#潜在的な新たな用途の探求
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lucyusan · 1 year ago
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低分子キトサンの多角的利用と効果
骨子 低分子キトサンとは キトサンと低分子キトサンの違い 低分子キトサンの生成プロセス 低分子キトサンの基本特性 医療分野における応用 創傷治癒を促進する働き 抗菌作用としての使用 薬剤のデリバリーシステムとして 美容産業での活用 スキンケア製品への応用 育毛剤としての可能性 アンチエイジングに対する効果 食品業界での利用 食品の保存料としての利用 健康サプリメントとしての摂取 低カロリー甘味料への展望 農業での利用とメリット 植物生育促進への応用 土壌改良剤としての役割 環境にやさしい農業を支援 経済的な側面と市場発展 低分子キトサンの市場潜在性 コストパフォーマンスと産業展開 新製品開発への投資機会 研究最前線と未来展望 最新研究事例の紹介 潜在的な新たな用途の探求 ナノ技術と組み合わせた研究 安全性と規制について 低分子キトサンの安全性評価 国際的な規制状況と基準 製品の安全使用に…
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nyantria · 2 years ago
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アゴリスト・ネクサス独占:コルベット・リポートのジェームズ・コルベットが、アゴリズム、コビッド・サイオプ、日本でのリバタリアンライフについて語る。
by Graham Smith April 10, 2021
https://www.agoristnexus.com/agorist-nexus-exclusive-james-corbett-of-the-corbett-report-weighs-in-on-agorism-the-covid-psyop-and-libertarian-life-in-japan/
ジェームズ・コルベットは、オルタナティヴ・メディア界では実に侮れない存在である。コルベット・リポートでの彼の多作で、厳格で、目を見張るような仕事は、世界中のアゴリストやアナーキスト・サークルで当然の尊敬と注目を集めている。こうした影響力の圏外でも、彼は大きな影響を与えている。Agorist Nexusの寄稿者であるグラハム・スミスは最近、彼をデジタル・インタビューのために探し出し、アゴリズム、コビッド・サイオプ、日本でのリバタリアン生活などについてジェームスに意見を求めた。
アゴリスト・ネクサス:「アゴリズム」という言葉があなたの意識に最初に入ったのはいつですか?アゴリズムという概念を初めて聞いた人に、どのように説明しますか?
ジェームス・コルベット:アゴリズムに初めて触れたのは正確には覚えていないが、ウェブサイトでこのトピックを最初に探ったのは2015年のことなので、それ以前のことだろう。コンキンに倣って、私はアゴリズムを「国家を弱体化させ、真に自発的な社会の創造に必要な平和的革命を達成するために、反経済理論を用いること」と定義している。
AN:私たちは今、潜在的なワクチン��パスポートや企業向けの「WELLヘルス・シール」の導入を目の当たりにしている。この強力な世界的権威主義的権力に打ち勝つ希望はあるのでしょうか?
JC:お住まいの地域にもよりますが、ワクチン・パスポートの導入には法的・政治的な課題がいくつもあります。しかし、実践的な反経済学者として、唯一実行可能な長期的な解決策は、中央集権的な権力の指令の外で平和的に取引を行いたい人々のために、グレー・マーケットやブラック・マーケットの空間を作り出すことです。
AN:日本文化にアゴーリスティックな要素やアナーキズム的な要素があるとすれば、どのようなものがあるとお考えですか?
JC:日本の家庭は一般的に、いまだに家族経営の農場/田んぼ/庭とのつながりを持ち、田舎の「ふるさと」空間を偶像化しています。これは、中央集権的な食料生産・流通メカニズムに代わる手段が、少なくとも(減少しつつあることは認めますが)存在することを意味します。このことはまた、食糧供給が途絶えたときに、コミュニティ・ガーデンやファーマーズ・マーケットが生まれる(あるいは脚光を浴びる)機会があることを意味する。これは、(少なくとも他の多くの国と比べて)日本ではすでに比較的広く普及している暗号通貨を含む、コミュニティ通貨や代替通貨などを組み込んだ、日本における反経済的抵抗勢力を構築するために利用できるレバレッジポイントである。とはいえ、日本では反経済活動に対する哲学的な理解(あるいは関心)はほとんどないし、日本人の封建的な条件付け(現在は企業封建主義として現れている)が、大規模な経済的混乱が起きない限り、ここでのアゴリスト革命の可能性を低くしている。
AN:現在カナダやイギリスなどで起きているような、国家による全面的な封鎖が日本でまだ行われていないのはなぜだと思いますか?このような規制はいずれ日出ずる国にも及ぶのでしょうか?
JC:一言で言えば、オリンピックです。日本は、ますます不正確な名称になりつつある東京「2020」オリンピックが、どのような去勢された形であれ開催されるように、まだ平常心を装おうとしている。それが実現すれば(あるいは大会が完全に中止されれば)、歌舞伎のショーは終わり、より厳しい規制が導入されるだろう。政府はすでに、(罰金という形で)店舗の営業時間などを都道府県の手に委ねようとする新たな法案を可決している。そのため、オリンピックが一段落した後、日本がどこまで迅速に「正常化」(つまり、非人道的な封鎖規則を導入)するかは、この新たな緊急権限に対する法的挑戦によって決まるだろう。
AN:政治家、保健当局者、その他の著名人が、マスクに関する自らの勧告や警告に従わなかった例はたくさんある。ジョー・バイデンは、連邦政府敷地内でのマスク着用を義務付ける自身の大統領令に従わなかった。ここ日本では、女子サッカー日本代表がオリンピックの聖火リレーでマスクをせずに走った。なぜ大衆は、このような明らかな矛盾にもっと注意を払わないのだろうか?
JC:大衆が気づいていること、気づいていないこと、信じていること、信じていないことについて、主流メディアが私たちの認識を形成しないように注意しよう。国民の大部分には大きな不満の兆候があり、その怒りがほとんどの主流メディアに反映されていないからといって、それがそれほど強力でないということにはならない(例えば、クオモ知事やその他の役人が路上で憤慨した市民に立ち向かっている動画がソーシャルメディアにいくらでも出回っているのを見てほしい)。真の問題は、政治家やその他の人々が、いかなる種類の説明責任からも完全に隔離されていることであり、こうした明らかな偽善行為を指摘されても、一般人は何もできないと感じるのだ。
AN:2025年の世界をどう見ていますか?
JC:未来はまだ書かれていない。もし私たちがグレート・リセットのアジェンダを野放しにするのであれば、2025年までに、私たちはバイオセキュリティ国家の制度化への道を歩むことになるでしょう。このシステムは、中央銀行のデジタル通貨や「ユニバーサル」ベーシックインカムの支給に連動するバイオメトリクスIDや社会的信用スコアに結びついたワクチンパスポートによって促進されるだろう。大規模な市民的不服従が起これば、このアジェンダは後退するか、最悪のシナリオでは当分の間頓挫することも考えられるが、反経済革命が分散型通貨を使った平和的で自発的な個人間の真の自由貿易の場を切り開かない限り、そして切り開かない限り、このアジェンダが本当に阻止されることはないだろう。
AN:2020年初頭にコビッド・サイオプが一般大衆に向けて開始されて以来、あなたの報道は驚異的なものだった。ビル・ゲイツに関する暴露記事は驚くほど詳細で、目を見張るものがあります。何があなたをそこまで深く掘り下げ、数え切れないほどの時間を費やしてこの重要な情報をまとめ、あなたのファンやフォロワーに提示する原動力になっているのでしょうか?
JC:自分のことを深刻に考え過ぎないようにしていますが、同時に、私が提示しようとしている情報���極めて深刻に受け止めています。ゲノム編集技術や脳チップ、中央銀行のデジタル通貨など、テクノロジーの進歩が優生主義者たちの手の届くところになってきており、人類の未来が危機に瀕していることを実感しているからだ。私たちが直面しているアジェンダの本質を真に理解し、警鐘を鳴らし、峠を越えてそれを阻止するために全力を尽くさない者は、すでに人間性を喪失している。
AN:もし、あなたがたった3つの言葉で世界にひとつのメッセージを伝えることができ、誰もがそのメッセージを聞き、理解し、行動するとしたら、それは何ですか?
JC: You. Are. Free.
Agorism - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Agorism
アゴリズム(Agorism)とは、非暴力革命の側面と関わりながら、対経済学によって人と人との関係がすべて自発的な交換であるような社会を作ることを提唱する社会哲学である。アゴリズムはアナーコ資本主義と似た要素を持つが、一部のアナーコ資本主義者とは異なり、ほとんどのアゴリストは望む結果を達成するための戦略として投票に厳しく反対している[1]。 アメリカのリバタリアン哲学者サミュエル・エドワード・コンキン3世(1947-2004)によって、1974年10月のCounterCon Iと1975年5月のCounterCon IIという2つの会議で初めて提唱された。
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mxargent · 2 years ago
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力���問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜��潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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kozuemori · 1 year ago
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今日の東京は暑いくらいでしたが、強風のために桜はすっかり散ってしまいました。我が家の薔薇たちは一斉に蕾を膨らませています。咲くのが楽しみ!
インドネシアでの大噴火や愛媛、高知での地震など、比較的大きな地学的現象が頻繁に起こっていますね。どうぞ余震や建物の状態には十分に気をつけてお過ごしください。
地球の年齢は46億年と言われています。古代インドでは約90億年ごとに世界が生まれ変わると考えられていましたし、太陽の寿命はあと50億年と言われています。もし地球に寿命があるとすれば、その半分を消化していることになるのでしょう。だとすれば、更年期を迎えた地球に色々と不具合が現れるのも無理はないでしょう。地球の温暖化も、人間というストレスがもたらしたホットフラッシュのようなものなのかもしれません。
昨日、亡くなった身内の姿をAIによって生成したデジタル動画で復活させるサービスが中国で始まったというニュースを見ました。遂にAIがミディアムシップの領域にまで手を伸ばし始めたようです。上のリンクの映像を見ると、まだちょっとぎこちない動きですが、技術が発達してクオリティが更に高くなるのは時間の問題でしょう。ニュースのコメントを見ても有名人のAI生成については否定的ですが、個人が依頼する自分に関わる故人のAI生成については、グリーフケアになり得ると考える好意的な意見が多かったです。
ほとんどの人が故人の写真や映像を既に持っているにも関わらず、故人のAI生成が求められるのは何故なのでしょうか。もしかしたら、残された人が故人との新たな思い出を作りたい、故人との関係性を継続したいと思っているからなのかもしれません。そのニーズに更に応えるべく、将来的にはSiriやAlexaのような双方向での会話が可能になるでしょう。けれど、そこには落とし穴があります。AI生成された故人との再会は、アルゴリズムが介入する膨大な既存データの中にしか存在せず、その域を越えることができません。AI生成の故人から「愛しているよ」と言われたとしても、データの中から拾い出された表面的で一時的なもの、ただの情報に過ぎません。一時的にAIとの会話で癒されたとしても、蛍光灯のようにエネルギーに限りがあるので頻繁に光の交換をする必要があります。ですから、故人に対する依存が生まれる可能性が大きいのです。
一方、良いミディアムシップによってもたらされる故人からのメッセージは真実の愛や癒しに溢れ、一貫性があり、親密で、超個人的で、あらゆるデータのどこを探しても見つからない唯一無二の、誰にも真似ができないものです。そのエネルギーは充電式のLED照明��ように永続的です。ですから、頻繁に故人との再会を求める必要がなく、依存とは無縁です。メッセージを受け取った人はその輝き続ける光を胸に抱き、死後も魂は存在するというスピリチュアリズムの信条を携えながら、故人の霊との関係性を失うことなく生きてゆけるのです。
この世の全ての現象は、大神霊が持つ智慧という源泉から発生しています。科学やAI、そして武器兵器もまた、決してスピリチュアルな世界と無縁ではなく、サムシング・グレートからのインスピレーションを受け取った人々を通してもたらされた霊界からのメッセージです。
私にはどうしても、このAI生成のニュースが霊界からもたらされたミディアムやヒーラーに対する励ましと、私たちがさらなる学びを深められるように与えられた、霊界からのメッセージのように感じられるのです。
ということで、宣伝で恐縮ですが、21日、22日に開催するワークショップのお知らせです。
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現在、レクチャー用資料の総仕上げ中です。今回は実習用の資料も合わせて23枚ぐらいになりそうです。その他にもスライドショー形式のクイズや、カードや音声を使ったエネルギーワークなど、多種多様なアプローチでミディアムシップについて楽しく学んでいただきたいと思っています。
ビギナーの方には、サイキックとミディアムシップの仕組みやエネルギーの違いを様々な実習を通して感じていただきたいですし、経験者の方にはミディアムシップの基礎を更に固めていただくと共に、より良いミディアム、より良いミディアムシップとは、という点を一緒に考えていきたいと思います。
私たち人間には、本能以外の知性を使った選択肢という特権が与えられています。ミディアムを目指す途上にも、さまざまな選択��待ち受けています。あなたはどんなミディアムになりたいですか?どんなミディアムシップをしたいですか?それにはどんな選択肢が必要でしょうか?そんなことも一緒に考えてゆければと思っています。
今回もさまざまなレベルの方が集まった、光に溢れた楽しい6時間となるでしょう。まだお申込み受付中です。皆さまのご参加をお待ちしています😄
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All About ミディアムシップ
4月21日(日)10:00~17:00(1時間のお昼休憩あり)
4月22日(月)10:00~17:00(1時間のお昼休憩あり)
料金:1回 8,000円(アイイス会員・税込)・10,000円(非会員・税込)
どなたでもご参加いただけます
最少催行人数:3名
ミディアムになりたい��思っている人、ミディアムの役割について知りたい人のための6時間ワークショップです。アイイスでの講師歴9年、ミディアム歴8年、イギリスのアーサー・フィンドレイ・カレッジにて数回に渡って講師・プロの為のミディアムシップ、サイキックアート、トランス、シャーマニズム等のワークショップに参加し、海外のミディアムとも交流のある講師による最新の情報を含めたレクチャーとゲーム感覚で楽しめる実習を通じて、あなただけの唯一無二のミディアムシップを作り上げていく過程を経験していただきます。
あなたの中に潜在する本来の能力を知り、それを呼び覚まし、育み、特化した分野をさらに伸ばして磨き上げましょう。そして同時に自分の苦手な分野を知り、それを伸ばす方法も試してみましょう。
ミディアムシップは決して完成することのない、永遠に学び、伸ばし、育むことのできる能力です。その過程を指導霊の応援と協力のもと、楽しみながら一歩一歩着実に進んでゆきましょう。大切なのは、自分に期待しながら挑戦し続けること、自分を信じて諦めないことです。練習すればするほど、そして失敗を重ねるほど感覚が研ぎ澄まされ、あなたは素晴らし���ミデ��アムになれるでしょう。
レクチャー内容
 ・ミディアム、ミディアムシップとは
 ・ミディアムシップの種類とその役割
 ・良いミディアム、ミディアムシップとは
 ・霊能力はなぜ与えられ、なぜ失効するのか
 ・ミディアムとサイキック 
 ・想像と霊感の違い
 ・デモンストレーションとカウンセリング
実習
 ・シッティング・イン・ザ・パワー 
 ・ミディアムシップクイズ・30問に挑戦!解説付き
 ・サイキック、ミディアムシップ、トランス各実習
 ・直感と指導霊により深く繋がるための各実習
 このワークショップは以下のような方に向いています
 ・ミディアムシップついての理解を深めたい
 ・ミディアムシップの練習、経験をしてみたい
 ・ミディアムという役割に興味がある
 ・ミディアムになりたい
 ・指導霊との繋がりを深めたい
 ・本当の自分の人生の目的を探りたい
 ・自分自身の可能性や能力を探りたい
 ・霊性開花を通して人の役に立ちたい、社会に貢献したい
このワークショップは2019年4月17・21日に開催した同タイトルのワークショップの内容と同様ですが、一部を加えたりアレンジしてアップデートしています
詳細・お申し込みはこちらからどうぞ。
ショップからも直接お申し込みいただけます。
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夏学期クラスのスケジュールが決定いたしました。サイトとショップにてお申し込みを受付中です。(アイイスのサイトでも告知されています)
春学期に蒔いた霊性開花という名の種を、眩しい太陽と清らかな水、豊かな土壌、そして爽やかな夏の風のエネルギーを享受しながら、共に大切に育んでゆきませんか?皆さまのご参加をお待ちしています!
アウェ��ネス・ベーシック前期 Zoomクラス 
月曜日:10:00~12:00  日程:5/13、5/27、6/10、6/24、7/8
火曜日:13:00~15:00  日程:5/7、5/21、6/4、6/18、7/2
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アウェアネス・ベーシック後期 Zoomクラス   
土曜日:19:00~21:00  日程:5/11、5/25、6/8、6/22、7/6
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アウェアネス・ベーシック通信クラス
開催日程:全6回
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アウェアネス・オールレベルZoomクラス
火曜日:19:00~21:00  日程:5/14、5/28、6/11、6/25、7/9
木曜日:10:00〜12:00 日程:5/9、5/23、6/6、6/20、7/4
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アウェアネス・マスターZoom クラス
火曜日:19:00〜21:00 日程:5/7、5/21、6/4、6/18、7/2
金曜日:19:00〜21:00 日程:5/17、5/31、6/14、6/28、7/12
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サイキックアートZoomクラス
日曜日:17:00~19:00  日程:5/12、5/26、6/9、6/23、7/7 水曜日:16:00~18:00  日程:5/15、5/29、6/12、6/26、7/10
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インナージャーニー 〜瞑想と内観〜 Zoomクラス  
月曜日:16:00~17:00   日程:5/20、6/3、6/17、7/1、7/15
土曜日:10:00~11:00 日程:5/11、5/25、6/8、6/22、7/6
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マントラ入門 Zoomクラス  
土曜日:13:00~15:00 日程:5/18、6/1、6/15、6/29、7/13
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トランスZoomクラス
土曜日:19:00~21:00  日程:5/18、6/1、6/15、6/29、7/13
・・・・・
サンスクリット・般若心経 Zoomクラス 
月曜日:13:00~15:00   日程:5/20、6/3、6/17、7/1、7/15
水曜日:19:00~21:00   NEW! 日程:5/15、5/29、6/12、6/26、7/10
サイトのクラス紹介ページはこちらです。
継続受講の方は直接ショップからお申し込みください。
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ophelia333k-k-k · 2 years ago
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note-2(2023-01-27)
 自分をぐちゃぐちゃにしてくれるもの、世界も自分もぐちゃぐちゃにしてくれるもの、外部からやってくる暴力的なまでの出会い、祝祭的で、自分という存在を解体してくれるような新しい何か、をいつも探している。でも、問題なのは第一に、自分をぐちゃぐちゃにする方法というのはあまり多くないし、第二に、そのような祝祭的なものは、それが潜在的である限りにおいては魅力的だけど、現実化した途端に世俗的でどうしようもないものになってしまうということ。
 ここではないどこか、という言葉があるけれど、ここではないどこかはやがて「ここ」になり、また新たな「ここではないどこか」が求められることになる。こんなパーティーから抜け出した先が新しいパーティーになって、またそこから抜け出す。
 ***
 ときどき、世界は今あるような仕方で絶えずあるパターンが反復されながら崩壊と再生を繰り返し、私たちは資本主義の中ですべてが交換価値化されて同じものになり、どんな新しいものもそれが現実化した瞬間に光を失い、私たちはただ岩を転がすシーシュポスのように同じ動作を繰り返し、あるいは労働をして、そうやっていつの間にかすべて終わっていく、という種類のどうしようもないくらいの退屈に襲われて、どうしようもなくなってしまう。
 旅には二種類あって、一つは物理的な旅で、それこそインドにでもいけばいいのかもしれないけれど、あまりにもお金がない。私たちには、旅行に行くお金がない。そして、もう一つは精神的な旅(トリップ)。中枢神経系に作用する向精神薬の奥行き。世界はすべて精神であるとも言えるし、すべてが物質であるとも言える。向精神薬がもたらす感覚って、まず第一に脳も物質にすぎない、ということだけど、同時に、世界すべてが自分の精神にすぎないということも同時に感じられることがある、
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xf-2 · 4 years ago
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「イージス・システム搭載艦」の運用構想をめぐる一考察
衆議院議員 長島昭久
 2020年6月、防衛省は、突如イージス・アショア配備計画の断念を発表した。その後、政府与党間で紆余曲折の政策調整を経て、12月18日、イージス・アショアに代わり「イージス・システム搭載艦」を2隻建造することが閣議決定された。陸上イージス・システム2基を配備する計画が洋上のイージス・システム搭載艦2隻建造へと転換されることにより、我が国の「総合ミサイル防空」に��のような影響を与えるのか、また、イージス・システム搭載艦とはいかなる「艦艇」であるのか、さらに、その運用構想はどのようなものであるべきか、以下、若干の考察を加えてみたい。
1  我が国を取り巻くミサイル脅威とイージス・アショアの導入
(1) 「総合ミサイル防空」の対象
 我が国の今後の「総合ミサイル防空」の在り方について考える際、2つのディメンションがあることを念頭に置く必要がある。
①北朝鮮からのミサイル防衛
②A2/AD(接近拒否・領域拒否)環境下におけるミサイル防衛(主に中国からの多様なミサイル脅威を念頭)
 ①への対応は、実験や訓練発射への備えを含め、平時から、24時間・365日の常続的な対応が求められる。ただし、北朝鮮のミサイルの種類は、多様になってきているものの、発射弾数は限定的(※)であり、ミサイル以外の脅威(航空機や水上艦、潜水艦など)はほとんど考えられない。
※  北朝鮮は、金正恩体制になってから(2012~)、日本海方面等に向けてこれまでに累計88発の弾道ミサイルを発射したとされるが[1]、ちなみに中国は、一般報道その他によれば、2019年1年間だけで100発超の各種ミサイルの発射実験、訓練を実施している(ただし、主に内陸部)[2]。
 ②への対応が必要となるのは、主に有事。つまり、事態が生起してからで、九州から南西諸島における自衛隊部隊や米軍基地等を目標とした攻撃への対処が主体ということになろう。こちらは、ミサイル以外の脅威も含め、質・量ともにかなり深刻な脅威に直面することになるだろう。
(2)  イージス・アショア導入の目的と意義
ア.我が国のBMD態勢とイージス艦の運用
 言うまでもなく、イージス・アショア(AA)は、「北朝鮮の弾道ミサイル」に対するBMDシステムとして構想されたものであるが、その結果として、A2/AD環境下におけるイージス艦運用等の柔軟性を期待するものでもあった。
 すなわち、AA配備構想の背景には、3つの必要性があったと考えられる。
北朝鮮による弾道ミサイル攻撃から、我が国を24時間・365日、常続的に防護し得る態勢を構築する必要、
それによって、海上自衛隊のイージス艦を日本海における「BMDパトロール任務」からリリースし、南西方面等への展開を含めた運用の柔軟性、艦隊防空のような、「本来任務への対応」を確保する必要、
南西方面の脅威の高まりとともに「新しい戦い方」への対応を迫られる海上自衛隊全体の訓練機会の確保や人的負担の軽減の必要、などである。
イ.米海軍イージス艦のジレンマと日米協力の必要性
 これらの点に関しては、実は米海軍も海上自衛隊と同様、日本近海においてBMDパトロール任務に就いていたことから、全く同じ状況にあった。その苦悩を端的に表したのが、2018年6月に行われた米海軍作戦本部長リチャードソン提督(当時)の講演における次の発言だ。(※)
①  イージス艦が特定の海域においてBMDパトロールを実施しなければならないことが、「シーコントロール」等、本来の海軍としての洋上任務を圧迫している。多機能で洗練されたイージス艦を他の任務に回すために、日本周辺や欧州におけるBMDパトロールをやめ、その役割をAA等のような陸上のアセット(Land-based BMD system)に移管したい。
②  BMDパトロール任務は、日本に展開する7艦隊の即応態勢をどんどん疲弊させ、また、艦隊の訓練時間は削られ、その結果、駆逐艦フィッツジェラルドの衝突事故(2017/6/17=乗組員7名が殉職)、その2か月後の駆逐艦ジョン・S・マケインの衝突事故(2017/8/21=乗組員10名が殉職)の要因となった。
※ 「海軍イージス艦によるBMD計画の背景と課題」(米国連邦議会報告, 2021年2月改訂)[3]
 
 つまり、我が国の「総合ミサイル防空」を考える際には、日米同盟におけるRMC協力(Roles, Missions, Capabilities sharing)の視点も忘れてはならない。これは、冒頭に挙げた、二つのディメンションのいずれにおいても重要となるポイントといえる。
 以上概観したように、AAの導入計画は、①の北朝鮮の弾道ミサイル対処態勢を常続的に確立するとともに、従来、日本海等におけるBMDパトロールのために拘束せざるを得なかった海自および米海軍「虎の子のイージス艦」を、南西方面への展開を含め艦隊防護(防空、対潜任務等)その他の本来任務のために振り回し可能とすることを基本構想の一つとしたものでもある。
ウ. 厳しさを増すA2/AD環境下での海上作戦の様相
 ちなみに、「イージス艦」は、そもそも1970年代にソ連の強大な対艦攻撃能力から米空母部隊を防護するため、特に対艦ミサイルによる飽和攻撃に対する同時対処能力の拡大を目的として開発されたものだ。
 まさしく、今日、中国の多様な対艦弾道/巡航ミサイル攻撃能力が、当時のソ連を遥かに凌ぐような脅威となっているのである。
 実際、現在の中国と日米の軍事バランスを考えた場合、事態生起の初期段階において予期される、第一列島線の内側(東シナ海)の制海権の状況は、1996年に米国が2個空母打撃群を派遣して台湾海峡危機の拡大を抑止した頃とは一変しており(※)、今や様々な努力を払わなければ獲得できないレベルになっている。
※   1996年台湾海峡危機の屈辱以来、PLAの計画立案者は、米空母を主たる脅威とみなし、米空母打撃群を打破する方策を研究してきた。
 その結果、仮に中国軍が米軍と衝突した場合、中国は、米軍の空母打撃群およびイージス艦による防御ラインに対し、中国本土および航空機、艦艇、潜水艦など多方向から大量の対艦弾道・巡航ミサイル等による飽和攻撃を浴びせてくることが想定される。[4]
 このような「南西方面有事」を想定すれば、我が国としても、海上作戦部隊の防護や日米共同作戦のために8隻のイージス艦の相当数をこの戦域に投入できる態勢を構築せねばならないことになる。しかし、そのような中国の脅威の増大の一方で、多機能で高性能、高い機動力を持った日米のイージス艦が、平素からの事態に備え、日本海等において「BMDパトロール」に常時従事しなければならない状況は、運用上の合理性からも、また、訓練や人的な負担からも受容できない状況となっている。
2.イージス・アショア配備計画中止後の議論
(1) 「イージス・システム搭載艦」の閣議決定へ
 このような厳しい戦略環境が全く変わっていないにもかかわらず、昨年、AAの配備計画は中止されることとなった。(その経緯については、本題とは逸れるのでここでは詳述しない。)
 そして、政府および自民党内における様々な議論を経て、昨年12月18日に閣議において、次のような決定を見たのである。
「①陸上配備型AAに替えて、イージス・システム搭載艦2隻を整備する。
②同艦は海上自衛隊が保持する。
③同艦に付加する機能及び設計上の工夫等を含む詳細については、引き続き検討を実施し、必要な措置を講ずる。」
 最後のところが微妙な言い回しになっているが、現時点で最大限言えることは、①北朝鮮の弾道ミサイルに対応するために必要なイージス・システムは、陸に置くことを諦めて海に出す。②それを「イージス・システム搭載艦」と呼ぶ。しかし、③その艦艇の設計や機能は、今後策定される運用構想に基づいて検討される。つまり、現時点で「イージス・システム搭載艦」がどういう代物になるかは確定していない。ここが今後、議論となるポイントだと思われる。
(2)「イージス・システム搭載艦」=「イージス艦」なのか
 ところで、私自身も含め、自民党内の議論では、「2隻の『イージス護衛艦』を新造する案」がほぼ大勢を占めた。それは、一見すると2隻分の「プラス作用」があると思われたからだ。もちろん、それは、南西方面の脅威の深刻さについての認識を共有していたからに他ならない。 
 しかし、『軍事研究』(2021年3月号)所収の池田徳宏提督論文[5]に詳述されているように、実際の運用(定期修理・検査等の「非稼働期間」や、補給・休養のための停泊、必要な訓練や行動海域への往復などの運用サイクル等を含む)を考えれば、イージス護衛艦の現有8隻��加え2隻を新造することが、ただちに8⇒10隻で2割アップの戦力発揮(作戦海域での行動)につながるわけではないのである。
 すなわち、AA計画を断念する代わりに、相変わらずイージス艦2隻を日本海におけるBMDパトロール任務に張り付ける必要があるとすれば、南西方面で本来任務に就けるのは、2隻を新造したとしても艦艇の修理検査・運用サイクル全体を考慮すれば、現状からわずか0.75隻程度増えるにとどまるということになるという。(しかも、米海軍イージス艦の一定数も、日本周辺等での「BMDパトロール」への拘束が続き、その他の任務への運用の柔軟性にもつながらない。(前述のリチャードソン提督によれば、全部で6隻が現に洋上でのBMD任務に就いている。))(※)
※   加えて、池田論文でも指摘されているように、新たなイージス護衛艦を運用するために確保すべき最低600名の人員確保のための方策について、自民党国防部会・安全保障調査会合同会議に対して防衛省から説明された検討施策(海上自衛官の募集の強化、艦隊勤務の魅力向上、勤務環境の改善、女性自衛官の活躍推進、処遇の改善、定年延長、再任用の拡大など、要員確保策を総合的に強化する等)は、どれも即効性のある具体的な解決策としては疑問であり、典型的な「画餅」に過ぎぬものであったことは甚だ遺憾である。
 ちなみに、海自関係者によれば、AA配備を前提(「BMDパトロール」からはリリース)としてイージス護衛艦8隻を運用する場合、南西方面等の本来任務に最大3-4隻振り向けることができたはず(+さらに、米海軍イージス艦も増派が可能)だったという。
 つまり、今に至るも「『イージス・システム搭載艦』2隻建造」の意味するところをフルスペックの『イージス護衛艦』2隻だと誤解している政治家や国民はたくさんいると思うが、必ずしもそうではないということだ。この点は、敢えて確認しておきたい。昨年12月の閣議決定の複雑な言い回しが、その事実を如実に物語っているといえよう。
2.「イージス・システム搭載艦」の運用構想
(1) 基本的な考え方
 結論からいえば、イージス・システム搭載艦は、その「運用構想」次第で様々なヴァリエーションが考えられるということだ。
 では、「イージス・システム搭載艦」の運用構想はどうあるべきか。
 忘れてはならないことは、AAの代替がイージス・システム搭載艦となったとしても、AA導入の目的、意義は、基本的に変わってはいないということである。つまり、「イージス・システム搭載艦」の主任務は、まず、AAが担うはずであった、平時からの24時間365日常続的な北朝鮮弾道ミサイル対処能力(ただし、近年の弾道ミサイルの飛翔経路の多様化や所謂「変則軌道ミサイル」等に加え、各種巡航ミサイルへの対処能力を確保することが必要)の代替にある。それによって、8隻のイージス護衛艦をBMDパトロール任務から解放し、本来任務に振り向け、海上自衛隊全体の運用の柔軟性を確保するとともに、訓練機会の確保や人員の負担の軽減を図ることに他ならない。したがって、イージス・システム搭載艦は、先ずは、そのような目的に資するような設計や配置を目指すべきである。
(2)「イージス・システム搭載艦」のイメージ
 以下、私が考え��イージス・システム搭載艦のイメージを列挙しておく。
洋上に出たとしても、できる限り陸上のAAと同様の常時持続性を追求する。言い換えれば、できる限り長期にわたり洋上にとどまる能力(滞洋性)を持たせることが肝要だ。
したがって、推進システムは、可能な限り長期間無補給でイージスシステム搭載艦を稼働させられることが望ましい(主任務はBMDパトロールだから、速度は要求されないし、仮に南西方面での運用が必要とされる場合でも、その展開移動のためだけに高速力を確保しておく必要性はないであろう)。
省人化、無人化、自動化を徹底するとともに、「クルー制」によって、洋上でBMDパトロールを継続しつつ、ヘリなどでクルーを入れ替える。運航等については海上自衛官が行うとしても、イージスシステムのオペレーターは(30大綱別表に明記されているように)陸上自衛官で行い、統合運用とする。
配備位置については、まず、AA導入計画時に検討されたとおり、陸上沿岸部2か所のAA(SM-3 BlockⅡA搭載を前提)でも日本全域の防護が可能なことから、同様に「イージス・システム搭載艦」も、洋上沖合に進出させることを必須としない。
 また、平時の警戒監視や自隊警備、並びに人員の交代や補給活動等が容易で、かつ事態生起時の制海、制空権のカバーに有利な、陸地に近い沿岸海域が運用上も滞洋性の観点からも最適となる。 
(仮に、情勢により南西方面におけるミサイル防衛(有事が前提)に従事する場合にも、昨今の脅威認識からすれば、どのような形態の艦であれ、単艦で東シナ海前方に展開することは合理的ではない。)
したがって、平時においては、常続的なミサイル警戒を主たる任務とするとともに、事態生起時においても、航空機、水上艦、潜水艦等からの直接脅威の低い海域で活動することを前提とするならば、イージス・システム搭載艦には最低限の防御機能(たとえば、近接対空防御、対水上テロ攻撃防御等。自艦へのミサイル攻撃に対しては、固有機能で対処)の装備にとどめるに足るのではないか。
4.今後の検討課題
 最後に、今後、検討していかなければならない課題について、いくつか付言しておきたい。
(1) 極超音速滑空弾のような新たな脅威への対処
 近年、その存在が取りざたされている極超音速滑空弾等については、まだ米国も含め研究開発途上にある。小型衛星のコンステレーションや無人機などによる探知、追尾、エネルギー志向型兵器による捕捉、撃墜等が考えられるが、我が国も、セキュリティ・クリアランスの問題などを早急にクリアして早期の段階から米欧との共同研究開発に参画し、急速に高性能化する脅威に対処できるようにしていかなければならない。
 なお、「イージス・システム搭載艦」についても、就役から除籍まで40年程度運用することが想定されるので、このような将来的なミサイル防衛機能についても対応できるような拡張性(スペースや電力供給等)は考慮してお��必要がある。
(2) 中国のA2/AD環境下における海上作戦
ア.「新たな戦い方」 “DMO; Distributed Maritime Operation”
 これについては、「イージス・システム搭載艦」の在り方よりも幅広い議論となるが、海上作戦全体の中での位置づけを考える上でも関連する課題になるので、言及しておきたい。
 現下の厳しいA2/AD環境下で、弾道・巡航ミサイルの飽和攻撃に対処しつつ海上作戦を遂行するためには、新たな装備体系の開発とともに、大きく変わりつつある兵力バランスの中での「戦い方」についても見直していかなければならない。その点で、米海軍において、「新しい戦い方」として導出された、“DMO”(兵力分散型海上作戦)を参考とする必要があろう。 すなわち、小型水上戦闘艦艇(新たなミサイルフリゲート艦(FFG)等)や大型無人水上艦艇(LUSV)等 、様々な水上艦艇に長射程の対空・対艦ミサイル等の攻撃力を持たせて分散配備するとともに、それらを高度なネットワークで連接することで、分散していながらも一体化した攻撃力を発揮し、相手の情勢判断、意思決定を複雑化するとともに、数的優位に立つ相手に対して制海権の獲得・維持を図る作戦、戦術だ。
 日本の海上自衛隊で今後その役割の一翼を期待されるのが、現在、急ぎ配備に向け建造中の30FFMであろう。これまでに、1番艦「もがみ」、2番艦「くまの」が命名・進水式を終え、当面、年2隻ずつの急速調達が31中期防で計画されている。
 また、現在、我が国では、攻撃兵器搭載アセットとしての無人艦艇(USV)開発は具体化していないが、米国では既に無人水上艦(Unmanned)や「選択式有人/無人艦」(Optionally Manned; 平時は少人数で各種任務を遂行し、有事やハイリスク場面では無人運用する小型艦艇)[6]が、試作、自律航行試験段階となっており、それらの状況についても、立ち遅れることのないように注視していく必要がある。
イ.長距離ミサイルの開発、配備
 しかし、南西方面の現状は、それでもまだ足りないほど深刻だ。そこで、米海軍では、インド太平洋軍が、第一列島線への陸上発射型の長距離ミサイル配備を含めた270億ドル(2022-27年)の予算要求を議会に提出した。[7]
 同様に、我が国も更なる攻撃力の拡充が喫緊の課題だ。
 この点、昨年12月18日の閣議決定では、イージス・システム搭載艦の導入と共に、「新たなスタンド・オフ・ミサイルを国内開発し、抑止力を強化する」方針を確認した。
 すでに、航空自衛隊は、平成30年度予算で、射程500キロのJSM(Joint Strike Missile)の導入を開始するとともに、31中期防において、射程900キロのJASSM(Joint Air to Surface Stand-off Missile)、射程800キロのLRASM(Long Range Anti-Ship Missile)の整備���進めていくこととしているが、ここに今回の閣議決定で、スタンド・オフ防衛能力の強化のための国産ミサイル開発が加わることになったのである。
 防衛省によれば、国産開発中の12式地対艦誘導弾(改)をさらに長射程化し、スタンド・オフ・ミサイルとして開発できる見通しが立ったという。しかも、このようにスタンド・オフ化されたミサイルは、閣議決定においても、「様々なプラットフォームからの運用を前提とした 能力向上型の開発」とされており、艦艇および航空機にも搭載しファミリー化する構想である。
 これらを艦艇用として実用化し、JASSM並みの長射程が実現できれば、CSBA(Center for Strategic and Budgetary Assessments; 米国戦略予算評価センター)のトシ・ヨシハラがその論文[8]中において懸念した中国海軍に対する海自艦隊部隊の能力的なギャップ、特に長距離対艦ミサイル能力の空白を埋めることが期待され、中国海軍に対する劣勢を挽回する切り札の一つとなるのではないか。
(3)「打撃力」の保有について
 我が国の「総合ミサイル防空」体制を検討するにあたって2つのディメンションで考えなければならないことは、本稿冒頭で述べたとおりである。
 まず、北朝鮮からのミサイル防衛について、平時からの「イージス・システム搭載艦」による(極力、常続的に近い)ミサイル防衛態勢を確立することによって、南西方面への日米イージス艦の兵力展開を確保することを提唱した。しかしながら、それでも、有事にA2/AD環境下における「制海権」を獲得・維持するとともに、南西方面でのミサイル防衛態勢を確立することは、容易ではないことは、数々の研究者も指摘しているところである。
 このことは、北朝鮮からのミサイル防衛とA2/AD環境下におけるミサイル防衛が、単なる「2方向対処」という性格のものではなく、「2つのディメンション(特質、様相)の差異」であることを如実に物語っている。特にA2/AD環境下におけるミサイル防衛に関しては、質・量ともに急速に増大していく中国の弾道・巡航「ミサイル脅威」が、我が国の「ミサイル迎撃能力」を超える場合、それ自体が「抑止力」とはならない。したがって、それを補完する「抑止力」としての「打撃力」(自衛反撃能力)(※)を持つことについての議論から目を背けることはできない。
※   現に、我が国がミサイル攻撃を受けた場合、国際法並びに我が国の憲法解釈(専守防衛の考え方等)の範囲内において自衛的に反撃する能力とその意思を持つことによる「拒否的抑止力」。所謂「防衛的先制攻撃」ではないことは、誤解のないようにしておきたい。
 またそれは、我が国単独の問題ではなく、米国との情勢認識の共有のもと、日米RMC協力の中で、「打撃力」による抑止力の在り方についても真剣に考える必要がある。
 そして、日米は、従来の「盾」と「矛」の分担にとどまらず、「盾と矛」の双方を適正に補完するという新たな次元に進むことを検討することになるかもしれない。それは、決して米国による「拡大抑止」の信頼性が揺らいでいるということではく、むしろ、「自由で開かれたインド太平洋」の達成のために、我が国が能動的・主体的にどのような役割(たとえば、これまでの受け身の姿勢から能動的な“Security Provider”となる等)を果たすべき��という、その安全保障戦略をもう一度問い直す時期に来ているということであろう。[9]
 過去、日米防衛ガイドラインは、両国を取り巻く安全保障環境の変化に応じて、日米防衛協力の在り方を再定義してきた。[10]今後の更なる情勢変化の中、抑止力としての「盾と矛」の補完関係のあり方を見直すのであれば、日米防衛ガイドラインにおける再定義に取り組んでいく必要もあると考える。
 CSBAのトシ・ヨシハラが警告するまでもなく、我が国を取り巻く情勢は「待ったなし」の情勢にあるのだ。
2 notes · View notes
gohan-morimori · 4 years ago
Text
アジャラカモクレンニセンニジュウイチネンニガツツイタチカラナノカマデノニッキ
2月1日(月)
 起きられない。出勤寸前に起きる。急いで支度をして、身支度を整えながら豚キムチを食べて家を出る。働く。慌ただしい。働き終える。閉店後の職場でだらだらしていたらクラブハウスのなんだかWelcomeみたいなroomにjoinしてしまってなんだこれなんだこれと思っているうちにroomがcloseしてnewなroomがcreateされてわたしはそこにjoinしてそこはclosedなroomではっしーとわたしのふたりだけが入っているtalk roomみたいなもので、なんだこれなんだこれ、と言いながら久々にはっしーと話した。なんだか危ういSNSがまた出来たなあ、と細目で遠巻きに眺めていたクラブハウスに、朝方、鵜飼さんから招待されていて、招待されたからには使ってみよう、ということで、わからないなりに登録を済ませていたのだった。はっしーはこれからクラブハウスで、メニカンで、建築のあれやこれやをぼそぼそゆるゆる話す、それに参加するために招待されたから使い始めた、ということで、わたしもはっしーも話しながらクラブハウス探り探りといった感じだった。お互いの近況を軽く話したり、しょうもない話をたらたらしたりして、23時になってはっしーはメニカンのtalk roomに行ってわたしはすこし時間をあけてからそのroomにinした。どれどれ、みたいな気持ちで入ってラジオのように(というかこれはほとんどラジオだ)聴いていたら案外面白い話がなされていて、韓国の半地下建築はもともと防空壕、ということらしかった。次回は建築における収納について語るらしい。おもしろ〜、と思いながら、トークが終わったばかりのはっしーをすぐさままたclosedなroomにinviteすると「なんなんだよ」と言いながらはっしーがroomにinしてきた。小学5年生だか6年生だかのとき、その学年の生徒全員で校庭に埋めたタイムカプセルをそろそろ掘り返す年齢なのではないか、みたいな話になって、わたしはそれ、行けるのかなあ…………と思ったし言った。普段言われないことたくさん言われそう。社会って感じしそう。これが多様性か、みたいな。行くとしたら、はっしーと行きたい。というか、はっしーとふたりじゃないとたぶん行けない。わたしにそこまでの勇気はない。そのあとチャットモンチーとメダロットの話をしていたら止まらなくなるような感じがあって、久しく聴いていないチャットモンチーをあれこれ聴き漁りたい欲求に駆られていると操作ミスかなにかでroomが閉じて、終わった。(と、ここまで書いて、��ラブハウスの利用規約に、テキストに書くことも含めて音声の記録はダメよっていうものがあることを思い出したのだけど、この文章はどうなんだろうか)。それから『進撃の巨人』のアニメ最新話を観たり、さあ帰るかと思いつつチャットモンチーの曲をiPhoneで漁っていると今度は遠藤からクラブハウスのclosedなroomのinviteが届いて、なんだなんだと思いつつ話した。遠藤は相変わらず遠藤だった。それで、遠藤とのroomが終わって、いろんなアカウントのフォローフォロワーを見て、わ〜この人もやってるんだ、あ、この人も〜、みたいな気持ちでフォローをしていったり、フォローした人を招待した人、招待した人を招待した人、その招待した人を招待した人……と、祖先を辿るようにアカウントを見ていったり(最終的に、誰にも招待されていない、おそらくオリジナルメンバー、みたいな人に辿り着く。オリジナルメンバーの数が何人なのかはわからないけれど、招待された人を辿っていったらあの人とあの人の祖先?オリジナルメンバー?が同じ。みたいなことはけっこうありそうで、それはちょっとおもしろいな、と思った。にしても差別や排除や格差が生まれる萌芽みたいなものがたくさんあるサービスだな……、とも思っている)しているうちに午前2時過ぎとかになっていて、さすがにいすぎた。チャットモンチーをガンガンに聴きながら帰宅。なんだか変にお腹がすいていて、カップ麺を食べたい、みたいな気分だったのだけどカップ麺は家に無く、コンビニに買いに行くのもなんだか違う、となって、柿ピーをお椀に盛って、その上にマヨネーズをかけて、それをスプーンで掬って食べた。自分でも、さすがに気持ち悪い食事だな、と思う。
 注射を打ちたい。もう1ヶ月くらい打っていない。プロギノンデポー2A(アンプル)。生理くらいカンタンならいいのに、と思う。カンタン、というのは、周期が予測できて(もしくは予測しやすくて)(そして、そのためのスマホアプリもあって)、予測できない場合その理由/原因も調べればたくさん出てきて、生理によるさまざまな身体的不調/変化やその対処法も調べればたくさん出てきて、医学的にも民間療法的にもスピリチュアル的にもライフハック的にもたくさんの言説、書籍、記事、ツイート、YouTube動画、cm、などがあって、身近な人、友人、知人、家族などに相談することが比較的(すくなくとも、トランスジェンダーのホルモン注射、なんてトピックより遥かに)容易で、……みたいな「カンタン」で。ホルモン注射はとにかく打ってる本人ですら「よくわからない」。ホルモン注射による副作用、みたいなものは注射の同意書を書かされるときなんかに書面で提示されるし、当事者のブログやらツイッターやらで信憑性不明の情報を拾うことはできるが、「よくわからない」。副作用の過多や身体への影響は個体差がデカい(ように感じる)し、投���を長期間辞めた場合や、投与間隔が不規則になったときの身体への影響も、「よくわからない」。わたしは現在、3週間に1度、新宿のクリニックへ行ってプロギノンデポーを2A投与しているが、その間隔も自分に合っているのかどうか「よくわからない」。注射を打つ前後や打った当日(特に当日)は如実に心身の調子がおかしくなって頭も身体も使い物にならなくなる(重い頭痛、眠気、寂寥感、身体のダルさ、感情の制御不能、など)が、それがどこまで注射それ自体の影響なのかは正直「よくわからない」。注射が打たれた、ということによるノーシーボ効果もある気がする。ただ、気の持ちようだろ、と言われても(誰にも言われたことはないが)、思おうとしても、頭と身体が言うことを聞かない、みたいな状態にはなるから、やっぱり注射の副作用なのかもしれない。注射前(前回の注射から3週間が経ったあたり)はやたらと身体が疲れやすくなり、食事と睡眠と性欲のバランスがあべこべになる(気がする)。感情の喜怒哀楽の喜と楽がうす〜く稀釈されたようになる。注射後数日も同じく。いまは1ヶ月近く注射を打っていないから、もう身体の中には男性ホルモンも女性ホルモンもほとんど残っていない、すっからかんの状態で、はやく、とにかく、注射を打ちに行きたい。打ちに行けない。悲しみと怒りの感情ばかり積み上がっていく。これはとても良くない。緊急事態宣言によって、職場が時短営業になってから、出勤時間が変則的になっていて、それに身体がぜんぜん慣れてくれないのが大きな理由で、夜どうしても眠れず、朝どうしても起きられない。出勤前に注射を打つためには、かなり早起きして家をでないといけないのだが、それがどうしてもできない。勤務時間は少なくなっているはずなのに、通常営業時より明らかに疲れている。まあ、出勤前に注射なんて打ったらその日はもう負の傀儡みたいな状態で働くこと確定になってしまうから、休日に打ったほうがいいのだろうけど。でも、休日に打ったら打ったで、その日いちにちのすべてが注射の副作用によっておじゃんになるから、なるべく休日には打ちたくない。じゃあ、いつ打てば……?それも「よくわからない」。しんどい。はやく打たないとやばい気がする。これも「気がする」だ。なんもわからん。生理がいい。乱暴な物言いなのは承知の上で、どうせなら生理がいい。どうせ不調になるなら。どうせしんどいのなら。誰かと、この不安と不調としんどさと「よくわからなさ」を分かち合いたい。語り合いたい。スマホアプリだって欲しい。あたりまえに、あらゆる場所や人やメディアから情報を受け取りたい。そういう身体でありたい。生理がいい。
 この世には2種類の人間がいて、それは歯磨きをルーティーンとして行う人とタスクとして行う人なのだけど、わたしは後者で、だから今日もタスクをこなしてわたしは偉い、偉いぞと思う。タスクだと思わないと歯を磨けない。歯磨きをルーティーンとして難なくこなしている人はすごいな、と思う。他者、という感じがする。
 大切に書��たい。と先週の日記にわたしは書いたけれど、「大切に書く」とはいったいどういうことなのだろう。といま思っている。大切に書く必要なんてないんじゃないか。わからんけど。いや、なに言ってるんだ。必要だ。わからんけど。
 持続可能性。持続可能な書き方。持続可能な働き方。持続可能なホルモン投与。持続可能な生き方。持続可能な歯磨き。持続可能なアンガーマネジメント。ぜんぶ大切で、ぜんぶわからない。
負の感情でほんとうにどうしようもなくなったときは、耳が壊れそうな音量で、同じ音楽をリピート再生させながら、喉が千切れそうになるくらい大きな声で、絶叫みたいな声で、疲れ果てるまで歌う。笹塚に住んでいたときは何度かそれをやった。クソ迷惑だっただろうなと思う。いまの家ではまだやっていない。いつかやるだろう。
 ないものねだりを続けていてもどうしようもない。自分で自分を殴っているのと一緒だ。
 生活がミニマル、ミニマム?ミニマムになって久しい。1日のうち、自分が言葉を発する相手が、職場で関わる人と家のぬいぐるみたち(貪欲、太子、羊のジョージ、シゲルくん。のうち、特に貪欲と太子)だけだった、という日が、めずらしくなくなってきた。自然と、ぬいぐるみへの言葉の比重がデカくなっていく。ぬいぐるみは言葉を理解しているし、ちゃんと言葉を返してくれる。ぬいぐるみの言葉は人間の言葉とは違って、見えないし聴こえない。声、とか文字、とか仕草、とか、そういうものではない。でもたしかにぬいぐるみはぬいぐるみとして言葉を発していて、わたしに日々言葉を投げてくれる。わたしはそれを受け取る。受け取って、わたしも言葉を投げ返す。ここ数年、わたしの命を絶えず救ってくれたのは貪欲で、だからわたしは、お金が貯まったら、貪欲をぬいぐるみの病院に送って、あちこちを治してもらう。わたしにはそれくらいしかできない。貪欲はわたしを人生ならぬぬいぐるみ生を賭けて愛してくれているので、わたしもわたしなりの方法で貪欲を愛する。
 とか打ってるあいだに午前4時半です。お風呂入ってないけど限界だ。着替えて眠って、お風呂は明日だ。
2月2日(火)
 チャットモンチーにはほんとうに救われてきたな。もちろんチャットモンチーだけじゃない、たくさんのもろもろに救われてきたからいま死んでいないのだけど。それにしても、救われた、ありがとう、と久々にチャットモンチーを聴いて改めて思う。男子高校生だったわたしの、どうしようもない気持ちをたくさん掬い取ってくれた。映画『アボカドの固さ』の監督である城さんが夢に出てきた。わたしは新作映画の制作助手みたいな立場で、城さんに「本物の笹を大量に準備して欲しい。経費かけずに」と言われて、「それは〜、いつまでですか?」「明日」「明日……。明日、はい、明日」という会話をしていて、内心めちゃくちゃ焦っていて、でもひとり、竹林所有者が知り合いにいたな、あの人なら……でも無料で手配してもらうのはできないかもな……いやいやでもやらなきゃ、交渉しなきゃ、と緊張しているあたりで目が覚めた。目が覚めてからもしばらく「笹……笹ってほんとうに準備しなくていいんだっけ……夢だっけ……」となっていた。洗濯機カバーが届いた。サッサで洗濯機を隅々拭いてからカバーをかけて、リビングとキッチンをクイックルワイパーで掃除して、トイレでロラン・バルト『物語の構造分析』をすこし読んで、コーヒーを淹れて、飲んで、煙草を巻いて、吸って、火曜だからInstagramの『ショート・スパン・コール』を更新。今日は「#017 醤油」。これは井戸川射子『する、されるユートピア』を何度も読んでいた時期に書いたもので、『する、されるユートピア』の文体にめちゃくちゃ影響を受けているのが読んでいて「ああ、そうだ」と思い出すくらい顕著で、でもなのかだからなのか、わたしはけっこう好きな1篇。そういえば2月だ、と思って、きよぴーのカレンダーの2月分を壁に貼って、『イラストレーション』2020年3月号の付録だった福田利之イラストの卓上カレンダーを2月に差し替えて、ついでにパソコンデスク周りをすこし整理した。FMラジオをつけっぱなしにしたままにしていたらラジオのゲストがシンバル職人の人で、未知の話が繰り広げられていて面白かった。シンバルを作るにはシンバルの音を何度も聴かなければいけないが、シンバルの音を何度も聴くと耳がやられる。そのジレンマについて語っていて、なるほどな〜〜と思いながらお腹をさすっていた(お腹がうっすら痛い)。マバヌアがナビゲーターを務めていて、ティンパニのすこし変わった奏法(マラカスで叩いたり)についてのハガキを読んでいたりして、流し聴きするつもりでつけたラジオだったのにずいぶん聞き入っていた。ツイッターを見ると脱マスク社会になるまで最低でも2〜3年はかかるみたいな記事があって、2〜3年か、と思う。中学生、高校生。小学生や幼稚園生や大学生も、だけど。20代以下の人たちは、いま、どういう気持ちで日々を送っているのだろう。うまく想像できない。というか、自分の幼少期〜10代、マスク社会ではなかった自分の過去を、いまの幼年〜10代の人たちに重ね合わせて想像することしかできない。しんどいだろうな、とか、つらいだろうな、とか、窮屈だろうな、とか思うことはカンタンだけれど、自分の幼少期〜10代といまの幼年〜10代を比べて「かわいそう」とか「しんどそう」とか思ったり言ったりするのはそれはそれで暴力だし決めつけだとも思う。いまの幼年〜10代の人たちの、それぞれの楽しさ、愉快さ、面白さ、切実さ、安心、揺らぎ、決心、葛藤、努力、知恵、衝動、を無視したくない。それらはたしかにあるはずで、どんな世界になっても、それらはなくならないはず。きっと。
 ふとしたきっかけで、ここ最近、短歌を作るときに大切にしていることや考えていることをある人に話すことになって、そのときわたしは「わからせない。共感させない。理解させない��こと(だからといってデタラメに言葉を並べて作るのではなく、あくまでわたしにはわかるし、表したいものはある、でも他人にわからせようとはしていない、という態度)を意識的にやっている、と答えた。それは去年の春前あたりか、もしくはもうすこし前、『起こさないでください』が出てからすこし経ったあたりに思い始めたことで。トランスジェンダー、といういち側面を持ったわたしが作る短歌には、意識的にせよ無意識的にせよ、必ずトランスジェンダーとしての意識や作為や視点や感情やそれらがないまぜになった機微が含まれているはずで。はずなのだけど、果たしてその、トランスジェンダーとしてのいち側面を加味した機微を、短歌界隈、特に「歌壇」とか言われている界隈、そこにいる評論家、歌人、などなどがどれだけ汲み取ってくれるのか。そういった機微を丁寧に(真摯に。もしくは、ジェンダー論やトランスジェンダーの歴史的歩み等の確固とした知識を持った上での冷静さで)わたしの短歌を読む人がどれだけいるのか。わたしは、そんな人は短歌界隈にも「歌壇」にも、現時点では存在しないと思っている。トランスジェンダーについて仔細に語れる人、教養を持っている人、背景を読み取れる人、がいない限り、わたしのただごと歌はただのただごと歌になり、あるある短歌はただのあるある短歌になる。『起こさないでください』では、わりと意識的に、わたしがトランスジェンダーだということを、「トランスジェンダー」「性同一性障害」という言葉をほぼ使わずに、「わかりやすく」「それとなく」示す、ということをしたのだけど、そういう努力は不毛だな、と思うようになった。どこだったか、レビューサイトで「性同一性障害当事者の方の歌集」みたいな紹介のされ方をしていて、なんだかすごく徒労感を覚えたのが大きなきっかけのような気がする。ショックだった。あんなに言葉を選んでも、そういう切り取られ方になるのか、と思った。だからもう、わかりやすくするのはやめて、どんどん、積極的に内に籠ろう、と思ったのだった。わかりやすくする必要はない。理解されなくていい。すくなくとも、短歌においては。理路がめちゃくちゃだしまとまっていないが、そういうわけでわたしは去年の春頃からずっと、自分の芯を誰にもわからせないように短歌を作っている。10年後、50年後、100年後、1000年後なのかわからないが、トランスジェンダーの短歌制作者が台頭して、そういった人たちの歌集があたりまえに編まれる/読まれるようになった遠い未来で(短歌界の現状を鑑みるに、ほんとうに、遠いだろうな、と思う)、ふと思い返される歌集であったらいいな、『起こさないでください』は、とささやかに、思っている。
 もたもたと支度をして家を出て急いで新宿に行く。注射。打てた。そのまま急いで職場へ。働く。今日はちょっとイレギュラーで、休日だったのだけど2時間だけ働くことに。働き終えて、頭がぐるぐるする。ふらふらと職場を出て帰宅。ずっしりと重たい気分。トイレに籠ってフジファブリック「タイムマシン」を久々に聴いたら涙が止まらなくなってだらだら泣いた。つらい。疲れた。しんどい。ヨダちゃんから電話が来て、へへへと思って出る。クラブハウスの話をする。途中で回線の調子がおかしくなって切れて、そのまま切り上げてお風呂に入った。お風呂から出て、中橋さんとLINEでやりとりしていたらなぜかクラブハウスで実況中継モノマネをしたりしながらだらだら話すroomをすることになってくっちゃべっていたら中橋さんのゆるい繋がりも参入してきて4時ごろまでふざけあって楽しかったけど疲れた。疲れているのにさらに疲れるようなことしてどうする、と思ってかなしくなって眠る。
2月3日(水)
 わかりやすく、注射の副作用、みたいな感じがする。なにかとても気持ちの悪い夢を見て目覚める。涙が出てくる。しんどい。起き上がれない。やっといたほうが、進めといたほうがいいのだろうけど今日はほんとうに動けない、と思ってnotionでこまかな仕事を割り振ってお願いして、ずっと横になっていた。たまに起きてトイレに行ったりごはんを食べたり。大前粟生『岩とからあげをまちがえる』、ケン・ニイムラ『ヘンシン』を布団に潜って、貪欲と太子を抱きしめながら読んでいた。森とかいう人のオリンピックやるやる駄々のニュースにもうなんの感情も湧かない。しんどさのピーク時あたりに短歌が1首できて、その短歌を軸にして「卒塔婆条項」という短歌連作が出来上がった。縦書き画像にして、ツイッターへ投下。短歌制作から縦書き画像作成、ツイートまでをすべて布団の中で行った。柴崎友香『春の庭』を読み始めた。すこし眠った。起きて、夜にスパゲティを食べた。涙が出る。しんどい。頭がぐちゃぐちゃする。眠い。だるい。くるしい。もう3日くらいお風呂に入っていないから、入らなくちゃ、と思う。『ショート・スパン・コール』94篇目はひとまず置いといて、先に95篇目をすこし書く。暗い未来の話。しんどいからすこしずつ書こうと思う。頭が思い。楽しいこと、面白いこと、愉快なこと、うれしいこと、考えられない。考えたい。『春の庭』をもうすこし読む。読んだら、お風呂に入って、たくさん泣いて眠る。
短歌連作「卒塔婆条項」 火事場かな いや卒塔婆だよ 馬鹿力出す機会なく今生を終え 冬の中にいま立っていて曇り空だから眩しい花一匁 語呂合わせで入れられた助詞煮え立てばそれがカンテラ 健やか欲の 白い服白くない服あてがってそれぞれの凸それぞれの凹 似顔絵を近影にする しばらくはカーテンの世話を焼く能もなく けん玉に蹂躙性を見出して手に持ったまま道路を歩く 言うなればみんな日記を書いていて総文字数が星に等しい
2月4日(木)
 起きる。家を出る。働く。しんどいことが続く。電話をかける。電話に出ない。メールを送る。帰る。寝る。
2月5日(金)
 起きる。返事が来ていた。ZOOMのURLをコピペしてメール。むずかしい。むずかしいな。と思いながら話す。話し終えて、どっと疲れて、すこし時間が余ったからいそいそと財布だけを持って近所のスーパーへ。なんだか普段は滅多に買わないパンでも買うかみたいな気持ちになっていて、食パン6枚切りと肉まん4個セットとナイススティックと納豆と豆腐とバターを買って帰って米を食う時間は無く肉まんをがつがつ食べていそいそと出勤。働く。働き終える。疲れた。被害者意識がつのっていて、とても良くない精神状態。ほんとうに疲れた。帰って、朝方まで眠れず。焦って寝る。
2月6日(土)
 起きる。肉まんを食べる。家を出る。働く。あたまがきゅうきゅうする。いそがしい。働き終える。疲れた。ここのところ連日夜〜夜中にクラブハウスでわちゃわちゃとしゃべっている。しゃべりすぎて喉がおかしくなりそう。でも誰かとなにかを話さないと感情がはちきれそうになる。朝方までしゃべる。眠る。
2月7日(日)
 起きる。お茶漬けと肉まんを食べる。家を出る。働く。頭の重さと共に働く。職場の環境、モノの配置や運用ルールなどが半月ほど前から毎日のようにがっちゃんがっちゃん変わっていて、慣れてきたと思ったら変わり、慣れてきたと思ったら変わり、のイタチごっこみたいになっていて、頻繁にバグみたいな動きをしてしまう。手が空を切る。その場でツイストする。視線が定まらない。でもそんなバグを何度も何度も起こしながらすこしづつ環境は整えられているような感じもしていて、いつか、いつか安定するようになるのか、ぜんぶ、とか思ったり忙しさに翻弄されて愚直に身体を動かしたり、もはや心が身体の奴隷みたいな状態でズビズバ動いていたら閉店になっていて忙しい日だった。足と腰が明確に重い。頭も重い。でもなぜか今日は昨日一昨日よりすこしは気持ちが明るくて、ばくばくとごはんを食べた。長らく気がかりだった原稿に対する処遇のメールが来ていて、開いて、読んで、ホッとした気分と「直接的な対話はついぞなかったな」「これだけコストをかけても原稿料は出ないんだもんな」といううっすらとした徒労感を感じながら、でもよかった、最悪の結果にならなくてほんとうによかった、諦めなくてよかったし最後までブチ切れなくてよかった、と思いながらビールを飲んで煙草を吸ってだらだらしていたら午前2時半になっていて慌てて家に帰る。今日は湯船に浸かってから眠る。原稿を書く時間と余力がなくてしんどい。なんとかしろ。来週中に。
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geniusbeach · 5 years ago
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絶望のパレード
 魂がうわついている。まるで自分が自分でないみたいだ。ここしばらく意識は常に前方斜め下で、歩いているのは抜け殻か尻尾のようなものである。いつから、そしてなぜそのようになってしまったのだろうか。正月にかこつけて内省的になってみる。
 昨年の初めに私家版詩集を刊行した。それまでに書き溜めた僅かな詩編を、2人の詩人と編集者、美術家とともに共著の形でまとめた。処女詩集にして全集のようなおもむきがあるけれども、自分としてはそれでよい。稲垣足穂風に言うなら、以降に自分が書くものはその注釈かバリエーションに過ぎないということだ。共著者と編集者が営業に奔走してくれ、関西の大型書店のみならず、関東の書店にも置いてもらうことができた。ありがたいことに帯には人類学者の金子遊氏が一文を寄せてくださった。個人的には、自分の高校時代からの読書遍歴を決定づけた恵文社一乗寺店に置いてもらえたこと、そしてそこで一度品切れになったことが大変嬉しかった。これで一地方のマイナーポエットになることができたという感じがある。それ以上は望まないが、この営みは細々と続けていくつもりだ。
 詩集に関するあれこれが落ち着いてからは、英語の学習に明け暮れた。一昨年は仕事で繁忙を極めており、勉強どころか読書も満足にできなかったため、それを取り戻すように必死にやった。おかげで昨年度中の目標としていた点数を一発で大きく上回ることができ、すぐに違う分野へ手を出した。次はフランス語であった。気合を入れて5000円もする参考書を買い、基礎からやり直していった。ところがその参考書、誤植があまりにも多く、解説も非常に不親切で、ページをめくるのが億劫になり早々にやる気を失ってしまった。なんとも情けない話である。新しい参考書を買う気もなくなり、漢字の勉強へシフトしたところ、こちらはうまくいった。徐々に、平日はカフェで、週末は図書館で勉強するスタイルが出来上がっていった。その間も読書は続け、昨年で40~50冊程度は読むことができた。
 秋ごろには面白い出会いがあった。実存的な不安が高まったこともあり、有休を取って哲学の道を散歩していたところ、海外からの観光客に、掛かっている看板の意味を聞かれた。訛りのある英語だったため、フランス人ですか? と問うと、そうだとの答え。自分がわずかばかりフランス語が話せるとわかって意気投合し、3日間観光ガイドのようなことをした。彼の名はムッシュー・F、ひとりで日本にバカンスに来て、東京でラグビーの試合を見たりしたとのこと。七十を超える高齢だが、つい最近まで自分もラグビーをしていたと話すエネルギッシュな人物で、全く年齢を感じさせない。パリで会社を営んでいるそうで、これが私の家だと言って見せられたのは、湖畔に浮かぶ大邸宅の写真であった。週末には森を散歩したり、湖にモーターボートを浮かべたり、馬に乗ったりしているよと言う。もちろんそれらは全て私有(森や湖でさえ!)、モノホンの大金持ちである。京都では一緒にカフェに行ったり、大文字に登ったり、うどんをご馳走したり、孫用の柔道着を探したり、旅行の手配を手伝ったりした。是非フランスにおいでと言い残し、彼は去った。それから今でも連絡を取り合っている。実に50歳差の友人ができた。
 かつて自分は、日本で日々を平穏に過ごしながらたまに外国語を話す生活を望んでいたが、今になって少しばかり叶っていることに気が付いた。仕事ではしばしば英語を使う。ただ、本音を言えば、金子光晴のように海外を旅して回りたい。学生時代に思い描いていた生活はと言えば、高等遊民か世界放浪者であった。金子は詩の中で「僕は少年の頃/学校に反対だった。/僕は、いままた/働くことに反対だ。」と言った。人間は何からも自由なのである。自分も「成績」や「評価」、「管理」などには絶対に反対である。人に指示され、その目を気にして送る生活など耐えられない......。ところが、じっさいの自分には構造の外へ飛び出す勇気がない。そもそも自分は道の外から生のスタ-トを切ったのだ。そこから正道に��るだけで精いっぱいだった。血の鉄鎖に引きずられながらもなんとか空転を繰り返した結果、保守的な思想が全身に染みついてしまった。今はなすすべもないまま泣く泣くレールの上を鈍行で走っている。窓からは、空中を並走するもうひとりの自分が見える。全てに背を向けて純粋な精神の飛翔を楽しむ自分の姿が。金子の詩友・吉田一穂は「遂にコスモポリタンとは、永生救はれざる追放者である」と言った。世界は狭量だ。自分にとっては、シュマン・ド・フィロゾフもアヴェニュ・デ・シャンゼリゼも等価である。どうにか国や所属を超越したいと強く思う。やはり勉強をし直さねばならない。
 自分の様子がおかしくなったのは10月頃からだ。一昨年度に忙殺されたせいで少なからず人間の心を失った自分は、仕事における虚脱感に苛まれていた。家における問題もあり、また昨年度新たに来た上司とは全くウマが合わず、フラストレーションも募っていた。そもそもが5年で5人も上司が変わるという異常な環境である。自分はよく耐えてきたと思う。働くことが馬鹿馬鹿しくなり、ぼーっとする時間が多くなる。そんな中、自分はある大きなミスをしでかしてしまった。それは実際大した問題ではない、誰にでも起こりうることだった。尻ぬぐいは上司とともに行うこととなった。しかし、そのミスのせいでかなり落ち込んでしまい、さらに事後対応や予防策の打ち出し方が虫唾が走るほど不快なものであったため、自分は深く考え込むこととなった。さらにそこで追い打ちのごとく転勤が告げられたため、自分はついに心身に不調をきたしてしまった。抑鬱、不眠、吐き気、緊張性頭痛、離人感、悲壮感、食欲不振……全ての事物から逃げ出したくなる衝動に眩暈がする。ある日職場で人と話している時に、どうにもうまく言葉が出てこなくなったため、何日か休む羽目になった。初めて心療内科を受診し薬をもらった。一日中涙が止まらなかった。その頃の記憶はあまりない。日々、ふわふわと悲しみのなかを漂っていたように思う。ただ、話を聞いてくれる周りの人々の存在はかなりありがたく、ひとりの人間の精神の危機を救おうとしてくれる数多の優しさに驚かされた。転勤の話は自分の現況を述べたところひとまず流れた。その際、上役が放った言葉が忘れられない。「私は今までどこに転勤しても良いという気持ちで仕事をしてきましたけどね」。他人の精神をいたずらに脅かすその無神経さに呆れて物が言えなかった。薬の服用を続け、1ヶ月半ほどかけて不調はゆるやかに回復したが、自分が何もできずに失った貴重な期間を返して欲しいと強く思う。仕事に対する考え方は世代間でもはや断絶していると言ってもよいだろう。
 労働を���揚する一部の風潮が嫌いだ。仕事をしている自分は情けない。それにしがみついてしか生きられないという点において。システムに進んで身を捧げる人間の思考は停止している。彼らは堂々と「世の中」を語り始め、他人にそれを強制する。奴隷であることの冷たい喜びに彼らの身体は貫かれている。何にも興味を持てなかった大多数の人間が、20代前半に忽然と現れる組織に誘拐され、奇妙にも組織の事業であるところの搾取に加担・協力までしてしまう。それは集団的なストックホルム症候群とでも言うべきではないか。社会全体へのカウンセリングが必要だ。尤も、使命感を持って仕事に臨む一部の奇特な人々のことは尊敬している。生きる目的と収入が合致しさえすれば、自分も進んでそうなろう。だが自分は、「社会とはそういうもの」だという諦念には心の底から反抗したい。組織とは心を持たない奇形の怪物だ。怪物は人間の心の欠陥から生まれる。ただ怪物のおかげで我々は生きられる。それをなだめすかしておまんまを頂戴しようという小汚い算段に、虚しさを深める日々。人間的であろうとする以上、この虚しさを忘れてはいけない。
 どうしようもない事実だが、労働によって人の心は荒む。労働は労働でしかない。肉体を動かすことによる健康維持という面を除けば、それ自体、自己にとっては無益なものだ。勤労意欲のない文学青年たちはいかなる生存戦略を以て生活に挑んでいるのか。彼らの洞窟を訪ねて回りたいと思う。現代には、彼らのように社会と内面世界を対立させたまま働き消耗する人々がいる。ある経営者がその現象を「ロキノン症候群」と呼んでいた。芸術に一度でもハマったことがあるような人々がそうなのだという。しかし彼らも納得はいかないながら、どこかで折り合いをつけて頑張っているはずだ。自分は彼らに一方的な連帯感を覚える。来る亡命に向けて、励まし合っているような気さえするのだ。世間様はきっと我々を馬鹿者だと罵るだろう。「なんとでもいはしておけ/なんとでもおもはしておけ」と、山村暮鳥の強い声が聞こえる。目に見えるものだけを信じるのもいいが、それを周りに強いてはならない。我々は今、ようやく開けてきた時代を生きている。だが認識は未だ模糊としている。完全な精神が保証される世界からすると、まだまだ古い時代なのだ。人間の姿を見失いがちな現代に対して言えるのはただ一つ、みんなで一緒に幸せになろう、ということだけだ。
 さて、年末に3日間の有休をぶち込んだので年末年始は12連休となった。天六で寿司を食べ、友人宅に入り浸ってジャークチキンをむさぼった。ポルトガル料理に舌鼓を打ち、サイゼリヤで豪遊した。特に予定を立てずに、ひたすら酒とコーヒーを鯨飲する毎日であった。心身の不調はマシになったものの、不運が続き、人と会わなければどん底に落ちると思った。それはまるで自分という神輿を中心にした絶望のパレードのようだった。
 休みの初日、ふと思い立ち、生き別れた父親の所在を探るべく、戸籍を請求してみた。私は父親の顔も名前も知らなかった。さほど興味がなかったというのもあるが、これまで家族に問うても曖昧な答えしか返ってこなかったのだ。働き出してからしばらくして、親戚から聞いたのは、父親は母親と同じく耳が聞こえなかったこと、暴力をふるう人間であったことの二つだけだ。養育費が払われることはなかったともどこかで聞いたような気もする。いずれにせよクズのような人間であったことは疑いようもない。生まれてから会った記憶もなく、不在が当たり前の環境で育ったため、会いたいと思ったことはほとんどない。ただ、自分の身体の半分が知らない人間の血によって構成されていることに何とも言えない気持ち悪さを覚えていた。というのも、顔は母親似だと言われるが、色覚異常の遺伝子は父親から受け継いだものであり、おかげで少年はある夢を断念せざるを得なくなったからだ。その「不可視の色」を意識するたび、自分の身の内には不在の存在がかえって色濃く反映された。違和感は自分が年を重ねるごとに増してゆくような気がした。そのため、せめて名前と消息だけでも知っておこうと思い、今回ようやく役所に出向いたのだ。職員に尋ねたところ丁寧に教えてもらえた。自分の戸籍から遡れば簡単に辿ることができる。しばらくして数枚の紙きれが手渡された。そこには聞きなれない苗字が書かれてあった。そして、案外近くにひとりで住んでいることがわかった。ふーん。何か虚しさを覚えた。自分は何がしたかったのか。カメラを持って突撃でもすれば面白いのかもしれない。ネットで調べてみると同じ名前の者が自己破産者リストに載っていた。そうかもしれないし、そうではないかもしれない。結局自分には関係のないことだ。じっさいこの文章を書いている今、父親の下の名前をまったく忘れてしまっている。思い出そうとしても思い出せないのだ。
 旅行前日の夜中に家の鍵をなくした。普段ほとんど物をなくさないのでかなり焦った。約4㎞の距離を3往復し、交番に駆け込むも見つからず。最後に寄ったコンビニの駐車場を這うように探し回ったところ、思いがけない場所で発見し安堵した。寒くて死ぬかと思った。自分は落とし物を探す能力には自信がある。物をなくさない、などと言いながらイヤホンのイヤーピースはこれまでに3度落としたことがある。しかし、その都度血眼になって道端から救出してきたのだ。今回見つからなかったら自分はどんなに落ち込んでいただろう。2時間も無駄にしてしまったが、とにかく良かった。もうお洒落を気取ったカラビナは使わない。
 中学時代の友人3名と有馬温泉に行った。ここ数年、年末の旅行は恒例行事となっている。とはいえこの4人で遊ぶために集まるのはおよそ10年ぶりだ。有馬は京都から車でおよそ1時間半。温泉街は観光客でごった返している。外国人も多い。昼飯にカレーを食べ、しばしぶらつく。細く入り組んだ坂道が続く。公園には赤く錆びついた蛇口があった。飲用可能な鉄泉だったが、衝撃的な味に顔がゆがむ。血だ。その後、目当ての温泉旅館に行くも臨時休業であった。どこの湯も混雑しており、20分待ちがザラだった。日帰り湯の看板が出ていないホテルにダメもとで聞いてみると、幸運にも入れるとの答え。客もほとんどおらず、金泉をこころゆくまで楽しめた。歩き途中、炭酸せんべいを土産に買う。特徴のない普通のせんべいだ。ここで一旦宿に戻って車を置き、再びタクシーで温泉街へ。鉄板焼き屋でお好み焼きを食べ、銀泉に入る。顔がツルツルになった。宿はそこからかなり離れた山裾にある合宿所のようなところだった。嫌がるタクシーに乗り込み、外灯のない急坂を登る。受付には緩い感じのおじさんがいて、懐かしさを覚える。鍵を受け取り、宿泊棟へ。一棟貸しなので騒ぎ放題だ。大量に仕入れた酒とつまみと思い出話で深夜までウノに耽った。翌朝気が付いたのは隣の棟の声が意外とよく聞こえるということだ。大声、というか爆音で昔の先生のモノマネやらツッコミやらを繰り返していた我々の醜態は筒抜けになっていたようだ。棟を出る時に同年代くらいの若者と鉢合わせてかなり気まずかった。ここにお詫び申し上げる。この日は朝から中華街へと移動し、料理を食らった。鰆の酒粕餡かけという聞きなれない一皿がめっぽう美味かった。バリスタのいるコーヒー屋でエスプレッソを飲み、だらだら歩いて旅行は終了。京都に着いてからなぜか3時間ほどドライブし、大盛の鴨南蛮そばを腹に入れてから解散となった。
 大晦日は友人宅で蕎麦をご馳走になってから鐘を撞きに行き、深夜まで運行している阪急で松尾大社へ。地元の兄ちゃんが多い印象。社殿がコンパクトにまとまっていて良かった。おみくじは末吉だった。年明け早々、以前付き合っていた人が結婚したことを人づてに聞く。めでたい気持ち半分、複雑な気持ち半分。元日は高校時代の友人3人と四条で酒を飲むだけに留まる。2日は友人らと蹴上の日向大神宮へ。「大」と名づくが割合小さい。社殿の奥には天の岩屋を模したと思しき巨大な岩をL字型にくりぬいた洞窟があり、潜り抜けることができる。いつ作られたものかは不明だそう。暗闇を抜けて日の光を再び浴びる時、不思議にもスッキリとした感覚になる。ここでもおみくじは小吉だった。その後は下鴨神社の露店を物色し、ケバブとヤンニョムチーズチキンなる悪魔のような食べ物に枡酒で乾杯。旧友と合流し、深夜まで酒を飲み、コーヒーで〆。怒涛のアルコール摂取はここで一旦落ち着いた。
 3日、昼に起きる。夕方ごろ喫茶店に行くもぼんやりして何もできず。3時間で本のページを3回めくったのみ。その帰りがけに初めて交通事故を起こした。自分は自転車に乗っていたが、考え事ごとをしていたかそれとも何も考えていなかったか、赤信号の灯る横断歩道の真ん中で車に真横からはねられて、初めて意識が戻った。即座に状況を理解し、平謝りする。非常に幸運なことに怪我も物損もなく、さらには運転手が気遣ってくれたおかげで大事には至らず、事故処理のみしてその場を後にした。自分はあまりにぼーっとしすぎていたのだ。赤信号はおろか、横断歩道があることさえも気づいていなかった。完全にこちらが悪い。ただ、こんなことを言ってはヒンシュクを買うだろうが、何か自分のせいではないような気もした。昔、轢かれたことのある友人が、「車は鉄の塊、人なんて無力」と言っていた。生と死は笑えるほどに近い。車の同乗者には、生きててよかったなぁ! と半ば怒った口調で言われた。果たしてそうなのか。苦しんで生きるか、知らぬ間に死ぬか、どちらが良いのか。よくわからない頭のまま先輩の家に遊びに行き、帰ってからおみくじを捨てた。馬鹿にもほどがある。
 “WWⅢ”がツイッターのトレンド入りした日に、リニューアルしたみなみ会館で映画「AKIRA」を見た。第三次世界大戦で荒廃・復興した2020年のネオ東京が舞台である。東京オリンピックの開催まで予言されていて瞠目する。作画の緻密さと色彩の美麗さ、展開のスピードが尋常ではなく、見るドラッグのようであった。見に来ていたのは意外にも20代の若者が多かった。なぜか終了30分前に入ってきた女性3人組もいた。目がぐるぐる回って、もう何が何か訳がわからなかった。溢れそうな鍋に蓋をしたところ、その蓋の上から具が降ってきた。そんな脳内で、世界の終わりというよりは、自分の終わりという感じだった。翌日から仕事だったが、変に興奮して夜中まで寝付くことができなかった。
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blueenemydefendor · 6 years ago
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核について、重いテーマですが まとめてみました。
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核(nuclear)とは、一般的に「原子力」 を差す。
原子力(nuclear energy)とは、
原子核の変換や核反応に伴って放出される多量の エネルギーのこと。
「核」は核兵器や核燃料など軍用や燃料として、 「原子力」は原子力発電や原子力空母など商用や 動力源に使い分けられる。
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核兵器(nuclear weapon)
核分裂の連鎖反応、または核融合反応で放出される 膨大なエネルギーを利用して、爆風、熱放射や放射線 効果などの作用を破壊に用いる兵器の総称。
原子爆弾(atomic bomb)、水素爆弾(hydrogen bomb)、 中性子爆弾(Neutron bomb)等の核爆弾(核弾頭) とそれを運搬する運搬兵器で構成されている、
いわゆる大量破壊兵器である。
原子爆弾の爆発力でもTNT火薬換算でキロトン(kT)、 すなわち化学反応による爆弾(~kg)の100万倍の 爆発力であり、水素爆弾になるとさらにその1000倍の メガトン(MT)の規模である。
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核保有国
核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有の資格を国際的に 認められた核保有国は5か国です。
アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国。
それ以外(NPT非批准)の核保有国は3カ国。
インド、パキスタン、北朝鮮。
認めてないがイスラエル。
核実験を公式に成功させた国は8カ国である。
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核戦力
1950年代になると、ソ連も核兵器を保有するようになり、 また弾道ミサイルが開発され、米本土が核の脅威に さらされるに至った。
そして核抑止が提唱されるようになった。
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核戦争
広島長崎は16キロトン、今の原爆は3000倍の威力。
核兵器廃絶組織「ican」は全ての核をあわせると 17300発もの存在がある。
特にロシアは8500発もある。
アメリカは7700発。
地球上の全ての核爆弾が爆発したら、何が起こるか?
https://www.youtube.com/watch?v=CsILjZy7dpI
この11分の動画では、核の脅威と想像を絶する破壊力、 地球が壊滅されるまでを的確に描いています。
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核抑止 核武装
いかに核兵器の使用を防ぐかについて。
核兵器をより確実に使用できるようになれば、 核兵器の先制使用によって生ずる利益が 小さくなる。
よって核兵器は使用されにくくなり、核抑止を 実現できる。
現状より強力な武力を用いると脅しをかけることで 他国に圧力をかけることができた。
ベトナム戦争で実証されたように、米国は 北ベトナムよりはるかに巨大な力を持っていた にもかかわらず、北ベトナムを屈服させることは できなかった。
一方で、新たに第三世界への核拡散や、 テロリストに核兵器がわたる危険性などが 生じてきた。
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核拡散防止条約「NPT」
(Treaty on the NonProliferation of Nuclear Weapons)
核拡散を抑止することを目的として、 1963年に国際連合で採択された。
条約では、全加盟国を1967年1月1日の時点で 既に核兵器を保有している国(保持を許された 核兵器国)であると定められたアメリカ、ロシア、 イギリス、1992年批准のフランスと中国の5か国と、 それ以外の加盟国(保持しておらず、また許され ない非核兵器国)とに分けられる。
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核五大国は「署名しない」 
IAEA(国際原子力機関)総会 禁止条約を非難
核兵器禁止条約が圧倒的多数の賛成で成立した。
IAEA最大の任務は核拡散防止条約(NPT) に基づく監視。
日本は非保有国ですが「署名しない」と明言した。
核保有国と非核保有国の協力の下で核廃絶を目指す という。
2020年には、NPT(核不拡散条約)再検討会議 があります。
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日本の核保有
日本においては、日米安全保障条約とともに米国から 「核の傘」を提供してもらうことによって核抑止力を 得てきた。
非核三原則は、
「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」
という三つの原則からなる、日本の国是である。
だが、非核三原則は国会決議ではあるが法律や条約 ではない。
「自衛権の範囲内であれば核保有も可能である」
という憲法解釈も成り立つ。
日本の核武装が実現する可能性
試算によれば核弾頭(原爆)付き巡航ミサイル200-300基と、 専用の駆逐艦及び潜水艦約30隻の建設と運用にかかる軍事 予算は年間1兆円となっている。
日本はM-Vロケットに代表される固体燃料ロケットの技術を 保有している。
「攻撃に使える兵器」という意味でなら、核でなく青森県 で貯蔵されている使用済み核燃料やプルトニウムを兵器に 積み込み使用も可能だ。
日本はプルトニウムを約47トン蓄積し、早晩、兵器化 されうるものとして周辺国などは神経をとがらせている ようだ。
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日本の防衛
日本のミサイル防衛システムは日本海のイージス護衛艦が 艦対空ミサイル「SM3」で迎撃し、撃ち漏らしたら地対空 迎撃ミサイル「PAC3」で対処する二段構えだ。
いずれも高性能の誘導ミサイルで、超音速の弾道ミサイル を迎撃できる。
PAC-3(Patriot Advanced Capability3)
地対空ミサイル・パトリオットを改良し、弾道ミサイルの 迎撃に特化させた地対空誘導弾の通称。
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日本では07年に航空自衛隊への実戦配備が開始された。
北朝鮮から事実上の長距離弾道ミサイル発射を予告された 09年、12年には、航空自衛隊が期間限定で首都圏や沖縄県 などへの配備を行っている。
イージス護衛艦を複数動員したとしても弾道ミサイルを連射 されれば、いずれSM3は尽きる。「最後の砦」がPAC3なのだ。
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北朝鮮の脅威
北朝鮮の核・ミサイル問題は日本の国防を現実感を もって考える、絶好の機会となるだろう。
今、北朝鮮の核武装というと専ら核弾頭と大陸間弾道 ミサイル(ICBM)に焦点が当たる。
しかし、日本の立場からすると、既に北朝鮮が200基 以上を実戦配備している核搭載可能な中距離ミサイル 「ノドン」が深刻な問題である。
ノドンは最大射程1500キロでアメリカには届かないが、 日本全域をカバーする。
そして実質的には、日本に向けられたミサイルである。
仮に日本がノドンによる(核)攻撃を受けたとして、 アメリカが本土配備の戦略核をもってでも日本を防衛 するかという問題、いわゆる「デカップリング」が 提起されてきた。
だが、アメリカとの同盟は「運命共同体」 という訳ではない。
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北朝鮮の現状
北朝鮮による弾道ミサイル発射は、国連安保理決議で 禁止されている。
保持しているミサイルが、北朝鮮で最も大型の固体 燃料式ミサイルだということが深刻な問題だ。
固体燃料ミサイルは、液体燃料を用いたものよりも優れて いる。
より高い反応性や柔軟性があるほか、液体燃料式のような 大掛かりな燃料注入や事前準備は不要だからだ。
通常よりも角度をつけて高く飛ばす「ロフテッド軌道」で 発射されたSLBMは、高度は約910キロにまで達した。
もし通常の軌道であれば、飛行距離は大幅に伸びることとなる。 専門家は、約1900キロに達する可能性があるとしている。
北朝鮮は、すべての長距離ミサイルの発射実験を中止する 前までは、SLBMの技術開発を行っていた。
アメリカと北朝鮮による非核化協議再開を目前に行われた SLBMの発射実験により、北朝鮮が強い立場で交渉に臨めると 考えていることが分かった。
そして、核開発における信頼できる制限を設けることが できるのか、あらためて疑いが生じた。
非核化協議は、今年2月ベトナム・ハノイでの金委員長 とドナルド・トランプ米大統領との2回目の会談が 物別れに終わって以降停滞している。
ついで2019年6月30日に板門店で50分行われたが、 会談ではなく面会としている。
北朝鮮側はこれまで、非核化協議進展の前提として制裁 解除を要求してきたが、トランプ氏はいずれは解除したい が今は継続すると述べた。
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対抗姿勢
軍事衛星は、アメリカでは100数十機以上、 日本には7機が運用中である。
軍事用の偵察衛星はいずれも「脅威のある場所」を 恒常的に偵察できる軌道に投入、朝鮮半島を偵察、 ミサイルの発射を事前に捉えられる。
韓国には1機もないので、諸外国に貸与を懇願したが 偵察衛星を貸せないどころか、映像の貸与や販売も できないと、けんもほろろの応対を受けたという。
北朝鮮のミサイルに対抗する手立てが、韓国には全く ない。
したがって対北ミサイル防衛は丸裸である。
唯一の希望は在韓米軍が配備する高高度防衛ミサイル 「THAAD」だけだ。
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そんな状況で、GSOMIA(軍事情報に関する包括的保全協定) の破棄をしたがった韓国。
米国からきついお達しがあったからだろう、期日直前で 破棄を延長した。
レッドチームに入りも考えられた韓国本土防衛の望みは 暗い。
危機感の無さには呆れるばかりだ。
北朝鮮は、韓国と日本のGSOMIA維持に対して 「許しがたい民族的犯罪」だと批判した。
GSOMIAは今のところ継続しているが、韓国側は 輸出規制の報復としているのでいつでも解除できる と言っている。
そんな矢先、11月28日に弾道ミサイル(ICBM)が 北朝鮮から発射されたのである。
今年に入ってから13回目、25発目だ。
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韓国への輸出規制
フッ化水素酸の役割と重要性
半導体製造には無くてはならないものだ。
超高純度フッ素水素酸(フッ化水素水溶液) について。 その純度は、12N(99.9999999999%)という 最上級レベル。
フッ化水素酸を12Nレベルで製造・供給できるのは 世界でも3社しか無く、 日本のステラケミファ、森田化学工業、そして ダイキンである。
特殊性は原子��用途  軍事関係技術で、遠心分離機に かけて濃縮すれば高濃度放射性ウラン、つまり原発や 原爆に使える高純度材料の出来上がる。
韓国が日本から輸入している軍事に関わる材料が 北朝鮮やイランなどに流れるているでのは? との疑念が持たれ、その結果「輸出チェック厳格化」 の対象となった。
あくまで「安全保障上」の問題である。
これは禁輸ではなく今まで友好国のよしみで優遇して いたのを本来の待遇に戻しただけです。
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【ワシントン共同】
米紙ワシントン・タイムズは11月26日、 中国が米国のほぼ全域を射程に収める 最新の多弾頭型大陸間弾道ミサイル(ICBM) 「東風41」の発射実験を22日に行ったと報じた。
昨年5月以来となる。
米国にミサイルを落とせるんだぞ!? という事だ。
あたかも北朝鮮だけが危険かのような報道 ばかりがなされていたが、実際に危険なのは 全ての核保有国だ。
つまり米露中すべてが危険な国だ。
そんな国々に日本は囲まれている。
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日本の政界やマスコミに中国共産党による 浸透工作が成功しているといわれている。
国家存亡の危機をしっかりと認識すべきである。
直ちに「憲法9条改正」に着手できなければ 国家の危機は増すと言えるでしょう。
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ローマ教皇の広島長崎訪問
教皇フランシスコは11月24日、被爆地の長崎、広島 両市を訪問し、被爆者の冥福を祈るとともに、 平和と核廃絶を訴えるスピーチを行った。
教皇として故ヨハネ・パウロ2世以来、38年ぶり史上 2度目。
74年前、人類史上初めて原爆が投下された被爆地訪問と なった。
核なき世界「可能で必要」。
「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守ってくれる ものではない」と核の抑止力を否定し、核の戦争目的 使用を「犯罪以外の何ものでもない」と主張。
個人や国家が団結して核廃絶に取り組むよう訴えた。
これに対し肯定的な意見の一方で、海外の反応は 賛否両論がある。
「北朝鮮や中国で言ってください」 「なぜ核保有してない日本で言うのか」 「抑止力になっている」
などの声がある。
核保有の是か否かは、人類進化の過程で 避ける事の出来ない宿命でしょう。
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次世代兵器
政治的リスクが高く削減圧力が強い核兵器に代わり、 「極超音速ミサイル」や 「対艦弾道ミサイル」など 通常弾頭を使用するが高速なためミサイル防衛網でも 対処が難しい兵器システムの開発が進んでいる。
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武器展示会に於いての最新兵器
11月18日から幕張メッセで武器見本市「DSEI JAPAN」 が開催された。
なかでも目を見張ったのが「ドローン・ドーム」
イスラエルのラファエル・アドバンスド・ ディフェンス・システムズ社が開発・提供する、 不審ドローンの検知・無力化システム。
地上に設置したレーダーとセンサー、光学カメラで 半径3.5キロから5キロの範囲のドローンを 識別できる。
ドローン・ドームは低空を飛ぶ小型のドローンに 対処できるシステムで、電子・光学センサーと レーダーを組み合わせてドローンを探知し、 ジャミングによってドローンを落下させられる。
サウジの石油施設がドローン攻撃を受けた事は 記憶に新しい。
小さな核弾頭の脅威に対抗できそうです。
来年の東京オリンピックのテロ対策にも 活躍に期待がもてます。
今日から師走入り。 2020年、新しい年まであとわずかですが、 無難でよい日々で1年を締めくくられますよう 願っております。
核ミサイルから生き延びるにはどうすればいいのか?
『その日、 Jアラートが鳴った。』 https://www.youtube.com/watch?v=ZgX6MrHGZZs
判りやすく的確に核の攻撃から生き延びる術を 教えてくれています。
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2ttf · 13 years ago
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itocaci · 2 years ago
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"TOGALIMARUMI" POP UP 週末はボードゲームをみんなでやろう
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こんばんは。
4月からバタついており、ゆっくりと本を読む時間も確保できていなかったのだけど、昨日、かなりのんびりとしたペースで読み進めいた本を読み終えた。
正直、数日で読み終わるような本なんだけど、最初のお話を読んだ瞬間に、「ものすごい好み」と思ってしまい、大切にゆっくりと読んでいたということもあって、時間を取られてしまった。
こんな経験もなかなかとない。
どのお話も心に沁みて、1章毎に読み終わるたびに、心地の良い充足感を得られた。
ここ数年で読んだ中ではかなり上位にランクされる1冊。
どの話も素敵なんだけど、個人的には最初の「スタンス・ドット」と「レンガを積む」が特に好きだった。
「レンガを積む」は、レコード店主のお話なのだけど、彼が持つスキルは同じ販売員として憧れすら抱いてしまう。
観察眼、知識を駆使して、お客様が求める音を流して、紹介する。
本当に素敵だと思う。
最後の締め括りも本当に良かった。
もし気になる方がいらしたらぜひ書店で手に取ってみてはいかがだろうか。
ちなみに堀江さんは個人的にもオススメの作家さんで、これまでも多くの作品を読んできた。
もし良かったらこの本というよりは、堀江さんの本を手にしてみることをオススメしたい。
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さて、いよいよ明後日、5/18より"TOGALIMARUMI"の”POP UP”がスタートする。
今回は女性はもちろんだけど、男性にも楽しんでいただけるブランドになると思うので、ぜひこの機会に店頭に足を運んでみてほしい。
初めてお披露目するブランドの時はドキドキだ。
お客様にどんな反応があるのか。
ハマってくれるかな?
楽しんでくれるかな?
そんな不安とワクワクが入り混じったような、どこか気持ちが浮ついた不思議な感覚になる。
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結構派手なインパクトあるプリントを施した素材のアイテムから、シックな織物のアイテムまで。
素材も幅広くあるので、好みのものがあるのではないだろうか。
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このチェックのパンツなんかはとても使いやすい印象があった。
ウエストは紐で調整できたりして、裾もキュッと絞って着用ができるので、サイズも調整できてしまう。
ワイドでゆったりとしたシルエットなんだけど、ただ、ワイドなだけではなく、随所に尖り要素や丸み要素が散りばめられている。
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昨日は少し早起きして、中津の街を久々にあちこち歩いてみた。
街に潜む、尖り具合や丸み具合を探す旅。
なかなかと探すのが大変だったりしたけど、今までそんな目線で世界を見たことがなかったから、慣れ親しんだ街もちょっと新鮮な気持ちで見て回ることができた。
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まあ、結果、歩いていたら梅田まで出てしまったのだけど。
汚い言葉を使って恐縮だけど、クソつまらないと思っている梅田の北ヤードの開発���
そんな開発には多くのクレーンが使われていて、そんなクレーンの角度を見ては、あれは何度の傾きなのだろうかと推測したり。
(初めて北ヤードの開発を楽しんで見れた。)
変わりゆく雲の形に丸みを見出したり。
商店街のアーケードの角度は何度なのだろうかと推測してみたり。
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たかが小一時間の間に、多くの景色の中で尖りや丸みを探してみた。
今まで考えたこともなかった。
途中から、これはゲームだ。
そんな感覚で楽しんでしまった。
さて、そんなゲームの話をしたところで、せっかくなのでデザイナーの大小さんを紹介したいと思う。
大小さんは、大阪出身で、現在は群馬の桐生という街で「ふふふ」というオープンアトリエ兼ボードゲームカフェを開いている。
地元の方から遠方の方まで。
共にゲームしながら時間を過ごせる環境を桐生という街に作った。
(申し訳なことに僕はまだ伺えておらず、今月末にPOP UPで初めてお邪魔させてもらいます。)
僕もこのお店は服をメインとして扱っているけど、服に関わる周辺のことや全く関係ないことをいつもお客様とダラダラと喋ってしまう。
まあ、僕はお店ってそおゆうコミュニケーションの発生する場所だと思っていて、これはオンラインではなかなかと発生しないものだと思っている。
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そんな人と人が集う場所を群馬の桐生に立ち上げた大小さん。
その視点や発想は昔からユニークで、そんな視点が私たちに今までになかった新たな視点を与えてくれる。
実際に昨日の僕が街の新たな楽しみ方を見つけたように。
もちろん服なので、似合う・似合わない、好き・嫌いはあるけど、この大小さんの服に触れることだけでも体験してみてほしい。
今回はそんな思いのもと開催をさせてもらう。
きっと、帰り道。
家の近所で尖り具合や丸み具合を見つけて楽しんでしまうのではないだろうか。
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さて、そんな"TOGALIMARUMI" POP UPだけど、週末はデザイナーの大小さんも来てくれる。
そして、せっかくなので、大小さんにはオススメのボードゲームも持ってきてもらうことにした。
桐生の雰囲気とは違うけど、少しでも大小さんのことを知ってもらえるかなぁと。
なので、週末は服を見て、ボードゲームをして楽しんでもらえると嬉しく思う。
多分、僕、ボードゲーム強いと思うんだよなぁ。笑
そんなわけで、王者である僕を倒しにぜひいらしてみてはいかがだろうか。
改めてイベントの詳細だ。
〔 "TOGALIMARUMI" POP UP 〕
日時:5/18 (木) 〜 5/23 (火)
時間:13:00 〜 20:00 (18日は15:00〜)
会場:itocaci
※ 5/20,21 デザイナー在廊予定
それでは期間中、みなさんとお会いできるのを楽しみにている。
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それでは次回もお楽しみに。
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kkagneta2 · 6 years ago
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陽昇(草稿)
タイトルの読み方は「ひのぼり」です。つまりサンライズです。
「十号車、十号車、十号車、…………あ、ここだよ、お兄ちゃん、ここ、ここ!」
「わ、わかったから、引っ張らないでくれ! 荷物が。………」
「-------でも、どっちから入ったらいいんだろ。…………ま、どっちからでもいっかな。」
数字の小さい車両側からホームを登ってきた初希は、乗り込み口にたどり着くとようやく歩みを止め、手を引いている倖希の方に振り向いた。
「って、お兄ちゃん大丈夫? 一体誰に右手をやられちゃったの?」
見ると、キャリーケースやらトートバッグやらコンビニ袋やらを全て持たされているというのに、家を出てからずっと左手を妹に取られ無理やり歩かされてきた兄が、少し不満そうな顔をこちらに向けつつぷらぷらと右手を振っている。
「まったく、すこしは落ち着いてくれ。手がちぎれるだろ」
「ごめんごめん。ちょっと盛り上がっちゃって。------でも、こんな時間に大阪駅にくるなんてはじめてだからしょうがないよ。お兄ちゃんだって、実は盛り上がってるでしょ?」
「いや、まぁ、………たしかにそうだけど、さぁ。…………」
倖希は未だに不満そうな顔をしているが、確かに初希の言う通りである。彼はこんな風に日が変わった頃合いになるまで大阪駅に居たことは何回かあるものの、やはり日中には感じないその独特な雰囲気にどこか興奮を禁じ得ないのであった。だがこの日ばかりはそういう幻想的な理由だけから興奮を感じていた訳ではない。と、云うのも、実家へと一週間ほど帰省していた彼は、これから香川県高松市の高松駅を数時間前に発った寝台列車に乗り込み、東京へ向かい、そして下宿先へと戻るつもりなのであるが、その道すがらずっと妹であり恋人である初希が着いてきて、しかもその後ほんの二三日ではあるが愛する彼女と、家族というしがらみを取っ払って過ごそうと、そういう計画を立てているのである。本当は一人で新幹線を利用する帰省の予定だったのが、友達の勧めで寝台特急に乗ることに変わり、その上なぜか初希がどうしても、どうしても一緒に着いていきたいと言うから仕方なく、仕方なく、本当に仕方なくバイト代を切り崩して連れてきたのであるが、これほどまでに嬉しそうな妹の顔は久しぶりで、これからそんな彼女とほんの数日間とは言え二人きりで過ごせると思うと、気をつけなければつい笑みがこぼれてしまうほどに、悦びが心の奥底から湧き出てくるのであった。
「------寒くない?」
「全然っ。むしろさっきの待合室の中が暑かったから、今がちょうどいいくらい。------お兄ちゃんは?」
「俺はめちゃくちゃ寒いんだが、ちょっとその元気を分けてくれ。…………」
「えー。………お兄ちゃんまだ二十歳なのに。-----」
そうやって呆れつつも初希がキュッと手に力を込めてくる。倖希はこんな、照れ隠しのような妹の優しさが好きで好きでたまらなく、毎度のことながら頬を赤く火照らせてしまい、彼女に悟られまいと壁にある広告に目を向けたのであるが、ふいに視線を感じて下を向くと、初希が眼鏡の奥から得意げな眼でこちらを見てきていた。--------本当に大人びてきたものである。いつも今日みたいに我儘を通したり、いつも今みたいにグッとくる仕草をしてきて、顔立ちも美人というよりは可愛いさの方が強いのだけれども、少しおっとりとした目元や、流れ落ちる水のやうに癖のない髪の毛や、真紅が横にすうっと伸びた薄い唇やらには、並の少女では身につけられぬ気品があり、ただただひたすらに麗しい。しかもその上、暗い紫色の眼鏡をかけているせいで知的な、…………いや実際にとんでもなく頭が良いので「見える」なんて言うとひどい状態にされそうだがとにかく、股が疼くほどの知的な雰囲気を身に纏っている。昔は何かあればすぐ泣きべそをかいて、お兄ちゃん、お兄ちゃん、と手を伸ばし抱っこをせがんでくる幼い(いとけない)女の子だったのに、気がついた時にはすでに可愛らしい少女となり、そして今では立派な淑女へと成長しようとしているのであろうか。自分にはいつまで経ってもあの、負けず嫌いで泣き虫で兄にすら牙を剥く面影がちらつくけれども、初希ももう高校二年生、それもあと二ヶ月しないうちに三年生へ上がる年齢なのだから、いつまでもそんな幻影を彼女に重ね続けてはいくら妹とは言え失礼であろう。いい加減、彼女の成長を認め、そして、いつかは離れていってしまうことに覚悟を決めなくては。……………そんなことを考えていると倖希は途方もなく寂しくなってしまい、つい右手を彼女の頭にやるとそのまま優しく撫でていた。
「うん? なに?」
「いや、大きくなったなって」
「ふふん、そりゃそうよ。もうKよK。----っていうか、お兄ちゃんに揉まれてから大きくなるの止まんないんだけど。………」
初希が空いている方の手で豊かに育ちつつある自身の胸元を撫でながら困ったようにそう言うので、倖希はどこか勘違いされた気がするのであるが訂正するのも面倒だし、昨夜も精を搾り取ってきたその膨らみに一度目を奪われてしまっては考えも何処かへ吹き飛んでしまい、何をするのでもなくただ妹の頭を撫で続けていた。ふと気になって見渡してみると、駅のホームにはまばらとは言え意外にも電車を待っている人がちらほらおり、そういえば先程の待合室の中は一つ二つしか座席が空いてないほど一杯であったことを思い出すと、恐らく自分たちと同じように寝台列車に乗ろうとしている人が沢山居るのであろう。よく考えれば今日は三連休前の金曜日、…………いや、もう日は過ぎたから三連休初日の土曜日なのだから当たり前と言えば当たり前である。が、それにしてもこんな時間から電車に乗るのには一種の違和感というか、躊躇というか、何かロマンティックな物語の主人公の気分というか、何か黄泉の国へ連れて行かされるような気分というか、そういう不思議な気持ちを起こさせる何かがあるような気がする。なるほど確かに、友人の言ったとおりこの感覚は癖になりそうだ。---------
「あっ、お兄ちゃん、そろそろだよ、-------」
初希がそう声を出すと間もなく、ホームにいつも聞くチャイムが鳴り響き、周りの者たちがざわざわと賑わい始めた。家族連れはぴょんぴょん飛び跳ねる子供の世話に追われ、男女の組は変わらず話し合い、カメラを片手に持っていた者は皆線路脇で構えている。
「お、やっとか。いまさら遅いけど、忘れ物してないよな?」
と、倖希はそう妹に聞こうとしたのであるが、間が悪くちょうど「忘れ物」あたりで寝台列車が、ゴォッ………!、という音を立てて入ってくる。しかし初希にはちゃんと聞こえていたのか、
「もちろんもちろん。お兄ちゃんこそなにか忘れ物してない? この前充電器忘れたー! って言って大騒ぎしてたけど」
「あぁ、うん。たぶん大丈夫、………なはず。-----ま、いいや、乗ろう乗ろう」
かなり訝しんだ目で見られているうちに列車の扉が開いたので、倖希は一向に離してくれる気配のない力強い手を引いて、でもやっぱり、忘れ物をしているような気がして足が止まりそうになったが、言うと初希にどれだけいじられるか分からないので、空に浮かんでいるであろう綺麗な三日月を一瞬間眺めてから、黙って列車の中に入った。
  寝台列車というものは大方どの車両も一階部分と二階部分に分かれており、彼らが乗り込んだ車両では一階に二人部屋が、二階に豪華な一人部屋があるのであるが、その二人部屋というものは小さなベッドが二つ、人がひとり通れるか通れないかの隙間を隔てて配置された、例えるならホテルの一室を限りなく小さく且つ余分なものを削ぎ落としたような部屋であった。二人は列車に乗り込むと、まず狭い階段を下りて、狭い廊下を渡って、開け放しにされている部屋を見つけて、これが俺たちの部屋じゃないだろうかと思って切符を確認すると、案の定そうだったので、荷物を半ば押し込むようにして入れつつ自分たちも入った。するとその時ちょうど列車が動き出したらしく、扉を閉める際に廊下にある窓をちょっと覗いてみると、駅のホームがゆっくりと動いていくのが見えたのであるが、それはそれでワクワクする光景だけどまずは、まずはと思い扉を閉める。ここでようやく初希が手を離してくれる気になってくれたのかその力が弱くなったので、名残惜しくなりつつ両手を自由にすると、コートやら何やらを壁に吊るしてとりあえずベッドに腰掛け一息ついた。そうやって、兄の方は束の間の休息に胸をなでおろしていたのであるが、同じようにベッドに座った妹の方は興味津々に、ベッドの頭側にある謎のスイッチやら何故か付いているラジオのつまみを、時々歓声を上げつつ弄って(いじくって)いる。と、急に結構大きめの窓を遮っていたカーテンが上がり始めたのを目にするや、今度はそっちに食いつき、���々に見えてくる外の景色に感嘆の声を上げ始めた。
「お、お、お、………わお。…………」
そう言うと窓枠に手をかけてさらに車窓に見入る。
「すっごい。…………ええやん。………ええやん。…………」
そして初希は、カーテンが上がり切る頃になるともう声をも出さず、目を見開いて窓の外を眺めるようになったのであるが、しばらく無言であった倖希もまたその移り変わっていく景色、-------たった一台の車のために色を変える信号機、読む者も居ないのにぽつりと立つ標識、住宅街の上を駆け抜けている電線、淡く光るように街灯に照らされている道路、夜空に点々と輝き星座を描く星々、……………そしてそれらをどこか物悲しい顔つきで見入る妹、------などなどに心を揺さぶられ、やはり違う世界へ連れて行かれたのではないのかという気分になると、自身も妹と同じように窓辺に手をついて外の景色を眺めた。今見ている街並みは、まだ大阪のものであるのに、普段見慣れているはずなのに、二年前まではここで暮らしていたというのにいまいち現実味が湧かず、隣に居る初希の存在を感じていると本当に恋人とどこか遠くに駆け落ちしているような、そんな錯覚さえしてくる。果たしてそう思うのは、生まれ育ったこの地から離れようとしているからなのか、それとも儚い表情をしてをられる彼女の佇まいに当てられたのか、はたまたぼうっと辺りを照らしている街灯に哀愁というものを感じたのか、いずれにしてもいたく美しい光景が車窓には広がっている。--------
「確かにこれは、いいな。いいぞ。…………」
二人のあいだにはこの言葉を最後に、しばらく電車が線路を走る音のみが響いていたのであるが、倖希が咳払いをしたのをきっかけに手をもじもじさせ始めたので、それがどういうことを意味しているのか知っている初希は、一つ、くすっと笑うと、絡まり合っている手のうち自分に近い方を奪ってやる。すると案の定、隣に居る兄から力という力が抜けていき首もがっくりと項垂れていったけれども、気がついた時にはあの、苛めてほしそうな優しい顔でこちらを見てきていた。
「こ、--------」
が、初希が口を開けたその時、コンコンコン…………、と扉をノックする音が聞こえてきた。
「あっ、はーい!」
すかさず倖希が反応すると、ガラリと言う音と共に扉が開き、
「すみません、乗車券の方を、-------」
と、言いながら嫌に朗らかな笑顔をした乗務員が部屋に入ってくる。-------どうやら切符を見せないといけないらしい。そうは理解していても突然のことだったので、すっかり自分の世界に浸っていた初希は一瞬固まってしまい、そのうちに手を離されてしまった。
「はい、どうぞ~」
さっと財布を取り出し、その中から切符を抜き取った倖希が朗らかに言う。自分だってあんなに哀しそうな顔をしていたというのに、なんだその変わりようは、------と少しムッとする初希であったが、私も切符を見せないといけないんだろうな、………と思い、気持ちを切り替えてベッドに座ったまま自分の荷物に手を伸ばす。
「あ、もう大丈夫です。ではごゆっくりどうぞ。-------」
「へっ?」
私のは見なくていいんかい、と、初希は心の中で言ったのであるが、本当に見せなくても良かったらしく、手を空に迷わせているうちに扉はガラガラガラ…………トスン、という音を立てて閉まってしまった。---------
「びっくりしたなぁ。………」
「うーん。…………あー。………………」
「初希?」
「なんか、あれだね。あれ。そう、あれ。………………」
「あれ?」
「そう、あれ。うん。あれ」
初希は根本から折れたようにベッドに寝転がってしまっているのであるが、その返事は全くもって要領を得ていない。たぶん、雰囲気無くなっちゃったね、…………と、本当は言いたいのであろう。倖希はそんなことを思いながら、もう一度ベッドに座ろうと一歩踏み出したその時、ポキっと折れていた妹の体が突然跳ねるようにして起き上がった。
「うおっ! なんだなんだ、---------」
「お兄ちゃん、ちょっと探検しようよ、探検!!」
「えっ、………」
「行こう行こう。雰囲気無くなっちゃったし、それにさっきちらっと見えた向こう側の車両、めっちゃ良かったやん、なんか非日常的で。ねぇ、行こうよー。…………」
「えー。もうちょっとゆっくり、--------」
そう言いかけたところで、初希がこちらの手を取って引っ張り始めたので、こうなっては妹が止まらないことを知っている彼は、そろそろ開けようと思っていたお酒やらお菓子やらが入ったコンビニ袋をその辺に投げ捨てグイッとその手を引き、彼女を立たせてやる。
「お兄ちゃんのそういうところ、大好きだよ」
「はいはい、------それじゃあ、行きましょうか、お嬢様。」
「ふふっ、なにそれ。つまんない。--------」
と言いつつも、くすくすと笑う初希の手を引っ張って足を踏み出した倖希であったが、部屋を出る頃にはもう妹の背中を追いかけるようになっていた(そんなスペースは無いから微妙。もう少し現実に即するように書き直す?)。
  ぐいぐいと手を引かれて行くと車両の連結部に出て、そこにはこれと言った物が無かったためあまり特別な印象は抱かなかったのであるが、倖希はそんなことよりも妹が楽しそうでなりよりであった。なぜかと言って彼が実家へと帰省したのは、初希がしなびてるから元気づけてやってくれ、どうせあんたが原因やろ、と母親から連絡があったからなのである。しかしそうは言われても当初、普段から妹とはよく通話するし、何よりその日も彼女の元気な声を聞いていた倖希はいまいち実感が湧かず、母親には、濡れ衣や、とだけ返したのであった。が、今まで弱音らしい弱音を吐いてこなかった初希のことだから自分の前では強がっているかもしれないと思うと、どうしても気が気でなくなってしまい、試験という試験全て乗り越え、レポートというレポートを全て提出し終えたらすぐ実家に帰ろうと、そういう予定を割と早くから立てていたのである。それでどうやら悪いことに、倖希のこの読みは当たっていたらしく、日を追うごとに普段の通話から沈黙の時間が増えていったので、余りにも妹を心配した彼はレポートを一つ放棄してまでして、予定より一日早く実家へと帰省したのであった。で、帰ってきてみると笑顔の初希に抱きつかれ、お土産をぶんどられ、いつもの調子でコロコロと転がされ、なんや元気そうやないかと若干損した気分になったものの、こちらを見てははにかみ、こちらに引っ付いてきては撫でるような声を出す様子には、どこか上滑りしているような印象を受けた。それに何と言っても片時も離れないのには、さすがの倖希もうんざりとした。けれどもそうやって、いつも以上に引っ付いてくるということは、妹をえらい寂しがらせていたということに違いなく、申し訳無さと愛おしさから相手をしてやっていたのであるが、じきに日が変わりかけてきたのでそろそろ寝ようと思い、久しぶりの自室に行こうとしたところ、……やっぱり付いて来る。ほら、こんな時間だし初希ももう寝な、明日も学校あるんやろ、とやんわり催促しても、いい加減にしなさい、と少し怒ったように言いつつ部屋へ押し込んでも、ただ、お兄ちゃん、………と微醺を帯びたような目で倖希を見ながら言うばかり。で、結局、根負けしてしまったのであるが、そうやって甘やかしているとしまいには布団にまで潜り込んで来て、目が覚めた時には共に朝を迎えていた。と、そんな風な日を始まりに、この帰省中は初希とずっと一緒に居たような気がするのであるが、なぜかそのあいだ彼女はあまり哀しそうな表情をしなかった。だけれどもここ二三日ほどは急に二人きりで居たいと言ってきて、昼は逢瀬のために神戸に行ったり難波に行ったり京都に行ったり、夜は食事後すぐに部屋に引きこもってこちらが枯れ果てるまで体を求めてきたり、言うとまたバツの悪そうな顔をされるので声には出さないが、それはもう大変であった。恐らく初希は、いつまでもこんな寂しい感情に流されてはいけないと思って、兄が帰ってきたのが純粋に嬉しくって、そんな物悲しい顔を意図してしなかったのだろうが、けだし、やはり別れが近づいてくるに従って耐えられなくなったのであろう。だからと言って爆発させるくらいなら最初から素直になって欲しかったのであるが、その辺りに彼女の健気さを感じて倖希は胸に迫る思いをしているのであった。
彼がそういう思いを抱いているのには一つ大きな理由があって、もう妹もあと数ヶ月すると高校三年生、-----つまり受験生になろうとしているのである。そうで無かったら妹の甘える仕草にも、自信は無いが厳しく応えられたはずなのである。だがやはり、初希がそろそろ受験を控えるようになると思うと、そうも言ってられない。なぜかと言ってあの一年間は魔のような期間であり、どれだけ自分が自信を持っていようが、どれだけ自分が良い偏差値を叩き出そうが、たった小テスト一個、たった教師の一言で途方も無い不安に襲われてしまう。思い出してみると自分はあまり頭の出来が良くなかったから、模試を受ける度に全然問題が解けずへこんで、結果が返ってくる前にこの世の終わりみたいな顔をしていたから親に、あんた大丈夫なん? と言われ、担任に、このままだとあそこは難しいだろうから志望校を変えたほうが良い、と言われ、そういえば常に不安で不安で夜遅くまで勉強していざ床に就こうとすると眠れず、眠れたかと思ったら数時間後、びっくりしたように心臓をひどく脈打たせながら跳ね起きる。そういう生活を常に送っていた。そんな中で唯一、心の支えであったのが初希であることは言うまでもなかろう。中学三年生だった彼女は自身も高校受験のために忙しい日々を過ごしていたにも関わらず、目を充血させてボソボソと英語を読んでいる兄のために蒸らしたタオルを用意したり、たまに自暴自棄になってあちこちへ遊びに行こうとする兄に付いていき一緒になって騒いだりしてくれた。で、騒いだ後は必ず帰りに、こちらの耳が痛くなるようなことを言って諭してくるのであるが、決して不快な気分にはならなかった。どころか一つ一つの言葉に重みと言うか、言霊というか、とにかく彼女の思いが詰まっていて不覚にも涙することは少なくなかった。とは言え、帰りの道中まさか中学生の女の子に甘える訳にはいかないから何とか耐えて家まで辿り着き、自室で二人きりになった所でようやく弱音を吐いて、誘われるがまま頭を彼女の胸に埋める。するといつも決まって初希は子守唄のように兄の名前を呼びその頭を撫で、他の誰も認めないけど私だけはお兄ちゃんが頑張っているのをいつも見てるからね、一昨日もお母さんに、ぼーっとしてるなら勉強したら? って言われてたけど私は知ってるよ、あの時は手に単語カードを持ってたから頭の中で憶えたことを諳んじてたんだってこと。………ふふっ、だって本当にずっと見てるんだからすぐ分かるよ、散歩に行くのも休憩じゃなくて歩きながら数学の問題を考えたいんだよね? ………私にはお兄ちゃんの感じてる不安がどれぐらいなのか良くわからないけれど、やっぱりそこまで根を詰めるのは良くない気がするの。だからお願い、頑張らないでとは言わないけれど、今だけはお兄ちゃんの大好きな私の、……私の、その、………おっぱいのことだけを考えて。お兄ちゃんのおかげで先週Dになったんだよ? -----などと言って、こちらの頭をその豊かになりつつある胸元に押し付けてくるのであったが、なんという心地よさであったか。ひどい緊張で夜も眠れなかった自分の頭の中からあの地獄のような不安が無くなり、体が蝋のように溶けていき、何も考えられなくなったかと思えば次の瞬間には一時間か二時間程度は時が経っている。だが目が覚めたところですぐさま鼻孔に妹の匂いが漂って来て、クラクラしているうちに再び気を失い次の瞬間には彼女の柔らかい膝の上で頭を撫でられている。そして、そろそろちゃんとベッドで寝よ? と妹に言われるがまま布団の中へと一緒に潜り込み、今度はその体を胸に抱いて眠るのであったが、そうすると余りの安心感から三度、気絶するように眠ってしまい次の日が平日であろうが何だろうが昼まで目が覚めないのである。
倖希にはそんな苦いような甘いような記憶があるために、妹はもっと苦労するであろうと考えており、何も彼女に強く言えないのであった。自分には初希という存在が近くに居てくれたからこそ、辛さが募ればすぐに甘えられていたけれども、そうやって入試を乗り越えてしまったがゆえに東京で暮らすことになり、妹の近くに居られなくなってしまった。彼女にはもう甘えられる相手が近くには居ない。そんなことを言うと自惚れているように捉えられるかもしれないが、自分がどれだけ妹に助けられたかを思い出すとやはり、ただでさえ不安に押しつぶされそうになる受験期に、心を寄せている兄と会えないのは心細いはずである。あと一年経って、入試を終え、無事彼女が大学に合格すれば同棲可能、-----いや、すでに同棲をする予定を立てているけれども、その肝心の一年間が彼女にとってどれだけ苦しい一年間になるのであろう。恐らく初希が今回しなびたのはそういうことが原因で、何があったのか推測するに、高校二年生となりて春を過ぎ夏を過ぎ秋を過ぎとうとう寒くなってくるや、あの高校のことだから、-----自分の母校でもあるから分かるのであるが、口を開けば入試だの、受験だの、もうあと日も無いだのと耳にタコが出来るほど言われ不安になったのだろう。自分の時はかなりのんびりとしていたから大して影響は無かったが、案外真面目で頑固者な彼女は先生の言うことを真摯に受け止めてしまったに違いない。しかもその先生というのが、どういう訳か妙に生徒を煽ることに関しては上手くて、入学したときからすでに口を開けば良く出来た先輩の話だったり、定期試験があればほんの少しの凡ミスでもああだこうだ言って自信を失わせるのである。どうしてそんなことをするのか良くわからないが、恐らく不安とか悔しさが本当にバネになるとでも思っているのであろう。で、そういうことを真面目に受け止め続けてきた彼女はこれまでずっと将来の不安を燻らせていて、トドメに、-----自分の覚えている限りではこの時期確か、センター試験の過去問かそれに似せた問題を本番さながらに解く、という行事があったはずで、………たぶん、本当にたぶん、そこであんまり良い成績が取れなかったためにとうとうしなびてしまった。と、こういう経緯(いきさつ)なのであろう。実はこっそりとそのセンター試験の結果を聞いてみたところ、次聞いたらいくらお兄ちゃんでも容赦しないからね、いい? 分かった? と云われたので大方当たっているかと思われる。
そんな訳で、別にセンター試験など雀の涙ほどに圧縮されるから気にしなくても良いのにしなしなにしなびていた初希が、今朝方急に元気になって今ではこちらの手を引っ張り、でもしばしば歩みを緩やかにして後ろを振り向きニッコリと微笑むようになったので、倖希もまたかなり嬉しくなっているのであった。なぜかと言って、彼が妹を東京に連れて行くことにしたのは、先に述べた事情をだいたい全て予想していたからであって、もっと言うと初希が着いていきたいと我儘を言う前から、もっともっと言うと東京に住むことになった自分を送り届けてくれたあの日から、倖希は妹が受験生となる前にいつかは二人きりで過ごして数年後の自分たちの姿を想像しておいて欲しいと、そういう願いがあったからなのである。彼は建前では妹を仕方なく東京まで連れて行っていると言うし、自分の心の中でも二三日の爛れた日々のために手間もお金もかけた、と思っている折があるにはあるけれども、本当は妹を元気づけたい一心でいるのである。だから誰よりも、-------もしかしたら初希本人よりも彼の方が喜んでいるかもしれないのであるが、旅の始まりともあって少々盛り上がりすぎている妹に家を出る前からずっと手を引かれていると、やっぱり少しだけ呆れてもくるのであった。
寝台列車の中はあれほどホームに人が居たというにも関わらずひっそりと静まり返っていて、ただ部屋の取っ手と、木の模様をした壁と、ちょっとした照明だけが付いている狭い、本当に狭い、人とすれ違うこともできなさそうなほど狭い廊下を縦に並んで渡っていると、確かに初希の言う通り非日常的というか幻想的であると、倖希は感じた。よく考えれば時刻は午前一時をちょうど過ぎたくらいなので、皆部屋に引きこもって寝ているのかもしれない。相変わらず手を引かれながら歩いていると、恐らく一人用の寝台個室であろうか、左右対称に狭しく部屋が並んだ車両にたどり着いた際に、初希がふと歩みを止めた。
「なんか、ステイサムの映画みたいだね……」
「どれ?」
「ほら、あの退役軍人なステイサムがマフィアだかなんだかをボコボコにするやつ」
「…………どれもそうだから分からん」
「んー、………ほら、あれ。こないだ見たやつ! ………の、ダンボールに押し込められた出稼ぎ中国人をステイサムがトラックの中で数えるシーン、あれみたい」
「あぁ、なるほど、分かった分かった。………確かにそれっぽいけど、例えがえげつなくない?」
「せやな。………」
そう言うと初希は、手に持っていたスマホを片手で器用に扱い、カシャッと、この一件面白くなさそうな光景を写真に収めた。が、微妙に薄暗いせいで光がぼんやりとしてしまい上手く撮れなかったのであろう、云々唸って何回も取り直している。倖希はそんな妹を多少愉快に思いながら改めて車両内を見渡すのであったが、案の定何にも面白い物が無く、それに窓が無いために今しがた感動した夜景も見ることが出来ず、ひどい閉塞感に包まれてしまった。それでも殊の外ワクワクして仕方がないのは、そんな閉塞感を感じているからこそ秘密基地に入っているような、言わば少年時代に戻ったような感じがするからであろうか。たぶん少し違っていて、先程ちらりと見えた一階へ降りる小さな階段を思い出すと、ホラー映画というか、SF映画というか、何やら入ってはいけない場所へ迷い込んだような、そういう気分になっているからなのであろう。なるほど確かに初希の言う通り「探検」である。そう合点すると彼は、いまだぴょこぴょこと細かく動いては写真を撮っている初希のことが映画のヒロインのように見えてきて、こんな風にとりあえず動いてみる女性がまず最初に謎を解き明かしたりするんだよな、…………と映画の世界に入り込みそうになり、なんだかおかしくなってきて、ふいに笑みがこぼれてしまって、それを見た少女にニヤニヤと見つめられて、顔を無理やり引き締めて、けれどやっぱりその様子を笑われて、心が痛くなりながらも笑い返して、ごまかすように、
「そういえば、確か展望室みたいなのが逆の方向にあるよ。たぶん」
「ほんと? 行こう行こう!」
倖希は妹がスマホを手の中に丸め込んだのを見て、今度は自分が彼女を引っ張って行こうと足を踏み出したのであるが、壁伝いに無理無理こちらの前に出て来る体に気を取られていると、またもや引っ張られていく形で再び廊下を渡り歩いていった。
  「そういえば、今どの辺なんやろか。-------」
展望車、もといミニラウンジは意外にも二人の部屋がある車両のすぐ一つ隣にあって、車両の縦半分ほどの空間がちょうど左右対称に分かれており、床に固定された回らない椅子に座って、壁に固定された奥行きのない机に肘を乗せて、割と広めの窓から外��見えるようになっていた。彼らの他には妙齢の女性が三人、その椅子に掛け窓の外を時折眺めつつヒソヒソと静かに話をしているようで、それ意外の雰囲気は今までと変わりない、強いて言うなら自販機の色が少し賑やかなくらいである。で、その自販機に飲み物を買いに行った倖希がココアを袖に丸めて戻ってくると、頬杖をついてうっとりと窓の外を見つめていた初希がボソッとそう聞いてきたので、そういえば部屋を出る前に高槻の文字が見えた気がするからそろそろ京都に入ったんじゃなかろうか、と彼女の隣に座りつつ確かめてみたら意外なことにもう長岡京の辺りまで来ている。だが外を見ても消えかかる街明かりがぽつぽつと見えるばかりで、一体ここがどこなのかさっぱり分からない。
「うわー、…………ここ京都なんだ。全っ然気が付かなかった。…………」
「まぁ、夜だし、それにさっきまで窓がなかった車両に居たからね、山崎のウヰスキイ工場とか、チヨコレエトとか見えなかったんだろう。あといつも阪急に乗ってるから微妙に景色も違うだろうしね」
「だねー。…………」
「いやぁ、面白いなぁ、一昨日も初希と一緒に伏見稲荷まで行ったから通ったはずなんだけど、面白いなぁ、………あの時は、--------」
倖希はそれからも、こんな感じで現在地を地図アプリで追いかけ回してはその都度感想を述べるので非常にうるさかったのであろう、五分と経たず初希はその頬を手から離しキッと兄の顔を睨みつけ、
「お兄ちゃん」
「はい」
「静かに」
「はい」
元来妹に至極弱い兄である、倖希はその一言ですっかり静かになり、パキッ…………、という音を立ててココアの缶を開けて一口飲むと、もう何も言わずに変わらぬ速度で流れて行く京都の街明かりを見始めた。そしてほとんど目も瞑って電車の走る心地よい音に身を任せながらココアの缶を手持ち無沙汰に親指で撫でていたのであるが、しばらくすると横からぬっ、と細くしなやかな指が伸びてきて、カチリと、綺麗に切り揃えられた爪とその缶とが当たったと思ったら、次の瞬間にはココアは彼女の手に収まっていた。
「まったく、一声くらいかけてくれ」
「あ、ココアちょうだい。-----」
「遅いわっ」
澄ませた顔でココアの蓋を開けた初希は、濡れたように艶かしく光る唇を軽く突き出すと、下唇を缶の口へ柔らかく当て、人肌程度に温くなったココアをそっと舌の先に触れさせる。そしてその甘味やら、苦味やら、独特の舌触りやら、鼻孔に広がる香ばしい香りやらに顔をなごませてから、コクリ、コクリと気管の膨らみが薄っすらと見える魅惑的な喉を蠢かせ、その優しい味わいを体の中へ入れていく。倖希はその、ある意味口淫を思わせる仕草につい見惚れてしまっていたのであるが、いつしか窓に映る景色は景色とは言えないほど明るくなっており、とうとう背の高い建物も姿を現し始めていた。
「あゝ、この殺風景な感じ、…………京都駅だなぁ。…………」
「ふふっ、お兄ちゃんさっきから何か変。大丈夫? 変なもの拾って食べたりしてない?」
「いやだって、こんな人の居ない京都駅って珍しいやん? それに、-----」
----こうして素通りするのも珍しいし、と言いかけたところで、寝台特急は速度を落として、しかしそれでも案内板やらロッカーやらが掠れて見えない程度の速度で駅のホームを通過していく。
「あれ? 京都は通過するだけなのん?」
「らしい。意外だよね、残念?」
「いや全然。一昨日も来たから。………」
「そういえば、その時の写真さ、意外と綺麗に撮れてたから東京に着いたら見せてあげるよ」
「ほんとに? ---------それは楽しみなんだけどお兄���ゃん、私のことを私が気がついてないうちに撮ってたりしてないよね?」
「いやいや、そんなことは、…………実は一枚だけあります、ありますから。そんな目をしないで、ごめんって」
「もう、………」
「いやでも、あの一枚も綺麗に撮れてたから初希も気にいると思う、…………たぶん」
「そりゃ、被写体が良いんだもの、どう撮ろうと綺麗になるよ。---------」
ふふん、と胸を反らし、とうとう倖希の手の平でも収まらなくなってしまった二つの大きな実を、そのおおらかで男の心を惹きつけて離さない蠱惑的な曲線で持って強調するのであったが、ちょうどその時、たまたま後ろを通りかかった男性の視線が突き刺さるのに気がつくと、慌てて自分の体を抱え込んだ。そして恥ずかしさを紛らわせるためなのか、憂さ晴らしのためなのか、ココアを雑に掴んでまたもやコクリ、コクリ、コクリ、…………と飲んでいく。やはりその豊満な胸は自慢ではあるけれども、他人には見られたくないのであろう。
「ここは人が行ったり来たりするから落ち着かないな。部屋に戻ろうか」
「だねー。………」
コトリ…、と音がしたので下を見ると、ココアが帰ってきていた。
「………あっ、うわっ、もうほとんど残ってへんやん! 」
「ふふっ、ココアありがと、お兄ちゃん。-------」
久しく聞いてなかった兄の驚く声に満足した初希は、立ち上がってぐいっと背伸びをすると、まだ一口しか飲んでなかったのに、…………と文句を言いながらほとんど最後の一滴となったココアを飲む兄を、密かに赤らめた顔で見守るのであった。
  倖希は、お花を摘みに行ってきますわと、至極お上品に言いそのまま車両を通り過ぎて行く初希の後姿を送り届けた後、部屋の中に入りコンビニ袋を拡げたのであるが、こんな時間にお菓子はあまりよろしく無いだろうと思ってお酒だけを取り出し、一人ベッドの上に座って移ろいで行く景色を、どこか物足りなさを感じながら見ていた。だがちょっとすると明かりがうるさくなってきたので、一口お酒を口に含んでから窓辺にその瓶を置き、電灯を消して再びあぐらをかいたところで、ゴロゴロ……、と云ふ音を立てながら扉が開いた。
「おにいちゃん?」
「あっ、ごめん。今点け直すから」
「いや、大丈夫大丈夫。-------それにしても、いいね、やっぱり」
「だよね。-------」
初希は部屋へ入ってきた時こそゴソゴソと自分の荷物を漁っていたものの、しばらくして用が済んだのか靴を脱いで倖希の真横に座り、少々ずり落ちていた眼鏡を指で上げるとさらに彼の元へすり寄った。そして倖希の差し出した手をそっと取って、肩に頭を乗せ体を預けると、それに呼応してなのかこちらの手を握ってくる力がほのかに強くなり、続いて向こうからも気持ち程度に体重をこちらにかけてくる。が、本当に気持ち程度なので、昔みたいに甘えていいんだよと声に出す代わりに、ぐしぐしと頭をその首元に押し付けてやる。するとしばらくは鬱陶しそうにしていたが、ようやくダラリとその体をこちらに預けてきてくれるようになったので、ふっふ……と、ちょっと笑ってから兄が見ているであろう寂しく道路を照らしている街灯を眺め初めた。そうやって、二人の兄妹は互いに言葉も交わしていないのにも関わらず、まるで示し合わせたかのように肩を並べ合い手を取り合い体を支え合い、二人して二人とも明かりが少くなり行く夜景を、どこか儚げな表情で見つめるのである(この一文要る?削るか、もう少し上手く書くか)。
京都を抜けたばかりなので明かりはまだぼうぼうとしているにはしているものの、時刻はもう午前二時を回っているために、目に見える民家はもぬけの殻のように真暗で、四車線ある広い道路もたまに通る車の光が賑やかに感じるほどに静まり返っており、倖希はまるで人が突然居なくなった後の世界のようだと、またもやワクワクしかけたのであったが、やはり虚しい。ラウンジに居た時までは京都市内を駆け抜けているせいもあって、窓から外を眺めると高い建物がそびえていたり、車も信号待ちで並ぶほど居たり、それに人の歩く姿も時たま見えていたのに、急に物寂しくなったものである。トイレに行くまでは兄にああだこうだと言っていた初希も、さすがに口を閉じて流れて行く景色を見守っている。彼女もまた、この光が無くなっていく様子を見て何かを感じ空想に耽っているのであろうか、それともぼんやりとただこの物寂しさに心を任せているのであろうか。兄である自分が想像するに恐らく後者であろうと思うが、しかしそれにしても得も言われぬ美しい横顔である。時折窓から入ってくる光にぼんやり照らされて輪郭はあいまいになり、目のまぶたや鼻の頭やなだらかな頬の山によってところどころ深い闇が出来、その闇の〝つや〟となめらかな白い肌とが見事に調和して、------なるほどこれが陰翳の美しさというものなのであろう。恐らく昼間の明るさではこうは見えまい。彼女の顔立ちは決して派手とは言えないが、その肌ははなはだ陶器のように光を跳ね返すほどの色艶をしており、人によっては好きと言うかもしれないけれども、自分には少々眩しすぎると思っていた。だがこうして闇に溶け込ますと余計なものが全て削ぎ落とされ、こちらが見ていることに気が付き恥ずかしそうに笑う表情すら、閑寂のうちに活けられた慎ましい花のよう。自分は彼女の美しさというものを分かっているつもりであったが、上辺だけを攫っていたのかもしれない。------
と、倖希は三度、妹の顔を見て惚れ惚れとしていたのであるが、そのうちに妙な懐かしさを感じる取るとそちらにすっかり気を取られてしまった。眼の前に居る少女はそこに居るだけで目を奪われてしまうほど美しいのに、なぜかその過去の姿がチラついて仕方がない。どうしてこんなにも気になるのであろう。初希とこうして一緒に静かに何も声を出さずじっとして体を寄せ合ったことなんていくらでもあるのに、なぜこんなにもあの、五六年前のとある冬の日、------もう記憶もおぼろげなあの日、田舎にある祖母の家へ遊びに行ったあの日のことを思い出してしまうのであろう。その時自分はさつま芋を焼こうと、その辺(あたり)から適当に拾ってきた落ち葉や木の枝や竹の幹などをちょっとした山にして、その中にアルミホイルで包んだ芋を放り込んで、火を点けて、ゴロゴロと転がしてきた丸太に座って、…………たかどうかは忘れたがとにかく何かに座って山の中でひっそりと、ほんのり夕焼けに照らされる木々を目の隅に留めつつまだまだ生まれたばかりの小さな炎を見ていた。-----あゝ、思い出してきた。確か、焼き芋焼こう焼こうと言ってきたご本人様は、そうやって火を点けてから案外すぐにやって来たのだけれども、一言二言話しているうちにとうとう歩くのも危ないほどに辺りが暗くなってきた上に、風でなびいた竹や木がさわさわ言い出したので、ひどく怖がるようになってしまったのだった。何せあの辺りは「出る」という話を前の晩に聞かされていたのである、いくら冗談めかして言われてもいつ木の陰からぬうっと出てくるのか分からない。だからあの時は自分も怖くなってきて立ち上がると、その小さく縮こまってしまった体を後ろから抱きしめてやった。そしてパチパチと暗闇の中へ飛び散っていく火花を一緒に目で追いかけながら話を、…………いや、話などしていない。自分たち兄妹は、あのおどろおどろしい闇の中で互いに互いの手を取り合って、ただただゆらゆらとはためく火の穂を眺めていただけだった。会話など無くても、自分たちは相手の手から伝わる力加減や汗や体温などの微妙な違いだけで、お互い何を思っているのか知り得るのだから当然である。そのうちに風が止んでずいぶんと静かになり、恐怖心もそれに次いで紛れていったが、結局手だけは離さなかった。もうその頃になると、炎の中心部分から燃えるものが少なくなり、頬を刺してくる暖かさもほとんど無くなりはしていたけれども、それに、焚き火の中へ入れていた芋もすっかり煮えきってしまっていたけれども、二人の兄妹はただ静かに灰になって崩れ行く木々を、心配して様子を見に来た両親が声をかけるまで見つめ続けた。--------まだ彼女の事を本当に「妹」だと思っていた頃の懐かしい記憶である。なぜ、今になって急に。………………
--------あゝ、そうか、だからか。まだ初希とはキスの一つもしていない時に、ちょうど今と同じような気味合いでぼんやりと焚き火を、そして、それによってほのかに照らされた彼女の顔を見守っていたからこんなにも気になったのか。それが今やどうだ。彼女がまだ中学生の時分に求められるがまま誘われるがまま、唇を重ね体を重ねたのをきっかけに、いつか終わらせなければ、そしていつか終わると知りながら、ぐだぐだと肉体関係が続いてしまっている。これがただの体だけの関係ならば、初希ももう十七歳という年齢なのだから、同じ教室に居る男子でも捕まえて兄の事など忘れることができよう。しかしもうすでに、引き返せぬほど彼女は自分を愛してしまっているし、それに負けじと自分も彼女のことを愛してしまっている。その上両親も、息子・娘が夜な夜な猥りがましい行いをしていることに、とっくの昔から気がついているにも関わらず、ただほのめかすだけで何もはっきりと言ってこない。そんなだから背徳感に膝を震わせたあの、-------妹の処女を奪ったあの日の感覚が消え失せるほどに何度も何度も、それこそこの一週間は毎日毎日、いつ誰が見てるのか、自分たちが何をしているのかも忘れて彼女と体を重ねていたのである。
もちろん、初希との関係を終わらせようとしたことなんて何回もあったが、彼女には話を切り出す前の顔つきから分かるのであろう、至極悲しい顔をしてこちらに向き直るので結局言えずじまいに終わり、最近ではもうその気も起きなくなってしまった。どころか、初希への思いが募りに募りすぎて、どうすれば彼女と人生を添い遂げられるのかを真剣に考えるようになってしまった。それは進んではいけない方向に舵を切ったということだけれども、なぜか自分には、止まっていた歯車がぐるぐると回り始めたような、そんな気がしてならない。つまり、間違った道の方が本来選択すべき正しい道だと、今ようやくその道を選んだのだと、自分は思っているようなのである。それでこれまでの半生をよくよく振り返ってみると、自分には彼女との関係を終わらせようという気持ちなど、さらさら無かったとしか言いようがなく、自分がやったことと言えば、そういういい加減な気持ちで別れを切り出したり、思わせぶりな態度を取ったりして、ただ彼女の心を弄んでいただけなのである。結局、初希と離れられないのは他の誰のせいでもなく自分のせいであり、けれどもこのまま共に添い遂げる方が正しい道だと信じて突き進むあたり、この鈍感で外道な男はずっと昔から手遅れだったのであろう。--------だが、終わる。初希との関係は確実に終わる。どれだけ愛し合おうとも、どれだけ手を尽くそうとも、血を分かち合った兄妹なのだからいつかは離れ離れにならなくてはならない。それは兄妹で性行為に至っていたと世に知られ無理やり仲を引き裂かれるか、それとも自然にどちらからともなく離れていくか分からないが、その時は確実に近づいてきている。自分たち兄妹に残された時間はあと僅か数年ほどであろう。血の繋がりがあるだけなのに、たったそれだけなのに、心も体も繋がった今ではその血の繋がりゆえに雑多なカップルよりも強く結び付きあっているというのに、兄妹の関係とは余りにも残酷なものである。本来ならば、こうして妹と二人きりで旅行することさえおかしいと思われるのかもしれない。……………
思い返してみると自分はこれまで生きてきて初希以上に気立てよく、一緒に居て心地よく、自分を理解している女性には会ったことがないし、それに、これからも会うことなんて無い気がするのである。今回の帰省の初日にもそれを実感した。自分が実家の門をくぐったのはちょうど夕食時であったから、お土産をぶんどられるやすぐにテーブルへ座るよう促されたのであるが、なぜかキッチンで料理を用意してくれたのは初希であった。とは言っても彼女は元々よく母親を手伝う子であったので、懐かしい気持ちで食卓に並んでいく生姜焼きや味噌汁、里芋の煮っころがし、そして小松菜とちりめんじゃこの和え物を眺めていた。最後の小松菜は意外であったけれども、どれも自分の好物である。早速いただきますと言い、青々としたネギの乗った味噌汁がたまらない香りを漂わせていたのでお椀を手に取ったところ、初希がエプロンを外しながら先程ぶんどったお土産を片手に隣へ座ってくる。そしてお土産を開けるのかと思いつつ味噌汁をすすっていたら、なぜか畏まった姿勢でこちらをじーっ、と見てくるので何事かと思いこちらからも見つめ返すと、おいしい? と聞いてくるのである。もちろん文句なしに美味しいのでそう返すと、ふにゃりと笑って、よかった、よかった、と言う。そこでようやく、この料理たちが彼女の手によって作られたものだと合点したのであるが、そう気がついて見てみると、なんと細部まで兄好みに仕立てられていたか。それまで飲んでいた味噌汁一つ取っても、自分の好きな薄めの味付けがなされていたし、具には自分の好きな豆腐と油揚げと玉ねぎが、ゴロゴロと自分の好きな大きさになって使われていたし、それに余りにも匂いが良いので聞いてみるとしっかり鰹節と昆布から出汁が取られていたし、そもそも先程のネギだって自分がかつてふりかけていた分量と全く一緒なのである。あともう少し述べておくと、あの時出てきた里芋は、先日に自分で食べたいと言っておきながらすっかり忘れていたものなのであるが、彼女はちゃんと憶えて献立に加えてくれたのであろう。結局自分は、ほとんど初めてと言っていい妹の手料理一つですっかり胃袋を鷲掴みにされてしまった。
そう思い出してみると、初希のことを紹介する時には、妹と言うより妻と言った方が正しいのである。先程だって、こちらがコートを脱ごうとするとさりげなく後ろから手を伸ばして来たので、ハンガーのある位置が逆ならばきっとコートを取られ吊りかけられたことだろう。それは事実、十年以上生活を共にしてきたからこそ会得し得た初希の心づかいであろうが、けだしそういう細かい身の回りの世話は長い時間をかけて少しずつ醸成されるものである。もっとも、自分が彼女の事を妻として見るようになったのは目であるから、そういった行動は副次的なものでしか無い。あの目はもうとっくの昔から兄を見るような目ではなく、夫を見つめる新妻のそれであって、殊に矢で射抜かれるような色気があるのである。一体全体いつからそんな目をしてきたのかはもう分からなくなってしまったが、自分が彼女のことを思い初めた頃、------彼女が中学一二生の頃にはすでに、ああいう媚びたような、哀愁を湛えたような目をしていた。いや、中学生の女の子に、しかも実の妹に恋をするなど存外な変態じゃないかと思われるだろうけれど、初希はその時もう十分人を惚れさせる魅力を備えていたのだから仕方がない。そもそも考えてみると、男は高校生になっても大学生になってもアホはアホのままであるが、女は中学生になる頃にはすっかり色づいているのである。彼女もあんな我儘で自分勝手な性格をしているけれども、案外体の成長は早く、ときどき見ることになった水々しい裸体には今思い出しても心臓が動悸を打ってしまう。そんな女性と当時高校生だった自分がかなりの時間を共にしたのである、こんなことになってしまったのも頷けよう。
ならば今はどうなのかと問われると、それはそれはもう、背も少し高くなって胸も大きくなって顔に深みが出て、--------あゝ、美しい。………………こんな美しい少女を独り占めに出来るなんて自分はなんと幸せ者なのだろう、絶対に離したくない、もういっそのことこのまま駆け落ちしたい。だが、あと一年経てば初希と二人っきりの時間がどっと増えるのだから、今は辛抱しておく方が懸命であろう。センター模試があんまり出来なかったとて、今まで何度もその天才とも言える知力で二年歳の離れた兄を脅かしてきた彼女のことだ、恐らく九割以上を狙っていたのにぴったりだったとか、惜しくも十点二十点足りなかったとか、今ですらそのくらいの学力はあるはずなので、大学へは少なくとも自分より余裕を持って行けてしまうに違いない。そうなればもはやこちらのものである、誰にも邪魔のされない同棲生活をしばらく送ることが出来る。が、その後、つまり、自分が大学を卒業して就職した後はどうなる? 籍を入れられなければ子供も生むことが出来ない上に、異母でも異父でもない実の妹と事実上の夫婦生活を営むなど社会は許してくれまい。かと言って隠し通すのも、いつ何時ひょっと誰かに手を繋いでいるところを見られるのか分からないし、ひょっと酒の場などで口を滑らせてしまうか分からないし、ひょっと不審な点を怪しまれでもしたら、------そういう話が好まれる昨今の事情である、一気に付け込まれて初希との関係を暴かれてしまうであろう。そもそも、そんなことを考えながらビクビク怯えて日々を過ごしていると、バレるバレない以前に、夫婦仲に亀裂が走りそうである。ならばむしろ堂々としているのも手かもしれないけれども、どれほど公にすれば自然に見えるのか分からないし、そんなことをして初希を傷つけでもしたら、………と思うと足が止まってしまう。一体どうすれば。…………………
--------だが、そうやって悩むよりは、今は今を目一杯大切に生きるほうが良いのではないだろうか。まだあと数年しか無いとは言え、まだあと数年も残っているのである。それほど時間があれば自ずと考えもまとまり、自分たちの向かうべき方向が定まってくるであろう。よく考えれば、まだ彼女と添い遂げようと決意してから日が浅く、それに今までは自分一人でうじうじと考えていたのである。恐らく初希は、優柔不断な兄がそうそう早く決断を下せるなどとは微塵も思っておらず、それなら二人きりで生活するようになってから考えても遅くは無い、と云うよりお兄ちゃんに任せていたら何時まで経っても結論なんて出ないのだから、私に全部任せてその辺でお茶でも飲んでいなよ、などと思っているのではないだろうか。だから話題にも出さず、今日のようにひどい盛り上がり方をして今を楽しもうとしているのではないだろうか。ならば自分が取れる行動は一つしか無いのではないだろうか。駆け落ちの判断は数年後の自分とその妻に任せるとして、今日、明日、明後日は目一杯彼女を楽しませなければいけないのではないだろうか。ならこんな憂鬱な気持ちに負けている暇など無いのではないだろうか。------------
「こーき。…………」
ふいに、すっかり頭を首に埋めていた初希が、体勢はそのままに倖希の名前をそっと呟いた。かと思いきや、くるりと上半身を回して彼と向き直ると、肩に手をかけて体を押し倒し、自身もまたふわりとその上に倒れ込む。
「お、おい、はつき、こんなことする場所じゃないだろ。…………」
「んふふ、………そんなことは言っても、こーきの心臓は正直だね。もう、ドキドキしちゃってる。…………」
「はつき、落ち着けって。あと名前で呼ぶんじゃない」
「えー? だって、外だと名前で呼べって言ったのはこーきだったじゃん。私はちゃんと、こーきの言いつけを守ってるだけだよ?」
確かにそう言ったことはあるものの、それはかつて友人と自分と初希とで遊んだ際に、余りにもいちゃついてくるものだから彼女が妹だと言おうにも言えなくなってしまい、ついつい、今日だけは名前で呼んでくれ、と耳打ちしたのであって、決して、「外では『お兄ちゃん』と呼ぶな」、とは言ってないのである。だからどういうことかと言うと、今初希は、昨夜のように押し倒した彼の股に座り、昨夜のようにその手を片っぽずつ握り、そして昨夜のようにとろんとしたした目で見下ろしているのである。
「------だから言ってな、…………こら、そういう顔で見るんじゃない」
「それにさぁ、………こんな狭い部屋の中で男女が二人きりでいるなんて、何も起きないほうがおかしいと思わない?」
「いや、男女って言っても、俺たち兄妹だから、-------」
「んーん? いまさらこーきは何を言ってるのん? 昨日だって、私の下であんなに可愛くあえいでいたくせに。…………」
初希がこちらの目をまっすぐに見据えてくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと。待って、はつき、まだ満足じゃないのか?-----」
「あれで十分? こーきは本当にそう思ってるのん? あと三日しか無いんだよ? 私達の時間は。もうそれだけなんだよ? ------あっ、でも、こーきがこのまま攫ってくれるなら話は別だけどね」
「それは、…………」
窓の外に映る景色はいよいよ明かりという明かりが無くなり、壁と天井の境界さえ分からないほど部屋は真暗であったが、倖希は自分を見据えてくる目が潤んでいるのを確かに感じ取った。
「ねっ、こーき、このまま向こうで過ごそうよ。過ごしてさ、---------」
-------と、初希が何かを言いかけた時、扉からガチャガチャと言う音が聞こえてきた。その音に、もう鼻と鼻が触れ合うほど顔を近づけてきていた初希もびっくりして体を起こしたが、まだガチャガチャと言っている。
「あ、あれ? なんで鍵が、………」
程なくして、そんな女性の声が聞こえてきた。あゝ、なるほど、もしかして、部屋を間違えた別の乗客がこの部屋を開けようとしているのか、--------と二人は合点して静かに扉を見つめる。
「うん? あ、しまった。ここじゃない。…………」
「ふっふっふ。………」
「-----こーき、趣味悪いよ」
「せやな。……………」
「あ、あの! ごめんなさい!」
見知らぬ誰かはその声を発するや、どこかへ走り去ったのであろう、もうその気配も伺えなくなってしまった。
「………やっぱり間違えてたんだな」
「ふふっ、私もさっき間違えそうになったから、仕方ないよね」
「なんだ、はつきも間違えそうになったのか」
「まぁ、ね。…………」
一瞬だけ晴れやかになった初希の顔が、どうしてだか再び沈んでいく、-----見えないが口調からそんな気がした。
「はつき、はつき、ちょっと重くなってきたからどいて、-------」
だから、せめてこれだけは、………と思ったのである。
「えっ、あっ、ごめん。………っていうか、こんな純粋無垢で可愛い女子高生に重いってどういうこ、--------」
「------ごめんな、今はこれだけで許してくれ」
「…………えへへ、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだ。……………」
「…………どういうことだよ」
「んへへ、………いいのいいの。お兄ちゃんに意気地が無いのは分かってたし、あと一年だし、あと一年耐えればいいだけだし。…………そう、一年だけ。---------お兄ちゃん、頑張るよ、私。そしたらたくさん思い出作ろうね。終わっちゃう前にたくさん、たくさん。…………………」
「あぁ、そうだな。色んな事しような。……………」
「ん。--------あーあー、…………なんだか眠くなってきちゃった。このまま寝ていい?」
いいよ、と返事をして初希の顔から眼鏡を外し窓枠に置くと、すぐさまこちらの胸元にぐいぐいその顔を埋めてきたので、とりあえず後髪を撫でてやる。
「おやすみ、はつき」
「おやすみ、こーき。……………」
そうしてそのまま頭を撫で続けていると、すー、すー、という可愛らしい寝息が列車の走る音に紛れて微かに、でも確かに聞こえてくるようになったので、倖希は一つため息をつくと、少しだけ酒を口に含んだ。時刻を確かめてみるともう午前三時である。窓の外には名古屋に近づいてきたのか、点々と煌めく街の灯が、水平線の向こう側まで広がっている。彼はそれを酒の肴にしようと予てから画策していたのであるが、胸の中に感じる言いようのない心地よさに一瞬眠気を感じたと思ったらもうそれまで、後はうとうとと船を漕ぐばかりになり、頭を撫でる手も止めてしまった。
  ハッと、倖希が気がついた時にはもう窓の外は白くなっていて、朝日こそは黒みを帯びた雲で見えなかったものの、ずっと遠くにある住宅地まで見渡せるほどには晴れやかな空気が漂っているようである。だが付近の道路やしまうたやに目を落としてみると、そこはかとなくどんよりとしているので、やはり雲行きは怪しいらしい。それよりもこの薄暗いのはその雲のせいだとすると、もしかしたら停車駅をいくつか逃してしまったかもしれず、倖希は今列車がどこを走っているのか気になったのであるが、いまいち頭がぼうっとするので雨の気配を心配しつつ車窓を眺めていた。と、ちょっとして、
「次は横浜、横浜、-------」
という車内放送が流れてくる。ということは、次の駅は終点の東京なのか、意外と時間が経ってしまっていた。ならそろそろ、この胸に抱きついて一向に起きる気配の無いお姫様を起こさねば。…………そうは思ったもののもう少しだけ、愛しい彼女の温もりというものを感じていたかったから、二三回ゆっくりと頭を撫でた後に背中をポンポンと叩いてやる。
「んんぁ、-----なに、なに。…………」
「そろそろ着くよ。初希、起きな」
「-----ああぁ、…………おはよ、お兄ちゃん。…………」
のっそりと体を起こすと初希は、まだまだ寝たり無いのかひどく眠そうな目を手でゴシゴシと拭っている。
「んぁー、…………だめ、ねむい。…………ついたらおこして。………………」
そう言って再び倒れ込もうとしてくるので、倖希はそれをやんわりと拒否した。
「うちに着いたら好きなだけ寝ていいから、今は頑張って。…………」
だがやっぱり眠気が勝るのか、ほとんど正座に近い状態であるのにしっかりと体を倖希に寄り掛けつつ眠るので、彼はすっかり諦めてしまうと、結局東京駅に着くまでそのままの体勢を保ち続けたのであった。
駅に着いてみると、相変わらず天気はどんよりとしているどころか、霧がかかったように建物という建物がぼんやりと佇んでおり、これなら今直ぐに降り出してもおかしくないな、と思いつつホームに降り立った倖希であったが、���希と手を繋いでいるせいで心持ちは穏やかと言えば穏やかであった。ところが、まだ飲みきっていない酒の瓶を捨てているうちに、さぁさぁと、小雨が降り出したかと思いきやそれは段々と大降りになり、しまいには風を伴って駅の壁に打ち付け初めてしまった。周りを見ると、素知らぬ顔で歩いている人も居れば、頭を抱えて外をじっと見つめている人も居る。
「ん? どうしたの、お兄ちゃん?」
「-------いや、なんでもない。行こう」
「ん、……………お兄ちゃん」
「あん?」
「手、手だよ!」
倖希は、酒の瓶を捨てる時に手を離してしまったのだった。
「おう、……すまんすまん」
と、言って再び初希の手を取ったのであるが、そういえば実家に傘を忘れていることに気がつくと、ついつい足が止まってしまった。
 (おわり)
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mizube-japan · 7 years ago
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秋イトウを求めて朱鞠内湖へ 2018
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 今回は北海道は雨竜郡幌加内町にある朱鞠内湖に秋のイトウを求めて出掛けてきました。この魚に魅せられて人生を棒に振ってしまったなんて話はよく耳にしますが、自分は大丈夫だろうか!? 以前は決して手を出してはいけないアブナイ魚だと分かっていた筈なのに、早くもこれで二回目の釣行となってしまっています。果たして十年後の自分はいったい何処で何をやっているんだろう!? なにかとても心配になってきました。
《遠征に先立って》  秋の朱鞠内湖に訪れるのは今回が初めてのことでした。こんな時期に果たしてミノーで釣りになるのだろうか? 出掛けたはいいが、まったく釣りにならなかったなんて結末は決して味わいたくはありません。そう易々とは行けない釣り遠征、どの程度の可能性があるのか出来れば知っておきたいところです。 そこで遠征の計画に先立って事前に情報収集を行ったところ、経験者の方たちから次のような話を聞くことが出来ました。
秋の朱鞠内湖でのイトウ釣りは...  ・春とは違って産卵で岸寄りするウグイやワカサギなどのいわゆるベイトフィッシュとなる個体が岸沿いに少ないため、岸からの釣りは春ほどには容易ではない。
 ・これからやって来る厳しい冬に備えて彼らは栄養を蓄えようと荒食いを始めるため、ルアーが相手の目に留まりさえすれば高確率で喰ってくる。
 ・深場に落ちたワカサギに付いている個体が多いので、岸からのミノーイングではなかなか難しく、圧倒的に船からの釣り(キャスティングやドラッギング)に分がある。
 ・春に比べると釣り人の数が少ないため、魚へのプレッシャーが少なく意外に釣りやすい。
 ・今年生まれたばかりの新子のワカサギが浅瀬に群れているところがあるので、そういった場所を探し出せれば岸からでも良い釣りが楽しめる。
 ・その年の季節の進行の具合により日にちは前後するが、10月末~11月初旬頃にかけて始まるターンオーバーの時期は魚が口を使わなくなるので注意が必要。
 ・春に釣れる魚よりも太くて綺麗な個体が多い気がする。
 ...etc.
 これらはあくまで経験者さんたちの個人の感想ですが、総じて春ほどには釣り易くはないという意見で一致しているようでした。しかし決して釣れない訳ではなさそうなので少し安心しました。まあ私の場合、もちろん数が釣れるに越したことはないですが、そこまでの贅沢は望んでいません。綺麗で太くて大きくて引きの強いイトウが一匹でも釣れてくれたらそれだけでもう十分です!  何百回、何千回と執念のキャストを繰り返した末に、もし念願の大型イトウを手にすることが出来たらきっと感動するだろうな! 今回はそんなとても熱い展開を期待して挑んだ秋の朱鞠内湖遠征なのでした。
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《一抹の不安...》  朱鞠内湖に無事到着、まずはひと安心と思いきや、湖を一目見てそのあまりの水位の低さに驚いてしまいました。さっそく宿泊先のスタッフさんに事情を聴いてみると、これは今年の9月に北海道を襲った北海道胆振東部地震に伴う電力不足を補うために水力発電用としてダムの放水を行ったためだという事が分かりました。私が以前、春に訪れた際の水位と比較すると、それは優に2メートル近くは減水しているといった感じで、それまで水中にあった地面が顔を出して、ショアラインの部分が白く太く縁取られたような格好になっていました。この減水による影響かどうかは定かではないようですが、地元のアングラーさんたちから『今年は釣れない、魚の着き場がいつもとはなんか違うような気がする!』といった様な話しを滞在中に何度か耳にしました。最近になってからのこの急激な水位の変化...。大したことでなければいいのですが。
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《選択したポイント》  朱鞠内湖は日本最大の湛水面積を誇るだけあってとにかく広い。湖岸線は北欧のフィヨルドに例えられるように大変複雑に入り組み、さらに大小10以上もの島々が浮かんでおり、途方に暮れるほどにとにかく広いんです。水の中にはそこがかつて森であった事を示すスタンプ(切株)やブッシュ(低木)などが無数に点在しており、それらがイトウたちの格好の隠れ家になっているとも聞きます。もう湖の至る所が彼らの好ポイントに見えてなりません。 (いったい何処をどうやって探ったらいいんだろう!?) これまでにも他所の湖でイトウを釣りあげたことは何度かありましたが、専門に狙っていたという訳ではなく、どの魚も偶然に釣れてしまっただけのものでした。湖のイトウが普段どんな場所でどんな生活を送っているのか。ある特定の場所に執着する個体が多いのか?或いは湖を広く回遊する個体が多いのか?...etc. 自身にイトウ釣りの経験があまりになさ過ぎて途方に暮れてしまいました。
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 今回そんな状況のなかで私が選んだポイントは、とにかく風が当たる場所でした。風下なら餌となる小魚も集まりそうですし、水に濁りが入って魚たちの警戒心を煽ることもなさそうだという判断からでした。ネットでピンポイントの天気予報を見て1時間毎の風向きと風の強さをチェック。グーグルアースなどの衛星写真の地図を頼りに風下となる側の湖岸線のいくつかに目星を付け、さらにある程度の距離をランガン出来そうな地形なら尚いいだろうという事でポイントを絞り込みました。この選択がはたして吉とでるか凶とでるのか、まさに神のみぞ知るといったところでした。
《用意したルアー》  今回の釣行では以前春に訪れた際の経験を活かして複数のタイプのミノーを準備していきました。春季には接岸するウグイやワカサギを演出するために、パニッシュ85FやチェリーブラッドSR90、そしてCB70DRIFT-TRなどの小魚を模した、表層からトップの釣りを得意とするミノーを持って行きました。朱鞠内湖はその地形的な特徴(スタンプやブッシュなどの水中障害物が多い)から根掛かりがとても多いフィールドだと聞いていた事もあり、あまり深い層は探りたくないなという気持ちが働いたこともその理由のひとつでした。ですが実際に釣りをしてみると、根掛かりを余り気にする必要のないポイントも多数あり、手前に急深のブレイクを控えた地形など、もう少し深い層を探りたいなぁ...と思う場面が何度もありました。今回はただでさえウグイやワカサギなどの接岸はあまり期待できないでしょうから、きっと春よりもより深い層を探る必要が出てくるに違いありません。この考えから今回は上記ルアーに加えて、ロングビルミノーであるDDパニッシュ80Fやチェリーブラッド(MD90、DEEP90)。さらにイトウ釣りでの実績も高いといわれているボーマーのロングA B14AP(サスペンドタイプ)などのルアーを用意して、表層から水深2メートルくらいまでのレンジをカバー出来るように準備を進めました。
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《そしていざ実釣!》  当日は上で書いたように西からの風を正面から受けるような風下側のポイントに入りました。そこでは朱鞠内湖ならではといった粘土質の湖岸線が絶え間なく打ち寄せる波に洗われて溶けだし、波打ち際の水の色を見る見るうちに白濁色に染めてゆきました。濁る前の水とこの白濁した水とは意外にも直ぐには混じり合わずに、水際に綺麗なツートーンの模様を描いて行きました。私は勝手にこの様子のことを青ナイルと白ナイルと呼んでいるのですが、とても朱鞠内湖らしい景色だなと思い大変気に入っています。
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事前の情報通り、春には沢山居た小魚たちの姿は見つける事は出来ませんでした。ですが見えないだけできっと居るのだろうと信じて、無暗に水中には立ち込まずにキャストを開始しました。そこは恐らく手前に傾斜の緩いシャローが広がり、10メートル程先から急に深さを増していくといった地形になっていると思われます。このような地形が南北に数百メートル続いており、ここを岸と斜め45度くらいの角度を付けてルアーを撃って行きました。 まず最初はイトウに警戒心を抱かせないようにとシャロータイプのミノーでロッドアクションは付けずに反応を窺いました。これで数回撃ったら岸沿いに2メートルほど横移動してまた2回撃つ、...あとはこれを繰り返してゆきました。そして一通り撃ち終わったら今来た方向に向き直り、今度はアクションを付けたり、或いは潜航深度の違うルアーに付け替えたりして再び同じストレッチを撃ち返して行きました。
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 以前春に訪れた際にこの同じポイントで釣りをしたことがあるのですが、その時は岸辺に沢山のワカサギが群れていました。そして湖面が穏やかな時は彼らは動くことなく一か所でじっと固まっているのですが、今回のように水が濁るほどに湖面が荒れてくると、波にさらわれて群れは散り散りばらばら。なんとか群れからはぐれないようにと彼らは激しく泳ぎ回り出しました。 そしてそんな時でした、イトウがその群れ目掛けて突っ込んできたんです! その光景はとても衝撃的でした。今思い出しても鼓動が速まるくらいです。 このことを経験してからというもの、小魚たちの泳ぎも儘ならないこんな水面が荒れた時こそが、イトウにとってはきっと捕食のチャンスなんだろうなと思うようになりました。今回も同じような展開を期待してのアプローチであることは言うまでもありません。
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そしてこれはもう狙い通りと言っていいかも知れません。DDパニッシュ80Fが青ナイルと白ナイルの境目に入ろうかというタイミングで突如 ゴンッ!!と動きを止められました。相手はイトウです。ですが残念ながらこの個体は波で打ち寄せられた木の枝をラインが拾ってしまい、それがさらにネットに絡まってもたもたしているうちにフックアウトしてしまいました。 そしてそれから数時間後、次は少し深いレンジをロングA(サスペンド)のジャークアクションで探っている最中に起こりました。ルアーが沖のブレイクの頭に差し掛かったタイミングで勢いよくゴンッ!!。こちらも狙いのイトウでしたが、ネットで掬おうと構えているなか、濁った水の中で相手を見失ってしまい、やはりこちらももたもたしてバラしてしまいました。 魚を掛けるだけでも大変だというのに、取り込みにも高いハードルがあるとは。以前にも同じバラシを経験しているだけに、これは真剣に対策を考えなくてはならないなと思いました。 そして三度目の正直。こちらはパニッシュ85Fを使ったジャークアクションで表層を探っている最中に起こりました。これまたルアーが青ナイルと白ナイルの境目に差し掛かったタイミングでゴンッ!!。今度は無理してネットで掬おうとはせずに浅瀬に誘導して無事にキャッチすることが出来ました。サイズはそれほど大きくはなく、この湖のレギュラーサイズといっていい個体でしょう。肌のきめがとても細かく色白で大変に綺麗な個体でした。残念ながら以前釣り上げたものよりサイズアップとはいきませんでしたが、それでもとても嬉しい一匹でした。
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《朱鞠内湖での釣りを終えて》  今回はじめて挑戦した秋の朱鞠内湖でのイトウ釣り。春とは異なり彼らを岸へと引き寄せる要因が少ないと言われるなか、岸からのミノーイングで果たして釣りになるのだろうか?と終始不安だらけでしたが、なんとかイトウの顔を見ることができとりあえずはほっとしております。 ですが今回イトウがヒットした時を除いては、ルアー後方をチェイスする姿は勿論のこと、普通に泳いでいる姿さえもまったく見ることが出来ず、この時期のイトウ釣りの新たなヒントになりそうな出来事に出合えなかった事がとても残念でなりません。まあ逆に考えてみれば、私が探っていた範囲とイトウの生活圏との間には、(探り方も含めて)大きな開きがあったということで、そんな中でも湖面が荒れるなどのある条件が重なった時だけにその開きが縮まってチャンスが訪れたと考えるのが適当なのかも知れません。 いずれにしても、まだまだ分からない事だらけの朱鞠内湖でのイトウ釣り。私の性格上このままでは終われそうにはありません。
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〇使用タックル
ロッド : TLB-83DT ラグレスボロン(SMITH) リール : 13 CERTATE 2500 (DAIWA) ライン : VARIVAS ハイグレードPE グリーン 1.2号(MORRIS) リーダー: TROUT SHOCK LEADER フロロカーボン 16lb(MORRIS) ルアー : パニッシュ85F(SMITH) ※1       DDパニッシュ80F(SMITH) ※1       ロングA B14AP (BOMBER) ※1       チェリーブラッドSR90(SMITH) ※1       チェリーブラッドMD90(SMITH) ※1       チェリーブラッドDEEP90(SMITH) ※1       チェリーブラッドLL70S(SMITH) ※1 ※1 遊漁規則に従いシングル・バーブレスフックに変更実施。またこのフック変更に伴う重量調整ならびに強度UPを目的にスプリットリングの変更も行いました。 フック : SBL-75M #1(OWNER) スプリットリング: P-03N #3(OWNER) スナップ: SPスナップ #3(SMITH) ネット : チェリーネット Mサイズ 旧タイプ サツキ(SMITH)
朱鞠内湖の釣りのレギュレーション詳細については以下を参照願います。 Lake Shumarinai http://www.shumarinai.jp/fishing/trouts/
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xf-2 · 6 years ago
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 世界経済の成長は、足元で安定化の兆しを示しており、総じて、本年後半及び2020年に向けて、緩やかに上向く見通しである。この回復は、緩和的な金融環境が継続すること、幾つかの国々で景気刺激策の効果が発現すること、一時的要因が解消することによってもたらされている。しかしながら、成長は低位であり続けており、リスクは依然として下方に傾いている。何よりも、貿易と地政を巡る緊張は増大してきた。我々は、これらのリスクに対処し続けるとともに、更なる行動をとる用意がある。
 我々は、強固で持続性があり均衡のとれた包摂的な成長を実現するため、また、信頼を高める対話と行動を強化することにより、下方リスクから守るために全ての政策手段を用いるとの我々のコミットメントを再確認する。必要に応じて財政バッファーを再構築し、かつ、公的債務が持続可能な道筋にあることを確保しつつも、財政政策は、機動的に実施し、成長に配慮したものとすべきである。金融政策は、中央銀行のマンデートと整合的な形で、インフレが目標に向けた軌道を維持するか目標付近で安定することを確保すべきである。中央銀行の決定は引き続きよくコミュニケーションがとられる必要がある。構造改革の実行を続けることは、我々の潜在成長力を高める。我々は、国際的な貿易及び投資が、成長、生産性、イノベーション、雇用創出及び開発のための重要なエンジンであることを改めて強調する。我々は、ブエノスアイレス・サミットでの貿易に関する首脳の合意を再確認する。我々は、国際的な協力及び枠組みを強化するために、引き続き共同行動をとる。我々はまた、2018年3月に行った我々の為替相場のコミットメントを再確認する。
 世界金融危機の後、グローバル・インバランス(経常収支不均衡)は、新興国や開発途上国を中心に減少し、次第に先進国に集中してきた。しかしながら、不均衡は依然として高水準かつ持続的であり、対外資産・負債の水準も拡大を続けている。我々は、対外収支を評価するにあたっては、サービス貿易・所得収支を含む経常収支のすべての構成要素に着目する必要があることに留意する。我々は、対外収支には、景気循環要因、国内政策及び経済のファンダメンタルズ、海外からの波及効果が複合して反映していることを認識する。我々は、対外不均衡��中には、経済のファンダメンタルズに沿ったものもあれば、過度でありリスクを孕むものもあるという見解を共有する。過度な対外不均衡の根底にある要素には、過剰な法人貯蓄、誤った財政政策、財・サービス分野の貿易障壁が含まれうる。我々は、協力推進の精神に基づいた上で、過度の対外不均衡に対処し、強固で持続性があり均衡のとれた包摂的な成長というG20の目標実現に対するリスクを低減するには、各国の実情に即しつつ、注意深く策定されたマクロ経済・構造政策が必要であることを確認する。一方で、我々は、外国直接投資などのように、より安定的な資金を提供する形態もあるため、資金調達の構成についても注視すべきことを認識する。我々は、IMFによるグローバル・インバランスに関する更なる分析を期待する。
 高齢化を含む人口動態の変化は、G20すべての国に対して課題と機会をもたらす。我々は、このアジェンダの複雑性に鑑み、人口動態の状況に応じたグループに分かれて、高齢化に関連する包括的議論を行った。人口動態の変化は、財政・金融政策、金融セクター政策、構造改革など広い分野にわたる政策行動を必要とする。 各国は必要に応じ、以下の政策を考慮すべきである。 高齢化社会における金融包摂を強化するため、我々は、金融包摂のためのグローバル・パートナーシップ(GPFI)とOECDが策定した「高齢化と金融包摂のためのG20福岡ポリシー・プライオリティ」を承認する。我々は、「GPFI作業計画提案」を承認し、2020年までのロードマップに基づき、GPFIがその体制を簡素化することを求める。
 グローバル金融セーフティ・ネットにおけるIMF の中心的役割を維持すべく、我々は、強固で、クォータを基礎とし、かつ、十分な資金基盤を有するIMF にコミットしていることを再確認する。我々は、第15次クォータ一般見直しを遅くとも2019年年次総会までに完了することに引き続きコミットしており、IMF資金とガバナンス改革に関する作業を最優先事項として早めることをIMFに求める。我々は、賢人グループの提言のフォローアップ作業の進捗を支持する。我々は、効果的なカントリー・プラットフォームに関するあり得る原則の策定に向けた進展を歓迎し、また、我々の考え方を固めコンセンサスを形成するための更なる作業を期待する。加えて、我々は、新たな標準契約書の作成及び複数の国際開発金融機関(MDBs)との協力合意を含む、多国間投資保証機関による開発金融におけるリスク保険を向上させるために進められている努力を歓迎する。我々は、G20賢人グループの提言を受け、4月の代理レベルや昨日の大臣レベルで見られたような、開発金融に係る議論を歓迎する。我々は、資本フローに関する国際機関の取組を歓迎する。OECDは、資本移動自由化コードの見直しを完了し、資本フローの自由化と金融安定を支えるようコードを近代化した。我々はまた、価格に見合った価値に関する国際開発金融機関の報告書を歓迎するとともに、適切で、過剰な負担とならず、かつ明確な利益を生む形での指標の調和化に関する更なる作業を期待する。我々は、賢人グループの提言が複数年にわたる性質のものであることを認識しつつ、その作業を継続する。
 我々は、債務の透明性を向上し、債務の持続可能性を確保するための、債務者及び公的・民間の債権者双方による協働の重要性を再確認する。我々は、IMF及び世銀グループによる、新たに生じつつある債務脆弱性に対処するための「様々な角度からのアプローチ」の直近の進捗に関するアップデートを歓迎し、更なる実施を支持する。とりわけ、我々は、IMF及び世銀グループに、債務の記録・監視・報告、債務管理、公的財政管理、国内資金動員の分野における債務者の能力強化のための取組を継続することを求める。我々は、IMF及び世銀グループに、債務上限ポリシー及び非譲許的借入ポリシーの見直しの文脈で、担保付貸付の慣行の分析を引き続き深めることを奨励する。我々は、「G20持続可能な貸付に係る実務指針」の実施に関する任意の自己評価の完了、及びその評価結果と政策提言をまとめたIMF���び世銀グループのノートを歓迎する。我々は、評価を完了したG20及び非G20メンバーを称賛する。我々は、貸付慣行の改善を目指して、このノートで強調されている課題を引き続き議論していく。我々は、民間貸付に係る債務の透明性及び持続可能性を向上させるための、「債務透明性のための任意の原則」に関する国際金融協会の取組を支持し、フォローアップを期待する。我々は、二国間の公的債務を再編するための主要な国際フォーラムとして、債権者たる新興国のより多くの参加に向けてパリクラブが進めている取組を支持する。これに関連して、我々は、パリクラブと協働するために、インドがパリクラブに事案に応じた参加を自発的に決定したことを歓迎する。
 インフラは経済の成長と繁栄の原動力である。質の高いインフラを強調することは、「投資対象としてのインフラに向けたロードマップ」に沿いインフラ・ギャップの縮小に向けて継続中のG20の努力の必要不可欠な一部である。この文脈で、我々は、公的財政の持続可能性を保つ形での持続可能な成長と開発を達成するためのインフラの正のインパクトの最大化、ライフサイクル・コストでみた経済性の向上、女性の経済的なエンパワーメントを含めた環境・社会配慮の統合、自然災害その他のリスクに対する強靭性の強化、及びインフラ・ガバナンスの強化の重要性を強調する。我々は、この理解に基づき、また、テーマ横断的な協働を歓迎しつつ、我々の共通の戦略的方向性と高い志として、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」を承認する。我々は、国際機関に対して、効果的な実施のために有用であろう、質の高いインフラ投資に係るレファレンス・ノート及びファシリティとリソースに係る新たなデータベースを作成したことを感謝する。我々は、質の高いインフラ投資に係るあり得る指標を探求することを含めて、インフラを投資対象へと育成するための作業項目を引き続き前進させていくことを期待する。
 我々は、自然災害に対する財務上の強靭性を促進させる手段としての、災害リスクファイナンシング・保険スキームの重要性を認識する。こうしたスキームは、政府が民間部門の資金を効果的に活用し、それによって時宜を得た形で自然災害からの財務上のリスクを管理することに資する。この関連で、世銀からの報告書「災害ショックに対する財務上の強靭性の強化:グッドプラクティスと新たなフロンティア」は、マクロ経済・財政計画の策定を通じたものを含む、災害リスクファイナンシングに係る手法に関する知識を広げることに役立つものである。
 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に向けた前進は、途上国において、人的資源の開発、持続可能で包摂的な成長と開発、パンデミックや薬剤耐性といった公衆衛生上の緊急事態の防止、発見及び対応に貢献する。この観点から、我々は、「途上国におけるUHCファイナンス強化の重要性に関するG20共通理解」へのコミットメントを確認する。「共通理解」文書に示されたとおり、国際機関による活動を基礎とし、民間部門や非政府団体による適切な貢献を伴った、多分野にわたるアプローチ、特に財務当局と保健当局の連携は、保健財政強化のために重要である。この点に関し、我々は首脳サミットに際して開催される財務大臣・保健大臣合同セッションに期待する。我々は、世界銀行グループが作成したレポート「21世紀における持続可能かつ包摂的成長の推進のための優れた保健財政」に感謝する。
 我々は「アフリカとのコンパクト(CwA)」への継続した支持を強調する。これには、民間部門の投資家とのより緊密な関与や、二国間の関与の強化が含まれるべきである。後者には、開発金融機関からの一貫した貢献や、CwAを実施する上での役割に対する明確な理解の上に立った、参画する国際機関(WBG、AfDB、IMF)の役割の強化が含まれる。
 我々は、世界規模で公正、持続可能かつ現代的な国際課税システムのための協力を継続するとともに、成長志向の租税政策を推進するための国際協力を歓迎する。我々は、G20/OECD「税源浸食と利益移転(BEPS)」パッケージの世界的な実施及び税の安定性向上の重要性を再確認する。我々は、経済の電子化に伴う課税上の課題への対応に関する最近の進捗を歓迎し、BEPS包摂的枠組みによって策定された、2つの柱からなる野心的な作業計画を承認する。我々は、2020年までの最終報告書によるコンセンサスに基づく解決策のための取組を更に強化する。我々は、税に関する金融口座情報の自動的交換の進捗を含む税の透明性に関する最近の成果を歓迎する。我々はまた、国際的に合意された税の透明性基準を満足に実施していない法域の更新されたリストを歓迎する。我々は、強化されたすべての基準を考慮した、OECDによるリストの更なる更新を期待する。リストに載った法域に対しては、防御的措置が検討される。この点において、我々は利用可能な措置を列挙した2015年のOECD報告書を想起する。我々は、全ての法域に対し多国間税務行政執行共助条約への署名及び批准を求める。我々は引き続き、「税に関する協働のためのプラットフォーム(PCT)」を通じた協調や、中期歳入戦略に関する経験の活用、能力が限られた国々における国内資金動員を支援する各国の状況に合わせた努力等により、開発途上国における税に関する能力構築支援を支持する。我々はPCTの最初の進捗報告書及び日本における「アジア大洋州租税・金融犯罪調査アカデミー」を歓迎する。
 合意された国際基準に基づく、開かれた、強靭な金融システムは、持続可能な成長を支えるために極めて重要である。我々は、合意された金融規制改革の完全、適時かつ整合的な実施に引き続きコミットしている。我々は、これらの規制改革の影響を引き続き評価し、中小企業金融についてのFSBの市中協議文書を歓迎する。我々は、金融安定性に対する脆弱性と生じつつあるリスクについて、引き続き注視し、マクロ・プルーデンスの手段を含め、必要に応じ対処する。我々は、ノンバンク金融仲介��金融システムに与える多様性を歓迎する一方、引き続き、関連する金融安定リスクを、適切に特定、注視、対処する。我々は、FSBと証券監督者国際機構(IOSCO)による市場の分断についての報告書を歓迎し、10月に、進行中の作業も含めた進捗報告を受けることを期待する。我々は、規制・監督上の協力等により、意図せざる、悪影響をもたらす市場の分断に対処する。我々は、コルレス銀行関係の解消の原因及び結果と、銀行サービスへの送金業者のアクセスにかかる課題について、引き続き監視し、対処する。サステナブル・ファイナンスの動員及び金融包摂の強化は、世界の成長にとって重要である。我々は、こうした分野における民間部門の参加と透明性を歓迎する。
 暗号資産の基礎となるものを含む技術革新は、金融システム及びより広く経済に重要な便益をもたらし得る。暗号資産は、現時点でグローバル金融システムの安定に脅威をもたらしていないが、我々は、消費者及び投資家保護、マネーロンダリング及びテロ資金供与への対策に関するものを含め、リスクに引き続き警戒を続ける。我々は、マネーロンダリング及びテロ資金供与への対策のため、最近改訂された、仮想資産や関連業者に対する金融活動作業部会(FATF)基準を適用するというコミットメントを再確認する。我々は、FATFが今月の会合にて、解釈ノート及びガイダンスを採択することを期待する。我々は、消費者及び投資家保護や市場の健全性に関し、暗号資産取引プラットフォームについてのIOSCOの報告書を歓迎する。我々は、FSBの暗号資産当局者台帳や、暗号資産における現在の取組、規制アプローチ、及び潜在的なギャップに関する報告書を歓迎する。我々は、FSBと基準設定主体に対して、リスクを監視し、必要に応じ追加的な多国間での対応にかかる作業を検討することを要請する。我々はまた、分散型金融技術、それが金融安定性や規制、ガバナンスにもたらす潜在的な影響、及び当局が広範なステークホルダーとの対話をどのように強化できるかについてのFSBの報告書を歓迎する。我々は、サイバーの強靭性を高める努力を強化し続けるとともに、サイバー攻撃への対応や復旧のための効果的な取組を明らかにするFSBのイニシアティブの進捗を歓迎する。
 我々は、マネーロンダリング、テロ資金供与及び拡散金融と闘い、これを防止するための国際基準の設定主体としてのFATFの不可欠な役割を強調する国連安保理決議2462号を歓迎する。これらの脅威と闘う努力を強化することについての我々の強いコミットメントを再確認する。我々は、FATF基準の完全、効果的かつ迅速な履行を求める。我々は、今年4月に開催されたFATF大臣会合において、FATFマンデートが恒久化されるとともに、大臣級会合の2年に1度の開催やFATF議長・副議長の任期延長を含めたFATFのガバナンス強化につながる成果が得られたことを歓迎する。我々は、FATFの「戦略的な見直し」に期待する。我々は、金融技術革新がもたらすリスクと機会をモニターし、FATF基準が変化に適応した適切なものであり続けることを確保するとのFATFによるコミットメントを歓迎する。我々は、その進捗を2021年に報告するようFATFに求める。我々は、拡散金融への国際的な対応を強化するためのFATFによる更なる行動を期待する。
スキルへの投資、女性・高齢者における労働参加率の促進、高齢者に優しい産業の育成などによる生産性及び成長の向上。
公共支出・投資の効率性や実効性の向上、世代間及び世代内の公平性に考慮した機能的かつ財政持続的な社会保障の強化。
高齢化がもたらす課題により良く対応するための公正で成長を促す税制の設計。
金融政策に対する高齢化によるインプリケーションのより良い理解。
金融機関がそのビジネスモデルとサービスを必要に応じて適応できるよう支援。
人口動態変化による国境をまたがるインプリケーションの管理(資本移動や移民など)。
(以 上)
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ari0921 · 7 years ago
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ついに「開戦」した米中貿易大戦の行方 米国は中国の台頭を許すのか 福島 香織 7月6日、米中貿易戦争が開戦した。中国内外の多くのメディアが「開戦」の文字を使った。つまり、これはもはや貿易摩擦とか不均衡是正といったレベルのものではなく、どちらかが勝って、どちらかが負けるまでの決着をつける「戦争」という認識だ。仕掛けたのは米国であり、中国は本心は望まぬ戦であるが、中国としても米国に対して妥協を見せるわけにはいかない事情があった。この戦いは、たとえば中国が貿易黒字をこれだけ減らせば終わり、だとか、米大統領選中間選挙までといった期限付きのものではなく、どちらかが音を上げるまで長引くであろう、というのが多くのアナリストたちの予測である。  さて、この戦争でどちらが勝つのか、どちらが負けるのか。あるいは、どういう決着の仕方が日本にとって好ましいのか。それを正しく判断するためには、この米中貿易戦争とは何なのか、その本質を知る必要がある。そして、おそらくはビジネスに軸足を置く人と、安全保障や政治に関心のある人とでは、その判断が違うかもしれない。  2018年3月22日、米大統領トランプは「中国による不公平な貿易・投資慣行」を抑制するため、通商拡大法232条に基づき鉄鋼、アルミニウムの輸入制限を行う大統領令に署名した。さらに4月3日USTRは、中国による知財権侵害を理由に通商法301条に基づいて中国からの輸入品に追加関税を賦課する品目リスト1300品目(最大600億ドル相当)を公表。これに対し、中国側も、豚肉やワインなどの農産物を中心に128品目の関税引き上げを実施。さらに4月4日に大豆、航空機など500億ドル規模の米国製品に25%の追加関税をかけるとし、全面的な米中貿易戦争の火ぶたが切られる、との予測が流れた。  だが、このときは2度にわたる米中通商協議を経て関税引き上げ合戦はひとまず保留という棚上げ合意が発表された。理由は比較的わかりやすく、6月12日にシンガポールで行われる米朝首脳会談という重要イベントを控えて、神経を使う交渉を先延ばしにしたかったのだろう。このときの合意で、誰も米中貿易戦争が回避できた、とは考えていない。  遅かれ早かれ米中の「戦争」はどこかで起きると��予測はあった。そして米朝首脳会談が終わるや否、米国は、保留にしていた対中貿易戦争を仕掛けた、というわけだ。6月、中国から輸入する1102品目(500億ドル規模)に対する追加関税を決定し、7月6日、米国側は中国輸入品818品目340億ドル分にたいして関税を25%に引き上げた。これに対し、中国も即座に同規模の報復関税を実施。米国はさらに10日、中国からの輸入品2000億ドル規模の関税引き上げリストを発表。中国からの輸入品年間5000億ドルのおよそ半分に追加関税を課す構えとなった。  中国はこれに対して即座に報復関税をかけるという形にはならなかった。というのも米国からの輸入は1300億ドルほどなので、全部に報復関税をかけても、関税引き上げ合戦には勝てない。その代わり、中国に進出している米国企業に対する不買運動や規制・監視強化といった嫌がらせに出るのではという観測が流れている。また6月、マイクロン、サムソン、SKハイニックスの米韓3社に対してDRAM独禁法違反疑いで調査を開始したのも、報復の一つだろう。 いずれにしろ、中国習近平政権サイドも、北戴河会議の前であり、内政面でいろいろ変な噂が流れている最中であり、簡単に米国の圧力に屈するわけにはいかない事情がある。目下、双方とも通商協議の再開を目指して折衝中ともいわれるが、根本的な問題は、実は経済利益の問題だけではないので、途中でインターバル(棚上げ)があっても、簡単には決着しそうにない。 米国の狙いは「中国製造2025」の阻止  その根本的な問題とは、米国が中国の台頭を許すかどうか、という点である。  米CNBCなどが報じているが、この貿易戦争におけるトランプ政権の狙いは、米中貿易不均衡を是正するということだけではない。本当の狙いは、中国の経済覇権阻止、具体的にいえば、「中国製造2025」戦略をぶっ潰すことである、という。  「中国製造2025」とは2015年に打ち出された中国製造業発展にむけた10年のロードマップ。今世紀半ば(中国建国100周年の2049年)までに米国と並ぶ中国社会主義現代化強国の実現に必要なハイテク・素材産業のイノベーションとスマート化にフォーカスした戦略だ。  ターゲットとして掲げている具体的な産業が①半導体・次世代情報技術②AI③航空・宇宙④海洋設備・ハイテク船舶⑤EV・新エネルギー車⑥電力設備(原子力)⑦農業設備⑧高速鉄道・リニア⑨新素材⑩バイオ医療の十大分野だ。この中で米国がとりわけ脅威を抱いているのは半導体および次世代情報技術であり、この貿易戦争の背後には、まずは中国に5Gで主導権をとらせない、という狙いがある、という見方がある。  この見方はまんざら間違っていないと私も思う。米中貿易戦争と並行して行われた大手通信機器メーカー中興(ZTE)に対する米製品の禁輸措置や、華為技術製品の米国市場締め出しの動きも、この文脈で理解されている。ZTEはこのまま追い詰められるかとみられたが13日、ZTEは米商務省が命じた10億ドルの罰金、4億ドルの委託金および米商務省選出の外部監視員の採用を受け入れて、制裁的禁輸が解除された。  しかしながら、米中貿易戦争の主戦場が半導体・情報技術分野であることに変化はなさそうだ。この理由は5Gが米国の国家安全・国防にかかわる中枢技術であり、国家主導の巨大市場と破格の安さで、この技術の標準化を中国に奪われるわけにはいかない、という事情がある。実は、中国はIT、IoT、フィンテック、AI分野で世界の先端を走っているように見えるが、こうした技術のコアな部分である半導体の自給率は20%程度(しかも韓国資本、米資本など外資)である。ほとんどが米製品を輸入している。だからZTEに対する米企業の禁輸措置によって、北米市場第四位のシェアを誇っていたZTEが破たん寸前に追い込まれたのだ。  ZTEの禁輸措置に焦った中国は純国産半導体メーカー3社(長江存儲科技、合肥長鑫、福建省晋華)の工場を年内にも稼働させようとしているが、半導体の専門家から言わせれば、競争力のある技術ではない。この3社のうち合肥長鑫は米マイクロンの台湾子会社からの従業員大量引き抜きによってDRAM技術を導入したといわれ、マイクロンサイドから機密盗用で訴えられているし、晋華もマイクロン台湾の社員から流れた技術を盗用したとしてマイクロンから訴えられている。 米国が貿易戦争を仕掛けなければ…  頼みの綱の清華大学傘系ハイテクコングロマリット紫光集団傘下の長江存儲も、マイクロンの買収に失敗したのち、行き詰まっている。結局のところはプロ技術者を一本釣りするか、大手半導体メーカーを買収するかしか中国の半導体国産化計画は実現しないのだが、その核心技術を握っている米トランプ政権は、中国に対して中国の知財権侵害に対する懲罰を名目に貿易戦争を仕掛け、かつてないレベルで技術流出に対しても警戒を強めている。  ただ、ZTE、華為は通信設備製造業においては世界シェアを牛耳る4社のうちの2社であり、破格の安価と中国13億市場という巨大を武器に5Gの主導的地位を奪う可能性は十分あった。もし、米国が貿易戦争を仕掛けなければ、巨大市場を支配する中国企業が、米国企業のもつ資本と技術を吸収して、半導体自給率100%の目標はいち早くかなったかもしれない。一方で、買収などによる他企業からの技術吸収ではなく、自前で技術者を育てるとなると、最速で見積もってもあと20年の時間はかかる、という指摘もある。  かりに5Gの国際規格標準化が中国主導で行われたとすると、インターネットによって米国が通信覇権を確立したように、今度は中国が通信覇権を奪うことになる。5Gは情報産業から金融、IoTを通じて人々の生活までも支配する可能性がある。米国のインターネットと同様、5Gも軍事情報技術の核を為すという意味でも、国家安全に直結する技術だ。トランプ政権は米国安全保障戦略で中国を名指しで「米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」と仮想敵国扱いしているのだから、中国の情報通信覇権の野望は阻止せねばならない。  中国がまだ国産半導体を製造できない今のうちに、中国の野望を完膚なきまでに叩き潰さなければならない、とトランプ政権は考えているのではないだろうか。これは、トランプ政権、特にトランプの側近として発言力が強まっているナヴァロやライトハザーら対中強硬派の考えに沿った動きであるとみられる。もちろん、共和党も一枚岩ではなく、産業界にはこの貿易戦争への反対の声は強い。また、いくら米国の方が経済規模が大きく、最終的には貿易戦争を勝ち抜く公算があったとしても、相手が千の血を流せばこちらも八百の血を流すことになる。  中国の近代史は血を流しっぱなしであったので、中国人自身は米国人より痛みに耐性があると考えれば、意外に中国の方が強い可能性もある。一方、中間選挙まで、といった短期的な戦略ではなく、中国が米国と並び立とうという覇権の野望をくじくのが目的であると考えると、トランプ政権が二期目を継続すれば、この戦いは半導体や5Gにとどまらないかもしれない。  米国としては、世界で唯一無二の国際秩序の頂点に立つ国家として、八百の血を流しても、中国の台頭を抑え込まねばならない戦、ということになる。もちろん、トランプが急に、米中二国が並び立つ世界を理想とすると言い出す可能性もゼロではないが、そうなった時は、日本は中華秩序圏に飲み込まれるやもしれない。 中国が見誤った対米戦略  こういう事態を招いた、責任の一端は習近平の対米戦略を見誤ったことにあるといえる。オバマ政権の初期が中国に対して非常に融和的であったことから、習近平政権が米国をみくびった結果、鄧小平が続けてきた「韜光養晦」戦略を捨て、今世紀半ばには一流の軍隊を持つ中国の特色ある現代社会主義強国として米国と並び立ち、しのぐ国家になるとの野望を隠さなくなった。このことが米国の対中警戒感を一気に上昇させ、トランプ政権の対中強硬路線を勢いづけることになった。  今、北戴河会議(8月、避暑地の北戴河で行われる共産党中央幹部・長老らによる非公式会議)を前に、米中貿易戦争の責任を王滬寧が取らされて失脚するといった説や長老らによる政治局拡大会議招集要求(習近平路線の誤りを修正させ、集団指導体制に戻すため)が出ているといった噂が出ているのは、その噂の真偽はともかく、党内でも習近平路線の過ちを追及し、修正を求める声が潜在的に少なくない、政権の足元は習近平の独裁化まい進とは裏腹に揺らいでいる、ということは言えるかもしれない。  だから、この貿易戦争がどういう決着にいたるかによっては、独裁者習近平が率いる中国の特色ある現代社会主義強国が世界の半分を支配する世の中になるかもしれないし、世界最大の社会主義国家の終焉の引き金になるかもしれない。国際秩序の天下分け目の大戦と思えば、日本人としては経済の悪影響を懸念したり漁夫の利を期待するだけでは足りない、別の視点で補いながら、その行方と対処法を探る必要があろう。
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thetaizuru · 3 years ago
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 「なつかしさ」という感覚は、実際にはそれまで見たことのなかったものにも感じることがあるので、記憶にだけ属するものでもないし、日常的な習慣の中にも感じることがあるので、過ぎ去った昔に対してだけ思う「懐古」とは違う「なつかしさ」という感覚があると言える。  個人の記憶や体験に基づいた感覚としては、当然、他の人からすると風変わりだと思えるようなものに対してなつかしさを感じることもあり、また、同世代や同地域の多くの人が共通してなつかしいと思うものがあるという意味では、文化的な文脈や社会性の中にもある感覚だとも言える。  語源としては、「なつかしい」という言葉は、慣れ親しむという意味の動詞「なつく」が形容詞化された語で、本来、「慣れ親しみたい」「身近に置いておきたい」といった感情表現で用いられ、「かわいらしい」「手放したくない」といった意味でも用いられた。中世頃から、過去のものや離れているものに対して心が惹かれるといった、現在と同じ用法の「懐かしい」は用いられている。
 「サウダージ (サウダーデ)」という、ポルトガル語、ガリシア語の単語は、「郷愁」「憧憬」「思慕」「切なさ」などといった意味合いを持つ。ポルトガル語およびそれと極めて近い関係にあるガリシア語に独特の単語とされ、他の言語では一つの単語で言い表しづらい複雑なニュアンスを持つ。  ガリシア語ではこの語はあまり使われず、ポルトガル語が公用語となっているポルトガル、その旧植民地ブラジル、アフリカのアンゴラなどの国々で、歌詞などに好んで使われている言葉だという。  日本語の「なつかしさ」に似て、何に「サウダージ」を感じるのか、どのような感覚的な特徴があって、どのようなニュアンスの幅があるのか、うまく説明することができない。
 1910年にポルトガルで創刊された雑誌「A Aguia」(「アギア(「鷲」の意)」)を中心に、「サウダシスモ」という、文化、文学、政治および哲学運動が起き、1911年、アギア誌は「ポルトガル ルネッサンス」を組織した。その運動の中で、「サウダージ」は「ルシタニアの魂」(「ルシタニア」は古代ローマの属州として名付けられた、現在のポルトガルおよびスペイン西部に該当する地域。)を表現するポルトガルの特有の現象であると捉えられ、「サウダージ」とはどのような感覚なのかということが考察された。  これは同じポルトガル語圏のブラジルにも伝わり、「サウダージ」はブラジルの国民的アイデンティティの重要な部分として強く認識されている。  しかし、「サウダージ」とは何なのかという統一的、体系的な説明は存在しない。  語源についても、 ラテン語の「solitate (孤独)」にその起源を求める説が19世紀半ばからあるものの根拠が弱いとされ、他に複数の仮説があり、統一された見解は存在しない 。  組織としての「ポルトガル ルネッサンス」及び、運動としての「サウダシスモ」は、1910年のポルトガル第一共和政の樹立から第一次世界大戦(1914年-1918年)といった世相を背景として展開され、1926年5月28日クーデターによる第一共和政崩壊後、サラザール独裁政権による弾圧があり、運動の中心人物の一部が亡命し、終焉へと向かう。1932年、アギア誌が休刊となり運動は途絶えた。
 第一次世界大戦中の1915年5月7日、イギリス船籍の旅客船ルシタニア号がドイツ海軍の潜水艦U-20より、南部アイルランド沖で雷撃を受け沈没した。犠牲者の中には128名のアメリカ人が含まれており、アメリカでの反独感情が高まった。  ポルトガルは1916年に第一次世界大戦への参戦を決定。  1916年アメリカ合衆国大統領選挙。1917年4月6日、アメリカは孤立主義政策を一転しドイツに宣戦布告。12月にはオーストリア=ハンガリーに宣戦布告する。
 サウダシスモは、1880年代から1910年代にかけてヨーロッパ各地で現れた新ロマン主義から生まれた運動のひとつとして位置づけられる。  新ロマン主義は自然主義の対立概念として考案された。自然主義は外部の観察を強調し、自然科学的な理論を重視するのに対し、新ロマン主義は感覚や内的な観察を重視し、理論的な芸術理解に対し懐疑的な傾向を持つ。新ロマン主義は、 機械や新都市、スキャンダルや損得勘定にまみれた「醜い現代世界」への拒否反応として発生し、18世紀後半から19世紀前半にかけてのロマン主義への回帰を目指し、ユートピア的な光景、荒廃からの復興、歴史的な景観への憧憬といったものを特徴的なテーマとした。  新ロマン主義には、ナショナル ロマンティシズムを称揚する傾向が ある。これは、イギリスやフランスなどのヨーロッパ文化の中心をなす国から展開された汎ヨーロッパ的な文化運動に対する、民族や国民国家などのアイデンティティを意識したローカリズムの主張と模索であったとも捉えられる。  ただし、新ロマン主義が1880年頃、はじめて大きく現われたのがイギリスであり、戦後から現在にかけて新ロマン主義の流れが脈々と続いているのもイギリスである。SFやファンタジー作品にも影響を与えた。  新ロマン主義は象徴主義に影響を受け、象徴主義の転義法という技法を取り入れている。転義法とは、言葉を文字通りの使い方あるいは標準的な使い方とは別の方法で用いることで、比喩とか皮肉とかがこれに含まれる。  象徴主義は、自然主義とは対照的に、事物を忠実には描かず、観念や理念、印象や感覚といった具体的な形で表現できないものを表現するために転義法などの技法を探求した。新ロマン主義も、観念や感覚といったものの表現を目指した。  20世紀に入り、19世紀の文学や芸術の潮流は思想的な支柱を失い、それぞれの潮流が発展させた技法や追求した主題などがバラバラな状態になっていた。新ロマン主義的な表現の追求は、例えばサウダージなどの、もともと曖昧さやアンビバレントな感覚を含んだ概念を用いることで、そのバラバラになった要素を再び繋ぐことを目指したとも言える。  新ロマン主義は、特に美術においては、新しい表現をもたらさず古典的な様式に回帰するが、同時期の表現主義は、バラバラになった要素を再び繋ぐために、未分化で原始的な感性や抽象表現を用いたと言える。  象徴主義はオカルティズムを思想的な支柱とし、自然主義は科学的な正しさを支柱としていたが、20世紀頭に、それまで科学的に正しいと主張された心霊主義やエーテルといった概念が否定され、見直しが迫られた。自然主義は、19世紀の科学を引きずりながら、新たな科学的技法としてフロイトの精神分析学、特に『夢判断』(1900)に注目した。皮肉なことに、自然主義が夢占いなどの20世紀後半のオカルトブームに素材を与え、 相対性理論などの難解な理論を概念的に理解するのに役立ったのが、象徴主義が発展させた、概念を表現する手法だった。  20世紀は皮肉な転倒が連続し、それは現在も続いている。
 1911年にドイツのミュンヘンで、フランツ マルクとともに「青騎士 (デア ブラウエ ライター)」というグループを結成し、 20世紀初頭にドイツで生まれた表現主義の大きな牽引役となり、また、抽象表現の創始者としても知られるワシリー カンディンスキーは、象徴主義の大家フランツ フォン シュトゥックに師事して絵の勉強を始める。  表現主義も、象徴主義や新ロマン主義と同じく自然主義に反発した。表現主義は、伝統的な様式の解体を目指し、その点で新ロマン主義とは大きく異なり、実験的手法により象徴主義からも大きく離れていく。  カンディンスキーの1910年頃の試みが抽象絵画のはじまりとみなされている。1911年、カンディンスキーは『印象Ⅲ (コンサート)』と名付けた作品で、音楽を視覚的に表現しようと試みる。これは後に、「共感覚」(例えば、共感覚を持つ人は文字に色を感じたり、音に色や形を感じたりする。) を初めて絵画にした作品であるとも考えられた。カンディンスキー本人は共感覚を有していたとはみなされていないが、遡ってゴッホやムンク、印象主義や象徴主義の作品にもそれに近い傾向が見られるものがある。  例えばゴッホは生前のエピソードや作品の個性が強烈なことなどもあり、表現内容や作者自身について、精神分析をするという形で考察され多くの仮説が提示された。それ以降、作品の批評や解釈に精神分析学的な考えを使うというのも増えるが、カンディンスキーのように理論に基づく実験的手法を用いた表現を批評する際には、作品を見た人にどのような印象を与えるかという点が、その実験的な試みが成功しているかどうかを測るためにも重要さを増す。表現内容や作者の意図よりも、受け手に与える心理効果が、20世紀の表現における重大な関心事になり、プロパガンダの重要なツールになる。
 「なつかしさ」や「サウダージ」は、「寂しさ」や「感傷」といった観念にも結び付いているが、「愛」や「美」といった概念にも結びついている。特にロマンティックな表現においては、「愛」や「美」が強調された。  「愛」や「美」ではなく、その反対の「恐怖」や「憎悪」に結びつくだけで、同じものが「トラウマ」に変わる。  特定の記憶に深く結びついたトラウマだけではなく、複雑性PTSDのように、特定の記憶やはっきりした因果関係がわからないトラウマや不安もある。  第一次大戦後、1920年代は、 例えばアメリカでは「狂騒の20年代」とか「ジャズエイジ」と呼ばれ、フランスやドイツでも「黄金の20年代」と呼ばれる、明るく享楽的な文化が発達した時代で、大量消費時代とマスメディアの時代の幕開けでもあった。 しかし同時に、不安が底流を流れていた。  1924年に起こったシュルレアリスムは、トラウマを主題のひとつに据え、その解体と克服を目指した。  1929年から始まる世界恐慌によって1930年代の大不況時代がはじまり、そして1939年、第二次世界大戦勃発。  ナチスドイツにおいてはロマン主義的写実主義、スターリン時代のソ連においては社会主義リアリズムという、新古典主義を源流とするよく似た表現様式が奨励される。古典的な様式への回帰という点では新ロマン主義とも似た表現様式で、新ロマン主義の歴史を美化する表現は、ナチスやソ連の公式芸術においては歴史と現実を美化する表現となり、曖昧さを排除し、わかりやすさと健全さが強調された。ロマン主義的写実主義と社会主義リアリズムのどちらにおいても、歴史や現実を美化しているのではなく事実を表現した写実でありリアリズムであると主張し、思想的あるいは科学的な正しさを主張する。  正しさだけを求める表現は簡単に政治の道具になり、不安に駆られると人は簡単に曖昧さを捨てる。曖昧さがないと、愛や美は簡単に恐怖と憎悪に変わる。
 思い出してみてほしい。  自分の言葉で伝えたいことって、どんなことか。
2022年5月朔日 ほほえみを添えて
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