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#淡い記憶を愛おしい記憶に
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elle-p · 5 months
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Scan and transcription of the Persona 3 part of Newtype Magazine March 2016
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PERSONA3 THE MOVIE
#4 Winter of Rebirth
●新宿バルト9ほか全国にて公開中
●第3章Blu-ray&DVD好評発売中
WEB▶http://www.p3m.jp/
Twitter▶@P3movie
illustrated by YUKO YAMADA, painted by MARIKO SHINOHARA(TROYCA)
finished by JUNPEI TAKATSU, background by BIHOU, text by HITOMI WADA
©ATLUS ©SEGA/劇場版「ペルソナ3」製作委員会
アイギス
自分は感情のない機械だと言うが、使命から離れても「理のそばにいたい」という想いがその身にあふれていることに気づく
結城理
「春になったらいっしょに桜を見よう」――そうアイギスと約束し、世界の終わりに対峙する戦いのなかで、「命の答え」にたどり着く
まるで当たり前に訪れるあすのように静かに近づく死の運命のなかでかわした約束はともに生きるという喜びに満ちていた。 すべての想いは空に上がり、いつか花びらようにゆらめき舞う。全4章からなる劇場版「ペルソナ3」を「主人公・結城理として、また、世界の滅びを告げる宣告者として2つの側面から表現した石田彰に聞く――。
Birth to Rebirth
人間らしくなったね
人間らしくなれたね
結城理/望月綾時役 石田彰
理の成長と仲間とのきずなを感じて
春、夏、秋、冬と季節を重ねて彼らが迎えたのは、一年の終わりではなく――世界の終わり。仲間たちのなかで心の扉を少しずつ開いていった理は、その先の春を想って、真っすぐに約束をした。
ついに封切られた 「PERSONA3 THE MOVIE」最終章。このフィナーレを主演声優・石田彰はどのように見つめたのか。
「台本を読んで、まず思ったのは、そうか、この結末が確定してしまうのか⋯⋯ということでした。いや、厳密に言うと台本の時点では、でも、映像ではもしかしたら何とかなるのかも、なんて淡い想いも抱いたんですけど(笑)、その後リハーサル用ビデオと合わせて確認して、ああ、やっぱり逃げようはないのか、と覚悟を決めました」
そう言って石田はほほ笑んだ。彼が今作で演じた役柄は、主人公の結城理と、理が仲を深めてきた友人であり、世界の滅びの宣告者《デス》という正体も明かされていく望月綾時。まず、今作の理の印象を尋ねると、「しっかりしたというか、人間らしくなったね、人間らしくなれたね、という感慨がいちばん大きいですね」という答えが返ってきた。
「第1章のときには、周りに言われたことを『わかった』と何でも受け入れていた理ですが、今では自分の意志をもち、さらに、その意志を周りに伝えて、ともにあるひとつの決断に至ることもできた。そんな理の成長、仲間たちとのかかわり方の強化は、ぜひ感じていただきたいポイントです」
演じる立場から見ても、理は季節を経るごとに、より刺激的なキャラクタ���になっていったのだという。
「もともとの理のような淡々としたキャラクターは、考えがブレないので演じやすいんですけど、でも、そういう芝居っておもしろいかおもしろくないかで言ったら・・・・・・あまりおもしろくはない(笑)。なので、彼のなかに心の揺れが生まれて、どんどん人間味が出てきたことがうれしかったですね。そのぶん、彼がどう感じているのか、どう考えているのかを解析していくハードルもどんどん上がっていくんですが、それがおもしろいんです」
クライマックスに向かう物語のうねりと、理が人間としておもしろくなっていく輝きとがシンクロして、それが石田本人にとってのエネルギーにもなっていく。
「何て言ったらいいんだろうな、演じていくごとに作品が『もっと来いよ!』って言ってくれる気がしたんです」
一方、綾時の印象を問うと「理と違って、社交的で行動力があって⋯⋯とタイプの違うキャラクターなんですよね」とつぶやいた。
「理みたいに周りから一歩引いたところにいつもいるようなタイプの人間にとって綾時は、ある種、こういうふうに生きられたら俺にも違った人生があったのかもしれない、と感じさせるような存在で。こういう人間が自分にかかわってきたら、どう接したらいいんだろう? とか、いろいろ考えさせられたりするんじゃないかな。演じるうえでは、理でやらないことを綾時としてやればいい、というふうに考えていました。理の裏面をやる、みたいな気持ちで向かっていましたね」
背中合わせの存在をそれぞれに表現していった石田。第4章のアフレコは、先に綾時にまつわるパートを録り、後日、理として、ほかのキャストといっしょにそこに向き合っていく、という順で進められた。
「自分が言ったセリフに対して、自分で返していく作業ですよね。もし綾時を別の役者さんが担当されていたら、相手はどんな想いを込めて、こういう言い方をしているんだろう? と、その都度受け取りながら返していくわけですけど、今作の場合は、スタジオに入って、その声を聞いた瞬間にその声の主の気持ちもわかっている、という状況なわけです。あらかじめでき上がっているパズルのようなものなので、理と綾時のやりとりに関しては、通常の作品にはないハマリ方になっているのではないでしょうか」
避けられない滅びが迫り、急速にせつなさを帯びていく物語。そのなかで最も印象深かったと石田が語るのは、理と仲間たちがひとつの決断に至るまでを描いたそれぞれの時間だ。
「かなわぬ相手だとしても正面からニュクスに立ち向かって、ガチで殴り合おうぜ、とみんなが決断する前です。この世はもうすぐ終わるよって、理不尽に自分の人生を止められてしまう事態に直面したときの、特別課外活動部のみんなの立ち居振る舞いが、それぞれ本当に生々しくって、ね。たとえば、順平が『何でこんなことになっちゃうんだよ』みたいな叫びを理にぶつけちゃったり。僕らの世界に影時間はないですから、あったとしても気づいてないですから、こんな事態が迫ってくることはないと思い込んでいますけど、でも、もしも彼らと同じ局面に立たされたら、誰と近い反応をするんだろう? なんて考えてしまいます」
第4章の監督は、第2章でも監督を務めた田口智久。監督について聞くと、石田は楽しそうに語る。
「田口監督は第2章の舞台あいさつで盛り上がった、ラブホにロケハンに行った話の印象が強くて(笑)。俺のアイデンティティはそこじゃない! と監督は叫びたいと思うのですが、でも、そんなこともあったおかげで、監督と役者の間にある垣根がすごく低くなったような気がかってにしていたので、第4章でもごいっしょできてうれしかったです」
そして、石田は、劇場版全4章を走り切った今の想いを語った。
「起承転結の起に当たる第1章で映画としての『ペルソナ3』の土台をつくって、その上に章を積み重ねてきたのですが、章を追うごとにファンの皆さんの賛同の声も大きくなっていった印象で⋯⋯。毎回熱気で劇場をいっぱいにしていただけたことが、演じる側、制作側にとっての自信につながっていました。そのパワーをいただけたからこそ最後まで走り切れたのだ、という感覚が強くあります。ありがとうございます」
●いしだ・あきら/ 11月2日生まれ、愛知県出身。主な出演作品は、「昭和元禄落語心中」八代目 有楽亭八雲/菊比古役、 「Dimension W」アルベルト・シューマン役、「銀魂」桂小太郎役ほか
10年前、理はアイギスに出会っていた。アイギスはデスと死闘を繰り広げ、最後の力で理のなかにデスを封じ込めたのだ。忘れていた10年前の記憶を取り戻したアイギスは理とみんなが苦しみながら滅びを迎えることを望まなかったが、理のことばに、アイギスも滅びから目をそらさず、立ち向かう決意をする
滅びの時が迫ることを知り、特別課外活動部のメンバーは “滅び” の運命にうろたえ、それぞれに考え、向き合っていく。順平は理に辛く当たってしまったこともあったが「俺、サイテーにかっこ悪かった」と謝り、理がどんな選択をしても自分もみんなも恨まないと伝えた
綾時の正体は10年間理のなかに封じられ、大型シャドウを倒すごとに理のなかで育った宣告者・デスだった。来たる滅びの時を前に、綾時は自分を殺してすべてを忘れて迎えるか、このまま恐怖におびえながら迎えるかの選択を理にゆだねた。綾時を殺せるのは理だけ――綾時と理のつながりが生んだ最後の選択を前に、理は決意を固める
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aramashi · 9 months
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7月27日。仙台にて
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通り雨で車両の窓が斜めに濡れた。バタバタとガラスが叩かれる音でうたた寝から目覚める。すんと湿ったにおいが鼻をかすめて、少し身震いをする。
冷房が効いていて肌寒い。乗り込む直前まではびたびただった汗もすっかり乾いた。ちょっぴり残っていたMATCHを飲み干して新幹線の外に目をやる。
相席のお客さんが郡山か福島かで降りていったから窓の向こうがよく見えた。陽炎みたく淡く浮かぶ山の縁を覆うように、雲がたなびいている。ぽとぽとと灯りを点し始めた町は、雲間からあふれた夕日によってその潤いを増している。
腰を据えるなら空が広い場所がいい。地元に帰っているときもよく思うことだ。上を向いているときにはネガティブな気持ちが減るって言うし。遠く高く変わっていく視界を前にしていたら、なんかどうでもいいなってちゃんと思えるから。
チェックインを済ませてひと休みをしたあとは、先んじて送っていた荷物を受け取りに友人Yの居候先まで向かった。青葉通りを突っ切って、真っ黒な広瀬川を足元に眺めながら大橋を渡る。
渡りながら、1年も2年も昔の自分って他人じゃん、と口を開く。うん?と咀嚼の必要を含んだ反応を返す同居人の横顔を特別確認することもなく、だからさ、と話を続ける。
今じゃ考えられないようなことを考えて、今じゃやらないようなことをやってるんだよね。馬鹿じゃないのとか、もっとうまいことやれるでしょって今なら思うようなことも、平気で。
そうだね、と相槌が打たれる。追いついた表情をしていることが声色からわかる。
でもさ、記憶は残っているから。他人でも、自分だから。それで、そんな思い出が、ここにはたくさんあり過ぎる。
平たいLEDの信号機が十字路を赤に染めている。目の前の坂をぐっとのぼればかつて通った大学の部室棟だ。このまま見つめ続けていたら胃の内側に薄い膜が張られていくような気がして、ぷいと視線を逸して右手に曲がる。
そんなことばかりだよ。彼がつぶやく。木だか虫だか葉だかわからないものをシャクシャクと蹴って美術館の手前で折れる。セブンイレブンが通りの向こうで煌々と照っている。油絵の具のにおいをまとわせて、いい子はもう寝ている時間に飲み物を買いに歩いた道。
そんなことばかりだよね。私もつぶやく。そんなことばかりだ。悔しくて、恥ずかしくて、見たくもないのに、愛おしい。
自作のTシャツに黒のハーフパンツというリラックスした装いで出迎えてくれたYは、林のように本棚があちこちそびえ立つ一軒家にすっかり馴染んで見えた。
せっかくだから、と招き入れてくれたダイニングの真ん中で、こっくりとした色味の木のテーブルに肘をつき、麦茶を片手に軽く話をする。
フリーになってさ、まあぼちぼちよ。ありがたいことに仕事を回してくれる人がいて。ムラはすごいけどお金は最悪、なんとかなるし。ただでもさ、絶望だよね。
不意に強い単語が吐かれたから聞き間違いかと疑った。何が?と問うと、なんていうか、社会?と手をこまねく所作をする。
たとえば『怪物』をさ、ああまだ観てないのか。もし観るなら予告も何も調べないのがいいよ。前情報なく、いきなり観てよ。
それ前にも友だちに言われたわ、と笑って伝えて、次の週末には観に行くと心の中で決めた。
東京のおすすめの喫茶店や本屋をいくつか教え、盆栽に水をどうやるかを見せてもらって玄関に降りた。じゃあね、と家をあとに車道を渡って振り返ると、Yは橙の明かりを背負ったまま、まだ私たちを見送ってくれていた。
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toxgo · 1 year
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The Green Knight
“A24”のお気に入り作品は?
映画を見ようと思うキッカケの多くは、そもそも原作のファン。好きな俳優や監督だったり、劇中を彩るサントラが好き。あのカメラマンのカメ��ワークが見たいなど多種多様。でも、どこが作ったのか?などの制作会社の情報だけでワクワクさせてくれるのは、現在の映画界において“A24”が頭ひとつ抜けていると思います。
初めのクエスチョンにアンサーすると、僕のお気に入りはデヴィッド・ロウリー監督の「A GOHST STORY」
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妻を残して先に逝ってしまった夫が幽霊として現れ、最愛の妻と過ごした家の中から見守るだけの物語。本当にただそれだけ。淡々という表現がピッタリな物語をロウリー監督といえばな長回しで繋いでいく世界観。1年。1時間。1秒などの概念は皆等しく同じ。しかし、体感するスピード感は人それぞれ違う事。愛しい人の記憶から徐々に消えていく事の切なさ。それらを一度見ると忘れられない幽霊像で教えてくれます。
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そして、誰しもが何かしらのタイミングでふと想ったり、考えたり、ぶつかってしまう「時」の流れる描写が本当に抜群。この作品に出会ってからはすっかりロウリー監督のファンになってしまった僕。
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ルーニー・マーラだとやはり“ドラゴン・タトゥーの女”で演じたリスベットが真っ先に浮かんでしまいます。でも、彼女の自然体の綺麗さに惚れ惚れしてしまったこちらも大好きですし、ほぼ顔が出てこない出演ながらも、シーツオバケの夫を演じたケイシー・アフレックも最高すぎ。
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そんなロウリー監督の最新作「The Green Knight」
原作は「サー・ガウェインと緑の騎士」という作者不明の叙事詩。これを聞いてピンとくる方は中世のファンタジー好きだと察します。でも、僕は正直に言うとあまりファンタジー作品を通って来ていません。変に凝り固まった偏見が邪魔をし続けているジャンルとも言えます。しかし、A24制作かつ監督がデヴィッド・ロウリー。こうも好きを揃えられては見ない理由が思い当たらないです。
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あらすじをすんごいざっくりと説明すれば、舞台は中世ヨーロッパ。アーサー王の甥っ子ガウェインが物語の主人公。クリスマスの日に開かれた宴に、ほぼ木な出で立ち緑の騎士が突如現れます。そこで緑の騎士は“クリスマスの遊び事”の首切りゲームを持ちかけ、その挑発に乗ったガウェインが聖剣エクスカリバーで緑の騎士の首を一太刀。しかし、緑の騎士は何事なく自分の首を拾い、ガウェインに「1年後のクリスマスに私を捜し出し、ひざまずいて、私からの一撃を受けるのだ」と言い残し去っていきました。その出来事から死亡フラグをビンビンに立てられたガウェインの苦悩と成長を見届ける物語。
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アーサー王、エクスカリバーなど厨二病が思わずゾクッとしてしまう単語も並びますが、大作ファンタジー作品の様なわかりやすい展開は待ってませんし、ファンタジー系の代名詞である圧巻なCGで魅せる事も少ない。でも、衣装や小道具などを上手く使い、美しい中世の匂いやテクスチャーが伝わる映像にはうっとり。更に、セリフなんかで多くを語らず画で感じろ!なデヴィッド・ロウリー節は健在。
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映画やアニメなど物語を見る際に気になってしまうのが、主人公のダメさ具合。やはり主人公が出来杉くんではダメなのです。完璧にはほど遠いからこそこちらは感情移入してしまうのです。では、ガウェインはどうでしょうか? 安心して下さい。ちゃんと自堕落でどうしようもない主人公像でした。少々イラッとしてしまうかもですが、そこも含めてA24。
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劇中ではそんなガウェインが緑の騎士から突きつけられた呪いであり、試練に立ち向かっていきます。緑の騎士を探す道中では、言葉を話すキツネなどのファンタジーらしいキャラクターや、人であり人でない存在などなど。様々な出会いを経験していきます。そして、それらは忘れる事の出来ない“記憶”となりガウェインの心に刻まれていきます。
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いつもは好き勝手にネタバレを長々かつダラダラと書いているブログですが、“THE GREEN KNIGHT”や“A GHOST STORY”は見終わった後に残った余韻は近いものがありました。なので、今回はある方の名言を総括にします。「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある」 
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そして、ここからが本題です。
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A24×MIN-NANOによる「The Green Knight」のアイテムをTOXGOでリリースします。2020年の「Midsommar」から続く第二弾。A24とMIN-NANO。リスペクトしかない両者のアイテムをTOXGOで販売出来る嬉しさ。個人的にとても感慨深いです。
THE GREEN KNIGHT × MINNANO L/S TEE
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我喜屋位瑳務さんによる劇中のキービジュアルを散りばめたバックのグラフィック。
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Sz: M , L , XL , XXL / ¥9900-
THE GREEN KNIGHT × MIN-NANO 6PANEL CAP
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CUP AND CONEの間違いないボディを使用しております。
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¥8800-
THE GREEN KNIGHT × MIN-NANO BUMPER STICKER
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物語のチャプターテロップで登場するメッセージを落とし込んだステッカー2枚セット。メッセージステッカーの代名詞なバンパーサイズなので少し大きめ。
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¥1650-
THE GREEN KNIGHT BLANKET
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2mオーバーのUSAメイドブランケット。
Art Work by 我喜屋位瑳務
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¥33000-
THE GREEN KNIGHT SILK SCREEN POSTER
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シルクスクリーンスタジオZigameによる豪華6色刷りのポスター。サインとシリアルナンバー入り。
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Art Work by 我喜屋位瑳務
¥26400-
日本公開日の初日である11.25の12:00より店頭先行で販売します。オンラインは11.27の20:00にアップ予定。是非映画も合わせてチェックしてみて下さい。
NARI
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poetohno · 2 months
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混沌の洪水 9 おまけトーク(現実にではなく、観念にダメージを受けている)
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「断罪」
迸るように激しく 溢れるように流れ 世界の色彩は閃く
ギロチンが音を立てて待ち構えている 帰りを待っている 朝が来て 夜が来て
断罪の音が木霊する 日々音が近づいてくる どこにいようとも 何をしようとも
迫り来る 祭壇への 道 生きること 鼓動が 導く 避けようのない 運命
心臓は高鳴る 警鐘のように
逃れることはできないからこその 運命 受け入れる気はない 別の運命をたぐり寄せようと手を伸ばす
火薬に火を点け 計画を粉々に砕く 燃え広がり 海の中に灰を蒔く
未来への標を失った 命の計画書は塵となる 何を望める 運命の音は木霊する
細胞が 共食いし 命を 食らう 身体が 身体を 貪り 食らう
破壊されてしまえば 消えてしまえば
破壊された溝を 埋めることはできない 困難な道 茨の導き 血を流して軌跡とする 運命の音が迫り来る 脳裏に浮かぶ祭壇 恐怖 震える手 未来のための標は 失われてしまった 命は彷徨う
どこにいようと安全な場所など無い 安らぎなど仮初めの姿
真実から目を背けたいだけ なくなることはない 遠ざかろうとすればするほどに 音は轟き 心臓を掴む
心臓が肺を囓る音がする 恐怖 細胞の痛みが奔る 絶望
警鐘が鳴り 断罪は 雷鳴に似て 思考は 混濁 喪失し 生命の 破壊
時は近い 運命は変えられないのか 遙か昔に決定されていたこと
狂うことができれば どれ程の 救いだろう 不安 恐れ 失望 痛み
全てが降り注ぐ 矢のように 裁きのように のたうち回り 足掻き 藻掻き 懸命に走る
それしかできない どんなことがあっても 自身が歩む道でしかない
全ては耐えられるからこそ 与えられてしまうもの 運命には 望みも 願いも 何ら関係がない 微動さえしない
太古の昔から脈々と流れてきた 巨大な奔流 都合よく 未来と名づけて 必死に生きることしか できない
彷徨い歩き 倒れた時 後ろで音がした 刃物が落ちた音 影の首を切る 崩れ落ちた
逃れれば救いと呼ぶのか 自分勝手―それでも 生きろというのか 葛藤も 矛盾も抱えて 醜い心さえ携え 夜明けの美しさを焼きつけて
不穏
砂漠から立ち上る蜃気楼 海に浮かぶ砂上の城
既に失われた楽園
人々は泥を財宝と錯覚して身につける
美しさを求めて泥を身体に塗りたくり穢す
愛というものは季節のようにすぐに移ろう幻
秋が訪れれば 葉が枯れゆくように 万物は逃れられない 太陽と月さえも支配されている
熱せば冷める水と同じ 酔えば醒める甘美な酒 死のような恍惚の眠りと失望した現実への目覚め 彼らは皆求めたがゆえに失った
強固な大理石に罅が入る 溶けるように風化していく 化石のような残骸が残る
硫酸に溶かされるかのように消えていく
永遠を望むということは時の移ろわない砂時計を望むことと同じこと
籠は骨でできている やがて塵となり 土に還る時の流れに 抱擁されている
海水を啜る者達は飢えに我慢ができなかったのだろう 心の欠乏に 自らが欠陥を抱えた存在であることを認められないがゆえに より渇くとも知らずに
飢え求めるからこそ 貧しくなる 覚悟していようとも 本能と欲望は抗えない 偽りを本物と気づかずに
ほくそ笑むだろう 欲する者達は煌めきに眼は眩んでいる 砂粒が宝石に見える
自らが富を得て 豊かに 幸せを身につけているのは 全ては錯覚でしかない
より得るために 偽りを求めて 自らが代償に支払うものは自らの命の欠片 刹那の幸福の感情と引き換えに奪われていく
声が聞こえる 単なる砂上の王国だったと知る 愕然とする 人生は何だったのか 幻に踊らされていた 真実は常に痛みと共に襲い来る 恍惚は彼方に蜃気楼となる 幻 記憶は美化して輝かしくする 後悔が押し寄せる 人生の意味は失われた どのようにして取り戻せというのか 全てを奪われたと同時に 知った真実が 青空にすら星となって輝き消えない道を照らす
駒でしかなかったのか 運命という盤上の人形でしかなかったのだろうか
星は導いて満足したか 風は欺いて楽しんだか
闇さえも光の姿をして注いでいたのかもしれない
風を射抜いた旋律は 闇夜から零れ落ちた銀貨のように
命の目指す標
大洪水 無数の理由
無数の理由の柵(悪意 利己 執着)
混沌の渦に己の道を敷き秩序を描く
内なる音楽が消える時 引き寄せられる
記憶のない場所に 罪の意識と共に 自ら招いた意識の果て 無意識という 果ての無い宇宙 無音であり 万物の音よりも 雄弁に語る
契約という宇宙と星との密やかな画策
誰も知らない 己が契約書にサインをしたことを
気づきようがない 魂に封印されている
知らずとも 道を辿っている 未来と過去とが 出会う場所で 偶然に 必然を見出し 運命と名づけて 全てを背負って
宇宙はただなすがままに実行するだけであり 機械的であり 無常であり 非情ですらある この世界は自然的な法則で動いている
天に何を見出す
物事は淡々と生じ 粛々と過ぎる あるがままと言うか 自由と呼ぶのか
どこに自由がある 必然だらけの世界であり 星の配列により定められ 物事の数列により決められ 命はただ従い 抗い 藻掻くに過ぎない
逃れることはできない シナリオから 血管が証 血脈が奔り 施されている 心臓に託された運命の契約書
生者は 蘇る 第二の生へと
魂は目覚める時を待っている 蘇る瞬間の訪れを 心臓に閉ざされ 封じられ
生者は 蘇る 第二の生へと
欲望と混沌に見失う 広大な宇宙に彷徨い 見失った光 心臓が深淵に出会う時 時計は 針が 刻々と 時を刻む 時は動き出す 肉体の鼓動ではない 魂の表出 世界が孵化する瞬間 囚われた精神が光を見出し 頂よりも高く飛翔し 観念としての意味と価値を超越する 高潔と無垢との刃によって 柵と呪いは断たれる 命は鼓動し 星は光り 宇宙は万物を生み出し 破壊さえもする 混沌に 産声を 響かせ 奏で 紡ぐ 存在のために 精神は目覚める
幸福 安らぎ 存在理由 存在価値の全てが列なる 万物の意味 未来と過去の全ての暗号が解かれる
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asagaquru · 1 year
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それはきっと酔拳
神奈川から友人が帰ってきたので、飲むことになった。地下鉄すすきの駅から地上に出て、ニッカのおじさんの看板に背を向け西へ10分ほど。好きな店。
「メニュー表に書いてるんですけど、書いてないやつがほとんどで。好み言われたらそれ出します」 と。店主1人でやるそういう店なのだ。日本酒バルという名目の店だが、クラフトビールも多く一杯目はビールで。「ホップホップしたのがいいです」という間もカウンターにどんどん日本全国のビールが並べられていく。見繕ってもらったふたつから、ジャケがピンクで可愛いからという理由で“おらニャンセッションipa”を選ぶ。(今、safariで検索かけたら性的なコンテンツかと思われたのかセーフサーチが作動する。やめてくれ、違うぞ)店主がグラスに注ぐと、黄金の370mlと数ミリの泡が丁度良く収まる。見ていて気持ちがいい、一口飲んで好みすぎて驚く。爽やかなホップが鼻を抜ける。店主の尋常じゃない舌利きと静かなこだわりが垣間見れ、心華やぐ。今日は平日で客も少なく、料理も続々届く。これまた完膚なきまでのアテ。すすきので1番好きだ。前回来た時も心に決めたが、店主かわたしが死ぬまで永遠にこの店を愛そうと思う。札幌にはそんな店がいくつかある。友人も「本州は見掛け倒しの店ばっかり。北海道が一番」と言っている。看護師を辞め、1年こっちで学生をやるという。わたしはと言うと、今の職場に不満はあるが転職する気もなく、4回目の春を迎えようとしている。彼女のような行動力の切れ端みたいなものはわたしも持ち合わせていたはずだが、ここ数年でなくなってしまった。この職業でいる限りは生活に困ることはおそらくない。看護師ではなく、元看護師という肩書きにわたしも恍惚感を覚えるが、看護師を辞めてしたいこともない。やりがいもあって性格にも合うし、手に職とも呼ばれるが、天職とまでは思えない。ビールがなくなる。次のクラフトビールを見繕ってもらう。鯖サンドと鶏ハムを追加する。こんなん一生、北海道から出るもんかと決意する。インスタグラムのストーリーに挙げると、今年度で札幌を去る宇宙の隙間で会っていた彼から久々に「どこ」と送られていた。「秘密❣️」と送り返す。君には教えてやるものか。いい店なので、ここで女の子を口説かれそうで困る。必要な人だけここに辿り着いて欲しいので、闇雲に人には教えない。けれど、これ読むtumblrの人たちが来札する際にはこっそり教えたい。
日本酒も同様。「軽くて華やかなのがいいです」と直接店主に頼む。これは千歳市の日本酒居酒屋で教えてもらったのだが、日本酒には日本酒度という尺度で甘口辛口はあるが実際飲んでみると違うように感じることが多い。それは日本酒の酸味やキレは尺度に影響しないからだと言う。前来た時にこの店の店主も他の客が「甘口で〜」と言ってた時に淡々と説明していたのを覚えている。だから小さな見栄を張って気をつける。これでいいですか?とも言われずに、コクコクと音を鳴らして徳利に日本酒が注がれ、カウンターにその五合瓶が置かれる。この店主のことは絶大なる信頼を置いているので、気にもなら��い。薄張りのグラスに水も淹れてくれる。日本酒を一口飲んで、目を瞑ってん〜〜〜!と唸ってしまう。スルスルのめる。水も一口含む。15%もアルコールを含む日本酒を美味しく飲むには、ひとくち日本酒ひとくち水と交互に飲むことが大切。こうやって胃内で高アルコールが吸収されるのを避ける。店主に「そういや、この前あそこの席座ってましたよね」と言われ驚く。それは確か半年も前のことだったからだ。あたふたしながら「男の子と来ました!あ、ただの飲み友達でぇ!」と返すとそんな言い訳みたいな言い方しなくても、と笑われた。そんな前のことを覚えられているので、前回ここでどんな酔態晒したのか少し不安だが、この空間の全てが心地よい。そこからもしばらく飲んで、終電前に解散。良い酒は酔いも上品、悪酔いもしない。と思ったが、いつものすすきの帰りと同じく、服を脱ぎ捨て下着だけでベッドイン。脳みそプラグからコンセントが抜かれたかのように記憶もここまで。明日も休み。昼まで眠った。
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museology-h · 4 months
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2023 趣味記録編
※展覧会はあまりにも偏りがあるので割愛
🎵bonobos / LAST LIVE bonobos.jp
解散ライブなのに、それを感じさせないくらいいつも通りのライブだった。懐かしい曲をやるわけでもなく、今のbonobosを淡々と…。未だに解散が信じられないくらい。ラストのあなたは太陽は名演でした。
🎵BUMP OF CHICKEN / be there
結局2か所3公演しか行けなかったものの、席に恵まれて悔いなし…。会場では会社の友やお久しぶりの方々に会えて嬉しかった。1番初めに作ったアカウントのFFとBFLY以来に会い「生きてた…!」と言われた。4/2のHAPPYは忘れたくない。
🎵Yogee New Waves / AYA Tour 2023
最初で最後の中野サンプラザ。コロナ禍以降ライブに行けず、やっとの思いで参加。終始ヨギーの音がすることや、ここにいる人はみんなヨギーのことが好きなんだ…という当たり前のことがとても懐かしく嬉しかった。好きなバンドって本当に儚い。
🎵Bialystocks / Bialystocks 2nd Tour 2023
先輩の結婚式から直行。上機嫌。振り返ると短期間でライブ何回も行けてラッキーだった💫頬杖1番いいところで笑ってたのがハイライト。
💚EXO / EXO CHANNEL “THE BEST”
人生初ペンミ。未知の世界。ベルーナドームはあまりいい評判が見られず悪い想像しかしていなかったけれど、意外とアクセスも環境も良かった。今後はペンミ的なものよりはステージ重視で…なんて思ったけれど、これが最後の完全体になるとは夢にも思わなかった。今後完全体で日本に来てくれることはあるのか…?そしていつ私はTempoをフルで見られるのか…?
※これを機におみくじ代わりにトレカを引き始める
💚WayV / WayV JAPAN EVENT 2023 ‘The First Vision’
2日目しかチケット取れなかった。そして本命はいつも何も覚えてない。WTMPを口ずさんでみんなで踊ってたの忘れないよ〜恋ダンスも…。
💚Billlie / Japan Debut Showcase “what is your B?”
迷いに迷ったけど、次いつ見られるか分からなかったから行った。本当にみんな可愛かった😭2023年の春を彩ってくれたEUNOIA🦉古谷さんの流れるようなMCがすごかった。メンバー1人1人に全部感想あるけど長くなりそうなので割愛。つきちゃんの手があんなにぶるぶる震えていてびっくりした。お見送り、そして剥がしという未知の文化…。
※写真撮影OKタイムあってたくさん撮ったのにデータは全部消えた
💚NCT / MCT NATION
酷暑!演者もお客さんもみんな大変な暑さの中、約4時間の公演。この2日でしっかり日焼けした。BDSに7感にtake off😭カメラワークもとても良かった。例の如く記憶は全然ないけども楽しかった〜。
🎵浦上想起・バンド・ソサエティ/United by Purpose
ソサエ!1月のライブからさらに進化していた!カバータイムで心理の森やったこととか、舞台の上でやったこととか、たまらない時間だった〜。おもちゃ箱からおもちゃが次々と飛び出してくるよう。
🎵OGRE YOU ASSHOLE / LIVE 2023 TOKYO
2022のときより全体的に輪郭が分かったような…?年末にリキッドルームで見えないルールを聴くために1年頑張っている。来年の原村ライブ行きたいがどうしても行けないので涙😢
🎵松木美定 / アルバムリスニング会
なんとかチケットを手に入れて参加!ご本人の軽快なトークとともに良い音響で収録を聴くという贅沢なひととき。このアルバムの曲どれもとても好きだけれど、さらに愛着がわいた。またこういう機会があれば参加したい!!
💚VANNER / VVS adventure
友達に誘われて参加。直前までメンバーの名前もグループ名の読み方もよく分からなくて不安だったけど、楽しかった!これもファンミ的な感じだったのかな?ステージ、トーク半々くらい。今まで参加してきたコンサート、ファンミは無機質通訳さんだったけど今回は感情込めるタイプだったので慣れず最後まで???となっていた。
💚Neighbors Con / WayV,BOYNEXTDOOR,NiziU
例の事件があってすぐのKアリーナ。警備厳重。入退場も恐れていたよりもスムーズだった。WayV今年はたくさん日本に来てくれてありがとう😭ボイネクは曲が好み(zicoプロデュースしてるし)で気をつけないとはまってしまいそう。NiziU可愛かった😭HEARTRIS❣️途中から音響が気になって集中できず残念だった。
💚XG / ‘NEW DNA’ showcase
私の人生に彗星のごとく現れたXG😭オープニングのJURINのビジュアルがあまりにも破壊的でどうにかなりそうでした。大好きなLEFT RIGHTしっかり見ることができて悔いなし。全編撮影OK。メンバーへのサプライズ的なことも初めてやって楽しかった。
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【2023-11-23】 勤労感謝の日
晴れ。午前七時三十五分起床。祝日。アラームで目覚める。顔を洗い、歯を磨きアパートを出る。セカンドストリートで1500円で購入した、グリーンのミリタリージャケットに胸にピースマークの缶バッジ、ボーダーのハイネックのニット、デニムパンツ、スニーカーという格好。今日は、祝日のため、平日通っている、精神病院のデイケアが休みだ。今日は、特に予定を入れていないが、暇なので、とりあえず地下鉄で、天神へ向かう。電車内、スマホをみたり、読書。数日前、ジュンク堂書店の古本まつりで250円で購入した、大島亮吉著「山ー随想ー」の続きを読む。大島亮吉は、学生時代から登山サークルに入っており、人生のすべてを山にかけていた。「山ー随想ー」には、ただ、登山している時に見える風景や、その日に摂った食事のことがただただ淡々と記されているだけだ。退屈と言えば退屈な随筆だ。ソローの「森の生活」のように。しかし、小説のように、ドラマティックな出来事が何も起こらず、著者の感じたことや、出来事をただ羅列しているだけの退屈な文章が、私は好きなのだ。そういう生き方をする人に「無常の愛」を感じるのだ。しいて、私が興味を惹かれた箇所は、「アイヌ民族」についての事柄が記されている箇所だ。そのことは、また、のちのち触れることにしよう。天神へ着き、まだどこも店は開いていないので、ただ、あてもなく天神の街を、タバコをくゆらせながらぶらぶら歩く。腹が減ったので、ロッテリアへ行き、野菜バーガーセットを食べる。サイドドリンクはメロンソーダ。私は、コーラやカルピス以外にメロンソーダも好きなのだ。向かいの席には、若い二人組の男が向かい合って座っている。前日、飲みすぎたのか、途中から、テーブルに突っ伏して寝始める。私も、若い頃はよくやった。せっかくなので、記念に二人が突っ伏して寝ているところを写真におさめ、SNSに投稿する。食後、ロッテリアを出て、ブック・オフへ向かう。途中、破れたデニムパンツを発見したので、迷わずリュックザックの中に入れる。この「リュックザック」という単語の「ザック」の部分は、大島亮吉氏が、「リュックサック」ではなく、「リュックザック」と「サ」を濁らせて「ザ」と書いていたため、普段私は、「リュックサック」と記入するのだが、今度からは私も、「リュックザック」と記すことにしよう。「ナップザック」でも良いような気もしてくる。そう、私は、古臭い言葉の言い回しや、現在では、「死語」となっている「言葉」が好きなのだ。ブック・オフで、無地のグレーのセーターを試着してみる。サイズ感はバッチリだし、デザインも悪くない。しかし値段だ。プライスタグには、二千円と記されている。最近の私の服を購入する基準は、千五百円以下なのだ。ちと高い。結局、商品を元あった場所に戻し、ブック・オフをあとにする。勿論、先程のセーターが、もっと面白い柄が入っていたり、かわいい胸ポケットがついていたら、多分二千円でも購入しただ���う。しかし、あくまで無地なのでもう一歩購入に至らなかったのだ。しかし、この日記を書いていると、そのシンプルな無地も悪くない気がしてくる。書いていて、だんだん欲しくなってきたので、また週末にでもブック・オフへ行き、まだ商品が残っていたら購入することにしよう。ブック・オフを出たら、突然、体にタトゥーを入れたくなったので、どこに入れるか?を想像してみる。思いついたのが、手のひらだ。手のひらへ「Pain」と入れたいのだ。私が、日々投稿しているTumblrで、手のひらに「Pain」と入れている男性の画像を発見して以来、ずっと同じ箇所に同じ「文字」を入れたいと思っていたのだ。特に、予約はしていないが、とりあえず、タトゥーショップへ向かう。タトゥーショップは、最近、私がよく彫ってもらっている「KーTATTOO」だ。KーTATTOOでは、アンカー(イカリマーク)や、聖母マリアや、イエス・キリストや、誰かわからないが、首を切られた生首の男の写真の画像を入れてもらった。最近では、首筋に十字架や、肩に星マーク、足首にアルファベットで「MOM」と彫ってもらった。そして、KーTATTOOのど真ん前には、クリニックの駐車場があるのだが、なんと、私の名字と同じ「いわさきクリニック」というクリニックの駐車場があるのだ。「主」は、私がKーTATTOOで入れ墨を入れることを望まれているのだ。私が、聖母マリアやイエス・キリストのタトゥーをKーTATTOOで入れようと思ったきっかけは、別に「いわさきクリニック」がKーTATTOOの前にあるからではない。勿論、そんなことは、知らなかった。知ったのは、最初の予約をした日、グーグルマップでKーTATTOOへ到着してから知ったのだ。ある時(2023年6月初旬頃)、タトゥーが入れたくなり、たまたまネットの検索で引っかかったのが、KーTATTOOだったのだ。アンカーは、私は、佐世保出身であり、幼少期から米軍基地の近くを、よく車で通っていた。その時、走行する車の窓から、米軍基地の近くを通ったとき、大きなアンカーの彫刻が建てられているのを見ていた記憶が脳裏に焼き付いているのだ。子供心にカッコいい形だなと思いながら、見ていた。それでアンカーを腕に彫ってもらったのだ。彫師さんに聞いた話だが、アンカーは、縁起の良い彫り物らしい。KーTATTOOへ到着して、スタッフに「Pain」の画像を見せる。運良く、今日は予約がそんなに入っていないので、当日入れることができるとのこと。ただ、本日一人、十二時から予約が入っているため、その後の、午後一時からであれば入れることが可能とのこと。ただ、手のひらは、タトゥーを入れる体の中でも、特に痛い箇所らしく、おまけに手のひらというのは、人間の体の中でも特に墨が入りにくい箇所であり、入れても時間が経つと消えてしまう可能性が高いとのことを告げられる。それでも、いいから、私は、入れたい旨を伝え、上機嫌で店をあとにする。時間まで、1時間半ほどあるので、H&Mへ行き、レディース、メンズ服、くまなくチェックする。欲しい服も何着かあったが、どれも二千円以上するため買い控えする。時間になったので、KーTATTOOへ向かう。到着したら、女性の客がうつ伏せになり、左背中に何やら彫ってもらっている。私の順番がきて、「Pain」を入れてもらう。針が、手のひらを刺した瞬間激痛が走る。私が、今まで入れたどこのタトゥーよりも痛いし、痛みの種類が違う。途中から、手がブルブル震えてきたので、彫師さんが、しっかり抑えて「彫り」を続けられる。約、三十分ほどで彫り終わる。痛かったが、とてもカッコよく入ったので、もう先程の痛みを忘れて、上機嫌で店をあとにする。ジュンク堂書店で、「古本まつり」をまだやっているのを思い出したので、足を向ける。大平健一著「貧困の精神病理」、色川武大の(タイトルは忘れたが)書籍と、あとは、これもタイトルも著者名も忘れたが二冊合わせて計四冊の書籍を購入する。四冊で千三百円ぐらい。地下鉄で帰り、途中、セブンイレブンで、カップの担々麺、タルタルフィッシュバーガー、コーラ、カルピスを購入。アパートに帰り、買った食材をリュックザックが取り出してみたら、カップの担々麺を買ったつもりが、カレー味のカップ麺を購入していたことに気づく。気分は担々麺だったのだが後の祭り。(私は、基本、日々同じ食べ物を毎日食べることを好む。変化が嫌いなのだ。)シャワーを浴びて洗濯機をまわし、イソジンでうがいし、テレビを観ながら晩飯。食後、数日前、食べ残したポテトチップスの輪ゴムを外し食べる。食後、気持ち悪くなったので、胃腸薬を服用。他に、私が日々、服薬している薬も飲む。あのちゃんのユーチューブ動画(本田翼とのラジオ動画)を視聴して就寝。何時に寝たのかは覚えていないが、最後にスマホの時刻を見たのが23時過ぎだった。
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patsatshit · 7 months
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現代に蔓延する上っ面の多様性の背後には、互いに認め合い、尊重するためにはそれぞれがそれぞれに誰かの役に立たなければならないという暗黙の目配せがそこかしこに溢れている。取ってつけたような「弱者救済」というポーズの背後に、どれだけの排他精神が蠢いていることか。高齢者、子ども、障がい者、生活困窮者、クィアをある種の符号に落とし込んでマーケティングに利用するのは、いつだって政治的悪辣の最たるものである。本来は音楽という鐘楼に集いし落伍者たちの解放区として機能していたクラブやライブハウスに於いてさえ、いつしか高い倫理観が求められるようになり、暗黙のドレスコードにより、世にも奇妙な選民思想が根付き始めている。互いに認め合い、互いを支え合うことを前提とした空間に、自分のような人間の居場所がなくなりつつあると感じることが少なくない。音楽が爆音で鳴り響く暗闇のなかには聖職者もいれば犯罪者もいる、心優しき英雄もいれば屑のような悪党もいる、互いの胸のうちに共通するものは何もなく、もちろん自発的な歩み寄りもない。鳴り響く猥雑な音楽だけが両者を辛うじて暗闇の内側にとどめ、足もとの溝を埋めていく。いまの時代、そういう多元的な現場や空間はもはや存在しないのかもしれない。
(『僕のヒーローアカデミア』233話より)
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前置きが長くなってしまったが、タラウマラには日々、様々な事情を抱えた「世の人」たちが入れ替わり立ち替わり訪れる。それは決して居心地の良いものではないし、少なくとも当店にとって、彼らは何の役にも立たない。どちらかと言えばこちらのストレスになるだけだ。それでも彼らはやって来る。そういう人たちをこの社会から見えにくくしているのが無自覚なダイバーシティが夢想するユートピアであり、権力者たちが吹聴する「美しい国」の実態なのだと思う。
(世の人①:東淀川を代表するファッショニスタ)
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まず最初に紹介したい人物が、自他とも認める東淀川のNo.1ファッショニスタ、清水氏だ。氏の特徴を挙げるとすれば、とにかくオシャレ、ひたすらオシャレ、無慈悲にオシャレ。この人がひとたび領域を展開したら、その術式から逃れる術はなく、世の中で最も役に立たないゴミのような服飾情報を一方的に脳内に流し込まれ、結果、見事に誰もが骨抜きにされる。かつて偶然にもその場に居合わせたWD sounds のオーナーLIL MERCY氏さえも凍りつかせた脅威の人物だ。自身の首元を指して「これは希少なFENDIのネクタイだ」と豪語するので、恐る恐るネクタイ裏のタグを確認すると、なんとブランドロゴではなく素材を示すflannelの文字。どつくぞ。そんな清水氏の母親が昨年亡くなったのだが、ある日、沈鬱な表情でタラウマラを訪れた氏が朴訥と胸中を吐露し始めた(聞いてもいないのに)。ずっと母の介護に身を捧げてきた自分としては、親の死を簡単に受け入れることができず、いまは食事も喉を通らない。母が使っていたベッドの上で呆然と天を仰いで、そのまま朝を迎えることも珍しくない、日に日に自身の身体が痩せ細ってきたことを自覚しており、周囲の者からも心配されている、というような内容をエモーショナルに語る。さすがに気の毒だと思い、親身になって耳を傾けていたのだが、次の瞬間、この男の口から耳を疑うようなセリフが飛び出した。「俺はもともとスタイルが良いのに、これ以上痩せたらモデルと間違えられるんちゃうやろか。ほんでこのベルトもかっこええやろ?」。恐ろしいことに、またしても僕は氏の領域に引きずり込まれていたのだ。その後もお決まりのファッション自慢を嫌というほど聞かされ、全身から血の気が引いていくのを感じた。最愛の母親の死さえも、己のファッショントークの「振り」に使う正真正銘のク◯である。しかも亡くなって間もない、死にたての状況で。
(世の人②:東淀川のジャコメッティ)
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次に紹介したいのは、東淀川のジャコメッティ。ある日の営業日、下駄履きのおっさんがタラウマラに訪れ、店内の書棚を一瞥して咆哮した。「ここの本ぜんぶキミらが読んでるんか?やとしたら相当わかってるな!」。僕たちは当店取り扱い書籍はすべて自分たちで読んで、仕入れ、仕入れて、読んでいることを伝えた。するとおっさんの眼は鋭く輝き「キミらは大阪の文化を1ミリ底上げしとるな。大阪で1ミリってことは世界で1ミリってことや!気に入った!儂の家にある本を全部キミらにあげよう、今夜でも我が家に取りに来なさい」と快活に言い放った。その後もジャコメッティやカフカ、折口信夫について興味深い話を聞かせてくれた。おっさんの名は矢嶋博士、淀川とともに生きる彫刻家であり歌人であった。博士から自宅住所と電話番号を書いたメモを受け取り、タラウマラ閉店後にお伺いすることを約束した。博士は帰り際に「もし良かったら、儂の家にある本ぜんぶとキミらのジャコメッティを交換しよう」と言った。僕は何となく話題を逸らして、夜を待った。タラウマラ閉店後に近所のキンキーガールりんちゃんを誘って矢嶋宅へと向かった。ゲトーなアパートのゲトーな階段を上がりゲトーな玄関を開けると、果たしてそこは博士のアトリエ兼寝床であった。三畳一間に所狭しと並べられた謎の彫刻と珍奇植物、藁と見紛う敷布団とヘドロ化したホルモン、呑みさしの酒瓶、そしてあっち系のアダルトコンテンツが視界を過ったことは記憶に留めておこうと思った。博士は「何を突っ立っとんねん、腰おろして寛ぎなさい」と着座することを薦めてくれたので、僕は「どこに?」という言葉をかろうじて飲み込んで、藁のような敷布団に腰を下ろした。ぴったり寄り添うようにりんちゃんの背中がある。博士は1,000冊つくって50冊しか売れていないという自著『淀川。よ』(幻冬舎)を僕たちに1冊ずつプレゼントしてくれた。「芸術家なんて世間様に認められたら負けや。儂はいまの生活で十分幸せやから、死ぬまで作品を作っていくだけや。売れたいなんて思ったことない」という博士の言葉に負け惜しみや諦念は微塵も感じられず、寧ろ清々しい。りんちゃんの興奮が伝わってきた。僕たちは小一時間ほど色んな話をして、席を立った。「階段の上に本を置いてるから全部持っていきや!頑張れよ、若者たち」と言って博士は扉を閉めた。ゲトーなアパートのゲトーな階段の上に大量の書籍が置かれていたが、なんとその8割程度が司馬遼太郎の著作だった。ジャコメッティを交換条件として差し出さなかった自分を心から讃えた。僕たちは自転車のカゴに大量の司馬を積み込んで帰路に着き、その足ですべて「本の森」に寄贈した。
(世の人③:ラッパーの母)
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最後はタラウマラの元スタッフであるマリヲ君の実母を紹介する。この方は初来店時に食パンの差入れを持ってきてくれて、淡路商店街で食パンと言えば、当時の人気店「熟成純生 食パン専門店|本多」(2022年9月に閉店)のものに違いないと早合点し「そんな高級なやつ頂いて良いんですか?」と言うと「え?そこのイズミヤで買ったやつよ、え?こっちの方が良かった?」とテヘペロ。なんと僕には廉価食パンを差し出し、ご自身用に高級品を隠し持っていたのだ。2度目の来店時は前回購入してくれたAFTERのTシャツ(画像参照)のコーディネートを見せに来てくれたのだが、タイミング悪くパンク修理の最中だった僕は、店内で少しお待ち頂きたい旨を伝えて作業に注力した。ところがパンク修理を終えて顔を上げると、マリヲ母は嘘のように店内から姿を消していた。それから何度かタラウマラにやって来ては、僕の目を気にしてか、まるでプッシャーマンのような所作で袖の下からマリヲくんに小遣いを渡していたり、連日おばあちゃんの就寝時の写真を送ってきて、マリヲくんが「ばあちゃん元気そうで良かった」と返信すると「おばあちゃんじゃなくて、おばあちゃんが着てるパジャマを見て欲しかった」と返す刀がぴこぴこハンマー。よく見るとパジャマの花柄はすべて微妙に違っていた。そうかと思えば「おばあちゃん、明日あたり死にそうです」と唐突に不安を煽るメッセージを送りつけてきたりもする(因みにおばあちゃんはいまも元気にご存命)。或いは道頓堀川で殺人事件が起きた際には被害者の男性が我が子でないかと執拗に心配していた。報道で被害者はベトナム人男性だと報じられているにも関わらず、だ。
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そして、日々の寂寥感を紛らわせるようにSiriというバーチャルアシスタントと夜毎ピロートークを繰り広げていたある時期のマリヲくんが、酔った勢いでSiriに「好きだ!」と告白した瞬間、マリヲ母から「私も!」とLINEメッセージが届いたとき(別の文脈でのやり取りをしていたらしいが、偶然タイミングが重なったようだ)には膝から崩れ落ちた。やはり異能の子は異能、この親にしてこの子あり、ということだろう。
(マリヲ母については息子の著書に詳しい)
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diagirlsrua · 11 months
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Ichigo No Tsumi (Eng) [REIJI SAKAMAKI]
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Character: Sakamaki Reiji CD : DIABOLIK LOVERS Sadistic Song Vol.5 REIJI SAKAMAKI Seiyuu: Katsuyuki Konishi Mai: Not my favourite, not my most hated. The comparison between blood and strawberry jam is indecent and very funny, sigh. But I have to admit that adapting it to make it believable is a challenge. Link to the song: here.
Ichigo no Tsumi
春の日、あの雪崩れの様に 止めど無く 滑り落ちて 頒-わか-ちがたい命題を掌-て-にしたいのなら 涙が枯れるまで
Like the spring sunset, Without end, it disappears Had I wished to hold in the hollow of my hand, This inseparable plot. Until the tears dry.
ねぇ(幼き日の)幻聴が(響き渡る)非道-ひど-い(耳鳴は) オ・サ・マ・ラ・ナ・イ
Hey, (the childish) voices in my head (echo), cruel, inhuman (ringing in my ears) They won't shut up.
大丈夫、少しおかしいだけだから 「誰か」を畏れる事は、もうやめにしよう? ほら、もうすぐそこで、 Ah 淡い死の薫りが充満-みち-てきた
No harm done, it's just a bit strange to me. Should we stop being afraid of this "someone" now? Hang on, we're nearly there. Ah, that aroma, full of a volatile, almost morbid odour
「………さあ、とっておきのお茶を淹れましょう」
"… So, I'll have to concoct a special flavour of tea;"
あの丘で十字に、磔-はりつけ-られてる愛 磨り潰した苺の罪-ストロベリィジャム-を、ひと匙塗りたくれば もっと、美味しいよ
At the crossroads of this hill, a crucified love Once this strawberry jam, sinner, was poured from a single spoon, It is nothing but delight!
その瞳に映るのは悦び 嗜虐-いたみ-の狭間にある「罪」と共に 飲み干して────………… 飲み干して────………… 飲み干して────…………
The illumination is reflected in your eyes. As well as the "sin" of death with sadistic pain Drying you up────………… Drying up────………… Drying up────…………
血濡れた、このエレジーの中 割り切れず、撹拌-ブレンド-する 甘酸っぱい極上の血を注ぎ込めば 倒錯者が、嗤う
Blood-soaked, beyond elegy Unsatisfied, shaken and scattered Once infused with this bittersweet blood The pervert adopts a smile.
そぅ(戻れないよ)表面に(拡がりゆく)紅-あか-い(様式美)ト・ケ・テ・イ・ケ・バ
Exactly (there's no going back)! Scatters across (the surface) this deep red. (an elegant pattern) While it only melted away
大丈夫、誰も試したことがない 密花-ヒソカ-を摘んで添えれば、赤裸々に視える 二度、届かぬ祈り Ah 昏い瞳-め-に伝染-うつ-る諦めが────…………
Don't worry much, nobody was testing you. Once you strip a dried flower, it appears naked to you. A prayer that won't be answered twice, Ah, that tender defeat that infects your gaze────…………
「………とても、愛おしく思えるのです」
"… That sounds… Incredibly precious."
この罰に従事し、隷属-れいぞく-されてる愛 磨り潰した苺の罪-ストロベリィジャム-を、ひと匙塗りたくれば もっと、美味しいよ
Engaged in this punishment, a slave love Once this strawberry jam, sinful, was poured from a single spoon, It is but delight!
あの願いを裏切れば産まれる 記憶の彼方にある光、消して 踏みはずし────………… 踏みはずし────………… 踏みはずし────…………
Born to be the betrayer of this wish The light that existed beyond memory, fades away Doomed to failure────………… Doomed to failure────………… Doomed to fail────…………
さあ、亡骸を抱き Ah 甘き死の予感を呼び戻す
Then embracing the bruised body Ah, the premonitory memory of that sweet death.
さあ、亡骸を抱き Ah 甘き死の予感を呼び戻す
"… I will love you forever."
あの丘で十字に、磔-はりつけ-られてる愛 磨り潰した苺の罪-ストロベリィジャム-を、ひと匙塗りたくれば もっと、美味しいよ
At the crossroads of this hill, a crucified love Once this strawberry jam, sinner, was poured from a single spoon, It is nothing but delicious!
あの丘で十字に、磔-はりつけ-られてる愛 磨り潰した苺の罪-ストロベリィジャム-を、ひと匙塗りたくれば もっと、美味しいよ
Engaged in this punishment, a slave love Once this strawberry jam, sinful, was poured from a single spoon, It is nothing but delight!
赦されずに生きてきた恥らい 遺した「傷跡」だけ、確かならば
And so there came an intolerable shame If only the 'scars' remain clear.
接吻-くちづ-けて────………… 接吻-くちづ-けて────………… 接吻-くちづ-けて────…………
接吻-くちづ-けて────…………
I kiss you────………… I kiss you────………… I kiss you────…………
I kiss you────…………
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Repost 大分カメラ部 kyushu_cameraclub @04_0115_ • • • • • • ︎︎ ︎︎ 写真に写る君は笑っていた ︎︎︎︎ ︎︎ ︎︎ *photo @ vv0724vv_mark6 ︎︎ ︎︎ #淡く切なく儚い記憶 #儚くて何処か愛おしいような #その瞬間に物語を #淡くて儚い瞬間を #誰かの記憶の片隅に #ノスタルジーな瞬間を #何処までも淡く儚く #白紙の1ページ #ファインダー越しの私の世界 #瞳の中のノスタルジア #スクリーンに恋して #想いの質量 #透き通る私だけの世界 #この世界はイロドリで満ちている #被写体 #被写体になります #被写体モデル #カメラマン募集 #カメラマンさんと繋がりたい #撮影依頼募集中 #撮影依頼受付中 大分カメラ部 九州カメラ部 #福岡カメラ部 #ポートレート #indies_gram #lovers_nippon_portrait #indy_photolife https://www.instagram.com/p/CjMrS6OPUGp/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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iconomiccc · 1 year
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tagged by @katebvsh to list seven of my favorite films.I would like to thank my friends who always take an interest in me and care about me. I would be happy if it was an opportunity to meet good works. それぞれのタイトル下に解説文をつけました。ネタバレしているので嫌な方は読まないでください。I've added a commentary below each title. Please do not read if you do not want to spoil the content of the story. カラスの飼育~Cría Cuervos~ (1976) 高校生の頃にカヒミ(kahimi karie)のアルバムでカバーされていた「Porque te vas」という曲で知って見た映画。カヒミさんは主役のアナ・トレントが自分の幼少期のようでシンパシーを感じると言っていました。私も同じように感じたのかは初見時はよくわからなかったけど、とにかく湿度の高すぎる古めかしい屋敷の中の空気のように重く苦しいストーリーなのに、24時間ずーっと流していても気分が良い不思議な映画だと感じました。やはり自分の感性に似たものを感じて懐かしかったんでしょうね。 汚いことがたくさんある大人の世界に対する子供の鋭い視線、汚い世界で生きていて死んでしまった大好きな母親に対する愛、でも大きくなれば自分もその汚い世界に入っていくのだ、望む望まずに関わらず。それに対するどこまでもピュアな嫌悪感・拒否感が彼女を殺人に駆り立てたのではないだろうかと思っています。 アナの子供特有のスラリとしたお人形のようなスタイル、髪型、顔立ち、衣装、とても愛らしくて全て完璧。スペインの田舎の草原はどこまでも終わりがなく続いているようで、物語と同じく、救いなく連綿と続いていく人生のような寂しい風景だと感じました。 夢 (1990) 黒澤明とスティーブン・スピルバーグの合作。 高校時代の同級生に親が映画マニアで家に死ぬほどテープやDVDがある女の子がいて。その子と私がたまたま天気雨(狐の嫁入り)という気象現象に遭遇した時、私が「天気雨大好き!!」と言うと、「黒澤明の夢って見たことある?狐の嫁入り行列の映像があるんだけど、霧深い杉林の中で子供時代の黒澤明が狐に見つからないように隠れて嫁入り行列を見るの。その時の狐たちがリズムに乗って歩いていて、三歩に一度突然ぐわっと後ろを振り向くのが怖くてねー」って。 それがずっと記憶に残っていて、見てみたら最高でした。まさに私が思い描く通りの狐の嫁入り行列の映像化。見つかったら殺される、と言う緊迫感を忘れさせるほど幻想的なシーンで、何回も繰り返しみてしまう。 同時収録されているお雛さま人形たちが段々畑で実際の人間の大きさになって花吹雪の中舞い踊る話も大好き。黒澤監督が幼い頃にみた夢の映像化作品なので、ストーリーにあまり意味はないけれど、とにかく映像が美しいです。 The Addams Family (1991) 24時間ずーっと流してても苦にならない不思議な映画二作目。これもカヒミさん繋がりで知り好きになったもの。 中学、高校時代の私はカヒミカリィという人の感受性に痺れるようなシンパシーを感じていて、彼女が理想の姿でもあったけれど同時に全く自分と同じ悲しみを含んだ魂の形をしているなとひしひしと感じていました。懐かしい、いつも私が感じているもの、好きな感じ、落ち着く感じ。 カヒミさんはアダムスファミリーのようなお城で暮らしたい、世間と常識が真逆であっても家族の中では愛や信頼が成り立ち、幸せに暮らしていると言う姿が理想的とおっしゃっていました。アルバム「クロコダイルの涙」収録の「superfreak」はまさにその世界を彷彿とさせます。 私も赤い絨毯に蜘蛛の巣のはった不気味な古城に暮らしていた前世があると思う。世の人の不気味に思うものが私の美を感じるもの。 お気に入りキャラはイケてるいとこのモップさんとペットの賢いハンドくんです。可愛すぎ。 Nell(1994) ジョディ・フォスター主演。ノースカロライナ州の深い山奥、美しい、湖のほとりにある木でできた家。そこに住む言葉が不自由な現代版狼少女のネルと医師のジェリー、心理学者ポーラ三人の心の交流・家族愛が不器用に育つ過程を描いた物語。体は大人だけど心は幼児でもない、小さな子猫でもない、不思議な存在であるネルと関わることで、常識の中で生きてきた普通の大人の男女二人が、一人の生き物としてそれぞれネルを守ろうと変わり始める姿に胸を打たれる。 私はなぜか小さい時から泉や水辺で水浴するという行為やシーンがとても好きなのですが、ネルが夏の夕方、森の中の湖で泳ぐシーンがすごく好きです。なんだろう、体が溶けて揺れて大気と水と一体になるような陶酔感。 真っ当に育った人間ではない存在であるネルが社会に復帰するために街に出るシーンは人々の好奇な目線やからかいに胸が苦しくなるのだけど、それをも乗り越えて人生は変化をし続けながら続いていく。目と心を世俗の汚れから洗ってくれるような作品。 Digging to China (1998) 実家にいた時衛星放送で偶然録画してすごく気に入った作品。まず登場人物全員の衣装やメイクや背景が半端なく可愛くて感心する。(一番の推しは主人公のお姉さんが妹捜索時に着ていた透明に白のドットの雨ガッパ) 思春期前の少女と知的障害ゆえに少年のような心を持った大人の男性の不思議な友情を描いた素敵な作品。 リボンのついたキャンディーのように可愛くて、でも油断してたら包み紙で手を切ってしまって血が滲むような、なんとも言えない純粋さと可愛らしさが混ざった妙味ある童話みたいな映画。大好き。 かぐや姫の物語 (2013) あまりにも打ちのめされるので気軽に繰り返し見たいという作品ではないけれど、強大な力を持っているので選ばざるを得ない。 鬱病から社会復帰するときにリワーク施設に通っていて、そこでのプログラムで映画鑑賞というものがあり、月に二、三回スタッフさんの持ってきたDVDを見ていて出会いました。 もう、上映後は泣きに泣いて震えて頭が働かないくらい衝撃的でした。 このDVDを持ってきた支援員さんに、私が泣きながら「○○さん、これ。私、わかった」というと、彼女も目を潤ませながら笑顔でうなづいてくれたことを覚えてる。 これは竹取物語という昔話の単なるリバイバルではなく、「この地球で生きるとはどういうことなのか」「人間は死んだらどうなるのか」を描いた物凄く重い作品です。 これは、「この世に生まれてきて、自分を愛してくれた両親が望む娘の幸せと自��が望む幸せが合致せず、親のためにとひたすら自分を殺し続けた結果、苦しさに耐えきれなくなり自殺に至る娘の生涯」を描いた作品なのです。 姫が帝に抱きしめられて瞬間移動ができているのは、もう半分死の世界に行っているからです。生身の人間にあんなことはできません。最後に月の使者が迎えに来るのは文字通り死の世界からのお迎えです。兵士たちの放つ矢は全て花になってしまう。死の前にはどんな権力も力も通用しません。 羽衣を着てしまえば地球でのこと(生きていた時のこと)を全て忘れる、躊躇した姫に親の愛で動けるようになったおじいさんとおばあさんが駆け寄ったとき、「ととさま、かかさま!!」と泣きながら振り返り、二人に抱きつきながら「離れたくない!!」と叫ぶ姫のセリフは、「死にたくない!!」という生への執着、生への恋慕の叫びなのです。 死んだら無の世界に行きます。生きていた頃の記憶は全て忘れて、喜びも痛みも悲しみも何もない光に満ちた世界に行くのです。 姫が地球を飛び立ち、宇宙を月に向かって進んでいるとき、ふっ、と振り返って青い地球をかえり見たとき。一粒涙を流したのは、喜びも悲しみも苦しみも全てが咲いては枯れ、沸き起こり、繰り返されている、生の世界の営みを愛おしく思う心の表れでしょう。 今生きていることが途方もなく尊いことだってことは普段、忘れてしまいがちなのですが、見た後にそれを思い出して自分を抱きしめたくなるような凄い映画です。 中国の植物学者の娘たち(2006) フランスとカナダ合作映画。監督は中国の方ですが同性愛を描いた作品のため中国では撮影許可が降りず、ベトナムで撮影されたもの。 映像も俳優さんたちも風景も全てが物凄く美しいけれど、物凄く悲しいストーリー。二人の愛が本物であったが故に、その愛の花が咲く大地が中国であったというだけで最後、二人は死刑にされてしまいます。 私は植物が好きなので画面に溢れんばかりに写り続ける緑と水と土の香りにとても癒されます。二人が出会い、互いに恋心を抱くようになり、少女のような淡い確かめ合いの時期を経てむせかえるような花と緑の中で激しく結ばれる。しかしその愛はこの人生では許されないものだった。関係が露見した二人は不幸になり、周囲から孤立し、ラストは死に別れるというとても辛い結末。 人間の幸福とは、国家とはなんなんだろうか?考えざるを得ません。 私は異性愛者ですが、幼い頃から同性愛者の人たちに不思議なシンパシーを感じていました。なんなら、そこらじゅうに在る異性愛よりも日の目を見ない同性愛の方が純粋であるとも思っていた。 どうして、同じ性別の人を愛しただけで罰せられなければいけないのか理解不能でした。愛の感情は人間に等しく与えられているものなのに。 見た後悲しくて胸が潰れそうになるので、これも気軽に何度も見ようとは思えないけれど、しかし心に残る作品です。
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hatterorime · 1 year
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「ただいま。」
映画を見て、久しぶりに頭が痛くなった。
というか汗だくで脱水を起こしていたので、多分熱中症に近いと思う。11月も半ばの夜なのに。
劇スとかシンエヴァとかで泣いて頭が痛くなったことは最近でもあるが、その内容やら質量やらに圧倒されて頭痛を起こしたのは子供の時以来だった。
動悸もヤバい。
どうやって家に帰ってきたか覚えてない。オートロックの玄関を開ける時に気持ち悪いくらい手が震えた。
OS-1は普通のスポドリ並みに美味しかったし一本すぐ飲み干した。
観た映画は「すずめの戸締まり」。
地震へのトラウマとかではなく普通に質量に殴られてこのざま。
正直もう何もせずにぶっ倒れていたかったけど、コミケの当落は出るし着物は干さないといけないし化粧は落とさないといけない。
大人なのでなんとか頑張ったけど風呂であまりにヤバすぎて洗面器を何回か蹴飛ばしてしまった。
劇場を出たのは20時ごろだけど、日付が変わる頃になってやっと落ち着いてきた。というかコミケの当落が出たのでそっちの方を優先していたらだんだん落ち着いてきてこの時間になっていた。
私は特に熱心な新海作品のファンという訳ではないけれど、なんか新海作品の余韻って独特だなと思っていて、今回はその独特な余韻が頭痛として表出した感じ。
例えるなら、後味が独特な紅茶を超渋くして飲んだ、みたいな。
それくらい固有の体験だったので、他の人の感想に触れる前に自分の感想を書いておきます。ここから先はネタバレしかありません。
すずめの戸締まり、泥臭い人生の明日という作品だった。
それを希望と呼ぶか絶望と呼ぶかは、人によりけりだと思う。
作品の質は非常に高いからこそ、この作品の評価は分かれるというか、見た人間個人の人生体験によって好き嫌いが分かれると思った。
私はどちらかというと好きだと思うけど、よく分からないというのが正直なところ。なぜならば深刻な災害の当事者になった事がなく、そこまで繊細な感情を持てないから。分からないというか、現実世界と同じく傍観者の立場で見ていたような気がする。
(11/12追記)
どんなに辛いことがあっても日は昇って落ち、月は満ち、心臓の鼓動は止まらず街も人も動いていく。
どうしようもなく人生は続いていく。
だから前を向いていく必要がある、というのは分かるけれど、私はそれをメッセージとしては受け取り難くて、というのも、誰もが鈴芽のように宗像草太に出会えるわけではないからだ。
もし鈴芽が草太さんに出会わなくても、普通に生活を送って、環さんと普通に暮らして、生きていくと思う。
ただし鈴芽の奥底には、普通に日常を生きていれば意識されないかもしれないけれど、生への淡い絶望が静かに湛えられたままだ。
意識されなくても、鈴芽がどう生きるかには必ず影響を及ぼす。
私たちの人生の中には、日常を不意に失う非日常が存在していて、そういうときに鈴芽の中の絶望は絶対に頭をもたげてくる。
鈴芽は草太さんに出会えたから変わった。
じゃあ、「草太さん」のいない数多の「鈴芽」は?
どうしたらいい?
「草太さん」に出会えるかどうかは、完全に運だ。
出会えた「鈴芽」は希望を取り戻すし、出会えない「鈴芽」はそのままだ。未来は分からないから、将来確実に出会えるかもわからない。
そもそもその将来への希望を、「鈴芽」は失っているのではなかったのか。
私は、鈴芽が羨ましい。
鈴芽の、運が羨ましい。
冒頭で、その人の人生体験によって好き嫌いが分かれると言ったのはこういう思いです。
外部の環境やどんな人と出会うかは運だけど、鈴芽の内側にあった希望としてはあのイスだと思う。
それを鈴芽自身が持っていたというのは、数多の「鈴芽」達にとっての唯一の希望だと思った。
「愛された記憶のある子供は生きていける」
というピンドラの一節を思い出した。
昨晩は散漫と書いているうちに思っていることを書きそびれていたので、ここまで補足。
印象に残っているところはいくつもある。
非日常な出来事、何事か「すごいこと」をしている自分に高揚する鈴芽の描写、すごく好きだ。劇中の登場人物に等身大の自分を投影できるのって、こういうところだと思う。
地震速報の通知にびっくりするけど、「音デカいよね」と文句を言う場面。多少の揺れなら構わず(或いは気づかず)それまでの日常的な行為を続ける人。
私たちだ。私自身、急にデカい音が鳴るとそれだけで判断が一拍遅れるタイプなので、スマホの緊急地震速報は鳴らないようにしてある。
他の新海作品についてはあまり覚えてないけど、「すずめ」に関してはこういう、日常と非日常が混然とした、世界の客観視について卓越した作品だなと思う。
まれびとでありながら、ゆく先々でそこで暮らす人の生活の一部になる鈴芽。これもそう。
どんなところでも人はそこで人生を歩んでいる。知らなくても知っている日常がある。それが失われた経験を持つ人も当たり前にいる。
また印象的だったのが、道の駅の駐車場で鈴芽と環さんがぶつけ合った言葉の、後始末の場面。
普通の喧嘩なら、大抵「ひどいこと言ってごめんね」という言葉が出てきそうなものだけれど、そうではなく、「それだけじゃないから」というやり取りだった。
駐車場の場面で滅茶苦茶に鈴芽を傷つける環さんの言葉に「あなた、誰?」と鈴芽が問いかける場面もそうだけど、鈴芽と環さんの信頼関係が厚い。というかこれは親子喧嘩って表現すべきなんだろうか。
鈴芽も環さんも、お互いの負の感情にちゃんと向き合ってる。
ちゃんとっていうか、それって絶対に向き合わないといけない事なのか。心で何となく時々思ったりする嫌なこととか、相手に対して感じている気まずさとかを、わざわざ言葉にしなくてもいいことだってたくさんあるのに。そうせざるを得なくなる状況が、二人にはあったということなんだと思うけど。
「死ぬのは怖くない」「生きるか死ぬかは運だ」と思っている鈴芽。想像するに、災害が奪うのはその人の日常生活におけるハードやソフトの面だけではなく、その人自身の生きる希望というか、明日への灯というか、人間が生きてて当たり前に持つような衝動や願いや思いなのではないか。鈴芽は草太さんと出会って、最後にその記憶を通して、生きたい、死ぬのは怖いと人間として当たり前の衝動を掘り返す。
病院で「草太さんのいない世界が怖い」と言えたのは、鈴芽がそれを取り戻す第一段階だったのではないか。自分の事は大切にできなくても、何か大切なものを通して感情が流れ込んでくる。そこで止まっていたらきっと自分が要石になってもいいと思ったままだっただろうけど、草太の記憶を通して自分の「生きたい」も取り戻せたのかな。
ダイジンは、鈴芽に好きになってもらって助けてもらったと思ったから、鈴芽の戸締まりを手伝っていたのかな。鈴芽の大切にはなれなかったけど、鈴芽はダイジンの大切だったんだね。
今ダイジンの事考えてて、映画館で一回も出なかった涙が止まらなくなってきた。寝ます。
普段映画のグッズとかあまり買わないんですけど、ガンガンに痛む頭でなぜダイジンのフェイスポーチを手に取ってしまったのか、今わかりました。
人に見えないところで大切な仕事をしているダイジンのこと好きになったよ。
予告編見て、愛せないタイプの猫だとか思っててごめん。
寝ます。
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fuchi23 · 2 years
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10/16はイベントに参加してきました!初の合同スペースで、いつもとは違った楽しさがてんこ盛りでした。
もう何回かイベントに参加していることもあって、何度も足を運んでくださる方は覚えていて、行くたびに嬉しい気持ちになってしまいます。本当はもっと嬉しいこと伝えたいけど、コミュ障すぎてうまく伝えられないし、でも本当に嬉しいんだよな〜。(語彙力…)
今回の本は表紙が気に入ってるものが多く、置いたときの可愛さが自分事ながらオッ!いいかも!と思えて嬉しかったです。
内容も読み返してみると自分の中では気に入ってるかな〜。小説を出したときはめちゃめちゃ落ち着かないですね。文字だけになると合わないなと思われた方には全く読めないものになってしまうと思うので、少しでも楽しんでもらえたら本望と思いつつ、今回はこう書きたいと思ったことは捨てられないし、受け入れてもらえるかはやっぱりドキドキする。
漫画はサンプルと全体感に齟齬さえなければ期待外れはそれほど起きないとは思うんだけどな〜。小説は読まないとわからないからね…。考えても仕方がないけど、落ち着かない。でもここが書きたかった、この台詞を言わせたかったはちゃんと入れられたし、読み返したときにはほろりとしたから私には響いてる…!笑 
家族の話や、恋愛を含めた人との関わり方の話を共有して、お互いに違うし、納得しあえるところばかりでもないけど唯一無二の存在になるようなそういう瞬間が余生にも現世にもあるといいな、と思います。ぎゆさねにはお酒も飲んでないのにおかしなテンションになって、お互いに共有しまくる一夜があって、その思い出をもとに、付かず離れずの恋人関係をずっとするような、そんな関係性もいいなと思って書きました。
ちょっと文章硬めだった気もしてう〜…とは思うけど…書いてたとき古めの小説をたくさん読んでて引っ張られてしまったかも。もっと柔らかく書きたかった気持ちはあるんだが、余生を含めると少し硬くなる癖があるのかもしれません。ちょっと第三者視点過ぎたかな、でも記憶を戻すとかそういう劇的なことでも二人は淡々と静かに熱くなってるんじゃないかなって妄想があって捨てられなかったな〜。また時間を置いて読んだときにどう感じるか楽しみです。
最近は少しずつ描きたいものを絵で描くことができるようになって、そうなると小説だから書けるものって何かな、とか色々考えてしまって、でも文字のぎゆさねもやっぱり好きだし書いていきたいしトライアンドエラーでまた少ししてネタが思い浮かんだら書きたいですね。
いつもはイベント終了後ドロドロになりながら家直行でしたが、遠くから来てくれた友人とご飯を食べたら帰りがそれほど辛くありませんでした。キャリーケース重すぎて全身筋肉痛で今はつらいですが楽しい一日でした。
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panta-rheii · 2 years
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2022/6/29
 人の感情というのはとてつもなく流動し、上がり下がり、伸び縮み、増えて減るような、なぜ私たちがコントロール出来ているのかすら危うい暴れ馬だと思っている。
 とある瞬間から人間は好きだった相手を嫌いになるし、逆も然り、そんなことが多々あってしまう生き物なのだ。
 きっと例に漏れず私も、私が好きなあいつも、嫌いなあいつも、私を好きなあいつも、嫌いなあいつも。
 そんな簡単かつ難解な「感情」とやらを考えた時、それを左右しているのは欲と嫉妬、憎しみ、そして多少の外湿度が影響しているうえで、髭も剃らず、クーラーをガンガンに効かせて堕落した生活を送っている。
 Instagramのストーリーズをおもむろに開く。みんな異性同士楽しくやってるみたいで、ダイレクトメッセージを開けば、「彼氏が」、「彼女が」と、おそらくきっと「 噺家」と「パノラマ」と同じイントネーションで打ち込んでいるんだろうなと思うと腹が立ってきたからエアコンを22℃に設定してやった。
 私にもそんな時期があったのかもしれない。その点今ならごめんねと言うことは出来るが、記憶の中では「なまじっか」のイントネーションで書いたことは無いし、とは思うが、周りの幸せを願えばいつか返ってくるんじゃないかという淡い期待をコーヒーに溶かす。ちびっとだけ甘ったるかった。
 そうだ、喫茶店に行こう。
 本日一言目は上手く発声出来なかったが誰も聞いていないから良しとしよう。洗面台の前に立つと歳を感じる。少し前まではこんな太い髭ではなかったし、量だってこんなになかった。カミソリの扱い方には慣れたしもう怪我をすることは無いが慎重に、慣れというものは怖いと���をもって分かっている。
 森林を伐採した所で部屋を見渡すと気が付かなかった事に気が付いた自分がいた。布団はベッドから少し落ちそうで、本当にベッドの上でしか生活していない事が丸わかりだし、カーテンも乱雑に開けられている。あの狭いベッドに2人で寝て、朝ボサボサの頭でカーテンを開けていたこともあったんだなと何故か思い出して、誤魔化すように歯を磨く。もう迷うことはなくハブラシを取り出して、歯周病予防にいい歯磨き粉を歯ブラシにつける。本当にこれは後味が悪いから嫌いで。ムーミンがいいな。ぶどう味のやつが。
 どんなに堕落していても、引き出しを開けると靴下は揃っていて、まだマシであるしA型に育てられた片鱗が顕著に表れていて、自分もまだ捨てたもんじゃないなと思った。洗濯機は見たくないけど。
 1歩出るとそこは違う国かのようで、灼熱という言葉では表しきれないような、蒸し蒸しとした外気で、飛び交う虫もどこか元気が無さそうだから少し愛着が湧く。まるで僕のようで。
 外界の人間からはチラチラ見られている事がわかった。きっと僕の髪色を見てなにか思うことがあるのだろう。人間の視線というのはこんなにも分かりやすいものなのかと思った。普通に、過去僕に乳を見られていたあの女性には次会ったら謝ろうと思った。
 喫茶店までの道のりは爆絶に長く感じてあんなにバカにしていた日傘をさしたいくらいに辛いもので、着いた頃には汗だくでこれでは入れないから日陰で時間を置いたが意味はなかったので直ぐに入店することにした。
 クーラーの効いたそこは天国すぎて、すぐに空いている席に着席し本を取り出し読む。それだけで幸せなのだがさすがに申し訳がないのでカフェオレを注文した。あの甘いヤツ。ブラックなんて飲めたもんじゃないし、ブラックを飲んでイキってたあいつを思い出してしまうしきっと今もイキっているんだろうなと思って、俺もあいつもガキだなと完結させてしまうことが僕の悪いところだろう。
 こんなオシャレな喫茶店で、漫画みたいに女性の方から話しかけて欲しい。
 「なんの本読まれてるんですか?」
とかだけでもきっと僕みたいなピュアな男子は嬉しいんだろうなと、客観的に自分を捉えても分かってしまうが、そのような軽い女性には本気で恋愛をしたくない、という過去の経験と自分自身の考えとのそのジレンマが僕のことを縦に押しつぶそうとしていて、猫背が加速してしまった。
 このままここにいれば誰かが救ってくれるんじゃないかというエゴが僕のことを内側から広げようとしていて、胸が苦しくなった。
 ピーターパンシンドローム選手が僕にインコースの判定どちらとも取れる速球を投げてくるもんだからどうせ打っても詰まるし、審判に委ねるには、この生き死にを掛けることは出来なかった。
 いつか大人にならなきゃいけない。
 頬を赤く染めたり、水を滴らせたり、手を着いたりできるような時はもう過ぎたと、自分で叩いて鼓舞するしかない。
(短編、1部フィクション、お手柔らかに。)
 
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lvdbbooks · 2 years
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2022年5月21日
【新入荷・新本】
Tealia Ellis Ritter THE MODEL FAMILY, Loose Joints, 2022
Softcover. 172 pages. 200 x 250 mm. Black and white.
価格:7,480円(税込)
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アメリカ人フォトグラファー、ティーリア・エリス・リッター(Tealia Ellis Ritter)の作品集。作者にとって初の作品集であり、自身の家族を30年間に渡って撮影し続けることで、世代を超えた愛情、別離、トラウマ、喜び、そして記憶の不明瞭さを深く考察した一冊。過去の家族写真と自身の現在のイメージをループ状につなぎ、解体するプロセスを通じて、写真の曖昧さ、および記憶とアイデンティティにおいて写真が果たしている役割に正面から向き合っている。しかし本作は、懐かしい思い出に浸るための場とは程遠く、家族の変遷を淡々と細やかに描き出す。そこには、死と誕生、対立、離婚、セクシュアリティといったテーマと、ペット、結婚、笑顔、真夏の夕べなど、よくある上昇志向の核家族にとっての当たり前な出来事が当然のように混在している。過去と現在の間をかすかに揺れ動き、円環を成す作者の家族の概念は、最も身近な人たちのイメージとは往々にして最も曖昧で手の届かないものであることを表現している。
(twelvebooksによる本書紹介文)
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