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#中標津青年会議所
yotchan-blog · 4 months
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2024/5/28 6:01:09現在のニュース
「動画配信めぐりトラブル」元交際相手の容疑者 警察は異例の捜査(朝日新聞, 2024/5/28 5:58:52) 多摩川に男性遺体、スーツケースは都内で購入…遺棄後も男性の生存装いSNS書き込みか([B!]読売新聞, 2024/5/28 5:54:44) 生成AI悪用し身代金要求型ウイルス作成…警視庁が25歳の男を容疑で逮捕([B!]読売新聞, 2024/5/28 5:54:44) 竜巻がアメリカ13州で猛威、子供含む21人死亡…60万軒が停電([B!]読売新聞, 2024/5/28 5:54:44) 「10年前、チャンスあった」 斎木昭隆元外務次官に聞く拉致問題(毎日新聞, 2024/5/28 5:53:17) 自民・稲田朋美氏、党支部への寄付で税優遇か 「事務所使用料」還流 | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2024/5/28 5:48:23) 小型割安株の成長性に着目を(苦瓜達郎) 〈プロの羅針盤〉三井住友アセットマネジメント チーフファンドマネージャー - 日本経済新聞([B!]日経新聞, 2024/5/28 5:47:59) <主張>岸田首相の外交 一層の対中発信が必要だ(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) <産経抄>大先輩の体づくりに倣え大の里(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) 「犯人の次に憎かった」 報道被害なくすため池田小事件遺族がたどり着いた答え(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) 報道被害軽減に 池田小遺族が犯罪被害者向けリーフレット作成 メディアとの相互理解目指…(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) <朝の詩>こうき高齢者(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) <主張>静岡知事に鈴木氏 早急にリニア着工容認を(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) <朝晴れエッセー>母の恋文(産経新聞, 2024/5/28 5:43:15) サイバーダイン、マレーシアからHAL大型受注 過去最大(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 青森の太子食品社長「売上高最高、新商品がけん引」(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 新卒でマレーシア就職 「企業知名度より、個々の技能」(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 車社会の名古屋、カフェで彩る歩きたい街に 市が補助金(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 光通信基盤の普及へ官民連携 夏に企業公募、6G見据え(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 山陰合銀の外国人社外取ナウド氏「地域の課題解決へ議論」(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) ソフトバンクGミスラ氏の投資ファンド、日本に拠点(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 北海道旭川の家具メーカー、ユーザーとの接点確保に注力(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 魚肉ソーセージ、健康志向×割安感で豊漁 味わいも多彩(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 福岡市、エンジニアの起業どう支援 創業拠点と連携カギ(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) Z世代、女性に広がる海外就職 「私たちは待たない」(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 三菱UFJ信託、奨学金支給ファンド 1000億円目標(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 北海道電力の新戦略、成長産業の「共創」仕掛ける(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 大型マンションに荷さばき場義務化 政府、物流停滞防ぐ(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 埼玉滑川町、「消滅しない町」の20年戦略 子育て支援結実(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 横浜・山手、芸術を包み込む場所に 荻野アンナさん(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 純利益率首位のオービック、知財活用 ゲーム会社も上位(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) ルポ・9月閉店津田沼ヨーカドー 「旧一番店の威容」各所に(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 時空ゆがめるアンダースロー 高橋礼ら希少技術の伝承者(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) アルダグラムの建設作業管理アプリ、オフライン利用可に(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) ケンタはマックに「なる」のか「なれる」のか(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 修繕積立金「値上げしました」 女性理事長ハラハラ奮闘記(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 大阪公立大学、30年度までに起業50社 「稼ぐ大学に」(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 京都銀行、法人顧客向けサイト刷新 データ活用10万社へ(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 名古屋コーチンを宇宙食に、災害用にも サガミ・榑林氏(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 富山のスーパー、岐阜を目指す 現代版「ぶり街道」戦略(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 日産サティオ徳島、障害者ホーム参入 住まい支援手厚く(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 新潟のメディカルビットバレー、高度医療機器を地域共有(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 米大統領選「トランプ氏勝利確率60〜65%」 元米政府高官(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15) 真下だけ見て泳ぎパリ切符 競泳・寺門弦輝(上)(日本経済新聞, 2024/5/28 5:39:15)
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shintani24 · 8 months
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2024年1月12日
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中央図書館所蔵の「浅野文庫」 図書館移転後は市長公館解体して新施設建設の方針 広島市(RCCニュース)2024年1月12日
広島市の中央図書館に所蔵されている「浅野文庫」について、広島市は図書館が移転された後、現在、市長公館がある場所に新しい施設をつくる方針を固めたことが分かりました。
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複数の関係者によりますと、資料の移設先として最有力視されているのは、広島市中区の縮景園に隣接する、広さ1900㎡の土地です。
現在は広島市長が暮らす公館がありますが、建設から50年が経ち、老朽化していることなどから、公館を解体して新しい施設を建設する方針です。
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市は、南区の比治山や東区の饒津神社近くの、浅野家ゆかりの3カ所を利便性などの観点から比較検討していました。
新しい施設では「浅野文庫」のほか、被爆作家の文学資料なども保存・活用する方針で、開館予定時期は2029年度。現時点での概算事業費は約37億円で、企業や個人の寄付を募ったり、国の補助金を活用したりして、財源確保を図る予定ということです。
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広島市長公館の廃止を検討 跡地に「浅野文庫」移す専用図書館の案も(朝日新聞 1月13日)2024年1月12日に追記
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広島市長公館。これを廃止して、跡地に「浅野文庫」などを収める専用図書館の建設が検討されている=2024年1月12日、広島市中区上幟町、宮崎亮撮影
広島市が市長公館(中区上幟町)を廃止し、跡地に市立中央図書館が所蔵する「浅野文庫」などの資料を収める専用の図書館の設置を検討していることが、複数の関係者への取材でわかった。2029年度の開館を予定し、現時点で概算事業費は約37億円を見込んでいる。
浅野文庫は、旧広島藩主の浅野家が寄贈した古書などのうち、原爆による被災を免れた約1万点の資料群で、現在は中区基町の中央図書館に保管されている。
市の作成した整備基本計画案によると、新設する図書館にはそれらの資料のほか、広島ゆかりの文学者の資料が収められる。近世から現代までの広島の郷土文化を、体系的に伝えることが狙いだ。施設内には、展示コーナーや閲覧室、セミナー室なども設置される。
市長公館は、浅野家別邸の庭として造られた「縮景園」に隣接している。1973年に完成し、敷地は約1980平方メートル。現在は松井一実市長が入居する。市は老朽化した公館を、2026~28年度に解体する。解体費を含む事業全体の財源は、国の補助金や市民からの寄付でまかなうことを検討している。
市立中央図書館は、JR広島駅南口の商業ビル「エールエールA館」への移転計画が進んでいる。それに伴って、市は浅野文庫の新しい保管場所を作ることを、23年6月に発表していた。(魚住あかり)
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市長記者会見(1月18日)
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1月19日総務委員会浅野文庫について。詳しい案ができています。
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「ヒロシマ平和研究教育機構」設立へ 広大旧理学部1号館を拠点に 「核なき世界」へ研究に取り組む(RCCニュース)
広島市の被爆建物、広島大学旧理学部1号館を拠点とする、「ヒロシマ平和研究教育機構」が設立されることが決まりました。設立は、12日の準備会議で決まりました。
「ヒロシマ平和研究教育機構」には、広島市と広島大学、広島市立大学などが参加。今後、整備される旧理学部1号館を拠点に、広島大学平和センターと広島市立大学広島平和研究所を中心として、「核なき世界」に向けた研究や国内外の研究者の受け入れに取り組むということです。
広島市 松井一実市長「広島の平和貢献の大きな装置、手段、柱ができたという思いがある。これをうまく起動させることがこれからの課題」
広島大学 越智光夫学長「教育・研究に関して一緒になって深化させていくべきではないかという思いがあった」
「ヒロシマ平和研究教育機構」は、今月下旬に第1回総会が開かれる予定です。
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合格祈願「試験にとおりゃんせ」 商店街に学問の神様が集結 広島(RCCニュース)
今週末には「大学入学共通テスト」が行われ、いよいよ受験シーズンが始まります。広島市の商店街では、受験生を応援する恒例行事が始まりました。
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11日、広島市中区の中央通りに登場したのは受験生の合格を祈願する「とおりゃんせ」!
縦1.8メートル、横1.6メートルの巨大な垂れ幕には、京都の北野天満宮や福岡の太宰府天満宮など学問の神様がまつられている全国10か所の神社がデザインされています。
ことしで20年目を迎えるこの取り組み。地元の商店街が企画していて「中央通りを通って試験にも通ってほしい」との願いが込められています。
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商店街のメンバーが集まり、一発合格にかけ「一合枡」を使った祈願も行われました。
広島中央通商店街振興組合 加藤和行 理事長「中央通りをとおりゃんせ、試験にとおりゃんせ。中央通りを通って、10の天満宮にお参りしたからもう大丈夫だと、安心感を持って緊張を解いて、実力を発揮していただきたいというのが一番」
「絶対合格しますように!」受験生を応援する「とおりゃんせ」は3月21日まで掲示されます。
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中国電力中川社長が上関町を訪問「準備整い次第森林伐採開始」 使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設を調査(テレビ新広島)2024年1月12日
中国電力などが使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設を検討している山口県上関町を中川賢剛社長が訪れ、近く施設建設の調査に向けた森林伐採を始めることを明らかにしました。
中国電力の中川社長は12日朝、年始の挨拶のため上関町の西哲夫町長を訪ねました。
中電は去年8月、使用済み核燃料の中間貯蔵施設建設を関西電力と共同で提案し、上関町は財政の安定などを理由に調査受け入れを決めました。
その後、建設に反対する住民の抗議などで中止された町議会への説明は、今月になって行われたものの周辺自治体の懸念などから調査の実施前に必要な森林の伐採工事は、未だ行われていません。
中国電力 中川賢剛社長 「準備が整い次第、伐採作業も始めたい。安全確保第一に準備でき次第、ボーリング調査も行っていきたい」
上関町 西 哲夫町長 「調査するにあたって安全な作業と適切にしっかりした調査をしてくださいと。上関町の住民に対しても更なる説明をしっかりしていただくようにと」
中電は先月、未実施で許可期限が過ぎた森林伐採届を再提出していて今月21日にも伐採が可能となる見通しです。
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中間貯蔵施設 反対派住民が中電前で抗議活動(KRY山口放送 1月19日)2024年1月12日に追記
中国電力が上関町で調査を行っている使用済み核燃料の中間貯蔵施設について。
ボーリング調査に向けた普通林の伐採が可能な期間に入るのを前に計画に反対する人たちが中国電力に対して抗議活動を行いました。
抗議参加者「金儲けのためにこんなことばっかりするな!自然を壊すな!私達の平和な生活を壊すな!」
中国電力上関原発準備事務所前で抗議をしたのは上関町の反原発団体などおよそ50人です。
中国電力は中間貯蔵施設建設の立地可能性調査の1つであるボーリング調査にむけ、先月、普通林の伐採届を町に提出。あさって(21日)から、その伐採が可能な期間となります。
きょうの抗議活動は伐採が可能になるのを前に改めて計画の白紙撤回を中国電力に訴えようと行われました。
上関原発を建てさせない祝島島民の会 清水敏保代表「町長が地域振興策をということで危険な中間貯蔵施設というとんでもない話を持ってきたこれをとにかく上関町民が望んでないということをこれからも訴えていきたい」
中国電力は去年8月に1度伐採届を提出していますが「安全に作業を行うために資材の準備等を進めている状況」として一度、伐採への着手を見送っています。今回の伐採が可能な期間は3月20日までです。
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中国電力上関原発建設予定地から望む。すぐ近くに祝島の集落が見える、わずか4km。その向こうに見えるのは九州の大分県。
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「地面が約4m隆起した」──能登半島地震の地殻変動、産総研が調査結果発表(ITmedia NEWS)
産業技術総合研究所(産総研)は1月11日、2024年能登半島地震に伴う海岸の地殻変動の調査結果を発表した。調査した場所は、石川県輪島市門前町鹿磯周辺。国土地理院の観測データによると、この場所では最大4mの隆起の報告が上がっており、実地調査をしたところほぼ報告通りの隆起を確認できたという。
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調査した場所
産総研が鹿磯漁港を調べたところ、防潮堤壁面に付いたカキなどの生物が隆起によって水面から離れている様子が見られた。壁面に付いた生物の高度から地震前のおおよその海面を予測できるため、これと地震後の海面を比較。複数地点で調べた結果、その差は3.8~3.9mでほぼ報告通りの隆起を確認したとしている。
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鹿磯漁港の防潮堤に付いた生物遺骸が示す隆起の様子(人が持っている標尺の長さは5m)
鹿磯漁港からさらに北側を調べたところ「波食棚」という平たんな岩棚が、地震による隆起で干上がった様子を確認。波食棚の前方は崖になっており、地震後の海面との高さを比較すると約3.6mの差が見られたという。波食棚は本来、平均海面付近の高さに広がる地形であるが、今回の地震によって階段状の地形「海成段丘」を形成したことが分かったとしている。
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隆起で干上がった波食棚
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隆起した波食棚前面の崖の様子
能登半島北部沿岸は約6000年前以降に形成したと思われる、3段の海成段丘が分布してたが、今回の地震の影響で地面が隆起し、4段目の海成段丘を形成したことになるという。
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今回の地震による隆起で形成した海成段丘の地形断面(青線)
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志賀原発、外部電源の復旧に半年 施設に影響なし、部品調達に時間(共同通信)2024年1月12日
北陸電力は12日、能登半島地震で一部が損傷した志賀原発(石川県志賀町、停止中)の外部電源の完全復旧には少なくとも半年かかるとの見通しを明らかにした。一部の部品調達に時間を要するため。外部電源は計5回線あり、3回線は使用可能で、原発内の非常用電源もあるため、使用済み核燃料の冷却などの安全確保に影響はないとしている。
志賀原発では1号機地下で震度5強を観測。変圧器が破損して油が漏れるなどし、計5回線ある外部電源のうち、中能登変電所を経由する2回線が使えなくなった。
中能登変電所では、絶縁性があるセラミック製の送電線部品が二つ破損していることを確認。予備が一つしかないため、メーカーに製作を依頼した。
また北陸電は、志賀原発につながる別の送電線の2カ所で絶縁用の部品などの破損が見つかったとして、13日にも補修工事を行う。送電機能に問題はなく、予防的な措置としている。工事中はこの送電線を含め、一時的に5回線中3回線が使えなくなるが、非常用ディーゼル発電機などの電源を確保した上で実施する。
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arisakamigiwa · 2 years
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2020年に惜しまれつつ閉鎖した「北根室ランチウェイ」を一部であるが、特別にガイドの上、歩かせていただく。道中にあったヒグマの糞やシカの「土まんじゅう」には衝撃を受けた。終了後は。温泉に入り、懇親会。左足首の負傷や今回で自分の靴が「最後のご奉公」になったことも含めて素晴らしい体験だった。 #北根室ランチウェイ #キラウェイ #ロングトレイル #kiraway #lunchway #ヒグマ #トレイル #中標津青年会議所 #中標津jc #負傷 #ロキソニンテープ #ロキソニン #ジンギスカン #ジンギスカン北海道 (中標津町) https://www.instagram.com/p/CetIHEzvNpA/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ari0921 · 3 years
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和三年(2021)8月13日(金曜日)
通巻第7012号 
 新任の秦剛(駐米中国大使)がワシントンで話し合いを始めた
  イエーレン米国財務長官が近く訪中の観測
**************************
 イエーレン米国財務長官が訪中する予定という。
 8月12日にブルームバーグが報じたが、財務省のリリー・アダムズ報道官は、「イエーレン長官が秋に中国を訪問する計画はない」と否定した。もし訪中となれば、現職閣僚だから、バイデン政権では最高位の訪問となる。
情報通が解説するには「長官訪中の場合、気候変動対策など米中共通の課題のほか、貿易などの協議が目的となる」とし、対談相手は劉鶴副首相だろうとした。
しかし、先のシェルマン国務副長官の訪中は中国側が罵倒を繰り返し、天津に留め置いて、文句ばかりを並べて追い返した。米国は相当の不快感を抱いたが、同時に中国はまったく譲歩する姿勢にないことを掌握した。
イエーレン米国財務省官はFRB議長を務めた金融、財務のベテランであり、現在のバイデン政権が進めているバラマキ路線の中枢にいる。
彼女が中国へ行って知りたいことは、第一にデジタル人民元の本気度と、その可能性、そして米国はいかに対応するべきかのヒントを得ることだろう。というのもブレトンウッズ体制下のドル覇権が何時まで維持できるかという米国の戦略に絡むからだ。
 第二に中国企業のウォール街への上場がピタリ止んでいることと、中国企業の社債償還、株式市場の下落予測などの参考となる実態を把握することだろう。二年以内に230兆円の償還がくる中国の債券市場はパニックを回避できるか、どうか。
 第三に中国共産党は教育産業の予備校や、ゲーム産業は不健全として市場介入を間接的に行ったが、この悪影響が中国国内ばかりか、すでに日本のソフトバンクGや楽天に甚大な悪影響が出ており、市場の今後の予測に繋がる。
 中国は世界に先駈けて「デジタル人民元」を普及せんと実験を繰り返している。そのうえで、潜在的な阻害要因を駆除しており、例えば、ビットコインなどの暗号通貨の取引所を閉鎖した。
 中国人はビットコインに集中的に投機してきたため、世界シェアは80%にも及び、同時にビットコイン現金化闇市場も出現した。顧客のなかにはハッカーで稼ぐ北朝鮮の集団があった。また電力消費が膨大なため、国内取引所を畳み、米国テキサス州へ移動する「業者」も目立つようになった。
 またアリババ、テンセントのモバイル決済は国民から支持されており、最初は奨励してきた中国共産党だったが、データ管理とデータ流失に問題があるとして、規制を強化した。デジタル人民元を世界市場に普及させ、国家がそのデータを管理すると中国の全体主義体制は、管理監査が完璧となる。しかし、そうした中国の目標は可能なのか、どうか。
 
 デジタル通貨は国際的流通性を獲得すれば、当該国の通貨管理、すなわち通貨発行という主権はどうなるか。
仮想通貨は、ドル基軸の世銀IMF体制と、どういう整合性を取るのか、デジタル人民元などの仮想通貨は、どうやってドルと交換できるのかという問題だ。こうした重要な問題で米中は突っ込んだ話し合いをしていない。
▼二年以内の中国国有企業の社債償還は230兆円
 昨秋から噂されたデベロッパー大手の「恒大集団」が債務危機に陥って中国の不動産業界は青ざめた。香港では開発中のマンション販売に関して、主幹事のHSBCは住宅ローンを停止した。広東省では広発銀行の要請により二軒のマンション開発販売を停止した。
 恒大集団は全物件を30%割引で販売して手元現金をかき集めた。償還の迫った社債のために急いだが恒大の社債は金利が14%に跳ね上がった。
 恒大集団の倒産が秒読みだということではなく、GDP躍進の基軸だった不動産ビジネスが本当に危殆に瀕しているのであり、値崩れのあと住宅ローン、個人破産のラッシュとなるだろう。
すでに北京大学系の方正集団や、鳴り物入り国策企業だった紫光集団が外貨建て社債をデフォルト(13億元)。王岐山系といわれる海南集団は事実上倒産している。
 ほかにも華夏幸福基業(157億元の債務不履行だった)、天津地産が社債デフォルト。
 2021年第一四半期だけでも格力電器などがデフォルトをやらかし、前期比で24・3%の増加、合計で61社の社債が紙くずとなった(2020年は通年で142社の社債が紙くずに化けた。このペースだと、今年は240社以上になる)。
 このため新規に社債の起債もしくはCP(コマーシャルペーパー)の発行を予定していた248社が社債発行を見送った。
 
 国有企業大手も債務不履行危機が近いとされ、国家鉄路集団が900億元、国家電網が140億元の社債残高を抱えるなど公的企業の債務は、6000億元とされる。
 23年までに償還時期が来る債務は邦貨換算で230兆円。このうちドル建て社債は1720億ドル(19兆円)で全体の8・3%。西側投資家の杞憂は後者のデフォルトだ。
 
 ▼ウォール街の関心事は中国の株価の行方だ
 イエーレンはFRB議長と財務省との格差をわきまえている。財務省はドル札を印刷し、そのグリーンバックにサインをするのは大統領ではなく財務長官の特権である。
 米国の投資家やファンド筋は、これまでにも中国株式で大いに潤ってきた。とくにゴールドマンサックスなど証券会社は、上場の主幹事となることで、巨額の手数料を稼いできた。だからこそ中国の最近の動きが気になるのだ。
 滴滴(DIDI)は6月30日にNY市場に上場し、予定価格14ドルのところ、初値が18ドル。時価総額はいきなり7兆5700億円となった。
四日後、中国はDIDIの審査に入ったため株価は暴落した。7月9日の時価総額はピークから2兆3000億円ほど減らして、5兆2000億円ほどになった。
 ついで7月26日、学習塾規制強化により、香港株式市場で中国教育銘柄の株価が半値以下に暴落した。新東方教育科技などはオンライン個別指導で業績を伸ばしたが、いきなり47%下落した。四日間続いた続落で中国の株式市場から6兆3000億円弱が蒸発した。
 中国当局は学習塾、補習斑、家庭教師センターなど「教育産業は利益追求であってはならない」とし、「免許交付を新ルールにかえる」とした。
 中国の教育産業界は大学進学率の急上昇(ことしの大卒は909万人)に伴い、たとえば、宿題アプリで急発展してきた「猿輔導」は、時価総額1・6兆円。昨年に猿輔導が上場した折には、2300億円をかき集めた。教育補習など広く利用されるアプリゆえに利用者は四億人を超えたという。
 この当局の措置により、大手のTAL(米国でも上場)の株価は71%の暴落、「GAOTU TECHEDU」が53%、新東方教育が41%の下落と、いずれも土石流被害は甚大。付帯して校舎賃貸オーナーから参考書出版社、流通など、猛烈な被害がでるが、じつは出資側のほうの被害がもっと大きい。
 補習産業の急伸ぶりをみてアリババ、テンセント、バイトダンスなど中国の大手ベンチャーはファンドを通じて教育産業に投資した。2020年だけで、この業界には100億ドルもの巨額が雪崩れ込んで、まるでマネーゲーム。教育者としてはふさわしくない行為に目が眩んでいたことも事実ではある。
 そして中国はセキュリティ安全法の観点から新規海外上場を規制するとした。上場に際して幹事行となると、膨大な手数料を手中にできるのが、ゴールドマンサックス、JPモルガンなどのウォール街の禿鷹金融軍団だから、錬金術の手伝いが出来ないとなれば、また次の手口を考えなければならなくなる。
 ラッキン珈琲の不正経理、水増し決算による上場は、投資家が大損をしたと言われ、中国企業への不信感の増大、中国企業の社債格付けの劣化などから、ファンドの投資マインド後退とともに、中国企業そのものが上場を延期、もしくは取りやめも目立つ。
 中国の習近平にとってみれば、中国のエクサレントカンパニィが、そろいもそろって自国では上場せず、中国を避けてNY市場で資金調達する行為そのものが、共産党統治を馬鹿にしている証拠だといきり立っている。しかしながら、それこそが中国の金融への国際的評価であり、客観的状況だといえる。中国側からみると、海外へ中国の情報が漏洩する安全保障上のリスクがあるとも考える。NY上場の中国企業は400社、これからの運命は? 
 7月29日、米上院議員らSECにNY上場のすべての中国企業を調査せよと要求した。
 正反対の動きがある。
 第一に米国企業の中国への直接投資は増えている。1160億ドルに対して中国の米国への直接投資は376億ドル。差引き874億ドルが米国からの流失だ。
 第二に証券投資はバランスが逆で、中国の米国再建保有は1兆960億ドル、米国のそれは3000億ドルである。
 第三に中国の対米貿易黒字は依然として2850億ドルである。最近とくに目立つ手口は「変動持ち分事業体(VIE)を通じておこなう「迂回上場」という巧妙なやり方で、アリババ、ピンドウドウ、京東集団、ネットイーズ、百度、滴滴などが採用した。
 ▼「宗教はアヘンだ」じゃなかった「ゲームはアヘンだ」
 ついで中国共産党は「ゲームは精神のアヘンだ」として規制に乗り出した。
 宗教はアヘンと早くから共産党は唱えて来たが、文字通りに受け取る向きは少なく、ようするに共産党独裁そのものが一神教だから、ほかのカルトの存在は認めない、抹殺の対象である、と宣言していたことになる。
 8月3日、共産党御用達の国営通信社・新華社系の『経済参考報』が「子どものオンラインゲーム中毒の蔓延に苦言を呈し、「ゲームの有害性が高まっている。まさに『精神のアヘン』、『電子薬物』という批判があるが、どのような産業であれ、スポーツであれ、社会をむしばむような発展は望ましくない」としたのだ。
 これによって中国最大のゲームソフト企業テンセントの株価が暴落、日本のゲーム業界の株価にも波及した。日本のゲーム大手はソニー、任天堂、バンダイナムコなどで、この業界の規模は5・3兆円(ほぼ日本の防衛予算に匹敵)、9・7%の成長率を誇った。地下鉄や電車に乗ると分かるが、90%近い乗客はスマホを見ている。その半分近くがゲームをしている。精神の荒廃が、ここまで来ている暗黒は、中国に限った現象ではない。
 テンセントは三月に日本企業「楽天」への出資をしている。「テンセント・リスク」と大騒ぎになった。楽天へ日本郵政が8・32%、テンセントは3・65%を出資したのだが、楽天の幹部は「なにも問題はない」と言い切った。ところが、市場では楽天の社債格付けがドカンとさげられてことに懸念が拡がった。
 8月12日、新任の秦剛(駐米中国大使)はワシントンで国務省高官らとの話し合いを始めた
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monqu1y · 3 years
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戦後の事件簿  「日本が受諾したポツダム宣言は、イギリス首相、アメリカ合衆国大統領、中華民国主席の名において発された。ソ連は後から加わり追認した。中共は、抗戦相手ではなかった。大日本帝国の一部を形成する朝鮮半島の住民と内地の住民も、戦火を交える敵同士ではなかった。しかし、どこまでも敗戦革命にこだわる報道関係者たちは、中国や韓国や北朝鮮に戦勝国とウソをつかせたうえで、日本に対する理由のない非難と恐喝をするよう唆している。そして、韓国人や朝鮮人は本名を隠し日本人名を名乗っている。彼らの犯罪は、日本人による犯罪のように報道されるか、犯罪そのものが報道されない」という話を聞いた  図書館に行って朝鮮人の犯罪を調べたら、次のような記録が見つかった  1945年10月22日、大阿仁村事件が起こった。秋田県北秋田郡阿仁合町の阿仁鉱山で働いていた朝鮮人12名は、午前9時頃、約16キロ山奥の同郡大阿仁村の伏影集落へ行き、共同管理の栗林に侵入し、栗を拾っていた所を村人に発見され、注意したところ乱闘となり、双方数名が負傷した。午後1時になると、約40名の朝鮮人が来襲したので、警察と警防団は直ちに現場に急行し鎮圧の為に急行した  1945年12月24日、生田警察署襲撃事件が起こった。午後9時頃、50名を超える朝鮮人の暴徒が「岡山の刑事を出せ」と叫びながら署内に侵入。署員を拳銃・日本刀・匕首を突きつけて軟禁した上で、岡山県警察部の捜査員を探し始めた。捜査員らが脱出に成功した一方で、暴徒によって署内の警察電話線が切断されたため、警察署は外部との連絡手段を絶たれてしまった。その後、事件を聞きつけた連合国軍部隊によって暴動が鎮圧された。襲撃以前、岡山市内にて7人組による拳銃強盗事件が発生しており、強盗犯を追って岡山県警の捜査官が神戸市まで出張にきていた。この捜査員に生田署が協力していたため、暴徒の襲撃を受けることになった。もっとも以下に挙げた資料には、確かに報復を仕掛けたのは朝鮮人の一団であったが、元の拳銃強盗事件の犯人が朝鮮人であったのかどうかまでは記されていない  1945年12月29日、直江津駅リンチ殺人事件が起こった。午後7時頃、新潟発大阪行の列車が国鉄信越本線黒井駅に到着した。3人組の朝鮮人が列車に乗車しよう��したが、満員のため乗車することが出来なかった。そこで彼らは列車の窓ガラスを叩き割り無理やり乗車しようとしたところ、ある男性の乗客に阻まれたため、已む無くデッキにぶら下がり次の直江津駅まで行く破目になった。列車が直江津駅に到着すると、3人組は自分たちを阻んだ男性に対して、「乗降口から乗れないので仕方なくガラスを壊して乗ろうとしたのに何故妨害した」と詰め寄った。 男性に「窓から乗り込むという方法はない」と反論されたため、その男性を直江津駅のプラットホームに引きずり降ろし、駅の備品であるパイプやスコップを持ち出して男性に襲い掛かり、メッタ打ちにした。男性は頭や左眼などに十数か所の傷を負い、絶命した。警察が緊急配備したところ、直江津の病院で傷の手当てをしていた3人組を突き止めた。そして容疑を認めたため、殺人犯として緊急逮捕した  1946年1月3日、富坂警察署襲撃事件が起こった。正午、春日町交差点において多くの不審者を乗せたトラック2台が富坂警察署方面へ向かうのを、交通整理にあたっていた警察官が発見、直ちに署に連絡した。連絡を受けてまもなく、例のトラックが富坂警察署に到着、警察官の制止を振り切って約80人の朝鮮人が署内に乱入し、留置中の在日朝鮮人の即時釈放を要求した。危険を察知した警部が警察電話を通じて、警備隊の応援を要請したところ、在日朝鮮人20人が電話室に乱入し占拠した。これにより外部との連絡が絶たれた。交渉にあたった署長は「朝鮮人は留置していない」と突っぱねたが、情報が漏れていたらしく、在日朝鮮人たちが留置場を探し始めた。これを阻止しようとした警察官に対して殴る蹴るの暴行を加えて負傷者を続出させた。在日朝鮮人はついに留置場を発見、中にいた容疑者を連れ出し、「署長は、朝鮮人は留置していないと我々を欺いた」と署長を責めた後、富坂警察署の前を通りかかったトラックを奪って逃走した  1946年1月9日、生田警察署襲撃事件が起こった。翌年、三宮ガード下で賭博団が検挙されたことを受け、30 - 40人の朝鮮人が犯人の奪還を目的に再度署内に侵入したが、この事件も進駐軍の協力を得て鎮圧し、首謀者3人を検挙した  1946年5月13日、長崎警察署襲撃事件が起こった。午前10時30分、280人の警官隊が一斉取締を開始し、日本人150人、朝鮮人26人、中国人6人を検挙、長崎警察署に連行した。その直後、在日本朝鮮人連盟や中国人団体が長崎警察署に押しかけ、被疑者の即時釈放を要求したが、署長は取調前の釈放はできないと拒否した。午後2時30分頃、朝鮮人や中国人など総勢約200人がバッドや鉄棒を持って長崎警察署を包囲・襲撃した。これにより警察官1人が死亡、10人が重軽傷を負った。その後、余勢をかって東浜町派出所や港町派出所も襲撃し、警察官に対し暴行を加えている  1946年8月5日、富山駅前派出所襲撃事件が起こった。午後6時50分頃、富山駅において闇米取り締りを実施し、朝鮮人3人を検挙した。しかし、それを見ていた朝鮮人2人が妨害し、3人を逃走させた。そのため自治隊員2人を公務執行妨害罪で逮捕し、富山駅前派出所に連行したところ、朝鮮人約30人が包囲し険悪な雰囲気となった。署に救援を頼んだが、その前に大乱闘となった。その直後に、救援隊が駆けつけて朝鮮人たちを実力で排除した。この乱闘で警察官1人が負傷した  1946年9月22日、坂町事件が起こった。午前0時50分頃、村上警察署の署員8人が坂町駅に赴き、ヤミ米の取締に当たった。署員が現れるや、約50人の朝鮮人・中国人は一斉に姿をかくした。警察官がホーム上に置き去りにされたヤミ米を押収しようとすると、「殴れ!」「叩け!」の叫び声を合図に襲いかかって来た。警察官が応戦している最中に列車が到着し、列車内から朝鮮人20人が下車し加勢、警察官に暴行を加えた後、発車間際の列車に乗り込み逃走した。この日の午後になり、「また、ヤミ米を運搬しようとしている」との情報が入った。警察官 10人が現場に向かい取り締まろうとしたところ、約50人の朝鮮人・中国人が襲い掛かり、殴る蹴るの暴行を加えた。金屋村警防団は警察官の応援に駆けつけたが、逆に鳶口や木刀を取り上げられて、彼等の武器にされる始末であった。その後、撤退命令が出たので、警察官等は一旦引き上げた。その後、進駐軍の新潟軍政部の係官が現地に到着し、朝鮮人・中国人に対して「日本に在住している限り、日本の法律に服さなければならないこと」、「警察官のヤミ米取締を拒むことは、連合国の指令に反するものであること」を言い渡した。軍政部のお墨付きが出たことで、警察は断固とした取締りが可能になり、12人が検挙された  1946年9月26日~29日、新潟日報社襲撃事件が起こった。在日本朝鮮人連盟などの朝鮮人16人が新潟日報社を訪れ、新潟日報社と読売新聞社の両社に対して、「坂町事件の報道に誤りがあると認め、ラジオ放送を通じて新潟県民に誤報であったという声明を出せ」と要求した。両社は「即答はできない」として、29日まで猶予してもらうことになった。その後読売新聞社は、9月28日になって譲歩し、誤報を認め謝罪記事を掲載することで話がついた。9月29日、朝鮮人16人が再度新潟日報社を訪れ、新潟日報社側の返答をせまった。新潟日報社は「警察の調査結果をまって善処する」と答え、彼等の要求を拒んだため、朝鮮人側は憤慨し、茶碗を投げつけたのを合図に一斉に暴れだし、社内の備品を破壊した。新潟警察署は、朝鮮人らを暴力行為等処罰ニ関スル法律違反で逮捕した  1946年12月20日、首相官邸デモ事件が起こった。の全国大会では、約1万人の朝鮮人が結集した。日本共産党の徳田球一も出席しており、徳田球一の演説の後、生活権擁護の決議文を採択し、午後1時頃に集会は一旦終了した。午後1時30分、「朝鮮人虐殺政策絶対反対」「吉田内閣は日本の敵だ」といったプラカードを掲げてデモ行進を開始。午後2時頃に首相官邸前に差し掛かると、突如警察官の制止を無視して官邸正門前に殺到した。警官隊は侵入を阻止するため門を閉鎖しようとしたが、デモ隊は投石やプラカードを振り回すなどして暴れ、遂に首相官邸に侵入した。午後2時30分頃にアメリカ軍憲兵隊が出動し、まもなくデモ隊全員を解散させた。この事件で、警察官23人が重軽傷を負い、拳銃2丁が奪い取られた  1947年10月20日、尾花沢派出所襲撃事件が起こった。朝鮮人7人は警察によるヤミ米摘発の鬱憤を晴らすべく、派出所の襲撃を計画し、午後3時頃に楯岡警察署の尾花沢派出所に乗り込んだ。警察官が不在だったため、派出所内の器物を破壊し、門標を取り外した後引き揚げた。その後、外出から戻った警察官が、派出所内の惨状を見て驚き、直ちに署に連絡した。その直後、前述の朝鮮人7人と他の朝鮮人30人が派出所を取り囲み、火鉢を投げつけるなどの暴行を働いた。楯岡警察署は隣接の新庄警察署や進駐軍の応援も得て、29人を逮捕した  1948年4月23日~25日、阪神教育事件が起こった。9時、大阪府大阪城前の大手前公園で、朝鮮人学校弾圧反対人民大会が開催された。集会には在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余が集結した。16人の代表が選出され、大阪府庁舎で大阪府知事・赤間文三との交渉を行うことになった。12時30分、大阪府庁知事室において副知事と朝鮮人代表者16人との交渉が始まったが合意には至らず、15時になって在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余の中からシュプレヒコールが起こった。同時に50人余の青年が行動隊を編成し、スクラムを組んで大阪府庁前の阻止線を突破した。15時30分には行動隊に続いて、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人など7000人余も大阪府庁に暴力で突入し、3階までの廊下を占拠。副知事は警察官の誘導で、戦時中に作られていた地下道を通って脱出した。17時頃には群衆が知事室になだれ込み、ドアや調度品を破壊するといった行動に出る。日本共産党大阪地方委員会に派遣されていた増山太助は川上貫一衆議院議員とともに知事室に駆けつけたが、収拾がつかない状態だった。夜になって大阪城周辺の各所で在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人によってかがり火が焚かれ、朝連としては川上を代表として交渉の場を作ろうとした。しかしそこへアメリカ軍や武装警官が到着し、在日朝鮮人や日本共産党関西地方委員会の日本人らと乱闘。在日朝鮮人のうち1人が死亡し20人が負傷した。警官側の負傷者は、31人だった。179人が騒擾罪で検挙された。4月25日には朝連や日本人約300人が南警察署に押しかけ逮捕者の釈放を要求したが、抗議に来た群衆に向けて警官隊が威嚇射撃を行い追い返した。翌4月26日に朝連は大阪東成区や旭区などで「朝鮮人学校弾圧反対人民大会」を開催。午後には朝鮮人代表者と赤間府知事との間で再度交渉が行われたが、15時40分に別室で待機していた大阪軍政部のクレーグ大佐が、交渉の中止と大手前公園に集結していた在日朝鮮人2万人の解散を指示。これに対し在日朝鮮人1600人のデモ隊が再び大阪府庁に向かい、武装警官隊の阻止線で投石を開始。武装警官隊は消防車に放水をさせ、デモ隊に突入し拳銃で発砲した。この衝突で当時16歳であった在日朝鮮人金太一が死亡する。検挙者は軍事裁判にかけられ、日本人9人と在日朝鮮人8人が重労働4年以下の判決を受けた。このうち当時の朝鮮総連の朴柱範兵庫県本部委員長は神戸刑務所に服役し、1949年11月25日に病気を理由に仮釈放されたが僅か数時間後に死亡した。事件解決後、大阪市警察局は、アメリカ陸軍第25師団司令部より感謝状が贈呈された。兵庫県非常事態宣言布告を報じた朝日新聞号外アイケルバーガー司令官の神戸視察を報じた神戸新聞10日に兵庫県知事・岸田幸雄は、朝鮮人学校に対して封鎖命令を発令。これを受けて14日に朝連は兵庫県庁を訪れ、岸田との交渉を要求した。言動はしばしば威圧的・脅迫的になった。4月23日に警官隊と米軍MPが朝鮮人学校灘校と東神戸校を封鎖すると、翌24日に封鎖に抗議する在日朝鮮人や日本人が兵庫県県庁前に集結。9時30分に兵庫県庁知事室で、岸田知事と神戸市長・小寺謙吉、検事正ら15人が朝鮮人学校閉鎖仮処分執行問題と在日朝鮮人の抗議集会対策を協議。協議が行われているとの情報は朝連にも伝わり、約100人の在日朝鮮人や日本人が兵庫県庁内に突入。知事応接室を占拠して備品などを破壊した後、壁を打ち破って知事室になだれ込み岸田知事やMPを拉致監禁するに至る。知事室に乱入した在日朝鮮人や日本人は電話線を切断して外部との連絡を絶ち、「学校閉鎖令の撤回」「朝鮮人学校閉鎖仮処分の取り消し」「朝鮮人学校存続の承認」「逮捕された朝鮮人の釈放」などを岸田知事に要求。半ば監禁状態にあって岸田は、17時に諸要求の受け入れを誓約。しかしその日の22時に岸田知事と吉川覚副知事・市丸検事正・田辺次席検事・出井兵庫県警察長・古山神戸市警察局長らが、占領軍兵庫県軍政部に召集され、23時に兵庫県軍政部が「非常事態宣言」を発令。軍政部の非常事態宣言によって兵庫県と神戸市の全警察官はアメリカ軍憲兵司令官の指揮下に入り、兵庫県庁への乱入者の徹底検挙命令と共に岸田知事が一旦受け入れた在日朝鮮人の要求への誓約を無効とした。25日早朝にMPと米軍憲兵司令官指揮下の警官による県庁乱入者の検挙を開始し、29日までに、1590人もしくは7295人 を検挙。日本共産党の神戸市議会議員・堀川一知も拘引された。4月28日には米軍軍政部の非常事態宣言も解除。検挙した者から主だった者を拘留し、23人を軍事裁判にかけた。唯一の日本人被告人だったは堀川は重労働10年の判決を受け、在日朝鮮人には最高重労働15年の判決が出されて刑期終了後は本国に強制送還されることになった  1948年10月11日~12日、評定河原事件が起こった。の10時から開会式が始まった。北朝鮮国旗の掲揚をめぐり仙台市警察が警告を発するなどのトラブルがあったが、1日目は特に混乱も無く終了した。2日目の10月12日は運動会が開かれた。国旗掲揚の代わりに国旗を頭上に捧げ持って行進したため、米軍の憲兵が行進の中止を命じた。その後、運動会は再開され、16時30分頃に閉会式が開かれた。そのとき、酒を飲んだ数人の朝鮮人が会場内に入って歌を歌い始めた。これに同調する者が次々と現れ、赤旗を掲げてデモ行進するなど不穏な空気に包まれた。その中で、北朝鮮国旗を持った一団がデモ行進をし、米軍憲兵の制止を無視し行進を続けたため、米軍憲兵は国旗を押収し、参加者4人を検挙した。その後の米軍憲兵隊の捜査で、更に2人が検挙された  1948年12月9日、宇部事件が起こった。約200名の朝鮮人が宇部市民会館に参集し生活擁護人民大会を開催していた際に、在日本朝鮮人連盟山口県本部委員長を進駐軍憲兵および警察隊が逮捕した。大会参加者は集団的に同被疑者を奪還しようとして警察側と衝突し、双方に多数の負傷者が出る騒ぎとなったが、警察側の発砲によって鎮圧された  1949年1月25日、益田事件が起こった。島根県美濃郡益田町の朝鮮人集落において密輸入物資が隠匿されているとの密告に基づき、進駐軍島根軍政部将校2名と経済調査官2名が同行して、令状なしで摘発に乗り出したが、「令状のない捜査は違法である」と拒否されたため、警察官10名が応援して違反物資を押収したが約100名の朝鮮人に奪還された。翌日、被疑者9名を検挙したものの、夜に入って約200名が警察署に押しかけて被疑者の釈放を要求し、署内に侵入しようとしたために警察官と乱闘になり48名が検挙された。逮捕されたもののうち9名が起訴され、騒乱罪で有罪となった  1949年4月6日~13日、枝川事件が起こった。午後6時頃、3人の捜査員は主犯を発見、逮捕しようとした。しかし主犯は別人を主張、周りの朝鮮人数人も捜査員を見ていたため、任意同行に切り替えた。そして、屋外に出ようとしたところ、主犯は捜査員を突き飛ばし、裸足のまま逃走した。捜査員は拳銃を3発威嚇発砲して制止しようとしたが、逃走を続けたため、遂に主犯に向けて発砲した。そしてなんとか逮捕することができたが、主犯はその際に負傷した。それを見ていた約40人の朝鮮人が「仲間を殺したやつは殺してしまえ」と捜査員2人に襲い掛かり、殴る蹴るの暴行を加え重軽傷を負わせた上に在日朝鮮人連盟の施設に連行した。もう1人の捜査員は、事態の重大性を察知し、近くの民家の電話を借りて枝川地区を所轄する深川警察署と月島警察署に通報した。まもなく深川警察署と月島警察署の応援部隊が在日朝鮮人連盟の枝川支部に急行したが、激しい抵抗にあい、警察側に負傷者を続出させたが、アメリカ軍憲兵隊が来ると急に態度を軟化させた。その後の交渉で朝鮮人側は暴行犯人の引渡しを確約したが、4月8日になっても引き渡さず、逆に捜査員の処分を求める有様であった。4月9日より、警察は枝川地区に架かる橋に検問所を設置、通行者全員に検問を開始した。それと並行して内偵調査を行った。その結果、警察官に暴行した容疑者が割り出されたため、4月13日に一斉捜査が行われ、容疑者5人が逮捕された。4月19日までに更に10人が逮捕された  1949年4月7日~11日、高田ドブロク事件が起こった。午前6時頃、取締部隊は朝鮮人集落に到着し一斉取締を開始した。早朝であったため、この取締そのものは整然と行われ、午前8時30分頃には引き上げた。午前10時40分頃から朝鮮人たちが高田市警察署に集結し始め、正午頃になると200人に膨れ上がり、検挙者の釈放を要求した。しかし警察側が断固拒否したため、警察署に向かって投石を行い窓ガラス十数枚を破損させた。4月8日も朝鮮人約200人が警察署前に集結し、釈放を要求した。4月9日正午、一人の朝鮮人女性が高田税務署に現れた。一人であったことから税務署を警備していた警察官も、一般の利用者と思って油断していたところ、あっという間に14・15人の朝鮮人女性が集まり、署長との面会を要求してきた。警備の警察官が退去を勧告したところ、「人殺し」と叫び座り込みをはじめた。午後1時になると多くの朝鮮人男性が押しかけ、税務署内に突入しようとしたので、小競り合いになり双方に負傷者を出した。4月10日、検挙者の自供により、高田市においても密造酒の醸造が行われていることが判明したため、在日朝鮮人連盟信越支部などを家宅捜査した。4月11日、約500人もの朝鮮人が高田市に集結、デモ行進を行った。彼らは市民に対して「警察が朝鮮人に対して不当な弾圧を加えている」「放火して高田市を灰にする」などと叫び牽制していた。ここに至り、警察もデモの首謀者12人を検挙したため、この事件も収束に向かい始めた  1949年6月2日~11日、本郷村事件が起こった。国家地方警察福井県本部若狭地区警察署の本郷派出所の警察官が朝鮮人地区の地図を作成したことについて、在日本朝鮮人連盟の幹部が抗議した。幹部は一旦戻り、在日朝鮮人70人を引き連れて、派出所を包囲した。そして中の警察官に暴行を加え、そのまま居座り続けた。若狭地区警察署は署員を急派したが、なおも居座り、6月4日になってようやく解散した。朝鮮人側は 暴行警察官の罷免 被害者に対する損害賠償 朝鮮人に対する謝罪 朝鮮人問題については、事前に朝連と連絡協議をすることなどを要求したが、警察は6月10日に朝鮮人2人を逮捕するために現地に向かった。待ち構えていた朝鮮人200人が、石や糞尿を投げつけて逮捕を妨害したが、なんとか強行突破し、2人を予定通り逮捕した。その後朝鮮人たちは、「民族弾圧、ファッショ警察の再現」と叫んで警察署前に居座ったり、「ファッシズム国警若狭地区警察の真相」と題するビラをばら撒くなど示威行動を続けた  1949年8月20日、下関事件[騒乱]が起こった。19日午後11時頃、朝連事務所前に約150人の在日朝鮮人が集結し、民団を非難する集会を開いた。集会そのものは特に問題なく終了したが、警備に当たっていた朝連の構成員と民団の構成員が路上で遭遇、乱闘となり、民団側が所持していた日本刀で朝連側に負傷者を出した。朝連は、これに報復すべく8月20日午前2時30分頃、構成員約200人を招集し、民団下関支部や民団構成員の自宅を襲撃した。そして被害家屋から金品を略奪するなどの狼藉を働いたあと解散した。このため、未明にも係らず市内は一時大混乱になった。下関市警察は、直ちに国家地方警察山口県本部に応援を要請した。国家地方警察は、自治体警察を含む山口県内の全警察に非常招集を発令、警察学校の学生をも動員した。県内各地から来る応援部隊の到着後、朝連や民団の施設を一斉に捜索を開始し、939 人の警察官のうち 14 人が負傷したが、73人を検挙した。翌日8月21日には、下関市警察と国家地方警察の合同による「下関事件合同警備本部」を設置するとともに、市内各所に検問所を設けて逃亡を阻止した。最終的に208人が検挙され、殺人未遂罪のほか、騒擾罪などで75人が起訴された  1950年3月20日、台東会館事件が起こった。10日午前9時、東京都の係官が台東会館に赴いた。警視庁では不測の事態に備えて多数の警察官を警戒に当たらせた。係官は会館を引き渡すよう命じたが、旧朝連はそれを無視したばかりか、投石を行い抵抗した。そのため、この日の接収は一旦取りやめになり、3月20日に再度接収を行うことになった。旧朝連側は接収予定日の前日から、会館入口にバリケードを設け、周辺道路を巡回して警戒していた。3月20日午前7時、係官が台東会館に入ろうとしたが妨害を受けた。そして、警戒に当たっていた警察官に向かって、石や唐辛子粉を投げつけて抵抗した。そのため警察は強行突入を断行し、朝鮮人119人を検挙した  1950年8月15日、連島町事件が起こった。1949年9月8日、GHQの指示を受けた法務府は告示第51号を出し、在日本朝聯と在日本朝鮮民主青年同盟に対し団体等規正令を適用して解散命令を下す。また朝鮮学校と民団総連も解散請求を受けた。これらの措置は在日朝鮮人の生活に直接の打撃を与えた。将来に不安を抱いた朝鮮人同胞らの中には、革命を叫んで公共施設を不法占拠し火炎瓶で武装した事件が起きた。こうした世情不安の中、岡山県浅口郡連島町で、朝鮮解放5周年を祝って約700名の朝鮮人が集まり集会を強行したため、これを制止しようとした警察と乱闘になり8名を検挙した。この事件で警察官15名が負傷した  1950年11月20日~27日、長田区役所襲撃事件[第二神戸事件]が起こった。午後1時、約200人の朝鮮人が神戸市長田区役所に押しかけた。要求は「市民税免除」と「生活保護の徹底」である。しかし区長がこれを認めなかったため、区長を軟禁状態にして騒ぎ出した。神戸市警察は直ちに出動、30人が逮捕された。11月24日午前11時、約300人の朝鮮人が再度長田区役所に押しかけ、区長との面談を要求した。区長が拒否したため、朝鮮人たちは区役所に乱入し、窓ガラス等を破壊した上、出動した警察官に対しても暴力を振るったため、不退去罪の現行犯として26人が逮捕された。11月27日朝、24日に逮捕された仲間の奪還などを求め、姫路市、明石市、尼崎市などから約600人の朝鮮人が神戸に向かっているとの情報が警察にもたらされた。警察は甲号非常招集を発令、神戸市警察および国家警察兵庫県本部の警官約3000人に待機命令をかけた。長田区にある西神戸朝鮮人学校に神戸市在住の者も含め約千人の朝鮮人が集結。「祖国統一決起大会」を開催し、投石用の石や棍棒を用意するなど不穏な状勢となったため、正午頃に解散を命じたが、「犬め、殺してやる」「貴様等人民裁判にかけてやる」と暴言を吐いて命令を無視、午後3時20分頃には、学校から出てデモ行進を始めた。遂に警察は神戸市電湊川大橋停留所付近で検挙を開始したが、デモ隊は激しく抵抗し、約60人が逮捕された。その残党は新湊川沿いに北上、長田区役所や長田税務署を襲い、窓ガラスを割るなどした。最終的に179人が逮捕された  1951年1月23日、四日市事件が起こった。旧朝連四日市支部を接収しようとしたところ、居合わせた朝鮮人約20名が、器物やガラスの破片を投げつけたり、灰・唐辛子による目潰し攻撃をしたり、濃硫酸を浴びせて接収の妨害を行った事件。そのため、執行係官7名が全治2 - 3週間の重軽傷を負った。警察が出動して、公務執行妨害容疑で15名を検挙した  1951年3月7日、王子朝鮮人学校事件が起こった。当日、王子警察署は周辺の道路を封鎖し、同校生徒以外の群集の流入を阻止しようとしたが、群集はそれを無視し最終的に2000人が集まった。集会は午前10時から始まった。一方、学校外にいた群集が警察隊に対し、投石や唐辛子粉の噴霧など抵抗したため、ある警察官が付近の民家の2階から写真を撮ろうとした。しかしそれを見た群集が民家に乱入、その警察官に暴行を加え、カメラを破壊した。応援に来ていた蔵前警察署員が救出しようとしたが、逆に返り討ちにあい、重軽傷を負わされた上、拳銃や警棒などが奪われた。警視庁は、遂に群集を強制的に解散させることを決断、警官隊が校内に突入しようとした。群集は煉瓦や石を投げつけるなど強硬に抵抗したが、午後2時50分までに全員を校外に排除した。警察はこの事件で28人が重軽傷を負った  1951年6月13日、神奈川事件が起こった。横浜市神奈川区にある青木小学校分校において、神奈川県朝鮮人学校PTA連合運動会が開かれていたが、参加者の一人が警備をしていた警察官に対して暴力をふるったため、公務執行妨害で検挙しようとしたところ、これを妨害しようとして大乱闘となった。これにより、双方ともに数名の負傷者を出した。運動会終了後、約500名の在日朝鮮人が横浜市警察本部に殺到し、玄関前でスクラムを組んで奇声をあげた。 そのため、横浜市警は約1000名の警察官を動員し、公安条例違反容疑で28名を検挙した  1951年10月22日、下里村役場集団恐喝事件が起こった。下里村において、在日朝鮮人約200名が、「生活保護」「強制送還反対」の陳情をするために村役場に押しかけた  1951年12月1日、東成警察署襲撃事件が起こった。午前11時頃、朝鮮人たちは旧御幸森朝鮮人小学校に集まり、東成警察署までデモ行進した。その後、元御幸森朝鮮人学校に集合し、12時15分ごろ東成警察正門前に到着した。さらに同署の東方道路から約20名、南方道路から20名が殺到し気勢を上げて署内に突入しようとしたので、大阪市警視庁機動隊はそれを阻止した。その際デモ隊は、クロールピクリン酸入りサイダーびん3本、投石や唐辛子を投げつけて抵抗した。この事件で3人が公務執行妨害罪で逮捕された 。12月16日午後、不法デモをおこない3隊に分かれ、生野区、巽町の工場を襲撃した  1951年12月18日、日野事件が起こった。10月18日午前11時30分、滋賀県蒲生郡桜川村に、在日朝鮮統一民主戦線や祖国防衛隊のメンバーが集結し、自転車にスピーカーを取り付けて自転車デモを行おうとした。滋賀県公安条例の届出を出していない違法デモであった。国家地方警察滋賀県本部蒲生東地区警察署では、これを制止しようとしたが、デモ隊は強行突破し、日野町内に侵入した。デモ隊は日野郵便局前で「朝鮮人強制送還反対」「軍事基地化反対」などの演説を行った。その間、周辺在住の朝鮮人が集まり、ピケを張ったりバリケードを作ったりした。そして警官隊に棍棒で襲い掛かったため、公務執行妨害罪で20人が検挙された  1952年2月21日~23日。木造地区警察署襲撃事件が起こった。国家地方警察青森県本部木造地区警察署は、傷害容疑で在日朝鮮人2名を逮捕した。これに対し、在日朝鮮人数十人が検挙者の即時釈放を要求して連日署に押しかけた。2月23日に入り、在日朝鮮人約70名が署内への侵入を図って警備の警察官と揉み合いになり、警察署の玄関のガラス戸が破壊された。また同日午後7時、応援に駆けつけていた弘前地区警察署の署員11人が、国鉄五能線木造駅を警備していたところ、在日朝鮮人に取り囲まれ、警棒を奪われる事件も発生している  1952年3月26日~30日、多奈川町事件が起こった。以前より多奈川町警察は、隣接の国家地方警察泉南地区署の応援を得、幾度も朝鮮人による密造酒の摘発を行っていたが後を絶たず、増加するばかりであった  1952年3月24日、大阪国税局は、同局泉佐野税務署・大阪地方検察庁岸和田支部・国家地方警察泉南地区署と合同捜査会議を行い、一斉摘発を決定。同年3月26日午前5時40分ごろ、泉南地区署に、国税局員45名・検事1名・副検事1名・検察事務官12名・制服警察官50名の合同捜査チームが集合。10班に分かれ、トラック10台に分乗し、多奈川町9ヶ所、深日町1ヶ所、計10ヶ所の密造場所に向かう。納屋や豚小屋に偽装された密造工場の各所で、朝鮮人による抵抗に遭うも、検察庁職員によって容疑者の逮捕、国税局員によってドブロク・コウジ・蒸留機などの酒造器具を証拠品として差押さえるなどし、各班は逐次南海電気鉄道多奈川線多奈川駅前に集合。この時、婦女子を先頭にした朝鮮人約200人がトラックの前に座り込んだり、大きな石をいくつも道路上に置いて��通を妨害。これを排除しようとした警察官が激しい抵抗に遭っている間、手薄な警備に勢を得た朝鮮人の数はさらに増え、ついには「生活権」を訴える怒号に扇動された朝鮮人が「殺してしまえ」とわめきながらトラックに殺到し、タイヤの空気を抜く、窓ガラスを叩き割る、トラックの運転手を袋叩きにする、差押えた証拠品を叩き落して破壊・強奪する、被疑者を逃がすなどの暴挙に出た。 この危機を脱したトラック3台は集合場所の大阪拘置所に向かったものの、残る7台は駅前の国道で立ち往生となる。1個班につき警察官が5人と言う手薄な警備体制が招いた失敗であった。不測の事態を受けた合同捜査チーム総指揮官大坪検事及び泉南地区警察署長は、深日町警部派出所から国家地方警察大阪府本部に応援を要請。検挙は後日に譲ることとし、後日の検挙に備え多数の現場写真を撮影、道路上の妨害を排除しつつタイヤの空気を入れなおし、午前7時半ごろ、捜査チームは泉南地区署に引き揚げた。午前8時過ぎごろ、朝鮮人約30名が多奈川派出所に押しかけ「俺たちの生活をどうしてくれる」と抗議。間もなく代表者3名を残し引き揚げる。午前9時ごろ、取材に来ていた毎日新聞社大阪本社の記者がドブロク密造地区捜査取材のため多奈川派出所に向かう途中、朝鮮人の暴徒に囲まれて殴打され、石を投げつけられ、全治2週間の怪我を負う事件が発生。また、この騒ぎで城東税務署員も右手に怪我を負っている。事態を重く見た国家地方警察大阪府本部は27日・28日の2日間にわたり、現場証拠写真、現場に出動した警察官、第三者の証言から被疑者の割り出し、証拠収集にあたる。結果、被疑者17名を特定し、29日、暴力行為等処罰に関する法律違反、公務執行妨害および傷害ならびに酒税法違反容疑で逮捕状・捜査令状を大阪地検より受けた。同年3月30日午前2時、検事らをはじめ、大阪府下8地区署から制私服警官警察官・警察学校生徒など、約450名が大阪市城東区関目の大阪府警察学校に集結。午前5時すぎ、自動車・トラック約30台に分乗して多奈川町小田平、朝日、東、湊、深日町兵庫の5地区21ヶ所に急行し、逮捕、押収捜索にあたった。捜査員が被疑者を逮捕しようとした際、人糞を降りかけられる、手を噛まれる、水桶・たらい・マキなどを手当たり次第投げつけられる、クワ・こん棒などを振り回して暴れる、トウガラシの粉を投げて目潰し戦術に出るというようなことがあり、捜査員3名が打撲傷などを負ったが、前回ほどの組織的集団抵抗はみられなかった。この検挙の際、26日の暴行首謀者とされる3名が逃走。緊急逮捕を含む27名の逮捕者は取り調べののち、5名を釈放。残り25名を酒税法、公務執行妨害、傷害、業務妨害などの容疑で大阪地検に送庁、19名が起訴された。3月30日の検挙活動の際、朝鮮人1名が職務質問を受け逃走、追いついた警官ともみ合いになり拳銃の引き金が引かれ、弾が右腹部を貫通、重傷となり、数日後に死亡した  1952年5月1日、血のメーデー事件が起こった。GHQによる占領が解除されて3日後の、第23回メーデーとなったこの日の中央メーデーは、警察予備隊についての「再軍備反対」とともに、「皇居前広場の開放」を決議していた。大会は午前10時20分ごろ開会され、途中、全学連を中心として人民広場への乱入を扇動しようとする乱入者が相次いだものの、午後0時10分に閉会し、同25分より、北部・東部・南部・中部・西部の各コースに分かれて、予定のデモ行進に移った。デモ行進の途上でも、人民広場への乱入を扇動しようとする試みが相次ぎ、一部のデモ隊は当初のコースから外れて投石などを行ったほか、西部コース指導者は人民広場への乱入を拒否したために暴行を受けるなどの混乱が生じたものの、最終的には午後2時から4時にかけて順次に予定の解散地点に到着し、解散した。しかし特に混乱が著しかった南部コースを中心として、日比谷公園で解散したデモ隊の一部は、その中の全学連と左翼系青年団体員に先導され、朝鮮人、日雇い労務者らの市民およそ2,500名がスクラムを組んで日比谷公園正門から出はじめた。警視庁は、会場や行進中には主催者の自主的統制に待つこととしていたが、5,600名の部隊を編成して雑踏警備にあたっていたほか、各署員1万名以上を待機させて即応体制を整えていた。日比谷交差点を通過して無届デモを開始した群衆に対して、まず丸の内警察署長以下60名が制止したが、投石や竹槍・棍棒による攻撃を受け、13名の負傷者を出した。デモ隊は外国人の自動車19台に投石して窓ガラスを次々に破壊しながら北上した。馬場先門においては、第一方面予備隊と三田・東京水上・高輪の3警察署による470名の部隊が警備にあたっていたが、方面予備隊の一部が拳銃および若干の催涙弾を装備していたほかは警棒を携帯しているのみであった。またデモ隊は極めて先鋭的であったことから、周囲の一般通行人への被害も憂慮した方面予備隊長は車道の警戒線を解き、デモ隊は皇居前広場になだれ込んだ。乱入したデモ隊は、二重橋正面で警備にあたる丸の内警察署員および増援の第一方面予備隊2個中隊に対して投石を開始した。祝田町警備巡査派出所ではボックスが押し倒され、警察官は袋叩きにされて拳銃を奪われた。警察部隊は催涙弾を使用して鎮圧にあたり、午後3時頃には暴徒を中央自動車道まで後退させ、にらみ合いの状態となった。しかしこの頃、桜門および祝田橋でも警戒線が突破されたことで暴徒は8,000名に増加した。警察側も逐次に予備隊を配置転換して体制を強化したが、暴徒との攻防は激しく、一部ではやむなく拳銃を使用した。この結果、暴徒が混乱に陥ったことから、警察側は体制を整えて一気に鎮圧を図り、午後3時40分までには暴徒の大部分を広場外に排除した。しかし広場外に排除された暴徒はその後もしつこく攻撃を繰り返し、祝田橋では第一方面予備隊の隊員4名が包囲され、角棒で乱打のうえで凱旋濠に投げ込まれ、更に投石を加えられた。また他の隊員4名も包囲されて同様の暴行を受けそうになり、拳銃の威嚇射撃でやっと難を逃れる状況であった。またこのほかにも、警察官への暴行が相次ぎ、拳銃を奪われる例もあった。午後3時50分頃には、桜門前濠端側に駐車されていた外国人自動車14台を転覆させて火を放ち、炎上させたほか、付近をサイドカーで通行していた交通第一課員を取り囲んで暴行を加え、サイドカーにも放火した。その消火のため出動した消防隊も投石や殴打を受けて13名が負傷、ホースも切り破られた。これらの暴徒も午後4時頃には離散しはじめたが、その後も有楽町巡査派出所が襲撃されたり、また一部は日比谷公園に逃げ込んで投石を続けていた。皇居前広場・日比谷公園が平静を取り戻したのは午後6時過ぎのことであった。これらの騒動の結果、デモ隊側は死者1名、重軽傷者約200名、警察側は負傷者832名を出す流血の惨事となった。当日は警察予備隊の出動も検討されていたが、一般警察力によって収拾されたため、出動を命じられるには至らなかった。 なお、この事件に出動した「予備隊」とは「警視庁予備隊」のことであり、後の機動隊である。警察予備隊のことではない
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 1952年5月12日~25日、大村収容所事件が起こった。法務省は朝鮮人410人を韓国の釜山に強制送還したが、韓国政府は125人については引き取りを拒否し、日本に送り返した。これらの逆送還者は大村収容所に収容された。逆送還者は、韓国政府の逆送還で収容根拠を消失したと主張し、収容所からの即時釈放を要求した。これに在日朝鮮統一民主戦線が同調し、「逆送還者奪還闘争」が繰り広げられた。11月11日午前10時30分、収容者の代表が所長との面談を申し入れたが、当局がこれを拒否したため、午後3時20分になって暴動が発生した。収容所の警備官や大村市警察の警察官は、催涙弾と消防車でこれを阻止し、ようやく鎮圧した  1952年5月13日、広島地裁被疑者奪回事件が起こった。午後2時55分から広島地方裁判所第二号法廷で勾留理由開示を開くことになっていた。対象となった被疑者は、4月30日と5月1日に、国警広島県本部安佐地区署古市町駐在所と民家に、それぞれ火炎瓶を投げつけて放火した容疑で逮捕された朝鮮人4人であった。勾留理由開示は予定通りに開廷されたが、傍聴席には多くの朝鮮人が陣取り、赤旗や北朝鮮旗が掲げられるなど異様な雰囲気での開廷であった。閉廷直前の午後5時20分、傍聴席の朝鮮人約200人が被疑者と傍聴者を分ける柵を乗り越え、被疑者に手錠をかけようとした看守を妨害して、被疑者4人を奪還した。広島地方裁判所の事務室には、万が一の時のために広島市警察の警察官約70人が待機していたが、現場に駆けつけたときには、既に逃走された後だった  1952年5月26日、高田事件が起こった。民団愛知県本部の顧問は、北朝鮮系の在日朝鮮人の脅迫を受け続けてきた。同年3月には自宅を襲撃されたり、殺害予告のビラが貼られたりしていた。午前5時40分頃、北朝鮮系朝鮮人数十人が顧問宅に侵入、ドアやガラスを破壊したりするなどの狼藉を働いた。顧問は何とか逃げ出し、名古屋市警察瑞穂警察署高田派出所に助けを求めてきた。まもなく顧問を追跡してきた一団が高田派出所に押しかけ、備品を破壊したり火炎瓶を投入したりして焼き討ちした。顧問は警察官の誘導で裏口から退避し、道を隔てた高田小学校正門より用務員室に向かったが、追いつかれ暴行により全治10日の傷を負った  1952年5月31日、奈良警察官宅襲撃事件が起こった。25日、桜井町で民団磯城支部書記長が、旧朝連系の在日朝鮮人に襲われる桜井町事件が発生した。国家地方警察奈良県本部は犯人を検挙し、奈良地検に送致した。5月30日、奈良市警察に国警磯城地区警察署から「在日朝鮮人の一団が奈良市に向かっている」との連絡が入った。在日朝鮮人の一団が奈良地検に突入したため、奈良市警は実力で排除した。このことから、旧朝連系は奈良市警に反感を持つようになった。襲撃を受けた奈良市警の警察官宅は、桜井町事件が発生した桜井町に所在していた。5月31日、桜井町の奈良市警警備課巡査部長宅に約10名の在日朝鮮人が覆面姿で押しかけて戸を叩いた。巡査部長の父親が戸を開けたところ、いきなり暴行を加え意識不明の重体にした。そして窓ガラスや障子を破壊して逃走した  1952年5月31日~6月5日、万来町事件が起こった。当時、宇部市には約3100人の在日韓国・朝鮮人が居住しており、大半が生活保護受給者だったが、市当局は彼らが「日中ブラブラしていた」ことから、「潜在収入がある」として、生活保護費増額を見送っていた。朝鮮人側はこれに激昂し、以降、連日宇部市福祉事務所に押しかけ、市職員を吊るし上げた。6月3日になると約400人に達したため、宇部市警察は全職員を動員して対処したが、朝鮮人側はその隙をねらって、留守中の上宇部派出所を襲撃した。6月5日、宇部市万来町において、朝鮮人解放救援会山口県本部が「民主愛国青年同盟」を結成し、当日は県内各地から朝鮮人が多数集結した。うち約70人が午前11時に宇部興産の工場に乱入、守衛を殴打し、電話線を切断するなどの行為をおこなった。続いて民団の団員宅を襲撃した後、引き揚げた。警察は襲撃犯を逮捕するため、午後2時に解放救援会事務所を包囲した。警察は解散を呼びかけたが、朝鮮人側は投石などの手段で抵抗した。午後3時半より警察は実力行使を開始し、午後4時からは催涙ガス弾も導入してようやく鎮圧した  1952年6月10日、島津三条工場事件が起こった。午後4時頃、トラックに乗った祖国防衛隊所属の在日朝鮮人約50人が、京都市中京区にある島津製作所三条工場に押しかけ、守衛の制止を振り切って中に突入、破防法反対のアジ演説を行った。工場側の要請を受けた京都市警察堀川警察署の署員約15人が現場に急行、五十代くらいの朝鮮人が妨害したため、ただちに検挙し京都市警南部警邏隊のパトカーに収容した���すると、付近にいた朝鮮人約100人が騒ぎ出した。パトカーがサイレンを鳴らして発進し、春日通三条にさしかかったとき、多数の朝鮮人が前に立ちふさがり、車内に火炎瓶を投げ込んだ。パトカーはたちまち火の車となり、道を大きくそれて京都市バスの車庫に入り込み、バスに激突した。乗っていた8人の警察官は重軽傷を負った。検挙者も火傷を負ったが逃げおおせることに成功した  1952年6月13日、醒井事件が起こった。滋賀県坂田郡醒井村では、民団系と在日朝鮮統一民主戦線系の在日韓国・朝鮮人間で対立が起きており、10日と6月11日の2日連続で乱闘事件が起きていた。午前5時頃、国家地方警察滋賀県本部坂田地区警察署の警察官は、被疑者逮捕のために現地に向かったが、朝鮮人は事前に察知し、ピケを張るなどして自宅に立て篭った。朝鮮人側が、投石や棍棒を投げつけるなど被疑者の逮捕を妨害したため大乱闘となったが、警察はこれを鎮圧し公務執行妨害罪で48人を逮捕した  1952年7月7日、大須事件が起こった。日本社会党の帆足計と改進党の宮越喜助の両代議士が、ソ連及び中共を訪問して日本国政府の方針に反する「日中民間貿易協定」を結んだ後に帰国し、6日に名古屋駅に到着した。両代議士の歓迎のために約千人の群集が駅前に集合、無届デモを敢行したが、名古屋市警察によって解散させられた。その際に12人が検挙されたが、その中の1人が所持していた文書から、翌日の歓迎集会に火炎瓶を多数持ち込んで、アメリカ軍施設や中警察署を襲撃する計画が発覚した。7日、名古屋市警察は警備体制を強化し、全警察官を待機させた。午後2時頃から、会場の中区大須球場に日本共産党員や在日朝鮮人を主体とする群衆が集まり始め、午後6時40分頃に歓迎集会が挙行された。午後9時50分に集会が終わると、名古屋大学の学生がアジ演説を始め、その煽動によって約千人がスクラムを組みながら球場正門を出て無届デモを始めた。警察の放送車が解散するよう何度も警告したが、デモ隊は放送車に向かって火炎瓶を投げ込み炎上させた。警察は暴徒を鎮圧すべく直ちに現場に直行したが、デモ隊は四方に分散して波状的に警察部隊に対して火炎瓶・投石・竹槍・プラカードで攻撃を行い、路上の一般の乗用車に放火するなど、大須地区は大混乱に陥った。また、大須のデモ隊とは別に、アメリカ軍の駐車場に停めてあった乗用車を燃やしたり、中税務署に火炎瓶を投下する事件も発生している。この事件で、警察官70人、消防士2人、一般人4人が負傷し、デモ隊側は1人が死亡、19人が負傷した。名古屋市警察は捜査を開始、最終的に269人を検挙した。その内、半数以上が在日朝鮮人だった。捜査の結果、この事件は共産党名古屋市委員会が計画し、朝鮮人の組織である祖国防衛隊とも連携しながら実行に移されたことが分かった  1952年11月9日~12日、大村収容所事件が起こった。5月12日、法務省は朝鮮人410人を韓国の釜山に強制送還したが、韓国政府は125人については引き取りを拒否し、日本に送り返した。これらの逆送還者は大村収容所に収容された。逆送還者は、韓国政府の逆送還で収容根拠を消失したと主張し、収容所からの即時釈放を要求した。これに在日朝鮮統一民主戦線が同調し、「逆送還者奪還闘争」が繰り広げられた。11月11日午前10時30分、収容者の代表が所長との面談を申し入れたが、当局がこれを拒否したため、午後3時20分になって暴動が発生した。収容所の警備官や大村市警察の警察官は、催涙弾と消防車でこれを阻止し、ようやく鎮圧した  1952年11月19日~26日、五所川原税務署襲撃事件が起こった。仙台国税局は警察の協力を得て、青森県北津軽郡板柳町周辺の在日朝鮮人が経営する密造酒工場を摘発し、密造酒約100石、酒粕約400貫、その他容器約200点などを押収、酒税法違反として45名を検挙した。また、摘発を妨害したとして、在日朝鮮人7名を公務執行妨害の現行犯で逮捕した。その後、在日朝鮮人は「生活権の保障」と「職の斡旋」を要求し、国警板柳地区警察署と五所川原税務署に連日抗議活動を行った。11月26日には約60名が五所川原税務署に押しかけて署内に乱入し、署を占拠した
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kurageno-tsukudani · 4 years
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 夜明け前、ユウはメールの着信音で目が覚めた。  こんな時間に送ってくるのは、ヨサリしかいない。メールには、「海に行きたい」とだけ書かれていた。中学時代からの友人で、社会人になった今でもときどき気まぐれにメールが来たり、こちらから送ったりする。教室の隅で本を読んでばかりいるような、物静かで内気な生徒が、そのまま大人になってしまったような友人だ。海水浴ではしゃぐようなタイプではない。  しばらく考えて、ユウはようやく、そのメールの意図を理解した。 「博物館は、十時まで開かねえぞ」  そう返して、もう一度眠った。
夏は20,000メートルの庭
 『深海の生き物展』は、博物館で夏の間やっているらしい。朝から券売機の前には列ができていた。去年の今頃は、確か恐竜展だった。その前は昆虫。どちらもヨサリと見に来た。今年は海か、と、そのやけに大きな看板を見上げて、ユウは思った。看板に描かれた何やら黒々とした生き物も、負けじとこちらを見下ろしている。  ヨサリが物静かで読書ばかりしている少年だったのに対して、ユウはどちらかというとじっとしていられず、授業をさぼって虫取りに行くような子どもだった。一見すると正反対のようで、不思議と気が合った。ふたりとも、周囲の人間に合わせるよりは、自分が好ましく思うものに目を向けていることを大切にしていた。そういう点では、どこか似ていたのかもしれないとユウは思う。 「海って言うから、とうとうサーフィンでも始めるのかと思って驚いたぞ」 「ふと思い出したんだ、これ」 「朝の四時に……?」 「それで、忘れないうちに連絡しておかないといけないと思って」 「俺はメモ帳か」  いまいち会話がかみ合わないのは、いつものことだった。だいたい、海と言われたら、一般的には海を思い浮かべる。当然。海なのだから。博物館の特別展が頭に浮かぶようになるためには、それなりに時間をかけて構築された共通言語が必要になる。そんなことを考えている間にも、 「どうしてこういうのって、夏にやるんだろうね」  などと、脈絡なくな疑問を口にする。日差しが強くなりつつあった。たぶん、暑さに耐えかねての言葉だろう。 「そりゃあ、夏休みだからだろ。子どもを一日遊ばせるのには丁度良い」 「深海も恐竜も、夏なんて関係ないのにね」 「それもそうだ」  春の大型連休にやっていることもあるけれども、大きな展示はだいたい夏だ。集客が見込めるからだろう、というのは確かにそのとおりだけれど、こうして何年も決まった時期に足を運んでいると、それがイメージとして固定されてしまう。 「遥か未来の誰かは、今の人類がなぜ恐竜や深海生物や昆虫を、夏と関係づけていたのか疑問に思うかもしれない」 「お前がすでに疑問に思ったじゃん。お前未来人か」 「未来の定義にもよるよ」 「そうか。それ面倒臭いやつだな?」  十時にゲートが開く頃には、太陽は高く昇り、日差しが痛いほどに降り注いでいた。幸い開門からはそれほど待たずに入ることができ、一転、ひんやりと薄暗い建物の中へと誘導された。  海を思わせる青い照明、ガラスケースに収まった不思議な形の生き物たち、生物発光の瞬間をとらえた写真。デメニギス、チョウチンアンコウ、マリアナスネイルフィッシュ。人間が陸へと連れ帰り、勝手に名前を付けた生き物たち。発見されることなく、名前もなく、静かに存在していたかもしれないものたち。  それを、人ごみの中で順に見ていく。 「こいつら、ここどこだろ、って思ってるだろ」  ユウが言うと、ヨサリは、そうだね、と頷いた。 「いいよね深海。行ってみたいよね」  などと、暇さえあれば引きこもって本を読んでいる人間が言う。 「お前、近場の海水浴場だって行かねえじゃん」 「海水浴場には、特に惹かれない」  ひととおり見終わっても昼食には少し早く、これまで何度となく見てきた常設の展示をぶらぶらと見て回った。蝶や、藻や、爬虫類や、人類の標本の中を歩いていくと、ユウはいつも、別の世界に来たような気持ちになる。ずっと昔、それこそヨサリと出会った頃から、それが楽しかった。 
 ヨサリは、大学の研究室に職を得て一人暮らしをしており、帰省するのは盆くらいだった。年末年始は年度末の準備で忙しいらしく、連絡はくれるが、帰省はしていないという。そう言っているのは建前で、実家はあまり居心地がよくないのだろう。親と仲が悪いというわけではなく、むしろ彼の母親はヨサリのことを気にかけてはいる。ユウのことは、息子の非常に数少ない友人だと思っており、見かければ声をかけてくれる。ただ、たいがいの人間と、仲が悪くなるほどの距離で付き合えないのがヨサリであり、それは家族に対しても同じだった。
「こういうところに、一度くらいは行ってみたかったよね」  ヨサリが何を見てそう言ったのかは分からない。相変わらずどこかぼんやりとした目であちこち眺めているのを、ユウは少し後ろから見ていた。 「でも、少しずつ、行けない場所が増えていく気がする。何だか、昔は普通にわくわくするだけだったんだけど」  それはユウにもよく分かった。中学や高校の頃のようには、ただ楽しいばかりの気分で見ていられなくなっていることを、ぼんやりと感じていた。でも、まだヨサリが言うようなことを肯定できるわけでもなかった。 「行けるだろ。その気になって金貯めれば。南極でも喜望峰でも、ソンソロール島でも」 「でも、深海二万メートルとか、アンドロメダ銀河とか、ジュラ紀は無理だよ」 「お前、大人になったら、そんなとこ行く気だったのか」 「そりゃあそうだよ。この世界には面白いところがいくらでもあると思っていたもん」 「面白いところ」  照明の抑えられた展示室を出て、売店でヨサリはなぜかアノマロカリスとオパビニアの小さなぬいぐるみを買っていた。なぜか、というのは、昨年も同じものを買っていたからだ。ユウは会社への土産にと、プリントクッキーをひと箱買った。  建物を出ると陽はほぼ真上にあり、芝生の緑が眩しかった。 「ほら、戻ってきたぞ、地上に」  ユウが言うと、ヨサリはひとこと「腹減ったね」と言って、さっさと芝生の中に歩き出した。
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綿津見さんの #WEB夏企画 参加作品 企画サイトはこちら:http://un09.info/s2/
お題は「博物館」「緑」
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dainana-seagull · 4 years
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劇評など critic
作品をめぐるこれまでのテキスト ※敬称略 ※所属や肩書きは執筆当時のもの
カトリヒデトシ(2010) 平山富康(2010) 亀田恵子(2010) Marianne Bevand(2011) 間瀬幸江(2011) 唐津絵理(2011) 金山古都美(2012) 島貴之(2012)
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カトリヒデトシ(エム・マッティーナ 主宰 舞台芸術批評)
「なぜ日本人がチェホフをやるのか?」と問うのは、かなりダサい。
今までの蓄積に付け加える、新しい文脈・意味を発見し提示するのだという優等生的な答えは間違っていると思っている。それでは、ヨーロッパ文化をきちんと学んだという模範解答になり、単なるレポートになってしまうだろう。
古典を何度でも取り上げることは、芸術の目指す「絶対的有」への敬虔な奉仕である。「有りて在るもの」への畏怖の気持ちは洋の東西といったものは関係ない。芸術へひざまづき、頭をたれることは、芸術家の基本的な資質であるし、それこそが歴史や文化的差異を超えようとする意思の現れにつながっていく。現代から古典を読み直し、古典から現在を照らすことにこそ、古典に取り組む大きな意味がある。
また、孔子は論語で「子は怪力乱神を語らず」といった。これは軽々しくそれについて語ってはならないと理解するべきで、超常現象にインテリは関わらないということではない。芸術は人間を超えた存在、「不可知な存在」を認知することが第一歩であろうから。
第七の演劇には、不可知が全体を包みこもうとする力。またそれに触れた人間の、根源的な「生」への畏怖がよく現れている。
それらの二点で第七劇場は大切な存在だとおもっている。 たとえば、今回の「かもめ」はチェホフの本質に迫ろうとする試みである。
ダメな人間がダメなことしかしないで、どんどんダメになっていってしまうのがチェホフ世界の典型である。そこには没落していく帝政時代の裕福な階級を描き続けた、彼の本質が現れている。
それはチェホフには、たれもが時代に「とり残されていく」、乗り遅れていく存在であるという認識があるからである。つまり、「いつも間に合わないこと」こそが人の本質なのだという考えである。
取り残されていくことは悲しい。何も変わらなければ既得権を維持できるものを、時代の変化によって、何もかもが「今まで通り」ではいかなくなる。チェホフはそれを、「われわれは絶えず間に合わず、遅れていく存在なのだ」と確信にみちて描く。苦い認識である。
人間はいつでも誰でも、既にできあがった世界の中に生み落とされる。誰もがすべてのものが現前している中にやってくる。個々人は、養育や教育によって適応をうながされるだけである。人は限りない可塑性をもって生まれるが、時代や地域や環境によって、むしろ何にでも成り得たはずの可能性をどんどん削ぎ落とされていく。
現在ではすたれてしまったが、日本には古代から連綿と続いた信仰に「御霊」というものがある。人は死んだ際に、現世に怨みを残して死ぬと、祟るものだという信仰である。「御霊」は、残った人たちに、天災を起こしたり、疫病を流行らせたりする。やがて人々は天災疫病が起こった時に、誰の「祟り」であろうと考えるようになる。それを畏れるために死んだものの魂が荒ぶらないように崇め拝めるようになっていく。人々に拝まれ、畏怖されるうちに、荒ぶった魂は落ち着いていき、「神」として今度は人々を護る存在へと変わっていく。だから「御霊」はおそろしいものであるだけではない。
「荒ぶる魂」を、第七は「かもめ」の登場人物たちの「遅れ」「取り残されていく」姿の絶望の結果に見る。舞台はその絶望からの荒ぶりに共振し、増幅し、畏怖を現す。
チェホフの持っていた、人に対する「諦観」を大きな包容力で抱え込んこんだ上に、零落していくことへの激しい動揺を、魂の「荒ぶり」として表現する。それは現在の私たちでは到底もち得ない、激しい「生」の身悶えである。
その方法として舞台に遠近法が援用される。 奥行き作り出すことによって、「位相=層=レイヤー」が作りだされる。 後景の美しいオブジェは遥かに遠い「自然」の層で、あたかも人の世を見つめ続ける「永遠」や「普遍」を感じさせる。そして中景は「六号室」のドールンのいる老練の世界、経験に基づいて生きる老人の世界である。患者たちは遊戯する体を持ち、永遠の世界を希求する。その三層を背負って、最前景で「かもめ」の世界が現れる。かれらは都会と田舎、人と人の現世の距離によって引き裂かれていき、苦しみ世界を生きるものとして描かれるのだ。
そう、日本人「にも」チェホフが描けるのではない。 日本人「にしか」描けないチェホフがあるのである。
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平山富康(財団法人 名古屋市文化振興事業団 名古屋市千種文化小劇場 館長)
遡って2010年2月、名古屋市の千種文化小劇場で企画実施した演劇事業『千種セレクション』(同劇場の特徴的な“円形舞台”を充分に活用できそうな演出家・団体を集めた演劇祭)で、第七劇場の『かもめ』は上演されました。企画の立ち上がった頃には、第七劇場は『新装 四谷怪談』の名古屋公演を既に果たしていて、その空間演出力が注目されていた事から企画の趣旨に最適でした。参加団体は4つ、持ち時間は各60分。それぞれ会話劇・現代劇の再構成・半私小説的創作劇とラインナップが決まる中、第七劇場のプレゼンは“チェーホフの『かもめ』を始めとする幾つかの作品”との事…たったの60分で。一体、どんな手法で時間と空間の制約に収めるつもりなのか。当惑をよそに第七劇場が舞台に作ったのは、さしずめ「白い画布」でした。舞台は一面、真っ白なリノリウムが敷かれ、無骨な机や椅子との対照が、銅版画のように鋭利な空間を立ち上げていました。舞台と同じく白い衣装をまとった俳優(彼女らは『六号室』の患者たち)は静謐な余白のようです。が、幕が開いて、彼女らが見せる不安な彷徨と激した叫びが「鋭利な銅版画」の印象をより強めていきます。この画布が変化を見せるのは、チェーホフの他作品の人物たちが続々と舞台に位置を占めていく時でした。彼らは暗い色の衣装をまとって、これまでの描線とは異なる雰囲気です。こうして、既にある版画の上から幾人もの画家が新たな絵画を描くように芝居は進みました。幾つもの物語の人物が、互いの世界を触れあわせていく現場。彼らが発する言葉と声、静と動が入り混じる身体の動きは、新たな画材でした。時に水墨画、木炭、無機質なフェルトペン。余白を塗り込めたと思えば余白にはねのけられる「常に固定されない描画」のようにスリリングな作劇が、観客の前でリアルタイムに展開されたのです。終演後のアンケートでは“視覚的に美しい贅沢な構成” “話を追いそこねても目が離せなかった” “世界がつくられていく感覚” “難しい様で実はわかりやすい”と、中には観劇の枠に留まらない感想も多々あり、第七劇場が『千種セレクション』で残したのは、限られた空間で無限に絵画を描く様な演劇の可能性だった…というのが当時の記憶です。名古屋市の小劇場で室内実験のように生まれたその作品が、再び三重県で展開され、これから皆さまはどのように記憶されるか。非常に楽しみです。
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亀田恵子(Arts&Theatre Literacy)
第七劇場の『かもめ』を見終わったあと、どうしようもなく胸高鳴る自分がいた。新しい表現の領域を見つけてしまったという心密かな喜びと、その現場に居合わせることの出来た幸運に震えた。彼らの『かもめ』は演劇作品に違いなかったが、別の何かだとも感じた。「ライブ・インスタレーション」という言葉がピタリと腹に落ちた。「インスタレーション」とは、主に現代美術の領域で用いられる言葉で、作家の意図によって空間を構成・変化させながら場所や空間全体を作品として観客に体験させる方法だ。元々パフォーミング・アーツの演出方法を巡る試行錯誤の中から独立した経緯があるというから、演劇との親和性は高いのだろう。しかし、すべての演劇作品が「インスタレーション」を感じさえるかといえばそうではない。
舞台を四方から客席が取り囲む独自な構造を持つ千種文化小劇場・通称“ちくさ座”(名古屋市)。この舞台に置かれていたのは白い天板の長テーブルが1つに、黒いイスが数客。天井からは白いブランコが1つと、羽を広げた“かもめ”のオブジェが吊られており、床は八角形状に白いパネルが敷き詰められていた。役者たちの衣装もモノトーンやベージュといった大人っぽい配色でまとめられ、全体としてスタイリッシュな印象だ。舞台セットの影響なのか、作品中のセリフでは、チェーホフの『六号室』や『ともしび』といった他の作品の一部も引用され、人間の生々しい欲望や絶望を色濃く孕むセリフが続くが、不思議と重苦しさに傾くことがない。むしろチェーホフの描く狂気や人生における悲しいズレが、役者の身体と現実の時間を手に入れ、終末に向かって疾走する快感へと変容していく。役者たちの独自の強い身体性が、無機質な空間の中で描く軌跡は、従来の演劇の魅力だけでは説明が難しい絶妙なバランスを生み出しているのだ。
第七劇場の『かもめ』は、演劇の枠だけで完結しなければ「インスタレーション」作品として押し黙っている存在でもない。戯曲に閉じ込められた時間を劇場という空間に新たにインストールし、生きた役者の身体によって再生する。それは観客との間に「今、この瞬間」を共有する「ライブ・インスタレーション」として新たな領域を創造する行為に他ならない。
「インスタレーション」は、観客の体験(見たり、聞いたり、感じたり、考えたり)する方法をどう変化させるかが肝らしい。この作品は優れた演劇作品であると同時に「インスタレーションの肝」そのものではないかと思うのである。
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Marianne Bevand(フランス・舞台芸術プロデューサー)
2011年3月、パリで第七劇場の『かもめ』を観たとき、このよく知られたチェーホフの戯曲において何が問題となっているかを、はじめてよく理解できた機会だった。『かもめ』は昨年にあまり成功していないと感じるいくつかの演出版しか観ていなかったが、私の心を奪ったこのロシア演劇の日本人演出を私はたまたま観る機会を得た。
私は演出・鳴海康平の力量に感動した。深く人間性を表現できる俳優への的確な演出があり、とても美しいシーンを舞台上に構成していた。このすばらしいパフォーマンスの中で、私はある種の普遍性を感じた。私の演劇に関する感覚的な願いが実現するためには、この日本の第七劇場を待たなければならなかった。チェーホフ戯曲の人物を演じながら、偉大なる悲劇だけに可能な想像空間のひとつへと、私を連れ去ることに俳優たちは成功していた。この芝居の最初から私は現実の世界から引き離され、登場人物が衝動や欲求や悲しみによってつき動かされることに目を見張った。それは『かもめ』の中心となる感情である。
素晴らしい身体的なパフォーマンスを通して、俳優たちはコンテンポラリーダンスを想起させる一連のムーヴメントを創り、ときに印象的な間の中で静止する。手をあげる彼女たちは、まるで空を飛びその状況から逃げ出したしたいかのようである。しかし、閉じこめられているかのように最終的には彼女たちは地上に留まる。自由への抵抗の中で、もしくは自由が欠けた結果として、白い服を着た3人の女性の登場人物(訳者注:患者2人とニーナの3人)は、狂気の中へ落ちていくように見える。彼女たちは動きが速く、それは視覚的には、黒い服を着た他の人物たちの緩慢な動きと対照的である。舞台の中央から端へとぐるぐると回る彼女たちを見て、彼女たちは自分たちが生きている規定された世界を象徴するある種の領域を爆破したいかのようなイメージが私の心に浮かんだ。黒い服を着た人物たちは、外部の者に自分の居場所を思い出させる支配社会の象徴を思わせる。
このことは私に、チェーホフがこの作品でいかにアーティストが社会の外側に位置し、つらい時代を生きていたかを明らかにすることで当時のアーティスト状況の描写を試みたことを思い出させる。かもめにおいて、3人の女性の人物たちは、ある異なる精神状態の中で、そして目まぐるしい時空の中で彼らがいかに必死に生きるか、また彼女たちがいつもいかに社会の爪に捕えられているかを現している。
この芝居の終わりに私は自問した。「もしあなたが他の誰かとは異なるふるまいをするなら、あなたは気が狂っているとみなされるのだろうか?」いずれにせよ、第七劇場のパフォーマンスが国境を越えて、いくつかの問いを私に起こしたことは確かである。
この美しく芸術的な作品とともに第七劇場が受けるにふさわしい大きな成功を果たすことを、そしてあらゆる世界を横断し、さらに多くの観客の目と心を開くことを、私は願っている。
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間瀬幸江(早稲田大学 文学学術院 助教)
チェーホフは世界を面や立体としてとらえていた。人物という点や、人間関係という線は、それじたい基幹的ではあるにせよ、作品世界全体の構成要素のひとつでしかない。作品世界のこの広がりから何を「切り出す」のかが、舞台づくりの鍵を握る。 
今回、第七劇場の「かもめ」(シアタートラム、9月8日~11日 構成・演出・美術:鳴海康平)で中心的主題として切り出されたのは、トレープレフがニーナに演じさせる劇中劇「人も、動物も…」の部分である。母親のアルカージナに「デカダン」と嘲笑され、当の演者であるニーナにも「よく分からない」と距離を置かれてしまうこの一人芝居の内容は、人間がいかに「やさしく」接しようともいずれ寿命を迎えて消滅することが決まっている地球という惑星の命の時間から考えれば、まったき現実である。その「現実」が、舞台奥中央の老木のオブジェによって密やかに具象される。活人画を思わせるこのオブジェは、開場とともに舞台に姿を見せる、ニーナを思わせる4人の女たちの狂気を孕む無造作な動きはもちろんのこと、見やすい席の確保を願うささやかな「姑息さ」を抱えつつ舞台上の彼女たちを横目で眺める観客たちの動きも、暗がりから見つめ続けている。そして本編が始まり、いつからかそこに照明があてられ、雪のようなものがしんしんと降りだすころ、前景では「かもめ」のいくつかのシークエンスが狂乱的リズムで反復運動を始める。母親にも恋人にも振り向いてもらえずに絶望する青年の物語にせよ、成功という幻想にからめとられたまま一歩も進めない女の物語にせよ、息子を愛しながらその愛を届けることに不器用な母親の物語にせよ、ツルゲーネフには勝てないと感じる自意識の牢獄から逃れることのできない小説家の物語にせよ、個別の物語が抱え込む不毛な反復のエネルギーから発せられる絶叫は、しんしんと降り積もる雪の世界に消えていくしかない。トレープレフは、チェーホフの作った物語のとおり、最後にはピストルの引き金を引く。発射音は聞こえない。しかしそれは、弾丸が発せられなかったからではない。観客は、朽木に降り積もる雪の世界から、トレープレフの自殺や、ニーナの破滅を眺めている。人も動物もヒトデも消えうせた孤独な世界に、ピストル音が届くのは、何万光年も先なのだ。
2011年の日本で、「終わり」というブラックホールを概念としてではなく実体としてほんの一瞬でも覗き見てしまった私たちにとって、朽木の住まう冷えきった世界は、もはや象徴主義の産物ではなくなってしまった。しかし、この終末感を100年前にこの世を去ったチェーホフがすでに言いきっていたことにこそ、私たちはかすかな希望をみるのである。「三人姉妹」を演出したマチアス・ランゴフは、「私たちはチェーホフのずっと後ろを歩いているのです」と言った。それから20年が経過した今なお、チェーホフは私たちの少し前を歩いていて、たまにふと振り返りいささか悲しげに微笑んでみせるのである。鳴海康平は、劇中劇を「切り出す」ことで、無数の点と線とが錯綜して作られる立体的な時空間の表出に成功した。その数多の点や線を大事に拾い出しながらもう一度観てみたかったとの感慨を抱きつつ、9月11日のシアタートラムを後にした。演技者たちの凛とした佇まいも素晴らしかった。
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唐津絵理(愛知芸術文化センター シニアディレクター)
私たちの深層心理に迫りくる懐かしさの気配、演劇を超えて広がる舞台芸術への希求、それが第七劇場『かもめ』初見の印象だった。
白のリノリウムが敷かれ、白紗幕が下がった劇場は、ブラックボックスでありながらも、ホワイトキューブ的展示室をも想像させる洗練された空間。そこにあるのは、白い長テーブルと幾つかの黒い椅子、天井から吊られた真っ白のブランコやかもめのオブジェ、そして座ったり蹲ったりしている俳優たちの身体だ。白い空間にじっと佇む身体は、彫刻作品のようでもある。上演中も俳優たちは役柄を演じるというより、配役のないコロス的身体性を表出させている。身体の匿名性は、観客自身が自らの身体の記憶と結び付けるための回路を作り出す。それは抽象度の高いダンスパフォーマンスと通ずる身体。前半は僅かに歩いたり、ゆすったりしていた身体が、後半になるにつれて、走ったり、体を払ったり、震わせたりと、より激しく痙攣的になっていく。演劇的マイム性とは一線を画したこれらの身振りが、絶望的に重苦しく表現主義的になりがちなロシアの物語を今日の日本に切り開いていると言ってもよいかもしれない。
怒涛のラストシーンまで、作品全編を演出家・鳴海の真摯さが貫いていく。しんしんと静かに降り積もる雪のように、一見穏やかに見える身体の佇まいの内には、静かな情熱の灯がいつまでも熱く燃え続けている。それがこの作品の確かな強度となっているのだと思う。
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金山古都美(金沢市民芸術村ドラマ工房ディレクター)
2010年2月千種文化小劇場、12月三重県文化会館で第七劇場の「かもめ」を観劇。時の交錯を感じた千種、閉塞と決壊を感じた三重。どちらについてもその『観後感』は、まったく違っていて。鳴海氏の構築する世界は、その“場所”で変化し、その“人”で変化するようです。“人”とは、役者はもとより、スタッフ、劇場の人々、そして当日来られる観客、すべての“人”を包んでいます。実際観に行った私自身の変化も少なからず影響しあいながら「劇場」という空間が形成されていくのでは。そしてそれは建物の中だろうが、外だろうが、1人だろうが1万人だろうが変わらないのでは・・・違うな。変わらないのではなく、変わることも含めての「作品」なのです。白い床も、テーブルも椅子も、ブランコも「かもめ」のオブジェも、何一つ変わっていないようなのに・・・。そんな演劇のもつ『その場でしか出会えない幸せ』に皆さんで会いに行きましょう。
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島貴之(aji 演出家)
金沢21世紀美術館にあるジェームズ・タレル作「ブルー・プラネット・スカイ」という作品を見た事がありますか?
四角い白色の天井の中央が四角くくり抜かれ、そこから空が見える。故郷へ帰る度に見上げる空。移ろいやすい金沢の空。晴天、夕刻、曇り空、雨。冬はそのグレイの穴から雪が舞い落ちるのです。
曇り空の四角いグレイのグラデーション。無彩色に見えるグレイに、私は何度もさまざまな色を見た事があります。それを見上げる人の心情がそこに色を齎すのです。天井の枠に囲われた今の自分が、その遠く向こうにあるものを見通す瞬間に—。
この作品では登場人物が纏う衣装を見渡すと白から黒へのグラデーションとなっています。そして劇中では、登場人物の性格や事象に伴う心情があらゆる要素により明確に描かれています。個としての居場所、表情、身体、言葉_そしてそれらが合わさりバランスを変化させる事で、その瞬間にしかない色が次々と生まれては消えて行くのです。
それは、移ろいやすい金沢の空のようであり、また、あなたの心情を映すあのグレイのグラデーションであってほしいと願うのです。
2011年の9月に私は第七劇場の「かもめ」を拝見しました。大胆に再構成されたこの舞台に流れる時間は、キリスト教的な時間感覚の、すでに始まったが未だ終わっていない「時のあいだ」を意識させるものでした。時間は、何分・何秒という座標を流れているとされる概念だけでなく、事件・タイミングによって認識される感覚との2つに分けて考えることができます。あのハイコントラストな世界は、ニーナの事件史のある時点なのだろうと納得して観ました。クロノスでなくケイロス、あるいはゲシヒテによって物語を紡ぐ方法は個に依った場合は有効で、むしろ本質的な問いは、なぜそのように構成したかにあると思われました。それが私には「かもめ」の本体をよく知るために境界線を明らかにしようとしているというだけではなく、ほんのりと漂うロマンチックな印象に隠されているような気がしています。舞台を構成するあらゆる要素は一見、清貧とも言えるほど禁欲的に佇み、それがある種の理想として観客に迫っていましたが、私達は同時にその内側にあるもっと柔らかで繊細なモノも見ていました。その存在が、内側からも外側からもこの作品の再演を促しているのではないかと思っています。
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harmannaoto · 5 years
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『行動記録 2020/January/Day11~13』
溜まりまくった洗濯物、アイロンをかけながら頭のなかで色んな整理をしているときが一番落ち着く。
カワイタとkinderwallsの共同企画
『High-Fidelity vol.2』お陰さまで無事に終えることができた。
年始でインフルエンザが流行ったり
直前の水曜日に強風で橋が閉鎖したりと
ちゃんと出来るのか??
という、不安要素はあったものの当初の予定のままで進行できたのは御の字。
初詣でいつもより多く投げこんでて良かった。111円
イベント後記やバンドについて
文字で書き起こすというのは果たして?という議論もある。
結局、体感する「生」に詰まってるというは至極真理。
ただ、今回は書くのが筋かなと思い、白ける前に真空保存。
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11/January/2020 19:00
前日土曜からカワイタと福岡一行が部分的に前のりしてて商店街で飲んでいた。
もっと高松ぽいとこ案内したかったけどアテンド力が低さから、下の上みたいな居酒屋へ
未遂のギターちゅーげさんが消えて解散
ほどほどにして福岡組は三友荘へ
名物おやじに挨拶しようかと思ったけど
それは当日の楽しみにしようと持ち越し
ておく。
12/January /2020
10:00入りの早起き
ほんとは写真とか動画をいっぱい撮っておくべきだったんだけど、あまりそういう習慣がなくて、結局手元にあるのはカワイタの謎の横顔だけ。
この日の個人的目標はマッチングアプリに使える写真を撮るだったけど、それも叶わず。
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12/January/2020 14:00
1.未遂
トップバッターをカワイタがしたいということでスターターを託した。
この1年ぐらいで未遂はとっても良くしてくれてて福岡の兄ちゃんみたいになってる。
「短すぎる季節」の出だしのイントロはほんとに毎回鳥肌が立つ。この日もそう。夏の日焼け跡を残しまま、玄関を開けたら一気に季節が変わってて秋のつま先に蹴りあげられるあの不可逆な感じ、あの一瞬みたいなのが詰まってる気がする。
また、今年は新曲聞きたいね。
2.Gremlin
ことある時に毎回力を借りてるマイメン。めちゃ好きだけど、あいつらつるみすぎだろ!って周りに思われたくないから登下校一緒に帰ってるのに、クラスの机は離すみたいな謎の距離感を今年は勝手に作ってた。それもやっぱりお互いの向かうべき方向を見極めたいっていうのがあるのかないのか。
すごい、律儀な奴らなので毎回、気合いを持って報いようとしてくれるのがすごいわ���る。この日もそうだった。
近々、おれがめちゃ好きな「The old vinly」を琴電の電車貸しきってPV撮影するようだ。
お暇な方は足を運んでみては?
~2/16(土) 12:15 仏生山駅集合~
3.WHITE SURF!
かわいたの紹介で高松に来てくれたバンド。入りの時にめちゃ「パーティーピーポーや、、、!」と思ったけど、ライブめちゃ硬派で何より声がどちゃくそにカッコいい。
CDゲット。
曲もスタイルも色んな音楽が好きっていう気配がプンプンしてるし、この長丁場にも関わらずVo.ケイタ君がほぼほぼフロアの前の方にいたのを見逃してないぜ。
4.SEAPOOL
直前のWHITE SURF!がステージから
「次は同じ大阪のSEAPOOL」って言って音出しが始まった。
今回、とても出順にはとてもこだわった。
イベントの効率性・ジャンルの棲み分け色んな観点があって然るべきと思うけど、流れが2乗3乗になるようなだれしもが起点になるような膨らみある出順を心がけたので、すごく報われた気持ちになった。
SEAPOOLは徳島に居たときから知ってたけど、今回はかわいたサイドから声をかけてくれた。
明らかにここからイベントの輪郭が出てきたとも感じた。
暗も明もポップもジャンクも混在するのに聴き手を置いていかない。どのフィールドでも爪痕が刻まれる異物感みたいなのに一気にファン。
これSEAPOOL以外に出来なくないか?
翌日の彼女らのイベントBGMもすごく惹かれて次あったらちゃんと話したいななんて
5.zoo
僕が青春を過ごした、岡山にはすごいシーンが無数にあって、一番かっこいいと思えるバンドが沢山にいる(矛盾)
今回、先輩の胸に飛び込むか、よしみに肩を借りるか悩んだ末、zooに至った。
メンツの中でも一際、雰囲気は違ったかもしれない。でも、誘ったこちらにはすごい辻褄の合う直感があった。
終わった後、仲良い人が沢山CD買っててすごく嬉しくなっちゃった。
道信ちゃんの声はとてもとてもギフトなものでいつか大きなステージで見たいと思う。
6.yound
実は、Vo.あおたさんにはこの2か月ぐらいある一件でご迷惑をおかけして申し訳なかった。先日、福岡に行った時にDJをしてたあおたさんに初めてお会いして以来、youndのライブ見れるの楽しみにしてた。
高松で事前に「youndめちゃ楽しみ」というか声を聞いてて「もしかして有名人、、、?」となってた。スパルタローカルズとか福岡のひねくれポップなあの気配を勝手に感じてて、もっと音楽の話したかったけどイベント終わりに仕事の関係ですぐに帰ってしまって無念。
次回会ったら、あのHB-101 のキャップどこで売ってるか聞きたい。
7.Make The Pancake
色んな人からのこの2年ぐらい会わせたい奴らがいると、話は聞いてた。今回、カワイタが間を取り持ってくれてやっと一緒にやれた。しかもTOONICEで。
音だしのNUMBER GIRL「透明少女」から最後のドラムのキックをぶち破るまで御馳走様でした。ただ、聞きたい曲がまだまだある。
たぶん、長い付き合いになるな。
引き続きよろしく。
終了後、206 TSUMAMUのうまうまキッシュでパワーチャージ
8.sunday document
2年前に出会ってからずーっとファン。
この人たちがいたから今回、このイベントを決行するに至ってる。この日も破竹のステージング。終わってから刺激を受けたからギターを買ったとの報告が。
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9.Off-end
恐れ多くも、今回の企画にOff-endが出てくれたことでイベントの意味が彫り深くなった気がしてる。MCでの井川さんの話、メッセージとして受け止めてグッときた。それをカワイタも同じように受け止めててほんと一緒にして良かったと思った。
荒木さんから譲り受けたアンプをいい音で鳴らせなくなったら俺は終わりだなと思っていつも鳴らしてる。
結局、音は覚悟の有り様で鳴る。
直前の金曜日に開催された荒木会、参加できなかったので来期は参加必至。
10.No edge
個人的には4年前?the new coastを知った時から鹿児島をチェックしてて、彼らともいつかしっかり出会いたいな思ってた。カワイタが繋いでくれてから文面でやり取りしてる最中からこの人はほんとに信頼できる人っていうのは伝わったし、ライブも圧巻。こんなん好きに決まってる。
打ち上げで聞いた、鹿児島で起きてること、携わる人々、すごく胸高鳴る話だった。
今年の個人的目標は共鳴する地方を肌で感じること。
11.TURNCOAT
憧れが詰まりまくった大先輩。しっかり絡めだしたのはkinderwallsを始めてからだけど、すごく影響受けてます。
今回も九州勢に「どのバンドとやりたいですか?」
と投げ掛けたら満場一致で
「TURNCOAT!!!」
偉大さを再度知りました。
そして返答
「すみません、もう誘ってます。」
恒例の打ち上げ後の三友荘にベースの恭平さんを無茶にも連れ込んでしまい、あろうことか僕が先に寝てしまいすみません。
(7時まで飲んでた後日談)
今年も宜しくお願い致します!
12.Look at moment
もう切っても切り離せないよね。
お互いなにかするときは絶対そこに居合わせてる。ライブとてもスマッシュヒットでこんなバンドが高松にいるって知ってもらえて嬉しかったな。
絶対宇津さん以外に踏めないバスドラの新曲もとてもとてもカッコよくて、刺激受けました。
フロアぶち上がりすぎて前へ前へになって
演者/聞き手がゼロ距離になってたの笑った。
今年の動きもしっかり見届けていく所存。
13.NOT GREAT MEN
前作、impulse recordsから出た
s-explode とのスプリットもチェックしてて、今回sunday documentとのスプリットを聞いてから楽しみにしてた。
空港の手荷物検査に引っ掛かって到着が危ぶまれたけど、無事に出番1時間前に到着。(さすが、もってる)
ライブの遅れてきたヒーロー感すごかった。
今回は、ドラムがErase the periodからサポートでコデさんとのことで久しぶりの再会。
イレースもまた見たいな。
12/January/26:00
打ち上げ後に、おれたちの三友荘へ
全然電話に出ないこの料金体系がわけわからん、宿中に竹久夢二が飾られまくってる宿があるからこそイベントが成り立っているといっても過言ではない。
イベント出発前にカワイタがおやじから
「天気悪いから気を付けろよ」とグッドラックを送られた時点で成功の加護があった気がする。あと、室内ちょっとだけ綺麗になってた。
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13/January 11:00
総勢23名で松下製麺へ
おばちゃんにバンドしていることを把握される。
最近、ご無沙汰やったけど
やっぱりあんたが一番
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13/January 13:00
無事、NOT GREAT MEN一行を高松空港まで送り届ける
~完~
去年に初めてしたこのイベント
「新年会でみんなに会えるようなイベントにしたいね!」ってカワイタとおれで思い付きで始めたのだけれども
去年がとてつもなく面白くてこれがあったからみんなの一年に締まりがでたという印象だった。
今年も色んなタイミングが重なって
「やるっきゃないでしょ!!」
ということで夏ぐらいからコツコツコツコツと準備をしてきた。
右往左往ありつつも
蓋を空けてみると完璧なフライヤー(LITL作)を看板に真っ昼間から総勢14バンドを高松TOONICEで2ステージで敢行。
206 TSUMAMUもHOLIDAY!RECORDSの出店もあるという、昨年よりちょっと背伸びをした内容となっていた。
声をかけたけど、諸事情で来れなかったバンド。
体調不良で遊びに来れなかった人
気にかけてくれた人
ありがとう。
残りの企画者がどう思っているか答え合わせをしたことはないけれど、
「デカイことをしよう!」とか多分、微塵も思ってなくてて、バンドを鎹にしてみんなと会いたいと思ってるんだよね。
友達の友達は友達じゃないけど、もしかしたら何か起きるかも
バンドがしようがしまいがどうだったいい
地元から出ていった人、地元に帰ってきた人、忙しくしてるならそれでオッケーでもずっと会えないのは悲しいな
そんな気持ちで臨んだイベント
『High-Fidelity』
至るところで点と点が線になって、破線が実線になっていく空気が変わってひしひしと伝わる1日だった。
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sekitoh · 5 years
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無題
3/14 9:44
注文していたChapterhouse『Whirlpool』の、限定1,500枚、シルバーマーブル・ブルーカラーのヴァイナルが届いた。まずは元々持っていたCDを聴いて士気を高めている。
ジャケットのゆらめく青色と同色のヴァイナルの美しさにクラクラする。
恐らくレコ屋に勤めていなければこの盤のリリース情報をキャッチすることはできていなかっただろうと思う。冥利というやつである。
木曜日に第12回CDショップ大賞2020が発表された。今年はofficial髭男dismとカネコアヤノが大賞を受賞した。他入賞作品はあいみょん、小沢健二、King Gnu、THE YELLOW MONKEY、サカナクション、椎名林檎、スピッツ、sumika、DYGL、Tempalay、長谷川白紙、パソコン音楽クラブ、BiSHといったところである。
全国のCDショップで配布されている、A3チラシに掲載されている長谷川白紙のコメントは俺が書いたものだ。
この一枚、天才の所業と言わずして何と言う?リズムの構成、音選び、アートワーク…これら全てがこれまでの音楽的な常識を解体していくような挑戦的な選択の上に、スリリングに成り立っている。これからの音楽シーンへの期待を込めて推薦致します。
たったの119文字だが、自分の文章が紙という媒体に記録されて、俺のことを全く知らない人が読むということだ。なんて嬉しい事だろう。SNSと決定的に違うのは、掲載されるにあたって誰かが俺の文章を選んでくれた事実ー他者の意思の介入ーがある点だ。
そして今回なんとコメント大賞も受賞した。以下のような賞だ。
CD ショップに行くと、CDと共に随所に掲示されている、店員のオススメコメント。作品に対する店員の熱い思いを読み、思わずその作品を手に取ってみたくなることもあるかと思います。CD ショップ名物とも言える、オススメコメントの中から、特に読み手に「買いたい。聴いてみたい。」と思わせたものを、コメント大賞として表彰いたします。選定者は、音楽業界、カルチャー業界で活躍する有識者。対象となる作品は、CD ショップ大賞のノミネート作品だけではなく、全ての投票された作品です。
http://www.cdshop-kumiai.jp/taisho/about/ (引用元サイトでは二行目「熱い思いを読み」が「熱い思い読み」となっていたため、訂正して記載。当該記事の引用文はすべてこちらのサイトより引用)
全国津々浦々から寄せられたコメントの中で4つしか選ばれない賞を受賞した。素直に嬉しい。勤務中、大賞に伴ってコーナーを立ち上げるためにサイトを読んでいたら自分の名前が載っており、そのあとからは手が震えて仕事にならなかった。
大賞を受賞したのは、King Gnu『Sympa』の推薦コメントだ。
「こんなにエゲツないサウンドのバンドがこんなに売れるなんて、レコ屋冥利に尽きます…。」
以下、俺のコメントを大賞に選んでくださったスージー鈴木さんの講評。
筆が滑った感じの長文コメントではなく、スパッと切っ先鋭い短文コメントを選びたい。中でもこれ。HMV 音楽・映像商品部の古藤さんによる、同じくKing Gnu『Sympa』に対する「新しい時代の到来を告げる、進軍ラッパのようなアルバム。よし、僕も仲間に入れてくれ。連れてってくれ」と悩みましたが、「レコ屋冥利」という書きっぷりがいいのでこちらに。日本の音楽業界が失ってはならないのは「レコ屋冥利」であり「レコ屋根性」だと思う―――と、こんなことを書くことは「レコ屋のコメント審査屋冥利」に尽きます。
King Gnuに関するコメントは既に溢れかえっているので、今更このバンドがどういうバンドで、なぜいいのか?を滔々と説くのは違うな、と思っていた。俺がひとりの音楽好きのレコ屋として、この作品に触れて感じたことをシンプルに書くべきだと思って書いたことが、誰かと(ここではスージー鈴木さんと)共鳴した。
玉石混淆なコメントの海の中、やはり大賞のコメント群はひとつ抜きんでている。ぜひ他の受賞コメントも読んでほしいと思う。特に長谷川白紙『エアにに』のコメントで大賞を受賞している鈴木亮子さんのコメントは知識と熱量のバランスが取れている。後半に連れて崩れていく文体から、加速していく筆のスピードが手に取るように分かる。冷静に作品を分析する静の部分と、圧倒的な作品を前にした興奮を書きなぐる動の部分、見事だなと思う。以下引用。
「一聴、絶句。アタマの中のどこをどういじくったらこんな音楽が生まれてくるのか、いくら考えてもさっぱりわからない。スリリングに空を切り裂くエレクトロビート、かと思えばスウィンギーなピアノの音色が熱を帯びて飛び出し、はたまたアシッド感満点のたおやかなウォールオブサウンド。調性無視して音符の跳ねまくるメロディ。あまりの力技と情報量の多さにはじめは面食らわざるをえないのだけど、けれどもしだいにこの、時にカラフル時にモノクロ、時にはカオスな音の奔流が、耳から脳へとひりつくような快感を与えてくれる。そして無機質さとやわらかさが同居する不思議な声色のヴォーカルが前に立てば、それはもうセンスオブワンダー、誰にも似てないポップソング。やだもうこんなのはじめて。これがひょっとして2020年代の標準装備になっちゃうんなら、我々どえらい時代に立ち会う羽目になりそうだ。超高いヘッドホンとかで聴きたいし、ジャケットのセンスもワケわかんなくて素敵。」
あ〜この人も音楽が好きで仕方がないんだろうな、と思って顔がほころんでしまう。名文。
ずっとものを書くことを仕事にしたいと思っている俺からすると、こうして認められるという事は何よりも自信になることだし、これまで黙々と書き続けてきたことが無駄ではなかったのだと、救われた気持ちだ。
今年の1月に「ロクに就活もせずに就職を決めて~」と言われたことがずっと心に刺さっていた。加えてここ1年の間、俺の就職に関して、周囲の人たちの反応と俺の考えにずっとギャップを感じていて、俺の選択は間違えていたのか?と不安になっていたし、思った以上に俺は認められていないのだということにも怖くなっていた。
そう考えると、俺のことを評価してくれる人に出会っても、俺以外の周りの人間が総出で俺のことを騙しているかのような錯覚に陥りそうになることもあり、余計に気持ちが暗くなりそうだった。
だからこそ俺のことを詳しく知らない人からの、純粋に俺の文章を見て「良い」と言ってくれた人たちの言葉は代えがたい救いになった。
こうして目に見える形の結果は、心に刺さった棘とまとわりつく恐怖感を多少なりとも振り払える武器になったように思う。
これに慢心することなく、言葉に対して誠実に向き合っていく。
青と銀のレコードに針を落としながら、漸く息継ぎが出来た。
昨晩、自身の喜びように少し後ろめたさを感じて、
「人々からは「たかだかコメント」と思われそうですが、ものを書くことに執心している僕からすると、とても嬉しい受賞です。」
と好きな人にこぼしてしまったが、
「たかだかコメント???良さを伝えるために尽力している職種ですね????」
「たかだかと思う奴にはフライングプレス」
と返された。いつもその気高さに勇気づけられている。
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sorairono-neko · 5 years
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Do you love me?
「撮れましたよ」 「見せて!」  勇利が差し出した携帯電話をのぞきこみ、ヴィクトルはたいへん満足した。ディスプレイの中では、内側が忍者屋敷になっているという長谷津城を後ろにして、ヴィクトルがはしゃいだ笑みをうかべている。 「早速投稿しようっと!」  ヴィクトルが大喜びで携帯電話を操作するのを、勇利はなんともいえない、困ったような、優しい笑顔で見守っていた。 「勇利、どうした?」 「いえ……、海外の人って、ほんとに忍者屋敷が好きなんだなあって思って」 「勇利は嫌いなのかい?」 「嫌いじゃないけど、ヴィクトルほど高揚しないですね」 「俺、そんなに大喜びしてるように見える?」 「喜んでないんですか?」 「喜んでるけど」  ふたりはみつめあった。なんとなく会話が噛み合っていないような、妙な感覚があった。でもどこがおかしいのかわからない。 「だって、ほら……」  勇利がヴィクトルの携帯電話をさし示した。 「そんな笑顔で写ってたら、誰だってそう思うでしょ」  ああ、なるほど。そういうことか。ヴィクトルは合点して穏やかにほほえんだ。忍者屋敷っていうだけで歓喜してると思ってるわけか……。 「日本人は謙虚だね」 「え?」 「まだ休憩だよ。座ろう」  ヴィクトルはもとのベンチへと勇利を導き、再び並んで腰を下ろした。勇利はよくものを言うたちではないらしく、黙りこんでいる。おかしいなあ、とヴィクトルは幾度も思ったことをまた思った。あのときはこんな感じじゃなかったんだけどなあ。もっと自由で、もっと勝手で、もっと親しみがあって、もっと……。そうだ、あんなに親密に一緒に踊ったのに。抱きあいもしたしみつめあいもしたのに。勇利、忘れちゃったのかな。酔っていないとだめなのかな? 日本人って本当に……。 「ねえ勇利」  ヴィクトルは、コーチになって欲しい、と求めてきたときの勇利を思い出した。あのきらきらしい瞳。ヴィクトルを信頼しきって、断られるなんてすこしも思っていない無邪気さでいっぱいだった。あんなむき出しの好意は初めてだ。ヴィクトルに近づこうとする者は、いつだって計算と媚びと優越をほのめかせるのである。しかし、勇利はちがった。幼子のように純粋に、好き、だからコーチをして、と気持ちをぶつけてきた。でもいまは……。  ヴィクトルは口元に手をやり、ちらと横目で勇利を見た。勇利はしたたる緑の山々と、素朴な長谷津の町並みを、ぼんやりとした目つきで眺めている。まるで夢でも見ているようだ。 「勇利」 「はい……」  勇利が首をまわす。ヴィクトルは手に持っていた携帯電話をかかげた。 「こっち向いて。写真撮ってあげる」 「えぇ?」 「ほら、笑って笑って」 「ちょ、ちょっと……ぼくはいいですって!」 「なぜ? 写真を撮られるのが嫌いなのかい? スケーターなのに?」 「スケーターはあんまり関係ないというか……」 「だって、自分を使用して魅せるのが仕事だろう?」 「それはプロの話でしょう?」 「選手でもおんなじさ。そうやって人々を魅了して、採点員にいいところを見せつけて、その結果が自分に返ってくるんだから」 「でも写真はちがうような……」 「いいからいいから」 「あ、あの、それ、何かにアップロードするつもりですか?」 「して欲しいの?」 「して欲しくないんです」 「よし、じゃあしよう」 「絶対撮らないでください!」 「冗談だ。しないよ。これは私的な目的」 「そうですか……」  勇利は息をついてから、不思議そうに首をかしげた。 「……私的だったら、なおさらぼくの写真なんかいらなくないですか?」 「勇利、いままで写真撮らせてくださいって頼まれたことないの?」 「取材のときなら……」 「それ以外だよ」 「ファンの人からは……たまに」 「なら俺が撮ってもいいだろう?」 「ヴィクトルはぼくのファンじゃないでしょう」 「ファンだったら撮っていいの?」 「あの、さっきからおかしくありません? ほんと、なんで写真なんか欲しいんですか? 何をするつもりなんです?」 「何もしないよ。ただ見たいだけ」 「いまここにいるぼくじゃだめなんですか?」 「うん、いまここにいる勇利じゃだめだよー」  ヴィクトルはにこにこ笑った。 「写真じゃないとね」 「あの……、よくわからないんですけど……」 「ああもう、めんどうだな。写真くらい素直に撮らせなよ。コーチ命令だよ!」 「えぇ……」 「勇利って変わってるよね。SNSもやってないみたいだし。友達と撮ったりもしないの?」 「知り合いの選手は……よく撮ってましたけど。ネットにアップするから一緒に、とか」 「だったら俺が撮ってもいいだろう。友達の選手はよくて、どうしてコーチはだめなんだ?」 「わかりました、わかりましたから……」 「よしよし、いい子だね。さ、こっちを向いて」  ヴィクトルは携帯電話を構え、フレームの中に勇利をおさめた。 「笑って、勇利」 「えーと……」 「ほら、もっと」 「でも……」 「その顔じゃ、負け試合のあとの取材みたいだよ」 「たとえが生々しいのでやめてください……」 「笑ってってば!」  勇利は困ったような、どうにも慣れないかたい表情で写真におさまり、ヴィクトルはおもしろくなくて口をとがらせた。 「ぎこちないな……」 「だって、しょうがないじゃないですか。写真なんてそんな……」 「いつもそんなふうに写るのかい?」 「いえ、友達とのときは、もうちょっとうちとけてると思いますけど……」 「信じられない。俺はその友達より下なのか」 「上とか下とかじゃなくて……」  あのときは、あんなに「貴方だけです」っていう顔で見てきたくせに。もしかして俺は遊ばれたのだろうか、とヴィクトルは溜息をついた。またあんな目で勇利に見られたいな……あのときみたいに愛情いっぱいにふるまって欲しい。  ヴィクトルは、さっき勇利が撮った自分の写真と、いまみずからが撮った勇利の写真とを見くらべた。ヴィクトルはいかにもしあわせそうな、輝かしい笑みを浮かべている。勇利は不慣れな、遠慮がちで困惑した顔だ。 「……勇利、こんな話を知ってる?」 「え、何ですか?」 「人がいちばんいい笑顔で写真におさまるために必要なのはね、有名なカメラマンなんかじゃなく、恋人なんだよ」 「どういうことですか?」 「恋人じゃなくてもいいな。片想いの相手とか、そんなところだね。とにかく愛があればいいのさ」  ヴィクトルは携帯電話をしまい、にっこり笑った。 「レンズの向こうに愛するひとがいる。そう思えば、自然に、いかにもうれしい、大好き、という表情になるものだろう? あふれる感情は止められないよ」 「ああ……」  勇利は合点したようにいくたびかちいさくうなずいた。 「そういうことかあ……」 「…………」  ヴィクトルはくすっと笑って横目で勇利を見た。 「勇利」 「はい?」 「俺のこと好き?」 「…………」  勇利が目をみひらいた。 「どうだい?」 「あ、あの……、急に何の……」 「答えてくれ」 「…………」 「勇利が答えたら練習に戻ろう。早く続き、したいだろう?」 「なんでそんな質問するのか……よくわからないっていうか……」 「勇利」 「……えっと、ぼくの動画は見たんですよね? あれを見ればわかると思いますけど……」 「勇利」  ヴィクトルは笑いながらとがめるような目をした。 「俺のことが好き?」 「…………」  勇利は深くうつむきこんだ。彼は耳まで赤くなり、膝頭をぎゅうっと握りしめてかぼそい声で返事をした。 「……はい……」 「そうか」  ヴィクトルはまぶたをほそめた。 「ならいいんだ」 「あの、ヴィクトル……?」  勇利がおもてを上げる。普段は白い頬がまっかになって、いかにも清楚で、すてきにかわいらしかった。 「いまの態度に免じて、さっきの写真はゆるしてあげるよ」 「え?」 「愛情の裏返しということにしておこう」  さあ続きだよ、とヴィクトルは立ち上がった。  あのとき撮った写真は、どれもこれも凛々しくもかわいらしい顔をしてたのにな……。 「勇利、フリーだけどね」 「はい」  勇利は目を星のように輝かせてヴィクトルを見た。そのきららかな瞳を見ると、ヴィクトルは、言おうとしたことより、勇利が言って欲しいであろう言葉をさきに口にしてしまった。 「……いい曲だね」 「はい!」  勇利がにっこり笑った。ヴィクトルも微笑を浮かべた。  勇利はもともと、あまり笑わない青年だった。ヴィクトルを相手に緊張しているというのもあるだろうけれど、たとえ家族や西郡、優子が相手でも、大笑いしてはしゃぐ、あるいはにこにこしながら話す、ということがまずない。感情があらわにならないわけではないのだが、どちらかというと物静かで、落ち着いた話しぶりをする。そういった観察の結果だけを考えれば、勇利は大人ということなのだろうけれど、ヴィクトルはどうもそんな気がしなかった。だって勇利は、ほんの半年前、バンケットで、あんなに子どもっぽい様子をヴィクトルに見せたのだ。 「そういう子なのよ」  いつだったか、勇利のことを尋ねたヴィクトルに、ミナコは落ち着き払って答えたものだ。 「勇利についてあんまり深く考えないほうがいいわよ。疲れるから」 「でも俺はコーチだから彼のことを考えないわけにはいかない」  彼女はおやというように眉を上げ、にやっと笑った。 「世界じゅうの女にもてまくってるあんたが、勇利を相手にどれだけ苦労するか、楽しみだわ」  その言葉通り、ヴィクトルは苦労させられた。勇利はちっともうちとけてくれず、仲はすこしも進展しなかった。コーチと生徒、と思案してみてヴィクトルがいちばんに思うのは、信頼関係を結ぶという重要事項である。なぜなら自分とヤコフのあいだにはしっかりとした信頼が結ばれており、それがヴィクトルを安心させるからだ。まずお互いを信じていなければ話にならない。なのに勇利ときたら、自分からコーチになって欲しいと言ってきたくせに、ちっとも歩み寄ろうとしないのだ。それでもヴィクトルは、どこか思い悩んでいるふうの勇利に合わせ、倦まずたゆまず、真剣に彼と向きあった。勇利はコーチになって欲しいと抱きついてきたし、ユリオとの試合の前にも抱擁して言った。目をそらさないで欲しいと。嫌われているはずがないのである。  手に入れてうれしいものには苦労がつきものだ。金メダルもそうだし、勝生勇利の信頼もまたそうだった。勇利がこころをひらき、初めて気安い態度を見せてくれたとき、ヴィクトルはどれほど喜んだか知れない。素直な笑みひとつを手に入れるのだけでも大変な思いをした。しかしそのあいだ、ずっとヴィクトルは楽しかったし、いらだちを感じたりはしなかった。勇利が無邪気に笑ってくれるようになったいま、なんて得難い笑顔だろうと胸があたたかくなる。あとは、あのバンケットのときみたいに、もっと遠慮のないところを見せてくれればよいのだけれど──それは望みすぎというものだろうか。ゆっくりやればいい。 「ずっとこれを聞いていろいろ想像しているんだけれど」  曲がきまればあとは振付だ。勇利と方向性などの話しあいはするが、考えるのはヴィクトルの仕事である。 「だいぶ固まってきたんだけどね……」  フリースケーティングの曲を「いい曲」と評したのは素直な気持ちである。これはいい曲だ。「エロス」が激しい曲だから、フリーはできれば穏やかなものがいいな、と思っていた。勇利の友人がつくったというこの曲は、やわらかで静謐なしらべから始まる。しかし終始ひっそりとしているわけではなく、後半へ行くにつれ情熱的な旋律があふれてくる。こういう曲を得意としている勇利のよいところを引き出してくれるだろう。だが、曲だけに頼るわけにはいかない。あとは振付がものをいうのだ。どんどん点数を得ることのできる難度で仕上げる。それを、難しいと思わせないよう、優雅に勇利は演じきる。 「勇利はどんなふうに教えてもらいたい?」 「え?」  勇利はきょとんとした。 「どんなふうに、って……」 「『エロス』はすべて仕上げた状態で、俺がお手本を見せたよね。ああいうのがいい? それとも、パートごとにわけて、順番に教えていったほうがいい? この場合、俺は教えながら考えるし、勇利に『ちょっとやってみて』とも言うから、勇利の動きを見て変えていったりもする。その場その場ですこしずつ完成させていく感じかな」 「…………」  勇利はフェンスの手すりに手を置き、リンクサイドにいるヴィクトルをみつめた。 「で、それが終わってから通してやる……。どっちのほうが勇利はおぼえやすい? どちらにしろ、きみならすぐおぼえるだろうけどね。振りおぼえるの早いほうだろう? 好きにきめていいよ。俺はどっちでもやりやすさは変わらないから」  勇利は大きな目をみひらき、長いあいだじっとヴィクトルを注視していた。 「どうかした?」 「ヴィクトル、ぼく……」 「なに?」 「……出来上がったやつ、ヴィクトルがすべるの、見たい……」 「そうか」  ヴィクトルは静かにうなずいた。 「わかった」 「いい?」 「いいよ」 「……よかった」  勇利は胸に手を当て、ほっと息をついた。ヴィクトルは微笑を浮かべた。 「あと一日待って。今夜ひと晩。明日、見せるから。勇利の前ですべってあげるよ」  その約束通り、ヴィクトルは翌日には勇利のフリースケーティング用プログラムを仕上げた。振付をしながら、ヴィクトルは、勇利がこれをすべりこなすところを早く見たい、とそればかり考えていた。勇利の手本として示す最初の滑走は大切だ。勇利は、それを完成形として、目標として頭の中に据えるだろう。下手な演技をするわけにはいかない。ヴィクトルは午前中はひとりでリンクにこもり、振りの確認と練習をした。午後からは外で基礎練習をしていた勇利を呼び、ようやくプログラム披露の運びだ。 「じゃ見てて。音楽頼むよ」 「はい」  ヴィクトルは上着を脱ぎ、勇利の顔を見て笑った。 「そんなに緊張しなくても」 「緊張、するよ」 「そうか」 「うん……」  最初はせつないピアノの音色がこぼれ落ちてくるようだ。ここはなめらかに、とけこむように。勇利のやわらかな動きを印象づけたくて、ツイズルなどのターンを使用した。勇利のツイズルは回転が早く、はっとするほど洗練されているのだ。練習の最初にターンの練習をしているとき、右に左にと勇利が舞う姿を見ているのが、ヴィクトルはとても好きだった。  勇利はステップが得意な選手だ。そして常に動いていても最後まですべりきる体力がある。だからスリーターンやモホークを多用し、優美なすべりを印象づける。ただ「すべっている」だけの時間をなくす。ジャンプに入るときも「跳ぶぞ」という流れにはしない。ステップやターンからつなげて入れる。着氷したあともすぐにステップなどを入れるとぐんと難度は上がるが、高得点を得られる。  こういうことは、並の選手なら、一度や二度なら可能でも、だんだんと体力を奪われ、最後には力尽きてしまうだろう。だが勇利なら。「離れずにそばにいて」をあれほどすべりこなした彼なら……。  しかし、技術ばかりを追い求めてもいけない。ジャンプがきまれば流れが生まれ、自然と演技構成点も上がるが、それでも勝生勇利という選手の持ち味をじゅうぶんに活かしたい。最小限のピアノだけが響く箇所で。ランジ、アウトサイドイーグル、チェンジエッジからイナバウアー。コレオシークエンスは、勇利がすべっていて最高に気持ちよく、うつくしくなれるように。  それをさらにきわめるのがステップシークエンスだ。勇利のステップシークエンスは「唯一無二の」と表現される。彼だけが持つ音楽性を帯びた、誰にもまねできない足捌きである。それがもっともみずみずしく、優雅に、水際立って見えるようにヴィクトルは手本を見せる。きみはこうすれば最高に高貴になれるからと。  ツイズル、ブラケット、カウンター、チョクトー、ロッカー。左右のクラスタを完成させてゆく。これはヴィクトルでも難しい。いきなりやれば均衡を崩して転倒するだろう。踏みながら上半身を使えばなおさらだ。しかし勇利ならできる。必ず。  八つめのジャンプも直前にターンを入れる。最後まで楽はできない。厳しい、恐れを知らないようなプログラムだ。そしてスピン。疲れてぐらつきそうになる。きっと勇利もそうなるだろう。  最後のピアノの音色が響き、消えた。ヴィクトルは右手を胸に当て、左手を勇利のほうへ差し伸べていた。彼をみつめる。勇利はぼんやりしていた。ヴィクトルの呼吸は荒い。きつい……。久しぶりに本気ですべった。しかし、よろよろと勇利のもとへ戻るわけにはいかない。  氷を蹴り、軽快にすべっていった。勇利の前でエッジを傾けて止まると、にっこり笑って尋ねた。 「どうかな、勇利」 「…………」  勇利はじっとヴィクトルをみつめていた。顔にも瞳にも、何の感情も浮かんでいない。気に入らなかったのだろうか? ヴィクトルは口をひらこうとした。と──。  その瞬間、勇利の瞳がみるみるうちにうるおい、目のふちに透明なしずくが溜まった。それはあっという間に重みを増し、つっと、まっすぐに頬を突っ切ってしたたり落ちた。 「勇利……」  勇利はさっと身をひるがえした。彼は足早に出ていった。ヴィクトルは閉まった戸をみつめ、リンクから上がると、フェンスにもたれて三十分ほど待った。勇利は赤い目と頬をして戻ってきた。 「ごめんなさい」 「いや」  勇利がヴィクトルの瞳をみつめた。そのまなざしと、さっきの涙だけで、彼がプログラムに持った感想、印象はもうじゅうぶんに理解できた。 「ヴィクトル……」  勇利はささやいた。 「ありがとうございます」  その夜、勇利はいつも通り食事をし、それからロードワークへ出ていった。ヴィクトルは帰ってきた彼を玄関先で出迎え、マッカチンの足を拭いてやりながら何気なく尋ねた。 「勇利」 「んー、なに?」 「俺のこと好きかい?」 「…………」  勇利は熱心に、ほとんどにらむようにしてヴィクトルを見た。それから情熱を帯びた口ぶりで端的に答えた。 「大好き」 「……こっちが照れるね」  ヴィクトルはおおげさに肩をすくめた。  新幹線の座席に落ち着くと、ヴィクトルは勇利を心配して彼のおもてをのぞきこんだ。 「大丈夫? 勇利」 「大丈夫だってば」 「鼻折れてない?」 「折れてないよ。おでこから行って、その勢いで鼻ぶつけただけだから」  勇利は眼鏡をかけていなかった。鼻をすりむいて、眼鏡が当たると痛いらしい。駅での電光掲示板を見るときだけ、しぶしぶ取り出してかけようとしたので、「俺が見てあげる!」とヴィクトルは元気に言ったものだ。 「ヴィクトル日本語読めないでしょ」 「英語でも出るよ」 「あ、そうか」  そういうわけで、ずっと眼鏡はかけていない。勇利は眼鏡をかけたりかけなかったり、髪を上げたり上げなかったりで、ずいぶん印象が変わるなあとヴィクトルは思った。 「鼻ずっとひりひりしてるの?」 「ちょっとね」 「どれどれ」 「なにさわろうとしてるの」  手を伸ばしたら拒絶されてしまった。ヴィクトルは拗ねた。 「勇利は最近俺の扱いがぞんざいだ」 「そんなことないよ。春に会ったときと同じだよ」 「どこが?」 「ヴィクトルが隣にいると、緊張してものも言えないよ。だからしばらく黙ってて」  勇利は眠ることにしたらしく、シートを倒して目を閉じる。ヴィクトルはむっとしたので、ちょっと赤くなっている鼻先をつんつんつついてやった。 「いったい! もう、何すんの!」 「ぜんぜん緊張してないじゃないか」 「してるよ。してるしてる」 「あぁあ、あのときの勇利はかわいかったなあ。俺を見て目をきらきらさせて、うるうるさせて、『びくとるっ……かっこいいっ……』ってさ」 「いまでもやってるよ」 「いつ?」 「部屋でヴィクトルの動画見てるとき」 「俺にやってよ!」 「そのうちね」 「そのうちって……、今後その態度が以前のものになることがあるのか……?」 「黙っててよ。ぼく疲れてるんだから」 「疲れてるならもたれかかっていいよ。こっちおいで」 「あ、結構ですので」 「甘やかしてあげるっ」 「遠慮しますので」 「もう、勇利!」 「ヴィクトルも寝たら?」 「夜たくさん寝た。勇利はゆうべ寝ずに何をしてたのかな? ここで言えないことかな?」 「ヴィクトルと同じことだよ」 「なんだって? いやらしい……」 「ちょっと。ぼくのヴィクトルをけがさないでくれる」 「何を想像したんだ?」 「貴方は何を?」  ふたりはみつめあった。それからにっこりと笑いあう。次の瞬間勇利はヴィクトルをにらみつけた。 「ほんと静かにして」  ヴィクトルは静かにした。その代わり、肘掛けにのっていた勇利の手に手を重ね、そっと指のあいだに指を押しこんだ。勇利が顔をしかめる。彼はそっぽを向いた。勇利のほうが通路側にいるので、これでは誰にでも寝顔が見えてしまう。ヴィクトルは指先で手の甲を撫でた。 「…………」  こっちを向け、と念じる。しかし勇利は頑固だ。ちょっとやそっとでは言うことを聞かない。もう一方の手で膝をなぞった。 「…………」  だめか。しかしこれも想定のうちだ。ヴィクトルは勇利の耳元にくちびるを近づけ、ふっとそこに息を吹きかけた。 「もう、ヴィクトル!」  勇利が抑えた声で抗議をする。 「なんで邪魔するの!」 「邪魔するなとは言われていない」  ヴィクトルは得意げに口元を上げた。 「静かにしろと言われただけさ」 「ぼくをそっとしておいて」 「俺をそっとしないでくれ」 「もう、どうしたいの」 「勇利と親密になりたい」 「もうじゅうぶん親密です」 「そう? どこが? どんなふうに?」 「知ってるでしょ。ぼくとヴィクトルの仲くらい。当事者なんだから」 「でも、俺の認識と勇利の考えはちがうかもしれない。すり合わせをおこなおう。言ってみて」 「ヴィクトルの考えてる通りだよ」 「おや、そんなことを言っていいのかな?」 「何のこと?」 「俺の考えてる通り? へえ、そう……」 「ちょっとヴィクトル……」 「やっぱり、勇利……、いやらしい……」 「ぼくのヴィクトルをけがすのはやめてって言ってるでしょ?」 「何を想像したんだい?」 「ヴィクトルが伝説のスケーターで、ぼくはその追っかけなんだ」 「……ほぼ現実の通りだね。それのどこがいやらしいんだ?」 「追っかけに手を出すなんてヴィクトル、最低だよ」 「手を……? いやらしい」 「追っかけのコーチするなんてほんとえっちなんだから」 「勇利、自分で何を言ってるかわかってる?」 「わかってないよ。眠いんだよ」 「コーチをしたくらいで変態扱いされた」 「コーチをしてなくてもヴィクトルは変人でしょ」 「きみは俺のことを好きじゃないのか?」 「おなか空いてきた」 「眠いんじゃなかったのか」 「そのふたつは相反する欲求じゃないよ」 「人の三大欲求だね。睡眠欲、食欲、あとひとつは何かな?」 「いやらしい」 「何かな?」 「スケート欲だよ」 「どこがいやらしいんだ」 「『エロス』のときにどれだけぼくがいやらしいことを考えてるかを知ったら、ヴィクトルはそんなことを言えなくなると思うよ」 「ぜひ知りたいね。何を考えてるんだい?」 「きまってるでしょ……」  勇利が前方へ視線を向けた。車内販売のワゴンが来たのだ。 「カツ丼のことだよ……」 「……食欲じゃないか」 「卵をからめるようにね……、すみません、お弁当ください」 「もう食べるの?」 「ヴィクトルはいらないんだね」 「いらなくはないよ。いるよ」 「しょうがないなあ……」 「食べると言い出したのは勇利じゃないか」  購入した弁当を、勇利はテーブルの上に置いた。 「食べないの?」 「あとで」 「勇利、さっきから意味がわからないぞ」 「食べたいと思ったとき販売が来なかったらいやでしょ。ぼくは常にさきを見越して行動してるんだよ」 「さきを見越してるなら、最後のジャンプは三回転にして欲しかったね。あんなにふらふらで跳んだら、ぐらついて転倒することくらいわかりそうなものだ」 「久しぶりの試合だから舞い上がっちゃって……」 「何年スケートをやってるんだ。シニアに上がりたての子どもみたいなことを言って」 「ぼくはいつも新鮮な気持ちですべってるからね。コーチと同じなんだ」 「ここに来ておだてる作戦だね。さすがは悪女だ」 「ぼくのコーチ、ヴィクトル・ニキフォロフっていうんだよ。世界ランキング一位。グランプリファイナルも世界選手権も五連覇」 「うんうん」 「あと、綺麗で」 「うん」 「かっこよくて」 「そう」 「声がすてきで」 「やっぱりね」 「優しくて……」 「もちろ��」 「ぼくのあこがれのひとなんだ」 「そうだろうとも」 「ところで貴方はどなたですか?」  ヴィクトルは額に手を当てた。 「……そういう扱い、慣れてないんだ」 「だろうね」  勇利はもっともらしくうなずく。 「新しいことを学べて、よかったね」  彼は両脚を伸ばすと、ふと笑ってつぶやいた。 「久しぶりの試合……」 「ん?」 「楽しかった」 「そうか」  ヴィクトルはほほえんだ。 「それはよかった」 「公式試合、ヴィクトルと初めての」 「……そうだね」 「ヴィクトルがリンクサイドにいるのって……」  勇利はまぶたを閉ざしてぽつりと言った。 「安心するね」 「……そう?」 「うん」 「そのわりには、いっさい言うことを聞かなかったようだね」 「安心するのと従うのはちがうことだから。ショートプログラムとフリースケーティングくらいちがうよ」 「判断しづらいたとえだな」 「そう? ヴィクトル、ぼくのことまだまだ理解してくれてないみたいだね。もっとぼくのこと、わかって」 「俺にもたれかかって、甘い声でささやいてくれたら検討するよ」 「ヴィクトル、さっきのお弁当見て。お箸ついてないでしょ?」 「え?」  ヴィクトルはテーブルに置いてある弁当を見た。確かに箸がない。 「本当だ。どうしよう。食べられないぞ、勇利」 「でも安心してね。中にちゃんと収まってるから。ないように見えるけど、あるんだよ」 「……弁当の話といま俺たちがしてた話、何かつながりはあるのかい?」 「ないよ」 「あのさ、勇利」  ヴィクトルは抗議した。 「つなぎの要素を大事にしようよ。ばらばらの演技をしたら点数は出ないだろう?」 「ぼく、つなぎ、得意だよ」 「得意なら発揮してよ」 「ほら、ヴィクトルが相手だと、緊張しちゃうから……」 「もう信じられない……」 「大ファンだからさ」 「ファンなら言うことを聞いてくれ」 「聞かないほうが喜ぶかなあって思って」  勇利はくすっと笑った。 「ヴィクトルも楽しかった?」  ヴィクトルは溜息をついた。まったく勇利にはかなわない……。 「ああ、楽しかったよ」 「スーツ似合ってた」 「かっこよかった?」 「うん」  勇利はくすくす笑って、横目でヴィクトルを見た。 「やらしかった」 「…………」 「エロスだよ、エロス。ヴィクトルのエロス」 「またそうやって雑な物言いをして」 「ふう」  勇利はヴィクトルにもたれかかった。 「ほんとに……、かっこよかったよ、ヴィクトル……」 「勇利……」  きみも綺麗だったよ。ヴィクトルは目をほそめた。 「……勇利」 「ん……?」 「俺のこと、好き?」  勇利はまぶたを閉ざし、適度にうなずいててきぱきと言った。 「はいはい、好き好き。じゃ、おやすみ」 「…………」  ごくそっけなく言ったあと、勇利は本当に寝息をたて始めた。ヴィクトルはむっとしたので、寝ているあいだにキスしてやろうかと思った。  世界選手権のクロージングバンケットで、ヴィクトルはまったく上機嫌だった。復帰して間もないというのに満足のゆく成績だったし、彼のたったひとりの生徒である勇利もすばらしかった。その勇利は、いま、ヴィクトルが選んだ新調のスーツを着て隣に立っており、髪をすっきりと上げていた。試合のときのような髪型だが、試合のときとはまたちがうあでやかな空気をまとっており、今夜の彼は際立ってうつくしかった。ヴィクトルは詩的な賛辞を彼の耳元にささやいた。 「どうもありがとう」  勇利は控えめに笑っただけだった。そんなふうにされると、もっといろいろ言って気を引きたくなる。 「部屋へ帰りたくなってきた」 「具合でも悪いの?」 「きみとふたりで『具合よく』なりたい」 「そんなこと言ってる場合じゃなさそうだよ」  勇利はくすくす笑った。彼の視線は、会場の奥のほうへ向いていた。ヴィクトルはおもてを向け、顔をしかめた。年若い、気の強そうな女がこちらへ歩いてくるところだった。無視できない相手だ。勇利は知らないはずだが、彼女の目がまっすぐにヴィクトルを見ているのでわきまえたのだろう。ヴィクトルの顔つきを見て勇利がかるく笑った。 「そんな顔しないの」 「俺が一緒にいたいのは勇利だけだ」 「わかってるよ。でも行かなきゃ」 「いやだ。行きたくない。部屋へ戻ろう」 「わからないこと言わないで」 「勇利こそわからないの? 俺は引き止めて欲しいんだ。行かないでと言って欲しい。なんでそんなに物わかりがいい? おもしろくないな」 「ちゃんとお仕事できたら、あとでご褒美あげるから」 「どんな?」 「ないしょ」 「いいこと?」 「ひみつだよ」 「絶対?」 「絶対」 「信じられないな……」 「どうして? ぼくがいままで、ヴィクトルの気持ちを裏切ったことがあった?」 「勇利……、よくそんなことが言えるね……、きみは本当に悪い子だ……」 「行って」  勇利がきっぱり言った。ヴィクトルはまだしぶっていた。もうすぐ彼女がここまで来る。勇利と口を利かせたくないので、もう歩き出すべきだ。しかし行きたくない。 「行きなさい」  勇利が甘くささやいた。ヴィクトルは溜息をつき、ゆっくりと踏み出した。あとで本当にご褒美をもらわなければやっていられない。 「あら、カツキ、どうしたの?」  ミラの声が聞こえた。 「ヴィクトルにふられちゃって……」 「ほんとにぃ? あの男、最低ね」 「いいんだ。ぼくのことなんか、ヴィクトルが本気で相手にするわけないんだから……」  まったくひどい! 勇利はひどい! ご褒美どころかお仕置きだぞ! でもいま引き返したら、俺がお仕置きされるな……くそ……。 「ハイ、ヴィクトル」  かけられた声に、ヴィクトルは笑みを製造した。  それからの一時間ほどは、苦行でしかなかった。いったい俺がどんな悪いことをしたというのだろうと、そんなことばかり考えていた。何の罰なのだ、これは。女の話はくだらないし、寄ってくる男たちは退屈だった。ヴィクトルは勇利に会いたかった。彼のかわいらしい笑みを見、優しい声を聞き、けなげですずしげなまなざしでみつめられたかった。黙りがちなのに、話しかければたちまち気の利いたことを言い出し、そのくせちょっとそっけない態度を取ってヴィクトルを困らせる彼をそばへ呼び寄せたかった。やわらかいしぐさで頬を撫でられて、「疲れた?」と気遣われたかった。それなのに女はなかなかヴィクトルを離してくれないし、勇利とは似ても似つかない品のない物言いと甲高い声でしゃべり続けた。ヴィクトルはいらいらした。彼は勇利から離れると、だんだんと苦痛をおぼえる。勝生勇利という甘美な喜びのききめがうすれるにつれ、禁断症状が出るのだ。欲しくて欲しくてたまらなくなって、落ち着いていられない。 「ヴィクトル」  我慢の限界に達そうとしたとき、まさに望んでいた声に名を呼ばれた。ヴィクトルは激しく胸をときめかせながら振り返った。 「まだお仕事終わらないの……?」  勇利は拗ねたようにヴィクトルをみつめた。まわりにいた紳士たちが笑い声を上げ、ヴィクトルにつきまとっていた女は警戒するように勇利をにらんだ。 「ヴィクトル……」  勇利がヴィクトルの腕に手をかけた。ヴィクトルの心臓は壊れそうに高鳴った。 「もしかして、何か怒ってるの……?」  ヴィクトルは頬を赤くした。 「何が?」 「だって、ちっともぼくの相手してくれないし……」 「してるさ」 「してない」  勇利がヴィクトルをにらんだ。 「お仕置きなの?」 「何の?」 「ぼくがヴィクトルの望むような成績をおさめられなかったから、そのことでヴィクトル……」 「まさか」 「ぼくはロシアの皇帝から大切な時間を奪ってるものね。ただでさえ邪魔者なのに、ヴィクトルの愛に報いることができなかったら、いる意味なんてないよね。ぼくなんかのコーチ、ヴィクトルだってつまらないよね。ごめんなさい……」 「じゃあ俺はこれで失敬させてもらおうかな」  ヴィクトルはその場にいた者たちにほほえみかけた。 「俺の大切な生徒を失いそうなんでね。ユウリ・カツキの機嫌を損ねたら大変なことになる。スケート界の損失だろう? なにしろ、世界でトップのスケーターなんだから」  言ってから、いたずらっぽく付け足す。 「フリースケーティングにおいてのみ、だけど」 「またそんな意地悪言う。もういいよ。ヴィクトルのばか」  勇利が身をひるがえした。 「そんなに俺を困らせないで。まったく手のかかる子だな」  ヴィクトルは「それでは」と挨拶して勇利のあとを追った。勇利の機嫌を取らなければ、と思って手を握ったところで、彼は振り返ってにやっと笑った。 「助かったでしょ?」 「…………」  ヴィクトルは息をついた。 「遠くから見てるだけで、いらいらしてるのがものすごく伝わってきたよ。コーチを悪者にしないためにこの身を犠牲にしたんだ。いい生徒でしょう」  勇利はくすくす笑った。 「ご褒美は喜んでもらえた?」 「ご褒美? さっきのが?」  ヴィクトルは心外だというように口をとがらせた。 「あんなのは前戯だろう?」 「ヴィクトル・ニキフォロフがいやらしいこと言わないの」 「俺がいやらしいことはきみがいちばんよく知ってるだろ」 「そうだね。ヴィクトルはぼくの夢を壊す天才だから」  勇利はヴィクトルの顔をのぞきこんだ。眼鏡をかけていないので、いつもよりへだたりがない。勇利はヴィクトルが望んだ通り、丁寧なしぐさでヴィクトルの頬にふれた。 「疲れた……?」  優しい声がこころに染み入るようだった。 「ああ、疲れた」 「さびしかった?」 「さびしかったよ」 「ご褒美が欲しい?」 「欲しい……」 「試合のぼく、どうだった?」 「うつくしかった」 「今夜のぼくは?」 「この会場でいちばん可憐なことは、疑う余地がない」 「すらすら出てくるんだね。言い慣れてるんでしょ」 「言い慣れてる」  ヴィクトルは勇利の腰を引き寄せた。 「言われ慣れてるだろう……きみも」 「ちょっと、そんなにあからさまにさわらないで。みんな見てるよ」 「見せつけてるのさ」 「指がシャツをひっぱってるよ」 「おや、そうかい? 気がつかなかった。気がはやってね」 「ヴィクトル・ニキフォロフが子どもみたいなこと言わないの」 「勇利の前ではジュニアの選手みたいに物慣れない様子になるんだ」 「どこさわってるの」 「部屋へ戻らないと、ここでやっちゃうよ」  すこし向こうから、ユーリの「さっさと失せろ」という罵り言葉が聞こえた。みんなが笑っている。勇利が口元を上げた。 「ここでしてもいいけど、教育に悪そうだね……」 「誰の?」 「貴方の」  ふたりはすみやかに部屋へ引き上げ、扉を閉めるなりくちびるを押しつけあい、服を乱暴に剥ぎあった。 「勇利……、ねえきみ、俺のこと……」 「ヴィクトル」  勇利が熱っぽくささやいた。 「貴方、ぼくのこと……、好き?」 「勇利は変わったよ」 「そう?」 「最初は初々しくてかわいかった」 「ほんと? いまは?」 「さっきまで何をしてたか思い出してごらん」 「酔ってたからおぼえてなくて……」 「またか!」 「冗談だよ。そう悲劇的な声を出さないで。ね、ヴィクトル……」 「なんだい」 「いいこと教えてあげる」  ヴィクトルの腕の中で、熱く息づく素肌がすべった。勇利がヴィクトルのほうへ身体を向ける。 「……貴方も変わったよ」 「そうかな……」 「以前は、余裕ぶっててかっこよかったのに……」 「いまは?」 「初々しくて、かわいいよ」
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arisakamigiwa · 2 years
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#Barluminous にて。久々にハイボールを飲んだので翌朝頭痛がした。 #Bar #カシスオレンジ #ハイボール #中標津青年会議所 (中標津町) https://www.instagram.com/p/Cc9RXC8PLaa/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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2ttf · 12 years
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cotatsu · 5 years
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この花火をわすれるころには
──もう、はぐれないでって言ったのに。
毎年、この時期になると実家から少しの距離にある小さな神社で夏まつりが開かれる。小規模ではあるけど、境内にはところ狭しと出店が数多く並び、家族連れやカップルなどで賑わう夏の終わりの一大イベントだ。近所の浜辺では花火も上がる。
「今日っておまつりあるんだって? いいじゃないか、行こうよ勇利。おれと2人で」
さっき練習の合間に優ちゃんに聞いたらしい。滑り終えて汗を拭うぼくの肩を抱きながら、彼が有無を言わさない笑顔でのぞき込む。
「えぇ……。ヴィクトル行ったら大変なことにならない? まあ、もう町の人たちも大分慣れて来てるとは思うけど……」
「だぁいじょうぶさ。ふだんその辺おれが歩いてたってみんな普通に挨拶してくれるだけで誰も騒がない。行こうよ。日本のおまつり興味あるよ」
うーん、と少し悩んだけど、まあ、ぼくももう何年も日本のお祭りなんて行けなかったし、折角だからヴィクトルにもこの町のイベントを楽しんで欲しいし。
「そうだね、行こっか! でも、人多いと思うから絶対にぼくからはぐれないでね」
「分かった。じゃ手繋ぐ?」
「つなぎません」
そうして午後の練習を少しだけ早めに切り上げたあと、軽く晩ご飯を食べてから2人で神社までの道を歩いた。
「ちょっとずつだけど日が暮れるのが早くなってきてるね」
「そうだねえ。日中は暑かったけどこの時間はだいぶ涼しくなってて助かるよ」
彼に話しかけながら見上げると、澄み渡った空の青からまだらな紫陽花色が混ざり、淡いグラデーションを作っている。まだ明るい夕焼けをバックに、浴衣を着た中学生くらいのグループやカップルがそれぞれにはしゃいだ声をあげながらぼくたちを追い越していった。
「勇利は浴衣着ないの? 似合いそうなのに」
「ぼく? いやいやもう何年も着てないよ。こんなちっさい頃に着せてもらったきりかなあ」
手のひらを低くすると彼がワオ、そんなに? と大げさに笑った。
「ヴィクトルのほうが似合いそう。着てみたかった?」
「んー……そうだなあ。勇利とお揃いで着るなんてのもいいね」
友達同士、お揃いの柄の浴衣を着て歩く女子たちを眺めながら彼が僕の肩を抱いた。
「えっ やだよお揃いの浴衣なんてはずかしい……。ていうか暑いでしょそんなくっつかないで」
夕暮れの時間とはいえ、歩いていればじんわりと汗が滲んでくる。それでも彼は御構い無しにぼくより体温の高い体をさらに密着させた。
「お揃いいや? じゃあ柄違いにしよう。来年の夏はそれ着てまたおまつり行こうよ」
耳元で囁かれるお誘いの言葉に思わずぞくりとする。蒸し暑さも厭わず爽やかに笑う彼に対して、ぼくは、う、ん……と返事にもならないものしか返せなかった。
「もう、だから言ったのに…… ヴィクトルどこ行ったんだろ」
神社に着くと、いい匂いを漂わせた屋台がずらりと並び、すでに早めに来て楽しんでいる家族連れなどでなかなかの賑わいを見せている。はじめはちゃんとぴったり横について、この棒に刺さった肉はなに? あそこのたくさん魚がいるのはなに?と楽しげに騒いでいたヴィクトルが、気がついたらいない。メッセージを送っても既読にもならない。
──まあ、あれだけ長身だし目立つ容姿をしてるから、すぐに見つかるかな。
とはいえ、すでに日は暮れてしまっていて向こうの方までは暗くて見えにくい。屋台が並ぶ参道はそう広くはないし人混みを掻き分けて進むのは気がひける。せっかくだし、ぼくは色とりどりの屋台を眺めながらゆっくりと歩くことにした。フランクフルト、ベビーカステラ、焼きそば、りんご飴、……あ。かき氷だ。去年の夏、ピチットくんと作って食べたの、あれ美味しかったんだ。……いいなぁ、久しぶりにお祭りのかき氷食べたいなあ。だめかなあ……。
よし、とぼくは本腰を入れて彼を探し出した。ほんとは勝手に食べたいけどきっとバレるし、こっそり食べたと怒られたらやだし。コーチに許しをもらわなきゃ。
周りをキョロキョロと見渡しながら少しずつ前に進んでいく。出店の白熱灯は明るいけど、それだけじゃこの人混みの中を探すのはやっぱり難しい。あちこちから威勢のいい呼び声が飛び交う中、楽しげな学生のグループやカップルが笑い声を上げ手を繋ぎながらすれ違っていく。ひとりぼっちでこんなところウロついてるのなんて、ぼくぐらいだ。
……あーあ。彼には行くのを少し渋った素振りを見せたけど、ほんとうはぼくだってヴィクトルとお祭りに来れて嬉しかったんだ。ここ数年お祭りなんて縁がなかったっていうのもあるけど、それよりも、ただ思い出がほしくて。彼と過ごす、最初で最後の夏の終わりの、ささやかな思い出が。彼は来年は浴衣を着て来ようね、そう言ったけど、きっとそれは叶わない。来年の今頃、ぼくがどこで何をしているかわからないけど、彼はきっとロシアに戻り氷の上に立っている。かならず、そうでなくちゃだめなんだ。
でも、それまでは彼はぼくのコーチだ。毎日、誰よりもそばにいてくれる。信じられないけど、限られた今だけ、ぼくはそれを許されている。だからこんな小さなお祭りの思い出だって欲しいし、一緒に楽しみたいのに。
「……どこいったんだよ……」
屋台の列が途切れてため息が零れた瞬間、突然後ろから腕を引っ張られた。
「勇利! やっと見つけた! だめじゃないか、迷子になっちゃあ」
「……ヴィクトル」
振り向くと、片手に缶ビールを持った彼が悠然と笑みを浮かべながら立っていた。……迷子って、それこっちのセリフなんだけど……。
「……どうした? そんな泣きそうな顔して。あ、一人でさみしかった? ごめんね早く見つけてあげられなくて」
へらへらと笑う彼になんか腹が立つが、不覚にもすこしだけ心細くなってたのは事実なので強く否定できない。黙ってしまったぼくがほんとにさみしがってたとでも思ったのか、彼はぼくの右手をとると、そのまま優しく握った。
「これで迷子にならないから大丈夫だ。キョロキョロしてはぐれないでよ、勇利」
「もう、さっきから…… はぐれたのはヴィクトルのほうだろ? いったいどこいってたの」
「あっちに美味しそうな店がたくさんあったんだよ。いか焼きに焼きそば、魚の塩焼き、唐揚げ、どれもうまいし味が濃くて最高にビールに合う」
「そんな食べたの!? さっきご飯食べたじゃん!」
「こういう場所で食べるのはまた格別だろ?勇利は?何か買った?」
えぇーどんだけ……。ぼくなんてかき氷ひとつ食べるのにも悩んだのに……。あ。
「あっ ねえ!ぼくかき氷食べたい!ほか何も食べてないから!ねえ、だめ?だめですかコーチ」
懇願するように見上げると、彼が少し驚いた顔をしたあと、ぷ、と吹き出した。
「なんだ、そんなの。いいよ、せっかくお祭りに来たんだ。勇利も楽しもう。そうだ、おれが買ってあげるよ!優しいコーチのおごり」
そう例の如くキザなウィンクを飛ばすと、ぼくの手を握ったまま喧騒の中を歩き出す。さっき通ったのとほぼ同じ場所を歩いてるのに、不思議だ。景色が全然ちがう。そばに彼がいるだけで、こんなに世界の彩度は変わって見えるんだろうか。
「ほらー勇利早く。 ちゃんとはぐれないでよ」
ぼくの手を引きながら、ほろ酔い顔の彼が笑顔で振り向く。缶ビールを煽りながら、完全に酔っ払いみたいな顔してる。あーあ、もうしょうがないな。でも何だか楽しいや。さっきから胸がどきどきするのにあったかい。ふわふわする。やっぱり不思議だ。
「あれー、ないなあ…… さっきは見かけたんだけどなあ…… あ」
かき氷を探していたぼくたちの目線の先にあったのは、射的の屋台だった。
「銃? えらく物騒なものがあるね」
「コルク銃だよ。あそこに並んでる賞品どれかを狙って撃ち落とせたらもらえるんだよ。ヴィクトル腕長いし得意なんじゃない」
「……ふーん、面白そうだね……」
「やってみる?」
店のはしでのんびりタバコをふかすおじさんに料金を払うと、コルク弾を4つ渡される。台に並んでいる銃を選ぶと、中にコルクを詰めて彼に渡した。
「なに狙うの? ヴィクトル。多分上の段が一番むずかしいと思うよ」
景品は3段の棚に等間隔に並んでいて、下の段にはキャラメルやビスケット、飴など小さくて軽そうなお菓子、真ん中の段はフィギュアや小さめの置物などの小物類、上の段はゲーム機や大きめのぬいぐるみなどが置かれている。
「そうだなあ……。勇利、どれがほしい?」
「え? そんな、ヴィクトルが欲しいのにしなよ。せっかくなんだから」
「だっておれよく分からないし。勇利の欲しい���のがいいよ」
えぇ、そう言われても。何がいいだろ……。でもやっぱり落としやすそうな物がいいよね。戸惑いつつも景品の並ぶ棚を順番に眺めていく、と……。
「あ…… あれがいい……!」
思わず指差した先に視線を向けると、彼がオーケー、と頷きながらぼくの後頭部に軽く触れた。
おもむろに右手で銃をとり、片方の���を台につくと標的に向けて長い腕がすっと伸びていく。前髪に隠れて表情は見えないけど、その姿は恐ろしいほど様になっていて、めちゃくちゃかっこいい。毎日一緒に過ごして、何だかんだ見慣れた筈なのに、ふとした時にぼくの心をぎゅっと掴んで虜にする。やっぱり彼は……。
その表情の見えない横顔に見惚れているうちに、パン、と横から弾けるような音が響く。瞬時に我にかえると、ヴィクトルが狙った標的に弾が命中したようで、ぱたんとひっくり返っている。一発で撃ち落とすことができなかったからか、彼は少しくやしそうな様子で軽く舌打ちをしていた。
「あー惜しいな。 でもだいたい要領はつかんだ」
「……えっ、すご……!ふつうは倒すだけでもむずかしいのに……」
まさかの凄腕に思わず興奮して彼を見ると、まぁまかせなよ、そう笑いながら彼が左腕でぼくの肩を抱いた。そのまま銃を構えると、再び標的めがけてゆっくり腕を伸ばしていく。
「……え……」
この姿勢で? とあっけに取られていると、ぼくの肩を抱く手にうっすらと力がこもる。今度は見逃さないように、ぼくが強請った標的をじっと見つめると、パン、と音とともに見事にそれは棚の後ろに倒れ落ちていった。
「……う、わ、やったぁ……! え、すごい、ねえ、ほんとにすごい……!」
「すげぇな兄ちゃん」
横でのんびり眺めていたお店のおじさんも驚いたように首を振りながら手を叩いてる。もうひたすらにかっこいい、すごい、かっこいいを連呼するぼくらにヴィクトルは当然、とばかりに満足気に頷いていた。
「すごいすごい! ねえヴィクトルまだ弾2つ残ってるよ! 何狙うの?」
興奮のままに彼の腕を揺さぶると、はい、と銃を渡された。
「今度は勇利がやりなよ。おれはもう楽しんだし」
「ぅえっ ぼくが?」
こんな凄腕のあとに撃つなんてだいぶ気がひけるんだけど。
「何狙う? 勇利」
「……んー せっかくだから難しいのがいいな。 上の段の、あのゲームとか」
ちょっとやそっとの弾じゃ倒れなさそうな、人気のゲームソフトのパネルを指差す。負けず嫌いを発揮するぼくに、彼がニヤリと嬉しそうに笑った。
「いいねえ。 そういうとこ大好きだよ」
コルク弾を詰めると、銃を持った右腕をギリギリまで伸ばす。やっぱりヴィクトルほど距離は縮められないな。うーん、と狙いすまし、パン、と撃った弾はうまく標的に命中はしたけどびくとも動く様子はなかった。
「うわーやっぱり難しいな…… 威力が足りないのかな……」
最後の弾を、今度はぎゅうぎゅうに詰めてみる。いつのまにかぼくの背後に立っていたヴィクトルが、両肩に触れながらそっと耳打ちをした。
「角を狙うんだよ、勇利。右でも左でもいい、上部の角を狙うんだ」
静かな吐息とともに耳元に吹き込まれる声に、思わずぞくりと肌が粟立つ。
「は、はい……」
もう一度、標的めがけて思いきり腕を伸ばす。肩に乗ったままの彼の手のひらからじんと熱さがつたわってくる。教え通りに、ぼくは標的の右上に狙いを定めて引き金を引く。
「よし……」
パン! とコルクが目標の位置にうまく当たって跳ねた。軽快な音に弾かれるようにパネルがくるりと回る。そのままバランスを失うと、回転しながら後ろに倒れ落ちていった。
「勇利!!」
ワァ、と小さく歓声が上がると同時に後ろから思いきり抱きしめられる。
「すごいじゃないか、勇利! やっぱりおれの勇利は最高だ!」
ギュムギュムと抱きすくめられながら周りを見ると、気づかないうちに結構な人だかりができていた。
「あれ、ゆうりだ」「ヴィクトルじゃない?」そんな小さなざわめきがだんだんと広がっていく。
「わ、やばい……」
せっかくみんなそれぞれにお祭りを楽しんでるのに騒ぎになっちゃう、そう青ざめたそのとき。
「ほら行くよ、勇利。みんなお祭り楽しんでねー!」
ぐい、とぼくの手首を掴むと周りにヒラヒラと手を振りながら走り出す。
「あ、ちょ、ヴィクトル、待って……! っ、あ、すみませ……」
そのまま巧みに人の波を掻き分けてどんどん進む。まるで祭り囃子の笛に乗るように器用にステップを踏んでいく。屋台の群れから外れ、ようやくペースを落とすとふいに彼がこちらを振り向いた。
「勇利、人気の無さそうな場所はどこ?」
「え、人気のないところ……? どこだろ……」
ふと、周りを見渡すとさっきお参りした本殿のそばまで来ていた。──そうだ。
「ヴィクトル、こっちこっち」
手を繋いだまま彼を本殿の裏に引っ張っていく。薄暗いそこは木が生い茂るだけで何もなく、お祭りの喧騒がうそのように静黙と落ち着いている。ぼくたちは はあ、と一息つくと、顔を見合わせてどちらからともなく笑っていた。
「あー つかれた…… 人集まっちゃったね」
「やっぱりヴィクトル目立つんだって!あんなカッコよく決めちゃうんだもん、みんな見るよ……」
「えぇ? 勇利が人を寄せたんだろ? ……あ、そうだ。 はい、勇利が勝ち取ったゲームと、これ」
彼がぼくの手を取り、ぽん、と掌に乗せてくれたのは、透明なケースに入った、薄いブルーの、小さなトイプードルを模ったクリスタルの置物。ヴィクトルに、どの景品がいいかと聞かれてねだったもの。
「……わ、ありがとう……! やっぱりヴィっちゃんみたいだ、かわいい…… ありがとう、ヴィクトル……」
彼がぼくの為にとってくれた、それだけでたまらなく嬉しい。一生の宝物だ。
両手で大切にそれを包みながら彼を見上げると、うす暗闇でもわかる綺麗な碧の瞳が静かにぼくを見下ろしている。今までに憶えのない眼差しに息をするのも忘れて見とれていると、ふいに彼の指先がおとがいを上げ、唇をなぞってくる。そのまま少し捲られた、と思った瞬間、あたたかい息と柔らかな感触がふわりと唇にふれた。
「……っ」
どれくらい、息を止めていたのだろう。実際には一秒もなかったのかもしれない。我に返って唇を離すと、ひときわ鋭く光る瞳に射抜かれる。わけがわからない。いま、彼とぼくは何をした?
反射的に遠ざかろうとする体を彼の強い腕が捕まえる。大きな掌に後頭部を掴まれると、こんどはさっきよりも激しく、噛み付くように唇をこじ開けられた。
「ん……、ぅ……っ」
鼻先を擦り付けながら、角度を変えて何度も唇を啄ばまれる。何もかもを塞がれているみたいに、うまく息ができなくて苦しい。舌を吸い上げるように引っ張り出されて端から唾液がだらりと垂れ落ちていく。顔も体も火照るように熱くて、体中が心臓になったみたいに騒がしく脈打っている。足に力が入らなくてまともに立っていられないのに、ぼくを支えるヴィクトルの腕が、離れることを許さない。どうして、なぜ彼はこんな。ぼくは、なにかおかしな夢でも見ているんだろうか。
混乱する頭の中、突然、静寂を破るように乾いた音が轟く。立て続けにドーン、ドーン、とお腹にずしんと響くような爆発音が鳴り響く。
やっとの思いで唇を離すと、向こうの空に色鮮やかな花火が咲くのが見えた。次から次へと下から打ち上げられた細い火柱が爆音とともに暗闇を彩り、菊、牡丹、椰子、柳、さまざまに美しい色を開かせる。なかには可愛らしい猫の形も。
「……わぁ……」
抱き寄せられた体は解放されないまま、カラフルに色を変える空をただ眺めていた。こんなに美しい花火を見ているのに、背中に触れる彼の熱い手のひらにどうしようもなく心が乱される。いま、彼はどんな顔で見ているのか。気になるのに、視線を合わせるのがこわい。それでも、体を離すこともできない。触れられる手の強さが少しずつ増していき、うるさいのは、花火の音なのか、だれかの心臓の音なのか。
「ヴィクトル……、花火、綺麗だね……」
やっと絞り出した声は小さく掠れて、爆音にかき消される。それでも耳に届いたのか、彼の大きな手のひらがぼくの頬を包むように触れてくる。そのまま眼鏡を外すと、ゆっくりと唇が近づいた。
「……勇利のほうが綺麗だよ」
隙間に見えた、その瞳の色が違って見えたのは鮮やかな空のせいか。
「……ん……、ぅ……」
その瞬間、まるで透明になったように周りの音はすべて消えた。耳に入るのは2人の鼓動と、唇の絡み合う音だけ。
すがるように逞しい背中に手を回すと、後頭部を押さえる手がくしゃりと髪の毛を搔きまわす。
彼とぼくの間に距離は一ミリもなかった。ぴったりと、まるで体がひとつだけになったみたいに、体温までも溶け合っていく。どちらともなく、からだを擦り付けるように強く抱きしめ合う。
このまま、ほんとうにひとつになれたらいいのに。ぴったりくっついたままひとつになれば、ずっと離れないでいられるのに。
「はぁ……っ」
苦しさに唇を解放させても、髪に差し込まれた手の強さに押さえつけるようにまた捕らえられる。くちゅり、くちゅりと卑猥な音をさせながら、舌の先までひとつになるように絡めあっていく。
ひときわ大きな音がして、再び耳元にさざめきが戻った。クライマックスが近いのか、派手な音とともにいっそう華やかな大輪の花を咲かせている。うっすらと開けた視界で眺めた色はぼんやりとしか見えないけれど、まるで終わりを惜しむように鮮やかに大きく広がっていく。いつだって、儚いものは美しくて、だからこそ目が離せない。この花火が消えれば、煌々とした明るさが嘘のように夜空に静寂が戻っていく。
ぐい、と咎めるような手つきが後頭部を掴んだ。集中しろと言わんばかりに激しい動きで口内を攻めたてられる。燃えるように熱い、ぼくの舌も、彼のも。
それでもいつの日かこの熱でさえ何もなかったように消えて無くなる。残るのは少しの思い出と寂しさだけ。
そのうち今日みたいに2人で屋台ではしゃいだことも、一緒にスケートをしたことも、彼が長谷津に来たことさえも、遠い記憶の中に消え去って、きっと思い出すこともなくなる。
2人で見た、この花火のことも忘れてしまう。
──そんな日が、いつかほんとうに来るんだろうか。
「花火、綺麗だったねえ。最近のは動物の型とかあるんでびっくりしたよ。あ、あとゲームのキャラのとか」
帰り道は静かだった。祭り客はみんな浜の方に行ったんだろう。街灯が少なく立ち並ぶ夜道を2人でぽつぽつと歩く。
さっきからずっと、ヴィクトルはほとんど無言だった。無言で何かの雰囲気を醸し出そうとしていた。それを感じたくないぼくは、微妙な空気をかき消すかのようにずっとしゃべり続けた。
「マッカチン何してるだろうね? まりねえちゃん、おやつあげすぎてないといいけど」
「そうだね」
「そういえば優ちゃんたちもお祭りに行くって言ってたのに会わなかったね。浜の方に見に行ったのかなあ」
「そうかもね」
「あ、さっき当てたゲームさあ、多分ユリオ好きなやつだよ。こないだ長谷津に来た時似たようなのやってたから。あれ人気なんだよねー」
「……そう」
「……そうだ、途中でコンビニ寄っていい?ぼくなにか飲み物」
「勇利」
数歩前を歩いていた彼が、立ち止まってぼくを見た。街灯の灯りが遠くて、その表情まではよくわからない。
「……どうしたの? さっきからずっと喋ってばっかりで子どもみたい」
薄明かりのなかで、彼の銀髪だけが煌めいてみえた。夏の終わりを思う風がひやりと頬を冷やしていく。
「……そう? べつに?」
何もわからないような顔で笑うと、彼が少し間を置いて再び歩き出す。ぼんやりと佇んだままその後ろ姿を見ていると、歩きながら振り向いた彼がその長い腕を伸ばした。
「ほら、はやくおいで勇利。コンビニ寄るんだろ? コーチのおごりのアイス、食べたくないの?」
「……たべる!」
いつもの彼の声に、弾かれたように駆け出して手を伸ばす。暖かい手のひらを掴むと、ポケットのなかの宝物がコロン、と踊るようにちいさく揺れるのを感じた。
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第22屆中日青少年書畫音樂交流大會日本福岡5日4夜文化交流團
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活動背景:中日兩國政府將2019年定為"日中青少年交流促進年"。此次交流大會旨在在構建兩國青少年的友誼,並透過藝術及文化交流讓青少年體驗當地文化以及宣揚和平精神。交流大會中的書畫獎項將由各官方及各中日友好機構代表成員親自頒發,日中兩國各地將派出不同年齡層的表演隊伍相互觀摩交流。是次項目是高規格的官方活動,並獲中國外交部及日本外務省全力支持。國家的官方網頁及日本當地的新聞放送社均會報導此難得的中日友好青少年交流盛事。
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活動日期 : 2019年8月18日至22日 (五日四夜) 活動對象 : 4 – 18歲對藝術及表演有興趣的學生 參加資格:1)港澳區書法、繪畫「佳作賞」入選者及其隨行家庭成員。                   2)港澳區青少年兒童表演隊伍及其隨行家庭成員。 費用:每人港幣$18,500    (費用包括機票、住宿、部份膳食、交通、入場門卷、活動材料)
行程亮點
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代表香港出席在日本舉行的書畫比賽頒獎典禮/交流演出
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正宗日本和服(浴衣)穿著體驗
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親自製作獨一無二的陶瓷
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體驗日本傳統茶道 ‧ 品嚐高級綠茶
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參觀福岡亞洲美術館
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金鱗湖畔戶外寫生
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行程
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Day 1  (18/8) 抵達福岡 
香港->福岡
出發日期 : 8月18日
航班 : 港龍航空 KA 380
香港國際機場出發時間 : 10:50am
飛行時間 : 3小時40分鐘
到達福岡時間 : 03:30pm (日本時間)
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福岡 (Fukuoka) 位於日本群島的西南部的九州地區,氣候溫暖,風景美麗,交通便利。九州地區九包括福岡縣、大分縣、長崎縣、熊本縣、鹿兒島縣、宮崎及佐賀縣等7個縣。福岡市為九州的第一大城市,也是九州經濟、娛樂的重要核心,人口約150萬。它在1997年、1999年、2000年被亞洲週刊連續3次評為“亞洲最佳城市”!在2015年發行的《MONOCLE》雜誌「宜居城市排名」中,福岡位居世界第12名,是亞洲第2。在眾多中國、韓國訪日遊客的調查中滿意度為列日本全國排名第一。
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福岡市是一座非常緊密凝聚而有活力的城市,無論居住與工作地點,以及娛樂等設施都相當鄰近。福岡擁有出發與到達航班數量名列日本前茅的福岡機場,機場距離市中心相當近,從福岡機場到博多車站,搭乘地下鐵僅需5分鐘時間。
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福岡市飲食文化豐富,擁有全日本第一的大排檔,入夜後在路邊過百間的大排檔(屋台)可品嚐全國知名的博多拉麵(豚骨拉麵)、海鮮料理、碳烤雞肉串、牛雜火鍋等等。行程中已預留了兩晚讓大家盡情享受福岡處處不同的地道美食。
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福岡的自然景觀得天獨厚,青蔥的山巒環抱著福岡的市區,從市中心稍微往外走便看到美麗的博多灣。市內更有數個大型公園,如海中道海濱公園、大濠公園及舞鶴公園等,一整年都能欣賞到各季節不同的鮮花,四處皆有青山綠水的美麗景觀相伴,是少數能夠讓都市人接觸大自然景觀的美麗城市。
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抵達福岡後將安排團員到達酒店,首三晚將入住福岡市蒙特埃馬納酒店或同級酒店。酒店位於福岡市中心天神地區,交通十分便捷。鄰近天神區的屋台大排檔,大家可輕鬆步行前往,體驗當地地道美味的飲食文化。
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福岡蒙特埃馬納酒店 Hotel Monte Hermana
地址:福岡市中央區渡邊通3丁目4-24
Day 2 (19/8) 第一站 - 到訪福岡亞洲美術館 Fukuoka Asian Art Museum (FAAM)
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福岡市博多區下川端町3-1 博多河畔城7和8 樓
福岡亞洲美術館位於博多Riverain內的河濱區內的River Rain中心大樓。美術館於1999年開幕,是現時世界唯一有系統地收集和專門展出亞洲當代藝術作品的展覽館,同時也會邀請亞洲的藝術家和研究者進行美術交流。美術館收藏了亞洲23個國家和地區大約2900件美術作品,在世界上是僅此一處!亞洲的近現代美術既不同於西洋美術,也有別於日本的傳統文化,擁有自己獨特的魅力。美術館自開設以來,每三年舉行一次「福岡初・福岡發」的“福岡亞洲藝術三年展”,受到國際上很高的評價。 
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                                                                              (鳴謝Japan Discovery相片)   
亞洲展廳 - 系統地展示及介紹亞洲近現代與當代藝術的發展。館藏品無論在質還是量上都堪稱世界頂級。
藝術咖啡廳 – 是一個可以享受藝術、咖啡與書籍的開放空間,並提供約一萬本與亞洲、藝術相關的書籍和雜誌予到訪者免費閱覽。
兒童角 - 為孩子們設置的專用空間。備有鬆軟的沙發和座墊可供休息。同時還為孩子們準備了各種形狀各異的積木及亞洲國家的兒童繪本等。
精品店 - 陳列許多原創商品或相關出版品,以及亞洲各國風情的小商品及生活雜貨等。
Day 2 (19/8) 第二站 - 出席第22屆日中青少年書畫音樂交流大會
Acros (アクロス) 福岡交響音樂廳 (福岡縣福岡市中央區天神1-1-1)
中日青少年書畫音樂交流大會創始於1997年,由九州日中文化協會創辦,今年是第22屆。日本前首相村山富市、鳩山由紀夫以及著名的中日友好人士白西紳一郎擔任此活動的相關職務,活動久負盛名,影響力大。活動獲中國外交部及日本外務省全力支持,是日本與中國青少年文化藝術交流的重要活動平台之一。
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(アクロス) 福岡交響音樂廳 - 位於福岡都心「天神」地區,是一個國際・文化・情報的交流中心。音樂廳約有 1800 個座位。而館內還有多功能的展示廳,以及常設展示福岡傳統手工藝品的美術展覽廳。
第22屆日中青少年書畫音樂交流大會執行委員及資料
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今年的交流大會將於八月十九日下午1時30分假アクロス福岡交響音樂廳舉行。大會將邀請中國駐福崗領事及各友好縣、市支持機構的代表頒發証書予中日兩地書畫得獎的青少年及兒童,節目中不乏中曰兩地青少年及兒童的精彩表演。
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去年頒獎典禮中石原進委員長頒發獎項
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去年頒獎典禮日本國會議員鬼本誠先生頒發獎項
來自中國各地每年均有超過幾百位青少年及兒童參與這個書畫交流大會盛事,兩國在近年更派出不同的音樂、藝術表演隊伍在交流大會中演出,讓兩地青少年及兒童相互欣賞彼此文化藝術及進行交流。
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去年香港得獎者在典禮中上台領獎的一刻讓人感動,在數百位從中國、日本各地遠道而來的參與者及多位重量級嘉賓面前領獎可謂意義非凡。領獎的青少年及兒童來自各個年齡層面,可見藝術的鍾愛及溝通無年齡的界限。
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香港隊成員大合照,出席的香港代表團團員難掩興奮又自豪的心情。
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大家對陌生的日文獎狀感興趣,懂日文的團員即時為大家充當翻譯。(這張得獎名字給小編去掉了)
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會場中展出過百件兩地青少年兒童的作品。
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大會活動另一亮點就是兩國各地青少年兒童展現出不同的藝術文化的音樂、舞蹈的表演。充分體現兩地孩子的多元及獨特的文化氣質。十幾支隊伍的出色表現讓人留下深刻的印象,也為交流大會帶來活潑的火花。
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去年���幕式有來自中國汕尾義興的龍獅團表演傳統的南獅技術 
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日本學生的歌唱演出
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日本學生的舞蹈演出
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中國學生的舞蹈表演 
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香港學生的舞蹈表演
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全場躍動起來的熊本熊Kumamon現身歡迎大家!
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在表演隊伍的精彩大合照中不難發現「熊本熊」及熊貓“東東”的位置。
Day 3 (20/8) 第一/二站 – 分組進行文化體驗項 一) 日本陶瓷製作
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陶瓷二字,包含了陶土製做較粗獷的陶器,及以瓷土或高嶺土燒製,顏色細白而密度及硬度較高的瓷器。日本 47 個縣中,各出產不同的陶瓷食器。因為陶瓷都是取當地陶土或瓷土燒製,故大多以「產地名+燒」來命名,名稱如「伊萬里燒」、「唐津燒」、「美濃燒」等,都是以這個方式來命名。
要認識日本陶瓷,且由三大名陶開始:佐賀縣的有田燒(亦即伊萬里燒)、岐阜縣的美濃燒及愛知縣的瀨戶燒。
「 九州陶瓷之鄉」佐賀縣,孕育出「伊萬里・有田燒」、「唐津燒」等等陶瓷珍寶,以及一代代的陶瓷藝術巨匠。而「有田燒」是指出產於佐賀縣有田町一帶的瓷器。從前「有田燒」都是經由伊萬里港輸出到歐洲及日本國內各地,因此「有田燒」又被稱為「伊萬里燒」。
有著4百年歷史的有田燒是日本代表瓷器之一,亦是日本歷史上最早的瓷器。由中國(景德鎮)及朝鮮傳入的製瓷技術發展出來的有田燒,以其以青花瓷、猶如透明的漂亮白瓷、色彩絢麗纖細的彩繪等燒製技術,為瓷器界定下新的美學標準,聞名世界。
學員將到訪其中一個位於福岡廣場的陶瓷工作室,親身體驗並親手製作出獨一無二的陶瓷。
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Day 3 (20/8) 第一/二站 – 分組進行文化體驗項 二) 和服(浴衣)體驗
和服是日本的傳統服飾,現今日本人大多在重要場合時穿著,例如:成人式、茶會、婚禮…等,看似簡單的和服其實大有學問。浴衣為夏天時的和服,差別在於浴衣是以棉質布料製成,材質輕便較為清爽涼快,衣袖也改為直線式的衣袖。日本人通常會在花火大會或是盂蘭盆會中穿著浴衣。
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穿著和服地點落在歷史猶久的大濠公園附近。大濠公園對許多福岡市民來說就像是城市裡的綠洲,自開園至今約80年,曾歷經許多歷史的變遷,如今已是大部份福岡縣民的休憩最佳場所。 穿好和服後就是大家手機瘋狂拍照的時候!:D
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這兩年的學生穿起和服多漂亮!
Day 3 (20/8) 第三站 – 閒逛福岡OUTLETS瑪麗諾亞城
 行程中總不忘抽點時間去逛逛Outlet。這間大型商場於2000年開幕至今,屬於九州品牌暢貨購物中心,以開放建築格局分為三大區域,大家想得到的時尚品牌、運動、���家生活、戶外休閒、文具等都能在這裡發掘到。從時裝、運動服飾、家品、室內用品等不同類型的店舖都有,總共約有170間。
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摩天輪這棟(Marinoa Side) 1樓有小遊戲區,2樓還有電動遊戲場。 不喜歡購物的你又可以去這區逛逛 。
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Day 4 (21/8) - 第一站 - 前往八女茶之文化館
位於八女市的茶之文化館的館內寬廣舒適,在這裡能看到玉露茶的介紹、各種日本茶的聞香、體驗茶文化並了解茶的製作過程,二樓也有茶室可以參觀,習得許多茶知識後還可以到喫茶區品嚐茶類餐點、品茶。文化館提供八女茶工房做體驗,姑綠茶的製作(石臼輾抹茶、烘焙茶、綠茶)、品茶會(闘茶会)、沖泡茶方式體驗(お茶の淹れ方)、和菓子的製作(和菓子作り)。
學員此次會體驗當地的茶道及品嚐「八女傳統本玉露」茶葉的綠茶。品嚐最高級綠茶的滋味。愛喫茶的人就不能錯過!
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Day 4 (21/8) - 第二站 – 前往大分縣由布院童話村 - 漫步英國童話小鎮
金鱗湖是位於日本大分縣由布市湯布院町地區由布院溫泉旁的一個水池,面積0.8公頃,週長400公尺。由於在早晨池面常出現晨霧,成為代表由布院溫泉的景觀之一。 由於位於由布岳山麓,因此也有「岳下之池」、「岳下池」的名稱;在1884年儒家學者毛利空桑在此見到夕陽照射反射出像魚鱗的金色光影,便取了「金鱗湖」的名稱。
從湯の坪街道一直走到金鱗湖,沿途都有各色各樣特色的小店,而且都是日本傳統建築,大家在這裡可以發掘到很多日式雜貨、特色小食、精緻紀念品,許多更是由布院限定的。走到金鱗湖之前,會經過這個以英國主Cotswold童話鄉鎮小鎮為建築藍本的Yufuin Floral Villalge。在這個美麗輕鬆的英式小村莊裡,到處都放滿了可愛的佈置,村裡有很多特色小店、博物館、足湯、精品及服飾店及餐廳等等。有些店館還飼養了可愛的貓頭鷹、松鼠及兔子。
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村內到處都散發著英式歐洲小鎮的味道。
金鱗湖畔戶外寫生體驗
景色優美的金鱗湖是來由布院必遊景點之一,聽說湖水很奇特,西邊會湧出溫泉,東邊則是湧入淡水,也因為有這樣的溫差,所以清晨的金鱗湖很容易會霧氣飄渺,是最夢幻的畫面。
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坐在湖畔旁嘗試把所見的美景畫下來,或把美好的回憶描繪在自己的Art Journal與日記裡又是一件樂事。
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Day 4 (21/8) - 黃昏前啟程前往別府 - 入住杜之湯度假村 
Morinoyu Resort 度假村位於別府,距離山地獄(Yama Jigoku)不到 1.2 公里,距離別府地獄(Hells of Beppu)1.3 公里,鄰近地獄蒸氣料理工房鐵輪(Jigokumushikobo Kannawa)等景點,酒店設有全方位 SPA,並提供水療養生中心、免費 WiFi、溫泉浴場和免費接駁車服務。
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Day 5 (22/8) - 第一站 – 參觀太宰府天滿宮
地址: 福岡縣太宰府市宰府4-7-1
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太宰府天滿宮是供奉著被稱爲學問之神的菅原道真公,雖然供奉道真公的神社在全國約有12,000社,但其中「太宰府天滿宮」是被當做天神信仰的聖地。爲祈禱考試合格、學業有成的參拜者整年絡繹不絕。
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前往「太宰府天滿宮」會經過「太宰府天滿宮表參道」這條熱鬧的街道,道路盡頭就是「太宰府天滿宮」。這條表參道雖然不長,但卻有非常多特別的地道小吃!如圖中有梅花圖案的經典糕點小吃「梅枝餅」,它在太宰府隨處可見。相傳在千年前的平安時代,一代文人菅原道真因受讒言迫害而被流放至太宰府。道真公並不適應當地的生活,一名老婦好心地做了插上梅枝的烤餅送給道真公吃,便成為了今日「梅枝餅」的由來。
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前往天滿宮的參道上還能看見許多石造鳥居,以及由國際知名的建築大師隈研吾所打造出的星巴克概念店,木頭交錯的設計,成為大家的��聖地之一。
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到達太宰府後很多人會摸一下「御神牛」像的頭部,相傅撫摸御神牛像的頭部便能得到智慧。主殿兩旁有各式各樣的御守賣,最多當然是祈求學業順利、考試合格的御守。每年約800萬人到此參拜祈禱學業順利、金榜題名、工作錄取及升遷考試順利。
「太宰府天滿宮」充滿著歷史悠久日本傳統文化特色,宮內四季有不同豐富景色,是一個很值得遊覽的地方。
參觀完天滿宮,我們便啟程回溫暖的家。
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回程日期 : 8月22日
航空公司資料 : 港龍航空 (航班編號:KA 381)
福岡機場出發時間 : 4 :40pm
飛行時間 : 3小時35分鐘
到達香港時間 : 7:15pm
期待與大家一起踏上這個獨一無二的福岡深度文化交流之旅!
查詢:香港藝術交流協會    電話:2370 1078
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jci-abashiri · 2 years
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道東エリア交流 事業
道東エリア交流 事業 6月18日(土)中標津にて道東エリアのメンバーが集まり、キャンプを行いました。 年齢、性別、在籍年数を含めLOMの垣根を越え、火起こしやバーベキューといった交流と原体験を通じて友情を深めることができました。
6月18日(土)中標津にて道東エリアのメンバーが集まり、キャンプを行いました。 年齢、性別、在籍年数を含めLOMの垣根を越え、火起こしやバーベキューといった交流と原体験を通じて友情を深めることができました。 参加したメンバーは、新たな考えやこれからの青年会議所活動や運動の一助となりました。  
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tsukurioki · 3 years
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21年度版年間目標結果
1 幽霊を見る
見れてない
2 タトゥーを入れる
入れてない。悩む。帰国前に入れたいけど、多分入れない。
3 記憶をなくすまで呑む
んー半分記憶なくなるくらいは飲んだかもしれない。でも中途半端に覚えてるから恥ずかしいですね。ほんと思い出したくない。迷惑かけた方々すみませんでした。。
4 ダイアン津田にスーを頂く
スーを差し上げてもらってません!
5 真冬の海に朝日を見に行く
寒いよー早く帰ろうよーとか言いながらも〜のやつ。できてない。
6 人を判断しない
んー難しい。してるようなしてないような。してない気味ですけどね。
7 後悔しないふりをすることをやめる
後悔ばっかしてる!
8 星野源と宇多田ヒカルのライブに行く
宇多田のライブは配信で見た。でも生でみたいな〜
9 磐船神社に行く
イケテナイ。そもそもどこか忘れた。多分岩の神社だったと思う。
10 傷つくことは悪くないことだと実感したい
傷つくっていうのは悪いことです!全然良くない!傷つきたくない!!
11 高知のカルスト台地に行く
行けてない。
12 カワイイ人からグイグイ来られる
グイグイは来られてないんですけど、人生初モテ期だった気がする。もう色恋勘弁。
13 ピラミッドを登りにいく
天辺まで、登りたいね。男になりたいね。
14 恥ずかしがらない
恥ずかしがるっていうのは良いことですよ!でも消極的に恥ずかしがるみたいなことはなくなったかな〜
15 めんどくさい人間になる勇気をもつ
今年めっちゃめんどくさかったと思う!色々付き合ってくれてありがとうございました。
16 一番大事なこと以外はあまり大事にしない
一番大事なこと以外も大事だよ!
17 でもそれでいいのかなという反芻をやめない
それは良いことだね!クリティカルシンキング!
18 後回し癖を治す
これはマジでやめれてない。てゆうか後回しにしちゃうものは興味がないだけ。そんなのは最初からしなくていいもの。だから後回しにするなら永遠にグッバイ!
19 レコードを積極的に集める
フランクオーシャンのをメルカリで高額で買ったら再発されて、タイミング。。ってなったり。フレシノのLP買えなかったり。カネコの再発LP買えなかったり。初恋のLPもすぐ売り切れてたね。来年は積極的に買います!(多分
20 将来についての覚悟を決める
決めた!音楽で食べて行きます!
21 岡本太郎美術館に行く
行った!青山の方。川崎の方も行きたい!
22 自分を肯定する
できない!22年間否定し続けてる!最近は肯定ってより受け入れることの方が大事な気づいた気がする。でもポインティ見て元気出す!
23 死ぬことを恐れない
怖くないよ!早く死にたいね!できる限り!!
24 友達とドライブで遠出
したんじゃないかな〜してないかな〜あんまり覚えてねえや〜
25 泳げるようになる
すぐ溺れる!そもそも水の中から進化して陸に上がって来たんだからもう一度海に戻って退化する必要なし!
26 仲のいい店員さんをつくる
自分が店員さんになった。店員さんとは仲良くなってないかな?美容師さんくらいかな?
27 川でスイカ食べる、アレルギーだけど
食べてない!スイカ食べると喉痒くなる。
28 KIDFRESINOのライブに行く
行った!ceroとツーマン!前から3列目!サイコー
29 江ノ島に行く
行った!恋人と喧嘩して帰りの電車2人とも無言!それも思い出。。。
30 母なる祖国像を見に行く
でっかいロシアの像。いつか見たい。
31 基本的に金欠じゃなくなる
基本的に金欠じゃなかったかも。これから金欠になる予定。
32 韓国に行く
行ってない!チーズハットグ好き!
33 金縛りにあう
あったかもしれない。疲れすぎてただけだけど。ほんまのやつにあいたい。
34 買う買わないの線引きを決める
結局無駄なもの買ってたりしたかも。でも基本的には、買う理由がお金なら買わない。買わない理由がお金なら買う。っていうのは参考にしてる。これに従えば、後悔ないのでオススメ!
35 JAXA筑波宇宙センターに行く
行ってない!行きたい!we are very very jaxaってゆるふわです
36 やっぱり皆んなで花火したい毎年みたいに
してない!でもバーベキューしたね。個人的には地獄でしたけど。
37 スカイダイビングをする
したい!
38 バンジージャンプも
した?規模が小さかったけど。橋の上から落ちるみたいなやつがしたい。
39 親孝行とかもする、多分
しない!!!
40 ティーシャツを作る
作ったことないなーデザインできる脳がないんですよね。歳を重ねると自分の向き不向きがわかってくる。
41 りんご音楽祭に行く
行きたい!行ったことない!振り返るとすごいメンツ出てるよねほんと。
42 国立新美術館に行く
行った!佐藤可士和展めっちゃよかったな〜生活全てが計算で作られてる気がしてゾクゾクした。
43 popeye にのる
載れてない!いつか載りたい。
44 考えすぎない
いっぱい考えようね。でも考えすぎてる天才は低脳ってあのラッパーも言ってたよ
45 痛風になるぐらいイクラを食べる
イクラ大好き!北海道行っていっぱい食べた。幸せだったな〜美味しいウニも食べれました。修学旅行で行った時食べれなかったやつリベンジできた。
46 ジャムを作る
作れてない〜イチゴとラズベリーとかで作りたいな。
47 chelmico のライブに行く
行きたい〜。レイチェル結婚出産おめでとう。。。
48 裁判所見学
興味無くなっちゃった
49 小岩井農場に行く
行きたい!東北��りたい。今なら青森とかめっちゃ行きたい。
50 他人の痛みを知る
知った上でまた誰かを傷つけちゃうんだもんね(意図してなくても)。やってらんねえよ
51 ビートブックを作る
アルバムもミックステープも作った!また新しいアルバム作ってる!もっとクオリティ上げます。
52 軍艦島に行く
たしか、もうしばらくすると行けなくなるんですよね。その前に行っておきたいな。
53 死体をみる
おじいちゃん亡くなったんですよね。誕生日が命日で。その日が最後の誕生日になるだろうからって親戚一堂で祝おうとケーキ予約して、当日亡くなっちゃって。遺体を囲んで皆んなでケーキ食べたのが今年一番サイコな時間だったかもしれない。
54 ナショナルギャラリーに行く
行った!めっちゃ広かった!イギリスは色々なミュージアムがタダで見れて本当いいと思う。日本もそうしてください。
55 自分で現像できるようになる
できないね〜。でも機会あればしてみたい。フィルム熱が若干冷めて来ちゃったけど、写真はいいですよね、やっぱり。裸の芸術って気がする。(?)
56 富士山に登る
登りてー。山がより一層好きになりました。
57 映画に出る
でて〜。今年見た映画で一番面白かったのは、街の上でかな。そんな見てないけど。
58 レザーコートを買う
レザーのロングコートが欲しい。買えてない。でも重いよね。肩こりたくないな〜
59 嘘発見器
嘘ばっかついてますからね。それを自分で暴くスタイル。拗らせた素直さ。
60 運だけでバズる
バズった先の方向性は考えてないんですけどね。
61 運だけで不労所得を得る
働きたくね〜。でもバーでのバイトは働いてないみたいに楽しかったから、あれは実質不労所得でした。
62 友達と働く
クルーって概念はほんとに憧れる。
63 友達を増やせればなあ
増えたねえ。ちょっとずつね。同時に減ったりもして。それが本当にきつかったりもして。
64 スキューバダイビングをする
泳げないのにね。
65 野菜を栽培する
緑は生活を豊かにしますからね。栽培したいね。
66 マクドでハッピーセット頼む
頼んだ。恋人と別れた日に頼んだね。ハハ
67 歩くことをやめない
常に歩いてた〜歩くの大好き!
68 ロンドンで小袋成彬か宇多田ヒカルかオロノに会う
会えてないね〜もっと頻繁にロンドン行こうかね
69 完全にお金を使わずに遊ぶ
これは音楽のことですね!
70 東北をめぐる
巡りたい。めぐれてない。完全にタイミングを失った。
71 季の美のお店に行く
京都のね。行けてない。行きたい。
72 月に行く
前澤さんの後に続く。
73 宇宙人を見る
みたいな〜
74 ラブホテルに行く
友達と行ったりしました。カラオケとかして楽しかった。
75 オーロラを見る
見たい!!
76 マチュピチュに行く
行きたい!!
77 100歳の人と話す
話せてない。もう話さなくても良いかなー。歳取ってたら偉いって訳じゃないし
78 エロい人になる
髭と髪の毛でとりあえずの雰囲気は出せます。でもそれ以上の滲み出る何かが欲しいよね。
79 催眠術にかかる
かかった!めっちゃ不思議な感覚だったな〜
80 東大寺に行く
行った!ビッグブッダはビッグブッダでした。
81 流しそうめんをする
したいなーーーチャンスあったんだけどね〜行けなかったね〜
82 テクノロジーに頼らない
野生の勘を取り戻すことが大事だと思うんです。見知らぬ土地で携帯を見ずに目的地に辿り着くとか。食べログ見ずに嗅覚だけで美味しい所を探すとか。もっとそういうことをした方がいいと思って。最近やっと野生本能的なのが目を覚まし始めてる気がするので、もう後一年必要かな。
83 山崎工場見学
行けてない。
84 タモリさんとリリーさんとウイスキーを飲む
僕のメンタータモリさん。死ぬまでに一度はお目にかかりたい。
85 若い太陽の塔を見に行く
見てない。でも東京歩いてたら偶然こどもの樹を見つけてテンション上がった。明日の神話があの場所にあるのも相当イカれてるよね。でも日本人って本質的にイカれてると思うんで、もっとイカれた方がいいと思うな〜
86 東京に住んでみる
これから!
87 島にも住んでみる
いつかは!
88 weed人間になる
これは吸いまくるって意味じゃなくて、一緒にいるとリラックスできる人になるって意味です。どうなんですかね。
89 ブチギレられる
イギリス紳士にブチギレられたな。そういえば。年末。毎年イギリス人にキレられて年を迎えるかもな。
90 バナナマンと東京03のコントを見に行く
あー見に行きたい。Netflixはバナナマンコントを世界で配信してください。
91 NYに行く
行きたい。最近めっちゃ思う。
92 パリ再訪
行きたい。最近めっちゃ思う。
93 エロ本を買う
買ったことない。エロ本は文化だと思いますよ。。
94 鈴木親に撮ってもらう
撮って欲しい。あの色味どうやって出してんだ??
95 流行りものだからって否定しない
YOASOBIって聞いてみたらいいですね。流行り物だからって否定してました。
96 ナンパされる
されてみたい。
97 ニート東京に出る
出たい。ステッカー欲しい。
98 記録を止めない
辞めてない。最近tumblerも始めたし。
99 平気に生きる
全然平気じゃない。平気じゃないからこそ創作してるし。
100 無響室に行く
行ってみたい。音がない空間を味わいたい。
2021一番聞いたのはRondoでした。
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