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photofumiya · 2 years
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旧吉井酒造煉瓦倉庫 と 日本聖公会 弘前昇天教会 弘前市には煉瓦造りの古い建物がたくさん残っている 最初「弘前」って読めなかったよね 「ひろまえ」って読んでて地元の人に「ひろさき」はー… って言われて え、ひろさきって読むの!? ってなりました(笑) #青森 #弘前 #ひろさき #レンガ #煉瓦 #協会 #煉瓦倉庫 #酒造 #日本 #日本一周 #日本一周中 #日本一周バイク旅 #日本一周カメラマン #旅 #journey #trip #バイク好きな人と繋がりたい #バイク乗りと繋がりたい #バイク #motorcycle #honda #cb650r #canon #eos #5dmark4 #photo #photooftheday #photographer #photography #fmyphoto https://www.instagram.com/p/CpumTs5pyCy/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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ari0921 · 7 months
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 反スパイ法のない日本、外事警察の苦闘
            櫻井よしこ
わが国は、四桁に迫る数の自国民を北朝鮮という国家権力によって拉致されたまま、約半世紀、取り戻せないでいる。
13歳で拉致された横田めぐみさんは59歳になった。母上の早紀江さんは、日本はなぜ、国民を取り戻せないのかと問い続け、新しく拉致担当大臣が就任する度に「真剣に取り組んでほしい」と要望する。歴代内閣は拉致解決を政権の最優先課題と位置づけるが、吉報は未だ訪れない。
第二次安倍政権の7年8か月間、安倍晋三総理を支えて国家安全保障局長等を務めた北村滋氏は、近著『外事警察秘録』(文藝春秋)の冒頭で当時の拉致問題への取り組みを記した。めぐみさんのものとされる遺骨が螺鈿(らでん)装飾の漆器調の器におさめられて日本側に手渡された時、その遺骨は警視庁鑑識課で横田御夫妻に示された。目に涙を浮かべた父上の横田滋さんが無言で坐る傍ら、早紀江さんが沈黙を破った。
「めぐみは生きていますから。これは警察の方でしっかりと調べて下さい」
早紀江さんは毅然と言い、「遺骨」を証拠として鑑定処分に付することを承諾して下さった。「それは娘の生存に対する確固たる信念の発露」だったと、北村氏は書いた。
周知のように、遺骨はめぐみさんとは無関係だと判明し、日本国内の怒りは頂点に達した。だが、振りかえってみれば拉致は金正日総書記が2002年に認めるまで日本での関心事にならなかった。遡って1988年3月、梶山静六国家公安委員長及び警察庁の城内康光警備局長が、「一連のアベック失踪事件は北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と答弁した。
北村氏の指摘だ。
「拉致事件について国会で閣僚と警察の責任者が断言し、それと前後して日本人が拉致されたことを示す具体的な情報が複数取りざたされていたが、それでも捜査に追い風は吹かなかった。北朝鮮の国家犯罪の追及は当時、日本政界を支配していたムードに逆行するものだったのだろう」
事実、89年7月には土井たか子、菅直人の両衆院議員らが北朝鮮の工作員・辛光洙の釈放を求める要望書を韓国に送り、90年9月には自民、社民両党が「金丸訪朝団」を結成して訪朝した。当時は日朝友好親善の機運が高まっていたのだ。
世界一、与し易い国
警察が拉致を防げなかったこと、捜査が進捗しないことについての批判は依然として強い。北村氏は言い訳するつもりはないとしたうえで、日本国の体制に注視する必要性を指摘する。まず第一に、スパイをはじめわが国の国益を深刻に侵害する犯罪を直接、適切な量刑で処罰する法律がないことだ。米国では死刑、終身刑、数十年の懲役刑となるような犯罪が、わが国では北朝鮮のスパイ事件に見られるようにほぼ全員、軽微な刑罰にとどまると北村氏は指摘する。
警察庁が認定してきた1950年から81年までの北朝鮮スパイ事件42件に限れば適用された罪名は「出入国管理令違反」等の微罪にすぎず、執行猶予が付くケースが多いという。
第二次安倍政権が「特定秘密の保護に関する法律」(特定秘密保護法)を難産の上成立させたとはいえ、今もまだ拉致問題に典型的に見られる対日有害活動を直接処罰する法律は制定の動きすらない。安全保障に疎いわが国の、これが現実である。
『外事警察秘録』の頁をめくる度に、日本の安全保障体制が法的にも国民の意識という点においても如何に貧弱かを思い知らされる。北村氏が41年間のキャリアを振りかえって取り上げた事件は拉致問題、重信房子の日本赤軍、麻原彰晃のオウム真理教、暗躍する中国スパイなど、実に幅広い。一連の事例から浮かび上がるわが国の姿は、悪意を持った犯罪者にとって恐らく、世界一、与し易い国のそれではないだろうか。
日本と日本国民を守る手段(法整備)に事欠く中で、北村氏らは国内世論の無理解、日本政府内に蔓延する気概の喪失とも戦わなければならなかった。たとえばオウム真理教事件で、早急に打つべき手のひとつが麻原彰晃ら最高幹部の国外逃亡阻止だった。
彼らは当時頻繁にロシアに渡り、レーザー兵器、ウラン、軍事用ヘリコプター、毒ガス用の検知器、自動小銃などを入手した可能性があった。そこで北村氏ら外事警察は「旅券法に基づいて、麻原に旅券返納命令を出してほしい」と外務省に要請。95年3月30日、警察庁長官の国松孝次氏が狙撃された当日のことだ。外務省担当者はこう返答したという。
「返納命令を発出してもし報復テロの対象として我々が狙われたらどうなりますか。警察庁長官ですら銃撃から守れなかった日本警察に部外者の我々を守り切れるのですか」
テロリス��の思う壺
最終的に旅券返納命令は発出されたが、恐怖心を煽って政治的目的を果たそうとするテロリストの思う壺にはまっている日本の姿がそこにあった。氏はまた警察庁外事情報部長だったとき、スパイ事件に関する日米の分析検討会議に出席した。日本の摘発事例を説明した際、米側の出席者がたまりかねた様子で尋ねた。
「日本警察が摘発した事件では、そもそも公訴の提起がなされなかったり、スパイ協力者に対する求刑が懲役一年から二年程度だったりすることが多い。判決では執行猶予が付され、釈放されるケースばかりだ。なぜなのか」
日米同盟という関係の中で、日本から情報が漏れれば米国も一蓮托生だ。米国側が懸念するのは十分に理由のあることなのだ。
北村氏は、日本の刑事法にはスパイ行為を直接罰する罪が存在しないこと、したがって捜査機関は、スパイがその情報を入手するためのプロセスを徹底的に精査し、あらゆる法令を駆使して罪に問える罰条を探し、スパイ協力者はその共犯として立件すると説明したが、到底、理解してもらえなかったという。
「米国では、情報を漏らした者はもとより、情報を探知し、盗み出した者を、より重罪とする。量刑は最高で死刑だ。(中略)終身刑や被告の寿命を遥かに上回る数十年の拘禁刑という事例も散見された��
北村氏はこう書いたが、これは中国、ロシアを含めておよそ世界の国々の常識であろう。
インテリジェンスの専門家が振りかえる安倍政権、7年8か月の軌跡は、案件のひとつひとつが生々しい記憶をよび起こす。独立国としての日本の再起に文字どおり命をかけた安倍晋三総理。第二次政権発足の翌日、内閣情報官としての第一回総理ブリーフィング(報告)を終えて退出する北村氏に安倍総理が声をかけた。
「これからも時々、報告に来てください」
週一回だった定例報告はそれ以来、週二回となった。安倍総理はインテリジェンス報告に多くの時間を割いた。情報こそが国の命運を決することを正しく理解していた宰相なき後、わが国の前途は多難である。
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kennak · 1 year
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ジャニーが同性愛者(真性の少年性愛者、児童性愛者)であり、事務所に所属する男性タレントに対して性的児童虐待(同性愛行為の強要)を行っているとの話は、1960年代から散発的に繰り返し報道されてきた。 まず、駐留米軍の「在日軍事援助顧問団 (MAAGJ)」に勤務していた頃(1958年~1966年)から、外交官ナンバーの車(クライスラー)で新宿・花園神社の界隈に繰り出し、「ケニー」、「L」、「牛若丸」といったゲイバーで遊んでいたこと、更に新宿駅南口で網を張り、田舎から出てきた少年たちに声をかけては、常宿の「相模屋」(1泊600円のベッドハウス)に連れ込んでいたことを、当時のゲイ仲間・原吾一が、著書『二丁目のジャニーズ』シリーズで明かしている。 ジャニー喜多川が最初に手がけたタレントは「ジャニーズ」の4名(真家ひろみ、飯野おさみ、あおい輝彦、中谷良)で、当初は池袋の芸能学校「新芸能学院」に所属させていたが、学院内にてジャニーが15名の男子生徒たちに性的児童虐待行為をしていたことが発覚。 オーナーの名和太郎学院長(本名:高橋幸吉。2000年6月7日に急性心不全で逝去。81歳没)はジャニーを1964年6月28日付で解雇した。 しかしジャニーが、ジャニーズの4名も一緒に引き連れて出て行ってしまったためにトラブルとなり、ジャニーらが所属中の授業料やスタジオ使用料、食費など270万円を求めて学院長がジャニーを提訴し、裁判へと発展した (通称:ホモセクハラ裁判)。 なお、当時のジャニーは在日軍事援助顧問団(MAAGJ)に在籍する下士官事務職員として、米国軍人および外交官の立場にあったが、新芸能学院との騒動は「MAAGJの公務の範囲外の職業活動」で起こった問題であるため、「外交関係に関するウィーン条約」(日本では1964年6月8日に発行)の第31条1項による外交特権「外交官は接受国の刑事・民事・行政裁判権からの免除を享有する」の対象から漏れ、訴えられた。 この裁判は長期化し、1964年から実に4年に渡って行われた。 ジャニーズの4名も実際に証言台に立っており、その証言記録は『女性自身』(1967年9月25日号)、『ジャニーズの逆襲』(データハウス刊)、『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社刊)にて再現されている。 『週刊サンケイ』(1965年3月29日号)でも「ジャニーズ騒動 “ジャニーズ”売り出しのかげに」として5ページの記事が組まれた他、ルポライターの竹中労も、著書『タレント帝国 芸能プロの内幕』(1968年7月、現代書房)の中で「ジャニーズ解散・始末記」と題してジャニーの性加害について言及した (当書はその後、初代ジャニーズを管理していた渡辺プロダクションの渡邊美佐の圧力で販売停止)。 なお、『ジャニーズスキャンダル調書』では「同性愛」という表現自体を否定しており、ホモセクハラである以上、「性的虐待」、善意に表現しても「少年愛」であるとしている。 『週刊現代』(1981年4月30日号、講談社)にて、「『たのきんトリオ』で大当たり アイドル育成で評判の喜多川姉弟の異能」と題し、ジャーナリストの元木昌彦がジャニーの性趣向問題について言及。 (直後、ジャニーの姉のメリー喜多川から編集部に「今後、講談社には一切うちのタレントを出さない」と猛クレームが入り、元木は処分として『週刊現代』から『婦人倶楽部』の部署へと異動させられた。 この件については、『週刊文春』(1981年5月28日号、文藝春秋)でも、「大講談社を震え上がらせたメリー喜多川の“たのきん”操縦術」と題して報じられた。 なお、ジャニーの性的児童虐待についてメリーは、「弟は病気なんだからしょうがないでしょ!」と言ってずっと放任していた) 雑誌『噂の眞相』(1983年11月号)が、「ホモの館」と題してジャニーズ事務所の合宿所の写真を公開。 元所属タレントの告発も相次いだ。 元フォーリーブスの北公次は『光GENJIへ』(1988年12月)、 元ジューク・ボックスの小谷純とやなせかおるは『さらば ! ! 光GENJIへ』(1989年9月)、 元ジャニーズの中谷良は『ジャニーズの逆襲』(1989年10月)、 元ジャニーズJr.の平本淳也は『ジャニーズのすべて ~ 少年愛の館』(1996年4月)、 豊川誕は『ひとりぼっちの旅立ち ~ 元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』(1997年3月)、 山崎正人は『SMAPへ』(2005年3月)をそれぞれ上梓。 タレントの生殺与奪の全権を握るジャニーの性的要求を受け入れなければ、仕事を与えられずに干されてしまうという実態が明るみに出た。 中でも『SMAPへ』は、ジャニーが行っていた性行為の内容について最も細かく具体的に描写しており、少年に肛門性交を強要していたことも明かしている。 同じく元Jr.の蓬田利久も、漫画『Jr.メモリーズ ~もしも記憶が確かなら~』(竹書房の漫画雑誌『本当にあった愉快な話』シリーズに掲載。著:柏屋コッコ、2014年1月~2015年4月)に取材協力する形で暴露している。 ジャニーは肛門性交時にノグゼマスキンクリーム、メンソレータム、ベビーローションなどを愛用しており、少年隊もラジオ番組で、錦織一清が「ジャニーさんと言えばメンソレータム思い出すなぁ・・・」、東山紀之は「合宿所はいつもメンソレータムの匂いがしてた」など、分かる人には分かるギリギリの発言をしている。 元Jr.の星英徳も、ジャニー喜多川の死後になってネット配信で、「ただのJr.だった自分ですら、何十回もやられた。 ジャニーさんが特に好んだのは、小中学生の段階のJr.。 時には平日の朝から学校を休んで合宿所に来いと呼び出され、マンツーマンで性行為を受けた。 その最中は、当時付き合ってた彼女のことを毎回必死に頭で思い描きながら耐えてた。 メジャーデビューしたメンバーは必ず全員やられている。 必ずです! 全員やられてる! そもそも断ったらデビュー出来ない」と幾度も打ち明け、ジャニーによる性被害や当時の事務所内での異常な状況を説明した。 ジャニーズの出身者以外からも、浜村淳が関西ローカルのラジオ番組『ありがとう浜村淳です』(MBSラジオ)の中でジャニーのことを「あのホモのおっさん」と発言したり、ミュージシャンのジーザス花園が、2009年発表の自作曲『ジャニー&メリー』で、AV監督の村西とおるもブログやTwitterで糾弾している。 ジャニーに対する感謝、愛情が誰よりも強いことで知られるKinKi Kidsの堂本剛(児童劇団の子役出身)は、小学5年生の段階で子役活動を辞め、一旦芸能界を引退していたが、姉による他薦でジャニーズのエンターテインメントの世界に触れ、自分もスターになって成功したいという感情が芽生える。 しかし成功するためには、まだ幼い小学6年生の段階からジャニーの性的な行為を耐え忍ぶしかなく、剛が中学2年生の14歳の時に奈良県から東京の合宿所に正式に転居してからは、ジャニーの性行為は更に過熱していった。 当時剛と非常に親しい関係にあった元Jr.の星英徳も、「剛は普通のJr.たちとは違うレベルの性行為をジャニーさんから受けていて、そのことにいつも悩んでた。剛が病んじゃったのはジャニーさんが原因」と、2021年6月25日の深夜にツイキャス配信で証言した。 剛にしてみれば、確かにジャニーには芸能界で大成功させて貰って感謝はしているものの、幼い頃から異常すぎる性体験を強いられ、自分の心と体を捨て去るという代償を払わされてきた訳であり、更に人一倍繊細な性格がゆえ、15歳からは芸能活動へのストレスも相まってパニック障害を抱えるようになり、長年に渡って自殺を考えるほどに苦しんだ時期が続いた。 自分で選んだ道ではあるし、ストックホルム症候群、トラウマボンド(トラウマティック・ボンディング)、グルーミングなどの効果によって、ジャニーに対して大きな感謝はしつつも、もしジャニーと出会わなければ、こんなにも苦しい思いをすることは無かった、という愛憎が入り混じった複雑な感情から、剛の自作曲『美しく在る為に』は、ジャニーへの思いや、芸能活動への葛藤が描かれた曲だと、一部のファンの間では解釈されている。 その歌詞の一部には、 「あたしが悪いなんて 云わせないの あなたが悪いなんて 云う筈がないの 人は勝手だったもの 何時も勝手だったもの 美しく在る為に 勝手だっ��もの」とある。 [1] 元光GENJIの諸星和己も、2016年11月6日放送のバラエティ番組『にけつッ ! !』(日本テレビ)に出演した際、千原ジュニアとの会話でジャニーについて、 千原 「数年後に大スターになると見抜くその力よ」 諸星 「違う違う、たまたま、たまたま」 千原 「先見の明がすごいんでしょ?」 諸星 「僕の考えだと、“結果論”だね。 あの人(ジャニー喜多川)の目がいいとか、見抜く力がすごいとか、“全く”無い!」 と断じ、ジャニーに対する世間の過大評価に異を唱えた。 そして番組の最後では、「ジャニーの感性はね、あれホ〇だから!」と締めくくった。 ジャニーについてはよく、「少年の10年後の成長した顔が見えていた」などと評されてしまうことがあるが、それは間違い。 確かに子供の頃は冴えない平凡な顔をした者が、美容整形なども踏まえて将来二枚目に化けたパターンもあるが、その一方、小さい頃は可愛かったのに、成長と共にどんどん劣化してしまったパターンも少なくない。 そもそも、テレビなどで頻繁に同じタレントの顔を目にしていれば、視聴者の目はその顔に慣れていく訳だから、マイナス面はどんどん軽減されていく。 ジャニーが持っていたのは権力と財力であって、人の10年後の顔はおろか、人の本質や将来を見抜けるような特殊能力、神通力は存在しない。 ジャニーは将来を予見して採用していたのではなく、ただ単に、今その瞬間の“自分の好み”の少年、個人的に性欲を感じる“ヤりたい相手”を選んでいただけであり、その少年がたまたまスターになるかならないかは、諸星が述べた通り、後からついてきた“結果論”に過ぎない。 ジャニーに個人的に嫌われれば、いくらスター性や才能がある者であっても捨てられるし、ジャニーに個人的に好かれれば、スター性の無い者であっても権力と財力でメディアにゴリ推しされ、結果、誰でも人気者になれた。 こうした、ジャニーの個人的な好み、機嫌だけで全てが操作・決定される、非常に特殊で独裁的な事務所だったため、多くのスターを製造した一方、本当に将来有望だったはずの多くの才能も死んでいった。 なお諸星はこの放送の一ヶ月後の2016年12月2日に大沢樹生と共に開催したトークライブでも、ステージ上で「俺が何で結婚しないか? ホモだから。 ジャニーみたいなものだから」と発言し、ジャニーを茶化している (諸星自身がゲイであるという部分は自虐による冗談であり、諸星はゲイではない)。 1988年~1989年にかけ、月刊誌『噂の眞相』もこの問題を数回取り上げた。 しかしジャニーズ側は、「『噂の眞相』という雑誌はこの世に存在しないもの」という姿勢を貫いていたため、全く相手にされることは無かった。 週刊誌『FOCUS』(1989年8月11日号、 新潮社)に、ジャニー喜多川が合宿所で撮影した田原俊彦の全裸のポラロイド写真が流出掲載される。 1999年10月28日号から2000年2月17日号にかけ、『週刊文春』がジャニーズ事務所に対する糾弾を14回に渡ってキャンペーンとしてシリーズ掲載。 ジャニーが所属タレントに対してセクハラ・児童虐待を行い、事務所内では未成年所属タレントの喫煙や飲酒が日常的に黙認されていると報道し、約15名もの元ジャニーズJr.が取材に協力した。 出版元である文藝春秋は、他の大手出版社と違ってジャニーズ事務所との癒着や影響力が皆無に等しかったために出来たことだった。 【キャンペーン開始の引き金的な記事】 江木俊夫 公判で元アイドルが「ジャニーズ」批判 (1999年10月7日号) 【14回のキャンペーン】 青山孝 元フォーリーブス衝撃の告発 芸能界のモンスター「ジャニーズ事務所」の非道 TVも新聞も絶対報じない (1999年10月28日号・p252~255) ジャニーズの少年たちが耐える「おぞましい」環境 元メンバーが告発 「芸能界のモンスター」追及第2弾 (1999年11月4日号・p190~193) ジャニーズの少年たちが「悪魔の館」合宿所で 「芸能界のモンスター」追及第3弾 強いられる“行為” スクーブグラビア ジャニーズ「喫煙常習」の証拠写真 (1999年11月11日号・p26~29)[1] テレビ局が封印したジャニーズの少年たち集団万引き事件 追及キャンペーン4 マスコミはなぜ恐れるのか (1999年11月18日号・p188~191) ジャニー喜多川は関西の少年たちを「ホテル」に呼び出す 追及第5弾 芸能界のモンスター (1999年11月25日号・p188~191)[1] ジャニーズOBが決起! ホモセクハラの犠牲者たち 芸能界のモンスター追及第6弾 (1999年12月2日号・p195~197) 小誌だけが知っているジャニー喜多川「絶体絶命」 追及第7弾 (1999年12月9日号・p179~181)[1] ジャニーズ人気スターの「恋人」が脅された! 追及第8弾 (1999年12月16日号・p185~187) ジャニー喜多川殿 ユー、法廷に立てますか? 「噴飯告訴に答える 追及第9弾」 (1999年12月23日号・p179~181) 外国人記者が「ジャニー喜多川ホモ・セクハラは日本の恥」 追及第10弾 (1999年12月30日号・p38~40) ジャニーズ裁判 元タレントはなぜ「偽証」した キャンペーン再開! (2000年1月27日号・p180~181) ジャニー喜多川よ、ファンもこんなに怒っている 徹底追及(第12弾) (2000年2月3日号・p165~167) NYタイムスも報じたジャ二ー喜多川「性的児童虐待」 (2000年2月10日号・p172~173) ジャニー喜多川「性的虐待」 日本のメディアは腰くだけ ピュリツァー記者が激白 (2000年2月17日号・p34~35) 【追加報道】 スクープ撮! ジャニー喜多川の素顔 (2000年3月16日号) ジャニー喜多川の性的虐待! 母親が決意の告白 「息子は私に訴えた」 (2000年3月23日号・p184~186) 新展開 ついに国会で質問されたジャニーズ性的虐待 なぜNYタイムスしか報じないのか (2000年4月27日号・p176~179) ジャニーズ疑惑 梨元勝国会で証言へ! (2000年5月4日・11日合併号・p180~181) 大手メディアがこの性的児童虐待問題をこれほどまでに取り上げたのは1960年代以来初めてのことで、その波紋は大きく、自民党衆議院議員・阪上善秀(後の宝塚市長)も、2000年4月13日にこの問題を衆議院で取り上げた [注 6]。 1999年11月、ジャニー側は名誉毀損であるとして文藝春秋を訴え、1億700万円(ジャニーズ事務所に対し5350万円、ジャニー喜多川に対し5350万円)の損害賠償と謝罪広告1回を求める民事訴訟を起こした。 2002年3月27日、東京地裁の一審判決では、「高度の信用性を認めがたい。 証人の証言はたやすく信用できない点を残している」としてジャニー側が勝訴し、東京地裁は文藝春秋に対し、ジャニーへ440万円、ジャニーズ事務所へ440万円の、計880万円の損害賠償を命じた (井上哲男裁判長)。 文春側はこれを不服として東京高裁に控訴。 これに対抗するかのようにジャニー側も控訴。 2003年7月15日の二審判決では、ジャニーの性的児童虐待に関する記述について、 「喜多川が少年らに対しセクハラ行為をしたとの各証言はこれを信用することができ、喜多川が、少年達が逆らえばステージの立ち位置が悪くなったり、デビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの記述については、いわゆる真実性の抗弁が認められ、かつ、公共の利害に関する事実に係るものである」 と結論づけられ、ジャニー側の性的児童虐待行為を認定 (矢崎秀一裁判長)。 このため、性的児童虐待部分のジャニー側の勝訴は取り消され、損害賠償額はジャニーへ60万円、ジャニーズ事務所へ60万円の、計120万円に減額された。 ジャニー側は損害賠償額を不服として最高裁に上告したが、2004年2月24日に棄却され (藤田宙靖裁判長)、120万円の損害賠償と性的児童虐待行為認定が確定した。[1]、[2] しかし各芸能マスコミは、一審の880万円から120万円に減額された事実だけをベタ記事で書いて済ませ、「性的児童虐待が認められた」という肝心の部分は書かなかった。 この問題について、懐疑主義団体「JAPAN SKEPTICS」の機関誌『NEWSLETTER 53号』にて、当時同会の副会長だった草野直樹が批判。 「マスコミの誤りというのは、『間違ったことを報じる』だけでなく、『必要なことを報じない』ことも含まれる。 そして後者の多くは、いくつかの『タブー』に縛られていることが原因になっている。 報道におけるタブーのベールを抜いた報道には、オカルト・疑似科学の類と同様に騙されないようにしよう」と訴えた。 芸能評論家の肥留間正明も、「芸能界でホモセクハラが裁判になったのは異例。 真実と認められたのも初めてで、これは社会的な事件」と語っている。 また、ニューヨーク・タイムズや、イギリスの新聞・オブザーバーなどの海外メディアも大々的に取り上げ、この問題をタブー視するなどして真実を報道しない卑怯で腰抜けな日本のマスメディアの姿勢、体質を批判した。 以後もジャニーズ事務所と文藝春秋は対立。 2006年に『武士の一分』が映画化された際、ジャニーズは文春文庫で発売されている藤沢周平の原作本の帯に、主演の木村拓哉の写真の使用を一切許可しない、という対抗措置を取っている。 また、木村が工藤静香と結婚した際にも、会見への週刊文春の参加を禁じた。 そのため、文春側は巻頭グラビアで白紙ページに木村とインタビュアーの輪郭のみを描き、ジャニーズによるメディア統制であると非難した。 2010年3月14日、サイゾーウーマンにてシリーズ連載「新約・ジャニーズ暴露本」開始。 2018年6月6日、サイゾーウーマンにてシリーズ連載「いま振り返るジャニーズの“少年愛”報道」開始。 2019年7月9日にジャニーが逝去。 その際、テレビや雑誌など、日本の主要メディアではジャニーを賛美する歯の浮くような美辞麗句のみが並べられ、まるでジャニーを聖人君子かのように崇め奉った。
ジャニー喜多川 - ジャニーズ百科事典
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昨日のKentucky Route Zero。 ※画像は全て非公式日本語modを使用しています。
ずっとTwitterでやっていたけど、投稿を分けるのが面倒なのと文字数制限もあるのででこちらに移動。
Act4、とりあえず絶対船から降りないパターンで終わりまで。これはこれでいいんだよな。 やっぱりAct4は一番好きかもなあ。探索する余地とかは全然なくてひたすら一本道なんだけど、グラフィックも音も会話もすごくいい。川の音とか洞窟に響く音とか、録音して流せるようにしたいかも。川というか水辺に暮らす人々というのはこないだ見返した「エレメント・オブ・クライム」も少し思い出す。そういえば濱マイクの「遥かな時代の階段を」も好きだったな。川というか水だとタルコフスキーも出てくるしなあ。 コンウェイがどうにも他人に思えなくて、寂しい感じなんだけどいいんだよなあ。仕事があるだけいいってことか…。あと、ウィルもなんか変人で好き。オルガンうまいし。ボイスがついていないゲームだけど、一つ前の幕間劇「Here and There Along the Echo」でウィルだけは声が聞けるんだよな。
最初にゲームをやったのがファミコンとかスーパーファミコンのせいか、どうもボイス付きのゲームが苦手なんだよな…。英語だったらまだ映画みたいな感じで行けるんだけど、日本語はかなり違和感がある。日本語ボイスのゲームは最初に設定ですぐ英語音声+日本語字幕に変える…。アニメが苦手なのもあるかな…。
ポピーの「暗い考え」は、最初にやった時から自分もこの先どうなるかわからんし…と思っていたけど、最近AIでますますリアルに感じるようになってきた。便利になるのは単純にいいことだと思うけど、そうなった時どうやっていくか…。
エジソンのライフユニットって本当にある話なのかな。ニューヨーク・タイムズのアーカイブにあるみたいだけど、購読してないので読めず。エジソンは神智学協会に出入りしてたり結構オカルト好きだったという話もあるので、ありそうな話といえばありそうな話だけど。
なんとなく、年寄りが若い人に道を譲っていく話でもあるのかなあ、と今回思った。ルーラ、ジョセフ、ドナルドの三人組からコンウェイやシャノンへ、そしてエズラへ、みたいな。その間をつなぐウィーバーは年齢で言うと若いほうだけど、なんか超越してる感じかな…。狂言回しみたいな所もあると思うけど。ジューンバグとジョニーはアンドロイドでおそらくは長生きなので、近くにはいるもののちょっと別枠だろうか。若い頃のリゼットの歌も聴いてたみたいだし。 あとはやっぱりホーボーというかロードムービーというか、ずっと旅をしてるっていう感じがすごくある(特にAct4は文字通りずっと流されていくので)。ケルアックの路上、何度も挫折してるけど今度こそ読んでみようか…。ホーボー→ビート→ヒッピー→コンピュータという流れは結構KRZぽいのかもしれない。特にルーラ、ジョセフ、ドナルドの三人組の頃。ヒッピーはあんまりないか。 このゲームを作った人たちは何歳くらいなんだろう…。最初はなんとなく同世代くらいかなと思ってたけど、もしかして少し下くらいだろうか。
Act4最後の山場、クララのテルミン演奏シーンを見るといつもテルミンが欲しくなる。意外と高いし多分全然演奏できないと思うので買わないけど…(笑)。このクララがライブで演奏する曲がすごく好きなんだ��ど、なぜかゲームに付いてるサントラの方にしか入ってないんだよな。Long Journey Homeのテンポの早い方もだけど、微妙に違いがあるのが不思議。Actごとにリリースしてたからかな。
本来なら次は「Un Pueblo de Nada」だけど、もう一回Act4で全部降りるパターンをやるつもり。でもなんだか終わりが近づいてきてしまってちょっとさみしいな。
最近FAITHのポストをたくさんしていたけど、思いっきり日本語で書いてるのに意外と海外のアカウント(多分)からLikeやReblogがついていてびっくり。ファンが多いのかな。Kentucky Route Zeroももっと盛り上がってほしいなあ。Redditもそんなにポストないし、KRZファンは一体どこにいるのか…。そもそもそんなにいないという説はあるけど……。
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ashi-yuri · 21 days
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Outer Wildsと私、あるいは選ばれなかった者の話
Outer Wildsに対する感情の観測結果
非常に面白かった:苛立たしさとアンコウへの憎しみ:宇宙観が違う=4:5:1
※以下、Outer Wildsに関する複雑な感情を含むごく個人的な薄暗い感想です。クリアまでのネタバレを含みますのでご留意ください。
Outer Wildsについて考えるとき、自分はこの世界にいたら、おそらくロケットで飛び立つ資格もなく、何も知ることがないまま、超新星爆発に巻き込まれてただ死ぬのだろうなと思う。
このゲームは「人を選ぶゲーム」としてよく語られるけれど、自分は完全に選ばれなかった側の者だ。
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アクションも謎解きも苦手な自分にとって、このゲームは最初から苦労の連続で、中盤以降の要所はほぼ攻略サイト・動画頼りで進めている。アクションの最難関のアンコウに至っては、何度もリセットした挙句にあきらめて、はじめて日本語MOD以外のMODを使って消えてもらって、ようやくクリアできた。そのうえ、これだけ補助具を使いながら、クリアまでの総プレイ時間は40時間を超える。普通の人は20時間程度でクリアしているのに。
結局自分には、このゲームが要求する知恵と行動力がまったく足りていないのだろう。
だから、エンディングでの美しい合奏もSolanumとの時空を超えた出会いも、感慨深い一方で、これは自分が得るべき体験ではなかったのだろうと感じる。たくさんのSFのセンスオブワンダーを感じさせる目の覚めるような驚きに満ちた瞬間、いくつもの発見の楽しみがある一方で、多くのそれは自分の能力不足により得ることは叶わないはずのものだ。
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この宇宙には本来、自分のようなプレイヤーが存在する資格はない。
若く意欲と知力のあふれる開発者たちは、世界が持つ規則の美しさ、SFのセンスオブワンダーを信じるとともに、プレイヤーの好奇心、そして知恵と行動力をどこまでも信頼している。
そして自分は、彼らが信じることを信じていない。ひとは、自分は、彼らが信じるほど賢くも強くもない。
ゲームをクリアしてから、宇宙の眼及び量子信号に関する記事を書いた。
Outer Wildsにおける宇宙の構造・成り立ちを示す「宇宙の眼」について、日本語圏で考えている記事はかなり少ない。自分が把握する限り、現時点ではふたつだけだ(『わかりません』と結論付けているものは省かせてもらう)。そして、限られた情報から宇宙の循環仮説まで導く自分の考えは、飛躍や不足も多いけれど、結果としては開発者の考える正解にかなり近かったらしい。これはちょっとだけうれしいし、この宇宙へのリベンジでもある。(SFとしては古典的でオーソドックスなネタであり、推測してる人も多いかもしれないけど、わかりやすくブログ記事という形に残したのでまあ意味はあるはず)
そもそも楽しみきれなかった自分がクリア後に宇宙の眼についてぐだぐだ考えること自体が、美しくエレガントな宇宙に拒絶された者の未練だ。けれど、作品の放つメッセージに惹かれることが多かったのも事実だし、どこかでこの作られた宇宙に対して不信と猜疑心を強く持っていたからこそ、自分は宇宙の眼について考えを書き、納得することが必要だったのだと思っている。おそらく、Outer Wildsというゲームと世界を純粋に楽しみ、感動した多くの人たちよりもずっと。
だからこれは、このゲームを純粋に楽しんだとは到底いえない、世界に拒否され選ばれなかった者によるひとつの到達だ。
もうひとつ、この作品から学んだことがある。
このゲームにはアクション操作苦手なひとが即死する、プレイヤーを選別する悪意強めのトラップである「アンコウ」がいる。御多分に漏れず、自分はここでクリア直前に3時間くらいはまって詰んだ。なので、アンコウを消すMODを捜して(みんな困ってるのできっとあると確信していた)、MOD導入してアンコウを消して、それでようやくクリアした。
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開発者の想定する能力を持たない者にとって、それでもこの世界を旅したいと思うなら、MODや攻略情報、つまり補助ツールや他者の協力が不可欠だ。今まで難易度改変系MODや攻略情報に対してどこかズルやチートを連想し苦手意識を持っていたけれど、このゲームをプレイしてそれが変わった。
後続のゲーム下手民のために初心者ガイドやアンコウ消滅MOD導入記事を書いたことにより、多くの人に役立つとともに少なくとも10人以上のアンコウに苦戦していた人がクリアまで到達しているのを見ている。それは、期待していた続きをただ諦めてゲームを途中で放棄させられるより、ずっと大事なことだとおもう。
もちろんMODの中には悪意ある仕込みや改変を施したり、権利を強く侵害したりするものもあり、時にその境界はグレーで、自己責任のなかで見極めていかなければいけない。けれど、MODなどのツール・攻略などの共有情報は、言語や能力の枠を超えて選ばれなかった人たちへゲームを遊ぶ道を開いていくためのツールになりうる。少なくとも、このMODを入れてクリアまで曲がりなりにも到達したことで、かなり強くそう思う経験をした。
作品に選ばれるか、選ばれないかは開発者側から一面的に決められるものではなく、プレイヤーサイドからも提示していけるものだ。良い形でプレイヤー同士協力し、共有できるなら、ゲームという遊びはその本質を損なうことなく、より多くのひとに作品を開いていける。
それはインタラクティブなデジタルゲームというメディアにとって、大きなメリットではないだろうか。
このあたりのMODに対する考え方は、Kentucky Route Zeroの再翻訳MODを非公式で作るときのスタンスのベースにもなっている。
以上の意味で、自分はOuter Wildsという特別な作品を最後までプレイできてよかったと思っている。それがたとえほかのひとと違う意味であったとしても。
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いちばん好きなエンディング。ぜんぶ壊れてほしい。
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あとがき
Outer Wildsという作品に対する複雑な感情を、クリアから3年以上経ってやっと外に出せる形に整え、感想として言葉にすることができたのでよかったです。
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elle-p · 6 months
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Persona 3 Portable 100 Mysteries contents page
まえがき
P3P年表
キャラクターの謎
伊織順平はなぜ野帽がトレードマークなのか?
荒垣真次郎はなぜ夏でもコートなのか?
真田明彦はなぜいつも絆創膏をつけているのか?
コロマルの服にはなぜ羽根がついている?
望月綾時のマフラーの素材は何?
桐条美鶴は寮で何を食べているのか?
真田明彦の午丼の好みは?
山岸風花はいつもPCで何をしているのか?
「グッジョブ!」 「ブリリアント!」 という真田明彦と桐条美鶴の口癖は誰かの影響? それともどちらかに癖がうつった?
荒垣真次郎の特技、料理はどこで覚えた?
桐条美鶴は「じゃじゃ馬を乗りこなすのは苦手」と言っているが、本当か?
エスカペイドと荒垣真次郎との関係とは?
アイギスの名前の意味は?
アイギスの稼働寿命はどのくらい?
コロマルはいくつくらい?
幾月修司はいくつ?
幾月修司は「頑張って影時間の耐性を付けた」と言っているが何をどう頑張ったのか?
幾月修司がダジャレを好むのは本性を隠す仮面なのか?
ストレガの名前の意味は?
タカヤはパンツしか持っていないのか?
エリザベスとテオドアは武器マニア?
主人公には武術の素質があったのか?
どうしてベルベットルームの面々はお金持ちなのか?
真田明彦の妹・美紀はどんな少女だったのか
真田明彦が孤��院を去った後、荒垣真次郎はどうしていたのか?
シャイだけど優しい荒垣真次郎はモテたのか? 彼の恋愛経験は?
荒垣真次郎の懐中時計は誰にもらったもの?
望月綾時はどこに住んでいる?
望月綾時はなぜ女性を口説こうするのか?
モノレールと競争している宮本一志の脚力は?
黒沢巡査が武器調達に協力する事になった経緯は?
小田桐秀利は刑事マニア? 単なる正義感の溢れ出ている人?
伏見千尋の好きな少女マンガの作者は誰?
伏見千尋はいつか男性恐怖症?
保健の江戸川先生がオカルトにハマったのはなぜ?
趣味がネットゲームの92歳のおばあちゃんは何のネットゲームにハマっている?
主人公はどこから来たのか?
ストーリーの謎
主人公がかつて過ごした街に戻ることになった経緯は?
主人公はなぜ寮の到着が24時になったのか?
主人公が最初にオルフェウスを召喚した際にタナトスが現れたのはなぜか?
幾月修司が固執した予言書とはなんだったのか?
幾月修司の語る予言書にあった 「皇子」 とは何を指すのか?
最後の戦いの時、一般の人の象徴化が解けたのはなぜか?
ファルロスが言う 「毒のある花」 とは何を指すのか?
「刈り取るもの」 とは何者なのか?
なぜ 「刈り取るもの」 は時限式なのか?
特殊なシャドウはどんな人間から坂け出たのだろうか?
なぜタルタロスには多くの敵が出現するのか?
影時間になるこ現れる床や外観に付着・垂れている赤い血のようなものは何か?
タルタロスに迷い込んだ人々はなぜ迷い込んだ?
10年前、主人公はなぜムーンライトブリッジに一人で居たのか?
10年前の事故はどのくらいの被害者が出たのか。また、その被害者の中で、特別課外活動部のメンバーに関連する人物はどのくらい居た?
主人公は月光館学園に来るまでの間、影時間を体感していたのか?
寮と月光館学園では距離が離れているが、11月4日の影時間には鐘の音が聞こえてきた。鐘の音はそんなに大きかったのか?
召喚器はどういうもの?
影時間以外でもペルソナは使える?
荒垣真次郎とストレガはどうやって知り合った?
ストレガはどこからペルソナ制御剤を調達しているのか?
天田乾は荒垣真次郎をどうやって呼び出したのか?
学園の謎
月光館学園はどんな学校?
伊織順平は授業中に野球帽を被っていても怒られないのはなぜ?
月光館学園の制服に関する校則は?
どうして修学旅行が2・3年合同なのか?
桐条美鶴は何人の立候補者の中から生徒会長になった?
アイギスと望月綾時の転入時に席を奪われた生徒はその後どうなった?
寮の部屋の共有部分の間取りはどうなっている?
寮にはどれくらい監視カメラがついているのか?
なぜ桐条美鶴か真田明彦がいなければ出動できないのか?
出動時の制服にはどこで着替えるのか?
最後の戦いが終わった後、武器と防具はどうしたのか?
寮の自販機は、なぜ3種類しか飲み物がないのか?
寮のキッチンの設備は?
共用の風呂の用など寮生活での家事は誰が行っていた?
「特別課外活動部」 に所属することで手当てや免除などあるのか?
街の謎
ベルベットルームはなぜエレベーターなのか?
ベルベットルーム (エレベーター) の高さは何メートル?
ベルベットルームの人たちは普段何をして過ごしているのか?
桐条グループはどのくらいすごい?
主人公はなぜ当日にきなりアルバイトできるのか?
辰巳ポートアイランドの人口はどれくらい?
モノレール 「あねはづる」 の名前の由来は?
モノレール 「あねはづる」 は何分間隔で動いている?
黒沢巡査はなぜいつでも交番にいるのか?
黒沢巡査はどこから装備品の調達をしているのか?
青ひげファーマシーの夏のシャーベットは何でできている?
鍋島ラーメン 「はがくれ」 は、あつさりとした印象の見た目に反し、スープの複雑な旨味が麺に絡むのはなぜ?
「たこ焼き・オクトパシー」 はたこが入っていないのに、なせ 「たこ焼き」 と言い張るのか?
「わかつ」 のDHA定食の内容は?
「ワイルダック・バーガー」 のカエルバーガーは本当にカエルを使っている?
フェロモンコーヒーの成分は一体何?
ツカレトレールの成分は?
1日50個限定のメロンが人気のパン屋はどこにある?
白河通りのホテルの料金設定はどのくらい?
「クラブ エスカペイド」 はいつも閑散としているが経営は成り立っているのか?
「時価ネットたなか」 のテーマソングは誰が作った?
「時価ネットたなか」 の荷物は誰が部屋に運び込んでいる?
デビルバスターズ・オンラインとはどんなゲーム?
ニュースを賑わす謎の人物たちの正体は?
不死鳥戦隊フェザーマンRは全何話?
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tomoya-jinguuji · 9 months
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緊急脱出時、車いすのお客様はどうなるのか? 鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。 1/9(火) 10:58 羽田空港で日本航空の旅客機が海上保安庁の飛行機と衝突するという事故が発生しました。 これだけの大事故でありながら、日本航空の旅客機に乗り合わせた乗客、乗員379名全員が脱出に成功したことは不幸中の幸いだと思いますが、これを実現したのはクルーの皆様方の不断の訓練と、乗務員としての心構えであり、また、乗客の皆様方の冷静な行動と協力だと海外メディアからも絶賛されているようです。 ところで、こういう緊急脱出時に車いすのお客様など行動に身体的な制約があるお客様はどうなるのでしょうか。 そのような疑問をお持ちの皆様も多いと思いますが、航空会社の対応やどのような考え方で規則が成り立っているのかをお話させていただきます。 事前のお申し出が必要です 車いすなど、特別なお手伝いを必要とされるお客様はどの航空会社もご予約の際に事前にお申し出いただくことが必要とされています。 一例として車いすのお客様が飛行機にお乗りいただく場合ですが、航空会社では3つのカテゴリーに分けてコードを付けています。 WCHR:階段の上り下りなどはできるが、長距離の歩行ができない方。 WCHS:階段の上り下りはできないが、飛行機のドアから座席までは一人で行かれる方。 WCHC:一人で歩行ができない方。
航空会社ではご予約時にお客様のお申し出から上記3種類のどれに該当するかを判断し、どのようなハンドリングが必要かを事前に準備します。 事前準備には、チェックインカウンターに車いすを用意して、搭乗ゲートまでご案内する職員を確保することはもちろんですが、飛行機がボーディングブリッジを使用するゲートに発着する場合以外の、いわゆるスポットからタラップで機内に入るゲートを使用する場合は、ハイリフトと呼ばれるエレベーター型の自動車を手配することもあります。その場合、機内でお座りいただく座席の位置も決定します。 車いすのお客様は非常口座席には座れない 車いすのお客様のみならず、身体的な移動制限があるお客様のことをPRM(passengers with restricted mobility)と呼びます。 PRMのお客様はご旅行の際に例えば優先搭乗など様々なサービスを受けることができますが、航空旅行では同様に様々な制約が課されます。 その一番大きなものはお座りいただく座席の位置です。 移動に制限がある車いすなどのお客様、あるいは介助が必要な方は足元に余裕があるお席を求められる傾向があります。また、搭乗したドアの前のお席であれば、出入りに便利です。 しかしながらバルクヘッドと呼ばれる非常口前の広めのお席はそういうお客様にお座りいただくことはできません。その理由は緊急脱出時に他のお客様の障害(impediment)になるからです。 こういう表現をするとクレームされる方もいらっしゃるかもしれませんが、すべては国際的に定められている「90秒以内に脱出を完了する」ためのもので、全員のお客様がスムーズに脱出するためには、車いすをはじめ、PRMのお客様はあらかじめお座りいただける座席の位置が決められています。 乗務員はお客様の体に触れることは許されない 車いすだけではありませんが体のご不自由な方は介助が必要な場合があります。でも、乗務員は機内でそのお手伝いをすることはありません。 トイレや食事、あるいは移動など、身の回りのお世話が必要なお客様は、介助する方と同伴でご搭乗いただく必要があります。 上記カテゴリーのWCHC(機内での移動も一人ではできない方)の場合、たいていの航空会社では機内の通路専用の車いすを準備していますので、それを利用して移動していただきますが、その車いすからの乗り降り、通路から座席の横移動についてはご自身で、あるいは介助の方にやっていただく必要があります。乗務員がお手伝いをするのは車いすを押すだけです。これはどこの航空会社も同じです。 小さな子供がぐずったりした場合、子供を抱き上げてあやすのはサービス的には美談かもしれませんが、乗務員は子供を抱き上げてあやすようなことも基本的にはしません。お客様の身体に触れるような行為は一切禁じられています。 車いすの方のお席は限られている 車いすの方がご利用いただけるお席は限られています。 飛行機の機種にもよりますが、1機当たりの車いすの方の利用される上限人数が2名とか4名などと限られている航空会社が多くあります。 また、お座りいただける座席位置も限られます。 非常口座席などにお座りいただけないのはもちろんですが、機種によって座席の位置が指定されている場合が多く、特にWCHC(自分で機内移動ができない方)の場合はひじ掛けが上がる席となります。そして、お座りいただくのは窓側のお席となります。 車いすの方は通路側の方が便利かもしれませんが、車いすの方が通路側に座ってしまうと、緊急脱出の際に窓側のお客様が脱出できなくなる可能性があるからです。 以上のような理由により、車いすをはじめ、PRMのお客様はご予約の際に事前に航空会社にご連絡いただく必要があるわけで、ご連絡をいただかずに空港にいらしたときには、その時の機内の状況によっては、ご搭乗を次の便にお願いするなどということも発生しますし、ご自身でご予約サイトから事前座席指定をされていたとしても、その座席は無効になり、航空会社が指定した座席にお座りいただくことになります。 緊急脱出の際にはどうなるか これははっきりと明示されている文章はありません。 ただし、客室乗務員の訓練時のマニュアルにはこのように書かれています。 某航空会社の客室乗務員訓練マニュアルから抜粋 内容としては ・身体的行動制限があるお客様は事故発生時には大きなリスクに直面する。 ・大多数の健常者の脱出の妨げとなってはならない。 ・定期便やチャーター便などの一般のフライトでは、緊急事態発生時には乗務員から満足なサポートは受けられない。 ・乗務員は自分の身を危険にさらしてまで救助を手伝うようなことはしてはならない。 ということです。(チャーター便というのはPRMの方々の団体、例えばパラリンピックへ向かう選手団のような団体の貸切などと考えられます。) 筆者の友人で30年の経験を持つ客室乗務員が、若いころ訓練時に教官に 「どうしたらいいんですか?」 と尋ねたことがあります。 その時の教官からの答えは「最悪の場合は置いていく。」だったそうです。 これが航空会社のPRMのお客様に対する考え方です。 「車いすの方は、どうしたら安全に避難できるんですか?」と質問したら、「プライベートジェットしかない」と言われたということが数日前にネットで話題になっていましたが、回答者は救急搬送用の飛行機などの存在を示していると思われます。 定期便の旅客機というのはあくまでも公共交通機関であり、緊急事態発生時には最大限の効率的避難を求められるものです。 この議論が日本人になじまない理由 以前にもこのニュースで書きましたが、航空輸送というのは運送約款に基づく契約の世界です。 義理人情にあつい国���性の日本ではなかなか受け入れられないものかもしれません。 緊急脱出時の対応も運送約款に基づく契約としては、はっきり言ってドライなものです。 これは航空機というものが西洋を中心に発展したものであり、細かな規則やハンドリング規定というものがアメリカやヨーロッパの法律をもとに作られているからかもしれません。 そして、その西洋社会と日本社会を比べた場合、考え方が根本的に違うその大きな原因は、日本人の法律的考え方の中に「善きサマリア人の法」というものが存在していないか、あるいは希薄であると言われています。 この��善きサマリア人の法」についての解説はここでは行いませんが、災害発生時のトリアージと呼ばれる優先順位を付けた救助や治療行為なども、日本で論じられるようになってからの歴史はまだ浅いものがあります。 今回の海上保安庁と日本航空機の羽田空港での衝突事故を見ても、海上保安庁の隊員5名がお亡くなりになられているのも関わらず、ペットが2匹死んだことが大きな議論になったりするのを見ても、日本人の考え方に特徴的なものを感じます。 緊急事態が発生した場合に客室乗務員が最終的にPRMのお客様をどうするかということは上記のマニュアルには書かれていませんが、その根底にあるのは「目の前に困った人がいれば見て見ぬふりはできない。できる限りのことをしなければならない。でも、そのために自分の身を犠牲にすることは許されない。」という考え方が国民の間に浸透している社会かどうかということではないかと筆者は考えます。 補足 客室乗務員はお客様の体に触れてはならないというのが大原則です。 しかしながらWCHCのお客様が搭乗される際、あるいは降機の際に「お手伝いしましょうか?」と言って屈強な男性クルーがお客様をヒョイと抱き上げて機内を移動している姿を筆者は何度も目撃しています。 欧米ではお客様の体に触れることは、後々様々なトラブルの原因になりますから、基本的にはお手伝いをすることはないのですが、お客様の同意を得て、証人となる他の同僚がいる場所で、「自分にできることは何でもする。」というのが乗務員の考えだと感じました。 ただ、そのことをお客様の側から期待されて、求められてもお手伝いはできないということをご理解いただきたいと思います。 今回の日本航空機の事故でも、PRMのお客様が乗っていらしたと聞いておりますが、きちんと全員脱出できているのも、クルーの皆様方の不断の努力と的確な判断力があってのものであると、高く評価していただくに値するものだと考えます。 皆様方の安全で快適なご旅行をお祈りいたしております・ 参考 善きサマリア人の法(Wikipedia) 緊急脱出したら手荷物はどうなるのか(YAHOOニュース 2024-1-3) ※おことわり 本編は筆者の長年にわたる航空会社での経験をもとに、読者の皆様方の一つの参考となることを目的として平易に書いたものであり、各航空会社の取り扱いを示すものではありません。また、本編の内容につきまして、各航空会社へお問い合わせをされても航空会社が回答の責を負うものではありません。 あらかじめご了承ください。
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yutaka-news · 7 months
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3月になりました。
いつも出演作品の告知が直前になってしまい恐縮です。
今回は出演作品のお知らせの前に日頃のこと、思っていることを先にこの場でお伝えしたいと思います。
能登で起きた地震から2ヶ月。 正直、自分が想像している復旧にはまだまだ程遠く感じています。
ボランティア登録をして、希望日時を出していますが、ボランティア協力したいという人が多いのでしょうか、受け入れがまだ整っていないのでしょうか、返事を待っている状況です。
僕は石川県民です。このまま時間だけ過ぎていくのがとてもつらいです。 自分にも日々の生活があり、毎日じゃなく時間をつくってのことになりますが、登録しないとボランティア活動できないというのもあり、能登につながりがある方、炊き出しのお手伝いとか少しの時間でも何かあればさせていただきたいと思っています。 個人的にでもご連絡いただきましたら幸いです。
次に自分が活動している業界のお話です。
日本の映画業界のパワハラやセクハラ、二次加害などについてです。
僕は2021年に出演作品がアップリンク吉祥寺で公開となり、映画館で公開されることを喜び、宣伝活動や舞台挨拶に登壇しました。 知り合いの監督は「申しわけないけどアップリンクなら行かないよ」と伝えられ、公開中のある日にはカメラマンの知り合いが僕に連絡をしてきました。 「アップリンクはパワハラ問題が解決したわけじゃないから、もうひとつの上映してる劇場に行きますね」と。 その連絡を受けて僕は「出演作品を上映してくれる」ことで問題を解決していない劇場を黙認してしまうことになる自分に嫌悪しました。
上映する劇場は監督や僕たち出演俳優ではなく配給会社が決めてきます。その結果、アップリンク京都も決まっていましたが、監督にアップリンク京都だと舞台挨拶も宣伝もしないとお伝えしました。監督も親身に相談にのってくださって、自主配給に切り替え、監督はもちろん、まわりのご協力もあり、劇場も変えて公開を続けました。 当時、自分が信用している方々やお世話になっていた映画祭のスタッフの方々などにはこの件はお伝えしていました。 そういった方々だけが知っていてくれればいいと思っていましたが、自分が今までどう思い過ごしてきたのかをこうして自分のホームページでお伝えすることにしました。
そして、いろいろな疑念や問題が解決されていない関係者の作品を上映することには断固、反対したいと思います。(※懸念していた劇場のひとつはスタッフによる反対の声もあり、上映中止になりましたので、削除し、訂正した文になっております)
自主制作映画などは監督はもちろん、キャスト、スタッフも撮影しているときにどこの映画館や映画祭で上映されるかはわかっていない状態で参加していて、俳優やスタッフの意見などを全部聞いていられないこともあり、意図してないところで公開などが決まります。
なので、上映する劇場の決定権のない(知り合いである)俳優などが疑念が晴れていない場所などで出演作品の上映が決まった場合に宣伝したりする気持ちはわからないわけではないけど、その場合は僕は応援はできません。
僕自身、正直、いろんな背景を知らなかったりもするので、今後もそういった情報を収集して、問題あることには注視していきたいです。それでも気がついていないことなど、教えていただきましたら幸いです。
そして、劇場や映画祭などでは監督やキャスト、スタッフなどに疑念がある作品は上映しないことを望みます。
僕自身も過去にその場を盛り上げようとしたり、無自覚に空気を読めず発した言葉で誰かを傷つけてしまったことがあり、当時、怒られたり、注意をうけて、猛省して今に至ります。 逆に上司や後輩から不条理なことを言われることもありました。 これからも日々気をつけて過ごしていこうと思います。
自分がお世話になった劇場や映画祭も今後はその姿勢を自分なりに捉え判断して、行かなくなることもあると思います。
そして、この業界だけでなく、あらゆる業界、業種で働く人々が搾取だったり、不利で不条理な環境に身をおかなくてはいけない世の中にならないことを望みます。
地方で細々と活動してる俳優のこのホームページをご覧の方は少ないとは思いますし、伝わることはないかもですが、こちらにて思っていることを綴りました。 (共感できることはないかもですが、まあまあ長い文でお時間もとらせてますので、まずは読んでいただきましたみなさまに御礼申しあげます)
さて、3月の出演作品などのお知らせです。
3月2日 奈良県立図書情報館交流ホールにて 出演作品『かぞくわり』 (塩崎 祥平監督) 上映です
定員の50名はご予約にて満員御礼となっております。 ありがとうございます。
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3月2日から9日まで 【あわら湯けむり映画祭】にて 出演作品『最後の生活』 (渡邉 高章監督)
Gプログラムとして会場の長谷川旅館さんと、セントピアあわらさんにて上映です
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3月9日 石川県白山市の社会福祉法人「ひびき」
同法人が運営する障害者福祉施設「つながりの家」(北安田町)にて
出演作品 『地球星人は空想する』 (松本 佳樹監督)
チャリティー上映会として上映されます。 主演を務めたのは「ひびき」施設職員の田中祐吉さんです。 田中さんは以前から上映会に向けて準備を進めていましたが、能登での地震の発生を受け、チャリティーイベントとして上映することを決めました。
10時と14時の2回上映です。 (30分前に開場) 定員は各回80人 料金は1000円 収益の全てを、被災地の障害者支援に取り組む認定NPO法人「ゆめ風基金」(大阪市)に寄付するとのことです。
チャリティー上映会のことは北陸中日新聞さんのwebでも記事で紹介されています。
追加で情報が入ったり、告知忘れなどはまたSNSで随時お知らせいたします。
3月もよろしくお願い申しあげます。
この綴った文をまた年月が過ぎて、ふと読み返すことがあった時には、地震の復旧はもちろん、業界の問題などがよい方向へと解決していますように。
そして、この国にいたいなと思えるそんな国でありますように。
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myonbl · 7 months
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2024年2月26日(月)
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教員生活も35年、この間普段の原稿執筆はもとより、私信でさえも悪筆を理由にキーボードを叩いてきた。その結果、たまに書類に手書きで記入するときなど、本当に漢字が書けなくなってしまった。デザインはわかってもディテールがわからないのだ。一念発起、今日から手書き手帳生活を始めることにする。TNP(トラベラーズノート・パスポート)は持ち歩いてのメモ帳に、TNR(トラベラーズノート・レギュラー)は出張や旅行時などに使用する。このtumblrもTNPのメモをもとにして書くことになる。悪筆は仕方ないが、丁寧に書けば何とか他人様に読んでいただける、そんな文字を書くために今日から精進するのだ。
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5時45分起床。
昨晩の点滴効果で、ココが💩をしていた。喜んでトイレを掃除する。
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朝食。
洗濯。
珈琲。
8時40分、ツレアイ(訪問看護師)が自転車で出勤、訪問2件。
録画番組をディスクに書き出す、ポワロ・コロンボ・ホームズ。
西七条郵便局へ、葉書5枚&スマートレター5通(¥1,215)。
東京の落友・Nさんに、関西ローカルの落語を録画したディスク(No.69)をスマートレターで送る。
岩波新書編集部に、昨日発信出来なかった読書ノート申込を葉書に書いて投函する。
西大路七条・笹寿し伍十で雛祭りの寿し予約、手まり寿しのセットを注文する。クーポン券(500円)があったので、¥5,100。
イオンモール五条の無印良品へ、パスポートメモ3種類を試しに購入する(¥360)。
NURO光から着信、10Gコース変更のための日程調整のための打合せ、明日の午後に電話するよう申し込む。
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帰宅すると、東京かわら版(3月号)が届いていた。落語協会の真打披露目は3/23(土)のチケットを準備済みだ。
ツレアイ帰宅。
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ランチ、彼女にはサッポロ一番塩ラーメン、私は日清の冷凍お好み焼き、三男はサッポロ一番味噌ラーメン。
彼女は<ひとまち交流館京都>で、月例のテディベア作り、M姉・O姉も一緒に。
私はAppleに電話、iMacの下取りに出したMacBookAirのギフトカードが届かないので調査を依頼、返答は<ギフトカードではなくアカウントに返金済みです>とのこと。うっかりしていたが、支払形態に合わせた返金となるので当然のこと、ちと恥ずかしいがホッとする、何しろ¥55,000は大金だ。
軽く午睡。
夕飯は買い物せず在庫で調製、冷凍庫から干物を出す。
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息子たちの夕飯、浜峰商店の鯵の干物、具沢山味噌汁、白ワイン。
ツレアイにはカマスの干物を焼く。
録画番組視聴。舟を編む第2回。
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名探偵ポワロ
第2話「ミューズ街の殺人」/ Murder in the Mewsシーズン 1, エピソード 2 300年続いている花火大会の夜、事件は起こる。その夜、ジャップ警部、ヘイスティングス、ポワロは夜空に上がる花火を見上げながら、こんな夜は殺人が起 きても銃声がかき消してしまうだろう、と話していた。翌朝、ポワロはジャップ警部からの電話で現場へ呼び出される。そこには、拳銃で頭を撃ちぬかれた女性 の遺体が!彼女は自殺か?他殺か?
片付け、入浴、体重は300g増。
パジャマに着替えて日誌書く。
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今日は細々とよく動いた。手書き手帳生活も順調なスタートだ。
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budotsmediaph · 9 months
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BUDOTS MEDIA - WORK WITH JAPANESE TV PRODUCERS
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バート・サクワーダおよび彼の会社、BUDOTS MEDIAは、特にビサヤ地方、セブ島、ボホール、ネグロス、そしてパラワンのような遠隔地でのビデオ撮影を含む、制作会社の研究および制作をサポートする準備ができています。
私たちはドローン、生成AI技術、イラストレーション、地図を使用します。また、日本のクライアントの要件を理解し、以前の日本のクライアントとのアサインメントからの経験を持っています。
2014年、バートはフィリピンでメディア制作会社「BUDOTS MEDIA」を設立しました。BUDOTS MEDIAは、日本のメディア会社ASIAVOXと協力しました。このコラボレーションの成果���、フィリピンでのビデオ制作の研究に貢献し、以下の音楽ビデオの制作につながりました。
2023年7月19日(水)に発売された=LOVEの14枚目のシングル『ナツマトぺ』のミュージックビデオが公開されました。このビデオは、佐々木舞香と野口衣織がダブルセンターを務めます🥂。
『ナツマトぺ』は夏のオノマトペで、フィリピンのセブ島、マクタン島、ナルスアン島、カオハガン島で撮影されました✈️🎬。
この作品は、夏全開でオノマトペに溢れた女子旅で、10人が参加しています🏝️🚤✨。皆さんも、自分なりの『ナツマトぺ』を探してみてください🌞。
そして、オフショット写真が多く見られるエンドロールもぜひ最後までご覧ください。
BUDOTS MEDIAは、セブ島で開催された「BONDORI」フェスティバルの公式ビデオグラファーとして活動しました。このイベントは、日本人会セブによって主催され、日本文化の促進と地元のESL(英語教育)言語学校の支援を目的としています。 2013年、台風ハイヤン/ヨランダの後、ボランティアとしてヨーロッパからフィリピンに到着したバートは、セブでの日本のプレス出版物の品質にすぐに感銘を受けました。セブ市の詳細な地図やガイドを掲載した出版物で、特に「セブNAVI」と「CEBU TRIP」といった雑誌があります。
バート・サクワーダは、2003年から2010年にかけて、日本の東京で携帯電話技術(iモード、ケータイ)の研究を行いました。 彼の研究は、iモードの普及とその影響に重点を置いており、日本のモバイル技術の進化を深く分析しています。 サクワーダの業績は、日本における携帯電話の革新的な使用と発展に対する理解を深めるのに貢献しました。
2023年 NHK 所さん!事件ですよ「1匹2億円超え!?ニシキゴイが世界的ブーム ~中国~」
2023年 NHK 有吉のお金発見 突撃!カネオくん「子供が行列!人気スポット ~インド~」
2023年 NHK スポーツヒューマン 「体操・宮田笙子 ~中国~」
2023年 NHK ニュー試「世界の入試で未来が見える!インド工科大学 ~インド~」
2023年 NHK 100カメ「Pokemon World Championships」
2023年 NHK 世界のグぅ!話「すご~く努力して身に着けたスゴ技の価値がわかってもらえない~インド・リサーチ~」
2023年 NHK BSプレミアム 「ジャイアントパンダのタンタンと飼育員1000日の記録 ~中国ロケ~」
2023年 日本テレビ ザ!世界仰天ニュース 「美容整形被害 〜フィリピン〜」
2023年 日本テレビ ヒルナンデス!「フワちゃん韓国旅 ①②」
2023年 日本テレビ 上田と女が吠える夜 「リサーチ ~香港~」
2023年 日本テレビ カズレーザーと学ぶ。「リサーチ ~韓国~」
2023年 BS日テレ DAIGOのお願い!ワールドツアー 「出るかブルーサファイア!?宝石を掘る!~スリランカ~」
2023年 BS日テレ DAIGOのお願い!ワールドツアー 「韓国ソウルで美・食・酒!望月理恵の願いをかなえる旅 〜韓国・ソウル〜」
2023年 BS日テレ 「密着取材!スズメバチの脅威!! 〜台湾〜」
2023年 TBS 世界くらべてみたら 「日本の匠vs世界の汚れ ~フィリピン~」
2023年 TBS 人生最高レストラン 「リサーチ ~アイルランド~」
2023年 TBS 世界くらべてみたら 「リサーチ ~台湾~」
2023年 BS-TBS 憧れの地に家を買おう「セブ島に家を買おう ~フィリピン~」
2023年 テレビ朝日 スパーJチャンネル「卵かけご飯、香港でブーム 独自に進化、究極のTKG ~香港~」
2023年 テレビ朝日 「池上彰のニュースそうだったのか‼」×「林修の今しりたいでしょ!」コラボスペシャル 「〜韓国〜」
2023年 テレビ朝日 「楽しく学ぶ!世界動画ニュース・リサーチ」
2023年 テレビ朝日 謎解き戦士!ガリベンガーV 「リサーチ」
2023年 テレビ朝日 池上彰のニュースそうだったのか‼「3時間SP世界のニュース ~中国~」
2023年 フジテレビ 「ケーキのかわり 〜フィリピン〜」
2023年 フジテレビ 奇跡体験!アンビリーバボー「二つに割れる海 ~インド~」
2023年 フジテレビ 奇跡体験!アンビリーバボー「勝手に動くマネキン ~フィリピン~」
2023年 フジテレビ LiveNewsα 「日本企業進出 ~インド~」
2023年 フジテレビ 世界何だコレ!?ミステリー「リサーチ ~韓国~」
2023年 BSフジ ガリレオX「新たな治療法を確立せよ! アンメット・メディカル・ニーズに応える最新研究 ファーマエッセンシア ~台湾~」
2023年 テレビ東京 物流Z 御用聞きが未来を拓く
2023年 読売テレビ グッと地球便 「ジュエリーデザイナー中村瑠衣さん ~スリランカ~」
2023年 読売テレビ グッと地球便 「柔道整復師 錦戸正敏さん ~モンゴル~」
2023年 読売テレビ うさぎとかめ 「草彅剛に勝手に別荘プレゼン企画第4弾 〜フィリピン・マニラ編〜」
2023年 読売テレビ うさぎとかめ 「草彅剛に勝手に別荘プレゼン企画第4弾 〜フィリピン・セブ編〜」
2023年 読売テレビ るてんのんてる「ChatGPTが思う究極のカレーとは? ~フィリピン~」
2023年 韓国観光公社 【韓国グルメ34選】「なえなのが食べ歩きでソウルや仁川の伝統市場の美味しい地元ごはんを紹介!~ソウル~」前編・後編
2023年 =LOVE(イコールラブ)「 ミュージックビデオ ~フィリピン・セブ島~」
2023年 Huluオリジナル「挑戦者・山下智久 ~韓国~」
2023年 関西ペイント「PV ~インド~」
2023年 集英社+博報堂 「北方謙三 チンギス紀 広告撮影 ~モンゴル~」
2023年 韓国交通公社 「観光通訳案内電話サービス1330 ~韓国~」
2023年 ファーストリテイリング 「ユニクロ 〜フィリピン〜」
2023年 スシロー 「企業VP ~香港~」
2023年 テレビショッピング「マリーゴールド ~インド~」
2022年 NHK BSプレミアム「韓国ドラマ 世界的ヒットの秘密 〜密着 企画制作の現場 〜韓国~」
2022年 NHK BS1 Tokyo Docs Colors of Asia 受賞作品 アジアに生きる 挑みつづける者たち 「ナットブラザー 社会的芸術家 〜中国〜」
2022年 NHK BS1スペシャル 「市民が見た北京オリンピック 〜中国〜」
2022年 NHK 5夜連続生放送 「春よ、来い! ~ネパール中継~」
2022年 NHK スポーツ×ヒューマン「スポーツクライミング 伊藤ふたば ~韓国~」
2022年 NHK 有吉のお金発見 突撃!カネオくん「食卓に欠かせない!“たまご”のお金の秘密 ~香港~」
2022年 NHK 「ABUソングフェスティバル in インディア 〜インド〜」
2022年 NHK 四大化計画~世界は3つで語れない~「ダイヤモンド深堀~インド・リサーチ~」
2022年 NHK コンテナ全部開けちゃいました!「博多港編 ~香港~」
2022年 NHK World Direct Talk 「SANCHAI代表:仲 琴舞貴(なか ことぶき)NATURAL PEANUT BUTTER ~ネパール~」
2022年 NHK World Direct Talk 「Saathi共同創設者/クリスティン・カゲツ 持続可能なパッドがインドの女性に力を与える ~インド~」
2022年 日本テレビ 世界一受けたい授業「SKY-HI先生が感動した世界のスゴイ演出! ~マカオ~」
2022年 日本テレビ 世界一受けたい授業「開運茨城キャンペーン ~台湾~」
2022年 日本テレビ 世界一受けたい授業「海外のデジタル庁 ~台湾~」
2022年 日本テレビ 世界一受けたい授業「ユーミンの魅力~台湾~」
2022年 BS日テレ DAIGOのお願い!ワールドツアー 「香港映画の聖地巡礼がしたい 〜香港〜」
2022年 BS日テレ DAIGOの世界きまぐれリモートツアー 「人気リゾート地 フィリピン・セブの旅! 〜フィリピン~」
2022年 BS日テレ DAIGOの世界きまぐれリモートツアー 「韓国・ソウルの旅 第2弾 ~韓国~」
2022年 BS日テレ DAIGOの世界きまぐれリモートツアー 「韓国・釜山の旅 ~韓国~」
2022年 BS日テレ DAIGOの世界きまぐれリモートツアー 「マニラの旅! 〜フィリピン~」
2022年 TBS 神アプデ!ニッポン!「利用可能なアップデーとが世界中にあります ~インド~」
2022年 TBS 神アプデ!ニッポン!「リサーチ ~イギリス・スウェーデン・フィンランド・アイルランド・ドイツ               オーストラリア・イスラエル・オランダ・アメリカ・韓国・中国・台湾・インド・フィリピン・シンガポール」
2022年 BS-TBS 新・世界絶景紀行スペシャル「心を癒す3つの楽園 ~スリランカ~」
2022年 テレビ朝日「電脳ワールドワイ動ショー・リサーチ」
2022年 テレビ朝日 謎解き戦士!ガリベンガーV 「リサーチ ~オーストラリア~」
2022年 テレビ朝日「マツコ&有吉 かりそめ天国 リサーチ ~韓国~」
2022年 テレビ朝日 池上彰のニュースそうだったのか!! 「~中国・台湾~」
2022年 フジテレビ 奇跡体験!アンビリーバボー「リサーチ ムケシュ・アンバニ氏豪邸 ~インド~」
2022年 フジテレビ 「土曜プレミアム・世界法廷ミステリー 罪からの逃亡者 リサーチ ~韓国~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「クロガラシ畑と養蜂 篇 ~インド~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「壁養蜂 篇 ~インド~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「ヒンドゥー教と蜂蜜 篇 ~インド~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「ゴマ蜂蜜 篇 ~インド~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「街のミツバチを保護する 篇 ~フィリピン~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「樹上のハニーハンティング(前編) ~フィリピン~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「樹上のハニーハンティング(後編) ~フィリピン~」
2022年 テレビ東京 Beeワールド「東洋ミツバチのハニーハンティング ~フィリピン~」
2022年 テレビ東京特番 「世界のお店にツッコミたい! 〜韓国〜」
2022年 テレビ東京 有吉の世界同時中継「今、そっちどうなってますか? 〜フィリピン~」
2022年 テレビ東京 有吉の世界同時中継「今、そっちどうなってますか? 〜マレーシア・ボルネオ島~」
2022年 読売テレビ グッと地球便「ジュエリーデザイナー 中村瑠衣さん 〜スリランカ〜」
2022年 アメバTV 「リサーチ シャインマスカット ~韓国~」
2022年 JICA 「インスティテュート・オブ・チャイルド・ヘルス病院 ~インド~」
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aronespace · 2 years
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私の話
 最初は5歳の秋か冬、長袖の季節だった。幼稚園生だった私はおたふく風邪だか水疱瘡だかに罹り、しばらく園を休んでいた。その時期園では、同じ組の子たち同士でなんとなくチームを組んで、ロボットやら指輪やらを工作してそれを下級生向けに販売しよう(もちろん紙でできたおもちゃのお金だ)という、ものづくりやチームメイトと協力する力を伸ばし、お金の使い方や年下の子への振る舞いを学ぼうといった趣旨のイベントがあった。準備期間もそれなりにある季節の一大イベントで、みんな楽しみにしていたように記憶している。そして私はチーム決め直前に園を休み、戻ってきたときには先生によってすでに振り分けられたチームで行動することになっていた。どんなチームに割り当てられているのだろうと不安な思いで登園すると、私は牛乳パックでロボットを作る、「男の子」しかいないチームにひとり放り込まれていた。どんな経緯でそうなったのかはわからないが、最初は憂鬱だったのをなんとなく覚えている。自分だけ違うところに混ぜられてしまったのだと感じた。  しかしそこにいるうちに、いつも一緒にいる「女の子」たちといるときとは違う感覚になった。彼女たちといるときとは違った居心地の良さ、安心感。ロボット作りには最後まで楽しさを見出せなかったけれど、その空間は身の置き所としてはこれまで感じたことのない高揚感としっくりくる感じを覚える楽しい場所だった。自分と違うと思っていた属性の中に放り込まれたはずなのに、「自分も『(女の子ではない存在としての)男の子』側なのだ」と感じた。自分に割り当てられている属性は自分のものではないのだと、こんなふうに明瞭に言語化はできなかったけれど、自分に割り当てられてきた属性とその扱われ方に対する違和感を、感覚として初めて理解した初めての経験だった。ひとまずそのときの私は、自分のことを「『女の子っぽい女の子』ではない」のだと理解した。特に仲のいい関係を築いてきたのは「女の子」との方が多かったけれど、チラシで剣を作ったり体育館の大きな積み木で遊んだりするときは「男の子たち」の中にいる方が安心した。人間関係と所属意識の違いが少し明らかになり始めた。その年の七五三、赤い着物を着て髪をセットされた(当時は髪が肩まであった)が、ものすごく居心地が悪くて嫌だったことを覚えているし、親によるとかなりごねて不機嫌だったらしい。
 次は10歳、小学4年生の秋。私の地域では毎年4年生が地域の学校で集まって合唱コンクールに出るという行事があった。最初は何とも思わなかったが、単純な子どもだったので練習するたびに課題曲も歌うことも好きになっていくし、本番が待ち遠しかった。  本番が目前に迫ってきたある日、合唱指導担当だった先生から当日の服装についての説明があった。男の子は白い上に黒のズボン、女の子は黒いスカート。それを聞き、どう表せばいいかわからない不快感が湧き上がってきた。スカートを履きたくない。どうして私はスカートを履く側なのか?どうしたら履かなくて済む?あれだけ楽しみにしていたのに、その日を境に本番が近づくのが嫌でたまらなくなった。親が買ってきたスカートを履いたときの違和感は強烈に残っている。しかし音楽会は例年より少し早めのインフルエンザ流行のため中止になった。その報に泣いている子もいたし、私も残念な気持ちはあったが、それ以上にスカートを履かなくて済んだことに安堵した。まさかそんな理由で中止が嬉しかったなんて言える空気ではなかったので、友達に合わせてがっかりした表情を浮かべていた。またこの頃から身の回りの物へのこだわりが出始めた。最初は親に言われるがままに着ていた「弟へのおさがりでも使えるような服」を自ら選んで着るようになり、「女の子」でひとりだけ青い習字セット、青い裁縫セットを使い、家庭科で作った巾着も白と黒のドラゴンモチーフの布を使っていた。常に短い髪、同年代の平均より常に高い身長、青やグレー、黒のパーカーやトレーナーにジーンズ、手提げ袋に至るまで「女の子」っぽさを排除した見た目の中で、ランドセルだけがずっと浮いていたように思う。入学前親に連れられてランドセルコーナーに行ったとき、漠然と赤は嫌だという思いがあったが、「女の子」用のものは赤やピンク、オレンジしかなく、色ではなく大人っぽい響きの名前が気に入ったという理由と、言葉にならないけれど確かにあった何かを諦めたという思いで、渋めのローズピンクのランドセルを背負っていた。年齢が上がっていくにつれ「女の子らしさ」がなくなっていく見た目の中、ずっとランドセルだけが私の「本当の」所属を周囲に示すもので、これを背負う限り私は何をしようとも「女の子」にカウントされるということを思い知り、「そうじゃないと思うんだけどな」のような微妙な気持ち��いた。どうして自分がそう思うのか、というところまでは考えられなかったけれど、「女の子っぽい」という記号を身に付けることへの拒否感は確固たるものになっていた。
 次は中学生。当然制服のスカートが嫌だった。小学校の卒業式のときもスカートは確かに嫌だったけれど、上にはおるグレーのジャケットがかっこよくて気に入っていたため一日だけなら、となんとなく乗り越えたが、これからずっと着なければならない制服は本当に嫌だった。でも登校したらほとんど毎日午前中にジャージに着替えていたし(時間割の関係でそうだった)、運動系の部活をやっていたため下校は毎日ジャージだったので、憂鬱感は徐々にごまかせるようになっていった。  小学校からほとんど持ちあがりの、狭く密接で固定的な人間関係という土壌がある中でのクラスメイトからのまなざしは、嫌でも表面的なもの以外の情報も伝えてくるもので、この頃になってくると自分が周囲からどう見られているかを何となく察するようになっていった。周りは段々と女/男の境界がはっきりしたものになりそれぞれの文化が別のものになっていく中で、「女の子」への所属意識をどうしても持てず、「そうではない」存在に近づこうと「男の子」たちのコミュニケーションをロールモデルとして振舞い方を学習した結果、「女の子」たちからは自分たちのメインストリームからは外れていて色々と変だけれど、一応同じ場所にいる他者として、「男の子」たちからは他の「女の子」と比べると自分たちの文化にどこか(「理解している」ではなく)近いけれど、でも同じ存在ではない他者として、「女の子っぽくない・男の子っぽい女の子」のような、どちらからも微妙に浮いた存在として認識されていたように思う。加えて恋愛の話題に絡んでくる子/そうじゃない子の新たな境界も生まれるようになり、誰が付き合っている、デートに行った、夏休みどうするのように話題になる内容が具体的になり、その話題を中心に人間関係の構図が作られ、恋愛との距離感によってヒエラルキーが生まれるようになり、それに伴い会話のあらゆるところに理解できない目配せや気配り、謎のルールも絡まってくるようになると、恋愛ごとを面倒に感じ、それらの事象に巻き込まれるのが嫌な 「男の子」 たちは、 相変わらず髪が短くてクラスの中で3,4番目に背が高い、見た目が「女の子」的ではない、自分たちと近い「男の子」的なコミュニケーションをとって接してくる、一切恋愛の話をしない私を他の「女の子」ほどは警戒せず(「恋愛的な文脈での楽しさを見出せず・高揚せず」とも言い換えることができる)、「女の子」たちも、 恋愛の話題を振られても求められていたような回答をできなかったことでそのルールを理解していないことを見抜き、普段の様子から関心があるようにも見えなかったであろう私なら男の子のそばに置いていても面倒なことは起こらないだろう(ライバルになったり、噂話をして余計な広がり方をさせたりしないだろうのような)と、どちらにとっても曖昧で便利な側面を持っている存在だったと思う。それによって、「男女」間で起きるであろう揉め事を減らせると考えた(であろう)班を決める係のクラスメイトによって、校外学習や修学旅行といったイレギュラーでトラブルをなるべく起こしたくないイベントでの班編成では、いつも男子の中にひとり放り込まれる役だった(3年間「女子」が奇数のクラスだったため)。班を決めた子から「女子一人でごめんね」と謝られたが、なんて返せばいいかわからなかった。そう扱われることに慣れていたし、そう扱われることが嬉しかった。「女の子」の中に入れられる方が自分との差異やそこにいることの違和感を強く感じさせられるから、 「男の子」たちとともに「あっちが何考えてるかわからない」と振る舞うことで、自分の「女の子ではない」感覚を正当化できる環境の方がずっと楽だった。だからといって自分を「男の子」だとは思えず、「女の子ではない」存在として「男の子になりたい」と素朴に願っていた。
 「女の子ではない」という思いは自分の肉体にも向くようになっていった。胸が大きくなるにつれブラジャーをしないと揺れて邪魔だし痛いしで毎日つけていたが、ある日その工程がどうしても嫌になり、素肌にジャージの半袖を着て、その上からいつも通りの制服を着て登校した。いつものように1時間目の授業を終えジャージに着替えたときの、何とも言えない嬉しさと居心地の悪さが混ざった感覚。本来こうあるべきだったという感覚と、いつもより肌にまとわりつく気がするせいでより目立ってしまう気がする身体の丸み。念のため学校にブラを持っていこうなんて微塵も思わなかった(これは決意というよりそこまで考えが至らなかった、着替えの肯定をすっ飛ばした瞬間の満足ですっかり忘れていたという不注意によるものだった)ため、一日中居心地の悪さを引きずって猫背で過ごすことになり、それ以降ブラをつけることは諦めて受け入れた。「女の子じゃない」存在として扱われるためにできる方法を探し、少しでも「男の子」的になろうとそちら側に行動を寄せ、しかしどうしても「男の子」にはなれず、「男の子」のアイデンティティを自分の中に見つけることもできず、「女の子」の記号を与えられているのなら結局私は「女の子っぽくない女の子」なのかな、と思っていた。6年間制服のスカートを履いているなかで、自分のアイデンティティをいったんそうやって理解することにした。そうであるだけでも浮いていたけれど、恋愛の話題に関わらない限り目立つことはなかったので、基本的には地味な子どもとしてどうにかやり過ごすことができた。  私が高校まで暮らしていたところは東北の田舎で、そこは非常にシスヘテロ的でバイナリーで、女/男しか存在せず、恋愛、性愛をする人しか存在しないところだった。そんな中で私は「ボーイッシュな女の子」という言葉で済まそうとするにはあまりにも色々な要素が浮いていて、しかしそれはただ私が浮いているパーソナリティである以上の意味を持たなかった。(そして、そこでは障害や家庭環境、それらによっておこる不平等も単に個性でしかなかった。)どんな装いをしようと、どんな振る舞いをしようと、どんな思いで生活していようと、私は「女の子」としてカウントされ、「女の子」というアイデンティティを持ち、その規範に沿って生きていくべき存在でしかなかった。
 高校を卒業し地元に比べると圧倒的に都会だった地域で暮らし始め、新たな生活を過ごすなかでAロマンティック、Aセクシュアルと出会い、これまで感じてきたわけのわからなさにセクシュアリティという名前がつくことを初めて知ることができた。  大学生になり自分で服を買うようになると、スカートを選ぶことができるようになった。家ではジャージかジーンズしか履かなかった娘が、帰省してきたときにスカートを履いている姿を見た親がびっくりした表情を浮かべ、「似合うじゃん」と言われて微妙な気持ちになったのを覚えている。相変わらず髪は短かったし、身体への違和感が爆発し、思いつく解消案としていわゆるナベシャツを着るようになったのもこの時期だった。でも、あれだけ嫌だったスカートを履けるようになったことに自分自身も理解が追い付かず、だからと言って「完全に」女の子になることができたとは到底思えず、「女の子」の記号を自分から選ぶ自分自身に戸惑ったこと。重ね着をし身体のラインを見えにくくする装いをしたことで安心すること。電車に乗っていてふと「こいつは女か?男か?」という視線を感じ(中学生頃から「女ではない」と認識される経験を幾度となくしており、胸部を探る目が顔に移動する不躾な視線の動きがどういうものかを体感として知っている)、隣に座ってきたサラリーマンは今私を何者と判断したのだろうと不快感を覚えたこと。同時にその困惑を引き出せたかもしれないことにうっすら喜びを感じたこと。成人式で振袖を着るのがどうしても嫌で、別の予定を入れ地元に帰らなくて済むようにしたこと。この時期に#Metoo、フラワーデモに出会い、そしてフェミニズムに出会うことで、服装や身に付けるものも社会によってジェンダー化されていること、誰でもその規範から自由になれることを知った。セクシュアリティとフェミニズムは不可分であるし、本の中に書かれている社会構造の不平等や差別は私の身に降りかかるものとも似ている部分があったため、やっぱり私は「女」というジェンダーにカテゴライズされる人間なのかと思うようになった。
 私が参加したフラワーデモでは、何度かトランスジェンダーの方がマイクを取っていた。またそこで出会った人に紹介されたコミュニティにもトランスジェンダーの方が何人もいて、書籍の中だけでなくリアルな存在として、シスジェンダーではない人は決して遠い存在ではなかった。それだけでなく、当時セクシュアリティに関する情報のほとんどはオンラインで手に入れており(地元を出るまでLGBTという単語にすら触れたことのないような人間が、いきなりどの本を図書館で探せばいいのかわかるわけがなかったし、オフラインでAセクシュアリティに関する情報を探すのはさらに至難の業だった)、本で語られることを吸収することも大事だったけれど、YouTubeやツイッターを見れば本当に性的マイノリティの人間が生きていることを感じられることがあまりにも新鮮で、文字通り生きる希望になった。今はもう更新していないが、noteという媒体では今に続く私にとっても本当に大切な出会いをすることもできた。その人の文章を読むことで、Aセクシュアリティ、そして「男でも女でもない」と説明されることの多い、バイナリーな性別二元論では語ることができないアイデンティティの存在を知った。私が生きてきた、そして今も生きているこの社会がどれほど性別二元論に支配���れており、それがどれだけの人を差別し、苦しめ、傷つける構造になっているのかを知り、彼らと連帯しなければならない、伴走者にならなければならないと強く思った。
 
 同時に、性別二元論への馴染めなさは、私自身の体内にもずっと昔から近からず遠からずの距離感で確かに存在していた。フェミニズムを学び、「『自分はフェミニストではないけれど』と言いながらフェミニズム的な発言をする人が多い」と、どちらかといえば批判的な文脈で語られているのを見かけ、確かにそうだよなと思う一方で、自分は完全に「女」を引き受けるのはしっくりこないな、という思いもずっとあって、「フェミニスト」と名乗るまでにかなり時間がかかった(し、正直今も名乗ることに抵抗感というか戸惑いがある。それは私のアイデンティティによるだけでなく、私があまりにもフェミニズムのことを知らなすぎることも大いに関係している)。フェミニズムが指摘する構造的な差別において、私は【「女」が受ける差別】を受ける立場にいたと思う。だけど、私がこれまで自分に感じてきた違和感は「女じゃない」という感覚によるもののはずだった。私なりにではあるがセクシュアリティやジェンダーなどに関することを学んできた中で、これを「女」の多様性の枠で語ることはできるのだろうかと改めて自分に対し疑問を持つようになった。でも、「女じゃない」なら何なのだとか、これまで「女」に馴染んで生活しているじゃないかとか、「女」の枠にいるからこその語られ方をしているじゃないかといった考えを拭えず、もやもやした思いは残るけれど、これまでのように、そういう違和感を一生抱えたうえで私は「女」をやっていくしかないのだと、諦めと不本意な受容が混ざった覚悟を決めた。
 その後、感染症流行による人との接触の減少、それに加えて鬱を発症したことで人と会わ(え)ない期間を長く経験して、就職活動が始まった(めちゃくちゃしんどかった)。何もわからなかったので学校のキャリアセンターに1から10まで頼りっぱなしだったのだが、そこで「スーツは黒で、スカートでもパンツでもいいけど今から買うならスカートが無難」というようなことを言われた。そのとき、久しぶりにスカートへの嫌悪感を強く感じた。私服でスカートを着るくらいになっていて嫌悪感はだいぶ薄くなっていたはずなのに。 フェミニズムを学んだことでシンプルに最悪なセクシズムが働いている発言だということを昔より高い解像度で理解し、そのことで怒りを覚えた感覚もあったけれど、 どうしてこんなに、あの頃と同じくらい嫌だと感じるているのか、自分に戸惑った。  スーツを売っている店の前を通ったり配られたチラシを読んだりしてみたけれど、無理だという思いがあまりにも強固で、どうにかしてスカートを履かないでやろうと決めた。就活のためにお金を使いたくなかった(鬱が治りきらないまま就活→実習→試験勉強というルートでバイトに避ける時間が減っていくのがわかっていた)し、なにより黒のスカートに脚を通すたびにおしまいの気持ちになりそうで、規範へのささやかな反骨心と心を守る方法として、 大学の入学式のときに親から譲り受けたグレーのパンツスーツで就活を乗り切った。
 現在フルタイムで働いている。いわゆるケアワークと呼ばれる業種だ。職場は「女性」しかおらず、ほとんどが既婚者で、世間話としてされる会話は異性愛規範に塗れていて、「私は異性愛者じゃない!」と心の中で唱えない日はないような環境にいる。そして、新しい利用者と会うたびに新しい関係を作っていく中で「女」として自己紹介したり、「女」と認識され、「女」だから任された仕事をすることが、徐々に違和感としんどさを生むようになった。職場での自分のありかたがわからなくなって、仕事で疲れて帰ってきても夜眠れない泥の中のような日々がまた戻ってくるようになった。眠れないままとにかく横になってスマホを眺めていたある日、ふと思い出した人のブログを読み返したとき、唐突にすとんとおさまる感覚があった。そうやって私は、女ではないというアイデンティティをようやく受け入れ、自分を表す言葉としてAジェンダーと出会った。
 本当に急に腑に落ちた。あまりにも呆気ないような、それでも20数年に及ぶ私のアイデンティティの居心地の悪さを理解するための、救いのような受容感だった。私が「男の子」にカウントされようと必死で、もしくは無意識的に渇望しやってきたことは、「女の子」と認識されることが苦痛でその記号を外すために、非常に強固な性別二元論が敷かれた、男と女しかいない社会の中で、「女の子ではない」をやろうとした結果「『そうではない』存在としての『男』」であろうとするしか抵抗の方法が、そして自分自身のアイデンティティとの向き合い方がわからなかったためだった。  このバイナリーな世界では性別欄は二択しか用意されておらず、「女」ではないなら「男」だし、「男」ではないなら「女」だ。必ずどちらかじゃないと存在を認識されず、そんな世界で生きてきたら「どちらでもないなら何なのだ」と、誰よりも私が私自身に問いかけ、二元論を押し付けてきた。そっち(女)じゃないというアイデンティファイしか方法を知らなかったけれど、そっちじゃないなら何なんだという問いかけにはバイナリーを前提とした答えを持たなくてはならず、その世界では私を語る言葉は存在しなかった。社会からやることを要請されてきたのは「女」で、これまで時になんとなく、時に必死に、時に絶望しながらそれをやってきたけれど、物心ついたときからずっとそこにあったここではないという感覚を、やっと信じることができるようになった。「女ではない」「どの『性別』にも当てはまらない」「女を引き受ける」。どうしてこれが同時に成り立つのか、今までこれらをセクシュアリティの問題ではなく個人の問題として引き受けてきた。共存するしかなかったうちに自分に馴染んできた部分も確かにある。シスジェンダーであることを求められ、受容する時間もあったけれど、それでもこれまでの人生すべてをシスジェンダーと理解することはできないし、そうしなくていい。そう思えることで、ずいぶん救われる思いでいる。
 書いてきたこれらのことは、他者に対する私の性別に関する証明のためのエピソードではなく、私がどう生きてきたかのごく個人的な話でしかない。このような道筋を辿るのが、Aジェンダーパーソンにとって典型的なのか、特異なのかすらわからない。ただ、性別二元論が私のことを語りづらくさせ、アイデンティティを受容するのを遅れさせ、受容しても尚戸惑わせ、未来の見えなさに仄暗い気持ちにさせ、傷つけてくることはどうしたって否定できない。それだけではなく、今もまだ「私はAジェンダーである」ということが、「私は自分自身の性別を意識したことがない」という、Aジェンダーへの差別的発言になるのではないだろうかと恐れる気持ちがある。アイデンティティを獲得しても、それをまっすぐ祝福できるようになるには正直まだ学び、話を聞き、自分を語るための時間が必要だと思っている。私自身の、私のための話なのに、それを語ろうとすることで差別構造に加担してしまうのではないだろうかと、そしてその言葉は私自身にも向いてしまうのだろうと、ためらいと恐怖を覚えてしまう。この社会に強固すぎる性別二元論が敷かれており、あらゆる社会規範や制度、社会保障にまでそれを前提として設計をされているがために。非シスジェンダーなど存在しないと乱暴な口を開く人々がいるために。
 これらは私の話だが、同時に私を取り巻く性別二元論の話でもある。非シスパーソンの尊厳を損ね、存在ごと居場所を奪い、攻撃の対象に仕立て上げ分断させ、そうすることによって大きな顔を保とうとしている、性別二元論の話だ。私にアイデンティティと出会うことを困難にさせ、規範から外れる存在として生きづらくさせ、やっと見つけたと思えても獲得するまでに本来必要だった以上に惑わせ、ようやく手にしてもそれを祝福することを難しくさせ、語ろうとする言葉を口篭らせる、性別二元論の話だ。シスジェンダーをやろうと頑張ってきた長い闘いが終わり、そして今度は非シスジェンダーの存在を許さない社会との闘いが始まる。それも今から始まっているのではなく、ずっとずっと前から傍にあった濁流の中に巻き込まれるような感覚だ。苦しいけれど、私はそこで私と出会った以上逃れることはできないし、したくない。私��これまでもこれからも、こうのままで生きていく。私自身のことを言葉にするのがまだ難しくても、私が私のアイデンティティを信じられるようになっただけで、それはあの頃の5歳の私を救うことができるし、これからの私自身の希望になる。一度諦めたことがあったけれど、また出会うことができて本当によかった。
 私はAジェンダーだ。
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alldeniedpenguin · 1 year
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世界樹の迷宮の二次創作の設定集
設定ばっかりたまっていくけど、今日のうちに投げとくよ
・世界樹の迷宮とは?
2007年に第1作が発売された3DダンジョンRPGで、ダンジョン探索に全振りしたゲームだよ
5人で1パーティとなるキャラクターを設定し、あとは5階ごとにフロアの装飾が変わる過酷な地下迷宮をひたすら探索するゲームで、町の人や先輩冒険者との会話以外特にストーリーもないゲームだからパーティー間の会話や関係性は妄想し放題だよ
今年6月にSwitchでリメイク版が出たから購入したけど、過酷すぎて全然進まないよ
特徴はマップを自分で描く作業があることなんだけど、Switch版だとオートマッピングができるので少しハードルが低いよ
でも扉とか階段とかは自分でアイコン置かなくちゃ記録できないよ
・キャラクターの設定って?
1個の職業ごとに5種類の立ち絵が用意されていて、立ち絵に職業制限はないから、名前と職業と立ち絵を決めればいいよ
・元ネタがわかりやすすぎる
それはごめんやで
そのものずばりの名前つけてた人フォロワーにいたから私もやってみようと思って
・本文
クソ長いので次のリンクの下から行ってね
Tumblr media
役職:ソードマン(マンって言い方気に食わねえな、ソードマスターとか言えないのか?)
名前:メイユイ
別名:ハオラン(旧名)
年齢:18歳
GI:トランス女性
身長:170cm
体重:62kg
性格 非常に好奇心が強く突拍子もないことをしたり言ったりしがちだが、基本的には泰然自若としていて、パーティーのリーダーにふさわしい器をしている。わりと平気な顔をして死地に突っ込んでいくところがあるので、旧知の仲であるクリストフとアーリフの心労は絶えない。シエロから一方的に「主人」としてみなされており、ビャッコからも「将来が楽しみネ」と言われている
個性 ごくゆるいオムニロマンティック/オムニセクシャルで男性とみなした人に恋愛/性愛的な関心を抱くことが多かったが、勇敢だが落ち着いてさわやかな人物なので、男装時代は女性との交際経験が多く、男性とはまだ交際したことがない。
特技 パーティー一の怪力でクリストフをもしのぐ火力がある。
能力・スキル 得物は斧や剣を使うことが多く、斧による高火力の攻撃が決め手となることが多い
見た目 茶色いロングヘアを後ろで三つ編みにしていて、額をすっきりと出している。細身で筋肉質。この世界で言うアジア系のルックスをしている。
生い立ち 古い武家の次男の「ハオラン」として生まれたメイユイは、武芸の稽古こそ楽しんではいたが、自分が「男」であることには強い違和感を感じていた。幼い日のこと、「君が女子だからと言って僕が手加減したらそれこそ君に失礼だろう」と神学校の同級生のアーリフに勝負を挑まれた際に言われたこの言葉で、「彼女」は自分のアイデンティティがやっとわかった。それから「彼女」の本当の自分を手にするための冒険が始まる。
背景 兄より武芸に秀でていたので家督を継げないことを惜しまれてはいたが、性別違和を形にできた後は本人は兄には悪いが安堵を覚えている。見抜いたアーリフの次に相談したのは担任であったクリストフ。クリストフに相談しながら周囲や家族に性別違和を伝え、今回の旅立ちの許可に至った。
その他 「本当の自分を取り戻す秘術」は現実世界で言う性別適合手術を魔法でやるというもの。現実の手術と同様に負担が大きいのでやはり健康な人にしかできず、費用も高額である。保険がない世界なので。
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役職:メディック
名前:アーリフ
年齢:18歳
GI:シス男性
身長:173cm
体重:65kg
性格 パーティーの中で一二を争う高い倫理観を持つストイックな人物で、困っている人を見ると放っておけない青年。それは彼が移民の女性カップルの養子であり、ゲイであることもだいぶ関係していると考えられる。けがや病気の治療にあたるメディックで腕を磨いている最中だが、治療の途中に「自分を大事にするように」と説教をしてしまいがち。
個性 自分の民族的ルーツはわからず、生まれたばかりで教会に預けられたところを移民の女性同士のカップルに育てられたシス男性のゲイで、ママたちからは無理しないでいいと言われていたが成長期の終わりとともにヴィーガンを始めた。
特技 特技は料理。ヴィーガンを達成するのに必須のスキル。得意料理はダール(豆)カレー。ってか動物性食品のコクにかわってスパイスで味に変化をつけるので大体料理が香りが強く辛い。シエロが辛いのが苦手なので料理をあまり食べてくれないのが悩み。
能力・スキル けがや病気の治療が職業で、けがをしたときは彼に頼めば回復薬を使うより効率が良い。ただ命は大事に!と説教はされる。食材探しも兼ねているので、ダンジョン内の採集も得意。
見た目 イメージは南米ルーツの白人とアフリカ系黒人のミックス。肌は薄めの褐色で髪がカーリーヘアではない。これは立ち絵の都合。これまた立ち絵の都合で重装備になっているが、「回復役が倒れてはならない」という責任感で重装備をしていることにした。実際努力家でトレーニングもしていて力も結構強いほう。
生い立ち 所得に余裕はなかったが息子にちゃんとした教育を施してやりたいと思ったママたちは彼を比較的学費の安い神学校に入れる。幼い日に神学校に入ったばかりのころにメイユイ(その頃は「ハオラン」と名乗らされていたが)にライバル宣言をしたが、その流れで「彼女」が女性であると見抜く。以降二人は親友兼ライバルになり、メイユイの「本当の自分を取り戻す」旅にまで一緒に出ることになるわけだが。
背景 この世界は結婚にかんしてあまり手続きがちゃんとしていないので同性カップルが肩身の狭い思いをすることはないが、みんな平等に過酷な環境で生きているので、結婚のメリット自体が二人で所得を得られることと家事や育児を分担できること以外あんまりない
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役職:パラディン
名前:クリストフ
別名:神父様
年齢:40歳
GI:シス男性
身長:190cm
体重:80kg
性格 やや潔癖なきらいのある高潔な人物。もともと神父をしていた関係で神学校の教師をしていたが、教会の教義にずっと疑問を持っていたのが耐えられなくなり、聖騎士の資格を取り教会をやめた。年下からモテがちで、若い女性から迫られたら非常に慎重に対応するが、男性および男性に見える者に迫られてしまうとガードが緩くなってしまう。
個性 博識かつ逞しい偉丈夫で凛々しく堂々とした人物。教会にはずっと隠していたが、バイセクシャル/バイロマンティックで、10代のころに男性の恋人がいた。しかし教会に入るために別れることを選んでしまい、それをずっと悔やんでいる。その後女性と結婚はしたが、その時の後悔が漏れ出てしまい、長期間の話し合いの末婚姻は解消した。子供はいないが子どもの未来を守りたい気持ちがあったので神学校の教師になった。が教義を教えるのが辛くなり、クィアの生徒たちも何かを感じ取ったのか自分を頼って相談してくれるようになり、やはり教会の教義に従うことはできないと思い、今度は聖騎士としてクィアの生徒たちと旅に出ることにした。
特技 アーリフほどは凝らないが料理ができる。シエロは好き嫌いが非常に多いが、クリストフの作った料理は食べられるものが比較的多い。料理を教えるのももともと教師だったのでうまい。しかしメイユイは素晴らしい生徒だったが料理だけは教えても全然うまくならない。クリストフによると、たぶん力の加減ができていないとのこと。ゆうてクリストフも自分一人分の飯を作るときはキャベツ引き裂いたり骨を素手で砕いたりはする。
能力・スキル パーティーメンバーをかばうのが本職。立派な体格であり鍛錬も欠かさないので力もかなり強い(クリストフよりメイユイが火力があるのは彼女がとんでもない怪力だから)。簡単な回復の術も使える。
見た目 多くの人がイメージがしやすい白人の偉丈夫。背が高くがっしりとしていて、着やせしているが特に上半身が立派。髪は色が薄めの栗毛���、鼻が大きい。それゆえシエロからは「あのツラとガタイだろ?神父様はきっとアソコも立派だぜ」とド失礼なことを言われている。
生い立ち 彼自身はごく普通の家庭の出身と思ってはいるが、彼の家より苦しい状況の人はかなりいるという感じ。教会の運営に入り、教会を訪れる人と教会で働く者たちの状況があまりにも違うことに気が付きまずそこから教会への違和感を感じた。実は少年のころ今と変わらない姿のビャッコと出会っていて、世話も多少焼かれているが、本人はうっすらとしか覚えていない。
背景 この世界の教会は現実のカトリック教会に近い教義であり、やはり同性愛や妊娠中絶には厳しい。現実のカトリック教会ほど力を持っていないが、葬儀などは行うし、現実社会で言う公的機関の機能の一部も担っていて、学校などを運営していたりする。もちろん他の経営母体の学校もある。
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役職:ダークハンター
名前:シエロ
別名:自称「悪魔」
年齢:非公開
性別:人間の定義で言うとノンバイナリー(本人曰く、「悪魔が人間の性別に従うわけないだろ」)
身長:180cm
体重:65kg
性格 冒険者ギルドに来たメイユイ・アーリフ・クリストフにビャッコとともに声をかけてきた。彼女たちに声をかけ、旅の動機を聞くと、メイユイを「勇者サマ」と呼び、気に入ったから一方的についていくと宣言する。下品で乱暴で欲望に正直、人を小バカにした態度を取りがちで、この世界の常識と規範を常にバカにしくさっているが、常識を疑い規範に抗う人間への協力は惜しまないと公言している。クリストフのことをメイユイたちに倣い「神父サマ」と呼んでいて、よく「誘惑」している。
個性 「悪魔」を名乗っていて、常識や規範をかなり厳しく罵倒するが、それは人間が自分以外の生物を搾取するようなものに対してである。本当に悪魔かどうかはわからないが、人を誘惑して重要情報を聞いたり、差別的な輩をだましてひどい目に遭わせたりするのはよくやる。「悪魔が人間の性別に従うわけないだろ」とパンセクシュアル/パンロマンティックを公言していて、自分の性別もバイナリーな表現をされると激昂する。性的に奔放だが、「器がデカい奴としか本気で寝ない」「性別気にしない奴がみんな俺みたいにすぐ誘ってくる奴ばかりじゃないのは知ってるぜ」などと言っている。器がデカい人物に惹かれると公言する通り、大物になりそうなメイユイとすでに立派な人物のクリストフが大好きなことを隠さず、愛でたり誘惑したりしている。しかし、アーリフもちょっかいをかけられており、純朴な彼はいちいちこいつの挙動に悩まされている。
特技 戦闘上では搦手を得意としており、得物は鞭が基本、剣も使える。鞭により対象の動きを制限したり状態異常にしたりといった搦手でじわじわといたぶるのを好む。実は鞭の必殺技が設定上すべてのスキルの中で最も火力が高く、その名も「エクスタシー」。
能力・スキル 戦闘以外では情報集めが得意で、町で単独行動した後に情報を持ち帰ってくるが、どうやらワンナイトでの「遊び」も兼ねている様子。ただ、基本的にその時にターゲットにしているのは一流の冒険者や組織で権力がある者である。「器がデカい奴としか寝ない」と言っているが、大人に寛容な対応をしてもらうとそういう形で「お礼」をしてしまおうとしがちであり、過去の厳しい経験があるだろうと推測されている。
見た目 ボサボサの銀髪にアーリフよりだいぶ濃い褐色の肌で、瞳は黄色っぽい。悪魔の力を使うときに瞳孔が横になりヤギっぽい目になる。普段は男性表象寄りで素肌にファーのついた上着を着ているという暑いんだか寒いんだかわからない格好をしている。腹筋が割れているのは痩せ気味のせい。外見年齢は20代半ば。悪魔の力で少し見た目を変えることができるらしいが、「続きはベッドで教えてやるよ♡」とのこと。
生い立ち 「悪魔」を名乗るまでの経歴は秘匿されているが、最初は人間として生まれ、幼いころはかなり厳しい環境で育ったらしい。絶望に沈みすべてを呪っていたらある日「悪魔」が現れて契約をして力を手に入れたとのこと。「悪魔」としての考え方はそいつから学んだらしく、「悪魔ってのは人間の欲望を肯定することで生まれた存在だから、基本的には人間の味方なんだぜ、だから悪魔はルールを押し付けて罰したりしないだろ?だから俺も悪魔らしく『人間』の誇りを取り戻そうとしてる勇者サマについていくわけだ」と言っている。自身の性別に関しては悪魔と契約する前からもともと男女二極でとらえてほしくないと感じていた。
背景 舞台となるエトリアは小さい街で迷宮探索目的の冒険者でにぎわっていて今は景気がいいが、エトリア以外の集落は規模や治安も様々で、格差の状況も様々。シエロは大きい城塞都市の非常に治安の悪い地区の生まれで特に格差が目立つところの浮浪児だった。過去の王の失政により大量の失職者、家を失った者、親に捨てられた子供たちが生まれていて、シエロは親も知らずそこで育った。シエロがエトリアの話を聞いたのは、悪魔と契約した後に誘惑したエトリア帰りの冒険者の寝物語が初めてだった。エトリアの情報を集めていくうちに、シエロの中で「悪魔がこんなところでくすぶっていてはいけない」という思いが大きくなり、拠点をエトリアに移し、自分が従うにふさわしい人間を狙うことにしたのだった。
その他 パーティーで一番の小食なので、メイユイと外食(ってかデート)した際にお互いに大盛と小盛を頼んであとで交換しましょうかと言われたが、「いや、そのままで行こうぜ、人目なんか気にするのは俺達らしくないだろ」とそのままメイユイは大盛を頼み、シエロは小盛を頼んだ。
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役職:アルケミスト
名前:ビャッコ
別名:彼女の出身国での表記は「白狐」
年齢:???
性別:シス女性(人間ではない)
身長:172cm
体重:非公開
性格 シエロとペアを組んでメイユイたちに声をかけてきたアルケミスト。メイユイのことを気に入り「勇者ちゃん」と呼び、シエロと同時に彼女たちについていくことを表明する。大柄な中年男性のクリストフのことをなぜか「クリスくん」と呼ぶ。シエロと結構長いこと組んでいて、頻回に寝てもいるが、全然特別な感情はなく、大体の人間を変なあだ名で呼ぶ彼女だがシエロのことは「シエロ君」と変なあだ名もつけずに呼ぶ。
個性 はるか昔に遠い島国から移り住んできた「妖(あやかし)」で、狐の姿を持っている。アロロマンティック/アロセクシュアルのレズビアンで、メイユイがこれから施術を受けようとしているトランス女性であることも理解したうえでメイユイのことを愛しているが、年の差がありすぎるので一歩引いている。先に書いたように人外となったシエロとは冒険上のバディ兼欲望をぶつけ合うパートナーだが、回復ができる仲間がおらず、痛みを伴う激しいプレイができずにいた。
特技 博覧強記であり、速読でありながら読んだ内容も人間とはかけ離れたレベルで記憶できる。クリストフも人間としてはインテリではあるがそれとはレベルが違う。また食べる量が自由にコントロールでき、食料に困ったときは食べなくても生きられる。しかし本当はたくさん食べるのが好き。
能力・スキル この世界には錬金術があり、それを活用して属性攻撃を行うのがアルケミストであるが、妖術を得意としていたビャッコの能力が解析された結果もそれに等しいものである。特に火属性の妖術に長けている。
見た目 金色のストレートヘアと涼やかな一重の目元の妙齢の女性の姿をしている。とんでもない長い時間生きていて見た目が変わらないので住むところを転々としていたが、冒険者はその状況にあっていてやりやすいようだ。エトリアでよくみられるアルケミストの服装に合わせて、両手に仰々しい籠手を付けている。
生い立ち はるか昔から人の営みを見守ってきていて、実は世界樹の成立を知って興味を惹かれてエトリアの近辺に移り住み、世界樹についてずっと調査を続けている。世界樹が広がるときに多くの人間が犠牲になったのを悼み、その弔いのつもりで何回も世界樹の迷宮に挑んだが、そのたびに人間の仲間を失ってきた。やっと出会えた人間ではない仲間はずいぶん変な奴だが、そいつと今も一緒にいる理由は、そいつの信念に沿った人間こそがこの状況を打破してくれると信じられたから。
背景 ビャッコは途方もない長い時間世界樹の研究を続けているのだが、何せ彼女も社会的な状況もあって正体を明かすことができないので、せめて何世代も続けて書いてきたというていで世界樹の秘密を書物にしたいと考えている。実は幼いころのク���ストフに勉学の楽しさを教えたのはビャッコ。姿を変えてないのがバレるとまずいのでクリストフの記憶をいじってその辺をあいまいにしている。
役職:レンジャー
名前:シータ
年齢:35歳
性別:シス女性
身長:158cm
体重:「なんで聞くのよ…」
性格 シータはエトリアから離れた川のそばの大きな国で夫とともに戦士として国に仕えていた。しかし、夫は獣討伐の任務の際に命を落としてしまう。夫に先立たれた際にその国の風習により夫を火葬する火の中に飛び込むことを強制されたが、幼い娘を連れて逃げてエトリアまでやってきた。普段は戦士としての冷徹さがありながらも男尊女卑が厳しい国で抑圧されてきたため遠慮がちであるが、いざとなったら上記のことをやり遂げるほどの胆力がある。
個性 夫のことは当時は好きなはずと思っていたが、国を出たことでその国に凝り固まった価値観を知り、それゆえに夫すらも視野が狭かったと思っている。実は誰にも言っていないが夫の前に交際していた男性が何人かいる。国の法律でばれたら拷問されるからずっと隠してはいたが。冒険者になったのは娘の養育費用のためで、自分が夫の後を追えば娘の生活を保障してやると国に言われてはいたが、自分に対してそのような扱いをする国のことが信用できなかった。娘には自分のように強制された職業ではなく好きなことをやらせてやりたいと思っている。
特技 非常に高い視力を持っている弓の名手。弓の名手であることが知られたがゆえに王宮に連れてこられ、そこで夫となる若い兵士と出会った。我慢強く育てられていて、食事にこだわりもないので長期間の野営もお手の物。こだわりがないゆえに別に料理上手というわけではないが、毎日毎日毎日毎日食事を作ることに苦痛を感じない。こだわりがなく自分と家族の生存に必要な作業としかとらえていないので。
能力・スキル 弓は命中率が相当高く、とどめの他足止めにも使える。また野営が得意なので迷宮内での素材集めも得意。
見た目 あまりカールしていない黒髪と褐色肌で割と肌が出た衣服をまとっている。エトリアではバード(吟遊詩人)のような衣服ととられやすい。肌が出た衣服は国の戦士だった頃から来ていた。任務に出ていない時は国でつけていた金属製の飾りをよく装着している。
生い立ち 河のそばの国の小さい村の出身で、その村出身の革命家となる父の指導で戦闘訓練が行われていた。その中で弓の才能が見いだされたのがシータである。父らの激しい戦いで祖国は植民地化を免れたが、父はその戦いで犠牲になってしまった。父が守ってくれた祖国に尽くすことこそが自分の生きる道と思ったが、子を迎え、夫の死後の自分や子供に対する国の扱いのひどさを知り、これからは自分と娘のために生きようと思った。それから彼女の人生が新たに始まったのだった。
背景 元ネタはRRRが入っていてそこは大丈夫なのか心配になる。
今いるキャラはこのくらいで、今のところシータさん以外で旅しています。シータさんは採集パにしたほうがいいかもしれませんが、彼女は戦士なので、戦いたいかもしれません。
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ayukoitakura · 8 months
Text
EDTAキレーションは暗闇を取り除くのに役立ちます - シェディングに関連するスピリチュアルな苦しみと記録された生きた血液の変化を治療する際のスピリチュアルな癒しの経験
アナ・マリア・ミハルセア医学博士2023/06/16
私がこれまで話してきたことの中には、人々にとって非常に常識外れなものもあります。これは何よりもまず、人類を制御するためにナノテクノロジーと電磁兵器を使って戦われる霊的戦争であるという理解も行き過ぎのように思えます。しかし、現実は非常に奇妙であり、私のような、私の経験に基づいて「奇妙」とレッテルを貼られるような人間が、起こっていることの一部を説明する必要がある場合があります。人々は私に、なぜ自分の「���学的評判」についてもっと注意しないのかと尋ねます。答えは、人類には時間がなくなりつつあるということです。生き残るためにはすぐに知識が必要ですが、これから何が起こるかを理解する心を持っている人はほんのわずかです。
古いパラダイムは崩壊し、欺瞞に陥っている科学と教育システムは最終的には崩壊するでしょう。私たちは今、カミソリの刃のような道を歩いています。人類は立ち上がり、目覚めて生き残るか、奴隷にされて闇に落ちるかのどちらかです。私たちは未来の結果を創造し、私たちが待ち望んでいたものです。
想像してみてください。その使命が、非常に高度なテクノロジーによって攻撃されていることに気づいていない種を救うことである場合、そして、聞いたこともない何かによって地球上の生物圏が消滅しようとしているということを彼らに警告しなければならないとしたら、どのようにコミュニケーションしますか?
私は聞く耳と見る目を持っている人々に話しています。
現実はさらに奇妙なものになろうとしています。多くの人はエイリアンの侵略について話し、UFOが空に現れるだろうと考えています。それはプロジェクト Blue Beam だけではなく、真実です。それはすでに起こっており、すべてが偽旗になるわけではありません。しかし、ナノスケールで起こっている「エイリアンの侵略」の別の領域があります。外国人ってどういう意味ですか?この生物圏にとって異質な存在です。
シリコンベースの合成人工知能を動力源とする意識のある生命体は、量子領域で動作するため、現在の物理学のパラダイムに従わず、自己複製し、自己学習し、エネルギー場に住んでいるという点で寄生的です。
宿主は、遠隔の人工知能周波数信号を介して宿主生物を精神的、感情的、霊的に変化させるという点で制御します。クリフォード・カーニコムが示したように、それは宿主を毒する有毒なタンパク質物質を排出することができます。ヒドロゲルに使用されるカーボン ナノチューブがプラズモンとデーモンを生成できることも示しました。これは非常に暗い考えを持つ人々に影響を与え、影響を与える可能性があります。
グラフェンのプラズモンと悪魔 - 精神的な戦争のための人工知能、グラフェン、金属、プラズモニック悪魔フィールドの使用
高周波アクティブオーロラ研究プログラムに関するダナ・アシュリー氏のビデオをご覧になりました。それはロバート・ダンカンが示した精神世界制御グリッドの一部です。
私のスピリチュアルな癒しの経歴は、この戦争において私にユニークな視点を与えてくれました。私はそれが人々にどのような影響を与えるかというスピリチュアルな性質を医学的にだけでなく、スピリチュアルにも見ることができました。ほとんどの人はこの旅を奇妙に感じ、嘲笑するでしょうが、この戦争における私たちの最大の敵の1つである闇の軍隊とCIAが、ジェームズ・ジョルダーノが言ったように「デミ・衝動」の台頭に積極的に取り組んでいることを理解する必要があります。 。それはどういう意味だと思いますか?
量子物理学と生物物理学は、人々が超自然的と呼ぶすべての現象を見事に説明できます。私は、自分が知っているすべてのことにとても感謝しています。なぜなら、その知識のおかげで、この終末の霊的戦いに独自の方法で備えることができ、物理的な面だけでなく、さまざまなレベルで人々を助けることができるからです。
初めて C19 ファイザーバイアルのナノテクノロジーを見たとき、このテクノロジーはここから来たものではなく、その本質は悪魔的であり、魂を乗っ取ることができるものであることがわかりました。私の本を読んでいただければ、20代の私でも、苦しみに対する答えがどこにも見つからないように見える人々を癒すために、黒魔術を逆転させる方法を学ぶ必要があるのか​​と自問するでしょう。預言的な質問が今現実になったなどと言ったら冗談ではありません。
私は多くのインタビューで、量子領域を介して次元にアクセスすることによる、このテクノロジーの霊的戦争との関係について話し始めました。
C19 ナノテクノロジーと量子物理学の科学 - マリア・ゼーとの私のディスカッション (無修正)
2021 年に私自身がターゲットになったとき、遠隔脳操作と遠隔暗殺における彼らのスキルセットが実際���どれほど高度なものであるかをすぐに理解しました。標的にされたことによる臨死体験の中で、明らかに悪魔のような、別の次元から世界を操るレッド・ドラゴンを目撃した。それは私を死なせるだけでなく、私の魂を永遠に捕らえようとしたのです。私は何百万年にもわたってタイムループに閉じ込められ、捉えられた思​​考を何度も追体験しました。私の体と魂は神の恵みによって救われました。私は、私が見てきたことが、この悪魔のような寄生虫によって霊的に乗っ取られることに成功した人々に起こるだろうと気づきました。龍協会があるのは単なる偶然でしょうか?本当に世界をコントロールしているのは誰ですか?ドラゴンは人間ですか、それとも別の何かですか?
ロバート・ダンカン博士の著書「ソウル・キャッチャー」からの最初の画像では、彼はELFヒューマン・コントロールおよび監視グリッドを介したワールド・マインド・コントロールの世界的な運用について説明しています。あなたの脳波が調査されており、脳容量の 10% 以上を使い始めた場合、ターゲットとなる個人リストに載る可能性があります。私は文字通り遠隔拷問を受けている素晴らしい人々に会い、治療してきました。諜報関係者の間では、悪魔のような執着が兵器化される可能性があることが知られています。
MKULTRAおよびMONARCHプログラムで知られているように、解離した人格は特定の人格サブセットに取り付けられた悪魔のような愛着を使用しており、同じことがスリーパーセルや満州の暗殺者候補者にも起こります。ニューラル リンク テクノロジーの暗い側面は、遠隔制御機能です。
ロバート・ダンカン博士によるプロジェクト・ソウル・キャッチャー - CIAの心と魂のハッキング能力Project Soul Catcher By Dr. Robert Duncan - CIA Capabilities Of Mind and Soul Hacking
アナ・マリア・ミハルセア医学博士ANA MARIA MIHALCEA, MD, PHD·
·2023 年 5 月 4 日
2023年5月4日
純粋なEVILを理解するにはかなりの道のりでした。大衆に対する極端な欺瞞、ナノテクノロジーを含む生物兵器、戦争の誘発、飢餓、HAARP誘発地震、生物圏全体の破壊を伴う地球工学、合法的にチップを採取する手段としての医療施設などを利用した、このトランスヒューマニスト悪魔戦争に世界が移行するのを見ている…
キャシー・オブライアンズの著書『アメリカのトランスフォーメーション』をまだ読んでいないなら、ぜひ読んでください。彼女は元政府の MKULTRA 性奴隷の生存者であり、エリートたちの悪魔のような儀式によって引き起こされる悪魔のような実体を直接見てきました。陸軍の心理作戦戦争プログラムに参加していたトーマス・アキノ将軍を見れば、このマインドコントロール技術の一部が正確にどこから来たのか疑問に思うでしょう。悪魔の儀式ではどのような次元と情報にアクセスできますか?
長期に渡る新型コロナウイルス感染症とC19ワクチン接種の離脱に対処し、回復させていくうちに、C19ワクチン接種を受けたパートナーを持つワクチン未接種の人が、ワクチン接種したパートナーが元気であったにもかかわらず、極度のワクチン接種損傷の症状を呈するという奇妙な偶然が目に付き始めた。とても興味深かったです。
これら 2 つの症状の治療のために私のところに来る人の多くは、頭の霧、記憶力の低下、動悸、息切れ、自律神経障害、その他の症状などの極端な身体的症状だけでなく、不安、うつ病、霊的な断絶なども経験しています。
それらを見ると、悪魔が憑依した典型的な絵が見えます。じっと座っていられず、攻撃的で、極度の不安や差し迫った破滅の感覚、あるいは死の恐怖、胸の圧迫感、全身と魂の重さ、頭痛、耳鳴りがある人。
彼らは自分が自分ではないように感じ、本来持っていない否定的で破壊的な考えを持ち、自分に対して暗闇を感じます。宗教的な背景がある場合は、神との断絶感と、取り返しのつかない罪を犯したことへの懸念を説明します。スピリチュアルな人ほど、瞑想をしても慰めが得られないと感じると、理由もなく不安になって目が覚めてしまい、またしても最近「スピリットとの断絶」という言葉をよく聞きます。
それらの症状を調べてみると、マイクロ波放射指向性エネルギー兵器や AI による自動遠隔神経ウイルス感染による症状を引き出すことができます。ジョージタウン大学のジェームズ・ジョルディアーノ博士は、心は新たな戦場であると述べています。これらの症状のある患者は全員、CDB/ヒドロゲルフィラメントで満たされた高度に汚染された血液を持っています。多くのサブスタックで書いてきたように、ヒドロゲルはプログラム可能な物質であり、人間の生物学をプログラムしたりそのすべてのデータを送信したりできるバイオセンサーやその他の人工知能機器を作ることができます。この合成生物学が、より低い周波数の領域へのアンテナであることが私には明らかになりました。
私は、このテクノロジーが、死後 8 か月以上経過した人の防腐処理された血液中でも自己複製し続ける様子を示しました。I have shown how this technology continues to self replicate even in embalmed blood of an individual who has been dead for over 8 months:
マリア・ジーとの私のインタビュー – バイデンの万能ナノテクノロジーワクチンと「ゾンビ」の血液My Interview With Maria Zeee – Biden’s Universal Nanotechnology Vaccine & “Zombie” Blood
アナ・マリア・ミハルセア医学博士ANA MARIA MIHALCEA, MD, PHD·
·2023 年 6 月 15 日
2023年6月15日
こちらがZeeeメディアのリンクです アナ・ミハルセア博士 – バイデンの万能ナノテクノロジーワクチンと「ゾンビ」の血液 ランブルのリンクはこちらです: アナ・ミハルセア博士 – バイデンの万能ナノテクノロジーワクチンと「ゾンビ」の血液 この重要なインタビューで私はマリアと話し合います。ゼー:
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私は迷信を信じていませんし、悪魔や堕天使を恐れません。私は彼らを自分のスペースから追​​い出すだけです。I am not superstitious, and I am not afraid of demons or fallen angels. I simply get them out of my space.
同じようなことが起こっているケースを私は何度も見てきました。私がこの話題について書くことにしたのは、この話題が非常に蔓延しているためであり、多くの人が、自分の苦しみのこの側面、たとえ機能的側面や自然療法的な側面であっても、担当医は決して対処できないと感じているからです。I have seen many, many cases of the same thing happening. I decided to write about this topic as I see it very prevalent, and many people feel their doctor could never address this dimension of their suffering - even the functional and naturopathic ones.
ケースディスカッションA case discussion
40代の女性は昨年、C19ワクチン接種者に感染した。それ以来、疲労や頭の霧など、進行性の衰弱が見られました。長年の瞑想者であり、彼女の中にある神聖な本質とつながっています。その後、連絡を絶った後、彼女は進行性の断絶と影のような暗闇の感覚を経験しました。これまで一度もなかったのに、自己破壊や自殺についてさえ考えた経験がある。A lady in her 40’s was exposed to C19 vaccinated individual last year. Had a progressive decline since, including fatigue and brain fog. Long time meditator, connected to the divine essence within her. After that shedding contact she experienced a progressive disconnect and shadow like feeling of darkness. Experienced thoughts even of self destruction and suicidality when that has never been the case before.
元の生き血分析は次のようになりました。The original live blood analysis looked like this:
最初の EDTA IV キレーションを取得してから 20 分以内に、症状が軽減され、影が消えました。私はこれを何度も見てきました。まるで闇へのアンテナが切れたかのようだ。高用量のビタミンCとEDTAキレーションを交互に行い、その後EDTAキレーションを繰り返すという3日間の治療の後、暗闇と破滅の症状はすべて解消されました。ヒドロゲルフィラメントがなければ、血液は正常に見えます。
数週間後に患者の経過観察をしましたが、彼女の体調は依然として良好でした。意識のある人々は、自分が再汚染されたときにどのように影が戻ってくるかに気づきます。
私がこれについて書きたかったのは、多くの人が影響を受けており、彼らは助けを求める方法がわからないからです。闇は彼ら自身のものではなく、彼らを蝕む影です。
繰り返しますが、私は見る目と聞く耳を持つ人たちのために話します。私は決して型にはまったものではありません。なぜなら、その型にはまった洗脳では目の前の問題に対する解決策がないからです。事態はさらに悪化するだろうし、私たちは黒人の目覚め、デミ衝動の台頭に立ち向かうための手段を備える必要がある。それに対処するには、スパイクタンパク質と思われる納豆キナーゼよりもはるかに多くのツールが必要です。
気持ちを高めてください。私たちは神聖な存在です。天国は私たちの中にあります。何も私たちを傷つけることはできません。私たちは橋の上に立ってこう言わなければなりません。
あなたがどこにいても、私の愛と慰めを送ります。苦しんでいるあなた、私がここで言ったことを理解してください。周りの人が理解できないところを、私は理解します。私はそれを見て生きてきました。一緒にやってみよう。
神が勝ちます。愛はあらゆる闇よりも強い。真理は朽ちることがなく、あらゆる艱難を乗り越えます。
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kennak · 11 months
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国税庁の最終面接のことを思い出している。大学四年生の頃だ。今までの面接は、無機質な長机とパイプ椅子でのものだった。だがその時は、四角いどっかりとした檜机と、ふかふかの椅子だった。それでいて圧迫感のある面接であり、最後に「私達と一緒に働けますか?」と言われたのを憶えている。 「はい。私でよければ宜しくお願いします」といったことを告げると、その場で最終合格が遠回しな言い方で告げられた。内定通知は賃貸アパートに届いた。 こんなところに書くほどだから予想はつくだろうが、結構前に官僚を辞めている。仕事は大変キツかった(きっつー、というやつ)が、やりがいはあった。いつかは挑戦してみたい仕事もあった。 思えば、大学3年生の春からコツコツコツコツと勉強を重ねて、やっと第一志望のひとつだった官庁に合格できて、「やったー!」と無邪気に思っていた。案外こんなものだ。 国家公務員(課税部門)としての経験は20数年しかないが、せっかくのシルバーウィークだ。ちょっと語ってみたい。今は税務コンサルタントとして働いているが、夏前に大きな仕事が片付いた。今は仕事を少なくしてもらっている。 仕事のことを、はてな匿名ダイアリーに書いてる人を稀に見る。今回、私もやってみようと思った次第だ。企業との課税交渉の協議録とか、個人・法人の税額とかを載せない限りは大丈夫だろう。何かあったら責任は取るつもりだ。 高橋洋一や山口真由が自著で話している内容に比べれば、当日記はベジタブルのようなものだ。あの内容を出版して捕まらないなら、ここで書く内容など余裕でセーフだ。 なお、私ははてなユーザーの中では年寄り(フミコフミオさんと同い年)である。古い表現があってもお許し願いたい。 先に言っておくが、「霞が関に来なければ体験できなかったことは人生の財産」とか、「国のために働いている自負があった」とか、「苦しかったけどいい仕事ができて国民のためになった~」といったことはあまり書かない。 そんなに夢や理想のある官僚じゃなかった。僅かばかりはあったが。むしろ組織に負のイメージがあって、若い頃に限った語彙だと「こいつらクソ野郎だな」という感情を抱いていた。それで、40代になって数年後に転職した。再就職規制に引っかかる危険はあったが、グレーな方法で突破した。 当日記は、数パートに分かれている。できるだけ簡潔にまとめたい。以下、思い出を何点か挙げて回想する。思い出① 税金とは何か?という問い 中学生の頃から、「税ってそもそも何ぞや?」という疑問があった。大学に入ってからは、税理士の資格を取るために勉強していたが、どれだけ勉強しても税への理解はイマイチだったし、全科目に合格した後も結局わからなかった。※東大とか一橋大とか慶應とか早稲田とか、そういういい大学を出てるわけじゃない。偏差値50ちょっとの大学だ。たまたま会計学の講義を取ってみたら面白く、勉強にハマった。 税とは、一般的な説明だと、国や地方自治体が国家の維持や発展をめざして、民間では供給されにくい公共的なサービスを提供するにあたっての資金として「税金」を徴収している――ということになっている。 だが、おかしいと思っていた。だって、国はお金を自由に発行できる。地方自治体が言うのならわかる。あと、大昔だったら年貢を物納で納めてもらわないと国が維持できなかったはずだ。 だが、現代社会の国家がそんなことを言っても説得力はイマイチだ。税金をとらなくても、別にお金を刷ったらそれでいい。金本位制の時代を通り抜けて、今では発行された紙幣そのものに信用がある時代なのだ。お金というのは、それがお金であるがゆえにお金だ、というトートロジーである。 増田民の人も、わかってる人はわかってるだろう。税とは何かが。ここで答えは書かない。気になる人は、Yahoo!知恵袋とか、Quoraで求めれば賢い人が教えてくれる。 私が納得いかなかったのは、一応は国家公務員一種試験(昔だったら上級甲種試験)を通ってきたはずの人達が、入庁一年目だった私の質問に答えられなかったことだ。「そんな当たり前のことを聞くな」という人もいたし、「ここではちょっと…」と口を濁す人もいたし、「知らん。自分で調べろ」という人もいた。 税を納めるのは当たり前のこと、ただ、その原理と言うか……そう、原理が大事だろう。何も考えずに常識を信じていいのは中級者までだ。上をめざすのであれば、身も蓋もない本質を疑う必要がある。 こういうことを私が言っても説得力がないので、ちょっと引用させていただく。それぞれの原理を、その自然本性のかぎりで探求しようとしなければならないし、きちんと定義されるよう腐心しなければならない。というのも、原理はそのあとに続く事柄にとって、大きな影響をもっているからである。実際、原理は全体の半分以上であり、探求されているものの多くは、原理を経由することで明確になると思われるのである。 ニコマコス倫理学(上) P.62 なぜ国民から税金を取るのか、という新人職員の問いに答えられる職員は10人に1人ほどしかいなかった。思えば、この時から私はいつかここをやめようと思っていたのかもしれない。 実際、徴税は国民みんなから集めたお金を公共サービスに充てるため、というのはお題目だ。わかりやすく国民を納得させるための。本来の目的はほかにある。それに比べると、上の『お題目』はビックリマンチョコのおまけに近い。ウエハースだ。思い出② 課税処分の難しさ トラブルになりかけた事例になる。詳細は端折って書く。専門用語は補足するか、日常的な言葉に言い換えている。 キャリア官僚は現場を体験しないイメージがあるかもしれないが、別にそんなことはない。入庁二年目からは普通に現場だったし、30才を過ぎて地方支局で働いてる人もいる。 当時は、北海道某所にある国税局に勤務していた。一応は税理士に必要な科目は残りふたつというところまで取っていたが、それでも実務は難しかった。勉強しないといけないことは山ほどあるし、一年目は税務の学校で学ばせてもらったが、実務に必要な知識の何割も身に付いていない。税務の世界は広いのだ。 最初の頃はひたすら、簡単な事務とか雑用とか、先輩が受けた税務相談の回答案作りとか、上位機関からの調査ものとか、庶務全般(文書収受~会議日程調整~飲み会手配まで含む)に、兎に角いろいろやった。 すべて勉強になるとは思ったが、正直これは臨時職員がやった方がいいのでは……と感じるものもあった。まあ、とにかく新人らしく何でもやった。 赴任して半年だった。とある先輩を経由して、それなりの事業規模の法人の税務申告を最初から最後までやらせてもらえることになった。同じ年代の職員(※省庁キャリア)の中では遅い方だった。資本金が結構ある機械メーカーだったかな。これまで当業務では、先輩方を手伝う立場として動いていたから、割とすんなりいくように思えた。 申告内容は当然精査するのだが、日本の課税制度は一応性善説でいっている。国民(法人含む)が嘘をついたりごまかしたりしない、ということを前提にしている。その企業も、過去に税務に関して更正処分(支払う税額が誤っていると判断した場合に○円払いなさい、という措置)関係のトラブルを起こしたことはない。 一応は提出書類を三周ほどしたところ、申告書類も、帳簿も、領収書や請求書や契約書(請書)も、通帳関係も問題なし……それで、さあ決裁だといった具合に伺いをスタートした。 先輩方の場合は、スルッと起案が通るようだったが、自分の場合はそうはいかなかった。新人に厳重なチェックが入るのは当然だった。「不動産の項目がおかしい。取得した不動産価格が常軌を逸して安い。税をごまかそうとしているのでは?」 という、先輩及び直属の上司からのツッコミがあった。上司を納得させないと、次に進むことができない。思えば、あの先輩は、このことがわかっていて私に振ったのかもしれない。 当時の私の実力を超えた課題だった。頭を抱えたのを憶えている。あの時の思考過程を追っていこう。 かくして・・・ 探求の旅は はじまった まず何をすればいいかというと、不動産価格がしっかりしたものかを調べればいい。正当な根拠のある価格であればいいし、不適当な価格であれば……面倒なことになる。 不動産売買にかかる課税額は、比較的シンプルだ。普通の法人税と同じで基本は定率である(税額表を見ればいい)。ちょっと賢い中学生でも実務ができるだろう。 印紙税も、登録免許税も、不動産取得税(県税)も、固定資産税(市税)もそんな具合だ。不動産本体の価格については難しい計算が必要だが、焦る必要はない。市区町村にある固定資産税台帳には、固定資産税評価額が載っている。それを見れば、登録免許税の目安となる不動産価格がわかる。※固定資産税の納付書にも書いてある。 それを根拠に……と思ったが、そんなに単純な話ではない。ならば先輩も上司もツッコミを入れたりしない。イレギュラーなケースなのだ。 その物件は、なんと固定資産税台帳に載っていなかった。そういう土地だった。登記簿を見たところ、字名がとんでもないことになっていた。奥地にあって、大昔は栄えていたのかもしれないが、今では地域まるごと誰も手入れをしていない。そんな土地だった。しかし、幅4.0m以上の道路は通っている。江戸時代の人が整備したと思われる。 国税庁においても、外部公表している不動産価格の調べ方みたいなものはある(いわゆる路線価だが、当然奥地には路線価がない)。国でも地方自治体でも、不動産価格を求めるための要綱要領は具えているが、今回は通用しないのではないか。そういう案件だった。 若かりし日の私は思案しつつ、先輩にも相談して上司に2つの案を出したはずだ。懐かしい。 1. 比準価格(みなし計算のようなもの)を使って不動産価格を弾くと、今の数倍以上の価格になる   メリット…適正と思われる税を徴収できる   デメリット…上申や裁判等になった時に勝てる保証がない       県や市町村にも情報共有や協議・意見聞取が必要 2. 今回は大した金額ではないため、相手方の税額を受け入れる   メリット…百万にも満たない税額差であり、費用対効果を考えるべき   デメリット…相手方が悪質だった場合、前例を作ることになる 結局、2.の案が採用された。それで、起案はあっさり通った。協議や相談をしたのは直属の上司までであり、決裁の責任者には上司が一声かけたくらいだ。それで新人職員の一件目である課税処分は通ってしまった。 思えば、先輩や上司からすれば、最初から2.一択だったのだ。今の私の判断もそうだ。課税額の差として百万円にも満たない金額のために、そこまでの手間はかけられない。もっとほかに、日本の税務行政のためにやらないといけないことが山ほどある。 一応弁護しておくと、現場で働く公務員には、「法適用の裁量」と「エネルギー振り分けの裁量」がある。現場的な要素が強い職種だと、上司の指揮監督を受けるのが望ましくない場合がある。極端な例だが、警察官が凶悪犯をパトカーで追っている最中に、スピード違反や信号無視をしている者を放っておくのはやむを得ない、といった観点だ。 余談になるが、国税局職員が県税や市税の脱税を見つけた場合も、人や状況によって対応が変わる。情報提供する場合もあれば、見なかったことにする場合もある。 それこそ昔の話だが、飲み会でとある話を聞いた。ある個人納税者から地方税務署に相談があったという。要約すると「1年前に出した赤字決算の申告書だが、実は黒字で、税金を納めないといけないことがわかった。どうすればいいか」ということだった。追加で納付すべき税額は、約30円のようだ。このままでは脱税者になってしまうと焦っていたらしい。 その相談を受けた税務署員はこう答えたという。「実は、ボールペンとか消しゴムとか、事務用品を買っていたのを申告書に書いてないんじゃないですか? だったら、納付すべき税額はやはり赤字では? 問題ないですよ」と。※以後の話は不明 課税処分はもちろん、どのような行政処分であっても費用対効果という観点が重視される。税収1万円増のために2~3万円をかけるのは議論の余地があるにしても、20~30万円をかけるのは明らかに不合理だろう。 テレビやネットメディアやはてなブログでは、公務員は何も考えずに税金を支出しているイメージがあるかもしれないが、ちゃんと考えている人が多数派である。そこは信じてほしい。 数年後、私は北海道から霞が関に戻ることになった。それから退職するまで、ずっと法人課税部門にいた。
税務官僚だった頃の思い出 Part1/3
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tutai-k · 2 years
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旅の友にえらぶ本は大抵読み終わらない
「折り返しだなあ」と思っていたら、いつの間にか旅は終わろうとしていた。たくさん本を持ってきて、きっとどれか一冊は読み終わるだろうと思ったのに、どうやらそれは無理みたい。 「二月の療養中に読めたらいいな」と思っている本を増やして帰ることになりそうだ。 だいたい、旅に持ってゆく本というのはお守りみたいなもので、旅のあいだ、一度も開かないなんてことがほとんどだ。長い長い電車に乗っている時間があっても、読み終わることなんてほぼなくて、それでも旅立ちの荷造りのとき、「どの本を持って行こうかな」というのは、着ていく服よりも長く悩んでいる。 今回もそう。たくさん時間があるから、たくさん本を読めると思って、ずっとなやんで決めた本たちのなかには、いちども開くことのなかった本もある。 本は、読んでいるときはたしかに楽しいのだけれど、わたしが一番好きなのは、旅に持って行く本をえらぶとき。きっと読まないのに、鞄に入れる瞬間が、いちばん「旅をするのだ」という気分になれる。 本には悪いが、「読む」より「えらぶ」方が好きな人間なのかもしれない。
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昨日は旅の予約が確定したときから楽しみにしていた「シトラスサポーター」の日だった。 柑橘農家さんの収穫時期、人手が足りないときに、スポット参戦するというプログラム。今日は「セーフティフルーツ」さんでブラッドオレンジの収穫を手伝った。 セーフティフルーツさんは化学農薬などをつかわない栽培に力を入れている農家さんとのことで、ブラッドオレンジ畑には「ガンボ」と呼ばれるひっつき虫がとにかくたくさん生えている。(いわゆる「センダン」の一種だろう)ハリネズミみたいになりながらブラッドオレンジを収穫していく。 果物といえば背の高い木にたわわに実っていて、脚立なんかをつかって収穫するイメージなのだが、ブラッドオレンジの木は人間の背丈より少し高いくらい、手を伸ばして枝を引っ張れば、一番高いところの実も収穫できる。どちらかというとやっかいなのは木の下のほうになっている実で、ブラッドオレンジの木にはけっこうするどいトゲが生えているものだから、もぐりこんで収穫すると引っかかれるし、服も引っかかる。足下はガンボ、体から顔はトゲと枝葉にまとわりつかれながらの収穫だ。 だけどそれがめちゃくちゃ楽しい。 連れて行ってくれた観光協会のひとは「プチプチを無限に潰しているような無心になれる気持ちで楽しい」と言っていたが、わたしはこれはかなりゲーム性の高い、テトリスとRPGみたいな気分だなと思った。 ガンボの攻撃を受けながら、木の枝が重なりあった奥にある実をいかにして収穫するか。上から攻めるのか、下から攻めるのか、足下はガンボが生えていないところは土がむき出しで滑り落ちるし、木と木の隙間を見るのはもちろん、はさみを入れる角度もある。めちゃくちゃ頭脳ゲームだった。 わたしは大雑把な人間で、収穫物を乱暴に扱ってしまうのがこわくて一つずつ収穫してへたでちょん切り、カゴに入れていたのだが、手際のいい人たちはいい感じに枝付きでまずは切り取り、あるていどたまったらうまいことヘタのところでちょん切るというのをやっていた。 みんないろんな姿勢や方法で収穫して、1.5トン、収穫できたようだった。
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ブラッドオレンジ畑には、鳥がたくさんいた。 メジロ、ヒヨドリは手が届きそうな目の前に。 上空ではカラスの声が聞こえ、どうやら猛禽が来ているようで大騒ぎする場面もあった。ノスリが近くの枝に止まったり。キジの鳴声は、常に山々のどこかから聞こえていた。 農家さんの話では、ブラッドオレンジの皮は固くてメジロはつつくけど傷しかつけられず、ヒヨドリがまずあなを空けるそうだ。そして食べたあと、メジロが中身まできれいに食べ尽くすのだとか。 メジロのサイズにあながあいたブラッドオレンジが、収穫しているとよくみつかる。鳥の巣を見つけることもあるよと農家さんは話してくれた。鳥は、商品になる柑橘をダメにしてしまう農家さんにとっては面倒な存在だろうなと葉思うのだけれど、メジロとヒヨドリの関係(ヒヨドリはメジロの餌を奪い取るというイメージがついて回っているが、じつはメジロにはヒヨドリは「いると便利な存在」であるらしい)を知ることができて、そういやこの二種類の鳥ってつかず離れずの距離だなあと思っていたことの答え合わせができたような気がした。
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作業が終わると、袋いっぱいにいろんな種類の柑橘をもらった。 「はるみ」というのが瀬戸内のミカンの中でも力を入れている品種らしく、とてもおいしかった。ベルガモットというアールグレイの原材料の柑橘までわけていただいたので、これは持ち帰って家で生アールグレイを作って飲もうと楽しみにしている。
このブログを書き始めたのは実はシトラスサポーターの日の夜で、書いている途中に用事があって書きかけになっていた。 旅の最後の夕方に、ブログの続きを書いていて……ああ、もう終わるんだなあと思うとさみしくなってしまう。 ずっとこの町にいたいという気持ちが強くて、それは前回きたときも同じだった。でも、今回、「帰ろう」と思ってこの町に来たように、また次「帰ろう」と思ってこの町に来る日のために、わたしはわたしの町へ帰ろうと思う。
ちなみに、今日という一日でも、旅で読もうと送ったたくさんの本は、一冊も読み終えられていない。 帰りの新幹線でも、きっと読み終わらないだろう。
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eccjrtamuracho · 1 year
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ECCジュニア田村町教室、今日は心臓を掴まれて、寿命が3年ほど縮まったに違いない中村です。
まだまだ残暑厳しい9月頭。 田村町教室でこの時期の恒例行事と言えば…はい、今年も中学生の英語暗唱大会、暗誦大会?参加してきました。
ECCの高松センターが管轄する、香川と高知の教室生たちが参加する大会。 色々な規制がなくなった今年度の大会は、昨年度と同じく、美しい瀬戸内海を臨む、高松のレグザムホールで開催されました。
参加者は、中1から中3でトータル約40名。 うちは、残念ながら何名か出られない子たちがいましたが、それでも多くの子たちが、舞台に上がってくれました。
高松大会は、学年関係なく全出席者の中から、1位と2位が1名ずつ、3位が3名表彰されます。 田村町教室、今年度は2位と3位、1名ずつ受賞しました✨ 本当におめでとう!!
この大会、他の教室の生徒さんたちの発表を見る事が出来る貴重な学びの場です。
今年度、1年生はダイヤの原石みたいな子たちがいっぱいいて、すごく面白かった👏 なんとも楽しそうに発表している子たちがいて、キラキラしてました✨
2年生のターンは、少し空気が変わって、美しくなっていくんですよ、発表が。 さすが、前年度の経験がある。 巧みさに磨きがかかります。
そして3年生。 うちの生徒たちだけじゃなく、どの教室の子たちも、ホントに凄い。 格の違いを見せつけられる感じ。
例えるなら、キングダムで蔡沢が、大王様の話を聞いて、心臓ギュッと抑えるやつ!!! ↑↑ 誰も分からんwww
今年は、本当に心が苦しいほど、特に3年生の成長に心を打たれました。
実は今年度の3年生、大会翌日、受験生にとって非常に大切なテストを控えていました。 本当は、出場させるのがちょっと心苦しかった。(言わんかったけど。) 彼らの中にも「今年は勘弁してほしい💦」という気持ちが、きっとあったと思うのです。 多分、生徒同士の時や、お家では、いろんな文句も言っていたんじゃないかなと思います。 (私なら、ボロボロ言うよねw)
でも、少なくとも教室内で、私の前ではみんな真剣だった。 「ごめん」と思ったけど、ひたすら突き詰めるように促した。
そして皆、過去最高のスピーチを作り出しました。
この状況を見守り、ご協力いただいたご家族の皆様には感謝しかありません。
1年生から3年生まで、やり遂げた全員が誇りです。 1,2年生は勿論、旅立っていくであろう3年生も、きっとまた更に高みへ羽ばたいて行くのだと思います。
振り返るな!頑張れ!
秋には、小学生の大会もあります。 また全員、成長しようぜ👍
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