海石
海石は海に入るのが好きだ。
彼女の名前は海石と書いて「いくり」って読む。
海中の石って意味らしい。かわいいけど、なんだか暗くて冷たい響き。
そんな彼女の名前が僕は好きだ。
海石は度々海に入っては僕に海中で拾った石をくれる。夏は素潜り、夏が過ぎても磯や浅瀬で拾ってくる。
その石のいろやかたちはまちまちで、どうやらそれは海石のその時々の心情に対応しているらしかった。
僕と喧嘩した次の日は鋭利に角張っててスカスカの石。
海石の家で介護しているおばあちゃんにいじめられた日は海藻だらけでぬめぬめの石。
初めてキスした日は薄くて平らな灰色の石。
初めてセックスした日はフジツボだらけのいびつな石。
日にひとつ、海石は僕に石をくれる。
僕はそれを持ち帰って部屋にかざる。
海石が海に入り出してから7年、僕の部屋は海石だらけになっていた。
潮に侵食された独特な形の、貝や海藻がひっついたそれらに囲まれ、
部屋にいながらにして僕は海石の作り出した海の底に沈んでいるみたいだった。
そしてそんな想像にふけると時間が止まり、ふさぎがちな僕の心は休まるのだった。
僕は時折それらの海石を眺め、愛撫し、味わってみる。
するとその石を拾ったときの海石の心を、海石のゆらぎを感じる。それからやがて朝靄のように、海石の体温が、匂いが、あらわれる。
背筋がぞくっとして鳥肌が立つ。射精のそれとは質が違うけれどたしかにそれは甘いエクスタシーだ。それは脊柱をひた走る潮騒のメロディだ。
海石が産み僕が奏でるフレーズ、僕と海石は混ざり合いひとつとなる。
僕は両親の言うまま来年の冬に東京の大学を受験することにした。
両親のいない海石は、要介護者のおばあちゃんを残して島を出て東京に越すことはできない。
僕が合格すれば僕たちははなればなれだ。けれど「これからどうしようか」というふうな話をすることを僕と海石は無意識に避けている。
僕たちはいつもそうだ。2人ははかない影法師のように、所在なくゆれていた。
つばさは海に入るのを嫌う。
それはつばさが8歳のとき、飼い犬のチロがつばさの目の前で高波に攫われてしまったから。
それ以来、つばさは海を遠ざけてしまった。
つばさが1歳のときにチロはつばさの家へやってきた。友達も兄妹もいないつばさにとって、チロは唯一無二の友だちだった。
そしてつばさ同様に兄妹も友達もいない私は、いつもそんなつばさとチロの後ろをなんとなくついて回っていた。
私も私の両親もチロが大好きだった。けれど私は海に入る。私は海が好きだ。
初めて海で石を拾ったのは小学4年生のときの7月、両親が私とおばあちゃんを棄てて行った日。
朝、両親の書き置きを読んだおばあちゃんは、居間の安楽椅子で壊れたロボットのように両親と私への恨み言を繰り返していた。
私は頭の奥がじいんと痺れて何も考えられなかった。家を飛び出しひたすらに海岸沿いを歩いた。
両親のことやおばあちゃんのことを考えようとしても、それは読みかたがわからない漢字のように、私の心の表面のところでぱちんと弾かれてしまう。
がむしゃらに歩いていると、いつの間にかつばさがついてきていた。
「ついてこないで」
そう言って突き放してもつばさはついてくる。
私はそのときチロが死んでしまってから私に依存して付き纏うようになったつばさのことが急に疎ましくなった。
自分にはお父さんとお母さんがいるくせに、犬1匹死んだくらいでいつまでもしょげてるつばさが憎かった。
私はつばさから逃げるために海へ走った。
自分のなかのどろどろがけがらわしくてたまらなくて、つきまとうものを振り切るように浜から海へ飛び込んだ。
海は私を抱き、眼と耳を塞いだ。
瞼の裏で光を、肌で波を感じた。
ゆらゆら静かに手脚を遊ばせる。
ながれていたじかんが、とまる。
海から顔を出すとつばさが所在なさげにこっちを見ている。
「つばさも海に入れば」
呼びかけてもつばさは困惑した表情でただ立ち尽くしている。
私は足下の掌大の石を拾い、つばさ目がけて投げつけてやった。石はぼとんと鈍い音を立てつばさの足下に落ちた。
つばさは両手でそれを拾い、取り憑かれたようにまじまじと見つめていた。
その様子を見ているとふいに「「海石」という名前には海底から出ずる石という意味があるんだよ」と囁くお母さんの声を思い出した。
そして両親が出て行ってから初めて私は泣いた。
産声のような大きな声で、いっぱい泣いた。
つばさは石を持っている両腕を真っ直ぐにのばし、泣いている私にそれを重ねてじっと眺めていた。
いつものように僕と海石はほとんど話さずに、ただ海を見ている。
今日も海石は海に潜り石をくれた。それは灰と白のマーブル模様の、円くてすべすべの石だった。
僕はそれを受け取り海石の濡れた頬にキスをする。
「つばさは私がいなくなっても寂しくないよ」
横に座る海石が海を眺めながらぼそりと呟く。
それは僕に向けた言葉なのだろうが、海石自身に言い聞かせる調子を帯びているようにも感ぜられた。
しばらく間を置きまた海石は呟く。
「私、私がなぜ生きているのかずっとわからないんだ」
「だって私の世界には、私だけがいない」
僕はただ黙って海を見つめながら、海石の声を聞いていた。
夕陽が水平線に没しようとしている。
世界の終わりのような黄昏が僕たちを染めていた。
海石を見ると、その頬に涙の筋が光っている。
僕はきれいなそれを吸おうと、海石の頬に唇を寄せる。
海石は驚いて身体を逸らす。
とっさに僕は海石を逃がさまいと海石の両の手首を掴む。
僕のしるしを海石に残したい。
掴んだ両手にぐっと力を入れると、海石から「んっ」って声が漏れる。
それから僕は海石の耳を噛み、それから顔に、身体に、たくさん口付けをする。
そうしていると強張っている海石の身体がだんだんとほぐれていく。
海石はほんとうにかわいい。
僕はそんな海石を傷つけてやりたい。
海石の手首についた僕の指の跡を愛撫しながら、暗雲のように広がっていくそんな欲望に酔った。
いつの間にか黄昏は去り、潮は満ち、波の音はうるさくて、僕たちの頭上には明るい星空が広がっていた。
「ねえ海石」
「ん」
「僕が来年東京に越しても、僕に海石を拾って送ってくれないかな」
「受かってから言え」
僕と海石は膝を抱え、星空の下の明るい海をぼんやり眺めていた。
「私つばさがいらないって言ってもずっと渡すつもりだよ」
「いつかうっとうしくなって捨ててしまうかもしれないけど」
「海石は私が生きた証なんだ。いま、急にわかった」
「たとえ私が死んでしまっても、私が拾った海石はずっと地上にあるでしょう」
「そうだね」
「海石。僕、海石のことがすきだ」
「なにそれ初めて聞いた」
海石はそう言って照れ隠しのように僕抱きしめ口付けをした。
寄せては返す波の音と、いびつな僕たちの舌の絡む音だけが、夏の夜の匂いのなか響いていた。
私はたびたび海石を添えてつばさに手紙を送る。
その内容は簡潔だ。
「今日は海鳴りが聞こえました」
「しけで戸沢さんの漁船が転覆して大騒ぎでした」
「大きなマテ貝にたくさんのかにがむらがってました」
「昨日おばあちゃんが死にました」
「ダイビングライセンスを取ろうと思います」
「最近つばさの夢をよく見るよ」
つばさが東京に行ってから2年間、たびたび私はこんな日記のような手紙を拾った海石を添えて送った。
つばさからの返事はあったりなかったり。
つばさを思って手紙を綴るとき、私は海を感じる。そのことは私の生活をそっと撫でる安寧だった。
私とつばさは深い海の中で繋がっている。そしてだれも知らないところで互いの息遣いを感じている。
それが始まったのは梅雨のことだった。
朝、どうしても起きるのが嫌でベッドから出られなくてその日の講義をさぼった。
その次の日も何もやる気がなくてご飯を食べることすらしなかった。
そして僕は学校やバイトに行くのをやめた。
頭に冷たい砂がたくさん詰まっているような感覚があって何もできない。
僕から色と音が遠のいていく。世界はモノクロになってしまった。
母に促され精神科に行った。医者にありのままを話したところ、自立支援を受けることを勧められた。大学は休校することにした。
頭のなかの砂は東京に出たきた頃から徐々に詰まっていったように思う。
何が原因かはわからないし、興味はなかった。ただ砂はぼくの体温を奪い、それから筋肉を硬直させ表情も奪い、次第に五感を麻痺させていった。
全てがどうでもよかった。
なにもかも古い絵本のように色褪せていた。
僕の当事者性は影の裏の月のように隠れてしまった。
海石へ手紙を返すのも億劫で、ほったらかしにしていた。
けれど海石は僕に海石を添えた手紙を送り続けた。
そのことを考えるとなぜだか僕は悲しくなって泣いてしまう。
そんな時は海石をひとつ胸に抱いて寝た。冷たくて、ずしんと重くて、たましいを感じる。
まどろみのなかゆめとうつつがないまぜになり曖昧になっていく。
ずっと外へ出ずに最低限の用事だけしてあとは薬を飲んで泥のように眠っていた。
昼も夜もなく意識は暗いもやのなかを彷徨っていた。
ひねもす海石に囲まれた孤独な海の底で本を読むようにその海石ごとの海石のことを��想した。
それは自分自身の記憶よりリアルで、現実世界よりも色彩が豊かだ。
やがて僕は海石の海に溶けて散り散りになっていく。
インターホンが鳴っている。
実家から食糧と水の仕送りだろうか、玄関まで移動するのも億劫だけど重い身体を引きずって何とかドアを開ける。
そこに立っていたのは配達員ではなく海石だった。
「手紙もメッセージもぜんぜん返ってこないからつばさのお母さんにどうしたのって聞いたよ」
「今日ずっと寝てたの?」
「部屋真っ暗だね」
「上がっていい?」
海石は部屋に入るなりリュックから水筒とコンビニのおにぎりをテーブルに出し座って食べ始めた。
「今日何も食べてなくておなかすいてたんだー」
「海石、髪伸びたね」
「つばさもね、短いのと長いのどっちが好き?」
海石は自分のもみあげをひょいと摘んでにこやかだ。
「いまのほうがいい」
「じゃ、このままにしとく。仕事のときうっとうしいけど」
「最近仕事のほうはどう」
「楽しいよ、私海に入るの好きだし。スキューバ体験の人を海に案内するのってなんだか友達を私の地元に案内するような気分。私は沢山のことを海の中で考えたから、故郷みたいなもんだね」
「うん、そうだね」
「つばさの部屋に入るなんていつぶりかな」
「薄暗いし私の石の囲まれて海底みたいだね」
「たしかに」
「今日泊まっていい?」
「うん」
海石と少し近所を歩き、鄙びた商店街のスーパーで買い物をして、2人でカレーを作って食べた。
海石はじゃがいもやにんじんの皮を剥かずに入れた。
そのことを知って海石の海がまた少し深くなる。
部屋のまんなかにマットレスを敷き、そこに海石を寝かせた。
僕はその隣に毛布を敷き仰向けになる。
薄暗い部屋で2人呆然と天井を眺めていた。
暗闇に徐々に眼が慣れてくる。
遠くでかすかに電車の走行音が聞こえる。
部屋に配置された海石がぼんやりと光っている。
隣で海石は起きてるのだか眠っているのだか、よくわからない感じ。
僕の心にだんだんと淡い感情が降り積もっていく。
僕は海石をひとつ指差して「あれは初めてキスをした日の海石」と呟いた。
それからぼくはぽつりぽつりとそれを続けて行く。
「あれは2人乗りで「みけや」にラーメンを食べに行った日の海石」
「あれは喧嘩のあと仲直りした日の海石」
「あれはダイビングライセンスを取った日の海石」
「あれはおばあちゃんが亡くなった日の海石」
「あれは海石が僕に最初にくれた海石」
僕は人差し指で星座を結んでいく、その星座にはかすかでほわんとした物語がある。
「よくそんなの覚えてるね」
「私ぜんぜん覚えてないや、つばさ、きもちわるい」
「全部覚えてるよ」
僕は心の中でそうとなえた。
海石から生まれたささやかな海の水底に僕たちは沈んでいる。
やがて海石は微かな潮騒のような寝息を立て始めた。
僕は水底で色々なことを思い出す。
海石とチロと浜を歩いたこと。
チロが目の前で波に攫われたこと。
海石の両親やおばあちゃんのこと。
あの日黄昏に染まる海石の泣く顔がとてもきれいだったこと。
それらはみな、彼方へ去り永遠となったものたちだった。
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鷹取愛さんの本棚 in京都
京都で6年半暮らした鷹取愛さん。古本と紙雑貨のお店homehomeの人であり、「京都ふるどうぐ市」や「太陽と星空のサーカス」などイベントや展覧会の企画を多数行って忙しくしてる人。2017年5月、京都を引き払って東京へ戻るという、その引っ越し直前に家を訪ねて、その本棚を拝見しました。
――(朕)引っ越し準備で本も結構、処分しちゃったとか。
鷹取(以下、鷹):もう1段くらい棚があったけど、「東京蚤の市」とかに出しちゃって。かわいい雑貨みたいな本はもう全部売っちゃった。
――卒業した本。
鷹:うん、卒業。
――反対に言えば、残された本はまだ卒業してないということ。
鷹:そうかも。『火星の人類学者』(著・オリヴァー・サックス)は、学生時代にこれで評論みたいなのを書いたことがあって。例えば、急に目が見えなくなった人とか、体の一部を失った人がそれ以外のところが発達していくって本で。なんで、体とかこうなんだろうって。昔から廃墟がすごく好きだったんですよ。そこにかつてあったものとか、結構好きで。
――痕跡みたいなものですね。
鷹:うんうん。妖怪とかね。だけど、京都って意外に妖怪が少なくて、水木(しげる)さんの本でも、京都の妖怪って少ないんですよ。
――妖怪以上に怖いものがいるんでしょうね。
鷹:ねえ。そうだと思う。妖怪もいられないような街(笑)。
――廃墟の痕跡って具体的なものですけど、『火星の人類学者』の話はもうちょっと精神的なものですよね。
鷹:そっちも好きなんです。この本の話をbgm(gallery and shop。五条モールにある)の大久保(加津美)さんとしてたら、大久保さんが「僕が跳びはねる」みたいな本を貸してくれて(『自閉症の僕が跳びはねる理由』著・東田直樹)。まだちょっと読んだだけですけど面白い。人のなんだろうな、人間だけど通じないことがあるとか、言葉でもわからないことがあるとか。そういうことにも興味があって。
――学生のときに論文をって言ってましたけど、心理学かなにかやってたんですか。
鷹:桑沢デザイン研究所に行って、その時にとってた授業でなんだったかな、御手洗(陽)先生がこういう話が好きで、いろいろと薦めてくれたんです。クラゲは影で世界を察知しているとか、ハチは花を形で判断するとか。
――デザインを考える手前に、世界を認知する仕方にまで思いをいたすのはよさげな授業ですね。
鷹:ねえ。難しいことは私、得意じゃないんですけど。絵描きの山口洋佑さんって友だちがいて、宇宙のこととか話しはじめると止まらずにしゃべる感じなんですけど、その人に中沢新一を教えてもらって、よく読みました。
――『アースダイバー』とかのことを思えば、深層に入っていくという点では通じるかも。
鷹:つながるかわからないけど、だから、つげ義春もすごく好きなんです。
――大きな作品集がありますね。ちょっと高そう。
鷹:ううん、たしか下鴨神社の古本市で1,200円くらい。
――つげ義春の本がいくつかあります。
鷹:こっちは、帽子屋のしゃっぽさんという人がいて、浅草の帽子屋の息子なんですけど、一時期、沖縄で古本屋をやっていたこともある人で、しゃっぽさんのセレクトする本がすごく好きなんです。
――帽子屋のしゃっぽさんがセレクトした古本。アラーキーの本も結構、目につきますね。
鷹:この『恋する老人たち』(著・荒木経惟)をすごく好きな友だちがいて、まりっぺって今、東京の八丁堀でスペイン料理屋をやってるんですけど、その日によってこの本の好きなページを開いてトイレに置いてます。まりっぺとは学生時代に『ぼんくら』ってフリーペーパーをやってました。
――フリーペーパー『ぼんくら』! それも読んでみたい。
鷹:荒木さんは、最近また新しくなって出た『さっちん』をまりっぺから借りて、その写真から銅版画をつくったことがあります。予備校の授業で銅版画があって。そこからすごくアラーキーに執着するようになって。
いちばん好きなのは『春の旅』。チロちゃんって猫が亡くなるやつで、4年くらい前かな、表参道でその展示をやってて、会場を5周くらいして、5周ともぜんぶ泣いて。たぶん、あんまりお金がなかったけど、がんばって買った本だったと思います。
――アラーキーの限定900部の写真集。『春の旅』というのも出てたんですね。
鷹:写真家さんがすごい好きで。いちばん好きなのは牛腸茂雄さん。桑沢(デザイン研究所)の写真の先生で、牛腸さんと同級生だった先生がいて、その三浦(和人)先生が牛腸茂雄のほぼ全作品を見せるような展覧会を三鷹かどこかでやってました。
――牛腸茂雄も桑沢デザイン研究所の学生だったんですね。『牛腸茂雄 1946−1983』、その回顧展にあわせて出された1冊ですね。
鷹:三浦先生のポートレイトもどこかに載ってます。目が大きくてすごく見透かされてるような気持ちになって、すごく好きな先生でした。
――牛腸茂雄のカラー写真というのもあるんですね。
鷹:これは、いまでも桑沢の授業課題であって、暗室に入っていろんな形を組み合わせるって授業で。私もやった。まったく一緒。
――牛腸茂雄って同時代じゃないけど、大好きなんですか。
鷹:ほんとだ、まさに私が生まれたくらい(に亡くなってる)。けど、その三鷹の展示はすごかったですよ。今、行方不明になっちゃった、仲良かった友だちと見に行ったんですよ。
――そのこととセットで思い出す。
鷹:思い出す。桑沢の同級生でキドコロって友だちで。卒業してしばらく経ってから行方不明になって、その4年後くらいに突然、私の誕生日に本が送られてきて、その本があるはず。
――そんなドラマのある本が。
鷹:これだ。なんか、すごい本で。
――奥山民江という画家の画集。独特なタッチの絵ですね。
鷹:昔、流行った曲とかが入ったCD-Rと共に。すごいよね。桑沢つながりでいうと、今は『POPEYE』とかでイラストを描いてる三上数馬って男の子が、学生時代にこういう雑誌をつくってました。
――ガチンコな漫画雑誌。すごい力作ですね。
鷹:これを毎年出して。三上くんはずっとこういう絵を描いてきたので、すごい。本をつくるの、お金もかかるし。いや~本を見せるの、楽しくなってきた。
――学生時代の記憶にまつわる大事な本が続々ですね。
鷹:ほんとに。でもちょっとビール飲もうっか。実家から金麦が送られてきたから。いりますか。
――いただきます。
鷹:あと思い出深い本だと、これ。『イヌイットの壁かけ』は超大事な本。表参道のIDEEの壁に絵を描くみたいなバイトを学生のときにしたことがあって、その時にこの本が売っていて、店員さんがいろいろ説明をしてくれて買ったんですけど、ほんとにいい本で。戦争とか恐ろしい出来事が繰り広げられてるけど、絵がすごくよくて。形をマネして描いたりしました。
――本のつくりもいいですね。
鷹:でしょう。めちゃくちゃいいいじゃん、最高。
――イヌイットにも興味があって…?
鷹:全然ないです。私はいろいろテキトーなので何も知らないし、その後も突き詰めるとかはなくて。その時によかったらって感じで。すいません。
――いや、でもこの本はいいですね。このいろんな壁かけを本にまとめようとした動機もよくわからないけど、こうして本になってみると、確かにすごくいい。
鷹:3年前くらいに三軒茶屋の生活工房かな、で展示をやってて、それもよかった。これは一生、大事な本ですね。あと、好きな本は…。
――笑福亭鶴光の本が気になりますよ。
鷹:この本(『続・かやくごはん』著・笑福亭鶴光)は、家が看板屋なんですけど、ずっとお父さんが鶴光のラジオを流してたんで。だから、小学校から帰ると鶴光の番組を聞いてて。しかも、お父さん、マムシとかをお酒に漬けてて、小学校から帰ると飲むものが赤マムシドリンクとかだった。1本しか飲んじゃいけないって言われて。
――鶴光の番組に赤マムシドリンクの小学生時代! ぐんと成長できそう。でも、この鶴光の本、表紙がやけにかっこいい。
鷹:中もいいんですよ。あんまり読んでないけど。…めちゃくちゃな本だな。
――昔の本って自由ですよね。
鷹:自由だった。ほら、「もしも女だったら」「if」って書いてある。こういう謎のデザイン、いいなあ。
――急に投稿欄がはさまったり。
鷹:私が最初、勤めてた文房具屋さんでも雑誌に「文房具、売ります」って投稿して、連絡があった人には手づくりのカタログを送って、そこから注文をもらうってやり方でした。
――いまどき、そんな物の売り方があるんですね。
鷹:ヨーロッパの文房具を扱ってたんですけど、今はもうないです。
――看板屋で鶴光だったことを思えば、最初に見せてもらったつげ義春とか、自然につながってきますね。鷹取さんの普段からはそんなに昭和を感じることはないですけど。テキトー
鷹:唐十郎の芝居とかめっちゃ行ってました。下北沢のスズナリ劇場とか。その隣りの映画館はいきなり閉まっちゃったんですけど、そこで杉作J太郎の舞台挨拶付きの短編上映も見に行って。その頃、すごい青春だな。
――『下北沢物語』という本もありますね。
鷹:うん。通ってた高校がシモキタから2駅のところで、その頃はカラオケ館にしか行ってないんだけど、高校の頃の打ち上げとかもシモキタで。いまは謎の駅になっちゃって、いろんなことが悲しいけど、この本に載ってるみんなの話、すごい面白いです。
――そうそうたるメンバーが書いてますね。
鷹:柄本明さんとか、三軒茶屋とかシモキタでよく見かけます。10年くらい前までやってた「うさや」って駅前の飲み屋で飲んでたら、その息子が来たり。
――柄本佑さん。そういうエピソード、東京っぽさを感じます。
鷹:そんなのでもないけどな。芸能人ってよりは普通に。たとえば、京都でも街を歩いてたら、知り合いの山下(賢二)さん(ホホホ座)に会うような感じで、その街にふつうに住んでる人って感じで。この本読むと、シモキタが好きになる。うめのくんが仕入れてた本だったと思う。
――homehome店主のうめのたかしさん。この度、鷹取さんと同じタイミングで京都を離れて、実家の北九州へ。
鷹:この本もいいかな。古本で買ったら、めっちゃ落書きがしてあって。
――1日ごとにその日にあった出来事などをまとめた本。書きいれてあるのは、きっとこの日、誕生日の知人の名前ですね。
鷹:ここに書くんだなぁって。けど、よく見ると、いろんな字がまじってるから、飲み会とかやった時にみんなで書いちゃったのかなって。
――巻末に索引もついて、ちゃんとしたつくりの本だけど、最後の12月31日の後に謎のイラストがあったり、突然、カレンダーが挟まったり。
鷹:最高ですね。なんで今こういうムダがないんだろう。
――なかなか企画書に含められないから、こういうページは。
鷹:ムダ系な本、いいな。もっと見せたいな。
――『宇宙人の死体写真集』もありますね。
鷹:うん。これも内容のない本で。
――だけど、やけに状態がいい。古本屋で見たら買うかも。
鷹:買っちゃうよね。ムダ系じゃないけど、これもなかなか。普段見ると、具合が悪くなる。たぶん、あまり開かないほうがいい本。ちゃんと元気な時に読もうって。
――『韓国の仮面』。仮面はこわいですね。よく、この近距離で撮影したな。
鷹:そういう系のも好きです。
――その横には島尾伸三夫妻の本も。
鷹:チープなのに憧れてるのかな。なんだろう、あーそうだ、今、ちっちゃいものをすごく集めてて。小さい人形とか。
――そのノリですね。洋書系の本もまだ開いてませんでした。
鷹:これは下鴨神社の古本市で買ったんですけど、超ヤバイ。ヘンリー・ダーガーも好きで、それとはちょっと違うけど、なんか刺さったり、死んだりしていて、うわっ痛いって感じの、それも好きなんです。すいません。
――えぐめな場面をヘタウマタッチで描いてて。
鷹:怖いんだけど、馬の形がすごくかわいかったりして。ヘンリー・ダーガーもそうですけど、さみしいところも好きです。1,000円くらいで買ったと思います。
――インディアンの歴史みたいですけど、何を描いてるんでしょうね。
鷹:字とかはダサくてちょっと読めないから、そこは見てない。ガチャガチャしたものが好きなのかな。フンデルトヴァッサーも好きなんで。でも、最近は全然開いてませんね。
――あ、このあたり(の棚)はZINE、ミニコミ的な感じで。『やだ』、タイトルもいいですね。
鷹:早稲田の学生だったキーチャンって面白い子がいて、いいんですよ。東京で知り合う面白い人は、早稲田の人が多い気がする。
――いかつい表紙のもあります。
鷹:鈴木哲生さんってデザイナーの人が、グループ展『大恐竜博』で売ってた漫画。話も超面白いですよ。
――岡本綺堂の原作で。ツカミがすごい。
鷹:このあたりのがよかったら、これも好きだと思う、『車掌』。
――あ、僕も結構持ってます。
鷹:いいですよねー。なんかマジメじゃないのがいいのかな。デザインもちょっとかっこいい。
――今こそって感じのミニコミですけど、最近長らく出てない気がします。
鷹:なんか真面目じゃないのがいいんだなあ。
――遊ぼうと思っても意外に遊べない。
鷹:デタラメでいいのにねえ。意外と生きていけるんだよね、デタラメでもね…。
――背がなくて積んであるのはZINE関係ですね。大きさがバラバラやし、本棚ムズいですよね。
鷹:ね、わかんない。これは、新宿眼科画廊でやってた展覧会の図録。
――1回行ってみたいんですよね、新宿眼科画廊。
鷹:これは、IIBA galleryって、神戸でデザイン事務所がやってるギャラリーができて、最初の展示が横浪(修)さんで。そこで作ってた本。
――三宮ですよね。
鷹:すごいいい空間。
――本もいい作りですね。
鷹:あと、こういうの。すごく昔の本で、Gomaとか杉浦さやかさんとか、イシイリョウコさん、すげさわかよさん、落合恵さんとか。山村光春さんが仲良いメンバーと作ってた。こういう本、今意外と無いなと思って。
――「初恋BOOK」。言うても10年経ってないですよ、2009年発行だから。
鷹:あ、そっかー。
鷹:これ、テニスコートって学生時代から見てる友達のコント集団が、ライブの時に公演の後みんなに渡してるフリーのZINE(『私物』)。
――すごい! こんなん配ってんねや。
鷹:牧寿次郎さんデザイン。
――フリーで配られたんですか?
鷹:そうなんです。テキストや漫画、テニスコートがやってるラジオなんかがあって、懺悔シリーズ。クレームがあってそれに対する返信の手紙みたいな連載があるんですけど、超イイ本なんです。
――関西に来てないですよね。
鷹:一度プリンツに呼んだことがあります。
――その時は、ラジオのCDとか配ってましたね。
鷹:うんうん配ってた。ずっとデザインが立花文穂さんだったんですけど。
――立花さんが作ってる雑誌で連載してるじゃないですか。それでも見てました。
鷹:そっか、『天体』…じゃなくて『球体』。ちょっと前の『BIRD』って超おしゃれ雑誌で…あ、ないわ。もう売っちゃったかな。
――女の子の雑誌ですよね。
鷹:特集の最初の1ページ目で、リーダーの神谷さんが文章を書いてて。それがすごくズレてて面白かったんですけどね。
――へえ。それにしても、この冊子はだいぶ凝った作りですね。こんなんくれるんやったら絶対行くなあ。
鷹:これは学生時代の同級生の二艘木洋行の、共同っていう東京の駅に昔あったギャラリーで展示をやってた時のZINEなんですけど。
―この方の絵、以前にどこかで作品を見て、謎やなーって思ってて。つかみどころがないっていうか、まさに現代アート感。桑沢の同級生?
鷹:あ、そうです。イラスト研究会っていうのを一緒に作って、一緒に毎週絵を描いて講評してました。
私は彼の絵がすごく好きで、毎回講評の度に持って帰って、カラーコピーさせてもらってスクラップして。
――ええ〜。そんなに!
鷹:もう好きすぎて。
――この振り切った装丁も、作品と合ってますね。
鷹:うん。で、ニソくらい変な人でいうと、この今度この家で展示(鷹取さんが引越しに際して住んでいた家で「小田原亜梨沙×山フーズ×山ト波展示会」を行った展覧会。5/18~5/21)やってもらう小田原亜梨沙ちゃんも、すごく変なんです。彼女は何回も同じ絵を繰り返し描く。同じ情景を何枚もちょっとづつ違う形で仕上げる。顔を少しリアルにしたり、簡易にしたり、というのを繰り返したりする。石とか岩とかがよく出てくるんですけど。
――何のシチュエーションやねんっていう。
鷹:頭の中の記憶を辿って描いていて。参加者の過去の記憶をヒアリングして、刺繍入りのTシャツを作るワークショップもやってます。
――ほほう。絵もいいけど、刺繍もかわいいですね。
鷹:そうなんですよ。
――このカクカクっとしたね。
鷹:かわいいを超えてくるんですよね。
――ちょっと(イヌイットの刺繍と)似てますよね。
鷹:似てるかもー!
――これやばい。
鷹:犬とパンを食べあってる。いいよねー。
――いいですね。
鷹:亜利沙ちゃんの展示もしよかったら。
――きますよ。
鷹:山フーズとのコラボ作品を作ろうと思ってます。絵の中に本物の食べ物があったり、絵をちょっとくりぬいて、本物を組み合わせたり、とか。
鷹:そうだ、もう1個見せたいものがあったんだけど…(ガサゴソ)。あ、これこれ! 私の「山と波」のロゴも作ってくれた加瀬透君が結構前に作った漫画本。あ、でも2011年か。
――へえ。
鷹:桑沢の後輩。
――いいなあ、面白い人楽しいなあ。
鷹:はい、次、この本なんですが、私も結構デタラメなんで、タイトルとかを決めるときにいつも参考にしてるんです。
――そういう本あるよね。
鷹:ヨーンじいちゃんの話し方が突拍子もなくて、目次も「ヨーンじいちゃん、舌をだす」「ヨーンじいちゃん染めものをする」「ヨーンじいちゃん、三角パンツ」とか。
――意味がわからん(笑)。どうやったら買えるんですか、こんな本。意味わからなさすぎて買いづらくないですか?
鷹:ね、なんで買ったんだろう。
――まあでも、これ(推薦図書)ついてるから、その世界では有名なのかな。確かに、自分じゃない言葉が欲しい時ありますよね。
鷹:もう一本金麦飲んでいいですか(笑)。
――そっち(棚)全然見れてない。漫画とかあんまり無いですか?
鷹:漫画は…少ないね。
――つげ…ですかね。
――詩集あるじゃないですか。
鷹:これね、私の本じゃないんです。人が置いてった本で。返さないといけない。
――確かにちょっとノリがちゃいますね。
鷹:安部慎一も好きですよ。
鷹:この間、安部慎一展が3か所でやってました。
――そっか、今人気なんだ。
鷹:安部慎一のすごいいい漫画ですよ。
――安っ! 500円。
鷹:すごいですよね、それ。シリーズで2巻もあるんだけど、見つからないですね。
――これはなかなか。
鷹:で、これいい本。『猫のジョン』っていう。
――へえー、どっちやねん、っていうね。
鷹:これもいいんだよ、『フルフル』。表紙のクマがベロでてるやん、いいなあと思って買ったの。
――そこ1点で(笑) これだけなんかノリが違いません?
鷹:そっか、なんか変(笑)。
――変で好き? 話も「ししゃもという魚を見たことありますか」って…。
鷹:あんまり読んでないから覚えてない。
――まあ、そんなねえ、覚えてられないですよね。本ってほんま覚えられない。
鷹:覚えられないなあ。あと、尊敬している人の一人。沢野さん、すごく好きです。
――お〜! そんな本あるねんや。山登ってる人ですよね。ふーん。この本もいいですね。
鷹:いいですよね。
――いいなあ。やっぱりずっと売れない、手放せない本たちですか?
鷹:うん、引っ越しに際して、すっごい手放したけど。
――それでもなお。
鷹:そうですね。これ、『西荻夫婦』とかも多分一生一緒に読むだろうな、と思います。
――ふむふむ。読んだことないなあ。
鷹:結構苦しいです。
――ここへ来る前、トランスポップギャラリー行ったんですけど、少し前にやまだないとの春画企画をやってたみたいですね。
鷹:知らなかったー!
鷹:あ、懐かしい、これも思い出深い。二十歳ぐらいにお世話になった、埼玉のyuzuriというお店で買ったのかな。
――いいですね、これねえ。
鷹:ホホホ座の山下さんも大好きな本だって話したことあります。
――山下さん、意外に真面目な本好きですもんね。
鷹:蛭子さんの本もいいですよ。
――脱力系とちゃんとしたものと、両方好きなんですねえ。
鷹:蛭子さん好きです。私ももっとテキトーに生きたいですねえ。
――なかなかねえ(笑)。
鷹:東京でテキトーだと、ちょっと本当にマズいのかなと思って。
――東京で何をするかは決まってないんですか?
鷹:実家の看板屋さんの手伝いもしようかなと思ってます。
――ええ〜。看板屋、面白いじゃないですか!
鷹:そうなんですよ、今まで関わっていた人たちとも一緒に仕事ができるかもしれない、と思って。親ももうすぐやめてしまうかもしれないし、最後に一緒に働いてもいいかな、っていうのもあって帰ろうかなと。
――看板屋、場所はどこなんですか?
鷹:地元は町田市です。
――あ、それで町田の図書館の本が…。
鷹:そうなんです。
――僕も最近、20年ぐらい借りてた本をこっそり返しましたけどね。
鷹:大丈夫でしたか?
――わからんように置いてきた(笑)。
鷹:この本は、表紙とこれ(写真右の雑貨)がすごい似てて、買っちゃった。似てない?
――まあ似てるけど…気持ち悪いと思いつつも買っちゃうやつですね。GIFアニメとかで似てるの見たことあります。
鷹:最後にこれ見て欲しい、tupera tuperaが昔に作った『MUSHI HOTEL』。
――へえ。
鷹:虫研究者が虫研究のための、虫をなくしちゃって。泊まったホテルで、こんな変な場所でいっぱいいたっていう。良い本。
――うまくやってますね。
鷹:で、私が生涯一番好きな画家のnakabanさんのいいマンガです。
――確かにいいマンガ。
鷹:こっち(写真右)は、nakabanさんに1ページめ描いてもらった木のノートです。
――木なんだ、これ。
鷹:木に版を刷ってる。このノートには、私が毎日マンガ描いてたの。
――えーっ。貴重なやつ出た。日記代わり? 妄想?
鷹:本当にあったことを描いてた。
――いいっすねえ。
鷹:本当? もう止まっちゃって、こんな最後余っちゃったけど…また描こうかな。そういえば、横山雄くんのデザインで、「ニコラ」っていう東京のお店が発行するZINEにマンガを描いたので、よかったらみてください。
――なるほど、また見てみます。
鷹:何度もごめんね、あとひとついいですか。専門学校の時に撮ってた写真。
――濃いですねえ。
鷹:これいい構図でしょ?
――男くさいですね。
鷹:これは高校の写真。東京農業大学の付属に通ってて。それの野球応援で、応援してるとこ。大根踊りっていうのをやるんですけど。
――点を取ったら?
鷹:1点取ったら1大根踊り、2点取ったら2大根踊り。
――名前がダサい…。
鷹:なつかし〜。
――S✳︎M✳︎Lっていうのは?
鷹:子供、大人、おじいちゃん、かな? わかんないけど。
――年齢?
鷹:年齢かな、年齢だと思う。当時からテキトーだったんです(笑)。もうこれは治らない感じだね。そんな感じでした。
――いえいえ、かなりたくさん教えていただきまして。ビールまでいただいてしまって、ありがとうございました。
(2017年5月に訪問)
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