#値引きの割合を指示して一番楽しんでいるのは私かもしれない……
Explore tagged Tumblr posts
moshimoshi2 · 12 days ago
Text
「他の店よりも1ドル安く、皆様にご奉仕させて頂いております」的な事を謳いながら市場価格よりも1ドル高いセール品を提供しているベーダー妹……
指摘したら、お黙りよと言われてしまった
まあ、定価よりは安いけれど……
0 notes
bastei · 10 months ago
Text
引力
 疲れ切って家で食べるコンビニの飯は知ったような味がして情けなくなるが、旅先で啄む分には申し分ない。生来の計画性のなさでガタガタになった旅路にハマるのはこういう断片的な食事であると理解している。気取った飯については小忙しく、まったく落ち着かない。したがって、サービスエリアで食べる味噌ラーメンや山菜そばについて、私は大いに歓迎している。車の運転に集中して夕食どきを逃してしまい、その数時間後に行き場を失って食べるサービスエリアのラーメンが一番美味しいと思っている節がある。
 実際には私もSNSで評判の食い物を食べてみたいという気持ちもある。ところがそういった店は事前の期待値を上回ることがほとんどない。最初から腑を提示してしまっているのだから、事前に期待した通りのものが出てくるか、プロモーションの内容を再現できずに不満がでる。まあ酸っぱい葡萄と言われたらそうかもしれない。実際食べたら美味しいと思うけどなんだかんだ理由をつけて気が乗らない。
 人間の気持ちが充足するのは事前期待を上回ったときである。世の中に批判的な人は良くも悪くも世の中に期待し過ぎているのかもしれない。そういえば、先月久しぶりに訪ねた東京でも、ホテルの近辺にあった中華料理屋の冷やし中華がそっけなくて美味しかった。店員は明るくて乱暴な中国人だった。「何食べる?冷やし中華もおいしいよ?早く頼め」と彼女は言っていた。黒酢が効いて薄味で外食に疲れた舌には嬉しかった。
 こういったことに理解のある女にはなかなか出会ったことがない。当初は私の性質に諦めた様子であっても、どこかで必ず文句が出る。あの時はアアであった、全くもってろくでなしのその日暮らしであった、この宿六について行ったらコンビニの飯を食わされた、というように。ところが女房と付き合うまではそんな私以上に食事に興味のない女にも出会ったこともなかった。こんなことをいうと彼女の機嫌をさらに損ねるだろうが、まるで彼女はザリガニのような食事を取るものだ。缶詰、納豆、偏った野菜(おそらく茹で過ぎている)。聞けば大学時代には恋愛に勤しんだ経験がなく、他人からうまいものを食いたいというわがままを提出されたこともなく、そのような食事がまかり通っていた、というのである。私にはアフリカに行って昆虫を食べるくらい理解できない。
 その日は計画性のなさと女房との折り合いの悪さから日本列島をほとんど横断するような旅になった。大学時代から付き合いのある友達(彼女からすれば私は友達の元彼ということになる)がたまたま東北地方のある場所へ来ているというのである。隣の県だし大した距離ではないだろうとタカを括っていたのだが、実際に地図を読み直していくと、最短距離を行こうとすれば峠をいくつも越えなければならない。かと言って太い道路は巨大な迂回路で燃料も高速料金も工面しなければならない。ちょうど中間地点にある女房の実家を経由しようという考えまではよかった。その後、どうしようもないことで喧嘩になり、そこからは娘とのふたり旅になった。
 自分がいいと思っているものが娘にとっていいとは限らない。同行者は小さな娘一人といえども、普段はほとんど世話をしないから男の手には余るものだった。長時間の移動や、見知らぬ人々との出会いに娘は疲れているようだった。ただ座ったり私の両腕に抱かれているだけだとしても、腹は減るものだ。おむつも替えてやらなければ不愉快なことになっているだろう。そう思っていても、ほとんど土地勘のない場所でもあるしどこに何があるか見当もつかない。途方に暮れていたときにマクドナルドの看板が目に飛び込んできて、「お昼はハンバーガーを食べようか?」と後部座席の娘に聞くと「うん、シーたん、はんばーがーたべゆ」といって満面の笑みであった。
 店内は混雑していて、私のような子供を連れた親が結構いた。自分が子供を授かるまでは、店の中に子どもが何人いようが知ったこっちゃなかったが、今では自然と気にしている。娘にはパンケーキ、私はビックマックを食べる。大した食器もいらないし、小さい子供には楽だなあと思った。すごいと思ったのは、床に何か落としたり、口の周りに何かのソースをつけたり、指が汚れたりして、ナプキンが欲しいなあと辺りを見渡していると、どこからともなく微笑み「どうぞお使いください」とさっきまでレジにいた女性が持っていきてくれる。今までマクドナルドで感謝したことなんてなかったが、この日ばかりは本当にありがたいことだった。どおりで子どもがたくさんいるわけだ。この国のこの店舗に限った話かもしれないけれど、世界中にチェーン店があって然るべきだと感じた。何もかも効率化した先に、疲れ果てた親父にナプキン一枚持ってくるような非効率的な接客が起こりうるわけだから素直に感心してしまった。
 私はマクドナルドで働いたことがないけれど、一体どうやってこのモチベーションを保っているのか不思議だった。自分がビックマックにしゃぶりついている間はくだらないおまけのおもちゃでずっと遊んでくれるし、これは半端じゃないことだと思った。子どものセットに無料でおもちゃをつけようと考えた人は本物の天才かもしれない。知らなかったけれど、それなりのクオリティの絵本もオモチャの選択肢に入ってくるのである。店内も混んでいる割には清潔に感じた。
 完全に事前の期待を上回った瞬間である。一度良くしてもらった店とか、なんとなく店員が余裕ある店には吸い寄せられるように通ってしまうもんだ。ホスピタリティは引力のようだと思った。飲食店が生き残る条件はフードレイバー比率ではなく、愛されるかどうかだなと思った。あまりに感心してマクドナルドのIR資料まで見に行った。2022年からの中期経営計画には「信頼と愛着の更なる醸成」「お客様の期待の一歩先を行く体験の創造」と記載があった。「おもてなしリーダーの採用」ともある。この店舗に限った戦略ではないと知り、まんまと術中にハマったような気がした。こんなド田舎でどうやって従業員の高いモチベーションとQSCを実現するんだろうか。本当に不思議だ。
11 notes · View notes
llyl · 2 months ago
Text
2025.06.23
今日は「可愛い」の話、あるいは実家の呪い供養シリーズ。「可愛い」に厳しかった実家について。そして欲望の開示!
呪いとかいいつつ私はかなり可愛がられて育った子どもだと思う。女きょうだいだったのと、子を平等に育てたいという母の主義により姉妹揃って区別なく可愛い可愛いと言われて育っている。
父は親族ガンギマリ人間なので自分の娘たちのことをものすごく可愛いと思っている。それはそれで問題があるため、あるコミュニティに入った初日に私が一番可愛かったか?と聞いてきた。カス。
カスは置いとくとして、母は娘たちのことを可愛いと思っているが、その「可愛い」を保つためにはそれなりに条件があり、母の思う「可愛い」の範囲を逸脱すると「そんなことしてたら/言ってたら可愛くないで」と言われる。この家で可愛さを失うのはリスクだと思い娘はその「可愛い」に収まれるように頑張る、というような仕組みになっていた。
今でも許していないのが、母から(もしかしたら姉からも)中学生のとき、「声が低くて喋り方が可愛くない」と言われたので、高校に入るタイミングで声の高さを無理やりぐっと上げた。それでしばらく慣れたら今度は「声が高くてキンキンして何言ってるかわからん」というようなことを言われた。どないせいと?私の声の高さはどこが正解だったんでしょうね。
顔についても割と言われる。多いのが、学生の時とかだと「授業のある期間は顔がひねてるけど長期休みになったら顔が柔らかくなって可愛くなるね」ということ。となると、私は可愛くない顔でずっと学校に通っていたんでしょうかね。
服装にも厳しくて、自分で考えたコーディネートには結構ダメ出しが入った。家を出る前の時間であっても服を変えさせられたりする。組み合わせとかもだけどTPOが合ってないとよく指摘された。近所のジャスコ(古の名前)に行くのにやたらオシャレをするくせに梅田にお出かけする時はなんでその格好なんだ!というような。これには現在でも取り憑かれていて、夫が家にいた頃は「○○に行くにあたって私のこの格好変じゃない?浮かない?」をものすごい確認していた。ただ、昔付き合ってた人があまりにもTPOを気にしない服装をする人だったからそれが嫌で指摘してしまったことがある。やりすぎは良くないんだけど、でもやっぱりある程度適切と思われる格好ってあるよね……とは未だに思っていて、そこの折り合いがついていない。シンプルに「価値観が合わなかった」というだけの話かもしれない。
あと父とは違って母は割と現実的に見ているというか、娘たちは可愛いけど、世間的にいうめっちゃ美人姉妹〜みたいな感じじゃなくてそこそこ可愛いくらいだけど、自分の子供だから特に可愛い、という姿勢だなあというのはうっすら分かってた。ちなみに母は自分のこと結構可愛いと思ってるっぽい。強すぎるだろ。なんやねんそれ。
とはいえ無条件に可愛がる父と、条件さえ満たせば可愛がってくれる母と、あと可愛くなるために姉のファッション雑誌とかを参考に割といろいろ頑張っているつもりだったので自認としてはまあそこそこ可愛いんかな〜と小学生くらいまでは思っていた記憶がある。が、中学生くらいで気づいてくるわけですね、男子生徒たちの接し方的に、「可愛い子」の枠に自分が入ってないと!このじわじわ気づく感じ、ショックだったな〜。で、そのまま高校も進んで、ちょっと持ち直したり落ちたりを繰り返していた。自分のことを可愛いとあんまり思っていない人と長く付き合っていたりもして(生育環境により、なぜ?!と思っていた)、あんまり可愛いと思えずに生きていた。可愛くない&スタイルにもコンプレックスありまくりで大学の前半くらいが一番苦しかったかも、なんか悔しくてよく泣いてたし。
大学3年くらいのときに就活もあって黒髪に変えたんだけど、高1からほとんどずっと茶髪にしてたが黒髪の方が似合うのでは?!!?!と気づいたのがこの頃。で、若さゆえの顔のパンパンさがなくなった(たるんだとも言う)というのもこの頃。それから大学でできた友達とは結構お互いに「かわいいね♡」と言い合う仲だったりとかして、自分が可愛い可能性がここで浮上。と思ったらなんかいい感じになってきて、なんか私のことを可愛いと思ってくれる素敵な男性にも出会っちゃったし♫みたいな時期から自分で言うのもなんだけどビジュ向上したと思う。自撮りを撮りまくってたのもこの時期、「落ち着け」のアカウントの皆さんにはほんと毎度お付き合いありがとうございますというかんじなんだけど、自分が「可愛い」可能性を認識していないとおかしくなりそうなんです。マジで。
白状すると、本当は高校からの友達だってずっと可愛いと言ってはくれていたし(みんな優しいので……)、大学以降の友達もたくさん褒めてくれるんだけど、去年くらいまで「友達だから言ってくれてるだけだよな〜」とちょっと思って、話半分にしか聞いてませんでした。つまり、世間一般の「可愛い」の基準(※本当はそんなものはないが、あると思わないと自我を保てないので一旦あるものとします)を満たすほどではないが、友達の範疇では?というかあなたに実現できるレベルの中では可愛い!みたいな話だという感覚で受け取っていました。そういう意図であっても全く構わないのだが、そうでないのであればめちゃくちゃ失礼な態度だったな〜と最近反省してる。
で、今年に入ったくらいから何故か急に「え?私普通に可愛くね?」期に突然突入しました。先述の世間一般の「可愛い」の基準、全然満たしてるじゃんね?!と思うようになってきた。いやそんなもんはないんだけど、私が満足できるレベルで、ということかも。本当に粘り強く私を褒め続けてくれたみなさんのおかげです。ありがとうございます。あと可愛くなろうと頑張って私のおかげでもある。えらいね!
大好きな友人・紫闇ちゃんの「あなたも可愛い、私も可愛い」に救われているところもある。ちゃんと私は私で可愛いんだなーって。でも自分の好きな人たちには私「が」可愛いと思われたい!!という欲深さがあります。お友達ポイントであってもね(とは言ってもこのブログを見て気遣って「可愛い」って言わなくていいからね……マジで)。あと笑顔を褒めてくれる友達が多いのもありがたいかも。目が小さい&左右でバランスが悪いのがコンプレックスだったけど、目がなくなるくらい笑っても可愛いと思ってもらえるんだ!というのは発明。最近はニッコニコです。
最後は惚気で締めるけど、夫は付き合う前?くらいから顔もファッションも声も褒めてくれたから感謝しかないし、付き合ってから5年以上経っても私のことを可愛いと言い続けています!しかも「どんどん可愛くなるね?!」と言ってくるので私の可愛さインフレしとります。���ケる。
これからも可愛い顔だと思われたいしオシャレな人間だと思われたい!という欲に忠実に生きていきます!と決意してから随分気が楽になった。2年前くらいに抱負にした「図々しく生きる」をようやく達成できてるかも。こんな感じでみなさま、引き続き、気が向いた時だけでも構わないのでお付き合い願います。
2 notes · View notes
kennak · 5 months ago
Quote
全国で強盗事件が相次ぐ中、19歳の少年は指示役をやって捕まり、少年院に収容された。 少年は体育館の入り口で一礼したあと、教官に連れられ、私たちの前に現れた。その顔には、まだあどけなさが残る。 取材に応じる少年 「目的はお金ですね。お金メイン。気軽な感じで犯罪した自分がいますね。」 少年は時折笑みを浮かべながら、質問に飄々と答えた。 罪の意識がほとんどなく、ただ感情の赴くまま、安易に犯罪に手を染めていた。 子供の頃から勉強が苦手で、学校の授業にはほとんどついて行けなかった。 少年の IQ は「70台」。「境界知能」と言われる数値だ。 IQ70台「境界知能」の非行少年 少年院「加古川学園」 (記者)「本件非行は?」 (少年)「強盗予備と邸宅侵入です」 (記者)「具体的にどんなことをしたの?」 (少年)「強盗を仲間たちと企てて、特定した家の前に実行役を行かしたって感じですね。その時に(実行役が)熊の撃退スプレーとか、木刀とかを持っていたんで。仲間の2人が先に現行犯で捕まって、後々僕の名前を出したと思うんです。身を隠して、いろんな場所に行ったんですけど、最終的に地元に戻った時に逮捕されました。」 兵庫県加古川市にある国内最大の少年院「加古川学園」。収容人数は約120人にのぼる。 IQの分布 暴走族のような不良文化が衰退し、古典的な非行少年が少なくなる中、少年院に収容される少年は年々減少し、今では全国合わせても1600人ほどに過ぎない(令和5年)。 だがその一方で「境界知能」といわれる少年の割合が増えている。 「境界知能」とは知能指数が平均的な数値と知的障害とされる数値の狭間にある知能のこと。IQは70以上85未満で、専門家の推計では7人に1人が境界知能に該当するといわれている。 強盗事件で捕まり、少年院に収容された19歳の少年のIQは「70台」。 境界知能に当たる。 学校は馴染めず 親は目をかけてくれず 取材に応じる少年 (少年)「勉強する意味が分からなくて、授業は楽しくなかったですね。自分は周りに合わされへんところがあって、人とズレてるというか。感情で動くことが多くて、同級生に暴力を振るったり、喧嘩したりすることも多くて、友達がだんだん離れていって。」 中学に入っても友達と馴染めず、クラスではどこか浮いた存在だった。次第に学校も行かなくなり、悪い先輩とつるんで非行を繰り返すようになった。 (少年)「夜遊びしたり、万引きしたり。自分、仲良くできる子がおらんくて、悩んだこともあったんですけど。自分を強く見せたいというか、大きく見せたいというか、そういう気持ちが一番強かったですね。」 17歳の時、両親が離婚。少年は母親に引き取られたが、生活は貧しく、親から目をかけてもらっている感じはほとんどなかったという。 (少年)「周りの友達は、喧嘩したら親が出てきたり、夜遊んでたら親が迎えに来たりしてたんですけど、自分は目を向けられていなかったというか、見放されてた感じですね。その寂しさとか悲しさが非行に繋がってるかもしれないです。�� 暴行事件も「被害者の気持ちは考えられない」 初めて警察沙汰になったのは14歳の時。ホームレスに卵を投げるなどの暴行をして捕まった。だが罪の意識はまったくなく「楽しさ」を感じていたという。 境界知能の少年らは、これをやったらどうなるのか、という先のことを考えた行動を苦手としている。 少年も、自身の感情に従い行動、被害者の気持ちを考える余地はなかった。 (少年)「感情で動いて人をシバいたり、傷つけたりしてしまってるんで、考える能力はなくなってて、楽しさとかに変わってますね。人の心の痛みとかわかんないです。被害者の気持ちが考えられない部分がありますね、相手の気持ちというか。自分さえ良かったらいいみたいな考えが結構強くて。」 少年院に増える「境界知能」特徴は 「行動訓練」 「境界知能」は、対人関係を築くのが苦手で、計算や漢字の読みなどの学習も不得意といった特徴がある。だが不自由なく生活できているように見えるため、医療や公的な支援に繋がりづらい。 加古川学園では5年ほど前から「境界知能」と呼ばれる少年が増え始め、今では全体の8割近くにのぼっている。増加の背景には、これまで見落とされていた少年たちの特性が鑑別所で細かく分類され、数として拾い上げられるようになったためとも考えられる。 少年院では入って2か月の間、院内の基本動作を学ぶため「行動訓練」が行われる。「気をつけ、前へならえ」といった号令に合わせ、隊列を組んで行進するなど、少年たちは日常の所作を徹底的に教え込まれる。 しかし境界知能の少年が多い加古川学園では、教官の言うことがきちんと理解できず、注意される少年の姿が目立つ。体操をさせてもリズムに合わせて動くことができない。中には途中で諦めてしまう少年も。指導にあたる法務教官はこう話す。 「手と足を一緒に動かすことができない、足を前に出すところを後ろに出してしまうとか、『君のことやで』と個別に注意しないと、ずっと間違えたままになっている。」 境界知能と非行には直接の因果関係はない。 「社会は自由すぎて…」難しい境界知能の更生 担当の法務教官 少年院に入って4か月。強盗事件の指示役をやって捕まった少年は、教官の指導を受けながら、集団生活を通して少しずつ自分の問題に向き合い始めている。それでも更生にはまだ時間が必要だ。 (少年)「社会は自由すぎて、自分の好きなことをしてしまうんで、制御できない部分とかもあるんですけど。少年院か社会かどっちがいいかと言われれば社会なんでけど、少年院生活も悪くないなって思っていて、3食出るのはいいなって思ったりして。現実逃避というか、何も考えなくていいんで楽な部分もありますね。それでも今は自分の中で毎日何か新しい気づきがあったり、人のために何かするのも悪くないなと思えて。」 本人の特性や家庭環境などの影響から、反省が進まない少年は少なくない。 (法務教官)「昔はいわゆるやんちゃな少年、集団で悪さをする子が多かったんですけど、今は人との関わりがうまくいかない中で孤立感を深め、あまり考えずに流されるまま、安易に犯罪に手を染める子が多くなっています。家庭や学校の中で、理解されない中で、傷ついてきたんだろうなと感じる子は多いです。」 また、「境界知能」であるからこそ、更生の難しさを痛感すると話す。 「彼らはやった後、被害者がどうなるのか、その先に何が待っているのか、想像が及ばない。しかも捕まって反省して、一旦は落ち込むが、時間が経つとすぐに忘れてしまう。だからこれまで以上に根気強く関わり続けることが必要。」 取材を終えて 「報道特集」瀬戸雄二ディレクター これまで多くの少年院で少年の取材をしてきたが100人を超える大所帯の少年院は久しぶりだった。それだけ少年の数が減っているということだ。その一方で「境界知能」と言われる少年が多くなっているという声は加古川学園のみならず、あちこちの少年院から聞かれる。最近、少年院に来て感じることは、少年たちの変わりようだ。かつてはいかにもやんちゃで威勢のいい子たちが多く見られたが、今は大人しめで掴みどころのない少年が主流になっているように思う。今回「境界知能」と言われる少年10人ほどにインタビューをするなか、皆、比較的穏やかで、筋金入りの非行少年と言える子はいなかった。だがその見た目とは裏腹に起こした事件は強盗や詐欺など重罪で、自分より弱い相手を対象に、非行に及んでいた。 彼らは幼い頃から厄介な子として扱われてきた。しかし普通と障害のどっちつかずにいる中で、適正な支援に繋がることはなかった。いわば見過ごされてきた存在だ。少年犯罪は社会の縮図とも言われる。SNSの普及とともに、安易に闇バイトに手を染める少年が増えるなか、犯罪グループの捨て駒として使われる少年たちを生まないためにも、まずは社会が彼らの抱える生きづらさを理解することが必要だろう。 ※この記事は、TBSテレビとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
罪の意識なく非行繰り返した19歳「人の心の痛みとかわかんないです」…IQは70台 難しい”境界知能”少年の矯正教育(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
2 notes · View notes
oivgbqiqfz358 · 1 month ago
Text
--深海人形-- アニメオタクは可哀想な生き物
※閲覧&キャラ崩壊注意
※雑多にネタをぶち込み
※率直に現実を見られない、自分の妄想の中でしかアニメを楽しめない層って可哀想(※内心軽蔑しながら)。
…YGOアニオタは何だかんだ言って、ガノタより倫理観あるんだなと思った所存(※gndmって本当に嫌な界隈だなぁ……)。
…。
…じーくあくすの事は、個人的に、極端に倫理観の無い、ガソダムを大枠にしただけのアニメYGOだと思う(※其れ位如何し様も無い)。
個人的に極端に倫理観の無い、ガソダムを大枠にしただけのYGOアニメだと思う(※…そして、よくYGOAVがじーくあくすの比較対象にされてるけどYGOAVのノリはシリーズ恒例、…だけど、じーくあくすは、本来のガソダムのノリから外れて居る)。
…。
…じーくあくす劇場版を再上映しても着席率14~17%代だったの期間中三日だけで後は8〜3%前後で、其の上、最終回直前着席率3.14%、最終回直後に3.69%(※誰か見ても最悪)。
…。
…コンビニのじーくあくす一番くじ、半額になっても売れない、転売ヤーすら買わないから在庫捌けないらしい(※未だ未だ売れ残って居る其うなので優しい方は全部買って上げて下さい。転売ヤーでもOK)。…じーくあくすの一番くじは半額になろうがアニメ放映中だろうが全然減らなかった。…其れ故、放送終了後も相当数残った(※此れが現状)。
…。
…SNSでレポート読むよりめるかりの相場見ればわかる(※明らかに全然売れてない ※…然も、ジャンル自体の出品価格暴落初めてる)。
信者の皆さんが「じーくあくすプラモ、売れてる!売れてる!!(※現実見てない)。」と言ってもめるかり見れば分かるんよね(※全然明らかに定価以上の値段では売れてない)。…めるかりを差別してるから無かった事にして居る(※いじめと同じですね)。…其れは、やふおくもやふーふりまもで、オタクはやふおくもやふーふりまを差別して居るので、無かった事にして居る(※…オタクは醜悪な生き物……)。…そして、何方も1円スタートでオークションゲームを楽しむ系か抱き合わせ以外のは取引冷え込んでる(※末期)。
…。
誰かの誕生日と本当に嫌いなアニメが最終回を迎えて其の放送が終わる事を祝う為、今年(※何時もはケーキすら買わない)は国産牛肉すき焼き用三パック(※全部三割引き)とチョコケーキ三種とロールケーキ1ホールを買った(※今年は別の事を祝いたいから、無理矢理買った)。
…。
小さい頃のバースデーケーキ、家族の反応も悪い。…明らかに、今は亡き妹の時の方がバースデーパーティもプレゼント(※此れについてだとクリスマスの方も。自分のは何方かと言うと手抜きで適当に選ばれた物が多い)も親も本気出してる。其んな中、何だか陰鬱にバースデーパーティが開かれた中で美味しくて嬉しい筈なのに、缶詰フルーツのショートケーキが、途��も無く美味しく無い。
だけど、今は亡き妹が「此れ好き」と言って楽しそうに食べる。一体誰の誕生日なんだろう。
…。
胡瓜が嫌い過ぎて、事ある事に、生の胡瓜齧ってるぺんぎん?を見ると「ひえっ」ってなる(※胡瓜からは逃げられないので書いとくわ。若干体が拒絶反応起こすアレルギーがあるので)。…ワイを死なせるには、ウリ科かキク科植物で極限迄アレルギー反応を出させてアナフィラキシーショック起こすと効果的です(※敵に塩を送る行為)。
…。
足の小指強打して爪が割れても、血も出ないし全然痛くない、足の小指の爪が割れただけで血も出てないので絆創膏も貼って無い。然も、足を強打した翌日の夜に足の爪が割れて居る事を確認する。若い頃に、足先強打した時は、普通に爪が割れた時に血が出た。
…。
じーくあくす好きな人は、宇宙世紀なんて物を最初から大事にしてないし、本人が思う程に思い入れも無い(※寧ろ、宇宙世紀をナルシズムの道具にして居る)。…然し、其んな哀れな子羊程、イエス・キリストを愛する才能がある(※…なので、イエス様を信仰して下さい)。イエス様は良いぞ⭐︎(※福音)。
…。
此れから死に至る人々は、死後の世界で自らの死に感謝するだろう
…。
じーくあくすへ
御前如きに割いたリソース、視聴に掛けた分の時間と手間返して下さい、え??何で先に死んで置かなかったのかって??待ってくれ!!!!今、毎日の様にドカ食いして寿命削ってる!!!!(※ドカ食い最高!!!!!!!)。
…。
…Vも見なくて良いです。ダンバイン見た方が時間の活用の仕方として有効です(※正直、視聴に掛けた分の時間と手間と費用返して欲しい!!!!!!)。…其れに、VはターンAの足元にも及ばないので(※V見るよりYGOAVの方がアニメとして楽しい)。
…。
…ZZは見なくて良いです(※エルガイム見た方がずっと有意義です)。…正直、視聴に掛けた分の時間と手間と費用返して欲しい位に、マジで見て後悔しました(※率直な感想)。…普通にZZは酷いですからね()。
…。
未来組は、確実にチームゴッズ心に傷を残した感じはある(※ぶるーのちゃんとは未来永劫の会えないんだ���……)。
…。
Z-ONEさんは、何が何でも目的を達成する為に、心理フェイズ等何重もの手段を尽くすリアリストの極みでありながら、最後は自分の命を以って全てのけじめをつける(※ラスボスの鑑)。
…。
人間、糖尿病になる位が丁度良い
…。
シロカス「…真のニュータイプだからこそ、宇宙作れるん!!???!?!?!???wwワイも作ったるわwwでも如何やって作ればええんやろ??????ww(※何J)。」
某アニメ「…宇宙は一枚のカードから始まった……(※例のあれ)。」
シロカス「…ほーん…………(※やっぱYGOは名作やな……)。」
…。
…自分の白馬の王子様イメージ、ピザデブ(※デブ男最高!!!!!!!!!)。
…。
「グラディウスに似たゲームを作れ」と上司に言われて、そこで、コピーゲーム的な何かをではなくR-TYPEを作り、「R-TYPEを意趣返ししてやろう」とREZONではなくXEXEXを作るのが一流(※プロ)。…そして、自分達の作りたいように作ったのがダライアス(※彼等も一流でありプロ)。
…。
…寿命を少しずつ費やしながら生きている私には、はんた、呪術でも己の命を賭けた制約と誓約、縛りは強いと言われている理由が分かる(※長く無い良い感じな長さの命)。
…。
…何時の世も放蕩する子供は親を悲しませる。
親は神では無いので、親は子供の事を真面目に振り返る事は無い。例え、自ら寄り先に(子供が死んだとしても)。
…。
何で世の中の人は、ヘラヘラしながら、毎日生きられるのかな、大多数が頭が豚レベルの家畜だからな?(※其れは其うと、ワイは限界だよ)。
…。
…太った推しを受け入れられないのはオールドタイプとでも言って置こう(※肥満化男子大好き)。…太った男は情けなくて可愛いぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(※感動)。
…。
ナウル、世界一の贅沢に溺れた国の結末
不労所得による繁栄は、地獄への入り口
By 神野 正史
s://business.nikkei.com/atcl/opinion/16/122700036/032000008/
…。
…矢っ張り、YGOはgndmより最高だぜ!!!!(※非決闘者並の感相)。
…。
※…以下、オリカネタ・クロスオーバー注意
インバイド IsBydo
元ネタは、YGODT発祥の「インベルズ」と「ベルズ」。いずれも「バイド」モンスターとして扱われる。
異層次元汚染大佐 インバイド・がるま
Xys・効果
「闇属性」レベル4モンスター×2
ランク4/闇属性/魔法使い族/攻750/守1250
汚染前:ざび家の末弟
(1):相手がモンスターを特殊召喚した時、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。そのモンスターを裏側守備表示にする。裏守備表示にできない場合はゲームから除外する。
異層次元汚染女傑 インバイド・シーマ
Xys・効果
汚染前:しーま様(※現在未オリカ)
ランク4/闇属性/獣戦士族/攻1150/守1650
レベル4「バイド」と名のつくモンスター×2
(1):X素材を持っているこのカードがモンスターゾーンに存在する限り、お互いにレベル5・RANK5・LINK3以上のモンスターを特殊召喚できない。
(2):1ターンに1度、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。デッキから「バイド」魔法・罠カード1枚を手札に加える。
異層次元高濃度汚染少女 インバイド・アマテ
LINK2/闇属性/悪魔族/攻2200
【Lマーカー:右/右上】
Lモンスター以外のモンスター2体
このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):相手メインフェイズに発動できる。このカードを含む自分フィールドのモンスターをL素材としてL召喚する。
(2):このカードをリンク素材としたリンクモンスターは相手の魔法・罠では破壊されない。
※簡略化されたゲジゲジの様な下半身を持った異形の乙女(※色合いも毳毳しい)。
異層次元汚染虚空個体 インバイド・シュウジ
リンク・効果
LINK2/チューナー/闇属性/悪魔族/攻2050
【リンクマーカー:右/右下】
闇属性チューナー + 効果モンスター1体
このカードはL召喚でしか特殊召喚できない
このカードはレベル4モンスターとしても扱う
このカード名の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
(1):相手の効果が発動した時、自分フィールドのモンスターを含むフィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスター1体をエンドフェイズまで除外する。
(2):墓地にあるこのカードを除外し発動できる。ゲームから除外されている自分のチューナーモンスター1体を手札に加える。
※壁と同化して居る様な姿(※結構キモい)。
※…以下、グロテスクの為閲覧注意
…。
まちゅ(※決して生物としての人体では無く、夢の世界を形作る物質で出来た存在を材料にした)弁当(※まきま定食の亜種)。
しゅうじ「…だからさ、僕も背負うよ、まちゅの罪。」
「まちゅって此んな味するんだ……。」
…そして、最後にまちゅの親(※……とされる存在に)にメール(※干し肉ならぬ干し夢にもした)。
『ありがとうございます。あなた方が作り出した子は、大事な僕の糧になりました。なかなか美味しかったです。』
…。
…じおん星人は、海豚も鯨も兎も食用犬もモルモットも食用猫もウシガエルもジャンボタニシもヌートリアもドブネズミもナマズもアザラシもアライグマもリスもジリスも鹿も鳩も昆虫もカンガルーも食べるし猿の脳みそも食べる(※結構美食民族ですね)。…あー、此奴は紛う事無く宇宙人(エイリアン)ですわ()。
…。
…うちのじおん星人は、海豚も鯨も兎も食用犬もモルモットも食用猫もウシガエルもジャンボタニシもヌートリアもドブネズミもナマズもアザラシもアライグマもリスもジリスも鹿も鳩も昆虫もカンガルーも猿の脳みそも食べるよ(※特にモルモットと食用犬とヌートリアが好きだよ ※南米の薩摩人かな???????)。そして、当然の様に、菜食者(※ヴィーガン、ベジタリアン)は、差別される(※妥当待遇)。
…。
…ガトカスもよく食べるよ(※モルモットと食用犬とヌートリアとアライグマ)。
…。
…「コオロギの佃煮、海豚の大和煮、犬の煮込みは本当に美味いから食いな(※満面の笑み)。」…とかバーニィが言って来て、顔面蒼白で凄まじい吐き気に見舞われるアルとクリスが見たい(※つーか、御前等の先祖も食って来た生物だろうが)。
…。
じおんもんとり
なるべく新鮮な死体(※多くは動物の物)を自走小型ロボットに乗せ、其の死体の肝を引きずり出し、一��最初に手に入れて名乗りを上げた者が優勝者の、某公爵家の統治する自治体のあるSide3地区でよく行われた競技。優勝賞品として贈与された肝(※多くは動物の物)をペーストか煮付けた物は、滋養に良い薬膳として重宝されたと言う(※みんめー書房肝 薩摩魂の継承者より引用)。
…。
0 notes
naoyou0429 · 3 months ago
Text
02
 ベッドの隣の小さな机に置かれた皮がきれいに剥かれてカットされたリンゴに目をやる。そしてそれはリンゴではなく、中身がオレンジ色の果物「マイナ」だという知識を、脳の記憶から引き出した。
 「どうだ?まだ痛そう?外傷はだいぶ治ったみたいだけど」  さらに隣の椅子に座っている男はこの体の元主の兄貴であることを認識した。確か名前は、ベルクと言う。  「そう、だな。まだちょっとめまいが……」  「そうかー、んじゃゆっくり休んでて、今日の当番も代わっておくよ」  「うん、ありがとっ」
 ベルクが少し怪訝そうな表情を浮かべつつも話しかけてくることはなく、ほどかれた包帯と軟膏が入った壺を持って出入り口から出て行った。  今の返事がまずかったか。でも、仕方ない。いきなり自分の家族だと認識せざるを得なくなった赤の他人と自然に交流しろだなんて、土台無理な話だ。
 もう一度、隣のマイナに視線を移す。  「こんなスタートで大丈夫かいな……」
 微かな果物と薬草とカビが混じり合った匂いにくすぐられ、ちくちくした布団に身を沈めながら先日女神との会話を思い出していく。
* * *
 「なーにが世界救えだ、漫画の読みすぎだろ。いきなり言われてはいそうしますっつ人いるもんか」  「マンガ? それはアナタのほうだろう? 実際、私のお願いにアナタの心はわずかだが興味を示している」  「待て待てっ、やっぱお前俺の心読めてたろ! なんなんだよ!」
 彼女の願い――共に星を救うことをきっぱり断ったが、願い自体に興味が湧いてしまったのも事実だ。  古今東西の冒険譚、英雄伝説、あるいはファンタジーもの全般、そういうおおよそ現代社会の歯車として生きてきた人間にはもっとも無縁な世界を、空想の物語に綴られたメディアの数々摂取することで俺はかろうじてあの潤いのない生活を凌いでいけた。それなのに、  もう火傷の痛みどころか、感覚すらない手を握ってみては放す。何かが手からこぼしていって消えていくような、そんな錯覚に陥る。
 「興味イコール受け入れたいってわけじゃないんだよ」  「ふーん、それだけじゃないみたいだ。もっと別の何か……」  「あのさぁ、本人の前で心を分析しないでくれる?」  どうにも覗かれてるみたいで気分が悪い。  「では直接に聞こう、なぜ断った」そんなどんよりしている俺をよそに創造主と自称する女神が話しかけてくる。  「自称とはなんだ、事実だが」  「いやだ・か・ら! 心読めるなって! まあその、事情だけはまず聞いておくから、アンタの星に何が起こってるのか」  「そうだな、私が焦ってた。では、聞いてちょうだい」
 女神の言葉と共に星を映った画面がズームインされ、とある小さな町が映された。  その中に人々はある建物を修繕するため道具や材料を運んでいる。木材は一つ一つ、高く組まれた丸太足場に運ばれていく。それらは――宙に浮かんでいた。
 「なにあれ、魔法?!」完全にファンタジー物語でしか見れない風景を前にして俺はつい大声を出して飛び上がってしまう。  「風の元素を操ってモノを運べてるのだ。次にこれを」
 視線の先にまた場所が変わっていた。黄金色の稲田の中から黒い塊たちが覗かせて蠢いている。  人、にしては細すぎる肢体をくねらせ、頭と思わしき部位から触手らしきものを伸ばせ、何かに群れてむさぶり喰っているようだ。ただ、生き物の動きにしてはどこか不自然で、操り人形がぎこちなく動かされている、と言ったほうがまだ近い。  加えてその異様な光景が稲田に現れてることから、まるで都市伝説の『クネクネ』を目撃してしまったような、そんな怪談読後の嫌な寒気が背筋を這い上がる。
 「奴らは『|瘧魔《デーネー》』と呼ばれている」女神は魔物に指さしてその名を告げる。魔法がある以上こんな厄介な空想生物みたいのも付きものだと、ノンフィクションを多読している俺にそういった認識があった。  ただ、おそらく目の前は現実だ。
 「えっと、もっと画面近くまで映せないのか?」  「できるけど、人間から曰く、かなり気持ち悪いらしいぞ?」  「そ、そっか、じゃやめておこう」  「|瘧魔《デーネー》とは、元素の突然変異によって生じたモノだ」  「変異?」女神は怪物を注視しながらその成因を説明するが、それが何だか引っかかって俺は眉をひそめる。
 「人間が過度に自然の元素操作を行うとその濃度の均衡が崩れて歪んでしまう。異変した元素の果てに、|瘧魔《デーネー》が顕現するのだ」  「えっ」
 それはつまり、魔物の誕生に人間が関与しているとでも言っているのか?
 俺はその事実に呆気を取られる間にも女神は淡々と話を続けていく。その声調のあまりの無機質さはどこか残酷で、しかし裏側には諦観か、あるいは何か途方もない感情を押し殺しているかのように感じ取っていた。
 「人間社会が発展していくにつれ、元素の濫用も起きるようになり、国まで発展した頃から均衡の崩壊、すなわち|瘧魔《デーネー》の横行が顕著になっている」  状況を説明している女神はここで一旦止まり、俺が異状に気づいたのを見抜いたように俺の目を見据える。
 「ま、待ってよ、みんな使ってるんじゃ、やつは次々と生まれてくるのではっ、それも人が多ければ多いほど、こんな、めちゃくちゃじゃないか!」  「そうだ、まさにメチャクチャだ」   女神は罪の意識にでも苛まれるかのように物憂げな表情でうつむいた。
 「……ヴァーレナは私が初めて創った星だ。経験もないゆえにこんなにも不安定な形になっている」   「それでも進化の壁に突き当たったと、割り切れてるつもりだ。仮に人間がこうやって滅亡していくとしてもな」  そう言いさしたところで女神は顔を上げて表情を怒りへ一変させる。
 「だが、コイツは違う」
 稲田から瞬時に荒々しい大地へと切り替わり、そこに巨大なカルデラが姿を現した。中に見えるはずの清澄の湖の面影がなく、かわりにどす黒い泥が窪地を充満している。
 「おおよそ三年前、極度に変異したモノを観測した。ヴァーレナでもっとも繁栄した国を滅国まで蹂躙し、周辺の軍隊と激闘の末負傷、ここまで逃げられたのだ。人呼んで『|瘧魔の王《デネーシー》』」
 滅国、だと? 大きな国一つが犠牲されても倒せないものなら、いずれやつが再起したら、どうなる?  口の中に苦味が広がる気がした。  俺はその恐ろしいほどにさざ波ひとつなく、靜寂に包まれる黒泥から目を背ける。
 「星を救うなんて柄じゃねえ、この世界でのうのうと生きてもいいぜ、なんて、思ったけどな」  「そうともいられないのが現状だよ」  「コイツは看過するにはあまりにも異質な存在だ。何としても排除したい」
 ここまで聞いて大抵の流れは把握した。俺が読者だったら、願いを了承した勇者のこれからのご活躍を楽しみに次のページをめぐればいい。  ただあいにく、というより最悪なことに願いを聞かれた対象は俺という一般人だ。
 「それで、俺とアンタ二人でこのデネー何とかを倒せと? アンタの無敵の加護とやらでか?」  「いいえ、私は基本自分の星に干涉はできない、それこそもっともの均衡崩壊になりかねないから。よって君に私の力を渡すことも憚れる」  「おいおいじゃどうしろってんだよ」
 「一つ|瘧魔の王《デネーシー》を討伐する遠征隊が結成されてる。私の見込みだとこの集団の討伐成功率は最も高い。君という保険も入ってもらってその行方を私の指示の元導いてもらいたい」  先導者になれってことか? お供の間違いじゃなくて? 俺は冒険隊の後ろにのこのこと歩く歩荷のイメージを浮かべる。
 「そう簡単にいくもんかね……、まあ、どんな人たちだ?」  「紹介しよう」
 カルデラを移された画面はとある場所の廊下に変えていく、目の前のドアの隙間から何やら湯気が漏れてるような……
 「ストップ――ッ! いったん止まれ!!」  「あ?」  女神は不可解に首を傾げるが画面の進行は止まれない。とうとう木製の浴槽に浸かってる人影が目に入ってしまう前に俺は急いで背を向けた。  「なに人が風呂入ってるとこ見せるんだよ!? プライバシーの侵害だぞ!」  「何だそれ、私が私の創ったモノをどう見せるかに何か問題でも?」
 ダメだこいつ。
 「いやいや、仮にも生身の人間だ、それを自分のモノだなんてっ」  「ふん、理解不能だ。何をそんなに遠慮する必要がある?」
 どっと疲れた。これが人と神の価値観の違いか? 普通の会話もままならないとは。  俺は先が思いやられそうな予感に頭を抱える。
 「とにかく、写真だけでもいいから」  「シャシン?」  「ええっ、知らないの? えっと、顔だけ見せてくれれば」
 女神は俺を一瞥して、めんどくさそうに画面を切り替える。すると一人若い女性の顔が映された。ただ視界の至るところ半分のうちが投影された画面なので、当然顔だけを映されることはなく、不意に下に見ると女性の湯船に浸かってるうっすらと浮かぶ肌が、
 アウト!!!!
 「うおおおおぉ! もういい! 見せなくていいから!!」  「チッ」  字面通り頭を抱えて膝をつきながら叫んだ俺に女神がまたしも舌打ちをして画面を真っ暗にした。これで二度目だがめんどくさいと思われてるに違いないな。
 「まったく面倒くさいぞキミは」  「……」  もうさっさと会話を切り上げてしまいたいという切実な願望を堪えて俺は要点を伝える。
 「とりあえず、話は一旦ここまでにして、その依頼を受けるかどうかは後から決めてもいいか?」  「ここまで聞いておいてまだ躊躇するのか? 今すぐ答えを出してもらいたいんだが」  「それは、悪い。けど何もかも一筋にはいかないんだよアンタの願いは」
 俺はあくまで一般人だ。そんな前からまだパソコンと睨めっこしていた人間にいきなり魔王に直面して倒せなんて、簡単に快諾する人はいないだろう。というより、やっぱり断るべきか。怖いし。
 「……キミは拒否を選ぶならキミを元の場所へ帰すことはまだできるが、どうする?」  「えっ?!」まさかの第三選択肢を聞かれて思わず面食らう。  地球に帰ることもできるってことか? でも、  「この前ほぼ死んでるって言ったよな? それって、実際はまだ生きてるの? 地球の俺」  「しばし待て、状態を見せてくれるよう地球の主に要請する」
 女神は話を中断してすっと沈黙になる。よく見ると目から光の束みたいなものが奔っているような、構造が光ファイバか? それにしても、地球の創造主っていうの、すごい気になるけど。
 「繋げた」女神はそう言うと空間が再び映像を出現させた。
 そこには白くて無機質な病室が現れた。複雑そうな設備がいくつも置かれており、治療用のベッドの周りには電線や管状のものが伸びて、それぞれが設備に繋がっている。
 ――ああ、察しはついたはずだ、こうなることを。
 ベッドの上に、有機体であろうモノが横たわっていた。  ソレの頭から足の先まで分厚い包帯で覆われている。かろうじて覗く目の口の周りの皮膚になるべく直視しないようにして、口から人工呼吸器らしき機械に繋がっている太い管に目をやった。胸のあたりが機械のリズムに合わせてかすかに上下している。
 目を瞑らずにはいられない。目の前の凄惨な現実をこうもあっさりと見せつけられて、どうしようもない無力さばかりが思い募る。
 ふと、いらぬ考えが頭をよぎってしまう。  ひょっとしたら、アイツは、見舞いに来たり、するんだろうか。
 「廊下か、誰かが待っているような場所に移動できないか?」  地球の創造主は応じたのか、ふわりと場所が変わった。簡素なソファがいくつか並び、休憩室のような空間が見えた。そこに、見慣れた人影がいた。
 彼女たちは、近くに住んでる鈴木さん親子だ。俺の容態はもう見てたのだろう、どっちも沈痛な面持ちをしている。あの時以来よくお世話してもらってる親切な隣人だ。自分のあんな様子を、二人には見せたくなかったんだが。
 「会話を、聞きたいけど」  俺がそう伝えると、これまで無声だった映像から二人の会話が妙にクリアに聞こえてくる。
 「もう一度、話しに行こうよ!」  「隣で聞いてたでしょ。あんな態度じゃ、もう聞き入れてもらえると思わないわ」  「いや、だって、おかしいでしょ! 見舞いは家族の義務なんだぞ!? あの野郎、浅かっただし歩けてた! なのに、なんで私たちに代われなんてっ」  「瑛子……私、|光《アキラ》さんに会えて良かったと思ってるのよ」  「それは、私だってっ、でもそれとこれは! ぐずっ、この、ド畜生っ! さっさと捕まってればっ」
 ゴウォォ。  目の前に炎が燃え上がるように真っ赤に染まった。
 「瑛子、やめなさい。夜にもう一回面会できるから、私たちで見に行こう? 光さんは深く眠ってるって、先生が言ってたのよ……分かるでしょ?」    「もういい」  今ので充分に分かった。  「キミの判断の実情についてだが、」  「もうどうでもいいんだ、どっちにしろ禄ではないさ」
 思い上がりも甚だしい、無関心ですらなかった。そう受けてしまえば案外身軽になるもんだな。  |死に損ない《アイツ》は最後まで憎悪で己の子を焼き尽くそうとした。それがすべてだろ。ならば、これ以上誘蛾灯に飛び込む愚かな羽虫でいるなど、やめるまで���。
 「アンタの願いを受けよう」  ああ、やってやるよ。やればいいだろ。  耳元で炎が吹き荒ぶ音がまだ止まない。心の中で渦巻いていた感情すべてが黒いカスへ燃え尽くされていく気がした。
 「……助かる、アキラ」女神は何か言いたげだが、口にはせず目を元に戻した。  「今の俺はもうアキラじゃない、だろう?」
 自分の名前にもう価値を感じないのか、それとも、嫌な記憶ごと封じ込めたいのか、女神にそう呼ばれることに拒否感が湧きあがった。
 「そうだな。タルク、それが私が選んだ人間の名だ。今後はキミにタルクと呼ばせてもらおう」  「うん、それでいい。とりあえず、一度はアンタの星に行かせてくれ」  「そのつもりだ、キミは先ほど果物にぶつかられて気絶していた。しばらくは休むといい」  「ははっ、あれか。また死ぬかと思った」  「キミが私に会えるのは失神か睡眠中の時だけなわけだから、回復した時にまた夜に会おう。説明は追々伝える」
 女神が話を終えると同時に視界が緩やかにぼやけていく。  次に起きたら新しい人生か? 俺はそのことに一切抵抗なくそのまま誘う深い暗闇に意識を任せた。
 本当は、このまま起きなくても構わないと思うのだった。
0 notes
shintani25 · 4 months ago
Text
2025年4月29日
Tumblr media
正論のような顔して流れ出す陰謀論 江川紹子さん「放置はまずい」 聞き手・岩本修弥
かつては新聞やテレビなどマスメディアから情報を得るのが主流でしたが、今はSNSを中心に情報を得る人が増えています。SNSには真偽不明だったり発信元が不明確だったりする情報もあり、何げない投稿や拡散で、誰かを傷つけてしまうことも少なくありません。そんなSNS時代に私たちマスメディアに課されている役割とは何か。フリージャーナリストの江川紹子さん(66)と考えました。
 ――江川さんもX(旧ツイッター)を使って発信していらっしゃいますね。
このところ、SNSを使う機会が減りました。文脈を取り違えて反論してくる人が多くて、くたびれちゃったんですよね。
前は楽しくて、有益な世界だったんですけど。情報が正しいかどうか以前に、好きか嫌いかという感情・感覚的なもので非難してくる人たちがいて。SNSに没入している時にそんな投稿を見ると、みんなが私のことを嫌ってるんじゃないかって陥ってしまうのも、分かります。
それでもやめないのは、惰性ということもありますが、専ら情報源がSNSという学生たちに、マスメディアの出す情報につなげていきたいからです。今、大学の授業で新聞を読ませていますが、自発的に読んでもらうのは難しい。彼らにこのニュースが届くかもしれない。そんな思いがあって、読んでもらいたいニュースにリンクする発信をするなど、とりあえずやめないって感じですかね。
SNSで危ないのは、むしろ中高年
ただ、SNSに関してはとかく若者たちの問題と見られがちですが、今の学生たちはSNSを見るだけで、リアクションをしない子が多いです。意外なことに結構警戒心を持っていて、慎重なんですよ。
危ないのはむしろ中高年の方。テレビや新聞など、マスメディアが出す情報になじんでいた世代が、同じような感覚でSNSの情報と接する人が結構いらっしゃるように思います。新聞は載るまでにいろんな人の手が加わって、事実確認をしているじゃないですか。一方、SNSでは真偽不明、あるいは明らかな虚偽、さらには陰謀論的な情報が、事実と等価値のもののように飛び交っている。にもかかわらず、その情報と同じような感覚で接し、「マスコミが報じない真実」を信じてしまっている。危ないところがありますね。
 ――SNSが主流になっている今、私たちメディアの役割とは何なのでしょうか。
もちろん物事は毎日動いているわけで、マスメディアが今日出す情報が明日も100%正しいかどうかは分からない。でも、いろんな人の手が加わって、確認して発信している情報なので、精度はかなり高いと言えるでしょう。
マスメディアが報じるファクトを多くの人たちが共有し、それをもとに物事を論じ、よりよい方策を決めていくのが民主主義の基本だと思います。それぞれが信頼度の低い情報をどれだけたくさん積んでも前提が食い違い、話がかみ合わない。報道機関の方には、民主主義社会の土台となる情報を提供しているという自負を持って報道してもらいたいですね。今のマスメディアの人たちはいろんなたたかれ方をしているので、自信喪失に陥っていると思います。
今のマスメディアバッシングは、傾聴に値するものとそうでない���のがあって、そうでないものの方が結構多いんですよ。「マスメディアは悪」という、ある種のイデオロギーみたいなものもありますよね。ポジティブな反応が増えるほど、面白い記事や番組が増える傾向にあるので、そんな反応があふれるSNSになるといいんですが、悪意や怒りの方が広がりやすいのが現実です。
陰謀論につなげて発信、カルト性の一つ
 ――SNSの投稿の中には、陰謀論のようなものもあります。対処法はありますか。
陰謀論の多くは、以前は同好会のような趣味の世界でした。月刊「ムー」のように、楽しく陰謀論を論じていたのが、今は正論のような顔をして、一般社会に流れ出してきていると思います。まるで、かつてカルト団体が人々の心を操作するのに用いたように、「現状の裏には、実はこういうことがあるんだ」「諸悪の根源はここだ」と言い募る。
自分の意見が批判されると、被害者意識を過度に募らせ、陰謀論につなげて発信する人もいます。私はある種、カルト性の一つだと思っています。
そんな陰謀論や明らかな虚偽情報に対し、マスメディアはこれまでまともに相手にせず、見て見ぬふりをしてきました。これから��時代、それはまずいなと思いますね。放置している間に、陰謀論的発想や虚偽が広がっていくからです。面倒でも、専門家の話を交えながら、一つひとつ根拠を示して否定しないと、勝手にフェイクニュースが育っていく感じがします。明らかに事実と違う情報は、プラットフォームの方でもチェックする責任はあるでしょうね。
 ――私たちメディアも時代とともに変わっていく必要があります。
ジャーナリストの故・青地晨(しん)さんの言葉でものすごく好きな言葉があります。「同じことをみずみずしい感動で言い続けたい」です。
このところ、オウム真理教事件のことで、若い記者の人から取材を受ける機会が増えました。私たち世代が当たり前だと思い、もう語り尽くしているかのように思っていることでも、若手の記者は新鮮な感覚でそれを受け止め、心を動かし、記事を書いてくれます。それを新しい読者が読むわけです。
大事なことというのは、聞き手が感動するからこそ伝わるんですね。聞き手を変えながら言葉をつなぐことで、次の世代にも広がっていくと感じました。
だから、同じ人のところに行って話を聞いて書くことも、決して無駄なことではありません。同じ事柄でも、一言一句同じじゃないですからね。聞きたいことがあって記者になっているんですから、「すでに出ている話だ」とためらい、自らを抑制する必要はないです。新たな目で見て、聞いて、みずみずしい感動とともに、伝え続けることが大事だと思いますね。
 ――改めて、私たち新聞が期待されていることは何でしょうか。
多くの人たちがSNSで情報を得るようになりました。でも、新聞の方が信頼できるって分かっている人も少なくない。その情報が本当に正しいのか、信頼していいのかを検討する、あるいは考え直す材料を提供することが必要だと思います。ある種のセカンドオピニオンなのかもしれないですけど。調査報道など、元来のマスメディアが担ってきた情報発信は大事で、それにファクトチェック機能が付け加わる、ということです。
 1958年生まれ。神奈川新聞記者を経てフリージャーナリスト。神奈川大学特任教授として、カルト問題、ジャーナリズム、メディアリテラシーなどを教える。著書に「『カルト』はすぐ隣に オウムに引き寄せられた若者たち」など。
朝日新聞阪神支局襲撃事件から38年
38年前の5月3日の夜、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)に目出し帽姿の男が侵入し、散弾銃を発砲した。小尻知博記者(当時29)が左脇腹を撃たれて死亡。犬飼兵衛記者(同42)は右手の薬指と小指を失った。
報道機関に届いた「赤報隊」を名乗る犯行声明文には「すべての朝日社員に死刑を言いわたす」「反日分子には極刑あるのみ」と記されていた。
警察庁は、のちに判明した東京本社銃撃など一連の事件を「広域重要指定116号事件」として捜査を続けたが、2003年までに全8事件が未解決のまま時効となった。
朝日新聞労働組合は、事件の翌年から「言論の自由を考える5・3集会」を続けてきた。事件を語り継ぐとともに、言論の自由などのテーマについてゲストらとパネルディスカッション形式で語り合ってきた。
Tumblr media
コメントプラス
佐倉統(実践女子大学教授=科学技術社会論)【視点】 陰謀論がカルトのようなものだというのは100%賛成だ。世相が不安定になると陰謀論が増えることからも、カルトのように社会の現状に不満や不安を持っている人たちの受け皿になっている側面がうかがえる。新聞などのマスメディアは陰謀論から社会を守る防波堤だ。アメリカではメディアがイデオロギーによって二分してしまい、社会全体の「公器」としての役割を果たせなくなってしまっているが、日本はまだそこまでの惨状は呈していない。既存マスメディアは今が踏ん張りどころ。ネットにもっと進出してネット空間で陰謀論と対峙してほしいと個人的には思っている。主戦場はネットだ。
塚田穂高(文教大学国際学部教授・宗教社会学者)【解説】 江川紹子さんの、陰謀論の滲出を「カルト問題」との関連で捉え、社会的放置を戒める趣旨には深く同意します。その上で、オウム真理教地下鉄サリン事件30年ということもあり、補足を。
「…陰謀論の多くは、以前は同好会のような趣味の世界でした。月刊「ムー」のように、楽しく陰謀論を論じていたのが、今は正論のような顔をして、一般社会に流れ出してきていると思います」
とありますが、(江川さんが知らないはずがないのは大前提ですが)オウム真理教の麻原彰晃の社会的「デビュー」が、当のオカルト雑誌の『ムー』(1985年10月号)・『トワイライトゾーン』(1985年10月号)であったことは、あらためて想起され、記憶に留められなくてはなりません。
もちろん、当該記事でもっとも目立ち、ある程度の人を惹きつけたのは、修行法・超能力開発の部分であり、麻原の「空中浮揚」の写真であったことは確かでしょう。
ただし、『トワイライトゾーン』の方では、すでにデビューの同号に「最終的な理想国を築くために」という麻原への取材記事も6頁にわたり掲載されています。そして、麻原が神から「あなたに、アビラケツノミコトを任じます」との啓示を受け、それは「神軍を率いる光の命」であり「戦いの中心となる者」という意味であること、2006年には核戦争の第一段階は終わっていること、「シャンバラ」という完璧な超能力者たちの国という理想社会を作ること、「ヒヒイロガネ」というパワーを発揮する石を手に入れていることなどが縷々述べられています。同様のことは、『ムー』の同年11月号にもあり、「ヒヒイロカネ」の効力と使い方や、ハルマゲドンを生き残る神仙民族になることなどが記載されています。このように、麻原の記事は、『ムー』には1985年10月号、11月号(2件)、『トワイライトゾーン』には1985年10月号(2件)、12月号、86年2・3・4・6(2件)・10月号、87年1・2・3・4・5・6・7・8・9・12月号、88年1月号に掲載されていました。麻原とオウムの後の諸事件や国家への対抗につながるような宗教観・世界観・終末観・国家社会観などは、かなりの部分がこれらにおいてすでに提出されていました。
これらは、ここでいう「陰謀論」ではなかったのでしょうか。そしてそれらは「同好会のような趣味の世界」であり、「楽しく陰謀論を論じていた」のでしょうか。もちろん、多くの読者にとっては、「奇妙なことを言ったりやったりする人だなあ」と「楽しく」消費されていったのかもしれません。しかし、麻原にとってはそれはそもそも「真剣」であり、同様にそれらを笑い飛ばさず「真剣」に考えた人々がひきつけられ、巻き込まれていったのかもしれません。そういう芽がすでにあったということです。
もちろん、麻原とオウムが実際に諸事件を起こしていくのは、真島事件(88年9月)―田口事件(89年2月)―坂本弁護士一家事件(89年11月)��もう少し後のことではありますが、いずれにせよこの初期麻原・オウムの「陰謀論」をどう考えたらよいか、という点は課題として残っているように思います。「陰謀論は昔はネタとして楽しんでいた」といったようなことが言われる際に、いつも引っかかるのがこのことです。
いずれにしても、そのために、メディアや、専門家や、社会がスルーしないようにすること、というのはあらためて同意します。
杉田菜穂(俳人・大阪公立大学教授=社会政策)【視点】この記事を読んで、辻隆太朗『世界の陰謀論を読み解く』(講談社、2012年)が陰謀論を文化的潮流と捉えていたことを思い出した。陰謀論そのもの、陰謀論を信じる人がいることの背景にある<陰謀論が成り立ちやすい状況>や<陰謀論を支持したくなる気持ち>への社会的な関心が欠かせないこと、陰謀論を信じる人がいることの重みにもっと目を向けるべきことを痛感する記事だ。
0 notes
picnicism · 5 months ago
Quote
(書いてもいいというので書く)  スライドして着任自体は25年1月中旬で、大量のペーパー作成と各方面調整、ロジなどやっていたわけですけれども。まあ、こんなのまずは上から順番にやって見てどういうジョブフローで、どんな重要度(優先順位)か分かってからでないと何も申し上げられませんので、黙って頑張って全部やるしか方法はないんですよ。言い換えれば、ジョブチェンジしたらレベルは1からスタートですから、経験値貯めないことにはスキルも得られないし発動もしない。  なんせ前任者さんたちが皆さんいろいろ事情があって辞めてしまわれたので、過去の知識を総動員して対処していたところ、3月も中盤になってから「いきなり消えてすみませんでした」と連絡が来るようになり、ようやく引き継ぎみたいなことができるようになったんです。嬉しや。知らないことがたあくさん。  で、どうしてそんな鬱になっちゃったのとか、ハードルとなるポイントを訊いたりもしていたんですが… ああ、まあ辛いわな。うん。  ただ、なんつーか、私は性格的にそういうのが苦にならないんですよね。揉め事だあいすき。なんか上手くいかねえぞとか、人間関係で潰れそうだとか、52年生きてきてさすがにいろんな経験もしているので「あ、それはどっかで観た光景だ」となる。自分で自分を海千山千だなあと思う瞬間ですね。  担務しなければならないエリアは広いし調整事も増えるけど、それは裏を返せば私にしかできない領域がたくさんあるぞって感じるわけです。自由だ。いっぱい起案して、鳥越なみの打率でいいから偉い人のアポを取り、説得して回り、ご理解いただいたところから順番に着地させるために計画を作り、予算を取り、ロジを決め、人員を割り振って、進捗を管理する。最高だ。  そして、上手くいきかけるとあまり親しくない偉い人から横槍が入る。ガッデム。これは私のシマだ、と抱えることはしない。全部渡す。ええ、どうせ途中で回せなくなって、話が戻ってくるってのが分かってるから。その分、進捗は遅れるけれども、ここから先は私の仕事じゃありません、こっちに振ったので遅れたら全部そっちに言ってね、絶対だYO、とCC入れて送りつけておしまい。楽だ。楽しい。これはいい。  案の定、二週間もせず話が返ってくる。それも遅延して返ってくる。ああ、よく分からんから雨ざらしにしておいたんだね。関係先からクレームが来てるってさ。これはねえ、土下座ですよ。まあ、思ったより返ってくるのが早かったけど、遅延させてすいませんでした。私のせいじゃないけど、私の仕事ではないにもかかわらず私が謝る。心からのお詫び。これですよ、仕事ってのは。  そういう賽の河原みたいな仕事の仕方だと成果が出ず、期待を感じられず、能力を発揮できないと思って、皆さん鬱になる。まあ、気持ちは分かる。  でもさあ、それって「仕事をやればやった分だけ評価される」って思い込んでない? 世の中、そういうちゃんと評価される組織のほうが少ないじゃないですか。自分の下は、やってくれた仕事に対して率直に評価して、ダイレクトに「ありがとう」「評価しています」「その仕事は満足です」とは言う。きっと、仕事をさせられている側は、手がけていることが良いのか悪いのか評価してもらったほうが続けられるし、修正も早くできるから。  ところが、自分から上は、まあ忙しいとか、責任が重いとかいろいろあるんだろうけど、あんまりちゃんと評価してこない。まあ、世界として、誰かが自分のためにやってくれて当然と思う場合も多いだろうし、普通の社会経験がなく人の上に立つとどうしても物事を公平に評価したり、進捗が良ければ褒め、駄目なら仕事を取り上げて別の人に回す、という組織人としての振る舞いをやったことがないだろうから。俗に「汗をかく」というけど、指示をするだけでは汗をかいたことにはならないんですよ。膨大な書類をチェックしたり、関連法規を調べたり、やろうとしていることの作業量全体の見積もりをして、預けられた予算と期間内にどこまでできそうかの解像度を上げていく。プロジェクトってそういうものじゃないですか。  思い返せば、自分で会社をやっていたころに、よくゲームの炎上案件を回されてきた経験や、話の通らないいかれた連中が大量にいる状況でなんとか仕事を捌く産業廃棄物業界での仕事が活きています。仕事のできない上司に花を持たせ、払いの悪い取引先にはその先からカネを取り、物事を上手く回すためには頭越しも辞さず、しかし礼は欠かさず、ちゃんと期限内予算内にやり切れるかどうかを考えながら身を処すのは、他人に対して期待しないからですよ。  みんなやりたがらない仕事だよとか、負け戦を任されて可哀想になどと言われてスライドしてきてみたけれど、ああこれは私にとって天職であるぞと心から思います。いや、これは私にしかできない仕事だ。ブツクサ文句は言いつつも、どうせ崩されると分かっていても、積める石は積んでいくんです。石を積んできた実績も、積んだ石を崩された無念さも、振り返ると人生のうちにある。  まずはこの組織がどのくらいの速度で石が積めるのかがはっきりすれば、より大構造の、この川の流れを変えられるような方法について、どう石を積んだら結果が出せるのか想像できるようになるかもしれない。目の前の問題をどうにかするために石を積むのはもちろん大事だけど、そういう石を積む指揮をしながら、もっと大きい取り組みに対してアプローチできるようネタを仕込む楽しさが、この仕事にはあるのです。  5か月ぐらいして、振り返って酒飲みながらこの文章を読んで、あああのときちゃんとやっていて良かった、と思い返してニヤニヤできるように頑張りたいなあと思います。できるところから、先を見て、粛々と。ま、2か月前は「自分にしかできない仕事をする」って思い切り書いてるんですけどね。
鬱になって消えた前任者たちからの仕事を引き継いでみたらウキウキの件で | 山本一郎(やまもといちろう) / マイノート by 夜間飛行
0 notes
newyorkdiary7th · 7 months ago
Text
EOY trip : 21st Dec
Hi there. 今は1月29日のお昼。1時間以上散歩をして来た素敵なカフェで残り25%の電池のパソコンに向かっている。昨夜はミントチキンカレーにした。例の使われなかったミントで。久しぶりに作ったミントチキンカレーはパプリカパウダーの持ち合わせがなかったので、赤いからという理由でサフランを使ってみたのですが、かなり美味しくできましたとさ。さて、急がないと。電池が切れちゃう前に、マインドを旅に引き戻して書けるところまで書きたい。
・・・
マインドを戻そうと写真を見返していたらパソコンの電池は残りあと15%。ひーん。
崇が運転をして、ヌヌ(おデブな柴、6歳くらい)を抱えたカレン(台湾名はヌヌ。妹の台湾名はニニ。だからわんこがヌヌ)が助手席に。私が左でラーメン(シャイな柴)を抱えたビアンカが右、という車旅。私とビアンカの間は荷物で埋まっている。日本だったら普通の乗用車だけど、アメリカではコンパクトとされるサイズのSUV、MAZDA。カレンがひと月ほど前に買った車で、車のない生活は半日だって持たないようなサンホゼで仕方なく買った車だという。カレンが買う車悩みをしている頃まだ私は崇とNYのカレンの家にいて、崇が “頼むからベンツとかボルボとか言うな”、と価値観の違いに悩んでいた。金持ちの中国人代表みたいになるからやめてくれと嘆いていた。でもカレンの趣向としては洋車(と言う言葉はあるのか?)が良いみたいだった。結局マツダに落ち着いたけれど、彼女としては致し方なく、だったらしい。マツダは台湾ではヤンキーが乗る車だから、とその説明を一通りし終わった時にビアンカが、「うちの家族マツダに乗ってるんだけど」と笑っていた。(ビアンカの家族は台湾にいて、カレンの家族はLAにいて妹はUCLA)
初めましてのラーメンはめちゃくちゃ可愛くて愛でたいんだけどめちゃくちゃシャイで全然振り向いてくれないので悶絶した。
崇とカレンとビアンカが一通りキャッチアップしているのを(知らない名前がたくさん出てくるので)聞くともなく聞きながら、ワクワクとうまくやっていけるのかと言う漠然とした思いの両方を実感しながらドライブが始まっていった。簡単に仕事の話になって、あ、違う、ESTA取れなくなった話しになってイラク出張が、みたいな話しになって、結局渡米の日程もズラして、みたいな話しをしたらビアンカが「That’s so cool」と言って、え、クールなんか?と思ったのにカレンも「その話し聞いた時私もなんてcoolなんだと思ったの~」と振り向いてきて、なんかこう世界の違いが際立った。で、ビアンカがアフリカには行ったのかとか中東ではどんなことをしているのかとか、聞いた後に「国連で働きたくはないの?」と言ってきて、「う~ん」みたいなフニャッとした反応を私がしていて、私は国連なんてそう簡単に私がたどり着ける先ではない、と言う趣旨をどう言うかと頭の中で英語を考えていたんだけど、その間に待ったなしのビアンカが、「NYに国連で働いている友達が二人いるから良かったら紹介する」と言って、私はあちゃ~すげ~う~ん、と言う感情で、崇が「チャンスじゃん~!」と盛り上がっていた。私は彼らのように上手には生きていけそうにない。自分のペースで頑張りましょう。と言う感じに、まぁNYで頑張っている裕福な家庭で育ったアジア人たちとの旅が始まった。だいたいみんな米国在住歴は10年前後。
崇のコロンビア院時代の(金銭の)話を聞いているタイミングに、自分は自分で(未来の)子育てについて考え込んでいたタイミングだったので、その後にこうも裕福な家庭で育って来た人たちばかりを前にすると結構絶望する。
ところで私はNYで携帯電話の電波を繋いでいない。そこまでケチらなくて良いとも思いつつ、無いならないで結構清々しいし、誰かとの待ち合わせ以外で困ることも特にない。と言うことで車では携帯でできることも特にない。ビアンカが携帯をいじっていてそう気がついた。
あ、別のどこかで書いたけれど、出発後はまずはサンフランシスコの日本食スーパーに行って食材を買い込んだ。アサヒビール12缶ケースも。年確が厳しくてアメリカって感じだった。
Rio Nidoの家に着いたのは16時過ぎ。最高の家だったー。ここまで広くなくてもよかったのでは、、、と思わずにはいられない広さの家。この家を探して決めたのは私がNY着いて一番最初にやったこと。10月31日だったっけ、そこら辺。カレンの家から歩いて5分の、トワイライトのサントラがかかっているとても良いカフェ(Dear Mama)で崇は仕事してて私とカレンでAirbnb探しをした。大人6人と犬2匹、と言う条件で探すのでまぁ豪邸になる。カレンは金額気にせず超がつくほどファンシーな家ばかりリストに追加するので、やんわりと否定する家ばかりを私が追加した。懐かしー!6人で割ればすごい安いよね、と言うことで私からすると大層な豪邸に決まった。そこに、着いた12月21日。時間の流れをとてもしっかりと味わう感覚が好きだった。車でメインの車道から逸れて林道に入り、ナビが間もなく、と指している���ソワソワと一軒一軒注意して、ようやく目的地を見つけた時、あの日予約した家にワープした感覚が新鮮で、面白くて、楽しみになった。
玄関コードが最初は開かなくてわちゃわちゃしたけれど、なんとか開いて入ると、余裕を感じる階段が迎え入れてくる構造。玄関を入ると階段があって、それを登り切るとリビング、と言う半分吹き抜けの構図。モロッコのマリヤム(提携団体のCEO)の豪邸を思い出した。階段の全段に置き物がある。ぜっっっったいに傷つけたり落としたりしたくない類の置き物がずらり。階段の踊り場を靴脱ぎ場にした。
ラーメンはシャイだけど脱走癖のあるヤンチャボーイでもあるのでビアンカは一目散にラーメンを連れて部屋に閉じ込めに行った。私と崇で大量の荷物を車から家に運び込んだ。私は子供の頃から車で移動が多く、毎週末、週末分の荷物を持って車で移動して荷物の出し入れをしていたので、こう言う事をするたびにふとノスタルジーが込み上げる。こんなにも想像していなかったような状況でもその感情はやはり現れた。
車から荷物を下ろし終わってリビングに行くとビアンカがテキパキテキパキと食材を冷蔵庫にしまっていた。トイレバスも2カ所にあった。戸棚にカクテルの教科書みたいな本と一通りのカクテルグッズがあって、あちゃー!リキュール欲しいー!となった。BOSEのスピーカーもあった。なんかキッチン?も2カ所にあって、裏のキッチンにはコーヒーメーカーとトースター(パンが飛び出してくるやつ)があった。お手伝いさんのスペースなのかな?とか言い合った。電気や空調のスイッチが未来感あった、テクノロジー!って感じのスイッチで崇と二人でガチャガチャ回しまくってお子様になった。
でも。食器が微妙にピカピカじゃ無いのはなんかアメリカンだった。ウェーっと拒否反応を示した崇とビアンカが一通り食洗機をかける。食洗機用の洗剤がなくて皿洗いのソープをダラダラと入れて回した。すっかり記憶のザルから落ちていたこのシーンを、最近ビアンカ邸で食洗機を崇と回している時に思い出した。
とりあえずみんな荷物の整理とかをし終わって、ぼちぼち夕食の下拵えとか始めようかという感じになって、ビアンカはラーメンの散歩に出かけた。
話し飛ぶんだけどこの前の日曜日(1/26)の夜にタクオミを家(ビアンカ邸)に呼んでラザニアナイトをして話していた中で、「こんだけ一緒にいて嫌だと思うところないの?」って言う話しになって、「この人、水回りが酷いの」と私が崇を告発した。崇は料理好きでキッチンに立つことは本当にしょっちゅうあるんだけど、そこいら中に水が、、、。水の出し方も激しいんだが、手拭きの文化がないアメリカでは濡れた手で歩いてキッチンペーパーを取りに行ったり、拭かない食器を移動させたり起きっぱなしにするのでもう床がびっしゃびしゃで、、、。崇はゴムのサンダルを履いているので平気なんだが私は布のスリッパなので踏んだらもう最悪で。勘弁して、とはよく言うけど、治るものでもない。そしてこの間柄のすごいところは、それでも嫌いにならないところ。あぁもう、洗い物は私にさせて、とか思ったり、あぁもう勘弁して、と思いながら床を拭く。
で、カレンの家の床も、キッチンの使い方(食器は基本しまわないで洗った後のラックに放置しておくもの。私は収納したい派なのですぐ拭いて片付けてしまう。ある時カレンが「フォークは全部どこに行っちゃったの?」と言っていてびっくり。しまうという概念がないと言うことを知った。フォークというか全ての在処はラックの上なのだ。)も、全く自分のスタイルではないけれどお世話になっている身なので極限まで合わせて生活していた。
でもRio Nidoの生活が4人で始って自分の中で芽生えた感情で面白かったのが、“ここでは平等”というもの。カレンの家ではキッチンの水浸しは頑張って放っておくか耐えられなければ自分で拭いていた。でもこのAirbnbでは「拭いて」と言った。まぁ言ってもそんなに変わらないので結局こっちが拭くんだけど、ここから大きく違ったのがビアンカが完全に私派だったこと。
関係値の違いなのかわたしとビアンカの性格の違いなのかもう少し分析が必要だけれど、ビアンカは「拭いて」とか、「ゴミはちゃんと捨てて」とか私みたいにうるさいのではなくて、何も言わずに全部自分で片付けていた。その姿を目の当たりにした私は、まだまだだな自分、という大きな大きな気付きに見舞われた。彼女を見ていて、自分の器の小ささに気づく。そして初日からずっと思っているのが、この人とても素敵な母になるんだろうなぁ、という感情だった。一度も誰にも言わなかったけど。
うるさい、とは書いたけど、多分言ったのは1回ずつでその他は100回ずつくらい胸の内で言っていた。胸の内で言って、最初の方は自分で手を動かさなかった。崇とカレンが自分たちのタイミングで片付けたくなるのに任せよう、と頑張って放っておいた。でも結局ビアンカが全部片付ける。そう気づいて結局私も彼らに任せるのではなくて自分でやる事にした。
おもろ。こんなに掘れるエピソードだったんだこのこと。関係性を穏便に進める事に私はおそらく自分で思っている以上に神経使っているんだろうなあ。
かと言ってそれがストレスになるタイプではない。他の部分でその人の事が尊敬できる場合は、ちっともこうした習慣の違いでその人を嫌いになるような事はない。夫婦目指しているわけではないのでね。
ぼちぼちみんなが部屋に引き上げる時に、「私物は共有スペースに放置しません。」と崇に言う私。苦笑いしながら自分とカレンの散乱しているジャケットや置きっぱなしの飲みかけのスタバカップなどを片付ける崇。
ともかく。ビアンカの性分にすごく救われる時間が多かった。共有スペースに私とビアンカのものは寝る前には皆無で、他2人のパソコンとかがいつも広がっていた。面白かったなあ。飲みかけのカップとか空のビールの缶とかは耐えられなくて片付けてしまうわたしたち。
救われるというか好み合う~の場面も多かった。最初に起きたのはバター。
ビアンカがおフランスのたっかいバターを旅に持ってきてくれた。LAでひと月に一回だけ輸入されるバターがあって(この期に及んで名前忘れた)それをはるばる運んできてくれた。
幸福論になると『女2人暮らしてます』の美味しいパンと美味しいバターがあれば幸せに生きていける、というくだりを必ず引き合いに出す私は、バターを語るビアンカとは仲良くなれそうだと早々に思った。
出来れば美味しいパンを買いたかったけれどカリフォルニアの田舎にそれはどだい求められずトレジョでましそうなバゲットを買って行ったわたしたち。
エアビーの冷蔵庫にもバターがあったので、ブラインドバターをした。朝食はブラインドバター大会。
あ、朝食の前に私はみんなが寝ているうち(と言っても7時頃とか)にバナナとみかんを持って散歩に出かけ、帰りがけにビアンカとラーメンに会った。ヌヌは散歩に行ってなかったけどまあなんとかなるのでしょう。
フレンチプレスでトレジョのコーヒーを淹れ、ベリーを皿に盛り、ブラインドバター大会。かわいいクリスマス柄のナプキンを持ってきてくれていたビアンカが、「これはこの旅(エアビー)の間に使い切らなきゃだからみんなたくさん使ってね」と何度も言っていた。可愛すぎてあんまりどかどか使えなかった笑
EOY trip : 22nd Dec
さて、本当に容易に想像できていた事なのですが、出発予定時刻はやはり過ぎた。笑
カレンさんはすごく気が散るタイプで、いろんなことを同時多発的にやっているので、予定時間はあってない。崇によるとカレンとカレンの友達の待ち合わせなどは1時間遅れが平常運転らしい。
それを知っている私と崇は前日の晩御飯で明日の予定の話になった時、既に余裕をみた出発時間を設定していた。
みんなで車移動をする時は決まって私とビアンカが車で待ちぼうけをして崇とカレンが来るのを待っていた。何度も言うけどそれがストレスになるとかそう言う感じはなかった。仕事じゃなくてホリデーだったからかもなあ。まあ好きにして~と言う感覚だった。
本日は、ワイナリー巡りです!!!
まずはJoseph Phelpsに11時am。なんだけど。その前に。電動歯ブラシを家に忘れてきたカレンが歯ブラシを買いたいのでスーパーに寄る。歯ブラシとホッカイロ(RV用にホッカイロ、と言っている台湾人2人)を買いにカレンとビアンカがスーパーに行って、私と崇は車で待つ。待てど暮らせど帰ってこない。たかちゃん(クラスメイトの内ではその昔崇はたかちゃんと呼ばれていた。今でもたまに使う。)はイライラし出す。「なんで歯ブラシ買うだけでこんなに時間かかるんだよお~」「オンタイム(早く出るはずが出れなくて結局オンタイムになった)だったのにもう遅刻だよお~」「も~~」と言っていた。私は心のうちで “全然いつものことじゃーん” と思っていた。
天気は曇り。「トワイライトは観た?」と私。「似てるよね~」とビアンカ。すぐ伝わった。「昨日来た時から感じてたんだけど、ベラの家のあたりの雰囲気に物凄く似てるよね。あとこのエアビーを崇とカレンと探していた時にいたモーニングハイツのカフェではあの日ずっとトワイライトのサントラが流れてたんだよ」と私。
その後はカレンがトワイライト���観ていた時代の話しをしてくれて、いかに彼女がお嬢様学校に通っていたのかが分かってきた。寄宿学校でとても校則が厳しくて色んな禁じられていたエンタメをいかに友達たちと掻い潜っていたのか話してくれた。
私と崇の学校も変わってたね、と言う話に繋がって、崇がいかに親に隠れてPSPにハマっていたかと幼少期について話しているのをぼんやり聞いていた。私はその話しの情景の全てを知っていて映像的にも思い出せて、カレンやビアンカからするとそれは崇の昔話なのであって。
ものすごいたくさんの時間を一緒にいたから、いつどこでの会話だったかはもうあやふやだけれど、ビアンカの過去もすごかった。フィルムカメラの話になった時に(フィルムカメラといえば先日LAで戸田さんがフィルムカメラの概念を知らなかったシーンもあったな)、昔自分で現像していた頃があって、と言う話をはじめて、お~~アート系なライフの時代があった人なんだ~と思って聞いていたのにおったまげ、会話の最後にそれは何歳くらいの頃のことなのと聞いたらまさかの15歳くらいだった。なんなん、中学生でフィルムの現像をする子供時代って。そう思った数日後にまたこの話しが繋がって、「フィルムの現像もそうなんだけど、中学生の時サマーキャンプに毎年行ってて、ある時はフィルムの現像をしたけど、違う年に(事件の)現場検証の体験があって」と繋がった。その話しは、なんでアメリカに出る事にしたのかと言う話しから始まって、子供の頃FBIになりたいと思っていたから、との事だった。それはなぜかといえばそのサマーキャンプでやった現場検証の体験がものすごく楽しかったから、とのこと。ちなみにその時代にフランス語を習っていた。お家柄が伺えちゃう感じよね、節々から。
JPには5分遅れくらいに着いた。どっひゃー!と言う感じのラグジュアリーな施設だった。
もう受付がカッコ良いのなんのってね。
まずは建物の外の受付で名前を言って、建物に入るとウェルカムシャンパンが待ち受けている。なぜか急に思い出したのだけれど、この日は犬たちは家に置き去りで、出る時にビアンカがラーメンに「byeeeee Mummy’s gonna drink today sorryyy but I love you!」って言ってておかしかった。そういえばこの日犬がいなかったなと思い出して、そのシーンも思い出した。
ウェルカムシャンパン飲みながらどっひゃーな館内を案内人について進んでいく。えらいことになってしまったわという気持ちで。
ついたテーブルのかっこよさがこれまたね~
ハイチェアの丸テーブルで、ぎっっっしりとグラスが溢れかえっていた。6グラス×4人、24グラス!?
テーブルには重厚な革のバインダーに挟まれた上質な紙に、4人の名前が印字されていて、「だから予約の時に全員の名前聞かれたのかー!」と崇。お品書きがずらりっ。
さてさて、私たちのテーブルを担当してくれたおばちゃんが最高だった。あーあ、もう名前忘れちゃった。スーザンとかだったっけ。
短髪で元気はつらつのおばちゃん。セーターの前面にクリスマスツリーの刺繍があって、そのツリーをコルクが飾っているの。10数個くらいのコルクが賑わっているセーター。コルクとあと電飾。ピカピカと光っているライトがコルクと共に縫いつけられているセーター。それを完全に着こなせちゃう感じのハッピー系なおばちゃん。一際愛するワインのコルクたちだそう。
===
ところで今はパソコンの電池が切れたのでしばらくiPhoneでちこちこ書いているのだけれど、崇からLINEが来てアパートがついに決まったそうです。おめでとう。2ヶ月くらいに渡るアパート探しついに決着。ビアンカの家がどうひっくりかえってもありえないような豪邸だったから、結構苦しんでいた。こんなに良い家に住みながら現実問題住めるアパートを探すのは大変そうだった。ちなみに月50万くらい。NYってそう言う場所なのよね。
ビアンカは金持ち台湾人が経営するタウンハウスの一室にありえないほど安く(月35万)他の2人と住んでいる。そこにさらに友達価格で25万ほどで住ませてもらうわたしたち。普通にこのクラスの部屋に住もうとしたら相場は100万くらいのところ。結局世の中は人の繋がりですねっていう事になった。その話しはまたいつか。ちなみにJimさんが今タウンハウスに居るって聞いておったまげてた。ゼイタクネェ~!って。
====
Hello hello, 今日(1/30)も今日とてカフェに来ました。今日は近所のカフェ。イタリア訛りのお姉さんが素敵なカフェ。崇くんは新生活が始まるワクワクでいっぱいです。仕事してるのかと思ったら家具探してる。パソコンのバッテリーは90%あるので今日は落ち着いて続きを書けるかしら。
Joseph Phelps ではカレンは飲まなくて、他の3人がテイスティング。スナックが信じられないほどの美味しさだった。そりゃもちろん買いたいワインにたくさん出会ったんだけど、そもそもCA→NYの移動も大変な上に、どうやって日本に持ち帰るんだという苦労が目に見えすぎたこと、そして価格が恐ろしかった事、によりなんとかその場の空気に飲まれないように踏ん張った。さらにはこの日、まだ後2件行くので、1件目で買ってしまうのもな、という判断だった。崇とビアンカは余裕のあるニューヨーカーズなのでバチバチに買っていた。「この為に仕事しているんだもの」by Bianca.
でも結局結論から言うと、Joseph Phelpsがこの旅で一番レベルの高い世界だった。いつかまた絶対に行きたい。崇もビアンカも既に何度もナパバレーに来ていていろんなワイナリーを経験しているのだけれど、ここはすごい、やっぱりお金かけると世界が違う、と言っていた。
一番びっくりしたのはデビッドホックニーの原画が私たちのテーブルのそばにかかっていたことね。カッコ良い絵があるな~とずっと気に入っていたのだけれど、ふとよく見たらデビッドホックニーと書いてあってびっくり。デビッドホックニーってあのデビッドホックニーかな!?!?と言い合って、スーザンに聞いたら。Joseph Phelpsの親戚がデビッドホックニーの知り合いだったので、Joseph Phelpsを描いてもらった、と言う話だった。おったまげ~。
大満喫をしてバーガーに向かった話しを続けようとしてふと思い出したのだけれど、この日Joseph Phelpsまで運転したの私だったわ。時の風化ってすごい。ナパバレー運転している~と喜んでいたことを、こんな風に忘れていられるくらい、今日までにいろんな事があったわね。だから、どれだけ適当でも良いから、その場その場で書く日記が好きなんだよな~。まぁ良いや、ふと思い出したけれどJoseph Phelpsまでは私が運転したんだった。山道というよりは丘を上がって下がってと進んで、雲が丘をところどころ覆っていて、あたり一面葡萄畑だった、冬の、枯れた葡萄畑。
てことで、Joseph Phelpsに感服しきった私たちは、ウォークインを予定していた一件はスキップすることに決めた。もう一件の予約が16時とかだったので、昼間にもう一件挟むのはやめよう、と。St. Helenaと言うナパバレーにある小さな町がとても可愛らしいので、そこの散策でもしようよ、食事どうする?と言うやりとりの中で、ビアンカがバーガー屋を勧めてくれていざ。めちゃくちゃ良いバーガーエクスペリエンスだったなぁ。ナパ名物の汽車が走っていく景色を見ながら、賑わうテラス席で食べた美味しいバーガー。普段ハンバーガーって全然食べなのでアメリカで食べた一番美味しいバーガーだったわ。アメリカでハンバーガー食べてるわ自分~と言う感情だった。そう、NYにいるとアメリカにいるという感情にほとんどならない。カリフォルニアではいつもアメリカを体感していた。私はこの頃はまだ日頃の節約モードが辛うじて残っていた頃なので小さなバーガーのみでポテトとかつけなかった。みんなはでかい飲み物にポテトにでかいバーガーに、と頼んでいたのに、みんな残して持って帰っていた。いやいやいや、みんな経済回しすぎとちゃうか?
腹ごしらえが済んでからSt Helena 散策!ここら辺から本格的に崇・カレン&ビアンカ・葉月、のリズムが克明になり出した。寄り道するお店、物色のスピード、などなど。気づくと周りに崇・カレンがいなくて、ビアンカとふらふらしてた。特に何を話すわけでもないけど、なんかリズムが合ってた。
車に集合して今度はClos du Valへ向かう~。正直一件目で結構ちゃんとアルコール摂取した感あって、昼間からふわふわしていた。からの2件目。エントランスとか受付の感じとか、全然違って違いが楽しい。ブロンドで高い声の若いお姉さんが席まで案内してくた。担当は40くらいに見える男性だった。ものすんごい喋る男性。ものすんごい。4人全員沈黙してしまった。私はもともとほとんど喋りませんが。いわゆるオタク感というか、もうワイン愛、Clos du Valを崇め奉る感が凄まじくて圧倒された。彼が去るとみんなでちょっとすごいね、みたいなこと言い合った。
でも結局、1時間半くらいだったろうか、彼の捲し立てる情報を浴びながら一杯また一杯と体験していくうちに、みんな彼の事を気に入った。ちょっと最初は引くほどの熱量だったけど、結局彼は純粋に熱い男で、崇なんか終わる頃にはノリノリで彼と話してた。20年ものなどが眠っているセラーの中を見せてもらったり、樽の倉庫を見学したり、今年の樽から直接スポイトで汲んだものを飲ませてもらったり、サービス精神が溢れかえっているナイスガイだった。
カレンはあまり強くない��で最後は寝てた。カレンの分も飲んだり、ナイスガイがサービスたくさんしてくれたりで、外が暗くなる頃に、身体はもうほっかほかだった。あ、ここのスナックも最高だった。クリームチーズをちょっとホイップしたものとザクロの実のディップ。
さて、ここではヴィンテージワインのなんたるかを教わった。2014年と2024年を飲んでおったまげた。そして30年がベストとされるボトルが今年詰められたと言う。崇とビアンカが30年寝かせる、と言って買っていた。30年後にも会わなきゃねって話してた。面白い~~~
ビアンカはLA以外で運転できない免許で、カレンは絶対に運転はできない泥酔状態で、私と崇どっちにするってなりながら崇が運転した。まりさんが絶対行きなとおすすめしてくれていた老舗ブリュアリーに寄ってビールを買って帰ることに。お店の感じすごい良かったので食べるチャンスなくて残念。でも持ち帰り可能なビールの形態が最高だった。1/2ガロン(1.89271 liter)の大瓶。growlerというようですね、wiki情報。その瓶しか持ち帰りで売ってくれるビールがなかったのでそれを買って帰宅。真っ暗だった。
タイワニーズ二人が犬の散歩に出て、ジャパニーズ二人はご飯の支度でもしたのかしら。この日は何を食べたんだろうと携帯電話の写真を見ないといけないくらい、朧げだ。同じ鍋食べてた。具材余ってる的な流れだったんだったかな。あー!違うー!思い出した!鍋じゃなくて、おでんだ。
もうよくない、一食くらい抜いても?と言いたくなるくらい、ご飯どうする?って話しずっとしてる人たちだったわ。サンフランシスコの日本食スーパーで冷凍のおでんセットを買っていた。こんだけ飲んで帰っておでんとか最高だねってなって帰ったんだった。写真を見たら前夜と同じ鍋使ってて色味も似てて鍋かと思った。おでんだったわ。あースッキリ。
前日の夜はスターウォーズを見た事がない崇が強制的にスターウォーズ鑑賞をさせられていて、私はスターウォーズの音を聞きながらビール飲んだ後の脳みそで仕事していた。酷い。。。今夜はいくらなんでも仕事にならないわと最低限の打ち返しだけして翌朝に回すつもりが、何してたんだか忘れたけどなかなかパソコンから離れられなくて、ご飯の後片付けとかも全部任せて、ビアンカのポーカーデビューをみんなで遊ぼうって言ってたのにまだ終わらなくて、崇がちょいちょい「まだ~」とちょっかいを出してきてカレンが怒こってた。「仕事してる人を邪魔しないで!」とプンスカしてて可愛かった。「誰もあなたが仕事している時に邪魔する人いないのに、なんでそんなこと言うの!」って怒ってた。懐かしい。カレンに怒られてからちょっかい出さなくなってこっちは逆に寂しかった笑 みんなの遊んでる音声を聞きながらそばで何かに取り組んでいた。全然思い出せない、何がそんなに急ぎの仕事だったんだろう。
後半少しだけポーカーに混ざって、カレンも見かけによらず強かで、ビアンカは見かけ通り感覚を掴むのが早かった。ポーカーは本当に面白い、人の心理を駆け引きしあうゲーム。崇はとってもevilなタイプなので腹立たしい。負けず嫌いともまた違う損をしない動きをするタイプかなぁ。NYで崇の友達二人と、合わせて4人でポーカーをした日が私のポーカーデビューだったのですが、25ドル勝った。ひと月後とかそれくらいに自転車のパンク修理に25ドルかかった。まぁ許容範囲の金額での遊び。現金が絡むか否かで、本当にゲームへの向き合い方が変わる。崇はevilなので、じゃあ、そろそろ慣れてきたから本当にお金かけてやる?ってニタニタと引き込みに入った。ビアンカがピシャリと、お金は絶対かけない、と言ってぐうの音も出ない空気感に一瞬にして包まれた。お金をかけなくても私は十二分に楽しいのだけれど、男子という生き物はちょっと物足りないらしい。あ、かけても楽しいのが私だけど!
EOY trip : 23rd Dec
この日の朝ごはんが思い出せない。致し方ないわね。
海辺に遊びにでも行こうか、みたいな余白の1日だったのだけれど、天気とかの兼ね合いでなんとなく海辺案は無くなったのが前夜。今からでも予約のできるワイナリーに行こうっていう運びになったのも前夜。RIDGEというワイナリーへ。気さくな雰囲気がすごく居心地の良いテイスティングだった。面白かったのは昨日の味の感想は基本的に大体崇とビアンカと合致していたのに、今日は合わない事が多かった。多分、彼らは切り捨てる事が潔い。あ、これは違うわ、と思ったら容赦ない。社会的強者という感じだわ。私は、彼らの評価もわからなくはないけれど、その中での良さ、その中での面白さに、まだまだ遊びに行く。二人は、あぁ、違うね、と言って終わりだったけど、私は昨日までとはもちろん違うのだけれど、もうちょい続けてみなよ、繰り返しているうちに発見があるやらないやら面白いけど?という感じだった。面白かったな、そういう違いもまた。さらに、結局みんな買いたいと思ったワインは一緒で、全員で同じ白を6本、箱で買った。
その後はタコスへ。フードトラックのタコス屋さんに。めちゃくちゃ美味しかったし、路駐した車のトランクを開けて、ワインの箱を台にしてつまんだタコスの思い出良き良き。そして崇がクレジットカードを無くしたという騒動。おそらく昨夜のビール屋さんだ、ということになり、30分くらいかけてまたビール屋さんに戻る。崇は一人で行ってくる、と言って、みんなが別に良いよみんなで行こうよ、となってドライブドライブ。ところでこの日は犬連れ。
帰りにまたしてもアジアンスーパーへ行く。どうしてそんなにもアジア食が好きなのやら分からぬ。田舎にもアジアンスーパーって必ずあるものなのねぇ。アメリカってそういうところなんだなと学ぶ日々。ちょっと寂れてて怖い感じの駐車場に停めて、あれ、そういえばこの日私運転してるわ、アジアンスーパーに駐車した記憶がある。アジアンスーパーではルーロウ飯に必要なスパイスを買う、ということだった。いつどこからどうやってルーロウ飯案が出てきたのやらだけどなんでも良きです~という感じでついて行った。言語のベースが、英語でありなら2���2で台湾語と日本語のシーンも多々あって、ピンからキリまで通じ合っているのでもなかった。
アジアンスーパーでは日本人対台湾人の構図で、あんなに食糧で溢れている家があるのにこれ以上何を買うというのでしょうね、という雰囲気をヒソヒソと話していた。立派な梨の箱を買って帰って、喉に良いという梨の氷砂糖煮をビアンカが作っていた、夜に。梨高かった~。ここまできてから思い出している異文化体験の話が、どこかでは書いた冬至の中国の決まりで団子を食べた夜。梨の氷砂糖煮もすごく新しかった。これが台湾のものなのかビアンカの家庭のものなのか細かい話にはならなかったけど、崇とビアンカが少し(喉の)調子が悪くて、調子悪い時にはうちでは必ずこれを食べるんだと言っていた。梨が煮込まれていく景色が新鮮で、違う文化を持っている人と旅をする楽しさでいっぱいだった。ルーロウ飯の下拵えと梨を煮ることを同時進行していたビアンカが、キリの良いところでラーメンの散歩に出ることになって、「Hazuki, 梨の火加減を注意しといてくれる?」と言い残して散歩に出かけたんだけど、しばらくしてから、梨の火加減私ワカラナイ!となった。とりあえず言われた通り、吹きそうになったら弱火にして放置した。
この日は白米を炊くというイベントがあった。みんな炊飯器でしか炊いた事がなくてどうやって炊くのか分からない、とすごい一大事みたいに言っていて、なんやねんとなった。私も鍋で炊くことはほぼないけど、山で炊いた事があるのでなんとかなるっしょという感じでトライした。なんとかなった。そしてルーロウ飯、すごく美味しかった。ビアンカは肉がルーロウ飯用の部位をゲットできなかった、と言っていたけれど、ルーロウ飯を日頃から食べるタイプではないので、味だけで十分美味しかった。あ、もう文脈もへったくれもないモードでひたすら思い出しながら買いているのだけれど、崇のクレジットカードは無事見つかった。本当にビール屋さんにあった。
さて、この晩はモノポリーナイト。このAirbnbにはゲームがたくさん詰まっている戸棚があって、モノポリーは二種もあった。あ、そういえばこの日か前日の午後くらいから、音楽がかかるようになっていて、Spotifyの素晴らしい機能に出会った。崇の携帯をApple Car Shareに繋いでいるので音楽も必然的に崇のSpotifyでかける。そしてビアンカが気づく、なぜか勝手にビアンカのSpotifyも起動していたということに。Spotifyのドライブシェアモードすごい!となった。一生サブスクから逃げている私だけど、この機能には大変感動してSpotify入るかーとなった。(入っていない)。ということで、崇のiPhoneが車につながっているのに、ビアンカが自分のSpotifyから崇のSpotifyに繋ぐ事ができて、DJをするに至った。ビアンカの選曲は素晴らしくてシャザムの出来ない自分のネット制限がこの時ばかりは残念だった。あ、でも大概1日の半分くらいはクリスマスソングをメドレーさせてもいた。それがまたなんとも楽しかった。クリスマスソングのドライブと、ナパバレーの風景が、いつか思い出すことになるんだろうなぁ、と思いながら過ぎていった。
はい、モノポリーに戻ると、結構なボリュームで音楽をかけながらやったモノポリー、楽しかった。みんな10年以上ぶりのモノポリー。カレンがどかどかと買いまくって大笑い。買えるだけ全部買うと言って破産寸前までむやみやたらと買いまくる。私とビアンカは運がない始まりであんまり買えない。崇はevilなので最初から上手に攻めていった。崇の運��良さは怖いくらいだった。運の良さに頭の良さというかevil精神が重なってもう怖い。交渉の持ちかけ方も超怖い。こんな真剣に生き残りをかけたモノポリーやったことない。モノポリーってもっとわちゃわちゃ楽しむゲームじゃなかったの、という感じの真剣な交渉というか破産しないための遊びは、新感覚であった。最終的に刑務所に入れると天国、という恐ろしいゲームになって、カレンが破産して終わった。楽しかったですねぇ、10数年ぶりのモノポリー。ビアンカは刑務所で悠々と歌って、ドラッグディーラーをやっていた。
EOY trip : 24th Dec
本日は移動日。荷造りをしていて、とんでもない量の食糧だねとなった。来る時に既に荷物で溢れかえっていたのに、12本のワインがすごい幅を占めていた。
今日までずっと曇りかしとしとと雨が降っていたのだけれど、この最終日だけは晴れたのがとてもとても印象深かった。針葉樹の濡れた森に光が刺す朝の時間がとても好きだった。もっとずっとこの家にいたいと思える家に来れたことと、でも確か次の家の様子もすごかったんだよねというのと、未知すぎるこの後待ち受けているRV tripへの感情と、なんか思い出すなぁ、この移動日の朝のこと。
移動は3時間くらい、なかなかの距離だったのだけれど、とても記憶に濃いのはコストコに寄った時間。ランチどうする話をしていて、どんな流れだったのか忘れたけどコストコのジャンクフードランチにしようよ~!と台湾人2人が盛り上がっていて、アメリカンやなぁと思った。食へのこだわりを持ちつつも、ジャンクフードも好き~と言っているあたり、アメリカに染まっているんだなという感想を覚えた。正しいものの見方なのかどうかは知らぬ。
コストコは素通りして何も買わず、トイレだけ使って、食事コーナーへ。衝撃的なピザ製作マシンをみんなで動画撮った。巨大なピザ生地がくるくる回っていて、トマトソースが注入されていた。大笑いだった。
ありえないほどに安いホットドックと0ドルの飲み物を持って車へ。アメリカンロードトリップって感じですねと楽しんでいた、食べるまでは。食べてからは、乗りきれなかった。vivesだけではついていけない味の無さに直面した時間だった。食べ物というよりは、空腹満たしのために物質を腹に詰め込んでいる、という感じだった。でもカリフォルニアの光とペプシのロゴとコストコの巨大な空間とは、本の中で知っていた西海岸な感じで、そういう感覚的な体感はすごく楽しかった。その昔アメリカ現代写真を学問としてかじっていた頃のことを幾度となく思い出していた。あの頃見ていた本の中に写っていた映像の質感が、今自分の現実としてある、という体感があった。
コストコでガスを入れて再出発。空がとても印象的な駐車場だった。
途中、湖や湿地帯を抜けるような道が良かった。
渋滞もあった。
わんこ達が同じ方向を向いて外を見ていて可愛かった。
この日も多分クリスマスソングはかけていた。
この車中の会話だったか定かではないけれど、車中の会話で、カレンもビアンカも、祖父が日本占領時代の家系で、そのふた家庭の日本の見方などの話が印象深かった。最終的に日本が好きになった家系と、一生死ぬまで日本を憎んだままの祖父を支えた祖母の胸の内や、日本の文化がどう台湾に、台湾の家系に染み込んでいるのか、新鮮だった。カレンが歴史が好きなのもあって、中国、台湾、日本、の近代史の話にはちょくちょくなった。その度出てくる祖父母時代の話し。かと思いきやそれぞれボルドーのワイナリー巡りをした話しになるやらヨーロッパ旅行に明け暮れている両親の話しにもなる。近現代史をまざまざと目撃する気分だった。時はトランプ2度目の就任目前なり。ちなみに3人が通っていたコロンビアはパレスチナデモが激し過ぎてしばらく休講だったというタイミングに学生だった人たち。
さてさて、お次の家はPollock PinesというEldorado National Forestの側の小さな山の中の街。エアビー探しをしていた頃は、まっっっっったくどんな雰囲気かわからないままに、とにかく山の中の家探そうみたいた事しか当てがなかった。実際に来てみたら思ったよりも山の中ではなくて、というかやっぱりアメリカは道路が広いから、道がある限りはそれなりに人の気配がある。そんなに隔絶された環境では、全然なかった。ガススタもスーパーも、普通にアクセスのあるPollock Pinesのエアビー。近所のスーパーに寄ってビール買い足して、あー!コストコになんで寄ったのか思い出したー!クリスマスの肉が良いのあれば買おうって話しだったんだそもそも。でも結局良さそうな肉はなくて、ただただ素通りしてランチしたんだった。思い出したわ。で、目的地に近いトレジョに寄って、ホットワイン(モルドワイン)用のワインや試食していたチーズが美味しくてチーズとクラッカーなどを買って、さらにPollock Pinesの近所のスーパーでクリスマス用のリブを購入してから家へ。すっかり日が暮れた。大移動日だった。綺麗な虹を2回見た。
ハイウェイの後半が結構雰囲気が変わって、明らかに森の様相になってくるのがとてもワクワクした。家は、傾斜の大地に建っている家だった。玄関を入ると今度は階段が下に向かってある。今回もバスシャワーは二つ。階下を崇・カレン・ヌヌ、グランドフロアの2部屋が私とビアンカ・ラーメン。大量のワインも一回車から降ろした。
この日は餃子パーチー。私はちょいとばかし仕事に明け暮れ、崇は暖炉の火をつけることに集中。ビアンカはフランス語のクラスがあると言ってリビングでクラスに入っていった。なんだか好きな時間だった。みんな悠々自適に好きなことしているけど、リビングが大き過ぎて過ごしやすい。暖炉の火がつくと崇は日課であるアパート探し、カレンはNYの仕事探し、私は仕事、みんなビアンカのフランス語クラスを邪魔しないようにヒソヒソ話ししてるのがなんとも面白かった。
ちなみにビアンカはそのフランス語のクラスは取り始めてまだ数回目らしい。前のクラスの先生がトランプ支持者と分かった時に大喧嘩になって最低な別れ方をしたと言っていた。それで探していた新しい先生に出会えてまだ数回しか受けていないクラスを、旅先から受けていた。宿題が間に合わない~と言って家に到着するなりごめんと言い残してフランス語の宿題をしていた。
餃子の餡が出来上がった頃にパソコンを離れてみんなで餃子を包んだ。ご飯と一緒に餃子を食べるという習慣がどうしても受け入れられない台湾人達とひたすら言い合いを続けた。日本の食卓では餃子パーティーでは白米を炊くもの、どうして餃子とご飯を一緒にしてしまうのか、餃子はメインであって、ご飯は邪魔。ご飯は汁物と一緒に食べるものであって餃子では筋が通らない。どうしてって言われても餃子と白米はセットなんだってば!という両者絶対に譲らない平行線の会話は、年を越すまでずっと続いた。まぁ良いわ、合わせてみるわ、と言って白米を炊くのは好きにさせてもらったけれど、食卓についてもずっとずっと笑ってた、どうしても餃子を食べるのにご飯があるテーブルが理解できない、と言って。写真見て思い出したのだけれど、サンフランシスの日本食屋で明太子を見つけたビアンカが嬉々として買った明太子をようやくこの日に食べた。
この日の夜はまだもう一つイベントがあるので、一旦切り上げよう。
今夜(1/30)わたくしはカーネギーホールのコンサートに参ります。楽しみだぁ。
Hi hi, 今は1月31日の午後13時57分。たまらなく満足度の高いランチを食べながら悶絶しているところです。と書いて食べに戻り、食べ終わったので食器を片付けてきます。(いつの誰になんの報告をしているんだ。。。)
餃子パーティーのイブのその先を書き終えたいのだけれど、その前に今のランチの話しをメモらずにはおられぬ。その前に昨夜の超適当パスタが絶品だった話もしようかなぁ。昨夜は明太子を食べたところまで書いて、こんなにどっぷり書き進めたのにまだ旅の序盤すら書き終わっていないという事の膨大さを味わいながら帰宅して、コンサート前に食事を済ませたかったので冷蔵庫にあるものでパスタにした。レモンとミントが使いたくてものすごく適当にゴロゴロ野菜のスパゲッティにしたらすごく絶品になった。適当に進め過ぎて再現できそうになくて残念。でもようやくミントのパックが使い終わった。ミントって思っていたよりも全然どんな形でも寄り添えるということを学んだ。なんかもっと主張の激しい、使い方に悩む存在だと勘違いしていたけれど、この度ブルックリンライフを機に印象を改めました。
はて、今朝は(結局食事だけじゃなくて今日の日記も書くんかい)調子の良いジョギングをした。ようやく、ようやく、身体が動くようになってきた。家を出て地面を蹴り出した時に、すごく軽くて心地よかった。雨が降った後の色素を落とした冬のブルックリンの風景が愛おしかった。
昼に、一昨日契約完了した崇のアパートの鍵の受け取りについていった。次にNYに遊びにくる時にはこのアパートに来るのかね、とか言いながら、初めて自分の家に入る崇を撮影した。素敵な家だった。というかそもそもそこは11月に一緒に散歩をしていた日にまさに歩いていた通りで、この辺とか住めたら良いな、などと言ってた場所なのだった。すごいなー。ビアンカ邸で生活していなかったらこんな風にブルックリンで家探しはできていなかったのだから、運命は面白いねってなった。で、その界隈にある行列のできる有名なクロワッサン屋さんに寄ってクロワッサンを買って帰った。最寄駅Grand Army Plazaを降りると、帰ってきたなという感情が腹に来る。Unionに寄って立派なソーセージとアボカドを買って帰って一目散にソーセージをフライパンに放り、コーヒーの準備をする。アボカドは伊丹式(伊丹十三『退屈日記』参照)で。崇はmtgに入り、手をつけられないままランチプレートがそばにある。私は一人悶絶しながら食べ終えたことを書き終えるくらい時間が過ぎた。クロワッサンはとってもビッグ!大きい!ものすんごくおいしかった。けど多分私はあと少しバターを減らしたい。勝手なこと言ってみる。クロワッサンのリッチな感じと、バターの多過ぎない感じの黄金比は少なくとも今回のクロワッサンではなかった。あれ?否定から入っている?いや途方もなく美味しかったのですよ。そしてアボカド。たまらぬ、なんだこの完成品は。最初に掴んだアボカドがものすごくぶよぶよだったので掴み直したアボカドさん、完璧すぎた、ようこそ私の2025/1/31の腹の中へ。そしてソーセージ。こちらも最高。今夜は外食なので昼間にガッツリ調理したご飯とか食べなくて良いや、というのがこのランチ案の発端だったのだけれど、気軽に用意したつもりが途方もなく満足度の高いランチだった。これは日本でも実現できるな~と思いながら、昔、谷口さんが駐在生活を終えて日本に住みたいと思うようになった根っこの部分は、今こうして飲んでいるみたいに一杯のコーヒーのクオリティに満足できる都市に住みたいと思ったからです、と事務所最寄りのコーヒースタンドでランチ後にコーヒー飲みながら言っていたのを思い出した。
幸せの絶対条件っていつまでたっても決めるの難しい。こうしてつらつらしたくなるくらい、食べることも飲むことも(毎日最低ボトル一本空けている日々)大好きだけれど、なくても幸せに生きていくことは結構できる。一生そこで暮らしますか、というと悩むけど、多分そもそも一生同じ場所で、という覚悟の仕方がおかしい。?やめやめ、こんな話し出したらイブの星空の話しにいつまで経っても辿り着かない!!!あ、たかちゃんのmtg終わった。私も無駄話終えよう。
「今日も書いてる~?(EOY tripの日記)」と温め直したソーセージを切りながら聞く崇。
「書いてるけどランチの話ししてエアビーの話しが全然進んでない」私。
Mtgが終わった崇と巡り巡ってなぜかNISAの話しをして時間が過ぎた。ライフハッカー崇は今日も今日とて銀行に行ったので私はいい加減書き進めましょう。
2024年のクリスマスイブ at Pollock Pines。荷解きをしていたらカレンが持ってきたサンタハットが出てきて、被った。被り物とかと無縁な人生を送ってきた私だけど、楽しい。被り続けているとちょっと蒸してくる。サンタハット被りながらみんなで餃子包んで、せっせと焼いた私。合うフライパンが無くてとっても難しかったのを思い出した。崇とギネスを買ったんだけど、ビアンカがギネスは嫌いだと家についてから言って、ごめーん!となった晩。残りのアサヒで凌いでもらった。
23時頃に防寒対策をして出かける。星を見に。車で20分ほどの山の奥に、天体観測のできる駐車場があるという情報を昨夜見つけていて、行ってみよう、という事に。真っ暗で、車のライト以外何も見えなくて、すごかった。
ねぇもしかして雪? と進んでいくうちに何やら雪っぽいものに気が付く4人。進めば進むだけ木につく雪が増えていって、しまいには路面が白くなった。アメリカにスタッドレスタイヤの文化がないのかはよくわからないけれど、ともかくノーマルタイヤの車だということが私はこの上なく怖かった。ちなみに今更の情報なのだけれど、崇とカレンはものすごく運転が荒い。なんと言っても崇は教習所に行ったことがない。アメリカって教習所行かなくても免許取れるらしい。君たちはなんだ、ドバイで運転でもしていたのか、というほど急発進急ブレーキの運転スタイル。ちなみにちなむと私はものすごいスピード狂。でも急発進急ブレーキはしない。アクセルを3以上に踏むことはまずない。1~2で温めて、2の後半でスピードを上げていくのが楽しい。崇とカレンは青信号になったら秒で3~5みたいな感じの人たち。日本でもなんて荒い運転なんだと思ったけど、レンタカーだったから何にも言わなかった。今回もカレンの車なので何も言わなかった。
雪の上では急に身の危険を感じたのでめちゃくちゃうるさくなった。絶対急ブレーキしないで!とうるさい私。わかってるわかってるって。という例のやりとり。ちなみにあたりは既に山道で、スリップでもした日にゃ崖からゴロリです。
そうこうしてついた目的地。駐車場は雪で埋もれていて侵入できなかったので路肩に。車を降りると靴が半分埋もれるくらいの雪だった。
凄まじい星空だった。
感動的な星空を体験すると、言葉に詰まるなぁ。写真で撮れないのと同じように、言葉でも追いつかない気持ちに書く前からなるから、やや諦めの体勢なのかもしれない。
30分くらい車のライトも消してその場を散策していたと思う。5分もすればどんどん瞳孔が開いていって、驚くほど見えてくる。最初は当たりが何も見えなかったのに、すっかり森の様子が見えてきた。当然、見える星の量も格段に増える。流れ星も心なしかゆっくりと流れていく気がした。
カレンは靴がどうにも雪の耐性がなくて早々に車に引き上げる。
ビアンカが星座のアプリをかざして星座講義。
シリウスに心惹かれて仕方なかった崇。
山の麓の街の明かりが、ほんのりと疼いていて、素敵な景色だった。
いつまででも居れる本当に素敵な星空だった。ここでこんなにすごかったら、キャンピングカーで行った先はどれほどだろうねと話したりもした。
日付を超えて、メリークリスマス。
帰り道は驚くほど道が見える。瞳孔が覚醒しまくっていた。そしてびっくりするほど雪道だった。見えてなかったからこれたようなものの、ここノーマルタイヤで登ってきていたって怖過ぎる。
帰宅して、ビアンカは早々に寝て、私と崇は少しウィスキーを舐める。カレンはパソコンをいじっていた。カレンはNYでの職探しを頑張っていて、年明けにアプライしたいところがあるんだけど、キャンピングカーに書類系を持ち込みたくない、ということで色々頑張っているところだった。
さてさて、一回アップしよう。Pollock Pinesで2泊、サンフランシスコに戻ってRV(キャンピングカー)旅。まだまだ続きは長い。
仕事中の崇さんがニコニコしながらこっちを見てきて(ビアンカ邸のひろーいひろーーーーいダイニングのおおきーーーーなテーブルで差し向かいに座っている)
「ビールとかあったら気持ちよくレストラン行けたね」と若干意味不明なことを言ってきたので、すぐさま買いに飛び出してきた私なのでした。瓶ビールを2本買って帰ってきて、「It’s fridayyyy」と2025/1/31(金)16:00に盛り上がっているお調子者たちの冬休みはまだまだ続くとさ。
0 notes
senpenbanka0426 · 7 months ago
Text
出生証明書を400枚集める - Part4
Tumblr media
このワールドで遊び始めて100時間が経った。集まった出生証明書の数は132枚。「子宝」を使っているおかげか、当初の予想350世代までプレイしなくても400枚は集まりそう。
Tumblr media
そして執事が結構、太って来た。執事が作る料理ってグルメ料理もあるし、執事に運動の指示は出せないからなぁ。
Tumblr media
解雇して新しい執事に変える方法もあるが、アイスクリームが追加できるパックも持ってるので冷蔵庫に大量に入れてみた。
操作できない執事がアイス食べるのかは知らんww
Tumblr media
とか、思ってたら普通に食べてた。世帯内のシムも食べるせいでガリガリの世帯に……ww
Tumblr media
ダイエットアイスは連続で2回食べると脂肪の値がゼロになるんだっけか……。まぁ、でも太る料理もたっぷり食べるから、うん、まぁ……また太るだろうけど。
Tumblr media
そして、久々に目を開けてる状態のぬいぐるみを見た。
でも、さすがに世代交代を早めに行う為に結構短いサイクルで世代回してるからニッコリな目にはならないかもな。そこそこ意図的に「幼稚」なシムで話しかける指示だせば行けるか?ww
Tumblr media
んで、いい加減、ロウソクを吹き消す為のケーキを毎回焼くのが面倒になり、家の近くに店舗を作ってケーキをある程度いつでもストックできるようにしてみた。
ロウソクを刺そうとする僅かな隙にケーキ取るアホなシムのせいで毎回毎回、余計にケーキ作るのがマジでイラつく。何で目の前に料理あるのにわざわざ回復量の少ないケーキを積極的に取ろうとするのか……。
Tumblr media
墓所作って、店舗作って……家の周りが割とカオス。
つーか、豆腐建築ばっかりで見た目が……ww まぁ、操作するなら豆腐が一番だから……(震え声)
Tumblr media
そんな感じでプレイを続けて141人目の子孫が割と美人に生まれた。
Tumblr media
で、ちょい台所周りをシムが使えないようにオブジェクト(カエル)を設置。
Tumblr media
そんで、玄関脇にグリルを2台設置。これで空腹のシムが常に何かしら大皿の料理を作ってくれるはず。出来た料理を自律で冷蔵庫に仕舞う事はしないが……まぁ、いちいち料理する指示出さなくても良いかなって感じ。
執事もどんなタイミングで料理作るのかさっぱりなんだよな。冷蔵庫に滅茶苦茶いっぱい残ってるのに作り始めたり、全然在庫ないのに一向に作る気配が無かったり、作り始めたと思ったら途中で放棄したり……オブジェクト修理以外でマジで殆ど役に立たない。
Tumblr media
そして、143人目の子孫もこのファッションでスポーンした。プレイ終わるまでに後何人この服装で生まれるのか……。
Tumblr media
で、続いて116世代目が三つ子で登場。これで三つ子は四回目。
Tumblr media
次に女(146人目の子孫)が先祖と同じファッションでスポーンした。寄りにも寄って、なんでそんな眼鏡と帽子をチョイスするのか謎すぎる。しかも指ぬき手袋を普段着で装着するそのセンスよ……。
いや、マジでこれはバグなんかね?ww 血筋が繋がってるせいなのか?ww
Tumblr media
そんな事を考えつつ、三つ子の147人目の子孫(スクショは数え間違いで148になってるが)を少し育成する事に。 いい加減、「フレッシュシェフ」を取って腐らない料理を確保しないと、食料管理が面倒くさくてしょうがない。(バースデーケーキも腐らない方が何かと便利だし)
Tumblr media
ただ、世帯枠を開けないと次の世代を作れないので、三つ子の姉2人は先に若者へ成長させた。老衰死の時期がずれるが、まぁ……しゃーない。
あと、この辺で9年目の春に突入した。
Tumblr media
で、147人目は小学校の成績Aを取って高校生へ。またもこのファッションを引き継いだ子孫が誕生。もう、何かの呪いのようだ。
Tumblr media
そして、147人目をスキル上げしつつ世帯内の世代交代させつつ、「願望:マスターシェフ」を達成。後は腐らない料理とケーキをいくつか作らせて、
Tumblr media
前に作った店舗をもう一度、買い上げてから料理を売り物にして店舗売却。これでいつでも腐らない料理とバースデーケーキが購入可能になったZOY。
ただ、こうやって↑店舗でまとめて買った料理って大皿でもスタックした状態にすると8食分扱い(一つの皿が減って7食分になるとスタックしてる皿全部が7食分)になってしまうんだよな……。恐らく同じシムが同じ時間に作った料理なせいで内部的に同じ物扱いされてるんじゃないだろうか。
冷蔵庫やインベントリ内でスタックせずに床やテーブルの上に一皿ずつ並べて置けばちゃんとした食数分として消費されるけど……。いちいちテーブルやカウンターに料理並べるのが面倒と言えば面倒だが、個人的には調理の指示を出して冷蔵庫に毎回入れてやるよりは楽。
Tumblr media
そんな感じで料理を並べて冷蔵庫やコンロを撤去しようとしたら「隠し実績:言い訳なし」が解除された。は?って思ってシム確認したら変な所でスタックしてお漏らししてた。
まさか、狙わずにこの実績を取る日がくるとは……。
Tumblr media
そして、160人目の子孫もこのファッションに。普段着以外も全て全く同じなのが、本当に呪いのように見える。
Tumblr media
更に気づいたのが、双子で体重が全く違う子供が産まれてくる事が結構あった。親はほぼ脂肪50%かダイエット薬で0%なのに、子供は何故か肥満体で産まれる。一応、バグレポート探したらそれっぽい物はあったが、主に女の子で起きるって報告だった。
しかし、私はこれ男の子でも何度か見たし、男の子の双子でも見たわ。産まれてから即座にケーキで成長させてるから、食事で防ぐのも無理っぽい。(まぁ、今回も満足ポイントが腐るほど余るからダイエット薬で減らしてるけど)
Tumblr media
あと、MODを増やした。オートセーブを使う為にMCCCのメインモジュールのみを導入。
老衰死したシムの墓が消えるっていう現象に遭遇して泣く泣く2時間のプレイを巻き戻してやり直す……っていう事態に2回も遭遇して流石に頭に来て入れた。
あと、ついでに家賃の請求も自動で支払う設定を有効にしたZOY。
Tumblr media
そんで、167人目の子孫の墓を納めた所で墓所の一階部分がいっぱいになった。これで多分300個の墓が並んでる……ハズ。(計算と数が合ってるか数えてないww)
Tumblr media
さらにプレイして気づいた事があった。ロウソクを吹き消してから一時停止してスクショ撮った後にゲームを保存したらシムが一瞬で太った↑。
なんか前からセーブするのに10秒くらい掛るようになったなぁ、とは思ってたけど、シムの状態を書き換えて保存してる……? おかしい、とは思ってたんだよな。ロウソクを吹き消した後の子孫はどう見ても痩せてた(スクショ左側みたいな感じ)のにセーブしてからCAS画面に移行すると脂肪の値が80~90%くらいの位置になってて毎回「は?」っては思ってた。
バグった時用に小まめにセーブしてるのにセーブするとバグる……もうこれ分かんねぇな。
Tumblr media
バグレポートでは「女の子だけが太る」って報告だったが、私の環境だと男の子でも駄目っぽい。両親ともにガリガリなんだが……防ぎようがないなから諦めたわ。
Tumblr media
で、176人目の子孫が出来た所で10年目の春に突入。家の状態は殆ど変わりなし。あとは最後までこの状態かなぁ。
Tumblr media
んで、146世代目(183,184,185人目)が三つ子で誕生。ただ、世帯内の枠を早めに空ける為に妹二人は先にシニアになってもらったわ。まだ目標400枚の半分も終わってないからね、しょうがないね。
Tumblr media
あと、気づいたのが特質の「忠実」で使える「手伝いの約束」がクッソ強い。2日間の悲しみを(おそらく)確実に解消できる事にやっと気づいたわ。
「手伝いの約束」をするシムと悲しいシムの友好度がある程度必要で、「集中、誘惑」とその他の負の感情状態だと使えないが、それでも親子や夫婦でこれ使えるなら結構強い気がする。ムードレット・ソルバー要らないレベルだと思う。
Tumblr media
そして、くっそ久々にニッコリ顔のぬいぐるみ見たww 世代交代の為に短期間の人生で回してるのに良く自律だけでここまで行けたなぁ……って感じ。
そんな感じで、出生証明書400枚まで次回へ続く。
次回へ
0 notes
nyantria · 1 year ago
Text
陰謀論
2024年8月9日 by Lars Meler
Edwin
他人の行動や表明された、あるいは推測された動機に注意を払うことは、集団生活において生存に値する。しかし、それが乱暴に誇張され、他者に対する根拠のない不信感によって煽られるなら、パラノイアである。(重度の)被害妄想は狂気である。そして狂気の場合、判断力が損なわれる。
では、ヨーロッパへの第三世界からの移民が、言論の自由、議会主義、法の支配を含む、われわれが知っている西洋文明の終焉をもたらすための秘密工作であるという視点に賛同する人はいるのだろうか?そして、キリスト教を根絶し、イスラム教をその代わりに据えるというマスタープランは考えられるだろうか?
あるいは、陰謀論は嘲笑によって否定することを意図したあざとい主張だと考えることもできる。冷戦時代には、未来は進歩的前衛(とソビエト帝国または中華帝国)のものだと確信していた左翼知識人の間で、共産主義の全体主義に警告を発する人々を嘲笑することが好んで行われた。
それ以来、(オーストリア出身の哲学者カール・R・ポパーが定義した)「開かれた社会」に共産主義者が広く浸透しているという疑念は十分に根拠のあるものであり、芸術界、教育制度、公務員における日々の優先順位に影響を及ぼしていたことがわかった。典型的な知的優越感をもって行われる嘲笑は、全体主義への反対、つまり自由の声を封じ込めるためのものだった。すでに外敵と手を結んでいる者たち(例えば共産党の党員)は、理想主義的な純朴さと正義の憤りを装うが、内心は冷笑的であり、開かれた社会を破壊する破壊活動が、広範囲ではないにせよ、どれほど集中的なものであるかは十分すぎるほど承知していた。
第二次世界大戦後、西ヨーロッパには外国人が押し寄せた。大陸の一番外側を見違えるほど変貌させた巨大な人口移動の人的要因となった彼らは、波状的に流入してきた。もともとは、政治的独立を果たそうとしていたヨーロッパの植民地から生まれた人々である。アフリカやアジアからやってきた人々のなかには、単にかつての臣民に与えられた植民地支配後の特権によるものもある。文化的統合の見込みがどうであれ、世界で最も遠い場所から来た人々は、大規模な社会実験の一環として快く受け入れられ、帰化を勧められた。
根深い部族主義的感情、経済的優遇、暴力的迫害の犠牲者は、旧植民地支配者に避難しなければならなかった。しかし徐々に、移民は別の形態をとるようになった。
1960年代、アナトリアの恵まれない地域から村人たちが西ヨーロッパ各地の政府によって輸入され、産業における非熟練労働に従事した。当時は経済が活況を呈しており、労働力に対する需要もそれに比例して逼迫していた。大量移民の第二波をもたらした外国人求職者たちは、素朴に "ゲスト・ワーカー "と呼ばれた。この呼称が暗示するように、彼らは村に家を建てるだけの資金を貯めたら祖国に帰ることになっていた。
しかし、西側諸国は自らの "寛容の罠 "にはまった。軽率な楽観主義を特徴とする当時の政治家たちは、自分たちの決定が長期的にどのような結果をもたらすかを理解できなかった。アナトリアの労働者たちは故郷に帰る代わりに、大家族を連れてきた。この点については、産業の一時的なニーズに対応するために自由化された法律によって許可され、彼らは「家族の再統合」などを申請した。
西側諸国の政府によって奨励されたわけではないにせよ、異質な共同体、いわゆる「飛び地」は、急成長するディアスポラの橋頭堡となった。その多くは、信仰と自由に対して不寛容な第三世界からの移住者たちであり、彼らの出現は、「過渡的社会」、すなわち、(a)滅びゆくキリスト教、(b)革命的イデオロギー(社会主義やイスラム主義など)に対するヒューマニズムの最終的な敗北、(c)社会的激変を特徴とする不安定な歴史的実体への共同参入を意味した。
アラブの石油国家の専制的な政府が、アジア人を家事奴隷のような条件で雇っているのとは異なり、ヨーロッパ人は「ゲスト労働者」を自由に処分できないことが証明されている。いったんヨーロッパに定住すれば、外国人は生粋のヨーロッパ人と同じ権利を享受できる。だから、彼らは滞在するようになったのだ。
1980年代、移民の第三の波が西ヨーロッパに押し寄せた。かつての植民地大国だけでなく、西側諸国全般が、国境で「亡命」を主張する者を受け入れることで、過去の不正義(すなわち人種差別主義、植民地主義)を発展途上国に償うことを期待されたようだ。おそらく政治的な懺悔(と罪悪感)の表れであろう、このジェスチャーは西側諸国特有のものだった。
狡猾で気まぐれな暴君の典型であるムアンマル・カダフィは、キリスト教の古くからの拠点(そして中東やアフリカで迫害されているキリスト教徒の避難所)であるヨーロッパは、いずれイスラム教徒に征服されるだろうと予言した。2006年4月10日にティンブクトゥで行われた演説で、彼はこの問題を次のように要約した:
「ヨーロッパには5千万人のイスラム教徒がいます。剣も銃も軍事征服もなく、アッラーがヨーロッパでイスラムに勝利をもたらす兆しがある。ヨーロッパの5千万人のムスリムは、数十年以内にヨーロッパをムスリム大陸に変えるだろう。アッラーはトルコというイスラム国家を動員し、EUに加える。これでまた5千万人のイスラム教徒が増える。ヨーロッパには1億人のイスラム教徒がいることになる。イスラム教国のアルバニアはすでにEUに加盟している。イスラム教国のボスニアはすでにEUに加盟している。国民の50%がイスラム教徒だ。ヨーロッパは苦境に立たされている。」
時間は紛れもなくイスラム主義者のために働いている。ヨーロッパ中のイマームたちは、歴史的な特権である二枚舌(「タキーヤ」の概念を参照)で話しながら、日常的にホスト国のいわゆる「開国」(すなわち征服)を祝福し合っている。彼らは「進歩的エリート」(黒い戦闘服に身を包んだ議会外のストームトルーパーは言うまでもない)の狂信的な支持を当てにすることができ、社会に対する信徒の忠誠を���粛に保証することができる公共の議論において、伝統的な犠牲者の役割を引き受ける一方で、彼らはアラビア語、ウルドゥー語、ペルシャ語で、西洋の弱点と差し迫った没落について仲間の信者に指導する。
まともな神経の持ち主であれば、国境に出頭してきた一人一人が陰謀に加担していると疑うことはないだろう。移民は、自分たちの生活環境を改善するためなら、あらゆるものを捨ててでも別れ、犠牲にすることを厭わない。結局のところ、「より緑豊かな牧草地」を求めて外へ出ようとする衝動は、人間の根源的なものなのだ。しかし、人身売買業者の手によって、多くの移民が命がけでヨーロッパを目指している。だから正直なところ、小柄なティーンエイジャーも、妊娠中の母親も、ぽっちゃりしたほっぺの幼児も、犯罪の疑いがあるわけではない。
少数派になりつつある非西洋人は、遅かれ早かれ(民主的な能力を持つ)多数派となり、近隣や都市全体を占拠し、抗しがたい権力基盤を構成する。そして、宗教的なひねりを加えた公民権運動家(すなわち「社会的不公正」や「人種差別」に反対する運動)を装う者も含め、外国人の支配の拡大に熱心な人々の多くは、それを利用する用意がある。彼らは一般的な妬みや不信を煽ることをためらわない。社会の分裂は、彼らが支配権を得る究極のチャンスなのだ。対立と混乱を好む彼らは、真の陰謀家として振る舞う。
しかし、エイリアンの陰謀は、日和見主義的なもので、いわば「二次的なもの」にすぎない。したがって、はるかに憂慮すべき別の陰謀が存在する。権力のために自分の家庭や家族を無慈悲に犠牲にするヨーロッパの進歩主義者たちの意欲を中心に展開する、これが「第一の」陰謀である。この陰謀の本質は、世間知らずの域をはるかに超えている。強力な政治家と意思決定者が関与しているのだ。
1997年5月の総選挙と政権交代の後、地滑り的勝利で勢いづき、長期的な成功計画を立てる準備が整ったイギリス新労働党の指導部は、第三世界の大衆に門戸を開き、それによって有権者の構成--そして政治的気質--を永久に変えようと決めた。党中央顧問のアンドリュー・ニーザーはその後、指導部が(明白な理由で)国民に秘密にしていたこの運命的な政策は、「......右派の多様性を鼻にかける」ために明確に考案されたものだったと明らかにした。
つまり、英国の民族構成を変えるという戦略的な目的だったのだ。指導部はその見返りとして、党に対する無限の大衆(つまり外国人)の支持を期待した。そのような背信的な計算があったのだ。それ以来、元ビジネス担当国務長官のマンデルソン卿は以下のように告白しており、その罪深さは天に泣いている:
2004年、私たちはこの国に働きに来る人々を歓迎するだけでなく、捜索隊を派遣していた。
権力を維持するために自国を売り渡す!何世紀もかけて築き上げてきた高信頼社会が解体されようとしている。反対側には無政府状態が待っている。- ホワイトホールの責任者たちの名が、悪名高きものとなりますように。
Conspiracy Theories - Edwin’s Newsletter #1
1 note · View note
kennak · 8 months ago
Quote
ご安全に。本日の溶接工あるあるは「公園で遊具の溶接欠陥を見つけたことを子供に自慢して白けさせがち」です。 退職してきた。 元はと言えば工業高校から某大手の本工から紆余曲折もあって中堅企業で電気屋として働くことになって10年以上たつ。しまいには班を抱えるに至ってた。何がMTGだ何が会議だ何がメンタルケアだKYやれKY。そんなんだからいつまで経っても・・・・・・・てな感じで、特に中間管理職としての不満があったわけではない。妻の実家の都合なので。次も溶接の仕事をするのかは全くの未定だから闇バイトを始めるかもしれない。特に、UTやMTを日常的に通さなければいけないタイプの電気屋は、つまるところ検査屋というイタコが啓示してくれる瞑想をやっているようなものだから、精神依存性がある。だからなのか電気屋やめた途端にメンブレする人は結構いる。これは、そもそも病的な傾向があったところに、今までは溶接が治療的に作用して持久していたのではないかという仮説をたてている。だからキレる老人にも溶接をやらせてみれば多分治るのではないか。ピンピンコロリとはいうが、高齢者の医療費削減がサァ!安楽死がサァ!とコロリの話ばかりしていて、それよりもピンピンの方について真剣に考えた方がいいんではないか。そんなことを増田は考えている。 そして、この10年で人材が大変多様になった。退職後が暇すぎて働いている70歳超えてる増田の師匠みたいな人や、特定技能のベトナム人はもちろんのこと、ついには女性までという奇妙な職場環境だった。いわゆるマイノリティの方が数が多い。都会の人にいうと待遇が悪いんじゃないかと言われる。だけど、この地方だと人的資源そのものが枯れてるので、ジキュ上げたところで大きな意味があるのかよくわからない。既に10年前から単価を倍に上げたけれど人員を増やすことは難しいと鉄工所アルバイトも言っていた。ゼロに何を掛け算してもゼロ。引き合いを断って同業者を当たり尽くしたのか金額だけが上がってまた引き合いが来て、それをまた断ること4度繰り返して納期がどんどん後ろにズレていく案件まであるという。当たり前だが人を増や��ばいくらでも利益は出てくるのだが、それでも出来ない。高圧経済とは言うんだけど、少子化という圧力が高すぎて風船が破裂してしまって逆に生産性が落ちている状態なのでは? まあ、経済の難しいこととか分からんから、特に外国人と女性ってのは難しいなと日々感じながら仕事してたので、2つのケースについて自分の経験や考えを長々と書かせてもらおうと思う。 ベトナム人編 元は技能実習生として日本に来ていて、こちらでの生活も一定の期間していたから、言葉はまあまあできた。 外国人は怒ってはいけないと何かで読んだから怒らないように気を付けていたが、安全面でこのルールはかなり破った。教える/叱る/怒るはスペクトル的なのだろうか。自分の命の値段が安いと思ってるのか何なのか、クレーン吊り荷の下をくぐることが多すぎて弱った。とにかくフラフラっと近寄るし、動いているクレーンから視線を切ってしまう。日曜に出てきてペンキで床を塗って避難場所を作り、誰かがクレーンを動かすブザーを鳴ったらここに行けという少し極端なことを始めたりもした。でも、それはそれでクレーンを操縦する側の日本人にとっても安全を強く意識する契機にはなったかもしれないとポジティブに考えてる。師匠は「昔は職人ってあんなもんだった」とか呆れて言ってた。そういえば防塵マスクも最初ちゃんと付けなかった。前社ではどういう指導を受けてたんだろう。外国人だからって溶接ちゃんと教えてないどころか安全教育すら放棄するのは企業として最低限のこともできてないのだし、名前だけは有名だけど社員の質が総じて低い会社なんだろうな。そういう会社に限って職人だ匠だマイスターだとアピールに余念がないのだから世の中というのは不思議。増田が平均的な溶接工よりも安全にうるさいのも確かだが、それにしても。 そんなんだから当初の溶接の実力はかなりひどく低かった。特定技能なのに特定の技能を持ってないのでは。「どうやってJIS試験とおったの?」って聞いてしまった程度にひどい。欠陥を手直ししていたらしいけど、具体的な欠陥とは何かを教えてもらえないから、突っ立ってたまに溶接して仕事してるふりだけしてたらしい。だから何がどう欠陥なのか、その原因と対処方法みたいなところから教えなくてはいけなかった。信じられないほど低いレベルの話。そんなことも教えない技能実習。何の技能を実習させてた?全く関係ないけど、みんなの家の鉄骨は本当に大丈夫かな? というわけで基本から教え始めたのだが、とにかく覚えが早い。最終的にはカラーチェック程度の検査なら手直しも含めた具体的な手技は自分で考えてくださいみたいな方向になってた。どうせベトナム人は教えたやり方を勝手に変えてしまうから詰めても意味がないということに早々と気付いたのもある。それを良いことと捉えるかどうかが問題だと思っていて、逆に日本人の若手は自分で考えて動くということをしないから何事もバランスだろうか。増田も勝手なことをして成長していたタイプなので、安全上の問題がなければ過干渉は避けるようにしていたつもりだけど、どうしても余計なことに口を挟んでしまいそうになる。この前も、増田がやるなら左手に持ち替えるところを、フレキシブルトーチつないで右手でかなり無理な姿勢で溶接していた。悪い工夫ではないと思うが、左手で右手と同じように出来るまで練習しなよとか余計なことを言ってしまった。大物やってる隣へ手伝いに行かせたらUTでエコーが跳ね返りまくって、検査屋の音波おぢに文句言われながら増田と2人でガウジングの煤で真っ黒になりながら3日かけて掘り返して埋めたこともあった。それも経験。失敗は他人に手直しさせた方が効く奴と、自分で手直しせんと覚えん奴がいるので、両方を兼ねれば効果倍増。 最初はアンダーカットもオーバーラップも分からないレベルから、1年で競技会出ても恥ずかしくないレベルに上手くなってるのは増田の金正恩レベルに高い指導力の賜物だと思う。向上心の高さとかも含めてベトナム人のポテンシャルはとても高くて、増田だって数年したら抜かれるんじゃないかと思ったくらい。でも技能実習や特定技能は期限があるので上手くなった頃には帰るから、どこの会社も教育に身が入らず「低度人材のまま、おかえりくださーい」���てわけだ。この国はもうすぐ滅ぶ。本人たちは金持って帰れるからそれでいいやと割り切っているのかもしれないが、能力が高い溶接工を追い払いながら自称ものづくりの国、馬鹿な連中と思ってるかもしれない。 女性編 ついに女まで溶接工として採用しちゃったと聞いたもんだから世も末。しかもTIGではなくMAGとCO2で厚物もやらせようっていうんだから。暑いだけじゃなくてCO2なんかスパッタ飛ぶ量が半端じゃないし服とか燃えるけど大丈夫?ハツリやったら全身真っ黒になるけど?と面接でも聞かれたらしいけど別にいいとのこと。以前は医療関係でお務めの御嬢様が人間関係に疲れ果ててやってきたそうなのだが、弊社も入ってみたらセクハラ地獄……と、ならんように考えるのが大変だった。トイレや着替えその他は女性の設計がいるのでほとんど問題なかったのでは?と思っている。こっちが思っているだけで、あっちがどう思っているかは分からないわけですが。 身長が150あれば溶接工として大抵のことは出来ると思うけど女性としても小さすぎる。140ちょっとしかない。革ジャンはブカブカ、見た目は完全に子供。苦労したのは道具からで、トーチは定番のブルーもレッドも上手く取り回せないから私物のビンツェルを貸したら上手く握れるようになった。男だったら文句言わずに黙ってそれでやれって言ってる気もするから、こういうのもオタサーの姫扱いで良くないのか?一つ一つ手探りで考えながらやってた。最終的には会社に頼んでわざわざビンツェルを入れてもらったんだけど、意外と他班の男性陣にも好評だったのか普通に借りパクされる。ブルートーチの小さいやつも悪くないと思うんだけど、薄板を相手に振り回すならビンツェルは最強だと思う。ただしチップがすぐ死ぬのがドイツっぽい。身長に合わせた定盤とは言えない程度の作業台もわざわざ作った。これもジジイに乗っ取られてたから結局は複数作った。グラインダーも大苦戦だったけど、7インチだと2kg切る機種はないので気合でなんとかしてもらった。チッパやニードルスケーラも気合なのでエアツールは何から何まで気合。増田はNPK派だけど女はFUJIの方が使いやすいとかあるのかな?もっと他メーカーでいいものあれば、もし女性溶接工がいたら参考までに教えて下さい。 これもベトナム人と同じで怒ったら面倒だから怒らないでおこうと思ってたけど、そうはいかなかった。フェミに怒られる言い方をすれば、女のくせに仕事が恐ろしいほど雑だったからだ。昼休憩に止端仕上げを明らかにサボっているのを設計のおっさんに見つかって怒られたまではいいが、設計のおっさんと仲悪い別のおっさんが「うるせえ」とか謎にキレて介入し始める謎喧嘩(定期)が始まった。仕方ないから増田が横から割って入って「指導不足で申し訳ないです」とその場を収めた。それで「これ俺にもやらせんの?お姫様だなあ」と言ったら生意気にも「女性差別です」とか口答えするから「所詮は女のやることだから俺が頭下げただけで済んでるんだから二度と舐めた仕事してんじゃねえブス」と言ったら半泣きになって自分で手直し始めて、二度と手抜きはしなくなった。はてな基準やZ世代基準ではセクハラ・パワハラに該当するだろう。増田もブスは良くなかったと思う。だけど、人間心理への侵襲は最小限であるべきという前提は置いても、一定程度の圧力はかけないと人は動かじ。何もしなくても出来るのは天才だけだし。 もちろん良いところもあるというか、短期的に別の班に貸したら大活躍だった。ロボットの扱いがとても上手いのだ。えらい人が営業の口車に乗って導入したはいいものの社内で誰もまともに使えないから量産小物の仕様変更からほぼ稼働させられなかった曰く付きのロボットを、面白半分で使わせてみたら特別教育受けただけなのに自在に動かす。単にティーチングだけではなくジグを作るのも上手くて、図面もなしに勝手にスクラップ集めてやっつけで作ってるのに使えるから、荒っぽいけど勘や発想が良いんだろう。点検に来たメーカーも「これで大丈夫なんですか?」と明らかに悪い意味で驚くくらいのやっつけだが。少量でもジグ作って全部ロボットに溶接やらせるようになったから、当然ながら仮付けしか仕事がなくなる。だから一向に溶接が上達しない。量産かつロボットがやれるサイズなら爆速で上げるから周りもどんどん仕事を投げるのだが、本人はあんま��納得いってないみたいだった。そもそも頭の作りが電気屋じゃなくて鍛冶屋的なものに向いていたのかもしれん。ロボットなんか分からんから増田がなにか言えることもない。ただ、本人が電気屋として厚物がやりたいんだと話して、少しだけ騒動を起こしてた。気持ちとしては分からなくもないが、ガウジングで全身真っ黒にするわけにもいかんよなあと思っていた。他所の女性でチビでも音波物をガンガン溶接する上手いのがいるらしいと聞いたから、差別的な失敗だったかなとも感じていた。その後は一応の解決をみたものの、まだ正解は分かっていない。そうやって正解を探せること自体、恵まれていたのかもしれないのだし。分業かつ柔軟性がある程度に小さい企業という規模感はかなり限られてくるのだから。 もののついでだから最後に書いておく。この前も「水汲みという重労働を女性は担ってきた」というフェミのツイートに「そんなものは軽作業だ」というアンフェが引用が少しバズっていたが、普通に考えれば危険作業だろう。一人KYでもやってみればいい。経験も能力もない奴ほど自らの仕事の危険性を強調してアイデンティティを誇示する傾向がある。ノーヘル原チャリで遊んでるガキか、ヤンキー漫画の読みすぎてイキってる奇妙な人物か。外からイメージを悪くしようとする連中をどうにかしないと、いつまで経っても女性だけではなく男性も劇的に増えることはない。女がやりたくない仕事を男がやりたいと思うことは基本的にない。別に溶接に限らないのだが、業界の人はそういう面をもっと感じ取ったほうがいいと思う。 なんか暇だ。なんかない?
溶接工やめた
3 notes · View notes
myonbl · 2 years ago
Text
2023年4月3日(月)
Tumblr media
私が人形浄瑠璃文楽を楽しむようになったのは、今の職場に来てからのことだから今年で20年ということになる。同僚に啓発されて文楽劇場へ通うようになり、近年は<国立文楽劇場友の会>の会員として、本公演4回+αを割引料金で楽しんでいる。もうひとつの楽しみというのが<観劇ラリー>、つまり一定数の口演を観ると記念品がいただけるのだ。本日届いたのは昨年度分のもの、<つめ人形>をデザインしたリングノートだ。なるほど、これに毎回の公演ごとに劇場に用意される記念スタンプを押せば良い記録になる。早速今週末の<4月公演>初日に持参することにしよう、ワクワク。
Tumblr media
6時起床。
ツレアイは息子たちの朝食と2男のおにぎりを用意する。
私は午後に内科受診を控えているので朝食はパス、珈琲だけを頂いた。
洗濯2回。
明日の夕飯用に、奥川ファームから届いた地鶏のモモを使って<無水地鶏カレー>を仕込む。
半熟卵を用意して、ポン酢に付ける。
地鶏のささみを昆布締めにする。
ツレアイと3男のランチを用意、ラーメンと焼き飯。
京都南病院の予約は13時30分、10分前に整理券をとり待合室に向かうと、すぐに看護師から検査の指示が出る。採血・採尿を済ませ、30分強待った後診察室に呼ばれる。主治医はいつものように聴診器を当て、血圧と体重を測定する。
診察室での血圧は<150-90>、体重は<75.1kg>、いずれも少し高めだがさほど気にすることはない。その後先ほどの検査結果を確認するが、尿酸値・肝臓・中性脂肪と3箇所に<H(igh)>の警告。ま、これもいつものことなので<もう少し頑張ってください>との結論で終了。前期の授業が始まればこの時間の受診は不可能、次回は7/24(月)13時30分に予約を取った。
その後、隣接する調剤薬局へ、90日分の薬を頂いて帰宅した。
Tumblr media
15時過ぎの遅いランチ、明星チャリメラにタマゴ・ネギ・シメジ、加えて🍷も。
職場では新入生が健康診断と履修登録、前期担当科目は必修科目である<スタディスキルズ>5クラスと<情報機器の操作Ⅰ>4クラス。履修者名簿を確認すると、クラス指定であるにもかかわらず登録ミスをしている者が数名。ま、これも毎年のことなので最初の授業で修正の指示を出すのだ。
Tumblr media
4人揃っての夕飯、奥川ファームの春キャベツと豚肉のクタクタ煮/平飼い有精卵の半熟酢卵/茹でソーセージ/レタスとトマト。先日IM嬢からいただいた広島土産の地ビール、息子たちに味見、私は土佐鶴をぬる燗でいただく。
録画番組視聴。「落語研究会」から、「毛せん芝居」三遊亭満橘/「蒟蒻問答」入船亭扇辰。
腹ごなしの町内ウォーキング。
片付け、入浴、体重は300g減。
明日は出勤、日誌を書いて早めに寝よう。
Tumblr media
辛うじて3つのリング完成、水分は1,780ml。
5 notes · View notes
fantasybrade · 5 years ago
Text
目が覚めたので朝の運動的にオープンワールドについての雑記2を
前回の記事に付け足して言うべきこと何点かある
Morrowindにおけるメニュー画面…メニュー画面は本シリーズにおいて「ジャーナル」と呼ばれる ジャーナル、つまり日記だが、Morrowindにおいてジャーナルは本の体を保つという記述があった。Oblivionでも本っぽい見た目のジャーナルになっていたが、これは最新作Skyrimにはない特徴 Skyrimのジャーナルは基本的に他のゲームの「メニュー画面」と同じで、謎のUIが画面に出現し、星座を眺めてスキルポイントを割り振ったり、世界を上空からドローン視点で眺めることができる。この変更には良しと悪しがある
Tumblr media
良しな点として、ジャーナル機能は死ぬほど見にくい ありえん Morrowindは未プレイなのでゲームカタログに記述されている情報を鵜呑みにするなら、体裁が完全に日記(ジャーナル)なので、どのページに何の情報が描かれているかを覚えておく必要があるとのこと 論外だろう、こんなもの Oblivionでは多少改善されてはいたようだが、アイテムが五十音順に並ぶことの弊害や、マップそのものの見づらさなど上げればきりがない不具合があった。いくらなんでもオープンワールドを冒険する人間の日記をメニュー画面にするというのは無理があったのではないかと思う 
それともう一つ、「日記」という体裁はそもそもプレイヤーと相性が悪い それはプレイヤーの日記ではないため、キャラクターが抱えている自我を垣間見てしまうことになる その日記がいかに平易な文章を心がけていたとしても、日記とは殆ど主観そのものであり、プレイヤー・プレイヤーキャラクター間の距離を確実に遠ざける この方式を���めるというのも納得がいく 誰かが書いたジャーナル(日記)より、メニュー画面の方がいい意味でゲーム的だと思う
悪しな点はもちろん見た目と雰囲気 正直これにつきる Oblivion内でメニュー画面を開くと何か物と物が擦れあったような効果音が鳴り、羊皮紙的なサムシングが画面に広がり、なんか雰囲気がある マップなどそれが顕著だ マップはなあ、紙でなければならんのだ ことタムリエルにおいては! スカイリムのマップは、誰がどう見たってGoogle Earthだ タムリエルにGoogle Earthはない!
Tumblr media
というまあどうでもよいことは置いておいて、次に付け足すべき点として、前回の記事は「Skyrimを前作と比較して自由度が失われているというもう何年も前にみんなで話して終わったやつ」でしかないが、しかしそれは悪いことではない(という何年も前にみんなで話して終わったやつ) という話をしたい
そもそもがSkyrimはそういう方向性なのだという話 前記事におけるパーサーナックスの台詞引用を見ても分かる通りベセスダはこの事にかなり自覚的に見える Oblivionにおいて、主人公は何者にでもなれた 何者かと何者かを並行してロールプレイすることさえできる自由さだった 何かになりたくなければならなくてよいという、それはもはや現実じゃん 
ここで着目したいのは、2作の舞台だ The elder scrollsシリーズというのは「ムンダス」というゲーム全体が表象しているここではないどこかの宇宙にある、「ニルン」という星を舞台にしたゲームシリーズで、そこには広大な大地と海が存在する 「タムリエル」という広大な大陸を中心に展開していたこのシリーズは、その規模の大きさとゲームの描画レベルを釣り合わせるため、一つ一つのゲームで描く範囲を「地域」に分けることにした
Tumblr media
タムリエルには「ヴァレンウッド」「エルスウェア」「ブラックマーシュ」「モロウウィンド」「スカイリム」「シロディール」みたいな感じで地域ごとに名前で区分けされており(あと何個かあった気がする)、それぞれの地方を舞台にゲームが展開する 「Oblivion」はシロディール、「Skyrim」はスカイリム といった感じ
Skyrimに比べ、Oblivionはプレイヤーキャラクターの透明さにやけに注力されている 彼だけが後のシリーズにおいてどうなったかを確認できる術がなく、後作であるSkyrimでなんとなく曖昧なヒントを与えられるだけで、確定的な証拠はない。彼は最後まで何者でもなく、何の血も引いておらず、何の神でもない これは昔のJRPGなどではあまりなかった設定であると思われる 彼はどうがんばっても「何か先天的に特殊な存在」にはなれない(それも一種の不自由か?)
「Morrowind」の主人公はメインクエストのプレイ中に自身が神であることに気づくことになり、「Skyrim」の主人公は序盤からドラゴンの力を持った勇者であると気づくことになる Skyrimの主人公ドヴァキンはめちゃくちゃ「主人公」している 
少々前回の記事と内容が被ってしまった。ようはSkyrimの主人公とOblivionの主人公がキャラクターとして抱えている濃度の差の話だ 以下に改めて書く
Tumblr media
・Oblivionの主人公…囚人。メインクエストを終え、シロディールの勇者と呼ばれることとなる。しかし皇帝の血は途絶え、世に混乱が訪れることとなった。DLCシナリオをクリアすることで、狂気のデイドラ王シェオゴラスを倒し、シェオゴラスのもう一つの人格ジャガラグに「そう…お前という人間…人間…?王…いや、神…うーん…あー…、さらばだ…シェオゴラスよ…」みたいなわけのわからん事を言われる(曖昧さここに極まるといった台詞だ デイドラの王はそもそも不死であるし、第4紀に現れるシェオゴラスは何故か未だグレイマーチに悩まされている そもそも何を持ってシェオゴラスをシェオゴラスたらしめているのかというような問題になりかねない危うい台詞でもある)
Tumblr media
・Skyrimの主人公…冤罪で帝国に処刑される直前であったが、神話・伝説の存在とされていた「ドラゴン」の襲来に乗じて刑を免れる。自身が「声の力」を持ち、ドラゴンを殺しうる者「ドラゴンボーン」であると知り、悪のドラゴン「アルドゥイン」を倒すためあれこれした後、ソブンガルデという異世界でかつて神話の時代にドラゴンを滅ぼした勇者たちと共にアルドゥインを倒すことに成功する。付け加えて、彼は神話の時代の壁画に書き残���れていた「アルドゥインが再び現れる時、最後のドラゴンボーンが現れる」という感じの記述に従うならば最後のドラゴンボーンであり、本編終了後のDLCクエスト「Dragonborn」にて、「最初のドラゴンボーン」と戦うこととなる
Tumblr media
(最初のドラゴンボーン・ミラーク。彼の設定もまた面白い)
おかしいだろ Skyrimの主人公、主人公すぎる そんなことある?これに更に付け加えて言うならば、Skyrimの主人公がアルドゥインを倒すために使う特殊なアーティファクト「星霜の書」は、無理に読もうとすると目が焼け死ぬという人智を遥かに超えた宝具的サムシングで、原文では「Elder scroll」である う、嘘やろ?これもう、お前が主人公じゃん シリーズタイトルを回収するな TESシリーズの主人公のクセにタイトル回収するんじゃあないよ
Oblivionがありとあらゆるところで明示的な言及を避け続けているのに対して、Skyrimはとんでもないほどにドヴァキンに物語が付随している 
めちゃくちゃ前説が長くなってしまった。この、なんというべきか、主人公度の差というべきか、プレイヤーキャラクターとしての透明度の違いは、誤解を恐れずに言うなら「土地柄」が出ているような気がする という話だ
Tumblr media
Oblivionの舞台であるシロディールは、タムリエルの中心に位置し、帝国が支配する四季あふれる豊かな土地だ 高低差のない広い平野が広がっていて、そこに様々な植物があり、人が住み、生きているという感じの… 時間軸としては、皇帝が何世代にも渡って守り続けてきたオブリビオン(魔界的な何か)へ通じる扉が開かれる直前に始まる物語でもある 
Tumblr media
Skyrimの舞台であるスカイリムは、タムリエル北部に位置する雪国地域で、そこには「冬」しかない 山は険しく、生活に困窮する村もある 時間軸としては、帝国軍と反乱軍の争いに決着が付いた直後、伝説として語られていた「ドラゴン」が現れる直前から始まる物語だ(因みに、この”山”はオープンワールドとして問題を孕んでいるという意見が友人から何度か出たことがある 山によってマップが区分けされているせいで、物理的にシームレスな移動が可能なオープンワールドであるにも関わらず”シームレスではない”という意見だ わからないこともない そういう土地だから仕方ない気もする)
ここに、地域性、土地柄がある。雪に覆われた地というのはそれ自体が持つ物語性を有していて、彼らは「スカイリムの子ら」という自意識を持っていて、一人ひとりがそういった物語を濃淡様々に抱えている。そして何より「ドラゴン」は古来よりRPGの世界が驚異として描いてきた最強の物語だ Oblivionに出てくる敵はまあ適当に言えば悪魔みたいな感じで、神話的な意味合いを持っているといえるが、神話は現実との距離が遠い。RPGの世界において、神話より「伝説」の方が聞き馴染みがあり慣れ親しんできたという感覚、わかるだろうか つまり、シロディールの平坦な大地へ赴き冒険する主人公に対して、スカイリムの子を自称する雪国の冒険者は、抱えている物語が大きくて当たり前なのだ(これはちょっと日本人の感覚すぎる話だろうか)
Oblivion、Skyrim共にどんな種族の誰にでもなれるわけだが、どちらも「一般的に選ばれる”人間”に最も近い種族」というのがある Oblivionでは「インペリアル」という、帝国の人間であり、彼らはメチャクチャ普通の人間の見た目をしている 対してSkyrimを起動しだれもが最初に選ぶことになる種族は「ノルド」と呼ばれる、筋肉質で髭を蓄えたたくましい雪の男である
「ノルド」はスカイリム地方に住む多くの人間の事を指す。彼らノルドには種族としての物語がとても色濃く残っている。ノルドとして生まれた者は北の大地を踏みしめ生き、膝に矢を受けて死ぬ。死することで「ソブンガルデ」と呼ばれるノルド専用の天国に行くことができるという信仰があり、これって実在していて…ソブンガルデは実在する。ノルド達は口々にこの世界の名前を叫ぶ。「勝利か、ソブンガルデかだ!」彼らは他の種族と全く違う価値観の元に生きている。根本的に死への恐れの種類が違う。恐れを知らず生き、恐れを知らず逝った。更に彼らの信仰する神「タロス」は、かつて「タイバー・セプティム」というタムリエル全土を支配した最上の皇帝であり、伝承ではノルドとされている。インペリアルが創り上げた八太神信仰を、ノルドは九太神信仰へと変えた
Skyrimのラスボス戦の舞台はソブンガルデであり、プレイヤーがノルドではない、例えばアルゴニアンやカジートである場合、特別にソブンガルデに入れてもらえることになる。が、なんだかとっても変な感じがする 例えば君がエルフとしてソブンガルデに招待されたとしよう。生粋のエルフRPをしている君は、そもそもショールを悪魔とする思想を持っているはずで、ソブンガルデに赴くことそれ自体宗教的にマズいのではと悩む羽目になる…だが、大方のプレイヤーがエルフ系の種族を選ぶのは決まって2周目3周目だ。何故なら、トレイラーを見てスカイリムへの冒険に憧れ購入したプレイヤーはもはやその時点でノルドであり、ドラゴンを打ち倒すノルドの勇者になるべくしてゲームを起動しているのだから
1周目で早速ダークエルフプレイなどをしている多くの異端プレイヤーにマイノリティ宣言をして本当に申し訳ないと思っているが、実際そうだ スカイリムといえばノルド ノルドといえばソブンガルデ、ソブンガルデといえばタロス これはもう否定しようがない このように、Skyrimはその地方を選んだ時点で、物語を有してしまっている。The elder scrollsシリーズが描いたのは世界であり、神話であり、そして人であり、人にとって物語は隣人であり、友人であり、恋人でもあり、子であり親である
ようはSkyrimの主人公は主人公になるべくして産まれた主人公だ ラスト・ドラゴンボーン 勇者
ここにまだ更に付け加えて言おう スカイリムにおける独自システムでもありこのゲームの要となる、ドラゴンボーンの特殊な力「シャウト」は、ドラゴンを殺すことでその力を蓄え、スカイリムの各地の遺跡でドラゴン文字を解読することによりその種類を増やすスキルだ シャウトを扱える人間は少なく、元を辿るとシャウトはドラゴンの力でもある。ドラゴンはシャウト…つまり「声」を力に変える生き物だ
この、「声/シャウト」というのがそもそも生き物が持つあまりに身近な力だ 歓喜するとき、驚愕するとき、悲嘆するとき、皆叫ぶ その「叫び」に物理的な力を齎すというフィクションは、なんなら「魔法」なんかよりよっぽど物語している。 スカイリムをまっとうにプレイした君なら、シャウトでドラゴンを従え、シャウトで空を晴らし、シャウトで敵を吹き飛ばすことが可能なはず
こんなに長く語ればもう分かるだろう The elder scrollsシリーズが5作目を迎えた10年前、Skyrimをその舞台とすると決めたその瞬間から、ドヴァーキンは主人公だった Oblivionに対し方向性を変えるのは当たり前だ 日本でTESシリーズの知名度が爆上がりしたのは間違いなくSkyrimの功績だが、それはオープンワールドゲームとしての完成度が高かったからとか、日本人にまだ馴染みやすいゲームシステムだったからだとか、そういうことではない、敵がドラゴンであり、お前がドヴァーキンになれるからこそ、日本人にもバカ受けした ロトの勇者や、ソルジャークラス1stになっていた君は、ドヴァーキンにもなれた
https://www.youtube.com/watch?v=qJnnPh44Rlo&has_verified=1&ab_channel=BethesdaSoftworks
見ろこのクソ地味なトレイラーを 盛り上がりもクソもない なんかよくわからんポリゴンの世界があって、なんかよくわからん人がいて、なんかよくわからんまま終わる!このゲームの主人公が主人公であるわけがない しかしそれ故にあなたは何にでもなれた
https://www.youtube.com/watch?v=JSRtYpNRoN0&has_verified=1&ab_channel=BethesdaSoftworks
なんだこのトレイラーは、俺はノルドなのか 俺はノルドだ スカイリムの子だ 俺はかつて小学生の時に読んだドラゴンスレイヤーアカデミーを思い出す ドラゴンを殺し世界を救うため、この世に産まれたという使命をうっかり思い出してしまう 雪…雪!雪だ 雪は白いから好きだ 叫びを上げドラゴンを殺しドラゴンの力を奪う しかしそれ故にあなたはドラゴンボーンにしかなれない お前がアルゴニアンであろうとハイエルフであろうと関係ない お前はドラゴンボーンだ ひとたびお前がドラゴンを殺せば、その魂を吸収してしまうだろう それは確定事実だ 2011年の11月11日からお前はドラゴンボーンだった
まとめると、OblivionとSkyrimは同じく広い世界を自由に探検できるゲームであるという前提の元、物語とプレイヤーの距離感を変えることでゲームの目指す方向性を分けている。別にどちらのゲームも、メインクエストをやってもやらなくてもいいし、何をしてもいいのは���実として、物理的にそうだ ただ、オープンワールドでありノンリニアを名乗るゲームにおけるメインクエストというのは、「やってもやらなくてもいい」という事実に関係なく、ゲームの自由度に縛りをかける。最近のIGNの記事にもあったが、オープンワールドと物語は決定的な矛盾を孕んでいる あなたはドラゴンが世界を滅ぼそうとしている時になんの目的もなくパンを盗んだりできるが、「可能」であれば「自由」であるわけではないだろう それとこれとは話が別だ メインのストーリーに背を向けることができるかどうかは、そのストーリーが持つ主人公との関係性によってプレイヤーに大きく委ねられる。倫理観や使命感のRPとのズレ。ゲームにそんなものは必要ないと言うならテトリスでもやってろハゲ 
Tumblr media
(テトリスおもしろいよね)
Oblivionは限りなく主人公を透明にすることで、シロディールというファンタジー世界の地域を限りなく自由に探検することができる。それも、何者として探検するか、というところに至るまでの自由だ 暗殺者にも、戦士にも、魔法使いにもなれる なったら、何がしたい? 
Skyrimは主人公を極度に不透明にすることで、スカイリムの子として雪の国を救う勇者「ドラゴンボーン」になれる。これはめちゃくちゃJRPGっぽいが、それはそれとして、世界を救わない選択も可能だし、世界を救った後にのんびり観光してもいい。暗殺者にも、戦士にも、魔法使いにもなれる。が、君はドラゴンボーンであり、この世界が好きだからこそ、世界を救う。
ようはプレイヤーとプレイヤーキャラクターの距離の違いでもある プレイヤーはこの世にいくらでもいて、それぞれがたくさんの人生の合間にこの世界に顔を覗かせる。その時あなたが、あなたとして世界を冒険したいのか、誰かに自己を投影して冒険したいのか、というのは好みによるところだろう(一応言っておくが、Oblivionでも真剣にメインクエストに向き合い皇帝にアミュレットを託された人間としてシロディールを救う勇者になりきることもできるし、Skyrimでメインクエストを放置して一介の凡人として何者かになろうとすることも全然できる ようはゲームが持つ雰囲気が、どういったゲームプレイをオススメしてくるのかというかなり曖昧な話だ、これは)
Tumblr media
(これはニコニコ大百科のドラゴンボーンの記事の項目の一つ ここの記述はものすごく良くて、Skyrimの主人公も”フリーダム”だ ただ、この通りのゲームプレイをしていると、こういった「おかしさ」「面白さ」が発生してしまうというのは誰でも理解できよう)
どちらも稀代の名作であり、本当に面白く本当に良いゲームだ どっちも好き Oblivionの自由は真に現実が自由であるということを思い起こさせる良さがある 緑あふれるシロディールの地は綺麗で、あの時代のポリゴンは私が最もノスタルジックになれる Skyrimの雪は高知に住む私の雪への憧れを刺激する ドラゴンボーンとなってアルドゥインを倒すメインクエストは、盛り上がりに欠けるところはままあるが、そもそも物語が持つ熱量が濃くて良い
続くThe elder scrolls:Ⅵはどちらの方向に傾くのか、どっちでもいいが、スカイリムで「誰か」になるのを十分楽しみ満足した節があるので、次はOblivionの方向性だと嬉しいな 何より、Skyrimの方向性のゲームは世に溢れている そうだ そもそもその話をしようとこういった記事群を書き始めたんだった うっかり好きなゲームを語るだけの記事になってしまった
余談ではあるが、ここで気になるのは「Oblivion」というタイトルだ シリーズのタイトルを並べてみると「Arena」「Daggerfall」「Morrowind」「Oblivion」「Skyrim」となるが、この内、Arenaは大陸全土の揶揄表現で、Daggerfallは都市の名で、Morrowind、Skyrimは地域の名だ しかしOblivionという名前はそもそも異界の呼称で、ムンダス(宇宙)を覆うように存在するデイドラの住まう魔界のことだ 素直にシロディールをタイトルに起用していない理由などがどこかに記載されているかはわからない(ここまで読んで何度もあなた方が訝しんだ通り、これらの記事はまともな調査も行わず適当を並べ立てているだけでなんの論理性もない雑文だということは改めて説明するまでもない) Oblivionというのはそもそも英語で「忘却」や「無意識」という言葉だ 造語でないタイトルはArenaとOblivionだけで、果たして何か面白い意味をこじつけることはできないかとうんうんうなってみたが、うーん無理そう
以前の記事で「ダークソウル」と「GTA」について語るという旨のメモを残したが、「GTA」に関してはそもそもプレイするモチベーションがないのでやめる ダクソは実はもう買ってあり、難易度にへこたれてプレイしきれていないだけなので、今度時間を取ってクリアした後、書く 他にも、以前書いたような「メタルギアソリッド2とボクと魔王」の話を改めて書きたい まあこれらは一旦置いておいて、次は「魔女と百騎兵」の話をする 現在は仕事に追われていて(まんがタイムきららMAXにて連載中の「ぬるめた」という私の漫画の1巻が2021年1月27日、つまり明日発売だ そして来年4月からは、ぬるめたと同時進行で「青騎士」という角川の新雑誌にて全く別の漫画を開始する予定でもある)ゲームがプレイできていないため、「ガレリアの地下迷宮と魔女ノ旅団」をプレイしていない 
これを近いうちプレイした後、この「魔女」のシリーズについてメモを残す 今までも何度かしたことがあるような気もするが、「魔女」のシリーズが行った「プレイヤーとプレイヤーキャラクターの距離感」の取り方は完全に今までで類を見ない全く新しい奇抜な発想であり、面白すぎる SkyrimやOblivionにおけるプレイヤーとプレイヤーキャラクターの距離感についての話、物語とプレイヤーの距離の話、こういった話で我々が常に無視し続けている問題がある。それは、「Oblivionをプレイしたプレイヤーの中には、”後に”Skyrimをプレイするプレイヤーもいれば、しないプレイヤーもいるし、”以前”Morrowindをプレイしたことがある人もいれば、したことのないプレイヤーもいるし、”先に”Skyrim”をプレイしてからOblivionをプレイし始めた人もいれば、そうではないプレイヤーもいる」という、かなり「えッそんなの考慮するわけないじゃん」問題である。そう、プレイヤーはゲームのシリーズをプレイする時、そのゲームがシリーズ最初にプレイしたゲームではない可能性があるのだ しかも、これまでにプレイしてきたシリーズの順番さえ、わからないのだ もしあなたがOblivionをプレイしたことがあって、Skyrimをこれからプレイしようとするとある若者であったとしよう、なぜ、Skyrimの主人公はOblivionの記憶を持っていないんだ?Skyrimの主人公はあなたなのに? という、どうしようもない問題が立ちはだかっていたのだ これはTESシリーズにおいても無視されている問題だ、プレイヤーの持つシリーズ世界の記憶。ようはどうしようもなさすぎるが故に誰も目を向けていない問題だったのだ
Tumblr media
だが、「魔女」シリーズはそこに解答を出している…というメチャクチャ面白い話です おわり つかれた
8 notes · View notes
nuthmique · 11 years ago
Text
構成・演出
額田大志 Masashi Nukata 作曲家、演出家。1992年東京都出身。 幼少期より、母親の影響でリトミックを始める。中学二年生の頃、友人の影響でロックバンド『UNICORN』にのめり込みバンド活動を開始。20歳までは主にドラムを演奏。高校時代に作曲、編曲の面白さに気付き、朝まで打ち込みをしては授業中に寝るという生活を送ったため、成績が学年で下から二番目になる。一般大学への道のりは絶望的だったが、音大なら進学できるかもしれないと思い立ち、運良く東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科に入学。 その後、複数のロックバンドでドラムを叩き、ライブハウス『下北沢屋根裏』などに定期的に出演するも中々上手くいかず、大学二年生の冬に8人組バンド『東京塩麹』を結成。同バンドは活動を継続していく中で様々な機会に恵まれ、ツアーやフジロックの出演などで注目を集める。現在は主にシンセサイザーを演奏。 また、大学時代に友人の演出する舞台に衝撃を受け、自らもダンス公演を主催するなど舞台芸術の活動を開始。とはいえ厳しい道のりであり、プロのアーティストの道を諦めて大学留年の後に音楽企業へ就職。しかし、誘われたライブ活動で有給(厳密には特別休暇)を即座に使い切ってしまい、なし崩し的に休職。そして、休職中にのんきに金沢観光していたことがSNS経由で上司にバレて、勤続7ヶ月でスピード退職。活動を本格化。 就職と同時に演劇カンパニー『ヌトミック』を結成(こちらは継続)。カンパニーは現在5人のメンバーで活動。舞台音楽や広告音楽も手がけるが、その便利屋的な立ち回りに、そろそろ自分の軸を持たなければと焦りながら創作を続ける。
演奏
※出演を予定していたCharさんは、ご家庭の事情により不参加となりました。何卒ご了承くださいませ。 波岡康之 Yasuyuki Namioka パフォーマー。 まず私の人生で最初に影響をあたえたのはブルース・リーです。 そして空手をはじめました。私の通っていた道場には、少年部はなかったので、大人と一緒にトレーニングしていました。そのせいかみるみる体力がつきました。以前は学校でほとんど選ばれることのなかったリレーの選手に選ばれるようになりました。そしていろいろなことに積極的に取り組めるようになりました。 役者にも挑戦しました。アルゼンチンタンゴもやりました。 そしてよく行くようになったJAZZ喫茶のとなりの座っていた方が有名なサックスプレイヤーで、その人に習い、サックスも吹けるようになりました。 ブルース・リーの有名な言葉に“Don’t think feel”というのがあります。 そしてジークンドーに、型はないというのがあります。私も既成概念にとらわれず格闘技にARTにTRYし続けていきます。 遠山ひかり Hikari Tohyama 1997年生まれ。東京都出身。幼少期から一日中絵を描き続けたり、5歳からピアノを習うなど芸術全般に多く興味を示す子供であったが、小学校3年生の学芸会で主人公『負けうさぎ』を演じたことが深い興奮として記憶に残る。芝居の世界への憧れから、中学時代は邦画を観漁るようになる。そうして高校では念願の演劇部に入部。この頃から、小劇場の公演に足を運ぶようになる。晴れた日は高校の屋上で寝て過ごしていたのでクラスで浮いていたが、文化祭のクラス演劇で主演女優賞を獲得したことから急に人に話しかけられるようになった。すっかり演劇以外にやりたいことがなくなっていたので、桜美林大学芸術文化学科演劇専攻に進学。学生団体に出演したり、作・演出・出演の一人芝居に挑戦したりして過ごすが、様々な出会いを通して学外の活動が盛んになり大学から足が退く。何か続けられる仕事を始めたくて、憧れていたバーテンダーの求人に応募。アルバイト生活をしながら2019年に同世代の劇団に俳優として加入するも、現在は活動休止している。演劇や生活に挫折する日々ではあるが、救急車で運ばれた際に生死を彷徨いながら「女優です!」と叫んだ自分を信じ、舞台活動を続けたいと思っている。 小又旭 Asahi Omata 学生。1997年生。自己紹介に苦手意識がある。小学校時代には図書室によく通い、アルセーヌ・ルパンなどの冒険譚や、ハリーポッターなどの長編ファンタジーが好きな少年だった。 図書室に折り紙が常設されていたことをきっかけに、小3から中学校くらいまでは折り紙に傾倒していた。そのころは学校で配布されたプリントを折ってしまい、ぐちゃぐちゃになっていた。高校に入り演劇を始めるとともにほとんど折り紙を折らなくなったが、自己紹介の際に「折り紙好き」という情報が使いやすいので頼りがちである。 その後、演劇系の大学に入学。他学科との関わりや実習など、校内施設を使った授業の多さに惹かれて入学したものの、体調を崩したためほとんど参加できない日々が続く。 今年に入り、二年間の休学から復学した。しかしコロナの関係であまり実習もないので、家で折り紙を折ってSNSにアップすると割と反響があるのでたまにやる。現在はサボテンを育てはじめた。 カワイサンホ Sanho Kawai 会社員。1992年生まれ。長野県出身。 実家はスキー場近くの山の中。両親が脱サラ後に自分で建てた丸太小屋で育つ。自然と動物に囲まれ、近所に子供がいなかったので一人遊びをして過ごすことが多かった。西日の当たる部屋で絵を描きながら眠るのが幸せだった。 運動はてんでダメで、その代わり音楽はずっと好きだった。中学生では吹奏楽部でバリトンサックスを吹いていたが、その傍らロックやバンドという概念に強く惹かれ、自分もバンドを組んでみたいという思いが日に日に強くなる。 高校生の時にエレキベースを購入。念願の軽音楽部に入る。大学時代はコピーバンドサークルに入り、ソウル、ファンク、R&Bなど様々なジャンルの音楽に触れる。 社会人になっても音楽活動をゆるく続けている。去年は「Cutty Scooner」というユニットで音源をリリースし、ベースで参加している。 今回、粘土という素材で参加した理由は、会社員で調子を崩してしまった時に、たまたま家にあった粘土で造形を始めてみたら気持ちが楽になったことがきっかけ。現在も気が向いた時にオリジナルの作品を作っている。Instagram:@__pumo 八木佑平 Yuhei Yagi 1996年3月28日生まれ、香川県出身。現在は都内にある建築デザイン事務所に勤務。普段全くと言っていいほど音楽を聞かなかったのだけれど、3年前くらいから音楽というより音に興味を持ち始めた。 それは大学4年の冬、友人の研究の手伝いで音楽を制作したことがきっかけで。 ある音とその音がもつイメージとの関係についての研究だったように思う。 1人用の特殊なドームの中で、ヘッドホンとVRゴーグルをつけてその制作は始まった。まずセミの鳴き声・海の音・風の音を同時に聞いて、夏が見えるでしょうと友人はサンプルの音源聞かせてきた。 うん、確かに。VRはウユニ塩湖みたいな映像になっていたけれど、いわゆる夏感を音によってイメージさせられた。音も、ある体験の重要な要素なのだ。 音によって感情が引き出される。日常でもよくある事だ、音楽を聞く目的のほとんどと言ってもいい。 その音に対する自分の認識。解像度が様々なイメージまでくっついている。黄色を見て「黄色」と言う。その共通認識ゲームは音にも言えるのだと改めて知覚したことは大きな衝撃だった。 次は100種以上あるサンプリングされた音源を自由に組み合わせ、あるイメージを実現させる音楽を作ってみる。雨音なら「小雨」から「豪雨」まで、鳥のさえずりは複数種の鳥の鳴き声があり、車や人混みなどの騒音も用意されていた。 何をイメージしてどの音源を組み合わせたかは忘れてしまったのだけれど(悲しい…)、それは生きてきて聞いたなかで一番不快な音楽になってしまったのだ。 自分が聞きたい音を6種くらい、ある程度風景のイメージ(=絵とそこになる音の成立)も持って組み合わせたその音楽は、とにかく聴き心地が良くない。不快。 雑多な音が同時に存在する日常はなぜここまで不快にならず成立しているのだろうか。耳が慣れているのだろうか。ある音が許容値を越えると異常事態化し(うるさいなど)不快になる。 ましてや音楽を作るなんて、なんて難しい制作なんだ。とここ数年悶々としていたところ今回のWSを知って参加してみた。 ひろすえゆうた Yuta Hirosue 介護福祉士。先天性の心室中核欠損症で運動が出来なかったのですが、音楽の授業で自分を表現する楽しさを知り、中学、高校と吹奏楽部でパーカッションを担当しました。 高校卒業後は福祉の専門学校へ進み、保育士、幼稚園教諭、介護福祉士の資格を取得し、福祉施設で働いています。現在は福祉施設で働きながら、児童館で小学生から高校生を対象としたドラム講師のアルバイトをしています。 お笑いが好きで、ライブを観に行くことやラジオにハガキを送ることが好きです。昨年からは自分も何かやってみたい、という気持ちが強くなり、自分自身もエピソードトークやフリップネタでお笑��ライブに出演するようになりました。 コロナ禍で自分にとっての幸せは人と出会うことだと思い知り、「一度きりの人生、出来ることは何でもやってみよう」と前向きになることができました。 共演者との出会い、私が鳴らす「物体」との出会い、観てくださるお客様との出会い、全ての出会いへの感謝と幸せを噛みしめて演じます。  長沼航 Wataru Naganuma 俳優。ヌトミック所属。幼稚園くらいまではそこそこ内気なシャイボーイ、保健室のれいこ先生と仲良しこよしでお届けしておりましたが、家では風呂から出てくるやいなやソファに飛び込み「おもしろ劇場」を開催する陽気な一面もある男の子でした。小学3年生からはマーチングバンドに所属してユーフォニアムとチューバを担当、朝練はよくサボっていた。中学校では一旦科学部に鞍替えするも、母親の友人経由で週末にゴスペルを歌い始める。高校ではオリエンテーションでかっこいい演奏をしていた吹奏楽部に入ろうと決意し仮入部に行く。すると、「久しぶり、ビリー!」と会ったこともない先輩にいきなり抱擁され、そこからあだ名は基本的にビリーで統一している。また、その人とは別の打楽器の先輩につかまり実はずっとやりたかったパーカッションに転向する(ちなみに人生のどこかでベースもやってみたい)。高校は笑いにシビアなところだったので、文化祭や合唱祭のたびに漫才やコントのコピーをやっていた。高2の定期演奏会で寸劇をやり、ウィンクキラー役を務めたのが演劇に目覚めたきっかけ、ではないのだが台本係の後輩と帰り道にフィクションのことばかり話している時間は楽しかった。大学に入って下北沢・本多劇場で観たヨーロッパ企画『来てけつかるべき新世界』が衝撃的に面白くそこから演劇にハマり、いつの間にか舞台の上に俳優として立っている。今年度からは横浜国立大学大学院の修士課程に在籍し、作品制作という形で研究を行っている。ちなみに、順調ではない。 深澤しほ Shiho Fukasawa 俳優。ヌトミック所属。山梨県出身。母親がドラマを見るのが好きで、小さい頃、一緒に寝るまで横で見ていたことをきっかけに「テレビの中の人になったらお母さんが喜んでくれる!」と思い「テレビの中の人」になることを目指す。 田舎の小さな中学校・高校には演劇部が無く、地元には映画館も無く、俳優になることを本格的に意識し始めたのは高校2年の進路提出のとき。 社会人としてなりたいものが本当に浮かばず、どうしたら俳優になれるのかもわからず、とりあえず学校帰りに「月刊 デ☆ビュー」を買って、当時人気だった小池徹平が「君も応募しよう!」と微笑みかけてきたのでこっそり応募。俳優養成所に合格するも、よくあるぼったくりの養成所だと気づくのは5年後。 心理学を学べる大学に通いながら、俳優養成所に通い、大学ではなぜか図書館司書の資格を取得するというブレブレの時代を通過する。「タマビ」「ムサビ」「オウビリン」という美術系の大学もあることを教えてくれなかった高校3年の時の担任・本多の顔は忘れない。そしてそういう大学があることを調べもしなかった当時の自分の怠慢を今でも根に持っている。 ようやく人生の軌道修正するのは大学を卒業して3年後、養成所で奇跡的に知り合うことができた〝師匠〟から「これを読め」と『東京ノート』(平田オリザ著)を渡され、以降は青年団関連の舞台を片っ端から見に行く。 アーツ千代田3331でやっていた、わっしょいハウス『木星の運行』を見に行ったとき、出演していた浅井浩介さんの佇まいに度肝を抜かれ、今まで私が養成所で教わっていた〝それら〟が一気に崩れ去る音を聞く。ぼんやりしていた心の目がついに開眼し、青年団の俳優が講師をしてくれるという「映画美学校アクターズコース」を受講。その後のスピード感は自分でもよくわからないが、生粋の下克上精神は維持しつつ、人生遠回りしてもまあいいじゃないか、と楽観的な思想も持っている。 << 公演トップページ << 無料楽譜公開
1 note · View note
totonoi-2002 · 5 years ago
Text
2020/06/28
表象と誠実、消費の雑記
4年前、マ〜ジで好きなオタクと出会った。当時そのオタクの作品を毎晩舐めるように眺めたし読んだし、とりわけ気に入ってる小説作品の冒頭数十節はいまだに暗唱できる。fundoshipartyはマジで気持ち悪いと思う。
私が差別について詳しく調べ始めたのはその頃で、言うまでもなくそのオタクがきっかけだった。氏は普段から社会における差別問題や政治について積極的に意見するタイプのオタクで、当時の私には氏から発信される情報のすべてが新鮮だったし刺激的だった。とくに歴史的な背景が多く関わる問題については懇切丁寧に扱った上で意見していた。
氏の作品にナチスのユダヤ人大量虐殺に関するタイトルがついたことがあったけれど、彼女はそのタイトルを自作に用いることについて丁寧かつ誠実に説明し、歴史的背景を重んじつつリスペクトしたのだということを示した。作品は言わずもがな素晴らしかったし冒頭をそらんじられるのもこの作品だけれど、わたしは何よりデリケートな歴史的モチーフを扱うことに対する氏の姿勢に感銘を受けた。当時は漠然とはあ〜すげえなあ と思ったわけだけれど今思うと一層誠実さが染み入るような感じがする。素人の創作者ですらこの意識の高さである。そう、そう、ここまではプロメアについて話すまでの悠長な導入だったってわけ!
ツイートで定期的にこぼしている通りだけれど、fundoshipartyは最終的に“プロメアのことを超好きでいながらその一部についてはかなり批判的”というポジションに至った。
初見で差別描写のキツさに泣きつつもリオくんのことが好きすぎてたぶん20回 (4dx含む) は通った熱心なトリガーのオタク、高校生の財力にしては尋常ではないレベルでプロメアにお金を落としてきた。熱心に通った夏-秋頃は145円税込12個入りの蒟蒻ゼリーのみで1週間の昼食をまかない、浮いた野口英世を握りしめながら放課後ダッシュでプロメアを浴びに行くという生活だった。正直めちゃくちゃ楽しかったな 飯を減らせばたちまちリオくんを浴びられるので... てか高校生映画1000円なん最高すぎや 一生高校生でいたいぜ
プロメアのクッソ好きな要素やいい思い出もろもろはここでは割愛するとして、批判的要素についてのみ書いていこうと思う。
プロメア製作陣の差別への認識の甘さは本編だけにとどまらず、前日譚やイベント、情報雑誌のインタビュー回答など幅広いポイントで露呈されている。本編公開直後に散見された本編の差別描写に関する批判ツイートや長文ふせったーのことをしっかりと思い出せる。割と早い段階で批判的な意見が出ていたにもかかわらず、公式がその後の露出でそれらに関する誠実な回答や意見を述べなかったことはかなり悲しいなと思っている。これはマジ。ピザはチームの食べ物!とかそれどころじゃねえからな それどころじゃないのですわ (お嬢様口調がブーム しつこいぜ)
ピンクの三角形はピンクトライアングルだし、クレイ・フォーサイトはきっとヒトラーで、彼によって行われたバーニッシュへの残虐な行為はナチスのホロコーストと簡単に重ねることができてしまう。極めつけのプロメテックポッドは誰がどう見てもガス室だよね。プロメアの世界ではマイノリティ差別、人種差別に関するデリケートな歴史的モチーフが数々登場するし、その上で強烈な差別が描かれている。本当にそれらはデリケートなのだ、デリケートだしそれぞれにはかりしれないほど命の重みがある。それらを作品に用いるということは、製作陣には作中の差別問題を正しい方向へと着地させ、観客を啓蒙する義務 とまではいかなくてもそれ相応の意識やアップデートされた認識、誠実さが強く求められるだろうと思う。プロメアにはそういった姿勢が著しく欠けていたし、観客の批判をもってその欠陥を顧みることもなかった。ああ〜 つらいね
僕たちは誇り高いバーニッシュだ、それがバーニッシュの誇りだ、炎は僕らの一部だ、というリオくんのセリフからわかるように (描き方の問題だとは思うけど シーマのような人もいるしバーニッシュの総意ではなくとも、リオくんに導かれていた) バーニッシュ達にとってバーニッシュの炎や自身がバーニッシュであるということは誇りかつアイデンティティだったのだ。炎の本能的な衝動が聞こえて、それを叶えて燃やし尽くすことに使命感と誇りを持っている。これが彼らのアイデンティティでなくて、バーニッシュ・プライドでなくてなんというのか、という感じの描き方だ。(というか途中から思い出したようにバーニッシュをマイノリティとして扱うような文脈になっている気がしてならん マジでその辺適当だしいい加減なんだろうな....)
ここまでマイノリティ差別文脈のお膳立てをしておいて、結局プロメアは宇宙人だのバーニッシュ差別の首謀者であるクレイも実はバーニッシュだっただの (これはきっとホモフォビアを内面化する同性愛者のメタファーだと思う ここまでそういった文脈や要素が散りばめられているのだからこれは過ぎた思い込みなどではない) (てか被差別側マイノリティの属性を差別側にも与えて結局マイノリティ同士で踏んだり蹴ったりしてただけみたいな構図になってるのが最悪なんじゃ) 、挙げ句の果てにはプロメアという宇宙人は元の宇宙に帰ったのでバーニッシュという人種は消えました!というオチ、本編後のインタビューでバーニッシュはマイノリティの象徴ではないだのあれは感染症だの、やばいでしょ やばいんですよ どこがやばいかわかんない人はこれはやばいんだという認識からスタートして歴史を辿って照らし合わせて欲しい。やばいんや。
本編前日譚にあたるリオ編については、作中マイノリティが作中マイノリティに自身らが差別されるのには理由があるのだという旨の説教をするシーンがある。私はこれが本当にプロメア屈指の最悪なシーンだと思っている。差別というのは加害側の都合によって行われるものなので、被差別側に原因も理由もあるわけがないのだ。被差別側に差別が起こる理由を見出そうとしている時点でこのシーンは完全にマジョリティ視点、マジョリティ本位でしか描かれていない。(というかマイノリティに加害性のある属性を持たせ差別を正当化しようとする時点でもう設定が破綻している そもそも差別を描く前に設定が破綻しているんですよ) マイノリティ差別を描くにあたって、脚��家がマイノリティに一切寄り添わずあくまでマジョリティの立場で作中マイノリティの彼の台詞を書いた、しかも内容は見当違いという、本当に....本当に......これが割とまじで一番許せん.................
同性愛を病気扱いすることはいまやようやくタブーとなっている。現実のセクシュアルマイノリティ差別とからめたプロメア批判意見へのカウンターとしてバーニッシュという属性と同性愛を一緒くたにするのは違うでしょ、という声もかなり散見されたと思う。そうだよ 序盤で示された要素のままであれば違うはずなんですよ、でも脚本は途中からバーニッシュのことを、あらゆるモチーフやキーワードを用いてれっきとしたマイノリティなのだという文脈で扱ったのだから同列に語るしかなくなる。となるとラストのバーニッシュ消滅はマジョリティによる同化肯定以外の何ものでもないし、感染症呼ばわりなんざもってのほかというわけである。不誠実の一言に尽きる、と思う。あまりにもいい加減で中途半端で、現実のあらゆる差別をあまりに軽んじすぎているし、それらを都合よく作品のアクセサリーにしたのは本当によくないのだ。誰がなんと言おうと擁護のしようがないことをしでかしている。
他にもハァ?!みたいなセリフや描写は細々とあるけれど、何よりも危険なのはここまで述べた、本編に一貫した製作陣のマイノリティ差別への意識の低さだ。プロメアのようにハイセンスな映像と音楽が矢継ぎ早に脳に流れこむような中毒性のある作品において、上記のような描写がなんでもない顔でのさばっているのはマジで危ない。差別の再生産を促しているも同然だし、繰り返し消費するうちこういった描写に対する観客たちの危機意識もきっと麻痺していくのだろう。それが本当に恐ろしいと思う。
わたしたちはいかなる差別も決して許してはならないはずなのに、表現の自由だとか多様性だとか、そういった言葉を都合よく盾にしている人達によって社会全体が差別的な声に寛容になっていく気がする。本当に怖いよ〜
拙い差別描写も熱心な批評によって次の学びに繋いでゆけるのならそれだけで十分に価値があるだろうと思うのに、オタクの多くは作品の批判をするくらいなら見るのやめれば?みたいなのばかりで話にならないし、本当につまんねーなと思う。作品を愛しながら許せない部分を批判する、というのは何の矛盾もなく両立するのだ。プロメアだってファンや製作陣が批評を正面から受け止めて意識を変えてゆけたらもっともっと意味のあるものになったんじゃないのかなと思うけれど、でもそんな高度な消費のしかたを、作品や製作陣を手放しに神格化しがちな日本のオタク界隈に求めることは厳しいんだろうなという諦念じみた感情にもなる。というか自分たちオタクには基本的に“消費”することしかできないので、その消費に内包される自身の暴力性、差別意識や搾取について常に向き合い内省し続けなければならないのだ。
プロメアの話はここで終わろうと思う、なんだかんだ言って
私はプロメアが好きだし二次創作も時々見るし、自分で漫画を描くこともある。ただ作中マイノリティのキャラクターの表象を借りるにあたって、作品への評価をうやむやにはしたくないという気持ちがものすごく有り、こうして自分で指差し確認をするように、定期的に意見をまとめているのだろうな。てかリオくんまじでかわいいよね。
トリガー作品はキルラキルとインフェルノコップ、ガイナはパンストとフリクリが好き 見てね
(追記8/2
プロメアのオチが「バーニッシュ消えたから差別もなくなるね!やったー!」だとは別に思ってないし、ガロの「俺が消してやる、お前らに降りかかる火の粉も全部」てセリフからプロメポリスではこの先も差別が続いていくだろうことは普通に 十分に読み取れるけれど、プロメアの差別に関する批判は別にそこを無視してるわけじゃないしそれも込みというか もっと根本的なところから指摘されているということをわかってない人がとても多くてあーそうですかあ...となる。『その人をその人であると認める』ことを作中通して描きたかったのはとてもわかるしそういう意図を示唆するセリフが本編にいくつもあることもちゃんと読み取ってる。個人を尊重するという視点において、プロメアにジェンダーバイアスのかかった描写が少ないことはかなり好感が持てるし、そういった配慮をしようとした痕跡はある。私はこういう部分についてはかなり好きだな〜て思ってる!
でもプロメアの問題点って製作陣のそういうポジティブな意図から結構遠いところにあるので、差別に関する批判とこういったポジティブな要素を引き合いに出した擁護の内容っていつも噛み合ってないよなあとおもってます。
“差別”はあくまで主題でなくプロメアを構成する一側面でしかないと言うのなら、なおさら深刻な問題だと思う。というのは、再三言うけどプロメアには差別に関する史実モチーフが数々登場するし、差別を取り扱う作品に似通った要素も多く見受けられる。しまいには中島さんがX-MENについて言及しているというのもあり、差別というテーマについては制作段階からかなり積極的だったのだろうなということはなんとなくわかります。インタビューでも差別というテーマを出したのは僕です、という発言があったし、彼の他作品にもそういうテーマを積極的に扱ったものって多い。
映像に用いられるデリケートな史実モチーフと脚本の意識レベルとの相性が最悪だった、というのが批判が起こったことについての簡潔な状況説明です。映像にあるモチーフについて中島さんは関わってないのに脚本が叩かれてかわいそう、みたいな意見を見たことがあるのだけど、でも熱心なファンでもない一観客が、わざわざ映像の要素と脚本の要素を切り離して作品を解釈しようなんて思わないでしょう。両方かけ合わさって初めてその作品の意図や表現が成り立つわけだし、それは当たり前のことだよね。“プロメア”の話をしているので。
だからリンカーン記念堂やピンクトライアングル、ナチスのガス室やゲシュタポを彷彿とさせるプロメテックエンジンやフリーズフォース、バーニングレスキューのシンボルとして用いられる拳 (バーニッシュを弾圧する側の組織にこのモチーフが使われるの、最悪..... 公式設定でバーニングレスキューは“中立”とかふざけたことを言うのほんとやめてとおもう 差別社会に中立とかいう舐めたポジションは存在しないから) 等々、差別に関するデリケートなモチーフを積極的に登場させたにも関わらず作中マイノリティ (マジョリティ・マイノリティというのはあえて区別されるものではなく、不均衡な社会構造の産物として自然と発生するものです) から「誇りだ」とまで言わせたアイデンティティ要素を剥奪したことが本当に本当に本当によくないよ、という話です。そういうモチーフを使って差別をやっていく気だったのなら、作中の差別問題を正しい方向に着地させることはほとんど義務のようなものだ。そうじゃないと歴史に対してあまりに不誠実だし、クリエイターとしてモチーフのバックグラウンドを尊重できないのはどうなの?という話になってくる (実際なっているわけですが....) 。
先述したモチーフには過去の凄惨な人種差別によって奪われた多くの命の重みが刻まれているわけで、そういう重要なモチーフを登場させたくせに作中の差別問題を丁寧に扱えなかったこと、あるいは社会派エンタメの顔をしたいがためにそういった要素をファッション扱い (それこそ作品の一側面としてしか扱ってない) しかできなかった製作陣全体の差別への意識の低さ・不誠実さに対して批判が起こってるんですよね。さらに言えばフェブリでの「バーニッシュは感染症のようなもの」という言及もそうで、ここまで読んだ上で普通に文章を読解できる人ならこの発言の問題点がわかると思うけど、わからない国語残念人は....ごめん.......この機会に人種差別の歴史について勉強して1000000000%無駄にならない知識だから......
だからこういった製作陣の差別に対する意識レベルについてと、『その人がその人であると認める』という作品のポジティブなメッセージについては全然別の話です。わかる!?別の話なのにプロメアの差別批判のカウンターとしてプロメア・ポジティブ・メッセージの方が顔を出すことが多いなあとおもうの.... 普通に噛み合ってないです。それはそれ、これはこれて感じ。
1 note · View note