Tumgik
#赤間駅
yoshiokakyouzou · 9 months
Text
宗像市、JR赤間駅 売土地物件が出ました。
448㎡ ★ 135坪 ★ 1998万円
お問い合わせ: Tel. 093-691-2103 株式会社ミカワ
1 note · View note
mikawafudosan · 11 months
Text
宗像市三郎丸1丁目 (赤間駅 ) 住宅用地の売土地
ついに出ました! 赤間駅エリアの住宅地! しかも、この価格! 
約448㎡のひろ~~~い更地ですヨ( ^)o(^ )
宗像市は住みやすくて、人気住宅街でありますし、通勤も通学も楽々です。
お問い合わせ: Tel. 093-691-2103   不動産のミカワ 
価格         1,998万円    坪単価     14.72万円 土地面積   448.83m²(公簿)     坪数     135.77坪 交通        JR鹿児島本線  赤間駅 徒歩15分 交通        JR鹿児島本線  教育大前駅 徒歩27分 所在地      福岡県宗像市三郎丸1丁目 物件種目   土地 最適用途   住宅用地     
0 notes
gyakutorajiro · 2 years
Photo
Tumblr media
千葉みなと駅から千葉県立美術館に行って、江口寿史彼女展を鑑賞した日。 ■千葉県立美術館「江口寿史イラストレーション展 彼女」で見かけたイラスト7点 https://iine-y.com/art/3062/ 妙に体調が悪い。座っていると大丈夫なんだけど、外を歩いていると急に息苦しくなって咳が出る。 コロナではない。つい数日前に検査したら陰性だったし。 もしや日曜劇場「Get Ready!」の第1話で、渋谷隆治(池松壮亮)が冒された病 #特発性間質性肺炎 じゃないよな…。 ーーーーーーーーーーーー 特発性間質性肺炎(指定難病85) https://www.nanbyou.or.jp/entry/156 特徴的な症状としては、安静時には感じない呼吸困難感が、坂道や階段、平地歩行中や入浴・排便などの日常生活の動作の中で感じるようになります( 労作時呼吸困難 )。季節に関係なく痰を伴わない空咳(乾性 咳嗽 )で悩まされることもあります。 ーーーーーーーーーーーー という症状がそっくりなんだけど。 歩いていると急に息苦しくなって咳がゴホゴホ出る。 電車に乗ってるときは咳も落ち着く。 熱はないし、でも食欲はある。 でも揚げ物ガッツリとかは無理だ。 こんな日はさっぱりした蕎麦か寿司を食べたいな。 と思っても、寿司屋が全然、千葉みなと駅の近くにない。 というわけで、京葉線で移動して、潮見駅から徒歩220mちょいの場所にある #すし丸潮見店 へ。 どうやら瀬戸内のお魚を取り揃えてるみたいで。岡山名物のままかりとかもある。 でもやっぱり王道のマグロだよな。 なんと #メバチマグロ (320円)と #キハダマグロ (260円)が別々のメニューにあったので。 味の違いを確かめようと思って注文。 メバチの方がコクがあるかな?でもキハダもメバチも、でもどっちもさっぱりしてる。 もう少し脂が乗ったネタを求めるならやっぱり中トロか…。 そんなわけで頼んだ中トロ鉄火巻。美味い。 海苔���パリッとしてていい。 #真フグ も美味い。コリっとして、でもイカみたいにヌメヌメしてない。 #瀬戸の真鯛 もツヤがあって新鮮が窺える。 #赤だし #焼きたて玉子にぎり といったメニューもGood。 #寒ネタ三種盛り ( #寒ブリ #寒サバ #サワラ )460円 も美味しくて、特にサワラはコクのような旨味が口いっぱいに広がった。 サワラって淡泊で物足りない時もあるんだけど、美味かったな。 #寒サワラの網焼き (380円)ってのも美味そう。頼めばよかった。 ただ、料理は満足だけど、気になる点も少しあったな。 わさびあり・なしを選べるんだけど、わさびが入ってないことがあった。 #マグロ尽くし (キハダ・メバチ・ビンチョウ)で、わさび入ってないとかね。 あとスマホで注文するのは少し面倒臭い。 アプリの調子が悪いのか、よくフリーズしてたよ。 スマホ再起動させても、なんか注文アプリの挙動はスムーズじゃない時がチラホラあったな。 タッチパネルの方がいいな。 すし松とかはタッチパネルなんだよな。 ■すし松で白身魚「コチ」「オニカサゴ」「メジナ」「ホウボウ」等を食べ比べして味の違いを把握する | 逆寅次郎はタナトスを抑えられるか? https://iine-y.com/alone/2564/ IT導入したけど、ちゃんと運用しきれてない感じ。 回転寿司すし丸 広島・岡山・徳島・東京 http://susi-maru.co.jp/shopinfo/index.html にアクセスして「東京都」をクリックしても、2023年1月16日(月)に確認した時点では、ちゃんと東京店のページ箇所には飛ばない。 なぜか広島県の神辺店、福山市神辺町大字川南1114-1の箇所にジャンプする。 つまりページ内リンクが出来てない。 アプリの挙動がおかしいのと同様、IT導入するなら、ユーザビリティも担保しないとダメだと思うけどね。 まあでも味は満足なので、また行きたい。 会計も3480円、たらふく食べても4000円オーバーしなかった。 #すし丸 #京葉線グルメ #京葉線寿司 #潮見駅寿司 #潮見寿司 #孤独のグルメ #おひとりさま #1人飯 #一人飯 #アローン飯 #独身飯 #孤食 ■すし丸 潮見店 【住所】:東京都江東区潮見2丁目8番4 <採点>#一人でも入りやすい 度:10 (カウンター席もあるので) https://www.instagram.com/p/CnePWBdySjV/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
ramen-tokyo · 3 months
Text
Tumblr media
らー麺 本間(Honma)「海老雲呑麺 塩」
✔️Store name / Menu
✔️Topping : 味玉子
✔️Nearest : 赤坂見附駅
32 notes · View notes
brownie-pics · 1 year
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
’23.9.14 赤羽にて
東京へ出張。朝から奈良を出て、昼から都心で視察・会議・懇親会と済ませた後翌日の集合場所の赤羽で泊まり。着いた時にはそこそこいい時間。せっかくなのでこっそり潜ませたカメラでしばしブラ撮り。ミラーレスとパンケーキレンズの取り合わせで、持ち出しやすくなりましたものでw
この地には初訪問ですが、やはり駅周辺はディープな場所w。歩いているだけで道端の老若男女方々から、それはとてもとてもフレンドリーにお声がけいただけました(キャッチとも言う😉)・・・あっ、だからといってそんなお店、入ってませんよ🤣。
ビジホの部屋から路上を見降ろすと、僕にお声がけいただいたお兄さん方がまだ立っておりました・・。東京の夜はまだまだ眠らないようです。
94 notes · View notes
satomikazunori · 9 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
古着屋さんのシャッターに描かせていただいた絵です
赤い月の夜、ベランダに出たガール🌕🌺
最初は不気味な感じで進めていましたが、途中から可愛い路線に
🌻🪷🌺古着屋さん情報🌺🌻🌸
RANGER STREET
インスタ@ranger_street_ems
東京都町田市原町田6-11-15
営業時間12時〜22時 定休日無し
町田駅から徒歩1分
※シャッターの絵が見られるのは営業時間外となります
町田にお越しの際はぜひお立ち寄りくださいませ
55 notes · View notes
kyokocanary777 · 1 year
Text
横浜の花咲町に咲いてた紫陽花
久しぶりに、横浜赤レンガ倉庫などに行った日、朝方は小雨が降っていました。朝ご飯は野毛あたりで食べたあと、みなとみらいに向かう途中、こんな紫陽花の集まりに遭遇して。
Tumblr media
野毛の動物園通りと音楽通りが交わるところの、花咲町(はなさきちょう)に咲いていた紫陽花。
Tumblr media
さっきまでの小雨の粒が葉っぱに残っています。
Tumblr media
桜木町駅が近いので、通勤や通学で通る人が多く。
Tumblr media
さすがに早朝なので立ち止まって紫陽花を見る人はいなかったけど。
今となれば「よそ者」の私は、カメラを構えて、ファインダー越しにしばらく見惚れてました。
Tumblr media
花咲町は桜木町(みなとみらい)エリアで、住んでいた石川町からは少し離れているものの
時々は歩いていたというのに、ここに、こんなにたくさんの紫陽花が咲いてたなんて。
それを知ったのは、先日のことでした。
Tumblr media
毎年梅雨には、たぶんここで咲いていたはずだけど、あの頃の私も足早にここを通り過ぎてたのかも。
そんなことを、ぼんやり振り返りながら、みなとみらいへ向かいました。
Tumblr media
場所は、このあたりです。
その後の赤レンガ倉庫と汽車道の写真の記事↓
2023/07/04
1:46
112 notes · View notes
iktsarpok · 5 months
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
本日のいちばんのお楽しみ、いちご狩り。
いちご農園まで5㎞ほど、わくわくしながら歩く。
さ、着きまして。
平日だったからか、ハウスには私だけ。
案内されたレーンに入る
狩りの始まりっ
ジャーン!
で、赤くてツヤツヤのかわいいいちごをどんどん摘んで味わう
止まらない〜
幸せ〜
という、夢のような時間は過ぎ…
〆に、駅のホームの足湯に浸かって、
帰る
よきお休みでした。
32 notes · View notes
Text
昨日、友達と仙台に行きました。山形から電車で1時間20分ぐらいかかります。仙台駅に着いた時、お腹がすいましたので、牛タンやで食べました。ずんだもち初め食べました。よかったですが、チョコケーキの方が好きと思います!
Tumblr media Tumblr media
それから、ポケモンセンターに行きました。ポケモンセンターに行く時、ぬいぐるみを買わずにはいられません。今回、ムンアとニャビのぬいぐるみを買いました。友達は私に新しい単語を教えました:もちもち!ムンアはすごくもちもちです!
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
後で、デパートに行きました。かわいい文房具と化粧品を買いました。化粧品を滅多に買いませんが、ほとんどの化粧品はイギリスに残してきましたので、新しいものを買いたかったです。そして、完璧な赤い口紅を見つけました。
Tumblr media
色々買いましたね😅 お金が使い過ぎてしまいました。それでも、とても嬉しいです!
Corrections welcome/wanted!
22 notes · View notes
yoshiokakyouzou · 11 months
Text
0 notes
samantha-dan564 · 1 month
Text
Tumblr media
国鉄は「公共の鉄道」だったから、利益よりも公共性を重視して敢えて赤字がわかっていても「みんなが使える」ってことを優先するケースがあったからね
政治の話になるので細かくは述べないけど、どんなに採算取れなくてもそこにい人がすんでる以上は水道や電気を通すようなもので、鉄道も技術のアップデートと共により公共性を高めた。それが北海道の仮乗降場。ただ、駅を作ると国鉄本社の裁量になってある程度の採算性がないと作れないんだけど、1ランク下の仮乗降場なら地方管理局の裁量で造れる。そこで最低限の建設コストで北海道の小さな集落向���に仮乗降場がズンドコズンドコ造られて、そのひとつが糠南なんよね
技術のアップデートってーのは蒸気機関車の客車列車から気動車・レールバスの運行が始まったことで、蒸気機関車による客車列車だと性能上、駅間距離がある程度(8km程度)ないと加速減速に時間を取られて最高速度まで引っ張れない。でもこれがディーゼルカーなら駅間4kmで性能が出せる。こうなれば今までの基準では設置できなかった駅間に駅を設置できる。これが技術のアップデート
だから当時、仮乗降場として開業したこれらの駅にはディーゼルカーのみが停車して蒸気機関車の客車列車は止まらないケースが多かった。そしてそんな仮乗降場だから栄える要素なんてハナッからないんだよね
で、国鉄がJRになると民間企業になったわけだから、当然公共性より採算性が要求される。そうなると年間150万円程度だろうが維持費のかかる割に乗降客がいない駅の維持コストはけっこう負担になるから今現在こういった過疎駅はボンガボンガと潰しているというわけ
9 notes · View notes
kaoriof · 8 days
Text
実験するみたいに目をぎゅうと細めてコンタクトの洗浄液をケースに流し込む。とびきり良い映画を観たあとは、なんかこう、ぜんぶ立体に聴こえて、ぜんぶ鮮明にみえる。あまりに見えすぎている、という感じ。
思い立って新宿から日比谷までレイトショーを観に1時間半かけて歩く。気まぐれに入った喫茶店があまりにタバコ臭かった。「あのヘッドフォンの人かっこいいね」と言う友達に、「そう?カッコつけすぎじゃない?」と答える。そこからずっと歩いて、赤信号で立ち止まって、たまに思い切り走って笑ったりした。夜に蝶々ってそういえば見たことがないなとか思いながら、脳みそのずっと奥のほうではあなたのことばかり考えていた。疲れてしまった。自分を良いように魅せるとか、価値があるように振る舞うとか。己が太陽のようにまっさらで溌剌としているように感じられる日もあれば、ただただ静かに降り注ぐ小雨に涙が出るほど心の糸が張り詰めている日もあるし、ほんとうに疲れた。もう多分彼からの連絡は来ないけど、別にそれでいい。「何も無い花こそ本当、花だけ本当」「嘘じゃないから」という歌詞について考える。生きているだけで汚れるというのは本当かもしれない。ぜんぶ疲れたから草むらに裸で寝転んで、湿気った土に頬をぴたりとくっつけたい。パスタを素手で不細工に食べたいし、名前も知らない誰かとキスをして、産まれたての赤ん坊のように泣き出したい。もう誰もわたしの何も知らなくて良いとさえ思う。わたしは家族と友達がだいすきで、雨上がりの匂いや木の葉の揺れに感動できる感性を大切にしていて、この世界をとびきり愛している(そして世界もまた愛を返してくれる)そこらへんのただの女の子だということ。(22歳はもう女の子じゃないかもしれないけれど“おんなのこ”という響きがすき)どんなに急いでいてもコンビニのレジではバーコード面を表にして商品を差し出すし、エレベーターではみんなが降りるまで開閉ボタンを押す。荷物を抱えながら階段を登る人に手伝いましょうかと声をかけようか悩んで、通り過ぎて、でもまた戻って頑張って声をかける。一度も会ったことがない人でもそれが大切な人の友人で病に伏しているのだとしたら一番美しい花を買って見舞いにいく。自分の内側にいる幼くてあどけない、やさしいわたしがいつだってその手を握り返してくれる。100年後には何もかも閉じてしまう物語だから、せめて今だけはわがままでいたい。でも傲慢なのはいやだ。全部欲しい。一つ残らず見たい。叶うなら恐竜がどんな姿見で空を飛ぶのかみたかった。光を反射する鱗肌と、重たいその足音が大地に響き渡るのを聞きたかった。お母さんがまだわたしと同い年だった頃、彼女と会って話をしてみたかった。100の異なる人生を同時進行で生きてみたい。豪雨の中でワルツを踊りたい。自分の子どもを産みたい。ずっと一緒にいたいと思えるような人と出逢いたいし、ほんとはその運命を最後まで守り切れるほど成熟した女性でありたかった。
0時を少し過ぎて映画が終わると、終電が近いのか、エンドロールを見届けないまま人がぞろぞろ帰っていった。スクリーンライトに照らされて、綿毛みたいに細い埃が頭上で舞っているのを目で追う。降り注ぐ奇跡と、約束された明日。また「花だけ本当」という歌詞について考える。わたしも花の香りの名前を名付けてもらったのに、「本当」を生きてはゆけない哀しさ。(わたし、ほんとうはこんな性格じゃないのにな)と思う行動ばかりとってしまって、いつも後悔している気がする。でももういい、全部。どうでもいい。人がいなくなって不気味な白さを放つ駅で、なぜか笑みが、走り出した足が止まらなかった。「それ、罪滅ぼし?」 「お前みたいなやつの書いた作品が世に出回るなんて害でしかないから」 映画の台詞がしゃぼん玉みたいに脳裏を過っては消える。月9のドラマの主題歌を聴く。これはだれの人生?大好きな音楽を聴くと、いろいろな景色を想像する。割れるガラス、草原、海、笑い声、蝶々、風、カーテン、白、眩しい光、流れ星、男の子、裸足。やっぱり幸せかも、と思った。はやく戦争が終わりますように。もっと書きたいけどここまで。明日は図書館へ行こう。
14 notes · View notes
dempameat · 1 year
Photo
Tumblr media
赤猫丸平さんはTwitterを使っています: 「国鉄時代のターミナル駅では乗客が新聞紙を敷いて列車を待っていた。本橋成一写真集『上野駅の幕間』(初版・1983年)より。 https://t.co/OOqD8KQVq4」 / Twitter
63 notes · View notes
camiile17 · 11 months
Text
Tumblr media
11月3.4.5日(金-日)にGallery Shareさんで個展やります。
白と黒と赤を信念の元に、そんな空間を作れたらなと思います。似顔絵屋さんもやるから見に来てね。連休の中で、生活のさり気ない彩りになれば良いなと思います。
タナカ ヒロキ個展
「Plus One Plus Two」
11/3.4.5
OPEN 11:00〜
CLOSE 19:00
「Gallery Share 」
横浜市神奈川区六角橋2-4-21
最寄駅 東横線「白楽駅」
25 notes · View notes
kennak · 2 months
Quote
今から数年前に1万円で家を売った。 5月のある朝、突然携帯電話が鳴り、誰かと思ったら母からだった。 今、A県(亡き父の実家のある県)の警察から電話があって、伯父(父の兄)が遺体で発見されたと連絡が来たとのこと。家の中を捜索していたら、母の名前と電話番号があり電話してきたと言われた。しかし、持病もあるので息子と話してみると伝えたと。 簡単に言えば、遺体の引き取りの件で連絡が来たということだ。 父は今から30年ほど前にすでに他界してる。そして父方の実家には父の兄である伯父が単身で住んでいた。年にして80歳ぐらいだっただろうか。 その連絡が来る、1~2週間前にふと気になり、母に父方の実家の名義は誰になっているか尋ねたところ、私だと言う。 祖父が昭和30年代に建てたらしいが、その祖父が亡くなり、祖母の名義になり伯父は独身で祖母と伯父の二人暮らしだった。そして祖母も亡くなり、伯父の名義になっているかと思っていたが、弟、次男である父の名義であると以前聞かされていた。 そして、父はがんで今の私の年齢のぐらいで30年ほど前に亡くなった。そこで長男である私が自動的に相続していたようだ。 その後、父方とは音信が途絶え、関わりもなくなり、まさかと思い尋ねたら私名義だったと言うことだ。 これはまずいと思い、ネットで調べてみたら名義変更の相談は最寄りの法務局でとあったので、法務局の連絡先などを調べていたところ、伯父が急死した。 警察に電話をしたところ、死後3日ほど経っているが、検死の結果、事件性もないと判断した。よって遺体の引き取りをお願いできるかと言うことだった。 ふと、考え込んでしまった。あの家の名義は私ではあるが、音信不通になっていた期間は数十年。なぜ私が?と。 そこで私が迎えに行かなかった場合どうなるのかと担当刑事に尋ねたら、無縁仏に入ることになりますと。ああ、菩提寺あったなと思い出した。しかもそこのお寺のご住職は同級生でよく遊んでいたと父からも聞いていた。 仕方ない。迎えに行きますと答えた。そこからとりあえずで準備して、そのまま新幹線に乗り、レンタカーを借り、夜中の10時過ぎに警察署についた。 当直の職員に名乗ると、ああ、とすでに理解しているようで担当の者を呼んできますといい、取調室のような、応接室へ通された。他の刑事さんがお茶を持ってきてくれた。遠いところお疲れ様でしたと言うような挨拶はしたと思う。 担当の刑事さんともう一人の刑事さんがやってきて名刺を渡され、状況の説明と見つかった所持品の説明を受けた。 庭で発見され、全く外傷はなく、さらに雨風もなかったので全く汚れなどもない状態で発見され、検死をお願いしている大学病院でも、CTなどを撮ったが内臓からの出血もなく、外傷もなく、事件性はかなり低く、さらに病気も見つからなかったと言う。よって自然死としか言いようがないとのことだった。いわゆるぽっくり逝ったようだ。庭で作業していて心臓が止まり、そのまま亡くなったらしい。 発見は新聞配達の方が新聞が溜まっているのを見て、地元の民生員さんに連絡してくれて、110番して、警察が発見したとのこと。ありがたい話だ。 そして遺体安置所へ案内され、遺体と対面した。冷凍で安置されていたためか少し霜柱が鼻などについていたが間違いなく伯父であった。 再度、応接室に戻り、今後どうされますかとのことだったのでできれば、明日には荼毘と納骨は済ませて帰るつもりだと伝えると、遺体を一晩預かってくれる葬儀屋を紹介してくれた。葬儀屋さんが来ると手際よく、ワゴン車に棺を乗せた。刑事さんたちにおせわになりましたと挨拶をし、葬儀屋さんへ向かった。 一晩預かってもらうことができ、明日に運良く火葬場で荼毘ができるとのことだった。明日の朝再びこの葬儀屋で待ち合わせとなった。 料金は一晩で25万円とのこと。後払いで結構ですのでと気を遣ってもらった(?)振り込み用紙を折りたたみ財布に入れた。 とりあえず遺体は置いておけるが問題は自分だ。0時も回って今から泊まれるところはありますかねと相談したところ、葬儀屋さんが探してくださり、駅前の東横インに泊まれると。そのままレンタカーのナビに目的地を入れて向かう。 ホテルにつき、カウンターで支払いをする。一晩朝食付きで1.2万円ほど。 部屋へ行き、スマホの充電を繋ぎ、シャワーだけ浴びて、そのままベッドへ。はー、来てよかったと思った。 朝、ホテルで朝食を食べ、再度葬儀屋へ。途中コンビニにより、ATMで3万ほど下ろした。 葬儀屋さんの案内で火葬場へ。そのまま荼毘へ。焼き上がるまでお茶を飲んで待つ。荼毘を待つのはいつ以来だ?母方の祖母か?あれ?どっちが先だったか? そして、骨を広い骨壷に収めてもらい。挨拶をして、骨壷を助手席に乗せて菩提寺へ向かった。着いてから気づいたのだが、事前に連絡できなかったなと。 しかし、ご住職に会うと、事情は知っておりますとのことで話は早かった。このまま納骨させてくださいと伝えるとわかりましたと。その場で埋葬許可証を渡し、父方のお墓まで行き、納骨を済ませたところで、大変少なくて失礼ですが、こちらをと先ほどのコンビニでおろした3万円を包んだ封筒を渡した。ご住職はいえいえと恐縮されていたが、こちらとしても始末をつけねばならない。 そして、帰り際にこちらから、これにてこちらの家系は終わり、最後の納骨になりましたので、ひいては年度末に墓じまいもお願いしたくと申し出た。 では、年度末ごろに改めてご連絡しますとのことになった。よろしくお願い致しますと挨拶をした。 そのあとは実家周辺のお宅全てにご挨拶に行った。私は〜家の親族のものです。この度は大変ご迷惑をおかけしましたと、決まり文句を続けた。 全ての方が、まさか私が来るとは思ってもみなかったようで、どちらにお住まいの方?と尋ねられ、伯父の弟の息子で、B県に住んでいる。警察から電話が来て昨日の夜ついて、無事納骨までできたとこれも決まり文句で話し続けた。 皆一様に驚いていたが無事解決してよかったと。 その日は陽が暮れる頃に帰途に着いた。 そして、帰宅してからは「家」をどうするかと言う点だけが気になった。 無人の家に放火、居座られる(これを一番不動産屋が心配していた)、災害による周辺宅への被害は過失になる可能性があるが火災保険には入っていない。 名義は私だが何にも関係はない。住むこともない。なぜ私の名義になったのかはわかる。そして次男である父に名義が行ったのも以前から聞いていた。事情があった。その事情で伯父は孤立無縁だった。ちなみにこの時は血縁関係者は一人も現れなかった。事情は知っているが来なかったと言うことだ。 早く私としても終わりにしたいので、このご時世だ。県名を入れて、不動産売買のサイトで5社ほどに買取の件で一斉送信した。 すると買取不可が3社。仲介販売が1社。建物をこちらで解体したら土地のみを引き取りたいと言う会社が1社返答があった。 ちなみに地域的には限界集落である。バスもない、駅もない。人気もない。 仲介販売は200万円で売りに出しまし���うと言う非現実的な提案だったのでお断りした。 引き取りたいと言ってきた会社に連絡をしたところ、いつ現場でお会いできますかと言う話になり、7月ならと。電気もガスも電話も固定資産税なども事情により父、母が支払っていたので、物が腐っても解体するのならいいと思った。冷蔵庫のものは知らんと。 ガスと電話、そして新聞を止めた。特に新聞は支店にも電話して丁重に挨拶をした。支店では事情を皆が知っているようで電話口の女性も同情してくださった。電話も遠くの地だと知るとさらに同情してくれた。 7月。不動産会社の方と現地で待ち合わせした。スーツを着た男性で30代半ばぐらいの方だろうか。お話を聞くと、東京で大手不動産屋さんに勤めていて、出身のこちらに戻ってきて不動産屋を開店したばかりだと言うことだった。 早速、解体についてお話を家の前で立ち話でした。おおよそ200万ぐらいはかかると思うと。家の前の道が狭いのでダンプなどが入れないため、余計に費用がかかるはずとの説明だった。 さらにこちらに来る前に登記簿を取ったが、複雑な登記になっており、道から家の間にお隣の方の土地があると。 お隣の方も出てきていらして、そうそうと。登記の確認の書類を持っていた。ああ、あんた、ここの持ち主さんかい?と。わかる、わかるよと。こちらは幼い頃に遊んでもらったことぐらいしかわからないのだが。 確認書には平成一桁代、つまり父が亡くなり私が自動的に相続した時に、ついでだからどこからどこまでがどうなっているのか確認しようとなり、お隣さん主導で確認し、ビス?を地面に打ってもらったと。そして、その確認のサインがあると言う。 紙をピラっと出してきた。そこには紛れもなく、私の筆跡の名前があった。私はこんな重要な書類にサインしていたのかと。驚いた。全く記憶にない。 ではということで、解体したら引き取りということで良いですかと確認したところ、不動産屋さんが、額に手を置いてしばらく考え込んでいた。 何かと思っていたら、すみません、1万円で引き取らせてくださいと言う。 え?無料でもいいんですが?と返すも、いいえ、それが無料だと色々税金やら何やらと面倒なのでと言うことだった。 売買ではなく贈与ということになるのか?まぁともかく1万円だ。これでおさらばだ・・・と思ったが、200万円の赤字だ。プラス新幹線代、葬儀場代etc...プラス100万になりそう。 話がまとまったところで、後ほど郵送で書類などお送りしますと。そして室内に入ることにした。誰もない父の実家。懐かしい。夏休みにはこちらにきていたが、祖母と父は駅前にマンションを購入し、そこで二人暮らしをしていた。 父は私が小学5年生の時に単身赴任でこちらにきていたが、それから10何年経っても、戻ることなく癌で死んだ。のちに知ったが上司と喧嘩して左遷されたそうだ。 事情により、伯父と祖母と父の3人で住むことなく、父と祖母は家を出たようだ。それも当時は祖母の通院のためと聞かされていたが・・・。今回、死亡して色々わかった。伯父は一族から絶縁されていた。絶縁に法的根拠はないが、一切関わらないということだと思う。 ちなみに村八分は火事と葬儀は協力するが他の8割は協力しないということ。絶縁ももっとすごいと思った。 まさに独居老人だなと思っていたが、生活保護を受けて、元気に自転車を乗り回していたらしい。全くの無病で、慎ましやかに生活されていたと役所の担当ケースワーカーから聞いた。 ところで、25万と火葬費用がかかったので葬祭扶助くださいと申し出たのだが断られた。生活保護は死んだら支給停止なのでと。 は?おかしいでしょ?と言ってもダメだった。 こちらで再度調べたが、やっぱり支給されるようだが・・・。 無知なケースワーカーに当たるとめんどくさい。縁を早く切りたかったので再度役所に出向いたりするのも嫌なので、連絡を取るのはやめた。 室内は死んだ時の状態そのままかなと思えた。布団は万年床になっている感じ。 小さなブラウン管のテレビがあるところに布団が敷かれていた。 電話は薄緑色の回転式の電話。これ。 NTTに解約の電話をしたところ、最後のお支払いで「買取」をしてくれればそのまま捨てても良いとのことだった。数百円だったと思う。で、そのままにしておいた。 問題はこれから真夏の7月に電気を切るので、冷蔵庫の中身だった。 物は独居老人だったので少なかったが、腐り始めているのもあって面倒だったがコンビニで買ったゴミ袋に全て突っ込んで捨てた。 ちなみに靴は脱がなかった。足の怪我が怖かったし、もう思い入れもない。 以前からあった場所に仏壇があった。そこには父からの手紙もあった。どうやら色々と揉めていたらしい。90年代の手紙だった。~の親族には挨拶に行けなど指示的な内容が多かった。 差し出しの住所は父が癌で入院していた病院だった。そして、仏壇の引き出しからは、若い頃の祖母と父、伯父、見知らぬ女の子が写っている写真が出てきた。 その女性は戦前食糧難の時に青梅を食べて食中毒を起こして亡くなったらしいと聞いている。 伯父は結婚したものの、一人娘を交通事故で亡くしており、その後離婚。相手方を見た記憶は私にはない。 さらっと家の中を片付けて、このまま全て処分してくださいとお願いした。 あ、あとケースワーカーから聞いていた、保護費が振り込まれる口座のある銀行にお金が少しは入っているのでそれを葬儀代に当てて欲しいと言われていたので、印鑑と通帳を見つけた。すぐに見つけられるところにあるのは、男一人って感じ。 ではと解体をお願いし、その足で銀行へ行ったところ、受けてくださった行員さんは大変困惑し、私は一体何者なのかという点と、すでに死亡しているので相続の問題があるとのことだった。 何者かを証明するには戸籍謄本などが必要だが・・・と。しかも相続の対象になるかどうか、ここの口座から引き出すことも閉じることも、事実上不可能だと。 相続の対象者は過去に離婚した奥様、そのお子さんなど全てで、私が現金を手にするには、その全員から印鑑をもらわないととダメだという。すると不可能なことになる。これが億などの大金なら、弁護士や何やら雇って解決する方法もおすすめできるが、おそらくそんなに多くはないはずで、他の多くの方もそれで諦めてしまうことが多いと。そのお金はどこへ?と聞くと、不明金として一旦本社に行き・・・おそらく国庫かとという回答だった。 しかし、そこで行員さんが少々お待ち下さいと、上席の方に相談してくださり、支店長まで来てくださり、今回は支店長決済ということで、私の身分証明書、伯父の印鑑、通帳があれば、引き出しと解約をさせていただきますとのことだった。大変助かった。 引き出せた金額は一桁万円。しかも年金だった。保護費は残っていなかった。つまりこの金額だから、支店長決済で対応もらえたのだと思った。 年金が振り込まれているが・・・。これはどうすればいいのかと銀行の方に尋ねるも、これは年金事務所へ行っていただかないと分かりませんということだった。 車で数十分、最寄りの年金事務所へ行った。事情を話したところ、全くどうなるか、わからない、本体の年金機構に尋ねるので時間が欲しいと。どれぐらいかかりますか?と尋ねると。わからないという。 では、年金機構の対応部署を教えて欲しいと尋ねるも、わからないという。どうやって尋ねるのですか?と聞くと、わからないですという。じゃあ、とりあえずどこに尋ねるかわからないけれど、相談は受けるということか。 じゃあ連絡待ってますと伝え年金事務所を後にした。 その後、半年経っても何も連絡が来ないので、年金事務所に連絡したが、わからないという。年金機構のどこに連絡したのかと聞いてもわからないという。 もう流石に話にならないので年金機構の問い合わせに電話したところ、そのような事情はわからないと。担当部署が対応していると思うので年金事務所がそう言っているのなら、連絡を待って欲しいと。え、担当部署はどこですか?と尋ねると、年金機構でもわからないという。あの、仕事していますか? その後、今に至るまで連絡なし。私は葬儀代として考えている。これから返せと来ても一生かけて争ってやる。 さて、家のその後だが、7月に解体のお願いをして、8月に永田町の司法書士事務所にて1万円で売買した。その時に司法書士の立ち会いのもと行われましたという旨が書かれた書類をもらい、名義変更も終わった。これで何があっても私の責任は無くなった。 これで終わりだと思った。一応不動産屋からは解体が終わったらご連絡しますと言われていて、9月とか10月には来るのかなと思っていたら、次の年の2月に連絡が来て、メールには解体されて更地になった土地の写真が添付されていた。土には雪が積もっていた。 今、ストリートビューで見てみたが、まだ家が残ってる。とても嫌な気分だ。 追記、その年度末には一通の手紙が税務署から届いた。何か不動産の取引をしましたよね?納税はありませんか?と。ない、むしろマイナスであると書き込み返信した。すごいよ、税務署の仕事ぶりは。年金機構も見習って欲しい。
1万円で家を売った - カメラが欲しい、レンズが欲しい、あれもこれも欲しい
6 notes · View notes
shiri1124 · 3 months
Text
キニピと私6回目の逢瀬
回数も積み重なってきた6回目、前回5回目でお泊まり+前戯までは到達したものの、未だに肝心なこと���ハッキリしていない。そう、我々の関係性である。付き合っているのか、それともゆくゆくはセフレになるのか、それともただの気まぐれな行動だったのか。このことが気になってこの1週間まともに眠れなかった。
6回目の予定はこう。休日仕事を終えた私が、お休みのキニピの家に泊まりに行って、翌日アウトレットへ出かけるというもの。最初はアウトレットに行くという予定だけだったが、前日の予定がなくなり、追加でお泊まりをするのはどう?と提案が来た。とっっっっっっっっっっても嬉しかったんだけども、一つ懸念点があったのです。それは5回目終了後、6回目までに生理を終わらせておこう!と思いピルを休薬したものの、その生理が全然終わりそうにないということ。いくら悩んでも生理は終わらないし、時は刻一刻と進むばかり、私は意を決してキニピへ生理がぶり返している。生理中だけど気分と体調は変わりない。泊まりに行ってもいい?と確認 返答は体調を心配するものだった。嬉しい!と思いながら、お泊まりデート続行決定。
 この先はお泊まりデートの実際のお話。職場から電車で1時間半かけて、キニピ宅の最寄り駅へ着いた。駅を降りてすぐに、大阪といえば!!なスーパーの赤々とした灯りが目に入った。その直後迎えに来てくれたキニピの車が目に入る。キニピの車に乗って家へ到着。ご飯作って待ってる。と言ってくれてはいたものの、出されたのはアヒージョと、パエリアとローストビーフ(ローストビーフのみお惣菜)おしゃれすぎてびっくり仰天。おしゃれご飯に似合わないキニピの部屋着をきた私。もちろんおいしかった。なんやかんやでベットに入って就寝と思いきや、またキニピの腕が私の胸元へ。そんなこんなで生理中だけど初めての性交渉。結果血まみれ。ちゃんとゴムはつけてましたが(彼が)そんなこんなでお泊まり中に3、4回致して、睡眠、ゴロゴロ、睡眠を繰り返した我々はアウトレットへ行くのを諦め、晩御飯を食べに外へ繰り出しました。いつもの回転寿司が君とならとっても美味しくて輝かしく見えました。その後食べに行ったフルーツパフェ、私以前、フルーツについて散々な文章を書いていたけれど、実はフルーツ大好きなんですよね。嫌いは好きの裏返しってやつですね。フルーツパフェと首から下だけ映った彼の写真はいまや宝物です。   いやはや、こんなことを言っている場合ではない、お泊まりの最中に何度かセックスしたものの、相性悪いからポイ捨て、なんて悲惨な未来を私は受け入れられそうもないので(これが現実になったら私は東京初期衝動しか聞けなくなる)今更ながら急ぎ早にキニピへ聞くことにした
「ねぇ、私達ってどういう関係ですか?」    (9つも年上なので聞きづらい質問をする時などに敬語になってしまう)
「え、付き合っていると思ってた」これが第一声
「え?付き合ってるの?いつから」「前回お泊まりした時、そんな話したよ。返事はなかったけど」「え?した?してないよ。え?いつ」「いや前回…まず付き合ってない子は家にあげないよ」「わかんないじゃん、セフレを家に上げる人もいるし、都合のいい関係かもしれない。曖昧なはじまり方だと曖昧に終わるっていうじゃん…」「そうなの?」「うん…聞いたところによるとだけど…じゃあ、付き合ってくれるんですか?」「はい」「よろしくお願いします」こんな流れで正式に付き合うことが決定しました。(一語一句思い出すことができないけれど大体こんな内容)思い返せば前回「かなり年離れてるけど大丈夫?なんか雰囲気変わったね〜どうたしたの?付き合ったの?って言われるんじゃない?」とか言ってたなとは思ったが、年下をおちょくってるのか、想いを伝えているのか、非常に分かりづらく、もどかしさと不安でヒスりそうだったので、ロマンも雰囲気もクソもないけどストレートに聞いてしまいました。
今私に残っているのは散々寝たのにまだある眠気と、キニピと付き合えた安心感、幸福感と、久しぶりにセックスしてできた会陰の裂傷(股裂けて痛い)です。今までたくさんの人と付き合ってきたというキニピ、私たちの関係が終わってしまったその時、この日のことはもちろん、私の存在ごと綺麗さっぱり忘れてしまいそうだから、私だけはこの三日間の出来事を、今、今日の気持ちを赤裸々に記録しておきたいと思います。
10 notes · View notes