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#吉本芸人が来る店
miyamas-blog · 1 year
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粉物祭り! #お好み焼き #大阪 #日本橋 #隠れ家 #粉物 #グルメ #大阪グルメ #難波 #なんば #japan #鉄板焼き #美味しい #ミナミ #焼きそば #マンボウ #吉本芸人が来る店 https://www.instagram.com/p/CpQRQvaP60o/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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oka-akina · 2 months
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コピー本交換会レポート(でもない)①
コピー本交換会ありがとうございました! 早いもので1ヶ月経ってしまった。 2月は本棚展をやったり寄稿するアンソロの〆切×2があったり忙しく、自分主催のアンソロも動き始め、3月に入ったらJ.Gardenもありそのほか生活のもろもろもあり…ずっとドタバタしている。自主開催するイベントってほんとはもうちょっと身軽なときにやるものだったかもしれないなあとは思いつつ、身軽なときというのはなかなかやってこないので、えいやっとやってみてよかったようにも思う。 というかいちばん初めのところでは、えも個展&本棚展への集客につながったらいいなーというちょっと下心みたいな気持ちで始めたことではあったので、会期中の2月に開催したのはそういうわけでした。
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つまずく本屋ホォルの深澤さん、mibunkaの吉田さん、快く会場を貸してくださりありがとうございました。わたしの要領を得ない説明をいつも辛抱強く聞いてくださり、コピー本って何?交換ってどういうこと?というところからしっかり会話ができて、とてもうれしくありがたかったです。 わたしが「なんかもっと格好いいイベント名をつけたかったんですけど思いつかなくて…」とぶつぶつ言ったとき、「コピー本交換会ってとてもいいと思いますよ」と吉田さんが背中を押してくださりありがたかった。いろいろ準備したり当日を過ごしたりするなか、今回のイベントはそういうまんまの名前が必要だったんだなあと思い至りました。コピー本を交換するということだけ決まってて、来た人はそれぞれいろんなスタンスでいていいというか。
打ち合わせに何度かお伺いしたのですが、いつもいろんな方がにこやかに出入りしていて、本当にいい雰囲気のお店だなあと思います。お店は地域生活応援団という地域住民主体の支え合いの場、有償ボランティアさんの拠点でもあって、イベント会場に貸していただいた2階スペースはふだんコワーキングスペースに���ているとのこと。近所の方が「霞ヶ関の父」っていう傾聴ボランティアをやってらして、幅広い世代の方で賑わっていていいなあと思います。
本当にとても正直な気持ちをいえば、そういう「地域」「地元の人」と密接な場所におじゃまするのはけっこうドキドキします。わたしは自分の作品にセクシャルマイノリティのことをたくさん書くので、生身の人間が顔を突き合わせる場、住所や容姿や年齢やもろもろ属性と紐付きやすい場に作品を持っていくのはとても緊張する。いま家からかなり近いところで貸本棚をやっているけど本当におそるおそるという感じで、もちろん悪いことをしているわけではないしうしろめたい表現というわけではないんだけど…「地縁」的なものになんとか馴染もうとするときに切り捨てられがちなものが気にかかる(そういうものを小説にしている面がある)。 ホォルさんはいま住んでいる場所からは離れているんですが実家の近くではあるので、イベントを開催したり自分の作品を並べたりするのはいろいろ感慨深いものがありました。怖さ、照れ、恥ずかしさ、でもここで自分がこういうことをできるようになったんだなーという喜び。また少部数のコピー本だったりzineだったりは書いた人のパーソナルな部分が出やすいものではあるから、自分含む参加者がリラックスして話せることを大事にしたかった。セーファーな場づくりをしたかった。
深澤さん吉田さんがわたしのそういった葛藤や、zineにまつわるデリケートさをみたいなものを汲んでくださりつつ、本当に快く場を開いてくださりとてもとてもうれしくありがたかったです。イベントが明るくオープンな場になったのはホォルさんmibunkaさんの常日頃からのお店づくりによるものが大きいと思います。ホォルさんの選書にもそういった姿勢があらわれていて、大らかで気骨のある場所だなあと感嘆します。
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なんかこのレポートすごく長くなりそうなので何回かに分けようかな。ひとまず今回は余談のような話をしておしまいにします(もはやレポートでもないんだけど、ちゃんと書こうとするとえっらい時間がかかりそうなので、ともかく考えたことを垂れ流しにしているような感じ…)。
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ホォルさんのある角栄商店街の通りに合鍵と靴修理のお店があって、そこで5円コピーというのをやってたんだよね。白黒と単色カラーが5円で、色紙(色上質紙)に刷ると6円だったかな。中学生のころ友だちとそこに行ってペーパーを刷ってたの。 ペーパーっていってもべつに何か宣伝するとかでもなくて、なんかこう…各自が好きな漫画とか音楽とか身の回りのこととか、いろいろおしゃべりみたいなのを書いた手書きの紙。30枚とか40枚とか刷って、学校の友だち同士で交換したり、同人誌のイベントのフリーペーパーコーナーに置いてみたり、好きなバンドのライブとかファン同士の交流会?みたいな場で名刺と一緒に交換したり、郵便で知らない人と交換したり…。 こないだ実家を掃除したらそういうのが出てきて、GLAYのJIROのラジオで紹介されてたスマッシング・パンプキンズのAdoreってアルバムがよかったとか、恋する惑星を観たから香港に行ってみたいとか、そんなようなことを書いていた。いまとあんま変わんないかもしれない。 同じ頃、部活の後輩から毎日手紙をもらっていて、ルーズリーフやコピー用紙にぎっしり書かれた手紙だった。夜に書いたのを朝にくれて、授業中に書いたのを昼か夕方にくれて、1日2通の手紙。わたしの返事は5回に1回返すかどうかって感じだったんだけど、毎日まめに手渡してくれて、なんか話したいことがあったんだろう。わたしにそういう高頻度で手紙をくれる子はほかにも4人くらいいて、毎日たくさん読んでいた。どの子の手紙も深刻な話はあんまりなくて、だいたいは日記というか雑談というか。 あとその頃よく行っていたCD屋で店員さんが新譜紹介のフリーペーパーを自主的に作っていて、これまた手書きの手作り感あふれる感じの紙だった。新譜紹介といいつつ「これぜんぜん好きじゃない」とか「もうこれで解散してもいいくらい最高」とか思いっきり主観で、余白にはどこそこに行ったとか何を食べたとかの雑談も書いてあって…。
わたしはふだん同人誌やzineを作って文フリなどのイベントや書店で販売してるんだけど、今回のコピー本交換会は、こういうペーパーや手紙が頭にあった。売り買いとはちょっとちがうやりかた、むかし作っていたペーパーみたいなことってできるのかな。これは去年6月に参加した陰気なクィアパーティーでzineの交換会をやってすごくいいなと思ったのもあったし、以前umeさんからいただいた交換がテーマのzine(umeさんは本の交換所をやっている)を読んで考えたことでもあった。売ったり買ったりではないことをしてみたらどうなるだろう。売ったり買ったりできないものを作るってどんなだったっけ。
金銭のやりとりの方がコミュニケーション自体はラクだろうか。交換だと人対人になりやすいから結局のところコミュニケーションが達者かどうかになっちゃうんだろうか。買う(読む)側としては匿名でいたい気持ちはすごくある…なら金銭を介したやりとりであるべきか。いや売り買いであっても、規模の小さいイベントだと人対人のコミュニケーションになりやすい。11月に出店者10組だけのzineイベントに出て、「あなたは誰?」「この本は何?」という会話になりやすかった。場が親密になればなるほどそうで、それ自体はとても豊かな時間なんだけど、属性と作品がまっすぐ結ばれるのってちょっと危うさはあるなと思った。そして作り手側もそういうプレゼン?にあっというまに慣れちゃって、自己プロデュースのうまさみたいなことになりがちなのも気にかかる。属性、作品、宣伝、SNS、ビジュアル、会話…そういうものがしっかり噛み合い、「わたしは◯◯で、△△な作品を作っています」がいつも首尾一貫している。一言で説明できる。なんかわかりやすすぎないか。整いすぎてないか。自らと作品をじょうずに寄せにいっちゃってるけど齟齬があってもよくないか。あと買う側の人も自身のことをけっこう開示してくれて、わたしとしては会話ができるのすごくうれしかったけど、無理に話させてないかとちょっと心配にはなった。べつにあなたが何者であっても(なくても)わたしの小説を手に取ってくれるのはうれしい。でもそれだけではいられない、何か話さなきゃって圧が場に生じてるんだとしたら、けっこうきついことかもしれない…とか(ところで陰気なクィアパーティーはそういうのがなくてすごく居心地よかった。会のはじめにセーファースペースポリシーを読み上げてくださって、場にいた人がおたがい了解していたのもあったし、たぶんそのあたりに関心の強い人が多く参加していたのもあったと思う。すごいことだなあと感嘆したしほっとした)。
あるいは売り買いの宣伝の話。文フリとかzineフェスとか書店さんとかで小説を売るとき、多くの人に見つけてもらえるよう宣伝をするわけだけど、なんというかまあけっこう大変だし疲労はある。たとえばアンソロジーだと、コンセプトの強さだったり、フックの効いた言葉やビジュアルだったり、作品や作家の紹介を丁寧にやったり、メンバーの豪華さをアピールしたり…いろいろあるわけだけど、ちょっとちがうことをしたくなった。これはそういうのがよくないという話ではなくて、ちがうベクトルのことをしてみたらなんかいいことあるかもなあくらいのぼんやりした予感。 文芸作品、とくに小説は、読むのにそれなりの負荷がかかると思う。作品の難解さとはまた別のところで気持ちや時間のコストが大きく、「なかなか読めない」という話を作家同士でさえ本当によく聞く。そうすると作品や作家周辺の「活気」みたいなものがけっこう重要ではあって、何か賞をとった、SNSでよく見かける、みんなが話題にしている、みんなが工夫をこらして強い文言で「いい」って言う、そういう祭りや波が読むことへの後押しになる。活気があるのはいいことで、わたし自身すごく楽しんでいるし参考にもしている、かなり恩恵を受けている部分もあるけども、祭りや波から生じる権威大好き感がちょっと苦手ではあって…。権威大好きはちょっと言葉が悪いか。でも沈黙や絶句が、ほんとに沈黙や絶句のままでいられないのはなんかちがうなというか、心の柔らかいところをまいど律儀に開示しなくてもいいし、そもそもそんなに激しく感情が動かなくても楽しんだり感じ入ったりはあるわけで、まして誰々のお墨付きとかじゃなくてもいいわけで…。大傑作とまでは思わなかったけどほどほどに楽しんだ、ちょっといいなと思った、そういうことはぜんぜんあるというかわたしはだいたいの作品はほどほどに面白がってるんだけど、それをまんま口にするとちょっとけなしているみたいに聞こえてしまいそうだなと思う。なんかこう活気を起こそうとする中でちょっと「褒め」がインフレしてねえか…と思う。要するに、祭りや波的なものとはちがったやりかたでの読んだり書いたりが必要な気がしている。 (これはあんまり整理できてないし、活気を起こそうとがんばっている人たちをくさしたいわけではないので、ほんとにまとまってない話で恐縮なんだけど。参加してるアンソロ10000000部売れてくれ〜とかわたしもぜんぜん言うし、人と一緒に作ってるときはおたがいを鼓舞する意味合いも強いのはわかってる。もしかしたらみんなそんなことはとっくに了解していてあえて強い言葉をやっているのかもとも思うけど、わたしはその「あえて」をやり続けられるのってそれなりに元気な人だけじゃないかなあとは思ってしまう…元気じゃない人も文芸をやりたいし、実際勝手にやってるんだけど、「やってる」ということを他人に見せていくのは大事かなと思って言っている)
余談と言いつつすごい長くなってしまった(むしろ余談の方が長い)。 えーと今回のコピー本交換会、わたしはいくつかzineやペーパーを持って行って、そのうちのふたつ『tide』と『プロテスト・モノローグ』はあんまり売ってない本です。 『tide』は陰気なクィアパーティーでのzineの交換用に作ったもの。短い小説をいくつかと&セクシュアリティにまつわるぼやきみたいな文章をまとめたもので、通販はしてなくて文学フリマにも持って行ってない。zineフェス長野には持ってったかな。べつに過激なことが書いてあるわけじゃないんだけど自分的にちょっとナイーブな話はしてるから、こういう本がありますよって宣伝するとなると勇気がいるなーと思う。 『プロテスト・モノローグ』はパレスチナへの連帯について考えてることとかのひとりごとみたいなzine。コピー本交換会のどさくさにまぎれて作ったような感じで、ほんとの走り書き。あんまりおおぜいに売るものではないなーと思った。勿体つけるわけではないんだけど、なんかこうちゃんと発信しようとすると発信するための言葉や話題になるわけで、そうじゃない話、「どさくさ」でないと出てこないような話をする必要があるなと思ったというか…。
そういうものを手渡す場所をやろうと思った。交換する本を机に並べて、気になったものを手に取って読んだり持ち帰ったりできる。しゃべりたかったらしゃべれるし、黙って本だけ交換して帰ってもいい。閲覧用の本も置いておいて、読書の時間にしてもいいし本作りのヒントにしてもいいし…。 それがうまくいったのかどうか、当日わたしはドタバタしていてじつはよくわかんないんだけど、ちょっとずつ振り返っていければと思います。
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kennak · 12 days
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2024年3月17日(開催まで392日) あべのハルカス近鉄本店「2025大阪・関西万博オフィシャルストア」の映像観覧スペースにて、アンバサダー紹介の動画が流れ、ダウンタウンの名前と映像が流れるのを目にして驚いた。 2023年12月27日、週刊文春の記事に、ダウンタウンの松本人志氏が女性に性的行為を強要したと報道され、松本氏は、2024年1月8日に芸能活動を休止。これにより当然アンバサダーとしての活動も休止していると思っていたからだ。 その場で、大阪・関西万博公式ホームページでアンバサダー紹介のページを開くと、ダウンタウンの紹介とメッセージが掲載されていたが、オフィシャルストアで流れていた動画と、ダウンタウンの動画は「この動画は非公開です」と表記され全く観ることができない(万博協会からsnsでの使用禁止とのことなので、スクショ全体は掲載できず一部のみ)ぼくは、活動休止にともない動画を非公開にしていると思った。なのに、なぜ、オフシャルストアでは堂々と流しているのか?疑問に思い、万博協会に問い合わせをした。 3/17 アンバサダー紹介ページで、メインとダウンタウンの動画が非公開だった 3月18日 日本国際万博協会コンタクトセンターに電話 ナビダイヤルでの音声ガイダンスが流れ、その他お問い合わせの 5 は、20秒に10円(通話料定額プラン対象外)の有料。コロナ感染(当時2類相当)し、大阪市のコロナ相談ダイヤルへの問い合わせも20秒に10円で、高熱でぐったりした状態での電話で散々待たされたあげく検査できる病院は自分で探してほしいと言われ泣いていた母を思い出す。 コンタクトセンター受付から広報課へ電話を繋げてもらう。 【質問内容】 ①万博アンバサダーの松本人志さんのアンバサダーとしても活動は休止しているか? ②芸能活動が再開後は、アンバサダーとしても活動も復帰するのか? ③相方の浜田雅功さ���も、アンバサダーの活動は休止しているのか? ④大阪・関西万博公式ホームページのアンバサダー紹介のページのダウンタウンが削除されていないのはなぜか? ⑤アンバサダー紹介のメインの動画とダウンタウンの動画だけが非公開になっているのはなぜか? ⑥日本国際万博協会のその他問い合わせの通話が有料なのはなぜか? この質問をした後、アンバサダー紹介のページのメイン動画とダウンタウン動画が再生できるようになる。 数日後、数回に分けて回答をもらう 【日本国際博覧会広報課の回答】 ①②③松本人志さんに関して、今後のアンバサダーの活動は特に予定されていない。協会として、活動を休止されている間、休止期間に関してはこちらの方からアンバサダー活動を依頼する予定はない。 これ以上のことが、現在裁判の方をされている事案になりますので、これ以上の回答は、協会からは差し控えさせていただいている現状。 現在裁判中ですので、結果がどうなったら再開するなどというのは、たらればの話になってしまいますので係争中につき一旦回答を差し控えさせていただく。 ④⑤アンバサダーの動画だけでなく、協会のホームページで一部の動画が、非公開となる現象が起こってしまっていたことに指摘されたことで気づき、非公開になってしまっていた動画を一律修正した。原因としては、3月4日時点から動画の担当が操作を誤り、非公開になってしまっていた。 ⑥音声ガイダンスで案内をすることによってスムーズにお問い合わせに対応できるためということで、ナビダイヤルを導入している。ナビダイヤルという制度自体が有料だという理由は、こちらの方の理由ではない。有料であることに違和感があるというのはご意見として受け止めさせていただく。 アンバサダー | EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト 2025年の万博、日本、大阪・関西で開催!テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。 www.expo2025.or.jp 問い合わせ翌日から動画が再生されるうようになった、大阪関西・万博公式ホームページ|アンバサダー紹介(リンク貼り付けは、日本国際博覧会協会の許可を得ています) 公の行事であるにも関わらず、問い合わせ相談ダイヤルが有料であることや、裁判中との理由でさなざまな回答を差し控えている万博協会は、ホームページのアンバサダー紹介に松本人志の名前を残し、動画の再生が可能であるということは、現在活動中!との位置付けになってしまうのではないかと疑問が残る。 【ダウンタウン松本人志氏と週刊文春の記事から裁判までの時系列】 2017年3月27日、「2025年日本万国博覧会誘致委員会」の大阪誘致を盛り上げるの「2025年日本国際博覧会アンバサダー」にダウンタウンが就任。 2020年2月14日、「大阪・関西万博」の顔として万博の魅力を伝える「2025年日本万国博覧会アンバサダー」にダウンタウンが就任。今後、関連イベントや様々な広報、プロモーション活動に協力し、万博を盛り上げていく。 2023年12月27日発売の週刊文春の記事に、松本氏が女性に性的行為を強要した内容を掲載。(26日に文春オンラインに一部掲載) 同日、吉本興業が公式サイト上で、一部週刊誌報道について「当該事実は一切なく、本件記事は本件タレントの社会的評価を著しく低下させ、その名誉を棄損するものです」といった文書を発表し、法的処置を示唆。 2024年12月末のテレビ番組で、アサヒビールとサントリー、消費者金融大手アコムは松本氏が出演したテレビ番組で、スポンサーとして社名の表示を取りやめた。アサヒビールの松山一雄社長は「人権に関するわれわれの基本方針に照らし、最も適切な対応を取らないといかない」と説明。 2024年1月5日、松本氏が局長を務める、朝日放送「探偵!ナイトスクープ」23:17〜(2023年12月8日収録)が放送された。 2024年1月8日、松本人志氏は「芸能活動を継続すれば、さらに多くの関係者に多大な迷惑と負担をかける一方で、裁判との同時並行ではお笑いに全力を傾けることができなくなってしまう」として当面の間、芸能活動を休止すると発表。 2024年1月9日、林芳正官房長官は、記者会見で松本氏が2025年大阪・関西万博のアンバサダーを務めていることについて「報道は承知しています。事実関係を確認の上、万博アンバサダーへの任命を行なった博覧会協会において、適切に対応されるものと考えておりまして、わたしくしからコメントすることは差し控えたいと思います。詳しくは経済産業省にお訊ねいただきたいと思っている」と述べた。 斎藤健経済産業大臣は、「突然の松本さんの発表でありますので、しっかり検討してお答えしたいなと思っております」と述べた。 吉村大阪府知事は、「事実無根で裁判で争う、裁判の期間中は芸能活動を休止されるということですから、その間はアンバサダーは当然、活動されない。休止になると思います」と自身の意見を述べた後、「博覧会協会等からは連絡は受けていない。博覧会協会と吉本興業との協議になるかと思う。博覧会協会からはまだ吉本とは話してませんという報告を受けていますので、正式に決まったものがあるわけではありません」と述べた。 2024年1月14日、フジテレビのバラエティー番組「ワイドナショー」に松本氏出演せず。 2024年1月18日、読売テレビよバラエティー番組「ダウンタウンDX」に松本氏出演せず。 2024年1月22日、松本氏が発行元の文藝春秋と編集長に対し、名誉毀損されたとして5億5000万円の損害賠償と訂正記事の掲載を求める訴訟を東京地裁に起こす 2024年1月24日、吉本興業は公式サイト上で、週刊誌報道等に対する当社の対応方針を発表。所属タレントらがかかわったとされる会合に参加された複数の女性が精神的苦痛を被っていたとされる旨の記事に接し、当社としては、真摯に対応するべき問題であると認識している。ガバナンス委員会から「当初の『当該事実は一切なく』との会社のコメントが世間の誤解を招き、何を指しているのか不明確で混乱を招いたように思う」との文書を発表。 2024年1月25日発売、週刊文春で元タレント女性の「実名・顔出しインタビュー」の記事を掲載。 2024年1月29日、2020年12月からアンバサダーとして「ダウンタウン」を起用していた回転ずしチェーンくら寿司が、活動中止を発表したことを受けた措置として別のCMに差し替え、ホームページ上からもアンバサダーとしての記載を削除したことが分かった。 2024年3月28日、ダウンタウンの松本人志氏が性的被害を受けた女性の証言を掲載した週刊文春の記事により、名誉を傷つけられたとして、損害賠償と記事の訂正を求めた起訴の第1回口頭弁論が東京地裁で行われた。文春側は請求棄却を求め、争う姿勢。松本人志氏は出廷しなかった。
大阪・関西万博 EXPO2025🔴🔵|日本中学生新聞
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myonbl · 1 month
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2024年3月31日(日)
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ここ数日の暖かさで桜の開花もずいぶん進んだよう��。拙宅最寄りの観桜スポットと言えば、松尾大社西七条御旅所である。朝食済ませてすぐに足を運んだが、今のところ三分咲きと言うところか。南隣には京都市立七条小学校、今年の入学式は満開の桜が新入生を迎えることだろう。チビッコの未来を祝福するためと勝手な理屈をつけて、今夜はちと早い花見酒と洒落こもう。
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昨年正月スタートの日めくりが面白くないので、4月はじまりの日めくりを追加購入した。写真と言葉が面白く、ずいぶん楽しませてもらった。今日でお役御免、お疲れさまでした。
4時45分起床。
日誌書く。
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朝食。
洗濯。
珈琲。
再び洗濯、布団も干す。
ツレアイは法事のために<ゆうゆうの里 京都>へ、JR奈良線は相当な混雑のようだ。
昨日用意した<エル・ライブラリー>へのバザー用荷物、クロネコヤマトが早めに集荷に来てくれた。
酢タマネギ仕込む。
糠床メンテナンス、キュウリを漬ける。
2男のランチは残りご飯で焼き飯、その後選抜高校野球決勝、🍷呑みながら応援する。結果は健大高崎の初優勝、おめでとう!
軽く午睡。
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4月からは一切本は買わないと決めた、でも31日なのでポチった本がすぐに届く。なかなか読み応えあり。
コレモ七条店で買物、トマト・白菜・豚バラ肉。
町内の会計担当から監査用資料が届く、明日戻すことを約す。
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早めに夕飯準備、そこへツレアイ帰宅、4人揃っていただく。
録画番組視聴、日本の話芸から
三遊亭遊雀 落語「四段目」
初回放送日: 2024年3月31日 三遊亭遊雀さんの落語「四段目」をお送りします(令和6年2月17日(土)群馬県・甘楽町文化会館で収録)【あらすじ】小僧の定吉は芝居を見るのが大好き。使いに出すと途中で芝居を見に行ってなかなか帰ってこない。きょうも日の暮れ方まで帰ってこないので旦那が問い詰めるのだが…▽題名は歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の四段目、塩冶判官(えんやはんがん)の切腹場面のこと
名探偵ポワロ
第2話「白昼の悪魔」/ Evil Under the Sunシーズン 8, エピソード 2 レストランの席で前後不覚に陥ったポワロ。肥満による心臓負担と診断されたポワロは渋々南海岸に静養に出掛けることに。そこには資産家で勝手気ままな女優アレーナも滞在していた。やがて、アレーナの絞殺死体が白昼の砂浜で発見される。
片付け、入浴、体重は2日前から200g増。
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今月の血圧記録、明日は内科受診なので主治医に報告しなくては。
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今日も3つのリングは完成せず、明日からはちゃんとせねば。
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tutai-k · 5 months
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2023年が終わるらしい
2023年のはじまりは、3月から転職も決まっていたし、持病の悪化による日常生活への不安もあったので、2月いっぱいまで休職した。 療養もかねて尾道に一週間滞在したが、出発の日に地元が大雪ですっころび、カメラのレンズを破壊するという暗黒の始まりを告げるなど、つらいことがたくさんあった。 2月も、結局、休養することがないまま、次の職の仕事をずっとしていた。どこかで休みたいと思いながら、全く休めないまま、2023年が終わりそうだ。 意外だったのは、誰の力も金銭的援助も借りずに十年近くひとりでやってきたこと、というのは、なんだかんだ「使える」ということだった。通用するんだ、これが。というおどろきは大きかった。手応えがあったとか、結果が出たとか、そういう意味ではなく、するっと不安なくやっていける。いままでやってきた、他人の顔色をうかがい、他人の動作に合わせて平均的に働くというのとは違った。積んできたものが、無駄にならない機会に巡り会えてよかったと思う。 休みたいと思いながら、休めないでここまで来たし、年始の休みも8日まであるけど、いろいろと休めないことが多い。雇用契約のある労働は休みだが、個人的な仕事はいくらでもあるし、なんなら山積みになっている。九日間で終わるのだろうか…と思いながら一日目をもう半日終えてしまった。(2024年のしいたけ占いには、おまえはだいたい気づいたら働きまくっていて休んでない、みたいなことが書かれていてちょっと悲しかった)
毎年毎年、何を年間のまとめに書いていただろうかと思うわけで、今年も悩んでいるわけだが、全然答えが出ない。とりあえず、読んだ本とか作った本をまとめていたような気がするから、それをやる。
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★作った本★ 1月 『山梔の處女たち』 pixivのいつだったかの百合文芸で佳作をもらったオメガバース百合「首輪とロマンス」、恋愛/性愛から離れたところで手を取り合う少女たちの魔法学園小説「魔女の選択」収録の短編集。Kindle版は、いつだったかのKino-Kuni文学賞で大賞をもらった滅び行く漁村の女二人の物語「迎え火」も収録している。
5月 『けものと船乗り』 現代物、というか、現実世界の不均衡や理不尽に焦点を当てたものがたりを多く書いてきたな、という自覚もあり、あと「幻想文学はもう書かないんですか」とたくさん声をかけてもらったりもしたので、ひさしぶりに幻想文学らしい幻想文学を。 全ての船を沈めてしまうけものが棲むという「島」を望む岬でまちのひとたちにこれまた「けもの」と呼ばれている存在が、船乗りを拾って海へこぎ出そうとするお話。 『ヤールルカ』 写真家の女の短い物語。撮ること/撮られることの暴力を考えているので、そのこととかを中心に、これは短い物語だったが、もう少し長く書けたらいいなと思ってちょっとずつ書いてる。ひとつ、暴力的な経験を「してしまった」ので、それも書けるか…とすごくいやな気持ちになりながら思っており、だが、これは書くことでしか報復も抗議もできないという思いがあるので、この物語とは2024年以降きちんと向き合いたいと思う。
9月 『ゆけ、この広い広い大通りを』 日々詩編集室から出た本。二児の子持ちの専業主婦・バイクと音楽がすきなトランスの女性・都会で働けなくなったフェミニスト、三人の同級生が「地元」でささやかな試みをするお話。 「ちがいのある人がともに過ごせる共有地をつくる」をコンセプトにしている団体を母体にもつ出版社から出る本だったので、いろいろ考えたし、思っていた以上にいままで読んでくれていたひと以外のひとに受け取ってもらえてよかった。自分が持つ切実な課題とかもたくさん載せた物語だったので、ベストをつくしたし、2023年のベストだと思う。この物語に全力をつくしていたので、2023年は、ヨモツヘグイニナでは大きめの物語は作らなかった。 この本は、ヨモツヘグイニナの通販の他に、本屋lighthouseさんとか、シカクさんとか、mychairbooksさんとか、日々詩編集室とかでも買えるので、お気に入りの書店さんで買ってもらえるとうれしい。 『いづくにか、遠き道より』 再録短編集。たくさんたまっていたのでつくった。2014年に書いた小説とかをおそるおそる読み返したら、思っていた以上に「小説」だったのでほっとした。
11月 『アルバトロスの語りの果てへ』 売れない作家のノイと、そのパートナーで人気役者のターが、アルバトロスの繁殖ボランティアに参加するお話。 物語を自分自身が語るとき、そこには当然自分も含まれている物語のこともあるし、そうでないこともある。だけど、埒外にあっても内にあっても、ひとは、語ったり語られたりせずとも、勝手に他者に物語を見いだし、それを消費してゆく構造がある。『山梔の處女』収録の「魔女の選択」によく似た内面を持つ物語だと思うが、他者のふるまいや言動に「物語」を見いだすとき、「なにを見ているか」に自覚的になりたいよね…というようなことを考えながら書いていた。
12月 『浜辺の村の大みそか』 日々詩編集室で出た小さい本。『浜辺の村でだれかと暮らせば』の番外編みたいなやつ。いまから日和と八尋がやったような大晦日をわたしも過ごします。
★読んだ本とか観た映画そのほか★ 色々読んだけど、印象深かったものについて。 『銀河英雄伝説』全巻 銀英伝のコンセプトバーやカフェにいくので読んだ。相変わらずめちゃくちゃおもしろい。 『豊穣の海』全4巻 来年参加する八束さんのアンソロジー父親の死体を棄てに行くやつの資料(?)イメージをつかむのに読んだ。今西が金閣寺のように燃えて、それを本多が眺めている(『暁の寺』)がよかった。あと、大人になって読み返してみると松枝清顕……「全部おまえが悪いじゃん!」ってなるのがおもしろかった。勲に対しては共感するところも多かったし、あいかわらず『天人五衰』が一番好き。 『雨の島』 今年の1月1日に読み終えてた。呉明益の本、『歩道橋の魔術師』も読みたいんだけど、未訳のチョウチョのなんとか…?が読みたい。 『苦海浄土』 ネイチャーライティングをやろうとすると必ず出てくる石牟礼道子、の代表作。水俣へ3月と10月といくことになったし、石牟礼道子を筆頭に水俣関係の本をとてもたくさん読めた一年だった。とてもよかった。来年は『水俣病を旅する』『苦海浄土』(全3巻)を読みたい。 『アフターヘブン』 八束さんの本。めちゃくちゃよかった。 『フィリックス・エヴァー・アフター』 すっごくおもしろくて、何度でも読み返したい! 『鋼鉄紅女』 最高だった……「地獄へようこそ……」って武則天が宣言したところから、もう一気に読んだ。家父長制と、男女の二人の「ペア」というかたちに反旗を翻す最高のSF小説。 『私と夫と夫の彼氏』 2023年で読んだ中で、一番一番おもしろかった漫画!11巻が待ち遠しい! 『琥珀の夢で酔いましょう』 この漫画もめっちゃおもしろかった~! 『父の時代、私の時代』 堀内誠一の自伝的エッセイ。「ウッチェロ!!!!!!!」澁澤龍彦・瀬田貞二との思い出を添えて。めちゃくちゃ古本価格高騰していたので文庫で出してくれてありがとう! 『ガザに地下鉄が走る日』 ずっと読みたかったけど、なかなか読めずにいて(岡真理さんの本は『記憶/物語』を2020年に読み、もう一度これも今年再読した)やっと読む。見過ごしてしまわないように、何が出来るかを考え続け、アクションを取る、できることをやるしかないんだけど、「人間が人間として生活するということ」が、誰にでもある世界にたどり着きたい。 本だと、吉田育未さんの翻訳作品を井上彼方さん/紅坂紫さん編集の『結晶するプリズム』で知り、『聖なる証』『星のせいにして』を読む。めちゃくちゃおもしろかった!年越し読書本は『イエルバブエナ』。「このひとが翻訳している本ならぜったいおもしろい!」という翻訳者さんに出会えたのがうれしかった。 映画もいろいろみたけどとくに『バービー』『his』『ゲゲゲの謎 鬼太郎誕生』がよかったな~。結局体力がなくて窓際のトットちゃんを見に行けなかったのがちょっとさみしい。 さいたま文学館で開催されていた澁澤龍彦の展示にはいけた。パンケーキも食べた。 12/24にITOプロジェクトの『高丘親王航海記』を見に行く。それについてのくわしいことは静かなインターネットに書いた。
★旅行★ 「今年はいろんなところへ行ったんじゃないですか?」と言われたけど実はあんまり行ってなかったりする(さみしい) 1月 尾道 ライターズインレジデンス尾道でまたみはらし亭に滞在する。だいたい伊勢うどん食べてた。 3月 水俣 はじめて水俣へ。というか九州自体がはじめて。いろんなひとに出会い、いろんなことを学び、いろんなおいしいものを食べた。『常世の船を漕ぎて』を水俣病歴史考証館で買った。 5月 東京 行ったという記憶しかない。なにしたっけ…?なにもしてないのか…もしかして…。 9月 大阪 銀英伝のバー「海鷲」へ行く。ロイエンタールの透けてる板を買った。文フリ大阪も行った。 10月 東京 銀英伝のカフェ「イゼルローンフォートレス」へ行く。かおりさんと会う。ながいことSNS上ではお付き合いがあるのに生身で会うのは初めてで、だけど「すっぱいものきらいだもんね」とか長年付き合ってきた人間同士の会話ができてとてもおもしろかった。次の日は吉祥寺や多磨へいき、緑色のインコとオナガを見る。 水俣 ふたたび水俣へ。熊本市内も立ち寄ったが、土砂降りだったので熊本大学と、橙書店へ行く。島尾ミホと石牟礼道子の対談集というめちゃつよBOOKを買った!めちゃくちゃ楽しかった。 11月 文フリ東京。ヒマラヤ鍋を食べる。次の日は埼玉文学館へ。武蔵野うどんに衝撃を受ける。
★来年の予定とか★ 1月14日に文フリ京都。辰年なので澁澤龍彦のコラージュみたいな『兎島にて』という本をだします。こういう物語で「兎」って単語がでると、誰か特定の人をみんな思い浮かべると思うんですけど、その特定の人は卯年のわたしです。他の誰でもありません。 3月までに出さないといけない原稿がめっちゃいっぱいあるので頑張ってます。 オープンにしてるのは八束さんの家父長制アンソロだけだけど、そのほかもまた媒体に載るなどしたらお知らせします。 やりたいことは、三宅島・舳倉島・天売島、この三つのどれかの島にいきたい!2023年は労働が忙しすぎてぜんぜん鳥写に行くことがなかった(かなしい)一年になっちゃったから、2024年はちゃんと鳥写したいです。 あと、日々詩編集室から『ゆけ、この広い広い大通りを』もでたことだし、もうちょっと小説を書いて発表する幅みたいなものをひろげたいかなと思っている。つらいことがたくさんありすぎたから、アンソロは主催も参加もいやだったけど、そういうのとか……あと、書いたらお金がもらえるタイプの原稿とかも、書ける媒体があるのなら書いていこうかと思っている。 これはずっとそうなんだけど、賃労働をしながらほかにわたしの体力で「できる」ことが「小説を書く」ことしかなかったので……。タイミングや機会があれば、頑張ってみようと思っている。
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boooooooooooook · 1 year
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2022年7月8月9月10月11月12月読んだ本
「美しい日本の私」 川端康成 講談社現代新書 「日本書紀のすべて」 武満誠編 新人物往来社 「歌い屋たち」 なぎら健壱 文藝春秋 「水死」大江健三郎 講談社 「新しい道徳」北野武 幻冬舎 「日本の一番長い日」半藤一利 文春新書 「現代マンガ選集表現の冒険」中条省平編 ちくま文庫 「エドウィン・マルハウス」スティーヴン・ミルハウザー 河出文庫 「リリィ・シュシュのすべて」岩井俊二 角川文庫 「蟹工船」小林多喜二 新潮文庫 「幕末の三舟」松本健一 講談社選書 「あかるい部屋の中で」金子美恵子 福武書店 「頭のいい人の敬語の使い方」本郷陽一 日本文藝社 「対訳ディキンソン詩集」岩波文庫 「共同幻想論」吉本隆明 角川ソフィア文庫 「ビートルズが流れていた」林哲司 PHP研究所 「Googleが仕掛けた罠」杉浦隆幸 小学館新書 「河童が覗いたヨーロッパ」妹尾河童 新潮社 「白髪の唄」古井由吉 新潮社 「倫理という力」前田英樹 講談社現代新書 「原典完訳アヴェスタゾロアスターの聖典」野田恵剛 国書刊行会 「インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ」堀越鎌三 筑摩書店 「燃えよ剣」司馬遼太郎 新潮文庫 「日本美術傑作の見方感じ方」田中英道 PHP新書 「五体不満足」乙武洋匡 「ことばはおもしろい」河合隼雄 講談社 「モモ」ミヒャエル・エンデ 岩波少年文庫 「オン・ザ・ロード」ジャック・ケルアック 河出文庫 「笑犬棲よりの眺望」筒井康隆 新潮社 「人生の親戚」大江健三郎 新潮社 「湯川秀樹の世界」中野不二男 PHP新書 「ちくま 7月号,8月号,9月号、10月号,11月号,12月号」 「国書 7月号,8月号,9月号、10月号,11月号,12月号」 「波 7月号,8月号,9月号、10月号,11月号,12月号」 「ロッキング・オン1月号」 「ダ・ヴィンチ1月号」 「ミュージックマガジン1月号」 「新選日本史B」東京書籍 「山川詳説日本史図録」山川出版 「家庭総合自立・共生・創造」東京書籍 「現代社会」東京書籍 「クローズアップ現代社会」東京書籍 「物理基礎」東京書籍 「音楽ⅠTutti」教育出版 「音楽ⅠTutti 学習書」NHK出版 「音楽通論」教育芸術社 「ビジネス基礎」実教出版 「All Aboard! English CommunicationⅡ」東京書籍 「All Aboard! English CommunicationⅡ学習書」NHK出版 「スポーツルール2022」大修館書店 「合格トレーニング日商簿記2級商業簿記・工業簿記」TAC出版 「合格するための本試験問題集日商簿記2級」TAC出版 「歌集滑走路」萩原慎一郎 角川文庫
後期中間の平均が80点、前期期末の平均が88点でした。もうすぐ高校卒業です。塀の中にいながら公立中学1年、通信高校3年在籍し卒業する機会を与えられたことに大変感謝しています。今は2月の期末テストと簿記2級試験に向けて勉強しています。卒業まで残り少ない時間をムダにしないで精一杯やります。
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aya-ebina · 4 months
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2024年の予定と目標
今年も予定と目標を記します。毎回年越しの旅行では頭痛を起こしていたのですが、今回は頭痛と無縁に過ごせたので、よりよい1年になってほしいなあと思いながら帰ってきました。
★予定 ◎詩集『あかるい身体で』読書会 日時:2024年2月23日(金・祝)19:00〜 場所:機械書房(東京都文京区) 詳細は機械書房さんのnoteをご参照ください。わたしもいます。読書会というと身構えてしまうかもしれませんが、お気軽に感想をお話しに来てくださると嬉しいです。
他にもお知らせしたいことがあるのですが、公式な告知がされるのを待っています。 それから、まだ募集が始まっていませんが、9月の文学フリマ大阪12には出店するつもりです。新刊はエッセイ集の予定。 今年は定期的にお知らせできることがあるような活動をしていけたらよいなと思います。何から始めたらいいのかしら、と迷う日々です。
★目標 ◎詩集を広めるためにできることをやる  読書会を関西でやるとか、何かイベントをやりたいと思っています。詩集に絡めて本屋さんでフェアをやってみたい気持ちもあります。やりすぎて疲れない程度に、「海老名絢」を見つ���てもらうためにも自分から動いていきたいです。
◎合評会を続ける  1年続いて意外と負荷は高くないので、春夏秋冬に1回ずつなら続けられそうです。
◎月1冊、文芸以外の本を読む  いつも自分は何も知らないと思っているので、趣味の読書とは別に、知識を得る読書もしていきたいです。世界情勢の解説だとか人文学・社会学・心理学あたりの新書をはじめ、専門家が一般読者に向けて書いた本を読もうと思っています。
◎2・3ヶ月に1回くらいの頻度で、美術館や博物館に行く。  中之島美術館の「テート美術館展 光」がよかったので、つい文芸に偏りがちなのですが、他の文化芸術にも積極的に触れていきたいと思います。
◎SNSを見る時間を減らす  SNSを漫然と眺めていたら、やりたいこともできなくなりがちなので、意識的に見る頻度を落とします。
★その他  今年のおみくじは吉で、「将来に不安、悩み多けれど、今はうまくいくとき」とあったので、年末に引いた「ヒーローを待つな、ヒーローになれ」も心に置きつつ、できることを一つひとつ重ねて、地道に頑張っていこうと思います。詩を書き始めて10年目になるので、他者の媒体で定期的に詩を発表できるようになりたいです。詩集を応募できる賞があれば、応募することも忘れずに。
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gallery-yaichi · 1 year
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・ ・ 埼玉県のgallery yaichiより、 今週末からの展示会のご案内です。 皆様のお運びをお待ちしております。 ・ ・ 2022.12.10.sat.-12.25.sun. 田中信彦 展 Nobuhiko Tanaka Exhibition ・ ・ 埼玉県入間市に工房を構える田中信彦さんの作品展となります。水彩画のような優しいグラデーションの表情が美しい、田中さんの中心となる作品から、多種多彩な普段使いの器を中心に作陶されています。今展では西洋アンティークと共に展示させて頂きます。2023年を晴れやかな気持ちで迎えて頂けるような作品を是非ご覧下さい。 ・ 初日作家在廊予定 close:月曜日 open:11-19:00(初日のみ18:00まで) 9(金)は展示準備のため臨時休業 ※初日開店前にご来店のお客様には整理券配布予定です。 ・ ・ Profile | 1966 東京都生まれ | 1989 立教大学社会学部卒業 | 1990 京都府立陶工高等技術専門学校修了 | 1990-92 滋賀県八風窯に勤務 | 1992-95 吉祥寺、アトリエ飛行船陶芸研究所講師 | 1994 埼玉県入間市に開窯 | 国内外にて個展を中心に作品を発表。料理人の評価も高く、数多くの人気レストランにて使用されています。 | ・ ・ 364-0031 埼玉県北本市中央2-64 048-593-8188 Open 11:00-19:00 JR湘南新宿ライン高崎線 北本駅西口徒歩1分 ・ ・ #yaichi #やいち #器 #うつわ #食器 #tableware #生活道具 #暮らし  #cafe #カフェ #アンティーク #antique #antiques #古道具 #古家具  #古物 #埼玉 #埼玉県  #北本 #北本市 #田中信彦 #NobuhikoTanaka (Gallery&Cafe やいち) https://www.instagram.com/p/ClyDaTvvF7-/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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foucault · 5 months
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今日は店は休みです。久しぶりに奈良に来ています。本籍を奈良に置く身としては、故郷へ戻る嬉しさです。仕事があるとはいえ、合間に興福寺で八部衆の御顔でも拝めるとなおなお嬉しいところですが。
そういえば、本日2023年12月12日はちょうど小津生誕120年、没後60年。小津で奈良、といえば『麦秋』の最後、ふっと差し込まれる麦畑の中をゆく嫁入り風景のシーンですが、あれ、どこなんでしょうか。後ろに耳成山のような山が見えるので、橿原のどこかかな。
ついでの話。このごろ書きものの仕事が多くて、頼まれもの以外の文章なぞつらつら書いている場合ではないのですが、小津についてふと気になってしまったことがあり、書いておかないと本来の仕事ができなさそうなので、合間合間に記していた雑文をここに置いておきます。長いですし、結論はないし、ほとんどの方が興味のない内容かと思いますが…。
ちょっとした調べものがあって雑誌『みすず』2001年12月号を読んでいたら、木村伊兵衛が小津安二郎を撮影した写真と文章「上海で小津安二郎氏をうつす」が掲載されていた。時期は1938年1月なので第二次上海事変の翌年。小津は1937年9月に出征して中国に渡り、事変の直後12月から上海にいたようで、その時に偶然木村と出会っている(その後小津は南京・漢口と転戦する)。写っている小津が携えている���メラは、木村の稿に続いて掲載されている田中眞澄氏の文章「ライカという”近代”」によればライカA型。小津関係の文章を読むと、小津は「ご愛用のライカ」をいつも手にしていたと多くの人が書いているので(同文によると山中貞雄はコンタックスだったらしい)さもありなんと思うのだけれど、田中氏の文章を読んでいくなかで、ちょっとしたことが気になるようになった。
小津は1942年から軍の依頼で記録映画撮影のためにシンガポールに滞在し、��だまあ映画製作などできる状況でもないため、自国内では上映が禁止されていたアメリカ映画をひたすら見続け、敗戦を当地で迎えている。そしてそのまま捕虜となり、抑留生活を終え1946年1月に帰国する際に小津はライカを手放しており、「彼が再びライカを所有するのは一九五四年のことである」とある。買った件の典拠はどこにあるんだっけ、と思いつつ近所の図書館に置いてある『全日記 小津安二郎』を紐解くと、なるほど1954年3月22日の項に、
> 「出京 サンにてライカを買ふ 135.000 アメリカン フアマシー 明治屋(燻製)によつて帰る」
とある。と、ここで急に話は脇道に逸れるのだが、ちなみに隣のページ、同年4月8日の項には、
> 「駒場の東大教養学部 民芸館 青山の花屋 それから 車にて銀座に出て なごやかに夕餐を喫す 野田夫妻と江原氏同道」
と日本民藝館に行った旨の記載がある。他にも、1951年11月10日に
> 「宿酔 森昌子さん達と 陶哉 たくみに寄って大船に帰る」
や、1955年5月17日には
> 「駅にて野田氏と待合せ 上野松坂屋の民芸展にゆく」
とも。ほか、パッと目を通しただけでも1952年4月8日、同年6月15日、1953年2月9日、1961年2月2日に銀座たくみに行った記載があるし、志賀直哉や里見弴についての言及は多すぎるので略す。こういうものを読むとつくづく民藝誌において特集「小津と工藝」を組みたいなと思う。白樺派との関係や小津の映画における「巧藝品考撰」について取り上げる特集。『秋日和』で原節子の後ろにかかっている暖簾は芹沢銈介だろうか、『秋刀魚の味』で中村伸郎の後ろに置かれたやちむん?はたくみで求めたものなのだろうか、やちむんであれば誰の仕事だろうか。佐田啓二と吉田輝雄がとんかつ屋で食事をするシーンには確かに芹沢カレンダーが掛かってるな、などといつも気になるので。松竹から写真借りるといくらぐらいかかるかな…。
それはさておき。この時購入したライカが、前掲日記の1961年3月23日の項に「夕方会社帰りの秀行くる ライカ借(貸)してやる」とある通り、のちに小津の甥が譲り受け、現在は茅野駅前「小津安二郎・野田高梧コーナー」に寄贈展示されているライカIIIfとズマリット5cmF1.5なのだろう。と、ここまで長々と記して、まだ前提です。
そこでふと思い出したのが厚田雄春・蓮實重彦著『小津安二郎物語』(筑摩書房・リュミエール叢書)の冒頭。ここには小津が『東京物語』と『早春』のロケハンをしている写真が2葉掲載されているのだけれど、どちらにおいても小津はバルナック型のカメラを携え、光学ファインダーをのぞいたりしている。沈胴レンズにフードをつけている様子から、あれはライカなんだろう、レンズは厚田雄春が『父ありき』において75mmを一場面で使った以外はすべて50mmだったと言っているぐらいだから同径のエルマーやズマール、ズミタールとかかな、などとうっかり思い過ごしていた。むろん『早春』については、製作年やロケハンの写真に記載されている「1955.7.20」という日付からするとまったく問題はない。しかし『東京物語』は1953年製作公開だから「再びライカを所有した」1954年では間に合わない。そう気がついて見直すと、小津が構えているカメラは、ライカIII型に似ているがファインダーの位置が違うし、そもそも1954年にあわせて手に入れたと思しきズマリットは沈胴レンズではない。
妙なことに気がついてしまったと思いつつも、ひとまずは日記記載の「サン」を手始めに調べてみようとしたが、何の会社かわからない。名取洋之助が企画編集した「週刊サンニュース」と関係はあるのだろうか。対外宣伝誌の専門家であり、銀座に店を構える森岡さんに聞いたらわかるだろうか。いずれにせよ1949年以降の小津の日記に「サン」が登場するのは、「1951年1月17日・3月21日・4月24日・11月10日、1952年4月17日、1953年6月16日、1954年3月22日(前述のライカを買った日)・10月14日、1955年4月6日、1960年7月14日、1961年2月2日(”たくみ サンに寄って三越”)」。1953年6月16日は、ちょうど『東京物語』ロケの最中だったことが気に掛かる。ほか、関係しそうな記載としては1953年3月30日に「アサヒカメラ座談会」、1954年11月5日の「シュミットに寄ってから」(当時ライカの総代理店だったシュミット商会か)、1955年2月15日「昼寝をしてゐると小尾がくる ニッコールの85m(ママ)のレンズを頼む 四万五千円を預ける」、同年3月11日「小尾に会ひ105mmのレンズを見る」、同年6月27日「小尾から電話ライカピッド(ママ。入手したライカがIIIfであれば、ライカビット SYOOMか)を頼む」ぐらいか。この「小尾」という人は何者なんだろう。
次に小津が構えているカメラの形状から何かわからないかと思い、あらためて細部を見れば、写っているカメラは戦後キヤノンが作っていたコピーライカであることがわかる。決め手はファインダーの位置。同時期の国産コピーライカであるニッカやレオタックスはライカそっくりに作っているのだが、キヤノンは誠実と言っていいのか「打倒ライカとコンタックス」の心意気の現れか、多少スタイルが違う。なお、小津が用いている機種については、この時期のレンジファインダー機は輸出用に作っていたせいか勢いがあり、すぐ新型が出るうえに、外観がどれも似すぎていて小さな写真では区別がつかない。時期を考えれば、1946年発売のSIIから1952年のIVSbの間のいずれかで、III型以降のように見受けられる。レンズもやはり形状から判断するとズマールに似ているので、1949年発売開始のキヤノン Serenar 50mmF1.9か。そう気づいて改めて調べると、「カメラ毎日」1954年6月号に掲載されている座談会「カラーは天どん 白黒はお茶漬の味」ではカメラの話がもっぱらで、その時に手にしているのはキヤノンである。このキヤノンのカメラとレンズ、そして外付けのファインダー、この時期どういう経緯で小津は使っていたのだろう。いずれにせよ、1953年の『早春』はともかく、なぜ1955年に「ご愛用のライカ」ではなく、キヤノンを用いているのか。
ついでに言うと、小津が鏡の前でカメラを向けて撮っているセルフポートレートに用いているカメラはコンタックス。日記をざっと読んだ限りではわからないけれど、これもいつ手に入れたのだろう。レンズはゾナーの5cmF1.5。明るいレンズがお好みと見える。こちらは姪が譲り受けたとのことで、今は先のライカと同じく茅野駅前にある。
長々と書いてきましたが、つまりはこれらが今回生じた疑問です。小津に詳しい人、どうか教えてください。
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parkhabiomaster · 1 year
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ザ・パークハビオ
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江戸川区の最大の特徴は、区民の平均年齢が41.4歳と23区の中で最も若いことです。 これは、特に子どもの数が数字に反映されるためで、平成24年1月1日時点の東京都の市区町村別年齢別人口統計によると、0歳~14歳の人口比率は約17%を占めています。 私はここにいます。 国勢調査のデータによると、28.3%が既婚子持ち世帯、19.0%が4人以上の世帯、3.35%が3人世帯で、いずれも23区の中で最も高い。 合計特殊出生率は 1.45 で、23 区平均の 1.16 を大きく上回っています。 江戸川区といえば、東京東部臨海部の繁華街を代表する区の一つですが、太平洋戦争では大型台風の直撃や家屋倒壊など大きな被害を受けました。 . 海抜が低い地域と揶揄され、津波や洪水の危険性が高いことが懸念されています。ザ・パークハビオ
臨海部の住宅開発により、子育てしやすい区として多くの若者の流入に成功しています。 ディズニーランドに行きやすいところも、子育てファミリーの魅力の一つかもしれません。 支援制度は子育て世帯だけでなく、中高年向けの「家賃補助制度」や高齢者向けの配食サービスなども充実。 区内のスポーツセンターも温水プールなど設備が充実しています。 やはり海抜の高い地域が多く、自然災害のリスクが高いからです。 しかし、家賃が安いので外国人も多く住んでおり、国際色豊かな街です。 492haの広大な敷地を持つ葛西臨海公園は緑豊かで砂浜もあり、日本の渚百選にも選ばれています。 動物園併設の公園もあり、区内の公園面積は756haと23区の中で最大です。 水族館では魚も見ることができます。 区内を流れる江戸川や那珂川でも自由に遊べます。 荒川沿いには2003年に小松川千本桜、2013年には新川千本桜が完成し、多くの市民に人気の花見スポットとなっています。 江戸川区は若者の流入が活発ですが、江戸時代から庶民の街として栄えた長い歴史を持つエリアです。 江戸川区には伝統工芸品や特産品もあります。
江戸切子は東京都の伝統工芸品の一つで、主に江東区、江戸川区、墨田区などで作られています。 ガラスの表面に金の板や砥石を使って様々な模様を刻む技法です。 18世紀初頭頃から鏡、眼鏡、風鈴などの製造が始まり、明治時代に入るとヨーロッパの技術が導入・近代化され、東京の地場産業となりました。 2002年には東京都の伝統的工芸品に、2014年には経済産業省より国の伝統的工芸品に指定されました。 もうひとつ、江戸川区を代表する商品が小松菜です。 江戸時代の将軍が江戸川区の小松川村に鷹狩りに訪れ、小松菜の入った澄んだ汁を好んだことから村名がついたと言われています。 江戸川区は今でも作付面積第1位。 カルシウムや鉄分を多く含み、今や全国どこでも一年中食べられる野菜になりました。 現在、江戸川区がこの小松菜のブランド化に取り組んでおり、生で食べられる新しいサラダ小松菜が誕生しています。 近年、急激な人口増加により若い世代に人気の江戸川区ですが、治安面で不安の声も多くあります。 子供が多く、ディスカウントスーパーもあり、都心へのアクセスも便利という利点から、空き巣や強盗などの犯罪が多発しています。 長い間、江戸川区は北側を鉄道しか通っていない交通アクセスの悪さから「孤島」と呼ばれていました。 1969 年の東西線開通、1983 年から 1986 年の都営新宿線開通以降、この問題は徐々に改善されてきた。
現在、都心と千葉エリアを結ぶ東西線は完成していますが、区の南北を結ぶ鉄道路線はなく、交通手段はバスのみ。 バスの路線数を増やすなどの対策がとられていますが、1世帯あたりのマイカー保有率は23区内で5位であることからもわかるように、クルマは生活の必需品です。 杉並区は23区の西部に位置しています。 区名は青梅街道沿いに杉の木が植えられたことに由来するが、現在はそのような木はない。 杉並区は、関東大震災後、多くの人が杉並区に移り住み、郊外住宅地として発展してきました。 緑被率は23区で3位、人口密度は11位というデータを見ると、広々とした住宅が立ち並ぶ街であることが想像できます。 震災後に杉並区に転居した者のうち、富裕層は防災のため都心部には戻らず、杉並区にとどまり、広々とした邸宅を建てて優雅な生活を送った。 戦前から文人や画家など多くの文化人が暮らしてきた。 杉並区は、専業主婦の就業率23位、専業主婦率1位、シングルマザー率1位、離婚率23位、高卒大学進学率が高い区です。 . 東京の山腹を代表する住宅地の多いエリアです。 そして杉並区の魅力はそれだけではありません。 沿線には若者が多く住むエリアがあり、安くて魅力的なお店が並んでいます。
意外にもレジャーマダムだけでなく、若い人も多いです。 杉並区は専業主婦が多く、広々とした家で優雅に暮らすだけではありません。 杉並区に住む年齢層別の住民比率を見ると、18~29歳の若者の割合は男性4位、女性2位、全体では3位です。 中央線沿線の吉祥寺、荻窪、西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺エリアに多くの若者が住んでいます。 個性豊かな雑貨店や古着屋、古本屋、ジャズ喫茶、ライブハウスなどが軒を連ねるエリアです。 生活しやすい大きな商店街もあり、乗り換えなしで移動できる新宿へのアクセスも非常に便利です。 昭和の高度経済成長期に生まれ育った人にとっては、広大な土地を持つ一戸建てが杉並の生活かもしれませんが、20代の若者にとっては、音楽や古き良き文化、 、 バラエティショップに囲まれ、毎日刺激を受けながら生活を楽しめるのが杉並の魅力です。 この2つの特徴が、杉並区が住みたい街として人気の理由です。この2つの文化がうまく受け継がれ、融合し、独自の杉並文化が生まれています。 現在、杉並区では音楽を通じたまちづくりに積極的に取り組んでいます。 設備の整った公会堂や毎年恒例の音楽祭など、音楽の街としての地位を築いてきた杉並区。
アニメも地場産業の一つと捉え、その発展支援にも取り組んでいます。 荻窪音楽祭は杉並区を代表する音楽活動の一つです。 21世紀荻窪考える会が主催し、クラシックコンサートを通じて荻窪のイメージアップに貢献してきました。 荻窪駅周辺の銀行、協会、音楽スタジオ、喫茶店など様々な場所で期間限定で音楽フェスが開催されます。 運営スタッフを募集し、ボランティアで開催しています。 無給のスタッフに加え、街のバリアフリー化や音楽祭開催のスポンサーを募り、音楽祭の資金を募っています。 区民が運営側と出演者に分かれて開催する荻窪音楽祭は、2016年で28回目を迎え、町おこしの一大イベントに成長しました。荻窪音楽祭の他にも、 もう一つの有名な音楽イベントは阿佐ヶ谷ジャズストリートです。 1995年のスタート時は、小学校の体育館や企業ロビー、ライブ会場など13会場で開催されていましたが、現在では60会場以上に規模を拡大。 音楽の力で街を元気にするために始まったこのイベントも、地元の有志によって運営されています。 全国に600のアニメスタジオがあると言われ、そのうち70以上がここ杉並区にあります。 杉並区にアニメ関連の企業が多く設立されたのは、自社の住居を確保したことと、交通の便がよかったからです。
杉並区は都心へのアクセスが便利なだけでなく、静かで広々とした緑豊かな環境で仕事に没頭しやすい環境です。 杉並区は、日本で初めてアニメを地場産業として位置づけ、その発展を後押ししています。 2014年3月には、線路下にアニメ関連のショップが集まった施設「阿佐ヶ谷アニメストリート」をオープン。 日本のアニメーションの歴史を紹介するアニメーションミュージアムも開館し、展示のほか、ワークショップやアニメーションの上映会など、さまざまなプログラムが用意されています。 アニメウォークという街歩きイベントも。 アニメーション制作者と視聴者が交流する場として、アニメーション産業の発展をサポートするイベントです。 練馬区は、1947年8月に22区制であった板橋区から分離して設置されました。 練馬区は、東京都の北西部に位置し、23 区の中で最も標高が高く、面積は 23 区で 5 番目、人口は 2 番目です。 まだまだ畑が多いことから「緑豊かな区」というイメージを持たれている方も多いと思いますが、区は農地だけでなく公園もたくさんあります。 緑の多い練馬では、農業が主要産業の一つです。 2013 年 1 月現在、農地面積は 240ha で、23 区の中で第 1 位です。 農家数も372戸と1位ですが、33%の農家が農地面積0.3ha以下、約4割が農家収入0~49万円、500万円未満です。 9割のデータを見ると、大規模な農業をしている人は少ないことがわかります。 1975 年に 746 ヘクタールの農地と 1,342 戸の農家があったことを考えると、農業が衰退していることは明らかです。 農業以外にも、練馬の知名度を上げたアニメがあります。
練馬区には、90 を超えるアニメ関連企業、大学の芸術学部、音楽大学もあります。 都心へのアクセスの良さ、緑豊かな環境、家賃の安さは漫画家志望者の求める条件であり、日本を代表する漫画家が次々と誕生しました。 農業では地元の特産品をブランド化することが多いですが、かつて練馬には練馬を代表する野菜である大根がありました。 練馬大根は江戸時代から盛んに生産され、明治時代になると日清戦争や日露戦争により需要が高まり、その名は国内外に知られるようになりました。 大正時代になると、首都東京に人口が集中し始めます。 この頃から、練馬地区は都心部の農産物の供給拠点となり、その役割は年々強くなっています。 最近では大根の生産も盛んです。 練馬の農業は、鉄道の開通により流通が活発化し、拡大期を迎えました。 練馬大根の最盛期は、明治末から昭和初期の約25年と言われています。 昭和の終戦とともに、それまで大根漬けの一大供給地であった軍部の解体により、大根の生産は衰退し始めます。
大根の収穫は大変だったので、農家は大根からキャベツに主力生産を移しました。 現在、大根は練馬ではほとんど生産されていません。 農地面積は、1975 年の 745.6ha から 239.8ha へと減少し、2012 年度には 3 分の 1 以下となった。 練馬区内の農家・農家数は、1975 年の 1,342 世帯・7,232 人から 2012 年には 498 世帯・1,075 人に減少している。 、ブルーベリーとブドウ、およびその他の植物の 3,549 ヘクタール。 平成23年度東京都土地利用面積データによると、練馬区の農地利用率は区総面積の5.1%で第1位。 23区で最も農業が盛んな地域ですが、全体として農業の規模は縮小傾向にあります。 農産物の出荷量や作付面積は減少していますが、練馬区ではこれまで培ってきた農業のノウハウや既存の人材を活かし、農業を観光資源として活用しています。 大都市東京に近いという利便性を活かし、練馬区には現在約30のブルーベリー農園があります。 農業を観光資源化し、他地域から多くの観光客を呼び込む練馬の生き残り策の一つとして注目されています。 また、小学校での総合学習の一環として、区内の田んぼや果樹園を積極的に小学校に開放し、次世代への農業振興を積極的に行っています。 小中学校での田植え、カキやキウイの選別、受粉・収穫、野菜くず・残飯などの体験を通じて、子どもたちの農業への関心を高める活動。 肥料にリサイクルされています。 日本のアニメーションは、その技術とソフトウェアの両面で海外から高く評価されるようになりました。
練馬区は、日本一のアニメタウンとしてアニメ発展の歴史に深く関わってきました。 区内のアニメーションスタジオが日本初のアニメーションを制作し、1963年にはテレビでアニメの放送が始まりました。 当時の漫画家や後に有名になった漫画家のほとんどが練馬区で働いていました。 現在でも90社以上の関連会社が練馬に集まっています。 練馬区では、区が主体となってアニメ産業を戦略的に強化するための政策を策定するとともに、多数のアニメ関連産業を誘致することで区内産業全体の活性化に向けた活動を行っています。 国勢調査によると、2000年から2005年までの中央区の人口変化率は135.7%、2005年から2010年までは124.8%でした。 どちらのデータも、日本で最も高い人口増加率を示しています。 これを見ただけでも、中央区がますます人で賑やかになっていることが想像できます。 また、2020年のオリンピックに向けて、晴海に選手村が建設され、敷地内に約6,000戸の住宅が建設されます。 江戸時代から現在に至るまで、日本の文化・商業・情報の中心地として発展してきた中央区は、今後も人口が増加し続ける日本最大級のメガシティとして君臨しそうです。 順調そうに見える中央区ですが、紆余曲折がありました。 現在増加傾向にある人口は、1960 年から 1980 年までの 20 年間で 16 万 1000 人から 8 万 3000 人に減少しました。失われた人口を補うために、区は住宅建設を促進するためのさまざまな政策を導入しました。 中央区は区内定住者数の増加に成功したものの、その生活を支えるスーパーマーケットなどの商業施設や、子育て世帯が望む大規模な公園が不足しています。 便利で住みよい街を目指した地域づくりが今後の課題と言えます。 中央区だけでなく、現在の千代田区や港区などトップクラスの23区でも入居者が減少。ザ・パークハビオ
この時期は「都市のドーナッツ化現象」と呼ばれた。 高度経済成長期と呼ばれる1954(昭和29)年から1973(昭和48)年は、急速な都市化の時代でした。 石炭から石油へとエネルギーが変化する中、東京湾沿岸には次々と工場が建設され、産業が発展していきました。 都市部の工業化が進み、所得が増加した結果、裕福な人々はより良い生活を求めて広々とした家に住みたいと思うようになり、郊外に一戸建てを購入するようになりました。 私はそうでした。 この時期、都心部の大企業のオフィスや工場が集中する地域から、快適な住環境を求めて人々が離れていった。中央区では1957年から人口が減少に転じた。 バブル期に入り、中央区の地価が上昇したことで人口はさらに減少し、2000年1月1日現在、69,695人にまで落ち込んでいた。 バブル期の終焉後、都心部の不動産が大量に解放され、比較的安価な住宅が大量に供給されるようになり、都心部に住む人が増え始めました。 これがアーバンリターン現象の始まりです。 中央区は1981年に定住人口10万人を宣言し、1988年には定住人口回復の年を宣言した。 続々と紹介されています。 これらの施策により、長年減少傾向にあった中央区の人口は1998年から増加に転じました。 隅田川流域の住宅開発により、30~44歳の子育て世代の割合は33.9%を超えています。 これは、23 区の平均である 26.0% を大幅に上回っています。 2005 年から 2010 年までの 6 歳未満の子供の人口増加率は 56.0% と、23 区の平均である 5.7% をはるかに上回っています。 2020年東京オリンピックを控え、全国から注目を集めるエリアとなる中央区。 人口が増加の一途をたどる一方で、生活関連施設の整備が遅れています。 前述のように、日常の買い物ができる店舗はまだまだ不足しています。 大型スーパーはなく、食品スーパーも少ない。 ミニスーパーも増え、買い物の悩みも少しずつ解消されつつあります。 また、緑被率が23区内で最も低いことからもわかるように、緑のある公園の数は非常に少ないです。
浜離宮公園を除く公園面積率は23区中20位。 小さいお子さんがいるご家庭にとっては、外で遊べる場所がないというのは深刻な問題です。 現在、中央区内にはオリンピック選手村跡地や築地市場跡地など、いくつかの再開発候補地があります。 これらの広大な敷地を今後も住居専用にするのか、それとも緑の広場を追加するのかについては、議論の余地があります。 東京都が作成した東京都の人口によると、千代田区の人口は昭和35年以降減少傾向にある。 都心復帰の影響。 2016 年 1 月 1 日現在、千代田区の人口は 55,131 人です。 東京23区の中でも大きな役割を担う千代田区は、一言で言えば昼と夜の人口差が最も大きい区です。 昼間は人口が多く、夜間と夜間の差は20倍。 日本一にぎわうオフィス街には家がほとんどなく、夜もほとんど人がいません。 千代田区は23区の中で最も人口が少ない区です。 居住者が非常に少ない地域です。 夜間の人口が少なく、昼間の人口が多いということは、この区は昼間に多くの人が働きに来る場所です。 千代田区は業種別に分類しやすいです。 丸の内や大手町は大企業が集積するビジネス街であり、日比谷や有楽町は銀座の繁華街に近いため商業施設や娯楽施設が充実しています。
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tokyomariegold · 1 year
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2023/3/13〜
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3月13日 いつものお昼休みのお散歩ルートは、梅の花びらが散ってしまい、大きな柑橘系の果実がたくさん落ちていた。
昨日、交通会館の下で開かれていたマルシェの店舗で、職場の方が使っているフクロウのマグカップが並んでいたので、写真を見てもらいながら報告をする。栃木の民芸品のお店で買ったとのこと。 唯一無二感あるけれど意外と量産されているふくろうちゃん。
自撮りの本は増田さんでなく馬場さんでした。
痛み止めと花粉症の薬を併用して良いのかわからず、今日はロキソニンを優先させた日だった。
そろそろ色々余裕を持って、たとえば日記をノートに書いても良いかも知れない。
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3月14日 最果タヒのはてなブログを見つけて嬉しくなったり、昔TSUTAYAで CDレンタルをしてせっせとiTunesに音楽データを入れていた頃の曲がプレイリストから不意に流れてきて嬉しくなった朝。 やってきました今日は、あなたと私のスペシャルデイ!そんな感じで出勤したら、上司からお家の近くにできた良いパティシエさんの焼き菓子をいただく。先日もらったけれど私は食べられない可愛いお菓子を渡したところだった。そのお返しとのこと。 やっぱり嬉しくなってその場は大喜びで受け取ってしまった。 それで、後になって、ふと今日がホワイトデーでそうゆう意味を持ったやりとりになっている気がして、あれ?となった。 お菓子をいただいた流れで、上司から幡ヶ谷と二子玉と学芸大前と国立の可愛いお菓子屋さんを教えてもらう。本当にかわいいので、プレゼントを渡す時の候補にしよう。 スパイスの効いたお菓子やチョコが好きだという上司にチリム���ロをお勧めしてみた。 今の職種のとある現場で、研修会場に女性アイドルが来て研修をするイベントがあってそれが大人気らしい、という話を聞いた。 お昼休みに産業医との面談の中で、どうやって出張先で昼食を食べずに誤魔化してきたか、を訊かれたので「ガタイの良い男性が多く、みんなでランチする時もがっつり系のお店に入って5分くらいで済ませるので、その所要時間に足並みを揃えるようにほとんど残しています。」と答える。 保健師さんは「うまくやってますね」と笑っていた。 明らかに舐められていて人として傷つけてくる相手と連絡を取らなくてはいけなくなった。そのことを上司に伝えると、他の女性の上司を指して「◯◯さんもあんな感じだけれど、女だからって舐めやがって!とよく言っている」と教えてくれる。 人間、外側の取り巻くものが違うだけでこうも求められるものや対応を変えてしまうのね、とやっぱり外見って大切だと思ってしまう。 私はこの外見や外側の取り巻き(サイズや声や��り方や歩き方)のままで、傷付かずに生きていけるようになりたい。 白いお花が綺麗に咲いていたので、明日はカメラを持っていけるといいな。
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3月15日 朝、ズドンと縦に響くような自信があって、とっても嫌な感じがした。 お昼休みに聞き続けている文月さんと平野さんのB&Bのトークでも、今日は2011年の3月11日のことを話していたところを聴いた。 今地震が起きて、その揺れで死ななくとも、その後の混乱を生き延びる自信がない。 予定通りカメラと三脚を持って出勤できた! 白いお花が咲き誇る木でたくさん写真を撮って出勤して、やっぱり写真を撮ることができた日は、まだ生きていてましな気持ちになれる。 でもせっかくスカート出勤したのにそれにそぐわない業務が発生して悲しかった。 昨日、そういえば、プリンターに出力されっぱなしだった退職願は誰のだったのだろう。A4の紙に20ptくらいの文字の大きさだったので、ぱっと目に入ってきてしまった。 池のほとりに自転車が一台倒れるように置かれていて不吉で嫌だった。 頭が赤い鳥が歩いていた。キジかしら。 3月15日は大学院の卒業式だった気がする。6年経っている。 あっという間ではない。全くちゃんと6年間を過ごしている。
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3月16日 明日、なぜそんな時間から?!という打ち合わせ予定が入る。 明後日、10℃に達しない天気予報を見てしまい心が塞いでいる。 異動の話がいろいろフライング気味でささやかれていてそわそわ。 少し遠くへ行ってしまう方へみんなで贈り物をすることになり「個人的に何かを…」と考えていたので、あれ〜〜…と空回りの残念な気持ちになった。6,000円するハサミと4,000円する穴開けパンチをあげるらしい。 文月さんのB&Bのトークを聴き終えてしまう。 ミスiDのことや震災のことを思い出して、だれかとそのことについて話したくなった。 昨日はNHKのクローズアップ現代で若い人の間で短歌が流行っている、と特集していた番組を見逃し配信で鑑賞した。 スパイカレーの話をしたので、立ち寄ったコンビニの値引きコーナーにあった阿佐ヶ谷の有名店(?)のレトルトカレーを買ってしまった。 気になっていて乗り換えに余裕がある時にしようと思っていた、昨日入ったばかりのちいかわのガチャガチャが今日はもう売り切れていた。
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3月17日 人事異動の発表で1日そわそわした日。 昨日、赤い椿が咲き誇る木の下で、椿と同じ赤いカーディガンを着た女の子(たぶん留学生)がスマートフォンのセルフタイマー機能を使って自撮りをしていたことや、昼休みにフクロウとロボットを掛け合わせたマスコットに出会ったことを、彼らがもういない現場を見て思い出しながら出勤した。 青柳さんの“そだつのをやめる”を読む。 今の職場の外の環境にとてもあっている気がした。 自撮りについて書かれた本を返却し、ぎこちない会話への対応策の展覧会図録を借りる。 花椿アワーを聴きながら、tofubeatsのおすすめ音楽をなんとなく知る。 身体と頭が痛くて、不安だけど、不安だからアレグラとイヴを併用してしまう。 自分のまわりの小さな社会の人間事情が、機械的にぐちゃっとさせられて、仕切り直しが図られる季節。今回はちょっとショックをいくつか受けていて、泣きそうになりながら誰に何を餞別で送ろうか考える。 レンジでスパイスカレーを作ってみたかったけれど、今日はこぼれ落ちる元気を落としたっきりなのでよく眠ろうと思う。 帰り道、桜が咲いていた。
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oka-akina · 1 year
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「イサド住み」について、あとがきのようなもの
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■本作はトランス男性のボーイズラブです。と、そのように小説を紹介するとき、少し勇気がいるような気がしています。わたし自身が何者であるのか、わたしのジェンダーアイデンティティはどういうものなのか、詳細に語らずにこの作品を発表するのは不誠実ではないのか……みたいなことを悩んでいる。あれっおかわだって何かあるんだっけと思った方もいるかもですが言いたくないことは言わないに決まってんじゃん、インターネット上でもリアルでも……。
このあたりの話はすごく微妙で、こういうものですと表明すること……ようするにカミングアウトは、言いたい人が言う、打ち明けたい人が打ち明けるものであって、ぜったいみんながやんなきゃいけないわけではないと思っています。
で、そういったことへの自分の態度もさだまっていなくて……。「言いたい人だけが言えばいいことなので全員があえて表明する必要はありません」と繰り返し発話することによって誰かの口をふさいじゃわないだろうかという恐れがあります。そして、発話は自分自身にも返ってくる。言わなくていいのだと繰り返し言うことですでに打ち明けている人たちとの溝をつくってしまうみたいな……なんか自分で自分に暗示をかけちゃうんじゃないか……?っていう。逆の立場でもそう。自分は打ち明けました、こういう理由で打ち明けましたとはっきり表明したとたんに、黙っている人たちのことが急に遠く、もしかしたら古びた考えのように見えてしまう。つい先日も、「ハートストッパー」の出演者がカムアウトを強いられてしまった出来事がありましたが、あまり安易にこうですと言うのは危ういよなあと思っています。
(ハートストッパーの件については、バイフォビアやバイセクシャルの存在の見えにくさということもあると思っています。これ何かの折に自分なりにでも語りたいんですが難しいね……。以前「バイ・ミー」という短い話を書いたときに(金継ぎアンソロジーを書いた時なので2018年か、けっこう前だな)、ほんとはもうちょっと、そういうことも言いたかった。作品というよりは作品の外で言及したかったんだけど、勇気がなかったですね)
何か表現するにあたり、自分は何者であるのか、必ずしも表明しないといけないわけではないと思うんですが、自分のことになると、なんだかずるをしているような気がしてしまう。気にしすぎかもなんだけど。
各人がそれぞれよく考えればいいじゃないかというのはそれはそうなんですが、そんなことはわかっている。わかっていて葛藤している。そこに「各人がそれぞれよく考えればいい」と断ずるような、あまりにさっぱりした物言いを繰り返されると、なんか怖いなあと思う。理屈や原理原則をなぞっているだけに見え、それぞれの葛藤を見ていないように思う。冷淡だし幼い。いやまあ、自らを奮い立たせているのかもとも思うんだけどね……。
じゃあどうすればいいのか? 誰とも関わらずにずっと沈黙している方が、結局は傷つかないし得なのか? おそらく、そういう結論を急ぐ感じがあんまりよくないんじゃないかと思うので、たぶんSNSとはなじみが悪いんだろうな……。
わたし自身、それはどういう立場でどこから言ってる言葉なの? ということがしばしば気になってしまう。ツイッターのつぶやきなんかはとくに。表現が、とくにフィクションの作品が、作品だけでそこに立っている、作者や作者のパーソナリティとは離れて作品だけが存在しているというのは、ほんとに可能なのか。みたいなこともいつも思う。「ものによる」というのが現状のわたしのスタンスですが、しばしば考え込みます。
まあなんか、そういうわけで、葛藤している状態だよというのを表に出していくのもいいかもなーと思いました。葛藤には口籠もっている状態もあるし、言っていることがころころ変わる、場合によっては本当ではないことも言う、何かに擬態しようとする……といったことも含むのではないかと、言っときたいですね。わたしの態度は今後変わる可能性があるけども(変わったように見える、も含め)、あいつあのときああ言ってたじゃんみたいなことをいちいち指摘しないでくれ……、と同時に、���切られたような気持ちになっちゃうのもわかるよ……という感じ。非常にぐちゃっとしていて、何も言っていないのと同じに聞こえるかも。でも言えることを言っている。
話がどんどん脱線していきますが、本作「イサド住み」でもそんなようなことを言っている気がします。
また脱線ついでですが、以前に書いた短編のいくつか、たとえば「パラシュートたち」のParkとMoonや、「指の下」のおれくん、「メリンガータくん」のおれくん(覚えてる人いるかな……)、この人たちは男の人でも女の人でもどっちでもいいです、決めてませんと言っていましたが、かれらをはっきりトランス男性として書きたかった気持ちもあった……ということは、ちょろっと伝えておきたいです。これこそ後出しジャンケンのような気もするんだけど、その場その場でなんでも言えるわけじゃないよなあと思います。こういうすごく小さいことではあっても。
何が言いたいのかよくわからないと思いますが、わたしはわたしなりの立場から作品を書き、発表していきたいと思っています。
■トランス男性の表象が出てくる小説を読むのが、もしかしたらこの作品が初めてという方もいらっしゃるのかなあと思うと、すごく緊張します。トランス男性の不可視化、存在の見えにくさ。それにはさまざまな背景があり、埋没を望む当事者が多いという事情もあります。SNSでは苛烈な差別が吹き荒れています。でもそれはSNSでの強い言葉が目につきやすいというだけで、以前から、どこであっても、ずっと、そうでしょう。そして差別的な言説を撒き散らしたいときだけ、トランス男性が持ち出されることもしばしばです。「不思議なんだけど、トランス男性は男子トイレに入りたいなんて言わないし、男湯に侵入したなんてニュース聞いたことがないよね」というような、素朴な疑問のふりをしたヘイト。
近頃のツイッターではこういうヘイトを匿名のアカウントだけでなく、名前も顔も仕事も明らかにしている、とても有名な人、長年文芸の批評をやっている人まで言い出すようになり、とてもうんざりした気持ちです。
(余談だけど、そういう人が文芸雑誌の新人賞で審査員をやるようですが、えっ大丈夫ですか? 有名な人だから差別的な発言を繰り返してもべつにいいんですか? 仕事は変わらず任せ続けるんですか? それも新人作家を選ぶ側の仕事を? 何かを書くこと・書けることはそれ自体が特権ですが、それに賞というお墨付きを与えて商業出版することの権威性を考えたら、おい、そういう立場の人が差別的な発言を堂々繰り返してんの、ヤバだろ。わたしはその雑誌も出版社も好きでいたいんですが、ぜんぜんだんまりなので、絶望的な気持ちです)(あとそういう文芸の批評家たちが次々わけわかんない差別的なツイートをし出したのを受けて、好きな作家や書店が、中立の立場ふうの意味わっかんねえツイートしてんのとかも、もうほんとにいやなんだわ。。。。。)(何か言わずにはおれない、痒いところを掻かずにはいられないみたいな、ツイートにはそういう生理的なものがあるとは思うんだけど、とはいえ作家が、現実に生きている人の差別に対して頓珍漢なこと言ってんのやっぱりがっかりはするな……)また脱線しました。何かを言おうとするといやなことがたくさんまとわりついてきます。
■うまく言えない代わりに、いくつかおすすめの書籍を紹介します。ツイッターのヘイトの嵐、素朴な疑問や思考実験のふりをした無礼な滅茶苦茶……からは決して見えてこないこと。実存のこと。
もしおかわだの小説を読んで、何かもっと知りたくなったら……というのもかなりおこがましいのですが、もしかしたらあまり関心はなかったけど(下手なことを言ったらと思うと怖くて触れられないというのも含め)、たまたまこの本を手にとったという方もいらっしゃるのかもなあと思うので(同人誌なのでそういうこともありそうで、それならばそういうなんとなくを幸運なものにしたくて)おすすめを挙げます。紹介文は版元からの引用です。
・「誰かの理想を生きられはしない: とり残された者のためのトランスジェンダー史」吉野靫 著(青土社)
「本当の」トランスジェンダーなんてない。「本当の」男女を追求する必要なんてない−。見えないようにされていたもの、見てこなかったものについて、真摯に、丁寧に、しぼりだすように紡ぎだされたトランスジェンダー史。
・「トランス男性によるトランスジェンダー男性学」周司あきら 著(大月書店)
性別移行後の実生活に根差して「男性」の範疇でトランス男性をとらえ直すとともに、トランス男性を含むマイノリティ男性の存在を想定していない「男性学」に対して、当事者の視点から新たな見方を提起する。
・「トランスジェンダー問題­——議論は正義のために」ショーン・フェイ 著 高井ゆと里 訳(明石書店)
トランス女性である著者が、トランス嫌悪的な社会で生きるトランスジェンダーの現実を幅広い調査や分析によって明らかにする。事実に基づき社会変革に向けて開かれた議論を展開する一冊。
・「Complex」no.////(よはく舎)
"女性"として生まれ、現在は"男性"として生活している"トランスジェンダー男性「FTM」"のコンプレックスに焦点を当てた、フォトエッセイ。また、コンプレックスだけではなく、"トランス男性「FTM」にしかない魅力"をご覧いただけますと幸いです。(クラウドファンディングを利用した自費出版の書籍ですが、いくつかの独立系書店さんで取り扱いがあります)
またこういったジェンダーやクィアにまつわる書籍の取り扱い書店としては、loneliness booksさん、マルジナリア書店さんが充実していますしおすすめです(オンラインストアもあります)。
■なんかもうちょっと言いたいことがある気もするんですが、言おうとすると忘れちゃいますね。本当は、こういうあとがきはもうちょっとしっかりまとめた文章で、本の中にちゃんと載せるべきとも思うんですが、イベント直前にバタバタ入稿したものでそういうことができませんでした。小説としても一冊の本としても足りないことばかりで、もっと書きたかったことがあったなあ、もっといいやり方ができたかなあと歯痒いのですが、ともかく打席に立つのだという気持ちで書いていました。
またトランス男性の語りとして、小説を読んでいる方にはもしかしたらあまりなじみのない語もあるかもしれないのですが、そこはあんまり説明しませんでした。用語解説的なこともしたくなかった。これは今くんの語りなので今くんが言いたくないこと、気が進まないことはぜったいに言わない話にしよう……と思って書いていて、それがボーイズラブの、ラブストーリーの形をとろうとしていることも含めて、小説としてうまくいったのかどうかはわかんないですが、なんかそういう気持ちを大事にしたいと思っています。やってるうちにうまくなればいいな……。
■なにかまた思い出したらtumblrにでも書きます。とはいえ、さっき言ったような葛藤の話だったりもっとつっこんだ話だったり、オンラインでするのもな〜という話はやはりあります。言えることを言える場でやる、そういうときに、紙の本というのはインディペンデントで安心できる場だと思っています。pixivもnoteもカクヨムもKindleも現状あんまり好きじゃなくて、プラットフォームに依存しないやり方というのを模索しています。だから同人誌だったりzineだったり作る人がおおぜいいるし、増えているんだろうなあというのも考えています。
そういう、ほかのどこでも言えないような話や、まだ意識としてのぼってこない、潜在的な言いたいことらしき何かがつまったような小説……を書いた紙の本をお手にとってくださり、本当にありがとうございます。とても幸運に思います。なにかしら楽しんでいただけましたら幸いです。
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11/20文学フリマ東京の新刊「イサド住み」について、あとがきのようないろいろです。何か態度のようなものは表明した上で発表すべき作品だよなとは思うので、本当だったら本の中に書いておきたかったんですけど、ドタバタ入稿でできず…。というわけでペーパーを作りまして、通販から挟み込みしています。文フリでお手にとってくださった方や、これから興味を持ってくださる方に届くといいなあと思いまして公開するものです。ペーパーのPDFはこちら
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試し読みはこちら
変な話、この小説大丈夫なやつか?っていうのが気になるんじゃないかなと思うんだよね。大丈夫かというのは、作品の巧拙とはまた別の…態度とかスタンスが大丈夫なのかどうかっていう…。わたしは自分が読者のときそういう警戒をする。ヘイターの作品にわざわざ近寄りたくないなと自分だったら思う。
作品だけで勝負すべきみたいな、作家や読者の自尊心のようなもの…はいったん置いておいてもいい気がして。現実にヘイトが吹き荒れている話題を扱っている以上、差別を許さない態度、連帯を表明することは大事かなあと思ったという話です。いや作品とかふだんのいろいろとかふだんから見てくださっている方にはなんとなく伝わっているだろうなあとは思うんだけども、なのでほんとにおそるおそるではあるんだけどね…。
大丈夫なのか?がまず気になるようなことになっちゃってる(とくにSNSではそれが目立つ)のは、なんでかって話でもあるよな…。
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kennak · 9 months
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 服部吉次さん(俳優・音楽家/78歳)  今年3月に英公共放送BBCが報じたジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏の性加害問題のドキュメンタリーを契機に、元ジャニーズJrでシンガー・ソングライターとして活動するカウアン・オカモト氏(27)が実名でジャニー氏を告発するなど、その衝撃は日本中に広がっている。今回、俳優で音楽家の服部吉次氏が小学生の時に受けたジャニー氏からの性被害を告白する。吉次氏は「別れのブルース」「東京ブギウギ」「銀座カンカン娘」などの和製ポップスで知られる国民栄誉賞受賞作曲家・服部良一の次男。長兄は作曲家の故・服部克久だ。(独占インタビュー前後編の前編です)  ◇  ◇  ◇  ──なぜ、今過去の性被害を公表する気になったのでしょうか。 「ひとつは、カウアン・オカモト氏ら実名で告発した方たちに対する敬意です。ジャニーの悪行にはかつて(2000年代に)司法の明確な裁きが下ったんです。にもかかわらず、それから30年経った今に至るも、主要なメディアはジャニーズ事務所の数々の非道の兆候を明確に指摘することをためらい、忖度し、温存する側に回ってしまった。  なぜか。この国ではむきだしの怒りを相手にぶつけることを避けてしまう。人々はこの世の歪みに気づかないふりをする。でも、少しずつではあるけれども、勇気ある告発は増え続け、海外からの声も追い風になり『おかしい』という声は大きくなってきた。それだけに行動する人に対するバッシングも大きくなる。今回こそ、真正面からその圧力と向き合おう、この機会を失うと、もう二度と発言の機会は失われてしまうかもしれない。そんなやむにやまれない思いで、今回の告白に踏み切りました」 ■父の米国巡業の縁で姉弟が服部家に  ──被害にあったのはいつ頃でしょうか。 「まず、ジャニーと私の父・良一の出会いから話します。1950年に、父が歌手の笠置シヅ子さんと『ブギ海を渡る』を持ってアメリカ巡業ツアーをしたのです。8月11日にハワイ公演、9月1日から3日間はロサンゼルス公演でした。会場は高野山ホールという高野山真言宗の直営ホールで、当時の高野山真言宗米国別院の第3代主監が喜多川諦道氏。ジャニー喜多川の父です。  諦道氏は『ボーイスカウト第379隊』の結成に尽力したり、プロ野球球団『ゴールドスター』のマネジャーも務めていたという多芸多才な方だと、今回ネットで知りました。ロスの日系社会で声望が高かったそうです。息子のジャニーは当時19歳。姉のメリーと共にコンサート会場を駆け回り、大人顔負けの接待役を発揮し、父や笠置さん、服部富子(叔母で『満州娘』の大ヒットで知られる歌手)、スタッフたちのマスコット的存在だったそうです」  ──服部家とはその縁で? 「同じ年の6月に勃発した朝鮮戦争で、ジャニーはアメリカ国民として徴兵され、従軍するのですが、ある日、突然、彼が新宿区若松町の家にカーキ色の軍服姿で現れました。パパ(良一)と叔母は、それを見るなり『ヒーボー(ジャニー氏の本名・擴からこう呼んでいた)! ウワー、大きくなって』と歓声をあげて出迎えました。  それから、何回か若松町に遊びに来ました。今でも忘れられない光景があります。玄関にうずくまり、軍靴をゆっくりと編み上げている彼の姿です。家族はそれを囲んで一言も言わずじっと見つめていました。それから彼は立ち上がり、私たちに別れの挨拶をするでなく、『あー、行きたくないなー』と一言。  今思うと、2世差別の残る戦場へ向かう彼の姿を中国戦線での慰問経験をもつパパと叔母は、どんな思いで見ていたのだろうと思います。ジャニーは朝鮮戦争から帰還し、その翌年日本に戻り、除隊後には米大使館軍事顧問団に勤務したといいます。それで再び、服部家に出入りするようになったのです」  ──どんな印象でしたか? 「ジャニーはワシントンハイツ(代々木にあった進駐軍宿舎)に住んでいて、時々、お土産をもって服部家を訪ねてくるんです。ハーシーのチョコレートやハンバーガー、フライドポテト、アイスクリームなど。PX(基地内の売店)で手に入れたものでしょう。当時の日本は皆貧しいですからね、ハーシーのチョコなんて高根の花でした。うちは比較的裕福とはいっても、進駐軍の物資の豊かさは別世界です。  ある時、冷蔵���が運ばれてきたのでびっくりしました。父が彼に頼んで買ったものでしょうけど、当時は氷を置いて冷やす簡易冷蔵庫しかない時代です。冷蔵庫・洗濯機・テレビが三種の神器と呼ばれて主婦が憧れたのは1960年代の初めですからね」 ──ジャニー氏の性癖を知ったのはいつですか? 「私は当時8歳。小学2年生ですから、チョコレートやお菓子を山のように持ってきてくれて、一緒に遊んでくれるヒーボー(ジャニー氏)は優しいお兄さんですし、大好きでした。ある日、いつものようにふらりとやってきて、確か“キャナスター”というトランプゲームなどで遊んでくれたヒーボーが、『もう遅くなったから今日は泊まっていこうかな』と言うんです。母も、『そうね、どうぞ泊まっていって』と言う。  ヒーボーが『どこに寝ればいいかな?』と聞くと、『よっちゃんの部屋がいいんじゃない』と母。『よっちゃん』というのは私の愛称です。  それでヒーボーが私の部屋に泊まることになりました。2階が子供部屋で4部屋あるうちの2つは兄と私、1つは姉3人が寝るようになっていて、一つは布団部屋みたいになっていたと思います。  パジャマに着替えた私が布団に入ると、彼が『肩揉んであげる』と言うんです。私も子供のくせに肩こり性なので、言う通りうつぶせになると、ヒーボーの手が虫みたいに体中をはいまわるので『なんか変だな』と思ったけど、私にとっては優しいお兄さんですからね。  そのうち、下半身をまさぐってきて、パンツをめくって股間のあたりに手を入れてくるんです。指でさ���られているうちに生温かいものに包まれたと思った瞬間、今まで知らない突き抜けるような快感があって。それが初めての射精でした。何がなんだかわからず、びっくりしていると、今度は肛門をいじり始め、舌がはい回ってくる。そのうち舌とは違う硬いものが入ってくる感触がするけど、さすがに痛いので身をひねったら、諦めたようで、指で自分を慰めている。それを見て怖いというよりも、8歳だから何がなんだかわからない状態です」 ■姉からは「汚らわしい」と言われ…  ──母親には話さなかった?  「その翌朝、起きたらすでにヒーボーの姿はない。何も知らない姉が笑顔で『どうだった? 昨夜は大好きなお兄ちゃんと一緒に寝て楽しかった?』と聞くので、『うん、ヒーボーは僕の体を揉んでくれるんだけど、だんだん、手がパンツの中に入ってきて、おちんちん触るんだよ。おちんちんって汚いよね。ぼく、なんだか気持ち悪くて……』と言ったら、姉が、『やめなさいよ、そんな話。汚らわしい』とすごい剣幕で言う。  姉がそんなに怒るのは昨夜のことはやっぱりいけないことだったんだと思って……母親に話すことはできないし、まして普段からあまり会話が少ない父親に話すなんて無理。そこで思考停止しちゃったんです。  ジャニーがしたことがオーラルセックスだというのは大人になってわかるんですが、変なことをされたという気持ちとそれを自分が受け入れた後ろめたさが子ども心にも複雑な心理状態になるんですね。  アイスやチョコをくれて、性的な快感を味わわせるということで、こちらに後ろめたさを持たせ、その一方で加害者としてその快楽を使った口封じをしているわけです。性に関する問題は『支配と奉仕』の二重構造があるのだと思います。でも、それで終わったわけではなかったんです」(後編につづく) ▽服部吉次(はっとり・よしつぐ) 本名・服部良次。1944年生まれ。父は作曲家・服部良一。劇団黒テントの創立メンバー。「翼を燃やす天使たちの舞踏」「上海バンスキング」「阿部定の犬」ほか多数の舞台に出演。妻は女優の石井くに子。次男はハンブルク・バレエ団で東洋人初のソリストで、バンクーバー五輪の開会式に出演したバレエダンサー・服部有吉。兄は作曲家・服部克久。甥は作曲家・服部隆之。隆之の娘はバイオリニストの服部百音。 (取材・文=山田勝仁)
(2ページ目)国民栄誉賞作曲家の次男がジャニー喜多川氏からの性被害を告白 「8歳の時に自宅部屋で…」|日刊ゲンダイDIGITAL
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myonbl · 9 months
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2023年8月28日(月)
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月曜日はいつも通りの出勤、今週で8月も終わり、9月の授業開始までのスケジュールをあれこれ考える。そこへ凸凹コンビの相方・妙齢女子が登場、先週から実家を出て一人暮らしを始めたとのこと。それならと<家族亭 阪急山田店>へ移動、引っ越し蕎麦で乾杯、あれこれ近況を語り合う。紆余曲折を経ての看護師の道、焦らずボチボチ頑張ってほしいものだ。
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5時起床。
日誌書く。
シャワー浴びる。
洗濯機を回す。
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朝食は昨日の残りの笹寿し、それにかき玉汁を付ける。
ツレアイは訪問1件、9時30分に出かけるとのこと。
私は7時45分に出発、名神手前のMK石油で給油、@168*33.30=5,594円。
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茨木IC手前で事故渋滞とのことだったが、問題なく到着する。
9/1(金)が紀要原稿の締切、何とか間に合わせねばならない。それがすめば、翌週から後期授業の準備に入る。もっとも、<情報機器の操作Ⅱ>はsampe兄の担当、実質的に<共生社会と人権>だけの資料作成なので随分と楽になる。
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妙齢女子来訪、研究室に置いてあった電子レンジをマンションまで運ぶ。山田駅前まで移動し、天ざる蕎麦で引越祝い。近頃は何でもアプリ、初回限定5%オフクーポンを利用する。
私はそのまま帰宅。
ツレアイは月に1度の<テディベア・ワークショップ>で<京都市市民活動総合センター>へ。
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amazonに頼んでおいた古本が届く、吉川潮『完本・突飛な芸人伝 (河出文庫) 文庫 – 2006/3/4』、総勢20名、ハチャメチャ芸人の武勇伝。
柳家小ゑん師のCDに登場する<柳家小三太>がどんな人か知りたくて買ったのだが、いやぁ面白い。月亭可朝・桂米助など知らないエピソードもタップリ入って楽しい本だ。
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夕飯は昆布締めポークを焼き、他は昨晩の残り物。
録画番組視聴。
林家たい平 落語「幾代餅」
初回放送日: 2023年8月27日 林家たい平さんの落語「幾代餅」をお送りします(令和5年6月9日(金)収録) 【あらすじ】搗米屋(つきごめや)の職人・清蔵が寝込んでしまってご飯ものどを通らない。わけを聞くと恋わずらいで、相手は今をときめく吉原のおいらん・幾代太夫。絵草紙屋で見た絵姿に一目ぼれをしたのだと言う。そこで親方は「一年間必死に働いて給金をためれば、会わせてやる」と…
この人はどうも好きになれない。
(31)「高名の依頼人」
ジェレミー・ブレット主演<世界一有名な探偵>シャーロック・ホームズのドラマシリーズ。悪名高き男爵との対決でホームズ最大級のピンチ!手強い敵の犯罪は防げるのか? ホームズのもとへ匿名の依頼人から相談がくる。さる将軍の令嬢バイオレットと、悪名高いグルーナー男爵との結婚をやめさせたいという。男爵との結婚を強く望んでいるバイオレットは、彼の過去の悪行も意に介さず、父親の忠告も聞かないのだ。ホームズは不審な死を遂げた男爵の前妻も彼が殺したと考えていた。そこで、男爵に恨みを抱くキティという女性と共に令嬢の説得を試みるが…。イギリス1991年制作。
こちらは何度観ても面白い。
片付け、入浴、体重は3日間で500g増、本気で何とかしなければ。
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今日は車移動だけ、水分は1,680ml。
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a2cg · 1 year
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イメージと違う場所と私 ・ 出身大学を聞いて「どこどこの場所にあるヤツでしょ?」って言うとそこのキャンパスじゃないって話によくなったものです。 ・ 前の職場では慶應大学出身の人が多くて「三田とか日吉でしょ?」って言ったらSFCという湘南藤沢キャンパスというのがあることを教えてもらいました。 ・ 同じように日本大学出身の人に「市ヶ谷とか水道橋のあたり?」と言えば、国際関係学部は静岡県三島なんだということを知りました。 ・ あと芸術学部の人は日本大学出身と言わずに「日芸出身」って言いたがるんでしょうね? こちらの大学も本郷のイメージがありますが、酒々井にもキャンパスがあるんですね。 ・ というわけで本日のランチは順天堂大学さくらキャンパスすぐ近くにある #そばよし #そばよし順天堂大学前店 です。 ・ 本当はこの近くの別の店を目指していたのですが、あいにく閉まっていたので、こちらにピットインです。都内の店と違って広々として着席できる感じです。 ・ いつも頼んでいるものとは違うものを頂こうと #豚丼 と #うどん のセットにしました。混んでいたせいもあって20分ほどで提供されました。 ・ まずは丼を頂きます。柔らかい豚肉と甘辛いタレの感じを合わせて下に敷いてあるキャベツと頂けば最強ですね。続いての #ウドン は #きしめん に近い感じです。 ・ 幅広でピロピロ食感で #出汁 の美味しさによくあっています。シンプルな見た目とは裏腹にしっかりとした香りや旨味が滲み出して来ますね。 ・ 大学のキャンパスと一緒でどこにあっても、同じ名前であれば同一の素晴らしいクオリティであることは間違い無いなとパチンコ大学出身の私は思うのでした。 ・ #京成酒々井ランチ #京成酒々井グルメ #京成酒々井蕎麦 #京成酒々井そば #京成酒々井立ち食い蕎麦 #酒々井ランチ #酒々井グルメ #酒々井蕎麦 #酒々井そば #酒々井立ち食い蕎麦 #麺スタグラム #とa2cg (日本橋 そばよし 順天堂大学前店) https://www.instagram.com/p/Cm6TR0MyfvD/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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boooooooooooook · 2 years
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2022年1月、2月、3月、4月、5月、6月読んだ本
「微分積分」浅野重初・石原繁 裳華書房 「応用解析」矢野健太郎・石原繁 裳華書房 「縄文文明の発見」梅原猛・安田喜憲 PHP研究所 「シボネイ」村上龍 主婦の友社 「ワイルドスワン上下」ユン・チアン 講談社 「現代用語の基礎知識2021」自由国民社 「現代用語の基礎知識2016」自由国民社 「軽い手荷物の旅」トーベ・ヤンソン 筑摩書房 「からっぽ男の休暇」いとうせいこう 講談社 「沖縄の歴史と旅」陳舜臣 PHPエル新書 「色即是空の研究」山本七平・増原良彦 日本経済新聞社 「『聖書』名表現の常識」石黒ユリ―ローズ 講談社現代新書 「スクラップ・アンド・ビルド」羽田圭介 文藝春秋 「本所深川ふしぎ草紙」宮部みゆき 新人物往来社 「たまわりの日々」俵万智 ベネッセ 「Cプログラミング」黒田康太 東京電機大学出版局 「コンピュータの基礎知識」大日方真 東京電機大学出版局 「日本の私からの手紙」大江健三郎 岩波新書 「二十歳の原点序章」高野悦子 新潮社 「パワナくじらの失楽園」ル・クレジオ 集英社 「ヴィトゲンシュタイン論理哲学論考を読む」野矢茂樹 ちくま学芸文庫 「ゲーデル 不完全性定理」林晋・八杉清利子 岩波文庫 「山椒魚戦争」カレル・チャペック 小学館 「親の毒 親の呪縛」岸田秀・原田純 大和書房 「人気定食屋レシピ200」主婦の友社 「善光寺の精進料理 高野悦子・若麻績勝子 信濃毎日新聞社 「日本共産党」 筆坂秀世 新潮新書 「社会を変えるには」小熊英二 講談社現代新書 「すべてがFになる」森博嗣 講談社文庫 「N・P」吉本ばなな 角川書店 「まんが学習シリーズ 日本の歴史1巻~15巻」KADOKAWA 「まんが学習シリーズ 日本の歴史別巻1巻~4巻」KADOKAWA 「スタア黄金時代」淀川長治 集英社 「ペスト」カ��ュ 新潮文庫 「殉死」三島由紀夫 新潮文庫 「じぶん この不思議な存在」鷲田清一 講談社現代新書 「ハルーンとお話の海」サルマン・ラシュディ 国書刊行会 「ハワイ紀行」池澤夏樹 新潮社 「ひとり暮らし」谷川俊太郎 草思社 「雪国」川端康成 新潮文庫 「江戸時代の先覚者たち」山本七平 PHP 「万華鏡」遠藤周作 朝日新聞社 「マリカの永い夜 バリ夢日記」吉本ばなな 幻冬舎 「日本人の発想・日本語の表現」森田良行 中公新書 「明暗」夏目漱石 新潮文庫 「吾輩は猫である」夏目漱石 新潮文庫 「合格するための本試験問題集日商簿記3級」TAC出版 「合格テキスト日商簿記2級商業簿記」TAC出版 「合格テキスト日商簿記2級工業簿記」TAC出版 「月刊ちくま 1月号、2月号、3月号、4月号、5月号、6月号」 「月刊図書 1月号、2月号、3月号、4月号、5月号、6月号」 「月刊波 1月号、2月号、3月号、4月号、5月号、6月号」 「月刊みすず 1月・2月合併号 読書アンケート特集」
 4月から新学期が始まり6月に中間テストがあり「現代社会」89点「コミュニケーション英語Ⅱ」85点、あまり良い点は取れませんでしたが期末はもっと頑張ります。それと簿記3級の試験もありまだ合格はわかりませんがそのまま2級の勉強始めました。出所までに2級合格頑張ります。
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