Tumgik
#本牧故郷の家
myonbl · 5 months
Text
2024年4月20日(土)
Tumblr media
連休中の移動はしたくないので、一週間早い遠出を楽しんだ。目的地は<田辺市立美術館>、私も関わった<紀伊山地の霊場と参詣道>の世界遺産登録20周年を記念した展示=熊野の風景を楽しんだ。熊野と縁のある画家たちの仕事ぶり、田辺文化の底力が具現化されている。往復5時間、滞在2時間弱の強行軍だったが得るものは多く、体は疲れたが胸は一杯になったことだ。
Tumblr media
5時45分起床。
日誌書く。
洗濯。
Tumblr media
朝食は今朝も煮麺を頂く。
珈琲。
ツレアイに昨晩の残りのタケノコご飯をおにぎりにしてもらい、玉子焼きと漬物で弁当を用意する。
Tumblr media
2時間30分掛けてたどり着いたのは田辺市立美術館。
Tumblr media Tumblr media
田辺市の高台の公園の一角にあり、天気もよいので大勢の家族連れが花の写真を撮り、木の下で弁当を拡げている。
まずは弁当を拡げて腹拵え、その後観覧料260円をシニア割引130円にしてもらって入場、心に栄養を吸収した。とくに、稗田一穗の作品には強く惹かれるものがある。
昨年3月に満100歳で亡くなった、和歌山県田辺市出身の日本画家、稗田一穗(1920-2021)の回顧展を和歌山県立近代美術館と田辺市立美術館の共同で開催いたします。 10代半ばで日本画家を志した稗田は、東京美術学校に学び、戦後、本格的に画家としての活動をはじめました。鳥を主要なモチーフとした、生命を寿ぐような素朴で力強い表現や、世界的な絵画動向を意識しつつ画材の特質も発揮した画面構成は、日本画の地平を拓くものとなります。 また60歳を迎える頃よりは、故郷、和歌山の熊野の地をモチーフにした、悠久の時間を想わせる荘厳な風景と、長らく生活を営んだ東京の成城の町をモチーフにした、詩情あふれる日常の風景が主要なテーマに加わり、個々の作品はもちろん、あちらとこちらを行きかうなかで、見る者を深い思索と想像に誘う独自の世界観を築きます。 田辺市立美術館の会場では、各時代の主要な作品を通して稗田の画業全体をふり返ります。また熊野古道なかへち美術館(田辺市立美術館分館)の会場では、熊野の地をテーマにした作品を特集して紹介します。80年以上を日本画の研究に費やし、戦前から戦後の絵画に大きな足跡を残した画家の画業を改めてご覧いただくことで、故人を偲ぶ機会といたします。 特別展 稗田一穗展(田辺市立美術館)
往路は事故渋滞などあったが帰路は順調、早めに帰宅して、トラベラーズノートに今日の記録を採った。
Tumblr media
4人揃って夕飯、ベーコンと筍のバター醤油、豚バラとキャベツのシークワーサー蒸し、ポークステーキ、レタスとトマト。
録画番組視聴、刑事コロンボ。
第65話「奇妙な助っ人」/ Strange Bedfellowsシーズン 1, エピソード 65 サラブレッドの牧場を経営するグラハムは借金の返済に困る弟テディに頼まれ、レースの八百長を約束する。貸主でマフェィアとも関係があると噂されるブルーノに儲けさせ、借金を帳消しにする計画だった。しかし、彼は薬を使い、勝つべき馬を負けさせてしまう。
片付け、入浴、体重は600g増、よく食べたからね。
疲れたので日誌は明日のことにする。
Tumblr media
終日車移動だから仕方なし。
3 notes · View notes
soshibokumovie · 2 years
Text
共感!?反感!?大晦日ー地元で知人にバッタリ遭遇!裕一のとった行動とは…?繰り広げられる”逃避劇”の本編映像を公開!
この度、藤ヶ谷太輔さんが演じる主人公・菅原裕一が地元の知り合いから逃亡するコミカルな本編映像が解禁となりました。
ばつが悪くなるとすぐにその場を逃げ出してしまう主人公・菅原裕一。その裕一があらゆる人間関係から逃げ続け、辿り着いたのは、故郷の北海道・苫小牧。
時は大晦日――。年越しそばを買って歩く裕一は、地元で自分を知る母の友人にばったり遭遇…「あれ、菅原さんの…裕一君でしょ!?」。東京で、恋人、親��、先輩、後輩、姉とあらゆる人間関係から逃げ続け、実家に戻るも、母とも気まずくなり家をも飛び出した裕一。10年ぶりの父との再会をきっかけにスマホの電源を切り“逃避生活中”だった彼は、知り合いにいきなり声をかけられたことに驚き、戸惑い、気まずくなり… また逃げた…! 咄嗟に気の利いた言葉も出ず、その場から逃げ出してしまう裕一らしさ溢れるワンシーンは、本人は大真面目だからこそなんとも滑稽な姿を映し出しています。
youtube
主演の藤ヶ谷太輔さんは自らが演じた裕一に関して、「すごいクズなんですけど、それができるって意外にかっこいいのかなって。みんな逃げたいと思うこともあるけど、結局その先のことを考えてしまい、理性が働いて逃げられない。でも、人間誰しも逃げたい瞬間とか、行きたくないこと、出たくない連絡ってあると思うんです。」 と、決して反感を抱くばかりのキャラクターではなく、共感してしまう部分も多い人間であることを振り返りました。
この行動、あなたは共感する!?・反感を抱く!? 本作の、「共感と反感が渦巻く“現実逃避型”エンターテインメント」というフレーズならではの“逃避”シーンにご注目ください。
4 notes · View notes
sakani-republic · 1 month
Text
【八月映画感想会】 『ベルファスト』 監督:ケネス・ブラナー(2021)
税金は払おう
以下は書き手のプロフィールです
Tumblr media Tumblr media
◆ 『ベルファスト』 あらすじ
ブラナーの出身地である北アイルランドのベルファストを舞台に、激動の時代に翻弄されるベルファストの様子や、困難の中で大人になっていく少年の成長などを、力強いモノクロの映像でつづった。ベルファストで生まれ育った9歳の少年バディは、家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごしていた。笑顔と愛に包まれた日常はバディにとって完璧な世界だった。しかし、1969年8月15日、プロテスタントの武装集団がカトリック住民への攻撃を始め、穏やかだったバディの世界は突如として悪夢へと変わってしまう。住民すべてが顔なじみで、ひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断され、暴力と隣り合わせの日々の中で、バディと家族たちも故郷を離れるか否かの決断を迫られる。(映画.comより抜粋)
◆ 映画に対するコメント
御殿山:
いい映画だなー 街の封鎖があっても出来る限り日常はやるわけで、その塩梅がよくわかった ここから出たいとなりにくい人々が伝わってきた 主人公が急にゴネるところが一番良かったな ほんと急だから
主人公の身に降りかかる出来事はドラマチックなんだけど、どこか「これくらいの体験はあの時そこにいた人はだいたいやってる」感じがあって、特別感の薄さを覚えたんだけど、それも良かったと思う ベルファスト全体の空気感みたいじゃないですか
北部アイルランドは宗教で内戦がちなことは知識としてあるけどこんな時代までこうなのかと改めて思ったし、最後のお葬式も明るすぎないかと思ったら文化のようで知らないことだらけだ 信仰や文化の違いで起こる断絶は悲しいものだよ いつまでこんなことやってるんだろうね
<五段階評価>
先生こえ〜度 ☆☆☆★★
バイオ洗剤は環境に良い度 ☆☆☆☆☆
小泉:
い〜い曲ばっかりね〜サントラ聴きたい
日常と争いって本当は地続きなんだよな うちらのステディことケネス・ブラナーの自伝的下町懐古録なんだけど、もう開始直後から不穏が街を覆いに来て、みんな顔見知りの狭く明るい通りが一変していく 
あまりにも悲しすぎる けど、やっぱり家族同士の、街の人たちの楽しかった思い出はずっと綺麗に残っていて、だからこの映画ができたのだと思うと胸がじんとします
思想はひとびとを一塊にするけど、それが違うからって奪うのはおかしい 〈わからないのは聞こうとしないから〉っておじいちゃんの言葉は本当にシンプルだけれど、いま一番しみる言葉でした
<五段階評価>
牧師こえ〜度 ☆☆☆☆☆
だって環境に優しいから…度 ☆☆☆☆☆
0 notes
yoghurt-freak · 1 month
Text
Tumblr media
まかいの牧場ヨーグルト
静岡県のまかいの牧場さんのヨーグルトお取り寄せ!
オンラインショップの構成がいまいち分からず、トップページから辿り着ける瓶ヨーグルトしか存在してないと思って注文したんやけど、もう一度見直したらカテゴリー機能を使えば飲むヨーグルトにもたどり着けたー😭
また今度注文する。
まかいの牧場
馬飼野利雄さんの開拓にルーツを持つ観光牧場さん。
第二次大戦後に満州から故郷の富士山麓に戻ったものの、生活基盤がなく、荒地やった朝霧高原を開拓して乳牛・育成牛の生産牧場を立ち上げられたそう。
現在は観光牧場になり、生乳は提携農場の佐野牧場さんから仕入れられているそう。
佐野牧場
2014年に日本で初めて農場HACCPの認証を取得された牧場さんらしい😳✨
関東生乳品質改善共励会では常に上位に入賞されるほどの乳質とのこと。
まかいの牧場牛乳
佐野牧場さんの生乳をまかいの牧場さんの「らくのうFactory」の工房でノンホモのまま65℃30分間の低温殺菌をおこなった牛乳。
一緒にお取り寄せして飲んでみたけど、コクはあるけど飲み心地はかなりすっきりしてて、クセはほとんどなかった✨
スーっと飲めてほんのり甘い牛乳😊
スペック
原材料の「牛乳」は「まかいの牧場牛乳」ってことよね。
ノンホモの加糖ヨーグルト。
一つ一つ手作業で瓶詰めされてるらしい💓
オリゴ糖、果糖で甘味付けしててちょっと珍しい組み合わせ。
webには「自家製生乳100%」って書いてあったんやけど、加糖やし、脱脂粉乳も加えられてるみたい。
そしてwebでは賞味期限は製造日より6日間って書いてあるけど、届いたのはもう少し長めやった✨
掲載後に色々変わったんかな??
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧ 開封 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧
牛柄のかぶせ紙がかわいい🐄
牛乳キャップはつまみ口がついてないタイプやったから、ピンを刺して開封。
平らで真っ白、ザラリとした表面。
ノンホモらしいんやけど、どうかな??
ゆっくりすくってみた感じ、1.5mmぐらい質感の違う層があった😍
色がほぼ同じやから見分けが難しいけど、これがクリーム層✨
中のヨーグルトはザラもちねっとりで、固形にはなってない柔らかい質感。
ほんのり甘い加糖の香り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧ 頂きます🙏 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・୨୧
うわ!
うわわわわわわわ♡
おいしーーーーーー!
加糖された甘みと同時並行で、ものすごく素敵な風味がやってくる✨
お乳うまぁ🐮💞
発酵の酸味が微かにじゅわーっと奥歯周辺に染み込んでくる感覚も大好き。
甘さが軽いから、加糖タイプでもお乳の風味が最大限に生きてる!
もっちりザラりな質感とも相性抜群。
これはかなり好きなタイプ!
クリーム層はそこまで主張がなかったんやけど、その分本体に味が詰まってる!
むしろ全体がクリーム層なんじゃないかと思うほどに風味が強い。
柔らかい食感も気持ちよくて癒し🥴
また買う!
============================ 無脂乳固形分 8.3% 乳脂肪分 3.5% ————————————————— 栄養成分(100gあたり) エネルギー 95kcal たんぱく質 3.7g 脂質 3.4g 炭水化物 12.4g 食塩相当量 0.1g ※全量は90g ————————————————— 原材料名 牛乳(富士宮市製造)、オリゴ糖、果糖、脱脂粉乳 ————————————————— オンラインショップ価格 280円(税込) ————————————————— 製造者 有限会社まかいの牧場 ============================
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
1 note · View note
nyantria · 2 months
Text
陰謀論
2024年8月9日 by Lars Meler
Edwin
他人の行動や表明された、あるいは推測された動機に注意を払うことは、集団生活において生存に値する。しかし、それが乱暴に誇張され、他者に対する根拠のない不信感によって煽られるなら、パラノイアである。(重度の)被害妄想は狂気である。そして狂気の場合、判断力が損なわれる。
では、ヨーロッパへの第三世界からの移民が、言論の自由、議会主義、法の支配を含む、われわれが知っている西洋文明の終焉をもたらすための秘密工作であるという視点に賛同する人はいるのだろうか?そして、キリスト教を根絶し、イスラム教をその代わりに据えるというマスタープランは考えられるだろうか?
あるいは、陰謀論は嘲笑によって否定することを意図したあざとい主張だと考えることもできる。冷戦時代には、未来は進歩的前衛(とソビエト帝国または中華帝国)のものだと確信していた左翼知識人の間で、共産主義の全体主義に警告を発する人々を嘲笑することが好んで行われた。
それ以来、(オーストリア出身の哲学者カール・R・ポパーが定義した)「開かれた社会」に共産主義者が広く浸透しているという疑念は十分に根拠のあるものであり、芸術界、教育制度、公務員における日々の優先順位に影響を及ぼしていたことがわかった。典型的な知的優越感をもって行われる嘲笑は、全体主義への反対、つまり自由の声を封じ込めるためのものだった。すでに外敵と手を結んでいる者たち(例えば共産党の党員)は、理想主義的な純朴さと正義の憤りを装うが、内心は冷笑的であり、開かれた社会を破壊する破壊活動が、広範囲ではないにせよ、どれほど集中的なものであるかは十分すぎるほど承知していた。
第二次世界大戦後、西ヨーロッパには外国人が押し寄せた。大陸の一番外側を見違えるほど変貌させた巨大な人口移動の人的要因となった彼らは、波状的に流入してきた。もともとは、政治的独立を果たそうとしていたヨーロッパの植民地から生まれた人々である。アフリカやアジアからやってきた人々のなかには、単にかつての臣民に与えられた植民地支配後の特権によるものもある。文化的統合の見込みがどうであれ、世界で最も遠い場所から来た人々は、大規模な社会実験の一環として快く受け入れられ、帰化を勧められた。
根深い部族主義的感情、経済的優遇、暴力的迫害の犠牲者は、旧植民地支配者に避難しなければならなかった。しかし徐々に、移民は別の形態をとるようになった。
1960年代、アナトリアの恵まれない地域から村人たちが西ヨーロッパ各地の政府によって輸入され、産業における非熟練労働に従事した。当時は経済が活況を呈しており、労働力に対する需要もそれに比例して逼迫していた。大量移民の第二波をもたらした外国人求職者たちは、素朴に "ゲスト・ワーカー "と呼ばれた。この呼称が暗示するように、彼らは村に家を建てるだけの資金を貯めたら祖国に帰ることになっていた。
しかし、西側諸国は自らの "寛容の罠 "にはまった。軽率な楽観主義を特徴とする当時の政治家たちは、自分たちの決定が長期的にどのような結果をもたらすかを理解できなかった。アナトリアの労働者たちは故郷に帰る代わりに、大家族を連れてきた。この点については、産業の一時的なニーズに対応するために自由化された法律によって許可され、彼らは「家族の再統合」などを申請した。
西側諸国の政府によって奨励されたわけではないにせよ、異質な共同体、いわゆる「飛び地」は、急成長するディアスポラの橋頭堡となった。その多くは、信仰と自由に対して不寛容な第三世界からの移住者たちであり、彼らの出現は、「過渡的社会」、すなわち、(a)滅びゆくキリスト教、(b)革命的イデオロギー(社会主義やイスラム主義など)に対するヒューマニズムの最終的な���北、(c)社会的激変を特徴とする不安定な歴史的実体への共同参入を意味した。
アラブの石油国家の専制的な政府が、アジア人を家事奴隷のような条件で雇っているのとは異なり、ヨーロッパ人は「ゲスト労働者」を自由に処分できないことが証明されている。いったんヨーロッパに定住すれば、外国人は生粋のヨーロッパ人と同じ権利を享受できる。だから、彼らは滞在するようになったのだ。
1980年代、移民の第三の波が西ヨーロッパに押し寄せた。かつての植民地大国だけでなく、西側諸国全般が、国境で「亡命」を主張する者を受け入れることで、過去の不正義(すなわち人種差別主義、植民地主義)を発展途上国に償うことを期待されたようだ。おそらく政治的な懺悔(と罪悪感)の表れであろう、このジェスチャーは西側諸国特有のものだった。
狡猾で気まぐれな暴君の典型であるムアンマル・カダフィは、キリスト教の古くからの拠点(そして中東やアフリカで迫害されているキリスト教徒の避難所)であるヨーロッパは、いずれイスラム教徒に征服されるだろうと予言した。2006年4月10日にティンブクトゥで行われた演説で、彼はこの問題を次のように要約した:
「ヨーロッパには5千万人のイスラム教徒がいます。剣も銃も軍事征服もなく、アッラーがヨーロッパでイスラムに勝利をもたらす兆しがある。ヨーロッパの5千万人のムスリムは、数十年以内にヨーロッパをムスリム大陸に変えるだろう。アッラーはトルコというイスラム国家を動員し、EUに加える。これでまた5千万人のイスラム教徒が増える。ヨーロッパには1億人のイスラム教徒がいることになる。イスラム教国のアルバニアはすでにEUに加盟している。イスラム教国のボスニアはすでにEUに加盟している。国民の50%がイスラム教徒だ。ヨーロッパは苦境に立たされている。」
時間は紛れもなくイスラム主義者のために働いている。ヨーロッパ中のイマームたちは、歴史的な特権である二枚舌(「タキーヤ」の概念を参照)で話しながら、日常的にホスト国のいわゆる「開国」(すなわち征服)を祝福し合っている。彼らは「進歩的エリート」(黒い戦闘服に身を包んだ議会外のストームトルーパーは言うまでもない)の狂信的な支持を当てにすることができ、社会に対する信徒の忠誠を厳粛に保証することができる公共の議論において、伝統的な犠牲者の役割を引き受ける一方で、彼らはアラビア語、ウルドゥー語、ペルシャ語で、西洋の弱点と差し迫った没落について仲間の信者に指導する。
まともな神経の持ち主であれば、国境に出頭してきた一人一人が陰謀に加担していると疑うことはないだろう。移民は、自分たちの生活環境を改善するためなら、あらゆるものを捨ててでも別れ、犠牲にすることを厭わない。結局のところ、「より緑豊かな牧草地」を求めて外へ出ようとする衝動は、人間の根源的なものなのだ。しかし、人身売買業者の手によって、多くの移民が命がけでヨーロッパを目指している。だから正直なところ、小柄なティーンエイジャーも、妊娠中の母親も、ぽっちゃりしたほっぺの幼児も、犯罪の疑いがあるわけではない。
少数派になりつつある非西洋人は、遅かれ早かれ(民主的な能力を持つ)多数派となり、近隣や都市全体を占拠し、抗しがたい権力基盤を構成する。そして、宗教的なひねりを加えた公民権運動家(すなわち「社会的不公正」や「人種差別」に反対する運動)を装う者も含め、外国人の支配の拡大に熱心な人々の多くは、それを利用する用意がある。彼らは一般的な妬みや不信を煽ることをためらわない。社会の分裂は、彼らが支配権を得る究極のチャンスなのだ。対立と混乱を好む彼らは、真の陰謀家として振る舞う。
しかし、エイリアンの陰謀は、日和見主義的なもので、いわば「二次的なもの」にすぎない。したがって、はるかに憂慮すべき別の陰謀が存在する。権力のために自分の家庭や家族を無慈悲に犠牲にするヨーロッパの進歩主義者たちの意欲を中心に展開する、これが「第一の」陰謀である。この陰謀の本質は、世間知らずの域をはるかに超えている。強力な政治家と意思決定者が関与しているのだ。
1997年5月の総選挙と政権交代の後、地滑り的勝利で勢いづき、長期的な成功計画を立てる準備が整ったイギリス新労働党の指導部は、第三世界の大衆に門戸を開き、それによって有権者の構成--そして政治的気質--を永久に変えようと決めた。党中央顧問のアンドリュー・ニーザーはその後、指導部が(明白な理由で)国民に秘密にしていたこの運命的な政策は、「......右派の多様性を鼻にかける」ために明確に考案されたものだったと明らかにした。
つまり、英国の民族構成を変えるという戦略的な目的だったのだ。指導部はその見返りとして、党に対する無限の大衆(つまり外国人)の支持を期待した。そのような背信的な計算があったのだ。それ以来、元ビジネス担当国務長官のマンデルソン卿は以下のように告白しており、その罪深さは天に泣いている:
2004年、私たちはこの国に働きに来る人々を歓迎するだけでなく、捜索隊を派遣していた。
権力を維持するために自国を売り渡す!何世紀もかけて築き上げてきた高信頼社会が解体されようとしている。反対側には無政府状態が待っている。- ホワイトホールの責任者たちの名が、悪名高きものとなりますように。
Conspiracy Theories - Edwin’s Newsletter #1
1 note · View note
kennak · 2 months
Quote
諸説あるようです。 江戸時代、将軍に謁見できない「御目見(おめみえ)以下」である御家人のことをからかって、 旗本の子が「以下」と言ったことに対して、御家人の子が「タコ」と言い返したことからきた、 という説などが確認できました。 1 「以下」に対して「タコ」と言い返したことからきたという説について    下記(1)の図書に詳しく書かれていました。    「タコ」と言い返した話の出典は(2)のようです。    また(4)にも類似したエピソードが載っています。  (1)『知って合点江戸ことば 文春新書』 大野敏明/著 文藝春秋 2000.12    p.32~35 似ていなくても「タコ」    「旗本の子どもたちは御家人の子どもたちをからかって「以下」という。」    「御家人の子どもたちも」(中略)「旗本の子どもを「このタコ」と言い返す」    「それが転じて、身分の上の人をあざけって「タコ」「タコ野郎」というようになり、    江戸一般の罵倒語になっていった」     続けて『半七捕物帳』の「朝顔屋敷」が紹介されていたため、(2)を確認しました。  (2)『半七捕物帳 巻の1』 岡本綺堂/著 筑摩書房 1998.06    「朝顔屋敷」p.325    「大身の子は御目見以下の「以下」をもじって「烏賊」と罵ると、    小身の方では負けずに「章魚」と云いかえす。」  (3)『武士語でござる』 八幡和郎/監修 ベストセラーズ 2008.6    p.166に(1)とほぼ同内容の記述があります。    巻末の参考文献一覧に(1)も掲載されており、(1)を参考にしたものと思われます。  (4)「故郷七十年」『柳田国男全集 第21巻』 柳田国男/著 筑摩書房 1997.11    p.217に、養家の祖母から聞いた話として、類似のエピソードが紹介されています。    「養家の祖母の話に、身分のある侍の奥方たちが、以下の細君が来たのを見て    「以下だ、以下だ」と蔑んだところ、相手は「タコとは申しません」といって    逆襲したということであった。」 2 坊主の蔑称という説について    参考図書コーナーの辞典類を確認したところ、    悪口としては、坊主の蔑称という意味が複数の辞典に載っていました。      (1)『日本国語大辞典 第8巻(せりか-ちゆうは)』     日本国語大辞典第二版編集委員会/編 小学館 2001.08    p.883 たこ 【蛸・章魚・鮹】    (剃りあげた頭が蛸のようであるところから)「坊主をさげすんでいう語」    古いものでは1776-1801年の用例が掲載されています。  (2)『江戸語大辞典』 前田勇/編 講談社 1974.11    p.598 たこ(蛸)「坊主の蔑称」  (3)『大阪ことば事典』 牧村史陽/編 講談社 1979.7    p.405 タコ(蛸) 「蛸坊主の略。坊主の卑称。」 3 その他の説について    今回の調査では、ほかに下記の(1)(2)が見つかりました。    信憑性についてはどちらもただし書きがついています。    辞典類では、2で挙げたもののほか、下記の(3)(4)などに悪口としての    意味が載っていましたが、理由については書かれていませんでした。  (1)『ことばの動物苑 日本語になった動物たち』     ことば発掘探検隊/編 実務教育出版 1997.09    p.156 タコ    「相手を蔑む言葉。タコが空腹になったときに、自分の足を食べてしまうという俗説      から(中略)あるいは単純なシカケ=漁具(蛸壷)などで捕らえられてしまうからな      のか。」     ※「ほんとうのところはよく分かっていない。」とも書かれています。  (2)『20世紀死語辞典』 20世紀死語辞典編集委員会/編 太陽出版 2000.12    p.88 タコ    「人を罵倒する時に使う。「このタコ!」。もとは「下手くそ」の意味で、ゴルフから      きた。ゴルフで1ホールで8打もする人間を「タコ」、10打も叩く人間を「イカ」と      呼ぶ。」     ※冒頭に「使用上の注意」として「主観のままに書き連ねてあります」と書かれて        います。  (3)『日本俗語大辞典』 米川明彦/編 東京堂出版 2003.11    p.339 たこ(蛸)     「嫌な男性、不細工な男性などを罵って言うことば。関西のことば。」  (4)『淡路ことば辞典 じょろりでいこか!』     岩本孝之/著 神戸新聞総合出版センター 2013.10    p.216 たこ     「足手まといに���って厄介者扱いされる者。変わった奴。」 4 タコという言葉について    下記の2冊には、悪口として使われる理由は載っていませんが、    タコと言葉に関する記載がありましたので、参考としてご紹介します。  (1)『タコと日本人 獲る・食べる・祀る』 平川敬治/著 弦書房 2012.5    p.135~144「タコと言葉」     蛸足、蛸配、蛸部屋など、タコにまつわる言葉について書かれています。  (2)『タコは、なぜ元気なのか タコの生態と民俗』 奥谷喬司/編著 草思社 1994.02    p.44~46「タコを冠する ことばとことわざ」     タコ坊主、タコ入道をはじめ、     野球用語のタコ(「骨抜きにされた状態をタコにたとえたとするのが妥当であろ       う」)など、タコに関する言葉やことわざについて書かれています。    はじめに p.11    「愛嬌よりもとんまの面が強調されると、「このタコ!」と相なる。」    あとがき p.138    「タコという言葉、タコのイメージは豊かで同類のイカではこうはいかない。」    「「このタコ!」とやられはするが、何やら落ち込み方がいまひとつだ。」 5 その他の主な確認資料  (1)『罵詈雑言辞典』 奥山益朗/編 東京堂出版 1996.06    p.162 (「ずくにゅう」の項)     たこ入道 「坊主頭で太った人を嘲って言う言葉。「たこ入」とも言う。」  (2)『全国アホ・バカ分布考 新潮文庫』 松本修/著 新潮社 1996.12    p.219 「タコ(蛸)」が使われる地域として、長野・三重が掲載されています。  (3)『悪口冗談じてん』 山名正太郎/著 蒼洋社 1987.6  (4)『日本語は悪態・罵倒語が面白い 光文社知恵の森文庫』 長野伸江/著 光文社     2018.3  (5)『方言俗語語源辞典』 山中襄太/著 校倉書房 1970.4  (6)『かがやく日本語の悪態』 川崎洋/著 草思社 1997.05  (7)『悪態採録控 ちくま文庫』 川崎洋/著 筑摩書房 2012.11  (8)『賞賛語(ほめことば)・罵倒語(けなしことば)辞典』 長野伸江/著 小学館 2005.7  (9)『蛸 ものと人間の文化史』 刀禰勇太郎/著 法政大学出版局 1994.02  (10)『タコは海のスーパーインテリジェンス DOJIN選書』 池田譲/著 化学同人    2020.12  (11)『タコの知性 朝日新書』 池田譲/著 朝日新聞出版 2020.4  (12)『日本のタコ学』 奥谷喬司/編著 東海大学出版会 2013.6
悪口で「タコ」と言うのはなぜか。 | レファレンス協同データベース
1 note · View note
bearbench-3bun4 · 2 months
Text
「虚無への供物」中井英夫 1111
第一章
11第一の死者 01
よいよというか、やっと、第一章の始まりです。
喫茶店でしょうか? “泉”で、亜利夫と久生が会話してる場面です。 ここに出てくるので、実際にあった店なのかもしれません。
その前に、事件の概略が差し込まれています。
1954年12月22日水曜日の夜。 目白の氷沼家での出来事です。
それも、亜利夫は事件というより事故だと主張します。 そう、病死以外考えられないと言うのです。 根拠の一つは、完全な密室だからです。 まあ、完全な密室なんてないでしょうから、これからどう暴かれていくのか楽しみですね。
で、その状況というのが、
紅司が風呂に鍵をかけたままで返事がない。 ガラスを破って入ってみるとタイルの上にうつぶせに死んでいた。 主治医の嶺田博士の診断で持病の心臓が急激に悪化したと考えられる。 風呂場は厳重な密室で何者かが忍び込むことはまったく不可能。 26日には“急性冠動脈障害”による心臓衰弱という診断書で埋葬された。
と、こうです。 久生は納得できないみたいですね。 嶺田博士を訴えると息巻いてますね。
密室殺人(ロックドマーダー)と表現していますが、あまり聞いたことない表現ですね。 造語なんでしょうか?
ここで、藤木田の登場です。 新潟からきた氷沼家のお目付け役みたいな人だと表現されています。 で、その藤木田も含めて、 その場にいたのは、亜利夫、藍ちゃん、橙二郎、爺やの五人です。
主要な登場人物である蒼司は、九段の八田皓吉のところに行ってました。 しかも、本来なら亜利夫と新宿駅で待ち合わせて気晴らしをすることになっていたのに、 すれ違いで、九段の八田皓吉のところに行ったのと言うのです。 どうなんでしょうね。このあたり。
ところで、 蒼司がしかたなく一人で、 アメリカ版ゴジラ映画「原子怪獣現る」を見てました。 この映画、この年の10月頃に封切られていました。 特撮の巨匠、レイ・ハリーハウゼン初の長編作で『キング・コング』と並ぶ古典的SFX映画の名作。 原作はレイ・ブラッドベリの短編小説『霧笛』(The Fog Horn)です。
興味が湧いたので見てみました。
むちゃくちゃ面白かったです。 現在のものさしに当てはめれば、滑稽さも目立ちますが、その当時ならワクワクできたでしょうね。 タコとサメが戦うシーンとかいいです。よくできてます。 ただ、思ったほど大きくないかな。 しかも、やっつける方法が“放射性アイソトープ ”とは。 放射能撒き散らすことにならないんだろうかと不安です。
で、蒼司が藤木田をわざわざ新潟から呼び寄せてます。 やっぱりこのあたり何かありそうです。
この藤木田誠(ふじきだまこと)について書かれます。 この人も重要人物なんですね。
氷沼家との血縁関係はない。 現在は、引退して郷里の新潟在住。 年齢は60過ぎで銀髪、血色のいい日本人離れのした押し出しの巨漢で、 祖父の光太郎と同業でいつも一緒に世界各国を渡りあるいたというだけに、渋いツイードを着こなしている。
事件が起こる直前、 橙二郎は二階の書斎に 爺やは玄関わきの自室に 茶の間の掘りごたつには、 床屋へ行ったばかりで若々しい顔つきの紅司と藍ちゃんそれから亜利夫、藤木田老人がいた。
そこでの話題として、 松沢病院での事件を上げてますが、 藤木田老人は、そんな事件ではなくて不可能犯罪なら謎を解いてみせるといいます。 どうやら壮大な前フリみたいです。
ところで、 松沢病院という病院が今でも東京にありますね。 まさかと思いますが、 話題にあがっているのは、ここでの事件でしょうか?
今度は、 藍ちゃんもそれに加わって、 “密室の中の他殺”ぐらい無意味なものはないという話になります。 密室殺人を真っ向から否定するとは、この小説は何を書きたいのか? もしかすると、これからとんでもない密室殺人を、 これまで見たこともない前代未聞の小説を書くということなんでしょうか?
で、 紅司がこれから書こうとしている『凶鳥の黒影』はどうなのか訪ねます。 それに答えて、紅司は、
PAeμ(θA-θB)=PB
という平衡式を書いてみせます。 藤木田老人もその数式をみながら、 「何かが何かにイコールというわけだな」 と、いってます。 平衡は、 物体が力学的につり合いの状態にあることですから、たいていイコールでつなげてあれば平衡式ですね。 それを数学の先生に書いてもらったと言うことが、果たしてどういうことなのでしょうか?
発見者がちょっとでも死体を動かしたら最後トリックの痕跡はあとかたもなく消滅するという仕掛けだと、 具体的な内容を紅司は言いだそうとします。
と、いいいタイミングで二階から橙二郎の降りてくる気配がします。 というの���、例の階段が低く鳴ってるからです。 二階にいたのは、橙二郎だけですから、��れを皆橙二郎だと思いますね。 はっきり、橙二郎だと書いてないところが怪しい。
そこで、紅司は話を切り上げ、麻雀でもということになります。
その後、橙二郎が皆のもとを訪れます。 やはり二階から降りたのは橙二郎だったのでしょうか。
その橙二郎が皆に風呂に入ったか確認しますが、 誰も入ってないみたいです。 そこを紅司は遮るように「もう十時すぎた」といいますね。 このあたりもわざとらしいのですが。 しかも、紅司は普段、決して自分の部屋に人を入れないのですが、 今日は、どういうわけか、藍司、亜利夫、藤木田の三人を自分の部屋に誘います。
おかしいですね。 まあ、いずれわかるのでしょうが。
二階へ行く途中、亜利夫は蒼司に電話してみます。 九段の八田皓吉のところで、冬至の柚子湯をに入るということです。
その電話を聞きつけた紅司が、 「兄貴たまげるだろうな」とつぶやきます。 これは、かなり意味深です。 でも、他人の家の風呂に入ってくるというのは、どうなんでしょうね。 1954年12月22日は、確かに 冬至ですから、その話自体は自然な流れなのかもしれませんけど。
で、八田皓吉のことが少しだけ書かれます。 外国式のやり方だといって、 彼自身がその売り家に住み込んで注文通りの凝った改装をしてから買い手に引き渡すという家屋ブローカーをしています。
その後、 人を自分の部屋にさそっておいて、紅司は風呂にははいります。 三人は、二階の紅司の部屋に、橙二郎は書斎に向かいます。 途中、不意なった電話を橙二郎が取り上げますが、それは、どうやら間違い電話らしいです。 なんか変な感じですね。
それから三十分階下から物音も聞こえてこなかったし、 二階からも誰も降りたものはいないというのです。 しかも、二階の部屋の窓には鉄格子がついているし、 藍ちゃんの部屋の外の踊り場に非常梯子があるが、それを使うとも思えないと、こうです。
で、 紅司部屋の様子が「赤のシンフォニー」とでもいうような、赤色で調和が取れていると書かれます。
床に厚手な深紅の絨毯、 カーテンはほとんど黒にちかい赤色の古風な天鵞絨(びろうど)、 電気スタンドは眠たいような淡い鮭(しゃけ)色、 ディヴァンには深緋(しんぴ)の繻子(しゅす)とです。 これで、本当に調和が取れているのでしょうか。
天鵞絨(びろうど)はベルベットのことですね。 わざわざ書くということは、この当時は、高価だたのでしょうか? ディヴァンにかかっている光沢が強い織物は紫みの暗い赤色ですね。
で、 紅司部屋の蔵書についても書かれます。 36部限定の局紙本の揃いで日夏耿之介の遊牧記(ゆうぼくき)が五冊と黄眠堂(こうみんどう)主人訳になる「院曲撤羅米(さろめ)」の大型本です。
遊牧記については、詳細が見つかりませんでした。 た��、 日夏の個人誌としての『游牧記』に石川道雄等が参加したとありますから、 自費出版に近いのでしょうか?
一方、院曲撤羅米(さろめ)は、 日夏耿之介の号のひとつである黄眠堂(こうみんどう)主人の訳で、 昭和三年「近代劇全集」中の一篇として発表され、昭和十三年六月蘭台山房より定本として大型豪華版が刊行されました。 ちなみに、 三島由紀夫は『サロメ』の演出、上演にあたり日夏訳『院曲散羅米』を選んだそうです。
ちらりと、挿入されている挿絵を見ましたが、 これは、問題がありですね。
で、最後にちょっとした驚きがあります。 なんと、藤木田老人がバア“アラビク”に行ってて、 久生のことを知ってたのです。
この藤木田という人物もなんとなく油断ならないですね。
つづく。
0 notes
toshiki-bojo · 8 months
Text
「虚子への俳話」168
「花鳥」令和5年2月号より転載
Tumblr media
「金子兜太・黒田杏子 対談」2017年5月30日・NHK学園にて
 この対談はかつてNHK学園で私が第一部として虚子の講演をした、その後第二部としておこなわれた金子・黒田氏の対談の模様を私が会場で速記をしたものです。このお二人とも故人となられた。誤謬などはご容赦を。
坊城俊樹
「俳句人生」
金子兜太・・
 旧制水戸高校・十九歳のとき俳句の道へと考えた。一九三八年のことだった。まもなく結社「海程」は白寿をもって閉づるつもり。これは私一代のみのもの。当初は自分の句を作るため、作らせるためのものだった。  しかしここに来て終刊を宣言せざるを得なかった。いまは生き苦しいから。しかし来年の白寿にすれば良かったかも。発表が早かった。本当の自分の腹はまだ出来ていない。しかし生き場所が無い思いも。淋しいがさっぱりとしたかった。でも一年様子を見たかったが。今後は一人ぶらぶら、二人ぶらぶらでやる。自由で行くつもり。
黒田杏子・・
 朝日新聞俳壇の選者を六十代でなされたときは伝統俳句派の新聞不買運動もありました。(金子氏は対立する現代俳句派の頭領と目されていた)今でこそ無いですが。  八十代まではハングリーでやると。お顔も元気だが顔面神経痛もされたとか。しかしジャンギャバンに似て来られた。つまり人間が深化されたのでは。  私は十九歳年下で、かつて戦場経験をされた時の聞き役もしました。長生きの道を柔軟に歩くこと。そんな生き物の先輩であられる。俳句も一句一句だから一九一九。そんな人生なのではないですか。
金子兜太・・
 答えられんよそんな質問、難しすぎて。  ともかく旧制高校に入ってから俳句を作った。わたしは母が十七歳のときに産まれた子。母は紙問屋の番頭の子だつた。母は徳利のような体でビア樽のような尻をしてた。  なんでも宇都宮聯隊の浜田という友人のとこにビア樽のような娘が居ると言うことで父と結婚することに。父(もとはる)は無理矢理開業医にされた人。本当は新聞記者になりたかった。嫌で試験は白紙で出したのだが、結局京都府立医大にはいった。 そして軍医となる。
 やがてビア樽は未婚のままで兜太を産む。まさに偶成。ちなみに私の「造形論」も偶成の句の作り方。名前は「兜太」で役場登録。中国では東方の太い気性の意味らしい。しかし父はあそこが太いと勘違いしていたらしい。私は魂もそんな太くない。すけべではあるが。  兎に角私は母が十七歳で生まれた子、法的にも最少出生は女性で十六歳とかの頃。子供は十代で産めという時代だったのか。父は上海の学校の校医もしていた。妹も上海で生まれた。兄弟は六人もいた。 その後帰国し秩父で開業をする。
 少年期のころから母が気の毒だった。農家の大家族に生れ、旧姓は島谷。姉妹は四人。母はいじめられたらしい。子供なのに饂飩打ちの麺棒で打たれていたとか。  母はその棒で饂飩を作り、私が小学校のころから父は俳句を作りはじめた。  秋桜子は父の同級生。医者同士で俳句の「馬酔木」をやることに。会は月に一二回か。もっとも、饂飩を食って・酒飲んで・俳句会。それは母がすべて差配した。
 母は大家族制度の女性の立場を見てきた人。医師嫌いになった、たぶん俳句も。そのため私は母のいじめの理由を調べるために帝大で経済学を学んだ。しかし俳句を憎む母は父らわれわれをずっと「人非人」と呼んだ。句会の人たちもまた。  私は実際のところ、正式には俳句は出沢三太郎という友人の影響で作り出す。最初の句は、
  白梅や老師無心の旅に棲む 兜太
 これは句会の最高点だった。そこから病みつきに。水戸時代の色街が舞台で、女衒の舞台でケヤケヤ踊りというのがあり、その際どい踊りを詠った。(筆者拄、この句とあまり関係無いような気がするが、私の記録違いかも)  今後のことについて。今となっては、家族や友人たちとの「牧歌的な回想」がある、しかし「独りの道」というように切り替えてみれば、昔の私などはどうでもよい。
 今後は「一人でどんな俳句が出来るか」「うまく行けばノーベル賞まで」と考えている。こんな野心こそがエネルギーかと。なんのこともない、結局母は百歳の時も俳句を作った。波郷、石塚友治の「鶴」のころも投句していた。  その金子ハルこそもっとも私の尊敬する人なのである。
0 notes
ngmono · 9 months
Text
遠藤周作の「牧歌」は、1950年に27歳の著者がフランスに留学した際の体験を綴ったエッセイ集である。
戦後初の留学生として、戦争の暗い影が残るヨーロッパで、信仰、愛、そして自らの生き方を模索する著者の姿が、瑞々しく、そして時に苦悩を伴いながら描かれている。
本書は、大きく分けて3つの部分から構成されている。第1部は、留学直後のパリでの生活を綴った「パリ」と「モンマルトル」である。著者は、戦争の傷跡を残すパリの街並みに圧倒されながらも、その美しさに魅了されていく。また、モンマルトルの芸術家たちとの交流を通して、芸術の持つ力や、人間の生きる意味について深く考える。
第2部は、フランス南部の故郷を訪ねた際の体験を綴った「ボルドオ」と「プロヴァンス」である。著者は、モーリヤックやプルーストの故郷であるボルドオを訪れ、彼らの作品への理解を深める。また、プロヴァンスの豊かな自然の中で、愛と死について静かに思索する。
第3部は、帰国後の著者の体験を綴った「帰国」である。著者は、日本に戻ってからも、留学中に抱いた疑問や悩みと向き合いながら、新たな生き方を模索していく。
本書は、著者の若き日の青春の苦悩と、生きることの意味を探求する姿を描いた作品である。戦争の影が残るヨーロッパで、著者は、信仰、愛、そして自らの生き方について、真摯に向き合う。その姿は、時に苦悩を伴いながらも、瑞々しく、そして力強い。
0 notes
asianewspickup · 11 months
Text
メガソウル歓迎、地方にも超広域経済圏で活性化を…って地域差別がひどいからね
「メガソウルは全国に超広域経済圏を誘発する起爆剤になるだろう。首都圏が大きくなるのは「ゼロ島」ではなく、地方の力量を育てる機会だ 。毎日経済が去る7日ソウル市庁で主催した座談会で専門家たちは「全国各所に「メガシティ」を作らなければならない」と口をそろえた。この日座談会にはウ委員長をはじめ、イ・チョルウ慶北道知事、許文区産業研究院地域均衡発展センター所長、地方時代委員会委員のチュ・ヒョンホクォータードリームラップ代表など4人が参加した。 彼らは最近、政治権を熱く盛り上げる「メガシティ」の必要性に共感を帯びた。ウ委員長は「「超広域経済圏」はMB政府の時に始まったが、これまでとても地理滅裂した」とし「地方はメガシティをうまく活用して地方の力量を育成しながら、超広域経済圏をより早く実現し、さらに行政統合までしなければならない」 「と言った。
 韓国ソウルのお隣りにある金浦市をソウルに編入する案が韓国で取り沙汰されているけれど、それに伴って超広域経済圏を韓国各地に作り出し数のメリットを活かすべきだというお話。
経済圏が金と自治の自由を得てそれぞれに特色のある政策を推進して地域の特色をアイデンティティとして地域の競争力を育てようという主旨のようですがどうでしょうねぇ。
 韓国社会の価値観が金の一択である限り、地域の強みを比較する物差しがひとつしかなければソウルに他地域がかなうはずがありません。勝者は敗者になにをしても良いという韓国社会の規範に則れば、弱い地域はますます弱くなるだけですよね。
同じブロックになる各地域同士の格差や関係も危うくするリスクであり、危うくなる可能性のほうが高いでしょう。ブロック内でもどちらが上か下かを事あるごとに比較し明らかにしようとするのも半島気質です。経済圏に寄与する地域、助けを受ける地域はどうしても出てきますから、そうなった時にはたして弱い地域を慮るような自治ができるのか…って無理だと思いますね。
 日本でも平成の大合併のあとのシコリがずっと残っている地域というのはあります。それよりずっと前、戦国時代あたりからの地域差を未だに気風として引きずっていて互いに嫌い合っている県も多い。同じような、あるいはもっと露骨に過激に地域併合のデメリットをむき出しにしてくるのを見る羽目になることでしょう。
特に教育は地域を生かすための妙手だ。同知事は「教育政策をみな教育部で行うと千片一律的な大学になり、配列ができる」とし「地方だけの特化大学を作った地域で生まれた人がその地域で勉強し、働いて生きていかなければならない」と話した。この知事は「私たちは今、すべて故郷を離れて首都圏を迷う遊牧民として暮らしている」とし「今、定住民にならなければならない」と強調した。許所長は「以前は雇用が人を呼んだなら、今は企業が人材を探して迷っている状況」とし「地域が企業を誘致することを超えて企業が望む人材を養成し、板を敷かなければならない」とした。
 ちょっと理解できないのですが、地域の特化大学出身者がその地域で働くような制約どうすれば?
大学進学率が5割とか、大学進学への補助が有効な手段になる場合なら地域の住民がその地域の大学進学への奨学金や補助を受けて、卒業後に丁稚奉公よろしく働く義務を持つとかならまだしも、8割近い大学進学率でソウル大の文系に合格入学しても休学して理系や他の大学の医学部受験を目指すくらい、言ってみれば大卒は最低限の資格でしかない韓国では、地方大に入学し地方で就職するメリットがない。
 例えば地方にできた自動車大学や半導体技術特化型大学がそのいい例。大学で勉強する資金はすべて国内の産業関連企業が出しカリキュラムもその会社で将来働くために必要な知識、技術を得るためのもので、卒業生の就職も約束されている、そんな大学でも定員割れで苦しんでいる状況。
自動車産業であってもホワイトカラーじゃないと魅力がないし、製造現場で働くとか研究職は人気がないんですよね。もっとも、自動車製造ラインで働くには極悪労組加入してないと針のむしろだし、研究職もすぐに成果を出さないとクビのシビアな韓国で人気がないのは当然なのですけれど。
 今すぐ人気の大学を創って人材の確保と地域への貢献を狙おうとするなら、魅力のある医科大学を創る以外にないでしょう。腕に職をつけて個人事業主として異様に速い定年と僅かな年金に貧しい老後に怯えることなく生きていける医者しか今の韓国では望みがないのも現実。
あ、医者と言っても皮膚科や美容整形で、小児科や産婦人科のような医療訴訟のリスクがバカ高い科目はなり手がないのは韓国も日本も同じですけども。
0 notes
brdc-a · 1 year
Photo
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
アーカイブ放送『熊谷正の「美・日本写真」』 2023/06/30 20時配信
ゲスト:写真家 清水哲朗さん ~前編・後編~(18年7月放送)
今夜の『美・日本写真』は、写真家の清水哲朗さんのアーカイブ放送をお送りします。
<再生はこちら▶️>
※スマホ/タブレットはアプリからご視聴ください。 過去の放送は、Back numberで🎧
前編は、清水さんが写真を始めたきっかけから写真家・竹内敏信さんとの出会い、モンゴルを撮影するきっかけについてお聞きします。
後編は、 ふるさと探しをテーマに横浜出身の清水さんがふるさとに憧れる理由から故郷や方言への想いついてお話を伺いました。
またギャラリーに飾る写真は… 「モンゴルの遊牧民」「ふるさと探し」をテーマに、それぞれ5枚の写真を紹介して頂きました。
※この番組は、2018年7月18日、7月25日に放送されたものです。
【書籍情報】
Tumblr media
写真絵本『モンゴル (世界のともだち) 』 バタナーは遊牧民の男の子。山羊や羊、馬を育ててたくましく生活しています。乳しぼり、家畜の世話、乗馬や大空の下でのごはん。モンゴルの大草原でのくらしはバタナーのお気にいりです。将来、ともだちになるかもしれないだれかの毎日。小学校中学年から。 出版社:偕成社 発売:2014年1月22日 詳しくはこちら 『うまたび~モンゴルを20年間取材した写真家の記録』 トナカイ遊牧民が暮らしクマが生息するモンゴル最北部のタイガを目指した馬旅、不法金鉱山労働者“ニンジャ”や首都のマンホールチルドレン取材記…。モンゴルに魅了された写真家が追いかけ続けた、知られざるモンゴル。 出版社:偕成社 発売:2017年11月30日 詳しくはこちら 写真集『New Type』 モンゴルが民主主義国となり日々変化していく様を15年間撮り続けた前作『CHANGE』から、その後の3年間を追ったのが今作です。 文明の利器が浸透し、草原で暮らす遊牧民がスマホでSNSに近況をアップするのが当たり前となった今は、変化するというよりまさに『New Type』。現地に足繁く通い日常に溶け込みながら取材を続ける清水氏の独自の視点が余すところ無く詰まった作品。出版:日本カメラ社 発売:2015年12月 詳しくはこちらから <熊谷正の「美・日本写真」>  
写真家・熊谷正がギャラリーのオーナーとなり、ゲストと対談。 毎回選りすぐりの5枚の写真を撮影秘話と共にご紹介します♪   「心は、写真の中にこそある。」熊谷正
過去放送一覧はこちら
<ブルーレディオTOPに戻る>
0 notes
arakawalily · 2 years
Photo
Tumblr media
北千住の隠れ家和食 『良井』さんに行ってまいりました❗️金髪先生も必ず立ち寄りたい❗️和の創作料理が、次々とコの字カウンターから繰り広げられ、完全ノックアウトな美味揃いでした。 @yoshii_kitasenjyu ⚫️自家製ジンジャエールと、伊藤農園100%みかんジュースで乾杯❗️ピリッと辛い大人なジンジャエールが食欲をそそリリー ⚫️ お通しに『自家製胡桃豆腐』と『縮みほうれん草とお浸し』胡桃豆腐もちもちで、おひたしのお出汁が上品な味わい😍器選びもセンスが光リリー ⚫️紅 ズワイ蟹のコルスロサラダ 沢山の蟹のほぐし身に自家製発酵ジュレをかけて、さっぱりモリモリと食べれるサラダ🦀贅沢な和サラダだ和🥗 ⚫️本日の旬肴冷菜 イチゴと生ハムの白和え こんなおしゃれな白和え和とイタリアのマリアージュ 西京みそ、まるかるぽーね、とうふ ⚫️本日の鮮魚盛り合わせ なんと、幻の高級魚🐟クエがさリリーげなく登場❗️しかも分厚く1.5cmぐらいありそうです豪華な盛り合わせ❗️ クエ、天使の海老、寒鰤炙り、甘鯛の4種類 ⚫️熊本直送馬刺し盛り合わせ 新鮮な赤身がトロ〜リ甘く、ニンニクと九州醤油が抜群に合います❗️ ⚫️こだわりのサッポロ黒生❗️ ビールはビアホールにあるような本格的なサーバーで一度注ぎ、クリーミーと2種類の昭和と現代という注ぎ方から選ぶことができます。自家製サーバーから注がれるコンディションにこだわったサッポロ黒ラベル 昭和 一度注ぎ680円 現代 パーフェクト700円 ⚫️ 山形和牛のタルタル🐮 パフェのような見た目でびっくり❗️ 山形和牛のモモ肉は低温調理で柔らか〜🐃土佐酢のジュレ、ミシュランのお店御用達の田中農場さんの卵黄、ディル、玉ねぎをまぜまぜしながらいただきます💓 一杯目のビールのアテに、至福の一杯❣️ ⚫️名物妻有とんかつ 店主の故郷 新潟県の妻有地域で生産されるブランド豚「妻有ポーク」で作ったトンカツ🐷一般的な豚肉と比べ、脂身の融点が低いんだそうで、中がピンク色、とろけるような味わいと旨味がギュッとつまってます。 トンカツはすりたてのワサビと結晶塩、オリジナルの特製塩辛に醤油麹ソースをつけて食べる、アバンギャルドなトンカツでした❗️ 口直しにはスパイスとレモンも効かせた 発酵レモンキャベツが添えられています。 ⚫️肉出汁あんかけ卵焼き   埼玉深谷田中農場の卵で🥚 優しいお出汁に、豚肉もたっぷりで、あんかけと厚焼き卵が優しい気分になりました ⚫️和牛の牛すじ煮込み  生の和牛すじを時間をかけて煮込むので、トロントロンで、お出汁に良く馴染んでます。牛すじ煮込みは、味噌煮込みより断然この、出汁系煮込みが牛すじの味わいが楽しめ、美味しいですね❣️ ⚫️ 食後のデザート ミックスナッツの佃煮がけガンジーソフト 〆に頼んだ”ガンジー牛乳のソフト”は新潟県では長岡市の加勢牧場で飼育されたガンジー牛という品種のソフトクリーム。濃厚なのは勿論、鼻から抜ける牛乳の香り🥛生ミルク〜!ナッツの佃煮も味変と食感が楽しい🥜 この日はアラカルトで頼みましたが、看板メニューでもある妻有とんかつや刺身盛り合わせ、ガンジー牛乳のソフトなど、もりもりお腹いっぱいいただきましても4000円〜6000円で大満足のお値段設定❗️ 一品一品洗練された和食 日本酒や、ビールが好きな人に超絶おすすめの最高なお店でした 和食居酒屋 良井(@yoshii_kitasenjyu) ============================== 良井 ◆住所. 東京都足立区千住2-64-13 ◆交通手段 北千住駅 2番出口から徒歩1分 ◆営業時間 営業時間 16:00~23:00(L.O.22:00) 日曜営業 定休日 不定休 ============================== #良井 #是屋  #Supported#北千住グルメ #北千住和食#北千住ディナー#北千住飲み#北千住飲み屋横丁 #金八先生 #足立区グルメ #足立区#飲み歩き#荒川リリー #北千住居酒屋  #北千住駅  #東京グルメ  #japanesecuisine (良井) https://www.instagram.com/p/CoCMUKrSo3F/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
soshibokumovie · 2 years
Text
藤ヶ谷太輔、「台本を超えての真に迫る芝居」 撮影現場レポート到着!場面写真&メイキング画像解禁!
本作の撮影は、2021年の3月~4月にかけて行われ、映画だからこそ実際に現地へと足を運んで撮影する──すなわちロケーションが各地で敢行された。
Tumblr media
原作となった舞台では、ロードムービー的な物語を舞台上でどう見せるかという工夫が施されていたが、映画は文字通りロードムービーとして、物理的に場所を移動して撮影していく。そして、藤ヶ谷演じる裕一が、追いつめられ帰る北海道の苫小牧は、三浦監督の生まれ育った地でもあった。 「そこに強い思いがあったかと言われると、実はそういうことでもなくて。さんざん見てきた景色だったから切り撮りやすかったというのが、正直なところなんです(笑)。とはいえ、苫小牧独特の空気感が滲み出るような映像は撮れたのかなと思っています。何より、藤ヶ谷くん自身が苫小牧へ行って、菅原の生まれ故郷を体感してバックボーンを蓄積したことによって、その後の芝居においても役立ったように感じているんです。」(三浦監督)、北海道での撮影は4月だったにもかかわらず、真冬のように寒かったという。肉体的にも精神的にも追い込まれ、雪の中を途方に暮れて歩く藤ヶ谷の姿は、自身が演じる裕一により一層のリアリティがもたらされていたに違いない。
また、本作はシネマスコープのサイズで撮影されている。 「シネスコの狙いはまず、作品全体を『映画というもので包む』という意図があったので、仕掛けとして必要だったんです。あとは、一見、はたから見たら、どうでもいいと思えるような些細な物語なので、それを敢えて、映画的に見せ切ることが、歪(いびつ)で面白いと思ったんです」(三浦監督)。当初、小西啓介プロデューサーはシネスコサイズで撮ることに懐疑的でもあったようだが、終わってみれば監督の選択が賢明だったと称賛している。「前半は室内での会話シーンが多いのでシネスコサイズの効果がどれだけあるのだろうか?現場は狭いし、色々大変なんじゃないかとスケジュール面への影響なども心配していましたが、北海道ロケやドローンで撮った映像を見て、前半の窮屈な世界感と後半のギャップは効果的だと思いました。」
Tumblr media
そういったテクニカルな面もさることながら、本作では、三浦監督の変化がいくつか見られたようだ。 「終盤のある大事なシーンの撮影のワンテイク目で藤ヶ谷さんが完全に裕一が乗り移ったかのごとく……感情が溢れ出す凄いお芝居をされたんです。それは凄く良かったのですが、そのシーンの狙いとはやや違っていたので、その後、結構な数のテイクを重ねていたことがありました。ですが、後の編集ラッシュで監督はワンテイク目を使って、裕一の感情に寄り添った劇伴までつけていました。私が知る限りでは演出家としての三浦監督は俳優さんのお芝居に引っ張られてシーンの狙いを変えることがこれまでほぼなかったような気がします。少しでも違うなと思うとテイクを重ねながら微調整して完成形に近づけていく。そのあたりの徹底ぶりは凄いものがあります。でも、結果的にそのシーンではワンテイク目を使った。シーンのニュアンスを変える程、藤ヶ谷さんの演技に心を動かされたのだと思いました。その点はすごく印象に残っていますね。」(小西P) 菅原裕一と同化した藤ヶ谷による、台本を超えての真に迫る芝居の賜物と言えるだろう。
現場での藤ヶ谷は、人間関係を断って逃げる役柄ということもあり、和気あいあいというよりは、裕一という役に向き合って黙々と芝居に臨んでいた。演出面で監督に追い込まれ、藤ヶ谷自身も敢えて自分を追い込んでいたようにも見えたという。撮影が進むにつれ、どんどんやつれて疲弊していった藤ヶ谷は、「まさに身を削って裕一役を演じ切った。」と言えるだろう。
Tumblr media
5 notes · View notes
chishiru61 · 2 years
Text
2022年に見た展覧会
0102 民藝の100年+MOMATコレクション@MOMAT 0108 ハリーポッターと魔法の歴史@TSG ★0108 白井晟一入門 第二部@渋谷区立松濤美術館 0108 ザ・フィンランドデザイン展―自然が宿るライフスタイル 0110 大英博物館ミイラ展@国立科学博物館 ☆0116 大・立石タイガー展 世界を描きつくせ!@うらわ美術館 ☆0116 大・立石タイガー展 世界を描きつくせ!@MOMAS 0116 梅津庸一展 ポリネーター@ワタリウム美術館 ★0122 久保田成子展 Viva Video!@MOT ★0122 クリスチャン・マークレー トランスレーティング/翻訳する@MOT ☆0122 ユージーン・スタジオ 新しい海@MOT 0128 ミケロ・バルセロ展@東京オペラシティアートギ��ラリー 0129 矢萩喜從郎 新しく世界に関与する方法@神奈川県立近代美術館 葉山 0129 フィリア―今道子@神奈川県立近代美術館 鎌倉別館 0206 松岡コレクションの神髄@松岡美術館 0206 奇想のモード@東京都庭園美術館 ★0213 ミロ展 日本を夢見て@Bunkamura ザ・ミュージアム 0213 メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年 0227 グランマ・モーゼス展+ART/MUSIC@世田谷美術館 0305 木村伊兵衛と画家たちが見たパリ 色とりどり@目黒区立美術館 0306 ドレスデン国立古典絵画所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展 0306 特別展 ポンペイ@東京国立博物館 0312 建部凌岱展 その生涯、酔たるか醒たるか@板橋区立美術館 0325 兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~@京都市京セラ美術館 0325 挑む浮世絵 国芳から芳年へ@京都文化博物館 0326 ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント@名古屋市美術館 0327 GILBERT & GEORGE CLASS WAR, MILITANT, GATEWAY SELECTED WORK FROM THE COLLECTION@エスパス ルイ・ヴィトン東京 0401 はじまりから、いま。1952-2022@アーティゾン美術館 0415 上野リチ ウィーンから来たデザイン・ファンタジー展@三菱一号館美術館 0416 生誕100年 朝倉摂展@神奈川県立近代美術館 葉山 0416 山口蓬春と四季の移ろい@山口蓬春記念館 0416 山口勝弘展―『日記』(1945-1955)に見る@神奈川県立近代美術館 鎌倉別館 0417 日本画トライアングル 画家たちの大阪・京都・東京@泉屋博古館 東京別館 0417 ダミアン・ハースト 桜@国立新美術館 0423 Chim↑Pom展:ハッピースプリング@森美術館 0423 2121年 Futures In-Sight展@21_21 DESIGN SIGHT 0425 Chim↑Pom展:ハッピースプリング ミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペース 0430 アール・デコの貴重書@東京都庭園美術館 0430 東京の猫たち@目黒区立美術館 ☆0501 カラーフィールド 色の海を泳ぐ@DIC川村記念美術館 0502 没後50年 鏑木清方展+MOMATコレクション@MOMAT ☆0503 ふつうの系譜 京の絵画と敦賀コレクション@府中市美術館 0504 SHIBUYAで仏教美術@渋谷区立松涛美術館 ★0504 カナイフユキ 個展 『ゆっくりと届く祈り』@GALLERY X 0507 空也上人と六波羅蜜寺@東京国立博物館 0508 燕子花図屏風の茶会 昭和12年5月の取り合わせ@根津美術館 0515 シダネルとマルタン展@SOMPO美術館 ★0522 特別展 モディリアーニ―愛と創作に捧げた35年―@中之島美術館 0522 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場@京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ 0529 ボテロ展 ふくよかな魔法@Bunkamura ザ・ミュージアム 0604 吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる@MOT 0604 生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展@MOT 0617 特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」@国立科学博物館 0624 スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち 0624 木梨憲武展@上野の森美術館 0625 生誕100年 朝倉摂展@練馬区立美術館 ☆0626 セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策@アーティゾン美術館 0626 Transforamtion 越境から生まれるアート 0630 2022イタリア・ボローニャ国際絵本原画展@板橋区立美術館 0702 牧歌礼讃 / 楽園憧憬 アンドレ・ボーシャン + 藤田龍児@TSG 0702 日本の映画館@国立映画アーカイブ 0707 孤高の高野光正コレクションが語る ただいま やさしき明治@府中市美術館 ☆0713 スイス プチ・パレ美術館展@SOMPO美術館 ☆0715 特別展アリス へんてこりん、へんてこりんな世界@森アーツセンターギャラリー ☆0717 クマのプーさん展@PLAY!MUSEUM ☆0718 蜷川実花 瞬く光の庭@東京都庭園美術館 0718 アヴァンガルド勃興@東京都写真美術館 0718 メメント・モリと写真―死は何を照らし出すのか@東京都写真美術館 0722 ガブリエル・シャネル展 MANIFESTE DE MODE@三菱一号館美術館 0723 自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで@NMWA 0725 故宮の世界@東京国立博物館 0727 深堀隆介展 金魚解禁 日本橋@日本橋三越 0803 もしも猫展@名古屋市博物館 0803 国際芸術祭 あいち2022@愛知県美術館 0806 ゲルハルト・リヒター展+MOMATコレクション@MOMAT 0807 津田青楓 図案と、時代と、@渋谷区立松涛美術館 0814 こぐまちゃんとしろくまちゃん 絵本作家・わかやまけんの世界@世田谷美術館 0820 ライアン・ガンダー われらの時代のサイン@東京オペラシティ アートギャラリー 0823 長谷川潔 1891-1980展―日常にひそむ神秘―@町田市立版画美術館 0827 かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと@Bunkamura ザ・ミュージアム 0917 ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡—市民が創った珠玉のコレクション@国立新美術館 0919 日本美術をひも解く@東京藝術大学大学美術館 0919 芸術×力 ボストン美術館展@東京都美術館 0919 キース・ヴァン・ドンゲン展@パナソニック汐留美術館 ★1002 生誕140年 ふたつの旅 青木繁×坂本繁二郎 @アーティゾン美術館 ★1008 ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展@NMWA 1009 ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで@MOT 1009 MOTアニュアル2022 私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ@MOT 1022 旅と想像/創造 いつかあなたの旅になる@東京都庭園美術館 ★1023 装いの力―異性装の日本史@渋谷区立松濤美術館 1029 イッタラ展@Bunkamura ザ・ミュージアム ☆1029 国立新美術館開館15周年記念 李禹煥@国立新美術館 1029 日本の中のマネ ―出会い、120年のイメージ―@練馬区立美術館 1110 クマのプーさん展@名古屋市美術館 1110 ジブリパークとジブリ展@愛知県美術館 1123 展覧会 岡本太郎@東京都美術館 1124 アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで@府中市美術館 1126 マリー・クワント展@Bunkamura ザ・ミュージアム 1127 国宝 東京国立博物館のすべて@東京国立博物館 1202 つながる琳派スピリット 神���雪佳展@パナソニック汐留美術館 1204 川内倫子展 M/E@東京オペラシティ アートギャラリー ☆1206 雰囲気のかたち@うらわ美術館 1206 桃源郷通行許可証@MOMAS 1210 響きあう名宝―曜変・琳派のかがやき―@静嘉堂文庫美術館 1217 瞳に映るファンファーレ ―浜口陽三の銅版画と川瀬巴水をはじめとした新版画―@ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション 1217 ヴァロットン 黒と白展@三菱一号館美術館 1218 善本 喜一郎 写真展 東京タイムスリップ 1984 ⇔ 2022@OM SYSTEM GALLERY 1218 おいしいボタニカル・アート@SOMPO美術館
1 note · View note
oniwastagram · 2 years
Photo
Tumblr media
📸石照庭園 / Sekisho Garden, Unnan, Shimane ② 島根県雲南市の庭園『石照庭園』が素敵…! 地元・奥出雲では花菖蒲の名所として人気🌷東京『北の丸公園』をはじめ、昭和〜平成年代に日本各地で日本庭園を手掛けた現代東京を代表する造園家 #伊藤邦衛 が設計した池泉庭園に加え、園主の邸宅だった数寄屋建築に自らが作庭した“出雲流庭園”も見所…! ...... 続き。東京の作庭家が携わった庭園がある一方で、当地の“出雲流庭園”のスタイルが垣間見えるのが母屋と数寄屋造りの別邸の周囲にある庭園。 . 数寄屋造りの別邸の茶室から臨む庭園は、山奥から数kmにわたって水路を引いた自然流の滝が見所の庭園で、その滝石組には主に広島県湯来町(現・広島市佐伯区)で産出される緑輝岩が用いられています。 . 数寄屋造りの別邸と園内にある観音堂(石照寺)の建築を手掛けたのは、島根県津和野町の『乙女峠 マリア聖堂』の作者 #稲村重清 氏。 伝統建築にも造詣が深いキリスト者として、1940年代に広島市内にある長束修道院⛪️の建築修繕や、ローマンカトリックの指示に応じてマリア聖堂の建築を担当。 . その後故郷に帰って大工として暮らしていたところ、堀江園主との出会いから再び本格的な建築に携わりはじめ、この庭園内の観音堂、茶室など、園内各所に��の技を残しています。 . そして石王山の山林には一万株のシャクナゲが植栽されているほか、遊歩道では山の自然を感じることができます。 園内の最後、お休み処“古地上”では地元の牧場の生乳によるアイス🍨や地元のドリンクも。奥出雲を訪れた際にはぜひ立ち寄ってみて。 . 島根・石照庭園の紹介は☟ https://oniwa.garden/sekisho-garden-%e7%9f%b3%e7%85%a7%e5%ba%ad%e5%9c%92/ ーーーーーーーー #japanesegarden #japanesegardens #kyotogarden #zengarden #beautifuljapan #japanesearchitecture #japanarchitecture #japanarchitect #japandesign #japanart #jardinjaponais #jardinjapones #japanischergarten #jardimjapones #建築デザイン #庭園 #日本庭園 #京都庭園 #庭院 #庭园 #数寄屋建築 #出雲流庭園 #島根庭園 #島根旅行 #島根観光 #奥出雲 #アート #おにわさん (奥出雲 石照庭園) https://www.instagram.com/p/CgwbPtEPcxo/?igshid=NGJjMDIxMWI=
2 notes · View notes
overjazztrio · 2 years
Text
龍の翼18/2022.5
立川を離陸して伊豆半島まで下ると、静岡上空に厚い雲がべったり広がっているのが見えた。
駿河湾を上昇しながら西進する。雲の下を通るには雲高(シーリング)が低すぎる。Broken(全天の雲量を8とした時、5〜7/8まで雲が覆っている状態=雲底)だけでは絶対済むまい。その下にさらにFew(1〜2/8)やScattered(3〜4/8)が広がっている。編隊で推進している今、無理な回避をすると僚機とニアミスする危険もある。
「上、チャレンジするよ」という機長の言葉。高度はみるみる上昇し眼下の街が小さく遠ざかっていく。7000〜8000ftなら通過できるだろうと当たりをつけ、雲海を望みながら飛ぶ。青と白だけの世界。さらに高度を上げて9000ft。ペットボトルは内側から弾けそうになる。メートル換算で3000である。
浜松を過ぎて愛知に入ろうかという頃、やっと雲が切れる。一気に高度を下ろし接近してくる地表。渥美半島、三河湾。学生の頃に慣れ親しんだ空域だ。豊川〜岡崎にかけては山地から噴き上げる風でぎっこんばったんと機体が揺れる。複雑なATC(Air Traffic Communication、航空管制通話)を機長に任せている身で舵まで取られてはただの重石に成り下がる。必死で高度を保つ。
名古屋飛行場の回転翼場周高度は驚愕の800ft。海が近く海抜が小さいとはいえ低すぎるように感じる。他の飛行場でやったら百発百中で苦情が来そうな高度を飛ぶ。空には見えない道がある。そこに乗れるよう第三の目を開眼させる……のは俺が不真面目だからで、本来ならちゃんと経路を研究して地上の目標によって旋回のタイミングを図らなければならない。あたりをつけて経路に乗る。シバかれないなら正解なのだろう。良い子は真似しないでね。
さすがはトヨタのお膝元。ひっきりなしに行き交う車が指でつまめそうな高度だ。地表が近くなったことで体感速度が増し、尾翼へ流れてゆく家、家、家。こういった固定翼が頻繁に降りる飛行場は回転翼に優しい場周をしていない。アップウインドもファイナルも短すぎる。無理やりコレクティブを下げて高度を殺す。速度残りにはお気をつけて。
なんとかかんとか名古屋に降り立つ。名古屋飛行場に併設されている三菱重工業の整備員たちが機体を取り囲む。部隊では毎日木っ端幹部をやっている俺もここではお客様。通された部屋で豪華な弁当を食べる。……ちょっと豪華すぎないか?
滑走路を挟んで反対側にある小牧基地への送迎のため呼ばれたタクシーの後部座席に収まる。前席の機長とドライバーの何気ない話を何気なく聞き逃しつつ外を眺める。小牧市の街。宇都宮よりも少し、関西に近い街。それでもまだまだ、故郷には遠い。さっきまで飛んでいた空を見上げながら目を閉じた。疲れた。
6 notes · View notes