Tumgik
#裾折り曲げ
sbm501 · 2 years
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Good morning..2022.5.21 The private stock!   書籍・衣類商  レコードジャケット見て  ジーンズの裾折り曲げ、、、自分らしい巾があるね👖👖     #裾折り曲げ #スタンドバイミーアメカジ #スタンドバイミー #akitastandbyme #standbyme #アメカジショップ #秋田アメカジスタイル #theprivatestock #潟上市 #秋田市 #南秋田郡 #akita #秋田県 #あきた #デニムリペアショップ #denim #デニム #ユニオンスペシャル #チェーンステッチ裾上げ #usedbooks #usedfashionmagazine #usedmagazine #ファッション雑誌 #ライフスタイル雑誌 #goodmorning (Katagami-shi, Akita, Japan) https://www.instagram.com/p/CdzOAv8PpX5/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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m12gatsu · 1 year
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無題
リーバイスの裾を2回折り曲げて、足首を風にさらして、陽射しは暑い、日陰は涼しい。薬局の店内放送で、「適量の飲酒は体に良い」って謳ってた。そうなの。体に良いものか、体に悪いものか、どっちかしか売ってない。毒にも薬にもならないものは売ってない。水すら体に良い。塩分も糖分も脂質も控えた方がいい。死なないなら生きた方がいいし、生きないなら死んだ方がいい。どっちかしかない。中庸はない。グラデーションはない。解像度が低い。主人公が死ぬってあらかじめ知っている映画を観た。近所にひなげしがたくさん咲いている。緑色の縦長のあれは果実だろうか、傷をつけたらヘロインが採れるんだろうか。そう思って調べたら、ひなげしの別名が虞美人草だったんだって初めて知った。
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patsatshit · 7 months
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9月の最終営業日、朝から関東在住の保育士ミサさんが「12時頃にタラウマラに行きます」と嬉しい連絡をくれたので、足の踏み場もない店内を少しでも片づけておこうと、開店するなり自転車整備に精を出す。中古自転車は入荷しただけでは商品にならず、一台一台きちんと点検し、メンテナンスをしないことには店頭に並べることもできない。当然、状態の良いものは手間も時間もかからず、それなりの価格をつけることができる。逆に程度の悪いものは手間も時間もめちゃくちゃにかかる。不具合箇所はすべて新品のパーツと交換しなければならないので、その時点で自ずと商品としての原価も上がる。だからと言って高額で売れる訳ではない。経年劣化、そもそもの状態が悪いのだから当然と言えば当然だ。このあたりがレコードや古書との決定的な違いだと思う。古いものに価値がある訳ではない。だから手間と時間とお金を存分に注いだものほどお客様には安価で提供しなければならないという地獄のような矛盾を自分のなかでどのように折り合いをつけていくかというところに、古物自転車商の醍醐味、面白さが潜んでいる。タラウマラの場合は自転車修理に加えて書籍や音源を含む物販の収入を売上のグロスに投入することで、利益を調整している。ただしそれぞれの柱がうまく機能し、循環していなければ焼け石に水となってしまうのだけれど。どれだけ尊敬するアーティストやレーベルからのリリース作品であっても、僕はその時々の状況や予算、実際の懐事情を鑑みて作品を入荷したり、しなかったりする。先様もそのあたりは理解してくれているのでとてもありがたい。出勤前にコーナンで大量に購入した整備用具一式を手に、自転車と向き合う。メラミンスポンジやウエスで清拭してやるとどんどん汚れが落ちて、注油の度に各部の動きもスムーズになってくる。はっきり言って気持ちが良い、が、しかし、ここで満足していたら、単なる金持ちの道楽と同じになってしまう。商売は趣味ではない。きちんとお金に変えていかないと意味がない。僕は人助けのために自営業をやっている訳じゃない。自分や家族がこのクソったれな世の中で何とか生きていくために全力で自衛している。整備を終えて店頭に並べた自転車が瞬く間に売れていく。淡路に引っ越してきたばかりだという男性と、タラウマラオープン当初に購入してくれていた常連さんが新たに買い替えの一台を選んでくれた。商品とお金が交差し、僕もお客さんも笑顔だ。ここは極めて重要、買い物の最終工程を機械に委ねたらあかん、感情だけは奴らに渡すな、マニュアルや利便性を自らの手で破棄してでも残る言葉と顔貌で交渉を成立させよう。このときの快感はなにものにもかえがたい。開店早々からお金も動き、僕も動き続け、修理のお客さんも後をたたない。秋とは思えな��気温と首筋に照りつける強烈な日差しに汗びっしょり。あっという間にお昼、ミサさんの来店時間が迫っていた。と、そのとき、年齢も服装もばらばらの数名の男女が慌ただしくやってきて、こちらに対して一方的、矢継ぎ早に要求を伝えてくる。各者の言葉を要約すると、少し離れた場所で女性が自転車の後輪にスカートを巻き込んで身動きが取れない状態、だから助けてあげてほしいとのこと。そうこうしている間にも店頭ではパンク修理の依頼が2件、タイヤからチューブを引っ張り出しながら、いま店を離れることはできない旨を彼らに伝えると、助け隊のひとりが「こういうときに何とかするのがプロでしょ」と宣ったので、キレた。おうよ、そこまで言うなら行ってやる。幸いにもパンク修理のお客さんからも理解を得ることができたので、僕はタイヤを脱着させる際に使用する作業台と工具一式を担いで彼らの案内に従うことにした。店には「すぐに戻ります」の貼り紙。絶対すぐに戻る、どうかミサさん帰らないでね、という想いを込めて。目的の場所にはラグジュアリーな服装の女性が確かにロングドレスの裾を自転車の後輪に巻き込んでうずくまっていた。巻き込んだ際に転倒したようで足や腕、顎のあたりに擦過傷ができていた。可哀想に、せっかくのおめかしが台無しやんか。それ以上に女性を包囲する助け隊一派の存在が鼻についた。僕は女性にこれから行う作業内容を簡潔に伝え、最悪の場合はドレスの裾を切らなければならないかもしれないことを強く念押しする。女性は首を縦に振った。高そうな服やのに、もったいない、気の毒やなぁ、などという助け隊の言葉は徹底的に無視。早速サドルを作業台に引っ掛け、チェーンカバーを外し、後輪のネジを外していく。それにしても見事なまでの巻き込み具合で、薄いレースのような生地がバンドブレーキと車軸との僅かな隙間に幾重にも層になって絡まっている。まるで伊藤潤二の「うずまき」のようだ。ゆっくりと同時に要所で力を込めてタイヤを回転させ、生地を引っ張る。少しずつ隙間から生地がぬらぬらと出てくる。助け隊のおっさんどもはお姉ちゃん頑張れ、水飲んどきや、ケガして可哀想に、美しいお顔がえらいこっちゃ、バンドエイド買うてきたろか、と引き続きうるさい喧しい鬱陶しい。何よりも困惑したのが、僕の作業する位置が女性のドレスの裾を覗き込むような格好になるので、見てはいけないものを見てしまうかもしれないという妄執に取り憑かれて酷く落ち着かない。はっきりと集中力が削がれる。何度かプラスドライバーの先端がネジの駆動部を舐めた。それを察してか女性もくねくねと腰をよじらせたり足の位置を変えようとするので余計に艶かしくなってしまい、むしろ逆効果。僕はええいままよと心を鬼にして、生地を引きちぎらんばかりの勢いで力いっぱいに掴んだ。手応えあり。いける!タイヤが滑らかに回り始めた。すると興奮した助け隊のおっさんどもが我先にとタイヤを回そうとしやがったので、僕の指がスポークに挟まる。痛い痛い痛い。ギョリンと睨みつけると、おっさんは慌てて手を引っ込めた。そこから消耗戦を続けること約15分、ドレスの裾を破くことなく無事にタイヤから引き離すことができた。額からは滝のように汗が流れてくるが、助け隊は女性の身を案じるばかりでこちらには見向きもしない。当の女性は平身低頭、とても申し訳なさそうに謝罪の言葉を何度も述べて、費用をお支払いします、と言った。僕は彼女の申し出をきっぱりと断り、来た時と同じように作業台を肩から下げて颯爽と現場を後にした……なんていう安っぽい美談に落ち着く訳もなく、僕はケガをした女性ではなく助け隊の連中に作業費用を請求した。集まった金はたったの1,000円。非常にしみったれているが、それでも彼らには伝わったと思う、善意には覚悟もリスクも必要だということを。リスクなき善意はただの偽善、それはもう傍観者と何も変わらない。急いでタラウマラに戻って、お預かりした2台の自転車のパンク修理を終らせ、店内でひと息ついたタイミングでミサさんご来店。貼り紙を見て、近くで時間を潰してくれていたみたい。彼女の快活な笑顔を見ると、ようやく僕もまた笑顔になれた。保育士であり、ドラム奏者でもある彼女が学生時代から好きだというMR. BIGの話で大笑いした。
MR. BIGと言えばこちら。イントロから鳴り響く、力強いドラムが印象的。
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実はこの公開日記「Pat Sat Shit」のパーソナリティであるvideo loverもミサさんも、代田橋にあるバックパックブックスの宮里さんの紹介でタラウマラに来てくれた人たちだ。僕とバックパックブックスの出会いについてはまた改めてきちんと書きたいと思っているのだけれど、このおふたりの存在からしてすでに最高で、バックパックブックスはきっと素敵なお店に違いないと確信している。ミサさんは大阪に向かう飛行機のなかで拙書『ほんまのきもち』を読んで涙を流したと言う。だからということでもないんだけど、数ヶ月前に同じことを言ってくれたドラム奏者Hikari Sakashitaのソロ作品『Sounds In Casual Days 2』をプレゼントした。高い交通費を払って遠方から来てくれる方には、条件反射のように何か贈り物をしたいと思ってしまうのは、僕のなかにアメ玉を配り歩く大阪のおばちゃんイズムが備わっているからでしょう。はい、アメちゃん、どうぞ〜。
Hikari君のドラムが冴え渡るこの曲が今日の「気分」。
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Lot DD-1550 ONE WASH
こんにちは 名古屋店 コジャです。
毎年毎年しつこいくらいオススメしているデニムショーツが再入荷してますっ!!
WAREHOUSE & CO. Lot DD-1550 ONE WASH \18.150-(with tax)
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先日もブログでお伝えした上にチラッと着用画像を載せておりましたが、 WAREHOUSE内では(恐らく)一番早くにDD-1550を解禁しておりました。
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名古屋店に来て下さるお客様にも、 「このショーツのイメージしかないよー」と仰って頂き、定着しているようで嬉しい限りです。笑
福岡店 隠塚には昨年から「短パンマン」と命名される程。
私が穿き込んだものがこちら。
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夏の日差しに良く合うショーツ&色落ちですねぇ~。
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その私物ですが、 穿き始め当初はゆとりあるサイズ選びをしていたはずが今じゃ割と程良く(^0^;)
179cm,69kg SIZE:33 (上に掲載の写真含む)
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なので今ならこのサイズかなぁとSIZE:36を新たに検討中。
179cm,69kg SIZE:36
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髙木の試着画像もご参考下さい。
173cm,60kg SIZE:34
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ご自身が思うジャストウエストよりもサイズアップを図った方が裾を折り曲げて穿きやすいですよ。
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↑↑ちなみに着ているTOPS Lot 4601は新作の「MOUNDS VIEW」。髙木が気になっていたプリントの一つです。
気温も高くなってきているので、 DD-1550の季節が待ち遠しくて穿き始めている方も多いのでは?
この週末に早速駆けつけてくれて御購入して頂いた方も多いです!
中には試着後、「めっちゃイイねー!!」と、そのまま穿き替えてお店を後にされる方もいらっしゃいましたよ笑。
あっ。 そうそう。
上の写真にも掲載しておりますが昨年の冬に開催していた受注会(2022SS)でオススメしていたこちらも入荷しております。 ↓↓
WAREHOUSE & CO. Lot 4084 半袖SW HAPPY CAMP
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他の半袖SWや4601の新作も新たに届いておりまのでこちらも後日御案内致しますね。
では失礼致します。
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【WILDSWANS  HORWEEN CORDOVAN×BAKER LEATHER 受注会】
WILDSWANS SPECIAL ORDER WALLET “HORWEEN CORDOVAN×BAKER LEATHER” 外装:ホーウィンコードバン(No.8 バーガンディ) 内装:フルグレインブライドルレザー(ダークステイン)
開催期間・開催店舗
東京店:2022年4/22(金)~4/27(水)・・・終了 名古屋店:2022年4/30(土)~5/4(水)祝・・・終了 大阪店:2022年5/7(土)~5/11(水)・・・終了 福岡店:2022年5/14(土)~5/17(火)・・・終了 阪急メンズ東京店:2022年5/21(土)~5/25(水)・・・終了 札幌店:2022年5/30(月)~6/5(日)
※通信販売の際の注意事項 通信販売による受注もお受けしております。ご希望の方は各直営店までお問合せ下さい。 尚、通信販売の場合は現金書留にて前金を頂いております。ご了承下さい。
受注頂きました商品はお渡しの際、税込み価格より10% OFF + ポイント2倍の特典で販売致します。
詳細は下記URLを御確認下さい。 ↓↓ 2022 [WILDSWANS  HORWEEN CORDOVAN×BAKER LEATHER 受注会]BLOG
https://warehouse-staff-blog.tumblr.com/post/681656954199900160/wildswans-horween-cordovan-baker-leather-%E5%8F%97%E6%B3%A8%E4%BC%9A
※サンプル展示が無い店舗でも、 サンプル展示最終店舗の~2022/6/5(日)までは各店でご予約いただけます。
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☞ [営業時間のお知らせ]
平素よりウエアハウス直営店をご利用頂き有難う御座います。 ウエアハウス直営店では営業を下記の通り変更しております。
《2022.5.29.現在の営業時間》
◎東京店 【営業時間:平日 12時~19時 土日祝 12時~19時】無休 ◎阪急メンズ東京店 【営業時間:平日 11時~20時 土日祝 11時~20時】無休 ◎名古屋店【営業時間: 平日 12時~19時 土日祝 12時~19時】水曜定休 ◎大阪店 【営業時間: 平日 12時~19時 土日祝 12時~19時】 無休 ◎福岡店 【営業時間: 平日 12時~19時 土日祝 12時~19時】 無休 ◎札幌店 【営業時間: 11時~20時】  木曜定休
今後の営業時間等の変更につきましては、 改めて当ブログにてお知らせ致します。 お客様におかれましてはご不便をお掛けいたしますが、 ご理解の程、宜しくお願い申し上げます。
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☞ 『WAREHOUSE直営店の LINE公式アカウント開設』
WAREHOUSE&CO.直営店からのお得な情報や、エリア限定のクーポンなどを配布しています。
LINE公式アカウント開設にあたり、 2019年3月26日(火)以降、提供しておりましたスマートフォンアプリはご利用できなくなっております。 お手数をおかけしますが、今後はLINEアカウントのご利用をお願いします。
ご利用されるエリアのアカウントを「友だち登録」して下さい。 ※WAREHOUSE名古屋店をご利用頂いているお客様は【WAREHOUSE EAST】をご登録下さい。
※直営店のご利用がなければ【WESTエリア】をご登録下さい。
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☞[リペアに関して]
弊社直営店で行っておりますジーンズ等のリペアの受付を休止させて頂いております。 ※ご郵送に関しても同様に休止させて頂いております。再開の日程は未定です。
ご迷惑お掛け致しますが、ご理解下さいます様お願い致します。 ※弊社製品であればボトムスの裾上げは無料にてお受けしております。お預かり期間は各店舗により異なりますのでお問合せ下さい。
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☞WAREHOUSE公式インスタグラム
☞WAREHOUSE経年変化研究室
☞“Warehousestaff”でTwitterもしております。
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WAREHOUSE名古屋店
〒460-0011 愛知県名古屋市中区大須3-13-18
TEL:052-261-7889
《2022.5.29.現在の営業時間》
【営業時間:平日 12時~19時、土日祝 12時~19時】水曜定休
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quuyukadaisuki · 2 years
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NieR:Automata
2B9Sの話(支部から移動※過去SS加筆修正あり)その1
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 茫漠と広がる砂の山。
 乾いた風が赤と白の大地に舞う。
 砂漠地帯。
 アンドロイドにとってはあまり好ましくない環境である。砂塵は義体の隙間に入り込んでしまうし、とくに空中を浮遊する砂の粒子は視界のセンサー不良を起こす原因にもなり得る。
 加えてもう一つ。
「うわっ、また砂が靴に入った! はぁ、何度来ても慣れそうにないですよこれ」
 顔を顰め、心底嫌そうな声を上げたのは少年のような外見の持ち主。ヨルハ九号S型。通称9S(ナインエス)と呼ばれる情報収集、調査が専門のスキャナーモデルのアンドロイドである。
「2Bは平気そうですね」
「なにが?」
 9Sから声が掛かり、2Bは歩行速度をやや緩めた。2B (トゥビィー)とは正式にはヨルハ2号B型という。揺れ動く裾広がりのスカートから垣間見える形の良い脚、なだらかな曲線を持つ輪郭は成人女性のものだ。しかし正確には成人とも女性ともいえない。アンドロイドには生物学的な性別というのは存在しないのだ。一見、華奢にも思える身体つきとは裏腹に、機械生命体との戦いに特化したバトルモデルのアンドロイドである。
「砂ですよ」
「歩行に問題はないし――」
 9Sを窘めるように2Bは口を開いた。
 砂だらけの場所を移動しているのだから、靴の中に砂が入ってしまうのは致し方ないことだ。
 さらに言えば、戦闘にも支障はない。
「――9Sは気にしすぎだ」
「えー、そうですか? 靴底でじゃりじゃりするのが気になるし、って言ってたら口の中まで砂が……、うぇぇ。2Bは気持ち悪くないですかこれ。例え支障はなくたって、気分は最悪というか」
「ならない。それに些細な事で振り回されないよう感情を持つことは禁止されている。とくに今は任務中……」
 ヨルハ部隊員は感情を持ってはならない。
 何故なら任務を遂行するために些細な感情の揺らぎも時に致命傷に成り得るからだ。2Bにとって感情は不要なものであった。
 もっとも9Sにとってそうとは限らなかったが。
「はーい」
 やや拗ねたような9Sの声。2Bに対する9Sのいつもの反応だ。最初の方こそ畏まっていたが、今やお決まりとも言えるやり取りを二人の間で交わすのは何度目となるのか。だからか、つい口を滑らせてしまった。
「……でもキミらしいと思う」
 ぼそりと2Bは呟いた。
 それを9Sが聞き逃すはずがなかった。
「えっ?!」
 不覚だった。感情を持つなと9Sに注意しながら、何故それを肯定するようなことを言ってしまったのか。
 2B自身も分からない。
「2B、今のは」
 9Sからの問い。
 2Bはゴーグル越しに見透かされたような感覚に陥った。
「………、」 
 答えられないまま、黙り込む。
 靴底に入り込んだ砂利が、初めて不快に感じられた。
「警告:前方、アクセスポイントに敵性個体反応多数」
 2Bと9Sの間に流れた奇妙な沈黙は随行支援ユニットであるポッド042の警告音によって破られた。
 これほど敵との遭遇がありがたいと思ったことはあっただろうか。
 敵に感謝? 否、感情は――不要だ。
 不要でなければならない。
「殲滅する!」
 並走する9Sを振り払うかのように2Bは軍刀を構えながら加速していく。機械生命体が群がるアクセスポイントまで一気に駆け抜けて、一刀両断。剣撃から放たれた衝撃波が機械生命体たちを真っ二つに切り裂いた。
「ポッド!」
 2Bの声にポッド042は即座に反応し、ポットプログラムによる特殊兵装を解き放つ。光の槍が地面から直線上に次々といくつも突き出して、機械生命体を串刺し蹂躙する。 
 砂煙が立ち上り、アクセスポイント一帯は一時好戦状態となった。
「2B……!」
 間が悪いと言うべきか。2Bの真意を伺う絶好の機会であったのに。
 当の本人は敵陣の真っ只中だ。もう聞くことはできないだろう。
「ああもう! こうなったら早く終わらせるしかないか。援護します2B!」
 がくりと肩を落とした9Sは2Bの後を追う様にアクセスポイントへ向かう。
 爆風が9Sの頬をかすめる。
 遅れてやってきた砂塵が視界を覆いつくした。
  
 ―――以上で報告を終わります。
 人類文明の遺物、自動販売機に偽装された「重要施設」アクセスポイントの通信障害はやはり機械生命体によるものであったと伝える。
 バンカーへの報告を終える際に「今日は良いことがあったようですね」とオペレーターである21О (トゥワンオー)から指摘を受けて9Sは微笑んだ。
 
 ふとした拍子に見える2Bの感情。
 本人はあれで隠しているつもりらしいが、観察を得意とするS型、9Sにとっては分り易いものだ。2Bが器用か不器用かで言えば、不器用な方だろうと思う。時折見せる優しさが何よりの証拠だ。 
 そんな2Bが今日に至っては、9Sの事を認めてくれているかのような気がした。いや、あれは気のせいではない。確かめようにも、僅かに見えた2Bの本音は機械生命体との戦闘による爆炎と熱風によってかき消されてしまったに違いないが。 
「あ、分かります? 今日は少し嬉しいことがあったんですよね」
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shukiiflog · 6 months
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ある画家の手記if.94 告白
読んでいた本から顔を上げると、香澄がいない。 席を立って一人で散策に行ったみたいだったけど、そっとしておいて僕は手元の本に目を戻した。
旅行中だし雰囲気のいい旅館だし、四六時中僕といないで一人で好きに歩きまわったりもしたいかもしれない。 来たときから館内を軽く見て回ってたけど、どこも空間が広いし空気がすみずみまでよく通っていて見晴らしもいい。不潔な部屋や表から見えづらい暗くて狭い場所とか不穏なエリアは客が入れる範囲ではとくに見あたらなかった。 こういう場所をあんまり利用したことがないから泊まっていたホテルくらいとしか比較はできないけど、旅館の従業員は教育がよく行き届いてるみたいでみんな親切で細やかに気遣ってくれるし、サービスの質もいいし、態度や雰囲気が妙に引っかかるような人もいなかった。 過ごしやすくて快適。もし館内で予想外のトラブルが起きてもここならきちんとした対応をしてくれるんじゃないかな。 なんて目で文字を追いながら考えてたら、部屋の一番奥から勢いよくドアが開いて閉まる音が聴こえてきた。
「……」
ここの従業員の立てる開閉音じゃないね 本を閉じてテーブルの上にとりあえず置いて立ち上がると、香澄を探しに席を立つ 図書室内にはまだほかに誰も居ないからちょっと足早に音のしたほうへ向かう 突き当たりを曲がった空間の床に香澄が膝をついて倒れ込んでいた 着崩れて乱れた着物の襟をたぐりながら立ち上がろうとする香澄の体を跨ぐようにして一人の男が頭上から体をかがめて香澄の腕を掴んで立たせようとひっぱる 大股で歩み寄って、香澄の上から弾き飛ばすみたいに男の顔面にブーツの靴底を容赦なく叩きこんだ 情香ちゃんの蹴り方をお手本にしたからまっすぐピンポイントで一点に強烈なダメージが入ったはず 男は蹴り飛ばされて頭ごと勢いよく体をひっくり返らせて後ろの壁に体を叩きつけていた 「直人!」 乱れた裾を踏んで香澄が脚をもつれさせながらも急いで立ち上がろうとする 「香澄、そのままでいいよ」 手で制して動かないよう言ってから目の前に片膝をつく 安心するよう手のひらで頰に触れながら香澄の全身をざっと見る …脚かどこか捻ってるかも。着物に血が飛んだりはしてないみたいだけど怪我してるかもしれないし、香澄は自分の怪我になかなか気付けないからね 「僕たちの他にはまだ誰も来てないみたいだから」それだけ言って香澄の体をそっと抱き上げると少し離れたソファの上に座らせる 「どこか痛む?」 香澄の前にかがんで、乱れた着物をとりあえず他人がパッと見ただけでは問題ないように襟や裾を引いて合わせ直しながら、目線を合わせて頰を撫でる 「ううん平気、…でも」 「…何かされた?」 詰問するようなニュアンスにならないように、乱れた赤い髪の毛を手櫛で整えながら優しく頭を撫でて訊く。香澄は泣きそうなくらい眉を下げて小さく頷いた 「…何をされたか訊いてもいいかな」 一度立ち上がって、座っている香澄の耳元で囁くように尋ねてから、香澄の顔の横で耳を澄ます。じっと同じ体勢を保って待っていると、少し迷うような間を置いてから小さな声で香澄が耳元で何があったかを説明してくれた 「ーーーーーーーーー、ーーーーー、ーーー………」 「…そう…。怖かったね」 香澄の頭を片腕で包み込んで胸元に抱き寄せる。まだ少し緊張の抜け切らない体に片手を添えて、ソファから背中を浮かせて温めるように撫でさすった。 着物の袖からケータイを取り出して、香澄を抱き寄せたまま片手で操作して知り合いに電話をかける。念のために連絡先を交換してもらっててよかった。 といってもお互いに職業柄、名刺を交換して軽く挨拶した程度なんだけど、ハプニングのおかげで少し話し込んだりもしたから、かえって知り合いになれた。それに香澄は目立つから、僕たちのことは再度訪問したらしっかり記憶しててもらえてた。 「……もしもし。…はい、そうです、どうもこの度は…。ええ、お世話になります。…ご無理を承知で、少しお願いしたいことが…」 無理かなと思ったけど相談したら、お店のほうはご子息に任せて休憩がてら来てくれることになった。 僕の言ってることで察したかもしれないけど、電話を切ったあとで香澄に説明する。 「さっき寄った着付け室のおばあちゃんが着物を整えにすぐ来てくれるって」 「こ、ここで整えるの?」 「全部脱いで一からやり直さなくてもできるみたいだったよ。僕じゃあんなに綺麗には直せないから」 それに誰かに少しの間、香澄についてて欲しかった。ここで信用できる人はまだあの人くらいしかいないし、着崩れたまま部屋や着付け室まで人目のある場所を移動させる必要もなくなってちょうどいいかなと思って。 ソファの上で香澄の隣に座って、背中に腕を回してさすりながら話す。 「雪で転んだって話してあるから、直してもらうときも怪我したと思ってなるべくここにじっと座ってようね。怪我は部屋に戻って確認するか館内の病院に帰りに寄って行こうか」 「…うん ありがと」 香澄が僕の肩に頰をすり寄せて少し脱力した。すぐにちょっと目を丸くして僕から体を離してきれいに座り直すから、笑って頭を撫でてもう一度肩に凭れさせる。 あのおばあちゃんにはもう僕らの関係お見通しのような気がするなぁ 考える間もなくすぐに図書室に来てくれたおばあちゃんに香澄をお願いして、僕は席を立つ。 香澄が不安そうに座ったまま僕の顔を見上げた 「おばあちゃんと一緒にいてね。…すぐ戻るよ」 頭をぽんぽんと軽く撫でて、その場からさっきの男のいた部屋へゆっくり移動する
蹴りを入れたら顔面ごと吹っ飛んで押し戻されるみたいに転げて入ってった部屋 扉を開けると音響機器なんかが揃えてあって、演奏用に外に聴かせる用の部屋じゃないみたいだ 「防音室か。いいね」 わざと少し大きめの声で言う。例の男は部屋の奥に設えられたソファに浅く腰かけて濡らした布で顔をそっと拭いて綺麗にしてるところだった 唇は切れてるし頬骨や皺眉筋のあたりは派手に青く内出血していた 妙に顔立ちが彫り深いのが仇になってるな 「ひどい人だなぁ、ちょっとじゃれたくらいでここまでするなんて」 僕を見ると眉を下げて困ったように甘く嗤う、熟しすぎて枝に掴まってられなくてみっともなく地面に崩れ落ちた果実みたいだな…腐ったような匂いばかり強く撒き散らして、醜悪だ 吐き気がする 「大した顔じゃないだろうに。香澄から聞いたきみの言い草を借りるなら、傷が増えれば男前が上がるんじゃないか?」言いながら勝手に笑む自分の口の端が引き攣るのが分かる 「あなたは一途なんですね、なんだか意外だな あまり恋人を自分ひとりに縛っては嫌われますよ?」 「あの子はきみの言う恋人とやらではないよ」 僕の大事な息子で、家族で、命の恩人で、誰より美しい、この世で最も愛する大切な唯一の人だ お前の言う遊び相手じゃないんだよ 歩み寄ると相手はさらに流暢に喋り出した 「カスミはもう少し遊びや身軽さを覚えればもっと蠱惑的になります あなたも分からない人だなぁ 身持ちが堅いばかりで、さらにパートナーのあなたがそうだからカスミは生まれ持った宝石のような愛らしさをずいぶんと損なってしまっているのに 気づかないものかな」 「……………よく喋るね」 抑えようと懐手にしている中で手のひらを握りこむ これ以上強く握ったら僕が指を骨折するな 遊びと、身軽さ…ね 「……」 … 遊びじゃない行為で香澄がどれだけの他人に好き勝手に扱われてきたと  身体をいじられ怪我を負わされ犯されて命の危機に晒されてきたと … 「あなたにとっても魅力的なアイデアだと思うけれど? 宝石はなるべく多くの持ち主の手を渡るほど輝きを増すでしょう?」 「宝石はそうかもしれないね」 適当に返して目の前まで迫った相手の顔のすぐ横、座っているソファの背を蹴り飛ばした ソファがひっくり返って倒れると男は慌てて背中からわざと床に転がって狐のように身軽に体勢を立て直した 演奏者か 要は舞台俳優やダンサーと似た身体だとみていいか 絵画モデルのバイトにそういう職種の人間がよくいるから他の人種よりは接し慣れてるほうだ 軽くないソファだけど上等なおかげで倒れても傷ひとつついてない 「見かけによらず乱暴ですね 力押しばかりじゃカスミのような子は壊れてしまうんじゃない?」 言われなくても…     笑えもしないな、香澄に迫ったお前の行動を力押しと言うんじゃないのか 「あの子は宝石じゃなくて人間だ 不愉快な比喩はよしてくれないか」 言いながら髪から簪を引き抜いた 距離をとった相手をゆっくり壁際に追い込んで簪を逆手に持つ 僕のほうが背が高いけど知らずのうちにかなり顎を引いてたようで相手を睨み上げるような目つきになった  相変わらず口元が勝手に引き攣ったように笑む そういえば香澄の彼女だって子と話したときにも可笑しくもないのになんとなく口元は笑ってしまったな 「怖い顔だ カスミの前では紳士のフリ? こんな恐ろしげなギャップじゃ燃えられないな、幻滅されますよ」 「香澄にこんな顔向けるわけないだろう。それにあの子は僕に幻滅しないよ」 それを聞いた途端、相手のほうが幻滅したような態度をとった。急に大きなため息を吐いて首を振りながら倒れたソファを起こしてそこにドサッと寝るように脚を組んで座り直した。 「つまらない。…あなたが大袈裟に怒るものだから、逆になんだか興が醒めてしまった。もうカスミに構ったりはしないからどうぞお気になさらず、仲良くすれば?」 …… 強姦未遂者が好き勝手なことを… どれだけ香澄を怖がらせたと思ってる…とりたくない手段までとって逃げ出してきた香澄の行動をお前の目はどう見てた 触りたくもないけれど寝そべっている相手の手首を掴んでまとめあげると力尽くで体を持ちあげてソファに乱暴にちゃんと座らせた 相手の頭の後ろに掴んだ手首を持ってきて捻りあげると、無理な体勢に相手は顔を顰めた …なんの楽器を扱うのか知らないけれど、片目に誤って簪が刺さって潰れたら慣れるまでしばらく演奏に苦労するんじゃないかな …指の骨を折っておいたほうが致命的かな、学が指の骨折でピアノを辞めていたし とか簪の尖った先を見ながら考えていたら口から断片的に出ていたらしい 相手がまさかというような目つきをしたから、真正面からじっと睨みあげて意思を示した 僕はやるよ、そういうことを  …まぁ、もうしないんだけど、やってきた良くない事実と実体験はあるよ と 表情には出さずに内心で付け加えておく 人のものに手を出すからには見上げた覚悟があるんだろう? 「………」 「………。」 相手が微睡むように笑むのをやめて少し本当に気を揉みだしたところで勢いをつけて簪を持った手を垂直に相手の眼球に叩きつけた 「ひっ」と小さな息を吸うような悲鳴が相手の喉から上がった 相手の目の上を押さえつけるような形で簪を構えていた拳を当てた 寸止めしようかと思ったけど拳に重みがないからわざと当てた さっきまで尖った先をちらつかせていた簪は突き立てる前に相手の死角で手の中にきれいに握りこんでしまってたから当然眼球には刺さってない …生易しいけどこれ以上触れていたくないから手を離して覆いかぶさるようにしてソファについていた片脚を引いた 香澄のところに帰ろう 「……身のない自慰的な���を死ぬまでするといい、一人きりで」 それだけ言い捨てて���室しようとしてからふと思い出して、ドアを開ける前にもうひとつあったソファの影に声を掛ける。 「少し脅かしたけれど性根を叩き直すまでにも至らなくて申し訳ない。静かにしていてくれて助かったよ」 「…………。」 そのままドアを開けて立ち去る。ソファの向こうの彼は結局最後まで沈黙していた。
「香澄、ただいま」 おいてきた香澄のところに戻ると、香澄は着付けのおばあちゃんとお茶菓子をつまみながら談笑していた。 着付けが終わっても僕が戻るまでついててくれるように頼んではいったけど、年の功というのかな、仲良く話してるうちに香澄はすっかり強張りも警戒もとれたみたいで僕に柔らかい笑顔を向けてきた。 「おかえりなさい」 着物を直してもらってる上に、髪の毛も結ってもらってる。「ほんの手休めですけれど」と言っておばあちゃんは朗らかに笑ってた。 香澄の隣に僕も腰を下ろしたら、香澄は眉を下げて僕の着物の袖を小さく掴むと、にこにこしながら報告してきた。 「おばあちゃん、俺たちの部屋の前を偶然通ったみたい、雪だるま見つけたんだって、それですぐにピンときてそこが俺と直人の部屋だって分かったって」 嬉しそうに笑って話してくれる香澄の瞳を守るように覗きこんで微笑む。 せっかく結ってもらった髪の毛が乱れないようにそっと頭に手を置いた。 おばあちゃんはお湯のみに残ったお茶を飲み干して、綺麗な背筋ですっとまっすぐな姿勢のまま立ち上がると「いい息抜きになりましたよ。そろそろ戻りませんと、愚息一人では心許ないですからね」と軽やかに言って帰っていった。 僕たちはお礼を言って、颯爽とした後ろ姿を見送った。 香澄と手を繋いで部屋に帰ってたら、途中で香澄が心なしうつむいて肩を落とした。 「…」 横目で様子を見ながら頭を撫でて肩に引き寄せる。
部屋に帰ったら真っ先に「お風呂入ろうか」って言って、部屋に備え付けのお風呂場まで香澄の肩を抱いて連れていった。 「怪我がないか確認も兼ねてね」 言いながらせっかく綺麗に着付けてもらったけど香澄の着物に手をかけて脱がしはじめる。 香澄は邪魔にならないように両手を横に掲げて、しょんぼり眉を下げた。 「また助けてもらっちゃってごめん…せっかくの旅行なのに…」 「…」僕はせめて今が旅行中でよかったと思ったけど。 家の近所とかで同じ場所に通りがかるたびに思い返すようなことにならなくて。ここであったことは僕たちが大事にしたいものだけ自分たちで選んで持ち帰れば、あとのものはこの場所にそのまま置き去りにしていけばいい。 僕も脱いでから脱がした香澄の髪を解いて洗う前に櫛を入れる。冷泉の髪が昔から一本も痛まずに綺麗にまっすぐだからどうやってるのか聞いたら、洗うときに髪を引きちぎらないように洗う前にブラシで整えるって言ってたから。 丁寧に櫛を通しながら髪の流れに沿って頭を撫でた。 「ちゃんと助けが呼べてえらかったね」 僕がもう少し早く気づいてあげられればよかったけど、四六時中監視下に置くような真似もしたくない 自由に過ごしてほしい、僕の知らない場所で僕の知らないものも手にしてほしい 「何度でも助けてあげるよ、香澄が抱かれたいのは僕だけだもんね」 櫛を置いて正面からにっこり笑って言ったら、香澄は閉じた口元をもにょっとさせて顔真っ赤にしながらうつむき加減で頷いた。かわいい。 溜めてるお湯の温度を確認しながら和設えのバスタブの淵に香澄を座らせて全身を確認する。 外傷はどこにも見当たらないけど、痛くない?って聞きながら痛覚が鈍い部分を手のひらで軽く押してみたりして確かめる。香澄は聞くたびに小さく頷いた。 おそらく問題ないと判断して、お風呂のお湯をちょっとずつ香澄の体にかける。 館内に診察所があったからそこで診てもらったほうが確実なんだろうけど、あったことをちゃんと話さないとそう思って診てもらえないかもしれない。香澄は僕に話してくれた。嫌なことを香澄自身に繰り返し話させるのも、僕が代わりに他人に話すところを聞かせるのも嫌だった。 香澄がおもむろにそばにあったタオルを濡らして体を強くこすり始めたから、そっと手をとって手のひらに雪だるまみたいになった大きな泡の塊を乗せた。香澄はこするのをやめて泡をじっと見てる。 新品の綺麗な石鹸があったから軽く泡だててみたら一瞬できめ細かい雪みたいな泡が大量にできた。 もっと泡を作って香澄の体に乗せていく。体じゅう泡でもこもこになったら頭の上にも泡を乗せてみた。クリスマスの時の格好みたいでかわいい。ふかふかしたものが香澄は似合うね 「どこも沁みない?」 「うん」 首筋からまだ消えてない泡を使って、お湯と一緒に流しながら優しく肌を撫でて丁寧にすみずみまで洗っていく。おとなしくしてる香澄に話しかける。 「怖かったね。もう大丈夫だよ」 香澄は目を丸くしてパチパチさせた。 「怖い…?」 首筋に少しずつお湯をかけて泡を撫でて落とす。 「そうだよ。すごく怖いことをされたんだよ」 「…」 香澄は真剣な顔で少しなにか考え込んでる。両手にのせた泡でもふっと香澄の頰を包みこんで顔を寄せる。 「ちゃんと僕のところに逃げてこれた香澄はいい子だね」 そのまま髪の毛をくしゃくしゃ撫でて泡だらけにしたら香澄が僕の肩に乗った泡にふっと息を吹きかけた。宙に泡がシャボン玉みたいにふわっと舞ってゆっくり落ちる。泡を目で追ってた僕の鼻の先に泡が落ちてきて、二人で笑った。 全部きれいに流して二人でお湯に浸かる。 結果的に何事もなくてよかった、とは思わない。最悪よりマシだっただけで手放しに喜べるほど香澄のことがどうでもいいわけがない。…僕にとっても怖いことだった。 僕が一人にさせてしまったからだ、ってふうに、まるで思わないわけでもない。 ずっとそばについてていつも目を離さないような距離に僕が一生べったりついてても、香澄は嫌がらないかもしれない。 僕がそれで安心できても、香澄に僕の知らないものを持ってほしい、香澄だけの大事なものを手にしてほしい、僕はそれで怖い思いをするけど幸せだから耐えられる 傷痕を消したときも、あれは僕が言いださないといけないことだった 僕を信頼して、好いてくれてる、愛してくれてる、僕のすることを受け入れてくれる、僕のしたことを許してくれる、だから香澄が一人で自由に生きる時間と空間を僕が守らなくちゃ、寂しい思いをしながら、幸せな気持ちと一緒に 「…そういえば、防音室の外でもう一人、違う人とも会ったよ」 香澄がふと思い出したように話し出した 「もしかして前の日にも会った、白いスーツを着てた、黒髪の彼かな」 「うん。そのあとのドタバタですっかり忘れてたけど、ちょっと話しもできた。…初対面の人とあんなふうに話せたの、珍しくて嬉しかったな」 「そう…よかったね。何を話したの?」 聞いてみたら香澄は「内緒。」って笑ってお湯の中に口元を沈めてぷくぷく泡をたてた。楽しそう。 「僕も彼には間接的に助けられたよ。せっかくだから彼の演奏は聴きに行ってみようか」 「うん。…聴いてみたいかも」 嬉しくて顔が緩む。もうちゃんとあった、香澄だけのもの。 …ほんとはわかってる 僕が自由を守ってあげようなんて烏滸がましいこと考えなくても、僕の知らないことしかないこと 怖い思いをしたのも香澄 僕じゃないから僕らは一緒に居られる 香澄はこれっきりで忘れていいけど僕は一生忘れない。 二人で湯船のお湯に浸かってゆっくり息をしながら言った。 「ちゃんと二人で守れたね」 香澄は逃げてきた、僕は守った  約束、やっと守れたね …小さな声でそう言って隣の香澄に微笑みかけたら、眩しい虹彩のはっきり見える透き通った瞳にきらきら光る涙がいっぱいに溜まって、あったかいお湯の中に清水のように溢れていった 「ーーーー…」 言葉をなくした 美しい なんて感覚では とてもあらわせない
お風呂から上がりながら脱衣所でバスタオルの端を両手で持って香澄に「おいで」っ��手招きする。 バスタオルを持った両腕で寄ってきた香澄の体を包んで髪の毛や体をめちゃくちゃにわしゃわしゃ撫でて拭いた。タオルから顔を出した香澄はぼさぼさになった髪の毛を揺らしながら顔をほわほわ緩めて笑った。 二人でお互いの浴衣を着つけて、食事をして 軽い雪が降ってきたから僕は部屋の中にあった厚めの和紙を折って折り紙で傘を作った。雪だるまの頭に相合傘みたいにしてそっと乗せておいた。 畳の上に転がって、座布団を枕にして二人でお昼寝する。 温泉に入ると薬がなくても気持ちよくてうとうと眠りこめた。
夕食を終えてから、散歩がてらさっき話したバーに寄った。先に僕が入って安全確認する。 一つの楽器の音が響いてくるだけだったから、今夜はソロなのかもしれない。弾いてたのは彼だった。 一度見た白いスーツを着てるけど、ジャズだったから一人で自由に弾いてるのかもう仕事中なのかは僕には分からなかった。 「彼しか居ないみたい、大丈夫そうだよ」言って香澄の手を引いてバーの中に呼び込む。 二人でゆったりした椅子に座って、飲み物や軽食を頼んでからしばらく彼の演奏の中にいた。 途中で曲の調子が変わったから、軽食を食べていた手が勝手に止まった。 自主的に音楽を流したり聴くことはあまりしないほうだけど、生まれ育った兄の家には小さめのグランドピアノがあって、兄が弾いていた。ごく稀に兄はクラシックのレコードをかけたりもしてたけど、僕の中の音楽というと兄の弾くピアノだった。 僕はピアノの音を、何かの方法で聴いていた気がする。その方法はもう思い出せないけど、なるべく自然に聴いてみる。肖像画のモデルは固有の音を発するから、聴いたものを取り落とさないように。 「………」 目を閉じた空間に音を描く 音は曲線かカーブが多いけど、彼の演奏はほとんどが直線で織り成されていた 空間内に大きな長方形があって、その中に四角形が整然と並ぶ たまに急角度ではない緩やかな曲線が配置されてバランスをとる …。 曲調が変わってからなんとなく思う。たまに混じるこれは香澄の音なんじゃないのかな
部屋に帰ってから、もう一度軽くお風呂に入って、敷かれていた布団に二人で寝転がって体を伸ばす。 窓の外を見たら、雪だるまがお洒落をしてた。僕の雪だるまは体に布の外套をかけてて、香澄の雪だるまは首に毛糸の小さなマフラーを巻いてた。外を通った人か布団を敷いてくれた人かな? 香澄が喜んで写メ撮ってるのを横でにこにこして見つめる。
毎晩ちゃんと二人分の布団が敷いてあるけど僕らはいつも同じ布団で一緒に眠ってる。 今夜も灯りを消してから、自然と二人一緒の布団に入った。 香澄の体に布団をしっかりかけて寄り添う。 近くなった顔、僕の頰に香澄がキスしてきた。布団の中から手を出して香澄の髪の毛をくしゃくしゃ撫でる。そのまま頭を引き寄せて口付けた。 布団の中で体を少し起こして、香澄の顔の横に腕をついて外界から守るように囲む。何度もキスしては唇を離すのを繰り返すごとに深くなっていく お互いの体が徐々に熱くなって布団の中の空気がしっとり温まる 髪に指を絡めて頭を撫でたら香澄の腕が僕の首に回ってきた ぎゅっと抱きついてきた体をしっかり抱きしめ返して優しく背中を撫でる もう怖くないよ 大丈夫… 交差した顔の耳元で囁く 嫌なことも怖いことも絶対に起こさせない、今だけは 「…僕が抱きたい」 ゆっくり香澄の背中をあやすように撫でながら 呟いた言葉に、香澄は首に回した腕にさらに力を込めて応えた「…うん」 「いい子。香澄は今日はほんとうによく頑張ったね…  もう怖くないよ」 後頭部を撫でながら支えて柔らかく唇を合わせる 気持ちよくしてあげたい ほかのこと全部忘れられるくらい 香澄がたくさんの人に優しくされて可愛がられて愛されることが嬉しい それでもこれだけは、僕だけに許されたものだよ
香澄視点 続き
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camango · 11 months
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日曜日
11時過ぎに出発。数日前におろしたコムデギャルソンのパンツが最高で連日履いている。絶妙に野暮ったいシルエットは流行を追わず、属性も不明なのが良い。雨なのでカンペールのゴアテックス製のブーツ、トップスはサンリミットのロンTにした。
家を出てすぐ傘を忘れたことに気づいたが、小雨だしなんとかなると思いそのまま向かう。駅に向かう道中、雨が強くなってきた。カッパとしての機能は全く備わっていないユニクロのナイロンフーディーを被ったが雨はすぐに沁みてきた。駅前のコンビニに入り傘のコーナーへ。70cm長の傘が二種類、折畳傘が一種あった。手前にあったやつを掴んでレジに向かう。と、手元を見ると気色の悪いオフホワイト色の妙にクネクネと曲げられた持ち手が視界に入り、許容不可能と判断。売り場にリリースした。
新宿着。とりあえずブックオフに寄る。ブックオフが近くにあると反射的に入ってしまう。お気に入りのコーナーへ行くとザクザクお宝発見。4冊で3000円だった。
これを担いで遊びたくねーな。配送しようかと考えたが、近くのコインロッカーに預けることにした。コインロッカーを開けるとゴミが凄い。開けても開けてもゴミが入っている。ようやく見つけた空のロッカーに本を収めた。
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伊勢丹着。お気に入りの店でスーツを探していることを伝えると奥から何着か持ってきてくれた。試着したうちの一つがとても気に入ったので迷わず購入。裾上げをお願いして店を退店。せっかくなのでネクタイと靴下も新調した。ウールとリネンの混合生地で出来たスーツに合わせて、ザラっとした表面のネクタイと和紙でできた靴下を。仕事着でここまで遊んだのは初めて。
その後、本屋や電気屋、タバコ屋に行き、ウィンドウショッピングを楽しんだ。16時半ごろ伊勢丹に戻り、裾上げしてもらったスーツを受け取り家路に向かう。そういえば、今日は新宿駅前でウクライナへの募金活動をやってたので募金した。全然足しになるような金額ではないけれど。反戦デモもやってて色々と考えさせられた。
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家に帰ると娘がかしこまった姿でお出迎えしてくれた。2階に上がると妻が「いらっしゃいませ!」と大きな声。「いざかや有田へようこそ!」と二人に出迎えられた。
父の日のお祝い。毎年突然この日は来る。去年も一昨年も居酒屋スタイルで父の日を祝ってもらった。
コースメニューだという。テーブルには献立が書かれた紙が置かれてる。飲み物はどうしますか?アサヒ、キリンいろいろあります。キリンにします。かしこまりました。ドボドボドボ。去年よりもビールを注ぐのが上手くなった。
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生トマトの梅肉和え、茄子の煮浸し、さしみの盛り合わせ、枝豆のニンニク炒め、手羽先の塩味炒め。どれも悶絶美味しく最高だった。日本酒まで頂いちゃって、かなり酔っ払ってる。食後は白玉に小豆とバニラアイス添え。マジで最高だ。
完璧に仕上がったところで娘がおもむろにプレゼントを持ってきた。開けると頭皮をマッサージマシン。自分ではきっと買わないやつだ。すごく嬉しかった。
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citroness · 1 year
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aikoを聴いたらaikoっぽいものを書きたくなった
裾を持って駆け降りたよ
夜を折り曲げてく時間が早い甘い
ひとつでも早くとばして
今日のおひつじ座は7位です
声だけじゃ足りなくて
思いつきで来たんだよ
カーブしていく2人の距離
言いたくて仕方なかった
あなたの驚いた顔 右手が来ない
ほつれたスカートが
夜を折り曲げていく時間遠い長い
カーブしていく2人の時間
あなたのあたしは何位だったの
そんな顔知らなかった
繋がってると思ってたけど
ベランダに並んだスープカップ
左右の持ち手 知らない 知らない
もう突然会いにいったりしない
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touchislovejeans · 1 year
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お客様のご希望の長さに合わせてジーンズを仕上げる為に必要なことは、デニムの縮率計算と、ジーンズになってからの縮率計算、そして、裾の縫い方にあります。 デニム業界では、裾を縫う時には、ラッパと呼ばれる縫い代を自動で折り曲げてくれるアタッチメントをつけて縫います。いちいちチャコで線を引いてやると、めっちゃ手間なので。 だけど、このラッパがちょっとした手の動きで、縫いあがりの長さが違ってきちゃうんです。しかも、ラッパは、複数箇所あるので、ジーンズの縫いあがりの長さが、当初設定寸法よりズレちゃうのが仕方のない事。制御がほほ不可能に近いんです。 しかも、全部縫い終わって、洗いと乾燥をしても、シャトルデニムの特性で、全部が全部同じ様に出来上がる訳じゃないというおまけつき。 だけど、やっぱり、裾上げしないでピッタリの長さのジーンズがイイなあって思うので、ひとつひとつ線を引いてしまうのです笑 https://touchislovejeans.com #クリスマスプレゼント #誕生日プレゼント #ジーンズギフト券 #オーダーチケット #愛あるジーンズ #大切な人へのちょっと贅沢なプレゼント #ジーンズコーデ  #デニムコーデ   #ジーンズ  #デニム  #タッチイズラブジーンズ #タッチイズラブジーンズストア #touchislovejeans   #jeans  #denim  #jeans👖 #touchislovejeansstore (タッチイズラブジーンズ) https://www.instagram.com/p/Cmi4qjSPns0/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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konradnews · 2 years
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Clover アイロン定規 25-057
本体サイズ :(約)150×100mm ゆるやかな曲面の折り上げや、ポケットなどの丸み、長い直線の折り上げ(シャツやズボンの裾上げなど)に最適です裾上げや三つ折りなど、布の折り返しを手早く簡単にすることができます
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jitterbugs-lxh · 2 years
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逢瀬
 必要なものはいつも、清潔に保たれ、ていねいに折りたたまれて重ねられたあたらしい寝具のように、何気なく用意されていた。おなかがすけば蒸した芋や、ふっくらと炊きあげられた米や果物が、のどが乾けば素焼きの椀にいっぱいの水が、といった具合に。はじめはひとつひとつが新鮮であり、驚きに満ちていた。しかし生きてゆくうちに、ひとは、慣れる、ものだ、あくまでも順応であって、けして麻痺や疲弊で、あっては、ならない、しなやかさを失えばどんなものも忽ち砕ける。これはなにも、なべて物質ばかりに限った理屈ではない。萎縮し、やわらかくほほえむこともなしに、昏い視線を落とし頰を翳らせているうちは、誰しもが靱性を失った、いまにも砕けるばかりの、渇きひび割れた精神を癒し休めることもなしに、未来への展望も、冀求もなしに、ただその日を生き暮らすだけであるうちには。雖もいつかは、だれでも、なにものでも、朽ち果てる日がやってくるのかもわからなかったが、いまの時分のかれらにとっては、滅びの日など遠く、思いもよらぬ場所に隔てられて存在したもので、あった。もはや滅びなど来ないものと、けして齎されないものと、確信に至るほど能天気には生きられはすまいが、しかし、かといって、すぐ真横に、平然とした顔で佇んでいるなんて考えたこともなかった。それらの不穏は、さかしまの世界だ、ぐるりひっくり返して、あるいは捩じって、近いようでたいへん遠いところで、こちらを窺っている、凝っと息をひそめて。洛竹はけして楽天家ではなかったし、頑なに割り切った現実主義の持ち合わせもなかったけれど、少なくとも隣で、かれの数歩前で、剣呑に逆毛をうずまかせている風息を、いったい何年見てきたというのだろう。徹底的な合理主義者は、往々にして夢想家でもある。夢想をひとつひとつ手にとり、矯めつ眇めつ、たしかめてゆくうちに、ものごとの真理、真相というものを、知らずに解してゆくものなのだ。神をもっとも信仰するゆえに、神の不在にだれよりも早く気付く科学者たちの嘆きがわかるか? かれらは自らにして、信じたものの反証を立ててゆく。いったい何が真実で、何が偽りであるのか、手のひらにあるものが、あると信じたものが、誰によって認知され観測されうるのか。
 人里、ふるさと、それからいとなみの密に乱立した、雨後の筍もかくやの都会の高層建築たち、かつては妖精たちにとっても楽園であった土地を離れ海上を征くことしばし、打ち捨てられた孤島をひとときの塒とさだめて幾らの日々があっただろう。必要があれば霊道をもちいて陸のふかくへ赴くこともあったが、日常の多くは島のほとんどを覆い隠す森に完結していた。洛竹の思うところによれば、大きく人間への忌避や、嫌悪の感情はなかった。はっきりと訊ねたことはなかったけれども、おそらく天虎や虚淮にも、なかったように思う。では、かれら、同じく島で暮らすはらからのうちで風息だけがひとりきり、胸に焔を燻らせていたのかといえばその限りでもないだろう。たぶん、おそらく、きっと。だれも、憎しみや悲しみに突き動かされて生きていたのではない。あまねく物事が恩讐のかなたに、寝ても醒めても、うつつもゆめも、灰色に塗りつぶされてしまっていたなら、疾うのむかしに、我々は去っていた。それでも離れがたかったのは、単純な愛憎の果てにのみ、世界を睥睨するのが、けして許されなかったからだ。かつて風息は神であった。かれがそうあらんとして顕ったのではなく、かれに神たるを祈り願ったのは外ならぬ人間であったが、それでも風息は、かれの生きた時間から鑑みればほんのひとときであったにせよ、たしかに神であった時代があった。ひとが変わり、時代は移ろい、ひとびとは信仰をはなれ、未知なるもの、不可思議なるものの多くは解明され解剖されて詳らかになったが、それと、神がうしなわれることとは同義ではない。かれはうしなわれるべくして、神の座を辞した。豊穣を、整えられた治水を、祝福を齎すだけの神ではなしに、ときに怒り、ときに荒れ、成敗される悪神としての横顔をも持ちあわせた、うつくしくも果敢ない、剛毅でありながらにして繊細の。力なくうな垂れて、うつくしくにごった世界の、あわいの光、あるいは闇、天に限らずあまねく満ちたそれは、本来であればひとつに収束されてくっきりと重たく輪郭を像となすであろうひとの影すら曖昧に散らし、日を背に負ってあるくひとの、足元に滞るべき半身すらあえか。うつむき伏せた睫毛と、ひそめたために肺腑の奥底まで届くことのない呼吸、伸ばした腕は空を切り、ねがいはついぞ、届かぬものと。
 目深にかむった布切れがどれだけ人相を隠しえたのかは定かではない。のぞく喉元、隠しきれないゆたかな髪を背なに揺らし、冷静沈着のさまを装いながら、どこか怯えたように彷徨う視線は何をもとめていたのだろう、かつて、いまよりうんと力の弱くて、からだも小さく、頼りない妖精だった洛竹のおさない記憶のなかでは、いま少しばかり、潑剌としたわかさのような、浚われたばかりの水底の砂金のような、どこかよるべないこどものさみしさを持ったひとであったかのように、思う。いまとなってはどうだろう、風息はなにか変わっただろうか? なにもかもが変わってしまったし、なにひとつ変わっていないともいえる。洛竹はずいぶんと力をつけたが、それでもかれや、仲間たちには到底及ばない。力や、わざ、術の冴え、そういったものが、妖精のすべてとは思わないが、不甲斐なさと役者の不足に、いくらか急く気持ちがないとは言い難かった。たしかに、及ばずながらも出来ることはかつてよりは随分ふえた。ただ、どうしたって、同じ木属性を司っている以上、風息と洛竹は、その実力の差異がおおきく際立つのもまた事実ではある。くらぶるべくもない、と理解はしていても、目にものみえてあきらかだ。もし、洛竹のほうがさきに、霊の凝ったところから生じていたとして、かれは神には成りえなかっただろう。口惜しくあるべきだろうか? 急く心はたしかにあれども、しかしそれは、洛竹にもとめられた本分でないことも、重々承知のうえであった。闘いをのぞむものは多くはない。相手が人間であるにしろ、袂を分かち、いまではしずかな断絶の大河を境に彼岸と此岸、隔てられた妖精たちであるにしろ、秩序と、戒律を以て、妖精の本然を捻じ曲げようとする体制そのものであるにしろ。
 いっそ鋼鉄のそれのように鋭く、硬く縒りあげられた、風息の、もとは木であった剣は、それは見事なものであった。単純に気を巡らせて、成長を促し、枝を茂らせ蔓をしならせるだけが、かれらのつかう術ではなかった。特性を大きく補い強化して、精製された鋼鉄そのものと打ち合ってすら互角に渡り合えるだけの靭性と剛性を与えるのが、すばらしい術の冴え、その神髄であるべきなのだ。風息は見事に、木属性の力の扱いを、その領域まで昇華していた。すなおに感嘆するばかりだが、かれと同じようには力はふるえない。まったく同じ力はふたりと要らないのだ、とほほ笑んだのは風息である。かれの力はたしかに強いが、どこか繊細さや柔軟さに欠けるところがあって、たとえばすばやく、正確に、たった一点を穿つような使い方には不向きであったし、しなやかに跳ね、うねり、瞬時に編み上げられて足場の援けになるような蔦などの扱いは、洛竹のほうに軍配が上がる。鍛錬の一環としてでも、手合わせをし、虚淮や、天虎も、互いが互いに、力を顕示しあうことは滅多にない。力はうしなわれたとしても戻る。ただし時が必要だ。特に、氷という物質、そうして、ものが凍結する、という現象そのものを源とする虚淮は独特で、かたちを保つだけでも日々力をつかわなければならない。よって、虚淮はいとまさえ許せばたいていの時間を気を蒐めるのに費やしており、あまり燃費のよいとはいえないからだなのである。ひとの街に赴いて情報収集や必要なものを調達してくるのに、これほど不利な妖精もなかった。だいいち虚淮は変化でひとの姿を真似たとて頑なに角を隠すつもりはなく、いささか目立ちすぎる風貌なので、そういった偵察や、ふだんからひとの街にあって潜みながら、妖精会館に阿ることなく探偵を担っている阿赫や叶子との連絡役は、風息の手が離せないときには洛竹にまわってくるのが常である。
 洛竹の手になるは唐菖蒲の咲き誇る、グラジオラス、剣百合の異名をとった特徴的な葉のかたちとは似ても似つかぬ豪奢でありながら、ひらめく花弁の色彩は鮮血を思わせる赤銅である。風息の振るう剣の剛性に相対するのには、あまりに脆弱にすぎるように、おもわれて、ならない、が、洛竹はあくまでも気負ったところなく、だらりの腕に花を提げていた。石畳を踏んで舞う踊り子の、足さばき、裾さばき、翻る袖のあざやかさを思わせるそれは、武を以て他を制し、地を均し平らげるのに、これほど不向きなものもなかっただろう。けれども頑なに、洛竹はそれでいいのだと、まわりは口をそろえた。地を踏み鳴らし、摺り足の足運び、武芸のそれというよりは、舞踏のそれもかくやの動きを、丹念に、ていねいに、繰り返す。打ち合えばひとたまりもない剣の花は、相手もなしに散りはしない。ああ、ハバネラ、寄る辺ない踊り子の女、恋はまったくままならない。ひとさしを舞い終えて上がった息を整えるあいだ、大樹に背なを預けた風息がひとことも口をきかないのがどうにも気には、なった。
 肌をあわせるようになってどれくらいの歳月があったろう、つとめて思い出そうと試みることもないが、一体どうして、たどたどしさがどこか抜けないのは、かれらにとって日常のうちに溶けきっていないからなのかもしれなかった。切っ掛けはどこにあり、なにがふたりを、こうして夜のうちに閉じ込めたのかもおぼろげである。鍛錬や、食事や、そのほかの所作のように、日々の暮らしむきのなかに当たり前に存在しているものごとでもない。漆黒の毛並みを撫でる月のひかりはしずかに冷たく、さりとてもかれらの身体には独特の火照りが満ちていた。風息も、もちろん洛竹も、多くの妖精たちがそうしたように、ひとを模したかたちに変化することができる。生じたばかりのおさない妖精たちのように、力や、みずからのかたちが定まらないものとは違って、かれらはすでに数百年の生をもち、数千数万の夜と午とをすでに知った身の上である。ましてや風息は、稀なる力もつ、勁い妖精で、ある、黒くしなやかな獣のなりを本然とするとは雖も、ひとの姿に顕現して、尾のひとつ、耳朶のひとつを隠し切れない未熟さなどかれにはありうべからぬことだった。そのくせ、こうして夜伽の熱に浮かされて、眸を慾に、濡らして揺れるさなかには、こうして獣のすがたをとることを好んでいるようだった。その名のとおりに風のごとく疾駆するさまからはあまり想像つかないが、かれのからだは幾分重たいのだ。ひとのかたちであるときに、こうして洛竹に覆いかぶさってくることはまずないので、はたしてあちらのすがたであってもこれほどに重たいのか、推察しても証明はない。やさしく圧しかかり、貌を寄せる風息の、ひくく唸るたびに震える喉がよくみえる。噛みついたところでかれには寸分の痛みもないのだろうが、こうしてあまりに無防備にさらすのも如何なものかと思えてならない。わずかに鎖骨の覗いた襟元に鼻面をおしつけて何やら探りたしかめているらしい所作は、どうにもこそばゆくて辛抱ならないのだが。だいたい、獣の前脚では、洛竹の袂をくつろげるのも、肌を曝しあばらをなぞり、腰を撫でて慰め、馴らすにも不向きだろうに。
 「風息、待て」
 「……いやか」
 「違う、脱ぐから」
 めずらしいことだ、風息と閨をともにするようにな��て幾度の夜をすぎたかも覚えがないが、たいていの場合はかれのしたいようにさせている洛竹が、こうして言葉で制するのは。なにも、力の差や、単純な、思慕や恭順をしめすために、かれに組み敷かれていたのではない。おそれのゆえに風息に、追き従ってきたのなら、おそらくすでに去っていたのに違いない。愛撫を受けること、種の保存のためにまぐわいを必要としない妖精たちにとっては、肌をあわせ吐息をかさねることにさしたる意味はない。かれを拒む理由はなく、しかし、おなじだけ受け容れる理由もない。不器用な獣の前肢でもたもたと手間取っているのにしびれを切らす理由も、ないはずだった。短く告げられた言葉に思い至ったのか、どこか恥じらう素振りをみせながらのそりと大きな四肢を退かせた風息は、いつまでも慣れないしぐさである。もっとも、時がすぎて、互いの熱に浮かされたのちは、さすがにそうも躊躇ってはいないけれども。大きな体躯が退いたので、告げたとおりにてきぱきと衣服を落としてゆくと、さすがに夜気は肌に堪える、距離をとって洛竹が脱ぎきるのを待っているらしい風息は、ゆたかな毛皮に守られてそんな気配ひとつみせないのがどうにも腹立たしくなって、じとりと視線だけで睨めつけ、せめて幾らか熱を分けろとそばへ寄らせた。しぶしぶといった体で獣はからだを寄せはしたが、機嫌を損ねたか否かは、ただでさえ重たく長い毛並みが半分を覆い隠した顔貌の、表情からはうかがい知れなかった。
 「おまえは俺をなんだと思っているんだ」
 「それはこっちのせりふ。いいだろ、このからだは脱いだら寒いんだ。少しくらいあっためろよ」
 「成る程。こういう、こと、か?」
 納得したかにおもえた獣が、身をかがめて帯をゆるめ、紐を解いて衣服を落とす洛竹の所作をとどめて、俯いたあごのしたへ鼻面をくぐらせてぐいと持ち上げたので、なんだよじゃれつくな、と振り払おうとして、仰向かせられたあごに口づけの吐息が熱い。べろり、と容赦も遠慮もなしにねじ込まれる舌は獣のざらつき、口唇をなぞり、歯列をねぶり、いっそ執拗に舌をからませて漸く離れた風息の貌がずいぶん得意げなので、その太い頸に腕をまわしてぎゅうとしめつけてやったが、はたからみればただ獣に抱きついたのにすぎなかっただろう。こうした、短い、じゃれあいの延長に、肉慾をともなう触れあいをゆるしているのだ、とは思いたくなかった。かれにとって特別なのだ、とも、己惚れることのないようにしなければならない。吐息は熱かったろう、すっかり肌を露わにした洛竹のからだを、前肢で、舌で、なにより視線で、つまびらかにする作業を再開しながら、風息がくつくつと肩を震わせていることを知っていた。ちかごろとんと見なくなった、かれの心底の、おだやかな、わらい、絶えて久しかったものがあらわれるよろこびを、洛竹はすでに知ってしまった。軽口はそこまでのことで、真剣さを帯びて触れる前肢のうらの、よく地を蹴り踏みしめて厚く硬くなった蹠球の、どこかじっとりと湿ったさまが肌に吸い付くようだ。これを意図して獣のすがたを風息が撰んだとは思われないが、密にそろった毛並みの、尖った爪の、こまかい触感を伝えるのには不向きなものにつつまれたかれの前肢のなかで、こまかく肌をあらためるのにお誂え向きの部分である。何より風息が、やわらかい肌を踏んで引き伸ばし、その弾力を愉しんでいるのは明らかだった。
 「もう、こら、しつこい!」
 「すまない、おもしろくて」
 「ひとの踏み心地を確かめるだけならもう寝るぞ」
 「眠れやしないくせによくいう」
 「そうだよ、このまんまじゃ寒くって眠れやしない。おまえの毛皮とちがうんだこっちは」
 「だからあっためてやってるんじゃないか」
 まったく、ああいえばこういうんだから、口ばかりが達者になっていけない、と肩をすくめて、花の剣は今宵も踊る。かれがこのからだをあばいてあそんでいるとはかんじていない。手慰みに手折られた花になるつもりはないし、なにより、木属性を司り、森を愛したかれが、そんな無体をはたらくはずもないのだ。脱ぎ捨てた服が夜露に濡れるまえに房事が済むとは思っていない。いつのまにやらうつ伏して、ほとんど四肢の自由を奪われるように背後から圧し掛かけられて息が詰まる。すがたに意識や自我のすべてを支配されるとは、考えたくもなかったが、ぐ、と体重をこめておし広げられ、圧しつけられる情欲は獣のかたち、愉しみのために重ねる身体なら、あまい睦言や嬌声のたぐいもあっただろうが、もはや声は、風息の喉のおくのかすかな唸りと、押しつぶされかけて狭窄した、洛竹の胸をわずかに通る喘鳴のくるしげな響きのみ。ぎちぎちと万力で締め付けられるような痛みと、はらわたを穿たれるような錯覚、かならずしも快楽ばかりがあるわけもない。ちらちらと視界の端におどっているのは、昼日中に振るっていたグラジオラスの花弁だろうか、あるいは、夕餉に焚いた火の名残だろうか、ただ恍惚の、爆ぜるような、明滅だけが。東天に紅が射し、明星は堕ちて夜が明ける、夜が明ける、黎明に引き裂かれ、とばりはもはやかたちを成さない。夜は、明けて、しまった! たったひとりを微睡みのゆめに遺して。ふれた肌から感じるかれの霊と、火照るからだの熱と、ほとばしる慾とで、たがいの境もわからない。
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「これというものをひとつ書けばいい」
 森敦は、その実人生の「物語」で知られた人である。作家を志して旧制一高を中退、菊池寛や横光利一の推挙で若くして文壇デビュー。太宰治をはじめ当時の花形作家とも交わり、22歳にして『東京日日新聞』『大阪毎日新聞』に連載を持った。ところが、その後小説の発表は途絶え、山形、新潟、三重と各地を放浪する生活が始まる。おもしろいことに、その後も作家の間には森信者が増え続け、小島信夫、後藤明生、三好徹、勝目梓といった人々がしがない印刷会社に勤める無名の森敦に助言を求め続けた。人呼んで「森敦詣で」。以前、この書評欄でもとりあげた勝目梓『小説家』では、森の独特な振る舞いが次のように描写されている。
あるとき、池袋の居酒屋の二階の座敷で開かれた『茫』の合評会に、主宰者の高田欣一が、見るからに曲者といった印象の眼光鋭い五〇年配の人物を連れてきた。そうして、その人物はどこか胡散臭い感じを漂わせながら、しかし自信に満ちた断定的な口調で、その号に掲載されている作品の批評をはじめた。曲者然とした胡散臭い印象とは裏腹に、その批評は犀利である上に、問題の捉え方にきわだった独創性をうかがわせるところがあった。つまりその人物は、『茫』に掲載されている作品それぞれをタネにして、自身のユニークな文学観を開陳しているのだった。そうしてその場はその人物の独り舞台のようになっていた。(362-63)
 とにかく座談の名手。電話魔。作品への感想を求める作家たちとひとりひとり順番に面会し、思わせぶりな語り口に昔話や文学論を織り交ぜながらも貴重なコメントをしてくれる。「深淵の帝王」などとも呼ばれた。その森が62歳にしてついに「月山」で芥川賞を受賞することになる。今も破られていない芥川賞の「最年長受賞記録」である。「とにかくひとつこれというものを書けばいいのだ」というのは森の持論でもあったが、ついにそれを果たしたことになる。
 『森敦との時間』はこうして遅いデビューを果たした森の姿を、養女としてその生活を支えた富子の立場から描いたもので、『森敦との対話』につづく評伝となる。森敦は芥川受賞後、その波乱に富んだ人生や独特の雰囲気が話題になり、原稿の注文だけでなく、テレビ、ラジオの出演依頼も殺到した。住んでいたおんぼろアパートには毎晩のように崇拝者や編集者たちが押し寄せ、狭い四畳半にぎゅうぎゅうになって森の話に耳を傾ける。会社から帰った富子は毎晩その接待に追われた。缶詰をあけた程度のつまみも、あっという間になくなる。疲れ果てて缶詰めをあける余裕もないときは、鮨を頼むのだが...。
届いた鮨桶を卓袱台の中央に置くと、いっせいに客の箸がのびてくる。二重に並んでいた客が、右半身の一重の列になって、のばした箸で鮨をつまむ。みな右利きだから右手をのばせばいい。もし左利きがいたらおかしなことになるだろう。チチまでも半身に構えているからおかしい。(6)
 富子自身も作家志望だった。養女になったのも、森敦と同人誌で一緒だった縁からである。しかし、今の引用箇所からもわかるように、本書には作家的な、文学的な文章を書こうとする暗い情念や執着からついに自由になったような身軽さがある。語る自分の言葉に拘泥することなく、急ぎ足で、さっぱりした気分で、「まったく何言ってんだか!」というような突き放した口調とともに、「チチ」である森敦をからかうように、文句を言いながらも、愛おしんで語るのである。途中、文の主語が森敦なのか森富子なのかわからなくなるところもあるのだが、森の最晩年を描いた最終部では、それがくるっと感動的な場面に転換する。
会議で帰宅の遅い日は、冷蔵庫から料理を詰めたお重を食べる習わしが続いていた。しかし、私の帰宅を待つようになった。食卓に腰掛けて待つ姿を見るのはつらい。(252)
 もちろん「会議で帰宅の遅い」のは、会社勤めの富子である。「冷蔵庫から料理を詰めたお重を食べる習わし」は、外食嫌いの森敦のこと。「食卓に腰掛けて待つ」のは森敦で、それを見て「つらい」のは富子。ところがこの場面は、こんなふうに続く。
......食卓に腰掛けて待つ姿を見るのはつらい。わざと大声で「ただいま!」と叫び、冷蔵庫からお重を出し、ビールで乾杯をする。
「これ、飲んでくれないか」
 湯飲み茶碗くらいの小さなコップに入ったビールだ。それが飲めない! どうしたのだろう。
「そう」
 明るい声で言いながらコップを受け取って、私は一気に飲む。
「美味しかったね」
 チチは、さも自分が飲んだかのように言った。(252)
 なるほど、こういうことだったのだ。富子の飲んだ一杯のビールを、さも自分が飲んだかのように「美味しかったね」と言うようになった最晩年の森敦。養女になって一五年、一度も言われたことのなかった「ありがとう」という言葉を頻繁に口にするようになったのもこの頃だ。「美味しかったね、ありがとう」などとも言った。
 主語がなくてこんがらかるのは、決して一心同体ということではない。名前が言えないのはどこか関係が不安定なのである。どこか照れくさい。だから「チチ」なんていう窮余の策で言及する。困った人だけど愛しい。富子にとって森敦は終始「まったくもお」的な存在であった。自宅で散髪してあげたら、前髪のことで「こんなに、短く切ってしまって!」と大騒ぎ(たしかに写真で見るとふだんの森敦は前髪が長い)。富子が引いた電話なのに「長い」「使うな」と文句を言うかと思うと、自分では残飯の処理ひとつできない。テレビに出れば、ズボンの裾から下着が見えている。
 しかし、こんなふうに「まったくもお」の地点に持ってくるまでには、富子だってきっとたいへんだったのだ。あまりにカリスマ的だった森敦という人の言葉を、やわらかくほぐしてみせたのは富子の手柄の一つである。たとえば「月山」の生原稿紛失事件がちょっとしたサスペンスまじりに語られる箇所があるが(どこぞの「見目麗しい女性」にでもあげたのではないかと富子は疑ったりする!)、これにからめての以下のような一節がある。
チチは、ノートに書いている。
〈「存在」を意識するとは、失われたものがよみがえる(原文は傍点。以下、太字については同)ということである。失われたものがよみがえる(同)という概念が如何に重大であるか、これを見ても分ると思う。われわれが「存在」を意識するとき「嘔吐」するとは〈或は「笑う」とか、「絶望」するとか)この失われ(同)、そしてよみがえったものに対して、「嘔吐」するということである。〉(「吹雪からのたより」)
 チチの言う「存在」を「生原稿」と置き換えてみる。生原稿という存在を意識すると、失われた生原稿がよみがえってくる。よみがえってくるたびに、絶望的な気分になるし、ときには笑いが止まらぬほど喜劇的な気分になる。つまり、失われた生原稿に対して、「嘔吐」するのだという。
 チチと話した後に、嘔吐することがある。それは胃腸が弱いために起こる生理的な現象だと思っていた。嘔吐するのは、失われた生原稿がよみがえるからだろうか。 (125)
 森敦の省察にちょっと横からちょっかいを出して、厳かな「神話」をひっくり返そうとしたとも読める部分だが、最後の下りは逆に意味深長である。何しろ失われた生原稿には、「女」がからんでいたかもしれないのである。「養女」富子はいろいろと苦しい思いをしていたのかもしれない。
 急ぎ足に淡々と語るかのような口調なのに、何度も繰り返し出てくる話題がある。会社からの帰宅時に富子は電車に乗っていられなくなって何度もトイレに駆け込んだ。何時間もかけて都心から布田まで帰ったこともある。「途中下車病」などと富子はひょうきんに言ってみせるが、今で言うパニック障害だろう。接待ストレスだけではない。その根本には、折に触れて森敦から「書いてない!」と言われた富子の心の緊張があるように思える。もちろん、それは富子だけの問題ではない。書けるか、書けないか、というぎりぎりの境地を生きながら懸命に放浪した森敦にとっても、文章で生きるというのは苦しい怖ろしいことだったのである。
 将来を期待されながら原稿が書けず、ついに作家デビューを果たす機会を失ってしまった若き日の森敦。そのことがあったから、芥川賞受賞後の殺人的なスケジュールを体調を崩しながらも懸命にこなした。一度注文を断ったら、もう来なくなるかも知れない...、そんな恐怖感があった。ついに入院。富子はどんどん仕事を断った。しかし、断ったのは主にテレビやラジオの仕事だった。「そうかあ。もう仕事がないのか」と森敦は寂しそうだったが、富子は「侘びしい境地になれば、小説が書けるかもしれない」と思ったのである(133)。
 下手に文学的になるまい、と覚悟を決めて書いたようにも見える著者の筆が、最後に少しだけ居住まいを正したようになる箇所がある。腹部大動脈瘤で急死した森敦に霊安室で付き添う富子は、泣き崩れたいのに一滴の涙も出ない。そのとき、隣の部屋から女性の泣き声が響いたのである。
韓国の男性が交通事故死したという。泣き声は途切れることがなく、高く低く響く。チチへの手向けの泣き声のように聞こえる。(262)
 天才とははた迷惑なものだとよく言う。傍らにいる人には、本人の分も含めて言いようのない「負担」がかかる。森敦が天才だったのかどうかは筆者にはわからないが、ともかく理解しがたい人を「天才」と呼んですませるのは安易なような気もする。書ける・書けないという地点に踏みとどまり、その苦難を味わいつづけたからこそ、彼は「書く人」に伝えるべき言葉を持ち得たのではないだろうか。
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toubi-zekkai · 3 years
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厚着紳士
 夜明けと共に吹き始めた強い風が乱暴に街の中を掻き回していた。猛烈な嵐到来の予感に包まれた私の心は落ち着く場所を失い、未だ薄暗い部屋の中を一人右往左往していた。  昼どきになると空の面は不気味な黒雲に覆われ、強面の風が不気味な金切り声を上げながら羊雲の群れを四方八方に追い散らしていた。今にも荒れた空が真っ二つに裂けて豪雨が降り注ぎ蒼白い雷の閃光とともに耳をつんざく雷鳴が辺りに轟きそうな気配だったが、一向に空は割れずに雨も雷も落ちて来はしなかった。半ば待ち草臥れて半ば裏切られたような心持ちとなって家を飛び出した私はあり合わせの目的地を決めると道端を歩き始めた。
 家の中に居た時分、壁の隙間から止め処なく吹き込んで来る冷たい風にやや肌寒さを身に感じていた私は念には念を押して冬の格好をして居た。私は不意に遭遇する寒さと雷鳴と人間というものが大嫌いな人間だった。しかし家の玄関を出てしばらく歩いてみると暑さを感じた。季節は四月の半ばだから当然である。だが暑さよりもなおのこと強く肌身に染みているのは季節外れの格好をして外を歩いている事への羞恥心だった。家に戻って着替えて来ようかとも考えたが、引き返すには惜しいくらいに遠くまで歩いて来てしまったし、つまらない羞恥心に左右される事も馬鹿馬鹿しく思えた。しかしやはり恥ずかしさはしつこく消えなかった。ダウンジャケットの前ボタンを外して身体の表面を涼風に晒す事も考えたが、そんな事をするのは自らの過ちを強調する様なものでなおのこと恥ずかしさが増すばかりだと考え直した。  みるみると赤い悪魔の虜にされていった私の視線は自然と自分の同族を探し始めていた。この羞恥心を少しでも和らげようと躍起になっていたのだった。併せて薄着の蛮族達に心中で盛大な罵詈雑言を浴びせ掛けることも忘れなかった。風に短いスカートの裾を靡かせている女を見れば「けしからん破廉恥だ」と心中で眉をしかめ、ポロシャツの胸襟を開いてがに股で歩いている男を見れば「軟派な山羊男め」と心中で毒づき、ランニングシャツと短パンで道をひた向きに走る男を見れば「全く君は野蛮人なのか」と心中で断罪した。蛮族達は吐いて捨てる程居るようであり、片時も絶える事無く非情の裁きを司る私の目の前に現れた。しかし一方肝心の同志眷属とは中々出逢う事が叶わなかった。私は軽薄な薄着蛮族達と擦れ違うばかりの状況に段々と言い知れぬ寂寥の感を覚え始めた。今日の空が浮かべている雲の表情と同じように目まぐるしく移り変わって行く街色の片隅にぽつ念と取り残されている季節外れの男の顔に吹き付けられる風は全く容赦がなかった。  すると暫くして遠く前方に黒っぽい影が現れた。最初はそれが何であるか判然としなかったが、姿が近付いて来るにつれて紺のロングコートを着た中年の紳士だという事が判明した。厚着紳士の顔にはその服装とは対照的に冷ややかで侮蔑的な瞳と余情を許さない厳粛な皺が幾重も刻まれていて、風に靡く薄く毛の細い頭髪がなおのこと厳しく薄ら寒い印象に氷の華を添えていた。瞬く間に私の身内を冷ややかな緊張が走り抜けていった。強張った背筋は一直線に伸びていた。私の立場は裁く側から裁かれる側へと速やかに移行していた。しかし同時にそんな私の顔にも彼と同じ冷たい眼差しと威厳ある皺がおそらくは刻まれて居たのに違いない。私の面持ちと服装に疾風の如く視線を走らせた厚着紳士の瞳に刹那ではあるが同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情が浮かんでいた。  かくして二人の孤独な紳士はようやく相まみえたのだった。しかし紳士たる者その感情を面に出すことをしてはいけない。笑顔を見せたり握手をする等は全くの論外だった。寂しく風音が響くだけの沈黙の内に二人は互いのぶれない矜持を盛大に讃え合い、今後ともその厚着ダンディズムが街中に蔓延る悪しき蛮習に負けずに成就する事を祈りつつ、何事も無かったかの様に颯然と擦れ違うと、そのまま振り返りもせずに各々の目指すべき場所へと歩いて行った。  名乗りもせずに風と共に去って行った厚着紳士を私は密かな心中でプルースト君と呼ぶ事にした。プルースト君と出逢い、列風に掻き消されそうだった私の矜持は不思議なくらい息を吹き返した。羞恥心の赤い炎は青く清浄な冷や水によって打ち消されたのだった。先程まで脱ぎたくて仕方のなかった恥ずかしいダウンジャケットは紳士の礼服の風格を帯び、私は風荒れる街の道を威風堂々と闊歩し始めた。  しかし道を一歩一歩進む毎に紳士の誇りやプルースト君の面影は嘘のように薄らいでいった。再び羞恥心が生い茂る雑草の如く私の清らかな魂の庭園を脅かし始めるのに大して時間は必要無かった。気が付かないうちに恥ずかしい事だが私はこの不自然な恰好が何とか自然に見える方法を思案し始めていた。  例えば私が熱帯や南国から日本に遣って来て間もない異国人だという設定はどうだろうか?温かい国から訪れた彼らにとっては日本の春の気候ですら寒く感じるはずだろう。当然彼らは冬の格好をして外を出歩き、彼らを見る人々も「ああ彼らは暑い国の人々だからまだ寒く感じるのだな」と自然に思うに違いない。しかし私の風貌はどう見ても平たい顔の日本人であり、彼らの顔に深々と刻まれて居る野蛮な太陽の燃える面影は何処にも見出す事が出来無かった。それよりも風邪を引いて高熱を出して震えている病人を装った方が良いだろう。悪寒に襲われながらも近くはない病院へと歩いて行かねばならぬ、重苦を肩に背負った病の人を演じれば、見る人は冬の格好を嘲笑うどころか同情と憐憫の眼差しで私を見つめる事に違いない。こんな事ならばマスクを持ってくれば良かったが、マスク一つを取りに帰るには果てしなく遠い場所まで���いて来てしまった。マスクに意識が囚われると、マスクをしている街の人間の多さに気付かされた。しかし彼らは半袖のシャツにマスクをしていたりスカートを履きながらマスクをしている。一体彼らは何の為にマスクをしているのか理解に苦しんだ。  暫くすると、私は重篤な病の暗い影が差した紳士見習いの面持ちをして難渋そうに道を歩いていた。それは紳士である事と羞恥心を軽減する事の折衷策、悪く言うならば私は自分を誤魔化し始めたのだった。しかしその効果は大きいらしく、擦れ違う人々は皆同情と憐憫の眼差しで私の顔を伺っているのが何となく察せられた。しかしかの人々は安易な慰めを拒絶する紳士の矜持をも察したらしく私に声を掛けて来る野暮な人間は誰一人として居なかった。ただ、紐に繋がれて散歩をしている小さな犬がやたらと私に向かって吠えて来たが、所詮は犬や猫、獣の類にこの病の暗い影が差した厚着紳士の美学が理解出来るはずも無かった。私は子犬に吠えられ背中や腋に大量の汗を掻きながらも未だ誇りを失わずに道を歩いていた。  しかし度々通行人達の服装を目にするにつれて、段々と私は自分自身が自分で予想していたよりは少数部族では無いという事に気が付き始めていた。歴然とした厚着紳士は皆無だったが、私のようにダウンを着た厚着紳士見習い程度であったら見つける事もそう難しくはなかった。恥ずかしさが少しずつ消えて無くなると抑え込んでいた暑さが急激に肌を熱し始めた。視線が四方に落ち着かなくなった私は頻りと人の視線を遮る物陰を探し始めた。  泳ぐ視線がようやく道の傍らに置かれた自動販売機を捉えると、駆けるように近付いて行ってその狭い陰に身を隠した。恐る恐る背後を振り返り誰か人が歩いて来ないかを確認すると運悪く背後から腰の曲がった老婆が強風の中難渋そうに手押し車を押して歩いて来るのが見えた。私は老婆の間の悪さに苛立ちを隠せなかったが、幸いな事に老婆の背後には人影が見られなかった。あの老婆さえ遣り過ごしてしまえばここは人々の視線から完全な死角となる事が予測出来たのだった。しかしこのまま微動だにせず自動販売機の陰に長い間身を隠しているのは怪し過ぎるという思いに駆られて、渋々と歩み出て自動販売機の目の前に仁王立ちになると私は腕を組んで眉間に深い皺を作った。買うべきジュースを真剣に吟味選抜している紳士の厳粛な態度を装ったのだった。  しかし風はなお強く老婆の手押し車は遅々として進まなかった。自動販売機と私の間の空間はそこだけ時間が止まっているかのようだった。私は緊張に強いられる沈黙の重さに耐えきれず、渋々ポケットから財布を取り出し、小銭を掴んで自動販売機の硬貨投入口に滑り込ませた。買いたくもない飲み物を選ばさられている不条理や屈辱感に最初は腹立たしかった私もケース内に陳列された色取り取りのジュース缶を目の前にしているうちに段々と本当にジュースを飲みたくなって来てその行き場の無い怒りは早くボタンを押してジュースを手に入れたいというもどかしさへと移り変わっていった。しかし強風に負けじとか細い腕二つで精一杯手押し車を押して何とか歩いている老婆を責める事は器量甚大懐深き紳士が為す所業では無い。そもそも恨むべきはこの強烈な風を吹かせている天だと考えた私は空を見上げると恨めしい視線を天に投げ掛けた。  ようやく老婆の足音とともに手押し車が地面を擦る音が背中に迫った時、私は満を持して自動販売機のボタンを押した。ジュースの落下する音と共に私はペットボトルに入ったメロンソーダを手に入れた。ダウンの中で汗を掻き火照った身体にメロンソーダの冷たさが手の平を通して心地よく伝わっ��。���くの間余韻に浸っていると老婆の手押し車が私の横に現れ、みるみると通り過ぎて行った。遂に機は熟したのだった。私は再び自動販売機の物陰に身を隠すと念のため背後を振り返り人の姿が見えない事を確認した。誰も居ないことが解ると急ぐ指先でダウンジャケットのボタンを一つまた一つと外していった。最後に上から下へとファスナーが降ろされると、うっとりとする様な涼しい風が開けた中のシャツを通して素肌へと心地良く伝わって来た。涼しさと開放感に浸りながら手にしたメロンソーダを飲んで喉の渇きを潤した私は何事も無かったかのように再び道を歩き始めた。  坂口安吾はかの著名な堕落論の中で昨日の英雄も今日では闇屋になり貞淑な未亡人も娼婦になるというような意味の事を言っていたが、先程まで厚着紳士見習いだった私は破廉恥な軟派山羊男に成り下がってしまった。こんな格好をプルースト君が見たらさぞかし軽蔑の眼差しで私を見詰める事に違いない。たどり着いた駅のホームの長椅子に腰をかけて、何だか自身がどうしようもなく汚れてしまったような心持ちになった私は暗く深く沈み込んでいた。膝の上に置かれた飲みかけのメロンソーダも言い知れぬ哀愁を帯びているようだった。胸を内を駆け巡り始めた耐えられぬ想いの脱出口を求めるように視線を駅の窓硝子越しに垣間見える空に送ると遠方に高く聳え立つ白い煙突塔が見えた。煙突の先端から濛々と吐き出される排煙が恐ろしい程の速さで荒れた空の彼岸へと流されている。  耐えられぬ思いが胸の内を駆け駅の窓硝子越しに見える空に視線を遣ると遠方に聳える白い煙突塔から濛々と吐き出されている排煙が恐ろしい速度で空の彼岸へと流されている様子が見えた。目には見えない風に流されて行く灰色に汚れた煙に対して、黒い雲に覆われた空の中に浮かぶ白い煙突塔は普段青い空の中で見ている雄姿よりもなおのこと白く純潔に光り輝いて見えた。何とも言えぬ気持の昂ぶりを覚えた私は思わずメロンソーダを傍らに除けた。ダウンジャケットの前ボタンに右手を掛けた。しかしすぐにまた思い直すと右手の位置を元の場所に戻した。そうして幾度となく決意と逡巡の間を行き来している間に段々と駅のホーム内には人間が溢れ始めた。強風の影響なのか電車は暫く駅に来ないようだった。  すると駅の階段を昇って来る黒い影があった。その物々しく重厚な風貌は軽薄に薄着を纏った人間の群れの中でひと際異彩を放っている。プルースト君だった。依然として彼は分厚いロングコートに厳しく身を包み込み、冷ややかな面持ちで堂々と駅のホームを歩いていたが、薄い頭髪と額には薄っすらと汗が浮かび、幅広い額を包むその辛苦の結晶は天井の蛍光灯に照らされて燦燦と四方八方に輝きを放っていた。私にはそれが不撓不屈の王者だけが戴く栄光の冠に見えた。未だ変わらずプルースト君は厚着紳士で在り続けていた。  私は彼の胸中に宿る鋼鉄の信念に感激を覚えると共に、それとは対照的に驚く程簡単に退転してしまった自分自身の脆弱な信念を恥じた。俯いて視線をホームの床に敷き詰められた正方形タイルの繋ぎ目の暗い溝へと落とした。この惨めな敗残の姿が彼の冷たい視線に晒される事を恐れ心臓から足の指の先までが慄き震えていた。しかしそんな事は露とも知らぬプルースト君はゆっくりとこちらへ歩いて来る。迫り来る脅威に戦慄した私は慌ててダウンのファスナーを下から上へと引き上げた。紳士の体裁を整えようと手先を闇雲に動かした。途中ダウンの布地が間に挟まって中々ファスナーが上がらない問題が浮上したものの、結局は何とかファスナーを上まで閉め切った。続けてボタンを嵌め終えると辛うじて私は張りぼてだがあの厚着紳士見習いの姿へと復活する事に成功した。  膝の上に置いてあった哀愁のメロンソーダも何となく恥ずかしく邪魔に思えて、隠してしまおうとダウンのポケットの中へとペットボトルを仕舞い込んでいた時、華麗颯爽とロングコートの紺色の裾端が視界の真横に映り込んだ。思わず私は顔を見上げた。顔を上方に上げ過ぎた私は天井の蛍光灯の光を直接見てしまった。眩んだ目を閉じて直ぐにまた開くとプルースト君が真横に厳然と仁王立ちしていた。汗ばんだ蒼白い顔は白い光に包まれてなおのこと白く、紺のコートに包まれた首から上は先程窓から垣間見えた純潔の白い塔そのものだった。神々しくさえあるその立ち姿に畏敬の念を覚え始めた私の横で微塵も表情を崩さないプルースト君は優雅な動作で座席に腰を降ろすとロダンの考える人の様に拳を作った左手に顎を乗せて対岸のホームに、いやおそらくはその先の彼方にある白い塔にじっと厳しい視線を注ぎ始めた。私は期待を裏切らない彼の態度及び所作に感服感激していたが、一方でいつ自分の棄教退転が彼に見破られるかと気が気ではなくダウンジャケットの中は冷や汗で夥しく濡れ湿っていた。  プルースト君が真実の威厳に輝けば輝く程に、その冷たい眼差しの一撃が私を跡形もなく打ち砕くであろう事は否応無しに予想出来る事だった。一刻も早く電車が来て欲しかったが、依然として電車は暫くこの駅にはやって来そうになかった。緊張と沈黙を強いられる時間が二人の座る長椅子周辺を包み込み、その異様な空気を察してか今ではホーム中に人が溢れ返っているのにも関わらず私とプルースト君の周りには誰一人近寄っては来なかった。群衆の騒めきでホーム内は煩いはずなのに不思議と彼らの出す雑音は聞こえなかった。蟻のように蠢く彼らの姿も全く目に入らず、沈黙の静寂の中で私はただプルースト君の一挙手に全神経を注いでいた。  すると不意にプルースト君が私の座る右斜め前に視線を落とした。突然の動きに驚いて気が動転しつつも私も追ってその視線の先に目を遣った。プルースト君は私のダウンジャケットのポケットからはみ出しているメロンソーダの頭部を見ていた。私は愕然たる思いに駆られた。しかし今やどうする事も出来ない。怜悧な思考力と電光石火の直観力を併せ持つ彼ならばすぐにそれが棄教退転の証拠だという事に気が付くだろう。私は半ば観念して恐る恐るプルースト君の横顔を伺った。悪い予感は良く当たると云う。案の定プルースト君の蒼白い顔の口元には哀れみにも似た冷笑が至極鮮明に浮かんでいた。  私はというとそれからもう身を固く縮めて頑なに瞼を閉じる事しか出来なかった。遂に私が厚着紳士道から転がり落ちて軟派な薄着蛮族の一員と成り下がった事を見破られてしまった。卑怯千万な棄教退転者という消す事の出来ない烙印を隣に座る厳然たる厚着紳士に押されてしまった。  白い煙突塔から吐き出された排煙は永久に恥辱の空を漂い続けるのだ。あの笑みはかつて一心同体であった純白の塔から汚れてしまった灰色の煙へと送られた悲しみを押し隠した訣別の笑みだったのだろう。私は彼の隣でこのまま電車が来るのを待ち続ける事が耐えられなくなって来た。私にはプルースト君と同じ電車に乗る資格はもう既に失われているのだった。今すぐにでも立ち上がってそのまま逃げるように駅を出て、家に帰ってポップコーンでも焼け食いしよう、そうして全てを忘却の風に流してしまおう。そう思っていた矢先、隣のプルースト君が何やら慌ただしく動いている気配が伝わってきた。私は薄目を開いた。プルースト君はロングコートのポケットの中から何かを取り出そうとしていた。メロンソーダだった。驚きを隠せない私を尻目にプルースト君は渇き飢えた飼い豚のようにその薄緑色の炭酸ジュースを勢い良く飲み始めた。みるみるとペットボトルの中のメロンソーダが半分以上が無くなった。するとプルースト君は下品極まりないげっぷを数回したかと思うと「暑い、いや暑いなあ」と一人小さく呟いてコートのボタンをそそくさと外し始めた。瞬く間にコートの前門は解放された。中から汚い染みの沢山付着した白いシャツとその白布に包まれただらしのない太鼓腹が堂々と姿を現した。  私は暫くの間呆気に取られていた。しかしすぐに憤然と立ち上がった。長椅子に座ってメロンソーダを飲むかつてプルースト君と言われた汚物を背にしてホームの反対方向へ歩き始めた。出来る限りあの醜悪な棄教退転者から遠く離れたかった。暫く歩いていると、擦れ違う人々の怪訝そうな視線を感じた。自分の顔に哀れな裏切り者に対する軽侮の冷笑が浮かんでいる事に私は気が付いた。  ホームの端に辿り着くと私は視線をホームの対岸にその先の彼方にある白い塔へと注いた。黒雲に覆われた白い塔の陰には在りし日のプルースト君の面影がぼんやりとちらついた。しかしすぐにまた消えて無くなった。暫くすると白い塔さえも風に流れて来た黒雲に掻き消されてしまった。四角い窓枠からは何も見え無くなり、軽薄な人間達の姿と騒めきが壁に包まれたホーム中に充満していった。  言い知れぬ虚無と寂寥が肌身に沁みて私は静かに両の瞳を閉じた。周囲の雑音と共に色々な想念が目まぐるしく心中を通り過ぎて行った。プルースト君の事、厚着紳士で在り続けるという事、メロンソーダ、白い塔…、プルースト君の事。凡そ全てが雲や煙となって無辺の彼方へと押し流されて行った。真夜中と見紛う暗黒に私の全視界は覆われた。  間もなくすると闇の天頂に薄っすらと白い点が浮かんだ。最初は小さく朧げに白く映るだけだった点は徐々に膨張し始めた。同時に目も眩む程に光り輝き始めた。終いには白銀の光を溢れんばかりに湛えた満月並みの大円となった。実際に光は丸い稜線から溢れ始めて、激しい滝のように闇の下へと流れ落ち始めた。天頂から底辺へと一直線に落下する直瀑の白銀滝は段々と野太��なった。反対に大円は徐々に縮小していって再び小さな点へと戻っていった。更にはその点すらも闇に消えて、視界から見え無くなった直後、不意に全ての動きが止まった。  流れ落ちていた白銀滝の軌跡はそのままの光と形に凝固して、寂滅の真空に荘厳な光の巨塔が顕現した。その美々しく神々しい立ち姿に私は息をする事さえも忘れて見入った。最初は塔全体が一つの光源体の様に見えたが、よく目を凝らすと恐ろしく小さい光の結晶が高速で点滅していて、そうした極小微細の光片が寄り集まって一本の巨塔を形成しているのだという事が解った。その光の源が何なのかは判別出来なかったが、それよりも光に隙間無く埋められている塔の外壁の内で唯一不自然に切り取られている黒い正方形の個所がある事が気になった。塔の頂付近にその不可解な切り取り口はあった。怪しみながら私はその内側にじっと視線を集中させた。  徐々に瞳が慣れて来ると暗闇の中に茫漠とした人影の様なものが見え始めた。どうやら黒い正方形は窓枠である事が解った。しかしそれ以上は如何程目を凝らしても人影の相貌は明確にならなかった。ただ私の方を見ているらしい彼が恐ろしい程までに厚着している事だけは解った。あれは幻の厚着紳士なのか。思わず私は手を振ろうとした。しかし紳士という言葉の響きが振りかけた手を虚しく元の位置へと返した。  すると間も無く塔の根本周辺が波を打って揺らぎ始めた。下方からから少しずつ光の塔は崩れて霧散しだした。朦朧と四方へ流れ出した光群は丸く可愛い尻を光らせて夜の河を渡っていく銀蛍のように闇の彼方此方へと思い思いに飛んで行った。瞬く間に百千幾万の光片が暗闇一面を覆い尽くした。  冬の夜空に散りばめられた銀星のように暗闇の満天に煌く光の屑は各々少しずつその輝きと大きさを拡大させていった。間もなく見つめて居られ無い程に白く眩しくなった。耐えられ無くなった私は思わず目を見開いた。するとまた今度は天井の白い蛍光灯の眩しさが瞳を焼いた。いつの間にか自分の顔が斜め上を向いていた事に気が付いた。顔を元の位置に戻すと、焼き付いた白光が徐々に色褪せていった。依然として変わらぬホームの光景と。周囲の雑多なざわめきが目と耳に戻ると、依然として黒雲に覆い隠されている窓枠が目に付いた。すぐにまた私は目を閉じた。暗闇の中をを凝視してつい先程まで輝いていた光の面影を探してみたが、瞼の裏にはただ沈黙が広がるばかりだった。  しかし光り輝く巨塔の幻影は孤高の紳士たる決意を新たに芽生えさせた。私の心中は言い知れない高揚に包まれ始めた。是が非でも守らなければならない厚着矜持信念の実像をこの両の瞳で見た気がした。すると周囲の雑音も不思議と耳に心地よく聞こえ始めた。  『この者達があの神聖な光を見る事は決して無い事だろう。あの光は選ばれた孤高の厚着紳士だけが垣間見る事の出来る祝福の光なのだ。光の巨塔の窓に微かに垣間見えたあの人影はおそらく未来の自分だったのだろう。完全に厚着紳士と化した私が現在の中途半端な私に道を反れることの無いように暗示訓戒していたに違いない。しかしもはや誰に言われなくても私が道を踏み外す事は無い。私の上着のボタンが開かれる事はもう決して無い。あの白い光は私の脳裏に深く焼き付いた』  高揚感は体中の血を上気させて段々と私は喉の渇きを感じ始めた。するとポケットから頭を出したメロンソーダが目に付いた。再び私の心は激しく揺れ動き始めた。  一度は目を逸らし二度目も逸らした。三度目になると私はメロンソーダを凝視していた。しかし迷いを振り払うかの様に視線を逸らすとまたすぐに前を向いた。四度目、私はメロンソーダを手に持っていた。三分の二以上減っていて非常に軽い。しかしまだ三分の一弱は残っている。ペットボトルの底の方で妖しく光る液体の薄緑色は喉の渇き切った私の瞳に避け難く魅惑的に映った。  まあ、喉を潤すぐらいは良いだろう、ダウンの前を開かない限りは。私はそう自分に言い聞かせるとペットボトルの口を開けた。間を置かないで一息にメロンソーダを飲み干した。  飲みかけのメロンソーダは炭酸が抜けきってしつこい程に甘く、更には生ぬるかった。それは紛れも無く堕落の味だった。腐った果実の味だった。私は何とも言えない苦い気持ちと後悔、更には自己嫌悪の念を覚えて早くこの嫌な味を忘れようと盛んに努めた。しかし舌の粘膜に絡み付いた甘さはなかなか消える事が無かった。私はどうしようも無く苛立った。すると突然隣に黒く長い影が映った。プルースト君だった。不意の再再会に思考が停止した私は手に持った空のメロンソーダを隠す事も出来ず、ただ茫然と突っ立っていたが、すぐに自分が手に握るそれがとても恥ずかしい物のように思えて来てメロンソーダを慌ててポケットの中に隠した。しかしプルースト君は私の隠蔽工作を見逃しては居ないようだった。すぐに自分のポケットから飲みかけのメロンソーダを取り出すとプルースト君は旨そうに大きな音を立ててソーダを飲み干した。乾いたゲップの音の響きが消える間もなく、透明になったペットボトルの蓋を華麗優雅な手捌きで閉めるとプルースト君はゆっくりとこちらに視線を向けた。その瞳に浮かんでいたのは紛れもなく同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情だった。  間もなくしてようやく電車が駅にやって来た。プルースト君と私は仲良く同じ車両に乗った。駅に溢れていた乗客達が逃げ場無く鮨詰めにされて居る狭い車内は冷房もまだ付いておらず蒸し暑かった。夥しい汗で額や脇を濡らしたプルースト君の隣で私はゆっくりとダウンのボタンに手を掛けた。視界の端に白い塔の残映が素早く流れ去っていった。
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isakicoto2 · 3 years
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青と金色
■サイレンス
この部屋のインターフォンも灰色のボタンも、だいぶ見慣れてきた。指で押し込めて戻すと、ピーンポーンと内側に引っ込んだような軽い電子音が鳴る。まだこの地に来た頃はこうやって部屋主を呼び出して待つのが不思議な気分だった。鍵は開かれていたし、裏口だって知っていたから。 「…さむっ」 ひゅうう、と冷たい風が横から吹き込んで、思わずそう呟いて肩を縮めた。今週十二月に入ったばかりなのに、日が落ちると驚くほど冷え込む。今日に限って天気予報を観ていなかったけれど、今夜はいつもと比べても一段と寒いらしい。 近いし、どうせすぐだからと、ろくに防寒のことを考えずに部屋を出てきたのは失敗だった。目についた適当なトレーナーとパンツに着替え、いつものモッズコートを羽織った。おかげで厚みは足りないし、むき出しの両手は指先が赤くなるほど冷えてしまっている。こんなに寒いのならもっとしっかりと重ね着してこれば良かった。口元が埋まるくらいマフラーをぐるぐるに巻いてきたのは正解だったけれど。 いつもどおりインターフォンが繋がる気配はないけれど、その代わりに扉の奥からかすかに足音が近付く。カシャリ、と内側から錠の回る音がして目の前の扉が開かれた。 「おつかれ、ハル」 部屋の主は片手で押すように扉を開いたまま、咎めることも大仰に出迎えることもなく、あたたかい灯りを背にして、ただ静かにそこに佇んでいた。 「やっと来たか」 「はは、レポートなかなか終わらなくって…。遅くなっちゃってごめんね」 マフラー越しに笑いかけると、遙は小さく息をついたみたいだった。一歩進んで内側に入り、重たく閉じかける扉を押さえてゆっくりと閉める。 「あ、ここで渡しちゃうからいいよ」 そのまま部屋の奥に進もうとする遙を呼び止めて、玄関のたたきでリュックサックを開けようと背から下ろした。 遙に借りていたのはスポーツ心理学に関する本とテキストだった。レポート課題を進めるのに内容がちょうど良かったものの自分の大学の図書館では既に貸し出し中で、書店で買うにも版元から取り寄せるのに時間がかかるとのことだった。週明けの午後の講義で遙が使うからそれまでには返す、お互いの都合がつく日曜日の夕方頃に部屋に渡しに行く、と約束していたのだ。行きつけのラーメン屋で並んで麺を啜っていた、週の頭のことだった。 「いいから上がれよ」遙は小さく振り返りながら促した。奥からほわんとあたたかい空気が流れてくる。そこには食べ物やひとの生活の匂いが確かに混じっていて、色に例えるなら、まろやかなクリーム色とか、ちょうど先日食べたラーメンのスープみたいなあたたかい黄金色をしている。それにひとたび触れてしまうと、またすぐに冷えた屋外を出て歩くために膨らませていた気力が、しるしるとしぼんでしまうのだ。 雪のたくさん降る場所に生まれ育ったくせに、寒いのは昔から得意じゃない。遙だってそのことはよく知っている。もちろん、帰ってやるべきことはまだ残っている。けれどここは少しだけ優しさに甘えようと決めた。 「…うん、そうだね。ありがと、ハル」 お邪魔しまーす。そう小さく呟いて、脱いだ靴を揃える。脇には見慣れたスニーカーと、濃い色の革のショートブーツが並んでいた。首に巻いたマフラーを緩めながら短い廊下を歩き進むうちに、程よくあたためられた空気に撫ぜられ、冷えきった指先や頬がぴりぴりと痺れて少しだけ痒くなる。 キッチンの前を通るときに、流しに置かれた洗いかけの食器や小鍋が目に入った。どうやら夕食はもう食べ終えたらしい。家を出てくる前までは課題に夢中だったけれど、意識すると、空っぽの胃袋が悲しげにきゅうと鳴った。昼は簡単な麺類で済ませてしまったから、帰りにがっつり肉の入ったお弁当でも買って帰ろう。しぼんだ胃袋をなぐさめるようにそう心に決めた。 「外、風出てきたから結構寒くってさ。ちょっと歩いてきただけなのに冷えちゃった」 「下旬並だってテレビで言ってた。わざわざ来させて悪かったな」 「ううん、これ貸してもらって助かったよ。レポートもあと少しで終わるから、今日はちゃんと寝られそう……」 遙に続いてリビングに足を踏み入れ、そこまで口にしたところで言葉が詰まってしまった。ぱちり、ぱちりと大きく瞬きをして眼下の光景を捉え直す。 部屋の真ん中に陣取って置かれているのは、彼の実家のものより一回り以上小さいサイズの炬燵だ。遙らしい大人しい色合いの炬燵布団と毛布が二重にして掛けられていて、丸みがかった正方形の天板が上に乗っている。その上にはカバーに入ったティッシュ箱だけがちょんとひとつ置かれていた。前回部屋に訪れたときにはなかったものだ。去年は持っていなくて、今年は買いたいと言っていたことを思い出す。けれど、それはさして驚くようなことでもない。 目を奪われたのは、その場所に半分身を埋めて横になり、座布団を枕にして寝息を立てている人物のことだった。 「…えっ、ええっ? 凛!?」 目の前で眠っているのは、紛れもなく、あの松岡凛だった。普段はオーストラリアにいるはずの、同郷の大切な仲間。凛とはこの夏、日本国内の大会に出ていた時期に会って以来、メールやメディア越しにしか会えていなかった。 「でかい声出すな、凛が起きる」 しいっと遙が小声で咎めてくる。あっ、と慌てたけれど、当の凛は起きるどころか身じろぐこともな��、ぐっすりと深く眠ってしまっているようだった。ほっと胸を撫で下ろす。 「ああ、ご、ごめんね…」 口をついて出たものの、誰に、何に対してのごめんなのか自分でもよく分からない。凛がここにいるとは予想だにしていなかったから、ひどく驚いてしまった。 凛は今までも、自分を含め東京に住んでいる友達の部屋に泊まっていくことがあった。凛は東京に住まいを持たない。合宿や招待されたものならば宿が用意されるらしいけれど、そうでない用事で東京に訪れることもしばしばあるのだそうだ。その際には、自費で安いビジネスホテルを使うことになる。一泊や二泊ならともかく、それ以上連泊になると財布への負担も大きいことは想像に難くない。 東京には少なくとも同級生だけで遙と貴澄と自分が住んでいる。貴澄は一人暮らしでないからきっと勝手も違うのだろうが、遙と自分はその点都合が良い。特に遙は同じ道を歩む選手同士だ。凛自身はよく遠慮もするけれど、彼の夢のために、できるだけの協力はしてやりたい。それはきっと、隣に並ぶ遙も同じ気持ちなのだと思う。 とはいえ、凛が来ているのだと知っていれば、もう少し訪問の日時も考えたのに。休日の夜の、一番くつろげる時間帯。遙ひとりだと思っていたから、あまり気も遣わず来てしまったのに。 「ハル、一言くらい言ってくれればいいのに」 強く非難する気はなかったけれど、つい口をついて本音が出てしまった。あえて黙っていた遙にじとりと視線を向ける。遙はぱちり、ぱちりと目を瞬かせると、きゅっと小さく眉根を寄せ、唇を引き結んだ。 「別に…それが断わる理由にはならないだろ」 そう答えて視線を外す遙の表情には少し苦い色が含まれていて、それでまた一歩、確信に近付いたような気がした。近くで、このごろはちょっと離れて、ずっと見てきたふたりのこと。けれど今はそっと閉じて黙っておく。決してふたりを責めたてたいわけではないのだ。 「…ん、そうだね」 漂う空気を曖昧にぼかして脇にやり、「でも、びっくりしたなぁ」と声のトーンを上げた。遙は少しばつが悪そうにしていたけれど、ちらりと視線を戻してくる。困らせたかな、ごめんね、と心の中で語りかけた。 「凛がこの時期に帰ってくるなんて珍しいよね。前に連絡取り合ったときには言ってなかったのに」 「ああ…俺も、数日前に聞いた。こっちで雑誌だかテレビだかの取材を受けるとかで呼ばれたらしい」 なんでも、その取材自体は週明けに予定されていて、主催側で宿も用意してくれているらしい。凛はその予定の数日前、週の終わり際に東京にやって来て、この週末は遙の部屋に泊まっているのだそうだ。今は確かオフシーズンだけれど、かといってあちこち遊びに行けるほど暇な立場ではないのだろうし、凛自身の性格からしても、基本的に空いた時間は練習に費やそうとするはずだ。メインは公的な用事とはいえ、今回の東京訪問は彼にとってちょっとした息抜きも兼ねているのだろう。 「次に帰ってくるとしたら年末だもんね。早めの休みでハルにも会えて、ちょうど良かったんじゃない」 「それは、そうだろうけど…」 遙は炬燵の傍にしゃがみこんで、凛に視線を向けた。 「ろくに連絡せずに急に押しかけてきて…本当に勝手なやつ」 すうすうと寝息を立てる凛を見やって、遙は小さく溜め息をついた。それでも、見つめるその眼差しはやわらかい。そっと細められた瞳が何もかもを物語っている気がする。凛は、見ている限り相変わらずみたいだけれど。ふたりのそんな姿を見ていると自然と笑みがこぼれた。 ハル、あのね。心の中でこっそり語りかけながら、胸の内側にほこほことあたたかい感情が沸き上がり広がっていくのが分かった。 凛って、どんなに急でもかならず前もって連絡を取って、ちゃんと予定を確認してくるんだよ。押しかけてくるなんて、きっとそんなのハルにだけじゃないかなぁ。 なんて考えながら、それを遙に伝えるのはやめておく。凛の名誉のためだった。 視線に気付いた遙が顔を上げて、お返しとばかりにじとりとした視線を向けた。 「真琴、なんかニヤニヤしてないか」 「そんなことないよ」 つい嬉しくなって口元がほころんでいたらしい。 凛と、遙。そっと順番に視線を移して、少しだけ目を伏せる。 「ふたりとも相変わらずで本当、良かったなぁと思って」 「…なんだそれ」 遙は怪訝そうに言って、また浅く息をついた。
しばらくしておもむろに立ち上がった遙はキッチンに移動して、何か飲むか、と視線を寄こした。 「ついでに夕飯も食っていくか? さっきの余りなら出せる」 夕飯、と聞いて胃が声を上げそうになる。けれど、ここは早めにお暇しなければ。軽く手を振って遠慮のポーズをとった。 「あ、いいよいいよ。まだレポート途中だし、すぐに帰るからさ。飲み物だけもらっていい?」 遙は少し不満そうに唇をへの字に曲げてみせたけれど、「分かった、ちょっと待ってろ」と冷蔵庫を開け始めた。 逆に気を遣わせただろうか。なんだか申し訳ない気持ちを抱きながら、炬燵のほうを見やる。凛はいまだによく眠ったままだった。半分に折り畳んだ座布団を枕にして横向きに背を縮めていて、呼吸に合わせて規則正しく肩が上下している。力の抜けた唇は薄く開いていて、その無防備な寝顔はいつもよりずっと幼く、あどけないとさえ感じられた。いつもあんなにしゃんとしていて、周りを惹きつけて格好いいのに。目の前にいるのはまるで小さな子供みたいで、眺めていると思わず顔がほころんでしまう。 「凛、よく寝てるね」 「一日連れ回したから疲れたんだろ。あんまりじっと見てやるな」 あ、また。遙は何げなく言ったつもりなのだろう。けれど、やっぱり見つけてしまった。「そうだね」と笑って、また触れずに黙っておくけれど。 仕切り直すように、努めて明るく、遙に投げかけた。 「でも、取材を受けに来日するなんて、なんか凛、すっかり芸能人みたいだね」 凄いなぁ。大仰にそう言って視線を送ると、遙は、うん、と喉だけで小さく返事をした。視線は手元に落とされていながら、その瞳はどこか遠くを見つめていた。コンロのツマミを捻り、カチチ、ボッと青い火のつく音がする。静かなその横顔は、きっと凛のことを考えている。岩鳶の家で居間からよく見つめた、少し懐かしい顔だった。 こんなとき、いまここに、目の前にいるのに、とそんな野暮なことはとても言えない。近くにいるのにずっと遠くに沈んでいた頃の遙は、まだ完全には色褪せない。簡単に遠い過去に押しやって忘れることはできなかった。 しばらく黙って待っていると遙はリビングに戻って来て、手に持ったマグカップをひとつ差し出した。淹れたてのコーヒーに牛乳を混ぜたもので、あたたかく優しい色合いをしていた。 「ありがとう」 「あとこれも、良かったら食え」 貰いものだ、と小さく個包装されたバウムクーヘンを二切れ分、炬燵の上に置いた。背の部分にホワイトチョコがコーティングしてあって、コーヒーによく合いそうだった。 「ハルは優しいね」 そう言って微笑むと、遙は「余らせてただけだ」と視線を逸らした。 冷えきった両の手のひらをあたためながらマグカップを傾ける。冷たい牛乳を入れたおかげで飲みやすい温度になっていて、すぐに口をつけることができた。遙は座布団を移動させて、眠っている凛の横に座った。そうして湯気を立てるブラックのコーヒーを少しずつ傾けていた。 「この休みはふたりでどこか行ってきたの?」 遙はこくんと頷いて、手元の黒い水面を見つめながらぽつぽつと語り始めた。 「公園に連れて行って…買い物と、あと、昨日は凛が何か観たいって言うから、映画に」 タイトルを訊いたけれど、遙の記憶が曖昧で何だかよく分からなかったから半券を見せてもらった。CM予告だけ見かけたことのある洋画で、話を聞くに、実在した人物の波乱万丈な人生を追ったサクセスストーリーのようだった。 「終盤ずっと隣で泣かれたから、どうしようかと思った」 遙はそう言って溜め息をついていたけれど、きっとそのときは気が気ではなかったはずだ。声を押し殺して感動の涙を流す凛と、その隣で映画の内容どころではなくハラハラと様子を見守る遙。その光景がありありと眼前に浮かんで思わず吹き出してしまった。 「散々泣いてたくせに、終わった後は強がっているし」 「あはは、凛らしいね」 俺が泣かせたみたいで困った、と呆れた顔をしてコーヒーを口に運ぶ遙に、あらためて笑みを向けた。 「よかったね、ハル」 「…何がだ」 ふいっと背けられた顔は、やっぱり少し赤らんでいた。
そうやってしばらく話しているうちにコーヒーは底をつき、バウムクーヘンもあっという間に胃袋に消えてしまった。空になったマグカップを遙に預け、さて、と膝を立てる。 「おれ、そろそろ帰るね。コーヒーごちそうさま」 「ああ」 遙は玄関まで見送ってくれた。振り返って最後にもう一度奥を見やる。やはり、凛はまだ起きていないようだった。 「凛、ほんとにぐっすりだね。なんか珍しい」 「ああ。でも風呂がまだだから、そろそろ起こさないと」 遙はそう言って小さく息をついたけれど、あんまり困っているふうには見えなかった。 「あ、凛には来てたこと内緒にしておいてね」 念のため、そう言い添えておいた。隠すようなことではないけれど、きっと多分、凛は困るだろうから。遙は小さく首を傾げたけれど、「分かった」と一言だけ答えた。 「真琴、ちょっと待て」 錠を開けようとすると、思い出したみたいに遙はそう言って踵を返し、そうしてすぐに赤いパッケージを手にリビングから戻ってきた。 「貼るカイロ」 大きく書かれた商品名をそのまま口にする。その場で袋を開けて中身を取り出したので、貼っていけ、ということらしい。貼らずにポケットに入れるものよりも少し大きめのサイズだった。 「寒がりなんだから、もっと厚着しろよ」 確かに、今日のことに関しては反論のしようがない。完全に油断だったのだから。 「でも、ハルも結構薄着だし、人のこと言えないだろ」 着ぶくれするのが煩わしいのか、遙は昔からあまり着こまない。大して寒がる様子も見せないけれど、かつては年に一度くらい、盛大に風邪を引いていたのも知っている。 「年末に向けて風邪引かないように気を付けなよ」 「俺は大丈夫だ、こっちでもちゃんと鯖を食べてるから」 「どういう理屈だよ…って、わあっ」 「いいから。何枚着てるんだ」 言い合っているうちに遙が手荒く背中をめくってくる。「ここに貼っとくぞ」とインナーの上から腰の上あたりに、平手でぐっと押すように貼り付けられた。気が置けないといえばそうだし、扱いに変な遠慮がないというか何というか。すぐ傍で、それこそ兄弟みたいに一緒に育ってきたのだから。きっと凛には、こんな風にはしないんだろうなぁ。ふとそんな考えが頭をもたげた。 遙はなんだか満足げな顔をしていた。まぁ、きっとお互い様なんだな。そう考えながら、また少し笑ってしまった。 「じゃあまたね、おやすみ」 「ああ。気を付けて」
急にひとりになると、より強く冷たく風が吹きつける気がする。けれど、次々沸き上がるように笑みが浮かんで、足取りは来る前よりずっと軽かった。 空を仰ぐと、小さく星が見えた。深く吐いた息は霧のように白く広がった。 ほくほく、ほろほろ、それがじわじわと身体中に広がっていくみたいに。先ほど貼ってもらったカイロのせいだろうか。それもあるけれど、胸の内側、全体があたたかい。やわらかくて、ちょっと苦さもあるけれど、うんとあたたかい。ハルが、ハルちゃんが嬉しそうで、良かった。こちらまで笑みがこぼれてしまうくらいに。東京の冬の夜を、そうやってひとり歩き渡っていた。
■ハレーション
キンとどこかで音がするくらいに空気は冷えきっていた。昨日より一段と寒い、冬の早い朝のこと。 日陰になった裏道を通ると、浅く吐く息さえも白いことに気が付く。凛は相変わらず少し先を歩いて、ときどき振り返っては「はやく来いよ」と軽く急かすように先を促した。別に急ぐような用事ではないのに。た���らいのない足取りでぐんぐんと歩き進んで、凛はいつもそう言う。こちらに来いと。心のどこかでは、勝手なやつだと溜め息をついているのに、それでも身体はするすると引き寄せられていく。自然と足が前へと歩を進めていく。 たとえばブラックホールや磁石みたいな���抗いようのないものなのだと思うのは容易いことだった。手繰り寄せられるのを振りほどかない、そもそもほどけないものなのだと。そんな風に考えていたこともあった気がする。けれど、あの頃から見える世界がぐんと広がって、凛とこうやって過ごすうちに、それだけではないのかもしれないと感じ始めた。 あの場所で、凛は行こうと言った。数年も前の夏のことだ。 深い色をした長いコートの裾を揺らして、小さく靴音を鳴らして、凛は眩い光の中を歩いていく。 格好が良いな、と思う。手放しに褒めるのはなんだか恥ずかしいし、悔しいから言わないけれど。それにあまり面と向かって言葉にするのも得意ではない。 それでもどうしても、たとえばこういうとき、波のように胸に押し寄せる。海辺みたいだ。ざっと寄せて引くと濡れた跡が残って、繰り返し繰り返し、どうしようもなくそ��にあるものに気付かされる。そうやって確かに、この生きものに惚れているのだと気付かされる。
目的地の公園は、住んでいるアパートから歩いて十分ほどのところにある。出入りのできる開けた場所には等間隔で二本、石造りの太い車止めが植わるように並んでいて、それを凛はするりと避けて入っていった。しなやかな動きはまるで猫のようで、見えない尻尾や耳がそこにあるみたいだった。「なんか面白いもんでもあったか?」「いや、別に」口元がゆるみかけたのをごまかすためにとっさに顔ごと、視線を脇に逸らす。「なんだよ」凛は怪訝そうな、何か言いたげな表情をしたけれど、それ以上追及することはなくふたたび前を向いた。 道を歩き進むと広場に出た。ここは小さな公園やグラウンドのような一面砂色をした地面ではなく、芝生の広場になっている。遊具がない代わりにこの辺りでは一番広い敷地なので、思う存分ボール投げをしたり走り回ったりすることができる。子供たちやペットを連れた人たちが多く訪れる場所だった。 芝生といっても人工芝のように一面青々としたものではなく、薄い色をした芝生と土がまだらになっているつくりだった。見渡すと、地面がところどころ波打ったようにでこぼこしている。区によって管理され定期的に整備されているけれど、ここはずいぶん古くからある場所なのだそうだ。どこもかしこもよく使い込まれていて、人工物でさえも経年のせいでくすんで景観に馴染んでいる。 まだらで色褪せた地面も、長い時間をかけて踏み固められていると考えれば、落ち着いてもの静かな印象を受ける。手つかずの新品のものよりかは、自分にとって居心地が良くて好ましいと思えた。 広場を囲んで手前から奥に向かい、大きく輪になるようにイチョウの木々が連なって並んでいる。凛は傍近くの木の前に足を止め、見上げるなり、すげぇなと感嘆の声を漏らした。 「一面、金色だ」 立ち止まった凛の隣に並び、倣って顔を上げる。そこには確かに、すっかり金に色付いたイチョウの葉が広がっていた。冬の薄い青空の真下に、まだ真南に昇りきらない眩い光をたっぷりと受けてきらきらと、存在を主張している。 きんいろ、と凛の言葉を小さく繰り返した。心の中でもう一度唱えてみる。なんだか自分よりも凛が口にするほうが似つかわしいように思えた。 周囲に視線を巡らせると、少し離れた木々の元で、幼い子供ふたりが高い声を上げて追いかけっこをしていた。まだ幼稚園児くらいの年の頃だろうか、頭一個分くらい身の丈の異なる男の子ふたりだった。少し離れて、その父親と母親と思しき大人が並んでその様子を見守っている。だとすると、あのふたりは兄弟だろうか。大人たちの向ける眼差しはあたたかく優しげで、眩しいものを見るみたいに細められていた。 「な、あっち歩こうぜ」 凛が視線で合図して、広場を囲む遊歩道へと促した。舗装されて整備されているそこは木々に囲まれて日陰になっているところが多い。ここはいつも湿った匂いがして、鳥の鳴き声もすぐ近くから降りそそぐように聞こえてくる。よく晴れた今日はところどころ木漏れ日が差し込み、コンクリートの地面を点々と照らしていた。 休日の朝ということもあって、犬の散歩やジャージ姿でランニングに励む人も少なくなかった。向かいから来てすれ違ったり後ろから追い越されたり。そしてその度に凛に一瞥をくれる人が少なくないことにも気付かされる。 決して目立つ服を着ているわけでもなく、髪型や風貌が特に奇抜なわけでもないのに、凛はよく人目を惹く。それは地元にいたときにも薄っすらと浮かんでいた考えだけれど、一緒に人通りの多い街を歩いたときに確信した。凛はいつだって際立っていて、埋没しない。それは自分以外の誰にとってもきっとそうなのだろう。 いい場所だなぁ。凛は何でもないみたいにそう口にして、ゆったりとした足取りで隣を歩いている。木々の向こう側、走り回る子供たちを遠く見つめていたかと思えば、すぐ脇に設けられている木のベンチに視線を巡らせ、散歩中の犬を見て顔をほころばせては楽しそうに視線で追っている。公園までの道中は「はやく」と振り返って急かしたくせに、今の凛はのんびりとしていて、景色を眺めているうちに気が付けば足を止めている。こっそり振り返りながらも小さく先を歩いていると、ぽつぽつとついてきて、すうと寄せるようにしてまた隣に並ぶ。 その横顔をちらりと伺い見る。まるで何かを確かめるかのように視線をあちらこちらに向けてはいるものの、特にこれといって変わったところもなく、そこにいるのはいつも通りの凛そのものだった。 見られるという行為は、意識してしまえば、少なくとも自分にとってはあまり居心地が良いものではない。時にそれは煩わしさが伴う。凛にとってはどうなのだろう。改まって尋ねたことはないけれど、良くも悪くも凛はそれに慣れているような気がする。誰にとっても、誰に対しても。凛はいつだって中心にいるから。そう考えると苦い水を飲み下したような気持ちになって、なんだか少し面白くなかった。
遊歩道の脇につくられた水飲み場は、衛生のためだろう、周りのものよりずっと真新しかった。そこだけ浮き上がったみたいに、綺麗に背を伸ばしてそこに佇んでいた。 凛はそれを一瞥するなり近付いて、側面の蛇口を捻った。ゆるくふき出した水を見て、「お、出た」と呟いたけれど、すぐに絞って口にはしなかった。 「もっと寒くなったら、凍っちまうのかな」 「どうだろうな」 東京も、うんと冷えた朝には水溜まりが凍るし、年によっては積もるほど雪が降ることだってある。水道管だって凍る日もあるかもしれない。さすがに冬ごとに凍って壊れるようなつくりにはしていないと思うけれど。そう答えると凛は、「なるほどなぁ」と頷いて小さく笑った。 それからしばらくの間、言葉を交わすことなく歩いた。凛がまた少し先を歩いて、付かず離れずその後ろを追った。ときどき距離がひらいたことに気付くと、凛はコートの裾を揺らして振り返り、静かにそこに佇んで待っていた。 秋の頃までは天を覆うほど生い茂っていた木々の葉は、しなびた色をしてはらはらと散り始めていた。きっとあの金色のイチョウの葉も、程なくして散り落ちて枝木ばかりになってしまうのだろう。 「だいぶ日が高くなってきたな」 木々の間から大きく陽が差し込んで、少し離れたその横顔を明るく照らしている。 「あっちのほうまできらきらしてる」 中央の広場の方を指し示しながら、凛が楽しげに声を上げた。示す先に、冷えた空気が陽を受け、乱反射して光っている。 「すげぇ、綺麗」 そう言って目を細めた。 綺麗だった。息を呑んで見惚れてしまうほどに。いっぱいに注がれて満ちる光の中で、すらりと伸びる立ち姿が綺麗だった。 時折見せる熱っぽい顔とは縁遠い、冴えた空気の中で照らされた頬が白く光っていた。横顔を見ていると、なめらかで美しい線なのだとあらためて気付かされる。額から眉頭への曲線、薄く開いた唇のかたち。その鼻筋をなぞってみたい。光に溶け込むと輪郭が白くぼやけて曖昧になる。眩しそうに細めた目を瞬かせて、長い睫毛がしぱしぱ、と上下した。粒が散って、これも金色なのだと思った。 そうしているうちに、やがて凛のほうからおもむろに振り返って、近付いた。 「なぁ、ハル」少し咎めるような口調だった。「さっきからなんだよ」 ぴん、と少しだけ背筋が伸びる。身構えながらも努めて平静を装い、「なにって、何だ」と問い返した。心当たりは半分あるけれど、半分ない。 そんな態度に呆れたのか凛は小さく息をついて、言った。じっと瞳の奥を見つめながら、唇で軽く転がすみたいな声色で。 「おれのこと、ずっと見てんじゃん」 どきっと心臓が跳ねた。思わず息を呑んでしまう。目を盗んでこっそり伺い見ていたのに、気付かれていないと思っていたのに、気付かれていた。ずっと、という一言にすべてを暴かれてしまったみたいで、ひどく心を乱される。崩れかけた表情を必死で繕いながら、顔ごと大きく視線を逸らした。 「み、見てない」 「見てる」 「見てない」 「おい逃げんな。見てんだろ」 「見てないって、言ってる」 押し問答に焦れたらしく凛は、「ホントかぁ?」と疑り深く呟いて眉根を寄せてみせる。探るような眼差しが心地悪い。ずい、と覗き込むようにいっそう顔を近付けられて、身体の温度が上がったのを感じた。あからさまに視線を泳がせてしまったのが自分でも分かって、舌打ちしたくなる。 「別に何でもない。普段ここへは一人で来るから、今日は凛がいるって、思って」 だから気になって、それだけだ。言い訳にもならなかったけれど、無理矢理にそう結んでこれ以上の追及を免れようとした。 ふうん、と唇を尖らせて、凛はじとりとした視線を向け続ける。 しかしやがて諦めたのか、「ま、いいけどさ」と浅くため息をついて身を翻した。 顔が熱い。心臓がはやい。上がってしまった熱を冷まそうと、マフラーを緩めて首筋に冷気を送り込んだ。
それからしばらく歩いていくうちに遊歩道を一周して、最初の出入り口に戻ってきた。凛は足を止めると振り返り、ゆっくりと、ふたたび口を開いた。 「なぁ、ハル」今度は歩きながら歌を紡ぐみたいな、そんな調子で。 「さっきは良いっつったけどさ、おれ」 そう前置きするなり、凛はくすぐったそうに笑った。小さく喉を鳴らして、凛にしては珍しく、照れてはにかんだみたいに。 「ハルにじっと見つめられると、やっぱちょっと恥ずかしいんだよな」 なんかさ、ドキドキしちまう。 なんだよ、それ。心の中で悪態をつきながらも、瞬間、胸の内側が鷲摑みされたみたいにきゅうとしぼられた。そして少しだけ、ちくちくした。それは時にくるしいとさえ感じられるのに、その笑顔はずっと見ていたかった。目が離せずに、そのひとときだけ、時が止まったみたいだった。この生きものに、どうしようもなく惚れてしまっているのだった。 「あー…えっと、腹減ったなぁ。一旦家帰ろうぜ」 凛はわざとらしく声のトーンを上げ、くるりと背を向けた。 「…ああ」 少し早められた足取り、その後ろ姿に続いて歩いていく。 コンクリートの上でコートの裾が揺れている。陽がかかった部分の髪の色が明るい。視界の端にはイチョウの木々が並んできらめいていた。 「朝飯、やっぱ鯖?」 隣に並ぶなり凛がそっと訊ねてきた。 「ロースハム、ベーコン、粗挽きソーセージ」 冷蔵庫の中身を次々と列挙すると、凛はこぼれるように声を立てて笑ってみせた。整った顔をくしゃりとくずして、とても楽しそうに。つられて口元がほころんだ。 笑うと金色が弾けて眩しい。くすみのない、透明で、綺麗な色。まばたきの度に眼前に散って、瞼の裏にまで届いた。 やっぱり凛によく似ている。きっとそれは、凛そのものに似つかわしいのだった。
(2017/12/30)
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kkagneta2 · 4 years
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ボツ2
おっぱい、大食い。最後まで書いたけど胸糞なのでここに途中まで投稿してお蔵入り予定。
時: 午前8時05分
所: ○○中学正門前
身長: 標準的。155センチ程度。
衣服: 〇〇中学指定の制服。黒のセーラー。リボンの色より二年生と断定。
年齢: 中学二年生なので14、5。
持ち物: 右手に〇〇中学指定の鞄。左手にスマホを所持。
同行者: 友人1名。興味無しのため略。
背格好: やや細身か。冬服のため殆ど見えなかったが、スカートから覗く脚、そして周りの生徒と見比べるに、肩や腕も細いと思われる。腰回りもほっそりとしていると感じた。正確には引き締まっていると言うべきか。
顔: いと凛々し。小顔。頬は真白く、唇には薄い色付き。笑うと凄まじく整った歯が見え隠れする。この時髪をかき上げ血の色の鮮やかな耳が露出する。
髪: ボブ系統。ほぼストレートだが肩のあたりで丸くなる。色は黒、艶あり。
胸: 推定バスト98センチ、推定アンダーバスト62センチのK カップ。立ち止まることは無かったが、姿勢が良いのでほぼ正確かと思われる。しっかりとブラジャーに支えられていて、それほど揺れず。体格的に胸元が突出している印象を受ける。隣の友人と比べるとなお顕著である。制服のサイズがあっておらず、リボンが上を向き、裾が胸のために浮いていた。そのため、始終胸下に手を当てていた。揺れないのもそのせいであろう。制服と言えば、胸を無理に押し込んだかのように皺が伸び、脇下の縫い目が傷んでおり、肩甲骨の辺りにはブラジャーのホックが浮き出ている。されば制服は入学時に購入したものと思われ、胸は彼女が入学してから大きくなった可能性が大である。元来彼女のような肉体には脂肪が付きづらいはずなのだが、一年と半年を以てK カップにまで成長を遂げたところを見ると、期待はまずまずと言ったところか。要経過観察。名前は○○。胸ポケットに入れてあったボールペンが落ちたので拾ってあげたところ、「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をされる。
  時: 午前10時28分
所: 〇〇駅構内
身長: 高い。170センチ強
衣服: 薄く色味がかった白、つまりクリーム色のファー付きコート。内には簡素なグリーンのニットを羽���る。首元に赤のマフラー。
年齢: 22、3。休み期間中の大学生かと思われる。
持ち物: キャリーバッグ。手提げのバッグ。
同行者: 友人2名。先輩1名。何れも女性。貧。
背格好: 体格が良いと言った他には特に無し。腕も見えず、脚も見えず、首も見えず。肩幅の広さ、腰つきの良さから水泳を営んでいると推定される。
顔: その背に似合わず童顔。人懐っこい。マフラーに顔を埋め、視線を下げ、常に同行者に向かって微笑む。愛嬌よし。
髪: ショート。これより水泳を営んでいると断定。色は茶、染め上げてはいるがつやつやと輝く。
胸: 推定バスト129センチ、推定アンダーバスト75センチのR カップ。冬である上に、胸元が目立たないよう全身を地味に作っており、某コーヒーショップにてコートを取っても、無地のニットのために膨らみが分かりづらかった。さらに、胸の落ち具合から小さく見せるブラジャーを着用しているかもしれない。そのため、推定カップはR カップより3、4カップは大きい可能性がある。コートを取った際、胸元が一層膨らんだように感じられた。机の上に胸が乗って、本人は気にしていないか、もしくは気づいていなかったが、柔らかさは至高のようである。他の男性客の腕が肩にぶつかって、驚いた際に胸で食べかけのドーナツを落とす。以降会話は彼女の胸に話題が移ったらしく、左右に居た友人二名が所構わず触れるようになり、両手を使って片胸片胸を突っついたり、揺らしたりして遊ぶ。「机まで揺れる」と言う声が聞こえてくる。「ちょっとやめてよ」と言いつつ顔は相変わらず微笑むでいる。しばらくして四人とも席を立って、地下鉄筋の方へ消えていく。童顔ゆえに顔より大きい胸は驚くに値するが、体格からして胸元に自然に収まっているのを見ると、やはりなるべくしてなったとしか思えず。
  時: 午後00時14分
所: 〇〇市〇〇にあるスーパー前
身長: 低い。150センチに満たない。
衣服: 所謂マタニティウェア。ゆったりとした紺のワンピースに濃い灰色のポンチョ。
年齢: 26、7
持ち物: 買い物袋。ベビーカー。
同行者: ベビーカーの中に赤ん坊が一人。女の子である。
背格好: 小柄。寸胴で、かつ脚も長くはあらず、そして手足が細く、脂肪が程よくついている。つまりは未成熟な体つき。身長以上に小さく見える。
顔: かなりの童顔。着るものが着るものであれば高校生にも見える。可愛いがやつれていて、目の下に隈あり。子供が可愛くて仕方ないのか、そちらを見ては微笑む。
髪: セミロングを後ろで一束。中々の癖毛であるかと思われるが、目のやつれ具合からして、もしかしたら本当はもっと綺麗なのかもしれない。髪色は黒。可愛らし。
胸: 推定バスト110センチ、推定アンダーバスト58センチのQ カップ。体格が小柄であるのでQ カップよりもずっと大きく見える。というより迫力がある。私が訪れた時は買い物袋をベビーカーに吊っている最中であった。ほどなくして赤ん坊が泣き出したので、胸に抱えてあやしたが、赤ん坊は泣き止まず。片胸と赤ん坊の大きさはほぼ同じくらいであっただろう。また、胸と赤ん坊とで腕は目一杯伸ばされていた。胸に抱いて「よしよし」と揺らすのはしばらく続いたが、赤ん坊が泣き止むことはなかった。そこで、座る場所を求めて公園へと向かおうと、一度ベビーカーへと戻そうとしたのであるが、一度胸に食らいついた赤ん坊は離さない。「さっきも飲んだじゃない」とため息をついて片手で危なっかしくベビーカーを引こうとする。「押しましょうか」と接近してみたところ、意外にもあっさりと「よろしくおねがいします」と言って、私にベビーカーを預けた。中には玩具が数種類あった。道から離れた日差しの良いベンチに腰掛け、ケープを取り出して肩にかけ、赤ん坊をその中へ入れる。それでもしばらくは駄々をこねていたであったが、母親が甘い声をかけているうちに大人しくなった。私が「お腹が空いてたんですね」と笑うと、「困ったことに、食いしん坊なんです。女の子なのに」と笑い返して赤ん坊をあやす。話を聞いていると、母親の母乳でなければ我慢がならないと言う。授乳が終わってケープを外した時、子供はすやすやと眠りについていた。「胸が大きくなりすぎて、上手く抱っこできなかったんです。大変助かりました。ありがとうございます」と分かれたが、その言葉を考えるに、妊娠してから一気に胸が大きくなったのであろう。授乳期を終えたときの反動が恐ろしい。むしろベビーカーの中に居た赤ん坊の方に興味を唆られる。
  時: 午後01時47分
所: 〇〇市市営の図書館。某書架。
身長: 標準的。158センチ程度。
衣服: 白のブラウスにブラウンのカーディガン。
年齢: 30前後か。
持ち物: 白のタブレット
同行者: 無し
背格好: 小太りである。全体的に肉がふっくらとついている。けれども目を煩わすような太り方ではない。豊かである。ただし、著しく尻が大きい。
顔: 目尻は美しいが、柔らかな頬に愛嬌があって、どちらかと言えば可愛らしい方の顔立ち。鼻がやや低く、口元はリップクリームで赤々と照りを帯びている。色白とは言えないが、光の加減かと思われる。眼鏡をかけており、リムの色は大人しい赤。非常によく似合う。
髪: ストレートなミディアムヘア。髪色は黒であるが、不思議なことに眼鏡の赤色とよく合い、前髪の垂れかかるのが美しい。
備考: 司書である。
胸: 推定バスト128センチ、推定アンダーバスト81センチのO カップ。本日の夜のお供にと本を物色中に、書架にて本を正していた。胸が喉の下辺りから流麗な曲線を描いて20センチほど突き出ているばかりでなく、縦にも大きく膨れており、体積としてはP カップ、Q カップ相当かもしれない。頭一つ分背が低いので上からも望めたのであるが、カーディガンで見え隠れする上部のボタンが取れかけていた。本を取る度に胸が突っかかって煩わしいのか、肩を揺すって胸の位置を直す。本棚に胸が当たるのは当然で、文庫本などはその上に乗せる。一つの書架を片付け終わった辺りで、適当に思いついたジャンルを訪ねて接近すると、如何にも人の良さそうな顔で案内をしてくれた。脚を踏み出す度に甲高い音が鳴るのは、恐らくブラジャーのせいかと思われる。歩き方が大胆で胸が揺れるのである。途中、階段を下りなければならないところでは、一層音が大きくなって、臍のあたりで抱えていた本を胸に押し付けて誤魔化していた。そのため、ブラジャーのストラップがズレたかと見え、書棚の方へ目を向けている隙に、大胆にも胸を持ち上げて直していた。なまめかしい人ではあるが、年が年なので望みは無い。
  時: 午後02時22分
所: 〇〇小学校校庭
身長: 140センチ前後か
衣服: 体操服
年齢: 10、11歳
持ち物: 特に無し
同行者: 友人数名
背格好: ほっそりとしなやかである。幼い。腕も脚もまだ少女特有の肉が付いている。今日見た中で最も昔の「彼女」に似ている体つきであったが、この女子児童は単に骨格が華奢なだけで、痩せ細った体ではない。健康的である。脚が長く、短足な男子の隣に立つと、股下が彼の腰と同位置に来る。
顔: あどけなさは言うまでもないが、目元口元共に上品。笑う時もクスクスと擽るような、品の良い笑い方をする。眼鏡はテンプルに赤色が混じった、基本色黒のアンダーリム。そのせいで甚だ可愛らしく見えるが、本来は甚く聡い顔立ちをしているかと推定される。が、全般的に可愛らしい。
髪: 腰まで届く黒髪。ほぼストレートだが若干の癖あり。また、若干茶色がかっているように見えた。髪の質がかなり良く、時折肩にかかったのを払う度に、雪のように舞う。
胸: 推定バスト81センチ、推定アンダーバスト48センチのI カップ。体育の授業中のことである。男子は球技を、女子はマラソンでもやらされていたのか、校庭を走っていた。身体自体は小柄であるから胸はそう大きくはないのだが、無邪気に走るから激しく揺れる。揺れるごとに体操服が捲れ上がって腹部が見えそうである。明らかに胸元だけサイズが合っていない。何度か裾を直しながら走った後、耐えかねて胸元を押さえつけていたのであるが、いよいよ先生の元へ駆け寄って校舎内へ入った。そして出てきてから再び走り初めたけれども、その後の胸の揺れは一層激しくなっていた。ブラジャーに何かあったのだろうと思われる。顔には余裕がありながら、走る速さがこれまでとは段違いに遅く、これまで一緒に走ってきた友人に追い抜かれる。結局、彼女は胸を抑えながら、周回遅れで走りを終えた。しかし可哀想なことに、息を整えていると友人に後ろから手で掬われて、そのまま揉みしだかれる。小学生の手には余る大きさである。寄せあげて、掬い上げて、体操服をしわくちゃにしながら堪能する。私にはそう見えただけで、実際にはじゃれついていただけであろうが、指が深く沈み込んでいる様は男子児童の視線を寄せるのに足る。なされるがままにされていた彼女は、そのうちに顔を真っ赤にして何かを言いつつ手をはたき落とし「今はダメ」と言い、以降はすっかり両腕を胸元で組んで、猫背になって拗ねてしまった。この生徒は要観察である。下校時に再び見えてみれば、制服下の胸はブラジャーは着けていないながら見事な球形を為している。先程の光景から張りも柔らかさも極上のものと想像される。名前は○○。名札の色から小学5年生だと断定。ここ一ヶ月の中で最も期待すべき逸材。
  時: 午後05時03分
所: 〇〇市〇〇町〇〇にある某コンビニ
身長: やや高い。163センチほど。
衣服: ○○の制服。
年齢: 17歳
持ち物: 特に書くべきにあらず
同行者: 無し
背格好: 標準的だがやや痩せ型。恐らくは着痩せするタイプである。一見してただの女子高生の体であるが、肩、腰つきともに十分な量の肉量がある。その代わり腕は細い。右手に絆創膏。
顔: あどけない。非常に可愛らしい顔。人柄の良さが顔と表情に出ていると言ったところ。眉は優しく、目はぱっちり。常に口が緩んで、白い頬に赤みが差す。が、どこか儚げである。分厚くない唇と優しい目が原因か。
髪: 後ろに一束したミディアムヘア。一種の清潔さを表すと共に、若干の田舎臭さあり。後ろ髪をまとめて一束にしているので、うなじから首元へかけての白い肌が露出。これが殊に綺麗であった。
備考: 高校生アルバイター
胸: 推定バスト118センチ、推定アンダーバスト68センチのP カップ。服が腰元で閉じられているので、高さ24センチほどの見事な山が形成されている。そのため余計に大きく感じられる。手を前で組む癖があるのか胸が二の腕によって盛り上がって、さらに大きく見える。レジ打ちを担当していた。面倒くさい支払い方法を聞いて接近。レジにて紙を用いて説明してくれるのであるが、胸元が邪魔で始終押さえつけながらでの説明となり、体を斜めにしての説明となり、終いには胸の先での説明となる。ブラジャーの跡あり。よほどカップが分厚いのか胸と下着との境目がはっきりと浮き出ている。この大きさでこのタイプのブラジャーは、1メーカーの1ブランドしかないため、懐かしさに浸る。大体分かりました、では後日よろしくおねがいしますと言うと、にこやかにありがとうございましたと言う。腕の細さと胸の大きさとが全くもって合っていない。腰つきとは大方合っている。顔があどけないところから、胸に関しては期待して良いのではないだろうか? それを知るには彼女の中学時代、ひいては小学時代を知る必要があるが、そこまで熱心に入れ込めるほど、魅力的ではない。
   本日も予が真に求むる者居らず、―――と最後に付け足した日記帳を、俺は俺が恐れを抱くまでに叫び声を上げながら床へと叩きつけ、足で幾度も踏みつけ、拾って壁に殴りつけ、力の限り二つに引き裂いて、背表紙だけになったそれをゴミ箱へ投げつけた。八畳の部屋の隅にある机の下に蹲り、自分の頭をその柱に打ちつけ、顎を気絶寸前まで殴り、彼女の残した下着、―――ブラジャーに顔を埋めて髪を掻き毟る。手元に残りたる最後の一枚の匂いに全身の力を抜かされて、一時は平静を取り戻すが、真暗な部屋に散乱した日記帳の残骸が肌へと触れるや、彼女の匂いは途端に、内蔵という内蔵を酸で溶かすが如く、血管という血管に煮えたぎった湯を巡らせるが如く、俺の体を蝕んでくる。衝動的にブラジャーから手を離して、壁に頭を、時折本当に気絶するまで、何度も何度も何度も打ちつけ、忌々しい日記帳を踏みしめて、机の上に置いてあるナイフを手にとる。以前は右足の脹脛(ふくらはぎ)を数え始めて26回切りつけた。今日はどこを虐めようかなどと考えていると、彼女の残したブラジャーが目につく。一転して俺のこころは、天にのぼるかのようにうっとりと、くもをただよっているかのようにふわふわと、あたたかく、はれやかになっていく。―――
―――あゝ、いいきもちだ。彼女にはさまれたときもこのような感じであった。俺の体は彼女の巨大な胸が作り出す谷間の中でもみくちゃにされ、手足さえ動かせないまま、顔だけが彼女の目を見据える。ガリガリに痩せ細って頬骨が浮き出てはいるが、元来が美しい顔立ちであるから、俺の目の前には確かにいつもと変わらない彼女が居る。我儘で、可愛くて、薄幸で、目立ちたがり屋で、その癖恥ずかしがり屋で、内気で、卑屈で、でも負けん気が強くて、甘えん坊で、癇癪持ちで、いつもいつもいつも俺の手を煩わせる。冷え切った手で俺の頬を撫でても、少しも気持ちよくは無い、この胸、この胸の谷間が冬の夜に丁度良いのだ。この熱い位に火照った肉の塊が、俺を天に昇らせるかの如き高揚感を與えるのだ。
だがそれは後年の事。床に広がったブラジャーを拾って、ベッド脇のランプの燈を点けて、ぶらぶらと下へと垂れるカップの布をじっくりと眺める。華奢で肉のつかない彼女のブラジャーだったのだから、サイドボーンからサイドボーンまでの距離は30センチ程もあれば良く、カップの幅も中指より少し長い程度の長さしかない。が、その深さと広さはそこらで見かけるブラジャーとは一線を画す。手を入れれば腕が消え、頭を入れればもう一つ分は余裕がある。記念すべき「初ブラ」だった。
それが何たることか! 今日、いや昨日、いや一昨日、いやこの一ヶ月、いやこの一年間、いや彼女が居なくなってから実に6年もの間、このブラジャーが合う女性には出会うどころか、見かけることも出来ないではないか。細ければサイズが足りず、サイズが足りればぶくぶくと肥え、年増の乳房では張りが足らず、ならばと小学生の後を付け回してはお巡りに声をかけられ、近所中の中高にて要注意人物の名をほしいままにし、飽きる迄北から南の女という女を見ても、彼女のような体格美貌の持ち主は居なかった。風俗嬢へすら肩入れをし、ネットで調子に乗る女どもにも媚びへつらった。
恭しくブラジャーを箱へと収めて床に散らばりたる日記帳の屑を見るや、またしても怒りの感情が迸ってくる。今日は左太腿の上をざっくりとやってやろうか。紙屑をさらに歯で引きちぎり、喉に流し込みながらそう思ったけれども、指を切る程度に留め、代わりに床を突き抜ける位力を入れて、硬い板の上に差す。今日書いた文面はその上にあった。
「なんで、なんで俺はあんなことを、……」
気がつけば奇声を上げつつ髪の毛を毟り取っていた。時計を見れば午後11時28分。点けっぱなしにしておいたパソコンの画面にはbroadcasting soon! という文字が浮かび上がって居る。忘れた訳では無かったが、その英単語二文字を見るだけで、怒りも何も今日の女どもも忘れ、急に血の巡りが頭から下半身へと下り、呼吸が激しくなる。まるで彼女を前にした時のようである。急いで駆けつけて音量を最大限まで上げて、画面に食い入ると、直にパッとある部屋が映し出され、俺の呼吸はさらに激しくなった。
部屋はここと同じ八畳ほど、ベッドが一台、机が一つ、………のみ。
机の上にはありきたりな文房具と、食器類が一式、それに錠剤がいくつか。ベッドの上には質の良さそうな寝具、端に一枚のショーツ、その横に犬用のリードが一つ。これはこれから現れる者が、謂わばご主人さまに可愛がられるために着けている首輪につながっているのである。そしてその横に、あゝ、彼女がまだ傍に居ればぜひこの手で着けて差し上げたい巨大なブラジャーが一つ、………。ダブルベッドをたった一枚で埋め尽くすほど大きく、分厚く、ストラップは太く、今は見えないが12段のホックがあり、2週間前から着けているらしいけれどもカップは痛み、刺繍は掠れ、ストラップは撚れ、もう何ヶ月も着たかのようである。
しばらく見えているのはそれだけだったが、程なくしてブラジャーが画面外へ消えて行き、ショーツが消えて行きして、ついに放送主が現れる。病的なまでに痩せ細って骨の浮き出る肩、肘、手首、足首、膝、太腿、それに反して美しくしなやかな指が見える。顔は残念ながら白い仮面で見えないが、見えたところで一瞬である。すぐさま画面の殆どは、中央に縦線の入った肌色の物体に埋められるのだから。その肌色の物体は彼女の胸元から生え、大きく前へ、横へと広がりながら腰元を覆い、開けっ広げになった脚の間を通って、床へとゆるやかにの垂れており、ベッドに腰掛けた主の、脚の一部分と、肩と、首を除いて、体の殆どを隠してしまっている。床に垂れた部分は、部分というにはおかしなくらい床に広がる。浮き出た静脈は仄かに青々として、見る者によっては不快を感ずるだろう。
言うまでもなく、女性の乳房である。主は何も言わずにただそこに佇むのみで、何も行動をしない。仮面を着けた顔も、たまに意外と艶のある黒髪が揺れるだけで動かないのであるが、極稀に乳房を抑える仕草をして、愛おしそうに撫でることがある。けれどもそれは本当に極稀で、一回の配信につき一度の頻度でしかなく、殆どの場合は、一時間もしたらベッドに倒れ込んで寝てしまうのである。
この配信を見つけてからというもの、俺の日中の行動は、その寝姿を見るための暇つぶしでしか無い。彼女そっくりな体つきに、彼女そっくりな胸の大きさ、―――しかもこちらの方が大きいかもしれない上に、彼女そっくりな寝相、………見れば見るほど彼女に似て来て、また奇声を発しそうになる。無言で、手元にあった本の背表紙で頭を打ちつけて落ち着きを取り戻し、画面を見ると、ゴロンとベッドから落ちてしまったその女の姿。彼女もよくやった寝相の悪さに、途端懐かしさが込み上げて来て、
「あゝ、こら、叶(かなえ)、寝るんだったらベッドの上で寝ないと、……。手伝ってやるからさっさと起きなさい」
と頬を叩いたつもりだが、空を切るのみで、消息不明となっている者の名前を呼んだだけ、羨ましさと虚しさが募ってしまった。
   幼馴染の叶が居なくなってから早6年、片時も忘れた事はないのであるが、隣に住んでいながら出会いは意外と遅いものであった。当時俺は11歳の小学5年生、物凄く寒かったのを思えば冬から春前であったろうか、俺の家は閑静な住宅街の中に突如として現れる豪邸で、建物よりも庭に意匠を凝らしたいという父上の意思で、洋館が一つと離れが一つ庭に面する形で建てられ、俺はその離れを子供部屋として与えられていた。球状の天井を持つその部屋は、本当に子供のために閉ざされた世界かのようだった。庭の垣根が高く、木に埋もれる形で建っているのであるから、内は兎も角、外からだとそもそも離れがあることすら分からない。音も完全に防音されていて、車が通りかかるのすら、微妙な振動でようやく分かるくらい外界から切り離されているのである。いつも学校から帰ると、俺はその部屋で母上と共に話をしたり、ごっこ遊びをしたり、宿題をしたりする。食事もそこで取って、風呂には本館の方へ向かう必要はあるけれども、学校に居る7、8時間を除けば一日の殆どをそこで過ごしていた。だから、近隣の様子なぞ目については居なかったし、そもそも父上から関わるなというお達しがあったのだから、あえて触れるわけにはいかない。学校も、近くにある公立校へは通わずに、ずっと私立の学校へ入れられたのだから、関わろうにも、友人と言える者も知り合いと言える者も、誰も居ないのである。
そんな生活の中でも、よく離れの2階にある窓から顔を突き出して、燦々と輝く陽に照らされて輝く街並みを眺めたものだった。今はすっかりしなくなってしまったけれども、木々の合間合間から見える街並みは殊に美しい。一家の住んでいる住宅街というのが、高台に建っているので、街並みとは言ってもずっと遠くまで、―――遥かその先にある海までも見えるのである。
そう、やっぱり冬のことだ、あのしっとりとした美しさは夏や秋には無い。いつもどおり、俺はうっとりと椅子に凭れかかって街並みを眺めていたのであるが、ふとした瞬間から、女の子の声で、
「ねぇ、ねぇ、ねぇってば」
と誰かを呼びかける声がしきりに聞こえてきていたのだけれども、それが少し遠くから聞こえてくるものだから、まさか自分が呼ばれているとは思わず、無視していると、
「ねぇ!」
と一層激しい声が聞こえてくる。下を見てみると、同年代らしい女の子が、彼女の家の敷地内からこちらを不満そうに見つめてきている。
「僕ですか?」
「そう! 君!」
と満面の笑みを浮かべる。
この女の子が叶であることは言及する必要も無いかと思うが、なんと見窄らしい子だっただろう! 着ている物と言えば、姉のお下がりのよれよれになった召し物であったし、足元には汚らしいサンダルを履いていたし、髪は何らの手入れもされていなかったし、いや、そんな彼女の姿よりも、その家の古さ、ボロさ、貧しさは余りにも憐れである。流石に木造建築では無いものの、築20年や30年は越えていそうな家の壁は、すっかりと黒ずんで蜘蛛の巣が蔓延っており、屋根は黒いのが傷んで白くトゲトゲとしているし、庭? にある物干し竿は弓なりに曲がってしまっていて、痛みに傷んだ服やタオルが干されている。全体的に暗くて、不衛生で、手に触れるのも汚らわしい。広さ大きさは普通の一軒家程度だけれども、物がごちゃごちゃと置かれて居るのでかなり狭苦しく感じられ、俺は父上がどうして近隣の者と関わるなと言ったのか、なんとなく理解したのだった。目が合った上に、反応してしまったからには相手をしなくちゃいけないか、でも、できるだけ早く切り上げて本の続きでも読もう。―――俺は一瞬そう思ったが、ようようそう思えば思うほど、彼女に興味を抱いてしまい、小っ恥ずかしい感情がしきりに俺の心を唆していた。
それは一目惚れにも近い感情だっただろうと思う。というもの、その時の叶の外見は、着ているものが着ているものだけに見窄らしく見えただけで、顔立ちは悪くないどころかクラスに居る女子どもなぞよりずっと可愛いかった。いや、俺がそう感じただけで、実際は同じくらいかもしれないが、普段お嬢様と言うべき女の子に囲まれていた俺にとっては、ああいう儚い趣のある顔は、一種の新鮮さがあって、非常に魅力的に見える。どこか卑屈で、どこか苦心があって、しかしそれを押し隠すが如く笑う、………そういう健気な感じが俺の心を打ったと思って良い。また、体つきも��段見るお嬢様たちとは大きく変わっていた。彼女たちは美味しいものを美味しく頂いて、線の細い中にもふっくらとした柔らかさがあるのだが、叶はそうではない。栄養失調からの病気じみた痩せ方をしていて、ただ線が細いだけ、ただ貧相なだけで、腕や脚などは子供の俺が叩いても折れそうなほどに肉が付いておらず、手や足先は、肌が白いがために骨がそのまま見えているかのようである。兎に角貧相である。が、彼女にはただ一点、不自然なほど脂肪が蓄えられた箇所があった。
それはもちろん胸部である。叶は姉から譲り受けた服を着ているがために、袖や裾はだいぶ余らしていたのであるが、胸元だけはピンと張って、乳房と乳房の間には皺が出来ていて、むしろサイズが足りないように見える。恐らく裾を無理やり下に引っ張って、胸を押し込めたのか、下はダボダボと垂れているけれども、胸の上は変にきっちりしている。体の前で手をもじもじさせつつ、楽しげに体を揺らすので、胸があっちへ行ったり、こっちへ行ったりする。俺は最初、胸に詰め物をしているのであろうかと思われた。そう言えば、一昨日くらいにクラスの女子が、私の姉さんはこんなの! と言いつつ、体操服の胸元にソフトボールを入れてはしゃいでいたが、その姿がちょうどこの時の叶くらいであったから、自然にやっぱりこの年の女子は大きな胸に憧れるものなのだと納得したのである。だが、叶の胸は変に柔らかそうに見える。いや、それだけでなく、ソフトボールを入れたぐらいでは脇のあたりが空虚になって、はっきりと入れ物だと心づくが、彼女の体に描かれる、首元から始まって脇を通り、へその上部で終りを迎える曲線は、ひどく滑らかである。手が当たればそこを中心に丸く凹み、屈んで裾を払おうとすれば重そうに下で揺れる。
俺が女性の乳房なるものに目を奪われた初めての瞬間である。
それは物心ついた少年の心には余りにも蠱惑的だった。余りにも蠱惑的過ぎて、俺の体には背中をバットで殴られたような衝撃が走り、手が震え、肩が強張り、妙に臀部の辺りに力が入る。頭の中は真っ白で、少しずつ顔と耳たぶが赤くなっていくのが分かる。途端に彼女の胸から目が離せなくなり、じっと見るのはダメだと思って視線を上げると、さっきとは打って変わって潤いのある目がこちらを見てきている。微笑んでくる。その瞬間、徐々に赤くなって行っていた顔に、血が一気に上る感覚がし、また視線を下げると、そこにはこれまで見たことがない程の大きさの胸。胸。胸。………あゝ、なんと魅力的だったことか。
「こんにちは」
「うん、こんにちは。今日は寒いね」
彼女に挨拶されたので、俺はなんとか声を出したのだった。
「私は全然。むしろあったかいくらい」
「元気だなぁ」
「君が元気ないだけじゃないの」
「熱は無いんだけどね」
「ふふ」
と彼女は笑って、
「君どのクラスの子?」
「いや、たぶん知らないと思う。この辺の学校には通ってないから」
「どおりで学校じゃ、見ないと思った。何年生なの?」
彼女がこの時、俺を年下だと思っていたことは笑止。実際には同い年である。
「へぇ、あっちの学校はどうなの?」
「どうもこうもないよ。たぶん雰囲気なんかは変わんないと思う」
「そうなんだ」
と、そこでトラックが道端を通ったために、会話が区切れてしまって、早くも別れの雰囲気となった。
「ねぇ」
先に声をかけたのは彼女だった。
「うん?」
「またお話してくれない?」
少年はしばし悩んだ。近くの者とは関わるなと言う父上の言葉が頭にちらついて、それが殆ど彼女の家庭とは関わるなとの意味であることに、今更ながら気がついたのであったが、目の前に居る少女が目をうるませて、希望も無さげに手をもじもじと弄っているのを見ると、彼女の学校での扱われ方が目に見えてしまって仕方がなかった。そっと目を外すと、隣に住んでいなければ、多分一生関わること無く一生を終えるであろう貧しい家が目に飛び込んできて、だとすれば、良い育ちはしていないに違いはあるまい。だが、今言葉を交わした感じからすれば、意外にも言葉遣いはぞんざいではなく、笑い方もおっとりとしている。それに何より、自分がここまで心臓の鼓動がうるさいと思ったことはないのである。少年の心はこの時、「またお話したい」などというレベルではなく、彼女に近づきたい気持ちでいっぱいであった。近づいて、もっともっとお話をして、その体に触れて、夜のひと時をこのメルヘンチックな我が部屋で過ごせたら、どんなに素敵だろう。この窓から夜景を見て、手を取って、顔を突き合わして、行く行くは唇を重ねる、………あゝ、この部屋だけじゃない、綺麗に見繕って、二人で遊びに行くのも良い、いや、もはや二人きりでその場に居るだけでも僕の心は満足しそうだ。………実際にはこんなに沢山ことを考えた訳ではなかったけれども、しかしそういうことが、父上の言いつけから少年をすっかり遮断してしまった。つまりは、彼女の言葉に頷いたのである。
「もちろん。こうやって顔だしてたら、また話しかけてよ」
「ふふ、ありがとう。またね」
「またね。―――」
これが俺と叶の馴れ初めなのだが、それから俺たちは休みの日になると、窓を通じて10分20分もしない会話を楽しんだ。尤もそれは俺が父上と母上を怖がって、勉強しなくちゃいけないだとか、習い事があるとか、そういう理由をつけて早々に切り上げるからではあるけれども、もし何の後ろめたさも無かったら日が暮れても喋りあったに違いない。
「えー、……もう? 私はもっとお話してたい!」
「ごめんね。明日もこうやって外を眺めてあげるからさ」
その言葉に嘘はなく、俺は休日になれば、堪えきれない楽しみから朝食を終え、両親を煙に巻くや窓から顔を突き出していた。すると叶はいつも直ぐに家から出てきて、
「おはよう」
と痩せ細った顔に笑みを浮かべる。彼女もまた、楽しみで楽しみで仕方ないと言った風采なのである。
「おはよう。今日はいつにもまして早いね」
「ふふ」
会話の内容はありきたりなこと、―――例えば学校のこと、家のこと(彼女はあまり話したがらなかったが)、近くにある店のこと、近くにある交番がどうのこうのということ、近くにある家のおばさんが変人なことなど、強いて言えば、近所の人たちに関する話題が多かった。というのも、この住宅街に住んでいながら、今まで何も知らなかったので、俺の方からよく聞いたのが理由ではあるけれども、話に関係ないから述べる必要はあるまい。
それよりも、あんまり叶が早く出てくるので、いつのことだったか、聞いてみたことがあった。すると、彼女は心底意地の悪い笑顔で、
「私の部屋から丸見えなんだもん。そんなに楽しみ?」
と言うので、無性に恥ずかしさが込み上げてきたのは覚えている。どう返したのか忘れたが、その後の彼女の笑う様子が、強烈に頭に残っているのを考慮すれば、さらに恥ずかしい言い訳を放ったのは確かである。………
そんなある日のことであった。確か、叶と出会って一ヶ月経った日だったように思う。何でも学校が春の休み期間に入ったために、俺達は毎日顔を合わせていたのであるから多分そうで、非常に小っ恥ずかしい日々を送っていたのであるが、この日は俺しか俺の家には居ないのであった。それも朝一から深夜まで、何故だったのかは忘れてしまったが、両親も居なければ、ハウスキーパーも、確実に居ないのである。然れば初恋に目の暗んだ少年が悪巧みをするのも当然であろう。つまり俺はこの日、叶をこのメルヘンチックな離れに招待しようとしていたのである。
一種の期待を胸に抱きながら、いつもどおり窓から顔を突き出して、今や見慣れてしまった貧しい家の壁に視線を沿わせては、深呼吸で荒れそうになる息を整えようとする。一見、「いつもどおり」の光景だけれども、この時の俺はどうしても、初めての彼女をデートに誘うような心地よい緊張感ではない、恐ろしい罪悪感で押しつぶされそうだった。別に子供が同級生の女の子を連れてくることなど、親からしたら微笑ましい以外何者でもないかもしれない。が、これから呼ぶのは、父上が関わるなと言った、隣家の貧しい娘なのであるから、どうしても後々バレた時の事を考えると、喉が渇いて仕方ないのである。―――出来れば叶が今日に限って出てきてくれなければ、なんて思っても、それはそれで淋しくて死ぬ。まぁ、期待と緊張と罪悪感でいっぱいいっぱいだった少年の頭では、上手い具合に言い訳を考えることすら出来なかったのである。
「おはよう」
そうこうするうちに、いつの間にか外に出てきていた叶が声をかけてきた。一ヶ月のうちに、さらに胸が大きくなったのか、お下がりの服の袖はさらに長くなり、………というのは、服のサイズを大きくしないと胸が入らないからで、その肝心の胸の膨らみは今やバレーボール大に近くなりつつある。
で、俺は焦ることは何もないのに、挨拶を返すこともせずに誘うことにしたのであった。
「ねぇ」
「うん?」
「きょ、今日、僕の家にはだ、だれも居ないんだけど、………」
「え? うん、そうなの」
それから俺が叶を誘う言葉を出したのは、しばらくしてのことだったが、兎に角俺は彼女を頷かせて門の前まで来させることに成功して、庭を駆けている時に鳴った呼び鈴にギョッとしつつ、正門を開けると、さっきまでその気になっていた顔が、妙に神妙なので聞いてみると、
「なんか急に入って良いのか分からなくなっちゃった」
ともじもじしながら言う。それは引け目を感じると言うべき恥であることは言うまでもないが、一度勢いづいた少年にはそれが分からず、不思議な顔をするだけであった。それよりも少年は歓喜の渦に心臓を打たせており、今日という今日を記憶に焼き付けようと必死になっていた。というのは、普段遠目から見下ろすだけであった少女が目の前に現れたからではあるけれども、その少女の姿というのが、想像よりもずっと可愛いような気がしただけでなく、意外と背丈がひょろ高いことや、意外と服は小綺麗に整えてあることや、手も脚も、痩せ細った中にも一種の妖艶さが滲み出ていることなど、様々な発見をしたからであった。特に、胸元の膨らみにはただただ威圧されるばかり。大きさは想像通りだったものの、いざ目の前に来られると迫力が段違い。試しに顔を近づけてこっそりと大きさを比べて見ると、自分の頭よりも大きいような感じがし、隣に並んでみると、彼女の胸元にはこんな大きな乳房が生えているのかと驚かれる。
「ちょっと、どうしたの」
と言われてハッとなって、叶の手を引きながら広大な庭を歩き始めたが、少年の目はやはり一歩一歩ふるふると揺れる彼女の乳房に釘付けであった。
庭の様子は今後必要ないから述べないが、一方はお坊ちゃん、一方は女中にもならない卑しい少女が手を取り合いながら、花々の芽の萌ゆる庭園を歩く様子は、或いは美しさがあるかもしれない。
離れについて、「や、やっぱり私帰るね」と言い出す叶を無理に押し込んで、鍵をかけると、一気に体中の力が抜けて行くような気がした。何となく庭を歩いているうちは、誰かに見られているかのようで、気が気でなかったのに、今となっては何と簡単なことだったであろう。とうとう成功した、成功してしまったのである、叶を一目見た瞬間に思い描いていた夢が、一つ叶ったのみならず、この心の底から沸き起こる高揚感はなんだろうか。期待? それとも単に興奮しているだけ? いや、恐らくは彼女が隣に居ること、手を触れようとすれば触れられる位置に居ること、つまり、彼女に近づいたという事実が、嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。そしてそれが、自分の住処で起こっている、………俺は多分この時気持ち悪いくらいに笑っていたように思ふ。頭は冷静に叶をもてなしているつもりでも、行動の一つ一つに抜けている箇所が、どうしても出てしまって、土足のまま上がろうとしたり、段差に足をひっかけて転けそうになったり、お茶を溢しそうになったり、最初からひどい有り様であったが、彼女は引け目を感じながらも笑って、
「ほんとにどうしたの、熱でも出てるんじゃ、………」
と心配さえもしてきて、その優しさもまた、俺には嬉しくて���方がなくって、ますます惚けてしまったように思われる。が、それが出たのは昼前のことだったろう、あの時俺は、目の前ある叶の乳房が大きく重たく膨れ上がっているのに対し、それを支える身体が余り痩せすぎている、それもただ単に痩せているのではなくて、こうして間近で見てみると、骨格からして華奢であるので、身長はどっこいどっこいでも(―――当時の俺は背が低かったのである)、どこか小さく感じられるし、そのために、余計に体と胸元の膨らみとが釣り合っていない上に、胸が重いのか、ふらふらとして上半身が風で煽られているかの如く触れる時がある、それが緊張で体が強張っている今でも起こるので、段々と心配になってきて、
「す、すごい部屋、………」
ときちんと正座をしながら目を輝かす彼女が、今にも倒れてしまいそうに思われたのだった。しかし惚けた少年の頭では、ああ言えば失礼だろうか、こう言えば婉曲的に尋ねられるだろうか、などと言ったことは考えられない。ただ、この眼の前に居るかぁいい少女が、かぁいくってしょうがない。あれ? 叶ってこんなにかぁいかっただろうか? と、彼女の一挙一動がなんだか魅力的に見えて来て、手の甲を掻くのすらもかぁいくって、言葉が詰まり、今や何とか頭に浮き出てきた単語を並べるのみ、彼女を一人部屋に残して外で気持ちを落ち着けようにも、今ここに叶が居るのだと思えばすぐさま頬が燃え上がってくる。再び部屋に入れば入ればで、自分の思い描いていたのよりかぁいい少女が、きちんと正座をしながらも、未だに目をキラキラとさせ、口をぽかんと開けて部屋中を眺めている。そんなだから、一層少年の頭は惚けてしまった。同時に、胸の前で、乳房を押しつぶしながらしっかりと握られている両の手が目について、その細さ、そのか弱さに惹き込まれて無遠慮に、
「ねぇ、前々から気になってたんだけど、どうしてそんなに細いの? どうしてそんなに痩せてるの?」
と、彼女の正面に座りながら聞いた。
「あっ、うっ、……」
「ん? だって手とか僕が握っても折れそうだし」
「え、えとね?」
「うん」
「その、食べては居るんですけれど、………」
叶はここに来てからすっかり敬語である。
「食べても食べても、全然身につかなくって、………その、おっぱいだけが大きくなってしまってるの。だから、こんなにガリガリ。骨も脆いそう。………あはは、なんだか骸骨みたいだね」
「全然笑い事じゃないんだけど」
「うん、ありがとう。それだけでも嬉しいな」
とにっこりするので、
「もう」
とにっこりとして返すと、叶はすっかり普段の無邪気な顔に戻った。
「あ、でね、もちろんお母さんも心配してくれて、お金が無いのに、私のためにたくさんご飯を作ってくれててね、―――」
「たくさんって、どのくらい?」
「えっと、………」
と言葉に詰まるので、
「まぁ、別に笑わないからさ。言ってごらん?」
とたしなめた。すると返ってきた言葉は、俺の想像を軽く飛び越していたのだった。
毎日微妙に違うから昨日のだけと、はにかんだ叶の昨夜の夕食は、米を4合、味噌汁が鍋一杯、豆腐を3丁肉豆腐、その肉も牛肉1キロ、半分を肉豆腐へ、半分を焼いて、野菜はキャベツとレタスと半々に、鶏胸肉2枚、パスタ500グラム、………を食した後に寒天のデザートを丼に一杯、食パンを2斤、牛乳一リットルで流し込んだ、と、ご飯中は喉が乾いて仕方がないと言って、水もペットボトルで2本計4リットル飲んだ、いつもこれくらいだが、それでも食欲が収まらない時は、さらにご飯を何合か炊いて卵粥として食べるのだと言う。
笑わないとは言ったけれども、流石に苦笑も出来ずに唖然とするばかりで、俺は、スポーツ選手でも食べきれない食い物が、一体全体、目の前で顔を覆って恥ずかしがる少女のどこに入って、どこに消えたのか、想像をたくましくすることしか出来なかったが、そうしているうちに、今日の朝はねと、朝食までおっしゃる。それもまた米が4合に、やっぱり味噌汁を鍋一杯。そして、知り合いが店を構えているとか何とかでくれる蕎麦を、両手で二束、大鍋で茹でてざる蕎麦に、インスタントラーメンを2人前、水を2リットル。言い忘れてけどご飯は大きなおにぎりとして、中に色々と具材を入れて食うと言って、最後に、デザートとは言い難いが、デザートとしてシリアルを、やっぱり牛乳1リットルかけて食べる。その後パンがあればあるだけ食べる。水も何リットルか飲む。で、大体食事の時間は1時間半から2時間くらいで終わるけれども、お腹が空いていたら30分でもこれだけの量は平らげられるらしい。
「いやいやいやいや、………えっ?」
俺のそんな反応も当然であろう。ところで以上の事を言った本人は、言っちゃった、恥ずかしい、と言ったきり黙って俯いているが、益々見窄らしく、小さく見え、やはり可哀想でならなかった。
ポーン、と鳴って、時計が12時を示した。叶の告白から随分時間が経ったように思っていたら、もうそんな時間である。空腹を訴えかけている腹には悪いが、今ここで食事の話題を振れば恐ろしい結果になるかもしれない、一応自分の昼食は、父上が予め出前を取ってくれたのが、さっき届いたからあるし、母上が夕食もと、下拵えだけして行った料理の数々があるので、それを二人で分けて、一緒に食べる予定ではあったのだが、しかし先の話が本当だとすれば、とても量が足りない。だが、恐ろしい物は逆に見たくなるのが、人間の常である。俺は、叶がご飯を食べている様を見たくてたまらなかった。普段、外食は両親に連れられてのものだったけれども、幸い街を歩けばいくらでも食事処にはありつける。日本食屋に、寿司屋に、洋食屋に、喫茶店に、中華料理屋に、蕎麦屋饂飩屋鰻屋カレー屋、果ては創作料理屋まであるから、彼女をそこに連れて行ってみてはどうか。もちろん一軒と言わずに何軒も訪れて、彼女が満足するまでたくさんご飯を食べさせてあげてみてはどうだろうか? 俺はそんなことを思って、心の内で嫌な笑みを浮かべていたのであったが、偶然か必然か、その思いつきは叶の願いにぴったり沿うのであった。
「あはは、………やっぱり引いた?」
と叶がもじもじしながら言う。
「若干だけど、驚いただけだよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「じゃ、じゃあ、もう一つ打ち明けるんだけどね、………あ、本当に引かないでよ」
「大丈夫だって、言ってごらん?」
と言って顔を緩めると、叶は一つ深呼吸してから、もじもじさせている手を見つめながら口を開くのであった。
「えとね、私、………実はそれだけ食べても全然たりなくて、ずっとお腹が空いてるの」
「今も?」
「今も。ほら、―――」
叶が服の裾をめくり上げると、そこにはべっこりと凹んでいる腹が丸見えになる。
「すっかり元通りになっちゃった。君と会うために外に出た時は、まだぼっこりしてたんだけど、………」
「お昼は?」
「え?」
「お昼。お昼ごはん。どうするの?」
「我慢かなぁ。いつもお昼ごはんは給食だから、全然平気だよ!」
この時、図らずも俺の画策と、彼女の願い、というよりは欲望が、同じ方向を向いたことに歓喜したのは言うまでもない。俺はこの後のことをあまり覚えていないが、遠慮する叶に向かって、
「ご飯一緒に食べよう!!」
と無理やり立たせて、取ってあった出前を彼女の目の前に差し出したのは、微かに記憶に残っている。彼女はそれをぺろりと平らげた。口に入れる量、噛むスピード、飲み込む速度、どれもが尋常ではなく、するすると彼女の胃袋の中へと消えていった。母上が下ごしらえして行った料理もまた、子供では食べきれないほどあったが、5分とかからなかった。こちらは食べにくいものばかりであったけれども、叶は水を大量に飲みつつ、喉へと流し込んで行く。それがテレビでよく見る大食い自慢のそれとは違って、コクコクと可愛らしく飲むものだから、俺はうっとりとして彼女の様子を見つめていた。食べ終わってから、俺は彼女の腹部に触れさせてもらった。その腹は、3人前、4人前の量の食事が入ったとは思えないほど平たく、ぐるぐると唸って、今まさに消化中だと思うと、またもや俺の背中はバットで殴られたかのような衝撃に見舞われてしまった。ちょうど、叶の乳房に目を奪われた時と同じような衝撃である。思わず耳を叶のヘソの辺りに押し付けて、たった今食べ物だったものが排泄物になろうとしている音を聞く。ゴロゴロと、血管を通る血のような音だった。
「まだ食べられる?」
「もちろん!」
叶は元気よく答えた。俺は彼女がケチャップで赤くなってしまった口を、手渡されたナプキンで綺麗に拭き終わるのを待って、
「じゃあ、行こうか」
と、財布と上着を取りながら聞いた。
「どこへ?」
「今日はお腹いっぱいになるまで食べさせてあげるよ」
俺の昼食夕食を軽く平らげた彼女は、今更遅いというのに遠慮をするのであった。「いや、私、もうお腹いっぱいで」とか、「お金持ってない」とか、「別にいいって、いいってば」とか、終いには「ごめん、ごめんなさい」と言って泣き出しそうにもなったり、なんとかなだめて離れから飛び出ても、動こうとしなかったり、自分の家に入ろうとする。「だ、大丈夫! 嘘! 嘘だから! 忘れて! もう食べられないから!」など、矛盾に満ちた言葉を放っていたのは覚えている。俺はそれをなんとかなだめて、気持ちが先行してしまって不機嫌になりつつも、最終的には弱々しい彼女の腰を抱きかかえるようにして引っ張って行った。
「ごめんね、ごめんね。ちょっとでいいからね。私よりも君がたくさん食べてね」
と食べることには堪忍したらしい叶が、物悲しそうにしたのは、確か家からまっすぐ歩いて、3つめの交差点を曲がって、広めの県道を西に沿ってしばらく行った所にある小綺麗な中華料理屋だっただろう。前にも述べたが、俺はこの日のことをあまり詳しく憶えていないのである。何故この中華料理屋に訪れたかと言えば、ようやく落ち着いた叶に何が食べたい? と聞くと、渋々、春巻きが食べたいとの答えが返ってきたからであるのだが、この店は昔も今も量が多いとの文句が聞こえてくる名店で、俺はよく、父上が天津飯一つすら苦しんで食べていたのを思い出すのである。とまぁ、そんな店であるのだから、そんな店にありがちな、所謂デカ盛りメニューなるものがあって、例えば丼物、―――麻婆丼だったり、炒飯だったり、それこそ天津飯だったり、そういうのはだいたい揃ってるし、酢豚とか、八宝菜の定食メニューもそれ専用の器すらあったりする。そしてそれを30分以内に食べきったら無料なので、これならお金を気にする彼女も安心してくれるだろうと、少年は考えた訳であったが、いざ入ってみて、奥の席へ通されて、
「この春巻きを10人前と、デカ盛りメニューの麻婆丼一つと、それと僕は、………エビチリ定食をご飯少なめでください!」
と注文すると、
「ぼ、僕? 冗談で言ってる?」
と、まず俺を見、そして叶を見して怪訝な顔をするのであった。
「冗談じゃないよ。ねぇ?」
と叶を見るが、彼女は静かに俯いている。
「ま、そういうことだから、お金は出すんだから、早く! 早く!」
「でもね、これはとっても量が多いんだよ?」
「うん、知ってる。だけど叶ちゃんが全部食べてくれるから、平気だよ」
「え、えぇ、………? この子が? 嘘おっしゃい」
そういう押し問答は10分乃至15分は続いたのであったが、とうとう店側が折れる形で、俺達の前には山になった春巻きと、山になった麻婆丼と、それ比べればすずめの涙程のエビチリが、テーブルの上に現れたのであった。俺も驚いたし、店員も驚いたし、何より他の客の驚きようと言ったら無い。奥の席だったから、人気はあまりないものの、写真を撮る者、頑張れよと冷やかしてくる者、わざわざ席を変わってくる者も居れば、自分たちも負けじとデカ盛りメニューを頼む者も居る。彼らの興味は殆どテーブルの上に置かれた理不尽な量の料理と、それに向かう華奢な少女であったが、妙に俺は良い気になって、ピースして写真に写ったり、冷やかして来た者を煽ったりして、相手をしたものだった。本当に、あの時の俺は、自分が一時の有名人になったかのような心持ちで、サインでも握手でもしてやろうかと思った。いや、そんなことよりも、もっと写真に撮って、もっと騒ぎ立てて、もっと人を集めてくれという気持ちであった。有頂天と言っても良い状態だった。が、ふと叶の方を見てみると矢張り俯いたままでいる。―――あゝ、こんなに騒がしかったら美味しいものも美味しくは無いだろうな、早く食べないと冷えてしまう、それに、自分もお腹が空いて仕方がない、そろそろ追っ払おうかしらん。叶の様子にいくらか冷静になった俺はそう思ったのであった。
「ごめんね、彼女、恥ずかしがり屋だから、ほら、あっち行ってて」
そう言うと、店主のハラハラした視線だけはどうすることも出来なかったが、皆次第に散り散りになった。叶もまた、周りに人が居なくなって安心したのか、顔を上げる。
「騒がしかったね」
「うん」
「まったく、野次馬はいつもこうだよ」
「うん」
「足りなかったら、もう一つ頼むことにしようか」
「あ、あの、………」
「うん?」
「いただきます」
この時の彼女の心境は、後になって聞いたことがある。たった一言、ああいう状況に慣れていなかったせいで、食べて良いのか分からなかった、と。実際には、中華店へ入る前から匂いに釣られて腹が減って死にそうになっていたところに、いざ目の前に好物の春巻きと、こってりとした匂いを漂わせている麻婆丼が現れて、遠慮も恥も何もかも忘れて食らいつきたかったのだそうである。事実、麻婆丼は物凄い勢いで彼女の口の中へと消えていった。
ところで麻婆丼は、後で聞けば10人分の具材を使っているのだと言う。重さで言えば8.7キロ、米は5合6合はつぎ込んで、女性の店員では持ち運べないので、男が抱えなければならない。時たま米の分量を誤って、餡のマーボーが指定分乗り切らない時があって、そういう時は乗り切らなかった餡だけ別の器に盛って出す。かつて挑戦した者はたくさんいるが、無事にただで食べられたのはこれまで1人か2人くらい、それも大柄な男ばかりで、女性はまだだと言う。
そんな麻婆丼が、11歳の、それも痩せ細った体つきの少女の口の中へ消えていくのである。休むこと無く蓮華を動かし、時折春巻きを箸に取っては、殆ど一口で飲み込むが如く胃の中へ流し込み、真剣ながらも幸せの滲み出た顔をしながら、水をグイグイ飲む。見れば、心配で様子を見に来ていた店主は、いつの間にか厨房に引っ込んで呆れ顔をしている。叶はそれにも気が付かずに黙々と口を動かして、喉が微かに動いたかと思ったら、蓮華を丼の中に差し込んで、幸せそうな顔で頬張る。あれよあれよという間にもう半分である。こういうのは後半になればなるほど勢いが落ちるものだのに、叶の食べるスピードは落ちないどころか、ますます早くなっていく。やがて蓮華では一口一口の大きさが物足りないと感じたのか、一緒に付いてきたスプーンで上から米もろとも抉って食べる。叶は普段から綺麗に食べることを心がけていて、大口を開けて食い物を口へ運んだとしても、それが決して醜くなく、逆に、実に美味そうで食欲が掻き立てられる。優雅で、美しい食べ方は、彼女が言うには、体の動かし方が重要なのだと、かつて教えてもらったことがある。気がついた時には、もう普通の麻婆丼と殆ど変わらない分量になっていた。一個もらうつもりだった春巻きは、………もう無かった。
俺は、叶の料理を食べている姿をついに見ることが出来て、ただただ感激だった。先程は恐ろしい勢いで食べたと言っても、量は大食いの者ならば簡単に平らげる程度しか無かったのである。それが今や10人前の巨大な麻婆丼を前にして、淡々と頬張っていき、残るは殆ど一口のみになっている。彼女はここに来てようやくペースが落ちたのだが、その顔つき、その手付き、その姿勢からして、腹が一杯になったのではなくて、あれほどあった麻婆丼がとうとうここまで無くなったので、急に名残惜しくなったのであろう。その証拠に、一口一口、よく噛み締めて食べている。俺は、またもや背中をバットで殴られたかのような衝撃に身を震わせてしまい、その様子をじっくりと穴が空くほどに見つめていたのであったが、汗もかかずに平然と、最後の豆腐に口をつける彼女を見て、とうとう食欲がさっぱり無くなってしまった。代わりに無性に苛立つような、体の内側が燃えるような、そんな堪えきれない欲が体の中心から沸き起こってきて、今までそんなに気にしてなかった、―――実際は気にしないようにしていた胸元の膨らみが、途端に何かを唆しているように思えて、もっともっと叶の食事風景を見ていたくなった。
「ごちそうさまでした」
と、声がしたので見てみると、澄ました顔で水を飲んでいらっしゃる。俺は慌てて、店主がテーブルの上に乗せて行ったタイマーを止めて時間を見てみた。
「16分39秒」
「えっ? 食べ終わった?」
「ほんまに?」
「本当に一人で食べたんだろうか。………」
気がつけば観客たちがぞろぞろと戻ってきていた。彼らの様子は、もうあんまりくだくだしくなるから書かないが、俺はまたしても注目を浴びている彼女を見て、ただならぬ喜びを感じたということは、一言申し上げておく必要がある。少年は輪の中心に居る少女の手を取るに飽き足らず、その体に抱きついて(―――何と柔らかかったことか!)、
「やったね叶ちゃん。やっぱり出来るじゃないか」
と歓声を放ち、
「ほら、ほら、この子はデカ盛りを16分で食べきったんだぞ。男ならそれくらいできなきゃ」
と、まるで我が手柄のように、奮闘中の大学生らしき男性客に言うのであった。俺の感性はまたしても有頂天に上り詰めて、多幸感で身がふわふわと浮いていた。隣で叶がはにかんで居るのを見ては、優越感で酔っ払ってしまいそうだった、いや、酔いに酔って、―――彼女の隣に居るのは僕なんだぞ。少年はそう叫んだつもりであるのだが、実際には心の中で叫んだだけなようである。俺がこの日の記憶をおぼろげにしか覚えていないのは、そんな感情に身も心も流されていたからなのである。………
騒ぎが収まってから、俺は半分近く残っていたエビチリを叶にあげた。もちろんぺろりと平らげた訳なのだが、しかしその後余りにも平然としてデザートの杏仁豆腐を食べているので、ひょっとしたら、………というよりは、やっぱりそうなんだなと思って、
「もしかしてさ、もう一回くらいいける余裕ある?」
「あ、………もちろん」
もちろんの部分は小声で言うのであった。そして小声のままその後に続けて、今体験した感じで言うと、もう一回あのデカ盛りを食べるどころか、さらにもう一回くらいは多分入ると思う。なんて言っても、まだ空腹感が拭えない。実のことを言えば、あれだけ店主が期待させてくるから楽しみだったのだけれども、いざ出てきてみれば、美味しかったものの、いつも食べてる分量より少なかったから、拍子抜けしてしまった、30分という時間制限も、頑張ったらさっきの麻婆丼2つ分でも達成できると思う。いや、たぶん余裕だと思う、出来ることならもう一回挑戦してみたいが、あの騒ぎを起こされた後だとやる気は起きないかなと言う。少年は彼女の食欲が未だに失せないことに、感謝さえしそうであった。なぜかと言って、この日の俺の願望は、彼女の食事姿を眺めること、そして、街にある食事処をはしごして、彼女が満足するまでたくさんご飯を食べさせてあげること、―――この2つだったのである。しかし、前者は達成したからと言って、それが満足に値するかどうかは別な問題であって、既に願望が「彼女の食事姿を飽きるまで眺めること」となっていた当時の俺には、元々の望みなどどうでもよく、叶がお腹いっぱいになっちゃったなどと言う心配の方が、先に頭に上っていた。が、今の彼女の言葉を聞くに、彼女はまだまだ満足していない。腹で言えば、三分ほどしか胃袋を満たしていない。となれば、第二の願望である「彼女が満足するまでたくさんご飯を食べさせてあげること」を達成していない。然れば、僕が叶の食事風景を飽きるまで眺めるためにも、そして叶が満腹を感じるまでに食事を取るためにも、今日はこのまま延々と飯屋という飯屋を巡ってやろうではないか。そして、あのメルヘンチックな子供部屋で、二人で夜景を眺めようではないか。………斯くして三度、俺の願望と叶の欲とは一致してしまったのであった。
結局叶は、春巻きをもう一度10人前注文して幸せそうな顔で味わい、その間に俺は会計を済ましたのであったが、あっぱれと未だに称賛し続けている店主の計らいで杏仁豆腐分だけで済んでしまった。本当にあの体にあの量が入ってるとは信じられんとおっしゃっていたが、全くその通りであるので、店を出てから叶に断ってお腹に手を触れさせてもらったところ、ちょうど横隔膜の下辺りから股上までぽっこりと、あるところでは突き出ているようにして膨らんでいる。ここに8.7キロの麻婆丼と、春巻き20人前が入っているのである。ついでに水何リットルと、申し訳程度の定食が入っている。そう思うと、愛おしくなって手が勝手に動き初めてしまいそうになったけれども、人通りの多い道であるから、少年は軽く触れただけで、再び少女の手を引いて、街中を練り歩き出した。
それから家に帰るまでの出来事は、先の中華料理屋とだいたい似ているので詳しくは書かないが、何を食べたかぐらいは書いておこう。次に向かった店は近くにあったかつれつ屋で、ここで彼女は再びデカ盛りのカツ丼4.3キロを、今度は初めてと言うべき味に舌鼓をうちながらゆっくりと、しかしそれでも半額になる25分を6分24秒下回るペースで平らげ、次はカレーが食べたくなったと言って、1つ2つ角を曲がってよく知らないインドカレー屋に入り、ご飯を5回おかわり、ナンを10枚食べる。おぉ、すごいねぇ、とインド人が片言の日本語で歓声を上げるので、叶はどう反応していいのか分からずに、むず痒そうな顔を浮かべていた。で、次はラーメン屋が目についたので、特盛のチャーシュー麺と特盛の豚骨、そして追加で餃子を頼んで、伸びたらいけない、伸びたらいけないと念仏のように唱えながら、汁まで飲み干す。この時既に、一体何キロの料理が彼女の腹に入っていたのか、考えるだけでも恐ろしいので数えはしないが、店を出た時に少々フラフラとするから心配してみたところ、
「いや、体が重いだけで、お腹はまだ大丈夫」
という答えが返ってくる。事実、その移動ついでにドーナツを10個買うと、うち9個は叶の胃袋へ、うち1個は俺の胃袋へと収まった。そして今度は洋食屋に行きたいとご所望であったから、先の中華料理屋の向かい側にある何とか言う店に入って、ナポリタン、―――のデカ盛りを頼んで無料となる19分17秒で完食す。とまあ、こんな感じで店をはしごした訳であったが、その洋食屋を後にしてようやく、ちょっと苦しくなってきたと言い出したので、シメとして喫茶店のジャンボパフェを食べることにした。彼女にしてみれば、どれだけ苦しくても甘いものだけはいくらでも腹に入れられるのだそうで、その言葉通り、パフェに乗っていたアイスが溶けるまでにバケツのような器は空になっていた。そして、喫茶店を出た時、叶は急に俺の体に凭れかかってきたのであった。
「あ、あ、………苦しい、………これがお腹一杯って感覚なんだね」
と、俺の背中に手を回してすっかり抱きついてくる。うっとりとして、今が幸せの絶頂であるような顔をこちらに向けたり、道の向かい側に向けたりする。人目もはばからず、今にもキスしそうで、その実ゴロンと寝転がってしまうのではないかと思われる身のこなし。心ここにあらずと言ったような様子。………彼女は今言った量の料理を食べて初めて、満腹感を感じられたのであった。―――あゝ、とうとう僕の願望と叶ちゃんとの欲望が、叶い、そして満たされたしまったのだ。見よ見よこの満足そうな顔を。ここまで幸せそうな顔を浮かべている者を皆は知っているか。―――少年も嬉しさに涙さえ出てくるのを感じながら、抱きついてくる少女のお腹に手を触れさせた。妊娠どころか人が一人入っているかのようにパンパンに張って、元の病的なまでに窪んでいた腹はもうどこにもなかった。胸元だけではなく、腹部にある布地もはちきれそうになっていた。思えばここに全てが詰まっているのである。今日食べた何十キロという食べ物が、………そう考えれば本来の彼女の体重の半分近くが、この腹に収まって、今まさに消化されているのである。少年と少女はついに唇を重ねる��、そっとお腹に耳をつけてその音を聞いてみると、じゅるじゅると時々水っぽい音を立てながら、しかしグウウウ、………! と言った音が、この往来の激しい道沿いにおいても聞こえてきて、この可愛らしい少女からこんな生々しい、胎児が聞くような音を立てているとは! 途端に、股間の辺りから妙な、濁流を決壊寸前の堤防で堰き止めているかのような、耐え難い感覚がして、少年は咄嗟に彼女から身を引いた。今度の今度は背中をバットで殴られたような衝撃ではなく、内側からぷくぷくと太って破裂してしまいそうな、死を感じるほどのねっとりとした何かだった。そしてそれは何故か叶の体、―――特に異様に膨らんだ胸元と腹を見るだけでも沸き起こってくるのであった。少年は恐怖で怯えきってしまった。この得体の知れない感覚が怖くて仕方なかった。目の前でふらふらとしている少女から逃げたくもなった。が、無情なことに、その少女はうっとりと近づいてきて、少年の体にすがりつくので、彼は逃げようにも逃げられず、為されるがままに、その痩せきってはいるけれども上半身の異様に膨れた体を抱いてやって、少女の希望ゆえにお腹を両手で支えながら帰路につくのであった。
「お母さんに何言われるか分からないから、楽になるまで遊んで」
離れに戻ってから、叶はそう言って俺の体に寄りかかってきた。道沿いでしてきた時はまだ遠慮があったらしく、俺はすっかり重くなった彼女の体を支えきれずにベッドに倒れてしまい、じっと見つめる格好になったのであるが、そのうちに堪えきれなくなって、どちらからともなく、
「あははは」
「あははは」
と笑い出した。
「ねぇねぇ」
「うん?」
「さっきキスしてきたでしょ」
「………うん」
俺はこっ恥ずかしくなって、素っ気なく答えた。
「もう一度しない?」
「………うん」
今度はしっかりと叶の顔を見つめながら答えた。
これで俺たちは二度目の接吻をした訳であるが、俺の手はその後、自然に彼女の胸に行った。この時、叶の方がベッドに大きく寝そべっていたので、俺の方が彼女より頭一つ下がった位置にあり、目の前で上下する乳房が気になったのかもしれない。俺の手が触れた時、彼女はピクリと体を震わせただけで、その熱っぽい顔はじっとこちらを向けていた。嫌がっている様子が見えないとなれば、少年は図に乗って、両手を突き出して乳房に触れるのであったが、それでも少女は何も言わない。思えば、少年が恋する少女の胸に手をかけた初めての時であった。やわらかく、あたたかく、頭ぐらい大きく、手を突っ込めばいくらでもズブズブと沈み込んでいき、寄せれば盛り上がり、揉めば指が飲み込まれ、掬い上げれば重く、少年はいつまででも触っていられそうな感じがした。と、その時気がついたことに、着ている物の感触として、女性にはあって然るべき重要な衣服の感覚が無いのである。
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶらは、………?」
と少年は何度もどもりながら聞いた。
「高くって買えないの。………それに、おっぱいが大きすぎて店に行っても売ってないの。………」
と少女は儚げな表情を、赤らめた顔に浮かべる。
それきり、言葉は無かった。少年も少女も、大人にしか許されざる行為に、罪悪感と背徳感を感じて何も言い出せないのである。少年の方は、父上の言いつけに背くばかりか、この部屋に連れ込んで淫らな行為に及んでいるがため、少女の方は、相手が自分の手に届かない物持ちの息子であることから、果たしてこんなことをして良いのかと迷っているところに、突然の出来事舞い込んできたため。しかし両者とも、気が高揚して、場の雰囲気もそういうものでないから、止めるに止められない。そして、どうしてその行動を取ったのか分からないが、少年は少女に跨って下半身を曝け出し、少女もまた裾を捲って肩まで曝け出した。玉のような肌をしながらも、はちきれんばかりになったお腹に、少年はまず驚いた。驚いてグルグルと唸るそれを撫で擦り、次に仰向けになっているのにしっかりと上を向く、丸い乳房に目を奪われた。生で触った彼女の乳房は、服を通して触るよりも、何十倍も心地が良かった。少年は、少女の腹を押しつぶさないように、腰を浮かしながら、曝け出した物を乳房と乳房が作る谷間の間に据えた。と、同時に少女が頷いた。右手で左の乳房を取り、左手で右の乳房を取り、間に己の物を入れて、すっぽりと挟み込み、少年は腰を前後に振り始めた。―――少年が射精を憶えた初めての時であった。
叶の腹がほぼ元通りに収まったのは、日も暮れかかった頃であったろうか、彼女を無事家まで送って行き、すっかり寂しくなった部屋で、俺はその日を終えたのであるが、それからというもの、お話をするという日課は無くなって、代わりに、休みの日になると叶を引き連れて、街にある食事処を次々に訪れては大量に注文し、訪れてはテーブルを一杯にし、訪れては客を呼び寄せる。その度に彼女は幸せそうな顔を浮かべて料理を平らげ、満足そうな顔を浮かべて店を後にし、日の最後は必ずその体を俺に凭れさせる。彼女にとって嬉しかったのは、そうやっていくら食っても俺の懐が傷まないことで、というのは、だいたいどこの店にもデカ盛りを制限時間内に食べられれば無料になるとか、半額になるとか、そんなキャンペーンをやっているのだけれども、叶はその半分の時間で完食してしまうのである。「頑張ったら、別に2倍にしても時間内に食べられるよ」と言って、見事に成し遂げたこともあった。その店には以降出入り禁止になってしまったけれども、痛いのはそれくらいで、俺は俺の願望を、叶は叶の欲望を満たす日々を送ったのであった。
だが、叶を初めて連れて行ってから一ヶ月ほど経った時の事、父上に呼ばれて書斎へと向かうと、いつもは朗らかな父上が、パソコンの前で真剣な表情で睨んで来ていらっしゃった。俺は咄嗟に叶との行動が知れたのだなと感づいて、心臓をドキドキと打たせていると、
「まぁ、別に怒りはしないから、隣に来てくれ」
とおっしゃるので、すぐ傍にあった椅子に腰掛けて、父上が真剣に見ていたであろうパソコンの画面を見てみた。そこには家中に配置されている監視カメラの映像が映し出されていたのであったが、その映像をよく見てみると、若い少年と少女が手を繋いで庭を渡る様子と、端に俺が叶を連れ込んだ日の日付と時間が刻銘に刻まれているのである。俺は頭が真白になって、どういい訳をしたらいいのか、どうやれば許して頂けるのか、―――そういう言葉ばかりが浮かんで結局何も考えられなかったが、兎に角、叶と会っていたことが父上にバレた、それだけははっきりと分かった。
「この映像に思い当たる節はないか?」
無いと言っても、そこに写っている少年の顔は俺であるし、後ろ姿も俺であるし、背丈も俺であるし、況や叶をや。言い訳をしたところで、事実は事実である上に、父上に向かってこれ以上見苦しい姿を見せたくなかったし、嘘を言うなんて事は俺には出来ないので、正直に告白することにした。もちろん、彼女に一杯物を食べさせてたなんて言うべきではないから、ただ一言会っていたとだけ伝えることにした。
「ふむ、正直でよいよい。そんなとこだろう。いや、それにしても、いきなり自分の部屋に連れ込むとは」
と、一転して朗らかになったので、急に恥ずかしくなってきて、キュッと縮こまったのであった。
ところで俺がこの監視カメラを甘く見ていたのには、少しばかり理由がある。1つには、庭は木が生い茂っていて見通しが悪いこと、そしてもう1つには、子供部屋として使っている離れには設置していないこと、だから俺はあの日の朝、部屋にさえ連れ込んだらこちらのものと思っていたのであったが、それ以上の理由として、父上がその防犯カメラの映像をあまりチェックし給はないことが挙げられる。父上は抑止力としてカメラを設置していらっしゃるだけで、その映像を見ることは月に一回あるかないか、それもたまに半年間もすっぽ抜かすこともあれば、チェックをするのも適当に何日かを選んで、早送りをして見るだけというずさんさがあった。俺はしばしばその様子を眺める機会があったのだが、いまいち鮮明でない画面であるがゆえに、もはや人が居るかどうかが辛うじて分かる程度であった。だから、俺はあの時、叶を部屋に連れ込んだとしても、見つかるはずは無いと高をくくっていたのである。
で、子供が一人で家の中で何をしているのか気になった父上が、ひょんなことから防犯カメラの映像を、ぼんやり眺めていると、何者かと共に離れにまで入っていく事を確認し、それが何とも見窄らしい格好をした少女であるから、2、3回繰り返して見ているうちに、隣家の貧家の娘であることに気がついたのであろう。
俺はそれから、また真剣な顔つきになった父上に、たんまりと諭されてしまった。この住宅街は、その大半が一般庶民の暮らしている家で埋められているのであるが、とある一画にだけは物騒な人(に売られる)が住んでいる。不幸なことにこの家を建てる時に、上手い土地が無かったために、ある一つの家を挟んで、そこと向かい合わせになってしまった。それならば、せめて家の裏にして、木で生け垣を作って完璧に仲を隔ててしまおうと思って、お前の部屋からも分かる通り、風景は見えるようにだけしたのである。もちろん、それなら別に他の所に住めば良いではないかと思うかもしれないが、しかしこの地は俺が子供時代に何年か過ごしたことがある土地であって、そして、お前のお母さんの生まれ育った土地である。つまりは夫婦の思い出の地であって、(言葉を濁しながら、)つまりは俺もお前と同じ穴の狢であるから、近所に住む女の子を一人や二人呼んだところで何も言いはしない。が、裏にある地区だけはダメだ。別にそういう地区ではないが、何しろ物騒な噂ばかり聞く。で、彼女の家はそんな地区と我々とのちょうど境目に建っていて、一番可哀想な境遇を経ているのであるが、向こうから色々と入れ知恵されていると人はよく言う。もし問題が起これば面倒事になるかもしれないし、お前に怪我でもあったら良くない。実際、昔お前のお母さんの友人が、あの地区にいる人といざこざを起こした時に、上辺だけは丸く済んだけれども、その後に復讐として連れ去られそうになったことがあった。彼らは放っておくとどこまで非情なことをするのか分からない。だからあの言いつけはお前を心配してのことだったのだ。そもそも、俺はお前にはもっとふさわしい女性とお付き合いしてほしい。ほら、一人二人くらい学校で仲良くなった子は居るだろう。いたらぜひ言ってくれと、最終的には学校生活の話をするのであったが、父上は諭している途中ずっと真面目であった。俺はそれをふんふんと頷きながら、その実父上がそういうことを話てくれることが嬉しくて、内容はあまり耳に入ってなかった。ただ叶が可哀想なんだなと思うくらいで、始まった父上の詰りに、すっかり考えを逸らされてしまったのであったのだが、
「しかし、可愛い子だな。あんな家に住ませておくのがもったいない。転校して会えなくなる前に、分かれの挨拶くらいは許してやるから、やっておけよ」
と、突然父上が衝撃的な事を言ってのけるので、
「え? 転校?」
と聞き返してしまった。全く、転校するなどとは俺には初耳で、椅子の上でぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
「もう少ししたら、気晴らしに別荘の方で何年か過ごすからな、―――あゝ、そうそう本当に何年間かだぞ、一週間などではなくて。だからそのつもりでな」
俺はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
それからは急に頭がぼんやりとしてしまって、引っ越しまでどう過ごしたのか憶えて居ない。ただ、最後に叶に会ったことだけは憶えていて、彼女は泣いていたように思う。ようやく自分が満足する量の食事を隔週ではあるけれども、取っている彼女の体つきは、微かに肉付きがよくなっているのだが矢張りガリガリに痩せ細っていた。逆に、胸元だけは一層膨らみ始めていて、その大きさはバレーボールよりも大きかった。俺は木陰に入って、最後にもう一度触らせてもらった。もうこれが最後だと思うと、お腹にも耳を当てた。朝食後直ぐに出てきたというその腹からは、矢張りゴロゴロと中で何かが蠢く音が聞こえてきた。そして泣いて泣いて仕方がない彼女と最後のキスをして、また会う約束を交わして、蕾を付け始めた桜の花を、雲の下にてあわれに見ながら袂を分かった。
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shukiiflog · 7 months
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トキ真澄しみれーと どエロ
sz — 2022/11/01 21:30 そのまえにまずトキさんは真澄のお尻を口で犯します
4949cry — 2022/11/01 21:31 そてめっちゃ真澄が苦手なやつ 恥ずかしすぎるのと気持ち良すぎるのと とにかく刺激がつよすぎて
sz — 2022/11/01 21:33 一晩さんざん固くて大きなもの入れられつづけた真澄のお尻を労りたいんやで…
4949cry — 2022/11/01 21:33 でもとろとろに意識とろけるような気持ちよさでもなくて めちゃめちゃなぶられて抵抗できずに抱かれる側で翻弄されてるのが叩き込まれてやばい 労られてんのか…( ・∇・) 心理的には完全にメスにされてる感覚になる… それできもちくなっちゃうし興奮してる自分にも羞恥が…
sz — 2022/11/01 21:34 よい…
4949cry — 2022/11/01 21:34 まぁたしかに肉体的には労られてんのかもな 柔らかくてにゅるにゅるして 負担が少ない割に快感得ることができる  …触手攻め…
sz — 2022/11/01 21:36 トキさんの舌だと触手攻めに近い感じするな…( ・∇・)
sz トキさんキスに応えながらつい屠るみたいに深くしそうになって、浅いところで舌絡めてじゃれあうみたいに誤魔化しながら自分の燃えるような欲情を舵取りしようとしている…
sz — 2022/11/01 21:38 こっからだんだんキスがやらしくなってくぞ…
4949cry — 2022/11/01 21:42 それは真澄もそうだな…
sz — 2022/11/01 21:43 舌先でじゃれてたみたいだったのがしっかり唇合わせてふかく貪りながら真澄の口の中舐めまわして舌弄んですみずみまで口内犯し尽くす… やらしい水音たつ
4949cry — 2022/11/01 21:43 繋がってるだけでもしあわせかも、ゆったりやさしく交わりたいかも、てのと また好き勝手激しく貪られてめちゃくちゃにされたい、てのと どっちもある…
sz — 2022/11/01 21:44 どっちもトキさんもしたいからどう転んでもよいな( ・∇・)
4949cry — 2022/11/01 21:45 まだ喘ぎ声上げたりはしないしうっすら目開いて 口の中犯されながらトキさん見つめる… もうセックスなんよ…これは挿入と同義です…
sz — 2022/11/01 21:46 ふかい同意… トキさんきもちよさそうに少し目細めて、あえて息継ぎなしで攻めてからぷは…てやっと唇はなす… トキさん珍しく息乱れている…
4949cry — 2022/11/01 21:51 真澄も少し息乱れてるけどそれなりに息はしてたのでそこまでって感じだな うっとりしている…もう欲情した顔隠そうとしない…
sz — 2022/11/01 21:55 トキさんの乱れた息は欲情して息乱れてるかんじだな… 真澄に一度深くない甘やかすような触れるだけのキスをちゅ…てしてから、真澄の体抱き寄せてごろんてひっくり返す…すかさず真澄の背面にまたがる… 真澄のうなじとか首の後ろあたりに何度もキスして 真澄の体の下に片手挟んで真澄自身に押し潰されてる乳首に触れる…
4949cry — 2022/11/01 22:07 後ろから
sz — 2022/11/01 22:08 寝バック…?
4949cry — 2022/11/01 22:08 乳首触られるとすぐ身体できあがってしまうようになっている… ただでさえ一晩たくさん弄られて過敏になってるからすぐかたく勃つ
sz — 2022/11/01 22:11 うおお いい… トキさんも満足げだ… 乳首のいじりかたによって真澄の反応が思いのままになるのが 以心伝心ぽさ
4949cry — 2022/11/01 22:15 真澄は理性手放すより先に身体が乱れてってとてもはしたなく感じてしぬほど恥ずかしいけどな…( ・∇・)
sz — 2022/11/01 22:16 今日はあえてぐりぐり乳首を押しつぶすみたいにする プレイの範囲内でちょと強引で激しくていじわるなかんじになる…
4949cry — 2022/11/01 22:21 「…っふ、ぅ、ぁっ」うあ… 強引にされても感じてしまう…表情崩れてる…またがられてるけどその気になれば力尽くで起き上がれるか…?でもいじられてると…できない…
sz — 2022/11/01 23:26 いじわるしながら真澄の頭やさしく撫でる… いいこいいこ…
sz — 2022/11/01 23:35 乳首いじるのすっとやめて手退いて、またがってたところからすっと体退いて真澄の体自由にした…と思ったら真澄の腰を両手で掴んでお尻にちゅ、てかわいいくらい軽いキスした 着物に覆われてたらたくしあげてお尻しっかり露出させる
4949cry — 2022/11/02 19:15 真澄は着物たくし上げられた時に「!」ってなってる「黎、待ってそれ、やです、」みたいな 吸い付かれたら四つん這いで手じたじたして前に逃げ出そうとするか腰捻るか…咄嗟の抵抗をするでは真澄は着物たくし上げられた時に「!」ってなってる「黎、待ってそれ、やです、」みたいな 吸い付かれたら四つん這いで手じたじたして前に逃げ出そうとするか腰捻るか…咄嗟の抵抗をするでは
sz — 2022/11/02 19:19 トキさんわざとするっと手から力抜いて逃がしてあげる…
4949cry — 2022/11/02 19:20 勢い余って腕がくんって肘で折れちゃう きょとんとしてから恥ずかしくなって裾直しながら顔伏せる真澄…じわじわ…赤くなる…
sz — 2022/11/02 19:22 真澄が体勢整える前に肘折れた姿勢の背面にぴったり体くっつけて耳元で囁く… 「やなのはよくねぇな… やじゃなくなるまでしゃぶりつくすぞ」 両手を膝から体の輪郭撫であげてって乳首きゅうってつねる…
4949cry — 2022/11/02 19:26 えっ どういうこと… って真澄が 思ったかと思ったら 「んぁっ」…うあ、ぁ… めちゃくちゃ恥ずかしい声上げてしまった…って一瞬で真っ赤になる…
sz — 2022/11/02 19:28 トキさんが喘ぎみたいな長い吐息吐いた… 真澄の声でいっきに勃起した… 「んぅ……」 整えようと息するだけで感じ入ったみたいな悩ましい喘ぎがまじる 「…声 いつも殺し過ぎだ もっとあられもなく 出ちまうもんぜんぶ出しちまいな」
sz — 2022/11/02 19:35 片手で真澄のお尻撫でてから後ろに浅く指先食いこませてくちゅくちゅ回していじる…
4949cry — 2022/11/02 19:43 は、っはふ…って息荒げて視線泳がせる… 恥ずかしい…けど…
sz — 2022/11/02 19:44 真澄が声あげるまで乳首くにくにいじり倒す… すりつぶすみたいに押して大きく胸揉む…
4949cry — 2022/11/02 19:48 「ぁ…ぁ…!」身体崩れてシーツのうえでうずくまるみたいになる… お腹の奥へんだ…
sz — 2022/11/02 19:51 ずぷ、て指が数回に間隔刻んで奥に入ってくる…
4949cry — 2022/11/02 19:51 「んんぅ…っ ぁ、あん…」 ぁ、ぁ…
sz — 2022/11/02 19:51 「いい子… 」
4949cry — 2022/11/02 19:52 穴ひくひく痙攣し始めた 声も堪えられなくなってきておずおず口開く… 「や、胸、変…っ」←気持ちよくてお腹の奥とかめちゃめちゃ疼いてる
sz — 2022/11/02 19:55 差し込んだ指をナカでくにくに曲げたり回して浅く抜き差ししながら、 乳首のいじりかたに緩急つけだす… くすぐるほどもいかないくらいそっと触れて焦らして よく焦れたらきゅうってひっぱったり押しつぶす… 押しつぶして指先細かく振動させてバイブみたいな刺激与える そのあいだも後ろも指ぬぽぬぽ抜き差しやめない…
4949cry — 2022/11/02 20:04 「ぁ、あっ…あっ、あっ…ぁ…」 濡れたみたいな、泣き喘ぎっぽい声がとまらなくなる…息乱れて呼吸するたび胸動くから乳首がひくひく震えてるみたいになる 後ろも痙攣してトキさんの指先食む…
sz — 2022/11/02 20:06 真澄の声が可愛すぎて指じゃなくて自分の入れたくてたまらなくなってるが…(°▽°)
4949cry — 2022/11/02 20:06 自分の喘ぎ声で恥ずかしすぎて頭沸騰したみたいにくらくらして 身体あつくなる… 真澄は入れて欲しいって思う余裕すら無いです( ・∇・)
sz — 2022/11/02 20:07 口でする予定…(°▽°)どう どうする
4949cry — 2022/11/02 20:08 どう… もう真澄は口でされても嫌とは言わない…( ・∇・) 逃げ出すこともない 身体くずれてひくひくしてる…
sz — 2022/11/02 20:09 それでもまだしばらく指でナカいじりまわすな…(°▽°) 舌じゃできないようないりくんだ攻めかた指でする… ふっと乳首から手離して真澄の腰持ちあげてしっかり抱きこんで、じゅるるるって派手な音たてて穴に吸いつく…
4949cry — 2022/11/02 20:12 いきそうでいけないまま感じすぎてとろとろにとろけていく… ナカがきゅうきゅう物欲しげにひくつく… 喘ぎもぁぁん…ひあぁ…ぁー…って哀れっぽい?感じに… 吸い付かれたらその拍子にひくって喉鳴ってナカびくびく痙攣して、イっちゃう 前は出てないままナカイキ…
sz — 2022/11/02 20:14 真澄が声すなおにあげるのが可愛くてトキさんあたまどうかなりそう…くらくらする…
4949cry — 2022/11/02 20:14 イきながら「ぁぁぁぁー…っ」って 長く喘ぐ 高くて真澄が喘ぐにしては大きめの声?かも 一定じゃなくて揺れるような声… イったら余計に乳首じんじんしはじめた
sz — 2022/11/02 20:17 吸い尽くしたら、舌先でぺろぺろ舐めてひくついてる入り口かわいがって キスして唇でなぶって、舌ずぷずぷ埋めていく… 体格的に口で後ろ攻めながら乳首いじるのは いけるか…?!
4949cry — 2022/11/02 20:19 さすがに難しいでは 体勢的にも… 真澄の上半身くずれてるし…
sz — 2022/11/02 20:20 むう… まあいざとなったらトキさんならどうとでもしてくれるであろう 片手で真澄の両方の乳首いっぺんにいじれるし…
4949cry — 2022/11/02 20:22 ( ・∇・)…ど攻め…
sz — 2022/11/02 20:22 ( ・∇・) 真澄のお尻から太ももとか脚とか下腹までトキさんの唾液がつうーって伝って濡らす… ナカで舌いれきったら奥つついたり じゅう、て舌巻き取るみたいにナカで動かして舐めまわす…
4949cry — 2022/11/02 20:27 伝う感触にも太もも震えて力抜けて脚崩れそうになる…膝開いてく 舌奥まで差し込まれるのやばい…「はぁうっ…」みたいな切羽詰まった声出る…んぁぁ…いやぁ、って下腹ひくつかせながらナカ犯されてく感触に耐える… まだ若干理性ある 「へん…黎、
sz — 2022/11/02 20:32 舌ぜんぶいれたままナカで別の生き物みたいに激しく畝らせて舌くねくね暴れさせる… 真澄のお尻に喉の奥までつきそうなくらい深くしっかり口合わせて固定して 唇はんで穴まわりの敏感な部分もいっしょにはむはむ… 唾液に濡れすぎていちいちじゅぷじゅぷ水音たつ…
4949cry — 2022/11/02 20:38 はっ、…あっ、あぁ…ー…っ! 真澄の背筋反ってナカがちゅうちゅう狭くなって痙攣してまたイった… ずっと下肢震えている イってもずっとじんじん身体疼いて気持ちよくてたまらない…奥がじわ…って焦れるみたいな感覚に耐えるみたいに腰揺れる… 黎…れい… きもち… やだ…っ 目が焦点合わなくなってきた どこも見てない…感じてとろけている
sz — 2022/11/02 20:45 真澄の腰抱いてる腕びくともせずに真澄の腰がっちり固定してて 真澄が腰揺らそうとしても動けなくて脚だけもがくみたいになるかも…? 逃がさない… 快感に耐えようとする動きを力で封じるトキさん…
4949cry — 2022/11/02 20:48 うああ
sz — 2022/11/02 20:49 舌をナカで不規則に蛇みたいに暴れさせてたのを、一定のリズムでのおなじ畝りに変える… ずっとくりかえす…
4949cry — 2022/11/02 20:52 絶頂して痙攣してた動きがトキさんの畝りに合わせられてく… 快感逃せないままずっと気持ち良さが溜まってひくっひくって一定の畝りと刺激でイってないのにイきっぱなしみたいなやばい状態に
sz — 2022/11/02 20:54 イくという状態の定義からぶっ壊しにかかるトキさん
4949cry — 2022/11/02 20:54 喉が鳴ってるだけみたいに上がる高い喘ぎが刺激されるのと同じリズムでずっと続く… リズム作られてあたまも暗示にかかったみたいになるな
sz — 2022/11/02 20:55 しばらくこのリズムつづける… だいぶ続けてから、トキさんがおもむろに舌抜いて真澄のお尻から口離して 真澄の片手とって自分のデカくなったの握らせる… 「これ 欲しくねえか」
4949cry — 2022/11/02 20:58 畝ってひくひく締め付けて音鳴らすだけのものになってしまう… 他に身体から力抜けてって開きっぱなしの口から唾液たれてる
sz — 2022/11/02 20:59 えろい… 真澄が開花していく…
4949cry — 2022/11/02 20:59 だいぶ続けられたからもう… 握らされたのぼんやり目に写して唇寄せてちゅう、って 舐める 「んぅ…う」
sz — 2022/11/02 21:02 わああトキさんどうかなりそう 真澄がえろい 舐めてきた真澄の頭くしゃ…って撫でる… たまらない…
4949cry — 2022/11/02 21:02 このリズムでずっとヤられたの今回やばいな 真澄完全に仕上がってる 後ろの穴も それ用のものにされた、って感じ 真澄にその自覚は無いが
sz — 2022/11/02 21:04 トキさん一生かけて責任とるやで…
4949cry — 2022/11/02 21:04 そうしてくれ…まぁだからこそこうなってるとも言える
sz — 2022/11/02 21:06 うむ… トキさん真澄を想いのままに押し倒してキスして貪りながら覆いかぶさって素股で出すかも… いれると真澄のお尻壊れそう…
4949cry — 2022/11/02 21:07 こんなにしといて入れない(゚Д゚)
sz — 2022/11/02 21:07 ( ・∇・)いれてだいじょぶなんか?
4949cry — 2022/11/02 21:09 だいじょぶというか…たぶん真澄はめっちゃ入れて欲しいとおもう…入れて欲しいとは意識してないけど
sz — 2022/11/02 21:10 舌だったから擦れても怪我とかにはなりにくそうではあるな…(°.°)
4949cry — 2022/11/02 21:10 乳首弄られて奥のほうめちゃくちゃ疼いて焦れて感度高められたまま、ここまで放置でずっと昂らされて、ずっとリズムつくって解されて後ろできあがってるしで 入れられずに何されてもずっと絶頂すれすれみたいないってないのにいきっぱなしみたいなこの状態から降りて来れなそう… それはそれで…とも思うが( ・∇・)
sz — 2022/11/02 21:12 いれるなら押し倒さないで後ろからお尻持ちあげたまま固定だな…(°▽°) 容赦ないぞ… やっと舌が抜けたらずぷっと太くて固いものどんどんとまらずに入ってくる… 一番奥までずぶずぶいれてって奥に当たったらそこで腰止めて真澄のお尻固定したままじっと同じ姿勢キープする… いれただけでどくって脈打ってトキさんが一度目イった… 真澄の声に煽られすぎて…
4949cry — 2022/11/02 21:24 ああ…ああ…って入れられてる間も喘いで、奥まで入れられてからじっとしてる間も喘いで どんどん喘ぎが動物の鳴き声みたいな、啼く、ってかんじの音になる… ナカのうねりがきゅう、きゅう、って波がそれもどんどん大きくなる…お腹の中の快感どんどん深くなる きゅうう…ってずっとトキさんのを包み込んだまま締まって、長く深い喘ぎが上がる… じゅああ、って穴から濡れてくるみたいなたまらない体感がある 真澄イってるのか…? 下腹波うって、下肢とか身体はほてって脱力している… シーツに乳首擦れて感じてビクッビクッてまた不意に痙攣したりする
sz — 2022/11/02 21:30 真澄の畝りにトキさんもはあっ…てたまらず喘ぎまじりのため息でる… そのまま真澄の畝りのリズムに合わせてぴったりくっついた腰揺さぶる… 真澄の一定のリズムにきれいに合わせて きもちい…もうどっちがどうなのか分からないくらい
4949cry — 2022/11/02 21:31 穴がトキさんのに絡み付いて奥吸い付く…ほしくてたまらなかったみたいな 身体に出ちゃう 奥まで深くイってる…激しく痙攣したり身悶えたりはしないんだけど、ものすごい快感 意識まっしろになるほどの絶頂がながく続く… もう真澄ずっと喘いでる 垂れ流し 揺さぶられるリズムと一緒にあえぐ…
sz — 2022/11/02 21:35 トキさん二回目イった… けどナカにたっぷり注ぐ間も真澄のリズム通りにゆさ、ゆさ、ゆさ、て動くのまったくやめない… 穴から少し漏れ出してトキさんのが根元までぬらぬらになってもっと滑りがよくなる… トキさんも吐息で喘いでる、は、は、は、はっ…、ておなじリズムで 荒げすぎないくらいの 体力いつまでも保ちそう ずっときもちい
4949cry — 2022/11/02 21:38 うああ えろ…
sz — 2022/11/02 21:40 何日かひたすらヤりまくるだけの日になりそうな…(°▽°)
4949cry — 2022/11/02 21:40 真澄の奥がイってうねるたびにトキさんのに吸い付いてお腹からくぽ、くぽってやらしい音鳴ってそう
sz — 2022/11/02 21:41 トキさん強引に腰振りたくってめちゃめちゃに抱きたいところをよく堪えている
4949cry — 2022/11/02 21:42 深くから波打つみたいに畝って締め付ける…動くたびに出されたのが溢れてとろとろ太もも伝って穴の周り濡れて トキさんの下腹と糸引いてそう
sz — 2022/11/02 21:43 どえろい…
4949cry — 2022/11/02 21:43 トキさんもこれはこれで気持ちいだろうけどな…( ・∇・) 何日もヤったら真澄しばらく快楽落ちしてしまう…このルートでは初か?
sz — 2022/11/02 21:44 このリズムでこのおさえた激しさでやってたらまだまだかなり長時間つづけられそうで… 真澄快楽漬け… トキさんもイきかたが 普段の射精とすこしちがうかんじ 出して終わりにならない 萎えない…? リズムのほうに快楽がうつってる… 真澄のナカに絡みつかれてトキさんのほうが抱かれてるみたいな体感もある
4949cry — 2022/11/02 21:49 まさに快楽漬け… 真澄も前から出さないまま、もう前勃ってないのでは ずっとナカでイってる…
sz — 2022/11/02 21:49 やめ方が分からないでは
4949cry — 2022/11/02 21:51 上半身くずおれて揺さぶられて 脚も脱力して開きっぱなしで穴も広がって奥まで咥え込まされて、トキさんに揺さぶられるがまま リズムで喘ぐ しかも終わらない すげええろ トキさんがやめないとやめ時が来ないでは よりによってこの人体力おばけである
sz — 2022/11/02 21:53 トキさんのが精力尽きて短時間でも一旦萎えるタイミングを待つしかない…?(°▽°) きもちよくて時間感覚ももうとけてよくわからんトキさん
4949cry — 2022/11/02 21:59 どのくらい続いたんだろうな… 一旦萎えたら入れられてる穴の淵から少し隙間できてやらしい音立てて中に出されたのが溢れてくるな きゅう、って締まるたびに溢れる…
sz — 2022/11/02 22:00 うおああえろおおお 精力尽きて一度抜いて一旦終わりってなっても何が終わったのかもう分からんかも…すこし体離して真澄に水分補給させたらまた始める…
4949cry — 2022/11/02 22:44 また始める(°▽°)… 水分補給のとき口移しかな…?真澄ここまでまるで交尾のためのメスというかセックス用の穴みたいな感じにヤられまくってて 意識がひとのかたちをなしてなさそうだったのが、ちょっとにんげんになった…?キスされて喘ぐ… ただ飲まされたもの素直に飲み込んじゃって いま何でも飲み込まされたらごっくんしちゃいそうで危うい…
sz — 2022/11/02 22:47 トキさんだからだいじょぶ…
4949cry — 2022/11/02 22:48 抜かれた時にずろろろって奥から���てく衝撃でがくんって仰け反ってイくかも…脚開いちゃう… また始める時入れられたら満たされた感覚に悦んで喘ぐ…
sz — 2022/11/02 22:48 セックス用の穴…((((;゚Д゚)))))))
4949cry — 2022/11/02 22:49 なんて言えばいいかわからんかったw 実態としてそうではないから安心してw
sz — 2022/11/02 22:49 よかた…((((;゚Д゚))))))) えろいほうのいみで取るとどえろい
4949cry — 2022/11/02 22:50 ちゃんと全身で感じてるしトキさんに抱かれてることはわかってるしな ここまでとろけてても えろいほうの意味で取ってくれ 筆舌に尽くしがたかったんや
sz — 2022/11/02 22:50 ww 真澄がエロゲーのようなエロキャラに… また始めても悦ぶのか…やばい…トキさんの性奴隷… トキさんわざと真澄の前をまったく刺激しないようにしてるしな…
4949cry — 2022/11/02 22:57 トキさんが堪えて激しくしないでくれるから?イきすぎてくるしくて拷問みたいなことにならずに済んでる… むしろじわじわ寸止めくらいのものすごく気持ちいい状態が続いて続いて、溢れる、しばらく溢れ続けてまた表面張力みたいにふるふる留められる、てのを繰り返してるから イけたときすごい多幸感さえある… 真澄もう前だけでイけなくなってんじゃ…
sz — 2022/11/02 22:58 トキさんの思惑通り…?(°°) どこまで俺だけの女になれるのか可愛がりとおす… なんならトキさんのモノ以外ではイけない体にするくらいの…
4949cry — 2022/11/02 23:02 ナカでイきつづけるの気持ち良すぎてこれが当たり前でもうずっとこのままなのが「そう」なんじゃ?って感じてるくらいとろけてる 真澄
sz — 2022/11/02 23:04 トキさんも吐息だけじゃなく喘ぐようになってるな… イってもイってもきもちいのがおさまらないで続く… たまらない…
4949cry — 2022/11/02 23:05 一瞬激しい快感がお腹の奥であふれて「あっあっあっ…」って焦燥するみたいに喘いで、かくかくかくって腰震わせてイくかも おへその上あたり、トキさんのがハマり込んでる先のとこ手で押さえる…ビクビク波打ってる…
sz — 2022/11/02 23:07 真澄がイくのにひっぱられてトキさんもイく… 真澄のナカに吸いつかれて精液引き絞られるみたいにびゅるる…て勝手に溢れる…
4949cry — 2022/11/02 23:07 激しくイったまま降りて来れなくて、息できなくて、酸欠で意識遠のく…ちょっとヤりすぎたか…?
sz — 2022/11/02 23:10 酸欠 トキさんキスして呼吸てつだう… もう体位がどうなってるのかもよくわからんくらい トキさん、自分のが真澄のナカで肉壁に包まれてる状態がデフォみたいな感覚に…
4949cry — 2022/11/02 23:13 「……れぃ…」キス夢中になる…舌絡めたり深いキスを自分から仕掛ける余裕は無いが めろめろになってナカきゅんって疼く… 声出すよう言われて出すように意識して、抵抗感がいつもより無いからかこうなっても声出てるな 舌ったらずなかんじだけど黎、れぃ、…って呼んだりする
sz — 2022/11/02 23:15 うおおおえろい やったああ しかし真澄がえろすぎてトキさんも蕩けてしまっておるが
4949cry — 2022/11/02 23:15 喘ぎながらだからたまに「れぃ、れ、ぇぁ、あぁ、ぇぅ、んんん…あぁぁ…」てなったりする お互いに夢中なよきエロ( ´ ▽ ` ) しかしトキさん蕩けてたらやめ時が…
sz — 2022/11/02 23:18 喘ぎが いいこいいこ…て甘やかすみたいなキスずっとしながら、いれたままのモノが真澄のえろい喘ぎでどんどんデカくなってく… やめどき… いちばん大きくなっちゃったあたりでゆっっっ…くり時間かけて、ぬぷぷ…て真澄のナカから抜いていって、一度終わるかも… 時間かけて抜き終わったら真澄の下腹あたりに出す…
4949cry — 2022/11/02 23:23 そこで抜くのか…抜かれてく刺激で真澄下肢から力抜けてっちゃいそう 穴ぱっくり開いたままひくついている…
sz — 2022/11/02 23:25 トキさんまだ続けたそうだけど理性はあるようだ…(°▽°) 抜いたあとも真澄にキスしながら体抱きしめてぴったりくっつく… 深くない甘いキスつづけて真澄を褒める…
4949cry — 2022/11/02 23:27 理性…あったのか…( ・∇・) どんくらいヤってたんだろう…もう次の日とかにはなってそう 甘い優しいキスでも喘ぐ真澄…
sz — 2022/11/02 23:28 ガンガン煽られてるけど続けないでおさえてやめようとしてるからたぶんきっと理性であろう…??(°▽°)? キスしながら真澄の呼吸を自分に合わせさせて身体落ち着けるかいちど寝かしつけるかも…?
4949cry — 2022/11/02 23:31 「ぁ…ん…んふ… れ、…」ぃ、れぃ…んく… 目とろけてトキさんを見てるようで見てないようで見つめている… 真澄の全身えっろい状態だからな トキさんよく耐えてる
sz — 2022/11/02 23:34 むちゃくちゃ煽られるし真澄が可愛すぎて トキさん愛しさが暴走しそう… 堪える… …自業自得( ・∇・)
4949cry — 2022/11/02 23:35 ww まあトキさんがこんなふうにしたわけで ここまで開発したのもトキさんだしな
sz — 2022/11/02 23:35 ここまで開発できるとは トキさん予想外だったかもしれんな
4949cry — 2022/11/02 23:36 こっちも予想外だよ( ・∇・)
sz — 2022/11/02 23:37 真澄の中の抵抗感のほうが強くてここまでの開発はむずかしそうと思ってたかも( ・∇・)
4949cry — 2022/11/02 23:37 最初ちょっとえっちい受けになっただけでも衝撃だったというのに 抵抗感がほぼ羞恥とかだったからトキさん相手にはスパイスにしかならんかったな
sz — 2022/11/02 23:38 最強のエロキャラに成長した…
4949cry — 2022/11/02 23:38 www
sz — 2022/11/02 23:39 …(°▽°)トキさん今後真澄に抱いてもらえるのか…?
4949cry — 2022/11/02 23:41 やってみなきゃわからんがこないだは大層いい感じに抱いてたな 真澄抱くの上手に?なったんじゃないか?ひたすら優しいだけじゃなくやらしさがでてきて
sz — 2022/11/02 23:41 おお… トキさんここまで攻めながら受けに目覚めてきてる 真澄にしごかれてる… のが、きもちいい 途中から真澄のこと攻めながら自分で自分の後ろいじり出すかと思った
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