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宗教的に目覚めると性器性交は未婚のうちやめろとか生殖に責任を持てる段階でなければ非避妊性交はやめろとか言い出すが、おそらくよろしくないので適当にせよ
※避妊具を除き、可能な限り全裸で道具を用いずに行うことが望ましい。道具を用いる場合は信頼できるメーカーの用途に即した性器具を用いる。服薬もピルを除き用いず、ナチュラルで行うことが望ましく、ピルの調達、メーカーなどにおいても同様。
コレクトな性交渉もしくは性逸脱ではない性交渉、そういうものがあると思ってるのではなくそこを基本において逸脱があると…気持ちいい!という概念の指標としておいている
両者心身健康で極端な年齢差、社会地位差、血縁関係にない交際もしくは婚姻関係にある男女の、合意と避妊の有無についてよく確認され、時・場所、その他の要点においても常識を踏まえ、記録や証拠が残ることのない性交のみがコレクトな性交として、そうでない性交への傾向を常に脳内で矯正している
正しい性行為、実用度としては全然抜けないので世界に存在しなくていいと思っている
いぶそう最終回のように晴れやかな気持ちだったのに、休憩時間にインターネットをやると心が濁ってきた(なぜ…)
カッコいいとかダサいとか、それを行動基準として自分に課すのは《勝手なこだわり/自由/各自の人間らしさ》だけど、それを人に要求することで自分に有利な状況を構成しようとするのは《横暴/縛りプレイの強制/権力がないとできないこと》じゃん、みたいな…(まさにそれこそが権力の定義というか…)
かなりお上品ではないことするけど、他作品で例えると少なくともベリル→マシュくらいには童磨→しのぶの愛はあったと思ってるよ
説明、したら弱そうに見えるし要求されるギリギリまでおいてごく短文で提示すると逆に深淵なる真理っぽい雰囲気になって追求しづらくなって逃げ切られるので(あそこで追求すればよかったんだな〜)と感想戦で思うことになる
性別と仕事についてのスタンスがとんでもなく前時代なのをズバズバ言う人が、前の部長がいるときは気に入られてたので大目に見られてたけど、居なくなったので露骨にハブられてちょっとアレだった、を虐めというか制裁と呼ぶかは各自の政治判断でしょうけど…
というか社会人の職場でも実習で行った病院でも普通にいじめやってたような気がするし…
早くこれになりたいシリーズ
男からすれば性交はすべて強姦で、女からすればすべて売春みたいな感じの認識で固着していて、
処女喪失と去勢の痛みは対等ではないわけじゃん
俺も好きな人からリプライされたのが嬉しくて140字ぎっしり詰めて送ったらドン引きされるみたいなコミュニケーションばっかりしてるから、ツーカーのコミュニケーションには普通にめちゃくちゃ憧れはあるが…
誇張しすぎた世界が一周回ってクリスマスドシリアスでハレとケのハレになるの、偉い漫画(気が狂う)
イヴの夜に男女が二人がミーム化しているインターネット、割と普通に許せねえ…ってなるくらいには真面目にかぐやさん読んだよ(どういうこと?)
俺もなんか虐められるかもと親に心配されたのもあって市内の中高一貫に送っていただいたし、そこは治安は良かったので別に露骨にはイジられなかったけど人間は怖いし…
集団製作が嫌いなので漫画・小説・ボカロみたいなものしか信じてないというか、別アシスタントや音響とかの職人工の部分で共同作業や編集みたいなバランスのための助言は必要なことだってわかっているけど、そういうことじゃないけどどういうことが説明しきれなくてもいいんだけど
煌びやかな商業制作より泥臭いインディーズものが好きだけど、尊敬する人格に日の当たる場所に出て行ってもっと輝かしいものになって欲しいとも思っている、ただ最初から終わりまでその明るい側にいて明るい側だけがまともな世界だと思っているような視野の狭い善人擬きは嫌いだ
取り繕うのが本当に上手くて善人と見分けのつかないマキャベリストはそれはそれで当然に好きだけど、そういう人間が輪の中にいるときに感じていることは孤独じゃないと駄目なんだ、わかりますか?器用な悪人もしくは不器用な善人、このどちらかだけが人間であって憎むべきニンゲンモドキどもは皆
ぼっちざろっくのことは全然信じてないし興味ないけど虹夏さんの顔はすきすぎるので気が狂いそうというところがある
日頃が狂っているのでクリスマスとかバレンタインに落ち着いた話をするかぐや様、偉い話や…
注目を集めたいという理由で奇抜なホモフォビアを推している、みたいな風で俺のポリティカルコンパスを評価されても、不愉快ではあるだろ
また変わり者の女子にメアド渡されたのを無視した中学時代のことを思い出して嫌になったけど、多分あの人変わり者の男子に話しかけるのが趣味のよくわからない人だったし別に無視してても結局話しかけまくってきてたので無視され慣れてただろうし、お前の自意識過剰なだけ
どういう文脈で誰が善意の言葉(命令、指示、助言、提案、推奨、示唆、強制、どういう文脈だろうが)でかけようが現実の知り合いと仲良くしろは絶対に乗れない提案出し、それに気がつくには人の目に触れるところに言葉を置かないと分からなかったこと
藤原書記、なんかごちゃごちゃ話してタイプドツボやんけ…!ってなってからちょくちょく意識してくるのではーっ卑しか女…!ってなってる(卑しか女、治安スラムインターネットの産んだ語彙の中でも最悪のものの一つ)
ゆあてゃ先生が5人のホストと駆け引き中と公言している(?)のもすでにだいぶ面白いのに別にそれは全然本題じゃないのもすごいことだよ
!で一番うわあああになった時事ネタ、老いて愚行を重ねるようになったかつての賢王を見るのが苦しい…の話題で、宇宙のせいなのか時事のせいなのかかなり判断が厳しいところなので難しい気持ちになり続ける
暗黒大陸も壺中卵の儀もヤクザ抗争編も大きなうねりに向かう小事っていう感覚はあるけどちゃんと片付けてゴンとジ���とかの話に戻る気なのかは不明…!
♪
この世に愛より綺麗なものはないよ
君が教えてくれたことだよ
性的な欲望がかわいい無力な女の子になって汚いおっさんに組み伏せられたいの方向に完全に指向性を持って動き出している(ベルセルクの王様?)
マシュ・キリエライトさんにまあまあカシュラム人の才能があるのウケてしまうな(カシュラム人には世が滅びの定めにあることを直視しようとしない俗人どもをマシュラム人と呼んで軽蔑する文化がある)
カップルだろうが番がいなかろうが連日大乱交大忙しだろうがともかく最終的に滅びるのであり、滅びを熱望するというのが自分の本心であり、カシュラム人なのである
ミリオンダラーボーイズの詰んだ中年男性、主人公の親父じゃん
ポケモン、マリオとかスパイダーマンをやったときの今どきのゲームってちょっとすごすぎるなという感想を忘れ、ゲームキューブマリオくらいの期待度へ自分を騙していたら別に全然期待以上でいられるし、とにかく労働は悪いよ
ポケモン、集団制作が上手く行ってないんだろうな…みたいな大人の感想になってしまうの俺が可哀想、コロシアムの人みたいなコスプレの方向にキャラデザが行くのとか…
突然予約投稿機能が爆散して前日になったら消す気でいる投稿が漏れるかもという緊張感を持ちながら暮らすこと
上手い詩に嫉妬できなくなったら負けだよ、まだ死ぬには早いって、流石に思っているから、
詩、経済的な利益が出たかでいうとそんなことはないけれど読める作品の幅が広がってよかったよ、BLEACHとか…
旅団がそもそもは地元でつるんでた奴らだってことを今さっき知ったみたいに喋るオタク…
旅団に悲しき過去──への感想、まあまあネット世論的にも一致しているのは笑う
評論のクリエイティブ性に対する感覚の違いとかもオタク/サブカルにある気はしている(どっちにしても過激なこと言い過ぎるとウケるというのが良くないというのはあり、俺はそれは資本主義がその誘導と正の価値付を担っていると思っているので、通貨と競争社会が嫌い)
あなたではないですの詩とか「は?死ねばいいのに」の感想を頭の中で2億回噛み潰したあと(まあ強キャラのしてるゲームは雑魚とは違うタイプの苦労がめちゃくちゃあるのかもしれませんね…)みたいな外向けの感想を出力するとか、そういう感じのところがあるじゃないですか、ね
ポケモン、対戦を結構真面目にやってみるか…の気分で発売即購入をやったから…の気持ち
男性の在り方行動基準十五ヶ条、「どこにもいけない なんにも創れない」のリズムで読める部分のことで笑ってしまう
その時にお前は気がつくのだ、魂とか、本質とか、性根とか、そういったものがどれほどお前の精神にとって、人生にとって、過去と未来にとって重要であるのかを
人間は一般的に本当に嫌いだし、好かれたくないなら好きとか言ってこないでほしいのがそんなに難しいか?
他人の人間に対してまだなんで死んでないんだって言う敵意がニュートラルだし、できるだけ壁も作ろうとしているつもりなので本当に安易に好意は表明しないでほしいよ
転生バトルの戦略として現代日本にやってきておきながら韓流アイドルNTRに力強い憎悪を燃やしてくれる寝取られ王さん…
やることなすこと全部に文脈がなくて、俺がガンダムを見るのはウテナだって聞いたからってだけで、そういう世界だったらどんなにいいのにかってそりゃ思うことには思うけどそうじゃないんだから仕方ないじゃん
友情をやっているつもりなのに恋情を返されても…ってやつ、自分の話じゃなければ同性愛者ガン無視か…?って思うし、俺の話なら異性間だろうと同性間だろうと友情というものは信じてなくて感情と感情をやり取りしてるつもりですけどって感じよ
合法的に体を切断した経験を持つことで「おらおら切断経験があるぞ道を開けろ」とマウントすることができる
愛は侵襲性と相互性のある加害衝動だし、誰彼構わず向けるやつは強姦魔という認識で世界を認識している
汚言症
社会貢献したいからではなくただ学びたいという理由で学校に入る人間、やっぱり世界をチャラチャラした場所だと捉えているし貴族だろ
自称神父の嘘松を暴く!という主題のトギャを見て、2個目までの状況証拠でもうクロだろってなってんのにネッチネチ証拠集めて変な問い詰め方で詰めて、過剰報復がそんなに楽しいかギャラリーどももよ!という気分になったときのことを思い出したときの気分
神学はあまり実践としてのという感覚は少ないほうかもしれないが、体系やテキストに対する尊敬や信仰というものが前提となっているし、培われるようになっているものなのだ
仏教もそういうものであり、創作とか実践を含んだものは実際にそうで、人生をテーマとしてもそういうものなのだが、そういうものであることを本当にわかっている者は少ない そもそも言語によって迫ることに限界があるゆえのことなので原語を乗りこなすことが最低限のスタートラインとなる
人間関係が基本的に加害と強姦でできていると思っているのでレイパーと創作としての同性愛の取り扱いが好きなところがあり、根本的に人間をバカにしている
俺も短歌の話でだけシャキッとするジジイになるのかな…という予感
録音の声聞くと弟の声とまあまあ似ていてウケるな(こいつもう何がしたいんだ?とも思っている)(テンションが上がって高慢そうな喋り方になると特にそうなのが、嫌)
〜でだけシャキッとするジジイと認識されるためには〜がそこまでは流行ってないほうがいいので昨今の短歌ブームあんまり嬉しくないよ(えっそんなに流行ってんの?ってなるニュースが季節ごとにある感覚があるよ)
完全に全てがわかってきた、俺は本当に人間は全員強姦魔だと思っているし、フィクションの強姦魔が好きなのは晒されて罰されることが確定しているからだよ
人を見たら強姦魔だと思えと思いながら生きているし、強姦魔であることを前提の条件にする範囲でなら人のことは好きだよ
手前に都合のいいおどけた男で在り続けろみたいな命令、向こうが誰かわかってんならともかく対等になろうとしない相手にやってやるほど腑抜けてはねーし
犯されないためには犯す側に回るしかないという異様に悲惨で極端な妄想に囚われており、救いがない(かわいそう…)
弟のおそらく最も親しい地元の友人は歯医者の跡取りだった(なんでそこで弟の話になるの?キモいよ…)
今までで一番人生アガリじゃんを感じた直の人、弟子を取らない主義の人間国宝の陶芸師に才能を見出されて向こうから頼まれたので仕事をやめて弟子入りした人(曖昧)(弟子入りしたんだからむしろ始まりじゃねーか)
事実上友達に一番近しいはずの現実の知り合い、開業医の息子で医学部に一浪で通って以後順調な人なので、一応色々聞くことは可能なはずなんだよな
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詩集「もしも、昨日の僕をぶん殴れるなら。」
詩集「もしも、昨日の僕をぶん殴れるなら。」
1.「四つ葉の詩」
2.「冷笑」
3.「吐息」
4.「スカイブルーは知っている」
5.「絃」
6.「フォトジェニー」
7.「田舎者のオキテ」
8.「無音」
9.「英雄の中の英雄」
10.「凛」
11.「自慢話」
12.「18」
13.「鬱」
14.「瞿麦(Cool-Baku)」
15.「♡♡♡」
16.「★(Black Star)」
17.「Boot Schwarzenegger」
18.「#シュウカツ」
四つ葉の詩
いつか、
私たちが伝説になる日が来るんだね、
なんて、
君は健気に言っている。
そのいつかが、
本当のいつかになるかもわからないのに、
そのいつかを感じさせないくらい、
君は健気に笑っている。
四つ葉のクローバーを夢中で捜した夏を憶えているかい?
君の「健気」というアイコンは、
四つ葉のクローバーから産み出されたものなのだ。
雨上がりの河川敷、
膝を泥まみれにして、
君はひたすら四つ葉のクローバーを捜していた。
見つけたときの笑顔、
よそ行きの洋服は見る影もなくなっていたけれど、
それを感じさせないくらい、
君は健気に佇んでいた。
今年もきっと、
君は何処かで健気に微笑んでいるのだろう。
冷笑
「わたしはあなたのことが嫌いよ!」
隣のあの子がそう言ったとき、
俺は友達と世間話をしていて、
その声に耳を傾けてはいなかった。
友達が彼女の声に気付いて、
こちらに冷笑的な視線を送る。
俺にとって、
彼女はどうでもいい存在だった。
「わたしはあなたのことが嫌いよ!」
隣のあの子がもう一度口を開いたとき、
俺は友達の右腕を力一杯に握っていて、
既に教室を駆け出そうとしていた。
友達は彼女をクッと睨みつけて、
こちらに向かってこないように仕向ける。
俺にとって、
彼女はどうでもいい存在だった。
–––– 数日後、隣のあの子は転校していった。
「好きだよ」という置き手紙を俺の机の中に残して。
吐息
その寒さを紛らわすように、
ぷはーって、
お互いに息を吹きかけて、
ぎゅっと、
強い力で抱きしめてみたら、
どうにか、
この夜を越えられるような気がした。
それは、
とてもとても寒い夜のことだった。
この街は今月五十回目の停電で、
電気が通っていない間は、
街がフリーズしたかの如く、
静かに凍りついていて、
僕らは暗闇の中で、
ジャックオランタンを頼りに、
互いを抱きしめるしかなかった。
それは、
とてもとても寒い夜のことだった。
あの国王は僕らのことは見向きもせず、
きっと美味しいものばかり食べているのだろう、
君はそう冷たく言うけれど、
僕は「違うよ」と再び息を吹きかけた。
スカイブルーは知っている
もしも、
悲しみという感情を
この絵で繕えるとしたら……
僕は一枚の絵を描くだろう。
大きく、遥かな絵を。
人は誰もが芸術家だ。
愛も、夢も、明日も。
この絵にはすべてが入っている。
もしも、
その絵が不満だとしても
オリーブオイルを一滴垂らしてしまえば……
ほら、元通り。
そんなわけないと思う君は、
いちど理想に浸ってみればいい。
青空のキャンバスに、
あしたの自分を描いてみればいい。
どこでもいいじゃない。
芸術ってのは、創り出す勇気から生まれるものなのだから。
絃
ソーシャルネットワークの海に、
今日もわたしは言葉を投げ込みます。
思い思いの声を、
言葉として詰め込むのです。
愛とは、
そういう儚さから生まれてくるものですから。
私の人生は言葉と共にあります。
生まれてきて、
言葉を忘れたことは一度もありません。
話せるようになってから、
常に社交的な人であり続けようとしました。
しかし、どんなものにも限界はあります。
私の糸は、完全に千切れてしまったのです。
–––– それはふとした瞬間でした。
嗚咽して、泣き喚く。
暗黒の日々が始まりました。
人はいなくなり、孤独に這い回る。
私に希望なんてありませんでした。
そんな状態でも、
言葉だけは手放せませんでした。
本は手放せても、
言葉だけは手放せませんでした。
フォトジェニー
突然の宣告。
–––– 余命一ヶ月。
僕には「一瞬一瞬を大切に生きろ」という医師からの“最後の使命”が与えられた。
病院からの帰り道、僕はフィルムカメラを購入した。
五千円と八パーセントの消費税。
懇意にさせてもらっていた店主のもののお下がり。
これが僕の希望だった。
それから……
僕は一心不乱にあらゆる景色を収め続けた。
美しいものも、汚いものも。
近すぎるタイムリミットに翻弄されながら。
僕の病状は刻々と悪化していった。
二十日も経たぬうちに、その足で歩くことさえも身体は拒絶し始めた。
それでも……
写真だけは止められなかった。
髪は抜け落ち、少し動くだけで全身に激痛が走る。
逃れられぬ宿命と闘いながらも、僕は“希望”に全精力を注ぎ続けた。
生きろ、生きろ、あともう少しだけ生きさせてくれ……
僕はもう来ないかもしれない明日にすべてを託す。
きっと大丈夫。
–––– 翼はまだ錆びついてなんかない。
田舎者のオキテ
ある朝、僕は電車に乗った。
どんどん人は増えていき、
車窓から見える景色には見たこともないビルが立ち並んでいる。
人混みは空虚だ。
電車に乗っているうちに、
そんな気持ちに駆られてしまうことがよくある。
無表情でスマフォに向かっている君!
僕は今、君に話をしてるんだ。
「何も知らねえくせに、俺に口出しするんじゃねえよ」
ヒップホップに夢中の男はそう言って僕を睨みつける。
たしかに、そうだ。
僕は何も知らない。
何も知らないから、君に質問する。
「僕はどこへ行けばいいんだい?」
僕がこう言うと、男はそれを無視してまた自分の世界に浸り混んでしまった。
田舎者に頼れる者は、底なしの勇気と、根拠のない知恵だけ。
そのことを身を以て感じた瞬間だった。
無音
電車に乗ってるとさ、
やけに汚いビートが響いてくんだ。
切れたり、いきなり大きくなったり。
わけわかんねえよな。
「うるさい」っていう人もいねえ。
俺も結局は勇気がなくって、
なんも言えなかった。
あいつは何がしたいんだろう?
自分の耳を痛めつけて、
人の才能を自分のモノだと思い込んで、
満足げに座っている。
満面の笑みを浮かべている。
酔いつぶれて、
昨日も飲んだから未だ二日酔いで、
まるでトランスしたかのごとく、
あいつの耳から漏れるビートを見つめている。
イヤフォンの線、切れてるぜ?
ひとりの男がつぶやくが、ヤツは音楽に夢中で気付かない。
俺は目的の駅に着くと、
何も言えない自分が恥ずかしくなって、
さっさと電車を飛び出しちまった。
情けない話だよな。
ほぼほぼ言い出しっぺみたいなもんなのに、
誰にも聞こえない舌打ちしか出来ない。
こんな部屋でしか本音さえも言えないんだぜ?
……あいつの方が俺なんかよりよっぽど立派かもな。
英雄の中の英雄
ヒーローたちの闘いが終わると、
寂しげな音楽に合わせてスタッフロールが流れる。
そこにいつも表示されていたこの文字。
ひらがなだから、すぐに覚えてしまう。
子どもでも、大人でも。
いのくままさおと同じだ。
キャメラマンのいのくままさおさん。
この御方、つい最近まで現役だった。
ずーっとヒーローたちを撮り続けてきた。
支え続けてきた。
ヒーローの中のヒーローって、こういう人なのかもしれない。
昭和から平成へ、平成から令和へ。
ただの少年でも、ヒーローになれるんだ。
勇気を、希望を、そして何より……
夢を子どもたちに与え続けてきた。
そして、いつしかヒーローはみんなのものになった。
子どもから大人まで、
みんながヒーローを愛している。
ヒーローに触れている。
かつては「ヒーローが好き」ということ自体が恥ずかしかった。
「こんな歳で?」という声が怖かった。
でも、今なら言える。
ヒーローが好きだ、と。
今だから叫べる。
僕はヒーローと共に飛びたい。–––– もっと高く、もっと遠く。
明日も、明後日も。
凛
わたしに「凛」なんて求めないでください。
わたしはわたしのままで居たいのです。
わたしらしく居たいのです。
わたしに嘘を吐きたくないのです。
わたしがわたしで生きられる世の中を作ってください。
わたしがわたしで居ようとするからといって罵倒するのは止めてください。
わたしはそんなに異様ですか?
わたしのことがそんなに嫌いですか??
わたしたちの存在がそんなに憎いですか???
わたしの質問に答えてください。
わたしはあなたのことを「許さない」と言っている���けではありません。
わたしはあなたのことを知りたいと思��ているのです。
わたしに「らしく」なんて求めないでください。
わたしにはわたしのわたしらしさがあるのです。
わたしがセーラー服を着ていたら。
わたしを罵倒するんでしょうね、あなたは。
わたしはわたしらしくいたいだけなのに。
わたしなんてその程度の人間ですよ、所詮。
わたしが嫌いなら消してしまっても構わないんですよ。
わたしをサンドバッグにしてもらっても全然構わないんです。
わたしのことがそんなに嫌いなら、いっそのこと殺してください。
わたしが殺されたら、それで満足なんでしょう?
わたしがいなくなっても困らないんでしょう??
わたしって、あなたにとってはその程度の存在だったんですね。
–––– こんな奴、とっとと消えてしまえばいいのに。
自慢話
ねえねえ、こんなことあったんだよ!
あの人が来てね、こんな話をしてくれたんだよ!!
うちの専攻、これがすごいだよ!!!
うっせえんだよ、そんなの調べりゃわかるんだよ。
黙れよ、ほんとは未読無視してぇんだよ。
あんたのことが世界で一番嫌いなんだ。
ぶっとばしてえんだよ。
殺してえんだよ。
スナイパーライフルがあったら、きっと即狙ってる。
その程度のやつにアタシの人生狂わされてた。
なにがサイバーパンクだって?
貴様のパンクはパンクって言わねえんだ。
そんな腰抜けに何が出来るって言うんだ。
あんっ?
言えるもんなら言ってみろよ。
その雄弁で間抜けな口でさあ。
自慢話してる暇があったら動けよ。
その足で、その口で、全身で表現してみろよ。
ふふっ、ナメないでくれる??
ぶっとばしてやるから。
次逢うとき、覚えてろ。
18
去年の夏
空(くう)が死んだ
それから
すべては変わった
平穏な日常
ささやかな幸せ
すべては失われていった
祖母は変わってしまった
認知症が刻々と進む
これまでの常識も
忘れてしまい
家族は途方に暮れていた
親友を失い
我が家へ迷いこんだ祖母を
ちっぽけな意志で除け者にした
そんな俺だった
「ごめんね、迷惑をかけて」
その声があまりに辛かった
だけど俺は限界だった
涙に暮れたあの夏
-
あれから一年が経って
少しずつ日常が還り
誤魔化しながらも
普通に生きられる
倖せを噛みしめるようになった
電話が鳴る度
嗚咽した去年の夏
着信音さえトラウマになって
静かに切られた電話線
ずっと続くのか……
死ぬまで続くのか……
時間が母を悩ませる
「ごめんね、迷惑をかけて」
今はみんなに謝りたくて
でもプライドが許さない
情けないほど弱い俺だけど
自分を見繕うことだけは
他人より少しだけ自信がある
自慢にならない事を自慢と
言い換えて意思を押し付けてた
気付かぬうちに
「ごめんね、迷惑をかけて」
今はあなたに謝りたくて
言い訳なんかもうしない
あなたに出逢えてよかった
人生という荒波の中
ヒトは後悔をいつも背負っている
俺は永遠に罪を背負って生きる
過去という十字架を
涙に暮れたあの夏から
俺は変わってしまった
鬱
ひゅーん、ばーん。
今年も花火大会が始まる。
ユーラシア大陸に届けとばかりに、
何万発といった火花が夜空に散っていく。
この季節になると、僕は憂鬱になる。
今年も彼女は出来なかった、
来年もきっと彼女は出来ないだろう、と。
夜に耳栓をしたくなる。
屋台も、花火も、全部なくなってしまえばいいのに。
フランクフルトも、わたあめも、全部いらない。
豆粒のような人たちが、今年も無邪気に笑っている。
ひゅーん、ばーん。
今年も花火大会が始まる。
豆粒のような人々は現実となり、
僕の目の前で躍動している。
なんと、僕に彼女が出来た。
–––– 言うまでもなく、人生最初の彼女だ。
彼女はこの世で最も美しいとさえ思えた。
浴衣も、お洋服も、よく似合う。
僕にとってのミューズだった。
いつか出来ると願いつつも、もう半分諦めていた恋。
叶ってしまった、この歳で。
はじめての青春。
二十歳の夏、僕は君に恋をした。
「諦めなければ夢は叶う」って、君が教えてくれたんだ。
瞿麦(Cool-Baku)
それは、可愛げのあるもの。
それは、使い勝手の良いもの。
それは、一生を共にできるひと。
街は変わりました。
この数十年で。
ビルは立ち、自然が失われる。
まるで、歴史を塗り替えていくかのように。
発展と破壊はいつも背中合わせです。
擦り合わせても、妥協しても、結局は離れられないのです。
いけません、地球が泣いています。
そのまま続けるのです、国家元首は叫んでいます。
僕らが声を挙げられるツールはあるのでしょうか?
いえ、ありません。
–––– 正確にはひとつだけあります。しかし、声を挙げるにはリスクが大きすぎるのです。
小さなパンと、薄いスープが僕らの主食です。
不幸自慢をするわけではありませんが、これだけしか許されません。
お金はあります。
でも、お金があることを知られると、すべてを奪われてしまうのです。
今が満足、今で満足。
果てしなく自分を言い聞かせてみましょう。
すると、あら不思議。
まるで満足したような気になるではありませんか。
これが一家円満の秘訣です。
余計なことなんてしなくてもいいのです。
さあ、一緒に幸せになりましょうよ。
♡♡♡
「カラータイマーみたいなヤツが、実際にあったらいいのにな」
僕らはついつい無理をしすぎて、
余裕という名前の宝をどこかへ置き忘れてしまう。
そして、
いつしか趣味の愉しみ方さえも忘却の彼方へ……
「そんなのつまらないと思わないかい?」
誰かの言葉が響こうとも、
それは大して実績のない輩だからと、
まるで何も言っていないかのように無視をする。
青空は曇り空へと変貌し、
無意識のうちに、
自らの両足には重くて堅い枷が縛り付けられていた。
もはや、
僕らに何かを叫ぶ力なんてない。
そこにあるのは、
“堕落した自尊心”のみ。
「僕らは一体何処へいく?」と空へ紙ヒコーキを飛ばしても、
返ってきたのは空虚なやまびこだけだった。
★(Black Star)
暗黒街から抜け出して、
この翼で宙を舞い、
愛に向かってまっしぐら、
俺は俺のままでいい、
たまにはワガママもいいじゃない、
いっそ、
嫌いなあいつをぶっ飛ばしてもいいじゃない、
この歌で、
この音楽で、
このステージで、
僕にはスーパーヒーローになんてなれない、
だったら、
ダークヒーローになればいいじゃない、
黒い星になって、
ヒーローと背中合わせで、
互いの意志を叫んでみよう。
Boot Schwarzenegger
似ても似つかぬコスプレをして、
面白くもないモノマネで聴衆を笑わせて、
同調圧力でウケているのにも気づかず、
まるで銀幕スターになったかのように、
満面の笑みを浮かべている。
週刊誌は絶えずカメラという名の銃を向け、
彼も常にそのカメラをロックオンし、
無言の戦争が今日も始まる。
ニセモノなのに、
ホンモノのように振る舞う君。
あれ、
ホンモノって、
どっちなんだろう?
わかりきっているくせに、
ワイドショーはヒステリックに嗚咽する。
#シュウカツ
埃だらけのアルバム
捲ってみれば
あなたと過ごした日々
眩しく光る
純情な日々
みなぎる若さは
今の僕らに
無縁だけど……
何度も喧嘩して
何度も微笑んだ日々
青春の終わりが見えてくると
当たり前が輝きだした
別れの日に
涙は要らない
笑顔で送���出してくれ
いつまでも泣いてちゃ
君らしくない
いつかまた逢えるから
いとしさ せつなさ
ぜんぶ閉じ込め
君に最後の愛を
ここに贈ろう
青春のときめき
思い出してみれば
あなたと暮らした日々
まるで走馬灯
若さに溺れ
何も言い出せず
堂々巡り続けた日々
それも蒼さか?
別れの日に
涙は要らない
笑顔で送り出してくれ
クヨクヨすんなよ
君らしくない
必ずまた逢えるから
希望 絶望
ぜんぶ閉じ込め
君に最後の愛を
ここに贈ろう
埃を被った小説の
栞はあの日のまま
さらば思い出よ
愛しき日々よ
さよなら
君と暮らしたこの家
出逢った日に
もう一度戻れたとしても
やり直したいとは思わない
君が好きだよ
この胸に飛び込め
必ず幸せにするから!
別れの日に
涙は要らない
笑顔で送り出してくれ
人生の終わりに
涙は要らない
笑顔で送り出してくれ
いとしさ せつなさ
ぜんぶ閉じ込め
君に最後の愛を
ここに贈ろう
一緒にいてくれて
本当にありがとう
あとがき「詩は究極のサブカルチャー」
泣いて、笑って、怒って。
いっぱいあったよ、この一ヶ月。
まあ、締めくくりというわけではないんですけど。
とても楽しんで書きました。
最初に書いた作品は「♡♡♡」でした。
3日前の夜。
それまで書いてたのを一気にひっくり返して。
ここまで短期集中で書いた作品も珍しい気がします。
わたしは筆があまり速くので……
個人的に、「詩」って究極のサブカルチャーだと想うんですよね。
決してメインにはならないけれど、だからといっていらないわけでもない。
そこに魅力を感じて、ずーっと書き続けてきたわけですが。
これからも一生詩という分野とはお付き合いを続けていこうと思っています。
新しい場所で、新しい仲間と出会って、よりその想いが強くなりました。
わたしの創作活動は、詩から始まった。
原点なんです。詩が。
大好きな詩をみんなに届ける。
これからも、いつまでも。
最後まで読んでくれてありがとう。書いてて、ほんとに楽しかった☺︎
【Credits】
詩集「もしも、昨日の僕をぶん殴れるなら」
企画・文:坂岡 優
Concept by YUU_PSYCHEDELIC
Special Thanks to My Family, my friends and all my fans!!
この作品を読んだ人々にささやかな倖せが訪れますように。
もしこの作品が気に入ったら、よければ広めてくださいね。
いつもありがとう。
坂岡 優
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【小説】The day I say good-bye(4/4) 【再録】
(3/4)はこちらから→(https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/648720756262502400/)
今思えば、ひーちゃんが僕のついた嘘の数々を、本気で信じていたとは思えない。
何度も何度も嘘を重ねた僕を、見抜いていたに違いない。
「きゃああああああああああああーっ!」
絶叫、された。
耳がぶっ飛ぶかと思った。
長い髪はくるくると幾重にもカーブしていた。レースと玩具の宝石であしらわれたカチューシャがまるでティアラのように僕の頭の上に鎮座している。桃色の膨らんだスカートの下には白いフリルが四段。半袖から剥き出しの腕が少し寒い。スカートの中もすーすーしてなんだか落ち着かない。初めて穿いた黒いタイツの感触も気持ちが悪い。よく見れば靴にまでリボンが付いている。
鏡に映った僕は、どう見てもただの女の子だった。
「やっだー、やだやだやだやだ、どうしよー。――くんめっちゃ女装似合うね!」
クラス委員長の長篠めいこさん(彼女がそういう名前であることはついさっき知った)は、女装させられた僕を明らかに尋常じゃない目で見つめている。彼女が僕にウィッグを被らせ、お手製のメイド服を着せた本人だというのに、僕の女装姿に瞳を爛々と輝かせている。
「準備の時に一度も来てくれないから、衣装合わせができなくてどうなるかと思っていたけど、サイズぴったりだね、良かった。――くんは華奢だし細いし顔小さいしむさくるしくないし、女装したところでノープロブレムだと思っていたけれど、これは予想以上だったよっ」
準備の際に僕が一度も教室を訪れなかったのは、連日、保健室で帆高の課題を手伝わされていたからだ。だけれどそれは口実で、本当はクラスの準備に参加したくなかったというのが本音。こんなふざけた企画、携わりたくもない。
僕が何を考えているかを知る由もない長篠さんは、両手を胸の前で合わせ、真ん丸な眼鏡のレンズ越しに僕を見つめている。レーザー光線のような視線だ。見つめられ続けていると焼け焦げてしまいそうになる。助けを求めて周囲をすばやく見渡したが、クラスメイトのほぼ全員がコスチュームに着替え終わっている僕の教室には、むさくるしい男のメイドか、ただのスーツといっても過言ではない燕尾服を着た女の執事しか見当たらない。
「すね毛を剃ってもらう時間はなかったので、急遽、脚を隠すために黒タイツを用意したのも正解だったね。このほっそい脚がさらに際立つというか。うんうん、いい感じだねっ!」
長篠さん自身、黒いスーツを身に纏っている。彼女こそが、今年の文化祭でのうちのクラスの出し物、「男女逆転メイド・執事喫茶」の発案者であり、責任者だ。こんなふざけた企画をよくも通してくれたな、と怨念を込めてにらみつけてみたけれど、彼女は僕の表情に気付いていないのかにこにこと笑顔だ。
「ねぇねぇ、――くん、せっかくだし、お化粧もしちゃう? ネイルもする? 髪の毛もっと巻いてあげようか? あたし、――くんだったらもっと可愛くなれるんじゃないかなって思うんだけど」
僕の全身を舐め回すように見つめる長篠さんはもはや正気とは思えない。だんだんこの人が恐ろしくなってきた。
「めいこ、その辺にしておきな」
僕が何も言わないでいると、思わぬ方向から声がかかった。
振り向くと僕の後ろには、長身の女子が立っていた。男子に負けないほど背の高い彼女は、教室の中でもよく目立つ。クラスメイトの顔と名前をろくに記憶していない僕でも、彼女の姿は覚えていた。それは背が高いという理由だけではなく、言葉では上手く説明できない、長短がはっきりしている複雑で奇抜な彼女の髪型のせいでもある。
背が決して高いとは言えない僕よりも十五センチほど長身の彼女は、紫色を基調としたスーツを身に纏っている。すらっとしていて恰好いい。
「――くん、嫌がってるだろう」
「えー、あたしがせっかく可愛くしてあげようとしてるのにー」
「だったら向こうの野球部の連中を可愛くしてやってくれ。あんなの、気味悪がられて客を逃がすだけだよ」
「えー」
「えー、とか言わない。ほらさっさと行きな。クラス委員長」
彼女に言われたので仕方なく、という表情で長篠さんが僕の側から離れた。と、思い出したかのように振り向いて僕に言う。
「あ、そうだ、――くん、その腕時計、外してねっ。メイド服には合わないからっ」
この腕時計の下には、傷跡がある。
誰にも見せたことがない、傷が。
それを晒す訳にはいかなかった。僕がそれを無視して長篠さんに背を向けようとした時、側にいた長身の彼女が僕に向かって口を開いた。
「これを使うといいよ」
そう言って彼女が差し出したのは、布製のリストバンドだった。僕のメイド服の素材と同じ、ピンク色の布で作られ、白いレースと赤いリボンがあしらわれている。
「気を悪くしないでくれ。めいこは悪気がある訳じゃないんだけど……」
僕の頭の中は真っ白になっていた。突然手渡されたリストバンドに反応ができない。どうして彼女は、僕の手首の傷を隠すための物を用意してくれているんだ? 視界の隅では長篠さんがこちらに背を向けて去って行く。周りにいる珍妙な恰好のクラスメイトたちも、誰もこちらに注意を向けている様子はない。
「一体、どういう……」
そう言う僕はきっと間抜けな顔をしていたんだろう、彼女はどこか困ったような表情で頭を掻いた。
「なんて言えばいいのかな、その、きみはその傷を負った日のことを、覚えてる?」
この傷を負った日。
雨の日の屋上。あーちゃんが死んだ場所。灰色の空。緑色のフェンス。あと一歩踏み出せばあーちゃんと同じところに行ける。その一歩の距離。僕はこの傷を負って、その場所に立ち尽くしていた。
同じところに傷を負った、ミナモと���めて出会った日だ。
「その日、きみ、保健室に来たでしょ」
そうだ。僕はその後、保健室へ向かった。ミナモは保健室を抜け出して屋上へ来ていた。そのミナモを探しに来た教師に僕とミナモは発見され、ふたり揃って保健室で傷の手当を受けた。
「その時私は、保健室で熱を測っていたんだ」
あの時に保健室に他に誰かいたかなんて覚えていない。僕はただ精いっぱいだった。死のうとして死ねなかった。それだけで精いっぱいだったのだ。
長身の彼女はそう言って、ほんの少しだけ笑った。それは馬鹿にしている訳でもなく、面白がっている訳でもなく、微笑みかけてくれていた。
「だから、きみの手首に傷があることは知ってる。深い傷だったから、痕も残ってるんだろうと思って、用意しておいたんだ」
私は裁縫があまり得意ではないから、めいこの作ったものに比べるとあまり良い出来ではないけどね。彼女はそう付け足すように言う。
「使うか使わないかは、きみの自由だけど。そのまま腕時計していてもいいと思うしね。めいこは少し、完璧主義すぎるよ。こんな中学生の女装やら男装やらに、完璧さなんて求めてる人なんかいないのにね」
僕はいつも、自分のことばかりだ。今だって、僕の傷のことを考慮してくれている人間がいるなんて、思わなかった。
それじゃあ、とこちらに背を向けて去って行こうとする彼女の後ろ姿を、僕は呼び止める。
「うん?」
彼女は不思議そうな顔をして振り向いた。
「きみの、名前は?」
僕がそう尋ねると、彼女はまた笑った。
「峠茶屋桜子」
僕は生まれて初めて、クラスメイトの顔と名前を全員覚えておかなかった自分を恥じた。
峠茶屋さんが作ってくれたリストバンドは、せっかくなので使わせてもらうことにした。
それを両手首に装着して保健室へ向かってみると、そこには河野ミナモと河野帆高の姿が既にあった。
「おー、やっと来たか……って、え、ええええええええええええ!?」
椅子に腰掛け、行儀の悪いことに両足をテーブルに乗せていた帆高は、僕の来訪を視認して片手を挙げかけたところで絶叫しながら椅子から落下した。頭と床がぶつかり合う鈍い音が響く。ベッドのカーテンの隙間から様子を窺うようにこちらを見ていたミナモは、僕の姿を見てから興味なさそうに目線を逸らす。相変わらず無愛想なやつだ。
「な、何、お前のその恰好……」
床に転がったまま帆高が言う。
「何って……メイド服だけど」
帆高には、僕のクラスが男女逆転メイド・執事喫茶を文化祭の出し物でやると言っておいたはずだ。僕のメイド服姿が見物だなんだと馬鹿にされたような記憶もある。
「めっちゃ似合ってるじゃん、お前!」
「……」
不本意だけれど否定できない僕がいる。
「びびる! まじでびびる! お前って実は女の子だった訳!?」
「そんな訳ないだろ」
「ちょっと、スカートの中身、見せ……」
床に座ったまま僕のメイド服に手を伸ばす帆高の頭に鉄拳をひとつお見舞いした。
そんな帆高も頭に耳、顔に鼻、尻に尻尾を付けており、どうやら狼男に変装しているようだ。テーブルの上には両手両足に嵌めるのであろう、爪の生えた肉球付きの手袋が置いてある。これぐらいのコスプレだったらどれだけ心穏やかでいられるだろうか。僕は女装するのは人生これで最後にしようと固く誓った。
「そんな恰好で恥ずかしくないの? 親とか友達とか、今日の文化祭に来ない訳?」
「さぁ……来ないと思うけど」
僕の両親は今日も朝から仕事に行った。そもそも、今日が文化祭だという事実も知っているとは思えない。
別の中学校に通っている小学校の頃の友人たちとはもう連絡も取り合っていないし、顔も合わせていないので、来るのか来ないのかは知らない。僕以外の誰かと親交があれば来るのかもしれないが、僕には関係のない話だ。
そう、そのはずだった。だが僕の予想は覆されることになる。
午前十時に文化祭は開始された。クラス委員長である長篠めいこさんが僕に命じた役割は、クラスの出し物である男女逆転メイド・執事喫茶の宣伝をすることだった。段ボール製のプラカードを掲げて校舎内を循環し、客を呼び込もうという魂胆だ。
結局、ミナモとは一言も言葉を交わさずに出て来てしまった、と思う。うちの学校の文化祭は一般公開もしている。今日の校内にはいつも以上に人が溢れている。保健室登校のミナモにとっては、つらい一日になるかもしれない。
お化け屋敷を出し物にしているクラスばかりが並んでいる、我が校の文化祭名物「お化け屋敷ロード」をすれ違う人々に異様な目で見られていることをひしひしと感じながら、プラカードを掲げ、チラシを配りながら歩いていくと、途中で厄介な人物に遭遇した。
「おー、少年じゃん」
日褄先生だ。
目の周りを黒く塗った化粧や黒尽くめのその服装はいつも通りだったが、しばらく会わなかった間に、曇り空より白かった頭髪は、あろうことか緑色になっていた。これでスクールカウンセラーの仕事が務まるのだろうか。あまりにも奇抜すぎる。だが咄嗟のことすぎて、驚きのあまり声が出ない。
「ふーん、めいこのやつ、裁縫上手いんじゃん。よくできてる」
先生は僕の着用しているメイド服のスカートをめくろうとするので、僕はすばやく身をかわして後退した。「変態か!」と叫びたかったが、やはり声にならない。
助けを求めて周囲に視線を巡らせて、僕は人混みからずば抜けて背の高い男性がこちらに近付いてくるのがわかった。
前回、図書館の前で出会った時はオールバックであったその髪は、今日はまとめられていない。モスグリーンのワイシャツは第一ボタンが開いていて、おまけにネクタイもしていない。ズボンは腰の位置で派手なベルトで留められている。銀縁眼鏡ではなく、色の薄いサングラスをかけていた。シャツの袖をまくれば恐らくそこには、葵の御紋の刺青があるはずだ。左手の中指に日褄先生とお揃いの指輪をしている彼は、日褄先生の婚約者だ。
「葵さん……」
僕が名前を呼ぶと、彼は僕のことを睨みつけた。しばらくして、やっと僕のことが誰なのかわかったらしい。少し驚いたように片眉を上げて、口を半分開いたところで、
「…………」
だが、葵さんは何も言わなかった。
僕の脇を通り抜けて、日褄先生のところに歩いて行った。すれ違いざまに、葵さんが何か妙なものを小脇に抱えているなぁと思って振り返ってみると、それは大きなピンク色のウサギのぬいぐるみだった。
「お、葵、お帰りー」
日褄先生がそう声をかけると、葵さんは無言のままぬいぐるみを差し出した。
「なにこのうさちゃん、どうしたの?」
先生はそれを受け取り、ウサギの頭に顎を置きながらそう訊くと、葵さんは黙って歩いてきた方向を指差した。
「ああ、お化け屋敷の景品?」
葵さんはそれには答えなかった。そもそも僕は、彼が口を利いたところを見たことがない。それだけ寡黙な人なのだ。彼は再び僕を見ると、それから日褄先生へ目線を送った。ウサギの耳で遊ぶのに夢中になっていた先生はそれに気付いているのかいないのか、
「男女逆転メイド・執事喫茶、やってるんだって」
と僕の服装の理由を説明した。だが葵さんは眉間の皺を深めただけだった。そしてそのまま、彼は歩き出してしまう。日褄先生はぬいぐるみの耳をぱたぱた手で動かしていて、それを追おうともしない。
「……いいんですか? 葵さん、行っちゃいましたけど……」
「あいつ、文化祭ってものを見たことがないんだよ。ろくに学校行ってなかったから。だから連れて来てみたんだけど、なんだか予想以上にはしゃいじゃってさー」
葵さんの態度のどこがはしゃいでいるように見えるのか、僕にはわからないが、先生にはわかるのかもしれない。
「あ、そうだ、忘れるところだった、少年のこと、探しててさ」
「何か用ですか?」
「はい、チーズ」
突然、眩しい光が瞬いた。一体いつ、どこから取り出したのか、先生の手にはインスタントカメラが握られていた。写真を撮られてしまったようだ。メイド服を着て、付け毛を付けている、僕の、女装している写真が……。
「な、ななななななな……」
何をしているんですか! と声を荒げるつもりが、何も言えなかった。日褄先生は颯爽と踵を返し、「あっはっはっはっはー!」と笑いながら階段を駆け下りて行った。その勢いに、追いかける気も起きない。
僕はがっくりと肩を落とし、それでもプラカードを掲げながら校内の循環を再開することにした。僕の予想に反して、賑やかな文化祭になりそうな予感がした。
お化け屋敷ロードの一番端は、河野帆高のクラスだったが、廊下に帆高の姿はなかった。あいつはお化け役だから、教室の中にいるのだろう。
あれから、帆高はあーちゃんが僕に残したノートについて一言も口にしていない。僕の方から語ることを待っているのだろうか。協力してもらったのだから、いずれきちんと話をするべきなんじゃないかと考えてはいるけれど、今はまだ上手く、僕も言葉にできる自信がない。
廊下の端の階段を降りると、そこは射的ゲームをやっているクラスの前だった。何やら歓声が上がっているので中の様子を窺うと、葵さんが次々と景品を落としているところだった。大人の本気ってこわい。
中央階段の前の教室では、自主製作映画の上映が行われているようだった。「戦え!パイナップルマン」というタイトルの、なんとも言えないシュールな映画ポスターが廊下には貼られている。地球侵略にやってきたタコ星人ヲクトパスから地球を救うために、八百屋の片隅で売れ残っていた廃棄寸前のパイナップルが立ち上がる……ポスターに記されていた映画のあらすじをそこまで読んでやめた。
ちょうど映画の上映が終わったところらしい、教室からはわらわらと人が出てくる。僕は歩き出そうとして、そこに見知った顔を見つけてしまった。
色素の薄い髪。切れ長の瞳と、ひょろりとした体躯。物静かな印象を与える彼は、
「あっくん……」
「うー兄じゃないですか」
妙に大人びた声音。口元の端だけを僅かに上げた、作り笑いに限りなく似た笑顔。
鈴木篤人くんは、僕よりひとつ年下の、あーちゃんの弟だ。
「一瞬、誰だかわかりませんでしたよ。まるで女の子だ」
「……来てたんだ、うちの文化祭」
私立の中学校に通うあっくんが、うちの中学の文化祭に来たという話は聞いたことがない。それもそのはずだ。この学校で、彼の兄は飛び降り自殺したのだから。
「たまたま今日は部活がなかったので。ちょっと遊びに来ただけですよ」
柔和な笑みを浮かべてそう言う。だけれどその笑みは、どこか嘘っぽく見えてしまう。
「うー兄は、どうして女装を?」
「えっと、男女逆転メイド・執事喫茶っていうの、クラスでやってて……」
僕は掲げていたプラカードを指してそう説明すると、ふうん、とあっくんは頷いた。
「それじゃあ、最後にうー兄のクラスを見てから帰ろうかな」
「あ、もう帰るの?」
「本当は、もう少しゆっくり見て行くつもりだったんですが……」
彼はどこか困ったような表情をして、頭を掻いた。
「どうも、そういう訳にはいかないんです」
「何か、急用?」
「まぁ、そんなもんですかね。会いたくない人が――」
あっくんはそう言った時、その双眸を僅かに細めたのだった。
「――会いたくない人が、ここに来ているみたいなので」
「そう……なんだ」
「だからすみません、今日はそろそろ失礼します」
「ああ、うん」
「うー兄、頑張って下さい」
「ありがとう」
浅くもなく深くもない角度で頭を下げてから、あっくんは人混みの中に消えるように歩き出して行った。
友人も知人も少ない僕は、誰にも会わないだろうと思っていたけれど、やっぱり文化祭となるとそうは言っていられないみたいだ。こうもいろんな人に自分の女装姿を見られると、恥ずかしくて死にたくなる。穴があったら入りたいとはまさにこのことなんじゃないだろうか。
教室で来客の応対をしたりお菓子やお茶の用意をすることに比べたらずっと楽だが、こうやって校舎を循環しているのもなかなかに飽きてきた。保健室でずる休みでもしようか。あそこには恐らく、ミナモもいるはずだから。
そうやって僕も歩き出し、保健室へ続く廊下を歩いていると、僕は突然、頭をかち割われたような衝撃に襲われた。そう、それは突然だった。彼女は唐突に、僕の前に現れたのだ。
嘘だろ。
目が、耳が、口が、心臓が、身体が、脳が、精神が、凍りつく。
耳鳴り、頭痛、動悸、震え。
揺らぐ。視界も、思考も。
僕はやっと気付いた。あっくんが言う、「会いたくない人」の意味を。
あっくんは彼女がここに来ていることを知っていた。だから会いたくなかったのだ。
でもそんなはずはない。世界が僕を置いて行ったように、きみもそこに置いて行かれたはずだ。僕のついた不器用な嘘のせいで、あの春の日に閉じ込められたはずだ。きみの時間は、止まったはずだ。
言ったじゃないか、待つって。ずっと待つんだって。
もう二度と帰って来ない人を。
僕らの最愛の、あーちゃんを。
「あれー、うーくんだー」
へらへらと、彼女は笑った。
「なにその恰好、女の子みたいだよ」
楽しそうに、愉快そうに、面白そうに。
あーちゃんが生きていた頃は、一度だってそんな風に笑わなかったくせに。
色白の肌。華奢で小柄な体躯。相手を拒絶するかのように吊り上がった猫目。伸びた髪。身に着けている服は、制服ではなかった。
でもそうだ。
僕はわかっていたはずだ。日褄先生は僕に告げた。ひーちゃんが、学校に来るようになると。いつかこんな日が来ると。彼女が、世界に追いつく日がやって来ると。
僕だけが、置いて行かれる日が来ることを。
「久しぶりだね、うーくん」
「……久しぶり、ひーちゃん」
僕は、ちっとも笑えなかった。あーちゃんが生きていた頃は、ちゃんと笑えていたのに。
市野谷比比子はそんな僕を見て、満面の笑みをその顔に浮かべた。
「……だんじょぎゃくてん、めいど……しつじきっさ…………?」
たどたどしい口調で、ひーちゃんは僕が持っていたプラカードの文字を読み上げる。
「えっとー、男女が逆だから、うーくんが女の子の恰好で、女の子が男の子の恰好をしてるんだね」
そう言いながら、ひーちゃんはプラスチック製のフォークで福神漬けをぶすぶすと刺すと、はい、と僕に向かって差し出してくる。
「これ嫌い、うーくんにあげる」
「どうも」
僕はいつから彼女の嫌いな物処理係になったのだろう、と思いながら渡されたフォークを受け取り、素直に福神漬けを咀嚼する。
「でもうーくん、女装似合うね」
「それ、あんまり嬉しくないから」
僕とひーちゃんは向き合って座っていた。ひーちゃんに会ったのは、僕が彼女の家を訪ねた夏休み以来だ。彼女はあれから特に変わっていないように見える。着ている服は今日も黒一色だ。彼女は、最愛の弟、ろーくんが死んだあの日から、ずっと黒い服を着ている。
僕らがいるのは新校舎二階の一年二組の教室だ。PTAの皆さまが営んでいるカレー屋である。この文化祭で調理が認められているのは、大人か、調理部の連中だけだ。午後になり、生徒も父兄も体育館で行われている軽音部やら合唱部やらのコンサートを観に行ってしまっているので、校舎に残る人は少ない。店じまいしかけているカレー屋コーナーで、僕たちは遅めの昼食を摂っていた。僕は未だに、メイド服を着たままだ。
ひーちゃんとカレーライスを食べている。なんだか不思議な感覚だ。ひーちゃんがこの学校にいるということ自体が、不思議なのかもしれない。彼女は入学してからただの一度も、この学校の門をくぐったことがなかったのだ。
どうしてひーちゃんは、ここにいるんだろう。ひーちゃんにとって、ここは、もう終わってしまった場所のはずなのに。ここだけじゃない。世界じゅうが、彼女の世界ではなくなってしまったはずなのに。あーちゃんのいない世界なんて、無に等しいはずなのに。なのにひーちゃんは、僕の目の前にいて、美味しそうにカレーを食べている。
ときどき、僕の方を見て、話す。笑う。おかしい。だってひーちゃんの両目は、いつもどこか遠くを見ていたはずなのに。ここじゃないどこかを夢見ていたのに。
いつかこうなることは、わかっていた。永遠なんて存在しない。不変なんてありえない。世界が僕を置いて行ったように、いずれはひーちゃんも動き出す。僕はずっとそうわかっていたはずだ。僕が今までについた嘘を全部否定して、ひーちゃんが再び、この世界で生きようとする日が来ることを。
思い知らされる。
あの日から僕がひーちゃんにつき続けた嘘は、あーちゃんは本当は生きていて、今はどこか遠くにいるだけだと言ったあの嘘は、何ひとつ価値なんてなかったということを。僕という存在がひーちゃんにとって、何ひとつ価値がなかったということを。わかっていたはずだ。ひーちゃんにとっては僕ではなくて、あーちゃんが必要なんだということを。あーちゃんとひーちゃんと僕で、三角形だったなんて大嘘だ。僕は最初から、そんな立ち位置に立てていなかった。全てはそう思いたかった僕のエゴだ。三角形であってほしいと願っていただけだ。
そうだ。
本当はずっと、僕はあーちゃんが妬ましかったのだ。
「カレー食べ終わったら、どうする? 少し、校内を見て行く?」
僕がそう尋ねると、ひーちゃんは首を左右に振った。
「今日は先生たちには内緒で来ちゃったから、面倒なことになる前に帰るよ」
「あ、そうなんだ……」
「来年は『僕』も、そっち側で参加できるかなぁ」
「そっち側?」
「文化祭、やれるかなぁっていうこと」
ひーちゃんは、楽しそうな笑顔だ。
楽しそうな未来を、思い描いている表情。
「……そのうち、学校に来るようになるんだって?」
「なんだー、あいつ、ばらしちゃったの? せっかく驚かせようと思ったのに」
あいつ、とは日褄先生のことだろう。ひーちゃんは日褄先生のことを語る時、いつも少し不機嫌になる。
「……大丈夫なの?」
「うん? 何が?」
僕の問いに、ひーちゃんはきょとんとした表情をした。僕はなんでもない、と言って、カレーを食べ続ける。
ねぇ、ひーちゃん。
ひーちゃんは、あーちゃんがいなくても、もう大丈夫なの?
訊けなかった言葉は、ジャガイモと一緒に飲み込んだ。
「ねぇ、うーくん、」
ひーちゃんは僕のことを呼んだ。
うーくん。
それは、あーちゃんとひーちゃんだけが呼ぶ、僕のあだ名。
黒い瞳が僕を見上げている。
彼女の唇から、いとも簡単に嘘のような言葉が零れ落ちた。
「あーちゃんは、もういないんだよ」
「…………え?」
僕は耳を疑って、訊き返した。
「今、ひーちゃん、なんて……」
「だから早く、帰ってきてくれるといいね、あーちゃん」
そう言ってひーちゃんは、にっこり笑った。まるで何事もなかったみたいに。
あーちゃんの死なんて、あーちゃんの存在なんて、最初から何もなかったみたいに。
僕はそんなひーちゃんが怖くて、何も言わずにカレーを食べた。
「あーちゃん」こと鈴木直正が死んだ後、「ひーちゃん」こと市野谷比比子は生きる気力を失くしていた。だから「うーくん」こと僕、――――は、ひーちゃんにひとつ嘘をついた。
あーちゃんは生きている。今はどこか遠くにいるけれど、必ず彼は帰ってくる、と。
カレーを食べ終えたひーちゃんは、帰ると言うので僕は彼女を昇降口まで見送ることにした。
二人で廊下を歩いていると、ふと、ひーちゃんの目線は窓の外へと向けられる。目線の先を追えば、そこには旧校舎の屋上が見える。そう、あーちゃんが飛び降りた、屋上が見える。
「ねぇ、どうしてあーちゃんは、空を飛んだの?」
ひーちゃんは虚ろな瞳で窓から空を見上げてそう言った。
「なんであーちゃんはいなくなったの? ずっと待ってたのに、どうして帰って来ないの? ずっと待ってるって約束したのに、どうして? 違うね、約束したんじゃない、『僕』が勝手に決めたんだ。あーちゃんがいなくなってから、そう決めた。あーちゃんが帰って来るのを、ずっと待つって。待っていたら、必ず帰って来てくれるって。あーちゃんは昔からそうだったもんね。『僕』がひとりで泣いていたら、必ずどこからかやって来て、『僕』のこと慰めてくれた。だから今度も待つって決めた。だってあーちゃんが、帰って来ない訳ないもん。『僕』のことひとりぼっちにするはずないもん。そんなの、許せないよ」
僕には答える術がない。
幼稚な嘘はもう使えない。手持ちのカードは全て使い切られた。
ひーちゃんは、もうずっと前から気付いていたはずだ。あーちゃんはもう、この世界にいないなんだって。僕のついた嘘が、とても稚拙で下らないものだったんだって。
「嘘つきだよ、皆、嘘つきだよ。ろーくんも、あーちゃんも、嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき。うーくんだって、嘘つき」
ひーちゃんの言葉が、僕の心を突き刺していく。
でも僕は逃げられない。だってこれは、僕が招いた結果なのだから。
「皆大嫌い」
ひーちゃんが正面から僕に向かい合った。それがまるで決別の印であるとでも言うかのように。
ちきちきちきちきちきちきちきちき。
耳慣れた音が聞こえる。
僕の左手首の内側、その傷を作った原因の音がする。
ひーちゃんの右手はポケットの中。物騒なものを持ち歩いているんだな、ひーちゃん。
「嘘つき」
ひーちゃんの瞳。ひーちゃんの唇。ひーちゃんの眉間に刻まれた皺。
僕は思い出す。小学校の裏にあった畑。夏休みの水やり当番。あの時話しかけてきた担任���ひーちゃんが向けた、殺意に満ちたあの顔。今目の前にいる彼女の表情は、その時によく似ている。
「うーくんの嘘つき」
殺意。
「帰って来るって言ったくせに」
殺意。
「あーちゃんは、帰って来るって言ったくせに!」
嘘つきなのは、どっちだよ。
「ひーちゃんだって、気付いていたくせに」
僕の嘘に気付いていたくせに。
あーちゃんは死んだってわかっていたくせに。
僕の嘘を信じたようなふりをして、部屋に引きこもって、それなのにこうやって、学校へ来ようとしているくせに。世界に馴染もうとしているくせに。あーちゃんが死んだ世界がもう終わってしまった代物だとわかっているのに、それでも生きようとしているくせに。
ひーちゃんは、もう僕の言葉にたじろいだりしなかった。
「あんたなんか、死んじゃえ」
彼女はポケットからカッターナイフを取り出すと、それを、
鈍い衝撃が身体じゅうに走った。
右肩と頭に痛みが走って、無意識に呻いた。僕は昇降口の床に叩きつけられていた。思い切り横から突き飛ばされたのだ。揺れる視界のまま僕は上半身を起こし、そして事態はもう間に合わないのだと知る。
僕はよかった。
怪我を負ってもよかった。刺されてもよかった。切りつけられてもよかった。殺されたって構わない。
だってそれが、僕がひーちゃんにできる最後の救いだと、本気で思っていたからだ。
僕はひーちゃんに嘘をついた。あーちゃんは生きていると嘘をついた。ついてはいけない嘘だった。その嘘を、彼女がどれくらい本気で信じていたのか、もしくはどれくらい本気で信じたふりを演じていてくれていたのかはわからない。でも僕は、彼女を傷つけた。だからその報いを受けたってよかった。どうなってもよかったんだ。だってもう、どうなったところで、あーちゃんは生き返ったりしないのだから。
だけど、きみはだめだ。
どうして僕を救おうとする。どうして、僕に構おうとする。放っておいてくれとあれだけ示したのに、どうして。僕はきみをあんなに傷つけたのに。どうしてきみはここにいるんだ。どうして僕を、かばったんだ。
ひーちゃんの握るカッターナイフの切っ先が、ためらうことなく彼女を切り裂いた。
ピンク色の髪留めが、宙に放られるその軌跡を僕の目は追っていた。
「佐渡さん!」
僕の叫びが、まるで僕のものじゃないみたいに響く。周りには不気味なくらい誰もいない。
市野谷比比子に切りつけられた佐渡梓は、床に倒れ込んでいく。それがスローモーションのように僕の目にはまざまざと映る。飛び散る赤い飛沫が床に舞う。
僕は起き上がり走った。ひーちゃんの虚ろな目。再度振り上げられた右手。それが再び佐渡梓を傷つける前に、僕は両手を広げ彼女をかばった。
「 」
一瞬の空白。ひーちゃんの唇が僅かに動いたのを僕は見た。その小さな声が僕の耳に届くよりも速く、刃は僕の右肩に突き刺さる。
痛み。
背後で佐渡梓の悲鳴。けれどひーちゃんは止まらない。僕の肩に突き刺さったカッターを抜くと彼女はそれをまた振り上げて、
そうだよな。
痛かったよな。
あーちゃんは、ひーちゃんの全部だったのに。
あーちゃんが生きているなんて嘘ついて、ごめん。
そして振り下ろされた。
だん、と。
地面が割れるような音がした。
一瞬、地震が起こったのかと思った。
不意に目の前が真っ暗になり、何かが宙を舞った。少し離れたところで、からんと金属のものが床に落ちたような高い音が聞こえる。
僕とひーちゃんの間に割り込んできたのは、黒衣の人物だった。ひーちゃんと同じ、全身真っ黒で整えられた服装。ただしその頭髪だけが、毒々しいまでの緑色に揺れている。
「…………日褄先生」
僕がやっとの思いで絞り出すようにそれだけ言うと、彼女は僕に背中を向けてひーちゃんと向き合ったまま、
「せんせーって呼ぶなっつってんだろ」
といつも通りの返事をした。
「ひとりで学校に来れたなんて、たいしたもんじゃねぇか」
日褄先生はひーちゃんに向けてそう言ったが、彼女は相変わらず無表情だった。
がらんどうの瞳。がらんどうの表情。がらんどうの心。がらんどうのひーちゃんは、いつもは嫌がる大嫌いな日褄先生を目の前にしても微動だにしない。
「なんで人を傷つけるようなことをしたんだよ」
先生の声は、いつになく静かだった。僕は先生が今どんな表情をしているのかはわからないけれど、それは淡々とした声音だ。
「もう誰かを失いたくないはずだろ」
廊下の向こうから誰かがやって来る。背の高いその男性は、葵さんだった。彼はひーちゃんの少し後ろに落ちているカッターナイフを無言で拾い上げている。それはさっきまで、ひーちゃんの手の中にあったはずのものだ。どうしてそんなところに落ちているのだろう。
少し前の記憶を巻き戻してみて、僕はようやく、日褄先生が僕とひーちゃんの間に割り込んだ時、それを鮮やかに蹴り上げてひーちゃんの手から吹っ飛ばしたことに気が付いた。日褄先生、一体何者なんだ。
葵さんはカッターナイフの刃を仕舞うと、それをズボンのポケットの中へと仕舞い、それからひーちゃんに後ろから歩み寄ると、その両肩を掴んで、もう彼女が暴れることができないようにした。そうされてもひーちゃんは、もう何も言葉を発さず、表情も変えなかった。先程見せたあの強い殺意も、今は嘘みたいに消えている。
それから日褄先生は僕を振り返り、その表情が僕の思っていた以上に怒りに満ちたものであることを僕の目が視認したその瞬間、頬に鉄拳が飛んできた。
ごっ、という音が自分の顔から聞こえた。骨でも折れたんじゃないかと思った。今まで受けたどんな痛みより、それが一番痛かった。
「てめーは何ぼんやり突っ立ってんだよ」
日褄先生は僕のメイド服の胸倉を乱暴に掴むと怒鳴るように言った。
「お前は何をしてんだよ、市野谷に殺されたがってんじゃねーよ。やべぇと思ったらさっさと逃げろ、なんでそれぐらいのこともできねーんだよ」
先生は僕をまっすぐに見ていた。それは恐ろしいくらい、まっすぐな瞳だった。
「なんでどいつもこいつも、自分の命が大事にできねーんだよ。お前わかってんのかよ、お前が死んだら市野谷はどうなる? 自分の弟を目の前で亡くして、大事な直正が自殺して、それでお前が市野谷に殺されたら、こいつはどうなるんだよ」
「……ひーちゃんには、僕じゃ駄目なんですよ。あーちゃんじゃないと、駄目なんです」
僕がやっとの思いでそれだけ言うと、今度は平手が反対の頬に飛んできた。
熱い。痛いというよりも、熱い。
「直正が死んでも世界は変わらなかった。世界にとっちゃ人ひとりの死なんてたいしたことねぇ、だから自分なんて世界にとってちっぽけで取るに足らない、お前はそう思ってるのかもしれないが、でもな、それでもお前が世界の一部であることには変わりないんだよ」
怒鳴る、怒鳴る、怒鳴る。
先生は僕のことを怒鳴った。
こんな風に叱られるのは初めてだ。
こんな風に、叱ってくれる人は初めてだった。
「なんでお前は市野谷に、直正は生きてるって嘘をついた? 市野谷がわかりきっているはずの嘘をどうしてつき続けた? それはなんのためだよ? どうして最後まで、市野谷がちゃんと笑えるようになるまで、側で支えてやろうって思わないんだよ」
そうだ。
そうだった。日褄先生は最初からそうだった。
優しくて、恐ろしいくらい乱暴なのだ。
「市野谷に殺されてもいい、自分なんて死んでもいいなんて思ってるんじゃねぇよ。『お前だから駄目』なんじゃねぇよ、『直正の代わりをしようとしているお前だから』駄目なんだろ?」
日褄先生は最後に怒鳴った。
「もういい加減、鈴木直正の代わりになろうとするのはやめろよ。お前は―――だろ」
お前は、潤崎颯だろ。
やっと。
やっと僕は、自分の名前が、聞き取れた。
あーちゃんが死んで、ひーちゃんに嘘をついた。
それ以来僕はずっと、自分の名前を認めることができなかった。
自分の名前を口にするのも、耳にするのも嫌だった。
僕は代わりになりたかったから。あーちゃんの代わりになりたかったから。
あーちゃんが死んだら、ひーちゃんは僕を見てくれると、そう思っていたから。
でも駄目だった。僕じゃ駄目だった。ひーちゃんはあーちゃんが死んでも、あーちゃんのことばかり見ていた。僕はあーちゃんになれなかった。だから僕なんかいらなかった。死んだってよかった。どうだってよかったんだ。
嘘まみれでずたずたで、もうどうしようもないけれど、それでもそれが、「僕」だった。
あーちゃんになれなくても、ひーちゃんを上手に救えなくても、それでも僕は、それでもそれが、潤崎颯、僕だった。
日褄先生の手が、僕の服から離れていく。床に倒れている佐渡梓は、どこか呆然と僕たちを見つめている。ひーちゃんの表情はうつろなままで、彼女の肩を後ろから掴んでいる葵さんは、まるでひーちゃんのことを支えているように見えた。
先生はひーちゃんの元へ行き、葵さんはひーちゃんからゆっくりと手を離す。そうして、先生はひーちゃんのことを抱き締めた。先生は何も言わなかった。ひーちゃんも、何も言わなかった。葵さんは無言で昇降口から出て行って、しばらくしてから帰ってきた。その時も、先生はひーちゃんを抱き締めたままで、僕はそこに突っ立っていたままだった。
やがて日褄先生はひーちゃんの肩を抱くようにして、昇降口の方へと歩き出す。葵さんは昇降口前まで車を回していたようだ。いつか見た、黒い車が停まっていた。
待って下さい、と僕は言った。
日褄先生は立ち止まった。ひーちゃんも、立ち止まる。
僕はひーちゃんに駆け寄った。
ひーちゃんは無表情だった。
僕は、ひーちゃんに謝るつもりだった。だけど言葉は出て来なかった。喉元まで込み上げた言葉は声にならず、口から嗚咽となって溢れた。僕の目からは涙がいくつも零れて、そしてその時、ひーちゃんが小さく、ごめんね、とつぶやくように言った。僕は声にならない声をいくつもあげながら、ただただ、泣いた。
ひーちゃんの空っぽな瞳からも、一粒の滴が転がり落ちて、あーちゃんの死から一年以上経ってやっと、僕とひーちゃんは一緒に泣くことができたのだった。
ひーちゃんに刺された傷は、軽傷で済んだ。
けれど僕は、二週間ほど学校を休んだ。
「災難でしたね」
あっくん、あーちゃんの弟である鈴木篤人くんは、僕の部屋を見舞いに訪れて、そう言った。
「聞きましたよ、文化祭で、ひー姉に切りつけられたんでしょう?」
あーちゃんそっくりの表情で、あっくんはそう言った。
「とうとうばれたんですか、うー兄のついていた嘘は」
「……最初から、ばれていたようなものだよ」
あーちゃんとよく似ている彼は、その日、制服姿だった。部活の帰りなのだろう、大きなエナメルバッグを肩から提げていて、手にはコンビニの袋を握っている。
「それで良かったんですよ。うー兄にとっても、ひー姉にとっても」
あっくんは僕の部屋、椅子に腰かけている。その両足をぷらぷらと揺らしていた。
「兄貴のことなんか、もう忘れていいんです。あんなやつのことなんて」
あっくんの両目が、すっと細められる。端正な顔立ちが、僅かに歪む。
思い出すのは、あーちゃんの葬式の時のこと。
式の最中、あっくんは外へ斎場の外へ出て行った。外のベンチにひとりで座っていた。どこかいらいらした様子で、追いかけて行った僕のことを見た。
「あいつ、不器用なんだ」
あっくんは不満そうな声音でそう言った。あいつとは誰だろうかと一瞬思ったけれど、すぐにそれが死んだあーちゃんのことだと思い至った。
「自殺の原因も、昔のいじめなんだって。ココロノキズがいけないんだって。せーしんかのセンセー、そう言ってた。あいつもイショに、そう書いてた」
あーちゃんが死んだ時、あっくんは小学五年生だった。今のような話し方ではなかった。彼はごく普通の男の子だった。あっくんが変わったのは、あっくんがあーちゃんのように振る舞い始めたのは、あーちゃんが死んでからだ。
「あいつ、全然悪くないのに、傷つくから駄目なんだ。だから弱くて、いじめられるんだ。おれはあいつより強くなるよ。あいつの分まで生きる。人のこといじめたりとか、絶対にしない」
あっくんは、一度も僕と目を合わさずにそう言った。僕はあーちゃんの弱さと、あっくんの強さを思った。不機嫌そうに、「あーちゃんの分まで生きる」と言った、彼の強さを思った。あっくんのような強さがあればいいのに、と思った。ひーちゃんにも、強く生きてほしかった。僕も、そう生きるべきだった。
あーちゃんが死んだ後、あーちゃんの家族はいつも騒がしそうだった。たくさんの人が入れ替わり立ち替わりやって来ては帰って行った。ときどき見かけるあっくんは、いつも機嫌が悪そうだった。あっくんはいつも怒っていた。あっくんただひとりが、あーちゃんの死を、怒っていた。
「――あんなやつのことを覚えているのは、僕だけで十分です」
あっくんはそう言って、どうしようもなさそうに、笑った。
あっくんも、僕と同じだった。
あーちゃんの代わりになろうとしていた。
ただそれは、ひーちゃんのためではなく、彼の両親のためだった。
あーちゃんが死んだ中学校には通わせられないという両親の期待に応えるために、あっくんは猛勉強をして私立の中学に合格した。
けれど悲しいことに両親は、それを心から喜びはしなかった。今のあっくんを見ていると、死んだあーちゃんを思い出すからだ。
あっくんはあーちゃんの分まで生きようとして、そしてそれが、不可能であると知った。自分は自分としてしか、生きていけないのだ。
「僕は忘れないよ、あーちゃんのこと」
僕がそうぽつりと言うと、あっくんの顔はこちらへと向いた。あっくんのかけている眼鏡のレンズが蛍光灯の光を反射して、彼の表情を隠している。そうしていると、本当に、そこにあーちゃんがいるみたいだった。
「……僕は忘れない。あーちゃんのことを、ずっと」
自分に言い聞かせるように、僕はそう続けて言った。
「僕も、あーちゃんの分まで生きるよ」
あーちゃんが欠けた、この世界で。
「…………」
あっくんは黙ったまま、少し顔の向きを変えた。レンズは光を反射しなくなり、眼鏡の下の彼の顔が見えた。それは、あーちゃんに似ているようで、だけど確かに、あっくんの表情だった。
「そうですか」
それだけつぶやくように言うと、彼は少しだけ笑った。
「兄貴もきっと、その方が喜ぶでしょう」
あっくんはそう言って、持っていたコンビニの袋に入っていたプリンを「見舞いの品です」と言って僕の机の上に置くと、帰って行った。
その後ろ姿はもう、あーちゃんのようには見えなかった。
その二日後、僕は部屋でひとり寝ていると玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、そこには河野帆高が立っていた。
「よー、潤崎くん。元気?」
「……なんで、僕の家を知ってるの?」
「とりあえずお邪魔しまーす」
「…………なんで?」
呆然としている僕の横を、帆高はすり抜けるようにして靴を脱いで上がって行く。こいつが僕の家の住所を知っているはずがない。訊かれたところで担任が教えるとも思えない。となると、住所を教えたのは、やはり、日褄先生だろうか。僕は溜め息をついた。どうしてあのカウンセラーは、生徒の個人情報を守る気がないのだろう。困ったものだ。
勝手に僕の部屋のベッドに寝転んでくつろいでいる帆高に缶ジュースを持って行くと、やつは笑いながら、
「なんか、美少女に切りつけられたり、美女に殴られたりしたんだって?」
と言った。
「間違っているような、いないような…………」
「すげー修羅場だなー」
けらけらと軽薄に、帆高が笑う。あっくんが見舞いに訪れた時と同様に、帆高も制服姿だった。学校帰りに寄ってくれたのだろう。ごくごくと喉を鳴らしてジュースを飲んでいる。
「はい、これ」
帆高は鞄の中から、紙の束を取り出して僕に差し出した。受け取って確認するまでもなかった。それは、僕が休んでいる間に学級で配布されたのであろう、プリントや手紙だった。ただ、それを他クラスに所属している帆高から受け取るというのが、いささか奇妙な気はしたけれど。
「どうも……」
「授業のノートは、学校へ行くようになってから本人にもらって。俺のノートをコピーしてもいいんだけど、やっぱクラス違うと微妙に授業の進度とか感じも違うだろうし」
「…………本人?」
僕が首をかしげると、帆高は、ああ、と思い出したように言った。
「これ、ミナモからの預かり物なんだよ。自分で届けに行けばって言ったんだけど、やっぱりそれは恥ずかしかったのかねー」
ミナモが、僕のプリントを届けることを帆高に依頼した……?
一体、どういうことだろう。だってミナモは、一日じゅう保健室にいて、教室内のことには関与していないはずだ。なんだか、嫌な予感がした。
「帆高、まさか、なんだけど…………」
「そのまさかだよ、潤崎くん」
帆高は飄々とした顔で言った。
「ミナモは、文化祭の振り替え休日が明けてからのこの二週間、ちゃんと教室に登校して、休んでるあんたの代わりに授業のノートを取ってる」
「…………は?」
「でもさー、ミナモ、ノート取る・取らない以前に、黒板に書いてある文字の内容を理解できてるのかねー? まぁノート取らないよりはマシだと思うけどさー」
「ちょ、ちょっと待って……」
ミナモが、教室で授業を受けている?
僕の代わりに、ノートを取っている?
一体、何があったんだ……?
僕は呆然とした。
「ほんと、潤崎くんはミナモに愛されてるよねー」
「…………」
ミナモが聞いたらそうしそうな気がしたから、代わりに僕が帆高の頭に鉄拳を制裁した。それでも帆高はにやにやと笑いながら、言った。
「だからさ、怪我してんのも知ってるし、学校休みたくなる気持ちもわからなくはないけど、なるべく早く、学校出て来てくれねーかな」
表情と不釣り合いに、その声音は真剣だったので、僕は面食らう。ミナモのことを気遣っていることが窺える声だった。入学して以来、一度も足を向けたことのない教室で、授業に出てノートを取っているのだから、無理をしていないはずがない。いきなりそんなことをするなんて、ミナモも無茶をするものだ。いや、無茶をさせているのは、僕なのだろうか。
あ、そうだ、と帆高は何かを思い出したかのようにつぶやき、鞄の中から丸められた画用紙を取り出した。
「……それは?」
「ミナモから、預かってきた。お見舞いの品」
ミナモから、お見舞いの品?
首を傾げかけた僕は、画用紙を広げ、そこに描かれたものを見て、納得した。
河野ミナモと、僕。
死にたがり屋と死に損ない。
自らの死を願って雨の降る屋上へ向かい、そこで出会った僕と彼女は、ずるずると、死んでいくように生き延びたのだ。
「……これから、授業に出るつもり、なのかな」
「ん? ああ、ミナモのことか? どうだろうなぁ」
僕は思い出していた。文化祭の朝、リストバンドをくれた、峠茶屋桜子さんのこと。僕とミナモが出会った日に、保健室で僕たちに偶然出会ったことを彼女は覚えていてくれていた。彼女のような人もクラスにはいる。僕だってミナモだって、クラスの人たちと全く関わり合いがない訳ではないのだ。僕たちもまだ、世界と繋がっている。
「河野も、変わろうとしてるのかな……」
死んだ方がいい人間だっている。
初めて出会ったあの日、河野ミナモはそう言った。
僕もそう思っていた。死んだ方がいい人間だっている。僕だって、きっとそうだと。
だけど僕たちは生きている。
ミナモが贈ってくれた絵は、やっぱり、あの屋上から見た景色だった。夏休みの宿題を頼んだ時に描いてもらった絵の構図とほとんど同じだった。屋上は無人で、僕の姿もミナモの姿もそこには描かれていない。だけど空は、澄んだ青色で塗られていた。
僕は帆高に、なるべく早く学校へ行くよ、と約束して、それから、どうかミナモの変化が明るい未来へ繋がるように祈った。
河野帆高が言っていた通り、僕が学校を休んでいた約二週間の間、ミナモは朝教室に登校してきて、授業を受け、ノートを取ってくれていた。けれど、僕が学校へ行くようになると、保健室登校に逆戻りだった。
昼休みの保健室で、僕はミナモからルーズリーフの束を受け取った。筆圧の薄い字がびっしりと書いてある。
僕は彼女が贈ってくれた絵のことを思い出した。かつてあーちゃんが飛び降りて、死のうとしていた僕と、死��たがりのミナモが出会ったあの屋上。そこから見た景色を、���ナモはのびのびとした筆使いで描いていた。綺麗な青い色の絵具を使って。
授業ノートの字は、その絵とは正反対な、神経質そうに尖っているものだった。中学入学以来、一度も登校していなかった教室に足を運び、授業を受けたのだ。ルーズリーフのところどころは皺寄っている。緊張したのだろう。
「せっかく来るようになったのに、もう教室に行かなくていいの?」
「……潤崎くんが来るなら、もう行かない」
ミナモは長い前髪の下から睨みつけるように僕を一瞥して、そう言った。
それもそうだ。ミナモは人間がこわいのだ。彼女にとっては、教室の中で他人の視線に晒されるだけでも恐ろしかったに違いないのに。
ルーズリーフを何枚かめくり、ノートの文字をよく見れば、ときどき震えていた。恐怖を抑えようとしていたのか、ルーズリーフの余白には小さな絵が描いてあることもあった。
「ありがとう、河野」
「別に」
ミナモは保健室のベッドの上、膝に乗せたスケッチブックを開き、目線をそこへと向けていた。
「行くところがあるんじゃないの?」
もう僕に興味がなくなってしまったかのような声で彼女はそう言って、ただ鉛筆を動かすだけの音が保健室には響き始めた。
僕はもう一度ミナモに礼を言ってから、保健室を後にした。
ずっと謝らなくてはいけないと思っている人がいた。
彼女はなんだか気まずそうに僕の前でうつむいている。
昼休みの廊下の片隅。僕と彼女の他には誰もいない。呼び出したのは僕の方だった。文化祭でのあの事件から、初めて登校した僕は、その日のうちに彼女の教室へ行き、彼女のクラスメイトに呼び出してもらった。
「���の…………」
「なに?」
「その、怪我の、具合は……?」
「僕はたいしたことないよ。もう治ったし。きみは?」
「私も、その、大丈夫です」
「そう……」
よかった、と言おうとした言葉を、僕は言わずに飲み込んだ。これでよいはずがない。彼女は無関係だったのだ。彼女は、僕やひーちゃん、あーちゃんたちとは、なんの関係もなかったはずなのに。
「ごめん、巻き込んでしまって」
「いえ、そんな……勝手に先輩のことをかばったのは、私ですから……」
文化祭の日。僕がひーちゃんに襲われた時、たまたま廊下を通りかかった彼女、佐渡梓は僕のことをかばい、そして傷を負った。
怪我は幸いにも、僕と同様に軽傷で済んだようだが、でもそれだけで済む話ではない。彼女は今、カウンセリングに通い、「心の傷」を癒している。それもそうだ。同じ中学校に在籍している先輩女子生徒に、カッターナイフで切りつけられたのだから。
「きみが傷を負う、必要はなかったのに……」
どうして僕のことを、かばったりしたのだろう。
僕は佐渡梓の好意を、いつも踏みつけてきた。ひどい言葉もたくさんぶつけた。渡された手紙は読まずに捨てたし、彼女にとって、僕の態度は冷徹そのものだったはずだ。なのにどうして、彼女は僕を助けようとしたのだろう。
「……潤崎先輩に、一体何があって、あんなことになったのか、私にはわかりません」
佐渡梓はそう言った。
「思えば、私、先輩のこと何も知らないんだなって、思ったんです。何が好きなのか、とか、どんな経験をしてきたのか、とか……。先輩のクラスに、不登校の人が二人いるってことは知っていました。ひとりは河野先輩で、潤崎先輩と親しいみたいだってことも。でも、もうひとりの、市野谷先輩のことは知らなくて……潤崎先輩と、幼馴染みだってことも……」
僕とひーちゃんのことを知っているのは、同じ小学校からこの中学に進学してきた連中くらいだ。と言っても、僕もひーちゃんも小学校時代の同級生とそこまで交流がある訳じゃなかったから、そこまでは知られていないのではないだろうか。僕とひーちゃん、そして、あーちゃんのことも知っているという人間は、この学校にどれくらいいるのだろう。
さらに言えば、僕とひーちゃんとあーちゃん、そして、ひーちゃんの最愛の弟ろーくんの事故のことまで知っている人間は、果たしているのだろうか。日褄先生くらいじゃないだろうか。
僕たちは、あの事故から始まった。
ひーちゃんはろーくんを目の前で失い、そして僕とあーちゃんに出会った。ひーちゃんは心にぽっかり空いた穴を、まるであーちゃんで埋めるようにして、あーちゃんを世界の全てだとでも言うようにして、生きるようになった。そんなあーちゃんは、ある日屋上から飛んで、この世界からいなくなってしまった。そうして役立たずの僕と、再び空っぽになったひーちゃんだけが残された。
そうして僕は嘘をつき、ひーちゃんは僕を裏切った。
僕を切りつけた刃の痛みは、きっとひーちゃんが今まで苦しんできた痛みだ。
あーちゃんがもういないという事実を、きっとひーちゃんは知っていた。ひーちゃんは僕の嘘に騙されたふりをした。そうすればあーちゃんの死から逃れられるとでも思っていたのかもしれない。壊れたふりをしているうちに、ひーちゃんは本当に壊れていった。僕はどうしても、彼女を正しく導くことができなかった。嘘をつき続けることもできなかった。だからひーちゃんは、騙されることをやめたのだ。自分を騙すことを、やめた。
僕はそのことを、佐渡梓に話そうとは思わなかった。彼女が理解してくれる訳がないと決めつけていた訳ではないが、わかってもらわなくてもいいと思っていた。でも僕が彼女を巻き込んでしまったことは、もはや変えようのない事実だった。
「今回のことの原因は、僕にあるんだ。詳しくは言えないけれど。だから、ひーちゃん……市野谷さんのことを責めないであげてほしい。本当は、いちばん苦しいのは市野谷さんなんだ」
僕の言葉に、佐渡梓は決して納得したような表情をしなかった。それでも僕は、黙っていた。しばらくして、彼女は口を開いた。
「私は、市野谷先輩のことを責めようとか、訴えようとか、そんな風には思いません。どうしてこんなことになったのか、理由を知りたいとは思うけれど、潤崎先輩に無理に語ってもらおうとも思いません……でも、」
彼女はそこまで言うと、うつむいていた顔を上げ、僕のことを見た。
ただ真正面から、僕を見据えていた。
「私は、潤崎先輩も、苦しかったんじゃないかって思うんです。もしかしたら、今だって、先輩は苦しいんじゃないか、って……」
僕は。
佐渡梓にそう言われて、笑って誤魔化そうとして、泣いた。
僕は苦しかったんだろうか。
僕は今も、苦しんでいるのだろうか。
ひーちゃんは、あの文化祭での事件の後、日褄先生に連れられて精神科へ行ったまま、学校には来ていない。家にも帰っていない。面会謝絶の状態で、会いに行くこともできないのだという。
僕はどうかひーちゃんが、苦しんでいないことを願った。
もう彼女は、十分はくらい苦しんできたと思ったから。
ひーちゃんから電話がかかってきたのは、三月十三日のことだった。
僕の中学校生活は何事もなかったかのように再開された。
二週間の欠席を経て登校を始めた当初は、変なうわさと奇妙な視線が僕に向けられていたけれど、もともとクラスメイトと関わり合いのなかった僕からしてみれば、どうってことはなかった。
文化祭で僕が着用したメイド服を作ってくれたクラス委員の長篠めいこさんと、リストバンドをくれた峠茶屋桜子さんとは、教室の中でときどき言葉を交わすようになった。それが一番大きな変化かもしれない。
ミナモの席もひーちゃんの席も空席のままで、それもいつも通りだ。
ミナモのはとこである帆高の方はというと、やつの方も相変わらずで、宿題の提出率は最悪みたいだ。しょっちゅう廊下で先生たちと鬼ごっこをしている。昼休みの保健室で僕とミナモがくつろいでいると、ときどき顔を出しにくる。いつもへらへら笑っていて、楽しそうだ。なんだかんだ、僕はこいつに心を開いているんだろうと思う。
佐渡梓とは、あれからあまり会わなくなってしまった。彼女は一年後輩で、校舎の中ではもともと出会わない。委員会や部活動での共通点もない。彼女が僕のことを好きになったこと自体が、ある意味奇跡のようなものだ。僕をかばって怪我をした彼女には、感謝しなくてはいけないし謝罪しなくてはいけないと思ってはいるけれど、どうしたらいいのかわからない。最近になって少しだけ、彼女に言ったたくさんの言葉を後悔するようになった。
日褄先生は、そう、日褄先生は、あれからスクールカウンセラーの仕事を辞めてしまった。婚約者の葵さんと結婚することになったらしい。僕の頬を殴ってまで叱咤してくれた彼女は、あっさりと僕の前からいなくなってしまった。そんなこと、許されるのだろうか。僕はまだ先生に、なんのお礼もしていないのに。
僕のところには携帯電話の電話番号が記されたはがきが一枚届いて、僕は一度だけそこに電話をかけた。彼女はいつもと変わらない明るい声で、とんでもないことを平気でしゃべっていた。ひーちゃんのことも、僕のことも、彼女はたった一言、「もう大丈夫だよ」とだけ言った。
そうこうしているうちに年が明け、冬休みが終わり、そうして三学期も終わった。
三月十三日、電話が鳴った。
あーちゃんが死んだ日だった。
二年前のこの日、あーちゃんは死んだのだ。
「あーちゃんに会いたい」
電話越しだけれども、久しぶりに聞くひーちゃんの声は、やけに乾いて聞こえた。
あーちゃんにはもう会えないんだよ、そう言おうとした僕の声を遮って、彼女は言う。
「知ってる」
乾燥しきったような、淡々とした声。鼓膜の奥にこびりついて取れない、そんな声。
「あーちゃん、死んだんでしょ。二年前の今日に」
思えば。
それが僕がひーちゃんの口から初めて聞いた、あーちゃんの死だった。
「『僕』ね、ごめんね、ずっとずっと知ってた、ずっとわかってた。あーちゃんは、もういないって。だけど、ずっと認めたくなくて。そんなのずるいじゃん。そんなの、卑怯で、許せなくて、許したくなくて、ずっと信じたくなくて、ごめん、でも……」
うん、とだけ僕は答えた。
きっとそれは、僕のせいだ。
ひーちゃんを許した、僕のせいだ。
あーちゃんの死から、ずっと目を背け続けたひーちゃんを許した、僕のせいだ。
ひーちゃんにそうさせた、僕のせい。
僕の罪。
一度でもいい、僕が、あーちゃんの死を見ないようにするひーちゃんに、無理矢理にでも現実を打ち明けていたら、ひーちゃんはきっと、こんなに苦しまなくてよかったのだろう。ひーちゃんの強さを信じてあげられなかった、僕のせい。
あーちゃんが死んで、自分も死のうとしていたひーちゃんを、支えてあげられるだけの力が僕にはなかった。ひーちゃんと一緒に生きるだけの強さが僕にはなかった。だから僕は黙っていた。ひーちゃんがこれ以上壊れてしまわぬように。ひーちゃんがもっと、壊れてしまうように。
僕とひーちゃんは、二年前の今日に置き去りになった。
僕の弱さがひーちゃんの心を殺した。壊した。狂わせた。痛めつけた。苦しめた。
「でも……もう、『僕』、あーちゃんの声、何度も何度も何度も、何度考えても、もう、思い出せないんだよ……」
電話越しの声に、初めて感情というものを感じた。ひーちゃんの今にも泣き出しそうな声に、僕は心が潰れていくのを感じた。
「お願い、うーくん。『僕』を、あーちゃんのお墓に、連れてって」
本当は、二年前にこうするべきだった。
「……わかった」
僕はただ、そう言った。
僕は弱いままだったから。
彼女の言葉に、ただ頷いた。
『僕が死んだことで、きっとひーちゃんは傷ついただろうね』
そう書いてあったのは、あーちゃんが僕に残したもうひとつの遺書だ。
『僕は裏切ってしまったから。あの子との約束を、破ってしまったから』
あーちゃんとひーちゃんの間に交わされていたその約束がなんなのか、僕にはわからないけれど、ひーちゃんにはきっと、それがわかっているのだろう。
ひーちゃんがあーちゃんのことを語る度、僕はひーちゃんがどこかへ行ってしまうような気がした。
だってあんまりにも嬉しそうに、「あーちゃん、あーちゃん」って言うから。ひーちゃんの大好きなあーちゃんは、もういないのに。
ひーちゃんの両目はいつも誰かを探していて、隣にいる僕なんか見てくれないから。
ひーちゃんはバス停で待っていた。交わす言葉はなかった。すぐにバスは来て、僕たちは一番後ろの席に並んで座った。バスに乗客の姿は少なく、窓の外は雨が降っている。ひーちゃんは無表情のまま、僕の隣でただ黙って、濡れた靴の先を見つめていた。
ひーちゃんにとって、世界とはなんだろう。
ひーちゃんには昨日も今日も明日もない。
楽しいことがあっても、悲しいことがあっても、彼女は笑っていた。
あーちゃんが死んだ時、あーちゃんはひーちゃんの心を道連れにした。僕はずっと心の奥底であーちゃんのことを恨んでいた。どうして死んだんだって。ひーちゃんに心を返してくれって。僕らに世界を、返してって。
二十分もバスに揺られていると、「船頭町三丁目」のバス停に着いた。
ひーちゃんを促してバスを降りる。
雨は霧雨になっていた。持っていた傘を差すかどうか、一瞬悩んでから、やめた。
こっちだよ、とひーちゃんに声をかけて歩き始める。ひーちゃんは黙ってついてくる。
樫岸川の大きな橋の上を歩き始める。柳の並木道、古本屋のある四つ角、細い足場の悪い道、長い坂、苔の生えた石段、郵便ポストの角を左。
僕はもう何度、この道を通ったのだろう。でもきっと、ひーちゃんは初めてだ。
生け垣のある家の前を左。寺の大きな屋根が、突然目の前に現れる。
僕は、あそこだよ、と言う。ひーちゃんは少し目線を上の方に動かして、うん、と小さな声で言う。その瞳も、口元も、吐息も、横顔も、手も、足も。ひーちゃんは小さく震えていた。僕はそれに気付かないふりをして、歩き続ける。ひーちゃんもちゃんとついてくる。
ひーちゃんはきっと、ずっとずっと気付いていたのだろう。本当のことを。あーちゃんがこの世にいないことを。あーちゃんが自ら命を絶ったことも。誰もあーちゃんの苦しみに、寂しさに、気付いてあげられなかったことを。ひーちゃんでさえも。
ひーちゃんは、あーちゃんが死んでからよく笑うようになった。今までは、能面のように無表情な少女だったのに。ひーちゃんは笑っていたのだ。あーちゃんがもういない世界を。そんな世界でのうのうと生きていく自分を。ばればれの嘘をつく、僕を。
あーちゃんの墓前に立ったひーちゃんの横顔は、どこにも焦点があっていないかのように、瞳が虚ろで、だが泣いてはいなかった。そっと手を伸ばし、あーちゃんの墓石に恐る恐る触れると、霧雨に濡れて冷たくなっているその石を何度も何度も指先で撫でていた。
墓前には真っ白な百合と、やきそばパンが供えてあった。あーちゃんの両親が毎年お供えしているものだ。
線香のにおいに混じって、妙に甘ったるい、ココナッツに似たにおいがするのを僕は感じた。それが一体なんのにおいなのか、僕にはわかった。日褄先生がここに来て、煙草を吸ったのだ。彼女がいつも吸っていた、あの黒い煙草。そのにおいだった。ついさっきまで、ここに彼女も来ていたのだろうか。
「つめたい……」
ひーちゃんがぽつりと、指先の感触の感想を述べる。そりゃ石だもんな、と僕は思ったが、言葉にはしなかった。
「あーちゃんは、本当に死んでいるんだね」
墓石に触れたことで、あーちゃんの死を実感したかのように、ひーちゃんは手を引っ込めて、恐れているように一歩後ろへと下がった。
「あーちゃんは、どうして死んだの?」
「……ひとりぼっちみたいな、感覚になるんだって」
あーちゃんが僕に宛てて書いた、彼のもうひとつの遺書の内容を思い出す。
「ひとりぼっち? どうして? ……私がいたのに」
ひーちゃんはもう、自分のことを「僕」とは呼ばなかった。
「私じゃだめだった?」
「……そんなことはないと思う」
「じゃあ、どうして……」
ひーちゃんはそう言いかけて、口をつぐんだ。ゆっくりと首を横に振って、ひーちゃんは、そうか、とだけつぶやいた。
「もう考えてもしょうがないことなんだ……。あーちゃんは、もういない。私が今さら何かを思ったって、あーちゃんは帰ってこないんだ……」
ひーちゃんはまっすぐに僕を見上げて、続けるように言った。
「これが、死ぬってことなんだね」
彼女の表情は凍りついているように見えた。
「そうか……ずっと忘れていた、ろーくんも死んだんだ……」
ひーちゃんの最愛の弟、ろーくんこと市野谷品太くんは、僕たちが小学二年生の時に交通事故で亡くなった。ひーちゃんの目の前で、ろーくんの細くて小さい身体は、巨大なダンプに軽々と轢き飛ばされた。
ひーちゃんは当時、過剰なくらいろーくんを溺愛していて、そうして彼を失って以来、他人との間に頑丈な壁を築くようになった。そんな彼女の前に現れたのが、僕であり、そして、あーちゃんだった。
「すっかり忘れてた。ろーくん……そうか、ずっと、あーちゃんが……」
まるで独り言のように、ひーちゃんは言葉をぽつぽつと口にする。瞳が落ち着きなく動いている。
「そうか、そうなんだ、あーちゃんが……あーちゃんが…………」
ひーちゃんの両手が、ひーちゃんの両耳を覆う。
息を殺したような声で、彼女は言った。
「あーちゃんは、ずっと、ろーくんの代わりを……」
それからひーちゃんは、僕を見上げた。
「うーくんも、そうだったの?」
「え?」
「うーくんも、代わりになろうとしてくれていたの?」
ひーちゃんにとって、ろーくんの代わりがあーちゃんであったように。
あーちゃんが、ろーくんの代用品になろうとしていたように。
あっくんが、あーちゃんの分まで生きようとしていたように。
僕は。
僕は、あーちゃんの代わりに、なろうとしていた。
あーちゃんの代わりに、なりたかった。
けれどそれは叶わなかった。
ひーちゃんが求めていたものは、僕ではなく、代用品ではなく、正真正銘、ほんものの、あーちゃんただひとりだったから。
僕は稚拙な嘘を重ねて、ひーちゃんを現実から背けさせることしかできなかった。
ひーちゃんの手を引いて歩くことも、ひーちゃんが泣いている間待つことも、あーちゃんにはできても、僕にはできなかった。
あーちゃんという存在がいなくなって、ひーちゃんの隣に空いた空白に僕が座ることは許されなかった。代用品であることすら、認められなかった。ひーちゃんは、代用品を必要としなかった。
ひーちゃんの世界には、僕は存在していなかった。
初めから、ずっと。
ずっとずっとずっと。
ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、僕はここにいたのに。
僕はずっと寂しかった。
ひーちゃんの世界に僕がいないということが。
だからあーちゃんを、心の奥底では恨んでいた。妬ましく思っていた。
全部、あーちゃんが死んだせいにした。僕が嘘をついたのも、ひーちゃんが壊れたのも、あーちゃんが悪いと思うことにした。いっそのこと、死んだのが僕の方であれば、誰もこんな思いをしなかったのにと、自分が生きていることを呪った。
自分の命を呪った。
自分の存在を呪った。
あーちゃんのいない世界を、あーちゃんが死んだ世界を、あーちゃんが欠けたまま、それでもぐるぐると廻り続けるこの不条理で不可思議で不甲斐ない世界を、全部、ひーちゃんもあーちゃんもあっくんもろーくんも全部全部全部全部、まるっときちっとぐるっと全部、呪った。
「ごめんね、うーくん」
ひーちゃんの細い腕が、僕の服の袖を掴んでいた。握りしめているその小さな手を、僕は見下ろす。
「うーくんは、ずっと私の側にいてくれていたのにね。気付かなくて、ごめんね。うーくんは、ずっとあーちゃんの代わりをしてくれていたんだね……」
ひーちゃんはそう言って、ぽろぽろと涙を零した。綺麗な涙だった。綺麗だと、僕は思った。
僕は、ひーちゃんの手を握った。
ひーちゃんは何も言わなかった。僕も、何も言わなかった。
結局、僕らは。
誰も、誰かの代わりになんてなれなかった。あーちゃんもろーくんになることはできず、あっくんもあーちゃんになることはできず、僕も、あーちゃんにはなれなかった。あーちゃんがいなくなった後も、世界は変わらず、人々は生き続け、笑い続けたというのに。僕の身長も、ひーちゃんの髪の毛も伸びていったというのに。日褄先生やミナモや帆高や佐渡梓に、出会うことができたというのに。それでも僕らは、誰の代わりにもなれなかった。
ただ、それだけ。
それだけの、当たり前の事実が僕らには常にまとわりついてきて、その事実を否定し続けることだけが、僕らの唯一の絆だった。
僕はひーちゃんに、謝罪の言葉を口にした。いくつもいくつも、「ごめん」と謝った。今までついてきた嘘の数を同じだけ、そう言葉にした。
ひーちゃんは僕を抱き締めて、「もういいよ」と言った。もう苦しむのはいいよ、と言った。
帰り道のバスの中で、四月からちゃんと中学校に通うと、ひーちゃんが口にした。
「受験、あるし……。今から学校へ行って、間に合うかはわからないけれど……」
四月から、僕たちは中学三年生で高校受験が控えている。教室の中は、迫りくる受験という現実に少しずつ息苦しくなってきているような気がしていた。
僕は、「大丈夫」なんて言わなかった。口にすることはいくらでもできる。その方が、もしかしたらひーちゃんの心を慰めることができるかもしれない。でももう僕は、ひーちゃんに嘘をつきたくなかった。だから代わりに、「一緒に頑張ろう」と言った。
「頭のいいやつが僕の友達にいるから、一緒に勉強を教えてもらおう」
僕がそう言うと、ひーちゃんは小さく頷いた。
きっと帆高なら、ひーちゃんとも仲良くしてくれるだろう。ミナモはどうかな。時間はかかるかもしれないけれど、打ち解けてくれるような気がする。ひーちゃんはクラスに馴染めるだろうか。でも、峠茶屋さんが僕のことを気にかけてくれたように、きっと誰かが気にかけてくれるはずだ。他人なんてくそくらえだって、ずっと思っていたけれど、案外そうでもないみたいだ。僕はそのことを、あーちゃんを失ってから気付いた。
僕は必要とされたかっただけなのかもしれない。
ひーちゃんに必要とされたかったのかもしれないし、もしかしたら誰か他人だってよかったのかもしれない。誰か他人に、求めてほしかったのかもしれない。そうしたら僕が生きる理由も、見つけられるような気がして。ただそれだけだ。それは、あーちゃんも、ひーちゃんも同じだった。だから僕らは不器用に、お互いを傷つけ合う方法しか知らなかった。自分を必要としてほしかったから。
いつだったか、日褄先生に尋ねたことがあったっけ。
「嘘って、何回つけばホントになるんですか」って。先生は、「嘘は何回ついたって、嘘だろ」と答えたんだった。僕のついた嘘はいくら重ねても嘘でしかなかった。あーちゃんは、帰って来なかった。やっぱり今日は雨で、墓石は冷たく濡れていた。
けれど僕たちは、やっと、現実を生きていくことができる。
「もう大丈夫だよ」
日褄先生が僕に言ったその声が、耳元で蘇った。
もう大丈夫だ。
僕は生きていく。
あーちゃんがいないこの世界で、今度こそ、ひーちゃんの手を引いて。
ふたりで初めて手を繋いで帰った日。
僕らはやっと、あーちゃんにサヨナラができた。
あーちゃん。
世界は透明なんかじゃない。
君も透明なんかじゃない。
僕は覚えている。あーちゃんのことも、一緒に見た景色も、過ごした日々のことも。
今でも鮮明に、その色を思い出すことができる。
たとえ記憶が薄れる日がきたって、また何度でも思い出せばいい。
だからサヨナラは、言わないんだ。
了
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