がる花瓶がちょっとキモおもしろい。
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棟方の道具。
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kachoushi · 7 months
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各地句会報
花鳥誌 令和5年11月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和5年8月3日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
思ひ出はねぶた祭りの鈴の音 由季子 居合はずも気配感じて墓参り さとみ 小さき手の祈る姿や原爆忌 都 新刊にしをりはさみし今朝の秋 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月5日 零の会 坊城俊樹選 特選句
夏蝶の影夏蝶の見当たらず 和子 夏帽を墓誌にぱさりと一礼す 小鳥 炎帝の甘い息なり草いきれ 和子 ビルとなく夏草となく墓となく 千種 墓参直方体の石たちへ 緋路 刻む名のなき墓石の灼けてあり 和子 十字架の寝墓を埋めし夏の草 美紀 空蟬を俯きにして走り根に 要 炎天にかつて士族は墓じまひ いづみ
岡田順子選 特選句
睡蓮の影睡蓮の葉に揺るる 緋路 利通の墓へ鋼の夏日かな 俊樹 墓参直方体の石たちへ 緋路 葬列の中のたじろぐ黒日傘 三郎 あふひ句碑墓域にありて百日紅 佑天 奔放で供花ともならず猫じやらし 荘吉 青山の水に肥りし金魚かな 美紀 夏草に陋屋のごと耶蘇眠る はるか 立ち枯れの草より薄き八月の蝶 和子 イザベラの墓へ絵日傘高く上げ 小鳥
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月5日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
金灯籠灯の曼陀羅をよへほ節 美穂 盆灯籠十万億土超ゆ君へ 久美子 流燈の火の川となり闇に浮く 孝子 流灯の破線となりて彼の世へと 睦子 行く夏や波に消えゆく砂の山 修二 家紋古る釣灯籠に代々の火を 久美子 黒髪に戴く山鹿灯籠かな たかし シヤンデリア墜ちてはじまる夏舞台 睦子 縁日やうすものの母追ひ越さず かおり ダリア立つ背に御仏のおはす如 勝利 炎帝を睨み返せし不動尊 かおり 戦争を知る人とゐて沙羅の花 朝子 恋に堕つ日々はまぼろし星月夜 美穂 風天忌しがらみ捨てて西東 修二 思ひの外長く連れ添ひ夕端居 光子 あの雲の八月六日兄の背に 朝子 河童忌やセピア色なる供華の水 睦子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月7日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
九頭竜に天蓋として秋の空 かづを 饒舌を寡黙にしたる猛暑かな 同 老い包む羅にある粋を着て 同 絽の喪服広げて暫し母偲ぶ 笑 海上を照らし消えゆく花火舟 同 羅に心の綾は隠し得ず 雪 絽の美人正面見すゑ瞬かず 泰俊
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月8日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
鳳仙花記念写真のまた増えて 裕子 秋薔薇キリスト葬は花のみに 令子 図書館の絵本を借りて秋の朝 実加 秋初め装丁だけで選ぶ本 登美子 褪せ果つるトーテムポール夏の月 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月8日 萩花鳥会
広島の原爆殘害眼前に 祐子 盆提灯座敷一変かの浄土 健雄 ひぐらしがよう帰ったと里日暮れ 俊文 七夕や家族揃うてバーベキュー ゆかり 庭野菜取りたて供ふ盆支度 恒雄 ひと日生く古稀の我また花木槿 美惠子
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令和5年8月9日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
化粧水嫁にねだりて生身魂 すみ子 立葵老女の夢は咲きのぼる 悦子 棚経を待つ朝よりの野良着脱ぎ 美智子 水脈長く長くや土用蜆舟 都 縁台の仰臥は浮遊天の川 宇太郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月12日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
烈日の寺の甍や蟬時雨 亜栄子 白粉のゆふぐれ匂ふ句碑明かり 文英 達者なる日を百歳の生身魂 同 好物に笑顔は童生身魂 恭子 小湾の潮香満ち足る島の秋 多美女 ビートルズ聴きつうたたね生身魂 亜栄子 草々に水やり終へて今朝の秋 恭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月14日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
打水に乾きし土の匂ひして 迪子 蜩の声に憶ふは奥貴船 貴薫 新涼や虚子文学碑なぞり読む 怜 蜩や今日の仕舞ひにジャズを聴く 貴薫 新涼の風運び来る水の音 三無 蜩の声に包まれ森深き 秋尚 新涼の風運びゆくミサの鐘 怜 直したる服受け取りて涼新 貴薫
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月14日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
耳に残る脱穀の音終戦日 昭子 大都市の火の海と化し終戦日���みす枝 薄れゆく記憶手繰りし原爆忌 英美子 俗論をまた聞かさるる残暑かな 昭子 喜んで逃げる爺婆水鉄砲 みす枝 しみじみと肩甲骨や更衣 昭子 夫の船べりを掴みて鮑海女 同 桐一葉風の意のまま落ちにけり 英美子 どの墓も供華新しき盆の寺 信子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
火取蟲てふに一夜を果つ定め 雪 考へず居れば済むこと髪洗ふ 同 花火果て破に残りし余熱かな 真喜栄 漆黒の闇に銀漢ふりかぶり 同 百日紅又百日紅てふ団地 清女 それとなく秋を呼びゐる風の音 かづを 九頭竜の闇を沈めてゐる銀河 同 ゴジラ似の雲立ち上がる原爆忌 嘉和 地獄より来る祖もありぬ盂蘭盆会 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月16日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
啼く声の細くとぎれし法師蟬 啓子 足さばき揃ひよせ来る盆踊り 笑子 灯籠に女心の一句添へ 希子 流灯の仏慮の風に促され 同 球児等もスタンド席も灼けてゐし 和子 地図上に台風の道あるらしく 同 盆の月古城の上にまかり出る 隆司 吟行も供養の一つ盂蘭盆会 泰俊 故郷の色町とほる墓参 同 表情のはみ出してゐるサングラス 雪 頷いてばかりも居れず生身魂 同 月夜の踊り雨夜の踊り見しと文 同 何となく日向水ある日向かな 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月16日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
蝿叩きにも自らなる居場所 雪 頷いて居れば安泰生身魂 同 火を恋ひし火蛾の果てとはこんなもの 同 狙ひたる金魚に又も逃られし 同 音もなく傷も付けずに流れ星 みす枝 蜩の声が声呼び森震ふ 同 偕老に二本つましく牽牛花 一涓 来世又君に逢むと墓参 世詩明 夏まつり村の掟は捨て難し 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月18日 さきたま花鳥句会
鳳仙花迷路のごとき蔵の街 月惑 天高し殿堂入りの行進曲 八草 夕まずめ途切れ途切れに法師蟬 裕章 あの人に会ひたくなりし天の川 紀花 座の窪きまり南瓜のおほらかに 孝江 朝の厨一分間の終戦日 ふゆ子 夜咄やはたと団扇の風止まる とし江 炎暑寺水鉢かつぐ鬼を吸え 康子 一夜あけ光の洗ふ野分後 恵美子 尺玉の花火の弾け音弾け みのり 強風に七夕飾りもつれけり 彩香
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令和5年8月20日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
裏返り空を見詰むる秋の蟬 秋尚 校庭の空を奪ひし秋茜 経彦 大空に機関車の缶灼けゐたり 幸風 菩提樹を絡めとりたる葡萄葛 同 なびき癖各々違へねこじやらし 秋尚 山城の搦め手いづこ野路の秋 眞理子 一葉落ち青空丸く生まれたる 三無
栗林圭魚選 特選句
TARO展残暑を赤く塗り潰す 千種 おしろいの紅固く閉ぢしまま 秋尚 横山に行合の空今朝の秋 幸風 校庭の空を奪ひし秋茜 経彦 水被り残暑の石の獣めく 千種 たくさんの水飲み干して夏果てり 久 わが息の荒さをしづめ秋の蟬 千種 秋の蟬力惜しまず昼を裂き 三無 噴水の歪みもとより秋暑し 千種 妣の声聞きに葉月の恐山 経彦
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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shin-yoshiwara · 8 months
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荒川朋子と新吉原
「トリバコーヒー京都で待ち合わせ」
2023年10月20日(金)-10月30日(月) 11:00-18:00
京都在住の毛が印象的なアーティスト"荒川朋子"と粋な江戸土産”新吉原”が、京都の"トリバコーヒー"にてポップアップを開催します。荒川氏のチャーミングな作品達を眺めながら美味しいコーヒーをお楽しみ下さい。コラボ手ぬぐいも発売致します。
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【 荒川朋子】
1988年 京都府出身
木や陶などの彫刻を作り、毛を生やしています。
「頭の中にかたちが溢れてきます。そのかたちに実際に触れてみたくて作っています。それが何なのか、どこから出てきたのか、自分でも分からないことがあります。一体なんなんだろうと思うこともありますが、作らずにはいられないのです。髪の毛を生やす作業はしんどいし、少し気持ち悪いです。じゃあ生やさなくていいのにと思うこともありますが、生やさずにはいられないのです。そうしてできたものたちを、私は愛さずにはいられないのです。」  @arakawatomokoooo 
【TORIBA COFFEE KYOTO】
2023年2月にコーヒー豆のショップ、カフェとして、80年続いた京華堂利保の跡地にオープンした後、店舗の奥部分は、「左京区のサグラダファミリア」と呼ばれるほどに工事が頓挫。満を持して2023年6月に「Bar Espresso」として、ギャラリーとしても楽しめるエスプレッソバーがオープンしました。 @toriba_coffee_kyoto
【粋な江戸土産 新吉原】
東京の観光地としても有名な浅草。そこから少し離れた所にある吉原は、今では日本一のソープ街として有名ですが、 江戸時代は遊郭として様々な流行や文化を生み出し、歌舞伎や小説などにも登場した歴史のある色街。 そんな艶っぽい歴史を土産物に落とし込んだブランド「新吉原」のアイテムは普通の土産物では満足できない貴方にお薦め。 吉原生まれ、吉原育ちの土産商 岡野弥生がデザインする粋な土産物をお楽しみください。 @shin_yoshiwara
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furtivestar · 11 months
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2023/07/14~ 文化放送アナウンサー休演相次ぐ
多少の同情というか、ひいき目もあるかもしんないけど、別に取り立てて"まずい点"があったとは思わないので、「まぁまぁやりくり大変でしたね」というあたりを客観的にまとめ。
07/14金
13:00『大竹まことゴールデンラジオ!』鈴木純子→野村邦丸
17:00『ニュースパレード』鈴木純子→永野景子
17:57『長谷川太のスポーツギャラクシー』長谷川太→寺島啓太
07/15土
7:00『ラジオのあさこ』砂山圭大郎→西川文野※ニュース読みとスポンサー関係を中心とした代演
『村上信五くんと経済クン』内9:48ごろニュース・天気 →西川文野
『菊池桃子のライオンミュージックサタデー』内10:50ごろ天気 →西川文野
『ますだおかだ岡田圭右とアンタッチャブル柴田英嗣のおかしば』内11:33ごろニュース→久保朱莉
13:00『ロンドンブーツ1号2号 田村淳のNewsCLUB』砂山圭大郎→鈴木敏夫(鈴木びん)※ポジション変更
15:00『伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛』水谷加奈→代演なし ※伊東四朗もコロナ感染のため休演→吉田照美ワンマン
17:00『てるのりのワルノリ』甲斐彩加→代演なし
裏送りNRNナイターヤクルト×巨人 高橋将市→飯塚治
07/16日
12:55『ニュース・天気予報』→西川文野
『鷲崎健のヒマからぼたもち』内14:36ごろニュース→西川文野 ※競馬コーナー「ウマ崎健」高橋将市or長谷川太→多和田弓子
16:55『ニュース・交通情報』→西川文野
07/17月祝
(『キユーピー メロディホリデー』内11:55、12:55ニュース→太田英明)
(裏送り『ランチタイムニュース』永野景子)
13:00『大竹まことゴールデンラジオ!』砂山圭大郎→坂口愛美※ニュース読み ※祝日のため大竹らも休演→阿佐ヶ谷姉妹とラブレターズで進行
07/18火
(『ランチタイムニュース』吉田涙子)
13:00『大竹まことゴールデンラジオ!』砂山圭大郎→野村邦丸
22:00『ハナコ 秋山寛貴のレコメン!』甲斐彩加→代演なし
07/19水
(『ランチタイムニュース』伊藤佳子)
13:00『大竹まことゴールデンラジオ!』砂山圭大郎→野村邦丸
17:00『ニュースパレード』鈴木純子→伊藤佳子
(『ライオンズナイター』スタジオ斉藤一美)
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『西川あやの おいでよ!クリエイティ部』2023/7/17より、共演者とトークしつつの西川アナ発言抜粋
「文化放送アナウンサー部がお騒がせしております」 「新型コロナウイルスの陽性者が出たりとか、陽性反応が出てるんだけど無症状の人がいたりとか、陰性だけどちょっと発熱してる人がいたりとか」「私、西川は違和感が全くなくて、毎日検査もして」「陰性が出ているので、出社して放送に出ている」 「アナウンス部の"解散会"というか」「"これにて解散"みたいな会があって」 「部署がなくなるという通達があって」 「そもそも部署がなくならなければそういう会も開かれなかったはずなんですけど」 「土日にピンチヒッターやらせてもらって、改めて愛社精神が湧いちゃって」「共演者や現場の方々が気を遣ってくれてたのもわかるし」「リスナーの方々も"小さい会社だから大変そうだよね"とかすごいわかってくださるコメントをいっぱい頂いた」 「ふだんのみんなで力を合わせている現場があるおかげだなと思って」
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team-ginga · 11 months
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大竹しのぶの一人芝居『ヴィクトリア』
 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター中ホールで大竹しのぶの一人芝居『ヴィクトリア』を見てきました。
 作者はイングマール・ベルイマンーーはい、あのベルイマンです。私は最近、『ある結婚の風景』全6話を見たので「予習」もバッチリです。
 私は長年にわたって大竹しのぶのファンでした。最初に見たのは映画『青春の門』ーー映画館に見に行きました。1975年公開ですから、私はまだ16歳、高校2年ですかね。
 吉永小百合が見たくて行ったのですが、初めて見る女優・大竹しのぶに圧倒されました。大竹しのぶ演じるオリエは幼馴染のシンスケ(田中健)と安宿で初めて体の関係を持つのですが、そのときシンスケが「俺たちは同じだ」と言うのに対して、オリエが「同じやない!」、「あんたはお父さんが偉か!」と言い、シンスケに突き飛ばされて足を広げて後ろ向きに倒れるところなぞ、「すごい」のひとこと。
 惚れましたね。
 そこからファンになり、大竹しのぶの最初のLP(古い!)も持っていますし、ヘアヌード写真集も持っています。
 芝居は何を見たかな。寺山修司の『身毒丸』や清水邦夫の『炎のような姉がいて』やラシーヌの『フェードル』を見たと記憶しています。
 で、この『ヴィクトリア』ですが……
 物語は大竹しのぶ演じるヴィクトリアが朝ベッドで目を覚ますところから始まります。ヴィクトリアは女中と思われるアンナという女性に話しかけ、コーヒーがぬるいとかトーストがどうだとか言っています。
 そこからだんだん状況がわかってきます。
 ヴィクトリアは43歳(大竹しのぶは60代半ばですが、まあその点は気にしても仕方ありませんし、気になりません)の教授夫人ーー夫の大学教授は浮気をしています。
 まあ、大学教授なんて大抵そんなもんです(嘘ですよ! ワタシは浮気なんかしたことありません!)。
 で、ネタバレをしてしまうとーー
 ヴィクトリアは慈善パーティーのスピーチで夫が浮気していることをみんなにバラしてしまい、夫はピストルで自殺しました。夫の葬儀の後、彼女は旅に出ますが、精神を病んでしまい精神病院に入っています。
 つまり、精神病院にいるヴィクトリアは、狂った頭で脈略もなく過去の場面を思い出し、彼女にしか見えない相手と会話をしているわけです。
 あるとき精神病院で食中毒が起こります。ヴィクトリアは食事を食べなかったので、一人だけ無事です。彼女の部屋を消毒するためでしょうか、ヴィクトリアは少し広い別の病室に連れて行かれます。
 誰もいないはずの病室には12歳くらいの少女がいます。ヴィクトリアは名前や年齢を尋ねますが、少女は答えません。ただ、赤い瑪瑙の玉をくれます。
 ヴィクトリアは少女と一緒に眠ります。朝起きると少女はいません。
 ヴィクトリアは元の病室に戻ります。握っていた手をひらくと……もうわかりますね、もちろんそこには赤い瑪瑙の玉があります(舞台上では大竹しのぶの手に上から赤い照明を当てて瑪瑙に見立てています)。
 「何を持ってるの?」、「まあ、綺麗ね」と、どこからともなく声が聞こえます。おそらくヴィクトリアの母親の声ということなのでしょう。「今日は感染症(食中毒のことだと思います)で山へはいけないけれど、またいつか行きましょうね」と言われたヴィクトリアが、瑪瑙の玉を握りしめるところで幕が降ります。
 原題はSpiritual Matter(ベルイマンなのになぜ英語なんでしょう)ーーそういう題名だから仕方ないのかもしれませんが、スピリチュアルな方向に「希望」を見出しているところは、個人的にはちょっとどうかと思ってしまいました(ワタシは超自然的なものは信じていないし、そういうものに「希望」や「救い」を求めるのはまやかしだと信じています)。
 パンフレットには大竹しのぶのインタビューのようなものが載っていて、その中で大竹しのぶはヴィクトリアについて「「なぜそんな風に考えるの? 人生はもっと喜びに溢れてるよ」、「もっと気楽に考えよう」と言ってあげたいくらい、突っ込みどころ満載なんです(笑)」と述べています。
 うーん、でもこれ……役者が言っちゃいけない言葉でしょ。そんなふうに思ってしまうなら演じられないはずです。
 でも、同情できる部分もあります。だって……ヴィクトリアがなぜ狂気に陥る��ど苦しんでいるのか、最後まで見てもさっぱりわからないからです。
 ヴィクトリアは苦しんでいます。観客はーー私はーー彼女がなぜ苦しんでいるかを知りたいと思いますし、当然芝居の中でそれが明らかになるだろうと期待します。でも、それに関する説明はありません(夫の浮気や自殺は彼女の狂気のきっかけではあっても原因ではありません。原因の説明としては不十分だと思います)。
 芝居の中心はヴィクトリアが自らの状況や狂気とどう向き合うかでした。「原因」ではなく「結果」、「過去」ではなく「未来」を問題にした芝居ということですね。
 うーん、「思てたんと違う」としか言いようがありません。
 大竹しのぶの演技は確かに見事です。ヴィクトリアが町で行きずりの男を誘惑し、最初は「私は女優なの。労働者階級の男がどんな感じか知るためにあなたに声をかけたの」と言い、次に「私は精神病院から逃げ出してきたの。失礼なことを言ったかもしれないけど、病気が言わせたことだから許して頂戴」と言い、最後に「私は娼婦なの。私がどんなふうに男と寝るか教えてあげる」と言う場面で、瞬時に口調や佇まいが変わるところは圧巻です。
 でも……大竹しのぶが一番魅力的に見えたのは、カーテンコールで「ありがとうございました。役者は私一人で、装置もこんなので、お客さんがどう思うか不安でした」と言ったところでした。
 か、かわいい……60代半ばの女性に「かわいい」と言うのも変ですが、かわいいのだから仕方ありません。
 なぜそれを劇中で出さない、大竹しのぶ!
 それを出せば、私はこの芝居の虜になっていたかもしれません。
追記:  私は基本、スピリチュアルなものは信じませんし好きではありませんが、それでも少女の霊や瑪瑙の玉にそれなりの伏線が敷いてあれば納得したと思います。でも、それらしきものはありませんでした。  少女時代のヴィクトリアが謎の少女と出会うシーンもありますが、その少女は8歳、少女の霊は12歳くらいとなっていますから、年齢が違います。  その意味では緑の粋なスーツを着て泣いている美女というのも出てくるのですが、あれは一体何だったんでしょう。わかりません。
追記2:  せっかくだからと思って帰りは武庫川をこえて自宅まで歩きました。結構遠いと思っていましたが、スマホの万歩計を見るとちょうど7千歩。  あれ? 意外に近いんだ。  まあ、芝居を見た上にノルマの7千歩も達成できたのでよしとします。
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pupupupumpkin · 1 year
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岐阜県美濃市松森595 マツモリビル Live Spot DiAngelo予定】 2023年7/1(土) 18:00頃~ 吉見征樹(タブラ/インドパーカッション) & 佐藤通芳 (津軽三味線) デュオライブ ---¥3,500/1ドリンク・軽食オードブル付 お問合せは 〈E-mail〉[email protected]  〈TEL〉090-4115-4235  〈店主 SNS各種〉Facebook,Twitter,Instagram
こちら美濃市DiAngeloでもお馴染み、国内のタブラ奏者の先駆の一人である吉見さんと、津軽三味線の若侍 佐藤通芳くんとのデュオが2021年夏以来の登場です。大ベテラン吉見さんが楽しくリードし、伝統音楽の粋にとどまらないお二人それぞれの世界を演出します。そしてもちろんのこと随所で味わい深い古典民謡も!
吉見征樹 --- 1984年タブラを始める。85年に音楽修行の為ニューヨークに渡る。87年よりインド/ムンバイで巨匠ウスタッド・アラ・ラカ・カーン氏と、息子ウスタッド・ザキール・フセイン氏に師事。1991年プロデビュー。宇崎竜童、デーモン閣下、おおたか静流、菊地成孔、坂田明、谷川賢作、一噌幸弘、大倉正之助、本條秀太郎、佐藤通弘などのサポート。近年ではラジオパーソナリティ、俳優としても活動の場を広げている。
佐藤通芳 --- 津軽三味線奏者・佐藤通弘を乳、箏奏者・海寶幸子を母として11歳から津軽三味線を始める。2005年、弘前市の津軽三味線ライブハウス『山唄』で4年間の修行を積む。09年より東京を拠点に活動を開始。同年、津軽三味線全国大会in KOBE優勝。01年、自身がボーカル&津軽三味線を務める『寿BAND』結成、津軽三味線の可能性を模索し続けている。現在NHK-Eテレ にほんごであそぼ『うなりやミッチェル』名義で出演中。
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momokomatsu · 1 year
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2023 - 1
08/25 Fri 第34回 21世紀日本歌曲の潮流 @旧奏楽堂(台東区立旧東京音楽学校奏楽堂) 金田潮兒作曲  女声とピアノの為のSACRIFICE・Ⅲ ~ヴォカリーズと愛の歌~(作詞 小泉詠子)<2014/2023改訂初演> 共演:田中未来
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07/22 Sat 《愛の妙薬》G.ドニゼッティ Novanta Quattro #03 @角筈区民ホール 開演 14:00⭐️/17:30(開場は開演30分前) 指揮 太田巡 演出 吉野良祐 ピアノ 小松桃⭐️/石川美結 アディーナ 岩崎香/金沢貴恵 ネモリーノ 岸野裕貴/髙橋大 ベルコーレ 小野田佳祐/宮下嘉彦 ドゥルカマーラ 小野寺光/高橋洋介 ジャンネッタ 藤田沙綾/池澤真子 助演 中村湊人[両公演] 合唱 伊藤和奏/上原梨華子/鈴木彩花/中村里咲/藤井夕楓/磯﨑康陽/加藤隼/木越凌/寺田穣二/松田健/山田健人/和田央[両公演]
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06/04 Sun 第36回浦安市合唱祭 @浦安市文化会館大ホール 第2ステージ ヴェルディ「レクイエム」(抜粋)の演奏と講話 指揮と講話:河原義 ソリスト:田島秀美、鳥木弥生、宮里直樹、奥秋大樹 合唱:浦安ヴェルディ・レクイエム合唱団
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05/21 Sun 蕨少年少女合唱団主催コンサート 初夏のジョイントコンサート @東公民館 3F集会室 指揮:河原義 合唱:ひがし混声
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05/20 Sat ランチタイムコンサート @新国立劇場3F レストランMaestro 共演:杉山沙織、荏原孝弥
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05/03 Wed ひがし混声 創立25周年記念 第15回コンサート @蕨市文化ホール くるる 指揮:河原義 ゲスト:上田純子 合唱:ひがし混声
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04/22 Sat 岩崎香ソプラノコンサート @保土ヶ谷カトリック教会 共演:岩崎香
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04/06 Thu Gruppo Kappa 2022年度第6期修了演奏会 @五反田文化センター音楽ホール 共演:GruppoKappa受講生
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04/01 Sat 竹内菜緒&上村誠一 修了おめでとう&留学いってらっしゃいデュオコンサート @ピアノスタジオ・フィックス立川 ピアノサロン 共演:竹内菜緒、上村誠一
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03/04 Sat 岩手県出身の東京藝術大学学生によるジョイントコンサート @盛岡市民文化ホール(マリオス) 小ホール 共演:上野めぐみ、及川泰生、小田島史、小野寺日奈、小野寺彩音、佐々木美月、田中雅史、新山和奏、藤原優花、吉田朋加
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02/21 Tue, 22 Wed プッチーニのプロフィール G.プッチーニ作曲 ラ・ロンディネ @戸塚区民文化センターさくらプラザホール *音楽スタッフとして参加
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01/14 Sat ベルカントオペラフェスティバルインジャパン2022 オペラストゥーディオ オペラ 〜G.ドニゼッティ作曲 オペラ「パリのジャンニ」(日本初演)〜 @稲城市立iプラザホール 共演:オペラストゥーディオ受講生
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01/09 Mon 笹原美香ニューイヤーほっとソプラノコンサート @盛岡市民文化ホール(マリオス) 小ホール 共演:笹原美香、小野寺光、レヴァンテ・マンドリン オーケストラ
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poetry-for-absence · 2 years
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ちょっと学生時代のレポート課題のテキストを載せてみます。
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アセンブルデザインB II エディトリアルデザイン レポート
7P168806-6 唐澤 徹
●企画内容
 
・タイトル:『詩と建築』
 
・企画趣旨:建築と詩の連関を考える。建築が詩的である状態とはどのようなものかを考察する。 
 
・企画概要:建築においても存在する詩学の構造を、詩作品の分析などにより一般性をもったかたちで言述する。詩学をその原義である「ポイエーシス」と定義し、人間の制作行為一般の方法論と技術論をその問題とする。ここでは詩と建築との関連の深い音楽の分野も考察の対象とする。
 
・仮コンテンツ:①詩における建築、②詩的構造についての考察、③建築における詩、の章構成
 
・コンクリート・ポエトリー
Eugen Gomringer、新国誠一、etc.
言葉を重ねて世界を作る詩にあって、コンクリートポエトリーは図(figure)=meaningとなっている。それはスイス派などのグラフィックデザインともつながるのだが、建築で詩を成すことのヒントとなるものがあると考える。
 
・北園克衛
言葉のオブジェクト性。写真で記録のあるオブジェのシリーズである「プラスティック・ポエム」も彼の詩学であるideo plasiticyも、言葉に物性を感じ取っていたことが読み取れる。
 
・William Carlos Williams の即物性・簡潔性
・中国の詠物詩
物の観察と形式化についての問題系。言葉が物にどのようにしみこむか、物に言葉がどのようにしみこむかの考察。
・鈴木正美『言葉の建築術—マンデリシュターム研究—』の参照
オシップ・マンデリシュタームは詩を建築になぞらえて詩作していた。 
 
・入沢康夫『詩的構造についての覚書』
・北川透『詩的レトリック入門』
・マックス・ベンゼ『情報美学入門』
・リー・ウーファン『余白の芸術』
・Y・トゥイニャーノフ『詩的言語とはなにか』
・ハイデガー『詩人のように人間は住まう』、『建てる・住む・考える』
・レヴィナス『全体性と無限』のなかで家の女性性について書いているところ
etc.etc.を参照しながら詩の構造性についての定義をする。
 
 
 
建築における語り得ないもの=詩美 を語る。語り得ないものの前で沈黙するその先にあるのが詩であるから、(語り得ないものを語ろうとするとさらに語り得ないもの=詩美がでてくる。それは線形的には捉えられない。)建築における詩美とはその建築を成り立たせている形式のまわりの付随するコノテーション、レトラクトであることになる(という予想。)概念的近傍。コンクリートや木や金属の素材が、密実な物質の組成でなりたっているということがその近傍系(温度、質感、音の響き)をつくっているように、またはプランニングや構成や寸法の決定が、構成の息や見えや居心地をつくっているように。ひとつの言葉には概念的近傍(概念的レトラクト)があるように、身体にも身体的近傍(身体的レトラクト)があり、両者は写像関係にあるが、言葉と身体のどちらが先かと言えば身体である。しかし言葉などの外在物が身体を訓育することは確か。言葉が認識の構造のきっかけとなっているのは確か。ゆえに、言葉と身体の問題へと遡ることで能く建築の詩について語れるかもしれない。
  
・コルビュジェ、オーギュスト・ペレ、スカルパetc.諸建築家たちの詩への言及についての考察
・韻律と数
・数比と詩と音楽と建築
・身体的な数=リズムについて
・詩を書く建築家について(ジョン・ヘイダック、立原道造 etc.)
・詩の空間性
  
●ブックデザイン
・判型:A5判
・頁数:300p
 
 
  
 
...
レポート 
アセンブルデザインⅡA 赤坂喜顕校長
 
唐澤徹
 
 
  
朽ちた舟を描いた素描。あのリリシズムは何かな、と考えました。それで思い至ったのが、舟とは、境(しきい)への意志であるということです。それはつまり、生成のあわい=波打際=poieisへの意志だと思うのです。また、アーキタイプとしての舟のことも考えました。例えば、飛騨高山は古河町の、まつり会館に滞在したときのこと。古河町の祭りはユネスコに登録されており、その映像を見て、そのなかで、お神輿のシーンがありました。その担がれて人の波に揺れるお神輿を見たとき、ちょうど水面の波に揺れる舟のことを想起しました。古く日本へは舟で来た人々も多かったと思います。故にそのような渡来の舟の経験もお神輿という表現を産んだ素地ともなり得ているのではないかとも可能性として思いました。(そのように、ポイエーシスは人々の経験の血の流れの中に息づいているのだと思います。)また、病院の待合室で人々が並べられた長椅子に 並んで座っている様子を見たときにも舟を想起しました。そして、その病院では人々の眼差しのさきに窓があり、光があるのです。また、ヴェンダースによる『ベルリン・天使の詩( der Himmel uber Berlin )』の最後のシーンにおいて、ホメロスの名を冠された老詩人が「乗船完了」との言葉を発し映画は終わります。また、旧約聖書におけるノアの箱舟なども、元型的な舟の形象があります。また、今年の夏に滞在した高山建築学校において、友人になったご夫婦のお子さんと仲良くなり、その子が水盤に木の板を浮かべ、その上に石を乗せて人に見立て、航海の遊びを始めたのを一緒になって見ていたことがあります。そのことは何か感動的なものがありました。
  
また、赤坂先生の遍歴に思いを馳せました。卒制の敷地探しの旅において、本州の極北、シルクロードの最果てである津軽を選ばれたということには何か哀愁を感じます。日本海と交わる十三湖。雨の日は山の土の流れ込み色の変わるという。真珠貝の澄んだ色から血のような色まで、両義性をもつ十三湖。先生しか見ていない内面の風景の強度のことを思います。そして、その個人の中に宿る世界の強度が建築家としての強度なのだと思います。true architect はtrue poetであらねばならない。敷地はかつて栄えていた港町が風害により一夜にして廃墟となったところ。地震、雪、嵐、自然の威力の前の人の生の儚さ。その儚さに対する哀しみと慈愛の眼差し、そして<建築>の本懐たる、自然の猛威に対して確固たる生の基盤を打ち立てるという意志。last : 最後の・続く。これは私の常々思うところなのですが、デザインを志ざす者は人の弱さや悲しみに敏感でなければならないと考えます。私は建築デザインを通して世界をもっと優しく美しくしたい。
 
先生の卒業制作では、自然の生成変化するエネルギーと人間の作る絶対幾何学が主題です。コンセプトシートに記載されていた渦のイメージ。「vortex・渦」とは中心を持つエネルギーの結節点です。例えば銀河も渦を巻きます。それはcosmosであり、建築も一つのコスモスであることは間違いありません。その秩序の求心性を流転しながらしているのが<自然>であり、固定性を持たせて作るのが人間によるものなのだと考えます。
『 last cosmos 』では、純粋幾何学の多層構造・同時表示・通態性が表現されています。そのような事象の重ね合わせとは詩であり、赤坂先生は建築で詩を志向しているのだと感じました。また、それが意識的なのか意識的でないのかに関わらず、何か美しいものを作ろうとする人は、それぞれの独自の言語で<詩>をしようとしている、と思います。
  
NIAローマ・コンペ
西洋古典建築の語法であるパースペクティブの異化と詩的統合をしていたのだなと感じました。ワイヤーというテンションの構法も、ヨーロッパの荷重の構法とコントラストを生み、異化効果を生んでいると思います。
成田山仏教研究所 
イデアルなものと現実の建築物の関係。プログラム的な要請をコンセプトと構成の中に具現することがtrue conceptual architecture. “機能的なプログラムを、概念的な構成により秩序づけること”。その赤坂先生が仕事を取るまでのエピソードがものすごく格好良い。数ある人々がプレゼンして、おこられて帰ってきて皆ができないものを軽々とやってのけた。また、古い施設の中の子どもたちの来る図書館の機能を残していることがとても素晴らしい。新しい建築物の子ども図書室では子ども用に小さなソファをデザインしている。飛騨の古河の図書館を訪れたとき、そこのだれでもトイレに感動したことがあります。そこには、子ども用の小さなおまるがある。建築の女性性とは居を与えることだと思っています。居場所を与えること。座をあつらえること。新しい生命のためにその居場所を準備すること。生命がずっと続くように。(永遠ではなく、ずっと。「ずっと」には慎ましい祈りが込められています。)
 
R-竹中技術研究所
12mグリッド。カーンも採用していたというスケール。構成要素の接合部に立方体を配し、オブザベートリーな場を設ける。軸=眼差しの意志。直径153mの円が各プログラムを統合する。orchestaration = 統合のマニエラこそが建築術。
 
テクニカルなもの・マニエラへの態度 
・バックマリオンとフロントマリオンを配することによるゆらぎ
・直行グリッドを避ける
・硬直性ではない「表情」や生命感。 村野藤吾先生からの教え
など、幾何学を用いながらゆらぎや多義性を志向している。硬直を避け、可能性を可能性のまま享受するという、吉田五十八建築の「いき」性とも通ずる。
 
ヴェンチューリ「安易な排除より困難な統合を」
両義性や反立物の統合、詩的多義。
詩とは現実の意味のmulti-meaning, parallel-meaning の言葉への写像である。
では、その言葉が物へと写像されたならば?そのとき建築物は詩と成り至る。
 
 
先生のミースへの理解
『柱』ギリシアから連なる古典的なオーダー それを消滅させたかった。しかしできなかった。「イカロスのような生き方、神へもっとも近づいた建築家」
バルセロナ・パヴィリオンにおいて
柱は見えない十字のグリッド。表層に見えて実体。対して、オニキスや乳白ガラスは強い物質性を持つが、それはストラクチェアではなく、記号的表層。バルセロナ〜においては十字柱の中央部のディテールはアールがついている。そこにおいてストラクチュアは実体だけどそう見えない、実体なのだが、表層にしか見えない。実体と表層が入り乱れている。実体と表層の通態的表示。コルビュジェのドミノよりも深くpoetic (=多義的、通態的)
 
テューゲントハット邸においては、十字柱の中央のディテールは直角。対して、角はアールがついている。それにより、柱は消えてゆく。ここでも十字柱は表層的実体であり、オニキスの壁は実体的表層である。柱は消えてゆくことを志向するが、バルセロナと異なり、その柱には求心性が与えられている。そこでもDaseinとAbwesenheitの、生成と消滅の通態的拮抗が生まれている。現実の多義性と通態性、可能世界の様相を一つの限定された形にするとき、絵画でも、写真でも映画でも、建築物でも、音楽���も、それは詩となる。詩こそが究極のリアリティの写しである。
 
ファンズワース邸
柱が外に付く。それは、内発の去勢。
  
ピエンツァ・トスカーナ ルネサンス
ピウス二世が理想都市として設計
逆パースと立体グリッド:床のペイヴのグリッドが立面に立ち上がる
 
ジュリアーノ・ロマーノの聖堂 均質空間 ガラスで風景に開く 閉じずに風景に開く
 
ペトラルカが眺望を得るために山に登ったが、ピウス二世ではバルコニーにより風景へ応答する。それ以外はプラトン的な作り方。
 
軸芯をずらす ゆらぎ
動きを作る テラーニ カサ・デル・ファッショ
柱間において、中と外で軸がずれる。運動、活性化、高等な頭脳を持ってして作られている。
韻律 abba シンメトリーを使いながらズレを重ねる。これはエストニアの作曲家アルヴォ・ペルトにも通じるものがある。
エストベリ ストックホルム市庁舎 軸のゆらぎによる「かるさ」。不安定の美。微妙なリズム、音のズレ。それがゆらぎあるハーモニーを生み出す。タクトゥスとリトゥムス。凍れる音楽。視覚的に音楽的な見えを作る。
アアルト 夏の家
天からの力によりバタフライルーフになっているが、屋根の谷とプランの軸がずれている。リビングの窓と炉との軸がずれている。
桂離宮 日本にも遠近法はあった。逆パース。軸のゆらぎ。
 
先生はそれらの歴史的読み込みとしてマニエラを発展させていった。 
過去の人々がやらなかったことをどうやるか、がテーマだと先生はおっしゃりました。コルビュジェの「私の師は歴史である」との言葉を引用して。
 
オーディオテクニカHQ
コルビュジェのドミノとシトロエンの統合
軸組空間(=柱空間 そこに壁を自由に入れてゆく) と壁式空間(=両サイドに壁、その間に床を自由に入れてゆく)
コルビュジェはラトゥーレットにおいてドミノとシトロエンの並置をした。しかしここではmixされていない。
オーディオテクニカHQでは、プレキャストの壁は実体に見えて仕上げ。ストラクチュアは内部の柱。柱は表層に見えてストラクチュア(=実体)コールハースは、構法が変わると表層と実体の関係も変わってくると理解している。モビーディックのモチーフ。親クジラ、子クジラ
研究棟と事務棟で床レベルがずれている スキップフロア
コーナーが閉じるのを避けている、サイドコアウォール ブリッジコアは浮いている、
消防の進入口などの要請もデザインとして解いている
ギル 風、光 ルイス・カーン 重くなるのを避けるため、直行グリッドを避けている
開講のプロポーションは高さ1800mmで、これは京都の角屋のものである
知性と教養の豊穣こそが幸福な建築を作るのだと確信しました。 
 
...
レポート
アセンブルデザインⅡA 講師:保坂猛 先生
唐澤徹
光について。
建築家には、それぞれの光についての認識があるように思われます。ルイス・カーンには光と物質の形而上学があり、それは作品をみるとその形而上学が、ある真実を掴んでいるということを思わせます。ピーター・ズントーもエッセイの中で光について書いています。光はその場所の感情に大きな影響を与えます。『オランダの光』という、オランダの光と美術にまつわるDVDを観たことがあります。そこでは、フェルメールやレンブランドの絵画など、その地域で人々により作り出された形が、その土地の光と大いに関係があることが美しくまとめられていました。人と同じように光もその土地に生きていて、人々により呼吸されているのだなということを感じました。そして、人が人に影響を与えるように、光はもっと無辺に人々に影響を与えているのであろうとも思いました。過去に、保坂先生に「先生にとって光とはなんですか」とたずねたら「光とは愛です」とお答えいただきました。そのこたえはとても先生らしく美しく、心に残りました。そのことから、世界の事象は人の言葉ではない何らかのテクストであり、それは人の言葉に翻訳可能なのかもしれない、との直感を得ました。しかもそれは科学の分析的な言語ではなく、詩のような感覚で。
世界モデルについて。
人のつくりだす形は、すべてなんらかの世界認識の表出であると思われます。その点で建築の魅力を決定するのは、設計者の世界への感覚・感受性であるのだと思います。先生の『love house』設計時の創世記と敷地条件に即したドローイングは、最もミニマルな世界モデルであり、<世界>の感覚を感じます。世界モデルとは、形而上的な意味での<構造>のあることであると考えます。
箱庭療法において作成される「箱庭」も作成者の世界モデルであり、世界への認識の投影です。そのようなことから、この世界はつくられてはまたこわされる神さまの箱庭なのではないかな、とも想像したことがあります。
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箱庭
 
 
人の世界は神さまの箱庭 
砂を あつめ くずし
永遠の者の 
時へのたわむれ
神さまには本当に名前がなくて
それでも
それゆえ
知らずのうちに知っている
不在ゆえの遍在を
名のなきゆえの
すべてであることを
世界の
内と外とを照らす
光、
速力。
有限と無限をつなぐもの
 
言葉、
一つの。
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レポート
アセンブルデザインⅡB 講師:前田圭介さん
唐澤徹
講義を受けて、前田さんの、自らの生まれ育った土地やそこから派生してゆくインターローカルなあり方に共感しました。ノマディックな無名の都市生活者になることも魅力的ですが、やはり自らの生まれ育った土地や、そこで過去を暮らしてきた人々の記憶に根ざすことは建築家にとり大きな力になります。私は群馬県の渋川市(旧小野上村)出身で、たまに実家に帰ると都心では見られない山々の風景や綺麗な空が印象的です。ジェネリックなアーバニズムにより引き起こされるのは風景の無個性化であると考えているのですが、地方までもがそのような都市の原理により構築されてゆくのは仕方がないのかなとも思いつつも歯がゆいです。最近、実家近所で高架道路の建設が進んでいます。現場作業中に大規模な遺跡が見つかったのですが、記録だけのこして場所の現物はそのまま橋脚の下に埋められていきました。
人々の集合の原理には多くの種類があるべきであると思います。風土が違えば人々の見てきた風景も違うのですし、ゆえに考え方や文化も異なります。ゆえにそれらの微差をひとつの原理で覆うことは暴力でもあり得ます。その問題を考えるには歴史のプロセスのすべてをなぞり、それぞれの良い面、悪い面を考えるべきなのでしょう。その点で「モダニズム・近代」とは熟慮すべきものなのでしょう。モダニズムとは、インターナショナルスタイルとも繋がるように、世界のユニヴァーサルなスタンダードを用意したとも思えます。そのような共通言語を用意したために世界でスムースなコミュニケーションが取れるようになったとも思えます。主要な大学の建築教育は、ほとんどがモダニズムの系譜においてなされてきました。しかし、それは世界のあり方のいくつもの可能性の芽を摘み取っていることになっているように感じられます。
そこには美学や倫理などの建築にとってのアルターエゴが介入しなければいけないのではないかと考えています。しかもそれは、日本的な混交的ハイブリッドなものであって然るべきなのだと思います。さらに個人的には、暮らしのなかで培われた身体の知性が重要なものになるのではないかと考えています。たとえばある地域で了承されるデザインにはその地域に必然的なデザインのフォーム・身振りがあります。それは普遍化できないし、完全に言語化もできない。空間のプレゼンスで示すしかないのでしょう。
 
空間のプレゼンスに関して、建築の公共性について考えさせられました。『群峰の森』の完成により、前面道路が気持ちの良いジョギングコースになったり、『アトリエ・ビスクドール』では、外庭が完全に閉じず、外部からは緑の足元が見え、かつ内部からは外部の視線は遮り、足元から外部の気配を感じるというように、大々的にコミュニティを謳う設計とは異なる共同性の在り方が感じられました。その点から、それだけ建築物がまわりの環境に影響を与えるということであり、それゆえに建築家には世界をより美しくしうる可能性と、同様にその責任があるのだなと思いました。
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レポート
アセンブルデザインⅡA 講師:奥山信一さん
唐澤徹
<アーキテクチュア>、<建築>の概念について考えさせられた講義でした。ルイス・カーンが「建築作品は<建築>のスピリットへの捧げ物である」と述べるように、それは私たちの日々の健闘によりその円周を広げてゆくものなのでしょう。ArchitectureとはArche(始原、原理)の意味も含まれるゆえ、その起源にひと連なりであることが建築作品のオーセンティシティであるのでしょう。そのことは磯崎新氏も論考を書いており、西洋建築においてはルネサンス期におけるパルテノンの廃墟や日本においてはイセなど。(氏はイセにおいては始原が虚体であると捉えたようですが。)サマーソンが古典主義建築とモダニズムの関連を問うたのもそのような、オーセンティシティの意識からなのでしょう。しかし、私にはそのような意識がノルム・規範となることはすこし怖いことのように思えます。世界とは混交によるハイブリッドです。それは文化的にも技術的にもそうですし、一絡げにひとつの原理でまとめることは到底できることではない。
 
現在の建築教育の現場のほとんどはモダニズムの流れを汲んでいます。しかし、風土はそのモダニズムをきちんと身体化できているのかどうか疑問です。産業の機械化に端を発するモダニズムは資本主義とあいまり、現代では、資本の増殖に付和雷同する建設のあり方はほとんど都市化と同義になっています。そのような単一の原理が世界を覆うことは先が無いと思えます。わたしはアルヴァ・アアルトに共感を覚えるのですが、そのひとつにローカリティの問題があります。近代建築運動の興ったドイツやフランスと比べれば、ヨーロッパの辺境であった場所で独自にモダニティを変質させ、特別なものを彼が作ったことはとても意義深いものであると思います。地域性の問題に関して、現代ではレム・コールハースは、ルーラルなものまでも都市の論理で構築されていくことに異を唱えています。また、中国のWang Shuは中国の地方の開発を評して、「都市の原理と土地の原理と、これらまったく別の世界が存在している」と述べています。合理性ということばがありますが、その合理性が水の合理性や土の合理性、火の合理性や風の合理性など、自然の合理性に適うとき、初めてひとは世界と軋轢を生まずに生きられるのではないかと思います。わたしは都市化とほぼ同義である資本の増殖に付和雷同する建設のあり方に疑問を抱きます。もちろん経済合理性は無視できません。しかし問題はその論理が何を則・倫理とするかということです。経済とは貨幣の交換により共同性を築くことであると理解しています。それはちょうど生態系のようなものであるとも思います。のようなもの、というより、人類が資源とエネルギーを自然から得ているがゆえに生態系の在り方の一形態なのだろうと思います。ゆえにその則・倫理を自然に求めるのが地球上の生物の一員である人間にとってふさわしいのでしょう。自然の秩序世界でおもしろい点は、単純な要素やルールにより複雑で多様な豊かさがうまれているところです。建築の在り方についての価値観もそのように多様であってもよいのではないかとも思います。それは建築教育の現場にこそあってほしいものに思えます。
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レポート
アセンブルデザインⅡB 講師:田中隆吉さん
唐澤徹
ホテルのホスピタリティについて。
ホテルとは旅が関連する。旅と聞くとボードレールの詩を思い出す。
 
  地図と版画が好きな少年にとって
  世界は格好の好奇心の的だ
  ランプの光の中では大きく見え
  記憶の目には小さく見える
  ある朝我らは船出する 頭をほてらせ
  心中には憤怒と 苦い欲望を抱きながら
  波の脈動にまたがって我らは進む
  有限な海の上で無限の思いを揺らめかせつつ
  ある者は忌まわしい故郷を捨てることを喜び
  ある者は恐��しい親から逃れることを喜ぶ
  またある者は星占いをしながら女の目の前で溺れ
  外の者は危険な匂いを立てるキルケを演ずる
  
  豚に変えられてしまわないように みな
  空間と光と燃えさかる大気の中に飛び出す
  氷にかじられ 太陽に焼かれ
  接吻のあとも次第に消える
  
  だが本当の旅人とは旅のために旅する人
  心も軽く 風船のように
  旅の行き先などとんと無頓着で
  わけもなくただいうのだ 進んでいこうと
  
  欲望をむき出しにして 移ろいやすく
  不確かだがすさまじい快楽を夢見る
  まるで戒律を書き集めるかのように
  そんな人間を何と呼んだらいいか 誰も知らない
 
すさまじい詩である。この詩を最終詩とした『悪の華』は、冒頭の詩で近代人への冷笑的で皮肉な眼差しが向けられている。現代の日常を暮らす私たちが、もしこの『旅』で描かれているような存在だとしたらなんとおそろしいことであろうか。しかしあながち間違いでないことは、ハワイや東南アジアの美しい海がリゾートホテルの客などによるゴミで埋め尽くされている様をみれば理解できる。ちなみに『悪の華』の冒頭の詩はこうである。
読者に
愚行と 過失<あやまち>と 罪過<つみ>と 吝嗇とが
われらが精神を領し 肉体を蝕みて
乞食どもが虱を養うがさまにも似て
われらは心地よき悔恨を肥え太らす
われらが罪過は斥け難く 悔恨は揺らぎ易い
告解により罪の報いは贖われて余りあると慢心し
卑しき涙に一切の穢れを洗い流したものと妄信し
われらは嬉々として汚泥に塗れし道へと舞い戻る
悪の枕辺に現れし者はサタン・トリスメジストス<悪霊の頭たる錬金術神>
魅入られしわれらの精神を緩やかに眠りへと誘う
そしてわれらが意志という名のこの貴き金属さえ
この博識の化学者の手によりことごとく煙と化す
われらを踊らす操りの糸を握る者こそは悪魔!
忌まわしきもののうちにわれらは魅力を見出して
腐臭漂える暗黒のうちを恐れも知らず横切りては
われらは日ごと地獄の方へと一歩ずつ堕ちてゆく
喩えるなら年老いた娼婦の打ち拉がれし乳房へと
接吻<くちづけ>ては齧りつく貧しき放蕩者にも似て
われらは道すがら人知れず快楽を盗んでは
古びた香橙<オレンジ>を搾るがごとく 力を込め搾り尽くす
われらが頽廃の脳髄のうちに巣食う悪霊の群れは
数知れぬ蛔蟲のごとく 蠢き 歌い 酒宴に興じ
われらが息をつくたび 死は大河のごとく
鈍い嘆きの声とともに肺腑へと流れ落ちる
強姦 毒薬 短刀 放火が
われらが憐れむべき運命というこの陳腐なカンヴァス<画布>を
いまだそれらの愉快なる図柄もて飾りえぬならば
悲しいかな! それはわれらが魂の怯惰のゆえだ
だが ジャッカル<金狼>や豹 牝狼に猿
蠍に禿鷹 また蛇にも似た
われらが悪徳の群れ集う忌まわしき見世物小屋の
啼き 吼え 唸り 這いまわる怪物どものうちに
ひときわ醜悪にして 悪意に充ち 不浄なる者がある!
それは大仰な身振りもせず 大きな声も立てはせぬが
ややもすればこの地上を廃墟と化すやもしれず
欠伸<あくび>のうちにこの世界を呑み尽くすやもしれぬ
それこそが倦怠!ーー眼には心ならぬ涙を泛べ
長き煙管を燻らせながら 断頭台の夢を見る者
ご存知であろう 読者よ この気難しき怪物を
ーー偽善の読者よ ーーわが同胞よ ーーわが兄弟よ!
「ホテルは貧乏人には設計できない」と、ある建築家が言ったと赤坂校長は述べた。それならばわたしはそのような生まれでは無いのでホテルを設計することはできないだろう。
われらを踊らす操りの糸を握る者こそは悪魔!
忌まわしきもののうちにわれらは魅力を見出して
腐臭漂える暗黒のうちを恐れも知らず横切りては
われらは日ごと地獄の方へと一歩ずつ堕ちてゆく
私は世界がさらなる地獄にならないように努力するのみだ。
…とまあ、そのように腐ることもないのだろう。世界の良い側面を見てみる。
飛騨市古川町に滞在した時に宿泊した小さめのホテル(飛騨ともえホテル)は、豪華ではないがあたたかな真心がはしばしに感じられた。その夜は高山建築学校のサマースクールを終えてどろどろに疲れていた。しかも滞在していた古民家を改築した校舎は風呂のシャワーがなく、共同生活ゆえに湯船につかるのも制限されていた。そのうえ日々の制作の肉体労働により体は筋肉痛。そんななかで、いままで日常の生活であたりまえに使っていたシャワーや湯船、そして柔らかなベッドは、なんの変哲も無いものであったが心身にしみいるものがあった。そして、簡素だがとても居心地の良い部屋の大きさで、また、窓からは山々が見え、とても素晴らしいものだった。朝食にも細やかな心配りが感じられた。一人用の小さな座敷に通され、小鉢がたくさんのもので、全体の量も多すぎず少なすぎずちょうどよかった。それと宿の方々も良い距離感で押し付けがましくなく、好感を持った。ツイン6000円くらいの廉価な宿であったが、とても満足して後にした。
ホテルとは旅と関連があり、それゆえに日々を過ごす土地とは別の文化や空気感を味わう貴重な機会を提供する場所である。また、自らと同じく旅で訪れた人々との交流も魅力的なものだろう。飛騨ともえホテル滞在時には、宿泊客とは話すことはなかったが、そこを拠点に古川の町を散策し、和ろうそくの職人さんの話を聞いたり、写真館を訪れて話を聞いてみたりした。古川の町の方々はやわらかでやさしく、なるほど、美しい景色のなかに住まうのならば心まで美しくなるのだな、と感じた。心が美しく澄めば、その人の手により作られる形も自ずと美しくなるだろう。
飛騨の空は澄んだ光で満ちていた。
ピーター・ズントー の、スイスの山の小さなホテルについての記述には人間の優しさを信じたくなるような美しい親密さを感じさせる。そこでは食事を準備するにおいや、空間のなかでのひとびとの親密な会話や、または山の新鮮な空気を感じさせる。
私の生まれは群馬県の渋川市(旧小野上村)であり、温泉地が多くある。四万温泉は穴場の温泉街であり、旅館「たむら」はその土地の古い旅館である。そこには何度か宿泊したことがあるが、岩風呂の温泉が素晴らしい。土地も山間にあり静けさに満ちている。
私の実家のある土地にも小野上温泉という名の温泉があり、また「サンおのがみ」というホテルもある。しかしそのホテルはよくデザインされているとは言い難い。また、小野上温泉の浴場も、渋川市への合併により、無機的な「施設」になってしまった。以前は野趣あふれる岩風呂の作りで、素材感もよく情緒もあった。幼い頃には祖父と毎日のように通っていた。そのような思い出と愛着のあった場所がジェネリックな場所になってしまったのはとても悲しい。それがかつて指摘されていたフラット化してゆく世界であったのだろうが、現在、世界のモメントはギャップや差異の時代になろうとしているように感じられる。差異の認識とは発見のことであり、その需要はなにかを学ぶということである。建築も、そのように、土地土地の文化や風土の微差に敏感であることが求められるだろう。それは旅というもの、つまり差異の只中へ飛び込むことを受け入れるホテル・宿というものにこそおおきく当てはまるだろう。
...
memo:
多摩美の久保田晃宏先生の授業で地球外知性のために何かをせよ、といわれたので詩をつくることにしました。考察です。
......
地球外知性のための詩について
 
地球外知性のための、詩という有意な構造性をもつまとまり・objectを考えるときに、問題となるのがmediumである。ピクトグラムをミニマルに人工的に設計し、コード変換して文字をつくることや、直接に音や電磁波のコードを用いることが考えられる。または、宇宙にあまねく存在する原子(水素か?)または、、否、情報を担うものとしてのピュリティがなくてはならない。
メディアはそれらを用いるとして、<詩>を成り立てせている条件を考えなくてはいけない。まず、poetryにはRaumがある。独自の時空間が包含されている。それは、poetryとcognitive structureの相互包摂により生じる。メディウムによらず詩を考えるとなると、それは<詩についての詩的発意> = poetry of poetryとなる。poetryから偶発的事象をとりのぞき(それこそがpoetryの生命でもあるのだが。弱い構造、イマージュ、生命、息吹……)そのエッセンスをとりだすと、数学的構造(強い構造、骨格)、しかも、aritmos(数→韻律)とtopos(場→空間)となる。
定義1.
詩=韻律性(rithmus)と空間性(topos)によるピュアなオブジェクト
 
<ピュアな>にも色々とある。
・アリストテリックな線形的論理 =意味
・散逸系 ref.マラルメ
・多層構造 ref.ボードレール
これらは数・要素同士の関係性(トポロジー、論理学、様相論理学)へと接続するのではないか。———---structure
<ピュアな>という言明は様態(mode)のことであり、今作品では定義1の構造性における主題と変奏となるというわけだ。
  
modes
 
詩とはレタス(襞構造)
詩とは髪をすりぬけるシャワーの水(fluidality)
詩とはタオル(envelope)
詩とは仄暗い部屋(topos)
詩とは光の当たるカーテン(多層・重曹・複層)
詩とは抱きしめ合うこと(emotion)
詩とはみつめあうこと(指向性)
結び目(サントーム)
こうして<生のすべてが詩>となるわけだ。(生のすべて=現実の事象の構造性)
 
それら現実のmode 様態の抽象的記述は音楽のpoeticsへも接続する。音楽の構造とは、人間の聴構造etc.の身体構造により規定された美的構造である。
(美的、とは快原則に響くものであるとする)
(その快原則にも作用機序があり、)
(多くの上部構造が次々に現れてくる)
空間とは視覚、身体の動き、聴覚により定位される(ref.VR)
オルゴール、ピアノシート、パンチカード(コンピューティングにおける)
は今作品のモデルになりそうだ。線形的構造(共時的構造ですら通常の意識様態においては線型性におとしこまなければならない)
<目的>に人類という存在の知的レベルを示す、とするならば、人類による<観察>というアティテュードを詩により示すのがよいだろう。観察と分析と制作(compose,construction)というものは物質的存在・精神的存在という複層的なあり方をするひとをよく表し得ている。レオナルドが自然を観察し、スケッチしたように、自然の物理的構造性を象徴化してサントーム(=結び目)をつくり=詩化、それを作品とする。それは詩において図象と音楽が構造的に重なり合うばしょである。(コンクリートポエトリー的でもある。)
---
けど、ここまでかんがえてきてパッと『蝶がとまる詩』ってちょううつくしいのでは、とおもい、それを設計して提出することにします。詩は詩で書いてインク印刷して、そこに紫外線塗料で花のような求心的な絵をかいて、というもの。蝶は人間外知性、ってことで。
---
『蝶のとまる詩』
弱くやわらかな花
羽根
はかなきうつくしさは
はかなきうつくしさと結ぼるる
  
光に透ける花弁の
薄くまとわる微風の層に
透きとおる羽根の
紋様がかさなる
 
そのひととき
世界は黙して
眼差しをそそぐ
 
甘やかな密約により
結ばれた
ひとつの結ぼれに
...
アセンブルデザイン1B (講師:東京R不動産 林先生) レポート
7P168806-6 唐澤 徹
 
 この授業では、不動産という今までの私にとり建築設計の前・もしくは後の段階での取引を扱う営みであったものが、積極的な価値の創造を生みうるのだということを気付かされた。それらを特にあげるとすれば、
・価格や投資と賃料などの不動産的視点からデザインの提案をできること
・デザインの価値から不動産の価格を設定できること。
・情報デザインとリフレーミングにより潜在的な顧客を顕在化させること。
・社会問題を経済的なロジックでもって解いて、美しく組み直してゆくこと。
などである。その中でも特に建築的営みと経済の関係について考えるところが多かったので以下に書きたく思う。
 実践において経済的な采配を取ることは、人々の生活をニュートラルに設計してゆくことに有効
である。しかし、私はそれはあくまでも手段だ(であってほしい)と考える。人々の暮らしの風景は、その共同体の成員の間のコモンセンスにより決定される。東京の風景が賃料によって決定されるというのはある側面では真実かもしれなく、例えばヨーロッパにおける文化的ナラティヴのような共通の物語を資本主義の中での消費に見出しているきらいがあるという点に尽きるだろう。(もちろんそれだけが共通の物語ではない。)
 私たち個人は衰え死んでゆく。しかし人々の共同体はそうではない。ただし、それが私たち一人一人の死の絶対性を理解した上で、かつ私たちの生存の基本的な条件を把握した限りにおいてである。そして、その共同体の新陳代謝を司るのが経済活動である。私は、建築は社会正義として実践されるべきであるという立場をとる。そして、建築物は資産であるゆえに経済性とは切りはなして考えることはできないだろう。しかし、建築には経済性を超え、固有資産性を超えた共同性を獲得してほしいと強く願う。そこには生の詩が必要である。実存の感受・リアリティの濃縮である詩の感覚は、個の死の限界の中での有限の生のかけがえなさと、個の限界を超えた永遠への予感と憧れを呼び起こし、それにより駆動された経済は人々の生活を美しいものにする。要約するならば human wellbeing 幸福 のために建築的営為はなされるべきであろう。
 ヴィム・ヴェンダース『ベルリン天使の詩』の中で、ホメロスの名を冠された老詩人は”人々は平和の叙事詩を歌うことを忘れてしまった”と述べる。人類の共通の物語、それは喜びの叙事詩となるものであるはずだ。
 そのためにも王道の建築学が求められる。アルヴァ・アアルトは、「建築学とは人間の営みの全てを含んでいる」と述べている。新しいリアリティ、新しい美、人類学的な感受性、など、広範な関心を持ち適切な範囲での美的実践をなしていきたいと思う。
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sato-hiromu · 2 years
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何かをしながら聞くYouTubeのオススメ♬ボイストレーナーによる人気曲歌ってみた動画
皆さんこんにちは。 好きな言葉は「スタンドマイク」 佐藤大夢です。
最近は皆さん暑くないですか!!! 僕自身この時期は汗との戦いで 外に出るのも億劫になってきています(笑)
僕自身よくYouTubeを見るようになりました。 何かをしながら耳だけ聞いたり、 純粋に動画としてがっつり見たりとしています。 何かをしながら見ているとただ動画に集中して ほかのことに手が回らない!!ということも あるんじゃないですか?? (僕自身も実際に動画を凝視して 手が止まることが多々ありました(笑))
そんな時に僕のオススメの動画を紹介します。 それがこちらの動画です。
・シアーミュージックhttps://www.youtube.com/channel/UCfyzrRchEuYWpbWnXNRwNLw
タイトルにも書いていますが シアーミュージックという音楽教室のボイストレーナー、生徒の皆さんが 今話題の曲、昔のヒット曲、ボカロ曲など 広いジャンルの歌を歌っているという動画です。 ■オススメポイント1 将来有名になる人が見つかるかも♬
今までの歌い手さんだとGeroさんだったり、Reolさんなどの YOASOBIで超有名なAyaseさんと 有名な歌い手さんたちが今では歌手として 多くのファンを獲得しています。
そんな昔の時代から今では シアーミュージックのボイストレーナーや生徒さんなど 日頃から仕事や学校生活をしている人たちが メインとなって出演している動画です。 それこそ好きな人を見つけるのもいいですし、 僕のように何かをしながら聞くのもオススメです。
ボイストレーナーの中には 個人でプロ活動をしている人もいながら 学生の生徒さんたちはこれから有名になる人を探せるかも!!
■オススメポイント2 最新の曲を取り入れている!
皆さんはカラオケに行ってこの曲歌えるかなーーとか 新しい曲知らないなーーとか 新曲に手を出すのに躊躇したことはありませんか?
こういうときにもシアーミュージックの動画はオススメです。 なんといっても最新曲をいろんな人が変わるがわる歌う動画なので 僕でも歌えるかも、今度行った時に歌ってみよう! という気持ちにもなります。
僕もこの動画きっかけでカラオケでチャレンジした曲があります。 レベッカの「フレンズ」、DISH//の「猫」、緑黄色社会の「Mela」など 本当に多くの曲にチャレンジするきっかけをもらえました。
■オススメポイント3 誕生日企画
出演するボイストレーナー、生徒さんの誕生日には その人が1動画フルで出て歌を歌うという企画もしています。
何回も聞いていると好きなボイストレーナー、生徒さんが出て来たり その人の自己紹介も動画内で紹介されているので 歌を歌っているところしか知らなかったボイストレーナー、生徒さんの ことを知れるのも面白いポイントになります。
僕が好きなボイストレーナーもいます。 吉川美音さんというシアーミュージック 鹿児島校のボイストレーナーさんが 僕の個人的なオススメです。
すごく音域も広く、歌もすごく上手いほかに その曲に応じたファッションもすごくこだわっていて 見てもよし、聞いてもよしの人です。
これは個人的な意見になってくるし、 本当に多くの人が出演しているので 自分好みの人を見つけて曲を聞いてもいいと思います。
今回は「何かをしながら聞くYouTubeのオススメ」として シアーミュージックの動画をオススメしました。
皆さんも仕事で疲れた時、リフレッシュ、気分転換するとき 何かをしながらでも、動画を見る時に ぜひ見てみてはいかがでしょうか。
今回はここまで。 ここまで読んでいただきありがとうございました。
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