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#京都大学山仕事サークル
a2cfuji · 2 years
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森の文化祭@雲ヶ畑 竹炭塩お願いしてる方からお誘いがあり、ツーリングがてらお邪魔した。 会場である京都市北区の山の奥深くにある旧雲ヶ畑小学校に着いた時はもう撤収寸前… 京大の山仕事サークル"杉良太郎"メンバーのお店で杉茶を頂けて癒された。 #雲ヶ畑 #雲ヶ畑小学校 #もくもく号 #山の文化祭 #京都市北区 #北山通り #洛雲荘 #京都大学山仕事サークル #杉良太郎 #鷹ヶ峰 #西賀茂 #西賀茂車庫 #柊野堰堤 #庄田橋 #志久呂橋 #竹炭塩 #溝上くんありがとう  (雲ヶ畑学校) https://www.instagram.com/p/Cko9FYJPoJM/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kennak · 1 year
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2009年卒の就活は氷河期どころか思いっきりバブルだったぞ。07年卒、08年卒はもっとザルだった。ちなみにこの時期は、マーチ内ですら「みずほ銀行とりそな銀行は無対策で応募してもかなりの高確率で内々定までいっちゃうから行く気ないなら受けないほうがいい」みたいに囁かれてた。学内で親しい先輩のうち、この年度にみずほ銀行を受けた人は5人いたけど5人全員内定してた。早慶なんかだと「メガバンクは赤だろうが緑だろうが蹴るもの」というのが常識だったようだ。今の時代の就活生や20世紀の就活を知っている人からしたら衝撃的だろう。リーマンショック由来の就職氷河期が始まったのは2010年卒の人間の就活から。この就職氷河期は、不景気突入の嚆矢となる象徴的事件(リーマン破綻)から新卒採用抑制の時間差が全然ない珍しいものだった。本当に突然バブルから氷河期に突入したのだ。秋頃にメガバンクの採用予定計画が発表されてどこも軒並み半減してて「あーこれはヤバいわ」とNHKのニュースを見ながら血の気が引いたのを覚えている。結果、やはり前年までの就活が嘘のような超買い手市場と相成った。圧迫面接が大流行した。それから・・・「マスコミとかパイロットとかじゃない限り大手企業の最終面接は儀式だから落ちない」という新卒就活の常識が全く通用しなくなったのもこの年度からで、大企業の最終面接落ちも大流行した(増田の友達は東大法学部でしかもコミュ強で容姿も別に悪くなかったのだが、のべ7社の大企業で最終面接まで進んだのにも関わらず全て落とされ無い内定のまま就職留年した)。そして、このリーマンショック起因の就職氷河期は11年卒、12年卒と年度を重ねるごとに地獄絵図になっていった。ここまでは事実である。さすがに13年卒の親しい人間は自分にはいなかったので、この年度以降の就活戦線がどういうふうになっていたのかは全くわからない。誰か教えてほしい。とりあえず2009年卒はバブル、2010年卒から突然氷河期突入っていうのは強く言っておきたい。特にツイッター民に対して。【追記】メガバンク内定が学友から「うん、まあ良かったね……」程度の反応されるような微妙な位置づけだったのには理由がある。当時の就活生は「大手でしかも高倍率でホワイト待遇のところが一番エラい」という価値観を抱いており、したがって、「大手・低倍率・給料と福利厚生以外が非ホワイト」なメガバンク内定は大して凄いと思われなかった。この価値観がよく表れていたのは2ch就職板の『就職偏差値ランキング』なる有志が独断と偏見で作成したもので、記憶が確かならそこではメガバンクよりも食品メーカーとか素材メーカーとかのほうが上に据えられていた。実際、三菱東京UFJを蹴ってサッポロビール、三井住友銀行を蹴って中央発條に入社を決めた人間が友達にいた(生涯賃金で5000万円以上差があると思うのだがそれでも激務は何より恐れられていた。ドラマ半沢直樹が放送されるずっと以前だったが、もうメガバンクが健康に人間らしく働くにはあまりに苛烈でエグい職場環境であることはネットのせいでバレバレだった)。同じように証券会社や保険会社も大手だろうが忌避されていた。ちなみに日興コーディアル証券なんか日大や専修あたりの大学からでも内定バンバン出てた。このように大手金融の採用は(基本的に)ザルだったのだがこれにも例外があって、東京海上と日本生命(営業幹部採用じゃないほう)の総合職はマーチ男子程度だとほぼノーチャンスだった。いずれも体育会系有利と言われる会社ではあるが、マーチに関しては体育会系とかどうとかもはや関係なく、各大学0~3人程度の内定にとどまった。身分違いだったのだろうか。さて、当時の就活生は「大手でしかも高倍率でホワイト待遇のところが一番エラい」という価値観を抱いており、それゆえに大手金融は09年卒であろうと10年卒であろうと「無い内定にならないため、万一入社しても高給が保証されているから、戦略として仕方なく受ける企業」でしかなく、基本的に不人気だったのだが、これにも例外があった。それはみずほ証券と大手信託銀行である。みずほ証券については「ホールセールばかりでリテール全然やらなくていいから」、信託銀行については「メガバンクと違い、残業全くしないで30歳1000万円まで一律昇給できる地上の楽園だから」という大間違いでしかないイメージが当時の就活生のあいだで広まりに広まっており、学歴とコミュ力とルックスとスクールカーストに自信のある就活生が猫も杓子も信託銀行を希望するという謎のブームが生まれていた。ちなみに、私は当時の信託銀行ブームと距離を置いていた。ノー残業・ノーパワハラ・ノー怒声なんていかにも嘘くさいっていうか100%ありえないと確信していたし、完全に諦められた窓際社員でも自動的に到達できる年収は30歳700~800万円・40歳1000~1100万円くらいがせいぜいなのではという見立てだったからだ。書いてる途中に思い出したけど、当時は楽天もソフトバンクも本体内定者の学歴ボリュームゾーンは日大って感じの会社だった。今は一橋や慶応になるらしいが隔世の感がある。就活も今と比較したら随分シンプルだった。大事なのは大学名、その場でい���に「論理的に落ち着いて会話できるか」、本人の雰囲気であり、超人エピソードを作りに動く就活生は嗤われていた。バイトかサークルのどれか一つやっていれば充分であり、インターンに応募しようとするやつはそれがたとえ1dayであっても周りから「凄まじく就活に気合を入れている」という見方をされていた。これはつまり、あっと驚くような体験や活動のおかげで就活結果が大きく変わることがないというシビアな現実を意味しており(テレビ局とかの採用は違うんだろうけど)、裏を返せば課外活動をせずともコンビニバイトでも適当にやって面接の場をどうにか凌げば大手から内定が出るような時代だった。筆者には法政大学に通う仲の良い友だちがいたのだが、彼は今で言うチー牛で(当時は非リアといった)、サークルには所属せずボランティアなどの課外活動のエピソードもなく、週3のコンビニバイトと1日2度のオナニーをするのみであったが某中堅損保に内定した。ちなみに体育会野球部であろうが同大学の一般学生と比較してさして就活で有利にならない時代でもあった。チー牛友人は内定者懇親会に参加したとき、同じ大学の野球部の有名選手がいたことに「大学野球頑張っても俺なんかと同じ値打ちにされるのか……」と大変なショックを受けたと言っていた。実際、筆者は野球が好きなので六大学や東都大学の4年制���路を毎年チェックしていたが野球部ブーストが全然効いてなくて毎年苦笑したものだ。東大や早慶でも一般学生と期待値は大して変わらず、マーチや日東駒専にいたっては一般学生より下手すりゃちょい悪いのではというほどだった。マーチ野球部から全国紙とかサントリーとかADKとかにいけるのは直系附属出身者や県立トップ校から一般入部してきた選手とかで、野球名門校出身者は主力選手であろうとも野球継続しないのなら大手百貨店が関の山だった。◯◯自動車”販売”とかもお馴染みの進路だった。そして日東駒専大東亜帝国あたりの野球部の進路はこんなもんじゃなかった。当時の就活も嘘つき合戦ではあったが、今の就活はインターン当たり前、エピソード作るために大胆に動くの当たり前だと聞いて本当に大変だと思う。
【追記あり】たった15年前の出来事もめちゃくちゃ間違って流布されてて衝撃を受ける
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afrontier-jp · 4 months
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afrontier
今年21年目を迎えるライブ+DJイベント「afrontier(アフロンティア)」が、JZ Bratに初登場! ライブには、常に新たな境地を切り拓いてきたレジェンド・ベースプレイヤー濱瀬元彦が、約9年ぶりにアフロンティアのステージへ。清水玲(manipulation、b)、岡部洋一(per)と共に圧倒的な世界観を精緻かつ壮大に再現するライブは、見逃せない内容となるだろう。
さらに、US現行ジャズの名門<Ropeadope>からリリースした2ndアルバム「ANOTHER TOWN」が国内外で高い評価を受けている鍵盤奏者・唐沢寧によるジャズ・クロスオーバーユニットn’sawa-saracaがアフロンティアに初参加。ジャズの枠を超えた自由なイマジネーションが織りなす音楽体験が期待される。
また、各々がシーンに影響力を持つ存在に成長したアフロンティアの核ともいえるJun Morita、TOJO、Takeshitaの3人に加えて、新進気鋭の作編曲家/鍵盤奏者であり選曲家としても活躍中の武田吉晴によるDJ、そしてアフロンティアのビジュアルを長年支えてきたTASUKEのVJと、魅力的なコラボレーションが実現した。
この夜、渋谷の街に誕生する極上の音楽空間を、それぞれのスタイルで存分にご堪能ください。
2024年8月3日(土) Open / Start 17:00(21:30終演予定)入替なし JZ Brat SOUND OF TOKYO 〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町26-1 セルリアンタワー東急ホテル2階 Tel 03-5728-0168 https://www.jzbrat.com [濱瀬元彦] 濱瀬元彦 (Ba) 清水玲 (Manipulation,Ba) 岡部洋一 (Per) [n’sawa-saraca] 唐沢寧 (Pf,Key) 井上オサム (Ts) 長谷陽介 (Ds) 大塚義将 (Ba) Jun Morita (DJ) TOJO (DJ) Takeshita (DJ) 武田吉晴 (DJ) TASUKE (VJ) isao osada (Organizer) MUSIC CHARGE 一般席 予約 ¥ 5,800 当日 ¥ 6,300 S席(ステージ最前列)予約 ¥ 6,800 当日 ¥ 7,300 ※税込・サービス料別 ※+1ドリンク ※小学生半額 中学生通常 5月8日(水) 14時~ Web先行予約開始 (https://www.jzbrat.com)   5月15日(水) 14時~ 電話予約開始 (03-5728-0168 平日14~18時)   ※Live+DJイベント ※着席型のイベントとなります ※ライブ中は着席での観覧にご協力ください ※ドリンクは、バーカウンターにてキャッシュオンでご提供します ※お食事はお席でのご提供となります ※未就学児の入場はご遠慮ください ※イベントに関する詳細はアフロンティア公式サイトをご覧下さい https://afrontier.com/
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濱瀬元彦    2008年より自身の楽曲を人力で再現するユニット「濱瀬元彦 E.L.F Ensemble」を結成し、ライブ演奏活動を再開。MOTOHIKO HAMASE  Technodrome Variant [New Mix in 2021](2022/10/01)のリリース後、2023年からは濱瀬元彦名義で、デジタルと生演奏の融合による形式のワンマンLIVEを行なっている。ステージの魅力は、他に類をみないオリジナル曲と、6弦フレットレスベースによる先進のインプロヴィゼーション。本ユニットで初めて再現できるようになった楽曲や、近年作曲のアルバム未収録曲もある。今なお進化を続けている濱瀬元彦の音楽を、高純度でリアルタイムに体感できる貴重な機会。
濱瀬元彦  Electric Bass 
1952年~。慶応義塾大学中退。1976年よりベース奏者として日本を代表するジャズ・グループで活躍。その後、ソロ活動を開始し、5つのソロアルバムを発表。音楽理論書では『ブルー・ノートと調性』『チャーリー・パーカーの技法』ほか。2018年に欧州の音楽市場ニーズに応え、新レコーディング盤『INTAGLIO』『REMINISCENCE』。 
2022年、『Technodrome(1993年)』の再構築・新ミックス版として『Technodrome variant』をリリースした。
清水 玲  Manipulation/Electric Bass 
大学在学中にプロ活動を開始。川本真琴、松浦亜弥、藤本美貴、モーニング娘、TRFなどのレコーディングやコンサートに参加。StudioLung「スラッピング・スタイル・ベース科」インストラクター。濱瀬元彦の2018年『INTAGLIO』『REMINISCENCE』に、レコーディング、ミキシング、マスタリングのエンジニアとして参加。2022年『Technodrome variant』でも、ミキシング、マスタリングのエンジニアとして参加している。​
​岡部洋一  Percussion 
​​1962年東京都出身。高校時代からパーカッションの演奏を始める。早稲田大学に在学中にラテン音楽やロックのサークルに出入りし、プロとしての活動を開始。歌謡曲のバックや、ブラジル音楽、ジャズなど幅広く演奏する。濱瀬元彦の2018年新レコーディング盤『REMINISCENCE』に参加している。
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n'sawa-saraca
2008年より唐沢寧(key)のプロジェクトとして活動開始。
2014年1stアルバム“forest dance”をリリース。
2020年2ndアルバム“another town”をアメリカ名門レーベルRopeadope recordsよりリリース。U.Kラジオ番組“JazzFM”はじめ、ポーランド、アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、南アフリカ、セルビア等のラジオ番組で紹介される。
jazzを基調に独創的なイマジネーションを自由に表現。会場ごと“another town”の世界へ旅するLIVEをお楽しみください。 
唐沢寧(key) 
井上オサム(ts) 
長谷陽介(ds) 
大塚義将(b)   https://www.nsawa-saraca.com/ 
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森田潤 Jun Morita  
電子楽器奏者、DJ。ユーロラックの自動演奏に即興を組み合わせたパフォーマンスでライブ活動中。φonon等より作品を多数発表。24年最新作はアルトーを題材にした鈴木創士との共作『MUSIQUE DE LA CRUAUTÉ』。DJとしてワールド、ジャズ、エレクトリック・サウンドにコミット。SP盤復刻のマスタリングにも携わる。山崎春美のTACO、宇川���宏とのGRAVESTYLE、バンド編成のOmega f2;kに参加。 
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TOJO (afrontier)  
90年代前半にDJとしてのキャリアをスタート。都内クラブ、カフェやライブハウスなどで活動後、2003年、トランペッターでありオーガナイザーでもあるオサダイサオに見出され、Motion Blue yokohamaを拠点としたクラブジャズイベント『afrontier』に参加。その後は『afrontier』のレジデントDJとして、国内外の様々なアーティストと共演。Blue Note TOKYO関連イベント、来日アーティストのフロントアクト、数々のリリースパーティーに抜擢される。その他サルサやUKジャズダンス等のダンスイベントから、カフェやレストラン、ホテルのラウンジイベントまで、活動の場は多岐にわたる。また、ジャズミュージシャンやダンサーを相手にその場で選曲をするなど、セッションの経験もあり、アーティスト側からの信頼も厚い。近年はバレアリック・シーンからの招請によりシーンを代表する来日アーティストのサポートDJ、およびイベントへの出演と、DJ遍歴を重ねている。2019年5月、Takeshitaとの共同コンパイルによるアフロンティアのコンピレーション・アルバム「Blue Brick Lover」をTHINK! RECORDSよりリリース。2020年、DJ Angelオーガナイズのオンライン・サルサ・DJイベント『SHINES』に出演、運営をサポートし、国内外から視聴者を集め好評を得る。  ジャジーかつエキゾチックな音を基調に、時空間を横断するクロスオーバーなDJスタイル。ドラマティックでストーリー性のある選曲を得意とする。 
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Takeshita (afrontier)   90年代後半から青山BLUEなどの都内クラブやカフェ・レストランetcを中心にイベント企画及びDJ活動に精力的に取り組み、2003年からはMotion Blue yokohamaにてジャズイベント『afrontier』のレジデントDJとして参加、活動範囲を全国区へと広げた。ラテンを中心とした新旧ワールドミュージックからジャズ、現行のダンスミュージックを現場によって使い分けている。Eddie Palmieri, Larry Harlow, Jorge Benjour, Joyceの来日公演サポートをはじめ、国内外のミュージシャン/DJとの共演歴も多く、第一ホテル東京ラウンジなど商業施設のBGM選曲なども手掛けてきた。2019年5月、TOJOとの共同コンパイルによる、アフロンティア新作コンピレーション・アルバム「Blue Brick Lover」をTHINK! RECORDSよりリリース!
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武田吉晴  Yoshiharu Takeda 作曲家。鍵盤楽器を中心に、各種楽器演奏、録音からミックス、マスタリングまで行い、ジャズやワールドミュージックを探求し音楽を制作している。ソロアルバム「Aspiration」2018年、「Before The Blessing」2022年他、久保田麻琴、鈴木惣一朗(ワールドスタンダード)、Chari Chariの作品に楽曲提供など。カフェ・アプレミディなどで選曲など様々な形で音楽、リスナーとの接点を持つ。
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TASUKE 1974年生まれ。アートディレクター・モーショングラフィックスアーティスト・VJ
主に映画・テレビ番組のオープニングタイトル映像のディレクションをメインワークとする。VJとしては2000年から、VJユニットNitro Movieのメンバーとして、キャリアをスタートする。2002年からtasuke名義で南青山のloopで行われていた、「VORTECHS」のレギュラーVJをはじめ、代官山UNIT・Motion Blue Yokohaha・ageHaでプレイ、国内外の様々なアーティストと共演。2007年にはドイツのカッセルでDJピエールがオーガナイズするイベント、Tokyo NightにゲストVJとして出演。現在は2002年からオサダイサオがオーガナイズするジャズイベント、afrontierでレギュラーVJとして第1回から出演している。 
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<ORGANIZER>
isao osada   
80年代初頭からプロのトランペッターとして音楽活動を始める。93年にCLUB JAZZ UNIT 『O.M.U』のファーストアルバムをリリース、欧州14ヶ国を始め米国にて発売される。以降インターナショナルジャズフェスティバルへの出演、ヨーロッパライブツアーを行う傍ら、国内ではミスターチルドレンのツアーサポートを含め、数多くのレコーディングにソロプレイヤーとしても作品を残すなど、ジャンルにとらわれることなく精力的に活動。2002年からは自身のバンド演奏を行っていた横濱赤レンガ倉庫のジャズクラブ「Motion Blue yokohama」にて『afrontier』のイべント・オーガナイザーとしても活動。2008年には同イベントのコンピレーションCD『isao osada presents “afrontier” 12 colours to 7 seas』、2019年には『Blue Brick Lover』をリリース。都内各所で「Dj,Vj,Live」を組み込んだ新たな空間プロデュースにも精力的に力を注いでいる。 
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nuthmique · 6 months
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・・・・・・・・・ トークイベント
今、劇団をつづけること
・・・・・・・・・
今、劇団で作品をつくりつづけるのはなぜだろう。
劇団以外にも沢山の演劇のつくり方が存在する中で、多くの難しさを抱えながらも、劇団を結成してよかったと思えている額田大志と山田由梨がホストとなり、2020年代の日本で劇団をつづけることを、様々な視点から語り尽くすトークイベントです。
ヌトミックの額田大志、贅沢貧乏の山田由梨に加え、コンプソンズの金子鈴幸、ゆうめいの池田亮が出演。東京を拠点に活動する4つの劇団からそれぞれの中心メンバーが集い、劇団だからこそできること、劇団の作品の変化、劇団の面白さと複雑さ……様々な視点から、今、劇団をつづけることについて、じっくりと話します。
〈日時〉
2024年5月12日(日)15:00~18:00 (14:40開場) 〈会場〉
みんなのひろば(成城学園前) 東京都世田谷区成城5-10-22 Google map 〈出演〉
池田亮(ゆうめい) 金子鈴幸(コンプソンズ) 額田大志(ヌトミック) 山田由梨(贅沢貧乏) 〈参加費〉
当日精算・現金のみ 一般 2,000円 学生 1,500円 〈ご予約〉
下記フォームよりお申し込みください。 定員に達し次第、受付終了となります。
https://forms.gle/rh6S24k9QzZajbpaA ※定員に達したため、受付を終了しました。 〈出演者プロフィール〉
池田 亮(ゆうめい)
1992年埼玉県出身。 舞台・美術・映像を作る団体「ゆうめい」を結成。脚本家・演出家・造形作家として様々なジャンルで仕事をしています。
▼ 演劇をはじめたきっかけ 彫刻が好きで墓石職人になりたかったので美大に入学し、彫刻科の先輩から演劇部に誘われて興味本位で入りました。演劇を観るのはなんだか面白くて、目の前に生命や立体物が展開されていく演劇って彫刻っぽいなという興味から自分でも作ってみようとなりました。
▼ 劇団結成のなりたち 当時一緒の演劇部で、現在ゆうめいのメンバーである「りょこ」の地元にあるブックカフェ&バー&ギャラリーの「ピースランド」という場所で演劇をやりたいということになり、一日限りの劇団として公演をしました。その後、ゆうめい主宰の「丙次」との出会いによって、東京でも公演をしてみようということに。他にもいろいろできるかもという理由から、舞台以外の映像も美術もやる団体として結成しました。
▼ 劇団のこれまでとこれから 結成当初は観客数のキャパ30〜50人くらいのギャラリーやスタジオでの公演が殆どで、ここ数年はキャパ130〜250人くらいの劇場での公演が多くなりました。空間と規模が大きくなることによって生まれるメンバー各々の望む方向性のすり合わせや、興行としての成立を目標としたときの責任や課題に直面することが増えました。今は一度振り返りって、新しい生活と、今の自分たちだからしたい、できる、好きなことを発揮できるような新作や再演を作っていきたいと話しています。
金子鈴幸(コンプソンズ)
1992年東京都出身。演劇ユニット「コンプソンズ」を立ち上げる。俳優、アニメや映画などの脚本家としても活動中。
▼ 演劇をはじめたきっかけ 中学のときから演劇は好きで、(「野田地図」「唐組」を親に連れられて見たのが大きいです)やってみたかったができず。高校のときに演劇部に入ったものの、そこであまり自分のやりたいことをできなかったフラストレーションがあり、それが演劇を「やりたい」気持ちに今もつながっている?気がします。
▼ 劇団結成のなりたち 大学のサークルの卒業公演の評判がよく、「いけんじゃね?」と思って立ち上げました。現在七人います。
▼ 劇団のこれまでとこれから 「いけんじゃね?」とはいえそんなにうまくいかないことにも気づき、劇団特有の問題にもぶち当たり、色々模索しながら何年かやって、ユニットなのか劇団なのかよく分からなくなり、作家としては結局「面白く、説得力のある現代の物語」を追求している気がしているこの頃です。劇団でどうなりたいとか、こうしたいみたいなのはあまりないかもしれません。模索しています。
額田大志(ヌトミック)
1992年東京都出身。演劇カンパニー・ヌトミック、コンテンポラリーポップバンド・東京塩麹を主宰。外部作品の演出や舞台音楽や映画音楽なども取り組みます。
▼ 演劇をはじめたきっかけ 二十歳前後で、友人の舞台作品に音楽で参加したことや、なんとなくレンタルしたダムタイプや大野一雄のDVDで舞台の面白さに気づき、よくわからないけど、かっこいい、そんな思いで自主的にダンス作品やパフォーマンスイベントの企画をはじめました。その後、平田オリザさんの書籍に出会って衝撃を受け、見よう見まねで演劇作品を作りはじめたのがきっかけです。
▼ 劇団結成のなりたち 大学卒業を機に、高校の同級生と二人で結成しました。演劇や音楽で生活するのは難しいと思い、一度就職しましたが、卒業制作で上演した演劇が戯曲賞を受賞し「おっ、これはいけるかも……」と勢いで退職。とりあえずやってみる、で、上演の方法から考えることが多いです。現在、ヌトミックは俳優三名、制作一名を加えた五名です。
▼ 劇団のこれまでとこれから 結成当初は「楽譜のような台本」を明確なコンセプトにしていましたが、ダンサー、ラッパー、建築家など色々な人とコラボを重ねたり、野外劇の上演を続けてきたことで、もう少しゆるやか、というか、懐の広い作り方になっています。今は、劇団が結成から取り組んできた沢山のことを、劇場での公演として結実させようと、頑張っています。
山田由梨(贅沢貧乏)
1992年東京都出身。劇団 贅沢貧乏を主宰。作・演出を務める。演劇活動以外にもドラマ脚本・監督等の仕事もしています。
▼ 演劇をはじめたきっかけ 小学生のときに子役をしていて、『レ・ミゼラブル』に出演したのが最初の舞台。それが楽しかった記憶がぼんやりありつつ、高校生の時の文化祭でクラスのみんなで毎年演劇を作ったのがすごく楽しくて、作品を作るということに興味を持ちました。それから、大学に入って小劇場演劇を見たり、出たりするようになりました。
▼ 劇団結成のなりたち 大学3年生の時に、学内で一人芝居の公演をして、それを見ていた大学同期が一緒に何かやりたいと声をかけてくれて、流れで次の公演をやることに…その次も…と続けてたら劇団になってました。当初は音楽や映像など裏方メンバーで構成されていましたが、彼らが就職で抜けたり新しく俳優・制作がはいったりして自分・制作・俳優3人の今の5人体制に。
▼ 劇団のこれまでとこれから 劇団の初期は、古い一軒家や、アパート、ビルの一室など、劇場じゃない場所で作品をよく作っていました。場所性を活かした作りが多く、気づけば劇場で作った作品の方が少ないです。これからをそんなに見据えてないけど……今のメンバーがいるからできることを生活を続けながら無理ないペースでやっていけたらいいかなと思ってます。 〈お問い合わせ〉
ヌトミック nuthmique[a]gmail.com
企画・主催:今、劇団をつづけること
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emilylikestennis · 4 years
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獣―ビースト―
※本テキストはPCでご覧頂いた場合雑誌風の縦書き表示となります。
エミリーライクステニス二万字インタヴュー企画第三回。獣―ビーストー。ステージ上ではダンボールアニマルに身を包み、意味のない言葉を大声で繰り返す。彼の本心とは、果たしてどこにあるのか。そして、この一頭の獣はどのように生まれたのか
ダンボールのヴェールに包まれた素顔にせまる。(聞き手・早瀬雅之)
次男は責任感がないんですよね
●3人目は獣|ビースト|に話を聞きます。まずは生い立ちを聞かせてください。出身はどこなんだっけ?
「北海道です。札幌の隣の隣くらいの街ですね」
●栄えてるの?
「街は全然栄えてませんよ。北海道は札幌以外栄えてませんからね。空港と自衛隊があるくらいです。一番栄えてるスポットが空港で、街に映画館はないけど空港にはあったり、街にアニメイトはないけど空港にはあったりって感じです」
●じゃあ空港を中心とした街って感じなんだ?
「そう言われるとそうでもない。別に空港には行かないですけどね。みんな札幌に行くので」
●家族構成は?
「今実家に住んでるのは両親と祖母です。あと北海道に兄と弟がいます。三人兄弟の次男です」
●飯田くんと話してて、兄弟の真ん中は変わり者になりがちなんじゃないかという話が出たよ
「やっぱり責任感のなさがそうさせるんでしょうね。やっぱり長男はなんとなく『長男』って目でみられるだろうし、末っ子は甘やかされてなんとなく大事にされますからね。真ん中って気楽ではあると思いますね。何しても大丈夫というか、一番良いポジション。次男は責任感がないんですよね」
●どんな子どもだったの?
「小学生の頃のことを思い出そうと思ったんですけど、あまり思い出せないんですよね。田舎の学校の中では勉強はできたから、勉強については特に困った記憶はないです。病弱ではあったかもしれない。まあそれは今でもですけどね。後はサッカー少年団に入っていて、別に強かったわけではないんですけど、練習が月曜から金曜まで週5であって、土日に試合があったから、あまり遊んだ記憶がないですね。雨が降るとサッカーが休みになるけど、雨が降っているから遊べないという」
●サッカーやってたんだ。そのエピソードだけでスクールカースト上位なんじゃないかって感じがするよね
「サッカーはやってたんですけど小学生の頃は太ってたし足が遅かったんですよ。いくらサッカーをやっていようと足が遅いとカースト最上位には食い込まない。小学校はそういう世界ですから。でも賢かったので、運動ができなくても別ルート扱いされるみたいなところはありましたね。うまいポジションをゲットしていた。みんなからはまあまあ好かれるし、先生からは怒られない。当時から『これ以上やると怒られるな』っていうのを見極めて生きていました。今考えると嫌な子供ですね」
●そこはちょっと今のビーストの片鱗を感じるね。中高でもサッカーやったの?
「飽きたからやりませんでした。2年生から6年生まで週に5日以上サッカーやったら飽きますよね。中学生のときは、一緒にサッカーをやっていた友達が男子ソフトテニス部に入るって言ってたんで一緒に入ったんですけど、最終的には幽霊部員でした。中3のときに小学生の時に全国大会に出てた子達が1年生で入ってきたので、彼らに頑張ってもらったほうが良いだろうと。『頑張ってね!』って応援してました。適材適所って大事だと思うんですよ。3年生だから威張っても良いことないですから。なので僕は友達の寺で毎日遊んでました。」
●寺で(笑)
「ちなみにその寺の子は去年ツイッターにヘイトスピーチをツイートして、個人情報を特定されて叩かれてました」
●寺の子何してんだよ(笑)
「絶対葬式上げてもらいたくないですね(笑)」
●(笑)なんだかんだ楽しく過ごしてたんだね
「エンリケ先輩みたいなくらいエピソードは特にないですね」
●砂食わされたりとかしてないんだ(笑)
「しいていうと小学生のときにサハリンでロシア人の家にホームステイしたんですけど、その時松ぼっくりは食わされました。ロシア人たちが日本語の本を見ながら「タベル!タベル!」と言って袋いっぱいの松ぼっくりを渡してきて食わされたんですけど、まあ、おそらくあれはいじめじゃなくて食文化の違いなので」
●いじめとかではなくね(笑)
「おれに何を食わせる気だ?とたじろぎましたが、文化の違いです」
いくら僕が練習しようと、さんまのからくりテレビに出てた子供のほうが上手いんで、彼らと同じ土俵で戦う必要がないなと思って
●次に音楽との接点について聞きたいんだけど、音楽はいつくらいから自発的にきいてたの?
「いくつくらいでしょうね。最初に買ったCDはKinKi Kidsのアルバムです。そして一番最初に買ったMVはブラビデオ」
●世代的にはおかしくないね(笑)
「あとはラジオをカセットテープに録音して聞いてました。AMじゃなくてFMで音楽が流れてる番組です。北海道にAir―GっていうTOKYO FM系列のラジオ局があって、夜に東京の番組をネットしていたのを聞いてました。確か曜日ごとに、アジカンとか山崎まさよしとかケツメイシとか、あとはガラの悪そうな人が出てました。ガラの悪そうなラジオで育ちましたね」
●誰なんだそれは(笑)
「なんかレゲエの人です。でも僕の音楽的ルーツみたいなテーマを掘り下げようと思っても、他のメンバーほど特にエピソードがないんですよね。正直そこまで音楽に対して強烈な思い入れがない」
●ボーカル、っていうかわからないけど、ボーカルだから楽器エピソードもないか。楽器ってやるの?
「中学のときテニス部のテニスをしない先輩が『やっぱテニスより音楽だよな』みたいな感じでギターを弾き始めて、今考えるとめちゃくちゃ大学のテニスサークルの先輩みたいですね。それで真似して「じゃあ僕も買います!」ってギターを買いました。質屋に質流れ品のアコースティックギターが売ってたんで、缶の貯金箱崩して。今思うとめちゃくちゃネック反ってましたよ(笑)」
●バンドやってたの?
「高校のときはやってましたね。文化祭とか。でも忍耐力がないから練習したくない」
●根気がない?
「ないですね。あと楽器が上手くなりたいという気持ちにならない。なんか楽器上手くなると、特にかっこよくないけど難しい曲を弾くじゃないですか。そういうのも全然理解できなかった。楽器が上手いのとかっこいいのはイコールじゃないですね」
●なるほどね。良い話っぽく聞こえるね(笑)
「それにいくら僕が練習しようと、さんまのからくりテレビに出てた子供のほうが上手いんで、彼らと同じ土俵で戦う必要がないなと思って」
●あーギターキッズの子たちいたね(笑)
「あいつらめちゃくちゃ上手いじゃないですか。僕がやってもたかが知れてますから」
●ハマってたものとかないの?
「高校生の時ハマってたのはPerfumeですね。めちゃくちゃ好きでした。2008年にツアーでPerfumeが北海道に来たんですけど、その日が模試で行けなかったのでかなり落ち込みましたね。あとPerfumeがフライデーに出たときも落ち込みました」
●それはどういう対象なの?(笑)
「いやなんか、え?えぇ~…?ってなって。『の、のっちって、ストレイテナーと付き合ってんの…?ストレイテナーと…?』って。なんとも形容し難い感情ですね。そのフライデーはのっちが複数人で飲みに行ってる写真が掲載されてたんですが、ストレイテナーは顔出しされてるのに、目に線いれられて隠されるも髪型のシルエットがわかり易すぎる9mmのボーカルがめちゃくちゃおもしろかったんですよね。いやー、それにしてもフライデーは効きました」
●そういえばその後もアイドル好きだったよね?アイドルは最近どうなの?motion(早瀬が勤めていたライブハウス)の昼間のイベントに来てたじゃん
「あれは早瀬さんにばれないようにと思ってコソコソ行ってました」
●いやビースト来たら分かるでしょ(笑)
「すぐにばれましたね。でも最近は全然行ってません。アイドルはやっぱりライブに行けないと楽しくないんですけど、忙しくて行けないんで��あと何年もアイドルを見てて、やっぱアイドルってハッピーエンドが存在しないという結論に達したんですよね。だいたいメンバーに彼氏ができてやめるか、赤字でグループが消滅するか。一世を風靡して解散するでもないし、ライフワークみたいに長く続けるでもないし。それで嫌になって、よくライブに行っていたアイドルネッサンスというグループが解散したのを機にほぼ行かなくなりましたね」
●じゃあ今はもう完全に離れてるんだ
「今はアイドルではなく赤い公園のファンです。バンドキッズなんで。2018年赤い公園のファンデビューです」
●あれ?赤い公園ってアイドルネッサンスの子が入ったんだっけ?
「いや、僕はバンドキッズとしてのファンなので、そこら辺はちょっとよくわかんないです」
大学生って楽することしか考えてないけど、まあまあ学費払ってるんでちゃんと話聞いたほうがいい
●エミリーは大学のサークルで結成したって聞いてるけど、進学はどうやって決めたの?
「僕が入った学部が飯田さんと一緒なんですけど、センター試験だけで入れたので単純に楽だなと思って。北海道から試験受けに行くのも大変だし、センター試験だけなら1月で終わるから楽勝じゃんと思って。めちゃくちゃ頑張らなくても良いところという選択ですね。ただ未だに腑に落ちないのは、メンバー全員同じ大学なんですけど、僕以外のメンバーはもっと頭良い大学を目指してたらしくて、昔エンリケ先輩に『俺らはもっと上を目指してたからお前が一番頭が悪い』みたいなことを言われたんですけど、いやお前ら結局受かってないからな?と」
●(笑)
「目指しただけだからな?」
●確かにね(笑)
「まあでもそんなにめちゃくちゃ大変ではなかったですね。塾とかも行かなかったし。東京の難しい大学だと、北海道の公立高校の授業だけじゃ対策できないんでしょうけど、センター試験なら学校の勉強の範囲を飛び出ないから教科書で乗り切れるんですよ。それに帰宅部で暇だったから普段からもちょっとは勉強してたんですよ。成績良いとちょっと悪い事しても先生に怒られないじゃないですか。学校の先生ってそんな崇高じゃないですからね。成績が良ければ友達と同じことしても僕は怒られない。打算的に勉強してましたね。いまのところ嫌な子供過ぎて高校生までに良いエピソードがないですね」
●ないね(笑)。大学では何勉強してたの
「ざっくりいうと会社についてって感じです。勉強は好きでしたよ。というか友達がいなかったので勉強するしかなかった。友達がいる人は先輩から試験の過去問が回ってくるらしいんですど、友達がいないから自分で頑張るしかない。結果的に良かったですよ。大学生って楽することしか考えてないけど、まあまあ学費払ってるんでちゃんと話聞いたほうがいいじゃないですか」
●急に真面目になった(笑)
「やっぱり根が真面目なんですよね。勉強は好きだったので、その後大学の先生になりたいと思って大学院を受けたんですけど、大学院受験が夏って知らなくて、学部卒業後一年間NHKのあまちゃんを見て勉強するだけの無職生活を送りました。普通受験って冬じゃないですか?なんで大学院だけ夏なん��よ。トラップですよね」
エンリケ王子は口に花火を加えてdoorsみたいな(笑)それ見て入りました
●サークルはどういう経緯で?
「僕が一年のときに、エンリケ先輩が大学構内の道でエミリーライクステニスのライブをやっていたんです。クロアチア人と組んでた時期ですね。最初ドラムセットの前に留学生が座ったと思って、すげえドラムが外国人なのかよ絶対うまいじゃんと思ったらめちゃくちゃ下手だった。普通白人男性すわったらすごいの始まると思うじゃないですか」
●なんとなく上手そうな気はするよね
「そしたらめちゃくちゃヘタで。エンリケ王子は口に花火を加えてdoorsみたいな(笑)それ見て入りました(笑)」
●エンリケにそんな時代が(笑)エンリケがビーストは一人でスタジオに籠ってたって言ってたのは?
「それは一人でテニサー音楽を作ったりしてました」
●テニサー音楽ってジャンルなんなの?(笑)
「バイトしてた居酒屋がすごい店で、普通の居酒屋を出禁になったテニサーばっかりくる店なんですけど、彼らのコールを録音してトラックに乗せるみたいな感じです。すごいんですよ。『な~んで持ってんの?(笑)「』とかそんな生ぬるいもんじゃない。あいつらのコールは腹の底から声出すんですよ。そのコールを録音してビートを載せて、大学の外で流してました」
●ちょっとよくわからないけど結構アバンギャルドな活動をしてたんだね。それは何をしたかったの?
「『お前らは気に留めてないけど、歩いてるお前らの声なんだぞこれは』というのを一人で感じて、誰も気づかないのを楽しんでました。でも本当にあのテニサーの声はみんなに聞いてほしかったんですよね。本当にすごい声。乾杯に際して腹のそこからヴォーって叫び出すんですよ(笑)うちの大学は教育学部があったんで、こいつら居酒屋でこんな声出しているのに学校の先生になるんだなと思うと、その大学時代の一瞬のかがやきを記録しておきたかった。俺はちゃんと覚えておくからな、みたいな」
●結果的にちょっとよくわからないよね(笑)他のメンバーとの関係性はどうだったの?T―DRAGONは同期なんだっけ?
「そうです。僕らは毎日部室にいたから毎日顔を会わせていました。昔ベースをやってた泉さんっていう人とドラゴンが部室でずっと誰かの悪口を言ってるのを見てる」
●エンリケは先輩なんだよね?ビーストが加入する前の3人のエミリーを見ていたときの印象は?
「昔いたベースの女の人に頭につばを吐きかけられてすごい嫌だった。その人がいなくなったあとは、エンリケ先輩が大きい声を出して頑張ってるという印象」
●すごいざっくりしてるな(笑)大きい声出して頑張ってるのはどのバンドにも当てはまるだろ(笑)
「音楽的にどうとかいう感想がぜんぜんわからないんですよ(笑)あとその時はエンリケ先輩がまだ若かったんで、ドラムセットに突っ込んでたんですけど、あれは危ないからやめたほうが良いと思ってました」
●まっとうな意見だな(笑)
「痛そうだし怒られそうですからね」
●その印象でなんで入ったの?きっかけは?
「最初はAt The Drive-Inみたいなバンドをやると言われて、ATDIは高校生のときから好きだったからいいかなと思って。それにその時は今より15kgは痩せてて髪も長くて、僕天然パーマなんで髪が長いともじゃもじゃになるから見た目はATDI感があったんですよ。完全にビジュアル採用ですね。でもATDIだと思って入ったら変なことをやらされるバンドだった」
●入ったら全然違った(笑)
「おかしいなと思いましたね。口車に乗せられた。その時は泉さんっていう先輩がベースで、その人に変なことをやらされ続けた。その人は関西人なんですけど、まあ関西人といっても神戸のあたりなんで、今考えると笑いの本場みたいな空気を出してきたのも意味分かんないんですけど、なんかやると『それおもんないで?』って言ってくるんですよ。関西人って『おもんないで』って本当に言ってくるんだなって思って怖かったです」
●絵に書いたような関西人ね(笑)
「そうです。それでその人にああせいこうせいって言われてやってるうちに恥ずかしいという感情が死んで、今のスタイルに落ち着きました。慣れるというより、恥ずかしいという感情が死んだ」
●最初やめたいなとかはなかったの?嫌ではなかった?
「単体のライブでは嫌なときもあったけどトータルだとそこまで嫌じゃなかったです」
●今は長くやって確率されてきたけど、ビーストのスタイルって最初の頃はお手本もないし、大変そうだよね
「そうなんですよ。『ここは何もしなくて良いから』とか言われて2分間インストが続くみたいなのがありましたしね。何もしなくて良いって言われてもね。どうして良いかわからなくて手持ち無沙汰でした。ステージの真ん中に立たされて何もしなくて良いって言われる人の気持ちが、楽器持ってるお前にわかるのか?と思いました(笑)」
●それはきついよね(笑)難しいパートだよね
「このスタイルも、僕が他のメンバーと違って音楽大好き!みたいなタイプじゃないから成り立つんでしょうね。僕は音楽をやっているという感覚でバンドやってないですから」
●そんな人がいるんだ(笑)
「いや、バンドは確かにやってるんですけど、ダンボールのゾウをかぶって変な動きをする人が『自分、音楽やってるんで』とはなりませんよ(笑)」
バンドのグループラインに「ニューソングのアイデア思いついたんですけど、ガーナに秘宝館を建てる曲にしましょう」って送って、みんなに頑張って考えてもらう(笑)
●ダンボールとかを使うのはどこから出てきた発想なの?
「ゾウの曲ができたとき、当初は身体でゾウを表現してたんですね。例の関西人のベース人に手ぇ振ったらぞうにみえるやろって言われて、わかりましたってこう、片腕をゾウの鼻に見立てて、もう片方の手を丸く曲げて耳みたいにしてゾウっぽい動きをしてたんです。でもそうすると、ゾウっぽい動きをするためには体勢を前かがみにしなきゃいけなくて。イメージつきますか?前かがみになって右腕を鼻みたいに振って、左手が耳。そうするとどうなるかっていうと、まあフロアからみえないですよね(笑)。低いステージで前かがみになってノシノシ歩いてるんで(笑)。それで特に相談するともなく、ある日急にダンボールでゾウを作ってライブに持っていった。あ、今日これ被るんでって言って」
●なんでダンボールだったの?
「ちょうど引っ越したばかりで、家に立派な硬いダンボールがあったっていう、それだけです。金かかんないから」
●それ急に持っていってメンバーの反応はどうだったの?
「いやー、どうだったかな。でもエンリケ先輩は僕がいろいろ作って持っていきまくるのについては、最初ちょっと嫌そうだった気がしますね。俺たちバンドだからね?って。そこまでオモシロに振り切りたくない感じがまだ彼の中にあった」
●それでもまだちょっとかっこいいバンドでありたいみたいな?
「そうですね。まだ全員二十代前半でしたから。ただ僕はもう最初から音楽としてかっこいいのが良いとか、演奏が上手いのが良いとか、そういう発想が全くなかったんですよね。わざわざ金払って見に来てくれる人がいるんだから、面白い気持ちで帰ってもらったほうが絶対良いじゃんと思ってそのまま使い続けました。その後も特に相談するでもなく、作りますんでって感じで勝手に作って増やしていきました(笑)。そのうち次第にダンボールでこれを作るからこういう生物が登場する曲にしましょうみたいな感じになりましたね」
●ダンボール発信の曲があるんだ(笑)
「サメがそうですね。その時ちょうどサメが流行ってたんですよ。深海ザメとか。なんかココリコの田中さんの番組とかでよく深海ザメ取り上げられてて、サメ流行ってるしダンボールで作ります!サメの曲で行きましょう!ってなって。ダンボール以外でも最近曲作る時はそういうテーマの決め方が多いですね。こうこうこういう曲が面白いと思うので、とにかくあとはお願いしますみたいな(笑)」
●曲作るときのアイデアはビーストがだすの?
「みんなで話し合って考えるんですけど、最初のテーマだけ勝手に考えて、じゃお願いしますみたいなのもありますね。音楽自体にはなんのイメージも湧いていないんですけど、とにかくテーマだけ勝手に決める(笑)バンドのグループラインに「ニューソングのアイデア思いついたんですけど、ガーナに秘宝館を建てる曲にしましょう」って送って、みんなに頑張って考えてもらう(笑)」
●変わった作り方だよね。俺がメンバーだったら嫌だわ(笑)
「歌詞とか歌うパートとか寸劇パートみたいなのは僕が考えてるので、そもそも面白いと思うテーマじゃないとすべるんですよね。ギターリフとかから作られても面白い気持ちが浮かばない。いや~かっこいいギターリフかもしれないけど、それどう面白くなるの?って。かっこいい曲を作ることが目的なら、当然かっこいいギターリフから作ってかっこいい歌と歌詞を考えていっても良いんでしょうけど、かっこいいギターリフを面白くしようとしても『いや全然面白くならないぞこの譜割りは』みたいになる。かっこいいフレーズを考えてもボツになるってみんな嘆いてますけど、もうこういうバンドになった以上仕方ないんですよ!」
●譜割り(笑)なるほどね。言葉がはまらないと難しいだろうからね
「もちろん話し合ってテーマ設定という曲も多いですけどね。なので、さあ曲を作ろうという時期になると、スタジオに入っているのに楽器が鳴っている時間より何が面白いのか話し合っている時間の方が圧倒的に長い。3時間中2時間近く大喜利してますね。僕はスタジオに行っても、そういうコーナーだけ参加して、タイトルとかテーマが決まったらあとはやることないからじっとしてる」
●なるほどね。テーマとかネタ先行で曲を作ってるバンドなんだね。ちなみにライブ中は何を考えてるの?
「もう完全にうけてるかうけてないかしか考えてないですね。暴れたり変なことを言いながら客席を観察している。僕は微妙に言っちゃいけないことをいうスタイルなので、今日のお客さんはどのくらい許してくれるかなと言うのを観察してます。あとちょっと難しいっぽいこととか、ニッチな話題をまくしたててもちゃんと笑ってるかなとか。その他は特に何も考えていません。ライブ中に話す小芝居とかも、前は事前に考えてからやったりもしていたんですけど、最近はほぼその場の口からでまかせですね。その場の思いつきでまくし立てているんで、感想で「○○って言ってたところが面白かった」と言われても正直全然覚えてないんですよね(笑)『はい!ありがとうございます!』しか言えない(笑)」
●メンバーの演奏は耳に入ってる?
「それは大まかには聞いてます。音にあわせて話したり音の合間で話したりするので、全体の流れとか、タイミングとか、音量とかは聞いてます。でも演奏を間違ったとかそういうのには全く興味がない。練習よりペースが速くなったとか遅くなったとかも関心がない。ちゃんと始まってちゃんと終われば」
●他のメンバーの意識とかなり分離してるね
「そうなんですよね。なのでバンドっぽい音楽のこだわりみたいなのを聞かれても特に言うことがないんですよね。聞こえやすければいいんですよ」
疲れるのであまり練習に行きたくないです。どうせ練習行ってもやることないんですよね
●平日は何してるの?
「普通に働いてますよ。でも今はコロナでリモートワークになっているのでほぼ家にいます。今日1ヶ月以上ぶりに仕事で電車乗る用があって、電車に乗っただけでちょっと楽しかったです(笑)。僕は神奈川県に住んでるんですけど、いま神奈川県で一番コロナリスクから遠いと感じるくらい本当に外に出てないです」
●そんなに家にいるのか(笑)。仕事とバンドの両立は大変?
「大変ってほど大変には感じてないですけど、平日は活動が無理なのと、メンバーの中で僕だけ住んでいるのが東京じゃないので、都��までの移動がちょっと面倒ですね。あと疲れるのであまり練習に行きたくないです。どうせ練習行ってもやることないんですよね(笑)」
●行きたくないんだ(笑)。でも他の3人が演奏の部分を作ってるときは一応スタジオにいるんだよね?
「まあそれはいたりいなかったりですね」
●いないときもあるんだ(笑)
「ちょこちょこ土日も仕事があるんですよね。それに行っても、ライブの前であればみんなで通して練習しようってなりますけど、そうじゃなかったら3時間スタジオ入ってて出番は25分とかそういうときが多いんですよ。曲作り初め段階とかだと、本当にぽつんと座ってるだけなんですよ(笑)。なのでそういう段階で仕事が入って来ると仕事優先で練習は休みますね。で、ある程度曲ができてきたら行ってダメ出しするみたいな。「いや~、それちょっと面白くないですよね」みたいな。めちゃくちゃ嫌な奴ですよね(笑)」
●何もしてなかったやつが急にダメ出し(笑)
「作ってる途中に聞いて都度言えばいいのに、聞いてないですからね。まあまあ出来上がってから、『いやちょっとその構成は…』みたいな」
●一緒にやってたら腹立つね
「そうですよね。みんな心が広いんですよ」
まあでも、やっぱり延々とポスト・パンクとかやってても全然面白くないですからね
●普段音楽ってきくの?
「最近は家で仕事してるんで、BGMとして辻井伸行さんが弾いてるドビュッシーのやつを聞いてます」
●それはどういう感情で聞いてるの
「僕は岩井俊二チルドレンなので、大学のとき部室でリリィ・シュシュのすべてを3回位みたんですよね。リリィ・シュシュってドビュッシーがBGMなんですよ。そこからドビュッシーのフォロワーになっていったんで」
●ドビュッシーのフォロワー(笑)ボーカルなのに(笑)
「あとはやっぱり赤い公園を聞いてますね。バンドキッズとして」
●聞いている音楽から影響を受けたりするの?
「普通に音楽を聞いても影響を受けようがない芸風ではあるんですけどね(笑)。しいていうと何年か前に友達の家が引っ越したときに、その友達のお母さんが仕事の関係でもらって放置されていたというEARTH WIND & FIREとかのLP盤をたくさんもらってきたんですよ。やっぱ僕は顔が濃いのでこういうところから影響を受けようと思ってもらってきました。影響を受けたというか受けようという能動的なやつです。全然詳しくないんですけど歌い方が楽しそうなんで良いと思います」
●それは最近のエミリーにつながる部分があるね
「そうですね。あれは飯田さんがそういうベースを弾けるというのもあるんですけど、ああいいう歌い方でみんなで歌ったら楽しいじゃないですか。なので曲作りながら、ここでファンクを歌いましょうということにして。それでファンクとかヒップホップとかそういうのが導入されて行きました。やっぱみんなで歌うのは楽しいですよね。バンドを初めた当初からは、もともとエンリケ先輩が曲作ってたんですけど、エンリケ先輩はファンクとかヒップホップとかはもともとそんなに聞いてないからそういう要素が入った曲はなかったんですね。飯田さんが入って幅が広がったのは良かったと思います。まあでも、やっぱり延々とポスト・パンクとかやってても全然面白くないですからね」
●厳しい(笑)
「面白くあることを重視するとってことですよ(笑)そういう視点だとずっと聞いてても面白いプログレとかないじゃないですか」
●まあね
「なので組み合わせて飽きないようにしている。全然そういう流れじゃないのにヒップホップとかファンクを急にやり始めると面白い。それでやってます」
昔ライブのあとにメンバーと話してたら、『あ、ボーカルの人も喋れるんですか!』って言われて(笑)喋れるんですかってなんだよって(笑)
●このバンドの印象はビーストの目線から見ると変わってきている?
「どうでしょうね。自分でやってることだから、だんだん変わってきたという感じなのでわかりにくいですね。初期から比べると間違いなく変わってはいますけど。ここが明らかに変わったとか、いつから変わったとかについてはあまり実感がないですね。個人的に変わったことと言えば、昔のほうがライブで疲れてました(笑)。手持ち無沙汰さや無策を暴れてごまかしてた。これについては腰がヘルニアになったのできつくなりました(笑)。あとあまり暴れすぎると本当に危ない人だと思われるので。
●そういうふうに思われたくないって気持ちはあるんだ(笑)
「昔ライブのあとにメンバーと話してたら、『あ、ボーカルの人も喋れるんですか!』って言われて(笑)喋れるんですかってなんだよって(笑)」
●素でああいう人だと思われてたんだ(笑)
「そう思われたらそれはそれで面白いんですけどね(笑)でも素でやばい人だと思われると期待に答えないとみたいな気持ちになっちゃって。根がエンターテイナーなので。そうすると生活が崩壊する」
●でも音楽性は別として、今まで他のメンバーの話も聞いてきたけど共通していることは、全員サークルの先輩が醸し出すような「ロックな感じ」みたいなのに触れたときに「ださい」と感じることだよね(笑)
「まあそれはそうでしょうね。(笑)そうじゃないとこんなバンド我慢ならない(笑)やらないとかじゃなくて我慢ならないですよ(笑)そういう意味ではよくこのバンドをやろうと思う人が集まりましたよね。募集したって集まらないですよ」
面白いのほうが『狙い通り』って感じがする。でしょ?って。
●じゃあバンドをやってなかったら何してたと思う?
「たぶんYou Tubeに一人で変な動画を上げたりしてたかもしれないですね。俺の音楽で世の中を変えてやるんだ!みたいな気持ちはゼロなんですけど、自分発で何かをやって「おもしろいね」って言われるのは好きなんですよ。とにかく色んな人におもしろいねって言われたい(笑)」
●おもしろが重要なんだ
「かっこいいより面白いがいいんですよね。面白いのほうが『狙い通り』って感じがする。でしょ?って。なのでYou Tubeに変な動画を上げて面白がられて喜び、リアルの知人には陰口を叩かれる生活をしていたかもしれないですね」
●かつてテニサー音楽を作っていた経歴を考えるとありえるね
「そうですね。それでテニサー音楽をYou Tubeにアップして炎上して怒られる。テニサー音楽って今考えると本当にすげえ陰湿ですね(笑)陰湿なやつだな。根が陰湿なんですよね」
今後は完全に『みんなのうた』に舵をきるしかないかもしれない
●今後挑戦したいことって何かある?
「これが難しいんですよ。いままでは、不謹慎だけどギリギリ許してもらえるかなというレベルのところを狙っていたんですけど、コロナもあって世の中が停滞してくると不謹慎なこと言えなくなるんで」
●超えちゃいけないライン変わってきてるよね
「ラインは完全に変わってきてるんですよ。僕が今一番悩んでるところです。世の中の暗いムードの中でブラックジョークっぽいことをやるのってかなり難しい。今までも狙いすまして、ここまでならギリギリ怒られないラインを探ってたんですけど。今もうそのラインが見えないんで。今後は完全に『みんなのうた』に舵をきるしかないかもしれない」
●なるほどね(笑)
「マハラジャの歌うたうしかない。知ってます?ラジャ、ラジャ、マハラジャーみたいな。(笑)。あの歌すごい好きなんですよ(笑)。あれはみんなのうたなんで、差別的な歌なんかでは決してないじゃないじゃないですか。でも『インドの子供がなりたいものは、ラジャ、ラジャ、マハラジャー』って大人が全力で歌ってたらおもしろくないですか?(笑)そういう怒られないし不謹慎でもないおもしろコンテンツを模索する日々です」
●難しいね
「今ビーストは岐路にたたされてます。はやくブラックジョークで笑っても良い日々に戻って欲しい。今僕の平和を希求する気持ちが、平和への祈りがすごいです。ビーストかダライ・ラマかって感じです。」
●ダライ・ラマ級(笑)ちなみに今後ダンボールで作りたいものはある?
「それも最近考えてて、これはメンバーには言ったんですけど、名古屋の方でオードリーが変な一般人を呼んで話すだけの番組があるんですけど、それにゾウを持っていって、次ダンボールで何を作ったらいいかわからないという相談をしようと思ってます」
●なにそれ(笑)
「バンドの話は一切せずに、ダンボールで次つくるものが思いつかないという相談をする」
●やばい趣味の人だ(笑)
「ちなみに早瀬さんは何がいいと思いますか」
●動物じゃないものとか
「なるほど。新幹線とか…飛行機とかいいかもしれないですね。武漢チャーター便とか」
●だめでしょそれ(笑)
「そうですよ!こういうのやっちゃいけない世の中なんですよ今は。まあでも無機物を作るのを課題として考えておきます」
●でも今まで話を聞いてきたけど、その奇抜な発想はどこから生まれたのかが全然わからなかったね
「僕も不思議なんですよ。すごい普通の家庭で育ったし。めちゃくちゃ真面目に暮らしてるし」
●根が真面目ではあるよね。発想だけが急に突飛なのは何なんだろう
「何なんでしょうね。やっぱり小1から遊戯王の漫画読んでたからですかね。あれカードゲーム漫画って印象の人が多いでしょうけど初期の遊戯王はすごかったんですよ。手の甲に札束乗っけてナイフで刺して、ギリギリまで刺して金を多くゲットした方の勝ちみたいな」
●なんだよそれ(笑)
「それで負けると木の葉が札束に見える呪いをかけられる。そういう漫画なんです遊戯王は。あれで人格が形成されたのかもしれない」
3 notes · View notes
isawa-nkb · 5 years
Text
Nishiogikubo Flashback
償いにも似た郷愁と憧憬みたいな 花飾りをつけた少女の目撃が相つぐ
大仰なカメラを抱えた共同幻想中毒者が 身代金携え街の底のペットショップへ
狂い咲きの夜桜は歌う猫を抱いて散った 星が���ちた夜に咲いた百合だけが本物だった!!
盲目の刑事が嗅ぎ当てた 事故物件の地下スタジオ 突入したらもぬけの殻だ ピアノの上で受話器が遊んでる
団地の屋上 回送列車 番外地の街灯 途絶えぬ目撃談
塗り潰されたネームプレート 彼女の名前を思い出そうとした 今か昔か知ってた筈なんだ そもそもありやしない 妄想かもしれない 路地裏の奥の どん詰まりに誘う 野良犬が咥えた 小鳩の死骸
俺は泥酔した深夜零時半 癖毛の少女が俺に手を振ってた 俺は動揺して目をこすったら 消えてしまってた 幻みたいに
あるいは本当にそうだったのか? それとも俺の妄想なのか? その時、声が聞こえた気がした
https://twitter.com/he_tale_bass6/status/1231576446667067392
**********************************************************
ライナーノーツとか楽曲解説とか歌詞解説とかキャプションですらも宗教上の理由で本当なら書きたくないのですが、まぁ今回はボーカル外注したりコンピに提出したり小ネタをちょいちょい入れたり喋ること喋りたいことがわりかしあるので久々に文章を書こうと思います。
というわけでサークル「非実在性芸音科学」様主催『NUMBER ZAZEN COMPILATION』に、伊38 from ZAZENFOXXとして「Nishiogikubo Flashback」という曲を書き下ろして提供させていただきました。 お声がけいただいたあおいん様にあらためてお礼を申し上げます。このような機会をいただけまして大変楽しかったです。
https://twitter.com/aoiiiin/status/1229745997380648963
自分の話としては学生時代にナンバガのコピバンをやって、特に向井コードは自作の曲でもかなり拝借しまくってるので事実上伊38が一番影響を受けたバンドなのですが、ここまでもろナンバガリスペクトな曲を書く、というのはあらためて新鮮で面白い経験でした。いや今までもcabsやmiimiのパk……リスペクトな曲を書いたりしたんですけどね! ただ逆に、これまでのリスペクト作曲の経験から「直でそのバンドを拝借しようとするとちょっと外れた感じになる」という自身のノーコンさもわかってきたので、今回はナンバガというよりナンバガフォロワーのバンドをちょこちょこつまみ食いする形で作業を進めました。実際自分が好きで聞いてるバンドもナンバガに直接・間接的に影響を受けているバンドばかりなので、好き勝手書いてもナンバガっぽくなってたかもしれないんですがが。
というわけで実際に参考にしたのはまず、はな/szak/松本文紀による『終末の微笑』。
https://www.youtube.com/watch?v=zCjxVXX-YLE
なんなら自分がナンバガを真面目に聞き始めたのはケロQの『素晴らしき日々』、の主題歌『空気力学少女と少年の詩』からなんですよね。そのちょっと前からiPodにはナンバガ入ってたと思うんですが、当時は聞いても「ボーカル聞こえづらいしコードもディスコードしてるどころかダイアトニック使ってなくね……?」みたいに全く理解できなかったんですね。大体の人がそうだとは思いますが! でも当時はバンプとピロウズというポップロックしか聞いてなかったので……。 そんななかで偶然耳にした『空気力学少女と少年の詩』があまりにも名曲で衝撃を受け、すばひびをプレイし、ゲームも曲もナンバガ直下の作品だという情報を得て、あらためてナンバガにチャレンジしました。その直後にナンバガのコピバンを組んで自分で演奏して、ようやくナンバーガールというバンドとその曲の良さを理解し始めたという順番だった気がします。 そしてこの『終末の微笑』はゲームのED曲の一つ(挿入歌的なポジションの方が正しいか)なのですが、聞いていただいてわかる通りもろナンバガ直系というか、初めて聞いた時なんかドラムが入った瞬間にあまりにもアヒトサウンド過ぎて爆笑してしまいました。とても爆笑できるような精神状態じゃなかったはずなのになぁ……。そんなこんなでszak/松本文紀氏はぼくが最も尊敬している作曲家・ギタリストの一角なのでございまして、今回はこの曲を、特にCメロの急展開らへんを拝借させていただきました。ちなみにエゴサとかしてたらコンピ聞いてくださった人ですばひびを感じ取ってくれた方がいらっしゃったようで大変嬉しく思っております。意図が伝わってガッツポーズです。
あと直接的に拝借したのはハヌマーン『ハイカラさんが通る』。ぼく自身はコピーしてないのですがサークルの先輩同輩後輩でコピバンが沢山あったので耳に残っていて自主的にコード拾ったりしてました。ただ最初は「ハヌマーンぱくるぞおお」と思っていたのに最終的にアウトロでもろ引用するだけにとどまってしまったのが良かったのか悪かったのか。 この他参考にしたのは僕が最も尊敬する作曲家/ギタリストのもう一角、cabsの高橋國光コードだったり、あるいは初期きのこ帝国『国道スロープ』だったり、あるいは今回はあまり意識してないですがコピバンやったことのある透明雑誌やうみのてだったりでしょうか。他にはSuiseiNoboAzをパクるアイデアもなくはなかったのですが、ボアズは引用するのがかなりムズイというか骨格はどシンプルな歌モノに過ぎないしボアズ感を出すには頭からケツまでボアズを意識し続ける必要があって現実的じゃないなと思って却下したり。 というかナンバガコピバンでコピーしたのが透明少女・タッチ・ URBAN GUITAR SAYONARA・ZEGEN VS UNDERCOVER・TATTOOあり・CIBICCOさん・NUM-AMI-DABUTZ・OMOIDE IN MY HEAD・IGGY POP FANCLUB……なので、今思えばこれら全部からちょいちょい要素をパクってるなぁという。やっぱ飲み込んだものしか吐き出せないんだなぁと。
ともかく、  こういったナンバガフォロワー群を聞いてたからか、ミックスを知人(というかZAZENFOXXをミックスしてくれたぷれしお君)にチェックしてもらったら「ナンバガというより残響系に聞こえる」とのコメントをもらったり。そりゃあナンバガいなかったら残響レコードなんてなかったよなぁ。というかナンバガのあのクッソ音の悪い音源(そりゃ20年前なんだから悪くて当たり前だ)を現代風に作り直したら残響になるよなぁ。という当たり前だけど地味に盲点だったところに気付かされたりしました。
サウンド面でもう一つ話すとするなら、ひさ子パートというか右チャンネルのリードギター。ナンバガのひさ子もザゼンのカシオメンもそうなんですが、二人ともリードギター単体だとダサ……割とへちょいというか「こんなフレーズ普通採用しねえだろ」なリフを弾いてるんですよね。ただ伊38的にはそんなフレーズは弾きたくない……というか録る前にボツにしちゃうので大変困りました。しかしいいフレーズも思いつかず、結局Bloodthirsty butchersの『Jack Nicolson』のメインフレーズを改変。というわけでここでもナンバガをちょっと外しつつ引用した形になります。でもサビやCメロのひさ子コードは頑張って自力でひねり出しましたよ。 そうそうひさ子パートはブッチャーズに合わせて3カポなのですが、向井パートの左ギターは1カポ……というか半音上げチューニングです(cabs仕様ですね)。つまり右と左でカポ位置を変えることで和音構成が確実にずれるような仕掛けを施しています。
サウンドはこのくらいにして歌詞の話。向井的な歌詞、ナンバガの殺伐感を出すにはどうしたらいいのか。というかそもそも言いたいことが無くなって久しいので歌詞とかどうしたもんかと迷ったのですが、そんな中で思いついたのが「とりあえず鳩羽つぐを始点に考えてみよう」という。
https://www.youtube.com/watch?v=xXaLxqYlRNk
現代の座敷童だの、幼少期の曖昧な記憶という概念の擬人化だのいろいろ言われつつも未だに謎に包まれた鳩羽つぐ。本家のみならずVRチャットにも模倣犯が現れ、しかしその模倣犯すらも名前が伏せられていて正体が掴めない。憧憬、あるいは後悔。非実在、あるいは実在。初恋あるいは失恋。記憶探し、しかしそれは妄想。ロックトランスフォームド状態におけるフラッシュバック現象。思い出したのか、はたまた幻覚だったのか。どうとでも解釈できる彼女は思考の出発点として個人的に重宝するというかどの方向にでも歩を進められるので思考を阻害することなく、しかし宙に浮いたままどこから始めればいいのかわからない創作作業において初めの一歩目あるいは零歩目として思考の地平に着地させてくれるのですね。というわけで今回は彼女そのものの曖昧さ、不穏さ、あるいは事件性を、NUMBER GIRL的冷凍都市解釈にスライドし、ZEGEN VS UNDERCOVER的世界観にもっていこうとしてみました。そして思い浮かんだワードが「西荻窪Flashback現象」。彼女のことが見える、彼女を思い出す、知ってると思い込む、しかしそれは記憶か妄想かMABOROSHIか、混濁していて何もわからない。ここに事件性や殺伐感を高めあるいは鳩羽感を薄めるために伊38的2019年ベスト映画『見えない目撃者』要素を入れようとしたんですが「盲目の刑事」のくだりしかねじ込めなかった。あと『Serial experiments lain』要素とか入れようかと思ったんですがさすがにとっ散らかるのでやめた。あと「街の底」のペットショップはEastern Youthへの目配せですはい。
という方向で曲と歌詞を書き始めた、のが忘れもしない2019年12月4日。鳩羽つぐ以上の事件が起きた日。バーチャルユーチューバーグループ「アイドル部」から、夜桜たま、猫乃木もち契約解除の発表。 あまりにもショックでその日は何も手につかなくなってしまいました。ああそうだ、これがバーチャルユーチューバーなんだ。所詮Virtual、仮想現実。きっといつしか彼女の動画のアーカイブは消され、我々の頭の中にしか思い出は残らない。いや、記録が消され頭の中にしかない記憶と妄想はいかにして峻別できるというのか。OMOIDEはしかしいつしか妄想に変わっていく。ああ、そもそもアイドル部という名前���偶像と最初から銘打たれていたじゃないか。我々が熱中していたものは初めから砂上の楼閣に過ぎない。実在していないものに熱中する狂気。西荻窪Virtual Insanity状態。存在を知ったころには解散していたナンバーガール。画面の向こう側でしか見たことのない存在。台風によって中止されたRSR初日。初めから実存の保証なんて一切されていない。頭の中のそれらの区切りは頭の中という理由そのものによって余りにも酷く醜く脆弱だ。こんなにも儚いものに熱中している、あるいは熱中していた我々そのものの儚さ。
4日とその翌日が非番日だったので録音作業を進めるつもりだったのですが、この発表によって完全に何も手につかなくなってしまいました。というわけで鳩羽つぐで書こうとしていた曲に、たとえ文脈が不自然になろうと、この日を忘れないためにも2行をねじ込ませていただきました。たとえ桜が再び咲こうと、墜ちた星は二度と戻ってこないのだ。
という感じで作詞作曲録音作業は行き詰まりしかし逆に火が付き、なんとか1月にはオケが完成。そして下旬に後輩の紫水さんのボーカルを録音、提出という流れでした。 よく完成させられたなこの曲。ちなみに11月時点では一切進捗がなく過去曲のリメイクリテイクかストック曲の放出を考えていたんですが、12月頭にイントロのギターが降ってきて、その勢いでギリギリで描き下ろし新曲を提出することができたのでした。
スケジュールに余裕がない中歌っていただいた紫水さん。軽音サークルで東京事変やきのこ帝国やandymoriを歌っていたのを見て、あとギリギリ頼める年齢差と顔見知り具合だったのでお声がけしたのですが、数テイクでばっちりOKテイクを出してくれました。大変ありがとうございました……! 主催様の「ナンバガを女の子が歌ったらどうなるか気になる」との言葉から頼んでみたのですが、題材的にも野郎が歌うより女声の方がばっちりハマったので大正解だったと思います。重ね重ね御礼申し上げます……!
という感じで出来上がりましたNishiogikubo Flashback。が入った『NUMBER ZAZEN COMPILATION』。 ジャケットも素晴らしいし僕以外の曲もみんな名曲で曲順も完璧なので手前味噌でなく名盤なんじゃないかという気がしています。  現在通販準備中&今後のイベントでも頒布可能性ありとのことなので、今からでも興味が出た方は主催のあおいん様(https://twitter.com/aoiiiin)の動向をちぇけらです。
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yukinko22 · 5 years
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怪しいインビテーション・フロム彼方  夏休みに、知らない人に誘われて、知らない人たち5人と、知らない国の知らない場所を旅することになった。twitterで、今まで全く交流がなかった人から突然誘われたのだ。なぜ誘われたのかもわからないし、なぜ、自分がその誘いに応じたのかもわからない。  当時の私は、激務で有名な会社の、最も激務と噂される部署で働いていた。会社の机で眠り、近くのジムでシャワーを浴び、充血した目でエクセルを叩く。正月もゴールデンウィークもなかった。ウイグル旅行の誘いが届いたのは、そんな折だった。  メッセージが目に入るやいなや、発作的に行きたいと返事をしてしまったが、後になって疑念が湧いてきた。メッセージの主は、いったいどんな人なんだろう。私は当時、人と絡まない孤高のスタイルでtwitterをしていたのでDMがきたこと自体初めてだった。  とにかく、行くと言ってしまったのだから、休みをとらなければならない。その時点で夏休みを取得する予定はなかった。取得できるのかもわかっていなかった。 どうしてウイグルなんかに行くんですか  休暇取得を申し出る私に対し、職場のみんなはやさしかった。みんな忙しいのに、「仕事は引き取るから」「ゆっくり休んで」と言ってくれた。しかし、旅行の詳細を聞くと、同僚たちの善良な笑顔はさっと曇った。  彼らは問う。 「どうして、ハワイでもセブ島でもなく、ウイグルなのか」 「どうして、親しい友人や家族と行かないのか」  もっともな疑問だ。私は、どうして、気が合うかわからない人々と、楽しいかわからない場所に行こうとしているのだろう。自分にもわからない。どちらかといえば、こちらが問い返したいくらいだ。 「どうして私は、知らない人とウイグルに行くのでしょう?」  私は、夏休みまでに仕上げなければいけない書類の山を見つめた。 羽田からウルムチへ  早朝の羽田空港国際ターミナルで、私は疲れ果てていた。休暇を目前にひかえる中で押し寄せる仕事の波に飲み込まれ、家に帰れない日々が続いていたからだ。最終日も仕事が終わらず、徹夜で職場から直接空港に向かう羽目になった。  今回の旅行メンバーは、男性3人・女性3人。私以外は、大学時代のサークルを中心としたつながりのようだった。それだけ聞くと、「あいのり」や「テラスハウス」のような、青春の匂いただよう若い男女の旅行なのだが、グループからはそれをかき消す不穏なバイブスが満ち満ちていた。  なかでも完全におかしいのは、グループの中に「尊師」と「レーニン」を称する人物がいることだ。通常、「尊師」というのは、オウム真理教教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)を意味し、「レーニン」というのは、ロシア社会民主労働党の指導者であり、ソビエト連邦を建国した人物であるウラジミール・イリイチ・レーニンを意味する。  テロ、あるいは革命という形で、国家体制の転覆をめざした宗教的・政治的指導者が、なぜ一同に会しているのだろう。空港前で集合しているだけで、破壊活動防止法(通称・破防法)の適用対象団体となってしまいそうだ。  ともあれ、この時点で、今回の旅行が恋と友情の甘酸っぱい青春旅行になる可能性は限りなくゼロだ。麻原彰晃とウラジミール・レーニンが旅を通じて友情を深め、それがいつしか愛に変わる……。そんな突飛な話は、両者の思想的相違点を考慮すればおよそ考えられないだろう。  私は、国家転覆を試みる宗教家でもなければ、社会主義の革命的指導者でもない。どうしてこの旅に誘われたのだろう。ぷくぷくとふくらむ疑問と不安を乗せて、飛行機は羽田を旅立とうとしていた。 尊師とレーニン  羽田からウルムチへの長い移動中に分かったことがある。尊師は、工学の修士号を持つ知識人であり、特定の宗教とのつながりはないということだ。「尊師」というのは、極めて不謹慎なあだ名にすぎない。  では、旅の同行者にふさわしい安全な人物かというと、そんなことは決してなかった。尊師は、無邪気な下ネタをガンガン投下してくるという反社会的な性質を有していた。  例えば、北京の空港でのことだ。 「マーン・コーヒーだ!見てください!マーン・コーヒーですよ」  尊師は、北京空港内のオシャレなカフェチェーンを指差し、目をキラキラ輝かせて写真を撮りはじめた。そのとき、私は「どこにでもあるチェーン店になぜ興奮しているのだろう」と不思議だったのだが、後になって、それが低レベルすぎる下ネタであることに気がついた。もっと早く気づいてしかるべきだったのだが、工学の修士号を持つ知識人が、そんな知性ひかえめのジョークを言うとは思わなかったのだ。  他の同行者もまた、尊師の被害を受けていた。 尊師 「ちんマ!? ちんマ!?」 同行者「ちんマってなんですか?」 尊師 「ちんマというのは、ちんちんマッサージのことです」 同行者「……」  それ以来、その人は、尊師には何も質問しないと決めたという。  尊師が、大きな身体のうるさいお兄さんである一方、レーニンは、小柄でツインテール姿の、無口でちょっぴりエッチな美少女だった。  ちなみに、ちょっぴりエッチというのは、彼女が尊師の下ネタをときどき拾ってあげていたのを私が面白おかしく書き立てているだけだ。実際には、彼女は、渾身の下ネタをたびたびスルーされ、ときにはうるさいと一喝される尊師を気遣っていたのだと思う。  なので、正確には「レーニンは、小柄でツインテール姿の、無口で心優しい美少女」ということになる。それでいてソ連のコミンテルンを率いる革命的指導者であり思想家だなんて、今すぐアニメの主人公になれそうだ。  それにしても、尊師もレーニンも、私の凡庸な日常生活には絶対にあらわれないタイプのキャラクターだ。二人とも、普段は善良な労働者として社会に潜伏しているらしいので、本当は自分のまわりにもいるのかもしれないが、それを知るすべはない。 「ずいぶん遠いところにきちゃったなあ……」  あまりの非日常感にめまいがした。まだ、目的地にさえついていない。 謎の秘密結社・うどん部   新疆ウイグル自治区は、中国の最西部に位置しており、国境を接して南にはインドがあり、西にはカザフスタン・キルギス・タジキスタン・パキスタンが連なる。古くからシルクロードの要衝として栄え、ウイグル人・カザフ人などの多民族が住む、ムスリムが多い中央アジア文化圏だ。  今回の旅程は、新疆ウイグル自治区の玄関口であるウルムチを経由し、前半は電車でトルファン、カシュガルを巡り、後半は車でパキスタンとの国境であるタシュクルガンまで足を伸ばすというものだ。  羽田からウルムチまでの移動にまる一日かかるため、実質的な旅のスタートは二日めのトルファンからになる。隣の国のはずなのに、移動の体感的にはヨーロッパと同じくらい遠い。  私たちがトルファンに到着して最初に向かったのは、ウイグル料理店だった。 「やはり我々うどん部としては、まずはラグメンの調査からですよね」  旅行の主催者である女性は、ニコニコしながらそう言った。ラグメンとは、中央アジア全域で食べられている麺類で、うどんのような麺に、トマト味のソースがかかった食べ物だ。  なんでも、今回の旅行は「某大うどん部」という、大学のうどん愛好家サークルの卒業生を中心としたメンバーで構成されているらしい。旅の目的のひとつも、ラグメンを食べることで古代中国で生まれたうどんの起源を探ることにあるのだという。 「うどん部……?」  私は思わず考え込んでしまった。特にうどん好きというわけでもない自分が誘われた理由がわからないと感じたこともあるが、一番の理由は、今回のメンバーが「うどん部」という言葉がもつ牧歌的かつ平和的な響きからはおよそかけ離れた集団のように思えたからだ。  先程言及した「尊師」と「レーニン」が名前からして不穏なのはもちろんだが、他のメンバーたちの話題もとにかく不穏だった。 「前進チャンネル」の話 中核派Youtuberが、警視庁公安部のキャンピングカーを紹介したり、不当逮捕された同志の奪還を訴えたりしている番組の話。 北朝鮮脱北ノウハウの話 中国と北朝鮮の国境地帯に住んでいたことがあるうどん部員による、脱北ノウハウの話。北朝鮮脱北者が、国境近辺に住む中国人民を襲い、金品と身分証を奪いとることで中国人として生きようとするが、中国語が話せないことからバレてしまい、強制送還されるという救いのない事件が多発しているらしい。 スターリンに乾杯した話 「ヨシ」という名前のうどん部員が、スターリンの故郷であるジョージアを訪ねたところ、「ヨシ」は同志スターリンの名前だと歓迎され、「ヨシフ・スターリンに乾杯」と密造酒をすすめられた話。  一言でいうと、うどんは関係ない。  うどんは関係ない上に、思想的にかたよっている。うどんを愛する心に右も左もないと思うのだが、一体どういうサークル勧誘をすればこんなことになるのだろう。世界がもし100人のうどん愛好家の村だったら、中核派は0名、教祖も0名、スターリンの故郷を訪ねた人も0名になるのが普通だ。  今回の旅行メンバーはたった6人なのに、公安にマークされそうな発言をする人しかいない。思想・良心の自由が限りなく認められたコミュニティであるともいえるが、うどんを隠れ蓑とした何らかの過激な団体である可能性も捨てきれない。謎の秘密結社・うどん部だ。 「こうした旅行は、よく企画されるんですか?」  私は、うどん部の背景を探るべく、おそるおそる尋ねた。 「主催者さんは、旧ソ連圏に関する仕事をしているんです。その関係で、旧ソ連の珍しいエリアへの旅行をよく企画しますよ」 「でも、どういうわけか、たまに、その旅行に行った人たちが仕事や学校を辞めてしまうんですよ」 「この前の旅行では、社会主義国家によくある、労働を賛えるモニュメントをめぐっていたら、一緒に旅行していた学生の友人が『労働意欲が湧いてきた。学校はやめるぞ』と言って、突然中退してしまったんです」 「僕も仕事を辞めたしね」  社会主義国家を旅することで、反社会性が養われてしまうとは……。 「旧ソ連圏への旅行は、うどんとは関係あるんですか?」 「うどんとは関係ありません。ただ、うどん部員には、真っ赤な血が流れているんです」  これまでの話をまとめると、「うどん部」とは、うどんの絆で連帯し、ときに資本主義社会から人をドロップアウトさせる赤い集団ということになる。なにがなんだか、全くわからない。  主催者の女性は、旧ソ連圏に関する仕事をしているだけあって、中央アジア文化に詳しかった。彼女は、うどん部員らしい話題として、シルクロードにおける麺の広がりについて話をしてくれた。 「トルクメン人も、カザフ人も、ウズベク人も、友人たちは口を揃えてラグメンはウイグルが一番美味しいというんですよ」  全中央アジアの人民が認めるウイグルラグメンは、たしかにおいしかった。もちもちした手延べ麺の感触と、オイリーなソースに絡まるたっぷり野菜のバランスがよく、濃い味なのにいくらでも食べられてしまう。  特に、ニンニクでパンチを効かせたラグメンは癖になるおいしさで、そのジャンクかつ中毒性が高い味わいから、勝手に「ウイグルの二郎」と命名されていた。  内装も異国情緒が爆発していた。天井から階段までいたるところがタイルやステンドグラスで彩られている。細やかな幾何学模様を見ていると、確かに中央アジア文化圏に来たのだということを実��する。  中央アジアを旅行するたびに思うのだけれど、彼らの、あらゆる場所を「美」で埋め尽くそうとする情熱はすごい。衣服やクッションの細かな刺繍、木彫りのアラベスク、色とりどりのランタン……。よくみると、料理に使うボウルまで鮮やかな矢絣模様がついている。  私は、ステンドグラスが貼られた天井を見つめた。 「遠い場所に場所にきたんだ」  そう思ったが、どういうわけか実感がなかった。足元だけが、なんだかふわふわしている気がした。 砂漠は空中浮遊する尊師の夢をみるか  午後から本格的な観光がスタートした。最初に訪れたのは、交河城址という遺跡だ。紀元前2世紀頃に作られ、14世紀まで実際に街として使われてい要塞都市だ。地平線が見えそうなほど広い。  地面の上にレンガを重ねるのではなく地面を掘って街を作ったところに特徴があるらしいのだが、これだけの土地を彫り抜くなんて、想像もつかない労力だ。中国の圧倒的なマンパワーを感じる。  遺跡が広すぎる一方で観光客があまりいないため、とても静かだ。どこまでも続く風化した街並みを歩き、静謐な空気に触れ、かつては賑わっていたであろう都市の姿を想う……そんな触れ込みの場所なのだけれど、正直言って、そうしたロマンチックな思い出は一切残っていない。  なぜなら、悠久の大地を包む静寂を切り裂くように、尊師がマシンガントークを繰り広げていたからだ。麻原彰晃がおしゃべりだったのかは知らないが、少なくともウイグルの尊師は非常におしゃべりで、一人で優に5、6人分は話していた。観光中、常にニコニコ動画の弾幕が飛んでいるような状況であり、センチメンタルな旅情の入り込む隙はない。  尊師の話は、基本的にどれも「興味深いがどうでも良く、とにかく怪しい」内容で統一されている。 ・中国の深センで売られている「Android搭載のiPhone」の話 ・中国貴州省の山奥に住むラブドール仙人の話 ・中国の内陸部では旅行カバンの代わりに尿素袋が使われているという話 ・中國の伪日本製品に書かれている怪レい日本语が好きだという話……。  気がつくと、夕暮れ時になっていた。  乾いた大地は茜色に染められて、民族音楽の弾き語りが響く。旅行者としてのセンチメンタリズムが刺激され、私はこの地の長い歴史に思いを馳せる。しかし、次の瞬間には、そんなセンチメンタリズムを切り裂くように尊師の怪しい話が炸裂し、安易な旅情に回復不可能な一撃を加える。  たちまち、私の心の中で放映されていた「NHK特集 シルクロード」の映像は乱れ、テーマソングを奏でる喜多郎は、へなへなと地面にへたり込む。   砂漠で果敢にも空中浮遊を試み転落する尊師、唐突に尊師マーチを歌い始める尊師、中国の怪しいガジェット情報に詳しい尊師……。  トルファンでの私の思い出は、尊師色に染め上げられていった。 遊牧民が住む砂漠の街で不慮のノマドワーカーになる  まさかウイグルで徹夜をすることになるとは思わなかった。  観光を終えてホテルに戻った私を待っていたのは、職場から送られてくる容赦ないメールの数々だった。 「夏休み中恐縮ですが、添付の資料につき18時までにご確認お願いします」 「確認が終わるのは何時頃になるでしょうか」 「こちらも限界です、連絡ください」  休暇を申し出たときの「ゆっくり休んでください」はなんだったのか。そもそも、今日、日本は日曜だし明日は月曜で祝日のはずだ。私が旅行にでかけたのは土曜日なので、まだ夏休みは始まってさえいない。どうしてこんな惨状になっているのだろう。  ひとつ断っておきたいのは、私の職場の同僚たちは、基本的に優しく善良な人たちであるということだ。本当に仕事が回らなくなり、やむを得ずメールをしてきたのだろう。  今回の夏休みは「正月がなかったのはあまりにも気の毒だから」と上司が、わざわざチームに根回しをしてくれてようやく取得に至ったものだ。上司のただひとつの誤算は「現場に人が足りていない」という根本的な問題は、根回しでは決して解決しないということだ。  私はその夜、ホテル近くの雑貨店でレッドブルとコーヒーを買い込み、目を真っ赤にしてキーボードを叩き続けた。  空が白み、まばゆい朝日がきらきらと射しこむ時間になっても、私の仕事は終わらなかった。他の人々には私を置いて観光に行ってもらい、一人で仕事を続けた。そんな私を気遣って、尊師が食事を買ってきてくれた。  ようやく仕事が終わったのは、太陽が高くのぼり、熱された大地が蜃気楼で揺れるころだった。 鳥の声しかしない場所  午後、観光に出ていた他のメンバーと合流し、タクシーで訪れたトルファン郊外はのどかな場所だった。乾いた土地に葡萄溝やバラ園が広がっていて、木陰で商売をするスイカ売りやぶどう売りが、こちらにおいでと手招きをする。  ぶどうはいつも無料だった。一房分を買おうとするのだが、安すぎてお金を受け取ってもらえないのだ。口に含むと、雨の降らない土地で育つ果物特有の凝縮された甘みを感じる。  観光名所とされている遺跡にはだれもおらず、車の音も人の声もしない。絶え間なく響く鳥の声を聞き、強い光が地面に落とす影を見ていると、数時間前まで仕事に���われていたのが、遠い昔の記憶のように思えてくる。  静かな場所だった。太陽が眩しくて、あたまがぼんやりした。  ふと見ると、道端でビニール袋に入れられた羊の頭蓋骨が風化していた。その後も、私たちは、農地の側溝や休憩所のトイレ等、そこかしこで羊の頭蓋骨を見つけることとなる。この土地で暮らす人々には、お弁当がわりに羊の頭を持ってくる風習があるのだろうか。  私は、以前、イランのホームステイ先で「イランでは朝ごはんに羊の脳みそのスープを飲む」「日本でいうと、みそ汁的な存在」と言われたことを思い出した。「羊の頭がみそ汁の具として扱わている地域があるなら、お弁当がわりに羊の頭をぶらさげる人々がいても不思議はない」と思う。  私は、強い日差しから逃れ、木陰に座ってこの土地で暮らしてきた人々のことを思った。日本にはまだ神話の神様さえいなかった遠い昔に、砂漠のオアシスで暮らし、羊を飼い、ときには西瓜で喉を潤していたかもしれない人々のこと。彼らの聞いていた鳥の声と、私たちが聞いている鳥の声は同じだろうか。  夏の光にまみれてきらきらする西瓜の皮と、そばに落ちる暗い影を眺めていると無気力が押し寄せてきて、労働の意義も経済成長の意味もわからなくなった。  私はふと、今回の旅行について話したときの、同僚たちの反応を思い出した。 「どうしてウイグルなんかに行くんですか」  彼らの疑問は、要するに「その夏休みの使い方に、確かな価値はあるのか」という点に集約できる。たまの休みなのだから、確実に楽しく、気分良く過ごせる場所に行くべきだ。彼らはそういっていたのだろう。  同僚たちの疑問に対し、そのとき私は答えることができなかった。  職場の同僚たちは「この先、生き延びるにはどうすればいいか」という話をよくしていた。真夜中から始まる飲み会で、明け方の6時や7時まで話す人もいた。生き延びるとはなんだろう。  生産性が自分の人生を覆い尽くし、人間性がわかりやすい価値で塗りつぶされていくのを受け入れること。「使える」人とだけつるみ、評価されること。夏休みはハワイに行くこと。  生き延びるとは、きっとそういうことだった。  忙しいことには慣れていた。仕事に慣れてしばらくたったあるとき、もう必要がないからという理由で、少しずつ集めていたアンティークの食器や学生時代に好きだった小説を捨てた。重要なのは、「役割」を果たすことであり、社会の共通言語で話すことだと考えた。  でも、私は突然、久しぶりの夏休みを、確実に楽しい場所ではなく、楽しいかよくわからない場所で過ごしてみたくなったのだ。知らない人に誘われて、どういうわけか、そういう気持ちになったのだ。  農家のおばさんからもらって持て余していたぶどうを一粒、口に含んだ。日本のものとは全く違う、知らない味がした。 星降る夜行列車に乗って  疲れからか、やたらと物憂げな気持ちになっていたところに、尊師の「バ〜ニラ、バニラ高収入〜!」という歌声が響いてきて、現実にひきもどされた。そろそろ、この街を離れる時間だ。  それにしても、すっかり考え込んでしまった。私は、「うどん部の旅行に参加した人は社会からドロップアウトしがちである」という話を思い出した。  葡萄溝の木陰で、やたらとメランコリックな気持ちになったのも、この旅行の危険な効果だろうか。このままでは、謎の秘密結社・うどん部の陰謀の思う壺だ。  夜行列車で過ごした夜は、楽しかった。  トルファンのぶどうで作った珍しい白酒をたくさん飲んで、加熱する仕掛けが施されたインスタントの火鍋をつついた。  普段は飲まない強いお酒にはしゃぎすぎて寝てしまい、気がつくと真夜中だった。  夜行列車の窓から空を見上げると、満天の星空だった。肌寒い寝台で、毛布をだきしめながら、流れていく星空を見つめた。まばたきも、呼吸もできなかった。体中の神経が粟立ち、スパークした。  私は、冷凍されていた自分の人生が、急激に自分の身体に戻ってくるのを感じた。  もしかして、私は、生き延びることから遠ざかっているのだろうか。  このときの私はまだ、自分がその数カ月後、仕事を辞める運命にあることを知らなった。 (カシュガル編につづく) 補足とおしらせ  ウイグル旅行記は、長くなってしまったので数回に分けて書きます。今後の予定はこんな感じです。 ・ カシュガルで公安警察から"重点旅客"として熱烈歓迎されてしまった話 ・ ウイグルの果てでゾロアスター教の遺跡を探し、廃墟の温泉に入った話 ・ 突如の軍事パレード開始により限界帰国チャレンジを強いられた話 旅の写真は、twitter(@eli_elilema)にもあげているので、よかったら見てみてください。 ※ 尊師はとても良い人でした。
https://note.mu/elielilema/n/nb8baf42077cd
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myonbl · 5 years
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2019年4月2日(火)
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今朝の気温は3℃、比叡山や北山は白くなっている。職場では今日が入学式、寒さは仕方ないが、雨だけは降らないで欲しいものだ。
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午前8時半段階で、すでに正門付近には近隣大学からサークル勧誘の人だかり。会場の佐藤記念講堂ではそろそろリハーサルが始まる
セレモニーは午前10時スタート、私は何の業務もないので自分の仕事。来週から始まる授業準備、「女性のライフサイエンス」「スタディスキルズ」「現代社会論」の配付資料と提示資料、何度か手直しをしてほぼ完成。一息ついて時計を見ると・・・、何と10時半、おいおいこれはいかんがな!
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今日の弁当は赤飯、入学式だからと言うわけではなく、たんにご飯の都合。
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昼休みには、恒例の教員集合写真撮影。すっかり、古株になってしまった。
京都大学社会学教室の社会調査実習、こちらも準備開始。まずは、今年度のメーリングリストを立ち上げる。
少し時期は早いが iPhone XS Max に機種変更することに、au online shop で申込。
15時30分から教職員ミーティング、学長以下各部局長からのスピーチ。教養教育センター長・付属図書館長として簡単に。
17時30分から懇親会、こちらは冒頭に乾杯の発声。
早めに抜け出して帰宅。
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松尾大社・櫟谷会から恒例の寄付集め、例によって5000円を献酒。
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息子たちは既に済ませているので、ツレアイの帰宅を待って乾杯。
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FIT の3月燃費、前月比 -3.6%、やはり春休みのせい。
今日で年に3日のスーツは終了、明日からは普段通りに出勤、やれやれである。
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oka-akina · 6 years
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近況・予定など
あけましておめでとうございます。 (今さら感がすごくてもう旧正月に言おかなあと思っていたのですが、来月はもっと忙しそうなので間の抜けたタイミングです…)
文フリ京都お疲れさまでした。宣伝のRTなどありがとうございました。といってもわたしは現地に行けませんで、関わっている合同誌やおじゃましたアンソロが、つまり作品だけが旅に出たという感じでした。お手に取ってくださったかたありがとうございます。たいへんたいへんうれしいです。 (ようすを教えてもらったものや、ちらほらツイッターの戦利品画像で目にしたものなど、ぜんぶを把握できているわけではないのですが…) なんらか楽しんでいただけましたら幸いです。
昨年のまとめや今年の抱負みたいなものを、書こう書こうと思っていまに至ります…ウウウウ。 いつも身の回りのなんやかやに追われていて、いやわたしより忙しいひとたちみんなちゃんとしているのになあ、たぶんのろい&時間の使い方がへたくそなんだろうなあと、今年はそういうどんくささをちょっとでも改善したいですね。 「こうです」と言い切るのがどんどん苦手になってしまって、なにかしゃべろうとしても曖昧に口をにごしがちです。しんどい話題に立ち向かう元気もなく、口ごもることも多く…。うーーーん。 いろいろあってめちゃくちゃ太ってしまったのもあり、正直���とに会うのがおっくうなんですけども(服が似合わなくなってしまったので)…元気出してあちこち出かけたいです〜。 といいつつ、本を読んだり小説を書いたりは、体力や気力やお金がダメでもけっこう楽しめる・続けていけるなあというのがここ何年かの実感なので、マイペースにやろうと思います。 あと年末に生まれた甥氏がめちゃめちゃかわいい。おむつがえでおしっこぶっかけられたけどかわいい。
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おかわだのイベント参加は、 3/3 Jガーデン 3/21 Text-Revolutions 5/6 文学フリマ東京 を予定しております。
新しいものは「蝸牛関係」(かたつむりかんけい)という題で、耳掃除の上手なおじいちゃまとつきあう若者の話です。 10月のJガーデンの無配ペーパーを膨らませた感じ。 思っていたより情けなくてのんびりした感じの、恋愛ものというよりは老いとのつきあいかたみたいな話になりそうです。 セックスする友だち関係みたいなことをずっと考えていて、そこらへんのことを書いています。 これは電書にもするつもりです。
JガーデンというのはJUNE系・BLのイベントで、もしかしたら場違いかなあという気持ちもあることはあるのですが(情緒が乱れがちなので「いけっしょ!」と「だめかも…」が秒で切り替わる)、10月に出たさいに知らないお客さんから言われた「いい意味でBLっぽくないのがいいですね」ということばに…すがっていきたい…。いや通りすがりのかたの何の気なしの感想にいちいち重くて恐縮なのですが…。 わたしはあんまり書き分けみたいなものをしていない(できない)ので、純文でも百合でもエンタメでも、作品の文章やつくりはかわらないと思うのですが、男と男がセックスするやつはBLのイベントにも持っていってみようかなくらいの、フワッとした感じです。 いや案外まじめな性格なので(?というか融通が利かない)そんなんで参加していいのかなあみたいな不安はあるんですけども…。 BLでも百合でも、ジャンルの愛好家のかたが築いてきたいろいろがあるのだろうと思います。わたしはあれこれつまみぐいして楽しんでいるほうだと思うんですが、よくもわるくもお作法みたいなものがわかっていないんだろうなとは思っていてですね。ジャンルのことだけでなく、同人誌でも電書でも小説投稿サイトでも、お約束がよくわからない…(まあ、まがりなりにも実作者だから、いろんな書き手がいていろんな活動のしかたがあるってことでよかろと思っている)(そうして作風はこれといって特殊なわけでもない)。なんというか、歴史や成り立ちに敬意を払いつつ、わたしの書きたいこと・書けることをやっていきたいなあと思っています。そういうなかでどこで作品を発表するか、いろいろチャレンジしたいです。 (ぼそっと言うと、5月の野郎フェスに出よかなあとも思っていたのです、ソッコーで先着が埋まってしまい断念…)
あとJガーデンについてはですね、たんじゅんな話、好きな作家さんがサークル参加してらっしゃる場なので、同じ場所でじぶんの本を頒布してみたいなあというとっても素朴な憧れがあります。いやコミックの作家さんですし、あわよくばじぶんの作品を読んでほしい…!みたいな期待はないんですが、うーん、そういう個人的なドキドキや喜びを大事にしたいです。まあでも、その作家さんのふぁんのかたはわたしとなんかしら気が合うかもしんないからよかったら読んでみてください…みたいなのはあるかも。 ほんとう、ジャンルの定義みたいなものはあんまりわかっていないのですが、逆に言うとそういうところにじぶんの切実があるんだろうなあとも思っており、ま、読んでいただくかたにはあんまり関係のないことですね。面白がってくださるかたにめぐりあえましたら幸いです。
「蝸牛関係」、表紙はえものアクリル画です! いいでしょこれ!
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2年ちょっと前かな? えものうちでこの絵を見せてもらって、ひとめで好きになって、買わせてもらいまして…。いつか本の表紙にさせてくださいなとお話していたものです。といいつつ書きたいモチーフがなかなかかたちにならなくて、部屋に飾ってずっと眺めていたのでした。 「蝸牛関係」は何の気なしに書いた短編からのスタートですが、書いていくうち、前々からやりたかったことやフワーッと練っていたことなどがつながってきた感じ。そういうイミでも、部屋で一緒にすごしている大好きな絵を表紙にさせてもらうのが合っているんではないかなあと、お願いしました。
そして3/21はテキレボです。(webカタログ) 3年前に初参加してぎょくおんを頒布したのが思い出深い…。出ようかどうしようか今回はスケジュール的にもあやうくて迷っていたのですが、さっきのJ庭同様、好きな作家さまがおおぜいいらっしゃるので、よおするに会いたい人たちがいるので参加しますー。 テキレボでは、新刊の「蝸牛関係」をはじめ、個人誌はフルラインナップでもってゆきます。 で、ちょっとお知らせなんですけども、テキレボでは「すさんだ暮らしBL合同誌 土足で愛せ」の頒布はしません。もしも楽しみにしていたかたがいらっしゃったらたいへん申し訳ないのですが、べつのイベントまたは通販をご利用いただけましたら幸いです。 ちょっとこのあたりはみんなで相談したことがありまして、おそれいりますけどもどうぞよろしくお願いします…m(_ _)m テキレボの次は5/6文フリ東京を予定しております。テキレボで頒布しないぶん、静マルやコミティアへの参加も検討中です。
またテキレボでは花うさぎさん(うさうららさん・磯崎愛さん)、イン・ビトロ・ガーデンさん(灰野蜜さん)と隣接いたしますー! 美しい手製本のサークルさまがたに、ダンボール千切ってマジックでグリグリ書いているおかわだが挟まれます…へへ…いいだろ…(??? おとなり記念?でちょっと面白いことも企画中ですので、またお知らせさせてくださいませ〜。
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(↑ダンボール千切ってマジックでグリグリ書いているの図)
さてすさみの頒布のことでちょっと(ちょっとじゃない、長い)補足。ほんとに長いので読み飛ばしてね…。
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いまは、作った本をゆっくり幅広く頒布したいなあという気分です。このところずっと考えていたことなんですが、最近のじぶんがどうもせわしないよなあと思っていて…。
昨年は「修復と蘇生のアンソロジー 金継ぎ」を主催しました。5月に発行して9月に完売しまして、まあ刷った量が中途半端ではあったんですが(すごく多くはないけど少部数というほどでもない)、あっというまだったなあとさみしかったのね。あのね、ほんとにおおぜいのかたがRTしてくださって、ご興味持ってくださって、いろんなかたがお手にとってくださって、とてもとてもうれしかったの。ほんとうに震えるほどうれしい(よく夜中にしみじみしているんです)、でも、宣伝して頒布して即「完売しました!」となるのが、景気はいいようだけど、これでいいのかな?と…。なんだかわたしにはスピードが速すぎて…。せっかく好きな作家さんにお願いしているのに、貴重な時間を割いて書いていただいているのに、こんなにはやく終わっちゃうのどうなんだろうか。もっと遠くへ投げられたんじゃないのか。いやすぐに「完売!」のほうが参加者さんもすっきりするかもしれないけど…。
たぶん、たくさん宣伝して、いろんなかたの目に止まって、パッと売ってパッと手仕舞いするほうが、「売れてる」感がでる気はしますし、勢いがあるのはいいことだと思います。そしてそういうやりかたのほうが合っている本や、売り切り前提の活動・企画もあると思います。
でもわたしがやりたいのはそうじゃないよなあ、少なくとも「金継ぎ」はそうではなかったんじゃないかなあという反省があります。じぶんも周りも積ん読がたくさんあるというのもあるし、ほんと、ゆっくり読んでほしいよなあという気持ちが強いです。旬みたいなものを、ツイッターを眺めるじぶんで勝手に作っちゃっていないかとこわくなる。いつ読��でも、読まなくても、途中で放り出していたものをある日再開してもいい、さっきの気力体力資金の減退の話ともつながるけど、そういうおおらかさが本読みのだいごみでもあるのになあと悩ましい。
あとこの3年半くらい集中して同人誌の活動していて思ったけど、なんだかんだ人の出入りは激しいよなあと。3年前にツイッターで会話していたけど最近お見かけしないかたもいるし、最近知って読む/読んでくださったかたもいる、半年も在庫がもたない本ってもったいないかもなあと、そんなようなことを考えました。
(正直言えば、個人誌の「ぎょくおん」だってもうちょっと売っていたかったけど、再版にはお金とスペースに限界があり…)(というような話を、11月の文フリのあふたーで柳屋さんにめそめそぶつぶつしゃべった気がする…)
そういうわけで、すさみはゆっくり売りたいなあと思っています。けっこう思い切った数を増刷しました。 つたゐさん森瀬さんにはほんとうに素敵な(そして個人誌ともちがうチャレンジングな)作品を書いていただきましたし、ななさんのイラストがとても美しいカバーになっております。またわたしとしても一皮むけた作品だと思っています。 (しょおおじき言って、「地名を出す」小説ではこれまで書いた中でいちばん上手くいっているというか、ひと山やりきった感がある) (だから、オピネルとか踊る阿呆とか水ギョーザとか猫を飼うを読んでくだすったかたにはものすごくおすすめしたい、というか読み比べてもらいたい…どすけべだけど…) いまわたしのツイッターやたんぶらーを読んでいるかただけでなく、まだ見ぬ誰かがきっと楽しんでくれる一冊だと思っています。 とはいえアンソロや合同誌は読まないのよというかたはいらっしゃいますよね。くれぐれもそういうの無理はしないでくださいませ。 だからこれはわたしがわたしに言いきかせているんですけど、あせらずゆっくり頒布したいです。
とかいってテキレボで売らないのかよって感じなんですけど(前回宣伝のティッシュを配ったのに)、個人的にやりとりできるかたはこっそりDMで耳うちしてください…。なんらか方法を提案しますので…(BOOTHとおさずに郵便で物々交換などもちょいちょいしています)(そのほうが送料安くなる)。
長くなりました。 繰り返しになりますが、どこで作品を発表するか(しないのか)を大事にしてゆきたいです。わたしはわりと外に発表しないままの小説や文章がたくさんあって、発信することにケツが重いのですが(臆病・おっくう)、自分にとって大事なバランスを忘れずにいたいです。 とかなんとか言っているいっぽう、〆切ギリギリのギリのデッドオアアライブで世界で一番〆切が遅い印刷屋さんにぶっこんでさっきまで脳の中にしかなかった文言が夜行バスより速いスピードで印刷・製本されなんかよくわっかんねえけどイベントに本が並んでいる、といった綱渡りも、二度としねえぞと思いつつ、そういうふうに生み出したもののことも愛してはいるので、ほんと、こころが千々に乱れているのですが、できることを模索しつつ、書きたいものを書いてゆきたいです。
そして近況ですね、直近で書いた小説を貼っておきますー。横浜×神戸アンソロの習作です。
「インド水塔」https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10637650
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折本ネプリも配信しておりますのでよかったらご利用くださいませ。
セブンイレブン、B4モノクロ20円、1/24 23:59まで、予約番号9885342です〜。
昨年書いたもののまとめやらは、またあとで記事にしたい…です…旧正月くらいに…。
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snk-u · 6 years
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プリンストン大学訪問
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1/19の土曜日、朝一でボストンを出て名門プリンストン大学に向かった。ハーバードからプリンストンまで263mile(430kmぐらい)で東京-京都(460km)ぐらいある。ほぼマサチューセッツ州から出たことがない(むしろケンブリッジ市からすら出ない)私にとって、久々の遠出であった。
経路としてはボストンからNYまでバスで行き、そこからNJ Transitという電車に乗り換えて、Princeton Junction駅まで向かう。ボストンのSouth StationからNYの中心まで、Peter Pan Busを使えば片道$25(日によって変動)で4~4.5hで到着する。バスは結構広々としてて、無線LANと電源も使え、トイレもあり、頻尿の私も安心・快適だった。
ところがNYにつき、Penn StationでNJ Transitに乗り換えようとするも、どこに乗り場があるのかわからず迷子に。結果的に一時間後の一本後の電車に乗ることになってしまった。新宿駅でJR構内で探していたのに、実は乗るべきは新宿小田急だった、みたいなことを想像していただければわかりやすいと思う。PennからPrincetonまでだいたい1hで、$14だった。こちらもトイレが付いていて、頻尿の私にはうれしい。
大学時代の後輩夫妻が駅まで迎えにきてくれて、そのままプリンストン大学に直行し、ラボを見学させてもらった。建物はとても綺麗で天井が高く研究に集中できるような環境が整っていた。研究所の建物の入り口は天井が高くあってほしい(低いと気が滅入る)という持論があるので、まさしく理想の研究棟であった。そして、トイレもとても綺麗であった。トイレの綺麗さは研究業績に直結するという持論もあるので、こちらもまさしく理想通りだった (アメリカだとトイレがボロボロのケースが多い。TOTOはもっと北米で仕事してほしい。)
土曜日であったが、ラボスペース(いくつかのラボが仕切りなしで相乗りしている)では結構な数の人がハエをせっせとチューブからチューブに移し替えたり、クローニングっぽい作業をしたりしていた。後輩が最近飼っている(ハエは飼っているでいいのか?笑)ハエのコレクションをいくつか顕微鏡で見せてもらい、ハエのgeneticsに使われる表現系について簡単なティーチングをしてもらった。遺伝研時代に同じ棟の4Fに住んでいたハエマイスターのT氏に色々と教わった以来で、やっぱりおもしろいなぁと思いながら見入った。成虫はいいんだけど幼虫がねぇ...と思いながら、エタノールになってる幼虫の山を見て少しゲンナリする。
ハエの餌も見せてもらったが、以前かいだよりも独特の匂いがしていた。隣のラボの人からも匂いが違うと言われたことがあると言っていたので、何かの配分が違うのだろうか。とにかく、ハエのgeneticsは本当によくできていてうらやましい。そして染色体の本数が少ないのも、クロマチンイメージング屋としてはうらやましい限りだ。
プリンストンにはハエの大御所ラボがたくさんあるらしく (僕はMike Levineしかしらないんだけど...)、昔仕入れた単語であるfly pusher(ハエの研究者の事)にとって天国だねという話をしたらfly pusherってなんすか?という顔をしていた。fly pusherってハエ業界共通の言葉じゃないのかな...???
その後、僕の希望でプリンストン美術館に行って、色々と探索して後輩の家にお邪魔した。プリンストンはアメリカでも屈指の美しさを誇る大学と呼ばれているようだが、本当に美しく、こういう静かな場所でポスドクをやりたかった、と正直羨ましく思った (まぁハーバードはハーバードでいいところもある。)
後輩が、唐揚げ欲求に毎日押しつぶされそうになってyoutubeをひらいては他人が唐揚げを食べる動画ばかりを見て、youtubeをおかずに飯を食う私を不憫に思い、唐揚げをつくってくれた。他にも色々と出してくれて本当に最高の夕食となった。後輩はアメリカにきて二年弱でCellの姉妹紙にこの前論文をpublishしたのでそのお祝いをした。怪物くんはどこにいっても怪物くんであり、自身の研究人生の初期に一緒に研究できたのは幸運だったなとおもう。
最近、夫婦共々料理を結構やっているという話をしていたので@naotaco氏が執筆した至高の傑作本たちを普及しておいた。驚くことに、奥様は@naotaco氏のサークルの後輩だというではないか。世界は狭い。そして、kindle���買えるのは超便利だね。久々に日本語で話すと話はとまらず、PM5:00ぐらいから始めた夕食もいつのまにかPM11:30になっており、奥様に促される形でホテルに戻った。ホテルも快適で(一部屋$100ちょっと、二人で泊まれば一人$50なので、一人だとちょっと割高)、最高だぜ!という感じ。
二日酔いもなく、朝起きて、ボストンに帰る準備をしていると、 問題は起こった。 コーヒーを飲みながらtwitterを見ていると@MIT_museumが何やら不穏なツイートをしている。「今日は悪天候のためお休みします。」 おいおい、外はvery fineだよ?気温も0度ぐらいだし、と思いつつ、gmailをチェックするもバス会社からのメールは無し。念の為、Peter Pan busのウェブにいくと「今日のNYからマサチューセッツ便は全部キャンセルになりました。」と一言書いてあった。な、な、なんだって!!!と思い、すぐさまPeter Pan busにコール。メールはまだマシだが、英語の電話は未だに全然ダメなんだよなと思いながら繋がるのを待っていると「あなたは48番目のキューに追加されました。お待ちください。」のありがたいお言葉。いやいや、えええ?と思いながら、翌日、月曜日のNY初ボストン行きをチェック。いくつかの路線でSOLD OUTが既に出ていたので速攻、お昼の便を購入する。
せめて、キャンセルするならメールぐらいはくれよ... peterpan busの説明を読み進めていくと、スケジュールの変更なら差額出すだけでOKだけど、キャンセルの場合はいかなる理由があってもrefundはできない!の一点張り。いや、そっちがキャンセルしたんじゃん...しかも、変更したければ電話かメールフォームのみ。メールフォームで送ったとしてもどれぐらいの速度で対応してくれるのかわからない(かつ日曜日)ため、泣く泣く新規購入した (まぁ$25なら心は結構穏やかです。) 新規で買った後に、一応refund please的なメールを送っておいたが、しばらく経った今も返信すらない。どうなってるんだ...
まぁ格安バスはそんなもんかな。そんなこんなでプリンストンにもう一泊する羽目になってしまったため、後輩夫妻と買い物にいったり、プリンストンで一番おいしい飲茶を食べに行ったりした。飲茶美味しいんだけど一品一品の料理名などは未だにわからず。白い米で作った膜みたいなのにエピが入ってるやつは無限に食える。夜はメチャクチャ寒くなったため、ホテルで適当に論文を読んで過ごした。 実はアメリカでは1/21の月曜日はキング牧師の誕生日ということで祝日だった。アメリカの祝日は日本と比べてとても少ないので、ラッキーだった。朝一でPeter Pan busのウェブをチェックすると「今日は気合い入れて走らせてもらいます!」的な文章があったのでホッとした。後輩がホテルに来てくれたのでコーヒーを飲みながらいくつか研究のことについて話し合って帰路についた。 が、記録的な寒波でNYも-13度に達していた。Penn Stationからバス乗り場まで歩いて15min程度なのだが、死ぬほど寒い。途中のCVSでこういう時のためにと準備しておいたユニクロウルトラライドダウンをインナーとして着込み、解決。「NYでRed Soxのニット帽をかぶってるやつは怖いおじさんたちに路地裏に連れていかれる」という迷信など構っている余裕はなく、全身防寒でなんとかNew York Times本社前のバス乗り場までたどり着くことができた。帰りは隣のお姉さんがカイロをくれるなど、かなり破茶滅茶な弾丸プリンストンツアーであったがとても楽しむことができた。今シーズンはこれまで全く雪が降ってなかっただけに、なんとも運が悪いな、とヘトヘトになって帰宅した。
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裁かれる霊感商法 統一協会ダミー初公判ヘ
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裁かれる霊感商法 ① 統一協会ダミー初公判ヘ
しんぶん赤旗   新聞赤旗
2009年9月1日(火曜日) 【社会 · 総合】 B版 (14)
霊感商法を裁く初の刑事裁判(「新世」事件)が10日、東京地裁で開かれます。被告人は印鑑販売の有限会社「新世」と幹部2人。世界基督教統一神霊協会(統一協会)のダミーです。正体を隠して人々に接近するのが統一協会の手法。健康食品、仏具、宝石店やボランティアを装うことも。裁判が、どこまでその構図に踏み込むことができるのか―。      (柿田睦夫)
「新世」は主にJR渋谷駅周辺で活動。通行人に声をかけ、運命鑑定と称して事務所に誘い、「あなたは転換期」「先祖因縁があり、このままでは不幸になる」と脅し、「因縁転換のために」などと言って印鑑3本セッ卜を16万~120万円で買わせていました。
鍵を紛失すると「それは神の忠告。献金するしかない」と言われたり、家系図鑑定で数百万円払ったという例も。2000年以降、約2000件、6億7000万円を稼いだとみられています。
捜査で、「新世」が統一協会の集金担当部門であり、社長の田中尚樹被告が教団幹部に営業報告をしていたことも分かっています。
「新世」は販社(店舖)と呼ばれる教団の末端組織。日本統一協会は本部(渋谷区松濤)の下に、全国を十数地方に分けた「リージョン」、その下に「教区」、「教域」があり、「新世」は都内8教区のうち「南東京教区」に所属しています。
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▲ 記者会見で「事件の全容解明」を求める全国弁連=7月28日
全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)が被害相談を通して掌握している販社は全国で240店余り。印鑑、薬品、宝石、絵画、和服…と、さまざまな看板を出していますが、すべて統一協会の偽装(ダミ―)組織。入り口で扱う商品は違っても、そこ から先は「新世」と同じコースをたどります。
これまで霊感商法の刑事事件は、略式の罰金どまり。公判廷で裁かれるのは今回が初めてです。被告人側は犯罪の組織性や金の流れの解明を避けるため、起訴事実はすべて認めて早期結審に持ち込む狙いとみられます。全国弁連事務局長の山口広弁護士は「事件の背景を解明することが司法の責務だ」と指摘しています。 ________________________ 「新世」事件 警視庁公安部は6月、統―協会渋谷教会(東京・渋谷区)、同豪徳寺教会(世田谷区)などを捜索し、印鑑販売会社「新世」の田中尚樹社長、古沢潤一郎取締役と女性販売員3人を特定商取引法違反(威迫、困惑)容疑で逮捕。東京地検は7月、「新世」と田中、古沢の両被告を起訴。残る3人は略式で罰金刑が確定しています。
(つづく) ________________________
2009年9月2日(水曜日)【社会 · 総合】 B版 (14)
裁かれる霊感商法 ② 真の狙いは「信仰」教育
印鑑販売「新世」の田中尚樹被告らの霊感商法が統一協会の組織的活動だということと、その真実の狙いは何かということを示す有力な物証があります。
2002年末から03年1月ごろ、統一協会東東京教区であった内部学習会の受講メモ。金国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)が入手しました。
東京・江戸川教会の壮婦(壮年の女性信者)約30人が受講。講師が田中被告でした。田中被告は渋谷区などを管轄する南東京教区所属。それが東東京教区で講師をした のは、「新世」での実績を評価されたからと、金国弁連はみています。
受講メモによると、田中被告が強調したのは「(印鑑の)販売以前に、私達は宗教家であり、伝道者である」こと。印鑑を買わせるのは「種植え」であり、「いかに良い種を植えるか、良い動機の種を植えたら信仰教育。難しい事はいらない」と教えています。
運命鑑定で心をつかんで物を買わせ、洗脳教育施設であるビデオセンター(力ルチャ―センターを装うことが多い)に入れる。さまざまな名目で献金をさせ、夫復帰(夫を入信させる)や万物復帰、祝福などを体験させ、「前線部隊」に編入…。霊感商法の「被害者」を新たな「加害者」に仕立て上げるカリキュラムです。
カリキュラムに出てくる「万物復帰」は統一教会の重要教義。サタン(悪魔=一般市民)のもとにある財産を本来の所有者である神(文鮮明教祖)に「復帰」させるのだからどんな方法でも救いの行為になる…と、霊感商法も合理化します。
同じく「祝福」は、教祖との「血分け(セックス)」を象徴する集団結婚(合同結婚式)のこと。既婚者は「既成祝福」に出させます。
霊感商法は「万物復帰の活動」で��り、「宗教活動ないし布教活動の一環」(1999年9月広島高裁岡山支部)民事裁判ではこのような判決が何回も出ています。
「起訴された『新世』はそんなに目立つ存在ではなかった」と金国弁連の山口広弁護士。全国弁連に持ち込まれた被害相談は「新世」を含む東京の販社(統一協会の店舗)だけで08年に4355万円、09年は6月ですでに3673万円に達しています。(つづく)
____________________________ 2009.09.03 日刊紙 14頁 社会
裁かれる霊感商法
偽装で社会に潜り込む
 統一協会は「偽装(ダミー)集団」です。偽装は霊感商法の販社(店舗)だけではありません。さまざまな偽装で市民社会に潜り込んでいます。  「たんぽぽ」。東京・足立区のボランティアサークルです。中国やフィリピンの小学生支援名目の募金活動、荒川河川敷の清掃奉仕、区内の祭りや催しへの協力…。その活動に参加する区議会議員もいます。  「たんぽぽ」の事務所は同区千住のマンションにあります。外階段で2階と地下1階に行ける構造で、2階にあるのが統一協会「足立教会」。サロン風の地下1階はビデオセンターと呼ぶ洗脳教育施設。3階と10階にも関連施設があります。  足立教会は北東京教区の拠点。婦人部、青年部や販社があり、「たんぽぽ」もその一つです。  「たんぽぽが協力した催しで、主催者から感謝状をもらったこともある」と言うのは、04年に入信し06年に脱会するまで同教会の通教組織「びぎん」に所属していた女性。  通教とは、入信後も市民生活をしながら統一協会の活動をすることで、「びぎん」には160人が所属。美容師や保育士、医師、看護師、教師らもいたそうです。  「手相を見せてください」と声をかける街頭勧誘。「真の家庭連合」の名で地域のフェスティバルに参加。選挙で自民党系や民主党候補の運動員として駅頭に立ったこともあったといいます。  霊感商法の販社と協力して宝石展や着物展を開催。宝石展では700万円の売り上げ目標を達成したそうです。  「たんぽぽ」の奉仕活動には、行事案内を見た一般の青年や主婦の団体が加わることもありました。この人たちに共感を広げ、統一協会のセミナーなどに誘うのも活動のひとつでした。  ボランティアを偽装する全国組織は「野の花会」や「しんぜん」。数人がワゴン車に寝泊まりしながら戸別訪問で珍味売りやニセ募金に歩きます。関係者によると、1日の売り上げは4~5万円。1人で月に100万円にはなるそうです。  大学でサークルの名で活動する原理研究会、世界平和女性連合、国際救援友好財団からリトルエンジェルスやユニバーサルバレエ…。すべて統一協会の偽装組織です。(つづく)
____________________________
2009.09.04 日刊紙 14頁 社会
裁かれる霊感商法 ④ 信者に引き込む「因縁」
 「裏トーク」。狙った相手を霊感商法に引き込み、さらに信者に仕立て上げるトークマニュアルです。別名「因縁トーク」。  まず、ビデオセンターなどで「霊界」を実感させます。テレビのスピリチュアル番組も小道具になります。その上で、トークはこんな筋書きです。  ▽人生には母体の中の胎中生活、地上生活と、永遠に続く霊界生活があり、80年前後の地上生活は霊界に行く準備期間である。  ▽霊界には天国、中間霊界、地獄があり、どの霊界に行くかは地上での生き方で決まる。天国は「二人の国」の意味であり、地上で「真の愛を完成した夫婦」(つまり集団結婚参加者)が行ける。  ▽地獄に行った者は自力で上の霊界に行くことができない。「地上で犯した罪は、地上で償わなければならない」からであり、地獄の霊は「地上の子孫に救いを求めてきます」(統一協会誌『グラフ新天地』08年10月)。  2代、3代とさかのぼれば先祖は大勢います。生前、統一協会の教えを受け入れず、地獄に行った先祖を霊界解放(救済)しないと自分や家族も不幸になる。仏教の「先祖供養」は慰めにすぎない。そこで統一協会の霊能者が登場し、「氏族のメシアであるあなたが、血と汗と涙のすべてを天(文鮮明教祖)にささげなさい」と教えます。  マインドコントロールの状態にある信者は地獄の先祖を救い、自分の地獄行きを避けるためひたすら献金し、霊感商法に励むという筋書きです。  統一協会は信者にさまざまな名目で献金の摂理(指示)を出します。  「聖本」と呼ばれる文鮮明説教集は一冊3000万円。これを買わせるのも神の特別の許しをもらう「特赦」の課題です。  元信者が損害賠償を求めた民事訴訟(札幌地裁)で、原告側が提出した証拠のなかに「聖本愛国特赦路程」(00年2月27日~4月20日)という内部文書があります。  4月14日時点の「聖本勝利数」は北海道3教区で11冊。原告代理人の郷路征記弁護士によると、これが販売実績。11冊で3億3000万円です。  「聖本の意義」という内部文書にはこう書かれています。  「日本列島全体を売ってでも勝利しなければならないのが今回の『40日特赦路程』であり『聖本』摂理である」 (つづく)
____________________________ 2009.09.05 日刊紙 14頁 社会
裁かれる霊感商法
被害1兆円 芽つむとき
 「新世」グループ起訴直後の7月、全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)が「霊感商法110番」を開設しました。4台の電話は鳴りっ放し。3時間で受けた相談は39件で被害額は2億円(うち統一協会26件1億7000万円)。  「予想以上。潜在的な被害の多さを改めて痛感した」と、山口広弁護士が言います。  全国弁連がまとめた全国の被害相談件数は2008年で1510件37億円。弁連結成の1987年からの総計は3万件1060億円に達します。  これは「だまされた」と気付いて相談を持ち込んだ数。氷山の一角にすぎません。実際の被害はどれほどのものか。  07年5月1日付の統一協会の内部文書があります。この日に全国72の教区から本部に納金された金額の一覧表です。  全国1位は西広島教区で9800万円。西東京7600万円、兵庫6780万円…とつづき、最下位の岩手教区でも260万円。何日かけてこれを集めたのかは不明です。  95年に入信し07年に脱会した男性が裁判所に出した陳述書と内部文書があります。98年以降、九州のある県(県全体で1教区)で総務を担当。リージョン(方面本部)を通して本部が指示した金額を傘下の教域に振り分け、集まった金を本部に送金する係でした。  送金先は統一協会本部の近くにある関連ビルで、当時の受取名義は「○○銀行小山田秀生」。94~95年と01~06年の2回、日本統一協会会長を務めた人物です。5000万円の札束をリュックに詰めて本部まで運んだこともあるそうです。  裁判所提出資料のなかに、04~06年にこの県が献金や霊感商法で集めた月別集計表があります。04年1年間に本部に送金した金額は13億1400万円。05年12億円、06年7億7000万円。別の資料によるとこの県の送金実績は全教区の下から5分の1程度。それがこの金額です。  霊感商法が社会問題化してから30年近く。「実際の被害は1兆円をこすだろう」と全国弁連の紀藤正樹弁護士。初の刑事裁判を前にした記者会見でこう指摘しました。  「遅すぎる捜査だが、ここで被害の芽をつまなければならない。国の放置責任が問われる段階にきている」 (おわり)
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First criminal trial of a front company of the Unification Church of Japan to be held – for doing ‘Spiritual Sales’
Head of the Unification Church of Japan to step down after losing a CRIMINAL case (2009)
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hiiragisan · 3 years
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死ぬまでにやりたい100のこと。(2024年1/21更新)
見つけたんだわ。 俺の日記の継続ものの中で、数少ない?唯一?の意味ありげなやつ。 なんだけど、しばらく更新してなかったな……。最後の更新が2018年か。まぁtumblrに移る少し前から見てもなかったしな。。。 とりあえずはっつけとこ。ずれたりしてるのはあとでなおす。
1 動的資産1000万以上稼ぐ(貯める)
2 総資産1億円オーバー
3 大型二輪免許をとる
4 バイクを買い替える(400cc以上の)  →2021年に250cc買ったしこれで良くない……?駄目か。  →2023年2月に400cc買ったから完全に達成でしょ!おっけー!
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5 もう一度陸上の試合に出る。
6 800mか1500mのベストを更新する。
7 海外旅行する  →2016年10月5日に達成。まぁ仕事なんだけど、観光もしたし…。
8 空をとぶ
9 車を買う
10 年間で100冊以上、本を読む(漫画以外の活字ならok)
11 一眼レフを買う  →ミラーレスは買いました。一応クリアで。2015年2月に購入。
12 自分で感動できるような写真を撮る。
13 もの書き・小説のコンテスト(大賞が出版レベルの規模で)に応募する。
14 マラソン出場(フル・ハーフ問わず)
15 個人で書いた論文を学会誌に載せる
16 FXで損した分を取り返す。倍返しだ!
17 株で儲ける。少なくとも数万くらいは
18 宝くじを当てる。銀行で換金するレベルで。
19 コミケにサークル参加する
20 コミケに参加する。とりあえずもう一度一般で  →C92参加してきました。楽しかったー。何も買ってないけど。
21 のぞみのグリーン席に乗る  →2016年4月1日に達成。案外すんなり乗っちゃう。
22 北海道に旅行に行く
23 沖縄に旅行に行く  →2017年1月に達成。まぁこっちも仕事なんだけど…。観光もしたので……
24 バイクで本州脱出
25 飛行機のエコノミー席以外に乗る  →JALのクラスJってエコノミー以外の範疇でええじゃろ? 2024年1月に達成
26 起業する。
27 バイクで旅行する  →2023年9月に達成。。?県内だけど一泊したしありか
28 オロビアンコの鞄を買う  →2016年4月に達成。勢いで買っちゃう。
29 ブランドの財布を買う  →2022年10月に達成。GANZOのお財布買っちゃった!そこまで高いのじゃなかったけどね。。。
30 10万以上する時計を買う
31 値段を見ずに見た目だけでブランドものを買う
32 帝国ホテルに泊まる。
33 軍艦島にいく  →2016年11月末に達成。最高やった……
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34 富士山にのぼる
35 白神山地にいく
36 100mを11秒台で走る。(自己ベスト!)
37 心霊スポットで心霊現象に遭遇する
38 オーダーメイドスーツをつくる  →2017年10月に作りました。最高すぎる……
39 名前つきでテレビに映る
40 オーロラを生でみる
41 六本木ヒルズにお呼ばれする
42 個人的にスポンサーを得る
43 写真のコンテストに応募する
44 京都マラソンに出場する。そして完走する
45 もう一度、涙が出る程感動する料理を食べる
46 西国札所を全部廻る
47 自衛隊の総合火力演習を見に行く  →2017年のに行くます。地雷原処理車がすごかった
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48 懸賞に応募していいものを当てる
49 借金完済!(現在奨学金240万+α)  →2016年の冬のボーナスで奨学金完済しました!
50 名前付きで雑誌などに載る
51 水曜どうでしょう的な企画を発案・実行する
52 車とバイク以外で100万以上の買い物をする。
53 道ばたで見知らぬ人から拍手されるような事をする。
54 サグラダファミリアを生でみる
55 習い事をはじめる
56 習い事を3年続ける
57 資格をとる  →2017年にITパスポート、2018年にSGとりました。一応国家資格!
58 目的無く電車とバスに乗って適当なところで1泊して帰る
59 万人に薦めることの出来る本(小説)に出会う
60 ベストセラー作家と生で会って話をする。
61 自分用のコーヒーミルを買う  →2017年の4月に買いました。小さいのだけど。最高!
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62 一人でバーに行く
63 今後の人生を変える運命的な出会いをする(人・物限らず)
64 商品をプロデュースする
65 目的の無い貯金額を100万円越える  →2016年に気づいたら超えてました。
66 知らない人と意気投合してそのまま飲みに行く  →2015年2月に達成。意外とあるものですね。
67 結婚相手以外の人生のパートナーを得る
68 リネージュでlv52を達成する  →2017年の3月に達成しました。もうlv52のありがたさなしですね…。一気に55までいってるし。。。
69 何らかの教科書に自分の名前を載せる(引用文献でもOK!)
70 出版する(自費出版・電子書籍は除く)
71 どんな規模でもいいので何らかの自分主催の会を催す。
72 自分の専用スレを2chで立てられる
73 長編作品を完結させる。
74 リニア新幹線に乗る
75 超高級外車に乗る。マイバッハとかロールスロイスとか。
76 ランボルギーニを運転する。
77 音楽演奏の動画を投稿する。  →動画投稿最盛期のこの時代にそぐわない項目だなと思いつつ、2023年9月に達成。テスト動画みたいなやつだけど、一応自分で作って投稿したやつだしええやろ。。。
78 講演をする
79 ライブに参加する
80 バイクで高速に乗る  →2021年11月に達成! まぁ250cc乗ってりゃあね……。
81 車・バイク問わずに1日に500km走行する  →2023年5月に達成。正確には一晩だけど、まぁいいでしょ。仙台から京都は遠い!
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82 10万以上の買い物をキャッシュで。
83 もう一度京王プラザホテルに泊まる
84 東京ステーションホテルに泊まる
85 御召し列車を生でみる
86 渋谷と原宿で買い物をする
87 映画にエキストラ出演する
88 日記を1日100PV達成させる。  →2014年2月18日に(旧日記で)総PVで達成!
89 カフェを渡り歩いて1日をつぶす
90 自分用の高い万年筆を買う
91 ガラスペンを買う
92 知人の結婚式に招待される  →2015年2月14日に達成! おめでとう!!
93 ついったーのフォロワー数をフォロー数の倍にする
94 串八10万越え  →これもうできそうにないな。。。
95 TSOの総会をクソ高い店でやる
96 50センチ以上の魚を釣り上げる
97 ナンパする
98 ナンパされる
99 本物の銃を持つ・撃つ  →実は2014年4月に達成していました。
100 何でもいいから人に認められる何かを成し遂げる
<hr><br>
101 88から。ユニークユーザーでPV100越え  →2014年9月30日に(旧日記で)達成!
102 88,101から、総PV200もしくはUU150越え  →2015年5月4日に(旧日記で)両方達成しちゃいました!<br>
103 11から。撮像素子1インチ以上のミラーレスor一眼を買う!
104 11から。ボーナスつぎ込むレベルの高くていいレンズを買う!
105 102から。UU200超え
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Interview with Chinese immigrant 唐一樹(とうかずき)王京(おうきょう)
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8月25日 
中国人コミュニティについての調査をするに当り、王京(おうきょう)さんと唐一樹(とうかずき)さんがインタビューに協力して下さいました。インタビューの中では中国の文化、社会で育った背景を持つ彼らが日本社会で生きていく中で感じる周りの空気を読む事を重宝する違和感や、どのような社会があらゆる人にとって生きやすくなるのかという質問に対して、
「『目立ってなんぼ』っていう、国籍とか言語の違いをネガティブに感じない、共通のバックグランドで作られるコミュニティも違う所を尊重したりできる社会」by唐一樹
「日本の良いところを活かしつつ、異なる文化を持つ人が居心地の良い空間が作れる社会が理想的」by王京
という理想の社会像まで聞く事が出来ました。理想のコミュニティとは彼らにとって一体どんなものなのか。以下のインタビューから是非お読みください!
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唐一樹(とうかずき)さん→T
王京(おうきょう)さん→O
―――自己紹介お願いします
T:現在は、東京で会社員として働いています。
O : 私も東京で会社員として働いています
―――いつ日本に入国したんですか?
T:2010年に日本に帰ってきて、その前は北京で12年間生活をしていました。
O:2016年に日本にきて、関西に1年いて、そのまま東京の会社に入って働いてます。
―――日本に来たきっかけは?
T;日中のハーフで両方の文化や見方を学ぶために、日本に来ました。
O:日本のアニメが好きで来ました。日本語も独学でした。大学の頃は、日本の試験も受けたし、文学やドラマやアニメなど、日本のものばかり見ていて日本に来るのが当たり前で、必ず来るという強い意志があって、2016年は、日本への交換留学もして、それから社会人になりました。
―――日本で居心地がわるいと思った瞬間
T;帰ってきて、日本の現地の中学校に入ったんですけど、北京の学校は部活が無かったけど、日本では部活がメインで繋がるのが強かったから、馴染みずらかった。部活内のコミュニティの人達の一体感に入るのが難しいと思いました。
O:似ています。大学は大阪大学だったんですけど、クラスメートとかいなかったし、働く事だけ考えていたので、あまりのみに行く人がいなくて、友達を作るチャンスがなかったところですかね。
―――良かったところは
T:交通網が整備されているところですね。
O:中国がバカでかいので、どこ行っても冒険する感じで苦労しますね。だけど、日本では、旅行がしやすいなと思います。山に行く時とか危ない所にも行きやすいし、治安を良くするためのコストが、場所が広ければ広い程高くなるから、そういう面でも日本は、治安も良いのだと思います。
――――言語感の違いをどう乗り越えましたか?
T:日本のバラエティー番組を見まくった事です。中国でも日本人学校でも日本人の母からも学ぶ事が多かったのですが、その年ごろの人達と話す事では、全員が見て話し方を九州しているテレビが圧倒的に、言語は分かっても意味が分からないっていう事が多かったから、良いツールでした。
O:私も、元々ドラマとかアニメからです。普段使う言葉とは違うので、バラエティー番組は日本にきてから凄い見てます。社会人一年目が一番苦労しました。皆がなんで笑っているのかが、言葉が分かっても何の話をしているのか分からなかったので。今から日本に来るかたはバラエティー番組を見るのがお勧めです。
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―――中国に戻りたいと思いますか?
T:幼少期を中国で過ごしたので、人としての基礎を中国で形成されていたっていうのがあるので、文化もそうですし、食べ物が一番大きいんですけど、日本で手に入らない事も多いので、それが中国に戻りたい瞬間ですね。
O:自分は寂しくなることはあまりないです。ここでもっと沢山友達を増やして頑張っていきたい気持ちが高まっています。
―――中国の社会と日本の社会はどう違うと思いますか?
O:教育の話だと、共産党と国を大事にする教育を受けてきているのと、私がいた頃はギリギリGoogleの検索エンジンによっての広がる世界が全然違うので、日本に帰ってきて、ソーシャルネットワークは広がるけど、中国にいた時は狭められた環境でした。
―――中国の監視社会は具体的にどのように制限されているんですか?
T:報道されているほど、制限されている感じはないけど、検索エンジンで何か検索した時に、ヒットしないケースが多いのでそれは検閲さを感じます。
O:多少はあると思うんですけど、そんなに不自由だと思った事はあまりないです。歴史について研究していた時も、自分なりのやり方で調べられるので。何か事件とか調べたとしても、情報が出てこない事はある。だけど、本当に調べたい人であれば、調べる事が出来るので、そんなに関心が無い人には、情報を解禁していないだけだとおもう。
―――中国の家族を大事にする文化があると思うのですが、どのように関係性を保っていますか?
T:春節に家族で集まるというのはしますし、連絡はwechatでつながっているので頻繁に連絡しています。
O:大体we chatで連絡を取ってますね。コロナの前も、家族に会いに行ったりしています。
―――中国人の集団行動は家族の絆を大事にする文化とつながっていると思いますか
T:海外に行く人のあるあるなのかなと思いますね。中々現地に馴染めずに一緒に行動するっていうのはあるんじゃないかなと思います。私が会社に入ってきたときも、自分の中国と同じバックグランドを持った人とつながっていくので、友達を作っていったので、そこで固まってしまうっていうのはあると思います。
―――日本人とのコミュニケーションで感じる事は何かありますか?
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―――日本人とのコミュニケーションで感じる事は何かありますか?
T:笑いに貪欲な人が多い気がします。関西だけではなくて、面白い事を求めている、学生のノリ見たいなのが続いているし、飲み会が多い文化なので、いつも面白いエピソードを用意しなくちゃいけないのが大変です。
O:会社の飲み会ですね。中国の飲み会では、新入社員も上司もいるなかでもつまらなかったら途中で携帯いじったり、帰ったりしてとかするんですよ(笑)でも日本ではあり得ないですよね。営業だし、最後まで黙って座ることがダメで、笑いとらなくちゃって頑張らなきゃっていう雰囲気があります。日本に長くいて、それがすごくびっくりしました。
―――日本の空気を読む文化ってなぜあると思いますか?
O:階級社会が重宝されているからじゃないですかね。中国は共産主義になって、前のものを捨てようという社会になって、日本も現代国家にもなったけど、前から継続されたあの時の日本があるから今の日本があるという考え方が根付いているからなのかなとも思います。
T:学校の教育の部分で、思いやりとか他人への気遣いを重点的に教育されている感じがあるのと、「目立ちたがり屋をつぶす」感じが、特に学校とか会社が強いので、他の人のネタにされたくない、目立ちたくないっていう文化が生まれてるんじゃないかなと思います。
―――コミュニティとは
O:自分は、圏=〇(サークル)という、意味を表すんですけど、同じ趣味を持っている人同士。そこに入る事で新たな人との繋がりが生まれる。それがコミュニティだと感じる。
T:同じバックグランド、趣味を持った人の集まりだとコミュニティが形成されるのかなと思う。中国だと日本以上に人脈を意識しているということもあるので、中国から日本に留学した時に、先に日本にいる人の方が、日本人との繋がりが多いとおもうので、日本での情報や人脈を仕入れるなりして新たな繋がりが生まれるのではないかと思います。
―――理想とする日本の社会はなんですか?
T:今はなるべく目立たない文化っていうのを、「目立ってなんぼ」っていう、国籍とか言語の違いをネガティブに感じない、共通のバックグランドで作られるコミュニティも違う所を尊重したりできる社会が良いのかなと思います。
O:前の社会で多国籍な人が同じ空間にいる異文化交流しているときに、充実しているなと思ったので、日本人は引っ込み思案だけど、そういう人達を受け入れられる雰囲気を作っていけたら良いと思います。世界中の大都会の中で東京はトップに来ると思うんですが、日本的な所が多いと思うので、日本の良いところを活かしつつ、異なる文化を持つ人が居心地の良い空間が作れる社会が理想的ですね。
[English translation down below]
On August 25th, in order to conduct a survey on the Chinese community, two Chinese people who work in Japanese society, Mr. Wang Jing and Mr. Tang Kazuki, cooperated in an interview. During the interview, we were able to hear about their background in Chinese culture and society, their sense of discomfort in living in Japanese society and the importance they place on reading the atmosphere around them, as well as their vision of an ideal society that would make life easier for everyone such as
[ I would like to see a culture that is as inconspicuous as possible]
[The ideal society would be one where people from different cultures can create a comfortable space while taking advantage of the good things about Japan.]
What would an ideal community be like for them? Please read the interview below to find out!
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Mr.Kazuki Tang→T
Mr. Wang Jing → O
---Please introduce yourself.
T: I am currently working as a company employee in Tokyo.
O : I am also working as a company employee in Tokyo
---When did you enter Japan?
T: I came back to Japan in 2010. Before that, I lived in Beijing for 12 years.
O: I came to Japan in 2016, spent a year in Kansai, and then went straight to work for a company in Tokyo.
---What made you come to Japan?
T; I am half Japanese and half Chinese and came to Japan to learn about both cultures and views.
O: I came here because I like Japanese anime. I was also self-taught in Japanese. When I was in college, I took some Japanese exams, and I watched literature, dramas, anime, and other Japanese things all the time, so it was natural for me to come to Japan, and I always had a strong will to come, and in 2016, I did an exchange program to Japan, and then I became a working adult.
---The moment when I felt uncomfortable in Japan
T; When I came back, I joined a local junior high school in Japan. The school in Beijing didn't have club activities, but in Japan, club activities were the main way to connect, so it was hard to fit in. I also found it difficult to get into the sense of unity of the people in the community within the club activities.
O: It's similar. I went to university at Osaka University, but I didn't have any classmates, and since I was only thinking about working, I didn't have many people to go out with, so I didn't have a chance to make friends.
---What was the good part?
T: The good thing is that there is a good transportation system.
O: Because China is so big, it's hard to go anywhere without feeling like you're on an adventure. But in Japan, I think it is easy to travel. It's easy to go to dangerous places like mountains, and the cost of improving security is higher the larger the place is, so in that aspect, I think Japan has good security.
---- How did you overcome the difference in the sense of language?
T: I watched a lot of Japanese variety shows. I learned a lot from my Japanese mother, both in China and at the Japanese school, but when it came to talking to people my age, TV was by far the best tool, because there were many times when I understood the language but didn't understand the meaning.
O: I also started with dramas and anime. I have been watching a lot of variety shows since I came to Japan because the language is different from what I usually use. I had the hardest time in my first year of working. Even though I understood the language, I couldn't understand why everyone was laughing, because I didn't know what they were talking about. If you are coming to Japan now, I recommend you to watch variety shows.
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---Do you want to go back to China?
T: I spent my childhood in China, so my foundation as a person was formed in China, and the culture is the same.
O: I don't get lonely very often. I have a growing desire to make many more friends here and do my best.
---What do you think is the difference between Chinese society and Japanese society?
O: In terms of education, we have been educated to value the Communist Party and the country, and when I was here, the world was completely different due to the Google search engine, so when I came back to Japan, my social network expanded, but when I was in China, it was a narrowed environment. It was a narrower environment when I was in China.
---How exactly is the surveillance society in China limited?
T: I don't feel that it is as restricted as reported in the media, but when I search for something in a search engine, there are many cases where I don't get any hits, so I feel that it is censored.
O: I think there is some, but I haven't really felt that it's that inconvenient. Even when I was doing research on history, I could look it up in my own way. Even when I was researching an incident, there were times when I couldn't find any information. But if you really want to look into it, you can, so I think they just don't release the information to people who are not that interested.
---How do you maintain the relationship with your family?
T: We do have family gatherings during Chinese New Year, and we are connected through wechat, so we communicate frequently.
O: We keep in touch mostly through wechat. Even before Corona, I go to see my family.
---Do you think that Chinese people's group activities are connected to their culture of valuing family ties?
T: I think it's a typical thing for people who go abroad. I think it's a common thing for people who go abroad to act together because they can't get used to the local culture. When I first came to the company, I made friends with people who had the same background as mine in China, so I think it's possible to get stuck there.
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---What do you feel when you communicate with Japanese people?
T : I feel that many people are greedy for laughter. It's not only in Kansai, but they are looking for something funny, and it continues to look like a student's groove. It's a culture where there are many drinking parties, so it's hard to always have to prepare a funny episode.
O: It's a company drinking party. In China, even though there are new employees and bosses, if you are bored, you can play with your cell phone or leave in the middle of the party (laughs). (laughs) But in Japan, that would be unheard of. It's sales, and it's not allowed to sit quietly until the end, and there's an atmosphere of having to work hard to get a laugh. After being in Japan for so long, I was really surprised by that.
---Why do you think there is such a culture of reading the atmosphere in Japan?
O: I think it's because class society is highly valued in Japan. China became communist and became a society that tries to discard what was before, and Japan also became a modern nation, but I think it is because the idea that the Japan of today is because of the Japan of then that was continued from before has taken root.
T: There is a sense that the education at school focuses on compassion and caring for others, and there is a strong sense of "crushing the show-offs," especially at schools and companies, so I think a culture of not wanting to be the subject of other people's stories and not wanting to stand out has been created.
---What is a community?
O: I use the term "circle" to mean a group of people who share the same interests. People who share the same hobbies. By joining a circle, new connections are made. That's what I call community.
T: I think a community is formed when there is a group of people with the same background and interests. In China, people are more conscious of their connections than in Japan, so when someone from China comes to Japan to study, I think that the people who are in Japan first will have more connections with Japanese people, so they can get information and connections in Japan and create new connections.
---What is your ideal society in Japan?
T: I would like to see a culture that is as inconspicuous as possible, a society where people don't feel negatively about differences in nationality or language, and a community that is built on a common background and respects differences.
O: In my previous society, I felt fulfilled when I was in a cross-cultural environment where people of many nationalities were in the same space, so I think it would be good if we could create an atmosphere that accepts such people, even though Japanese people are reclusive. I think Tokyo comes at the top of the list of big cities around the world, but I think there are many places that are very Japanese, so the ideal society would be one where people from different cultures can create a comfortable space while taking advantage of the good things about Japan.
written by nao
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chaukachawan · 4 years
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団員の紹介
こんにちわ!渡邉あみです!今回役者で出てへんやろ、思ってる皆さんへ。舞台上のどこかに私はいます。前置きは以上にいたします!以下に団員のこんなやつやーって紹介していきますね!!
【32期】
○ピンキー
1+1はニッコニコー!どうもピキピキピンキーです!どんなノリでも返してくれるいい人。坂道グループの踊り全部踊れるのまじリスペクト。そして頼りがいあるので相談にも乗ってくれる。まじ優しいし厳しいことも言ってくれるからとっても助かってます。演劇に関してもすっごく芯のある演技するからとっても好きです!ダンス踊らせたら光るし演技しても光るし基本的にキラキラしてる!共演できてよかった〜ってら思います!
○加美千尋
針を動かすアニーと名付けられた加美を呼ぶあみ。すごく韻踏めてめっちゃ感動してた!ほのぼのとした感じで今回オペ一緒にやるからよく話すようになった!とにかく話しやすいしどんなことにも笑ってくれるからすごくありがたき存在!やっぱ名字いいな。ステキ!演技してるとこみたーーいって思うからいつか見てみたいなぁー!!
○久保勇貴
とても素直でまっすぐで真っ白ないいやつ。素でこんなに面白いって思うのくうややし素でこんないい奴なんやってなる。表裏ないし全部が表に出てきてわかりやすくて憎めない感じがすごくある笑。家も近いことあって32期の中で1番絡んでるかなって思う!何事にも全力やししっかりと考えれる頭脳派やし何にでもなれるメタモンタイプやな。近くいるからこれからも会ってくれよな…!好きやぞ!呼んでくれたらいつでも行くし呼びまわすからな!笑
○雑賀厚成
雑賀くん。すごくいい名前。近くにいるとすごく和やかな気持ちになるから近寄ってしまう。怖い顔ができずにすごくずっといい人の顔やから根っこからのいい人。自信なさそうに振る舞ってるけどできてるから安心しなよって思う!(ダンスは除くけど笑)それでも努力家やからいつの間にかできるようになってる。すごい人。
○佐藤舞弥
まやちゃん!あんまりスタッフとか被ってなくてあんまり話せてへんの悲しいー!!メイクのチーフ頑張っててすごいなぁーって思う!会議の時に1番しっかり進行してたからしっかり者やなーって印象がすごくある!もっと話しておけばよかったととても思ってる!雰囲気がナンバーワンで好きやからその感じでいてくれたら嬉しいわぁ〜!そしてニックネームつけれた!!これ幸せ。このみ。めっちゃ可愛い。みんな言ってな。このみめっちゃいい名前。
○黒川ビルディング
面白くて変なやつ!っていう表面的なキャラを演じてる人間やと思ってる。心の中で意見ばり持ってるし自分のキャラ崩さんようにそれを続けてるってすごいなぁって思う!でもなかなか本心を垣間見せてくれんから少し寂しい気もするなぁ〜〜。なんかいつか殻を思いっきり破った姿を見てみたいなーって思う。演技させたら1番ちゃうかや!って感じの演技ができる人やからすごく重宝してるなぁって思う。脚本のセンスも抜群やから今後がとっても楽しみ。
○かけうどん
日向好き仲間。言うことはしっかりとズバズバ言えて羨ましいなって思う!今回の舞台チーフでばり大変やったと思うけどそれをしっかりとこなしてるの本当にすごい。ロッドマンの笑顔が1番いい顔してるなって思う。すごくしわくちゃな笑顔ですごく癒されるなって思うから笑顔でいて欲しいなって思う。ゆるっとした感じやけどしっかりとしめれるタイプの人やと思ってるからその笑顔とキリッとした感じを続けていってな!!ロッドマンを笑顔じゃなくさせるやつは俺が排除するからいつでも言ってな!
○中津川つくも
すごく演技が好きなんだわぁ。引き込まれるものがあるよね。そして三葛みたいなところあるよね。聞き上手で好きなものへの愛がすごいなって思う。好きこそ物の上手なれって言葉が良く似合う。とにかくつくもにはきらきらした状態でいて欲しいからしんどい事があったらすぐに吐き出すんだよ…人に依存しなさそうなタイプやからそれを貫き通してな!つくもの光は消してはいけないって思ってるから。今後も舞台でも日常でも今の輝きを磨き続けてね!
○永満柊人
すらっとイケメン。ダンスのサークルと掛け持ちしてるのにしっかりと顔出してくれてる。嬉しい。私の好きなタイプの顔をしてるから恋愛事情聞いた時に嘘やぁって思った!ごめんな!しゅうとくんも近くに住んでるから一緒に飯とか行きたいなーって思う!まだ演技を見たことがないからその無限の可能性を秘めている状態をいつか解放してくれるのをすごく期待してる。宣伝美術として仕事もしっかりとこなしててやはり彼はできる人や。もっと知りたかったぜよ!
○橋本貴欣
めちゃくちゃ絡みやすい人!初対面で会った時から圧倒的に話しやすかったしノリの良さもピカイチやな。初対面でこれやってっていったらすぐにできたから対応能力バケモノ。面白さを追求してそうな感じがあって期待の新人現るって感じやわ!慣れるまでのスピードが速いからまじで処世術がすでに備わっててすごいわ!入ったばっかりやからこれから伸びると思ったら期待しかない!!期待の目で見まくるぞよ!
○藤丸翔
ツッコミの逸材。ボケ渋滞が起こるちゃうかの中で唯一と言っていいほどどんなボケにも突っ込める人間や。重宝するぞ〜。それに見た目が私に似てるから、あみちゃんって呼ばれてるんなんやねん!!でも須田ちゃんと俺のハーフやからしゃーなしやで!ツッコミの鋭さは刃物レベルやからすごくキレキレ。無礼講やでー!って言わんでもグイグイくるからこいつやりよるなって思う!それがばりおもろいからその感じなくさんといてな!笑
○Martin Parle
見たらわかかる。マジでイケメン。直接は話したことはないのだけれども、それでも周りから聞く雰囲気、YouTubeでの様子を見るにまじですごいなって思う。映像を作るセンスはやはりチャンネルを持ってるだけあってすごくある。これからのエースとして降臨してそうな雰囲気ある。彼をもっと演劇で見たいなって思うから役者として彼が出るってなったら真っ先に観に行きたいなって思う。忙しそうやけども、本当に見たいな〜!
【31期】
○鰻白河ミニ
距離感掴むのに1年くらいかかった。というか秋公演まであんまり絡んで無かったわ。絡むとすごく面白い要素しか出んからそそそしか勝たん。繊細で真面目やけどちゃうかではそれを一切出さへんからなんやねんってなる笑。演技させた���本当に勝てへん。面白さしかないからほっといてもそそそ1人で完成させてる。話しかけようと思っても恐縮してしまってうまく話せんかったからすごく自分としては後悔してるなぁ〜。まじでいい奴すぎるから一度は頼るべきやと思う。セリフ憶え以外はまじで天才的。
○トニーー板倉
過激派なイメージ。なんでも壊したがる!そんな性格でも悩んでいる人には寄り添ったりして心優しい一面を持つ。まるでDV彼氏みたいな様子を醸し出してる。自分の仕事に自信持っててすごいなーって思う。それが故に熱中したらそのまま突き進んでるからその知識の深さも尊敬できる!そしてトニーといえばモノマネが上手い。ちゃうかのモノマネさせたらまじで似てる。その人の観察すごいしてるんやろうなーって思う。人間観察得意やからきっと演出もできるんやろうなって感心しております。
○伊藤星乃介
この人のキャパすごいなーって思う。今確実に忙しい時期であるにもかかわらず、それでも役者もスタッフもこなせてる。同じ就活仲間やからすごく信頼しております。これからもいろんな情報とか共有したいから関わっていく回数が多いと思う。そしてノリがいい彼にはなんでも振ったらやってくれる。だからとても楽しい。服のセンスも活かしてるし身長高いから映えるしなんや!これからは忙しいから役者で見る回数は減るかもだけど関わっていってくれそうやからなんて優しい先輩なんやってつくづく思います。これからも一緒に頑張ろ。
○小宮山珠里
1年ぶりくらいに会った。私生活がとっても忙しそうで出てくれると嬉しくなる。初めあった時に絡み方を誤ってしまったから心を閉じさせてしまった。彼女にとって1番最初にがっつり共演できて嬉しかったです!とにかく名前が好き。すごく言いたくなる。まだまだいろんな役を見てみたいからこれからも役者として出て欲しいなって思う。
○尾形莉奈
ほのぼのとした雰囲気がとっても良い。良いことがあると全力の笑顔してとっても可愛い。舞台監督としてすごく良い。しっかりと見極めて怖いことも言えるからとっても向いてる。本当に純粋な良い子なので、すくすくと悪い影響もなく過ごさせたい!とにかく喋り方がとっても癒される話し方。えぇ〜そうなんですか〜ってよく言ってるイメージ。一緒に話してて嫌な気持ちにならないから聞き上手やなーって思う。人と接する時に本当にトゲがなくて良い子やなーって思う。人間性的に本当に好きやなって思う。
○Anna
最近役者で見なくて悲しいなーって思う。とにかく伝えたいことがあって自分にもっと自信もちなーって思う。低姿勢というか自分ができてないーみたいな感じ出してるけども、彼女は仕事早く丁寧にできてるからもっと誇れるぞ!とにかく物事に取り組む姿勢を見習いたいなって思う。真面目に取り組んでるしそれをもっと良くしようと考えているからそれは誰にも負けない強みやなーって思う!忙しくなっていくかもやけどどこかでまた役者を見たいなって思うから是非やってな!
○国分栞
家が近くの民。後輩ができてはじめての近所やったからすごく大切にいろんなところ連れていこうって思ったら1年経ってた…めっちゃごめんなぁ。忙しい中すごくこっちに顔出してくれてるんすごく嬉しいなぁって思う。センスもすごく良くてスタッフもいろんなところで来て頭も良くていろんな才能に恵まれてて羨ましいなーって思う。すごくキラキラしててちゃうかで1番女子大学生だなーって思う。いろんな面で充実してるなぁって感じがするからすごく羨ましい。近いからこそご飯また行こうね。
○津島ヨモツ
文章の表現が本当にデパート。のちぇの書く台本の6割の日本語が私の知らない日本語使ってるから語彙力バケモン。でもぴえん良く使うから日本語力は同レベル!繊細だからこそなんか守ってあげたいなーって母性働かせさせる天才。どこまでも視野が広くて意見持ってるけど人に怯えてるから大変そう。その思慮深さはまじで超人やから近くにいるとすごく重宝する人材やなー思います。これからもヨモツの作品はとても楽しみに待っておきますね。
○島﨑愛乃
変えますかでイメージをぶち破ってきた。あれ以降こっこがネタキャラなんやなって確信した!ふんわり天使みたいなのに発するセリフはしっかり者やからギャップがえぐいっす。見た目妹だけど性格は姉みたいな感じ。制作も音響もできるし万能型の欲張りな人間やで!役者として病弱な人からヤンキーまで振り幅エグすぎて同一人物か疑う。しっかりと箱入り娘がちょっと不良娘になりかけてるの中学の成長期みたいで面白いね。これからもちゃうかの顔として頑張ってくださいな!
○夕稀次
レアキャラ。最後に見たのがいつのことやら…とにかくとっても美人。顔だけではなく雰囲気も美人やから天性の才能。あんの紹介で入ってきてくれたのだけどももう片方のほうに熱中してらっしゃる!まだまだ時間があるからこそもう一度舞台に立っている彼女を見てみたいと思う。
○須田颯人
まじでなんでもできる人。技術系専門職の感じ。映像作らせたら右に出る人おらんし、音響操作・照明操作させても右に出るものおらんしガチで尊敬する後輩。でもギャグセンスは似たようなものを感じるからそこまで完璧じゃなくてよかったって思ってる笑。めちゃくちゃしっかりものやし、自分持ってるし、できるやつやし。なんやいいところしか出てこんやんけ!!須田ちゃんのギャグ見れずに終わったの悲しいからギャグ集待ってます。シンプルに見たい。
○西岡克起
存在が面白い人。何やらせても全部かっさらうレベルで面白い。西岡にしかできひん間があるんよな。人と時間軸ずれてそうで感性がテーマパーク。すごいマイペースな人やしなにしでかすか分からんから見てて面白い。やっぱ演技させたら唯一無二のもの繰り出すからこの人にしか出せないそのキャラの味になる。シリアス中のシリアスな役やらせたらどんな感じになるのか楽しみやからやってみて欲しいわ笑
○西田幸輝
可愛い。これがめちゃくちゃ似合う。仕草もそうなんだけど喋り方が癒し系のそれ。癒し系担当なんかなーって思ったら意見はズバズバとしっかりと言うしそのギャップにまたキュンときますよね。癒しだけではなく学びも得ることができる一石二鳥な西田さんの近く。良くモノマネをされてるのを見てすごく真似をしたくなる。印象に残りやすいっていうかすごく独特な雰囲気。西田にしか出せないこれが唯一無二やからとってもみんなの周りでキラキラ光る一番星みたいな存在。
○なしもとはな
博多のお姉さん。私の印象では怖いイメージついてる。北九州のイメージが先行してるからやけど笑。とにかくしっかりしてるし物事ズバズバ言えるし見習いたいなって思う。音響の1番の大ボスみたいな感じがあって逆らったらやられそう。そして彼女の瞬発力はえぐい。何か言ったらスパって突っ込んでくれる。その勢いはちゃうかでナンバーワン。楽しい空気づくりのキーパーソンの感じする。演技したら優しい感じ出せるからそのギャップ良いですよね。魅力バケモノなのでこれからの人生楽しそう。
○橋本悠樹
エモい顔人間。いい顔してる。それ伝えたら引いてくる。なんで?笑根っからの主人公気質の人間やなぁーって思う。スタッフワークでも細部にこだわり持っててすごいなぁって思う。ツヤ入り事件は忘れず心に残ってる。最高やな。一時期はワカ好き狂いすぎて見ててばり面白かった!!かっこいい可愛い顔してるけどきもいが似合う。そんなギャップ萌えが人を惹きつけてるんやろうなーって思う。ずるいなぁ…
○福島亜理紗
あひゃひゃひゃひゃ。その声を聞いたら終わり。あまり姿を表さないのに、表した時の爪の残し方が異常。普通の人が雨の日の泥の靴跡くらいやけどライはアスファルト全部えぐるくらい印象残す。人としての魅力ゆえだろうか。爆弾すぎて何するかわからんハラハラ味わうん怖いわ笑。繊細やけど大胆さを兼ね備えたライこそ、まさに至高の領域に到達した人間。人に好かれやすそうな性格してるよな。
○でぃあっ♡
友達。でぃあを演劇の界隈に入れた張本人。入れてよかったって思う。舞台で役者をしてるとすごく輝いてる。すごくいい声やし役作りしっかりしてるし振る舞いが詳細にまでいきとどいてる。今回の演出しててすごく努力してる。ちゃうかのこともしっかりと思ってるからこの人がいれば安心やって思う。要になるんちゃうかな思います!共通の友達がいるんですが、その人が広島にいるから今1番仲良いと思ってる。広島のN、大阪のあみと領域分けしてる。同じサークルだからこそこんなに仲良くなれたと思う!すごく嬉しかった!引退してからもこれからも1番遊ぶと思う。改めて書くとすごく恥ずかしいものですね。
○堀文乃
とっても私はらめるのファン。演技が1番取り込まれるし、らめるの演技ってめっちゃ好き。そしてキャスパに入ると基本らめるのダンスしか見てへん。演劇をするために生まれたかのように思う。なんでもできる器用さ兼ね備えてるし役によって全然印象違うし天才ちゃうか?らめるの良いところって演技だけじゃなくて人間性も素晴らしいんよね。人懐っこいし責任感あるし。万能的すぎるよね。まじでちゃうかにいてくれてありがとうな人。看板女優。将来演劇の道にも行って有名になれそうな感じある。すごくすごい。一度見たら本当に虜になるから人は一度は最低見るべき子。
○山内一輝
めちゃくちゃいい男。これがすごく似合う。自分が女の子やったら彼氏にすごくしたいって思う。料理がすごく上手やし、気遣いがすごくできるし、仕事できるしなんでもできる。めちゃくちゃ彼氏にしたら幸せになれる人やなぁって思う。それにしっかりと癒しボイスやしイケメンやし自分の好きな要素が詰まってるから傍にいたいって思う。これがモテるってことなんやなぁって感じさせられた!役者してたら本当にナイスボイスだから聞いてて心地いいから最高なんよね。人としてすごく大成してる人。
○楽園うさぎ
レベチにおしゃれ。いやもはや女の子と思って接してる。そして後輩の面倒見が本当にいい。めっちゃいい先輩やなって思う。会話の仕方1番見習いたいって思う。言って欲しいことをズバズバ言ってくれるから相談相手にするなら1番おすすめな人やと思う。それくらいいいこと言ってくれるし兄貴肌。音響3姉妹の次女って感じする。役者としても声がまじで聞き取りやすい。そして滑舌いい。かっこいい。いいところの三拍子揃ってるからファンとかこれから増えていきそう。
○おはようさぎ
レベチでいいやつ。ちゃうかで一番いいやつやと思う。どんな事でも笑顔で「はい!いいですよ!」って言ってる。イエスマンにはなりすぎちゃダメよ。空気を変えるの天才やしそれが抜群に面白いからまじでガウスにはすごく信頼寄せてる。一緒にいる時間とかばり面白いし、全部に純粋な気持ちが入ってるからこそすごく好き。どんなことにもまっすぐに熱く考えててすごく印象いいし、頼り甲斐もある!とにかく優しさが魅力すぎる。見習いたい。人間としての魅力を確立してるからこそすごく会いたくなる。ガウスがおらんと空気が全然ちゃってくるから1番必要なピースやと思う。
○カーメン
とっても華やかな可愛い子。無邪気で西岡との絡みとか見てると純粋で真っ白な心持ってるなーって思う。留学生で他言語で演劇するなんてほんまにすごいなって思う。そして今外部でも役者をしてていろんなつながりを作っててすごいなって思う。すごくまっすぐで努力家だからそれがどんなところにも活かせていけるなって思う。ちゃうかでの役者を久しく見てないからまたちゃうかでの舞台で役者をしている姿を見たい。
【30期】
○渡邉あみ
僕ですね。
○ 樹木ききっ…♡
可愛い。めちゃくちゃ可愛いけどとってもバカみたいな感じ。仲良くないからって前置きして話してくる。仲良くなかったら無視してるわ。脚本と演出はとっても面白いやつ。でも素でやるネタはうーーん?湿ってる。人のこと言えんレベルの一発ギャグ。でもめげずにしょうもないことやってるからメンタルすごいよ。しけたときのオチにワカ使うからずるい。ワカが言わないことを言わせて無理やりオチ作ってる。せこやな。自力で笑わせろ!これから仲良くしていこうな。
○lulu
ドS。人をいじったらゲラゲラ笑ってる!しっかりもので言うべきことをしっかりと言えるからまじ尊敬。人との接し方がうまいなって思う。人を率いてるって感じがしてルルの周りにはいつも人がいるって感じ。どんな人とでも分け隔てなく話すことができる人やし人懐っこいし人間力が1番ある。今後の人生で1番成功しそうなキャリアウーマンって感じの人。いろんな顔を使い分けてるから大変そうやなーってとも思う。なんか性格的なニュアンスが三葛に近い感じがする。それでも今の状態を保ってるから天才や!
○小澤祐貴
本当に面白い。古家との掛け合わせをするとマジで面白い。ワードセンスがほんまに光ってる。オッズって本当に猫みたいで、お菓子の匂いを嗅ぐとすぐに近くに寄ってきてくれる。ほんまに可愛いやつ。しかもめちゃくちゃ真面目で人のことをしっかりと思ってくれてる。とにかくハズレのないくじ引きって感じがする。言う言葉いう言葉がすごく面白い。これが演技の中にもハマってるから天才的な人間や。研究でめちゃんこ大変な中でもしっかりと顔出してくれるところとか良い人ってのが滲み出てる。人柄がステキなんだよね。
○岸田月穂
キャパシティバケモン。一時期3か4つ掛け持ちしててどんな生活してるんやろうって思う。そして誰よりも出てるから人脈バケモン!ここまで演劇に入り込めてるのはやっぱりすごい。制作でも役者でもすごいやってるから演劇の沼に1番取り込まれてる人物やなって思う。どんなことにも答えてくれる。ウザ絡みをしてもそれを返してくれる優しい人。京都に兵庫に大阪にと飛び回ってる。仕事人や。これからもいろんなところで見れるんやろうなって思うと期待!
○木下梨実
顔ちっちゃ。そして華やかな服が似合う。今回の衣装とかほんまに似合いすぎてる。それでいてゴスロリとか現代風のものも似合うからすごい。すごくセンスもいいからすごく頼ってしまう。めっちゃお姉ちゃんって感じ。すごいしっかりしてる。言うべきことは言ってしめてくれる。はっきりと言えるのすごいなって思う。そして仕事するのも早くて確認もおろそかにしないから正確性も伴っててすごい。ちゃうかの中で1番しっかりしてるって私は思ってる。最近とても忙しいそうだけれどもそれをこなしてるのすごい。家が遠くて人よりも睡眠時間とか少ないだろうに。それでもニコニコしてるんが彼女のすごさ。
○大不自然 賃夫
演劇させたらまじで全部持っていく。アンケート全部こいつの名前になる。セリフ全然覚えてないのにあたかもそのセリフが正しいかのように読んで違和感与えんからすごい。やっぱ演劇おじさん。演劇の役者のほうにはしっかりと守るんやけどもスタッフ全然期日守らんから!これやれよ!本当に!特に関わったことがない人間がいるとき!コミュ障を発揮する前に返信返せよ!言い訳をあたかもそれが正当かのような口調とトーンでしかけてくるからせこいやつ。でも、本当にいいやつでオモロい。何もできんやつじゃないから憎めないのがずるい。
○小林秋人
俺の誘い断ったやつ。根に持ってないからな!すごい気にしてるんおもろすぎ。根っからの良いやつやから全部自分のせいにしてる。これが人を惹きつける人間力なんやろうなって思う。自分1人で抱え込んじゃってファイヤーしちゃうから発散場が少ないんだろうなって思う。それでもそれを人前に出さずにニコニコしてるから精神力もすごい。あっ、口角上がってるだけか笑。なんか居場所なさそうに居座ってるけど杞憂やからな。外部でもちゃうかでもよく関わるようになってしまったな。きっとまたいつか。
○髙木悠
30期の料理人。まじで手料理のレベルがバケモン。お店出せるレベルでうまい。手のかけようがこだわり強い料理人。料理に全振りしすぎたせいか部屋は散々としている。知識量がバケモンやから話しててネタ尽きないのすごいなって思う。俺の知識量の3倍はある。そしてキャラがしっかりと濃いから人間としてばりおもろいやつ。フェンシングやってた人間とは思いえない体型からすごい身軽に動く。最近ダイエットして体重の減少がコミットしてるから努力してるしすごいなって思う!演劇に熱が出てきててこれからもっと成長してそう。
○東崎望
ずいぶんあってないけど共演したときの印象強すぎて薄れない。俺の耳と学生証を切り裂いた。あんな笑顔でゲスいことばり言うからめっちゃおもろい。忙しそうであんまりおれへんけど、色んなことに手出しててすごいなって思う。とにかく反応が良いしリアクションがデカイから話してて話しがいある人間やなって思う。この人のおかげで31期に2人も入れたから信頼されてる姉貴みたいな感じなんやろうなって思う。確かに怖いし!これ言うとまた大きなリアクションでなんなんって言ってそう。
○備前桃子
初めての共演した人間。コミュ障。2回生の新歓公演くらいまで全然話せんかった。先輩が減りはじめて口数増えていった。上苦手か!後輩とは良く仲睦まじく話してるから限定的なコミュ障なんやなって思う。この子と話すと口悪いところがばり飛び出してくるから大阪の人間怖って印象付けた。いつの間にかちゃうかのアイドルみたいな存在になっててウケた。なんやろうな、汚れのないきれいさを持ってる。心が純粋やなって思います。今では煽り合いなしでは話せなくなってしまった。これも一つの形かな思います。
○GEO
なんでもやれる男。後輩とコミュニケーションを取らせると右に出るものはいない。人の懐にひゅっと入ってきて仲良くなる。そしてひゅいっていなくなる。忍者みたい。1番すごいのはそのコミュニケーション能力が国をまたいでも変わらないところ。日本語も英語もバケモン。好きなものに熱中できるところがいいよね。好きなもの以外の興味示さんけど笑。それがわりかしはっきりと分かるからまだまだやな!1番いじってくるからこやつ。自分でやりきれよな!でも本当に話しやすいなって思う。
○LUCE
必要不可欠なピース。自分に笑いのセンスないからそれをルーチェを使って毎回落としてしまう。いつもごめんね。それでも優しいからニコニコしててくれる。ありがとうね。本当に全然会えてないから寂しい。ふらーって現れて仕事を完璧にこなしてるイメージ。あとオペが抜群に上手い。タイミング合わせがまじでバケモン。プロフェッショナルってこんな感じのこと言うんやなーって思う。コロナが明けたら会いたいなーって思う。
○三葛麻衣
いいやつ。なんでもいいよって受け入れてくれる。それで自分壊してる。いい人やからとりあえず絡むには1番いい人。聞き上手で人当たりいいからハマる人が多い。特に男。他人の変化にもよく気づけて人間観察よくしてるなって思う。なんやかんや言うて1番きららの演技が好きなんだろうなって思う。何回もピリオド見てるし。いい意味で変わってない。やっぱ動きにちょっとずつ運動神経の悪さが露呈してるのがいいんでしょうね。ちゃうかが本当に好きな女の子でした。それだけ愛せるのはすごいのです。
○渡部快平
可愛い。クールな見た目な割にはなんでもやってくれる。恥ずかしがりながらやるから可愛い。そして普段やらないからギャップがありすぎて面白い。関西弁話すワカは毎回ツボすぎた。ワカに誘われたらめっちゃキュンするからすぐに頷いてしまう。虜になった。最近笑顔がめちゃくちゃ多くていいし、鬼滅好きなの萌えるしやっぱ可愛い人です。かっこいいよりも可愛い派。
○え
会いたい。エアーマンの頭脳欲しいなってすごい思う。とれだけ頭の中がネタで溢れていることか。アイデアもすごいし、それを筆にのせたら一瞬で書き終えてる。そしてそのネタが面白い。エアーマンの脚本出れずに終わったの悲しいなぁ…エアーマンは愛されキャラやなって思う。こんだけ長く会えてなかったらこころにポカーンと穴が空いた感じがする!どんなに遠くにいても関わってきてくれるからエアーマンも愛してくれてるなって思う。相思相愛やな!!
こう思うとたくさんちゃうかちゃわんって人がいますね。こんな状況でも入ってくれた32期には大感謝!ついてきてくれた31期にも大感謝!一緒にやってきた30期にも大感謝!
最後に名言残して終わります!!
「男は度胸・女は愛嬌・ちゃうかは最強」
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judachigeiju · 7 years
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二〇〇八年の断片集
これは二〇〇八年の断片を集めたもの。二十三歳から二十四歳の記録。二〇〇九年の断片集もある。
七月
何も読まない人は幸いだ。
眼鏡をかけないとほとんどの女性は美人に見える。
金持ちも貧乏人も、感じられる幸せの容量は同じだ。
長く話す人は思慮が無く、短く話す人は愚鈍である。
法律が増えれば増えるほど犯罪は増える。
男は学問をしないと莫迦になる。女は学問をすると莫迦になる。
真面目に生きようとすればするほど不真面目に生きざるをえなくなる。不真面目に生きようとすれば人は自然と真面目になる。
八月
同期の女の子たちが下宿に来たとき、大きな蜘蛛を見つけ、「早くやっつけなきゃ」と言った。でも私は殺さなかった。全ての命は尊い。だからこそ、それを奪うには快楽を求める心が必要だ。恨みや嫌悪感や投げやりな心で命を奪ってはならない。それが命への礼である。
駅前に昼飯を食べに行って戻る途中で中学生くらいの見知らぬ少女に「こんにちは」と挨拶をされて、私は「おっーす」と返事をした。よく日焼けしてぽっちゃりとした女の子だった。記憶にない。
女性の先輩職員。良く言えば女性的、悪く言えば女性的。
大いなる誤算。知的障害児に興味はあったし、今でも興味はある。しかしそれ���文学的な興味であって療育への興味ではない。
もし私が心から愛する女性がいるとすれば千人の男に抱かれた十四歳。
人生は無為だ。日本全土を巡る放浪の旅をするか、インドネシアに移住するか。
日々の生活に倦怠を感じたら何かを創作して形に残す。物語でも、絵画でも、音楽でも。それが子供である必要はない。
もっと野菜を食べよう
電車内での痴漢がなぜ罰せられるのかというと、痴漢は数百円から数千円で買うべき「服の上からの臀部の愛撫」や「下半身への性器の擦りつけ」などといった行為を無銭で楽しもうとしたからだ。すなわち痴漢は窃盗と同じ種の犯罪である。同じ理由で強姦も強盗と同じ種の犯罪であろう。
もし誰かが他の人に「あなたの好きなタイプは何?」と質問した場合、質問者は、回答者が異性のあるタイプ(イデア)を追求するために異性とつき合うもののだと予め規定してしまっている。実際には様々な異性の違いを楽しむために異性とつき合う人がいるというのに。そういう人間にとって「好きなタイプ」を定めてしまうことは無意味で味気のない行為だ。例えば私が「好きなタイプは?」と聞かれて「双子」と答えるのも双子の微妙な違いが好きだからに他ならない。
聞いた話によれば博多は結婚適齢期の独身女性が同年代の男性より多く、若い女性にとっての激戦区だという。或いは独身志向が強いのか。
男は、彼自身に興味のある女を賢いと思い、彼自身ではなく他の男に興味のある女を愚かだと見なす。だから全ての女を愚かだと断定する男は、どの女にも好かれていない、と思い込んでいるのだ。
私は他人の肉体を物質としか見なせない。例えば美女の肉体は何か貴重な物質であり、臭い男の肉体は何か臭い物質である。舌、唇、鼻、耳朶、乳首、陰唇、いずれの他人の肉片も博物館に保管されてしまう。
もし婚約者が元娼婦であっても結婚を完遂できる原動力が真実の愛だとしたら、私は純潔の処女ですら愛さない。
私は思う。仕事が嫌であればあるほど休暇の浮遊感は大きくなる。これは余暇を楽しむ為だけに労働している私にとって、都合の良いことではないか。まとまった休みが定期的にとれて、しかもその余暇が楽しいとしたらこれほど私に合っている仕事は無いんじゃなかろうか、と。
久しぶりに共感できる主人公トマーシュを見出すことができた。彼のように軽く生きたい、その軽さに耐えられないくらいまでに。
どんな社会体制であろうと、それが大勢の人間が集う社会という形式をとる限り、それに馴染めない人間が必ず存在する。そんな人間がとりうる手段は二つ。浮遊するか、絶望するか。あらゆる革命と変革は彼らとは無関係に為されている。
多くの若手経営者は織田信長を崇拝するが、そのうちほとんどの経営者は信長的人物を社員として採用しない。
職場の上司であるA係長は「結婚相手は妥協で選ぶな」と言うが、彼は自分が妥協で選ばれたかもしれない可能性を全く考慮していない凄い奴だ。
文学は少年期の私をどうしようもなく破滅せしめ、青年期においてどん底より救いたもうた。
女性と一緒の職場で、かなり動く仕事なので、よく乳房を触る。私は謝らない、気付かないふりをする。女性が「すいません」と謝ると惚けた顔をして軽く会釈を返す。
娼婦を尊敬できない男はあらゆる女を尊敬できない。
理想の老後。自営業か自由業で京都近郊に住む。東京近郊に、離婚した最初の妻との間に作った娘が夫と住んでいる。一年に一回だけ、娘を訪れる。私は彼女の子供たちから「京都のおじちゃん」と呼ばれ不思議がられている。というのも彼らにとっては三人目の祖父だから。週に一度、五條楽園に赴く。月に一度、長旅に出る。読書は欠かさない。
子供が欲しい、と私が思うときに浮かぶ光景は、一ヶ月に一度、裁判所が許可した時間だけ、まだ幼い娘か息子とレストランで会食し、帰り際にすぐ飽きられることが分かっている玩具を贈る場面。娘であればベッドに並んで忘れ去られる熊のぬいぐるみ。「何であのおじちゃんは熊さんのぬいぐるみばっかりくれるの?」小学生に上がったら絵本にしようかな。
もし私に、成人して未だに童貞の息子がいれば、かつてボルヘスの父がしたように、売春宿へ息子を送ろう。そんな理想の家庭を思い浮かべる。
恥骨が痛い。
美女や美少女をよく見かける街は美人が多いのではない。女性が街を歩いても安全な街なのだ。
人間が知覚できる事象はこの世界の極僅かなことに過ぎない。感覚が鋭敏であればあるほど、その人の知覚世界はより色彩に溢れ音楽に満ちて起伏に富み揺らぎ歪み傾いでいる。現代人が霊的存在について余り語らないのは、現代生活が感覚を鈍くさせているからだ。しかし火はいつまでも物質の揺らぎ、すなわちこの知覚世界の裏側に干渉し続けている。人よ、火を燃やせ、世界を超越せよ。
既に自分が正気と呼ばれるものを喪い、狂気の領域にあることを、数年前から薄々と気付いている。
職場での私は人生の裏を生き、休暇中での私は人生の表を生きる。
私は女性と議論をしない。いくら言葉を交換しても、お互いの思想と志向の違いを再認識するだけだからだ。そしてその段階に至った場合、私はその違いを知ることに興味が持てない。だから私は言う「女性と交換すべきは言葉ではなく、体液のみ」
今一番やりたいこと、中学生のときからの夢。どこからか女児を捕獲してきて、押し入れの中で飼育、調教し、優れた女性に育て上げること。
人間存在の悲劇を噛み締めた。
九月
福祉業は風俗業と同じで、水のような商売である。仕事の結果は形にならずに流れていき、客の記憶の中にだけ残るのだ。
新入社員の陥り易い思想的誤りは、自分に上司を殺害する権利があると思い込むこと。
法律で私の体を罰することができても、私の魂までは罰することができない。
今の仕事を続けるくらいなら、一九四五年四月初頭に大ベルリン防衛地域司令官に任命された方がましだ。
給料とは、働いたがために心を蝕むようになった苦しみと失った幾らかの正気の代償として労働者が得る金銭のこと、サラリー。
子宮のない女性は男性にとって「性の試験管」である。
中絶禁止も同性愛禁止も獣姦禁止も自慰禁止も旧約聖書創世記第三十八章第九節でのオナンの行為に対する第十節での主の怒りに由来する。しかし、人類はもう子種の浪費を許されるほどに殖えたのではないだろうか?
放浪の旅に出たい。
白地で絵は描かない。すべて黒地の上に描く。
若いときの苦労と快楽は買ってでもせよ。
もし私と結婚して離婚を言い出さない女がいたら、私は彼女の理性を疑う。
「今朝は強姦したかい?」が朝の挨拶代わりになるような都市。その都市でそう挨拶されたのなら私は快活に答えよう「ああ、今朝は女児を二人だけだ」
男根のない男性は女性にとって「お払い箱」だ。
中学生のころはサド侯爵の書く小説の倒錯的な場面を読んでよく興奮したものだが、今読み返してみて、その哲学的記述には感心するが、倒錯性は何も感じなくなってしまった。すなわち、勃たないのだ。
三日に一度は射精しないと健康に悪いそうだ。
女性に懸案事項の説明を請われて私が説明すると、大抵の女性は「私さんは私のせいにした」と非難する。単に私は事実を述べただけなのに女性に内在する被害妄想癖が私を卑怯者に仕立て上げるのだ。ゆえに私は説く「女性と交換すべきは言葉ではなく、体液のみ」
生理痛による発言ならしょうがない。
早稲田大学に通っていたころの記憶が、今は全くない。
私の働くK学園では誕生会と称してその月の誕生者を祝い、誕生カードを送る。先輩職員方はカードに百文字くらいの感動的な文章を綴る。けれど私は、文字は「おたんじょうびおめでとう」と名前くらいで、あとは動物の絵を大きく描く。先輩職員はそれを見て「文字が少なすぎる」と注意する。おかしい。園生は文字が読めないか読めても読み辛い人が殆どなのに、文字を多く書くのは保護者向けに書いているからだ。なんだかんだ偉そうなことを言ったって職員連中は知的障害者のことを考えていないのだ。
産まれるまで気づかなかった。生きることがこんなに大変だったなんて。
少しまともな知能を持っていれば理解できると思うが、この福祉社会は健常者と障害者にとっては生きやすいけれど、その中間に生きる半端者にとってはまことに生きにくい。
放浪に備えて知能指数七十前後の話し方を習得しなければならない。そうすれば同情や施しを得やすくなるだろう。
人の性格はその人の祖先の生業から遺伝を受けると考える。私の祖先は今昔物語にも載せられた鈴鹿峠の山賊であった。すなはち略奪・狩猟・採集・漂泊を生業とする山の民だ。福祉職なんて性分ではない、放浪者こそ最もふさわしい。
職場で大事なことは飲み会や余暇活動などで自分の味方を増やすことであり、それは私が最も苦手とすることだ。むしろ得意とするのは敵を増やすこと。
職場の人間がみな緑色の眼で私を見ている。奴等はまともな人間じゃない。
もしこの学園の職員のまま死んだら、悔やんでも悔やみきれない。
A係長に「やめちまえ!」と罵られたのだから今すぐ辞めても構わないだろう。むしろ辞めた方が有難く思われるはずだ。邪魔な奴がいなくなったと。
「すごい着想力ですね」と言うところを「すごい着床力ですね」と言ってしまった。
失踪を決意した次の日の職場の奴等はなんだか心優しい。
看護婦さんの注射が上手くて、少しも痛くなかった。
心を鬼とせよ。奴等は飢えた猛獣だ。おまえの臀肉を狙っている。
失踪して、日本中の山々を彷徨する。歩兵第三十一聯隊の福島泰蔵大尉が私の師匠だ。
人類は幼形成熟であり全て人類は成形(天使形態)に変態する寸前で死ぬ、という幻想。天使の蝶
地球を覆う現代文明という代物は、依存症ないしは文学的な意味での依存から成立している。
全ての人類が物質的依存から解放され流浪の旅に出た瞬間、現代文明は衰退し、文化とほとんど差の無い放浪文明が萌芽する。
私にとって「衰退」は悪い意味を持たない。なぜなら「進化」と「退化」は「変化」の類義語という認識しか持ちえないからだ。
だって進歩と退歩のどっちがいいかなんて誰にも分からないだろ?
K学園では、遅番勤務上がりの二十二時からミーティングが開かれる。クラ��ミーティングは三人の担任で開かれ、係長ミーティングは三担任に係長を加えて開かれる。留守録によれば、昨夜ミーティングがあったらしい。でも私はそのことを知らされておらず、その時には疲れ果てて自宅で寝ていた。これが昨今の事態の本質である。同じクラスの先輩職員は新人の私に満足な情報を与えず、それでいて私が「ちゃんとやっていない」と罵るのだ。先輩職員は「分からないことは聞かないとこちらも教えることができません」という態度だが、超能力者でもない私にはいつミーティングが開かれるかなんて知るよしもない。
どいつもこいつも腐りきっている。
九月十五日、新宿駅で下野国住人エーリク氏(「沈黙のソネット」)と出会い、神保町で昼飯を食べて東京駅で別れた。思考する脳と発話する舌の相違の甚だしさが一つの人格を形造る。
たったそのことを理解するだけでこんなにも親しみが湧くというのに。
必ず連絡しよう。
判断を中止してください。理解しようとして下さい。
ひとつの職場やサークルや組織に長くいるということは、陰口を叩かれる人から陰口を叩く人になるということだ。
管理職とは判断しなければならない職務だ。部下の人格さえも、誤解とともに。
仕事をすると人生が色褪せて見える。
曉の空は美しい。夜が怒りと悲しみに溢れていたからこそ
おまえは妊娠したての子宮に夫以外の陰茎を突き立てられて、なんとも思わないのか?
青年は旅の人。道連れは記憶だけ。
映画「Into The Wild」を観た。すなわち「Into The Mind」だった。
新宿を歩く人々は本来の美しさを失っている。
十月
現代文明世界はアリストテレス的人間観の上に立脚している。故に、私のようにポリス的動物であることを捨てて放浪し無宿、社会常識に則った思考は不可能であるために言語的思考のみを行うことで価値の変造をもくろむ「獣」はやがて排除される。
ただし、ディオゲネス的世界市民主義が台頭するのであれば話は変わってくる。
資本主義の豚どもよ、犬となれ!
犬どもよ、広場で自慰をせよ。
本当にエコを実現したいのであれば、冷蔵庫も車もクーラーもあらゆる文明機器を捨ててディオゲネスのように生きればよい。それ以外のエコは全て偽者のエコだ。
真実のエコは全人類の穏やかなる自殺である。
たぶん、文明機器を捨てた現代人は、亡命先で奴隷マネスに逃げられたディオゲネスのようになるだろう。
「おかしな話だよ、マネスのほうはディオゲネスなしにも生きていけるが、ディオゲネスのほうはマネスなしでは生きていけないだろうとすれば」
文明社会とは人間をひたすらに脆弱な動物にさせる機構だ。もう二度と野生には戻れないほどに。ここでは人間はひたすらにちっぽけになるだけだ。
青年よ、常に己の中の獣を調教しておけ。そしていざという時には牙を剥き、爪を立てて、おまえを侮辱した奴らに目にモノを見せてやれ。
かつて大学時代に海驢という女に言い寄られた季節のことだ。ふと私の中に「あの女に会いたい」という感情が起こった。その感情を確かめるために、私は自慰をした。すると面倒くさくなって余りその女に会いたくなくなった。私は重ねてもう一度自慰をした。すると全く会いたくなくなった。二、三日して袋に種が満ちると再び私の中に「会いたい」という感情が芽生えた。ゆえに私は結論付けた。恋愛とは性欲の文学的表現に過ぎないと。
私と彼女とは違う地平に立つ人間であった。前者は「人間の地平」に立ち、恋愛は蔑ろにしても人間は尊んだ。一方、後者は「恋愛の地平」に立ち、人間は蔑ろにしても恋愛は尊んだ。そのため後者は私にメールで別離を告げた上に自意識過剰な主張を何度も送りつけて来た。彼女流の恋愛観ではそれが至極正しく、真っ当なことのように思えたのだろう。それに対し前者はあくまでも人間としての防衛線を保つことしかできなかった。
彼女は自分の精神的あるいは肉体的欲求を充たすためだけに私を利用したにすぎなかった。そのために「恋愛」という文法を用いた。それに対し、私は人間であるという前提の上に立っていた。ゆえに二つの歯車が歯をあわせることはなかった。
『百年の孤独』のブエンディーア一族は愛なくして繁殖した。一族の最後の者は叔母と甥の近親相姦によって産まれたためにその呪いとして豚のしっぽを持って産まれ、蟻のむさぼるところとなった。しかし百年に及ぶ一族の歴史の中で「豚のしっぽ」は初めて愛によって産まれた子供であった。
『百年の孤独』は単行本を三冊買い、合わせて六回読んだ。私が長編小説をここまで繰り返して読んだのは他に例のないことだ。
琉球美人は琥珀色の肌、引き締まった細い肢体と小顔を特徴とするけれど、秋田美人は朱を散らした色白の肌、ふくよかな肉体と顎先を集約点として突き出た面長を特徴とする。
選びがたく、悩ましい。
一夫一妻婚という制度の発明は多くの人間を罪人とした。つまり、一夫一妻婚という制度を継続する限り、社会は姦淫罪を量産せざるをえないのである。
法律の数だけ、罪がある。
あらゆる家庭の災厄は、一夫一妻婚が生んだ。
一夫一妻婚が形作る「家庭」は、ある種の子供たちにとっての牢獄である。
私にとっても、「家庭」は牢獄だった。
ディオゲネスは人間をよく理解していた。ゆえに彼は結婚を否定した。そして、彼は女性の共有と当然の結論としての子どもの共有を主張した。
女が産んだ赤ん坊の父親が誰か、なんてことはどうでもいいじゃないか。
私は沖縄から奄美に至る航路で、仰向けに寝ながら「死の恐怖」を超越した。超越したとき、肩から背中にかけて熱いモノが走った。目からは涙が溢れ、こめかみを濡らした。
そのとき、私は一度、死んだのである。
「死の恐怖」は小学二年生の私を捕え、十五年に及び、私の心を鷲掴みにして離さなかった。それは常に無感覚への恐怖、偉大なる世界が消滅することへの恐怖であった。
死によって他人が私を忘却するとか、そういったことは恐れなかった。「死への恐怖」はきわめて個人的な問題であった。
死後に感覚があるのならば、人間はその新しい感覚で永遠を生きるだろう。もし、死後に感覚がないのならば、死は何ら思い悩むことではない。マルクス・アウレリウス・アントニヌスの思想の私なりの解釈である。
「死への恐怖」は克服した。しかし、私はまだ完全に「死」んだわけではない。
今までは常に捕われてきた人生だった。これからはこちらが捕える人生である。
蟹田駅で特急に乗り、青函トンネルを通って木古内駅で降りた。すると、もう電車がなかった。しょうがないので駅近くの公民館の前で野宿をした。二十三時に寝て五時に起きた。小雨が降っていて、寒かった。吐く息が白い。
北海道では寝袋の下にアルミシートを敷いて大地に体温を奪われるのを防がないと危険だ。今の寝袋は零下十度まで快眠、零下二十度まで生存できるそうだが、零下二十度でも快眠できるようにしたい。
『闇の左手』の、アイとエストラーベンの氷原越えを復習しよう。
北海道の面積はオーストリーより広く、北海道の人口五六〇万人はデンマークより多く、道内総生産額GDP約二十兆円はマレーシアやチェコよりも大きい。また、道内の陸上兵力は三万七千人でベルギー・ポルトガル・南アフリカ。キューバの陸軍と同規模である。そして道内だけの食料自給率は二百パーセントに届こうとしている。
北海道は数値上では充分に一国として独立できる。独立後の国名はもちろん「アイヌモシリ」、人間の大地。
私は、その大地を歩く。
さすがに放浪する資金に先が見えたので札幌市南区澄川にアパートを借りた。
まだ鍵をもらえない夜に、不動産会社の女性社員が自宅に泊めてくれた。北海道の人はやたらと親切だ。
ちなみに私は女性社員宅で、晩飯を食べてから朝までいびき一つかかずに熟睡していたようだ。
どうやら寝言の癖は治ったらしい。
PHSを買った。
もし宇宙の果てまで行けるという宇宙船があるのならば、地球上で想定しうるあらゆる幸福を諦めてでも、私は宇宙飛行士になる。
そして、私の死体は永遠に宇宙をさまようだろう。
ある人が言っていた「全ての女性は男でふさがっており、あぶれた男は彼女たちの体が空くのを待っている」という感覚を今日、はじめて味わった。
那覇の人と札幌の人は語尾に「さー」をつける。なぜ?
ちなみに私は一日の大半を欲情して過ごし、半日は半勃し、四分の一は勃起している。というのも私の神経はズタズタになっていて、脳が異常なまでに興奮物質を分泌するからだ。
物理的に、私は「狂人」である。ゆえに小学4年生の私を「気が違っている」と評したあの女性教諭は正しかったのだ。
まず買わなくてはいけないのは掃除機、それと便座カバー。
尊大な解釈だが、中学生の私は自分のことを「桁外れの出力で凍結してしまった電算機」に喩えていた。今ならさしずめ「お祓い箱」と喩える。
大した運動もしないのに疲れやすい人というのは、たいてい脳内で体力はおろか生命力さえも過剰消費しているものだ。
ハローワークで調べたところ、私の適職は技能職か芸術家だという。
北海道のスーパーでは玉ねぎとじゃがいもがそれぞれ一個十円で買える。食うのには困らなそうだ。
中古パソコンを買った。ネットを繋げば、さぁさ始まる楽しくも愉快なNEET生活。
野菜を凍らせないために冷蔵庫を買った。
近所の澄川若草公園のベンチに男子高生が腰掛け、女子高生が前から枝垂れかかり、野合していた。北海道はおおらかだ。
夕方になると近所でやたらと陸自将校を見る。昨日は将校さんがスピードくじを買っていた。
今、私の中で福満しげゆきが熱い。
『コレラの時代の愛』を手に取った途端に涙が溢れてきた。さすがガルシア・マルケスである。本を持つ者にも訴えかける。ましてや読む者へは。
宇宙の最果てを超え、宇宙化以前空間の有り様を地球に報告する使命を帯びた超光速航宙船「エスペラント」
推進機関は決まっている。原子力だ。
はてさて、膨張しているという宇宙の辺涯はどのようになっているのだろう?
乗組員は地球に未練のなくなった七人の若者、日本国から二十八歳、タンザニア人男性二十五歳、イスラエル人男性二十三歳、フランス人女性二十七歳、インドネシア人女性二十五歳、ペルー人女性二十二歳、国籍不明少女十九歳。それと修理用ロボット三台。
航宙船の大きさ、全長二四〇メートル、幅三〇メートル。乗組員は訓練により、航宙船を自力で組み立てることが可能である。
船内には恒星熱で駆動する五つの栽培室、三つの畜産室、三つの水槽室があり、その他にも食料加工機が装備されている。船内で半永久的な食料生産が可能である。
凍眠室では肉体を凍結することで老化を遅らせることが出来る。しかし完全に止めることはできない。
この銀河は今、宇宙のどのあたりを漂っているのだろう?
船内の娯楽は様々で、読書・運動・遊戯・音楽・絵画など地球上でできることはほぼ船内でできる。
これは娯楽というより使命に近いが、性交が七日おきに違う相手と行われる。ただし自分の遺伝子を継承した異性とは性交しない。
宇宙化以前空間についての報告書をまとめるのは私の何世代か後の子孫になるだろう。
図書室には地球人類の叡智の集約である五十万冊が書籍と電子文書とで保管されている。
本の記述言語も船内共通語も人工言語である。
乗組員は医療知識を身に付けており、簡単な外科手術なら執刀可能である。また薬剤、輸血用血液も完備されている。
酸素は栽培室や庭園内の植物で生成される。水は使用後に循環、濾過、消毒される。糞尿は堆肥となり栽培室に回される。
トイレ、洗濯、洗浄では水を一切使わない。
航宙船は地球に帰還することはない。可能であれば宇宙化以前世界で居住惑星を見つける。
もし、宇宙膨張説が誤りで、宇宙に果てなどなかったとしたら、彼らの人生の意味とは?
いずれにせよ彼らも他の死者と同じように忘れさられるだけだ。
甜菜の糖度は水に浮かべて量る。
もし私が四十年後、人生について語るとすれば、「人生は語りえないこと」と「人生を語るのは恥さらし以外の何物でもないこと」を語るだろう。
大朋めがね、最高。
よく映画などで「この街に知り合いは誰もいない」なんて主人公が出てくるけれど、今の私がそれだ。
「マシニスト」はけっこう凄い映画。
昼下がりの真駒内公園は心地好いが、日が翳ると寒い。
カレーはインド人にとっての味噌汁である。
私の安アパートの一階には若い女が二人の幼女と住んでいる。1Rに女三人、そして幼女のうちの一人は養護学校に通っている。見たところ知的障害ではない、身体的な障害だと思う。
私は酒を飲まないし、酒が嫌いだけれど、時々飲みたくなる酒がある。一つは黄酒、もう一つはサングリア。そして大抵すぐ飽きる。
ローマ帝国時代は葡萄酒を水割りしないで飲むことは下品なことだった。
葡萄酒一に対し蜜柑果汁を三か四の比率で混ぜ、小さく切ったバナナを入れて冷蔵庫で冷やして飲む。これが我流サングリア。底に残ったバナナが一番おいしい。
日本の宗教、寺院や神社が信仰を失った理由は落ち着いて座れる場を市民に提供しなかったからだ。私もそうだが、現代の若者で休日に仏前や神前の座敷へ行き、無料で何時間も座っていられる者は何人いるだろうか?
ポテトチップスを食べながら歩いていたら四羽の烏が数キロメートルも私の跡をつけてきて、途中で烏同士の縄張り争いが始まった。ブランコに乗った女児が、烏の襲撃から走って逃げる私を見て笑っていた。
まだ仕事が決まらない。やはり職業適性診断システムの通り、「工」のつく職業を目指した方がいいのだろうか?
そうだ。私は稼業に生き甲斐は求めないのだから、工場の歯車になることに悔いはない 。
そういえば、小学生のころの放課後は主に炬燵で横になってテレビを見ていた。学校生活で甚だしく疲労していたのだ。
人と向き合う仕事ではどうしても甚だしく疲労せざるをえない。
近所から藻岩山が見えるけれど、どうやらそこで初雪が観測されたらしい。もう札幌は冬だ。
こんな自堕落な生活がいつまで続くのだろう?
「命の続く限りだ」
日能研札幌が私に試練を与えた。小学五年生のテキストを使って模擬授業をして、出来が良ければ私を雇うというのだ。
真冬日の存在にびびり、紅衛兵が被るような帽子と電気ストーブを買った。
夜間の水抜きは十二月から始めよう。
札幌市中央図書館へ行く。蔵書は充分ではないものの悪くはない。
岩明均は古代ギリシャ世界に主題を置いている。塩野七生は中世イタリアが主題だった。赤羊は十九世紀のヨーロッパに主眼を置いているという。私も時代と地域を特定した主題があるといいなぁと思っているけれど特に思い浮かばない。
まぁ私には「帝国」という物語世界があるし。
敢えて言うなら、二十世紀エスペラント運動に携わった奇特人を取り上げると面白そうだ。
母の私への愛情が、一般の母子愛のようなものではなく、所謂「共依存」の一方通行であるならば、これまでの二十四年弱を説明しやすくなる。
十一月
戦争がなくて女性を共有できて食べる物に困らず各成人に満足な住居が割り当てられ、言論と思想と信教の自由がそこそこあり、働けば働いた分だけ暮らすのに困らない給料を貰えて老後は年金が保証され、学費と医療費が無料の国。それが私の政治的目的だ。
つまり空想的社会主義。
それと人類人主義だか世界市民主義だかよく分けられない個人のあり方が私の基幹思想だ。
よって、ここに「空想的社会主義人類人党」を掲げる!
政権交代は選挙によるもの、そして政体の転換は民主的な投票によるものが好ましい。
思想を根拠とした暴力と殺害は厳しく禁止する。
キリスト教的異性独占行為である結婚制を廃止し、十八歳以上の労働者あるいは学生である男女が抽選で定められた相手と三日毎に共同交配所で生殖行為をする交配制を敷く。妊娠から出産までは人類人政府が完全に支援し、交配に因って誕生した父親不明の子どもたちは人類人政府が「人類の子どもたち」(filoj de homaro)として十八歳まで養育する。ただし母親は六歳まで自分の子どもを育てる権利を有する。もちろん義務ではないので育児放棄も可能だ。
同性愛者は「特殊交配所」を利用できる。
「人類の子どもたち」への教育は「人類人主義」(homaranismo)と「性欲の賛美」に基づいて行われる。
資本主義的異性寡占行為である恋愛の宣伝行為や過剰な恋愛賛美は個人的な趣味と芸術的表現以外ではこれを制限する。
いかなる場所であっても人類人は抽選で定められた相手以外の人類人との性交を禁止される。十三歳以上十八歳未満同士の性交、及び十三歳以上十八歳未満の「人類の子どもたち」と人類人との性交は性欲の解消と自己存在の確立のための行為としてこれを許可する。
すべての人類人は共同食堂を有する共同住宅が付与され、その見返りとして都市部では共同職場、近郊部では共同工場、農村部では共同農場にて労働する義務がある。
労働には対価として報酬と七十歳以降(もしくは退労勧告後)の年金が共通通貨ステーロ(stelo)で、そして交配する権利が与えられる。労働者及び退労者は医療費が無料である。
十八歳で全ての「人類の子どもたち」は人類人となる。人類人になった次の一月から、人類人は希望とそれまでの学校成績、そして試験を考慮した上で各種大学校に入学できる。そこで四年間、学問或いは職業訓練などに励む。学費は無償。もちろん、大学校に通わずそのまま労働者となる選択もある。
共同住宅での居住が困難な各種障害者は共同食堂を有する共同施設に入所でき、施設付属の工場や農場での労働を行うことによって労働者と同じく報酬と年金を得ることができる。もちろん交配する権利も与えられ、その対象は障害の程度により共同施設内の異性と施設外の異性とに分けられる。
刑務所では付属の工場や農場で労働している者に限り報酬と年金、そして刑務所内の異性と交配する権利が与えられる。
共同交配所は感染症の恐れがない限り、病院の患者も利用できる。
全ての「人類の子どもたち」はエスペラントを国際補助語として学ぶ。また全ての「人類の子どもたち」は各人の母語によって教育される権利を有し、母語による教師のいない学科は国際補助語エスペラントで教育される。第一外国語、第二外国語以下の外国語は個人の選択によって決定される。
共同住宅は一棟につき三十~五十戸(三十人から五十人)を収容し、共同住宅が十棟前後集まって一つの島を形成する。そして島が幾つか集まって区が形成され、区が幾つか集まって行政単位として、都市部の市、近郊部の町、農村部の村が形成される。区が設けられない場合もある。共同交配所は島単位で運営される。
人類人政府が統治する領域内で、島から島への移動は自由である。すなわち「空想的社会主義人類人共和国、日本群島」東京市世田谷区第三粕谷島第五棟第二十三号から「空想的社会主義人類人共和国、パリ盆地」パリ市第三区第十八島第一棟第十二号への移住は共同住宅の空きさえあれば誰でも可能である。必要なのは法律的処理と引越し作業だけだ。
移住先での行政サービスは母語で行われる。不可能な場合はエスペラントが用いられる。そのため人類人政府が統治する領域であれば善き人類人はどの共和国のどの島へ行っても行政サービスの内容を理解することができる。またどの人類人政府でも共通通貨ステーロ(stelo)が用いられているので、身元証明書と共通通貨を携帯していれば人類人はどの人類人政府へも簡単に旅行することができる。
死ぬと遺体は共同墓地に葬られる。遺産は全て人類人政府が没収し、家財道具は再利用される。
地球があますことなく全て空想的社会主義人類人共和国によって統治されたとき、(自己主張が激しく自意識過剰な反体制者どもは未だに音楽やテロで抵抗しているのだろうが)現生人類は己の種族の性欲の激しさに驚くことだろう。
複十字健診センターで肺のレントゲン写真を撮った。
私は中一から中三までツベルクリン反応は全て陰性で、そのためにひどく膿の出る注射を六回射った。
体育祭の度に注射されたところが膿んでぐちゅぐちゅになるので、体育祭の練習は嫌いだった。
それほど嫌な思いをしたのに、結核にかかっていたら笑える。
子規も啄木も同じ鳥のことを表す漢字だ。その鳥の口の中は赤い。
まるで結核患者の吐血のように。
札幌の地下鉄には網棚がない。
私は幼稚園に年中組から入った。そして最初の登園日に幼稚園のおもちゃを家に持って帰った。もちろん私に悪気はない。誰も「持って帰っちゃダメ」とは言わなくて、家でもそのおもちゃで遊びたかったから持って帰ったのだ。
私はそういう子どもだったし、今も多分にそういう人間だ。これを我が儘と呼ぶのは勝手だが、私は自身を「暗黙の了解のわからない人種」だと解釈している。
悪いのは「暗くて黙っているのになぜか了解している人種」だ。黙っていないで話せばいいのに。
シャルル・フーリエの『四運動の理論』を読み始めた。愉快だ。
十二月
買ってあったのに神聖なるアスパラガスを食べ忘れていたため、尿が臭い。
北海道の靴底は内地と違うらしい。
鶏の心臓と肝臓が半額だったので臓物カレーを作った。まずかったし、臓物である必要性がなかった。
半月弱だけ働いた九月分の給料が六万円だけ振り込まれていた。時給制の契約社員だから当然だが、奇特なことよ。
それでドミノピザを頼んだら、配達員が茶髪で小柄で猫を連想させる女の子、アキモトさんだった。お釣りを数える指先のたどたどしさがバイト経験の薄さを物語っている。思わず「ゆっくりでいいよ」「ご苦労様」などと優しい声をかけてしまった。
これが逆の立場であれば、私はアキモトさんの食べるであろうピッツァの上に己の白濁精子をバタァの如く振りかけたであろうに。
水商売とは「やったことが形に残らず水のように流れていく商売・仕事」の意である。
「福祉業は水商売なんです」と某知的障害児施設の幹部が言っていた。
かつて医師であった渡辺淳一が小説家になると決めたとき、母に「そんな水商売はやめなさい」と言われたという。
しかしよく考えれば、小説家の仕事は文章という形で残される。もし医師が医学研究を行わなければ、接客業である医師の方こそ水商売である。
水商売と非水商売のと境界は生産物の永続性や仕事の複数性について思考せざるをえず、曖昧である。ゆえに水商売の定義は難しく、渡辺淳一の例のように単なる負の意味を持つ言葉としてしか使われていない。
第三次産業はそもそも水商売である。
映画「レッドクリフ」を観た。「赤壁」に非ず。
九月までハリウッドのアクション映画だろうと私が思っていたのは事実だ。
蜀三将が強すぎて、かつ格好良すぎる。
官渡の戦いと赤壁の戦いは三国志の二大盛り場だけれど、まだ三国鼎立はなっていないんだよね。小学生のころは赤壁の戦い時の情勢がよくわかっていなかった。
中村師童(甘寧)が頑張っていた。
八卦陣には身震いがした。
規制が入って乳房は映せない。
前半は戦闘と外交の連続で、主線の通っていない名場面の羅列映画、すなわち駄作かな?と思ったけれど、お茶の場面で一本の線がすうっと引かれた。
赤壁の戦いは三国志版トロイ戦争だったのだ。
趙薇(尚香)の演技が浮いている。喜劇向きだな。
一番良かった場面は、次回の予告。次の主題は火と風だ。
この映画を観たあとの私なら一騎当千である。
滑舌が余りよくないので「公序良俗」と言おうとすると「公女凌辱」となってしまう。
ネットに繋がっていないパソコンはただのゲーム機だ。
電話窓口「私さまは、テレビの地上デジタル移行への対策はどのようになさっておいででしょうか?」 、私「テレビを買わないようにしています」
夜の狸小路は面白い。
まだ二十代も前半なのに、新しいことを始めるのにさえ「腰が重い」とは。
負けたいと願う心は知りたいと願う心である。
小麦は米より必須アミノ酸の量が格段に少ないので、パンだけで必要な栄養を摂るのは難しく、どうしても肉が必要になるのだ。
逆に言えば米は必須アミノ酸を多く含むので、一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べただけで栄養は充分なのだ。
日本人女性が段々と痩せ形になったのは食事の洋風化のお蔭なのだ。
中古冷蔵庫のホース接続部から水が漏れるので調べたら、ゴムが弱くなっていた。仕方ないのでヨドバシカメラで四七二円の替えを買って付け直した。
じゃがいもを四つに切ってサランラップでくるみ、七五〇Wで三分チン。それにマヨネーズと青海苔をかけたものを小腹がすいたら食べている。二キログラムを一九八円とかで売るのが悪い。
札幌の良いところ。東急ハンズとハローワークとブックオフとヨドバシカメラとアニメイトととらのあなとメロンブックスと紀伊國屋書店とドンキホーテとダイソーがお互い歩いて行ける距離にあること。(毎日一巡している)なのに人通りが渋谷や秋葉原よりも少ないこと。
そういえば、私が高校二年生のときはアニメイトとメロンブックスは狸小路の雑居ビルの二階にあったような気がする。
時計台はいつ見てもしょぼい。でも旧北海道庁は素晴らしい。
奄美大島もそうだったけれど母娘や母子をよく見掛ける。
朝起きて、今朝は特にしばれるさーと思ったら、粉雪が降ってたさー。
藻岩山の山頂付近に雪が積もっていた。風が吹くと皮膚に刃を当てたように冷たい。
昼になると雪の粒が大きくなって降りしきる。この分だと積もりそう。藻岩山が見えなくなった。
昼過ぎにはまた粉雪に戻った。
ローマ教会は一二八二年に全シチリア島民を破門したことがある。
ガブリエル・ガルシア・マルケスの登場人物は名を替えてあちこちにいる。
ガブリエル・ガルシア・マルケスはノーベル賞受賞講演中に、スペイン語文法の単純化と文法規則の人間化、そして正字法の撤廃を訴えた。
今日、たい焼きを食い逃げした女の子に体当たりされたような感覚を味わった。
国際補助語エスペラントを図書館で借りた入門テキストで復習している。新たな発見もあり奥深い。 ベネズエラの正式名称は「ベネズエラ・ボリバル共和国」である。
将来日本で福祉戦争が起こる。福祉をする側(貧困層)と福祉をされる側(富裕層)の間の闘争だ。
大学二年生のころ、札幌市北区出身の友人が「そのゼミの先輩の彼女は風俗嬢なんだよ」と馬鹿にしたように言っていた。確か業種はヘルスだったと思う。
私はしかし生粋の文学青年であったので、その先輩は「本物の愛とは何かを知る男」だと感心したものだった。
世に云う恋愛には三種ある。一に肉体的征服感、二に精神的連携、三に依存。いずれも正しい。
女性や青年はこれら三種に序列をつけたがるが、本能より出る感情ではない。
もし恋人が風俗嬢の場合、肉体的征服感を主とする者は悶え苦しみ、精神的連携を主とする者は仕事を応援し、依存する者は依存し続けるだろう。
江戸時代、豪商や文人は吉原の高級娼婦を正妻に身請けしたし、仏蘭西にも『椿姫』という高級娼婦との恋愛を描いた小説がある。
何も人生は女性のために生きるのではなく、自分自身のために生きるのだから先進的な近代人たちはあまり妻の過去や職業にこだわらなかったのだ。
ましてや現代人をば。
札幌で諸兄が遊ぶとしたら薄野ではなく、南六条東三丁目の交差点を豊平橋の方へ行って右手にある二つの会館はどうだろう。
少なくともその豊平川沿いの会館群は十九時くらいから薄野の風俗店が閉まる〇時以降も午前三時まで営業している。脱法営業だからだ。今日までなら行くことはないけれど、明日の幕開けとともに始まった空白の三時間でなら行く価値はある。
カネマツ会館と五条東会館とあり、黄色地の看板で飾ってあるのですぐ分かる。共に二階建平屋風となっていて中には小さな飲み屋が軒を連ねている。
坂口安吾は高校生のときに読んで挫折したが、さもありなん。小僧っ子にはわからんさ。
手に職じゃないけれど前の住居からアクリルガッシュを持ってきたのでアクリル画を再開した。
私は全て絵画は部屋の装飾のために描かれると信じ、絵画による自己表現というものを信用していない。
掛軸はそもそも飾るものであるし、ルネッサンス期のアトリエでは壁画を製作していた。
絵画は装飾品であるからこそ芸術であり、美術なのだ。
私の部屋には本棚がなく、また買わない予定であるから、寂しい白壁が広く空いているのだ。
街のあちこちに水色の函がおかれ、滑り止めの砂が満載だ。冬支度である。
これは「常に凡ゆる断片」
私の現在の研修生という立場は気楽だ。職場へ行く義務はない、しかし職場へ行って研修するとただ呆っと座っていただけでも給料が出る。七時間いれば日給は一万を超すが残念なことに交通費は出ない。
結局、履歴書を出して面接したところ、全てに受かっていた。
大学五年間で一度も病院にかからなかったし、四、五年生のときは特に無病息災だった。それは生活が閉塞的であったからだ。しかし小学生どもと触れ合う職場ではいつ伝染されるか怖くて堪らない。
結核ではないことを証明しなければならない。
ミニシアター系の映画は気取った芸術学生や頭の悪い女子大生が「こんな映画を観る自分っておしゃれ!」と観るものと相場が決まっているが、私も観る。今日はシアターキノで「敵こそ、我が友」を観た。
私はフランス人気質でフランス映画がよく合うので、フランス映画を多く上映するシアターキノは選ぶ苦労がない。
政治はえげつない。民主制であろうが、独裁制であろうが国家が人間の集合体である限り、醜い。
クラウス・バルビーは残忍な性格だったろう。しかし悪だったのだろうか? 悪とはきっと温和な性格をしていると思う。
風呂に入らないまでも足だけでもお湯に浸らせるだけで眠り心地が全然違う。
北海道では小学生でも棒を「ぼっこ」、唐揚げを「ざんぎ」と言う。
電車を「汽車」と言うのは分かる。というのは汽車と呼んでいた時代と今とで利便はほぼ同じだし、電車は山手線や京王線こそが呼ばれるに相応しい。
職場を二十一時に出発し歩いて自宅まで帰ると一時間半でつく。もちろん手袋、帽子(フード)、マフラーは必要だが。
「かたわ少女」という障害者の女の子を攻略するゲームが海外で製作中らしい。
しかし知的障害児が登場しないのが残念だ。白痴少女は萌えるのに。
男は女が弱い立場にあるときだけ、女を守ろうとするし、大切にして真剣に愛そうとする。
それは彼女たちが「この人がいないとこの先自分を愛してくれる男が現れないかもしれない」と不安に思っていることを男が知っているからだ。
男は女が自分より弱い位置に立っていないと安心できない。
というのは男は、一度男を知った女は男なしではいられないこと、そして女は常に男を乗り換える機会を伺っていることを知っているからだ。
女にとって男は靴と同じである。足裏は一度靴になれると直接地面を踏む痛さには耐えられないし、履き古した靴は履き替えたいと思うだろう。あるいはまだ新しくても見栄のために違う靴を物色したりする。それにサイズが大き過ぎてもダメだし、小さ過ぎてもダメだ。
だから、賢明な男は、いわゆるまともで競争相手のいそうな女は遊び感覚でしかつきあわないのだ。
つまり、障害を持つ少女或いは女性というのは現代社会では稀に見る「愛され女」なのだ。
死は恐れるに足らず。人間は死なない。なぜなら死ねば人間ではなくなるから��
怒るな、褒めよ。大事なことはチンパンジーが教えてくれる。
日本の大衆文化が幼稚なのは、大衆文化を形成するための大衆、つまり充分に余暇のある人々が生徒と学生に限られていて、成熟した大人は仕事に追われて忙しく文化どころじゃないからだ。
すると数の論理で中学生、高校生、専門学校生や女子大生に受けの良い番組、音楽、小説、漫画があたかも日本中の注目を浴びているかのように見える。或いは情報媒体がそう見させている。
いわゆる恋愛主義が社会を支配する主流思想に思えるのはそういった中学生や高校生の未熟さや幼稚さが大衆文化の前線を陣どっているからだ。
少しでも文化に興味のある人であれば仕事に就いて余暇を奪われることを恐れるだろう。そして無職への風当たりの強さに怯むのと同時に大衆文化の幼稚化を憎まなければならない。
まともな大衆文化を形成するには充分な数の大人が充分な量の余暇を持つ必要がある。そうやって数の論理で生徒・学生文化を日本大衆文化の一分野へと押し戻していかなければならない。
恋愛主義を一派閥へと駆逐し、男女の関係を“人間の地平”に立脚するものにしなければならない。
とりあえず私はキノカフェでフランス映画を観て、市立図書館で坂口安吾と旧共産圏とラテンアメリカの文学を読もう。
皇帝、国王、大統領は偉大で、豪華な外見をしていなければならない。たとえ黒革金銀細工の財布の中身が空であっても。
職場を出ると粉雪。
十一月二十日の札幌市内における最高気温、零度以下。
つまり真冬日。
そして、朝起きると人生でかつて経験したことのないような積雪。
水抜きしないと水道管が凍る。
起床時の室温、三度。
湯たんぽを購入。
氷雪上を歩くため、靴にスパイクをつけた。
そんな晩に狸小路で演奏している音楽愛好家がいる。
零下三度の札幌で、私は豊平川沿いを自宅まで歩き、やっと帰宅する。
帰宅時の室温、一度。
私を雇った職場が入っているビルに北海道で一番有名な政治家が所属する個人政党の本部がある。
だから今日は政治の話をしよう。
狸小路で日本共産党のDVDをもらった。
それはまさに志位書記長のファン・ディスクだったが、つらつらと全編を鑑賞してしまった。
あやうく共産党のファンになりそうだった。しんぶん赤旗日曜版を定期購読して、日本共産党に入党しそうになった。
旧共産圏を生きた人の小説を読むと、共産主義もそれほど悪くはないと思えてくる。
悪いのは共産主義じゃなくて独裁的な指導者と我が儘で自己主張の激しい反体制者だけだ。
けれど、そもそも私は人間集団が嫌いなんだ。
だからどこかの政党に入ることはまずしない。
それに大学時代に身近に見てきた「共産党」は醜悪だったし、第一に私はデモとか行進とかの集団行動が嫌いなんだ。団結しようとするのは現実から逃げているからだ。
もっとやり方がスマートなら、話を聞いてくれるかもしれないのに。やり方が顕示的で、目的へと努力する前から諦念が感じられる。まるで知的障害児や駄々っ子のようだ。
つまり私は共産主義には興味があるが、共産党はあまり好ましく思っていない。
しかし一国を動かすためには何かしらの政治学を学ばねばならない。大学の政治学部に入学するか既存政党に入るか、独学で習得するか?
よし、独学しよう。そして政党は私が自ら創ればいい!
大学四年生の夏、就職活動を諦めたときから生きている感覚に乏しくなってきたんだ。だんだんと。
早口でまくしたてる人は苦手だ。いや、人ではなくて早口が苦手で、早口で喋られると泣きたくなる。特に女性に多い。
早口な人と吃っている人のどちらを選べと言われたら間違いなく吃っている人を選ぶ。
早口な女性は別に頭の回転が速いのではない。なぜなら思考によって、ではなく記憶と憶測だけで話すからだ。
つまり早口の女性は言葉を持たない。彼女たちは壊れかけたテープレコーダーに過ぎないのだ。
職を探す度に共産主義を羨望する。
自動的に職は与えられて然るべきだと思う。
働く時間というのは私にとって死の時間である。
なぜ己の死を自分で探さねばならない?
私は常に余暇か副業が生きている時間なのだ。
これは逃げ、なのか? 或いはそういう生き方なのか?
「辞めさせた、或いは辞めた職場は労働者の次の仕事を見つける義務がある」という法律を作って欲しい。
逃げられた職場も。
「よく働こう」とするのではなく「よく生きよう」とする者にとって資本主義は残酷だ。
ニートさんとかフリーターさんを問題視する人は、まず面接で若者を見捨てる人を問題視した方がいいよ。とブックオフとパン屋チェーンのアルバイト面接に落ちた私が言う。やっぱり大学時代のバイトと同じ業種しか雇ってくれないのか? なんだ、この職業カースト制は?
私だって美味しいパンを作って主婦層や職業婦人からモてはやされたいのに。
生きているのかなぁ、本当に? 自分。
佐賀県からこの一週間、このブログへのアクセスがなかった。
その程度の教養レベルか!佐賀県の教育委員長は職務怠慢により死刑!
或いは佐賀県にパソコンは無いのか?
中学生のころ、スナッフビデオは都市伝説だと聞いて、「ならば自分たちで作ればいいんじゃないか」と思った。
抑圧された子供は、一人暮らしをすればできるかもしれないことを妄想するものだが、私の場合、その全てが犯罪がらみだった。
さて、私はこの見知らぬ百五十万都市で市民記者に登録した。
仕事における電話の秘訣は、相手に電話したことを後悔させないことだ。
空想的社会主義者の食卓。【切り餅(磯辺か餡)三個と納豆】【玄米フレーク五十グラムに牛乳かけ】【蒸し馬鈴薯と野菜スープ】【インスタント麺と蒸し馬鈴薯】【御飯と魚介缶詰と味噌汁】【ピザトースト二枚と野菜スープ】【カレーライス】【食パン二枚と目玉焼き】
空想的社会主義者の食事への心得。粗食、同一性保持、昼食は朝食と夕食のつなぎ。
空想的社会主義者の主要飲料は【牛乳】で、【野菜ジュース】や【珈琲】や【茶】は嗜好品として飲む。牛乳を多く飲む日は必ず納豆などの大豆食品を食べるべきである。
空想的社会主義者の栄養補給剤は【エビオス錠】である。
これは決まりではないが、豚肉と鰭や鱗のない魚は食べない。肉製品と乳製品を一緒に食べない。血を食べるのはダメ。
イスラエル国歌「ハティクヴァ」は物哀しい。
ラーメン! フライングスパゲッティモンスター。
実家にいたころは飽食気味で、私はやや肥満だった。
母は愛情を食事でしか表現できない人だったからだ。
学園時代はよく食べた。しかしよく戦ったので痩せた。
今は粗食で痩せた。
今日、昨日、一昨日は図書���(徒歩五分)とスーパーマーケット(徒歩三分)に行く他はずっとパソコンの前で過ごした。
おかげでウンコが硬い。
二ちゃんねる系のサイトに今更ながらはまっている。
もう仕事とかどうでもいいや。面接とかで人間性試されるの嫌いだし。
ほら、お外は怖いし。寒いし。
いつの間にか雪降ってるし。
火星に土地でも買って移り住もうかな?
やれやれ
人間は今でこそ呼吸し、食べ、排泄し、寝て、思考している。
しかし数年後か数十年後には思考は消え去り、記憶もなくなるだろう。
私はもしかしたら今までの人生の四倍の時間を生きるかもしれない。しかし決して五倍は生きないだろう。
思考と記憶の消滅、それを人は「死」と呼ぶ。
症例はいくつもあるにも関わらず「死」の問題は医学によっては解決されていない。ただ宗教だけがこれを信仰により解決させようとしている。
人はこう思うだろう。なぜ必ず「死」ぬ人間に思考が与えられたのか?と。思考さえなければ「死」を思い悩むことはなかったのに、と。
私はこう考える。誰かがこう仕組んだのだ「人間よ、その『死』とやらについて思考せよ」と。
で、私は考えた。人間は「死」ぬ、ゆえに有限だ。しかし人間の集合体である人類は半永久的に存在する。この違いに意味が存在する。
人間が「死」ぬのはなぜか?それは人類全体に更新を与えるためだ。つまり個人の人生というのは人類という種族全体の繁栄のためにある。
恐竜は失敗した。しかしあの時代にはあの形態が最適だった。今の時代は人類の形態が最適である。しかしいつ人類の絶滅が訪れるかわからない。
個人やある人間集団の私欲のために人類が犠牲になるとしたら、死んでいった人類はもとよりその個人やその人間集団の人生も無駄になる。なぜなら彼らは人生を無駄なことに使ったからだ。或いはそれも人類の試行錯誤なのか?
ゆえに私は結論付けた。人間の人生を活かすには常に自身のためではなく人類のために生きよ、と。私の宗教的信条でもある。
私が二〇〇七年二月に生み出した「人類意志こそ神」という真理は今もゆるぎない。
その結論ゆえに私は人類人主義と世界市民主義を支持する。
世界連邦を唱えるバハイ教はある意味では正しい。世界中心都市論と世界政府論を除いては。
ゆえに私は「宗教団体に所属しているか?」に関しては無宗教だが、「信仰を持つか?」については有信仰だ。
人類全体へのゆるぎない信仰。
警察犯処罰令第一条第三号「一定の住居または生業なくして諸方に徘徊する者は、三十日未満の拘留に処せられる」。私、危なかったなぁ。
ちなみに昨日は十五時すぎでマイナス三度だった。気温がプラスになることはなかった。
フードか帽子を被らないと顔が凍る。
キブツの子供は母親と離れて暮らす生活を強いられるので就学前は夜尿や指しゃぶりなどの情緒的未発達が見られる。
しかし子供の家での十八年間に及ぶ集団生活を経て、青年期になると非神経症ともいうべき環境適応能力と高い社会奉仕意欲を示すという。
人口の十%にも満たないキブツの人がイスラエルを率い、パレスチナ人どもから国を守ってきたと言っても過言ではない。
キブツはどこかスパルタと似ている。
母親の愛にくるまれてすくすく育ち、教育を終えて社会に出る際に新しい環境に適応できず引きこもりになったり神経症を患ったりする日本とは正反対である。
また家族という、気の違った両親の作る牢獄に囚われることなく、子供は成長することが出来る。そのことの、なんという幸福。
キブツ制度が全く善くて素晴らしいと賞賛するわけではないが、日本人はキブツなどの社会主義制度を少しは見習うべきだよ。
なぜ働けるし、働く意志のある人間が働けないのだ?労働力の余剰をどうして解決しようとしないのか?
ギリシャ的な暴動を起こしたいさね。ヘルメット、鉄パイプ、ナイフ、クロスボウ、火炎瓶を装備してさ。戦うんだ。
見えない何かと。
そのために私は筋トレを欠かさない。
正しい太り方をしよう。正しく太った人は美しい。
正しく太った人は、間違って痩せた人より美しい。
皆さんも親になれば分かると思うが、愚かな親は「子供は家庭にさえいれば良く育つ」と信じ、施設に預けられた子供を見ると「可哀想に!」なぞと言う。
これは親の傲慢であり、怠慢だ。
ある種の家庭に産まれた子供にとって、家庭とは牢獄に過ぎない。
悪しき家庭は普通の施設にさえ劣る。
もちろん、部下に怒鳴りつける上司がいるような施設は失格である。やたら怒鳴りつける父親がいるような家庭が失敗であるように。
家庭は人生の不条理の始まりである。結婚がそうであるように。
不倫の存在は結婚制度の不完全さと失敗を裏付けている。
なぜ男性は一人のやがては醜く老いる女性と共に生きねばならず、女性は一人の頑固で我が儘な男性に肉体を支配されなければならないのだ?
ならば結婚制度をなくし、複数の男性と複数の女性が乱交する交配を制度化すればいい。
そして交配を道徳とする。
これで家庭は消滅し、家庭起源の不幸も消え去る。
女性と子供を家庭という牢獄から解放しなければならない。
これはおいしいぞ
不満があるなら耐えてはならない。叫ばなければ、心弱き者はいつまでも弱いままだ。
INTER LUPOJ KRIU LUPE!
祖父の最初の記憶は航空機である。私は祖父の住む福岡まで航空機で遊びに行った。
両親の結婚式のときに某Hグループのエレベーター専門子会社の社長に就任したと聞くから、その時は既に退職していたのだろう。
それから祖父は奈良の西大寺に引っ越した。奈良での記憶はあまりにも大きい。
遊園地へ車で行く途中で私が寝てしまい、目覚めたら祖父宅の前だった。
祖父は三重県の山奥の出身で、憲兵として猿田彦神社を守っていたら終戦になったという。
カメラ好きで本好きだった。本好きは私まで遺伝したが、カメラ好きは父までの遺伝で止まってしまった。
最近、腰を痛めて歩行困難になったので東京区内に引っ越した。
父から連絡があり、今から急遽、私はAIRDO二十便で羽田空港へ向かう。
明日を迎えるかどうかは、分からないという。
こんなに揺れた飛行はチュニス・カルタゴ空港からシャルル・ド・ゴール空港への飛行以来だ。
連絡から二時間半で私はすでに機上の人だったため、荷物が近所徒歩五分の図書館へ行く際と同じ量である。
東京は雨が降っていることもあるけれど蒸し暑い。
この三ヶ月で私は巨大大陸辺縁にある弧状群島の知床から那覇までを一往復分移動したことになる。
私は行動する直前にはその行動について考えない。そのために行動に躊躇はない。
そのせいで今まで様々な困難があったけれど、今回は良かったのかもしれない。
考えてみれば祖父は昨日で八十四歳である。私があと四日で二十四歳であるように。
まだまだ十分とは言えないが神々に文句はつけられない年齢だ。
容態は少し落ち着いたようだが、まだ危ないらしい。
十二月六日に、大阪の釜ヶ崎で暴動事件が起こっていたという。引き金をひいたのは暴力的で犯罪的な西成警察署による労働者への暴行事件だった。
「連れて行かれた西成署の三階の個室で、四人の刑事に代わる代わる顔を殴られ、紐で首を締められ、足蹴りされ、挙句の果てに両足持たれて逆さ釣りにされた。気が遠くなると、スプレーをかけられたと言う。生活保護を打ち切ると脅かされて、その店に近づかないという始末書まで書かされている。」(西成署警察官の暴行に抗議する!)
年末における雇用問題の原因は、報道をみるかぎりでは労働者の選択肢の狭さに原因がある。
いや、労働者はそもそも選択なんてしたくはないのだ。だって仕事のために生きているわけではなく、生きるために仕事をしているのだから。
経営者はもちろん「仕事にために生きる人」を求めるだろう。已むをえないことだ。しかし従業員もそれに右に倣え、では自分で自分の首を絞めているようなものだ。面従腹背が必要である。
そういう意味で、日本の労働者は正社員も派遣社員も労働意識が低い。
企業が、「お客様のためにある」時代は終わりを告げた。これからは「従業員のためにある」企業が求められている。
労働力の均衡という面から見れば、学業を終えた健康な成人には自動的に職が与えられてしかるべきなのに。
情況の囚人という心理実験によれば、派遣社員も正社員になれば正社員ばりの働きをするし、正社員も派遣社員になればそれだけの働きをする。あらゆる面接や選別は無意味であって、人事が行うべきはしかるべき職を与え、仕事の結果を見て評価を与えるのではなく、「こういう結果であってほしい」という仮定の評価を実際に与えてしまうことだ。
十二月二十二日には札幌に帰る。
トロヤ点への新たなる月の飛来、止まない月震、超未来人類と新興恐竜との共存などについて有機的に考えようとしているが、果たせない。
六百円で大根サラダ・鴨肉三切・味噌汁・鳥肉たっぷりの丼物・アイスが食べられる地下一階のカフェ・ダイニングバーを見つけた。
十二月二十日に開店したジュンク堂へ行った。池袋級書艦だった。エスペラント関連書籍は十冊以上、なんと『百年の孤独』のスペイン��版も置いてあった。
札幌はジュンク堂、とらのあな、アニメイト���ブックオフの並びが熱い。
���Rタワーのヴィレヴァンが狭いなぁ、嫌やなぁと思っていたらロフトの中にもあった。でも、ヴィレヴァン下北沢店の足元にも及ばない。
アリストテレスは貨幣を万物の尺度とする資本主義的世界を想定した。その一方でディオゲネスは貨幣を変造した罪でシノペを追放され、世界市民となった。彼は貨幣(常識、慣習)を変造したのだ。
純連のみそラーメンは美味しかった。
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chicchanagakko · 4 years
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【質問:7】どうして学校を創ろうと思ったのですか?
【回答:7】 学校を創ろう!と思った経緯、そして思ってから出来るまでに20年、その間、どのように過ごして来たのかお話しします。
1986年(23歳)岩手で憧れの先生になった! 生まれ育った大阪を離れ岩手で憧れの小学校の教員を始めたころ、シュタイナー教育に出逢いました。「こんな学校の先生になりたい、ドイツに行きたい」 と、真剣にラジオ講座でドイツ語を勉強しました。しかし、いつの間にか そんなことは忘れてしまっていました。 1998年(36歳)あれ、生きづらい!? 第3子を出産したころから自分の生きづらさを感じ始めました。 2000年(38歳)そうだ学校を創ろう! インナーチャイルドに気づきました。それを教えてくれたのが長男(9歳) でした。そして、母としてだけではなく、教師としても子どもたちのために善いこと が出来ていない(悪いことを行っている)ことに気づきました。学校を辞めようと思い悩ん だ末に、「そうだ、学校を創ろう!」と思ったのでした。 2001年(39歳)社会を変えよう 悩みを先輩の先生に打ち明けたところ「学校を創った人がいるよ」と 紹介されたのが、「賢治の学校」(現在の東京賢治シュタイナー学校の創始者)の鳥山敏子さんです。 賢治の足跡を辿りながらのワークショップに息子と参加。岩手山を上りながら鳥山さ んに私の想いをお話したところ「あなたの課題はネットワークね」と指摘され、ぐうの音も出ませんでした。羅須地人協会で「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福は あり得ない」との賢治の言葉に出逢い、私のこんなに恵まれた環境にいてもこんなに哀し いのは世界ぜんたいが幸せでないからだと強く思いました。社会を変えよう、私は社会の 一部なのだから、私が変われば社会も変わる、と。 2002年(40歳)特別支援教育の道へ シュタイナーとの2度目の出逢いを果たした私は、北海道伊達市にある 「ひびきの村」のシュタイナー学校 「いずみの学校」(現在の「北海道シュタイナー学園 いずみの学校」) に行きたいと、地団駄を踏みました。しかし叶うはずがありません。9月から12月の 4ヶ月、その学校の大村祐子さんの横浜での集中講座があると知り、通いました。学ん だことをそのままは公立小学校で提案はできない。しかし、この想い・・・一人ひとりを、 子どもたちの今と未来を、ほんとうに大切にする・・・ことだけは絶対に忘れないと心に誓い ました。 そして、私は特別支援教育の道に入ったのでした。特別支援学級での4年間の学びを通して「子どもは子どもたちの中で学び育つ」と実感 すると同時に、在籍学級や障害の有無に関わらず 「どの子もみんな特別なニーズを抱え ているのだ」とも感じました。そんな中、盛岡で大村祐子さんのシュタイナー教育講演会 「障害をもつ子どもとともに生きることを考える」が開かれ、講演記録をまとめるという機会 に恵まれました。自分の生きづらさに加え、思春期真っ只中の我が子の問題、発達障害 を抱える子どもたちの困難さを改めて見つめ直す機会となりました。 そんな私の支えになったのは、子どもたちと創る生活科・総合の時間の学びです。 「地域に根ざし、子どもの発達を保障する生活科・総合学習の創造的実践」をテーマに、共に 学ぶサークルの仲間や先輩の先生方、そして子どもたちが私を支えてくれました。 2013年(50歳)学校はシステムエラーだ!? 交流人事で特別支援学校に勤務することになりました。その10年前、 特別支援教育を志した際に転勤を希望しても「免許も経験もないから」と叶わなかった 学校。(だったらと、放送大学で2種免許を取得した後、4年間憧れの支援学級担任をさせて頂きました。)この 転勤のお話を頂き、これを逃せばもう2度とこんな機会はないだろうと決意。冒険です。 同じ「学校」と名前がついていてもシステムの違いに戸惑いながらも、子どもたちの自立 を常に見据えたチームでの教育活動に愛を感じました。しかし、義務教育課程の中学部の 子どもたちが英語を学ぶ機会もなく作業学習に取り組む姿を見て、社会的自立とは経済 的自立なのだろうか・・・という矛盾も感じるのでした。人は何のために学ぶのか?学校は 何のためにあるのか? 2016年53歳 3年間の交流を終え私は中学校に勤務することになりました。かつて 小学校で生活科・総合の学びを共に創った子どもたちが通う中学校です。しかし、ここ でも同じく「学校」」と名がついているけれど、小学校の生活や学びとの違いに息をのむ ばかり。「中学校って部活とテストのためにあるんだね。」と娘に話すと、「今頃分かったの?」 との答え。先生方は一生懸命になのに・・・。不登校と呼ばれる子どもたちは増えることはあ っても減ることはない。ああ、これはもう学校はシステムエラーだ! 学校制度を支える 社会の在り方が間違っている。中学校で教員を続けることはもうできないと思いました。 このことを小学校に戻って伝えたい。しかし、戻れない・・・。 2017年(54歳)学校を創るという夢を思い出す 「そうだ!学校を創るんだ。」と、17年ぶりに夢を思い出したのでした。 その時に創ろうと思った学校が、今ある「ちっちゃな学校」なのです。初めはどんな学校にしたらよいのか見当もつきませんでした。とにかく、子どもたちは困っている。なんとかしたい。子どもたちと一緒に学びを創り追究しいく学校を創りたいと 思いました。そんな時、思い出したのが岩手山を一緒に登った仙台の福島和明さんから 頂いた「シュタイナー学校を創りました。」というのお年賀状でした。 2017年7月 宮城おひさまの丘シュタイナー学園のお話会に参加。そこで私は夢を語りました。学園の先生である福島玲子さんから「どんな学校を?」と尋ねられて私は答え につまりました。帰りの新幹線の中、今度は私が私に尋ねました。「どうして学校を創たいの?」「社会を変えたいから ・・・だったら、創るのはシュタイナー学校でしょ。」と。 しかし、シュタイナー学校がそう易々と出来るわけはない。それも百も承知です。それでも目指すことはできるのではないか、と。 2018年(55歳) 大好きだった学校を去る 私は32年間の教員生活に自らピリオドを打ち、保育園でお仕事をしな がら、おひさまの丘での2年間の「シュタイナー学校教員養成講座」での学びを開始。学 校の場所を考えました。ずっと学校が続き、学びたい子どもたちが通える場所・・・という ことで、足掛け11年お世話になった金ケ崎と決め、探しました。が、なかなか思うよ うなところは見つかりません。父が亡くなり母の認知症が分かり、保育園は半年で退職。 幼児教室の療育指導員を半年。就学前の子どもたちのことを沢山教えて頂きました。 2019年(56歳)岩手に生まれた「ちっちゃな学校」 市の家庭相談員のお仕事をさせて頂くことにしました。本当に困っている人たちは何にどのように困っているのか、何を必要としているのかを学びたいと思いま した。また、お仕事が木曜日はお休みなので、週1日だけでもいいから「学校」を始めた いと思いました。学校に来れなくて困っている子どもたちやお家の方のことが頭から 離れませんでした。「学校」は、小学校・中学校・・・だけじゃない。学ぶ人がいて、学ぶ コト・ものあり、それを提案する(教える)人がいれば、それは「学校」。多様な学びが保障され て然るべき。それが日本国憲法のいう学問の自由、シュタイナーのいう精神の自由だ、 と。Facebookで「空き家を探しています。」と呼びかけたところ、一人のお母さんから「実家 を使ってください。」とのお返事があり、7月に見せて頂き、一目惚れ。シュタイナー のいう共同体、賢治のいうイーハトーヴはここに生まれるのだと確信したのです。しか し、それはまだまだ遠い先のこと。とにかく「学校」を一日でも早く始めよう、と。10 年間空き家だったので片付けが必要でしたが、作業があるということが私には好都合 でした。もし、子どもたちが来てくれたら片付けとお掃除をしてもらおう。体が動けば、 心も動く。綺麗になれば笑顔もこぼれる、と。 8月の末に紫波のオガールで行われた『シュタイナー教育フェア@いわて』で、「岩手にもシュタイナー学校ができますよ。」と主催者であるポラーノの広場の瀬川さんか らご紹介頂き、内心どうしよう・・・と焦ったのが本当の気持ちです。9月初めには、教 員養成講座の講師である志賀くにみつさんがわざわざ応援に来てくださいました。そ こで私も「ここは、シュタイナー学校になります。」と言いましたが、ずっとずっと遠 い先のこと。私が授業を提案するなんてとてもとても考えられなかったのです。 9月19日が木曜日だったので、この日をプレ・オープン開校日に決めました。(後で シュタイナー学校の開校記念日だったと知ってびっくり!) それから、☆茶話会・お掃除会(学校見学・ 片付け&お掃除)☆藁しべの会(相談)という二つの活動を続けてきました。春になって、私 はここで誰に何を提案すればいいのだろう。いろいろな方と出逢いお話しながら、ずっと考え続けていました。残念ながら?子どもたちはほとんどやって来ませんでした。 12月には初めてのイベント『静けさと灯りの会(りんご蝋燭の会)』・・・参加者11名。2月末には志賀さんを講師としてお迎えし『バイオダイナミック農法講座(ダイネミゼーション inかねがさき 調合剤づくり) 』・・・参加者22名 を行うことが出来ました。それでも、まだ、4 月からどうすればいいのか分からないままでした。行事に向けて一生懸命片付けたの で、お掃除会はなくなりました。そこで、来て頂いた皆さんに、シュタイナー学校の低学 年が手の仕事の授業で行う羊毛遊びや、パステルでの色遊びを提案してみました。する と、大人の皆さんが夢中になり、笑顔になり、生み出す力が湧いて来て元気になるのです。 芸術の持つ力、賢治のいう『楽しい創造』 シュタイナーのいう『教育芸術』が、この時ほんと うに自分の中にストンと入った気がしました。これをやろう!と心に決めたのです。 「もう一回学校に行って、1年生から勉強したい。」19歳の女の子の言葉も私の背中を押 してくれました。それまで、水彩も音楽も、ましてやメインレッスン等私には出来な いと尻込みしていたけれど、出来るからやるのではなく、出来ることを精一杯やるのだ、と。
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