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#日本本土最西端の地
kuma-photo · 1 year
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「長崎~五島列島旅行(1)」 5年前に家族旅行で来た長崎に今年再び
前回行けなかった佐世保や五島列島 軍艦島のリベンジもかねて
初日、佐世保は小雨模様だったけど それ以外は綺麗に晴れて とてもいい旅になりました
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locotomo2023 · 2 years
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日本本土最西端に沈む夕陽
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夕陽をどこで見るか問題で、 一番行きたくなるのが、日本本土最西端に沈む夕陽、 つまり、日本本土最後の夕陽。
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神崎鼻公園に設置された 日本本土最西端のモニュメントの先から夕陽を望めば、 旅の思い出として、とても素敵なものとなるでしょう。
ちなみに、佐世保にあるベスト1、 けっこう条件付きのものが多く、 神崎鼻公園も日本《本土》最西端ということで、 夕陽の沈む先には平戸島の影が見えます。
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次はあの島の向こうで夕陽を見たいっ!
そんな思い出さえも旅の1ページにはさめる LOCOTOMOオススメのスポットです。
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今回のモニターツアーは一泊二日ですが、 二泊できれば平戸もご案内出来るので 今後は西果ての夕陽コースもぜひとも検討したいですっ
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yu-en · 4 days
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uihy
自室の記録
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5年前からルームシェアをしているSと一緒に引越しをしてから、3年が経った。寝室をSが、リビングを私が自室としている。私の部屋の正面には大きな窓があり、左右にもそれぞれ小窓がある。
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小窓1
装身具類の置き場所。ピアスを置いている鳥のレモン絞り器は、Fさんから貰ったもの。Fさんはよく動物のものをくれる。犬の形をした栓抜きや、野営をするくまの置物も彼からのプレゼントだった。
カートリッジインクの空き容器には、ヘアピンやネックレスを入れている。私の父は吸引式の万年筆を好んでいて、父から贈られたペンもインク瓶とセットのものが多かった。実家を出て外にいる時間が増えてからは、インクを切らすことが怖く、自然と替えのインクを持ち運べるカートリッジ式の万年筆を使うようになった。それからしばらく経ち、1年前にプログラマを辞めたことを手紙で報告すると、その数日後に「励まし」とボールペンが送られてきた。以降ずっとそのペンを使っているから、手持ちの万年筆はどれもインクを抜いてある。
よく付けるピアスは窓の縁に置いていて、どこかの喫茶店で使われていたらしい伝票入れには、硝子のオーナメントやトライアングルのビーターを差している。
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Hのくれたトライアングル本体は、腕時計とブレスレットを失くさないための場所として機能している。良くない使い方だと罪悪感を覚えてはクロスで磨いている。
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小窓2
『陶の家』を見かけたらひとつ買うというのを続けていて、現時点で3軒が建っている。少しずつ街になっていく。家の奥には、ミナペルホネンの好きなQさんにプレゼントしたものと色違いのタイルを置いている。
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小窓3
すぐぼろぼろにしてしまう指先のケア用品を置いている。H先輩に貰ったネイルオイルの磨硝子が好きだった。Fさんが動物をくれるように、この人は硝子をよくプレゼントしてくれる。硝子のオーナメントも、ステンドグラスのくまもH先輩から貰っている。
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窓を開閉するハンドル(オペレーターハンドルというらしい)に紐をかけて、ケーブルや電源類をまとめている。先日Eから貰った白いカールコードのシールドもここに下げている。黒い服ばかり着ているのに、Eには乳白色のイメージがある。“誤って人間として産まれてしまった天使”だと感じさせる人と知り合うことが何度かあり、Eもその中のひとりだった。
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向かって左には仕事用のシャツ、右には外套を何着か掛けている。秋冬用の服ばかりある。
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ここに越すことが決まってから最初に選んだ家具。プログラマになったばかりの頃、メモリの重要さを机の広さに喩えて教えられた。それで机は広いほど良いものだと認識したのか、気付けば横幅のある机ばかり探していた。天板の色を緑に決めて、部屋の軸に据えた。
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職場で割ってしまったマグカップに無線イヤホンや保湿クリームを入れている。シャツを濡らしたまま破片を持つ私を見て、笑ってくれる会社の人たち。これ以上は無いとよく思う。
ヘアクリップ入れにしている、ままごと用のような小さな花瓶も気に入っている。渋谷の蚤の市で友人へのプレゼントを選んでから、度々その人の店でものを買うようになった。銀色のトレイやハート型の赤い缶もその人から買った。
銀色の電源タップは前の部屋から持ってきたもの。あらゆる電子機器の電力をここから供給している。
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ギターをくれた友人たちが別の年の誕生日に合同出資してくれたオーディオインターフェースがモニターの下にある。未だに1-2と3-4の入力を同時にする方法が分からず、2つずつ付け替えながら使っている。これを貰ってからAudacityで曲を作り始めて、今もそのやり方をしている。会社の先輩には「システムを0と1だけで作ろうとしているみたいなものだよ」と言われたけれど、その頓馬さを含めて自分に馴染むので、Audacityをずっと使っている。キーボードがちょうど上に乗る。
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モニターの横にはmicroKORGを置いている。普段は誕生日に贈り物をしないと取り決めているSだけれど、数年前に何かで手を貸した際「この恩は倍にして返します」と言い、その年の誕生日にmicroKORGをプレゼントしてくれた。このシンセサイザが部屋に来てから、自分の生活が向かうことのできる方角が増えたように感じている。大切な楽器。
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microKORGには、新しい部屋で出した『野良の花壇』のマグネットを付けている。本来は冷蔵庫のために作られたマグネットだけれど、皆とスタジオにいる時にあって欲しく、ここに付けている。プリクラで来られなかった友達の似顔絵を描くような感覚。私の黒い冷蔵庫には、ピーター・ドイグの青鬼の絵と油絵の花のマグネットだけがある。
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机の下に、PC・トランクケース・スーツケースを置いている。PCはSのお下がりで、MacBookしか使ったことのなかった当時の私は、こんなに大きな箱がPCだなんて、と思っていた。PCの上に付けたアンテナは狐の顔のような形をしている。
トランクケースは大学2年のころ大枚をはたいて手に入れたもの。どこか遠出をする時はこれに荷物を詰めている。畳み終えた洗濯物をSの部屋へ運ぶ時のかごや、ギターを弾く時の足置きとしても使用。頑丈さに安心する。
スーツケースはついこの間、京都に長く滞在するために買った。銀色の次に、灰がかった青が好きだと思う。
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ギター・くま・本棚
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ギターは高校時代の友人たちが誕生日にくれたもの。19歳になったばかりの頃、当時の交際相手と出掛けた帰り、気が付いたら楽器屋にいた。ギターを2本持ったその人に「どっちがいい」と訊かれ、指差した方を買ってくれた。私にギターを与え、弾き方を教えてくれたことにずっと感謝している。その人と別れてしばらく経ち、誕生祝いに何が欲しいかを訊かれ、ギターを頼んだのだった。友人たちは「あえて白にしてみた」と笑っていた。今思えば、このギターを貰ってから白を自分のものにすることへの抵抗が弱くなった。ギターの届いた日、触っているのが楽しくて大学を休んだのを覚えている。
YAMAHAのアンプは義兄が使っているのを見て購入した。私が真似をしていると知って嬉しそうだった、と姉から教えてもらった。
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左端のくまは、元は白だったのだけれど、深い青のシーツで眠るのに付き合わせたせいで黝くなってしまった。Kの小説に「ヤニや涎で汚れてしまったのかしら」と書かれてからは、布で包んでいる。いつかぬいぐるみ病院に連れて行きたい。隣は一度も会ったことのない人が贈ってくれた黒いくまと、高校時代の交際相手が留学先のお土産として連れてきてくれた焦げ茶のくま。誰かとビデオ通話をする時にはよくパペットのくまに代理出席してもらっている。右は、地元や旅先の雑貨屋で見つけて連れてきてしまった(“しまった”という意識がずっとある)小麦と白のくま。グレーのワゴンに小さなギャッペを敷いて、くまたちの場所としている。
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低い本棚の上
蓋のない宝箱。小物たちというより、質量のある記憶群という方が実感に近い。
西荻窪にあった喫茶店の閉業を知って沈んでいると、H先輩が「お店で使っていた品物を販売しているみたいです」と教えてくれた。黒い花瓶のあるおかげで、ずっとその店を忘れずにいられる。今はEのくれた竹とんぼや、Aさんのくれた花を入れている。ポストカードをしまっておける箱のついた額縁には、Aの写真を入れている。過去、「__の写真を写真展に出してもいいですか?」と、もう搬入の終わった状態で確認の連絡が来たことがあった。Aがごく稀に見せる、こういった強引さが大好きだった。展示を了承する代わりに譲ってもらったその時の写真たちは、勾配天井の部屋に暮らしていた時に飾っていた。上京してから借りたどの部屋にもAの写真を飾っている。そのほか、江の島で拾った石や、Tさんがライブ終わりに嵌めてくれた指環、Uさんと行った犬吠埼のイルカの置物、書ききれないほどの誰かと紐付いた宝物がある。
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声の依頼を受けた際、お礼にといただいた絵。額装までしてくれていた。元々この人の絵が好きだったので大喜びした。一度この絵を裏返さなければいけない時期があったので、また飾ることができて嬉しかった。
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高い本棚の上
小さなギターは、Kさんと一緒にRさんの部屋でパーティをした日、中古のおもちゃ屋で買ったもの。Rさんの部屋に戻った後もご機嫌に鳴らしていて、そのあと火事が起きた。カセットコンロの火がテーブルクロスに引火して、火が早送りのように広がっていくのを見た。三人で死ぬ映像がちらついた、次の瞬間には火が消えていて、振り向くと花瓶を持って息を切らしたRさんが立っていた。チューリップを活けていた水での消火。このおもちゃが生き延びた証明になっている。このあいだのアルバムに入れたフィールドレコーディング曲にはその日の日付が付けられていて、火のはじける音やこのおもちゃギターの音が入っていた。volca keysは初めて触ったシンセサイザ。自分ひとりである程度のことができるようになりたくて、リズムマシンとマルチエフェクターを買った。
銀色のバットはひとつ前に住んでいた部屋の近くにあった台所道具の店で買ったもので、前日と翌日のあいだの時間に携帯品を置いておく場所として使っている。
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Artekのスツール60を、椅子やベッドサイドテーブルとして使っている。パーティめいたことをする時には、3脚くっつけて大きなテーブルとして使う。雑貨屋でまとめて購入したので、その日で店のポイントカードが1枚分溜まった。そのカードをイッタラのキャンドルホルダーと交換してもらった。
銀色のトレイは、先述の蚤の市で知った店で買ったもの。部屋のポケットとして使っている。
“拯”の字は、精神がどうしようもなく落ちていた今年の始めに、Uさんが「書初めをしよう」と言って筆を持たせてくれたもの。翌月にまた京都を訪れた際に、国際会館のカフェスペースで焼き上がったものを渡してくれた。頭でばかり考えてはすぐに身体と疎通できなくなる私に、四肢のあることを思い出させてくれる友人。
本の上には気休めの紙魚対策として除湿剤と防虫剤を置いている。
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小窓4
Fさんからの犬の栓抜きと、Hに貰ったコンクリートの置物、H先輩が分けてくれた犬の箸置き。母の好きなミニチュアを贈る際、色違いのチューリップを自分にもひとつ購入して、端に置いている。自分のために生きた花を買えない反動か、花のモチーフのものを見かけると嬉しくてつい手が伸びる。
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キッチン
私の洗面台を兼ねている。私もSも、料理と呼べるような自炊は殆どしないので、調味料や調理器具が少なく、キッチンの収納部にはそれぞれの私物が仕舞われている。
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Mさんが引越し祝いに買ってくれたカセットコンロ。パンを焼く時やカフェオレを淹れる時に使う。組み立てる際の動作がロボットアニメのワンシーンを思い出させるので、人前で使う時には「変身!」と言うようにしている。
隣の空き瓶は元々ジンの入っていたもので、誰かに花をいただいた時には一旦ここに活けている。
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この部屋に越した時にIがプレゼントしてくれたローズマリーの石鹸の匂いが好きで、貰った分を使い切ってからも自分で買い直している。歯磨き粉はGUM以外だと落ち着かないので旅行先にも持っていく。歯ブラシはKENTのもので、最初に使ったあとの歯の滑らかさに感動して、誰かに共感してほしいあまりSに押し売りをした。それからSも同じものを使っているので、それぞれのストックも合わせると10本近くこの歯ブラシがある。右端はリングホルダー。左手の薬指に環を嵌めるようになってから、指環が好きになった。今は5本の指環を付けている。
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食器棚
H先輩のくれたくまを吊るしている。緑の石鹸はMさんのスペイン土産。ここに写っている鉄鍋も鉄フライパンも、写っていない3本の包丁も2枚のお盆も貰いもの。
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ソファ
机の天板に合わせて布を選んだ、三人掛けのソファ。毎日ここで眠っている。Sの部屋にある質の良いベッドよりも、薄いマットレスを敷いたソファの方がよく眠れる。枕に近い小窓のハンドルにエジソンランプを括りつけて、普段はその光で睡眠薬が効くまでを過ごしている。
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部屋のすぐ向かいには線路があり、3面の窓から電車の通る音や光が流れる。最終電車の後は、スケートボードの走る音や、酔った誰かの歌が聞こえる。この部屋で生活をしている。
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warehouse-fujiki · 4 months
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BEAMS PLUS         NONPAREIL LIMITED EDIITION 
6月8日(土曜)よりビームスプラス原宿でノンパレイルブラウスの
数量限定加工版が発売されます。
ノンパレイルブラウスについて、その歴史を改めてご説明したいと思います。
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自分
Murphy,Grant&CO since 1851
マーフィー・グラント商会は、太平洋岸で最大かつ最古の乾物卸売会社である。ユージーン・ケリー、J・A・ドノホー、ダニエル・T・マーフィー、アダム・グラントによって1851年に設立された。
「最古のデニムブランド」といわれる理由はその創業年にあります。
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馬でなく機関車がデニムを左右にっ引っ張るラベルデザインも、1869年に東西を結んだ大陸横断鉄道を彷彿させるのです。
こちらはウエアハウスで製作したもので10年以上着込んでいるブラウスタイプ。
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このブラウスのモデル名である「NONPAREIL」(無比の、比べるものがない)にかけて、各ディテールを紹介していきたいと思います。
◆ノンパレイルなポケット
ノンパレイルなポケットはモノが落ちないように考案された形状と、リベットが使用できなかった時代に考えられたスレッドリベットの名残。インパクトのある形状がノンパレイルです。
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◆ノンパレイルな襟
小ぶりでアールのかかった襟はGジャンらしくないエレガントな佇まいで他のブラウスとは違う点がノンパレイル。
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◆ノンパレイルな縫製
1900年代前後(世紀の変わり目)の時代につくられたものは、オーバーロックなし、おり伏せ縫いが基本。しかしこちらでは肩の縫い巾が広かったため、あえて4分の1インチ(0.64cm)の環縫いを使用しました。本縫いの細かいステッチのアタリと、環縫いによる粗い凹凸のアタリのコントラストが素晴らしいです。時代を超えたノンパレイル。
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◆ノンパレイルなバックスタイル
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珍しいのが背面の生地どりです。ヨークは横なのは通常ですが、身頃も橫です。生地が橫に色落ちしていますね。これは1880年代のGジャンにある仕様ですが、生地の巾が理由かとおもいます。1920年代のこのバナーなどは生地の巾が70センチくらい。これはそのまま使うなら耳を使えて良いですが、サイズをつくるなら中途半端なだったのではと。このために橫に使ってサイズレンジを広げたのかと。
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背面が橫に縮む分は、前面のプリーツどめの生地のしまい込みが助けたのかと。
◆ノンパレイルな色落ち
リーバイスのGジャンの、期待したとおりに色落ちしていく過程ももちろん楽しいですが、ノンパレイルの、見たことのない箇所が見せるアタリや色落ちは、ワクワクさせてくれます。
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今回はリミテッドで加工をつくりましたので、色落ちをリアルに見ることができます。数量は限定なので発売当日にビームスプラス原宿へどうぞ・・・
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こちらは6月8日よりビームスプラス原宿で発売開始です。
数量は限定(少ないです・・・)
詳細はこちらからご覧ください。
NONPAREIL USED WASH LTD
BEAMS PLUS LIMITED
Size:36、38、40、42
Price:¥49,500(inc.tax)
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kennak · 3 months
Quote
巨額横領事件で逮捕・起訴され、その後無罪が確定した大手不動産会社の元社長・山岸忍さんが国を訴えた裁判で、検察特捜部の取り調べ映像が史上初めて公開された。 そこには見立てにあった証言を強引に引き出す、特捜部の実態が映し出されていた。 11日裁判所の法廷で流れたのは、大阪地検特捜部が行った取り調べの一部を記録したおよそ48分間の映像。 弁護団によると特捜部の取り調べ映像が公開されるのは、司法の歴史上初めてのことだ。 ■「私が『なるほど』って思える話が出てこないとおかしい」と検察官 取り調べ記録した48分の映像 関西テレビはその映像を独自入手。 映像には、特捜部の検事が巨額横領事件の捜査で大手不動産会社プレサンスコーポレーションの関係者に対し、厳しく自白を迫る様子が記録されていた。 【山岸さんの元部下K氏】「正直に全部ちゃんと話そうという姿勢で臨んでいます」 【田渕大輔 検事】「だとしたら私が欲しい話でなく、私が『なるほど』って思える話が出てこないとおかしいですよね。でも、今の少なくとも山岸さんに関する話って全然なるほどじゃないよ。本当に真実の話をしたら、なるほどって思う話になるはずなんです」 【山岸さんの元部下K氏】「そこは嘘は本当に言うつもりないので。正直に全部、その時のことをしゃべっているんで」 【田渕大輔 検事】「でもね、もうあえてぼくの今の心証を申し上げると、あなたが今回の事件で果たした役割って『僕は共犯になるんですか?』なんていうかわいいもんじゃないと思っていますよ。お金もらってなくても共犯になるんで���か、なんてかわいいものじゃないと思っている」 ■元部下の証言が決め手で逮捕されたプレサンス元社長 裁判で「無罪判決」 この取り調べで得た証言が決め手となり、プレサンスコーポレーション社長(当時)・山岸忍さんは逮捕された。 しかし、その後の刑事裁判で「関係者の供述は信用できない」として、山岸さんには無罪判決が下される。 この取り調べに一体、どのような問題があったのか。なぜ冤罪は生まれたのか。 ■学校法人の土地取引 経営に関心のO氏が18億円借り入れ 理事長就任後 学校の土地売却し18億円の返済に充てる 明浄学院事件の構図 事件は5年前、学校法人・明浄学院の土地取引を巡って起きた。 まず、学校経営に関心を示していたO氏が18億円もの大金を借り入れ、その金を使って理事長に就任。 その後、学校の土地を売却して、借り入れていた18億円の返済に充てた。 ■山岸さんから18億円を借りたO氏 特捜部は山岸さんが『マンション建設の土地欲しさに金を貸した』と見立てをつけ捜査 O氏は、理事長就任に必要だった個人の借金を、学校の財産である土地を売った金で返済したことになるため、業務上横領罪が成立する。 では、18億円もの大金をどこから借りたのか。その出所が山岸さんだった。 特捜部は、山岸さんがこの横領計画を知っていながら『マンション建設の土地欲しさに金を貸した』という見立てをもとに捜査を進めた。 ■横領計画を知りながら取引進めた山岸さんの元部下K氏 特捜部は「山岸さんが横領計画を知っていた」という証言をK氏から引き出すべく強引な取り調べを実施 山岸さんの関与を示す客観的な証拠も乏しい中で特捜部がこだわったのが事件関係者から「山岸さんは横領計画を知っていた」という証言を引き出すこと。 そこで重点的に取り調べを受けたのが、この土地取引の実務を担っていた山岸さんの部下K氏(逮捕、起訴の後、裁判で有罪判決)だった。 K氏自身は横領計画を知りながら取引を進めていたが、「山岸さんには伝えていなかった」と、取り調べに対して答えていた。 ■「山岸さんには(横領計画を)伝えていなかった」と話すK氏に検事が強引な取り調べ 【田渕大輔 検事】「あなたは逮捕されてからきょうで5日目ですかね。根本的に何か発想が変わってなくないですか。自分のしたことは悪いことじゃないんだと。そう思ってないですかね」 【山岸さんの元部下K氏】「いや悪いことです」 K氏は逮捕前から密室で連日、任意での取り調べを受け、精神的にも肉体的にも疲弊していた。 そして、11日に公開された映像の前日には、大きな問題がある取り調べがあったことが、これまでの取材で明らかになっている。実際の映像を見た弁護団によると以下のような取り調べが行われていたのだ。 ■K氏のデスクから押収のメモ「山岸さんは関与していない」と社内で口裏合わせした際の証拠だと検察官が主張 K氏のデスクから押収したメモを「山岸さんは関与していない」と社内で口裏合わせした際の証拠だと主張 【田渕大輔 検事】「なんでこんなもの(K氏のデスクに残されていたメモ)があるの?いや知ってるでしょ。なんでこんなものがあるの?なんであるんですか?」 【山岸さんの元部下K氏】「社内の同僚に相談をしたからですね」 【田渕大輔 検事】「さっきしてないって言ったじゃん」 【山岸さんの元部下K氏】「はい」 【田渕大輔 検事】「で、なんであるの?なんで嘘ついたの?」 【K氏】「嘘っていうか同僚…」 K氏が言葉に詰まると、検事は右手を自分の顔のあたりまで振り上げ、振り下ろし手の平で机を1回たたき、言い放った。 【田渕大輔 検事】「嘘だろ!今のが嘘じゃなかったら何が嘘なんですか!」 検事は家宅捜索でK氏のデスクから押収したメモを「山岸さんは関与していない」と社内で口裏合わせした際の証拠だと主張。 ■「検察なめんなよ!命かけてるんだよ」「かけてる天秤の重さが違うんだ」 【田渕大輔 検事】「もうさ、あなた詰んでるんだから。もう起訴ですよ、あなた。っていうか有罪ですよ、確実に」「命かけてるんだよ!検察なめんなよ!命かけてるんだよ、私は」「かけてる天秤の重さが違うんだ、こっちは」 検察が立てた「山岸さん関与ありき」の見立て。 それに合わない話をするK氏を検事はおよそ50分間、一方的に攻め立て、15分間は大声で怒鳴り続けた。 そして、その翌日。公開された映像にKさんが追い詰められていく様子が記録されている。 ■「横領計画」を山岸さんに伝えていないとしたら「大罪人」だとK氏に迫る 【田渕大輔 検事】「あなたの場合、いきなり学校法人の貸付だっていう前提で話しているように聞こえるのね。それって普通の人がとる行為としておかしいでしょう。端からあなたは社長をだましにかかっていったってことになるんだけど、そんなことする?普通」 【山岸さんの元部下K氏】「しないですよね、普通は」 【田渕大輔 検事】「なんで、そんなことしたの。それ何か理由があります?それはもう自分の手柄が欲しいあまりですか。そうだとしたらあなたは、プレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」 検事は、仮に山岸さんに計画を伝えていないとしたら、事件を主導した「大罪人」だと迫る。 ■「会社の損害背負う覚悟はできてるのか」見立てに合わない話は徹底的に潰す 【田渕大輔 検事】「これ例えば会社から今回の風評被害とか受けて、会社が非常な営業損害を受けたとか、株価が下がったとかいうことを受けたとしたら、あなたはその損害を賠償できます?10億、20億じゃすまないですよね。それを背負う覚悟で今、話をしていますか」 【山岸さんの元部下K氏】「まぁ、背負えないですよね。それは」 【田渕大輔 検事】「背負えっこないよね。そんな話して大丈夫?だから、あなたの顔が穏やかになりきっていないって見えるんですよ。見えるんですよ。見てわかるんですよ」 事件でプレサンス社が被った損害をひとりで賠償できるのかと脅し、見立てに合わない話は徹底的に否定にかかる。 ■「悪い顔になってきているよ」 最終的に「山岸さんは横領計画を知っていた」と証言を変えたK氏 【田渕大輔 検事】「だんだん悪い顔になってきているよ」 【山岸さんの元部下K氏】「いや悪い顔じゃないです。本当に悪い顔で説明するつもりないです」 【田渕大輔 検事】「いやいやだって、おかしいじゃない。普通に考えて」 【山岸さんの元部下K氏】「じゃあ、もしかしたら私の勘違いだとしたら、すみません。ぼくはそういう風に自分では説明したと思い込んでいるのか」 【田渕大輔 検事】「どういうふうに」 【山岸さんの元部下K氏】「いや、その移転、移設するために学校に出してくれっていう話を自分がしたと思っているんで」 【田渕大輔 検事】「それはね、後からそういう形で説明したということにしようとしていただけなんじゃないの、みなさんが。山岸さんに対する説明はそういう体でやっていたんだってことにしていただけじゃないの」 【山岸さんの元部下K氏】「そこは本当に」 【田渕大輔 検事】「だって、スタートがやっぱりおかしいじゃない。どう考えてもおかしいですよ」 結局この後、Kさんは「山岸さんは横領計画を知っていた」と証言を変え、それが山岸さん逮捕の決め手になった。 ■無罪判決で強く非難された「検察の取り調べ」 まさにこの部分は無罪判決の中でこう指摘されている。 【大阪地裁 坂口裕俊 裁判長(当時)】「必要以上に強く責任を感じさせ、その責任を逃れようと真実とは異なる内容の供述に及ぶ強い動機を生じさせかねない」 検察の取り調べは、厳しく非難された。 ■「自白をとらないと評価されないというのが透けて見える。組織の構造的な問題」と弁護士 【山岸さんの主任弁護士・中村和洋 弁護士】「彼がなぜあそこまで尋常ではない取り調べをしたのか。何かこう焦って自白をとらないといけない。それがそうしないと評価されないというものが全体的に透けて見える。あれは個人の資質の問題ではなく、やっぱり組織の構造的な問題だと考えるのが自然」 ■「使った言葉に不穏当な言葉はあった」「(同じような取り調べは)まずしないと思う」と検事 11日、取り調べの映像が法廷で公開された後、実際に取り調べを行った田渕検事が法廷に呼ばれ、尋問を受けた。 【代理人弁護士】「K氏が真摯に向き合っていないから、そういう取り調べ(机をたたく、大声で怒鳴る)をしたんですか?」 【田渕大輔 検事】「言葉だけでは進まないと思い、挙動も混ぜたほうが誠実に向き合っていることが伝わると思ったので」 【代理人弁護士】「取り調べに反省すべきところはありましたか?」 【田渕大輔 検事】「使った言葉に不穏当な言葉はありました」 【代理人弁護士】「また同じような取り調べをしますか?」 【田渕大輔 検事】「まずしないと思う」 当時の取り調べに関して、「K氏が真摯に取り調べに向き合わなかったこと」を繰り返し理由にあげた一方で、一定の問題があったことを自ら認めた田渕検事。 また尋問を行った弁護士に対し、こんな発言も… 【田渕大輔 検事】「そんな怖い顔で聞かれても…」 【代理人弁護士】「怖い顔をしてないし、私とは距���もあるし、机もたたきませんよ」 ■無罪判決について「残念な判決」と検事 この発言の後、法廷に立った山岸さんは田渕検事に「K氏はあなたの取り調べを怖いと感じていたと思うか?」と聞いた。 【田渕大輔 検事】「K氏に聞かないと分からないが、私は少なくとも腹の座った方だと思っていました」 そして、一連の取り調べで得たK氏の供述は「信用できない」として山岸さんが無罪となったことについて田渕検事は「残念な判決。有罪維持に十分だと思っていた。K氏の信用性も否定されたので」と語った。 尋問は11日を含めて3日間に分けて行われ、当時捜査を主導していた主任検事も法廷に立つ予定だ。 ■「無罪を勝ち取ったとしても、その時点で人生が終わっちゃう。だから冤罪はダメ」 原告の山岸さんは、プレサンスコーポレーションの社長も辞任せざるを得なくなったが、今はまた新しい不動産会社を立ち上げ、新しい人生を前向きに歩んでいる。 山岸さんは、この裁判にかける思いについて「私は元気で、毎日幸せに仕事もしている、趣味もやって生きている。でもそんな人って珍しい。無罪を勝ち取ったとしても、その時点で人生終わっちゃう。だから冤罪ってだめなんですよ。私みたいな立場の人しかこんな活動はできないんではないかと思っています」と語った。 2度と冤罪を生まないために、検察はどうこの問題に向き合うのか。 その姿勢が試されている。 (関西テレビ記者 赤穂雄大)
【独自】「検察ナメんなよ!」見立てに合う『証言』強引に引き出す特捜部の実態 『取り調べ映像』入手 冤罪で会社を奪われた元社長「無罪を勝ち取っても、その時点で人生が終わっちゃう。冤罪はダメ」(関西テレビ) - Yahoo!ニュース
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ari0921 · 5 months
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024)5月11日(土曜日)弐
   通巻第8249号
中国の軍配備は対外戦争だけに備えているのか?
  孫子の兵法なら中国の分裂を策するのが最も効果的である
*************************
 AI時代、生成AIとチャットGPTの開発競争とは、実質的に第三次世界大戦である。「AIを確立した国家が世界の覇者となる」というのはプーチンの預言だが、開発現場のエンジニアには技術の視野狭窄に陥って、機を見て森を見ない状況にある。
 とりわけ米国の開発企業にむけて唸るような投機資金の流入をみていると、現場にある発想は人類への貢献より、カネではないか。オープンAI、AI-X、エヌヴィディアなど、この先端分野の企業はすべてがアメリカ発である。
孫子の肯綮とは、「百戦して百勝するは、善の善なる者に非ざるなり、戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」(百戦百勝はかならずしも最善ではない。戦わずして敵を屈服させるのが最善だ)
 この基本原則を台湾統一にあてはめると。。。。
「上策」はTSMCをそのままのみ込む
「中策」が軍事小競り合いと武威の継続。心理的降伏。
「下策」は軍事衝突、しかしシナ兵は戦わない
中国はいまモラルを引締め、国内矛盾のすり替えに「祖国統一」を呼号している。
 西側はAI規制のルール作り乗り出した。日本も遅ればせ『セキュリティクリアランス』法が成立した。
ところが、まったく非協力的なのが中国とロシアである。アメリカはハイテクを中国に渡さない政策に狂奔してきたが、結果は『ザル法』だった。7ナノ半導体が中国に渡っていた。
なにしろ相手はスパイと模倣、不法盗取が得意技の国なのである。日本製部品はかれらの兵器に使われ、また新幹線も鉄鋼もリニアもみごとに盗まれた。
 AIは、いまや自動翻訳からロボット分野で革命的な進歩をもたらし、半導体、EVで中国の追い上げは凄まじい。特許の出願件数(特許成立件数ではない)では、中国がアメリカを抜いている。
 一方で、アメリカが分裂を深め、シン南北戦争に突入する危機が日増しに増大している。その兆しが不法移民、LGBT、BLM、中絶、銃規制、同性婚、そしてイスラエル支援か否か、をめぐって鮮明な対立を産んだ。
アメリカの分裂は中国とロシアに裨益する。過激な社会運動へ迂回路を通じて中国からの資金が入っていることは周知の事実だが、金融面での中国銀行への締め上げはようやく効果を見せ始めた段階である。
 ▼中国を七つに分裂させるという壮大な戦略を西側は立案すべきではないのか
 さてそうであるとすれば、西側が策すべきは中国を分裂させる戦略であろう。もとより李登輝元台湾総統は「七つに分裂する」と主張されてきた。チベット、ウイグル、南モンゴルに旧満州は別の国であり、ほかに華北(北京圏)、華中(上海圏)、華南(広東圏)に分かれる。合計ななつ。
 語呂合わせで言えばユーゴスラビアは七つに分裂した。スロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、セルビア、コソボ、モンテネグロ、北マケドニア。
 ソ連は15に分裂した。
 ロシア、ベラルーシ、ウクライナというスラブ枢軸とモルドバ、「バルト三国」(エストニア、ラトビア、リトアニア)、カフカスのグルジア、アルメニア、アゼルバイジャン、そして中央アジアイスラム圏五ヶ国(トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)に。
 筆者は上記七分裂のシナリオに加えて蜀(四川省)、広西チワン自治区、雲南省も歴史的には別の国であり、香港、マカオ、それに事実上の独立国家たる台湾を加え,さらに細分化した地域に分かれると、シンガポールが「飛び地」で加わって緩やかな中華連邦となるとシミュレーションして『中国大分裂』(文藝春秋、絶版)を上梓したことがある。
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14-sakiii · 2 months
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なんとかしよう、なんとかなった
7月11日(木)
誕生日。日を跨ぐ前にノンちゃんからバースデー動画が送られてきて感動。朝起きたら、友達からLINEが来ていてミスド券を貰った。誕生日って、祝われなくなるタイミングで関係が薄くなってるんだなってことを実感するし、逆に誕生日というタイミングでしか連絡を送ってこないよな?って気づいてしまったり、結構悲しい側面もあるよなあって思った。誕生日だけ大事にされましても…。みたいなひねくれた魂がある。やっぱり大事にすべきは遠い人より身近な人で、遠くてもいつもSNSで何かしらリアクションをしたり、やり取りをし合う人だなと思った。短くてありふれた言葉だとしても言葉の温かみが全く違う。あと、お互いに協力し合える関係性ってかなり、貴重。言葉をくれてありがとう。
お昼、祖母とココ壱!今季初ベジカレーを食べた。いつも平気な3辛が何故か異様に辛く感じた。あと、ライス200gがキツイぞ?となった。これが老いるということ??ここの店舗は丁度10周年の節目を迎えたらしく、団扇が貰えた。帰宅後、眠っていたら担当者さんから連絡が来て、火曜日に面談が決まった。寝起きがバレた。その後もずっと寝てた。誕生日ってこれで良いのか?毎年、自分で自分を喜ばせる為にあの手この手とやってきたが、金銭というよりメンタル的に無職だとそれが厳しいのだと悟った。夜、母と電話。明日から3日間実家に帰ることに。耳の調子が治らない。
7月12日(金)
1日引きこもり。耳の調子が悪くて、雨も凄くて、ズドーンと気分が沈んでいた。夜、実家に帰ったら元気が出てきた。妹とお互いにプレゼント交換をし合って仲直り。Paul & JOEのポーチとリップとフェイスパックをあげた。自分じゃなかなか買わないけれど、買う瞬間、楽しかったし、あげた瞬間も楽しかった。喜んでもらえて良かった。妹からは黄色い雨合羽を着ているアヒルのキーホルダーをもらった。足が少しぶらんぶらんするタイプのアヒルだった。セリアに居るらしい。
7月13日(土)
朝早くから妹とお出かけ。耳鼻科とさくらももこ展と西原珈琲とBOOK・OFF、セリアを梯子。かなり歩いた。西原珈琲は頑張って並んだ。誕生日ケーキを食べていなかったから、ケーキを頼んだ。お豆のケーキを奢ってもらった。さくらももこ展は松坂屋が開店したと同時に入館し、気合い満々でみた。素晴らしかった。展示の数がとにかく多かった。耳鼻科では病状がやはり悪くなっているとのことで違う薬を処方してもらった。帰宅後、コード変換作業。どうしていつもこんな差し迫った時に…!こういう時に要領良く生きられたらと思う。
7月14日(日)
今朝、寝不足だった。5時くらいに目が覚めて昨夜の続きのコード変換。苦戦を強いられた。その後、人生初ヒッコリー。ヒッコリーはハンバーグ屋さん。近年、実家でブームがきていて、ついに私も連れて行ってもらった。父が撮った写真を見たら、顔がとんでもなく浮腫んでいた。丸いぞと言われ、ムッとなる。ミネストローネもおろしハンバーグも美味しかった。お肉の味が良かった。帰宅後、準備して再び外出。西原珈琲に忘れてきてしまったWi-Fiを救出。雨が凄くてコメダに避難。生レモンスカッシュの甘さが丁度良くてうれしくなりながらコード変換の続き。その後、ノンちゃんとタイフード。プレゼントが、ずっと欲しいなと思っていたukaの頭のツボを刺激するやつでびっくりした。この話、したことなかったのに!あと、皆川明さんの本や、ブローチ、無印のライチゼリーなどを頂いた。一つ一つが全部きらきら。嬉しかった。
7月15日(月)
東京、コメダにて再会。スタジオに入り、みっちり2時間練習。凄いメンツ。考えると緊張するから、あまり考えないようにしていた。バンドマンは凄い。音楽は深い。その後、モスにて檸檬会議。この時点でコメダとモスしか楽しめてない。コメダもモスも名古屋にあるのに…。と言いつつ、黙々と会議。無事にレコーディングができますようにと願うばかり。
その後、七面鳥へ。中華屋さんなのだけど、カツカレーを食べた。味が濃い目でボリューミー。スープと浅漬けも付いてきた。食後、30分くらい歩いた。とても涼しくて、散歩に最適な温度だった。荷物が重たかったけれど、それすら忘れるくらいルンルンだった。そして、あおちゃんのお店に遂に行くことができた。居心地が良すぎて、油断しすぎて、夜行バスを逃しそうになり、かなり焦った。
7月16日(火)
職場を見学。ああ、ここに決まりそうだと妙に納得。担当さんが1つ歳上で距離感が難しかった。初対面の人との恋バナの匙加減って難しい。踏み込みすぎても、踏み込まれすぎても困る。困るな〜って思いながら、薄っぺらい笑顔で切り抜けたなって思う。気疲れしてスーパー銭湯へ。行こうとしたら、休館日。めげずに近場を探して、違うスーパー銭湯へ。そこは、とても綺麗な場所だった。極楽ここにもありけり。次回使える割引券もゲット。
7月17日(水)
有給休暇最終日。黙々と部屋の掃除をして、夜になり、正式に職が決まった。有言実行。めでたし、めでたし。一時はどうなるかと思ったけれど、なんとかなった。8月から無事に社会復帰だ。油断し過ぎず健康生活を心掛けることを決意。
7月18日(木)
無職一日目。早起き。自分の部屋で作業をしていて、リビングへ降りたら犬が居た。叔母の犬だ。びっくり。かなり久しぶりの犬との遭遇。もう、老犬なので音は聴こえないし、目も見えない。でも、匂いはわかるらしい。だから、叔母は仕事を辞めて付きっきりで面倒をみている。抱っこをしても大人しくて、重さ的にも猫みたいだった。叔母が赤ちゃんみたいでカワイイの〜って言っていて、命に対する優しさ半端ないなって思っ���。叔母はうちの母とは違いかなり明るい人である。何年経っても、やっぱり明るい。
7月19日(金)
無職2日目。初めてのエステ。これまで音楽にばかりお金を使っていたから、自分の身体にお金を使ってみた。全身をオイルマッサージ。肩凝りが治るといいなって伝えたら、いやいやおしりがヤバいですよって言われ、お尻を重点的にマッサージされた。before afterの写真を見たら、骨盤が恐ろしいくらい歪んでいたことに気付かされた。本当にやばかった。この歪みがあらゆる不調に繋がっていたらしい。「この左右差は疲れやすいに決まってる」と言われたり、「マッサージをされてくすぐったいということは痛いよりヤバいです。感覚が麻痺してますよ…」って言われたり…。兎に角、ヤバいの嵐。恥ずかしがってる場合ではなかった。凄い時間だった。どっと疲れて、20時には寝た。
7月20日(土)
無職3日目。早起き。もう一人の祖母に会いに。手土産を買うためにお気に入りの和菓子屋さんへ。時間が余り、気になっていた喫茶店にも行ったら最高だった。オアシス。お気に入りが増えるって嬉しい。祖父母は元気だった。会えない間もこれをあげたら喜ぶかな?って思ってお菓子や生活用品をダンボールに溜め込んでいる祖母の優しさが半端ない。大事に想われすぎている。でかすぎる愛。これにわたしはめっぽう弱い。誰かに強く想われるということに慣れてなさすぎる。小さい頃、祖母とバイバイしたあとに必ず泣いていた。こんな優しい人が死んじゃったらわたし、どうしよう〜って。今は年齢的にだんだん死というものが現実味を帯びてきて、余計に泣けた帰り道だった。大事な人ってこわいよなあ。
帰宅後、シャワーを浴びながら引き続き泣いていて、浴び終わって足ふきマットを乾かそうと思い、持ち上げたらGと対面。たぶん、わたしがマットの上から踏んでて、既に弱っていた。わたしも、泣きたくても既に泣いていた。もう、悲しくて涙が出てるのかよくわからなくなって最終的に涙が止まり、Gにも勝った。なんだこれ。
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crispy-moratta · 2 months
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伊勢神宮へ 酔いと音の古殿地
先日、友人のピアニストであるふじいさんと伊勢神宮に行った。初めて観光地で昼間からお酒をのむということをし、今までの観光のなかでいちばん心地よく頭のまわらなさ、とてもよい小旅行だった。またわたしは偶然、京都の伏見と混号になっている伊勢特集のブラタモリを所持しており、これが今回とても役に立った。前の週に予習として読んだときは(ふ〜ん、)というくらいだったが、伊勢までの電車の中で読むと既に実感を伴い、(知識にも入れどきってもんがあるのよ〜)となった。わたしの人生初のお伊勢参りは午前中だったからか観光地としては非常にちょうど良いくらいの人の多さ(多くなく)で、曇り雨予報もお伊勢参り中は全く降られることなくとても良かった。神宮のつくりと見かけ、また観光地としての佇まいはとても美しく、気高く、tidyな賢さのある観光地であった。おおきく見ていてうれしかったポイントとしてはふたつある。
ひとつめは古殿地のシステム。古殿地というのは、伊勢神宮は20年毎に1回式年遷宮という正殿を筆頭にいくつかの社殿を真横にそっくりそのまま建て替えるということをする。古殿地とはそのための土地、要するにholyな空き地である。この20年を節目にして建て替えられるというのは飛鳥時代の620年あたりからで、ここまでのべ62回の造り替えが行われてきたそうだ。社殿に使われる装具品なども全て作りなおされるので、伊勢神宮はトラディショナルだが常に新しいということである。して、それの何がよかったのかというと、完成された社殿に開発できるスペースが常にあると言う状態がこの神宮の格式の高さだと思えたからだ。これをふじいさんに伝えようと思ったときに何に例えると良いだろうかと参道を歩きながら考えた。大抵いつもこういう感動を伝えやすいのはエンジニアの友人であるカイくんで、彼だったらプログラミング、書ききったコードにあらかじめバッファを残すやり方とかそういうものがありそうだな、、とか思ったが、その辺のプログラミングの素養がわたしにはないし、プログラミングに例えてもわたしもふじいさんも納得感が薄い感じ〜となりそうと思うと、ピアノのスケールに例えられる気がした。スケールというのは順当に並んだ音階のこと、単純言うとドレミファソラシドという音列(これはCメジャースケール)のことで、これをたとえば片手で1オクターブ分のスケールを引くときには、(右手で弾く場合)15音に対して指は5本しかないので運指を少し工夫する必要がある。ドレミまで123(親指から番号を振り)の指で引きファの音で指を潜らせて1の指で引いてやると次のドまでの音階を残った2345の指で弾いてやることができる。これを左手で行うと(小指から逆順に番号を振り)5432/1321の運指でありここまではとても美しいシステム、指の運びだなとわたしは思うのだが、わたしが気にしているのは2オクターブ以上引くときの運指である。音の始めはいずれにしても1の指からなのだが1オクターブ上のドに辿り着く指はいずれも345の流れである。つまり2オクターブ以上引くときには間で指を潜らせたり跨がせる所作をさらに加えて行う必要がある。具体的には右手の場合は123/1234/123/12345。左手だと54321/321/321/4321となる。このときの右手の運指に問題がある。1オクターブ引き切る前に2オクターブ目のスケールに向かうための運指の変化があるのだ。つまり1オクターブのスケールを弾くときと2オクターブ引くときの指を流れが違う。1オクターブ弾き切ってから(ア!もう1オクターブいきたいかも)にシステムとしては対応できていない。というようなことをつい先日スケールの練習をしているときにそういうことを考えていたことを思い出した。たとえばクラシックではそんな場面はあまりないかもしれないが、たとえばジャズでインプロビゼーションなどするのであれば土壇場でもう一音階上がりたいという場面があってもおかしくないのではと想像したのだ。前置きが長くなったが、どこまでも上がり下がりする音階をつくるためには一般的な運指ではなくあらかじめ次の音階に上がれる「音(指)の古殿地」が必要かもしれないということ。それを彼女に話すと、よくそんなこと思いつくと言ったあと、でもそういった場合たとえばペダルを併用したりもう一方の手でカバーを入れたりして澱みなく繋ぎ直す方法もあると教えてくれて、わたしはとても愉快になった。ふじいさんはとてもピアノが上手いし、いつも話を聞いているとピアノに対しての甘えのない人だ。そしてこの彼女がシステムを超えるためのアドホックな技巧があること、またそう言ったときの(おそらく演奏というものは必ずしもそういうことではない)というような毅然とした態度に、わたしは増してわくわくした。
ふたつめは終点の標識。伊勢神宮には愛知から名古屋を経由し国道23号線をずっと走ってくると伊勢神宮までたどり着くことができ、そこには国道23号の終わりがある。標識の23の文字の下には白地に黒文字で終点と書かれており、ことは内務省より「東京より伊勢宗廟に達する路線」 として国道9号が指定されたのが1885年、1920年には旧道路法に基づく変更にのり国道1号となり名実ともに日本を代表する幹線道路だったわけだが、終戦後に再び何度かの道路改正があり、一級二級といった区別がなくなり今の一般国道23号線になったのは1965年のことだそうだ。この終点の標識ひとつとっても、当時からの伊勢神宮の位の高さが伺える。神宮としてあり続けるために観光面においても、御司という平安から明治の初めにかけて多くいた伊勢神宮への参拝のための旅行コンシェルジュのような存在や、江戸の街並みを再現したおはらい町など、伊勢神宮の気高さは街全体がつくってきたのだ。そして終点もそのひとつ。観光地が維持されながらも同時にアップデートされていく一端を見れてとてもうれしい心持ちであった。なんといっても「終点」 というのが良い、目的地のなかでも終点と言われてしまえば(真に目指す必要のある場所だ!)と思うのも頷ける。
とりあえず外宮と内宮を見て周り、初お伊勢参りとしては十分及第点だろうといったところで、そのまま横に流れ、おはらい町へ。てこね寿司を食べようと思ったが、ふじいさんがそんなに乗り気ではないように思われたので、とりあえずコロッケのおいしいという店でコロッケとメンチカツを頼んだタイミングで、焼酎をのもうと言われ2号をふたりで飲んだら、すごくきれいに酩酊。わたしは観光地ではいつも専ら学習モチベーションが高く、神宮でも、最高な巨木!美しい五十鈴川。気高き社殿群と、直感的には伊勢の空気に触れつつもしばしばブラタモリを開いてはふむふむしていたお昼まで、初めて旅行先の外でしっかり酔っ払いとても愉快であった。神宮に行く前に伊勢うどんを食べたこともあり、めちゃくちゃ腹減りという感じでもなく、すっかり機嫌の良いわたしたちは観光地とはおおよそ関係の希薄そうなアイスクリームを食べ、こちらは子供サイズというひと巻きかふた巻きほど少ないのが大きさのものがあり、一個は多いが、というニーズにぴったりであった。その後は本店の赤福を食べ、ふじいさんの友人の谷さんいわくお土産の赤福とは一線を画すとの前情報であったが、たしかに、食感においていつもの赤福より餅が柔く、餡も心なしかみずみずしいように感じられた。このあたりでは少し酔いが覚めてきて、非常にちょうど良さではあったが、良さのもう一段上、更なる心地よさへの高みに想像がはたらき(酔いの古殿地)、別のお店であともう一杯だけ日本酒をのむと、それはなんとも贅沢な昼の心地であった。そうこうしているとおおよそ帰路に着く時間に近づいてきていたので、わたしのリクエストでバスで宇治山田駅へと向かう。かく宇治山田駅もお伊勢参りの後援として一役買っている重要な場所である。1931年に建てられたこのモダン調の駅舎は近鉄電車、大阪のなんばから宇治山田駅間を2時間ほどで繋いでおり、関西から参拝にくるひとの多くが利用するルートのひとつである。ちなみにブラタモリには駅舎のテラコッタ色のタイルが印象的であると書かれていたのだが、わたしが見る限りではどこにテラコッタ色のタイルはなく(見つけられず)、それは少し悔やまれたが、しかしそんなことはどうでも良いと思わせるほどのサプライズがあった。なんと宇治山田駅にはストリートピアノなるものが設置されていたのだ。開けた構内には普段であればちょっとピアノ弾くか迷うくらいのひとの多さがあったが、ここで追い日本酒がほどよく効いていたのもあり、純粋に突如現れたグランドピアノにテンションがあがった。思いもしないタイミングでふじいさんの演奏を直に聴くことができるのがうれしい。確実に演奏家として彼女の方がはるかに上手に弾くだろうと思ったので、先に私から演奏する。すこし音をならすと、非常に良い調律というか鍵盤の硬さで(あとでピアノの写真を見返すとYAMAHAであった)、初見でこんなに手に馴染むピアノがめずらしく、また酔いも助けてわたしは���ても良いモチベーションで演奏できた。楽しく弾くことができたし聴き手からしても楽しさ〜という演奏になっていたように思う。あとからあれはBLUE GIANTの2巻でダイが、「音楽はいいな〜音楽はスゲェな〜を吹きます」 のシーンの心持ちだった。それからふじいさんの演奏。連弾用に椅子が二脚あり横に座って聴いたのだが、彼女の演奏はとても流暢で、酔いのなか、彼女としてはどんな出来だったのかは分からないが、とても軽やかで流れのある水を撫でているような心地よさ、砕けたいうにはいささか繊細な粒子の細かいフランクな音でとてもよかった。彼女の手の動きは見ていてもおもしろかったし、途中からは音楽に身を委ねて目を瞑って聴いたのであった。彼女は2曲(だったと思う)弾いてくれ、一曲はラヴェルだと言っていた(もう一曲はなんだったんだろう)そのあとは少しだけふたりでポロポロと弾いたり弾かなかったりした。あらためてとても良い旅であった。
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patsatshit · 11 months
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日頃から公私ともにお世話になっているmole musicの店主、中村光貴にインタビューを試みた。メディアに露出する機会のほとんどない孤高の音楽生活者の「生活」についての一問一答、お楽しみください。
【2023年10月17日12時43分インタビュー開始】
〔土井〕 かつてタラウマラで発行していた季刊ZINE『FACE TIME』の記念すべき創刊号に素晴らしいテキストを寄稿してくれた光貴くん。そのなかで「それぞれが人生を続けるように、風景は変化し続ける。そして忘れ去られる。ユートピアは存在しない。悲しくもディープハウスは状況に対して意味を持つ」という極めて辛辣な言葉で論考に幕を下ろしていたけど、mole musicは大阪〜古市、古市〜新大宮と移転を繰り返してきた訳で、その都度、心境や生活に変化はあるの?
〔光貴〕 土井さん、こんにちは。相変わらず突然ですね。今日はよろしくお願いします。変化はあります。どちらかというと心境や生活の変化に合わせて、移動している感じですね。『FACE TIME』創刊号に提出した「無題」は2019年に自身のパーティーや物質の制作に向けて、普段は公開することのないステートメントや論考のテキスト断片と影響を受けたテキストのサンプリングをミックスして展開してます。昔から変わらないんですが、僕は動く前に書いてます。動いてから書くことは稀で。「無題」はカットアップというより自身のDJの方法に近いです。テマティック批評で編集したと思います。うまくできたかはわかりませんが。「無題」をタイトルとしたのはテマティックの逆説です。逆説の逆説かよってなるかもですが。僕の性質をよくご存じの方はまたやっとるわぁぐらいで思ってもらえれば。結果、活字の世界では違法な戯言みたいなものになりました。結果、土井さんが楽しんでくれていたので良かったと思っていますよ。
(中村光貴の「無題」は『FACE TIME vol.1』に収録)
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-skit-リズムを取る二人。土井返答無し。恐らく仕事。中村は定休日、湯に入る。
〔土井〕 ごめん、ごめん、パンク修理してた!なるほど。まさに「状況に対して意味を持つ」というか「はじめに言葉ありき」という感じやね。僕は古市時代からのお付き合いで、初めて家族でmole musicに合宿させてもらったとき、何か具体的なきっかけがあった訳でもなく、早朝から光貴くんとうちの息子が突然の音楽セッションをはじめたときのことがいまも鮮烈に脳裏に焼き付いてる。そもそも建物の佇まい自体が店というか、家。いや、家というか、掘っ建て小屋。街中によくある「古民家を改造して良い感じに仕上げました」という数多の量産型とは一線を画す、マジの荒屋やん。あそこを住居兼店舗として利用するのはそれなりの覚悟が必要やと思うし、「不便」と添い寝する気概がないと成立しないよね。ガスは通ってないし、水道管に地下茎が蔓延ってどえらいことになっていたし、夏は死ぬほど暑いし、冬は寒すぎて凍え死にそうになるし、秋は猛烈な花粉の飛散でこれまた死にそうになる。僕はmole musicに宿泊するたびに死にかけてる(笑)。それでもまた行きたいと思わせてくれる魅力があそこにはあった。一転、新天地は閑静な住宅街の一角という極端な振れ幅!それこそ光貴くんに教えてもらった西井一夫の『写真編集者』という本のなかに「写真をやろうと思う人は、人から何であなたは写真を撮っているの?というか何であなたは写真家になったの?と聞かれたときに、自分が写真というものを選んだ理由を言えるようにしていなければならない」というようなことが書かれていて、ほな光貴くんがレコード屋をはじめた理由を聞き出したら何日も夜を跨ぐことになりそうやけど、簡潔に言うとどういう理由でmole musicを立ち上げたの?
〔光貴〕 今日もパンクしてますね (笑)。古市は僕にとっては「不便」じゃなかったですよ。家が無い路上のハウスDJだった時代もありますし (笑)。奈良古市は住み込みながら、友人と4カ月かけてレコード家と呼べるような場所にしました。移転前、がらんどうになった家を見ながら、良いハウスになったなぁと勝手に納得していましたね (笑)。
レコード屋をはじめた理由を簡潔にいうと、制約のある時間、あるいは一生をかけて、語るには最高の方法だからじゃないでしょうか。それを続けられるかは別として (笑) 、今もそう思っています。肩書をレコード屋とDJのハイブリッド。これは僕の造語なのですが「音楽生活者」と名乗っています。因みに最高の方法っていうのは僕にとっての最高ですね。方法なので、目的はその先にあります。目的の先があってほしいとも思っています。続けられていることはラッキーです。
〔土井〕 「音楽生活者」という肩書きはめちゃくちゃ納得。mole musicの特異点は店舗そのものが完全自立型の語り部として機能していることやな。同じレコードを買うにしても、意味合いが変わってくるというか、そのレコードを手にした人間に、歴史的な背景や文脈を突き付けてくるというか、ほんま恐ろしい店やで(笑)。
〔光貴〕 その反応は純粋に嬉しいです。答えはなくて色んな方法で楽しんでもらえていると糧になります。僕自身が駄菓子屋からレコード屋に育てられてきた世代の人間なので。現代では何か目新しいことをしているように見えちゃうかもしれませんが、実は時代遅れの混成型。過去にあった、忘れられた当たり前の風景だと思いながら続けています。
〔土井〕 みんなええかっこして「お客さんのために」とか「文化を絶やさないために」とか言うけど、何よりも自分にとっての最善を模索し、追求し続けるのが自営業やと思う。
〔光貴〕 「お金のために?」「利権を絶やさないために?」(笑) 嗚呼、幻?気のせいです。
〔土井〕 自分にとっての最高の方策でないんやったら、店なんかやらん方がええもんね、しんどいだけやし……。
〔光貴〕 あっ、土井さん、しんどいのはお互いさまですよ。だって未だに好きなこと続けさせてもろてるから、しょうがないですよね (笑)。
〔土井〕 光貴くんがある種の目的を見据えて走り続けるmole musicを端的に表明するキーワードを挙げるとすれば何やろう?
〔光貴〕 キーワードかぁ。鍵の言葉ですよね。いつもなら反対とか逆説って言うような気がするんですが……。走っているつもりは無いのですが、うまく歩めていないかもしれません。歩むこともテーマなのですが、活動で脱落者が出てくるのは事実ですよね。ここは土井さんも思い当たる節はありそう (笑)。今日は定休日なのですが、実はさっきもお客さんが来てました。今は次の制作のミックスダウン作業をしながら返信しています。土井さんはパンク修理しながら質問を投げてるでしょう?休み方だけは忘れてしまったかもしれませんね (笑)。
〔土井〕 それはほんまにそうかも。僕も昨年に片足がもげたわ (笑)。好きなことを続けるのは絶対にしんどい!そう言えば、1年の半分以上を全国津々浦々の現場でライブをして生活しているブルースシンガーの方に「しんどくないですか?」ってアホみたいな質問を投げかけたことがあって、その方は「土井くん、子どもは好きなことやってるときは何時間でも何日でも同じことを苦もなくやってるやろ?わてはあれと同じや。好きなことしかしてへんねやからしんどいことなんてあれへんで」って言うてはって、やっぱりレベルが違うなって思うたんやけど、その数日後に体調を崩されてライブの途中にまったく声が出なくなったらしく、後日タラウマラに来てくれたときには「土井くん、やっぱり好きなことでもしんどいときあるわ」って苦笑してはって、逆に「好き!」ってなってん。
〔光貴〕 土井さんの生活はシーケンスがあるから。しっかりと家族と向き合ってるのが凄いなと。この間、ブログで売り上げのサンプルを提供して��じゃないですか。売り上げをデータベースにアーカイヴする時点でえらいパフォーマンスやなぁって思ってみてたんですけど。目的が明確だなと。もう素直過ぎるやんって感心してました。土井さんは家族と過ごしている時間は絶対譲りませんもんね (笑)。比べて僕は即興の要素が多いかもしれません。今やっていることが正にそうですし。あとで辻褄あわすかもやけど (笑)。
〔土井〕 いつも僕のわがままに付き合ってくれてありがとう (笑)。僕は光貴くんの即興性に底知れぬものを感じているから、ついつい無茶振りしたくなるねん。そのくせ自分は家族との時間を断固として死守するという超わがまま (笑)。あと光貴くんが挙げてくれた「歩むこと」「駄菓子屋」は確実に鍵となる概念やね。それこそうちの店名になってるメキシコのタラウマラ族の人たちも速く走ることを得意としている訳ではなくて、ゆっくりと永くいつまでも走り続けることに長けてるみたい。それってつまり「歩むこと」やと思うねん。周りの情勢や速度を気にせずに歩みを止めないというのは意外と大変なことで、誰しもついつい周囲と歩調を合わせてしまうもんやからね。それと2000年代前半くらいまでの過剰なマニュアル至上主義の横行によって、個人経営の店でさえも当たり前にシステマチックな対応を求められるようになったやん。店は客に対してこうでなければならない、というのを無意識に植え付けられている人が多い。でも僕らが子どもの頃に通ってた駄菓子屋のおっさんらは客である僕らに平気で怒鳴ってきたし、ひどいときには殴られたやろ(笑)。せやけど結局それが自然というか、店員と客である前に人間と人間やから、双方で怒りたいときに怒れば良いし、笑いたいときに笑えばいいと思うねん。そういや光貴くんとの電話をしている最中に「工具貸してくれや」って言うてきた客のおっさんにキレたこともあったな(笑)。
〔光貴〕 幼少期、駄菓子屋がはじめて触れた「社会」や小さな「世界」だったと思いますね。決して学校では無かったです。「社会」の教科書を見ても、殺した人間の数が多い人が太文字で書かれているだけだったので。あの書物は時間軸が遠くなればなるほど、太文字が神格化され、現代に近づくほど不明瞭な二元論で語られる不思議な読み物ですね。実際、今は「社会」と呼ばれる教科書を趣味で読んでます。特に意味はありませんよ (笑) 。子どもながらに駄菓子屋で思考するか否かで大きく人生が変わったと思います。田舎育ちだったことも影響しているかもですが、僕の好きな駄菓子屋の風景は無くなりましたね。まだフィールドワークは終えてないのですが、地元の駄菓子屋が潰された時期、各地で駄菓子屋が消えていってるんですよね。その後、街のたまり場はコンビニエンスストアになって、駄菓子屋の無い町の夜は大荒れ。
〔土井〕 いや、ほんまに。教科書ってやっぱり権力側の呪具みたいなもんやから、駄菓子屋のおっさんみたいに「俺が教科書」という人間との折衝はそのまま「社会」に出会う行為と等しいやんな。一時期、うちの長男が家の近所の「ひさご」っていう駄菓子屋で万引きを繰り返すということがあって大変やってんけど、あれも息子がはじめて「社会」というものに触れた瞬間やったと思う。さっき言うたみたいにうちの子らが打楽器で光貴くんとセッションしたり、共通の知人の息子が遊びに来ていたり、mole musicは駄菓子屋の原風景をいまも確実に描き続けてるよね。原風景という言葉で思い出したんやけど、光貴くんと友人との共同制作 Zip Up Parker 「帰り道」について聞きたくて、あの印象的なバックプリントの風景は何をモチーフにしてるの?
-skit-土井:因みに自分も「帰り道」パーカーを愛用している。マジで毎日着てる。
【インタビュー開始から6時間が経過】
-skit-中村:気絶 自称巨匠からのメールで起きる。理由もなく日々えらくなっていく巨匠に恐怖。
〔光貴〕 気絶してました。そうそう駄菓子屋はそういうイメージですね。子供にとっては実は軽く超えられる境界なんです。モールは敷居が高いイメージかもしれませんが、それは現代の風景から切り取ればそう見えるように作っています。住宅地の一角の何故か開かれた場所なので。一駅隣に住んでいる、鉄道マニアの中学生がたまに友達と自転車漕いでレコード買いにきたり。「書くのはやめた」って言ってたのですが、その子は仮想国家のSFも書いていて。まぁ、おもしろいですね。彼らのクルーには昭和アニメのマニアもいるので、この場所がきちんと店に見えてるんですよ。「帰り道」については去年奈良古市に店を置いていた時代に友人と製作したかったもので、タイトルそのままですね。完成して現物が届いてからタイトルを付けたので、特に深く考えずに出てきた言葉ですね。「深く考えず」にということは、日頃からある共通認識だと言うことで「帰り道」としました。モチーフはタッチ、タイトル、カタログ番号等から察して頂ければ幸いです。
〔土井〕 鉄道マニアの中学生クルーに是非とも会いたい!自画自賛になって気持ち悪いけど、ほんまに僕らの店に来る人たちって、良くも悪くも個性的で最高に笑えるよね。光貴くんの言うようにmole musicやタラウマラが「店に見えない」人たちにとっては、一向に可視化されないのに。それでも彼らは自然と集まってくる。そこに何があって、何が見えて、何が果たされたのかというのは各自が自分の胸に手を置いて考えたら良いし、それが通過点なのか終着点なのかは誰にもわからへんもん。光貴くんの製作物には常に何かしらの意図があって、それをこちらの解釈で勝手に紐解くのが面白い。さっきは無粋な質問を投げかけたなって、いまちょっと反省してる(笑)。レコード屋としての光貴くんの考えはほんの少し掴めたような気がするので、次はDJとしての活動について聞かせてください。キャリアはどれくらい?
〔光貴〕 いえいえ、大丈夫です (笑) 。楽しんでもらえればありがたいんです。(ここはインターネットメディアの露出が無ければ話しているかも知れません。でっち上げの可能性もありますが)。DJをはじめたと感じたのはギターからターンテーブルに持ち替えた18歳、地元でDIYパーティーをはじめた頃ですね。レコードプレイヤーを買ったのは16歳、この頃からレコードコレクターだったと思います。DJのキャリアは22年ですね。
《2022.11.26 Hopkins Creek at Northcote Theatre》
〔土井〕 キャリア22年!龍ちゃん a.k.a VNZ(東淀川区出身のラッパー)がオギャーと生まれてから現在までの人生をまるごと飲み込む期間やん!その22年間のDJ活動に於いての変化や矜持みたいなものがあれば教えてほしいな。
〔光貴〕 じぶんアーカイヴが下手くそなので、仮に22年としておきます (笑) 。実際はもう少し前かもしれないです。DIYパーティーと並行してDAWN(現NOON)でレギュラーパーティーをはじめたのは恐らく19歳でした。僕は行為においては物質より現場のみに重きを置いてきたので、制作物があまりにも少ないんです。変化について簡潔に書くと、僕にとって良いとされていた時代は去っていった、ということに尽きると思います。これは時代の話なので、個と音楽との関係性はもっと複雑かつ多元的です。僕の場合、レコードのような多元的な物質でなければ、ここまでDJを続けることができなかったと思います。戦後日本の時代の変革と世界の変革はおよそ10年と20年、ふたつのタームで考えることができるのではと過程していました。音楽においてもこのタームというのは有効で音楽史を振り返れば自然と見えてくるように思います。未成年(当時)の頃から20年ターム、この姿勢は続けてみようと思っていました。少し���張って40歳までこの景色を見ようと。既に40歳を迎えたので、矜持としての行為者として続けるという役目はひとつ果たしました。その過程の中で行為として他人と同じことはしないという制約も徹底できたのかな?と。しかし求道的に今尚続けているのは、レコードという物質の魅力に尽きると思います。僕の場合レコード屋とDJのハイブリッドなので、ここを肯定できないと終わりなんです。かと言ってデジタルを否定している訳ではありません。じゃないと、このインタビューも厳密には成立しないので。いま現在もCD-Rで実験しています。この歴史はなかなかおもしろいんですよね。そろそろCD-R史のフィールドワークをはじめようかなと思っていたところです。
〔土井〕 めちゃくちゃ具体的な回答かつ、これが今日のハイライトかもしれない。「現場のみに重きを置いてきた」というのはここ数年の付き合いの自分からしても納得できる話で、mole musicという思想の実体化としての店舗、DJの現場ひとつひとつが光貴くんにとっての作品なんやと思う。レコードを多元的共有物と見据えて向き合う姿勢、CD-R史の探求など深掘りしたい話題がてんこ盛りで、興味が尽きない。ほんまに稀有なまなざしでレコード屋とDJを両立させてる人やと驚くわ。これも答えにくい質問かもしれないけど、光貴くんにとって特に思い入れのある作品(レコードorパーティー)は何ですか?
〔光貴〕 アナログとしてのCD-R史ですね。僕の青年後期は友人と何か作品を交換したり、プレゼントするメディアがカセットテープからCD-Rへと転換する時期でした。僕自身もこの転換は驚くほど簡単に移行できたんですよ。今は歴史と物質自体の持つ情報(ここでの情報はデータ情報で音楽の内容では無いです)その理由に近づいていってる感覚ですね。90年代にはポスト・テクノロジーミュージックの時代は既にはじまっていて、様々な試みが成されていました。実際そういった作品に触れることはありましたし、所有していますが、物質そのものを解釈するという段階まで、青年後期 (90年代後期~ゼロ前代初頭) では思考が追いつかなかったような気がします。まだまだ趣味として楽しめることはたくさんありそうです。そういえば、特別という事を意識したことが無いかもしれません。幸いなことに僕は身近に特別に感じられる人が多いので。ラッキーなのか、どうなのか (笑) 。作品は……ヒミツですね (笑)。
-skit-中村:音楽家の先輩来店、ひたすらレゾナンスについて語る、癒やしの時間。
-skit-土井:龍ちゃん超久々の来店、新曲を持参。
【インタビュー開始からすでに40時間が経過】
もしもし 土井さん、おはようございます。今日タラウマラに何時に入りますか?光貴くん、おはよう。今日からタラウマラは臨時休業で家族でおでかけするねん。えっ、マジで?せやねん、ごめんな。いやいや、頭の中どういう切り替えしてるんですか?こっちにはインタビュー投げっぱなしで (笑)。ごめんな、旅行中は電話でえへんけど、いまはまだ大丈夫やで。いつも思うけど、仕事の向き合い方が全然ちゃいますわ。光貴くんはひとつの案件があったら48時間とか平気で手綱を離さへんもんな。そうですよ、ずっと長時間向き合ってますよ、短時間での仕事の強度が土井さんとは全然ちゃうんかな。自分は究極のメリハリやからね(笑)。僕はこのインタビューに応じながら、店の営業して、次の制作のミックスダウン作業をして、今週末にはパーティーを控えてますからね。ほんまようやるわ、悪いけど僕は家族で温泉につかって来るよ。マジでむちゃくちゃやな、この人(笑)。そうそう、それはそうと昨日タラウマラに龍ちゃん来たわ。だいぶ久々ですか?うんうん、彼はサイクルショップすずめの頃から足繁く通ってくれてたけど、この2年での来店回数は1回か2回やからね、だいぶ久々やな、しかもインタビューで名前が出てきたタイミングで本人登場っていうね(笑)。それは素晴らしいことですよ、何やかんや言うて結局は僕ら、寂しいんですよ(笑)、ずっと続けていることは精神的にも負荷がかかるんで。ほんまそうやわ、ほなそろそろ赤穂に向かう準備するわ、一旦LINEでのメッセージのやりとりに切り替えてええかな?あと週末のパーティーは光貴くん何時の出番なん?ほんまこの人……(笑)
そういや今後の展望を聞かれていた気がするな。このインタビューを土井さんにデジタルアーカイブさせないことですね。
【2023年10月19日8時46分インタビュー終了】
……ということで、いつも通りに互いに仕事をしながらLINEとメールと電話とGoogleドライブを行ったり来たりしながら2週間かけてようやく終わりを迎えたインタビュー……いや、どう考えても僕が喋りすぎてるな、ほんま、すんません(笑)。最後に光貴くんが選んでくれたPARLIAMENT - GLORYHALLASTOOPIDをどうぞ。最高にイカれた週末をお過ごし下さい。
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longgoodbye1992 · 1 year
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Dear M
今から三ヶ月前に同時に仕事や恋人を失った時に支えてくれたのは、Tumblrで知り合ってかれこれ五年話していた愛奈だった。
その愛奈に先日会うことが出来た。
ここに書こうとは思ってなかったけれど、愛奈が望んだので綴っておく。
降りるはずのインターを一つ過ぎて愛奈に連絡した。
アパート近くの変な名前のラーメン屋が待ち合わせ場所だった。
カーナビの到着予定時刻は約束より五分過ぎた時間。
愛奈の顔を見たのは今から五年前くらいか。まだ十代だった。そのイメージだけが頭にあってどんな女性なっているのか見当もつかなかった。
長閑な農道の中にあるセブンイレブンで気を落ち着けるために緑茶を買った。
マウスウォッシュで口をすすぎ、お気に入りのナイルの庭を首筋や足首につけた。
約束の場所に到着してすぐにLINEを送った。すぐに今から向かうと連絡があった。
間もなく道路の向こう側からスラリとした女性が歩いてきた。白いニットに黒のスカート。肩まで伸びた黒い髪。すぐに愛奈とわかった。
運転席に座ったまま、どうしていいかわからなくなった。どんな言葉をかけたらいいのか、どんな表情をしたらいいのか。
とりあえず降りることにして運転席のドアを開けたタイミングで愛奈が助手席のドアを開けてあららとなった。
愛奈と向き合い顔を見た。昔見た写真とは随分と変わり、大人の女性になっている。例えるなら吉高由里子や和久井映見、笑うとYUIや橋本愛に似た雰囲気で和服が似合いそうだという印象を受けた。
この辺りは何を話したのか記憶にないが、地元の名産や実家で作った米、お守りなんかを渡した。そのお土産があまりにも多かったからアパートの近くで待ち合わせていた。
荷物を置きに一度部屋へ戻る愛奈の後ろ姿を見ながら素敵な人になったなとしみじみした。
車で繁華街へ向かう。夜市があってそこに行こうと約束していた。
車内では昨日の飲み会の話を聞いて青春だななんて羨ましくなった。愛奈は大学生だ。
「電話で聞くのと声若干違う」
「確かに」
助手席側の窓から西陽が射し込む。
「いい時間ですね」
「そうだね、着いたらちょうど薄暮でお酒が美味しいんじゃないかな」
緊張していた。助手席に座る愛奈の横顔をほとんど見れなかったのを今では後悔している。それとカーオーディオから流れる曲がたまたまTaylorSwiftの「DearJohn」とかバラードばかりだったのがちょっと恥ずかしかった。
俺が泊まるホテルにチェックインしてから夜市へ向かった。川沿いの道を愛奈と歩く。
「この街を歩くのは初めてですか?」
「そうだな、中学生の時に歩いて以来だから十五年くらいぶり」
「そっか研修で来たって言ってましたね」
「いい街だね。住みたいくらい」
「私ももっと住んでてもいいかなって思う」
マンションの間をすり抜けていくと目の前に夜市の旗が掲げられていて、大勢の人で賑わっていた。
「まずは食べたい物に目星つけて端まで歩こうか」
「途中でビール買いましょ」
「いいね」
焼鳥、海鮮焼き、日本酒、スイーツなど様々な店が並んでいる。人は多いが決して歩けないわけじゃない。
「彼に夜市行くって言ったらいいなって言ってました」
「今度連れてきたらいいよ」
「でも彼人混み苦手なんですよね」
「それじゃあダメか」
「そういう私も苦手なんですけどね」
「俺も得意ではないな」
ビールを売ってる店を見つけて並ぶ。
ふんわりした泡が美味しそうな生ビールだ。
生憎座る場所が空いてなかったので立って乾杯した。
「はじめまして」
「はじめまして」
二口で半分くらいまで飲んだ俺を見て愛奈は笑っていた。好きな銘柄ではなかったけれどここ何年かで一番美味しい生ビールだった。
色々と歩いて海鮮焼きを買って食べることにした。
何となく愛奈の前を歩いたのは横に並んで歩くのが照れくさかったのと、俺が横にいることで愛奈の価値が落ちてしまうじゃないかと思ったからだ。それくらい愛奈の姿は美しさとミステリアスさがあって、もし知らない間柄でどこか別の街ですれ違っていたらきっと振り返ってその後ろ姿を目で追ってしまっただろう。
親子連れの横の席がちょうど空いており、了承を得て座った。
Tumblrの人の話なんかをして海鮮焼きを食べる。
イカ焼きに苦戦してタレを服にこぼしそうになる愛奈を心配なようなちょっと可笑しいような気持ちで見ていた。
「ビールもう一杯飲んだら帰ります」
「えっ?」
虚をつかれたような気持ちになった。
「そう言わずにどこかお店行こうよ」
「週報書かなきゃいけなくて…」
「まあな、今朝まで友達と飲んでたんだもんね」
無理矢理そう納得させる。
何か嫌なことでもしていたのだろうか。もしくは俺のルックスやらファッションが想像と違っていたから早く帰りたいのかとも考え、次のビールを買いに行った愛奈の背中を見ながら天を仰いだ。
ビールを飲みながら残っていたホタテを食べた。手がタレだらけになっているのを見て愛奈がハンカチを渡してきた。
「いいよ、せっかくのハンカチが汚れる」
「裏側ならいいですよ。見えないし」
「なんかごめんな」
お言葉に甘えて手を拭いた。十一匹のねこの刺繍があった。
「かわいいね」
「お気に入りです。書店で買ったんですよ」
ハンカチを返す。
「口にもついてます」
そう言うとそのハンカチで俺の口の横を拭った。
ほんの数秒の出来事なのにその瞬間は鮮明に残っている。
「なんか子供みたいだな。かっこ悪いね」
「男の人はいつまでも子供ですから」
愛奈の底知れぬ母性は本当に罪だ。年甲斐無く甘えてしまいたくなる。かれこれ五年も話しているからどんなバイトをしてどんな男と交際しているのかほとんど知っている。だから同い年の女の子達とは一線を画すくらい魅力的な人になったんだな。
夜市を後にする。空は確実に夜に近づいているがまだ青が見えている。
駅の方向に向かいながら二人してトイレに行きたくなり場所を探した。
「この街のトイレなら任せてください」
そう言う愛奈の後ろをついて行った。
二人とも限界に近づいていたから小走りでテナントが多数入る建物に入った。
終わるとお土産コーナーを見ながらコンビニに入った。
玄米茶と愛奈が吸ってる赤いマルボロを買った。
「そこの角で吸いましょう」
「そうしよか」
玄米茶を一口飲んでアメリカンスピリットに火を点ける。愛奈はライターを持っていなかったのでその後に俺が点けた。
「今日はありがとう」
「こちらこそたくさん貰ってしまって」
「いいんだよ。命の恩人なんだから」
「いやいや」
「これで思い残す事はない。いつ死んでもいい」
「そんな事言わないで。悲しい」
「最近思うんだ。生きてる価値あるのかなってさ」
「じゃあ飲みながら人生語りましょ」
愛奈の言葉に驚く。
「帰らなくていいの?」
「いいです。お話しましょ」
なんか泣き落とししたみたいでかっこ悪いなと思った。愛奈の時間を奪っていくみたいで罪悪感も湧いた。でもそれを超えるくらい愛奈ともっと飲みたい話したいというエゴがあった。
「そうか。ありがとう。愛奈ちゃんと一緒に行きたい店があるんだ」
「どこですか?」
「バーなんだけどさ」
「バーあまり行ったことないから行きましょ」
煙草を吸いながらバーを目指す。
途中で車に轢かれそうになると腕を引っ張ってくれた。
「いいんだよ、俺なんか轢かれたって」
「ダメですよ。死んだら悲しいですから死なないで」
「でもさ、よく思うんだよね。交通事故なら賠償金とかでお金残せるしさ」
「それは私も思うときあります」
そんな話をしていたら店についた。
俺が持っていた玄米茶を愛奈が自分の鞄に入れてくれた。
明るめな店内のカウンターに横並びで座る。
愛奈はモヒート、俺はモスコミュールをオーダーして乾杯。
「私、親の老後見たくないんです」
「そうなんだ」
「前に言いましたっけ?産まなきゃよかったって言われた事」 
「うん、覚えているよ。それならそう思うのも不思議じゃない」
「計画性ないんですうちの親。お金無いのに産んで。三人も。それでたくさん奨学金背負わせるなんて親としてどうかなって思うんです」 
��そう思うのは自然だな」
「だから私、子供産みたくない。苦労させたり嫌な気持ちにさせたくないから」
「でも愛奈ちゃんはそうさせないと思うけどな」
「育てられる自信ないです」
「そっか。でもそう思うのは愛奈ちゃんの人生を振り返ってみたら自然だよ。それでいいと思うし、理解してくれる人はたくさんいるよ」
「結婚しないと思いますよ」
「それはわからないよ。これからさ、その気持ちを超える人が出てくるかもしれないし」
モスコミュールを飲み干した。
もし自分が同じことを親から言われたとしたらと思う怖くなった。そんな中で愛奈は自分の力でそれを乗り越えて立派に生きている。愛奈を抱きしめたくなった。ただただ抱きしめてもう大丈夫だって言いたかった。
愛奈からマルボロを一本もらう。久々に吸った赤マルは苦みが程々で後味が美味かった。そこで知ったのは赤マルは二種類あって、俺が渡したのはタールが高い方で、愛奈は普段低い方を吸っているらしい。
「あの棚の右から二番目のお酒知ってます?」
「知らないな」
「友達が好きで美味しいらしい」
「読んでみよか」
スコッチだった。
ソーダ割りで飲むと中々美味しかったけれど、元々カクテル用のウイスキーとして作られただけあって、もうワンパンチ欲しい味だった。
三杯目は俺はヨコハマというカクテル、愛奈は和梨のダイキリをオーダーした。
「俺もさ、親を看取らなきゃいけないプレッシャーがあって辛いんだ」 
「一人っ子ですもんね」
「出来た親でさ。ほとんどのことを叶えてくれた」
「すごいですね」
「ほんとすごい人だよ。だから期待に応えなきゃって思うとさ。色々しんどくなるんだ」
ヨコハマを一口飲む。ウオッカとジンの二つを混ぜるカクテルだからぐっとくる。愛奈に一口飲ませると「酒って感じです」と感想を述べた。茹で落花生がメニューにあったのでオーダーする。愛奈は食感が苦手だったようだ。愛奈はダイキリについてきた梨を一口食べ俺にくれた。甘くて美味い梨だった。次にオーダーしたのは愛奈はシャインマスカットを使ったウオッカマティーニ。俺はサイドカー。
「ゴリラいるじゃないですか」
「実習先の人ね」
「ほんといいなって思う。優しいし人のこと良く見てるしたくさん食べるし」 
「既婚者じゃ無きゃね」
「そうなの。でも奥さん可愛かった」
「たぶん可愛いだろうな」
「一緒にいれはいるほどいいなって気持ち強くなる」
「叶うとか叶わないとかそんな事はどうでもいいから今の時間楽しめたらいいね」
「頑張ります。お局怖いけど。でも最近機嫌いいからいいや」
シャインマスカット一粒を俺に寄越す。繊維質の食べ物があまり好きではないらしい。サイドカーを飲ませると美味しいと言った。
「サイドカーに犬って映画知ってる?」
「知らないです」
「すごくいい映画だよ。小説原作なんだけれど」
愛奈がスマホをいじる。
「Huluで見れるんだ」
「そうなんだ。便利やな」
「今度見よう」
その後は愛奈の好きな小説の話をした。加藤千恵って読んだことなかったなと思いながら話を聞いていた。
「次なんだけどさ」
「はい」
「ピアノがあるバーに行きたいんだ」
「行きましょ。その後ラーメン食べて帰るんだ」
「いいね、そうしよう」
店を出てると少しだけ肌寒くなっていた。
ピアノのあるバーに向かって歩いていく。
「バーに入るの初めてでした」
「そうなんだ。前の彼とは来なかったの?」
「入るのに緊張するとこには行かなかったんです」
「最初は緊張するもんな。慣れればいいんだけど」
「あっちの方にあるビストロにもやっと入ったくらいだから」
「そうなんだ。でもいいもんでしょ」
「すごくよかったです」
「そうだ」
「どうしました?」
財布から千円札を数枚出して愛奈に渡した。
「タクシー代、忘れないうちに渡しておくよ」
「えっ、いらないですよ」
「遅くまで付き合わせてしまったし」
「いいですって」
「いや、受け取って。今日は本当にありがとうね」
愛奈のポケットに押し込んだ。
「すみません。ありがとうございます」
「ほんと愛奈ちゃんには救われっぱなしだよ。だからこれくらいはさせてよ」
そうこうしてるとピアノバーの前についた。
少しだけ緊張したが意を決して入る。
店内は混雑していたが運良くピアノが横にある席に座れた。さっきまでは横に座っていた愛奈と向かい合わせで座った。目を合わせるのが照れくさくなるなと思った。
「リクエストしてもいいみたいだよ」
「えー、いいな。弾いてもらいたい」
「何かあるの?」
「一時期、月光にハマってて」
「いいね」
「でも何楽章か忘れちゃった。ちょっと聞いてもいいですか?」
「いいよ」
愛奈がイヤホンを繋げて聞いている。
その間に俺は「Desperado」をリクエストした。
「一でした」
「そっか、次に言っておくよ」
Desperadoが流れる。
愛奈も知っていたみたいで俺が勧めたピニャコラーダを飲みながら聞いている。柔らかくて優しい表情が美しく貴かった。
「これはさ恋愛の曲っぽいけどポーカーで負けた曲なんだ」
「えー」
愛奈が笑う。
次にピアニストの方に愛奈のリクエストを伝えた。
始まると今にも泣きそうなくらいに感動している愛奈がそこにいた。スマホを向けてその時間を記録している。その時の顔は少女のよう、昔見た愛奈の写真に少し似ていた。
お酒が進んでいく。
カウンター席のおじさまがビリー・ジョエルをリクエストしている。ストレンジャーやHONESTYが流れている。
会話は愛奈の男友達の瀬名くんの話題に。
「今度ドライブに連れてってくれるんですよ」
「ロードスターに乗ってるみたい」
「オープンカーか。この時期はまだ気持ちいいね」
「天気の良い日見ておくねって」
「いい子やね。その子と付き合っちゃえば?」
「でもね、絶対彼女いるんですよ。いつも濁してくるけど」
「そっか」
「沼っちゃう男子ですよね」
「じゃあさ、俺と付き合って」
「仮にも彼氏いるんですよ」
「冗談だよ。俺は君に似合わない」
もっと若くて横浜流星みたいなルックスで何か才能があって自分に自信があったらもっとアピールしたかもしれない。そう、愛奈に合うのはそれくらい優れている人で、愛奈を大切に包み込むことが出来る余裕がある人に違いないからだ。
「あの曲聴きたい」
「なに?」
「秒速の曲」
「One More Time?」
「それ!」
「じゃあ頼んでおくよ」
ピアニストの方にお願いするとすぐに弾いてくれた。愛奈は感激してこのときは本当にその強い眼差しが少し濡れていたように見えた。
タバコに火を点ける。愛奈をちらちらと見ながら吸うタバコはいつもより目に染みる。
ダービーフィズを一口飲む。久々に飲んだがやはり美味しい。
「すごく嬉しかった」
「よかったよ」
最後の酒に選んだのは愛奈はシシリアンキス、俺はXYG。
そのオーダーを聞いていたピアニストの方はGet Wildを弾いてくれて俺は笑った。
「これさ、シティハンターで出てくるんだよ」
愛奈はもちろん知らなかった。男の子の映画だからね。
「ボズ・スキャッグス弾いてほしいんですけど」
近くの席の女性が弾いているピアニストに声をかけたがちょっと待ってと制止された。女性がトイレに入った間に俺はこの隙にと一曲リクエストした。
愛の讃歌。
愛奈も知っていた。
タバコも吸わず、氷だけになった酒で口を濡らし、聞いていた。少しだけ目頭が熱くなった。
曲が終わるとお酒が届く。
「渋いお酒飲まれますね。さっきのダービーフィズとか」
マスターから声をかけられた。ダービーフィズの泡がいいよねと話した。
ピアニストにさっきの女性が話しかけている。
「ボズ・スキャッグスをお願いします」
「曲はなにがいいですか?」
「曲名がわからなくて…」
「それならウィー・アー・オール・アローンを聞きたいです」
俺が言った。すると二人ともそれがいいとなって弾いてくれた。
訳詞には二つの解釈がある。
僕ら二人だけ。なのか、僕らはみな一人なのか。
今だけは前者でいさせてほしいと思った。
「ピアニストの人が弾いてて気持ちいい曲ってなんなんだろう」
愛奈が言う。
「確かに気になるね。聞いてみるよ」
ピアニストの方に聞く。
「その時で変わります。上手くできたなって思えば気持ちいいですから」
なるほどなと二人で頷いた。
最後のリクエストに「ザ・ローズ」をお願いした。
ピアニストの方も好きな曲らしい。
「気持ちよく弾けるように頑張りますよ」
この曲は愛奈も知っていた。
オールディーズの有名な曲だ。
気持ちよさそうに弾くピアニストと聴き惚れる愛奈を見ながら最後の一口を飲み干した。
後半はあまり愛奈と話をした記憶がない。二人ともピアノの音色に癒やされながら静かに酒を飲み、少しだけぽつりぽつりと会話をする。そんな落ち着いたやり取りが出来る関係っていいなと思った。
会計をする。
お釣りを全て、といっても少額だがピアニストの方に渡してもらった。
財布の中身が増えている気がした。
愛奈に聞くと何もしてないらしい。
「きっと財布の中でお金が生まれたんですよ」 
そういうことにしてピアノバーを出た。出る直前に流れていた曲はドライフラワーでちょっとだけ不釣り合いで笑えた。
愛奈がラーメン屋を案内してくれるが場所が少し分かりにくくて何とかたどり着いた。
ビールを少し飲みながら餃子を食べているとラーメンが届いた。
二人して黙々と食べた。美味かった。
「大盛りにしてもよかった」
「私もう食べられないからあげますよ」
愛奈が麺をくれた。それを全て食べてビールを飲み干す。
二人で一頻り飲んだあとに餃子をつまみながらビールを飲み、ラーメンを一緒に食べてくれる女性は出会った事なかったかもしれない。
会計前にトイレに行きたくなって財布とカードを愛奈に渡して払っておいてほしいとお願いした。
戻るとテーブルに忘れていた眼鏡を俺に渡しながら
「使い方わからなくて自分で払っちゃいました」
「えっ、ああ、ごめん。現金渡すよ」
「いらないですよ。たくさんご馳走になったんでこれくらいはさせてください」
何度かやり取りしたが甘えることにした。
愛奈には甘えてばっかりだ。
店を出て大通りに向かう。
タクシーをつかまえようと。すぐにつかまった。
「このタクシー割引使えるんですよ」 
「ありがとうね、また会おう」
「はい!」
タクシーを見送った。夜の大通りをすーっと去っていった。
ホテルへの帰り道。コンビニでお茶と赤マルを買った。久々に吸って美味しかったからだ。お茶は愛奈の鞄に預けたまま忘れていた。
赤マルに火を点ける。
やたらと煙が目にしみる。夜空を見上げたら明るい繁華街にも関わらずいくつか星が見えた。
生きていてよかった。
それくらい楽しくて美しい夜だった。
また愛奈に会いたいと思った。次はいつ会えるだろう。そんな事を考えながらホテルのベッドに倒れ込む。
「死んだら悲しいですから死なないで」
今日何度か言われた愛奈の言葉がリフレインしている。
本当に素敵な人だ。あんなに幼くてどうしようもない人と恋に落ちてたのに上手に成長した。
あんなに気遣いできて疲れないのかなって思う。
少し心配だ。
愛奈を写した写真を見返す。ブレてる写真ばかりで下手さが目立つが二枚ほどいい写真があった。
大切にしなきゃならない人がこの世にはいる。
間違いなくそれは彼女である。
これは一夜の記録と愛奈への恋文だ。
なんてね
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myonbl · 4 months
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2024年5月25日(土)
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今日は第四土曜日、使用済み天ぷら油回収の日だ。午前10時に業者が回収、その後は気分���換に街へ出た。<京都文化博物館>で松尾大社展を観てから新風館へ移動して<TRAVELER'S FACTORY KYOTO>でTNP用のリフィルを購入、ランチは<スプリングバレーブルワリー京都>で美味しいビールを頂いた。天気も良くて風が心地よい、いい休日だったなぁ。
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6時起床。
洗濯。
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朝食。
珈琲。
天ぷら油回収の幟とタンクをセット。
先週の<彦八まつり>の足跡をTNRに記録する。
同じく、ネタ帳2024を更新する。
もったいない本舗に集荷依頼、段ボール3箱。
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10時過ぎに業者が廃油回収、今回は14Lと我が家では過去最高の数値だ。
西大路七条から13系統乗車、四条烏丸で下りて京都文化博物館を目ざす。
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文書類には興味は無いが、亀が松尾さんのお使いであったことを初めて知ったことと、牛王宝印といえば熊野としか認識していなかったが、こちらにもあって起請文の現物を見ることが出来たのは大きな収穫だった。
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チケットは<猪口>とセットになったものを購入していたが、やはり<徳利>も欲しくなって売店で購入した。
新風館で買い物してからランチへ。
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やって来たのは<SPRING VALLEY BREWERY KYOTO>、もちろん初めて。
京都、錦市場からほど近い、築約100年の町屋をリノベーション。 最先端のクラフトビールを生み出す醸造所を併設した、 “和クラフト”料理が楽しめるブルワリーレストランです。
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オリジナルビールとおばんざい、ピザを美味しくいただいた。
腹ごなしにと、四条京阪から出町柳、河原へ下りてみた。
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足湯ならぬ川に素足を入れると、とても気持ちいい。
夕方戻ると、ツレアイはWeb研修中、それを終えてすぐに買い物に出かけた。
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ありあわせで夕飯、息子たちにはスパークリングワイン、私たちはいつものように🍶+🍷。
息子たちが終わってから、ココに点滴。
晩酌再開。
録画番組視聴、ドキュメント72時間。
家電量販店 春は新たに
初回放送日:2024年5月24日 ドラム式洗濯機や大型テレビ、冷蔵庫や空気清浄機などなど。今回の舞台は横浜にある大型の家電量販店。売り場は6フロアもあり、新生活の始まる春、多くの人がやってくる。入社式終わりに洗濯機を買う新社会人。妻が育休から職場復帰する夫婦は、家事の負担を減らそうと食洗機を品定め。最近、定年退職したという男性は、次の購入が人生最後のテレビと考えている。みんな求める家電の先に、どんな暮らしを思い描いているのか。
続いて枝雀、「植木屋娘」。
何とか下げまで聴いたがもはや睡魔に勝てない、布団の中へと潜り込んだ。
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歩数は13,294歩、さすがによく歩いた。
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palakona · 5 months
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意地の13尺w
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
どうも、こんにちは。4月14日(日)は、中セ池に行ってきました。前日はフライフィッシングで早起きしたので、起床はゆっくりめでいつもより1時間遅く7時過ぎに到着しました。晴れてるので、釣席は東中桟橋を考えていましたが、特等席の北土手長竿枡が空いている!なので、北土手長竿枡3席のうち真ん中を選びました。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
北土手長竿枡は特等席なんですが、釣ってはるのはカーボン長竿のたぶん18尺か19尺。僕は前回西寄りに入った時は14尺〜16尺で釣れず、最短13尺で5枚釣れただけなんですよ。竹竿使いなので16尺までしか持ってない…なので、「水連」の朱総塗16尺でやってみます。南向きなので逆光でもないし、浮子は舟水の「太PC底」の13番やったかな?写ってるのは最初に準備した12番です。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
暖かいというより暑いwので、フナの活性も上がって釣りやすいかと思ったが、意外と釣れてない。常連のO並氏も東中桟橋の西向きから東向きに席を替えてはった。釣れてないんやろなあ。僕も厳しいかと思いましたが、8時前に釣り始めてボチボチとサワリが有り、8時19分にボウズ脱出!期待したほどじゃないけど、30分かかってないから良いんかな?このフナはヒルに喰われて頬紅を付けてたので、ヒルを取ったろうとエラの中を覗きましたが、ヒルはいませんでした。誰かに取ってもらったんかな?
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
また30分ほどかかって両目が開きました。見事なヘラブナですね。しかし、魚信小っせえ(^▽^;)。面白いけど。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
また30分かかって3枚目が釣れましたけど、その後は1時間ほど釣れず…浮子は多少動くけど、尺数変更してみます。「魚光」の15尺。ウキはパイプトップの舟水の「オールマイティーかや」の13番です。箱池なので水深2mぐらいですが、長竿はオモリが乗ってる方が振り込みやすいので、浮子は思い切って大きめを使ってます。しかし、真冬のフナ釣りは時間が飛ぶように過ぎていって、「もう14時やまだ釣れてないどうしよう(汗)」って感じだったのに、今日はなんか時の流れが緩やかで、「何これ、まだ10時?」って感じでした。尺数変更する気にもなりますね。浮子にオモリを合わせるのもめんどくさくないし。なんか癒されるわw。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
尺数変更したものの釣れない。11時になったら昼ごはんにしよう、3枚しか釣れてないな〜と思ったら、11時前になんとか釣れました。午前中は4枚。しかし、僕の「魚光」はヤフオクで安く買えた中古竿なんですが、魚を掛けると穂持ち?がギシギシいうんだが、穂持ちに曲がり癖がついて中で当たってるから?大丈夫かいな。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
12時に1枚釣れたけど、14尺を振りたくなったので、またまた尺数変更です。「師光」の朱総塗14尺。浮子は、舟水の「冬の底釣り極細パイプ」の13番。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
なかなか釣れねえ〜。13時ごろ、やっと釣れた。頬紅付いたマブナ。こいつもエラの中のヒルを探したけど、取ってもらったらしく付いてなかった。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
北土手長竿枡からの眺め。人気席なので、次はいつ座れるやら。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
14尺で1枚目を釣ってから20分とかからず2枚目。また来たーとファイト中の写真を撮ったりしましたけど、これはスレでした…w。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
14時前に14尺の3枚目が釣れて計8枚。前回釣行まで、中セ池は15時ぐらいから釣れ出すので、ちょっと早いが本命の13尺を準備しておく。長竿枡は14尺〜16尺は中途半端でもう一つ。18尺以上か13尺が釣れると思っているので、数を稼ぐ算段。尚、中セ池は4月から17時まで営業なので、1時間余分に釣りができる。竿は「げてさく」の13尺。浮子は高性能のクルージャンのWDT4号。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
13尺が一番釣れるはずだったのにまさかの大ブレーキ。14時スタートで時合いと言われている15時を過ぎても釣れない。なんで〜?why?13尺だけ1枚も釣れないのも嫌なので尺数変更せずに続行。15時半を過ぎて、「チッ」という小さな魚信を取ってやっと掛かった。スレじゃないだろーな。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
カッコいいヘラが釣れました。関西の箱池はマブナも放流しているから、こんなヘラブナが釣れると嬉しいっす。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
いつもながら、グロ画像スミマセン。カッコいいヘラブナにヒルが付いていたので取ったりました。ガッツリ喰いついているので、フォーセップで千切れるほど引っ張らないと取れません。
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2024年4月、中セ池(八尾市)iPhone11
〆のヘラブナとなった13尺での4枚目。頬紅が傷んでますが、エラの中にヒルは付いていませんでした。
ということで、4月14日はヘラブナ12枚、別にスレ3枚でした。あからさまなスレはなくて、よく見たら口吻の外側wとかそんなんばっかし。紛らわしいねんw。
いつも、ヘラブナ釣りは釣れなくてヒヤヒヤしたりして時間があっという間に過ぎるんですが、物凄くのんびりできた日でした。なんでw。
では、また。
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Transportation of Las Vegas
情報は2022年の現状です。
【AIRPORT】空港
ラスベガスの国際空港は、2021年12月14日に「マッカラン」から「ハリーリード」に名称変更されました。
映画ゴットファーザー2にはパット・ギアリー上院議員として登場するPatrick Anthony McCarran議員は、アイルランド系移民でネバダ州首席判事出身の民主党議員。蔣介石を好みロシアを非難する〝強烈な反共産主義者〟で知られ「移民よりアメリカの低落をより促進する」とビザ発行を拒否する権限の「移民規定」を作り、1948年12月20日に民間航空法を草稿した「McCarran」の名前が空港の名称に起用され議員在職中の1954年に死去しましたが、人種差別発言が問題視され国際空港の名称に相応しく無いとされ2021年に膵臓癌で死去したハリーリード上院議員の名前を死去の2週間前12月14日に変更しました。
「Harry Mason Reid」は、ネバダ州ゲーミング委員会委員長に就任からネバダ州副知事になり、その後民主党上院議員幹事を務めたキリスト教信徒のラスベガス出身者。
ロンドンオリンピックには、オリンピック委員会に対して、中国製のユニホームを使用していることに「ユニホームを全て山積みにして燃やすべきだ」と訴えたことで知られるU.S.A.Firstの議員です。
極端な主義主張はU.S.A.民主党議員の共通する傾向なので名称変更の理由としては弱い気がしますね。
数年後には「Donald John Trump International Airport」になっているかも…
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【日本からの入国】
Transit Point
ロサンゼルス・サンフランシスコ・ハワイなどアメリカ・カナダバンクーバー以外で乗り換えした場合ラスベガスの空港でアメリカ入国の審査が必要になります。
カナダや米州内の空港を経由した場合は、その経由地で入国審査を行うことになります。
【Harry Reid International Airport】
ターミナルは[Terminal : 1][Terminal : 2][Terminal : 3]と3箇所に別れていますが[Terminal : 2]は閉鎖されている為[Terminal : 1]か[Terminal : 3]を利用する航空会社で分けられることになります。
[Terminal : 1]の主な航空会社
 ・アメリカン航空
 ・デルタ航空
 ・サウスウェスト航空
 など…
[Terminal : 3]の主な航空会社
 ・ユナイテッド航空
 ・エアカナダ
 ・アラスカ航空
 など…
《Caution》
飛行機を降りたら預けた荷物を取りに行きます。
「Baggage Claim」に向かいますが、Terminal1か3に行くLight Rail Transit に乗る必要があります。
間違えて違うターミナルに向かうLRTに乗ってしまうと戻ることができないので注意が必要です。
乗る前に必ず利用した航空会社を改めて確認しましょう!
《間違えた場合》
ターミナル間を移動する無料シャトルバスで戻るしか方法はありません。
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 Terminal Shuttle
①ターミナル〝1〟から〝3〟へ移動する場合は…
 0階へ移動して外に出ます。歩道を渡った右側に〝Terminal Shuttle Stop〟と書かれた乗り場があります。
②ターミナル〝3〟から〝1〟へ移動する場合は…
 バゲッジクレームのエリアから外に出た右横に〝Terminal Shuttle Stop〟と書かれた乗り場があります。
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 Terminal Shuttle Stop
【ホテルに向かう】
空港から市街地に行く方法はいくつもありますが、おすすめは2つのどちらかです!
①🚏Public Transit Bus🚍公共交通バス
 まず最初に〝US $6〟の小銭を用意しておくことが必要です。乗車時に直接運転手に支払うシステムです。
 料金は距離ではなく乗車している時間で決められます。
 「2時間」「24時間」「3日間」のチケットを購入できます。
 バスを利用するのであれば、日本でアプリをダウンロードしておくこをお勧めします。
 初めてバスに乗る直前に利用開始ボタン(Activate)をタップ(要インターネットアクセス)することで有効時間のカウントダウンが始まります。アプリ内にある「Reduced Fare」は高校以下の学生に適応される料金のことで、5歳以下は大人同伴で無料です。
 国際空港から発車する公共交通バスは行き先に応じて分かれています。
Terminal:1のRTCでは「ウェストゲートホテル」迄移動できます。
「ウェストゲートホテル」からは有料の〝Las Vegas Monorail〟で北の「サハラ」と南には「コンベンションセンター」→「ハラーズ」「ザ・リンク」→フォーコーナーズの「フラミンゴ」「シーザーズパレス」→「バリーズ」「パリス」→New Four Cornersの「MGMグランド」に移動できます。
Terminal:3からは、「フーターズ」や「ニューフォーコーナー」に停車するWestcliff Airport Express(WAX)のバスに乗車し「トレジャーアイランド」や「ウィン」「パラッツォ」を目指すならCentennial Express(CX)に乗ります。
[1]ターミナル1
 Terminal:1を出た目の前の道を渡り右に進んだ所に「RTC」のバス停が2箇所あります。Terminal:3からはTerminal Shuttleで移動します。
 ストリップを経由してダウンタウンの「ボンネヴィル・トランジット・センター(Bonneville Transit Center)RTC」まで約30分で行きます。
バス停🚏108
朝4時30分から深夜1時30分迄の1時間に1本が運行しています。
バス停🚏109
10~30分間隔で24時間運行しています。
[2]ターミナル3
 Terminal:3 からはRTCエクスプレスの【WAX】と【CX】が運行しています。Terminal:1からはTerminal Shuttleで移動します。
【WAX】Westcliff Airport Express
 ストリップから13km離れた郊外の「サンコースト」まで行きます。
 朝5時58分から23時20分迄30~1時間の間隔で運行しています。土日は朝6時28分から23時17分迄です。
    
【CX】Centennial Express
 ダウンタウンの北西に位置する〝ノース・ラスベガス空港〟より北西の地域「センテニアル・ヒル」のランジットセンターまで空港から約1時間程度運行します。
 朝6時40分から22時50分迄1時間間隔で運行しています。土日は朝6時50分から22時46分迄です。
②🚘配車アプリ🚙Ride App Pickup
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【Uber・Lyft】
 1番のおすすめですが、注意点として空港から使用すると空港使用料として$2.6が料金に加算されます。市内から空港に行くときは加算されません。
 それから、UberやLyftに乗車できる場所は空港のWiFiが切れるのでポケットWiFiなどの持参が必要です。
【PARADISE AREA】
Las Vegas PARADISEのエリアに位置するLas Vegas Boulevard(長さ : 6.8km)の中心にあたる〝STRIP〟での移動手段!
実際にはストリップのエリアはラスベガス市内には位置してないのでクラーク群領内ということになります。
Resort Casino が集中するエリアを効率よく移動するにはUBERやLYFTが最も効率良く時間を有効活用できますが、LasVegasを満喫するには〝無料〟の交通機関を熟知する事をお薦めします。
お勧めは『無料トラム』と『無料シャトルバス』です。
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まず、食べ放題のBuffetが人気の「Studio B」のある『M Resort』とストリップの「Fashion Show」間で走っています。
『M Resort』と『Fashion Show』間のFree Shuttle Busは毎日10時~22時の間に4便が往復運行しています。
Fashion Showからは、モール内の「Forever 21」を出て左に行くと「F」の前くらいにあるベンチの前に停車します。
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目の前には金色に輝くビルが目印になります。
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次に、有料のLRT(Light Rail Transit)がありますが、ストリップの主要ホテル間を結ぶ無料の「TRAM」を是非有効活用して下さい。
ストリップの西側主要ホテルを移動できます。
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東側の主要ホテルは有料のLas Vegas🚝Monorailが便利です。
駅は以下の7駅です。
🚉MGM Grand Station(Four Corners)
⇩🚝⇧
🚉Bally’s & Paris Station(New Four Corners〝Bellagio〟)
⇩🚝⇧
🚉Flamingo & Caesars Palace Station(New Four Corners)
⇩🚝⇧
🚉Harrah’s & The LINQ Station
⇩🚝⇧
🚉Convention Center Station
⇩🚝⇧
🚉Westgate Station
⇩🚝⇧
🚉SAHARA Las Vegas Station
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《Free TRAM》
無料のトラムはストリップの西側に3本走っています。
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最北は「トレジャーアイランド」と「ミラージュ」間を乗車時間5分弱で移動できます。TRAMは5分間隔運行しています。
運行時間は、日曜~木曜は9時~深夜1時迄、金曜と土曜日は深夜3時迄です。
Mirageの東側に有料のLRT「Harrah’s & The LINQ」駅があります。
中間地では、Four Cornersの「ベラッジオ」とNew Four Cornersの「ニューヨークニューヨーク」間を約3分程度で移動できます。
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毎日8時~翌朝4時まで約8分間隔で2車線が運行しています。
ARIAとPark MGMの駅になっています。
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空港に近い南部は、New Four Cornersの「エクスカリバー」の交差点に近い「Excalibbur North」と「マンダレイベイ」の移動で、エクスカリバーホテルに直結する「Excalibbur Hotel」の駅に停ります。マンダレイベイから乗車すれば「ルクソール」に停ります。
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乗車時間5分弱の移動なので、エクスカリバーからマンダレイベイ経由でルクソールに向かっても10分もかかりません。
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帰国する際はTRAMで「Mandalay Bay」迄移動すれば「Harry Reid International Airport」迄〝UBER〟を利用するのが最も安価な移動で空港に行けます。
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【有志演奏会 in 気仙沼 DAY2】団員レポート
気仙沼有志演奏企画、2日目のレポートになります!
最初にご紹介するのは、いよいよ本番を迎えて、緊張の面持ち…?の後発部隊の皆さまです。
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2日目の目的地は「気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館」です。
階上地区にそびえるこの施設は、震災発生時に津波被害を受けた気仙沼向洋高校を、そのまま遺構として改修した施設で、教室や敷地内の様子を当時のまま保存しています。
参加者がついに全員集結したところで、当時の記憶を語ってくださる語り部の方々と共に施設見学へと向かいました。今回アテンドしてくださったのは、三浦秋男さんと近藤公人さんのお二人です。同級生コンビで案内していただきました。
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冷たい風が吹きすさぶ中、集中して展示を見学します。
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左は校舎三階に飛び込んできた自動車、右は校舎4階にぶつかった倉庫がつけたへこみです。津波襲来時に、周辺にあった冷蔵倉庫が校舎に向かって流されてきましたが、偶然校舎の端にぶつかったことで、屋上に避難した方々は助かったそうです。想像もできない状況ですね…
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見学を終えた一行は、、、腹ごしらえです!
今回昼食のご用意をしてくださったのは、企画発案者でもある奏者のPerc.三浦瑞穂さんのご家族です!2種のおこわ、つみれ汁、芋の子汁、特製のお漬物などなど、地元のものを使ったご馳走をいただきました!LAFFOOの方、伝承館の皆さんと一緒に、いただきます!
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お昼の後は、いよいよ本番にむけてリハーサルスタートです。
実は、今回の会場は有志演奏会としてはかなり大きい規模なんです!真っ黒な衣装に着替えて、いざ練習へ。会場にはOBの狩野さんも応援にいらっしゃいました!
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いよいよ開演が迫ってきました。
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演奏が始まりました。1曲目は「ラストエンペラー」、指揮はHr.菊野奏良くんです。超満員のお客さんの前で、威風堂々の演奏を見せてくれました。
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2曲目はHr三重奏で「6つのホルンのための三重奏曲」です。優しく、華やかに会場全体を包みます。3曲目は木弦アンサンブルで「海の見える街」。強く時には恐ろしく、それでいて美しい気仙沼の海を思い浮かべながら演奏します。
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4曲目は坂本龍一監督作品「litany」のTrp三重奏。過去にも有志演奏会で演奏したこの曲をぜひ届けたいということで、演奏させていただきました。続いて弦楽アンサンブルで「aqua」。優しいメロディが特徴的なこの曲は、団員達も大好きな一曲です。
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最後は「ふるさと」。みんなの心に響く美しい音を響かせました。
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なんとなんと、その後は万雷の拍手をいただくことができ、アンコールとして「ラストエンペラー」を演奏しました!聞いていた皆さんの笑顔を見ることができ、団員達もうれしい気持ちでいっぱいです。
今回の有志演奏会は、大成功で幕を閉じました。
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もちろん、”おうちに帰るまでが有志演奏”ですよ!
というわけで、最後に大谷海岸にもう一度寄って、お土産購入&もう一度記念撮影!
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ここで各方面に解散となりまして、今回の企画は終了です!
聞きに来てくださった方々、伝承館やLAFFOO関西支部の皆さまをはじめご協力をいただいた皆さま、ありがとうございました!
そして何より、参加者の皆さんお疲れ様でした!3月の演奏会に向けても頑張っていきましょう
今回の企画は、東北ユースの有志演奏活動でも過去最大規模のものになりました。最大級の震災被害を受けた気仙沼を訪問することで、私たちが「東北」ユースオーケストラである意味、音楽で発信する意味など、様々な思いを今回の活動で確かめられたではないかなと思います。
能登半島地震をはじめとした自然災害に社会が向き合っていくために、東北ユースオーケストラが何を発信していけるのか。常に自問しながら、これからも有志演奏活動を続けていきたいです。
東北ユースオーケストラ有志演奏係 Tb.福澄茉音
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kennak · 18 days
Quote
「大家族犯罪」その背景にあるもの  「大家族」という言葉に厳密な定義はありませんが、一般的にドイツに移民してきた歴史背景を持つ民族集団で、一族の長を中心に、大勢の子どもだけでなく、いとこや結婚で結ばれた姻族も含み、ドイツ生まれの2世、3世も含む大きな集団を指します。一つの大家族が数百人規模、数千人規模であることも珍しくありません。「大家族」の中で犯罪にかかわっているのは「一部」ではあるものの、その「一部」の数が多いため、ドイツで深刻な問題となっているのです。 相次ぐ事件の背景には根深いものがあります。ベルリン在住で、レバノンにルーツのあるドイツ人の移民研究者のRalph Ghadban氏はシュピーゲル誌(2023年44号)で次のように語っています。 「ドイツでMhallamiye(マラミ系、大家族の多くがひもづくトルコとレバノン出身のエスニック集団)の(ドイツ社会への)統合は既に1990年代に失敗しています。彼らはドイツの社会から完全に孤立したのです。若くして結婚し、学校を卒業せず、職業にも就かない彼らは『ドイツの社会福祉』と『自分の家族』に頼るしかありません。残念ながら『自分の家族に頼る』というのは『自分の家族がやっている犯罪に加わる』ということにつながることも多いのです」 現在、「大家族」の構成員の多くは仕事をしていません。しかしその発端となる状況について考えてみると、それは決して彼ら当事者だけのせいではないことも見えてきます。 「法を壊せ」の「壊せ」を消して「強化しろ」と書き換えられた住宅の壁の落書き 「法を壊せ」の「壊せ」を消して「強化しろ」と書き換えられた住宅の壁の落書き=2019年3月13日、ベルリン、ロイター 1970年代や1980年代にドイツにやってきた彼らの多くは、ドイツでの在留ステータスにおいて長らくDuldung(和訳「許容」)という状態でした。この場合、許容証が発行されますが、これは正式な滞在許可証ではなく、単にドイツに不法滞在をしていないことを証明するものであるため、生活において様々な制限があります。居住の州が決められ、州をまたいでの移動について許可が必要ですし、仕事をすることも許されていませんでした。専門家は「仕事をしてはいけない、またそもそも在留ステータスにおいて『許容証』という状態では(まれに役所が就労の許可を出したとしても)雇ってくれる会社はなかなかありませんから、当事者たちには行き場がなく、『将来が見えないこと』が犯罪に手を染める遠因」だとしています。 前述のGhadban氏は次のように考察しています。 「大家族犯罪について軽く見るべきではありません。今の問題が統合の失敗の結果であることは明らかですが、それだけではありません。(彼らがドイツにやってきた)最初の頃は、彼らが自然に西側になじみ統合をするものだと信じられてきたのです。そんななかでこの『二つの社会のあり方が全く違う』ということを認めたがらない人が多かったのです。 例えば(ドイツを含む)西洋の人は『世界の全ての国がヨーロッパのように組織だっている』と考えがちです。でも実際にはそうではありません。ヨーロッパは『個人』が大事にされるオープンな社会です。いわば社会全体が『個人は大事である』と考えているわけです。でも中東では――それは過去数年間を見ていると明らかですが――国が破綻すると氏族や部族が幅を利かせるようになります。ヨーロッパには既に存在しないような古い価値観も残っています。 そういった状況の中、中東では『大家族』があ��意味スタンダードで『普通』なわけです。そして彼らはドイツに来た後も中東にいた頃と同じ価値観で生活しています。彼らは『個人』が大事にされるヨーロッパの社会で『大家族』であるわけですが、大家族は人数で勝負すれば様々なことにおいて有利であると学習してしまったのです。 大家族の中にもドイツに統合して仕事に就いている人はいます。でも家族の中のプレッシャーが強いので、何かあった場合は、家族の味方をするというのが当たり前だとされています。だからドイツの警察も(大家族がらみの)事件が起きた時に、家族から事情を聞き出すことが非常に難しいのです」 (出典:ドイツ公共ラジオのカルチャー専門番組Deutschlandfunk Kulturでの発言から) 若者のための「犯罪予防プログラム」の試み Ghadban氏は続けてはっきりとこう言い切りました。 「今後、大家族が犯罪に走らないためには、(犯罪で得た)資産や略奪品をドイツ政府が必ず凍結し没収することが大事です。大家族の犯罪に加わったところで利益が少なければ、大家族の中の力関係も変わっていくでしょう。『統合』はその後です」 ノルトライン=ヴェストファーレン州の大家族犯罪の捜査で押収され、捜査当局の記者会見で公開された現金や拳銃。こうした押収品は30点にのぼった ノルトライン=ヴェストファーレン州の大家族犯罪の捜査で押収され、捜査当局の記者会見で公開された現金や拳銃。こうした押収品は30点にのぼった=2021年8月、ロイター つまり「氏族の犯罪によって家族の羽振りが良い」という状態では、「そこから抜け出す」というモチベーションにつながらないため、周囲の人にもできることは少ない、というわけです。まずは悪循環を断ち切ることが大事だといえます。 アウトローな方向へ走らないためには「学校に通いきちんと卒業すること」「職業を身につけること」も大事な要素です。ただそれが「絶対に犯罪の歯止めになるか」というと、そうは言いきれません。 数年前にドイツで大家族「S」が2日間にわたり暴動を起こした事件の発端となったのがMohamed S.氏がガソリンスタンドを強盗したことです。このMohamed S.氏はRealschule(実科学校)の卒業試験に受かっています。ドイツ語にも不自由していませんでしたが、まっとうな仕事に就くことをせずにアウトローな道に走っています。 Mohamed S.氏の弟にいたってはHauptschule(基幹学校)の卒業試験に受かり、学校を卒業してから技術系の仕事の職業訓練(修行)を始めました。順調であるかのように見えましたが、修行の3年目に売人から麻薬を略奪し、10代の女の子にわいせつ行為をしたことで逮捕されています。学校を卒業したことや仕事に就いていることが犯罪の歯止めにならないこともあるので、一筋縄ではいかないのです。 大家族が多く住み、犯罪が深刻化している西部ノルトライン=ヴェストファーレン州では「大家族の若者が犯罪に走らず、まっとうな人生を選ぶこと」を後押しするために「Kurve kriegen」という名のプログラムがあります。 Kurve kriegenとは日本語に訳すと「ギリギリだけれどカーブを曲がることができ、事故を起こさずに済むこと」です。「犯罪に走って大変なことになる前にまっとうなことをしよう」という趣旨のプログラムです。 同州の都市ボーフム、ドルトムント、エッセンでは定期的に教育関係者や統合にまつわる専門家が氏族の若者と会って「話をする」機会を設けています。気軽な雑談という形で「学校をサボること」についてオープンに話すほか、「麻薬」について話すこともあります。若者が「一日をどういうふうに過ごしたら自分にとって有意義かと思うか」というテーマで発表をすることもあります。そして、これは良いニュースなのですが、上記のプログラムに最後まで参加した人の40%がその後は罪を犯していません。 ただ懸念の声もあります。それは「過去3年間、氏族の若者でこのプログラムに最後まで通ったのが15人」だということです。同州に住む大家族で犯罪歴のある若者は750人いますので、まだまだ参加率は少ないのです。 近年は大家族の女性への働きかけも行われています。たとえばエッセンでは「同盟90/緑の党」の政治家であるAhmad Omeirat氏が地元の自治体の協力を得ながらレバノン系氏族の女性のための「Empowerment-Projekt」(エンパワーメント・プロジェクト)を立ち上げました。 大家族の女性たちが地元の文化センターに集まり、「氏族の家父長制的な家族制度・家族構成」について話をしたり、「民主主義をテーマにした講演」を聞いたりします。女性たちが「ドイツの役所や官庁のシステム」について学ぶというプログラムもあります。 「同盟90/緑の党」の政治家Ahmad Omeirat氏 「同盟90/緑の党」の政治家Ahmad Omeirat氏=同氏のFacebookページより 「大家族の名字」ゆえに差別の対象に 実は、前述の「同盟90/緑の党」の政治家Ahmad Omeirat氏は「大家族」の人物なのです。Omeirat氏はエッセンの都議で、偏見のない多様な社会を目指すために、上記のプロジェクトも含め様々な活動をしています。 ドイツ全土の組織犯罪のうち10分の1がOmeirat氏族の関係者によるものだということがドイツメディアで報道されています。ノルトライン=ヴェストファーレン州にはOmeiratの名字を持つ人が多く住んでいますが、Omeiratは大家族であるため、その中にはまっとうな人生を歩んでいる人も多くいます。そんななか「彼らに向けられる差別とどう向き合うか」は大きな課題です。 例えば家を借りる時に名字がOmeiratだと言った瞬間に断られたり、大家族の一部の人が麻薬犯罪にかかわっているため、まっとうな人生を歩んでいる同じOmeirat姓を持つ人が「病院の薬を犯罪に手を染めた家族に横流しするかもしれないから」という理由で医療関係の仕事に就くことが難しくなったりするなどの問題が一部で報告されています。 「同盟90/緑の党」は、ノルトライン=ヴェストファーレン州のロイル内務相について、「大家族の名字」をベースに同じ名字を持つ全ての人に疑いをかけていると批判しています。 Ahmad Omeirat氏は「氏族の若者が犯罪に走らないためのプログラム」に力を入れているのと同時に、Clankriminalität(和訳「氏族犯罪」)という言葉を使うことに反対しています。Ahmad Omeirat氏は「Clankriminalitätという言葉を使うことは大家族への偏見を助長させるため、Organisierte Kriminalität (和訳「組織犯罪」)という言葉を使うべきだ」としています。 氏族の「名指し」は必要か 続く対立 Ahmad Omeirat氏は「氏族と犯罪を結び付ける考え方や言葉とは距離を置くべき」というスタンスですが、このことについて「氏族と犯罪を全く切り離して考えると、実際には氏族が犯した犯罪であるのに、それが統計に反映されなくなり犯罪の対策がしにくくなる」といった批判の声があります。 前述のノルトライン=ヴェストファーレン州のロイル内務相は「Clankriminalität(氏族犯罪)という言葉を使い続けるべきだ」とし、その理由をこう述べています。 「犯罪が起きた場合、その犯罪に至った背景を分析することが重要です。どの地域で犯罪が多発しているのかを視野に入れ、またそれらが時間の経過とともにどのように変化していくのか、たとえそれが少しだけの変化であっても、その変化を認識することで、今後の犯罪対策もできるわけです。それは今後も変わりません」 ロイル氏は同州で氏族関連の犯罪が増えていることを受け、こう宣言しています。「私は氏族犯罪についてnull Toleranz(和訳「ゼロトレランス」=ルールを厳格に適用すること)を掲げます。それは今日もそうですし、明日もそうです。マラソンが1時間で終わることはありません(長い意味で闘うという意味)。Clankriminelle(和訳「氏族犯罪者」)との闘いをこれからも続けます」 同州の例では「犯罪を取り締まること」と、人種や民族による「差別をしないこと」の両立がいかに難しいものなのかという点が浮き彫りになっています。筆者はAhmad Omeirat氏が今後も「良い意味での架け橋」になってくれることを願っています。
「大家族犯罪」解決へ 偏見を助長せず歯止めかけられるか スタート地点に立つドイツ:朝日新聞GLOBE+
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ari0921 · 10 months
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和五年(2023)11月25日(憂国忌)
   通巻第8022号 
 AI規制論、オープンAI社のもたつき、AIと精神世界の関連は?
  意外や意外。プーチン大統領がAI社会の本質を衝いた演説をしていた
*************************
 2023年11月24日、モスクワで開催された「AI会議」(「人工知能の旅 2023フォーラム」)で、プーチン大統領は演壇に立った。
 プーチンは生成AIの発展を展望し、傾聴に値するスピーチをしている。
「科学、教育、医療などの分野で人工知能を活用することで、人類はその実存の新たなチャップターに足を踏み入れた。生成AI技術の出現は明らかな発展である。新技術が国の経済と社会領域のあらゆる分野にますます浸透している」と最初に指摘した。
プーチン大統領は実例をあげて、「石油井戸開発のコストを大幅に削減にAIは活用されている。また北極海航路の物流の拡大に貢献している。AIによって日常のプロセスがよりシンプルで便利になり、医療や公共サービスの管理とメカニズムの質が向上する。また画像やテキストを作成できる生成AIの急速な発展は人類の知性の傑出した成果だ」。
しかしAIの脅威とは『悪用』である。
技術の倫理的、道徳的、社会的影響についての疑問がる」として、プーチン大統領は続けた。
「生成AIの研究開発を一時停止するという提案は『禁止』ではなく、いや禁止は不可能でさえある。技術は発展するものなのだ。したがってAI技術の進歩において、倫理的規制は必要だが、そうしたガイドラインは伝統的な価値観と文化によって定められるべきだ。西側AIシステムと検索エンジンは主に西側市場を対象としており、多くの場合、選択的かつ偏った方法で動作し、例えばロシア文化などを考慮せず、或いは無視している。『国家のアイデンティティ』を維持する上で重要な要素は文化的および精神的遺産である」
 正論である。
 日本にあてはめるとAI活用で、言論空間では巧妙に言論の検閲がなされ、しかもイデオロギーで凝り固まった基準で情報が操作されている現実がある。
倫理も道徳も社会規範もなければ、伝統的な価値観を軽視している。チャットGPTでの論文作成は、創造力を奪い、たとえば故人の手塚治虫の漫画の新作が勝手に創られ、これらは人間の本質にある創造性を歪める側面があるのではないか。
 欧米はAI規制を真剣に検討し始めており、新しいルールを模索しているが、そのルールに従いそうにない中国とロシア。そのロシアのトップが人間の実存と文化の問題を提議したことは記憶するに値するだろう。
 ▼AI規制論はなかなか合意が得られない
 AI規制論、オープンAI社のもたつき(サムアルトマンCEOは解雇されて五日後に復帰した)。AIと精神世界の関連に関して、意外や意外。プーチン大統領がAI社会の本質を衝いた演説をしていたことになる。
 筆者は拙著『半導体戦争』(宝島社)のなかで、こう書いた。
 「アップルの創始者、スティーブン・ジョブスは晩年、日本の木版画の浮世絵や設楽焼などの素朴な、端正な陶器に異様な関心を示した。もっと長生きしていたらジョブスはおそらく縄文土偶や火炎土器に深甚な興味を抱き、発明を人間の知恵との宥和に持って行っただろう。ベジタリアンで日本食が大好き、ライバルのビル・ゲーツも日本に惹かれ軽井沢の別荘には檜風呂をしつらえるほどの凝りようだった。
 ジョブスは天才的発明家にしてアイフォン、アップルなど文明の利器の牽引者だったが、なぜ日本精神の極地を代表する美術品に惹かれたのか? 
 このあたりにAI文明と精神世界との融合がはかれる謎が隠れているのではないか」(引用トメ)
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