Tumgik
#長編小説
emeraldecheveria · 2 months
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月の光と海うさぎ【1】
ルルのこと
 飼育小屋で飼っていたうさぎの「ルル」が、私が当番だった日に死んだ。
 原因は分からない。何か病気だったのかもしれない。寿命が早く訪れたのかもしれない。とりあえず、殺されたとかではなかった。
 でも、みんなひそひそとこんなことをささやいた。
「ルルは二組の光谷さんが殺したんだよ」
「うさぎは寂しいと死んじゃうんでしょ?」
「お世話サボって、寂しい想いさせたんだよ」
 私、ルルのお世話をサボってなんかない。ちゃんと朝も、お昼休みも、放課後にもお世話に行った。
 そっと撫でてみた白い軆は、ふかふかして温かかった。ルルも赤い瞳に私を映してくれた。にんじんのスティックを噛み砕く、ぽりぽりという音も憶えている。真夏でちょっとくせがある、飼育小屋の動物のにおいだって。
 ルルに寂しい想いなんて、私はさせなかった。でも、みんな、私がルルを殺した犯人だとうわさするようになった。
 毎日そんなふうに言われていると、初めは私は悪くないと思えていたのに、次第に自信がなくなってくる。
 ……やっぱり、ルル、寂しかったのかな。放課後、あと五分そばにいたら、違ったのかな。
 あるいは、ルルが不調だったのは確かなわけで、それを見抜けなかったことでがっかりさせた? 私が悪かったのかな。私が殺したのかな……。
 ──思えば、この頃から、私の心にはうさぎが棲みつきはじめたのだ。ただのうさぎではない。痛めつけられるほど、重い雨を降らし、海を波立てて荒らす、海のうさぎ。私は何となく、そのうさぎを「ルル」と呼んだ。
 空にも行けず、私の心を黒い雲で覆い、冷たく暗い雨で冒す海うさぎ。
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【次話へ】
3 notes · View notes
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💡まもなく配信終了。読み放題・購入出来るのは10月末まで💡
かつての恋人といまの恋人。それぞれに向けるふたつの思いに挟まれた男が、葛藤と苦悩の末にたどりついた先にあったものは緊縛師として生きる覚悟だった。切なくもじれったい濃密なラブストーリー・シリーズ【イヴ】最終巻。
📕乳と蜜の流れるところ📕 https://amzn.to/48BkmGB 表紙写真:佐藤恵里沙 イラスト:純友良幸
不器用な男女が過去に負った心の傷や自分自身と向き合い結ばれるお話です。二人の成長物語でもあります。
キーワード:現代・再会・成長・再生・純愛・追憶・じれったい一途な愛・忘れられない恋・社会人・それぞれの気持ち・すれ違う二人の心・過去の秘密・三角関係・もどかしい男女関係・複雑な人間関係・複雑な人間関係・幸せな結婚・希望の物語・師弟の絆・師匠と弟子・家族・夫婦・親子・こじらせ・魅力的な人
ジャンル:コンテンポラリー・切ない恋愛小説・感動ロマンス・大人のラブストーリー・温かいヒューマン・女性向け人間ドラマ・シリアス・スローバーン・心温まる結末・ハッピーエンド
💡投稿を目にしたくない方は【アカウントをブロック】してください
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sa-ka-na · 8 months
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昨年の今頃に執筆していた『 Girl 』という小説をnoteにて上げはじめました。全7話完結予定です。
躁鬱病を発病し、精神病棟に入院したのち無職になった昨年。閉塞感と虚無感の拭えないただ呼吸だけが続いているような毎日に途方に暮れるなかで、そんな絶望のなかで、それでもどうにか自分を保とうと鼓舞する意味もこめて
妄想に妄想を重ねてこの物語をつくりました。
拙い部分は多々ありますが、もしよろしければ時間の隙間にでも読んでいただけたら嬉しいです。
現在は3話目まで上げています。続きもすぐに更新していく所存です。
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satoshiimamura · 10 months
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第7話「日(かんけい)常」
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「観測システム問題ありません」
「シンクロ率七十パーセントをキープしています」
「通信速度も安定」
 次々と周囲から報告される内容に、夢見は中央管理室の中央に鎮座する巨大モニターを見ながらも笑う。
 そこに映るのは空を飛び回る青のイカロス。次々とやってくるペティノスを打ち倒している。
 青空の中、それよりももっと濃い塗装の機体が、火炎を背負いながらも宙を飛び回る。その光景は、かつて夢見もよく見たものだった。
「まるで子供だな」
 夢見の背後からタスカが声を掛けた。
「子供でしょうよ。そもそも、あの双子たちがガキだし」
 モニターから目を逸らさずに夢見は言い返した。それに気分を害した気配もなく、さらに会話を続ける。
 両者とも視線はモニターに固定されていた。
「当初はおとなしいガキが、やんちゃなガキ共に振り回されている印象だったが」
「容赦無くなってるよ、あの子。七番との裁定勝負の途中、収集可能範囲九十五パーセントくらいのデータをランダムでパイロットに開示し始めてた」
「腐ってもナンバーズか……それだけの情報を拾えるオペレーターもだが、神楽右近も開示データを処理できる辺り脅威だな」
「問題児とはいえ、スバルの秘蔵っ子だし」
「死んだわりにはタチの悪い置き土産だ」
「言えてる」
 ククッと夢見は笑う。タスカはそれを横目で眺める。
 二人の背後で、さらに青のイカロスに関連した数値が読み上げられていた。
 直接搭乗を行っている獅子夜ゆらぎの脳波や心拍数、呼吸などから、彼の心理状況が暴かれていく。が、それらはとても安定していた。彼は迷いなどなく、淡々と、静かに場を把握していく。緊張感も恐怖も、そこにはなかった。
「実戦でもこれか……最終決定には帰還時のデータ収集まで待たなくてはいけないが、思った以上に使えるな」
 タスカがそう言えば、夢見もまた頷く。が、一部の数値に疑問があったらしい。唸り声を喉の奥から響かせて「データが少なすぎる」と嘆いた。
「この数値が個人によるものか新世代のイカロス由来なのかわからないね。比較がしたいが……これじゃあ、結論が出せない。ていうか、サンプル少なすぎて無理」
「現見さんたちが許さないだろう。五番の直接搭乗ですら、未だ眉間に皺を寄せて反対してるらしいぜ」
「まったく、三十年前の連中は頭が固い!」
 憤慨だと言わんばかりの夢見に対し、タスカは諦めの混じった声色で嗜める。
「アレクたちがあれだけ過去の情報開示を求めても、連中は首を横に振るばかりだ。三十年前のトラウマがどれだけ深いのかは知らないが、オレやお前の元上司たち並みに頑固なのは初めから知ってただろ」
 でも、と夢見が諦めきれないように青のイカロスを見上げる。モニターに映るイカロスは、先程他のイカロスから援護を受けて、再びペティノスを複数体撃破していた。
 その横でタスカがモニターの端を指さす。そこにいたのは、黒のイカロスだった。
「もう少し待てば、勝手にサンプルは増えるだろうさ」
 それまでの辛抱だ、とのタスカの言葉に夢見も意味を理解したのだろう。そうだ、そうだったと同意をし、そして笑って次の願いを口にした。
「早く比較したいね」
***
 イカロスによる出撃を終えて、ゆらぎは右近とともに待機室に戻る。そこには、複数人のイカロス搭乗者たちが集まっていたが、皆ゆらぎのことを気にしていた。
 突き刺さる視線と圧に目を逸らすゆらぎだが、右近はその様子に気づいていない。呑気に「飲み物いります?」と尋ねてきた。相変わらず、後輩の苦労を考えない先輩である。
「あ、いたいた。おーい、右近! 獅子夜くん!」
 誰もが振り向くほどの大声で、場の空気を一切気にすることなく話しかけてきたのは、同じナンバーズの神楽左近だ。彼もまた出撃していたのをゆらぎは知っていた。
「左近さん、先ほどはフォローありがとうございます」
 戦闘中、ペティノスに囲まれたところで黒のイカロスからの援護があった。それについてゆらぎが左近に礼を述べると、左近の返事よりも先に右近が諌める。
「ゆらぎくん、礼を言う相手が間違っています。どうせこの戦闘バカは、状況に気づいていなかったに決まっています。オペレーターのルーが気づいてフォローを進言したに違いありません」
「ちげーよ馬鹿! ちゃんとオレが気付いたんですー。て言うか、いつの間に獅子夜くん名前呼びしてんだよ、オレも名前で呼びたいっての、この馬鹿」
「馬鹿て言わないでくださいよ、この馬鹿。あとゆらぎくん呼びはちゃんと本人に許可貰ってください、お前には勿体無いですけど」
「何様だよ馬鹿」
「お前こそ、この馬鹿」
 互いに馬鹿馬鹿と罵り始めた双子に、ゆらぎはどうしようかと思案し、周囲はいつものやつかと興味なさそうな顔をする。喧嘩自体はゆらぎも割とどうでもいいのだが、生憎とナンバーズとして引き継ぎをしなければならないのだ。次の当番の者たちも集まり始めており、未だ業務に不慣れと言うか新人枠のゆらぎにとって、どうすればいいのか右近と左近に聞きたいところであった。
「あのぅ」
「もう! また二人とも喧嘩してるの!?」
 突如、待機室に女性の声が響く。と同時に、それまでくだらない罵り合いをしていた双子の肩がビクリと揺れた。
「呆れた! 引き継ぎも終わってないし、新人放置してるなんて何やってんの? ちょっと左近、あたしの話聞いてる? 右近も逃げない!」
 直球過ぎる言い回しと、小柄でありながら力強い足音をさせやってくる女性。彼女は華奢な身体に長い金の髪を纏わせている。その金とも橙とも思える目は鮮やかで、ゆらぎの向こう、神楽兄弟たちを睨んでいた。
「ルー、これには深い事情、つまり右近が喧嘩を売ってきてな」
「いつものやつじゃない!」
「いつもじゃないって」
 タジタジな左近というのを初めて見たゆらぎは、成り行きを見守っている。さらに彼女は右近にも近づいた。
「右近も久しぶりに左近と出撃だからって、浮かれてるんじゃないわよ!」
「浮かれていません」
「言っておくけどゆっきー経由でエイト・エイトが教えてくれたわよ」
「ちょ、エイト・エイト!? 何言ったんですか、あなた」
 腕時計端末に向かって右近が問い詰めようとするが、彼の端末にAIのホログラムは映らない。対し女性の指輪型端末からは、瀬谷雪斗がニヤニヤと笑った状態のホログラムが映し出されていた。
 「これは仕事なの。しかも新人も入れての! それなのにあなたたちのくっだらない喧嘩で皆の時間を取って」
「ルー、落ち着けって。な?」
「そうです、そんなに興奮した状態で動くと」
 その直後、興奮した女性が左近の胸元をつかみかかろうとし、バラン��を崩す。
「あ」
 誰が間抜けな声をあげたのか分からないが、それまで笑って見ていた周囲が慌て始める。が、咄嗟に左近と右近が女性を抱えるように庇い、下敷きになった。
「痛たたた」
「ドジなの忘れないでくださいよ」
「ううう、ごめん」
 折り重なった三人にの様子に、怪我はなさそうだと周囲も一安心する。
 ゆらぎもホッと安堵の息を吐いてから、一番上にいた女性に手を差し出した。ルーと双子に呼ばれていた女性は一瞬躊躇ったが、ゆらぎに微笑んでその手を掴み、立ち上がる。
「ありがとう、獅子夜くん。ごめんなさいね、こんな変なところ見せちゃって」
 至近距離からの大人の女性の優しい笑みを見たゆらぎは、「え、ああ。どうってことないです」と早口で言い返した。
 ルナやあの気の強そうな七番の兎成姉妹とは違う雰囲気に、少しばかりゆらぎの頬が赤く染まった。が、お互いを押しのけて立ち上がった右近と左近は、女性とゆらぎを引き離す。
「ルー、ちょーっと距離が近すぎかなぁ」
「ゆらぎくん。彼女に騙されないでください。君はまだクーニャから卒業したばかりなのですから」
 その言葉に、何を勘違いしているのかと言い返そうとしたゆらぎ。なのだが、返すよりも先にいい笑顔の女性が、それは見事なアッパーを左近に、続けて右近に繰り出したのであった。
 引き継ぎ報告を終えたゆらぎ、右近、左近、そして未だに苛ついてる女性の四人は、待機室からファロス機関の休憩所にやってきていた。
「本当にごめんなさいね、獅子夜くん。こんな馬鹿な男二人に振り回されて、大変でしょう? 嫌だと思ったら遠慮なく頭叩いちゃいなさい」
 はいこれ、おねーさんの奢り。と手渡された缶コーヒーは、練乳たっぷりの激甘商品として、すでに新入生たちの中で話題になっているものだった。
 正直ゆらぎとしては、手渡されたものが甘すぎてどうしようかと思うものだったのだが、好意を無下にすることもできずに受け取ってしまう。
 ぼそぼそと礼を言いつつも、彼女の言葉に苦笑いをするしかない。というか、前にも二番の二人に似たようなことを言われている。どう考えても右近と左近の双子は、問題児なようだ。
「あー、えと、その……右近さんにも左近さんにも、出会ったときから振り回されているので……その、そこまで気にしてないです」
 悲しいかな。地上にやってきた日から振り回されすぎてるゆらぎにとって、先ほどのような小競り合いはもう日常であった。頭を叩くまではいかないにしろ、相棒とその兄弟を放置しながら、オペレーター向けの課題演習をエイト・エイトを相談相手として解いていたほどだ。
「新人に気を使わせて、本当に先輩失格だわ」
 そのゆらぎの日常を察したのか。再び女性が双子を睨みつける。睨みつけられた方は、お互いに同じ銘柄の飲料を口にしながら、目を逸らした。
 その様子に女性は大きくため息をついて「もういいわよ」と呟く。そして、改めてゆらぎの方を向いた。
「自己紹介がまだだったわね。私はルル・シュイナード。ナンバーズ六番のオペレーター、つまりそこにいる神楽左近の相棒よ。右近ともナンバーズになる前からの付き合いなの。左近やゆっきー……瀬谷雪斗とは会ってたかもしれないけど、こうしてオペレーター同士でお話できる日を楽しみにしてたわ」
 よろしくね、という笑みと同時にルルから握手を求められる。ゆらぎもまた改めて名を告げて、握手に応じた。
 両者ともにのほほんとした雰囲気だったが、次の瞬間爆弾が落とされた。
「ふふ、ようやく獅子夜くんに会えた。ずっとモニター越しだったし、獅子夜くんはオペレーター室にはいなかったから、直接会って話したいと思ってたの。あのね、私も直接搭乗しようと思ってるから」
「え」
「ルー!」
 内容を理解しようとするよりも先に、左近が間に割って入る。どうやら彼にとっても衝撃的な内容だったようだ。
「お前だって、直接搭乗のリスクは知ってるだろ!?」
「でも、メリットもあるわ。それに、左近だけが戦闘の最前線にいるのが……いえ、私だけが後ろにいるのが怖いの。私たちのイカロスは近距離特化だから」
 撃墜される可能性が一番高いわ、と続くルルの言葉に左近は否定できない。右近とゆらぎはレーザーや銃器による近距離から中距離型イカロスではあったが、左近たち六番のイカロスの武器は複数のブレードなのでペティノスに接近するしかない。
「危険なのも、オペレーター病のことも分かってる。でも、スバルの最期を考えると、私、左近と一緒にいたいと思ったの。空で、独りいなくなるより、誰かと一緒にいた方がいい。もちろん、負ける気なんてさらさらないけど」
 だから、と続く彼女の言葉に震えは一切なかった。
 しっかりと左近を見つめるルルに対し、相棒は何も言えないでいる。だが、右近は静かな声で「いいのですか?」と尋ねた。
「何が」
「左近も俺もパイロットの中では、かなり好戦的な性格です」
「知ってるわ、あなたたちが出てきたことで、これまでにないレベルでの超接近、超高火力イカロスが設計されたぐらいだもの」
「ええ。夢見博士やタスカ技官長に言われたんですけど、俺たち双子は異常なレベルで恐怖心が低いんですよ。それをオペレーターの警戒心で補っているとまで言われた。だから」
「だから?」
「ルーは普通に怖いのでしょう? あの戦場に立てるのですか? いや、ゆらぎくんになんの説明もなく直接搭乗をさせた俺が、言えたセリフではないのは重々承知していますが」
「そうね、怖いわ」
 さらりと言い返された内容に、左近がならと言い募ろうとする。だが、ルルはそれを制した上で再度告げた。
「でも、左近だけが前線にいる方がもっと怖い」
 左近は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。右近は無表情でルルを見つめる。ゆらぎだけがどうするべきかと、三者それぞれに視線を移すしかできなかった。
「……右近。後で、現見さんを説得するの手伝え」
「ええ、俺でよければいくらでも手を貸しますよ」
 ルルだけでなくゆらぎもホッと一息つく。ありがとう、と彼女の小さな謝礼が聞こえたのは、きっとゆらぎだけだった。
「で、だ。クーリング期間に入ったわけだが、獅子夜くんはその間予定ある?」
 これまでの重い雰囲気をガラリと変えて、左近がゆらぎに尋ねた。
「ええと、クーリング期間は最低二十四時間ですよね」
「そう。とは言え、今回はペティノスとの戦闘までしたから、緊急時以外は四十八時間はクーリング期間になるな。通常だったら夜にはエイト・エイトからカウンセリングも入るとは思うけど」
「直接搭乗の影響を調べる名目で、明日はファロス機関に行くことになっています。AIによるカウンセリングは就寝時に行われるので、この後六時間は自由行動が可能だと思いますが」
 左近、そして続いた右近の説明に改めてイカロス搭乗にはパイロットもオペレーターも多大な負担がかかるのだと、ゆらぎは思い直す。彼自身は大して疲れたという感覚がないのだが、イカロスから降りた際に何人かのパイロットが座り込んでいたのを見かけていた。
「獅子夜くんは平気そうね。ナンバーズは比較的搭乗での負荷が少ない傾向があるけど、個々人のクーリング期間が長くなることはあれど、短くなることはないわ」
 ルルもまた、平気そうな顔をしている。未だナンバーズ以外のパイロットとオペレーターたちと親しくないゆらぎには、その負担の度合いが分からない。
 とはいえ、今は左近からの質問に答えるべきだろう。
「ええと、その、一応買い出し��行こうかと思っているのですが」
「買い出し? 何を買うんだ?」
「その、部屋の家具をまだ揃えてなくて。エイト・エイトからは色々と提案されているんですけど、おれが欲しいのがなかったから」
 ゆらぎの回答に左近やルルだけでなく、なぜか右近まで驚く。
「え、もしかしてまだあの状態なんですか? この間、学園のご友人が泊まりに来ていましたよね?」
 右近の指摘にゆらぎは少し目を逸らして、言い訳を口にする。
「その、どういう部屋がいいか学園で盛り上がって、じゃあエイト・エイトに協力してもらってARで再現しようということで、お泊まり会になったんですが……なぜかルナさんおすすめアニメ鑑賞会になってしまって」
 掛け布団一枚とエイト・エイトに作ってもらったポップコーンを三人で取り合いながらの鑑賞会は、それはもう盛り上がった。が、目的は何一つ達成されていない。
 同日は右近もゆらぎたちの邪魔をするべきではないと、珍しく空気を読んで自室に引っ込んでいた。が、楽しそうな声が聞こえていたので、とっくに友人を招き入れる部屋の状態だと勘違いしたのだ。
「あまりにもおれたちの話が進まないのに呆れたのかもしれません。いっそのこと家具店に行く方がいいとエイト・エイトの提案があって、今日行こうかなと思っていました」
 そのゆらぎの説明に右近は呆れ、左近はエイト・エイトも苦労しているなと思い、ルルは「じゃあ、先輩として案内しましょうか」とにこやかに提案した。
***
「部屋の雰囲気は置いておくとして、必要な家具が何かはリストアップしているんですか?」
 都市ファロス唯一のショッピングモールにやってきた四人は、家具を取り扱う店舗で様々なカタログを引っ張り出していた。
 多種多様なレイアウトが載った電子端末を見ながら、右近がゆらぎに尋ねた。
「え?」
 全体のレイアウトとその雰囲気を議論し続けていただけに、右近からの指摘に戸惑いの声をあげる。
「ゆらぎくんの今ある家具は、ベッドくらいでしょう? あと机と椅子はないと困るでしょうし」
 続く右近の指摘に、さらに左近とルルも乗る。
「クローゼットの中身はどうするんだ? 小物入れるチェストとかもあったら便利だけど」
「部屋の雰囲気変えるなら、ベッドも変えていいと思うわ。話を聞いてる限り、たぶん新人に最初に渡されるベッドよね?」
 ぽんぽんと続く提案を聞いたゆらぎは、よくよく考えた。
「そう……ですね。たぶん統一した雰囲気にしたいので、ベッドも変えることになると思います。あと映画とかドラマとかアニメの鑑賞したいので、ソファとテーブル、投影機が欲しいかも。クローゼットは今のままで大丈夫だと思いますが、小物を入れるチェストは欲しいかな。それとカーテンも」
 ゆらぎの回答に、右近がエイト・エイトを端末に呼び出す。
「今の聞いていました?」
 端末に現れたエイト・エイトは「もちろん!」と反応する。そしてゆらぎに向かってグッドサインを投げた。彼は先日の、ゆらぎたちがしでかしたあまりにもぐだぐだなやりとりを知っているだけに、涙らしきエフェクトまで出している始末だ。
 その様子をみた右近はため息を吐き、左近は「たはは」と苦笑いを浮かべている。唯一ルルだけは、次の話題を提起した。
「それじゃあ獅子夜くんは、どんなコンセプト? 雰囲気がいいのかしら? といっても、漠然としすぎているから、まずは好きな色から決めちゃいましょう」
 散々決まらなかった内容なので、ルルの告げたとっかかりはありがたかった。
 うんうんと唸りながら、ゆらぎが脳裏に思うかべるのは、これまで見てきた映画たち。そして決めたのは。
「青……がいいです」
 ゆらぎの返答に、右近が「青?」と聞き返す。彼の脳裏に浮かんだのは、五番のイカロスが纏う青だった。
 だが、ゆらぎは心を読んだかのように「イカロスの青とは違います」と訂正する。
「おれは、星空の、いえ宇宙の青が部屋にあればいいと思う���です」
 今度は左近とルルが「宇宙?」と問いかけた。
「そうです。地下都市クーニャでは絶対に見れなかった星。地球の外を取り巻く宇宙。無数の光と神秘の闇がひしめく場所。おれが航空部隊を希望したのは、地上にでないとと宇宙に近づけないと思ったからです」
 無機質な天井を仰ぎ見て、その向こうにある光景を思い浮かべていたゆらぎ。しかし彼の相棒は不思議な顔をする。
「ペティノスたちがやってきた場所、ですか」
 その感想に、ゆらぎは苦笑いをする。よくよく周囲を見れば、左近やルルも同じような表情を浮かべていた。なるほどナンバーズともなればそうなるのか、と思ったほどだった。
「そりゃあ、地上の現状を知らなかったから憧れたのは事実です。でも、おれは未だ諦めてません。せっかく空を飛べるんなら、もっと高く、もっと空に近づきたい。イカロスをそういった目的で使うのは怒られるかもしれないんですが、おれは空を飛びたかった」
 その説明にルルが目を見開く。何が彼女の琴線に触れたのかはわからない。が、これまでの年上らしさ全開の表情から、双子と同じように幼い雰囲気を携えた少女のような顔をした。
「そっか、宇宙」
 ぽつりと零した彼女の独り言に答える者はいなかった。
「うん、そうだね。これまであたしたちは宇宙になんの興味も持ってなかった。オペレーターで、前線に出なかったあたしが言うなって話だけど、そうだね。直接搭乗をするなら、もっと宇宙は……空は身近になるんだものね」
 いいね、とこれまでの大人びた雰囲気を一切取り払ったルルの笑みがあまりにも眩しくて、ゆらぎの頬が熱くなる。途端にそれまで黙っていた左近と右近の両者が、二人の間に入った。
「だからルー、お前もうちょっと落ち着いて」
「ゆらぎくん、あの、本当にルーだけはやめてください。あれは外見だけは良いんです。外見だけで中身はダメです」
 そんなんじゃない、とゆらぎが叫ぶよりも先に、カタログを映し出す電子端末が左近の脳天に振り下ろされた。振り下ろしたのは言わずもがな、ルルである。さーっと血の気が引いた右近は、黙って元いた席に戻ったのだった。なお、血の気が引いたのはゆらぎも同様である。
「あの、その……おれの親友も地上は知らないけど、ルルさんたちみたいな反応だったんで、宇宙に憧れる人間が少ないのは重々承知してます。まして、ここはペティノスと命を掛けたやりとりをしているから」
 何をそんなにも弁解する必要性があるのか分からないが、少しでも落ち着いて欲しいと、ゆらぎが言葉を重ねる。しかしルルは「好きなものを好きって言っただけよ。そんなにも卑下する必要はないわ」と優しく返す。
「……ありがとうございます」
「お礼を言われることでもないんだけどね。……でも宇宙となると、さすがに都市ファロスでも、あまり選択肢はないかもしれないわ」
「やっぱりそうですか」
 薄々ペティノスのことを知ってから思っていただけに、ゆらぎは落胆を隠せない。
 だが、そこで頭をさすった左近と彼のAI瀬谷雪斗が「諦めるのはまだ早い!」と会話に加わった。彼の横では、電子端末に歪みがないかを右近がチェックしている。
「オリジナルデザインによる家具製作は可能だぜ。オレもゲームモチーフのアイテムを作ったことがあるし」
「そうそう、自分にデザインするセンスがなくても依頼っていう方法もあるからね。左近はゲーム画像を提出して作って貰ってたんだ」
 デザイン方面の依頼先一覧は僕がデータ化してるし、打ち合わせようのアプリもあるよ、エイト・エイトにコピーしようか? との瀬谷の提案にゆらぎはありがたく頂戴しようと思った。が、そこで気づく。
「でも、それだと宇宙の写真データとかが必要では」
 ファロス機関に空のデータがあるかな、と内心思ったところで、ルルからとんでもない爆弾が落とされた。
「それだったら、同じナンバーズの梓ちゃんが得意よ。確かあの子、オペレーター仲間からの依頼でデザイン案を一から練ってるのあたし見てるもの」
 途端に右近と左近が嫌そうな顔をしていたが、止める間もなく彼女は「連絡してみるね!」と好意全開で端末を起動させた。
***
 ゆらぎと梓は向かい合って、沈黙、沈黙、沈黙していた。あまりにも気まずくて席を立ちたくなったのだが、きっと相手も同じ気持ちだろうと察せられる。
「梓ちゃん、来てくれてありがとう」
 ただ一人、ルルだけがにこにこと笑っている。のだが、外から見れば俯いている男女と、その間に立つ笑う女の構図なので周囲からは浮いていた。
 オリジナル家具製作の話題が出た後、家具店から出た四人は昼だったのもあり、施設内にあるフードコートに来ていたのだ。
 その一画で梓と――案の定呼び出したメンバーがメンバーなのであゆはも来たが――合流し、今に至る。
 梓からしてみれば、あの裁定勝負で煮湯を呑まされた相手がまさかいるとは思っていなかったのだろう。同じオペレーターと言えど、直接搭乗をしているゆらぎと、間接搭乗をしている梓では接点がまともにない。合流した直後に冷や汗がだらだら流れていたし、なんだったら一歩引いていたのをゆらぎは見ている。でも断れない雰囲気なのは察した。主に横にいて眩しいくらいに好意全開のルルを前に、ここで拒否はできないよな、とゆらぎが共感したくらいだ。
「でね、獅子夜くんの部屋なんだけど、宇宙をコンセプトに家具を作りたいの。梓ちゃんは前にも」
 ぺらぺらと続くルルの言葉にも、梓は無言でいた。
 こんな時に黙る選択肢を持たない右近、左近、あゆはの三名はここに残っている面々の分も含めた昼食を買いに席を外している。それはそれで大丈夫なのだろうかと思わなくもないが、この圧倒的な気まずさよりかはマシだった。
「ね、ね、どうかな? 梓ちゃんはとっても可愛い小物とか作ってるし、すごいセンスあるもんね。きっと家具デザインも素敵だと思うんだ」
 ようやくルルの独壇場だった説明も終わり、勝手に圧倒されていたゆらぎの緊張感が解けた。だからだろう、彼もまた梓にお願いをする。
「あの、ほとんどの説明をルルさんがしてくれたんですが、その……本当におれ、宇宙をモチーフにした家具が欲しくて。宇宙を知っている人が少ないのは知っていますが、それでもお願いします」
 梓からしてみれば突然の呼び出し理由は、ルルの説明で理解した。更に癪な相手ではあるが、真っ当な理由の依頼人からもちゃんとした言葉でお願いがされた。
 なるほど、と彼女の緊張も少し解ける。ので、気になることを指摘した。
「仮にわたしがデザインするとして」
「はい」
「正直イメージが漠然としすぎる。どんな部屋にしたいのかが分からない」
 その指摘にゆらぎが困惑する。
「え、宇宙の」
「宇宙って言ったって、星や夜空、プラネタリウムに天文台やロケット、望遠鏡。まぁ、あんたのことだから星座占いみたいなのはなさそうだけど、どれを主軸にしたいのか分からないわ。映画と写真とかないの?」
 つらつらと紡がれる梓の説明に違和感を覚えたが、ゆらぎは深く考えることなく、それならと先日のお泊まり会でのアニメを思い出す。あのアニメでも宇宙に憧れる少年たちが、夜中にゲームをしながらおしゃべりをするのだ。
「星間開拓少年オウル、というアニメがあるんですが」
 ピクリと梓の眉が跳ねた。
「何話だったかな。主人公オウルが親友ディーの家に泊まる時の、ディーの部屋みたいなのが良いのかもしれません」
「あれは宇宙っていうか、ゲーム少年の部屋じゃない」
「でも望遠鏡と太陽系のモビールとか、ロケットエンジンのパーツに宇宙飛行士のポスターとか宇宙への憧れが映り込んでて……待ってください。梓さん、アニメ知ってるんですね?」
 通りで宇宙の話が通じるはずだ、と違和感の正体にゆらぎは気づく。それまで聞いていたルルは「え、おもしろいアニメ? ちょっと気になる」とそわそわし始めている。
「何よ、ナンバーズがアニメくらい見てたっていいじゃない」
 随分と刺々しい雰囲気で言い返してくる梓の反応に、何か地雷を踏んだのだろうかと思ったゆらぎは必死に弁解する。
「だって星間開拓少年オウルって、アニメ映画の中では珍しい地上の話なんですよ! こんなところに同じ視聴者がいたなんて、早瀬さん――おれの友達なんですけど――が知ったらきっと喜ぶと思うんです。おれやイナくんだってこの間初めて見て、すごい楽しくて、宇宙への憧れがやっぱり膨らむんですよね」
 しかし元来自分の好きなものに忠実なゆらぎは、勢いのままに喋り倒した。
「でも嬉しいな。あの映画を見て、本当に宇宙に行きたいって改めて思ったんです。イカロスならもっと高く飛べそうだし。高度が上がればあがるほどペティノスの脅威もあるんですが、雲の上で星空見放題とか、あとは……」
 そこでぽかんと彼を見つめている梓とルルに気づき、そのままゆらぎは顔を真っ赤にして俯く。
「うんうん、獅子夜くんが宇宙大好きなのはよく分かったわ。そのアニメに出てたやつ、他の家具とかはどうなの?」
 大人として軌道修正をかけたルルの言葉に、小さくゆらぎは「できれば、あのアニメにある天井投影型ホームシアターも欲しい……です」と付け加えた。
「梓ちゃん」
「え? あ、はい? え、なに? じゃなかった、なんですか?」
 ルルに突然名前を呼ばれた梓も、あまりにも突然だったので妙な口調になる。
「このように獅子夜くんはとても宇宙が好きだし、宇宙関連の家具が欲しいわけだけど、今の説明で具体的なイメージが掴めたかしら?」
「う、うん。わたしも知ってるアニメだし、今回はキャラの部屋っていう具体的なイメージも欲しい家具も分かってるから、できると……思う」
「じゃあ、デザインを引き受けてくれるかしら?」
 そこで梓は少し躊躇する。やや引っ込み思案の彼女もまた、ゆらぎの熱意に関しては覚えがあったし、なんだったらハイになったときのあの喋り倒す行動も理解できた。
 あの憎き五番のオペレーターに力を貸すのは癪だが、手伝ってもいいかも、と彼女は思ったのだ。
「いいですよ、えっと、そのデザインするの」
 その瞬間、俯いてたゆらぎがきたりと目を輝かせて顔を上げる。
「ありがとうございます! 梓さん」
「へあ?」
「梓ちゃん、ありがとう。よかったね、獅子夜くん」
 すかさずルルも礼を告げ、続けてゆらぎに声を掛ける。そこでやはり、多少綺麗なお姉さんに微笑まれた彼は顔を赤くした。それを見た梓はなんだか馬鹿らしくなる。
「え、なに。あんた、ルルさんが好みなの?」
 以前流れていたルルに纏わる恋愛の噂話は知っていたので、これは止めるべきかと梓は思った。が、「違います!」と相手から強い否定が入る。
「なんで右近さんと左近さんどころか、梓さんにも言われるんですか。本当にそんな意図はないです!」
 青少年らしいの反応に、梓はゆらぎを半目で見ながらも、ルルに問う。
「……本当なの?」
「本当よ。獅子夜くん、随分と初心な反応してるから、たぶん女性との交流自体少ないタイプだったんじゃないかしら」
 あっさりとルルに指摘されたところで、ゆらぎは更に「そんなことないですから!」と否定するが、年上の女性二人にとっては可愛らしい反応なのは確かだったので、適当な頷きだけ返して話を変えた。
「あ、そう言えば天井投影型のホームシアターって、プラネタリウムは併用するの? それとも映像特化?」
 デザインを決めるにあたっての梓の問いかけに、少し疲れた様子のゆらぎは力なく答える。
「映像特化でお願いします。早瀬さんとイナくんと、3D共��でのシアター鑑賞をするつもりなので。共有前提だと、たぶん専用機の方が便利でしょうから」
 ゆらぎの説明を聞いた梓は端末にメモをとっていた手の動きを止めた。
 画像共有は、3D空間に自己アバターを入れてのリアル主人公目線での鑑賞方法だ。個人でも楽しいのだが、一番楽しいのは複数人での画像共有。リアルタイムでの感想の言い合いは魅力的で、それ専用のコミュニティが存在しているのを梓も知っている。
「それおもしろそう、私も参加したい。それで、獅子夜くんが熱弁してた宇宙開拓少年オウルも見てみたいなぁ」
「いいですよ、ルルさんの部屋もあの家にあるんですよね? だったら泊まりやすいでしょうし」
 あっさりと約束を取り付けるルルに、内心梓は羨ましいと思っていた。彼女とて友人知人同級生はいるのだが、実際同じ趣味の画像共有をしあう友人はいない。ゆらぎだけではなく、彼のその友人たちも梓と似た趣味を持っているようなので、是非とも参加したい。
 参加したいが根が引っ込み気質で、姉のあゆはの力でなんとか交友関係を築いていた梓には、声を掛けるハードルが高かった。が、
「そうだ、梓さんもどうですか? きっと早瀬さんと梓さん、いい友達になれると思うんです」
「へ?」
 まるで梓の心を読んだかのようなゆらぎの誘いに、彼女は一瞬何を言っているのだと思った。そして数秒後に意味に気づき、慌てふためく。
「え、あ……ええと」
 とりあえず、はいの返事だけでも思った矢先に「ふざけないでよ!」と梓の姉の怒号が響き渡る。
「毎回、毎回、あなたたち双子のその傲慢さ、イラつくったらありゃしない! 少しは協調性ってものを学びなさいよ!」
「言っておきますがね、俺たちはあなたたち七番よりかは連携をとっていますよ」
「そうそう、超高火力イカロス誕生っていう、新戦術まで生み出してるわけだし? 基本、オレたちの代は連携プレーが得意な連中が多いのは、あんただって知ってるだろ?」
「あたしだって本当に、できれば、あんたたちに関わりたくなんかないんだから!」
 三人の喧しい言い合いに、梓はこの三人を前にしてゆらぎ宅、つまりあの双子の片割れの家に泊まりたいとは言えなくなっていた。例え双子がいなくとも、姉のあゆはが許しはしないだろう。
「もう、またあの二人はああやって後輩をいじめて」
 ルルがいい加減にしなさいと止めようと立ち上がった瞬間、まるでドミノ倒しのように彼女は周囲にぶつかり、皿が落ち、飲み物がこぼれ、他の人の悲鳴が響いた。それを見た右近と左近が慌ててルルのフォローに回る。
 対し口喧嘩が不完全ながらも終了したあゆはが、梓に話は済んだのかと尋ねてきた。梓は小さな声で「ううん、まだ」と返事をする。
「そう……まだかかりそうなのね」
「うん。ごめんね、お姉ちゃん」
 梓の申し訳なさそうな声色に、あゆははべつにと気にした様子はない。それに少しだけ梓は安堵した。
「いいわよ。で、獅子夜ゆらぎ――あなた、後どれくらい時間が必要なの?」
 ずいっと力強く、睨みつけるような目をしたあゆはからは、いい加減にしろと言外に意味を込めた問いかけが放たれる。それに少したじろいだゆらぎは、視線を反らしながらも提案した。
「あ、その、すみません。おれが話を脱線させちゃって。とりあえず方向性は決まったので、先に昼食にしませんか? その後は詳細を詰めるだけなので」
「いいわね、賛成するわ」
 その提案に乗ったのは、右近と左近に助けられているルルで。特に異論のない双子と、緊張感が和らいだが故に空腹だったのを自覚した梓と、それを看過できなかったあゆはは、同時に賛成と言った��だった。一瞬にして、その場の空気がヒヤリとしたのは言うまでもない。
***
 梓との話し合いは無事に終わり、ほくほくとした気分でエイト・エイトの作った食事を終えたゆらぎは、満足した気分でベッドに入った。
 ベッドから眺められるゆらぎの部屋は未だ簡素だ。が、じわじわと私物は増え始めている。これがどうなるのかというワクワク感があふれて、彼は一人でふふふと笑った。
「ゆらぎくん」
 突如部屋に現れたエイト・エイトのホログラムに、ゆらぎは飛び起きる。
「え、エイト・エイト!? どうしたんですか?」
「七番のAI、テトラが来ていてね」
「テトラが?」
 テトラは梓とあゆはのナビゲートAIだ。今回のデザイン作成では、大枠をAIであるテトラが作り、より細部を梓が詰めていく流れとなっている。それをAI瀬谷雪斗が作ったアプリで立体化し、家具作成として適当な形状かを確認するのだ。
 だが、流れそのものやデザインの方向性は既に決まっている。今更なんだろうかと思ったゆらぎだが、考えるよりも先に部屋に現れる許可を出していた。
「やぁ、獅子夜君。こんな夜分に失礼するよ」
 現れた凛々しい男性にしか見えないAIは、基本設定での性別は女性だ。男装の令嬢、といった雰囲気を醸し出した彼女は優雅な一礼をした後、手に一通の手紙を持っていた。
「話が途中で頓挫したけど、獅子夜君は梓を3D共有でのシアター鑑賞に誘っていただろう? 梓からの返事を持ってきたんだ」
 ほら、と彼女が差し出したホログラムの手紙には梓のサインと共に、シアター鑑賞は是非とも参加したい、という旨の文章が綴られていた。それを読んだゆらぎは無邪気に喜ぶ。
「ぜひ梓さんも楽しんでください、て返事をお願いします!」
「ああ、喜んで。梓も楽しみにしていたよ」
 それではこれ以上眠りを邪魔するわけにはいかないから、とそのままテトラは退出する。続くようにエイト・エイトも、ゆらぎにおやすみと告げてホログラムを消した。
 今度こそゆらぎはベッドに戻り、目を閉じる。
「楽しみだなぁ」
 また一人でふふふと笑い声を漏らしたゆらぎ。これはいけないと思い、彼は瞼の裏に星空を描いて、眠るまでそれを数えることにしたのだった。
 一方その頃、電脳世界ではエイト・エイトとテトラが、大変真面目な顔で相談会を開いていた。中身は、梓のお泊まり会を邪魔するであろう右近と左近をどうするか、というもので。その相談はAI瀬谷を呼ぶことになり、結果朝までかかる大議論に発展したのを人間側は誰一人知らなかった。
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mougenn · 11 months
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いつも忽那和音と作品達の応援をいただきましてありがとうございます。
この度、8月以降の更新を週に一回と変更させていただくこととなりました。
執筆に集中するための期間になります。
今後とも、皆様にたくさん読まれる小説書きたいと思います。
よろしくお願いします。
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yomuamukurashi · 2 years
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洋書日記#13 The Sea Cloak by Nayrouz Qarmout
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sarahalainn · 6 months
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Sarah Àlainn - Celestial Christmas Concert
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サラ・オレイン
~ 天使と天上の音楽 ~
念願だった日本の協会でのクリスマス。
11年目でやっと実現できました。
色々なサライブをプロデュースして来ましたが、どれも特別な思い入れがある中。
今回は1番印象に残るステージの一つになりました。
これをきっかけに、また日本の教会でコンサートが実現できれば幸せす。
個人的にはとても長崎に行きたく、、、チャンスに巡り合えることを祈っています!
では、プロデューサラからのライナーノート。
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今回のセトリ。デザインさせて頂きました^^
夏のオーストラリアで育ったため、リースのサラは半袖。
寒さにとても弱いものの(昨日のライブでもカイロを貼ってて落ちないかドキドキ)、
クリスマスはやっぱり寒いのがしっくり。
1. Pie Jesu (Andrew Lloyd Webber)
2. Bring the Snow『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』
3. Toccata (J.S. Bach) ~ Shchedryk/Carol of the Bells
4. Eternal Rest 『蒼き革命のヴァルキュリア』
5. Eight Melodies 『MOTHER』
6. Hijo de la Luna
7. Airmail Special Xmas Vers.
8. Hallelujah (Leonard Cohen)
9. Andata (坂本龍一)
10. Merry Christmas Mr. Lawrence 『戦場のメリークリスマス』
11. Joyful Joyful / 第九
12. O Holy Night
ENCORE
13. Ave Maria (Vavilov)
14. Silent Night
15. Nessun Dorma
16. You Raise Me Up
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海外の協会や大聖堂といえば、キャンドル🕯️
本物はNGとのことで、こちらに。帰って我が家のツリーの下に🎄
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今回のサラスタイルは、一番好きな純白。
1部はサラッと見つけた衣装!今回ネックだったのは、パイプオルガンの弾き語り。
普段はもっと高いヒールを履いてパフォーマンスをしているのですが、ペダルがもちろんキツく不可能。
因みに、ペタンコな靴でも試したところ、これもこれで初心者にはとても踏みにくく、多少ヒールがあった方が演奏しやすかったです。
長いスカートも足の動作の邪魔になるため、とても苦労しました。最終的には普段より低いヒール(これで)に動きやすいドレスに出会えました。オープニング、アンコール、エンディングの演出としてバージンロードを歩きたかったため、
それにしてはカジュアルすぎる姿かなと思い、裾が長い素敵なビジューのケープに出会えました。
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アンコールではお世話になってる方々のお衣装:
Instagram
Dress: DRESS SALON Lu:Che @dress_salon.luche
Veil: @paradisewest
Hair & Make up: @west_kuboki
アー写でも着てた一点もののヴェールとウェディングドレス。
華やかな衣装も大好きだけど、普段着も含めて、基本一色でシンプルなスタイルが1番好き。
見えにくかったは���ですが、アクセサリーには十字架のネックレス。
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Sarah’s Angels
チャーリーズ・エンジェルともちろんかけてます。
ピアニストの宮本貴奈さんは色々な意味で今回救いの天使でした!
Soprano/ SAK.
Mezzo Soprano/ 渡辺磨裕美
Alto/ 会原実希
Tenor/ 大山桂佑
エグイアレンジにも関わらず🙇‍♀️サラッと歌われて素晴らしかった👏Bravi!
皆さんのシックな衣装が会場にぴったりでした。
実はAngels’のスタイリングもしてたのですが。。なんと、衣装が間に合わず(本番の次の日に到着><)
いつかまたぜひこちらも着て一緒に歌いたいものです!
では、音楽のもう少し詳しい編成や演出について。
聖なる場所で、今回はとても分かりやすいテーマとメッセージがあったこともあり、
MCを最小限にし、音楽中心のコンサートに。
アルバムやテレビと違って、コンサートでは自分の思いを自由に語れる貴重な場なので、
基本話せる時は話したいですが、今回はより音楽に集中できたため(ツアーでは毎回MC=ー「笑い」に命をかけていますw)、こういうコンサートも続けたい。
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1. Pie Jesu (Andrew Lloyd Webber)
Takanaのクリスマス・アドリブから始まり、イエスキリストを讃える一曲へと繋がる。
色々な作曲家のPie Jesuがありますが(Faureフォーレのも好きで迷いました)、アルバムに収録されてることと、京都音舞台での思い出もあり(お寺でのPie Jesuなんて、日本の神は心が広い)、Andrew Lloyd Webberバージョンに。
皆さん驚かれたかもしれませんが、後ろから登場し、キャンドルを灯し、歌いながらバージンロードを歩きました。
教会の大きな十字架✝️を見ながら歌う感覚。
色々な感情が心に重く、深く、宿る。
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2. Bring the Snow『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』
クリスマスは基本違和感と寂しい思い出しかなかったですが(夏のオーストラリアで、クリスマスを祝わない家族)、
昔からクリスマスソング・キャロル・讃美歌が大好き。とても嬉しいことに、オリジナルのクリスマスソングを歌わせて頂いています。それも、憧れのムーミンの。映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』で英語版と日本語版で主題歌を歌わせて頂くクリスマスの奇跡が起こりました。
そんなムーミン一家も、クリスマスはお祝いしません。
クリスマスが何なのかすら、知りません。
でも、「クリスマスさんがやってくる!」
人と勘違いしてる?
ツリーの飾り方���分からず独特。テッペンには薔薇。
そんなムーミンは、何よりも大事なクリスマスのメッセージに気づきます。
そんなハートフルなクリスマスソングを教会でも歌えるなんて。
年に一度しか使えないと思ってゲットした鈴は、今日も大活用。
3. Toccata (J.S. Bach) ~ Shchedryk/Carol of the Bells
さあ、ここからが難関。思いだすだけで冷や汗。
人生初のパイプオルガン演奏。弾き語り。そして途中で指揮。
本来予定してなかったのですが、教会の下見に行った時、オルガンを見て、これは演奏してみたい!、と燃えてしまいました。
どの楽器もマスターするのに難しいですが、その中でもパイプオルガン奏者にはリスペクトしかありません。
ピアノ、チェンバロと違って、鍵盤が三段階。それぞれ音色は違いますが、その音色をさらに左と右横にあるストッパーで調整する。演奏中引っ張ったり押したり大忙し。シンセも昔から好きだったので、感覚が似てて、音色を選べるのはとても楽しいです。演奏してる間は別問題ですが^^;そして、私にとって何よりも困難だったのはペダル。ペダルも鍵盤になっているんです!ひ〜
エレクトーンの経験もないので、シクシク家で妄想練習。手書きの鍵盤。
あるピアニストがピアノがなくて紙の鍵盤で練習したという都市伝説を聞いたことがあったけど、
本当だったかもしれない。
最初はオルガンソロのみ予定してて、何が良いかなと思って、冗談で「バッハのトッカータとフーガニ短調BWV 565」なんて!と言ったら、ピアニストの塩入俊哉さんが、「それで良いんじゃない」と真面目に答えられてから、やることになっちゃいました(塩入さん、体調回復されて、元旦でお会いします^^)
どうやって鍵盤を弾きながらペダルを踏んで歌うのだろうか。。。練習ができないため、
今回はずっと足を見て演奏するしかない。
そのため、普通のマイクではなく、ヘッドセットをお願いしました。
ここで合唱が登場したらカッコ良いなと思い、バッハからウクライナの新年の曲「Shchedryk」、別名「Carol of the Bells」(ホームアローンやテーマパークでもよく流れるクリスマスの定番)に繋がる。
ペダルを踏んでない時は指揮。オルガンが大きくて見えにくい位置でしたが、さすが聖歌隊、
Sarah’s Angels見事について来ています。
「Carol of the Bells」 「鐘のキャロル」というだけに、パイプオルガンにも鐘があるので、このチャイムをペダルと鍵盤でもONに。
今回は合唱のアレンジをさせて頂き、こちらも燃えました。
GLORIA CHAPELだけに、アレンジに「Gloria」(讃美歌)も取り入れました。
ウクライナ語、早口英語(合唱お見事)、脳みそがフル回転に働かされる一曲でした。
足元の動画をとってあとで見返してみると、おそら��この姿勢で筋肉痛になったかと。
YouTubeにアップしました!
動画編集に苦戦。いくつかのカメラが音と映像がシンクしない。多分カメラの位置とホールの響きの影響も?
また、見返して思い出したのは、音のディレイ。特にオルガンは、鍵盤を弾いてる時と、実際に聞こえてくる音とズレがあります。ゆっくりなところは大丈夫でしがた、早いパッセージは心臓バクバク。
【LIVE】Shchedryk Carol of the Bells /Pipe Organ, Voice & Choir|Sarah Àlainn サラ・オレイン | パイプオルガン弾き語り
<初!パイプオルガン弾き語りinウクライナ語+指揮🎄>
youtube
4. Eternal Rest 『蒼き革命のヴァルキュリア』
ここでやっと普通のMC。
次からは合唱メインの選曲へ。
今回リーダーのSAK.に合唱についてご相談させて頂きました。SAK.とのご縁はゲーム音楽のコンサート。
そんな繋がりもあり、一番最初に合唱とやりたい!と浮かんだ曲は、ゲーム音楽でした。
私の歌のデビューは光田康典さんのゲーム音楽『ゼノブレイド』の「Beyond the Sky」。
よくライブで歌わせて頂いている大切な楽曲。SEGAの 『蒼き革命のヴァルキュリア』でもコラボが実現。
ラテン語で英語で作詞させて頂き、とても好きな世界観。でも、ライブでは一度も歌ったことがありません。
レコーディングでは自分の声を何重に重ねたセルフ・クワイヤー。
ループするようなラインでもないため、ルーパーでも一人でライブでは歌えません。
今日までは!
合唱のおかげで、やっと生でこの歌が届けられる!テーマも「Requiem(レクイエム)」なので教会にもぴったり。
ゲームの中では死神の歌なので、プレイヤーとしてはあまり聞きたくない曲かもしれませんが^^;
さらに、この曲は完全にアカペラ。オリジナルと同じように表現できた喜び。
アカペラが大好きで、合唱の皆さんにまたハードルが高い曲を2曲目に持って来たのにも関わらず、Bravo!
正面向きながらの指揮。
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5. Eight Melodies 『MOTHER』
ルーツのvgmが続きます
ご縁があり、作曲家のChip Tanaka(田中宏和さん)の前で彼の作品をいくつか演奏する貴重な機会がありました。私が最初にプレイしたゲーム機はGAME BOY(ゲームボーイ)。唯一入ってたゲームがDr. Mario。今でも完璧に覚えてるあのチップチューン。それがまさかのChipさん作曲。そんなDr.MarioとRPG『MOTHER』をご本人の前で演奏させて頂く夢のようなステージがありました。
その時はサラカルの編成だったため、歌とヴァイオリンはルーパーを使ってました。
この名曲をSt. Paul’s Cathedral Choirが歌われてるバージョンをサラジオでも以前お届けしましたが、
これぞ教会で聞きたい一曲!ゲームでは8つのメロディーが物語のキーとなるのですが、アレンジバージョンには英語歌詞がつきました:
Take a melody, simple as can be
Give it some words and sweet harmony
Raise your voices, all day long now, love grows strong now
Sing a melody of love, oh love…
作詞:Linda Hennrick
作曲:鈴木慶一さん/Chip Tanaka
簡単なメロディーをとって、歌詞をつけて、
優しいハーモニーを当てて、
声をあげて、愛のをメロディーを共に歌おう。
何とも純粋な美しい歌詞。。。
以前のループも生かしつつ、合唱とピアノ演奏を加えた教会バージョンにアレンジ。
Chipさんに映像を送らなければ〜年末は休めるのだろうか^^;
今回は出番が短かったですが、ここでサラ・オリジナル八ヶ岳カリンバが重要なところに登場。
シンプルなメロなので、これもいずれ皆さんとカリンバで演奏するのが夢です^^
6. Hijo de la Luna
合唱がミステリアスなピアノアドリブの中ゆっくり去っていく。
ガラッと雰囲気を変えて、不思議なスペイン語の世界へ。
スペイン語は話せないので、早口言葉がとても難しい一曲です。
子供の時ラジオでも流れてたヒットで馴染みがある一曲なのに、大人になってから歌詞の意味を知り、びっくり:
かなりダークです
当日のセリフをそのまま:
『母といえば、息子が欲しかったお月様の話、ご存じでしょうか?
ある女性の望みと引き換えに、息子を手にした、お月様
女性は望み通り、夫をもらった。
でも、その間に産まれた子は、夫と違い、肌色が真っ白だった。月のように。
あまりの怒りに、夫は女性に怒り、最悪な結末に。
お月様は、こうして母になった。
「お月様、腕がなくて、あなたはどうやって息子を抱くの?」
「三日月になって、息子を揺らすのよ。」
Hijo de la Luna 月の息子』
やっぱり怖い。
ヨーロッパで大ヒットしたMecanoの名曲。オリジナルがとにかくカッコ良い。
Takanaからお借りしたシェーカー(振り方、角度によって音が変わる!欲しい)も登場。
音楽的にはシンプルに1番、サビ、という構成ですが、違和感がある転調があったり、
演奏してみると意外とミスしやすい(そして目立ちやすい)、難関な曲。
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7. Airmail Special Xmas Vers.
今回のセトリからカットされそうになった一曲。
でも、リハで試しに一回Takanaとやってみて、これはやっぱり入れなきゃとcome-backしたジャズナンバー。
「天上の音楽」とはかけ離れたイメージだけど、普段のライブなら元気に盛り上がる・アップテンポな曲が入ってからの重ための曲の流れを意識してるので、やっぱり息抜きできる一曲が必要。
炭水化物好きでもたまには野菜を挟んだほうが良い、的な?
ただ、中々息する暇もない、かなりのアップテンポで音かずが多い一曲。
以前ハマジャズで急遽この曲をやることになり、必死にElla Fitzgeraldの音源を完コピ。
バンドが初めて歌ったと信じてなく、嬉しくも複雑な(嬉しい)ライブでした。あんなに必死に歌を覚えたのは初めてです。
ヴァイオリンでは速い曲はたくさんありますが、歌はどうしてもバラードが多く、
こういう一曲を待ってました!
クリスマ��ネタをあちらこちらにアドリブで飾っていく。
さすがJazz出身のTakana。刺激されて、色々湧きでくる、セッション!
ちょうど次の曲のセットチェンジもあるので、ここで会場に降りました。
ワンピ+ヒールが低いと本当に簡単に動き回れる〜
Airmail Specialと並んでYoasobiさんの「アイドル」が同じ部類のもの。癖になる。
続きはPART 2 で!
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petapeta · 11 months
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 女性作家はハードな調教物を書きたがるけど、女性が誘惑を書くと売れる。だが、誘惑を書く女性作家はそんなにいないと編集者が言っていました。 そのときは、なぜ女性はハードな調教物を書きたがるのか、なぜ女性が誘惑を書くと売れるのかわかりませんでした。 女性がポルノを書くのは怒りのためであり、怨念が滲んでしまうから売れないのではないか。誘惑を書くと売れるというのは、読者に楽しんで頂こうと思うからではないか、と思います。 思い出話をします。 23年前のことです。私は新婚で社宅に住んでいました。妊娠して喜んだのもつかの間、流産しました。社宅は子供と赤ん坊とママでいっぱい。身体は辛いし、精神状態は最悪。赤ん坊の泣き声が突き刺さりました。子供と赤ん坊とママたちを殺してやりたかった。三回連続で流産し、私はボロボロになりました。 外出することもままならないほど体調を崩していた私は、怒りをぶつけて小説を書きました。ベビーを抱く若妻が、夫の目の前で凌辱されて感じてしまうお話です。 官能小説雑誌の、読者の官能小説募集に投稿したところ、編集プロダクションの社長から電話がかかってきました。編「あなたの小説読みました。ヘタだけど若妻がリアルだねー。色っぽく書けていていいねー。告白手記書いてよー。あなたみたいに下手なほうが、告白手記らしくなるんだよね」私「私は普通の主婦ですよ。告白するような体験してませんよ」編「あれはね。ライターさんに書いてもらってるんだ。創作なんだよ。読者さんも、嘘だってわかったうえで楽しんでいるんだよ」 依頼に基づいて書いた告白手記が、私のデビュー作になりました。 今思うと、私の投稿作は、男性読者が引くほどハードでした。 赤ん坊と子供とママなんて殺してやりたいという、怨念をぶつけて書いたからです。 読者のことなんて、少しも考えていなかった。たぶん、ぜんぜん抜けなかったと思います。 編集プロダクションの社長は、月に数本の依頼を続けてくださいました。原稿用紙一枚千円。原稿用紙30枚。月に3万円ほどの仕事です。 この社長はすばらしい方で、うまく書けたときはすぐさま電話を掛けてきて、「いいねー。エロいねー。興奮するよー。次もまた書いてねー。依頼するからねー」と褒めてくださいます。いまひとつだったときは電話はありません。 私は、もっとたくさん依頼が欲しいと思いました。送られてきた見本誌は全部読み、上手いなと思うものは丸写しして、一生懸命に仕事をしました。 告白手記を一年ほど続けた頃、「短編小説書いてみようか?」と誘いが来ました。また一年ほど続けたとき、「長編を書いてみようか?」と言われました。普通のライター業をしたり、エロゲシナリオライターをしたり、エロゲノベライズを書いたりしました。 私はその後、フランス書院ナポレオン大賞、幻冬舎アウトロー大賞特別賞、宝島社日本官能小説大賞を受賞し、今に至ります。 女性が書いたハードものは、男性読者が引くほどハードになってしまいます。怒りをぶつけて書くからです。女性が書いたハードものは、重くてスカッとしません。怨念で書いているから当然ですよね。 女が誘惑物を書くとき、読者さんのことを考えて、楽しんで貰おうとして書いています。 女性が誘惑を書くと売れるというのは、読者さんに楽しんで頂こうと思う意識のせいかのではないか、私はそう思います。 小説は、恨みよりも愛で書きたいものです。
女性が書くハード系が、男性が引くほどハードになってしまう理由。|わかつきひかる
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leomacgivena · 4 months
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村上春樹が長編小説を書く時は、毎日4000字書くのがルーティーンらしい。調子が悪くてもがんばって4000字は書くし、筆が乗っていても4000文字ほどで終了。書けない時にも必死で書くのは大事ですが、もっと書きたいときにも決めたところでやめる、というのが新鮮でした。「規則性が大事」とのこと。
Xユーザーのサマンサ編集長【オンライン小説講座募集中】さん
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nanaintheblue · 9 months
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 一次通ってた 働きながら1年に2本も長編小説を書いてなんて、ほんの数ヶ月前の自分がやったことなのに不可解すぎる 
こんなこと頭おかしくないとできません 貧乏性も行き過ぎると狂気やね
いろんな人に「順風満帆ですね」「いつ作家になってもおかしくない進捗ですね」「本当に作家になると思ってます」などあかるく声をかけてもらえるのは本当にありがたいことであり、努力量の割には箸にも棒にもだった学生時代のわたしが見たら地団駄踏んで羨ましがる成果かなとも自負があります。でも学生の頃と変わらずものを作ってる時はひたすらしんどく、ゲロ吐きそ〜と思いながらチロチロ書いたり消したりを繰り返すのみです。
え…このペースでやっててほんまに作家なれるんかいな?はよしてくれや わたしこのNo!ルッキズム全盛期の時代にもかかわらず若くて♡スタイル抜群の美人小説家♡として肩書きつけてもらいたいのであまりに先のことだと困るんだよね 学生の時は文壇の久石譲になりたいと言ってましたがさいきんのわたしの中でのブームは文壇の山本リンダになることです 川上未映子とか西加奈子とか本谷有希子とか山内マリコとか綿矢りさとか年齢層固まっててまじ助かった、正直わたしの世代でめちゃくちゃ可愛くてきれいな小説家の方って今誰もいないので狙い目です(大炎上)
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emeraldecheveria · 7 days
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月の光と海うさぎ【3】
雨の中ひとり
「君は強いね」
 思えば、初めて会ったときから、静くんは私のことをそんなふうに言っていた。
 小学校に上がったばかりの頃だろうか。校庭の砂場でせっせと作っていた山を、小柄な男の子ひとりが、意地悪だと有名な男の子たちに無残に踏みにじられていた。
 それを見かけた私が、「何でそんなことするの!」と声をあげると、男の子たちは「うるせー!」とか言いながらも散っていった。私がそばにしゃがんで「大丈夫?」と訊くと、涙目をこすって彼はうなずき、こちらを向くと言ったのだ。君は強いね、と。
「女の子に、強いなんて言わないでよ」
 私がちょっとだけむくれると、彼は小さく咲って、「僕は弱いから」とぐちゃぐちゃの砂に目を落とす。
「君みたいになりたいな」
 私は男の子の蒼白い横顔を見つめて、「なれるよ」と言った。「なれないよ」と彼はそこは何だか頑固に言い返す。「なれるから大丈夫!」と言い切った私は、立ち上がった。
 私の名前を呼ぶ女の子たちがいる。その頃はまだ私にも友達がいた。
「希夜ちゃんっていうの?」
「うん。あなたは?」
「僕は山田静司」
「静司くん。じゃあ、静くんだね」
「おかあさんもそう呼ぶ」
 私は笑ってしまってから、「またね!」と言い残すと、待ってくれている友達のところへと駆けていった。静くんは私のことを見送っていて、一度振り返ると、手を振ってきた。私は手を振り返した。
「あの子って三組の山田でしょ」「チビだけど顔が大きいよね」とか言った友達には苦笑して、「優しそうだけどね」とだけ答えておいた。
 静くんとは、それからも細くつながっていた。廊下で会えば会話くらいはする。
 私がルルを殺したとうわさになっても、交流は変わらなかった。むしろ、「希夜ちゃんがそんなことするわけない」と言ってくれた。声高に言ってくれることはなかったけど。それでも私は、静くんは私を信じてくれているのだと感動した。
 その頃からだろうか、静くんのことを緩やかに男の子として意識しはじめた。
 静くんとは中学校も同じだった。相変わらず、廊下ですれちがったときにはささやかに挨拶を交わす。いつのまにか、静くんと話すときはどきどきして、視線が定まらないようになった。
「希夜ちゃん、大丈夫? いろいろ言われてるけど」
「ん、まあ。何とか」
「何で誰も、希夜ちゃん自身を見ないんだろうね」
 静くんのそういう、底抜けに私を思いやる優しい言葉が好きだった。
 だが、私たちのそんなやりとりを見かけた野中��んが、目敏く私の静くんへの想いを悟った。私は感情を表情に出すことが苦手なくせに、同時に、感情が表情に出るのを抑えるのも下手だった。静くんと話しているとき、よほど乙女な瞳をきらきらさせてしまっていたらしい。
 野中さんはさっそく行動を起こした。自分のグループの中にいる、男子のあいだでもかわいいと評判の手塚さんに静くんに告白するように命じたのだ。もちろん、静くんを奪って私を孤立させる嫌がらせだった。
 たぶん、告白してきたところで、手塚さんはすぐ手を返して静くんを捨てるとは思う。それでも、内巻きのセミロングや長い睫毛が愛らしい手塚さんに告白されて、断る男の子なんているはずがない。
 ああ、静くんも私を離れていくのか。嬉しそうに「あいつ、山田さえ取られちゃうねえ」と声高に笑っている野中さんたちを虚ろを見て、私はため息をついた。
 手塚さんも、振られるわけがない自負はあっただろう。静くんを取りこめる自信はものすごかったと思う。しかし、静くんはやっぱり変なところで頑固だ。あの手塚さんを振って玉砕させたばかりか、「僕が好きなのは光谷希夜ちゃんだ」と宣言までしたのだ。
 その宣言はすぐ私にも伝わって、動揺しながらも、私は休み時間に静くんのクラスを訪ねた。「手塚の気持ち、何だと思ってんだよ!」という男子の怒声が聞こえた。つくえを囲まれて畏縮しているのは静くんだった。
 私が入口で逡巡していると、「うわ、山田の彼女じゃん」と声をあげた子たちがいて、教室がざわっとこちらにいっせいに注目した。私は恐怖で心臓がきゅっと痛むのを感じながらも、うつむいていた静くんが顔を上げるのを見取った。
 好奇の目にさらされながら、泣きそうにしていた静くんは、私に小さく微笑みかけた。
 ──ああ、この男の子は私の味方なんだ。そう思って、私も微笑み返した。
 ちらほら、うんざりした舌打ちやため息が聞こえた。それはみんな、おもしろくないだろう。私が孤立して、そののち静くんが手塚さんに手ひどく捨てられて、そんなシナリオを、誰もが期待していたのだから。
 その初夏の終わりから、私は静くんの「彼女」になった。私たちが手をつないで歩くと、顰蹙の目や嘔吐の真似を向けてくる人ばかりだった。
 それでも、私は静くんと心がつながって幸せだった。静くんも私の隣にいられて嬉しそうだった。このまま、ふたりの世界閉じこもっていれば、怖いものさえなくなるかもしれない。そんなふうに思っていたけれど──
 そんな私たちが逆鱗に触れたのは、野中さん以上に手塚さんだった。それはいたって凡庸な静くんが、見るからに魅力的な自分でなく、冴えない私を選んだのだから、プライドもずたずただろう。普段から野中さんと一緒に私をいじめていた手塚さんは、それに加えて静くんをいじめはじめた。
「大丈夫だよ、あれくらい」
 心配した私に、静くんはそう言って咲っていたけれど。いじめの内容は聞くに耐えなかった。
 殴る蹴るだけじゃない。教科書をカッターで引き裂かれている。トイレで便器用の雑巾を投げつけられる。階段でゴミ箱で殴られて転げ落ちそうになる。そのときはさすがに、頭から落下する危険で死を感じたのだろうか、静くんは生徒が行き交う前で泣いてしまったらしい。
 いや、咲っているのなんて私の前でだけだった。静くんはいじめられるといつも泣き出していた。
 素直に。心に従って。情けないくらい。
 それが私にはショックだった。私は絶対に泣かないと決めていた。私が泣���たら、いよいよ心に棲むルルが息絶える。
 きっと、静くんが泣くことで、息絶える何かが静くんの中にもあると思った。そんなの可哀想だ。泣くなんて絶対にダメ。ぐっとこらえて、気丈に心の雨に打たれても正気を保つべきだ。
「静くん、私とつきあっててもつらいでしょ」
 六月、梅雨入りしてじとじとまとわりつく雨が降っていた。学校の帰り道、それぞれ傘をさしているから、私たちは手はつないでいなかった。ふと私がそう切り出すと、身長の変わらない静くんが銀色の雨越しにこちらにまばたきをした。
「え、何で──」
「私、静くんがされてること、聞いてるから。聞かされるから」
「………、」
「『あんたなんかの彼氏だから可哀想だね』って、野中さんとか手塚さんが」
「……僕は、」
「私もそう思う」
「え?」
「静くん、私のせいでそんなひどいことされて可哀想だ」
「……希夜ちゃん」
「だから、やっぱりやめよう。私たち、別れたほうがいいよ」
「どっ、どうして? そんな、」
「私のせいだから。静くんがそんなことされるのも、全部」
「違うよっ、そもそも僕が」
「いいから、私たちは別れよう。そしたら、静くん、みんなの前で泣くこともないんだよ」
 静くんは銀糸の向こうで、目を開いて私を見つめていた。それこそ、泣き出しそうな瞳だった。ぱたぱたと雨音が傘を跳ねる。
 私は傘の柄を握りしめて、早足で静くんの隣を離れた。静くんは追いかけてこなかった。靴の爪先が湿って染みこんで冷たい。濡れたアスファルトの匂いが立ちのぼっている中、これでよかったんだ、と唇を噛みしめた。
 しかし、静くんは私が告げた別れに納得しなかった。話しかけられても私は無視したし、見つめてくる視線にも気づかないふりをした。いじめは相変わらず続いているようだった。なのに静くんは私をあきらめようとせず、なかばストーカーのように、気づくと背後からこちらを見ている。
「振られたんだろ、お前」と私を見ているときに周りに揶揄われると、「それでも僕は希夜ちゃんが好きだから」なんて答えているのが聞こえる。
 何で、と私はややいらついて頭を抱えた。あなたが泣かなくていいように、もういじめられないように、私は自分の恋心は踏み殺したのに。これじゃあ、何のために、心の支えとさえ思った静くんへの想いを断ち切ったのか分からない。
 静くんのことも、野中さんも手塚さんも、尾崎くんだって、何もかもが嫌で、学校に行きたくなかった。しかし、学校に行かなくていいなんて、病気のときくらいだ。毎朝ふとんでぐずぐずする私は、起こしにきた母に浅はかにお腹が痛いとか頭が痛いとか訴えた。
 カーテンを勝手に開ける母は、眉を寄せて「熱はあるの?」と私の額に触れる。そして「熱くはないけど」と胡乱そうにして、体温計で平熱を確かめると、私が嘘をついたことに怒りはじめる。
 正直、実際に胃が痛いときはあったのだけど、熱には現れてくれなかった。「だって、学校に行きたくない」とつい本音を吐いてしまったときには、母は平手とはいえ、私の頭をばしっと強くたたいた。
「学校に行きたくないなんて、おかあさんもそうだった! それでも、意地悪されることがあっても、私は行ってたわ。甘えたことは言わないで」
 母には、理由もなく──私にはいじめは立派な理由だったけど──学校に行かないなんて、とんでもないことだった。根性のない甘えでしかなかった。だから、嫌がる私をいつもふとんから無理やり引きずりだし、壁にかけた制服を押しつけて、怖い顔でなじりながら家から追い出した。
 私は重苦しい曇り空を見上げ、制服を鎧みたいに重く感じた。家の前でのろのろしていると、近所の人がひそひそ話をしながら目を向けてくるので、憂鬱に囚われながら学校に向かう。
 学校まで十五分。まるでぬかるみを歩くように、うまく足が地面を進まない。周りにはもう登校する制服すがたの子はいなくて、時計は持っていないけど、遅刻なのは明らかだった。
 そうしてホームルームが終わった頃か、一時間目の途中に私はやっと教室に到着する。途中で何かあったのかと心配していた先生も、遅刻が続いて私がただの常習犯だと判断すると、うんざりしたため息をついて怒るようになった。
 同級生にはいつもいじめられて、大人にはいつも怒られていた。どんどん頭の中がくらくらと重くなっていく。集中力がなくなり、勉強しようとしても眠くもないのに目の焦点が合わない。それでもやろうとしても、吐き気がしてきて休んでしまう。
 やる気がなくなっていった。入学当時は百点に近かった試験の点数は、みるみる落ちた。小学校の復習の過程が終わり、中学の勉強が始まると、成績はすごい勢いで低迷して、一学期の期末考査ではよくても三十点さえ取れなかった。
 先生たちは、しょせん成績で生徒を測る。だから、勉強ができなくなっていく私に、先生たちは「いじめられるのはお前にも問題がある」なんて言葉までぐさりと刺してきた。
 私をなぐさめる人はいない。みんなして無視。陰口ばかり盛んで、「あいつ、どんくさい上にバカとか最悪だな」と嗤っている。せいぜい存在を認識されるのは、ノートに落書きされたり、筆箱を隠されたり、嫌がらせを受けるとき。そんなことをばかりされるためだけに、私は学校に行っていた。
 親は頼りにならないと分かっていた。けど、思いつめた私は改まって母に話しかけ、いじめのことを相談してみた。父は単身赴任でいないときだった。父にはやっぱり、知られたら面倒だなと思ったのだ。
 居間で正座で向かい合い、母は私の話をひと通り聞いた。どんどん眼つきが冷えこんで、ああこれはダメだったとは思った。案の定、母は自分も幼い頃には何かと揶揄われたこと、それでも耐えて登校していた話を繰り返し、「だからあなたも我慢しなさい」と私を厳しく睨みつけた。
 だから、って。だからあなたもって、何で? 何でおかあさんが耐えたからって、私も耐えなくてはならないの。親子だから? できるはずだから? 何それ、わけが分からない。おかあさんが自分はいじめを耐え抜いたことなんか、私には関係ないよ。
「もっと精神的に強くなりなさい」
 母はそう言い、話を切り上げるように立ち上がった。私はうなだれて唇を噛んだ。
 私が弱いっていうの? 私が意気地なしなの? みんなに、先生にさえ、分かってもらえなくて孤立して、それでも私が悪いの? こんなぼろぼろに雨に浸蝕されるまで闘う私が、負けてることになるの?
 違う。そんなわけない。私は弱くなんかない。学校に行きたくないのに、それでも行ってるじゃない。それが、どんな想いで立ち向かっているということなのか──
 朝起きると、今日こそ限界だと思う。だから、相変わらず学校に行き渋った。美夜が「見苦しいなあ」とでも言いだけにこちらを一瞥して登校していく。それを見送った母は、「美夜は行っちゃったわよ!」と私を責め立てる。根性なし、甘ったれ、弱虫。さんざんに言われて、私はもはや哀しくなり、心にぽたぽた雨漏りを感じて、震えるルルを抱きしめて起き上がる。
 いじめられては、雨を降らすルル。そんなルルを、私はまだ守らなくてはならないと思っていた。だから、心は壊れていなかったのだと思う。
 泣かない、と決めていた。絶対に、泣くもんか。泣くことこそ負けだ。そんなのは悔しい。あいつらに負けるのは悔しい。たとえ涙がこぼれるときがあれど、それでも、私は泣いていなかった。心からは泣いていなかった。そして私は、心から泣くという感覚をずっと先まで忘れることになる。
 夏が始まっていた。蝉の声が飛び交い、空は青く突き抜けて晴れわたる。むしむしした風が、草の匂いをまとってゆらりと流れた。しかし、私の眼つきはすっかりじとじとして、陰気な隈が取れなかった。
 この頃、朗報が届いた。隣の町で新築が進んでいた新しい家が、もうじき完成するという。つまり、転校することになったのだ。久しぶりに単身赴任から帰宅した父によると、転居は秋頃になるだろうということだった。
 転校することは、家を建て始めたときから決まっていた。おかげで私の心は折れなかったのだろう。どうせこんな学校、そのうち離れるのだと。どんな嫌がらせをされても、それが永遠じゃないことが最後の砦だった。どうせ私はいなくなる。だから大丈夫。終わることなんだから大丈夫。
 転校のことは、ぎりぎりまで教室には伏せてもらっていた。何なら夏休み中にしれっと消えたかった。けど、二学期も少しだけ登校させられた。
 私の転校は、ほんの数日前にクラスに伝えられた。ふうん、なんていう無関心な反応だと思っていたら、なぜか野中さんも手塚さんも、私との別れを涙をぽろぽろこぼしてまで惜しんだ。
「光谷さん、今までごめんね」
「今度会ったら仲良くしてね」
 私は泣いている彼女たちをぼんやりと見つめた。
 何を言っているのだろう、この人たちは。よく意味が分からなかった。当人はいじめに加担していないつもりでも、しょせんはみんなと同じように私を無視していた子たちも、「寂しくなる」とか「新しい学校でも頑張って」と初めて声をかけてきた。
 本当によく分からないのだけど、転校するクラスメイトを見送る、というありがちな場面に酔っていたのだろうか。
 でも、私はバカだった。本当に、一番バカなのは私だった。最初は唖然としたものの、何だかんだで、みんなにそうやって受け入れられたような感覚が嬉しかったのだ。手紙出すから住所教えてと言われたら、素直に教えたりして。何より、私はみんなの言葉を信じた。
 今度みんなに会ったら、仲良くして、いなくなって寂しかったよなんて言われて、新しい学校が楽しいから、なんて私は笑って見せて……
 そんなことが叶うと思ったのだ。みんながこんなに私を惜しんでくれるなら、そもそも転校なんて必要なかったのかもとすら思った。
 いっとき、心の雨も止んだ。ルルは赤い瞳で空を見上げていた。晴れ間が嬉しかったのだろうか。いや、ひくひくと動く鼻は、さらにひどくなる雨を嗅ぎ取っていたのかもしれない。
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【前話へ/次話へ】
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かつての恋人に縛られながら追憶に浸る女。恋した相手を一途に思い続けている不純な欲望を抱える男。仕組まれた「偶然」の出会いから始まる切なくもじれったい濃密なラブストーリー・シリーズ【イヴ】第二作目。
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不器用な男女が過去に負った心の傷や自分自身と向き合い結ばれるお話です。二人の成長物語でもあります。
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ジャンル:コンテンポラリー・切ない恋愛小説・感動ロマンス・大人のラブストーリー・温かいヒューマン・女性向け人間ドラマ・シリアス・スローバーン・心温まる結末・ハッピーエンド
💡投稿を目にしたくない方は【アカウントをブロック】してください
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ryotarox · 2 months
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④前の文の説明内容と次の文がちゃんとつながっているか考える。 途中のロジックをひとつ飛ばしていないか確認する。実は③はその一手法だ。 文ごとに頭に「だから」「しかし」「つまり」「また」など接続詞を入れていくとこの構造がかなりしっかりする。入れてみてつながりがおかしいと感じる場合はだいたい説明のステップがひとつ抜けている。(ほんとうに全部の文に接続詞を入れるとくどいので、確認が終わったらほどよく削除するとよい)
小学生に教えるために編集者歴17年の父親が本気で考えた…「きちんと伝わる文章」を書く10のコツ 「説明ができる」とは「生きる力がある」ということ (3ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
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同意なのだけど、なぜ「全部の文に接続詞を入れる」と、くどくなるのだろう。 この冗長性を避けたくなる理由は、人間が読み書きする前提の文だからだろうか。
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satoshiimamura · 10 months
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第6話「悪(はじまり)夢」
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 アンナ・グドリャナは夢をみる。
 彼女の憎悪の根源、彼女の立ち上がるための燃料であるそれ。多くの人々と出会い、別れ、そしていなくなった人々のために前をむき続け、後ろを振り向かない全ての元凶をみる。
「――ッ」
 アンナは声を出そうとして、出せなかった。上に瓦礫が乗った足が燃えるように熱い。煙が視界を曇らせる。
 炎が周囲を進行していく。瓦礫と化した列車の金属部分は燃えず、けれどぼろぼろになった座席には火が付いている。
 焦げ臭さと同時に鼻へ届く、肉が燃えていく匂い。先程まで助けを求めていた少女の声が聞こえなくなった。身近なところはなくなったが、悲鳴は遠くで響き続ける。
 奇怪な形――獅子の体に羽が生えながらも頭部は人間のそれだったり、あるいは極めて太い足で二足歩行しながらも痩せこけた腕がついた巨人だったり――をしたペティノスたちが、爆発音とともに先程まで列車に乗っていた少年少女を殺していく。
 逃げ惑う彼ら、彼女ら。倒れていく彼ら、彼女ら。悲鳴と懇願と恨言の合唱。それを動けないアンナは見続けていた。
「おい、大丈夫か⁉︎」
 未だ成長途中だと思わせる少年が、金色に輝く猫目をアンナに向ける。頬は煤けていて、爪は割れて血が滲んでいた。アンナと同じような制服に身を包み、同じピンバッジを胸元に留めていた彼は、必死に彼女へ声を掛ける。
「クソッ、足が動かせないのか。……でも、これさえ退ければ動けるよな?」
 必死にアンナの足の上にのし掛かる瓦礫をどかそうとする少年。彼は意識を保て、こっちを見ろ、死ぬんじゃない、と何度も言葉をかけ続ける。
 ただ待つことしかできない彼女は、足元に広がる灼熱が痛みとなり、そのおかげで何とか意識を保てていた。
「もう少しで」
 息切れしつつも、少年が最後の力を込めて瓦礫をどける。アンナの足からは、痛みが続くが重みはなくなった。
「肩を貸す、逃げるぞ」
 彼は震える腕を隠すこともできず、それでもアンナの腕をつかみ抱き起こす。その時、炎で鈍く輝く異形が彼らの前に舞い降りた。
 それは翼を持つものだった。
 それは翼に無数の目があった。
 それは少なくともアンナが知っているどのような動物にも似ても似つかぬ、ただの羽の塊であった。その塊の中央に、なんの感情も浮かべていない美しい人間の顔がある。銀色に輝く顔だけがあった。
 翼にある複数の目がギョロギョロと蠢き、そのうちの幾つかが少年とアンナに固定される。ヒッとアンナは息を飲んだ。ギリッと少年は歯を食い締めた。
 少なくとも少年だけは逃げられる状態であったが、それを彼は選ばずにアンナを強く抱きしめる。そして、彼は「ふざけるな」と小さな声で囁き、ペティノスを睨みつけた。
 彼の怒気にもアンナの恐怖にも何も感じないかのようにペティノスは翼を広げ二人へと近づこうとした。その時、上空を黄昏色に染まる機体が飛んだ。
 ペティノスは二人から視線を外し、機体――後にそれがイカロスと呼ばれるものだったと彼女らは知る――へと飛びかかる。それまで淡々と人々を殺害し続けた奇妙な造形をしたペティノスたちが、親の仇と言わんばかりに殺意を迸らせ、機体を追い続ける。
 十いや百にも達するほどの数のペティノスが、黄昏色のイカロスへ攻撃を仕掛けるが、空を飛ぶ機体はそれらを避けて、避けて、そうして多くの敵を薙ぎ払う。
「助かった……のか?」
 呆然としながら、少年とアンナは空を見上げた。
 黄昏色に染まった機体が、実は地上で燃え盛る炎の色に染まったのだと知ったのは、それよりも少し後の話だ。
 それでもアンナや少年にとって、現見空音とユエン・リエンツォの操縦する銀色のイカロスは、後に幻想の中で出会う最強の存在――大英雄に匹敵するほどの救世主だったのは言うまでもない。
 
「――」
「目が覚めたか」
 瞼を二、三回閉じて、開けてを繰り返すアンナは、ぼやけた天上の中央に少年の面影を残したアレクの姿を認める。
 上半身が裸の彼は心配そうにアンナの頬を撫でて「うなされていた」と言った。その際に彼が覗き込んだことでアンナの視界はアレクだけになる。柔らかいベッドの中で下着だけを身につけたアンナは、パートナーの手を両手で取り、大丈夫と口を動かす。彼女の声は悪夢の日から出ない。
「……あの日の夢か」
 まるでアンナのことなら全てを見通せると言わんばかりに、アレクが彼女を抱きしめながら耳元で囁いた。それに抱き返すことで答えを告げる。
「今回は、久々の犠牲が出そうだったしな。……毎年毎年、律儀に思い出させてくれる」
 アレクの言葉に、アンナは彼を癒したいと願いながらも、優しく頭を撫でて、次に口付けた。あの悪夢から十年以上経っても、消えない傷が常に隣にあることを二人とも痛感している。
 ベッドの中で抱きしめ合いながら、互いの存在を確かめるアレクとアンナ。その中で、彼らのサポートAIであるローゲの声が届けられた。
「お二人とも、そろそろ時間です。準備をお願いします」
 声だけで全てを済ませるAIの気遣いに、仕方がないなとアレクは笑ってベッドから降りた。アンナも微笑みながらベッドから出ていく。
「行くか」
 アレクは手を出し、アンナはその手を取った。
 ファロス機関の待機所はそれなりに広い。広いが、無機質な印象を抱かれる。カラフルなベンチも、煌々と光る自販機や、昼夜問わず何かしらの番組が流れるテレビだってある。それでも、無機質なものだと誰もが口を揃えていた。
 待機所の中ではいくつものグループが何かを喋っている。互いにパイロットとオペレーターの制服を着て、時にジュースを飲んだり、カードゲームに興じていたりしていた。その誰もが顔色が悪いので、より一層待機所が無機質な印象になっていく。
 そこにたどり着いた制服に身を包んだアレクとアンナは、多くの室内にいた人々と挨拶をしながらも中央で待機していたナンバーズ四番のナーフ・レジオとユエン・リエンツォの元へ向かう。
「ご苦労だったな」
 アレクがナーフへ声を掛ける。それに無表情のままナーフが頷き、一枚の電子端末を彼に渡した。
「報告はこちらに。今回発生したペティノスは、これまで観測された形状と一致した。ただ攻撃範囲が広いタイプが増えている」
「損害は」
「一機撃墜されたが、パイロットは無事に保護されている。今は処置も終わり療養施設に運ばれたところ��。完治したところで、今後はカウンセリングを受けるだろう」
「そうか」
 それは何よりだ、と零したアレクの言葉に同調するかのように待機所にいる面々がホッと息を吐いた。その様子を見ていたユエンは呆れたように言う。
「ははぁ、今晩は二番の同期たちばかり……と思ったらそういうことですかぁ。毎年毎年、君ら律儀だねぇ。おいらはそんな気分になったことないよ」
 十年も眠れない夜が続くだなんてかわいそう、とユエン・リエンツォが口にするが、そこには似たような境遇であるはずの彼らへの多大な揶揄が含まれていた。
「そういうあんたも、この時期は多めに任務に入るじゃねぇか」
 言い返すつもりでアレクがユエンの任務の数について告げる。
「小生、そろそろ後進に引き継ぎたいところでありますが、現見が許してくれないんだわ。せっかく新しい二番が生まれたってのに、未だに信用できないんかね」
「ユエン、そんなことは」
 小馬鹿にするかのような言い回しの彼女に、ナーフは顔をしかめて制止する。だが、それを無視してさらにユエンは話を続けた。
「毎年毎年、この時期になると不安定なやつらが増えるからねぇ。早く悪夢世代のなんて無くした方がいいんじゃない? あの問題児たちも虎視眈々と上を狙ってるようだし。君ら夜勤多いから、下の子たち割と快眠タイプ多いじゃないか。噛み付く元気満々なんだから、そろそろ下克上くらいしでかすんじゃない?」
「余計なお世話だ」
 アレクがユエンにきつい口調で告げた。
「少しは羽目を外しなさいよ。同世代のスバル・シクソンの社交性を見習うべきじゃないか」
「あいつは、俺たちの中でも腑抜けたやつだ」
 今度はアレクをナーフが制止しようとしたが、それをユエンは止めた。
「ハッ! 笑わせるねぇ。あのスバル・シクソンの死後も、君らが彼の言葉を無視できてないの、我輩が知らないとでも?」
「……ユエンさんよぉ、今夜はやけに突っかかるな」
「なぁに、気が付いたんですわ。あの五番の坊やが、自力で立ちあがったのを見てね。悪夢世代の多くは救って欲しいわけじゃない。ともに地獄にいて欲しいだけ」
 その言葉にそれまで黙って聴いていたアンナは、ユエンを叩こうとする。が、呆気なく彼女はその手を避ける。そして、けらけらと何がおかしいのか侮辱を込めて「平々凡々、やることなすこと繰り返しで、飽きたよ」と彼女は言う。
「あんたがそれを言うのか。同期の誰一人助からず、現見さんが戻るまで誰も助けられずにいたあんたが、それを言うのか」
 アレクは怒りを滲ませて返す。
「あんたは地獄を見なかったのか。あの怒りも、嫌悪も感じなかったのか。俺たちが救われたいと本気で思わなかったとでも」
「その共感を求める言葉は、呪い以外の何者でもないだろうよ。少なくとも、スバル・シクソンは悪夢世代という共同体から旅立った」
 その結果が五番という地位だろう、と告げたユエン。彼女は、そこで口調を変えた。
「あいつの素晴らしく、そして恐ろしいところは、あの視野の広さだ。オペレーターとしての実力だけでなく、よく人間を見て、観察して、そして洞察力で持って最適解を出せるほどの頭の良さがあった。もしも倒れなかったら、間違いなく私たち四番を超えていっただろうし、二番の君たちも脅威を覚えたはずだ」
 滅多に人を褒めないユエンの賛辞に、隣にいたナーフが呆然とした表情を浮かべた。
「あの双子たちは、パイロットとしては私たちを超えているよ。恐怖でも、憎悪でもなく、君たちのような大義も掲げず、ただ互いへの競争心と闘争心だけでペティノスを撃破し続けている彼らの存在は、新しい時代が来たとファロス機関に知らしめた。スバル・シクソンはそれを敏感に感じ取り、そして彼らを導いている」
 その言葉にアレクは皮肉を込めて「違うだろ、過去形だ」と言い返す。だが、ユエンは首を横に振った。
「いいや、現在進行形だ。現に、あの坊やは次のオペレーターを見つけてきた。あの大英雄のプログラムを損傷できるほどの能力を持った新人を」
「まぐれだ」
「それが成り立たない存在なのは、お前たちだってよく知っているだろう」
 冷徹な指摘にあの勝負を見た誰もが口を紡ぐ。
 先日の裁定勝負のことを知らなかった幾人かが、話を知っている面々から小声で詳細を聞き、その顔を驚愕に染めた。嘘だろう、とこぼれ落ちた本音が全てを物語っていた。
 それらの反応を見たユエンは、最後の言葉を紡ぐ。
「時代は変わっていくんだ。否応にも、人間という種は未来を求める。その先が地獄でも構わない言わんばかりに、彼らは前へ行く。いつまでもその場に突っ立ってるだけじゃ、何も成せない」
「……説教か」
「吾輩ごときが、らしくないことを言ってるのは百も承知だ。が、毎年の恒例行事に嫌気が差したのも事実だよ。お前たち悪夢世代は、少しは外を見るべきだ」
 そこまで言って、ユエンは部屋から出ていく。ナーフがアレクたちを気にしながらも彼女の後を追って行った。
 沈黙が室内を満たした。誰も彼もが思い当たる節がある。誰だって今のままでいいとは思っていなかった。それでも悪夢世代と呼ばれる彼らは立ち上がり、アレクとアン���の元に集まる。
 彼らは顔色が悪く、常時寝不足のために隈がくっきりとしていることが多い。
 誰かがアレクの名前を呼んだ。
 誰かがアンナの名前を呼んだ。
 それに呼応するかのように、アレクとアンナは手を繋ぎ、同期たちを見る。
「みなさん、そんなに不安に思わないでください」
 唐突に落とされた言葉。ハッとしたアレクが、自分の腕につけていた端末を掲げれば、現れたのは彼ら二番のナビゲートAIであるローゲのホログラム。微笑みを浮かべ、頼りない印象を持たれそうなほど細いというのに、その口調だけは自信に満ちていた。
「あの臆病者の言葉を真に受けないでください。彼女が何を言ったところで、あなたたちが救われないのは事実でしょう」
 ローゲの指摘にアレクは視線を逸らせ、アンナは鋭く睨む。だが、かのAIはそれらを気にせず更に言葉を重ねる。
「悪夢をみない日はどれほどありましたか? 笑うたびに、願うたびに、望むたびに罪悪感に苛まれたのは幾日ありましたか? 空に恐怖を抱き、出撃するたびに死を思い、震える手を押さえつけ、太陽の下にいる違和感を抱えて生きていたあなたたちの心境を、あの人は本当に理解していると思いますか?」
 彼女の言葉は何の意味も持たない戯言ですよ、とローゲは告げる。
 静かに「そうだ」「ああ」「そうだったな」「あいつらは分からない」「そうよ」「あの悪夢をみたことがないから」「そうだわ」と同意する言葉が投げられた。
 アレクがそれらをまとめ上げる。
「そうだな。今夜もペティノスが現れるまで、話そう。どうやってやつらを殲滅するか。なに、夜は長い」
 誰もが救われなかった過去を糧に、怨敵を屠る夢想を口にした。敵を貪りたいという言葉ばかりが先行し、それよりも先の未来を願う言葉が出てこない歪さを誰一人自覚していなかった。
***
 ゆらめく炎を前にして、ゆらぎとイナ、そしてルナの三人は困惑していた。
 ここは都市ファロスの外れにある墓地であり、そして多くの戦争従事者たちの意識が眠る場所。つまり肉体の死を受け入れ、新しい精神の目覚め――擬似人格の起動を行う施設でもあるため、人々が『送り火の塔』と呼ぶ場所であった。
 擬似人格とは常に記録された行動記録から思考をコピーした存在だ。永遠の命の代わりに、永遠の知識と記憶の保管が行われるようになったのは、ペティノス襲来当時からだと言われる。地球全体を統括しているマザーコンピューターはその当時の人々の擬似人格から成り立っているのは、クーニャで教わる内容だ。
 しかし擬似人格は思考のコピーであって、本人そのものではないために、起動直後はたいてい死んだことを受け入れきれずにいる。
 擬似人格が擬似人格として、自分の存在と死を受け入れる期間がしばらく存在するのだが――特に都市ファロスはペティノスとの最前線に位置するため、その死者たちは多大な苦痛を伴って亡くなっている場合が多い――その際のフォローを行うのがこの施設の役割であった。
 また、擬似人格が安定した後に自分が電子の存在であり、データの取扱い方を覚えていった先に生まれるのがAIでもある。これは都市ファロスに来てからゆらぎたちも知ったことなのだが、エイト・エイトを筆頭に人間味のあふれるナビゲートAIたちは、その多くが対ペティノスで亡くなった歴代のイカロス搭乗者たちだった。そして、あれでも戦闘に影響がでないよう、感情にストッパーが課せられているらしい。
 そのAIへの進化や感情への制御機能がつけられるのも、『送り火の塔』があるからであった。
 そして『送り火の塔』の入り口、玄関ホールの中央に聳え立つのは、天井まで届く透明の筒の中に閉じ込められた巨大な青い炎だった。
 地下都市クーニャでは街の安全のために炎がない。火という存在をホログラムでしか知らない彼ら三人は、教科書に載っている触れてはいけない危ないものというだけの情報しか持っておらず、ただただ初めて見るそれに魅了されていた。
「おや、そのご様子ですと、初めて火を見たようですね」
 三人とは違う声が掛けられる。
 ふわふわとした淡い白金の髪を結いだ青年が、建物の奥から歩いてきた。彼の姿は白に統一されており、腰元に飾られた赤い紐飾りだけがアクセントになっている。彼はゆらぎたちの前にやってくると、同じように炎を見つめた。
「この火は、送り火の塔の象徴的存在でもあります。肉体の終焉をもたらすもの、あるいは精神の形の仮初の姿、人間が築いた文明の象徴であり、夜闇を照らす存在として、ここで燃え続けています」
 男の説明にイナが尋ねる。
「しかし、クーニャでは火は存在しなかった。人々を危険に晒すためのものとして……なのに何故ここでは」
「地下世界の安全のためでもあります。火は恐ろしいものですので、できる限り排除されたと聴いています。ですが……ここ都市ファロスでは、火は身近なものです。対ペティノス戦において、火を見ないことはないでしょう。燃やされるものも様々です」
 あなた方も、いずれ見ることになりますよ、と三人を見て男は微笑む。
「初めまして、新しく都市ファロスに来た人たちですね。私は自動人形『杏花』シリーズの一体、福来真宵といいます。ここの送り火の塔の管理人として稼働しておりますが、今日はどのようなご用件でしょうか」
 ゆるりと笑う線の細い青年は、どこをどうみても人間にしかみえないと言うのに、己を自動人形と告げた。
「自動人形? こんなにも人間みたいなのに?」
 その存在に、ゆらぎは戸惑いを覚える。感情的なAI、執念を込めて人間に似せられたプログラム、そして人間そっくりな機械と、ここまで人間以外の存在を立て続けに見てきたからこそ、いよいよこの都市は人間がこんなにも少ないのかと驚いていたのかもしれない。
「もしかして、ゆらっち自動人形見たことないんじゃない?」
 その戸惑いを感じ取ったルナが指摘する。それに対しイナも「そうか」と何かに気づいたようだった。
「獅子夜は始めからナンバーズ用宿舎にいたからな。僕ら学生寮の統括は自動人形だ。ナビゲートAIが与えられるのは正規操縦者になってからだし、それまでの日常生活のサポートは自動人形たちが行っているんだ」
 ここ都市ファロスでは珍しい存在ではない、と続くイナの説明にゆらぎはほっと詰めていた息を吐く。
「……そうなんだ」
「そうなんよ」
 ゆらっちは特殊だもんねぇ、と笑って慰めるルナの言葉に、イナもまた頷く。
「私のことを納得していただけましたか?」
 苦笑混じりに真宵が声を掛けてくる。ゆらぎは小さな声で「すみませんでした」と謝罪した。
「いえ、お話を聞く限り随分と珍しい立場のようです。都市ファロスに来たばかりでありながら、すでにナンバーズとは……まるで」
「まるで?」
 ルナの相槌に真宵はハッとしたように首を横に振る。その動きは滑らかで、やはり機械とは思えないほどに人間味があった。
「……いえ、何でもありません。それで、どのような用件でしょうか」
「あ、そやった。あんな、うちら大英雄について調べに来たんよ」
 ルナが告げた大英雄の言葉に、真宵の顔がこわばったのが、イナとゆらぎにも分かった。
「なぜ、来て間もないあなたたちが大英雄のことを」
 疑問と不審の感情が乗せられた視線を三人は向けられる。やはり、ここが正解なのだと全員が確信した。
 大英雄と呼ばれる存在について、三人が調べた限りわかったのは、あの銀色のイカロスに乗っていたパイロットとオペレーターであること。そして、空中楼閣攻略を人類史上初めて成し遂げ、三十年前の大敗のときに命を落とした存在であること。そこまでは、学園内の資料や右近、左近たちから聞き出せた。
 だが、とここで不可思議なことに気づく。彼ら大英雄の名前も、写真も、どのような人物であったか、どのような交友関係があったのか分からなかったのだ。
 ナンバーズ権限を使っても同様、セキュリティに引っ掛かり情報の開示ができないことが殆ど。他のナンバーズからの話――主にあの双子のパイロットからだが――では、三番のパイロット現見が嫌っているらしい、ユタカ長官が彼らの後輩であった、くらいの情報しかなかった。
 これは故意に情報が隠されていると感じ取った三人は、他に何とか情報を得られないかと手を尽くしたのだ。
 結果、ここ『送り火の塔』という存在を知ることになる。あの謎のAIが告げた、正攻法では情報に辿り着けないの言葉通り、ここの擬似人格に大英雄に関連した人がいるのではないかと三人は考えたのだ。
 丁度、右近と左近、彼の相棒のオペレーター、そして先日裁定勝負を仕掛けてきた兎成姉妹たちは、あの銀のイカロスについての調査があるということでファロス機関本部への呼び出しがあった。その隙を狙ってゆらぎたちは送り火の塔へとやってきたのだ。
「先日、彼――獅子夜ゆらぎが受けた裁定勝負のときに、仮想現実で銀のイカロスが現れました。なぜ現れたのかは謎ですが、それでも」
「大英雄と呼ばれる彼らをおれたちは……知りたいんです。あの電脳のコックピットにいた二人が、一体どんな人たちだったのか。執念染みたあのプログラムが」
 先日の銀のイカロス戦について説明するイナ。それを引き継ぎ、ゆらぎもまた、正直に気持ちを吐露する。その二人の説明に真宵は目を見開いた。
「……そんな、君たちはあれを――彼らを見たのですか? まさか、そんな日が来るなんて」
 驚きと戸惑いを隠しもせずに、視線を左右にゆらす真宵。
「見たのは獅子夜だけです。でも、あの銀のイカロスの中にいる人が正直どんな人だったのか、僕だって気になります」
「とっても優しそうな人やった、てゆらっちは言っとった。擬似人格は残らなかったってことやから、たぶん一から作り上げたんやろ? そんなにも遺したかったお人たちなんやろうな、てうちは感じる」
「お願いします、福来さん。おれたちに、大英雄のことを教えてもらえませんか? もしくは、大英雄を知っている擬似人格を」
「知ってどうするのですか?」
 それまでの揺らぎが嘘のように、真宵の声は冷たかった。いや、意識的に冷たくしているのだろう。
「大英雄を知ってどうするのですか。彼らは既に過去の人です。この戦局を変えるような存在ではありませんよ」
 その真宵の言葉に反論したのはイナだ。
「なぜ、そんなにも大英雄と呼ばれる人々が隠されるのですか。名前すら見つからず、功績だけが噂されるだけの存在にされて」
「彼らは罪を犯したのです」
 痛ましい罪です、と真宵は続ける。その言葉に、今度はゆらぎたちが戸惑う。
「大英雄が死んだことで、多くの人々が擬似人格を残さずに自殺しました。戦いへの絶望、未来への絶望、自分が立つべき場所を失った人々は、その命を手放しました。それは罪です。私は……あの光景を記録として知っています。あの地獄の底のような怨嗟を知っているのです」
 ですから、と彼は話を続ける。
「大英雄は隠されたのです。これ以上、彼らがいない現実を受け止められない人々を増やさないように」
 その説明に納得できなかったのはルナだ。
「おかしいやん。確かに人類が負けたことに絶望した人がいたかもしれへん。でも、それが大英雄のせいなん? 違うやろ、全部受け入れられなかった側の問題やねん。そんなんで、その人らが隠される理由にならへんわ」
 それに、と彼女は小さな声で尋ねる。
「名前まで隠して……おらん人のことを思い出すのも、罪なん?」
 ルナの言葉に真宵は複雑な表情を浮かべる。彼もまた必死に何かに耐えるようにして言葉を紡ごうとしていた。
「彼らは……海下涼と高城綾春は」
 大英雄の名前が出された時、第���者が現れた。
「珍しいな、自動人形のお前がそこまで口を滑らすなんて」
 低い大人の男の声だった。その声でハッとしたような表情をうかべる真宵は、何かを断ち切るかのように「なんでもないです」と言ったきり無言となった。
 一体誰が、と思ったゆらぎたちは、振り向いて固まる。そこにいたのは、随分とガタイのいい男と、無表情の美しい女性であったからだ。
「……アレク、それからアンナ。ああ、そんな時期でしたね。二人ともいつものですか?」
 男女の名前を真宵が呼ぶ。そして、簡略化した問い掛けを彼がすれば、やってきたばかりの二人は頷いた。その仕草に真宵は了承の意味で頷き返し「少し準備をしてきます」と告げてその場を離れる。
 置いていかれた三人に向かって、やってきた二人組が近づいた。
 男は筋肉質で、身長は百八十を超えていた。身体つきだけならばエイト・エイトと似たようなタイプだが、刈り上げた黒髪と金色の鋭い猫目が相まって、威圧感がある。
 対し女はゆらぎよりも少し大きい、ややまるみのある身体つきだった。もしかしたら全身を覆う服装なのでそう見えるだけかもしれない。ゆるく結われた白髪が腰を超えており、右目を隠すかのような髪型。出された紫色の目は丸く、無表情でありながらも美人だというのはよく分かった。
「……獅子夜ゆらぎだな」
 男がゆらぎを見て、その名前を当てる。ゆらぎもまた、この男女に見覚えがあった。
「そうです。��えと、あなたたちは」
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はアレク・リーベルト。ナンバーズの二番パイロットだ。こっちが、パートナーのアンナ・グドリャナだ」
 そこでアンナは両手を動かして何かを伝えようとした。
「よろしく、だとさ。……悪いが、アンナはこの都市ファロスに来るときの事故で、声が出せねぇんだ。耳は聞こえるから、挨拶は声で問題ない」
「そうですか。改めまして、五番のオペレーターになりました獅子夜ゆらぎです。こっちの二人はおれの友達の」
「イナ・イタライだ。オペレーター候補で、相棒予定がこちらの」
「早瀬ルナです。イナっちと組む予定のパイロット候補です」
 それぞれが挨拶すれば、アンナがおもしろそうに笑って何か手を動かした。
「あの?」
「ああ、お前たちが随分と礼儀正しいからあの馬鹿どもには苦労させられそうだな、とさ。俺も同意見だ」
 問題児どもに迷惑掛けられたら、さっさと他のナンバーズに言えよ、と続くアレクの言葉に、ゆらぎたちは曖昧な表情を浮かべる。その問題児たち以外に現状出会ってないのだ、彼らは。
 困った現実を知ってか知らぬか、いや興味もないのか、話が元に戻される。
「……真宵に大英雄のことを聞きにきたのか」
 唐突なアレクからの問いかけに、頷く三人。
「あいつがあそこまで大英雄の話をしないのは、仕方がないんだ。大敗の記録はあっても、記憶はない」
「え」
「自動人形は稼働年月に明確に決まっている。それで同一素体――あいつのは場合は杏花シリーズだな――に記録を書き込んで目覚めるんだが、真宵は不完全な起動だった。三十年前の大敗の記録はあるが、先代の感情は一切受け継がれず、目覚めたばかりの身で理不尽な現実と向き合うことになった」
 淡々と告げられる説明に当時を思い出したアンナはそっと目を逸ららす。彼女の肩をアレクが抱き寄せた。
「大英雄を失った地獄で目覚めたんだ。そこからずっと大英雄という存在を恨んでいる。俺たちもこの都市に来る洗礼で取り乱したが、それ以上だったよ、真宵は」
 その優しい目とともに吐き出される残酷な言葉に、ゆらぎはなんて言えばいいのか分からなかった。
「長いお付き合いなんね」
 代わりにルナが返せば、アンナが何か告げようとした。それをアレクが訳す。
「長いさ。あいつの起動と俺たちがファロスに来たのは一緒だった。同じ地獄を見たんだ。俺たちのことなんかさっさと割り切ればいいのに、あいつは律儀だ。だから、未だに大英雄のことを口にするのを躊躇う」
 そこまで説明されてしまえば、ゆらぎたちはこれ以上の追求を諦めるしかない。しかし、大英雄である二人の名前は分かったのだから、少しは収穫があったと言えるだろう。
「そう言えば、先程いつもの時期と」
 イナの疑問にアレクは「墓参りだよ」と返す。それにアンナも頷いた。
「誰のだ?」
「お前たちが尊い犠牲にならないように頑張った連中」
 その瞬間、ゆらぎたち三人は顔を硬らせた。
 自分たちが無事に都市ファロスへ到着していたから忘れかかっていたが、あの時列車の中で見た画像には、ペティノスの猛攻を受けたイカロスたちが確かにいたのだ。
「忘れるなよ……犠牲は常に出る」
 アレクの言葉に続くように、アンナもまた頷く。彼らはそれだけの犠牲を見続けたのか、とゆらぎが思った矢先に「かと言って、悪夢世代の俺たちのようにはなるなよ」と苦笑混じりに告げられる。
 聞き覚えのない単語に、ゆらぎだけでなくイナやルナも首を傾げた。その様子に、アンナが呆れた表情を浮かべ、何か伝えようとしている。
「呆れた、何も言ってないのかあいつらは、だと」
 ほぼそう言う意味だろうな、という予感が三人ともあったが、やはりそうだったらしい。
「あー、悪夢世代ってのは」
「十五年近く前の、ナンバーズ復活から犠牲を出しながらも生き残ったパイロットとオペレーターたちの世代のことですよ」
 唐突にアレクとアンナの前に小さなホログラムが現れた。病的に痩せた男で、顔は整っているが整いすぎている印象を抱く。真っ白な髪と真っ白な肌、そして全身を隠すかのような衣服。垂れ目でありながらも、その緑の目だけが爛々と生命を主張していた。
「ローゲ」
 アレクがホログラムの正体を告げる。
「初めまして、新しくやってきた地下世界の人類さん。俺はローゲ。この二人――二番のナビゲートAIです。以後お見知りおきを」
 にっこりと笑い、丁寧に会釈をしたローゲというAIはそのまま悪夢世代について大仰に説明する。
「まずは簡単な歴史です。三十年前の大敗の後、ファロス機関は一度壊滅しました。ですが、その際生き残った現司令官、ユタカ・マーティンとその仲間たちは大敗で重傷となった現見空音をサイボーグ化してパイロットへ復活させ、ファロス機関を蘇らせました」
 ゆらぎの脳裏に初めて会ったときのユタカの表情が思い出される。絶望的であった光景をあの人は直接見ていたのだ。
「この現見復活が大敗からおおよそ十年ほど経過しているのですが、その時の都市ファロスへやってくる新人の生存率はほぼゼロだったようです。現在四番のオペレーター、ユエン・リエンツォ以外の生存者はいません」
 ヒュッと息を呑んだのはルナだった。イナは表情も変えずに、ローゲの説明を聴き続ける。
「現見復活と何とか生き残れたオペレーターであるユエンの二人が初めて新人を助けられたのが、ここにいるアレクとアンナだったのです。……とはいえ、たった一体のイカロスでどうにかなるほど戦場は甘くないのですから、彼らの同期の半分以上は犠牲になりましたがね」
 苦々しい表情を隠しもせず、アレクがローゲの説明を引き継ぐ。
「……戦力が整い、完全に無傷で新人を輸送できたのは、お前の相棒の神楽右近たちの代からだ。それまでは、必ず犠牲が出ていた。その世代のことを」
「悪夢世代、と呼ぶのですよ」
 さらに被せるようにローゲが結論をつける。にっこりと先ほどと何ら変わらぬ笑みを浮かべて、彼はゆらぎたちを見つめていた。
「神楽右近さん、神楽左近さんの両者ともに、悪夢世代については知っていたはずですよ。なにせ、右近さんの前のオペレーターは悪夢世代の一人でしたから」
 前の人のことくらい教えてもいいでしょうに、と続くローゲの言葉に、ゆらぎは背筋が震える。
 彼が暮らす部屋は、かつての主の日用品が残されていた。いや、正確には適当な箱に詰め込まれて部屋の片隅に置かれていたのだが、それが誰だったのかを教えてもらったことはない。右近に尋ねてもはぐらかされるし、左近に尋ねたところで邪魔なら引き取るとだけ返された。それだけで彼らの持ち物ではないのは明白だ。だが、処分するには躊躇う何かがあったようだ。
「あの」
 ローゲに向かってゆらぎが質問しようとしたとき、真宵が「お待たせしました」と彼らの間に割って入る。
「準備ができましたよ」
「ああ、そうか。ローゲ、端末に戻れ」
 アレクの呼びかけに、すんなりとローゲはその場から消える。そして彼らは真宵がやってきた方向に歩き出そうとした。が、そこで何か思い出したのか、アレクがゆらぎに声を掛ける。
「そうだ、獅子夜。神楽右近に伝えておいてくれ。前を向いたんなら、いい加減に元相棒の墓参りくらいしろってな」
 それだけを告げて、アレクもアンナもあっさりと去っていった。
 呆然としたまま、ゆらぎはその場に立ち尽くす。
「少し話が途切れてしまいましたが、私は大英雄については」
 戻ってきた真宵は先程の話の続きをしようとしたが、それはイナもルナも首を横に振って止めた。いない間にアレクたちが何か言ったのを察したのか、真宵は「そうですか」と安堵の表情を浮かべる。
 話はそれで終わりになるはずだった。だが、
「あの……ナンバーズで五番のオペレーターだった方をご存知ですか?」
 ゆらぎが真宵に全く違う話を振った。
「亡くなった五番のオペレーター、ですか」
「おれの前に、神楽右近と組んでいた人です」
 その言葉で、ゆらぎのポジションが分かったのだろう。真宵は「ああ、あなたが新しい五番のオペレーターだったのですね」と納得の表情を浮かべる。
「確かに、五番の前オペレーターであるスバル・シクソンとは交流がありました。それに彼は自分の死後の擬似人格の起動に関して、遺言がありましたから」
 自殺や死ぬ直前に擬似人格を残さない意思表示がされた場合は、このデータが残らないのもゆらぎたちは知っていた。が、まさか起動にまで条件をつけられるとは思っていなかった。
 だが、それよりも先に彼が気になったのは。
「名前……スバル・シクソンと言うんですね」
「そこから、ですか」
「何度か聴いたかもしれませんが、直接教えられたことはおれにはありません」
「……スバル・シクソンはとても優れた人でした。それ以上は私からは告げられませんが、彼の擬似人格の起動には特別な条件が付けられています。未だこの条件は達成できていないため、私からあなたにスバル・シクソンの擬似人格へ対面させることはできません。申し訳ないのですが、故人の権利としてこれを破ることは、ここの管理を任されている自動人形の私には不可能です」
 もしも、擬似人格が起動したら是非お話してください、と真宵はゆらぎを慰める。
「新しいオペレーターのあなたと話せば、彼もより早くナビゲートAIになれると思いますが、まずは……神楽右近に来ていただかないと話が進まないですね」
 そう残念そうに告げる真宵に対し、ゆらぎは弱々しい声で「伝えておきます」と返した。
 そして彼は真宵から離れ、送り火の塔から出ていく。通り過ぎる際の弱々しさと、浮かべる複雑そうな表情に、イナとルナは不安を抱いた。
「獅子夜」
「ゆらっち」
 後を追った二人がゆらぎの名前を呼ぶ。そして、両者ともにとっさに手を伸ばした。友人たちの様子に気づいたゆらぎは伸ばされた手を握り、微笑む。
「大丈夫」
 優しい友人たちを安心させるように、ゆらぎはし��たがないんだと口にする。
「たぶん右近さんたちは、まだ前を向いただけなんだ。歩けるほど割り切ってはないし、未練がましく後ろが気になってしょうがないんだよ。きっと、それくらいに、スバル・シクソンという人が大きな存在だったんだ」
 そこまで言って、ゆらぎは深呼吸した。そして、今度は力強く宣言する。
「そんな人におれも会いたいよ。会って、話して、ついでに右近さんと左近さんの弱みを握れたら握りたい。できれば恥ずかしい話で」
 その真っ直ぐなゆらぎの思いに嘘偽りはなかった。
 途端にイナは吹き出し、ルナは声をあげて笑う。
「ええな、それ。ゆらっち、散々振り回されてるわけやし、うちもあのお二人の話気になるわぁ」
「それだったら僕も協力しよう」
 三人が三人ともあはははと笑い、握っていた手を話したと思えば肩を組んだ。
「獅子夜、無理はするな。お前は何も悪くない」
「そうそう、ゆらっちは正真正銘ナンバーズのオペレーターなんよ。どんだけ前のオペレーターがすごいお人でも、ゆらっちだってすごいんだからね」
 その優しい思いやりに、ゆらぎは二人を力強く抱きしめる。
「……うん、ありがとう……二人がいてくれて、本当によかったよ。おれは未熟だけど、確かにナンバーズの五番のオペレーターで、神楽右近の相棒なんだ。慢心もしないし、怯みもしない」
――おれは、イカロスであの人と一緒に飛ぶんだ
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mougenn · 11 months
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いつも忽那和音と『妄想能力者と現実能力者の討伐戦』の応援をいただきましてありがとうございます。
2023年7月14日(月)〜7月23日(日)までの更新スケジュールを公開いたしました。
公開時間は毎回18:00です。
是非、ご覧ください。
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ari0921 · 3 months
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 中国の電力支配、
峯村健司
フィリピンの先例警戒 40%株式保有、送電止める危険 
峯村健司氏緊急リポート
再生可能エ���ルギーに関する規制見直しを検討する内閣府のタスクフォース(TF)に、中国の国営電力会社「国家電網公司」のロゴマークが入った資料が提出された問題が収まらない。エネルギー戦略は国家の存立に直結する最重要政策であり、「他国の干渉があってはならない」(高市早苗経済安保相)からだ。林芳正官房長官は28日の記者会見で「河野太郎規制改革担当相のもと、内閣府において中国政府から不当な影響を受けていなかったかなどの調査を行う」と語ったが、議会や第三者機関も調査すべきではないのか。
キヤノングローバル戦略研究所主任研究員、峯村健司氏は、国家電網公司がフィリピンの送電企業の40%の株式を保有し、同国議会が「安全保障上のリスク」を懸念した前例に迫った。
再エネ導入に向けた規制の見直しを検討する内閣府のTFの資料の一部に、中国の「国家電網公司」のロゴマークの透かしが入っていたことが明らかになった。
資料は、民間構成員である財団法人「自然エネルギー財団」事業局長、大林ミカ氏が提出したものだった。大林氏は27日の記者会見で民間構成員を辞任したと発表した。大林氏がTFに入った経緯について、林長官は28日の記者会見で「内閣府事務方が提案した案を、河野規制改革担当相が了承した」と説明した(=大林氏は27日の記者会見で、河野氏の推薦だったと説明)。
「パワーポイント」による事務ミス…内閣府の説明に疑問と矛盾問題発覚後の25日に記者会見した内閣府規制改革推進室の山田正人参事官によると、同財団が2016~19年にかけて開いたシンポジウムに中国企業の関係者が登壇した。その際の資料を大林氏が提供され、別の機会に編集ソフト「パワーポイント」を用いて引用した際、文書のテンプレートにロゴが残ったという。
山田氏は「内容に問題はなく、事務ミスかもしれない」と説明した。
この説明には早速、いくつかの矛盾や疑問が浮上している。同財団が翌26日、ホームページ上で発表した経緯説明では、大林氏は編集では「パワーポイント」ではなく、「キーノート(Keynote)」を使っていた。金融庁の有識者会議や経産省の小委員会に大林氏が提出した資料にも同じロゴが確認されている。内閣府の調査は不十分と言わざるを得ない。
そして、筆者が最も注目しているのが、中国政府における「国家電網公司」の役割である。02年に設立された中国最大の電力配送会社で、オーストラリアやブラジル、チリなどの発電・送電会社に積極的に出資をしている。
40%株式保有、送電止める危険その中で「国家電網公司」が積極的に進出をしてきたのが、フィリピンだ。親中政策をとったアロヨ政権時代、フィリピン国家送電会社(NGCP)に40%出資し、09年から全国の発電所から配電施設までの送電を受託した。
ところが、19年11月、議員向けの内部報告書で、「フィリピンの電力網が現在、中国政府の『完全な支配下』に置かれており、わが国の電力網に混乱を引き起こす能力を持っている」と警告されていることが発覚した。
NGCPを監督する送電公社の責任者が議会の証言で、フィリピン人技術者が施設への立ち入りを制限されており、中国によって送電を止めることができる可能性があることを認めた。
中国が「国家の悲願」と位置付ける台湾併合に乗り出した場合、米国の同盟国でありバシー海峡を挟んで位置するフィリピンの存在は極めて重要だ。その際、中国がフィリピンの関与を阻止するために、全土を停電にする可能性はあるだろう。
同じく、米国の同盟国であり米軍基地を抱える日本に対して、中国がフィリピンに対して実施したようなアプローチをするリスクを考慮するのは当然のことといえる。
今回の問題を「事務的ミス」で片付けるべきではない、と筆者は考える。電力事業は22年5月に成立した経済安全保障推進法で「特定社会基盤事業」と指定されている。その所管官庁である内閣府は、地政学リスクも含めた徹底した原因究明をすべきだろう。
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