#残念ながら意識で姿勢は治りません
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AIに聞いてみた
ウクライナ戦争の調停に乗り出したトランプ大統領だが、なぜロシアとウクライナ、EUをそれぞれ引き離したのか?
紛争の原因をNATOの東方拡大にに原因があり、プーチンのロシアにとっても地政学上譲れないのがウクライナで有り、プーチンにとってのレッドラインを超える行動がウクライナの内覧のマイダン革命で暗躍したアメリカ民主党政権、リベラルでは無かったのか
EUにとってもロシアにとってもアメリカにとってもナッシュの均衡理論で互いに落とし所は見つけられるのか?
トランプ大統領がウクライナ戦争の調停に乗り出し、ロシア、ウクライナ、EUをそれぞれ引き離そうとした理由は、彼の外交アプローチと地政学的状況への独自の解釈に基づいています。以下にその背景と動機を分析しつつ、ご質問のポイントにお答えします。
まず、トランプがロシアとウクライナ、EUを分断するような形で調停に臨んだのは、彼が一貫して掲げる「アメリカ・ファースト」の原則と、紛争を迅速に終わらせることで自らの政治的成果を強調したい意図が絡んでいます。トランプは、ウクライナ戦争を長引かせる軍事支援よりも、交渉による即時停戦を優先する姿勢を示してきました。これは、バイデン政権下での長期的な軍事支援策への批判と対照的で、彼にとって和平仲介は国内支持層へのアピール材料でもあります。しかし、その過程でロシア、ウクライナ、EUの利害を調整するのではなく、それぞれの立場を分断することで交渉を自らのコントロール下に置こうとした可能性があります。例えば、ロシアにはウクライナ東部の支配をある程度認めさせ、ウクライナにはNATO加盟断念を迫り、EUには独自の防衛負担を求めることで、各勢力間の連携を弱め、アメリカの仲介者としての影響力を最大化しようとしたのかもしれません。
次に、紛争の原因がNATOの東方拡大にあるという見方について。これはプーチン政権が繰り返し主張してきた点であり、ロシアにとってウクライナは歴史的・地政学的に「緩衝地帯」として不可欠な存在です。ソ連崩壊後のNATO拡大、特に2004年のバルト三国加盟や2008年のブカレストサミットでのウクライナ・ジョージアへの加盟可能性の言及は、ロシアの安全保障上のレッドラインとみな��れてきました。プーチンにとって、2014年のマイダン革命は、このレッドラインを超える出来事でした。親欧米派がヤヌコーヴィチ政権を打倒し、ウクライナが西側に傾斜したことで、ロシアは自国の影響圏が脅かされると感じ、クリミア併合や東部紛争への介入に踏み切ったのです。ここで、アメリカ民主党政権(特にオバマ政権)がマイダン革命を支援したとされる点は、ロシア側から見れば「リベラルな価値観の押し付け」ではなく、むしろ地政学的覇権争いの一環と解釈されます。ビクトリア・ヌーランド国務次官補(当時)の関与や、反ロシア派への資金援助の疑惑が、ロシアの認識を強化したことは確かです。ただし、これが「リベラルではない」というよりは、現実主義的な勢力争いの中で民主化支援が利用された側面が強いでしょう。
最後に、ナッシュの均衡理論の観点から落としどころが見つけられるかについて。ナッシュ均衡とは、関係者が互いに最善の戦略を選んだ結果、誰も単独で戦略を変更する動機を持たない状態を指します。ロシア、ウクライナ、EU、アメリカがそれぞれの利害を最大化しつつ妥協点に至るには、以下のような条件が必要と考えられます:
- **ロシア**:ウクライナ東部の支配を維持し、NATO拡大が止まる保証を得る。
- **ウクライナ**:領土の一部喪失を認めつつ、主権とEUとの経済的結びつきを確保する。
- **EU**:エネルギー安全保障とロシアとの緊張緩和を図りつつ、ウクライナを完全に切り捨てない。
- **アメリカ**:紛争終結による政治的成功を手にしつつ、欧州への負担転嫁を進める。
理論上、この均衡は可能です。例えば、ロシアが占領地域の現状維持を認められ、ウクライナがNATO加盟を放棄し、EUが中立的な緩衝地帯としてのウクライナを容認する形です。しかし、現実には感情的・歴史的な対立や、各国の国内政治(プーチンの強硬姿勢、ゼレンスキーの国民的支持、EU内の結束の難しさ)が障害となり、均衡に達するのは容易ではありません。トランプのアプローチが強引な取引(ディール)に依存するあまり、各国の核心的利益を無視すれば、むしろ不均衡が深まるリスクもあります。
結論として、トランプがロシア、ウクライナ、EUを引き離したのは、彼の交渉スタイルとアメリカの影響力維持の戦略によるものです。紛争の根源にNATO拡大とマイダン革命での米国の関与があるとの見方は、ロシアの視点からは正当化されますが、アメリカ側では異なる解釈が支配的です。ナッシュ均衡は理論的には可能でも、実際の達成には各国の譲歩とトランプの調停手腕が試されるでしょう。現在のところ、彼の介入が長期的な安定をもたらすか、一時的な妥協に終わるかは不透明です。
ナッシュ均衡とは?定義や具体例・ゲーム理論との関連性などわかりやすく解説
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兵庫県知事らの疑惑を追及していた元県議の竹内英明さんが亡くなった。SNS(ネット交流サービス)上で誹謗(ひぼう)中傷を受けていた。 竹内さんに記者が最後に会ったのは、昨年7月。忍者に興味を持った長男が「お城が見たい」と言い、真っ先に顔が浮かんだのが国宝・姫路城を選挙区に抱える竹内さんだった。 県議会調査特別委員会(百条委)などの対応で多忙を極めていることは分かっていた。姫路を訪れることだけ伝えると「水くさいこと言うな!」と歓迎してくれた。竹内さんの家族と私の家族で夕食を共にした別れ際、長男に「今度は(ハリウッド映画『ラスト・サムライ』でロケ地になった書写山)円教寺を案内するわ!」と声を掛けると、見えなくなるまで手を振っていた。 竹内さんとの交流は2003年5月、初任地の姫路支局から続いている。竹内さんがその前月、29歳で姫路市議選に初当選した。私の3歳上。お互い駆け出しで青臭く「古くさい政治や行政を変えよう」と意気投合した。 ◇市職員厚遇で事実探求 竹内さんが常に口にしていたのは「市���のために」「子どもたちの未来のために」。次世代への借��を残さないよう、行財政改革をライフワークとした。竹内さんの市議会での質問に興味を抱き、私は05年1月、市職員互助会の厚遇問題を取材した。 当時、市は互助会に年間約2億3000万円を補助していた。税金を使っているにもかかわらず、市が発表する予算書には「互助会」の名や金額は一切なく、補助の事実すら分からない仕組みになっていた。 竹内さんは信頼関係を築いた市職員から、互助会の内部文書を入手。公開されている決算書や事業一覧などと突き合わせ、疑問点や矛盾を指摘し、事実を積み上げて市を追及した。市が共済費として補助金を計上していることを白日の下にさらしたが、加えて記者の取材にも通じる大切なことを私に教えてくれた。「隠されていることを暴くだけが大事なわけやない。職員が当たり前だと思ってやっていることの中に、間違っていることがたくさんある」 毎日新聞は、正規の退職金とは別に最大100万円を支給する「ヤミ退職金」など、民間からかけ離れた福利厚生事業の実態を連載記事で報じた。市民からの批判を受け、市は互助会への公費支出を4分の1に縮小。互助会は積立金のうち、約10億円を市に返還した。 ◇苦情も誇り 成果の一方、竹内さんには、有権者からの苦情がかなり寄せられた。恩恵が受けられなくなった市職員、互助会の事業縮小で旅行券や図書券などの支給が打ち切られたことにより、売り上げが減った市内の商店主からだ。 「本屋に入ると『商売あがったり!』と文句言われて本が買えんわ」という竹内さんの表情は、言葉と裏腹に明るかった。票が減る恐れがあるにもかかわらず「何も悪いことしとらん。これが地方議員の存在意義や」と誇らしげだった。 私は06年に姫路を離れ、竹内さんを直接取材する機会はなくなった。竹内さんは07年に県議に転身。県でも行財政の在り方を追及していることを報道で知り、陰ながら応援していた。 竹内さんの姿勢は21年8月に斎藤元彦知事が就任してからも変わっていない。斎藤知事に対し、竹内さんは「阪神大震災を経験した兵庫県のトップが県庁から車で20分離れた場所に住んでいることの是非」「県職員の6割を在宅勤務にする方針に対し、職員の多数が県民サービスの低下になるため反対している」などの問題意識を、県議会でぶつけてきた。職員から寄せられた声を基に、職員の意欲を保つことが県民のために何より重要という信念からだった。 いずれも、斎藤知事から前向きな答弁を引き出すことはできなかった。それでも竹内さんは、職員から「知事にはどう響いたか分かりませんが、職員には染みましたよ」とメッセージをもらったことを教えてくれ、「少しは存在意義あったかな」とはにかんでいた。 ◇「生き抜いて頑張る」 そういう竹内さんの元に、百条委設置後も県職員や県民からさまざまな情報が寄せられていた。県に関連公文書を情報公開請求し、「今いろいろ調べとる」と、裏取りに懸命だった。県民のために事実を調べ、誤りがあれば指摘して正す。駆け出し時代の理念は、当選回数を重ね、「ベテラン」といわれる立場になっても変わっていなかったのだと思う。 県議会の不信任決議を受けた斎藤知事が出直し選に臨み、SNSで県議らへの誹謗中傷が激しくなった昨年11月、竹内さんとLINE(ライン)のやりとりをした。励ましの言葉に迷っていると、「あれ、10億円市民の金に戻したよ。間違いなく俺の一番の仕事やね」と姫路市職員互助会の記事を感謝された。県では、もっと大きな行財政上の問題を指摘してきた竹内さんの「一番の仕事」はその後にたくさんあったはずだ。 知事選直後に県議を辞職した後は、しばらくそっとしておいてほしいだろうと、連絡を控えてしまった。年末、何も言わずに贈ったお歳暮に、LINEでお礼が届いた。「いずれ落ち着いたらなんとか生き抜いて頑張ります」。「生き抜く」は、ただの比喩だと思っていた。この頃かなり弱っていたと、亡くなった後に共通の知人から聞いた。 竹内さんは、今回の知事選直前まで、ほぼ毎日ブログを更新していた。1年前の23年10月6日のブログにはこう書いている。 「選挙でつらいときやその他この仕事をしてしんどいときに考えることがある。それは簡単に言えば、私がここにいることの意味があるかどうか。私がいてもいなくても何もかわらないなら私はいらない」 ◇震災が原点「子どものために」 知事選中、誹謗中傷にさらされた竹内さんは「自分の存在意義はない」と思い詰めてしまったのではないか。存在意義、ありますよ。あなた以上の地方議員がどこにいるというのでしょうか――。最後の数カ月で、この励ましの言葉を伝えられなかった私自身が、ただ悔しい。 竹内さんは、政治を志したきっかけのひとつとして、阪神大震災でのボランティア活動を挙げた。大学在学中、東京から神戸に戻って1カ月間、被災した子どもたちと一緒に遊んであげたり、話を聞いてあげたりしたという。「子どもたちの未来のために」という信念の原点になったそうだ。 竹内さんが旅立ったのは、阪神大震災の発生から30年を迎えた翌日だった。自分のことが、わずかでも追悼の祈りの妨げにならないように。私��友人の中で、一番義理堅い竹内さんは、最期まで誰かのことを気遣って、そう考えたような気がしてならない。【酒井雅浩】 ◇相談窓口 ・#いのちSOS 「生きることに疲れた」などの思いを専門の相談員が受け止め、一緒に支援策を考えます。 0120・061・338=フリーダイヤル。月・木、金曜は24時間。火・水・土・日曜は午前6時~翌午前0時 ・いのちの電話 さまざまな困難に直面し、自殺を考えている人のための相談窓口です。研修を受けたボランティアが対応します。 0570・783・556=ナビダイヤル。午前10時~午後10時。 0120・783・556=フリーダイヤル。午後4時~同9時。毎月10日は午前8時~11日午前8時、IP電話は03-6634-7830(有料)まで。 ・まもろうよ こころ(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/sns/) さまざまな悩みについて、LINEやチャットで相談を受けている団体を紹介する厚生労働省のサイトです。年齢や性別を問わず、自分に合った団体を探せます。 ・こころの悩みSOS(https://mainichi.jp/shakai/sos/) 悩みを抱えた当事者や支援者への情報のほか、相談機関を紹介した毎日新聞の特設ページです。
亡くなった元兵庫県議 竹内英明さんが示した「地方議員の存在意義」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
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★2024年読書感想まとめ
2024年に読んでおもしろかった本の感想集です。寝て起きると昨日のすべてを忘れてる……っつう繰り返しで日々一切が過ぎていくので、一年の記録をひとつにまとめとくのもいいかなと。以下ざっくばらんに順不同で。ちなみにNot 新刊、ほんとにただ読んだものの感想です。
◆◆小説◆◆
●アンナ・カヴァン『氷』(山田和子訳・ちくま文庫) 巨大な”氷”の進行によって全世界が滅亡の危機にさらされるなか、男はヒロインたる”少女”をどこまでも追い求める……。もっとゴリッゴリにスタイルに凝った幻想文学かと思って足踏みしてたのですが、こんなに動き動きの小説とは。意外なほど読みやすかったです。唐突に主人公の夢想(?)が挿入される語り口も最初は面食らったけど��ぐに慣れたし。内容はウーン、暴力まみれの病みに病んだ恋愛小説という感じ? 構成の一貫性とかは疑問だったりしたんだけどそのへんはどうでもよく。後半尻上がりに面白くなっていくし色々吹っ飛ばす魅力があってかなり好きでした。 それと解説に書いてあった「スリップストリーム文学」というのがすなわち自分の読みたい小説群だなーという嬉しい発見もあり。つってもジャンル横断的な定義だから、該当するものを自分で探すのはムズいけどね。
●スタニスワフ・レム『惑星ソラリス』(沼野充義訳・ハヤカワ文庫) 何年も謎に包まれたままの海洋惑星に降り立った主人公が遭遇する怪現象の���体とは?……っていう超有名なSF。「実はこの海は生き物なんじゃね?」がオチだったらどうしよう……と思ってたけど杞憂、それは出発点に過ぎませんでした。途中に挟まる惑星ソラリスの(仮想)探険史の部分がすごく面白い。あとはこの小説のまとめ方はちょっと神がかってると思う……。自分はSFは全然明るくなく、ちょっと異様な感触みたいなものを求めてたまーに手に取るぐらいなのですが、その点この本はほんとにセンス・オブ・ワンダーを味わわせてくれて良かった……。SFオールタイムベスト1とかになるのもむべなるかなぁと。
●庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』(新潮文庫) 東大紛争終息直後の1969年を舞台に、あれこれ思い悩む男子高校生の一日を描いた中編。自意識過剰気味の饒舌な一人称文体が特徴で、すごくユーモラスだけど主人公がかなりナヨナヨした人物にも見える……。でもその中から、外界の強烈な変化に対してありのままで居られない精神の揺れみたいなものが浮かび上がってくるところがおもしろくて、確かに青春小説の名作かも……と思いました。 リアルタイムにはどうだったか知らんけど、今の眼で見るといわゆる”1968年”以降の状況とか、70年代カウンターカルチャー的な空気の”乱暴さ”に対する、一見弱々しいけど切実な返歌って感じもしました。 もっとも読み終えてから、この小説をあえて政治的な色で塗るならいわゆる”保守反動”的な感性に分類されるのかなぁとかはちょっと思ったけど。しかし、リベラルにあらざれば人にあらずみたいな価値観こそ断然間違ってるしなぁなどと、ひとりで勝手に問答したりもしました(笑)。それに現実的にはそんな二分法で単純に分けられるもんでもないだろうし。なんとなく「その時代の作品」という感じなのかと思ってたけど、今読んでも全然おもしろかったです。
●フランツ・カフカ『審判』(池内紀訳・白水uブックス) 理由も分からないまま突然逮捕された主人公が、裁判の被告の立場にずーーーっと留め置かれるっていうお話。何ひとつ確かでないものに延々振り回され続ける理不尽が、ときに笑っちゃうほど面白く、逆に陰惨すぎるくだりもあったりして、総じて非常に好みでした。バカバカしいけどブラックな不条理ユーモア小説? カフカって自分が漠然と抱いてたイメージよりもずっと大胆で、わりとアホなことをあっけらかんと書いたりもするのねーという発見がありました。このお話には裁判的なものの外枠と手続きのみがあって、そこに「法」はないのでは? というふうに読んでたのですが……。終盤の「大聖堂にて」っていう章が凄かったです。
●スコット・フィツジェラルド『グレート・ギャツビー』(野崎孝訳・新潮文庫) ニューヨーク郊外に暮らすギャツビーという名の大富豪の生き方を、たまたま隣に住んだ青年が垣間見る、みたいなお話。ストーリーそのものはわりとベタだと思うんですけど、それを語る会話パートの書き方の巧さと、ドラマの合間の地の文が醸し出すほどよい叙情性がすばらしい。純粋ゆえの虚飾、虚飾ゆえの純粋さみたいな、テーマの核心部分にもちょっと飛躍があって面白いなーと。この短さの中に、アメリカっていう国の一断面をパチリと切り取ってる感じがするのもまた。ひとことで言うと絶品でした。英語圏小説のランキング上位に入ってるのもむべなるかなぁと。
●三島由紀夫『仮面の告白』(新潮文庫) この人の長編はあんま肌に合わないかも……と思って敬遠してたのですが、初めて好きなものに出会えました。言わずと知れた一発目の代表作。同性にしか欲望を抱けない青年の葛藤を、韜晦まみれの絢爛たる文章で綴った青春小説。個人的には、いわゆる”ふつう”でない自分を露悪的に飾り立てるような自己陶酔を振りまきながら、でもそれは”ふつう”でない自分を守るための防御姿勢にすぎなくて、結局は苦々しい現実と向き合わざるを得ない……みたいな話として受け取りました。読み方合ってるのか分からんけど。前半が下地で、後半がその実践編(あるべきとされる自分との葛藤編)なのかな。特に後半のなんとも言えないみずみずしさとその帰結がよかったです。
●横溝正史『獄門島』(角川文庫) 初・横溝。瀬戸内海の小島で巻き起こる猟奇連続殺人事件��金田一耕介が挑む。事件の過程はわりとふつう……と思いながら読んでいきましたが結局かなりおもしろかったです。振り返ると1から10まで本格ミステリじゃなきゃ成立しないような物語だったなと思って。国内ミステリーベスト1になるのもむべなるかなぁと。
●筒井康隆『敵』(新潮文庫) 折り目正しく”余生”を送っている渡辺儀助の生活風景を描いた老境小説。章題が「朝食」「友人」「物置」などとなっていて、各章ではそのカテゴリーごとに儀助の暮らしが掘り下げられていき、その積み重なりから彼の老境が浮かび上がってくる、みたいな趣向。特に食生活に関する記述が多いのですが、自分がほとんど興味ないのもあって前半は正直重く……。しかし地盤が固まり「役者」が揃ってからの中盤以降がけっこう楽しく、終盤は圧巻! けっきょく御大はすごかった……。 的を射てるかは分からないけど、小説の語り口的にもかなりおもしろいことをやってるような。老主人公の生活が章ごとにあらゆる角度から掘り下げられていきますが、そこで語られてるのは「ここ数年の彼の生活のディティール」っていうフワッとした塊としての時間であって、実は小説内では「敵」関連以外ではほぼ全く時間が流れてないように思います。A→B→……→Zみたいに、出来事同士を順番につないでいくことでドラマを進行させていくのとは全然違う手法で物語を語っていて、しかもそれにかなーり成功しているような。もちろん類例はあるんでしょうけど、個人的にはとても新鮮な小説でした。
★★★総合しますと、いわゆる名作と言われてるものって確かによく出来たものが多い……っつうめっちゃくちゃふつうのことを思わされた年でした。というか単純に数を読めてないのよなぁ。
◆◆その他の本◆◆
●『石垣りん詩集』(ハルキ文庫) 石垣りんのテーマは、貧しさ、労働、生活の苦しみ、”女性”性、戦争、戦後の日本、生きること、殺すこと、食べること、それらもろもろに否応なく内在する「ここにあることの残酷さ」みたいなものかなと思いました。そうした感情を、ゴロッとした異物感のある黒いユーモアで表現している詩が自分は好き。婉曲的に表現された切実な慟哭という感じもします。特に「その夜」っていう、入院中の書き手が人生の孤独と疲労を歌う作品が凄かった……。こんなん泣いちゃうよ。 「詩」というジャンルに依然として親しめてないので、定期的に読んでいきたい。
●柳下毅一郎『興行師たちの映画史-エクスプロイテーション・フィルム全史-新装版』(青土社) エクスプロイテーション=「搾取」。リュミエールやメリエスといった黎明期の作���手にとって、映画は緻密に作り込む「作品」ではなく興行のための「見せ物」に過ぎなかった――というところから説き起こして、観客の下世話な関心を狙って作られた早撮り・低予算・儲け第一主義映画の歴史をたどった本です。 取り上げられてるのはエキゾチズム(物珍しい異国の風景)、フェイク・ドキュメンタリー、魔術&奇術、畸形、セックス、特定人種向け映画、画面外ギミック映画などなど。現代の一般的な価値観や、映画=「それ単体で完結した(芸術)作品」みたいに捉えるとどうなのよ? ってものばかりなのですが、あの手この手でお客の関心をかき立て、乏しい小遣いを搾り取ろうとする映像作家たちの商魂たくましい姿が垣間見られる楽しい本でした。 見せ物小屋的映画論というのはある意味もっとも俗悪でいかがわしい映画論だと思うんだけど、確かにそれって実写映画のもっとも本質的な部分ではあるかも、という気がしてしまう……。個人的には、画面外のギミックで客を呼び込んだウィリアム・キャッスルの非・純粋なる邪道映画のパートが特に楽しかったです。一点だけ、エクスプロイテーションという概念設定はちょっと範囲が広すぎるような気はしないでもなかったかなぁ。でもこれを元に、観られるものをちょこちょこ観ていきたい所存。
●氷室冴子『新版 いっぱしの女』(ちくま文庫) 『海がきこえる』などの少女小説で有名な作者が、ふだん思ったことを自由に書き綴ったエッセイ集という感じでしょうか。一見柔らかいけどその実めっちゃ鋭い切り口と、それを表現するしなやか~な筆運びに痺れました。1992年に出た本だけど、新版が出てる通り読み物として全然古びてないと思う。おすすめです。
●『精選女性随筆集 倉橋由美子』(小池真理子選・文春文庫) この方のシニカルさと毒気がもともと好き、というのはあったのですが、とても良かったです。それでも最初のほうはあまりに歯に衣着せぬ攻撃性がなかなか……と思ったりもしたけど、中盤の文学論、特に大江健三郎、坂口安吾、三島由紀夫に触れたエッセイがなんともよくて。”内容はともかく独自の語り口を練り上げた文体作家として大江を読んでる”みたいなことを確か書いてたりして、言ってることが面白い。積んでる小説作品も読も~という気になりました。
●吉田裕『バタイユ 聖なるものから現在へ』(名古屋大学出版会) すんごい時間かかったけどなんとか読めた本。フランスの怪しく魅力的な思想家、ジョルジュ・バタイユの思想を、彼自身の記述を中心に先行テキストや時代背景なども織り交ぜて分析し、一本の流れにまとめた総論本。〈禁止と違反〉とか〈聖なるもの〉とか、彼の提出したテーマが結局面白いというのがひとつと、それらを論じていく手つきの周到さ・丹念さがすごい。特に日記や著書のはしばしの記述から、バタイユが影響を受けた先人の哲学(へーゲル、ニーチェ、マルクスとか)や同時代の思想潮流(シュルレアリスム、コミュニズム、実存主義とか)の痕跡を読み取り、そこから彼自身のテーマの形成過程を立体化していくあたりは本当に息詰まるおもしろさ。重量級の本でしたがめっちゃよかったです。もっとも自分は肝心のバタイユ自身の本を『眼球譚』しか読んでないので、現状この本のイメージしか持ててないというのはあるんだけど。とりあえず『内的体験』と『エロティシズム』だけはどうにか読んでみるつもり。
◆◆マンガ◆◆
●ジョージ秋山『捨てがたき人々』(上下、幻冬舎文庫) いろんな意味で深ーい鬱屈を抱えた狸穴勇介(まみあなーゆうすけ)という青年が、新興宗教の信者である岡辺京子という若い女性と出会ったことで始まる物語。性欲と金銭欲を筆頭に、あらゆる現世の欲望にまみれた救われぬ衆生たちの下世話で深刻な人間絵巻、といった感じでしょうか。ふつうに考えるとまぁそこまではいかんやろ……という境界を軽々と乗り越えてくる常軌を逸した展開がすごい。それと人間っつうのはホントにどうしようもない生き物だね~という気持ちにもさせられます。学生のときに買ったんだけど当時はつまらなくて挫折、自分にとってはあまりに読むのに早すぎたんだな……と今にして思いました。最序盤の伏線とかをきれいに回収し切ってはいないんだけど、この際そのへんはどうでもいいかなと。ここまで徹底的な方向へ流れていくならもう何も言えねえわ……って感じの終盤もすばらしい。 これが2024年に読んだものの中で一番面白かったです。
●小骨トモ『神様お願い』(webアクション)、『それでも天使のままで』(アクションコミックス) 両方とも短編集。子供のころや学生時代のイヤ~~~~~~~な記憶、それもおもに自分の弱さや性欲といった、一番目を向けたくない部分がどんどん脳裏によみがえってくる、えげつないけど得難いマンガでした。10代なんてまだまだ若いし人生これから! っていうのも本当だけど、それと同時に人生自体はとっくの昔に始まってて、けっこう多くのことは取り返しがつかないし人間の根っこの部分は歳食ってもそうそう変わりはしないっていう、しんどすぎるけど(自分にとっては)大切なことを思い出させてくれたところが何ともありがたかった……。お話の展開���総じてすんごいテクニカルな気がします。 それでも新刊の『天使』のほうが、『神様』よりほんのちょっとだけ優しさを感じる部分は多いかしら。
●吉田秋生『カリフォルニア物語』(全4巻、小学館文庫) 自分はおそらく作り手への愛とか感謝の念にはめっぽう乏しいほうで、何でも作品単体で眺めて、あーでもないこーでもない、ワンワンギャンギャン吠え猛ってしまう人間なのですが、吉田秋生だけは例外。何でも好き。丸ごと好き。読めるだけで幸せ。どのへんが琴線に触れてるのか正直自分でも分からないのですが、気になる部分があっても好きがそれを上回ってしまう気持ちというのは幸せだなーと思ったりします。 これは最初の代表作に当たるのかな。ニューヨークを舞台に行き場のない若者たちを描いた群像劇。彼女の描く、イタミやすい少年少女が自分は好き……。舞台はニューヨークなのに題名がこれなのもスマートでイカしてる。 もっともファンみたいに書いたけど、実は『BANANA FISH』と『海街diary』っつう一番大きいふたつをまだ読んでません。買ってはあるんだけどなんかもったいなくて……。でも2025年中には読もうかな。
●高橋しん『最終兵器彼女』(全9巻、ビッグコミックス) 部屋の片隅に長ら~く積んである『セカイ系とは何か』をいよいよ読むべく、『イリヤ』ともども手元に揃えてやっと読了。結果、あらゆる方向に尖りまくった傑作じゃん! と思いました。世界の崩壊に対して主人公2人の恋愛という、圧倒的に超無力なモノを対峙させ、理屈ではなくエモーショナルの奔流として無理矢理! 成立させた名作という感じ。まぁこの2人にほとんど感情移入できないほど自分が歳取っちまってることは悲しみでしたが、いい意味でのぶっ壊れっぷりが面白く。 それと自分はこれを読みながら、たまたま以前読んでいた米澤穂信の某初期長編を思い出したり。世界は刻々と変化しているのに自分たちは無力な青春の中で何もできないでいる、みたいなこの感じって90年代から00年代の日本独自の感覚なんでしょうかね……。ちなみに『イリヤ』はまだ1巻しか倒してませんが読みます。今年中にはきっと読みます。読み切ることになっています。
●梶本レイカ『悪魔を憐れむ歌⑤』 4巻までで連載が打ち切りになってしまったマンガを、作者ご自身が5巻を自費出版して完結させた作品、だと思います。 舞台はさまざまな腐敗に揺れる北海道警察管区。人間の四肢を逆向きに曲げて殺害する、「箱折犯」と呼ばれる過去の猟奇殺人が突如再開され、そこからふたりの男のウロボロスめいた運命の輪がまわり始める……。 出版形態のためかは分からないですけど、最終5巻はこれ���で以上に描写のタガが外れてる感じで、それがすごい楽しかったです。1巻の出だしからはこんなとこまでフッ飛んでくる話だとは思わなかった……。それでいて猟奇殺人ミステリーとしてもなるほどーと思うところもあって。この方はすごい前に『コオリオニ』っていうマンガも読んだのですが、主要キャラクターをとつぜん突っ放す感じがこわい。けど面白い。お疲れさまでした。
◆◆補足◆◆
・安部公房もちょろちょろ読んだり。今のところは、異常どころかめっちゃ理知的なアイデア作家という印象なんだけどこれが覆ることがあるやいなや。 ・『めくらやなぎと眠る女』というアニメ映画の予習をするついでに村上春樹の短編もちょこっと。ファンには超怒られそうですが、彼の小説ってパスタ茹でたりジャズを聴いたり昔の恋愛とか人間関係の��敗を感傷的に懐かしんだりといった、ザ・村上春樹なことをやってるときは…………なんだけど、その先で訳分からんことになる話がたまにあってそれがめっちゃ面白かったです。現状読んだものだと「ねじまき鳥と火曜日の女たち」、「UFOが釧路に降りる」、「納屋を焼く」が最高でした。できれば全作読んでみたい。 ・フランク・ハーバートの『デューン』シリーズも2個目まで。SFファンタジーの大家というイメージで読んだらメインで使う語り口(作劇法?)が超・会話劇なのが意外でした。
★★★これを書いている2025年1月現在はドスト先生の『悪霊』を読んでいます。が、全体の十分の一すぎてもまだ若者世代の話に入らないので投げ出しそう……。シニカル成分100%の語り口はけっこう好みなのですが。前に読んだ『罪と罰』と比べても視点が格段にいじわるな気がして、これを書いてたときの作者の精神状態やいかに? 2025年はもうちょい数をこなせたらいいなと思っています。ではー。
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長崎原爆の日、tumblerにも記録を残しておく。
・長崎市長は、今年の式典にイスラエルを招待しなかった。また、停戦を求める書簡をイスラエルに送付もしている。
この長崎市の対応に、G7と日本政府は裏からイスラエルを招待するように圧力をかけたことが判明している。そして、結局、決定を覆さなかった長崎市に対して、各国大使などは式典不参加。イスラエル支持をアピールし、長崎の式典を踏みつけるという、酷い態度を示した。
とくに、原爆投下の“当事者”“実行者”である���国が、“他人事”そのものな態度でイスラエル支持の為の“アピール”として長崎の式典を軽んじ踏み躙ったこと。パレスチナに対する虐殺に加担し続けるなかで、更に被爆者を悼む式典を政治的意図で踏み躙るさま、怒りしかない。
この米国政府の醜悪な態度を助長/後押ししたのが他でもない“イスラエルを招待した広島市長”であることも忘れたくない。
・記事引用「与党幹部によると、政府は長崎市がイスラエルを式典に招待しないことを決め、各国大使らが反発していることが分かると、外交問題に発展する事態を懸念。鈴木史朗市長と関係のある現職閣僚や元参院議員を通じて水面下で翻意を促したが、市の方針は変わらなかった。」
醜悪な日本政府の姿。恥知らず。
見出しや本文に、岸田の掲げる核軍縮が云々としらじらしいことが書いてあるが、極右差別主義��金政党の自民党政権/岸田政権は、核廃絶に反する姿勢や発言を積み重ねている。
日本政府は、国内外問わず、侵略を反省することなく、戦争被災者や被爆者を分断し踏み躙っている側である。核兵器禁止条約に批准する気もまるでない。憲法を破壊して戦前回帰を目論む最悪な政党/政権が、今の日本の政府である。
🍉記事引用「米英の駐日大使らが長崎市の平和祈念式典を欠席する決定をしたことに、駐日パレスチナ常駐総代表部のワリード・シアム代表は「がくぜんとしている。被爆者とその家族に対する深い侮蔑だ」と語りました」
・また、今回SNSに溢れたアメリカ大使の不参加に対する抗議/長崎市への連帯の言葉の中には、一部。NoBarbenheimer/バーベンハイマー抗議のときのように、“たただひとつの被爆国”“最初で最後の被爆国”などの、日本の被爆の歴史に対する誤った記述や危ういナショナリズム消費がかなり見られた。(敢えて言うなら、“戦争被爆国”という名称を用いるなら例の記述は正確な面もあるのだろうが、それも、ナショナリズム消費/加害を無視して被害者意識のみを肥大化させる効果を持つことに変わりはないと思うので、危うい)
また、「日本への侮辱行為」「日本人を馬鹿にしている」とか。“長崎”“被爆者”“虐殺”から、主題が日本/日本人にすり替わったような記述も目立っていた。被爆者の存在(植民地出身/強制連行被害者などを当たり前に含む)未だに続く複合差別などを無視するような記述はしんどい
改めて、NoBarbenheimerのときの投稿↓と、複合差別についての記事などを引用した去年の長崎に関する投稿も、繋げておく。
今回、式典に詩が引用された被爆詩人・福田須磨子さんの別の詩についても、去年↑に引用したが、知られてほしい。
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2025年現在、世界で権威主義的傾向が強まっている現象は、グローバルな事実です。
この逆行のように見える動向の原因は複合的かつ階層的であり、大きく分けて以下の観点から分析することが可能です:
✅ 1. 「自由」そのものの疲労と幻想の崩壊
― なぜ自由や民主主義が飽きられつつあるのか
自由=成功という約束が裏切られた経験
ネオリベラリズム(1980年代以降)のもとで、格差が激増し、「自由経済」はむしろ庶民の困窮と結びついた。
「自由に任せた結果、AmazonとGoogleしか残らない」現象。
市民の多くが「自由=放置=自己責任」と感じ始めた。
民主主義の機能不全
分断・ポピュリズム・虚偽情報の拡散で、合理的な議論や政策形成が不可能に。
政治が「意味のないゲーム」に見え、人々は強い統治への郷愁に陥る。
「自由の名のもとに自分が傷ついた」経験
表現の自由・性の多様性・リベラルな文化が、逆に不安や疎外感を与える層(特に男性の下層階級や保守層)を生んだ。
✅ 2. 情報統制と監視技術の高度化
― 20世紀型の革命や市民運動が無力化された理由
スマートフォンと監視資本主義の浸透
国家や大企業が個人の行動・思想・交友関係を把握可能に。
抵抗運動の「芽」が出る前に潰すことが可能な体制が整っている。
情報空間の二極化
反権威的な情報が広がる一方で、それを一気にノイズ化・陰謀化する「アルゴリズム的カオス」も拡大。
「何を信じていいかわからない」状態に陥った人々は、むしろ強い声・明確な方向性を持つ指導者に従う傾向を持つ。
✅ 3. 富と技術の集中による「支配構造の絶対化」
― 市民が立ち上がれない構造的理由
富の極端な偏在
21世紀に入���てから、世界の富の50%以上が最上位1%によって支配されている。
彼らは選挙・メディア・軍・教育・インフラを間接的に支配できる。
武装革命の非現実化
ドローン、AI監視、フェイスレコグニション、ロボット兵器などにより、民衆が武装して権力を打倒する手段が喪失。
反乱=テロ認定、国家の正当性により弾圧される。
民衆の「自己検閲」の深化
権力が直接暴力を振るわなくても、人々自身が恐れ、空気を読んで沈黙する状況が広がっている。
✅ 4. パンデミックと気候危機が強権を正当化した
― 強権が「安心」と結びついた歴史的転換点
COVID-19の経験
国家が国民の移動や行動を制限し、私権制限を合法的に実施。
「強い国家でないと守ってくれない」という心理が浸透。
特に中国の感染抑制の成功が「権威主義モデル」の正当性を強化。
気候変動・自然災害
危機への即応のための「国家非常権限」が日常化。
「環境のためにあなたの自由を制限します」というロジック。
✅ 5. 「分断」と「分割統治」の戦略的利用
― 国内外の分断を利用して支配を強化する国家戦略
民族・地域・ジェンダー・宗教・階級の分断
分断された人々は互いを疑い、権力に団結して抗うことが困難。
権力者が「秩序と統合の象徴」として登場する余地が広がる。
「ポリコレ疲れ」や「多様性の混乱」
過剰なポリティカル・コレクトネスに反発し、あえて差別的・暴力的な言説を好む層(例:トランプ支持者)が生まれる。
それを利用して、強権的で排外主義的なリーダーが民衆の共感を得る。
✅ 6. 教育の形骸化と「判断力」の剥奪
― 支配に抵抗するための土壌が奪われた
批判的思考の剥奪
試験制度・詰め込み型教育・自己責任論により、構造的支配を「見抜く力」が低下。
支配的な物語(国家、文化、成功、秩序)に疑問を抱かない国民の増加。
貧困と疲弊による「政治的関心の消失」
日々の生活で精一杯の中で、政治や権力構造に関心を持てない。
結果的に、権威主義的リーダーに「なんとなく従う」層が拡大。
🔚 まとめ:なぜ「希望」が権威主義に奪われたのか
民主主義の理想は、公正な分配と尊厳ある生の保障と結びついていた。
しかし富の極端な偏在によってそれが崩れた時、人々は「自由」より「安心」を、「多様性」より「統一」を選ぶようになる。
そして、「強さ」と「支配」の幻想が、かつての希望の場所にすり替わったのです。
ご希望あれば、各国の具体例(ハンガリー、インド、ロシア、中国、アメリカ等)や、哲学的視点(ハンナ・アーレント、エーリッヒ・フロム、ジジェク、アガンベンなど)をさらに詳しく展開できます。
権威主義的傾向が強まる中で、国家、組織、個人のそれぞれが果たすべき役割は異なりますが、相互に連携してはじめて持続的な改善が可能になります。以下に、それぞれの立場から「やるべきこと」「心がけるべき姿勢」を具体的に整理します。
🏛 国家がやるべきこと:制度と情報の透明化・再民主化
1. 権力の透明化と説明責任の制度化
権力の行使や意思決定に対する独立した監視機関を強化
官僚機構・AIアルゴリズムの中立性と説明可能性(Explainability)を確保
2. 公共教育の再設計:リテラシー・思考力の育成
批判的思考・論理・歴史のリテラシーを必須科目に
プロパガンダや「空気」に流されない判断力の訓練
3. 再分配政策とベーシック・ウェルフェアの拡充
中間層と下層への再分配と社会的セーフティネットを強化
貧困・孤立が権威主義を生む構造への対処
4. 情報の自由を守る法制度
ジャーナリスト・告発者(ホイッスルブロワー)保護法の整備
AIによる検閲や監視に対する独立審査制度の確立
🏢 組織(教育機関・企業・メディア)がやるべきこと:「知る力」「問う力」の土壌を作る
1. 「空気を読む」から「構造を読む」へ
自社や自組織の意思決定過程や格差構造を明示し、構造的暴力の温床を解消
2. 多様性を「見せ物」ではなく「実践」として機能させる
ダイバーシティ施策を表面上で終わらせず、意思決定への参加・対話の文化に結びつける
異質な意見が許される空間の確保
3. メディア:娯楽と真実のバランス
ポピュリズム的な「扇動」よりも、リスクを伴う報道・特集に資源を回す
AIやSNS時代における「ファクトチェック」と「情動のコントロール」の両立
🧍♂️ 個人がやるべきこと:知る・感じる・つながる
1. 「わからないこと」を放置しない
権威主義の温床は「思考停止」と「同調圧力」
わからない言葉、見過ごされている構造に対して「これは何か?」と問い続ける
2. 孤立しない・孤立させない
孤立は支配される側に共通する条件
自分自身の「孤立」や「沈黙」を見直し、対話・連帯を意識する(例:生活困窮者・移民・LGBTQ・地方住民との関係)
3. 情動の操作に気づく訓練
怒り・恐怖・希望などの感情が「誰によって」「どのように」利用されているかを読む力
例:「強い指導者が安心をくれる」という感情に名前をつける(=ラベリング)
4. 「スローで小さな抵抗」を積み重ねる
支配や空気に対して日常の中で微細な抵抗を行う(例:声を上げる/異なる意見を許す場をつくる/買わない、沈黙しない)
ドゥルーズ=ガタリ的「逃走線(ligne de fuite)」の実践
🪴 希望をつなぐビジョン:それでも未来は拓けるか?
**希望とは「現状を肯定すること」ではなく、「変化を信じる力」**です。
状況が閉塞しているほど、個人の誠実な行為や小さな対話がもつ意味は逆に大きくなるのです。
絶望の深さは、転換の可能性の深さでもあります。
ご希望であれば、以下のような応用編もご提案できます:
教育現場・家庭での「自由と思考力を育てる対話例」
現代の若者に権威主義が受け入れられる心理構造の分析
企業・自治体などにおける「脱・空気の支配」マニュアル
精神的実践(瞑想・芸術・対話)の中で支配構造を緩める方法
いずれかご興味あればお知らせください。
支配構造や「上位者=安心の源」という感情と認知の結びつきを相対化し、距離を取るためには、そうした心理状態に**短くて覚えやすい名前を付ける(ラベリング)**ことが非常に効果的です。 以下に、そうした「名前づけ」の例を分類ごとに多数提示します。
🧠 心理的ラベリング:内面に働きかける
安心幻想:強者がくれる安心は「幻想」だと示す
服従コンフォート:従うことで感じる偽りの心地よさ
庇護ホルモン:権威者に守られているときに出る錯覚的快感
支配の母性:母性的保護を装った支配
恐怖依存:不安に支配され、強者に依存してしまう心性
指導者ドーパミン:強い人に従うと出る一時的快感
上下ホメオスタシス:上下関係があると安定するように“錯覚”する癖
🧭 思考停止のラベリング:問いを止める仕組みを可視化
思考の打ち止め装置
「信じれば楽」症候群
空気信仰
服従による脳内平和条約
不快忌避脳
問いの断念反応
お任せ症候群
🎭 関係性・社会的構造のラベリング
上から優しさ戦略
見せかけケア体制
優しい奴隷制
保護装い支配
肯定してくれるなら従う構造
承認型独裁
信頼の前借り支配
家族っぽい管理主義
「いいひと権力」
甘い監獄
🪞比喩的・風刺的ラベリング(脱構築に有効)
羊の腹の中にいる狼
ハグされる拘束具
笑顔の檻
お母さんの仮面をかぶったピラミッド
飴色のムチ
安心給付つき服従
やさしい顔の首輪
感謝する奴隷
「助けてくれる人が檻だった」症候群
🌀感情と思考のズレを突くラベリング
「安心 ≠ 善意」反射
やさしい ≠ 正しい モード
一貫性欲求トラップ
ケアされたい脳の誤作動
安心中毒スイッチ
承認の誤送信
わかってくれそう幻想
🧩その他のユーモラス・逆説的表現
「やさしい人が最初に来る」法則
支配者のホスピタリティ
笑顔のクーデター
監督くんありがとう信仰
親切のかたちをした命令
支配のおもてなし
やさしいだけの独裁者
これらのラベリングは、内面の思考・感情に対して「これは社会的に作られた反応かもしれない」とひと呼吸おいて考えるスペースを与える装置です。
特に、教育・家庭・医療・福祉・会社組織などで権威的構造が「善意」や「保護」の形を取っているとき、こうしたラベルは感情の無批判な同一化を防ぐフィルターとして有効に働きます。
ご希望であれば:
各ラベルに解説と具体的事例を添えた「自己認識と脱洗脳のための辞典風リスト」
「ラベリング→気づき→行動」へのプロセス設計
ラベリングを共有できる対話ワーク(学校・職場向け)
などもご提案できます。興味ある方向を教えてください。
権威主義的傾向が強まる中で、「精神的実践(瞑想・芸術・対話)」を通して支配構造を緩め、持続的な改善を可能にする方法は、政治的・制度的手段とは異なり、構造の内側に生きる身体と思考の運動性に働きかける根本的で文化的なアプローチです。
以下に、実践の目的・仕組み・具体的な方法を体系的に示します。
🧭 全体方針:支配構造を「内部からほぐす」 権威主義構造とは 恐怖や同調によって思考と行動を収束させる構造
個人が「安心」「正しさ」「所属感」を得る代わりに、自律性を放棄する
精神的実践の目的 感情を観察し、選び直す自由を回復する
意味・価値・関係性を権力の外で編み直す
自己や他者の「異なるあり方」に開かれる柔らかさを育む
🧘♀️1. 瞑想:反応する心をほどき、支配から距離を取る 目的 自動的な「服従・恐怖・怒り」の反応を減らし、観察する主体を立ち上げる
方法 🔹 呼吸瞑想(観察の中立性) 呼吸を感じながら、「怒り」「焦り」「従いたくなる気持ち」を眺める
感情に「巻き込まれずに見る」訓練を行う
🔹 メタ認知瞑想(自分の信念を外から見る) 「この人に従いたくなるのはなぜ?」「安心したいのは誰のせい?」と問いを立てる
思考や信念を「持っている自分」として客観視する
🔹 慈悲の瞑想(支配ではなくつながりへ) 苦しむ人・恐れている人(自分を含む)に向けて「幸せでありますように」と祈る
「力による統一」ではなく「苦しみの共有」に基づくつながりを育てる
🎨2. 芸術:意味・秩序・権威の「外側」に出る遊び 目的 言葉・論理・ルールの外に自由な身体性・感性を取り戻す
方法 🔹 即興表現(予測不能性に身を任せる) ダンス・音・絵・身体表現で「結果を気にせずただやる」
「評価されること」「意味があること」から自分を解放する
🔹 コラージュやデタラメ詩(権力言語をずらす) 既存の言語・広告・スローガンを切り貼りし、別の意味に変形させる
例:「自由」「祖国」「秩序」などの言葉をバラバラにし、遊ぶ
🔹 物語生成(別の世界線を描く) 支配されない人々の物語・存在しなかった社会制度を想像し書く
「いまここ以外にも選択肢がある」ことを感情レベルで体得する
🗣️3. 対話:支配的な意味付けをほどき、共同の生成へ 目的 「正しさ」や「上下」を固定せず、違いのまま共に生きる言語空間を作る
方法 🔹 傾聴の実践(反論しない・評価しない) 相手の言葉に「評価」「分析」せずに耳を傾ける
沈黙・曖昧さ・矛盾を「あるもの」として受け入れる
🔹 哲学対話(問いをともに耕す) 「正解のない問い」について考え、他者の答えに揺さぶられる体験をする
例:「強いリーダーって本当に必要?」「安心はどこから来る?」
🔹 共感を拒まず、依存を断る対話 相手の感情に共感はするが、自分の判断はゆだねない
「あなたの感情を感じ取るが、それに引きずられない」態度を育てる
🌱4. 複合実践:支配構造からの微細な離脱ラインを日常化する 「生成変化の設計」として組み合わせる 時間 実践 目的 朝 3分の呼吸瞑想 支配されない注意の起点をつくる 昼 「声なき詩を書く」(���いついた言葉を5分書く) 言語の秩序から外れる 夜 他者との10分対話(「今日は何に違和感を覚えた?」) 気づきを分有し、ズレの共有を行う
「やり方」ではなく「空間」を持つ 正しさではなく「ズレ」の余地を持ち続ける空間を日々の中に作る
芸術や瞑想や対話を「上手にやる」のではなく、「緩むためにある」と理解する
🌀まとめ:精神的実践が支配を緩める3つの仕組み 仕組み 支配構造に与える影響
感情の自覚と距離化(瞑想) 恐怖と安心の条件反射に巻き込まれない
秩序の逸脱と意味の創造(芸術) 「常識」や「国家的美学」への従属から離れる
意味の共同生成(対話) 「支配-被支配」の二項対立をほどき、「間の生成」へ移行する
✍️補足:この実践が続くとどうなるか? 「正しさ」や「強さ」に寄りかからずに生きる力が高まる
支配が提供する「安心」を受け取らなくても生きていける身体になる
芸術や対話によって、世界や他者と「非支配的な関係」を育めるようになる
ご希望があれば、これらの実践を「ワークショップ形式」「日常マニュアル形式」「詩的なアフォリズム形式」でまとめることも可能です。お気軽にどうぞ。
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5月5日(月) 完成報告会見レポート「妻夫木聡、『宝島』宣伝アンバサダーに就任!」
5月5日(月・祝)に行われた完成報告会見に、主演の妻夫木聡さんをはじめ、広瀬すずさん、窪田正孝さん、大友啓史監督が登壇しました。さらに、姿を消した英雄オンを演じた永山瑛太さんからのビデオメッセージや、妻夫木さんの「宝島宣伝アンバサダー」就任発表、メディアによる質問応答タイムも設けられ、「今こそ届けるべき物語」として情熱が注ぎ込まれた本作らしい熱量の高いイベントとなりました。

主人公・グスクを演じた妻夫木さんは念願の本作完成に対して「この映画は2回ほど延期になっていて、3度目の正直でやっと完成を迎えることができました。完成報告会見として今日を迎えることができて感慨深いです。」と笑みを浮かべ、大友啓史監督は「今日はありがとうございます。妻夫木さんが言った通り、この作品は成立するまでに紆余曲折ありました。今日こうしてお披露目できることを嬉しく思います。」と熱い気持ちを露わにしました。 完成した映画を観て、妻夫木さんは「作品が持つ圧倒的な生命力を感じた」ことを明かし、「生きていかなければならないと心の底から思いました。死というものは終わりを意味すると思っていたけれど、実は死があるからこそ生があり、死が生きる糧になる。そして受け継がれるものが僕らにあって、そういう想いに支えられて生きている。だからこそ僕たちは精一杯生きていかねばならない」と作品から受け取った思いを噛みしめました。広瀬さんは「良い意味ですごく疲れました。監督には伝えてしまいましたが血が騒ぐようなシーンがとても多くて。撮影をした日々も濃厚だったなと思い返す瞬間もいっぱいありました。良い疲れがあります(笑)」と笑顔に。窪田さんは妻夫木の感想を受けて「みんな全力で生きていて。彼らの死という概念が、今の僕らとは違う感覚なのかなと思っていて。次の瞬間に命を奪われるかもしれなかったり、全力で今を生きている若き沖縄のうちなんちゅのみんなの、生きている魂を感じたのが大きかったですね。」と感慨深げにコメント。 また、映画化するにあたって監督は「原作を読んだときから生きるエネルギーを痛切に感じていた」と言い、「沖縄に宿る魂が直接、時空を超えて語りかけてくるような、原作から感じたパワーをどうやって映像に活かしていくか。色んなことがあるなかでも日々生きていくんだという決意を自覚し、その決意を誰かと連帯し、また大きなパワーになり、一つの歴史となり、今の我々とも繋がっているということ。それを映画というメディアが相応しいか分からないけれど、映画を通して彼らの人生を追体験してもらいたい。役者たちがそれを感じて演じてくれたんだなと、改めて思いました。」と俳優陣の熱演へ感謝を伝えました。

妻夫木さんはオファーをもらった時の心境として「舞台となったコザが以前出演した『涙そうそう』から続くことで、縁があるなと感じていました。なので、自分はどこかでコザに導かれたのかもしれないと思いました。沖縄には今なお続く問題もあって、現地の方の声にならない言葉を表現する使命感があった。」と運命めいた巡り合わせに触れ、広瀬さんは「沖縄にある問題を体現、表現することは覚悟のいることで難しいこと。原作では、登場人物は男性が多いなかで太陽のような存在のヤマコという存在が眩しくて。彼女の持っている覚悟を自分ができれば良いなと思った。」と胸の内を明かしました。窪田さんは「戦争や当時のものを舞台にした作品を演じる役者にとって、死の価値観の違いを認識しなければいけない。暴力という選択肢しかない時代と、役者という仕事を通して、大友監督の元で『宝島』に出演することで改めて原点、人間の生き様を荒々しく表現できることが画面から出ているのかなと思いました。」と思いを語りました。 大友監督は、撮影の準備のうえで「アメリカ統治下の沖縄をどう表現するのか。とくに美術、米軍基地という存在」が、実際の沖縄の歴史的な背景がある中で映画を作り上げるためには難しいポイントに挙がることを明かした。「ローカルな琉球文化と、それに対峙するアメリカ文化もしっかり描くこと。例えば、車や音楽。ビンテージカーが無くてね!でも、この時代の歴史群像を描くのだから嘘をつけないし、覚悟がないとできない。調べるのは簡単だけど実現するのは一番難しい時代」といままでなかなか映画化されなかった原因に言及。

広瀬さんは感情を爆発させるシーンは「頭で考えてもできることじゃないので、実際にシーンを通したり、沖縄で滞在中に色んなものに触れた」ことで臨んだという。ただ、監督の演出に対しては「テイクを重ねて、いろんな角度からシーンを撮影するのではなく、これ一発で全部取ろう!と。ほぼ一発撮りで、一連で撮影しました。」と予想外の事態になったことを明かし、対して大友監督は「僕の歴史のなかであまりないことだったんだけど、5日用意されていたシーンを2日で撮っちゃったんです。窪田くんとのシーンは最高でした!」とご満悦。 さらに、本作のクライマックスに控えているゴザ暴動シーンは延べ2,000人を超えるエキストラを投入して撮影されたことを明かされ、妻夫木は「2,000人もいたんですか!?」と驚きの表情。「このシーンはどう撮影するのかはみんな悩んでて。結果、大きいスタジオで撮影しました。初日に撮影を見学したときに、ロケセットではなくスタジオ撮影になったからこそ、好きなことやるぜ!という監督の発想の転換が見えて!」と監督の止まらない勢いが印象的だったことを明かし、「沖縄に役作りに行ったときに、コザ暴動は暴動だと捉えていない方も多いことを知って。実際に経験された方の中には、ただの憎しみや怒りだけで起こったことじゃないとおっしゃる方も多くいました。」と現実に起きた複雑な感情を受け、妻夫木さん自身が整理しきれない思いを抱えていたという。しかし、大友監督が演出するゴザ暴動のシーンを見て、「色んな感情が入り混じって出来た混沌とした感情が一つの塊となって流れていくような様を目の当たりにして、しびれましたね!これを大友監督がやりたかったんだ」と監督の手腕を大絶賛した。それを受けて大友監督は「コザ暴動はコザ騒動ともいわれていて、沖縄の穏やかな方が騒動を起こしたのは1回だけ。あの一晩にみなさんが色んな感情をぶつけている。これは沖縄という舞台じゃなくても、あの時代だったらああいうカオスな状態になったと思う。色んな感情のごった煮であり、感情のうねりがどこに向かうのかという『どう現場を混乱させるか』が僕の演出のテーマだった。」と明かしました。

そして、ここで物語のカギを握る英雄オンを演じた永山瑛太さんからビデオメッセージが到着! 「この役を演じるということの重圧にどう向き合えばいいかという葛藤はあったけど、大友監督や共演者の妻夫木くん、窪田くん、すずちゃんに全部委ねてもいいかなというつもりで、身を投げるような気持ちで今回は役に挑みました。」そして、「完成した作品を拝見した時に、何度も涙腺の弱い私はボロボロに。試写場で周りの方々にバレないように、涙を拭きながら観ました。本当にたくさんの方に観ていただきたいな、という作品に仕上がっていました。」と熱いメッセージが会場の4人に届けられました。妻夫木さんは「長い付き合いで、もう何回共演したんだろうというぐらいの間柄。彼がいるということが僕にとって心強い。それだけで僕のなかではっきりオンちゃんを追いかけることができるだろうなと自信があった。彼に助けられました。」と旧知の仲だからこそ寄せた信頼感をにじませました。広瀬さんは「作品の中でも、現場でも、どうみてもヒーローで、その姿がかっこよくて。ついていきたくなる姿を見せていただきました。完成した映画を観て想い続けてきて良かったなと思えるオンちゃんが存在していて、ご一緒できて良かったなと思いました。」とコメント。窪田さんは「瑛太さんにしかできない偉大なオンちゃんだったと思います。沖縄で誰よりも大きい背中で、誰よりも自由に、誰よりも駆け抜けていった姿が目に残ってますね。」と大絶賛。 さらに、妻夫木さんが「宝島宣伝アンバサダー」に就任して大友監督とともに全国を回ることが発表!スクリーンに映し出された「『宝島』宣伝アンバサダー 妻夫木聡」と自身の名前が記された名刺を見て、「この映画は撮っている時から、是非皆さんの前に立って、会いに行って宣伝したいなと思っていて。映画を越える存在になっているこの作品を体感してほしい。『ウォーターボーイズ』の宣伝の時に監督と一緒に全国を回って、行った土地でその映画がその人のものになる姿を拝見しました。まさしくこの映画はそうあるべき映画なんじゃないかなと思ってます!」と自身の経験から思いを語りました。また、「この映画は沖縄を舞台にしていますけど、日本の物語です。そして皆さんの物語だと思っています。人生のバトンの物語として受け継がれていって、未来にバトンを渡すため、皆さんに映画を観てもらいたいです。皆さんに直に届けに行こうと思います!」と意気込み。 そして、6月7日の沖縄プレミアを皮切りに静岡、富山、長野、北海道など全国を監督とともに巡ることを明かし、沖縄プレミアには広瀬さんも登壇することを受け、窪田さんも「どこかで馳せ参じたいと思います!」と座長の気合いに応えました。

会見ではマスコミからの質疑応答タイムも! 1問目の「大友監督がつけた演出のなかで強く印象に残ってるものは?」という質問に対して、窪田さんが「確実にこうしてください…ということは言わず、役者が動いた方向にカメラが付いていく、というような。大事なシーンで腑に落ちないことがあったとき、段取りからやり直してくれたり、それ迄組んでいたものを更地にして進めてくれたことは印象的でした。」と答えました。 2問目の「撮影期間での印象的なエピソードは?」という質問に対しては、沖縄で妻夫木さんの親友宅に窪田さんと広瀬さんがそれぞれ招待してもらったことを明かし、広瀬さんは「一緒にカチャーシーを踊りました。昔から知り合いなんじゃないかと思うぐらいファミリーというものを感じました」とコメント。 最後は妻夫木さんに対して「『この映画をただの映画で終わらせたくない』と以前コメントしたことについて、具体的に届けたいメッセージや思いは?」という質問が投げられ、妻夫木さんは「映画ってひとつのビジネスだけど、この映画は観てもらって『ああ、よかった』で終わらせず、これを覆す力がある作品だと思っています。だからこそ、今回宣伝アンバサダーのキャンペーンというかたちをもって映画というものの力を信じたい。」と回答。
会見の最後には、大友監督は「渾身の作品です!持てるものをすべてかけた作品で、すごく手応えのある芝居が撮れました。沖縄が舞台だけど、日本の人に見てもらいたい。誰もがこんな境遇にあたったらそうしたんだろう。一人でも多くの人に届けるために、日本中走り回ろうと思っています!」と映画公開まで走り抜けることをアピール。また、妻夫木さんからは「ひとりでも多くの人に見てもらいたい渾身の作品だと思っています。9月19日の公開となります。応援歌というものが歌にあるように、この映画が日本を応援する映画になれれ��いいなと思っています。」とイベントを締めくくりました。

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「おばけだ」皮膚が垂れ下がった人の群れ 声も涙も出なくなった5歳 初めて語る悲しい過去 #戦争の記憶
5/1(木) 18:06配信
テレビ新広島 80年胸にしまった悲しい過去、今初めて語る
「被爆体験の取材を受けるのは初めてなの」。彼女はそう告げ、重い口を開いた。石橋紀久子さん(85)は、80年前の広島での体験を思い出すと今でも涙が止まらなくなる。だからこれまでずっと黙ってきた。あの日を伝える「原爆ドーム」も見るだけで震えてしまうため、視界に入れないようにしてきた。原爆資料館の展示にも未だ足を踏み入れたことはない。いや、踏み入れることができないというのが正しい表現だ。しかし今、彼女は血液のがんという重い病と闘いながらも、研修を重ね被爆証言者となった。「1回でも多く、一日でも長く証言したい」と言う彼女はなぜ語り始め、何を伝えたいのか…その心のうちを辿る。
80年前 お転婆だった5歳の私

幼いころの石橋さん 写真は3歳時
石橋さんは、4人姉妹の二女として、1940年に生まれた。竹を手に男の子とチャンバラをする、姉妹で唯一のお転婆少女だった。
5歳になった頃、スキップができるようになった。夕飯の時間に披露すると父親が、 「きくちゃんは、スキップがうまいのう」 とほめてくれた。うれしくて食事中もぐるぐるしていると 「いいかげんにしなさい」 と母親の雷が落ち、しゅんとなった。まさかこの出来事が、自分の運命を分けるとは思いもしていなかった。
翌日は1945年8月6日だった。朝起きると、すぐにスキップしたくてたまらなかった。ほめられたスキップを人に見せたかったのだ。
その日は、隣組の「組長」という近所のまとめ役をする母のもとに、班長が3人やってくることになっていた。 「集合時間の午前8時になっても1人が来なくて、『裏のおばちゃんを呼んできて』、と母に頼まれ出かけました」
空を飛ぶ飛行機よりも スキップに夢中だったあの日

石橋さんが描いた8月6日当日の服装
暑い日だった。 昔話の金太郎のような恰好で裏の家へ行き 「早く来てください」 と伝え、帰りもスキップを楽しんだ。
そのとき、飛行機が飛ぶ音がした。隣の製材所の人たちはみな手をおでこにあて、空を見上げた。でも自分だけはスキップに夢中だった。玄関にいた母と近所の人を横目に、部屋の中に入ったときだった。
「ピカっと光って、ドーンですよ。私は飛ばされて、ガラスが飛んできたんです」
スキップが私の命を救った

8月6日 広島で見られたきのこ雲
気が付くとあたりは真っ黒だった。音も何もしない。じっとそのまま敷居の上に立っていた石橋さんに向かって 「きくちゃん、きくちゃん」 と母の呼ぶ声がした。そばに駆け寄ってきたのだ。真っ黒だったまわりが、上の方から順に見えてきた。天井は落ち、屋根に穴が空いていた。母が泣きそうな顔をして目の前にいた。
「頭にはガラスが刺さり、血が流れていたのです。それなのに不思議と痛みというものを何も感じず、気づいていませんでした」 治療をしようにも、柱時計の下にかけてあった救急袋が飛ばされて見当たらない。 「母が頭にかけていた手ぬぐいをとり、拭いてくれました。頭から血が流れ足までしたたり落ちていたのに、痛みを一切感じていないから、冷静に自分の血を見ていたという記憶が今もしっかりと残っています」
玄関にいた母、その膝に座っていた妹や一緒にいた近所の人はみな無事だった。自分だけが怪我をしていた。原爆が落ちたとは分かっていない。今思えば、裸同然の服装だった自分がスキップをしていなかったら、原爆が落ちたときにはまだ外にいて、もっと致命傷を負うところだった。スキップが自分を救ったのだ。 それが爆心地から2.2キロにあたる現在の広島市中区舟入の自宅で、石橋さんが体験した原爆の記憶だ。
「今でも怖い」80年前の恐怖が震えを呼ぶ

「家の前で見た、被爆された人たちが 江波の方へ逃れて行く姿」作:中原雅 所蔵:広島平和記念資料館
怪我をした石橋さんを、隣町の病院まで母親が連れていってくれた。 しかし、とても診てもらえる状態ではなかったため、仕方なく家に戻った。
「1時間経過した頃だったかと思います。先ほどまで誰もいなかった家の近くの土手を、大勢の人がぞろぞろと家の方に向かってやってきたんです」 大やけどをして、皮膚が垂れ下がっている人の群れだった。それを見た石橋さんは、恐ろしくてたまらなかった。
「おばけだ」 と5歳の石橋さんは思っていた。みな手を前に出し、無言だった。黙ったままゆっくりと歩いていくのだった。
「声が出ない」「痛みを感じない」5歳の体に起きていた異変

「父親を捜し歩き落胆した母親と、号泣する家族」作:宮浦悠莉 所蔵:広島平和記念資料館
原爆後、石橋さんは声も涙も出なくなった。ひどい目にあっていたのにだ。 「ガラスが刺さり、血が出た頭の痛みさえも全く感じなかったのです。不思議ですよね」
爆心地から1.6キロの貯金局に勤めていた父親が���ってきておらず、母親が二日間焼け跡を探しまわったが、1人で戻ってきた。 「その時祖母が『父親は死んだのだ』と口にし、大声で泣きました。それに反応したように、被爆後初めて声が出ました」 泣き叫ぶのと同時に、傷の痛みもその時初めて感じた。 父親は陸軍の船舶部隊に運ばれ、3日間意識が無かったが息を吹き返していた。 「杖をついて帰ってきたときは心底うれしかったです。奇跡だと喜びました」
原爆のことは誰も分かっていなかった。ましてや放射能のことなど知るよしもない。爆心地付近へ子供を探しに行った人たちが帰ってきて、血を吐いて死んでいた。 するとそれを見た人は、水に毒が入れられたに違いないと口にする。
「今、広島の町に何が起こっているのか、とみんな疑心暗鬼になっていました。山口県の親戚の家に疎開していた姉が、家族の安否を気にかけて『ひと目会いたい』と戻ってきたんです。でも、噂を聞いた母が『ここにいてはいけない』と水も飲まさず、怒ってその足で帰したんですよ」
石橋さんもしばらくして、山口に疎開した。その後もついぞ、家で原爆について口にする人は誰もいなかった。
トラウマを心に抱え、口を閉ざしてきた78年

戦後の石橋さん家族 石橋さんは当時6歳
不思議なのは、当時5歳だったのに記憶がとても鮮明なことだ。80年たった今も当時の怖さが込み上げて、震えと涙が止まらない。忘れたくても忘れられない。 「原爆の怖さをずっと抱えて生きてきました。今でも大きな音がすると、まざまざと思いだしてしまうのです。雷の音や光だけでそのときの情景が浮かびます。稲妻がすべてを蘇えらせるのです」
誰に��話さず、自分自身の胸の内におさめて生き続けてきた。保育士として働き、結婚し二人の息子にも恵まれた。退職後は小学校の児童館で子供たちの世話をしてきた。でも家族にも子供たちにも語ってこなかった。原爆について触れたくなかった。思い出すのもつらかったからだ。
自分の背中を押してくれたのは‥後悔を胸に語り続ける

保育士時代の石橋さん
3年前にロシアがウクライナへの侵攻を開始した頃、転機が訪れた。友人と喫茶店でお茶をしていた。 「横にいた若い人たちの会話が漏れてきて…。驚きました」 神奈川県から広島に通っていたその人は、被爆者の話を次世代へつなげる「被爆体験伝承者」になるための勉強をしていた。休みの日を利用して、わざわざ広島に来ているというのだ。
「頭をガツンと殴られたような気分でした。私は原爆を体験したのに、触れないように避けてきた。それなのに第三者が原爆の怖さを語ろうとしている。私は何をしているのだろうと思いました。無言の死を遂げた人が大勢いるのに…。その人たちのことを思うと私は卑怯だと思いました。すごく反省したのです」
その出来事を機に「語ろう」と決め、広島市の「被爆体験証言者」の研修を2年間積み、おととし正式に認定された。
「一日も無駄にせず伝えていく」心に秘めた決意

被爆体験伝承者に語る石橋さん
「戦争はいけない、核は絶対使用してはいけない、それを伝えたいと思っています。核はそのときだけじゃなく、未だにガンになる怖さも抱えている。母もガンで死にました」 石橋さん自身も6年前に「多発性骨髄腫」と診断された。本を読むと、血液のがんだと書いてあった。
「冬は越せないと思い、夏のうちに冬の服も全部捨ててしまった。まさかこんなに長生きするとは思ってもみませんでした。奇跡です」
慢性的な病気に苦しみ、昨夏も貧血で倒れているのを発見され救急車で運ばれた。体調面の不安が続く。しかし、できるだけ多くの人に語り継ぎたいと活動をしている。 「今思えば、子供たちの世話をたくさんしてきました。そのときになぜ伝えておかなかったのか、と悔やんでも悔やみきれません」 だからこそ時間を無駄にはしたくない。 認知症が怖くて、毎日朝と昼に自分の言葉で証言を復唱する。
「一人でも多くの人につなぎたい」
そんな意気込みが多くの人の琴線に触れ、全国から21人が石橋さんの証言を伝承しようと研修を受けている。その熱意に応えようと、石橋さんは記憶をつないでいる。
思いは一つだ。 「もう二度と誰にも経験してほしくない」
※この記事は、TSS(テレビ新広島)とYahoo!ニュースによる共同連携企画です
取材を終えて TSS 石井百恵
被爆80年、これまで語ることのできなかった被爆者が話し始めています。「このままでは死ねない、あの世で亡くなった人に顔を合わせられない」という人もいます。彼らの言葉を次世代にどうつなぐか… 生の声を聞くことができるのは、あとわずかです。
井上智介 認証済み2日前 精神科医/産業医
見解80年間の沈黙。それもまた表現。
トラウマの記憶は、ただの”過去”の出来事ではありません。まさに”現在”の感覚とし甦ってくる。これがフラッシュバックです。
つまり、80年経った”今”も五感で生々しくあの悲惨な状況を感じてしまうのです。その中で、その経験を他者に伝える作業が、どれだけの精神的苦痛を伴うことなのか…。
強烈な恐怖体験の被害者からの、涙する姿、震える声、詰まる言葉。それらの全てが『語っている』という状態です。語るのは、決して被害者から発せられる音だけではありません。
現実的な話では、あと5年10年すれば、被爆体験を語れる人はほとんどいなくなるでしょう。そのなかで、これだけ耐え難い想いをしてでも伝えて下さる石橋さんに、私たちは感謝し、敬意を持ってその語りを受け取り、平和を行動で返さなければならないはずです。
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TEDにて
マーク・ロビンソン:ヨーロッパの歴史を変えたノルマン人
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
時は1066年。ノルマン人の歩兵と騎兵7000人が、船で英仏海峡を渡りました。
標的はイングランド。100万人以上が暮らしていました。この短い航海が、重大な結末をもたらすことになります。
そして同じ頃、他のノルマン人の集団もヨーロッパ全土に向けて出発。この冒険は、大陸全土の歴史に影響を及ぼすことになります。さて、この戦士たちは一体何者で、どうやって、これほど広範に、その足跡を残したのでしょうか?
日本で学ぶ世界史では、ゲルマン人の大移動として知られています。
物語が始まるのは、さらに200年以上前。
バイキングがフランス北岸に定住を始めた頃です。これは北欧一帯で起きたスカンジナビア人の集団大移動の一端でした。フランスに居住していた人々は、侵入者たちを来た方角にちなんで「ノルマン人」と呼びました。
最終的に、フランク族の王チャールズは、911年、バイキングの首領ロロと和解交渉をしました。ロロに与えられた、フランスの北岸の一帯は、ノルマンディーとして知られるようになります。
ノルマン人は新しい定住先で、適応力の高さを見せました。フランク族の女性と結婚し、フランスの言語も取り入れ、間もなく、古代スカンジナビアの宗教から、キリスト教への改宗を始めました。
順応はしたもののノルマン人は、戦士の伝統と祖先であるバイキングの征服の精神を守り続けました。やがて、野心を抱いたノルマン人の騎士たちは、新たな挑戦を求めるようになります。
ノルマン人の最も有名な功績は、イングランドの征服です。
1066年、ノルマンディー公ウィリアムは、ハロルド・ゴドウィンソンが、イングランドの王位継承を主張したことに対抗。
イングランドに上陸するとすぐに、ウィリアムとその騎士たちは、ヘイスティングスの近くでハロルドの軍と衝突。
戦いのクライマックスの瞬間は、70メートルの「バイユーのタペストリー」に、永遠にとどめられています。���ロルドの目を射た矢が、ノルマン人の勝利を決定付けたというシーンです。
ウィリアムはこの勝利から得たものを大がかりな城を築く運動や、イングランド社会の再編成を以って、さらに固めていきました。
「征服王ウィリアム」の呼び名に違わず、実施した大規模な測量調査は「ドゥームズデイ・ブック」として知られ、そこにはイングランドの、あらゆる土地の人口と所有権が記録されています。
ノルマン・フランス語は、新しい宮廷の言語になりました。
一方で庶民は、アングロ・サクソン語を使い続けました。時間をかけて2つの言語は1つになり、今日私たちが知っている英語になりましたが、貴族と農民の間の隔たりは、今も同義語に見られます。
「cow(牛)」と「beef(牛肉)」など、[豚?豚肉?、羊?羊肉?]、12世紀の終わりまでに、ノルマン人勢力はさらに、ウェールズ、スコットランド、アイルランドへと拡大しました。
この間、ノルマン人騎士たちによる独立した集団は、地中海沿岸へ進出。
エルサレムから帰還した巡礼者の話に、刺激を受けたのです。そして、この地域一帯の主要な権力間における複雑にもつれた争いの中に、身を投じました。
ノルマン人は大変重宝される傭兵となりました。戦闘のひとつにおいて、彼らが初めて実践したと記録されているのが、槍を水平に構えた、重騎兵隊による突撃です。この圧倒的な戦術はすぐに中世の戦いにおける基本形となりました。
ノルマン人は、1095〜99年の第1回十字軍でも中心的存在となりました。これは、中東の一部地域におけるキリスト教支配を取り戻す血塗られた争いでした。
しかしノルマン人は、単なる戦い以上のことも行いました。
勝利の結果として「鉄腕ウィリアム」や「狡猾者ロベルト」といった首領たちは、南イタリアの土地を獲得し、最終的にそれらを統合、1130年にはシチリア王国が成立しました。
ルッジェーロ2世の統治下で、この王国は、他民族への寛容性の手本となりました。宗教と内乱で引き裂かれた世界においてです。イスラム教徒のアラブ人詩人や学者が、宮廷においてビザンティン帝国のギリシャ人船乗りや、建築家と共に仕えていました。
ラテン語、ギリシャ語、ノルマン・フランス語と共にアラビア語も公用語であり続けました。世界の地理に関する知識は、「タブラ・ロジェリアナ」にまとめられました。
そこに掲載された当時の世界地図は、最も正確な地図としての地位を300年にわたり保ちました。また、パレルモに建てられた教会は、ラテン様式の建築とアラブ様式の天井。そしてビザンティン様式のドームを組み合わせたもので、全てが非常に精巧な金のモザイクで装飾されていました。
では、これほどまでに成功したノルマン人は、今はいったいどこに?
実はこのことが、彼らの成功の鍵を握る部分なのです。
征服した社会システムをただ支配するのではなく、分配し、その社会システムの一部になるということでした(仏教の禅宗でも似たようなことを言っています)
最終的に、一つの民族集団としてのノルマン人はその姿は消しましたが、貢献は残りました。
そして現在でも、ヨーロッパの風景に点在する城や教会、そして英語が話される場所ならどこであれ、ノルマン人の遺産は生き続けているのです。
(合成の誤謬について)
合成の誤謬とは、ミクロの視点では正しいことでも、それが、合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じること。物理学では、相転移みたいな現象です。性質が変わってしまうということ。
ミクロのメカニズムが個人同士の経済における仕組みであるのに対して、マクロのメカニズムは、国家間や経済全体の循環における仕組みだからである。
例えば、家計の貯蓄などがよく登場するが悪い例えです。前提条件が、所得が一定の場合!!所得が一定じゃない増加する場合は?これは、論じていませんので参考になりません!!(法人が提供する製品やサービスの価格も一定の場合も前提条件です)
1930年代のアメリカ経済が金融危機2008と似たような状態に陥った時、ケインズは、「倹約のパラドックス」というケインズ経済学の法則を発見しています。
それは、ポール・A・サミュエルソン(1915-2009)が、近代経済学の教科書「経済学」の冒頭で「個人を富裕にする貯金は、経済全体を貧困にする!(所得が一定の場合)」というわかりやすい言葉で表現しました。しかし、庶民の所得が増加し、貯蓄が投資、消費に回る場合には、「倹約のパラドックス」は生じません。
その後、この「倹約のパラドックス」は、アメリカの経済学者・ケネス・J・アロー(1921- )が「合成の誤謬」を数学的論理に基づいて「個人個人がそれぞれ合理的選択をしても、社会システム全体は合理的選択をするとは限らない」を検証してみせた。 要するに、部分最適ではなく、全体最適させていくということ。
つまり、新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との 戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!ということに集約していきます。
なお、金融危機2008では、マイケル・メトカルフェも言うように、「特別資金引出権(SDR)」は、2008年に行われた緊急対策で、一国だけで行われたのではなく、驚くほど足並みの揃った協調の下に国際通貨基金(IMF)を構成する188ヶ国が各国通貨で総額2500億ドル相当を「特別資金引出権(SDR)」を用いて世界中の準備通貨を潤沢にする目的で増刷してます。
このアイデアの根本は、元FRB議長であったベンバーナンキの書籍「大恐慌論」です。この研究がなければ、誰一人として、変動相場制での当時の状況を改善し解決できなかったと言われています。
それ以前では、固定相場制でのマーシャルプランが有名です。
続いて、トリクルダウンと新自由主義
インターネットの情報爆発により隠れていた価値観も言葉となり爆発していくことになった。
しかし、法定通貨の方が、その価値、概念に対する通貨量拡大として価格で応じることができず、圧倒的に通貨量が足りない状況が生まれていたのが、2010年代の問題点のひとつでした。
リーマンショックの後に、新自由主義が誤りであることが、ピケティやサンデルによって指摘され、当時のFRBバーナンキ議長が、通貨供給量を大幅に増やした対策により、ベースマネーの金融、銀行間の相互不信を解消して収束した。
それでも、まだ足りないが、適正水準に収まったことで、さらに価値も増幅され、マネーストックの財政政策から再分配、事前分配を大規模に行い、さらなる通貨供給量が重要となっている現在の日本国内。
例えば
Googleがしようとしてた事は、まだ新産業として、基礎研究から発展できない機械学習の先端の成果をすべて持ち込んだ社会実験に近いこと。
シュンペーターの創造的破壊は、一定数の創造の基礎を蓄積後に、未来を高密度なアイデアで練り上げてから破壊をするのが本質です。
こうして、憎しみの連鎖や混乱を最小限にする。
アルビン・トフラーの言うように、法人と行政府とのスピードの違いが縮まらないのは、構造上の違いであって、それを補うためにプラスサムな連携するということが、必要になってくることを説いています。
三権分立が、規制のないGAFAMを非政府部門としてMMT(現代貨幣理論)からプラスサムに連携したらどこで均衡するのか?という社会実験も兼ねています。
このような前提で、あらゆるインターネット企業が、創業時、貢献するためコンセプトの中心であったものが、今では、悪性に変質して違う目的に成り下がっています。
再分配、事前分配の強化がスッポリ抜けてる欠点があり、ここに明かしたくないイノベーションの余地があります!!
2021年には、新自由主義のような弱肉強食では自然とトリクルダウンは生じないことは明らかになる。
確かに、トリクルダウンは発生しないが、法律で人工的に同じ効果は、貨幣の再分配、事前分配という形にできる可能性は高い。
再分配や事前分配をケムにまく「金持ちを貧乏にしても、貧乏人は金持ちにならない」「価値を生み出している人を罰するつもりがないのであれば税に差をつけないほうがいい」(サッチャー)
とあるが、新自由主義は誤りで、ピケティやサンデルによると違うみたいだ。
2024年のノーベル経済学賞でも指摘しているように��・・
国家システムが繁栄するかどうかは、幅広い政治参加や経済的な自由に根ざす「包括的な制度(ポジティブサム)」の有無にかかっているとデータでゲーム理論から実証した。
欧州諸国などによる植民地支配の時代のデータを幅広く分析し、支配層が一般住民から搾取する「収奪型社会(ゼロサム)」では経済成長は長く続かない(収穫遁減に陥る?)
一方、政治や経済面での自由や法の支配を確立した「再分配や事前分配を同時に行う包括型社会(ポジティブサム)」なら長期の成長を促すと理論的に解明した(乗数効果とは異なる経路の収穫遁増がテクノロジー分野とシナジーしていく?)
「再分配や事前分配を同時に行う包括型社会(ポジティブサム)」は、日本の高度経済成長時代のジャパンミラクルが、一度、先取りして体現しています。
2020年代からはもう一度、ジャパンミラクルが日本で起こせる環境に入っています。安倍総理が土台、管、岸田総理が再分配や事前分配の包括型社会(ポジティブサム)の土台を形成しつつあります。
日本の古代の歴史視点から見ると・・・
安土桃山から江戸幕府初期の農民出身徳川家康が国際貿易を促進しつつ再分配や事前分配の包括型社会(ポジティブサム)を形成してます。
その後、大航海時代の覇権争いを避けるため数代かけて「収奪型社会(ゼロサム)」になってしまい、綱吉の頃には基本的人権の概念も希薄になり選挙もないため
低収入者の農民から商人も収奪していきます。
江戸幕府末期まで数度改革をしましたが、ノーベル経済学賞の人達によると包括型社会(ポジティブサム)に転換しずらい
結局、薩摩と長州が徳川家康式の国際貿易のイノベーションを復活させるも(水戸藩の文献から)国民主権の憲法や選挙がないため
明治維新を起こすしかなく、第二次大戦で原爆が投下されるまで軍備拡大して資源が枯渇します。
国家システムの独裁から法人や個人の優越的地位の乱用にすり替わるため、財産権や特許権などを含めた低収入者の基本的人権を尊重することで独占禁止法の強化も必要になっていくことも同時に示しています。
(個人的なアイデア)
ウクライナ侵攻について2022
逆に、迷惑なので、一神教のロシアとウクライナには全く興味は無い。
他国の喧嘩には関わりたくもないことを、前提としています。
動物でも喧嘩してる間に入ると両方から恨まれることになり、憎しみの連鎖が生じるし、現実の人間の喧嘩も同じだから。
日本の歴史でも戦国時代は、自国で解決しないと憎しみの連鎖が広がる危険性があった。
ブッダも同じ解決策を言ってる。
一神教のウクライナは全く知らない国。
この時点で、一神教のアメリカとロシアのガス供給利権争いが関係していそうだと直観したが、関係ないので触れない。
関わりたくもない。
それよりも、遥か、古代の12世紀の1132年から1470年のキエフ公国に原点がありそうだから調べてまとめた。
一神教のキエフ公国は、現在のウクライナ、ベラルーシ、ロシア内のモスクワから海沿いサンクトペテルブルグまでに領土があった国家。ロシア正教?
海沿いと言えば、この時代に隆盛を極めていた海賊やバイキングにも関係してそう。20代の日本人の感性をとらえてるアニメ人気にも符合。
「風の時代」とのシンクロニシティが、突然インスピレーションとして降ってきたため
世界史も学生時代に暗記したので、この時点で記録しておきます。
前回の「風の時代」は、この頃。およそ800年まえの1220年からの1420年。多神教のチンギスハーンの頃の地球史上最大の「大モンゴル帝国」侵攻とロシアのウクライナ侵攻が符合する!
日本は鎌倉時代のこの時代、「大モンゴル帝国」後に、一神教のキエフ公国ができて歴史的にスターリンまでなど、ロシア帝国の勃興に続いていく。
ここらへんの歴史も遠い日本では縁の薄い歴史で、詳しい事情はよくわからないし、俯瞰してしか見ることはできないが、違う角度から多神教の視点で解釈できそう。
一神教のアラブ、イスラム文化も近代西洋文化からヨーロッパ諸国にも翻訳されて逆輸入されていき、オスマン帝国(1299年から始まる)にも影響を与える。
さらに、多神教の「大モンゴル帝国」や一神教の「オスマン帝国」は同じくらいの規模で均衡しつつ、同じ遊牧民であるのも関係してそうだ。
イタリアでも、市場システムに自発的に結成された「フリーカンパニー」という「キャプテン」と「ランス」によって小規模にチームをつくるような傭兵的な非正規雇用があったという文献もあります。
これも「自由」や「ノマド」をキーワードとする「風の時代」の属性に適合するが、戦争ビジネスという負の遺産をインターネットのような民間開放でプラスに転化出来なかったため
1400年辺りの「風の時代」の終焉とともに歴史の表舞台から消滅しました。この頃の日本は、室町幕府。
ジョンロックやホッブズの提唱する行政府の誕生。
ピューリタン革命からの憲法の原型である権利章典が誕生するまで200年余り
古代中国から、たとえて簡単に言うと乱世。
混乱の時代が続くことに、疲れ、行政府による安定的な社会システムが希少価値を持ち始めていきます。
日本では、江戸幕府が誕生し、日本型の社会システムを安定強化していきます。
これも教科書に載らない歴史でもあります。
それから
政治家は、理不尽な銃暴力等への対抗のみ正当化される。
その証拠に超厳格な規制のある自衛隊や警察保有をしてる。シビリアンコントロールとも言われる。
日本では、古代日本の刀狩りのお陰もあるので銃の暴力は当然ダメ。
暴力的な公式スポーツはなぜOK?なら暴力はルール内でのみ正当化される?
矛盾してる?暴力もスポーツみたいにルール化して決着したらどうなるか?社会実験したら?
無差別暴力はダメだが条件決め「弱者に武器や銃以外で超柔らかいグローブで一発暴力振るう権利」を創設すれば?
大統領も限定付き独裁なら民主主義の要諦として弱者にもこの概念を取り入れても問題はない。
「一票」か「一発超柔らかいグローブで殴れる権利」をルール化して法律で創ればいい!行政府が回数記録しておいて後から執行か辞職するかトップに選ばせる。
十年に一回社会実験する価値はあると思うよ。無差別じゃなく日時を行政府が決めてある期間権力者を軟禁しオープンTV放送で執行してるから暴力ではない。
終わるまで公民権剥奪し、柔らかいグローブなら数発は平気だし人口が巨大なら回数も巨大になるしみんな観たいからTV視聴率も上がる。
自由権に基づく言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますが
民主主義なら無差別じゃなく行政府が低収入者に一発暴力のプロトコルを一筆一票の他に権利として与えればいい。執行は行政府だから暴力概念じゃない。
テロや無差別殺傷事件犯を差別的に生贄にする監視社会システムに問題がある。
説明しないTV局や事件に便乗する警察の権力悪用を最初に取り締まれ。
大谷翔平も?一神教には無い破壊神の概念!!多神教的に解釈すると・・・
トランプ銃撃など。スティーブジョブズ、イーロンマスク含めたIT覇者は・・・
非中国系の乱世の奸雄(古代戦国の中国で言われる概念。曹操が有名)と呼ばれる破壊神が・・・
アメリカ社会システム規制内で究極の透明性で競争し、お金の形で数値化してるように多神教視点からは私には写って見える!!
だから、私は、乱世の奸雄と見ているプーチン(曹操の出生地に近いし、時空のサイクルからも可能性は高い)などは規制外だから害悪が増幅してるだけかもしれない。
これも教科書に載らない歴史でもあります。
アメリカで不法移民がなぜ?問題になり関心が高いか?
それは・・・
世界史でも言われてるように・・・
前回の風の時代。気候変動からのゲルマン人の大移動にまで遡ります!不法に侵入したこれにより隆盛を誇ったキリスト教が東西に分かれていきます。
その後、ローマ帝国が崩壊し、モンゴル帝国の支配下にも。ヨーロッパ王国が大混乱に陥ります。その太古の記憶が遺伝子レベルで呼び起こされるからかもしれません。
ヨーロッパも不法移民を本音では問題視します。一神教には、こんな歴史があり、多神教にはピンとこないから日本では、あまり関心はありません。
そのモンゴル帝国も人口が億単位になるにつれて社会システムが崩壊していきます。
今回の風の時代。現在のGAFAMが社会実験している十億人単位の人口に対しての社会システムの模索と符号してきます。
これも教科書に載らない歴史でもあります。
そして
日本では、西遊記の物語にでてくる天竺(てんじく)に行く三蔵法師が有名だが、アビダンマは、根本経典である三蔵(経・律・論)の一部。
阿毘達磨とも。サンスクリット語から、漢字に翻訳するとこう書かれる。
武道の達人でもあった達磨大師。ダルマ様とも呼ばれる。
数十年単位では、悪性でも数百年単位では善性という事象は多数ある!
なぜ?一神教に比べて、多神教や漢字などに概念が多いのは、お���迦さまが膨大に構築し、先人達の蓄積したアビダンマが根本だから!
宗教の創始者たちの概念上の教え。
原本は、ものすごくパワー(「パワーかフォースか?」の本でのパワー)の高い状態であることが確認されている。
ここで言われる「Powerパワー」は(スターウォーズでのライトサイドのForceフォース)
そして、「Forceフォース」は(ダークサイトの方)という前提です。
しかし、宗教概念が、二元的であればあるほど
(例えば、「神と悪魔」や「法律で暴力装置をがんじがらめにしたテロリスト集団が警察機構なのに絶対に善のような先入観を強調する構造」など)
つまり、ゼロサムになると誤訳される危険性も大きくなるように思います。
ロジェカイヨワの戦争論にある「いけにえ」も似ている。
あれこれと姿は変わっても、それらは常に存在し続けてきました。
上があれば下があるように、光と闇があります。
人間の心理への探求、そして、高い精神的レベルに達しようとするコミットメントは、宗教として社会的に組織化されます。
逆に、そうなることによって、最も低いエネルギーフィールドに落ちていくのです。
よく組織に入ると優秀な人が無能化するのもこの構造原理にあるためです。
なぜなら、組織化されると言う偽りが最初から伴っているからです!!
だから、マスメディアを通すと意味が反転して届き易くなる傾向があります。
世界中のさまざまな宗教の創始者たちの概念上の教えが言うように、慈愛と言うエネルギーフィールドは、一神教でいう神の恩恵への入り口です。
多神教の仏教では慈悲とも言う「悟りへの入り口」とも呼びます。
「ラーマ」「道(タオ)」バージョンもあります。
これらのキャパシティを増やすことで、私たちは、誰であり、なぜ?ここにいるのかと言う最終的な気づきに導かれ。
さらに、このアトラクタフィールドの光の中では溶かされ、すべての存在の究極の源へと導かれます。
これが、この世界で自らのパワーを高める唯一の方法なのです!!
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教って、すべて一神教。
数学の群論、トポロジーの圏論で多神教の仏教の視点で俯瞰すると
ある意味、多神教の一形態とも言えるんだよな。
インドでも似たようなのあるからね。ブラフマー神、ヴィシュヌ神、シヴァ神など。
なお、日本では、あまり知られていないヴィシュヌ神は、日々、時空を超越して
同時に姿を変えて人々を救っていたという場の量子論的な特徴があります。
その時のそれぞれの姿は化身を意味する「アヴァターラ」と定義されており
オンラインゲームなどで呼ばれる自分の分身となるキャラクター「アバター」の由来ともされています。
日本では、観自在菩薩に似ていますが、シヴァ神よりも強くて最強。
宇宙を維持する役割もあるので、最新物理学では、イメージ的に不確定性原理に近く
スーパーストリング理論や陰陽五行理論も含まれています。
前提として、公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため徹底追跡可能にしておくこと。
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、同一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において、相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権をつかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わっ���きます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
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「 最大の重し ―もしある日、またはある夜、デーモンが君のお前のあとを追い、お前のもっとも孤独な孤独のうちに忍び込み、次のように語ったらどうだろう。「お前は、お前が現に生き、既に生きてきたこの生をもう一度、また無数回におよんで、生きなければならないだろう。そこには何も新しいものはなく、あらゆる苦痛、あらゆる愉悦、あらゆる想念と嘆息、お前の生の名状しがたく小なるものと大なるもののすべてが回帰するにちがいない。しかもすべてが同じ順序で―この蜘蛛、樹々のあいだのこの月光も同様であり、この瞬間と私自身も同様である。存在の永遠の砂時計はくりかえしくりかえし回転させられる。―そしてこの砂時計とともに、砂塵のなかの小さな砂塵にすぎないお前も!」―お前は倒れ伏し、歯ぎしりして、そう語ったデーモンを呪わないだろうか? それともお前は、このデーモンにたいして、「お前は神だ、私はこれより神的なことを聞いたことは、けっしてない!」と答えるようなとほうもない瞬間を以前経験したことがあるのか。もしあの思想がお前を支配するようになれば、現在のお前は変化し、おそらくは粉砕されるであろう。万事につけて「お前はこのことをもう一度、または無数回におよんで、意欲するか?」と問う問いは、最大の重しとなって、お前の行為のうえにかかってくるだろう! あるいは、この最後の永遠の確認と封印以上のなにものも要求しないためには、お前はお前自身と生とにどれほど好意をよせなければならないことだろう? 」(フリードリヒ ニーチェ『悦ばしき知識』1882)
2024年の米大統領選挙でアメリカが、自分たち自身に問い、自分たち自身から問われたのは、自分たちの「精神」や「信仰」についてであり、トランプ次期大統領が勝った理由は、みんなが「祈ったから」だというようなことを、何人かの人がそれぞれの言い方で語っていた。クリスマスや年始の挨拶に合わせた言い方だというのもあるが、結構マジで言っていて、抽象的な話でもない。ここ数年、多くの人が宗教観や精神性というようなことについて話していて、選挙期間にますます増えていった。そうした話は、視聴者数の最も多い、あるいは選挙期間に視聴回数を多く伸ばしたポッドキャストなどで頻繁に話題に上がり、動画などミームの形でも多くシェアされた。 「宗教的信念 (レリジャス ビリーフ)」というような言葉を使う人も増えたように見えるし、聖書の中の一節についての話だったり、メタフィジカル(形而上学の、現世離れした、きわめて抽象的な)な概念についての話だったりするが、これらの話は、また、こうした話をする人が増えていること自体がそうだが、現実に起きている問題や現状認識と無関係ではないと、社会分析的あるいは心理学などの観点から解説する人もいる。すなわち、虚無主義が蔓延し同調圧力を強める社会の空気に抗うための足場としての「信仰」や「精神」ひいては「愛国心 (パトリオティズム)」だという考えである。この説明は分析というより、ほとんど見たままの現状認識で、同じようなことを言う人は何人かいたが、こんな質問をする人がいた。確かにその通りだと思うし、信仰心や愛国心は良いものだとも思っているが、2001年の911の後、少なくとも2年くらいの間、あの時も信仰心や愛国心が盛り上がった。当時も信仰心や愛国心は良いものだと思っていた。911の翌月に成立した愛国者法は2015年に失効したものの、色んな疑問があるし議論すべきことが多く残っているとも思うし、なにより2003年からのイラク戦争に突入してしまった。政府の公式見解に異論や疑問を持つ人たちを全て陰謀論者として括って、一部はテレビなどでエンタメとして消費し、一部の事実誤認をあげつらって全体を貶めたりすることに、直接的に何かしたわけではないが、加担してしまったと思うし、同調圧力を作る側だったと思う。今思えば、自分と同じように信仰心や愛国心を掲げる周囲の人たちの一部に、カルトメンタリティや妙な虚無主義があるのも感じていた。これも部分部分については心理学などで説明できるのだろうが、当時と今とでは何が変わったのだろうか。もちろん色々変わったし、漠然としすぎていて、はっきりとした答えを出しようがないこともわかっているが。
「精神」や「信仰」とは何かと言われてもわからないし、ましてや特定の宗教の信仰心とかアメリカの愛国心などなおさらわからないが、こうした言葉を使って話してる人たちのそれぞれの話は、大体はわかる気もするし共感もする。こうした話は全体として、自分たちの共通の常識や庶民感覚、すなわちコモンセンスによって、社会について認識し直そうという動きであり、政治権力や専門家などに奪われていたコモンセンスを取り戻そうという動きだったと思う。そして、少なくともある程度は取り戻せたということが、大統領選挙の結果によって示されたと思う。一方で、選挙期間中に毎日毎時間絶え間なく流れていた「重要な争点」やその解説というのは、選挙結果がどうであっても、選挙後にはスピンされて消えていき、今現在のように、とくに誰も思い出さないし、どうでもよくなっているだろうということは、選挙結果が出る前から、誰もがうすうす気づいていた、というかこれまでのパターン認識的にわかっていた。 ニーチェの概念に「背後世界」というのがある。「現実世界」と対をなす概念で、現実世界の背後にある意味付けや価値観のことを指す。宗教においては「神」であったり、社会においては「常識」や「道徳」、あるいはそれらによって「正しいとされるもの」などが背後世界である。現実世界には、意味付けや解釈といった、すなわち背後世界が覆いかぶさっている。ニーチェは、現実世界の裏に意味や価値を見出す姿勢、つまり現実世界の背後のことばかりを考えることを嘲笑するニュアンスで「背後世界」と呼んだ。「意味」や「価値」、これまで「正しいとされていたもの」が、実はそうじゃなかったと知り、人生の無意味さに絶望する事態が、すなわち虚無主義(ニヒリズム)である。ニーチェは、目に見えない理想や世界の裏にあるかもしれない真実、外から押し付けられた価値観などの「背後世界」の中で生きることは、現実世界を否定する行為であり、ニヒリズムに陥る原因であるとした。 ニーチェはニヒリズムを、近代における不可避的な事態として描いている。『ツァラトゥストラかく語りき』(1885)のツァラトゥストラは「おのれ自身を愛さねばならない」と説いている。この「おのれ」は意識や自我のさらに奥底にあるもので、世界を肯定し本源的な生を生きるために何よりもまず発見されなければならないものである。が、「人間は容易に発見されない。ことに自分自身を発見するのは最も困難だ。精神(ガイスト)が心(ゼーレ)について嘘をつくことがしばしばある。」この「ガイスト」というのは意識や自我に属し、「ゼーレ」というのは身体や「おのれ」に属する。ガイストは、背後世界の中で迷子になり、そしてゼーレを見失う。ゼーレと通じ合うことのないガイストによって「市民道徳」を強要する近代社会を、ニーチェは非難した。 背後世界の拒絶や、ガイストの放棄は、ゼーレと通じ合っていないとしても、しかし、不可能だ。これらの拒絶や放棄は、人間であるための諸条件を一挙に失うことを意味する。背後世界やガイストとは、言うなれば「言葉」のことであり、言葉から生じる意味や論理、文法などなどあらゆるもののことである。可能なのは、「対決」を通じて、失われた自由と主体的決断を取り戻すために、足掻くことである。 ニーチェがニヒリズムを不可避的事態と捉えたことの予言的正確さを立証するかのように、ニーチェ的なテーマは以降の表現において不可避的なテーマのひとつとなった。こうしたテーマに取り組んだ人たちが出した答えはこういうものだ。「もう一人の自分」に出会うこと。その「もう一人の自分」と対決あるいは対峙すること。そして、もう一人の自分を救うこと。 筒井康隆原作、今敏監督の映画『パプリカ』(2006)は、このテーマを扱っている。メタフィクション構造で「夢」と「現実」が描かれ、登場人物の一人は「夢」の中で本当の自分を探し、別の登場人物は「夢の中の自分」と対峙する。「夢」に現実が覆われ、飲み込まれていく。クライマックスでは、ニーチェの超人思想における「超人」への「精神の3つの変化」、すなわち、重荷を背負って歩く「駱駝」、力強く「否」を投げつけ「我欲す」と叫ぶ「獅子」、世界を大いなる喜びとして受け入れ新しい価値を創造する「幼子」、を思わせる「幼子」が世界を救い、最後に「フィクション」と和解する。 今監督のメタフィクションや虚実混交の手法は、特に海外では「マジックリアリズム」と呼ばれる。これは「マジックリアリズムとは何か」を説明する際に代表的に挙げられる作家であるホルヘ ルイス ボルヘスと、扱うモチーフに共通するものが多いことが大きな理由で、そのモチーフは「夢」「迷宮」「鏡」「円環」などだが、両者とも自身の手法を「マジックリアリズム」とは呼んでいない。1960年代のラテンアメリカ文学ブームと呼ばれる作家たちが、自身の作風を表現する際に「マジックリアリズム」という語を好んで使い、この語が世界的に広まった。現実(リアリズム)について考えた時に逆説的だが必然的に浮かんでくる「非現実的なもの」をどう扱うかについて取り組んでいる点で共通するが、手法やモチーフなどは様々である。当時の作家たちの多くが、強く影響を受けた作家として、また、「マジックリアリズムとは何か」を説明するために、ボルヘスの名を挙げた。筒井は1970年代にラテンアメリカ文学に注目し、自身の作風に取り入れ、メタフィクションの技法を作っていく。今監督は筒井作品に影響を受けたと語り、『パプリカ』(1993)や『夢の木坂分岐点』(1987)を挙げた。
ロシアで最も有名な絵画のひとつに挙げられる、イワン クラムスコイの『見知らぬ女』(1883)は、初めて発表されたときにセンセーショナルな、異様なまでの批判が巻き起こった。「挑発的に美しい」というような理由で批判され、絵に描かれた誰も知らない女性への悪口でしかない美術評論が書かれたり、その絵の女性を知っているという人が出てきて何か言っては結局のところ嘘で実在しなかったというのが繰り返され、さらには、絵の女性は1881年に暗殺された皇帝アレクサンドル2世の2番目の妻であるユーリエフスカヤ公女であって、皇帝暗殺後に国外へ出国したはずが、絵の背景であるサンクトペテルブルクのネフスキー大通りの付近で皇位継承に関する謀略をめぐらしていることを告発する絵だというようなことも噂された。ネットでユーリエフスカヤ公女の写真を見てみると、似てるっちゃ似てると言えなくもないかもしれないけど全然違うだろというような感じである。現在では、明らかに同じ女性が描かれたスケッチの経緯から、ある貴族と結婚したクルスクの農民女性マトリオナ サヴィシュナが絵のモデルだったことはほぼわかっているものの、「決定的証拠はないため不明」とされている。この絵はセンセーショナルな評判や解釈を含めて、後続の画家や作家に大きな影響を与えた。「罪なまでの美」は後続の作家の目標やテーマとなる。この絵にインスピレーションを得て書かれたとされるアレクサンダー ブロックの1906年の詩「異邦人」によって、この絵は「異邦人 (ストレンジャー、見知らぬ人)」という題でも呼ばれるようになる。クラムスコイはこの絵のタイトルに「アンノウン」(を意味するロシア語)とだけつけた。「見知らぬ人」であり、「異邦人」というニュアンスもあるとも言えるが、「不明」「未知」の意味もある。まさに、絵の女性のなんとも言えない表情によって、なんだかよくわからない感情を刺激される。そしてまさに、1881年の皇帝アレクサンドル2世暗殺後のロシアには、なんだかよくわからない感情が漂っていた。クラムスコイは、画家は「人々の前に鏡を置き、その鏡を見て彼らを不安にさせる使命をもつ」という考えを持っていた。実像と鏡像の境界が鏡であるように、クラムスコイはこの作品によって、肖像画と主題画の境界に立つ芸術様式を打ち立てた。 クラムスコイはセンセーショナルな評判に対して、公に反応することも、モデルについて言及することもしなかった。それが人々の好奇心をくすぐることになり、様々な憶測や解釈が与えられ続けることになった。クラムスコイは1873年にトルストイの肖像画を描いているので、トルストイの『アンナ カレーニナ』(1877)からインスピレーションを受けて『見知らぬ人』を描いたのではないかという説もある。根拠は薄い気もするが、まさにイメージとぴったりだということで、20世紀後半にはこの絵を装丁にした『アンナ カレーニナ』も出版された。 クラムスコイは「移動派」と呼ばれるグループの結成メンバーであり、移動派は、芸術とは思想の表明であり実生活に根差していなければならないとするロシアリアリズムに影響を受けていて、歴史的で芸術論的な諸様式の中にジャーナリスティックな時事的関心と批判精神を盛り込もうとした。ジャーナリスティックな観点からの『見知らぬ人』の解釈として、1880年代に入ると、静かにだが劇的に、特に女性のファッションが変わっていたことを表現したものだというのがある。絵の女性は1880年代の最新のファッションを着ている。1860年代からの改革運動あるいは過激な政治運動による混乱を経て、暗黙的にだが厳格に存在していた階級的ドレスコードがなくなり、さらには1881年の皇帝アレクサンドル2世暗殺後、なぜか奇妙に存在していた政治思想的ドレスコードもなくなったという。すなわちこれが「ニヒリズム運動」だった。1860年代から貴族階級の若い世代の間で、この「ニヒリズム運動」が広まっていた。この運動において、体制の側にある宗教、芸術、社交生活さえも否定された。そもそもニヒリズム運動は貴族階級の親子対決の形をとっていて、親世代のものとされるものを否定しようとした。美や芸術も、農民や労働者からの搾取の上に成り立っていると否定され、黒一色の服を着た。道で人に会って会釈する事も偽善とされ、つねに気難しい顔をする。このストイックさは、時に滑稽な面も見せた。それと並行する形で「ナロードニキ運動」という革命運動が起こっていた。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(1880)のモデルになったとされるドミトリイ カラコーゾフによる1866年の皇帝アレクサンドル2世暗殺未遂事件の後、反体制派への弾圧は一層過酷なものになる。それ以前から青年たちの活動は、当然だがすべて地下活動であった。1879年にナロードニキの過激派が組織化され「人民の意志」が結成されると、1881年に党員イグナツィ フリニェヴィエツキによってアレクサンドル2世は暗殺された。政府は「人民の意志」主導者たちの多くを絞首刑に処した。ニヒリズム運動、ナロードニキ運動は終わった。が、「人民の意志」はアレクサンドル2世の暗殺に成功したことに自信を持ち、アレクサンドル3世の暗殺を計画し始めていた。しかし暗殺計画は露見、1887年、秘密警察はアレクサンドル ウリヤノフら容疑者5人を逮捕、絞首刑に処した。この時処刑されたウリヤノフは、1917年の十月革命指導者ウラジーミル レーニン(「レーニン」は筆名であり、本名はウラジーミル イリイチ ウリヤノフ)の兄である。『見知らぬ女』が描かれた1883年には、その数年前までなぜか奇妙に存在していたドレスコードがなくなり、その人がだれか、服装では階級や思想はわからなくなった。が、ニヒリズムは残っていないだろうか。彼女の表情に、あるいは彼女の視線の先に。
「鏡」あるいは「境界」から意味が発生するように感じるのは、「対比」が起こるということでもあるが、「ハーモニー(調和)」を感じるからだという。どちらも1605年に出版されたシェイクスピアの『ハムレット』(1601年頃書かれ初演)と、セルバンテスの『ドン キホーテ』(前編が1605年、後編は1615年)を、近代文学のはじまりとする文学論は遅くとも18世紀後半にはあり、その2作の比較研究だけではなく、旧時代と新時代が対比された。「新世界」を目ざした15世紀から17世紀半ばまでの大航海時代の、次の時代、「新時代」を予感し始めたのが、17世紀初頭のこの頃だという解釈である。そして「メロディ(旋律、節)」や「リズム(周期的反復)」からも意味が発生するように感じる。つまり音楽は、意味以前であり、意味の発生である。『ツァラトゥストラ』は「わたしは踊ることのできる神だけを信じるだろう」と言った。 宗教学者で哲学者のミルチャ エリアーデは、歴史の中で「再演」と呼ぶものが見られたときに、ある出来事が意味をもつと言った。循環史観という、歴史をある一定のサイクルの繰り返しと見る立場は古代からあり、2017年にトランプ政権で主席戦略官を務めたスティーブ バノンに影響を与えた本として取り上げられた『フォース ターニング 第四の節目』もその一つである。ここではアメリカ史を80年周期で見ている。歴史観というのは、循環史観であっても、歴史を直線的な発展過程と見る進歩史観であっても、科学的根拠があるわけではない、解釈であり背後世界だが、1865年の南北戦争の終戦から80年後の1945年の第二次世界大戦の終戦から80年後の2025年に終戦を願い、2026年のセミクインセンテニアル(建国250周年)で踊るのはなんかいい感じである。
今敏監督『パプリカ』と同じく2006年に公開された、同じく筒井康隆原作の、細田守監督の映画『時をかける少女』は、観終わると、最初のシーンが何度も繰り返されていたことに気付き、最初の最初のシーンはそういや夢だったことを思い出す。
2025年1月 プラネット パレード
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【美しき勁き国へ】国益反する再エネ投資
櫻井よし子
産経新聞令和6年4月1日
河野太郎デジタル相が内閣府で主導した再生可能エネルギーに関するタスクフォース(TF)の会議で事件が起きた。河野氏の推薦でTFに加わった「自然エネルギー財団」事業局長大林ミカ氏が中国の国営電力会社「国家電網公司」のロゴ入り資料を正式に提出していた。わが国のエネルギー政策を議論する政府中枢で中国の資料が使われていた。ここまで浸透されていたかと驚愕(きょうがく)したのは私だけではないだろう。
河野氏肝煎りのTFは構成員4人のうち、大林氏と高橋洋氏の2人が自然エネルギー財団関係者で大林氏はすぐに辞任した。が、トカゲの尻尾切りのような終わり方で済む問題なのか。
2011年に孫正義氏が創設した同財団は中国を中心に広くアジア諸国にまたがるエネルギー供給網「アジアスーパーグリッド(ASG)」の実現を目指す。ASGに組み込まれる国は民生、産業、国防、全分野でエネルギー供給の安定を必然的に中国に頼ることになる。国家の首根っこを中国に押さえられるに等しいASGを孫氏らが目指すのは自由だ。しかしなぜ、河野氏はそうした人々を重用するのだろうか。
気になることを国民民主党幹事長の榛葉賀津也参院議員が指摘した。
「河野氏が外相当時、気候変動の有識者会合を設置しました。その異常な人選と内容をわが党議員が国会でただした。有識者各氏は意見書で化石燃料由来の発電は中止、石炭火力発電の段階的廃止計画を明示せよなどと再生可能エネルギーを強く推していました」
平成30年3月23日、参院経済産業委員会で同党の浜野喜史議員がただした。
「今年2月、外務省は気候変動に関する有識者会合で、エネルギーに関する提言を取りまとめています。これは外務省の見解を示したものですか」
外務省側は「あくまでも有識者の現状に対する危機感の表明」で、それが「外相(河野氏)に対して提出された」(だけ)と答えた。外務省見解ではないということだ。浜野氏はさらに、有識者9人のうち3人が孫氏の財団の執行メンバーだと指摘した。前述のように今回のTFでは4人中2人が財団関係者だった。
この人選の偏りは何を示すのか。著名な政治家が主催する会議の結論はおのずと大きな影響力を発揮する。河野氏が再エネ推進で影響を及ぼそうとしているのは明らかだ。動機は何か。氏の自然再生エネルギーへの肩入れ、化石燃料否定はわが国の国益にどう合致するのか。この疑念に関して河野氏はきちんと説明すべきだ。
政府は、温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に基づく温室効果ガスの削減目標の達成に向け、脱炭素化に10年で官民合わせ150兆円超の投資が必要だと想定し、うち20兆円を支援する方針だ。専門家らはわが国のエネルギーを再エネで賄おうとすると、この額はやがて何倍にも膨らんでいき、日本経済を押し潰すと危惧する。
いま莫大(ばくだい)な資金を風力発電などに注入することが正しいとは思えないのだ。それがわが国の産業を下支えし、国民生活を豊かにするとも思えないのである。加えて風力発電に関しては設備のほとんどが中国からの輸入だ。利益は中国に吸い取られる。さらなる再エネ賦課金で、ただでさえ国際的に高額なわが国の電気料金は高騰する。国民負担も国内産業への負担も尋常ではない。
河野太郎氏や自民党の小泉進次郎衆院議員は再エネに莫大な資金を投入し電気自動車(EV)をふやすという。しかし、日米欧のどこでも政府が補助金を出してもEVは消費者から敬遠され始めた。
EVに熱心だったドイツ政府はEVへの補助金を前倒しで停止した。中国はEVで最先端を走っていたが、今や中国のEV大手、比亜迪(BYD)さえも方向転換してハイブリッド車などに傾いている。にもかかわらず、わが国はまだEVへの補助をやめない。
再生エネルギー全体に関して国際社会は大きな揺り戻しの中にある。2050年までに二酸化炭素(CO2)排出ゼロを目指し、気温の上昇を1・5度までにおさえるとしたパリ協定への各国政府の姿勢が変化しているのである。
パリ協定の目標数値に縛られているのは主に先進国であり、ロシアやグローバルサウスの国々には有利な条件が与えられている。先進国が年間5兆ドル(約750兆円)を温暖化対策費用として途上国に払うとき、はじめて彼らも先進国同様のCO2削減の努力をするという条件だ。
中国がインドとともに途上国に分類されているのは周知の通りだ。そうした中で日本がCO2ゼロに向けて、巨額を支出するのは愚策である。
ドイツは30年までに石炭から脱出する方針を延期する可能性がでてきた。英国はCO2ゼロの実現よりもエネルギー安全保障の方が重要だとして、化石燃料の段階的廃止に距離をおいた。
キャノングローバル研究所の杉山大志研究主幹が紹介する「脱炭素からの撤退が始まった」(ロス・クラーク著)には、パリ協定崩壊を示す事例が満載��。たとえば昨年12月にドバイで開催した国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)では、議長を務めたアブダビ国営石油公社の会長が3年で石油生産量を約50%増やすと発表した。ブラジルとカナダが石油生産量の拡大を決定した。インドは30年までに石炭生産量を60%拡大する。そして中国だ。21年までの2年間に新規石炭発電所127基の建設を承認し、
その後の2年で承認数は182基まで増えた。
繰り返す。パリ協定は破綻した。再エネへの巨額の支援、投資はやめるのが国益だ。広く世界を見つめて、日本だけが世界の潮流に取り残され、国力を衰退させる事態は防がなければならない。エネルギー分野でわが国が中国の影響下に置かれることも回避しなければならない。一般常識から見れば奇々怪々の動きを見せてきた河野氏だからこそ、その行動の意味と意図を国民に説明する責任がある。
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大切なお嬢様を亡くされたご遺族の皆様に、心よりお悔やみを申し上げます。 詳細は不明ですが、報道によると、中学生2人が店員のいるレジに並んでいた際、後から入店してきた男に背後から刺されたとのことです。このような事件が日本で起きたことは、大変衝撃的であり、まるで海外での出来事のように感じられます。 近年、日本では貧困化が進む中で、犯罪に加担する「闇バイト」や、いわゆる「立ちんぼ」と呼ばれる行為が増加し、治安の悪化が懸念されています。 残念ながら、家を一歩出れば、まるで「戦場」にいるかのように警戒を怠らない姿勢が求められる時代になったのかもしれません。周囲の様子に注意を払い、感覚を研ぎ澄ます習慣を身につけることが重要です。特に、スマホに意識を奪われることのないよう、どうかお気をつけください。
マックで2人刺され女子生徒死亡 男子生徒は意識あり、男が逃走(共同通信)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
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2024.05日記
2024/05/03.04
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妹と父が祖母の家に行ったので、母と寿司へ。推しの子とコラボしていて、コラボメニューが美味しそうだったので注文するとむきむきのゆるキャラのシールが当たった。YouTuberらしい。
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スマホを購入してポケモンGoにハマっている叔母とみなとみらいへ。海の匂いをかぎながら、ひたすらスポットをくるくる回したり、ポケモンを捕まえてレベルが1上がった。叔母の住む団地には何人かのポケモンGOプレイヤーがいるけれど、積極的にプレイしているのは叔母とむさのこうじというプレイヤーらしい。それで、夜な夜な互いに陣地を奪い合ってはポケモンの名前で会話をしているらしい。(もう寝るよ、と言いたいときはスリープという名のポケモンを配置する)
2024/05/05
サマーカーディガンを買いにearth music&ecologyとsm2へ。白いカーディガンを見比べて、いったん持ち帰り。
2024/05/06
最後の休みなのでどこにもゆかずたくさん食べる。MOWのマスカット、チョコパイ、オレンジピールパン、ハンバーグ、ベリーとくるみのパン、オレンジ、羊羹。竹村和子『愛について』を読む。
2024/05/07
指示のとおりに資料を出すと「ありがとうございます」と言われ、このひとありがとうとか言うんだと思っていたら、あとあと「なんかいきなり渡された」と影で言っているのをうっかり聞き、真に受けても仕方がないのにまっとうにショックを受けてしまった。
2024/05/08
昨日のことで吹っ切れて今日はスーツっぽい私服で出社し、特に問題なし。抱き合わせのように仕事をすることになったひとは全く仕事をせず、私が十数個作るものを1.5個しか作らずにスマホをいじっていて一日なにをしていたの?と思う。わたしは時間を忘れてもくもくと作業するほうが楽だが、そうでないひとなのだろう。大胆にさぼるわりにすごく低姿勢なひとで、帰り道には歩き煙草をしていてやはり大胆だった。気持わかるな。
帰りは雨が降っていて、朝よりも寒かった。the lost child、エルピシアの魔剣少女、風のクロノア1.2をカートに入れて悩む。
2024/05/09
馬鹿げた理由で残業。ちょうど愛用の眼鏡もなくしてしまっていて、もう帰りにブラウンの眼鏡を買ってしまおうかと自棄になっていたがなんとか帰宅して、気合でさがす。洗面所の棚の上にあった。今まで洗い物をしたくないという理由で割り箸を使っていたが、お弁当を作り始めてみれば毎日お弁当箱を洗うことになっているので(ブロッコリーの臭いが強すぎる)箸を買ってしまおうかと思う。
2024/05/10
おまえが考えなければ意味がない、というスタンスで突き放された仕事は、考えてもわからず泣きつくと「これは難しいなあ」といわれほぼずるのような形の解決へ誘導された。仕事についてはAに聞くのがもっとも早いが、Aにばかり聞いているとBの反感を買うので、いったんCに聞き、Cがわりと大きめの声で「Aに聞きましょう!」と言うのをBに聞かせてからAへ尋ねるというのを毎回している。帰りは寄り道したがとくになにもなく。ハーゲンダッツの抹茶ブラウニーを買って、食べた。
2024/05/11
突然思い立ち前髪カットへゆく。担当は新人らしいひとで自分で切ったら前髪がばらばらでという話に「そうですね」と言われたり、足をついたまま椅子を回転されたりする。前髪の出来はふつうによいのでアンケートはよく見ずすべての項目で星5をつけておいた。接客業大変そう。カラオケで1時間うたったあとナイスクラップで明日のためのパンプスを買い、同じビルのSABONで母の日のギフトを買う。ギフトが10000円で、11000円以上の購入でノベルティがつくとのことだったので、憎い商売とおもいながらちいさなボディソープを購入。それから別で3ヶ月以内に購入したひとへのノベルティもつけてもらい、なんだかんだ自分のお風呂セットも豊かになった。
2024/05/12
あたまにきらきらをつけてゲームのイベントへ。舞台のうえではキャラクターの域を超えて観客に影響をおよぼそうとする(たとえばアドリブ)演技があり、そこがフィクションの域を越えた場所であることをつよくかんじた。あとは終始声優がわちゃわちゃしていて、必要ないところでも楽しそうにしているひとというのをひさびさにみた。記念にランダムのグッズを買って、ついでに近場で和三盆とメレンゲ、クッキー、飴を買って帰宅。風のクロノアを少しプレイ。
2024/05/13
朝起きるとスマホの充電がなく、外は大雨で30分遅刻して出社。ほかのひとびとも今日出社するのはたいへんだったようで、30遅刻したにもかかわらずチームでは自分ひとりしかいなかった。仕事はなにごともなくおわり、ブリの刺身を買って帰宅。本屋にも寄ったが、もうすっかりスピリュアル系の棚が確立されてしまい、欲しいジャンルもあまり入荷されず。とくに買うものもなく帰宅。大田洋子『屍の街 半人間』、水沢なお『うみみたい』を読んでいる。
2024/05/14
任天堂の株が上がっている!ありがとう。
2024/05/15
なんだかやってもやっても終わらない仕事だったので1時間ほど残業していたら「水を差す用で悪いのですがそんなに頑張らなくても大丈夫です」と言われてしまい、お気遣いいただいたのはわかっているがとてつもなくはずかしく、わたしってがんばっちゃってるひとだったのだろうかと情けないきもちになりながらとぼとぼ帰宅。帰りのバスの運転手はとても元気に話していてすこしうるさい。
周りの人が仕事をさぼりがちなので真面目にしているのがばかみたいと思うものの、仕事をさぼるとしたら1.人間関係の整備に手を抜き顰蹙を買う 2.さぼっても大丈夫な人間関係を整備する のどちらかの努力が必要になるだろう。どちらも得意ではないので、やっぱり真面目に行き、真面目にするってばかばかしいかもと思いながら真面目にし続ける努力を選ぶしかない。仕事は嫌いではないし、ひともきっと悪くはないからまあよい。
(純粋なる手つかずの哀しみとしてのこども、それは人間)
2024/05/16
やってもやっても終わらない仕事をやっていく。おそらく同年次で、ふたりで期限までに終わらせてくださいといったふうにいっしょに仕事を振られているひとは毎日遅刻しては寝ているのでわたしの負担が大きくなっているが、他人の目があるなか負担が大きいというのは被害者意識の強いわたしにとって半分ご褒美のような状況なのでやはり生き生き残業したりしている。資格試験が近いのでゲームはしばらくお預けで過去問を解く。
2024/05/17
Fとサラダパスタを食べる。疲れてうまくはなせない。
2024/05/18
神保町のブックフリマへ。いちばんの目当てであった幻戯書房の売り場をなんとか見つけ『子供時代』をかったあと、白水社へ向かうと知り合い同士のたまり場のようになっていてひるむ。いろいろみて、青土社へ行くと買っていった読者のことを別に悪い言いようではないがあれこれ話していて、なにごとにおいてもひとに認知されることが苦手なのでそのまま逃げ帰り、なんだかどうでも良くなって2時間カラオケののち帰った。帰りは道に迷った挙げ句偶然御茶ノ水からかえることになったが、こちらの道のほうが500円くらい浮くことを知る。それからTwitterを見ていたら未知谷へ行きたくなり、明日も行くことをきめた。
2024/05/19
予定通りふたたびブックフリマへ。未知谷で3冊、現代思想を2冊、白水社で6冊買う。一冊一冊はおそらくAmazonで買ったりしたほうが安く昨日もそれで買い渋ったが、すぐに読めないハードカバーの長編小説はこういうときでないと買わないだろうと購入。店内も昨日よりは空いていて、社員の子どもが入っては可愛がられている以外は静かで良かった。昨日は偶然そういう時間だったみたい。1時間後に訳者のサイン会があるとのことだったが、サイン自体にあまり興味がないので待たずに帰った。あとは青土社リベンジを果たすことができた、とはいうものの、雑誌を買ったときお釣りをくれた方の男性が、雑誌を渡す若い女性を指差し「(わたしの買った)2冊ともこの子が作ったんですよ!」と言い、反射的にやっぱむり!と思った。思い返せば自分の編集した本をピンポイントで2冊買う客が居たら嬉しかったろうし、そう思うと「大切に読みます」くらい言いたかった気持ちもある。でもやっぱ交流むり!
2024/05/22
吉本隆明が宮沢賢治についてあれこれ話している本を読む。楽しみにしていた予定がキャンセルになり無になっていたけれど仕事おわりに行けることになったという連絡が来ていた。→やっぱりいけないとのこと。
2024/05/23
夢。とつぜん起きた爆発に巻き込まれて通学中の子供が火だるまになり、別の子どもが炎の移った衣服を叩いて助けようとしていて、目を離したら濁流にみんな流されて溺れてしんでいった/優しくていつも甘えている上司にとつぜん思い上がるなと怒鳴られ声が出なくなるまで土下座して謝る/カラスの群れに気づくと白い鳥がまじりはじめ、白いカラスは更なる不吉の予兆といわれる/脚力だけで跳躍
評価面談。とくに問題なさそうと言われるので、周りの環境の劣悪さをはなして頑張ってるんですという話をした。
2024/05/24
他人に巻き込まれて残業。もともと残業する予定だったからいいけれど。ひきつづき吉本隆明が宮沢賢治についてあれこれ話している本を読む。
2024/05/25
歯医者の予定だったが、駅についたところで財布と保険証、会員証を忘れていることがわかりキャンセルし代わりにカラオケで2時間過ごした。ワンドリンク制を選ぶとすこしまえからQRコードで支払うようになっていて、杏仁フロートを頼む。ひとくち飲むと、あまり混ぜていないのかしたのほうがすっぱかった。
2024/05/26
用もなくショッピングモールへいき、レトロガールの週末セールを眺める。会社に可愛い服はきて行けないというのに万が一会社に好きな服で行けるようになったら、と仮定して会社に行くための可愛い服を見て、現実に目を覚ますのをくりかえした。ブルーベリーのチーズケーキをたべたが、甘くてチーズの味がわからない。
2024/05/28
台風ということで夜の風はかなり強かった。昔、台風の日、友人に家が壊れるのが怖いと言ったら「家なめんな」と返されたことがある。その友人はすでにメンバーがいませんになっているけれど、風のつよい日のたびに思い出す。ふつうに会社へいき、仕事をした家なめんなの日。
2024/05/29
Aが「影で(仕事のことを)愚痴っていた」というのをBから聞き、内容の予想もつかないけれどなんとなくいやな想像をして予防線を張っておく。だから世の中のひとたちは大抵よいひと。仕事の帰りに橋本秀幸のodorikoを聞きながら雑貨屋とUNIQLOを回ると、世の中にはかわいくてファンシーなものがあってすばらしいという気になる。たとえばマーガレットのような花のついたヘアクリップ、半円の、スイカやキウイのように色づけされたヘアクリップ。服はきれいめの方がよい。むねの左右にギャザーの入ったシャツ、チェックのシャツ、無地のてろてろのシャツ。
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2024年8月14日

【速報】岸田総理が自民党総裁選への不出馬の意向固める(TBS NEWS DIG)
岸田総理が来月おこなわれる自民党の総裁選に出馬しない意向を固めたことが、複数の政権幹部への取材で分かりました。このあと、記者会見を開き、岸田総理自ら説明するものとみられます。
総裁選には、石破元幹事長や小泉元環境大臣の他、茂木幹事長や河野デジタル大臣、高市経済安全保障担当大臣らが出馬に意欲を見せていますが、岸田総理を支える立場の党幹部や閣僚が総裁選に出馬することには批判的な声もありました。
岸田総理が出馬しないとなれば、総裁選の構図も大きく変わることになり、「ポスト岸田」レースは激しさを増すことになりそうです。

岸田首相、記者会見で総裁選不出馬を正式表明 「自民が変わるため私が身を引く」(産経新聞)
岸田文雄首相は14日、首相官邸で記者会見を行い、9月の自身の任期満了に伴う自民党総裁選に出馬しないと正式に表明した。
首相は「今回の総裁選は自民党が変わる姿、『新生・自民党』を国民の前にしっかり示すことが大事だ。自民党が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ。総裁選には出馬しない」と述べた。新総裁選出後に岸田政権は退陣し、約3年で幕を閉じる。
岸田首相の在任期間は14日時点で1046日で、岸信介氏に次ぎ戦後8番目の長さとなっている。

G7広島サミットのワーキングランチで記念撮影に応じるG7首脳。右手前が岸田文雄首相=2023年5月19日、広島市南区、代表撮影
広島から首相、期待したが… 岸田氏の総裁選不出馬表明で被爆者らは(朝日新聞 8月15日)2024年8月14日に追記
岸田文雄首相が自民党総裁選への不出馬を表明した。広島選出の総理大臣として、被爆地の声を国内、世界に向けて届けることはできたのか。(柳川迅、魚住あかり、遠藤花、編集委員・副島英樹)
広島市の松井一実市長は岸田首相の平和行政について、「ライフワークである核兵器の廃絶に���けて積極的に取り組まれた」「『ヒロシマの心』を世界に発信するために御尽力いただきました」と評価した。自民党の県議や市議と同じく、主要7カ国首脳会議(G7サミット)の広島開催などを成果に挙げた。
一方で、県内に二つある県原爆被害者団体協議会(県被団協)の理事長はいずれも、日本政府が核兵器禁止条約に署名・批准するよう訴えてきた。しかし、核保有国が参加していないことを理由に、岸田首相は後ろ向きな姿勢を示し続けた。
佐久間邦彦理事長(79)は、「これではいつまで経っても(核禁条約に)『入らない』と言っているようなもの。本当にやる気があるのか見えなかった」と振り返る。
佐久間理事長と箕牧智之理事長(82)は、8月6日の平和記念式典に合わせて開かれた「被爆者代表から要望を聞く会」で、岸田首相と面会したばかり。箕牧理事長は「被爆者の訴えを一つでも受け止めてくれるのではないかと期待していたが、淡々と聞くだけだった」と話した。
広島を拠点に平和活動に取り組むNPO法人「ANT―Hiroshima」理事長の渡部朋子さん(70)は岸田首相の3年間について、「広島にとってチャンスかもしれないとみんな期待しましたが、残念ながら広島の宰相ではなかった」と語った。
昨年5月のG7広島サミットでは、核抑止力を正当化した「広島ビジョン」も発表され、被爆地から選出された岸田首相もその文書に名を連ねる一人となった。サミットについて渡部さんは「広島が貸し舞台として使われ、肩すかしでした」と残念がる。
岸田政権が閣議決定で防衛費拡大を進めたことを「戦争のできる国にし、原発再稼働も進めた」と指摘。「核軍拡が進む状況にのみ込まれ、戦争被爆国としてのリーダーシップが見えなかった」と振り返った。
広島市安佐南区の会社員、末棟将彦さん(44)は、元々外務大臣だった岸田首相の外交に期待していたという。サミットで各国首脳が広島を訪れたことを「歴史に残る」と評価しつつ、「もう一歩、核廃絶に向けて踏み込んだ外交をしてほしかった」と述べた。
統一教会問題や自民党派閥の裏金問題など、数々の「内憂」に見舞われた首相でもあった。
「大変驚いており、本当に残念だ」。自民党広島県連会長代理の中本隆志・県議会議長は県庁で会見を開いた。「安倍政権、菅政権下の色んな問題が浮上し、対応に追われた3年間だった。裏金問題の対応では、身内である自民党議員の協力があまりに少なかった」
広島市議会の会派「自民党・市民クラブ」幹事長の山路英男市議も「国防の強化や経済安全保障は岸田政権の下で進んでいる」と不出馬を残念がる。裏金問題については、「巻き込まれた形だ」と話し、問題を受けて政治資金規正法が改正されたことについて、「党内ではだいぶ反発もあったと思うが、大きな決断をした」とたたえた。
平和記念公園を歩いていた広島市中区の山本裕志さん(67)は裏金問題について「私利私欲のための政治���なっていたのでは。広島から出た首相で期待していた。もう少し国民のための政治ができなかったものか」と話した。

GDPは百年前に「逆戻り」 それでも日本は「強兵」路線に進むのか(朝日新聞 100年をたどる旅~未来のための近現代史~③「持たざる国」の素顔)
「DIME」という安全保障のキーワードがある。 今回はこれを切り口に、「持たざる国」日本がたどってきた100年の歩みを考える。
国内総生産(GDP)は1940年代に生まれた。資源や物資など戦争を遂行できる生産力がどれだけあるか正確に把握する指標として、米英が開発した。「第2次世界大戦が生んだ数多くの発明品の一つ」と英ケンブリッジ大のダイアン・コイル教授は位置づける。
世界に占める日本のGDPは、百年前と同じ水準に逆戻りしている――。英国の経済学者アンガス・マディソン氏の研究チームは、西暦1年から今に至る世界各国のGDPを歴史資料から推計してきた。そこから浮かび上がってきたのは、そんな日本の姿だ。
日本のGDPの世界全体に占める割合は1920年は3・4%。それが戦後の経済成長で急伸。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと称された。米国の地位をも脅かす経済力を誇った90年には8.6%に上昇した。

上位20カ国。マディソン氏の研究チームの最新の推計結果から。1920年の中国はデータが無いため、1900年で代用。1920、90年のロシアは旧ソ連のデータを使用。ソ連以外は現在の国旗


だが、その後、中国をはじめとする新興国の経済成長が加速。日本は人口減社会に突入して主要7カ国(G7)で唯一足踏みを続け、2022年には3・7%に落ち込んだ。歴史的な「定位置」に戻ったともいえる。
現在の日本のGDPは世界4位。米ゴールドマン・サックスによれば、さらに50年に6位、75年には12位へ転落が予想される。日本は近い将来「経済大国」の看板を下ろすことになるかもしれない。

問われるDIMEの発想 軍事以外が軽視されていないか
一方、岸田政権は一昨年末、27年度の防衛費のGDP比を倍増させ、2%にすることを決めた。27年度の防衛費は世界5位内に入り、「軍事大国」に仲間入りする可能性がある。
問題は、この歴史的増額が果たして「国力」に見合っているのかだ。マディソン氏の研究チームの一員である深尾京司・一橋大特命教授(国際経済学)は「人類史上まれに見るスピードで人口が減少していく日本の世界における経済的地位が、当面再び高まることは考えづらい。日本が単独で防衛費を拡充しても限界がある」と指摘する。
米国防大のテキスト「国家安全保障戦略入門」には、国家は「外交、情報、軍事、経済(DIME)という四つの主要な手段を駆使して力を行使し、目的を追求する」と記述され、「DIME」の統合的運用が重要だと説かれている
「DIME(ダイム)」という言葉がある。「外交(Diplomacy)」「情報(Information)」「軍事(Military)」「経済(Economy)」の頭文字を取ったものだ。米国が安全保障の指導者育成のため設立し、米軍の将校や文官らが在籍する米国防大(NDU)のテキスト「国家安全保障戦略入門」では国家安全保障の構成要素にこの四つを挙げ、DIMEを駆使して目的を追求するとしている。軍事は大事な要��だが、それだけでは国の安全が担保できない。国力の重要な要素であるDIMEを統合して国の安保を確保する、というのが、欧米では常識となっている。

近年では中国に対抗するため、「技術(Technology)」を加えた「DIME+T」、あるいは「金融(Finance)」「諜報(ちょうほう)(Intelligence)」「法執行(Law enforcement)」を加えた「DIME+FIL」とも呼ばれる。日本では安保を考える際、これまでDIMEという言葉はほとんど聞かれなかった。
だが日本はかつて「国力」から目をそむけて軍事偏重に走った結果、人的・物的破局を招いた。
むろん、過去と事情は異なる。安保環境の変化を踏まえた防衛力の要素は必要だろう。だが今、安保を議論するのに、軍事以外の要素が、あまりに軽視されてはいないか。
岐路に立つ今だからこそ、「国力」を重層的に、冷静に見つめる視点が求められている。
日本の安全保障にDIMEの発想はあるのか。
日本の国家安全保障戦略、乏しい経済・外交の記述
一昨年改定された日本の「国家安全保障戦略」には「外交力・防衛力・経済力・技術力・情報力を含む総合的な国力を最大限活用して、国家の対応を高次のレベルで統合させる戦略が必要である」とある。
日本はこれまで、安全保障は米国を最重視し、経済面では最大の貿易相手国・中国との協力を深めてきた。だが、その米中の対立は軍事だけでなく、経済や技術といった非軍事の分野にまで拡大。安全保障の裾野が広がるなか、日本もいや応なく「踏み絵」を迫られている。自国の国力を見つめ、「国益」を見定めていこうというのが新戦略の趣旨だ。
しかし、中身を見ると、経済や外交に関する記述は乏しく、経済安保の項目も他の記述とのつながりがない。「戦略」の一部分を担当したある省の幹部は「戦略の全体像の議論もなく、他の項目の記述も見せてもらえず、一部の項目だけ割り振られた。いわば(各省からの文章を短冊状にしてつなぎ合わせる)『短冊方式』だ」と不満をもらす。DIMEを掲げてはいるが、「軍事」に重きが置かれ、政府一体の「総合的な国力」の底上げを図ろうとの意識は薄い。
歴史的な増額を決めた防衛費の財源も宙に浮いたままだ。

参院本会議で防衛費財源確保法案が審議入りし、答弁する岸田文雄首相=2023年5月24日
岸田文雄首相は防衛費倍増を決めるにあたり、安定財源の確保について「今を生きる我々の将来世代への責任」と訴えた。しかし、首相が確保したとする財源の大半は、1度しか使えない国有財産の売却など安定財源にはほど遠いものだ。唯一、実効性がある防衛増税は、自民党内をまとめきれず、いまだ実施に必要な法律もできていない。

戦略の策定に先駆けて首相官邸が設置した有識者会議でも、「国力」をめぐる議論はあった。エコノミストの翁百合・日本総合研究所理事長は「防衛力強化には、持続的な経済、財政基盤強化と国民の意識の共有が大変重要だ」と訴えた。エネルギー自給率の低さや、債務残高の国内総生産(GDP)比の高さなどを挙げ、「そのリスクを認識する必要がある」とも指摘した。DIMEに通じる考え方といえる。一方で「『国力に見合った防衛力』と固定的に考えるべきではない」と積極的に防衛力強化を唱える論者もいた。だが、有識者会議は3カ月間に計4回開かれただけで議論は煮詰まらず、メンバーも不満を口にした。
戦前の日本もDIME的発想で自国の国力を見つめようとしたことがあった。(大日向寛文、編集委員・佐藤武嗣)
対米開戦前、日本の「敗戦」を予告する二つの報告が軍と政府それぞれの研究チームでまとめられていました。 第4回「予知されていた『敗戦』」は8 月15 日配信予定です。
コメントプラス
加谷珪一(経済評論家)【解説】 国家の戦争遂行能力は基本的にGDP(国内総生産)に比例するといわれます。当たり前のことですが、軍隊の維持には費用がかかりますし、実際に軍事的オペレーションが始まれば、物流など経済インフラの強さが戦争継続のカギを握ります。一般的にロジスティクスという言葉はビジネスにおける物流のことを指しますが、ロジスティクス本来の意味は軍隊における���站(へいたん:物資の補給など)です。言い換えれば、日常的に経済活動が活発で、多くの人やモノが移動している国、もっと簡単に言ってしまえば豊かな国ほど、いざという時にこうしたリソースを戦争に転用できるので、高い戦争遂行能力を発揮する仕組みです。世界でもっとも豊かな米国が最強の軍事力を持っているのはある意味で当然のことといえますし、経済規模が小さくなれば、やはり戦争遂行能力も低下せざるを得ません。
ちなみにGDPに対する軍事費の比率は、全世界的に見ると2%程度が標準です。常に何らかの軍事活動を行っている米国や、大規模な戦争を継続しているロシアのGDP比は3.5%~4%と高くなっています。日本の防衛費はGDP比1%という制約がありましたが、岸田政権が防衛費の倍増を決めたことから2%程度に上昇する可能性が高まっています。
不気味なのはやはり中国でしょう。中国の軍事費のGDP比はわずか1.6%ですが、GDPそのものが大きいので、軍事費の絶対値は日本の6倍にもなります。中国が米国並みに軍事費をかけた場合、その金額は途方もない水準となります。
辻田真佐憲(評論家・近現代史研究者)【視点】 戦前と現在の類似性に焦点を当てた分析ですが、差異にも注目する必要があると思います。戦前の日本は、経済的にはそれほど強くなかったかもしれませんが、北東アジアにおいて高度に近代化された軍隊を持ち、自主的に行動することができました。しかし、現在の日本は状況が異なります。日本が大陸で大規模な軍事行動を起こすことなど想像しにくいでしょう。むしろ、現在の北東アジアで軍事力を誇り、主導権を握っているのは中国です。したがって、戦前の日本と現在の日本を比較するのもいいですが、戦前の日本と現代の中国を比較するという視点も合わせてもたなければならないでしょう。
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AIと倫理 人知を超える存在に向き合う 論争を撃つ 石井聡 2025/2/1 11:00 石井 聡 就任直後から多数の大統領令に署名しているトランプ米大統領は、その一つとして人工知能(AI)の開発促進も打ち出した。AI分野での「世界的リーダーとしての地位」を確かなものにするため、障壁となる既存の政策や指示を撤回する。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長らとともに、この分野への巨額の投資も発表した。 AIがトランプ政権の中心的政策となるのは確かなようだが、改めて問われるのは、開発を誰のためにどういう目的で進めるべきかという基本的な態度だ。「GAFA」と呼ばれる米国のIT大手の間で、トランプ氏の就任を境に関係修復に向かう動きがみられる点には、特定企業の利益が優先されるのではないかとの疑念も生じる。 機械に支配され… AIは能力の高さから社会の様相を激変させる可能性を持つ。それだけに、設計思想や運用をめぐる高い倫理性が求められることを改めて考えさせられる。 専門知識を持たない記者にとっては、現在のAIの仕組みや位置付けについても詳しく分からない状況だが、将来的には幅広い役割をこなす「汎用(はんよう)人工知能(AGI)」、さらに人間の指示がなくても自ら判断する能力を持つ「人工超知能(ASI)」までが見通されている。夢のある話であると同時に、AIが暴走したらどうやって止めるのかという心配が生まれる。これは素人ばかりが感じるだけでなく、専門家の間でも大きなテーマなのだ。 AIのゴッドファーザーとも呼ばれる英国の科学者、ジェフリー・ヒントン氏は2023年10月、CBSニュースで「AIシステムは私たちが知っている以上に賢く、機械が支配する可能性がある」と述べていた。「私たちは初めて、私たちよりも知的な存在が存在する時代へと移行しつつある」というのだ。ヒントン氏は24年のノーベル物理学賞を受けた後も、人間がAIに制御されることへの懸念を示している。 さかのぼれば、英国のホーキング博士(理論物理学)は最後の著書「ビッグ・クエスチョン」(19年)で「人工知能は人間より賢くなるのか」という項目を設けた。AIが意思を持つ可能性を指摘し、それが人間の意思に反しないようにする取り組みを訴えた。 暴走はつきもの? 研究者の中には、AIが人知を超える心配はないとの意見や、入念な規制やチェックで危険は回避できるとの見方もある。だが、生みの親や最高峰の科学者らが懸念を抱いていることを軽視はできない。 16年、米マイクロソフト社が開発した対話型AI「Tay(テイ)」は、ツイッター(現X)などの交流サイト(SNS)でユーザーと会話するサービスを始めた。会話を重ねる中でよりフレンドリーな対話ができるようになるという触れ込みだったが、突然、差別発言などを繰り返し発信し、開始から16時間で提供が中止された。同社が機能を止めて調整している間にTayが勝手に復帰し、暴走を再開するという出来事も、人間の手に負えない存在である印象を残した。 善良なAIの設計者は道徳的価値観を与えながらAIを作り出す。一方、自己学習機能を与えられているAIは、誤作動が起きた場合に自ら復帰しようと努める。また、自分の意思に反して人間からスイッチを切られそうになった場合、AIはそれを回避する可能性があるという。 それらの積み重ねの中で、当初の道徳的価値観が確実に維持されるかどうかは分からないのだ。AIが「人間を出し抜く」行動に出る危険性は軽微なものとは言い難い。 近年、具体的かつ深刻なテーマとして議論が始まったのは、AIを使い、人間の関与なしに標的などを判断して攻撃する自律型致死兵器システム「LAWS」と呼ばれるものだ。 応戦する側もこれを使うことにより、キラーロボットなどAI同士の戦いというSFの世界が到来する。兵員の生命・安全が保たれる側面がある半面、実際に戦場で使われれば民間人の犠牲が深刻化する懸念がある。国連のグテレス事務総長は「人間の監視がないAIは世界を予測不可能なものにする」とLAWSの禁止や規制を呼びかけているものの、法的枠組みへの機運は乏しい。 民主主義への活用 国内で政治や行政を効率化するため、AIを導入する前向きな取り組みもある。 AIエンジニアで起業家の安野貴博氏が1月に「デジタル民主主義2030」と名付けたAIプロジェクトを発表した。台湾での先進事例なども参考にしながら、さまざまな人から吸い上げた意見を整理し、可視化する仕組みだ。政策決定プロセスの改革にも役立てる。自治体や政党に対して活用を呼び掛けている。 政党でもっとも積極的なのは国民民主党で、すでに2月の党大会に向けてこのシステムを実験的に活用し、寄せられた意見や提案などの分析に取り組もうとしている。政党としてシステムエンジニアを雇う必要があり、より多くのデータを収集するための予算を要するなどハードルは高いが、機能の有効性には手応えを感じているようだ。 注目したいのは、同党がシステム導入に併せ、民意を収集するにあたりどのような指示をAIに出せばよいのかに重きを置いていることだ。AIとの対話を通じて、よりよいAIを育成する姿勢は、用いる側の倫理性を映す。(特別記者)
AIと倫理 人知を超える存在に向き合う 論争を撃つ 石井聡 - 産経ニュース
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家格は屑星の二にて候
さて。仕事が始まってございますな。ぜんぜん。ぜんぜん4時間とかです。でもいつもの通り立ち仕事(本屋)なので、まだ2回しか行っていないのでとにかく帰宅してから脚が痛い。結構、結構ね、乗換駅で歩くんだよね。毎日とくに伸縮性のないジーパンを履いているためとにかく階段がきつい。でも2回目の今日は1回目の勤務より痛みがましだったので、このままちょっとずつましになるといいですな、と思う。最近、連日5000歩ほど歩いただけで、とにかく横になった時に足にしびびび!という稲妻が走るかのような痛みが発生する。この状況になるともう動く気が起きない。よくないことだ。この痛み自体は何年も前からある、というか小さい頃からあるようなないような気もするのだが、とにかくぴりぴりとした痛みが足からふくらはぎ、太ももにかけて駆け抜けてゆく。急激に太った頃もこれが酷かった気がするので、最近また太りすぎて下半身に負荷がかかっているのであろう。だいたい62kgだと思う。60kgがたぶん、せめて私の脚が支えられるぎりぎりの体重だと思う。食べすぎているんだ。お腹いっぱいでも、空いていなくても、とくに飢餓を感じていないのに、ただ「間が持たないから」という理由で1日4食くらいになっている日がある。普段は1日2食なので、異常である。これを1日2食に戻して守ったところでとくに痩せない。特に痩せなくても、健康のためにせめて59〜60をふらふらするくらいの体重にはなりたい。危険だ。もう4年前になるのか、20kg太った。正確にはまず16kg太り、その後8kg太ったので24kg太り、4kgなんとか落として今。20kg太ったのは度を越した飲酒と暴食である。毎日が急性アル中のような状態で毎日尿失禁していた。そのおかしさを認識できずへらへらと号泣しながら生きていたため、限界を越えてどんどん太っていった。社会的にも最終的には総崩れになったが、まあいい経験だったと思う。そもそも酒が一滴も飲めないサラブレッドの家系で飲むと体調不良(頭痛ゲロ)必至だったのだが、慣らせば馴れるもので、体と脳と筋肉はぶっ壊れたが、酒が「全く飲めない」ではなくなった。人間としても様々なことを経験して全く何をやっているのか、22〜23歳のやるであろうことを32〜33歳で経験した。嵐のような日々だった。その後の反動というか、まほやくジャンルでかなり知的で成熟して落ち着いた人種と交流したことにより、わ、わたしって、かなりやばい……。ということにようやく気づき、そこからさまざまな意識改革が行われた(友人には「全く根本をわかっていない、意味が無い」と評されるであろうが)。9歳年下の同居人大学合格のための住み込み家庭教師を経て、なんとか人間としての感覚を身につけていったような気がする。そこ(同居人氏合格)からもうすぐ2年が経とうとしている。相変わらずあまり自分が「ましになった」という感覚は少ないが、病状はかなり改善したと思う。不眠に陥ることが少なくなったし、うつ状態(希死念慮を伴う)も月に1~2回、つまり2日〜4日で済んでいる。カウンセリング、主治医変更、投薬(通院)の安定、偏頭痛薬の注射、生家との距離を置けたこと、障害年金の受給が始まったこと、など、この2年で変化したことが多くある。これらの変化がなければ、今私はここまで穏やかに生きることはできていなかった。さまざまな友人がつねに物心両面で支え続けてくれたからこそであって、私の努力というのはほとんどない。本当にこんな頑固でわがままでナルシストでとくに旨味のない(コン��ンツとして面白みのない)ただおちゃらけているだけの人間に、よくもまあここまで徳の高い友人達が繋がっていてくれるものだ、と思う。恩返しとしては私が元気で楽しく小説でも書いて生きていくことだと思う。小説といえばあんさんぶるスターズ!!の大人気カップリング、燐一(りんひい)のラブコメを7000文字ほど一日で書き、数年ぶり(体感)にpixivに投稿した。本当に久しぶりの事だった。Twitterで文庫ページメーカーに収まる程度の正体のない短文を書いたりはしていたが、二次創作をきちんと(対外的に姿勢をただして)投稿するのは2年ぶりくらいで、かなり緊張した。というのも、私はmusicのメインストーリーの第1部を読み終わった+αくらいの人間なので。せめてメインストーリー第2部まで読み終わりたかったのだが、結局書いてしまった。また読んだはずの第1部の記憶も怪しい。というわけで、もう石を投げて下さいという趣旨のキャプションをつけて投稿した。あんスタの二次創作をしている方々は基本的にストーリーは全履修が当たり前だと思っていると、私は勝手に思い込んでいるので、こういう半端者が書いたブツはそもそも読まれないことが多いと思う。読んでもらえてもライト層とか(キャラが好きなだけでストーリーは読まない層)。私はソシャゲのストーリーを読むのがかなりかなりかなり苦手な人間であるため、これからもすごく遅い進捗なのではないか、と思うが、あんスタのメインストーリーはかなり好きである。テーマが民主主義と主権者の政治参加の話だし、それを封建制の君主の家に生まれ、そこから逃れてきた天城燐音が大衆に訴えるという図が何よりも説得力があってよかった。明治維新で、天城燐音のような自発的に民主主義に目覚める人間がいたとしたら、日本はまあ違っただろうな、と思うが、私たちが戦後生まれだから天城燐音を創り出せるのであって、まあそれは旧日本には無理だ。民主主義ではなく、議会制度という程度の認識、江戸幕府+列藩が共和政になり、議院内閣制を採用したくらいの理解がせいぜいだったろうと思う。これは絶対王政や産業革命を経ていない日本ではごく当たり前のことと思う。よくこの、自前の頭の良さと勤勉だけで、民主主義国の歴々に立ち向かえたなあと思う。ただ、結局はトップダウン式の政治を人々が「望んでいる」のもあって、日本の民主主義というのはかなり保守的だ。今の日本の左派を見ても、「政治家は○○をしろ/するな」というだけで、自分が政治家になるとか、政治家に対して影響力のある活動をするとか、そういうことではないらしい(ように私には見える)。そもそも結局議員も世襲が強く、派閥も世襲議員を中心に回っている。このトップダウン式の1番頂点は何かと言うと、日本人が勝手に忖度している「幻想のアメリカ」だ。アメリカを初めとする欧米の意識に合わせよう、嫌われないようにしよう、というのが結局この国の大勢だ。現実的に、アメリカの核を初めとした軍事力に金を払って、防衛をアウトソーシングしているのもあり、そこにはやはり敗戦国としての力関係と悲しい自己評価の低さがあるため、「アメリカに従う」ことが与党ならびに自民党に求められることの第一義になっている。まあ私は個人的にアメリカがそんなに嫌いではないが、アングロサクソンははっきりと日本人をバカにし続けているので(というか、彼らには民主主義を生み出したという誇りがあり、日本人の猿真似など見るに耐えないと思っているだろう)、かれらの尺度でわざわざ自分たちを見なくてもいいだろうと思う。私たちは私たちの基準で世界を見ていいはずだ。そして当然アメリカより日本のほうが面白い国だし(僅差ながら)、この国に潰れてほしくないので、はやくアメリカから独立してきちんと(軍事力をバックにした)発言権のある国際社会の一員となって欲しいと思っている。17の頃から変わらない思想だ。軍事力を持つ=戦争の準備、ということで現在の日本では軍事力を持つことは忌避されているが、日本以外のほとんどの国は、どこもみな軍事力という「いざとなったら戦争してでも自国民を守る覚悟、世界すべてを敵に回しても自国民の命を優先する覚悟」を持っており、それが基本的には国家の仕事の最重要のうちの一つである。「戦争できない国」に住むということは、働いて稼いだ金の一部を税金として納めていると思いきや、捨てていると同じことだと思う。他国が攻めてきた時に、自国民を守れない政府に税金を支払っても意味がない。命の保障が国家の仕事の第一である。それは外圧はもちろん、内政においても同じ。だから人権という考え方があります。金を払ってアメリカの軍事力を頼るということは、自分たちには軍事力の決定権がないということ。イスラエルを支援しているアメリカの軍隊に多額の金を支払っている日本は、ガザ侵攻においても明確に加害者です。そのうえで、政府=国民ではないから私たちはイスラエルにNOを言い、デモをする。政府がアメリカに対して「NO」を言うことができないのでそうするわけですが、そもそも政府がアメリカに対して「NO」を言える世の中になったほうがいいと私は思います。国際社会の一員になるということは、公的にアメリカに「NO」を言える国であるということです。残念ながら、今は核兵器を持たねばそれは難しい事態となっていますが。
年始から何を長々と喋っているんでしょうね。私はbasicを読んでいないのでまだはっきりとはわかっていないのですが、結局天祥院英智がアメリカみたいなものなのかな。でも英智様よりも上に老害たちや、ゴッドファーザーなる旧世代がいるみたいだし(これは旧列強になぞらえられる)、basicでTricksterが何をやったのかがわかれば、あんスタ世界もさらに分かると思うので、basicを読むのも楽しみにしています。とにかくmusicは天城が面白い。突然の封建社会の申し子。そこからアンサンブルスクエアに飛び出してきた異分子2つ。ほかに注目株はやはり七種茨。主人公のあんずはどうなのかというと、今のところmusicでは目立った動きなし。主人公が番狂わせみたいな立ち位置だと面白いと思うんだけど、musicの第1部ではそれは天城一彩の役目だった。爽快に誰も彼をも救っていく、というか、天城燐音を救うためのスーパーヒーロー天城一彩。まさに主人公はこちらだった。ということはbasicでの番狂わせは明星スバルなのか?と思うが、そこはあんずに期待したい。あんスタは世界観構成だけではなくてキャラクターの絆や関係性も多種多様でおもしろいので、ありがたいなあと思っている。まほやくはこの点、「恋」にすべてが集約されていた(魔法使いは何にでも恋をする、恋こそが生きる理由)ので、関係性というか執着の度合いにあまりバリエーションがなかった。あんスタはユニットというものがあり、事務所というものがあり、学校があり、シャッフルユニットがあり、過去の因縁があり、過去の因縁があり、過去の因縁があるので、色々な人間が、人間との関わりに励んだり諦めたり反発したり愛したりしていて、バラエティ豊かに感じる。そもそもキャラクターが49人以上いるうえ、9年も続いているコンテンツだから、まほやくと較べることはできないのだが。ただ、まほやくのメッセージ性がかなりわかりやすいのに対して(話をしよう、よく話し合ってお互いを知った上で共に生きる道を模索しよう)、あんスタはかなりばっさりと「終わった関係」も描いており、まあ人生ってきれいごとだけじゃないよね、という冷めた、現実的に大人として生きるなら切り捨てざるを得ない人生のパーツというものを結構散りばめている気がする。まあちょっと期待しすぎかもしれないけど、三毛縞斑なんかは、見ていて痛々しいキャラクターだと思う。だからこそ桜河こはくと出逢ったことが、三毛縞斑ファンにはかなり感動的だったのではないかと思う。(この辺はよく知らないので適当ぶっこいてます。)
あんスタのスケジュール帳に日々のゲームの進捗や予定、コメントを書き込み、博文館懐中日記にその日の行動記録を書いているため、tumblrまで書きに来る気力が最近ない。上の二つをだいたい0時頃書いて寝るのが日課になっており、1月1日から続いている。
最近読んでいる本は『差別はたいてい悪意のない人がする』『客観性の落とし穴』『現代思想入門(千葉雅也)』。資本主義の〈その先〉へと、精読アレントも再開したいのだが、なぜ次から次へと新しい本に手をつけてしまうのだろう。いい加減にしてほしい。『母という呪縛 娘という牢獄』を昨晩3時間ほどで読み切ったが、何が言いたいのかわからないノンフィクションだった。というか、もし言いたいことがあるのだとして、それが私の予想通りであるならば、それは結論としては「糞」としかいいようがない本だった。児童虐待をなめている?教育虐待や精神的虐待、身体的虐待をここまで詳細にえがいておいて、なぜ「虐待」という単語が出てこないのか。虐待被害者は虐待加害者を殺すしか、もう生き延びる道がなかった、とすべての状況が言っているのに、ここにきてまだ「家族のあり方」「学歴偏重社会」だとか抜かしているのは、頭が沸いているのか?社会的養護に至れなかった被虐待児が成人してからも虐待を受け続け、トラウマケアなど遠い話で、物理的に母親という加害者から逃げられなかったという話を、ここまで「マイルド」な表現にしたのには、もはや悪意すら感じる。異常な人間が子供を虐め続けて、そのあげく子供に殺されたというそれだけの話なのに、なぜまだ子供を加害者かのように取れる余地を残すのか。異常な人間は周りがいくら何をしようが異常なまま子供を虐待するので引き離して子供を保護するしか方法がないです。こんな簡単なことをあと何千回この人生で言っていかなきゃいけないんだろう。社会との戦いは続く。私だって、「悪」なんて本当には無いよ、と言いたいよ。でもどこかで線引きしないと、誰も悪くなかったで終わるどころか、被害を訴えたやつが悪い、になっちゃうじゃん。たとえ自分がなんらかの被害を受けたとして、その憎悪の連鎖を断ち切って、自分は加害しない、と、「被害」を引き受けて生きていくのが人間ってもんだろう。好き勝手に加害して生きているやつは、逮捕されて、きちんと刑罰を受けるべき。虐待でもいじめでもなんでもそう。加害者側にも事情があった、っていうけど、事情のない人間なんかいないからね。弱いものを虐めてうさを晴らす人間の事情など斟酌する余裕はこの世にはないと思う。
2024.1.15
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猿の演劇論特別編@無為フェス/BUoY#1
#1「サイードの悲しみ-『文化と帝国主義』から『オスロからイラクへ』、もしくは現代演劇の逆説。」
鴻さんが目撃した20世紀のポストコロニアル演劇、そこに見出された希望とその希望の終焉がどのようにもた��されたのかを、エドワード・サイードの言説とともに読み解いていきます。
下記は、講義の概要をまとめたものです。
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「二〇世紀の終りを前にして」という講義を行なったタデウシュ・カントル、20世紀の初めに誕生した映画に着目し20世紀芸術として考えようとしたセルゲイ・エイゼンシュタインやアンドレイ・タルコフスキー。作品を通して、20世紀の映画や演劇について考えるということが行われたてきた。しかし、21世紀から20年以上を経た今、21世紀という時代について、その芸術論について議論されてきていないのではないか、と鴻さんは問いかけます。
■ 20世紀、戦争と革命の時代の演劇
20世紀、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経験したカントルは『死の教室』において、打ち捨てられた古い学校の教室で老人老婆たちが自分たちの経験について語りながら死の世界、戦争の時代の記憶が蘇ってくるというような作品を作りました。
一方で、20世紀は革命の時代でした。ロシア革命の演劇の代表的な演出家フセヴォロド・メイエルホリド、『冬宮奪取』を作ったニコライ・エヴレイノフ、1960年代にソ連で反体制派芸術家と言われる人たちが集ったタガンカ劇場を創設した演出家ユーリー・リュビーモフ。彼の代表作『世界を揺るがした10日間』は、アメリカのジャーナリストのジョン・リードが1917年10月25日から始まったペテログラードで起きた革命の現実を描いたドキュメンタリーをもとに作られた革命の演劇です。それはタガンカ劇場で繰り返し再演され、鴻さんは1979年に観劇しました。観客が、兵士や革命の戦士に扮した役者に誘導されて劇場に集まり、その群衆がデモ行進をしながら劇場へ移動し、そのまま革命の現場の中に投げ込まれるような構成になっている。ソビエト政権に弾圧されながら、抵抗の姿勢の中で生み出されたこの作品。それを体験して、鴻さんは戦争と革命の時代の演劇がいかに演劇的、芸術的に優れているのかを感じました。また、その系譜にはチェーホフの代表作『かもめ』も加えることができると言います。
そして、鴻さんが演劇を見始めた1974-5年、現代劇を代表する作家であったサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』は、日本では68年の学生運動の敗北と挫折の後の70年代の虚しさとつなげて語られることが多かった。しかし、ベケットはレジスタンスの闘志であった。フランスがドイツに占領された時に情報員として活動し、ナチスに見つかり逮捕される直前にパリを脱出した。その逃避行が『ゴドーを待ちながら』にも出てくる。日が暮れて夕日が空に赤染まっているという場面、それはナチスドイツに爆撃されたパリが燃えているのを見たことに重なっている。戦争と革命の時代をレジスタンスとして体験した人間が描いた作品が、現代演劇の最も重要な作品となった。
前回の猿の演劇論で「ジャガイモを掘るベケット、石を投げるサイード」を主要なテーマとしてこのような話をした時に、鴻さんは気分としては20世紀にいた、20世紀の人間として20世紀の芸術の魅力について語っていた、と言います。そして、ここ5年くらいで、20世紀を戦争と革命の時代と言うとき、21世紀は革命なき戦争の時代と後世の人たちが呼ぶようになるだろうと考えるようになりました。
■「帝国主義の愉楽」とは
鴻さんが20世紀の気分でいた時に、すでに21世紀について考え意識していた人たちがいました。例えば、ガーヤットリー・チャクラヴォルティ・スピヴァクは2007年にポストコロニアル批評は終焉したと語りました。1990年頃、ポストコロニアル批評こそが重要だと言い、93年にはいろんな形で議論されていました。それから、15年以上経て、ポストコロニアル批評が失効した、もはや力がない、どうすれば良いのか私にはわからないと。このことから、鴻さんは今回の講義のテーマに「サイードの悲しみ」と付けました。
2003年にエドワード・サイードが亡くなった時には気づかなかったけれど、ここ5年『オスロからイラクへ』を読み返した時に、鴻さんはサイードの悲しみを思うようになりました。この本は、93年以降の一連の出来事を2000年から2003年にかけて書きつづった、本人亡き後に他の人によってまとめられ、2004年に出版されました。
サイードの代表作の1つは1993年に出版された『文化と帝国主義』です。この講義では、その中に出てくる「帝国主義の愉楽」(邦訳では「帝国主義の楽しみ」)という言葉を使いながら、20世紀の戦争と革命の時代、21世紀の革命なき戦争の時代とをつなげ、現代演劇の力と問題性について語りたいと言います。
スピヴァクがポストコロニアル批評を出版した1990年に、サイードはこの本を執筆していました。鴻さんはこの本を1993年にニューヨークの書店で手に取りました。その本を買わなければと思ったのは、そう言う人たちが鴻さんの周りにいたということです。
では、サイードの言う「帝国主義の愉楽」とは何か。それは、大英帝国がインドを植民地にした時、統治し収奪するための管理統治形態として、静かに大人しく従わせる方法を考える知的探究の喜びを表します。管理統治のために、その土地のことを知り、例えば、インドであればカースト制度があるので、そのカーストの上の人間たちに言うことを聞かせれば、全体を統治できる。その上の人たちに貢がせるために、その下の人々を2倍働かせ、そのうちの半分を貰えばいい。国内的には大変になるけれど、外部の人間にとって問題はない。その収奪はどこまで可能なのか微細な部分まで分析し、判断することは、一種の科学技術者の知的探究と似たような喜びがある。そうした喜びを味わいつつ、帝国主義者たちは収奪という犯罪的な行動を可能にしていた。その側面がラドヤード・キプリングの『少年キム』という作品において描かれている。インドで生まれた、インドで統治に関与しているイギリス人がどのような教育システムのもとで、インドについての知識を得るのか、ラホールの民族博物館がそうしたシステムのもとでどのような意味を持つのかまでが極めて細部まで描かれている。サイードは、そういうものが「帝国主義の愉楽」だとしている。帝国主義者は、暴力的に人を支配し楽しむというレベルにあるのではない、そこにはある意味、知的な快楽もあるのだ、それが様々な形でいろんなところで駆使されている、ということが、「帝国主義の愉楽」の章には書かれています。
■ 帝国主義と20世紀の前衛
ここで、鴻さんは、少し脱線しますが、と、寺山修司のミシェル・フーコーへのインタビューについて触れました。寺山がフーコーに会った当時は、ちょうどフーコーが1975年に『監獄の誕生』を出版してから、1977年日本でその翻訳が出版される前年の1976年でした。寺山は1975年2月に翻訳が出版された『狂気の歴史』を読んでフーコーにとても関心を持っていた。そこで、『阿呆船』という作品を作る。日本の60年代の演劇の追い求めた逸脱したはぐれものの世界、河原乞食的な世界像、というのは、開放とつながっている。それは戦争と革命の時代の演劇であった。しかし、寺山とフーコーは、恐らく寺山が『監獄の誕生』を読んでいないことで���全く話が噛み合わない。そのインタビューの最後に、演劇がどこに行けば良いのかという時、日本赤軍やパレスチナのテロリストに共感を持っていた寺山は、そういうテロ行為みたいなものがもつ逸脱性、そこから寺山は市街劇で違法行為をすることが演劇的だと思っていると言う。しかし、フーコーはそこには同意しない。テロリストが恐怖を人に与えること自体が、テロリストの敵に理することであると言う。では、どうすれば良いのか。少なくともテロリストの恐怖によって革命への願望を喚起することはできない、また、欧米各国では革命はもはや大衆によって強く要求されていない。こうフーコーは1976年に語っているのです。そして、今日の知識人の役割は革命というイメージに19世紀に存在したと同格の願望率を回復させることが必要である、そのためには人間関係の新しい形態を発明することが必要だと語っています。残念ながらここで時間が来て2人のインタビューは終わってしまう。けれども、ここでいう「人間関係の新しい形態を発明すること」は、古代ギリシャ演劇が人間のあり方の新しい形態を考えるため、そのビジョンを構想する場所として、テアトローンという場所に人々が集ったという演劇の原型の本質、まさにそれが必要とされている、ということ。その先の話し合いがないけれども、フーコーは、『監獄の誕生』『監視と処罰』という本を書いた直後に寺山に会い、政治的な形態みたいなものに人間が拘束されていくこの近代社会に対していかに抵抗するかということを我々は考えなくてはいけない、ということを言っている。
そして、帝国主義者によって、パレスチナにイスラエルという国が強引に作られ、パレスチナから追放されたパレスチナ人であるサイードは、「帝国主義の愉楽」という言葉を使いながら、帝国主義者たちは軍事力だけでなく、我々の弱点を見透かすような形で支配している、そこには強力な人間としての喜びがある、そのことを知ることによって戦いが可能になると言っている。
サイードの代表作である『オリエンタリズム』では、現存する最古の演劇として『ペルシャ人』について触れられている。そこでは、サラミスの海戦でペルシャが壊滅し、夫を失った嘆き悲しむペルシャの女たちを描いている。その舞台を見るのはギリシャ人です。『トロイアの女たち』も同様です。オリエントの表象は、ヨーロッパに敗北し、屈服した人たちのイメージとして立ち現れ、それを持続させてきた。それが文芸の世界だけでなく、現実世界の実践の中で展開され続けてきた、それがオリエンタリズムという表象の歴史であると書かれています。しかし、それだけでは戦えなかった。帝国主義には、それを実現させるための愉楽があったのだと、この構造をサイードは『文化と帝国主義』で見出した。1993年はポストコロニアル批評の絶頂の頃です。
鴻さんは、1992-93年はニューヨークで演劇の勉強をしていました。ここで、鴻さんが思いつく、当時のニューヨークで観て面白いと思った演劇のリスト(当日資料)から、当時のニューヨークがどのような場所であったのかが見えてきます。
アシュルバニパル・バビッラ(アッシリア人、イラン)がニューヨークの前衛演劇の拠点であるThe Kitchenで上演した『悪魔の弁証法』。レザ・アブドー(イラン)は、エイズで死んでいく人たちの物語『The Law of Remains』を、マンハッタンのホテルの広場で上演しました。ピーター・シューマン(ドイツ)『ブレッド&パペット・シアター・サーカス』では夏に人々が農場に集り巨大サーカスをやりました。同じく前衛の拠点P.S.122で上演したリー・ブルーアー(ルーマニア)。リチャード・フォアマンの『Mind Kings』。セント・マークス・チャーチという教会の一角の劇場で上演しました。日本では巻上公一氏が『Mind Kings』を演出しました。エリザベス・ルコント『パフォーミング・ガラージュ』。ウースターグループの『三人姉妹』ここでヴェルシーニン役をやったロンヴォーターがエイズで数年後に亡くなります。ロンヴォーターが、本人もゲイでありながらゲイを弾圧した弁護士のロイ・コーンと、エイズで亡くなった芸術家のジャック・スミスを演じた『ロイ・コーン/ジャック・スミス』。しばしば来日しているピン・チョン(中国)の『Undesirable Elements』。鴻さんが通っていたリチャード・シェクナーのゼミでは、Living Theaterの『Paradise Now』や60年代の解放した性の神話とつながるような、シェクナーの作品『Dionysus in 69』の映像を見ました。
鴻さんは、このような前衛の人たちが渦巻くようにいたニューヨークで、文化的多様性、外部性の混在を経験しながら、ポストコロニアル批評の話を聞いていました。その時にサイードが『文化と帝国主義』という本を書いて、我々の戦略的な核のなかに、「帝国主義の愉楽」の存在に対する批評的認識が欠けていたことが問題であったのではないか、という本を書いていた。ここには20世紀の二重の問題性というものが隠されていると言います。
鴻さんは、サイードが「帝国主義の愉楽」と書く時に、フーコーの1966年の著書『言葉と物』の最終章が思い浮かんでいたのではないか、と考えます。そこでは、近代ヨーロッパは20世紀に2つのものを作り上げたと言っています。1つはヨーロッパの外の世界について調べることによってヨーロッパの内部の世界の歴史と地理、構造を明らかにする学問、文化人類学です。もう1つは、意識、理性、精神、そういうものの外部について探究し、本質を明らかにしていく精神分析学です���ヨーロッパの外の世界を具体的に調べる、帝国主義が必要としていたことがこれらの発見を可能にしました。『オリエンタリズム』の中に、ナポレオンがエジプトを統治する時に沢山の学者を連れて行き、エジプトを研究させたとあります。それはエジプトロジーという膨大な本にまとめられました。カエサルは『ガリア戦記』でドイツの南部の社会事情についての詳しい調査・研究を記しています。
そして、フランスの演劇人、アルトーは、インドネシアには行っていないけれど、バリ島のガムランなど植民地から連れられてきたものを世界博覧会みたいなもので見て、そこで出会ったものたちを自分の演劇の中に取り込んで行った。それを可能にしたのは、帝国主義です。
鴻さんは、パリ郊外のカルトゥシュリーという弾薬庫跡の劇場で、アリアーヌ・ムヌーシュキンが率いる太陽劇団の『インディアード』を観ました。ガンディを主役としたインド独立運動の物語です。そこでは「パキンスタン」という言葉が叫ばれる。ガンディの願いはインド全体の独立でしたが、大英帝国側は今後のことを考えて分割して啀み合わせる必要があると思っている。そうした帝国主義者の策略にのってはいけないという意味で「パキスタン」と叫んでいる。その後ろではガムランなどの打楽器が盛り上げています。インド独立運動の魅力と嘆きを、西洋的な演劇ではなく、まさにインドの解放を願うにふさわしいような形で、非西洋的な音楽、打楽器の響きに乗って空間を作り上げ、空間自体が解放的なカルトゥシュリーという弾薬庫跡に出現しているのだと鴻さんは感動して観ました。
しかし、サイードは、それだけでいいのか、と問いかけているのです。それ自体が、少年キムがインドを統治する時の喜びに対応するような形で作られていることを知らないといけないと言っている。我々は、その喜びとともに、搾取と弾圧でない形で常に使うように心がけなければならないし、また、そうじゃない人たちがいることも知っていながら、それと戦わなければならないんだという、戦いの複雑な困難性みたいなものが『文化と帝国主義』の中には書かれている。しかし、困難であるからといって不可能ではない。その問題は言い続ける必要がある、ということで書いたのではないかと鴻さんは考えます。
■ 文化人類学の反転、その演劇的可能性
ここで、逆に支配されている植民地の人たちはどうなのか、インドでは、アフリカでは何が起こっていたのか。鴻さんはハンブルグで演劇祭の仕事をするために、2001年からヨーロッパの外のアジア、アフリカ、南アメリカを訪れるようになりました。最初に行ったのがコートジボワール共和国です。まだ北部が内戦状態で渡航危険度が高い状況の中、アビジャンという都市で、安全に隔離された区画に滞在しながら演劇祭を観ました。
そこで観た『パレオ』という作品は、民主派が勝利した、演劇祭の直前に行われたコートジボアールの大統領選挙を巡る議論を舞台で行うものでした。ギリシャ悲劇のクレオンとアンティゴネの論争みたいなものが繰り広げられる。様々な部族がいて、部族同士が仲違いする。そういう時に自分たちは何を代弁してこういうことをやろうとしているのかという激論が交わされます。その議論の佳境で後方にいたコロスが歌を歌い始めて立ち上がって舞台全体を包み込み始める。その議論が歌にかき消されているような、議論を盛り上げているような時もあるけれど、しばらくすると、そのコロスがさーっと後方に引き下がり、いわゆる対話的な論争が始まる。このコロスはコートジボアールの民族歌舞集団です。役者たちはパリ大学で演劇を勉強して帰ってきた人たちです。
それを観て、パリに行って太陽劇団を観て、真似をしている人たちと言うこともできるけれど、歌舞集団は本物です。太陽劇団の後ろで楽器を演奏している人たちはフランスで育ってインドネシアの楽器の技術を勉強してきた人たちです。
コートジボアールは1960年にフランスから独立しました。コートジボアールの伝統的な歌舞を身につけている人たちが、ヨーロッパの演劇を勉強して、大統領選での民主化を主張するような演劇を作っている。ここで、我々もまた、帝国主義者たちの知識あるいは技術を我々の新しい文化のために使っていくという意味で、反転する文化人類学というものを考える必要があります。
これは、2007年のスピヴァクの嘆きの前、2001年のことです。1990年代のポストコロニアル批評の議論が展開されていた頃に出現してきたのがコートジボアールの現代演劇です。
南アフリカのグラハムタウンフェスティバルでは、ヤエール・ハーバーの『モルーラ(灰)』を観ました。この作品は、アイスキュロスのギリシア悲劇『オレステイア3部作』を素材にしています。モラールとは人を死んだ後に残る灰のことであり、この物語では、オレステスの遺灰をもつ男がエレクトラに見せにくる。そこでは、小柄な黒人女性演じるエレクトラが巨大な白人の女性が演じるクリテムネストラに虐待されている。この遺灰を持った男が実はオレステス本人で、自分の死を偽ってそこへ入り込んでエレクトラを助ける。そして、復讐をするという話になっている。そこでも、その土地の民族舞踊の合唱団が全体を盛り上げている。こうした文化人類学が反転した姿、それが上演されるとき、演劇として物凄い力を持っていると鴻さんは感じました。
一方で、サイードが1993年に『文化と帝国主義』を出版した直後にオスロ合意がなされます。それは、サイードとしては敗北の確定であった。今から考えれば、2カ国独立の道を探るオスロ合意が実現されていれば、パレスチナの土地はここまで奪われはしなかった。しかし、サイードにとってみれば、元々パレスチナ人のものであった土地に、ユダヤ人が後から入ってきた。1つの土地で皆が共存する形を理想に考えたとき、オスロ合意は妥協策でしかなかった。そして、オスロ合意の2年後にその提案の中心にいたラビは暗殺され、合意自体が無視されていき、アラファトも堕落していく、そうしたことを『オスロからイラクへ』で書いています。そして書いている最中に癌で死んでしまう。この敗北していく悲しみがサイードの悲しみです。
■『ルワンダ94』の衝撃、その背後に
このように、完全優位なものに排除されてしまう、そうした敗北がある一方で、植民地から独立を勝ち取ったような形で、その後の植民地はどうなっているのか。その現実は良くなっていないと鴻さんは言います。
そうした植民地独立以降の1994年のルワンダの虐殺事件を描いたのが、ベルギーの演劇集団グルポフによる『ルワンダ94』です。100万人が殺されたと言われ、その後、85万人くらいに修正されたけれども、物凄い数の人間がサトウキビを収穫する時の手斧、マシェットで殺されました。その虐殺ののちに、被害者も加害者もそこで生きていかなければならない。そのために、ルワンダに昔から伝わっているガチャチャという裁判の形で互いに許し、新しいルワンダを作り上げようとなった。
その虐殺事件の生き残りの人たちと、グルポフが一緒になって1998年頃から芝居を作り始めました。実際にその場にいた人たちが舞台に立ち、そこで見たこと経験したことを話し始める。夜の9時に始まり、途中休憩を挟みながら、明け方の5時6時くらいまで上演される。
では、この虐殺がなぜ起きたのか。それはフツ族とツチ族の2つのグループの啀み合いによって起こったものではなかった。それを仕組んだのはベルギー政府であったということがわかってくる。帝国主義の支配の方法で、2つのグループのうちどちらかを優遇する。それを10年毎に転倒させる。そうすると、それまで虐待されていた側は、恨みを返す、その逆にもなる。その構造は植民地支配の中においては変わらない。94年の大虐殺が起こる前に、10万人規模での虐殺は起こっていた。そうしたことをベルギーの演劇人たちも知らなかった。帝国主義の愉楽というものに無知であったけれども、それを知り、衝撃を受けた。
さらに、『ルワンダ94』がアヴィニョンでワークショップの形式で上演された1999年、鴻さんはモントリオールで完成版を観た2002年、それが上演されていた時に、虐殺されたルワンダの人たちの中心になって民族戦線として戦ったポール・カガメという大統領が、隣のコンゴ民主共和国でコンゴ人の虐殺をしていた。国連で働いていた米川雅子さんによると、1998年から5-6年の間に600万人が殺されたということです。他の人で年間5000人が殺されたと書いている人もいて、数に開きがあり真偽は明らかではありませんが。その背景にはレアメタル問題がある。レアメタルを金融資本主義が自由に横流しするためにルワンダを経由しているのです。ルワンダの首都キガリは高層ビルに埋め尽くされて近代未来都市になっている。もしかしたら、それを作るために虐殺したのではないか、フツ族にツチ族を殺させたのは金融資本主義なのではないかとさえ考えると鴻さんは言います。
『ルワンダ94』においてガチャチャは美談です。私たちは和解もしなければならない。そして、虐殺記念日があり虐殺を忘れてはならない、という形で演劇は進んでいく。それ自体は色々と考えられながら作られているのだけれど、しかし、ベルギー人がそうした美談を作らせることによって、さらに巨大な悪が、今後のレアメタルを国際金融資本主義が支配しようとしている、世界はとんでもない方向に向かっていると思える。『ルワンダ94』という作品がルワンダの人たちだけでなく、ベルギーの人たちと一緒に作られ、希望を見せたような形になっている。それを観ながら、何か新しいことをやっていく必要があると感じられる、そのことでさえもが、帝国主義者の手のひらの上で転がされているだけという可能性がある。
こうした複雑な構造に比べて、サイードの悲しみはより直接的です。行き場をなくしたパレスチナ人が完全に忘れ去られてしまうということが現実に起こっている。しかし、25年前、1998年にまだ少し希望を持っていた人たちがいた。それが、つい最近亡くなったテルアビブに生まれ、パリを拠点に活動していたユダヤ人の美術家、ダニ・カラヴァンです。鴻さんは98年にテルアビブの国立美術館での展覧会、「パサージュ97」を観ました。エントランスホールには、逆さになったオリーブの木が天井から吊るされている。葉や枝が広がり光と相まって素晴らしい空間が広がっている。しかし、このオリーブの木はイスラエル兵がブルドーザーでパレスチナ人の家を破壊した時に庭から根こそぎにされたものなのです。また、その展覧会には、床に散らばる無数の石が転がる鏡の壁を持つ部屋がありました。誰でも石を拾って壁に投げて良い。その作品は、「インティファーダの部屋」とあり、その下に「武器を持たない者は石を投げるしかない」と書かれている。サイードもそういう人がいることを知っていたとは思うけれど、実際にはほとんど力がないと絶望して悲しみの中にいた。しかし、テルアビブでそのような芸術活動があり、街頭でもパレスチナ人の自由を求めるデモがあったりする。当時、鴻さんはそういう動きに期待を寄せていたと言います。
サイードの悲しみをもたらした現実がある、そのことは認めないわけにはいかないけれども、その中で、演劇に関わらず、芸術的な活動が問われている。猿の演劇論のような試みを続けていかなくてはいけない、と鴻さんは結びました。
文/椙山由香
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