Tumgik
#海光錆架
utau-signalboosts · 2 years
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Original song by fuki*duki
Due to various issues, neither of us have been able to post for a while. Sorry! Anyway, summer is here! Here, have an UTAU who’s sort of related to the theme!
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Illustration by Matsuda Toki (松田トキ)
Kou Umine (海音コウ) is a Japanese UTAU voiced by Seika Kaikou (海光錆架). Her voice is described as something like “female, but the voicer is aiming for a young male voice.” Because of this, her voicebanks are (unofficially?) divided into two groups. Cool = masculine (Kou-kun/コウくん), whisper = feminine (Kou-chan/コウちゃん). All the voicebanks are bright in tone, and even the whisper voicebank is fairly deep. Kou has one CV, one VCV, and one CV+VCV set.
It seems as though Kou is female, but she’s fine with being viewed as a boy. Kou is 17 years old and described as a “black-tailed gull anthropomorphic android.” She eats and drinks like a human being, but she’s also rechargeable (note the USB port). Like a black-tailed gull, Kou likes fish and biscuits, and she has a tendency to lose things. The thing on her waist is a recorder, which she often plays.
Also, she’s featured in an RPG! I wish there were more UTAU video games. I might play this one since it looks really high quality... who am I kidding, I’m terrible with RPGs
umine.net is supposed to be Kou’s website. However, at the time of posting, it’s inaccessible. The VP is aware of this, so it should be up in the near future! Possibly with a new URL, so let’s hope I remember to update this post accordingly...
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karasutosagi · 2 months
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わたくしはそこよりうえにある
 夢から夢に架けて羽ばたくときに、ちょっとの壁と扉をなくした出口は褪黄色タイコウショクの海が、いや世界が、フチだけ 描いてある光景で、今いるものがみちで届かない場所とすれば、水域はすこし背丈が高く、ここから下ってくところもないのに、もう半分 浸っています。  わたくしはそこより上にある光に気づきました  透き通った素肌は饐えたヌメりをでっぷりとふくませ、急に重くなった躰とふっと立ち消えた灯りが、あの夜へ返してみせます。サンダル片手に砂浜で彷徨うときのことです。光はすぐ底まで来ていて 飲み込もうとしている。これら遠く灯台が蜃気楼を上映しはじめては、また、  また暁光が揺らめこうとしておりました  わたくしのあかい心臓が「熟れた果実だったかもしれないわ!」 静かに息をとめたとき、(なくなったあとだとしても。)この嫋やかな手。ひとつのよく冷えたグラスを買ってきて、よく晴れた日の、透明な光がたっぷりあたる窓際に置かれて、羽のような風を絡ませたカーテンといっぱいあそんだあとで、やっぱりお腹が空いたとおもったときに、  きんいろの揚羽蝶が散り散りにありました   ただ月光を食い殺した、この躯のせいでした  もう足も消え失せてきたし腕も拐われてしまったな。この口ももうすぐに磔だろうさ。添えて置いた献花は錆侘び吐き尽くして、これではこれで見事に拵えたものになりつつある、妥当な路銀を重ねる運試しを。すべて投げ出したのだろうよ、そうであったらよいのにな、なんだってかわらない道端に鋳る、  野花の夢だ  無人駅から見える明後日は一夏の光景の模造品一欠片の雫は。そのうちただ石ころを産み 敷き詰めていったレールと轍。翼など元からなく腹部も潰れてしまったけど。あかい風船をひとつ持ってきたから、  2階から雨音がひろがり今はもう、深海に近いところかもしれない。糸と針を持って納戸に入るけれども。  くらいくらいだけのところで、なんだって見えやしない、覆い尽くされている、あたりを/知っているから、怖くはないのだろうな。今宵は月もない、天までもすぐそこ、深淵まで盲直ぐといったところだ。すがたもかたちは崩れて、吹き曝しの詩が、草笛に熨せて、影だけは素っ気なく、いろどられる、紛れもなく。  抱きしめていたのかな。そのとき本降りの雪のなか傘もささずにいたんだって、知っていたよ。一面が廃墟だった、小花が舞っていた、散り際だった。その場で待っていたんだ。去り際の。忘れたようでいて失くしただけさ、けせらせらと拾い上げたものがなんであれ、すくなくとも生きていたのだと思えたから、それで充分なんだ。  ガラクタが敷き詰められた、間に。わたくしが収まり。ぴったりの棺の穴に悪戯に、うつ伏せで引っ掻ける、奈落には行けずにひったりとはまり込んでしまったらしい 爪はいつからだろう、泥だらけだ。裸になれずに骨を露わに、またみしりと今日のわたくしを治めている口 だから、ここはきっと終の城、礎の工房で、  まって、黒い子猫だったのかな  いや 棄てられていたのは満面の花束だったよ  その柘榴みたいにしなびたものを(、喉が乾いちゃったね)。透明になったうつわに(。とても滑りやすいから気をつけて、)返してあげるといい。するとわたくしがその腐った水に解けて、あしもとにひざまずく薄墨色だけ残して、姿をうつしていくいれものが、わたくしが、ばらいろの頬に含みながら眠くなるまで絵本を読もうと思うの。  これは海水浴地を俯瞰している、ヒトがパステルの 蟻みたいに戯れているのを 瞼の裏に置いた、ブランチを通り過ぎたベットサイドだから、ぼっーとお船が通り過ぎていきます、空虚な青空が水面に充ちて、寝転がっていたようにおもえます。この、黒い腕が桜色の小花を揺らし、ただ花を透かして、いつしか、殺したのだと。  幽霊の足をみた、いや持っている  そうだとおもう 花の芯に妖精をみた  いや多分そう描いただけだ  なんでもいいじゃないか  さあもうこんな時間です  時報があり、電池の切れた携帯電話に 終電も通り過ぎ  ネオンも消えた繁華街から程遠い、袋小路の記憶がある 以下にして、省略  それは静止しているからといってじっと見てはいけないものと違和感に気づいているのだろう。「バレてしまうのだよ」と、ぼそぼそとしたささめきが漏れていた。案外わからないものだよと、思い直し、本当はなどとクセづけてみた。  名付けてしまっても良かったのかもしれないけど、  未だ黒でも白でもなかった。  ゆうぐれどき、  こぼれんばかりの薔薇が、漆喰の壁にコントラストを描きはじめていたという  アカと橙と深い翠が天までの螺旋階段を、ときともに昇っては、その無��映画を、誰しも封じ込んでいる。口ずさんだメロディーはトモシラヌモノを、透明の日傘のもとで横顔だけを拝ませ、簡単にふぶいていきます。  また光が輝こうとしていました  そして、いきていました 2023-06-29
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kachoushi · 1 year
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各地句会報
花鳥誌 令和5年1月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和4年10月1日 零の会 坊城俊樹選 特選句
草花のひかりの中へ列車ゆく きみよ 玉電の秋日に錆びし蛙色 要 雁渡るご墓所の天の筒抜けて 順子 神在す胙として木の実独楽 三郎 大老の供華には黒き曼珠沙華 いづみ 木の実降る正室と側室の墓 同 おしろいや世田谷線の音に住む 千種 どんぐりに一打を食らふ力石 みち代 踏切を渡りカンナの遠くなる 順子 茎だけになりて寄り添ふ曼殊沙華 小鳥 直弼へ短きこゑの昼の虫 光子 金色の弥勒に薄き昼の虫 順子
岡田順子選 特選句
草花のひかりの中へ列車ゆく きみよ 黄のカンナ町会掲示板に訃報 光子 井伊の墓所秋の大黒蝶舞へり 慶月 大老の供華には黒き曼珠沙華 いづみ おしろいや世田谷線の音に住む 千種 十月の路面電車の小さき旅 美紀 秋の声世田谷線のちんちんと はるか 現し世のどんぐり星霜の墓碑へ 瑠璃 直弼の供華の白菊とて無言 俊樹 直弼へ短きこゑの昼の虫 光子 秋声や多情を匿すまねき猫 瑠璃 累々の江戸よりの墓所穴まどひ 眞理子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月1日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
点と点結ぶ旅して尉鶲 愛 振り向かぬままの別れや秋日傘 久美子 月光や洞の育む白茸 成子 木の実落つ長き抱擁解きをれば 美穂 折々に浮かぶ人あり虫の声 孝子 ひぐらしの果てたる幹へ掌 かおり 国境も先の異国も花野なる 睦子 虫の音が消え君の音靴の音 勝利 流れ星消えたるあたり曾良の墓 かおり
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月3日 花鳥さゞれ会 坊城俊樹選 特選句
天高き天守の磴や男坂 千加 秋高し景色静に広がりて 同 汽水湖に影を新たに小鳥来る 泰俊 朗々と舟歌流れ天高し 同 落城の業火の名残り曼珠沙華 雪 秋立つとほのかに見せて来し楓 かづお 天の川磯部の句碑になだれをり 匠 天高し白馬峰雲ありてなほ 希
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月6日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
夫のこし逝く女静か秋彼岸 由季子 赤い羽根遺品の襟にさびついて さとみ 学童の帽子が踊る刈田路 吉田都 雨音を独り静かに温め酒 同 紫に沈む山里秋の暮 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月7日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
蛇穴に若きは鋼の身を細め 鍜治屋都 芋の露朝日に散らし列車ゆく 美智子 神木の二本の銀杏落ちる朝 益恵 破蓮の静寂に焦れて亀の浮く 宇太郎 新種ぶだう女神のやうな名をもらひ 悦子 鱗雲成らねばただの雲一つ 佐代子 色褪せず残る菊とは夢幻能 悦子 ばつた跳ぶ天金の書を捲るごと 都
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月8日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
ますかたは吟行日和年尾の忌 百合子 奔放にコスモス咲かせ埋れ住む 同 椋鳥の藪騒続く夕間暮 美枝子 子等摑む新米の贅塩むすび ゆう子 名園を忘れ難くて鴨来る 幸子 ぱつくりと割れて無花果木に残り 和代 初鴨の水の飛沫の薄暮かな ゆう子 猪垣や鉄柵曲がり獣の香 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月10日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
木の実落つ藩邸跡を結界に 時江 コスモスの花街道は過疎の村 久子 産声の高し満月耿耿と みす枝 ひとしきり子に諭されて敬老日 上嶋昭子 曼珠沙華供花としもゆる六地蔵 一枝 鰯雲その一匹のへしこ持て 時江 雨の日の菊人形の香りなし ただし あせりたる話の接穂ソーダ水 上嶋昭子 倒立の子に秋天の果てしなき 同 秋風にたちて句作に目をとぢて 久子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月10日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
川は日に芒は風に耀うて 三無 風向きに芒の穂波獣めく 怜 雨止みて爽やかに風流れ出し せつこ ゆつたりと多摩川眺め秋高し 同 秋雨の手鏡ほどの潦 三無 患ひて安寝焦がるる長夜かな エイ子 藩校あと今剣道場新松子 あき子 秋蝶や喜び交はす雨上り せつこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月11日 萩花鳥会
大阿蘇の銀波見渡す花芒 祐子 観る客と朝まで風の秋祭り 健雄 秋祭り露店の饅頭蒸気船 恒雄 秋吉台芒波打ち野は光る 俊文 花芒古希の体は軋みおり ゆかり まず友へ文したゝめて秋投句 陽子 青き目に器映すや秋日和 吉之 夕日影黄金カルスト芒原 美惠子
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令和4年10月16日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
金継ぎの碗によそふや今年米 登美子 そぞろ行く袖に花触れ萩の寺 紀子 子の写真電車と橋と秋夕焼 裕子 秋の灯に深くうなづく真砂女の句 登美子 花野行く少女に戻りたい母と 同 被写体は白さ際立つ蕎麦の花 紀子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月16日 伊藤柏翠俳句記念館 坊城俊樹選 特選句
御神燈淋しく点り秋祭り 雪 天馬空駈けるが如き秋の雲 同 自ら猫じゃらしてふ名に揺るる 同 秋潮に柏翠偲ぶ日本海 かづを 真青なる海と対峙の鰯雲 同 鶏頭のいよいよ赤く親鸞忌 ただし 桃太郎香り豊に菊人形 同 鬼灯の中へ秘めごと仕舞ひたし 和子 雲の峰だんだん母に似てゐたり 富子 振り返へるたびに暮れゆく芒道 真喜栄 坊跡に皇女が詠みし烏瓜 やす香
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月16日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
おほかたは裏をさらして朴落葉 要 秋深し紙垂の失せたる縄一本 千種 合掌のかたちに稲を掛け連ね 久子 豊穣に早稲と晩稲の隣り合ふ 炳子 耕運機突っ込まれたる赤のまま 圭魚 鏤める谷戸の深山の烏瓜 亜栄子 稔り田を守るかに巖尖りけり 炳子 晩秋の黃蝶小さく濃く舞へり 慶月 雨しづくとどめ末枯はじまりぬ 千種 穭田に残され赤き耕運機 圭魚
栗林圭魚選 特選句
溝蕎麦や角のとれたる水の音 三無 ひと掴みづつ稲を刈る音乾き 秋尚 稲雀追うて男の猫車 炳子 叢雲や遠くの風に花芒 斉 泥のまま置かるる農具草の花 眞理子 稲刈や鎌先光り露飛ばす 三無 耕運機傾き錆びて赤のまま 要 けふあたり色づきさうなからすうり 千種 晩秋の黃蝶小さく濃く舞へり 慶月 雨しづくとどめ末枯はじまりぬ 千種 隠沼にぷくんと気泡秋深し 炳子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月19日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
渡り鳥日本海を北に置く 世詩明 コスモスや川辺はなべて清酒倉 同 朝倉の興亡跡や曼珠沙華 千代子 案山子見てゐるか案山子に見らるるか 雪 赤とんぼ空に合戦ある如し 同 ゆれ止まぬコスモスと人想ふ吾と 昭子 色鳥の水面をよぎる水煙 希子 点在の村をコスモス繋ぐ野辺 同 小次郎の里に群れ飛ぶ赤蜻蛉 笑子 鳥渡る列の歪みはそのままに 泰俊 鳥渡る夕日の中へ紛れつつ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月21日 鯖江花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
俳人の揃ふ本棚秋灯 一涓 大法螺を吹き松茸を山ほどと 同 那智黒をひととき握りゐて秋思 同 漂へる雲の厚さよ神の旅 たけし 稲孫田のところどころに出水跡 同 美術展出て鈴掛けの枯葉踏む 雪 院食の栗飯小さく刻みをり 中山昭子 秋晴や僧の買物竹箒 洋子 末枯れて野径の幅の広さかな みす枝 短日のレントゲン技師素つ気なし 上嶋昭子 栗拾ふ巫女の襟足見てしまふ 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月21日 さきたま花鳥句会 岡田順子選 特選句
竜神の抉りし谷を秋茜 裕章 コスモスの続く車窓を開きけり かおり 段々の刈田に迫る日の名残り 月惑 残菊の縋る墓石に日の欠片 同 草野ゆく飛蝗光と四方に跳ぶ 裕章 夕空を背負ひ稲刈る父母の見ゆ 良江 二つ三つむかご転がり米を研ぐ 紀花 黄葉散るギターケースに銀貨投ぐ とし江 秋びより鴟尾に流離の雲一つ 月惑 弾く手なき床の琴へも菊飾り 康子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月23日 月例会 ���城俊樹選 特選句
ケサランパサラン白い山茶花咲いたから 順子 草の実の数ほど武運祈られて いづみ 盛大に残りの菊を並べけり 佑天 誇らしげなる白の立つ菊花展 秋尚 白帝の置きし十字架翳りなく かおり 魂のせるほどの小さき秋の蝶 順子 晴着色の鯉の寄り来る七五三 慶月
岡田順子選 特選句
初鴨の静けさ恋ひて北の丸 圭魚 色鳥の色を禁裏の松越しに はるか 草の実の数ほど武運祈られて いづみ 菊月の母は女の匂ひかな 和子 白大輪赤子のごとく菊師撫で 慶月 ふるさとの名の献酒ある紅葉かな ゆう子 大鳥居秋の家族を切り取れる 要 菊花展菊の御門を踏み入れば 俊樹 亡き者のかえる処の水澄めり いづみ 秋興や一男二女の横座り 昌文
栗林圭魚選 特選句
菊花展菊の御門を踏み入れば 俊樹 鉢すゑる江戸の菊師の指遣ひ 順子 玉砂利を踏む行秋を惜しむ音 政江 秋の影深く宿して能舞台 て津子 神池の蓬莱めきし石の秋 炳子 破蓮の揺れ鬩ぎ合ふ濠深き 秋尚 能舞台いつしか生るる新松子 幸風
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年10月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
戻りくる波より低き鰯舟 喜和 人波によごれし踵カンナの緋 かおり 考へる葦に生れにし秋思かな 吉田睦子 北斎の波へ秋思のひとかけら 美穂 一燈に組みたる指の秋思かな 同 石蹴りの石の滑りて秋落暉 ひとみ 砂糖壺秋思の翳は映らずに かおり ゆふぐれの顔して鹿の近づきぬ 美穂 城垣の石のあはひにある秋思 成子 おむすびの丸に三角天高し 千代 梟に縄文の火と夜の密度 古賀睦子 黒電話秋思の声のきれぎれに 同 恋人よ首より老いて冬眠す 美穂 顔伏せてゆく秋思らの曲り角 かおり
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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kobayashimasahide · 3 years
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あけましておめでとうございます
              令和三年元旦
牛の仮面   2005年5月7日  88 (h.) × 37 (w.) × 25 (d.) cm  2.8 kg    ・オートバイの二人乗り用掴みベルト付き座席    (合成皮革/スポンジ状ポリウレタン/プラスチック/鉄)  ・オートバイのブレーキ/クラッチ・レバー (アルミ)  ・  〃     バック・ミラー (鏡/鉄/プラスチック)  ・  〃     後輪泥除け (プラスチック)  ・ボルト・ナット等 (鉄)
Happy New Year !     January 1, 2021
Cow Mask  5/7/2005   88 (h.) × 37 (w.) × 25 (d.) cm  2.8 kg ・Tandem Seat with Grip Belt of Motorcycle   (Synthetic Leather, Polyurethane Foam, Plastics, Iron) ・Brake/Clutch Lever of Motorcycle (Aluminum) ・Rearview Mirror of Motorcycle (Mirror, Iron, Plastics) ・Rea Fender of Motorcycle (Plastics) ・Bolt and Nut etc. (Iron)
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 1943年の早春のある日のこと、ピカソはドイツ軍占領下のパリの街を歩いて家に帰る途中、道端にゴチャ混ぜになって積み上げられていた廃品の山の中に、錆びた自転車のハンドルと、その直ぐ横に転がる革のサドルを見つけました。その瞬間、その二つは電光のように閃いて頭の中で組み合わさり、それを家に持ち帰って接合し (後にそれを型取り・ブロンズ鋳造する)、この彫刻史に燦然と輝く––––錆びてますが (笑) ––––<牡牛の頭部>(1) を造ったのでした。
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(1)-1  ピカソ <牡牛の頭部> 1943
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(1)-2  自転車のハンドル (金属) とサドル (革) 正面下から見上げた
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(1)-3  ブロンズ鋳造
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(1)-4  少し左から見上げた 
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(1)-5  少し右から
 これこそが、私がこれまでに何度か述べてきた (2)「チャンス・イメージ」––––この場合はサドルが牛の顔に/ハンドルが角に似ているという「私たちの記憶像 (この場合は牛の) を喚起する偶然の類似形」––––と、その記憶像を、今度は逆にその類似形の上に脳内で重ね合わせる「プロジェクション (投映)」とが、一瞬で双方向に交差した典型的な例なのです。  これは、視覚/認知心理学や脳科学の分野では––––「シミュラクラ (あるものが顔に見える) ⊂ パレイドリア (あるものが何かに見える)」––––と称ばれている現象です。  そして、こうした視覚心理現象に基づく造形手法が––––「レディ・メイド (既成の物) 」としての「ファウンド・オブジェクト (今まで気にも留めなかった物が新たに見直される、そのようにして改めて見出された/発見された物体) 」の「アッサンブラージュ (寄せ集め/組み合わせ)」––––で、ピカソのこの<牡牛の頭部>は、まさにその栄えある先駆/嚆矢/原点でもあります。
 尤も、この視覚心理現象+造形手法と牛との最初の出会いは、実はピカソの遥か以前の1万8千〜1万年前に、既に始まっていたのでした。しかもその場所は、ピカソの故国スペインの––––それも彼が10歳から14歳まで暮らしたスペイン北部の町ラ・コルーニャのあるガリシア州から東に二つ隣のカンタブリア州の––––アルタミラ洞窟なのです。  「徐々に土中に向かって傾斜している」この洞窟の「すべての劇的なアクセントはただ一カ所––––大きな部屋の天井––––に集中されてい」て、「この天井の高さは…約2m から1m まで…奥にゆくにつれて徐々に低くなっている」とギーディオン(3) が書くその部屋を、ヒキ (引き) で撮った写真が (4)-1 で、ヨリ (寄り) で天井を撮った写真が (4)-2 です。
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(4)-1  アルタミラ洞窟 大きな部屋 全景 (白黒)
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(4)-2  大きな部屋 天井部分 (白黒)
 最初に敢えて古い横からの照明の白黒写真をお示ししたのは、私たちがそれを見る限りは只のデコボコと波打つ天井にしか見えないからです。しかし、これを旧石器時代末期のマドレーヌ人が見た時––––私たちには見えないのだけれど、彼らが常日ごろ見慣れ、或いは見たいと切望していた (からこそ見ることのできた)––––体を丸めて地面に横たわり出産しようとしている (食料とその安定供給をもたらす) 無数の雌の野牛の群れを見出したのです。  そして、その岩のレリーフ (浮き彫り) 状に膨らんだ凸塊に、鉄錆=酸化鉄系の赤い土 (性顔料) を塗ったり吹き付けたりして白っぽい素地から形を浮かび上がらせ、更に、形の内外を画す輪郭と、欠けていて足りない尻尾や角や背中のタテガミを形の外側に、また、折り曲げた前・後脚を形の内側に、いずれも黒い炭などの顔料で描き足して全体を完成させたのです (4)-3, 4, 5 。
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(4)-3  大きな部屋 天井部分 (カラー)
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(4)-4  上の (4)-3 の上中央の野牛 正面正対 (白黒)
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(4)-5  上の (4)-4 の野牛とその周辺 (カラー)
 ギーディオンは、こうした表現––––つまり「チャンス・イメージ ⇄ プロジェクション」/「シミュラクラ ⊂ パレイドリア」/「レディメイドとしてのファウンド・オブジェクトのアッサンブラージュ」––––を、彼の言い方で次のように記しています。    「実在する自然石の形をそのまま用い…, 岩の自然の形状のうちに潜在している動物…を識別する…循環現象により…作られ… (中略) …, 自然…すなわち岩盤の線と輪郭に従うことによって, 発生したのである.」(pp.371-372)  「マドレーヌ人の目には, 岩の表面が内面に動物の形を含んでいるようにみえ…またそういうことに…かれらはいつも気を配っていた.」(p.394)  「この動物の姿勢全体は岩の形によって決められた. …天井の表面の凹凸がこのような姿を暗示させたのである….」(p.427)  「横たわるビゾン  この身体をまるめた…ビゾンは倒れているのではなく, たぶん分娩しているのであろう…. この姿は完全に隆起した岩の形によってきめられている. 露出した岩石にたまたま眠っている生命を認め, それに形式をあたえる…マドレーヌの美術家たちの力のあらわれがある. われわれの目には, 色彩のない突起はたんに無定形の岩のこぶにすぎない. しかしマドレーヌ人はそれらをまったく違った感覚でうけとめた. …かれらは自然に存在している形に想像的に接近し…たのである.」(pp.427-428)  「岩の中にすでに存在した姿が…空想を産んだのである.」(p.489)
 このマドレーヌ期から1〜2万年後に形を変えて繰り返されたピカソと牛 との出会いは、子どもの頃に父に連れられて見に行き、すっかり魅せられて虜になってしまった闘牛 (コリーダ) から始まります。須藤哲生は『ピカソと闘牛』の中で次のように書いています。  「ピカソの芸術は闘牛とともにはじまった。現在までに確認されている最も初期の作品は、油彩にせよ、素描にせよ、コリーダを主題としている。……デッサン第一号も…『コリーダと六羽の鳩の習作』…で…、これをピカソの最も古い作品という説もあり、…十歳前後のデッサンであろう。……一枚の画用紙を天地に使って闘牛のシーンと鳩を描いたもので、……きわめて象徴的な意味合いを帯びている。闘牛と鳩。血なまぐさい闘技と平和のシンボル。まさに天と地の違いの、この二つのおよそ対蹠的なテーマは、ともに終生ピカソの芸術を貫いた主題であった。」(5)
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(6)  ピカソ <闘牛と鳩> 紙に鉛筆 1890 
 実際、この<コリーダと六羽の鳩の習作>(6) 以降、この牛は、ある時は牛頭人身の<ミノタウロス>(1933~)(7) となり、またある時
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(7)  ピカソ <ミノタウロス> 1933
はファシズムと母国スペインという相反両義の象徴となって<ゲルニカ>(1937)(8) の死児を抱いて泣き叫ぶ母の背後に佇み、また、ド
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(8) ピカソ <ゲルニカ> 1937
イツ占領下のパリではナチスの鍵十字ともキリストの十字架とも取れる両義的な窓枠の前に置かれた頭蓋骨––––<雄牛の頭蓋骨のある静物>(1942)(9) ––––となり、そして、この翌年の<牡牛の頭部>(1943) へと変身し続けて行くのです。
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(9)  ピカソ <雄牛の頭蓋骨のある静物> 1942
 私は拙作の題名を「頭部」ではなく顔面としての「仮面」にしましたが、ピカソの<牡牛の頭部>も––––特に型押し成形の革のサドル(10) の凸面は––––仮面的であり、彼が若き日のキュビスム時代に多大な示唆を得たアフリカの仮面彫刻を彷彿とさせます。このキュビスム/仮面性は、例えば戦後すぐに制作したリトグラフの連作––––モンドリアンの樹木を抽象化して行く過程を辿る連作にも似た––––<雄牛 I~XI>(1945~46)(11-1) の内の VI (11-2), VII, X にも窺えます。
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(11-1) ピカソ <雄牛 I~XI>(1945~46) リトグラフ
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(11-2) ピカソ <雄牛 VI> 12/26/1945  リトグラフ
 かくいう拙作も、当然ながらアフリカの仮面を意識的/無意識的に思い浮かべて––––尤も、牛とは限定せずに漠然と動物らしきものをイメージして––––造ったものですが、改めてウェブ上で拙作に似た––––細面の「馬面」で、真っ直ぐな角の––––牛の仮面を探してみると、牛は牛でも野牛/水牛 (Buffalo / Bush Cow) の仮面とされる (しかし実際の野牛/水牛とは一寸違うように見える) 幾つかの仮面の中に、似ているもの (12)-1, -2 がありました。
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(12)-1  野牛のマスク (マリ共和国-ソニンケ文化)
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(12)-2   水牛の仮面 (カメルーン共和国-バミレケ/バムン文化)
 なお、この未発表の旧作には「サトコ」(聡子)という名前が付いています。彼女は私が卒業研究 (作品制作) を指導した学生の一人で、このバイク・シートは、彼女が素材として集めたものですが、「これ、横のベルトの留め金具が目みたいで、動物の顔に見えるなぁ」と呟いた私に、卒業する時、「先生、どうぞ」と言って置き土産にしていったものです (彼女は卒業後、家具職人の修行をしにドイツに渡りました)。  当時、大学の直ぐ南隣の丘の斜面に、若者たちがやっているバイクの解体作業場があって、ジャンク・ヤードさながらに部品やら何やらが散乱していて、私のようなジャンク・アーティストにとっては、そこは宝の山でした。この仮面の耳と角 (ツノ) に見立てたバック・ミラーとブレーキ/クラッチ・レバーは、そこで見つけた物 (字義通りのファウンド・オブジェクト) です。  仮面と言っても、これは顔面に装着するコンセプトではない (そもそも重くて無理な) のですが、最後に、楽屋裏をお見せすると (下の写真) ––––色や形が肉を削いだ牛骨のようで、一寸グロいので御注意下さい!––––ご覧の通り、この耳も角も、極く普通の金具を使って、極く荒/粗っぽい、単純な取り付け方をしております。
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[註]
(1)-1   via [https://www.slideshare.net/nichsara/sculpture-upload––No.22]。 (1)-2   via [https://www.pablopicasso.org/bull-head.jsp]。アトリエを訪れた写真家のブラッサイに、作品の制作過程を語ったピカソの言葉が、末尾に引用されています。  なお、この作品の制作年に関しては、ニューヨーク近代美術館–ウィリアム・ルービン編集、日本語版監修-山田智三郎・瀬木慎一『パブロ・ピカソ–––天才の生涯と芸術』(旺文社, 1981, pp.351-352) のジェーン・フリューゲルによる年譜に従いました。 (1)-3   via [https://www.moma.org/audio/playlist/19/412]。鼻梁に沿って空いているはずの二つの鋲穴が塞がっているので、ブロンズ鋳造と分かります。 (1)-4   via [lezards-plastiques.blogspot.com/2010/09/sixieme-personnages-et-animaux-de-bric.html]。 (1)-5   via [sakainaoki.blogspot.com/2014/02/1942.html]。 (2)    例えば [https://kobayashimasahide.tumblr.com/post/189982445375/happy-new-year-january-1-2020-clockey] の [註]。 (3)    S. ギーディオン著、江上波夫・木村重信訳『永遠の現在–––美術の起源』(東京大学出版会, 1968, p.420)。 (4)-1    via [https://fascinatingspain.com/place-to-visit/what-to-see-in-cantabria/altamira-caves/#1505145409627-b0f76054-69219231-ea60]。 (4)-2   ギーディオン、前掲書 p.423-pl.「280. アルタミーラ 嶮しく傾斜する天井. 前面に多彩のビゾンが岩の隆起の上に描かれている.」の複写。 (4)-3    via [http://www.tsimpkins.com/2017/10/echoes-of-atlantis-by-david-s-brody.html]。  (4)-4   ギーディオン、前掲書 p266-Color pl. XIV. の白黒複写。 (4)-5    via [https://100swallows.wordpress.com/2008/10/11/art-in-the-great-altamira-cave/]。 (5)    須藤哲生『ピカソと闘牛』(水声社, 2004, pp.26~29)。因みに、平和の鳩に関しては、拙稿 [https://kobayashimasahide.tumblr.com/post/155212719705/happy-new-year-2017-dove-of-peace-masahide] で、作品の画像を一つ引用しています。 (6)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-3936.php]。 (7)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-1088.php]。この頭部は、次の (8) の戦時中の頭蓋骨を予感させます。  ところで、この牛頭人身のミノタウロス (Minotauros) とは、クレタ島の王ミノス (Minos) の妃が牡牛 (taur) と交わって生んだ息子ゆえに付けられた名前ですが、ミノス王自身もまた、ヨーロッパの語源となったフェニキアの王女エウロペが牡牛に変身したゼウス神と交わって生んだ半神半人の息子です。そのクレタのクノッソス宮殿には、突進してくる牛の二本の角を掴み、牛の背中の上で前方宙返りをし、牛の背後に着地する一種の闘牛的「牡牛跳びの儀式/競技 」を描いた壁画が残されています。ことほどさように、東地中海地域では、牛と人間との間には古く (ギリシャ以前のミノア文明の時代) から、深い関係があり��した。
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<牡牛跳びの儀式/競技 > クレタ  クノッソス宮殿壁画   via [http://arthistoryresources.net/greek-art-archaeology-2016/minoan-bull-jumping.html]
 ピカソはスペインで生まれてフランスで暮らしましたが、先の (3)〜(4) のアルタミラのあるカンタブリア州から更に東に進むと、フランスとの国境を成すピレネー山脈があり、その北側から南フランスへと流れ出すガロンヌ川の源流域にも、沢山の旧石器時代壁画を有する洞窟群が展開しています (この西仏双方を合わせて「フランコ・カンタブリア地方/美術」と呼んでいます)。そのガロンヌ川源流域のレ・トゥロワ・フレール洞窟に、1m と隔てぬ近い距離で、このミノタウロスを思わせる二体の牛頭人身像––––「楽器を奏でるビゾン人間」と「人間の膝…ふくらはぎ…勃起し…た男根……をもつ野牛的動物」(前掲 (3) のギーディオン pp.499-507)––––が描かれているのです。
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<楽器を奏でるビゾン人間> ブルイユによるレ・トゥロワ・フレール洞窟壁画のトレース画 via [https://www.larevuedesressources.org/les-reponses-erotiques-de-l-art-prehistorique-un-eclairage-bataillien,605.html]
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<人間の下半身を持つ野牛的動物> ブルイユによるレ・トゥロワ・フレール洞窟壁画のトレース画   via [http://reportages.saint-pompon.com/reportages2/04e7589d8909f0601.php]
 このように、フランスと東地中海も含む南ヨーロッパ美術史における牛と人間との関係は、旧石器時代の昔から今日まで極めて深いものがあり、牛をモチーフやテーマにしたピカソも、単にその一例に過ぎないと言えるのかもしれません。  (8)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-170.php]。 (9)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-195.php]。 (10)   私もピカソへのオマージュとして、自転車のサドル (但し革ではなくプレス成形鉄板) を顔/頭にした (牛ではなくて) アルマジロを造っています ([http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12000/1916/1/Vol63p77.pdf -pp.94-95])。 (11)-1  via [https://pintura1krasmanski.blogspot.com/p/material-de-consulta.html?m=1––pl.2]。 (11)-2  via [https://artyfactory.com/art_appreciation/animals_in_art/pablo_picasso.htm––pl.6]。 (12)-1  via [https://www.azalai-japon.com/bois/masque/2298-08.html]。 (12)-2  via [https://www.auctionzip.com/auction-lot/Bamileke-Bamun-Bush-Cow-Mask-Cameroon-Grasslands_4A54B5983D]。
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yuupsychedelic · 5 years
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詩集「もしも、昨日の僕をぶん殴れるなら。」
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詩集「もしも、昨日の僕をぶん殴れるなら。」
1.「四つ葉の詩」 2.「冷笑」 3.「吐息」 4.「スカイブルーは知っている」 5.「絃」 6.「フォトジェニー」 7.「田舎者のオキテ」 8.「無音」 9.「英雄の中の英雄」 10.「凛」 11.「自慢話」 12.「18」 13.「鬱」 14.「瞿麦(Cool-Baku)」 15.「♡♡♡」 16.「★(Black Star)」 17.「Boot Schwarzenegger」 18.「#シュウカツ」
四つ葉の詩
いつか、 私たちが伝説になる日が来るんだね、 なんて、 君は健気に言っている。
そのいつかが、 本当のいつかになるかもわからないのに、 そのいつかを感じさせないくらい、 君は健気に笑っている。
四つ葉のクローバーを夢中で捜した夏を憶えているかい?
君の「健気」というアイコンは、 四つ葉のクローバーから産み出されたものなのだ。
雨上がりの河川敷、 膝を泥まみれにして、 君はひたすら四つ葉のクローバーを捜していた。
見つけたときの笑顔、 よそ行きの洋服は見る影もなくなっていたけれど、 それを感じさせないくらい、 君は健気に佇んでいた。
今年もきっと、 君は何処かで健気に微笑んでいるのだろう。
冷笑
「わたしはあなたのことが嫌いよ!」
隣のあの子がそう言ったとき、 俺は友達と世間話をしていて、 その声に耳を傾けてはいなかった。
友達が彼女の声に気付いて、 こちらに冷笑的な視線を送る。
俺にとって、 彼女はどうでもいい存在だった。
「わたしはあなたのことが嫌いよ!」
隣のあの子がもう一度口を開いたとき、 俺は友達の右腕を力一杯に握っていて、 既に教室を駆け出そうとしていた。
友達は彼女をクッと睨みつけて、 こちらに向かってこないように仕向ける。
俺にとって、 彼女はどうでもいい存在だった。
–––– 数日後、隣のあの子は転校していった。 「好きだよ」という置き手紙を俺の机の中に残して。
吐息
その寒さを紛らわすように、 ぷはーって、 お互いに息を吹きかけて、 ぎゅっと、 強い力で抱きしめてみたら、 どうにか、 この夜を越えられるような気がした。
それは、 とてもとても寒い夜のことだった。
この街は今月五十回目の停電で、 電気が通っていない間は、 街がフリーズしたかの如く、 静かに凍りついていて、 僕らは暗闇の中で、 ジャックオランタンを頼りに、 互いを抱きしめるしかなかった。
それは、 とてもとても寒い夜のことだった。
あの国王は僕らのことは見向きもせず、 きっと美味しいものばかり食べているのだろう、 君はそう冷たく言うけれど、 僕は「違うよ」と再び息を吹きかけた。
スカイブルーは知っている
もしも、 悲しみという感情を この絵で繕えるとしたら…… 僕は一枚の絵を描くだろう。 大きく、遥かな絵を。
人は誰もが芸術家だ。
愛も、夢も、明日も。 この絵にはすべてが入っている。
もしも、 その絵が不満だとしても オリーブオイルを一滴垂らしてしまえば…… ほら、元通り。
そんなわけないと思う君は、 いちど理想に浸ってみればいい。
青空のキャンバスに、 あしたの自分を描いてみればいい。
どこでもいいじゃない。
芸術ってのは、創り出す勇気から生まれるものなのだから。
ソーシャルネットワークの海に、 今日もわたしは言葉を投げ込みます。 思い思いの声を、 言葉として詰め込むのです。 愛とは、 そういう儚さから生まれてくるものですから。
私の人生は言葉と共にあります。 生まれてきて、 言葉を忘れたことは一度もありません。 話せるようになってから、 常に社交的な人であり続けようとしました。
しかし、どんなものにも限界はあります。 私の糸は、完全に千切れてしまったのです。 –––– それはふとした瞬間でした。 嗚咽して、泣き喚く。 暗黒の日々が始まりました。 人はいなくなり、孤独に這い回る。 私に希望なんてありませんでした。 そんな状態でも、 言葉だけは手放せませんでした。 本は手放せても、 言葉だけは手放せませんでした。
フォトジェニー
突然の宣告。 –––– 余命一ヶ月。 僕には「一瞬一瞬を大切に生きろ」という医師からの“最後の使命”が与えられた。
病院からの帰り道、僕はフィルムカメラを購入した。 五千円と八パーセントの消費税。 懇意にさせてもらっていた店主のもののお下がり。 これが僕の希望だった。
それから…… 僕は一心不乱にあらゆる景色を収め続けた。 美しいものも、汚いものも。 近すぎるタイムリミットに翻弄されながら。 僕の病状は刻々と悪化していった。 二十日も経たぬうちに、その足で歩くことさえも身体は拒絶し始めた。
それでも…… 写真だけは止められなかった。 髪は抜け落ち、少し動くだけで全身に激痛が走る。 逃れられぬ宿命と闘いながらも、僕は“希望”に全精力を注ぎ続けた。 生きろ、生きろ、あともう少しだけ生きさせてくれ…… 僕はもう来ないかもしれない明日にすべてを託す。 きっと大丈夫。 –––– 翼はまだ錆びついてなんかない。
田舎者のオキテ
ある朝、僕は電車に乗った。
どんどん人は増えていき、 車窓から見える景色には見たこともないビルが立ち並んでいる。
人混みは空虚だ。
電車に乗っているうちに、 そんな気持ちに駆られてしまうことがよくある。
無表情でスマフォに向かっている君! 僕は今、君に話をしてるんだ。
「何も知らねえくせに、俺に口出しするんじゃねえよ」
ヒップホップに夢中の男はそう言って僕を睨みつける。
たしかに、そうだ。 僕は何も知らない。 何も知らないから、君に質問する。
「僕はどこへ行けばいいんだい?」
僕がこう言うと、男はそれを無視してまた自分の世界に浸り混んでしまった。 田舎者に頼れる者は、底なしの勇気と、根拠のない知恵だけ。 そのことを身を以て感じた瞬間だった。
無音
電車に乗ってるとさ、 やけに汚いビートが響いてくんだ。 切れたり、いきなり大きくなったり。 わけわかんねえよな。 「うるさい」っていう人もいねえ。 俺も結局は勇気がなくって、 なんも言えなかった。 あいつは何がしたいんだろう? 自分の耳を痛めつけて、 人の才能を自分のモノだと思い込んで、 満足げに座っている。 満面の笑みを浮かべている。 酔いつぶれて、 昨日も飲んだから未だ二日酔いで、 まるでトランスしたかのごとく、 あいつの耳から漏れるビートを見つめている。 イヤフォンの線、切れてるぜ? ひとりの男がつぶやくが、ヤツは音楽に夢中で気付かない。 俺は目的の駅に着くと、 何も言えない自分が恥ずかしくなって、 さっさと電車を飛び出しちまった。 情けない話だよな。 ほぼほぼ言い出しっぺみたいなもんなのに、 誰にも聞こえない舌打ちしか出来ない。 こんな部屋でしか本音さえも言えないんだぜ? ……あいつの方が俺なんかよりよっぽど立派かもな。
英雄の中の英雄
ヒーローたちの闘いが終わると、 寂しげな音楽に合わせてスタッフロールが流れる。 そこにいつも表示されていたこの文字。 ひらがなだから、すぐに覚えてしまう。 子どもでも、大人でも。 いのくままさおと同じだ。 キャメラマンのいのくままさおさん。 この御方、つい最近まで現役だった。 ずーっとヒーローたちを撮り続けてきた。 支え続けてきた。 ヒーローの中のヒーローって、こういう人なのかもしれない。 昭和から平成へ、平成から令和へ。 ただの少年でも、ヒーローになれるんだ。 勇気を、希望を、そして何より…… 夢を子どもたちに与え続けてきた。 そして、いつしかヒーローはみんなのものになった。 子どもから大人まで、 みんながヒーローを愛している。 ヒーローに触れている。 かつては「ヒーローが好き」ということ自体が恥ずかしかった。 「こんな歳で?」という声が怖かった。 でも、今なら言える。 ヒーローが好きだ、と。 今だから叫べる。 僕はヒーローと共に飛びたい。–––– もっと高く、もっと遠く。 明日も、明後日も。
わたしに「凛」なんて求めないでください。 わたしはわたしのままで居たいのです。 わたしらしく居たいのです。 わたしに嘘を吐きたくないのです。 わたしがわたしで生きられる世の中を作ってください。 わたしがわたしで居ようとするからといって罵倒するのは止めてください。 わたしはそんなに異様ですか? わたしのことがそんなに嫌いですか?? わたしたちの存在がそんなに憎いですか??? わたしの質問に答えてください。 わたしはあなたのことを「許さない」と言っているわけではありません。 わたしはあなたのことを知りたいと思っているのです。 わたしに「らしく」なんて求めないでください。 わたしにはわたしのわたしらしさがあるのです。 わたしがセーラー服を着ていたら。 わたしを罵倒するんでしょうね、あなたは。 わたしはわたしらしくいたいだけなのに。 わたしなんてその程度の人間ですよ、所詮。 わたしが嫌いなら消してしまっても構わないんですよ。 わたしをサンドバッグにしてもらっても全然構わないんです。 わたしのことがそんなに嫌いなら、いっそのこと殺してください。 わたしが殺されたら、それで満足なんでしょう? わたしがいなくなっても困らないんでしょう?? わたしって、あなたにとってはその程度の存在だったんですね。
–––– こんな奴、とっとと消えてしまえばいいのに。
自慢話
ねえねえ、こんなことあったんだよ! あの人が来てね、こんな話をしてくれたんだよ!! うちの専攻、これがすごいだよ!!!
うっせえんだよ、そんなの調べりゃわかるんだよ。 黙れよ、ほんとは未読無視してぇんだよ。
あんたのことが世界で一番嫌いなんだ。 ぶっとばしてえんだよ。 殺してえんだよ。 スナイパーライフルがあったら、きっと即狙ってる。 その程度のやつにアタシの人生狂わされてた。
なにがサイバーパンクだって? 貴様のパンクはパンクって言わねえんだ。 そんな腰抜けに何が出来るって言うんだ。 あんっ? 言えるもんなら言ってみろよ。 その雄弁で間抜けな口でさあ。 自慢話してる暇があったら動けよ。
その足で、その口で、全身で表現してみろよ。 ふふっ、ナメないでくれる??
ぶっとばしてやるから。 次逢うとき、覚えてろ。
18
去年の夏 空(くう)が死んだ それから すべては変わった
平穏な日常 ささやかな幸せ すべては失われてい���た
祖母は変わってしまった 認知症が刻々と進む これまでの常識も 忘れてしまい 家族は途方に暮れていた
親友を失い 我が家へ迷いこんだ祖母を ちっぽけな意志で除け者にした そんな俺だった
「ごめんね、迷惑をかけて」 その声があまりに辛かった だけど俺は限界だった 涙に暮れたあの夏
- あれから一年が経って 少しずつ日常が還り 誤魔化しながらも 普通に生きられる 倖せを噛みしめるようになった
電話が鳴る度 嗚咽した去年の夏 着信音さえトラウマになって 静かに切られた電話線
ずっと続くのか…… 死ぬまで続くのか…… 時間が母を悩ませる
「ごめんね、迷惑をかけて」 今はみんなに謝りたくて でもプライドが許さない 情けないほど弱い俺だけど
自分を見繕うことだけは 他人より少しだけ自信がある 自慢にならない事を自慢と 言い換えて意思を押し付けてた 気付かぬうちに
「ごめんね、迷惑をかけて」 今はあなたに謝りたくて 言い訳なんかもうしない あなたに出逢えてよかった
人生という荒波の中 ヒトは後悔をいつも背負っている 俺は永遠に罪を背負って生きる 過去という十字架を
涙に暮れたあの夏から 俺は変わってしまった
ひゅーん、ばーん。 今年も花火大会が始まる。 ユーラシア大陸に届けとばかりに、 何万発といった火花が夜空に散っていく。 この季節になると、僕は憂鬱になる。 今年も彼女は出来なかった、 来年もきっと彼女は出来ないだろう、と。 夜に耳栓をしたくなる。 屋台も、花火も、全部なくなってしまえばいいのに。 フランクフルトも、わたあめも、全部いらない。 豆粒のような人たちが、今年も無邪気に笑っている。
ひゅーん、ばーん。 今年も花火大会が始まる。 豆粒のような人々は現実となり、 僕の目の前で躍動している。 なんと、僕に彼女が出来た。 –––– 言うまでもなく、人生最初の彼女だ。 彼女はこの世で最も美しいとさえ思えた。 浴衣も、お洋服も、よく似合う。 僕にとってのミューズだった。 いつか出来ると願いつつも、もう半分諦めていた恋。 叶ってしまった、この歳で。 はじめての青春。 二十歳の夏、僕は君に恋をした。 「諦めなければ夢は叶う」って、君が教えてくれたんだ。
瞿麦(Cool-Baku)
それは、可愛げのあるもの。 それは、使い勝手の良いもの。 それは、一生を共にできるひと。
街は変わりました。 この数十年で。 ビルは立ち、自然が失われる。 まるで、歴史を塗り替えていくかのように。 発展と破壊はいつも背中合わせです。 擦り合わせても、妥協しても、結局は離れられないのです。 いけません、地球が泣いています。 そのまま続けるのです、国家元首は叫んでいます。 僕らが声を挙げられるツールはあるのでしょうか? いえ、ありません。 –––– 正確にはひとつだけあります。しかし、声を挙げるにはリスクが大きすぎるのです。 小さなパンと、薄いスープが僕らの主食です。 不幸自慢をするわけではありませんが、これだけしか許されません。 お金はあります。 でも、お金があることを知られると、すべてを奪われてしまうのです。 今が満足、今で満足。 果てしなく自分を言い聞かせてみましょう。 すると、あら不思議。 まるで満足したような気になるではありませんか。 これが一家円満の秘訣です。 余計なことなんてしなくてもいいのです。 さあ、一緒に幸せになりましょうよ。
♡♡♡
「カラータイマーみたいなヤツが、実際にあったらいいのにな」 僕らはついつい無理をしすぎて、 余裕という名前の宝をどこかへ置き忘れてしまう。 そして、 いつしか趣味の愉しみ方さえも忘却の彼方へ……
「そんなのつまらないと思わないかい?」
誰かの言葉が響こうとも、 それは大して実績のない輩だからと、 まるで何も言っていないかのように無視をする。
青空は曇り空へと変貌し、 無意識のうちに、 自らの両足には重くて堅い枷が縛り付けられていた。
もはや、 僕らに何かを叫ぶ力なんてない。
そこにあるのは、 “堕落した自尊心”のみ。
「僕らは一体何処へいく?」と空へ紙ヒコーキを飛ばしても、 返ってきたのは空虚なやまびこだけだった。
★(Black Star)
暗黒街から抜け出して、 この翼で宙を舞い、 愛に向かってまっしぐら、 俺は俺のままでいい、 たまにはワガママもいいじゃない、 いっそ、 嫌いなあいつをぶっ飛ばしてもいいじゃない、 この歌で、 この音楽で、 このステージで、 僕にはスーパーヒーローになんてなれない、 だったら、 ダークヒーローになれ���いいじゃない、 黒い星になって、 ヒーローと背中合わせで、 互いの意志を叫んでみよう。
Boot Schwarzenegger
似ても似つかぬコスプレをして、 面白くもないモノマネで聴衆を笑わせて、 同調圧力でウケているのにも気づかず、 まるで銀幕スターになったかのように、 満面の笑みを浮かべている。
週刊誌は絶えずカメラという名の銃を向け、 彼も常にそのカメラをロックオンし、 無言の戦争が今日も始まる。
ニセモノなのに、 ホンモノのように振る舞う君。
あれ、 ホンモノって、 どっちなんだろう?
わかりきっているくせに、 ワイドショーはヒステリックに嗚咽する。
#シュウカツ
埃だらけのアルバム 捲ってみれば あなたと過ごした日々 眩しく光る
純情な日々 みなぎる若さは 今の僕らに 無縁だけど……
何度も喧嘩して 何度も微笑んだ日々 青春の終わりが見えてくると 当たり前が輝きだした
別れの日に 涙は要らない 笑顔で送り出してくれ いつまでも泣いてちゃ 君らしくない いつかまた逢えるから
いとしさ せつなさ ぜんぶ閉じ込め 君に最後の愛を ここに贈ろう
青春のときめき 思い出してみれば あなたと暮らした日々 まるで走馬灯
若さに溺れ 何も言い出せず 堂々巡り続けた日々 それも蒼さか?
別れの日に 涙は要らない 笑顔で送り出してくれ クヨクヨすんなよ 君らしくない 必ずまた逢えるから 希望 絶望 ぜんぶ閉じ込め 君に最後の愛を ここに贈ろう
埃を被った小説の 栞はあの日のまま さらば思い出よ 愛しき日々よ さよなら
君と暮らしたこの家 出逢った日に もう一度戻れたとしても やり直したいとは思わない 君が好きだよ この胸に飛び込め 必ず幸せにするから!
別れの日に 涙は要らない 笑顔で送り出してくれ 人生の終わりに 涙は要らない 笑顔で送り出してくれ
いとしさ せつなさ ぜんぶ閉じ込め 君に最後の愛を ここに贈ろう
一緒にいてくれて 本当にありがとう
あとがき「詩は究極のサブカルチャー」
泣いて、笑って、怒って。 いっぱいあったよ、この一ヶ月。 まあ、締めくくりというわけではないんですけど。 とても楽しんで書きました。
最初に書いた作品は「♡♡♡」でした。 3日前の夜。 それまで書いてたのを一気にひっくり返して。 ここまで短期集中で書いた作品も珍しい気がします。 わたしは筆があまり速くので……
個人的に、「詩」って究極のサブカルチャーだと想うんですよね。 決してメインにはならないけれど、だからといっていらないわけでもない。 そこに魅力を感じて、ずーっと書き続けてきたわけですが。
これからも一生詩という分野とはお付き合いを続けていこうと思っています。 新しい場所で、新しい仲間と出会って、よりその想いが強くなりました。 わたしの創作活動は、詩から始まった。 原点なんです。詩が。
大好きな詩をみんなに届ける。 これからも、いつまでも。
最後まで読んでくれてありがとう。書いてて、ほんとに楽しかった☺︎
【Credits】 詩集「もしも、昨日の僕をぶん殴れるなら」 企画・文:坂岡 優 Concept by YUU_PSYCHEDELIC Special Thanks to My Family, my friends and all my fans!!
この作品を読んだ人々にささやかな倖せが訪れますように。 もしこの作品が気に入ったら、よければ広めてくださいね。
いつもありがとう。
坂岡 優
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hummingintherain · 3 years
Text
『とあるねじれたせかいのものがたり』
 一
 歪んでる、それが正しい、あの子の世界。
 その女の子は、一面が銀色に輝く雪原のはじっこに住んでいる。剛毛の赤毛に、とろりと溶けるような垂れた黒色の目に短く切り揃えられたような睫毛。同年代の子供で背の順に並べば一番前を陣取るようなこじんまりとした背丈。決して美人とは言えないその女の子は、毎日大きな書庫の隅に置かれた机で本を読んでいた。書庫は壁全体に張り付いているような巨大な本棚をいくつも揃えている。無論壁だけでなく部屋全体に美しく並べられ、その一つ一つが様々な書物でびっしりと埋まっている。思わず前のめりになってしまう胸が躍る冒険譚も、大人でも読むのに苦労するだろう分厚い辞書のような物語も、どこかに住む見たことのない生物が全頁に描かれている図鑑も、幼子も心をときめかせるカラフルな絵本も、彼女の望む全ての本が揃っていた。そこで年がら年中四六時中読書に耽っていた。  女の子はたった一人でその家に住んでいた。丸太で頑丈に造られたその家は、人間だって簡単に吹き飛ばされてしまいそうな猛烈な吹雪にあてられてもびくともしない。数か所に設けられた窓も三重構造になっているから、寒さにも風にも強い。ただ、換気をしようとするときに不便なだけ。  お腹が空いたら彼女は台所へ向かう。冷蔵庫の中身は誰かがこっそり補充しているかのように常に満杯だった。それを女の子は���思議に思ったことはない。今日もまっしろで雪玉みたいな卵を二つ。慣れた手つきで殻を割って、ボウルに落とされるは二つの黄色いまる。いくつかの調味料を目分量で加えてかき混ぜる。これで準備は万端。長方形のフライパンにフライ返しと取り皿を乗せて右手に、ボウルを左手に。小さな両手でたくさんの荷物を引きつれて、煌々と燃える居間の暖炉へと。煉瓦で囲まれた大きな暖炉にフライパンを翳して温めたら、卵を流す。じゅう、と耳に心地良い音。静寂を掻き分けるようなこの音が女の子は好きだった。火力が強いために加減が難しいが、上手く溶き卵をひっくり返していく。慣れた手つきで、あっという間にふっくらふんわり卵焼きのできあがり。まだ熱い間にいただきます。暖炉の前のテーブルに卵焼きと箸を並べて、彼女は手を合わせる。それから箸で卵焼きを裂く。その隙間から、冬に吐きだす白い息のような湯気がもくもくもくと溢れだしてきて、女の子はにんまり笑みを浮かべる。美しい断面図、黄色の層。一口サイズにして口の中に放り込む。控えめな味付けだけど、甘い卵の味がしっかりと口の中いっぱいに染み渡っていった。はふはふと熱さに口の中で卵焼きを転がしながら、それでも我慢できなくて噛んでいく。そのたびに味が広がっていく。卵焼きは彼女が大好きで大得意な料理だった。  満たされたらまた書庫へと戻る。書庫は居間よりも何倍も大きくて、まるで家に図書館が併設されているかのようだった。部屋には真っ赤な絨毯が敷かれ、女の子の平凡な容姿とは裏腹の、どこか高級な気風を兼ね備えている。木製の本棚に並べられた本は乱雑で、高さもまったく揃っていない。それを彼女は気にしなかった。むしろそのざわめいているような雰囲気が彼女にとっては心地良かった。まるで、一人きりじゃないみたいだったから。一冊一冊無造作に読み進めている感覚がたまらなく愛おしかったから。  食事をとる前に読了して机に置きっぱなしにしていた本を手に取り、適当な隙間に押し込める。こうしてまた仲間の元に戻っていく。溢れんばかりの物語の渦に引き込まれて、一つになる。おかえり、ただいま。そんな言葉が聞こえてきそうだった。さよなら、またね。女の子は愛しげに細い指で背表紙をなぞる。心を動かす物語を、ありがとう。  次に読む本を決めていないのが女の子の特徴だ。棚いっぱいに広がっている背表紙の森を眺めて、呼ばれるように一冊の本に指をかける。今日もそうして一つの本棚の前に立ち、黒い瞳で無数の題名を受け止めていく。と、視線の動きが止まる。すぐに書庫の大きな扉の傍まで戻ると、自分の何倍もの背丈のハシゴを手に取った。幼い身体に対してあまりに長く、運びづらい。本棚に這わせるようにゆっくりゆっくり連れて行くと、目的の場所に立てかけた。ハシゴは天井まで突き刺さりそうな高さだった。実際、本棚は丁度天井まで届いているため、そのくらいの高さが無いと意味が無い。女の子はハシゴが安定していることを何度も確認すると、意を決して登っていく。一段一段、丁寧に手をかけ、足をかけていく。いくつもの本を横目にひたすら上へと向かっていき、一番上の段までやってくる。おはよう、よろしくね。手を伸ばして、蜂蜜色のハードカバーの一冊を取り出す。いってきます、いってらっしゃい。そうして森の中で一輪の花を摘む。脇に挟み込むと、行きよりも慎重に降りていく。幸運なことに未だ落ちたことは一度も無いが、足を滑らせれば、ハシゴがバランスを崩せば、小さな命の灯など一瞬で吹き飛ばされてしまうのだろう。それが女の子はどうしようもなく怖かった。油断すると足を掬われる。本が教えてくれたことだ。石橋を叩いて渡るように緊張を保っていくと、気付いたら床に足がついていた。やれやれ、今日も無事に乗り越えられたようだ。女の子は本を両腕で包み込みながら安堵の息をついた。  ハシゴを定位置に戻し、すぐに机へと向かう。窓の向こう側から差し込んでくる白い光を明かりにして、本を前にする。『麦』という余計なものを全て削ぎ取ったような端的な題名。本を開くと、古びた一ページ目が顔を出す。あなたはどんなものをわたしに与えてくれるの、楽しみにしているね。  文字の一つ一つを撫でるように読み進めていく。紙を捲る乾いた音が、大聖堂で楽器を鳴らすように書庫に響く。外界の音は厳重なガラス戸が一寸の漏れなく遮断しているため、その音だけが唯一この家に残された光のようだった。他には何も無い、無音の世界。女の子はそれに寂しさを覚えない。別の世界に心を委ねているから、気にも留めない。  小さな窓の外からの明かりは何時の間にかおとなしくなっていき、文字が読めないほどに暗くなってきた頃に息を吹き返したかのように顔を上げた。架空の世界から現実の世界へと戻ってきた彼女は、余韻に脳が痺れたまま徐に立ち上がる。『麦』に薄い木片の栞を挟み込んで閉じると、机の上に残して彼女は書庫を後にする。  書庫と居間は短く真っ直ぐとした廊下で繋がれている。この家にある部屋は、ベッドが置かれただけの寝室と、台所を取り込んだ居間と、書庫のたった三つだけだった。それだけで彼女には十分だった。  居間の暖炉の前の椅子に腰かけると、女の子は一日を戦いきった後のように長い溜息をついた。息を吐くと同時に、空腹感も増幅してくる。また卵焼きでも作ろうか、それとも別のものを作るかと思案する。妙な倦怠感が全身に覆いかぶさって、なされるがままに彼女はテーブルに伏せる。なんだか、とても疲れていた。『麦』は一人の女の子の生き様を描いている物語なのだが、まるで筆者が直接書いた自伝のような生々しさがあった。他の本とは何か違う。うまく言葉で形容できないのが彼女は非常にもどかしかったのだが、とにかく違う、そんな引力のある書物だった。だからか、いつもよりも余計に力を吸い取られていた。  疲労の海に抵抗なく浸かっていると、彼女はいつの間にか目を閉じ、夢の世界へと旅立ってしまっていた。
 二
 女の子は、聞き覚えの無い音に目を覚ました。こんこん、と何かを叩いている音だ。硬いその音は小さなものだったが、沈黙を当然とする家を揺らすように響いている。眠気まなこを擦りつつ、女の子は震源を探ろうと周りを見渡す。が、いつも通り暖炉で火が燃えているだけ。部屋の中に特に異変は無い。不思議に思いながら椅子から立ち上がって、耳からの情報を分析して少しでも音が大きく感じる方向へと歩いていく。そうすると彼女は一度として開けたことのない形ばかりの外への扉の前に辿り着いていた。明らかにここから――正しく言えばこのすぐ外から音は発信されている。彼女は木の重い扉の取っ手をとり、力いっぱい引く。びゅおう、と猛烈な風が部屋に吹き込んできて、まだ夢の中にいるような浮遊感が走り去っていった。細めた視界に入ったのは、扉の向こうにいたのは、彼女が初めて見る、彼女によく似た形をした生物だった。 「え……」  一体いつ以来、彼女は声帯をこれだけ震わせたのだろう。小さな感嘆符が零れ落ちて、目の前にいる人物に穴を開けんとしているかのように見上げていた。自分よりずっと大きな体つき。がっしりと肩が広く、闇夜から生まれたかのような真っ黒に染まった服を身に纏っている。男のひとだ、と彼女ははっきりと断言した。何度か見たことがある――それは本が由来だった。本の挿絵で見たような男性像が目の前にリアルな姿として存在している。  男性は女の子より一回り歳を取ったような、しかしまだ活力が十分に身に余っているそんな若者だった。扉が開けられたことに驚いたのか目を見開きながら、雪崩れ込むように女の子の横を擦り抜け、居間へと突入していった。というよりも、倒れ込んでいった。女の子は息を呑む。本を落とすよりもずっと重量感のある音が床を揺らす。女の子は顔を硬直させながら、恐る恐る目の前にいる若者の目を閉じた顔に指先で触れた。まるで雪のような冷たさに指が痙攣する。と、若者の眉間がぐっと歪む。些細な変化にも驚いて女の子は仰け反るが、若者には身体を動かす力も殆ど残されていないらしい。  とりあえず、扉を締めなければ家の中にまで雪が積もってきてしまいそうだった。女の子は若者の足を無理矢理引き摺って家の中に押し込めると、扉を閉める。ずっと使われておらず形式上のものであった外と中の境界線は、錆び付いたように重い。  若者は今にも凍え死んでしまいそうなことは、幼い女の子でもすぐに理解できた。すぐに暖炉の前に連れていて、温めてあげなければ。女の子は小さな身体で若者の体を引こうとするが、びくともしない。彼女が考えていたより人間の身体というのは重い。それでも、何もしないわけにはいかない。彼女はまず吹雪に晒されてしまい彼にかかった雪を叩き落とし、近くにあったタオルで濡れた部分をゆっくりと拭いていく。死人のように青白い顔をしているが、まだ息はしている。彼女は何度も何度も彼の顔を優しく拭いた。目を覚ますのを、じっと待っていた。  その甲斐あってか、しばらくしてから彼の目が薄らと姿を現す。女の子は息を呑み、身を乗り出した。自分と同じ黒い瞳をしている。改めて見ると、逞しいというよりは、優しくおっとりとした印象を持たせる。けれど鼻がぴんと美しいラインを描いており、整っている顔つきだった。若者は現状を理解できず、相変わらず生気が抜けた表情で固まっていた。  女の子は一度その場を離れ、台所へと向かう。慣れた手つきでティーポットとティーカップ、それからハーブを一枚用意する。小鍋に水を注ぐと、暖炉の前へと移動しその火を利用して沸騰を待つ。その間積極的に後ろを振り返り、若者の様子を伺っていた。若者は一応は目を覚ましたものの、凍り付いたような体を動かすことができないでいた。珍しいものを見る目で眺めているうちに、手元のお湯は沸騰する。慌てて台所へと戻ると、ポットの中にハーブを落とし、湯を注ぐ。ハーブの香りが彼女の鼻腔を刺激し、充満していく。心が穏やかになる爽やかな香りだ。ハーブの成分が浸透するのを待つ間に、女の子は若者の傍に戻る。 「……ごめん……ありがとう……」  若者は女の子を視界にいれるや否や、そう彼女に声をかけた。女の子は肩を跳ねさせ、直立する。相手は人間なのだ、喋るのは当然だ。そうと解っていても、胸がどきどきとして、一気に緊張してくる。  凍ったような体を無理に動かそうとする若者を見て我に返った女の子は、急いでその傍に寄る。彼女のか弱い体で若者を支えられようもないが、その健気さに若者は微笑みを取り戻した。力が湧いてきたように、体を引き摺るようにして暖炉のもとへと向かう。ゆっくりゆっくり、時間をかけて、歯をがちがちと鳴らしながら息を切らしながら体の痛みに耐え、炎の前に辿り着いた。そこでようやく、若者は安堵の息をついた。同時に女の子も胸を撫で下ろす。  ふと、ハーブティーのことを思い出し、一目散に女の子は台所に入る。ティーポットからハーブを取り出すと、ティーカップと共に暖炉の前へ戻る。まさか、二つのティーカップを同時に使うときがやってこようとは夢にも思わなかった。床にカップを並べると、ゆっくりとハーブティーを注いでいく。白銀の湯気が空気に溶けていき、同時に昇ってくるハーブの香りに若者の固まった頬は綻んだ。手をついてそこに体重をかけながら上半身を起き上がらせ、彼女からカップが渡されるのを待つ。  女の子は恐る恐るハーブティーを彼に差し出す。 「ありがとう」  先程よりもはっきりとした口調で律儀に若者は対応し、震える両手でティーカップを包み込む。掌から感じられる温もりは癒しそのもの。水面に映る若者の顔は揺れている。端に唇をつけ、少しずつ喉に流し込んでいく。冷えた歯に熱々の紅茶は痛みを呼び起こしたが、すぐにそれは打ち消される。さっぱりとした味わいだった。濃さもちょうどよく、飲みやすい。芯まで冷え込んだ身体に心地良く熱が浸透していくのを感じる。ふと視線を女の子にやると、彼女は黒い目を大きく開けて若者を凝視していた。何故そんなに見てくるのか不思議だったが、やがて気付いたように若者は口を開く。 「……とても、美味しい。とっても」  女の子はぱっと表情を明るくさせた。年相応の愛くるしい笑顔に、若者の心も和らぐ。  それから女の子は思いついたように立ち上がり、台所に戻る。不思議そうに取り残された若者は、きょろきょろと居間の様子を見回す。木造のあたたかい色合いの壁に床。部屋の中心に赤い絨毯が敷かれ、その上にはテーブルに椅子が置かれている。そして、彼の目の前にある暖炉。それだけしかそこには無かった。随分と広いのに、場所を持て余しているようだった。やがて、女の子が戻ってきたのに気が付く。彼女は卵焼きを作る体勢でいた。若者には調理用具の意味が分からず、不審気に眉を顰める。しかし次の瞬間、目の前で繰り広げられる料理に驚嘆せざるを得なかった。自分よりも一回りも小さい女の子が、いとも簡単に美しい卵焼きを作り上げていく。あっという間だった。黄金の輝きと出来たての湯気を放つそれは、若者の萎えていた食欲を刺激した。女の子は箸で一口分に切ると、彼の口の前に持っていった。それは予想だにしていなかった若者だったが、生憎彼の手は箸を器用に扱えるほど回復していない。幼い子供に「あーん」をされるなんて恥ずかしい以外の何物でもなかったが、相手の輝く瞳を見ていては断ることもできない。仕方なく口を開けると、卵焼きが放り込まれる。紅茶のおかげで温もっている口内に、とろりと染み出る素材の甘さ。調味の加減も控えめながら、卵本来の味を引き立てているようだった。たかが卵焼き、されど卵焼き。特に体が弱った彼にとってはどんな高級料理よりも絶品だと断言できた。 「美味しい!」  我慢できず、嬉しそうな声が彼から飛び出していた。一気に元気が湧いてきたかのようだった。  女の子は喜び、次々と彼の口の大きさに合うよう卵焼きを切っていく。 「君は、小さいのにしっかりしているね……お母さんはいないの?」  ようやく思考がはっきりとしてきたのだろう、若者はそう尋ねる。  対する女の子はぽかんと目を丸くする。お母さん、という言葉を噛み砕き、本で読んできた母親像を思い出す。子供を産み、育てる女性。気付いた頃には――最初から一人だった女の子には関係の無い存在だった。結果、彼女は首を横に振る。 「お父さんは?」  彼女の行動は変わらない。 「一人でこんなところに住んでいるの?」  そこでようやく彼女は大きく頷いた。すごいなあ、と感嘆の声をあげる。女の子にとっては当然のことであったから、何をそんなに驚かれるのかよくわからない。 「……俺は柊っていうんだ。外の吹雪に巻き込まれちゃってね……本当に助かったよ、君が出てくれて」  ひいらぎ。女の子は心の中で繰り返した。文字はきっと、柊。木へんに、冬。ひいらぎ。女の子はこの言葉を何度か本で見てきたが、微風が流れるような穏やかな音の響きが快くて、好きな言葉の一つだった。  同時に、優しい声だな、と女の子は思った。低くてしっかりとしているのだけど、鼓膜を撫でるような綿みたいに優しい声だ。きっと、ずっと聴いていても飽きないのだろう。子守唄でも歌われたら、どんなに目が覚めていてもすぐに眠ることができそうだ。それか、聴いていようと夢中になって無理矢理起きているかの、どっちか。 「君の名前は?」  不意に問われて、女の子は思考を停止させる。彼女には名前というものが存在しない。一人で生活し他人とまったく出会うことのない彼女には、必要無いものである。けれど、名乗ったら、名乗り返す。物語ではよくあるパターンだ。このタイミングで言わないのもおかしいだろう。あまり、変な子だと思われたくない。どうしようと考え始めて、最初に出てきた単語をいつのまにか口に出していた。 「……む、ぎ」 「麦?」  拙い声を彼は聞き取ってくれたらしい。女の子は――麦は、大きく縦に頷いた。  麦かあ、麦。いいね、麦かあ。何が嬉しいのか、柊は頬を綻ばせた。本当は先程まで読んでいた本のタイトルから引用しただけの偽りの名前だが、そうやって何度も繰り返されると何故かとても唇のあたりがむず痒くなる。  そこで沈黙が訪れる。柊はハーブティーを口にし、麦は彼の口が落ち着いた頃に卵焼きを差し出した。僅かずつではあるが、彼の胃は満たされていく。幸せを具現化したようなその味に、逐一柊は美味しいと感想を述べた。そのたびに麦は嬉しくなって、他にも御馳走してあげたい気持ちに駆られる。けれどそれ以上に、麦は今、この瞬間を柊と過ごしていたいと思うのだった。初めて出会った人間。心優しい大人。読書からは感じたことのない楽しさに胸が躍っていた。  麦はうまく喋れない子だと柊はすぐに理解した。だから会話といっても基本的に彼から喋り、麦はそれに身振り手振りで返すといった風である。言葉を発するのは不得意だけど、しかし麦は読書で培ってきたおかげなのか頭がいい。柊の言葉をほとんど理解することができたため、不器用なようで、しかし円滑にコミュニケーションがとることができたのである。 「卵焼き、好きなの?」  こくりと頷く。 「俺もまあ、好きだけど、普通って感じかな。でもさ、麦の卵焼きは特別だなあ。俺の母さんが作るものよりずっと美味しいよ」  唇を噛んで、恥ずかしげに顔を俯かせる。 「というか、こんなところに住んでるのによく食材なんて調達できるね。外、かなり雪が積もってるけど」  ふるふると横に振る。 「ん? 雪、得意なの?」  ふるふる。 「んーと……そっか。まあ、どうにかしてるんだよね」  こくり。柊は苦笑を浮かべた。初対面であるおかげでもあるだろうが、無闇に踏み込んでこないのも麦には丁度良かった。  先程の柊の言葉にどう答えたらいいのか、麦には分からない。冷蔵庫に詰め込まれた食材は常に補充されていて、困ることが無い。それが普通だと思っていた。でも、そういえば本の中でも食材を買いに出かけている描写はいくつも見てきた。そういうものなのかもしれない。自分の方が、不思議なのかもしれない。けれど、それを柊に説明しようもない。それに柊はあまり気にしない風にいてくれるから、まあいいや、と流すことができる。 「吹雪、やまないね」  柊は三重に守られた窓の外を見ながら、ぼんやりと呟く。 「今夜中はずっとああなんだろうな」  こくり。 「ごめんね。急に入ってきちゃって」  ふるふる。 「麦は優しい子だな」  ふるふる。  自分よりも、こうして構ってくれる柊の方がずっと優しい。美味しい美味しいと言ってくれる柊の方がずっとずっと優しい。そう言いたかった。 「そこにつけこむようでなんだか悪いんだけど、今夜はここに泊まっていってもいいか?」  こくりこくり、こくり。  勿論です。  力強く何度も頷いた麦に、柊は思わず噴き出した。 「ありがとう。なに、なんか嬉しそうだね」  見透かされたみたいで、麦は隠れるように自分に淹れたハーブティーを口にした。不思議。いつもと同じハーブでいつもと同じくらいの時間だけ浸けたのに、なんだかいつもよりずっと、おいしい。卵焼きはいつの間にか無くなってしまっていた。全部柊がたいらげてくれた。自分の作った料理を誰かが幸せそうにたいらげてくれるのは、こんなにも快いものなんだと麦は知る。  それからもいくつか会話は続いていく。いつもならとっくに夕食を済ませて書庫に戻って読書に耽っている頃だが、麦の頭に読書のことはまるで蝋燭の火が消えてしまったように無くなっていた。夢中になっているといつのまにか時間が過ぎていってしまうのは、読書と同じだった。本が好きなことも、柊に告げた。どんなことが好きか、という問いに対し、ほん、という単語は言いやすいのか、すらりと言うことが出来た。その年で読書家かあ、と柊は笑った。誇らしげな顔で何度も頷く。本当に好きなんだね。その言葉に、強い肯定を示した。どこか誇らしげな顔をしていたのが、柊の瞳に焼き付いた。  本に関する柊からの質問攻めが終わった後、ふと、思い出すように柊は声をあげた。 「そういえば、今日って十月三十一日だっけ」  じゅうがつさんじゅういちにち。何の暗号かと思考を巡らせる。と、思い至る。日付だ。今日という日を定める記号。本の中では時間の動きを明確にするために記しているものもある。麦には日付感覚というものが存在しない。日々同じ時間を同じようにを繰り返すだけなのだ。けれど麦はきっとそうなんだ、今日は十月三十一日なんだと思い込み、彼の言葉を肯定する。そうだよね、うんうん、ああ、でも。柊は顔を顰めた。些細な表情変化にすら、何か悪いことをしただろうかと麦は怯えてしまう。返答が良くなかっただろうか。肯定してはいけなかっただろうか。 柊には麦の動揺が伝わったらしい。 「いやさ、折角のハロウィンだっていうのに、俺お菓子もなんにも持ってないなーって思って、なんか申し訳ないや」  ハロウィン?  麦は光の速さで頭の中の辞書を捲っていく。が、その単語は彼女の聞き知らぬものであった。本でもそんなものを題材にしたものがあっただろうか? 忘れただけだろうか。いくら卓越した読書量を誇る麦でも、読んできた本以上に読んでいない本がまだ途方も無いくらい多いのだから、知らないものがあってもおかしくはない。そう自分に言い聞かせながらも、やはり気になる。 「というか、今回の場合俺が家に訪問してるし、なんか何もかもかっこつかないなあ。うーん情けない大人だ」  柊が何を言っているか、さっぱり解らない。必死に理解しようと脳をフル回転するものの、結果は良くない。白旗だ。お手上げだ。  そんな麦の様子を敏感に察した柊は、首を傾げた。 「ハロウィン。……Trick or treat」  流暢な英語が彼の口から滑るが、彼女は顔をぽかんとさせたままである。今までなんらかの返答をしてきた麦が、初めて見せた「わからない」だった。 「トリックオアトリート。知らないのか?」 「とり……」 「トリック、オア、トリート。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、っていう意味」  麦の表情は相変わらずである。  本当に分かってないんだなあ、と柊は微笑を浮かべる。 「子供は今日、十月三十一日――ハロウィンの夜、一軒一軒家を回って大人にそう言ってお菓子をねだるんだ。愉しいお祭りだよ。子供の持てる小さな鞄いっぱいに美味しいお菓子を詰めるから、その後毎日お菓子を食べられる。やっぱりお菓子って、子供にとっちゃ宝みたいなものでしょ」  麦は頬を紅潮させて、やや興奮気味に頷く。なんだかよく分からないけど、しかしとても魅力的な話だった。あまーいお菓子を貰いに、人々に出会っていく。そしてきっと、後で毎日大切に大切に消費していくのだ。お祭りというその言葉の響きだけでもわくわくさせられる。 「とり、あー……」  麦は頑張って発音しようとするが、理解してもいない単語を放出するのは、彼女にはあまりにも難しい。 「トリック、オア、トリート」 「とり、おあ」 「トリック、オア」 「とりっく、おあ」 「そうそう。トリック、オア、トリート」 「とりっく、おあ、とりーと」 「おおっいけたね! でもごめん俺、お菓子が無いんだよ。いたずら確定だ」  けらけらと笑う柊だったが、麦は慌てて否定する。いたずらなんて、できっこない。根気強く自分のペースに合わせてくれるこの人に、危害なんて与えられるわけがない。麦の必死な様子を見ていると、柊は穢れなき穏やかな気持ちでいられた。 「……もう俺はそんなのをする歳じゃないけど、麦なら余裕だなあ」  しみじみと、水が布に浸透していくような静かな言い方。  淋しそうな表情だな、と麦は思った。きっとこの人は、大人になってしまい、戻れない子供だった時代に恋い焦がれるような思いに晒されているのだ。懐古の思いにとらわれて苦しむ人の物語を、麦はいくつか目にしてきた。この人もきっと、同じなんだ。 「……麦は外にはいかないのか?」  その問いに麦は首を横に振って応える。そっか、と柊は目を俯かせた。 「そっか。それならハロウィンを知らないのも納得かな……でもさ、それって、淋しくはないか?」  少し間を置いて、再び麦は首を横に振った。淋しくはない。いつも彼女の傍には身に余る本がある。本が友達のようなものだったから、飽きることも淋しくなることもない。そういった感情をまったく持ち合わせたことが無かった。 「でもやっぱり、勿体ないよ。こんなとこにたった一人で住んでるなんて、可哀そうだ」  可哀そう? 何が可哀そうだというのだろう。彼女はここでの生活を受け入れ、満足していた。その気持ちは真実そのものである。それなのに柊はなんだか憐れむような目で麦を見つめてくるのだ。ハロウィンを知らない彼女を、他人という存在に疎い彼女を、本に囲まれ幸せである彼女を、可哀そうだと。 「俺さ、今の吹雪が止んだらここを出ていくから、試しでさ、一緒に外に出てみないか?」  誘い。  一瞬だけ、ほんの少しだけ、彼女の心が揺らいだ。彼は、いずれこの家を発つ身。ここに留まってほしいなんて、彼女は言えない。幸せな時間は終わってしまう。それはきっとそう遠くない。でも、行ってほしくない。なら、彼についていくという案はひどく魅力的なように思えた。  その瞬間、脳を突き刺す痛みに顔を歪めた。だめ、と強く叩かれたかのようだった。だめ、ダメ、駄目。そんな声が聞こえてきそうだった。麦はまた首を横に振る。否定。拒絶。行かない。行っちゃいけない。理由は解らないけど、自分はここに居なくちゃいけないから。誰にも教えられていないけど、それは使命であり運命であるかのように麦の中に元来根付いていた。 「……麦?」  優しい声。麦を癒してくれる音。 「大丈夫か、なんだか顔色が急に悪くなったけど」  平気だと返事しようとしたが、秒を追うごとに痛みが酷くなっていくようで、麦は頭を抱え込んだ。頭のはじっこが、熱い。ずきんずきんと痛んで、苦しい。耐えられなくなって、遂に前のめりに倒れ込んだところを、柊の温かくなった身体が難なく受け止めた。なんて力強く頑丈な胸板だろうか。ひ弱で幼い自分の体とはまるで別物だった。麦は彼の大きな腕の中から、恐る恐る彼の顔を覗き込んだ。さっきよりずっと近いところで、柊は変わらぬ笑顔を浮かべていた。 「疲れたんだね。ごめん、変なこと言って。今日はもう休んだ方がいい。寝室はどこ?」  嫌だ、もう少し、話していたい。麦の本音はそうだっ��が、その欲がはっきりと彼女の心に浮かびあったとたんに、打ち消すように大きな響きが頭を支配する。痛い。やめて。益々苦痛に歪んでいる様子は、柊を戸惑わせる。その顔が、決定打だった。もう終わりだ。困っているのに、我儘は言えない。  麦は項垂れ、暖炉の左奥にある扉を指差した。寝室のある部屋なのだと理解し、柊はぐったりとしている麦をおぶると、彼女の寝室だという部屋へ入る。扉を開くと出窓に置かれた蝋燭が部屋を照らしている。一見あまりにも儚く不十分な光のようだが、この部屋はとても狭く、ベッドしか置かれていない。読書灯としての役割を果たせていれば十分なのだろう。柊は皺無く整えられた布団を捲りあげ、頭痛に苦しむ麦をあまり揺らさないようにゆっくりとベッドに座らせる。頭に手を当てたまま人形のように動かない麦を見て、柊は仕方なさそうに腕を伸ばす。麦はとても、軽い。いとも簡単に持ち上げることができる。背中と足を包み込むように持ち上げて、麦の身体を布団の下へと滑らせる。ようやく横になった麦にふかふかの布団をそうっとかけると、彼女の臆病な顔だけがよく見えた。愛玩動物を扱うのと同じような要領で柔らかい赤毛を骨ばった大きな手で撫でると、麦の表情は不意に綻んだ。 「……ひい、らぎ」  あまりにも拙い声だ。言葉を口にするというその行為自体に慣れていないことがあまりにも分かりやすい。 「ひいらぎ」  彼の名前を呼ぶ。 「ひいらぎ、ひいらぎ」  何度も呼ぶ。 「ひいらぎ、ひいらぎ、……柊」  何度も、何度も呼ぶ。  どうして名前を連呼するのか、それになんの意味があるのか読み取れず、ただ単純に恥ずかしくなって柊は目を逸らす。それは、先程自己紹介をして、柊が何度も彼女の名前を呼んだ時と同じような光景だった。 「ほら、頭痛いんだろ。ゆっくり休んで、明日も本を読むんだろ」  柊は身を乗り出し、出窓にある蝋燭を吹き消す。居間から零れてくる光だけが寝室を照らしているが、麦の視界では一気に柊の顔は逆光で闇に塗りつぶされてしまった。それでもなんとなく感じ取れるのだ。暗闇の中で、彼が穏やかな笑みを浮かべている。彼女の目には鮮明に柊の表情が映っていた。 「おやすみ」  軽くそう声をかけると、柊は麦に背を向ける。居間に足を踏み入れると、音を立てないようにそうっと慎重に扉を閉めていく。光の線がどんどん狭まっていく。完全に消えて無くなってしまうその瞬間まで惜しむように、麦は瞬きもせずに目を凝らし続けていた。
 三
 柊の足はこの家において一番の面積を占める書庫へと向かっていた。他人の家を詮索するのはよくないと分かっていながらも、明日にでも発つ身だ。その前に、麦の生活の全てだという読書の間を一目見てみたかった。居間から続く廊下を歩くとすぐに突き当りに辿り着く。そこに佇んでいる重い扉を開くと、柊は思わず息を止めた。  点けたままにして放置されていたのか、待ち受けていたように淡い黄金の電灯が照らしている中で、二階分に相当するだろう天井の高さまで伸びた本棚が数十と並べられ、それを余すことなく本が埋め尽くしている。書物が生み出す独特の渇いた匂いで部屋が満ち満ちており、明らかに居間や寝室とは別格のものであると確信した。扉を閉めると、柊は一人穴に突き落とされたような気分にさせられた。圧倒されているのだ。シックな色合いの真っ赤な絨毯は柔らかく、足音はいとも簡単に吸収される。どこか高級感を思わせる厳格な色合いの部屋だが、柊は同時に不気味さも抱える。これだけ大量の書物がどうして周りに何も無い雪原にあるのだろう。いくら一日の大半を読書に費やしているといっても、一生かかっても全てを読破するのは無理ではないだろうか。  柊は棚に並べられた本の群を眺める。高さがまったく揃っていない様子は、整理整頓に関しては麦が無頓着であることをそのまま示している。殆ど物が置かれていない居間や皺のまったく無かったベッドの置いてある寝室を思い返すと、どこかが僅かにずれた不協和音のようだった。何か知っている本でもないものかと探してみるが、彼の知らないタイトルばかりだった。読むのが億劫になりそうな固い雰囲気のものもあり、自分よりずっと小さな麦がこのような本と日々向き合っているのかと思うとただ圧巻されるばかりである。言葉を知らない幼子のように見えていたが、実は途方もない量の知識を溜め込んでいるのではないだろうか。むしろ何故ハロウィンを知らなかったのかが益々疑問である。  ぼんやりとした調子でいると、やがて窓に面した古い机に辿り着いた。机の上には、小さなランプといくつかの辞書、そして栞を挟んでいるところから読みかけであると思われる蜂蜜色のハードカバーの本が一冊、椅子の前に置かれていた。薄らいだ表紙の文字に目をやると、『麦』と書かれていた。彼女と同じ名前の題名だとまず思った。だから彼女は手に取ったのかもしれない。自分の名前と同じ作家はそれだけで何故か親近感が湧いたり、気になったりするのと同じことだ。なかなか可愛らしい人間味のある麦の一面をこっそり垣間見て、まるで夜の学校にでも忍び込んでいるような不思議な緊張と高揚で満たされる。  しかし、そこで柊は気が付いた。この本には著者名が明記されていないのだ。表紙にも、背表紙にも、そして表紙を捲った一ページ目にも無い。当然のように『麦』というその一文字だけが印刷されているだけ。不審に思った柊は、『麦』を手に取ったまま、周囲の本棚にしまってある本を確認する。さすがにハシゴを使って上まで確認しようという勇気は湧いてこなかったが、歩き回ったところ、殆どは著者がはっきりと書いてある。殆どは、だ。片手で数えられるほどだが、『麦』と同じように著者名が載っていない本も存在していた。そしてそれらは決まって蜂蜜色のハードカバーの本であった。そういうシリーズなんだろうかと考えるものの、なんとなく納得がいかない。何故だろう、気味が悪い。得体の知れない空気がこの図書館のような書庫全体に漂っていた。誤魔化そうとしていても拭い切れず鼻につく臭いのよう。  そうして『麦』に視線を落としている時。  唐突に、書庫を照らしていた光が、全て消え去る。  柊はハッと視線を上げた。しかし一点の光も無く真っ黒に塗りつぶされた視界では何も捉えることはできないし理解することもできない。急に奈落の底に連れて行かれたかのようだが、手を伸ばすと傍に本棚があり、場所は変わっていないことを確認する。  が。  ふわり、と、薄いシルクの布のようなものが、本棚についたその彼の左手に覆いかぶさる。  ぞわりと柊の全身に猛烈な寒気が迸り、反射的に腕を引いた。今のは一体なんだった? 一体自分の身に何が降りかかった? 真っ暗闇の視界では皆目見当がつかず、恐怖が一気に増幅されていった。本棚に触れてはいけないとそれだけは把握し、柊は逃げるようにその場を離れる。方向感覚はまったく正常でないが、立ち止まっていられるほど悠長で鈍感な精神を持ち合わせてはいない。もがくように動き回っていなければ誤魔化せない。とにかくまずは明かりを点けなければ。入ってきた扉は、どこだ。本棚と本棚の間を走り抜けていくと、彼は出入り口ではなく麦の机の前に辿り着いていた。夜中だが、窓から零れてくるのは雪の光か、ほんの僅かだが青白い光が注がれていた。時を経て暗順応が機能してきたこともあり、闇の中でも視界が安定してくる。彼は焦燥に肩を激しく上下したまま、ゆっくりとその場で振り向いた。  身体が固まる。  塗りつぶされた暗闇の中で、更に濃い影が、黒い本棚から染み出るように蠢いている。ふわりふわり、海月のように、微風に揺れるカーテンのように、生きているように、湧き出ている。異形が、異様な風景を作り上げ、彼を闇の底へと誘う。それが一体なんなのか、柊にはまったく理解することができない。動揺に眼が眩んでいるが、彼の頭に響く危険信号が戻ってはいけないと叫んでいる。単純な生理的拒絶。あれは、触れてはいけない。そう確信した瞬間、足が竦み、いよいよ彼は身動きがとれなくなってしまった。  と、さわ、と何かが鼓膜を擦る。耳元で吐息を吹きかけられたようなこそばゆさに、神経が極限まで逆立っていた柊の体は反射的に仰け反った。あの影がすぐ近くまで音も立てずに忍び寄ったのかと危惧したが、少なくとも自分の手の届く範囲には見当たらない。なら、なんだったのか。柊は耳を守るように手を翳して、震える息で耳をすました。戸の隙間からそっと暗室を窺うように、心の準備をしながら感覚をとぎらせてみる。さわ、さわ。さわ、ざわ。鼓膜が揺らぐ。全身に鳥肌が立っていくようだった。囁くように鳴いているような何かは、誰かの声。  にん、げんだ。ふふ。さわざわ。に、んげん。ふふ、ひい、ぎ、ら、ひい、らぎ、うふふ。まよ、って、あは。ひいらぎ。  靄のような雑音が混ざったたどたどしい言葉。何かに引っかかっているような、壊れたレコードのような音。柊は無意識に、あまりにも不器用でたどたどしい麦の声を連想した。違う。彼は即座に否定する。これは麦の声じゃない。彼女はもっとあたたかい色を帯びている。浅はかな自らの想像力に感じるのは、麦に対する後ろめたさ。  ――ニンゲン。  霧雨のようなざわめきに圧し掛かるようにあまりにも唐突に、どこからか、ぐんと低く鉛のように重い脅すような声が響く。  耳を包み震えていた柊の手が、萎縮のあまり硬直する。  ――人間……人の魂。  ――僅かな綻びから穢れた足で踏み入った、愚かな人の魂。  何かがこそこそと発している囁きと違い、この低い声は投げかけてきているのか明確に聞きとることができた。しかし、その声が何を暗示しているのか、やはり柊にはすぐに理解できなかった。少なくとも分かるのは、脳内に直接語りかけてくるその声は、はっきりと聞き取れる代わりに頭を痺れさせるような残響を以て抉ってくるということだ。  ゆらりゆらり本棚を揺蕩う影。段々と成長しているかのように伸びている。まるで深海で揺れる海藻のようだった。  ――此処は唯一であり、何とも交わらぬ世界。貴様のような者の踏み入れて良い領域ではない。故に排除する。  突如として突き出された宣告を柊は瞬時に反芻し、大きく目を見開いた。 「!? 排除って……どういう……!」  動揺と畏怖が混ざり合った震えた声で、柊はどこから発しているかも分からない声に向かって戸惑いをぶつける。 「なんなんだ、さっきからわけがわからないことばかり……ここは麦の家だろう。俺は吹雪で迷い込んできただけで……!」  ――ならば貴様に問う。貴様、何故ここに入った。 「何故って」  すぐに言い返すために柊は自分という存在を顧みようとした。しかし彼の脳内に浮かんできたのは、いつしかの思い出でもここに至る映像でもなく、新品のノートのように美しくまっさらでまっしろな記憶だけだった。  あれ。  そういえば、俺はどこから来たんだ。  俺は、どうして吹雪の中にいたんだ。  卵焼きを作ってくれた、母さんってどんな顔だったんだ。  ハロウィンの記憶は、一体どこで誰と紡いだ記憶なんだ。  何も覚えていない。  まっさらでまっしろで、なにもない。  俺は一体、なんだ。  ――貴様は迷い彷徨い続け、最早藻屑に等しい魂。それ故にこの世界に繋がる僅かな隙間を抜けてきたのだろう。自分でも気が付いていないとは、なんと滑稽で愚劣なことか。  呆れたような声が収束するや否やくすくす、と嗤う声が大きくなった。子供や、女や、男、或いは全く別の生き物の、様々な声が折り重なって、柊に降り注いでくる。全身の毛を逆立てる、声の群集。耳元から聞こえてくるようにも、遠くから聞こえてくるようにも思われる。  明らかに自分の感覚がおかしくなってきている。柊は塞ごうとしても使い物にならない手を胸に当て、振動する深呼吸をした。とりっく、おあ、とりーと。極限状態で、麦の言葉が蘇る。まったく、これはいたずらどころの話ではない。なんてハロウィンだ。  ここは、危ない。逃げなくてはならない。しかし、どうしたらいい。外は夜、加えて荒れ狂う猛吹雪。窓を開けて外に出たところで、逃げることはできるかもしれないが別の危険が牙を向けて立ちはだかっている。そもそも、厳重な三重の窓を悠長に一つ一つ開けていられるような余裕などない。ならば、この道をまっすぐ走り抜けるか。出入り口に向かって影に捕まらず逃げ切ることができるか。彼は速まる鼓動を胸に、なるべく冷静になれと自分に言い聞かせる。パニックになってはいけない。先程まで自分の歩いていた書庫の道を本棚の配置を頭の中に描け。最初来てから、この机に至るまでの道順、方向。思い出せ。組み立てるんだ。  ――塵如きが神体に触れるなど、余計な知識を与えるなど、決して許されぬ。  神体? なんの話だろうか。  惑わせられてはならない、耳を傾けてはならないと思いつつも自然と柊の思考は傾いていく。だが、塵という単語が自分を指しているのは流れで汲み取れたが、そうなれば自分が触れたという神体というのは、人間とは相容れぬ存在であろう存在というのは、まさか。  ――身を以てその愚行を恥ずべし。 「待て! 麦が……麦が神様って、どういうことだ!?」  思い当たった答えはほぼ確信。しかし麦という幼い少女と神の称号はあまりにも彼には不釣り合いなように思われ、当たって砕けろとも言わんばかりに叫んでいた。同時に、自分を殺そうとする相手を引き留める、時間稼ぎでもあった。なんでもいい、生き延びるために、崖に手で掴まっているようなぎりぎりの状態を少しでも延ばすしかない。 「麦……麦は……」  狼狽えた声で、場を繋ごうとする。その最中、彼の中で渦巻いていたものがゆっくりと顔を出す。短時間にして、麦と、麦の家に対する抱いた謎、疑念。これは、この声は、恐らくこの家の鍵となる何か。麦を取り巻く異変の理由を知る何か。いや、もしかしたら、真実そのもの。そう考えたら、止まらなくなる。  自身の記憶には無くとも、彼は、元来好奇心に魅せられると、夢中になって身を捧げる性をもっていた。純粋な、真実への拘り。それが柊という魂の性であり、本質であった。自分で気付かぬほど既に柊自身がひどく歪んでいても、揺らぐことなく彼の中に在り続けていた。  それが彼を、突き動かしていく。 「というか、麦はどうしてこんな人里離れた雪原に住んでいるんだ。たった一人で、あんなに小さい子供がどうして生活できている」 「外に出たことがないというのに、どうして切らすことなく食べ物が用意されているんだ」 「汚い話だけど、便所も無かった。風呂も無い。居間と、寝室と、この書庫。この家自体、広い割に生活するには決定的に欠けている」 「どこから電気が通っている。どうして暖炉の炎は消えない」 「一生かかっても読み切れないだろう大量の本は、一体誰が、どうやってここに押し込めたんだ」 「麦はこの家からどうして外に出たことがないんだ」 「一体ここはなんなんだ。麦は一体――なんなんだ」  柊の口からは、短時間にして溢れ出てきた疑問――この空間、麦の世界の歪みを問う言葉が自然と溢れ出ていた。おかしい。何もかもが、おかしい。得体の知れない、理由が見えない歪に柊は気付かぬはずが無かった。ただそれを、麦に直接言及することが躊躇われただけで。  歯を食い縛り、影の返答を持つ。その沈黙が、切迫した環境下にある彼には異様に長く感じられた。  ――神は、此処に存在している、其れこそが力。其れこそが世界。  ――外界に触れること、あってはならない。他に意志を向けてはならない。  静寂。  まともな返答にもなっていない。ただぼやかしているだけ。 『麦』が彼の手から滑り落ちる。挿まれていた栞は衝撃のままに飛び出し絨毯の上に転がり、乱雑に開かれたまま本は静止する。未だ止まらない嗤い声と誰とも知らぬ低い声を遮る音は、絨毯でも吸収しきれない。  柊の拳は震えていた。恐怖とは異質の、胸の奥から競り上がってくるどろどろと混濁した感情だった。麦の淹れてくれた心も体も温まるハーブティーの味が、ふんわりと甘い卵焼きの味が、まだ口の中に残っている。ハロウィンの話を身を前のめりにして耳を傾けている映像はまだ新しい。外に出ようと試しに誘ってみたものの、拒絶と共に苦しげに歪めた表情は切実で、痛みが直に伝わってくるようだった。あまりにも軽い身体を持ち上げた時の感覚は忘れない。自分の名前を何度も何度も呼ぶ、嬉しそうに呼ぶ、その声が、耳に残っている。最後に見せた精一杯の微笑みが、目に焼き付いて離れない。麦は良い子だった。可愛らしく愛らしい、不器用な女の子だった。吹雪で荒んだ自分の体と心を一瞬で溶かしてしまう、そんな力があった。  彼女は何か理不尽なものに捕われているのではないのだろうか。ここに閉じ込められ、それに本人すら気が付かぬまま、時を過ごしている。この家で彼女を見張る、この得体の知れない影が、彼女を縛っているのではないだろうか。  だとしたら、なんて歪みだろう。 「そんなの、間違っている」  正しさを望む柊は断言した。影を真っ向から否定した。 「外を知ってはいけない? そんなの、ただの監禁じゃないか。あんな小さな女の子を閉じ込めて、一体どうしようっていうんだ」  ――つい先程迷い込んできた歪み如きが、解ったような口をきくか。貴様は何も理解していない。実に愚かしい。 「何が理解だ。そっちの都合なんて最初から解ってやるつもりもない」  ――余程魅せられ心を奪われたか……仮にも魔除けの力を持つ名を持っているというのに。貴様のような者の身勝手な甘言が神体を壊すことに繋がるとも知らないで、平和なことよ。 「壊す……? 麦を苦しめているのは、あの子の世界を歪めているのは、お前達だろう!?」  ――嗚呼、実に憐れ。強情は若さ故か。貴様の言うかの苦しみは貴様等のような者が生み出すのだと、解らぬとは。  影の声が明らかに増幅し、苛立ちを部屋中に吹雪の如く降り注いだ。  本棚から溢れる影の成長速度が突如加速する。恐怖が一抹も無いというわけではない。だが、柊の中にある柊の正義が、勇気が、怒りが、拘りが、彼を奮い立たせる。怖がってはいけない。麦を連れて今すぐにでもここから出ていこう。外の世界に連れ出そう。一刻も早く、彼女を呪縛から解き放たないと。こんな危険で歪な場所に彼女一人を置いていけるはずがない。  柊は遂に走り出した。頭に描き抜いた地図を信じ、唯一の光源である背後の窓から離れ、真っ赤な絨毯を勢いよく蹴り、真っ直ぐ本棚と本棚の間の道を抜けていく。瞬間、見逃すはずもなく影が彼を掴みとろうと一気に手を伸ばす。彼は自分の中から湧き出てくる力に驚きすら感じていた。今なら全てを弾き飛ばせそうだった。肌に一瞬で鳥肌を立たせるような気味の悪い影が触れようとしても、まるで何かが柊を守っているかのように弾き返す。擦り抜けていく。行ける。逃げ切る。逃げ切って、麦のあの細い手をとる。この家を飛び出て、彼女を解放する。きっとそのために自分はここに迷い込んできたのだ。  途中で道を左に曲がる。そして真っ直ぐいけば出入り口が待っている。鍵がかけられるような仕組みにはなっていなかったはず。このまま突入するのみ。この書庫から出ることさえできれば、恐らく勝ち。  しかしその直後のことだ。彼のその数歩先で、とてつもない雪崩れが転がり込んできたかのような壮絶な音が響いた。柊は目を見開き、急ブレーキをかけた。暗闇の中でも分かる。あまりに背の高い本棚に詰め込まれた大小色とりどりの本が濁流の如く彼の前で転がり落ちたのだ。いっちゃだめ、いっちゃだめ。そう言っているかのように。茫然とその様子を柊の瞳は捉える。彼は大量の本が無造作に積み重なっていく様子を見守る他無かった。彼女の拠り所である本ですら敵と化すのか。文字通り本の山に行く手を一瞬で阻まれた柊に残されるのは、勇気でも、怒りでも、恐怖でもなく、何も無くなり、絶望が顔を出す。  動揺は停止を呼んだ。柊の思考は鈍り、その隙に彼の身体を掬うように影が纏わりついてきた。我に返りそれを解こうと身を振るった柊だったが、次々に容赦なく襲い掛かってくる影の布は、最早小さな彼ひとりで対処できるレベルを超えていた。柊を守っていた何かは、もう息を引き取ったかのように機能しない。隙間無く柊を蝕もうとするように影は巻き付いていく。豪速で体中の隙間から柊の体内に侵入して、息の音を止めていく。筋肉は痙攣して、ぴくりとも動けなくなる。形すら残すまいとするように、外から内から喰われていく。黒に蝕まれていく。暗闇に取り込まれていく。影に成り果てていく。  圧倒的な力を前に、成す術もない。  声は聞こえない。  在るのは、沈黙のみ。
 四
 朝。麦は平凡な一日の始まりに、すぐに異変を察知した。  彼が居ない。昨夜ここに訪れた、柊が居ない。本来なら柊の方が異変であったはずなのに、麦にとっては今のこの状況の方が非日常であるかのようだった。  いつもと変わらないはずの居間はやけに静かだった。やはり柊の姿は見当たらない。まるで昨夜のことが全て物語のように架空の世界で、自分の妄想が創り出した嘘の産物のように思えたが、それにしてはあまりにも実感として強く彼女の中に残っている。彼の声も彼の力強い腕も、麦自身がよく覚えている。麦は真ん中のテーブルに目を留め、唾を呑んだ。二つのティーカップと小皿。嘘なんかじゃない。確かに柊はここに居た。ここでハーブティーを飲み、卵焼きを食べたんだ。美味しいって何度も笑ってくれたんだ。  柊の姿を求めて、彼女はこの家のもう一つの部屋である書庫へと向かった。黄金の光に照らされた本の森は、いつものように高さの揃っていないまま佇んでいる。日常そのものの形を保っている。歩いて見回ってみたものの、柊の姿は塵も見当たらない。読書の定位置である机の近くまでいくと、ふと外の吹雪が止んでいることに気が付いた。吹雪がやんだら出ていくと言っていた。もしかしたら、直接別れを告げるのが気恥ずかしくて、麦に何も言わずに勝手に出ていったのかもしれない。今まで読んできた文章の中で、あのくらいの年頃の男性がそうやって一人で旅に出ていこうとする描写があった。所詮、数時間だけの付き合いだ。そのくらい呆気ないものでも仕方が無いかもしれない。けれど麦は淋しかった。……そう、とても、淋しかった。彼女は自分で自分に驚愕する。そうか、これが淋しいという感覚なんだ。理解し、痛む胸を手で押さえる。柊は、ひどい。私を置いて、さっさとどこかに行ってしまった。もっと沢山お話をしたかったのに。もっと一緒に居たかったのに。  と、麦は足元に『麦』が落ちていることに気が付いた。栞が飛び出して、どこまで読んだか分からなくなってしまっている。そっと拾い上げてぱらぱらとページを捲るものの、まるで情報が頭に入ってこない。こんな感覚は抱いたことがなかった。こんな風に文字をぞんざいに扱ったことは、一度も無かった。麦は『麦』を閉じる。栞を机の上に置き去りにして、出入り口へと向かった。『麦』を取ったときと同じように本を脇に挟んで、ハシゴを移動させる。頭痛からは解放されていたが、身体がやたらと怠い。のろのろととある本棚に立てかける。それは『麦』の入っていた棚だった。読み切っていないが、とても今は続きを読もうと思う気分じゃなかった。どんなに難易度の高い本でも辞書を駆使して何日もかけて読破するのが信条であったのに、それを覆す行為である。この二日で、彼女にはあまりにも「初めて」が多すぎた。きっと麦は自分の心を制御できないでいるのだろう。  ハシゴを一段ずつ登っていく。自分の体重に震えるハシゴを伝い、確実に上へと向かっていく。麦の瞳はぼんやりとしていて、何かをきっかけに落ちてしまいそうな足取りだった。やがて『麦』があったところまできて、彼女は蜂蜜色のその本を適当に戻した。ごめんね。彼女は謝るしかなかった。ごめんね、ごめんね。なんだか涙が出てきそうだった。経験したことのない感情、途中で投げ出してしまった後ろめたさ、柊の声。いろんなものが彼女の中で渦巻いて、いつもなら耳に届いてくる本の声もそっぽを向いたかのように聞こえなくて、まったく訳が分からなくなる。  彼女はまた少しずつ降りていく。  荷物が無い分、帰りの方が楽だ。  それで視界が広がっていたのだろうか、彼女の目に、とある蜂蜜色のハードカバーが映る。  テンポ良く動かしていた足を彼女はふと止めた。  その本から目を離せなくなった。心が奪われてしまった。  題名を――『柊』。  著者名は、無し。  麦は無意識に手を伸ばしていた。そうすれば、届く距離だった。  指先に本が触れる。古くなった『麦』と違って、まだ真新しい触感だった。それを引き抜こうと、体重を寄せる。  バランスが崩れる。  身体が空中に投げ出される。  油断をすれば、足を掬われる。  本と共に、『柊』と共に、落ちていく。
 赤毛が更に紅く染まっている。色鮮やかな赤ずきんを被っているように頭は真っ赤。頭だけじゃない、全身が強く打ちつけられ、止めどなく血が彼女の体から抜けていく。  真っ赤な絨毯とまったく同じ色。  柔らかな毛は麦の鮮血を吸っていく。色は上塗りされていく。
 書庫に潜むそれは思った。  ――嗚呼、これで、幾度目だろうか。  と。
『柊』から影が伸びる。  優しく、柔らかく、彼女を抱きしめた。
 五
 朝。女の子は目を覚ました。  彼女は毎日読書をしていた。居間に並列している図書館のような書庫は、天井まで突き抜けんとする本棚がいくつも並んでいて、その一つ一つに本が所狭しと並んでいる。無数にある物語に身を委ねるのが好きだった。彼女はそれだけで満足できた。他には何も望んでいないし、望もうともしていない。ただ、目の前にある、この大量の書物を読み進めていくことこそ、生き甲斐そのものだった。  ずっと読み続けてもきっと永遠に読み切ることができないその本の森が、彼女を縛り続ける。彼女をここに留まらせ続ける。
 ここに存在することこそが力。ここに留まることで、世界を保つことができる神様。外へ出ていけば、世界は消えてしまう。同時に神様も消えてしまう。神様が世界であり、世界は神様そのもの。だから���彼女はここに生きる。害をなす可能性は全て淘汰された世界で、自分でも理解せぬままにページをめくる。たとえ死んでも、また生まれる、神様の入った仮初めの身体で。  そうして世界は永遠に保たれるのだ。
 歪んでる、それが正しい、あの子の世界。
 歪んでも、それに気付かぬ、あの子の世界。
 彼女は今日もその世界で、本を読む。
 了
お題:本の高さが揃ってない本棚、ハーブティー、卵焼き、ハシゴ、ハロウィン、赤ずきん
作成:2014年10月
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kurenai-rosei · 3 years
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『え』(過去作)
※2013年ごろに書いた作品だった気がします。
「この後、あいてませんか?」
 私は小さく驚きの声を上げた。生まれて初めての体験だ。本当に、この世にはこんなセリフがあったのだ。そして、こんな声をかけられる機会が、自分にもめぐってくるのだ。わからないものである。目にかかった髪を薬指で払う。
「まあ、今日は予定も立てていませんし、あいてはいますけど」
 今日は、というよりここにいる間の予定など全く立てていないのだが。傍の道路を、車がビュンビュンと飛ばしていくのが、視界の端でちらつく。
「じゃあこの辺り、案内させてください。露木さんも久々でしょうし。お邪魔でなければですが」
 悪気のない、人のよさそうな笑顔で彼は言った。別段私に断る理由がなくとも、断ろうと思えば断れるのだろう。しかし、断る気がない自分も確かに存在していた。白く皺のない調理服の襟と、黒くすっきりとしている前掛けへ目線を行ったり来たりさせながら、私はたくさんのことを考える、フリをしばらくしていた。そうしている間も、彼は体の後ろで手を組んでにこやかに私の返答を待っている。その姿が私には、結構効いた。自分が嫌いになる気も同時にしたけれど、このホテルは当たりだったとさえ思った。
  オーシャンフロントの、いいホテルがとれた。私が住んでいたころには無かった建物である。ホームページで見る限りでは、内装は旅館に近いようで、のんびり一人旅するにはよさそうだ。色が濃く、幅の広い砂浜の画像を見るだけでも、小さいころの記憶がよみがえる。小学校を出るまでは、よくこの海に出て遊んだものだ。思い出した父母の顔も、ずいぶん若々しい。髪形や服装は、ちょっと古臭いけど。
 今はもう、私も両親もあちらを離れて暮らしているから、帰省とは言えないかもしれないが、一度くらいは帰ろうと思っていた。前に計画したときには、機会を逃してしまったし。しかし、考えてみれば一人旅などほとんど初めてである。気分よく荷造りなどしているときにやっとそんなことに思い当たった。
ホテルに着いた時には、昼はとうに過ぎていた。ムラのない青空の真ん中に、黄色い太陽が地面に熱を落としている。生垣のわきを通って、自動ドアをくぐる。外のうだるような暑さとは打って変わって、ホテルに入ると寒いくらいにクーラーが効いていた。ロビーにある大きな窓の向こうには、手前にアスファルトの一本道、その奥には堤防越のビーチと海がどこまでも広がっていて、砂浜にはもうすでにかなりの人がいた。その様子は、昔とあまり変わらない。
「あの、予約していた露木です」
 フロントへ声をかける。汗をかいていた体が冷えてゆくのが心地いい。手荷物をゆっくりカーペットの上に置いた。その間に、フロントの若い男性から部屋の準備がまだであることを告げられた。チェックインは午後四時かららしい。
「え、ああ、はい」
 と、意味もなく相槌を打つ。そういえば、私はこちらに来て何をするのか全然考えていなかった。ホテルでぼーっとビーチでも眺めるつもりだったのだろうか。声を漏らしたこともあって、冷えたはずの顔が勝手に火照る。
「お荷物だけなら、こちらでお預かりできますが」
 ふと、足元に置いたネイビーのボストンバッグを見る。スカスカなはずだが、その割に重い。持ち手はねじれてボタンが外れている。
「いえ、大丈夫です。軽いですから」
 四時ごろまた来ます、と言って私はバッグを持ち上げた。フロントの発した素っ頓狂な声を背に、私はまた日差しの下へと出て行った。向かう場所は、とりあえず決めた。バッグ、やっぱり重い。
 ホテルから一番近いバス停に向かっていると、もうバスが到着しようとしていた。小走りでそこへ向かう。カンカン照りの歩道を行くと、潮風が緩く吹き抜けて、私の周りの空気を入れ替えた。この鼻をつくしょっぱい匂いも久々だ。バス越しに見えるのは、青々とした木が茂っている島。ターコイズの海から突き出るようにあるその島には、ぴんと張った糸のような橋が架かっている。またその向こうには美しい三角の、霞がかった山も見える。
バスへ乗り込むと、ビーチの反対側へ向かう便だからか、二、三人が座っているだけだった。後ろの方の席に座り、バッグを通路側の席へ置く。ドアが閉まり、車内アナウンスが次の停留所を告げる。目的地はそのもう少し先だ。出発したバスの揺れを体で受け止めながら、窓の外に目をやると、人々が砂浜で寝そべったり走り回ったり、海に出ているのが見える。潮で薄ら汚れたガラスを通して見ると、それが遠くにあるように感じてしまって、早く戻ってきたくてたまらなくなった。
 二十分ほどバスに揺られると、住宅が立ち並ぶ一帯にある停留所に着いた。運賃を機械に流し込み、側溝と歩道の間に降り立った。右手には、ボストンバッグの持ち手が食い込んでいる。目線を上げた先は、懐かしい道だ。重たい体でそこをゆっくりと歩く。夏の海の湿り気を含んだ空気も、少し離れた海から漂う砂の匂いも、褪せた色の屋根とアンテナのあみだくじみたいな光景も、記憶とぴったり合っていく。次の角を曲がれば、三軒ずつ家が両脇に並んでいて、一本道をはさんで左手にはクリーニング屋があるはず。そしてそのクリーニング屋の斜向かいに、私が育った家がある。当然、今はもう別の人が住んでいるだろうが、せっかくここまで来たのだから、見ておいてもいいだろうと思った。
 角にたどり着き、曲がる。目線の先には茶色い壁が断続的に続いている。その先には、できるだけ目をやらないようにしていた。しかし、でも、やっぱり見えてしまう。見たことのない景色には、自然と意識が向いてしまうのだ。私の家があったはずの場所にはもう、見慣れた白壁も木の門扉もコンクリート塀も犬を飼っていた小さい庭も、何一つ見えない。二階建てという共通点だけを残して、すらりと建っている空色の家が二軒、そこにはあった。
踵を返す。サンダルの下で、砂がつぶれる音がした。私がバスでここまで来てしたことは、それだけだった。
 近くにあったそば屋に入って、ざるそばを食べた。空いた店内の端の四人席に一人座って、ぼーっと、ただただ麺をつゆにつけて、口へ運んだ。おいしいけど、しょっぱい。
 店を出て、時間を確認すると、二時半になろうとしていた。まだ全然時間が経っていない。考えた末、結局私はバスに乗って旅館に帰ることにした。本当に、何をしに来たのだか、わからない。
 ホテルの入口まで帰ってくると、あの大きな窓越しにこちらを窺う男性が目に付いた。すると私を待っていたかのようにこちらへ歩いてきた。自動ドアが開き、歩きながら男性が口を開く。
「どうも。失礼ですが、露木様はこちらのご出身でしょうか?」
 板前服を着たその男性は私と同じくらいの歳、三十歳そこそこと言ったところだろうか。低い声とおずおずとした物腰に、個人的な既視感を覚えたが、その男に対してではない。
「いえ、出身ではないですけど、だいぶ昔に住んではいました」
 言うと、男は途端に調子づいた声になった。
「じゃあ間違いなさそうですね。小学校は……」
と、聞き覚えのある学校の名をすらすらと言った。確かに、私が当時通っていた学校である。そのことを告げると、
「よかった。珍しい苗字なんで、そうじゃないかと思って。声かけて正解でした。僕、金子っていうんですが、覚えてませんか?」
 名前自体には、確かに聞き覚え、というか小学校の教室のどこかで見た覚えがあるような気がする。何年の時の先生だとか、組だとかを互いに照合する。
「ああ、なんとなく思い出したような」
「そりゃよかった。あの、それでですね……」
  到着した時よりも、少し曇った空の下、それと同じような色をした石畳の歩道を踏みしめて歩く。暑さも少しはましにはなったのだろうが、鼻の頭にじんわりと汗が浮いてくるのがわかる。バッグは相変わらず右手に持ったままだ。ホテルに預けるのも、金子に持ってもらうのも断った。堤防を越えて聞こえてくる波の音と喧騒が左耳を打っていることに意識を向けると、その暑さも少しは和らぐ。
「じゃあもうほんとに小学校卒業以来になりますか」
 金子は調理着から私服に着替えている。出勤時に着てきたのであろう、Tシャツと短パン姿である。案内するとは言っていたが、今のところホテル前とは反対側の歩道を二人で歩いて海を眺めているだけである。
「そうなりますね」
 小学校卒業以来、確かにここには訪れてはいない。訪れようとしたことは、何度かあったのだが。
「じゃあ、お懐かしいでしょう、昔よりは小ぎれいになってはいますけど」
 金子が、はは、と低く笑った声に、さざ波が重なる。
「ええ、ほんとに。海を見るのだって久々ですし」
私が住んでいたころより、高い建物が増えたことは予想していたが、実際来てみるとやはりずいぶんと様子が変わっている。なんというか、潮風に当てられて錆びた感じがしなくなった。
「島の方へはもう行かれましたか?」
「いえ……」
 島。あの海上に浮かんでいる小さな島には、実はあまり行ったことがない。かつてこちらへ移り住んできた初めのころに、家族で行ったきりだ。そのこともあって、以前来ようと計画していた時に、一番楽しみにしていた場所でもあった。一度行った時はすでにシーズンは過ぎており、島の中で開いている店も少なかったが、そこから見る海岸線は、今でも覚えている。人のいない黒い砂浜が帯になって、潮でさらに濃くなった砂が白波をせき止めて、その上に空を支える柱のように建物が連なっていた。
「じゃあどうです、車、出せますよ」
 突然の申し出は、彼の得意技なのだろうか。驚きつつも、私は自分でも意外なくらいにあっさりと頷いていた。
  助手席に座る私の眼前には黒いワンボックスカーと、その陰から見える島の木々が、フロントガラスに描かれているだけである。上空から見れば、色とりどりのタイルが白く縁どられて一列に長く伸びているのだろうが。
「すみません、夏休みなのをすっかり……」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
 島へ向かうには、海上にかかる一本橋を車で行くか、脇の歩道を歩くしかない。普段なら当然車で行くのが早いのだが、今はお盆の時期にあたる。海がメインの観光地には当然交通量も多く、この暑さの中、徒歩で島に向かうには相当の体力が必要になる。しばらくはこの渋滞の波に身をゆだねるしかなさそうだ。
「結構かかりそうだなぁ」
 タバコの臭いを消そうとする、消臭剤の頭の痛くなるようなハーブの香りが、寄りかかった座席にまでしみ込んでいる。他人の車に乗った時の臭いの違いというものは、体臭にちょっと似ている気がする。
二の腕のあたりにずっと当たっていたエアコンの冷気を、窓の方に向けた。それを見ていたのだろう、金子が空調の温度を上げ、その動作と一緒に、また口を開く。
「露木さん、今は、お一人で?」
「ええ、まあ」
 金子のほうを見ると、いたって静かな顔をしている。短い前髪の下にある柔らかそうな眉はピクリとも動かない。視線をずらして、後部座席に置いてあるボストンバッグを視界に入れると、少し目頭がきゅっとなる。さっきまで当たっていた冷風のせいか。
「少し前に、いろいろと」
 出来事は、一つだけだけど。ここに来ようという予定は、そのせいで崩れた。今度は反対側の窓のほうを見る。歩道の白い手すりの向こうに見えるのは、少しだけ薄墨を塗ったようにくすんでいる黒い砂浜。記憶にある海岸線とほとんど同じように弧を描いて、青い海を抱いている。
「すみません」
 金子は同じ顔のままそう返した。耳に入ったその言葉が何の意味も持たないように、こちらもすまし顔でいようと思った。
「いえ」
 窓越しに見るこの景色は、なんだか自分の目を通して見ている気がしない。時間も思いも取り出せないまま、上から自分で塗った、勝手に想った事や気にしたことだけが見えている気がする。残してきたと思っていた物は、層の下の方に埋もれたままなのだ。
「金子さん」
 もう一度金子のほうを見て、声をかける。応じるように、彼もこちらをみて、少し笑う。目元の控えめな感じは嫌いじゃない。金子越しに、暗い雲間から覗く陽光が海を照らしているのが見える。夏休みが混んでいることくらい、私だって知っているのだ。
「はい」
「島、やっぱいいです、今度一人で行きます」
「え」
運転席と助手席の間から手を伸ばして、バッグを引っ掴む。少し進みだした車の流れに、彼はあわてている。私は構わずドアを開けて、外の熱気と入れ替わるように車を出た。きっともうじき、後ろからクラクションが鳴る。その前に。
「バッグ、ホテルに預けてきます」
 ほっとけ、てめえ、と言う風に、ドアを強く閉めた。
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nextsummerraika · 6 years
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2017年ライナーノーツ
2017年更新分のライナーノーツです。
◆硝子戸とゆりの花の憧憬(http://privatter.net/p/2105450) おそカラ。診断メーカーさんの要請に従って書いたやつ。 雷火さんは手向けの花束を用意した日、実家の硝子戸の中、板張りの廊下でゆりの香りを嗅ぐきみがすごくきれいだった話をしてください。#さみしいなにかをかく shindanmaker.com/595943 短いですが割と耽美を目指した気がする(耽美とは) ◆土星の海の骨(http://privatter.net/p/2106602) カラおそ掌編。 診断メーカーさんの要請に従って書いたやつそのに。 衣子:さんは雨が十日続いた翌日の朝、熱水吹き上げるエンケラドゥスで手首の骨は案外飛び出ていると気がついたときの話をしてください。 #さみしいなにかをかく 温度の低い肌と、沸騰するような空気を書きたかった気がする。 ◆鼓膜に棲む神(http://privatter.net/p/2135447) マフィアおそ松と神父カラ松。おそカラ。 フォロワさまのお誕生日お祝いに、当時呟いていらしたネタを踏まえて書かせていただいたお話。とても調子よく(特に会話のノリが)書けたな~と思います。神父さんは多分、マフィアおそのよく知った男とは別人なんだろうなと思う。 BGM:People In The Box『ユリイカ』(余談ですが、先日ライブでこの曲のアウトロのよくわからないコーラス部分の歌詞が「hurry up to the hospital」であることに気付いてホワ~~~と思いました。ちょっと入手しづらい曲なのですがめちゃくちゃいいです) ◆明日のきみにやさしい歌を(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7769318) カラおその日記念、突発短編LOG。 普段あんまりやってない派生CPとかを書いた短編集。あと、自作で珍しくバズったヒラレス(『ふしぎなともだち』)の後日談も最後に書いたのでした。架羅ジャスと、マフィアカラおそが楽しかったな~と言う感じです。架羅ジャスの歳の差のある、楽曲提供ネタは掘り下げたいとおもいつつそのままになっている… ◆錆びた地図の国(http://privatter.net/p/2150483) 診断メーカーさんの要請に従って書いたやつ (衣子は地図地区の魔術師です。愛読書は錆びた本。軟派な性格で、闇を切り出した黒髪と青と金の瞳を持っています。パートナーは着飾ったマネキン。愛する人がいます。#図書の国) なんかずるずると3作も書いた上に、主人公の性別が不明というか雌雄どっちでもあるみたいなややこしい感じに。思ったよりするすると書けてよかったね。 ◆クレイジー フォー(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7869798)  観覧車のシーンが書きたくて始めたヒラOSO。たしか当初めちゃくちゃ短い文章で書いたときCPは逆で、OSOヒラ(おそカラ)だったはずなんですが、OSOくんに不感症という設定をつけたあたりからヒラOSOに変わらざるをえなかった。  ネタ帳を読み返していたら、ほんとはOSOくん失踪ENDを想定していたらしい(なおこの場合OSOくんは死にます)。生きててよかったね!OSOくん!つづきを書けるなら玄関フ○ックをやりたいなと思いながらなかなか手が付けられていません。  あと、観覧車の配置は御当地ネタなので、同地域になじみの深いフォロワ様がたには温かい突っ込みを入れていただきました。ありがとうございます。作中出てくるライブハウスのモデルはUM○DAシャ○グリ・ラと、U○EDAクラブクワ○ロの一階部分、A○ASOをイメージしていたと思います。 BGM:女王蜂『金星』 ◆花の降るまち(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7923459)  前述の「クレイジー フォー」とほぼ同時期に、並行して書いていたやつ。(まじで正反対のやつをやってた)  書き始めたきっかけはハナレグミとレキシのおじさんのライブに行たときに(たしか2016年末の事務所10周年記念ライブだと思う)『家族の風景』という曲を聴いたからです。夕暮れの台所でおしゃべりをするレン(その時彼に名前はまだなかったけど)とおそ松のシーンが浮かんで、そこから帰りの電車でウワーっとネタをツイッターに流していた気がする  なおコンセプトは「わかりやすい話を、わかりやすく書こう」でした。要するに、分かりやすく感動しやすい話、というのを一度ちゃんとやってみたかった(というと怒られそうなんですが、ずっと忌避していたことをもちいて書いたので、それ以外に形容の仕方がない)。でもいざやってみるとちゃんと感動できる話って難しいんだなとも実感しました。  あとこの話は成長過程による人称変化がやりたかったので意図的にそれをやっています(年中松の一人称変化のことを結構考えてた時期ともかぶってた)。レンの一人称形で進む物語なんですが、地の文の、幼少期の自称は「ぼく」、中学生以降は「僕」になり、反抗期を迎えて言葉が荒れると「おれ」という呼称が出てきます。二人称もしかり。荒れるレンに「あんた」と、おそ松兄さんのことを呼ばせたかった、みたいなのがある。  そして個人的な思い入れも詰め込んだんだよなっていうか、多い入れが強すぎていくらでも話せるんだ花の降るまちに関しては…。  ちなみにエピローグでレンが「蓮『太郎』」という名前を受けるのは、レンがカラおそにとっての長子である、という意味を込めていました。  5月家宝で同人誌にした際、追加エピソードをいくつか書いたんですが、とあるエピソードで「これ一松とレンがCPになるやん…」と思ったのを覚えている…。いやならなかったけど…。ならなかったけど、レン一レンだったな…と思います。 BGM:ハナレグミ『家族の風景』 大橋トリオ 『the day will come again』 ◆心臓は貫かれる歓喜を待っている(http://privatter.net/p/2246133)  マフィアカラおその首絞めセッ 掌編  首絞めと浴室というネタが好きなんだという、性癖を詰め込みまくった話。 ◆nightwalking is good(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8177922)     夜中のまちをぶらぶらと、夜明けまで散歩する長兄のお話です。  5月家宝で無配にして、あと3作昏い続けようと思っている短編なんですが、ずるずるとそのままになっている…。書きたい気持ちはあるんだ…。 ◆アンバーカラードシティ メランコリックVer.(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8367070) ◆アンバーカラードシティ マンダリンVer(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8367108)  カジノカラ松×チャイナおそ松。  ショートバージョン(メランコリックVer)と、一応完全版(マンダリンVer)。  くるりの『琥珀色の街、上海蟹の朝』を聴いていて思いついた話。旧疎開に住む殺し屋チャイナおそ松と、そこへ兄弟六人で強引に商売をねじ込んできた実業家のカジノカラ松とのなんやかんやというネタでした。上海蟹を食わせてやるおそ松と、まるで自身の墓標みたいな高級ホテルで死ぬことを画策するカラ松の交情を書きたかったです。 BGM:くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』 ◆スウィートファミリーレコード(http://privatter.net/p/2450634)  オメガバースというものをほとんど書いたことがないのですが、珍しくやってみようという気になった話。カラおそなのか、おそカラなのか濁して書きました。べつにどっちでもいいかな、と思って…。  ものすごい分かり辛いんですが、オメガバ長兄の間にできた、堕胎されたふたご視点の話でした。誰得なのこの話…。 BGM:People In The Box『JFK空港』(そもそもこの曲のイメージがかなり強い) ◆OUR BLUE(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8374719)  架羅OSO R18 オフ本。  6月大阪家宝で出したやつです。R18と銘打っていますが「丁寧な前戯では…?」とわたしの中でもっぱら話題に。光のR18をコンセプトにしていました。  血縁のカラおそはラブラブにはできないが、他人同士のカラおそはラブラブにしてよい、という個人的な線引きがあり、これは他人設定なのでラブラブにしてよいほうのカラおそです。webでこの話をアップしたくないという一心で本にしました。それなりにお気に入りで、まだ在庫もあるんですが今後松のイベントどこで出るかわかんないから持て余し気味である。 BGM:雨のパレード『feel』、Ballon at dawn『Our Blue』 ◆レイニーブルーはつづきの夢(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8461548)  カラおそコインランドリーアンソロさまへの寄稿作。  雨の話も、はつこいの話も書くのが好きなので楽しく書かせていただきました。会話文にめちゃくちゃ気を使った思い出があります。(兄弟であることをかなり意識していた) ◆ロンググッドバイ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8534636)  ひさびさのOP作品。  ドレスローザ編の後、いろいろ落ち着いた世界線でのお話。お盆の時期に、コラさんの礼が戻ってくることがあるかもしれないな、と思って書きました。作中の描写に関しては、スーフィーのダンスとかを若干モデルにしてはいるんですが、適当なので…。アッ石は投げないで…。  ローくんにおいては、あとはクルーと自分の命を大切にして、のんびり生きてくれないかな、と思っています。あんまりおもいつめるんじゃないよ。  ちなみにこんなタイトルつけてますがわたしはチャンドラー未読です。 ◆真夏のレプリカ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8576973)  カラおそ。っていっていいのか微妙なんですけど、カラおそです。  タチアオイの花の唐突さがおそ松に似ている、というイメージから書いた話。おそ松の死後の世界で、花の精となったまぼろしの少年と、30代のカラ松のグダグダした交情…という完全に趣味が煮詰まってる話だったな、と思います。このあたりからえろをフヮ~~~~としか書けなくなっている感じがある…。  あまりに読む人を選ぶ話でしたが、ブクマやいいねしてくださった方には感謝しかない…。 BGM:People In The Box『親愛なるニュートン街の』(この曲は定期的にどのジャンルでもテーマにしているので好きなんだろうなと思います) ◆いのりの果てにて君を待つ(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8715331)  妖怪・転生松。烏天狗カラ松と、天孤おそ松を中心とした、平安エセファンタジー。という誰得物語でした。まじで、本になって、よかったと思います。(力強く句点を打つ)  もともと、序章のみを遊びのように書いていて、これで話を作るならこんなプロットだな~…と楽しく妄想していたものを、なぜか本にしてみよう、というところから発生した、とんでもお気楽企画だったはずなのにどうしてこうなった(最終八万字ちかくまで書いた)。  物語を構築することの難しさと、自分の勉強不足と、力なさを、存分に味わい、終盤ほぼ涙目で校正して入稿した味わい深い作品です。とにかく登場人物(オリジナルキャラを含め)が今まで比べて段違いに多いのと、メインストーリーが3本くらい交錯していて、その処理に困った。長編を書くには長編の書き方の訓練が必要だな、と思いました。もう二度と書くか、と思いましたが、機会があればこのスケールの話は書いてみたいです。(どM)  悪いところだけでなく、個人的によかったところは、カタルシス部分(というのか、大団円というのかユーカタストロフィというのか)のところはめちゃくちゃ気持ちよく書けたな…、というあたりですかね…。筆はのっている。すごいのっている。  全体として「もっとおれに力があればこの話はもっと面白くなったのに…」みたいな、後悔が尽きない話でもあります。  へこんだけど、次をがんばろうと思えた、貴重なお話でした。  あ、そうだ、エンディングにはこっこさんの楽園を聴いてほしい作品でもあります。【空が落ちてだって、青が焦げちまって、切っ先に、宅即はなくて、時が過ぎるだけ、傍にいて。】という歌詞に、かなり影響されていると思います。 BGM:高木正勝『山咲き唄』『あおはる』『花風―暮れつ方』mol-74『hazel』『light』宇多田ヒカル『FINAL DISTANCE』Cocco『楽園』
◆forget me not(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8740828)  ハイローにはまって、二作目、かな?  スモーキーと雨宮広斗の友人シリーズです。  2016年、金ロー版レッドレインに阿鼻叫喚の地獄絵図となったTLから興味をもち、劇場に足を運んだEOS。その後、勢いで円盤を買ったThe MOVIEとレッドレイン、背中合わせのさんさんめヴォーカリストと、村を焼かれた窪田正孝…………  まあ、こんなことになるとは、誰もわからなかったですよね。  わたしだってこんなドシャメシャになると思ってなかったんだからな!!!!!!  というかんじです。みんな、ハイローを見るんだ。あらゆるガバガバな設定に突っ込みを入れながらも、自身の推しがいつの間にか発生している不思議な事態にあなたもまた、脳味噌が焼かれる………!  ドラマ版で、よくはわからないまま放置されている謎鉱石がある問う話を聞いて(当時ドラマ版は見てなかった)、書いた話なのですが、まさかFMであんなことになると思わないじゃないですか。あんなことになった上に、パンフレットの演者さんたちのコメント、あんなことになるとおもわないじゃないですか、わたしだって想定外だよ。という話でした。 ともだちやってる、広斗くんとスモーキーはどこかの世界にいると思います。 ◆Iron biotope(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8886521)  広斗くんとスモーキーの友達シリーズ二作目。  スモーキーの死生観のお話。  FMを見る前に(というか公式のスモーキーの死生観を知る前に)、どうしても自分で整理して書いておきたかったやつ。でもやっぱり、公式の強さはすごかったよ…。  スモーキーというひとのことを考える時、弱音やネガティブなことを誰に対して吐くことができただろう、ということを考えます。たぶん、あまり他者にそういう話をしなかったんじゃないかな。自分にかけられた期待のことを知っていればなおさら。雨宮広斗という人間は、スモーキーにとって、自然現象というか、まったく、自身や無名街にとっては関わりのない「最強の権化」みたいな人間で、庇護の対象でも自分たちに危機をもたらすものでもなかった、というあたりが、フラットに付き合える要因だったのではないかと思います。自分と対等、あるいはそれ以上の存在。だからこそ、告げられた本音があるのでは、と。スモーキーは、あの街で生きたからこそ、生きることの厳しさ、優しさを知っているひとだと、そう、思いたいです。  なお、かれらの会話の中の元ネタは、岩井俊二監督の『ヴァンパイア』から。蒼井優演じるミナに対して、主人公が語りかける言葉をもとにしています。  【総括】  オフ本を当社比たくさん出した(というか、はじめて出した)年でした。  本をつくるということは、いろんな選択肢があってめっちゃまような~いろいろためしてみたいな~とおもった一年でした。装丁とかデザインとか、全然わからないまま駆け抜けた一年だったので、今年はオフ活動することがあれば、装丁デザイン勉強したい。  2016年末の抱負は「えろと和解する」だったんですが、官能表現と自分の書きたいものの齟齬の間でだいぶ悩み、結局、フワヮ~~~~と書く方向へ舵を切りましたが、もうしょうがないかな、とも思います。物語の要請と、自分の萌えの折衝点がそのあたりにあったんだろう、えろいのは書きたくなったときにがんばりゃいいか、という結論に達しました。 2018年は、引き続き長い文章をだれずに書くということ、コンスタントに作品をアップすることを目標に頑張りたいと思います…。 
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ashigaipppaiaru · 6 years
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2017年の歌
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outburntashes · 4 years
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dearest
KIMETSU NO YAIBA - DEAREST D.
  畢業典禮前一天──比較明確的判別是「畢業典禮前一天傍晚」──被同事的宇髓和煉獄一左一右架去喝酒,然後獲知自己被分手?……自己能否更加困惑?完全不明白為何後來加入飯局的不死川和伊黑也是煞有其事地那麼說,而且不僅主動自願與他同桌,甚至還溫情地告訴他「不需要太難過」?難道是因為在場所有人的腦袋都灌滿了酒精、全部神智不清,所以才會胡言亂語和妄想幻聽……猛然察覺自己半夢半醒?歪七扭八地伏倒在玄關、頭下腳上地跌趴於水泥表面與原木地板,渾身抽疼、整個人僵硬,勉強地側轉臉面、不然、差一點、就要窒息……真是好不容易,才順暢換氣。尚未確切地感知手腳,因為動不了,所以只好……好,既然動不了,那麼也僅能夠癱著嘗試運用腦力思考──追根究柢,似乎只要與她有所關係,自己都會相當吃虧?而且總是變得非常狼狽?   為何?   又是怎麼發生的?   起初……就是一場誤會所導致的衝突?例行的服裝儀容檢查。在校門口前將她以及香奈惠攔下──認為髮飾違反了校規,也離奇為什麼男中學生卻效仿女高中生綁繫著蝴蝶?──當時才剛到職的自己並不曉得那是名列校園風雲人物的胡蝶姊妹,有關忍的第一印象則是錯覺;新任體育老師富岡義勇在開學首日就變成了「對於女學生想入非非的癡漢」……那是後續諸多流言的開端。   如果仍然可以辯駁(假設辯駁尚有效果?)──彷彿又聽見盡是惡作劇意味的「唔嗯,不過、富岡老師這樣子笨拙的男人,可能還是會被討厭喔!」──那麼他必須論說自己真是理解出錯?畢竟,中學一年級的忍確實像個小男生……;他搞不懂,為什麼後來持續了六年的「友善互動(自己單方面承受各式各樣的捉弄)」?更是不明白,「老師被學生頑耍」如何成為「師生愛戀」的由來……   『吶、富岡老師不願意與我和睦相處嗎?』進入高等部就讀,忍首先就是過來展現所穿著的女高中生西式制服──   『……問題並非願意不願意。』他注視著自己任教三年下來每天都會看見的鬼滅學園高等部女學生制式衣物,著實不清楚──她這是希望獲取許可?還是想要確定是否符合規則?或者?──想不通……分明就是相同的服裝(胡蝶姊妹也是類似的長相),怎麼會顯得異樣?並非不可愛,而是他自己覺得詭怪……腸胃突然蠕動加快、   『您肚子餓了嗎?』個頭嬌小、動作也輕巧──他才眨個眼,她就來到了面前──略為神秘、極度淘氣。   『……』是嗎?是吧?他沒有回答。伸手按向腹部。指掌卻不僅觸覺到咕嚕咕嚕……噗咚噗咚絕非飢腸轆轆。   『我給您準備了便當喔!可是富岡老師必須先乖巧地等候──』她的嘴唇湊近他的耳朵;她對他輕聲細語地敘說:『敬請期待午休。』   接下來三年。假日與週末之外的每一天。   不只提供午飯,還有陪同用餐。   無從得知何時開始四散謠傳,直到被同事調侃、被校長約談,他才發現自己如此習慣?她的微笑、她的嬉鬧、她的調戲、她的料理,忍的廚藝精妙,總是讓他的胃口極佳,唯獨鮭魚蘿蔔的菜餚……烹飪得很差?   『您要滿懷感謝地吃掉。下一次我才可能做得更好。』她的指尖觸碰他的唇角──她將他遺落於嘴邊的飯粒一一挑掉、   ──下一次?   恐怕沒有下一次。   兩人共處的時間──即使並未消失──卻終究會改變。原來……所謂的「被分手」就是他們其中一人的離開?如果忍不主動出現,那麼他與她也沒有可能再次相見。畢業、升學、多層意義的完結──「振作一點!未免也太難堪?算什麼男子漢!?」──忽然就記得錆兔所說的?一定是由於臉頰被壓痛了!自己果真應該回嘴,儘管必然遭受責備……不過錆兔與他似乎處在兩種不相同的情狀?錆兔自認不完美也不足以匹配最珍愛的女人;至於他……或許正在領悟真菰姊姊的看法?──「你們男孩子對於戀慕沒有嚮往,卻會自行揣測愛情的模樣,憑藉膽量,老是逞強、冒險受傷、」──一旦遭遇了問題,又要如何處理?難道不是「只能夠拚命練習」……的確。費解。被蔦子姊姊形容為死腦筋、缺乏了少女心。可是即將三十歲的老男人怎麼擁有少女心?   一個翻轉。大字仰躺、凝視天花板、混亂感想──基於教職人員的身分、責任,典禮……他得要出席、前去道謝與告別──乾脆入睡、等待天黑、變成被夜色所掩護的膽小鬼、對不對?對?不對?不對,傍晚才不是明亮的氛圍!?連滾帶爬!掙扎!從棄置於角落的左腳布鞋內的棉襪之中摸找到他的手機──系統顯示快要沒有電力、螢幕湧現語音和文字的訊息──立刻證實自己喪失了昨晚與今天。腦海一片空白。震愕。才後知後覺門鈴正叮咚叮咚叮咚地作響著……   「我知道您在家。麻煩趕快過來應門好嗎?」禮貌的懇請……所給予的印象則是不容許質疑的命令。   他本能反射地把門打開──   過於意外。自己腦海又是一片空白。   「您還活著。幸好呢。」穿著高等部的制服、捧拿畢業生的花束,忍是這麼美好,優雅地走向他的懷抱(只要伸出雙手,就可以互相擁摟):「打擾了。」   感覺……面臨威脅?剎那之餘,充滿猶豫、憂慮和恐懼,難以應對,下意識地後退、   「富岡老師,我畢業了。」低頭、嗅聞花香,可是一雙深邃的眼眸……她沒有游移目光。   「啊啊、」彷彿缺氧;因為這是真相,所以再堅強都無能抵擋……──她比他更果敢,一派輕鬆又從容地蒞臨施予某種了斷?──毋須幻想,他肯定她會邂逅最合宜的對象、正式地交往、成為新娘、   她突如其來地拋扔捧花──他手忙腳亂地企圖攏抓、一不留意?就被撲倒於地!──忍跨騎著他的腹部,以指節去撫碰他的臉龐、去描摩他的耳脖與鎖骨,以掌心去按壓他的胸膛、去接觸他的脈搏與溫度……彼此之間,飄散花瓣、葉片──浪漫又淒慘?──她告訴他:「吶、義勇先生也和我一起畢業吧!」   「啊?」富岡義勇才體認到胡蝶忍是多麼囂張地漂亮?早已經投降,他為她而失去了自己的心臟。 ashes × 《鬼滅之刃》衍生文字創作。原著漫畫參照。平行宇宙設定。角色出格留意。 鬼滅學園師生引用。年齡差距修正。 差點變成魔法師的義勇順利童貞畢業成為新郎。以上。
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karasutosagi · 3 months
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みたされたすべてが真直ぐだった
 弧を描いて塞ぐ   白地に光を無駄に注ぎ褪せるまで。  新天地から口移しで  呂律を絡ませ捌いている。なにも  なにもかも、嘘つきだから   あやとりしながら手拍子して  作為的な二枚舌で覆いかぶせるように  責め立ててしまえるのだ  艷とも違うゲストハウスの差し込むあかりは寸刻。まどべをとおくならべる女の単調な日々は、未来が見えるもの。果実は、蕃茄とも苹果とも違う平織りにのせられ臈長けた曲線を絹と背く。ほつしたようみぞをさらせる、その火花がどうした。茎と華が半ばにうかがえるが、風を纏っていたかどうかゆくさきを偲ばせる。  まだ時間はルーズなまま、の知らないことを、重なるすべてが雪崩を起こす前に、盗撮を施した、夢から褪めた古書を開く。  巻紙を焦がし蝋燭を吹き消し今朝を串刺しにした廃墟で、私達には兄妹にはならない、異郷のメロディーを耳に敷いた、指で包容する。  凹んだ空き缶に吸い殻を寝かせ、烟った督促状が現実に引き戻して、また明日のことをおもった。満月も見えないのに明るすぎる未来に幸福と逝くさきの区別がつかなくなるが、思案に下るだけで腑に落ちず胸に手を当てただけで何故か痛むから、  腐りきったあとでやはり命を感じられた、その華華は今々と、糸と針を回している。  やはり、塒  聞こえてきたアナグラムのやがては昏く。真夏の大輪をなんと示そうか、闇雲に鉱泉が、いつの日にか身を投げ出した。  廃道なんだよ、この袋小路に目を凝らせば、蜉蝣が踊っている。  月下美人の蕾をもう何日も眺めている。閉じ込めた鳥籠に吹き込むことのない雨ざらしが錆び塗れ沈みている、滑稽な風采こそ、雄大で有形に憶えてる。  ため息のカタチは様々にある。  星がまた、いない いない。一律には梅雨 細字の秒端、ほど、見晴らしのいい好感だけが、または梢の折れた新緑と設けれる。サンプルでもアンプルでも、一匙 見捨てたのか。つちくれにこさえた是等コラージュだが、大理石の暖炉にでも掲げて置いておくことにする。  揺り籠から墓場までと書かれた名前が独り歩きした、うろうろと螺旋を描いて、そして、それだけの集合知が娯楽街から病棟まで、ウミユリとつらなく。  減速した残響が 残り香がそれで採光窓を明けて  何処か結わえた海路の、その昔日を流れていった  そうだな、森を抜ければ橋が架かる。万彩の虚空が地を侵している。胸の内だろうこんなの。けれど連日のうつせみが焦がしている。ステロタイプの仮面が陳腐なストーリーを微笑いながら見やるときに。バターとパンと質素なスープを前に、モニターにうつされたポップカルチャーと転覆する泥舟をおおった。  ――すべて同じ靑昊だ  2023-08-18
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kachoushi · 2 years
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各地句会報
花鳥誌 令和4年9月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和4年6月2日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句
愛猫の裏声しきり猫の恋 喜代子 吾が枕かすかに匂ふ梅雨の夜 都 忘られぬ都忘れの名も色も 同 君待ちていつもの位置に置く円座 同 夏至の日の夕日急がず海に落つ 同 雨上る藍より青き四葩かな 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月4日 零の会 坊城俊樹選 特選句
老頭児の浜灼けさらし雲の峰 順子 サンドレスのボタン外して眠りをり 和子 又ひとつ汽笛と薔薇の香を混ぜて 三郎 海風に揺れて売らるるあつぱつぱ 光子 夏暖炉婦人の長き留守を待つ 慶月 又違ふ汐風と薔薇の香りと 三郎 もう薔薇は厭きたと銀髪の女 千種 開港の跡ことごとく薔薇として 同 ロザリオを石のクルスに掛くる夏 炳子
岡田順子選 特選句
枇杷のなるフランス軍の駐屯地 きみよ 又ひとつ汽笛と薔薇の香を混ぜて 三郎 丸窓を過ぎるマダムの夏帽子 眞理子 乳母車より乗り出してあぢさゐへ 光子 十字架と昼を沈めて夏の蝶 和子 麦秋の港から来る貨物船 いづみ 海風を拾ひ歩きの夏帽子 はるか 開港の跡ことごとく薔薇として 千種 潮の香も薔薇の香もある司祭館 炳子 客死せりそよぐバナナの葉の下に いづみ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月10日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
鯉幟降ろされ空は日常に 佐代子 久々に人の気配や四葩咲く 益恵 漁期終り蜑六月の浜に立つ すみ子 青嵐一往復に果つ鉄路 益恵 若きらは羽化登仙に夏の町 悦子 骨酒となりて香の立つ岩魚かな 宇太郎 沼に立つ青鷺衛士の貌をして 都
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月11日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
梅雨蝶の低くころがるやうに飛び 秋尚 十薬の花の展ごり年尾句碑 美枝子 天辺から影の崩るる栗の花 秋尚 紫陽花や湿りを帯びし杖の音 三無 やとの風静かに流る菖蒲園 瑞枝 梅雨曇陽子の墓所に赤き供花 亜栄子 河鹿鳴く信濃の里の蒼き夜 美枝子 錆色に形とどめて朴の花 亜栄子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月13日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
太陽の金色に燃え麦の秋 中山昭子 夏潮の深き浅きに海女の息 世詩明 麦秋や金の波打つ十町歩 英美子 耳すませ月下美人のひらく音 同 夏燕影を落とさぬ速さかな みす枝 神楽笛青田の波を操りて 時江 ひとところ湧くがごとくに蛍舞ふ 信子 気が付けば妻は近くに蛍の夜 三四郎 田植済み一村深き寝息かな みす枝 句友逝き麦秋の野の遺さるる 中山昭子 刻刻と力漲る植田かな みす枝 水現れて二つに割れて女滝かな さよ子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月14日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
路地裏に古書店短夜のデジャヴ 登美子 十薬の花を巡りて隣家かな 紀子 赤い服着て子らの行く夏の森 あけみ 通院の道すがらとは薔薇に眼を 令子 薔薇園のアーチを出れば此岸なり 登美子 薔薇の園老い就く母を���み込むる 同 薔薇園へ行きしアーチを潜りきし 令子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月15日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
夜には夜の風の匂ひや遠蛙 雪 はつきりと蛙となりし声に啼く 同 庭下駄に僅かな湿り梅雨の宿 千代子 時鳥雄島の森を鳴き交し 同 十字架の見えつづく道薔薇咲ける 令子 ジューンブライドも年かさね老いてゆく 同 藍深き防具の少年青嵐 笑子 寺の蟻行き着く先は経机 泰俊 放課後の曲は窓より万緑へ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
涼しさを木々が集めてゐる故山 かづを 日本海梅雨てふ黙のありにけり 同 靴脱ぎに僧の下駄ある走り梅雨 たいし 能面の深さ秘めたる梅雨の宿 同 涼しさは江戸の名残りの箱階段 千代子 観音は金色にして梅雨の中 和髙畑子 剣持ちと神の使ひの伊勢神楽 やす香 白きものばかり干されて夏に入る 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月17日 さきたま花鳥句会
片削ぎの武甲の嶺や夏霞 月惑 菖蒲田や八ッ橋傘を除け合ひて 一馬 五月雨や氷川の杜を浄めける 八草 ほむら立つ大地哀しき麦の秋 裕章 白絣母の遺品の鯨尺 とし江 白蓮と言へどほのかに紅を乗せ ふじ穂 水匂ふ闇をひきずり蛍狩 康子 水に映ゆ早苗見下ろす浅間山 恵美子 赤き薔薇ノスタルジーと名のありき ミトミ
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令和4年6月19日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
青蔦に窓を狭めて駐在所 斉 頂上に遺跡眠らせ夏木立 慶月 あどけなく谷戸の早苗のそよぎをり 幸風 悠然と闇ゆるがせて黒揚羽 軽象 古の山気を纏ひ黒揚羽 炳子 蟻行くや弥生時代と同じ道 佑天 釣鐘を五つぶら下げ茎傾ぐ 白陶 木下闇鎮もり眠る木霊達 眞理子 くるぶしを立ち上りくる草いきれ 千種 乗り換へし草のさ揺れやかたつむり 同
栗林圭魚選 特選句
蜘蛛の囲や無防備なりし腹見せて 亜栄子 十薬や森の􄼱間を埋め尽し 同 雨後の朝でで虫のそり弛むかな 同 しやぼん玉子等の高さに風集め 同 塗り残したるが気掛り半夏生 秋尚 緑陰に尺八びやうと流れをり 佑天 朝方の雨も上りて破れ傘 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月20日 萩花鳥句会
ホトトギス啼きし裏山雨後の夜 祐子 夢うつつ公金一獲明易し 健雄 夜通しの仕事となりし辣韮漬け 恒雄 梅雨寒や足元摩るひと夜かな ゆかり 坂道を蹴上がり来るや青嵐 陽子 地下足袋で踏んばる竿に鮎跳ねる 美恵子
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令和4年6月25日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
大緑蔭佇む人も青みたり 三無 公園の何処を歩すも涼風に 怜 雛鳥の如く口開けかき氷 史空 半夏生あふれて白き風光り ます江 見送りは紫陽花揺れる線路傍 エイ子 日に向かひ一途に咲くや苔の花 貴薫 緑陰や木々のざわめき鳥語落つ エイ子 紫陽花に圧倒されてしやがみても 和魚 一歩ごと紫陽花の色変りゆく ことこ 梅雨晴れや台地の風の心地良き エイ子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月26日 月例会 坊城俊樹選 特選句
神池は母なる海へ蜻蛉生る 慶月 炎天へ神の鳩にはなれずして 順子 雅楽笛浮遊してゐる風死せり いづみ ぬつと黒く太く鳥居が茂より 和子 灼くる杜かの海鳴りのはるかより はるか 籐寝椅子かつては海の見えし部屋 要 短夜の狛犬の見た海の夢 いづみ 玉砕はこんな日かとも油照 慶月
岡田順子選 特選句
濠ひとつ蓮の樹海となりしかな 俊樹 弟も妹も亡く合歓の風 梓渕 ぬつと黒く太く鳥居が茂より 和子 枇杷落ちて錆びゐるままの男子校 要 短夜の狛犬の見た海の夢 いづみ 海千山千の漢汗ぬぐふ 政江 神池は母なる海へ蜻蛉生る 慶月
栗林圭魚選 特選句
アッパッパ気怠い午後の瞼なる 政江 灼くる杜かの海鳴りのはるかより はるか 白鯨のやうな雲ゆく日の盛り 順子 黒揚羽気怠き昼の残りけり 炳子 迷ひ出し土偶めきたるサングラス 順子 神池の石灼け鳩の足赤く 要 海千山千の漢汗ぬぐふ 政江 鮮らけく小雨に浮ぶ濃紫陽花 幸風
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月31日 鯖江花鳥俳句會 坊城俊樹選 特選句
文机に古き艶書や多佳子の忌 一涓 江戸見遣る梅雨入も漂と佐内像 同 還俗の一人となりてサングラス 同 笠深く垂れて編笠百合となる 雪 芍薬の花の何処かにいつも蟻 同 昔から好きに生きてる単帯 昭上嶋子 蛍の灯恋の暗号送りをり みす枝 口閉ぢしままの狛犬苔の花 たゞし
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
暁に鳴るは鉄砲百合の花 成子 花楝仏心遠くけぶらせて 久美子 紙飛行機飛んで戻らぬ夏の海 ひとみ 少女らの腿でわけ入る青山河 佐和 海酸漿鳴らす少女の私へと ひとみ 白玉や雨の過ぎたる城下町 喜和 指鳴らす彼は嫌ひで空梅雨で 由紀子 乾坤の弾みさながら雨蛙 朝子 あめんぼの踏むは魔法の水ならん 睦古賀子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年6月 花鳥さゞれ会 坊城俊樹選 特選句
団子虫ころりころりと梅雨に入る 雪 此の辺りかつて洗ひ場初蛍 同 九頭竜の瀬に囮鮎てふ哀れ 清女 草や木も梅雨の暗雲塗りこめし 希 葭切の物申すかに急かしをり 笑
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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yaminabedoh · 6 years
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小説:空白と痛み
C94の新刊『Re:Bloom』に同一世界観の新作「Re:Bloom ~幻想と渇き~」が出るのを記念して、『Log in』(2014)に掲載された「空白と痛み」を全文Web公開いたします。
◯空白と痛み
汚染された荒野の中に立つ巨大情報都市。過去そこにあった超高度文明の遺産を解析しながら発展してきたその街は、無から有を生み出すように、技術を糧に資源を生みだしていた。発見から二百年が経った今でも解析出来ないその超技術の心臓部、“ブランク・ルーム”の秘密に都市は血眼になっていた。その影で痛みに震える少女アイリスと、静かにそれを見守る天才ハッカー、ミコトがいることも知らずに――(伊万里楽巳)
作者の中では「サイバネティカ」シリーズとして正統続編も構想中というSF作品。どうぞお楽しみください。
Scene 1 :
 深い深い海の底のような暗い部屋にキーボードを叩く音が響いていた。ディスプレイの明かりによって映し出されるのは、まだ幼さを残した顔。ディスプレイ上では複雑なプログラム・コードが高速でスクロールしていき、眼鏡をかけた目は複数のスクリーンの間を行き来しつつも安定したリズムでコマンドを次々と入力していく。
 殺風景な部屋だった。内装と言える物はほとんどなく、ところどころ鉄骨がむき出しになっている。窓はなく、代わりに壁を這うのは無数のコードやパイプなど。それらは壁から床へ、あるいは天井へと経由しながらこの部屋の中心に鎮座する大きなカプセルへ収束していく。赤みを帯びた液体で満たされたそのカプセルーー生命球を連想させる閉じた空間の中には一人の少女が浮かび、そして苦しんでいた。
『っ……』
 歯を食いしばり、身体をよじるたびに水槽の中に細かい気泡が発生する。乱れた長い髪は一拍遅れて液体の中を泳ぎ回り、華奢な身体にまとわりつく。カプセルの上部から伸び、背中へと続いている大小二本の太いケーブルは彼女を磔にしているようにも見えるだろう。
『……んっ! 』
 苦悶の表情を浮かべ続ける彼女、その右手の指先から更なる異変が始まった。少しずつ、しかし確実に。酸の海に溶かされるがごとく少女の指先は小さな泡となって消えていく。蝕まれるように消えていく。
 少年はその傍らで淡々と作業を続けていた。時折様子を確認するようにカプセルに目を遣る以外はディスプレイ上に展開される情報に集中している。感情を殺した無表情と冷たい瞳はマシンのように決められた動作を繰り返す。
 少女の侵蝕は既に肘の手前にまで達していた。痛みの間隔は狭くなり、押さえきれなかった喘ぎ声がスピーカーからこぼれ出る。一際大きな悲鳴が上がって、ようやく彼女の異変は収束した。
『はぁ……はぁ……』
「何度聞いてもキミのその声は慣れないな、アイリス」
 少年は椅子から立ち上がり、カプセルの近くへと歩み寄った。そっとガラスの面に手を添える。
『……ごめんなさいね、ミコト。おさえようとは、思っているのだけど』
 痛みが治まっていないのだろう。スピーカーから出るその声は途切れ途切れだ。ミコトと呼ばれた少年は、気にすることはないと首を横に振った。
『システムの方は、どう? 』
「問題なしだよ。上手く行っている。少し休むと良い……もう休眠に入ったか」
 少女アイリスはミコトの返事を聞く前にその目を閉じていた。先ほどまでとは打って変わった穏やかな表情で目を閉じているが、だからこそ肘から先を失った右腕が痛々しい。どういうわけか傷口はすでに癒え、きれいに塞がっている。
 ミコトは先ほどまで自分が座っていたところへ目をやった。三つ並んだディスプレイの内左右の二つはブラックアウトしており、動いているのはセンターのそれだけだ。ディスプレイは白い文字で簡潔に、システム移管シークエンスが滞りなく終了したことを告げてきている。
「『誰にも迷惑をかけずに死にたい』か」
 ミコトはもう一度カプセルの中に浮かぶアイリスを見上げた。静かに微笑む少女の寝顔は初めて会った時と同じように穏やかで、だからこそ残酷だった。
Scene 2 :
 荒野の中に立つ巨大都市。周辺他都市とは比べ物にならないほどの高度な科学技術を誇るこの都市だが特に情報技術に関しては飛び抜けていた。ありとあらゆるインフォメーション・テクノロジーがすべて市庁舎の巨大システムに統合され、管理されている。
 高度に情報化された街。だが一歩外に出てみれば、そこで生きる市民の日常は案外変わらないということが分かるだろう。相も変わらず路上に店を出し、威勢のいいかけ声を上げ、品物を売りさばこうという気持ちのいい熱気にあふれている。ミコトはそんな繁華街の中を一人で歩いていた。右手には茶色い紙の袋をぶら下げている。
「はいはいはい、そこの兄ちゃんも姉ちゃんも!  天然肉のうちのホットドッグ買っていきな! うまいよ! 」
「新鮮採れ立て! 今朝工場から出荷されたばかりの青物野菜だ。お安くしとくよ! 」
 ふと立ち止まって空を見上げる。灰色のビルに切り取られた空は、それでも気持ちのいいほどに青く澄んでいる。埃っぽいこの地上とは別の世界だ。
「あれ、ミコトじゃねぇか。元気にしてたか? 」
 たたずむミコトに声をかけたのは近くの屋台の店主だった。オレンジ、アップル、グレープフルーツ。移動式のワゴンの中に所狭しと派手なフルーツが並んでいる。日ざしを受けて瑞々しく輝いていた。
「まあな……ターミナルの調子は? 」
「お前さんの調整のお陰で絶好調だよ。あれが動かないと売り上げの管理も出来ないからなぁ」
「そりゃよかった」
 ミコトの横で果物を品定めしていた主婦が「これくださいな」といって青りんごを指差した。はいよと答えててきぱきと重さを量る店主。アナログなバネばかりがぎぃという軋んだ音を立てる。手慣れたようにバイオプラスチックのビニール袋に詰め込むと愛想の良い笑顔とともにお客さんに渡したのだった。
「商売の方は? 」
「ぼちぼちだな。この前市長が変わっただろ。あれで工場の方に新しい規制がかかるんじゃないかって噂があるんだが、ひどい話だよまったく」
 店主はふんと鼻息をならして腕を組んだ。土地が汚染されたこの街では、食料生産はそのほとんどを工場ーーバイオプラントでの栽培にたよっている。よけいな物が入り込まないよう外界と隔絶されたボックスの中、産業用ロボットによってオートマチックに育てられる植物たち。その生産量、出荷量、税率などなどは何もかもが当局のコントロール下に置かれているのだ。
 街の中心に立つ巨大な総合庁舎、オベリスク。真っ青な空を縦に切り裂くその塔は、遥かな高みから市井の生活を監視していた。
「おっと、噂をすればだ」
 店主が向かいの電器屋を指差した。デモで置かれているいくつものテレビジョン。すべて同じチャンネルに合わされ、新任のキングストン=メイヤー市長の演説の様子が映し出されている。褐色の肌に短く刈り込んだ白い頭髪。大柄な身体をさらに大げさに動かしながら市民に語りかけるその顔には自信と野心があふれていた。
『ーー市民の皆さん。偉大な先人たちの努力によりこの街���多大なる発展を遂げてきました。しかしそれは未だ十分なものとは言えません。皆さんの更なる生活向上のため私キングストン・メイヤーはこの職に就きました。ありとあらゆる技術の発展、十分で安全な食料供給、行き届いた行政サービス。そしてなにより長年にわたり我々を悩ませ続ける”ブランク・ルーム”の解析を成し遂げることを、ここにお約束いたします』
「”ブランク・ルーム”の解析ね。どうなることやら」
 この街を支える技術は実は自分たちで生み出した物ではない。荒野に打ち捨てられた廃墟、そこにまだ生きているネットワークシステムが発見されたことがこの街の始まりだ。廃墟の至る所に張り巡らされたネットワークと、莫大なテクノロジーのデータが詰まったセントラルサーバー。そういった名も知らぬ者たちの遺産を利用しながらこの街は発展してきた。
 残されたシステムの解析を少しずつ進め、応用し、自分たちが使えるレベルに落とし込む。他の都市とは不釣り合いなほどの情報管理、交通管制、防衛体制などはそうやって生み出されてきたのだ。
 しかし街の再発見から二百年以上が経った現在に置いても、システムの中枢に解析不可能な領域が残されていた。外部からの干渉をことごとく跳ね返す強固なプロテクトが張り巡らされたブラックボックス。都市の心臓とも言える存在。現在利用されているシステムも最終的には全てそこに集約、処理されている。いつ頃からかそれは”ブランク・ルーム”と呼ばれ、この街の更なる発展を妨げる大きな障害になっていた。
「ミコトは興味ないのか? お前さんほどの天才ならちょちょいのちょいと解析できちまうと思うんだけどなぁ」
「無茶をいわないでほしいね。そんなに簡単な仕事なら今まで残ってる訳ないだろ? 」
「そういうもんかね。どっちにしろお前さんがその気になればもっと稼げると思うんだけどな。その紙袋だって角のバーガー屋のだろ。だめだめそんな不健康な物ばっか食ってちゃ。ちょっとまってな」
 店主はそういうと手近にあった果物を無造作にビニール袋につめ始めた。あっという間に袋がオレンジでいっぱいになる。
「ほいよ、持ってけ。プレゼントだ」
「おいおい、いいのか。簡単に商品渡しちゃって」
「いいっていいって、この前のお礼だ。少しは良いもん食べてまた活躍してくれよな。お前らエンジニアが俺たちの生活を支えてくれてるんだしよ」
 混じりっけのない善意を断る訳にも行かず、ミコトは少し困った顔をしながらもその袋を受け取った。みっちりと詰まった袋は結構重く、あやうくバランスを崩しそうになる。
「おっと」
「大丈夫か? 」
「平気さ。ま、ありがたくもらっとくよ」
「たくさん食べて、でっかくならねぇとなぁ」
「痛てっ! 」
 はっはっはと豪快に笑って、店主は小柄なミコトの肩を叩いたのだった。
Scene 3 :
 光と影。活気のある露店街が光の世界なら今ミコトが歩いている裏道は影の世界だ。薄暗く、じめじめとしている。背の高いビルに囲まれ日の光も満足に届かない。そんな道を彼は静かに進んでいく。
 いくつかの角を曲がったミコトは錆び付いた鉄の扉の前で立ち止まった。腰のホルダーからカードキーを取り出し、扉の脇の壁のひび割れに差し込む。ロックの外れるかすかな音。人目のないことを確認すると、ミコトはわずかな隙間にその身体を滑り込ませた。
 カードキー、指紋、声帯���虹彩。いくつもの認証をパスして下層への階段を降りていく。暗闇はだんだんとその濃度を増し、地上の喧噪から遠ざかる。ミコトはここに来る度に自分が深い海の底へ沈んでいくような錯覚を感じていた。最後の扉を開けると、目に入るのは部屋の中心に鎮座するほのかに赤く光るカプセル。ミコトが足を踏み入れるとカプセルからの明かりが少し強さを増した。
『ミコト? いらっしゃい』
「こんにちはアイリス。……寝てたか? 」
『ううん、平気』
 紙袋とビニール袋を作業用のテーブルに置く。手元を照らす最低限の照明をつけると、腰のケースからメディアキーを取り出しラップトップタイプのパソコンを起動させた。冷却用のファンが回りだす低い音。いくつかの認証を経てOSが立ち上がる。そのあいだ、ミコトは紙袋からハンバーガーと紙コップに入ったソーダを取り出していた。包装紙を剥き、ディスプレイに向かいながらかぶりつく。
『珍しいわね、ここで食事だなんて』
「まあな」
 軽く答えて左手一本でキーボードを操作した。ラップトップのディスプレイ上ではいくつものウィンドウが消えたり現れたりを繰り返している。時折ケースから別のメディア取り出して差し替えつつ、何かプログラムを組んでいるようだ。
『今日は何の用? それともお仕事かしら? 』
 カプセルの中からアイリスが話しかける。
「小遣い稼ぎさ。リニアトレインの運行システムの不具合が最近目立つんだと。バグだしと修正を頼まれたんだけど、リメイクした方が早そうだ」
『そんなにひどいの? 』
「素人がその場しのぎにいじりすぎてめちゃくちゃだよ。ったく、こんなざまじゃ作り手も浮かばれないな」
 ミコトはアイリスに目をやった。十字架にかけられた聖女はカプセルの中、一糸もまとわぬ姿で漂っている。その身体からは右下腕だけでなく、すでに左足全体と右足首が失われていた。
『でも、ミコトならもっとキレイに直してくれるでしょ? わたしはその方が嬉しい』
「ふん」
 微笑みかける彼女の表情は邪気を知らず、どこまでも純粋だった。
『それは? 』
「ん? これか? 」
『違うわ、そっちよ』
 アイリスが左手で差したのは丁寧に畳まれたハンバーガーの包装紙が入った紙袋ーーではなくその隣に無造作に置かれた白いビニール袋だった。
「フルーツだよ。オレンジだったかな。知り合いの店の店長がくれたんだ」
 答えるミコトの目は眠そうだった。まぶたを半分落としながらも、自由になった両手のタイピングは途切れることなく続いている。
『オレンジ……この辺りに出荷されているのだと二〇三ファクトリーのやつかしらね。ちょっとまって』
 彼女はそう言って目を閉じた。オリジナルシステムの管理者でもあるアイリスはその気になればシティのあらゆるネットワークにアクセスできる。外部デバイスを介さない意識レベルでのネットワークとの同化。現実ではカプセルの外に出られない彼女にとって、世界はどう見えているのだろう。
『……やっぱりそうね。糖度高めにおいしく出来たみたいよ』
「甘いのか。それじゃ食べてみるかな。単調すぎると眠くてかなわない」
 ミコトは小さくあくびをしながら立ち上がった。ツールボックスから折り畳みナイフを取り出し、アルコールを吹きかけて滅菌消毒。袋から適当なオレンジを一つ選び出しナイフの刃ををそっと滑らせると宝石のように輝く断面が現れた。食べやすい大きさに切りかぶりつく。
「……うまい」
『よかった。甘すぎるんじゃないかと思ったんだけど、安心したわ』
「……」
 ミコトは何も言わずに二口目を食べる。一切れ食べ終え、次の一切れに手を伸ばそうとしたところでステータス・ウィンドウがイエローアラートに変わった。
『っ! 』
 カプセルの中のアイリスが声を漏らして身体をのけぞらせた。水槽中の気泡が増えていく。アラートはイエローからレッドへ。市当局からのハッキングだ。
 すぐにワークステーションの方に椅子を移し、スタンバイ状態から起動させる。次々と更新される情報の奔流。眼鏡越しに目だけを小刻みに動かしながら必要なデータを読み取り、コマンドプログラムを即応状態へと持っていく。
「少しペースが上がってきたか。今度はどこだ」
『……右脚。交通ネットワークの、管制領域』
 喘ぐようにアイリスが答える。侵蝕はすでに始まっていた。足首から先だけでなく、その上までも培養液の中に溶かされて消えていってしまう。
 メディアディスクを差し替え、ほとんど書き上がっていた新システムのデータをワークステーションに読み込ませる。コマンドスタンバイ。システム移管シークエンス起動準備。
『ねぇミコト』
「なんだ? 」
 すでに弱々しくなってしまった声でアイリスが話しかける。右脚を襲う苦痛を押し隠しつつ、彼女はミコトに微笑んだ。
『お願い、ね』
「……まかせとけ。僕を誰だと思っている」
 軽やかな音とともにキーボードに命令が入力される。天才とまで称された稀代のハッカーは少女の願いを叶えるため、今日も全てを統括するネットワークの中を駆けてゆく。
Scene 4 :
 この街を支配する総合市庁舎オベリスク。市街のどの建物よりも、それどころか見える限りのあらゆる物よりも高く大きいそれは今日もシティを監視するようにそびえ立っている。その足下、オベリスクに隣接したセントラルホテルの一階ラウンジでミコトは柱に寄りかかりながら行き交う人々を眺めていた。
 市直営のこのホテルの下層階は市民のための空間だ。最上のサービスをリーズナブルな価格で提供している。単調な生活の中に少しばかりの潤いを。市民の間では自らへのご褒美としてこのホテルを利用することがステータスとなっている。
 あくまで市民サービスの一環としての下層階、それに対し上層階は市が接待するVIPのための宿泊フロアだ。政治家の密談、経済界の大物たちの会合、市外からの外交官の受け入れなどに利用される。彼らは空中回廊を通ってオベリスクと行き来するため、下層の宿泊客とは交わることはない。
 ミコトは腕の時計にちらりと目をやった。アナログかつアナクロな機械式時計の針は九時を少し回ったところだ。ラウンジを行き交う人の流れも少し落ち着きを見せ始めている。軽くため息をつきながら、窮屈なスーツのジャケットの襟を直した。
「……お」
 正面玄関から一人の男が入ってくるところが見えた。守衛にも親しげに挨拶するこの男は足早にラウンジの中へと進んでくる。ホールの中心でぐるっとあたりを見渡しーー柱に背を預けるミコトと目が合うとにんまりとした笑みを浮かべた。
「よおミコト」
「遅かったな、グレン。五分遅刻だ」
「わるいわるい。出がけに急な仕事が入ってな」
「相変わらず忙しそうだな」
「おかげさまでな」
 ミコト=カツラギとグレン=カミンスキー。CCIC(市中央情報技術カレッジ)の同期である二人は再開を祝して軽く握手を交わした。
 グレンに連れてこられたのはホテル最上階のバーラウンジだった。途中でエレベーターを乗り換え、ガードマンに見送られながらたどり着いたここからはシティを一望することが出来る。オベリスクに次ぐ超高層建築物、その最上階からミコトは街を見下ろしていた。
「何でも好きな物をたのんでくれ、ミコト。今日は俺のおごりだ」
「任せるよ。軽めのやつにしてくれ」
「まだ酒は苦手か? 」
「毎回入り口で年齢確認くらうんだ。めんどくさいから最近は行く気にもならない」
「はは。お前さん、いまだに高校生にも間違われそうな顔してるもんな」
 グレンはカウンターの方に寄っていてバーテンダーに二言三言話しかけた。壮年のバーテンダーは慣れた手つきでシェーカーを操り、あっというまに二杯のカクテルが出来上がる。グレンはそれを受け取るとミコトと並んで街を見下ろせる席に腰掛けた。
「お前が市の技術局をやめて以来だから、直接合うのは二年ぶりか? 今日は来てくれて感謝してるよ」
「堅苦しいのはいいよ。もっとも格好はそうもいかないみたいだけどな」
 わざとらしくジャケットの襟を直す。元々ミコトはこういうばっちり決めた服装が苦手なのだ。
「悪い悪い。さすがにここでTシャツジーパンはないだろうと思ってさ。ま、なにはともあれ乾杯しようぜ」
 グラスを軽く持ち上げる。ぶつけられたグラスは澄んだきれいな音を立てた。赤みを帯びたカクテルを口に含み、ミコトは感心したように呟いた。
「……悪くないな。さすがはセントラルホテルといったところか」
「だろ? ここで飲むと他の店のが物足りなくなっちまう。ま、俺もまだここに来るのは二回目なんだが」
 くっとグラスを持ち上げあっという間に空けてしまうグレン。背が高く彫りの深いこの男はミコトとは対照的に良く飲む。アルコールに強く、悪酔いせずに味を楽しめる本当の意味での愛飲家だ。
 豪快で人当たりのいいグレンと小柄で皮肉屋なミコト。貧乏な母子家庭から二十歳を過ぎて奨学金を得て入学してきた努力家と圧倒的な知能と技量で飛び級を繰り返してきた天才。カレッジ時代は好対照な二人として学内では良く知られた存在でもあった。
「髭、のばすようになったんだな。昔はおっさん臭いとかいって嫌ってたのに」
「嘗められないようにな。若造が年功序列すっとばして昇進していくのが気に入らないってやつもいるってことだ。特にこれからはいっそう大変になってくる」
 グレンは顎の髭を撫でながらそう答えた。
 ミコトは特例として在学中から、グレンも卒業後には市のシステムエンジニアとしてオベリスクに勤務していた。ミコトの方は二年前に技術局をやめてしまっていたが、残ったグレンは順調にキャリアを重ね若くして行政システム保守の責任者になったのだと人づてに聞いていた。
「……知っているかもしれないが、実は今度市長直属の主席エンジニアに抜擢されることになったんだ。メイヤー市長がまだただの議員だった頃に知り合ったんだが、腕の良さを覚えていてくれたらしい」
「……噂では聞いていたよ。それに、こんなところに入れるのは限られた階級だけだからな。下っ端公務員のままじゃむりだ」
 主席エンジニア。市長直属のこの役職は他の一般エンジニアとは異なる職務を割り振られている。市の存在、その根幹をなすシステムと未知の領域”ブランク・ルーム”。歴代の主席エンジニアはそのセキュリティを突破・解析することを使命とし、数十万のシステムエンジニアの頂点として市長から特権的な地位を与えられているのだった。
「まだ三十にもなってない若造の抜擢は異例だそうだが、俺はやってみせるさ。先生も破れなかった”ブランクルーム”の謎、絶対に解明してやる! 」
「……」
 グレンは強い口調で言い切った。二人の恩師、ジョン=スチュワート教授もまた主席エンジニアとして”ブランク・ルーム”の解析にあたっていたのだが、ついにその夢を叶えることはなく職を辞したのだ。
『あの中には人類の希望が詰まっています』
『この街、ひいては人類の発展のためにはあの”ブランク・ルーム”の解析が不可欠です。残念ながらわたしはその夢を果たすことは出来ませんでしたが、優秀なあなた方ならきっと出来ることでしょう。わたしの目が黒いうちに、全ての謎が解き明かされることを願っています』
 講義中、年に似合わぬ熱っぽい口調でそう語った教授の姿と今目の前にいる親友グレン=カミンスキー。ミコトには二人の姿が重なって見えていた。
「今日ミコトに来てもらったのはほかでもない。勧誘にきたんだ」
「勧誘? 」
「ああ。お前、まだフリーでこまごまとした仕事をやってるんだろ? 別にそれが悪いこととは言わないが、お前ほどの実力があるんだったら他に使い道があると思わないか? 」
 ミコトはグラスに口を付けた。透き通る、それでいて血のように赤いカクテル。アルコールの苦みが舌と脳を刺激する。
「部下になれといっているんじゃない。俺と同格の待遇で迎え入れられるよう市長に掛け合ってみるつもりだ」
 ミコトは答えない。黙ってグレンの言葉を聞いている。窓の外、街はネオンに照らされ妖しく輝いている。
「なあミコト、俺と一緒にやってくれないか? ”ブランク・ルーム”を突破するにはお前の力が必要なんだ」
 グレンの目は純粋で、だからこそ危うさをはらんでいるようにミコトには感じられた。あるいは少し前の自分も同じような目をしていたのかもしれない。静かにグラスをテーブルに置く。
「グレン。悪いがその話を受けることは出来ない」
「……なぜ? 」
「やりたいこと・・・・・・やらなきゃいけないことがあるんだ。お前の仕事は他の人でもできるかもしれないが、こっちの方は僕にしか出来ない」
「……」
「僕が、やらなきゃいけないんだ」
 二人は無言でお互いを見つめていた。初めて出会ってから七年。別々の道を歩き始めてから二年。長い年月は親友だった二人の立ち位置を大きく変えてしまっていた。
 ふぅ、とグレンは張りつめていた息を吐く。バーテンダーに三杯目のカクテルを注文し、軽くあおってから崩れるようにだらしなく座り直した。
「そこまでいうんじゃしかたないか。お前が隣にいてくれれば百人力だったのに」
「すまない」
「いや、気にするな。そっちにはそっちの都合があるだろうよ」
 そういってグレンは唇の端を上げた。グラスを目の高さまで持ってきて、きらめきを楽しむように青のグラスをゆらゆらとさせる。
「なあ、最後にもう一つだけ聞かせてもらっても良いか? 」
「ん? 」
 視線はグラスを眺めたまま、気安い口調でグレンがミコトに話しかける。七年前、カレッジのカフェでたわいもない話をしていて時の口調で。
「そのやらなきゃいけないことってのは……女か? 」
「そんなたいしたもんじゃないよ。でも……」
「でも? 」
「放っては置けない。それだけだ」
 そっけない口調とは裏腹にその口もとが小さく笑っているのを、グレンは見逃さなかった。
Scene 5 :
「……コード認証、ダミー・プログラム適用……よし。シーリン、回線をこっちにまわしてくれ。直接仕掛ける」
「了解」
 部屋の空気はまるでピアノ線のように鋭く張りつめていた。オベリスク上層階、オペレーション・ルーム。シティを代表する腕利きのエンジニアたちが真剣な面持ちでディスプレイの前に座ってキーボードを叩いている。グレン=カミンスキーはその中心として周囲に的確な指示を飛ばしながら自らも最前線で戦っていた。  
「プロテクト五五六七七番から五六九二三番までクリア��最終フェイズに入ります」
 この日のために綿密に組み上げた攻性プログラム群はその能力を存分に発揮していた。次々とセキュリティ防壁を突破し、”ブランク・ルーム”の扉の鍵を開けていく。
(順調だ。これなら……)
 グレンはとっておきのツールを起動した。量子演算を応用した解析プログラム。オベリスクの超集積コンピュータ、その処理能力の大半を使用するこの重量級プログラムが”ブランク・ルーム”の扉を打ち砕かんとする。一撃、また一撃。そして……
「……最終プロテクト解除確認。第六六五ブロック、完全に解放されました」
 オペレーション・ルームに歓声が上がった。わき上がる拍手。ある者は握手を交わし、ある者は抱き合っている。
 一人のオペレーターが立ち上がり、グレンの元へと歩み寄っていった。脱力したように椅子に深く身体を預けていた彼だったが、その姿に気づくと軽く右手を上げて答える。
「やあ、シーリン」
「おめでとうございます、カミンスキー先輩。おつかれさまでした」
「ありがとう。それにしても肩が凝ったよ」
「ふふふ。ゆっくり休んでください」
 大きめの眼鏡越しにシーリンはにっこりと笑いかけた。エンジニアの女性は概して無愛想だったり容姿に無頓着だったりするのだが、彼女は非常に可愛らしい。つられてグレンの口元も緩んでしまう。
「そうだな。よければ今度一緒に……」
「カミンスキー君」
 引き締まった声がグレンの台詞を遮った。大柄な身体、褐色の肌、刈り込んだ白髪。発するオーラはこの部屋の誰よりも鋭く、歴戦の風格を漂わせている。グレンはすぐに立ち上がり姿勢を正した。
「メイヤー市長、いらしていたのですか」
「君を選んだのは私だからな。見届ける義務もあろうというものだ」
「光栄であります」
 シーリンはグレンの大きな背中に隠れるように一歩引き下がった。先日選挙で前職のスティーブン=スミスを破り当選したこの市長に対し、彼女は何となく敬遠した想いを抱いていた。メイヤーとは直接目の合わない位置に立ち、二人の会話に耳を澄ます。
「君が主席エンジニアに就任してからの進展には目を見張るものがある。私としても誇らしいよ」
「すべてここの設備とすばらしい仲間たちのお陰です」
「仲間か……」
 メイヤーはオペレーション・ルームの中を眺めた。市長に就任した際、私財を投じて設備を増強したこの部屋は従来を遥かに上回る処理能力を獲得している。そのスペックとグレンの能力が重なり合い、この一ヶ月で”ブランク・ルーム”のプロテクトの突破と解析は飛躍的に進んでいた。
「仲間と言えば、君が以前言っていたエンジニアはどうしたのかね。カツラギとかいったか」
「……残念ながら個人的な事情により協力することは出来ないとのことでした。彼がいればより早く、あるいは二週間もあればここまで到達できていたかもしれません」
「ほう」
 市長はそう呟いて自らの髭を撫でた。顔の輪郭部に短くのびたその髭はメイヤーの顔立ちをより精悍な物にしている。
「まあいい。その彼がいなくてもここまで来れたのは事実なのだからね。残りはどうなっている? 」
「事前の分析に寄れば、あと一つです。予定通り五日後には最後のアタックを開始できるでしょう」
「よろしい。君の働きには期待しているよカミンスキー君。お母上にもよろしくな」
「はっ」
 グレンの肩をポンと叩き、多くの秘書官を引き連れながら市長はオペレーション・ルームを後にした。
「いや、大変なお方だな、メイヤー市長は。プロテクトを相手にするよりも疲れたよ」
 グレンは大げさに肩をすくませながらおどけた顔を見せた。わざとらしく汗など拭いてみたりもする。強ばっていたシーリンの表情もついつい緩んできてしまう。
「市長に失礼じゃないんですか、それって? 」
「いやいや、敬意の表明のつもりだよ、俺としては」
「ふふ。そういえばさっき言ってたエンジニアって、ひょっとしてあのミコト=カツラギですか? 」
 名門CCICを史上最年少、それも主席で卒業した天才の名前はこのシティでは広く知れ渡っている。現在の動向についてはあまり情報が入ってこないが、てっきりどこかの企業の顧問エンジニアとして活躍しているのだとシーリンは思っていた。
「大学の同期なんだよ。この前久しぶりにあって勧誘してきたんだが、ものの見事に振られちまった」
「……ミコト=カツラギと言えば、あの噂って本当なんですかね? オベリスクの基幹システムに侵入したっていう」
 シティの全てを管理するオベリスク。最高の技術がつぎ込まれ、そのセキュリティは”ブランク・ルーム”にも引けを取らないといわれている。しかしそんなオベリスクも過去に一度だけ外部からの干渉を許したことがあった。その“犯人”として噂されたのが当時情報技術局の副局長であったミコトだ。ろくな証拠もなく結局捕まることはなかったものの、彼女たちエンジニアたちの間でまことしやかにささやかれているこの噂がミコトの名を業界の中で忘れがたい物としていた。
「……真偽は知らないが、その実力はカレッジの時点ですでにあったと思うね。うちのカレッジの管理システムにも容易く侵入できちゃうようなやつだったし」
「そんな人がどうして不参加に……? 」
 グレンは大きく首を振った。
「さあね。あっちにはあっちの都合があるんだろう。放っておけない女が出来たとか言ってたしな」
「それじゃ、ひょっとして今もデートの最中だったりして? 」
「どーだろうねぇ。そうだったらただじゃ置かないけどな。俺がこんなに苦労してるってのに! 」
 グレンはいたずらっぽくにやりと笑い、笑顔がすてきなシーリンは再びふふふと微笑むのだった。
「ふぅ……」
 仄かな赤い光に照らされる暗闇の中、ミコトはため息をついて背もたれに身体を預けた。ディスプレイは休む間もなく更新され彼に情報を送り続けている。
(さすがだな。ハッキングのペースが早い。予想通り……いやそれ以上か)
 カプセルの中に浮かぶアイリスの身体はそのほとんどがすでに失われていた。右腕、左腕、右脚、左脚。四肢はとうに溶け去り胴体の方も胸部より下は残っていない。長い髪が顔にまとわりつき表情を隠しているため、呼吸の度に上下する肩のかすかな動きがなかったら死んでいると思われてしまったかもしれない。
『はぁ……はぁ……』
 侵蝕が進むにつれアイリスが苦しむ時間も長くなっていった。彼女がどれほどの痛みを感じているのか、ミコトには知るすべもない。彼は自分の出来ること、自分に託されたことをするだけだ。ーーたとえそれがどのような結末をもたらすことになっても。
 ミコトはキーボードを軽く操作してテレビ・チューナーを起動した。ディスプレイの隅に小さく新たなウィンドウが現れ、会見場の様子が映し出される。画面の中ではキングストン=メイヤーがいつかのように、市民に向けて熱弁を振るっていた。
『ーーついにここまでたどりつきました。あと一歩、あとほんの一歩です。我々は歴史の瞬間に立ち会おうとしています。未だかつて誰も見たことがない”ブランク・ルーム”、その秘密を解明する直前まで我々は来ているのです。五日後日曜日の午後七時、我々は最後の挑戦を”ブランク・ルーム”に対して行います。その挑戦が終わったあと、この街の歴史は新たなステージへと突入していることでしょう』
 会見場で歓声が上がった。だれもが市長の巧みな弁舌にアジテートされ、熱狂している。おそらく家庭で、職場で、あるいは街角で。これを見ている市民も神経が興奮するのを感じているに違いない。彼は大衆をその主張に巻き込むことにかけて天才的な能力を持っている。そんなスクリーンをミコトは相変わらずの無表情で眺めていた。
『……ミコト』
「アイリス、起きて大丈夫なのか? 」
 いつの間に目覚めたのか、アイリスが頭を起こしてこちらを見ていた。
『いよいよ、ね』
「……」
『ごめんね。こんなつらいこと頼んで。でも……』
「言わなくていい」
 ミコトは乱暴にキーボードを操るとチューナーのウィンドウを閉じた。他のインフォメーションボードも次々と終了させ、あとにはブラックアウトしたディスプレイだけが残る。
「これは僕の義務だ。。キミが気にすることじゃない」
『……そうね、ごめん。でも一つだけ言わせて』
「……」
『ありがとう。今まで私の我がままにつきあってもらって、感謝している』
 カプセルからの光が弱まった。アイリスが休眠モードに入ったのだ。要求される休眠時間は以前に比べ長くなってきていた。
 穏やかな顔だった。寝ている彼女はいつだって静かな表情をしている。彼女は夢を見るのだろうか? ミコトは今までそんなことも考えなかったことに驚いた。
「……ふん」
 大きく背中を後ろに投げ出すと、椅子のリクライニング部分がぎしぎしという音を立てた。頭上には暗闇が広がり、その先には何も見えない。
Scene 6 : 
 最後の五日間はあっという間に過ぎていった。。アイリスの消滅後、オリジナルシステムがクラッシュしないようにつなげるバイパスプログラムの構成と検証。ハッキング誘導経路の確認。緊急時の干渉ルートの確保。計画に一分の隙も出ないよう、いつも以上に繊細にコードを確認していく。
「大丈夫、だよな」
 準備は怠っていないはずだった。千を越えるハッキングのパターンとその対処法はすでに用意している。さらに言えば以前までと違い、今では相手の顔が見えている。グレンの手法については誰よりも詳しいはずだ。それでもミコトの首筋にはちりちりと嫌な感触が焼き付いている。拭えない悪寒。思わず身震いしてしまったところをアイリスに見とがめられてしまった。
『ミコト、寒いの? 』
「……平気だよ、これくらい。多少寒い方が頭が冷えていい」
『私のせいで風邪なんて引かないでね。そんなの、イヤだから』
 アイリスはまだ心配そうな表情で赤い液体の中に浮かんでいた。肉体の八割を失った、もはや人間と言えるのかさえ疑わしい状態の聖女。ミコトは顔を向けずに答える。
「僕のことは良い。それよりも、そろそろ時間だ」
 ディスプレイの端に表示させたデジタル表示の時計が十八時五十七分を示している。ミコトはワークステーションを起こし、必要なアプリケーションを展開し始めた。最終チェック。あそこまで大体的に発表した以上、時間をずらしてくるということはないだろう。しかし時刻が予告されているというのは時限爆弾のタイマーを見せつけられているようで、かえって落ち着かなかった。
『……んっ! 』
 アイリスの喘ぎ声とともに、カプセルの中が俄に騒がしくなった。細かい泡が次々と彼女の周りに立ち上る。
 幾重にも張り巡らされたセキュリティ防壁がもろいところから突破されていく。だがこれはミコトの筋書き通りだ。
「よし、行くか」
 十九時〇〇分ジャスト、最後のハッキングは定刻通りに開始された。
 キーボードを操るグレンの額には汗がにじんでいた。ハッキング開始から既に二時間が経過している。”ブランク・ルーム”の最後の砦、第六六六ブロックはそう容易くは扉を開いてくれないようだ。
「……先輩、少し休んだらいかがですか」
「いや、変に流れを変えたくない。作業自体は順調だしこのまま行こう」
 シーリンが声をかけるが、グレンは首を振った。差し出されたボトルだけを受け取り水分を補給する。疲労は隠しきれないが、それを上回る充実感が顔に表れていた。
「もう少しだ、もう少しで突破できる。休んでいる暇なんてないよ」
 そういう間も手はキーを叩き続けている。ディスプレイは二八九番目のサブ・ブロックを開放したことを告げていた。
「キミも席に戻ってくれ、シーリン。終わったら何かおいしい物でも食べにいこう」
「……はい、楽しみにしています」
 ぺこりと挨拶をして定位置にかえっていくシーリン。グレンはそれを見送るとよしと気合を入れなおしてディスプレイに向き直った。
「進行度九八パーセント、了解。残るサブ・ブロックももうわずかか……」
 ミコトはインフォメーション・ボートからのメッセージを確認した。事態は順調に進んでいる。あと少し、最後までトラブルなく扉が開かれたときにミコトの仕事は終わる。
 アイリスは今、声を上げることもなくケーブルに吊られてカプセルの中で目を閉じている。腕と胴の外縁部が僅かに溶けたあとはごくゆっくりとしか侵蝕は進んでいない。これはシステムの中核が彼女の頭胸部に集中しているためであり、これもまた予想通りだ。
 予想通り、予想通りではあるのだが、ミコトはあのときに感じた嫌な感触を未だ拭えずにいた。
『……あっ』
 ごぽっ、と大きな気泡が生まれてアイリスの下胸部が崩れ落ちた。肉の欠片は底につくまでに溶かされ、何も残らない。剥がれ落ちたあと、生身の人間であれば心臓があるであろう場所には赤く不気味に輝く結晶体が埋め込まれていた。
 宝石のような煌めき。固形質の殻の内側にもやもやとしたものが閉じ込められている。彼女を磔にしていたケーブルは背中を貫通し、そのクリスタルに直結していた。アイリスの顔が苦痛に歪む。
「アイリス……」
『見ないでミコト。ちょっと恥ずかしい、かも』
 笑おうとするその努力が痛々しい。彼女の見えないところで唇をかむ。最後のサブ・ブロックが突破された。残されたのは最後の領域、”キー・ストーン”だけだ。せめて彼女がこれ以上苦しむことのないように、ミコトはバイパスブログラムを接続する準備を開始するーーその時だった。
 クリスタルの中のどす黒い物が急に実体を持ち始めた。それまで霞のようにぼんやりとしていた物がはっきりとした輪郭を持つように凝縮していく。ドクン、ドクン。本物の心臓のように脈拍を刻み始める。鳴り響くアラート。
「……なんだ? 」
 こんなパターンは想定していない。ディスプレイはしきりに警告を訴えてくる。ドクン。自分の脈拍も早くなってくるのも感じる。アイリスが泣きそうな声で叫んだ。
『ミコト、おかしなプログラムが起動してる! システムの管理権が奪われそう! 』
「なに? 」
 ミコトは素早くステータス・ウィンドウを開いた。外部からのハッキングではない。グレンの攻撃はまだ”キー・ストーン”の外側に向けられている。
(どういうことだ……? )
 シティの総合管理システムの状態をモニターするウィンドウを開きチェックする。
……イースト・ステーションで信号トラブル、リニアのダイヤに乱れ……ウェストブロック、エンド地区で小規模の火災、通報と避難誘導を実施済み……セントラル・バンク第二支店で警報に反応、ガードマシンを派遣……
 数百万の人口を抱える都市から溢れ出る情報の奔流。その中の一点に目を止めたミコトは吐き捨てるように呟いた。
「……お前を作った奴らはよほど意地が悪いらしいな、アイリス」
『どういうこと? 』
「内側から自壊プログラムが走り始めている。このままお前が消されると連動して総合管理システムがクラッシュする仕組みだ」
 シティの全機能を統括する総合管理システム、それが機能不全を起こすということはこの街が終わることと同じだ。データサーバーは全て飛び、リニアトレインや無人フライヤーはコントロールを失い墜落、社会インフラは全て停止する。いや、それだけにとどまらない。農業や畜産のプラントが止まれば食料がなくなり、濾過装置が止まれば水がなくなる。数少ない生活物資を巡って暴動が起きるのはさけられない。
『そんな……』
 グレンのハッキングは今も続いていた。完全に制圧されるのも時間の問題だ。そして今回の場合、それが破滅への引き金となる。
 ミコトはラップトップPCを有線でワークステーションに接続した。極限までチューンした特注のハイエンドモデルだ。瞬発的な処理能力ならワークステーションにも負けない。
 ワークステーションのリソースは今もシステム移管シークエンスに使われている。これ以上のことをこなすには多少のリスクは負わなければならないだろう。
「……オベリスクに干渉してハッキングの進行を遅らせる。時間を稼いでいる間に自壊プログラムへの対処だ。クラックするかループ回路に押しやって自滅させる」
 ハンデというには大きすぎるビハインドだった。一人が背負うにはあまりにも重すぎる。
『……できるの? 』
「できるさ。伊達に天才やってる訳じゃない」
 ミコトは彼女の不安を振り払うように不敵に笑うと、電子の海へとその意識を沈めていく。
「……ハッキングです! 攻性プログラムの能力六〇パーセントダウン! 」
「なんだって! 」
 シーリンの悲鳴のような報告にオペレーション・ルームの空気が一変した。偉業達成を前にしたざわつきから、これからどうなるんだという混乱へ。伝搬した不安は一気に室内を覆い尽くそうとする。パニック寸前になったメンバーを引き戻したのはグレンの力強い声だった。
「落ち着け! まだ失敗した訳じゃない! ーーシーリン、ハッキングの発信元は!? 」
「はっきりとはわかりませんが……おそらく市内です。ローカルネットに直接割り込んできています」
「アルファチームは攻撃を続行。ベータチームはシステムを守れ、サーバーのリソースを一部まわす。シーリン、キミはガンマチームと発信源の探知だ」
 元々ハッキングに対する防御なんて考えていなかったプログラムたちだが、それでも一度に六割も無力化されるとは想定外だ。いや、そもそもオベリスクのセントラルサーバーに置かれたこのプログラムが攻撃を受けているということがすでに異常なのだ。
(……オベリスクへの侵入か)
「まさか、な」
「先輩? 」
 シーリンが心配げな視線をグレンに向けてくる。彼は首を振ってそれを打ち消した。
「……なんでもない。ベータチームの指揮は俺が直接執る。俺の目が黒いうちはここのシステムに好き勝手はさせない」
 ミコトは自分の身体がだんだんと火照ってくるのを感じていた。こんな感覚はカレッジのシステム侵入を巡ってグレンとやり合ったとき以来だ。
 焼き切れるまで頭のエンジンをまわし続ける。一瞬たりとも気は抜けない。付け込まれ、蹂躙される。相手はそのグレンと、この街の創造主とも言える存在なのだから。
「・・・・・・強制アクセス、フラッグナンバリング変更。よし」
 画面の端に小さいウィンドウがポップアップする。送り込んだジャミング・プログラムからの救援信号だ。
「こんどはこっちか。プログラム二五八番から二八七番まで再展開」
 グレンの力量は予想以上だった。妨害プログラムは送り出す端から無力化され逆襲を受けてしまう。偽装のためのサーバーを噛ませる余裕すらなさそうだ。
(ーーもとより覚悟の上だ。好きなだけ暴れてやるさ)
 自壊プログラムの一部を切り離し、コマンドラインをループさせる。少しずつ自壊プログラムの攻撃能力を削ぎ落す。地味ながらも有効な戦術ではある。しかしーー。
『まただわ。いくら消しても次々発信されてくる』
 プログラムのマスターデータを直接クラックしないかぎり、コピーをいくら壊したとしても際限なく修復されてしまう。相手は起動条件が揃えばオートマチックに動くアルゴリズムだ。持久戦を挑めば勝ち目がないのは分かりきっている。
「選択の余地は無い、か」
 八十七回目のクラックを終えたあと、ミコトは吐き捨てるように呟いた。ため息をつき、電子キーを腰のケースから取り出すとワークステーションのメモリスロットに差し込む。
『……ミコト? 』
 「ーー五分だけ時間を稼いでほしい。総合管理システムを一時的にダウンさせてその隙に”キー・ストーン”に侵入する」
 自壊プログラムの本体を叩くにはそれを発信している”キー・ストーン”のプロテクトを突破しなければならないが、グレンとの二正面作戦ではここの設備はあまりに貧弱だ。向こうの動きを何とか封じ、全てのリソースを費やして初めて勝機が見えてくる。
『でも、それじゃ、街が全部止まっちゃうってことに……』
「だからキミに頼むんだアイリス。構造上、”ブランク・ルーム”の領域は外部からダウンさせることができない。オベリスクのシステムを止めている間、必要最低限のライフラインはキミが維持してくれ」
 ”キー・ストーン”から離れたアイリス自身の処理能力がどれほど残っているか。それはミコトにも分からない。あるいは彼女に大きな負担をかけてしまうことになるかもしれない。それも全て踏まえた上でアイリスは静かに頷いた。
『……わかったわ。街は任せて』
「すまないな。結局こんなことになって」
『いいの。みんなを守るのが私の仕事だから』
 まだ痛みはあるはずだった。速度が落ちてきているとはいえ、身体の分解は続いている。
(ーーどうして彼女が苦しまなければならない? )
 幾度となく繰り返してきた自問。答えは未だ見えてこない。これが彼女にとって最後の苦しみとなるようにと願いながら、ミコトはブレイク・プログラムの実行キーを入力した。
グレンはハッカーからの攻撃を跳ね返しながら、予感が確信に変わりつつあるのを感じていた。高度で洗練されたアルゴリズムは通常では考えられない速さでオベリスクの基幹部に侵入してくる。だが画期的なその手管も手の内を知ってしまいさえすれば対処は容易だ。グレンのカウンターアタックは徐々にではあるが侵入を跳ね返し、むしろ押し込みつつあった。
「すごいな……主席エンジニアに選ばれるだけのことはある」
「……」
隣では年上の部下が驚嘆の声をあげていた。主席エンジニアはそれには答えない。眉間にシワを寄せたままディスプレイを睨んでいる。 
  どれだけ優れたアルゴリズムだからといってそれがそのまま彼が組み上げたという証拠にはならない。むしろ元となるアイデアさえ共通ならば洗練させればさせるほどその姿は似通ってくるものだ。
(だが……)
プログラムに限らず、人が作ったものにはその端々に作り手のクセが出る。これは消そうと思ってもそう簡単に消せるものではない。
理性ではわかっていた。ただ感情が、積み上げてきた信頼がその事実を否定していた。
「……なんだ? 」
 オペレーション・ルームの照明が不意にちかちかと瞬いた。故障か? だとしたらずいぶんとタイミングの悪い……。
 グレンの嘆きは長くは続かなかった。照明の明滅が予備動作だったかのように、次の瞬間には照明を含むほとんどの電子機器の電源が落ちた。窓一つない室内が暗闇に覆われる。
「どうした! 」
「わかりません! システムが全部止まっています! 」
 叫び声での応酬は非常電源が作動するまで続いた。非常灯の頼りない明かりが室内をかすかに照らす。いくつも並べられたディスプレイが一斉に再起動を始めた。エラーログを読み取った各班から報告が上がってくる。
「アルファチーム、システムの強制終了のため接続がカットされました。制圧達成は未確認」
「ベータチームから報告、外部からの妨害は止まりましたがディフェンスプログラムにもエラーが発生しています。復旧までは時間がかかりそうです」
「ガンマチームは……」
 シーリンが報告を述べようとしたところでエアロックのドアが開いた。足音も荒々しく、キングストン=メイヤーが秘書官を引き連れ入ってくる。
「カミンスキー君、なにが起きた? 」
「……オベリスクの基幹システムがダウンしています。しかし、正副予備の三系統が同時に不具合を起こすとは考えられません。おそらく外部からの攻撃です」
 それもかなりの腕前の、とグレンは心の中で付け足した。心当たりは一人しかいない。
「それは先ほど解析の妨害をしてきたのと同じ輩かね? 」
「……確証はありませんが」
「ーーふむ。それなら……」
「あ、あの」
 シーリンが二人の会話に割り込んだ。傍らに控えていた秘書官が露骨に嫌そうな顔をするが、意外にもメイヤーが続きを促した。
「どうした、コール技術官? 」
「さ、先ほどの大規模攻撃のお陰で侵入者の居場所が分かりました。サウスブロック第九地区、ウィークストリートからで間違いありません」
 声は上ずっていたが端的に纏められた報告だった。メイヤーの顔つきが変わる。グレンが不可解そうに問いただした。
「フェイクという可能性はないのか? いくらなんでも特定が早すぎるが……」
「それがどういう訳か全く偽装がなされていなくて……」
 ミスか? グレンは自問する。まさかあいつほどのやつがそんな初歩的なミスを犯すはずがない。ということは……
(ーーなにか向こうにとっても予想外の事態が起きている……? )
「市長……」
「この件はこちらに任せたまえ、カミンスキー君。君たちエンジニアにはシステムの復旧と、何より”ブランク・ルーム”へのアタックを再開をしてもらわなければならない」
「攻撃の再開ですか? しかしこの事態です、まずは市内の安全がどうなっているか確認しなければ……」
「カミンスキー君、考えても見たまえ。敵がオベリスクにハッキングするだけの技術力をもっているとして、どうしてこのタイミングなんだ? 」
「それは……」
「向こうは明らかに我々の解析を妨害したがっている。ここで引くのは敵に無駄に時間を与えるだけだ。今解き明かさなければ永遠に機を逸することになりかねない」
 メイヤーの主張がもっともだということはグレンにも理解できた。あいつの目的が何であれ、”ブランク・ルーム”の中身を守りたがっている。次に相対したときにはさらに強固なプロテクトを築いていることだろう。
「ーーセントラルサーバー、一部ですが復旧しました! 情報処理能力平時の六〇パーセントまで回復しています! 」
「行きたまえシティ主席エンジニア、グレン=カミンスキー。私が何のためにキミを選んだのか分からない訳ではあるまい? 」
 わずかな沈黙があった。シーリンの場所からはグレンの表情が伺えない。しかし彼は背筋を伸ばし、市長に向けて恭しく敬礼を捧げた。
「わかりました。攻撃を再開させていただきます」
 シーリンが気遣わしげな目でこちらを見ているのが分かったが、グレンは気づかない振りをした。先ほどまでと同じように周囲に指示を飛ばし攻撃の準備を整えいく。市長はその様子を確認すると、足早にオペレーション・ルームを後にした。
 かつかつと廊下に革靴の音が響き渡る。早足で進むメイヤーの顔は冷たく、険しいものになっていた。非常灯のみの明かりの中、落としたトーンで秘書官が彼に話しかける。
「……市長」 
「”ハウンド”を出す。生け捕りが望ましいが最悪の場合射殺しても構わん」
 秘書官は無言で頷くと暗がりの中へ消えていった。
 エレベーターホールでメイヤーは立ち止まった。ガラス張りになった壁からは市街が一望できる。彼は窓際に立ち、数百万の市民の顔を思い描きながらそれを眺めた。
「ーーこの街は私たちのものだ。いつまでも掌の上で踊らされていると思うなよ」
 常に明かりがともり不夜城とも称されるこの街が今では暗く沈みきっている。もう何年も見たことのない月と星が夜空の中に浮かんでいた。
『……』
 アイリスは先ほどから目を閉じたまま一言も発していない。ライフラインの維持に集中しているのだろう。そしてミコト自身にも彼女を気にかけるような余裕は全くなかった。
 シグマドライバ。大学時代にグレンと思いついたアイデアを元に生み出したとっておきのツールだ。それを駆使して”キー・ストーン”の中を、深く深く潜行していく。
 システムダウンの影響はこの砦の中にも及んでいる。街の蠢きすら聞こえないしんと静まり返った部屋の空気は深海のように二人の身体を包んでいた。着底。システムの中の最古の記憶領域にミコトは辿り着く。
 残された日付はもう何百年も昔の物だ。埃にまみれた記憶領域の中を慎重に探索する。潜行開始からすでに二分、時間はない。逸る気持ちを抑えつつも、先へ先へと進んでいく。
「……あった」
 プログラム・アポトーシス。生命が個体をより良く保つために自らの細胞を死に至らしめてしまうという機構。そんな名を付けられたプログラムが深部階層に丁寧に格納されている。発動すれば数百万といった人々を殺しかねないそれは気が抜けるほど簡潔なアルゴリズムで記述されていた。
 これを消せば終わる。コードを選択し、デリートキーを押し込んでーープログラムは消えなかった。
 カチッ、カチッ。何度試してみてもプログラムは消えない。あざ笑うかのようにそこに存在し続けている。
「このっ……! 」
 それなら上位階層ごと消し去ってやる。ミコトは選択範囲を広げようとするが、「彼女」の声がそのその動作を押しとどめた。
『無駄だよ。それは大事なシステムの一部だからね。消させるわけにはいかない』
 声がしたほうにミコトは振り返った。赤い培養液に満たされたカプセルの中で、「彼女」はかすかに笑っていた。目は開かれ、身体の侵蝕も止まっている。確かに彼女の顔だった。確かに彼女の声だった。だがそこにいるのはミコトの知る少女ではなかった。
「アイリス……? 」
『アイリス、か。なるほど、確か前世紀の神話の中にそんな名を持つ女神がいたな。良い名だが、これにつけるには少々もったいない気もするな』
「誰だ、お前は」
 問いつめる声が震えていた。得体の知れないおぞましさをミコトはこの声の主に感じていた。そんな彼の心のうちを知ってか知らずか、「彼女」は口の端をわずかにと持ち上げてにやりと笑った。
『ここまで来たのは私が生み残されてから初めてだ、ミコト=カツラギ。たかだか二百年程度でここまで辿り着けるとは想像もしていなかった。称賛に値するよ』
 定型文のような祝辞を述べてから「彼女」は部屋の中をきょろきょろと見回し始めた。あちらからこちらへ。そっちから向こうの隅へ。興味深そうに眺め回す。
『よしよし。まだ設備自体に痛みは来ていないようだな。私の設計に誤りはなかったということか』
「さっきから何の話をしているんだ」
『おや、キミともあろうものがそんな質問をするのかな? どうせ察しはついているのだろう? 』
 ミコトは顔をしかめた。
『分かってはいるが認めたくないーーそんなところかな。誰しも直視したくない事実というのはあるものだ』
「黙れ。お前には言ってやりたいことが山ほどある」
 ほう、と「彼女」はわざとらしく目を大きく見開いてみせた。
『何かなーーといいたいところだが、まあ想像はつくよ。これのことだろう? 』
 これーーもう胸から上しかなくなった少女の身体を示しながら答える。カプセルの中、ケーブルに繋がれた聖女。何もない場所(”ブランク・ルーム”)を守るために捧げられた生け贄。
『しかしこれは仕方のない犠牲なのだ、ミコト=カツラギ。優れた技能をもつキミなら分かるだろう』
「分からないね、分かりたくもない」
『まあそう言うな。ここは一つ昔話をしようじゃないか』
「……」
 何も言い返さないのを了解の証と受け取ったのか、「彼女」は幾分芝居がかった口調で語り始めた。この街にとっての創世、その神話とも言うべき話を。
『あるところに、非常に科学が発達した街があった。彼らには作物を育てるための豊かな土地も、工業製品を作るために使える資源もなかった。ただ優れた頭脳と技術だけがそこにあった』
『街は技���を売り物にして生きてきた。人が生きるためには例外なく技が必要だ。技があればなんだって生み出せる、作り出せる。モノではなく技術を使い、街は偉大な発展を遂げた』
『ところがある日、街の中で諍いがおこった。技術は街の人々の生きる糧であり、富の源泉でもある。技術を独占しようとする人々とそれに反抗する人々の間の争いはほんの少しの火種のせいで大きく燃え上がった』
『街を守るための技術は街を焼くために使われた。人々を飢えから救うための技術は人々に毒を飲ませるために使われた。不釣り合いな技術に囲まれた人々は自分たちがどんなことを出来るモノを生み出してしまっていたのか、まったく自覚していなかった』
『街は滅び、人々は散り散りになった。後に残されたのは技術だけ。謝った使われ方をした可哀想な技術たちだ。数百年経ってーーそれを人々はまた手に入れようとしている』
 「彼女」はそこで言葉を切った。哀れむような、あきらめたような、そんな不思議な目でミコトを見つめる。
『我々はキミたちに同じ過ちを繰り返して貰いたくないのだよ。技術は残す。だが管理しなければならない。過ぎたる炎はその身を焼く』
「ーーアイリス一人に罪を負わせてもか? 」
『最高のプロテクトのためには必要だったんだ。生体分子の振る舞いはもっとも解析が難しい物の一つだったからねーーもっとも、そのプロテクトもキミたちの前に破られてしまいそうだが。独自に発展したのはハッキング技術ばかりとはね。まったく人間というものは欲深い』
 嘆くように「彼女」は言う。
『隠せば隠すほど暴こうとし、少しでも役に立ちそうなら何が副産しようが顧みない。そして今も技術を巡って争いを繰り広げている。何年何百年経とうが人間というものは変わらない』
「……なるほどね、アイリスが死にたがった気持ちも分かる気がする」
 ミコトは立ち上がった。声はまだ震えていた。恐れではなく、怒りのために。
『キミの同情は理解できるよ。だが無闇な争いを起こさないためにもーー』
「言い訳は寄せ。お前らのつまらない自己顕示欲につきあう気はない」
『自己顕示欲? 』
「ああ。お前らはなんだかんだいって自分たちが作った技術を抹消するのが惜しかったんだよ。だからこんな回りくどい方法で封印した。使いたくなったらいつでもまた引っ張りだせるように。僕が彼女に同情したのはそのつまらないエゴにつき合わされているからだ」
 ミコトはカプセルの中の彼女を見つめた。彼女の口を借りてしゃべっている「彼女」ではなく、だれよりもこの街と人々を愛していたアイリスを。誰にも知られることなく犠牲になっていた少女を。
『わからないね、ミコト=カツラギ。技術は富の源泉だ。何もないこの土地に人が生きるためには技が必要だった。我々の遺産がなければこの新たな街は存在しなかっただろう。もちろん、キミもだ』
「なければ良かったんだよ、この街なんて。過ぎた技術は世界を歪ませるーーお前の言った通りだ」
 ミコトはキーボードを操作した。起動したハッキング・プログラムはいとも簡単にロックを打ち破る。創造主は今、ミコトの目の前で無防備な姿で晒されていた。「彼女」の顔が驚愕に歪む。
『そんな……! 』
「どうした。ここの人間がハッキングが得意だと言ったのはお前だぞ? 」
『……私を消去するというのかね、ミコト=カツラギ』
 ミコトは答えない。
『いずれその決断を後悔することになるさ。パンドラの箱を開けてでてきたものが何か、知らない訳ではあるまい』
「でも最後に希望が残った」
 かたんと軽い音を立て、エンターキーが入力された。強制終了、メモリ・フォーマットスタンバイ。再起動を開始します。
「……」
 ミコトは無言でアイリスを見上げていた。ハッキングは再開され、わずかに残っていた身体の部分も分解が再び始まっている。まだ目は閉ざされたままだが、お陰で彼女が痛みを感じなくてもすむのならそれも良いだろう。
 自壊プログラムはデリートされ、システムのダウンも回復した。妨害のなくなったグレンの解析は順調に進んでいる。使ったラップトップやメディアディスクは記憶媒体部分を粉々に砕いたのでデータの復元は不可能だろう。今度こそミコトのやることは残っていない。
 長いようで短い二年間だった。心にぽっかりと穴があいてしまったような喪失感が身体の中を流れていた。
『……ミコ、ト? 』
「おはよう、アイリス」
 彼女が目覚めたようだった。眠たげな目がゆっくりと開かれ、綺麗な虹彩が現れる。まだ夢の中にいるようなぼんやりとした眼差しをミコトに向けながら、彼女は呟くように話しだした。
『良い夢を、見ていた気がするの。街の中を自由に歩き回って、みんな笑顔で、風のにおいがして、それでーー』
 不意に口をつぐむ。自嘲を感じさせる微笑みは諦めと憧れが入り交じっていて、ミコトは何も言えなかった。
『ごめんね。おかしな話をしちゃったみたい。忘れて』
「アイリス……」
 侵蝕はやむことなく淡々と続いていた。美しい身体は美しく、煌めくように消えていく。
『どうしてかしらね。もう痛くないの。だから、心配しないで』
 言葉が見つからなかった。ミコトは口を真一文字に強く結んだ。
『あなたにはいくら感謝してもしきれない。私の代わりに生きて、幸せになってほしい』
「……約束する。キミが安心して眠れるように」
 アイリスは最後に花のように笑い、泡の中に消えていった。彼女を長い間戒めていたケーブルは、カプセルの底に落ちてカランという音を立てていた。
 一人いて、二人になって、また一人になった。機能を果たしたカプセルはもはやその動作を止めている。静寂と余韻。苦闘の末に与えられた平穏。だがそれは長くは続かない。
「ーー突入! 」
 キャットウォークの上の入り口扉がけたたましい音とともに蹴破られた。総勢七名、ライフルを構えた黒ずくめの男たちが無遠慮に入り込んでくるのをミコトは冷めた目つきで眺めていた。
「ハウンドか。市長も容赦がないな」
「ーー動くな、システム不正アクセスおよび国家反逆罪の疑いで逮捕する」
 七つの銃口は訓練された動きでミコトの周りを取り囲んでいた。テーブルが押し倒され、上においてあった物が散乱する。床にぶつかったオレンジは無惨に砕けてその中身をさらけ出した。
「おいおい、あんまり汚さないでくれよ。ここの掃除は大変なんだ」
「黙れ! 必要とあれば射殺の許可も出ている! 」
 リーダーの男が脅すように銃を構え直した。しかし彼はたじろがない。薄ら笑いさえ浮かべている。
「投降しろ。お��なしくしている限り身の安全は保証する」
「ーーいやだね。彼女を裏切るくらいだったら、約束を破る方がましだ」
「っこの! 」
 ミコトはベルトに挟んでいた小型の拳銃を取り出しこめかみに押し当てた。乾いた銃声が、主のいなくなった部屋に鳴り響いた。
Scene 7 :
 街は今日もいつも通りだった。今日という日を生き抜き、明日という日を迎えるため。人々は相も変わらず路上に店を出し、威勢のいいかけ声を上げ、市場には品物を売りさばこうという気持ちのいい熱気があふれている。グレンはそんな通りのオープンカフェの席に座り、売店で購入した新聞を広げていた。
「……」
ーーメイヤー市長ブランク ・ルームの完全解放を宣言。主席エンジニアのカミンスキー氏は特別表彰へーー
 広場で演説する市長の写真がトップを飾り、紙面には長年の悲願がなされたことに対する威勢のいい言葉が並んでいる。しかし無表情なグレンの目は社会面の片隅に注がれていた。
「はぁはぁ、すみません。遅れてしまって」
 駆け寄ってきたのはシーリンだった。いつもより少しだけ華やかな装い。走ってきたせいかその顔はほんのり上気している。
「いや、気にしなくていい」
「 でも……」
 グレンは新聞を畳むと近くにあったゴミ箱の中に無造作に投げ込み立ち上がった。
「行こう、シーリン。時間というのはあっという間に過ぎてしまうよ」
 二人連れ立って賑やかなストリートを歩く。ふとグレンは立ち止まって上を見上げた。真っ青な空を切り裂く総合市庁舎オベリスクは今日もそこにそびえ立ち、街のすべてを監視している。
「グレンさん? 」
「……いや、なんでもない」 
 グレンは巨大な墓標に背を向けると、シーリンと共に街の人混みの中へと消えて行った。  
fin. 
新作「Re:Bloom ~幻想と渇き~」収録の新刊『Re:Bloom』は夏コミC94二日目・西あ-08bにて頒布予定です。
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unicodesign · 6 years
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2018 Viaggio in Italia パレルモ編その1
ベネチアからパレルモの移動は心配でした。
2月にとったチケットはベネチア〜パレルモ直行便だったのですが、1週間前になって確認すると、実はその便は飛んでおらず、ローマ経由乗り変え時間の短い乗り継ぎ便になってしまったからです。
バゲッジロストにならないか、 ローマで次の搭乗口までダッシュなんてことにならないか。。。など。
ベネチア便が遅れて出発しヒヤヒヤしたら、ローマからパレルモの便もこれまた遅延。搭乗時間はまだなのに、どっとゲートに並んでいるせっかちなイタリア人。
その間に、空港までの送迎に遅延連絡など。レストランは、既に一度予約時間を変更してもらったのだけど、間に合わなそう。
搭乗後、更に遅れますという機長アナウンスに即座のブーイングの嵐。皆の怒りが早すぎて、怒るタイミングに乗り切れない。
結局パレルモ到着20時。ホテル着20時45分。20時半に予約してあったレストランにホテルから連絡してもらい、荷物だけ置いて向かうことに。
なんかもう色々余裕なくて写真がありません。
レストランは、アンティパストがビュッフェ形式というシチリアスタイルが楽しそうと予約したお店。お店素敵だったのに写真がないのでネットから拝借。
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アンティパストビュッフェはこんな感じでずらーっと。
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きのこがいっぱいと喜ぶ母。ポテトやほうれんそう、ラディッキョなどのお野菜、、オリーブも数種類、アンチョビなどいろいろ。
お店のインスタにのっていたこのお料理、ズッキーニのインボルティーニなのだけど、巻かれている中身がわからず。ちょっと甘くて、かぼちゃ?サーモンのペースト?とにかく美味しかった。
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ここから自分撮影。イワシとういきょうのパスタ。
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隣で食べている人を見て、あれ食べたいと母がオーダーしたギザギザパスタ、アンチョビやオリーブが入ったトマトソース。
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デザートのセミフレード。
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帰り道、夜のプレトリア広場。
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建物も人もベネチアとはまるで違うパレルモの町。
翌朝は快晴。ホテルがテアトロマッシモの目の前だったので、ここから。ゴッドファーザー好きとしては、忘れもしないあの階段です。
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朝のパレルモ。マクエダ通り。
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少し歩くとクアットロカンティ。
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四本辻という意味の交差点、四隅にシチリアバロックの建物が囲んでいます。パレルモはもともと大通りが一本しかなく(今のヴィットリオエマニュエル通り)、ヨーロッパでもそれなりに大きな町にしてはさみしいということで、1600年頃、これに直交するマクエダ通りを作り、交差点の四隅の建物を切り落として八角形にして彫刻を置き、広場にしたのだそう。
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1階の彫刻は春夏秋冬を表していて、2階は16世紀以前のスペイン、ハプスブルグ家の支配者たちの像、3階はパレルモの4つの区の守護聖人。
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角を削った建物のひとつは教会でした。San Giuseppe dei Teatini教会。
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昨夜は夜景だったプレトリアの噴水広場。
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サンタカテリーナ教会、バロックらしい青いクーポラと枯れたピンクの壁。
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この噴水は、もともとナポリの総督だったトレド公爵が、隠居生活のためにフィレンツェに購入したお屋敷の庭に置かれるはずだったものだそうで、トスカーナの彫刻家作。完成する前に公爵がなくなりパレルモ市が買い取ったそう。
裸体像ばかりで、ストイックなカトリック信者であ��パレルモの人々には評判がよろしくなく、「恥の噴水」と呼ばれていたとも。
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プレトリア噴水と市庁舎を挟んだベッリーニ広場に2つの教会。左がマルトラーナ教会、右の赤いクーポラがサンカタルド教会。2015年にアラブ・ノルマン様式建造物として世界遺産に登録されました。
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右のサンカタルド教会は、1154年、ノルマン王グリエルモ1世時代に建設され、19世末に大幅に修復された。1787年まで病人の介護施設として使用され、1867年からは町の郵便局としても利用されたというマルチな教会だそう。
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内部に入ると。
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赤いクーポラを中から見上げる
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アラブノルマン様式の特徴のひとつである、窓付きのはめ込みアーチ。
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床のモザイクタイル。ベネチア、トルチェッロの床モザイクよりも、とてもとても細かい。
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続いて、お隣、左のマルトラーナ教会へ。1143年の建造。
シチリアは、紀元前8世紀頃、古代ギリシャ人やフェニキア人が入植したのち、カルタゴ、ローマ、ゲルマン、東ローマ帝国、イスラムと支配され、11世紀になってノルマン王国の南イタリア侵攻により、1130年にノルマン・シチリア王国が成立した。
その初代国王、ルッジェーロ2世の海軍大将ジョルジョ・ディ・アンティオキアが建てたのがこの教会。彼の役職である海軍大将(アッミラリオ)から、Chiesa di Santa Maria dell’Ammiraglioともいう。
外観は改修されたが、この鐘楼はノルマン王朝時代から残るもの。
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中に入ると。
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フレスコ画とビザンチンが混ざり合う。小ぶりな中に色々つまっている。
中央にある瑠璃色の聖龕と呼ばれるものの上に「聖母被昇天」の絵。その上はフレスコで、側廊はビザンチンタイル。左右の柱も微妙に違う。
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中央部のクーポラは「祝福するキリストと4人の大天使」
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全知全能の神キリスト、その周りを大天使達、預言者、聖人などが取り囲む構図になっているそう。
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青もきれい。
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床のモザイク。こちらも繊細。
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入り口の両サイドの側廊には、「聖母マリアのもとのジョルジョ・ディ・アンティオキア」のモザイク画。この教会を建造したアンティキオア海軍大将が、聖母マリアの足元に亀のようにひざまずく姿、亀は忠誠心の象徴だそう。
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モザイクすごい。
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反対側には、「イエスによって戴冠するルッジェーロ2世」
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前日のベネチアとは、まるで別の国のようなシチリアの、先制パンチを浴びつつ、一行はうまいことタクシーをつかまえてシチリア州立美術館へ。
PALAZZO ABATTELLIS、ベネチアの建築家、カルロ・スカルパが手がけた美術館。20年越しの思いがかなう。
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ガイドの個人的な趣向でコースに取り込んだ美術館でしたが、アリタリアの機内誌にヤマザキマリさんのパレルモ紀行が載っていて、「パレルモに行きたいと思ったのは、シチリア州立美術館のアントネッロ・ダ・メッシーナの受胎告知の聖母が見たかったからだ」と取り上げられていたので、母も叔母も楽しみだったようす。
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このパラッツォは15世紀の地元の名士アバテリスが、建築家マッテオカルネヴァーリに依頼したもの。1527年以降、修道院として使われたが、1943年の連合軍の爆撃で破壊。その後部分的に修復されていたが、1953年、カルロスカルパの手に委ねられました。
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展示室の入り口。スカルパらしい扉。
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まず最初に、『死の勝利』というフレスコ画。当初は光の状態に合わせて適切な方向に回転し、形態的厚みを三次元的に見せようとしていたそう。
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絵を立体的に見せる工夫が施されている。
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こちらも淡いピンク色の壁。後ろの黒い穴は修復前のものなのか。まるでデザインの一部みたいにみえる。
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ふわりと浮遊するような展示。細かなところにスカルパの要素が満載。
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ドアの把手。
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タイトルプレート。
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ベンチも。
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目線の高さの彫刻。
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フランチェスコ・ラウラーナ作の『アラゴン家のエレオノーラ』の後ろには緑色のパネル、少し浮いたように設置されています。
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カステルヴェッキオを思い出すような。
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階段の部屋。
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階段はカリーニ石製。
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彫刻の台座も美しい。
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再び中庭にでて2階へあがる。外観はそのままに、新しい窓枠がはめられている。
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シチリアの強い太陽の光と影。
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階段室にも展示。
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2階、ピサの十字架の展示室。鉄のフレームの中に浮いたように取り付けられている。
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ここで、何かを察したか、美術館員の方がスカルパの設計について色々と説明をしてくれる。
1954年オープン当時はまだ照明も今のように完璧ではなく、光にあわせて位置を動かせるのよと。
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おーー。最初に見た絵が当初回転したというのもこうゆうことか。
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ほらこっちも、とご案内いただき、すたすたと言われるがままについてゆくと
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こんな具合に、動かして見せてくれました。
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このスリット窓も、光を取り入れるためのスカルパの工夫だそう。
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この隙間にも展示が。
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ここが宮殿正面の全長を占める大展示室の十字架。これも石の台座にふわりと乗っている。
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そして、アントネッロ・ダ・メッシーナの部屋に。
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木のパネルとスチールの組み合わせ。これも回転式。
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吹付塗装と布張りされたパネルに取り付けられた『受胎告知』
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イタリアで見るたいていの『受胎告知』の絵は、マリアの懐胎を告げる大天使ガブリエルと、お告げを受け止める聖母マリアを横から見た構図で描かれていますが、この絵は真正面のマリア様のみ。大天使ガブリエルが見ているマリア様という構図になっているそう。ガブリエルの気持ちで。
そして最後に、上から再び見る『死の勝利』が迫力。
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ベネチアではレスタウロ(修復)という分野で、様々に古い建築に新しいデザインを融合する空間をつくりあげたスカルパですが、このアバテリスでも、スカルパらしさが輝いていました。想像以上にすごかった。
木、コンクリート、カラフルな漆喰、錆びた鉄、ガラスなど、素材の使い方、ネジやヒンジまで手作りで作ったというディテールへのこだわり、自分がスカルパに憧れてベネチア行きを決め、生でその建築を見たときのあのワクワクした高揚感を思い出すようでした。
この美術館は、必ずやもう一度来たい。
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このあと、パレルモ最大の市場、MERCATO BALLARO(バッラロ市場)に向かいます、メルカートから、ノルマン、ビザンチンの世界遺産巡りはその2に続く・・・
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kachoushi · 2 years
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各地句会報
花鳥誌 令和4年8月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和4年5月7日 零の会 坊城俊樹選 特選句
金剛の粒となりけり薔薇の雨 和子 鍵穴を覗けば明治聖五月 きみよ 薔薇園のクレオパトラはまだ蕾 秋尚 ひざまづく職人の手に朽ちし薔薇 久 華やかに薔薇から離れゆく女 順子 旧家とは黴の匂ひと薔薇の香と 久 ダイアナと言ふ白薔薇にさみだるる きみよ 避雷針錆びて眠りし夏館 いづみ セルを着て館の手すり撫でてをり 季凜 棕櫚の花待つ洋館の灯は昏く 和子 この薔薇も名の幻を抱き続け 順子 罪深き身をつつみたる薔薇の風 和子
岡田順子選 特選句
セピア色かな夏炉の上の写真 光子 父と子の聖霊が触れバラ白に いづみ 緞通の褪せし撞球室に夏 光子 大滝の水のふたつの光る芯 三郎 裏木戸を守る閂とめまとひと 久 黴の世や蔵に遺作の絵が少し 同 薔薇の夜に抱かれて園の鳥となり いづみ いくつもの薔薇の名を呼びゐたりけり 光子 薔薇を売る男はそつと跪く 小鳥 金剛の粒となりけり薔薇の雨 和子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月9日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
観音の慈悲の眼差し春の雨 中山昭子 春愁や逝きたる友と病む友と ミチ子 奥院に鎮もる神や祭果つ 昭中山子 渓水の音も卯の花腐しかな 時江 田植機の通りて泥の日曜日 久子 幾何学も知らず蜘蛛の囲かけてをり 中山昭子 代掻くや鉄塔揺らし雲揺らす みす枝 仏壇の母と語りし母の日よ 信子 無人駅菜の花一輪挿しの卓 英美子 海色の風を運びて夏来る 時江 とりどりの駄菓子買ひ込み昭和の日 上嶋昭子 粽解く香りの中に母の顔 みす枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月9日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
北信の山々を背に鯉幟 貴薫 風を呑む園児手作り鯉のぼり 三無 新茶淹れ母と語らふ京都旅 せつこ そこはかと由緒ある家鯉幟 美貴 嫌なことすうと消えゆく新茶の香 美貴 故郷の新茶届きて長電話 史空 鯉幟男児誕生高らかに せつこ 新茶汲む最後の雫ていねいに 美貴 新茶の香部屋にすつきり立ち昇り せつこ 五人目にたうたう男の子鯉幟 あき子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月9日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
奥越の麻耶姫目覚め山若葉 令子 子どもの日少年その日句を作る 同 書き込みの多き譜面や夏浅し 登美子 駆け足も卯月の雨に追ひつかれ 紀子 肩ぐるま手を伸ばしをり藤の花 実加 二輪車のオイル残香夏に入る 紀子 菓子のやう小さなトマト頰張りし あけみ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月10日 萩花鳥句会
句友とも会へぬコロナや夏に入る 祐子 育つ子に未来の風を鯉のぼり 健雄 ひとけなく今は昔の多越の藤 恒雄 葉桜や母と集ひしこのホテル ゆかり 甘夏の里は潮風吹くところ 陽子 葉桜を揺らす影なし廃校舎 明子 葉桜の土手お揃ひのユニホーム 美恵子
………………………………………………………………
令和4年5月12日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
ウクライナいつまで続く五月闇 由季子 母の日に思ふ後に父もゐて さとみ おしやれする気持ちかき立て更衣 同 麦秋や大河一筋地を分ける 都
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月12日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
湯の句会 第一回
ご機嫌の鶯老を鳴きにけり かづを 若葉風光となりて消えゆけり 同 雨意去りし故山に鶯老を鳴く 同 問ひかけに長い返事や暮れの春 和子 黄金の麦田後へ三国線 同 絹ずれの音��女将の裾捌き 雪子 群青の海深くして沖朧 希
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月13日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
湯の句会 第二回
境内に浄土思はす白牡丹 希 巫女が舞ふ白きうなじの祭髪 同 日本海見えゐる岬卯波寄す 同 夏立つや虹物語ある町の 匠 雑談に疎き耳なり宿浴衣 清女 宿の名に謂のありて花菖蒲 千代子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月13日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
チューリップ幼き我に連れ戻す 佐代子 海彦へ浜の茅花野風に伏す 都 廃線の駅名標に花菜雨 宇太郎 風を待つ鯉幟眼を天に向け 佐代子 葉がくれに花見つけたり朴散華 すみ子 虞美人の涙のかたち芥子坊主 美智子 配膳車筍飯の香を乗せて 悦子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月14日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
野仏の錫􄼺の錆姫女菀 亜栄子 木陰抜け風の広ごる麦の秋 秋尚 枡形はなべて大樹や寺若葉 百合子 竹林を暗め卯の花腐しかな 秋尚 鯉のぼり色塗り分けて切り抜いて 白陶 母の日は父の寡黙の思ひ出も ゆう子 母の日の遺影の母は凜として 多美女 雨に濡れ向きそれぞれの竹落葉 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月15日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
頰杖の墓美しく新樹光 慶月 木の朽ちて大蛇めきたる翳り沼 文英 あぢさゐの色ととのはず人逝けり 葉月 黒南風や樹霊を浸す水の音 千種 蜘蛛の糸聖観音の背中より 慶月 鎌倉へ羽蟻を運ぶ蟻一つ 久子 青梅の転がる坂の下に句碑 要
栗林圭魚選 特選句
朴の花真白き命天に置き 三無 大空を水馬飛ぶ池の面 軽象 ひとつづつ落つる準備のえごの花 秋尚 稲毛氏の寺門はひそと朴の花 芙佐子 錆びゆくを天へ曝して朴の花 要 母の塔新樹の風に集ふ人 ます江 翡翠の帰りを待たず水流る 久
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
口笛の鳴る子鳴らぬ子揚げ雲雀 清女 一匹の蟻に従ふ千の蟻 英美子 魚釣る女子学生の夏帽子 千代子 三代も待ちし男の子や鯉幟 みす枝 新緑を塗り重ねたる昨夜の雨 かづを 金色の観音像や夏近し 和子 ロシアより卯波来るかと若狭湾 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月18日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
母の日や吾子は二人の母となり 千加江 葉桜や葉室麟よむ木陰あり 令子 早逝の友かと思ふ春の虹 淳子 母と子の二人だけなる鯉幟 同 花衣母の手を借り着たる日も 清女 麦秋の夕陽をあびて波立ちぬ 笑子 ぜんまいの萌ゆのけぞつてのけぞつて 雪 髢草少し癖毛でありし母 同 春日あまねし万葉の流刑地に 同 鶯や万葉の野を席巻す 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月21日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
一輪は少し小さく二輪草 雪 咲き倦みし十二単の紫も 同 人淋し二人静の花の名に 同 新しき鋏で薔薇の手入かな 同 人乗せてふらここと云ふ揺れ様に 同 永き日や動かして見る石一つ 同 人の世に二人静の花として 同 花冷と云ふ美しき夜の色 同 蝶知るや初蝶として待たれしを 同 虹立ちぬ私雨に軒借れば 一涓 町中の道に横切る蛇に遇ふ 中山昭子 羅やピアスに及ぶ愁ひあり 上嶋昭子 噴水のみどりの風に穂を揃へ 世詩明 風鈴を吊りて孤独を紛らはし 同 妊れる女片影寄り歩く 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月22日 月例会 坊城俊樹選 特選句
十字架はエルサレムへ向け風光る いづみ 青葉蔭ひそと風神育ちつつ 千種 砲口は二度と開かず夏の雲 月惑 風見鶏よりゆらゆらと夏の蝶 炳子 ジーパンへ真夏の脚をとぢこめる 光子 白鳩は夏雲の綺羅として零れ 小鳥 肩上げて走る少年夏の雲 和子 行く先へ一瞬止まる瑠璃蜥蜴 政江
岡田順子選 特選句
花に棲む木霊らしきへ黒揚羽 俊樹 夏霞海峡の橋空に架く 裕章 ジーパンへ真夏の脚をとぢこめる 光子 磔刑のイエスへ舞はぬ黒揚羽 俊樹 舞殿の鈴の鳴るかにユッカかな 圭魚 蓮の葉はいまだ小人が乗る程度 俊樹 靖国の同期のさくらんぼ揺るる いづみ 􄑰􄑰を緋鯉呑みては金色に 俊樹 衛士は今休めの姿勢木下闇 梓渕 教会や十字架雲の峰を生む 和子
栗林圭魚選 特選句
桜の実踏み研修のバスガイド 順子 病葉を掃き寄せ森に戻しけり 梓渕 炎昼の影を小さく警邏立つ 光子 新樹萌え茶室を闇に誘へり 梓渕 万緑の闇に鎮みし八咫鏡 いづみ 山姥の齧り捨てたる桜の実 要 葉桜や雑念払ひ切れずをり 秋尚
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年5月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
兵の死へ怒濤のごとき冬銀河 佐和 潮の香の茅花流しに出会ふ道 久美子 茅花流しみすゞの海の鯨墓 美穂 捩花や後ろの正面だあれ ひとみ 苺この光沢ベネチアングラス 勝利 夏潮の夕餉にぎあふ漁師飯 喜和 薬玉に風は平城宮より来 愛 茅花流し川向うより蹄音 成子 ビルの窓アルミホイルのやうな夏 ひとみ 離れ難くて飛ばしたる草矢かな 美穂
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和4年4月6日 立待俳句会 坊城俊樹選 特選句
筍が十二単を纏ひつつ 世詩明 南方に行けば散りたる渡り鳥 同 巣つばめに留守を預けし駐在所 同 風立ちて赤き炎の野火走る ただし 霾るや大名町も片町も 清女 小屋の前若芽探るや茗荷汁 輝一 猫寺に春待ち顔の猫ばかり 洋子 三つ編の少女三人ふらここに 同 蕗の薹仏秘観音在す寺 やす香 乱心の如くさまよひ梅雨の蝶 秋子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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kachoushi · 3 years
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各地句会報
花鳥誌 令和3年7月号
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坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和3年4月1日 うづら三日の月句会 坊城俊樹選 特選句
春彼岸阿弥陀背にして説法を 柏葉 母編みし毛糸のベスト解いて編む 由季子 解く帯に桜一片舞ひ落ちぬ 都   人に酔ひ酒にほろ酔ふ花の園 同  初蝶の行きつ戻りつ旅立ちぬ 同 
(順不同特選句のみ掲載) ……………………………………………………………… 
令和3年4月1日 花鳥さゞれ会 坊城俊樹選 特選句
天蓋は万朶の桜愛子の忌 かづを 最古てふ天主や花の海に浮き 同  椿落つ秘めたる想ひ絶ち切れず 笑   花の寺御仏こぞりて笑み賜ふ 同  走り根の絡む老木の花淡く 希   鐘楼門栄華の花は盛りなり 同  初蝶の止まつてばかりゐる黄色 雪   ぽつたりと云ふ落ち様の肥後椿 清女 濠は今満月のもと花万朶 数幸 ねむたげな目をして地蔵花の寺 天空
(順不同特選句のみ掲載) ……………………………………………………………… 
令和3年4月3日 零の会 坊城俊樹選 特選句
花屑の起伏を流れたる音頭 要   あかんばうだらんと垂れて八重桜 いづみ カーブへと都電の軋む花の駅 眞理子 霾やホテルアスカのネオン消え 光子 白き指触れれば老いてゆく桜 順子 花山のお狐さんの花見酒 きみよ 風光る都電カーブに傾けば 光子 花追うてちんちん電車下町へ きみよ 丁字路に男惑へば花ふぶき 和子 貨車つづく花の昼なら長々と 和子 春惜しむやうに各駅停車かな いづみ 花衣花の音頭に揺れ止まず 慶月
岡田順子選 特選句
花屑の起伏を流れたる音頭 要   花吹雪その一瞬の神かくし 久   北病棟梟徘徊する深夜 公 世 山頂は花の冠雪なりしかな 俊樹 春昼の子爵の気配する館 きみよ 動くたび翠玉に化け春の蠅 小鳥 落つ花も落ちざる花も狐憑く 俊�� お屋敷は棕櫚の置かれし復活祭 いづみ 山吹や古き稲荷に鬼女の謂 千種 都電行く花のレールを懇ろに 俊樹
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令和3年4月7日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
愛子忌や花の仏の目鼻だち 世詩明 陽炎や聖火近づく靴の音 ただし 尼様の逝かれて久し花の庵 清女 春愁や廊下に邪魔なすべり台 同  屋根の上猫を消し去る花吹雪 誠
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令和3年4月9日 芦原花鳥句会 坊城俊樹選 特選句    塵芥浜に打ち寄す涅槃西風 よみ子 紅椿落ちしまゝなりいくへにも 寛子 朧の夜磨りて薙刀月なりぬ 依子
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令和3年4月9日 札幌花鳥会 坊城俊樹選 特選句
亀鳴くや狸小路といふところ 清   子猫には知らぬ値札の差でありき 同  新しき街にもなれて朧月 同  いつの間に少女は乙女初蝶来 晶子 ほつとする出会ひに似たり蕗の薹 寛子 鮨屋出てちよいと歌碑まで啄木忌 のりこ 舞姫の余波の浜の桜貝 岬月 空海の学びし都霾れり 雅春 花は葉に大樹あくまで孤高なる 同
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令和3年4月9日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
葱坊主砂丘の畑に海を見て 栄子 縮こまりゐしが色めき勿忘草 史子 妹の炊く釘煮の味や春の潮 佐代子 花曇貝殻拾ふ習はしに 幸子 チューリップ閉ぢて乗せゐる細き月 都   払暁の厨に水を撒く浅蜊 宇太郎 大手門潜り落花の畏まる 悦子 鞦韆や正面にある日本海 益恵 大土手に游がせ青き鯉幟 益恵 囀や赤子は喃語はなしかけ 和 子
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令和3年4月10日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
もこもこと花に潜りし虻の尻 三無 著莪咲くや十年祭のとしあつ師 文英 石楠花の色の溢れて空の青 同  虻戻る宙の一点違へずに 秋尚 野の草も木々も輝く寺うらら 瑞枝 影淡く残しほぐるる牡丹かな 秋尚 若楓日に透けて師の十年祭 文英 蜃気楼より戻りくる大漁旗 三無 手のひらに残花ひとひらとしあつ忌 同  花筏小鷺の暫し石の上 文英
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令和3年4月12日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
笑ひ皺深き自画像山笑ふ 清女 ヘリコプター右往左往の霾ぐもり ただし 一輪の菜の花明り無人駅 英美子 二百羽の白鳥去りて水落とす さよ子 となりからグラタン届く蝶の昼 清女 黒々と土掘り起こす夫の春 錦子 お姉さんと呼ばれし母の古浴衣 清女 昭和史を読み継ぐ窓や冴返る 上嶋昭子 落花浴び二人の会話とめどなく 中山昭子 風光る子の背で踊るランドセル 英美子 霾れり外は砂塵の匂ひあり 中山昭子 日差し受け新樹ふくらみ山太る みす枝 牡丹の土くろぐろとごろごろと 信子 調停を終へて出で来る白日傘 上嶋昭子 四月馬鹿小さくなりし力こぶ 三四郎 豊麗といふ重さあり八重桜 上嶋昭子
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令和3年4月12日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
草団子つかまり立ちし子の笑ふ 実加 花の雲散りては隠れ鳥の群 あけみ 空色のファーストシューズ若草に 登美子 自転車で駆け抜けてみる花吹雪 紀子 花の下貨物列車がゆつくりと 同  リード張る犬の目の先青葉萌ゆ あけみ 草餅を炙るおばあの手の記憶 同  春の灯や見覚えのある泣きぼくろ 登美子
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令和3年4月12日 伊藤柏翠俳句記念館 坊城俊樹選 特選句
花万朶天守の高さ残し散る かづを 天主てふ高さ支へし花の雲 同  天帝の機嫌のよしや雲雀また 同  散る花に戦争語る皺深く みす枝 はじめての大地歩む児風光る 同  春愁や黒が似合ふと云ひし人 雪   鳥帰る古墳の山を越えて行く 千代子 涅槃図の嘆きの蛇の舌赤し ただし 葱坊主蝶遊ばせて三畝ほど 高畑和子 天に紅地に錆色の落椿 英美子 鯉幟青空支配してゐたる 世詩明
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令和3年4月12日 福井花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
妻の座に一人占めなる春炬燵 世詩明 巣立鳥軒離れるに啼き叫ぶ 同  春水の池も小川も老舗宿 和子 風の中ゆつくり曲がる花筏 千加江 チューリップどんな空にも納まりて 同  吾が前にチューリップ揺れ百八色 昭子 児の描く屋根より高いチューリップ 啓子 春塵や踏台見ゆる古本屋 泰俊 義士祭や夕日の端に寺箒 同  黒髪の如くつらつら椿かな 雪
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令和3年4月12日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
とりどりの緑の若葉森太る 三無 淡く透け風を誘ふ栃若葉 秋尚 初蝶は白でありけり水辺ゆく 和魚 地を漁る鳩嬉嬉として躑躅燃ゆ 三無 サッカーの声を散らして若葉風 怜   若芝を歩く足裏に気の満ちる 貴薫 東屋の池の水枯れ著莪の花 せつこ 傾きし午後の日集め山吹黄 秋尚
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令和3年4月13日 萩花鳥句会
秀吉を偲ぶ醍醐寺春の星 祐子 入寮す荷解きの窓春の月 美恵子 金の座の柔人生花吹雪く 健雄 明日発つ子に取り分ける桜鯛 陽子 春の月言葉少なに客送り ゆかり さくらさくら今は無人となりし駅 克弘
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令和3年4月18日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
囀のやみておくつき土匂ふ ゆう子 鶯の声の滴の落つる句碑 三無 大空を抱きて長閑母の塔 亜栄子 法鼓鳴る終の牡丹のいよよなる 慶月 鯉幟岡本太郎の目がふたつ 千種 武士の如蘖ゆる城址かな 斉  
栗林圭魚選 特選句
年尾来よ陽子の墓へ虹架けて 俊樹 シーサーの睨みの門扉松の芯 亜栄子 初蝶来うすむらさきの影を追ひ 久   若楓威を持ちて守る年尾句碑 文英 葉の蔭に香り残して花通草 秋尚 春行くやおほよそおうてゐる時計 久   武士の如蘖ゆる城址かな 斉   枡形の山峡深く藤懸かる 亜栄子
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令和3年4月22日 鯖江花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
うららかや女医に診られてゐる鼓動 一涓 グクと泣く鍬先に詫び畑を打つ 同  訪へば由利に左内に花吹雪 同  ことごとく合掌解きて紫木蓮 同  初蝶の黄のあまりにも濃ゆきこと 雪   雨上がり燕大きく十字切る 信子 天を指す指より甘茶光り落つ みす枝 化粧水顔を叩けば夏めきぬ 世詩明
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九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
風光る帆を張る船は膨らみて 佐和 風光る紙飛行機の未知の空 久美子 胸もとへ闇はゆるやか花衣 佐和 風光る臍の緒ほろと母の手に 睦子 花屑を浮かべ流離の水となり 朝子 星月夜帰船に満ちし博多港 佐和 ゆるゆると緋鯉にゆらぐ春の雲 勝利 いつまでも止めぬ石蹴り風光る 久美子 花蘇枋久女多佳子のこゑ聞こゆ 美穂 風光り手押しポンプは水を吐く 洋子 空までも君と一緒の半仙戯 さえこ 炊出しに悪漢もゐて彼岸寺 喜和 かくれんぼいつかひとりの春の暮 ひとみ たちがみの天馬とまがふ仔馬生れ 千代
(順不同特選句のみ掲載) ……………………………………………………………… 
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