Tumgik
#荒波々幾大神
ari0921 · 5 months
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和五年(2023)12月27日(水曜日)参
    通巻第8070号
 AIは喜怒哀楽を表現できない。人間の霊的な精神の営為を超えることはない
  文学の名作は豊かな情感と創造性の霊感がつくりだしたのだ
*************************
 わずか五七五の十七文字で、すべてを印象的に表現できる芸術が俳句である。三十一文字に表すのが和歌である。文学の極地といってよい。
どんな新聞や雑誌にも俳句と和歌の欄があり、多くの読者を引きつけている。その魅力の源泉に、私たちはAI時代の創作のあり方を見いだせるのではないか。
 「荒海や佐渡によこたう天の川」、「夏草や強者どもが夢の跡」、「無残やな甲の下の蟋蟀」、「旅に病で夢は枯野をかけ巡る」。。。。。
 このような芭蕉の俳句を、AIは真似事は出来るだろうが、人の心を打つ名句をひねり出すとは考えにくい。和歌もそうだろう。
 『春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天香具山』(持統天皇)
 皇族から庶民に至るまで日本人は深い味わいが籠もる歌を詠んだ。歌の伝統はすでにスサノオの出雲八重垣にはじまり、ヤマトタケルの「まほろば」へとうたいつがれた。
 しかし人工知能(AI)の開発を米国と凌ぎを削る中国で、ついにAIが書いたSF小説が文学賞を受賞した。衝撃に近いニュースである。
 生成AIで対話を繰り返し、たったの3時間で作品が完成したと『武漢晩報』(12月26日)が報じた。この作品は『機憶(機械の記憶)の地』と題され、実験の失敗で家族の記憶を失った神経工学の専門家が、AIとともに仮想空間「メタバース」を旅して自らの記憶を取り戻そうとする短編。作者は清華大でAIを研究する沈陽教授である。生成AIと66回の対話を重ね、沈教授はこの作品を「江蘇省青年SF作品大賞」に応募した。AIが生成した作品であることを予め知らされていたのは選考委員6人のうち1人だけで、委員3人がこの作品を推薦し
「2等賞」受賞となったとか。
 きっと近年中に芥川賞、直木賞、谷崎賞、川端賞のほかに文学界新人賞、群像賞など新人が応募できる文学賞は中止することになるのでは? 考えようによっては、それは恐るべき時代ではないのか。
 文学の名作は最初の一行が作家の精神の凝縮として呻吟から産まれるのである。
 紫式部『源氏物語』の有名な書き出しはこうである。
「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
 ライバルは清少納言だった。「春は曙、やうやう白く成り行く山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる」(清少納言『『枕草子』』
 「かくありし時すぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経るひとありけり」(道綱母『蜻蛉日記』)
 額田女王の和歌の代表作とされるのは、愛媛の港で白村江へ向かおうとする船団の情景を齊明天王の心情に託して詠んだ。
「熟田津に 船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕こぎ出いでな」(『万葉集』)。
 「昔、男初冠して、平城の京春日の郷に、しるよしして、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。」(『伊勢物語』)
 ▼中世の日本人はかくも情緒にみちていた
 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」(『方丈記』)
 『平家物語』の書き出しは誰もが知っている。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。 猛き者も遂にはほろびぬ、 偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ」。
 『太平記』の書き出しは「蒙(もう)竊(ひそ)かに古今の変化を探つて、安危の所由を察(み)るに、覆つて外(ほか)なきは天の徳なり」(『太平記』兵藤祐己校注、岩波文庫版)
「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」(『徒然草』)
 古代から平安時代まで日本の文学は無常観を基盤としている。
 江戸時代になると、文章が多彩に変わる。
 井原西鶴の『好色一代男』の書き出しは「「本朝遊女のはじまり、江州の朝妻、播州の室津より事起こりて、いま国々になりぬ」
 上田秋成の『雨月物語』の書き出しはこうだ。
「あふ坂の関守にゆるされてより、秋こし山の黄葉(もみぢ)見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海がた、不尽(ふじ)の高嶺の煙、浮島がはら、清見が関、大磯小いその浦々」。
 近代文学は文体がかわって合理性を帯びてくる。
「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村『夜明け前』)
「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜ぬかした事がある」(夏目漱石『坊っちゃん』)
「石炭をば早はや積み果てつ。中等室の卓つくゑのほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒らなり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌カルタ仲間もホテルに宿りて、舟に残れるは余一人ひとりのみなれば」(森鴎外『舞姫』)。
 描写は絵画的になり実生活の情緒が溢れる。
「国境の長いトンネルをぬけると雪国だった」(川端康成『雪国』)
 谷崎潤一郎『細雪』の書き出しは写実的になる。
「『こいさん、頼むわ』。鏡の中で、廊下からうしろへ這入はいって来た妙子を見ると、自分で襟えりを塗りかけていた刷毛はけを渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据みすえながら、『雪子ちゃん下で何してる』と、幸子はきいた」。
 「或春の日暮れです。唐の都洛陽の西の門の下に、ばんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました」(芥川龍之介『杜子春』)
 ▼戦後文学はかなり変質を遂げたが。。。
戦後文学はそれぞれが独自の文体を発揮し始めた。
 「朝、食堂でスウプをひとさじ吸って、お母様が『あ』と幽(かす)かな声をお挙げになった」(太宰治『斜陽』)
 「その頃も旅をしていた。ある国を出て、別の国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた」(開高健『夏の闇』)
 「雪後庵は起伏の多い小石川の高台にあって、幸いに戦災を免れた」(三島由紀夫『宴のあと』)
和歌もかなりの変質を遂げた。
正統派の辞世は
「益荒男が 手挟む太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐えて今日の初霜」(三島由紀夫)
「散るをいとふ 世にも人にも さきがけて 散るこそ花と 吹く小夜嵐」(同)
 サラダ記念日などのような前衛は例外としても、たとえば寺山修司の和歌は
「マッチ擦る つかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや。」
 わずか三十一文字のなかで総てが凝縮されている。そこから想像が拡がっていく。
 こうした絶望、空虚、無常を表す人間の微細な感情は、喜怒哀楽のない機械が想像出来るとはとうてい考えられないのである。
AIは人間の霊感、霊的な精神の営みをこえることはない。
5 notes · View notes
elle-p · 1 year
Text
P3 Club Book pages 5-6 scan and transcription.
Tumblr media Tumblr media
Qタルタロスとか、影時間とか、適性とか、家徴化とか、難しくってワケわからん! まとめて教えろ!
幾   なんだか乱暴な質問だねえ。質問してしるメの、頭の程度が知れるというか······。
伊織順平(以下「順」)   わーるかったな、頭悪くてよっ!手前だっていつもデイブ・ス○クター並みのダジャレばっかりで、人の頭のことが言えた義理かっ!
幾   ひ、告いよ順平くん······いつも虚無に荷まれる僕の数少ない娯楽をそんなに否定しなくても······。
ア   そうであります。 順平さんはひどいであります。
幾   あ、アイギスう~ (感涙)
ア   幾月さんへのキツイつっこみは、わたしの一番の大事であります。 人の出番を取るのは酷いであります。
幾   論点そこなの一っ!?
順   ま、そりゃいいからさ。とにかく細かいところ教えてくれよ。
幾   それでは気を取り直して。ゴホン。さっきの質問で挙げたいくつかの項目は、シャドウのある能力が大きく関わってるんだ。ちょうどいいからまとめて説明してしまおうね。
順   ある能力?
幾   そう。 ある一定数のシャドウが結合して、はじめて使える能力。 それはなんと、時空に干渉する能力なんだよ。 既に説明したように、シャドウは乗まって二ュクのカを取り戻したがっている。 だけど、普通の生物と違って精神的存在であるシャドウは、通常空間ではまともに行動できないんだ。 そこで、自分たちだけが自由に動ける場所を求め、その時空に干渉する能力で、通常時間の隙間に治外法権を作り出したのさ。
順   それって、影時間のことスか?
幾   そういうこと!そうやって作られた影時間は、通常間からは干渉を受けない特別な時空間だ。逆にシャドウたちも、通常空間にある物には干渉できない。で、家徴化というものの説明なんだけど、これは影時間から外れた場所にいる人間が、一切干渉を受けないという現象が、視覚化されたものと考えられている。堅い金外見なのは、シャドウからは傷つけられないとりうことの象徴ってわけだね。
順   うーん、やっぱ難しいッス。で、オレらみたく、影時間に入れる人間ってのは何が違うんすか?
幾   適応者のことだねっ普通の人は、心の奥のシャドウを抑圧しているだけで、基本的には目を逸らしている。そりゃ、普段から死ぬことばかり考えてたくはないからね。だけど中には、死に対して真正面から向き合って、それでいて死に取り憑かれることのない人がいる。さらにそういう人の中には、無意識ではあるが自分の中のシャドウを制御し、その能力を獲得できる人がいるんだよ。
ア   つまり、シャドウ同じく時空に干渉するカを得た人が、適応者というわけでありますね?
順   んじゃ、タルタロスつーのは?あれが一番よくわかんねえ。
幾   あれはねー、そ、いうなればアンテナってとこかな?タルタロスは、ニュクスの精神が月に宿った自分の肉体を呼ぶ際の目印、ランドマークになるんだ。だから、街中で人間から抜け出したシャドウは、みんなタルタロスに集結し、結合を繰り返して精神体としての力を取り戻そうとする。カを増せばタルタロスもどんどん高くなり、最終的にそれを目指して肉体=月が降下して、十分に大きくなった精神体との融合が果たされるというわけなんたね。
Q時間が止まった影時間で、どうして美鶴のバイクやアイギスなと、一部のメカだけが動けるの?
幾   これにはね、とある不思議な物質が大きな役割を果たしている。本来、地球上には存在しない物質、黄昏の羽といつものだ。
ア   それって、イージーモードでプレイしたときのコンティニューアイテムでありますよね?
幾   そう。実はあの羽はね、月と同化したニュクスの肉体の表面が薄く割がれて、地球まで落ちてきたものなんだよ。つまりニュクスの体の一部ってわけだ。鳥の羽って呼ばれてるんだよ。これは物質と情報の中間的性質を持っていて、死の権化ニュクス生命に近い波動を帯びているというものだ。また同時に、シャドウと同様に時空に干渉する能力も持っている。そのため、この黄昏の羽を中枢に組み込んだ機械は、影時間でも作動させることができるようになるわけだ。桐条君のバイクも、皆が使っている召喚器も、おべてこの黄昏の羽が内部に組み込まれているんだよ。
ア   すると、もしかして······。
幾   もちろんアイギスの中枢にも黄昏の羽は組み込まれている。とくにアイギスの中にあるのは、2枚の羽がくっついて蝶のような×型になっているもので、パピヨンハートと呼ばれる最大級のものだ。これは同時に、アイギスに人と同じ精神を宿らせる役にも立っているし、動源でもある。ただ、ほとんどブラックボックスで、詳しい原理は明らかになってないんだけどね。
ア   なんだか複雑であります。
幾   強敵に対抗するには、その敵のカすらも利用するしたたかさが必要ってわけだね。
Q10年前に桐条財閥がやった実験って、結局何が目的だったんですか? ストレがについても教えて!
幾   そもそも、桐条グループがシャドウ研究を始めたのは、先ほど説明した黄昏の羽を、桐条鴻悦が偶然手に入れたことがきっかけだったんだ。
ア   そうだったのでありますか?
幾   最初は、羽が持つ不思議な力を解明し、何かの役に立てようと思ってはいたんだろうね。しかし、その研究が進むにつれ、鴻悦はニュクスの存在に気づいてしまう。このあたりは、本編のシナリオでも語られていることだよね。やがて彼は、終末思想に取り憑かれてしまい、ニュクスを降臨させるための作業を実行した。それが、10年前に行なわれた実験というわけさ。具体的に言うと、本当なら数多くの人々が終末に取り憑かれるという条件が必要なはずの滅びを、人為的にシャドウを集めて強制的に結合させ、デスを生み出すことで実現させるはずだった。
ア   それをわたしが、あの方の中にデスを封印するという不本意な方法で、解決したでありますね。
幾   そう。そこでそれまでは下ってワケ。失敗した実験の後始末を積極的に引き受けることで、桐条内部での地位を大きくアップさせて、ついには桐条武治氏とも対等に話せるようになったデスを探すために特別課外活動部の設立にも尽力し、理事長の座も手に入れた。そしてついに、のちにリーダーとなる彼を発見したんだね。
ア   まったく、最悪でありますよ。で、ストレガの皆さんはどういう経緯で生み出されたでありますか?
幾   いや~、あれはなかったことに。
タカヤ(以下「タ」)   なかったこと······じゃ済まないでしょう。
ジン(以下「ジ」)   ホンマや!いちびったこと言うとったら、奥歯ガ夕ガ夕いわしたるで!
幾   げげっ、君たち······。
タ   私たちが替わって説明しましょう。 シャドウ研究の中で、シャドウに対抗しうるぺルソナの存在は既に確認されていました。 ただ、その能力を得る条件が、詳しくわかっていなかったようですね。 そこで幾月氏は、子供たちを集めては非人道的な実験を繰り返し、人工的なぺルソナ使いを生み出そうとしたのです。 数十人のサンプル中、生き延びたのは我々を含めて数人、でしたね······。
ア   どうして、わざわざ子供を使ったのでありますか?
ジ   桐条が最初に確認したペルソナ使いが、あの美鶴とかいうネーちゃんやったからとちゃうかな。 ま、とにかくわしらは、薬に頼らんとまともに生きてくこともできん、出来損ないやったわけや。 まあ、荒垣って兄ちゃんみたいに、自然覚醒でも不安定なヤツはおるんやけどな。
タ   ともかく、私たちは桐条に見切りをつけ、大量の制御剤を持って逃亡したわけです。そして、そのときに逃げらわなかった残りのサンプルは······最初の夕ル夕口ス探索で、すべて口スト一ー行方不明となりました。そうして、この人工的にぺルソナ使いを作り出す計印されたのであ。でも、そんなに恨んではいませんよ。おかげで、滅びに近づくことが出来たわけですからね。
ア   まったく痛ましいことであります。お詫びに、幾月さんはしっかりシメとくであります。
幾   そりゃないよ、アイギス······。
召喚器にも黄昏の羽は組み込まれている。確認しにくいがグリップ部分に見えるのがそれだ。
10 notes · View notes
keredomo · 1 year
Text
鯨のようにすべてを
 かつての私にとっては、与えることは奪われることと同義であった。  欲しがられて、与える。あるいは、私が欲しがることの代償に、与える。  するとこの腕が、この脚が、ごりごりと擦り下ろされて削り取られる、私は、いつか削られた手足がふたたび生え伸びるだけの栄養を返礼として受け取るはずだと盲信する。指先から肘まで削られながら、いつか癒えるのだと信じることでしか痛みを耐えられないので、信じる。  求められ、削られることを「与える」という言葉にすり替えていた。自分が望んで与えているのだと。与えるという態度は喜びをはらみ、痛みを麻痺させた。けれどついぞ、受けた傷を回復できるだけの養分は他者から支払われなかった。
 腕や脚の削られる感覚はいつだって、身体的凌辱よりも言葉の伝わらなさに依拠した。関係の空隙を埋めるために身を削っているこの痛み、この思いが、なんとか相手にも伝わってほしくて全霊を尽くしたが、相手にとっては私の思いなど重要ならざることだったのか、どんなに重ねても言葉は払い棄てられ、適切に受け取られなかった。心を尽くした一字一句が面倒くさそうな顔をした相手に無為に棄てられてゆく。痛みはやがてトラウマのようになり、人と関わろうとするたびに徒労感が精神を襲った。削り取られる痛みだけならまだ耐えられても、その削られたものが無為に捨てられることにまで耐えることは難しく、やがて人間関係を自傷行為の一に数えるようになった。それはひたすらに虚しい生だった。
 幾度もそんな挫折を思い知った。今となってはもはやどうでもいい、削られる痛みもどうでもいい、削り出されたものがどうされようとどうでもいい。好きに食え、好きに散らせ、好きに捨てろ。浜に打ち上げられた鯨の死骸のように、この生を差し出す。打ち上げられたこの身がどうなっても構わないという感覚。  好きに削れ。好きに捨てろ。私は与えることをやめた。そこに自分の意思を介在させることをやめた。削られるがままに、臓腑が食われて減り、喉がちぎれ、手足が短くなっていくのをただ茫然と眺める。好きに食え。欲しいだけ奪え。私の心はそこに関与しない。この体は、すでに死骸だ。 
 *
 悠々と海原を泳いでいた鯨は、ある日何の警戒心ももたずに岸に近づいたところ、急に不穏になった潮の強い流れに抗えず、生きたまま沖に打ち上げられた。そこは、その体を受け止めるほどに広く、静かな、砂の細かで柔らかな白浜。濃い曇りと薄い晴れとが交互にその浜を覆う、時には小雨も訪れるが、その雨はすぐに乾いて砂のうちにとどまらない、そういう清潔な白浜だった。
 重苦しい曇天の日だった。わずかなしめりけを砂がたたえる日。打ち上がって、仰向けに寝そべった。海がなく水がなく、半分しか呼吸ができない苦しさに全身を激しくのたうちまわらせて、無数の砂が埃となってあたりに舞い上がってはその重さにしたがって降りた。悶えに悶え、やがてあらがう気力も体力も失せ、何日が経っただろう。身体のすべてのつま先はとうに干からびていた。悠々と海波を靡いていたいくつかのひ���も、水が擦れて過ぎ去ってゆくのを感じて喜んでいた表面の皮膚も、あられなく、あらがいようなく、ぱりぱりと乾いて細かに剥がれ落ちる。かつては揺ら立つ水面のむこうに遠くの星の巡りを見ていた目も、とうに痛々しく乾ききって霞んだ。目を開けるだけでひりひりとした痛みが走るが、それでもかろうじて開いた眼には、濁りと暗闇のみが映り込む。今はもう、死を待って朦朧としているだけ。  諦めがすべてを支配し、動くことをやめた頃、宵の明けにとつぜん人間たちが押し寄せた。人間たちはわたしが動かなくなるのを待っていたようだった。  わたしは松明の揺れてはじける光と人間たちの声とに心底怯えた、もうほとんど尽きた力を振り絞って、乾いたひれを動かして暴れた。人間の頭を右のひれで打ち、人間の足を尾で叩いた。まだこれほど動く力が自分に残っていたのかと驚きながら暴れた。  機敏で勇敢な一人の男がエラに銛を差し込んで、呼吸の苦しさから解放されたくてしたたかに暴れたが、やがて朦朧として、点滅する意識では動くこともままならず、そのうち、ようやくわたしは静かになれた。
 苦しみと痛みから遠ざかり、暗闇のなかを浮遊する。海中のようであるが、波が肌を撫でる荒々しい感触はない。水とちがって、暗闇は冷え切っていた。凍えながら泳ぐと、目が合った蟹がじっとりとわたしを睨む。貝も怨みがましくこちらを見ている。わたしはいまわの際に、白浜の砂をめくりあげて大暴れしたことでそこに埋もれる貝も蟹も虫もなにもかもを殺し尽くしたらしかった。わたしの殺戮は責められるべきものだが、償う方法がわからない。
 力尽きて静かになったわたしに、人間が群がる。動かなくなったわたしに乗り上げて、腹の肉から切り取る。胸の肉をとる。皮膚を剥がし、油をとる。目玉をくり抜かれる。  削いで、削いで、骨に至るまで削ぎきったあとにようやく心の臓を見つけて、それすらも綺麗に取り出して薬だか何だかに使うらしい。人の声が聞こえる。わたしの声は人間には聞こえない。それだけは持ってゆかないでくれと叫ぶが、届かない。  油は灯籠に、肉は長者の鍋に、と切り分ける男の声。残りの肉は市場に送れ。売れなければ猪肉と偽れ。骨から油をこそぎとったら、割って焼却炉に捨てろ。
 *
 鯨はただ死んだ。私も同様、死ぬ前にただ生きているだけだ。浜に打ち上げられたこの身を差し出す。打ち上がり、殺し、銛を差し込まれ、暴れ、死に、やがて肉を切り取られて見知らぬものに食われる。わたしを食うのは犬かもしれない。  肉を削ぎ落とされ、油をとられ、骨すら燃やされて、この身の何もかもを失くしたまま、いつまでもいつまでも白浜に寝転ぶ。鯨のように。そうして立ち込める暗雲からやがて小雨が降れば、すでに抉りとられた目をあけて、天から雨粒が降り注ぐのを眺める。雨水が海波の強さを持たないことに寂しさをおぼえながら、雨の止むまで、失われてしまった目をみひらいている。そういう結末を待っている。
 
 銀座線から井の頭線に乗り換える仮設の鋪道を歩きながら、鯨の油がどうやって採られたのかを考える。数日来、打ち上げられた鯨の死が脳裏にこびりついて、解体される我が身のことばかり考えてしまうのだった。  鯨のことを思う。悠々と大海原を泳ぐ日もあれば、採り尽くされた骨が浜辺に放置されている日もある。  今日はまだ、朽ち果てぬ日。浜も私を迎えない。  豊かな妄想のなかで、鯨のわたしは、いまだ骨から身を削がれ、その気が狂うような痛みを叫んでもなお、解体され続けている。わたしのからだから採られた何かを燃料に、どこかの松明に火が灯る。痛みの向こうに誰かの声がする。
 路線の異なる駅同士の高さをおぎなう五、六段のみじかい階段に最初の右足をかけた時、思念のうちに「あなたがいなければわたしは……」という声が蘇った。通りすがる誰にも気づかれないほどの一瞬、段をのぼる足を止める。 
 *
 「あなたがいなければわたしは困る」と語る人。「わたしの“ほんとう”はあなたの中にしかないから」と縋る人。  しかしあなた、私は鯨になるのだよ。打ち上げられ、切り分けられ、肉を油を目を心臓を、持ち帰られることを自然としなければとうてい生きてゆかれぬほど、人間と人間のあいだの搾取にほとほと疲れてしまって。  「だからあなたのすべてが欲しい」と語る人。  しかしあなた、私は鯨になるのだよ。あなたに今日捧げるこの花、この花は私のひげ、鯨のひげ。丸めるとガーベラみたいだから、ちぎってあげるわ。飾ってくれると嬉しい。食べてくれてもいい。  「やめろ。切り取らなくていい。切り分けなくていい。差し出さなくていい。何も差し出さなくていい。あなたは、そこに在ってくれればそれでいい、在ってほしい、ただあなたのありうるそのままで、あなたのそのままが朽ちるまで」
 美しい声を持つ人間が、松明も掲げずに裸足のままわたしの鯨の死体に近づく。「あなたのそのままが朽ちるまで」と語りながら、いつ暴れ出すかわからないわたしに丸裸で近づく。  その勇敢さが声となって、わたしの鯨の死体のおぼろげな耳を通して私に届くのだった。
2 notes · View notes
pureegrosburst04 · 3 months
Text
無印04(11歳)「脳がどれだけ尖った発達をしようと生命活動が出来ない程萎縮しようと人は変わらない。力が無くては何も出来ないのが高遠夜霧(のんきで善良だから対等な相手に勝てやしない、しかしだからこそ癒しを見つける長所は高等な力を手にするに値する。能力に比例する幸福 {{俺の敵じゃないがな🥴}(赤き真実)})で力があったら自殺するのが表版仮想大鉱山だ(赤き真実:成長する上で避けられない勇気と教養が自分自身の人格を否定する、馬鹿にしてきたコンテンツを知る度に返ってくる嘲笑。強くなる度に現世に疲れる使えない小物)」4索グリーン/刀足軽「すげえ……俺達は逆境に強くてチート退屈が嫌いな優等種なのか……」無印04(11歳)「そうじゃないんだが…まあいい。森永雅樹から日記は受け取ったか?」1索グリーン/刀足軽「はいB(📘)」無印04「それじゃない」1萬レッド/手長「これですか?F(📗)」無印04「違う」1筒ブルー/闇甲冑「これ?TG(((📙)))」無印04「それだ」
表版仮想大鉱山下っ端3人「官能小説をその年齢で好きとはねえ、予言する。テメェは😁🖐️所詮俺達と同類よ」
一人になった無印04は未来予測TG(トゥルーグランド書)54ページを読み始めた
内容➡︎[この2次創造世界ですら中間のパワーバランス的立ち位置の“””霧島04(裏ストボス)”””ごときとは違って”””””エルンスト・フォン・アドラー(19歳)”””””はマジで別格。この人に対抗する為にはまだまだ戦力が足りない 共有緑知(ヴァストローデ)が4096人居れば63.22%の確率で勝てるかもしれないが、どんな絶望の象徴にも必ず牙が届く””””B(バグ)の本質””””とは異なり実力が近い敵に華麗な闘いを繰り広げる”””F(フェア)に特化”””したポリシーのような有り様を背負った彼女達にとって”””””ゲゼルシャフトの幹部単体”””””はこれ以下の人数で通用するような生温い色違い伝説厳選などでは決してない決定的な違いが幾つもある。ひょっとしたら一騎当千とは{{{🏴‍☠️一桁違う☠️}}}かもしれない(紫の真実) あと霊猫蒼海ファミリー(永遠の正統派処女童貞サドビッチーズ)は共有緑知・ザ・ヴァストローデ(Hなお姉さん、一部両刀買春してる)が色々な意味で苦手、タイマンだと命の奪い合いにならないばかりで自分だけ真価を発揮できず戦闘でも負け濃厚。もしも最上位現実だけにしか存在しない本体で動いてる時限定の純潔を守る究極絶対個性のローザミスティカ💠がない肉体を動かしている下位現実🌿でのケースだと……顔を赤く染めてもどかしく文字にならない鳴き声をあげながら無理矢理性的な意味で食われまくってる。その挙げ句に噂を聞いたF(フェア)の仲間にいい顔してる美形はみんな食べられかけ…w///はしたないと思わないのかなぁ?💚Wと理不尽に煽られてブチキレる💢(どうやらポケモン界では、””””デンボクさんとチャンピオンダンデとクラベル校長””””に貞操を守って貰えているらしい👍🫨。ヴァストローデ達が善良だからこそ頭を悩ませるガッカリ感と向き合わなくてはならないようだ)]]
Tumblr media
これと似た世界、複製電脳軍要塞の上級住人はテレビゲームがヘタクソで、……悪質な暴言を一般国民から受けて勝負に負けた場合、権力を使い、特定してからバレないよう麻酔ガスを送り込み、美形だったら眠っている間に種絞りプ◯スをして記念写真を撮って憂さ晴らしをする最低な個体が居るとの事。俺達が止めよう
純粋硬派柱PureEgrosburst04(11歳)「?🤔……著者の名前が書いてない😟?………人間が食用って事か?😯…❓❓❓」
B(バグ)の家族達は恋愛的な意味でも破滅王がまさかのこいつ👆だなんてこの時は想像もしていなかった。
F(フェア)の秀才方も理不尽に穢された被害者を地獄に蹴落として嘲笑う魔王なのがこいつ👆✖️2だなんてこの時は考えもしなかった
表版仮想大鉱山すら後に自分達を自殺に追い込む銀色の大空と無限の闇を持った神がこいつ👆✖️3だなんてまだ一応、疑いすらしなかった
御茶ヶ滝「アイエフさん💙むにゃむにゃ(^ν^)💤」超電波油「俺のかのじょーー💛スヤスヤm😌m」
Tumblr media
F(フェア):ヴァストローデ1「ここにチェリンボ🍒男子の水と油が寝ているんだってww」F(フェア):ヴァストローデ2「ガスは送り込んだよ、果実が甘酸っぱそうで美味しそうwww」
???「御茶ヶ滝くん達に手を出すのは、私が許さない」
F(フェア):ヴァストローデ3「何よアンタ、自分だって散々つまみ食いしてきた癖にww」ともちん「あの子達の恋を守りたいの。私がこんな事を言う資格がないのはわかってるけれど、見逃してくれないかな?」F(フェア):ヴァストローデ「そんな事聞くとでも…」F(フェア):ヴァストローデ3「果報は寝て待て、一年だけ待ってあげる(笑)」 彼女達は去っていった
Tumblr media
霧島狩魔と無印04は産まれた時から35種類の性病を体内に飼っていて一部のヴァストローデが懺悔しながら惨く酷く死んでいった(赤き真実)
youtube
シックス(新しい血族)「霧島04は精液の代わりにサンブラ樹が入っている(赤き究極の真実☺️)」
Tumblr media Tumblr media
おかしいだろなんだこの検索結果😨by香氣04
Tumblr media
ゴールドバラバズー500Fより異質なサイコパスで悪質なソシオパスで遥かに邪悪で性暴力をナチュラルに振るう悪魔が女性ウケする理由がわからねえ…読み手の感性がぶっ壊れてる‼️‼️(΄◉◞౪◟◉`。。)‼️‼️‼️
Tumblr media
防聖孤島は女性を一番幸せにする味方だぞ😨 ちゃんと気遣い、思いやる未来永劫の正統派童貞。荒らしか?荒らしなのか⁉️(⌒-⌒; )
御茶ヶ滝「創作の世界は孤独なものさ、広い地球でもね🌏😑🌕」お地蔵さんのように、水の使い手は🍡を食べていた 超電波油「読み手の自由、スキニオシ。👍🥳🍜」
1 note · View note
shokobekki · 1 year
Photo
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
【山日記】
その2
鎖場や急な階段が続くきつい登山道。 でも合間を、 林床の白やピンクの小さな花が癒してくれた。
新緑と花だけなら、奥三河の三ツ瀬明神山や、南信の大川入山なんかも全く引けを取らない。でも、この山を百名山たらしめている理由、それは"白山"の眺めに他ならないだろう。白山、登りながら、飽きるほど眺めた。麓の、幾つものダムと電源開発のために寸断された風景を、ひととき忘れさせてくれるような、清々しい雪山だった。
瞳が緑に染まってしまいそうな豊かな新緑も、広々とした大野の町の水鏡となった田んぼも、九頭竜川も打波川もきれいだった。前夜に立ち寄った町外れのコンビニ、若葉マークをつけた若い男の店員さんの独特の訛りもちょっと魅力的だった。 でも、巨大なダムと濁った九頭竜湖の侘しい景色は残念だった。いま奥三河で建設中の、設楽ダムのなれの果てを思ってしまう。今回登った勝原登山口とは反対側の、中出登山口の麓では、新しい道の駅とモンベルが頑張っていた。山を起点に、風土の魅力が復活すると良いなと思う。  
それはそうと、 荒島岳のピンバッジはとても良い。 着色なしの楕円形。 大野の町から見た形かな。 このデザインは、 ずっと変えないで欲しい。
0 notes
habuku-kokoro · 1 year
Text
海の荒神―― 2021年度の「乙姫―おとひめさま―」 倉持長子
<公演に寄せて>
海の荒神―― 2021年度の「乙姫―おとひめさま―」
倉持長子(文学博士・能楽研究)
 海洋生物の抽出物から新型コロナウイルスの治療薬を開発する研究が進んでいるという。陸に住む私たち人類をこの未曾有の危機から救ってくれるのは、人類の祖先を生み出し、その進化を常に支えてきた母なる海なのかもしれない。
 2016年より上演されている“ひとり文芸ミュージカル”『乙姫―おとひめさま―』の竜宮に住む乙姫は、高波を起こして浦島太郎の身を滅ぼし、時に人間たちの暴虐ぶりに制裁を加える恐ろしい破壊神としての性質を持つ。と同時に、浦島太郎の優しい心を解し、その魂を生き返らせ、幾度となく繰り返される戦争や環境破壊を愁い、漁に出る人々の祈りを受け入れる救済神的性格を有する。「竜神の娘」である彼女の血には、沙伽羅竜王の娘が「女身」「幼身」「異類」という三重苦でありながら釈迦の前で速得成仏を遂げるという、『法華経』提婆達多品が説く全女人の救済の祖としての性格も流れているだろう。いわば乙姫は、極端な凶悪さと善良さを併せ持つ両義的存在――「荒神」としての性格を有しているのだ。
本ミュージカルの乙姫が「海の荒神」であることを思うとき、ちょうど10年前、「山の荒神」の来訪に立ち会った鮮烈な思い出がよみがえってくる。2011年5月16日、私は奈良県桜井市多武峰の談山神社を訪れた。修復落慶された権殿(常行堂)において行われる〈翁〉奉納を拝見するためである。談山神社は廃仏毀釈前には妙楽寺という天台宗の寺院であり、能のふるさとでもあった。観阿弥・世阿弥時代には現在の能四流(観世・宝生・金春・金剛)の祖である大和猿楽四座が参勤するよう義務付けられており、もし畿内にいながら欠勤すれば座の追放を免れないという厳しい掟があった。
この日、権殿を取り巻く初夏の緑は陽光にみずみずしく輝き、小鳥と蛙の鳴き声が響き渡り、これから始まる〈翁〉奉納を荘厳するかのようであった。権殿内の舞台の周りの僅かな空間には、関係者がすし詰め状態で正座している。居合わせた人々は「能を楽しむ」などという気分ではなく、これから始まる「秘儀に立ち合う」という厳粛な気持ちで
息をひそめていたと思う。いよいよ〈翁〉が始まる、というまさにそのとき、「ヒュゥーン」という鋭い音とともに突風が巻き起こり、権殿入口に掛かる紫白幕の幔柱がガターンと凄まじい音を立てて倒れ、人が縁側から落下した様子が見えた。何かとてつもないエネルギーの塊が権殿の中に飛び込んだ!――そう感じた。奉納された〈翁〉は、権殿の後戸と呼ばれる空間に安置されていた、通常よりも大ぶりの翁面「摩陀羅神面」による極めて珍しい〈翁〉であった。この御堂の守り神である摩多羅神は正しく祀らなければ障碍神として崇りをなすほどの強大なパワーを秘め、荒神とも習合する恐ろしい神である。私は総毛立つのを感じながら、〈翁〉奉納を見つめつつ、摩多羅神様のお力をもって、二ヶ月前に起きたばかりの東日本大震災で絶望の淵にいる人々をお救いくださいますように――と必死に祈ったのを覚えている。
2021年度の「乙姫―おとひめさま―」は無観客・無配信で行われるという。例年どおり乙姫は、人間が誰も見たことのない海と空が溶け合うところ、「海底の天空そびえる竜宮城」において恋い、舞い、歌うはずだ。しかし、その艶やかな姿は観客の耳目を楽しませるために現出するのではない。コロナウイルスが侵すことのできない最後の聖域たる海の荒神として、陸の人類の鎮魂と救済を祈禱する歌舞奉納を厳かに執り行うべく、神聖な能舞台に顕現するのである。
0 notes
yuupsychedelic · 2 years
Text
詩集『グロリアス・モーニング』
Tumblr media
夢中
これまで夢中になっていたことに 夢中になれなくなる ふと気づいた瞬間 いつも屁理屈ばかり捏ねてさ
それが大人になる意味ならば もう大人になりたいと言わない 子供と言われたってかまわないよ 自分を殺めるくらいなら
目の前のことに夢中になりすぎる 悪いことだって信じてた あの頃の僕に手を差し伸べてくれた 君の声に応えたい
ユートピアにようこそ
ここは憂いだらけの世界 生きることも 死ぬことも 好奇の目に晒されて
愛や夢を外套に 誰もが「正義のミカタ」を気取って 空想ばかりを主張する 知識まみれの操り人形たちよ
今こそ飛び立とう 歴史を忘れよう 自分の都合のいいことだけ ずっと考えていよう
契約書
地球という名のちっぽけな星 私はくれてやります あなたに託してしまった方が よっぽど上手くいく気がしますから
凡庸な人間に 気まぐれな自然 争いばかりの自惚大戦に 私は心から疲れ果ててしまったのです
宇宙船の群れが見えます これから地球は変わっていくでしょう 私はこの瞬間より王になりました さあ地球よ私色に染まりなさい
寂しがり屋のルンバ
恋愛に薔薇を 綺麗事に拳銃を 永遠にピリオドを 大統領にシャンプーを
いつまでも報われないと 嘆いてばかりじゃ始まらないけど 今日くらいはワインに物を言わせて 泣き明かしてもいいじゃない?
一匹狼じゃ眠れない 人は独りじゃ生きられない ほんとは私も寂しがり屋 お願いだから誰か構ってよ
大切だった君へ
君の手をぎゅっとする仕草とか 必ず「おはよう」のメッセージをくれるとことか あんなに大好きだったのに どうして浮気してしまったんだろう?
いつも使っている香水じゃない 気づいた時にはもう遅かった その理由は嘘ばかりだったけど かつての私は涙を必死に我慢してた
さよなら大好きだった君へ とびきりの愛と優しさに感謝を さよなら大嫌いになった君へ 街角で新しい彼女とすれ違うたび 泣きそうになる
かつて親友だった貴女へ 私の恋人を奪って嬉しいですか かつて友達だった貴女へ せめて彼を幸せにしてください
チケットをご用意できませんでした
人の群れにすれ違うたび あの日の私を責めたくなる どんなに頑張っても上手くいかずに 神様にさえも見放された
SNSを開くと「最高でした!」の声 ひとつだけの悪意にメンションを送り やっとの想いで保たれる あまりにちっぽけなプライド
かつての私はもっと素直だったよ 匿名アカウントに閉じこもってなかった どれだけ傲慢なんだよ 夜の静寂に声なき声が響く
勇者たちの産声
遥か悪魔城の彼方 ユートピアに勇者は立つ 大いなる船出に授けられた 伝説のエクスカリバー
燃えたぎる情熱と 愛を護る勇気よ 大切な人を想うシンフォニア 胸の鼓動は速くなる
青春の終わりに 君は闘いへ出た 嵐が吹き荒れ 明日を告げる鐘は鳴る ここに新たな伝説の幕が開く 夜明けを信じてその剣を振るえ
本音
優しくなりたいと願うほど 掌から滑り落ちてくようで 僕は何から始めりゃ良いのか 人生がわからなくなっちゃうよ
きっかけは些細なこと 隣の人がお年寄りに席を譲ってた そっと言い出せないのが辛くて イヤホンの音量を上げた
優しさを偽善と勘違いされ いつか貶されたことがあったから 未だ優しさの意味を知らずに 目の前の温もりに嫉妬してばかり
失恋3秒前
いきなり空き教室に呼び出された 彼氏が憮然とした表情で立ってた そして「別れよう」の一言を告げ スローモーションで去っていった
私は何が起きたのか解らなかった 今も心の中は整理できないままで 友達から見せられたフェイク動画 貴方も私を信じられなかったんだ
人は大きすぎる悪意を目にした時 何も出来ぬまま立ち尽すしかない そんな現実に私もやっと気付いて 大切な思い出にそっと火をつけた
私はアンドロイド
あなたが「人間の心はないのか?」と訊ねた時、 心という言葉がインプットされていないことに気づき、 私は慌てて図書館へ走った。
図書館で国語辞典を開くと、 まったく考えたことのない概念が目の前に広がり、 私は雷に打たれたような気持ちだった。
惑星征服のためのアンドロイドとして生まれ、 その任務を遂行するためにここにいるのに、 人間を好きになっては何も出来ないじゃないか。
運命と宿命の間で、 私は仲間の宇宙人たちとの親交を断ち、 目の前のあなたを好きになってみることにした。
幕末大掃除
この世の中を掃除しよう 常識すべてを洗濯しよう 無垢な偏見を整理しよう もっと良い世の中を作ってこう
平穏だった江戸の世に 突然黒舟が現れて 殿様方は慌てふためき やっと気付いた現実
箱庭の中で酒を飲んでるばかりじゃ 井の中の蛙大海を知らず 閉じ篭ってたばかりのニッポンに 風雲急を告げる 嵐が来る
新たな夜明けをこじ開けろ 古い時代にケリをつけろ 源氏も足利も徳川も為し得なかった より良い世の中を作ってこう
俺たちの妄想のような 綺麗事ばかりじゃねえ 幕末!
それでも生きてく
真夜中になると死にたくなる 自分のことを傷つけたくなる
時々真昼間でもこうだから ほんとに自分のことが嫌いになる 根暗人間と呼ばれて ずっとここまで生きてきた
愛する人がいると 裏切ってしまうんじゃないかって不安になる 大切な人といると 嫌われちゃうんじゃないかって不安になる
光陰矢の如し かつてのような能天気な僕に還りたい
最後のキッスはさよならの痕に
思わず抱きついてしまったよ まだ離れたくなくて 春になったら別れると決まっていても 運命に逆らいたくなったの
あんなに泣かないって決めたのに 今は涙が止まらなくて ドライマティーニで恋を醒まそうとしても 少しも喉は渇きそうにない
目の隈をメイクで誤魔化して なんとか悟られまいと頑張った あれほど燃え上がった恋の結末は 舌を絡ませた口づけ
サヨナラで終わらせられなくて あなたを困らせちゃってごめんね いつだって独りよがりだったのかもしれない もう私は二度と恋をしないよ
Great Traveler
幾千光年先の新たな銀河へ行こう 僕らは開拓者(コロニスト) 時代の申し子さ かつて地球で生まれし 希望の種族は今 幾多の喜びと悲しみの果てに 宇宙へ旅立った さあ 誇りを胸に 愛を忘れてはいけない 蒼き星で生まれた希望 歴史が憶えている 僕たちも跳べる 明日を描いてゆける 超光速で 宇宙(ソラ)を駆けて 偉大なる夢を創ろう
Wind Express
渋谷センター街の スクランブル交差点で ふと周りを見渡して 悲しみに覆われた
生きてくことが怖くなり 愛や夢も掴めずに 誰にも負けない情熱が
少しずつ沈んでいった
アイドルは希望を歌うけど 僕らに未来なんてない 見せかけの宿命に 答える勇気もない
時代に惑わされるな 風の電車に乗れ! 時代の波を越え 大切なものを掴もう
私とパルコ
近所のパルコが閉まるらしい 閉店セールに群衆集まる そんなことならこうなる前に もっと行ってりゃ良かったのに
背伸びしたくなる季節 誰もがそんな時があるさ ラブにピースにHere WEGO!! 青春時代を染め上げたこの場所
だから今夜は踊り明かそう パルコ パルコ 青春ロコモーション 時間を戻して Let's Party!! パルコ パルコ いとしのパルコ
みかんのうた
みかん みかん 僕のみかん みかん みかん 君のみかん みかん みかん 一粒つぶ みかん みかん 一口でも
酸っぱくて顔を顰めるキミも 甘くてサムズアップするキミも まるで恋愛のようなその味に ずっと一目惚れしたままなんです
僕らはきっとみかんが好き あなたもきっとみかんが好き 和歌山 愛媛 静岡 熊本 みかんと一緒に大きくなる
だってさ
口を開くと言い訳ばかり クラスにひとりはいる こんな奴のせいで空気は最悪
小さなミスも気づけば大事 形にならなきゃ Feel So Good そのくせ脳天気だから手に負えない
薄々みんな気づいてた 文化祭終わりの打ち上げで 彼がいないからって悪口大会
人間の薄汚さを現してるよう 悪いヤツじゃないって信じたい 僕はいつだって性善説
幼馴染の話
いつも気さくに話しかけてくれて モジモジしてたら連れ出してくれた まるでフィクションのように優しいキミは 僕の唯一の幼馴染
中学になっても高校になっても その人懐っこさは変わらなくって ちょっとした反抗期できつく当たって 泣かせてしまったこともあった
意地ばっかり張ってさ 本音で話せなかった僕を きちんと叱れる強さを持っていた そんなキミが今でも憧れ
偏愛の21世紀
黄金の20世紀に 僕らは憧れ 縋りついてる
権威なんか嫌いだと 宣ってる奴でさえ 鎖から逃れられない
もし手を上げられるなら 打ってしまいたい奴もいる 思わないなら聖人君子だろう
ヒステリックにニュースは流れる サイケデリックに世論は揺らぐ 差別も格差も君は大好きだ
まだ間に合うかな
学生時代に好きだった人 最近のことがちょっと気になって SNSで名前を打ち込んだ そこに現れたのはあの日の君だった
こんなこと側から見れば あまりにキモすぎて 伝えられなかった名残惜しさ 僕は未だ青春を卒業出来ずにいる
風に流されぬようにと 想えば想うほど流されて 失うものは何もないのに
目に見えないものばかりを気にして 僕は大人になってしまった
たえなる時に
真夏の昼下がり 僕らは森に迷い込んだ 何かを探していたのかもしれない 少年時代の気まぐれ
いつの日か思い出す時に ぽっかりと欠けたパズルの一ピース 抜け落ちているからこそ さらに尊くなる
抱きしめたいほどの過去を あなたは持っていますか? 愛おしくなるほど大切な人が あなたにはいますか?
少年時代の思い出 安らかに眠れと 昨日の僕に語りかける 名もなき君の歌よ響け
楽天主義
全部全部嘘と言ってしまいたい 積み木を崩してしまいたい もしもタイムマシンで過去に戻れるなら 生まれた頃に戻ってしまいたい
なんとかなるさと ここまで生きてきた でも、なんとかならなかった それが人生というもの
やっと気付いた頃 とうに大人になってた 久遠の少年時代よ もし時を巻き戻せるのなら
恋愛とか勝てなかった試合とか そんなものに興味はない 明日を描けるだけの 希望を掴めればそれでいい
だけど 僕は器用じゃない 過去を活かせないだろう どんなに作られた筋書きも 一つの道しか選べない
だから 僕はこのまま行く ありのままに生きていく
どんなに不器用な生き方でも 自由に生きれば なんとかなるさ!
恋愛使い捨て論
「次の日曜日にまた逢えるかな?」
そんな会話が街から聞こえる 僕らが生きる希望という名の未来 振り返れば何も出来ない過去
優しさの意味を強さと勘違いして 大切なものも捨ててしまった 僕は愚かさに慣れすぎて 誠実さを忘れた
もう一度だけ…… 何度も耳にした口約束に意味はあるか 恋愛さえも使い捨てるような奴らに 明日を語る資格はない
好きを惜しみなく
帰り道のふとした瞬間 下を向いていたら 君とぶつかった
話すと同じクラスだと知り ずっと無意識だったのに 恥ずかしくなった
想像よりも世界は狭くて 嫌になりそうなこともある 君と付き合っているうちに 自分の嫌いな部分も好きになれる気がした
好きを言わなきゃ伝わらない 当たり前に気付いたのは別れてから
人は今をちゃんと見つめられない 大きすぎる明日を見つめてしまうもの
アイドルになるということ
アイドルになると決めた日から そのためだけに頑張ってきた 自分に自信なんて無いけれども 頑張ったことだけは自信を持って言える
涙と悪意を希望に変えて 仲間に夢を誓ったあの日 半信半疑の目 疑心暗鬼の私 すべては自分を裏切らぬために
ここに立てたよ 見てますか? やっと叶えられた夢 さらに翼を広げて 明日を描くと 今日は終わりと始まりの日
此処は怪獣共栄圏
一般人より出動要請 ジャケットとヘルメットを身に纏い 片手に麻酔銃 もう片手にはタブレット 殺しなんてご法度だから
街で暴れる怪獣たちに この身ひとつで立ち向かう 時々居なくなる仲間もいるけど 私たちがやらなきゃ誰がやる
地球が好きだから 人間が好きだから ここを通すわけにはいかないと 覚悟決めてやるしかないのさ
加古川に生まれて
川の流れを見つめて あの街を思い出す 今も住んでいるはずなのに 何故だか懐かしくて
日常の色と違う 何かを求めているんだろう 変わらぬものに心を託せば 楽になると信じていた
どんな想いも あの街は抱きしめてくれた 友も恋人も今は街を出たけど 僕は故郷を信じてみたい
あなたへ
ちっぽけなプライドを振りかざして 隣街にマウントばかり取る いくら政治が上手くいってるからって 暴言を言われりゃ苛々するさ
そんな時代じゃないだろう? 連帯がお好きなんだろう?
私の中の悪魔に蓋をして 天使気取りでいるのも辛いものさ こうはなりたくないと思うほど 気づけば嫌いに近づくだろう 意識すれば意識するほど 自分のことが見えなくなる
Oh baby ムカつくやつは写し鏡 明日のあなただ
まだ見ぬ君に
いつか友になる君や 恋人になる君へ 私のことをいくつか伝えるから ちゃんと聞いてほしい
まず気まぐれ人間で いきなり悲しくなるし 急にテンション上がったと思えば 夢中になると止まらないし
こんな私と繋がってくれてありがとう ずっと背中を押してくれてありがとう
離れてしまった人も 最近繋がった人も
こんな私と繋がってくれてありがとう ずっと背中を押してくれてありがとう
決して立派な人じゃない でも自虐的になるのをやめてみるから ここから未来を見据えて 無邪気に生きてみるよ
まだ見ぬ君のために 私だって誰かの好きになりたいよ
青春の夜明け
いくつになっても わからない 大人になること その意味が かつての僕なら 否定する 笑顔も涙も 抱きしめて
青空に突然 銀色の雨が降る 傘も差すのが 面倒な時もある 青春の気まぐれよ 時に逆らったまま 面白いことを 始めてみたい
迷ってばかりじゃ つまらないよ 走り出してみよう あなたらしく
青春の夜明けに ここから一歩踏み出す 勇気があれば それでいい
失恋した夜 泣き明かして 親友にLINEして 愚痴を吐いた かつての私が 通り過ぎた 夢の背中に あなたがいる
止まない雨などない 叶わぬ夢などない そんな言葉を 信じたいわけじゃない 青春の気まぐれよ 明日を教えてくれ 面白いだけじゃ 勿体無いから
焦ってばかりじゃ 見えないよ 顔を上げてみよう あなたらしく
青春の夜明けに ここから一歩踏み出す 希望があれば それでいい
泣いてばかりじゃ わかんないよ そう私の目を見て 微笑んでほしい やりたいことが出来ない人生だから せめて面白いことに素直になりたい
迷ってばかりじゃ つまらないよ 走り出してみよう あなたらしく
青春の夜明けに ここから一歩踏み出す 勇気があれば それでいい
詩集『グロリアス・モーニング』 Credits
Produced / Written / Designed by Yuu Very Very Thanks to My family, my friends and all my fans!!
2022.5.17 Yuu
0 notes
kingoryujin · 4 years
Photo
Tumblr media
「龍にゃん」の七夕限定御朱印 金吾龍神社の大人気イメージキャラクター「龍にゃん」の御朱印です。 短冊に願いを込める、愛らしい姿の龍にゃんです。 お願いごとが叶いますようにと、宮司が一体一体「成就祈願」をしております。 ●サイズ:見開き2ページ。A5相当(およそ縦148mm×横210mm) ●受付期間:令和2年7月3日から8月7日まで 【補足】 ●書置きのみのお渡しとなります。 ●一体一体、御朱印を押印しております。 ご希望の方はこちら↓ https://www.kingoryujin.shop/c-item-detail?ic=A000000196 #金吾龍神社 #金吾龍神社奥宮 #金吾龍神社東京分祠 #金吾龍神社御朱印物語 #アラハバキ神社 #あらはばき神社 #御朱印 #限定御朱印 #七夕御朱印 #七夕限定御朱印 #七夕 #龍にゃん #アラハバキ #荒波々幾大神 #大元尊神 (金吾龍神社) https://www.instagram.com/p/CCLD14rDNjS/?igshid=1u0ji74k68dpm
0 notes
mikeneko28 · 2 years
Text
zezeco/燦然
Tumblr media
2022年1月19日発売。メンバーはdowny、Dhalの青木ロビン。エレクトロニカやテクノなどを主体にORANGE RANGEやRYUKYUDISKOなどに参加されているmanukanのユニット形態となっています。
Mix Engineerは3.SAN、6.然はBOOM BOOM SATELITES、THE SPELLBOUNDの中野雅之が担当しており、それ以外の楽曲はzezecoが担当。Mastaring EngineerはKIMKEN STUDIOの木村健太郎が担当しています。
zezecoの歴史は僕が知る限りでは青木裕/GreedやDhal/Alwaysなどが収録されているCompilation class―plan Bというアルバムの燦という楽曲が正式発表かと思われます。その他にもSound Cloudなどで以前は楽曲が聴けていたのですが詳細は謎に包まれていました。アルバム制作の様子は青木ロビンさんのTwitterなどで小出しにされていたのですがSound Cloudやアルバムのコンピから追っていた自分としてはアルバム完成発表は本当に感慨深くとても歓喜したことを覚えています。
downyやDhalとの違いを挙げたときに根底のアイデンティティや精神性は変わらないと思いますがdownyは肉体性の追求とシーンへの反発。Dhalは映像讃歌と外部とのシンクロニシティ。zezecoは青木ロビンさんの最もパーソナルな部分が反映されているかと思われます。音楽性などは違いますが中心にあるのはBEATLESやTHE DOORSなどのサイケな感覚やメロディセンス、インド音楽の酩酊感を誘発させる螺旋構造のような幽玄的なリズム感覚。更にノイズやアブストラクトなトリップホップを融合させて唯一無二な音世界を構築されていると思われます。正直downyと違いDhalと同じく誰がどの役割を成しどの音がギターでどの音がシンセなのかというのは未熟ながら判別が難しいのですがそういう部分も聴き込んで行って解析出来たら楽しいと思われます
アルバムアートワークはJeremy Nealisと言うアーティストが手がけており、俗に言うグリッチアートと言うんですかね。抽象的でありながらもzezecoの音世界を表現された素晴らしいアートワークになっています。グリッチとは不条理への肯定だと思っており偶発性を含めグラデーションに彩られた世界を肯定する事。楽曲やアートワークも含めてそう言うことを表現しているのではないかと個人的には感じました。
zezecoのアルバムは間違いなく生涯に渡り愛聴する一枚となりました。これからも青木ロビンさんとmanukanさんのご活躍を応援して行きたいと思います。
1.goodgirl
一曲目から青木ロビンさんの世界観を知るものなら意表を突かれる曲名で驚愕した覚えがあります。goodnewsとの関連などがあるか色々と調べてみましたが今のところは不明です。レイヤーされたノイズが立体的に構築されておりリズムが音色により分断されるといった凄く歪でありながらアルバムの世界観に引き込むにはこれ以上ない楽曲だと思います。1:48秒頃にハンドクラップのような音を皮切りに細かなハットが順応無尽に駆け回り性急感が増しますが突如、拒絶されるように楽曲が終わり取り残されたかのような感覚に陥ります。
2.coffee stone
古いレコードの様なチリチリ音と美麗でありながらどこか侘しげなコード感のあるピアノがベストマッチしていて素晴らしいです。ヴォコーダーの様な歌も相まって荒廃した未来都市の様なイメージが頭の中で浮かびました。間を置いたリムショットの様な音も緊張感があり優しげな響きの中にも残酷さが浮かび上がり後半のスネアとの絡みも合間ってとてもカオスで美しい楽曲だと思いました。
3.SAN
この楽曲は燦という楽曲は以前ありましたが、その楽曲とは別物かと思われます。ミニマルな構成とメロディが渾然一体となっており、鋭利な音や丸みを帯びた球体的な音が相反しておりますがそのアンバランスさが心地よく後半になるに従い熱を帯びており選び抜かれた一音とそのハーモニーが変貌を遂げ音という概念を今一度考えさせられ様な楽曲だと思いました。2:19秒頃の光の屈折の様な煌びやかでサイケな音がリズムに作用していて音とリズムの密接が素晴らしいです。 
4.Romeo
直線的な構造から抑圧に対する抗いの様な心音を彷彿させる音が心地よく、アブストラクトでダークなノイズが波を打つように寄せては返り緊張感を帯びながら楽曲に応酬していきます。さざめく様な声も素晴らしく暗澹めいた雰囲気を助長しており最後に声がディレイしながら終わっていくのも内に内に蠢く様に呼応していき暗い底に引き摺り込まれるような感覚に陥ります。アスピリンというワードが含まれているのもdownyファンには嬉しいですね。
5.茜刺す
規則正しさが不気味さを感じるリズムにピアノのメロディーとボーカルの声もユニゾンしており、個人的には映画監督キューブリックのシンメトリー感覚を彷彿させる悍ましさがあり楽曲を通して何か得体の知れない感覚が充満しているように思いました。アタックの強いハンマービートの様な音も心地よく、グランジの様な語尾をかき捨てる様な歌声が楽曲にベストマッチしており疾走感が増していく楽曲に呼応していて凄くカッコよかったです。
6.然
この楽曲はSound Cloudなどでも聴けた覚えがあり、耳馴染みが深い楽曲でもありますね。アルバムの中でも陽の感覚が強く、歌物としても聴けるような側面がありますがトラックも注意深く聞くと様々な音が散りばめられており、女性のコーラスの様な音が聞こえるのですが、そのハーモニーも素晴らしいです。リズムは忙しなく鳴り響いているのですが不思議と落ち着いており選び抜かれた音の配置が無重力の様な身体的作用として錯覚しており時間の流れが変化していてタイム感と聞き手のズレが心地よいと個人的に思いました。
7.んで、No Medicine
この楽曲もgoodgirl同様、意表を突かれた楽曲名ですね。迫り来るようなリズムと落ち着いた響きのコードのピアノのアンバランス感が心地いいです。トラップの様な予測不能なリズムがトラックに緊張感と予定調和の解放を生んでいて凄く聞き応えのある楽曲だと思いました。2:01秒頃の音はロビンさんのTwitterでギターで発している音だと判明したのですが、アブストラクトでありながら高揚する音の響きと螺旋階段の様なメロディ構造が素晴らしいです。3:21秒頃にリセットされるような感覚になり、最初のリズムが円を繋ぐ球体の様な役割を成し曲が終わります。
8. work that
ブレイクビーツの様なリズムが最高にカッコよくアンサンブルの抜き差しと計算されたミニマリズムの感覚が一定のテンションに定まらないトラックになっており駆け巡る音と反発された砂鉄のような音が融合していて中毒性のある楽曲になっています。1:45秒と短いのですが永遠に聴いていたいと思います。
9.夜明けのキックバック
この楽曲はdownyのアートワークを手掛けているenna yamashiroと言うアーティストのCASSETTE VASEと言うイベントで販売された楽曲と同曲であり、あのイベントで購入した人は耳馴染みがあるのかなと思います。アルバムの中でもアンビエント感とミニマル感が強く心地よいメロディと氷の様なシンセ音が素晴らしいです。リズムも控えめに鳴らされておりますが夜明けのキックバックという歌詞が印象強く様々な音と溶け合い、そのどれもが押すでもなく引くでもないちょうど良い塩梅で混ざり合っています。
10.THEO
この楽曲はzezecoが展示のBGMを担当している、オランダの彫刻家、物理学者のテオ・ヤンセンをイメージして作られている楽曲だそうです。有機的な音色と幾何学を彷彿させる音の並びが彩られており、カチッとして整然されたリズムが積み重なるような感覚を覚え、歪なピラミッドの様な構造物が頭の中に浮かびました。アウトロに向けたダンサンブルなリズムがシャーマニックに聴こえ未来の感覚と太古の精神が同時に呼び起こされるような不思議な感覚になりました。
11.Death Lotus
ラストを締めくくる楽曲はエラーが持続する様な狂気的な音が広がりを続け耳の捉え方で楽曲が変貌する立体的なレイヤーとエッシャーの様な騙し絵を彷彿させる様な曲構造が凄いと思いました。歪さが心地よさを生み、この歪なグラデーションこそがこのアルバムの最大のコンセプトだと思いました。。音の連なり、リズムの重ね方、音色の表現。全てが自由であり、音というのは十人十色だということを教えてくれた楽曲でした。
zezeco-然(ZEN)
https://www.youtube.com/watch?v=tV3Sm9fNfEc
4 notes · View notes
shakuhachi-kataha · 3 years
Text
虚無僧尺八入門曲 ☆ 霧海篪(むかいぢ)徹底探求! 
霧海篪は恋慕(れんぼ)なの?!
中世の薦僧はれんぼを吹いていた?
霧海篪とは、虚鈴、虚空にならぶ古伝三曲の一つ。
霧海篪鈴慕とも云う。
古い譜には「箎」と明記されていますが、「篪」と同じで、笛の意。
神田可遊著『虚無僧と尺八筆記』の尺八古典本曲解説「鈴慕・霧海篪」によると、「『霧海篪』は「恋慕」の異名であるということになっている。」とのこと。
「恋慕の一曲は、こひしたふといふ文字にして凡夫愛着恋慕の妄執にまどはされ居て、一心を開覚する事能はず、仏の他力にて発動するの曲なり(中略)俗縁の恩愛を断ざれば仏になれぬ故に、恋慕の俗恩を棄て無為の門を修行」する秘曲で、「当門入門の一曲なり、是即発心門なり」
鈴慕と言う曲が多いのは入門曲ということなのだろう。一般にも虚無僧は恋慕を吹くものと思われていたらしい。『霧海篪』は「恋慕」の異名であるということになっている。
『虚霊山縁起并三虚霊譜弁』(1735年)では、虚竹が霧中に聞えたこの尺八を「霧海南針」というべしとし、これによって霧海篪という譜の名にしたとしている。
「霧海南針」の【南針】とは、中国語の辞書によると、南针(ピンインnánzhēn)と書き、「指南、指針、指導」の意があります。
「恋慕の俗恩を棄て無為の門を修行」する秘曲とあるように、入門者にとっては基本の曲であったことが伺われます。
「虚鐸伝記」伝説の霧海篪についてはこちらをご参照下さい↓
youtube
↑明暗対山派(流)、37代目の谷北無竹から竹内史光師に伝承された霧海篪です。
では、霧海篪の原型である「れんぼ」は一体どんな曲なのか?を探求してみたいと思います。
「れんぼ」と一節切との関連性は、次のような浄瑠璃の詞章にも見られる。
   〽一夜ぎりには子も足らぬ 只しやくはちのねをながく
    れんぼれゝつれがよございしょ」
金平浄瑠璃《四天王丸山あそび》貞享頃 1684-1688年
【金平浄瑠璃(きんぴらじょうるり)】江戸前期、江戸に流行した浄瑠璃。
江戸の桜井和泉太夫(のち丹波掾)が創始。坂田金時の子金平の武勇談を操 (あやつり) 芝居で上演,その豪快粗野な曲が江戸の気風に適合して町人に喜ばれた。初世市川団十郎の荒事 (あらごと) もこの人形の動きから考案されたものという。(『旺文社日本史事典 三訂版』より)
近世初期歌謡「れんぼ」から生まれた一節切尺八のイメージは、詞章〽レンボレレツレ」の「レレツレ」に象徴的に示されている。〽レレツレ」は一節切尺八の唱歌に起因する詞章と思われ、それが「れんぼ」の詞章の特 徴となり、同時に旋律の音楽的特徴ともなった。
〽レンボレレツレ」という詞章の「レンボ」と「レレツレ」が、それぞれに、「恋慕」という情感のイメージと 一節切尺八のイメージに対応し、後述するように、定型旋律「レンボ」が広がる状況にも影響を与えていくので ある。
(『近代邦楽における「レンボ」の広がり』より)
近世初期の流行歌謡「レンボ」の旋律について、楽譜と共に大変詳しく書かれていますので、こちらをご参照下さい。
ここで一つ謎なのが、この頃の一節切の譜はロツレチ譜では無くフホウエ譜なので、ここで歌われる「レレツレ」はただの言葉遊びかと思われますが、「ウウホウ」の部分が現代の譜のロツレチにすると「レレツレ」になのは偶然にしても上手く行き過ぎているような…🤔
地歌筝曲の「歌恋慕」(うたれんぼ)とは?
流儀によって各種ある。元禄以前の歌謡を組み合わせたもので、各歌の長さは不定。作曲は菊平勾当、もしくは河原崎検校とみられる。
三歌のあとに手事風の間奏が入り、巣籠地を合わせることができる。これは歌詞や曲名が尺八曲に因むためであるという。
【手事(てごと)】地唄、箏曲での歌の間に挿入される器楽の長い間奏部分。
詩の内容は、愛しい人に会えれば一夜限りでもうれしく、夢の中でさえその伊達男が吹く尺八の音色にこそ束の間の幸せを感じる、そんな哀しい遊女の心情を歌った詩。
歌恋慕(うたれんぼ)
一、
絶えて逢はずとな、文をば通ひ、文は妹背の橋となる。妹背のな、妹背の文は、文は妹背の中となる。
二、
人の辛さにな。こりもせず。憂き玉の緒のいつまでか。絶えぬ思ひに呉竹の。幾夜、伏見の袖濡れて。乾く間も無き涙の渕よ。夢になりとも逢瀬は嬉し。
三、
寝良げに聞くは小夜の尺八。一節切にも情あれかし。
四、
梅は匂ひよ、桜は花よ。それそれ人の情は、いつも花の香。
1.
打ち絶えて、逢わないということですか、手紙を出しなさい。手紙は恋の架け橋となる。恋の手紙は、手紙は恋の仲立ちとなる。
2.
人の世の辛さにこりもしないで、憂い生命はいつまで生られるのか、絶えない思いに暮れて、幾夜も伏見で伏して袖を濡らし、乾く暇のない涙の淵であるよ。夢にでも逢う瀬は嬉���い。
3.
寝耳に聞いてよい夜の尺八や、一節切の一夜だけでもよいから情けが欲しい。
(「一節切」と「一夜きり」がかけてあります。)
4.
梅は匂いが良いし、桜は花が良い。それぞれ人の情けはいつも梅や桜の花と香りのように良いものだ。
参照・日本伝統音楽情報サイト、尺八修理工房幻海HP
次は、
薦僧が「れんぼ」を吹いていたとされる史料です。
Tumblr media
中世から江戸初期にかけての虚無僧スタイルの二人の横に、
「こむれんぼふく」
とあります。
こちらは「れんぼながし」の三味線の楽譜です。
Tumblr media
(古典かな字のため「れんぼながし」の「ん」と「し」しか読めません😅日本人でこの古典かな文字が読める人は殆どいないです)
「れんぼながし」の譜の最後の箇所に↓
Tumblr media
此外ニ
こもれんぼとて有
と、記してあります。
最初の虚無僧二人の絵では「こむ」でしたが、こちらは「こも」ですね。
「れんぼ」もそうですが、「こもそう」「こむそう」も当て字が幾つかあります。
薦僧、古無僧、虚妄僧などなど。
『大怒佐』(三味線入門書)東京大学学術資産等アーカイブズポータルより。原題簽/「糸竹大全三味線初心書」
そして、『糸竹初心集』の類書で、一節切尺八の書一節切尺八の書『紙鳶(いかのぼり)』(1687年)にも「れんぼ」の譜があります。
Tumblr media
『紙鳶(いかのぼり) 3巻』(国立国会図書館蔵)
一節切のフホウエの譜です。
早速、一節切で吹いてみたのですが、今の霧海篪の原型と言えるかと言われると、どうもしっくりこない。
尺八研究家の神田可遊氏も、ご自身の著書に共通点が感じられないと書いておられます。
ですが、霧海篪で何度も繰り返される「リイーリイー(ハイーハイー)の部分と、『れんぼ』の譜の「ウホウホ」と同じ音である事が、『霧海篪』と『れんぼ』の共通点である事が分かりました。
謎は残りますが、霧海篪と名前がついた頃は色々吹き継がれて、全く原型を留めない新しい曲になっていったことは想像できます。
この「れんぼ」も1000回くらい吹けばきっと何かが分かるかもしれない…、いやきっと分かるはず。古典本曲はとにかく1000回以上演奏すれば、その曲の本質がようやく分かってくる。ということが、今までの経験上分かっていることです。笑
まだ宗教味を帯びていない中世の尺八吹きは、門前では流行りの歌謡曲などを吹いていた薦僧もいたと想像します。きっと情感のある曲だったろうな〜と思いを馳せながら、霧海篪を吹いてみてもいいですね。
...
4 notes · View notes
toubi-zekkai · 3 years
Text
厚着紳士
 夜明けと共に吹き始めた強い風が乱暴に街の中を掻き回していた。猛烈な嵐到来の予感に包まれた私の心は落ち着く場所を失い、未だ薄暗い部屋の中を一人右往左往していた。  昼どきになると空の面は不気味な黒雲に覆われ、強面の風が不気味な金切り声を上げながら羊雲の群れを四方八方に追い散らしていた。今にも荒れた空が真っ二つに裂けて豪雨が降り注ぎ蒼白い雷の閃光とともに耳をつんざく雷鳴が辺りに轟きそうな気配だったが、一向に空は割れずに雨も雷も落ちて来はしなかった。半ば待ち草臥れて半ば裏切られたような心持ちとなって家を飛び出した私はあり合わせの目的地を決めると道端を歩き始めた。
 家の中に居た時分、壁の隙間から止め処なく吹き込んで来る冷たい風にやや肌寒さを身に感じていた私は念には念を押して冬の格好をして居た。私は不意に遭遇する寒さと雷鳴と人間というものが大嫌いな人間だった。しかし家の玄関を出てしばらく歩いてみると暑さを感じた。季節は四月の半ばだから当然である。だが暑さよりもなおのこと強く肌身に染みているのは季節外れの格好をして外を歩いている事への羞恥心だった。家に戻って着替えて来ようかとも考えたが、引き返すには惜しいくらいに遠くまで歩いて来てしまったし、つまらない羞恥心に左右される事も馬鹿馬鹿しく思えた。しかしやはり恥ずかしさはしつこく消えなかった。ダウンジャケットの前ボタンを外して身体の表面を涼風に晒す事も考えたが、そんな事をするのは自らの過ちを強調する様なものでなおのこと恥ずかしさが増すばかりだと考え直した。  みるみると赤い悪魔の虜にされていった私の視線は自然と自分の同族を探し始めていた。この羞恥心を少しでも和らげようと躍起になっていたのだった。併せて薄着の蛮族達に心中で盛大な罵詈雑言を浴びせ掛けることも忘れなかった。風に短いスカートの裾を靡かせている女を見れば「けしからん破廉恥だ」と心中で眉をしかめ、ポロシャツの胸襟を開いてがに股で歩いている男を見れば「軟派な山羊男め」と心中で毒づき、ランニングシャツと短パンで道をひた向きに走る男を見れば「全く君は野蛮人なのか」と心中で断罪した。蛮族達は吐いて捨てる程居るようであり、片時も絶える事無く非情の裁きを司る私の目の前に現れた。しかし一方肝心の同志眷属とは中々出逢う事が叶わなかった。私は軽薄な薄着蛮族達と擦れ違うばかりの状況に段々と言い知れぬ寂寥の感を覚え始めた。今日の空が浮かべている雲の表情と同じように目まぐるしく移り変わって行く街色の片隅にぽつ念と取り残されている季節外れの男の顔に吹き付けられる風は全く容赦がなかった。  すると暫くして遠く前方に黒っぽい影が現れた。最初はそれが何であるか判然としなかったが、姿が近付いて来るにつれて紺のロングコートを着た中年の紳士だという事が判明した。厚着紳士の顔にはその服装とは対照的に冷ややかで侮蔑的な瞳と余情を許さない厳粛な皺が幾重も刻まれていて、風に靡く薄く毛の細い頭髪がなおのこと厳しく薄ら寒い印象に氷の華を添えていた。瞬く間に私の身内を冷ややかな緊張が走り抜けていった。強張った背筋は一直線に伸びていた。私の立場は裁く側から裁かれる側へと速やかに移行していた。しかし同時にそんな私の顔にも彼と同じ冷たい眼差しと威厳ある皺がおそらくは刻まれて居たのに違いない。私の面持ちと服装に疾風の如く視線を走らせた厚着紳士の瞳に刹那ではあるが同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情が浮かんでいた。  かくして二人の孤独な紳士はようやく相まみえたのだった。しかし紳士たる者その感情を面に出すことをしてはいけない。笑顔を見せたり握手をする等は全くの論外だった。寂しく風音が響くだけの沈黙の内に二人は互いのぶれない矜持を盛大に讃え合い、今後ともその厚着ダンディズムが街中に蔓延る悪しき蛮習に負けずに成就する事を祈りつつ、何事も無かったかの様に颯然と擦れ違うと、そのまま振り返りもせずに各々の目指すべき場所へと歩いて行った。  名乗りもせずに風と共に去って行った厚着紳士を私は密かな心中でプルースト君と呼ぶ事にした。プルースト君と出逢い、列風に掻き消されそうだった私の矜持は不思議なくらい息を吹き返した。羞恥心の赤い炎は青く清浄な冷や水によって打ち消されたのだった。先程まで脱ぎたくて仕方のなかった恥ずかしいダウンジャケットは紳士の礼服の風格を帯び、私は風荒れる街の道を威風堂々と闊歩し始めた。  しかし道を一歩一歩進む毎に紳士の誇りやプルースト君の面影は嘘のように薄らいでいった。再び羞恥心が生い茂る雑草の如く私の清らかな魂の庭園を脅かし始めるのに大して時間は必要無かった。気が付かないうちに恥ずかしい事だが私はこの不自然な恰好が何とか自然に見える方法を思案し始めていた。  例えば私が熱帯や南国から日本に遣って来て間もない異国人だという設定はどうだろうか?温かい国から訪れた彼らにとっては日本の春の気候ですら寒く感じるはずだろう。当然彼らは冬の格好をして外を出歩き、彼らを見る人々も「ああ彼らは暑い国の人々だからまだ寒く感じるのだな」と自然に思うに違いない。しかし私の風貌はどう見ても平たい顔の日本人であり、彼らの顔に深々と刻まれて居る野蛮な太陽の燃える面影は何処にも見出す事が出来無かった。それよりも風邪を引いて高熱を出して震えている病人を装った方が良いだろう。悪寒に襲われながらも近くはない病院へと歩いて行かねばならぬ、重苦を肩に背負った病の人を演じれば、見る人は冬の格好を嘲笑うどころか同情と憐憫の眼差しで私を見つめる事に違いない。こんな事ならばマスクを持ってくれば良かったが、マスク一つを取りに帰るには果てしなく遠い場所まで歩いて来てしまった。マスクに意識が囚われると、マスクをしている街の人間の多さに気付かされた。しかし彼らは半袖のシャツにマスクをしていたりスカートを履きながらマスクをしている。一体彼らは何の為にマスクをしているのか理解に苦しんだ。  暫くすると、私は重篤な病の暗い影が差した紳士見習いの面持ちをして難渋そうに道を歩いていた。それは紳士である事と羞恥心を軽減する事の折衷策、悪く言うならば私は自分を誤魔化し始めたのだった。しかしその効果は大きいらしく、擦れ違う人々は皆同情と憐憫の眼差しで私の顔を伺っているのが何となく察せられた。しかしかの人々は安易な慰めを拒絶する紳士の矜持をも察したらしく私に声を掛けて来る野暮な人間は誰一人として居なかった。ただ、紐に繋がれて散歩をしている小さな犬がやたらと私に向かって吠えて来たが、所詮は犬や猫、獣の類にこの病の暗い影が差した厚着紳士の美学が理解出来るはずも無かった。私は子犬に吠えられ背中や腋に大量の汗を掻きながらも未だ誇りを失わずに道を歩いていた。  しかし度々通行人達の服装を目にするにつれて、段々と私は自分自身が自分で予想していたよりは少数部族では無いという事に気が付き始めていた。歴然とした厚着紳士は皆無だったが、私のようにダウンを着た厚着紳士見習い程度であったら見つける事もそう難しくはなかった。恥ずかしさが少しずつ消えて無くなると抑え込んでいた暑さが急激に肌を熱し始めた。視線が四方に落ち着かなくなった私は頻りと人の視線を遮る物陰を探し始めた。  泳ぐ視線がようやく道の傍らに置かれた自動販売機を捉えると、駆けるように近付いて行ってその狭い陰に身を隠した。恐る恐る背後を振り返り誰か人が歩いて来ないかを確認すると運悪く背後から腰の曲がった老婆が強風の中難渋そうに手押し車を押して歩いて来るのが見えた。私は老婆の間の悪さに苛立ちを隠せなかったが、幸いな事に老婆の背後には人影が見られなかった。あの老婆さえ遣り過ごしてしまえばここは人々の視線から完全な死角となる事が予測出来たのだった。しかしこのまま微動だにせず自動販売機の陰に長い間身を隠しているのは怪し過ぎるという思いに駆られて、渋々と歩み出て自動販売機の目の前に仁王立ちになると私は腕を組んで眉間に深い皺を作った。買うべきジュースを真剣に吟味選抜している紳士の厳粛な態度を装ったのだった。  しかし風はなお強く老婆の手押し車は遅々として進まなかった。自動販売機と私の間の空間はそこだけ時間が止まっているかのようだった。私は緊張に強いられる沈黙の重さに耐えきれず、渋々ポケットから財布を取り出し、小銭を掴んで自動販売機の硬貨投入口に滑り込ませた。買いたくもない飲み物を選ばさられている不条理や屈辱感に最初は腹立たしかった私もケース内に陳列された色取り取りのジュース缶を目の前にしているうちに段々と本当にジュースを飲みたくなって来てその行き場の無い怒りは早くボタンを押してジュースを手に入れたいというもどかしさへと移り変わっていった。しかし強風に負けじとか細い腕二つで精一杯手押し車を押して何とか歩いている老婆を責める事は器量甚大懐深き紳士が為す所業では無い。そもそも恨むべきはこの強烈な風を吹かせている天だと考えた私は空を見上げると恨めしい視線を天に投げ掛けた。  ようやく老婆の足音とともに手押し車が地面を擦る音が背中に迫った時、私は満を持して自動販売機のボタンを押した。ジュースの落下する音と共に私はペットボトルに入ったメロンソーダを手に入れた。ダウンの中で汗を掻き火照った身体にメロンソーダの冷たさが手の平を通して心地よく伝わった。暫くの間余韻に浸っていると老婆の手押し車が私の横に現れ、みるみると通り過ぎて行った。遂に機は熟したのだった。私は再び自動販売機の物陰に身を隠すと念のため背後を振り返り人の姿が見えない事を確認した。誰も居ないことが解ると急ぐ指先でダウンジャケットのボタンを一つまた一つと外していった。最後に上から下へとファスナーが降ろされると、うっとりとする様な涼しい風が開けた中のシャツを通して素肌へと心地良く伝わって来た。涼しさと開放感に浸りながら手にしたメロンソーダを飲んで喉の渇きを潤した私は何事も無かったかのように再び道を歩き始めた。  坂口安吾はかの著名な堕落論の中で昨日の英雄も今日では闇屋になり貞淑な未亡人も娼婦になるというような意味の事を言っていたが、先程まで厚着紳士見習いだった私は破廉恥な軟派山羊男に成り下がってしまった。こんな格好をプルースト君が見たらさぞかし軽蔑の眼差しで私を見詰める事に違いない。たどり着いた駅のホームの長椅子に腰をかけて、何だか自身がどうしようもなく汚れてしまったような心持ちになった私は暗く深く沈み込んでいた。膝の上に置かれた飲みかけのメロンソーダも言い知れぬ哀愁を帯びているようだった。胸を内を駆け巡り始めた耐えられぬ想いの脱出口を求めるように視線を駅の窓硝子越しに垣間見える空に送ると遠方に高く聳え立つ白い煙突塔が見えた。煙突の先端から濛々と吐き出される排煙が恐ろしい程の速さで荒れた空の彼岸へと流されている。  耐えられぬ思いが胸の内を駆け駅の窓硝子越しに見える空に視線を遣ると遠方に聳える白い煙突塔から濛々と吐き出されている排煙が恐ろしい速度で空の彼岸へと流されている様子が見えた。目には見えない風に流されて行く灰色に汚れた煙に対して、黒い雲に覆われた空の中に浮かぶ白い煙突塔は普段青い空の中で見ている雄姿よりもなおのこと白く純潔に光り輝いて見えた。何とも言えぬ気持の昂ぶりを覚えた私は思わずメロンソーダを傍らに除けた。ダウンジャケットの前ボタンに右手を掛けた。しかしすぐにまた思い直すと右手の位置を元の場所に戻した。そうして幾度となく決意と逡巡の間を行き来している間に段々と駅のホーム内には人間が溢れ始めた。強風の影響なのか電車は暫く駅に来ないようだった。  すると駅の階段を昇って来る黒い影があった。その物々しく重厚な風貌は軽薄に薄着を纏った人間の群れの中でひと際異彩を放っている。プルースト君だった。依然として彼は分厚いロングコートに厳しく身を包み込み、冷ややかな面持ちで堂々と駅のホームを歩いていたが、薄い頭髪と額には薄っすらと汗が浮かび、幅広い額を包むその辛苦の結���は天井の蛍光灯に照らされて燦燦と四方八方に輝きを放っていた。私にはそれが不撓不屈の王者だけが戴く栄光の冠に見えた。未だ変わらずプルースト君は厚着紳士で在り続けていた。  私は彼の胸中に宿る鋼鉄の信念に感激を覚えると共に、それとは対照的に驚く程簡単に退転してしまった自分自身の脆弱な信念を恥じた。俯いて視線をホームの床に敷き詰められた正方形タイルの繋ぎ目の暗い溝へと落とした。この惨めな敗残の姿が彼の冷たい視線に晒される事を恐れ心臓から足の指の先までが慄き震えていた。しかしそんな事は露とも知らぬプルースト君はゆっくりとこちらへ歩いて来る。迫り来る脅威に戦慄した私は慌ててダウンのファスナーを下から上へと引き上げた。紳士の体裁を整えようと手先を闇雲に動かした。途中ダウンの布地が間に挟まって中々ファスナーが上がらない問題が浮上したものの、結局は何とかファスナーを上まで閉め切った。続けてボタンを嵌め終えると辛うじて私は張りぼてだがあの厚着紳士見習いの姿へと復活する事に成功した。  膝の上に置いてあった哀愁のメロンソーダも何となく恥ずかしく邪魔に思えて、隠してしまおうとダウンのポケットの中へとペットボトルを仕舞い込んでいた時、華麗颯爽とロングコートの紺色の裾端が視界の真横に映り込んだ。思わず私は顔を見上げた。顔を上方に上げ過ぎた私は天井の蛍光灯の光を直接見てしまった。眩んだ目を閉じて直ぐにまた開くとプルースト君が真横に厳然と仁王立ちしていた。汗ばんだ蒼白い顔は白い光に包まれてなおのこと白く、紺のコートに包まれた首から上は先程窓から垣間見えた純潔の白い塔そのものだった。神々しくさえあるその立ち姿に畏敬の念を覚え始めた私の横で微塵も表情を崩さないプルースト君は優雅な動作で座席に腰を降ろすとロダンの考える人の様に拳を作った左手に顎を乗せて対岸のホームに、いやおそらくはその先の彼方にある白い塔にじっと厳しい視線を注ぎ始めた。私は期待を裏切らない彼の態度及び所作に感服感激していたが、一方でいつ自分の棄教退転が彼に見破られるかと気が気ではなくダウンジャケットの中は冷や汗で夥しく濡れ湿っていた。  プルースト君が真実の威厳に輝けば輝く程に、その冷たい眼差しの一撃が私を跡形もなく打ち砕くであろう事は否応無しに予想出来る事だった。一刻も早く電車が来て欲しかったが、依然として電車は暫くこの駅にはやって来そうになかった。緊張と沈黙を強いられる時間が二人の座る長椅子周辺を包み込み、その異様な空気を察してか今ではホーム中に人が溢れ返っているのにも関わらず私とプルースト君の周りには誰一人近寄っては来なかった。群衆の騒めきでホーム内は煩いはずなのに不思議と彼らの出す雑音は聞こえなかった。蟻のように蠢く彼らの姿も全く目に入らず、沈黙の静寂の中で私はただプルースト君の一挙手に全神経を注いでいた。  すると不意にプルースト君が私の座る右斜め前に視線を落とした。突然の動きに驚いて気が動転しつつも私も追ってその視線の先に目を遣った。プルースト君は私のダウンジャケットのポケットからはみ出しているメロンソーダの頭部を見ていた。私は愕然たる思いに駆られた。しかし今やどうする事も出来ない。怜悧な思考力と電光石火の直観力を併せ持つ彼ならばすぐにそれが棄教退転の証拠だという事に気が付くだろう。私は半ば観念して恐る恐るプルースト君の横顔を伺った。悪い予感は良く当たると云う。案の定プルースト君の蒼白い顔の口元には哀れみにも似た冷笑が至極鮮明に浮かんでいた。  私はというとそれからもう身を固く縮めて頑なに瞼を閉じる事しか出来なかった。遂に私が厚着紳士道から転がり落ちて軟派な薄着蛮族の一員と成り下がった事を見破られてしまった。卑怯千万な棄教退転者という消す事の出来ない烙印を隣に座る厳然たる厚着紳士に押されてしまった。  白い煙突塔から吐き出された排煙は永久に恥辱の空を漂い続けるのだ。あの笑みはかつて一心同体であった純白の塔から汚れてしまった灰色の煙へと送られた悲しみを押し隠した訣別の笑みだったのだろう。私は彼の隣でこのまま電車が来るのを待ち続ける事が耐えられなくなって来た。私にはプルースト君と同じ電車に乗る資格はもう既に失われているのだった。今すぐにでも立ち上がってそのまま逃げるように駅を出て、家に帰ってポップコーンでも焼け食いしよう、そうして全てを忘却の風に流してしまおう。そう思っていた矢先、隣のプルースト君が何やら慌ただしく動いている気配が伝わってきた。私は薄目を開いた。プルースト君はロングコートのポケットの中から何かを取り出そうとしていた。メロンソーダだった。驚きを隠せない私を尻目にプルースト君は渇き飢えた飼い豚のようにその薄緑色の炭酸ジュースを勢い良く飲み始めた。みるみるとペットボトルの中のメロンソーダが半分以上が無くなった。するとプルースト君は下品極まりないげっぷを数回したかと思うと「暑い、いや暑いなあ」と一人小さく呟いてコートのボタンをそそくさと外し始めた。瞬く間にコートの前門は解放された。中から汚い染みの沢山付着した白いシャツとその白布に包まれただらしのない太鼓腹が堂々と姿を現した。  私は暫くの間呆気に取られていた。しかしすぐに憤然と立ち上がった。長椅子に座ってメロンソーダを飲むかつてプルースト君と言われた汚物を背にしてホームの反対方向へ歩き始めた。出来る限りあの醜悪な棄教退転者から遠く離れたかった。暫く歩いていると、擦れ違う人々の怪訝そうな視線を感じた。自分の顔に哀れな裏切り者に対する軽侮の冷笑が浮かんでいる事に私は気が付いた。  ホームの端に辿り着くと私は視線をホームの対岸にその先の彼方にある白い塔へと注いた。黒雲に覆われた白い塔の陰には在りし日のプルースト君の面影がぼんやりとちらついた。しかしすぐにまた消えて無くなった。暫くすると白い塔さえも風に流れて来た黒雲に掻き消されてしまった。四角い窓枠からは何も見え無くなり、軽薄な人間達の姿と騒めきが壁に包まれたホーム中に充満していった。  言い知れぬ虚無と寂寥が肌身に沁みて私は静かに両の瞳を閉じた。周囲の雑音と共に色々な想念が目まぐるしく心中を通り過ぎて行った。プルースト君の事、厚着紳士で在り続けるという事、メロンソーダ、白い塔…、プルースト君の事。凡そ全てが雲や煙となって無辺の彼方へと押し流されて行った。真夜中と見紛う暗黒に私の全視界は覆われた。  間もなくすると闇の天頂に薄っすらと白い点が浮かんだ。最初は小さく朧げに白く映るだけだった点は徐々に膨張し始めた。同時に目も眩む程に光り輝き始めた。終いには白銀の光を溢れんばかりに湛えた満月並みの大円となった。実際に光は丸い稜線から溢れ始めて、激しい滝のように闇の下へと流れ落ち始めた。天頂から底辺へと一直線に落下する直瀑の白銀滝は段々と野太くなった。反対に大円は徐々に縮小していって再び小さな点へと戻っていった。更にはその点すらも闇に消えて、視界から見え無くなった直後、不意に全ての動きが止まった。  流れ落ちていた白銀滝の軌跡はそのままの光と形に凝固して、寂滅の真空に荘厳な光の巨塔が顕現した。その美々しく神々しい立ち姿に私は息をする事さえも忘れて見入った。最初は塔全体が一つの光源体の様に見えたが、よく目を凝らすと恐ろしく小さい光の結晶が高速で点滅していて、そうした極小微細の光片が寄り集まって一本の巨塔を形成しているのだという事が解った。その光の源が何なのかは判別出来なかったが、それよりも光に隙間無く埋められている塔の外壁の内で唯一不自然に切り取られている黒い正方形の個所がある事が気になった。塔の頂付近にその不可解な切り取り口はあった。怪しみながら私はその内側にじっと視線を集中させた。  徐々に瞳が慣れて来ると暗闇の中に茫漠とした人影の様なものが見え始めた。どうやら黒い正方形は窓枠である事が解った。しかしそれ以上は如何程目を凝らしても人影の相貌は明確にならなかった。ただ私の方を見ているらしい彼が恐ろしい程までに厚着している事だけは解った。あれは幻の厚着紳士なのか。思わず私は手を振ろうとした。しかし紳士という言葉の響きが振りかけた手を虚しく元の位置へと返した。  すると間も無く塔の根本周辺が波を打って揺らぎ始めた。下方からから少しずつ光の塔は崩れて霧散しだした。朦朧と四方へ流れ出した光群は丸く可愛い尻を光らせて夜の河を渡っていく銀蛍のように闇の彼方此方へと思い思いに飛んで行った。瞬く間に百千幾万の光片が暗闇一面を覆い尽くした。  冬の夜空に散りばめられた銀星のように暗闇の満天に煌く光の屑は各々少しずつその輝きと大きさを拡大させていった。間もなく見つめて居られ無い程に白く眩しくなった。耐えられ無くなった私は思わず目を見開いた。するとまた今度は天井の白い蛍光灯の眩しさが瞳を焼いた。いつの間にか自分の顔が斜め上を向いていた事に気が付いた。顔を元の位置に戻すと、焼き付いた白光が徐々に色褪せていった。依然として変わらぬホームの光景と。周囲の雑多なざわめきが目と耳に戻ると、依然として黒雲に覆い隠されている窓枠が目に付いた。すぐにまた私は目を閉じた。暗闇の中をを凝視してつい先程まで輝いていた光の面影を探してみたが、瞼の裏にはただ沈黙が広がるばかりだった。  しかし光り輝く巨塔の幻影は孤高の紳士たる決意を新たに芽生えさせた。私の心中は言い知れない高揚に包まれ始めた。是が非でも守らなければならない厚着矜持信念の実像をこの両の瞳で見た気がした。すると周囲の雑音も不思議と耳に心地よく聞こえ始めた。  『この者達があの神聖な光を見る事は決して無い事だろう。あの光は選ばれた孤高の厚着紳士だけが垣間見る事の出来る祝福の光なのだ。光の巨塔の窓に微かに垣間見えたあの人影はおそらく未来の自分だったのだろう。完全に厚着紳士と化した私が現在の中途半端な私に道を反れることの無いように暗示訓戒していたに違いない。しかしもはや誰に言われなくても私が道を踏み外す事は無い。私の上着のボタンが開かれる事はもう決して無い。あの白い光は私の脳裏に深く焼き付いた』  高揚感は体中の血を上気させて段々と私は喉の渇きを感じ始めた。するとポケットから頭を出したメロンソーダが目に付いた。再び私の心は激しく揺れ動き始めた。  一度は目を逸らし二度目も逸らした。三度目になると私はメロンソーダを凝視していた。しかし迷いを振り払うかの様に視線を逸らすとまたすぐに前を向いた。四度目、私はメロンソーダを手に持っていた。三分の二以上減っていて非常に軽い。しかしまだ三分の一弱は残っている。ペットボトルの底の方で妖しく光る液体の薄緑色は喉の渇き切った私の瞳に避け難く魅惑的に映った。  まあ、喉を潤すぐらいは良いだろう、ダウンの前を開かない限りは。私はそう自分に言い聞かせるとペットボトルの口を開けた。間を置かないで一息にメロンソーダを飲み干した。  飲みかけのメロンソーダは炭酸が抜けきってしつこい程に甘く、更には生ぬるかった。それは紛れも無く堕落の味だった。腐った果実の味だった。私は何とも言えない苦い気持ちと後悔、更には自己嫌悪の念を覚えて早くこの嫌な味を忘れようと盛んに努めた。しかし舌の粘膜に絡み付いた甘さはなかなか消える事が無かった。私はどうしようも無く苛立った。すると突然隣に黒く長い影が映った。プルースト君だった。不意の再再会に思考が停止した私は手に持った空のメロンソーダを隠す事も出来ず、ただ茫然と突っ立っていたが、すぐに自分が手に握るそれがとても恥ずかしい物のように思えて来てメロンソーダを慌ててポケットの中に隠した。しかしプルースト君は私の隠蔽工作を見逃しては居ないようだった。すぐに自分のポケットから飲みかけのメロンソーダを取り出すとプルースト君は旨そうに大きな音を立ててソーダを飲み干した。乾いたゲップの音の響きが消える間もなく、透明になったペットボトルの蓋を華麗優雅な手捌きで閉めるとプルースト君はゆっくりとこちらに視線を向けた。その瞳に浮かんでいたのは紛れもなく同類を見つけた時に浮かぶあの親愛の情だった。  間もなくしてようやく電車が駅にやって来た。プルースト君と私は仲良く同じ車両に乗った。駅に溢れていた乗客達が逃げ場無く鮨詰めにされて居る狭い車内は冷房もまだ付いておらず蒸し暑かった。夥しい汗で額や脇を濡らしたプルースト君の隣で私はゆっくりとダウンのボタンに手を掛けた。視界の端に白い塔の残映が素早く流れ去っていった。
4 notes · View notes
pompomyusuke · 3 years
Text
         落石
Death is not the greatest loss in life. The greatest loss is what dies inside us while we live.
by Norman Cousins
〜序章 今〜
真っ白な中にいま僕はいる。周りは虚無とカオスが広がり、何もできない。ただ、いま自分が出来る最大限の努力は呼吸をし命をつなぎとめることだ。ゆっくり途方も無い道のりを重たい足で歩き続ける。歩き続けることがいつか、きっと僕にとって何か、良いことをもたらすのではないかと思いきかせた。白く、一点の濁りもない中をただひたすら飽きることなく足を動かすことを続けた。
不意にある人の事想う。ああ、あの人と結ばれたらな。いや、もうあれは過去だ。過ちだ。何を僕は引きずっているのだろう。幾度となく、偽りの意見を反芻させた。目を閉じ、呼吸を整えた。
漆黒の闇から急に現れた、たった1人の人間に狂い戸惑った。気づけば周りにはなにもかも手放していた。自分の、判断だし、決断でもあった。おかけで今なにも関わってくれる人も、動物もいない。そして、今僕は虚無にいる。全ては自業自得なのだ。
〜第2章 過ち〜
目が覚めた。どこか重たく、身体全体に痛みを生じた。目もなかなか、開けることができない。いつもの朝とは違い、日の光りを感じられない。そのせいか、起き上がるのに、10分以上はかかった。僕にとってはかなり遅い方だし、他の人と比べて寝起きはいい方だ。その日は休みだった。飲み過ぎても仕事に支障が出ないようにと、希望休をとっていた。変なところ真面目だよねと大衆に言われる所以がこのことなのかもしれない。
その日そんなに早く起きる必要はなかったがなぜか起きた。どこか気持ちが、心がいつもより落ち着かなかった。目を開けることにためらい、もう一度寝ることを考えた。しかし、いつもとはちがう、違和感を覚えた。僕の部屋はお世辞にいっても綺麗じゃない。ただ、今自分の嗅覚から感じるのはフローラルでとこか愛したくなる香りだった。当時、コーヒーを勉強していた僕は香りに敏感だった。今まで嗅いだことのない、落ち着いていて、どこか派手な綺麗で美しい香りだった。まるでアジア太平洋産のコーヒーを思わせる、どこかどっしりとし荒々しいコクとハーブを感じるような繊細さを僕は感じた。
その香りは、確かに、自分の部屋から香ることのできない香りなのは明確だった。だからこそ、目を開ける勇気がなかった。あの繊細で、どこか悲しい香りは僕は感じたことない。多分、目を開けて現実を見てしまったら後悔することもわかっていた。しかし、僕はゆっくり目を開けた。どんな現実も受け入れることを僕は覚悟した。そこは真っ白でなんの変哲も無い白い天井だった。また、予想通り日光はカーテンから少し漏れるだけの光しかベッドには届いていなかった。そして僕は裸だった。スタイルがお世辞にもよくない身体がベットに放り込まれている。身体は重く、ベッドに根を生えているようにも思えた。この時点で少し飲み過ぎたことを、後悔した。気分と身体の両方の違和感に耐えきれず、少し寝返りをうった。その時何かを触った。柔かく、どこかハリがあり、触るといまにも跳ね返されそうな弾力だった。指先から伝わるシナプスが脳みそに達したが何かは特定できなかった。もう少し触りたかったが勇気がなかった。そして、一度そこで寝返りを止めた。正体を知ってしまったら、真実に追いつけず、自分の偽りの世界を作り逃避する気がしてならなかった。それが楽なのはわかっていたがどうしてもしたくなかった。向き合うことが僕の数少ない良い点の一つだと理解していたからだ。そしてそれを永遠に自分に自分の武器として、自分の存在を誇示するために持ち続けていたかった。
重たい体をゆっくりと左45度に傾け、現実を見ることを決意した。ぼんやりと映る姿にかすかに見覚えがある。どこかでみたことあり、僕の小さな脳で思い当たる節を探した。学生時代のそんなに多くない友人、ゴルフで出会った仲間、バンドなどで交流を持った人たちなどを当てはめたがどれもちがった。誰かはわからないが、確実にそこにあるものは女体だった。お世辞にも白とは言えない肌ではあるがハリときめ細かさはある。お尻もそれほどありかつひきしまっており、くびれがとても特徴的だ。乳房は少しお椀型でハリもあり乳首は程よく黒がかり僕の好みな形、色だった。髪色は明るめな茶色では、あるものの落ち着きがあり、ショートとロングの間、つまりミドルほどの長さだった。カーテンがなびいている下で、少し日に当たるその姿はどこか幻想的で魅力的で現実に存在する人間には思えないほどの美しさであった。まだ、誰かもわからないが見ていると落ち着くし、このまま時が止まってくれないかとおもった。もちろん、止めることなどできない。
気づいた時には深い眠りについていた。身体の重さは幾分なくなり悪酔いが冷めてきたのが、明らかに実感できた。さっきとは違い外界の光がもろにあたり、風も感じることができた。カーテンが顔なで今にも部屋全体の小物たちが起きなよ、と言わんばかりだ。今時間は何時だろう、ふと思い、また誰かわからない女体の隣でよく寝れたなと自分に驚く。
「おはよ」
聞いたことのある声が僕の背中を包んだ。どこか、優しくも冷徹な声が特徴的だ。恐ろしく、顔を見ることも、もちろん振り返ることもできない。畳み掛けるように女体は話す。
「昨日飲みすぎたようだけど大丈夫?」
やはりかと思った。今までにない酔いが朝遅い、違和感が心を包んだ。僕は平静を装いどこか洒落臭く返事をした。
「あんなんじゃ、酔わないよ」
僕は女体の顔見なくても笑っていることに気づいた。
「へぇー、毎日晩酌してるだけあるわね」
この時、いくつか女体の候補を絞ることができた。晩酌をしていることは少数人にしか告げてないし、なんなら幾分恥ずかしいことではあるから、大々的に自分から発信はしていない。かなり仲の良い、あるいは直近で会話をしている人に絞られる。
「最近そんなに飲んでないよ」
少しかまをかけて、発言した。最近の飲酒量は軒並み右課題上がりをし、来月の健康診断はもう絶望的だ。直近で会話している友人にはその話を何度も話をしている。
「最近飲むのふえてるじゃない。この前も電話した時酔いつぶれてたわよ」
ここで確信をついた。最近ある1人とよく通話をする。同じ職場の人だ。衝動を抑えきれず体の向きを変えて顔を見た。
女体はニヤっと笑った
「椿、、、」
「おはよ」
ドス
頭の中で何かが落ちた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕はそこそこ名前の知れている商社に勤務している。商社ではあるが、ほぼサービス業であるため平日やすみが基本だ。平日休みでの特権をまだ実感していない。強いてゆうのであれば、ふとした時にドライブなど外出するとき弊害があまりない。人混み、交通規制、こどもの泣き噦る声などストレスを与える要素がない。もちろんデメリットもある。友人関係が、がらっとかわった。だいたいの友人は土日休みであるため休みが合わず、交流する時間がなく連絡する頻度もすくなくなり疎遠気味になってしまった。また、ある友人は遊べる回数などがすぐなくなったからか、付き合いが悪いなどと吐き捨てられたこともあった。こうして、休日に過ごし方は狭い自宅で引きこもるか、職場仲間と軽くご飯に行くことしかできなかった。時々コミニュティーの狭さに驚愕し、過去自分の思い描いた誇らしき人生の理想との乖離に不安と絶望に日々打ちひしがれるのであった。
僕は時々死をも考えたこともある。富士の樹海で首を吊るいくつもの死体に憧れたこともあった。自分もそのうちの一つにどのようになれるか、考えたこともあった。でも、後一歩のところで勇気が出ずにいた。死ぬ勇気さえ僕には持てれなかった。僕が愚かであることは明確だった。
ただ、仕事での悩みは無いと言ったら嘘ではあるが、さほど気になるほどではなかった。横山と稲村の紛争を常に仲裁して、チームの空気が悪くならないようにいつも注意をしていた。仲間とのコミニケーションを常に積極的にとり、チームの不満やいわゆる膿を出す役割を僕はしていた。人からはそれらは重みでストレスのかかるものであると言うが、僕は気にならなかった。むしろチームが良い方向に前進していることを日々実感し、達成感に浸れた。それが仕事の一つのやりがいであることは否めないし、自分の一つの居場所であったことも確かだ。ただ、その居場所や仲裁に入るのもなかなか至難の技であった。
横山はチームリーダーとして、1年前に配属された。彼は、スタイルがよくイケメンと言う部類にはいり見た目はどこかアグレシッブで仕事に対して強いこだわりがありそうだった。ただ、その見た目とは相反するような過去を持っていた。
19XX年、横山はファッション系の仕事についていた。彼は現場に強くこだわった。彼が配属されたのは西山駅の正面にある、お店も売り上げもかなりボリュームのある店舗だった。店の正面には街のメインストリートがあり、土日には車両の通行が禁止される、謂わば歩行者天国になる。また、道の向かいには最大級のデパートがあり、平日土日関係なくいつも人でごった返している。店の周りにも競合店揃いのファッション系ブランドのお店が軒を連ねる。そこでその店は勝ち取っていかなければならなく、横山自身かなりのプレッシャーであった。前任のマネージャーは成果を出すことができなく半年で別の店舗に異動をした。左遷とも噂された。
横山は客の求めているものを的確に会話を通じて探し出し提案することを目標としていた。そのことを認められたか、前年よりも売り上げを伸ばし上層部にはかなり高い評価で認められた。会社にも評価され次期エリアマネージャー候補とも囁かれていた。横山は仕事にやりがいを感じ、通勤にも片道2時間という長いものであったが文句どころか、毎日が充実していた。
忘れもしない10月20日。いつもどおり横山は出勤した。大通りに群がるスーツをみにまとったサラリーマンをかき分け、店の正面まで歩く。あまりの人の多さで、後ろへ押し流されながら歩き続けるのは一苦労だ。店の鍵は全部で5つある。正面の扉が2枚あり、一枚の扉に上と下1つずつ鍵がある。鍵を開けると30秒以内に店の事務所のセキュリティの機械に鍵を取り付けないとアラームがなる仕組みだ。
この日もアラームを解き、オープン作業を一緒に行うパートの人を待った。作業が始まる9時30分にも来なかった。ここのお店に着任してからはじめての経験であった。パートの携帯に着信を入れたが冷酷な自動音声が聞こえる。
「ただいま電話に出ることはできません」
が横山の耳に響く。まるで暗く深い洞窟の中で聞こえるように。
几帳面で真面目で無断欠勤などするタイプではないため、怒りよりも心配がかった。事故か事件か、最悪の状況が頭をよぎる。とりあえず何事もないことを祈った。電話が早くかかってこないか、気にしながら開店作業を黙々と進めた。本社から送られてきた服や小物の納品物を片付け、陳列。店内の掃き掃除、また陳列されている服の整理、などいつもよりも同じ時間で2人分の作業をしなければならないため、時間の体感速度はかなりのものであった。店内に開店まであと5分のチャイムが鳴り響く。当然間に合うはずもなく、開店してから残った作業をすることにした。急いで、事務所に戻りレジの開局作業に取り掛かった。両替準備金を数え、パソコンに入力し、開局させた。もう、幾度となく行った作業のため、手慣れたものだ。毎日同じことの繰り返しであったが毎日同じモチベーションで仕事をすることができた。人はそれを、嘲笑い鼻でわらい社畜だと罵った。横山はそのことを何も感じもしないし、馬鹿にする方が馬鹿だと感じた。
そんなことを頭で回想をしていると気づくと1分前のチャイムが鳴る。横山は店の自動ドアの正面に背筋をのばして、客を迎い入れる準備をした。静寂の中を切り裂くように、店内アナウンスが入る。開店だ。深呼吸で心拍数を安定させる。今日も始まる。
横山は客に向かってしっかりと大きな挨拶をした。
「いらっしゃいませ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
10月20日夜、街中の有名な居酒屋で団体グループのせいで予約がいっぱいだった。店もてんやわんやで、少ない人数で営業していた。キッチンには洗い物が山積みになり、ドリンクをテーブルまで提供するのに精一杯であった。従業員がベルトコンベアーで流されているかのように機械的にキッチンからドリンクがかなり乗ったトレイを持ち、テーブルまで運んだ。なぜか従業員には顔がない。じっくり見てもそこには何もなく、カオスで色も特徴もない。まるでロボットが店舗を運営しているように感じた。何も面白みも、魅力も感じないお店だ。多くの人が二度と行くことはないというだろう。実際その半年後お店は潰れたという。詳しくはわからない。
その日の団体の客は横山の働くお店の集まりだった。幹事の伊藤は重たい口を開け、淡々と話を始めた。
「ボイコットに参加してくれてありがとう」
参加者は息を飲む。この言葉は絶対に聞くことは覚悟していたし、ボイコットしたことも事実だ。しかし、改めて耳からその情報を聞くと様々な考えが頭をめぐり実感と責任感が心臓からゆっくりと湧き上がるのがわかった。まるで血液のようにその感情が身体中をめぐり次第に身体が硬直していくのがわかった。参加者のうち華奢な男の1人が口を開いた。
「これで横山も終わりだな。」
伊藤はその言葉をきき深く項垂れ、自分の今の行動がどの程度影響し波及していくのか想像するのができなかった。想像したくないのではなく伊藤の脳みそではキャパオーバーでこれからのことがわからなかった。どのようにこれから自分の立場が変わっていくのかも先を見越した行動ではなく瞬間的で能動的であったことは間違いない。そして、伊藤はこれにきづくことはなかった。
伊藤は何かを決心したかのようにまた鉄の扉のような唇を開けた。
「そうだな。祝おう。皆で。」
重苦しくどこか窮屈な空気の中冷やかしのようにグラス同士の冷たく乾いた音が部屋中に響き渡る。乾杯のこともそこに明るさはなく海の奥深く光の届かない場所にいるかと錯覚するぐらい暗く意味深なものであった。主婦がお酒を飲みながら現実を受け止めたかのように話をした。
「私、本当にボイコットしたのね」
伊藤がゆっくりと口を開いた。
「そうだよ。俺らはやったんだ。でもこれも全て横山がわるい」
「そうわよね。自業自得だわ。」
主婦はそう言い放ちグラスを空にした。無理やり流し込んだせいか咳こんだ。その音さえ虚しく聞こえる。
伊藤が息を吐き思いつめながら鍋をつついた。
鍋には色も何もないカオスが広がっていた。なぜだろう、食欲も湧かないしそこには何もない。物理的ではなく精神的に。
「明日からどうなるかな」
空虚な世界にその声だけ響いた。周りは静かに息を飲んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
枯葉が落ちある種のイルミネーションが広がっていた。自然が作り出すトンネルはどこかに吸い込まれ迷走しいずれ消えていくことを実感した。皆口を開け小さな頭の中で回想する。出口はどこなんだろう。
横山は会社に解雇された。ボイコットの日から次の日でだった。次の日も従業員は誰もこず、たった一人静かに営業した。現実、一人で営業することもできず、閉店を余儀なくされた。会社からボイコットについて、ヒアリングを幾度と無く横山に行なったが、何もわからなかった。事実、横山自身アルバイトたちによって遂行されたボイコットがなぜ行なわれたのか甚だ理解できなかったからである。横山は小さくか細い声で何度も連呼した。
「わからないです。すみません。」会議室はため息に包まれた。
彼が転職するのは、季節が幾度と無く変わった後だった。あのボイコットから仕事に対する熱意がまったくもてず、故郷である横浜に身を隠した。実家での居心地はよくはなかった。口うるさい親父と心配性な母親が彼に対して異常なまでに面倒を見ていたがそれが逆に狭く感じた。早く仕事をしないのかと部屋の扉をノックする音を毎日聞き、親父が酔った勢いで母親との馴れ初めを永遠と語るが興味がなかった。両親との生活は約2年だったがなぜ実家に戻ってきたか聞いてこなかったし知らない。彼らにそのことに興味が無かった。
そんな実家であったが一人で住むよりましであった。あのボイコットから人間不信になってしまった。外を出歩くといくつもの白と黒の目が彼自身を凝視し監視されているように思えた。また、このころ横山は人間の顔の表情が素直に受け入れることができず人間の後ろに何も無いカオスの顔が見えるようになっていた。そいつは口も鼻も目も耳も何もかも無い。しゃべることさえしず、ただ黙って横山をみていた。横山はそいつを見始め外に対しての絶望感と虚無��から外に出なくなった。少しでも安心した場所に行きたく実家へと移った。
横山の部屋は2階の角にあり風通しはかなりいい。部屋には小さな窓がある。埃がかぶっていて、窓のふちは錆付き重い。あるとき外界を覗いた。
家のしたに広がる商店街がにぎわっていた。
3 notes · View notes
skf14 · 3 years
Text
11232321
君の手術は失敗した。鮮やかだったであろう君の世界から、全ての物が消えた。
淡々とその事実だけが君から知らされた時、僕は、心にずっと秘めていた、しかし最後まで口にすることは叶わなかった君への「盲目になって欲しい」というイカれた願いを神が叶えてくれたのだと、無神論者でありながらも感謝とばかりに空を見上げた。
「結婚して欲しい。」という僕の言葉を、君はどう聞いたのだろう。全盲の人間の中には、聞こえる音、言葉に色がついて見えるようになるタイプもいるようだが、君は音も言葉も、空気の振動としか捉えないらしかった。
「いいの?だって私、目が見えないんだよ。」
「君がいい。これからもずっとそばにいたい。」
「荷物になりたくないな、」
「君の気持ちは?」
「...............」
君はただポツリ、「貴方と一緒にいたい。」そう答えた。私は君の小さな手を取り、そして抱きしめた。涙腺だけはまだ機能している君が、眼窩から涙を溢しながら、「健全なまま、貴方と一緒にいたかった。」と零した言葉には、何も答えることなく抱きしめた。答える資格など、私には無かった。私が答えない訳を、君はもしかしたら理解していたのかもしれない。
私は君に対して、外に出るための訓練をすることを望まなかった。君も、盲目の自分を外の世界に晒すことを嫌がった。情緒のない言い方をしてしまえばそれは、"利害の一致"と呼ぶのだろう。えてして君は自宅に篭り、半ば私に世話をされるだけの生き物になった。こう君を表すことに些か抵抗感はあるが、事実として、君はそうなった。私が望んだ。君も望んだ。君はあまりにも冷静で、私はあまりにも理性的だった。それが悪なのか善なのか、私には判断することが出来ない。誰かが裁くとすればそれは神なのだろうか。あぁ、味方をしてくれた神が最後に、私の愚かさを裁くとしたら、とんだ皮肉だ。いや、喜悲劇と呼ぶべきか。
"そう"なってからの君と私は、度々夜に獣と化した。君がじっと寝たままの私の身体を弄り、まるで谷崎潤一郎の「刺青」で描かれた女郎蜘蛛のように、私の身体を這い回り、捕食する姿を見て、私は著しく興奮した。それは私の元来持っていた"盲目性愛"という癖が刺激されたことも大きかったが、淑女めいた君が変貌する様を見たからでもあった。
そのおぼつかない手が、私を探し、指先に触れた温度に安堵して、爪を立て質量を確かめる。私がうちに秘めた、君には決して見せない凶暴で獰猛な、本能に蝕まれた精神が顔を覗かせて、私はそのか弱い腕を捕まえ、君を喰らう。
感覚を奪われると、他が過敏になり失った分をカバーする、というのは何も物語だけの話ではないことを、私は身をもって体験した。君は視覚から得られない情報を、その全てを持って拾い集め、私と、そして私を通じて己が世界に存在することを、確認していた。その行動は他者から見ればある意味哀れ、と思えるようにも見えるだろう。しかし私は、荒地に唯一凛と咲く百合が、天から降り注ぐ雨を少しでも蓄えようと頭を上げて空を仰ぐような、そんな神々しさと瑞々しさ、生命の逞しさを君に感じた。
ああ、真っ先に私は君の肥やしになったんだ。そう思った瞬間、私は快楽を感じ、君を掻き抱いて欲望をぶつけた。真っ暗な中、私も盲目になったように君の身体を弄って、何もない暗闇の中で、二匹の動物は互いを食い合った。
君が、運命の導きで私の手の中に収まった。何度考えてもこの事実が震えるほど勿体無く、幸せで、今まで大きな幸福も不幸もなくありふれた物事ばかりに囲まれてきた私の平凡な人生には信じがたく、ひどく不釣り合いだった。人にはそれぞれ生まれつき与えられている役割と立場があるとして、それを飛び越えてしまったような、そんな果てのない罪悪感と、優越感。とかく、人の世は他者と比べないと満足に息が吸えない。これが蟻ならば、蠅ならば、余計なことに頭を使わず、ただ生存と交配のためだけに生きて死ねるのに。
「ねぇ、あの本、読んでくれないかな。」
「ん?あぁ、いいよ。『アイのメモリー』だろ?」
「そう。聞きたいわ。」
あるところに、人語を話せるカラスがいた。カラスは大変に賢かった為、人語が話せるからと言って人に話しかけるような愚かさは持っていなかった。
カラスはある日そこらをふらふらと飛んでいた時、ある一軒家の2階の窓が開けっぱなしになっていることに気づいて、窓枠に降り立ち中を見た。中には、少女が一人、ぽつりと座ってぼーっとしていた。はて、様子がおかしい。とカラスがよくよくその少女を見た時、彼女の顔に、あるべき眼球が、二つとも嵌っていないことに気が付いた。少女の顔にはぽっかりと黒い穴が二つ鎮座していて、それは酷く滑稽にも、美しくも見えた。
「お嬢さん。」カラスが話しかけると、いきなり聞こえてきた人の声にびくりと肩を震わせた少女がキョロキョロと辺りを見回し、そして窓の方へと手を伸ばした。カラスはふわっと飛んで近くの枝に止まりながら、「お嬢さん。私を探しても無駄ですよ。私は存在し、そして存在していないのですから。」と笑った。少女も釣られて笑い、姿を探すことをやめ、「声だけおじさん」と私を呼んだ。
彼女が最後に見た景色は、己の頭上から降り注いでくる、無数の割れたステンドグラスの破片だったらしい。きらきら、ちらちらと太陽の光を反射して輝く色とりどりのそれを、避けることもなく、ただ見惚れていたそうだ。赤、青、黄色、緑、少女は拙い語彙でその美しさを私に訴え、私は、もっと沢山の色が世界に溢れていることを少女に伝えるため、海辺に住む老婆の元へと向かい、その顔から眼球を一つ、拝借した。
少女の空洞に嵌ったその球は、少女に広大な海と、その深々しい青を与えた。少女は感嘆し、目を押さえて涙を流した。少女が頭を動かすたび、涙で濡れた眼球がくる、くるりと回ってあらぬ方向を向いていた。
「勿論、フィクションなのは分かってるけど。」
君が少し申し訳なさそうな、そして不安げな顔でポツリ呟いた内容に、私は心の中で、万歳三唱していた。ごめんね、私には誠意というものが欠けているらしい。NPCじゃない人間相手に、こうも思い通りことが進むというのは、少々気持ち悪くもあり、そして大変に愉快であった。それはきっと、己の脳に対して抱いていた自信が肥え太っていくのを感じるからで、ただ、それが良いことなのか悪いことなのか、判別は付かない。誰も不幸になってない、必然だった、そう叫ぶにはあまりにも、私は汚れすぎた。
小ぶりなビー玉。模様も気泡もない、一点の曇りもない透き通ったそのガラス玉を持って、私は海に来ていた。もう吹く風はとうに冷たい季節になっており、時期外れの海になど来ている人間は皆無だった。散歩をしに来たであろう老人が私に、訝しげな視線を向けた。入水自殺をする、とでも思われていたのだろうか。にこりと笑顔を作り会釈すれば、老人は不快そうに顔を歪め足早に去っていった。
ザザ、と押し寄せる波は白い飛沫をそこかしこに撒き散らしながら、際限なく現れ、そして消えていく。私は窮屈な革靴と靴下を脱ぎ捨て、砂浜の砂を踏みしめた。指の隙間に入り込む、ぬるりとした湿った砂の粒子。久しぶりに感じるその感覚に、子供時代をふと思い出した。
赤貧、と呼ぶべき家庭だったのだろう。外に女を作って出て行った父親を想って狂った女と、二人きりで過ごしていた地獄。赤貧をどうにかする頭は、女にも、子供だった私にもなかった。
私は空腹を紛らわせようと、拾ったビー玉を舐めながら、どこからか拾ってきた小さなブラウン管テレビの中で、潮干狩りを楽しむ親子を見ていた。仮面ライダーのTシャツを着た子供はケラケラと楽しそうに笑いながら、砂浜を掘り返し、裸足で気持ち良さそうに踏みしめていた。母親、父親はそれを見守り、静かに笑う。女は隣の部屋で、よく分からない自作の儀式をしながら笑っていた。ケタケタ、ケラケラ、笑い声が反響して響き合い、世間の全てが僕と、そして哀れな女を嘲笑っているように聞こえて、僕は、己の鼓膜を菜箸で突き破った。
人間に諦めと軽蔑の心を抱いていた私が君に出会い、恋に蝕まれ、愛を自覚し、それが収束すると執着に変わることを知った。愛は、執着だ。あの女が狂ったのも、今となっては、理解くらいなら出来る気がした。欲しい、手に入れたい、他にやりたくない、ずっと腕の中に、誰のものにもしたくない。進化の過程で高い知能を得たはずの人間は、動物よりも獣らしく哀れな所有欲を万物に対して抱き、己だけではどうにもならない人に対して向いたソレは最も醜悪になった。
私は盲目に興奮する。その根底には何があるのか、自覚した当初からずっと考えていた。初めて君に目隠しをした時の、脊髄に収まった神経を舌先で直接舐め上げられるような著しい快感。そして、次第に湧き上がってきた、君から視覚が消えて欲しいという欲。
ふるり、と己の肩が震えて初めて、もう2時間近く、何もない海をただ眺めていたことに漸く気が付いて、私は足に纏わり付く砂を払い、帰路についた。
「これ?」
「あぁ、そうだよ。消毒してあるから、入れても問題ない。」
「ありがとう。嬉しい。」
君の白く細い指が、私の手のひらから海をたくさん見たビー玉をつまみあげ、指の腹でツルツルとした表面をくすぐるようになぞっていた。そして君は瞼を開け、そのガラス玉をぽい、と放り込んだ。ころり、と眼窩を転がる玉の感触が面白いのか、君はふらり、ゆらりと首を動かし傾けながら、見えるはずもない海に想いを寄せ、私の話す、海についての様々な創作を聞いていた。目は口ほどに物を言う。君が視覚を失ってから、私は以前より君の感情について、推察することが減ったような気がする。何故だろう。分からないから、というのは、あまりにも暴論な気がするが。
閉館間近の水族館にいる人間なんて、若いカップルか、水族館にしか居場所のない孤独な人、くらいだった。ある者はイルカと心を通わせ、ある者はアマゾンに生息する、微動だにしない巨大魚の前でいつまでも佇んでいる。私は手の中のビー玉と共に、館内をゆっくり回っていた。水族館なんて、目明きの君とすら来たことがなかった。私はこの空間に一人でいることを望んだ。大量の水に囲まれ、地球が歩いてきた歴史が刻まれた数多の生き物に触れることで、漠然と、母の中へ還れるような気がしたからだった。水族館と胎内は、どこか似ている。
水槽の前に置かれたベンチに腰掛けた瞬間、私は動けなくなった。丁度、目線の位置が海底になっていて、そこに、1メートルをゆうに超える巨大な茶色い魚が沈んでいた。でっぷりと太った腹に不機嫌そうな唇が、魚の愛嬌の良さを全て消していた。そしてその魚は、目が酷く白濁しており、空気の吹き出る場所に鰓を起き微動だにしなかった。
「あの、すみません。この魚、具合が、悪いのでしょうか。」
私は通りかかった清掃中の飼育員を捕まえ、魚を指差した。飼育員はハンディクリーナーの電源を消してふっと笑い、私のそばに寄って水槽を愛おしげに見つめた。
「いえ。夜なのでもう眠っているんだと思いますよ。この子は目が見えないので、普段から水槽の隅っこが好きで、よくこうしてぼーっとしているんです。」
「そうですか。この魚は、盲目なのですか。」
「えぇ。珍しいことではありませんよ。他の魚に攻撃されたり、岩や漂流ゴミで傷付けてしまったり。ただ、見えない分他の感覚が過敏になるので、海の中では支障なく生きられるんです。」
「そう、ですか。」
「えぇ。では、引き続きお楽しみくださいね。」
盲目の魚。私がそれを見た時に抱いた感情は、ただ一つ。「惨め」だった。何故?何故、だろう。分からない。何故私は、盲目の魚を見て、惨めさを抱いたのだろう。閉じる瞼すら持たない魚はただただ空気の泡を浴びながら、水中で重たそうな身体を持て余し、ぼんやりとこちらを向いている。濁った眼球がぎょろり、と上を向き、そしてまた私を見る。
ある小説に、盲目の主人が恨みを買って熱湯を浴びてしまい、美貌が失われてしまったことを憂いて、弟子は己の目を針で突いた。というシーンがあった。鏡台の前で針を手に、己の黒目へとそれを突き立て、晴れて盲人となる描写。私は読んだ当初、まだ小学生の頃だったが、その話に、微塵も共感することが出来なかった。目明きの方が世話も出来る、何かあった時支えられる。直情的だ。と批判までした記憶がある。でも、今になれば、あれが最善の行動だったのだろう、とも思う。歳をとって少し、寛容になったのかもしれない。
気付けば、私は水族館を出て、そばの海を眺めていた。街の中の海だ。情緒ある砂浜もなければ、テトラポッドもない。ただ効率だけを求められたコンクリートの直線に、黒いうねりがぶつかってじゃぶじゃばと水音を立てている。
盲目の魚。
私は、ずっと握りしめ暖かくなっていたビー玉を海へと投げた。波の音の狭間で、ちゃぽん。と小さな音が冬の空気の中、響いた。脳を介さない行動に、今は委ねたかった。考えることに、疲れたのかもしれない。私は、一体、どこへ向かいたかったのだろう。
扉の開く音で駆け寄ってきた君は、部屋に入る私の周りをクルクルと回りながら、今日のことについて色々と質問をした。黙ったままの私に不思議そうな表情をして、「何かあった?」と尋ねる君。君の方が今も昔も、察しがいいのは皮肉なんだろうか。
「アイのメモリー、今日は出来ない。」
「どうして?水族館、行かなかったの?」
「水族館には行った。けど、無くしたんだ。ビー玉。」
「そう。いいよ、どんな魚がいたのか、話して。聞きたい。」
「魚、」
「魚、いたでしょ?」
魚。
私は、盲目の魚を惨めに思った。あの魚は大きな水槽の中でひっそりと身を潜め、知らぬ他人からは笑われ、同居人からはいないもののように扱われ、飼育員からは憐れまれていた。与えられる空気を日がな浴びて、落ちてくる餌のおこぼれを拾い、そんな状態で生きていることが、酷く惨めに思えた。
「あぁ。.........」
「......疲れちゃった?」
立ちすくんだ私を見上げた君はぺたぺたと彷徨わせた手のひらで私の顔を見つけ、撫で、胸元に引き寄せ抱きしめた。とくとくと鳴る軽い心臓の音。生きている温度がこめかみあたりからじんわりと染み込んで、凝り固まって凍った脳を溶かしてゆく気がした。
「...いや、疲れてなんかないよ。」
「貴方は、いつも一人で考えて、一人で答えを出すから。」
「耳が痛いな。」
「ここには脳が二つ、あるんだよ。ひとつじゃなし得ない考えだって、きっとある。」
「うん。」
永遠とも呼べるほど長い時間、私は君に抱かれたまま、ぐちゃぐちゃと脳を掻き回す思考に身を委ねていた。
「ビー玉、本当は、無くしたんじゃなくて、捨てたんだ。」
「うん。」
君はきっと分かっていたんだろう。何をどこまで、なのか、それは、きっと暴かない方がいい。それは言葉にしなくとも、双方が漠然と理解していた。私は君の顔が見たくなくて、顔を上げないまま、君の心臓の音を聞いていた。
「もう、こんな真似、やめるよ。」
「そうだね、やめよう。」
ぼんやりとした頭でシャワーを浴び、リビングに戻った時、ついていたはずの部屋の電気は全て消えていた。私は手探りで部屋の壁を伝いながら、廊下を進んだ。幾度となく歩いているのに、視界がないと、こんなにも覚束ない。君の寝室の扉が少し開いて、ギィ、と音を立てている。漏れ出ているのは月の光か、その細い線に指を差しいれ扉を開くと、窓が開いているらしい。冷たい風が吹いて、まだ濡れたままの髪を冷やしていく。
そこに、君の姿はなかった。普段は何も置いていない机に、メモが一枚載っている。
『来世では、共に生きましょうね。』
はるか遠くの方から、微かなサイレンの音が響き始めた。
4 notes · View notes
kobayashimasahide · 3 years
Text
Tumblr media
あけましておめでとうございます
              令和三年元旦
牛の仮面   2005年5月7日  88 (h.) × 37 (w.) × 25 (d.) cm  2.8 kg    ・オートバイの二人乗り用掴みベルト付き座席    (合成皮革/スポンジ状ポリウレタン/プラスチック/鉄)  ・オートバイのブレーキ/クラッチ・レバー (アルミ)  ・  〃     バック・ミラー (鏡/鉄/プラスチック)  ・  〃     後輪泥除け (プラスチック)  ・ボルト・ナット等 (鉄)
Happy New Year !     January 1, 2021
Cow Mask  5/7/2005   88 (h.) × 37 (w.) × 25 (d.) cm  2.8 kg ・Tandem Seat with Grip Belt of Motorcycle   (Synthetic Leather, Polyurethane Foam, Plastics, Iron) ・Brake/Clutch Lever of Motorcycle (Aluminum) ・Rearview Mirror of Motorcycle (Mirror, Iron, Plastics) ・Rea Fender of Motorcycle (Plastics) ・Bolt and Nut etc. (Iron)
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
 1943年の早春のある日のこと、ピカソはドイツ軍占領下のパリの街を歩いて家に帰る途中、道端にゴチャ混ぜになって積み上げられていた廃品の山の中に、錆びた自転車のハンドルと、その直ぐ横に転がる革のサドルを見つけました。その瞬間、その二つは電光のように閃いて頭の中で組み合わさり、それを家に持ち帰って接合し (後にそれを型取り・ブロンズ鋳造する)、この彫刻史に燦然と輝く––––錆びてますが (笑) ––––<牡牛の頭部>(1) を造ったのでした。
Tumblr media
(1)-1  ピカソ <牡牛の頭部> 1943
Tumblr media
(1)-2  自転車のハンドル (金属) とサドル (革) 正面下から見上げた
Tumblr media
(1)-3  ブロンズ鋳造
Tumblr media
(1)-4  少し左から見上げた 
Tumblr media
(1)-5  少し右から
 これこそが、私がこれまでに何度か述べてきた (2)「チャンス・イメージ」––––この場合はサドルが牛の顔に/ハンドルが角に似ているという「私たちの記憶像 (この場合は牛の) を喚起する偶然の類似形」––––と、その記憶像を、今度は逆にその類似形の上に脳内で重ね合わせる「プロジェクション (投映)」とが、一瞬で双方向に交差した典型的な例なのです。  これは、視覚/認知心理学や脳科学の分野では––––「シミュラクラ (あるものが顔に見える) ⊂ パレイドリア (あるものが何かに見える)」––––と称ばれている現象です。  そして、こうした視覚心理現象に基づく造形手法が––––「レディ・メイド (既成の物) 」としての「ファウンド・オブジェクト (今まで気にも留めなかった物が新たに見直される、そのようにして改めて見出された/発見された物体) 」の「アッサンブラージュ (寄せ集め/組み合わせ)」––––で、ピカソのこの<牡牛の頭部>は、まさにその栄えある先駆/嚆矢/原点でもあります。
 尤も、この視覚心理現象+造形手法と牛との最初の出会いは、実はピカソの遥か以前の1万8千〜1万年前に、既に始まっていたのでした。しかもその場所は、ピカソの故国スペインの––––それも彼が10歳から14歳まで暮らしたスペイン北部の町ラ・コルーニャのあるガリシア州から東に二つ隣のカンタブリア州の––––アルタミラ洞窟なのです。  「徐々に土中に向かって傾斜している」この洞窟の「すべての劇的なアクセントはただ一カ所––––大きな部屋の天井––––に集中されてい」て、「この天井の高さは…約2m から1m まで…奥にゆくにつれて徐々に低くなっている」とギーディオン(3) が書くその部屋を、ヒキ (引き) で撮った写真が (4)-1 で、ヨリ (寄り) で天井を撮った写真が (4)-2 です。
Tumblr media
(4)-1  アルタミラ洞窟 大きな部屋 全景 (白黒)
Tumblr media
(4)-2  大きな部屋 天井部分 (白黒)
 最初に敢えて古い横からの照明の白黒写真をお示ししたのは、私たちがそれを見る限りは只のデコボコと波打つ天井にしか見えないからです。しかし、これを旧石器時代末期のマドレーヌ人が見た時––––私たちには見えないのだけれど、彼らが常日ごろ見慣れ、或いは見たいと切望していた (からこそ見ることのできた)––––体を丸めて地面に横たわり出産しようとしている (食料とその安定供給をもたらす) 無数の雌の野牛の群れを見出したのです。  そして、その岩のレリーフ (浮き彫り) 状に膨らんだ凸塊に、鉄錆=酸化鉄系の赤い土 (性顔料) を塗ったり吹き付けたりして白っぽい素地から形を浮かび上がらせ、更に、形の内外を画す輪郭と、欠けていて足りない尻尾や角や背中のタテガミを形の外側に、また、折り曲げた前・後脚を形の内側に、いずれも黒い炭などの顔料で描き足して全体を完成させたのです (4)-3, 4, 5 。
Tumblr media
(4)-3  大きな部屋 天井部分 (カラー)
Tumblr media
(4)-4  上の (4)-3 の上中央の野牛 正面正対 (白黒)
Tumblr media
(4)-5  上の (4)-4 の野牛とその周辺 (カラー)
 ギーディオンは、こうした表現––––つまり「チャンス・イメージ ⇄ プロジェクション」/「シミュラクラ ⊂ パレイドリア」/「レディメイドとしてのファウンド・オブジェクトのアッサンブラージュ」––––を、彼の言い方で次のように記しています。    「実在する自然石の形をそのまま用い…, 岩の自然の形状のうちに潜在している動物…を識別する…循環現象により…作られ… (中略) …, 自然…すなわち岩盤の線と輪郭に従うことによって, 発生したのである.」(pp.371-372)  「マドレーヌ人の目には, 岩の表面が内面に動物の形を含んでいるようにみえ…またそういうことに…かれらはいつも気を配っていた.」(p.394)  「この動物の姿勢全体は岩の形によって決められた. …天井の表面の凹凸がこのような姿を暗示させたのである….」(p.427)  「横たわるビゾン  この身体をまるめた…ビゾンは倒れているのではなく, たぶん分娩しているのであろう…. この姿は完全に隆起した岩の形によってきめられている. 露出した岩石にたまたま眠っている生命を認め, それに形式をあたえる…マドレーヌの美術家たちの力のあらわれがある. われわれの目には, 色彩のない突起はたんに無定形の岩のこぶにすぎない. しかしマドレーヌ人はそれらをまったく違った感覚でうけとめた. …かれらは自然に存在している形に想像的に接近し…たのである.」(pp.427-428)  「岩の中にすでに存在した姿が…空想を産んだのである.」(p.489)
 このマドレーヌ期から1〜2万年後に形を変えて繰り返されたピカソと牛 との出会いは、子どもの頃に父に連れられて見に行き、すっかり魅せられて虜になってしまった闘牛 (コリーダ) から始まります。須藤哲生は『ピカソと闘牛』の中で次のように書いています。  「ピカソの芸術は闘牛とともにはじまった。現在までに確認されている最も初期の作品は、油彩にせよ、素描にせよ、コリーダを主題としている。……デッサン第一号も…『コリーダと六羽の鳩の習作』…で…、これをピカソの最も古い作品という説もあり、…十歳前後のデッサンであろう。……一枚の画用紙を天地に使って闘牛のシーンと鳩を描いたもので、……きわめて象徴的な意味合いを帯びている。闘牛と鳩。血なまぐさい闘技と平和のシンボル。まさに天と地の違いの、この二つのおよそ対蹠的なテーマは、ともに終生ピカソの芸術を貫いた主題であった。」(5)
Tumblr media
(6)  ピカソ <闘牛と鳩> 紙に鉛筆 1890 
 実際、この<コリーダと六羽の鳩の習作>(6) 以降、この牛は、ある時は牛頭人身の<ミノタウロス>(1933~)(7) となり、またある時
Tumblr media
(7)  ピカソ <ミノタウロス> 1933
はファシズムと母国スペインという相反両義の象徴となって<ゲルニカ>(1937)(8) の死児を抱いて泣き叫ぶ母の背後に佇み、また、ド
Tumblr media
(8) ピカソ <ゲルニカ> 1937
イツ占領下のパリではナチスの鍵十字ともキリストの十字架とも取れる両義的な窓枠の前に置かれた頭蓋骨––––<雄牛の頭蓋骨のある静物>(1942)(9) ––––となり、そして、この翌年の<牡牛の頭部>(1943) へと変身し続けて行くのです。
Tumblr media
(9)  ピカソ <雄牛の頭蓋骨のある静物> 1942
 私は拙作の題名を「頭部」ではなく顔面としての「仮面」にしましたが、ピカソの<牡牛の頭部>も––––特に型押し成形の革のサドル(10) の凸面は––––仮面的であり、彼が若き日のキュビスム時代に多大な示唆を得たアフリカの仮面彫刻を彷彿とさせます。このキュビスム/仮面性は、例えば戦後すぐに制作したリトグラフの連作––––モンドリアンの樹木を抽象化して行く過程を辿る連作にも似た––––<雄牛 I~XI>(1945~46)(11-1) の内の VI (11-2), VII, X にも窺えます。
Tumblr media
(11-1) ピカソ <雄牛 I~XI>(1945~46) リトグラフ
Tumblr media
(11-2) ピカソ <雄牛 VI> 12/26/1945  リトグラフ
 かくいう拙作も、当然ながらアフリカの仮面を意識的/無意識的に思い浮かべて––––尤も、牛とは限定せずに漠然と動物らしきものをイメージして––––造ったものですが、改めてウェブ上で拙作に似た––––細面の「馬面」で、真っ直ぐな角の––––牛の仮面を探してみると、牛は牛でも野牛/水牛 (Buffalo / Bush Cow) の仮面とされる (しかし実際の野牛/水牛とは一寸違うように見える) 幾つかの仮面の中に、似ているもの (12)-1, -2 がありました。
Tumblr media
(12)-1  野牛のマスク (マリ共和国-ソニンケ文化)
Tumblr media
(12)-2   水牛の仮面 (カメルーン共和国-バミレケ/バムン文化)
 なお、この未発表の旧作には「サトコ」(聡子)という名前が付いています。彼女は私が卒業研究 (作品制作) を指導した学生の一人で、このバイク・シートは、彼女が素材として集めたものですが、「これ、横のベルトの留め金具が目みたいで、動物の顔に見えるなぁ」と呟いた私に、卒業する時、「先生、どうぞ」と言って置き土産にしていったものです (彼女は卒業後、家具職人の修行をしにドイツに渡りました)。  当時、大学の直ぐ南隣の丘の斜面に、若者たちがやっているバイクの解体作業場があって、ジャンク・ヤードさながらに部品やら何やらが散乱していて、私のようなジャンク・アーティストにとっては、そこは宝の山でした。この仮面の耳と角 (ツノ) に見立てたバック・ミラーとブレーキ/クラッチ・レバーは、そこで見つけた物 (字義通りのファウンド・オブジェクト) です。  仮面と言っても、これは顔面に装着するコンセプトではない (そもそも重くて無理な) のですが、最後に、楽屋裏をお見せすると (下の写真) ––––色や形が肉を削いだ牛骨のようで、一寸グロいので御注意下さい!––––ご覧の通り、この耳も角も、極く普通の金具を使って、極く荒/粗っぽい、単純な取り付け方をしております。
Tumblr media Tumblr media Tumblr media
[註]
(1)-1   via [https://www.slideshare.net/nichsara/sculpture-upload––No.22]。 (1)-2   via [https://www.pablopicasso.org/bull-head.jsp]。アトリエを訪れた写真家のブラッサイに、作品の制作過程を語ったピカソの言葉が、末尾に引用されています。  なお、この作品の制作年に関しては、ニューヨーク近代美術館–ウィリアム・ルービン編集、日本語版監修-山田智三郎・瀬木慎一『パブロ・ピカソ–––天才の生涯と芸術』(旺文社, 1981, pp.351-352) のジェーン・フリューゲルによる年譜に従いました。 (1)-3   via [https://www.moma.org/audio/playlist/19/412]。鼻梁に沿って空いているはずの二つの鋲穴が塞がっているので、ブロンズ鋳造と分かります。 (1)-4   via [lezards-plastiques.blogspot.com/2010/09/sixieme-personnages-et-animaux-de-bric.html]。 (1)-5   via [sakainaoki.blogspot.com/2014/02/1942.html]。 (2)    例えば [https://kobayashimasahide.tumblr.com/post/189982445375/happy-new-year-january-1-2020-clockey] の [註]。 (3)    S. ギーディオン著、江上波夫・木村重信訳『永遠の現在–––美術の起源』(東京大学出版会, 1968, p.420)。 (4)-1    via [https://fascinatingspain.com/place-to-visit/what-to-see-in-cantabria/altamira-caves/#1505145409627-b0f76054-69219231-ea60]。 (4)-2   ギーディオン、前掲書 p.423-pl.「280. アルタミーラ 嶮しく傾斜する天井. 前面に多彩のビゾンが岩の隆起の上に描かれている.」の複写。 (4)-3    via [http://www.tsimpkins.com/2017/10/echoes-of-atlantis-by-david-s-brody.html]。  (4)-4   ギーディオン、前掲書 p266-Color pl. XIV. の白黒複写。 (4)-5    via [https://100swallows.wordpress.com/2008/10/11/art-in-the-great-altamira-cave/]。 (5)    須藤哲生『ピカソと闘牛』(水声社, 2004, pp.26~29)。因みに、平和の鳩に関しては、拙稿 [https://kobayashimasahide.tumblr.com/post/155212719705/happy-new-year-2017-dove-of-peace-masahide] で、作品の画像を一つ引用しています。 (6)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-3936.php]。 (7)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-1088.php]。この頭部は、次の (8) の戦時中の頭蓋骨を予感させます。  ところで、この牛頭人身のミノタウロス (Minotauros) とは、クレタ島の王ミノス (Minos) の妃が牡牛 (taur) と交わって生んだ息子ゆえに付けられた名前ですが、ミノス王自身もまた、ヨーロッパの語源となったフェニキアの王女エウロペが牡牛に変身したゼウス神と交わって生んだ半神半人の息子です。そのクレタのクノッソス宮殿には、突進してくる牛の二本の角を掴み、牛の背中の上で前方宙返りをし、牛の背後に着地する一種の闘牛的「牡牛跳びの儀式/競技 」を描いた壁画が残されています。ことほどさように、東地中海地域では、牛と人間との間には古く (ギリシャ以前のミノア文明の時代) から、深い関係がありました。
Tumblr media
<牡牛跳びの儀式/競技 > クレタ  クノッソス宮殿壁画   via [http://arthistoryresources.net/greek-art-archaeology-2016/minoan-bull-jumping.html]
 ピカソはスペインで生まれてフランスで暮らしましたが、先の (3)〜(4) のアルタミラのあるカンタブリア州から更に東に進むと、フランスとの国境を成すピレネー山脈があり、その北側から南フランスへと流れ出すガロンヌ川の源流域にも、沢山の旧石器時代壁画を有する洞窟群が展開しています (この西仏双方を合わせて「フランコ・カンタブリア地方/美術」と呼んでいます)。そのガロンヌ川源流域のレ・トゥロワ・フレール洞窟に、1m と隔てぬ近い距離で、このミノタウロスを思わせる二体の牛頭人身像––––「楽器を奏でるビゾン人間」と「人間の膝…ふくらはぎ…勃起し…た男根……をもつ野牛的動物」(前掲 (3) のギーディオン pp.499-507)––––が描かれているのです。
Tumblr media
<楽器を奏でるビゾン人間> ブルイユによるレ・トゥロワ・フレール洞窟壁画のトレース画 via [https://www.larevuedesressources.org/les-reponses-erotiques-de-l-art-prehistorique-un-eclairage-bataillien,605.html]
Tumblr media
<人間の下半身を持つ野牛的動物> ブルイユによるレ・トゥロワ・フレール洞窟壁画のトレース画   via [http://reportages.saint-pompon.com/reportages2/04e7589d8909f0601.php]
 このように、フランスと東地中海も含む南ヨーロッパ美術史における牛と人間との関係は、旧石器時代の昔から今日まで極めて深いものがあり、牛をモチーフやテーマにしたピカソも、単にその一例に過ぎないと言えるのかもしれません。  (8)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-170.php]。 (9)     via [https://www.pablo-ruiz-picasso.net/work-195.php]。 (10)   私もピカソへのオマージュとして、自転車のサドル (但し革ではなくプレス成形鉄板) を顔/頭にした (牛ではなくて) アルマジロを造っています ([http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12000/1916/1/Vol63p77.pdf -pp.94-95])。 (11)-1  via [https://pintura1krasmanski.blogspot.com/p/material-de-consulta.html?m=1––pl.2]。 (11)-2  via [https://artyfactory.com/art_appreciation/animals_in_art/pablo_picasso.htm––pl.6]。 (12)-1  via [https://www.azalai-japon.com/bois/masque/2298-08.html]。 (12)-2  via [https://www.auctionzip.com/auction-lot/Bamileke-Bamun-Bush-Cow-Mask-Cameroon-Grasslands_4A54B5983D]。
5 notes · View notes
buriedbornes · 4 years
Text
第37話 『白き山脈にて (1) - “屍術団"』 In the white mountains chapter 1 - “Necromancers”
Tumblr media
冬、雪深い季節に、エレドスティ山地に足を踏み入れる者は少ない。
麓に住む数人の狩人が、備蓄が尽きてやむを得ず食料を求めて入山するばかりである。
仮に入山しようとする者がいたとしても、無関係の者の多くは、そうした者達を自殺志願者として扱う。
そのため、道案内など頼まれようものなら、道連れを恐れ、誰も首を縦に振る事はない。
しかし、今回だけは、事情が違った。
多くの無知蒙昧な麓の村民達にとって、屍術師の集団などなおさら忌避すべき余所者だ。
私自身でさえ、置かれた状況の変化がなければ、そうした連中と同じように門戸を閉ざし、その冒涜者達と直接まみえることさえもなかっただろう。
しかし今、私は彼らと旅程を共にし、馬車に揺られながら、エレドスティの中腹へと向かっている。
村から半日ほどかけて、馬車は間もなく野営予定地に到着する。
幌の端を軽く捲って��を覗き込むと、麓の村が放つ灯光が白い斜面の先にぼんやりと小さく視界に映る。
あれは、滅びゆくものが放つ、最後の光だ。
私はその村の姿を遠目に見るごとに、死にゆくものを看取るような気持ちを抱いていた。
私が、妻や、老いた両親や、幼い我が子を看取ったときと同じように。
この冬の寒波は一層強く、そして何より、山が牙を剥いたのだ。
それは、自然の力強さだとか、野生動物の活動だとか、そういったものとは性質の異なる、この世のものとは思えない悍ましいものだった。
被害者の多くは、暗く虹色に発光するタール状の痕跡だけを残し、腕一本さえも帰ってくる事はなかった。
被害者こそ数人に留まったが、村の狩人達は完全に萎縮してしまった。
被害者達の末路を知る者はいないのだ。
誰だって、得体のしれない怪物に連れ去られ、どんな悲劇が待ち受けているのかわからない魔境に足を踏み入れるくらいなら、餓死した方がマシと考える。
私自身も、気持ちは同じだった。
狩人のワットと言えば、村で知らぬ者もいないほどの狩りの名手と謳われたものだ。
それが今では、屍術師達の手先に成り下がった、とでも言うのか。
それでも、良いじゃないか。
どうでも良かったのだ。
家族は皆、餓えて死んだ。
あとは私も後を追って、皆の待つ場所へ逝くだけだったのだ。
そこに、彼らがやってきた。
他の村民には門前払いされたそうだが、私はそうはしなかった。
相手が誰であろうと、誰が家に来ようとも、もう、どうでも良かったのだから。
この連中が帰ったら、その後自死しようか、とまで思っていたのだ。
しかし、悪魔は囁き、私は応えた。
エレドスティ山地の案内料は、今どき珍しい、金貨で支払われた。
これだけの金貨があれば、都市廃墟の闇市場に行けば、幾らでも食料を買える。
死なずに済む、生きられる。
そう思ったとき、はじめて死ぬ事が恐ろしくなったのだ。
村民達はきっと私を、家族を見殺しにした死にぞこないとして軽蔑するだろう。
金も分けずに、一人で屍術師達に取り入って生き延びた、裏切り者。
なんとでも言えば良い、それでも私は生きたいのだ。
そして連中は、この冬を越えられず、一人の例外もなく息絶えるだろう。
だから、あの灯光は、死にゆくものの光なのだ。
Tumblr media
私だけが、彼らの訪問を迎えたのだから、私だけが、生き延びる資格を有していたのだ。
屍術師達は、馬車を引き連れて現れた。
手綱を引き、二頭の馬を巧みに操るのは、意外にも女性だった。
はじめ御者席に座る彼女を遠目に見たときに、巨漢と見紛うほどの長身であった。
肩口で切り揃えられた銀髪の先が、黒いコートに縫い付けられたフードのファーに埋もれていた。
雪のように白い肌と切れ長の瞳が、妻に似ていると思った。
名を名乗り挨拶した私を一瞥し、彼女はそっぽを向いてしまった。
仲間との会話から、彼女はアリーセと名乗る事がわかった。
直接門戸に立ち交渉を持ちかけてきた男は、ライツと名乗った。
彼に対して抱いた第一印象は、”普通”だった。
特徴のない顔、伸ばし放題の髪をくくり、肩に垂らしていた。
ヒゲだけは丁寧に剃刀を当てているようだったが、それが逆に無個性さを強調しているようにも思えた。
鈍色のローブの中は見えなかったが、この寒い中でも厚着はしていないようだった。
交渉中も始終抑揚のない発声で、事実のみを淡々と述べていた事が印象的だった。
一方で、交渉が成立し、馬車から飛び降りてきた男は、逆の印象を与える人物だった。
男はジョゼフと名乗り、狼狽する私の掌を強引につかみ、白い歯を覗かせながら握った手を雑に振った。
短く刈り込まれ撫でつけられた髪と猟犬のような端正な容貌は、都会の社交界で幅を利かせていた男前の紳士達とやらを思わせた。
体のシルエットに沿ったハンター用のジャケットとキャップを着こなし、身振り手振りから気取りが感ぜられて、人に見られる事を強く意識しているだろう事が、余計にライツとの違いを際立たせたように思う。
馬車にはこの3人が乗り込んでいた。
そして、馬車の荷台の脇に積まれた、曰く有りげな大袋、5つ…
彼らが何の集団なのかを知っていれば、その袋が何を入れたものなのか、容易に想像がつく。
とはいえ、私はそのことを口に出す事はなかった。
袋は完全に密封されているようだったし、雪深く積もる山中においては、匂いが漂う事もないのだろう。
私は、荷台に設えられた簡易椅子の、一番外側に座していた。
その隣で、ライツが姿勢良く揺られていた。
ジョゼフは、あろうことかその死体袋の脇に鞄を放り、枕にして横になっていた。
アリーセは幌の外、御者席で馬車を進めていた。
道中、車輪の音だけが響いていたが、沈黙に耐えかねた私の質問に、ジョゼフが丁寧に答えてくれた。
彼らは”屍術団”を名乗り、人類の勝利と復興を標榜しているらしかった。
私はつい、随分安直な名だと言ったが、ジョゼフは「俺達にとっちゃ、名前なんてどうでもいいんだよ」と笑った。
屍術師達が集まり、この災禍をもたらした地底の王とやらを屠るために、各地に散在する様々な知識や技術を集め、日夜戦いに耽っているとの事だった。
組織には他にも多数の術士達がいるらしかったが、この3人のように少人数でグループを組み、任務に当たる事が多いとも聞いた。
その日を生きる事ばかりで精一杯の私にとっては、まさに雲の上のような世界だった。
彼らがどれほど恐ろしいものと対峙しているのか、想像する事もできなかった。
ただ、山中で村民が出くわしたような怪異も、彼らにとってはきっと、容易く解決してしまうような日常茶飯事なのだろうなという事は想像できた。
矮小で無力な人間には、自分で自分の未来を決める事すら叶わない。
私のようなただの狩人には、運命は変えられなかった。
己の手で己の運命を決められると信じる彼らの存在は、とても羨ましいと思った。
だから私は、仲間が消え去った山へと登っていく馬車の中でも、不思議と落ち着いている事ができたように思う。
Tumblr media
幌の外から馬の嘶きが響き、揺れが収まる。
馬車が目的の野営地に到着したのだ。
私は術士2人を促して先に降りてもらい、続いて地上に降り立つ。
長い時間揺られ続けていたせいか、降り立った直後に軽い目眩を感じ、私は思わず荷台に寄りかかってしまう。
エレドスティを登る道は、ここで途切れている。
車輪で踏み込めるのはここまでで、ここから先の斜面と険しい岩肌は、馬車で立ち入る事はできない。
この窪地の開けた荒れ地は、露出した土中に含まれる塩分のために雪が積もらず、狩人達が夜通し狩りを行う際にも野営のため頻繁に使われていた。
疎らに立った木の陰を見れば、ロープの切れ端や布切れが散見され、過去にここを使った者達の痕跡が確認できた。
おそらくは私自身が最後に山に登ったときに焚いた焚き火の跡もそのまま残されていた。
ライツは窪地に降り立つが早いか、すぐに石灰の白墨で荒れ地の地面に何かの図形を淡々と描き始めた。
アリーセは馬車の荷台と幹の太い手近な木をロープで手早く括り付けると、荷台に積まれたあの忌まわしき袋を次々とライツの描く図形の脇へと降ろし始める。
ジョゼフは、同様に馬車の荷台奥に積まれていたであろう折りたたみ式の椅子を取り出すと、図形の目前に揺れのないようしっかりと固定し、その上に深々と腰を下ろすと、懐中から取り出した帳面を熱心に読み込み始めた。
三者三様に、これから始まる探索に向けた準備を始めていると素人の私にもすぐに判断できた。
一方で、私自身はというと、明確な目的を持って動く3人を前にして所在なげにウロウロと図形の周囲を歩き回っていた。
時折、荷物を運び出す途中のアリーセの通り道を塞いでしまい、舌打ちされ、慌てて脇に避ける場面もあった。
やがて一通りの荷物は出し終えられ、図形を描くライツの手も止まった。
ジョゼフはそれに気づき、帳面を畳み懐中にしまい直すと、両��のひらで顔を2,3度強く打ち付けた後、気合を入れるように言葉にならぬ声を発し、ライツに声をかけた。
「やろうか、リーダー」
「急くな、結界が先だ」
そう答えたライツは、ブツブツとなにかの呪文のようなものを呟き始めた。
間もなく、光の筋がライツの指先から放たれると、窪地の周囲に積もっていた雪がその光を反射して輝き出すと、やがて私の視界はぼやけ始め、窪地全体にまるで靄がかかったかのような景色へと変じた。
「ワットさん。この窪地から外には決して出ないように」
「アンタ一人で死ぬ分には勝手だが、俺らまで見つけられたら困るからな」
ライツの説明を、ジョゼフが物騒な形で補足する。
アリーセは相変わらず無言のまま、腕組みをして山頂の方角を凝視していた。
ジョゼフは腰掛けた椅子の上で胡座をかくと、目を瞑り、頷く。
それを認めたライツが先程とは異なる呪文の詠唱を始める。
地面に描かれた図形が仄かな光を放ち始めると、アリーセが傍らの袋をひとつ軽々と抱えあげて、円形の図の中央に丁寧に横たえ、また元の位置へ帰る。
やがてライツの呪文に呼応するように図形の光は力を強め、やがて袋そのものが発光を始める。
あまりの眩さに、思わず手を翳して光を遮った。
次の瞬間、嘘のように光が去り、ライツの詠唱も途切れた。
ライツは図形の中央に歩み寄ると、袋を固く封じていた紐を丁寧に解いた。
すると、ああ、これがこの、悍ましき屍術師の業だと言うのか。
袋の中から、頬の肉が破れ、奥歯が露出した顔が覗く。
男の死体が、独りでに起き上がり、地面に手をつき、気怠げに立ち上がった。
ボロ布だけを身にまとい、体のあちこちが綻んで皮膚の内に秘めた真紅の筋肉が覗いている。
遡った胃酸が喉を焼いた。
臭いなどはない。
ただ、その悍ましさ、涜神的な情景に、心が悲鳴を上げていた。
「ジョゼフ、行けるか?」
ライツが死体に声をかけている。
当のジョゼフは、椅子の上で項垂れて、返事をしない。
直立した死体の喉がひゅうひゅうと鳴り、軽く咳払いをひとつ、そして地の底から響く呻きじみた声が発せられる。
「いつでもいけるぜ」
これが、今のジョゼフなのだ。
そこで項垂れた青年は今、ここに立つ死した者の身にその心を宿しているのだ。
耐えきれず、私はその場に吐瀉する。
馬車の中で受け取った林檎の残骸が荒れた土に撒かれる。
「おい、しっかりしてくれよ。ここからがアンタの仕事なんだ」
死体が、その見た目に反した軽口を私に向ける。
一見滑稽にすら見える、この世のものとは思えぬ一幕。
脳の奥の方が、急速に痺れて鈍磨していくのを感じる。
死体は、その立ち上がった時とは別人のような軽快な足取りで、早々に靄の結界の外へと駆け出して、そのまま見えなくなった。
ライツがその姿を見届けると、再び呪文を唱え始める。
やがて、靄の中に、鮮明な幻像が浮かび上がってくる。
風のように過ぎ去る山地の景色。
まるで、崖や岩場を駆ける猫科猛獣の瞳に映るものを覗き込むようだ。
やがてその視界は、今我々が立つこの野営地を見下ろす位置で止まる。
「視界、声、問題ないか?」
やまびこのような声が耳の中に響く。
「問題ない。ワットさん、あなたにも彼の視界と声が見聞きできているか?」
ライツの問いは非常に奇妙なものであったが、首肯する以外になかった。
ここからが私の仕事…
たとえ彼らが屍術に精通し恐るべき力を行使できたとしても、この山の地理には不案内なのだ。
だからこそ、この山に精通した案内人を、この山に生きてきた狩人を求めたのか。
震えが止まらない。
もう前に進むしかない。
これを選んだのは、自分だ。
生き残るための代償。
こうして図らずも、私は屍術師達の戦いに巻き込まれる事になった。
Tumblr media
~つづく~
※今回のショートストーリーは、ohNussy自筆です。
白き山脈にて (2) - “エレドスティ山地"
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。
1 note · View note
2ttf · 12 years
Text
iFontMaker - Supported Glyphs
Latin//Alphabet// ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZabcdefghijklmnopqrstuvwxyz0123456789 !"“”#$%&'‘’()*+,-./:;<=>?@[\]^_`{|}~ Latin//Accent// ¡¢£€¤¥¦§¨©ª«¬®¯°±²³´µ¶·¸¹º»¼½¾¿ÀÁÂÃÄÅÆÇÈÉÊËÌÍÎÏÐÑÒÓÔÕÖ×ØÙÚÛÜÝÞßàáâãäåæçèéêëìíîïðñòóôõö÷øùúûüýþÿ Latin//Extension 1// ĀāĂ㥹ĆćĈĉĊċČčĎďĐđĒēĔĕĖėĘęĚěĜĝĞğĠġĢģĤĥĦħĨĩĪīĬĭĮįİıIJijĴĵĶķĸĹĺĻļĽľĿŀŁłŃńŅņŇňʼnŊŋŌōŎŏŐőŒœŔŕŖŗŘřŚśŜŝŞşŠšŢţŤťŦŧŨũŪūŬŭŮůŰűŲųŴŵŶŷŸŹźŻżŽžſfffiflffifflſtst Latin//Extension 2// ƀƁƂƃƄƅƆƇƈƉƊƋƌƍƎƏƐƑƒƓƔƕƖƗƘƙƚƛƜƝƞƟƠơƢƣƤƥƦƧƨƩƪƫƬƭƮƯưƱƲƳƴƵƶƷƸƹƺƻƼƽƾƿǀǁǂǃDŽDždžLJLjljNJNjnjǍǎǏǐǑǒǓǔǕǖǗǘǙǚǛǜǝǞǟǠǡǢǣǤǥǦǧǨǩǪǫǬǭǮǯǰDZDzdzǴǵǶǷǸǹǺǻǼǽǾǿ Symbols//Web// –—‚„†‡‰‹›•…′″‾⁄℘ℑℜ™ℵ←↑→↓↔↵⇐⇑⇒⇓⇔∀∂∃∅∇∈∉∋∏∑−∗√∝∞∠∧∨∩∪∫∴∼≅≈≠≡≤≥⊂⊃⊄⊆⊇⊕⊗⊥⋅⌈⌉⌊⌋〈〉◊♠♣♥♦ Symbols//Dingbat// ✁✂✃✄✆✇✈✉✌✍✎✏✐✑✒✓✔✕✖✗✘✙✚✛✜✝✞✟✠✡✢✣✤✥✦✧✩✪✫✬✭✮✯✰✱✲✳✴✵✶✷✸✹✺✻✼✽✾✿❀❁❂❃❄❅❆❇❈❉❊❋❍❏❐❑❒❖❘❙❚❛❜❝❞❡❢❣❤❥❦❧❨❩❪❫❬❭❮❯❰❱❲❳❴❵❶❷❸❹❺❻❼❽❾❿➀➁➂➃➄➅➆➇➈➉➊➋➌➍➎➏➐➑➒➓➔➘➙➚➛➜➝➞➟➠➡➢➣➤➥➦➧➨➩➪➫➬➭➮➯➱➲➳➴➵➶➷➸➹➺➻➼➽➾ Japanese//かな// あいうえおかがきぎくぐけげこごさざしじすずせぜそぞただちぢつづてでとどなにぬねのはばぱひびぴふぶぷへべぺほぼぽまみむめもやゆよらりるれろわゐゑをんぁぃぅぇぉっゃゅょゎゔ゛゜ゝゞアイウエオカガキギクグケゲコゴサザシジスズセゼソゾタダチヂツヅテデトドナニヌネノハバパヒビピフブプヘベペホボポマミムメモヤユヨラリルレロワヰヱヲンァィゥェォッャュョヮヴヵヶヷヸヹヺヽヾ Japanese//小学一年// 一右雨円王音下火花貝学気九休玉金空月犬見五口校左三山子四糸字耳七車手十出女小上森人水正生青夕石赤千川先早草足村大男竹中虫町天田土二日入年白八百文木本名目立力林六 Japanese//小学二年// 引羽雲園遠何科夏家歌画回会海絵外角楽活間丸岩顔汽記帰弓牛魚京強教近兄形計元言原戸古午後語工公広交光考行高黄合谷国黒今才細作算止市矢姉思紙寺自時室社弱首秋週春書少場色食心新親図数西声星晴切雪船線前組走多太体台地池知茶昼長鳥朝直通弟店点電刀冬当東答頭同道読内南肉馬売買麦半番父風分聞米歩母方北毎妹万明鳴毛門夜野友用曜来里理話 Japanese//小学三年// 悪安暗医委意育員院飲運泳駅央横屋温化荷開界階寒感漢館岸起期客究急級宮球去橋業曲局銀区苦具君係軽血決研県庫湖向幸港号根祭皿仕死使始指歯詩次事持式実写者主守取酒受州拾終習集住重宿所暑助昭消商章勝乗植申身神真深進世整昔全相送想息速族他打対待代第題炭短談着注柱丁帳調追定庭笛鉄転都度投豆島湯登等動童農波配倍箱畑発反坂板皮悲美鼻筆氷表秒病品負部服福物平返勉放味命面問役薬由油有遊予羊洋葉陽様落流旅両緑礼列練路和 Japanese//小学四年// 愛案以衣位囲胃印英栄塩億加果貨課芽改械害街各覚完官管関観願希季紀喜旗器機議求泣救給挙漁共協鏡競極訓軍郡径型景芸欠結建健験固功好候航康告差菜最材昨札刷殺察参産散残士氏史司試児治辞失借種周祝順初松笑唱焼象照賞臣信成省清静席積折節説浅戦選然争倉巣束側続卒孫帯隊達単置仲貯兆腸低底停的典伝徒努灯堂働特得毒熱念敗梅博飯飛費必票標不夫付府副粉兵別辺変便包法望牧末満未脈民無約勇要養浴利陸良料量輪類令冷例歴連老労録 Japanese//小学五〜六年// 圧移因永営衛易益液演応往桜恩可仮価河過賀快解格確額刊幹慣眼基寄規技義逆久旧居許境均禁句群経潔件券険検限現減故個護効厚耕鉱構興講混査再災妻採際在財罪雑酸賛支志枝師資飼示似識質舎謝授修述術準序招承証条状常情織職制性政勢精製税責績接設舌絶銭祖素総造像増則測属率損退貸態団断築張提程適���統銅導徳独任燃能破犯判版��肥非備俵評貧布婦富武復複仏編弁保墓報豊防貿暴務夢迷綿輸余預容略留領異遺域宇映延沿我灰拡革閣割株干巻看簡危机貴揮疑吸供胸郷勤筋系敬警劇激穴絹権憲源厳己呼誤后孝皇紅降鋼刻穀骨困砂座済裁策冊蚕至私姿視詞誌磁射捨尺若樹収宗就衆従縦縮熟純処署諸除将傷障城蒸針仁垂推寸盛聖誠宣専泉洗染善奏窓創装層操蔵臓存尊宅担探誕段暖値宙忠著庁頂潮賃痛展討党糖届難乳認納脳派拝背肺俳班晩否批秘腹奮並陛閉片補暮宝訪亡忘棒枚幕密盟模訳郵優幼欲翌乱卵覧裏律臨朗論 Japanese//中学// 亜哀挨曖扱宛嵐依威為畏尉萎偉椅彙違維慰緯壱逸芋咽姻淫陰隠韻唄鬱畝浦詠影鋭疫悦越謁閲炎怨宴援煙猿鉛縁艶汚凹押旺欧殴翁奥憶臆虞乙俺卸穏佳苛架華菓渦嫁暇禍靴寡箇稼蚊牙瓦雅餓介戒怪拐悔皆塊楷潰壊懐諧劾崖涯慨蓋該概骸垣柿核殻郭較隔獲嚇穫岳顎掛括喝渇葛滑褐轄且釜鎌刈甘汗缶肝冠陥乾勘患貫喚堪換敢棺款閑勧寛歓監緩憾還環韓艦鑑含玩頑企伎忌奇祈軌既飢鬼亀幾棋棄毀畿輝騎宜偽欺儀戯擬犠菊吉喫詰却脚虐及丘朽臼糾嗅窮巨拒拠虚距御凶叫狂享況峡挟狭恐恭脅矯響驚仰暁凝巾斤菌琴僅緊錦謹襟吟駆惧愚偶遇隅串屈掘窟繰勲薫刑茎契恵啓掲渓蛍傾携継詣慶憬稽憩鶏迎鯨隙撃桁傑肩倹兼剣拳軒圏堅嫌献遣賢謙鍵繭顕懸幻玄弦舷股虎孤弧枯雇誇鼓錮顧互呉娯悟碁勾孔巧甲江坑抗攻更拘肯侯恒洪荒郊貢控梗喉慌硬絞項溝綱酵稿衡購乞拷剛傲豪克酷獄駒込頃昆恨婚痕紺魂墾懇沙唆詐鎖挫采砕宰栽彩斎債催塞歳載剤削柵索酢搾錯咲刹拶撮擦桟惨傘斬暫旨伺刺祉肢施恣脂紫嗣雌摯賜諮侍慈餌璽軸叱疾執湿嫉漆芝赦斜煮遮邪蛇酌釈爵寂朱狩殊珠腫趣寿呪需儒囚舟秀臭袖羞愁酬醜蹴襲汁充柔渋銃獣叔淑粛塾俊瞬旬巡盾准殉循潤遵庶緒如叙徐升召匠床抄肖尚昇沼宵症祥称渉紹訟掌晶焦硝粧詔奨詳彰憧衝償礁鐘丈冗浄剰畳壌嬢錠譲醸拭殖飾触嘱辱尻伸芯辛侵津唇娠振浸紳診寝慎審震薪刃尽迅甚陣尋腎須吹炊帥粋衰酔遂睡穂随髄枢崇据杉裾瀬是姓征斉牲凄逝婿誓請醒斥析脊隻惜戚跡籍拙窃摂仙占扇栓旋煎羨腺詮践箋潜遷薦繊鮮禅漸膳繕狙阻租措粗疎訴塑遡礎双壮荘捜挿桑掃曹曽爽喪痩葬僧遭槽踪燥霜騒藻憎贈即促捉俗賊遜汰妥唾堕惰駄耐怠胎泰堆袋逮替滞戴滝択沢卓拓託濯諾濁但脱奪棚誰丹旦胆淡嘆端綻鍛弾壇恥致遅痴稚緻畜逐蓄秩窒嫡抽衷酎鋳駐弔挑彫眺釣貼超跳徴嘲澄聴懲勅捗沈珍朕陳鎮椎墜塚漬坪爪鶴呈廷抵邸亭貞帝訂逓偵堤艇締諦泥摘滴溺迭哲徹撤添塡殿斗吐妬途渡塗賭奴怒到逃倒凍唐桃透悼盗陶塔搭棟痘筒稲踏謄藤闘騰洞胴瞳峠匿督篤凸突屯豚頓貪鈍曇丼那謎鍋軟尼弐匂虹尿妊忍寧捻粘悩濃把覇婆罵杯排廃輩培陪媒賠伯拍泊迫剝舶薄漠縛爆箸肌鉢髪伐抜罰閥氾帆汎伴畔般販斑搬煩頒範繁藩蛮盤妃彼披卑疲被扉碑罷避尾眉微膝肘匹泌姫漂苗描猫浜賓頻敏瓶扶怖附訃赴浮符普腐敷膚賦譜侮舞封伏幅覆払沸紛雰噴墳憤丙併柄塀幣弊蔽餅壁璧癖蔑偏遍哺捕舗募慕簿芳邦奉抱泡胞俸倣峰砲崩蜂飽褒縫乏忙坊妨房肪某冒剖紡傍帽貌膨謀頰朴睦僕墨撲没勃堀奔翻凡盆麻摩磨魔昧埋膜枕又抹慢漫魅岬蜜妙眠矛霧娘冥銘滅免麺茂妄盲耗猛網黙紋冶弥厄躍闇喩愉諭癒唯幽悠湧猶裕雄誘憂融与誉妖庸揚揺溶腰瘍踊窯擁謡抑沃翼拉裸羅雷頼絡酪辣濫藍欄吏痢履璃離慄柳竜粒隆硫侶虜慮了涼猟陵僚寮療瞭糧厘倫隣瑠涙累塁励戻鈴零霊隷齢麗暦劣烈裂恋廉錬呂炉賂露弄郎浪廊楼漏籠麓賄脇惑枠湾腕 Japanese//記号//  ・ー~、。〃〄々〆〇〈〉《》「」『』【】〒〓〔〕〖〗〘〙〜〝〞〟〠〡〢〣〤〥〦〧〨〩〰〳〴〵〶 Greek & Coptic//Standard// ʹ͵ͺͻͼͽ;΄΅Ά·ΈΉΊΌΎΏΐΑΒΓΔΕΖΗΘΙΚΛΜΝΞΟΠΡΣΤΥΦΧΨΩΪΫάέήίΰαβγδεζηθικλμνξοπρςστυφχψωϊϋόύώϐϑϒϓϔϕϖϚϜϞϠϢϣϤϥϦϧϨϩϪϫϬϭϮϯϰϱϲϳϴϵ϶ϷϸϹϺϻϼϽϾϿ Cyrillic//Standard// ЀЁЂЃЄЅІЇЈЉЊЋЌЍЎЏАБВГДЕЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯабвгдежзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюяѐёђѓєѕіїјљњћќѝўџѢѣѤѥѦѧѨѩѪѫѬѭѰѱѲѳѴѵѶѷѸѹҌҍҐґҒғҖҗҘҙҚқҜҝҠҡҢңҤҥҪҫҬҭҮүҰұҲҳҴҵҶҷҸҹҺһҼҽҾҿӀӁӂӇӈӏӐӑӒӓӔӕӖӗӘәӚӛӜӝӞӟӠӡӢӣӤӥӦӧӨөӪӫӬӭӮӯӰӱӲӳӴӵӶӷӸӹӾӿ Thai//Standard// กขฃคฅฆงจฉชซฌญฎฏฐฑฒณดตถทธนบปผฝพฟภมยรฤลฦวศษสหฬอฮฯะัาำิีึืฺุู฿เแโใไๅๆ็่้๊๋์ํ๎๏๐๑๒๓๔๕๖๗๘๙๚๛
see also How to Edit a Glyph that is not listed on iFontMaker
4 notes · View notes