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#血塗られた凶戦士
btrinidad01 · 2 years
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Ophelia sketch from the other day. . . Drawn on the back of a 3x5 inch note card. Been a while since I drew something! #Ophelia #オフィーリア #RipplingOphelia #漣のオフィーリア #Claymore #クレイモア #BloodSoakedWarrior #血塗られた凶戦士 #NorihiroYagi #manga #anime #sketch #drawing #claymorecommunity #claymoremanga #claymoreanime https://www.instagram.com/p/Ci9BdwuLIBn/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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satoshiimamura · 7 months
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小説 「神殺しの巡礼」
本編 目次/概要
1章 イークト戦争  神の側仕えになった幼馴染メリスの為、騎士となったティルク。セーバティウス王子の従者として生きていた彼女は、隣国イークトとの戦場に旅立った 騎士としてイークトの神と敵対しながらも、個人としてはセリスの神を憎んでいた彼女の過去は、やがて多くの思惑を巻き込むことに 2章 サッタラーニ祭典  イークト戦争を勝利したセリス国は、東の海洋国サッタラーニの祭典に参加する。英雄ティルクとロクトを従えてセーバ王子が向かったが、祭典ではサッタラーニの属国カミナからの不穏な動きが見られていた 神に嫌われた王子と愛された王子の邂逅がもたらすのは何か 3章 ジュアドの大蛇  イークト戦争での功労として帰省することが許されたティルク。大神官ジュンナトと共にタユラ領へと向かった2人は、北の隣国ジュアドの武人が密入国していたのを知る。ジュアドが奉る神への異変を発端に、不穏な勢力の存在が顕になっていく 4章 セリス騎士団  冬が間近となったセリスにおいて、恒例の貴族子息たちの王都遊学が行われていた。その中にはロクトの初恋の人の息子カーンがいて…カーンは自分の父親がセリス騎士団に暗殺されたと思い、その復讐を画策していたのだ。カーンの背後にいる勢力をロクトとティルクは追い詰める 5章 ジャルフィート詩篇  何者かにティルクが拉致された。その衝撃が冷めぬ中、セーバ王子はロクトを引き連れ、砂漠のジャルフィートへと交渉へ向かう だがジャルフィートでは神の寵愛が1人に向けられて政が疎かになっていた。嫉妬に狂う神を鎮めようとする最中、黒の一族と呼ばれる勢力が現れる 6章 カミナのカミ舞踊  セーバによるジャルフィートの神殺し、黒の一族を率いる黒騎士ティルク、神を扇動する黒の一族赤姫派 事情を知ったサッタラーニの王子はセーバを暗殺しようとし、結果ロクトが倒れた。怒りのままにセーバは反乱軍を組織し、運命を神に告げられる 「待っていました、神殺し」 7章 アヴェンナ革命  時は少し戻り、拉致されたティルクは黒の一族が自分の血筋と知る。黒の一族は、赤姫が率いる勢力を止めるため、対抗派閥を作ろうとしていた 様々な事情でティルクは黒騎士となり、神による圧政が敷かれたアヴェンナで赤姫派に対抗する為、革命を起こす 「もう神はいらない」 8章 ヤコマ深淵  暗躍する赤姫派に対抗するため、黒騎士派も神の誕生の経緯を調べていく。そこで神になる前のカミと呼ばれる存在を崇めるヤコマへと向かった ヤコマの巫女は黒騎士に告げる。あなたは、カミと既に出会っていると。 その説明の最中、ヤコマはウル・バル・ムタ連合と戦争が始まる 9章 ウル・バル・ムタ連合 サッタラーニで王子の暗殺を食い止めたロクトは、瀕死の状態でウルの海岸線に流れ着いていた 看病を受けて回復していく中、騎士としての強さが認められ、三国の終わらない動乱に巻き込まれていく そして、ヤコマとの戦線でロクトは黒騎士ティルクと邂逅した 10章 新生セリス王国 黒の一族の情報を手に、セリスへと帰還したロクト。神殺しとなったセーバの監視として、対赤姫派に向けた準備を始めていく 騎士団は拡張され、各国と同盟を結ぼうとしていくが、邪魔に思った赤姫一派はセリスを強襲する 死闘の末、騎士団長と王が倒れるも国は女王を擁立した 11章 セセモナの魔女 神殺しの予言成就のため、セーバは東の魔女姫と予言された姫と婚約と言う名の同盟を結ぼうとする 小国セセモナは、本当に婚約が自国の助けとなるのか猜疑的であった 「俺は愛していないお前を戦乱に連れていく」 「それが魔女姫の役目ですもの」 12章 レモッタの傲慢 ジュアドとアヴェンナは中立 セリスがイークトとサッタラーニを併合。カミナ、セセモナと同盟を結んだ 黒騎士派はウル・バル・ムタの神をカミに戻し、アヴェンナの神を消滅 赤姫派は大国チェ・ロを支配下に置きセリスに対抗 この勢力を塗り潰す為にレモッタは暗躍する 13章 チェ・ロ大戦  レモッタの自滅により、大陸の覇権争いは実質セリスとチェ・ロの戦争となった 神殺しとしてのセーバは、この戦争が起きた原因が自分ではないかと思い始める 神を殺すために、かつての友たちを手に掛け、肉親を失い、多くの民に恨まれていく最中、心折れた彼は嘆く 「もう嫌だ」、と。  心折れたセーバを見たロクトは、騎士として彼の命を狙う 対し、1人の友として黒騎士ティルクはセーバを助ける 。 騎士「これは神の終焉を選んだ人が起こした戦争。故に神殺しは成し遂げなければならない」 黒騎士「これは神を生み出した人の業を血で洗い流すための戦争。故に神は還るべきだ」  命を狙われ、命を助けられながらも、セーバは神殺しをしなければならないと覚悟を決める セリスの神を殺し、逃げ道を塞いだセーバはそのままチェ・ロの神を殺しに向かう 一方、黒騎士ティルクは赤姫と対峙し、騎士ロクトは黒の一族最強の武人、将軍を相手にしていた  結果、赤姫は黒騎士に敗れ、将軍はロクトに倒され、チェ・ロの神はセーバに殺される。つまりはセリス王国の勝利であった 続けてセーバは中立を保っていたジュアドに神をカミの元へ還せ、と告げる それに呼応するかのようにジュアドの神が山脈から現れ、ヤコマのカミと食い合いやがて還っていった 14章 黒の一族  神は全て消えた後の、各国の同盟関係の話し合い。その中に国ではない黒の一族がやってくる セーバ、ティルク、ロクトは互いの立場を述べて、私情を挟まずに話し合いを進めていった  黒の一族が表舞台から消える契約を結び、滞りなく会議が終わった後 ティルクとロクトの大告白劇を目の当たりににしたセーバは、なりふり構わずティルクの名前を欲しがる 結果、ティルクの名前は正妃として刻まれることに 3人の歪な純情の形が歴史書に刻まれた瞬間だった
番外編
凶星と趨勢
壊れた小さな世界と幼い騎士
騎士を侮るなかれ/人と侮るなかれ
終末の友情/思い出の粛清
騎士の手に剣を(本編終了後から十年以内の話)
騎士の眠り/時代の終わり(上記短編のその後の話)
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登場人物一覧
セリスの神
ティルク(後、黒騎士)
セーバティウス
ロクト
メリス
ユウリ
ジュンナト
セルディナン
ナースラ
エルディート
カーン
ウィゲット
イークトの神
サッタラーニの神
レリーノ
サリア
セセモナの神
ナリヒ
赤姫(黒の一族)
将軍(黒の一族)
道化(黒の一族)
姫鼠(黒の一族)
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登場国家一覧
セリス王国(通称:青の薬園)
イークト王国(通称:赤の豊穣)
サッタラーニ王国(通称:海浜)
サッタラーニ属カミナ(通称:諸島)
ジュアド十氏族国(通称:氷壁)
ジャルフィート流国(通称:大砂漠)
アヴェンナ(通称:岩城)
ヤコマ神国(通称:?)
ウル・バル・ムタ連合国(通称:泉の民・草の民・海の民)
セセモナ公国(通称:?)
レモッタ皇国(通称:?)
チェ・ロ帝国(通称:?)
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itigo-popo · 3 years
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こんにちは!今回は前回と前々回で予告したクランちゃん🌹とグレン君🥀についての記事です!毎度の事ながら原作者である🍓ちゃんに頂いた資料を元に、感謝の念と溢れる熱量と共に解説していきます〜!🌻
★二人の立ち絵は後々また描き足すかもしれません。グレン君の立ち絵の方は下記にて…!
【2021/09/23追記:一部文章の修正と追加済み】
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舞台はとある王国に聳え建つ大きな城。厳重に施錠された塔一角の部屋に一人の薔薇色の少女が国から手配されたメイドの監視下の元、一人ぼっちで幽閉されていました。
その少女の名は〝クラン・ローゼンベルク〟といいます。
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★補足
この王国は前回のオズウェルさんが訪れていた村があった国では無く、はたまた村を襲った敵兵の国でも無く、次回の記事で書かせて頂く予定のルイの出身国でもありません。
因みにラブリーちゃんとミハエルさんはオズウェルさんと同様に後に地上に降り立ちますが恐らくまだこの時点では天界在住です。各自地上に降りる理由ですがラブリーちゃんは保護者役になったオズウェルさんに連れられ、ミハエルさんはラブリーちゃんを追ってという理由かと思われます。
花夜と春本に至っては作者が🍓ではなく🌻で舞台も日本と全く違う為こちらは国以前に蚊帳の外です。カヤだけに。
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話を戻しまして…クランちゃんの出生ですが、
王国専属の魔法使いが連れて来た子です。
クランちゃんが幽閉されている城や国の主導権は主である国王と息子である王子に有りますが当然〝連れて来た〟からには彼らの娘という立ち位置ではありません。
ならば貴族の子か?というと違い、かといって村や街に父や母がいる訳でも無く…しかし孤児でも人攫いでもない。
遠く離れた血縁でもありません。そんな少女を一体どのような目的で幽閉までし、人目を避けさせ隠しているのか…。
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それには理由が有りました。まず国王は国全体の権力者達や政治家達、軍事機関、研究機関と深い繋がりがあります。
そしてクランちゃんの傍には彼女に正体を隠している国から派遣されたメイドが世話係と銘打って監視をしています。
万が一逃げ出さないようにしているからです。つまるところ
クランちゃんは純粋な人間ではありません。
元々彼女は無限に膨大な魔力を発生させる事が出来る装置のような存在として創られました。
この魔力を国や王は軍事や国家機密の研究に利用する為クランちゃんを幽閉していたのです。
そして、それらは後発的にそうなったのでは無くクランちゃんが創られた理由でもあります。
因みに王と違い王子は善良で国王共々クランちゃんに直接の面会はなかったものの彼女への幽閉や以降に記述する〝ある〟研究内容に反対しています。
この王子の存在が後々の展開に大きく影響していきます。
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ここまで禍々しく書き連ねて来ましたが、クランちゃんは種族としては人間です。正確には〝天使に近い存在〟です。理由は後程。
とはいえ機械では無いと言えど彼女の魔力の使い道を考えますと、それこそ機械のように扱い然るべき施設内にて監視且つ管理し利用した方が効率も良いのでは?と疑問も感じ無くもありません。
ましてや愛らしく着飾る洋服も本来は最も必要が無いはず。
この辺りについては彼女を連れてきた王国専属の魔法使いが大きく関係しています。彼女も権力者の一人でもあります。
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女性は国から頼まれた魔力装置を創る為に神様の元に訪れます。神話みたいですね!この神様なのですが現在は地上界に隠居中のようでして前回のオズウェルさんの記事の時にて登場した全智の天使に神としての役割を引き継いでいます。
こう見ますとそれぞれ在住していた国は違えど皆々同じ🍓が描いた世界に住んでいるのだな〜と嬉しくなる🌻…!!
つまりクランちゃんは神様が人間として創造した子ですので、先述でいう〝天使に近い存在〟なのです。
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しかし、何故この時点で敢えて〝人間〟として創ったのか。
これは神様の意思からではなく魔法使いの女性がそう創って欲しいとお願いしたからです。
歳も取りますし、国としては今後も末永く使っていく効率を考えますと悪手のように感じざるを得ません。
これに関しては恐らく魔法使いの女性が、前回のオズウェルさん同様に人間が好きだったからだと伺えます。
但し、この女性もオズウェルさんと同じく良識的な人間を好いており王国の民が好きで且つ彼らを護る為に王国専属の魔法使いをしています。故に国王や後に記述する研究機関等のやり方には眉を顰めており、まだこの時点では内側に潜めていますが彼女もまた王子同様に反対派なのです。
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上記の通り魔法使いの女性は慈悲深い方で、クランちゃんを連れて来た際に大切に扱うようと国王に釘を打ちます。
魔法使いとしての実力も然ることながら神と繋がっていたりと特殊なパイプ持ちでもありますから国王も彼女の言い分を無碍に扱わず、提示された条件を呑み承諾します。
一種の取引みたいなものでしょうか。人間として創られた事以外は国王側からしても悪い話ではなく、そんな些細な欲求に対し首を縦に振ってさえしてしまえば無限の魔力の提供という膨大な利益を得る事が出来るのですから。
以降クランちゃんは〝幽閉〟はされているものの、衣食住や遊ぶものにも困らない何不自由のない生活を送ります。
城に来た当初は四歳くらいで、とても幼なかったのですが今現在は十四歳まで成長しています。世間を知らずに育った為やや浮世離れはしていますが心優しい性格に育ちました。
魔法使いの女性も仕事の合間に遊びに来てくれたりと、血の繋がりこそ有りませんが母と娘のような関係を築きます。
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因みに、これ以降の展開には神様は全く関与して来ません。
クランちゃんを創造したのち、その後どう扱われるか又は持たせた魔力によって一つの国がどうなっていくのか…。
それに関心も無関心も無い。手を貸すのも偶然且つ必然。世界を憂い愛と平和を謳いながら冷徹で残酷な傍観者です。
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視点をクランちゃんに戻します。
上記の方でふんわりと触れましたが彼女の素知らぬところで彼女が生成する強大で膨大な魔力は軍事利用を始めとした王国専属である〝機密〟の研究機関により非人道的な人体実験にも使われてしまいました。
その人体実験の内容は、身寄りの無い孤児を集め兵士として利用する為にクランちゃんの魔力を使い潜在する運動神経を刺激し著しく向上させるという実験です。
この実験が成功した暁には対象は常人離れした身体能力を得る事が出来ます。
但し実験対象が魔力を持っていた場合クランちゃんの魔力に影響される副作用か又その後遺症か、魔力が消失します。
数々の孤児が犠牲となり失敗作と成功作が生まれました。
救いは先述した王子や魔法使いの女性に根回しされたのか失敗作の孤児達は城内で働いてるという事でしょうか。
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★補足
魔法使いの女性がクランちゃんを連れて来なければ、事前にこのような人権を無視した事態は未然に防げた筈です。
恐らく企画段階で、孤児の子達を含めた彼女が愛する国民達の命を天秤に掛けられてしまった又は人質に取られる等、弱味を握られてしまったからではないかと思います。
又は孤児の子達が人体実験以上の危機に晒されてしまう等。
クランちゃんを敢えて〝人間〟としたのは人間が好きだから以外にも訴える想いやメッセージが含まれていそうです。
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凄惨な実験の果てにクランちゃんの魔力に適合し成功した孤児達は軍事利用の為、兵士としての教育を受けます。
その中でも逸脱した身体能力を覚醒させた優秀な成功作である一人の真紅の少年がいました。
その少年の名こそ〝グレン・クロイツ〟元孤児であり、この人体実験の被検体の一人だったのです。
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過酷な境遇だった為か、それとも教育の影響なのか自身を〝駒〟と呼び感情を表に出さない少年です。淡々と任務遂行する姿は一人前の兵士にも全てを諦めているようにも見て取れます。その後は暫くの間、その高い能力を見込まれ王城専属の傭兵兼使用人として過ごしていました。
そうして与えられた任務や日々を、ただただ機械的に過ごしていた彼に、やが��突然過ぎる転機が訪れます。
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とある業務で偶然、中庭にて作業をしていた日のことです。
これまた偶然にも部屋の窓から中庭を見下ろしていたクランちゃんの目に、グレン君の姿が留まりました。
先述通りクランちゃんは浮世離れ気味で世間を知らない面があります。自分と似た髪色、瞳の色を持つグレン君に好奇心に似た興味を抱きそれ以降、窓の外で彼を見かける度に目で追うようになっていきました。
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魔法使いの女性が国王に釘を指してくれたお陰で、大事にはされていますがクランちゃんは幽閉をされている身です。
流石に十年もそれが続けば、室内に居るのがが当たり前に育ったといえど飽きが来るというもの。
退屈だったクランちゃんにとって、外で見掛けるグレン君は羨望の的のように輝いて見えていたのかもしれません。
そして遂には我慢出来なくなった彼女は訪れていた魔法使いの女性に頼み。彼と遊んでみたいとお願いします。
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クランちゃんの口からこのような〝お願い〟が出たのは、恐らく今回が初めてで魔法使いの女性はそれを快諾します。
グレン君にとっても異性同士とはいえ同年代の子と…ましてや遊ぶ機会なんて随分と無かったと思いますから悪い話では無い筈です。足早に国王に掛け合いました。
国王は些か呆れ気味に聞いてはいましたが、多少グレン君の仕事内容に調整が入る程度であり通常通りの任務にクランちゃんと遊ばせるという風変わりなものがくっつくだけなので返答をそこまで渋るような内容でもありませんでした。
もし不穏な動きが有れば予めクランちゃんの側近として配置させているメイドがグレン君を拘束し再教育するように研究機関に送り返すだけです。
こうしてグレン君は傭兵兼使用人又はクランちゃんの従者兼遊び相手として勤めるようになり晴れて二人は顔を合わせる事となりました。
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因みに銘を受けた当日のグレン君ですが上司に呼ばれ初っ端口頭から「最重要人物の護衛及び監視の任務だ」と告げられ、流石のグレン君も涼しい顔の内心では戦々恐々としていたのですが蓋を開けてみれば少女と文字そのままの意味で遊ぶだけだったので拍子抜けしたとかなんとか。
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最初こそ主にグレン君が警戒を示して距離感があったもののクランちゃんの能天気な…おっとりとしたペースにだんだんと絆されていきました。二人は徐々に親密になります。
好奇心からか人懐っこく少々抜けている愛らしい面もあるクランちゃんに対しグレン君も素で少々辛辣な言葉を投げ掛けてみたりと魔力装置とその魔力による被検体とは思えないような微笑ましく仲睦ましい関係値を築きます。
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少し引っ掛かるのは、クランちゃん自身に知らされていない事とはいえ自身や周囲の孤児達をこのような姿にした元凶でもあるクランちゃんに対してグレン君は怒りや怨みを感じ無かったのだろうかという点ですが恐らくそんな事は無く、だからこそ最初の頃は警戒し場合によっては一夜報いて処分される気もあったのではないかなと思います。
しかしクランちゃんと触れ合っていくうちに連れ彼女自身の境遇も決して良いものとは言えず彼女もまた被害者の一人であるという答えに落ち着いたのではないかと推測します。
二人が親しい友人となるまで、そう長い時間は掛かりませんでした。しかし同じくして穏やかな時間も長くは続いてくれなかったのです。
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これまでの国王の横暴な統制に国民や一部兵士の不満が爆発しクーデターが勃発したのです。
瞬く間に王国内が戦場と化しました。勿論、国同士の戦争では無く内紛でです。城内にも怒号と罵声が響き渡ります。
意外にも早々に劣勢に陥ったのは国民側ではなく王国側でした。軍事力は王国側が保持しているものの肝心の指揮が行き届いていなかったのです。何故そのような事態に陥ったか
国王も混乱していました。何故ならクーデターを起こした先導者は実の息子、自身の傍で仕えて来た筈の王子だったからです。
だいぶ遡った先述にて書かせて頂いたこの王子の存在が後々の展開に大きく影響していくというのが、ここで繋がります。ずっと傍らで国王の人を〝駒〟のように扱う王政、そして非人道的な研究への協力等々人権や意志を無視したやり方を見て来た王子は、裏で傷ついた国民や兵士達に寄り添い反旗を翻すタイミングを見計らっていました。
恐らく魔法使いの女性も王子同様に以前から国民側として裏で手を引いていたと思われます。そして、このクーデターはクランちゃんとグレン君の保護までしっかりと視野に入れられており、外部にも漏らさぬよう慎重に計画を練られていた筈のものでした。
魔力提供したものとは又違いクランちゃん本体の強力な魔力は、王城内外のバリア等あらゆる動力源としても使用されてしまっており図らずしもクーデターを起こすには厄介なものとなってしまう為、一時的に城外に避難させる必要がありました。そこで警備が手薄になる内乱での混乱に乗じてグレン君が外の安全地帯に彼女を連れ出すという算段の筈でした。
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一足…いや二足も早くクランちゃんの側近であった王国専属のメイドが王子や魔法使いの女性の規格外に動きクランちゃんを拘束します。
彼女はただのメイドではなく王国の為に戦闘要員として教育された暗殺者の一人でした。思うに彼女は事前に王子や魔法使いの女性の裏での行動に気付いており尚且つグレン君がクランちゃんを連れ出すという計画まで〝メイド〟として傍で聞き確実に王国側を勝利させる為敢えて大事にせぬように内に潜ませ、虎視眈々と様子を伺って来たのではないかと思います。
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★解説では早い段階でメイドの正体は王国から手配された監視役と明かしていましたがクランちゃんやグレン君達が彼女の正体に気づくのは今この瞬間です。
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さて確実に王国側を勝利させる条件ですが、それはクランちゃん…もとい、
無限魔力発生装置の主導権を王国側が絶対的に握り最大限に利用する事です。
これまでは魔法使いの女性との契約により大事に扱ってきましたが王国側から見たら今の彼女は裏切り者です。
よって契約は破棄と見なされ、クランちゃんを大事に且つ丁重に扱う理由も無くなりました。
逃げようとするクランちゃんの手をメイドは捕まえます。
当然そんな裏事情など知らずに十年間、彼女に信頼を置き剰(あまつさ)え家族のように慕っていたクランちゃんは酷くショックを受けます。
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予定外の展開にグレン君も呆気に取られ、動揺している間にクランちゃんは王城内の他の部屋に攫われてしまいました。
今までと打って変わり問答無用という態度にグレン君も普段の冷静さを失い激昂し、それこそ同士討ち前提の死を覚悟しクランちゃんを死に物狂いで探します。
もしこれが王国の手により強化された人間同士の一対一の純粋な決闘ならグレン君にも勝算が見えたかも知れません。
しかし現状は内部戦争です。相手も無策な訳がありません。
ここにきて王国側からの新たなる刺客がグレン君とクランちゃんを絶望の淵に追いやります。
城内が混乱する渦中やっとの思いでグレン君がクランちゃんを探し当てた部屋には怯える彼女と一緒に最凶で最悪な暗殺者が血色の眼を揺らしながら尋常でない殺意と狂気を放って恨めしそうにグレン君を待ち構えていたのです。
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この刺客とは一体何者なのか。まず、クランちゃんの側近であったメイドは王国に忠誠を誓う暗殺者の一人でした。要は彼女の他にも暗躍していた者達が存在していたのです。
その中でも現在グレン君と対峙している暗殺者の少女はタチが悪く、例えば暗殺者でありながらも世話係の兼任を担っていたメイドが持つような理性が崩壊しており殺しそのものを生業とする生粋の暗殺者です。そして国王以外に唯一、メイドが信頼する彼女の実の妹でもあります。
この暗殺者の少女はクランちゃんやグレン君と同じ年頃でありますが、元々の素質か暗殺者として育て上げられた過程でか価値観が酷く歪んでしまっており『自分を見てくれるから』ただそれだけの理由で暗殺を遂行してきました。
今回も例に漏れずグレン君が『見てくれるから』彼を殺そうとします。そこに最早もう内部戦争だとか暗殺任務だ等は塵程に関係ありません。
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★補足
この間クランちゃんを暗殺者の妹側に任せて姉側のメイドは何処に行っていたのかと言いますと、国王の元へと助太刀しに行っていたのではないかと思います。クーデターが勃発している現状、命が一番危険に曝されているのは国王です。
この姉妹も出生はグレン君と同じく孤児であり特に姉のメイドの方は王国に拾われた恩義から強い忠誠心を持ち結果としてクランちゃん達と敵対しました。
しかし妹の方は精神が壊れてしまっており暗殺の理由である『見てくれるから』という物言いの仕方からして、国に恩義を感じる以前に幼さ故に愛情不足等々のストレスに心が耐え切れなかったのだと推測します。
因みに姉妹と表されていますが血の繋がりはありません。
二人の関係ですが、少なくとも姉の方は妹を大事にしている印象で壊れてしまった妹と同じ年頃であるクランちゃんの傍で仕えながら、同じく彼女らと同じ年頃であるグレン君と一緒に従者として働いていた日々の内心を思いますと複雑なものがあります。
因みに約十年間メイドとして触れ合ったクランちゃんの事は「嫌いでは無かった」ようで今回の王国側と国民側の対立が無ければ、もっと良好な関係が築けていたのかもしれない。
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★補足2
今まで触れて来なかったクランちゃんの戦闘能力ですが無限に魔力を発生させれるものの、温室育ちであり恐らく王国側からの指示で万が一抵抗された際に厄介なので護身用の教育を受けていません。よって王国の動力源に使われる程の高い魔力を持っているにも関わらず戦闘能力は皆無です。
素質としては王城の防御壁代わりに使われていた防御魔法に特化しており、攻撃魔法より守護面に長けているようです。
しかし今回の件を考えますと王国側の判断は大正解だったようで実際にクランちゃんは戦闘場面においての自身の力の使い方が分からずグレン君を守る事が出来ませんでした。
これに関しては、先を見据えて指示した王国側がしたたかであったと言う他ありません。
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視点を絶体絶命のグレン君とクランちゃんに戻します。
グレン君も傭兵として培われた経験や過酷な訓練を乗り越えて来ただけあり持ち前の身体能力を持ってして抵抗します。全ては囚われてしまったクランちゃんを救ける為。いま彼女を敵の手中に収めてしまったら、もう二度と会えなくなってしまう…そんな胸騒ぎがグレン君を焦燥に駆り立てます。
しかし相手は〝殺人〟に関して一流であり加えて精神が崩壊している為ブレーキが存在せず惨殺するまでグレン君に執着し続けます。例えクランちゃんが自分を犠牲にしグレン君を見逃すように叫んでも羽虫の鳴き声程にしか捉えない又は聞いてすら…はたまた聞こえてすらいないのです。
その結果、グレン君くんの必死の攻防は悲劇的で尚且つ最悪な結末として無念にも終わってしまいます。クランちゃんの目の前でグレン君の身体は鋭利な刃や黒魔術により深く刻まれ嬲られ満身創痍となりました。
死体よりも酷い有り様の瀕死状態で、まともに呼吸をする事すら出来ているのか分からない程に変わり果てたグレン君の姿にクランちゃんは遂には泣き崩れてしまいます。
その凄惨な光景は、誰がどう見ても逆転不可能な幕引きにしか見え無かったのです。しかし…
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クランちゃんの泣き声を聞きグレン君は最期の力を振り絞り傷だらけの体で立ち上がります。
それとほぼ同時に魔法使いの女性が率いる一部の反乱軍がグレン君とクランちゃんを護るように部屋に突入し、反乱軍である国民と魔法使いの女性の決死の助力によってクランちゃんとグレン君は先述していた計画を組んでいた際に事前に用意されていた外の安全地帯へと送られたのです。
そして同時刻…クランちゃんとグレン君の逃亡劇の裏で、王城の玉座の前では国王は国の繁栄を、王子は民の意志を継いで、互いの思想と理想の為に親と子は剣を振り下ろしました。
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安全地帯に送られ、文字通り命からがら城外に逃げる事が出来たクランちゃんとグレン君。クランちゃんは初めて出た外を不安げにきょろきょろと見渡します。足取りも覚束無いまま緊張の糸が切れ尻餅を着くクランちゃんの横で、どさりと重たい音がしました。グレン君が倒れたのです。
逃げる前グレン君は重症よりも酷い状態でした。その深手のまま敵に抗い痛みを感じる以上にクランちゃんを助ける事に必死でした。自分の命を犠牲にしてまでもクランちゃんに生き延びて、生き続けて、生きていて欲しいと。
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二人を逃がす前に、魔法使いの女性から応急手当として回復魔法を受けていたと思われるグレン君ですが恐らく魔法使いの女性は回復魔法は専門外であり、専門の術者もその場におらず呼びに行くとしたら時間が掛かってしまい目の前の敵に隙が出来てしまう…そして、それ以前に暗殺者の黒魔術が蝕んでしまったグレン君の体や魂は、もう助からない段階まで症状が進んでしまっていたのだと思われます。
魔法使いはグレン君に眴せします。流石にグレン君を治療が行き届かない外に出す訳にはいきません。例えもう助からないとしても1%でも生存確率を上げるならばクランちゃんを一人で外に逃がし、そして暗殺者と今も尚対峙している為この場は危険な場所には変わりませんが医療班が来る望みがまだ有る分こちらにグレン君は残っているべきと…ですが
その真紅の瞳は近くまで来ている〝死〟への恐怖は微塵も感じさせず最期までクランちゃんを護りたい、傍にいたいという強い願いと従者としての誇りを、肌がひりつく程に感じさせました。
いずれの選択にせよグレン君が長く無いのは変わりません。ならば彼の意志を最大限に尊重するのが、せめてもの手向けになるのではないか…そうして魔法使いの女性は、それこそ断腸の思いでクランちゃんと共にグレン君を送り出しました。彼女にとっても王国により犠牲となってしまった国民である一人の少年を。そして大事な娘…そのような存在であるクランちゃんの、やっと出来た大切な友人を自身の目の前で救えなかったのですから…。
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安全地帯にさえ来てしまえば、クランちゃんはもう大丈夫です。役目を終えグレン君は血塗れた瞼を穏やかに閉じて息絶えていました。従者として友として最期まで彼女の傍にいました。
グレン君の死にクランちゃんは酷く悲しみました。しかし、もう先程のようには泣き叫びませんでした。膝枕するようにグレン君の頭を乗せ、泣いていた時の余韻を残して少し赤く腫れてしまった瞳で何かを決意したようにグレン君の亡骸を見据えます。そして彼女の〝救けたい〟という純粋な想いと祈りは、潜在的に宿り眠り封じられた秘められし〝奇跡の力〟を覚醒させます。
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二人を取り囲むようにして、周囲をクランちゃんの強い魔力が顕現した証である紅い薔薇が、まるで今から起こる出来事を祝福でもするかのように咲き乱れ華やかに舞い踊ります。
随分と遡った先述にて記させて頂いた通りクランちゃんの実態は人間ではなくどちらかと言うと天使に近い存在です。
そう、今まで鳴りを潜めていた天使としての力が覚醒したのです。そして運命に翻弄され続けた少女の無垢な祈りは無事に天へ届きました。
こうして意識を取り戻したグレン君の視界には宝石のような瞳に涙を一杯一杯に溜めたクランちゃんが映り、揶揄ってやろうとするも束の間に抱き締められ、傷に響くと小さく呻きつつも照れくさそうに抱き締め返すのでした。
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天使の蘇生術を施された反動によりグレン君も人間ではなくなってしまいました。クランちゃんも以前のように人間の真似事のような歳の取り方を出来なくなってしまいます。しかし、そんな事は今の二人にとって、とてもとても些細な事でした。
その後の長い長い年月を、クランちゃんとグレン君は互いに手と手を取り支え合い二人は幸せに生きていくのでした。
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ここからは補足と後日談。内紛は王子が率いる国民側が勝利し、研究施設諸々は取り壊され軍事の在り方についても一から見直していく事となりました。国民を踏み台として富や税を貪っていた一部の権力者達も総入れ替えを行い今度は国民に寄り添える王国を目指し今ここに若き王が誕生しました。
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元国王の処罰そして処遇については王子自身が殺害での解決を望まない人柄に汲み取れた為、権力を剥奪した状態で王子側の兵士の監視下の元軟禁または国民が知る由も無い住居にて隠居させているのではないかと思います。後者の隠居の場合に関しては見つからない場所でないと恨みが収まらない国民が国王を手に掛けてしまう事が危惧出来るからです。
これに関しては元研究員達や元王国側の権力者達そして例の暗殺者であった���妹達にも同じような処遇が下されたかと思います。もし更生が可能ならば数年後には贖罪という意味合いも込めて表で活動出来るよう手配をする事も考慮して。
但し人として余りにも許されない行為をしてしまっていたり、更生の余地や意思が無いようであれば再出発をした王国を脅かす脅威となる前に正当に処罰を降したと考えます。
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その後のクランちゃんとグレン君について。
隠居とはまた違いますが、復興中の王国内が落ち着くまで暫くは安全地帯での生活を余儀なくされます。とはいえ生活で必要な食料や衣料品等は、新しくなった国からほぼ毎日届いており特に不便や不自由なく暮らせる状態です。
落ち着きだした頃には魔法使いの女性も二人が人間ではなくなってしまった事情も知った上で変わらぬ様子で接し度々顔を出すようになります。まるで新婚さんのような二人を茶化す母親のように。
安全地帯に関してですが、恐らく特に危険な生物が生息していない森の中で目立たないながら赤い屋根の可愛いらしいお家が建っており、そこを王国内に戻るまで仮住まいにしていたのではないかと推測。もしかしたら、そのままそこに住み続けているのかも。小鳥のさえずりで起きてほしいし、クランちゃんには森の小動物と遊んでほしい。
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以上がクランちゃんとグレン君編でした!🌹🥀
クランちゃんの愛らしさも然る事ながらグレン君という一人の男の子の生き様と言いますか在り方が格好良すぎる…!!
因みに今後ルイ達と邂逅する時が来た場合、時系列的には逃亡後の二人と会うのが正解なのですが、お城…箱入り娘のお嬢様…と見せかけて実は囚われの身の女の子…グレン君との主従関係…イイよね…みたいな感じで🍓と話していて、んじゃあ逃亡前にするか〜と審議中だったり🌻
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そうだ、せっかくなので…魔法使いの女性、クランちゃんのメイドであった暗殺者のお姉さん、そのお姉さんの実妹でグレン君を窮地に追いやったヤベー暗殺者の子は…実は…!
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この🍓が販売中のスタンプにいます。(久々な突然の宣伝)
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ちょうど三人で並んでらっしゃいました。左が魔法使いの女性、左中央が妹の方の暗殺者の子、右中央が姉の方の暗殺者の女性でメイドとしての姿、右が暗殺者としての姿です。
みんな可愛くて美人さんです!因みに🌻の推しは…春本の作者なので何となく察して頂けてそうですがヤベー妹の子。
でもって!なんと神様(左)と、オズウェルさん編で登場した全智の天使様(右)もスタンプの中にいるのだ〜!神々しい!
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そんな感じで今回はここまで〜!次回はルイと花夜と春本編です!😼🦊🐰もしかしたらルイと花夜、次々回に春本という風に記事を分割するかもしれません。まだ未知数…!
今回…というより、まとめ記事を書く度🌻から🍓への愛の重さが尋常でなく露呈しだしており見ての通り沢山書いてしまった為、誤字脱字すごいかもしれません…!見つけ次第直していきます😱それでは!♪ (2021/09/22)🌻
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毛沢東はソ連と仲違いした時、長年にわたって途方もない予算と将兵の養成が必要な通常兵器より、短期間に決定的な抑止力を高める核・ミサイルが効果的であると認識した。
 そこで人民の半分が餓死してでも「両弾一星」(原・水爆と人工衛星)を完遂するという決断をした。
 その根底には、中国という国家は人民(約8億人)の半分、4億人を犠牲にしても国家は生き残れるという意識であった。
 また、「政権は銃口より生まれる」と喝破したように、国共合作で国民党軍を日本軍と戦わせ、共産党軍は後方にいて増勢につなげ、続く内戦で勝利して政権奪取につなげる考えがあった。
 実際、430万人いた国民党軍は150万人となり、120万人しかいなかった共産党軍は400万人となり、累次の内戦で約800万人が戦死したとも言われる。
中華人民共和国の建国後の犠牲者
 毛沢東は建国10年後の1958年から61年までの3年間、人民公社を地方ごとに造って自給自足で生き延びることができるように大躍進運動を行う。
 しかし、公社間の競争精神は実体の伴わない過大報告となり、結果的には約2300万人が餓死したと言われる。
 毛は失敗を認めて国家主席を辞任。1962年1月の中央工作会議で劉少奇国家主席が「三分の天災、七分の人災」と述べて大躍進を批判する。
 しかし、建国以来続けてきた反右派闘争に勝利して1964年に復権する。この15年間に約950万人を虐殺したとされる。
 1966年からは10年に及ぶ文化大革命が続く。この間の政治的な痛めつけでの死亡(約2000万人)や餓死者はほぼ1億人にも上ったとみられている。
 3度の批判を生き残った鄧小平は毛の死去(1976年)後の78年末に「改革開放」の大号令をかけ、今日の大発展につながっていく。
 しかし、どこまでも社会主義市場経済で、共産主義体制の維持が前提であった。
 胡耀邦が総書記に就任(1980年2月)してチベットの惨憺たる有様に衝撃を受け、失政の責任は共産党にあるとして、政治犯の釈放や信教の自由と僧院の再建などの自由化政策を進めるが、共産党幹部の批判を受け87年1月解任される。
 続く趙紫陽も学生たちの民主化要求に柔軟な対応を示し、天安門広場に出かけ学生を説得するが失敗に終わる。
鄧小平は共産党政権維持への懸念を深め、中国人民解放軍による武力弾圧を決断し、民主的な抵抗を戦車で粉砕する(「天安門事件」、「6・4事件」とも呼称)。
 趙は3週間後(6月23日)に解任され、上海市委員会書記であった江沢民が抜擢される。
 天安門事件の死者は発表されていないが、米国の秘密文書によると、死者は1万454人、死傷者は4万人以上となっている(方政・釈量子対談「生き証人が語る 血塗られた天安門の虐殺」、『WiLL』2016.7号所収)。
 改革開放後の経済的発展は貧富の差を拡大させ、犯罪や暴動も頻発した。400万人の死刑囚収容施設は不足する状況で、死刑免除と引き換えに外国への労働者として派遣しているとも言われる。
すべてにおいてスケールが違う中国
 列挙すればきりがないが、広大な領土と巨大な人口、困難な統一、近代化の遅れ、そして何よりも言論の自由がない共産党独裁の強権政治で「物言えば唇寒し」だ。
 他方、愛国無罪が大きな「虚言」を蔓延らせる。
 日本では厚生労働省の為体で統計の信頼性が揺れているが、中国は国家ぐるみで、GDP(国内総生産)さえ疑問視されている。
 内乱や自然災害、イナゴの異常発生による蝗害などが絶え間なく起き、その都度100万単位の死者・餓死者を出してきたとされるが、何一つ正確な数字の公表はない。
 秦の始皇帝が即位したBC221年から共産党結成の直前1920年までの2140年間に160回の内乱があり、累計年数は896年で、13年おきに約6年間の戦闘が起きてきたとされる。
 また、この間に5150回の天災、うち1035回の旱魃、1037回の水害が発生。旱魃や水害は2年に1回、蝗害も含めた天災は5カ月に1回の頻度で発生してきたことになる。
 施政が行き届かない広大な領土ゆえに、何か起きれば大飢饉に直面した。1810年900万人、1811年2000万人、1849年1375万人、1876~78年1300万人の死者を出す大飢饉が発生している。
 20世紀に入ってからも、1928~30年の大飢饉では西安市のある陝西省で200万人が流民となり、1930~32年には1000万人が餓死している。
 なお、支那事変で日本軍が開封を占領した1938年、蒋介石軍が日本軍の追撃阻止のため、黄河の堤防を決壊させ、下流域(河南省・安徽省・江蘇省にまたがる54000平方キロ、北海道の6割)の水没で100万人死亡、被害者は600万人に上ったとされる(『郭沫若自伝』は日本軍の無差別爆撃と対外宣伝した)。
 このため、3省の農地が農作物ごと破壊され、河南省では1942年に凶作、続く翌年は蝗の大群発生で、300万人が餓死したという。
 こうした餓死者が出ると、得体の知れない茸も食し、子供を交換して食すこともあったとされる(易子而食…子を替えて食らう)。
中国人による中国人の斬殺
 問題は人為的な残虐行為で、『揚州十日記』がある。
 明朝滅亡時、満清の軍隊が南下して勢力を南京に及ぼそうとした時、南京政府の要所、揚州城の攻防で王秀楚という人物が家族や兄弟と逃げ回る間に体験した記録である。
 わずか10日間の出来事であるが、中国社会で昔から蔓延るあらゆる慣習が見て取れる。
 指揮官の逃亡、兵士の略奪・強姦・放火・惨殺などの暴虐、金品の強要や強奪などが展開される。
 2人の女性が逃げ回り、足が泥の中にぬかって脛まで没している。「1人が女の子を抱いていたのを、兵卒は鞭で叩いてその子を泥の中に捨てさせ、そのまますぐ追い立てて行った」。
 数十人のものは牛か羊かのように駆り立てられて「少しでも進まぬと直ちに笞を加えられ、あるいはただちに殺された。女たちは長い綱で数珠を通したように頸をつながれ、一足ごとに躓き転んで、全身泥まみれになった」。
 「どこにもかしこにも幼児が馬の蹄にかけられ、人の足に踏まれて、臓腑は泥にまみれ、その泣き声は曠野に満ち満ちていた」
 「途中の溝や池には死骸がうず高く積み上げられ、手と足が重なり合っていた。池はそのために平らになっていた」
 逃げ回った挙げ句、通りに出た。
 「通りには人の首が重なりあって横たわっていたが、真っ暗で誰が誰やら見分けがつかなかった」
 「(中略)城壁の下には死骸が積み上げてあるため、歩くのに難渋した。何度つまづいては起き上がったか知れなかった。何かに驚かされるたびに、地面に倒れて死骸の真似をした」
 彼らは掠奪や強姦ばか���でなく、火災も起こす。四方に火事が起こり、「こっそり戸外に出て見ると、畑の中には死骸が積み重なっていて、中には息絶え絶えにまだ生きているのもあった」。
 男(兵士)は幼女と男児を連れた婦人を捕えた。
 「男の児が母を呼んで食べ物をねだった。その男は怒って一撃すると、脳が砕けて男の児は死んだ。男は婦人と幼女を引いて行った」
 隠れていた場所に「数人の兵卒がやって来て引き出されたことが二度ほどあったが、その都度少しばかりの金を握らせると行ってしまった」。
 こうして10日間で80万人が清軍の刀下で虐殺されるという血腥い「大屠殺」が展開され、繁華の揚州は凄惨な生き地獄と化したという。
揚州を落とした清軍は騎虎の勢で数日後に南京に入る。南京王朝の福王や陪臣はいち早く逃亡し、文武百官はみな薙髪して清軍に降伏する。
 余談であるが、清軍豫王とまみえた揚州督鎮は「史可法ここに在り!」と大呼するが、武運拙く、ついに捕えられる。
 豫王は「降れば則ち富貴ならん」と諭すが、史可法は「われは天朝の重臣なり。あにいやしくも生を偸(ぬす)みて万世の罪人となるべけんや。わが頭(こうべ)、断つべし、身屈すべからず」と断る。
 豫王は3日間説得し続けるが、最後は涙を揮って部下に斬らせたという。
中国の極刑さまざま
 手元に『図説 中国酷刑史』(尾鷲卓彦著、徳間書店)がある。
 酷刑とは残酷極まりない刑罰のことで、中国の酷刑を可能な範囲で紹介したものである。
 「彼らは手足を釘で打ちつけられ、鮮血をしたたらせて架刑(はりつけ)にされている劫賊(ごうとう)に、これっぽちの憐みすら寄せないどころか、その“五花斬人(きりきざみ)”のさまを観賞するという奇怪な光景まで演じた」
 「街頭や横丁において、首が切り落とされた様子を微に入り細をうがって、活き活きとしゃべりたてるかと思えば、われ先に鮮血にまみれた人頭や半裸の女性の屍体を覗き込む。なかには饅頭に血を吸いこませ、それを食べて肺結核を治そうとする者さえあった」などの記述もある。
 酷刑には官刑と私刑の別があり、官刑では「拷問・斬首・絞縊・首枷・足枷・站籠(立った姿勢で首枷)・抽腸・鞭打ち・凌遅(寸刻みで切り裂く)・銃殺・見せしめ」が列挙されている。
 私刑では「吊り下げ・熱湯あびせ・目えぐり・耳削ぎ・活き埋め・舌抜き・火あぶり・沈め殺し・釜ゆで・圧殺・宮刑・人喰い・足ぜめ・頭髪そり・入れ墨・首切断・バラバラ屍体」などが記されている。
 読んでいて、「心胆を寒からしめる」どころか、こんな国家・社会があるのかと恐ろしくなってくる。日本人には想像を絶する奇想天外な国家・社会のようだ。
 本多勝一著『中国の旅』にも、「飢えた軍用犬の餌」にした話(文庫本p20)や「電線にコウモリのようにぶらさげ火あぶり」にした話(同p231)、「腹をたち割り、心臓と肝臓を抜き取って食う」話(同)などがある。
 臓器を煮て食したの���日本兵ということになっているが、筆者には日本人の行動様式とは思えない。読者はどう思われるだろうか。
 月刊誌『SAPIO』(2015年7月号)は、「毛沢東は『資治通鑑』を17回も読み、ライバル抹殺の手本としていた」とのリードで、「『人ブタ』『食人』『生きたまま肉を削ぐ』 歴史書に描かれた中国4千年『残虐の伝統』」の表題を付けた一文を掲げた。
 その中で、「人ブタ(手足を切断し丸裸で厠に放る)」「凌遅」「大量虐殺(一族の公開処刑や赤ん坊を空中に投げ槍で刺す)」「人食い」「ムチ打ち・炮烙(銅製円柱に罪人を縛り付けて焼き殺す)」「站籠」などを挿絵入りで説明している。
中国人による日本人大虐殺
 拙論の本題は中国人が日本の軍民に暴行を加え、また惨殺・虐殺した事件の検討である。いくつもあるが、ここでは3つを取り上げたい。
(1)旅順猟奇虐殺事件
 日清戦争(1894.8~95.5)間の11月21日に起きた事件である。
 近代化に邁進中の日本は、戦争においては勝利することと国際法を順守する文明国家であることを強調する必要があり、戦場に国際法の専門家を同道し、第2軍司令官大山巌大将は「我軍は仁義を以て動き、文明に由て戦ふものなり」と訓示していた。
 勝利の報が続々と届いていた矢先の惨事に、影響を最小限にする方策で伊藤博文首相と陸奥宗光外相は振り回される。
 旅順市街に突入した日本軍兵士は、3日前に生け捕りされた3人の生首が、道路わきの柳の木につるされているのを見る。鼻はそがれ、耳もなくなっていた。さらに進むと、家屋の軒先に針金でつるされた2つの生首があった。
 米国人記者も「ワールド」紙で、「日本軍が旅順になだれ込んだ時、鼻と耳がなくなった仲間の首が、紐でつるされているのを見た。また、表通りには、血の滴る日本人の首で飾られた恐ろしい門があった。その後、大規模な殺戮が起った。激怒した兵士たちは、見るものすべてを殺した」と書いている。
 清国兵は残酷を極めた方法で傷をつけ、第2軍兵士の死体を放置した。
 死者、あるいは負傷者に対して、首を刎ね、腹部を切り裂き石を詰め、左腕を切り取り、さらに睾丸などまで切り取り、その死体を路傍に放置した。これは捕虜の扱いではなく、猟奇事件でしかない。
 この残酷さが日本軍に復讐心を燃え上がらせ、生首が兵士たちの激昂を誘ったとされる。
 攻撃の包囲網を狭められた清国兵は「袋の鼠」同然となり、軍服を脱ぎ捨て便衣兵となって民家に逃げ込んだ。
 復讐心は便衣兵の徹底捜査となる。また、市民の中には武器をもつ者もいた関係から、彼らも加害者とみなされた。
 歩兵第2連隊の加部東常七上等兵は「旅順市街に闖入するや、戸々軒々、家中を捜りて、(略)小暗き家の片隅に潜む一人の敵兵。オノレッ!とばかり・・・。直突一閃! 胸板深く突き通せば、彼、苦しさの余り、我剣刃を握れり。コワ・・・仕損じたり。と力を極めて引けば、四指を落としてがくりと倒るる所を亦一刺。魂、天涯に飛んで骸のみ」と手記に記している。
 この連隊では清国兵28人を斬殺した一等兵を筆頭に、21人、17人など、11人で166人の清国兵を屠ったという(以上、井上晴樹著『旅順虐殺事件』)。
 旅順郊外の萬忠墓には被難者計1万8百余名(かなりが便衣兵か)と明記されているそうである。数はともかく、事件は両国の将兵が確認し、内外の記者数名が報道し確認している。
 しかし、非は我に有りとのことか、中国は旅順の猟奇・虐殺をほとんど報道してこなかった。
(2)昭和2年の「南京事件」
 「長江(注:揚子江の上流域)流域上下二千浬(カイリ)に亘り、三千余名の在留邦人が暴徒の迫害から遁れて、財産を捨て地盤を棄てて内地への引揚げを断行したことは、我日本としては空前の史実であり世界的にも希有の事変である」
 「彼らの我邦人に対する嫌悪と軽侮の念は、十数年来の排日によりて遺憾なきまでに蓄養された。その今日あるはむしろ予想されていなければならなかったはずだ」と悔しさを隠さない。
 これは、合法的に南京・蘇州・漢口・重慶などに居留していた日本人が昭和2年の春、中国人によって襲われ、引揚げざるを得なかった日本人襲撃事件の実相を、直後に結成した「中支被難者連合会」が証言や公文書を用いて再現した『南京漢口事件真相 揚子江流域邦人遭難実記』の「序」である。
 少し説明が必要であろう。事件発生時までの3年間、外務大臣は幣原喜重郎であった。
 上海などで中国の横暴がしばしばあり、英米などは軍艦を出動させて鎮圧してきた。しかし、幣原外相は話し合い解決を主張し、軟弱外交と批判されていた。
 こうしたことから、南京の日本領事は「北伐軍を刺激しない」「無抵抗主義で対応する方が効果的」として、荒木海軍大尉らが準備した領事館前の土嚢を撤去し、機関銃は倉庫に隠した。
 そこに事件が起き、兵士と暴徒の侵入を許し、婦人までが凌辱・強姦の「忍ブベカラザル検査」(「検査」は領事の表現)を受けたのだ。
 中国が事件を起こしても、武力対処は一切斥けた。こうした日本外交に対する思いが「今日あるはむしろ予想されて」の謂いであり、悔しさが滲んでいる。
 これこそが「南京事件(昭和2年)」と呼ばれるもので、今日、「南京大虐殺」(昭和12年)として非難されているものは、事件でなく追撃戦であった。
(3)通州虐殺事件
 北京の東方約20キロのところに通州がある。「冀東(きとう)防共自治政府」の管理下にある通州保安隊に守られて日本人居留民は生活していた。
 盧溝橋事件から3週間後の29日(1937年7月)から翌30日未明の間に、保安隊は国民党軍と示し合わせたかのように警備を解き、女子供を含む邦人257人(日本の警備隊32人を含む)が惨殺された。
 居留民たちの救援活動を取材するために、たまたま来ていた同盟通信社の安藤利男記者も襲撃を受けるが九死に一生のチャンスを得て脱出に成功し、後に『虐殺の通州脱出記』を書いている。
 午前2時半ごろ保安隊の動きが怪しいとの電話があり、その後は不通。4時頃からは銃声も聞こえる。7時ごろになると市街南方辺りで白煙や黒煙が上がり、銃砲声も激しくなる。
 8時になると、記者たちが泊まっていた近水楼の支那人ボーイが他所から口も利けない状態で駆け込んできて、「特務機関付近の通りの邦人商家、カフェー辺りで、日本人が多勢殺されてゐる。太変です・・・」の第一報をくれたという。
 また、奇跡的に生き残った人たちも、色々と証言しており、虐殺事件の状況はかなり正確に伝わっている。
 1か月後には『主婦の友』が人気作家吉屋信子をカメラマンともども派遣。その時も証拠は至る所に残っており、女性の目で子細に記録している。
 しかし、平成28(2016)年7月、現地を訪ね『慟哭の通州―昭和12年夏の虐殺事件』を上梓した加藤康男氏によると、通州市は北京市に吸収されて、「もはやこのあたり一帯に通州虐殺事件に関連した建物は何一つ残されていない。旧城内は、90年代ごろから徹底的に破壊し尽くされてきた」という。
 事件から5カ月経った12月下旬(日本軍が南京で入城式を行った1週間後)、冀東防共自治政府と日本側との間で弔意賠償金の支払いや慰霊碑建立の決着が図られた。
 都合の悪い慰霊碑はいつしか地下に埋め隠されたが、再開発で偶然に発見された。
 その状況を「北京日報」(2001.8.24付)は、「日本軍が中国を侵略した証拠、通州区で慰霊碑が見つかる」との見出しで報じたという。
 「1938年日本軍のもので、我が国の抗戦軍民が倒した日寇のいわゆる『慰霊碑』だった。・・・文字はいずれもひどくかすれているが、『大東亜共栄』など日本の侵略理論も記されている」
 「通州区の文物所所長によれば、・・・1937年7月29日早朝に通州の2万人余が蜂起、この偽政府(注:冀東防共自治政府)を占領した上、日本人五百人余りを撃ち殺した。翌日、日本軍は大規模な報復を行い、偽政府に二つの慰霊塔を立てることを要求、塔の前には慰霊碑も立てた」
 殺害者二百数十人を「五百人余」に倍増し〝抗日の成果″を誇っているし、また5か月後の話し合い決着を「翌日」として日本の傲慢な要求に見せかける中国一流の誤魔化しがある。
 加藤氏は、「南京や盧溝橋はもとより、満州各地にある旧大和ホテルに至るまでが『対日歴史戦』の遺跡として宣伝利用されていることを考えると、雲泥の差である。『通州虐殺事件』の痕跡は極めて都合が悪いので、完膚なきまでに消し去ったものとしか考えられなかった」と述べる。
おわりに
 通州虐殺事件について、「東京日日新聞」(昭和12年8月6日付、毎日新聞の前身)は、「敵は第29軍の首脳部の命を受け26日頃から通州襲撃の保安隊及び正規兵と連絡をとり、北清事変議定書によって正規兵は天津市内に入るを得ざるを以て便服に着替へて大胆にもトラックを以て続々天津付近に侵入。機関銃、迫撃砲、小銃、青竜刀などを蔬菜や貨物の下に隠して運び込み、時の到るのを待って居た」と報道している。
 天津では中国軍から攻撃を受けるや否や、日本軍が反撃に出て撃滅したため大事に至らなかったが、通州虐殺事件��天津の日本租界・軍関係機関、その他の邦人多数居留区域と共に、2年前から襲撃計画が練られていた同時多発テロであったのだ。
 同紙は「約1万5千人を虐殺し、掠奪を恣にしたうえ、日本租界を占領しここに青天白日旗を翻して天津から邦人を一掃する」ことになっていたかもしれないと書いている。
 加藤氏によると、中国共産党は、通州事件を「反正」(過ちを正すこと、即ち冀東防共自治政府の消滅)として評価し公認しているという。それなのに、「なぜ痕跡を抹殺しようとするのだろうか」と疑問が沸く。
 筆者は次のように思う。旅順猟奇虐殺事件や通州虐殺事件は、虐殺現場の目撃者があり、「事件の存在」が証明される。これらの事件を大きく取り上げると、「南京大虐殺」についても「事件存在」の「明確な証明」が求められる。
 しかし、習近平さえ英国女王の晩餐会で「存在の証明」で「友好のプレイアップ」を図ったが、逆に「非存在」の暴露になってしまい、“はい それまでよッ!”となりかねなかった。
 南京事件は大虐殺の「状況証拠」から離れていくばかりだ。いかがであろうか。
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trpgnomimimi · 4 years
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【cocシナリオ】4.DA.05
人数:2〜3人(既存PCで遊べる)
シナリオの舞台:現代日本、推理系
推奨技能:目星、聞き耳、交渉系技能
準推奨技能:心理学、戦闘技能
時間:RPを楽しんで5時間ほど
美術館へ行くシナリオです。(詳しくは上の画像をご覧ください)
以下シナリオのネタバレがあります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 読み:4.DA.05(ヨンディーエーゼロゴー)
「どんなシナリオ?」
探索者たちに高校生3人のうち「誰が犯人なのか」を突き止めてもらい、暴走した生徒を(物理で)止めてもらうシナリオです。調べていけば必ず犯人に行き着くのと、戦闘も難しくないのでシナリオの難易度は低いです。
▼タイトルの由来
4.DA.05とは、石英をシュツルンツ分類というもので表したときの名前です。シュツルンツ分類とは、ドイツの鉱物学者カール・フーゴ・���ュツルンツが1941年に鉱物学表で著���た、化学組成に基づく鉱物の分類法のこと。(Wikipediaより)
「シナリオ全体の流れ」
探索者たちが美術教師(描本)の依頼を受けて美術館へ行く。
部員と一緒に搬入作業をする。
12時半に鐘望(かねもち)高校の鵜財が刺される「殺人未遂事件」が起きる。
警察が探索者に事件の協力を申し出る。
一通り探索し、犯人である小瀬を突き止める。
小瀬と戦闘を「する/しない」でエンド分岐。
エンディング
「登場する神話生物」
「キーザ(知性を持つ結晶)」という旧支配者が出てきます。(マレモンp157.158)
「小瀬との戦闘時の注意点」
装甲を壊してから戦う
「水」と「塩」両方を小瀬にかけて、装甲を「0」にします。
この両方を使わなければ、小瀬の装甲が破壊されず、探索者の攻撃が入らないので注意してください。「水」と「塩」はミュージアムショップに売っているので、店員NPCからさりげなく購入するようにおすすめしてください。もちろん露骨におすすめしても良いです。私が回したときは、記念にみなさん買ってくれていました。買っていない場合、クライマックス前に買いに行かせるチャンスを作っても良いかと思います。
「シナリオ背景」
昨年10月、美術館に改装工事が行われ、玄関ホールに天窓が設置される。
昨年11月冬、展示物に混じって美術館で眠っていたキーザは、改装時に設置された天窓から差す太陽光で覚醒する。その頃、有村才一(ありむらさいいち)という男子高校生が美術館に訪れていた。彼は他校の鵜財という生徒に弱みを握られている。心労でまともに寝ていなかったためにふらついて、キーザの入った展示ケースにぶつかってしまう。有村の強い負の感情を察知したキーザは、触手を伸ばして彼に乗り移る(このとき一瞬発光している)。取り憑いたキーザは、11月から日差しが強くなる夏にかけて、有村の精神をゆっくり蝕んでいく。
初夏の6月にキーザによる影響力が強くなり、7月に侵食がピークに達する。取り付いたキーザは、有村の精神に「鵜財(うざい)を殺して楽になろう」と語りかけるが、有村は強く抵抗する。勝手に動く手を押さえつけて何度も切りつけた結果、大量の血を流して失血死する。有村は自殺することで周りに被害が出る事態を防いだ。自力で動くことができないキーザは有村の体内に残る。
連絡がつかなくなった有村を心配して、杉内と小瀬が有村の家を訪れる。中学の頃から仲の良かった杉内は、渡されていたスペアキーで鍵を開ける。荒れた部屋の中心で、血溜まりの中に倒れ込んだ有村を発見する。手首には何度も切りつけた痕があり、結晶化している部分もあった。
杉内は警察と救急に連絡を入れる。小瀬が有村の体をゆすったとき、有村の体から小瀬にキーザが乗り移る(乗り移ったときに発光している)。落ちていた有村の日記を読んだ杉内は、駆けつけた刑事に見せる。だが刑事はただの自殺だと判断して適当にあしらった。警察への信用を無くした杉内は、とっさに日記を現場から持ち去る。同時刻、小瀬はキーザを通して有村の負の感情を感じ取る。有村と鵜財の取引現場を目撃していた小瀬は、後輩を助けられなかった後悔の念でいっぱいだった。キーザによって負の感情は増幅し、「後輩を死に追いやった鵜財を殺し、有村の無念を晴らす」と今回の事件を起こす計画を立てる。探索者たちは8月にちょうどその現場に居合わせることになる。
「登場NPC」
三見高校(みつみ)(高校名は探索者に合わせて変更可)
描本 紙杏(かきもと しあん)
美術部教師。33才。
美術展当日に抜けられない用事ができたので、あろうことか探索者たちに美術部の付き添いを頼む。
(読まなくてもよいキャラ設定です)
芸術一家の長男。画家の妹がいる。人並み以上に画力もあり幼い頃から絵を描くことが好きだったが、画家として大成できるほどのセンスは持ち合わせていないのだと学生時代に悟る。画家にならずとも、自分と同じように悩む学生たちのサポートに回ることはできるという考えから美術部教師になる。
有村 才一(ありむら さいいち)
最初にキーザに乗り移られていた人。故人。見る人を惹きつけるような魅力のある作品を描いていた。家庭環境が悪く、一人暮らしをしていた。仕送りも最低限で画材を買うにも一苦労だったため、気の迷いで店の商品に手を出してしまい、その現場を鵜財に見られて弱みを握られる。キーザによって精神を病み、鵜財を殺してしまう前に自殺する。
小瀬 仁也(こせ ひとや)
美術部部長。3年生。背が小さい。今回の犯人。部員を家族のように想っている。鵜財と有村の取引現場を街中で目撃する。個人的な理由から問い詰めることはできず、部員の自殺を止められなかったことを激しく後悔する。その感情を察知したキーザが有村の遺体から乗り移る。
杉内 大城(すぎうち たいき)
2年生部員。背が高い。不器用。有村とは中学の頃からの仲で、一番の理解者。シナリオ中、鵜財を問いただそうと館内を探していたが見つけた時には刺されていた。今日のために作品に細工を施し、中に包丁を隠している。
織田 ���菜子(おだ かなこ)
副部長。3年生。穏やかな子。有村とは恋人同士だった。有村の絵に影響を受けているため、絵の雰囲気が似ている。事件が起きたときは庭園で有村を思い出して泣いている。
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鐘望高校(かねもち)
鵜財 八津緒(鵜財 やつお)
鐘望高校の美術部。2年生。有村の万引き現場を目撃して弱みを握る。格安で絵を買取り、有村の絵を自分の絵だと偽って周りの評価を得ていた。キーザに取り憑かれた小瀬に刺されて生死をさまよう。とっても嫌なやつ。
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旧支配者(個人的な解釈あり)
キーザ:知性を持つ結晶(マレモンp157.158)
このシナリオで扱うときの設定です。(個人的な解釈を含む)
太陽光が当たる場所でのみ活動する。
キーザの触手に触れられた部分は結晶に変えられてしまう。
取り憑いた人や傷つけた人の「負の感情」を増幅させる。
鉱物を媒介して、己の思考と影響力を送れる。
キーザに取り憑かれた小瀬は装甲を「15」持っています。そのため、本体にダメージを与えるには「装甲を壊してから」戦う必要があります。
「タイムスケジュール」
美術館でのNPC達の動きをタイムスケジュールで表わしたものです。上の画像が本当に起きていた出来事です。
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「導入」
一人代表して描本と会話をしてもらう。(探索者全員に同じ連絡が来ています)この時点で、有村の事件から一ヶ月経っています。
8月上旬の金曜、知り合いの美術教師である描本紙杏(かきもと しあん)から着信が入る。
描本
「よお久しぶり!元気にしてたか?
いきなりで悪いんだけど、頼みたいことがあってさ。来週金曜日に東京郊外にある○○美術館で学生美術展があるんだが、そこで展示する作品の搬入と付き添いを頼みたいんだ」
「金曜日の午前中に搬入。
午後から審査員による作品の講評がある。土曜日に一般公開だから、金曜日のうちに準備と作品の講評まで終わらせるってことだな。
9時前には美術館に着くように向かってほしい。あと、午後まで作業があるから昼飯を持参してきてくれ!
一応駅の隣にコンビニがあるけど、美術館からはちょっと遠いから持ってきた方が楽だぞ」
探索者同士が知り合いでなければ、お互いの特徴が描本から伝えられる。
…美術部について知識
この学校の美術部に自殺した生徒が居た。名前は有村才一(ありむら さいいち)。
たびたび精神的に不安定な書き込みがSNSに投稿されていたという。
  
描本にその件について聞けば、
「知ってたのか。ニュースにもなってたしそりゃそうか。一ヶ月前に亡くなったんだけど、色々思い詰めてたのかな。自殺だったよ。
今日付き添い行けないのも、有村くん関係で片付いてない用事もあってさ。当日は迷惑かけちゃうけど、よろしく頼む」
「美術館に到着」
▼駅に寄る場合
駅の隣にはコンビニがあり、周りは見渡す限り田んぼか畑しかない。そこから徒歩で美術館へ到着すれば、20分ほどかかるだろう。
▼美術館に直接行く場合
車を止め、美術館前の広場へ向かう。朝と言っても真夏の8月。20分ほど歩いただけで既に汗がとまらない。じりじりと照りつける太陽を背に、探索者たちはアスファルトの上を歩いていく。美術館への門を通り石畳の道を進むと、美術館の広場に到着する。広場は美術展に参加する県内の高校生たちでいっぱいだ。
美術館に目星
…最近工事でもしたのだろうか。外壁の汚れなどもなく、とても綺麗であることがわかる。
あたりを見渡せば、正面入り口の前に目当ての高校の制服を着た美術部員達を見つける。探索者に気づいた三人の生徒が駆け寄ってくる。
小瀬
「もしかして、付き添いにきてくれた方々ですか?先生から話は聞いています。突然のことなのに引き受けてくださり、ありがとうございます!」
探索者たちにペコリと頭を下げる。物腰柔らかな話しやすい生徒で、黒いリュックを背負っている。
「僕は小瀬 仁也(こせ ひとや)です。3年生で、美術部の部長をしています。それでこちらが副部長で3年生の織田さんと、背の高い彼が2年生の杉内くんです」
織田は礼儀正しくぺこりとお辞儀をし、杉内は軽く会釈する。杉内は背が高く筋肉質だ。運動部に所属していそうな見た目をしており、白いエナメルバッグをかけている。織田は大人しい見た目の女子生徒で、小さめのショルダーバッグをかけている。
小瀬が探索者たちに説明をする。
小瀬
「今日は主に作品の搬入…展示物を運び入れて飾るまでをするのですが、中にはとても重たい彫刻とか、一人では持てないサイズの絵があるので、一緒に運ぶのを手伝っていただきたいんです」
探索者が了承してくれたところで目星
…小瀬の横で、杉内が遠くを睨みつけていることに気づく。目線の先を辿れば、富裕層が通うことで有名な鐘望(かねもち)高校の方を見ているようだ。どうかしたのか聞いても「別に。何でもない」と返され、何事もなかったかのように目線を外す。
その後、扉の奥に職員が現れ、正面入口の鍵を開ける。広場に集まった学生たちは職員の後に続いて吸い込まれるように館内へ入っていく。
職員が歩きながら説明をする。
職員
「大きな荷物は二階の休憩室へ置いてください。休憩室は広いので、みなさんでお使いいただけます。スマートフォンや財布などの貴重品は、一階にある鍵付きのロッカーへ入れるか、肌身離さず持っていてください」
「搬入」
荷物を置いた探索者たちは作品の搬入作業に入る。学生による美術展は2階で行われるそうだ。この美術館にはエレベーターがないため、階段を使って2階へ運んでいくという。
小瀬
「落としたり傷つけたりしないように、慎重にお願いします」
絵画か彫刻、探索者にどちらを持つか選んでもらう。
探索者が3名の場合は、絵画へ2名割り振ると良い。
【絵画を運ぶ】
大きな油絵。木枠が付いているためとても重い。丁寧に梱包されているため中の絵は見れないが、表の作品票に名前のみ書かれている。そこには「有村 才一(ありむら さいいち)」とあった。
疑問に思う探索者に気づいた小瀬が話しかけてくる。
小瀬
「有村くんは暇さえあれば絵を描いてた人でした。明るくて前向きな絵を描いていて、そのどれもが人を惹き付ける魅力のある作品でした。身近にすごい才能のある人がいたら描く気が起きなくなることもあるんですけど、彼の絵からは、僕も頑張らなくちゃ!って元気をもらえたんです」
「でも有村くんの最後の絵は…。見てもらった方が早いかもしれないです」
----------------------------------------------------
【彫刻を運ぶ】
梱包材でよく見えないが、石膏でできた彫刻だとわかる。とても重いので、STR×3で判定を行う。
…成功
持ち上げたとき少しバランスを崩すが、しっかり支えることができた。前にいた杉内がじっとこちらを見ている。
声をかければ、
「いや、それ俺の作品なんで気になって。重いっすよね、すんません」
と探索者を気遣う。何事もなくすたすたと階段を登っていく。
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…失敗
指先が滑って階段の角に落としかけてしまう。が、間一髪で拾い上げることができた。探索者の慌てた声に気づいた杉内がすごい剣幕で振り返る。
杉内
「おいっ!!危ねえだろうが!!」
しかし、すぐにハッと我に帰ると
「俺の作品だからついカッとしちまった。…すんません、怪我とかないっすか」といって探索者を気遣う。)
杉内はバツが悪そうにすたすたと階段を登っていく。心理学を振ろうとしても、落としそうになった探索者達は動揺してできない。
「有村の絵」
絵画や彫刻が展示室へ次々に運び込まれ、所定の位置に飾られていく。絵画を運び込んだ探索者のもとに織田が近寄ってくる。(このとき、彫刻を運んできた探索者も合流する)
織田
「有村くんの作品飾るの手伝います。私はまだ見ていないから楽しみなんです」
梱包材を剥がしていく。織田の表情が曇る。
織田
「これが有村くんの絵…?」
絵画を確認すれば、それは真っ黒なキャンバスだった。執念深く塗り潰されていて、一体何を描いているのかわからない。見続けていると胸の奥がざわつくような、不安��駆られる絵だ。
0/1の正気度チェック
(有村の現場に行った小瀬と杉内はこの絵画を既に見ている)
「嫌な奴」
「なんだい?その絵は」
探索者の後ろから、突然声が掛かる。振り返れば、鐘望高校の制服を着ている男子生徒だった。彼は有村の絵をしげしげと眺めた後、小馬鹿にしたように口の端を歪めてこちらに喋りかけてくる。
鵜財 八津緒(うざい やつお)
「その作品、最後の作品にしてはずいぶんと暗いんだねえ!自分の才能の無さに絶望したのかなあ…。僕の真似しかできない、彼の無能さがよく表れてるよねえ。
(探索者の方をじろりと見て)見ない顔ですけど、あなた方は?
(返事を待って)…へえ、そうなんですねえ。こんなに大事な美術展に、顧問が不在だって!笑っちゃうね!部外者に全部丸投げってさ。
(織田を見て)もしかして君たち、先生に大切にされてないんじゃない?」
まあいいや。今日の最優秀賞は僕の絵で決まりだよ。誰が見ても、やっぱり僕の絵が一番だからね。優秀な先生方が平等に審査してくれるよ」
高笑いしながら持ち場へ帰っていく。
〜〜
織田
「あいつは鐘望高校の鵜財。相手にしないほうがいいです。有村くんに特に突っかかってきてた面倒くさい奴なの。あれだけ人間性に問題あるのに、作品の方は世界観も技術力もすごいんですよね…。お父さんが審査員だからって調子に乗ってるとしか思えないわ」
鵜財の作品を見ると、絵を描かない人が見ても上手いと思うだろう。人を引き付ける魅力があるようで、通りがかる人は皆絵を見上げて感嘆の声を漏らしている。
「作品の印象」
作品も定位置に置き、搬入が一段落する。少し時間ができ、4人の作品を見ることができる。絵について詳しく見るには、目星または芸術系技能を振る。
(有村・杉内・小瀬・織田)
▼有村の作品
黒く塗り潰されて何が描いてあるかわからない。
目星
…塗りが甘い部分を見つける。暗い絵の下にうっすらと別系統の色が見える。塗りつぶされた下に別の絵があるのではないかと思う。
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▼杉内の作品
手の石膏像。
目星
…よく見ると荒い作りだ。作り手の努力が見て取れる作品。手の形や大きさから、おそらく杉内自身の手をモデルに作られたのだろう。
「まだ勉強中なんす。オレ、絵が壊滅的に下手だったんで、先輩や有村に立体で作品つくってみたらどうかってアドバイスもらってから彫刻を学んでるんです。最近やっと楽しさがわかってきたっていうか」
心理学
…作品に自信がないのか、あまり見て欲しくないように感じる。
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▼小瀬の作品
人物と建物が描かれた油絵。
目星
…部長というだけあって絵の完成度が高い。デッサンは正確で狂いがなく、物体が細部まで描かれていることで絵に説得力が出ている。そして、絵画からどこか悲しい印象を受ける。
「もうすぐ卒業で、美術部のみんなとお別れだと思い始めたら寂しくなってしまって。それが作品にも現れちゃったんですかね」
心理学
…他にも理由があるのではないかと感じる。
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▼織田の作品
動物モチーフの可愛らしい油絵。
目星
…鵜財の絵とどこか似たものを感じる。
鵜財と似ていると言われれば、織田に
「そんな!!あいつと似てるなんて嫌です!」と返される。
鵜財を相当嫌っているようだ。
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作品を見終わると、お昼ご飯を食べに休憩室へ移動する。
「昼休憩」
時刻は12時。講評は13時半なのでまだ時間に余裕がある。みんながお弁当を広げ始めると、小瀬が立ち上がる。
小瀬
「お昼忘れちゃったからコンビニまで行ってくるね。何か欲しいものあったらお使いします。溶けそうなやつは無しだよ」
…車で送るよと探索者に言われた場合、
「無理して来ていただいたのに、そこまでお願いするのは申し訳ないです。コンビニまで歩いて片道15分くらいですし、走って行ってくるので大丈夫ですよ!」と断る。
※事前に買ってきた物しか出せないので、用意できていないお菓子以外のものを要求されたら「売り切れてた・忘れてた」と嘘をつく
小瀬は荷物を背負って休憩室を出て行く。(この後、有村のスマホを使って鵜財を呼び出す)
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続いて、織田と杉内も順番に休憩室から出ていく
織田が急に立ち上がり
「緊張をほぐすために外の空気吸ってきます…」とふらふらと出ていく。
さらに杉内が立ち上がり、
「腹痛いんでちょっとトイレ行ってきます」と出て行く。
3人とも荷物を持って出て行ってしまう。
探索者がついていこうとしても姿が見えなくなってる。
聞き耳(3人が休憩室を出た後)
…遠くの方で着信音が聞こえる。音のした方を見ると、鵜財がスマホを凝視している。恐ろしいものでも見るような引きつった表情だ。
鵜財は慌てて休憩室から出ていく。
(有村のスマホからメッセージが来ていた。鵜財を誘き出すために、有村のスマホから小瀬が送信している)
「うわさ話」
隣で他の部員がお弁当を食べながら何やら噂話しをしている。
「あれ見たかったのにまだ見つかってないんだね」
「ね、もう闇市場とかで売られちゃったりしてるのかな」
【他の部員から聞けること】
噂話をしている部員…2年生2人と話す。
・水晶について
…11月に盗難事件があった。普段は常設展示で玄関ホールに置かれていたらしい。犯人はまだ見つかっていない。
・有村について
…とても絵が上手で優しい先輩だった。
だが一部で、「鐘望高校の鵜財の絵を真似しているのではないか」という噂が立っていた。誰もそのことを口に出さなかったが、色使いや表現がとてもよく似ていたという。
・有村の自殺の原因について
…知らない。だけど11月あたりから元気がないように見えた。部活も休みがちになっていき、6月ごろ急に体調をくずしていた。それからは学校や部活に顔を出さず家で制作していたらしい。
話を聞き終えると出て行った3人がバタバタと休憩室に帰ってくるが、なぜかそれぞれ顔色が悪い。小瀬は部員に頼まれたお菓子を配っている。
そうしていると、突然展示室の方から大人の男性の叫び声が聞こえる。
「事件発生」
声のした方に駆けつけると、そこは展示会で使われていないはずの展示室6だ。入り口の周りには人だかりができていて、その奥には中年男性が尻餅をついている。全員の視線は部屋の中央に釘付けになっている。
中年男性
「や、八津緒…!!!」
展示室6の天井につけられた小さな窓から真昼の光が部屋全体に差し込んでいる。その光の下では、鵜財が無惨な姿で横たわっていた。胸部が赤く染まり、流れ出た血があたりの床を赤く染めている。凄惨な現場を見た探索者は
1/1d4+1 の正気度チェック
近づく
…微かに息をしていることがわかる。すぐに治療を受ければ助かるかもしれない。
探索者達は、警察が到着するまで現場を調べられる。
----------------------------------------------------------
【鵜財】
目星
…胸部に刺し傷がある。家庭で使うような包丁くらいの大きさの傷だ。しかし、刺されたにしては血の量が少ないと感じる。そう思うのと同時に不思議なことに気づく。流れ出た血液と傷口の肉が、煙がかった透明感のある六角柱状の結晶に変化していた。
明らかにおかしい現象に 0/1 の正気度チェック
【周辺】
目星
…凶器らしいものは見つけられない。制服のポケットから鵜財の端末を発見する。不用心なのかパスワードはかかっていない。開くと、死んだはずの有村からメッセージが届いている。
『展示室6に来い』
これより以前のメッセージはない。削除したような形跡が見られる。
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【中年の男性】
話を聞けば、この美術館の館長で鵜財の父親だという。
中年男性
「先生方とお昼を食べてから生徒達の作品を見てまわっていたんです。使われていない部屋も確認のために一応まわっていました。そうしたら息子がここで倒れていて…!」
「警察」
「みなさん!この美術館からは一歩も出ないでください!!」
どたどたと警察と救急が駆けつけ現場に入ってくる。鵜財は救急に運び出され、警察が現場を調べ始める。探索者たちは展示室6の前で事情を聞かれる。探索者のアリバイについては、休憩室にいた部員と話していたこともあり証明される。
目隠警部
「君たちは学生じゃないようだが、どうしてここに?関係者かい?」
(探索者達の事情を聞いた後)
すると、展示室にいた警察官や鑑識が一斉に飛び出してくる。目の前を走り去って行く彼らは、皆慌てていたりや不安そうな顔をしている者ばかりだった。
※現場を詳しく調べられないように、キーザに取り憑かれている小瀬が結晶に触った警察官たちの感情をコントロールして部屋から追い出している描写です。
目隠警部
「な、なんだ!?一体どうしたね君たち!」
遅れて展示室から出てきた警察官が目隠警部に事情を説明する。
警察官
「け、警部ーっ!!!部下も鑑識も、急にみんな居なくなってしまいました…!外に干した洗濯物が飛んでいっていないか心配だとか、不気味で怖いから帰るって言ってるやつもいて…!捜査に人手が足りません!!」
目隠
「何だと~~!?お前たちそれでも警察官か!!!」
突然警官が「ううっ!」と頭を抱えた後、
「私も…私もなんだか家の鍵をかけてきたか心配で気が気じゃないので、帰らせていただきます警部!!」
と、許可も得ず走り去っていく。
※遅れて、この警察官もキーザに遠隔で操られています
現場を調べていた警察官は一斉にいなくなってしまい、目隠だけが残されてしまった。
〜しばし沈黙〜
目隠警部が探索者をじっと見て、何かを感じ取ったのか一人で頷いている。彼はコホンと一つ咳払いをすると、探索者に告げる。
目隠警部
「どういうわけか、私以外の警察がみんないなくなってしまった。このままでは捜査するにも人手が足りん。
…私は昔から人を見る目だけはあるのだが、君たちからは困難に立ち向かっていくようなアツい眼差しを感じる。
ぜひとも、この事件の犯人を暴いてほしい。協力してくれるだろうか」
【目隠警部から聞けること】
☆鵜財について
「犯行時刻は12時から12時半の間。つい先ほど刺されたようだ。鋭い刃物が凶器だろう」
傷口の結晶について話すと、次のように返ってくる。
「不可解な現象だったのでこの情報は一部の関係者しか知らないが、自殺した有村くんの傷口にも、このような結晶ができていたんだよ」
☆有村の事件について
・有村死体の第一発見者は?
「前任からの引き継ぎがうまく行っておらず名前がすぐに出てこない。申し訳ないが、追って連絡する」
※第一発見者は小瀬と杉内です。
 序盤から犯人の目星がつかないように
 後から情報を出してください。
・ほんとに自殺?
「カッターナイフで手首を切ったことによる失血死。SNSには去年の11月頃から『不安でたまらない、どうしたらいいのかわからない』といった書き込みもあり、精神的に不安定だったようだ」
「現場はめちゃくちゃで、部屋の物が散乱していた。財布などの貴重品は残っており、盗まれた形跡がなかったことから、有村君自身が暴れたあとだと思われる。事件性が見られないことから、自殺だと判断された」
「それと、有村は軽い日焼けをしていた。窓辺に置いてあった物が日焼けしていたことから、長い間カーテンが開きっぱなしで生活していたと思われる」
※キーザの動力源は太陽光だというヒント
最後に付け加える
「役に立つかわからんが、鑑識が置いて行ったこいつも持っていくと良い」
…ルミノール判定試薬が入ったスプレーをもらう。
(血液が付着していればその箇所が暗闇で光るというもの。)
※後に出てくる杉内の包丁が、事件に使われた物でないと判断するためのもの。実際の凶器は小瀬から出たキーザの触手のため、シナリオ内で反応が出る物は無い
「聞き込み」
アリバイのとれていない3人が犯行時刻にどこにいたのか話していく。
小瀬
「コンビニまでお菓子を買いに行っていました。頼まれたものならすでに部員のみんなに渡しています。急いでいたのでレシートはありませんが…」
杉内
「この美術館ぼろいんで、1階の綺麗なトイレに行ってました。腹が痛かったんでかなり長いトイレになっちゃいましたけど」
織田
「午後の講評のことを考えたら緊張して、いてもたってもいられなかったので、外の空気を吸いに行っていました」
以下の6箇所を探索できる
庭園 / 休憩室 / 玄関ホール 
ミュージアムショップ / 展示室1 
展示室6の前(学生3人・目隠と話をする場所)
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探索者が行く場所を決めた後で
聞き耳
…窓の外でぽちゃんという音が聞こえた。
(小瀬がみんなの目を盗んで庭園の池に有村の携帯とロッカーの鍵を投げた音)
「庭園」
最初に集まった広場を出て左にまわると、そこには小さな庭園がある。綺麗に剪定された木々に囲まれた池には何匹もの鯉がスイスイ泳いでいる。休館日でも散歩に訪れる人もちらほら見える。
その中で気になる人影を発見する。そこには身を乗り出して池を見つめている子どもと、それを止めようと引っ張っている母親がいる。
母「危ないし汚いからやめなさい!」
子「だってあそこらへんになんかあるもん!」
(探索者が声をかける)
母「この子が池に入ろうとするんですよ」
子「さっき、キラキラしたなんかがあそこから落ちてきてポチャンってなったんだよ」
 「あそこの窓からだよ」
子どもが指を指した先を確認すれば、先ほど自分たちがいた展示室6の前だ。
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子供に物が落ちた先を教えてもらうと、横切っていく鯉たちの間に光る物が見える。しかし、池のふちから3mほど先にあるため、ここからだと腕を伸ばすだけでは届かない。
▼池にある物を自由な発想で取ってもらう。
(例)
池にそのまま入って行って取る
周辺に幸運をし、網を見つけて取る
館内のトイレからモップを持ってきて取る
芸術:投げ縄を振って取る
どうにかして取る
…光るものを2つ拾い上げる。
①濡れたスマートフォン
電源は入らない。(美術部のみんなに見てもらえば有村のものだとわかる)
②小さな鍵
「056」と書かれたプレートがついている。→「ロッカー」が探索可能になる
子「なにそれ、キラキラの玉かと思ったけど違うのかあ。いらね〜。お兄さん(お姉さん)たちにあげるよ」
▼親から聞ける情報
(織田のこと。亡くなった恋人である有村のことを思い出して泣いている)
「休憩室(荷物を調べる)」
休憩室の荷物を調べる。判定無しで気になるものを見つけられる。
白いエナメル、黒のリュックサック、ショルダーバッグ
▼白いエナメルバッグ
…定規サイズのL字に曲がった「金属製の薄い板」が見つかる。使用方法は不明
▼黒のリュックサック
…ノートが見つかる。内容は、講評で言われた作品の良いところ・改善点などが忘れないようにメモ書きされている。その他、美術部の活動記録から部員の悩み相談まで書かれている。部員を非常に大切に想っていることがわかる。
リュックサックにアイデア
…朝見たときよりもリュックの膨らみが小さい。荷物が少なくなったのではないかと思う。
▼ショルダーバッグ
…気になるものが2つ見つかる。
①塩アメが入っている。熱中症対策だろうか。
②有村と織田の写真。背景は観光地のようで、二人の距離は近く親しげに写っている。服装を見れば春先くらい
(今年の春に撮った写真。デートで撮ったもの)
「玄関ホール」
搬入のためにすぐ二階へ上がったので、詳しくは見ていない。受付には女性と、少し離れたところにカラの展示ケースがある。
▼玄関ホールを見渡す
…吹き抜けのさらに上にある天窓から午後の光が差している。天窓は最近取り付けたもののように綺麗だ。そこから差し込む太陽の光が、カラの展示ケースに当たっている。
▼カラの展示ケース
…上部の空いた、大きめの展示ケースだ。作品説明を読むと「スモーキークォーツ」という結晶が飾ってあったことがわかる。前代の館長が一般の方から寄贈されたものを気に入り、それからずっと展示していたようだ。
▼「スモーキークォーツ」について知識
…水晶の一種。色彩は茶色や黒色をしており、煙がかっている。また、パワーストーンとしても有名な物だ。それを踏まえてネットで検索すれば、詳しい情報が出そうだと思う。
調べる
…以下のような情報が得られる。
パワーストーンは数多くの人の元を訪れており、その過程で様々な気を浴びているので定期的な浄化が必要。浄化をすると、石の持つ力はより強力になる。
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スモーキークォーツの効果
・精神の安定
・恐怖や不安の解消
・マイナスエネルギーをポジティブエネルギーに変換 
スモーキークォーツの浄化方法
[ 効果的な方法 ]
・水をかける
・塩をかける
[ 劣化してしまう方法 ]
・太陽光をあてる
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※キーザの効果はパワーストーンとは真逆。そのため、キーザに効果的なのは水・塩。
▼受付の女性
女性は俯いたまま視線を机の下に向けている。近づいてみればスマートフォンでゲームをしているようだ。話しかけると手で端末を隠しつつ、ばつが悪そうに対応する。受付の内側には小さなモニターがあり、そこから防犯カメラの映像が流れている。
・犯行時刻、誰か外に出て行った?
「今日は搬入で一般の人は入れないから、注意深く見てなかったわ。防犯カメラを見ればわかるかもしれませんけど…」
探索者が警察の手伝いをしていると伝えれば、防犯カメラの映像を見せてくれる。
▼防犯カメラ
…正面入り口に設置された一台のみ動いている。犯行時間、織田だけが外に出ているのが確認できる。美術館にお金がないため、他の監視カメラはダミーだという。
【以下、職員から聞ける情報】
・盗まれた作品ってどんなやつ?
…色彩は茶色みがかった黒色で、縦横50cmくらいの大きさ。この大きさではバレずに持ち帰るのは難しそうだ。
・盗まれた時の状況は?
…盗まれたのは11月。特にあやしい人物は写っていなかった。だが、一瞬だけ防犯カメラの映像が強い光で見えなくなる瞬間があった。
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※キーザが有村に乗り移ったときの光。その際、自身の大きさを変えて小さくなっているので、周りからは水晶が忽然と消えたように見える。
 
・美術館について
「10月に美術館の改装工事をしたの。通常なら、作品の保護のために人工照明をよく使うんだけど、玄関ホールにも自然な光を取り入れようって話が出てね。そのとき玄関ホールの天井にも天窓をつけたのよ」
・なぜ天窓の下に水晶を置いたのか
「通常なら水晶に太陽光なんで浴びせたら良くないのだけど、移動中にうっかり太陽の光を当ててしまったときがあってね。そうしたらなんと結晶の輝きが増した気がしたのよ。太陽光で輝く姿がとても美しいからって、あえて天窓の下に置くことにしたの」
その結晶を見に訪れるお客さんが押し寄せるぐらいには好評だったわよ。盗難にあってからはそんなこともないけどね」
・職員に起こった話
「去年の冬に友達と海外に行く予定だったんだけど、私ってばドタキャンしちゃったのよね。飛行機が墜落するかもって急に不安になっちゃって。今は大丈夫なんだけど」
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※活性化したキーザの近くにずっといたため、影響を受けてマイナス思考になっていた。キーザが消えてからは元通り。
「ミュージアムショップ」
レジには暇そうにしている店員がいる。ずっと暇をしており窓の外を見ていたので、この店員から情報を引き出すことはできない。
バイト
「本当は休みなんですけど、今日は学生向けに開けてるんです。警察の人が出て行ったり騒がしかったですけど、上で何かあったんですか?
(探索者の話を聞いて)
それは大変そうですね、警察のお手伝いか…。まあでもせっかくなので、何かお土産に買っていくのはどうですか!?」
商品を見れば、美術作品をグッズに落とし込んだものや、芸術家と地域の特産品とコラボしたパッケージの商品などが売っている。
▼ミュージアムショップの商品
・美術館オリジナルウォーター(500ml)…150円
・絵はがき…110円
・海の塩…500円
・手鏡…500円
・びじゅつかんちゃんキーホルダー…750円
・美術館オリジナルトートバック…1500円
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※商品の解説
水・塩
…戦闘時に装甲を剥がすために両方必要です。NPCからぜひおすすめしてください。
手鏡
…太陽光をこれで当てたりすると、小瀬による攻撃のダメージが倍になってしまう。買わなくて良いものです。
びじゅつかんちゃんキーホルダー
…白い長方形のぬいぐるみに、素朴な笑顔がついたもの。あまり売れない。
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「ロッカー」
細長いスペースにあるロッカー。突き当たりの小さな窓から光が差している。
詳しく調べるには、「池で拾った鍵」が必要となる。
056の扉を開けると、ロッカーに押し込まれた黒い手提げ袋がある。引っ張り出せばとても軽い。中身を確認すると、入っていたのは大量のお菓子だった。スナック菓子やガム、飴、おつまみまで様々。
お菓子の山に目星
…お菓子の山の中にくしゃくしゃになったレシートを見つける。広げれば驚くほどに長いレシートが出てくる。購入した日付は一ヶ月前で、散らばっているお菓子の品名がズラリと並んでいる。
お菓子にアイデア
…チョコ系の溶けそうなものはない。
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※小瀬がアリバイ作りのために用意したお菓子。コンビニに行かなくてもいいように大量に買っている。手提げ袋の中には大量のお菓子の他に、キーザ本体の欠片も入っている。
お菓子が見つかった時を考えて、あらかじめ手提げ袋に忍ばせているもの。
〜水晶の欠片イベント〜 
探索を終え、次の探索箇所が決まり次第イベントを起こしてください。
調べ終えたところで、背後でコロンという音がする。振り返ってみると、小さな結晶の欠片が落ちていた。突き当たりの小窓から午後の光が差し込んで、透き通った水晶はうっすらと輝い��いる。
よく見る
外の光で照らされているだけでなく、結晶の内側からも光っていることに気づく。結晶自ら光るなんて聞いたことがない。
そう思った瞬間、欠片からキチキチと石同士が擦れる音がする。探索者が危険を感じた瞬間、細長い霜のような形の鋭い触手が
勢い良く探索者に向かって伸びてきた。
DEX×5 または 回避
▼成功
ロッカーの入り口まで逃げると、触手の動きが途端に鈍くなる。雲で日差しが遮られたのだろうか、結晶のある場所が日陰になっている。シュルシュルと触手を引っ込めるとそのまま沈黙する。
これを見た探索者は、不可解な現象に1/1d5 の正気度チェック
次の探索場所へ
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▼失敗
逃げ切れず、触手からの攻撃を受ける。
①触手が1d7の場所に巻きつく
【目、胸、右腕、左腕、腹、右足、左足】
触手に傷つけられた箇所が凍りつくように煙がかった黒い鉱物組織へと変わっていく。
これを見た探索者は不可解な現象に1/1d5 の正気度チェック
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※一時的狂気に陥った場合は以下の狂気に陥る。
「極度のマイナス思考になる or 小さい悩みや不安に思っている気持ちが増幅する」
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ロッカーの入り口まで逃げると、触手の動きが途端に鈍くなる。
雲で日差しが遮られたのだろうか、結晶のある場所が日陰になっている。シュルシュルと触手を引っ込めるとそのまま沈黙してしまう。
▼結晶ができた箇所に塩/水をかけてみる
内側の光が弱まっていく。しかし結晶自体は消えることはない。
※効いてはいるが、本体である小瀬を倒さない限り探索者の結晶は消えない
「展示室1」
探索者たちが手伝った三見高校の作品が展示してある部屋。搬入の時は梱包材に包まれていたのと急いで設置していたので、作品を触ってみたり注意深く見ることはしなかった。
作品全体に目星
…杉内の彫刻が気になる。ぐるりと回してみれば、石膏像の底に細長いすき間がある。
専用の何かを差し込んで引っ掛ければ開きそうだ。
金属の板を使う
…石膏像の中は空洞になっており、そこに新聞紙で包まれた何かが入っている。
取り出すと包丁が入っている。
包丁にスプレーを吹きかける
…ルミノール判定試薬が入ったスプレーを吹きかけ、暗所で見てみるが特に反応はない。(犯行に使われたものではないとわかる)
「展示室6(殺害未遂現場)」
展示室の前には警察と学生3名がいる。各々と話ができる。
※犯人である小瀬が、杉内や織田よりも早く聞きこみされた場合は少し会話をしたあと、核心に迫られるより前に「少し休ませてください」など言い訳をして、他のNPCに聞き込みするよう促してください。
▼織田
・鵜財と絵が似ている気がするけど…
「あいつとですか!?私はあんな人の絵を真似したりしません!」
・誰かの絵を参考にしているのか?
「尊敬していたのは有村くんですね。彼には基礎的なことから、どうしたら良い絵になるのかなどたくさん教えてもらいました。でも、彼の真似をするのではなくて自分なりに落とし込んで描いています」
・写真を見たけど、有村とどういう関係だったのか?
…驚いた表情を見せると、照れた表情で話し出す。
「有村くんとは恋人でした。みんなに知られると恥ずかしいので、このことは誰にも話していません。でも突然有村くんが死んじゃって、一ヶ月経っても気持ちの整理がつかなくてどうしようもなかったから、犯行時刻は庭園に行って誰にも見られないように木の下で泣いていました」
「その写真は、今年の春に遊んだ時に撮ったものです。少しでも元気になるかなと思って…。何に悩んでいるのか聞いたのですが、教えてくれることはありませんでした」
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▼杉内
・有村について
「中学校からの付き合いだった。俺がやりたいことなくて部活迷ってたら、あいつが一緒に美術部でもどうだって誘ってくれたんだよ。俺自身絵は下手くそだったけど、先輩たちにアドバイスもらって彫刻に挑戦したりできた。有村のおかげで高校生活楽しく過ごせてたんだ」
ナイフの話を杉内に振られたら以下のイベントが起きる
〜杉内のナイフイベント〜
「俺は鵜財をやってない!…だけど」
目隠警部の様子を伺っている。どうやら探索者たちだけに話したいらしい。
「警察の捜査は適当だから、あの警部には話したくねえんだ。…あんたたちは信用できるのか?」
話していいものか警戒しているようだ。
交渉系技能に成功
…杉内の鋭い視線が和らぐ。
「包丁は俺が用意した。だけど本当に殺してなんかいない。鵜財を脅して、話を聞こうとしたんだ。でも見つけたときには誰かにやられてた。
それと…あいつの傷口にもよくわかんねえ結晶ってのがあったんだろ?有村のと一緒だ」
「俺、有村を見つけた第一発見者なんだよ。連絡が取れなくて心配したから、小瀬先輩と見に行ったんだ。そしたらあいつ手首切って死んでて…」
「あんたたちに見せたいものがある。有村の部屋で見つけた日記だ。あんたたちなら、ここに書かれている話を信じてくれるかもしれない」
そう言って、後ろのポケットから小さめの手帳を取り出す。
有村の日記を公開する
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有村の日記
「昨年9月
また賞を逃した。
今回は自信があっただけに残念だ。でも賞をもらえない理由はわかっている。全て自分のせいだ。思いつめないでおこう。
10月
鵜財へ作品を渡しに行った。代わりに金を貰う。これで何度目だろうか。
金が無く、気の迷いで画材を万引きしたところを鵜財に見つかってからこの取引を持ちかけられた。
弱みを握られているから仕方がないとは言え、金のために絵を鵜財に売っていることは杉内にも部活のみんなにも絶対知られたくない。
この生活を続けて良いことはないなんて自分でもわかっている。でもこれ以外に手っ取り早く稼ぐ方法なんてない。
もし置かれた環境が違ったなら、まともに生きていけたんだろうか。
渡してしまった作品も、 いつか自分の名前で出してみたい。
大学の学費を稼ぐまで我慢だ。
 
11月
気分転換に美術館へ行ってきた。
展示物が飾ってあるケースにぶつかってしまったのでヒヤリとした。帰る頃に美術館が騒がしくなっていたけど、何かあったんだろうか。
ひどい夢を見た。鵜財を殺す夢だ。
交わした会話や刺した感触がとてもリアルな夢だった。先輩たちや杉内に話すわけにもいかないので、黙っておく。
(日付が空いて)
6月 
あんなに好きだった絵が思い通りに描けない。美術展が来月に差し迫っているというのに。先月から悪夢を見る回数が増えつつある。全て鵜財を殺す夢だ。頭がおかしくなる。悩みの元凶を殺せと命令されているみたいだ。殺して解決だなんて冗談じゃない。 
最近は窓からの強い日差しで目が覚める。
そういえば、いつカーテンを開けたんだろう。覚えがない。
7月(自殺する前日)
あいつをころしてしまう
そうなるまえにぼくがぼくをころさないと」
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・なぜ警察に見せなかったのか?
「俺はこの日記を読んで、有村は自殺なんかじゃない。
何か別の物が有村の中にいたんじゃないかって思った。だからすぐに刑事にこれを読ませたんだ。
でもその刑事、最低な奴でさ…
『芸術家ってのはみんなどっかおかしいもんだろ。こいつも精神的におかしくなって壊れちまったんだよ』って言って全く相手にしてくれなかった。だから日記はとっさに隠して持ち帰った。
有村は中学の頃に両親を亡くして遠い親戚に引き取られたけど、そいつらは有村の養育費目当てだった。ずっとほったらかしにされて、今まで一人暮らしをしてたんだ。
有村は気楽でいいって言ってたけど、鵜財と取引して金を作ってたなんて知らなかった。
昔から一緒にいたのに、俺は気づいてやれなかったんだ」
杉内は最後に付け加える
「小瀬先輩が有村の体を揺すったときに、一瞬部屋が光った気がした。ちゃんと見ていたわけじゃないから見間違いかもしれないけど」
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▼小瀬
・ノートについて聞く
「部員のみんなが楽しく活動できるように配慮するのも部長の役目なので、ああやってまとめているんです。有村くんが苦しんでいたことには気づいていたのですが、深く問い詰めるのは逆効果だと思って聞き出せませんでした。でも今は、もっと話を聞いておけば良かったと本当に後悔しています」
心理学
…本当のことを言っていると思う。
・リュックの中に大量のお菓子を入れていたんじゃないか?
「そんなお菓子僕は知らないです。リュックの中には、搬入で必要な道具などを入れていたんです」
心理学
…嘘をついているように思う。
・正面入り口の防犯カメラに映っていなかったよ
「僕はこの通り背が低いので、大きな人に隠れてしまって見えなかっただけだと思います」
心理学
…嘘をついているように思う。
反論に苦しくなってきたら、「犯人の特定」へと移ってください。
-----------------------------------------------------
「犯人の特定」
探索者が犯人を特定した後、1つだけ行動ができます。
小瀬に塩/水をかける
突然のことに小瀬は呆然として水・塩を浴びると、胸を押さえて苦しみだす。
しかし、一瞬の隙をついて探索者達の間を抜けて廊下のさらに奥にある、空き部屋になっている「展示室5」へと駆け込んで行く。
---------------------------------------------------------
※戦闘前に装甲を壊せるチャンスになります。
ここで「水または塩をかける」と、装甲値が半分削れるので残り「7」。
それ以外の行動をとった場合、装甲値は「15」のまま進めてください。
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「展示室5」
探索者達が小瀬を追いかけると、その展示室には大きな窓がありそこからオレンジ色の夕日が差し込んでいる。逆光で照らされた小瀬が振り返れば、肩口から何かが勢いよく伸びる。
それは霜のような触手で壁や床を傷つけると、黒い結晶が凍りつくように広がって部屋の入り口を塞いでしまった。探索者達の後を追いかけてきた警察も足止めされてしまい、部屋には小瀬と探索者達だけが残されている。
小瀬がぽつりと話し始める。
小瀬
「去年の冬、学校の帰り道に有村くんが鵜財に絵を渡してるのを見たんだ。
その後、鵜財が財布からお金を抜き取って、有村くんに渡しているのも見た。
その現場を見て、鵜財の絵は有村くんが描いたものだって確信したんだ。
だって鵜財と有村くんの絵は、違うものを描いていても絵の共通点があまりにも多かったから。
でも僕は有村くんを問い詰められなかった。
もし二人のやり取りを先生に伝えてしまったら、美術館館長が父親の鵜財によって、僕の絵が正当に評価されなくなってしまうと思ったから。
 
だけど有村くんの死体を目の前にして、後悔しか残らなかった。
あのとき相談に乗っていれば、僕が保身に走らなければ、有村くんは死ななかったかもしれない。
有村くんに触れて気づいたんだ。
全部鵜財くんが悪い、彼を殺せば有村くんも報われる。僕にできることは鵜財くんを殺すこと、それしかないってわかったんだ」
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暑い夏の日だというのに、小瀬の吐く息が次第に白くなる。小瀬が呻き体を抱え込むと、露出した肌から凍りつくようにピキピキと黒色の透明な結晶が咲き始める。
知性を持つ結晶体に取り憑かれた人を見た探索者は1d2/1d8 の正気度チェック
小瀬
「ここで見逃してくれたら探索者に危害は加えません」
- 見逃す -
「Bのエンディング」へ移ってください
- 見逃さない -
戦闘に入る。
戦闘終了条件は小瀬を戦闘不能にすること。
【塩か水をかけていた場合の描写】
小瀬の肌を見れば、塩/水をかけられた部分が爛れている。ぜえぜえと息を吐き苦しみながら探索者たちを睨みつける。
装甲値「7」からスタート。
※水を買っていない場合、展示室5に目星をして、スプリンクラーを見つけても良いです。投擲で壊したり、煙を出してスプリンクラーを反応させ、部屋に雨を降らせるなどしても大丈夫です。  
------------------------------------------------------
小瀬 人也(こせ ひとや)
DEX:11
CON:11
SIZ:10
HP:11
攻撃方法(2種類)
○触手    45% 1d3のダメージ
…霜のような触手が伸びて切り裂いてくる。
 切られた箇所は結晶化する。
○押しつぶし 30% 1d4のダメージ
…固い触手を振り上げて殴りつけてくる。
------------------------------------------------------
▼小瀬に勝つ
口から黒みがかった透明の水晶を吐き出して倒れる。探索者の結晶化した部分から輝きが失せ、ゆっくりと煙になって霧散していく。
結晶のあった部分はしもやけのように赤い痕が残っていた。
入り口を塞いでいた結晶も煙になって消滅すれば、向こう側にいた警察と救急隊員が駆けつけてくる。そのまま探索者達は病院へと運ばれていく。
…Aのエンディングへ
▼小瀬に負ける(探索者が戦闘不能になる・見逃す)
小瀬は探索者を一瞥した後、展示室の窓を割って飛び降りた。探索者たちが窓の下を確認しても、そこに小瀬の姿は無かった。
入り口の結晶が急にガラガラと崩れ、向こう側にいた警察と救急隊員が押し寄せてくる。
そのまま探索者達は病院へと運ばれていく。
…Bのエンディングへ
「Aのエンディング」
病院に運ばれた探索者たちは治療を受ける���
体にできた結晶は全て消え失せ、しもやけのような赤い痕が残っていた。医者からは、その傷も数日すれば綺麗に消えるだろうと診断される。
後日、探索者達は事の経緯を説明しに警察署へ訪れていた。警察からも以下のような情報が伝えられる。警察の中に科学や常識では説明できない奇妙な事件を取り扱う組織があるらしく、そこが小瀬の精神に干渉した謎の結晶について調べているらしい。
小瀬の犯行については、情状酌量の余地があると見て捜査が進められるそうだ。
長い拘束から解放され、警察署の正面入り口を出たとき、探索者のうちの一人に電話がかかってくる。
電話口から聞こえる声は描本だった。
描本
「変な事件に巻き込んじまって、本当に申し訳なかった。体調の方は大丈夫か!?」
(会話した後)
「そうだったのか…。ああ、今日電話した理由は他にもあって、お前らに直接お礼したいって生徒がいてさ」
描本が言い終わるのと同時に、電話口からガタガタとスマホを持ち替える音が聞こえ、声の主が変わる。
杉内
「探索者さん達大丈夫っすか?
あの事件ではお世話になりました。
…あの後、鵜財の野郎が一命を取り留めたんで、小瀬先輩も殺人犯にならずに済みました。先輩はしばらくの間、気持ちを落ち着ける時間が必要らしくて、病院で治療を受けています」
「それともう一つ、探索者さん達に伝えたいことがあって。あの後、油絵の修復家に有村の絵を直してもらったんです。
そうしたら、あの暗い絵の下層から別の絵が出てきたんだ。その絵には美術部のみんなが…、小瀬先輩と織田先輩と俺が笑ってる絵が描かれててさ。
それ見て俺、有村のやつは最後に描きたいもん描けたのかなって思ったんだ。黒い絵の具も、絵を傷をつけないようにあえて塗りつぶしたのかなって。
あんたたちが来なかったら、あの絵の存在にも気づかなかったし、小瀬先輩もよくわかんねえヤツに取り憑かれたままだったかもしれない。付き添いに来てくれたのが探索者さん達でよかった。
本当にありがとう」
杉内は描本に電話を代わる。
描本からも以下のような話を聞かされる。
鵜財は有村の弱みにつけこんで格安で彼の作品を買い上げていた事、父親に頼んで、美術展の審査で自分の作品が優位になるように不正を行っていたことを白状した。今までの受賞経歴も見直されるらしい。杉内と織田は有村が残した絵と一緒に部長の帰りをゆっくり待つそうだ。
彼らは探索者の懸命な捜査によって救われたのだ。
[san値回復]
1d10
[結晶ができた箇所]
数日できれいに治る。
「Bのエンディング」
探索者は病院で数週間の治療を受けることになる。事情を聞いた描本が二人の見舞いに来て、「事件に巻き込んでしまい、本当に申し訳なかった」と詫びた後、その後について語る。
運び込まれた鵜財は一命は取り留めたものの、意識が戻らないということ。
そして、小瀬の行方は誰もわからないという。医師からは、結晶に変わった箇所の治療法がわからないと言われた。取り除こうにも結晶は恐ろしく硬く、傷一つつけられないという。
探索者達はあの日以来、突然不安に苛(さいな)まれる瞬間がある。しばらくすると落ち着くが、いつか自分もあの時の小瀬のように
行き過ぎた行動をとってしまうかもしれない。それでも、この結晶と上手く折り合いをつけて生きていくしかないのだ。
結晶はあなた達の体から消えることはなく、今も内側で不気味な光を放っている。
[san値回復]
1d5
[後遺症]
消えない結晶体
…時々恐怖や不安に苛まれ、感情が不安定になることがある。キーザに触れられたことによるものなので、別シナリオでキーザを倒すか眠らせるかすればどうにかできるかもしれません。
~~~~~~~~~~~~~~~~
▼あとがき
この度はシナリオをお手に取っていただきありがとうございます。初めて作ったシナリオのため、色々抜けているところがあるかと思いますが、説明されていない細かい部分はKPさんの考えで進めていただいて大丈夫です。改変はしていただいて構いません。大きく改変する場合はPLさん達に改変していることをお伝えください。
既存で遊べるシナリオになりますので、この探索者さん達が探偵っぽいことやってるの見たいな〜という時にでも遊んでいただけたらとても嬉しいです。
最後まで目を通していただき、ありがとうございました!
シナリオ製作者:みみみ(@trpgnomimimi)
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魔女の霊薬 種村季弘
十六世紀ドイツの画家ハンス・バルドゥングス・グリーンに、「魔女たち」と題して、数人の魔女が恍惚状態で飛翔したり、そのための準備をしているらしい場景を描いた一幅の銅板画がある。後方に水平に浮遊している老婆が片方の手に尖の二股状になった杖を持ち、もう一方の手で、なかば浮き上った若い娘の腰を抱えて何処(いずこ)かへ拉し去ろうとしている。前景右手には、片手にもうもうと煙を上げる魔香の器を掲げて今にも地を離れんばかりのエクスタシーに浸っている女がいる。
注目すべきはしかし、それよりさらに前景左手の女である。彼女は左の手に何やら呪文のようなものを記入した紙片を持ち、もう一方の手を股間に押入して(後方にぐつぐつ煮えている釜から取り出したものであろう)塗膏(ぬりあぶら)らしきものを陰部に塗布しているのである。呪文と見えたのは、あるいは塗膏の製法または用法を書きとめた処方箋でもあろうか。仔細に見ると、この銅版画は映画的な連続場面で構成されていて、最前景の塗膏を塗布している魔女が遠景に退くのにつれて、徐々にエクスタシーに陥りながら催眠状態で飛翔する(もしくは飛行感覚に襲われる)過程を刻明に記述していることがわかる。
バルドゥングス・グリーンばかりではない。ゴヤも(「サバトへの道」)、アントワーヌ・ヴィルツもレオノール・フィニーも、古来魔女を描いたほとんどの画家が、箒にまたがって空中を飛行する魔女を描いた。魔女は飛ぶのである。しかも股間にあやしげな塗膏をなすり込むことによって。これこそが悪名高い「魔女の塗膏」であった。
ところで、一体、魔女の塗膏の成分はどんなものだったのだろうか。血やグロテスクな小動物のような、さまざまの呪術的成分を混じてはいるけれども、主成分はおおむね幻覚剤的な薬用植物であったようだ。ゲッチンゲン大学の精神病理学学者H・ロイナー教授は魔女の塗膏の成分を分析して、混合されたアルカロイドの種類をおよそ五種に大別した。
一、      イヌホオズキ属のアトロパ・べラドンナから抽出されるアトロビン。
二、      ヒヨスから抽出したヒヨスキアミン。
三、      トリカブトのアコニチン。
四、      ダトゥラ・ストニモニウムから取ったスコポラミン。
五、      オランダぱせりからのアフォディシアクム。
これらの各成分から醸し出される効果はまず深い昏睡状態であり、ついで、しばしば性的に儀式化された夢幻的幻視、飛行体験などである。おそらく媚薬(アフロディシアクム)として常用されたオランダぱせりは性的狂宴効果を高めたであろう。魔女審問の記録(十六、七世紀)には、実際におこなわれたものか、それともたんなる幻覚であったの定めではないか、ソドミー、ぺデラスティー、近親相姦のような倒錯性愛の告白がいたるところに見られる。告白された淫行のなかには悪魔の肛門接吻(アナル・キス)のように入社儀式化されているものもあった。アコニチンによる動悸不全はおそらく飛翔からの失墜感覚を惹起した。またベラドンナによる幻覚は、はげしく舞踊と結びつくと運動性の不安――すなわち飛行感覚を喚起する。睡眠への堕落、性的興奮、飛行感覚は、こうして各成分の作用の時差によって交互に複雑に出没する消長を遂げるものにちがいない。
使用法は、右のアルカロイド抽出物の混合液を煮つめたものに、新生児の血や脂、煤などを加えて軟膏状にこしらえたものを、太腿の内側、肩の窪み、女陰のまわりなどにすり込むのである。さて、細工は流々、はたして所期の効果が得られるであろうか。
現代の学者で魔女の塗膏を実際に当時の処方通りに造って人体実験をしてみた人がいる。自然魔術と汎知論、あるいはパラケルスス研究やシュレジア地方の伝説採集の研究で高名な民俗学者ウィルーエーリッヒ・ポイケルト教授である。一九六〇年、ポイケルトと知人のある法律家は、十七世紀の魔女の塗膏を処方通りに復元して、こころみに自分の額と肩の窪みにすり込んでみた。成分はベラドンナ、ヒヨス、朝鮮朝顔、その他の毒性植物を混合したものであった。まもなく二人はけだるい疲労に襲われ、ついで一種の陶酔状態で朦朧となり、それから深い昏睡状態に陥った。目がさめたのようやく二十四時間後で、かなりの頭痛を覚え、口腔からからに渇き切っていた。二人はそれから、時を移さずにぞれぞれ別個に「体験」を記述した。結果はほとんど口裏を合わせたように一致し、しかも、三百年前、異端審問官の拷問によって無理矢理吐き出させられた魔女たちの告白とおどろくべき一致を示したのである。
「私たちの長時間睡眠のなかで体験されたものは、無限の空間へのファンタスティックな飛翔、顔というよりはいやらしい醜面をぶら下げている、さまざまな生き物囲まれたグロテスクな祭り、原始的な地獄めぐり、深い失墜、悪魔の冒険などであった。」(ポイケルト『部屋のなかの悪魔の亡霊』)
してみると十六、七世紀の魔女たちの証言はかならずしも根も葉もない虚構ではなかったのである。一五二五年に『異端審問書』を書いたバルトロメウス・デ・スピナは、当時の有名な医者ぺルガモのアウグストゥス・デ・トゥレが、その家の女中が部屋のなかで素裸になり意識を失って死んだように床に倒れているのを発見した委細を記録している。翌朝、正気に戻ったところを尋ねてみると、彼女は「旅に出ていた」と答えたという。どうやら塗膏を使用したのである。ルネッサンス・イタリアの自然科学学者ヒエロニムス・カルダーヌス(カルダーノ)も旅の幻覚を伴う塗膏の話を書いている。
「それは、おどろくべき事物の数々を見させる効力と作用を有しているとされ……大部分は快楽の家、縁なす行楽地、素晴らしい大宴会、種々様々のきらびやかな衣装を着飾った美しい若者たち、王侯、貴顕の士、要するに人の心を呪縛し魅するありとあらゆるものを目に見させ、ために人びとはてっきりこれらの気晴らしや快楽を享楽し娯しんでいると錯覚さえする。彼らはしかし、一方では、悪魔、鳥、牢獄、荒野だの、絞首吏や拷問刑吏の醜怪な姿だの、とかをも眼にするのであって……そのため非常に遠い奇妙な国を旅行したような気がするほどである。」
おそらく現代の幻覚剤による「旅(トリップ)」と同じような、未知の空間への旅行が体験されたのであろう。ヒエロニムス・ボッシュの「千年王国」の天国と地獄を一またぎするような、至福と恐怖がこもごも登場するその旅の旅行の体験の内実は、「ビート族のベヨーテ生活」の至福共同体が「ある敷居を境に苦痛の闇へと転落し、そこからヒップスター生活が犯罪の世界へ繋っていく」(ワイリー・サイファー)ところまで、現代の幻覚剤体験そっくりだったようだ。
 幻覚剤文明が現代の特産物ではないように、魔女の塗膏もキリスト教的中世独特の薬物ではなかった。それは古代ローマにも、それ以前の蒼古たる地中海文明的なかにも、明らかに存在していた。ただ、またしてもその意味が違っていたのだ。キリスト教的中世の魔女の塗膏が忌むべき禁止の対象であったのにひきかえ、そこでは同じものが驚異の対象だったからである。
もっとも著名な例は、アプレイウスの『黄金の驢馬』の主人公ルキウスが魔女めいた小婢フォティスの導き屋根裏の小部屋の扉の隙間ごしに覗き見るパンフォレエの変身であろう。ミロオの妻パンフォレエは人眼に隠されて塗膏を身体中に塗り、鳥に変身して夜な夜な恋する男のもとへの飛んでゆく。
「見るとパンフォレエは最初にすっかり着ていた着物を脱いでしまうと、とある筐(はこ)を開いて中からいくつもの小箱を取り出し、その一つの蓋を取り去って、その中に入った塗膏をつまみ取ると、長いこと掌でこねつけておりましたが、そのうち爪先から頭髪のさままでからだじゅうにそれを塗りたくりました。そいでいろいろ何かこそこそ燭��に向ってつぶやいてから、手足を小刻みにぶるぶると震わせるのでした。すると、体のゆるやかに揺れうごくにつれて柔かい軟毛(にこげ)がだんだんと生え出し、しっかりした二つの翼までが延び出て、鼻は曲って硬くなり、爪はみな鉤状に変わって、パンフォレエは木菟(みみずく)になり変わったのです。
そうして低い啼き声を立てると、まず様子を吟味するように少しずつ地面から飛び上がるうち、次第に高く上がってゆくと見るまに、いっぱい羽根をひろげて、外へ飛んでってしまいました。」(呉茂一訳)
この場合にもパンフォレエの羽化登仙的な至福感は事の一面を物語っているにすぎない。同じ塗膏をフォティスから手に入れたルキウスは、同じようにそれを身体中に塗りたくりながら鳥とは似もつかぬ鈍重な驢馬に変身してしまう。それは天上的なものの失墜した果ての、道化た、暗い、醜悪な実相である。以後、彼はヒエロニムス・カルダーヌスのいわゆる「非常に遠い奇妙な国」の間をさまざまの魔物や物の怪に囲まれながらさまよいつづけなくてはならない。天上の飛翔は、一転、暗い冥府の旅に変るのである。
さて、このように両極的な作用を及ぼす『黄金の驢馬』の魔女の塗膏の成分は、一体どのようなものだったのであろうか。フォティスはこれらの驚異が「小さな、つまらない野草のおかげで」成就すると説明している。「茴香(ういきょう)をちょっぴり桂の葉をそえ、泉の水に浸したものを身に浴びるとか、飲むとかするだけ」でよく、また変身の解毒剤には「薔薇の花」を食べればよい。���れ以上の説明がないので詳細は不明であるが、塗膏が茴香や桂の葉を含むいくつかの野草から合成されたことだけはたしかである。
ローマ文学史上、アプレイウス(一二三頃~一九〇年?)が登場するのは白銀時代も終焉してからのことであった。すでにこの頃、オリエントの異教はローマに流入して熱病のような猛威をふるっていた。しかし魔女の薬草はこれより早く、すでに黄金時代から重要な文学的トポスとしてしばしば詩文学の上に登場している。さいわい、ゲオルク・ルックという学者が黄金時代の四人の詩人に焦点をしぼって、『ローマ文学における魔女と魔法』について論じているので、これを参照しながらローマにおける魔女の塗膏の繁昌とその源泉をしばらく訪ねてみよう。
アプレイウスのパンフォレエが「恋いこがれた男」のもとに飛んでいくために鳥に変身したように、塗膏の効果の主たる目的の一つは明らかに愛の魔法であった。正確にはむしろ愛の錬金術というべきかもしれない。なぜから塗膏は、別れた男女をふたたび合一させたり、げんに夫婦である男女を分離させてその一方をよこしまにも他の男や女に結びつけようとする、分離と結合のための触媒の役を果たしたからだ。それゆえに塗膏の使い手反しばしばローマの悪場所である売淫の街区スブーラに巣食う百戦錬磨の取り持ち女たちであった。
盛期黄金時代の詩人ウェルギリウス(前七十~十九年)の『牧歌』第八に、ダフニスに恋をして捨てられた女が魔法で男を呼び返そうと逸話が見える。ふつうから職業的な魔女の家を訪うべきところであるが、この女(そもそも『牧歌』第八のこの箇所は、牧人ダモンとアルフェシボエウスが歌くらべをして、アルフェシボエウスが魔法を実演してみせるためにその女にじかになり変わり、彼女の声、言葉、状態を直接に演じているので、女は無名である)は女奴隷のアマリリスを助手に使い、かつて大妖術使いのモエリスから伝授された霊薬の製法を駆使して、みずから愛の魔法を演じてみせる。はじめに彼女はアマリリスを呼び寄せてつぎのように命じる。
「水を持ってきて、そこの祭壇をやわらかい紐でお結び。それから強い野草と匂いのきつい乳香を燃やすのだよ、そうすれば情夫(あのひと)の狂った気持を魔法の供物(くもつ)で惑わしてやれるのだから。足りたいのはあと魔法の呪文だけ。――街から家へ、私の呪文よ、ダフニスを連れ戻しておくれ。」
祭壇に結び紐、野草、呪文といった魔法が早くもあらわれている。「やわらかい紐」はおそらく羊毛の紐で、羊毛の紐には霊的呪縛力があると信じられていた。紐の結び方は、まず不実な相手の肖像画の首のすわりにそれぞれ三色(黒、白、赤)に彩った三本の紐をかけ、この画を祭壇のまわりに三度めぐらせる。「三つの異なる色を三つの結び目でひとつに結ぶかいい、アマリリス、結びつけさえすればいいのだよ、アマリリス、そしてお言い、〈私の愛の絆(きずな)を結ぶ〉と。」
三の数がしきりに重用されるのは、「神は奇数をおよろこびになる」からである。したがって「愛の絆」云々の畳句(ルフラン)も三x三の九回唱えられる。紐の三色のうち黒は冥府の色で、赤と白は悪を予防する保護色であり、黒を中心にしていわば施術者を庇護してくれる。こうして呪縛――結合(katadesis)が完了し、ダフニスは空間を立ち越えて施術者につながれてしまう。しかし魔法はこれで終わりではない。無気味な呪いの人形の焚刑がこれにつづく。
「粘土が火で固くなるように、蠟が同じ火にあった溶けるように、ダフニスは愛のために私のところにやってくる。供物の碾(ひ)き粉を徹き、もろい月桂樹を瀝青で燃やすがいい。悪いダフニスが私を燃やし、私はこの月桂樹の枝と私のダフニスを燃やす。」
呪いの人形はホスティウスの『諷刺詩篇』第一巻八「魔女とかかし」にも登場するが、ここでは魔女は「毛制と蠟制の二つの像をもっていた」(鈴木一郎訳)とあって、はっきり人体を模している。しかしウェルギリウスでは粘土や蠟をダフニスの姿に似せて捏ねておく必要はなかった。男の名前や不実を意味する符号が粘土や蠟に刻み込まれていたかもしれないが、顔形を模造するまでもなく、施術者の女がこれこれの呪物によってダフニスを意味し、それが相手だと考えればよかったのである。粘土は火のなかで固くなり、蠟は軟らかくなる。ゲオルク・ルックの注解によると、粘土は女の(相手にたいして硬化する)憎悪の固さをあらわし、蠟は彼女にたいしてふたたび軟化するであろう男の気持をあらわしている。異解では、粘土が固くなるのは、彼女から離れて他の情婦に移ったダフニスの気持を憎むべきコイ恋仇にたいして固くさせるの意である。同時に投げ込まれる月桂樹は願いの筋の吉凶を知らせてくれる。月桂樹がバチバチ爆(は)ぜて燃えれば願いはかない、燃えつきが悪ければさらに瀝青を注いで火を熾(おこ)らせるのである。
だが、つぎつぎにおこなわれる魔法にもかかわらず吉兆は一向にあらわれない。そこで女は、ダフニスが「担保」としてのこしていった衣服を閾(しきい)の下に埋めて地下の神々の裁きを乞う。「ダフニスは私にこの担保の借りがあるのだ」と。事態はこれでも好転しないので、女はアマリリスに先程燃えていた火の冷めた灰を河に持っていって投げ捨てるように命じる。その場合、灰を運んだらそれを「頭越しに」河に捨て、そちらの方を見ないで帰ってこなくてはならない。そうしないと悪霊がかえって施術者の側に憑(つ)いてしまうおそれがあるからである。かくて灰は流れに運ばれて「ダフニスを襲うであろう」。
この箇所では、女はダフニスへ呪縛をひとたび放棄して、呪いの灰で彼を襲うためにふたたび相手から分離している。「結合(カタデシス)の後にかりそめの「分離(アポリシス)」がつづくのである。この分離は恒久的なものではない。最後の結合手段として効果甚大な薬草(野草)が控えているのを女は知っている。しかしその力はあまりにも強大で、まかりまちがえば周囲に致命的な影響を及ぼす。そのために、一瞬、女は最後の切札を出すべきかどうかを逡巡する。するとこの瞬間、一度冷たくなった灰がふたたびめらめらと燃え上って祭壇を焦がしはじめる。
「これは吉兆だ!明らかにこれは何事かを意味している。――これを信じるべきなのか。それとも恋する女が魔法の夢にまどわされているのか。止まれ、わが呪文よ、止まれ。ダフニスはすでに都(みやこ)から帰りつつある。」
強烈な薬草を用いるまでもなく愛の魔法は成就する。しかし抜かずに終わった伝家の宝刀を彼女は依然として持ってはいるのである。それほどのようなものか。
「黒海沿岸で採集されたこの薬草と毒草は、モエリスがみずから私にくれたもので――それは黒海地方に多生している、しばしば私は、モエリスがこれを使って狼に変身して森のなかに姿を隠したり、深い墓穴から霊魂を喚び戻したり、穀物をよその土地に移したりするのを見た。」
薬草は単純な野草ではなく、特に「黒海地方に多生する」と明示されている。ホラティウスも初期の『エポーディ』のなかで、「毒薬の国イオルコスとヒべリアからきた毒薬」について語っている。ヒべリアは現代のグルジア共和国で、黒海地方に属する。黒海という地方は当然コルキス生まれの大魔女メデアを連想させるにちがいない。実際、詩人たちが邪悪な薬物の出所として念頭に浮かべているのはメデアその人なのである。メデアの壮大な魔法を活写した『転身物語』のオウィディウスはいうまでもなくティブルスも、「キルケ―か持ち、メデアが持っているあらゆる毒薬、デッサリアの地に生れたあらゆる薬草、欲情にたける雌馬の女陰からしたたる粘液」(『『哀歌』』と列挙する。オウィディウスのメデアは龍に打ちまたがってデッサリアに飛び、そこから薬草を採ってくる。すなわち薬草の特産地として、黒海沿岸とデッサリアといういずれ劣らぬ不気味な地方がいちじるしく強調されるのだが、これが何を意味するかについてはのちに述べたいと思う。
さて、ウェルギスウスの述べているモエリスの薬草の三つの応用例のうち、一は人狼変身、二は死者を喚起する降霊術(ネクロマンシ―)、三は穀物の生殖力の転移にそれぞれ関わる。人狼変身の話は後代(紀元一世紀)の『サテュリコン』の「トリマルキオーの饗宴」にも出てくるが、人狼信仰はおそらく神話時代に遡る起源を有している。ところがで、ロイナー教授は神話学者ランケ・グレイヴスらの説を援用して、オリュムボス神の飲食物たるアルブロジア(神々の食物)やネクタール(神々の美酒)が右のごとき幻覚性の薬物そのものではなかったとしても、そのエッセンス多量に混じていたにちがいないと推定する。ディオニュソス祭儀のメーナードたちの狂乱もこれと無関係ではない。
アルブロジアややネクタールを飲食する権限を独占している神々は、おそらく有史以前の聖なる王や女王たち(その前身はシャーマンであろう)であった。彼らの王朝が没落した後、それは、閉鎖的結社的なエレウシス密議やオルフェウス密議の秘密の要素となり、ディオニュソス祭儀とも結びついだ。密議の参加者たちは密議の席で共食した飲物や食物を絶対に口外してはならなかった。そうすることによって忘れ難い一連のヴィジョンが体験され、その類推的延長の上に超越的世界における不死と永生が約束されたからである。
ディオニュソス祭儀のメーナードたちの狂乱は、内的には飛翔感覚や性的興奮を伴い、外面的にはさながら狼のような凶暴を示したものにちがいない。彼女たちは髪をふり乱しながら国中を進行し、家畜や子供をずたずたに引き裂き、酒や薬物入りのピールに酔って「インドに旅行してきた」ことをひけらかした。してみると、見知らぬ士兵や妖術使いの人狼変身は、密議的な幻覚共同体が崩壊した後、秘密から疎外された個人や小集団が犯罪の形で表出せざるを得なかった聖なる薬物体験であったとおぼしいのである。
メーナードの末裔のように残酷な魔女たちは、先にふれたホラティウスの『エポーディ』にも登場してくる。数人の魔女が良家の子供を誘拐してきて、地面に首だけが出るように生き埋めにし、御馳走が山盛りの血を眼の前において(口元まで皿がきていても手が使えないので食べられないのだ)凄まじい飢えの修羅場をながながとたのしみ、はては生きたままの身体から骨髄と生き肝をちぎりとり、これを煮つめて媚薬をつくる。
「髪に、さてはまた蓬髪乱れる頭に、小さな蝮どもを絡ませながら、カニディアはコルキスの焔のなかにつぎのものを投ぜよと命じた。墓場から引き抜いてきた野生のいちじくの樹、死者の樹なる糸杉の木材、いやらしい蟇の血に塗られた卵、夜鳥ストリックスの羽根、毒草の国イオルコスとヒべリアからきた野草、飢えた牝犬の口からもぎとってきた骨を。」
これに子供の生き巻肝を加えれば魔女の霊薬は完成する。怖ろしい魔女カニディアのつくる媚薬は、ウェルギリウス作品の場合と同様、ある不実な男を呪縛するためである。しかし不思議なことに、カニディアの媚薬は予期したような効果を発揮しない。男の名はヴァールス、「老いぼれの漁色家」である。いましも彼は「私の手がこれ以上完璧には調和することのない塗膏(ポマード)を塗られ」て、魔窟スプーラの犬に吠えつかれ、人びとの物笑いの種になっているはずであるのに、これはどうしたことであろう。彼はこともなげに街をうろついて夜の冒険に出かけている。やがてカニディアは「(自分より)さらに秘密に通じた魔女」が彼の背後にいて、その呪文が自分の塗膏の効果を台なしにしていることをさとる。「もっと強力な薬を、そのもっと強力なやつをお前から取り上げてやる」。こうして毒物と解毒剤が互いにきそいながら老ヴァールスを板はさみにしてしまうわけた。
それはちょうど、十八世紀毒殺魔ド・ブランヴィリエ侯爵夫人が夫の侯爵を亡き者にしようと毒を盛ると、度重なる毒殺の発覚をおそれた相棒のサント・クロアが解毒剤をあたえ、毒と解毒のシーソーゲームのなかで中途半端な廃人となった侯爵が、宙ぶらりんな生かさず殺さずの、世にも恐ろしい余生を送ったのとそっくりであった。
ヴァールスというのが誰をモデルにした人物ではっきりしない。しかしホラティウスの知人であることはたしかで、詩人ははっきりとヴァールスの肩を持ち、かつカニディアを憎んでいる。一方カニディアは、詩人の庇護者マェーケーナスがローマの無縁墓地エスクィリーナエの丘を自分の庭園に造りなおした際、この旧墓地に出没した魔女である。ホラティウスは「汝、マドロスや旅商人どもにあまた愛された女」と侮蔑しているので、前身は港町の娼婦かいかがわしい取り持ち女の類であろう。一説には、本名をグラティディアと称してナポリで美顔用塗膏を商っていた実在の女であるともいう。
ホラティウスは何故かこの女を心底から憎悪していた。開明的なエピキュリアンであったホラティウスはむろん魔法を真に受けていたわけではないが、不倶戴天の敵カニティアの脅威は身をもって知っていたらしい。カニディアは詩人に執拗に呪いをかけた。『エポーディ』前半ではカニディアを揶揄していた詩人も、第十七歌あたりではさすかに音(ね)を上げて魔女に降参してしまう(「やめろ、やめてくれ!私は効き目のある術に降服する!」)カニディアとホラティウスの間には直接の色情的怨恨はないのに、何故こうも執拗に呪詛し憎悪し合うのであろう。目下の論題から離れるので無用の詮索ではあるが、講和主義として敗北してから「黄金の中庸」を看板に韜晦してきたホラティウスの、政敵にたいする潜在的な不安が魔女カニディアの姿に結実したのだとすれば含意は深長である。
ところで、先に私は、老ヴァールスがより秘密に通じた別の魔女から対抗秘薬を調達し、カニディアの塗膏から身を護った経緯を述べたが、正確にはこれは逆である。漁色家ヴァールスは老いかけた精力を挽回するために(別の)魔女に催淫剤を依頼し、そのお蔭で老齢にもかかわらず夜な夜なスプーラに出没することができたのであった。一方、カニディアの塗膏は通常の媚薬とに逆に、この好色な遊び人を性的不能に陥らせる麻痺的な減退剤であったにちがいない。なぜなら「老漁色家がスプーラに犬に吠えつかれ、人びとの物笑いの種になる」効果を狙った薬物は、相手を色街における無用の徒である不能者に仕立てるための、底意地の悪い精力減退の薬にほかならないだろうからである。この不能不毛化させる魔法は、ウェルギリウスのいう「第三の魔法」である穀物の生殖力の転移盗奪の法にも通じている。
ローマ最古の法文書である十二銅表律は、隣人の耕地の収穫物を荒廃させる災いの魔法を重罰をもって禁じている。罰は犯罪を前提としているので、すでに当時から他人の畑の生産力を涸渇させ、(あまつさえ)これを我田引水しておのが腹を肥やす魔法が実践されていたのであった。本来神と自然の摂理のみが按配すべき穀物の作不作が人為の魔法によって操作されるのなら、同じことは人間的自然である肉体の活力の、特に性的エネルギーの増減についても通用するはずである。
ホラティウスがカニディアに蒙ったの呪い魔法は、老ヴァールスのような精力衰弱のそれぞれではなかったが、肉体のすみやかな老化という脅威であった。彼の髪は急速に白くなり、仕事は日々困難になりまさり、一瞬として息を吐くひまもなくなるであろうというのが、カニディアの呪いに籠めた脅迫であった。事実、ホラティウスは年齢より早く白髪が目立ち始めていたが、それがカニディアの魔法のたまものという証拠はなく、むしろ詩人は生来の病身にもかかわらず健康を維持し、日々の仕事も快適に楽しんでいた。彼はカニディアの悪意を感得してはいたが、魔法そのものはそれほど本気で信じていたわけではなかった。
ウェルギリウスやホラティウスの同時代の詩人プロベルティウス(前四十八?~十九年)も魔女の呪いを蒙ったことがある。プロベルティウスの受けた呪いは、まさに彼の男性としての能力の荒廃の脅威であった。敵なる魔女はその名もアカンティスといい、魔法をあやつると同時にやはり男女の仲を斡旋する取り持ち女でもあった。そもそもおらゆる種類の自然と蔑視してその正常な運行を人為的に左右しようとするプロメテウス的瀆神行為である魔法を、とりわけ肉体のの領域において一手に引き受けていたのは、先にも述べたように、当時スブーラに巣食っていた卑賤な薬草売りの魔女やあやしげな取り持ち女だった。ホラティウスの『エポーディ』のいちじるしい影響下にある『哀歌』のなかで、プロペルティウスはほとんどホラティウスをそのまま踏襲しながら唱っている。
「彼女(アカンティス)はつれないヒッポリュトスをアプロディーテーにたいして和ませるすべをすら心得ているのだ、水入らずの愛の絆にたいする最悪の災いの鳥であるこの女性。彼女はベネローベをさえ、その夫の知らせなどおかまいなしに、淫蕩なアンティノースとめあわせることだろう。彼女がその気になれば、磁石はもはや鉄を牽引せず、鳥はその小鳥たちの巣のなかで継母(ままはは)となる。すなわち彼女がポルタ・コリナの野草を掘り出したならば、固く結ばれていたものはすべて流れる水に溶け去るのだ。彼女は大胆にも月に呪文をかけ、月をおのが掟に従わせ、夜な夜なその肉体を狼の姿に隠す。醒めている夫の眼を環形でくらませるために、彼女は処女の雌鳥どもの眼を爪でくり抜く。彼女は魔女たちと結託して私の男性の能力を去勢させようとし、私に害をあたえようものと子持ちの雌馬の欲情の愛液を集めた。」
アカンティスはエロチックな引力(共感)と斥力(反感)の結合(カタデシス)と分離(アポリシス)の両極原理を基盤とする錬金術的性愛術を自在に操るのである。思うがままに貞淑ペネローペを淫蕩なアンティノース靡かせ、冷たいヒッポリュトスにアプロディーテーにたいする熱烈な情欲をかきたてる。彼女は自然の法則を嘲笑し、リビトーの流れをあちらからこちらへと変えたり、涸らしたり、増量させたりすることさえできる。共夫の女をよこしまな道楽者に取り持つように頼まれれば、不運な男の眼を鳥の眼をくり抜くようにくらませ、あまつさえ他人の畑の作物を枯らすようにしてそのリビドーを荒廃させ、不能の夫から強壮薬で男性的魅力をいやが上に引き立たせられた道楽者の方へと女の浮いた心を誘導していく。共感の法則をたくみに使い分けて、愛し合う男女を別れさせたり、嫌われた相手を手元にたぐり寄せたりするのである。
もっとも、このときにこそ魔女アカンティスを憎々しげた呪詛しているプロベルティウスであるが、彼自身、若年の頃は靡かぬ片恋の人「キンティア情(なさけ)を買うために「キタイアの女の魔法の呪文によって星辰や河の軌道を転ずることができ」、「わが主なる女(ひと)の心を変えて、彼女の貌(かんばせ)を私のそれよりも蒼ざめさせる」魔女の性愛術に帰依したことがあったのである。
アカンティスの魔法の中心にあるのも「ボルタ・コリナの野草」である。黒海やコーカサス地方の野草ではなく、市郊外の入手しやすい野草に頼ったのは輸入品が高価だったからであろう。いずれにせよ、この野草を投ずることによって、星の運行、河川の流れ、男女の情愛、磁力や母子愛まで、自然の正常な摂理は突然ばらばらに分解し、崩壊した積木の神殿を魔女の家に組み立てなおすように、別種の構成原理の手に委ねられる。
端的にいえば、この瞬間に世界は昼の側から夜の側に逆転し、世界原理の主宰者が神と宗教から悪魔(もしくは魔霊(デーモン)と魔法に交替する。あるいは天地創造の原活力たる火が神の手からプロメテウスに簒奪される、といってもいい。このように、あらゆる魔法使いは自然の法則を嘲笑するプロメテウスにほかならないのである。
「宗教的人間の態度は、祈る人、懺悔する人の態度であり、魔法使いの態度は主人と支配者の態度である。信仰篤い人間は祈りのなかで彼の神々に自分の優位を感じさせ、呪文によって神々を屈服させる。ある意味で魔法使いは神々の上に立っている。なぜなら彼は、神々がそれに従わなければならないと呼びかけと誓言とを知っており、かつ服従させられた神々の怒りから身を護る予防策に精通しているからである。」(ゲオルタ・ルック)
ローマの詩人たちは宗教詩人というよりはむしろ世故に通じたエピキュリアンであった。彼らは神々の側に立って魔法使いや魔女をきびしく紏弾したわけではない。そうかといって、あまたの魔女の姿を描いたにもせよ、彼らは悪魔崇拝に首までどっぷりと浸って秘教的な暗黒詩を書いたのでもない。
詩人たちが魔法にたいしてあいまいな態度をとりつづけたのは、彼ら自身と魔法使いたちとの間に存在した隠微な抗争のためであった。彼らは宗教の側に立って魔法を攻撃することこそあえてしなかったが、彼らなりに魔法を嘲弄もしくは嫉妬していた。なぜなら魔法が万事を解決してしまえば、彼らの持駒である言葉の救済力という白い魔術の出番がなくなってしまうからである。「歌(カルメーン)の原義は「魔法の歌」、「魔術的呪文」であった。「詩作(ポイエーテス)」もまた言葉の自然状態の組み変えというプロメテウス的行為である。それゆえに詩人もまた「傲慢(ヒュブリス)」の罪によってみずからはコーカサスの山巓にさらされながら地上の人びとに慰藉を授ける。プロベルティウスの言葉の医術についての確信は反語的である。
 私は離ればなれにさせられた恋人たちをふたたび合一させることができ、
主(ぬし)なる女(ひと)の抗う扉を開くことができる。
私は他人(ひと)の生々しい悲哀を癒すことができるが、
私の言葉のなかにはいささかの薬剤もない。
 さてウェルギスウスのモエリスが演じた薬草による三つの魔法のうち、まだ死者降霊術のみが言及されていない。死者召喚の秘法に関しては、すでにホメーロスの『オヂュッセイア』第十一巻に「招魂」の章がある。そこでオヂュッセウスに地下に一キュービット四方の穴を掘り、乳、蜜、酒、水、大麦の粉などを播いてから黒い牧羊の喉を切ってその血を穴に注ぎ、死者たちの魂を喚び戻す。古代人にとって死者は存在から消滅するのではなく、冥府や月世界に移行するのであるから、冥府の主であるハーデスやペルセポネイアに祈願して時間を逆流させることができれば、死者は当然地下世界から地上に還帰するはずなのである。地下的なものの秘密の結実である薬草がこの喚び戻しに重要な役割を駆使するのである。オウィディウスはいう。「彼女は黴び朽ちた墓の底から汝の父祖や祖先を引き出し、大いなる祈りによって大地と岩石とを割る。」
死者召喚が発端と終末、死と生と逆転であるとすれば、死から生への大逆流の一環として若返りの魔法が考えられる。老年から幼年への(自然的に不可逆的な)若返りはいわば死者再臨の模型である。オウィディウスは『転身物語』のなかで大魔女メデアがアエソンに施したおどろくべき若返りの秘法を絢爛たる筆にのせて活写している。
しかもここでメデアの魔法の要となっているのも「魔法の霊薬」である。まずメデアは翼のある龍にの首に牽かれた車を呼び出し、これにのり込んでテッサリアの野に飛び、あまたの薬草を採集する。それから奇怪な薬の調合にかかる。
「かの女は、髪の毛をバックスの巫女のようにふりみだして、炎のもえている祭壇のまわりをぐるぐるまわり、こまかに割った炬火(たいまつ)を溝のなかの黒々として血にひたし、ふたつの祭壇の炎でその炬火に火をつけ、こうして火で三度、さらに硫黄で三度老人(アエソン)のからだを清めた。そのあいだに、火にかけた青銅のなかでは、魔法の霊薬が煮えたぎり、白い泡をたててふきこぼれていた。かの女は、ハエモニア(テッサリアの古名)で刈りとってきた草の根や種子や花や激烈な草汁をそのなかに煮こみ、さらに、極東の国からとりよせた 取り寄せた小石や、オケアヌスの引潮に洗われた砂をまぜ、これに満月の夜にあつめた露、鷲木菟(わしみみずく)の肉といまわしいその翼、おのれを狼のすがたに変えることができるといわれる人狼の臓腑をくわえ、その上にキニュプスの流れに住む水蛇のうすい鱗皮と、九代を生きながらえた鴉の嘴と頭を入れてことをわすれなかった。」(田中秀夫・前田敬作訳)
前代の詩人たちの精読者であったオウィディウスは、ここにウェルギリウスやホラティウスやプロペルティウスの伝えた魔女の秘薬のあらゆる要素を投げ入れ、ほとんど完璧なごった煮を調製しているのである。さて、メデアの最後に橄欖樹の枯枝でこの液体をかきまわすと、老いた枯枝はみるみるうちに縁に返って豊かな薬をつけ、ふきこぼれた液がふれた地面はたちまち若やいだ春の地肌に変り、花が咲き、やわらかい草が萌え出た。メデアはすぐさま剣を抜いて老人の喉に孔をあける。流れる出る古い血の後に薬液を注ぎ込むと、瀕死のアエソンの白い鬚や髪はたちまち真黒になり、老醜の皺は消えて四十年前の姿になり変わった。
メデアが龍にのって薬草を探しにいくデッサリア地方は、都の郊外のように手近ではないが、さりとて彼女の故郷の黒海沿岸(コルキス)やコーカサスのような遠方でもない。しかしこころみに地図を広げてみると、エーゲ海から黒海に入るダーダネルス海峡を通じて、薬草の特産地たる黒海東端のコルキス、ヒべリア、コーカサスは水路から意外にも指呼の間にある。事実、アルタゴナウタエたちはテッサリアのパガサエの港からアルゴ号を仕立ててコルキスの金羊毛皮を探しに出立した。テッサリアと黒海沿岸地方に古くから深い関係が成立していたであろうことは、この一事からも容易推測される。ちなみにロイナー教授の野生幻覚剤分布表によると、魔女の塗膏の歴史的原生地は「中央ヨーロッパ全土」とされている。
おそらく中央ヨーロッパ奥地から地中海沿岸地帯にかけて、かつて強大な母神信仰が栄えていたのであった。この地下的(クトーニッシュ)母神崇拝の宗教はやがてアポロン的宗教に打倒され、輝かしいギリシア世界の表面からは駆逐された。とはいえ跡形もなく消滅したわけではなく、勝利を占めた若いアポロン信仰は古い地中海宗教の多くの要素を受け入れた。たとえばデルポイの神託を授けるアポロン神殿の巫女ピュッティアは、大地の裂け目の上にすわって地中からくる母の指示を受信する。ピュティアという名称そのものがすでに前ギリシア的宗教における地下的なものの化身たるピュトンの蛇との関連を暗示している。
若い宗教に征服された前代の宗教は、一転、魔法となるのがつねであった。のが常であった。同様に魔女たちは、かつてこの冥府的な大母神信仰の由緒正しい女司祭若巫女だったのであろう。しばしば魔女が引合いに出すテッサリアやコルキスのような土地は、メデアのような大女司祭が君臨していた聖地だったのであろう。したがってローマの詩人たちがその作品のなかに描いたアカンティスやカニディアのような魔女は、没落した大母神崇拝教団の巫女の、いまは往古の栄えある祭儀に参加するすべもなく孤立して巷をさまよい、賤業に口糊する、頽落したなれの果ての身にちがいない。彼女たちが時折り口にした霊薬の甘味は、プルーストにおけるマドレーヌの喚起的美味とひとしく、それが神餞として共食された往時の、栄光ある、だがいまは沈んで久しい世界の天上的な至福の思い出を、一瞬ざまざと想起させてくれたかもしれない。
魔女の塗膏や霊薬は、それ自体としても、むろん後の悪魔礼拝と切っても切れない密接なつながりがある。しかしそれよりも重要なのは、魔女を女司祭に戴いていた前ギリシア的地中海宗教が若い宗教に敗北したとき、そこにアポロン信仰が定位されたことである。いいかえれば、このとき以来、崇拝の対象は女性神(大母神)から男性神アポロンに変ったのだ。
アポロン的宗教の男性神崇拝は、当然のことながらキリストを受け入れる基礎を用意した。ここからキリストの倒錯像サタンの成立まではわずか一歩である。アポロンとキリストが男性でなかったならば、悪魔もまたついに男性ではなかったであろう。若い男性神に打倒された母神へのなつかしい郷愁は、アポロンやキリストへの憎悪の化身である第二の男性神を必然的に招来せしめた。この怨恨と憎悪に黒々と塗り込められた黒い男は、ときにはサタンとして、ときにはロマンティックな悪魔主義者として、ときには超人や天才として、時代とともに変転する自己表現をとげた。 いみじくも聖侯爵の「悪魔主義」について語りながら、「天才は母の国にではなく、魔女の国に棲む」と語ったのはG・R・ホッケである。私が右に述べてきたのもサタンの棲もう風土たる「魔女の国」のくさぐさの追憶であった。
出自《悪魔礼拝》
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syumidas · 7 years
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映画「あゝ、荒野」の感想
 「いのちを人にささげる者を詩人という。

  唄う必要はないのである。」ー坂口安吾ー
 一篇の詩だった。肉体の文学だった。
ラストの壮絶な闘いの場面に、言葉は無力だった。
野獣の咆哮はいい、荒い息遣いはいい、野次も歓声もウェルカム。
だけど、つくられたセリフは誰も発さないでくれと祈っていた。
映画館の暗闇に響く、おごそかな打撃音と甘い声のカウント。
1、2、3、4…10、20、30…86、87、88、89……
記号に過ぎない数の並びに、言葉に尽くせない詩情が漂っていた。
 このシーンで、私は自殺した昭和東京五輪メダリスト・
円谷幸吉選手の遺書を思い出していました。
  父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。

  干し柿 もちも美味しうございました。

  敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。

  勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。

  巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。

  喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。

  (略)
遺していく者への愛と感謝を「美味しうございました」の
韻律で綴った美しい遺書。
バリカンの数えるカウントもまた、神聖な遺書であり、
切実なラブレターでした。
原作ママの場面ですが、映画はふたりの表情を切り取って、
より強く真っ直ぐに胸に響きました。
  ★ 1.  304分の四苦八苦 ★
  考えてみると、この映画には仏教における
人間の四苦八苦が織り込まれています。
生まれる(1生苦)、
老いる(2老苦)、
病気になる(3病苦)、
死にゆく(4死苦)ことのままならなさ。
さらに、愛するものと別れる(5愛別離苦)、
恨みや憎しみと出会う(6怨憎会苦)、
求めるものが得られない(7求不得苦)、
心と体の欲望にとらわれ続ける(8五蘊盛苦)。
人間の苦しみ全てを、描き出そうとしたのでしょうか。
そりゃあ5時間も超えるはずです(w)
 前篇は出会いの物語。ワンピで言えば仲間集め。
喪失し続けたゼロの人々が、新宿の磁場に吸い寄せられて
愛と出会い、ボクシングと出会い、社会と出会う。
不器用に心と体の糸をつなげながら、
生きるための何かを見出し、
それを空っぽの自分の中に少しずつ埋めていきます。
登場人物たちの成長に愛着を感じ、
対戦シーンに高揚しながら、to be continued。
誰もが157分の長さを忘れて、膀胱が許す限り
このまま見続けたい!と願ったのではないでしょうか。
 なのに後篇では、積み上げたささやかな人間関係や
生きるための何かが、指の間から溢れ落ちていきます。
劇的な事件が起こるわけでも、誰が悪いわけでもないのに、
虚しく崩壊していく様が切なく、もどかしい。
高まるフラストレーションをぶち破るのは、
2つの壮絶なファイト。
前篇に比べてテンポが悪いものの、説明し過ぎないところと
ファンタジーの域までボルテージ高めたラストの対戦に、
私は好感を持ちました。
何よりも、これ!この顔が!この画が!
オレは撮りたかったんだ!!というカメラの向こうの叫びが
画面からひしひしと伝わってきました。
つくり手の衝動や我欲こそ、
映画の最も純粋な面白さではないでしょうか。
  ★ 2. ふたつの孤独 ★
  前篇で描かれる孤独と、後篇で描かれる孤独は、
質が異なるように思います。
正確には、裕二戦の前後。
新次は「裕二」、バリカンは「父親」、芳子は「津波」。
前篇での彼らの孤独は、
他の誰かや、外から来た何かのせいでした。
それが、後篇の孤独は誰が悪いわけでもない、
自分の内から湧き出てくる苦しみです。
裕二を倒した後の新次の虚しさ、
新次になれないと気づいたバリカンの絶望、
自分の価値を信じきれない芳子の虚無。
こんなにも苦しくて孤独なのは全て、
私たちが絶対に裏切らない幸福も、
永遠に続く憎しみもない世界に生きているからであり、
一つになれない他人を愛するからであり、
ままならない社会に属しているからなのです。
 後篇、再び孤独にとらわれた人々は、
運命に抗う気力すら失い、闇い目をして現実世界を彷徨います。
それは、不穏な政治情勢や社会のいびつさに気づきながら
思考停止して、何もしない現代の私たち、
震災や自然の容赦なさに打ちのめされ、
心を殺して生きる私たちの姿に重なります。
そんなゾンビみたいな彼らと私たちが最後に辿り着いたのが、
運命に抗い続ける者だけが生きて立ち続けられる、
あの四角いリングサイドなのです。
魂をぶつけ合い、交わり合い、
運命に抗う新次とバリカンを観戦する人々は、
次第に自分自身を彼らにアイデンティファイさせていきます。
ある者は涙を流し、あるものは祈り、ある者は陶酔し、
ある者はやれ!と呟き、ある者は殺せと叫び、
ある者は(私たち観客は)ふたりを永遠に見ていたいと願う。
死ぬまで消えない孤独を抱えながら、それでも運命に抗う
人間のエネルギーと尊さを見せつけられるのです。
  ★ 3. 怪物と仏像 ★
  裕二戦とバリカン戦、2つの試合で見せる菅田くんの対比。
裕貴くんに「人を超えた」とまで言わせた裕二戦は、
濃縮された憎悪が一気に暴発して、
バリカンが壁に描いた邪悪な両眼そのままの怪物でした。
 対してバリカン戦は、憤怒の形相の奥に
バリカンの想いを受け止める慈悲や、
己の孤独を見つめる透徹した精神が宿り、
まるで仏像のようだと思いました。
殴り掛かる怒りの顔は金剛力士、
インターバル中の静かな闘志は広目天、
時にロンパリの目は不動明王。
血と���に塗れるほどに神聖さを増していく姿は、
まさにバリカンの運命の男にふさわしい、
聖の中の俗、俗の中の聖を体現していました。
 この人だって肉と骨でできた、ただの有機体に過ぎないのに。
カメラの前に全身を晒し、
なんなら雑誌でははらわたまで見せてくれて。
そんな、がらんどうの身体から
何てものを発散し、見せてくれるんだろう。
毎度のことながら、その献身と献心には心を震わされます。
興行のハードルは高くても、
何らかの勲章が彼に与えられますように。
新次が菅田くんで本当に良かった。。。
 菅田くんの本性は優しく柔和で、善良なのでしょう。
前篇は彼の美点や人間としての愛らしさが透けて見えて、
手負いの獣王のような新次には物足りない気がしていました。
ドキュメンタリーっぽい撮り方のせいもあるかもしれません。
けれど後篇は、彼自身を超えるような狂っている瞬間があり、
人間が根源的に持つ凶暴や狂気が写しとられていると感じました。
そのミラクルとパワーを引き出したのは紛れもなく、
相棒のヤン・イクチュンさんです。
「受け」続ける芝居で、ここまでできる演技力と人間力には
尊敬しかありません。
  ★ 4. 最後の表情 ★
 原作にはない、ラストシーンの
なんとも表現できない新次の表情も、
美しい絵画のように深く心に刻まれました。
死亡診断書の謎と相まって、
見る者によって受け取るメッセージは様々でしょう。
私としては、底知れない悲しみを胸に抱きながら、
この人生、この世界、この国家、このコミュニティーという
荒野をただ一人歩いていく。
そうして、自分の体と心で自分を「生きる」。
新次の人間としての覚悟の表情と受け取りました。
そこに「人間として生きる」希望を見たいのです。
   きみは荒れはてた土地にでも
  種子をまくことができるか?

  きみは花の咲かない故郷の渚にでも

  種子をまくことができるか?

  きみは流れる水のなかにでも

  種子をまくことができるか?
  たとえ世界の終りが明日だとしても

  種子をまくことができるか?

  恋人よ 種子はわが愛

  「種子(たね)」ー寺山修司ー
自分も、種子をまき続ける人でありたい。
  ★ 5. あとがき ★
  夏に野田秀樹と勘九郎の「桜の森の満開の下」を観てから、
坂口安吾の孤独や「文学のふるさと」について考えていた
自分には、大分そういう視点からの感想になってしまいました。
文学とはすべからく人間の根源的な孤独から
発するものでなくてはならないと、安吾は言います。
寺山と安吾の関係は門外漢なので知る由もないですが、
「あゝ、荒野」はその意味において文学であり、
その世界を昇華させた映画「あゝ、荒野」もまた、
人間の文学でした。
 同時期に公開している北野映画が、希死念慮をはらみながら
老人たちがハツラツと暴力を弄ぶのとは対照的に、
暴力をスポーツに置き換えて、
若者たちが生きることそのものの苦しみに立ち向かっていく。
「あゝ、荒野」は50年前の原作をベースとしながら、
今を生きる青春映画の代表作であり、
きっと50年後も共感される作品となるでしょう。
 本当はもう一人の主人公、
まるで苦行によって神や世界の真理と繋がろうとする
修行僧のようなバリカンや、
ヤンさんの凄みについても考えたいし、
生と性についても考えたいけど、今はここまで。
今週からはロズギルが私を待っている(わくわく)。
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natsucrow820 · 5 years
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仇夢に生きる9話 無明の懐古
 ――眼前には地獄が在った。
 あたしは刀を振るって髪を掻き上げる。何時もならきっちり結んでいる筈の髪が解けていた。鬱陶しい、けれど、どうしようもない。そんなことに構ってはいられない。随分とあちこちの感覚が死んでいた。寒いのか、熱いのか。痛いのか、そうでないのか。自分の身体の損傷は。そんなことも、判らない。判らない振りをする。そうでないと、あたしはあたしの任を果たせなくなるような気がする。刀を握る手だって、本当はちゃんと握れているのか判らない。布で括り付けて、振るえていれば、まあ良いか。瞬きをする。目に入った血が滲みる。この血だって、何の血か。余計なことは考えるな。何時も、あたし自身が言っていたことだ。戦場ならば、戦場に適した思考がある。今考えるべきは何だ。
 あいつらは上手く逃げられたかねえ。
 金色の髪が脳裏に閃く。
 そうだ、時間は、どれくらい経った?
 新型の人擬きの禍者(まがもの)、旧型の、禍者の獣ども。紛い物の矢と刃、偽物の牙と爪が引き裂いて行った新入りたちは、何処まで逃げられただろうか。失う訳にはいかない、愛しい同胞たちは。
 大丈夫だろう。きっと、それなりの時間は稼げただろう。幾つの禍者を屠った? どれだけの刃を叩き折った? 如何程の矢を往なした? 傷は負ったさ。だが、それ以上に、戦果は上げた筈だ。これだけ暴れたなら、彼女は十二分に上手くやる。なんたって、あたしの右腕だからねえ。何だって上手くやっちまうのさ、あたしの隊長補様は。
 ひゅうと、喉が鳴った。
 流石に、疲れたねえ。
 迎えの一つでも、寄越してくれるかねえ、あの子は。
 何だか異様な眠気に襲われて、変に入っていた力が抜けて、はは、と間抜けな声が溢れ。
 ずきり、と。
 冷や汗を��う違和が、眠気を吹き飛ばした。
 何だ。
 かくん。さっきまで問題がなかった筈の足に力が入らなくなって、無様に座り込むことしか出来なかった。熱く、焼け付くような感覚がする足に目を向ければ、夥しい血がだくだくと地面に流れて行く所だった。
 こんな傷、何処で。いいや、自分の身体なんてどうでも良いと刀を振るったのはあたしだ。全部全部麻痺させて暴れ回って、無傷だなんて土台無理な話じゃあないか。
 だけれども。
 それでも、賭けてたんだ。
 目の前の糞みたいな連中を皆々殺しちまうまでは、戦ってやろうじゃないか、ってさ。
「運がなかった、ねえ」
 後、一体だったんだけれどねえ。
 目の前で、人型の禍者が、にたりと笑った気がした。
 これ見よがしにぎらつく刀を振り上げて、振り下ろし――。
「隊長!」
 ――た筈の禍者の腕が斬れ飛んだ。
 血が飛沫く。
 白銀の刃が弾かれたように弧を描き、禍者の首に吸い込まれる。
 駄目だねえ、弾かれちまう。
 冷静な頭の片隅が呟いた。同時に、鋭い金属音。新型の連中、ご立派なことに鎧なんて着込んでやがるのさ。だから、そんな、感情任せの太刀筋じゃあいけないよ。らしくないねえ、あんた。何時もはもっと冷静で、綺麗に斬ってみせているじゃあないか。
 思っている間に、凄まじい勢いで飛び掛かり刀の柄で彼女は強かに禍者の頭を殴り付けていた。ぐらついた禍者の腹を蹴って押し倒したかとかと思えば、今度こそ鎧の隙間、首筋に切っ先を突き立てた。何度も、何度も。白銀が血に塗れていく。
「もう良いよ、梓(あずさ)」
 どうしたんだい、もう良いんだよ。終いだよ。やけに出難い声を絞り出して何度も話し掛けると、ようやっと彼女は、梓は禍者を破壊することを止めた。禍者の首から上はもうずたずたで、赤と黒の塊に成り果てていた。だというのに、それを作った修羅は、梓は困り果てたようにあたしを見る。
「隊長」
「あんた、戻って来たんだねえ」
 きっと、隊長補様が、穂香(ほのか)が命じたのだろう。梓は若いが、一等強い。この戦場に遣わせるには一番の適任だろうねえ。そんだけ、あたしも鍛えてやったしねえ。
「怪我は、ないかい」
「貴女が」
 唇を噛み締めると、首を振って梓はあたしの前に跪いた。
「貴女、こそ」
 震える手が伸ばされて、揺れて、震えて、落ちる。
「何故」
「まあ、あんだけ動ければ大丈夫かね」
 良かったよ、あんたが無事で。
 呟いた途端、梓の顔がくしゃりと歪んだ。
「間に合わなかった」
 顔を俯け、弱々しくあたしの肩に縋りつくのは、修羅ではなく、幼子のようだった。
 あたしは、そんなこどもの背を撫でながら、助けを待つしかなった。
 
 
   ・・・・・
 
 
「緊張しているのかい?」
「ええ、そりゃあね」
 くすり、と苦笑して早川(はやかわ)は肩を竦めた。
「その割には、涼しい顔じゃあないかい」
 長い髪を払って、土生(はぶ)は目を眇める。早川は肩を竦めて苦笑。金の髪がさらりと肩を落ちていった。
 七の月。初夏の香りの満ちる頃。しかし祓衆(はらいしゅう)の屯所内を満たすのは重苦しい緊張だった。
 北方より来る禍者の軍団。新型を擁するその数、およそ百。それを、祓衆は待ち続けた。民草に危害を加えることなく、しかしこちらの補給路の危うくならない、迎え撃つべき距離を見定め続けた。交易の路を規制し、万全を期し、押し返すに足る戦場を作り続けた。
 そして、時は来た。
「今回は、失敗する訳にはいかないわ」
 青い瞳が真摯な光を帯びる。
「連中の好きにはさせない」
「そうさね、あたしのようなのは、増えないのが良い」
「……それは」
 弾かれたように早川は顔を伏せる。
「酷い顔をするねえ」
 自嘲。それから微笑。
「何、今回は大丈夫さ。前とは違う。戦場もこっちが設えたし、端から新型がいるのも分かってる。地獄になりはしないさ」
「そうね、そうなら、とっても良いわ」
「その為に、あたしも頑張ったしねえ」
 ぎしり。土生の車椅子が小さく軋む。姿勢を軽く変え、不敵な笑みを作りながら土生は肘を机に着いた。机の上には、長大な包み。
「親父にも無茶を言った。外洋国(がいようこく)の連中は武器を寄越すのは渋るんだとさ」
「でしょうね」
「海向こうの国は、国同士で争いをするらしい。当然と言えば当然さね。それがくれるってんだから、親父も大したもんさ。まあ、この国がそういうのとは無縁なのもあるんだろうがねえ」
 ともかく、と土生は顎をしゃくる。挑むような眼差しが早川を射抜く。
「これをうちで扱えるのはあんたぐらいだろう。上手く使うんだよ」
「ありがとう。無駄にはしないわ」
 恭しく早川は包みを抱え上げ、布を捲る。その下から覗いたのは、鉄の筒。早川の身長の半分はあるかと言う細長い筒は途中で折れ曲がり、幾つもの部品が備え付けられていた。葦宮(あしみや)では見ることなどない、長大な鉄の凶器。
「随分重いのね」
「そりゃあ、そうさ。使う鉛玉も大きくなるからねえ、丈夫でなくちゃあ、撃ち出せないのさ」
「道理ね」
 腰に差した、二つの長銃と見比べながら早川は薄く笑む。
「これなら遠くからでも連中にぶち込めるわね」
「ああそうさ。良いねえ、胸のすくようだ。あたしもこの目で見たかったが、今回は留守番だ」
「良い土産話を持って帰ってあげるわ」
「楽しみだ。……無茶はするんじゃあないよ。梓にも伝えといておくれ」
 目を細めて土生は言う。
「無茶して皆々失っちまったら意味なんてないのさ。怖ければ、どうしようもないと思えば、逃げるのは悪じゃあない。絶対に帰ってくるんだよ」
「勿論よ。彼女だって、もう、あんなのは嫌に決まってる。血塗れの貴女を抱えて来た梓の顔、今だって忘れられない」
 己の身体を抱くようにして、早川は目を瞑る。
「あんなこと、もう絶対に御免よ」
 
 
   ・・・・・
 
 
「兎に角、無茶だけはするな」
 努めて冷静に、帯鉄(おびがね)は言葉を選ぶ。
「時間は限られている。しかし、須臾でも刹那でもない。我々であれば、連中を殲滅するに十分な時間はある」
 睥睨する。誰もが緊張した面持ちで帯鉄を見ている。しかし、無理に気負う者はいないらしい。好戦的に笑む者さえいる。好ましいことだ。寧ろ、自身の方が気負っている自覚はある。自覚はあるだけマシだろう。傍らの常葉(ときわ)は相も変わらず唇を三日月型にぴたりと閉じて微笑を湛えている。やはり、こういう時に言葉で先陣を切るのは嫌らしい。らしいと言えばらしい。帯鉄は思う。口より、刃で物を言う方が得意なのだ、この男は。見目と裏腹に、狂猛な戦意を肚の中に滾らせて、笑む。
「ここまで待った。随分と待った。故に、我々は放たれる。止める為に、否、絶やす為に。此処で、食い止めるぞ」
 振り返る。広大な大地と生い茂る木々、細く、時に太く伸びる道。視線を戻す。居並ぶ青龍隊、朱雀隊の者たち、その後ろには桜鈴(おうりん)を囲う塀がある。そして、彼らとそれの間には、太い川。
 桜鈴北部、葦宮の動脈とも言うべき街道を擁する下狭平原(しもさひらはら)。常ならば多く行き交う人が、今はいない。当然だ。此処はこれより戦場となるのだから。その為に、手を回して来たのだから。
 祓衆の想定する、適切なる戦場。太く流れる狭間川(さまがわ)こそは、憎き連中と民草を隔てる境界線。
「此処だ」
 目を見開く。
「此処を、決して超えさせるな」
 一際に強く言葉を吐き出せば、野太い咆哮が木霊した。遠くに澱む気配が強くさざめいたのが判った。
「殲滅だ」
 帯鉄は刀を抜き放つ。
「一匹たりとも逃すな」
 頃合いだ。ゆらりと切っ先を北の森へと向ける。
「皆散れ。適切にな。そして確実に屠れ。さりとて命は無駄にするなよ。我々は死ぬ為に此処にいる訳ではないのだから」
 誰もが目をぎらつかせながら、息を呑む。桜鈴北部。開けた大地を少し行けば、すぐに視界は鬱蒼と茂る木々に塞がれる。
 禍者は、連中は其処にいる。息を潜め、こちらを待ち構えている。
 刀を構えているだろうか。
 弓を引き絞っているだろうか。
 獣共は牙を剥いているだろうか。
 そんなこと、知ったことではない。
「禍者を一掃するぞ」
 もう、五年前のようにはさせない。
 唸るような鬨の声が大地を揺らした。
  
 
   ・・・・・
 
 
「始まったのう」
「そうだねえ」
 江草(えぐさ)さんの呟きに、倉科(くらしな)隊長は機嫌の良さそうな笑みで応えた。ぴりぴりと張り詰めた屯所の中、倉科隊長だけが常の空気を変わらず纏っていた。
 桜鈴北部での迎撃作戦。青龍隊、朱雀隊を中心として祓衆本部の人間の殆どがそちらに割かれているから、屯所はいつもよりもずっと閑散としている。だと言うのに、張り詰める空気は重く、人々は忙しなく動いている。当たり前だろう。祓衆の主戦力が桜鈴の外にあるのだから。その間、幸慧(ゆきえ)たちは桜鈴内部の不測を自分たちで処理しなくてはならない。そんな中、倉科隊長はゆるりと口の端を吊り上げる。執務室に設えられた窓の外、彼らのいるであろう方角に向いていた目がこちらに向けられる。
「まあ、今回の僕たちは桜鈴内の警護。彼らの無事を祈るしか出来ないけれどね」
「万一があっちゃならんじゃろう。連中が戦っとって背後から、なんぞ笑えん」
「全くだ」
 穏やかな顔。その眼にだけ、常ならぬ真剣さを帯びさせて倉科は言う。
「僕たちは、彼らの脅威を極限まで減らさなくてはならない。禍者だけでなく、ねえ」
「……人も動くと思うんか」
「思うよ」
 ふと、倉科の面から笑みが消え失せた。
「改史会(かいしかい)、ですよね」  頷き。
「仕方がないとは言え、我々は大きく動いた。向こうだって、改史会の連中だって嫌でも気付くだろう」
 嫌になるねえ。重い溜め息が吐き出される。
「私たちは、ただ禍者の侵攻を食い止めようとしているだけです。なのに」
「そう。僕たちは人に害なすモノを退けようとしている。正しいことをしてる筈なんだ。だけれどもねぇ、可笑しな話だけれども、それを悪と断ずるんだよ、連中は」
 倉科隊長の首が傾げられる。黒く長い髪がざらりと流れる。
「僕たちは、正しいのかな?」
「え?」
 余りにあっけらかんと落とされた言葉。幸慧は緩やかに息を詰める。この人は、今。
 遮るように、江草さんが唸った。文人の多い玄武隊において図抜けて腕の立つこの人は、今回は隊長格の護衛だった。倉科隊長とは付き合いが長い分、遠慮もないらしい。
「またとんでもないことを言いよるのう、頭は。こんな時にそんなこと考える余裕があるんは大したもんじゃが」
「癖なんだよお、色々考えるのが。でも、本当に改史会には気をつけなくちゃ。僕たちは禍者にだけ刃を向けられる。人には向けられない。向こうがこちらを害さないかぎりはね」
 やれやれ、と倉科隊長は溜息を吐く。
 確かに、そうだ。祓衆は、化け物退治の組織。護るべきものに刃を向けるなど、言語道断。禍者と対峙する為に、祓衆は多くの武力を保有することを許されている。人と対立することが禁止されるのは、至極当たり前のことだった。
「嫌になるよ。後手にまわらざるを得ない相手に来るか来るかと身構えるのは思った以上に神経を遣っていけないねえ」
「御上も面倒なこと言いよるわ」
「仕方のないこと、なのだけれどねえ」
 しかし、と倉科隊長の手が腰の刀に添えられる。
「やはり、脅威だよ。改史会の規模も大概だからねえ。警察や、下手すれば朝廷内にもその息が掛かった者が紛れている。むしろそこから生まれた可能性だってある。ともかく内通者の存在は、最早想定して然るべきだろう」
 そんなことを言ったかと思えば、更に声を潜めた。
「うちも例外じゃない」
「倉科隊長、それは」
「幸慧君も薄々解っているんしゃないかい? 何処も、例外はないよ」
「道理じゃな」
 それは、とんでもないことではないか。脅威。紛うことなく敵意を持つ者が、この祓衆の中に紛れているだなんて。そうだとしたら、祓衆は何時何が起きたっておかしくはない。
「聞けば改史会は農民から広まっていたという。農民から商人へ。商人から町人へ。そうして育っていったんだ。何処にだって潜んでいる。そうした連中が一斉に動いたりすれば、厄介なんてものじゃあないよ」
「大丈夫、なんでしょうか。この状況。もしも、本当に万一、改史会の人がうちにいたら、危ないんじゃあ」
「そうだねえ。向こうより、うちが拙いねえ。手練れと非戦闘員、狙うのは明白だ」
 でも、これしかなかったんだ。倉科隊長は笑んだ。
「だから、僕たちは成すべきことを成さねばならない。向こうのことは信じよう。無論、何かあれば支援する。でも、同時に守りを固めないとねえ。桜鈴も、此処も。何、確かに主力は向こうだけれども、こっちだって全くの無力ではない。僕もこう見えて結構鍛えてるからさ」
 ふふ、と笑う倉科隊長に、少し肩の力が抜けた気がした。
「幸慧君、だから頼まれておくれ。一先ずは……そうだね、今の状況をしっかり見ておくんだ。報告は上がっていないから大丈夫だとは思うけれど、少し皆の様子を見て来ておくれ。何かあればすぐ知らせてよ」
「分かりました」
 消えない不安を振り切るように幸慧は踵を返して執務室を出る。現在屯所にいるのは玄武隊が殆ど。そして桜鈴内に数人の朱雀隊と白虎隊。例外のない限り祓衆は軍学校出身の者で構成されているが、実戦となれば心許ない。幸慧だってそうだ。だからこそ、常に感覚を研ぎ澄まさねばならない。異常を異常と悟れるように。
 ——今日は、きっと長い一日になる。
 
 
   ・・・・・
 
 
 こんなことになるなんて。
 感慨深く、彼は天を仰いだ。
 軍学校で散々に扱かれて放り込まれた祓衆。志は勿論持ってやって来たが、それにしたって、まさかこんなに早くこんな風になるとは思わなかった。
 普段賑やかな桜鈴の中は驚く程静かだ。祓衆や警察からの指示で誰もが家の中で祓衆の作戦が成功することを待っている。主戦力が街の外にある今、万一にでも禍者が現れて、襲われるなんてことがあれば目も当てられない。無論それに備えて彼やその同僚たちはこうして桜鈴内に配備されているのだが。
 今の所、街の中は静かで穏やかだ。歩き回る内、定期的に同じく警邏の任に就いている仲間と顔を合わせて安堵したような、少しだけ残念なような気持ちになって、また周囲の警戒に戻る。こうしている間にも、外は苛烈な戦闘が繰り広げられている筈なのに、内側は安穏とさえしている。
 また一人、同僚と出くわし彼は苦笑した。警邏を任されているのは朱雀隊の人間ばかり。同じ屋根の下で寝食を共にする連中とこうして畏まって出会っても変な気分になる。
「出てこねえな」
「口を慎めよ。隊長いたらどやされるぞ」
「分かってるよ」
 緩みかける気を引き締める。万一なんてあったら仲間に顔向け出来ない。
 りん、と街中に吊るされた鈴が時折鳴る。
 人の全くいない桜鈴はこうも違和を感じるものだろうか。
 彼には都合の良いことでもあった。
 軍学校を経て入った祓衆において初めて課せられた重大な任務。それを果たすには。
 彼だけではなく、他の同志たちだって、きっと待ち侘びているのだろう。
 あの人には相当な恩義がある。だから、求められたのならば応えねばならない。
 だから彼は、彼らは、平静を装いながら、待ち侘びている。  
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nemurumade · 7 years
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夜明けを迎える/英智×レオ
王さまと皇帝の最期、そして始まり
※過去・卒業後捏造
1
 瞼の裏側の暗闇に光が差して、意識が浮上する。窓の外でウグイスが囀っていた。隣からは規則的な寝息が聞こえてくる。寝がえりを打って、彼と向き合う。長い睫毛は伏せられたままだ。  まだ五時を回ったばかりである。彼を起こさないようにそっと布団を抜け出して、寝室を後にした。冷え切った廊下の床が、ふたり分の体温を共有していた足の指を冷やす。寝ぐせだらけの長い髪を掻きながら、階段を下り、渡り廊下を渡って離れに向かう。  和室に不釣り合いな、年季の入った茶色いグランドピアノ。その前に座って、朝の一曲を弾く。それが昔からの習慣だった。  彼が起きるまで、レオは鍵盤を叩く。そして静かに歌を口ずさむのだ。  英智とレオが暮らし始めて、二日目の朝が来た。
 やかんが鳴って、お湯が沸いたことを知らせる。そのお湯をポットに注がれるのを見つめる。手慣れている。ただ、和室に陶器製のティーポットは驚くほど似合わない。先ほどまで弾いていた離れのピアノを思い出す。  「起こしてくれたっていいじゃないか」 おはよう、の後の二言目はその文句だった。レオは自分で焼いたトーストを齧る。 「まだ七時だぞ、別に寝坊じゃないだろ~」 「そうだけれど」 不服そうにしながら、英智がレオの前の椅子に腰掛け、レオが焼いておいたトーストにマーマレードを塗る。そして香りの良い紅茶を入れて美味しそうに啜った。 「あぁ、そういえば、あのピアノ、気に入ってくれたみたいだね。ピアノの音色で目が覚めたんだ」 かちゃん、とティーカップが心地良い音を鳴らす。英智の入れた紅茶をごくごくと飲み干して、 「べっつに~、ただの暇潰しだよ」 「もしよかったら君にあげるよ」 「遠慮しとく」 「処分するのはもったいないしなぁ」 美味しい? と首を傾げて彼が問う。その仕草がやけに愛嬌があって舌打ちをする。 「おれはコーヒー派なの~」 「君とはとことん気が合わないねぇ」 そう言いながらも楽しそうにクスクスと笑って、また紅茶を飲む。  レオは紅茶の味を消すように、口の中で舌を動かした。
 二日前、レオたちは夢ノ咲学院を卒業した。  卒業式で使われた、何度も立った戦場の講堂は粛然としていた。戦いのときのような熱はない。  卒業証書を受け取るためにステージに上がったとき、夢を見た。スポットライトと鮮やかな七色のサイリウムの光、客席から贈られる歓声とマイクを通して響く歌声、自分が作った音楽。  おめでとう、という校長の声と温かい拍手で目を覚ます。両手で受け取った紙切れ。自分の名前、今日の日付、卒業証書の文字が綴られている。  あぁ、こんなものでおれの三年間を顕そうだなんてくだらない。霊感を喪失してしまう。 そして、虚しい感情を抱く。 あの夢をもう見ることはない。そう、思った。
 窓から蕾のままの桜が見え、その背景の澄んだ青色の空は偽物じみている。やはりここは箱庭のようだった、と青春を捧げた学院の廊下を歩く。得たものも失ったものも数え切れない。レオは、この学院で栄光と挫折を知った。  拳で扉をノックする。はい、と涼やかな声が聞こえた。  レオから幾つも大切なものを奪い、与えた、かつての敵の本拠地、生徒会室の重い扉を開ける。  「やぁ、月永くん。来てくれたんだね」 玉座のような椅子に腰掛けた天祥院英智が穏やかな微笑を浮かべてレオを迎え入れた。  「一体『皇帝』さまがおれに何の用?」 「『皇帝』呼びは止してくれないかい。今日僕らはこの城から出るんだから」 「はいはい」 独特の言葉選びをする彼は、愛おしそうにレオを見る。  「素晴らしい青春だったと思わないかい?」 「……」 彼の手には、レオも受け取った卒業証書がある。レオがそれを見ているのに気づいたのか、くるくると丸めて筒に入れた。  「でもまだ味わい足りないんだ」 「何が言いたい?」 椅子から立ち上がって、レオの前に立つ。血管が透けて見えるのではと思うほど、彼の肌は白い。  世界を覆う空と同じ色の瞳が、レオを見据える。  「僕と一週間、一緒に過ごしてくれないかい?」 「はぁ?」 素っ頓狂な声が部屋に響いた。レオの驚いた顔に満足したかのように英智が微笑む。 「僕と一緒に暮らそうってことだよ」 「あ! なんで言っちゃうんだよ! 妄想しようとしてたのに~!」 「時間が無いんだよ、この後桃李たちと会う約束をしているからね」 「一緒に暮らすって何だよ、絶対嫌だからな! 大体、ユニットのやつとお泊り会すればいいだろ~、何で、」 「月永くんがいいんだ」  レオの言葉を遮った彼の顔からは笑みが消えていた。いつの日かにも見た、真剣な眼差し。それが嫌いだった。何もかも見透かされてしまうような気がして、レオは目を逸らす。 「……君が、いいんだ。無理なお願いだとは分かってる。でも、どうしても君とふたりきりで、最後を過ごしたいんだ」 最後、という言葉に静かに息を吐く。  「今日が最後だろ」 「僕の悪足掻きに付き合ってほしい」 「みっともない」 「そうだよ。みっともない僕に君の時間を分けてくれないかい」 く、と瞳が歪められた。  心の中で自嘲する。  「……分かったよ。おまえのお遊びに付き合ってやるよ」 何を言ってもこの男には通じないだろう。  春の光の中の『皇帝』は、嬉しそうに、その反面どこか寂しそうに、また微笑んだ。
 そうして次の日の夕方。ふたりは電車に一時間、バスに十五分揺られて、山の麓の郊外に辿り着いた。  田んぼに挟まれた道を走っていく乗客の少ないバスを見送って、英智は息を大きく吸った。 「ここの空気は相変わらずいいね」 レオはぐるりと辺りを見渡した。古民家が建ち並び、畑や田んぼがその周りを囲んでいる。夢ノ咲周辺とは全く違う風景に唖然とした。田舎だ。  「行こうか」 英智はすたすたと畦道を歩き出す。レオも彼に続いて歩く。  緩やかな坂道を上ったところに、大きな日本家屋があった。塀や門は高く、持ち主が裕福であるということは一目瞭然だ。ふと目に入ったのは、門の横にある『天祥院』の表札だった。  門をくぐり、庭園を抜け、英智は鍵を開けて玄関の戸を引いた。  「……ここ、お前の家なの」 「正確には、僕の祖母の実家だよ。もう誰も住んではいないけれど、所有権は父にあってね。幼い頃は長期休暇のときに療養を兼ねて、ここで過ごしていたんだ」 だだっ広い玄関から長い廊下が見えた。どうぞ、と促されてレオも家に上がる。 「最近は来る機会もめっきり減ってね。もったいないから売りに出すことが決まっているから、最後の思い出にと思って。でもひとりじゃ寂しいからね、君を誘ったんだ」 「おれじゃなくても良かったんじゃないか」 警戒心を露わにするレオに、ふ、と英智は穏やかに笑った。 「君は妄想が得意だろう?」 そうとだけ言って、先に行ってしまう。  まだ『皇帝』のマントを羽織っている彼の背中を追って、廊下を歩く。障子や襖で仕切られた広い和室がいくつもあった。  「ここが居間だよ」 庭に面した一番広い和室には、立派な卓袱台や背の低い箪笥が置かれているだけで、他に目立つ家具はない。  その奥には台所があり、横の部屋には囲炉裏があった。 「囲炉裏って初めて見たぞ、おれ」 「今日は冷えるし、囲炉裏を囲んで食べようか」 「おまえ、料理作れんの?」 「人並みには」 「“英才教育”ってやつ?」 「うん。でも幼い頃は大体寝込んでいたからねぇ、ほんの少ししかやっていないよ」 昔よりはマシになったのだろうか、なんて考えながら、二階へ向かった。  幾つかの和室が廊下沿いに並んでいて、古き良き旅館を連想させた。  英智が立ち止り一つの部屋の襖を開ける。 「君の寝室はここね。好きに使ってくれていいよ」  埃臭さに堪らなくなって開けた窓から、まだ雪が残る壮大な山が見えた。それだけで霊感が湧き上がってくる。レオの顔を覗き込んだ英智が微笑む。 「気に入ってくれたみたいで良かったよ。布団は押し入れの中だから。あ、ちゃんと洗ってあるから安心して。来る前に使用人に頼んでおいたんだ」 「はぁ、御曹司は好き勝手やりたい放題だな~?」 「我儘は幼い頃よりは減ったと思うけどな」 「そうかぁ?」 胡散臭そうに英智を見れば、何だい、と首を傾げる。昔より柔らかい表情になったとは思う。  「ちなみに僕は隣の部屋を使うから。寂しくなったときに来たらいいよ」 「誰が行くか」 「冗談だよ」 甘やかなトワレの匂いが離れていった。隣室へ向かった彼の残り香を消すように窓を全開にした。
2
 寒い、と、朝食後レオを散歩に誘った彼が言う。 「そりゃあ山だしな。学院の方よりは冷えるだろ」 朝独特の薄青の空が広がっている。三月とはいえ、山の麓の朝方は冷える。夜の残り香のような寒さに、レオはダウンのフードに顔を埋めた。  それを見た英智が長い睫毛を伏せる。 「……なんだよ」 「ううん、なんにも」 そう言ってはぐらかして、レオより数歩先、坂道を上っていく。  あの伏せ目は昔から変わっていない。言葉を濁すとき、いつも目を伏せた。彼の言いたいことはいつだって解らなかった。  「月永くん、はやく」 そう急かされて、歩みを進める。寒い。そう呟いた声は音にはならず、ただ白い息となって消えていく。  坂道の上に、小さな神社があった。鳥居の前に開けた場所があって、展望台のように町を見下ろすことができた。  畑や田んぼの緑の中に、ぽつぽつと民家の屋根の色がある。遠くには空とは違う青が広がっていた。英智が指差す。 「晴れた日は眺めがいいんだ。ほら、海が見える」 「この町に海はないだろ」 「うん。一駅先のところは港町だよ。カモメの声がよく聞こえて、潮の匂いがして、夢ノ咲に少し似てるかもね」 まぁ、田舎だけれど。そう付け加えて、英智は目を細める。  「……帰りたい?」 「どこに」 海を見つめたまま、レオは強い口調で訊いた。英智は何も言わなかった。 「……帰る場所なんてもうない。これから自分で作るんだ」 「君らしい答えだね」 そうして目を伏せて、また眼下の町の方に体を向けた。  「歌わないの」 「歌わない」 即座に答えれば、 「残念だなぁ」 という返事が帰ってきた。それが本当なのか嘘なのか。この男が嘘を吐いたことはない。きっと本心だろう、信じたくはないけれど。  彼の細い喉から歌が奏でられる。聞き覚えがある気がした――――学生時代の、あのステージで歌っていた曲だ。  アカペラの方が声の質や大きさが引き立っていると思った。爽やかなバラードが鼓膜を震わす。  抗争時代のときのような、荒削りさは感じない。  鋭い声が嫌いだった。だからと言って、この、角が取れた丸い声が好きなわけじゃない。  けっきょくこの男の声が嫌いなのだ。  名前も知らない凡才が書いた曲を、かつての『皇帝』は歌う。
 「せっかくだしお賽銭していこうか」 そう言ってコートのポケットから革の財布を取り出す。まさか万札を投げ入れるのでは、とレオは身構えていたが、英智が取り出したのは穴の開いた硬貨、五円玉だった。  「というか、おまえと神社が驚くほど似合わないんだけど」 「そう?」 レオも彼に倣ってポケットの中で小銭を探す。  鐘を鳴らし、硬貨を投げ入れる。レオが投げた硬貨を見て、英智が言う。 「十円玉は良くないんじゃないのかい」 「五円玉が無かったのー。いいだろ、金額なんて。縁があるときはあるし、ないときはないって」 二拍手して、目を閉じる。  願い事をして瞼を開ければ、英智がレオを見つめていた。 「ずいぶんと熱心にお願いしていたみたいだね」 「べつに、願い事じゃない」 石畳の上を歩き出す。レオのスニーカーと英智の革靴の底がコツ、コツと音を鳴らす。  赤い鳥居を潜りながら、英智が問う。 「君、神さまはいると思うかい」 「まぁ、いるんじゃない。だからおれは天才なんだし」 「神に愛されている、って?」 「まあな」 ふ、と英智が笑った。 「よかった」 その言葉の意味が理解できず、レオは首を傾げた。  「……いないなんて言われたら、僕は君を殺したかもしれない」 英智が鳥居の前で立ち止まる。吹いた風に、木の葉と木漏れ日、ふたりの髪が揺れた。 「君に八つ当たりして。……そうだなぁ、君をそこの柵から突き落としたかもしれない」 「絶景を見ながら死ぬわけだ」 強気に冗談を返せば、英智は嬉しそうにゆったりと微笑んだ。 「今さらだ。おまえは一度おれを殺しただろ」 「そうだねぇ」 謝る気も、謝らす気も、お互いさらさらないのだ。  寒いね、と英智が言う。そうでもない、とレオはフードに顔を埋めながら答えた。  神社を背に、坂道を下っていく。  「そういえばさぁ」 と、朝から思っていたことを口にする。 「賽銭するのもそうだけど、『いただきます』、『ごちそうさま』を言う印象もなかったんだけど」 英智はレオの横を歩きながら答える。 「躾けられたんだよ。あの説教好きな彼にね」  あぁ、と納得した。いつだか腐れ縁だと聞いたことがある。対極にいるようなふたりだが、逆にそれが長い付き合いに結びついているのだろう。 「昔からお小言ばっかり言われたよ」  昨日の夜、英智のスマートフォンが震えていたのをレオは知っている。その着信相手が彼だということも。  出ないのか、なんて野暮な質問はしなかった。理由があるから、黙ってあの箱庭がある街を出てきたのだ。  なぜ英智がレオを連れてこの町へ来たのか。  訊きたいことは多いのに、その問いを口にすることはできない。  遠くの海が陽の光にきらきらと光っている。
 夕方、離れに置かれたピアノの前に座り、鍵盤に触れる。  生まれてはすぐに朽ちていってしまうメロディーを音符で形にしていく。忘れることのないように、奏で続けられるように。  外から入る僅かな光に、宙に舞った埃がきらきらと輝く。  ふ、と背後に気配を感じた。その腕が伸びてくる。  細いヘアゴムを取られて、束ねていた長い髪が広がった。その髪に指が触れる。 「……ねえ、退屈だよ」 「そうか」 短い返事をしながら音符を書いていく。  つまらなそうに溜息を吐きながら、ふと英智が床に散らばった楽譜を拾い上げる。咎めているうちにメロディーが消えていってしまう。レオは楽譜に音符を書き込むことに夢中だった。  「ね、月永くん」 英智がレオの耳元で囁く。ぞわ、と鳥肌が立って振り返る。穏やかな微笑を睨み付けた。 「この曲、ひとりじゃ弾けないだろう?」 彼の手にあったのは、先程書き上げたばかりの楽譜だった。連弾の、曲。  何も言わないレオをよそに、英智は部屋の端に置いてあった椅子を引き摺ってきて、レオの座る椅子の横に並べ、腰掛けた。  そして、その長い指が鍵盤を叩く。  挑発的な流し目がレオを見て、そして重みのある深い音色を奏で出す。  ぞっ、と背筋に寒気が走る。ステージに立っていたときと似ている。痺れるような闘志。  レオも負けじと鍵盤に触れる。  「……最高だよ、その目」 熱い視線がレオを貫く。  あぁ、最高だよ、おまえも。  そんでもって、最悪だ。
 息が上がる。首を絞め続けられるような感覚。  声を嗄らして歌い叫び、足が縺れるまで踊って、主張しろ。王はおれだ。誰にも奪わせない。  おまえなんかに、おまえなんかには絶対渡さない。  おれの居場所だ。  セナがいて、リッツがいて、おれがいて、三人で築いて守っている唯一の城なんだ。  純白の衣装を纏った彼らが、微笑を浮かべる。  目の前の、サイリウムやスポットライトの光が、彼らの白が、唇をきつく噛んだセナと、舞台の上に座り込んだリツの後ろ姿が、霞む。  スクリーンに映し出された映画を観ている客の気分だった。自分事に理解できずに、レオはただ戦場の地に立っていた。  そんなレオの前に、美しい少年が一歩踏み出す。その視線に、呼吸が上手くできなくなる。力が抜けてマイクが手の中から滑り落ちた。  「……『Knights』の『王』、月永レオ、」 彼の低い声が静かに告げる――――『王』の、死を。  「このゲームは、君の負けだ」 まるで死期を伝える天使に似た、無垢な残酷さで、おれを見下す。青い瞳には勝ち誇った光が爛々と輝いていた。  衣装のマントが、目の前で翻される。  客席から沸く歓声は、騎士たちへのものではない。  「ありがとう」 優雅に辞儀をする、絶対王者――――『皇帝』へのものだった。  あぁ、そうか。おれは、負けたんだな。  そう理解した瞬間、すべてが音を立てて崩れ落ちていった。  なにを見ても、なにを聞いても、もう音楽は湧き出てこない。  おれはもう、『王』ではいられないのだ。  『皇帝』は歓声の中、仲間を引き連れて舞台を降りていく。スポットライトが消えると同時に、観客たちも会場から立ち去っていった。  「……『王さま』、」 息が整わないままの凛月を支えた泉が、レオを見つめた。澄んだブルーの瞳が、ゆらゆらと揺れている。凛月の漆黒の髪から雫が滴り落ちて、ステージの床を濡らした。  あぁ、なんて、情けない。 「……先に、行っててくれ」 ふたりから目を逸らす。泉は何か言いたげに口を開こうとしたが、躊躇ったように唇を結んだ。そして、 「わかった」 そうとだけ言って、凛月の細い身体を支えながら舞台袖に消えていった。  先ほどまでの熱は既に冷め切って、短い夢のようだった。  空っぽの、がらんどうのステージに、たったひとり。  初めての、敗北だった。 「あああぁああああっ、あああああああああぁぁぁっ!!」 引き裂かれた喉を、さらに壊すように号哭した。  痛い、痛い。死んでしまいそうなのに、殺してはくれない痛みにただ叫ぶ。  救ってくれ。赦してくれ。おれの居場所を、返してくれ。  リツとセナと生んだあの熱を、返してくれ。  「っ、は、ぁっ、はぁっ、はぁっ、」 自分の荒い息の狭間に、彼の歌声を思い出してしまう。  繊細かつ大胆、聴く者すべてを魅了する、完璧な声。  その凶器を首筋に宛がわれて、レオは竦んだ。  ――――君の負けだ 歪められた青い瞳に映った自分の表情さえも、しっかりと憶えている。  「あぁ、そうだ、おれの負けだ!」 レオの、最後の叫び声が反響した。  今度は、ぜったいに、おまえを殺してやる。この苦しみを、おれが味合わせてやる。  憎しみに燃えて、そうして、意識を手放したのを、今でもはっきりと思い出すことができる。
 英智が風呂に入っている間に、グリルで鰆を焼き始める。午後に行った魚屋で買った旬のものだ。予熱したグリルの中に二切れ並べる。やかんに水を入れ、火にかけてお湯を沸かす。  英智が上がるころには焼けるだろう、とレオは居間の押し入れの戸を開ける。昨日、この中にいいものを発見したのだ。  押入れの中の本棚に並んだたくさんのアルバム。それを手に取って、ページを捲る。  古いカメラで撮ったような写真が、きっちりと整理されていた。  写真の中で、今と変わらない色の瞳がレオを見つめた。  「月永くん」 後ろから声がして、レオは振り返った。  居間と廊下を隔てる障子から、 「上がったよ」 と、英智が上気した顔を覗かせた。そしてレオの手元を見て、目を丸くする。  「ああ、こんなところにあったんだ」 勝手に見ていたことを咎めもせず、レオの隣に座り、一緒にアルバムを覗き込む。ふわ、とフローラルなシャンプーの匂いがした。  「祖父が写真好きでね。よく撮ってくれたんだ」 「ふぅん。それにしても、ずいぶん不機嫌そうな顔ばっかりしてるな」 「はは、うん。この頃の僕には可愛げがなかったからね」 「安心しろ、今もないぞ」 「ひどいことを言うね」 楽しそうに笑いながら、次々と写真を指差していく。  誕生日のときの写真。小学校の入学式の写真。敬人の家の寺で撮ったふたりの写真。風邪を拗らせて入院しているときの写真。大きなアイリッシュ・セッターと寄り添って寝ている写真。小学校の卒業式の写真。  「……おまえ、泣けるの?」 英智の声を遮ったレオの問いに、英智は彼の指先の写真を目に止めた。  子ども用の黒いスーツを着た三歳くらいの英智の写真だった。その瞳には涙が浮かんでいる。 「ああ、さっきの写真に写ってた犬が死んでしまった時のだよ。庭で葬式をしたんだ」 他のページを捲れば、愛犬との写真がたくさん貼ってあった。 「ドナートって名前だよ。僕が生まれる前から飼っていたから、先に死んでしまうのは当たり前なんだけどね。すごくショックだった。余命宣告を繰り返しされていた僕より、なぜ元気だったドナートが先に死んでしまうのか、理解ができなかった。それと同時に、死ってこういうことなんだ、とも思ったけれど」 「このあと、動物飼ってないの」 「うん」  まだ子どもの頃に、自分にもいつかやって来るという死を目の当たりにしたのだ。恐怖でしかなかっただろう。  「……なぁ、怖いか?」 そう問えば、ゆっくりと英智が顔を上げた。落とせばすぐに壊れてしまう、丁寧に拵えられた美術品のようだと思った。  英智は、何が、とは訊かず、ふふ、と花が綻ぶように笑った。でもどこか憫笑じみたそれに違和感を覚える。 「怖い、って言ったら、君は僕を救ってくれるのかい?」  何も、言えなかった。  レオの返事を待たずに、英智はゆっくりと立ち上がる。  お湯を沸かしていたやかんとタイマーが鳴った。 「片付け、しておいてね」 そう言い残して、台所の方へ消えていく。その後ろ姿を見送って、レオはアルバムを集めた。  あいつを救えるのは誰なんだろう、と考える。  いただきます、ごちそうさまを教えた、彼の幼馴染か?  彼の左腕の道化か?  彼を心底愛している両親か?  それとも、彼に壊されたおれか?  答えの出ない問いを呑み込む。年季の入ったアルバムを閉じ、押し入れの中の棚に戻した。
 英智は湧いたお湯で味噌汁を作っていた。台所にその後ろ姿は、やはりどうも似合わない。  その間に、レオは丁度良く焼けた鰆を皿に移し、炊いておいたご飯をよそう。  囲炉裏の前に皿を並べていると、いつものように英智がラジオをつけた。ノイズ混じりにニュースが聞こえる。  いただきます、と手を合わせて食べ始めた。  「美味しいねぇ」 と、英智が笑う。  レオは頬杖をついて、鰆を噛みながらじっと目の前の男を見つめる。  彼の持った箸が鰆の身を裂いて、彼の口元へ運んでいく。開いた薄い唇の間の闇に消え、英智は静かに咀嚼した。  だれかの命を喰らって、生きている。  彼もまた、人間なのだ。  「……そんなに見つめられると食べにくいんだけどなぁ」 英智が苦笑しながら言う。 「顔に何か付いているかい?」 「あぁ」 右腕を伸ばして、英智の口元に触れる。  親指で下唇をなぞれば、柔らかい感触が神経を刺激する。  彼の唇が微かに、ゆっくりと開き、赤い舌が覗いた。滑らかなそれは、応えるようにレオの指に触れた。  誘うような目と同じくらい熱い、味を感じるための舌。  並びの良い、命を引き裂くための白い歯。  消化を手伝うための唾液が、唇から零れて一筋伝う。  据え膳食わぬは男の恥、とは言うが。  レオが指を離そうとした瞬間、彼の白い歯がその指を思い切り噛んだ。 「痛っ!」 「……食事中に欲情する君が悪いんだよ」 「欲情……っ、なんて、してないから!」 くっきりと歯形の残った親指を庇いながら、英智を睨めば、彼は楽しそうに笑う。 「早く食べないと、せっかくの食事が冷めてしまうよ」  そう言って、彼は何もなかったかのように食事を再開する。  レオももう一度箸を取り、鰆とご飯を口に運ぶ。  目線の先の汁椀の中で、冷め切ったお湯と味噌が分離している。右手で持った箸で掻き混ぜてその境界線を消してから飲み干した。冷めたそれは、ちっとも体を温めてくれない。  ラジオでは、天気予報士が今週の天気を知らせていた。
 布団を敷き終えて、ふわぁ、と大欠伸をしていると、 「もう寝るのかい?」 と、なぜかパジャマの上にセーターを着た英智が問う。 「おまえは寝ないのかよ」 「うん、ちょっといい所に行くんだ」 「いいとこ?」 小首を傾げるレオに、英智は窓を開けた。 「分かった、屋根の上だろ」 ふわ、と夜風が部屋の中に入り込んできた。  その窓の前に立ち、微笑んだ英智の髪がさらさらと靡いた。 「大正解」  屋根の上に干してあったらしい下駄を履いて、窓から屋根の上に出る。西洋人じみた顔立ちと高級ブランドの寝間着に、不釣り合いな下駄が小気味良い音を立てた。 「月永くんもおいでよ」  子どもみたいにあどけなく笑う男に、深い溜息を吐く。  そして渋々毛布を担ぎ、押し入れの中にあった足袋と下駄を履いて、彼の後を追って窓から出る。棟に腰掛けた英智に毛布を被せると、 「ありがとう」 と嬉しそうに微笑んで、レオの手を引いて自分の隣に座らせた。そしてレオの肩にも毛布を掛ける。  「綺麗だろう?」 まるで自慢の宝物を紹介するかのようにそう言った。  星屑が散りばめられた濃紺のビロードの空が、世界を包んでいる。  「小さい頃ひとりで、こっそりこうやって屋根に上がって星を見ていたんだ。本当は誰にも教えるつもりは無かったんだけど」 すぐ傍で、英智の声が聞こえる。呼吸が聞こえる。 「……おれに教えていいのかよ?」 この夜空は、本当に英智だけのものだったのだ。  英智は楽しそうに笑う。 「ここにいると自分も宇宙に居られるみたいに感じられるから、君も気に入ってくれるだろうと思って」 宇宙が好きだろう?  そう問われて、あぁ、と肯いた。  何億光年も昔に放たれた光が届く。今この瞬間も、宇宙のどこかで爆発が起きている。生まれ、滅んで、数えきれない光が走っている。  おれの書いた曲もそうなればいい。おれが死んでも、曲は生き続けて誰かに届けば、おれは死んでも幸せだ。  とは、言わなかった。自分の幸せをこの男に語っても、彼にとっての幸福の概念はちっとも変わらないだろう。  英智を変えたのは、レオではないのだ。  「……うん、大好きだ」 隣で、良かった、と英智が言う。彼がどんな表情をしていたのか、レオは見なかった。  「……ね、手繋いでいい?」 拒否はしなかった。そっと手が伸びてきて、レオの手に触れる。自分の体温を移すようにその手を握ると、英智は微かな笑い声を上げた。  「寒いねぇ」 「もう部屋入りたい」 「あと一分」 いーち、にーい、さーん、とカウントし始めると、英智も一緒になって数えた。  冷たい夜風が二人の頬を撫ぜた。
 「そういえば、なんでおまえもおれの部屋で寝てるんだっけ?」 朝訊こうと思って忘れていた問いを、布団に入り込みながらぶつける。隣の布団に入った英智が寝がえりを打ってレオの方を向いた。  常夜灯のぼんやりとした光の中で彼の笑った顔が見える。 「本当はそんなことどうでもいいと思ってるだろう?」 「はぁ?」 「朝に思ったはずだよ。でも今になるまで何も言わなかったから、どうでもいいんじゃないかなって」 図星、なのかもしれない。確かに、隣の部屋で寝ようが、すぐ隣の布団で寝ようが、どうでもいい。 「そうかもな」 そうとだけ答えて、英智に背を向ける。  ねぇ、月永くん、と呼ぶ声がしたが無視した。すると彼の足が入り込んできて、レオの足に触れた。 「冷たっ!」 思わず足を避けると、さらに追いかけてくる。ゆえに、レオと英智の距離も縮まる。  「おい!」 振り返れば間近に端正な顔があって、驚いて息を呑む。  「月永くん、あったかいから」 足を絡められて動けなくなる。氷のような冷たさがレオに伝わる。 「……裸足で外になんか出るから」 「ふふ」 「ふふ、じゃないし。霜焼けになっても知らないからな!」 「うん、おやすみ」 その言葉を最後に、英智は何も言わなかった。少し経って、規則的な呼吸音が聞こえてきた。  レオの熱が伝染したのか、それともレオの熱が奪われたのか、英智の足は徐々に温まっていった。
3
 三日目。  電車に乗って、ふたりは隣の海辺の町へ来た。  英智の言う通りだった。カモメの鳴き声があちこちからして、潮の匂いがして、海が煌めいている。  海風が前を歩く金色の髪を揺らした。  けれど彼が羽織っているのは、あの紺のブレザーではない。質の良い茶色いコートの後ろ姿を見つめながら、彼についていく。  一日この町を回ろう、という提案をレオは拒否しなかった。  家屋の間の細い石畳の道を歩いていく。  英智が足を止めたのは、古めかしい建物の前だった。扉の上の看板には『潮風劇場』の文字が刻まれており、懐かしい匂いが漂っている。 「映画でも見るかい?」 「ここ映画館なの?」 「そうだよ。単館上映の映画を多く上映してるんだ。意外と面白いよ」  中へ入って、英智が選んだ映画のチケットを買う。ロシアの監督の作品らしい。  小ぢんまりとしたシアターの、ほとんど観客のいない座席に座る。しばらくして照明が落とされ、上映が始まった。  ロシア語を聞いているうちに、うとうとと微睡んでしまう。  スクリーンの中の主人公がヒロインとキスを交わしている。  あぁ、この男とラブストーリーを観るとは思ってもなかったなぁ。そんなことを思いながら、レオは意識を手放した。  「……月永くん」 その声に目が覚める。証明に目が眩む。映像が映し出されていたスクリーンはただの薄い布に戻っていた。 「あれ、もう終わっちゃったのか?」 「君はずっと寝てたんだねぇ」 「最初は起きてた!」 「ヒロインは最後死んでしまったよ」 「はぁ、ありがちな悲恋だな」 「僕もちょっと退屈だった」 そんな他愛のない会話をしながら映画館を出た。  道路沿いの道を歩いて、海に辿り着く。  夕焼けに、薄く夜の色が掛かっている。そんな空の色を垂らされた海が、静かに波打っている。  柔らかく麗らかな三月の橙色の陽射しに、彼の金髪が光る。 「……夢ノ咲の海は、もっと明るい色をしていた気がするなぁ」 ひとりごとのようなその言葉に返す言葉を、レオは持っていない。ただ彼の背と、その先に広がる海を見つめる。  波打ち際でしばらく海を眺めていた英智が、不意に靴と靴下を脱いだ。細い足首の線が露わになる。  レオが声を上げる前に、英智は裸足で海の中に入った。  「冷たい」 「風邪ひくぞ」 「ひかないよ」 レオの心配をよそに、英智は靴を片手に歩いていく。  深い溜息を吐いて彼の後を追う。手で触れた海水は凍えるほど冷たくて、レオは英智の神経を疑った。  「君は寒がりだもんねぇ」 振り返って立ち止まった英智が笑う。追いついたレオは彼の細い手首を引いた。迫り来る波から英智の足が逃げる。 「冬の海に入るのはおまえみたいな酔狂だけだよ」 「三月はもう春じゃない?」 「冬だろ」 英智はコートのポケットから白いハンカチを取り出して、濡れて砂のついた足を拭いた。すぐにそのハンカチは汚れて、きっともう使い物にならないだろう。しかしそれも、英智とレオにとってはもうどうでもよかった。  レオの肩を借りて、英智が靴下と靴を履く。 「帰ろうか」 「腹減った」 「何か食べる?」 「うん」 砂浜に残った二人の足跡は、すぐに波に掻き消されていった。
 月永くん、と呼ばれる。  仰向けになると、布団の上に座った英智の手が伸びてきて、髪に触れた。 「……思い出してしまうね」 「なにを」 「昔のこと」  ――――キスしたこと、憶えてる? 問い掛けられて、レオは顔を顰めた。  「よかった。憶えててくれて」 「何もよくない」 英智の指の間から、長い赤毛がはらはらとすり抜けていく。それを見つめながら、英智は、 「相変わらず君はひどいなぁ」 なんて、笑う。  「またするかい? 楽しいこと」 「絶対に嫌だ」 「どうして?」 「痛いだけだ」 「そうかな?」 「痛い」 「手術に比べれば全然だよ」 「麻酔するだろ」 「してもしなくても、痛いものは痛いよ。肌を切り裂かれるんだから」  レオは黙って英智のパジャマのボタンに手を伸ばした。彼はされるがままだ。パジャマを脱がせ、下着をまくり上げた。  あの頃、くっきりと残っていた胸の下の傷は薄くなっていた。細胞が修復している。この男の身体はきちんと機能している。  指先で、その傷跡をつうとなぞる。彼の唇から甘い吐息が漏れた。 「月永くん、さっきの冗談だよ」 暗がりの中で彼の瞳が光っている。獣みたいだ、と思う。  「……解ってる」 柔らかな拒否を呑み込んで、彼の身体から手を放す。掌に、彼の低い体温が残っている。  レオは布団に寝転がり、パジャマを着直す英智に背を向けた。 「……おやすみ、月永くん」 そう言った彼の手は、レオに触れなかった。
 『生徒会』と『五奇人』の抗争時代に、レオと英智は何度か身体を重ねたことがある。  若さゆえの過ちだった。英智に生徒会室に呼ばれて、粛然とした箱の中で密やかに抱き合った。  一度目はお互いを苦しめるためだけの痛々しい行為に過ぎなかった。身体を貫くような痛みに吠えて、吠えさせた。  二度目、三度目、そう回数を重ねていくうちに本当の目的を見失っていった。  バスタオルを敷いた床にレオは押し倒される。自分を見下ろすその瞳を見つめながら、唇を触れ合わせる。唇の皺ひとつひとつを確かめるように、何度も、何度も。  そして深いキスに変わる。舌を絡めて、音を立てて。 ブレザーを、ワイシャツを、お互いに脱がしていく。蠱惑的な瞳を見つめながら。  肌蹴たシャツの下、露わになった彼の胸元を初めて見たとき、レオは息を呑んだ。 「……これかい?」 つ、と彼の指がその線をなぞる。  左胸を横切る醜い傷跡。それは白い肌にくっきりと刻まれていた。 「手術の痕だよ」 何でもなさそうにそう言って、笑う。 「醜いだろう?」 自嘲のような、挑発的な笑みが気に入らなくて、端を引き上げた唇を噛んだ。  何回目かの行為の最中には、 「くたばっちまえ」 と息も絶え絶えに口にしたことがある。音楽が生まれないゆえの苛立ちをぶつけた、ただの八つ当たりだった。そう叫んでも、怒りと憎悪に塗れたレオの身体にキスを落としながら、英智は強気に目を細めるだけだった。  ダンスに使う四肢も、歌うための声も、今は飢えた獣のものでしかない。  理性と本能が剝離していく感覚がレオを快楽��突き落とす。それはきっと、英智も一緒だった。  制服を着た英智が自分を見下ろしている。  「声、聞かせてくれないかい?」 嫌だ、と反論する声が擦れている。  「レオ、気持ちいい?」 一対の青色が冷淡に細められて、背筋に電流が走る。それと同時に、音楽が生まれていく。ペンを取ろうとしたレオの手を英智が押さえ付けて、そして深く口づける。  「……ッ、あ、ぁ」 「レオ、」 名前を呼ばれて、理性が崩壊する。ふたりの獣は吠える。  全部が欲しい。この男の全てを、奪って、殺してやりたい。  「英智……ッ!」  憎い。愛おしい。殺したい。終わりに、したい。  混沌とした感情を快楽に混ぜて飲み干していく。  そして熱が醒め切ってから、あの行為で戦意を失ってしまえ、と懇願していた。
 スマートフォンのアラームで浮遊した意識はすぐに覚醒した。  布団から腕だけ出してスマートフォンを掴む。寝起きの頭にガンガンと響く煩いアラームを止めた。  隣から寝息が聞こえる。不幸中の幸い、英智はまだ眠っているようだ。  彼を起こさないように布団を抜け出し、枕元に畳んでおいた着替えを持って風呂場へ直行した。  寝間着と下着を洗濯機に投げ入れボタンを押してから、浴室へ入った。  熱いお湯を全身に浴びて頭が冴えていく。  あんな夢を見るなんて、どうして今更。まるで昨日の言葉に乗せられているみたいじゃないか、と自己嫌悪に陥る。  ――――またするかい? 楽しいこと。 歪められた瞳を思い出す。あの部屋でレオを見下ろしたときと同じ眼差しだった。  髪の毛先から雫が連なって床に落ち音を立てる。  あいつにとっては、楽しいことだったのか。おれにとってはちっとも楽しくなかったけど。  痛くて、息が詰まって、苦しくて、でも、それ以上に気持ち良かった。  けれど、抗争時代の後、レオと英智がその行為をすることはなかった。
 さっさと一人で朝食を済ませて、レオは作曲のためにピアノと譜面と向かい合っていた。そんなレオの姿を見咎めて、英智が声を掛ける。 「今日はずいぶんと早起きだね。昨日もなかなか寝付けずに、遅くまで起きてたんだろう?」  重低音のメロディーを荒々しく弾きながら、レオは顔を背けた。  「何か嫌がらせしたかな?」 独り言を呟きながら、英智はレオの傍へやって来る。  それを咎める気にもならなかった。  音楽が、生まれない。  音符を書いては消し、楽譜を書き上げては丸めて床に捨てた。起きてからずっとこの調子だった。  寝起きが一番頭が冴えるはずだ。一番いい曲が書けるはずだ。こんなこと、一度もなかった。おれは天才だ、音楽を生めないなんて有り得ない。  英智の白い手が散らばった楽譜を手に取る。  そして、その声が音符を追う。  「な、」 レオはピアノに凭れていた頭を持ち上げて彼を見つめた。  楽譜に向けられていた視線がレオに移る。 「歌うな」 そう制しても彼は止めない。  あの眩しいスポットライトの光と華やかな歓声に包まれている。純白の衣装を身にま��った彼の貫くような視線に、あの頃、欲情していた。  歌声がレオの心臓を突き刺す。  「やめろ、」 違う。おれが作りたいのは、こんな、醜い曲じゃない。  「やめろ!!」 両手で鍵盤を思い切り叩いた。貫くような不協和音と怒鳴り声が部屋中に響いて、英智は驚いたような顔をして、歌うのを止めてレオを見た。  彼の胸倉を掴み、そのまま床に押し倒した。痛みに彼の表情が歪み、落ちていた楽譜が舞う。 「こんな曲に価値なんてない!」 「……どうして」 「こんなんじゃない、おれが創りたいのは、もっと、もっとあの頃みたいな」 「月永くん、」  冷淡な声に息が詰まった。白い手がレオの喉笛に添えられる。深い色をした瞳に、深層部までを見透かされてしまっている気がした。  「……あの頃には、戻れないよ」 窓の外で一層強く雨が降り頻る。その音にも邪魔されずに、彼の声はレオの鼓膜を震わせた。  その声に、記憶を翳して、辿っている。  ――――君の負けだ、  ――――『王さま』  ――――『Knights』の王、月永レオ  レオは英智を突き放し、ピアノの傍に置いておいた財布と携帯を引っ掴んで家を飛び出した。  三月の冷たい雨が身体を打つ。肌の表面は凍えるほど冷たくなっていくのに、頭には血が上って熱くなっていく。  呼び止める声も、追い掛ける足音も、聞こえなかった。  煩い雨音に紛れて聞こえなかっただけだと信じたがる自分が、ひどく惨めだった。
4
 夢ノ咲学院の裏の砂浜で、ふたりきりになったことが一度だけある。  十八歳の秋。  砂浜に音符を刻む。湧き上がる霊感に追いつかなければ。  と、そのときだった。  「久しぶりだねぇ」 懐かしい声に、手を止める。  ザァ、と音を立ててやってきた波が音符をさらっていくのを見送って、レオは振り返った。 「……おかえり、月永くん」  相変わらず頼りない細い身体だった。入退院を繰り返していると風の噂で訊いた。  「また君と兵刃を交えられると思うと嬉しいよ」 「それはもうごめんだな」 目の前に立った男を見上げる。  「もう帰ってきてくれないと思った」 「まだやるべきことが残ってる」 く、と青い瞳が細められる。 「キス、してもいい?」 「再会祝いのつもりか?」  目線がふたりの間で絡み合って、英智が細い腰を折ってレオの唇に口づけた。  おまえを殺したい。  はっきりと、あのステージの上でそう思ったことを思い出す。  おれの描いた音符で首を絞めて、剣のような歌声で心臓を貫きたい。  おれがおまえにされたことをしてやりたい。  心臓が止まって、そのまま玉座からずり落ちてしまえばいい。  でもそれは、レオの役目ではなかったらしい。  時代を変えた『新星』たちが、『王』のいないあいだに『皇帝』を殺した。  「なぁ、『皇帝』、」 離れていく唇を引き留めずに、まっすぐと英智を見つめる。その渾名はもう似合わないか、とも思ったが、レオの中で、天祥院英智という男は『皇帝』でしかなかった。  「おれの悪足掻きに付き合ってよ」  青い瞳に自分が映っている。鏡のようなそれは凪いだ海と似ていた。  「いいよ、君の考えることは退屈しないからねぇ」 そう言って、笑った横顔が昔と違うことに気づいたが、レオは何も言わなかった。
 ふ、と目が醒める。スマホの画面を確認すると、もうすぐ午後六時を回るころだった。  朝、あの家を飛び出して、夢ノ咲とは逆の方向へ向かっていく電車に乗り込んだ。絶えず変わっていく車窓を見つめながら、気分でいろいろな駅に降りた。  荒れた海が見える町。ビルが立ち並ぶ都会。教会のある田舎町。山ばかりの町。寂れた商店街がある街。  そうしてあの田舎町から、英智から、遠ざかってきた。  英智からの連絡はなく、それ以前に、スマートフォンの電池は切れて使い物にならなかった。  雨は昼間より強くなっている。アナウンスが鳴っていて、多くの人から席から立ち上がった。それに倣うように重い腰を持ち上げて、人に押されるように電車から降りる。  コンコースの人混みの間をすり抜けながら外へ出れば、降り頻る強い雨が身体に叩きつけられる。コンビニで買ったビニール傘は、前の町で壊れて捨ててしまった。  ダウンのフードを被り、寒さに息を吐く。  傘を差した人たちが足早に歩いていく。レオの横を通り過ぎた何人かが、傘を差さないレオを訝しげに見てはすぐ目を逸らす。  孤独だ、と思った。  こんなにたくさん、数えきれないほど傍に人がいるのに、孤独しか感じないのは、なぜ。  「……『王さま』?」 聞き慣れた声に後ろを振り返る。灰色のコートを着て青い傘を差した、端正な顔の男が立っていた。 「おぉ、セナ、久しぶりだなぁ」 駆け寄ってくるかつての仲間に、無理に作った笑顔を見せた。  「ずぶ濡れじゃん、こんなところで何してるわけぇ?」 泉はレオの腕を引いて傘の中に入れた。 「身体も冷え切ってるし」 「わはははっ、セナは相変わらず世話焼きだなぁ」 「無理して笑わなくていいから」 ほら、行くよ、と腕を引かれて歩き出す。自分より少し背の高い男の背中は、昔と変わらず大きく見えた。  ふたりが雨宿りに入ったのは通りにあるカフェだった。客は少なく、店内にはBGMと、窓の外の雨音が流れていた。  窓際の席に向かい合う形で腰掛け、泉が店員を呼ぶ。 「コーヒーで良い?」 と訊かれ、黙って肯いた。 「ホットのブレンドコーヒーを二つ」 という泉の注文する声が雨音を消す。店員は注文を取るとすぐに去っていった。  「……で、」 頬杖をつきながら泉が話を切り出す。 「卒業式後からどこに行ってたわけ?」 「田舎町だよ」  泉の青い瞳をじっと見つめる。彼より濃い、青。それに嘘が通じないことは理解している。 「セナはこんな都会で何してたんだ?」 「仕事に決まってるでしょ。モデル業に復帰したらすぐに大量の依頼が来たの」 「さっすが売れっ子モデルだなぁ~」 「お褒めの言葉をありがとう、『天才作曲家』さん。アンタも仕事来てるんでしょ?人づてに聞いたよぉ?」 「まぁな。でも大体断ってるよ、充電期間」 「何言ってんの、散々充電してたくせに」 「それは、あの戦いから逃げた期間のこと?」 思わず語気を強めてしまったことに、すぐ口を噤んだ。  「……ごめん」 そう謝れば、泉が窓の方に顔を背ける。 「今のは、俺も悪いから」 気まずそうに、彼はそう言った。  お待たせいたしました、という店員の声にふたりで顔を上げる。それぞれの前にコーヒーカップが置かれ、また店員は去っていった。  テーブルの端に常備されているシュガーを手に取って、黒い液体の中に入れた。ブラックコーヒーを啜り、泉が言う。 「珍しいね、砂糖入れるなんて。ブラックで飲まないの」  そう問われて、目を伏せる。黙ってコーヒーを飲んだ。今まで甘いフルーツティーやミルクティーなどの紅茶ばかり飲んでいたからか、とても苦く感じた。  「……『皇帝』と一緒にいたの」 その問いに、レオは思わず目を見開いた。 「……なんで」 「昔と、同じ目をしてるから。当たり?」 「セナには敵わないなぁ」 苦笑しながら苦いだけのコーヒーを啜る。  泉が、かちゃん、と音を立ててコーヒーカップを置く。  「……一週間だけって約束で暮らしてたんだけど、ちょっといろいろあってさ。出てきたんだ」 「探してんじゃないの」 「さあなぁ」 ふぅん、とどうでもよさそうに泉が相槌を打ち、 「これからどうすんの」 と訊く。  「自分の家に帰ろうかなぁ」 あの日本家屋に着替えなどは置きっぱなしだが、わざわざ取りに行きたくもないし、大して大事なものでもない。このまま黙って帰ればいいだろう。  はぁ、と息を吐いた泉が立ち上がる。  「傘買ってきてあげるから。ここから動かないでよね、分かった?」 泉はそう言って、傘を差して土砂降りの雨の中へ出ていった。銀色の髪と灰色のコートはすぐに人混みに紛れていく。  あの頃と同じ目――――どんな目だろうか。すべてを喪ったような光を持つ瞳だろうか。あぁ、そうか。おれはまだ 過去に囚われているのか。セナは自分の道を、自分の未来をまっすぐ見据えて歩き出しているというのに、おれはまだ未練があるのか。  彼の姿が窓から見えなくなると、レオはレジに行って二人分のコーヒー代を払い、店を出た。  そして、泉が歩いていった道とは反対の道を、雨に打たれながら歩いた。
 夜になっても、雨はやまない。  建ち並んだビルの窓から漏れる光の色に雨粒が染まって、黒いコンクリートの上で砕け散る。  交差点の後ろに聳え立つビルの大型モニターの中で、知らないアイドルが歌っている。  しかしその歌声は雨音や足音に掻き消されて誰の耳にも届かない。  あぁ、おれの音楽もこんな風に踏みつぶされていくのか。  あいつが命を削りながら叫ぶ声も、誰の耳にも届かずに靴底の跡をつけられるだけなのか。  城を出た王は庶民と変わらないのか。  あの頃の栄光を得ることなんて、できないのか。  交差点の真ん中で茫然と立ち竦むレオの横を、人々が通り過ぎていく。暗い波が去っていく。  「――――月永くん、」 そう、呼ぶ。あの頃とは違う、丸みを帯びた優しい声が。  ふと、身体に叩きつけられていた雨が止んで顔を上げた。  傘を持つ白い手。自分より高い背丈。コートのフードから覗く金色の髪からは雫が滴っている。 「月永くん」 彼の濡れた肩を見て、思わず笑う。  それと同時に、今まで張りつめていた糸がぷつん、と切れて、全身の力が抜けた気がした。 「……傘の意味ないじゃん」 寒さに擦れた言葉は、最後まで言い終えることなく途切れた。  英智の冷え切った身体が、レオの身体を抱き締めた。  甘いトワレの匂い。一日中、この匂いを探していた。冷え切った身体を強く抱き締め返す。 「『皇帝』、」 「……帰ろう、月永くん」 帰ろう、と噛み締めるように、英智はもう一度囁いた。  それに対しての上手な答え方をレオは知らない。  「あぁ」 そうとだけ言って細い手を掴み、彼の持つ傘を受け取って歩き出す。  人混みの中に、ふたりの声は呑まれていった。
 「どうしてあそこにいるって分かったんだ」 そう問う。  都会の電車の中に、濡れ鼠になった会社員や学生の憂鬱が立ち込めている。  扉の傍の手摺に寄り掛かった英智が、車窓の外に目を向ける。 「……なんとなく。夢ノ咲の方には行かないだろうと思って、こっちに来たんだ。そうしたら、瀬名くんからメールが来て」 「はぁ、つまらないことするよなぁ、セナも」 「でもずいぶん探したんだよ」 おかげでぐっしょりだ、とコートの裾を絞ってみせた。電車の床に水滴が落ちる。  「会えて、良かった」 そう言って、レオの肩に頭を凭れる。香水に混じって、雨の匂いがした。  ねぇ、と擦れた声が左耳を擽る。 「……キス、してもいい?」 「再会祝いのつもりか?」 ゆっくりと電車がスピードを落とし、駅に停車する。降りていく大勢の人々の背中を見送って、ふたりは空いた席に腰を下ろした。  「もう昔じゃない、しないからな」 「冗談だよ」 はぁ、という隣で吐かれた溜息が電車の車輪が擦れる音に消えていく。  「……おまえのことだから、探しに来ないと思った」 トンネルに入る。ライトの光が差し込んでは通り過ぎ、また差し込んで、通り過ぎて消えていく。 「探してほしかったくせに」 揶揄う口調で英智が言う。 「べつに」 「素直じゃないなぁ」  横目で睨めば、英智は肩を竦めてみせた。 「……約束しただろう、秋の海で。君の悪足掻きに付き合ったんだから、僕の悪足掻きにも付き合ってもらわないと」 「そんなこと、いちいち憶えてるのか」 「もちろん。学院での思い出はすべて僕の宝だよ」 トンネルを抜けても、やはり窓の外は暗い。まっくろな闇が世界を包んでいる。  「……どこへ、行っていたの」 そう問われて、レオは、 「いろんなところ」 と答えた。  「海が見えるところ?」 「あぁ、行った。銭湯がある町もあった」 「銭湯には行ったの?」 「うん」 「風呂上がりに瓶牛乳を飲むんだろう?」 「あぁ、美味かった」 「いいなぁ、僕も行ってみたいよ」 どちらも、今度一緒に行こう、などとは言わなかった。  手と手が触れた。逃げずにいると、そっと手を繋がれた。  「……曲は、書けそうかい?」 英智の問い掛けに、レオは肩を竦めた。 「さあなぁ。まぁ、学院のときは生き急いでた感じだったし、少し休めってことじゃねえの」 「そうだねぇ。君はほんとうに忙しそうだった」 と、英智は懐かしむように笑った。その横顔が、すぐに消えてしまいそうな気がした。  「……おまえも人のこと言えない」 レオの言葉に、英智が顔を上げてレオの瞳をじっと見つめた。呑み込まれそうだと思うほど深い、深い青だった。 「なにをそんなに急いでんの」 英智は困ったように微笑んだ。 「急いでいるように見える?」 「……あぁ」 低い声で答えれば、彼は目を伏せる。 「まさか君にそんなことを言われるとは思ってなかったよ」  向かい側の席の窓を見つめながら英智の肩に頭を凭れた。重いよ、と声がしたが気にしなかった。  「……眠いな」 「眠いねぇ」 「あと何時間で着く」 「二時間はかかるかな」 ゆっくりと瞼を閉じれば、浮遊感に似た、夜の色より深い闇が身体を包む。  ふたつの手はどちらも冷え切っていて、一向に温まらない。
 家に着いたのは、日付が変わる、少し前の頃だった。  雫が滴る洋服をすべて脱いで洗濯機の中に押し込み、風呂で熱いお湯を浴びる。冷え切った身体がじょじょに温まっていった。  先に風呂に入った英智はすでに布団の中に潜り込んでいた。垂れ下がった紐を引いて電気を消す。  隣に並べられた布団に入れば、月永くん、と声がした。だんだん暗闇に目が慣れて、英智の顔が見えた。 「なんだ、まだ起きてたのか」 「うん、なんだか寝付けなくて。電車でも、ずっと起きてた」 それは、気づいていた。途中で意識が戻って、いつの間にか彼の頭の方が上にあり、彼の瞳は開いていた。その青は、じっと向かい側の窓を見つめていた。  「眠くないわけ」 「眠いんだけど、なんでかなぁ……」 困ったように彼が笑った。掛布団の上の右手をそっと取れば、何も言わずに握り締められる。   深夜特有の研ぎ澄まされた空気に降り頻る雨の音が響く。それをたっぷりと聞いてから、英智が呟いた。  「……眠るのが、怖いんだ」 繋がれた彼の右手に力が籠る。天井を見上げる彼の目の光はあの頃に比べるとずいぶん弱々しく見えた。  もしも、と彼の唇が動く。 「もしも、朝が来ても目が醒めなかったら?僕に朝が来なかったら?……考えるだけで、身が竦むんだ」 「……」 「長く生きられないって解っているつもりだ。いつ死んでもおかしくない身体だって理解している。それでも、それでも毎日眠るときになって恐怖が僕を支配するんだ」  彼の弱さの吐露に、レオは寝がえりを打った。手は、繋いだまま。 「……あいにく、おれは作曲の天才だ。作詞の才能はこれっぽっちもない。だからおまえが欲しいような言葉をおれは見つけられない」  英智は一瞬驚いたような顔をして、そして微笑んで、 「あぁ、そうだったね」 と言う。  無意識に、指を絡める。細い指だった。 「……明日、起こしてやるから」 「ふふ、うん。頼むよ、早起きはどうも苦手でね」  そっと英智の布団の中へ足を忍ばせ、相変わらず冷たい彼の爪先に触れた。 「あったかい」 と、彼が笑う。レオの体温が、徐々に英智に移っていく。  「……おやすみ、月永くん」 「……おやすみ」 そう返事をすると、左手をぎゅっと握られた。英智がゆっくりと瞼を閉じる。神に祈る儀式のようだった。  命あるもの、誰だっていつかは死ぬさ。おれも、おまえも。それが早いか遅いか、その違いだけだ。  心の中でそっとそう囁いて、瞼を閉じた。
5
 衣擦れの音に目が醒める。足音と咳き込む声が離れていく。  「『皇帝』……?」 起き上がって横を見ると、隣に彼の姿はなく、乱れた掛け布団が投げ出されていた。窓の外は暗い、まだ日も出ていない時間だ。  重い瞼を擦りながら、彼の後を追う。  居間にも、トイレにも、風呂にも、離れの部屋にもいなかった。 「朝からどこに行ったんだ……?」 渡り廊下を歩いているときだった。微かに水が流れる音がした。  中庭の方からだ。置いてあった下駄をつっかけて、中庭へ向かった。中央に植えられた梅の木の花が風に揺れる。  壁に取り付けられた立水栓の前で英智が蛇口のハンドルを掴んでいた。静寂に包まれた夜明け前の空に、水が流れる音だけが響く。  声を掛けようとして、やめた。  ――――英智は、泣いていた。 必死に、声を押し殺している。きつく噛み締めた唇の間から嗚咽が漏れる。悲鳴のようなそれに足が竦んだ。  しばらくして英智が水を止めた。  英智が縁側に上がって、その姿が見えなくなると、レオはその水道の前に行く。薄紅色の梅の花びらが浮かぶ水に、濃い赤が混じっている。  「……何の赤だ?」 ひとり首を傾げながら、蛇口を捻る。冷えた水がぐるぐると小さな渦を巻きながら花びらとその赤を排水口へ流していった。
 寝室へ戻ろうと廊下を歩いているとき、居間の灯りが点いていた。障子に透けるその光の中に影がある。  静かに障子を開けると、畳の上に英智が横たわっていた。  「……『皇帝』?」 顔を覗き込む。薄い瞼が開き、潤んだ青い瞳にレオの顔が映った。 「月永くん、」 その声は擦れていた。やけに赤い頬に触れると、溶けるかと思うほど熱かった。 「おまえ、すごい熱だぞ!」 「ん……身体が怠い……」 「こんなところで寝てたら余計熱上がるだろ!布団で寝ろよ!」 立ち上がらせるために熱い腕を掴んで、息を呑んだ。  元々細い身体だ。知っている。  しかし、こんなに細かっただろうか。  軽いその身体を背負い、二階の寝室へ向かう。布団に寝かせて、水で濡らしたタオルを彼の額に乗せた。  「……ありがとう、月永くん」 そう言って、赤い頬のまま笑う。幾筋もの汗が垂れている。 「……君は、いいお嫁さんに、なるねぇ……」 「バカ。いいから寝ろ」 バカはひどいなぁ、とぼやいて、レオの手を掴んだ。 「一緒に、いてくれないかい」 幼い子供のような表情に、レオは逆らえない。  黙って同じ布団に潜り込むと、英智は驚いたような顔をした。彼が口を開く前に、目を細める。 「ほら、寝ろって」 繋いだままの手は熱い。 「……うん、おやすみ」 「おやすみ」  いつもは冷たいのになぁ、なんて思いながら、レオも英智と同じように瞼を閉じた。昨日の疲労が残っているせいか、あっという間に眠りに落ちた。  次に目が覚めたときには、すっかり日も昇り、昼に近い時間帯だった。  英智は変わらず、長い睫毛を伏せてすやすやと眠っていた。彼の額に浮かんだ汗を、乾いてしまったタオルで拭ってやる。  低い音で腹が鳴った。英智を起こさないように静かに布団から出て、一階の台所へ向かう。背の低い冷蔵庫にはほとんど食材がなく、買いに行かなければ何も作れない。  二階へ戻り、冷やし直したタオルを英智の額に乗せた。着替えてから、メモ帳に『買い物に行く』と走り書きを残して家を出た。
 スーパーで買い物を終えた頃には腹がぐるぐると鳴っていた。  食材を冷蔵庫に入れ、冷却シートを持って寝室へ向かう。  襖を開けたが、布団の上に彼はいなかった。  まさかまた、と思い中庭に行ったが、彼はいなかった。トイレだろうか、と踵を返そうとしたそのとき、ピアノの音色が聞こえた。  ブランケットを肩に羽織った英智が、ピアノの前の椅子に座って鍵盤に触れていた。 「……あれ、見つかっちゃった」 そう言って笑いながら、モーツァルトのピアノソナタを弾く。 「モーツァルトは嫌いだ」 ピアノに凭れ掛かって、冷却シートを一枚取り出す。  顔を上げた英智の前髪を指で梳く。露わになった額にそれを貼ってやると、冷たい、と眉を顰めた。  「安静にしてろって言っただろ」 「なんとなくピアノが弾きたい気分になったんだよ」 そう言って、近くにあったもう一脚の椅子を引き寄せてレオに座るよう勧めた。溜息を吐きつつ、腰を下ろす。 「一曲だけだからな」  そうして、あの連弾曲を弾く。  時折、英智は咳をした。細い喉のしがらみ。  たまに、レオの左手と英智の右手が触れ合った。わざとらしく指を絡められて振り払えば、英智は楽しそうに笑った。そして、また咳をする。  白と黒の鍵盤の上で、二十本の指が自由に躍る。  離れて。近づいて。触れて。また、離れる。  誰かのために、と定め��曲を作ることは少ない。そのとき生まれた霊感を音符に変え��だけだ。  この連弾曲も、そうだ。  『皇帝』と呼ばれた天祥院英智という男に触れて、声を聞いて、そうして生まれた霊感を形に、音に、変えて出来上がった曲だ。  すぐ傍に体温がある。  彼の鼓動が聞こえる。  けれど安心できない。それは、雨の都会の街で感じた孤独に似ていた。  最後の一音の残響が部屋に響いた。  「……月永くん、」 「なに」 ふ、と彼が目を伏せ、なんでもない、と言う。  英智の手を取って立ち上がらせる。  「昼飯、食べれる?」 「お粥かい?」 「そう」 「あんまり好きじゃないんだよなぁ……」 「文句言うなよ」 なんとなく、その手を放せなかった。寝室に行くまで、ずっと手を繋いだままだった。
 昼食を食べ終えて、英智はまた眠りについた。レオはピアノに触れた。 それからメモ帳を広げたものの、まったく霊感は湧かなかった。昨日の朝方から陥ったスランプから、まだ抜け出せないでいる。もどかしい気持ちばかりが募って、ペンが進まない。  掴もうとした音がばらばらに飛び散っていって、指の間をすり抜けていく。音符の形になろうとせず、五線譜の中に納まってくれない。  あぁ、おれはどんなふうに曲を書いていたんだろう。  弾きたい曲もない。書きたい曲もない。  おれは、あの学院にいるとき、スランプになって足を枷に捕らわれたとき、どうしていたっけ。  鍵盤の上に頬を乗せていたとき、ピアノの横に置きっぱなしにしていたスマホが震えた。  腕だけを伸ばし、それを手に取った。『新着メールが届いています』という通知が液晶画面に表示された。  メールボックスを開くと、見覚えのないアドレスからメールが届いていた。  差出人は有名な映画製作会社だった。レオはその会社の映画を観たことはないが、今まで出席してきた表彰式などで名前を聞いた。映画の劇中歌が賞を貰っていた気がする。  メールの趣旨は、次回作の映画の劇中歌を作曲してほしい、というようなことだった。依頼を受けてくれるのなら、詳しいことは会って話したい、早ければ明後日に、とも書いてあった。  ピアノの蓋を閉じて、寝室へ戻ると、目を覚ましたらしい英智が窓辺に腰掛けていた。  夕陽がきらきらと彼の金色の髪に反射している。濃い影が彼の背中から伸びていた。  額、高い鼻、顎のラインを目線で辿る。  視線に気づいたのか、振り返った英智が、 「月永くん」 と呼んだ。  レオはその隣に座って、彼が見ていた景色を見た。  まだ山には少し雪は残っているが、白や赤の梅が春の訪れを告げるように花開いている。薄紫色の雲が伸びていて、いつだかの時代の物語を思い出した。春はあけぼの、だ。今はあけぼのではなく夕暮れだけれど。 「春の夕暮れは好きだよ。柔らかい匂いと色がする」 と、まるでレオの心を読んだかのように英智が言った。  「……仕事を依頼された」 唐突に話が変わったにもかかわらず、英智は驚くこともなく、そう、とだけ相槌を打った。 「明後日、昼間いなくなるけど」 「うん、君の帰りを待ってるよ。夜になったら家に帰ろう」 元々そういう約束だった。七日目の夜には帰って、そして。  「……どんな仕事なの?」 「映画の、劇中歌の制作」 「大抜擢だねぇ」  咽た英智の背を撫でてやると、彼はもう一度窓の向こうを見た。 「春には街中の桜が咲いて、一面桜色に染まる。夏には蝉が鳴いて、八月の夜は隣町で打ち上げられる花火がとても綺麗に見える。秋には庭のイチョウや山の紅葉が色づくんだ。冬は空気が澄んで星がいちだんと美しいから、寒さも忘れてずっと見ていられる。僕は、いつも病院のベッドの上で、窓から町を見下ろしていた」 そう言ってから、また静かに咳き込んだ。 「……この町の四季も、見たかったなぁ。夏にしか来たことなかったから」 「住めばいいじゃん、この家に」 「無理だよ、この家は売られるんだ」 「わがまま言えよ」 「もう買い取られたんだ」 残念そうに、彼がそう言った。 「僕がこの町に来ることはもうないよ」  その指が窓にサインを綴る。  「形あるものはいつか失われるんだ、解っているよ。……ただ、もう少し時間があれば、とは思ってしまうけれど」 形あるもの、それが何を指すのか、レオは訊けなかった。  振り返った英智が、来て、と言う。  その声が、やけに細くて。  鼻が触れてしまうほど、距離を縮めた。彼に向き合うように。  「……君と一緒に暮らせたら良かったなぁ」 「おれはごめんだな」 「冗談だよ」 そして、ゆっくりと唇を寄せた。薄くて乾燥した唇だった。離れていくとき、思わずぺろりと舐めてやった。何食わぬ顔で、 「……あの頃とは違うんだぞ」 と言えば、英智はどこか哀しそうに微笑んで顔を伏せた。長い前髪がその表情を隠す。 「解っているよ」  その前髪を指で持ち上げ、顔を覗き込む。 「……みっともない顔だなぁ」 「そのとおりだよ」 もう一度、そのままキスをした。  最後の悪足掻きだ、許してほしい。  あの学院で終わったあの輝きを今だけ、もう一度だけ。  優しくて柔らかい匂いと色がする春の夕暮れは、なぜか寂しい気持ちになるのだと、レオはそのとき初めて知った。
 徐々に頭が冴えてきて、そして勢いよく起き上がった。  いない。  英智は、布団の上にいなかった。  部屋を出て違う部屋を覗いたが彼の姿はなかった。  一階に降りて、居間や台所、洗面所、風呂場や囲炉裏部屋にも、トイレにも、彼の姿はなかった。  離れに向かおうとして渡り廊下を歩きながら、ふと中庭に目をやった。  裸足のまま、地面を歩く。ひんやりと冷たい土を踏む。  青い絵の具を垂らしたかのような真っ青な空に、白い梅の花が風に揺れている。  その木の下にしゃがみこんだ彼もまた、レオと同じように裸足だった。  「……何してるんだよ」 後ろから声を掛けると、英智が振り返る。顔色は昨日ほど悪くはない。 「……月永くん、」 と呼んだ彼の額に、手の甲で触れる。まだ少し熱が残っている。そのまま、指で前髪を梳けば、擽ったそうに彼が瞳を伏せる。  「……ぶり返すぞ」 「うん、でもあともう少し」  レオの手から逃れて、また梅の木を見上げる。そうわがままを言う横顔は幼い子供のようなのに、瞳は世界の仕組みのすべてを知った大人に似た、冷たい光を宿していた。昔とは違う、熱のない光。昨日の夜と変わらない、弱々しい光。  彼は梅の木の幹に額を当てた。まるで信仰を伴った行動のようだった。伏せた睫毛から目を逸らし、彼の足首の細い線を見つめる。  小さく彼が、ステージの上で歌っていた歌を口ずさむ。  そうして、顔を上げて振り返った英智は微笑んでみせた。そんなに情けない顔をしていたのだろうか、と思わず口元を右手で覆う。  「ねえ、月永くん」 首を傾げれば、長い前髪がそれに合わせて揺れた。 「散歩に行きたい」
 坂道を上っていく後ろ姿を見つめながら、後を追う。  あたたかい陽射しの中、道の両脇に咲く梅の花と同じ色の彼のシャツが眩しく光る。  相変わらず白が似合う、と思った。  「……なぁ、」 「ん?」 振り返った彼に問う。 「白、好きなの」 彼は微笑んで頷いた。 「白は美しい色だと思わないかい?」  何者にも侵されないその色を纏った英智が、長い睫毛を伏せる。 「……それに昔、喪服は白色だったんだ」  ふわ、とふたりの頬を撫ぜた風は線香の匂いがした。  匂いの先を見ると、坂の途中に墓園があった。名前が刻まれた石が揃って並んでいる。 石と石の間の通り道を若い女性とその子供であろう幼い男の子が手を繋いで歩いていく。女性の腕には花束と線香の箱。  彼女が線香に火をつけ、その線香を立てた。細く白い糸のような煙が風に流れていく。  線香の匂い。  死の、匂い。  「……懐かしい匂いだ」 英智はそう呟いて、哀しくなるほど青い空を仰いだ。金色の髪がさらさらと風に靡いて、その隙間から形の良い耳が覗く。 「敬人の家に遊びに行くと、必ず線香の匂いがするんだ。敬人はその匂いが嫌いだって必ず言ってた。でもしょうがないよね、毎日お墓に誰かが来て、線香を上げていくんだから」  ゆっくりと瞬きをして、それから、 「行こうか」 と再び歩き始めた。  線香の匂いがしばらくレオの鼻先に残っていた。  辿り着いたのは、坂の上にあるあの神社だった。鮮やかな、赤い鳥居と青空のコントラストを目に焼き付ける。 「今日は海まで見える」 英智が眩しそうに目を細める。眼下に広がる町を、ふたり並んで見渡した。  細い畦道をバスが走っている。田んぼや畑に柔らかい緑が広がっている。乗客の少ない電車が走っている。遠くの海がきらきらと輝いている。  あの青に触れた彼の足首の線を思い出して、海へ行きたい、と思った。さざ波の音が耳の奥で聞こえる。  その音を、英智の歌声が掻き消していく。レオの知らない曲だった。  都会のビルのモニターの中で歌う彼の姿を想像する。似合わない衣装を着て、凡才の作った曲を歌って、センスのないダンスを踊る。  しかし、それでもきっと、雑踏に踏みつぶされることはないのだろう、と思った。誰しもがレオと同じように、彼の歌に心臓を掴まれ、息を止められるのだ。  歌い終わった彼は、大きく息を吐いて春の町を見下ろした。  「……僕は、神様はいると信じているんだ」 神様がいないと言ったらここから突き落とされるんだっけ、と思い出しながら彼の背を見つめる。 「神様がいなかったら、僕は誰に八つ当たりすればいい? 誰を憎めば、恨めばいい?」 振り返った英智の瞳に、息を呑んだ。  相手にすべてを投げ出させ、降伏させるためには手段を択ばない、あの『皇帝』そのものの光を宿した瞳だった。  それは、あの頃だけのものであって、今は。  英智は、絶壁の先と展望台を区切るフェンスの手すりの上に立った。  そのまま、重力に逆らうことなく落ちていく――――その彼の姿を想像して、レオは細い腕を思い切り引っ張った。重なるように倒れて、英智の全体重がレオの身体にかかり、ぐぇ、と呻き声を上げた。  起き上がった英智が、レオの顔を見て、それからぷっと噴き出した。 「あははっ、あはははは!」 愉快に笑い声を上げる英智に、レオは顔を赤くして怒鳴った。 「笑い事じゃないからな!」 「僕が、飛び降りると思ったのかい? はぁ、君の真剣な顔と言ったら、あっはははっ」 大口開けて子どものように笑う英智を見て、言葉を発する気力も失せた。  笑い続ける彼を無理矢理押し退けて、レオも起き上がった。  笑い過ぎて下瞼に溜まった涙を拭った英智が言う。 「はぁ、ほんとうに君がいると退屈しないなぁ」 やっぱり一緒に暮らそうか、なんて口にする英智に、 「絶対にごめんだね!」 と、べっと舌を出した。  やはり神様はいるのか、と思った。  賽銭をしたときに心の中で言ったのだ、この男の笑った顔が見てみたい、と。自分には決して見せないような顔を見れたら、きっと霊感が湧くのだろうと思ったから。  立ち上がろうとした英智が、あれ、と言う。先に立ち上がったレオが彼のつむじを見下ろす。  「……月永くん、」 「……なんだよ」 「腰が、抜けたみたいだ」 「このボンクラ『皇帝』!」 そう罵って、動けなくなった彼の身体を背負う。驚くほどの軽さに息を呑んだ。 「月永くんは優しいねぇ」 「貸しひとつな」  そうは言ったものの返される機会なんてもうないんだろうなぁ、と思いながら、麗らかな光が当たる坂道を下った。
 夜が更けて、彼の熱は少し上がった。 「昼間にはしゃぎすぎすぎたせいだろ」 と言えば、英智は、 「君の面白い顔を思い出すとまた笑ってしまうよ」 と言いながら、また笑っていた。  垂れ下がった紐を引いて、常夜灯に切り替わる。淡い光に目を擦り、彼の隣の布団に潜り込む。  そっと足を忍び込ませて、彼の足に触れる。  「あったかい」 彼はそう言って寝がえりを打ち、レオの方を向いた。レオはじっと天井を見上げたまま、光に目が慣れるのを待つ。  ねぇ、と彼が言う。  「君は、アイドルを辞めるのかい?」 考える時間さえなかった。その答えを、ずっと前から持ち合わせていた。 「あぁ」 天井の染みを数えながら短く答えると、英智は、けほ、と小さく咳をして、また問う。  「歌ってくれないの」 「歌わない」 「残念だなぁ……」 いつだかと同じやり取りをして、英智が咳をしながらも笑う。  「僕は君の歌声が好きなのに」 「嘘吐け」  英智が起き上がり、じっとレオの瞳を見つめた。暗闇の中で白すぎる顔がぼんやりと浮かんで見える。  深い溜息を吐いてから、今度はレオが問う。  「……お前は辞めないの」 「辞めない」 瞬時に返ってきた声に驚いて、英智を見つめ返す。その瞳が、強い声色とは裏腹に優しく細められた。 「辞められない、と言った方が正しいかな。アイドルという概念が僕を離してくれないんだ。それは苦じゃなくて喜ばしいことだよ、僕にとってはね」  なんとなく、その腕を取る。袖を捲って露わになった前膊は点滴の針の痕が多く残って��た。こんな脆い身体を引き摺り続けるなんて、自らの首を絞めるような行為だというのに。  「……月永くん、」 青が、揺らめく。あのときの薔薇の色も、この色だったとふと思い出す。  あの花と同じ、この虹彩の色が『神の祝福』だと言うのなら、皮肉にしか聞こえない。  手を伸ばして、彼の首に触れる。頸動脈が、どく、どく、と動いている。  「僕の我が儘を聞いてくれて、ありがとう」 「あははっ、おまえに礼を言われる日が来るなんて思ってもなかったな~」 英智の冷たい指がレオの輪郭を撫でる。その表情に、無理に引き上げた唇の端を元の位置へと戻す。  「僕のこと、ずっと赦さないで」 「……なに言って、」 「僕が君にしたこと、全部、赦さないでいて」 そう言った瞬間、英智は大きく咳き込み始めた。 「お、い……」  いつもとは違う。ヒュー、ヒュー、と喉鳴っている。レオは起き上がって、英智の背を摩った。左胸の奥で煩い心臓がレオの思考を邪魔する。  神様はいつだってひどい。人間を簡単に裏切るのだ。自分そっくりにつくったこの男を祝福したというのに。  嘔吐いた英智の唇から、鮮血が吐き出された。レオの服と布団が真っ赤に染まる。  「英智!」 名前を、叫んだ。  英智が顔を上げる。血で汚れた美しい顔を見て、英智は人間なのだと痛感した。人間だから、生きているから、死んでしまう。  ――――そんな風に、また、呼んでほしかったんだ、レオ。 そう擦れた声で言って、英智は微笑む。  そして、糸が切れた操り人形のように、レオの方に倒れ込んだ。繋いだお互いの手の隙間から、英智の命を証明する紅が零れて指を伝う。  「英智!」 引き攣った喉から紡いだ声で、もう一度そう呼んでも、英智は長い睫毛を伏せたままだった。
6
 七日目。寒さがぶり返した。三寒四温とはこのことか、と思いながらマフラーを巻いた。  仕事の打ち合わせを終えて、あの田舎の街に向かうバスに乗っているときに、ポケットの中のスマートフォンが震えた。液晶画面には『ケイト』という着信相手の名前が表示される。  「もしもーし」 『もしもし』 卒業式以来に聞いた声は、相変わらず無愛想だった。しかしその中に少し疲労が窺える。 「珍しいな、お前がおれに電話かけてくるなんて」 『お前が電話に出ることも珍しいぞ』 「今暇してたんだよ」 『英智といるときは忙しかっただろう』  その言葉に呆れ笑いが出る。 「なに、俺を糾弾するためにわざわざ電話掛けてきたのか~?」 『逆だ。礼を言うためだ』  ふは、と思わず笑い声が出てしまった。電話越しに、咳払いと、『何笑っている』という声が聞こえた。 「お前に言われてもなぁ。『皇帝』本人に頭を下げさせたいんだよ、おれは」 冗談交じりにそう言えば、彼は黙ってしまった。  「あいつ、生きてんの?」 そう問えば、即座に、 『生きている』 と返ってきた。  『いつもよりひどい発作だったらしい。じきに良くなる。そうしたら、会いに来い』  会いに、か。  バスがゆっくりと止まる。老婦人が降りて、その後に続いてレオも降りた。  白く輝く星たちがよく見える、静かな夜だ。街灯のない畦道を歩く。冷え込んだ空気に身震いした。  フードに顔を埋めて息を吐く。  「分かった」 そう一言だけ、返事をした。  『あと、英智から伝言だ』 「伝言?」 『ピアノの傍に渡したかったものを置いておいた、と』 「……そうか」 敬人は何も訊かなかった。さすが気が利くなぁ、と感心しながら、一言二言を交わして電話を切った。  その頃には目的地に辿り着いていた。空き家となった日本家屋の門には、名札が掛かっていなかった。合鍵を使って戸を開ければ、初めて訪れたときのように沈黙が立ち籠めている。  スニーカーを脱ぎ、家に上がった。
 昨日の夜。  英智は血を吐いて意識を失った。レオが呼んだ救急車に乗せられて市街地の病院に運ばれていった。サイレンの赤い光と耳に響く音が遠ざかっていくのを見送って、踵を返した。  走って向かった中庭では、梅の花が月明かりの下、儚い白い光を放っている。両の掌を、月に翳した。  乾いた赤い血。彼の身体に通う血潮。生きた身体に、流れている血。  立水栓の前に立ち、自分の手にべっとりとこびり付いた彼の血を、冷たい水で洗い流す。  渦を巻きながら排水口へ運ばれていく血と水を見て気付いた。  あの朝が来る前。中庭の水道に浮かんでいた花びらを染めた赤は、英智の血だったのだと。  昨日の朝方も、英智は吐血していたのだと。ひとり、立水栓の前で体を折って、咳き込んで、鮮血を吐き出していたのだと。  苦しげに歪められた横顔と、必死に噛み殺そうとした嗚咽を思い出す。蛇口のハンドルを掴んだまま、そのままずるずるとしゃがみ込んだ。  「……今更だよなぁ」 ひとりごとは誰にも届かず消えていった。  勢いよく吹き出す冷水に左手を当て続けた。指先の感覚が、なくなるまで。
 渡り廊下の先の離れに入る。東の窓から差す月明かりの下、グランドピアノが佇んでいた。  ふたりで腰掛けて連弾したことを思い出す。白く細い骨ばった指がレオの描いた音符を追って、鍵盤の上で踊っていた。  日本家屋に似つかわしくない茶色のグランドピアノの前の椅子に腰を下ろす。  鍵盤蓋を開け、譜面台を立てて、息を呑んだ。  一枚の便箋がそこに、楽譜のように立て掛けられていた。  『月永くんへ』 一行目に綴られた、その筆跡。  思わず鍵盤に触れて、透き通った和音が響いた。  『君がこの手紙を読んでいるとき、僕はもう生きていないかもしれない。』 二行目に書かれたありきたりな文。それを目にした瞬間、全身の血液が沸騰した。  その手紙を払いのけた。はらはらと床に落ちる。  耳鳴りがする。それを掻き消すように音を掻き鳴らした。
―――― 月永くんへ  君がこの手紙を読んでいるとき、僕はもう生きていないかもしれない。  どうしても君には伝えておきたいことがあって筆をとったよ。  久々にこんな高熱を出して体が言うことを聞いてくれないんだ。読みにくい字でごめんね。
力が入らなかったのだろう。震えた字だった。
――――思えば君にはひどいことをされたし、僕もおなじくらい君にひどいことをしたね。  あの学院で過ごした日々がなつかしいよ。  君と戦ったこと。  君が逃げたこと。  君がいない間、病院のベッドの上で君の作った曲を思い出していたこと。  君ではなく新星のあの子たちに敗北したこと。これは、さすがに情けないね、わらっていいよ。君が帰ってくるまで王座についているつもりだったのだけれど。  君が帰ってきてナイトキラーズとして戦ったこと。  僕がしたことを、ゆるさなくていい。  けど、おねがいだ。  僕のことはぜんぶ忘れてほしい。
 激しく感情的な反面、哀しげなメロディーが響き渡った。  紙を手に取って、感情に任せるまま、それを引き裂く。  最大の喪失だ。何もかもが奪われていく感覚がする。これならオリジナリティのない量産型のアイドルソングを聞いている方がマシだ。
――――最後に。僕のわがままを聞いてくれてありがとう。  君は最高の宿敵だった。元気で。
 震えた手で描かれたサインさえ破いた。  「赦さないで、忘れられるもんか……!」  鍵盤に額を凭れれば、乱雑で悲しい和音が響いた。  生きることを諦めた手が綴った手紙は塵になって床やピアノの上に落ちた。  「おまえの終着点はこんな所なんかじゃないだろ……!」 吐き捨てるように一人叫んだ。  今、やっと気づいた。  なぜ英智があの学院を出て、悪足掻き、と名をつけてレオを連れてこの田舎の家に来たのか。  この場所で、彼は死のうとしていたのだ。  あてつけのつもりだったのか、償いのつもりだったのか、それは分からない。  ただ彼は、両親の傍でも、幼馴染の傍でも、仲間の傍でもなく。  かつての宿敵の傍で、死のうとしていたのだ。  ――――歌わないの。 そう、彼が問う。  歌わない。  歌わないさ。  この曲はおまえへの餞だ。おまえが、歌えばいい。
 曲を書き終えて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ふ、と目を開けたとき、水滴が一筋の線を描き、パーカーの袖に染みを作った。  振子時計の短針が五を指していた。夜更けを過ぎたものの、まだ外は暗闇に包まれている。  メモ帳から、五線譜を書いた数ページを引き千切って譜面台に添え、ゆっくりと寝かせた。このピアノを英智は捨ててしまうだろうか、と考えたがすぐにどうでもよくなる。  二階へ上がり、ふたりで使った寝室に入った。  彼の匂いがした気がした。  窓辺に腰掛けて、外の風景を見つめていたあの横顔をもう見ることはない。  いつも真っ直ぐレオに向けられた、冬の晴空と同じ色の瞳も、  艶のある柔らかい金髪も、  長い指、細い身体の線も、  あのとき、指で撫ぜた頸椎やなぞった背骨も、  粉雪みたいに白く冷たい肌も、  悪戯好きな子どもの頃の面影を残した稚気溢れた笑顔も、  もう、隣にはない。  ――――おやすみ、月永くん。 眠るのが怖いと言った英智は、布団の中で瞼を閉じる前に必ずそう囁いた。青が閉じられて、  作り物のようになってしまった彼の体温を確かめたくて、必ず爪先で足に触れた。あったかい、と彼は笑った。  「……史上最悪の一週間だった」 その言葉が窓を曇らせた。  傍にあった英智の強さに、脆さに、喉奥に隠した叫び声に、死のにおいに、すべてに気付きながらもレオは何もできなかった。  何も変えることはできない。ふたりは神様ではなく、神様につくられた『人間』であって、運命は変えられないのだと知っている。  はぁ、と吐いた息で窓ガラスが白く曇る。その色紙に指先で、数え切れないほど書いてきたサインを描く。そのサインが消えてしまう前に、レオは家を出て、玄関の引き戸に鍵をかけ、もう使うことのないそれを郵便受けに入れた。  それから中庭へ向かい、一本の梅の木の前に立った。  幹に触れ、そして額を当てた。英智がこうしたまま、何を考えていたのかレオには解らないけれど。  ――――英智、 名前を呼ぼうとして、やめた。  ――――レオ そう呼んだ彼の声が聞こえた気がして空を仰ぐ。  泣きたくなるほど真っ青な空に、白い花びらが映えて、散っていく。  三月の寒さに身震いして、門をくぐった。ダウンのフードに顔を埋める。振り向くな、と自分に言い聞かす。  結局、ふたりの青春は、神様が丁寧に拵えた箱庭のような学院でしか生きられなかったのだ。もう二度とあの頃には戻れないし、あの頃を悔いることもない。  何も間違えたことなどなかった。子どもの二人にはすべてが必要だったのだ。  英智が『五奇人』、『王』との戦いに勝利し、『皇帝』になったことも。  レオが彼に敗北し『Knights』を守れずに壊れた玩具になったことも。  『皇帝』が新星に頭を垂れたことも。  あの秋に再会したことも。  ――――宿敵と見なし憎みながらも、愛したことさえも。  神に愛され弄ばれた二人の運命だった。 乗客の少ないバスに乗り、窓際の席に腰を下ろした。さほど大きくない車体が動き出す。  ふたりで過ごした街が遠ざかっていく。  窓に頭を凭れて、瞼を閉じる。  あいつが死んだら、あいつはおれのことを忘れて、おれもあいつのことを忘れるのか。忘れて、お互いを赦すのだろうか。  その疑問を浮かべてから、地獄に堕ちてからじゃないと解らないなぁ、とふたりを嘲る。  頭の中で、あの頃の彼の、凱歌を歌う声が鳴り響く。もう聞くことのない、昔は憎くて堪らなかった、命を証明する美しい叫び声が。脳裏に、祝福を受けた青い瞳でレオを見つめる彼の微笑が浮かぶ。  日射しに瞼の裏が明るんで目を開けた。東の空が白み、新しい一日が生まれる。  美しい夜明けを、レオはひとりで迎える。きっと英智も、病室でこの夜明けを迎えているのだろう。  それをただひたすらに、これからも繰り返していくのだ。  そうして、死んだ青い春を抱えて、ふたりは生きていく。
20160424
夜明けを迎える | よなか #pixiv http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6698339
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btrinidad01 · 5 years
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#tbt Rippling Ophelia from Claymore . . . . Did this a little over 3 yrs ago, and still one of my favourites! #RipplingOphelia #漣のオフィーリア #Claymore #クレイモア #BloodSoakedWarrior #血塗られた凶戦士 #NorihiroYagi #manga #anime #drawing #sketch #claymorecommunity https://www.instagram.com/p/B1e0MQKA3uN/?igshid=ve4ormni3pyh
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buriedbornes · 7 years
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ショートストーリー「この世の愛の最果て」 - Short story “Bloody lover”
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天然のものでは考えられないような勢いの風が吹き出すその洞穴は、明らかに自然でない何かが秘められた事をほのめかす。
何者をも寄せ付けまいとする悪意すら感じさせる暴風は、昼夜を問わずその洞穴から吹き出し、あるいは、何か信じがたいほどに凶悪なものが這い出す前兆のようにさえ感じさせるだろう。
洞穴の内部はその暴風が嘘かのように静まり返り、ある場所では天然の風穴や鍾乳洞そのままの姿を、ある場所では荘厳な旧時代の文明の遺跡群を、ある場所では打ち捨てられどの墓石も粉々に砕かれた寂れた地下墓地の姿を見せる。
地上から離れ、遥か深くの巨大な遺跡群の石柱にもたれかかり、身を隠す者の姿がふたつあった。
一人は全身に鋼鉄の甲冑をまとい背丈ほどもある長剣を担いだ凛々しき戦士だ。
もう一人は、まるで酒場の踊り子のように肌を露わにし、体の所々に赤褐色の布をまとい、腰には曲剣を携えたうら若き乙女だ。
おとぎ話でなら、あるいはその身を追われる哀れな幸薄く美しき姫と、それを守る屈強で心折れぬ英雄の姿として描かれるべき様であるかもしれない。
しかし、現実は違った。
この二人の眼光はまさに歴戦の猛者のそれであり、互いに互いの背を任せる戦友であり、しかし共に英雄ではなかった。
少なくとも、人々の心に刻まれ、語り継がれ、その勇姿を夢見られるような”英雄”ではなかった。
彼らの名を知る者は少なく、彼らがここで命の危険に晒され、絶望的な現実と戦っている事を知る者はもはや皆無である。
この洞穴から放たれた闇が世界を覆い、その脅威を除くために立ち上がった勇士の数は少なくはなかったが、例外なく皆帰らぬ者となり、地中深くを彷徨う哀れな躯と化した。
この二人がその運命を辿るのは時間の問題であるように思われたが、それでも二人は、無名であれど確かな実力を秘めた強者であった。
「だから言ったろう、相手は選ぶべきだって…」
戦士が剣を握る右手を離し、兜の位置を直しながらぼやいた。
「うるさいな、いずれは覇王も、奴が放った災厄どもとだって刃を交えるんだゼ。あんな雑魚相手にどうのこうの言っていられるかよ!」
その口調は年頃の乙女らしからぬもので、もはや罵声に近かった。しかし、普段と変わらぬ悪態を前に兜の中の表情に変化はない。
「覇王、災厄… やれやれ、俺達だけでどこまでやれるんだか…」
「私達ならやれる。そのための剣、そのための技だ。」
「…やはり、ここで引き返さないか?命あっての物種だ。無理に死ににいく事、ないんじゃあないか?」
乙女は、曲剣を兜の先に突きつけ、その奥を睨み��け叫んだ。
「臆病者!死者が死者を呼んでいるこの時代に、戦える者に逃げる場所などあるものか!」
その叫び声が終わるよりも前に、二人が隠れた石柱にみしりと音を立てヒビが入り、そして砕け散った。
その背後から、石柱の破片と共に深紅の角、4本の腕、岩のような巨躯が飛び込んできた。
「耳がいいな!」
「お前が叫ぶからだろう!」
二人は間一髪で石片と角の突進を跳躍してかわし、戦士は床に片手をつき跳躍の勢いを殺し、乙女は器用に剣を手にしたまま後方転回して距離を取り、左右からレッサーデーモンを挟み込む形で捉えた。
「いつものだ!」
「言われなくても!」
戦士の呼応に応え、乙女は右手に持つ曲剣を手前に突き出し、左手をその刀身に添えて呪文の詠唱を開始する。
それは、古来より伝わったもの、地底深くで見出した秘術の断片。
瞬く間に乙女の手の内で曲剣が太陽のように輝き始め、点滅を始める。
赤き悪鬼はその輝きに本能的な嫌悪を感じ体を乙女の側に向ける。
しかし同時に、背後から同質の嫌悪感が迫るのを感じた。
乙女は視線の先に、乙女のそれとは異なる詠唱で剣に魔力を込める戦士の姿を捉える。
戦士を確認するために背後を一瞥して生まれた悪鬼の一瞬の逡巡を二人は見抜き、同時に駆け出す。
二人は同じ構えから輝きを放つ得物を肩に担ぎ、勢いに任せて猛烈な速さで悪鬼の懐を振り抜けた。
二人のすれ違った中間地点で、悪鬼の体は頭と胴と脚の3つに分かれ、耳障りな血肉の跳ねる音を立てて方々に転がった。
戦士は兜の位置を直しながら、片手で長剣に付着した臓物を石畳に振り払った。
「合わせが一瞬遅れたぞ。また俺の動き出しを待っただろ。」
「あぁーッ、もう!うるさいないちいち!いいだろ勝ったんだから…」
乙女は足元に転がる悪鬼の頭部を蹴飛ばしながら、曲剣を腰に戻して歩き始めた。
「覇王や災厄が相手なら、こんなにうまくはいかないぞ。大体、お前は相手の動きを見すぎで…」
「うるさい!うるさい!!サシ(一対一)で一回も負けた事ないからって、上から目線で偉そうに言うんじゃねえよ!」
「そうは言うがな、お前に旋風剣を教えたのは俺で…」
乙女は左右の耳を手で抑え、戦士を置いて早足で石柱群を抜けていく。
「おい、待て… お前、その腹どうした?」
戦士は、露出した衣服の隙間、腰の辺りから僅かに流血しているのを見つけた。
「…さっきの石がかすっただけ。」
「見せろ、余裕あるから治してやるよ。」
「いいよ、このくらいの傷、自分の技で治せる。」
「お前のは斬る相手が要るだろ。」
「血は剣。血は盾。」
「これだから魔剣士ってのは…」
戦士は肩を落とし、剣を担ぎ直して乙女の背を追った。
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石柱群が、いや遺跡全体が揺れ、その一歩ごとに脆くなった壁や天井が崩れ落ちる。
眼下を睨みつけるのは、8つの瞳。
無垢が故に最も邪悪な飽くなき探究心が生み出した古代の怪物が、次の獲物を求めて無人の廃墟を徘徊する。
石柱群の先に見える扉が迷宮の深層に進むための順路である事は明らかだったが、その扉を開く轟音を聞き逃すほどキマイラが食欲に満たされているようには到底見えない。
二人は石柱の影から身をかがめて様子をうかがい、囁くような声で算段を打った。
「あの巨体だ、一太刀では難しいかもな。」
戦士は腰の革袋をあさり、その中の丸薬入れの壺を取り出している。
「二太刀だろ。」
「旋風剣の合わせ一回で”一太刀”、だ。それでも足りないと見てる。」
戦士は兜の空気穴から丸薬を押し込み、それを噛み砕いて飲み込んだ。
「いちいち心配性な奴だな… これまでみんな”一太刀”だ。奴も、これまでのと大差ないだろ。」
「念には念を、だ。」
戦士は剣への詠唱を始める。
乙女は直接は言わなかったが、小声で文句を垂れつつ、続いて詠唱を始めた。
「二手だ。まず俺が牽制、お前は奴の血を奪え。その後、旋風剣合わせで決める。」
「最初から合わせで良いだろ…」
「いいから言う事を聞け、お前はまず血を…」
「そんなにアタシが信頼できないなら独りでやれよ!!」
生き物の気配に、8つの眼光が同時に振り向く。
二人が身構えるが早いか、キマイラは早馬の如き俊足で疾駆し一瞬で詰め寄ってくる。
乙女は素早く宙を舞いその突進をかわしたが、相方の姿が見えない。
いつもなら左右に跳ねて避け、次の”合わせ”に入るはず… しかし、彼は避けていなかった。
剣を両腕で抑え、獅子面の牙を長剣で受け、踏みとどまっている。
「なんで!!?」
乙女は着地よりも先に叫び問うた。
戦士は鍔迫り合いに全身全霊を賭しており、答える余裕はない。
乙女は魔獣の尾、蛇の頭が怪しくうねる姿を捉える。
乙女は着地するが速いか、弾丸のように駆け出し、相方の窮地を救いに駆け寄る。
旋風剣しかない… 駆けながら跳躍し、肩に担いだ曲剣を持つ腕に力を込める。
しかしその時、僅かな痛みが腹部を走り、跳躍が不十分なものとなる。
蛇頭は瞬時に最も弱った獲物が誰かを再判断し、首をもたげ直す。
ほんの僅かな力の緩み、ひとつの肉体に4つの司令塔を持つ者の弱み、そこに戦士は勝機を見出した。
鍔迫り合いする剣に加えた力を緩め、押される力を後方に流す。
頭をかがめて頭上を過ぎ去る獅子、山羊、竜の頭部を見過ごしながら、自由を得た剣を床に振り下ろし、勢いのままに頭上に振り上げる。
刀身は針金のような魔獣の毛皮を裂き、深々と腹部を割り、血と臓物を撒き散らした。
4つの頭はそれぞれがそれぞれの鳴き声で断末魔を上げ、戦士はその”中身”を全身に浴び、そして倒れ伏す魔獣の下敷きとなった。
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一瞬だったのかもしれないし、数時間経ったのかもしれない。
毛皮の中でかろうじて意識を取り戻した戦士は、その豪腕を奮って自分の上にのしかかった肉を押しのけ、外へと転がり出た。
恐るべき魔獣は既に絶命しており、辺りには静寂が広がっている。
すぐさま何が起きたかを思い出し駆け出しそうになった彼を、彼の求める声が静止した。
「何だよ、遅いじゃん。」
魔獣のすぐ傍ら、尾の近くで座り込む女性の姿。
「よく眠れたかよ?」
悪態をつく相方の姿に安堵し、彼はゆっくりと歩み寄った。
しかし、乙女は立ち上がる様子を見せない。
顔色は蒼白で、まるで幽鬼だ。
「…毒牙…!」
乙女の腹部には、見慣れぬ新たな傷。
まるで杭を刺したかのような穴があるが、出血は見られない。
しかし、その傷口の周辺はどす黒く変色し、肉の腐敗する臭いが微かに感じられる。
「へへ、しくじったかな… アタシ…」
「バカ、喋るな!…すぐに上階に戻ろう。解毒の薬草が生えていた場所を覚えてる。」
しかし、乙女は首を縦に振らない。
「肩を貸せ。」
「アンタは、独りで先に行きな…」
「何言ってるんだ!」
「誰かが覇王を殺らなくちゃならないだろ。お前こそが、適任だ。アタシは足手まと…」
乙女は、言い切る前に咳き込み、赤黒いものを地面に吐き出す。
「何言ってる!お前と俺、二人で倒すんだろう!」
「やっぱり、アンタは強いなぁ… アタシ、ちょっとでもアンタみたいに強くなりたくて…」
「良いから、急いで戻るぞ!」
「でも、アタシ… アンタと一緒に戦って… 死ねるなら、本望だって…」
「馬鹿野郎ッ!!!」
戦士は、 これまで乙女が聞いた事がないほどの大声で、叫んだ。
意外な相方の様子に、呆けたような表情を見せる乙女。
「…一緒に死ぬってんなら、二人で死ぬ時だ。それまでは、死なせないぞ…」
乙女は虚ろな目で相方の差し出した手を見返したが、吹き出すように笑い、答えた。
「ふふっ、そうだな… 死ぬなら、同じ敵相手で、一緒に、だな。」
「はは、そうだ。その意気だ。」
戦士は乙女を肩に抱えて立ち上がり、風のように駆け戻り始めた。
「だから傷は治そうと言ったんだ!」
「言う通りだな…」
「勝つためには、どんな些細な事でも、徹底的にやる。いつも言ってるだろ!」
「そうだな…」
「大体、お前は人の話を聞かなさ過ぎるんだ!」
「ははは、うん。そうだな。」
「毒を治したら、鍛え直しだからな!”合わせ”も見直して…」
「…うん…」
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薬草の群生地は地上に近く、まだ固い岩盤が見られない土の洞窟の領域に点在する。
戦士は薬草の近くに駆け寄ると、息を整えながらゆっくりと乙女を近くの岩場に横たえ、薬草を手頃な摘み始めた。
かの戦闘から、半刻も過ぎてはいまい。
「すり鉢がないから、これで勘弁してくれ…」
戦士は手袋の上に薬草を載せ、力任せに薬草をすりつぶし、ペースト状にした。
「さ、これを…」
視線を上げ、相方の口元に手を伸ばす。
「おい、どうした、早く飲むんだ。」
返事がない。
「おい…」
相方の顔は、まるで雪のように白く、そして美しい。
「…お、おい…」
返事はない。それは、屍のようだ…
薬草を載せたまま手袋を外し、指先で乙女の頬に指を触れる。
冷たい。
「嘘だ…」
彼女の指先に触れるが、まるで蝋細工のように固まって、動かない。
彼女の髪に指を通し、前髪をかき上げる。
いつでも尖った槍のように険しい表情を隠さなかった彼女が、今ではまるで争いも知らずささやかな恋に恥じらう町娘のように柔らかで、朗らかな表情を見せている。
地下浅く、洞穴の隙間から差し込むほんのわずかな陽光が彼女の横たわった岩場をほのかに照らし、それはまるで神への生贄を捧げる祭壇を思わせるような幻想的な光景であった。
「そんな…」
戦士はよろめきながら、立ち上がる。
その視線に、彼女の姿を照らす陽光が、わずかな影で覆われている部分が映った。
目を上げると、彼女の亡骸のすぐ前に、男が立っている。
いや、男なのか、女なのかも、判断がつかない。
黒い外套をまとい、目深にフードをかぶって素顔を見せないその者は、一切の音も立てず、いつの間にか、そこにいた。
戦士は、まるで夢でも見ているかのように、前後不覚に陥った自分を中空から見下ろすかのような心持ちで、この非現実的な光景を眺めていた。
黒衣は、少しの間だけ沈黙した後、その袖を揺らし、横たわる女性を指差したように見えた。
「…彼女を…?」
黒衣は、頷いた。
「死者が、死者を呼ぶ時代… 黒衣の、冒涜者…? 彼女を、冒涜して使役するというのか…?」
黒衣は、再び頷いた。
「戦い続け、苦しみ、報われずに去った!!彼女を、もう一度この世界に蘇らせるというのか!?」
黒衣は、三度頷いた。
戦士はうつむき、彼女の穏やかな死に顔を見つめ、思い詰め、そして絞り出すようにつぶやいた。
「…蘇らせてくれ… 彼女を… ただ…」
戦士の兜の隙間から、なにかの雫がこぼれ落ちた。
「ただ、彼女に… 一度だけでいい、会わせてくれ…」
その言葉を耳にしたが早いか、黒衣の姿がゆらめき、瞬いた。
まるで、「黒く輝いている」かのように。
そして間を置かず、岩と布が擦れる音が、静寂の中に響いた。
一度は命を落とした乙女が、眠りから覚めたかのように、ゆっくりと立ち上がった。
その姿を、一挙手一投足を、全て目で追う戦士。
乙女の表情からは、先程までの柔らかさは失われている。
それはまるで、鋼鉄の仮面のように、何も見つめず、何も思わぬ、無為の表情であった。
それでも、戦士にとっては、十分だった。
悲しみに満ちた生の最後の瞬間を彩る、その餞としては。
「君が… 君だけが、いられる… この、絶望しかない世界で… 生きていられる、希望だったんだ…」
戦士は、手袋を外した手でまた、彼女の頬に触れた。
「剣しか取り柄がない、僕だけど… よ、蘇って、も、温かくは、ならないんだね…」
彼女は何も、応えない。
「君と出会えて、よかったよ。楽しかった。ありがとう。愛してるよ、これからも、ずっと。」
戦士はそう言うと、物言わぬ乙女の腰に手を伸ばし、曲剣を手に取って、それを己の首筋にあてがい、躊躇いなく走らせた。
最期に、彼女は彼に笑顔を見せた。
それは、黒衣が見せた、餞別だったのか、それとも…
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暗い闇を疾走する、赤褐色の影。
生気はなく、血に塗れ、そしてその血を啜りながら、まるで竜巻のように、全てを飲み込みながら猛進する影。
死せる魔剣士は無数の魔物を殺めながら、振り返る事なく迷宮の地下を進み続ける。
そしてはたと、足を止める。
視線… その視線は、彼女自身のものではなく、その奥に蠢く漆黒の魂を主とするものである。
それは、行き先に待つ危険を認める。
石柱群からよろめきながら躍り出たのは、甲冑に身を包んだ、歴戦の猛者の亡霊である。
彷徨う骸となり、ただ生者を呪い、命を奪うだけの存在と化した主なき死者は、身の丈ほどもある長剣を石畳にひきずりながら、魔剣士に接近する。
魔剣士は、その内なる黒い魂は、必殺の一撃に備え、感覚を研ぎ澄ませる。
二人は互いに肩に力を帯びて輝く剣を担ぎ、相身互いに向かい合う。
幾度に渡り、木剣を手に向かい合い、技の研鑽に励んだ愛しき日々を想う者は、今はもうそこには誰一人としていない。
ただあるのは、死と死を奪い与え合う者がいるのみである。
ひときわ担いだ剣を握る手に力を込め、跳躍し、洞穴から吹き抜ける突風のように振るわれる、輝く長剣と曲剣。
金属の弾ける音が遺跡に響いた後、赤褐色の塊が宙を舞い、どこか遠くに落ちた音がした。
残ったのは、甲冑の骸と、頭部と魂を失って動かなくなった魔剣士の遺体だけであった。
戦場から遠く離れた地上に隠された冒涜の拠点たる研究所の片隅で、一人の黒衣の者が落胆のため息を漏らした後、ゆっくりとその身を起こし、新しい骸を選び直すため、墓所へと向かった。
甲冑を身にまとった骸は、その長剣の次の餌食を求め、再び石柱群の闇に消えていった。
全てを失った赤褐色の乙女の亡骸は、誰にも弔われる事なく、やがて風化し、灰となり、地底をめぐる風に誘われて、やがてこの迷宮そのものとなっていくのだろう。
天然のものでは考えられないような勢いの風が吹き出すその洞穴は、明らかに自然でない何かが秘められた事をほのめかす。
何者をも寄せ付けまいとする悪意すら感じさせる暴風は、昼夜を問わずその洞穴から吹き出し、あるいは、救われぬ魂達が行き場のない悲嘆と怨嗟を訴える慟哭のようにさえ感じさせるだろう。
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~おわり~
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。
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ヘロヘロQカムパニー『舞台版・無限の住人~完結編~』の感想
 『無限の住人』の完結編を観てきたので感想です。
0)イントロダクション
 『無限の住人』完結編、圧倒的にスペクタクルですよね。公演と劇場のサイズに不釣り合いなくらい贅沢なスペクタクル。この短い期間の公演でこんなに装置組む!?という大掛かりな装置を仕込んで、多彩な武器を惜しげなく登場させて、衣装も漫画原作ならではのユニークなもの。若干説明的すぎるきらいはありますが映像も当たり前に使うし、照明もリアリズムのイリュージョンよりも派手さを優先する照明で、紙吹雪も降ってくる。アクションも、多人数での殺陣の場面も多い。それから、好きな声優さんを舞台で観られるっていうのも入るのかも。関智一さんの演技、あまりにも見栄え重視。そして和装の置鮎さんめちゃめちゃかっこよかった…めちゃめちゃかっこよかったです…。
 そんなふうに、『無限の住人』完結編は視覚的要素で魅せるお芝居。それはそれとして、これは何についての劇だったのかなって思います。スペクタクルが目を楽しませてくれているときに、脚本は何を言おうとしていたのかな。「この作品をワンフレーズで説明してください」って聞いたら、みんななんて答えてくれるんだろう。「これは江戸時代が舞台で、不死を得た男が、ある少女を守って…」っていうあらすじの説明じゃないですよ。「これは一人の男の償いと再生の物語である」とか「これは復讐の不毛さについての物語である」とか、「愛による救済の物語である」とか、テーマ的なことです。劇の背骨にあたるようなもの。ほんとみんななんて答えてくれるんだろう。なのでここから、私はこういうふうな話だと思ったよっていう話を書きます。
 長くなる(この文章は10,000字ちょっとあります)ので先に書いておくと、『無限の住人』は殺すことと守ること、そして人間性の剥奪と回復についての劇なんだろうと今は思ってます。で、この視点で『無限の住人』完結編を眺めてみると、前編ダイジェストがテーマの構築、一幕がテーマの変奏、二幕がテーマの帰結を描く構成になっていることがわかります。ちょっと変わってますね。二幕ものだけど、実質的には三部構成。この感想も3つに分けて書きます。
1)オープニング~前作ダイジェスト
 最初の鍵になるのは冒頭の場面。主人公の万次は、「100人を殺した償いに1,000人の悪人を殺す」と宣言する。すぐにもう一人の主人公・凛も登場し、八百比丘尼は万次に彼女を守れという。凛は親の仇をとることを目指していますが、ここで八百比丘尼は「彼女の親の仇を殺せ」とは言わない。このオープニングの場面で提示されているのは、1,000人を殺すか1人を守るかというふたつの方向性。つまり、殺すか守るかというふたつの方向性が劇を方向付けていきます。具体的には、キャラクターたちはこのうちのどちらの思想で生きるのかが問われる。ただし、万次が1,000人を殺すことと1人を守ることが同時に可能なように、このふたつの方向性はそんなに簡単に切り分けられない。前編ダイジェストが描くのは、この難しさ。
 前編ダイジェストでは、『無限の住人』の大枠が、凛の復讐を中心とする、折り重なる復讐の物語だということが描かれていきます。逸刀流の面々に両親を無残に殺された凛。吐鉤群に逸刀流のメンバーを殺された天津影久。万次に父親を殺された川上練造。凶戴斗も尸良に恨みを抱いている。展開の先取りになりますが、三幕に入ると吐も家族を殺される。なので、まず復讐という行為について確認しておきます。
 なぜ復讐しないといけないのか。復讐によって何が起きるのか。凛を例に考えます。凛の母親は、凌辱されて殺されている。ただの死じゃない。人間としての尊厳を踏みにじられた死です。つまり命だけでなく人間性も奪われている。さて、命は取り戻すことができないとして、人間性のほうはどうしたら取り戻せるか?そこで復讐という発想がでてくる。仇にあたる人物を殺し、それがある残虐な行為の復讐であると主張することで、該当の人物はその報いとして殺されるに値するほど残虐な行為を行っていたこと、行為の結果としてある人間の命が奪われたのは不当だったことが確認され、不当に奪われるにいたったそもそもの人間性の回復が果たされる。なので、復讐というのは、殺された人間の人間性の回復を目指す行為だと位置付けることができる。それから、両親が無残に殺されたのにそれを捨て置いておけるのはどんな子供か?という点で、復讐は、両親を殺された子供自身の損なわれた人間性を確保する手立てでもある。
 そうすると、万次の「100人を殺した償いに1,000人を殺す」という目的と、凛の「親を殺した相手を殺す」という目的は実は通底していることがわかります。二人が目指すのはただの殺人じゃない。償いや復讐のために殺す人たちだというのが、主人公二人の特徴です。ただ、動機はどうあれ、その行為の遂行は死体の数は増やす。そこには明らかに問題が潜んでいる。
 復讐についてもう一人、川上練造に注目します。錬造の父親・川上新夜は実は逸刀流のメンバーで、凛の仇の一人。正体を息子に知られたくない新夜は、口封じに凛を殺そうとして、逆に万次に殺される。そこに練造がやってくる。新夜というかつての仇が死んで、万次という新たな仇が生まれた瞬間です。ここには、復讐による人間性の回復という行為の大きな問題が端的に示されています。人間が人間を殺してるってことです。
 凛は、思いがけず再会した新夜に、心から悔やんでくれればと提案する。凛の両親の虐殺は悔やむに値する行為だったと新夜が認めるなら、悔やむべき行為によって不当に奪われたものとしての両親の人間性も回復する。でも新夜はその提案を拒否する。ここで新夜は、いってみれば凛にとっての「人間」枠から外れてしまって、人間同士の会話は終わり、殺すしかない復讐の回路に入っていく。でも、新夜の息子の練造にとっては父親は父親であり続ける。凛にとって非人間的な人間である新夜は息子の練造にとっては人間で、あの部屋では人間が人間を殺している。
 凛と新夜の場合は、再会してすぐ殺すか殺されるかの状況に突き進んだ。でも旅の続きで、凛は復讐するべき相手の人間性を知っていく。といってもダイジェストを見ただけなのでよくわからないんですが、たぶんそうなんじゃないかな…。天津影久と行動を共にすることで、凛は影久について知っていく。自分の両親の虐殺者としての影久でなく、考えていることもあれば生身の体もある、人間としての影久について。
 それでも凛は影久に、お前を殺しに行くと繰り返し告げる。もし凛も影久も同じ人間だとしたら、凛の敵討ちとは人間が人間を殺すことなのか?誰かの人間性を奪うことで、誰かの人間性は回復するのか?物語の展開としては凛が復讐を果たせるかどうかが問題になっているけど、劇として問題になっているのは人間性の略奪や回復(それは可能なのか?)だということが、前編ダイジェストを通して示されている。
 人間が人間を殺す。その行為に人間性を認めることはできるのか?先に答えを言ってしまえば、誰かを殺して回復する人間性なんてない。ないんです。それが人間性というものだから。獣と人間とを分け、それでも人間かと責められる人間と、人間性を示す人間とを分けるものだから。少なくともそれがわたしたちの現実での答えですが、『無限の住人』の世界でどうなるかはわからない。この劇でキャラクターたちが選び、生き、検証されなければならない。
2)一幕本編
 一幕本編では、吐鉤群によって、人間を不死にするための実験が行われます。人体実験ですね。一幕本編は、主に人体実験のために吐に囚われた万次のストーリー・ラインと、万次を助けに向かう凛のストーリー・ラインのふたつから構成されています。
 まず万次のストーリー・ラインからいきます。こちらでは、劇の冒頭で示された1,000人を殺すのか1人を守るのかというテーマが、医療という新しい場で変奏されます。本来は人を救うためのものであるはずの医療が、最終的には300人近くを殺すことになる。人間性をめぐるテーマも、新しいかたちで問われる。まず、殺す目的が何なら人間性を確保したまま殺せるのか?こっちは人間性の確保の話。それから、どうしたら人間が人間でなくなり、したがって殺してもかまわなくなるのか?こっちは人間性の簒奪の話です。
 吐が計画し、医者の綾目歩蘭人が実行する人体実験は、万次の不死性をほかの人間にもたらすことを目指す。この実験は、関係する人間たちの人間性をどんどん奪っていきます。実験の要となる万次を捕らえるとき、吐は「体に聞くしかない」と言う。この台詞がほとんどすべてで、この一言で、人間の全体性は身体という一側面に切り詰められる。言葉も知性も交流も、交渉する相手としての主体性も認めない。「体に聞く」というのは人間のモノ化です。鎖につながれ、人体実験のためのモノとして扱われ、不死のために死ぬこともできず、万次の人間性は限りなく奪われていく。
 万次以外の被験者たちも同じです。実験の具体的な内容は、万次の腕や足といった身体パーツを被験者のものと取り換えては戻すというもの。躊躇なく被験者たちの身体を切り落とす吐にとっては、被験者たちはモノでしかない。身体を切ってはつながれ切ってはつながれした被験者たちは、死なずとも精神を病み、自我を失っていく。つまり身体より先に精神が死ぬ。逆に言えば、精神が死んだのに身体だけが有用とされているのも人間のモノ化です。精神が死にながら身体のみが不死となった被験者のことを、綾目は実験の成功だとするのに対して、吐は失敗だとする。でも吐は、精神と身体がそろってはじめて人間は人間だと考えているわけではなく、それでは不死の兵士として役に立たないから失敗だと言っている。やっぱり人間はモノでしかない。
 人体実験は、被験者だけではなく、実験者のほうの人間性も奪っていく。綾目は、最初は人体実験の命令に抵抗を示します。脅迫され説得されて、はじめて実験に協力することに同意する。ところが、実験を続けるうちに、綾目は人間を実験対象とすることに慣れていく。いまだ慣れない部下のために綾目は、被験者の顔にマスクをかぶせ、これは人間ではなくかわうそだと言う。凛が旅の途中で影久と行動を共にし、親の仇としてではなく人間としての影久の顔を知っていくのとは対照的です。かわうそマスクは、顔をつきあわせれば互いに人間であるという認識を切断する。マスクをかぶせられ顔をなくした被験者は人間扱いされなくなるし、綾目のほうも、人間を人間として扱わなくなるという点で人間性を手放していく。こうして綾目は、良心ある医師からマッド・サイエンティストへと変容していきます。
 かわうそマスクとあわせて注目しておきたいのは、夷作が連れてこられたときの綾目の反応です。夷作のマスクを外したマスクは、その顔を見て、異国のかわうそがきたと喜びます。綾目は夷作の顔を見ているのに、そこに人間を見ない。この段階では綾目はかなりマッド・サイエンティスト化してきているのが理由のひとつ。もうひとつの理由は、異国の人間は人間扱いされないということ。何が人間を人間とするのか、そして何が人間を人間扱いさせなくするのか。かわうそマスクは顔と一緒に人間性を覆い隠す。夷作の場合は、顔が見えていてさえ、異人の顔立ちによって彼の人間性は否定されている。人間かどうかが顔立ちや綾目という個人の基準によって決められてしまう理不尽さがよく出ている場面だなと思います。とても恣意的に、人間性は剥奪される。
 もうひとつ、この人体実験が吐をトップとする組織によって行われているというのも注目したい点です。人体実験というプロジェクト全体において、綾目はどれだけキーパーソンであってもパーツにすぎない。犠牲者を運びこみ死体を運びだす役人たちもまた道具にすぎません。彼らは、プロジェクトに参加させられ、任務を遂行していくうちに、自分の行為にもその非道さにも慣れてしまう。そのとき責任はどこにあるのか。    江戸城地下には、切断され打ち捨てられた被験者たちの遺体の山ができている。生きているうちからモノとして切り刻まれ、死んでからもモノとして捨てられ、とうとうほんとにモノになってしまった、かつては人間だったモノの山。復讐が、残虐に殺された人間の人間性の回復の試みだとしたら、遺体の遺棄は殺された人間の人間性のさらなる否定です。万次の人体実験ルート、殺すことを是とするルートの行き着く先は、文字通り人間性の墓場。
 対して凛ルートでは、まったく別のことが起きている。凛ルートは、助け助けられる人々によって動いていきます。偶然出会った凛と瞳阿は、武士との面倒事から瞳阿を助けようとする夷作の咄嗟の行動をきっかけにともに行動するようになり、万次と夷作を助けるために助け合うことになる。その凛の江戸城地下潜入を、百琳は噂を流して警備を攪乱することで助け��。凛は万次を助け、今度は万次にも、戻ってきた瞳阿と夷作にも助けられ、綾目すらアドバイスというかたちで協力して敵を倒す。助け合いの連鎖が、一幕本編の課題である万次救出を可能にしている。
 プロット展開としての助けあいのほかに、一幕後半では、助けあうことによる人間性の回復も起きています。まず、凛が江戸城地下で出会う、人体実験の下っ端下手人たちを挙げられます。彼らは、抵抗を感じつつも人体実験に参加していた。しかし、万次を助けるために若い女性の身で単身乗り込んできた凛に出会うことで、彼らは殺す側から助ける側にまわります。凛に鍵を渡し、先のルートを教え、自分たちは被験者たちを助けに行く。凛の他者を助けるための行動が、別のキャラクターの他者を助ける行動を触発しています。そして、非人間的な人体実験に参加していた下手人たちが、人間性を奪われている被験者たちの救出に向かうとき、彼ら自身の人間性も取り戻される。
 瞳阿も人間性の回復にかかわっています。夷作を助けるために江戸城地下に潜入し、遺棄された死体の山にまでたどりついた瞳阿は、夷作の死体を見つける。ここで夷作は遺体つまりモノでしかないんですが、それでも瞳阿は夷作に寄り添い、切断されていた夷作の死体のパーツをくっつける。死体であってもせめて人間らしくあれというこの瞳阿の行為が、夷作の蘇生に結び付く。ここでは、まっぷたつの死体にさえ人間性を確保しようとした瞳阿によって、人間性の墓場のどまんなかで、夷作の人間性が回復し、さらには命までが取り戻されている。
 人体実験の下手人である綾目にすら、人間性の回復は起きています。300人近くを無残に、しかも無駄に殺し、不死である万次に対しては死という救済さえない非道を繰り返した綾目。正直言って万次には綾目を殺す資格があったと私は思うんですが(人間的じゃなくてすいません)、万次は綾目を殺さない。その理由はというと、出羽介がそれを望まないだろうからというもの。人体実験の最初の被験者として、実験のむごさをもわたしたちにじゅうぶん印象付けてから、最初の犠牲者となった出羽介。万次によれば、出羽介ならば綾目に医師としての志を認め、命を助けるべきだと思うという。万次は、その遺志を尊重し、綾目を殺さずにおくことで、死んだ出羽介の人間性を回復しようとする。一幕終わりの場面で、綾目は出家し、医療とは別のかたちで人を救う道に進んだことがわかります。ということは、出羽介の示した人間性が、出羽介の人間性を尊重する万次の姿勢を経由して、綾目の人間性を救っている。人間性は、他者の人間性を尊重すること、他者に人間性を尊重されることで回復する。
 つまり、凛ルートでは、他者を助ける行為は自身の、そして他者の人間性の回復につながることが示されている。しかもそれは、組織的に行われた人体実験とは対照的に、個々人の行動の結果として起きています。組織が人間性を奪っていくときに、個人の行動は人間性を確保していく。
 こうして見ていくと、一幕序盤で提示された「殺すか助けるか」という問いの答えは、一幕の終わりにはもう示されている。殺すルートは、人間性の墓場に行き着く。対して、助けるルートは人間性を回復させる。では、復讐を抱えたキャラクターたちはどちらの行動指針を選び、どんな終わりにたどりつくのか。
3)二幕
 二幕では、殺したい人々が自らもまた殺される一方で、殺すルートから脱出できるキャラクターたちもいるというふうに、それぞれの命運が分かれていきます。
 殺される側の代表格が、吐と影久。吐は殺しすぎた。自分が死ぬ段になってもまだ、影久たち逸刀流の面々を殺すことを求めている。影久もまた、殺す道をひた走る。一人が一人以上を殺すという逸刀流の統主に、殺しあうルートから引き返す道はない。彼らの指示のもと、キャラクターたちは殺し合い、死んでいく。
 他者を殺す者は自身もまた殺されるというルールは、吐と影久をも容赦なく襲う。二幕の大詰めでは、吐と影久の直接対決という展開になる。この対決で敗北するのは吐です。吐は、両目を失い、それでも音で影久と対決できると言いながら、万次が武器を投げ入れた音に攪乱された隙に殺される。解釈の難しいところですが、おそろしいほどの剣の達人である吐が、最後の対決では万次の妨害によって実力を真に発揮できずに死ぬという点には、どこかむごさがある。卓越した剣の腕という能力をフルに発揮することを、いちばん大事な土壇場において否定されているという点で、吐の最期を人間性の損なわれた死と見ることもできるのかも。もちろん、盲目となりながらそれでも剣を手に戦って死んだという点に、殺し殺しあう生を全うした吐の人間性の輝きを見ることもできます。どっちなんでしょうね。影久のほうは、凛によって殺されます。殺すルートを歩き続けた影久の終わりは、復讐の刃によってもたらされる。それしかないだろうなという死です。
 二人とは別に印象深い死にざまを見せるのが尸良です。尸良は、『無限の住人』の世界で、人間性の極北のような位置にいる。吐や影久はまだ、何らかの大きな目的があって殺している。万次の殺人は償いのための殺人ということになっている。だったら許されるってわけじゃないですけど、尸良にいたってはたいした目的がなくても殺す。自分の快楽のために殺しているんだろう節もある。男も女も犯し、殺し、他者を使役し、尊厳を踏みにじる。その尸良は、獣に食い散らかされて死ぬことになります。他者の人間性を蹂躙しすぎた尸良は、『無限の住人』の人間の枠を出てしまって、人間性を奪われて死ぬどころか動物として死ぬ。一幕の江戸城地下にあったのが人間性の墓場なら、尸良の死は、人間であることからの追放。
 二幕では、人間性の墓場に向かう道、獣にいたる道である殺すルートから、脱出する人々も描かれています。百琳と偽一は、妊娠と愛情をきっかけに、最終的に殺すルートから脱け出します。百琳は一幕本編では凛を助けているし、偽一は百琳が望まない妊娠によって身ごもった子供を引き取るつもりでいた。もともと殺すルートと助けあうルートの間を揺れ動いていた二人が、二幕終わりには殺す道から足を洗う。殺すルートから、助けるルート、育むルートへの移動です。凶戴斗も殺すルートから脱出するキャラクターです。彼の場合は、もともと百姓だったということもあって、農の道を歩くことになる。農もまた育むルートとみなしていいんでしょう。二幕では、殺すルートから脱出する可能性として、何かを育むことが提示されている。
 もうひとつ、殺すルートをのりこえていく可能性が提示されています。その鍵になるのは練造です。『無限の住人』で、おそらくは人間性からもっとも遠い人間である尸良に、心身とも踏みにじられてきた練造。その練造が、動物のように死んでいく尸良の姿に何を見たか。おそらく人間の殺される姿を見たんですよね。そしてそこに不当さも見た。だから、尸良の死を目撃したあとに万次たちの前に現れた練造は、万次たちを責める。万次も尸良も人を殺しているのに、なぜ尸良は、と。尸良ほどに残酷無比で獣のような男にさえ人間を見られるのなら、おそらく、この世界では結局は誰もが人間なんでしょう。少なくとも練造にはその可能性が託されている。
 殺すルートの末路を目撃し、さらに父親の死にまつわる真実を知った練造は、父親と、おそらくは尸良の仇でもある万次を殺すか助けるかの二択を保留します。凛が練造の父親の正体をあえて明かさず、父親殺害の責任を万次が引き受けることで、ある意味では守られてきたことを練造は知る。つまり練造は、尸良によってあれほど踏みにじられてきながら、同時に凛によって守られてもいた。それを知った練造が、彼の最後の場面で何をしているかというと、絵を描いている。百琳と偽一、あるいは一幕での瞳阿と夷作のようにパートナーを見つけて殺すルートから抜け出すのでも、凶戴斗のように農による育む道に移るのでもない。彼の脱出ルートは芸術です。といっても彼は復讐を保留しているだけなので、芸術によって救われることが確定したわけではない。最後の練造の姿は、彼は復讐を捨てられるかという問いと同時に、復讐は芸術によって昇華されうるのか、芸術にその力はあるのかを問いかけている。主人公たちの物語の帰結とは別に、この作品の大事なメッセージはここにあるんじゃないかと思ったりもします。
 練造のこの姿をふまえたうえで凛の物語に目を向けると、彼女にはまだ課題が残っていることもよくわかります。凛は影久を殺し、復讐を全うする。復讐の物語としてはそこで終わりですが、凛が復讐を果たすということは、凛は殺すルートから出られていないということでもある。復讐を終えた凛は、逸刀流の人々の弔いの旅に出るという。もし自分がその道中で誰かから復讐のために殺されるなら、それで良いとも凛は考えている。でも、殺すルートを歩き続ける以上自分もまたいつか殺されるのだという事実を受け入れるとき、殺されるべきではない一人の人間という、自分の人間としての価値を、凛は自分で否定してしまっている。守られるに値する自分という価値も捨ててしまっているので、もう万次とともに旅をすることもできない。百琳はそんな凛に、凛の歩むルートとは別の道はちゃんとあるのだと伝える。でもこのときの凛には、自分がその道を歩いていないことを痛感するだけなんだろうと思います。自分が人間性を手放してしまったことをも。わたしたちが目撃する最後の凛は、慟哭する姿。
 そのあと凛はどうなったのか。万次はどうなったのか。エピローグになってみると、時代はかなり下り、廃刀令の世になっています。刀を没収されたばかりの万次の前にふたたび八百比丘尼が現れ、またしても一人の娘を守るように指示する。娘の持つ小刀によって、彼女は凛の子孫だということがわかります。ということは凛は、二幕本編の最後から死ぬまでのあいだのどこかで、殺すルートから育むルートへと転身できたということ。描かれていないところで救済が起きている。
 その娘から万次に渡されるのは、かつて瞳阿から凛に贈られたアイヌの小刀、アイヌマキリです。模様を刻んで好きな男に渡せというのが凛に小刀が渡されたときの瞳阿のメッセージなので、この小刀はもともと、愛情を伝えるための道具という性格を帯びている。実際、刃物ではありますが小刀なので、人間を殺すための武器ではなく、せいぜい狩りか、日常の用を足すための道具です。ということはエピローグでは、殺すための刀を没収された万次が、生きるための刃物を手渡されるということが起きている。そしてそれによって万次は、殺すルートから守り助けるルートへと移るよう促されている。時代を越えて、凛から万次へと救済が受け渡されようとしているところで劇は終わります。
4)感想
 というわけで、『無限の住人』完結編は、殺すことと助けること、人間性の剥奪と回復についての劇なのかなーというのが私の感想です。『無限の住人』はすごく血塗られた世界ですよね。舞台上で実際に血が(血糊が)流れることはほとんどないけど、あの膨大な量の武器や、繰り広げられるアクションは、その世界のありようを指し示している。じゃあ、そこから脱出するにはどうしたらいいのか。血塗られた世界で人々は簡単に虐げられ、人間性はどこまでも奪われていく。じゃあ、人間性を回復するにはどうしたらいいのか。『無限の住人』完結編は、明確で、だけどそんなに簡単に実行できるわけじゃない答えを提示している。どれだけ厳しい状況であっても、他者を守れ、助けあえ、育め、と。それから、それを検証するために芸術はあるのだ、とも。
 と、ここまで書いておきながら、『無限の住人』完結編はそれについての劇だったか?たぶんそうじゃない。これは、上演の向こうに垣間見える脚本から私が勝手に導きだした解釈。『無限の住人』完結編の実際の上演は、これを語るためのものじゃなかった。もしそうなら、そもそも脚本の構成も演出もああじゃない。『無限の住人』完結編はあくまで、原作漫画と脚本のスペクタクルの可能性を最大限に実現した作品。
 でも、スペクタクルに尋常じゃなく傾注している上演の基盤にはやっぱり、ここで私が析出してみたようなドラマがある。原作にも前作にも触れていなくて、この完結編を観劇しただけの私が導きだせる、大きくてかつ具体的なテーマも。そして、この骨太の土台があるからこそ、その上にあれだけのスペクタクルを繰り広げられる。だから、あの迫力のある舞台になる。っていうことなんだろうと思います。
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bamfas · 7 years
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富士急ハイランド「絶凶・戦慄迷宮」潜入生放送
8月21日(月)20時より『富士急ハイランド「絶凶・戦慄迷宮~血塗られた人骨病棟~」潜入生放送をお届け致します。 番組内容 400万人に恐怖を与えてきた戦慄迷宮が、 さらなる進化を遂げて2017.7.15リニューアルオープン その名も「絶凶・戦慄迷宮~血塗られた人骨病棟~」 かつてこの病院で繰り返されていた猟奇的な人体実験の 餌食となった患者たちが、どのような末路を辿ったのか という、この巨大な病院に隠された“闇”が明らかに…。 所要時間は40分以上。終わりの見えない恐怖の連続に、 あなたは耐えることができるか!? この恐怖の館に、夢みるアドレセンス志田友美と荻野可鈴が潜入生放送 富士急ハイランド「絶凶・戦慄迷宮~血塗られた人骨病棟~」 スペシャルサイトはこちら 出演者 志田友美(夢みるアドレセンス) https://twitter.com/yuumi_shida…
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magicalglitterlover · 7 years
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【富士急ハイランド/女子旅プレス】山梨県富士吉田市の「富士急ハイランド」では、世界最大級のホラーアトラクション「絶凶・戦慄迷宮」を「絶凶・戦慄迷宮~血塗られた人骨病棟~」として、2017年7月15日(土)にリニューアルオープン。2003年のオープン以降、400万人以上に恐怖を与えてきた戦慄迷宮がさらに進化して生まれ変わる。 申し込む : https://goo.gl/WSi5MF G+ : http://ift.tt/2spgUxk Bloger : http://ift.tt/2rUfwzh Twitter : https://twitter.com/ShiratamaAnmit Facebook :http://ift.tt/2sYfN8u Tumblr : http://ift.tt/2tVzDhV ソース: http://ift.tt/2uKVxpF
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bamfas · 7 years
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