Tumgik
#あの煙の向こう側を誰か見たのかよ
hironoriyamazaki · 2 years
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ありそうでなかった演者のための場所。 #最後まで読んでくれたらもう仲間 ●主催者と講師が目的を持って行うレッスン。 #もちろんそれが当たり前に大事 ●家で迷いながら行う個人練習。 #これが大事なんだけどみんなどうしてるの この2つを持ってオーディションや現場に行きますよね。 この2つの間にもう一つの場所があったら良いなと思うんです。 サードプレイスってやつです。 「家・学校と、もう一つ夢中になれる場所」 「家・職場と、心の拠り所になるコミュニティ」 ーーーーーーーーーー あなたが自ら「俳優」と名乗る為には何が必要でどんな事をしていればいいのか? あなたが人から「俳優」と呼んでもらう為には何が必要なのか? ーーーーーーーーーー まずは子供の頃のように 公園に出掛けて、そこにある遊具で遊んでみて 何もない広い場所でも無限に遊べて 気づいたら知らない者同士が友達になっていて。 大人になった俺たちは 信頼できる人同士で集まって、もっと仲間を見つけて、1人では出来なかった事を、成し遂げてみましょうよ。 2023年は「民主化」の年だそうです。 「WEB3.0」ってやつです。 昔はパソコンを持っている人や企業が、ホームページを調べていました。情報が一方通行でした。←これが「WEB1.0」 そして、スマホの登場と4G電波によって、個人でも発信が出来るSNSの時代になりました。しかしこれらのプラットホーム(基盤)はGAFAと呼ばれるメガテック企業でした。Googleの運営するYouTubeに動画をアップして、facebookが運営するInstagramに写真をアップして。←これが「WEB2.0」 そうして、これからは「WEB3.0」 お店をネット上に出せるようになってた。 お店に行かなくてもどこの物でも買えるようになってた。 テレビ局のように、自分の動画を世界にアップする事が出来るようになってた。 雑誌のように、自分の写真や記事を世界にアップ出来るようになってた。 銀行に行かなくても、お金の支払い・送金が出来るようになり、 投票所に行かなくても、選挙が出来るようになるそんな時代。 テレビに出ないでも俳優になれるし 東京に行かなくてもスターになれる。 1人では無理だけど、 そんな古い風習じゃない物作りの方法で 映画を作ろうよ。 ドラマを作ろうよ。 曲を作ろうよ。 イベントをしようよ。 そして日本全国に知られなくたって、 仲間たちが「あなた」の事を知って、応援してくれてればいいじゃない。 現に今、日本国民が全員知ってる人って居るのかな?世代ごとに好きな分野が違い過ぎる。 昔はテレビしかなかったけど、今はみんながそれぞれ色んなものを見てる。 だからそんな新しい「芸能界」の形があってもいいし、作れば生まれるし、それが面白くて魅力的なら仲間は増える。 そんな場所を作りたいとずーーーっと言い続けて今もその為に色々行動している男の話。 来週は2回目の「脚本読解会」開催。 ゲストは同じくあの人♪ 3月にこの行動と場所を知ってもらい 4月からそんな新しい芸能の形が動き出し 5月からそんな人たちが出演する為の作品が生まれる「映画作家ワークショップ」開催し 7月か8月には、子供たちに「クリエイティビティ・感受性・経験・出会い」を提供するワークショップを開催していきます。 #ワクワクするじゃないか #あの煙の向こう側を誰か見たのかよ #星はある #時には起こせよムーヴメント #がっかりさせない期待に応えて素敵に楽しいいつもの俺らを捨てるよ #自分で動き出さなきゃ何も起こらない夜に何かを叫んで自分を壊せ https://www.instagram.com/p/CpzE1FsJWgo/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kurihara-yumeko · 6 months
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【小説】コーヒーとふたり (下)
 ※『コーヒーとふたり』(上) はこちら(https://kurihara-yumeko.tumblr.com/post/746474172588425216/)
 零果が会社に行けなくなったのは、三年前、三十歳の時だった。
 最初は、朝起きられないことから始まった。いつもと同じ時間に目は覚める。アラームを設定した時間よりも早く目が覚めることの方が多かった。しかし、目は覚めても、身体を起こすことができない。羽毛布団を跳ね除けることさえできないのだ。全身の筋力が突然失われてしまったのかと思った。それでも、重い身体をなんとか起こしていた。
 ベッドから起き上がってからも、身体が思うように動かない。毎日さっと済ませることができた朝の用意も、時間をかけないとこなせなくなった。それでも、通勤電車の時間に間に合わせないといけない。当初は、起床時間を早め、朝の支度を可能な限り簡略化していくことでなんとか始業時間に間に合うように出社していたが、次第にそれも難しくなり、ベッドで横になったまま、「一時間遅刻します」、「二時間遅れて行きます」と会社に電話を入れるようになった。
 それでも出勤できてはいたものの、だんだんと、身体を起こした後に頭痛や吐き気に襲われるようになった。会社に近付けば近付くほど、それは強くなっていき、出勤前に会社の目の前、道の反対側にあるコンビニのトイレで嘔吐する日々が続いた。コンビニまで辿り着けていたのはまだ良い方で、やがて駅のトイレで吐くようになり、ついには電車に乗ることもできなくなった。
 ある朝、何度も鳴り響くアラームをやっと止め、なんとか力を振り絞って身体を起こしたその途端、「どうせ吐いてしまうのだから」と、しばらく何も食べていなかったにも関わらず、喉をせり上がってくる胃液を堪え切れずに床にぶちまけて、零果はそこで初めて、「もう仕事に行くのはやめよう」と思って、泣いた。
 病院へ行ったらうつ病だと診断された。事情を聞いた上司からは休職を勧められ、驚くほど簡単に手続きが進み、会社に行かなくて済むことになった。
 最初は、休めることにほっとした。休職したことによって初めて、零果は自分が仕事を休みたいと思っていたことに気が付いた。そのくらい、当時は激務だったのだ。
 毎日のように遅くまで残業し、それでも仕事が終わらないことが不思議だった。休日を返上して、やっと一週間分の業務がすべて片付いたと思ったその翌日には、また月曜日がやって来て、新しい一週間が始まる。ただそれの繰り返しだった。終わりの見えない日々。どうしてこんなに仕事があるのか。一体、どこから仕事がやって来るのか。デスクに積まれた書類がちっとも減っていかない。こなしてもこなしても、また新しい書類が重ねられていく。
 当時は、部署の垣根を越え、商品管理部と協力して新しい管理システム、物流システムを構築する作業に明け暮れていた。自分の本来の職種がなんだったのかを忘れそうになるほど、毎日違う部署へ顔を出し、社内を走り回り、自分のデスクに戻って来るともう夜になっていた。書類を捌く時間などなかった。
 毎日、缶コーヒーを何本も飲んだ。頭痛薬を飲むのももはや習慣になっていた。それでも働き続けていた。苦労はあった。つらいと思う時もあった。しかし、達成感や充足感もあった。新しく、ゼロから何かを作り上げていくというのは面白かった。そう、零果にとって仕事は、ただ苦痛な作業という訳ではなかった。日々の業務に自分の生き甲斐を見出していたのは確かだ。だからこそ、彼女は働き続けることができたのだ。しかし、心が折れるよりも先に、音を上げたのは身体の方だった。
 会社を休んでいる間、なんの気力も湧かなかった。ベッドから起き上がれないほどの倦怠感や吐き気は少しずつ改善されていき、日常生活が難なく送れるようになっても、毎日毎日、有り余る時間をどう過ごしていいのか、わからないままだった。もともと零果は、友人が多い訳でも、熱中している趣味がある訳でもなかった。休日って、何をして過ごしていたんだっけ。手持ち無沙汰から始めた家の掃除も、二週間もすれば家じゅうピカピカになり、磨くところがなくなった。やりたいことが何ひとつ思い浮かばなかった。これなら仕事をした方がマシだと、何度も思った。
 有武朋洋から連絡が来るようになったのは、そんな時期だった。
 零果は彼の営業アシスタントを務めていた。すべての業務は桃山に引き継いだはずだったが、それでも有武はときどき、過去の書類やデータについて、休職中の零果に質問をよこした。
 そして、零果が毎日時間を持て余していると知ると、遠慮なく頻繁に連絡して来るようになった。内容は、半分は業務に関する話題で、残り半分は職場での愚痴か、他愛のない雑談だった。どう考えても今は勤務中だろうという時間帯に電話がかかってきて、課長への文句を一方的に延々と聞かされたこともあれば、休日の夜に、どうしたら業務が改善できるか、解決策をふたりで二時間も話し続けたこともあった。
「電話でずっとしゃべるくらいなら、いっそ会おうか」という話になり、カフェで会ってお茶をしたこともあった。どういう訳か、実際に���を合わせると、お互いなんとなく口数が少なくなり、たいした話はできなかった。しかし、その時の沈黙が、決して居心地の悪いものではなく、零果と有武はその後、ときどき一緒に食事をするようになった。
 営業アシスタントをしていた頃は、有武とプライベートで会うなんて一度もなかった。零果は休日もほとんど返上して働き詰めだったので、そもそもプライベートがないようなものだったし、それは有武も同じだった。ふたりはほぼ毎日顔を合わせる羽目になっていた。
 しかし、仕事の話を抜きにして有武と向き合う時間は、それまでとはまた違う空気が流れていた。
 零果が休日にコーヒーを飲むようになったのも、彼に喫茶店に連れられて行ったのがきっかけだった。
「誰も知らないような店で美味いコーヒーをひとりで飲む時間って、贅沢なんだよな」
 そう言う有武は、いつにも増してハイペースに煙草を吸っていた。最近は飲食店でも全面禁煙の店が増えたが、昔ながらのその喫茶店は、全席喫煙可能だった。零果からすれば、彼はコーヒーを飲みに来たというよりも、煙草を吸うためにこの店に来たとしか思えなかった。
「……良かったんですか、私を連れて来て」
「何が?」
「誰も知らないような店を私に教えて、美味いコーヒーをひとりではなく、ふたりで飲むことになっていますが」
 零果がそう指摘すると、いつものように有武は小さく鼻で笑った。
「加治木さんはいいんだよ。俺にとって特別な人だから」
 そう言われて、自分はなんて返事をしたのか。零果はもう思い出すことができない。
 しかし、それから彼女の脳内には喫茶店リストが作られ、休日にコーヒーを飲むための店を選ぶようになった。あの日に有武が言ったように、誰も知らない店でコーヒーをひとりで飲む時間が、彼女にとって何よりも特別な時間となった。
 半年間の休職ののち、零果は復職した。だがしかし、元のデスクに戻ることは叶わなかった。
 営業アシスタントとしてではなく、事務職としての復帰。
 総務や人事を含め、それが零果に関わるすべての上司や上層部が下した決断だった。休職前より残業時間が少ない部署に異動することに主治医も賛成していたし、彼女自身も最終的にはその異動に同意した。一度、心身のバランスを崩した人間が以前と同じように働くことができるとは思っていなかったし、休職したまま二度と職場に顔を出すことなく辞めていくことになった同僚がいることも知っていた。復職できただけ、自分は幸運な方だと思った。
「どんな形であれ、加治木さんがこの会社に帰って来てくれて、本当に良かったよ」
 すでにふたりの営業マンのアシスタントを務め、さらに有武の業務も担当することになったにも関わらず、桃山美澄は本心から出た言葉のような、穏やかな口調でそう言った。
 零果の復職後、昼の休憩時間に廊下の端の自動販売機の前で偶然出会い、ふたり揃って同じ缶コーヒーを飲んでいる時だった。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑だなんて思ってないよ。それに、迷惑をかけてるのはむしろこっちだよね」
 桃山は困ったような表情をして、少しだけ微笑んだ。その仕草はどこか、少女のようだ。
「有武くん、変わらず加治木さんに仕事を頼んでるでしょ。ごめんね」
 そう言われて、今度は零果が困った顔をする番となった。
 納得して受け入れた部署異動だったが、どうしても納得してくれないのが有武だった。彼は事務職として復職したはずの零果に、営業アシスタントとしての仕事を振ってきた。最初は、自分はもうアシスタントではないと抗議していたが、もともと、彼は零果の言葉を聞くような人間ではない。何度説明しても有武が納得することはなく、やがて零果も諦めた。
 まだ慣れない事務職としての業務に加えて、有武からの無茶ぶりとも思える依頼は、部署異動した意味を台無しにしているような気もしたが、しかし、彼が回してくる雑務の量や求められている質に、零果への気遣いを感じたのも確かだった。
「加治木さんは俺のアシスタントだよ」
 いつだったか、有武は煙草を吸いながらそう言った。その日も、彼は外階段にいて、零果は煙草を吸う訳でもないのに隣にいた。もう何度も、その言葉を聞いた。もうあなたのアシスタントじゃない、あなたの仕事は手伝えない。そう訴える度、彼は必ず、その言葉を返した。
「そもそも、俺を営業部に異動させたのは加治木さんでしょ」
 そんなことない、自分はそんなことをしていない。零果はいつだって真剣に反論したが、有武はいつも、小さく鼻で笑うだけだった。それは彼の癖だ。零果は知っている、彼が鼻で笑うのは、上機嫌な時だけだ。
「俺が営業部にいる限り、俺のアシスタントは加治木さんだよ」
 地獄にまで道連れにされそうな、そんな言葉に零果は肩を落とすしかなかった。でもこの言葉に、ずっと励まされてきたのも事実だ。
 もしも有武がいなかったら、自分の担当が彼ではなかったら、休職中に連絡をくれなければ、零果は仕事に復帰することができずに、そのまま退職していたかもしれない。復帰できていたとしても、事務職としての仕事だけをこなす日々では、いずれこの会社を辞めていたのではないか、と思う。どんな形であれ、自分を必要としてくれる存在がいるということが、現在の零果を繋ぎ留めていた。それがなければ、自分はもうとっくに千切れてバラバラになっているだろう。
 有武は――鋭い眼光を放つ、あの澄んだ瞳で――、そのことを見透かしているように、零果は思う。彼は零果の性質を理解していて、その上で、彼女のために手を伸ばしてくれている。一緒にいるとそう感じる。それが彼なりの優しさなのだとわかる。だから、零果はその期待に応えたいと思うのだ。そして、それが難しいという現実に、いつも少なからず絶望する。彼の優しさに報いることができない自分を見つめては、無能感に苛まれる。
 どんなに頑張っても、私はもうこの人のアシスタントではない。
 それだけの事実に、打ちのめされてしまう時がある。
 身体を壊さなければ良かった。うつ病になんかならなければ良かった。ずっと頑張ってきたのに。思い出すこともできないほど、忙しい日々を送っていたのに。頑張れなかった。最後の最後まで、頑張ることができなかった。あんなに苦労して作り上げた新しいシステムも、完成まで携わることが叶わなかった。あれは、まだ有武が商品管理部にいた時に考案したものだ。そのシステム実現のため、彼は営業部に異動した。零果はその当初から、最も近くで彼を見てきた。慣れない営業職の仕事に苦悩する彼を知っていたのに。本来ならば、もっともっと、一緒に仕事ができたはずなのに。
 零果のそういう自責の念を、恐らく有武は見抜いている。だから彼は、今でも零果に依頼するのだ。寄り添うように、励ますように。彼女の心が折れないように。彼女との繋がりが、断たれることがないように。
 ピッ、という短い電子音の後、缶が落ちた音がした。自動販売機から見慣れた黒一色のパッケージの缶コーヒーを取り出し、プルタブに指をかけた時だった。
「お疲れ様」
 そう声をかけられ、零果は振り返る。戸瀬健吾だった。
 彼の腕には上着と鞄がある。外回りから帰社したところなのか、それともこれから退社するところなのか、零果には判別がつかない。今の時刻は十九時四十分で、定時である十七時はとっくに過ぎてはいるが、営業部はこの時間帯に外出先から戻って来ることも珍しくはない。
 零果が「お疲れ様です」と挨拶を返すと、戸瀬はいつもの穏やかな笑みで「いやー、疲れちゃったなぁ」と言った。その声には本当に疲労の色が滲んでいる。どうやら今、会社に戻って来たところのようだ。
 戸瀬がポケットに手を入れた動作を見て、零果は自動販売機の前から場所を譲る。案の定、取り出したのは小銭入れで、彼は移動した零果に礼を言いながら自販機へと硬貨を投入した。
「加治木さんって、いつも遅くまで仕事頑張ってるよね」
「そんなことはありません」
「そう? 頑張ってると思うけどな」
 ピッ、と電子音が鳴る。戸瀬の指先が選んだのは、今日の昼にもらったのと同じカフェラテだった。このカフェラテが好物だと言っていたっけ。そう言えば、あの時の詫びを、まだ伝えていなかった。零果は心に貼り付けたまま忘れそうになっていた、黄色い付箋を思い出す。
「今日は、すみませんでした」
「え?」
 突然の謝罪の言葉に、戸瀬は目を丸くした。
「お昼に、私のことを気遣ってくださったのに、仕事の手も止めず……それが申し訳なくて……」
「あ、ああ、なんだ。そんな、気にしなくていいのに」
 戸瀬は再び笑顔に戻り、穏やかな口調で言う。
「俺の方こそ、ごめんね。忙しいタイミングで声かけちゃったみたいで」
「いえ、戸瀬さんは悪くないです」
 零果は首を横に振る。それから、彼の手の中にある缶を見やり、あの時もらったカフェラテのお礼を、どう伝えるべきか悩んで口をつぐんだ。まさか有武にあげてしまったと言う訳にはいかないが、あたかも自分が飲んだかのように話すのも憚られる。零果は、コーヒーは無糖のブラックしか口にしない。カフェラテも決して飲めない訳ではないが、元来、甘いコーヒーは好きではない。しかし、そんな好き嫌い���伝える訳にもいかない。
 どうしたものかと思案する零果を、戸瀬は変わらず人当たりの良い笑顔のまま、どこか不思議そうに見つめている。微かに口元から覗く歯の白さ。どうしてそんなに歯が白いんだろう。ホワイトニングでもしているのだろうか。テレビのアナウンサー顔負けの歯の白さだ。
 零果は無意識のうちに、有武の黄ばんだ歯を思い出していた。あれはきっと、ヘビースモーカー特有の歯だ。
 戸瀬と有武は、まったく違う。戸瀬は、髪型が整っていて、髭もなく、見た目に清潔感がある。近付くと、ほのかに柔軟剤のような良い香りがする。零果は戸瀬が事務員の中で「王子」というあだ名で呼ばれているのを知っているが、そう呼ばれるのも納得できる。外見だけではなく、人当たりも良いし、穏やかで、丁寧だ。営業部での成績も良い。
 それに比べて、有武は、不潔で、臭くて、がさつだ。思い付くアイディアは革新的だが、発想が常人離れしていて、たいていの人間はその思考の飛躍について行けない。彼の提案には、それを裏付けるための膨大な資料や説明する時間が必要となる。彼が考案した新システムも、社内で導入されるまでかなりの時間と労力が費やされた。普段の突飛な言動も相まって、商談の成功率はまちまちだ。営業先では彼を気に入っていると言う顧客もいるらしいが、社内での評判はあまり良くない。戸瀬を見ていると、同じ営業部二課所属でも、有武はこうも違うものかと、そんな余計なことをつい考えてしまう。
「加治木さんって、俺のことすごく真っ直ぐ見つめてくれるよね」
 そう言われて、零果はあまりにも戸瀬をまじまじと見つめていたことに気付く。慌てて謝った。
「すみません……」
「謝ることないよ。でも、あんまり見つめられると、ちょっと恥ずかしいかな」
 戸瀬はいたって穏やかに笑っている。あまりにも爽やかで、嫌味など微塵も感じさせない笑顔。この笑顔に惚れ惚れする女もさぞ多いことだろうな、と零果は思った。ファンクラブができるのも頷ける。
「加治木さん、もし良かったらなんだけど、今度の土日――」
 戸瀬が言いかけた、その時。
 スマートフォンの着信を知らせるバイブレーションが、人気のない廊下に静かに響き渡る。それは零果のスマホだった。制服のポケットに入れていたそれを取り出し、画面に表示されている発信者の名前を一目見て、彼女は頭を抱えたくなる。
 今日は会議があって、その後は会食だと言っていた。時間帯から考えれば、今頃は先方と食事をしているはずだが、それでも電話をかけてくるというのは、何か緊急事態なのか、忘れていた仕事を思い出したか、そのどちらかではないか。そして、そのどちらだとしても、何か今から厄介ごとを頼まれる予感しかない。今日はそろそろ仕事を終えて帰れると思っていたのに。否、会社を出てから仕事を頼まれるよりは、まだマシかもしれない。
「出なくていいんじゃない?」
 戸瀬はそう言った。その声音の固さに、零果は驚いた。彼の表情からはいつの間にか、笑顔が消えていた。
「電話、有武さんからでしょ? また何か、仕事を押し付けようとしているんじゃない? 加治木さんはもう、アシスタントじゃないんだよ?」
 戸瀬は真剣だった。零果にはそれがわかった。彼が言っていることが何ひとつ間違ってなどいないということも、わかっていた。それでも、と思うこの気持ちを、どう説明したらいいのだろう。間違っているのは自分だ。それもわかっている。だけど、構わない。零果は画面に表示されている「応答」の文字に指を滑らせた。
「すみません、戸瀬さん。失礼します」
 そう小声で告げて、零果は踵を返した。「加治木さん!」と、戸瀬が呼んだのが聞こえたが、振り返ることはしなかった。スマートフォンを耳に当てながら、自分のデスクがある事務部フロアへ続く廊下を小走りに駆ける。
「お疲れ様です。加治木です」
 覚悟はできている。たとえこの後、どんな無茶苦茶な依頼をされようとも、必ずそれを成し遂げてみせる。
 今まで、そうやって仕事をしてきた。これからも、そうやって仕事をするのだ。ふたりで、一緒に。
 休日に喫茶店へ行くことは、加治木零果にとって唯一、趣味と呼べる行動だ。喫茶店で一杯のコーヒーを飲む。ただそれだけの時間を楽しむ。
 喫茶店へ誰かと連れ立って行くようなことは、普段は決してないのだが、ときどき、それは本当にときどき、誰かと向かい合ってコーヒーを飲むことがある。
 その喫茶店は開店直後だった。営業時間は、午前六時四十五分から。零果がその店に入ったのは、朝七時を回ったところだった。オープン直後である。土曜の朝、客として店にいるのは、ウォーキングの後とおぼしき中年の夫婦が一組。それ以外の客は、昨日から徹夜して働き続けて疲れ果てている零果と、彼女と同じかそれ以上にくたびれた様子の有武朋洋だけだ。
「……こんなに朝早くから営業してる喫茶店なんて、よく知ってましたね」
 零果は目の前に置かれたコーヒーカップを見下ろしたままそう言ったが、向かい合って座っている有武は、まだ火の点いていない煙草を咥えたまま、返事もしなかった。椅子の背にもたれかかって、ただ天井を仰いでいる。
 カップへと手を伸ばす。零果が注文したのはグアテマラだった。有武のカップに注がれているのはキリマンジャロだったはずだ。喫茶店に足を運ぶようになった当初、零果は豆の違いなどまったくわからなかった。いろんな店で飲み比べた結果、なんとなく味の違いがわかるようになってきた。
「……もう、徹夜はしんどいなぁ」
 零果がコーヒーを飲みながらひと心地ついていると、ぴくりとも動かなかった有武が唐突にそう言って、やっと、右手に握っていたライターで咥えていた煙草に火を点けた。目の下の隈がひどいな、と零果は彼の顔を見て思ったが、今の自分も同じくらいひどい顔をしているのだろうと思って、口には出さなかった。
「何も、徹夜してまで資料作らなくても、良かったんじゃ……」
「でも俺、来週は出張でいないからさ」
 今のうちに作業しておかないと。煙を吐きながら、有武はそう言った。
「だからって……無理に今日作らなくても……」
 そう言いながらも、零果はさっきまでふたりで行った作業のことを思い出していた。徹夜したとはいえ、ふたりだったから、この時間で終わったとも言える。もしも来週、出張先の有武からひとりでこの資料を作るようを命じられていたら、零果も途方に暮れていただろう。
 否、彼女がひとりではできないと踏み、彼はそんな指示を出さないかもしれない。有武がひとりきりで資料を作る……というのもまた、不可能だろうから、アシスタントである桃山に依頼することになるのだろう。彼女であれば、零果よりも短時間で資料作りを完遂させそうだ。
 だったら最初から、桃山さんに依頼すればいいのに。なんて言ったら、有武はなんて返事をするだろう。
 昨夜、有武から零果にあった着信。会食の後、そのまま帰宅するはずだった彼は、会社へ戻って来た。新しい商品のアイディアを、突然思い付いたのだと言う。そのプレゼンテーションのための資料を今から作るから、手伝ってくれ。有武はそう言った。時刻は夜の八時に近かった。金曜の夜だった。一週間働いて、疲れ果てていた。けれど零果は、彼の言葉に頷いた。そうして、ふたりで作業をしているうちに、夜は明け、朝になった。
 何も今やらなくても。零果は何度か、そう言った。しかし、有武が考え付いたことをすぐに形にしたがる性格だということは、もう長い付き合いでわかっていた。今まで何度も、こういう夜があった。休日に突然、呼び出されることもあった。今からですか、今じゃなきゃいけませんか、私じゃないと駄目なんですか。何度も、そう尋ねた。答えはいつだって同じだった。
「どうしても今日、やりたかったんだよねー。加治木さんと、一緒にね」
 ずっと天井を仰いでいた有武が、ゾンビのように身体を起こす。澄んだ瞳が零果を見る。目が合いそうになって、思わず零果は目線を逸らした。相変わらずその瞳は、まっすぐ見つめるのも躊躇するような輝きを感じさせる。しかし、これって自分だけなんだろうか。一体、いつから、自分は有武の目を見ることが苦手になったのだろう。
「今日、加治木さん、元気なかったでしょ」
 そう言われて、そうだっけ、と零果は記憶を辿る。今日、ではなく、正確には昨日だが、眠らないでいるといつまでも「今日」という日が終わらない感覚は、零果も有武も同じようだ。
 そうだった、外階段で煙草を吸っていた有武と話した時、確かに落ち込んでいた。同僚たちの陰口を聞いてしまい、食欲もなかった。零果自身は、もうそんなことは忘れていた。けれど彼は、それを心配してくれていたのか。
「加治木さん、仕事頼んだら元気になってくれるかなって思ってさ」
 有武は、そこでやっと自分のコーヒーカップへと手を伸ばした。もうとっくに冷めてしまっているはずだが、キリマンジャロを美味そうに飲む。
「……は?」
 対する零果は、有武の発言に呆然とするしかない。励ますために、仕事を頼んだとでも言うつもりなのだろうか。そのために、今さっきまで仕事をしていたのか? 徹夜してまで? 朝の六時まで?
 しかし、有武の口調は大��面目だった。
「俺が加治木さんにしてあげられることなんて、仕事を依頼することぐらいだから」
 あとは、たまにこうして、一緒にコーヒーを飲むことくらいか。そう付け加えるように言った声音に、零果を案ずる感情が含まれていることに気付いて、文句を言うために開きかけた口を、静かに閉じる。徹夜作業に付き合わせた言い訳に、「励ましたかったから」と言っている訳ではない、ということはわかっていた。
 どうして自分は、この人から離れられないのだろう。
 仕事なんて断ればいいのに。上司にも、同僚にも、ずっとそう言われてきた。自分だってそう思う。定時を過ぎての残業も、休日出勤も、徹夜作業も、全部断ればいい。それだけのことだ。
 それでも、一緒に仕事をしたいと思う。
 彼の助けになれたら、と思う。
 それが無茶苦茶な依頼であっても、一緒に働くことが楽しいと思える。
 身体を壊す前も、そうだった。楽しかったからこそ、身体を壊したのかもしれない。きっと苦痛であったのであれば、もっと早くに音を上げていて、休職するほどにまで自分を追い込まなかっただろう。そう、心身を病んだ時、零果はただの一度も、有武を恨まなかった。彼の仕事の振り方が問題なのだとは思わなかった。一緒に仕事ができたことに感謝したいくらいだった。そのくらい、刺激的な日々だった。もっとも、有武に感謝の気持ちを伝えたことなどないが。
「……今度、焼き肉に行きませんか」
 零果は喫茶店の窓の外を見つめ、そう言った。窓の外には静かな土曜日の朝の光景が広がっている。通りはまだ人もまばらだ。老人に連れられたマルチーズが毛足の長い綿毛みたいに、もしゃもしゃと道路を歩いて行く。
「有武さんに焼き肉を奢ってもらったら、元気が出るかもしれません」
 零果の言葉に、有武は鼻で笑った。機嫌が良いのだ。わざわざ顔を見なくてもわかる、彼は今、楽しそうに笑っている。
「焼き肉でも寿司でもいいよ。今度一緒に、飯でも行こう」
 加治木さんは少食だから、俺の方が食っちゃって、割り勘だと割に合わないから、結局俺が奢ることになりそうだなぁ。ぼやくようにそう言いながら、有武の目線もいつの間にか、窓の外のマルチーズに向けられていた。
 ふたりはしばらく、陽の当たる道を綿毛の化身のような犬が遠ざかっていくのを見つめていたが、やがて老人と犬が曲がり角の向こうに見えなくなると、お互い、目線を室内へ戻し、顔を見合わせた。
 今度こそ、目が合う。
 咄嗟に目を逸らそうとする零果よりも先に、有武が座席から身を乗り出した。目の前にまで迫って来た彼から、零果は飛び上がるように大きく身を引いて逃げる。そ��様子に、有武はぷっ、と吹き出した。零果は完全に顔を背けたまま、しかめっ面をして無言で怒っていた。
 有武は「ごめん、ごめん」と笑いながら、煙草を持っていない方の手を横に振った。
「加治木さんは本当にさぁ、俺と目を合わせてくれないよねぇ。昔からそうだよね」
「……恥ずかしいんです」
「まぁ、俺はそんな加治木さんが好きだけどね」
 煙を吐きながらそう言って、有武は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。自分のコーヒーカップを持ち上げながら、零果のカップをちらりと見やる。その中身がほとんどなくなっているのを見て、「じゃあ、それ飲んだら出ようか」と、有武は言う。
「……あの、」
「ん?」
「コーヒー、もう一杯飲んでもいいですか」
 そう言う零果は、テーブルの上のメニューへ目線を向けている。でも実際に、メニューの文字を読んでいる訳ではない。次に頼むコーヒーをどれにするか、思案している訳でもない。
 有武はしばし、そんな零果の横顔を見つめていた。一見、表情の読めない彼女の顔を、じっと見つめた後、彼は口元まで運んでいたコーヒーカップを、そのままソーサーの上へと戻した。そうして、作業服の胸ポケットから煙草を一本取り出して咥えた。
「じゃ、もう少し、ここにいようか」
 零果が小さく頷いたのを見届けてから、煙草に火を点ける。
 有武は零果の思考を、果たして読み取ったのだろうか。何も言わなくても感じ取ったかもしれない。そのくらいは聡い男だ。微かに緩んだように見えるその表情は、この時間が決して苦痛ではないという証拠だろう。徹夜明けで疲れ切っていても、早く帰りたいと言わないのは、お互い同じ感情だからだと、そう思うのは傲慢だろうか。
「すみません」と、零果が店員を呼んだ。追加のコーヒーを注文するためだ。店の奥から、店員の「少々お待ちください」という声が返って来る。
 喫茶店では一杯のコーヒーを飲んだら、すぐに店を出る。それが彼女のルールだった。どんなに美味でも、二杯目を頼むことはない。だが時には例外があっても良いだろう。コーヒーを二杯、飲んだっていい。特別な相手と一緒にいる時だけは。
 ふたりで喫茶店へ行くのも、良いかもしれないな。
 零果は疲れ果てた頭の片隅で、そんなことを考える。
 休日はふたりで喫茶店へ行く。新しい趣味にどうだろう。「それは趣味なのか?」と、有武はきっと、笑うだろう。いつものように、鼻で笑うのだ。でも決して、悪くはない。
 頭の中の喫茶店リストを開き、もしも一緒に行くとしたら、どの店にしようか、なんて考える。美味しいキリマンジャロを出す店を、それまでに見つけなくちゃ。心の中の水色の付箋にそれを書く。その水色は、窓の向こうに見える空の色だ。ふたりで徹夜して、迎えた朝の空の色。それはとても澄んでいて、もう一度見たいと思える色。
 またこうして、一緒に働けて良かった。
 いつかそのことを、本人に伝えよう。
 そう思いながら、零果はその水色の付箋を、自身の心にそっと貼り付けた。
 了
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qofthequinine · 4 months
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お葬式
祖父が全うした。91歳だった。5/27の6:27に息を引き取った。自分の誕生日は10/27で、紫の手帳を受け取ったのが12/27。おいおい、おじいちゃん。あなたの才能は十分に承知していた。けど、そこまでされると怖いぜ。
ここから長すぎる。一時間足らずで狂い書きな感じ。読みたきゃありがとうございますね。
黙して語らず、ニコニコ優しく、しかし熟慮している人だった。従兄弟曰く、「大学に行くときに、ニーチェの詩?に注釈つけて渡された。おじいちゃん心配してたんだなあ」おそらくそれはツァラトゥストラだ。おじいちゃん、同じ道を辿ってるね。「毎年おじいちゃんは宝くじ買ってたやろ?あれをどう使うか聞いてみたら、『あの道を直して、ここの堤防を強くして』って言ってて、本当にすごかった」そう、だからあの葬儀の当日、近隣は大雨で避難警報が出されたんだが、不思議とおじいちゃんが道を作り治水した地域にはほとんど被害がなかった。すげえぜ。かっこいい。
自宅から出棺。近所の人たちがお見送りに来てくれた。しかしまあ、その出棺作業は自らと親戚で急ピッチで段取りしました。すごくね?あなたは本当に、素晴らしい人だったのだ。みんなが知っていた。それだけは確かだ。私もその一人だ、と述べてもいいですか?おじいちゃん。あなたと将棋をしても、絶対に勝てなかった。正月に家の玄関の上がりで、自らのプライドである刀を手入れしていた姿を、鮮明に覚えています。祈るように、あなたは梵天に手入れの粉をつけていた。
通夜から葬儀まではパニック。全ての段取りを把握している父が、その段取りを内々の親族に明かさない。いや、普通さ、もういくばくもない命を目前にすれば、あらゆる段取りを把握して、誰がどこにどう動けばいいのかを伝える。あなたの生業はそういうものでしょう?『随時更新の身内スケジュール』が必要でしょう?そうやって自分が全部しなきゃ、という使命感の反対には、人に任せられないという不信感があるのでしょう?だから仕事以外に友人がいないんです。普通に休日に飲みに行くこともないと。「お前が友達と馬鹿話するような友達はいない」と断言しましたね。違うんです。馬鹿話じゃないんです。お茶会や飲み会は、深刻で暗い話を笑い飛ばす場所なんです。
なんでわかんねぇかな。わかんねえからあなたと飲んでも面白くない。というか、「こういう馬鹿がいた」みたいな仕事上の話を家に帰って母に申しつける時点で、非常に卑怯な落語なんですが、おめえさんよ、案外馬鹿を馬鹿にしちゃいけねえよ、馬鹿も馬鹿なりに考えてる。その考えてることを否定しては悦に入る。『酢豆腐』の旦那じゃねえか。大いなる阿呆。ダサ坊。シャばい。自分専用のポルノを自分で拵える野郎。水商売を貶しながら、お姉ちゃん遊びには大いなる興味があるどすけべ。小学生女児がなんぞの事件にあった、と聞けば、「この子はなんかとっぽいからそうなるよね」口が裂けても言うなよ。ジャニーズの会見、「この男は、男なのに化粧なんかして目も落ち窪んで、気色悪い」何様だよ。てめえが利用するだけ利用したゾーンに対してそういう言葉を吐くんだ、へえ〜。高校ぐらいまで父と祖母の着せ替え人形として彼らの与えられる服を着た。気色悪いんだよ、友達の言うには、その服装は、「なんか、おじいちゃんみたい」だとよ。っざけてんじゃねえよ!お人形遊びは楽しいか?てめえら俺が幼い頃に女装させたりとかしたよな。こちらはグチャグチャです。「お前が寝てても呼びかけたら応えてくれるから、つい」とか抜かしてるけどさあ、起きてるよ。その気色悪いボディタッチも。でも寝てて可愛いふりしてた方があなた気持ちがいいでしょう?てめえが俺を撫でるたびに、吐きそうになって仕方がないんだ。You Know? Yeah, you Just say "I Don't Know". ****
最後の念仏が唱えられる。輪廻転生は仏教で三回とされる。誰も見たことのない祈り方。三回同じ言葉を唱えた後に、なんとなく解脱のような文言があった。「見たことがない葬儀だった」と口を揃えて申し述べる親族。火葬場へ。これが悪夢のようだった。
とても現代的でシステマチックな火葬場。荼毘に伏すとして、その間はみんなでなんとなく空を見たり、煙突からの煙を見たり、そんな時間だと記憶していた。しかし実際は、棺を運ぶのは手動で操作できるフォークリフト。最後に顔を見て、そこからは全員が揃って荼毘の場所へ。もうその時点で、呼吸が苦しい。自分が過呼吸になっているのではなく、そこに漂う人間のタンパク質を燃やした独特の空気が、襲いかかってくる。少しは泣いたけれど、本気では泣かなかった。
喫茶室があります。親族の待機室はここです。全員が喫茶に向かう。一悶着あったらしいが、それは全てを握っているはずの父が何も手立てを打っていなかったことによるらしい。つまり、「あの家に帰る手立てがない」とのこと。大揉め。しれっと、親戚のおっちゃんが「また始まった」と呆れたように言うので、彼について行って喫煙所へ。「おじいちゃんの棺に、ショートホープ入れてあげたらよかったなあ、と今更後悔してるんですよ。植木職人の人曰く、『耳から煙出るぐらい吸う』ぐらいの人だったんで。まあなんかあるときに胸ポケットに入れたままやめたらしいですけど」「俺もおっちゃんのイメージそれよ。でもそんなんクラクラするやろうな。でもやっぱり、紙巻きじゃないと俺は満足できん。何回か試すけど、口の中がなんか変になる」「あれって、水蒸気にニコチン入って香料入って、ってことなので、口の中に残るの当たり前ですよ。で、定期的に掃除しなきゃなんですけど、してないように思います」「なるほどなあ」「紙巻きは手の中に隠せないじゃないですか、でもよく見ますけど、子供の散歩に付き合いながら、あのデバイスは手の中に収まるので、隠れて吸ってる人とか、あと軽自動車の中とかでずっと吸ってる若い女性」「あ〜!よく見るわ!」「なんか卑怯ですよね」「堂々と吸えばいいのに」
骨上げ。向こうから機会が運ぶ音がする。耐えられない。目を背けて壁に引き下がった。説明がある。その人の話を聞こうと思って顔を見ると、祖父のお骨が目に入った。無理。逃げ出して外で存分泣いたが、これはやらねばならん。おじいちゃんも本望ではないだろう。ある程度落ち着いた。元に戻った。骨箱を抱えたさっきのおじちゃん、「ほれ」完全に試されている。立ち向かおうと思った。おじいちゃんの顎の骨の右側をなんとか取り、入れた。壁に向かって泣いていると、おっちゃんが背中を叩いてくれた。優しいボディコンタクト。あれがなかったら、自分はもう立ち直れなかっただろう。
親族の直来。席順がアウトだった。向かいに祖母。斜め向かいに弟、隣に叔母の配偶者。彼や弟と話しているときは、苦しくなかった。弟は後ろから声が聞こえたらしく、ギャルソンとして働き出したので、真似てとりあえず。未来に向ける光を見たように思う。挟まれる祖母の無駄口、思い出話、さっきも言うたやん、で最終的に、「あんた食べんのな?あんた食べんのな?」この役割は弟が担ってくれた。途中で異常を察した母が「持って帰るので」と包んでくれた。そこで祖母が、「物足りんな!うどんでも食べたくなるわ!」糸が切れる。立ち上がって親族の控室に足取りもおぼつかず帰り、水を飲んで倒れそうなところを背中で柱に寄りかかったのは記憶している。そのあとは完全にギャルソンに徹した。席に戻れば……と感じた。
見送り、なぜか親族はパニック。というか、祖母の血をダイレクトに引いている人たちが大揉め。関わったら壊れる。だから、早く帰りたいだろう人たちのドアマン、ポーターとして立ち働いた。その場所が貸し出す傘の場所を把握しているのは俺だけで、木偶の坊なので雨風を防ぐにはもってこいだ。帰るまでが遠足。帰るまでが葬儀。見送ったあと、祖母に話をされた時点で、おそらく人生で一番危険な焦点発作があった。見える聞こえる把握はできるが、動かない。少しだけプルプルしている。話の隙間で深呼吸して、離脱。その後、なぜか父が、「この鍵が潜戸の鍵。行けるか?」と。拒否したところでまたパニックだろう。叔母方の年嵩とおばあちゃんが同情する車で帰ることになった。話の流れで、「えっ、だって私ら帰っても鍵はにいちゃんしか持ってないやろ?潜だって鍵かかっとるし」「これ受け取ってまーす」と鍵束を見せる。永遠のような10秒間の沈黙が、どうしても笑ってしまいそうになって良くなかった。
で、まあ帰宅したものの、真っ暗で鍵の種類がわかるのは父のみ。明かりをつけても何が何やら。普通に礼服で鍵を探しながら試して回る、という、夜盗みたいな働きをして、必要な鍵は開けた。自分はともかく着替えと服薬をしなければ無理。処方薬を飲んでいるところを見られようものなら、またおばあちゃんの詰問に合う。口に含んだまま、水道水の出る蛇口に向かう。「あんたな。夜に明かりつけて網戸にしたらいかんのよ」知るか!緊急事態だ!黙ったまま食器棚からコップを出して水で飲み下す。危なかった。あの場で自分が倒れたらマジでやばかった。ちょっと効いてきたのでせにゃいかんことをしようとしたんだが、お呼び出ないらしい。仏間のパニックを感じながら、叔母方のおっちゃんが絶対にまだ上がらない、との意思表示をしたので、ここは、と思い、靴を脱いで上がる。「これはここ!これはこれでいい!これは日にちが明けてから!とりあえず帰らせ!」と仕切って、「仏間できました。どうぞ」でおっちゃんおばちゃんもう帰らなやってられん状態。見送ろうと玄関について行った。母の「あれはどこ?」攻撃。「ありました!ご安心しておかえりください!」見送りで礼をしたが、90度だった。無意識なのにね。気持ちが出るね。
そこから自分たちのサルベージ。呑気に「あんたら泊まっていかんのな?」「ばあちゃんな、うちはうちでやることがあるんや」と挨拶もせずに帰る。あとから聞けば、母に「大丈夫な?」と聞いてたらしい。大丈夫なわけあるか!お前の不可知領域かつ被差別領域に踏み込んでるんだからほんとのことなんて言えるか!ババアに申し伝えたら、きっと座敷牢の世界なので、両親のそこの理性には感謝したい。
帰りながらうだうだ。珍しく母が飲まないとやってらんないね、状態だったので、缶ビールを美味しく注ぐ方法を実践して、本当の直来。
ここからは結構スピリチュアルなのに事実として観測されている事象を改めて結び直した話になるので、またの機会に。
Adeu!
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epwf · 1 year
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230618
みなさんおげんきですか。東京は相変わらず今年も暑いですか。仕事で観光用の地図を作るんですが、その参考にしているものが、上野から秋葉原、蔵前あたりのもので、私の通っていた学校やバイト先がちょうど入り込んでいて、この地図の端から端までを何度も歩いたなと思い出しながら、「これと同じサイズ感で作るなら、別府であれば別府公園から東別府駅まで入ると思いますよ」とそれぞれの街を歩いた感覚で発言していました。そのとき、私は東京を離れたのだな、とはっきりとした区切り目のようなものを初めて感じました。東京の街は外側も中身もどんどん変わってゆくので、いなくなった人の居場所は多分すぐに無くなると思います。もう私の東京は消えつつあるのだと思います。でも、誰のものでもなく、誰のものにもなりうる、そういう場所はいくらでもあって、きっといつか東京に帰ったとき、私はそこに嵌まり込むんだと思います。かつて自分がいた場所や、そこに居続けている知人を眺めながら、幾つかの岐路をなぞり直してしまうだろうと思います。東京に暮らしの拠点を置くことは、今後きっと無いだろうといまのところ考えていて、そうすると、50歳になった頃には、東京の生活よりも、それ以外の場所での生活のほうが長くなる。そんな日が来ることを想像すると少しこわくなります。なぜだろう。
別府での生活はとても楽しいです。なんやかんやでこのまちにやってきた流れ者が多くてとても居やすい。観光地であるだけでなく、留学生の多い大学もあり、道ゆく人の国籍も多様です。若い人が300人くらい、商店街のあるエリアに一気に移住してきたら、すごいことになると思います。逆に言えば、今はあまり元気がない。はたらく場所がないから、進学で別府に来ても就職で出てしまう人が多く、市もそれを課題としていますが、どんどん増える空き店舗に、若い人たちが一気に入居して何かすれば、ここは楽園になるだろうと妄想します。楽園を作りたいので、私たちは、ひとまず自分たちのお店を始めてみようとしています。たまたま同時期に移住してきた同い年の脚本を書く子や、インドネシアから来ている料理好きの子たちと楽しく何かをしていれば、誰かがここで暮らそうと思うきっかけになるかもしれない。それを楽しみにしながら、まずは自分たちが楽しくやっていこうと思います。別府育ちの古着屋の店員や、数年前からお店をする先輩など、同年代の人たちが、最近いい流れが来ている、と言っているので、その流れに乗らせてもらいつつ、止めないようにしたいなと思います。
仕事の関係で別府の歴史を調べています。他の地方都市の歴史をこれほど詳細に調べたことがないので比較はしかねるものの、別府の歴史は、都市としては明治以降に急激な成長をした短い歴史ですが、戦火を受けなかったこともあって戦前の名残がまちに残っているので、たった今このまちに来た私にとっても面白いのです。この数ヶ月の間にも建物が一瞬にして壊されるのを見たり、近所の空き地が急に駐車場になったり、あと10年もすれば、過去の名残もすっかり無くなってしまってもおかしくないと思うので、本当にぎりぎり、このタイミングに来れたことは滑り込みセーフだと思います。今住んでいるところも、後10年持つのだろうか。住んでいる間に、立退や取り壊しに立ち会う可能性があるなと思いながら、大事に住み始めています。
別府は泉都のイメージが強く、私もここに来るまではそれしか知りませんでしたが、温泉の存在はここを戦後1番の引揚都市として、福祉のまちとして育ててきました。焼肉屋や冷麺が多いのは、戦後にそれで生業を立てた引揚者たちがたくさんいたから。街中で車椅子の人とすれ違うことが東京よりもずっと多いのは、太陽の家という社会福祉法人が60年近く活動しているからで、その元を辿れば、戦前から軍事医療都市としてさまざまなひとを受け入れてきたという歴史がある。
まちを歩いていると、共同温泉の真向かいがラブホテルだったり、中高の教科書販売店の数軒となりがピンクサロンだったり、戸惑ってしまうこともあるのですが、これはかつて遊郭街があったときからの名残なのではと思います。別府の遊郭は、吉原や飛田新地のように、市民生活の場から隔てられずに街に点在していたといいます。温泉を出たばかりのほとんど裸の女が歩いていても気にしないような、これは戦前の話ですが、今でも共同温泉ではタオルで体を隠す人はまずいませんし、ちょっと飛躍しすぎかもしれませんがまだ路上喫煙が禁止されていなかったり、身体的な解放感があるまちなのだろうと思います。遊郭の歴史にはもちろん女たちの暗い側面がありますが、温泉がもたらす身体や性に関することへのこの寛容さは、ジェンダーについての語りに何かしらの作用をもたらすのではなかろうかと思います。
もっと個人的な日記を書くつもりが、暮らし始めてそろそろ3ヶ月が経とうとしているころの、まちへの所感みたいになってしまいました。初めてこの辺りを歩いた時は、寂れているさみしいところと思ったけれど、しばらくいると居心地の良さがわかってくる。木曜日から発熱していて、40℃まで上がって、会社をしばらく休んでいるあいだ、Kは私を看病しながら、新生活の始まりがひと段落ついて、熱と一緒に全部落として、また始まりだね、というようなことを言っていて、その前に何か書いとかなきゃなあと思ったので、いま書いています。熱も下がり、明日からまた始めようと思います。
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tanakadntt · 1 year
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唐澤さんオタオメ〜
シリアス
大人のする未来の話
一 未来の話
「三輪くんは幹部候補じゃないよね」
問われた三輪秀次は何とも言えずに無表情で彼を見返した。
実際、何も言えない。わからない。わかるわけもない。
いや、どうだろう。遠征選抜試験の直前である。
隊員である自分には全容は明かされてはいないが、伺い知ることのできる内容を鑑みるにわかっておかないといけないことのようだ。
ボーダー内での自分の立ち位置、自分の能力、自分の意志をはっきりと認識しておく。
ロジカルにもフィジカルにもメンタルにも厳しい試験だ。三輪隊では、古寺の一次試験からの参加が既に決まっている。古寺頑張れ。古寺偉い。お前ならできる。
黙っているのをどう受け取ったか、
「そんなに警戒しないでも」
同じ城戸派だろと唐沢克己はニコリと顔に屈託のない笑みを乗せた。
まだ、誰もいない会議室だ。出張から今朝帰ってきて時間が中途半端に余っちゃってね、早めにきたのだと言う。三輪は会釈をして壁際に立った。
あまり唐沢と話したことはない。苦手ではない。話すことがないだけだ。忙しい人であるし、接点も少ない。この人のおかげでボーダーがまわっていると皆が口を揃えて言う。三輪もそう思う。ボーダーがボーダーたり得る体裁を保っていられるのはこの人の働きによるものだ。
そして、今回の選抜試験の最終的な決定権を持つ一人でもある。A級部隊は正式には戦闘試験からの参加となるが。
この質問は、試験の一環なのだろうかと三輪は考えた。参考程度の。
「上層部の決めることです」
「自信があるんだね」
そう返されて、戸惑う。挑発的とも取れる言葉と裏腹に唐沢からは敵意は感じられない。むしろ、彼は不思議そうに首を傾けた。
「君はここについて知らないことが多いだろうに」
「……」
ボーダーには、旧ボーダー時代に繋がる秘密がある。古参隊員と言われる自分でも触れられない部分だ。
上層部と、さらに昔から在籍する者たちがその秘密を共有している。
その僅かな人間同士は、化かしあい、足を引っ張り合っているのを三輪は知っている。だから、深く知らないほうがいいと思っていた。
あの人たちが仲がいいのか悪いのか、いつも判断に苦しむ。真剣ではあるが、彼らの化かし合いは時として楽しそうにも見えるのだ。
現に目の前の唐沢など生き生きとしている。三輪は唐沢が自分との会話の時間を取りたくてわざと早く来たのだとようやく悟った。
「隊員ですから」
知る必要がないと判断されたら、知らないままでよい。
言外に伝えると、
「殊勝だねえ」
と笑われた。
「期待してるんだよ、頑張ってよ城戸派筆頭」
城戸派閥最大の人物はあなたではないかと言いかけて、三輪は黙った。
「未来の話だよ」
急に唐沢の体が大きくなってその影に入った気がした。
「ねえ、君、幹部候補じゃなかったら何だと思ってる?」
ニ 大人の話
唐沢克己は林藤匠を待っていた。
本部地下の駐車場へ続く廊下である。会議は遅くまでかかった。この時間は歩くものはいない。
「唐沢さん、何か…?」
「長期遠征選抜試験の前にね、ちょっと」
唐沢は話をしませんかと誘った。
駅前のコーヒーショップは酒類も出すから遅くまでやっていて、しかも喫煙席がある。年々、愛煙家は肩身が狭くなる一方だから、貴重な場所だ。唐沢は根付に苦い顔をされながらも本部建物内喫煙を死守している。林藤玉狛支部長は貴重な煙吸いの同士であった。
コーヒーを飲みながら煙草を吸う、という一見器用な真似を
しながら、唐沢は口を開いた。
「今回はお金を遣いますよ」
「ああ、まあねえ」
メディアの前で大々的に打ち出した長期遠征のことである。
のんびりと林藤は煙を吐き出す。
元々、ボーダーはお金を浪費するばかりの組織だ。近界の技術や情報を小出しに売ってもこちら側には役に立たないことも多い。玄界は役に立つことが金になる世界なのだ。
遠征の予算を計上した結果、はじき出された莫大な金額を思い浮かべた。
「でも、唐沢さんなら大丈夫でしょ」
林藤が続けると、私が何もしなくてもお金は入ってきますと唐沢は肩をすくめた。
「遠征とは随分魅力的な言葉らしくてね。
目ぼしいところはみんな我先に出してくれます。乗り遅れたくないんでしょうね」
支援者は国内だけではない。企業だけでもないことを唐沢は告げた。
思いのほか、でかい話になったと林藤は思う。
近界は、もはや得体のしれない異世界ではなく、利益を生み出す可能性を秘めた新天地であった。利権争いはもう始まっている。玄界は役に立つことが金になる世界なのだから。
拉致被害者の救出を掲げた遠征がどのような結果で終わろうとも、一度出来た道は閉じない。近界もこちら側も今までと同じではいられないだろう。トリオン研究も金があれば、さらに進む。
この遠征をきっかけとして、二つの世界は大きく変わっていくはずだ。
「この流れを作ったのが、わずか十五歳の少年とは、」
「随分、三雲を買って頂いているようですが」
林藤は唐沢の言葉を遮った。が、彼は構わず続けた。
「あの年齢であの胆力、気に入っていますよ。いやはや、先が楽しみだ」
唐沢は本当に楽しそうに最後まで言ったあと、不意に話題を変えた。
「遠征試験は幹部候補の人選も兼ねていますけど」
「そうですね」
唐沢は少し声を小さくした。
「僕も卒業の準備かなと思うわけです」
「ご冗談を」
林藤は二本目の煙草に火を点ける。唐沢との密談はたまにある。一方的に彼が誘い、本部側の情報を伝えて終わる。その情報に見合うだけのものを彼が欲しいときだ。
「外務部長のお仕事がさらに忙しくなるのはこれからでしょう」
「だからこそですよ。何事も準備がものを言います」
唐沢の言い分にも一理ある。支部長は気楽でいいと林藤は思ったが、心のうちに留めておいた。
そして唐沢は意外なことを言った。
「今度の遠征試験で見つけられたらと思ってますよ、僕の後継者を」
「後継者ですか」
五年近く前に城戸に請われて来た仕事請負人だ。請け負った仕事が終われば、いつかいなくなるかもしれないと思っていたが、後継者とは。
「唐沢派の誕生ですか?」
揶揄すると、動揺もせずにニコリと笑った。
「とんでもない。ボーダーに拾われて五年、城戸さんの元にいて考えを改めることもあってね、僕なんぞでも若者たちに残せるものがあればと思いまして」
若者たちの将来にね、と唐沢は言う。
若者のためと言いながら、辞めていく隊員の記憶操作をし、三雲を利用しようとする。二枚舌も甚だしい。林藤は本部の、城戸のやり口が嫌いだ。
わずかに眉を寄せて不快感を示した林藤にお構いなしに、唐沢は続けた。
「それで、城戸さんは誰を後継者に考えてるんでしょうね」
「先ほどね、会議前にちょっと三輪くんと話したんです」
話題転換が多い男だ。三輪秀次もまた利用されている子どものひとりだ。あれよあれよと言うに城戸派筆頭などというものに祭り上げられている。
「僕たち、こんなに先のことを考えてるのに今日、三輪くんと話したら、先のことを考えてないって言うんですよ。ただ、高校卒業後はボーダーに専念したいと」
参ったなあ、と煙草を持った手で形のいい眉毛をなぞる。そんな仕草が似合う。唐沢は伊達男だった。
「若者の特権ですよ」
「木ばかり見て森を見ない」
「それも特権です」
恐らく二つの未来があるんです、と唐沢は続ける。
「交流が始まっても、いや始まるからこそ、紛争が多発するのはどこの世界でもそうでしょう」
政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であると言ったのは誰だったか。
「ポストボーダーの未来の一つは現ボーダーをさらに拡充し、あちら側からの防衛を全世界に広げた機関」
地球防衛隊ですね、と呟く。その言葉はひどく滑稽に聞こえた。
「そして、もうひとつ。現在とまったく違うボーダー。
僕がここに呼ばれたのは、元々、民間組織として独立するためです。
ボーダーが民間組織である必要性を常々考えているんですよ。
国家に所属しない何か。こちら側にもあちら側にも与しない。
それはもう第三勢力と考えてもいいんじゃないですか」
「実は、僕は城戸さんは防衛機関をさっさと誰かに譲って、そちら側に行ってしまいたいんじゃないかと思ってる」
「旧ボーダー、現ボーダー、ポストボーダー」
歌うように唐沢は単語を並べた。
夢のような話だ。林藤は釘を刺しておくことにした。
「後継者を三輪とお考えのようですが、彼は選択外でしょう。未熟ですよ。もっと向いている人材はたくさんいる。幹部の中からさらに選ぶという選択���が現実的ではないですか?」
「今のところ、城戸さんに一番考え方に近いと周りに認識されているのは三輪くんでしょう。あの通り、素直で真面目な子だ。城戸さんのやり方をそのまま残せる。近界民への敵意が難点でしたが、それも最近は落ち着いてきたようだ。
なに、若者はいくらでも伸びしろがありますよ。それに、貧乏クジを引いてくれそうな人物を考えていくと…」
「貧乏クジですか」
「貧乏クジでしょう」
唐沢はニコリと笑う。
他をあげるとすると、と続ける。
「唯我くんも候補にあがっていると言う話がありましたが」
「知っています」
林藤は固い声で答えた。
唯我尊がボーダーに入隊するにあたり、検討された事項である。
「ご実家の意向ですね。尊くん自身の適性というより利権の話になる。ここまで話が大きくなると、ボーダーを支えるのが唯我グループだけでは弱い。それに、組織が一企業に下るのは、林藤さん、あなたが許さないでしょう」
「…もう、事実上そうなっているでしょう」
そうおっしゃる? 私の力不足ですね、と営業部長は頭を下げた。
「ね、だから、貧乏クジなんです」
「あなた方はずっと喧嘩をしていらっしゃる」
「……」
誰と、とは聞くまでもない。林藤は否定はしなかった。
「あなたには、迅くんがいる。
それだけでも大きなアドバンテージを持っていらっしゃるのに、まだまだ満足されない。あの可愛らしい殿下のことは別としても、最近では、ヒュースを手に入れた。本部が排除できないように非常に巧妙に。
何より、空閑です。黒トリガーを持っている。最上氏の忘れ形見だ。実動部隊に影響力の大きい忍田さんは必ず空閑の味方になる。
そして、あの近界民が言うことを聞くのは三雲くんだけじゃないですか」
「あなたが三雲を評価するのはそのためですか?」
「普通の子ではできませんよ」
唐沢は悪びれもせずに言った。
「それだけじゃない。
風間くんは三雲くんに好意的だ。太刀川隊の、出水くん、唯我くんの弟子になったのは大きい。雨取くんのことで、東くんとも縁ができた。
鬼怒田さんは技術者だ。自分の能力が存分に振るえる場があれば満足する。そうだ、あなたにはもうひとり近界民がいましたね。根付さんも三雲くんを認めている。もちろん、僕も。
彼には大いに期待してるんですよ」
「大の大人が中学生に何を期待するのです?」
「ポストボーダーですよ」
ねえ、林藤さん。唐沢は肩をすくめた。
「子どもを利用するのはおたがいさまではないですか」
「…一緒にしていただいても困りますね」
「…喧嘩でもないんですよ。主義主張の違いという奴でね」
目指すものが違いすぎるのだ。
「喧嘩ですよ。あなた達は歩みよろうとしない。お互いに優位を競い合っている。林藤さん、また隠し玉を増やしているでしょう」
「何のことでしょう?」
ガロプラとの同盟の件は迅の予知も使って、慎重に行なった。
これは唐沢のブラフだろうと林藤は踏んだ。恐らく、本部で三雲と話して何かあると感じただけだ。
「結局のところ」
あっさり唐沢は引き下がったが、注意深くこちらを伺っている。
「鍵を握るのはあなた方二人の喧嘩の行方だ」
林藤は、腕時計を見た。
「もう、こんな時間だ。唐沢さんは明日も早いでしょう」
唐沢も客の少なくなった店内を見渡した。伝票を持ちながら、立ちあがる。それでも、なお言葉を紡いだ。
「迅くんにはどう視えているんでしょうね」
けれど、僕達にも見えますよね、未来。
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leon-write · 1 year
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一択から二択、二択から三択
 「ボク達の生存逃走」のイベスト全部見た。すごく良かった。めちゃくちゃグッときた。
 まふゆちゃんの置かれている状況がどんどん悪くなっていく中、瑞希ちゃんが満を持して「明確に」まふゆちゃんに働きかける、言葉を届ける、想いを伝える、というストーリーだったけど、物凄く丁寧な展開で、かつ瑞希ちゃんにとっても大切な意味があるストーリーだったな、と思った。
 あと、まふゆちゃんのお母さんの方針というか、手法が見えたのも凄くよかった。なんというか、やっぱり愛なんだなと思った。まふゆちゃんに対する愛ではある。ただ、その愛の手法が物凄く画一的で弾力のないものなんだな、と。幅もなく、狭く、そして潰しの効かない愛。もう少し突っ込んで言うと、赤ん坊や幼児に対する愛の段階で止まっている、硬直した愛だな、と。
 赤ん坊や幼児は、社会の仕組みを知らないし、危険も安全もわからない。だから、ある程度成長した子どもなら触らないであろう、沸いたお湯の入ったヤカンに触れてしまったりする。周りを確認もせず、突然道路に駆け出してしまったりする。ヤカンが熱いこと、道路には車が走っていること、そういう危険があることをそもそも知らない。知識として持っていない。だから、大人が見たら無謀なことをする。命知らずなことをする。
 だから、大人は赤ん坊や幼児の意志を無視して手を掴んでヤカンに触れないように、道路に飛び出さないように止める。どんなに触りたいと喚いても、走っていきたいと泣いても、大人は絶対に赤ん坊や幼児の手を離さない。自由を許さない。なぜなら、そこで自由を許せば、酷い火傷を負ったり、最悪の場合は命すら失うから。だから、自由を制限する。赤ん坊や幼児が怪我をしたり命を失うことがないように、と。それは愛だろう。その子の身体や命を守ろうという愛。
 まふゆちゃんのお母さんは、そこで止まってるんだなと思った。まふゆちゃんを赤ん坊と同じように扱う。まふゆちゃんに選ばせることは危険だと考えているんだろうな、と思う。まふゆちゃんにそういう選択ができるということを信じていないというか、考えてもいない。まふゆちゃんはいつまでも子どもで、赤ん坊で、判断力のない無力な存在だとどこかで思っているんだろうな、と。
 だから、選択肢を潰す。本来ならば無限にある可能性をひとつに絞ろうとしている。まふゆちゃんのお母さんが考える「確実に幸せになれる方法」の選択肢以外を全て排除しようとする。選ばせないようにする。そうすれば、まふゆちゃんが苦しむような未来への道を全て潰せると思ってるんだろうな、みたいな。
 そして、今まではそれでよかった。少なくとも、小学生くらいまではそれでも良かったんだろうなと思う。私が小学生の時なんて、粘土齧ったり、ガラスで出来たグラスを噛み割ったり、危険な高い場所によじ登って転落したりしてるから、ある程度自由を奪うことは必要だっただろうなと思う。幸いにして私は怪我したり命を失ったりせずにここまで来たけども、運が悪ければ後遺症が残るような怪我や病気をしたり、最悪死んでただろうし( ᐛ ) だから、ある時期まで自由を制限する、奪うことは子どもを守ることにも繋がってた。
 ただ、まふゆちゃんはもう高校生なわけで。そして、まふゆちゃんはとても聡く賢い子なわけで。もうそんな「とんでもなくリスクの高いこと」は選ばないくらいの知識や判断力を身につけていると思う。多少痛い思いするような選択肢を選んでしまうことはまだまだあるだろうけど、少なくとも取り返しのつかないデンジャラスな選択肢を選ぶような可能性はすごく低いと思う。粘土齧ったり、グラス噛み割ったり、高いところに登って転落するような事はしないと思う。
 それなのに、まふゆちゃんのお母さんはまだ粘土を齧るような幼い子どもを相手にするように接している。自由の制限が赤ん坊や幼児の時のレベルと変わらず、物凄く少ない選択肢にしている。他にも無数にある幸せへ続く道を潰していって、自分がこれと思う選択肢だけを選ぶようにしている。選択肢を次から次へと潰している。それは愛だけど、とても幼い愛だな、と。
 子どもがどうして向こう見ずに危険なことをするのかと言えば、知識がないのももちろんだけど、もうひとつの理由として、周りが見えてないからなんだよね。道路の向こう側にある綺麗な花しか見えてない。その道路に走っている車が見えていない。そういう狭い視野で世界を捉えているから、道路に飛び出してしまう。少し離れたところを猛スピードで走ってきている車が見えてないから飛び出す。
 まふゆちゃんのお母さんの考える幸せも、それと同じじゃないかな、と思う。たった一つの幸せへの道しか見えてない。他にもたくさん幸せへ至る道があるのに、たったひとつしか見えていない。それ以外が目に入っていない。それならば、子どもが道路の向こう側にある綺麗な花に向かって走っていくのと同じじゃないかな、と思う。とても幼い行動だな、と。
 何より、道路の向こう側にある花を走って見に行くというのは、自分の「見たい」という欲求が最優先になった行動なわけで。そこに他者が存在しない欲求でもあるわけで。尖った言い方をすれば、利己的な行為だとも言えるかなと思う。そう考えるならば、まふゆちゃんのお母さんが選択肢を潰して一つだけにする行為も、やはり同じく利己的だとも言えるだろうなと思う。「私の考える幸せ」には、他者が存在しないんだから。まふゆちゃんがそれを幸せと捉えるかという視点がないのだから、まふゆちゃんの存在がそこにほとんど意識されていないのだから、幼くて利己的な幸せ観とも言えるんじゃないかなぁ、と。
 それに対して、ニーゴの子達やバーチャルシンガーたちは、ずっとずっと「まふゆちゃんの存在」を念頭に置いて考えたり行動したりしてきている。それぞれがそれぞれに、「私はこういう方法がいいと思う」と提示しながらも、「それを選ぶのはまふゆちゃんである」というところを常に意識している。あまりにも自分の意志を無視され続けてきたせいで、自分が選択肢を掴み取る事を悪い事だと思っているかのように動けないまふゆちゃんに対して「自分から動け」と檄を飛ばすことはあっても、この選択肢を選べと強要してはいない。それは、赤ん坊や幼児に向けられた愛よりももっと段階が上の愛だなぁ、と思った。
 その人が「自分の手で幸せを掴むことが出来る」と信じる愛というか。その力を貴方は持っていると信じることが出来るというのは、相手を「無力な子ども」ではなく、「無限の可能性を持った子どもであり、人間である」と認めることでもあるのかなと思う。それはかなり発展した、進化した愛だなぁ、と。
 ニーゴの子たちやバーチャルシンガー達は、まふゆちゃんの選択肢を「増やそう」としているんだなと思った。お母さんに潰されて見えなくされていた選択肢を、これだって選んでいい選択肢だよと掘り起こして見せている��んで、絵名ちゃんの家にまふゆちゃんが行ったイベストや、前回の奏ちゃんとまふゆちゃんのお母さんが対面したイベストで、明確に掘り起こされた選択肢が「立ち向かう」という選択肢だったんだな、と思う。お母さんが示した、たったひとつだけにした選択肢を「選ばない」という選択肢。そして、その選ばない方法として「反発する」という方法を提示した。
 そして、今回のイベストでは、「選ばない」という選択肢の中にもうひとつの選択肢を掘り起こして見せた。選ばずに反発する、という選択肢だけじゃなくて、選ばずに逃げる、という選択肢を示した。それを示す役割を担ったのが瑞希ちゃんというのがめちゃくちゃに熱いな、と思った。
 今までのイベストでは、奏ちゃんや絵名ちゃんが進んでいく様が示されていた。二人がそれぞれの抱えた問題に対して、文字通り向き合っていく姿が描かれていた。
 もちろん、その描き方は二人とも違っていて、奏ちゃんはひとつひとつに向き合いながら、自分なりに納得出来る形に取り込んでいく形かなと思う。お父さんを壊した事実を見つめて、その事実に対して自分がどうしたいのか、何を願うのかをひとつひとつ考えて、自分の中に取り入れていくというか。事実を受け入れていくという感じかなと思う。そういう立ち向かい方というか。
 絵名ちゃんは、真っ向から向き合って身体全部心全部でぶつかりに行って、そこで見つけた自分の問題点をひとつひとつ見つめて改善していく、みたいな感じかなと思う。ようは、事実と向き合い戦うという手法。戦うために力をつけようとするみたいな、かなりアグレッシブな方法で立ち向かっている。けちょんけちょんにされながら、時にKOされながら、それでも震える足で立ち上がってまたぶつかりに行く形。
 形はこうして違えど、二人がしている事は明確に「向き合うこと」で。向き合い、片や受け入れていき、片や戦っていくという手段の違い。向かう先は似ているけど、そこに至る過程が違うのが奏ちゃんと絵名ちゃんなのかな、と思う。
 そこに来て、瑞希ちゃんは今までのイベストではひたすらに逃げ続けている描写がされていた。向き合うことをせず、目を逸らしたり耳を塞いだりしながら、苦しい現実から距離を置き続けている。立ち向かう描写はなく、自分が逃げているという事実ばかり浮き彫りになっていくというだいぶつらい描写が目立つなぁと思ってた。
 それが、ここで生きてきたなと思う。
 瑞希ちゃんは逃げることに関してはほかのメンバーの誰よりも上手だと思う。巧みに煙に巻いて姿をくらませて、苦痛から逃げていく。恐らく、ある意味では他の誰よりも「衝突」の経験がないんじゃないかなと思う。衝突を避けて逃げているのだから当然と言えば当然なんだけども。
 じゃあ、衝突を経験してないから苦しんでいないかと言えば、そうではなくて。逃げているというその事実にひたすらに苦しめられている。何も解決していない、臭いものに蓋をしているだけ、見たくないものに目をつぶっているだけ、聞きたくないことに耳を塞いでいるだけということを、瑞希ちゃんは物凄く理解している。蓋をしても、目を閉じても、耳を塞いでも、そこにそれはずっとあって消えないのだと痛いくらいに経験している。何も変わっていないし進んでいないと、苦しいくらいに理解している。それが瑞希ちゃんの聡さであり、悲劇でもあるなと思う。
 その場しのぎでしかないわかってしまうから、苦しいんだろうな、と。その場しのぎだということに気が付かなければ、瑞希ちゃんはきっと苦しむことは無い。これが解決策だと心から思えていれば、蓋をして目を閉じて耳を塞げば「なかったことになる」と心から思えていれば、きっと苦しいなんて思わない。自分が知覚しない場所にあるものは「存在しないものとしていい」と本気で思えていれば、瑞希ちゃんは苦痛なんて感じずに楽しく生きていられるのだろうと思う。
 でも、瑞希ちゃんは聡いから、そうは思えない。自分が知覚しないようにしているだけで、問題はずっとそこにあるということに気づいてしまう。察してしまう。知っている。だからこそ、自分はその場しのぎで楽な方に流れているだけだ、問題から逃げているだけだということに物凄く自覚的で、だからこそ苦しむ。周りに立ち向かって進んでいく人がいるから、余計に逃げ回っている自分が情けなく見えて、でも逃げることを辞めることが怖くて出来ず、立ち竦んでいる。それが、瑞希ちゃんの現状なのかなと思う。
 たぶん、瑞希ちゃんにとって「逃げる」という選択肢はあまりにも情けなく、みっともなく、どうしたって否定的にしか見れない選択肢だったと思う。力強く立ち向かっていく絵名ちゃん、覚悟を携えて進んでいく奏ちゃんの姿は瑞希ちゃんにあまりにも眩しくて、だからこそ自分の「逃げる」という行為が後ろめたく薄暗いものに見えてるんじゃないかな、と。
 だからこそ、今の今までまふゆちゃんにも「逃げていい」と言えなかった。逃げ続けた自分がたどり着いたのが「進みたいのに足を踏み出せずに立ち竦んでいる」という現状と苦しみだからこそ、それをまふゆちゃんには渡せなかった。自分が苦しんでいる道にまふゆちゃんを連れていく訳には行かなかっただろうし。
 それに対して、ルカさんが別の視点を与えてくれた。確かに瑞希ちゃんは逃げているし立ち向かっていない。それは臆病なことであるともしっかり明言された。でも、ルカさんはそれを否定するでもなく「見方を変えてみたら?」と提案した。逃げて逃げて逃げ続けたのが瑞希ちゃんだけれど、それで手に入れたものは何?と。逃げることで失ってきたものにばかり目を向けていた瑞希ちゃんに対して、逃げることで得たものに視線を向けさせた。
 そうして瑞希ちゃんが気づいたのは、逃げたことで得たものが確かにある、という事実で。それが「家」という逃げ場であり、その「家」に隠れて生き延びたことで出会ったニーゴの皆との関係だ、と気づいた。逃げずにいれば、きっと瑞希ちゃんは潰れていたし、そうなっていれば家が安全基地だと気づくことも出来ず、ひいてはニーゴの皆とも出会うことは無かったと気づいた。確かに逃げまくって来たけれど、逃げたからこそ今までどうにか生き延びることが出来て、そして大切なものに出会えた。それに気がつけた。
 否定的にしか見れなかった「逃げる」という選択肢に対して、肯定的な面が見えた。だからこそ、瑞希ちゃんはまふゆちゃんに「逃げろ」と言うことができるようになったんだろうな、と思う。選ばずに逃げてしまえ。苦しいなら逃げていい。そうして得たものがある、得られるものがあると、心から思えたからこそ口にできた。
 今の弱り果てたまふゆちゃんには、立ち向かう選択肢はかなりハードルが高くて、まふゆちゃんは怖くて選べない。でも、それを選ばないなら、まふゆちゃんの前にはお母さんが用意した選択肢しかない。どちらに行っても辛かったり怖かったりする選択肢しかない中に、瑞希ちゃんが見せてくれたもうひとつの選択肢、逃げる、が追加された。二つだった選択肢が三つになった。それって本当に凄いことだな、と思う。
 そして、瑞希ちゃんは逃げる達人だからこそ、警告もくれた。逃げ続けることはオススメしないよ、と。それを選んだ自分は今別の苦しみに囚われているから、と。だから、逃げる選択肢ばかり選ぶのはきっと辛いよとも伝えた。それでも、一時、今にも死んでしまいそうなくらい苦しい時に逃げるのは、ひとつの手段だよ、と。逃げの達人だからこそのアドバイスを贈れた。しかも、逃げる実践付きで。
 これは、選択肢の少ないまふゆちゃんにもうひとつの選択肢を用意したことと、もうひとつ大切な意味があるなと思う。それは、瑞希ちゃんが今までの自分を「肯定できた」ことだと思う。つまり、瑞希ちゃんはまふゆちゃんの救いの道をひとつ増やすと同時に、自分の救いの道もひとつ見つけたんだな、と。
 今まで瑞希ちゃんは自分を肯定的に見れていなかった。少なくとも、「逃げる自分」に対しては否定的に見ていたし、後ろめたさしか感じていなかった。そこに来て、瑞希ちゃんは初めて「逃げた自分」を肯定することが出来たんだな、と思う。情けなくてみっともなくてどうしようも無いと思ってたけど、無意味で無駄だと思っていたけど、そうじゃない部分もあるということに気づけた。
 逃げたことで生き延びることが出来たという成果に気づけたし、その経験がまふゆちゃんの助けになる可能性を見出した。そして、まふゆちゃんがそれを選ぶなら、自分は助けられるという一種の自負も生まれた。それは、立ち竦むことしか出来なかった瑞希ちゃんの新たな道だと思う。瑞希ちゃんの側にも選択肢が生まれてきた。それがすごいな、と思った。
 そして、何よりもグッときたのが、瑞希ちゃんが「責任」という言葉を使ったこと。絵名ちゃんにガチンコで向き合ってもらった時ですら「誰かがボクの事全部話してくれたらいいのに」と、自分がやらなきゃいけないことを他者に任せて逃げようとしていた瑞希ちゃんが、ここに来て初めて「まふゆが逃げることを選んだなら、それはボクの責任だ」と明言した。誰のせいにもせず、自分のところに言葉の責任を持ってきた。それってめちゃくちゃ凄いことだと思う。ここに来て初めて、瑞希ちゃんは「逃げ」を選択しなかった。責任という言葉で自分の逃げ道を塞いだ。激アツ過ぎる。
 なんてーか、まふゆちゃんを救おうとすることで、それぞれが救われていくというか、自分の問題と向き合って変わろうとしていってるな、みたいな。苦しんでいるまふゆちゃんが拙くも必死に足掻くことで、周りも頑張ろうと思えているように見えて凄く心が震えた。まふゆちゃんの頑張りが、人一倍臆病で立ち竦んでいた瑞希ちゃんに、「責任」という言葉を使えるほどの勇気を与えたんだな、みたいに思って目頭熱くなっちゃった( ᐛ )
 一方的に救って、救われての関係じゃない。一方的に助けて、それに助けられるだけの関係じゃない。勇者が無力な人を救うのでなく、か弱い人達が互いに影響し合って影響され合いながら、少しずつ成長していく関係が見えたような気がして、本当に素敵だった。そしてそこには強要はなくて。何を選ぶかはそれぞれに委ねられていて、誰かが何かを選んだなら、他の人はそれを支えようと皆が必死になって考える。誰かの選択を受け入れていく。
 それは凄く、こう、多面的でしなやかな弾力があって、強く温かい関係性だなと思った。それを強く感じたイベストだったなと思った。めっちゃ好きです、このイベスト☺️
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hanbunmensch · 2 years
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カムスキーCEO復帰エンディングで流れるオペラ曲について
 「カムスキーエンド」と通称される主人公早期全滅ルートで、カムスキーが「Un bel dì, vedremo」を聴いている。ざっと検索したところ、このことに言及しているページが見当たらなかったので書く。ただ、使用曲はエンドクレジットを確認すれば誰にでも分かることで、別に元々オペラに詳しいわけではないためご留意を。  まずはエンディングの概要から。
条件:  カーラが『ズラトコ』以前の章で死亡するか初期化されてメモリを復旧できず、コナーが『最後の切り札』で停止処分になり、マーカスが『自由への行進』で死ぬか『交わる運命』でジェリコから追放される(マーカスが死んだか追放されたかによって報道シーンの構成が変更される)。
 つまり正確には全滅というか、最終章より前にプレイヤーがやることがなくなってしまった場合に条件を満たす。
あらすじ:  FBIがジェリコに襲撃を仕掛けたことを機に、変異体の権利闘争は収束へ向かう。軍により国中のアンドロイドが捕獲・破壊されているという、リビングのテレビが流す大統領の声をバックに、ハンクはロシアンルーレットの当たりを引く。一連の事件を受けてサイバーライフのCEOに再任命されたイライジャ・カムスキーは、アンドロイドは生命を真似てみせるだけの従順な機械であることをカメラの前で明言する。
そして船は現れない
 エンディングムービー中盤のカムスキー邸のシーンで、国がアンドロイド収容所を設置したニュースが聞こえる後ろに、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』のアリア「Un bel dì, vedremo(ある晴れた日に)」冒頭が流れている(一応何度も聴き比べて確認したが、もしイタリア語が分かってオペラの聞き取りもできる人がいて、これが間違っていたら知らせてほしい)。
youtube
Un bel dì, vedremo  levarsi un fil di fumo  sull’estremo confin del mare  E poi la nave appare
ある晴れた日に* 一条の煙が上がる 海のかなたに そして船が現れる
*「ある日」が正しいという指摘もあるが、日本では「ある晴れた日に」でよく知られているので今回はこちらを採用した
 聴く限りでは、nave(船)という単語に差し掛かったあたりで、カムスキー邸から次の報道パートに切り替わる。  『蝶々夫人』は長崎を舞台に、アメリカ人の海軍将校と結婚した没落藩士令嬢である蝶々さんが彼に捨てられるまでを描いた悲劇ものオペラ。「Un bel dì, vedremo」は、中盤、国に帰った夫の船が現れるのを蝶々さんが愚直に待ち続ける場面で歌われる。実際のところ将校は彼女を現地妻と考えていて、結局長崎に戻ってはくるがアメリカ人の正妻を連れている。既に彼の為にキリスト教に改宗までして勘当もされていた蝶々さんが、それを知って父の形見の刀で自害し、幕を下ろす。  このオペラ自体は安いエキゾチシズムとしてよく批判されるが、それはともかくとして、ハンクが自殺し暗転してから「Un bel dì, vedremo」が流れるカムスキー邸までの一連のシーンでは、人間──作中世界で迫害される少数派として散々描かれたアンドロイドではなく──が現地妻の立場に置かれている。窓辺の椅子に座るカムスキーは、「海のかなた」(多分デトロイト川だが)を望み、現れない船を待っている。現れない船は、ついぞ出航せず、革命を成し得なかった廃船・ジェリコだとここでは見立てることにする。
伝染病を待ちながら
 『カムスキー』チャプターに遡ると、カムスキーは待たせる側だった。来客をエントランスで待たせるだけでは飽き足らず、部屋に招き入れたうえでわざわざ何往復か泳いでみせて──それが演出か素かはさておき──待たせる側に立とうとした。  待たせることにはどのような意味があるか。ロラン・バルトによるとそれは「あらゆる権力につきものの特権」だそうだ。
転移現象のあるところには常に待機がある。医師が待たれ、教師が待たれ、分析者が待たれているのだ。さらに言えば、銀行の窓口や空港の出発ゲートで待たされている場合にも、わたしは、銀行員やスチュアーデス相手にたちまち攻撃的な関係を打ちたてる。彼らの冷淡さが、わたしのおかれた隷属的状態を暴露し、わたしをいらだたせるからだ。したがって、待機のあるところには常に転移があると言えよう。わたしは、自分を小出しにしてなかなかすべてを与えてくれようとしない存在──まるでわたしの欲望を衰えさせ、欲求を疲労させようとするかのように──に隷属しているのだ。待たせるというのは、あらゆる権力につきものの特権であり、「人類の、何千年来のひまつぶし」なのである。(『恋愛のディスクール・断章』)
 「転移」とは精神分析の用語で、患者が他の人に向けるはずの抑圧された感情を分析者に対し抱く現象を言う。患者はカウンセリングの中で分析者のことを、何でも知っている人だと思い込み、分析者を転移対象にする。転移する感情は愛情であったり敵意であったりする。医師と患者の関係は対等ではないため、医師は患者からの転移性恋愛に応じることを控えなければならないが、転移自体は重要な治療のプロセスでもあり悪いわけではない。  D:BH作中最もよく分析者然と振る舞っていたコナーを例にとると、ダニエルを信頼させたルートでのちのち「お前は必ず報いを受ける」と恨み言を言われたり、ハンクの個人的な事柄を調べ上げて当人にあけすけに語ることで好感度が上がったり、或いは『最終任務』で対立した際に「その言葉(「友人」)の意味もわかっちゃない」とキレられたりするのも、ある種彼らに転移されているのかもしれない。  そして『カムスキー』チャプターでは、変異体について何か知っているに違いない者として、カムスキーが待たれていた。
 そのカムスキーもまた実は革命を待っている側だったことは、別にゲームの制作段階で削除された台詞を参照しなくとも想像できる。  カムスキーは「自由への欲求も伝染病といえるかな?」と言ったが、この発想は珍しいものではない。20世紀初頭、ボリシェヴィキ革命後の時点で既に、のちの西側諸国は共産主義を伝染病に準えて「防疫線」を提唱した。現在も、主に批判的意味合いで特定の思想を伝染病に喩える場面はよく見られる。
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『自由への行進』/『サイバーライフタワー』
 デトロイト実況プレイ動画などを見ていると「こいつら本当に自我あるのか?」とすこぶる評判の悪い(ような気がする)マーカス達の「さあ起きて」描写だが、敢えてこの異様さそのものを好意的に捉えるとすれば、彼らが「伝染病」という言葉の簒奪を果たしている点と言えるだろうか。また、『カムスキー』でクロエを撃ち殺して選択肢「ウィルス」の質問をした場合の、カムスキーによるウイルスの潜伏に関する説明と、『サイバーライフタワー』でコナーが失敗した場合にたどり着くフローチャート項目における、倉庫の変異しなかったアンドロイドに関する言及で、remain dormant という同じ表現が使われている点も考慮していいかもしれない。ここではウイルスが、アンドロイドが、「精神的ショック」をスタンバイしている。革命を為そうとする時、形容の影にカムスキーがいる。
 今回のエンディングの話に戻ると、アンドロイドが創造主に対して立ち上がる日を待望していたであろうカムスキーと、うまくいけば変異体の支持者になることで人生を取り戻せたかもしれない──そして本当にうまくいけばフードトラックの前で待っていてくれたかもしれないハンクという二人の人物が、「Un bel dì, vedremo」の引用を介して、将校の乗る船を待つ蝶々さんにオーバーラップする。悲恋に暮れるのは今日のところ「人間」のようだが、恋ほど人を惨めな気分にさせるものはない。
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mitsu-maru · 2 years
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Bleu
 記憶というのはポインタとデータで出来ている。いつからか、そのように僕は信じている。忘却とはデータの在り処を指し示すポインタを失った状態であり、データそのものは確かに残っているのだと。何らかの切っ掛けでポインタが復元された時、記憶は鮮やかに蘇る。たった今まで自分が忘れていたことにすら驚くほどに。紅茶に浸したマドレーヌは暮らしに満ちている。長く生きれば生きるほど、過去が未来よりも重くなるから。
 記憶のポインタは厳密な一対一対応ではなく、大なり小なり誤差が生じる。本来想起されるべき思い出の一部が欠落したり、少しずれた思い出が蘇ったりする。あるいは、なかった記憶が新たに生成されたりもする。これは僕が2022年11月20日の午後、「Solarfault, 空は晴れて」という本を読んだ時に生じた反応を元に生まれたテキストである。記憶というのは揮発性であるだけでなく発泡性でもあるから、1週間という時間は記憶を発酵させるに十分な時間だ。読んだ小説の感想文が新たな小説であっていけない理由はない。
 青い、作用の定かでない、おそらくはあまりよろしくない液体。小瓶。『ロスマリン』だと思った。図書館で借りたハードカバーの本だった。少年たちが夏休みに高層ビルディングを抜け出して旅立つ先は暖かい海だった。映像の中で少年と犬が白い浜辺を走っていた。オゾンホールが話題になっていた世紀末。姉はフロンが使われているという理由で旧型のエアブラシをゴミの日に捨てた。その頃、一度塗った色をCtrl+Zすることはできなかった。読み終えた本の感想をTwitterで検索することはできなかった。Amazonは夜中に切らしたPPC用紙を翌日の夕方に届けてはくれなかった。
 大学進学を機に上京し、僕は私鉄の駅から坂道を登って、サンドイッチ屋のT字路を左に曲がってどこかの企業の借り上げ社宅の側を抜けた先にある青いアパートで暮らした。とても青い家だった。九州から上京した人間には東京の日暮れは地球が丸いことを実感させるほどに早く、うどん屋のつゆはありえないほど黒かった。レンタカーで意味もなく夜の新宿を走り回って、ラーメンを食べた。殺人事件が起きそうな間取りの海辺の一軒家でペペロンチーノを作った。サークルに入って本を書いた。酔い潰れた関西人の介抱をしながら、寝言も関西弁なんだと妙に納得した。
 敷地の外れの外れに、今はないその建物はあった。自治の名の下にビラがばら撒かれ、インクの匂いが漂い、アニメソングが館内放送で流れるような建物だ。そういえばビラを配っていたあの団体も青という字を冠していた。季節を問わず週に一度僕たちは集まって、ただひたすらに話をした。それが僕たちの活動だった。生協の缶ジュースは少しだけ安かった。年齢も専門もバラバラな学生たちが、教養を無駄遣いしていた。時々真面目に小説を書いて本を作り、批評会で真剣に意見を交わしたりした。僕たちの掟はただ一つ、描き始めた物語を必ず完結させること。開いた物語は閉ざされなければならない。それさえ守れば何をやろうと自由だった。その頃茨城県でバケツで流し込まれた液体が青い光を放った。
 学園祭で小遣い稼ぎをするために部員総出で占い師の真似事をした。タロットカードから客が望む物語を紡ぎ出すのは即興小説の訓練だ、というのが建前だった。原価がただ同然の占い屋はなぜだかいつも大繁盛で、僕たちのサークルは本の印刷代には困ることがなかった。
「久しぶり」
 堤が話しかけてきたのは、夫の不倫を見て見ぬふりをしつつ、別れる決心ができないと悩んでいる女性の背中を押してしまった直後だった。
「俺のことも占ってよ」
「顔見知りのことは占わないようにしてるんだ」
 本当に占いがお望みなら、と後輩のテーブルを指差す。堤は肩を竦めて、三百円を支払った。後片付けを終えた後、二人でステーキを食べに行った。安くて硬い牛肉にニンニクと醤油でえげつなく味をつけた代物だが、その頃の僕らにはそれでよかった。紙エプロンに跳ねたステーキソースが抽象画のようだった。
「なんだ、その。元気そうだな」
「どういう意味だよ」
「別に」
「ああ、聞いたのか」
「聞いたとも。なんで教えてくれなかった」
「教えたからといって、何が変わるわけでもないだろう」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「じゃあ、いいだろ」
 堤は煙草をくるくると回して言葉を探した。最後まで、出てこなかった。
 小さなゲーム会社でアルバイトをした。携帯電話で話をしながら深夜の住宅街を歩いた。千駄ヶ谷のモスバーガーが秘密基地だった。自分たちが作っていたゲームのことは欠片も好きになれなかったけれども、スタッフ同士で話しているのが好きだった。六本木のライブハウスには月一で通っていた。お目当てのバンドの対バン相手のファンが自分の周りで激しく踊り出して、つられて踊っていた。強い人が集まる、という噂のファミリーレストランに自転車で乗り込んでカードゲームの対戦を挑んだりした。初めて中央特快に乗って八王子まで行った。
「で、いつ?」
 帰りの電車は適度に混んでいた。冷蔵庫にマグネットで貼り付けたメモのことを思い出した。換気扇の調子が悪いから業者に連絡すること。そうメモしてから何ヶ月が経っただろう。その頃僕はもう自炊することを止めていて、冷蔵庫には赤ワインとチーズしかなかった。黒い服ばかり選んで着るようになっていた。たまたま見つけた美容院の美容師と気があって、好きなように自分の頭を作品にしてもらうことしていた。この時は確か、虎をイメージした金のメッシュの入った黒髪だったと思う。ギターなんて一度も弾いたことがないのに、スタジオを借りてエアバンドのアー写を撮った。悪ノリしてロゴも作った。
「まだ決まってない。決まっていたとしても、お前には教えない」
「そう」
 エアバンドのベースは、本当のベーシストだった。本当はギターが弾きたかったらしいが、手が小さくてコードがうまく押さえられなかったんだと笑っていた。雷と餃子で有名な街から、時々都内に遊びに来ていた。常軌を逸した方向音痴の彼にとって、乗り換えはいつだって至難の技だった。コンピュータグラフィックスを専攻していた彼を、八王子の某大学の教授のところまで無事に送り届けるのが今日の僕のアルバイトだった。この頃のインターネット回線はZoomで面談するほど力強くもなく、クラウド環境はGitHubで自分のポートフォリオを公開できるほどではなかったから、修士論文の指導をしてもらうために直接会いに行く必要があったのだ。
「お前がいなくなるのは嫌だなあ」
 そんなことを面と向かって言われたのは当たり前だが初めてだった。正直少しだけ心が揺らいだ。努めて僕は平静を装い、東へとひた走る列車の窓から外へと視線を移した。刻一刻と時は迫っていた。冬が始まっていた。セーターの袖を鼻に押し当てた。
「バンドはエアなんだ。ギタリストがいなくたって、やっていけるさ」
「エアじゃなかったら、よかったのにな」
「そうしたら、ツアーには必ず宇都宮を入れてやるよ」
「絶対MCでいじられるやつじゃないか」
 東武線の駅の側、一階が物販になっているライブハウスを幻視する。もちろんバンドはエアなので、歌詞も曲もない。それでもステージの上で僕たちは青いライトに照らされていた。ライブの後半で必ずやる定番のバラード曲を歌えば、正確にハモってくれるという信頼があった。電車が新宿駅について、ベーシストと一緒に湘南新宿ラインのホームまで歩いた。
「それじゃあ、またな」
「ああ。今日はありがとう」
 手を振って僕らは別れる。僕には、これが最後だと分かっていた。携帯電話が鳴る。新宿駅は人が多すぎて、誰も僕のことを気にも止めない。運命が僕を迎えに来る。もうすぐだ。こうして世界は分かたれる。
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01-08-m00n · 2 years
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内容は濃くないのに重い東京(+大宮高崎)旅行だった。この1週間で2人の年上の男を泣かせた。ぜったいに誰かを傷つける運命しかない。ぜんぶわたしのせいで。 最終日の昼、燕三条行きを買わずに「高崎まで」って駅員さんに言ったとき、わたしはずっとこれを望んでいて、これから先もきっとこれをするんだろうなと思った。高崎駅の改札で手を振って君と別れたとき、ああ、これがいちばん気持ちいいなって思った、君といる人生がいちばん気持ちいい。
東京は、思い描いていたよりなんてことなかった。汚い汚いと聞いていた空気はそこまで汚くなくて、バイト先で吐きそうになりながら吸っていた副流煙の何倍もマシだった。色んな人が歩いているけど、その人にもその人の生活っていうか人生があるんだと改めて気付くとゾワゾワした。夜になると外が明るくて、月が出てるのかと思ったのに違った。新潟だと大きい月が出ているくらいの明るさなのに見えなかった。好きな人に会って、やっぱり好きだなって思った。ぜんぶ投げ捨てても会いたいって思ってたのが正解だったんだってわかった。正解は自分が正解にするんだよって高校のときの���きだった先輩が言ってたな、これいつも思い出しちゃう、たぶん一生思い出す。すぐそこにあった君の瞳の色が綺麗で、他の男の人の瞳を見つめても君のことを思い出していた。他の男の人のシャンプーの香りがしたって、君のじゃないって思っていた。君と別れた後、ホームでボロボロ泣いた、ドラマみたいだなって思った。しゃがんで泣きじゃくりたかったけど、そんな勇気もなくてしくしく泣きながら帰りのホームまで歩いた。 正直、どうってことないって思っていた。君じゃない人とふたりでいた。プラン考えて泊まらせてくれるなら会ってもいいかーって思って会ってしまった。普通に楽しかったけど、普通に楽しかっただけだった。こういうのをセフレにするんだろうなって帰りの目黒線で思った。会社員だからなんでも払ってくれるしずっと優しいし普通に面白いし服もかっこいいし首絞めるのも舐めるのもキスマつけるのもセックスも上手。でもずっと君を忘れることはなかった、こんな酷いことして最低だなって思った。その人がベッドの中で向かい合おうとする私を外に向かせて隣で泣いていたとき、どうしたらいいかわからなかった。自分は本当のクズになれないけど、こういう中途半端なことが1番傷つけるんだなって知った。
この文書を9-26に書いて、9-29の今読み返して彼の部分を君に替えた、届かない彼じゃなくてもう君はそこにいるから。わたしのなかにずっといる。でも君を悲しませた事実は変わらないしそれでも愛してくれる君を当たり前だと思わないようにしたい。これは23日の午前中に書いたもの。↓
好きな人と会った、やっぱりだいすきだった。遺す様に全部を書きたいけどここに全部書いたら全部がどこかに飛んでいってしまいそうで、こころが落ち着いてしまいそうで、このつらさとうれしさを失くしたくないから、2人が生成した涙みたいにすこしずつ。いなくなるってことが、1人になるってことが、横にいないってことが、君のあたたかさがなくなるってことが怖くて、逃げたくて、最寄り駅に帰る改札を通れなかった。お互いうるうるしながらホームでバイバイして、彼の乗った電車が出発した瞬間めちゃくちゃ涙が止まらなくなってしまって、なんでこんなに好きなんだろうって思った
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ある程度好きになったり好きになられたりしてきたつもりだったが、こんなにも愛してくれるのは君だけなんじゃないかと思う。わたしの外側とか好かれようと作り上げた部分を見て寄ってくる人とは違う、高校の時ずっと好きでいてくれたあの人に似てるなって会った瞬間からずっと思ってる。この人もわたしを好きでいてくれるんだろうなと思う、もちろん私も好き。彼が私のことを知ろうとしてくれて知ってくれるのがうれしい、彼の成分にわたしが増えていってるみたいでドキドキする。彼と一緒に食べたいものも行きたい場所もやりたいこともいっぱいある、彼が私をつくってきた今までのすべてが好きだって言ってくれたけど、私も今の彼を作ってるすべてを愛してる、きっとこれを人生って言うんだよ
彼の度が強い眼鏡も、その眼鏡を外すと見えるまつ毛も、ヘーゼルナッツみたいな明るくて綺麗な瞳も、わたしの好きなにおいの髪の毛も、左耳の前に並んだほくろも、声も身長も笑い方も手の大きさもあたたかさもぜんぶ君が好き。ずっと君のその綺麗な瞳を見ていたいし、ずっと愛していてほしい、愛され慣れてないわたしを救い続けて欲しい、ぜったい手を離さないようにぎゅっと握るから。
俺の余生あげるから青い月の余生を一緒に過ごさせてよ、幸せにするからって言ってくれてありがとう、毎日プロポーズだね。君の隣で 「けっこう物知りなんだよ〜?」って言い続けるから、ずっと幸せにしてね。わたしも君を幸せにしたいしこの先の人生を君と終わりまで歩きたいって思った、だって君と食べるごはんがいちばんおいしいんだもん。
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globalfainacestats · 15 days
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アルケミア大陸
神様の神殿
逃亡の旅。サニアの罪の代償。僕達はとにかく逃げた。北へ北へと旅を続けた。途中色んなところで野宿をした。野宿をする時はパインが料理を作ってくれてみんなで食べた。目的地のない旅。もうハイムに戻る事は出来ない。もう黒い煙に追いかけられる事もない。ただひたすら一歩一歩前に進んだ。
パインが何か先に光る空を見つけた。僕達はそこに誰か人が住んでいると思い。その光を追って前に進む旅を続けた。空に輝く光は僕の目にも映る。その光輝く空はどこか安息の地を意味しているような気がして、とにかくその光を目指して進んだ「カイン。このまま旅を続けて、その後どうする?」
「なんでそんな事を聞くんだサーベルト」「うーん。済まない」「逃げようと言ったのはサーベルトじゃないか」「俺はとっさに、あの場所にいたらマズイと思って」「もう終わった事だし、昔の事をぶり返すなよ」「それは分かっているけど」「分かっているなら、サーベルトもやめろ」「分かってる。でもな」
「でも、なんだよ」「でも、この旅を続けても自分たちの居場所がない」「当たり前だろ!」「そうだ当たり前だ。でも、あのままハイムにいてもサニアは城の戦士に囚われてしまう。方って置けないだろ」「それはそうだけど」「みんな分かってる。正しい選択じゃないけど、その選択しか出来なかった」
「うん。それはそう、その選択しか出来なかった」「まあな。俺はサニアを助けたい」「僕だって思う。また以前のようなサニアに戻って欲しいと心から思っている」「それは俺だって思っている」「自分もそうだ」「あの空に輝く光のその先に自分たちの未来が待っているような気がするんだ」「うーん。それは何となく思うな」
空に光る光を追って旅を続ける。空に輝く光は何か建物の上で輝いている事を知った。雪が降る北の大地。凍えるような寒さの中、僕達は洞窟で休憩をとる事にした。明日あの光る建物を訪れてみよう「なあカイン。サニアがよくなったらどうする?」「どうするって?」「お前結婚を申し込んだだろ?」「うん。でも断れた」
「サニアの様子がおかしいから、きっとそれが理由で断ったんだと思う」「だから、どうした?」「きっとサニアもカインと結婚したいと思ってるよ」「うん。ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」「俺はさ、カインとサニアが今よりもずっと仲良くなって欲しいと思っているんだ」「そうなのか」「そうだ」
「仲良くなってどうするんだ?」「どうするってあれだろ。結婚とかだろ結婚」「うん。でも断れたのはサニアの本当の気持ちかも知れない」「そんな事はない。幼馴染なんだろ。小さい時からの仲なんだろ?」「それは、子供の時からサニアとはずっと一緒だ。一緒だった。でも今は気持ちもなにも、すれ違っていて」「だからサニアの具合が良くなったら」
「あの光輝く建物に何かサニアに関する答えがあるんじゃないかって勝手に思っている」「なにかにすがりたい気持ちは分かる。でも、俺もなにか答えがあるんじゃないかって思うよ」「自分はなにも不安はない。あの光、温かくて優しい光だと思う」「うん。僕も感じるあの光は何か未来を感じる」「そうだ自分たちの未来を感じる」
「自分たちの未来は一体どんな世界が待っているのか?」「うん。ハイムで暮らしていて、それから黒い煙に追いかけられて、魔法使いや怪物との戦いの日々。自分たちが子供の時に予想していたような現実にはなっていないな」「うん。もう恐ろしくはないけど、恐ろしいような人生だと思っている」「自分たちの運命��てどんな未来だろうな?」
「うん。どんな未来が自分たちの前にやってくるのか?どんな未来だったとしても僕はくじけない」「そうだな。ハイムからは逃げ出したけど、人生からは逃げ出さないな」「明日は早い。そろそろ寝よう」「そうだな。サーベルト、パインおやすみ」「おやすみ」「サニアは寝てるな。寝てる時は昔のサニアみたいだ」「うん」
次の日。光り輝く建物に向かった。雪が降る凍えるような大地。建物はドームのような形で巨大だった。入り口の扉を開けると男が待っていた「ようこそ、待っていたよ」「あなたは?」クリーム色の腰まで伸びる髪と上半身が裸で、麻のパンツで裸足の男性「私の名前はサー。信じられないかも知れないが、神様だ」
「神様?神様って、あの神様?」「そうだ私は神だ」「神様がこんな雪の降る大地で一人で暮らしているんですか?」「一人じゃない。数千人の女達と共に、ここで暮らしている」「数千人の女」「そうだ、さあ中に入りなさい」「はい。お邪魔します」「君たちがいつか来ること私は待っていた。その少女の事だね」「はい。どうしてその事を」
「私はなんでも知っている」ドームのような建物の中はまるで夏のように温かい「ここはセントフォース。神が暮らす神殿」入り口のドアから通路を抜けると大広間があり、そこにはプールと木々が生えている。そのプールや通路、どこもかしこも全裸の女たちがいる「目のやり場に困るな」「どうして裸なんですか?」
「私の前で何も隠す事はない。だから皆裸でいる」「はあ、そうですか」「お腹が空いているだろう何か食べるといい」「何かって何をですか?」「ここには幾らでも食料はある。果物だって肉だって幾らでもある。好きなだけお腹を満たしたらいい」「どうする?カイン」「サーベルトは?」「俺は食べたい。腹は減っている」
「この客人になにか食べ物を!」「サー。分かりました。いまご用意します」「ちょっと待っていてくれ、いま用意するから」テーブルに豪華な料理が並ぶ「満足するまで食べて行くがいい」「サー。こっちに来て、遊びましょ」「分かった今行く。私はこれから女の相手をする。食事が終わったらプールに来なさい」
「カイン。うまいなこの料理」「うん。パインの料理よりずっと美味しい」「それは悪かったな。でも、本当に美味しい」「サニアは食べないのか?」「食べるよ。こんの私好きじゃないけど」「どうして、こんな豪華な料理、美味しいしたくさんある」「私はみんなで食べる料理がいい」「そうか、サニアはパインが作る料理がいいか」
食事を終えプールに向かった。プールサイドにはベッドがあり、そのにサーと言う男と女たちが横に寝ている「うん?食事は満足したかな?私はその少女に用がある」「君たちも私に用があるんじゃないかな?」「用って、サニアの様子がおかしいから。それをどうにか出来るんですか?」「出来るよ。体から悪い物を取り出して上げるよ」
「どうしてそんな事を知っているんですか?」「悪魔と戦っただろ?」「はい。戦いました」「戦いが終わった後、りんごを食べただろ」「はい。サニアが一口食べました」「それがその少女に悪さしている。だからそれを取り去って上げるよ」「本当ですか?」「私は嘘はつかない」「だったらお願いします」
サーと言う男が、サニアのお腹に手を当てている。そこから胸の辺りにすーっと手を当てると。サニアの口から黒い煙が出てきた。黒い煙は空中を漂うとどこかへと消えてしまった「これで、よくなった。でも」「でも、なんですか?」「でも、その少女の命は明日まで、生きていられるのは、きょう一日が最後」
「はい。サー。私にも分かります。私の人生はきょうが最後の一日」とサニアが言う「そうなのか?さっきまで元気だったのに」「ごめんなさい。私は正気じゃなかった。でも、サーに悪魔の力から開放されて正気に戻った」「うん。どうしたら」「この少女の事は、私は看取る。君たちはここを出て自分たちの生きる場所へと向かった方がいい」
「あの本当にサニアはきょう一日しか生きられないんですか」「そうだ。きょう一日が最後の人生」「だったらきょう一日サニアと一緒にいさせて欲しい」「いいよ。好きにするといい。君たちの泊まる部屋は用意してある。そこにきょう一晩泊まるといい」「分かりました」「いいのか?カイン信じて」「サニアが言っている」
「カイン。きょうはずっと一緒にいて、私は死ぬのが怖い」サニアとの最後の一日。サニアと一時を過ごす。サニアは悲しそうな顔をしている「私怖かった魔法使いも怪物も悪魔も、でも、カインはいてくれた、私の側でいつも私を守ってくれた」「僕だけじゃない。サーベルともパインも一緒にいた」「うん。ずっと一緒にいられる?」
「ずっと一緒だ。ずっとずっと」「私、明日死ぬ。死んだ後も私の事を忘れないで」「分かっている。ずっと忘れない。きっと必ず」「私と結婚してください」「うん。結婚しよう。きょうは一緒に寝よう」「はい」サニアとキスをした。その日はサニアと一緒に眠る事にした。旅の疲れかすぐに眠りに着いた。
次の日目覚めると、サニアは息をしていなかった。心臓の鼓動も止まってしまって、サーと言う男が言うようにサニアは死んでしまった。部屋のドアをノックする音がする「どうぞ」ドアを開けサーと言う男が部屋に入ってきた「うん。最後のお別れは出来ましたか?」僕は横に寝ているサニアの唇にキスをした「サニアの事は永遠に忘れない。愛している」
建物の入り口でサーと言う男に植物の種を貰った「ガイムに行き、りんごの木を切り切り株の下にこの種を植えなさい。そこが君たちの安息の場所となるだろう」「分かりました」「さあゆきなさい。自分の人生と未来の為に、さあゆきなさい大切な女性の事を忘れない為に」僕達はまた旅をしている。神様にもらった種を植える為に
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satoshiimamura · 1 month
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魔霧の城 第1章
(一)
 晩秋の早朝。湖畔には、朝霧が立ち込めていた。
 周囲には誰もいない。車も通らず、民家も見えない。静寂しかない。
 その中を、追内翔は一人で歩いている。
 橙色に染めた髪は傷み切っており、天然パーマな故に、手入れされてない頭髪なのは一目でわかる。日焼けした顔も、百八十近い長身も、服の上からでもわかる体格の良さも全て潰す、陰鬱な雰囲気。
 彼は全身が倦怠感に覆われ、目覚めたばかりの朦朧とした意識で、目的地まで歩いていく。
 追内が向かった先には、枯れ草と野草に埋もれる切り株があった。その切り株の根元は煤けていて、燃えた跡が残っている。
 追内は切り株を一瞥すると、外套のポケットから結婚式の招待状を取り出した。
 その留め具にあったのは、色褪せたリボン。元はもう少し濃い紫色だったが、時間経過とともに色が落ち始めて、随分と淡い色になっていた。
 リボンを取り、中を見ればとっくに過ぎ去った日付と、綾文れいと金剛司紀の名前が記されていた。
 追内は指先が出た手袋を取らず、招待状の名前の部分をなぞる。何度も、何度もなぞる。
 なぞっていた指先にピリリとした痛みが走った。手入れもされていない彼の指は荒れに荒れており、血が滲んでいる。
 だが、追内は痛みを無視してなぞり続ける。
 側から見れば不審な動きしかしていない彼は、しかし脳裏で大切な幼馴染たちの三年前の葬儀を思い出していた。
 葬儀場で啜り泣きながら、金剛と綾文の両親たちが互いを慰め合っていた。
『息子だけでなく、義娘になったばかりのれいちゃんまで』
『あの子、司紀くんとせっかく一緒になれたのに、こんなことに』
 突然の訃報に誰もが呆然とした表情で、二つの遺影を眺めている。追内もまた力抜けたまま、椅子に座って写真を眺めていた。
『例の爆発事件で、遺体の損壊が激しすぎたらしいわ』
『それで火葬された状態で返されたの?』
『最後に顔を見ることさえできないなんて』
『警察はなんて?』
『犯行グループを全力突き止めるってテレビでは盛んに報道しているけど』
『もう見るのも辛いわ。何度も何度も、あの現場が流れてくるの。他にも亡くなった人がいるのでしょう』
『地下鉄なんて、あんな人が多い場所で……逃げられなかった人はさぞや辛かったでだろうに』
 弔問客の囁き声が、この場に二つの棺がない理由として広がっていく。
 どうして、なぜ、二人がこんなことにと続く言葉に、一番同意したいのは追内だ。
 楽しみにしていた幼馴染たちの結婚式、それまでとっておけと言われた涙。その幸せな未来は、二人の葬儀と別れの涙で塗り替えられた。
 包帯が巻かれた手を顔にあてて、追内は嗚咽を漏らす。嗚咽ではなく、むしろ叫びたいほどだったが、未だ彼の喉は回復していない。
『追内』
 学生時代の先輩であり、友人でもあった稲里豊が、追内の肩を慰めるように叩く。
『……悲しいな』
 絞り出した稲里の言葉は短く、そこに大きな悲哀だけが込められていた。彼は追内の手を外し、包帯の上からさする。
 稲里の横には、能面のように感情を削ぎ落とした後輩の迂音一が立っていた。
『……先輩、僕も悲しいです。先輩よりも付き合いの短かった僕ですら、こんなに悲しいんです。きっと先輩は、もっと悲しいんですよね』
 でも、と迂音は追内に告げる。
『だからといって、先輩が自責の念で傷ついていい訳じゃないですよ』
 迂音が顔を追内に近づける。能面のようだと表現した彼の目尻は、泣き腫らした痕がくっきりと残っていた。
『先輩、追内先輩……お願いですから、あの二人の後を追わないでください。これ以上、僕たちを悲しませないでください』
 懇願する後輩の視線から逃れるように、追内は稲里を見る。だが、稲里もまた追内の治らない手のひらを見���めていた。
『……だって、俺のせいなんだ。俺が前を走っていたから、二人は後にいた。俺が後にいれば、あの二人は助かったんだ』
『追内!』
 稲里が声を初めて荒げた。周囲が何事かと追内たちを見る。
『俺だけが助かった! 俺だけが……俺だけ』
 堰を切ったように追内は心情を吐露する。鬱屈した思いがぶちまけられる。
『なんでだよ、どうしてだよ、なんであの日だったんだ、どうして俺だけが生き延びて、あの二人が死ぬんだよ。だって、あの日に結婚式の招待状をもらったんだ。俺泣いて喜んで、楽しみにしてた。なのに、どうして? なぁ、どうしてなんだよ! 俺、あの二人を助けようとしたんだ。必死に、何を犠牲にしてもよかった、なのに、なのにッ』
 支離滅裂な、起承転結すらもない、追内の掠れた声による叫び。
 稲里は何度も『わかる、ああ、お前の気持ちは痛いほど分かる』と返す。迂音は『先輩。追内先輩、落ち着いて。先輩の傷、まだ治ってないんです』と宥める。
 痛ましいものを見るように弔問客の視線が三人に向けられていた。
 綾文と金剛の両親たちもまた少し近づく仕草をしたが、却って追内の混乱が悪化した過去を思い出し、留まる。
 なんで、どうしてと嘆く追内の声は徐々に小さくなっていったが、終ぞ言葉がなくなることはなかった。
 葬儀が終わるまでずっと、追内は自分を責め続けていた。
 以来、追内は漫然とした人生を送っている。
 脳内の時間旅行から帰ってきた追内は、招待状から目を離し。今度は切り株に注目する。
 未だ彼から自責の念は消えず、思い出すだけで息切れをする始末。死ぬことは許さないの身内たちの言葉から、自らを傷つけることだけはやめられた。ただ何もかもから逃げたくて、三年ほど誰とも繋がらず、音信不通状態で過ごしている。
「……三年てあっという間だよなぁ。全然、忘れられねえよ」
 ぽつりと零した独り言が、追内の意識を縛る。忘れられないと呟く度に、何度も何度も彼の脳内に反芻される悲劇が劣化することはない。
 いつの間にか風が強くなっていた。
 霧が風で動いていく。湖の表面が波立つ。周囲が見えなくなっていく。
 それが爆発事件のあった日を思い起こした。
 爆発音が響き、逃げ惑う人々を飲み込むように、地下鉄の駅構内を煙が覆っていく光景を思い出す。
 追内は未だ思い出にできない過去に、背筋がそわりとしたのを感じ取った。
 吐き出す呼吸がか細くなっていく。
 しかし、自分の呼吸だけが聞こえるはずの場でシュー、シューと何かが漏れ出るような音が、近くでし始めた。
 ギギギと錆びた金属が擦れ合う音もする。
 悲劇に浸ったままのぼんやりとした意識で、追内は音のする方に振り向いた。
「……あ」
 思わず声が出る。
 そこにいたのは、追内よりも小柄な女性だった。
 真っ赤なドレスで人形のように着飾られた金髪の女性が、背後におぞましい異形を従えて立っていた。
 追内は一歩、後ずさる。
 濃霧で細部は見えないが、異形は人型のようだった。女性と似たような構造の衣服を身に纏っていたようだが、それでも手足は長く、アンバランスで、顔がベールで隠されているとはいえ目があると思われる場所が煌々と光っている。
 ヒュー、ヒューと霧を吐き出しながら、ギギギと腕や足を覆う錆びた金属を引っ掻きながら、異形は女性の背後にいた。
 だが、女性は追内を見つめ、続けてその背後にあった切り株を見つめる。異形には一切の関心を払っていない。
 そして唐突に喋り出した。
「器が燃えたにも関わらず、力はその織紐に移っていたのですね」
 通りでここへ来られたわけです、と続く言葉とともに、彼女の指が追内が持っていた招待状のリボンを差す。
 追内は「何が」と尋ねるが、それへの答えは返されない。
 逆に女性は、さらに意味のわからないお願い事を口にした。
「一つ、あなたに頼みたいのです。彼に魔霧の件はしかたがなかったと伝えてください」
「なに、え? まぎり?」
「魔霧です」
 そこで女性は初めて微笑んだ。それは慈愛にも満ちたものでありながらも、諦観の色が色濃く乗っている。
「どれだけ人々が魔霧を崇めたとしても、あれはただの現象にすぎない。彼がどれほど後悔しても、力があろうが、努力を積み重ねようが、結末は変えられなかったのです。だから、しかたなかったとお伝えください」
 努力を積み重ねようが結末は変えられなかったの言葉に、追内の脳内に幼馴染を助けようと瓦礫をどけようとした光景が蘇り、怒りを抱く。
 あれを無意味だと他人に言われたくはなかった。
「ふざけるな! どうして、どうしてそんな言葉を俺が」
「あなただからこそ、彼に共感できるからです」
 互いの背景など欠片も知らないと言うのに、追内は自分勝手な苛立ちを女性にぶつけようとする。だが、女性は追内を遮り、まるで彼の立場をよく知っているかのように語りかけた。
「あの魔霧立ち込める場で、あなただけが彼を理解できたのだから」
 再度、彼女は「あなただけ」と強調する。
 一歩、追内が問い詰めようと足を前に出した時、霧が動き始める。たった一メートル先さえも分からないほどの濃霧。女性の姿が霧に埋もれ始める。
「どうか、どうか魔霧の城の終焉を責めないで」
 追内は何歩か前に出る。だが、先ほどまでいたはずの女性の姿はどこにもなかった。そして、あの奇妙な異形の姿もなく、再度静寂が戻る。
「なんだったんだ」
 呆然とした追内は、視界が開けると同時に、思考もまた澄んだような気がした。
(二)
 初夏特有の燦々と降り注ぐ太陽光と、未だ湿り気を含んではいない風が、追内の頭を撫でていた。
 東京、新宿の東口の広場。人々が集まるこの場所は、昼休憩の時間帯のため弁当を持つ人が多かった。もしくは、これから食事に向かおうとする人々か。
 その中でボストンバッグ一つを足元に置いて、彼は電話を掛けている。
「と、いうわけでえ、火事で家が無くなった俺に愛の手を」
 電話口の相手、追内の先輩で友人でもある稲里豊は深々とため息を吐く。
『追内……お前、お祓い行った方がいいんじゃないか』
「正直、行きたい。行きたいけど、まずは寝床が欲しいです」
 切実なんですよ、と続く追内の心情に、稲里もそれはそうだなと納得する。
『一時避難で俺の家に転がり込むのは、まぁ問題ないが』
 そこまで答えて、稲里は歯切れ悪く確認する。
『不仲の元凶である俺が言うのもどうかと思うが……その、ご実家の方は頼らないのか?』
「……それは」
 両親、特に父親とは長年連絡を取り合っていない追内にとって、その選択肢はないに等しい。だが、続く稲里の言葉は意外なものであった。
『お前と親父さんの件は知っているが、それでもお袋さんはお前の味方だろ? ご両親とも、あの二人の三回忌のときに心配されてたぞ』
 彼が告げるあの二人と言えば、五年前に亡くなった共通の友人である金剛司紀と綾文れいのことだった。
 稲里が二人の三回忌に参加するの自体は意外でも何でもなかったのだが、追内の両親と話していたのは驚きである。
「え、豊さん参加してたの? うちの親も? え、何それ知らない、いつの話?」
 混乱のあまり、最後には訳のわからない問いかけをしたが、稲里は『あのな』と呆れ混じりで説明する。
『音信不通で連絡先すら知らせないでどこかに行ってたお前に、どうやって知らせろと』
「えーと、豊さん経由とか」
『俺にすら二年前まで、まともに連絡入れずにいたくせに?』
「うっ」
 二年前に突然戻った追内。
 そんな彼を稲里は、音信不通時代に何をしていたのか問い詰めることはせず、粛々と受け入れた。しかし時間経過と共に、徐々に踏み込んだ話題を出すようになってきている。
『……なあ、追内。お前さ、いい加減に墓参りくらい行けよ』
 それは表面上は元に戻りつつある追内が、未だ金剛と綾文の二人に関係する���の全て――墓参りも法事も思い出の場所への話題すらも――から背を向けているのを知っているからだった。
『五年前の爆発事件で、あの二人を目の前で亡くしたお前の悲しみは、理解できる』
 でもな、と稲里は慰めの言葉を紡ぐ。
『お前はあの二人の代わりに一人の子供を救ったんだ。お前と金剛と綾文の三人がいたからこそ、子供は救われた』
 記憶の中で追内は、自分が二人の前を走っていたからだと責めている。
 だがあの日、追内は傷ついた子供を背負い先行し、金剛と綾文の二人はその子を守るために後ろを走ったのだった。
 結果、先行していた追内とその背にいた子供だけは、地下鉄通路の崩落に巻き込まれず、無事であった。
『お前はあの二人のご両親に顔向けできないと嘆くが、子供の命を救ったお前が責められる謂われはないんだ。お前のご両親も、まだ自分を許せてないのかと心配されてたんだぞ』
 三人で一つの命を救おうとし、結果二人が犠牲となった。これは、単純な足し算でも引き算でもない話である。
「でも……でもさ、子供を助けるだけなら俺じゃなくても」
『追内!』
 稲里からの強い呼びかけで、それ以上何かを言おうとした追内は黙った。
 それでも追内翔は幼馴染たちの死を受け入れきれない。あの日、爆発事件が起きた後の、もしもの行動を夢想してしまうのだ。
 その夢物語に囚われて三年間もの間自責の念に苛まれていたと思われる追内に気づいているからこそ、稲里は彼の言葉を否定する。
『とりあえず、今は俺の家に避難でも構わない。でも、いつかは問題と向き合え、逃げるな』
 いいな、と念押しされた追内は、嫌々ながらも了承する。
 そのまま電話が切られようとしたが、本題を思い出した稲里によって待ち合わせ時刻と場所が確認された。
「……豊さん、昔よりお節介になってるなぁ」
 つい独り言が零れた。
 スマホをしまい、五月晴れの空を見つめる。日差しが強く、手で影を作った。
 次に追内はジャケットの内ポケットにいれたままの結婚式の招待状に、布の上から触れる。もはや持ち続けることが癖になったそれは、変わりなくあった。
「俺なんかに世話焼いてると、婚期逃しそうなのに」
 追内も稲里も互いにいい歳であるから、その辺りの話題くらいは出てきておかしくない。だがお付き合いについて、あるいは結婚の話題の一つも稲里からは出てこない。
 再会してから女性の影も見えないので、本当にいないのだろう。しかし、結婚式直前の幼馴染たちを亡くして傷心している追内のことを慮って、わざと教えていない可能性もあった。
「豊さんのパートナーか……ちょっと審査はさせてもらうかもしれないけど、基本俺は祝うからね、うん」
 金剛と綾文が結ばれた際は無条件で祝福した追内だが、基本身内贔屓だ。なんだかんだで懐いている先輩の稲里の結婚相手には、少し辛口意見を言ってしまうかもしれない。でも、幸せになってくれるなら嬉しいのも事実だった。
 その時、メッセージの着信を知らせるメロディがスマホから流れる。
 なんだろうと彼が確認すれば、もう一人いる長い付き合いの後輩である、迂音一からだった。
「豊さん、はじめちゃんまで巻��込まないでよ」
 メッセージに記されたのは、稲里の仕事終わりまで迂音の持つ店で時間潰しをしたらどうか、という誘い。
 昼休憩真っ最中、しかもこの後は夕方の開店までの仕込みの時間だと思われるが、後々のことを考えると追内にはありがたい提案だ。
 肯定と感謝のメッセージを送り、駅へと向かう。
 燦々と降り注ぐ太陽光から逃れるように、追内は地下へと潜っていた。
 目的のホームへ向かう道中、追内がそのポスターを見つけたのは偶然だった。
 何かのキャンペーン中なのか、連続したスマホゲームのポスターが並んでいる。
 主要キャラクターたちと思われる絵と、その背後にキャラたちを襲おうとするモンスターたち。キャラの服装や背景からすると、スチームパンクもののようだ。だが、歯車や金メッキ、ドレスや古臭いスーツを彩るアイテムの中に、魔法らしきものが見え隠れしている。
 どう言う世界観なのだろう、と人の流れから離れてまじまじとポスターを眺める追内。とりあえずゲームタイトルを確認しよと視線をズラしたところで、気づいた。
「……魔霧の城」
 ゲームのタイトルを追内は口にする。
 二年前に出会った謎の女性。
 その女性が最後に告げたのは「魔霧の城の終焉を責めないで」だった。
 追内の中で、彼女の告げた「まぎり」が「魔霧」へと変換される。
 鮮明に覚えている、あの不可思議な一時。二年も前の出来事だというのに、未だ色褪せない記憶。
 なぜなら女性が告げた「あなただけが共感できる」の言葉に、ほんの少しだけ彼が救われたからだった。
 稲里も迂音も、追内の悲しみを理解できると慰めた。確かにそうだろう。彼らもまた、大切な友人を同時に失ったのだから。
 だが、追内の仄暗い心の中で、否定が先走る。
 あの日、目の前で通路が崩れ、分断され、無情にも二人が目の前でいなくなった恐怖を、虚無を、焦りを早々に理解できるのかと疑念が浮かぶ。
 共感など誰もできないだろう。
 理解などできないに違いない。
 けれど、追内のその孤独を理解できる人間がどこかにいるのだと、彼女の言葉で慰められた。だからこそ追内は、友人たちの前に戻れたのだった。
「なんで、そんな馬鹿な」
 その追内の思い出の中にしかないはずの、魔霧というキーワードが目の前にある。
 口をぽかんと開けた彼は、目だけで周囲を観察した。
 追内以外の通行人はポスターには目もくれずに通り過ぎていく。時折、プレイヤーと思われる人が写真を撮るために足を止めてもいた。が、それも人の多いここでは少数だった。
 日常にしか見えない光景。
 だが、何かがおかしいと焦燥感を募らせる。
 そして、さらに彼を混乱に陥れるポスターを見つけた。
「あの時の……異形」
 謎の女性の背後にいた、奇妙な形をした何か。
 主人公と思われる少年が振り上げた剣の先に佇むそれは、巨大で、アンバランスな体型の人らしき何かだった。
 赤黒いドレスを纏い、煌々と光る目をベールで隠し、金属で覆われた両手は優雅にスカートの裾をつまみ上げている。赤い薔薇を足元に這わせ、同じくアンバランスな騎士を従えた何か。
 そのポスターに書かれた煽り文句は他のものに比べてシンプルだった。
――魔霧の女王、魔霧に呑まれた旧都の支配者
 早鐘のように追内の心臓が鼓動を細かく刻む。
 ポスターに掲示された検索ワードですぐさまアプリをダウンロードし始めた。
 屋外であるために遅々としたペースでしか進まないダウンロードバー。
 確か迂音の店には無料WiーFiがあったはずだと思い出した追内は、足早にホームへと駆けた。
 時刻は午後二時手前。追内は、到着のアナウンスと目的地の案内を確認した。次に来るのが、思ったよりも早い。
 一旦アプリのダウンロードを止めて、落ち着くために音楽でも聴こうとワイヤレスイヤホンを耳に着けて、再生ボタンを押した。
 徐々に緊張が溶け、心音がゆっくりになっていく。
 直後やってきた電車の通過音がホームに響く。
 風が轟音となって耳に流れる音楽を打ち消す。
 アナウンスが、がちゃがちゃと何かを伝えようとしている。
 電車の扉が開いて、追内は人の流れに乗って足を踏み出した……つもりだった。
「は?」
 電車内に足を踏み入れたところで違和感に気付く。
 誰一人乗っていない車両、ホームにいる誰一人その顔を向けない電車、電気一つ点かない薄暗い車内。
 ただ、それ以外は普通の電車だった。釣り広告に違和感はなく、座席は誰もいないだけで古びている。ゆらゆらと揺れるつり革は、先程まで誰かが握っていたように、いくつかが大きく揺れている。
「やばっ」
 追内が間違えたかと思って慌てて降りようとしたとき、無情にも電車の扉が閉まる。
 一人閉じ込められた彼は、誰も視線が合わない外へと顔を向けた。
――ザザッ
 イヤホンからノイズが聞こえ始めた。
「待って、待ってくれよ。おい、何が……なんで」
 焦る追内は大きな独り言を口にし、扉を何度も叩くが開くことはない。しかも通り過ぎるホームにいる人々の誰一人として、彼を――否、電車を認識できないでいるようだった。
――ザザッ
――ザッ
――ザザザッ
 不規則で、神経を逆撫でするようなノイズが続く。
 それが余計に追内の不安を加速させた。
「おい、なんだよ。何が起きてんだよ」
 電車は進む、進む、進み続ける。
 揺れる、傾く、車輪の音が響く。
 そのまま地上を走るのかと思われた電車は、なぜか地下へと入っていった。もちろん、追内が乗ったのは地下鉄ではない。ありえない場所から、ゆっくりと地面に沈んだのだった。だが妙な揺れも、異音もなく、地下特有の騒音が車内に轟く。
 乗った時に薄暗かった車内は、暗闇に支配された。
 窓の外は何も見えない。ただ、次の行き先を告げる車内の画面だけが煌々と光る。
 記された文字は、裏東京の三文字。前後にある駅名は文字化けしている。
 そこで、ようやく追内はスマホの存在を思い出した。どこに、何を、どう伝えればいいのかわからない。だが、とにかく助けを呼ぼうとホーム画面を開いた。しかし、無情にも圏外の表記が目に入る。
 ネットでお馴染みの怪異かよ、と舌打ちをした彼は、しかし奇妙なことに気づいた。
 先程ダウンロードしを中断したはずのアプリ「魔霧の城」が、更新し始めているのだ。確かに圏外であるはずなのに、進むはずのない更新バーとその下の数値が確かに動いている。
 再び、追内の胸が痛み出した気がした。
『……そ…………では……織……』
 直後、追内のイヤホンから低い、掠れた男の声が聞こえた。
 音楽ではない。誰かが電話のように喋っているのだ。ぼそぼそと、受話器の向こうで喋っている。
 先程までのイヤホンから聴こえる断続的なノイズが少なくなり、声が明瞭になっていく。
『共鳴、共感、なるほど転移先は呼ばれた結果か』
 その声の主は、大変歳をとった男であると分かった。感情の昂りを感じるものの掠れがひどく、荒い息遣いと、今にも咳き込みそうな声の出し方。
『では、私は扉の向こうへ渡った全てを集めよう』
 聞き取れたのは強い決意だった。今にも笑いだしそうなほどの、激しい喜びがありありとわかるだけの、高らかな宣言だ。
 追内は恐怖のあまり、ワイヤレスイヤホンを外した。その直後、彼は微かな息遣いにようやく気づく。
 ぎこちなく、ゆっくりと、本当は何も見たくないと言わんばかりに嫌々と追内は首を回す。
 真っ暗な車内。
 次の停車駅を知らせる車内テレビだけが光源の車両の陰影は僅かだ。
 だが、電車はどこかの駅を通り過ぎる。
 結果、煌々とホームを照らす照明の光が車内に差し込まれたので、追内はそれの姿をはっきりと見ることになった。
「……あ」
 悲鳴とは違う、何の意味もない音が追内の口から出た。
 それはおそらく人だ。
 金色の糸で複雑な紋様が刺繍された紺色のローブに包まれた誰かが、隣の車両との接続部近くに立っている。
 フードを深く被っていることで顔は見えないが、追内よりも少し低い身長と、袖から見える皺だらけの手。
 周囲に靄が立ち込める。密室のはずの車内で、謎の人物と追内の足元が靄に沈んでいく。
「そうして魔霧の終わり、つまり魔霧の城に終焉を与えよう」
 先程までイヤホンから聞こえてきていた掠れた男の声が、目の前の人物から発せられた。
 その瞬間、再び車内は暗闇に包まれる。
 駅を通過し切ったらしい。
 追内の眼球は暗反応に追いつかず、けれど構うものかと彼は謎の人物がいるのとは真逆の方向へと走り出した。
 走る、ぶつかる、扉を開けて、再び走り出す。
 誰もいない、荒い呼吸音は一つのみ。
 電車が揺れて、体勢が崩れる、咄嗟にどこかに掴もうとして掴み損ね、転ぶ。肩を思い切り打ちつけて、冷たい床の感触が頬に伝わった。
「――ッ」
 それでも追内は諦めずに立ち上がり、車内を走ろうとする。
 一瞬だけ背後を気にして、けれど何も見つけられずに前を向き直す。
 一両、二両、三両と通り抜けたとき、急激に電車のスピードが落ちたことに気づいた。
 そして再び、横から煌々とした光が叩き込まれる。
――ここは裏東京、裏東京。魔霧が満ちています、お気をつけて。
 流暢なアナウンスが流れ、電車は止まり、扉が開かれる。そしコンサートなどで使われるスモークのような、重い霧が車内に流れ込んできた。
 冷気が足元を撫でる。甘い匂いが充満する。
 むせかえるほどの匂いと湿気、そして喉を刺激する冷気に、追内は数秒だけ躊躇うも、その足をホームへと向けた。
――ご利用ありがとうございました。またのご利用ができますことをお祈りいたします。
 彼が降りたと同時に電車の扉が閉められる。
 そして不吉なアナウンスとともに、電車は去っていった。
 追内は周囲を見回す。
 等間隔で並ぶ柱、遠くに見える階段。
 誰もいないが、たびたび追内も訪れた東京駅の地下ホームによく似ている。似ているが違う。その決定的な違いは霧と奇妙な蔦だ。
 ホーム全体の床を覆い、膝下まで立ち込める霧。それらに隠れていたが柱や看板に何らかの蔦が絡み、毒々しい紫の葉が生い茂り、禍々しいほどの赤色の花が咲いていた。
「……なんなんだよ、これ。夢にしちゃ」
 リアルすぎる、と呟こうとした彼に「逃げて!」と女性の鋭い声が届く。
 直後、彼は誰かに抱えられて宙を舞った。
(三)
 追内の眼下に見えるのは、蔦が絡まる駅の備品たちと霧に覆われた駅のホーム。
 彼の腰を強く抱え込み、高く飛び上がった人物の顔は残念ながら見えない。
 霧が追内の視界の中心でうねり、その中から歪んだ剣先が追内に向かって競り上がった。
 ゆっくりと動いているように錯覚するが、それは彼が現状を理解できないからだ。
 剣先から、剣の刀身、そして柄と姿を表しなが��も、その剣を持つ人物が現れてくる。
 それは全身を鎧に覆われた騎士だった。ぼろぼろになった臙脂色のマントを翻した騎士。胸元を真紅の薔薇に寄生された、鈍色に光を反射させる鎧を纏った騎士。
 その姿は、あの魔霧の女王が率いていた騎士とよく似ていた。まるで絵から出てきたように、そっくりであった。
「……ッ」
 声が出る暇などなかった。
 剣を向けた騎士は、追内を追いかけて跳躍する。瞬きをする暇もなく、騎士が追内の目の前にくる。霧を蹴散らし、空気を切り裂き、重厚な鎧が一瞬で彼の前に踊り出た。
 だが、光の線が追内と騎士の間を通り抜ける。
 光の線は紐のように曲がり、剣に巻きついた。その直後、騎士はより上昇し、追内たちは降下していったのだが、離れてようやく何が起きたのか分かる。あの光の紐を巻きつけた剣を起点にして、追内を抱えた誰かが騎士を投げ離したのだ。
 騎士は勢いよく天井へとぶつかり、結果衝撃で空間全体が揺れた。
 勢いよく地面へと着陸した誰か。そのまま支えられていた腰を手放された追内は、べちゃりと床に落ちる。
 無様にも口の中に土煙が入ってしまった追内は、げほげほと吐き出しながら、彼を助けてくれた人物をようやく見た。
 そこに立っていたのは、美しく凛々しい異国の女性だった。
 真っ白な髪と真っ白な肌。細められた目は天井へと向けられており、口元は革製のマスクで覆われている。
 あの騎士ほどではないが胸部や腕、脛には金属製の防具で覆われていた。
 そして特徴的であったのは、手に持つ奇妙な模様の装飾がされた棒。片方からは例の光の紐が出ており、もう片方からは周囲の霧を吸い込む穴がある。パッと見る限りは鞭を彷彿とさせた。
「……えっと?」
 呆然としたまま、追内は異国の女性を見つめる。だが、女性は追内ではなく、ひたすらに天井を、あの騎士がいるはずの場所を険しい表情で睨みつけていた。
「大丈夫?」
 異国の女性ではない、少し甲高い少女の声が追内に掛けられる。
 いつの間にか彼の背後に、少女が立っていた。
 少女は追内に手を差し出す。疑いもなく彼は少女の手を取った。
 追内の身長からするとだいぶ下に見える、染めていないこげ茶の髪と、同じ色合いの目の彼女の顔つきは幼い。彼には少女が高校生くらいに見えた。
 その少女は、追内の目を真っ直ぐに見つめて、とんでもないことを喋り始める。
「あなたがヴァポレから派遣された応援ね。あたしは福来鈴花。あの子は、あたしの召喚キャラのフー」
「は?」
「手短に説明するわ。先日のレイド戦で打ち破った星見の賢者の空間で、女王たちの居場所に繋がる手がかりがないか調査してたの。だけど、なぜか女王の薔薇騎士がやってきて……知っての通り、あいつは魔霧の女王の最高戦力よ。今は撤退の隙を作って欲しいの」
 つらつらと告げられた内容は、追内には意味がわからない。
「星見の……賢者? 魔霧の女王て、あのポスターにあった」
 かろうじて知っている単語を口にすれば、少女――福来は怪訝な表情を浮かべた。
「何当たり前のこと言ってるのよ。時間がないわ。あなたの召喚戦士を早く出してちょうだい」
 さらに意味のわからない単語が出てくる。
「何のことだよ、つーか、魔霧の城のゲーム世界が……本当にあるのか?」
 追内の言動にようやく、福来は異常だと気づいたようだった。
 血の気が引いたように、少女の顔色が悪くなる。そのまま一、二歩後ずさった。
 福来の視線が追内から逸らされ、左右へと忙しなく動く。
「待って、どうやってあなたここに来たの? ここはヴァポレの通行証がないと入れない筈なのに」
 震える指先で掴んだ少女の手にあったのは、手のひらサイズのガラス玉に霧がこめられたものである。
 もちろん、追内に見覚えのあるものではなかった。
「し、知らない」
 慌てて追内は首を横に振る。そのまま、言葉がつっかえながらも、今に至る説明をした。
「普通に電車に乗ったら、えっと訳のわからないやつしか乗ってなくて、そいつから逃げるために降りたら、ここだったんだ」
 しどろもどろの、整合性もない説明だった。が、福来は一部が気になったようだった。
「訳のわからないやつ?」
「年寄りだった。それで」
 説明の途中でぱらりと、上から土塊が落ちてきた。
 はっとした福来が、フーと呼んだ異国の女性に顔を向ける。その直後、あの騎士が三人の上から勢いよく落ちてきた。
 今度は追内も自力で避けた。つもりだったが、少女と彼の頭上には光の紐で編み込まれたネットが貼られ、騎士の攻撃が阻められている。
「マスター! ご無事ですか」
 異国の女性――フーはぎりぎりと手に持つ棒を構え、騎士を睨みつけながらも福来の無事を確認する。
「大丈夫! あとごめん、この人ヴァポレの応援じゃなかったわ」
「では敵ですか?」
 女性の問いかけに、福来は一瞬追内を見て、再度フーへ向け直す。
「たぶん違う。巻き込まれただけの一般人よ」
 キリッとした眼差しで言い返す少女に、何か言いたいことがあるような顔をフーはした。が、目の前にいる敵のせいで余裕がないのだろう。
 ぶちぶちぶちと騎士によって光のネットが切られていく。
「マスター! ご指示を」
 フーの呼びかけに福来がスマホを構える。
 少女がスマホ画面の何かを押したところ、フーの周囲の霧が蠢き出した。
 霧は女性の周囲を取り囲み、狼の形の装甲となった。
 より巨大になったフーの鞭が唸る。先程までとは比べ物にならない威力と速さで、騎士の胴体を叩きつけた。
 次いでフーはその場から飛び出し、騎士へと追撃を放とうとする。だが、見切ったと言わんばかりに、騎士もまた素早く回避した。
 第二撃、第三撃は掠るばかりで、最初の攻撃ほどはダメージが与えられていないようだ。
「スキルを使ったけど、やっぱり決め手にはならない。薔薇騎士相手じゃ、フーの攻撃力だと僅かなダメージしか入らない」
 福来のスマホ画面に表示されていたのは、フーのステータスと、敵対する騎士の推測ステータス。
 彼女には相当な焦りがあるのだろう。冷や汗が流れ、顔色が悪い。
 ブツブツと独り言をこぼし、必死になって考えているのが見てとれた。
「このままじゃ、らちがあかない」
 そして福来は覚悟を決めたように、大声を出した。
「一か八かだけど、通行証を割るわ!」
 その宣言の意味は、追内には分からない。だが、フーには通じたようだった。
「しかし、それではマスターの御身が!」
 騎士を相手にするには、明らかな隙であった。それだけ動揺したのか、フーは騎士が繰り出す剣を避け損ね、脇腹にあった装甲を破壊される。
「ぎりぎりで耐えられるかもしれないでしょ。魔霧への耐性はある方よ。異形化しないかもしれない」
 もう隙を作るにはこれしかないの、と悲壮感まで背負った少女の様子に、追内はようやく口を挟んだ。
「異形化って、もしかして、あんな風になっちまうってことか?」
 追内が指さした先にいたのは薔薇騎士。明らかに胸元が薔薇に寄生された異形だった。
「なるかもしれないし、ならないかもしれない。賭けよ」
「待ってくれ、何か。何か他に手はないのか?」
 追内の中で五年前の出来事がフラッシュバックする。
 あれとは状況が違うが、目の前で人が死ぬかもしれないこの状態が、すでに彼は恐怖でしかなかった。
 追内の過去など知らない福来は、簡単に言い返す。
「あなたが助かるなら、それもいいわ。あなたも、ここに来られるからには召喚の資質があるのだろうけど、今戦力を持ってるのはあたしだけなの」
 だから、と続く少女の言葉を追内は無理矢理遮った。
「素質があるなら、俺がキャラクターを召喚する。ちょっと時間がかかるかもしれないけど」
「でも、この場を変えられるキャラが出るとは限らないでしょ」
 微かな希望を打ち砕くような福来の指摘に、追内はグッと息を詰まらせる。だが、戦闘の合間を縫ってフーが彼を後押しした。
「ですが、一度はやってみる価値があります。僅かとは言え、可能性を試してみるべきです」
「……わかった」
 渋々と頷いた福来に、追内はパッと笑みを浮かべる。そして彼はスマホを取りだした。
「じゃあ、召喚方法教えてくれない?」
 追内の質問に、福来は呆れた表情を浮かべるも親切に説明する。
「ゲームを起動して、オープニングが終われば最初の召喚画面よ。どうせ、あなたもここに来られたなら自動で召喚できるわ」
 追内のスマホにはいつの間にダウンロードとアップデートが完了したのかわからないゲーム「魔霧の城」のアイコンが鎮座している。
 タップし、ゲームを起動した。
 スマホの画面に文字が浮かび上がる。
 そしてマイクが起動したのが分かった。
 恐る恐る追内は画面に記された文章を読み上げる。
「集え魔霧に屠られし英雄 集え魔霧を憎みし英雄
 理不尽に対抗せよ 女王に叛逆せよ 英雄のなり損ないたち」
 その言葉に応じて、ゆっくりと霧が渦巻き、扉の形となっていく。
 扉の出現に騎士は動きを止め、剣を構えより警戒を顕にした。あまりにも隙がなさすぎて、フーもまた動きを止めざるを得ない。
 徐々に扉は実物となり、やがてゆっくりと開いていく。
 扉の向こうに誰かが立っていたが、その奥行きは全く分からない。
 暗闇だけが広がる場所で、誰かが一歩その足を動かした。
 カツンと床が鳴る。
 誰かがその音を聞いた直後に、リズミカルに、楽しそうに駆け出す。
 そして足音とは違う、何かを床に叩くような音も同時にした。
「その名を告げよ」
 最後の一文を読み上げた追内は、扉から現れた男をまじまじと見た。
 そこに立っていたのは、追内よりも若かった。
 日に焼けていない真っ白な肌。薄い唇、整った顔立ち。黒髪は長く後ろに結いでいて、顔に納められた切れ目の紫色はキラキラと輝いている。
 複雑な細工がなされた杖と、一目で高級品だとわかる織物で作られた衣服。
 立ち振る舞いは、年齢にそぐわないほどに堂々としており、いつだったかプレイしたゲームでみたような、高慢な貴族に見えた。
 男は周囲と自分の体を眺め、その次に追内を認識する。
「なるほど、お前が私の主か。なんとも間抜けな顔だ」
 男は堂々と追内を貶す。
 あまりにも滑らかに侮辱されたために、一瞬追内は何を言われたのか分からなかった。
 言い返す間もなく、今度は福来と、フーを男は認識する。特にフーをまじまじと、不躾に見た後に、彼は鼻先で彼女を笑った。
「銀狼の一族か。その装備と見目、王都派遣されたツェツェリの血族だな」
「……なぜ我が血族の装備を知っている」
 人を見下す男の態度に不快感と不信感を隠さないフー。だが、その感情すらどうでもよさそうな雰囲気で、男は理由を述べた。
「北の辺境まで詳細な噂は届いていたさ。面倒かつ意味のない政争に巻き込まれたと思ったがね」
 その説明に、フーは目を見開く。
「北の辺境……その紫の目となると、まさか貴殿は⁉︎」
 男の正体に気づいたフーは、真実を受け入れきれなかったのか。自らを落ち着かせるように、喉元を摩った。
 そして、遂に薔薇騎士に気づいた男は、ニンマリと笑う。
 うずうずと身体を揺らし、浮き足立ったように一歩一歩と距離を詰めた。
「久しいな、薔薇騎士! ああ、本当に久しぶりだ。こんな、こんな地獄のような魔霧に満ちた場所で出会えるなど、神に感謝してやってもいい!」
 傲慢な口調で、興奮を隠さないほどに早口に告げる。
 だが、騎士は手に持つ剣を男へ向けた。
 それが気に入らなかったのか。男は先程までの笑みをすぐさま消し、今度は無表情で杖を床に何度も叩きつける。
「なぜ剣を私に向ける? ああ、私のことを覚えていないのか。そんな鳥頭に誰がした」
 スッと彼の紫の目が細められ、騎士の胸元に寄生している薔薇に向けられた。
「なるほど、理性をなくす狂火の文様か。なんとまぁ、無粋な魔術を受けているんだか……女王陛下の薔薇騎士が聞いて呆れる」
 これではただの犬ではないか、とうんざりとした口調で男は告げた。その瞬間、侮蔑を感じ取った騎士が攻撃を仕掛ける。
 パチンと男は指を鳴らした。
 その直後に彼の背後の霧から、いくつもの長銃が列を成して現れる。
「放て!」
 男の号令に合わせていくつもの銃弾の雨が降り注いだ。
 騎士の立っていた場所の床が細かく砕けていく。
 霧だけではない土煙が周囲を覆う。
 ばちばちばちと響く振動と衝撃に、フーだけではなく、離れた場所にいたはずの福来や追内ですら耳を塞いだ。
 前列が放ち終わり、一糸乱れぬ動きで、次の小銃から弾丸が放たれる。
 一度、二度、三度、四度……と繰り返すこと十回の破裂音が響いたところで、男は手を挙げた。
 土煙が晴れた後でも、騎士は立っていた。だが、胸元にあった赤薔薇の花弁は砕け散り、その胸部は露出している。
 そこには黒と赤の薔薇を模した紋様が記されていた。
「狂火の文様は、女王陛下に賜ったものか。くだらん執着を捨てればよかったものを」
 男の変わらない温度に、騎士は怒りを顕にする。
――AAAAAAAAAAAAAAA
 雄叫びとともに騎士が剣を構え、振るう。
 先程までフーが相手にしていた速さとは桁違いになっている。
 それを男は杖を一度ついて地面から鎖を生やし、呆気なく止めた。
「この駄犬め。かつての主に二度も剣を向けるとは、躾がなってないな」
 傲慢とも言えそうな言葉遣いではあったが、男は圧倒的な力を持ってしてこの場に立っていた。
 先程までの絶体絶命のピンチから大逆転していることに、福来は信じられないようなものを見ている。
 対し追内は、自身のスマホ画面に出ている召喚したキャラクターのステータス画面を凝視していた。そこに記されていたのは、補助系スキルの説明。つまり、これだけの攻撃力を持ちながらも、この男の本領発揮は全く別の部分なのだ。
 ごくりと追内は唾を飲み込む。
 震える指で、スマホ画面に映し出されるスキル使用のボタンをタップした。
 パキンと何かが割れた。
 いや、違う。追内の背後で、霧からさまざまな金属の板が生み出され、複雑に重なり合い、奇妙な形の鎧となっていったのだ。
「――ヒッ」
 追内の側にいた福来が怯えとともに後ずさる。フーが騎士から離れ、追内と少女の間に立った。
「おや、それを使うのか」
 騎士を固定したまま、男は追内を見つめる。男の表情に浮かぶ感情は喜色へと変化しており、再び機嫌が直ったようだった。
「なるほど、思っていた以上に魔霧への耐性が高いようだな。これは幸運だ、ありがたい」
 パチンと金属の留め具が嵌められた音がした。
 スマホを持ったまま、追内が自分の足元を見ると、金属の拘束具が足に取り付けられていた。
 それを認識したが故に「あ?」と間抜けな声が追内の口から出る。
「大丈夫だ、主。これは散々、目の前にいるあの薔薇騎士で試したものだから、改良はしっかりしているさ。さぁ次は腕、そして顔だ」
 続く台詞に、握られていたスマホを男に取られ、拘束具が足につけられる。
 続けて、口元にも何かが取り付けられた。
 ガチガチに拘束されて、身動きができないままに視線が上がる。
 奇妙な器具が取り付けられた追内の姿は、一見すると蜘蛛と蟷螂が足されたキメラのようなものだった。
 腰から下は八本の金属の足が取り付けられており、重心を取るためか本来の彼の足が固定されて腹の位置にある。
 上半身は前屈みになっており、両手は巨大な鎌が取り付けられていた。
 そして顔につけられたのはペストマスクのような何か。
 ガラスのレンズがきらりと光り、その奥で本来の黒からエメラルドグリーンに染まってしまった追内の目が、覗いている。
 蜘蛛のような足のうち一本が動いた。
 関節部から蒸気のように霧が溢れ出る。
 追内が呼吸をするたびに、ペストマスクの嘴のような場所から白い煙が上っていた。
「思うがままに暴れてみるんだ、主。何も考えず、屠ればいい。魔霧の意思のままに、聞こえるままに」
 男の行けという言葉に従うかのように――マスターであるはずの追内を下僕のように操り、鎖で固定されていた女王の薔薇騎士へとけし掛ける。
 その直後に騎士を拘束していた鎖は解かれ、薔薇騎士の抱いた剣が真横に振られた。
 鼓膜を切り裂くような、不快な金属音がギギギと響く。
 フーと福来は、耳を塞いだ。
 だが、男は不快な表情すら浮かべずに、二体の戦いを眺める。
 薔薇騎士の剣が、追内の鎌とぶつかりあった。
 だが二本足である薔薇騎士は、八本の金属の足を持つ追内に比べればそのバランスが崩れやすい。
 戦闘慣れしているからこそ、力比べには持ち込まなかった。
 騎士は早々にその態勢を整えるために後退する。
 それを許そうとはせずに、力一杯、追内はつけられた足で地面を踏みしめた。
 石畳が砕け、破片が周囲に飛び散る。
 その圧は風となって霧を動かした。が、それでも薔薇騎士のマントの一部が地面に縫い留められるだけに終わる。
 対し薔薇騎士はこれまでの力任せの動きではなく、明確に一対一の、暴れるだけの戦闘から流れるような美しい剣技へと動きを変える。
 結果、あっさりと騎士はマントを切り裂いて脱出した。
 まだ余力があるのかと、内心で追内は舌打ちをする。もちろんその動きに素人の彼が追いつけるわけもない。
 足と腕を使っての防御一辺倒へと追い込まれる。
 騎士の剣は奇妙な鎧を貫くことはできなかったが、それでも手足の痺れを追内にもたらした。
 踏み込まれ、鎧の隙間から胸を貫かれそうになる追内。
 その動きを待っていたかのように、地面から生えた鎖が両者を固定した。
 追内も薔薇騎士も、突然の出来事に驚きが隠せない。
 戦闘を眺めることしかできなかった福来とフーもまた、呆然としたまま棒立ちしている。
「ご苦労、主」
 その中で、パチパチパチとやる気のない、ゆっくりとした拍手をしながらも、男は追内と騎士の側にやってきた。
「この駄犬の攻守は優れてすぎていた。私でさえ、先程の拘束でも近づけば切られただろう」
 カツカツと靴底で鳴らし、両者の間に立つ男。言動からするとどうも、この状況を狙っていたらしい。
 離している間に彼の手に握る杖が光り輝く。
「さて、その狂火の文様を失えば、少しは話が分かる犬になるだろう。さっさと目を覚ませ、ニール・ホルスター」
 ガンッと力一杯、杖が女王の薔薇騎士――ニール・ホルスターと呼ばれた異形の胸元にぶつけられる。
 バチバチと男の持つ杖と、文様の間に火花が散った。
――AAAAAAAAAAAAAAA
 騎士が叫ぶ。だが男は手加減することなく、火花を散らし続ける。やがて鎧に描かれていた黒と赤の薔薇の紋様が消え去った。
――AAAAAあああああああああああぁぁ。
 徐々に悲鳴の声が化け物じみた、人間とは到底思えないものから、確かに人間の声帯から発せられたものに変化していく。
――ああああぁぁぁぁ……あいつら、あいつらは許さない、許せない。
 そして叫びはやがて言葉となり、意味を込められ、最終的に呪詛となる。
「許してやるものか、魔術師ども!」
 頭を振った騎士、その鎧の頭部が砕ける。
 そこから現れたのは淡い金髪をポニーテールにした、青白い肌の男だった。だが、その顔の至る所に薔薇の根が蔓延り、葉と蕾が這っている。
 死人のように白い肌とは対照的にエメラルドグリーンの目だけが、爛々と生気を主張していた。
「なぜだ、なぜ貴様が魔術師どもの味方をする!」
 騎士の理性がようやく男の存在を認識した。
 すぐ側ににいる追内へは目を向けず、彼らを拘束し続ける謎の男に向かって呪詛を吐く。
「女王陛下への忠義はどうした、魔霧の辺境伯!」
 ようやく男の正体が分かった。
 しかし魔霧の辺境伯と呼ばれた男は、ニンマリと笑いながら躊躇なくその手に収めた杖でニールの顔を殴る。
 あまりの勢いに、目の前で見ていた追内はビクリと震える。
「おやおや、久しぶりに会ったというのに随分な態度だ。偉くなったものだな、ニール」
 殴られて呆然とした騎士は、未だ現状が飲み込めていない。
 遠くにいる女性二人も同様だ。
 だが、近くで全てを見ていた追内だけは、形だけでも口元を歪めていた男の目が、少しも笑っていなかったことに気づいたのだった。
 なおも男――魔霧の辺境伯は、薔薇の騎士――ニールの顔を殴り続ける。
「女王陛下を守る近衛騎士ともあろう者が、異形化とは笑えない。お前を推薦した私の立場もない。実に愚かだ」
「わ、私は」
 殴られ続けながらも、うわ言のように何かを言おうとしたニール。だが、魔霧の辺境伯は聞こうとはしない。
「言い訳などいらない。そんなものは何の意味もない」
 さらに殴り続ける男に、追内は躊躇いながらも「お、おい」と声を掛ける。
「何かね……この駄犬への躾を止めるほどの価値がある内容か?」
「その辺で終われよ。そんなに殴ってたら、死んじまう」
「死ぬ? 構わんだろう。これは女王陛下を守れなかった愚か者だ」
 あっさりと言い放った内容に、追内は食ってかかる。
「あんた、人の命をなんだと思ってんだ!」
 未だニールと同じく鎖で押さえつけられたままだが、それでも追内は持てる力で動き出そうと試みた。
 ギリギリと拘束していた鎖が引っ張られ、歪み始める。
 その様子を見た魔霧の辺境伯は、やれやれと肩を竦め、ぱちんと指を鳴らした。途端に、追内が身につけていた奇妙な鎧が霧となって消える。ついでに彼を拘束していた鎖もまた消え失せた。
 おわっと叫びながら、再び床に倒れた追内の上に、男はスマホを投げつけた。
「勘違いするな、主。これはもう人ではない。異形になっても理性を保てたのは賞賛するが、それが仇となったのだろう。憐れんだ女王陛下は、苦しまないように���れに狂火の文様を授けた」
 慈悲を掛けるのなら殺すべきだったがな、と続く魔霧の辺境伯の言葉。彼の視線の先には、未だ呆然としていたニールがいる。
「じゃあ、なんで文様を消したんだ! 生かすつもりがないのなら、わざわざ消すことはなかったじゃないか」
 起き上がった追内の噛み付きに、男は目を少しだけ泳がした。
 しかしガチリと奥歯が鳴らされると、短くはっきりとした言い方で返す。
「自覚だ、罪の自覚」
 先程までのどこか飄々とした物言いではない。喜怒どころではない激情を内に秘めながらも、必死にそれを隠した声色。
「王都を守れなかった、女王陛下を守れなかった、馬鹿な男に罪を自覚させるためだ!」
 魔霧の辺境伯は、持っていた杖をさらに強く握り込んだ。そして高く腕を持ち上げる。
 未だ鎖で拘束されたままのニールは、ゆっくりと辺境伯へとその視線を向け直した。
 追内は再び男が手をあげようとしたのを止めようと動き出す。
 その直後、美しい歌唱が駅のホームに響いた。
 歌が聴こえた瞬間に、魔霧の辺境伯の動きが止まり、ニールの目に光が戻ったのを追内は見ていた。
「……へいか……陛下、女王陛下!」
 徐々に力強く言葉を発するニールは、力強く拘束している鎖を引きずり壊す。
 魔霧の辺境伯もまた、ニールの変化に気づいたのか。追内を連れ��福来たちの元に撤退する。
「な、なに? 何が起きているの?」
 混乱する福良に、フーが緊張した面持ちで告げた。
「これは魔霧の女王の歌でしょう。あの方が薔薇騎士を呼んでいるのです」
「ラスボス登場ってこと?」
「……登場だけで終わってくれれば良いのですが」
 ちらりとフーは魔霧の辺境伯に視線を向ける。
 男はその紫の目をニールに向けたままだ。過度な緊張もしていなければ、呼吸が荒くもなっていない。
 彼は先程まで見えた激情を綺麗に隠し、胡乱な雰囲気を纏ったまま、自らが生み出した鎖が薔薇騎士に粉々にされていくのを眺めていた。
「陛下、今戻ります。ああ、悲しまないでください。苦しまないでください。いつだって、あなたの騎士は側におります」
 うっとりとしたニールは、自由になった両手両足を広げる。青白い肌が少しだけ色づいたようにも見えた。
「あなたの敵を、あなたの憂いを、あなたの悲しみをきっと無くしてみせます。ですが、ああ、ですが、今だけはあれらを置いて、あなたの側に戻りましょう」
 自らを抱きしめる薔薇騎士の姿が変わっていく。
「――ッ」
「――ヒ」
 福来と、それまで黙っていた追内は、その変化に息を呑む。
 騎士ニールの足から、薔薇の蔦が絡まり蜘蛛の足のように生えた。
 それは先程まで追内は身につけた金属の足と似たような形だった。が、追内のが取り付けられたものだったの対し、騎士の足元から寄生した薔薇が生えてくる光景は、グロテスクとしか言いようがない。
 そのまま薔薇騎士は四人を振り返ることなく、跳躍する。
 まさに蜘蛛と同じ動きだった。軽やかに、けれど簡単に土へ足をめり込ませながら、天井や壁を伝いどこかへ消える。
 薔薇騎士の姿が消えると、歌唱が遠のいていく。
 細く、美しい旋律を奏でた女性の声も聴こえなくなった頃、ようやく福来は終わったのだと思えた。
「マスター!」
 安堵のあまり、足から力が抜けたのか。しゃがみこんだ福来に焦ったフーが、彼女を抱え込んだ。
「大丈夫か? どこか怪我したとかないか?」
 追内も心配して、彼女の体をざっとではあるが観察する。見ている限りでは、擦り傷はあっても大きな怪我はなさそうだった。
「……大丈夫。あと、ありがと」
「何が?」
「一発逆転のキャラ召喚。ファインプレーだったわ」
「……ああ」
 そのことか、と追内は内心で思った。彼自身は、偶然でしかなく大した活躍とは思っていなかったのだが、福来は違ったらしい。
「単体で薔薇騎士に対抗できるとか、壊れ性能すぎるわよ。しかも召喚主への強化もできるなんて……でも、これで薔薇騎士攻略が楽になるわ」
 やったわね、と笑いながら告げる福来。だが、彼女のキャラであるフーは浮かない顔をする。
「マスター、油断しないでください」
「フー」
「確かに彼の戦力は魅力的です。ですが、あの魔霧の辺境伯という人物は魔霧研究の第一人者。翡翠の魔術師と並ぶ、いえ、あの魔術師よりも遥かに危険な研究者です」
「翡翠の魔術師って、鷹崎さんのことよね? あの人確か、王国の中でも魔霧研究の専門家だったって」
 つらつらと紡がれる女性二人の会話。
 その内容についていけない追内は、自らが召喚したキャラを改めて見た。
 魔霧の辺境伯と呼ばれた男は、三人の様子を気にするそぶりもなく、あの騎士が消えていった方向を眺めている。
 何か声をかけようと思った追内だが、どう声をかけていいのかも分からない。
 いや、そもそも彼の名前さえ知らないことに今更気づいた。召喚のときにも、スキル使用のときですら、スマホの画面に彼の名前は書かれていなかった気がする。
「あー、えっと、その」
 適当すぎる呼びかけをしながらも、追内は男の背後に近寄った。すると彼は振り向いて、主と呼ぶ。
「私に何の用だ?」
「その、あんたの名前って」
 ああ、と納得したような声が男から発せられた。
 男は身なりを軽く整えると、カツンと杖を床につける。改めて、その名前を告げようとしたのだが、ピクリと男の眉が顰められた。
 ホーム内で電車到着のメロディが鳴り響く。
 線路をガタガタと鳴らし、風で霧を吹き飛ばしながらも、四人の前に電車が到着した。
 ドアから複数人が武装して出てくる。だが、その最前線にいたのは、非武装の若い男だった。彼だけは木製の、宝石のような装飾をつけた杖を手にしている。
 武装した面々は福来とフーへと歩みを進め、若い男は丸メガネの位置をかちゃりと直しながらも、追内たちの方へ近づく。
 だが若い男は追内を通り過ぎ、魔霧の辺境伯と呼ばれた人物と相対する。
 髪の根本は白髪で、毛先は黒い。若いと評したが、もしかしたら歳はもっと上なのかもしれない。だが、肌艶の良さは若者のそれだった。
「……召喚されたのは貴公でしたか」
 丁寧な言葉使いではあるが、冷え冷えとした雰囲気をもっていた。その態度を当然と受け止めた魔霧の辺境伯は、せせら笑って挨拶をした。
「久しいな、翡翠の魔術師」
 辺境伯は片手を顎に置き、わざとらしく若い男を上から下まで眺める。
 上下ともにモノトーン調のシャツとズボン。羽織っている春物コートの前は開けられており、全体的にゆったりとした服装なのが見て取れる。
 辺境伯は現代服の男へ、嫌味を隠さずに問いかけた。
「ところで、そのふざけた姿はなんだ?」
 若い男は手に持つ杖を魔霧の辺境伯に向けて、言い返した。
「これが、この世界の服装なのですよ、デューリュ・ソン・ハルバッハ卿」
 辺境伯と魔術師の両者ともに、一触即発の空気を醸し出す。
 その様子に、名前が分かったのはいいが、また面倒な事態になったのだと追内は悟った。
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bearbench-3bun4 · 2 months
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「虚無への供物」中井英夫 2241
第二章
24好ましくない容疑者(亜利夫の日記1)01
二月七日(月曜)、 殺人があった翌日のことです。 この節は、亜利夫の日記ということになっています。
つまりここに書かれていることは、 すべて、亜利夫の目線ということになるのしょう。
亜利夫は、会社を休みます。 午後から目白の氷沼家へ行き、お通夜やあすの葬式の準備を手伝うつもりです。
ところで、奈々からハガキで、流行りのインフルエンザで寝込んでいると知らせてきました。 1951年から官報において“インフルエンザ”を公式の用語として使用する事が決まっています。 1957年には、俗に「アジア風邪」と言われたインフルエンザのパンデミックがおきてます。 これを考えるとただの風邪も、“インフルエンザ”と言ってたのかも知れません。 亜利夫も、奈々の見舞いに行こうかと考えているくらいですから、十分ありえますね。
亜利夫は、一旦目白に連絡して状況を確認しますが、特に進展はないようです。
その後、とりあえず日記を書くことにします。
・真名子刑事は三十がらみの手首にまで剛毛の密生したような男。 ・鑑識係か監察医は、事実だけを丹念に調べその事実の積み重ねの上に結論を出す。 ・嶺田医師からは事前に廻ってきた。 ・蒼司君から前夜の状況やわれわれの関係を聞き取る。
で、現場の状況です。
・台所のメータコックから天井裏へ這い上がる二階へのガス管は、化粧室と書庫と書斎の三か所にだけつながっている。 ・化粧室のは富士A3号とかいうガス湯沸かし器につながっていて、これの導火用の焔が消えてしまっていた。 →お湯を使う場所でお湯を作るのが「湯沸器」です。代表的な例が台所などに設置する小型湯沸器です。残念ながら探しても出てきませんでした。 富士1号湯沸器 【昭和初期】が見つかりましたから、この系列なんでしょうね。
・化粧室のは書斎のストーブと同じく十二時に階下で元を締めたため消され二時半にまた開かれたためと思われる。 →書斎のストーブと同じだといってますが、ガス湯沸かし器もずっと使っていたということなんでしょうか?だから、元を締めたあと、また開かれてガスが充満することになった? ・書庫は北西の隅にカランがでていていまはカランの口にもゴムのキャップを冠せて塞いだなり久しく用いられていない。 →書庫はガス臭くなっていなかったのだから、これはうなずけます。 ・問題の書斎では書庫側のドアに近く家庭用3/8吋というカランが頭をだしそこからまだ新しいゴム管で大型のガスストーブに接続していた。 →大型のガスストーブって、どのくらいの大きさなんでしょう?一人で抱えられるくらいなんでしょうね。 ・このストーブは紫司郎氏の代から使っている古風な型のもので台の上には一二本の新しく擦られたマッチの燃えさしが転がっていた。 ・(憶測)橙二郎氏は十一時にこの書斎に引き取って、ストーブをつけて、うとうとしてついそのまま寝込んでしまったという状況である。 ・これは、常用のブロムラール系の睡眠薬を飲んだ形跡があって、パジャマに着替えていることから推察する。 この睡眠薬は、1908年ドイツのクノール社でブロムラールの商品名で初めて発売され、日本ではブロバリンやカルモチンの商品名で使用されたらしいです。
刑事が、書斎の元栓を確認しますが、 やはり一階の台所のメータコックを開けてしまったことが原因だろうと考えているみたいです。 それで、メータコックを開閉した時間と人名だけを刑事はききとります。
続いて、刑事は今度は戸締りの方を調べ始めます。 はっきり書いてないのですが、蒼司を中心に聞き取りや確認をしているみたいです。 ナイトラッチもさしてあったので、階段側のドアの合鍵は使かっても意味がない。 そこで書庫のドアから入ろうとして、その途中で、洗面所もガスが漏れていると気づいたと。
ここまでで、亜利夫は舞台奇術のことを思い浮かべ、 書斎に書庫から入ったことに、奇術と同じでなにかの意図が有るのではと考えます。 まあ、答えは出ないんですけど。
書庫の中で刑事は北に向いた窓が長い間と閉ざされたのを確認します。 蒼司は書庫側のドアを合鍵で開けた顛末をもう一度実演して見せます。 で、皆で書斎に入ってみると、亜利夫が見かけた赤い上衣の人形がありません。
紅司が死んだときには、紅い毬が現れ、 橙二郎が死んだときには、赤い上衣の人形が消えた。 蒼司や藍ちゃんに聞いてみてもつれない感じです。 これが、後々どう影響してくるのかチェックですね。
一通り調べた刑事は、誰でも気なるであろう“密室殺人”ということよりも、 どうして、こうまで念入りにドアも窓も鍵と鉄格子に護られていたのかと、そちらの方を気にしています。 誰かに襲われることを怖れていたためではないかと、聞きます。
それに、蒼司が書庫側のドアは前から締め切りになっていた。 窓の鉄格子は祖父の代からの盗難除け、戸棚に並んでいる薬物や毒や劇薬も扱うため留守にするときはドアに鍵をおろしている。 それが習慣になっていたのではないかと答えて、納得するみたいです。
その後、刑事は個人個人に話を聞きます。 最初に、蒼司、次は、亜利夫でした。
昔の“青の部屋”、今は、藍ちゃんの部屋に入ってみるとひとり煙草をもてあそびながら真名子刑事が待っていました。
一人で待ってるんですね。 何となく、刑事さんは二人で行動するのかと思ってました。
亜利夫は、刑事の問に、ゆうべの親族会議から麻雀の経過、橙二郎氏が二階へ引き取った前後の様子など、 あまり詳しく覚えすぎていると思われない程度にぼつぼつと答えます。
と、刑事が急に、紅司の死について問いかけます。 亜利夫は、顔が硬張りながらも、その時の状況を答えます。 ただ、氷沼家はアイヌの蛇神の祟りをうけているとか黒月の呪い、薔薇のお告げだという話はしません。 現実的な利害関係を確認したかったのでしょう。
今まで読んできたこと内容は変わってないような気がします。
現実に、八田皓吉などは家の売買に絡んでしつこく聞かれたらしいが、氷沼家に関する限りまず何も出てくる望みはないと思う。
密室内の死という点からだけでも他殺は不可能で、自殺も無いとすると、 動かしてはならぬメータコックをあけたてしたために起こった不慮の災難ということになる。
で、 亜利夫はこの事件が紛れもない他殺であり真犯人が自在にこの密室へ出入りした証拠を見つけ出さなければ、 ぼくが殺人者となるとしています。
まあ、事故では小説になりませんから、他殺なんでしょうけど、この完璧な密室をどう破るのか楽しみです。 それにしても、化粧室のガスの説明が無いのが気になりますね。
つづく
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mode8jp · 2 months
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-新規投稿! 【松本人志さんがもつ「力」】  このネタは、Webと関係ないように見えて、実は結構学びのあることだと判断したので、取り上げます。 私自身、松本人志さんの大ファンだということは前提に書き記します。それでも、公平性を保つためにも、誰かに肩入れするような発言は、絶対に控えます。 今回の件がどのようにWebに関係するのか、「Webの力の本質」を知るために掘り下げていくことが目的です。  局所的な情報が誤情報へ松本人志さんの第1回目の公判が始まる前から、メディアは煽るかのように取り上げ、法的知識があるとは思えないコメンテーターに誤解を招く可能性のある発言をさせた(もしくは誘導した)こともあり、特にXでネット民から「かなり厳しくきつい言葉」が並んだのは、皆さんもご存じでしょう。 Webの世界から観れば、週刊文集が「Webでの拡散>雑誌の販売爆増」を予測したうえで動いているのは、明白です。「読まれてなんぼ、読まれなければもうからない」で考えれば、当然の売り方・出し方なのでしょう。 これが、昭和の名残…、遺産なのかもしれませんね。 今回の件は、人の奥深いプライバシーに関わる内容であり、真実相当性だという言葉がいたずらに躍ったとしても、受け手側は、「興味はないけど、目に入ったから読んでおく」「文脈も知らず、切り取られた言葉だけを読んでおく」が結果として、書き手側の売上を伸ばした結果となりました。 人の不幸は蜜の味…、望ましくないが欲しがるんですよね。 約30年前、某宗教団体が大規模な事件を起こした際、一部メディアは「売上爆増目的」で取材範囲を広げ、全く関係のない団体や人々まで「あること、ないこと」を書き続け、多くの方々を傷つけてしまったのです。 その一つに、この団体が後に名付けた名称が、北海道にある既存の食品関係会社と同じことから、資金提供があっただとか、肉の質を問うデマにも近い誤情報が錯綜しました。 今の時代でいう「フェイクニュース」に近い状態です。 全ては売上のために、局所的な情報の精査をせずに「主観的な考えを付け加えて、本当のように伝える」ことで、価値の有無に関わらず情報が乱発射してしまう結果を引き起こしてしまいます。 やがて(という最初から)取り上げられるのが、「倫理観」や「一般常識」という解決できない言葉が���てきてしまいます…。  解決の道は、殆どない今でも同じかもしれませんが、私が大学生の頃、期末テストになると「テスト情報」が出回ります。私は運良くかなりの情報を多く握っていたので、当時は有名人になり、「情報交換」を持ちかける人間が周囲に激増しました。 その言い寄ってきた80%近くの人間は、「自分で創り上げたか、ガセネタを掴まされた」人達でした。無論、こちらが絶対に損しないように交渉しましたw このような真実性や情報の価値を測れない状況のなかで、「どう思いますか?」という質問は、愚問であり、相当な話芸がなければ対処できません。 ロンドンブーツ1号2号の田村淳さん程の持論展開力を持っている方でも、その後のネット民からの言葉に対応しなければならないくらい、ネット民は「発言の自由」、「表現の自由」を掲げて言葉を投げられます。  これを「自由をはき違えている」というのは、少し乱暴な気がします。 では、どうすればこのような事態を防ぐことができるのか。 例えば、真実をありのまま話せば良いのか。 >逆に疑われる 例えば、何も語らず「ほとぼりが冷めるまで待つ」のか。 >憶測が憶測をよぶ ほな、どないすんねん! >ないんですよ、答えが。 何千万人といるネット民全員の総意を得ることなんて、政治でも無理です。だからこそ、政治家は国民の野次や文句を(半永久的に)放置するのです。=お家芸 しかしネットは、放置すればもっと叩かれ、何か言えば揚げ足取りをされちゃいます! やがて、ネット民を放置すると「人の無い所に煙が…」たっちゃいます。  Webの力をなめたら、あかんぜよ!先日ある事案を聞き驚きましたが、ある会社の商品についてネット上の誹謗中傷がひどく、その会社が弁護士を通して解決しますとSNSで明言すると、その翌日に両親とともに中学生が謝罪の申出に来社したそうです…。 「いや~。そんなん、たまたまやろ?」 いえいえ、この手の事案はかなり増えているそうです…。 つまりは…、現在のWeb(特定の場所ですが)では、「情報価値を持つ側」ではなく、「どこからか創り上げてしまう情報価値を持つ側」が強く発信して「普段溜め込んだ不満を、簡単に発信できる言葉で解消する」…、まさに炎上商法が非常に簡単に誰でも使える世の中になった、と言えます。 一度は観られたことがあるかと思いますが、ネット民からの誹謗中傷を受けた方が、「言葉は人の命を奪うことができる」という内容…。 それを分かっていて、日本で最も利用者が多いYahooのニュースで、「ネット民の声は…」といって、全体の1%にも満たない言葉を切り取り、あたかも「民衆の総意」のようにニュース内容の一部として記載してしまいます。 付け加えれば、ニュース記事内に「賛否両論」と書けば何でも載せてもいいと勘違いしている傾向にあるのでは? う~む、それなら取材する必要もなく、主観で書けばええやん?になりますよね? このように、Webでの情報の価値を無くしている、もしくは不安定にしているのは、実は私たちであり、私たちの行動ひとつで大きく変わる…のに、放置してしまっています。 Webの力、本当になめていたら、もっとひどいことになります。  松本人志さんは、やはり凄いここまでの内容を読んで頂いたうえで、今回の松本人志さんの件を皆さんはどう感じているでしょうか。 つまりは、どこに「価値があって、情報が流れ、拡散し、乱立してしまったのか」が重要なのです。  観る角度で、全く違った景色に見えてしまう。 ドラえもんの道具に、ありましたねw たとえテレビに出ていなくとも、ことあるごとに「松��人志さん」と取り上げられるということは、これまでの40年で培ったブランド力があり、それは各方面へと影響を与えています。 私は、田村淳さんとかなり似た意見をもっているように感じます。 本当に罪を償うようなことがあったのであれば、償えば良い。 罪がないのに嘘で傷つけられたなら、相手と真実を追い求めて戦えば良い。 物事をややこしく観ても、面倒なだけです。 おもろいもんは、おもろい。それだけでいいですよね? 松本人志さん。 そんなシンプルさを追い求めれなくなった、それがWebの力の怖さでしょう。 皆様のWebライフが、より美しいものになることを願って…。 ##シーフー #モードエイト #松本人志さん #Webの力 #ブランド力 #真実は分からない #真実は見つからない   #Mode8 #mode8jp 元記事:コチラ #Mode8 #mode8jp #Webの力 #ブランド力 #モーハチ #松本人志さん #真実は分からない #真実は見つからない
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endekashi · 3 months
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特殊支援部隊『山ん』。
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皆さん、おはるかです。暑サニ負ケズまめったくやっておりますでしょうか?
先日、能登で復興支援活動をしている人達のお手伝いに行ってきたので、その時見てきたものをシェアしようと思い、久々にPCを立ち上げてブログを書こうと思ったら久々すぎてログインするのに苦労したっていう事は内緒にしておいて、いってみましょー!
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の前にちと近況報告。春になり、とっくに屋根屋に復帰してると見せかけて、自宅の屋根の葺き替えをしてました。九年目にして遂にファイナルシーズンです。皆様のご協力のおかげもあり遂にここまできました。おしょっ様です。後ちょっと。ばんがるぞ!
しかし、そろそろ、会社も忙しそうだし、蓄えも寂しくなってきたのでこの先は仕事をしつつ直していこうかと思ったところ、その前にどうしてもやっておきたい事がありました。
それが今年の元日に起きた能登の震災のボランティアです。石川にはヨコノリ友達も、ウチに来てくれるお客さんもいるので、少しだけでもなんか手伝いたいなと前々から思っていましたが、なかなかタイミングがなく行けずにいたので、仕事に復帰する前の今しかねえ!っつー事でつっこむ事にしました。
つってもどこへ行けばいいかな〜なんて考えていたところ、ちょっと前にボランティアに��ったPOWのショータローに、どっか紹介してっていうとすぐに二つの団体を紹介してくれました。一つはしっかりとした災害救助NGO団体。そして、もう一つが金沢のヨコノリスト達がやっている特殊支援部隊『山ん』なるグループ。もう名前で山んに決めました。
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目指すは能登の先っちょ、珠洲市。ナビで調べるとなんと五時間!ウヒョー!早朝、白馬をデッパツして車をぶっ放します。
氷見辺りからブルーシートの屋根が目立ってきて、さらに進んで七尾の辺りに来るとひしゃげた家が目に入るようになってきました。
しかし、この先がもっと酷いということで既に今回の震災の被害の甚大さが窺い知れました。
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能登の道は市街地以外は比較的スピードの出し易い広い道が多いのですが油断大敵。地震で出来た亀裂を修復したところに段差ができてるのでいいスピードで突っ込むと大変なことになります。
道中パトカーを多く見かけ、車の列の先頭をゆっくり走っていましたが恐らくこういう道での事故を抑える為でしょうか。
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珠洲に入るといよいよ被害は深刻でそこら中の家が潰れていました。
半年経った今でも全然片付いている雰囲気ではありません。
教えてもらった住所はこのすぐ先なのですが、建物などは大丈夫なのでしょうか?
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程なくして特殊支援部隊山んが運営する被災者無料商店、みんなの家に到着しました。山んの代表、マコ君が出迎えてくれました。
マコ君達、山んは地震直後から全国の友人らに支援物資の提供を呼びかけ、支援の手が及びづらい孤立集落や自主避難所に向けて届けてきたそうです。
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 1月中旬に無料商店の1号店を中能登町に開設。2月下旬に珠洲市に民家を借りて2号店を開き、水や食料、洋服、生活用品、学用品などが並び、被災者が必要な物資を自由に選んで持ち帰る形です。メンバーが寝泊まりして交代で店番を務めているそうなので、こうして俺みたいのがヒョコッと顔出して店番するだけでも(店番と言っても無料商店なので基本やることはない)彼らが作業できて助かるそうです(彼らはやることが山積み)。
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行政がやると色々な手続きやら管理やらで膨大な人数で無駄に時間がかかるところを彼らは少人数でシンプルにスムースに行っているそうです。
あ、そういえばさっきまで潰れた家ばかりだったのに、このみんなの家がある小泊地区に入った途端、嘘のように無傷(実際は少しダメージは受けていますが)な家が立ち並んでいました。なんでもこの地区だけは地盤が固いらしく被害が少なく奇跡の2kmと呼ばれているとか。
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小泊では既に電気は復旧しているそうですが彼らはあえてまだオフグリッドで生活しているそうです。もし再び電気が止まるようなことになってもへっちゃらです。そんな事は起こらないことを切に願いますが。
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更に裏庭にある奇怪な建物に案内してくれました。なんすかこれ?
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中に入るとこんな感じ。どこぞの大学の先生が考案した建物らしいですが、外側のテントを膨らませて内側をウレタン(なのかな?)で吹き付けたらはい出来上がり。5.,6人は楽に寝るスペースで一度立てれば三年ほど持つそうです。ポイポイカプセルやん!
複数人で手伝いに来てくれた人に泊まってもらってるそうで。
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なんてやっていると、タートルアイランドのTシャツを着た富山からきたおねーちゃんが、普通車にパンパンの水を積み、送り届けに来てくれました。日々���こうして救援物資が送られてくるそうです。
ヨコノリだけでなく音楽の繋がりからの支援もあるみたいですね。ヤーマン。
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店番や不要材などの片付けをして、この日の任務は終了。
更に北の方の様子を見に行きましょう、ということでマコ君の相方のユージ君が案内してくれました。
今回の震災では地震だけでなく津波の被害も局所的に甚大だったようです。局所的というのは能登半島の北側ではそれほどでもなく被害は珠洲市や能登町の東側に集中したそうです。というのも、北側の方では地盤が隆起して(最大で4m!)防波堤の役割をしたそうです。
対して東側の地域では隆起はほとんどなく、且つ、富山湾沖合の水深が深くなっていて、水深が深くなると早くなる津波の性質もあり地震直後わずか1分で津波が到達し、その後何度も押し寄せてきたそうです。津波の被害のあったところは地震の壊れ方とはまた違い、ものが散乱していて津波の威力の凄まじさがわかります。
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こちらは北側の海岸のかつてビーチだった場所。後に見える白い岩盤は元々水の中だったそう。
ユージくんも地震後初めて訪れたそうで、変わり果てた姿に唖然としていました。
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ユージ君の完璧なタイムスケジュールで最後は能登の最北端、禄剛埼灯台の夕日に連れてってくれました。この灯台は朝日も夕日も拝める素敵な場所です。
この日は散々自然の脅威を感じていましたが、最後に美しい一面を見せてくれました。
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翌朝、早起きして佐渡島から昇る朝日を拝む。
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今度は南に降り、珠洲の蛸島の方の様子を見に行ってきました。こちらも家が密集したところで悲惨な状況でした。半年経ってもまだこのような状況です。
現在、公費解体を行っているのは道路からはみ出した家が優先だそうです。それ以外の家は11月から始まるそうです。11月…。一年近く経とうとしても家の解体すらも終わらないのが現状です。
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さて、山んに戻り朝の涼しいウチに草刈り作業の手伝いをしました。彼らは農地を使わせてもらえるようになったので、畑をできる状態にして小泊に新たな需要を産み出したいそうです。誰かやりたい農家さんいませんか?何年も放っておいた荒地の草はしぶてえぜ。
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自分達で食べる野菜も作っています。
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というわけで、朝採れのビーツを使った味噌汁をいただきました。うんめえ〜!!
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ご飯を食べてる間もちょこちょこと被災者の方達が物資を取りに来ていました。毎日、だいたい30~40人程の方達が来るようです。マコ君達は来る方に気さくに流暢な金沢弁(能登弁?)で話しかけていて、みんなに愛され頼りにされている感じでした。
若い人たちはインスタを見て開店時間の10時頃から来るそうですが、口コミでくるじーさん、ばーさん達は朝8時頃からバンバン来るそうです。
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今日の作業は店も見つつ、他の家の片付け。実はマコ君、みんなの家の近くの二軒の家も使えるようになったそうで、そこの家を活用して飲食店か何か、さっきの農業に話もそうですが、この地区で雇用をうむ仕組みを作りたいと考えているそうです。
そのためにやる事はいっぱい!!
でもなんかワクワクしますね!
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この日はみんなの家の隣の神社でお祭り(お祭りと言っても祝詞をあげる神事的なものだったそう)があるという事でマコ君とユージ君が行ってる間、俺は店番。
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能登の祭りといえばこのキリコ祭りというど長え灯籠で練り歩くっていうド派手な秋祭りがあるそうです。
今年の開催状況はこちらに詳しいです。
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帰ってきて腹がペコリンちょだったので、禄剛埼灯台の麓の狼煙地区の『いかなてて』という最果てのカレー屋さんに連れてってくれました!
無茶苦茶美味いカレーでした!
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更にこの店、レコード屋も併設してるというたまらん造り。俺は井上陽水の二色の独楽というドープなアルバムをゲット!
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そんなこんなで一泊二日の山ん潜入記はこれにて終了。
能登の先端、被災地最前線で必死になって生きている被災者の方々を必死になって(まあ、ヤーマンなんでゆるいところもありますが)支援している山ん。正直その姿勢は、無茶苦茶かっこ良くて心打たれました。今でこそ、ちょっと落ち着いてきたと思いますが、発生直後のこれから冬が始まるというタイミング(スノーボーダー的には一番ワクワクしている時期でもあるにも関わらず!)ですぐに被災地に潜入し活動した時の苦労や恐怖は想像に難くありません。ナフリスペクト!
ちょうど半年ということで、少しメディアにも取り上げられてましたがまだまだまだまだ復興には程遠いといった印象です。引き続き、皆さんの支援は必要だと思います。ボランティアに参加するもよし、山んに物資を送ったり(水に加えて、カップラーメンも喜ばれますよ!)手伝いに行くもよし、いかなててへ行ってカレー食って観光するもよし、支援の仕方もそれぞれでいいと思います。ただこの先も能登から目を離さずに生活していきたいなと思うのでありました。
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P.S. 今度の土曜6日は前述の禄剛埼灯台台地にて復興祈願LIVEがあるそうですよ。山んのmalichanのバックバンドで参加するそうです。いかがでしょ?
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P.S.2 マコ君にPRAY FOR NOTOのTシャツと、無茶苦茶ハイセンスなキャップをもらいました。
ヤーマン。おしょっさまでした!
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myteary · 3 months
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ヘグムパロディ/暴力表現有り
「琴線」
汚い小せえ餓鬼だった。
その辺に居た売婦が置いていったであろう餓鬼だ。物心ついているかついていないかなんて知らない。只当時俺の管理していたシマから女とその客が逃げたのは事実。此奴は置いて行かれたソレの……息子。
四畳半一間の狭い部屋、お世辞にも綺麗な使われ方をしていたとは言えない。万年床みたいな布団の上に丸まって、誰から助けて貰えるかも分からず、然し泣くことも叫ぶこともない、……それがこの餓鬼との出会い。
きっとそうする力も及ばずに、まるで風が吹けば灯が掻き消えそうだ。だが目だけが消える事の無い炎を燃やしていた。
逃げられたのであれば追って返して貰う、どの様な手を使ってもだ。だが、餓鬼だけともなるとそうもいかない。何せ俺は体面は警察であって、"ホンモノ"ではない……。
どうしますか、というマンネの声に、連れていけ、とだけ零した。
餓鬼は暫く俺の家で預かった。
暫くの筈、であったが、いつの間にか大きくなっていく。
あの女の形見には到底なるまい。何せ戸籍も出生届ですら何もなかった。
働かせてどうにか少しでの足しにでもするか、…とも考えられたが、当時一緒に過ごしていたマンネが世話を見ていたので、それは辞めておくに越したことは無かった。どうせ大した金にはならない。
餓鬼はまるで飢えた猫の様に飯を良く食う。
この街の店のうっすいスープの刀削麺を良く好んだ。マンネや他のメンバーが仕事をしている時、俺は此奴を良く此処に連れて飯をやった。
箸の持ち方ですら儘ならなかった癖に、大人用の赤い箸を器用に使って何杯も、何杯も食べる。俺は別のテーブルで腰掛け煙草をふかして、餓鬼の食い意地を見ていたもんだ。
それから数年が立って、組織からデカい仕事を任された。
対面する組織のガサ入れだ。だが事実それは組織を崩壊させに行く事も同時であった。相手にとっては頭とその側近を逮捕されては組は終わったも同然。予想通りに抗争へと発展した。この名高いスラムの街では何処でも銃声音は鳴り響くが、一夜で此処まで死傷者を出した抗争は久しぶりだったかもしれない。
俺らのやる仕事は表向きでは決してない、二重スパイだってあり得る話で、碌でも無い非合法にも足を突っ込む事があった。死ぬ時は布団の上で綺麗に死ねるなんて思っていない。どんな悪人であれ、どんな組織であれ…、いつかは己の成した事がその身に反ってくる。
俺は右目に傷を負い、仲間の命を失った。
一人裏切りが出たのが原因であった。寝深く潜られた内部を深く突かれる。裏切者は抗争で起きた喧噪の最中逃げていき、消息は途絶える。
友人はもう戻らない、俺らのやっていた事はいつかは返ってくる。因果応報。だがこの様な方法で俺の命にも等しい人を、失うとは思っていなかった。
組織の仕事は結果的には収めたが、成功であったとは言い難い。
残党と裏切った者を追う日々に追われ、今までに無く汚いやり口を使って……嬲り、痛め、そして闇に葬り去った。此処で書くには惜しまれる程には。
一度、その仕事帰りを餓鬼に見られた事があった。
到底人前には出らない、尋常では無い姿であった筈だ。餓鬼は拳についた俺の血を見て、マンネに両の手で目を覆われ何処かへ連れていかれた。
今更善人ぶる訳もない、彼奴の出自と俺らの出会いがそもそもその様なものではない。この街に生まれ、此処で住むという意味では、正に"正しい姿"を見ただけなのだ。その手を洗う事もなく、紙煙草に火をつけた。
餓鬼もその内、此処から追い出さなくてはならない。もう傷を負うのは、…懲り懲りだからだ。
そうともしない内に、何時しか餓鬼は消えた。
何日もうちに帰らずが続き、久しぶりの事務所のソファで寝転がり、疲れ持て余した脳内で薄らと彼奴が出て行った事に漸く気が付いた。餓鬼は恐らく見てくれは14、15にはなっていた。もう一人で生きていけない程の年齢では無い筈だ。少しばかり金は消えたが…、まあこのくらい痛くも痒くも無い。勝手気儘に生き、好きな所でくたばれ。いつも言ってた事だった。
「あの子SUGAさんの、……若い頃に似ている。組織に入る前の、今よりもっと尖ってた時の。」
帰って来ない仲間達がそういって笑っていた事が脳裏に過り、胸の内にズシリとくる重石を取り除く為に、天井へと紫煙を吐いた。
其れからの数年後、"D"と言うゴロつきがこのスラムに現れる。どうやら組織を何人かのチームで潰し、放火をし、金まで盗み取ってしまう。……、狙われた組織は汚染されたものだけが選ばれていた。慌ただしく無線やら電話が鳴り響く。
「SUGAさん、Dにやられました。アジトの金全てやられています。」
………懐かしい猫の匂いがした。
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hokuto-yuasa-journal · 3 months
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20240625
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4時に起きる。
季節は夏あるいは梅雨入りといった様相だが、春を芽吹かせて別れも告げずいつの間にか去っていった冬を偲ぶこととする。
とまあ我ながら気障な書き出しである。春先に書いて下書き保存したままだった日記に成仏してもらおうと思う。
思えばこの冬は薪をたくさん割った。朝は暖炉の火をよく起こした。
比較的に火をよく見た冬だった気がする。
0から始める半野蛮人生活
薪割りで桜の枝から出てきた小さなカミキリムシの幼虫。いわゆる鉄砲虫というやつ。
いつもはそのま放っておくとセキレイやジョウビタキ、最近ではイソヒヨドリが目ざとく見つけてつっついている訳だが、どういう心境の変化かその虫を食べてみようと思った。(どういう心境の変化だろう。)
その昔、海の幸の恩恵に預かれない山間部ではタンパク源として食されていたという。
そもそも虫の存在自体にあまり忌避感はないものの食べるとなると別だ。昔からテレビ番組の『ウルルン滞在記』とか見ながら、もてなしとして食卓に虫を出されたらどうするだろうとかよく考えていた。
一時期謎に流行ったコオロギはイナゴと違って昔の日本人が食べてないんだからやめといたほうが…派である。そもそもコオロギは食性が雑食、いわゆるスカベンジャーだから多分不味い。耐熱性の細菌を持ってるとも聞いた。
それで言えば鉄砲虫は木を食べてるから比較的清潔な感じ。
しかも今回は桜だ。桜の生木は割ると木自体から桜の花の匂いがして、もはや乙な感じすらする。
1.5cmぐらいのを数匹洗ってからなるべく糞を出させるために紙に包んでおいた。しばらく経ってみると分泌された油で紙が透けてしっとりしている。すごい脂肪分だ。蝋状の物質で巣穴を塞ぐため、あるいは掘った穴を滑らかに進むためだろうか。
いざフライパンで空炒ると膨らんでインディカ米のような見た目に変わった。気が変わらないうちに口の中に放り込む。
む…。
ポップコーンですな。完全なるポップコーン。食感はポップコーンの下の方に溜まった少し殻がついてるやつに似てる。
もはや虫というより穀類としか思えなくなり食べた後の心理的な気持ち悪さもない。動く穀類だ。
ただシロスジカミキリとかブリブリのでかい幼虫だったらどうだったかなとは思った。下茹でしてから焼いたらいける気もする。
最近本栖湖にいる大量の小さなエビをもはや野良エビチリとか野良かき揚げぐらいに考えてるのは虫食ったせいだと思う。
この歳になると日常の中で自分の観念の外側に出るような体験はなかなか無くなってくる。大体のことは想像出来てしまうし、あったとしてもトラブルだとかネガティブなものが増えてくる。そういう意味では40年間蓄積されたイメージの外側に出る非常に面白い体験だった。日常の中に冒険がある。
趣味程度に野菜を育てたりはするものの、狩りをしたり鶏を絞めて捌いたりとさっきまで生きていたものを潰して食べる、この身の内に取り込むという行為が日常の中にほとんど存在しないまま40歳まで生きてきた、というか生きてこれてしまった。
これはすごく歪つな、変なことなのではないか。
ちっこい虫を気まぐれに食っただけで何を急にとは思いますものの。
どこかで処理されパック詰めされた見知らぬ記号のようなものではなく、生の倦怠などとはまるで無縁の「生きる」という本能以外を持ち合わせない生き物たちを自分で捕まえて殺して食べる。そこからやってくる生き物としての強度があるのではないか、そんなことを思った。
その強さを文明や宗教でオミットしてしまったが故に、我々か弱き人間の苦悩や矛盾という面白さがあるのかもしれないが。
とはいうものの、釣りを始めたのは眠った狩猟本能をほんの少しだけでも目覚めさせるという目的もあった訳だが結局まだ食べてはいない。
あの目。
山羊とかと同じ黒い鏡のようなあの目だ。あれと目が合うと「とりあえず一回パス」を選択してしまう。
決して瞬きしない永遠を湛えた目。
逃がした魚は水の底で眠りにつく時その日の出来事を反芻するだろうか。あの目の中に私はどう映ったのだろう。
怯えていたりあるいは恨んでいるだろうか。 
たまにそんなことを考える。
温泉通い ♨︎
去年の秋頃ぐらいから町営の温泉施設に通いだした。300円で入れるので多い時は週3回。結局今は週1回に落ち着いた。
もとは何年か前に通おうとしたのだが一度行った直後にコロナウイルスが流行して休館になったため断念した。
ヨ��ヨイの爺さんらの病気自慢に聞き耳を立てたり曲がった背中の角度を見ていると案外自分が考えているより早くこうなるんだろうなと思う。
結局人間最後に残るのは健康かどうかぐらいしかない。
温泉。
一年通ったらどんな変化があるだろう。
心身ともに良い変化が起こる気がする。
定期的に人前で素っ裸になるのは良いかも知れない。
虚栄心みたいな要らん日常の垢が落ちる。
そういえばこないだ見たニュースによると今俄かに『湯治』がブームなのだという。週末に温泉に行って風呂に入る以外何もしないのだと。多分コロナ明けの外出疲れが出たとかそんな感じ。
思うにあの訳わからん日々にみんな傷ついたんだと思う。自分は幸いまだコロナに感染していないがあの時期に負った見えない傷を癒しに行ってる部分もどこかにあるような気がする。
それと去年から謎に始めたお灸もその効果が世界で注目されているとNHKの番組で特集していた。
自分の感覚だけに従って行動したつもりが、時を同じくして世の中で流行り始めていることだったり、集合無意識的に同期することを少し不思議に感じる。
またこれは集合無意識的な話なのかわからないが、去年の年末に地震の夢を見た。真っ青な海の上に浮いた厚さ20cmほどのガラス板の上に四つん這いで乗っていてユラユラと大きく揺れる夢。その二、三日後に能登半島で地震があった。
まあ後からなんとでも言えることかもしれない。
お酒
お酒を7年ぶりに飲んだ。
ゆうても薬用養命酒だ。
寝る前に20mlキメて寝る。
効果はまじで謎。
養命酒飲み始めた日は何故かやめた煙草を当たり前にぷかぷか吸う夢を見た。マルボロの薄荷煙草。今いくらすんのやろ。煙草やめてもう10年になる。
養命酒は二瓶飲み続けてみたが、お酒は飲んだら飲んだ分だけ脳細胞が死滅するというから継続するかは不明。一本2000円以上すんのもどうなのかというところ。これを切っ掛けにアル中のいわゆる「スリップ」みたいに不毛な晩酌を始めないかが少し気がかりだったが飲みたい気持ちは全く起こらず。
あたしゃ素面で生きますよ。
登山
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去年は武甲山の後に北八ヶ岳の蓼科山で山納めして、今年の山始めは奥多摩から御岳山まで縦走して頂上の武蔵御嶽神社に登拝した。
震災の後にNHK・Eテレの『見狼記』というニホンオオカミを探し求める人々を追ったドキュメンタリーを見て狼信仰の山、御岳山に登ったのが自発的に山に登るなどという非合理的行為の始まりだった訳だが、ぐるりと月日は巡り色んなことがあったことを山の神様に報告した。
その後春先に天子山塊の毛無山から雨ヶ岳を縦走、金峰山にも登った。人様に迷惑はかけるまいと個人的に禁じてきた雪山登山だったが登山歴も7年目ということもあり慎重を期して登った。いつもは地下足袋だがアイゼン着けるために久々に登山靴履いた。
誰もいない森の奥で木漏れ日の落ちる雪をザクザクと踏み音を立てて歩くのはとても心地が良かった。
途中立ち止まって踏み跡を振り返りしんと静まり返った森の中にいると昔思ってたより随分知らないところまで来ちゃったなと思った。ここは一体どこなのか。
この風景の遠い向こうに過ぎてった日々や出会ったり別れた人々や出来事がある訳だ。
みんなそれぞれの新しい日々を暮らしている。家族を作り、あるいはこの世界からもういなくなった人もいるのかもしれない。人の営みの当たり前のことがなんだかとても不思議なことに思えた。
しばらく立ち尽くしていると30mほど向こうの木陰に昔の恋人の幻影を見た。
冬の森の真っ白い光の中で真夏みたいな服を着て立っていた。
なんとなく、そんな気がしただけだ。
もうずっと昔。
いつかどこかの海辺で、真夏の日差しの中、砂浜にぽつんと佇む雪山の中年男の幻を彼女は見たかもしれない。
そうだったらバランスが取れるなと思った。
充電期間もそろそろ終わりだ。
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